アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~ (高槻翡翠)
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第零章 始まりの話
第0話 はじまりのはなし


一話ぐらい書いてから序章というのは解りづらい関係とか
あったので書いては見たのですが……余計解りづらいかも知れない。
ザールブルグにはまだ飛びません。

かなりあとになって書いた序章で、序章にしては
長すぎるとあったので第0話にしてみたというか
解決になってない気もするが、0話で


【第0話 はじまりのはなし】

 

黒い楕円形の石が麻紐に縛られたペンダント。

城の廊下を走り続けたまたま駆け込んだ一室にそれだけがあった。

広々とした部屋には家具も何もなく、フローリングの床だけが広がり、薄暗い。

窓はあるが外から聞こえるのは雨音で、空は灰色だ。時間は夕方になる前ぐらいだ。

少女はペンダントに近付く。ペンダントは大きめの直方体のガラスケースに入っていた。

ガラスケースの下には丁度ケースが乗るぐらいの白い一本足のテーブルが置かれていて

赤い布が敷かれ、ペンダントは横たえられている。

ガラスケースに少女の姿が映った。

空色の髪を背中まで伸ばし、緑色の瞳をしていて、黒色のゴシックロリータワンピースを着ている。

靴下も靴も黒い。ゴシックロリータワンピースは長袖で、黒いレースがあしらわれていた。

 

『bonum diem』

 

声がかけられる。

ガラスケースの上に女性が座っていた。年齢は十代後半から二十代前半ぐらい、

艶やかな黒髪が腰辺りまで伸び、赤い瞳をしている。着ているのは、長袖の黒いロングワンピースだ。

シンプルな作りをしている。靴は履かずに素足だ。肌が白い。

彼女が、ラテン語でおはようと言ったのを少女は聞き取る。返さずに問うた。

 

「いつの間に、居たの」

 

『貴方が来たから、起きたのよ。この城に封印されて……少し時間が経っているわね』

 

この城に少女が来たのは、呼ばれてからだ。

義兄が所属している暗殺組織のボスの父親……暗殺組織を含めた全ての組織のボス……が自分に逢ってみたいと言いだした。

組織のトップはマフィアだ。コーサ・ノストラとも呼ばれるかも知れないが少女は細かいことは知らない。

城には滅多に人が呼ばれることはないらしく、自分が呼ばれたことは珍しがられた。

 

「Etiam quis?」

 

彼女がラテン語で挨拶をしてきたので、疑問を少女はラテン語でぶつけた。

どんな言語でも彼女は読み書きや話すことが出来た。どうしてそんな能力があるのかは不明だが、義兄はお前が逃げてきた所が憶えさせたとかじゃないのか、と言ってきた。

自分はそこから逃げて義兄に拾われたのだが、何処から逃げてきたのかの記憶がない。記憶にあったのは名前ぐらいだ。

覚え込んだことは多種多様でその中には殺しの技術も含まれている。

聞いたことは”これ誰ですか?”だ。彼女は唇の端をつり上げ、微笑した。

 

『私の名は――』

 

名を彼女が告げたが、殆どが聞き取れず、かろうじて聞き取れた音を少女は口にした。

 

「リア……?」

 

『そうとも言うわね。ところで、のんびりしていて良いの? 悪魔が解き放たれたみたいだけど』

 

また彼女は微笑した。

おかしそうに笑っているが、その笑みに少女は違和感を感じる。笑っている人間は何人も見たことがあるが、彼女が浮かべている微笑はそのどれとも違う。笑っているというのをただ出しているかのような、違和感のある笑みだ。

雨音が強くなる。少女は彼女の姿が濃くなったように見えた。

 

「あの、おかしい何か?」

 

『私と同じように封印されていた、指輪の悪魔。指輪なんて珍しいものじゃないわ。マフィア黎明期にばらまかれた、力を得られるもの。皆、手段は問わなかったから』

 

「貴方も、悪魔?」

 

『そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないわ。――貴方も、このままじゃ、いずれ死ぬわね』

 

おかしい何かと少女が呼んだのは、灰色の泥に飲まれかけた人間らしき生き物だ。

城の一室で待っていたら悲鳴が聞こえて、待っていろの指示を聞いて待っていたらやってきたのが灰色の生き物だ。

灰色の生き物は次々と増えている。

少女の目の前で黒服の男が灰色の男に触れられて、悲鳴を上げて、灰色の泥に飲まれて、同じモノになった。

言葉を喋らず、うめき声をあげるだけの生き物。

映画、と言うのに出てきたゾンビに似ていた。

慌てて少女は走って僅かに空いていたドアを閉めた。武器を持っていないので対処のしようがない。

逃げることしか出来ない。

簡単に女性は言う。

 

「死んじゃうんだ」

 

『確実に、殺されるわ。映画みたいね』

 

「……貴方も」

 

『私は死なないわ』

 

当然のように女性が言うので少女は腹立たしくなるが、腹立たしさを収めてしまう寒気がした。

 

「近い」

 

『この城は罪業を封印する場所でもあるし、上もろくに人員はおかなかったんだろうけど、

端末をばらまいて自分がきちんと復活するための力を集めているのね。――また死んだ。

泥に飲まれて、呑まれて貴方も死ぬ?』

 

この部屋に居ても彼女には死人が増えていくのが解るらしい。

 

「私は、死ねない」

 

『どうして?』

 

「生きなきゃ、いけないから」

 

消えた記憶の奥底にある誰かとの約束、それが少女に生きろと言う。彼女は、眼を細めた。

ガラスケースから女性は降り立つ。少女の緑色の目を赤い瞳で見つめながら、聞いた。

 

『私と盟約を交わす?』

 

「盟約?」

 

『貴方は、生きたいと言ったわ。私はその願いを叶えてあげられる。その代わり、魂を頂戴。貴方の魂は最後でいいから。

私はアレを倒す力を貸すわ。どう?』

 

強く、ドアが叩かれる。鍵なんてかけていないドアは、あっという間に開いてしまう。

答えは、決まっていた。

 

 

 

名前と盟約の言葉が聞こえたことで、微睡みから目覚めたものが居た。

 

「盟約者さんが現れてくれたんですね。あの時封印されてから……ちょっとだけですね。時間が経ったのは」

 

自分を確かめるように声を出す。

声は少女の声だ。暗闇の中から形をハッキリさせるように右手を動かしつつ、鐘の音を聞いた。

多重音と共に暗闇が解けていく。

広がるのは、大広間だ。天井が三メートル以上はあり、シャンデリアがぶら下がっている。

灰色の泥が床を埋め尽くしていた。泥の中には男が居たし、女もいた。

立ち上がろうとしては倒れ、呻きながらも、歩こうとしている。泥が集まり、大男が出来た。

男の身長は二メートルを超えていて、赤い帯と六つの巻髪をしている。

少女は金髪を背中まで伸ばして、ポニーテールにしていた。瞳は青色あり、服装は水色がメインに使われている。

白のエプロンが着いた半袖のワンピースだ。胸元には大きな水色リボンが付いている。

白の靴下に黒色のローファーを履いていた。

 

「ヨア、服、もうちょっといいものがなかったのとか問わないでくださいよ。ロゼさんとコウさん、魔術セット、ありがとうございます。ルイスイ、ヴェンツェル、起きてますか? エルジュはまた暴れる機会が来ますよ」

 

男が右手の拳を少女の顔面に叩きつけようとするが、少女は両手剣を出して拳を受け止めた。

二メートルほどの両手剣は少女には不釣り合いなほど大きい。刃が波打つ、フランベルジュだ。

少女のワンピースが、変わっていく。

白色の上半身を守る鎧になった。鎧は両肩に肩当てが着いていて、肩当ては少しずつずれた三段重ねになり、一番上の肩当てには菱形の飾りが等間隔に三つ付いていた。

首元も金属のようなもので守られている。首元の真ん中と胸元には濃い黒色の楕円形をした宝石が着いていた。両腕には肘より下にはガントレットがはめられ、手首までを守っている。

足下はスカートで、膝より少し上から足までの金属製らしきブーツを履いていた。空間に揺らいでいる。

あやふやなのはこれが実際の鎧ではなく魔術で編まれたものだからだ。

封印する前に食った魂から力を取り出して、発動させた魔術、この時に生じる負荷は彼女は自分で受けた。

一瞬だけフランベルジュを離すとそのまま押し込むようにして男の右腕を斬るが、泥によって再生する。

少女は剣を変化させた。

 

「不死英雄、オルトルート・ストリンドヴァリ。本体である『カルヴァリア』、復活記念に一撃、行きまーす!!」

 

変化させたのは日本刀だ。装飾が一切無い、シンプルなものだが、雷を纏っている。

彼女はただ、日本刀を横凪に振るう。

単純な一刀は、城の壁を破壊した。

 

 

 

俺が師匠からその話を聞いたのは、姉のような姉弟子と魔術の勉強をしていたときのことだ。

世界から少しずれたところにあるログハウスで、俺と姉弟子と師匠は暮らしていた。

「サマエル、頼みがある。『カルヴァリア』の封印が解けた」

 

姉弟子の方は睡眠中で、リビングには俺と師匠だけだ。四人がけのテーブルセットの椅子を二つ使い、向かい合っている。テーブルの上にはオセロ盤があるが、俺も師匠も触れない。

師匠は半袖のTシャツにジーンズ、赤茶色の髪を無造作に腰の上ぐらいまで伸ばし、

前髪を分けて額だけ出している外見は二十代ほどの女性である師匠だが、実年齢はそれ以上だ。師匠も憶えていないらしい。

職業は一応魔術師で超能力者で、依頼されては自分が出来ることをしている。

 

「……『カルヴァリア』……」

 

意味はゴルゴタのラテン語の名前でもっと言うと頭蓋骨のことだ。イエス・キリストが十字架刑にされた丘のことを言う。

 

「前に一つの街を壊滅状態に追い込んだのを私や前のボスとその守護者でどうにか封印した」

 

「壊さなかったんですか」

 

「封印ぐらいしか出来なかった。壊したら壊したで危険だし、封印は百年ぐらいなら持つはずだったんだ」

 

師匠が話す。

百年も封印が持たなかったのだろう。年月はともかく、封印が崩壊したことを師匠は苦々しく想っている。

 

「それで、僕に何の頼みを」

 

「盟約をしたのはお前の本体が好きな子でさ。八歳ぐらいの女の子で、盟約したのは城に他にも封印されていたモノの

封印が解けたからで……城が半壊したぐらいで被害がすんだのは僥倖だ」

 

僥倖で片付けて良いんですか師匠、それでも大変なことではとか感じたが、八歳の女の子というのが気にかかる。

それに俺の本体と言うのも気にかかった。

俺の出自は、ややこしい。

姉弟子はとある国の王女で、下には双子の兄弟が居た。その兄弟達は非常に仲が悪く、毎日毎日、喧嘩ばかりをしていた。

師匠は、その国の城で姉弟子と双子の兄弟の家族が住んでいた城へ依頼で行き、依頼を解決したら姉弟子に好かれた。

姉弟子は魔術に傾倒し、師匠からソロモン系の魔術やら黒魔術を習った。

そんな姉弟子はある時、”静かで言う事を聞く弟が欲しい”と言いだした。その矢先、事件が起きる。

双子の兄弟が殺しあいをしたのだ。

ナイフを持ち出して互いに斬りつけあい揃って滅多刺し、生き延びたのは弟で殺されたのは兄で王室はパニック、いずれこうなると言ったのは姉弟子だ。止めることはなく、二人を殺しあわせた姉弟子も姉弟子は自分が言ったことを師匠に依頼して実行したのだ。すなわち、静かで言う事を聞く弟の制作だ。

死んだ兄の魂をベースに生きている弟の使っていない心の部分、シャドウと呼ばれている場所を写して……兄の魂をそのまま、使わなかったのは欠損があったとかと言う……それだけではまだ安定していなかったから、猫を連れてきた。緑色の目の白い猫だ。どこからか連れてきた白い猫の魂や肉体を足して、サマエルと言う名前を与えられた。

 

「ってことは、暗殺者」

 

弟の方は兄を殺した感覚が忘れられないと暗殺組織に入って、その暗殺組織のメンバーと上の組織にクーデターを起こしたが失敗したと話には聞いている。四年ほど前の話だ。

 

「『カルヴァリア』は誰かと盟約を交わし、その願いを叶えるが、対価が居る。主な対価は魂だ。アレは魂を欲す。最後には盟約者の魂を喰らうんだ」

 

願いを叶えるために殺しを強要するのが『カルヴァリアであり、今までに何人も何人も盟約しては、魂を喰らって来たのだそうだ。それにより、街も都市も、世界まで壊滅していく。

世界は大げさではないかと言おうとしたが師匠は真剣だった。

 

「願いはちゃんと叶うんですか」

 

「叶うはずだが、そうなっても大抵は破滅だな。誰かと盟約しない限りはろくな力が振るえないのが丘だ」

 

「師匠の封印が弱かった……」

 

