異世界転生にハーレムを求めて何が悪い! (壟断)
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01:異世界デビューを失敗した男の日常

 地べたに這い蹲り、汚泥にまみれ、血反吐をぶちまけながらダンジョンに潜むこと三日間。

 

 神々が下界に降臨するより前から存在している地下迷宮。

 

 人々が暮らす下界とも神々がおわす天界とも異なる法則によって運営される別世界は、この世界で唯一私の心を癒してくれる楽園だった。

 

 吐き出した血が固まり、粘つく口内をポーションで潤し私の主武装である手甲を固く握りしめる。

 

 私が潜むダンジョンの岩陰からここ数日眺め続けていた壁に変化が訪れる。

 

 まるで母なる大海から陸へと歩み出す生命の歴史の如く、ダンジョンの壁からモンスターが現れる。

 

「あ、あれがプリズムシャドウ……」

 

 傍らで共に隠れていたサポーターの少女が息を呑むのを感じた。

 

 壁から現れたモンスターは毒々しい虹色の霞状のモンスター。

 

 ウォーシャドウと呼ばれる影の魔物の亜種で希少性でいえば、生涯現役を貫き通した冒険者10人居たとして一度も目にすることができない程度のものだ。

 

 特徴としても物理攻撃ではダメージを与えることができず、魔法に対しても高い防御力を持ち、状態異常を無効化する。

 

 出逢えることは皆無、出遭えば逃げるしかないと書物に記されているレアモンスター。

 

 プリズムシャドウの攻撃はすべてに状態異常が付与されているため、単独での戦闘は死を意味する。

 

 それでも倒そうとするならダメージ覚悟ですべてのモンスターに共通する格となる魔石を破壊するしかない。

 

 しかし、物理攻撃は効かず、魔法もほとんど効果がないプリズムシャドウの魔石を破壊するのは至難の業。

 

 さらにいえばプリズムシャドウから得られる魔石や素材は、非常に高価なアイテムの素材となる。

 

 加工前でも数十万ヴァリスで取引されるほどの希少素材を前にモンスターの身体が完全に消失してしまう魔石破壊という馬鹿なことができる冒険者はいない。

 

 もっともプリズムシャドウの希少性を知らない冒険者がほとんどなのでこのような危険な特性を持つモンスターを無理に倒そうとせずに逃げる場合がほとんどだろう。

 

「だから、私みたいな落伍者だけが旨みを味わえる」

 

 プリズムシャドウが私の存在に気づき、その毒々しい身体を広げて襲い掛かってくる。

 

 物理攻撃も魔法も状態異常も効かないようなモンスターと戦うのはそれこそステイタスLv5以上の上級冒険者で編成されたチームでも安全とは言えないが、この手のモンスター相手に

 

対して私の装備は特化されている。

 

「『グレーター・スティール』!」

 

 突進してきた虹色の靄を回避するのと同時にプリズムシャドウの中心核へ手を伸ばす。

 

 特別性の手甲と私のスキル、アビリティが合わさった一撃は、なんの苦も無くプリズムシャドウから魔石を抉り出す。

 

「さすがゼノン様のインチキ魔法! 伝説級の超希少モンスターを一撃! これでステイタスがLv1なんてどう考えても詐欺ですね!」

 

 魔石を抉り出されて霞の身体を霧散させ始めるプリズムシャドウの残骸を回収用の小瓶に詰めながら称賛しつつ毒舌を吐くサポーターの少女を睨み付ける。

 

「君は、私を馬鹿にしているのか?」

 

「いえいえ、滅相もございません! か弱いサポーターのリリは、いつもゼノン様への感謝を忘れたことはありません!」

 

 愛想の良い満面の笑顔で言う小人族のサポーター、リリルカ・アーデ。

 

「……いつまでも笑って許されると思うなよ?」

 

「もう、ゼノン様の方こそ被害妄想が強すぎると思いますよ?」

 

 私のそれなりに厳つい顔から繰り出される睨みを気にする風もない小人族から希少素材が入った小瓶を取り上げる。

 三日間も粘って獲得した希少アイテムをコソ泥に盗られたらたまったものではないからだ。

 潜伏時や戦闘中は荷物の管理をさせていたが、目的を果たした以上、持ち逃げされないように自分で持つ。

 

「ちょっとゼノン様! いつも言ってますが、荷物持ちはリリの仕事です!」

 

 三日間のダンジョン探索用の装備や食料が入っていた荷物は来る時よりも大分軽くなっているが、それでもドロップアイテムの分を含めればそれなりの重量がある。

 小人族のリリルカは、私が持ち上げた荷物を奪い取ろうと飛び跳ねるが、身長差がありすぎるので荷物にしがみ付いたままぶら下がることしかできていない。

 

「ゼノン様! リリの仕事を取らないでください!」

 

 元盗人のリリルカを信用するほど私はお人好しじゃない。

 

「駄々っ子に付き合っていられない。早く、帰るぞ」

 

「あ、ちょっとゼノン様! ゼノンさまぁ~!」

 

 今回の探索も貴重なアイテムの重さを肩に感じながら帰路に着く。

 



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02:性格(下心)を改め……容姿を鑑みろ

 冒険者、ゼノン・ダイシン――それが今の私である。

 

 こことは違う世界に生まれた人間だった私は、気が付けばこの世界に居た。

 

 漫画のようなモンスターが蔓延る地下ダンジョン、物語に名前が出てくるような神々が実在する世界。

 

 剣と魔法と神話の古今東西が混じり合った楽園に一人の人間として存在を許された私は、冒険者となっている。

 

 平和な世界で生きた人間がいきなり生死の係った冒険に出られるはずがない。

 

 私がこの世界を自覚して冒険者を志した当初は才能のなさと性格、器量、要領の悪さが災いし、どこのファミリアにも所属させてもらえなかった。

 最後の綱と眼帯女神から紹介された新参女神でさえ私の必死さを気持ち悪がって拒否された。

 確かに当時の私は冒険者になることに固執していたし、見目麗しい女神と見れば下心ありありの下卑た顔を見せていた。

 そんな私を最後の最後に拾ってくれたのは、しがない道具屋を営む零細ファミリアの主神ミアハだった。

 

 どこの馬の骨とも分からない自称冒険者志望の不審者を拾ったミアハは、私から見ても変神であり、優しすぎた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり、ゼノン。今日はあのお嬢さんは一緒じゃないのだね?」

 

 小さな道具屋の扉を開いた私を出迎えたのは、ミアハ・ファミリアの先輩ではなく、我らが主神たるミアハだった。

 

「アレはもう神ヘスティアの眷属です。ですから彼方のホームへ帰りました」

 

「それは残念だったね。あの子をソーマのところから抜けさせるために神話級のレアアイテムを採ってきたのに」

 

 邪気の欠片もない微笑みで痛いところをついて来るミアハにため息が出る。

 

「気にしていませんよ。私のスキルがあればあの程度のアイテムならまた手にできますよ」

 

「そうかい? 確かに君のスキルは凄いけどあまり多用しない方が良い。何しろ君のスキルはメリットもデメリットも酷過ぎるからね。その内街を歩くだけで唾を吐き掛けられるんじゃ

 

ないかな? 私も君を受け入れたのは何かの気の迷いだったように思い始めているくらいだから」

 

 誰よりも優しいと思っている我が主神ミアハは慈愛の笑みで私に対してだけは悪態を吐く。

 そんな主神の言葉にも慣れた私は、本日の稼ぎを店の金庫にしまいながら言う。

 

「メリットを使わなくてもデメリットはなくなってくれないのならメリットを使い続けないとそれこそ私に生きる価値はなくなりますよ」

 

「それもそうだね。私もこんなことは言いたくないから早めに出て行ってもらって良いかな?」

 

 さすがに言葉が直接的になってきたことでミアハの笑みが歪み始める。

 

「……わかっています。いつも嫌な思いをさせてすみません」

 

「わ、分かっているなら早く立ち去りなさい。貴方は稼ぎだけを収めてくれれば良いのです。それだけが貴方の――」

 

 苦しそうに言葉を吐き続けるミアハに背を向け、来た時と同じように簡素な扉から店を出る。

 

 

 ミアハを知る者ならば誰もが耳を疑うような言葉を吐き続けたミアハを私は憎んだりしない。

 彼にあのような言葉を吐かせているのは他でもない私自身なのだから。

 

 私が保有スキルの一つ『強欲の代償』。

 

 このスキルのおかげで私は、他の同レベル帯の冒険者たちを遥かに超える収入を得ており、過去のとある事件で莫大な借金のあったミアハ・ファミリアの立て直しを可能にし、ソーマ・ファミリアを抜けたがっていたリリルカ・アーデを超希少アイテムと引き換えに脱退させたり、ダンジョンで死にかけていた見目麗しい女冒険者を数名救うこともできた。

 しかし、このスキルは名が示す通り、私に大きなデメリットがあり、その影響はミアハの言葉やリリルカの言葉に出ている。

 ミアハに見てもらったこのスキルの効果は、絶対的な物的幸運と引き換えに絶望的な心的不運を与えるものだった。

 つまり、誰にも見つけられないような希少素材や希少モンスターと簡単に遭遇できる一方、関係性が私に近ければ近いほど私を貶したくなるというものだ。

 この効果は、辛うじて同性の方が強くなる傾向にあるらしく、今のところ女性からは程よい言葉攻め程度で済んでいる。

 まさかとは思うが、ミアハに強い影響が出ているのは私を強く想っているからであり、女性たちの影響に少ないのは私が彼女らに何とも思われていないというわけではあるまい。

 いくら顔が厳つくとも、最初のころは腹がすこし出っ張っていたとしても命の恩人をまったく意識しないなんてありえないはずだ。

 たとえ、下心があったとしてもちゃんと男も助けているから私に非はないはずだ。

 

「た、助けてくれなんて頼んでないんだからな!」「べ、別に感謝なんてしてないんだからな!」

 

 ダンジョンで助けた男たちがどもりながら捨て台詞を残して去って行ったのを思い出すとツンデレセリフに思えてしまう自分が怖くなる。

 まさか、出逢った時点で好感度が高かったからあんな言葉を言われたのか?

 好感度が高いゆえの純粋なツンデレでも、スキルの影響によるツンデレでも絶望しかない。

 

「……ダンジョンに出会いを求めるのは、間違っているだろうか」

 

 心からの呟きを漏らしつつも私は、数少ない癒しである“普通の対応”をしてくれるギルド職員(女)のもとへ向かうのだった。



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03:ギルド職員とのふれ合い

 

 世界で唯一「迷宮」が存在する都市オラリオの中心部といえば、やはり「迷宮」である。

 そして、世界で唯一の「迷宮」の直上にそびえ立つ神域の建造物である地上50階建ての摩天楼「バベル」。

 現在のバベルは、迷宮からあふれるモンスターを抑える「蓋」の役割を持っていた建造物を神々が壊して作り直されたものであるらしい。

 そんな神々の遊びのような神話に語られるバベルの中にはさまざまな施設が設けられており、迷宮に一番近い一階にはギルドの施設がある。

 

 氏名:ゼノン・ダイシン

 職業:冒険者兼行商人

 人種:ヒューマン

 所属:ミアハ・ファミリア

 ステイタス:Lv2 ← New

 

 先日、ステイタス更新があったのでギルド受付で申告手続きをしていたところ――。

 

「ありえない! ありえないですよ、ダイシン氏!」

 

 提出した書類を確認したギルド職員(男)が唾を飛ばしながら叫んだ。

 

「ダイシン氏、ダイシン氏! 貴方は自分が冒険者になってどれくらいか覚えてますか? 覚えていますよね!?」

 

「ちょ、唾飛ばし過ぎ! というか、そんなに詰め寄らないでくれませんか!」

 

 ギルド受付(女性冒険者専門)の理知的な眼鏡美青年の普段見られない動揺した表情を前に私の方が狼狽してしまう。

 私が女性であれば彼のような男に顔を近づけられたら頬のひとつでも染めていたかもしれないが、幸い私は男であり、男色の気もない。

 

「私が冒険者になったのは一ヵ月くらい前ですけど? それが何か?」

 

「何か? じゃないです! じゃないんですよ!」

 

 妙なテンションで言葉を繰り返す受付男子と私のやり取りに周囲のギルド職員や冒険者たちの視線が集まるのを感じる。

 

「ダイシン氏! あなたが冒険者として登録を済ませたのは、三週間前! 三週間前なんですよ!?」

 

「だいたい、1ヵ月でしょう? ……もしかして、ランクアップの件ですか?」

 

「そうです! それです! 先日のクラネル氏が打ち立てたランクアップ世界最速記録の1ヵ月半をたった数日で抜き去って半分にしてしまったのですよ?」

 

 受付男子の大声にギルド内の空気が騒然となる。

 つい先日、神ヘスティアが運営するヘスティア・ファミリアに所属する唯一の眷属であるベル・クラネルという少年が冒険者になって1ヵ月半でLv.2になった。

 この記録は、本来であればありえないものだったらしい。

 それを今度は私が塗り替えたものだから周囲の驚きが沈黙をもって示されている。

 

「……クラネル氏はミノタウロスを倒してランクアップされたと聞きますが、貴方はいったい何を倒してきたというのですか?」

 

 興奮しすぎて息切れでも起こしたのか大きく息を吐いてから常日頃の事務的な対応に戻った受付男子は、さらに問いを投げてくる。

 どうやってランクアップしたのかなんて申告義務はないはずだが、問われて隠すようなことでもないので私はため息ひとつ吐いて答える。

 

「強そうなモンスターは何匹か倒しましたけど、一番危なかったのはアイオライトゲルだったので、アレの時にランクアップ条件を満たしたんじゃないですかね?」

 

 アイオライトゲルはその名の通り、宝石のような美しく硬質な見た目ながらスライムのような軟体モンスターだ。

 プリズムシャドウと同じように防御能力が高く、流動的な身体から繰り出される刺突攻撃は状態異常こそ付与されていないが、攻撃速度が尋常ではなかった。

 アオイライトゲルとの戦いで敏捷アビリテが限界値近くまで鍛えられたからな。

 あの時、槍衾の如き刺突攻撃を回避できたのは「眼」と「魔法」と「靴」のおかげだろう。

 ダンジョンで初めて死ぬかもしれないと感じた一戦を思い出していたところ、受付男子が肩を震わせながらうつむいているのに気付いた。

 

「……大丈夫ですか? 風邪でも」

 

「Lv1の駆け出し冒険者が! 何故、30階層付近でしか遭遇例のないLv3相当の超希少モンスターと戦ってるんですか!?」

 

 再び血圧が上昇したと思われる受付男子は顔を真っ赤にして私の襟首に掴みかかってくる。

 というか三十路一歩手前のおっさんを捕まえて駆け出しとか辞めてもらいたい。

 冒険者としては駆け出しだが、人生では手遅れなくらいの上級者だと自認しているのだから。

 

「何故って、普通に10階層で出てきましたよ?」

 

 もっとも私のスキルがあってこそのイレギュラーだろう。

 それでも階層を無視して超希少モンスターと遭遇するということがどれほど奇跡的なことか私には実感できない。

 

「ッッッ!」

 

「ちょ、受付さん? なんか全身ビクンビクンしちゃってますが大丈夫ですか?」

 

 まるで危ない薬で危ない感じになっている者のように身体をガックンガックンさせる受付男子の姿にドン引きしてしまうのは私だけではないだ……私だけらしい。

 周囲の様子を見渡してみると受付男子ほどではないが、半数近くが現実逃避的な呟きを漏らしている気がする。

 

「ぼく、おうち、かえる」

 

「あ、ちょ、受付さん!」

 

 ひとしきりビックンビックンした受付男子は、まるで暴漢にあった生娘のような絶望の表情を顔に張り付けて部屋の奥へと消え去った。

 確かに通常の駆け出し冒険者が単独で自分のランク以上の階層に足を踏み入れることは勿論、格上のモンスターと戦うことも死を意味する。

 それを成し遂げたベル・クラネルは世界最速でLv2にランクアップした。

 私は、『元の世界』の記憶から彼は成長促進系スキル、それも能力上限値を突破するようなモノを保持していると睨んだ。

 そういった能力があるとあたりを付けた私は、ミアハから『神の恩恵(ファルナ)』を得たことで発現したスキルである『強欲の代償』の能力を最大限利用する方法を考えた。

 

 私のスキル『強欲の代償』は、アイテムのドロップ・レアドロップ率向上・ドロップアイテムの質向上、レアモンスター遭遇率上昇、獲得魔石の質向上、金運上昇など。

 

 他者から一時的に嫌われるというデメリットを抜きにしてもチート級スキルであることに変わりはない。

 成長促進系の効果はないが、豊富な資金で揃えた回復・補助アイテムとレア素材を用いた最高ランクの装備を用意することが簡単になる。

 装備が充実しているので自分より上位のモンスターを相手にしても余裕をもって戦うことができる。

 さらに他の冒険者と同じモンスターを倒しても数ランク上の魔石や素材を得ることができる。

 手にした素材をミアハ・ファミリアで加工した回復薬は売れ行きは上々で、私が得た冒険報酬と合わせて元々あった莫大な借金の返済もほぼ完了。

 ミアハから悪態を絞り出すという罪を繰り返しながらもミアハから受けた恩を返すことができている。

 また物理的な運だけにとどまらず、戦闘面にも若干の補正もあるらしく、装備やアイテムで能力を向上させ、特殊魔法である『グレータースティール』を使った魔石奪取による即殺法

 

で上級モンスターも軽々と仕留められる。

 上級モンスターを倒せば、それ以上の高ランクアイテムが手に入る。

 手に入ったアイテムは売却したり、素材にしたりしてさらに装備を整えて、さらに上のモンスターを倒す。

 そして、常に格上のモンスターと戦うことで基礎アビリティの成長も促進される。

 これらを繰り返したことで私は、Lv1でも深い階層に潜ることができるようになった。

 ミアハたちの作業を真似ることで作成可能になった低級回復薬をダンジョン内で得た素材を用いて作成することでダンジョン内で自給自足も可能。

 もちろん、私が作成した回復薬はその質も中級以上の回復薬となっている。

 ただ潜ることだけを考えれば30階層にも行くことができるだろうほどに私のスキルはチートだ。

 常に自分の限界以上のモンスター倒してきたのでもっと早くランクアップしても不思議ではなかったが、私にそこらへんの才能はないようだ。

 

「申し訳ありませんでした、ゼノン・ダイシン氏。彼には十分注意しておきますので」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 精神的に凌辱の限りを尽くされた受付男子の代わりに現れたのは、特徴的な耳と眼鏡がチャーミングな愛らしいギルド職員(女)のエイナ・チュール氏だった。

 もともと私が目当てにしていた女の子の登場にだらしなく表情が緩んでしまうのをどうにか我慢する。

 

「それで本日のご予定はステイタスの更新のみでよろしかったでしょうか?」

 

 驚かされることに耐性があるのか、魅力的なハーフエルフのエイナちゃんは周囲の者たちより早めに立ち直り、事務的な笑みを向けてくれる。

 

「かわええ……」

 

 女の子に笑みを向けてもらえるだけで幸福を得られる私は心の声を漏らさずにはいられなかった。

 

「セクハラですか? 訴えてもよろしいでしょうか?」

 

「それはさすがに早すぎる! せめて、罵倒だけで留めてもらえると「ゼノン・ダイシン氏……キモいです」 ありがとうございます」

 

 穏やかな笑みと共に吐き出される美少女からの罵倒に思わず感謝の意がでる程度に私は異性との触れ合いに飢えているらしい。

 

「とりあえず、素材回収系のクエストがあればお願いします」

 

 素材回収系クエストは、私のスキルを利用すればノルマ素材だけでなく自分用の素材やアイテムを得て、依頼者からの報酬も得ることができるお得なクエストだ。

 しかし、エイナちゃんの返答は笑顔の否定でなされた。

 

「現在受けられる回収クエストはありません。どこかの誰かさんがどんな素材でもぽんぽん持ってくるから市場に素材が飽和しているらしいですよ? 採取系ギルドに背中を刺されない

 

ように注意した方が良いですよ」

 

「そ、そうですね。十分注意することにします」

 

 笑顔で酷いことを言ってくれるエイナちゃんに私を気遣っている様子はないので彼女も漏れなく『強欲の代償』の影響を受けている。

 エイナちゃんがツンデレだったら好意の裏返しだとわかるのだが、エイナちゃんはツンデレキャラじゃない。

 それに私に好意を持っていないからエイナちゃんに出ている影響は程よい罵倒なのだ。

 例え、一時的なものであるとわかっていてもミアハのような嫌悪の言葉を美少女から浴びせられたら興奮するだけじゃすまなくなってしまうだろう。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「はい、夜道や迷宮探索に行く時は気を付けてくださいね」

 

「あ、ありが「近いうちに背中を刺されると思いますから」……気を付けます」

 

 良い笑顔で忠告してくれるエイナちゃんに礼を言ってギルドを後にする。

 

「今日は浅い階層で熟練度上げでもするか」

 

 特殊魔法『グレータースティール』を使い続けたことでランクアップと共に発現した発展アビリティ『強欲』を試したいからな。

 プリズムシャドウやアイオライトゲルから得た素材でヘファイトス・ファミリアに武具作成を依頼しているから新しい階層に向かうのはそれが完成してからでも遅くない。

 ミアハ・ファミリアの借金もほぼ返し終えているのでこれまでのように荒稼ぎする必要もなくなった。

 これからは、基礎アビリティの向上や戦闘技術の基本を鍛えていくことに力を入れていこう。

 

 ランクも上がり、借金も減り、冒険者としての道も順風満帆。

 ミアハに拾われて冒険者になる前とは文字通り、天国と地獄だ。

 今頃、私を門前払いした神々がどう思っているかを想像すると少しばかり気持ちが良い。

 

「なんや? どっかで見たことあるオッサンかと思ぉたらいつかのハゲデブやないか! まだ生きとったんか?」

 

 噂をすれば影というが、想像しただけでも災厄というものは現れるのか。

 現れるならせめて神の証たる双丘があるのが良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大事なことだから言っておくが、私は ハゲ じゃない! ハゲじゃない! ハゲじゃない!

 

 大事なことだから繰り返す! 間違いだから否定する!

 

「私はハゲじゃない! ただの坊主だ! このロキ無乳!」

 

 ここに宣戦布告がなされた。



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04:他人のハーレムはぶち壊す主義です

 

 ギルドを後にした私はダンジョンの浅い階層を軽く回ってギルドで魔石の換金を済ませ、最近の行きつけになりつつある酒場『豊饒の女主人』亭で少し早めの夕食を摂っていた。

 この店は、冒険者として活動する前から目をつけていた店であり、ミアハの眷属になり冒険者として稼げるようになってすぐに通うようになった店だ。

 ドワーフの女店主であるミア・グランドが経営するこの酒場は、すべての従業員が美女・美少女という楽園であり、私が通い詰めるのも当然だった。

 しかし、私の『強欲の代償』により接客業にあるまじき言動を繰り返してしまうウェイトレスが続出し、しまいには出禁を言い渡される一歩手前までいった。

 それでも私がここに通えているのは、ひとえに『ヴァリス』のお蔭である。

 

「今日もたんまり貢ぎに来てくれたようだね、ゼノン」

 

 あまりに失礼な言葉と共に店主ミア・グランドが私の前に並々と安酒が注がれたジョッキを叩きつける。

 

「貴女に貢ぎに来ているわけじゃない。私は、リューちゃんたちに接客してほしい」

 

「貢ぎに来てるのは否定せんかい!」

 

 私とミアのやり取りに隣の席でこの店では上等な酒を飲んでいたロキ無乳がツッコミを入れてくる。

 

「はい、本日のオススメ十品コースの一品目だよ!」

 

「早いよ、店主」

 

 まだ口もつけていないジョッキの横にどうみても野菜を千切っただけの前菜が置かれた。

 もはや注文前にお任せメニューが出てくるのはいつものことなので気にしないが、せめてお通しがほしいと思うのは過去の残滓なのだろうな。 

 目の前に出された味のない萎びた野菜をつまみに安酒を口にする。

 個人的にアルコールなんて臭い、不味い、身体に悪いのスリーアウトだったが、こちらの世界に来てからはそれなりに美味いと感じるようになった。

 味よりも場が味覚に採用しているのだろうな。

 安酒を他の客の倍近い額で出されても文句なく飲み食いを始める私の横顔をまじまじと見ていたロキ無乳がわざとらしいため息を吐いた。

 

「はぁ~……おのれは、そんなんでええんか?」

 

「私は可愛い女の子と触れあいたいんだ。例え、何ヴァリス支払おうともな……おかわり!」

 

 言葉にして少し苛立ったので安酒を一気に飲み干して店主に空ジョッキを渡す。

 

「こんのハゲはぁ~。プライドっちゅうもんがないんか?」

 

 ロキ無乳の胸だけでなく、心も無い言葉を掛けてくる

 今も店内の客は私と無乳を除けば疎らなもので、ウェイトレスたちもこれからの客入りに備えてゆっくりしている。

 何故、私のところに接客に来ないのだろう。

 再び注がれた安酒をあおってから無乳に言ってやる。

 

「私はハゲじゃない! そして、プライドなんてものは要らない。そんなものより私は可愛い彼女が欲しい」

 

「なっはっはっ! 相変わらず、潔いやっちゃな!」

 

 私の言葉に派手なリアクションを示して下品な笑い声をあげながらジョッキの酒を飲み干す無乳。

 

「そういえば……なんや、えらい稼いどるようやな? しかも、うちのアイズたんの記録を抜いた『リトル・ルーキー』より早くランクアップまでしよったちゅうんはホンマなんか?」

 

 無乳も少し酔いが回ってきているのか、広目のカウンター席に座っていながら私の方へ椅子を寄せて絡んでくる。

 

「私の稼ぎなどロキ・ファミリアの方々に比べればたいしたことない。というか、リトル・ルーキーとはクラネル君についた二つ名か?」

 

「そうやそうや、あんのドチビんとこの兎君のことや。そういや、お前もランクアップしたんやから二つ名付けなあかんな~」

 

 冒険者の二つ名は、神々の定期会のようなものである神会というところで決められる。

 先日、うちのミアハも出かけていたのでそこで決まったのだろう。

 私の場合は、次の神会で決まることになる。

 

「そんなん待たんでもうちが立派な二つ名付けたるわ! 世界最速のランクアップ……『速漏(ファスト・マン)』とかどぉや~?」

 

 相変わらず下ネタが完全におっさんだ。

 この無乳、胸板の癖に乳を語るだけに飽き足らず、性別も偽っているんじゃないだろうか?

 無乳の酒精に染まったドヤ顔にイラッとする。

 

「……いい加減、本題に入ってくれないかな」

 

「ふふん、さすがにわざとらしかったか?」

 

 酔いに緩んだ表情はそのままに声音だけは低く、低く、冷たくなる。

 ロキの表情は、私が初めてロキ・ファミリアの門を叩いた時のモノになっていた。

 

「……オマエが『この世界』に来て、もう2、3年か?」

 

「2年半くらいです。どっかの神様に追い出されたのもその時期ですね」

 

「かかっ! ホンマ、よう生き延びたもんやで」

 

 どこか探るような視線を私に向けながら笑う無乳。

 この女神との付き合いは、『ゼノン・ダイシン』の歴史と言っても過言ではない。

 私がこの世界に来て初めて出逢った神であり、私にこの世界の在り様を示した存在。

 

「それで、私に何の用が?」

 

「何、一つだけ確認しとこうと思うてな」

 

 そこで言葉を区切ったロキは、再び酒を煽ってグラスを空にする。

 

「お前の魔法は、人にも効くようになったんか思うてな」

 

 その問いに私は盛大なため息を吐いて否定する。

 

「私の魔法は、モンスター限定です。経験値を稼いでもランクアップしてもそれは変わりません」

 

 私が保有する魔法『グレータースティール』は、接触した対象が保有する物質の所有権を自分のものにする特殊魔法だ。

 この魔法を使用することで上位のモンスターも瞬殺できる私は、ドロップ成金となれた。

 ミアハ・ファミリアに所属した次の日にロキが直々に確認しに来たため、私は隠すことなく彼女に魅せていた。

 最初に私を振った女神に自分がどれほど優秀な冒険者になれるかを見せつけたくてのことだったが、この女神は吐き捨てるようにいった。

 

「このド阿保ぅ。他所のファミリアの主神にほいほい答えんなや」

 

 自身の能力を他所のファミリアに公開することの意味を知らないほど私も無知ではない。

 それでも私は、この神の前で口を閉ざすことはしない。

 

「貴女は口外しないだろ? それに私は自分を過小評価するつもりはない」

 

 この世界に来たこと、ミアハに拾われたことで私は生まれ変わった。

 もう自分自身を計り間違えることはない。

 

「よく言うわ、このハゲデブは親父は」

 

「私は、ハゲじゃない! それともうデブでもないよ! このシックスパックを見てみぶふぉ!?」

 

「はい、二品目の焼け過ぎた串肉だよ!」

 

 無乳の暴言を訂正させるために上着を捲ろうとしたところで女店主の配膳アタックで阻止された。

 大皿に詰め込まれた串肉は、それなりに美味しそうだが名前の通り焦げているものが多い気がする。

 

「さすがミア母ちゃん! こないなオッサンのギャランドゥなんて見たらさすがのうちでも酒が飲めんくなったところや!」

 

 店主の一撃から回復できない私を笑いながら無乳が串肉を頬張りる。

 

「そ、それは私の分なんだが……」

 

「そんなケチんぼなこと言いっこなしやで、おっさん。うちみたいな美人さんに酒付きおうてもろとる対価としては安いもんやろ?」

 

 このロキ無乳、シバキ倒したい。

 私の苦悶と串肉を肴に酒をあおるロキに恨みの眼差しを向けながら私も酒と串肉を口に運ぶ。

 

「……やっぱ人に好かれんのは、しんどいか?」

 

 しばし、互いの食を進めるための沈黙を挟み、再び静かな口調でロキが語り掛けてきた。

 

「別に……元の世界に比べれば、この世界での挫折や孤独なんて幸福の部類だ」

 

 私は一度人生に挫折し、この世界でも一時は冒険者になれず挫折しかけた。

 それでも私は冒険者となり、チート能力も発現した。

 他者との関係性こそ絶望的だが、一度目の挫折に比べれば苦に感じるわけもない。

 そんなことなど私が言葉にするまでもなく、この女神は感じているはずだ。

 この女神ほど他者の機微に敏い者はいないだろう。

 私が知る『悪神ロキ』のイメージとは大分違っているが、神話の中でも子供たちが怪物として生まれさえしなければこのような神になっていたのかもしれない。

 

「ん~なんや? 神(ひと)を値踏みするように見よって……シバキ倒されたいんか?」

 

「貴女でも影響がでるんだな、『トリックスター』」

 

「はッ! ウチは本心から思っとるだけや」

 

 言葉尻を捉えて皮肉を込めて言ってやるが、ロキは軽い調子で自分のグラスで私を突いてくる。

 

 神でさえ影響を受けるはずの『強欲の代償』による忌避感は、ロキからは感じられない。

 三週間ぶりにまともな会話が続けられている時点で、ロキが私のスキルに対して特別な何かがあることくらいは察している。

 そうでもなければロキのような大規模ファミリアの主神が私のような者に声をかけるわけがない。

 ロキ自神も最初の忠告めいた叩き出しから冒険者になった時、今日のこの時も何かを伝えようとする意図が見える。

 しかし、その神意を私から問おうとは思わない。

 私は今現在満たされており、ロキから口にしないというのであれば余計な負担は背負いたくない。

 今の私に足りないものは、異性との出会いであり、魅力的な女性との親密な関係なのだ。

 

 さしあたって私が今現在この瞬間にとるべき行動は決まっている。

 

『パーティのことでお困りですかあっ、【リトル・ルーキー】!?』

 

 この酒場で大声を上げて他の客に絡もうとする奴は、相当な実力者か相当な馬鹿だ。

 そして、大声の主に絡まれている客は見知った者たち。

 それならば私が取るべき行動は、決まっている。

 

「ハーレム野郎に正義の鉄槌を! 死に晒せ【リトル・ルーキー】!!」

 

「ちょ、ゼノン何さらす気や!?」

 

 相当な馬鹿の大声野郎の後頭部を経由して見目麗しい女子に囲まれた白兎に必殺の魔法をぶちかます!

 無乳の制止を置き去りにして私は『豊穣の女主人』亭の店内を飛んだ。

 



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05:男の嫉妬は醜い怪物である

 

 パルゥムの美少女を隣に座らせ,ヒューマンの美少女とエルフの美女を体面に座らせた白髪赤眼の兎小僧。

 それなにスクエアなんですかね?

 店内に入ってきていたのは気づいていたが、できるだけ無視しようとした。

 しかし、私もお酒が入り気分も緩み始めていたところに私と似たような卑しい笑みを浮かべた酔っ払い冒険者が彼女らのところに割って入ろうとするのに我慢ができなくなった。

 

「死に晒せェ!リトル・ルーキーぃぃぃいいっ!」 

 

「「うおああああああああああああああああ!?」」

 

 私の専用魔法である『グレータースティール』を発動させての飛び蹴りが酔っ払い冒険者を巻き込んで兎小僧に直撃する。

 本来であれば机やその上の料理まで粉砕してしまうような攻撃だったが、そこはさすがの『豊饒の女主人』に務めるウェイトレスたち。

 しっかりと料理や机を回避させて被害を最小限に留めていた。

 

「てめぇいきなり何しやがる!」

 

 私に蹴飛ばされてベル・クラネルと共に床に突っ伏していた酔っ払いの冒険者が立ち上がって私に怒鳴る。

 厳つい顔つきで如何にも荒事を好んでいます、というような風貌の男冒険者は、仲間の男たちに目配せをして私の背後を抑えた様子だ。

 

「私は、そこで可愛い女の子に介抱されているクラネル君に用事がある。外野は黙っていてくれないか?」

 

「いや、テメェが俺を蹴飛ばしたんだろうが! 見ろ、こんなにでけえタンコブができちまったじゃ「からの~踵落とし!」 ぐぎゃっ!?」

 

 これ見よがしに頭を下げて小さなタンコブを見せてきたので遠慮なく後頭部に鮮やかな踵落としをくれて店の床と接吻させてやった。

 

「て、てめぇ! よくも「からの~回し蹴り!」 どあっ!?」

 

 私の攻撃に倒れた男の仲間が背後から襲い掛かってくるが、それを最小限の動きで蹴り倒す。

 今の私は、酔拳Lv7だからな。

 背後からの攻撃など無意味。

 床にたたきつけた男の頭を踏みつけながら私はパルゥムの女の子に介抱されているクラネル君を睨み付ける。

 

「直接会うのは、始めてかな? ベル・クラネル君」

 

「あ、はい、たぶん。……えっと、どちら様でしょうか?」

 

 いきなり酔っ払い冒険者と共に自分を蹴飛ばし、酔っ払い冒険者を気絶させた私に疑惑と不安の目を向けるクラネル君。

 

「ベル様、この人はゼノン・ダイシン様です。ミアハ様のところですれ違ったことがありますよ?」

 

 クラネル君を介抱するように寄り添っていたパルゥムの美少女、リリルカ・アーデがため息交じりに言う。

 リリルカとは以前から顔見知りであり、先日も臨時のサポーターとして雇った仲なのでクラネル君に私を紹介する。

 

「あーそういえば、見たことあるようなないような。って、いきなり蹴飛ばすなんてひどいで「グレーター・スティール」痛っ、「グレータースティール」あ痛っ! 「グレーターステ

 

ィールⅡ」い、痛いですってば!?」

 

 リリルカの紹介にパッとしない様子で頷いていたクラネル君の表情にイラついたので『グレータースティール』のデコピンを食らわせる。

 

「確かに私は頭は薄くないが影が薄い。君のようなラブコメ野郎の目に留まらないのも仕方がないだろう」

 

「ら、らぶこめって何? というか、表情が気持ち悪、じゃなくて顔が怖いですよ」

 

 つぶらな瞳をきょどらせて戸惑いを示す小動物系男子に再びグレータースティールを構える。

 

「しかし、ハーレム冒険者撲滅委員会(会員募集中)のトップとして言わせてもらいたい」

 

「ハーレム冒険者って僕のこと!? ちょっと何か誤解を――」

 

 このハーレム兎は言うに事欠いて、この状況をハーレムではないとのたまうのか。

 明らかに好意を持っていると思われるリリルカとヒューマンのウェイトレス美少女シル・フローヴァ、かなり高い好感度を示していると思われるエルフの美女リュー・リオンをそばに

 

侍らせているにも関わらず、ハーレムではないと?

 マスコット的愛らしさを持つロリ巨乳である神ヘスティアの眷属になっておきながら?

 私は君の前にヘスティアの眷属にしてもらおうとしたが「君はちょっと……生理的に無理」と拒絶されたロリ巨乳と同棲しておきながら?

 ハーフエルフの受付嬢エイナ・チュールに一冒険者として以上に構われ、買い物デートにまで行っておいて?

 私は最初の冒険者登録でエイナちゃんが担当職員になったはずなのに次の日にはギルド職員男子(メガネ)が私の担当職員になっていたというのに?

 

 今もリリルカに介抱されながら「訳が分からないよ」という表情のクラネルに私自身も「わけがわからないよ」の思いと共に宣言する。

 

「よかろう、ここに聖戦を始めようではな「静まりなさい」 おぶぅ」

 

 閃光のように空を切り裂いた回し蹴りの一撃。

 その刹那に垣間見た穢れを知らぬエルフの園を瞼に永久保存し、私は意識を奈落の底へと落した。

 

 

 

 

 

 

 人生は理不尽でできている。

 私自身、褒められたような人間ではないが、それでも幸福な者を憎む程度は許してほしいと思う。

 何もできない世界から解放され、何でもできる可能性がある世界にたどり着いた私は、ハーレム冒険者を許さない。

 大恩あるミアハも天然の女たらしなので、私の主神でなければデストロイしていたはずだ。

 同じく天然ジゴロな神タケミカヅチもボールクラッシュしてやりたいと思った。

 耳慣れた神だったからファミリアに入団させてもらいに行った時も……あのたらし神め。

 ロキ・ファミリアのフィン・ディムナも捨て置けない。

 私より年上なのに少年のような見た目で、さらに戦闘力も高く、女性人気も高いなど言語道断。

 名前も親指の『フィン』なのか槍の『ディムナ』なのどっちかにしろと言いたい。

 何が『勇者(ブレイバー)』だ。

 年相応に禿て、デブって引退していれば良いものを。

 

 

 数え上げれば切がない恨み、いや、妬みが私を苛む。

 あの酒場であんなことをすれば多額の損害賠償を支払わされた挙句、今度こそ出禁になること間違いなしだ。

 今の私を唯一癒してくれる空間でなんと馬鹿なことをしたものか。

 確かにロキとの会話に緩んでいたとはいえ、酔いに任せて大失敗をするなんて以前の私ならあり得なかった。

 これも戦える力を得たことと目の前に物語の主人公のようなハーレム野郎が現れたせいだ。

 まったく、男の嫉妬は醜いと自分でもわかっているはずなのに――。

 

 

 

 

 

 

 深い、深い水底に沈むような後悔の念に身を任せるままにまどろんでいた私は、身体に感じる日の光の呼びかけに答えるように目を覚ます。

 

「……目、覚めたかい?」

 

「おはようございます、ミアハ様」

 

 最低な気分の私を待っていたのは、半裸の私の背に抱き付く我が主神ミアハと部屋の扉の隙間から黄泉の亡者の如き半眼で覗き見るナーザァ・エリスイス。

 

 やはり絶望的な目覚めだった。

 





本日のステイタス更新

ゼノン・ダイシン
 Lv.2
 力:I-99
耐久:H-150
器用:I-89
敏捷:I-20
魔力:B-650
【発展アビリティ】
 強欲:I
 あらゆる獲得要素において+補正が掛かる。
【魔法】
 グレータースティール:S
 接触した対象に付随するアイテム等の所有権を自分のものにする速攻性の特殊魔法。
 ランクアップにより、アイテム以外のものも奪うことができるようになる。
【スキル】
『強欲の代償(マモーナス)』
・認識範囲内の他者から嫌悪の感情を向けられるようになる。
 神でも例外ではなく、影響を受けない者はゼノンと何らかの親和性がある者に限られる。
・富を獲得する上で最上級の+補正を得る。
・強く欲すれば一時的に適性外のスキル効果を獲得できる。任意発動不可。
・このスキルは―――――――――――――――――により、『     』へ昇華する。
・このスキルは―――――――――――――――――により、『     』へ昇華する。
『嫉妬怪物(リヴァイアサン)』
・他者を妬めば妬むほど能力が増大するが、判断力が著しく低下する。
 嫉妬の対象が認識範囲内にいる限り、効果は持続する。
・このスキルは―――――――――――――――――により、『     』へ昇華する。
・このスキルは―――――――――――――――――により、『     』へ昇華する。


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閑話01:神は愛を識り・・・・・・

 私が始めて彼と出会ったのは、地上の迷宮と呼ばれるオラリオの貧民層が多く住まうダイダロス通りだった。

 

 度重なる区画整理で秩序が狂い、独自の世界観をもって多くの人々を迷わせるこの通りは、迷宮都市の闇と言ってもよいのだろう。

 誰も全容を知らない多重構造の地上迷宮は、オラリオに、迷宮に夢を求めてきた子供たちの一部が行き着く先とも言える。

 オラリオを訪れる子供たちの多くは、ダンジョンを目指す。

 ダンジョンに入るためには、神の眷属となり冒険者にならなければならない。

 ただダンジョンに入るだけならば冒険者にならずともギルドの目を盗んで忍び込むことはできるだろうが、ただの人がダンジョンに入っても待っているの死のみ。

 ダンジョン内に蔓延るモンスターを倒してダンジョンを探索するには、神の眷属となり、その恩恵を受けなければ不可能だろう。

 かつては、神の恩恵なしにモンスターを打倒するほどの勇士たちも居たのだが、現代の子供たちにそれを求めるのは酷というものだろう。

 

 それでもその子供は、ただの人の身でダンジョンに挑んだ。

 

 多くの傷をその身に刻み、衣服は襤褸雑巾の如く、汚れきった右手は小さな魔石を硬く握りしめていた彼の姿は今でもこの目に焼き付いている。

 

 

 

 

 

 迷宮都市オラリオの中央広場から西のメインストリートに設けられた私のファミリアのホームである『青の薬舗』。

 ダイダロス通りで出遭った如何にも訳ありそうな子供をギルドではなく、ホームに招き入れた判断を今でも間違っていたとは思わない。

 それでも私は、彼をホームに招き入れ、自らの眷属としたことは間違いだったかもしれないと時々思う。

 

『助けていただいたばかりなのに厚かましいと思われるかもしれませんが、どうかお願いします! 俺、じゃなくて私を貴方のファミリアに入れてください!』

 

 目覚めた彼は、私から成り行きを聞くとタケミカヅチにも劣らない見事な土下座をしながら懇願してきた。

 まるで今にも縊り殺されそうな食用鳥の如き絞り出すような叫びに私は慄いたものだ。

 子供たちの中でこれほどまでに切羽詰まった者を私は見たことがなかった。

 通常であればこれほど真剣な願いを無碍にすることなど私にはできないと思っていた。

 

「ふむ。私のファミリアは大きな借金があってね。君みたいな稼げなさそうな子供に入ってもらっても困るんだ」

 

 しかし、口から出た言葉は本来の意図とは乖離した内容になっていた。

 私はただ、莫大な借金を抱える私のファミリアに所属したら苦労するだろうと告げたかっただけ。

 

「見たところ君は無一文のようだし、特に才能があるような顔にも見えないね。まあ、馬車馬の如く働いて少しでも稼いでくれるというのであれば考えなくもないよ?」

 

 それにも拘わらず、私の口から零れる音はどれも度が過ぎた侮辱だった。

 本来であればこのような言葉を自分が言うはずがないと思いつつ、私の心は自分に非があるようには感じていなかった。

 明らかにおかしい。

 彼に対する侮辱の言葉は後を絶たず、心の中でも彼を嫌悪していると思っているような感覚があった。

 

「どんな借金があっても俺……っ、私は構いません! 冒険者になれるならどんなことでもします!」

 

 私の侮蔑の言葉と嫌悪の視線に曝されながらも彼はその濁った瞳をまっすぐ私に向けて求めてきた。

 薄汚れ傷ついた身体に濁り切った瞳、およそ才能というモノが一切感じられない彼の中には、強大な渇望があった。

 力に飢え、人に飢え、運命に飢えた彼の心は吐き気を催すほど強い欲望を秘めている。

 これほど欲深い子供を野に放ってしまえば、いずれ誰かが毒される。

 この子供は何の力も持ちえないと感じさせながらその実、得体のしれない不気味さがあった。

 あり得ないほどの欲望。

 それは彼を力のないままダンジョンに走らせ、神の恩恵を受けないままにモンスターと対峙させ、薄汚くも生き残らせているほどに強い。

 この欲望が彼の内面からくるものなのか、環境がそうさせたのかは判断できなかったが、それでも興味がわいた。

 娯楽を求めて下界に降り立った神であれば何の変哲もない彼のような子供に興味は示さないだろう。

 私も彼があのような状態で行き倒れていなければ、ギルドに預けて終わっていただろう。

 彼のそばにいると胸の内に沸いてくる嫌悪の念は、ディアンケヒトに感じるモノとは違うがそれ以上の忌避に感じられる。

 私にこれほどの念を抱かせる君は、何者なんだい?