「……最高で最適な封印はかけた。サマエル、お前は様子を見てこい。情報は向こうから聞けるが、あの暗殺組織、本部とは距離を取ってる。私が見に行っても良いが、被害が大きくなるし」

 

師匠も被害を起こそうとすれば街一つとか壊滅させられる。

俺は本体に関しては余り好きではない。自分でもある本体だが、血を見たら狂乱するし、自由奔放すぎる。

血を見たら狂乱するのは俺には受け継がれなかった。狂乱は血が嫌いだからではなく、

兄を殺した感触を思い出して昂揚するからというものだ。

 

「寝ている姉弟子は」

 

「様子を見に行こうにも、弟をからかうだろう」

 

そのからかいで屋敷が破壊されるなんて日常だったと俺は思い出す。

 

「……猫の姿で行ってきます」

 

白猫の姿は行動が制限されるが、適任の筈だ。師匠が簡単に作戦らしきものを説明したので俺は聞く。

出かけた俺が本体とは出会わずに彼女と出会い、『カルヴァリア』を含めた盟約関係になったのは、数日後のことだった。

 

 

 

劇場のステージ上で、文庫本を読んでいたのは濃い茶髪をショートカットにして、緑色の瞳をした青年だ。

外見は二十代、着ているのは国家社会主義ドイツ労働者党の軍服であり、彼自身は黒ずくめだ。

身長は百七十センチを少し超えたぐらいで、両手には白手袋をはめている。端整な顔立ちをしている、彼の名前はヴェンツェル・バウムガルトと言った。

ステージの上にはスポットライトが着いていて、グランドピアノが一台おかれている。観客席は無人だ。

 

「発掘はいいのかい」

 

「指示だけ出している。コウ、何のようかな」

 

ステージ横から現れたのは、緑色の髪が肩当たりまで伸びた青年だ。髪の一部が赤色で、目も緑色、着ているのは茶色いトレンチコートだ。彼の名はコウ・シリング、ヴェンツェルと同じ存在だ。

 

「暇だから来たんだよ。”外”で一騒動があったけど平和じゃないか。今の盟約者はそれなりに生きている」

 

彼等は不死英雄と呼ばれている存在だ。『カルヴァリア』と名付けられている願いを叶えるモノに魂を取り込まれながら、自我が残っている者達であり、今の役目は本体に命じられるままに仕事をすることだが、無い場合は外を見学したり、読書をしたりしている。

ヴェンツェルの役目は発掘で、『カルヴァリア』が取り込んだ情報や品物を掘り出している。

二人が居るのも、『カルヴァリア』が取り込んだ情報をベースに出している場所だ。外ではない。

コウの言葉にヴェンツェルは眉を上げてから、本を閉じた。

 

「盟約の負荷とか軽減されているからだろう。でないと、直ぐに死んでいる」

 

盟約をした人間は短期間のうちに死ぬ。

それと言うのも、願いを叶えるためには魂が必要で、魂をどう渡すかと言えば『カルヴァリア』を宿した盟約者が、人を殺すのだ。願いを叶えるために誰かを犠牲にする。そのことを覚悟して、魂を取り込んでいっても、その事実に押しつぶされていくし、『カルヴァリア』は魂を欲する。拒否しても力を出し渋り、しまいには盟約者を喰らう。

魂を欲する『カルヴァリア』の声や取り込んだ魂の怨嗟の声に精神を摩耗させて死んだ者を彼等は何人も知っている。

 

「猫が盟約者との盟約を折半してるからね。代価は大きいが、……それを了承する本体も本体だ」

 

「アレに興味があるのかい。持つべきじゃないよ。下手なことをしたら消される」

 

何人もの盟約者や人間達を犠牲にしていたら、封印された。盟約者を使い潰した隙を突かれたのだ。

封印されている間はあやふやだが、そのあやふやが新しい盟約者を得たことにより解消された。

前の記憶は曖昧ばかりだが、今の記憶は濃い。

 

「本体で結ばれている猫と宿主だ。三、四年ぐらい前かな。今の関係になったのは」

 

猫が来たのは今の盟約者が盟約をしてから、少ししてのことだった。猫と言っても青年の姿を持っている。

彼は昔は少年だった。少年は盟約者との盟約をきれと彼等が本体と呼ぶ存在に言ったが、無理だと答えた。

盟約は解けないと。

会話の後に提示されたのは別の盟約だ。今の盟約者の負荷を半分受けることと、猫が本体との対話で引きだした

力の封印だ。封印が解けた直後と違い、『カルヴァリア』は最大で七割方の力しか出せない。

代償として猫は人間の姿になるのはこの世界では一ヶ月に数日だけとなってしまっているが、盟約者はすぐには死ななくはなかったし、全能力を引き出すことも出来なくなった。

全能力を引き出せば負荷が体に来すぎて、確実に死んでしまう。

七割方は今の世界に居て引き出せる力でもあり、世界によっては上下するが、最大で七割だ。

 

「宿主は猫を相方と呼んでいるし、猫は……」

 

ヴェンツェルが言いかけたが、それよりも優先して文庫本を消し、手に羅盤を出した。羅盤は八角形の金属板で、東洋の卜占で使う。漢字や幾何学模様が入っている羅盤を眺めた。

 

「ヴェンツェル」

 

「――近いうちに飛びそうだ」

 

飛ぶと聞いてコウが考える。

 

「本体が?」

 

「指輪の力じゃないか。本体も飛べるが負荷が大きすぎる」

 

「何処へ飛ぶのやら……。君を見てると僕も本を読みたくなってきたから本の塔にでも……」

 

「それなら返しておいてくれ」

 

文庫本をヴェンツェルがコウに渡した。表紙のドイツ語を彼は読む。

 

「Zur Genealogie der Moral,Eine Streitschrift」

 

著者名はフリードリヒ・ニーチェ、タイトルを日本語にすれば『道徳の系譜~一つの論駁書~』だ。

受け取るとコウは歩き去る。ヴェンツェルもステージから離れることにした。

 

「発掘に戻るか。中断されないことを願おう」

 

 

 

サマエルはソファーの上に居た。

誰も居ない時に戻ったのが幸いだ。ここは中学校にある応接室にある黒いソファーだ。

 

「俺の意識が出られたかな」

 

前は自由に猫と人間の姿を切り替えられたが、今はサマエルの意識が出るのは一ヶ月に三日有れば良い方だ。『カルヴァリア』の制御に力が取られているからである。

四年ほど前に何故そんなことをしたのかはサマエルにも良く分かっていない。

 

「盟約をねじ曲げたのはアディが可哀想だからとかもあったのだろうけど」

 

アディシア、それが今の『カルヴァリア』の盟約者の名前だ。アディシアとは猫の姿で出会った。

義兄が白猫状態のサマエルを拾ってきた。義兄はアディが猫を欲しがっていたので拾ったと話していた。

始めて逢ったアディシアは細い、目に少しの生気しかない少女で、猫の姿の自分にアルビレオとつけた。

そこから彼女が宿した『カルヴァリア』と対峙したりもして、今の状態だ。

 

『可哀想とか同情してもあの子は仕方がないで解決しているわよ』

 

笑いと共にサマエルの耳に声が響く。『カルヴァリア』の<化身>であるリアだ。

 

「知っているさ。殺し続けていれば生きていられる、とも」

 

終わったことは仕方がないと、盟約をしたことは生き延びるためだったと、その盟約により命が危機にさらされても、彼女はそれを選んだ。暗殺者である彼女は定期的に人殺しをしていたから魂も補充できるとしていたが、それをしていても『カルヴァリア』は近いうちにアディシアを殺していた。

 

『アディシアは下僕、貴方を相方と認識しているわ。私に対する、ね』

 

下僕呼ばわりされているが、言っても直さないのでこのままだ。

四年前に『カルヴァリア』を宿すアディシアの手伝いをしたいとサマエルはアディシアに話した。

アディシアが死ねば、サマエルも死ぬ。アディシアが死ねばその魂を『カルヴァリア』が喰らい、サマエルも喰らうのだ。

 

(終わりが決まっていて、それまでを楽しんでいるってか、引き延ばしてるって言うか)

 

『誰だってそうでしょう』

 

状況は変わり続けていて、今のアディシアもサマエルも平穏な生活を送れている。

 

「お前に関しては不明な点ばかりだ。師匠も指輪だけ託して別世界だしな……」

 

常に魂を補充しなければアディシアが喰われてしまうと想っていたのに、このところは誰も殺していないのに『カルヴァリア』は平穏を保っている。サマエルも人殺しはしていない。

これからがどう転がるかはサマエルにも解らないが、それをリアに言えば”何でもそうでしょう”と返しそうだったので言わない。

ここに居ても時間だけが過ぎていくので、アディシアに逢いに行こうとするが、アディシアの居場所が不明だ。

 

『図書室にいるわ』

 

「……図書室か」

 

学校の構造は知っている。サマエルはアディシアを探しに図書室へと歩いた。

歩きながら、考える。

サマエルにとっての本体はアディシアのことが好きだが、サマエルはと言うとアディシアに抱く感情は、恋愛感情ではない。言葉では表せないのだが、ただ一つだけ、言えることがある。

 

「彼女は了承していたけれど、死んで欲しくなかったんだよな」

 

それだけは、はっきりと言えた。

 

 

【続く】




逆にもっと解りづらくなった気がしないでもない。
不死英雄のちょっととかは余りアテになりません。


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第一章 やってきました。ザールブルグ
第一話 飛んだ先は


そんなこんなで書いてみた話。
クロスオーバーの所まで行けたら良いなとは。

2月2日にあちこち直しました。


【アトリエ編】

 

「……『ヨーロッパ、お菓子物語』」

 

通っている中学校の図書室で、アディシアは本を返していた。

彼女はブレザーを着ていて空色の髪を黒いゴムで二つにくくり、緑色の瞳をしている。

放課後の図書室には司書も図書委員会の人間も居ない。アディシア一人だけだ。

同居人にして護衛対象である兄妹の本を返しながら自分が借りていた本も返す。

学年と組と出席番号で別れている図書の貸し出しカードを引っ張り出すと、返した日付を

黒鉛筆で書き入れていく。

兄の方が借りていた本は眺めていただけのお菓子の本であり、妹の方が借りていた本は

ビーズアクセサリーの作り方の本だ。

アディシアが借りていた本は『図解!! 生き残るためのやり方大百科』である。

 

「今は暗殺者は休業しているけど……この手の本は読んでおかないとね」

 

アディシアはイタリア・シチリア島で産まれて直ぐに両親を亡くし、天涯孤独の身となり、

暗殺者養成組織に拾われ、鍛え上げられた。

様々な言語の読み書きから、武器の使い方などを叩き込まれた。

そして八歳の頃、アディシアが居た組織は内部から壊滅し、アディシアも身が危なかったが、

助けもあり逃げ出せた。逃げたアディシアは路地裏で倒れ、そこで義兄となる人物に拾われた。

義兄も暗殺者であり、その組織に所属することになった。

それから、義兄の知り合いに連れて行かれた城で呪われた”何か”と盟約した。

呪われた何かの名は『カルヴァリア』と言う。端的に言えば様々な武器になれるアイテムだ。

『カルヴァリア』の助けもあり、暗殺組織で仕事をこなしていき、四年、裏社会で異名が轟いていた彼女は、唐突に暗殺部隊の上位組織のボスに日本に行き、ある人物達を護衛するように言われた。

暗殺者としての仕事は、ほぼ無くなった。

そんなアディシアは現在十三歳、休業中の暗殺者で、表向きの身分はとある家のホームステイをしている外国人で、日本の中学校の一年生だ。

中学校に通っているのは護衛対象が中学生であることと、上層部が学校に通うべきだと通わせているからだ。

 

「緊急時に役に立つ(かもしれない)百七十五の豆知識……か」

 

「サマエル」

 

本を返す手続きをしていると、側で話しかけられた。気配を感じずに彼はそこに居た。

居たのは長い金の長髪をシュシュで纏めた青年、サマエル、アディシアの相方とも言える存在だ。

 

「今は出られたんだ。今日は応接室でアルビレオの状態で寝てた」

 

アディシアの飼い猫である白い猫、アルビレオの正体とも取れるのがサマエルだ。普段は猫の姿で居るが、条件が揃えばサマエル本体が出てこられる。サマエル曰く、一ヶ月に三日でてこられれば良いぐらいらしい。

 

『寝てばっかりよねぇ……』

 

「活動時間が短いんだよ。お前のせいで」

 

二人の鼓膜の奥から声が響いた。サマエルは苛つきを出して声に応える。

声は軽くサマエルの言動を無視した。声は女性のものだ。

その声は、例え図書室に他の誰かが居ても聞こえるのはアディシアとサマエルだけである。

 

『――二人とも、準備は出来ている? 飛ぶわよ』

 

「飛ぶ? もしかして……」

 

笑みを含んだ声がする。

放課後の図書室で、アディシアの右手の中指と薬指につけている指輪が光る。片方は青色で片方には紫色の宝石が着いている指輪だ。

リングは『黎明のリング』と『黄昏のリング』と言う。この指輪の宝石が光ったと言うことは。

 