 近くに居たくない、遠ざけたいと思う一方で、そう思わせる『何か』に私は惹きつけられたのだろう。

 この様では、私も娯楽に飢えた他の神たちを窘めることなどできないな。

 

「良いでしょう。貴方を私の眷属として迎え入れよう」

 

 この時は、私の完全な気の迷いだと思っていた。

 それでも――。

 

「ぁ、ぁぁ……ありがとうございます、ミアハ様!」

 

 私に受け入れられた彼は、その濁り切った瞳の奥に小さな光を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 そして、私は知ることになる。

 彼の身に刻まれた自業自得にも思える業の深さを――。

 

 

 ゼノン・ダイシン

 Lv.1

 力:I-1

耐久:I-1

器用:I-1

敏捷:I-1

魔力:I-1

【魔法】

『グレータースティール』

 接触した対象に付随するアイテム等の所有権を自分のものにする速攻性の特殊魔法。

【スキル】

強欲の代償(マモーナス)

・認識範囲内の他者から嫌悪の感情を向けられるようになる。

 神でも例外ではなく、影響を受けない者はゼノンと何らかの親和性がある者に限られる。

・富を獲得する上で最上級の+補正を得る。

・強く欲すれば一時的に適性外のスキル効果を獲得できる。任意発動不可。

 

 

 私のファミリアとなった彼の背に刻んだステイタスに示された魔法とスキルは凄まじいモノだった。

 彼が手にしていた魔法は、モンスターであればどれほど強大であろうと触れることさえできれば瞬殺できる速攻魔法。

 その身に刻まれたスキルは、他者に嫌悪の念を抱かせることと引き換えに絶大な富を与える。

 スキルと魔法、そのどちらもが見たことも聞いたこともない間違いなくレア級。

 彼の魔法は間違いなく先天性の魔法だろうが、神の恩恵を受けて発現するスキルは今この時開花したはず。

 それなのに私は、彼をこの手に抱く前に嫌悪を感じた。

 彼の身に刻まれた業は、私の恩恵を受けてスキルという形を得たのだ。

 そして、彼の業を形にしたスキルは、彼の生末に選択を与えていた。

 

『このスキルは、湧き上がる己の欲望に支配されることにより、≪強欲の悪魔(デモンズ・グリード)≫へ昇華する』

 

 人としての形にすら固執することなく飽くなき欲を求めることで強欲は自ら形を成して彼自身を悪魔へと変貌させる。

 そうなってしまえば、彼の欲望は留まることなくこの都市を喰い尽し、絶大な簒奪者となるだろう。

 

『このスキルは、湧き上がる己の欲望に打ち勝つことにより、≪開眼の豊穣角(プルートス・アラウゾル)≫へ昇華する』

 

 己を優先することなくその富を正しき者たちに分け与え、富を齎すことで、強欲はやがて施しの聖者となる。

 多くを失い、何かを得ることに飢えている彼が、それでも誰かを救うために己の大切なモノを捨て去る時、偉大な救済者となるだろう。

 

 

 ゼノンは何もかも奪い尽す強欲なる魔王にもすべてを分け与える施しの聖者にもなりえる。

 この嫌悪の正体の一端を知った私は、それでもゼノンに対する嫌悪は消えていなかった。

 私の眷属となっても私に影響を与えるほどの強欲をゼノンは抱えている。

 一体どれほどの喪失を、飢餓を、無力に苛まれればこれほどまでに欲する心が育つのか。

 その背に世界を脅かすほどの欲を刻んだ彼を私は導いてあげられるだろうか。

 

 

 

『捨てる神あれば拾う神あり、ってやつやな~? ハ・ゲ・デ・ブ?』

 

 

 そんな私の葛藤をまるで嘲笑うかのようにかつての悪神を彷彿させる下卑た笑みを湛えたロキの突然の来訪。

 

 

 

 

 

「ミ~ア~ハ~? 今日はうちが拾う神になったったでぇ~」

 

 そして、この日もまた断りもなく店内を通り越して私の私室に入ってきたかつての悪神。

 

「ロキよ、たまには私たちの出迎えを待てなっ、ゼノン!?」

 

 かつての悪神ロキの背に力なく引き摺られている襤褸雑巾のような姿のゼノンを見る。

 まるで私が始めて拾った時のようにぼろぼろな状態のゼノンを背負ったロキは、ほろ酔い気分の抜けきらない様子で大げさな動作でゼノンを私のベッドに転がした。

 

「うひ~めっちゃ疲れたわ! 昔ん時みたいにホンマモンのブタやったらか弱いうちには運べんかったわ」

 

 そう言いながらベッドに転がしたゼノンの隣にロキも寝転がる。

 

「い、一体何があったのだ、ロキ?」

 

 普段、ほとんど親交のないロキがここを訪れたのは、今日で二度目。

 最初は、ゼノンを拾った日。

 どういうわけか、ゼノンと顔見知りだったらしいロキは、ゼノンが私のところに運ばれたことを知り、ゼノンに現れたステイタスを確認しに来たということだった。

 ゼノンはゼノンでロキに対して誇るように自身の背を見せていた。

 ロキのことをゼノンは、この世界で最初に出遭った神だと言っていたが、ロキほど大規模なファミリアを運営する神とこの都市に来たばかりのゼノンが出逢える確率はそれこそ奇跡に等しい。

 それでも彼らは出逢った。

 私が彼を拾ったように、ロキは彼を捨てた。

 しかし、ロキはただゼノンを捨てたわけではなかったのだろう。

 思えば私たちと違い、ロキは始めからゼノンのスキルに影響されていないようだった。

 ゼノン自身は、なぜロキに影響がないか理解できていないようだったが、私にはなんとなく想像ができていた。

 何も知らないゼノンにロキは、何かをした。

 それを知らぬまま冒険者になることを望んでオラリオを駆け回ったゼノンは、誰からも神からも受け入れられることなく数年の時を彷徨った。

 ゼノンの何がロキの琴線に触れたのかは私にもわからないが、ロキは待っていたのだと思う。

 ゼノンがその身に宿す業を手遅れな段階まで深く深く魂に刻み付けるその時を。

 

 

「そんでな、ミア母ちゃんとこで酔っぱらって馬鹿やらかしたど阿呆の代わりにうちが頭下げて見逃してもろたっちゅーわけや」

 

「うちの眷属が迷惑をかけてしまい、すまなかった。この借りは必ず返そう」

 

 ことのあらましを聞いた私は、ベッドに寝転がったままのロキに謝罪と感謝を告げる。

 しかし、ロキは気にするなと言って完全に気を失っているゼノンの上着を脱がした。

 

「そんなことより、ちょこっと今のうちにステイタス更新したったってや。なんや面白いモンが見れるかもしれんとうちの勘が言っとんねん」

 

「……面白いものとは?」

 

 ロキの顔に一月前と同じ信用ならない笑みが刻まれていることに私は警戒心を強める。

 

「ええからええから! こいつが目え覚まさん方が、ミアハもやりやすいやろ?」

 

「それはそうだが……」

 

 ゼノンが覚醒している間は、まともに会話することも難しい。

 自分ではどうすることもできない嫌悪の念に後押しされた罵詈雑言が出てしまうのだから。

 

「……その前にひとつ聞かせてほしい」

 

「ん? なんや? 今日のうちは気分ええさかい、何でも答えたるわ!」

 

 酒気を過剰に含んだ息を吐き出しながら言うロキに私は、問う。

 

「どうすればゼノンのスキルに影響されずに接することができるようになるのか教えてほしい」

 

 そんなことが本当にできるかは分からない。

 例えそんな方法があったとしても目の前のロキが知っているとも限らない。

 それでも問わなけらばならない。

 私はゼノンの神であり、家族だから。

 

 私の問いにロキはその目を薄く開いて私とゼノンを見比べて盛大なため息を吐いた。

 

「そんなつまらんこと聞くなや」

 

「つまらないことではない! 私にとって「ちゃうちゃう、そう言うんやないって」……どういう意味だ?」

 

 柄にもなく荒い言葉になりかけた私にロキは軽い調子で応える。

 

「うちは特別やから影響を受けへんけど、ミアハが影響を受けるんは本当の親になってへんからや」

 

「本当の親だと?」

 

 理解が及ばぬロキの言葉に私はその先を求めた。

 

「こいつはちっとばかし特別な出自があってな。ただ『恩恵』を与えるだけじゃあかんねん」

 

 この世界の存在ではないゼノンと本当の意味で繋がるには、彼の歴史を知らなければならない。

 それはただ『恩恵』を授けるだけでなく、彼の中に流れる別世界の法則を取り入れなくてはならないという。

 

「そんなことどうやって知った?」

 

 神でさえ知らない世界があるとロキは言う。

 確かにゼノンからそのような話を聞いたことはあるが、面と向かって語り合うことが難しい現状で正しい認識を持つまでには至っていない。

 

「そらうちは特別やからな! ほらほら、こんなつまらん話は置いといて、さっさとステイタスの更新したってや」

 

 あくまで全てを話す気がないであろうロキの催促に私は問いただすことを諦めてゼノンの背に寄り添う。

 ゼノンの背に神血を垂らし、浮かび上がる彼が蓄えた経験値を神聖文字に変え、明確な形を与えていく。

 そこに浮かび上がったステイタスは、先日更新したLv.2の時から耐久や魔力が伸びている以外は、目だった変化はない。

 もともとスキルによって熟練度の伸びが良いゼノンの基礎アビリティは別段気にするものでもない。

 そして、ゼノンの異常な成長と我がファミリアの運営を立て直す基盤となっているスキルの方もいまだ変化はなく、どちらの転ぶかわからない状態。

 そこまで見てから私は驚愕に声をなくした。

 

 

『嫉妬怪物(リヴァイアサン)』

・他者を妬めば妬むほど能力が増大するが、判断力が著しく低下する。

・嫉妬の対象が認識範囲内にいる限り、効果は持続する。

 

 

 自らの指で形とした新たなスキルは、私の願いを打ち砕くに十分なものだった。

 

「馬鹿な! なぜこのような負のスキルがゼノンに発現する!?」

 

「何故って、そんなもんゼノンの日頃の……こいつが女好きなの知らんかったんか?」

 

 ロキの面白いものを見るような目に私は正直イラッとしてしまった。

 私の前では常に礼儀正しく、勤勉な子供だったゼノンが女好き?

 もしロキが言うことが事実、もしくは潜在的にそのような気質であったとするならばゼノンの状況は、嫉妬という感情を抱かずにはいられない日々だったのだろう。

 どれほど好いた女性が居ても必ず嫌悪の情を持たれ、そこから好転しようがないのだ。

 もしゼノンの前に女性に好まれる男が現れれば、未熟なゼノンは嫉妬を抑えられないだろう。

 

「……自覚なしかい。こりゃゼノンの鬱憤も溜まりまくってたんやろうな」

 

 ゼノンの心情を思い苦悩する私にロキは、馬鹿を見るような目を向けてくる。

 またしても殴ってやりたい衝動に駆られたが、心を落ち着かせて儀式を進める。

 

『このスキルは、他者の想いを裏切り、嫉妬に猛り狂うことにより、≪嫉妬怪竜(リヴァイアサン・エンヴィー)≫へ昇華する』

 

『このスキルは、他者を想い信じ抜き、全てを在るがままに受け入れることにより、≪女神の祝福(ベネディクション・ヘラ)≫へ昇華する』

 

 

 ゼノンの身に宿った、いや、彼のうちに在った嫉妬もまた怪物となる未来も英雄となる未来も内包している。

 彼の中にはどれほどの感情が渦巻いているというのだろうか。

 

「うげぇ、ヤンデレババアの何が祝福やねん。はぁ気色悪ぅ」

 

 私の子のステイタスを無遠慮に覗き見るロキの横やりは無視して儀式を進める。

 それまで『恩恵』を与えるだけだった神聖文字でゼノンの背に私の想いを刻む。

 こんな時でしか本当の想いを伝えられない神を許してほしい。

 それでももし、これで本当の私を君に伝えられるようになるのであれば、これまで話せなかったことを話そう。

 私と君の思い出はまだまだ短く、先は永い。

 私の言葉がどれほど君を導けるか不安で仕方ないが、それでも私は君が正しい選択をできるように僅かばかり手助けをさせておくれ。

 

「私の大切な愛しき子(ゼノン)――」

 

 ゼノンの背に私の心からの想いを刻み、その背に口づけをする。

 小さく開いた傷から彼の血をその心を味わうように私は取り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い永い彼の記憶。

 それはおよそ人ならば誰しもが感じるであろうモノのはずが、彼は誰よりもそれを深く深く考えすぎてしまった。

 彼は人と同じように物事を感じることができなかった。

 彼は人として当然の在り方を享受できなかった。

 彼は求め、欲し、願い、妬んだ。

 誰よりも純粋な願いを持った彼は、誰よりも穢れた思いに染まりきってしまった。

 魂の奥深くまで染まった彼の穢れた色は、誰にも変えられない。

 それでも私はこの子を信じぬこうと思う。

 愛されることを理解できなかった彼は、愛されない人間になった。

 それでも愛されたいと願った彼は、間違った愛に殺された。

 そして、生まれ変わったこの世界でも彼は、自分は愛されない人間なのだと思ってしまっている。

 

 それは違うと私は断言する。

 こうして、彼の穢れきった心の中を知った(わたし)が断言する。

 

 

「……目、覚めたかい?」

 

 永いまどろみから覚める我が子(ゼノン)を私は最大限の笑顔(あい)で迎えた。

 

「おはようございます、ミアハ様」

 

「うん。おはよう、ゼノン!」

 

 もはや嫌悪などありはしなかった。

 始めて我が子を抱き上げた母のように私の心は満たされた。



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06:無双夢想

 ダンジョンに単独で潜る冒険者は相当な実力者か、零細ファミリアに所属する駆け出しのようなサポーターも雇えない金欠者、もしくはどうしようもないコミュ障や嫌われ者だろう。

 基本単独探索がメインの私はこの中で実力者兼嫌われ者に分類される。

 手にすることができたチートスキルや魔法は、私から友を遠ざけた代わりに最上級冒険者への道を開いてくれている。

 ダンジョン内での完全なる自給自足という馬鹿げたことを可能とするスキルや魔法は、私に人外の継戦能力を与えていた。

 

「……だからと言って疲れがないわけじゃないんだがな」

 

 友を得ることができない私の単独迷宮探索は、莫大な資金・素材・経験値を独り占めにできるという利点がある。

 他の冒険者ならとてもできないようなことでも私はできてしまう。

 

「な、何でそんなに落ち着き払ってやがるんだ、このくそ野郎!」

 

「ちっくしょー! 誰だよ、この野郎に『怪物進呈(パス・パレード)』仕掛けようなんて言った馬鹿は!?」

 

「そりゃテメェだよ、モルドォッ!」

 

「そうだったよ、こんちくしょーが!」

 

 私の横を走る如何にも荒事に慣れていそうな冒険者たちが涙ながらに全力疾走を続けている。

 場所は、迷宮内の第16階層。相当な距離を移動しており、幾度か縦穴を通過したので久々にここまで潜った。

 

「どうして深層にしかでないはずのオルトロスが中層で群れを成してるんだよ!?」

 

「お、俺たちが『怪物進呈』したのは、ヘルハウンドとアルミラージだったはずだぞ?」

 

「くっそが! このくそ野郎、一体どこでひっかけて来やがったんだ!」

 

 泣き叫ぶLv2の冒険者たちや私の後ろから追いかけてくるのは、2Mを超える体躯の獰猛な二頭犬(オルトロス)の群れ。

 Lv3相当の冒険者チームでも対処が難しいオルトロスに追いかけられるなど上級冒険者の区分に足を踏み入れただけに過ぎないLv2の冒険者たちには悪い冗談だろう。

 

「私は、人に嫌われるのと同じように迷宮からも嫌われているらしい。よく階層を無視したモンスターに出くわしている」

 

 事実はスキルによるものだが、一応秘密にしていることなので適当なことを冒険者たちに教える。

 

「ちっくしょー! これがテメェがランクアップした理由だってのかよッ!?」

 

「まぁ、そういうことだな。これに懲りたら単なる嫌がらせで『怪物進呈』を私にしないでくれると助かる」

 

 死に物狂いで逃走する彼らの横を息も切らさず走りながら忠告する私に冒険者たちは涙ながらにガクガクと何度も頷いた。

 

「わ、分かった! 分かったからこの状況をどうにしやがれ!」

 

「し、死ぬ! 燃やされる!」

 

「も、もうダメだぁあああ!」

 

 今にも足を縺れさせてオルトロスの餌食になりそうな冒険者たちの懇願に私は彼らの後方に移動してオルトロスの群れに立ちはだかる。

 

「本当に危ない時なら請け負うが、嫌がらせならやり返させてもらうからな!」

 

「ちっ、金輪際関わらねえぇから安心しろ、この疫病神!」

 

 背中越しに罵倒を捨て台詞にして去っていく冒険者たちに呆れながら私は『魔法の靴』を起動せる。

 

「さて、私は動体視力と魔力に自信がある。今日も稼がせてもらうとしようか」

 

 簡単なステップを踏むと同時に『魔法の靴』が冷気を発すると同時に私はアイスリンクの上でもあるかのように迷宮の岩肌を滑らかに移動する。

 まるでスケートでもするような感覚で瞬く間にオルトロスの群れを迂回するように迷宮内の壁面を走りながらオルトロスたちの側面に回る。

 

「さあ、魔石(いのち)を頂こうか!」

 

 チート魔法『グレーター・スティールⅡ』を手にした肉厚な刃を両端に備える大槍に付与してオルトロスの群れの横っ腹に切り込む。

 

『グルルルゥゥゥォォオオオ!!』

 

 私の切り込みに対してオルトロスたちも迎撃のためにヘルハウンドを遥かに超える炎の弾幕を撃ち出すが、私はスライディングの要領で迷宮の岩肌を抉る様に身体を回転させることで『魔法の靴』と岩肌の間から氷の波濤を生み出してオルトロスの炎を相殺する。

 

「悪いが私の靴を前に炎弾は意味を為さない」

 

 自分たちの炎が氷の波濤に呑み込まれたことに動揺したような隙を見せるオルトロスたちに必殺の攻撃を仕掛ける。

 自らの靴に大槍の穂先を撫でさせることで刃に冷気を纏わせる。

 

「『氷槍奪刃(アイシクル・スティール・エッジ)』――!」

 

 氷結の魔力と強奪の魔法を付与された大槍がオルトロスの身体を次々と切り刻み、直撃した個体は魔石を失い灰化し、ギリギリで回避した個体は氷の魔力により機動力を奪われる。

 これは今の私の必勝パターン。

 私が有する第一級魔法具である『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』による高速移動と冷気による対象の行動阻害。