「異世界にまた飛ぶのか!?」

 

「カバン、カバン」

 

アディシアは本を引き寄せずに側にある学生鞄を引き寄せた。抵抗しても無駄だからだ。

光が、アディシアとサマエルを包み込む。光が収まったとき、二人の姿は図書室から消えていた。

 

 

 

地震が起きた。

防御するよりも前に本や石版が次々と頭上に当たっていき、意識が落ちる。

それから少しして。

 

「――痛い」

 

コウ・シリングは意識を取り戻した。

彼がいる場所は、横幅が体育館ほどの広さがある円形の塔だ。高さはビルの十階以上はある。

本の塔と呼ばれているこの場所は内部に大量の本が入った本棚がぎっしりと置いている。

本はハードカバーからペーパーブック、石版など、書物が書物として形作られる前の記録物から、丁寧な装飾をされた本まであらゆる形の記録物がそこにはあった。

床にも本が、散らばっていて、塔内部は薄暗い。

 

「聞いていたけど、今か。世界移動……。状況は……」

 

俯せになっていた状態から起き上がると、右掌を空中で撫でるように動かして、表示窓を出す。

指先で表示窓に触れ、誰が居るかを確認した。

 

「オルトとルイスイだけか。残りの四人は出されて……戦っているのか」

 

つい先ほど、世界を移動した。それも、異世界だ。

表示窓を指先で操作しながらコウはまず、他の同胞、不死英雄の状況を把握する。

世界移動をした際に宿主及び自分達の本体が、敵に襲われそうになったから、

対抗するために他の不死英雄が外に出されたのだ。

不死英雄というのは皮肉でつけられたコウ達の通称である。

一度死に、魂が『カルヴァリア』に食われながらも自我が残り、気まぐれに存在が許されている。

不死英雄はアディシアが盟約を交わしている『カルヴァリア』内に居る者達だ。

コウが使っているシステムはこの中で使用できるシステムであり、コウが構築した。

生前の特技の応用だ。不死英雄なら全員が使える。真っ暗な本の塔に別の気配がやってきた。

 

「コウさん、圧迫祭中ですか。それとも圧死ですか」

 

「どっちもしてないから」

 

本の塔に入ってきたのは濃い金髪を背中の辺りまで伸ばし、ポニーテールにした十代後半の少女で、服装は黒のカットソーに灰色のスカートだ。少女の名はオルトルート・ストリンドヴァリという。

コウはトレンチコートをはたいた。

 

『どんな世界か確かめられる?』

 

「今、調査する。動かせる機材をまずは確かめる」

 

「前兆はあったみたいですけどね」

 

コウの側に別の表示窓が開き、黒いコートを着た青年が出た。

茶髪をショートカットにしている青年は、ルイスイ・ムシェンユイアン、コウを含めた三人だけが居る。

 

『ヴェンツェルの代わりに発掘の続きをするから、変化があったら教えて』

 

「頑張ってください。ルイスイ。コウさん、ここで状況確認をするんですか?」

 

普段のコウは本の塔を根城にしていない。別の場所に居るのだが、いつも居る二人組が外に出ている。

 

「そうしようかな。ロゼもヨアも居ないし」

 

それを聴いたオルトが手を一度叩くと、暗い塔の上から光が差し、明るくなる。

太陽の光ではない。蛍光灯の灯りのような光だ。コウは準備を始める。見物者達は、各々の仕事を始めだした。

 

 

 

「……また飛んだよ」

 

アディシアは着地した。異世界に移動した後は空中からいきなり落下するため、着地には気を使う。

通学鞄は左手に持ったままだ。隣にはサマエルの気配がした。

 

「図書室みたいだ」

 

サマエルが状況を確かめている。

移動する前に居た学校の図書室よりも狭いが、天井近くまで本棚があり、どの本棚にも本が詰められている。

周囲はやや暗い。油式のガラスランプの灯りで補っているようだが、完全に暗闇は消えていない。

電灯がないのだ。

 

「君たちは、空中から現れたが……何者かね」

 

図書室らしい場所には人が居た。

男の老人で、外見の年齢は六十代ほど、目の色が片目で違う。片目は橙だが、もう片方の目は青色のオッドアイだ。

服装は青色のビレッタのような帽子に首回りや肩を白い布で覆い、青色を基調としたローブを着ている。

ローブの下は茶色い長袖だ。

老人は驚いていた。

飛んで着地、来たところを見られたらしい。

殺意はない。純粋にアディシアとサマエルが何者かを聞いているので、穏やかにアディシアは応対する。

言葉に丁寧さを加えた。

 

「あたし達は怪しい者ではなく、――すみませんが、ここは何処なんでしょうか。また飛ばされて」

 

老人の話す言葉は聞き取れるし、アディシアも話すことが出来た。

 

「飛ばされた……?」

 

「信じて貰えないかも知れませんが、事情は説明します」

 

サマエルが説明を引き継いだ。老人に違う世界から来て、ここに飛ばされたと話していた。

その説明はあっている。アディシアの持つ『黎明のリング』と『黄昏のリング』は両方揃うことでたまに主であるアディシアを別の世界に飛ばしてしまうのだ。

別の世界は異世界やパラレルワールドとも取れる。

 

「そう言うことなのか。飛ばされたというのは魔術の一種かね」

 

「魔術に、なりますね」

 

サマエルがそう言ったのは魔術と表現した方が楽だからだ。指輪の力は超能力とかも混じっている。

魔術という言葉が老人の口から出たのが引っ掛かった。

 

「……お爺さんは魔法使いか、魔術師なの?」

 

魔法使いや魔術師はアディシアの世界にも存在はしているが、殆どの者はファンタジーや物語の世界の者だと想われている。

アディシアは魔術師が実在することを知っていた。隣のサマエルがそうだからだ。アディシアの疑問を老人は首を横に振り、否定する。

 

「違う。私は錬金術士だ。……魔術も使えるがね」

 

「錬金術というと両手を打ち合わせて……攻撃したり防御したりする」

 

錬金術で浮かぶのは日本に来て見たアニメや漫画だ。鋼の方である。

 

「……君たちが違う世界から来たと言うのは本当のようだね。彼女の服は見たこともない服であるし、錬金術も違うようだ」

 

(信じてもらえた)

 

こちらの錬金術は手を打ち合わせて錬成しないようだ。きっと、陣を書いて錬成もしないのだろう。

アディシアが制服を着ていたのも、異世界から来たと言うことの判断材料になったようだ。

この世界にはブレザータイプの制服は存在していないらしい。服としてみても、異質なのだろう。

 

「詳しく事情を聞かせて貰えないか。名前は」

 

「あたしはアディシア。そっちはサマエル」

 

「私はドルニエという」

 

ドルニエと名乗った老人はアディシアとサマエルに椅子に座るように促す。

図書室らしき部屋には四人がけのテーブルセットがあった。

 

「こちらの錬金術は、様々な物質や人間の肉体、魂をも対象としてそれらを高次の存在に引き上げる試みですね。アディが言ったのはこちらの世界の物語の錬金術なので」

 

アディシアの世界の錬金術は、化学的な手段で金を製造しようとする試みや完全な存在になろうとする試みを錬金術と言うらしかった。前者はアディシアも知っているが後者は知らない。

 

「私達の錬金術の分野にもそれはあるが、こちらは物事の本質を理解し、その働きや特性を制御、または統合することで

新しい物質を産み出す技だ」

 

「……工作?」

 

「とも取れる。こちらの錬金術士や爆弾や薬、料理から雑貨まで錬金術で作り上げられる。得意分野は人によって違うが……」

 

ドルニエの説明に寄れば物質は属性として赤、青、緑、白と分類が出来、

物質を組み合わせ、魔力を入れたりすることで、別の物質を作り上げることができると言う。

例えば錬金術で食べ物を作ると、食べれば体力が回復したり、疲労が取れたりする効果が現れることもある。

便利な品物だと、一例だが、履いていると体が軽くなる靴や水が溢れ出す壺が出来る。

想像の学問であるようだ。

 

「賢者の石とか金とかも」

 

「出来るが、ごく一部の者しか作られない」

 

「面白そう」

 

「君たちは他の世界から来たと言うが、これからどうするのかね」

 

錬金術に関しての情報交換を終え、ドルニエに聞かれたアディシアは考える。

異世界に来た時点でアディシアの肉体の年齢は止まり、……それはサマエルも一緒だ……帰ればまた動き出す。

帰るには帰還条件を満たせばいいがその条件が不明だ。

前の帰還条件は世界を救うとか、他にも、特定の時期まで過ごすなどだった。

 

「帰る条件が満たせるまではこの世界に居ないと行けなくて、錬金術とかやってみたいけど、帰還条件が解るまで滞在することになるんだよ」

 

帰還条件を満たせば戻ることが可能だ。それは保証されている。

 

「そちらの世界では錬金術は広まっていないのかね」

 

「魔術全般が廃れていますから。……俺とか、やっている人も居ますけどね。

錬金術は俺は師匠に軽く習った程度だし、この世界の錬金術とは違います」

 

やっているとサマエルは言う。彼も魔術師だが、魔術の流派が違う。

サマエルがドルニエに説明するが、錬金術がある意味源、流になったとも言える自然科学がアディシアの世界のメイン技術だ。科学により、色々なことをしている。

アディシアのカバンに入っている雑誌をドルニエに見せたりして説明していた。

 

「世界によっては、こうも違うのか……。錬金術が無くても世界が発展しているのだな」

 

「千年以上の時間をかけてるので」

 

今の便利な生活は西暦零年から換算をするにしろ、二千年以上の時間がかかって構築されたものである。

紀元前だってあるし、もっとかかっている。

 

「そっちの錬金術についてもうちょっと知りたい。どうせ、しばらく居ることになるし、錬金術をしてみたい」

 

「魔術は使えるのかね」

 

「……その辺りは何とかする」

 

「分かりやすい錬金術の本を持ってこよう」

 

ドルニエが教えたがこの部屋はドルニエの秘密の図書室であり、錬金術士からしてみれば高度な本ばかりがあるという。

本を持ってきて貰う間、サマエルが適当に本を一冊取って軽く読んて、戻した。

 

「俺は魔術だとカバラ使うし」

 

「神様の力を使って世界改変する感じだったよね」

 

サマエルの魔術というのはタロットカードで占ったり、ゴーレムを作り出したりする。

彼も彼で武器の使用も出来るため日本刀ばかり使っていた。

 

『……魔術だけどこっちで何とかしてあげる。アンタの場合、使う必要がないから使ってないだけだし』

 

眠そうな声がアディシアとサマエルの耳奥に聞こえた。

アディシアが盟約を交わしている『カルヴァリア』の<化身>であるリアの声だ。アディシアは魔術を使えないが、使わないだけであるし、使うことも無いから憶えていないのだ。魔術を使うぐらいなら剣や刀という武器を『カルヴァリア』の力で射出したり、自分で握って使った方が速い。

魔術師ともアディシアは仕事で戦ったことはあるがそれで勝てていた。別に魔術を使う必要は無いのだ。

 

「ちょっと何とかするって、前にもやってくれたよね」

 

『色々憶えても使う技術なんてほんの一握りだもの。魔力とかその辺りは調整可能だから』

 

「魔術も種類によって誰が使えるか使えないとかある」

 

「血脈とか、本人の才能依存だったよね」

 

聞いたことがあるが、魔術というのは何よりも本人の才能と血脈に依存するらしい。魔術にも相性があり、種類によっては学べなかったり使えても、体に負担が来るものがある。

ドルニエが二冊の本を持ってきた。

 

「九月に入学するアカデミーの入学生に配る『絵で見る錬金術』だ。これならば分かりやすい」

 

「読む」

 

受け取り、サマエルとアディシアは読み出した。この世界の文章はドイツ語に似ていた。

 

「活版印刷があるんだな」

 

「アルファベットだと楽だよね」

 

印刷は手書きではなく、活版印刷だ。先ほどサマエルが適当に捲った本は手書きだった。

『絵で見る錬金術』は錬金術について分かりやすく絵で説明されていた。十分ほどで読み終わる。

その間にドルニエがいくつか質問をしてきたのでサマエルが答えていく。

二人の世界では義務教育と言う、金は多少かかるが誰もが学校に通えるシステムがあることを話すとドルニエがアカデミーも教育費がほぼ無料ではあるが、卒業試験は厳しいと言うことを教えた。

アカデミーの運営資金は殆ど王国が出しているからこそ可能であるようだ。

アディシアの通っている学校も運営資金は殆どが税金から賄われている。

 

「四大元素なら俺も扱える。ドルイド系よりはまだマシに使えるよ」

 

「面白そう。やってみたい。でも、どうやって学ぶの?」

 

アディシアは楽しそうにしている。錬金術に興味が出たようだ。

 

「君たちが居るこの図書室があるのが王立魔術学校、通称アカデミー。ここで学ぶことが出来る。入学試験は終わっているが」

 