 これに『グレーター・スティール』を併用した連撃は、数で攻めてくるタイプのモンスターに対して圧倒的な優位性を確保できる。

 凹凸が激しい岩肌の壁面だろうが天井だろうが関係なく滑るように走ることができる『氷原滑走』は一撃離脱戦法の要だ。

 もちろん、常に滑走移動ができるわけではなく、冷気を生み出す際は威力によって溜めが必要になる。

 それでも『グレーター・スティール』と併用することで必要最小限の魔力消費と両刃の大槍『ブリューナク・ルーン』に魔法属性を付与しての攻撃は、大抵の敵を殲滅できる。

 圧倒的な資金力とレア素材にモノを言わせたオラリオでも最高ランクの特注品。

 これまでに単独撃破したモンスターのレベルは、最大でLv5相当にも及ぶ。

 さすがにそのレベルが群れを成して来たら対応できないが、今の私のステイタスと装備をもってすれば、単体なら階層主でも軽々と倒せるだろう。

 

「……慢心は、禁物だな」

 

 オルトロスの群れを撃滅し、周囲に転がるドロップアイテムと魔法によって取得した魔石がこれまた特注品の『魔法鞄(バックパック)』の中に自動収納された魔石を確認し、一息つく。

 高レベルモンスターを撃破できるのは、スキルと魔法によるところが大きい。

 格上のモンスターと戦うことで基礎アビリティの熟練度は瞬く間に上がっていくが、ランクアップに必要な『冒険』を経験することができなくなりつつある。

 スキルや魔法の特性、各種戦闘技術などの経験を積んだことで中層レベルはもとより、高ランクモンスターを相手にしても危険な賭けをする必要がないレベルに達している。

 

 次のランクアップを求めるのであれば、さらに深い階層に進出していかなければならない。

 しかし、それは大きなリスクを伴う。

 深い階層に潜るということは、それに見合った日数を費やさなくてはならなくなる。

 いくら私が迷宮内で自給自足が可能といっても不眠不休で戦えるわけではない。

 中層から下は、モンスターの出現頻度も尋常じゃないものになるだろう。

 さすがに休息なしの強行軍をできるほど私の精神は鍛えられていない。

 できないことはないだろうが、必ず限界は来る。

 

「単独探索の限界か……」

 

 私の決定的な弱点。

 それが仲間を作れないということ。

 最近は、ロキに加えてミアハ様も私のスキルの影響を受けなくなったようだが、神様を迷宮探索に連れていくわけには行かない。

 同じファミリアのナァーザも迷宮探索はできない、というかそれ以前にスキルの影響があるし、最近ではミアハ様が私にべったりなので別の意味でも殺意を抱かれているから一緒に迷宮探索でもしようものなら事故に見せかけて殺されかねない。

 やはり、ミアハ様に新しい眷属を勧誘してもらうしかないだろうな。

 少なくともミアハ・ファミリアが衰退した原因である借金の方は、返済が完了している。

 新規の眷属獲得の障害となるのは、私のスキルくらいなものだ。

 

「……それが一番の問題か」

 

 新しい眷属ができても私と一緒に探索をしてくれるとは限らない。

 一緒に探索をしてくれても連携が取れるかどうかも怪しい。

 いっその事、上位ファミリアの遠征に寄生(パラサイト)する方が確実かもしれない。

 

「それでも私のスキルがあったら意味ないか」

 

 やはり一人で何かすることの限界というモノは、存外に早く見つかるものだった。

 私に強大な恩恵を与え、命の恩神に報いさせてくれたスキルを恨むつもりはないが、どうにかしなければならないのは確かだ。

 今後のためにも誰かしらとパーティーを組めるようにならないといけないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、思ってもみないことほど意外とよくあったりする。

 それを私が体感するのはホームに戻ってすぐのことだった。 



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07:女神に応える者たち

 ダンジョンから戻った私は『青の薬舗』に今日の稼ぎを持って行ったところ、見たことのある顔ぶれが並んでいた。

 私の主神であるミアハ様と同じファミリアの団長である犬人のナーザァが居るのは当然として、その他の顔ぶれは私にとってそれなりに関係深いモノだった。

 

「……ミアハ様、ただいま戻りました」

 

 私の問いかけに店内の者たちが一斉にこちらを見た。

 ミアハ様たちはいつも通りの出迎えだが、他の面々は微妙な感じの表情を見せている。

 

「ゼノンか! 良いところに戻ってきてくれた」

 

 私のスキルに影響されなくなったミアハ様が熱い抱擁で出迎えてくれるが、背後のナーザァが銀の腕で規制が入りそうなサインを送ってきている。

 ファミリアのいつも通りな出迎えを経て、ミアハ様が現在の状況を簡潔に教えてくれた。

 

「クラネル君たちの捜索ですか……」

 

 ベル・クラネルとそのパーティーが初めて中層に挑み、他のパーティーから『怪物進呈(モンスターを押し付け)』られて安全確認ができていない。

 この流れは間違いなく全滅コースだが、ベル・クラネルたちの主神たちは彼らが生きていることを『恩恵(ファルナ)』を通して確認済みとのこと。

 

「私が16階層から戻る時にはすれ違わなかったので、おそらく縦穴から落下した可能性があります。そうなれば捜索活動は自ずと中層の深いところまで及ぶ……中層全域を捜索可能なレベルのファミリアから協力は得られていますか?」

 

 ミアハ様から説明を受けた私は、ベル・クラネルの主神たる黒髪の女神ヘスティアに問いかける。

 

「もう冒険者依頼(クエスト)の発注は済ませてあるけど、今のところ協力が得られているのは、タケミカヅチのとこの子たちだけだよ」

 

 苦虫を噛み潰すかのように私の問いに応えるヘスティアの頬は、痙攣したかのようにヒクついている。

 私が知る三大処女神の一画たるヘスティアは家庭生活の守護神だったが、この世界のヘスティアもファミリアという家族に対する想いは強いらしい。

 

「こんなことを頼むのは厚顔無恥なことだと思うけど……どうか、ベル君たちを助けて欲しい」

 

 スキルの影響で私に嫌悪を感じていながら強靭な意思で言葉を紡ぎ出すヘスティア。

 幼い見た目であろうとも神は神、ということか。

 私が知るヘスティア神も全能の神ゼウスの姉だったからな。

 不老の神は見た目より、神生経験は膨大なものになるのだろう。

 

「………っ! ……何かとても無礼なことを考えられたような気がするけ、どぉぉぉ! 君の助けが必要なんだ!」

 

 頭を下げたヘスティアが私の思考を感じ取りながらも全力で我慢しながら懇願を続ける。

 

「そこまでされずとも私は断りません」

 

 私の答えを受けてヘスティアが呆けたような顔を私に向ける。

 

「へ? だってぼくは……君を捨てたんだよ? それなのにぼくのお願いを聞いてくれるのかい?」

 

 確かに『生理的に無理』という言葉を可愛らしい女神に言われた時は、ゾクゾ……じゃなくて傷付いた気がしないでもないが、そんなことで私はこの女神を恨むようなことはない。

 

「私を捨てた神を恨んでなどいません。私はミアハ様に拾われて冒険者になることができましたから。……まあ、強い冒険者になって見返してやろう、くらいは思っていますけどね」

 

 ファミリア入りを拒絶された程度で恨んでいたら私はオラリオの半数以上の神々を恨まなければならない。

 

「ゼノン君……本当にすまない」

 

「頭を上げてください、神ヘスティア。もとより貴女に非はありません」

 

 いまだスキルの影響で頬をヒクつかせながらも深々と頭を下げるヘスティアに声をかける。

 本心を言えば、こんなに可愛らしい女神に頼りにされて嫌なはずがないのだ。

 例え他の男の為だとしても女に頼られたら男して力が入るというもの。

 それが女神からの願いだとすれば、高揚感も一押しだ。

 

「ミアハ様、ベル・クラネルたちの捜索に私も加わろうと思います」

 

「うむ。もとよりゼノンには捜索隊に加わってもらうつもりだったからな。我々の分まで頑張るのだぞ?」

 

 ヘスティア・ファミリアとはもとより懇意にしていたミアハ様は、私の参加を快諾してくれた。

 それと共にミアハ様の隣に控えていたナーザァがいくつもの瓶が詰まった箱を私に差し出す。

 

「私はいけないから……ゼノンは、ミアハ・ファミリアの代表」

 

 差し出された箱の中にあったのは回復系ポーション。

 私が採取してきた素材や稼いだ資金で作成されたオラリオでも最上級の回復薬は、このひと箱で1000万ヴァリス近い価値がある。

 それを他のファミリアのために提供するというのは、少し前までの守銭奴(ナーザァ)なら考えられなかった。

 ナーザァの心にも余裕ができたのだなと思っていた私の耳元に口を寄せて他に聞こえないほどの激励を告げる。

 

「ヘマしたら……ぶち込む」

 

「ど、何処に……?」

 

 中指を立てた銀の腕を皆の死角で私だけに見せるナーザァの瞳に嘘はなかった。

 いくらスキルの影響でもナーザァの私に対する反応は、明らかに別のベクトルだから怖い。

 ただ嫌われるだけなら構わないのだが、ナーザァの脅しはえげつないものが多いから本当に怖すぎる。

 

 先輩眷属からの餞別と激励に戦慄していた私に今度は紅眼紅髪の美しい女神が値踏みするような視線で語り掛けてきた。

 

「私からもお願いしておくわ。うちのファミリアの子もヘスティアの子と一緒にいるから」

 

「はい! お任せ下さい、ヘファイストス様!」

 

 男装の麗神ヘファイストスは、私を捨てた神の一人だ。

 ファミリアに入れてほしいと土下座した私を面接官だった【ヘファイストス・ファミリア】団長と共にそのおみ足で踏みつけてくれた。

 またご褒美をもらえるのかと思い土下座しかけた私にヘファイストスが見た目に反してかなりの重量がある包みを渡してきた。

 

「アンタがうちに依頼していた特注品だ。甚だ遺憾だが、『神の力』を使えない私では絶対に造れない最上級の品だ。最後の仕上げだけは私も手を加えたけどね」

 

 包みを開くとそこには、雷を模った神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれた篭手と一体化した小盾が現れる。

 

「『イージス・オブ・ライトニング』――。アンタの生き汚さと『神の力(アルカナム)』が混ざった怪物さ」

 

「ありがとうございます、とコルブランドさんにお伝えください」

 

「了解。あの子は、礼よりもっと良い素材を集めてこいっていうだろうけど」

 

 手渡された神の力を宿した盾をさっそく左腕に通す。

 迷宮で手に入れた雷が結晶化したような宝石を【ヘファイストス・ファミリア】に持ち込んで作ってもらった『神力(アルカナム)』を持つ盾。

 私に対する嫌悪はあっても【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師としての矜持は何一つ褪せることがない。

 馬鹿げた希少性の素材を加工できるのは、それ相応の格を持った鍛冶師のみ。

 それは必然、オラリオ最高の鍛冶師に限られる。

 私を踏みつけていた頃のコルブラント女史を思いながら感慨深く盾の感触を確かめているとミアハ様も一つの包みを私に差し出した。

 

「私からはこれを授けよう」

 

「これは?」

 

 ミアハ様から手から渡された品は、質素な造りの首飾り。

 簡素な造りの鎖に【ミアハ・ファミリア】を示すエンブレムが刻まれたプレートが付いている。

 

「私がヘファイストスに依頼して作ってもらったお守りだ。それがあればお前の『不運』をある程度緩和してくれるはずだ」

 

 周囲に他ファミリアがいる中では、スキルという言葉を避けて言う。

 もし、ミアハ様が言うことが真実ならばこれまでの私の冒険を一変させることになる神器だ。

 不敬にもこのアイテムの効果に不信を抱いた私にミアハ様は微笑み、ヘファイストスも苦笑を私に向けていた。

 

「他のメンバーと会話もままならないなんてことになったら捜索活動にも支障がでるでしょ?」

 

 この女神は、私のスキルのことを知っている。

 ミアハ様から伝えられたのか、それとも自ら感づいたのかは定かではないが、私の境遇を知って力を貸してくれた。

 ミアハ様が手をまわしてくれたことだとしてもそれは私に暖かな何かを与えてくれる。

 

「あ、ありが「礼はいらない」……ヘファイストス様」

 

 私の感謝の意を止めたヘファイストスは、厳しい眼を私に向けて口を開く。

 

「あの子から……と私からも忠告――『私たちの作品(こどもたち)は、君を裏切らない』」

 

 女神の紅い左眼を通して赤い右眼の鍛冶師の言葉が私の耳に、心に響いた気がした。

 

「アンタの武具を見れば分かる。アンタは私たちが感じているような子供じゃないってね」

 

 ヘファイストスはそう言いながら笑みを見せる。

 

「今回は、私の子も居る。必ず、見つけてきて」

 

「……っ、必ず!」

 

 母の子を思う穏やかな笑みに私は素直な気持ちで頷くことができた。

 子思う二人の女神と私を愛してくれる主神の言葉を受け、私は今までに感じていなかった何かを胸に抱くことができた気がする。

 

 ベル・クラネルたちの捜索に俄然やる気が出てきた私は、改めて残りのメンバーに目を向ける。

 鬟の美男神タケミカヅチとその眷属の者たち。

 

「神タケミカヅチと桜花以外は、初めましてですよね?」

 

「ん? そうだったか。私から紹介しておこう」

 

 言うとタケミカヅチが【タケミカヅチ・ファミリア】団長の桜花以外の眷属たちを一人ずつ紹介してくれた。

 しかし、私の視線は桜花の視線とぶつかったままでいた。

 

「……久しぶりだな、桜花」

 

「すまない……」

 

 ただそれだけ。

 たった一言の謝罪に込められたこの男の苦悩を私は理解してやれない。

 

「お前の為じゃない。今回も……あの時もな」

 

 桜花は、間違いなくタケミカヅチが見初めた武人だ。

 その武人に私は頭を下げさせたいと思ったことはない。

 タケミカヅチがオラリオに来てすぐの頃、入団申し込みに来た私に対応したのがタケミカヅチとこの桜花だった。

 あの時もタケミカヅチ共々私に嫌悪の視線を向けて取り合わなかった。

 タケミカヅチはもとより、桜花もそれなりに整った顔立ちの男だったので当時は私も嫌っていたが、彼の人となりを知る機会があったため好ましく思うくらいだ。

 しかし、桜花は私と組むことを甘えと感じているようだった。

 ベル・クラネルたちが今も迷宮で危険な目にあっているだろう現在の状況は、彼の判断が招いたこと。

 私は今でも彼の言葉を思い出せる。

 

『主神の名を穢す』

 

 私の影響だったとはいえ、彼が私の入団を拒絶した言葉の意味はそういった趣旨のものだった。

 確かにあの頃の私は、何の取り柄もない品性下劣な凡人だったから清廉な武人であるタケミカヅチの眷属には相応しくなかっただろうからな。

 あの対応は仕方がなかった。

 今回はたまたま状況的に桜花自身が主神タケミカヅチの名に泥を塗る結果となってしまっているだけ。

 他の誰もが桜花の判断に理解を示したとしてもタケミカヅチは、その判断を自身のことのように悔いる。

 その場に居たわけでもない主神が自分の下した判断のせいで要らぬ心労を募らせ、頭を下げる。

 それはどんなに割り切ろうと思っても武人である桜花は、主神や仲間に不義を背負わせたと一人己を責め続けるだろう。

 

「必ず、無事に連れて帰るぞ」

 

「……貴様に言われるまでもない」

 

 私の確認に桜花は、揺るぎない意志で応えた。

 この武人もまた自らの主神に報いんとする男だった。

 私のような下衆に謝罪し、私の力を使うことを甘えと断じ、背負う必要のない懊悩を抱えている。

 人は誰しも限界がある。

 私はそれを知っているし、他力を当てにすることを当然と考えている。

 人は何をするにも必ず不足する部分が出てくる。

 

『己を弱いと嘆く者に強さを得ることはできない』

 

 私を最初に見捨てた神が唯一私に残した祝福。

 この言葉の意味を手にするために私は、数年の時を要した。

 それでも私は諦めることなく今日まで走り続けている。

 力尽きるその時まで一歩ずつ。

 

 

 

「これで捜索隊は、タケミカヅチのところが3人にミアハのところからゼノンが1人」

 

 ベル・クラネルたちの捜索に向かうためのメンバーとしてこの場から出せる人材は、計4人。

 それを確認するように見渡したヘファイストスの言葉に何かを思案した様子のヘスティアが私に問いかける。

 

「ゼノン君……率直に聞かせてほしい。この戦力でベル君たちを助けられると思うかい?」

 

「捜索するだけならば」

 

 女神の問いに即答しながら私は、女神の神意を想定し、しばらく間をあけて応える。

 

「彼らが居る階層にもよりますが、全員が無事に地上へ帰還できる可能性は低い。……無力な神を連れていたら間違いなく死人が出ます」

 

「……っ」

 

 神ヘスティアの御心を慮って言葉を濁すより、現実を告げることで少しでも不確定要素を削りたい。

 私一人ならベル・クラネルたちを探し出すまで中層でも十分に活動ができる。

 しかし、彼らが負傷していると仮定した場合、自力歩行が困難になっている者をつれて迷宮を上ることはできない。

 私が囮となり、桜花たちに護衛させたとしても彼らが別の場所で襲われたらどうしようもない。

 ここに尊敬すべき慈愛の心を持つ神を入れてしまえば、間違いなく犠牲が出る。

 

「神ヘスティアを連れていくならLv.1なら少なくともあと6人、Lv.2でも4人は必要だと考えます」

 

「そんな戦力を集めようと思ったら時間がかかりすぎる」

 

 私の言葉をヘファイストスが現実的ではないと告げる。

 それでもヘスティアの表情に諦めはない。

 この女神はどうしても自分の子を直接その手で抱きしめ、安全を確かめたいのだろう。

 しかし、ここに居る人脈で残りの戦力を即座に用意できる者はいない。

 いや、できないというのが正しいか。

 

「……無い者ねだりは辞めましょう。今は、一刻も時間が惜しい。神ヘスティア――」

 

 やはり連れていくことはできない、そう告げようとしたところ――。

 

「お困りのようだね、ヘスティア!」

 

 金髪の優男風の神が芝居掛かった仕草で言う。

 

「優秀な上級冒険者2名、ご入り用じゃないかね?」

 

 その後ろには、深いため息を吐きながら頭を抱えている眼鏡の女性と頭からローブを羽織り、覆面で顔を隠す女性が佇んでいた。

 また私の過去を刺激する神が一柱、現れた。




≪イージス・オブ・ライトニング≫
 椿・コルブランド作(ヘファイストス仕上げ)、特注品(オーダーメイド)
 雷を模った神聖文字が刻まれた篭手と一体化した円形の小盾(スモールシールド)。左腕用。
 材料に『神の力(アルカナム)』の結晶と思われる『神雷石』を使用して作成されたため、椿の作品でありながら最終的な仕上げはヘファイストスが行った。
 雷属性付与。
 神器の領域に足を踏み入れた第一等級武装。
 価格:10億ヴァリス(価格設定は、技術料のみ。支払は等価相当の希少素材で前払い)

神の首飾り(ミアハ・ネックレス)
 ミアハ及びヘファイストス合作。
 簡素な造りの【ミアハ・ファミリア】のエンブレム入りネックレス。
 スキル:【強欲の代償(マモーナス)】のデメリット効果を僅かに抑制する。
 これにより、高レベル者はスキル効果を判定でレジストできるようになる。
 ゼノン・ダイシン専用装備。
 価格:1億ヴァリス(等価相当の特定素材採掘クエストにて後日返済)


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08:仲間がいる光景

 

 

 夥しい数のモンスターが私に襲い掛かると同時に獰猛な雄叫びが悲壮な絶叫へ反転する。

 スキルの影響で私が遭遇するモンスターの推定レベルは、2~3が多い。

 さらに言えば私に対するヘイト値はかなり高く設定されているらしく、よほどの混戦でもない限り私にモンスターたちの攻撃が集中することになる。

 

「だからと言って囮にされるとは……」

 

「それは仕方がない。彼ら(タケミカヅチ・ファミリア)には、神たちの護衛に専念してもらわなければ」

 

 モンスターたちを片っ端から木刀で薙ぎ倒していく覆面の冒険者が私の嘆きを窘める。

 

「それはそう……っ、こんな時に『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』か」

 

 覆面の端から見え隠れする空色の瞳と尖った耳の美女の横顔に見とれながら愚痴を聞いてもらっていたところに希少種のモンスターが姿を現した。

 迷宮で行方不明となったベル・クラネル達を捜索するために結成された即席探索隊。

 その前衛を務めるのは、【ミアハ・ファミリア】から私と探索系ファミリアである【ヘルメス・ファミリア】の主神ヘルメスが連れてきた助っ人の撲殺覆面妖精ことリュー・リオン。

 『豊饒の女主人』の従業員は軒並み高ランク冒険者並だというのは知っていたが、このエルフの少女は完全に上級それも一級冒険者に届くくらいの実力がありそうだった。

 そして、中衛で神ヘスティアを護衛する【タケミカヅチ・ファミリア】の面々の後方。

 パーティーの後衛と神ヘルメスの護衛を担うのは【ヘルメス・ファミリア】の団長を務める【万能者(ペルセウス)】ことアスフィ・アンドロメダ。

 

「本当にデタラメな出現率ですね。これがゼノン・ダイシンの『不運』の影響なんですか?」

 

「うん、そこら辺には俺もすごい興味があるけど……『精霊の護符(サラマンダー・ウール)』で防げるの、あれは?」

 

 地獄の業火を思わせる焔で形成された3M近い大きな体躯を持つ犬のモンスターが吐息とともに放つ熱気に呷られてうめく優男風の神ヘルメスが自身の眷属代表に問う。

 

「無理ですね、『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』は、Lv.3相当のケルベロスの希少種ですから……一匹なら私と彼女(リオン)でもどうにかできたかと」

 

「ですよね~」

 

 眷属の冷静な状況判断に戦慄と諦めに冷や汗を流す神ヘルメス。

 ヘルハウンドとオルトロスの群れを焼き分けて歩み寄ってくる『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』は、三匹。

 合計9つの獰猛な頭が私たちを焼き付くさんと火炎の息吹を漏らしている。

 

「ダイシンさん、貴方はこれらを相手にできるか?」

 

 こちらへ視線を向けず覆面のリューは強敵を前に誰までを守らなければならないかを確認の問いを投げてくる。

 数十体のヘルハウンドとオルトロスの群れと三体のケルベロスを前にさすがの上級冒険者も緊張した面持ちだ。

 桜花たち【タケミカヅチ・ファミリア】のメンバーは、死を覚悟したような表情になっている。

 ベル・クラネルの安否を気遣う神ヘスティアも厳しい表情だ。

 中層の序盤であるにも関わらず、このレベルのモンスターが出現するなどあり得ないことだ。

 桜花たちの戦慄もリューやアスフィの緊張も当然のモノ。

 しかし、この状況下にあっても何かを期待するかのような不躾な視線が私の身体を射抜いていた。

 そんな視線の期待に応えるのは癪だが、私は自分を安く見せるつもりは毛頭なかった。

 

「君こそ何を見てきたんだ」

 

 さすがにこの数を相手にするのは初めてだが、ヘファイストスと椿が造ってくれた『イージス・オブ・ライトニング』を手にした私ならできる。

 

「ダイシンさん……貴方は何を考えている?」

 

 問いを返さない私に怪訝な目を向けるリューの横を抜けて雷を纏う拳を握る。

 

「私はこの程度の敵を前に竦むほど未熟じゃないさ」

 

 握った左拳が私の吶喊と共に雷光を弾けさせる。

 目の前の脆弱な人間が雄叫びと共に突撃してくる様を嘲笑うかのように『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』たちが己を構成する焔の洞から地獄の業火を吐き出す。

 これまで幾人もの冒険者を焼き尽くしてきたであろう怪物は、いつも通りの勝利を確信したかのような気配を醸し出している。

 その気配は私の癇に障る。 

 『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』を起動し、加速した蹴り足で氷の波濤を生み出す。

 

『っ!?』

 

 ケルベロスの業火を掻き消す超希少魔導具の効果に驚愕を背中で感じながら氷撃で怯んだ焔のケルベロスに肉薄。

 そして、『イージス・オブ・ライトニング』の小盾と『スライディング・ブーツ』の氷靴部分で『ブリューナク・ルーン』の刃先を撫でる。

 

「『氷牙迅雷奪刃(エレメンタル・スティール・エッジ)』!」

 

 氷と雷の属性が付与された双刃が焔のケルベロスを引き裂き、内部の魔石を奪い抜く。

 

『グルゥオオオオオオォォォォォォォォ』

 

 焔を撒き散らしながら断末魔と共に一体のケルベロスが焔の顕現たる身体を霧散させ、その周囲に群がっていたオルトロスやヘルハウンドも十体近くが巻き添えで消し飛んでいた。

 

「ダイシンさん……貴方は一体?」

 

 本来であれば絶対に撃破などできないはずの上位モンスターを軽々と倒した私に疑惑の目を向ける。

 

「まだ残りがいるんだ。リューは撃ち漏らし頼む」

 

「貴方はひとりでアレを倒すと?」

 

 リューの確認に私は顔を向けず、次の標的に狙いを定めて走り出す。

 

「それが最も効率的だ。君たちならヘルハウンドやオルトロスくらいなら消耗もしないだろ?」

 

 モンスターに対する絶対的優位性を誇る『グレーター・スティール』を有する私ならどんなモンスターでも敵になりえない。

 それこそ実体を持たないようなモンスターは、魔石まで簡単に刃が透るので武器に魔法を付与して攻撃すれば簡単に倒せる。

 特に強大な基本能力を持つモンスターは単体なら私にとってカモネギでしかないのだから。

 『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』の力で高速移動を続け、氷と雷の波濤でモンスターたちの行動を阻害しながら『グレーター・スティール』を付与した攻撃で残ったケルベロスにも仕掛ける。

 吐き出される焔も完全に封殺できる私に焔の塊であるケルベロスは雑魚も同然。

 私がケルベロスを狩り、オルトロスをリューとアスフィが潰し、ヘルハウンドを桜花たちが散らすことでモンスターの群れは瞬く間に削られていった。

 

 モンスターを狩り尽した私たちは魔石やドロップアイテムを拾い集めた後、休息を取ることにした。

 

「『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』のドロップは……『炎獣石』か」

 

 バックパックの中に輝く、炎をそのまま結晶化したような『炎獣石』。

 他にも私が倒したモンスターの分だけでなく、リューやアスフィ、桜花たちが倒したモンスターのドロップも軒並みレアなものになっている。

 パーティーを組んだことがなかったから知らなかったが、私のスキルは一つの戦闘域に効果を発揮するものだったようだ。

 

「不謹慎なことだと思うが、今日だけで凄まじい稼ぎになりそうだ」

 

「はい、これが普段の探索であったなら喜ばしいのですが」

 

 中層でも珍しい数のモンスターに襲われ、格上の希少モンスターまで現れた戦闘を経て精神的に疲弊した桜花たちだったが、ほとんどのモンスターからドロップアイテムや通常ヘルハウンドを倒した時より上質な魔石が手に入り、多少の高揚を得ることができたようだ。

 

 私はここまでに倒したモンスターから出たドロップアイテムを皆からいくつか買い取り、簡易回復薬や解毒薬、防火材を作成する。

 ミアハ様のもとで調合を学んだ私は薬品関係だけでなく、錬金術の真似事までできるようになっていた。

 迷宮内で調合を行えるような余裕があるのは大規模なパーティーだけだろうが、私の場合スキルの効果で作成時の成功率が高く、同じ素材でも上位の回復薬ができあがる。

 特にオルトロスやヘルハウンドから得られたレアドロップの『妖火の種子』は、身体能力を活性化させる戦闘補助薬を作れる。

 一人で持ち運びができる簡易的な道具でこのレベルのアイテムを作成できるのは、単独迷宮探索をしてきた私の大きな強みだ。

 次のランクアップでは、『調合』のアビリティが発現する可能性も高いだろう。

 そうすればもっと楽にお金を稼ぐことができるな。

 

「桜花、【身体強化(リィンフォース)薬】と【防火付与(アンチ・ファイア)薬】だ。人数分は作れていないから使いどころには気を付けてくれ」

 

「お、俺たちに?」

 

 作成した戦闘補助薬を桜花に投げ渡すと驚いた様子で私の顔と薬を見比べる。

 

「回復薬は、ナーザァから預かった分で十分だろう? レベルが低い私たちにはこういった戦闘補助薬の方が重要だからな」

 

 守銭奴(ナーザァ)から渡された回復薬はオラリオでも最上級品だ。

 これ以上の回復薬は探索の邪魔にしかならない。

 それよりも粉末薬剤型の戦闘補助薬があった方が良い。

 

「いや、タダで良いのか?」

 

 変な汗をかきながら言う桜花とその後ろの少女二人。

 確かに私は、迷宮内で回復薬などを販売している。

 迷宮内なら商売敵がいないので良く売れたし、価格以上の効果があるので【ミアハ・ファミリア】製の商品の評判もかなり良いものになっている。

 ホームの【青の薬舗】で私が店番をしていると客を遠ざけるが、迷宮内なら嫌悪感を我慢してでも冒険者たちは薬を買ってくれるし、地上での評判にも一役買ってくれる。

 私の職業登録が【冒険者兼行商人】となっている理由はここにある。

 迷宮内での商売も一応ギルドに報告しておかないと後で何某かのペナルティを受ける可能性もあるからな。

 さすがに非合法な商売をするとファミリアに迷惑をかけかねないので自重している。

 因みに私が作成した戦闘補助薬の地上の相場だと一つ10万ヴァリス以上だったりする。

 桜花たちが危惧しているのはそこだろう。

 

「気にするな。私の主神は、このような時に金を無心するお方ではない」

 

 自分が金に困っている時でも他者に施しをする困ったお方でもあるが。

 

「すまんな。今回の件は、俺たちに原因があるのに」

 

「だから気にするな。お前の判断は仲間の命を預かる者として当たり前のこと。クラネル君たちだって納得はできなくとも理解はしてくれるさ、冒険者なら当然のことだとな」

 

「そう言ってもらえると助かる……」

 

 私の言葉に桜花は深い礼を見せてから受け取った薬を仲間に分ける。

 仲間がいない私は自分の調子だけを考えればよかったが、桜花のように大切な仲間の命を考えて戦うというのは今以上に厳しいものなのだろう。

 今は臨時のパーティーだが、いつか本当の仲間ができた時には、私も他者のことを考えながら戦えるだろうか。

 自分のことばかり考えてきて、自分のために力を使うことを厭わなかった私は、誰かのために力を使おうと本当の意味で思えるのだろうか。

 

 今の自分とこれからの自分という青い思考に耽りかけた私に胡散臭い神の声がかかる。

 

「すごいねぇ、ゼノン君は! こんなダンジョンの中で高級薬を作っちゃうなんてさ」

 

 私に声をかけてきたのは、私の世界でも屈指のトリックスター的存在であり、個人的にはロキ以上に警戒している優男風の金髪男神ヘルメス。

 私が知るヘルメス神は、私が持つスキルやアビリティ、魔法に至るまで神として司る存在だ。

 この世界のヘルメスがそこまでの神物であるとは思わないがな。

 

「これは【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ者として対抗心が芽生えちゃったりするんじゃないかい、アスフィ?」

 

「私は気にしません。というか、頭をなでないでください」

 

 お株を奪われて落ち込んでいる我が子を慰めているような仕草で構ってくるヘルメスにアスフィは深いため息を吐きながらもされるがままにナデナデされている。

 

「……私は、ミアハ様の眷属ですからこの程度のことができるようになるアビリティやスキルを持っていても不思議ではないでしょう?」

 

 可愛い女の子の頭を平然と撫でまわせる美男神を妬みの視線で射抜きながら自分の装備にも【耐火付与薬】を塗布する。

 

「それだ! 君は、皆に嫌われる『不運』を持ってるって聞いたけど、もしかして何かレアなスキルだったりするんじゃない?」

 

 私の言葉から言質をとったとばかりに興味津々な様子で喰いついて来るヘルメスの顔を押しのける。

 

「スキルに関しては黙秘させていただきます。というか、貴方の興味はベル・クラネルの方じゃないんですか?」

 

「おや? 何故、そう思うんだい?」

 

 何を白々しいことをという言葉を飲み込み、ヘルメスのお守役(アスフィ)に視線を向けるがそっぽを向かれてしまうだけだった。

 私もアスフィと同じような深いため息を吐いて胡散臭い神に応える。

 

「私が知るヘルメス神は、伝令神だ。貴方はよくオラリオの外に旅に出ると聞く、そして、かつてオラリオには【ゼウス】が居て、現在では追放されているとも聞いている」

 

「へぇ~、俺が君を見捨ててから3年近くかな? ずいぶんと情報通になったようだね」

 

「まあ、おかげさまで」

 

 私の答に道化の表情を薄めたヘルメスがさらに無遠慮な視線を向けてくる。

 かつて、オラリオの頂点に君臨していた【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。

 それを現在のオラリオを二分する大派閥の【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が協力して追い出したとか。

 私の世界の神話を知っていれば面白い出来事だったので冒険者になる前から調べていた。

 その過程で知った世界に課せられたグランドクエスト【陸の王者(ベヒーモス)】と【海の覇者(リヴァイアサン)】の討伐、そして【隻眼の黒竜】に敗北した英雄たち。

 太古の昔に迷宮から抜け出した古代の最強種に挑む英雄譚は、私の厨二心に凄まじい衝撃を与えた。

 そんな私の現在進行形の黒歴史は置いておいて、ヘルメスの行動は何某かを企む意図が見える。

 道化を演じたり、自身の眷属のレベルを低くギルドに申告したりしている。

 きっとベル・クラネルの探索に協力しているのも彼が持つと思われる急成長を促す要因を見極めようとかそんな感じなのだろう。

 

「確かにベル君に興味はあるが、それは君に対しても同じさ」

 

 身体を摺り寄せ耳元で囁くように言うヘルメスから身を離す。

 

「気持ち悪いこと言わないでください」

 

「あははっ! 嫌われてしまったかな?」

 

 好きになるはずがない。

 私のスキルに影響を受けている時は、さんざんこき下ろしてくれた神の一人だ。

 それだけなら構わないが、それ以降もちょこちょこ私にちょっかいをかけてきたので今では苦手意識が付いてしまっている。

 おそらく、ヘルメスが言うことは本当だろう。

 私に興味をもってはいたが、スキルの影響で私を馬鹿にすることしかできなかったのだろう。

 それでも私を自分のファミリアに入れることはしなかったはずだ。

 私の異様さに興味を持った神はヘルメス以外にもいたが、眷属とすることを認めてくれたのはミアハ様だけだった。

 だから私は、ミアハ様以外の神に傅くことはない。

 

「さ、そろそろ出発しますよ」

 

「やれやれ、せっかちだな~」

 

 おどけて見せる美男神にイラッとしながらも捜索を再開する。

 

 

 

 

 

 現在の捜索方針は、ベル・クラネルたちが上階を目指さず、迷宮内にいくつか存在する安全階層である18階層へ向かったと想定して進んでいる。

 この判断は、アスフィ・アンドロメダやリューのものであり、それを指示した神たちの意向でもある。

 私自身、この判断に間違いはないと思うがそうであるのなら17階層に存在する【迷宮の孤王(モンスターレックス)】と遭遇することになる。

 はっきり言って、ベル・クラネルたちが戦って勝てる相手ではない。

 私が18階層へ行った時は、大規模ファミリアが倒した後だったため、実際に【階層主】を目にしたことはない。

 それでも運良く【階層主】が倒された後のインターバルのうちに抜けることができていたというのであれば、18階層で身動きが取れない状態になっているだろう。

 運よく【階層主】を回避して、さらに運よく地上に戻る上級冒険者のパーティーと遭遇するというのは、とんでもない偶然だ。

 そこまでの運を持つというのは、私のようなスキルやアビリティの後押しがあってだろう。

 そうであればこそ、早く彼らを迎えに行ってやるべきだ。

 例え安全階層でもガラの悪い冒険者が溜まっている場合も多い18階層で負傷した状態のクラネルたちは良いカモだ。

 

「ダイシンさん、少し良いだろうか?」

 

「何だ、唐突に?」

 

 前衛を担う私と並んで歩いていたリューが問いかけてきた。

 

「貴方は、Lv.2になったばかりだと聞いたがそれにしては強過ぎる」

 

「そんな今更なことを? 私の装備を見れば分かるだろう?」

 

 あまりにもらしくないリューの問いに呆れも混じった私は装備している『イージス・オブ・ライトニング』や『ブリューナク・ルーン』、『スライディング・ブーツ』を示す。

 しかし、それに流されることなくリューはさらに問いを続けた。

 

「いくら最上級の武具で武装していてもそれを使いこなすだけの技量は、一朝一夕で得られるものではないはずだ。貴方の技量は、それこそLv.3、いやLv.4に匹敵する」

 

「ま、まあ鍛錬だけはずっとしていたから、な」

 

 スキルの影響が薄れたせいか信じられないほどよく話しかけてくるリューの評価に若干引きつつ言葉を濁す。

 冒険者になる前から力を得た時のためにイメトレを続けてきたからなどと言えるはずもない。

 必殺技の名前を考えたり、魔法詠唱の練習をしたり……etc。

 正直言って、現状は私の厨二レベルに冒険者レベルが追いつき始めているだけなのだ。

 

「私は最強の自分をイメージし、そこに向かって鍛錬を続けているにすぎない。君が私を高レベル冒険者であるように見えたというのなら私のイメージがその先にあるということだろう

 

 

 なんて、それっぽいことを言ってみるがあまりの羞恥に顔が熱くなる。

 

「……なるほど。私は貴方の一面しか見てこなかったということか」

 

 などと何かを納得した様子で頷くリューに顔を見られないように前を向き続ける。

 それ以上私に話しかけてこなくなったリューの配慮?に安堵し、モンスターを狩り続け進んだ結果、想定よりもかなり早く17階層最奥の大広間へたどり着いた。

 

 

 

 

 これまでの洞窟然とした岩肌が綺麗に整えられた直方体を形成しており、初めて来たときは側面の一枚鏡みたいな『嘆きの大壁』に魅入ったのも良い思い出だが、今回はその様相に違いがあった。

 

「【迷宮の孤王(モンスター・レックス)】……『階層主(ゴライアス)』!」

 

 初めて目にする迷宮の王に息を呑む。

 7Mにも及ぶ大きすぎる輪郭、その巨体を支える四肢は強靭にして剛健。

 その姿は、まさに灰褐色の巨人。

 これまで目にすることなく住んでいた死の担い手が18階層へ続く穴の前に立ちふさがる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 それは単なる雄叫びであろうが、ミノタウロスの『咆哮』を遥かに上回る威圧感を私たちに与えてくる。

 

「私たちの目的は、18階層へ向かうこと。無理にアレと戦う必要はない」

 

 ゴライアスの威容に圧倒されている私や桜花たちに忠告するように前に出たリューが言う。

 

「私が引き付けます。ダイシンさんとアンドロメダは他の皆さんを18階層の入口へ」

 

「あ、ちょっ!」

 

 言うが早いか圧倒的な巨躯の怪物へ駆け出すリューの姿に手を伸ばす。

 しかし、私の手は彼女の残り香すら掴むことなく空を切り、虚しく握られた拳だけが残った。

 

「ここは彼女に任せましょう、ダイシンさん。私たちは、お荷物(ヘルメスさま)たちを運ばなくては」

 

「は~い! お荷物でッス!」

 

「くぅ、弁明の余地はないけど何か悔しいよ」

 

 アスフィの声に二神二様の反応を示す。

 そんな神たちとあの圧倒的な存在感を放つゴライアスを凄まじい速度で翻弄する(リュー)の勇姿を見比べて私はニヤケ顔のヘルメスを強引に抱え上げる。

 

「おおっと?」

 

「ヘスティア様は桜花が、ヘルメス様は私が抱えていく。アスフィはゴライアスを警戒しつつ、リューの離脱のタイミングを援護。そっちの二人は自分が18階層の入口に飛び込むことだけに集中する」

 

 言葉早く考えを叫び、桜花とアスフィに目配せする。

 

「それで良いな?」

 

「それがベターでしょうね。ヘルメス様も切り抜けるまでおとなしくしていてくださいよ?」

 

「りょ~かい! アスフィもゼノン君も頼りにしてるよ?」

 

 私の背で軽い調子のまま言うヘルメス。

 

「俺もそれで大丈夫だ。ヘスティア様、失礼します」

 

「うん、非常時だから仕方ないよ」

 

 桜花も私の提案を受け入れ、ヘスティアも素直に従って桜花の背に乗る。

 

「よし。私が先行し、ヘルメス様を18階層入口の洞窟に投げ込んだらすぐに戻ってヘスティア様も洞窟に投げ込む。その後、リューの離脱を援護し、皆で18階層へ脱出だ!」

 

 言うと同時に私は『スライディング・ブーツ』を起動させて17階層の大広間を疾走する。

 

「ちょ、いま不吉なことを言わなかったかい!?」

 

「ヘルメスはともかく、ぼくまで放り投げたりしないよね? ねぇ!?」

 

 小うるさいお荷物(ヘルメス)たちの悲鳴を無視して加速する私とは別方向にアスフィが駆ける。

 

「ゴライアスの相手は、私もあまりしたくありませんから急いでくださいね」

 

「分かっている!」

 

 リューの援護に向かったアスフィの言葉に押されてさらに加速しながら18階層入口の洞窟を射程に捉える。

 それと同時に『スライディング・ブーツ』を前方に向けで蹴りだし、氷の波濤を用いて18階層入口まで簡易アイスリンクを作る。

 

「ヘルメス様、歯を食い縛って!」

 

「え゛、ちょ、まさか!?」

 

 担いでいたヘルメスを横抱きにした私は、ボウリングの要領で氷の上にヘルメスを放り投げた。

 

「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 ヘルメスを氷原に投げ出すとすぐさま踵を返し、桜花の横を並走する。

 

「さあ、ヘスティア様、こちらへ!」

 

「ぼ、ぼぼ、ぼくはこのままで良いよ! 桜花君の背中もなかなか乗り心地良いしね? それにぼくは、冷たいのは苦手「我がまま言わないでください」――うひゃ!?」

 

 背で駄々をこねるヘスティアに困っている桜花を無視して強引に首根っこを掴んで引き下ろす。

 

「それでは、ヘスティア様も歯を食い縛ってください!」

 

「うわ、やめ、ちょ、ごめ、ほんとにやあああめええええてええええええええええええええっ!!」

 

 桜花の背から掻っ攫ったヘスティアを加速した勢いに乗せて氷原のコースへと投げ入れる。

 

「こんんのおおお罰当たりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」

 

 ヘルメスと同じように18階層の入口へと消えていったヘスティアを確認して私は、桜花たちの元へ急ぐ。

 

「桜花たちも急いでくれ」

 

「わ、分かっている! 俺たちは自分で行けるからお前は、アンドロメダたちに離脱を伝えてくれ」

 