「終わってたのか」

 

「だが、君たちは行くところがないようだ。そして錬金術に興味も持っている。私はこの学校の校長だ。学ぶ気があるのなら何とかしてみよう」

 

「校長だったんですね」

 

ドルニエがアカデミーについて、話した。

アカデミーがあるシグザール王国へ、ここから別のエル=バドール大陸にあるケントニスと言う都市からドルニエと数人が、錬金術を広めるためにやってきた。錬金術は初めは受け入れられなかったが、努力によってアカデミーが建てられ、錬金術が入学した生徒達に教えられている。

 

「やってみないことには分からないしね。やってみる」

 

「ならば、待っていてくれ。イングリドに君たちのことを話そう。アカデミーの経営面に携わっているのは彼女だ」

 

図書室からドルニエが出ていき、アディシアとサマエルは再び待つこととなった。

 

『アディシア。その本の内容を開いたノートに写す。下僕。今トランクを出すから、宝石を後で換金しておきなさい。先立つものとして』

 

「お金、必要だね」

 

リアの声がした。

何もおかれていない机の上にアンティーク調の茶色いトランクが図書室のテーブルの上に置かれた。

トランクは『カルヴァリア』の力がかけられているものであり、中には詰め込まれた衣服や

宝石類や貴金属類が入っている。異世界用だ。

この中に物を入れておけば劣化はしないし、別の世界に渡っても、『カルヴァリア』の

調子が悪くならない限り、取り出せる。

宝石類はアディシアがイタリアにいた頃に貯め込んだものである。鍵を開けると中にはゴシックロリータの衣装と宝石の入った和柄の巾着袋が入っていた。布袋からアディシアは通学鞄に入っていたハンカチで持ち上げてピンク色のカッティングされた丸い宝石を出し、サマエルに渡した。

 

「……ピンク……の」

 

『ラズベリル』

 

「昔の任務でターゲットを殺したときに持って来たの。助けて貰ってる同僚に

全部あげようとしたんだけど、一部だけ貰って残りはアディの、って」

 

持って来たの、とアディシアは言うが、窃盗だ。ターゲットの住処は燃やし尽くしている。

任務がキツイ割りに依頼料が足りなかったので腹いせに持って来たようだ。巾着袋の中の他の宝石も高そうであるし、一部は金も入っていた。

 

「金の方が良くないかな」

 

「売っちゃえ」

 

宝石類がトランク内に入っているのは大概の世界でも売れそうだというものだ。

これが現金だと世界を移動すると殆どの場合は単なる紙くずになってしまう。

例えば日本であっても大正時代に飛べば、現在の現金は使用できないし、同じような現代に飛んでも、紙幣を使用すれば偽札騒ぎを起こすこともある。

持ち主が承諾するのでサマエルは宝石をハンカチにくるんだままポケットに入れた。

アディシアは鞄から新しいノートを取り出すと『絵で見る錬金術』を写しておく。

使っているのはシャープペンだ。

 

「お前の調子は」

 

『最大で四割。大鎌は出せるようにしたし、普通の武器なら出せる。アンタも調子はいいでしょう』

 

「猫の姿には戻らなくてすみそうだ」

 

『カルヴァリア』は常に本気を出せるわけではない。元の世界で出せる力は最大で七割だ。

三割が出せないのはサマエルが身を犠牲にして押さえ込んでいるからである。

そうしなければアディシアは直ぐにでも、『カルヴァリア』に殺されていた。

辿り着く世界によって『カルヴァリア』は調子を変え、押さえ込んでいるサマエルにも影響が出る。

アディシアが本の内容を要点のみではあるが、書き写し終わり、ノートを鞄にしまうのとほぼ同時刻、ドルニエが戻ってきた。水色の髪をしたドルニエと同じ、オッドアイの女性を連れている。

 

「ドルニエ先生、この子達が異世界から来た二人組ですか」

 

「こんにちは。始めまして。アディシアと言います」

 

「サマエルです」

 

厳格そうな人だな、とアディシアは想いながら一礼する。彼女がイングリドであるようだ。

年齢は三十代ほどで、長い髪を後頭部で、金色の髪留めで留めている。

白い上着を着て、紫色の胸元が開いている長袖を着ていた。

イングリドは机の上にあるアディシアが出しっぱなしにしていたシャープ面に目をやり、手に取る。

サイドノック式のピンク色をしたシャープペンだ。

 

「これは」

 

「シャープペン、真ん中を押して、芯を出して文字とか書いていくの」

 

イングリドが真ん中を押して芯を出す。シャープペンはアディシアの世界では数百円から買える代物であるが、非常に珍しい目で見られている。

 

「異世界から来たのは本当のようですね。このような筆記用具はまだありません」

 

「俺もアディも錬金術をやってみたくて、入学試験は終わっているようですが」

 

サマエルは速めに話を進める。まずは生活が困らないようにすることが先だからだ。

 

「今から、貴方方に今年出した試験問題を受けて貰います。成績に寄りますが、アカデミーの入学を許可しましょう」

 

「……今から?」

 

「今からです。筆記用具はこちらが用意します。テストでするのは基礎的な錬金術についての問題や計算、後は実技として魔力の使用についてです」

 

こちらがとイングリドが言ったのは、アディシアの持っている筆記用具がアカデミーで使っているものとは完全に違うからだ。

アディシアは椅子に座りっぱなしでサマエルは立っている状態だったので、サマエルはアディシアから離れた場所に座る。

唐突に試験となった。イングリドが羽根ペンとインクを二人分、机の上に置く。

 

「昔は入学試験はしていなかったのだがね。近年はアカデミーも入学希望者が増えた。全員に教えるのは無理だからね」

 

アカデミーは学ぶ意欲さえあれば、誰にでも魔術や錬金術を教えていたが、このところ、入学希望者が増えすぎて、今のアカデミーでは全員、面倒を見きれなくなり、入学試験を始めていた。

 

(羽根ペン……。せめて万年筆とかなら)

 

『無さそうねぇ』

 

ドルニエの話を聞きながら、アディシアは左手で羽根ペンを持つ。羽根ペンは数回しか使用したことがない。

現代社会で数回は使用できたのは機会があったからだ。慎重に書く必要がある。

問題文をざっと読んだが『絵で見る錬金術』に書いてあったことばかりだ。

 

「制限時間は六十分です。始めて下さい」

 

名前を書き込み、アディシアは先に憶えている範囲の錬金術の基礎知識を書いていく。中和剤についてや、属性についてだ。

サマエルも書いている。羽根ペンが紙に筆記していく音のみが図書室に響いた。

 

 

 

『カルヴァリア』は、盟約を交わした相手に力を与える。

その力は主に武器を出すことだ。何もないところに刀や銃、魔術がかかったような武器も出せるが、タダで出せるわけではない。

他者の魂を与えることで糧として、武器を出したり、他にも奇跡のようなことを起こせるのだ。

取り込んだ魂を消費するとき、盟約者には怨嗟の声や負担がかかる。

暗殺者として、武器が何処でも出せるというのはアディシアの大きなアドバンテージとなっていたし、暗殺という仕事上、与える魂には困らなかった。

 

「僕達が”本体”と呼ぶ『カルヴァリア』だが、どういったものなのかと言うのは不明なんだ」

 

魂を食われ、『カルヴァリア』内に取り込まれた不死英雄達が通説としているのが、『カルヴァリア』と喚ばれている何かは得体が知れなくて、その得体の知れ無さを知りながらも制御しようとした者達が術式やら放り込み続けて今の形になっている。

この中は雑多であり、全容を知っているのは”本体”ぐらいだとコウは推測している。『黎明のリング』や『黄昏のリング』が無くてもコレは世界を巡っては喰らっていた。

 

「本体さんは穏やかですけどね。今は」

 

今の盟約者であるアディシアのお陰で内部は、まだ落ち着き払っている。これでもだ。

彼等が本体と呼ぶのはリアのことである。名前を出すことすら畏怖するため、本体と呼ぶ。

不死英雄が普段居る空間も、『カルヴァリア』が喰った情報を元にしていたり既存情報を組み立てたりしていて、成り立たせている。

 

「仕事の話題だけど、呪力による超常的な能力や行為を魔術と宿主の世界では定義されている。呪力というのは魔力とか気だね」

 

コウは自分の作業がしやすいように透明操作鍵盤を出していた。透明操作鍵盤はコウの手元で浮いている。

これは見た目は透明なパソコンのキーボードで、キーの配列は彼のオリジナルだ。

見た目は透明の板で大量の四角いボタンが付いているものだ。

叩きながらコウはオルトに話出す。先ほどまで、外の状況を眺めていた二人に聞こえてきたのは本体の声だ。”アディシアが魔術を使う手助けをしろ”と言うものである。

やろうとすれば本体も出来るが、本体はコウに任せていた。命令されたなら仕事はする。

しなければ消されるし、コウは消されたくはない。

 

「理術とは違うんですか」

 

「魔術の一種だけどプロセスはきちんとしているよ。世界に溢れる力を文字などで制御……とか言ったら他もそうかも」

 

「ロゼさんが楽しみそうですけど、居ませんからね。魔術担当なのに」

 

本の塔には透明操作鍵盤を叩く音が響く。

塔内部は映画館のスクリーンのような表示窓が浮かび、そこにアディシアが見た光景がうつる。

視界情報を出しているのだ。

表示窓を分割して、サマエルのも出してある。コウが作っているのは魔術回路用のプログラムだ。

プログラムと言うが、『カルヴァリア』内の使えそうな力を使える範囲で制御しているだけである。

コンピュータープログラムを作るように制作するため、プログラムと呼んでいた。

 

「宿主さんは私のように魔術を使わない人ですしね。手助けって、どう……」

 

オルトも魔術は使わない。武器に付加されている魔術を使うし、魔術担当が別にいるので彼女が魔術を使う必要性を感じていない。

アディシアの世界では魔術で火を灯すぐらいならライターで灯した方が速いし楽だと言う世界だ。

 

「魔力というのは気(プラーナ)の一種だ。その手のものは全部、ある意味では気で変換方式が違うだけだ。原油を気としたら、魔力は重油や灯油になる。宿主に魔力を気付かせるだけで良い」

 

コウが使っている方式は彼にとっては解釈がやりやすいため使っている。今回はアディシアに 魔力の存在を気付かせればいい。

 

「魔力量とか燃費とかもありますよね」

 

「あるね。魔力の量、魔法攻撃力、コスト軽減とか」

 

RPGで言うならば魔力の量はMP総量だ。これに魔法攻撃力がかかってくる。単純にすれば使う呪文にかかるMPを消費して発射するものだが、これは使用者の魔力量や使っているアイテムの補助などもかかってくる。

魔力の量が少なくても燃費が良ければ、魔力を大量に持ち燃費が悪い者と同じぐらいには魔術が使える。

簡単に魔術と言ってしまっても奥が深いのだ。

 

「錬金術は魔力だけを使うんですね」

 

「物質を組み合わせるときには魔力を注ぎ込んで、MPだけ使うんだ」

 

オルトが空中で右手を動かし、触れて自分用の表示窓を出し、ファイルを広げた。

ファイル内容はアディシアとサマエルが読んでいた『絵で見る錬金術』だ。

絵で錬金術の品物の作り方が描いてある。

物質を組み合わせ、中和剤を入れて、作業をして、別の物質を作るのが錬金術である。

 

「これが魔術攻撃だと本人の魔術攻撃力とかかかってきますから、猫さんは良いとして宿主さんは」

 

「調べてる。注ぎ込むだけならばまだしも、使うとなると……この辺りも個性が出るからな」

 

「魔力は高いけど攻撃魔術として使うと制御が下手とかありますからね」

 

表示窓にアディシアとサマエルの様子が写っているがが半分以上の問題が書かれていた。

 

 

 

問題を解き終わり、サマエルはテスト用紙を見直した。

アディシアも解き終わり、確認していた。十二分に確認した後で、鐘の音が聞こえた。

 

「終わりです。提出して下さい」

 

「羽根ペンは苦手」

 

「なれないよね」

 

イングリドにテスト用紙を提出する。問題自体は解きやすいものであった。計算も簡単である。

 

「下で魔力のテストを行います。結果は明日の朝、出しますので」

 

「何処で寝るの? ここ?」

 

「一部の部屋が開いています。二人とも、服装が目立つので別の服を用意しましょう。今は夏休みで殆どの生徒が、帰省していますから」

 

アディシアは図書室で寝ても良かったようだ。体が横に出来て贅沢が言えない状況ならば飲み込むタイプである。

寝床がなかったら宿でも借りようか、ぐらいは言うだろう。

 

「着替えてから魔力か……」

 

『コツは教えてあげる』

 

リアの声が聞こえた。自分はまだ突破出来そうだが、アディシアの方は難しいかも知れない。

 

(アディの魔力については、何とかなるだろうけど)

 

錬金術は魔力を注ぎ込む方が重要視されている。それならばアディシアも何とかなるだろうし、自分ならば楽勝だ。

問題はこの世界に何年居なければいけないかと言うことである。持っているタロットカードはめくれてくれない。

タロットカードがサマエルに何かを伝えようとするならば占う内容が解り、カードが勝手にめくれるが、何も起きない。

 

「下へと降りましょう。……この図書館については秘密にして下さい。場所を知っているのはドルニエ校長以外は、私とヘルミーナだけなので」

 

「分かった。喋らないんだよ。行こ。サマエル」

 

「私はここで研究を続けているよ。良い刺激になった」

 

「行こうか。お世話になりました。ドルニエ校長」

 

テーブルの上に置いてあるアディシアの通学鞄をサマエルは持つ。自分は手ぶらの状態だ。

サマエルの隣でアディシアも頭を下げた。なりましたにしたのは今の分だ。なります、になるかはこれから次第である。

イングリドとアディシアと共にサマエルは階段を下りて、ドルニエの図書室から出た。

 

(上手くいけばサマエルと学校に通えるんだよ)

 

(嬉しいのかい?)