 桜花たちも投げ込んでやろうと思ったが、ゴライアスとの距離は十分に取れたので彼らの足でも間に合うだろう。

 私の助けを桜花共々首が千切れる勢いで遠慮した女の子たちの姿に心で涙しつつ、リューとアスフィに声をかける。

 

「リュー! アスフィ! もう大丈夫だ!」

 

 と声を飛ばしたと同時にリューが隣に飛び込んできた。

 さすがというかなんというか、ゴライアスと大立ち回りをこなしながら私たちの動きも把握していたようだ。

 

「ずいぶん手際が良いのですね」

 

「あれを手際が良いとはいわないですよ。まあ、ヘルメス様には良い薬でした」

 

 ゴライアスを抑えていたにも関わらず、呼吸の乱れなども感じさせない二人の姿に私は言葉にできない、言葉にしたくない思いがこみ上げるが今はそれを無視する。

 『スライディング・ブーツ』を使って走る私の横を並走しているリューやアスフィの機動力は間違いなく上位レベルの冒険者だ。

 私も彼女たちのように自らの足でここまで走れるようになりたい。

 

「先に行きますね」

 

 私が造った氷のレールにたどり着いたアスフィが手慣れた様子で氷原を滑って洞窟へと飛び込む。

 特製の靴なしで同じことをされるとやはり傷付くな。

 

「我々も行きましょう」

 

「ああ……」

 

 アスフィに続き、リューも氷原を美しい姿勢で滑走して洞窟へ飛び込んだ。

 その背を複雑な思いで見つめつつ、私は彼女たちの後を追うように入口へ滑り込む。

 

 

 

 背後からは憤怒に染まるゴライアスの叫びが響いていた。



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09:世界で一番深い街

 17階層の洞窟を抜けた先に広がる広大な18階層の森。

 ここは、迷宮内でいくつか存在する安全階層の一つ。

 中層に足を踏み入れた冒険者たちにとってひとつの到達点であり、深層を目指す冒険者にとっては一息つける中継点でもある。

 

「クラネル君たちは、本当に運が良い」

 

 リューたちの予想通り18階層をめざし、階層主をやりすごして無事にここへたどり着いていた。

 再会の喜びに抱きしめあっていたベル・クラネルとヘスティアの姿を羨み、クラネルと同じく無事な姿を見せたリリルカがクラネルからヘスティアを引きはがしたりする姿を妬んでし

 

まっている自分に呆れた私は、ひとり18階層に設置されているリヴィラの街を目指した。

 瀕死の状態だったクラネルたちを助けたのは、アイズ・ヴァレンシュタインとそのファミリアである【ロキ・ファミリア】だった。

 運よく18階層に到達。

 運よくギリギリで階層主を回避。

 運よく深層からの帰還途中だった知り合いの上級冒険者に拾った。

 運も実力の内、というのは冒険者の基本らしく、私の価値観でもそれは真実だ。

 それでも彼に対する妬みは尽きない。

 別に彼の死を願っていたわけではない。

 個人的に『他人の不幸は蜜の味』なのだが、この世界に来てからの私はそれを貫き通せていない。

 妬みや恨みはすれど、本当の意味で他者を嫌うことが難しくなっている。

 どんなにむかつくイケメンやハーレム野郎を見ても爆発しろと思うだけで、実際に殺すような危害は加えていない。

 せいぜい酔った勢いで理不尽な攻撃を仕掛けるくらいで、たいていの場合は手痛いしっぺ返しを食らうのが常だ。

 大きな力を持てば、私はきっと他者を殺すような外道だと思っていたのだが。

 まあ、私自身にそれだけの豪胆さがなかったというか、私のキャラに冷徹だとか冷酷だとか、無情だとかが似合わないだけなのかもしれない。

 無事なクラネルの姿を見たヘスティアの表情を見たらクラネルに対する嫉妬の念は抑えられた。

 やはりいい女は他人事でも快くしてくれる存在だ。

 せっかくヘスティアが私の内面を良い気持ちにしてくれたのでクラネルや【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売ってしまわないように私は彼らと別行動を取ることにした。

 クラネルたちは、捜索に来た【タケミカヅチ・ファミリア】のメンバーを見て思うところがあったらしく今は、【ロキ・ファミリア】から借り受けたテントの中でお話し中だ。

 私はいつも通り、リヴィラの街に仕事をしに向かう。

 そんな平常運転(ボッチ)の私を呼び止める声があった。

 

「ダイシン氏、少し待ってもらいたい」

 

 振り返るとそこには頭から若草色のローブを被り、申し訳程度に顔を隠しているリュー・リオンがいた。

 

「リューか、君もリヴィラに行くのか?」

 

 ここでデートに誘うという選択肢を取らないのは答えが分かり切っているからであり、そこまで恰好を付けられないからだ。

 酔っていればいけると思うが、スキルの影響がなくなったとしても私のような男のそんな軽薄な態度をリューが好むとは思えない。

 

「いえ、私は皆さんが帰還する準備を整えるまで森の中で待っています」

 

 私の内なる苦悩を気にするような気配もなく接客時のような淡々とした声音で言う。

 

「言いそびれていたのですが、リヴィラの街や【ロキ・ファミリア】の方たちの前で私の名を出さないようにお願いしたい」

 

「それは……ああ、なるほど」

 

 淡々とした声音の中にもどこか鋭い気配が混じったことで私は彼女の経歴を思い出す。

 これまでは深く関わることもなかったから特に彼女から注意されることもなかったが、オラリオに長くいるベテラン冒険者たちにとってリュー・リオンの名はそれなりに影響がある。

 クラネルたちや桜花たちはリューの事情をまだ知らないから名を出しても咎められなかったが、リヴィラの街では違う。

 かつては『疾風のリオン』と呼ばれた凄腕冒険者が今では酒場のウェイトレスをしている理由。

 それも私が興味を持って調べたオラリオの事件の一つからたどり着いた事実。

 私自身は彼女をそのネタでどうにかしようとは思わないし、過去の彼女の行いを否定も肯定もしない。

 強いて言うならば、私の価値観の中で彼女の決断は正しいと思った。

 

「この街は力がものを言う。君なら気にする必要もないと思うが……気を付けよう」

 

「お願いします。私からはそれだけです」

 

 私が納得するとリューはあっさりと踵を返して森の方へと歩いていく。

 ここでもう少し思わせぶりな視線やら意味深なセリフとかがあれば脈ありと判断してデートに誘うなどの賭けに出てみたいのだが、本当に何の思いの残滓も感じさせないリューを私は

 

呼び止めることができない。

 私にできることなど、去りゆく背で靡くマントの裾から見え隠れする形の良い臀部を目に焼き付けつつ佇んでいることだけだった。

 

 

 18階層の西部地帯にある湖に浮かぶ島上に造られた街リヴィラ。

 仕切りが存在しないドーム状の大空間となっている18階層の天井からは膨大な量のクリスタルが咲き誇り、その明滅により、昼と夜が18階層には存在する。

 切り立った階層の岩壁のいたるところからクリスタルの輝きが咲き、階層南部から東部にかけて広がる森には清水を湛える川や泉がある。

 北部にある湿地帯には別階層から入ってきたモンスターたちが渇きを潤し、豊かな実りの恵みにあやかっている。

 モンスターが発生することがない安全階層といってもこのように別階層のモンスターが入ってくるので散発的な戦闘は起こってしまう。

 たまにリヴィラの街も襲撃を受けて崩壊するが、冒険者たちはそのたびに街を捨ててモンスターが居なくなってからまた街を造るということを繰り返している。

 私が前に訪れた際は、その襲撃を受けたすぐ後だったために街はほぼ破壊されていたが、驚いたことに人的被害はかなり少なかった。

 18階層に常駐するような冒険者たちは、モンスターの襲撃に慣れているため引き際を弁えているらしい。

 あの時は再建の程度の手伝いや多少の物資供給程度しかできなかったが、街は随分と形を取り戻しているようだ。

 

「げ、てめぇは!?」

 

 一月ぶりの街を散策していると見知った冒険者と遭遇した。

 

「ああ、アンタ等か。元気なようで安心したよ」

 

「ど、どの口が言いやがる!」

 

 私の軽い挨拶に冒険者の男が喰ってかかってくるがそれを男の仲間が抑える。

 

「おい、こんな疫病神と一緒にいちゃまたとんでもねえ化物を押し付けられるぞ」

 

「そうよ、今回は早目に地上へ戻りましょう」

 

 両脇から仲間に抱えられた冒険者の男は何か言いたげな表情を私に向けながら引き摺られていった。

 

「はっはっはっ! 疫病神たぁ、テメェはどこに行っても厄介者だなぁおい?」

 

 冒険者たちが悪態を残して去ったところにドスの効いた声がかかる。

 声の方に視線を向けると共通語(コイネー)で買取所と書かれた簡易な小屋の中から棍棒を肩に担いだ眼帯の大男が私を睨みながら鎮座していた。

 

「ボールス、私に対して示威行為は意味がないのは分かっているはずだ」

 

「はっ、俺はいつもこんなんだからよ。そんな風に見えてんならそりゃあ、テメェがビビってるからじゃねえのか?」

 

 私の指摘に変わらず横柄な態度で返す買取所の主ボールス。

 

「この前の襲撃以来だから一月ぶりか? ずいぶんとまあ険の取れた緩い顔しやがって」

 

 ボールスのこちらを値踏みするような視線は相変わらずだ。

 以前はスキルの影響でひどい扱いを受けていたが、気にならなかった。

 いまだに弱かった頃の名残で威嚇されると少し動悸が早くなるが、それも丁度よい警戒心として受け入れている。

 

「そう見えるというのなら前の貴方は私を恐れていたんじゃないのか?」

 

「ルーキーが言うようになったじゃねぇか」

 

 私の返答に歯を剥き出しにした粗野な笑みを見せるボールスの姿にため息が出る。

 

「貴方と会話を楽しむつもりはないよ」

 

「そりゃあ、お互い様ってやつだぜ? さっさと今回の分を寄越しな」

 

「私たちの関係は売り手が優位だというのを忘れないで貰いたいな」

 

 ボールスの催促に私は秘密道具のひとつである『無限鞄(バックパック)』から道中で採取したアイテムを取り出す。

 

「おお、相も変わらず何でも出て来やがるな?」

 

「無駄口を叩く前にさっさと換金してくれ」

 

「け、せっかちなやろうだ」

 

 言いながらもボールスは私が渡したアイテムを鑑定し始める。

 私が持ってくるアイテムは、モンスターからドロップした素材や道中で作成した物も合わせて十数品目ある。

 上層や中層では絶対に入手できないようなレア素材や地上で売れば一つ数十万ヴァリスする薬系アイテム。

 すべて合わせれば地上価格にして1000万ヴァリスを超える額になるはずだ。

 そんな高額アイテムをすべて確認したボールスは大きなため息を吐きながら買値を出した。

 

「全部まとめて特別価格の150万ヴァリスだな」

 

「アンタの目は腐ってる」

 

「はっ、いやなら他所に行きな」

 

 このやり取りも一か月ぶりだった。

 本来の相場を大幅に下回る買値に普通の客なら激怒するところだが、私はすでに慣れてしまった。

 ダンジョン内では、必要以上のアイテムや魔石は移動の邪魔になるだけなので余剰分はどうしても手放さなければならない。

 ただ捨てることになるのなら少しでもお金に換えられた方が良い。

 そういった冒険者たちの足元を見るのがここの商売だった。

 捨てるはずだった物とはいえ、お金に換えられると思えばそれ相応の額を期待するのは欲を持つ者の性だろう。

 そして、ここでは買取だけでなく販売価格にも同じような影響が出ている。

 何を買うにしても地上価格の何倍もの額を吹っ掛けられるのだ。

 それはサービス業に関しても反映されており、食堂や宿泊所もありえないほどの額を要求される。

 そのため18階層をよく利用する冒険者たちは、食料や野宿装備を整えている場合が多い。

 町中で飲食や寝泊りをしているのは、必要に迫られた者やここで商売をする者の関係者ばかりだ。

 私なら十二分に物々交換で衣食住を確保できるが、それを続けると要らぬ面倒に巻き込まれる可能性が高い。

 それを回避するために私は、この町のまとめ役であるボールスのところでのみ取引をするようにした。

 私自身、ダンジョン内でアイテムの販売を行っているがこの町の半分以下の価格で販売している。

 それでも地上価格の倍近い額だが、15階層から下層になれば十分な良心価格である。

 そんな私の商売を快く思わない者もいるが、こうしてボールスと取引をしている限りは表立った邪魔などは入らない。

 

「いい加減、てめえもここで商売を始めたらどうだ?」

 

 アイテムを収めたボールスは取引の証文を渡しながら言う。

 

「てめえくらいの実力と技術があれば、いくらでも稼げるだろうに」

 

「私はもう十分稼いだよ」

 

「欲のねえ野郎だな」

 

 ボールスやこの町の冒険者たちがお金にがめついだけだ。

 私がダンジョン内で商売をしているのは、『青の薬舗』を宣伝するのが目的だった。

 スキルの影響で店員ができない私だが、ダンジョン内でやむにやまれない状況になっている者たちは、多少の忌避感を感じながらも私の商品を購入する。

 ダンジョン内でたまたま購入したアイテムが他店で購入したアイテムより、明らかに効果が勝っていたら?

 街に戻った際、アイテム補充を考えた段階でとりあえず店を覗いてみようと考える。

 そして、店舗内にならぶ商品の価格を見て多くの冒険者たちは思ったはずだ。

 ダンジョン内で購入したアイテムと同じものが『青の薬舗』では、さらに安価で手に入る。

 もちろん、原価を割るわけには行かないため同じ商品名でも他店より高めの価格設定であるが、そんなことは問題ではなかった。

 『青の薬舗』まで足を運んだ冒険者たちは等しく、そこにならぶアイテムが信用にたる品質であることをダンジョン内で経験していたからだ。

 私がダンジョン内で商売を始めてから僅か一ヵ月でミアハ・ファミリアにあった数億ヴァリスという多額の借金は完済された。

 この商売以外にも希少素材やアイテムの採取などを含めた収入額は大規模ギルドの遠征時の利益を遥かに上回っていた。

 

「それで? これからもダンジョンで商売は続けるのか?」

 

 渡された証文の内容を確認していた私にボールスが伺うように訊ねてくる。

 

「そのつもりだが、供給量は減らすつもりだ。資金に余裕もできたからそろそろファミリアの強化を優先していこうと思っている」

 

「ギルドの強化? てめぇんとこは商売系ファミリアだろ?」

 

「商売をするにしても素材集めや商売敵の妨害工作なんかに対応しなければいけないからな」

 

 地上の商売は、ギルドの目があるため表立った衝突はなかなか行われないが、見えないところでさまざまな工作がされている場合も多い。

 

「はっ、地上の商人さまは陰険なんだな?」

 

「そうだよ、地上の商人たちに比べればアンタらの方が分かりやすいし、可愛いものさ」

 

「そりゃあ、おっかねぇな」

 

 私の軽口に大口を開けて笑うボールスに別れを告げて店を離れる。

 

 スキルの影響が抑制されている状態であってもここまでフレンドリーな対応をするボールスの言動に驚きがあった。

 どうにも私は、粗暴な者たちに好まれる性質でもあるのだろうか?

 ボールスや助けてやった冒険者たち、いちおう女の部類であるロキとか。

 ロキは粗暴ではなく、雑な奴か。

 どちらにしろ、あまり嬉しくない状態だな。

 いや、ロキは中身はオッサンだけど見た目は綺麗だし、酒が入ればスキンシップが気持ちいし、無乳でゴシゴシされるのも嫌いではない。

 

「げっ、テメェは!」

 

 先日の『豊饒の女主人』亭でのことを思い出しつつ悶々としてきたところに野太い男の呻き声で現実に戻される。

 

「……誰?」

 

 ちょっと生え際が後退している中年っぽい冒険者と細面のオネェ系とガチムチ系の三人組。

 どこかで見たことがあるようなないような。

 

「っ! ついこの間俺たちを殺そうとした癖に忘れてんじゃねぇ!」

 

「ちょ、モルド! こいつに関わっちゃだめよ!」

 

「は、離しやがれ!」

 

 仲間に両脇から抱えられ暴れながら引き摺られていくモルドという男の姿でようやく思い出す。

 

「相変わらず、三下が似合うな」

 

 ある種の尊敬を込めた感想で見送りながら私は街の外へ向かう。

 私が関わりたいのは、可愛い女の子であってむさ苦しいオッサンと何度も遊んでいる暇はない。

 

「……もうこの際、娼館でもいいか」

 

 出会いがあっても触れ合いがない。

 私には、圧倒的に愛が足りていない。

 多額のヴァリスを積んでも恰幅の良いおばちゃんしか相手をしてくれない『豊穣の女主人』亭もそろそろ卒業する頃合いか。

 そう思っていると遠目に白髪赤眼の少年が、ロリ巨乳やロリっ娘や女剣士や褐色貧乳やらに囲まれてわいのわいのしている姿が見えた。

 ついでに椿・コルブランドの豊満な胸にホールドされる赤髪鍛冶師の姿も見える。

 さらにおまけでほかの者たちと離れた場所でタケミカヅチ・ファミリアの大男と前髪系美少女がいい雰囲気を作っているように見えた。

 

「ミアハ様、俺は、地上に戻ったら絶対に可愛い女の子とちゅっちゅしする……例え、娼館に行ってでも」

 

 とりあえず、今日はどのキノコを刈り取ることにしようかな。




ご無沙汰しておりました!


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10:飢えは深まるばかり

 ベル・クラネルたち探してダンジョンに潜り、18階層までたどり着いた翌日。

 定期の遠征を行っていた帰路の途上にあった【ロキ・ファミリア】に救われていたベル・クラネルたちと合流できた探索チームは、私とリュー・リオンを除いてベル・クラネルたちと一緒に【ロキ・ファミリア】の野営に入って18階層の夜を明かした。

 リュー・リオンは、その事情から18階層の森で一夜を明かしていたが、私がリューと一夜を過ごせるわけもなく、私は日頃から懇意にしているリヴィラの街の宿屋に泊まった。

 ベル・クラネルたちの安全が確認された後、帰還のための簡単な打ち合わせが行われ、【ロキ・ファミリア】の帰還後発組と一緒に帰ると決めていたのだが、その際にリューは一人で、ヘルメスはアスフィと一緒に別々で帰ることになった。

 それに便乗する形となってしまったが、私も彼らと別れて中層深部まで足を伸ばすことにした。

 ミアハ様への言伝は、神ヘスティアに頼んだので大丈夫だと思うが、それでもあまり深いところまではいけないだろう。

 どのみちクラネルたちの捜索のために最小限の準備しかできていなかったので探索必需品もあまり余裕がない。

 18階層に来るまでで入手したにアイテムのほとんどはリヴィラの街に流し、残ったアイテムや素材も解毒薬を調合するのに使用してなにも残っていない。

 ファミリアの借金返済が終わったので、これから自分を強化していくためにもそれ相応の資金などが必要になるから少しでも収入が欲しいところだ。

 どちらにしろ《神の首飾り(ミアハ・ネックレス)》の代金を支払うためにもかなりの希少素材が必要だ。

 20階層まで潜ればレアアイテムの十や二十はすぐに回収できるだろう。

 こういう分野に限れば自分のスキルに感謝することができる。

 単独行動(ぼっち)ならスキルのデメリットも有ってないようなものだし。

 

 

 そんな私の自虐を他所にロキ・ファミリアと一緒にいる奴らは楽しそうに18階層の観光をしているようだった。

 

「都合よく爆発系魔法でも発現しないもんかな――がっ」

 

 ベル・クラネルの股間が爆発する情景を思い浮かべた私の頭が鍛冶用の金づちで小突かれる。

 

「手前の武具を使わず、魔法に頼ろうというのか? 薄情な奴め」

 

「だからと言って鍛冶師の命で人の頭部を打たないでくれ、コルブランドさん」

 

「何、これならお前の歪んだ思考も少しは鍛え直せるかもしれんからな」

 

 私の頭をレベル5の腕力で小突いたオラリオ最高の鍛冶師、椿・コルブランドがあっけらかんと第二撃を打ち込もうと鎚を振り上げる。

 咄嗟に盾をかざして冗談ではすまないツッコミを受け止める。

 

「鉄は熱いうちに打て、という言葉がある。つまり、私の凝り固まった頭を打ってもどうにもならない!」

 

「うむ、それは然り。だが、お前はまだまだ熱いと手前は思うが?」

 

 小突きを防いだ《神雷の盾(イージス・オブ・ライトニング)》を何度も打ちながら言う椿の手が止まる気配はない。

 現段階で唯一無二の顕現した『神の力(アルカナム)』を宿した神盾は、小突かれる度にパリパリと僅かな反応を見せて抗議していた。

 

 現在私は、【ロキ・ファミリア】のキャンプ内に設営されている簡易鍛冶場で武具の手入れを行っている。

 ここにたどり着くまでに少なくない数のモンスターを屠ってきた武具は、それなりに斬れ味が落ちる。

 基本、単独行動しかしてこなかった私にとって自分の武器の手入れをしないと長期の迷宮探索はできない。

 最初のうちは安物の武具や格闘戦で戦っていたが、戦闘を重ねる度に理想は高くなっていった。

 そんな現在進行形の黒歴史的な私の妄想を形にしたのが、第一等級特殊武装(スペリオルズ)伍条魔槍(ブリューナク・ルーン)》。

 椿が作成した特殊武装(スペリオルズ)の中にある【魔力吸収(マジックドレイン)】の特性を持つ武具を参考に注文した私専用の武具。

 オラリオ最高の鍛冶師、椿・コルブランドに製作を依頼した魔槍。

 私も上級鍛冶師(ハイ・スミス)には劣るが、スキルの恩恵でアイテムや武具の作成能力は駆け出し鍛冶師を超える程度には上達している。

 私のスキル【強欲の代償】は、発展アビリティにある【鍛冶】や【神秘】などに似通った効果を包含している。

 生産系のスキルや発展アビリティは多くあるが、私のスキルはそのなかでも最上位に位置する。

 デメリットがあるような生産系のスキルや発展アビリティはないらしいので効果が高いのも必然だろう。

 

「それにしても相変わらずの“ちーと”。まさか【魔剣】も造れたりするのか?」

 

 さきほど【ロキ・ファミリア】の依頼で作成した特殊製法の解毒薬作成に立ち会っていた椿は、鍛冶に関しても特殊な技術を持っているのではないかと勘ぐっているらしい。

 

「《神の恩恵(ファルナ)》なんてものが存在する世界でチートも何もないだろうに」

 

 神々が使う言葉を時折混ぜてくる椿の探るような問いに軽口で応えながら自らの獲物を研ぎ続ける。

 基本、この世界において自分のステイタスに関することは口を閉ざしても文句を言われないのが助かる。

 あれこれ理由をつけて聞き出そうとするような人たちはいるが、それに応えるかどうかは個人の裁量次第だ。

 もちろん、ギルドに目をつけられるほどの犯罪を犯した者だと強制的にステイタスを暴かれるらしいが、私の場合は今のところそこまでの強権に引っかかるようなことはない。

 

「【魔剣】も作りたいとは思うけど、私が欲しいのは唯一無二の一振りだから」

 

 この世界の【魔剣】は使用し続ければ必ず自壊してしまう。

 魔法の効果を武具に込める代償としては当然のことなのかもしれないが、それでも最高の武器はずっと使い続けたい。

 スキルの効果で【鍛冶】アビリティ所持者に匹敵する恩恵を持っているため、いつかはオリジナルの武器を作成したいと思っているが、《伍条魔槍(ブリューナク・ルーン)》を超えるモノはいまだ生み出せていない。

 私が【鍛冶】アビリティを所持していないこともだが、圧倒的に経験が足りていないのだろう。

 この世界の鍛冶は主神から授かった【神の恩恵(ファルナ)】を素材に注ぎ込むことで特殊な属性を付与することができるものだが、そこに昔ながらの技術が介在しないのかと言われれば当然の如く否だ。

 神々が降臨するより前の時代は、人々はその技術のみで強大な怪物に抗う武具を生み出していた。

 ならば今の時代の鍛冶師は、かつての鍛冶師たちを超えるモノを生み出すことに全霊を賭すべきだ。

 新しきモノは、古きモノを超える可能性を秘めている。

 しかし、可能性は現実のモノにしなければ意味がない。

 そこに至るまで鍛冶師たちの錬磨は続くし、至った後も終わりなどない。

 

「ふむ、手前もおいそれとお前に抜かれるつもりはないが、武具を鍛えるための素材の入手は如何ともし難いところだ」

 

 ロキ・ファミリアの遠征に随伴して59階層というギルドに保管されている公式記録に肩を並べる最深層へ足を踏み入れた椿が不満気に言う。

 

「お前が手前のところに持ち込んだ神雷石に匹敵するような素材は、結局手にできなんだ。アレは一体全体どこで手に入れたのモノなのだ?」

 

「それは企業秘密ということで」

 

「むぅ、相変わらずケチな男だな」

 

 ギルドに登録している到達階層が20階である私に対し、探るような問いを投げかけてくる椿に軽い調子で返す。

 私の本当の迷宮内最高到達階層は、37階層。

 最初に長めの遠征に出かけた際に37階層まで到達したのだが、そこの階層主(ウダイオス)と遭遇してしまった。

 黒い骸骨の上半身が地面から生えているようなモンスターだが、その威容は迷宮の王を名乗るにふさわしかった。

 じっくり戦えば勝てたかもしれないが、さすがに単独探索の限界を感じていたところだったので帰路を考えての撤退だった。

 モンスターが相手なら触れることができれば即殺できるといっても規格外の巨大さを持つ階層主(ウダイオス)の長大な間合いを詰めて攻撃を当てるには速度が足りなかった。

 ただでさえ即死級の攻撃力を持つ階層主の癖に私が接近すると骨の剣山を部屋全体に突き出すわ、通常モンスターの骸骨戦士(スパルトイ)を大量に召喚したりと容赦ない単独(ぼっち)殺し戦法を連発してきたのだから反則だ。

 もっともその時に遭遇したスパルトイの亜種から神雷石をゲットしたので遠征自体は成功と言えるだろう。

 

「入手場所を秘密にする代わりというわけじゃないが、これを預けておくよ」

 

「おぉ? これはまさか、炎獣石か? それも三つも!」

 

 炎のような光の揺らめきを内包した赤色の宝石を手にした椿は純真な子供のような笑みを見せる。

 

「これは焔獄犬(スピリット・ケルベロス)のレアドロップだというのにお前というやつは、つくづくケチな癖に気前が良いな!」

 

「ケチと気前が良いは、両立するのかな?」

 

 超希少素材を前にはしゃいで見せる椿にため息が出る。

 元々地上に戻ってから【ヘファイストス・ファミリア】に届ける予定だったが、ここで椿と会えたのなら先に渡しておいて問題ない。

 

「使い方は、ヘファイストス・ファミリア(貴女たち)に任せます。代価はいつも通り注文品の清算に充ててください」

 

「今回もいくら分という交渉はなしか? 手前らが安く見積もるとは思わんのか?」

 

「そこは【ヘファイストス・ファミリア】(貴女たち)を信用しているから」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】は、私のスキルが抑制されるより前から依頼に対する内容に僅かな瑕疵もなかった。

 もちろん対応そのものは酷いものだったが、出来上がった武具たちはどれも素晴らしい出来だった。

 仕事そのものは、私が居ない場所で行われているからスキルの影響がないだけなのかもしれないが、私のスキルより彼女らの鍛冶師としての矜持が勝っていると考える方が気持ちが良い。

 

「そう言われては、手前らも応えないわけにはいかないのう。まあ、品の目利きを偽るような者は、主神様に大目玉を喰らってしまうからな」

 

 仕事に虚偽も私情も挟まない。

 オラリオに集っている職人の大半は、私のスキルの影響を受けても仕上がってくる品物に粗悪品はまず出てこない。

 もちろん、悪い噂を聞くような商店や工房は利用していないし、金に糸目は付けないから相応の品が出来上がるのは当然だ。

 この都市の職人たちは、自分たちの力だけでなく【神の恩恵(ファルナ)】を授かって自らの技術を次の段階へ進めることに執心している。

 自らの技術をわざと落すような品は作らないだろう。

 

「あい分かった。これは手前らが有効活用させてもらうとしよう」

 

 炎獣石を腰の小鞄にしまいながら言う。

 椿のことは、私のスキルの影響を受けながらも武具を打ってくれたことから全幅の信頼を寄せている。

 彼女は優れた武具を生み出すことのみに執心しているから自分の武具の性能を引き出せる者、見る目のある者、自分の技術を向上させる助けとなる者であれば全力で武具を作ってくれる。

 その気質は【ヘファイストス・ファミリア】全体に通ずるモノであり、私の迷宮探索を大いに後押ししてくれている。

 

「……どうやら主神様はしっかりと伝えてくれたようだな」

 

 ミアハ様から頂いた『神の首飾り(ミアハ・ネックレス)』を身に着ける以前は見ることのできなかった穏やかな笑みの椿に年甲斐もなく顔が熱くなるのを感じた。

 

「あんまり良い顔は魅せないでもらいたいな。私は惚れやすい性質なんだ」

 

「ふふん、いくらでも惚れてかまわんぞ?」

 

 照れ隠しに挟んだ軽口も余裕の態度で返される。

 そこに冗談以外の感情は窺えない。

 

「やっぱり、貴女には適わないな」

 

 というか、女性に対してうまく対応できたことなど一度もないけどな。

 これまでの苦い経験とこれからも変わらないかもしれないという絶望の混じった苦笑しかでなかった。

 

 

 

 その夜のこと――。

 

『白髪野郎がアイズさんの水浴びを覗きやがっただとおおおおおおおおおおおお!!』

 

【ロキ・ファミリア】の野営地に響き渡る上級冒険者たちの激憤。

 ベル・クラネルがヘルメスと共に【ロキ・ファミリア】の女性陣と神ヘスティアたちが水浴びをしているところに吶喊したという。

 それは覗きどころの騒ぎではないはずなのに元凶がヘルメスだということで禁断の泉に飛び込んだベル・クラネルは厳重注意で済んだらしい。

 

「お、おお……ゼノン君。君、回復系のポーションもってないかい?」

 

 ことの元凶ということでアスフィに制裁を受けてズタボロになったヘルメスが誰にも介抱されず倒れ伏したまま半笑いで助けを求めてきた。

 

「あれ? なんかすごく怖い顔してるけどどうしたのかな?」

 

 今は回復系ポーションの残りがなくなってしまっているので提供することはできない。

 この男神に私が提供できるモノなど一つしかない。

 ズタボロになったヘルメスの胸ぐらをつかみ上げ、拳を握りしめる。

 

「ちょ、目がマジなんだけど? どういうこと? ねぇ、ゼノン君?」

 

 尋常ならざる私の状態を察したヘルメスが半笑いを消して表情を強張らせる。

 硬く握りしめた拳を私は高々と振り上げた。

 

「何故、俺を誘わなかったああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「なんでええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 ベル・クラネルのみにいい思いをさせた男神に制裁を加えた私は、その心からの雄叫びが周囲に駄々漏れだったため、スキルの影響が緩和されている状態でも女性陣たちの好感度が最低値になったのは言うまでもないだろう。

 ヘルメスに対する理不尽な制裁に相まって翌朝にはヘルメスにさえ同情が向けられ、私への侮蔑的な視線が強まっていた。

 もともと好感度がプラスだったということはないのでいつもと変わらないということに思い至り、安堵と同時に絶望を抱く羽目になった。




スキル更新
嫉妬怪物(リヴァイアサン):G
・他者を妬めば妬むほど能力が増大するが、判断力が著しく低下する。
・嫉妬の対象が認識範囲内にいる限り、効果は持続する。
  ↓ ↓ ↓
嫉妬怪物(リヴァイアサン):F
・他者を妬めば妬むほど能力が増大するが、判断力が著しく低下する。
・嫉妬の対象を意識する限り、効果は持続する。
・効果が持続する限り、好感度変動にマイナス補正が掛かる。
・この効果により能力が増大し続けた場合、肉体に変異を来たす。


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11:憤怒の矛先

前話から戦闘場面に早く行きたくていろいろとすっ飛ばして書いてしまいました(-_-;)


 装備のメンテナンスと最低限の消耗品をリヴィラの街で買い付けた私は、19階層へ降りる洞穴の入口まできていた。

 

「始まったか……」

 

 携行品の確認を行いながら18階層の中央樹付近の喧騒と森から響く剣戟を聞き取った。

 昨夜の覗き騒動後にいつもの発作を起こして馬鹿をやってのけた私は周囲の視線に耐え切れずリヴィラの街に逃げ込んだのだが、そこでとある神の企てを耳にした。

 前代未聞のランクアップをしてのけた私やベル・クラネルが早々に18階層までたどり着いたことを快く思わない冒険者たちを焚き付け、私やベル・クラネルに嗾けようとしているようだった。

 レベル2に至った上級冒険者たちは、ほとんどの者がひとつの焦燥に囚われることになる。

 それは後続に追い抜かれ、先達に置き去りにされるかもしれないというもの。

 レベルをひとつあげることだけでも才能が必要であり、さらにその上に行こうとすればさらに大きな才能がいる。

 何年も同じレベルから上がることができない者たちは、自分の限界を感じた瞬間、成長を諦める。

 そして、諦めは嫉妬へと変わっていく。

 自分にはないモノを持つ者を妬むのは人として当然の感情であり、許容されるべき心情だ。

 しかし、それを表面に出すことがどれほど滑稽で無様であるかを私は身をもって知っている。

 それゆえなのか、私はリヴィラの冒険者たちの嫉妬から除外されることになった。

 もとよりレベル1の時からリヴィラの街で商売をしていた私は、普段の醜態も相まって関わらないでいてくれたのだろう。

 

「大方、ボールスの目を気にしてのことだろうが」

 

 現在のリヴィラの街を取仕切るレベル3のボールスと直接取引する私を集団で嵌めるのは、ボールスの利益を害することにもつながるということくらい粗野な部類の冒険者たちも十二分に理解できるだろう。

 そんな私と違い、何の後ろ盾もなく、周囲の仲間にも知人にも恵まれているように見えるベル・クラネルは余計に妬みを向けやすかったはずだ。

 

「……リューが加勢をするまでの騒動だろうな」

 

 今のところは中央樹付近の森から剣戟と冒険者たちの怒号が聞こえているが、それも長くは続かないだろう。

 ベル・クラネルの最も危険なところは、その人誑しぶりにある。

 あれは間違いなく物語の中心になる要素をほとんど持ち合わせている。

 そんな物語の中心に位置する者が持つ最大の要素。

 それは、良くも悪くも多くの存在を惹き付ける吸引力。

 

「物語を動かす者、か」

 

 私は幼い頃から彼のように物語を動かす者になりたいと思っていた。

 強い力に憧れるのは、誰にでも共通する願望の一つだろう。

 私もそんなありふれた願望を抱く一人にすぎない。

 強い力を持って何を成すか、それが物語を動かす者――即ち、主人公や英雄と呼ばれる者たちと私との差だ。

 過去の偉人や英雄、現代の【ロキ・ファミリア】やベル・クラネルたちと私の違いは、その力をもって成した何かを語る誰かに見られたかどうかだ。

 彼らが成した偉業は、必ず本人以外の口から世に広まっている。

 ベル・クラネルがレベル1でレベル2相当のミノタウロスを撃破した場面は、彼の仲間だけでなく【ロキ・ファミリア】の幹部クラスにも目撃されている。

 それに対してレベル1でレベル3以上のモンスターを撃破しているが基本的に単独行動(ぼっち)主義の私は、誰にもその場面を目撃されていない。

 レアアイテムや希少素材を持ち帰っても私の名が広まらなかったのは、スキルの影響もあるが信憑性というモノが皆無だったからだ。

 事実、私はスキルのおかげで本来の階層より上質な素材やドロップアイテムを得ることができるため、進出階層を多めに申告することも可能だ。

 それをしなかったのは、信じてもらうことができなかったからだ。

 現在の進出階層20階というのもレベル2になったことで辛うじて信じてもらえるラインだからだ。

 スキルの影響がなければもっと信じてもらえていたのだろうが、今となっては良かったと言える。

 37階層の階層主(ウダイオス)を【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインが単独撃破したという偉業は、オラリオでも大きな話題として広まっていた。

 それをレベル1の下級冒険者が逃げ帰ったとはいえ、交戦したなどということが広まればベル・クラネルの急成長に対する追及以上の干渉を受けていただろう。

 

「このままレベルを上げ続ければ自ずと信じてもらえるようになるだろうけどな」

 

 冒険者が培った経験値(エクセリア)はレベルアップという形で証明される。

 レベルアップの申告は純然たる現実。

 自分のレベルを低く申告して下位レベルを装うことはできるだろうが、上位レベルを装うことは難しい。

 少なくともベル・クラネルや私のような例外だったり、【タケミカヅチ・ファミリア】のようなステイタスに頼らない戦闘技術を高めたような者でない限り、レベルを超えた実績というのもは出せないだろう。

 冒険者のレベルはその人の偉業の証。

 リヴィラの街で燻っている冒険者たちもベル・クラネルも同じように偉業を成し遂げた到達者なのだ。

 他者からの評価に劣等感を持つのは間違っていることなのだが、自他を比べてしまうのは意思持つ存在の性だろう。

 

「俺もクラネルの境遇と比べてるしな」

 

 ステイタスだけでなく、女運が限界突破していそうなベル・クラネルを妬む私の気持ちと同じようにリヴィラの冒険者たちが私やベル・クラネルの成長に嫉妬しているというのなら仕方がないというほかない。

 

「ほどよいガス抜きになれば良いかもな」

 

 喧騒が響く森に明らかに異なった戦闘の音が混じり始めたのを感じる。

 おそらくリュー・リオンが助太刀に入ったのだろう。

 あとはものの数分でリヴィラの冒険者たちは鎮圧されるだけ。

 悲しいかな、リュー・リオンの実力はレベルだけでなく技術面でもリヴィラの街の冒険者を上回っている。

 嫉妬に身を窶した行動は、自らを惨めにするだけなのだ。

 

 私の同類になろうとしている冒険者たちのこれからを思い、神の企てによる喜劇を背にして19階層への入口に足を向けた背に尋常ならざる気配が叩き付けられる。

 

 

「――――――っ、これは」

 

 

 かつて、この世界に墜ちた際に叩きつけられた気配と同じ超越存在(デウスデア)

 

「浅慮にもほどがあるぞ、神ヘスティア!」

 

 今、この状況において神威を解き放つ大馬鹿な神は彼女しかいない。

 それを察して悪態を吐いた瞬間、壁面が、地面が、森が、泉が、空間そのものが揺れ動く。

 

「案の定か、ちくし――っだぁぁぁ!」

 

 18階層だけに留まらずダンジョン全体が揺れるような気配と共に頭上から巨大な落石が降り注いだ。

 数瞬前まで私が立っていた19階層への入口は、見事に巨石の蓋が成された。

 ヘスティアの気配に振り向いていなければ私の生涯にも蓋がされていたところだ。

 間一髪の回避に冷や汗が滲んだ背を掻きながら17階層へ続く洞穴の丘を見上げるが、そちら側からも土煙があがっているのが確認できる。

 

「ダンジョンが勝手に崩れるなんてことはないはずなのに……」

 

 これから起こるであろう異常事態(イレギュラー)を予想した瞬間、18階層の天井から光を下ろしていた水晶に影が混ざっていることに気付く。

 

「おいおい、冗談じゃないぞ? 神が憎いからといって、同じように翻弄される俺たちに対してこの仕打ちはないだろ!」

 

 18階層を照らし出す天上の水晶群の中央に位置する最も巨大な白水晶に亀裂が入り、巨大な水晶片が落下する中、それは安全階層(セーフティポイント)に現れる。

 

「17階層の階層主(ゴライアス)……ってだけじゃないな」

 

 花弁の如く開いた水晶の奥から顔を覗かせた黒い巨人。

 まるで隕石の如く階層の天井から降り立った黒い巨人は、その重量を証明するかのような轟音を階層全体に轟かせた。

 

 昼間の光を与えていた水晶は砕かれ、18階層に薄闇の夜が訪れる。

 

『――オオオオオオオオオオオオオオオオオアアア!!』

 

 世界を砕かんばかりの咆哮に黒い巨人と共に降り注いでいた水晶群が意思を持っているかのように積み重なり、歪な大柱となる。

 大柱となった闇色の水晶、それに対して当然の如く手を伸ばす黒い巨人。

 

「階層主の強化版というだけでもふざけているのに天然武器(ネイチャーウェポン)まで与えるのか?」

 

 それほどまでにダンジョンは神を憎んでいるのか?