 

(サマエル、学校には通えないじゃん。余り一緒に過ごせないし)

 

アディシアの声がサマエルの耳元に届く。『カルヴァリア』の盟約を利用した通信だ。

元の世界でのサマエルの活動時間は短い。表に出ていないときも、夢の中で活動はしているが、アディシアとは関われない。

 

『下僕と過ごしたいんだ』

 

(相方だし、家族、みたいなものだし)

 

(家族か……)

 

彼女の家族と言うのは暗殺組織の同僚や居候している家の者達である。サマエルもその中には含まれているようだ。

みたいなものとつけているのは彼女がそう本当に定義して良いのか不安になっているのがあるのだろう。

 

(この世界に居る間も、俺は君を助けるよ)

 

間はでなく間もだ、サマエルがアディシアを助けることは彼が決めたことである。

 

(こっちも助けるからね。――いつもありがとう)

 

アディシアが笑う。

サマエルも微笑した。

 

『思い出し笑いしてるみたいで気持ち悪く見える気がする』

 

(……お前……)

 

リアがサマエルにだけ聞こえるように言い、サマエルは笑いを消した。

 

 

【続く】




そんなこんなで始まった感じですが。
暗殺者であることは言ってません(引かれるため)

改訂して大分変わったというか解りやすくなった……んだろうか。


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第二話 工房……?

二話目、ザールブルグ探検とも言うか

2月7日に改訂。まだこれで解りやすくなった。かな……。


【アトリエ編 2】

 

アディシアが目を覚ましたのと同時に鐘の音が聞こえた。

音からして、教会の鐘の音だ。ここはアカデミーの寄宿舎の一室で、ここに泊まった。

ベッドの上で上半身を起こしてから、伸びをする。

藁の上にシーツが置かれた敷き布団と毛布が寝具だ。

 

「入学は、出来るはず……」

 

入学試験を受けてから、イングリドについていった後で制服からザールブルグでも違和感の無い服を貰い、着替えて、サマエルと共に魔力検査をしてから、食堂で夕食を食べた。

夜にはイングリドからザールブルグやシグザール王国や他の国や、どんな都市かと言う説明を受けた。

細かいこともいくつも聞いたがイングリドはこちらがした質問に全て答えてくれた。

情報収集は生活をしていく上で欠かせない。

 

「……中世ぐらい? 中世とか余り分からないけど」

 

『中世とか近世が混じっているわね。実際の中世はもっと住みづらいわ。

魔力の方は、感覚、忘れてないわよね』

 

世界史はそんなに詳しくはないので適当だ。答えたのはリアである。

ベッドに座り込むとアディシアは両手を眺めた。軽く集中すると魔力を感じた。

魔力検査の時はぶっつけ本番で使ってみたが上手くいった方だ。感じなさい魔力をとか、

リアに言われたときはどうしたものかと想った。

 

「魔法を使えとか、言われても魔法のイメージって、杖に弾丸叩き込んで相手に打ったり、格闘系が」

 

『そんなイメージなの?』

 

「魔法も使えるようにならないと駄目か」

 

話していると、ドアがノックされる。下僕、とリアが言ったのでサマエルと解り、入って、と声をかけた。

入ってきたサマエルは身なりを整えていた。

黒いズボンに白いシャツ、緑色のベストを着ている。

アディシアもイングリドから貰った服を着ている。

靴もイングリドが調達してくれた。今のアディシアが着ているのはドイツ風の民族衣装だ。一般市民の服らしい。

ディアンドルと、リアが教えた。着ていたブレザーはトランクに入れてある。

 

「おはよう。イングリド先生が朝食後に研究室に来いって」

 

「サマエル。おはよう。まずはご飯だ」

 

「話も大事だからね」

 

朝食は寄宿舎の食堂で取る。食堂は学校の教室ほどの広さがあり、長方形のテーブルが幾つも並び、背もたれの着いた椅子が置かれていたが、使っているのはアディシアとサマエルだけである。

朝食のメニューはベルグラドいものペーストをパンに塗ったものときのこのスープだ。

キノコはマッシュルームとオレンジ色のキノコが入っている。

おかずは目玉焼きとヴルスト(ソーセージ)に緑茶が付いていた。

ベルグラドいもは始めて食べてみたが里芋みたいで美味しい。

パンは白いパンだ。

日本では柔らかいパンばかり食べていたので、ちょっと硬めのパンが懐かしい。

 

「このお茶、緑茶のようで……微妙」

 

「美味く入れれば、美味しくはなるんだろうけど」

 

緑茶だと想って飲んだが、緑茶よりも苦いというか不味い。

ゆっくりと食べる。食べ終わったアディシアとサマエルはお盆や食器を洗い場に出してから、

教えて貰った研究棟に向かう。

教わったが、アカデミーには五つの主要施設があり、寄宿舎、大講堂、研究棟、中央フロア、図書室とある。

イングリドの部屋に辿り着くとサマエルがノックをして、アディシアが来ました、と言う。

入りなさい、とイングリドの声が聞こえたので二人は部屋に入る。イングリドの部屋は本や書類ばかりであった。

学校の職員室の先生の机を広げたような感じだ。

 

「来ましたね。二人とも。試験の方は学力も魔力も申し分はないです。入学に足るレベルです」

 

学力もそうだが、魔力は運動する人間にとっての体力のようなものなので、アカデミーもどれだけあるかはテストをして計っておく。

学びたい者には教えるというのがアカデミーだが、潜在魔力が皆無だったり、少ないと対策がいるので生徒の魔力量は知っておかなければならないのだ。

 

「……学力はね……こっちの方が進んでるというか、学べたというか」

 

アディシアが入学の許可を喜ぶのは心中内にしていた。アディシアもサマエルもここよりも発展した世界から来て、勉強は一通り学んでいる。アディシアも学校には半年は通っていた。

それ以前にも暗殺組織が勉強を教えてくれたし、サマエルも師匠から勉強を習い、今も勉強は続けている。

ザールブルグには誰にでも勉強を教えてくれる学校というものは教会ぐらいしかないし、教えるのは勉強の範囲は計算や読み書きぐらいだ。アディシアの知る学校に近いものがアカデミーだ。

アカデミーは誰でも入学を許可していたが、錬金術を学ぼうとする生徒が増えたため入学試験が出来た。

イングリドからザールブルグ周辺のことは聞いたが、シグザール王国の周辺にも村があり、小さな村からも入学希望者は来ると言うが、読み書きの問題があるらしい。

二人は先に『絵で見る錬金術』を読んでいたために問題も殆どが解けた。知っている状態だったのだ。

イングリドが入学許可証を二人に渡す。表彰状のような入学許可証だ。

 

「サマエルの方は二位に入っていますし、アディシアの方も二十位以内には入っています。これだけの成績があれば、寮に入り、学ぶべきでしょうが、私はもう一つの方法を提示します」

 

「もう一つの方法?」

 

「特別カリキュラム。一般的な生徒は寮に入り、衣食住や調合に必要な素材、機材の面倒もこちらが見ますが、このカリキュラムの対象生は、その援助を受けられません。その代わりに工房を貸し出します」

 

イングリドが受け持ったとある生徒のためにそのカリキュラムは作り出されたという。

アカデミーというのは在学期間が四年であり、中途半端な生徒は卒業させないという方針もあり、卒業出来るかどうかと言うのは厳しい。それでも、何年か留年すれば卒業は出来る。

だが、その生徒はアカデミー史上最低の成績をたたき出した。このまま勉強させていても卒業は出来ないとイングリドは判断した。

その生徒を鍛えるために考案されたカリキュラムは工房で生徒に錬金術の店を開かせて、

五年で何か一つ高位のアイテムを作り出すことと言うものだった。

その生徒は見事にやり遂げて錬金術士として良い意味でも悪い意味でも有名になったという。

 

「生活のためには嫌でも錬金術の腕前を上げて、材料とか機材も自分で調達しろか。厳しいね」

 

「今年の入学生も何人かは工房生になってもらいます。成績がいまいちでしたが光るものがあれば、こちらの方が良いと

言うこともありますからね」

 

(あるんだ)

 

『温室育ちとサバイバル。どちらにしろ、鍛え上がればいいの。人を育てると言うことは難しいのだから』

 

寮生にしろ工房生にしろ、卒業できるかどうかは自分次第だ。卒業後の進路も切り開くのは自分だ。

 

「ハリポタをやるか、魔女の宅急便をするかってことだよ。……こっちの世界の例えです」

 

ハリポタはハリー・ポッターで全世界で有名になっている魔法使い小説であり、

魔女の宅急便は空を飛ぶことしかできない魔女の少女が配達屋をやる映画だ。

後半部分はイングリドに向かってサマエルは言った。

アディシアはどちらも知っている。どちらも小説も読んだし映画も観た。

 

「工房生かな。やるとしたら、大変だろうけど、やりがいがありそう」

 

「君の決定に俺は従うよ。……それに、二人で行動した方が良いから、工房生の方が良いか」

 

ここは異世界だし、頼れるものは自分達とかろうじてドルニエやイングリドぐらいだろう。寮で庇護を受けるよりも、アディシアがやりがいがある方を選んだ。

 

「分かりました。工房となる建物は用意できています。必要なものは準備しましょう」

 

「ご近所付き合いと寮生との付き合いとあるけど、まだご近所付き合いなら気楽かな。貴族とか苦手」

 

「どちらにしろ……危なかったら、頭を掻いて誤魔化すさ」

 

『魔術師違いよ、それ』

 

リアの呟きをサマエルは無視した。アディシアは意味が分かっていない。

話ながら、アカデミーの生徒の出身比率について聞いたが、殆どが中級階層の者でその次が上級、最後が下級となるらしい。

下級は読み書きがまず出来ないので少ない。

アカデミーが出来てから特権階級やごく一部の者しか出来なかった読み書きが中級階層まで広がっていった。

 

(もうちょっとしたらもっと広まるかな)

 

「俺達の身分はどうする」

 

「それなら……」

 

イングリドが話す。

身分についてはシグザール王国は他国からの移民も多々居るためそれを利用して誤魔化せばいいと言う事になる。

 

「工房へと案内しましょう。機材も今日中には準備をします」

 

「ありがとうございます。頑張ってみます。分かんないことだらけだけど」

 

アディシアも戸惑いもあるが楽しみの方が勝っているようだ。アディシアが楽しそうにしていることで、サマエルも気分が良くなり、微笑んだ。

 

 

 

城塞都市ザールブルグの町並みはドイツに似ていた。

赤い屋根の建物であるアカデミーを抜けると中央広場へと辿り着く。イングリドは工房となる建物に案内をしてくれるついでにザールブルグの案内もしてくれた。

中心にある中央広場には大きな噴水があり、人々で賑わっていた。

大きな教会もある。シグザール教会と言うそうだ。ザールブルグは八角形の城壁に囲まれている。

城壁で囲む理由は周辺の敵国対策の他にも魔物対策としてだ。

ザールブルグは八つの区画に別れていて、住宅街が二つ、高級住宅街、職人街区画……通称を職人通り……に、

繁華街、妖精の木広場、とあり、二区画分使っているシグザール城がある。

 

「ドイツの家だ」

 

『ファッハベルク。英語で言うと、ハーフティンバー。木組みに漆喰を塗り固めた工法のことね。こちらの歴史で説明すると、中世では土地の広さで、税金を取られていたから、対策として上に増大していったの』

 

アディシアが町並みを見て言う。リアの声が聞こえた。

 

「こっちで言うと雰囲気的にはドイツの……南方ぐらいかな」

 

「貴方たちの世界にもこちらと似た場所があるのですね」

 

イングリドにはアディシアの世界について説明はしたが、文明が進んでいるほかにも国の広がりもあるとも伝えた。

職人通りへと入っていく。その店を象徴する看板がぶら下がり、店は雑多だ。

文字が無くても、看板でどんな店なのか解る。

むしろ、文字が読めない者ばかりなので看板で理解が出来るようにしているのだろう。

 