 それで被害を受けるのは、私たち下界の者だというのに。

 

「このタイミングからして【ロキ・ファミリア】は残ってないだろうな……」

 

 黒い巨人が咆哮と共に手にした水晶の大柱を振り上げるのを確認しながら戦場へと駆ける。

 

 階層の出入り口が塞がれたのがダンジョンの意思だというのならその意思の顕現たる黒い巨人の撃破が階層の出入り口を解放するカギだと想定して動く。

 現在の18階層にある最上級戦力は、リュー・リオンとアスフィ・アンドロメダ。

 次いで私とベル・クラネル、ボールス・エルダーが続くだろうか。

 リヴィラの街にいる冒険者は、ほぼレベル2以上であり、単純な戦力として数えれば中堅以上のファミリアに匹敵する。

 それでも全員が一致団結して階層主に挑むには、どうしても連携が取れない。

 通常の階層主でも連携が必要になってくるのに強化されたゴライアスは、武器まで持っている状態で有象無象の戦力がどれだけ戦えるのか。

 

「でも、俺なら階層主だろうと一撃で殺せる」

 

 私が有する特殊魔法グレータースティールは、モンスターなら触るだけで魔石を抜き取って確実に即死させるチート魔法。

 ウダイオスの時は一人だったこともあり、接近することもできなかったが、今の状況ならいくらでも足止め役はいる。

 

「階層主の魔石は幾らで売れるか楽しみだ!」

 

 他者と共闘できる程度にスキルの代償が緩和されている私は、楽観していた。

 近づくことができればどんなモンスターでも倒せるということは、近づかなければどうしようもないということでもある。

 いくら強化されたゴライアス相手でもリヴィラの街の冒険者やリュー・リオン、アスフィ・アンドロメダが居れば接近して魔石を抜き取るチャンスくらいくらでもあるだろうと思っていた。

 階層主だといっても所詮は、モンスター。

 神を抹殺するために急造された怪物は、目につくものを攻撃するしか能がない狂戦士(バーサーカー)

 多くのモンスターを相手に一人で立ち回ってきた私にとって、そんな本能で動くような図体ばかりでかい敵は鈍間な的でしかない。

 

 だから油断していた。

 大きく振り上げられた水晶の大柱がこちらに向かって振り下ろされるのを見ても足元の冒険者たちを攻撃するつもりなのだとしか思わなかった。

 

「―――は?」

 

 気付いた瞬間、私の視界は巨大な水晶柱に覆い尽くされていた。

 

「ぐおおおおああああ!」

 

 透き通った水晶弾の直撃コースから身体を半身ずらして『神雷の盾(イージス・オブ・ライトニング)』をかざし、『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』を発動させる。

 

「ぐんぉぁだぁっ!!」

 

 凄まじい質量と速度を持った水晶の砲弾は迅雷に蝕まれながら私の側面を通過しながら盾ごと私の腕を持っていこうとする。

 足場の摩擦力を『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』で軽減し、腕に伝う衝撃を逃がしながらその場を離脱する。

 左の腕にある『神雷の盾(イージス・オブ・ライトニング)』、右の手に握る『伍条魔槍(ブリューナク・ルーン)』、両の足を走らせる『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』。

 私が装備する最強の武装は、階層主と戦うことを想定して得た特殊武装(スペリオルズ)

 いつか訪れるはずだった戦いは、今目の前にある。

 

『ウヴォオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

『ヴモォオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 砲弾と化した水晶の大柱が着弾と同時に砕け散るのと同時に狂った歯車のような愚直さで一直線に突進してくる2匹の牛人(ミノタウロス)

 一匹は金色の体毛に稲妻を迸らせながら、一匹は灼熱の息吹を吹き散らしながら、双方共に水晶でできた大剣と大斧を装備していた。

 2頭の背後からも色鮮やかなモンスターの群れが迫っている。

 そのどれにも共通するのは、爛々と滾る獣性を秘めた狂気の眼。

 

「一体どういう状況だ、これは?」

 

 迫りくるモンスターの群れに『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』の効果でアイスリンクと化した戦場を疾走する。

 ケルベロスのような猛火を吐き散らす炎牛人の下顎を氷結の魔力が込められたブーツで蹴り上げ、続けざまに魔力吸収能力を持つ槍に氷の魔力を吸わせた刃で喉を掻き斬る。

 分厚い硬皮を断ち斬る鈍い感触が過ぎると口腔に溜め込んでいた炎が裂かれた喉から溢れ出る。

 駆ける速度を落とさず炎牛人に飛び掛かった私を直近の雷牛人が雷撃を纏わせた大斧で同族共々叩き割ろうと構えていた。

 

『ヴッ!!』

 

 狂っていながら獣の雄叫びではなく、戦士が見せる裂帛の気合いのように瞬間的な呼吸から繰り出された猛牛の一撃は――

 

「ははっ!」

 

『オオオッ!』

 

 私を捉えることなく同族の炎牛人を真っ二つにするだけに留まらず、接近していたバグベアも雷撃を纏った斧の大斬撃の余波で纏めて粉砕する。

 

「返しに仲間の力をくれてやる」

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 大地を割った雷撃の斧を持ち上げるより速く炎牛人から奪った炎の魔力を纏った魔槍が雷牛人の頭蓋を砕き割る。

 喉と頭蓋を破壊されたミノタウロスが魔石の喪失と共に灰となって消える。

 しかし、間髪入れずに新たなモンスターが獰猛な牙を、爪を、天然武装(ネイチャーウェポン)を用いて襲い掛かってくる。

 

 歪曲している牙を並べた大口を神雷の盾で自慢の牙ごと顎を砕き、鋭利な爪を氷撃の蹴りで割り、水晶や岩から生み出された不出来な武器を回避しながら魔槍でモンスターの魔石(心臓)を抉り出す。

 

「ああ、本当にこれはどういう状況なんだ?」

 

 まるで波濤の如く襲い掛かってくるモンスターを捌きながら疾走する私に気づいたのか、遠方で他の冒険者を襲っていたゴライアスが再びこちらを睨み付けていた。

 

「今度はどんな爆弾を投げるつもりなんだ?」

 

『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!』

 

 私の軽口に呼応するかのようなゴライアスの雄叫びに口の端がつり上がるのを感じた。

 再び水晶の砲弾でも投げつけてくるものかと思ったら、雄叫びを上げたゴライアスはそのまま大口をこちらに向けていた。

 

『――――――アァァッ!!!』

 

 雄叫びが終わった瞬間に込められた刹那の溜めから放たれたのは魔力を込めた『咆哮(ハウル)』の衝撃砲。

 

「どあっ」

 

 足元の冒険者がゴライアスの姿勢を崩したのか遥か遠方から吐き出された『咆哮(ハウル)』は、私の左側面の地面を周囲のモンスターごと破砕した。

 

「今のは、危なかったな」

 

 あの動作が『咆哮(ハウル)』を撃つモノだと分かったからには次は喰らわない。

 私の『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』はどんな地盤面でも機動力を奪われることがないので予備動作がある攻撃を回避するのはたやすい。

 もちろん、接近すればそれだけラグが少なくなるが、その距離まで近づけば旋回能力で近接戦は圧倒できる。

 

「しかし、この状況は本当に神ヘスティアの神威が原因なのか?」

 

 不自然なほどに私の方へモンスターが殺到し、遠方からもゴライアスに狙われるという状況の異常さが私の思考を惑わす。

 黒いゴライアスが現れた原因は、神ヘスティアにあるはずだ。

 それにも関わらず、あのゴライアスはなぜか私の居る方向へ強力な攻撃を仕掛けているように感じる。

 

「いや、待て。神の力は、神ヘスティアだけじゃない」

 

 この階層には今、ヘスティアとヘルメスの2柱の神がいる。

 しかし、二人とも現在は神威を限界まで抑え込んでいるはずだ。

 それにも関わらず、異常な活性化を見せるモンスターやゴライアスの不可解な行動はあの二人が原因とは思えない。

 私に襲い掛かってくるモンスターは、どれも亜種や希少種であり、このレベルのモンスターが階層全体に出現しているなら他の冒険者たちでは対処できないはずだ。

 

「……ということは、俺が標的にされている?」

 

 雷撃と氷撃を込めた魔槍を揮いながら周囲のモンスターを狩りながら走り抜ける私は、とんでもないことに気づく。

 私が左腕に装備している雷を纏った盾は、『神の力《アルカナム》』を宿した神器。

 

「まさか……」

 

 遠方でゴライアスと戦っている冒険者たちの喧騒が耳に届く程度に接近したところでゴライアスが不思議な構えを取っていることに気づく。

 

「おいおい、まさか……」

 

 ヘスティアの神威が呼び水となったこの状況は、私が全力で力を揮っている『神雷の盾(イージス・オブ・ライトニング)』に惹き付けられている。

 さらにいえば『神の首飾り(ミアハ・ネックレス)』は、正真正銘ミアハ様の御力が宿っている。

 そこまで考えが至った瞬間、階層全体が爆発したような衝撃に誰もが耳を覆った。

 

『ゴオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

 周囲の攻撃など知ったことかとでもいうような猪突猛進を強攻したゴライアスの身体は明らかに通常の体皮ではなく、硬質的な甲殻のそれを思わせるモノに変異していた。

 

「はっ、まじかよ」

 

 体長10メドルに届く鋼の巨人が砲弾の如く疾走してくる。

 大地も木々も水晶も冒険者もモンスターも空間さえ粉砕して迫ったゴライアスの一撃に私の身体は羽虫の如く空を舞った。



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閑話02:目覚めの前

久々の投稿です。
忘れられているかもしれませんが、ほそぼそと続けていけたらと思います。


 18階層に現れた異形の黒い巨人は、本来であれば持ちえないはずの能力や武器を用いて有象無象を蹴散らす。

 果敢に攻め続ける冒険者たちを羽虫の如く薙ぎ払う巨体を相手に誰もが理解する。

 

 この階層主は、17階層のモノとは別物だと。

 

 出現と同時に自身と共にダンジョンの天井から崩れ落ちた水晶を束ねた大柱を19階層への入り口付近に投擲。

 自身の足元を駆け回る冒険者たちを無視して初撃と同じ方向へ最大威力の咆哮(ハウル)を放つ。

 さらには、周囲の冒険者たちを振り払った直後に空間を破壊するかのような大号砲。

 

『ゴオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

 瞬間、黒い巨人の体躯が膨れ上がり、強靭な皮膚が硬質な鎧状の外殻に変質し、射撃系魔法と同等の速度で19階層側の入口方向へ大疾走。

 誰もが目を疑う黒い巨人の奇行。

 冒険者たちに無防備な背後を晒す行為を何度も繰り返す巨人。

 死力を賭して戦う冒険者たちを無視するような行動は、戦う側としての矜持が損なわれるものだったが、本音を言えばそのまま別階層へ去ってくれれば良いとほとんどの冒険者が思った。

 

『ゴガ、ガアアアオオオオオオオッ!』

 

 超越的な存在たる階層主の叫びが階層全体を震わせる。

 先の一撃が何に向かって放たれたのか理解できない冒険者たちにとってそれはさらなる畏怖を与える絶望の響きに聞こえただろう。

 

「……アレは」

 

 遠く離れた階層主が吠える方角へ駆け出していたエルフの戦士、リュー・リオン。

 ゴライアスが出現したのとほぼ同時に最も早く動いたリューは、通常とは違うゴライアスの性能に戦慄しながらも18階層に残った戦力の一人として戦っていたが、そんな自分を無視してゴライアスは走り去った。

 

「なるほど、アレの不快さは階層主すら惹き付けるのか」

 

 Lv.4の視界が捉えた無様な男の敗北は、この絶望的な状況にひとつの好機を齎すものでもあった。

 

「アレがヘルメス様が言われていた……」

 

 リューの後を追いながら同じものを捉えていたアスフィ・アンドロメダ。

 

「アレは、誰よりも生き汚い。今の攻撃でもアレは死んではいないでしょう」

 

「そうですね。アレの装備は、オラリオでも最高ランクの武具が揃っていましたから」

 

 戦いに立っている冒険者たちの最上級戦力であるリューとアスフィは、同じ結論を見る。

 

「アレが階層主を惹き付けるなら私たちは、その背後から強力な一撃を撃つ」

 

「それにアレを攻撃する時、あの階層主は自身の負担を考えない力を使っているようですし、あるいは自滅を狙えるかもしれません」

 

「それほどまでにアレの不快さが気に入らないということか」

 

 現在の状況で階層主が鎧を纏ったことは、戦う冒険者たちにとって絶望以外の何物でもなかった。

 しかし、黒い巨人の鎧は、標的を吹き飛ばすと同時に役目を終えたかのように巨人の外皮から剥がれ落ちている。

 突進後の叫びは、無理を強いた肉体が崩壊に侵される痛みによるものであるとリューとアスフィは判断した。

 

「貴女は、リヴィラに戻り高火力の魔法の使い手たちを集めてほしい」

 

「分かりました。貴女の方は、階層主をアレに張り付けるように動いてください」

 

 上級冒険者同士の確認は、すぐさま互いの役目を果たすために速度を上げて駆け出す。

 この場の最強の戦力である二人の判断は、そのままこの戦場の方針を決定づける。

 その判断に間違いはなく、利用できるものはなんでも利用しなければ現状を打破することは不可能に近い。

 奇跡を願うことの無意味さを誰よりも知るエルフは非情な判断を下す。

 今、何を切り捨てることが最上であるかを。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 天井の結晶光が失われたことで薄闇に包まれた18階層の中、リヴィラの街に残っていた冒険者たちも超常の事態を認識し、喧騒混じりに慌しさを増す。

 

「なんじゃあ、ありゃあ……?」

 

 突如として出現した黒のゴライアスの凄まじい咆哮にリヴィラの街を取り纏めるボールスは、鈍り掛けた冒険者としての勘がこれまでにない警告を発しているのを感じた。

 そもそもが安全階層に階層主であるゴライアスが出現するということ事態が特級の異常事態。

 さらに今出現しているのは、強化ゴライアスとでも形容できそうな脅威を感じる。

 

「ただでさえ硬いゴライアスがあんな頑丈そうな鎧と天然武器(ネイチャーウェポン)咆哮(飛び道具)まで使うってぇのか?」

 

 19階層に続く洞穴付近へ巨大な水晶槍を投擲し、黒い鎧のような外殻を纏った突進、その後も同じ付近を咆哮(ハウル)の連射で周辺まるごと吹き飛ばし続けている。

 

「ボールスッ! どこにいるんですか、ボールス!」

 

「ア、アンドロメダ!? 一体どこから現れやがった?」

 

 唐突な呼び掛けに視線を向けたボールスの視界に映ったのは、高高度から舞い降りてくるアスフィ・アンドロメダだった。

 

「ボールス、あの階層主を討伐します! 街の冒険者と武器をありったけ集めなさい!」

 

「討伐ぅ!? 馬鹿いってんじゃねえよアンドロメダ! ゴライアスくらいなら精鋭を集めて往かせれば!」

 

 アスフィの焦りを伴った言葉に気圧されながらもリヴィラの街の顔役である眼帯の大男は自身の見た目を思い出したかのように声を荒げる。

 

「あれが普通のゴライアスじゃないことは貴方も理解できるでしょう! すでに退路は断たれ、あのゴライアスの攻撃能力から考えれば、数刻と経たずに18階層全体が更地になりますけど、貴方はそのまま踏ん反り返ってゴライアスにミンチにされるのを待っていると?」

 

「ッ、どちくしょうが! おい、聞いてたなてめぇら! こうなりゃ総力戦だ!」

 

 アスフィの煽りに悪態を吐きながらボールスが周囲に集まっていた冒険者達に指示を飛ばし、状況を理解しきれていなかった街の冒険者たちもそれぞれの武器を取り、黒い巨人が暴れる戦場へと駆け出した。

 街に残っている冒険者たちも街中から武具や回復薬をかき集め、何十人も出てくるであろう負傷者を受け入れる救護所の設置などそれぞれができる最善を考え動き出す。

 

「そういや、アンドロメダ。一つ確認しときたいんだが」

 

「なんですか、この忙しい時に」

 

 そんな冒険者たちの動きを確認しながらボールス自身も剣と盾を持ち出しながら再び戦場へ戻ろうとしていたアスフィを呼び止める。

 

「あの化物は――」

 

 装備を整えたボールスは、手にした剣でゴライアスが暴れる階層中央部に聳え立つ巨大な中央樹の付近を指し示す。

 無差別に暴れまわっているようにも見えるゴライアスだが、常に自身の足下を狙って攻撃を繰り返している。

 中央樹付近から徐々に東部の森側へ移動を続けながら地形を変えるほどの攻撃で、木々もモンスターも近くに居た冒険者達も見境なく吹き飛ばしている。

 怒り狂っての攻撃というより、逃げ回る獲物を狙って攻撃しているかのようでもある。

 しかし、あれほどの攻撃を受けながらモンスターが跋扈する鬱蒼とした森を逃げ続けられる冒険者が果たして、18階層に居ただろうかとボールスは思いながら事態を把握している様子を見せるアスフィに問い掛ける。

 

「何を狙ってるんだ?」

 

「アレは、単なる囮です。ゴライアスの動きはアレが牽き付けている間に貴方は、高火力魔法の使い手を集めてどデカイ一撃を食らわせる準備をさせなさい!」

 

 ボールスの問いに乱暴な語気で返したアスフィは、もう留まることなく戦場へと駆け出していった。

 

「おいおい、アンドロメダ。あんな化物の囮役を一人にさせるってなぁ、捨て駒ってんだぜ?」

 

 アスフィの背に吐き捨てるように呟いたボールスもまた戦場へと走り出す。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 不可解な突進を行ったゴライアスが再び冒険者達が集まる方角へ誘導されるように森を蹂躙して突き進む中、冒険者たちは森と大平原の境界付近にそれぞれが得意とする地形に陣取り、ゴライアスの襲来を迎え撃つ。

 

「あの化物(ゴライアス)もモンスターどももアレにご執心みたいだぜ!?」

 

「おうよ、化物どものケツにどぎつい一撃を食らわしてやれぇ!」

 

 18階層の大平原で戦闘を行っていた冒険者達は、猛威を揮うゴライアスだけでなく、ゴライアスに呼応して現れたモンスターさえもたった一人の冒険者を執拗に狙い続けていることに気付き始めた冒険者達の戦闘方針は決まっていた。

 

「リオン! リヴィラの街の冒険者達が魔法の詠唱に入りました!」

 

 他の冒険者たちと共に戦っていたリューにアスフィが合流する。

 

「分かりました。私はアレにゴライアスを平原側に誘導するように伝えてきます」

 

 アスフィの報告を受け、リューは同じ戦場で戦っていた白髪の少年ベル・クラネルに声を掛ける。

 

「クラネルさんは、このまま他の冒険者と連携して周囲のモンスターを殲滅を優先してください!」

 

「分かりました! リューさんも気をつけてください!」

 

 僅かな共闘でリューが自分より完全な上位者であることを認識したベルは、リューの指示に従いながら駆け出す。

 

 異形のゴライアスの出現に呼応する形で出現したと思われる無数のモンスターの中に亜種や強化種が多く混ざっていることもあり、幾度も修羅場を越えてきたリヴィラの冒険者達をしても苦戦を強いられている状態で全体の戦況が保たれているのは、たった一人の冒険者が異形のゴライアスや多くのモンスターの攻撃をひきつけているからだ。

 その事実は、戦況が進めば進むほど多くの冒険者が把握し、利用しない手はないと各々の経験をもとに立ち回っている。

 しかし、誰もがそこにある違和感に気付かない。

 これほどの危難を前に足を引っ張り合うような馬鹿をするような冒険者は、はみ出し者の多いリヴィラの冒険者でもありえない。

 強大な敵の囮役を勤める者の重要性は、中層に辿り着ける冒険者達のほとんどが理解できているからだ。

 それにも関わらず、現状を維持するのに重要な役割を担っている一人の冒険者に対して誰もが手を貸そうとしない。

 撹乱のために攻撃する者も、囮役に支援魔法を掛けようとする者もいない。

 囮となっている冒険者がどれほど傷付こうと、どれほど窮地に立とうと手を差し伸べようとしない。

 それは、当然のこと。

 

『冒険者は、冒険をしてはいけない』

 

 ギルドを利用していれば稀に聞こえてくる誰かの声が戦いの中にある冒険者達に言い訳を与えてくれる。

 本来のレベルを超越した階層主の囮になるなど中階層に留まる冒険者ができるはずがない。

 囮ができる者は、きっとそれ相応に強い奴だから手助けなんかしなくてよい。

 それよりも囮が敵をひきつけさせている間に安全なところから攻撃をした方がよい。

 

 それは決して間違った考えではない。

 

 冒険者達は道楽で迷宮に挑んでいるわけではないのだ。

 彼らは、己の命を掛けて日夜戦い続けている。

 たったひとつしかない命を賭けた戦いに卑怯も臆病も関係ない。

 その時を生き抜く為に冒険者は全霊を尽くす。

 だから、実力に見合わない行動は自分の命を脅かす。

 勇敢な行動は、時として自分だけでなく、共に戦う仲間達の命を奪ってしまうかもしれないのだから。

 

 ―― 己を賭した果てに何を得る?

 

 それは夢を語る時、野望を語る時、希望を語る時、その者の輝きを問う言の葉として使われてきた。

 しかし、それは同時に夢果てた時、野望叶わぬ時、希望砕けし時、その者の終わりを問う言の葉としても使われる。

 

 戦場を駆けるリューは、遠き地にある主神が最後に残した言葉は後者の意味で使われた。

 かつて迷宮都市を離れるように懇願した正義の女神から掛けられたその問いにリューは、答えることができなかった。

 自身の覚悟を告げてしまえば、その女神の下に集い散っていった眷族たちの在り方を否定することになるためどうしても口にできなった。

 そして、女神の問いに応えられなかった疾風(リオン)は、何も得ることなく終わりを迎えた。

 今、ここにあるのは、吹き荒れた疾風が燃え尽きた灰の中から救い上げられた一抹の奇跡でしかない。

 

 人が何かを為そうとする時、必ず問われる。

 自ら行動を起こす時、その先に何を求めて歩みだすのかを。

 答えを持とうが持つまいが、その問いは他者から、己から、世界から、歴史から、言葉としての形がなくとも問われ続ける。

 

 そうであるならば、今、自分に問われたならば何と答えるか。

 歴戦の戦士であるリューは、はっきりと「自分にとって大切な人が大切に思っている人のため」であると答える。

 意地の悪い神であれば、本当にそれだけかとさらに問われるだろうが、少なくともリューが自覚している現在の答えは間違いなく、これなのだ。

 もちろん、多くの命が理不尽に失われることを許容できるはずもないので、第一優先の他の人たちも救いたいと思っている。

 少なくない犠牲は出るだろうが、その犠牲を受け入れた上で最小限の喪失で現状を打破できればと考える。

 それは、リューに限ったことではなく、この戦場に集う多くの冒険者たちは、自身や仲間の命のために戦っている。

 

 ゆえに何を犠牲とすれば多くの命が助かるのかを考える。

 

 この戦場に限って言えば、すべての冒険者がその犠牲を躊躇うことなく選定していた。

 森の境界を蛇行しながら疾走を続ける“囮役”に追いついたリューは、リヴィラの冒険者たちの作戦を伝えようとしたが、ある異変に気付き声を発するのを躊躇う。

 

 

「――あれは……ゼノン・ダイシン?」

 

 ゴライアスとモンスターの猛攻を捌きながら疾走する“囮”の冒険者の姿は、リューが数刻前に見た姿と僅かながらに変化している。

 痛んだ赤茶けた短い黒髪が血に濡れ張り付いた額の端からヒューマンには存在しないはずの“異形(カタチ)”が現れていた。

 

 

 



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