「行ってみたいのは分かるけど、後にしようね。アディ」

 

アディシアが物珍しさに惹かれそうだったのでサマエルが止めた。

 

「工房はどんなところかな」

 

ファッハベルクの建築様式で建てられて居るであろう工房をアディシアは今から楽しみにしていた。

歩くこと数分、職人通りからやや外れた場所に”工房”はあった。

 

「……これ、工房?」

 

「工房なのか……」

 

「余っている建物がこれだけだったんです」

 

そこにあったのは工房ではなく、館だ。三階建ての館である。庭も広い。手入れは最低限ではあるが、されていた。

外から数えても一階の大きめの窓が四つもある。木造ではなく石材で作られていた。石材で造られている屋敷は貴族のものらしい。

ファッハベルクを想像していたアディシアとサマエルは驚いた。

 

「借りられるなら遠慮無く借りるけど」

 

「こちらからの説明では工房が足りなかったと言います。事実ですから」

 

イングリドの説明によると破産した貴族が王国に売ったのを使用に困ったためアカデミー側に使えば良いと寄付したらしい。王国も使い方に困ったのだろう。

アディシアもサマエルも飛び入りでアカデミーに入学したのだ。ファッハベルクの工房が用意が出来なくても、仕方がない。

イングリドが鍵を取り出すと玄関の鍵を開ける。

中はホコリっぽかった。三階まであり、三階は元は使用人の部屋らしい。二階が住居スペースだ。

台所用の建物やトイレなどは一階にある。すぐにアディシアとサマエルは部屋を見て回る。

 

「右の部屋が広いからそこを工房にしたいかな」

 

「そうだね。騒がしくしてしまうだろうし、地下倉庫もあったし」

 

「工房は四年間、貸し出します。卒業できるような実力を身につけて下さい。機材の方はこれから搬入します」

 

昨日の夜に聞いた説明から考えると、今日は八月十七日であり、入学式は九月一日だ。

およそ二週間ほどの準備期間がある。イングリドがポケットマネーからアディシアとサマエルに二百枚の銀貨をくれた。

 

「実力が出来たら返しますので何から何まで助かります。イングリド先生」

 

「本当に……ありがとうございました」

 

「異世界の者であろうとも、錬金術を学ぶ気があるならば学ばせる。それがアカデミーの方針です。貴方たちは資格を持ちましたから、何かあれば言いなさい」

 

イングリドは言うと、館から出て行く。アディシアとサマエルだけが館にいた。

 

「裏には井戸があったんだよ。井戸か……」

 

「俺はラズベリルを換金してくる。ばれそうになったら頭を掻いて誤魔化して」

 

「サマエル、何かその台詞が好きだよね」

 

『――必要だとは言え、名字でウェンリーなんて名乗るから。ウェンリーって名字じゃなくて、名前だし』

 

「あたしは名字、スクアーロにしたんだよ」

 

ウェンリーの意味は分からないが、リアはサマエルがその台詞を多用している理由を知っているようだ。

夜にイングリドと話したときに名字があるかどうかを聞かれ、必要ならばとアディシアもサマエルも速攻でつけた。

アディシアは元は孤児だ。身元は分かっているが、その時の名字を使いたくはなかったので、義兄の名字を借りた。

サマエルも名字は姉弟子や師匠から借りることも可能だったが、好きなものから取った。

 

「イングリド先生から借りた銀貨は返さないと。……嵩張るな。紙幣が欲しい」

 

『あるわけがないじゃない』

 

銀貨は袋に入れて、ラズベリルは白いハンカチに来るんでサマエルは持った。

 

「あたしは機材の搬入が終わったら職人通りを見てくる。掃除用具の調達と職人通りの見学」

 

「任せるよ」

 

「そっちもね」

 

アディシアとサマエルは別行動を取った。

別行動を取っても不安がないのは信頼関係もあるが、『カルヴァリア』の盟約を利用して、互いに連絡が出来るからだ。

調子が悪くなることもあるが、携帯電話が使えない世界では重宝する。

サマエルが出て行ってから、待っていると業者が来た。

業者は右の部屋を手早く掃除して、錬金術に必要な基礎的な機材を二人分入れる。

細かい場所についてはリアが指示をしたのでその指示をアディシアが聞いて設置して貰った。

機材は理科の実験に使いそうな調合器具や、ファンタジーでしか見たことがない大釜だ。あるいは拷問器具でも良い。

大釜など、今はもう使わない道具だ。

 

「速かったね」

 

『急いでくれたんでしょう』

 

「じゃ、買い物に行くか」

 

館を出て、アディシアは扉に鍵をしっかりと閉めた。職人通りで、まず探したのは雑貨屋だ。

揃えなければ行けないものは多い。

探していると二階建ての雑貨屋を見つけた。二階建ての建物で、二階へと続く階段が側にあり、まずは一階に入る。

 

「いらっしゃいませ」

 

ドアをくぐると店員が迎えてくれた。濃い茶髪をポニーテールにして緑色のエプロンを着けた少女だ。

雑貨屋らしく果物や野菜などが並べられ、生活必需品も置いてある。

店には店員を除けばアディシアだけしか居ない。少女の年齢は十代後半ぐらいだ。

 

「バケツと箒と雑巾を下さい。それと……ゴミ箱と……」

 

「引っ越しでもするの?」

 

「越してきたの。職人通りの端の館で、あたし、アカデミーの生徒になるんだ」

 

「生徒なんだ。うちの店は安いよ」

 

掃除用具一式を購入する。

バケツは金属製のものだった。雑巾も五枚セットになっているものを購入する。

店員が話しかけてきたのでアディシアも話す。品物を選びながら、自分の状況を伝えていく。

看板には雑貨店の名前が書いてあった。

 

「カロッサ雑貨店、だったね」

 

「そう。お爺ちゃんが始めた店で、今日は両親が居ないから、私が店番。

自己紹介が遅れたけど、私はロスワイセ・カロッサ」

 

「アディシア・スクアーロ、たびたび買いに来ると想う。……二階の店は……」

 

会計時、ロスワイセは雑巾を袋に入れてくれた。バケツと箒は手に持つ。

錬金術の基礎機材を運び込むときに右側の部屋は掃除はしてくれたが、他の部屋は自力で掃除をしなければならない。

 

「兄さんの店、兄さんは今日は居ないから、開いていないよ。兄さんは錬金術士で、材料を取りに外に出かけてる」

 

「多いんだ。錬金術士」

 

「お爺ちゃんの代ではそうは多くなかったみたいなんだけど」

 

ロスワイセの祖父には錬金術士の知り合いが居て、祖父はコメートという宝石を作って貰ったらしい。

コメートは高級な宝石で貴族がこぞって欲しがる宝石であり、その錬金術士はロスワイセの祖父に世話になったからとコメートをプレゼントしたそうだ。大層、祖父は喜んだという。

 

『宝石は原石を研磨すれば出来ると言えば出来るから、そうしたんでしょうね』

 

口で言うのは簡単ではあるが、難しそうである。

アカデミーが出来て、入学者も増えて、錬金術はザールブルグに浸透してきているが、

街中では怪しい学問のイメージも、まだ根強いと聞いている。

ロスワイセがそんな偏見を抱いていないのは祖父や兄のことがあるからだろう。

 

「あたしもこれから錬金術の勉強をするんだよ」

 

「頑張って。お買い上げ、ありがとうございました」

 

銀貨を払い、店を後にする。右手には箒を持ち、左手にはバケツだ。雑巾の紙袋はバケツに入れた。

 

「戻って部屋掃除でもしておくかな。サマエルが上手く資金調達ができたらそれで買い足していかないと」

 

『待機しておいたら?』

 

(そうする)

 

リアへの受け答えは心中でやった。

探検を止めて、アディシアは館に戻る。鍵を開けてから、三階へと行き、隅の部屋を陣取る。

 

「……コレ三階まで水を運ぶの、大変なような」

 

『体が鈍らないように運動よ』

 

自室として決めた部屋を掃除することにする。

裏口の井戸から水をくんで、バケツに入れて掃除を始める。

鉄製のバケツはそれなりに高いが、バケツはずっと使うのでこちらにしておいた。

ハタキで掃除をして雑巾で床を磨いた。一部屋をじっくりと掃除してから、三階の廊下も磨いておく。

部屋も確認していくが三階は四部屋あった。階段を掃除し続ける。

 

「アディ。帰ったよ」

 

「サマエル」

 

二階から一階の階段を掃除しているとサマエルが帰ってきた。一階の右の部屋に集合する。

 

「資金は手に入った……入ったんだけど」

 

「少ないの?」

 

サマエルが何処からかタロットカードを取り出す。通販で買える比較的安めのウェイトタロットカードだ。

小アルカナ、ペンタクルのカードを全て地面に落とすと、そこに高級そうな袋に入った銀貨が出てきた。

やや大きい。

持って振り回せば相手を撲殺できそうなぐらいに袋が大きい。

 

「逆だ。手に入りすぎたんだ。……全部で銀貨四万枚」

 

「……四万?」

 

「四万」

 

四万枚の銀貨は五千ずつに分けて貰っていた。袋は全部で八つある。

アディシアが袋を開けると、中には銀貨がぎっしりと入っていた。アディシアが問い返し、サマエルが答える。

 

「宝石の価値が分かった人が居たんだ。あの宝石、元の世界で言うと百万ぐらいだよね」

 

『二百万ぐらいかしらね。あのラズベリル』

 

「売ろうとしたら、貴族の人と会ったんだ」

 

宝石を売るのならば職人通りよりも貴族が使いそうな店が良いとサマエルは高級住宅街へと行き、宝石店を探して、ラズベリルを売ろうとした。

高級住宅街はファッハベルク形式の家ではなく、石で出来た館ばかりが建っていた。

町並みを見学しながら、宝石店を探していたサマエルは貴族の青年と出会い、貴族の青年はサマエルが持っている宝石を見て是非売って欲しいと頼み込んできた。

 

「だから四万で売ったんだ」

 

「最初は六万とか向こうが言いだしたけど、四万に落とした。この辺りは僕の勘だ。

相手はエンバッハとか名字は名乗っていたね。来年になるけど結婚するそうだから、婚約者にあげるための宝石らしい。……あげるときに加工はするだろうけど」

 

「四万枚なんてもてないから、魔術で持っていたんだ」

 

『――四万枚も持っていたら目立ちすぎるわよ』

 

重いのもあるが目立つのを嫌ったのだろう。

 

「サービスで占いもしておいたよ」

 

サマエルの魔術はカバラ魔術を応用したものだ。彼の場合はタロットカードを媒体にする。

彼の占いはよく当たる。占いをするべき人間に与えるべき結果を伝えるのだ。

アディシアは銀貨をいくつか掴む。いきなり、資金が増えたため、生活には困らなくなった。

と言うよりも、稼がなくても慎ましく行けば数年は余裕で生活が出来るのである。

 

「……別のやっすい宝石にしておくべきだったかな」

 

喜ばないのは多すぎる金は使いどころが難しいということだ。

そこそこにあればいい。

ちなみにアディシアは元の世界では大量の金を持っていて、スイス銀行に貯金してある。

少しは使っていたが、使いどころがなかったのでたまっただけだ。

任務で組織にこき使われていたが金払いは良かった。

 

『取っておきなさい。一部は入学までの資金にして残りは緊急事態用に』

 

「生活が怠惰になったらいけないしね……五千枚有れば良いか」

 

残り七つの袋をサマエルはしまい、サマエルは自分が制御が出来る空間に入れる。制御にはタロットカードが必要だが、必要に応じて取り出せた。

次に当面の生活資金にした銀貨五千枚から、寝具や調理道具や食材など、これからに必要なものを買うことにした。

 

「錬金術に必要な材料も自分で買うか、取ってこいだったよね」

 

「外には魔物が居るとは街中の話題で聞いている」

 

魔物と闘うか、魔物対策も、しなければいけないようだが、それよりも優先するべきことは、まだまだある。

 

「……まずは館を整えようか。サマエル」

 

「そうしようか。アディ」

 

そういうことにした。

一つずつ、片付けていくのだ。

 

 

 

カロッサ雑貨店にサマエルもつれていき、ロスワイセにサマエルを紹介したりしてから、

ベッドや棚などが手に入りそうな店を聞いた。

ザールブルグでは店で家具は売っているが、職人に頼めばしっかりとしたものを作って貰えるという。

二人は昼を全て使い切るという勢いで生活に必要なものを購入し、寝具も手に入れていく。

殆どは当日中に配達や次の日に設置をして貰うことにした。

食器を買ったり、調理道具も買う。生活必需品は全て二人分揃えたが、五千枚全ては使い切らずにすんだ。

通りには屋台があったので食事を次の日の朝の分まで購入しておく。

買い物の後で待っているのは掃除だ。

 

「……感覚的には三時に近いかな……これから掃除、掃除」

 

寝具や棚は次の日になるそうなので……これでも速かったのだが……掃除だけしておく。

今日は床で寝ることになりそうだったが、季節は夏だし、眠ることには問題は無い。

二人は掃除に時間をかけた。

サマエルは自室として二階の一室を選んでいる。アディシアはバケツと雑巾を上まで運んでひたすら磨き続けた。

三時間が経過し、全ての掃除が終わる。時間がかかったのは、追加の買い物もあったからだ。

 

「終わった……大きすぎるのもきつい」

 

工房部屋でアディシアとサマエルは一息ついていた。飲んでいるのは井戸水だ。

そのまま飲もうとしたら一応は沸かせとリアに言われたので、沸かしてから飲んでいる。沸かしたのはサマエルの魔術だ。ザールブルグの夏は湿度がまだ低いので過ごしやすいが暑い。

機材設置の時に業者がイングリドが書いたメモを置いて行ってくれた。

内容は工房生としての過ごし方だ。サマエルが読んでいる。

紙も錬金術で作ったものであるようだ。

 

「酒場で依頼を受けて果たす。依頼を出す酒場は飛翔亭か金の麦亭か……外に採取も行かないと、入学前に一度は外に練習で行こうか」

 

「明日ね。明日、午前中には寝具が来てくれるみたいだからそれを待ってから、午後に買い物をして、採取」

 

『武器は買っておいてね』

 

「……お前の武器出し能力があれば武器がいらないのに」

 

金は無駄に使いたくはないアディシアだ。『カルヴァリア』には武器を出す機能があり、取り込んだ武器を自由自在に出し入れが出来る。

 

『私も調子が崩れるかも知れないから』

 

アディシアは寝転がる。外からは夕焼けが差し込んでいた。

いずれアディシアの魂を食い殺すリアであるが、その関係は今は穏やかだ。終わりが決まっているからかも知れない。

『カルヴァリア』の調子は上下する。

 

「明日は俺が寝具が来るまで待っている。アディはザールブルグ見学でもしていなよ」

 

「うん。……銀貨はサマエルが守っていてね」

 

資金の管理はサマエルに任せる。新しい生活を始めるのは大変だが、どうにか、生活が出来るぐらいまでにはなった。

 

「灯りがロウソクとかランプとか……電気がないのは当たり前だけど」

 

アディシアとサマエルはロウソクなども買っておいた。油を使うランプは貴重であり、貴族のものである。

平民はロウソクを主に使うらしい。こちらではロウソクは停電の時に使うぐらいである。

 

「悪くないんだよ。暗くなったら寝れば健康だし」

 

「アカデミーに通い始めたらランプは買うことになるだろうけど。蛍の光や雪の光で勉強はしたくないな」

 

「魔術で灯りを灯すとかは」

 

「出来るけど、体裁はあるから、文明が仕えるなら使うべきだ」

 

体裁を気にしているのは、彼等はよそ者であり、追い出されたりでもしたら今後の生活が困るからである。

馴染むようにはするが、近所付き合いは難しい。

灯りが勿体ないので、明るくなる前に起きて暗くなったら寝ることにした。

 

「入学式までの準備して……いつ頃、帰還できるかは不明だけど、待っていれば帰還できるし」

 

「その保証があるのはありがたいよ。師匠はその設定はきちんとしてくれた」

 

アディシアが楽観的なのは異世界に飛んでしまう原因である指輪がいつ発動するかは不明だが、発動さえすれば確実に元の世界に帰られるからだ。その指輪を作ったのはサマエルの師匠であるらしい。

兆候も分かれば、帰宅準備もしやすい。帰宅の時は非常事態以外は発動してから、何日後かを計り、帰るだけだ。

しかしそれまでは生活をしなければならないし、アディシアもサマエルも錬金術を学ぶと言う選択をした。

 

「学校は好き。楽しかったもの。――アカデミーも楽しいと良いな」

 

半年ほどではあるが通った学校をアディシアは楽しんでいた。

 

『楽しくなるかは自分次第だけどね』

 

「……最もだ」

 

「それなら、楽しくしよう」

 

からかうようにリアが言ったのでサマエルが肩をすくめた。アディシアが笑う。

ザールブルグでの日々は、動き出していた。

 

【続く】

 




屋敷が大きいのは後のためです。
40000はマリーの時に書かれたウェブページサルベージして見ましたが
銀貨一枚100円らしいので四百万ぐらいでしょうか
そんだけあっても、きりつめてますけど。


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第三話 ザールブルグ探検

タイトルの通りです。
アトリエシリーズのキャラやらオリキャラも出ます。

二月九日に改訂。場面増えたりしたが大筋は変わってません。


【アトリエ編 その3】

 

工房部屋の床で寝たアディシアは俯せ状態から起きると、サマエルがすでに起きていた。

朝日が差し込んできている。ザールブルグに来てから二度目の朝だ。

起きたと同時に教会の鐘の音が聞こえた。

 

「おはよう。食事が終わったら散歩をしてくる」

 

「俺は家を整える作業をしているよ。午後前には帰って来て」

 

井戸水で顔を洗ってから、一階の空き部屋で体を水で濡らしたタオルで拭いた。

風呂の設備を準備するには時間がかかる。シャワーの設備も館にはない。

館には風呂の施設はあったが浴槽がなかった。恐らくこの館の浴槽は木の盥で内側に布を敷いたものとリアから聞いた。

日本で生活をしていた頃は入浴は良くしていたが、イタリアではシャワーばかりであり、

体を拭いて終わりというのもなれていた。

公共浴場はあったのだが、入りに行くまでが遠いのでタオルで拭くぐらいにしておく。

冬にやるには寒いが、やっておかないと衛生面が恐い。

 

「行ってきます」

 

手早く昨日のうちに買っておいた朝食の食パンで具材を挟んだサンドウィッチを取り、アディシアは街へと出る。

サマエルの行ってらっしゃい、と言う声を聞いた。

朝日が照らす中で、アディシアは深呼吸をしてから、職人通りを歩いていく。

職人通りは朝が速いのに騒がしい。突っ切って中央広場へと向かう。

 

『雑貨屋の子が言うには、朝市場もたまにやるらしいわね』

 

「市場か。今日はしてないんだ。……教会、入ってみよう」

 

『宗教は重要よね』

 

中央広場の直ぐ側には大きな教会があったので、アディシアは中へと入る。

立派な教会であった。イタリアにいた頃に幾つもの教会は見学している。

アディシアの故郷であるイタリアはカトリックの国であり、アディシアは教会とも馴染みが深い。

ただ、彼女はカトリックをろくに信じてはいないし、リアも重要と言ったのは会話に使えるし、考え方は理解しておかなければならないからだ。

教会の扉を開けると、シスターが竹箒で床を掃除をしていた。僧衣はキリスト教のものと似ていた。

 

「おはようございます」

 

「……おはようございます。入って大丈夫だったかな」

 

「構いませんよ」

 

シスターの僧衣は白く、青いラインが入っている。シスターはアディシアよりも少し年上である少女だ。

ザールブルグの宗教はイングリドから聞いた。女神アルテナを中心とした多神教だ。

アルテナは医療の女神で、他の神では農業神であるヴァイツェン、鍛冶神であるヴィラントなどが居る。

教会通しの対立は無いようだ。地域密着型の神々である。

 

「あたし、この街に来たばかりで見学しているんだ。教会、施設とかも見てもいいかな」

 

「良いですよ。……貴方は外から来たのですか?」

 

「うん。ちょっと前に」

 

「私は、ザールブルグから出たことがありませんから……」

 

『中世レベルだと街を移動するだけでも苦労したものだし、ザールブルグから出なくても生活が出来るわ』

 

現代ではインターネットが発達し、ネット環境や資金さえあれば引きこもっていても生活は可能だが、ザールブルグの場合だと、外に出れば魔物ばかりだし、ザールブルグ周辺には数百人しか住んでいない村ばかりだ。

アディシアの世界の中世も魔物は居ないが、盗賊は居たし、外への旅は危険を伴うため滅多には行われずに、村で一生を終える者の割合が今よりも多かった。

 

「あたしはアディシア・スクアーロ。よろしく。祈って良い?」

 

白いアルテナ像は立派なものであり、磨かれている。

どうぞ、と言われ、アディシアはアルテナ像の前に行くと心中で祈っておいた。

――ザールブルグでの生活が生活が上手くいきますように、と。

 

「私はミルカッセ・フローベルと言います。この教会でシスターをしています。父が、神父ですので。……アディシアさんはどうしてザールブルグに」

 

「アカデミーで勉強をするために来たんだ。試験も合格したんだよ」

 

「それなら、貴方は錬金術士になるのですね。教会でも、錬金術で作った薬を使っているんです」

 

『教会が錬金術の薬を……ね。偏見とかありそうなのに』

 

「便利だから、使っているの?」

 

「はい。かつて、教会では錬金術に不振を持っていましたが、お父様が錬金術士と交流を持ち、不振は払拭されたんです」

 

リアの言葉が引っ掛かったので、アディシアはミルカッセから答えを引き出すように質問をしてみた。

曖昧ではあったがミルカッセは答えてくれた。

話によるとアルテナの教えとしては”自然のままに”と言うものがある。

ミルカッセの父親はこの教会の責任者であり、ザールブルグに錬金術を広めようとしていた人物と交流を持ち、錬金術は忌避するものではないと考えを変えたらしい。

事実、錬金術士が作る薬によりザールブルグに流行した疫病から大勢の人間が救われた。

 

「良かった。嫌われたらどうしようかと」

 

「嫌いませんよ」

 

「ミルカッセ。孤児院の方を手伝って欲しいのだけれど」

 

教会に入ってきたのは茶色い髪をセミロングにした女性だ。年齢は二十代後半から三十代ぐらいだろうか。

アディシアの目を引いたのは尼僧服だった。上半身はミルカッセと変わらないのだが、下はミニスカートになっている。

動きやすそうであった。教会の側には孤児院があるようだ。

 

「こんにちは」

 

「エルザさん、彼女はアディシア・スクアーロさん、引っ越してきたばかりでアカデミーで勉強するらしくて」

 

「アカデミーも昔より賑やかになってるわね。……アタシはエルザ・ヘッセン。ここでシスターをしてるの。よろしく」

 

アディシアが挨拶をする。ミルカッセがエルザにアディシアのことを紹介してくれた。

 

「よろしくお願いします。孤児院の方だけど、あたしも何か手伝えることがあったら手伝うんだよ」

 

「教会とか手伝うのが好きなの」

 

好きだとは言っているが、奉仕活動は仕事……と言う名の暗殺……の時に都市に移動したときに、気まぐれでやったりするぐらいだ。

それ以外ではホームステイをにいるときに地区の清掃活動を手伝ったりしていた。

この手の活動はしておけば好印象を保てる。ザールブルグで暮らすアディシアとしては、コネが欲しかった。

かなり打算的なところがあるが、奉仕活動自体は好きではある。

 

「それなら、手伝って貰うわね」

 

エルザが笑顔で言う。アディシアはフローベル教会の手伝いを始めた。

 

 

 

サマエルはタロットカードを取り出した。ウエイトタロットカードの新品で、

銀貨をしまうときに使っていたものとは別である。

屋敷の中には魔術の仕掛けを施しておくことにした。防犯の術に掃除が楽になる術もかけておく。

彼の使うカバラは神の力により様々な事象を起こせる。

 

「庭とか……畑をしたいとも、アディは言っていたっけか」

 

アトリエではなく、屋敷を借りられたのは良いことなのか悪いことなのかサマエルには不明だ。

庭の広さを改めて確認しておこうと彼は庭に出た。

洗濯物の干し場をひいても、広い。ホームステイ先の庭先以上に広く家庭菜園も出来そうだ。

アディシアの場合はガーデニングではなく家庭菜園だろう。ガーデニングをするにしても、割合は少なそうだ。

畑についてはアディシアに改めて相談をすることにしてサマエルは玄関の方に行く。

 

「ここはアカデミーの屋敷のはず。……錬金術士?」

 

屋敷の前に人が居て、呼びかけられた。

呼びかけたのは、銀髪のような金髪をショートカットにした少年だ。年齢はサマエルと同じぐらいである。

身なりが良く、身長はサマエルよりも低い。着ているのは茶色い長ズボンと、黒いシャツに同じ茶色の長袖の上着で、シンプルな服だが生地が上等だ。

 

「アトリエ生になるはずだったんだけど、アトリエが足りないから友人とここをアトリエにすることになったんだ」

 

「ってことは僕と同級生になるのかな。僕は寮生だけど」

 

「俺はサマエル・ウェンリー、よろしく」

 

「僕はアレクシス・フェルディーン。アレクでいい。アトリエ生については聞いてる」

 

「聞いてるんだ」

 

アトリエ生というのは殆どが成績がいまいちの生徒である。サマエルは事前勉強や以前の世界での勉強で、成績は上位ではあるが、アディシアの選択に付き合ったので、アトリエ生だ。

自分一人で寮に住む選択肢はなかった。アディシアが心配だったからだ。

 

「アカデミーも全員は面倒見きれなくなったから、対策の一つだって。錬金術、人気だから」

 

「珍しいんだろうね」

 

「それもあるけど、学んでおけば職に困らない感じかな。錬金術自体は何でもやるし。

文字の読み書きさえ出来れば憶えられる」

 

錬金術では爆弾も食べ物も金属も加工したり、作れる。卒業試験は厳しいが卒業すれば、技術が身につくのだ。

金を作れれば金には困らないがそうではなくても、加工技術で金を貸せれば生活は可能だ。

 

「貴族とかはしなさそうかな……それだと」

 

「――僕は貴族だ。貴族の一部にも錬金術に興味を持ってやる人も居る」

 

「……貴族だったんだ。すまない」

 

「そのことは、言ってないし、この国の貴族は金さえあれば貴族になれる。僕は四男坊だから、自分で道は切り開かないと」

 

ザールブルグでは経済力で家柄を手に入れた貴族ばかりであり、アレクの家であるフェルディーン家もそうだ。

貴族は政治に対する発言権を持ち、発言権の強さは王とどのような関係であるかにもよるとも彼は教えてくれた。

 

「俺もそんな感じだ」

 

錬金術や魔術には神秘的な面もあるが、今回は食べるための技術を身につけることが優先である。

宝石もまだ予備があるし、資金も余裕があるが頼ってばかりもいられない。生活をしていき、生きることには変えられないのだ。

 

 

 

フローベル教会では養蜂もしていた。養蜂は教会で使うロウソクの確保のためである。

教会は病院施設も兼ねていて病院の施設もあり、敷地内には王立の孤児院もあり、教会が管理していることや、菜園、ミルカッセの家もあると教えてくれた。アディシアは孤児院を手伝ってから、キリのいいところでザールブルグの町並みへと戻る。食事の準備や洗濯を手伝っておいた。

首には教会で購入したアルテナのお守りがぶら下がっている。

 

(あたしも場合によってはあんな生活をしていたのかな)

 

『場合によっては、ね』

 

含みで言われる。

アディシアは孤児であり、両親が死亡した後は暗殺者養成組織に引き取られて鍛えられていた。

その時の記憶は朧気だ。

思い出したことはあるが悲惨な記憶であり、すぐに心の奥底にしまわれた。

 

(どうだった?)

 

『中世ヨーロッパの教会に近いわ。医療技術の方は錬金術があるから、神頼みから前進はしているわね』

 

(神頼みか……)

 

『……現代では殆どが解明されている、”世の中の理不尽なこと”だけど、特に病は、昔は解明されてなかったわ。基本は寝て治せ。だけど治らないこともある。そう言うときは、祈るのよ』

 

見解を問うと返ってきた。

アディシアの世界ではよっぽどの難病で無い限り治療費があれば治る。設備もあれば薬もあるからだ。

ザールブルグでは違うし、中世ヨーロッパも違う。

生い立ち上、余り信仰とは縁がないアディシアだが、神に祈りたい気持ちは解る。

教会には機会があれば積極的に顔を出すことにする。

中央広場に出ると、いくつもの市が並んでいた。朝の市場だ。

鐘や太陽の位置判断してみると、時間は午前九時ぐらいだ。イタリアの市場を思い出す。

 

(エルザさんとミルカッセさんはいい人だし、クルトさんもいい人だしね)

 

教会ではエルザとミルカッセの他にも、シグザール教会の主であるクルト・フローベルとも逢った。

ミルカッセの父親だ。

アカデミーとも良好な関係を築いていた。教会とアカデミーが犬猿の仲で争っていたりしていなくて良かったとアディシアは想う。敵は少ないに限るし、しがらみもそうだ。

ゆっくりと、市場の食べ物を見る。ザールブルグは食材が豊富であるため、食べ物には困らないようだ。

食べることは活力源であり、必要なことであり、アディシアの知る食材も並んでいる。

 

『アディシア、酒場にも寄りなさい』

 

(あたしは酒は好きではないよ)

 

『先に見ておくのよ。アカデミーに入学したら、酒場で依頼を受けないといけないんだから』

 

食べ物を買うよりも先にリアが忠告を入れてきた。

アディシアはアカデミーに入学したら酒場で依頼を受けて出来そうなものをこなして、技術を上げつつ、資金も稼がなくてはならない。

 

(イングリド先生曰く、依頼を受けるなら、金の麦亭か飛翔亭だったね)

 

人混みを抜けると、アディシアは酒場に向かうことにする。

酒場が情報収集の場であることぐらいアディシアも知っているが彼女は未成年であり、

イタリア時代は酒場よりもバール……軽食喫茶店のこと……に出かけていたし、情報収集は別のチームが居た。

最初に行くのは金の麦亭か飛翔亭かどちらにするべきか悩み、アディシアは銀貨を取り出す。左手で弾いて、空に放り投げて右手の甲で受けた。

 

「飛翔亭か。どこだろう」

 

『あそこ』

 

女神アルテナの面が見えたのでアディシアは飛翔亭へと歩き出す。女神アルテナが見えたら飛翔亭、反対だったら、金の麦亭としておいた。

中央広場のすぐ近くに飛翔亭はあった。木蔦とワイングラスと樽が描かれた金属製の看板が目に入る。

しまっていると想っていたのだが、営業をしているようだったので、酒場の木で出来た両開きの扉をアディシアは開けた。

ドアベルが鳴る。

広い店内は朝方のためか、客が少ない。白いテーブルクロスがかかった丸テーブルに髪の毛の少ない老人が、ワイングラスと赤ワインの入った瓶を持ち、朝から酒を飲んでいる。

 

「いらっしゃいませ」

 

桃色の髪を柔らかく纏めたゆったりとした長袖の衣装にエプロン姿の女性がアディシアを迎える。

中に入ったアディシアはカウンターテーブルに座る。

酒場に自分が来たことを訝しがられていることを感じ、すぐに状況を話した。

 

「こんにちは。始めまして。……九月になったら、アトリエの方で錬金術の修行をすることになって、イングリド先生に依頼を受けろって教わって」

 

「そうなの。私はフレア、フレア・シェンク。父さんがこの酒場をしているのだけど、たまに手伝っているの」

 

「(話しやすそうな人が居た)食べ物、ありますか。……飲み物もお酒以外で」

 

注文をするとパンとベルグラドいもとサラダとスープがあると言ったので注文する。

それにアザミ茶も注文した。アザミ茶はアザミを茶葉に加工したものをお茶として入れたもののようだ。

アザミは食用に出来ることをアディシアは義兄から聞いたことがあるし、

義兄とのキャンプの時に食べたことがあるが、お茶として飲むのは始めてだ。

 

『洗って刻んで日干しにするだけでお茶になるのよ。アザミ』

 

一口飲んでから、続けて飲む。フレアがアディシアに話しかけた。

 

「ここは冒険者用の依頼の他にも錬金術士への依頼も来るの。ほぼ毎日、依頼は更新されるわ」

 

「何日かに一度ぐらいは見に来ないと……だね」

 

「小さい客人だな。フレア」

 

アザミ茶が出たのでアディシアは一口飲んだ。そこに眼鏡をかけたフレアの父親らしい男が出てくる。

男は五十代ほどで白いエプロンを着け、半袖のシャツを着ていた。

小さいと言われたアディシアはアザミ茶を噴き出しそうになるが飲み干す。身長はコンプレックスだ。

百五十三センチは、見方によっては大きいが、本人はまだまだ身長を伸ばしたい。

 

「アディシア・スクアーロです。九月からアカデミーに入学して、アトリエ生としてやっていくので……」

 

「何人かそんな生徒が来るとは聞いたな。アイツが上手くいったからか?」

 

「そうね。……アディシア。私の父さんのディオ、この店の店主よ」

 

出されたメニューを食べる前にアディシアは自己紹介をしておく。アイツというのはアカデミーの伝説の生徒であるようだ。

飛翔亭で依頼を受けてこなしていったようだ。アディシアは食事を始める。

ベルグラドいものペーストが塗られたパンはもちもちしていた。ベルグラドいもペーストのお陰だ。

パンは日本で食べているのよりは重い感じがした。

 

「アイツもアイツで破天荒だったな。今じゃ一流の錬金術士だが」

 

「イングリド先生から、依頼は飛翔亭か金の麦亭で受けろと聞いたので……」

 

「金の麦亭も依頼はしてるが、やるなら、どっちか専属になった方が良いぞ」

 

「それならここで。料理、美味しいですし」

 

――金の麦亭の方はサマエルかな。意見を聞いてからだけど。

料理で決めるアディシアだが店の雰囲気は良い。朝方に来たせいもあるが、専属は軽く決めておく。

 

「錬金術はまだ始めてもいないか。ここは依頼者の力量にあった依頼を回すようにする。

依頼の期限は守り、依頼品の品質はいいものを出せ」

 

「はい。(当たり前で、大事だね)」

 

『力量ぎりぎりのものばかり回されたわね』

 

暗殺組織時代は、組織のメンバーが過去に上位組織に反乱を起こしたにより、依頼の殆どはアディシアがこなすしかなかった。

組織のメンバーの殆どが腕が経つが信用が無く、かといって野放しにも出来ないため、飼い殺しにされていた。そして暗殺組織の上位組織には敵ばかりであり、敵を殺すために命令されてアディシアは人を殺していた。

成功確率が低いものは暗殺組織は回ってこないはずだったのにそういった依頼もあり、必死でこなした。

いくつかの異名や悪名が裏社会に轟いたのはそのせいだ。

 

「酒場だから、ここ、情報とかも手に入りますよね」

 

「情報によっては金を取るぞ」

 

「……あ……はい。情報ですから」

 

当たり前ですよね、と答えようとしたアディシアだが心臓に重みがかかるような感覚が来た。

リアが”そんなことは言わない方が良い”と止めたのだ。言うな、と鋭く言葉で刺されることもある。

情報に金を払うのは裏社会で慣れたことだ。

ヴァリアーでは情報を集めてくれた人物はアディシアにだけは金を取らなかったが、

別の情報屋や情報をくれた者にはいくらか払っている。ギブアンドテイクは染みついていた。

 

「クーゲル叔父さんは今日は居ないから……叔父さんも依頼をくれるわよ」

 

「やれるのを頑張ります。……参考までにどんな依頼があるんですか?」

 

参考、とつけてアディシアはディオから依頼が書いてある紙を受け取っていくつか眺める。

紙はテスト用紙より質は少し悪いが、使う分には十分だ。

区分するに依頼は採取と調合があった。

採取はそのまま外で取れるアイテムが欲しいで、調合は錬金術で作ったアイテムを納品するというものだ。

 

(自分で取ってこいとか想う)

 

『外は危険だし、時間もかかるからお金を払って手に入れた方が早いときもあるのよ。貴方みたいに魔物や盗賊を相手に出来る人の方が貴重なのよ』

 

「それと、外の採取なら誰か冒険者を連れて行くことだな。冒険者はここで雇える。雇いたくなったら言え」

 

「出来る限り、要望にあわせるようにするし冒険者に直接頼む手もあるわ」

 

冒険者が居なければ魔物とも盗賊とも戦えない。アディシアにしてみればいらないものではあるが忠告は受けておき、頷いておく。

 

『冒険者に払う賃金や生活費とか稼いだ資金から差し引いたりして行く。寮の平穏とはほど遠いわ』

 

(家計簿つけないと駄目かな……)

 

『つけなさいよ。下僕とアンタで資金を混ぜない方が良いわ。個人で稼いでいくのよ』

 

(速めに戻ってサマエルと話しあおう)

 

食事を完食しつつ、アディシアは今後の方針をサマエルと話しあうことにする。独断で決めることはしない。

まだ立場が固まりきっていない状態であり、ここは異世界だ。

アディシアなりに慎重に動いているのだ。

 

 

 

サマエルとアディシアは『カルヴァリア』の盟約を利用して脳内で会話をすることが可能だ。

元の世界ではサマエルが出ている時間の方が少ないこともあり、使用されることは余りないが、世界によっては重宝する。連絡手段が発達していない世界がそうだ。

リアが会話を繋いでサマエルに伝えることもある。

 

「ただいま」

 

「おかえり。屋敷の方は魔術とか設置し終わったから」

 

「ザールブルグの町並みを見学して、酒場とかにも寄ったんだよ。これ、お昼ね」

 

アディシアが屋敷に戻ってきたのでサマエルは玄関先で出迎える。

昼食もパンだ。アディシアは揚げパンと飛翔亭から持ち帰りでサラダを買ってきていた。

サマエルが紙包みを受け取る。

外食ばかりだが、自炊もしていくべきだった。外食は金がかかる。

サマエルもアディシアも料理は出来るが、調理器具が使えるかという問題がある。元の世界ではガスコンロやガスレンジがあり使えたが、この時代の火力器具は竈だ。竈なんて現代社会ではキャンプぐらいにしか使用しない。

サマエルには魔術があるが魔術を調理に使用してばかりもいられない。

 

「ベッドとか生活必需品は運んで貰ったよ」

 

三階までベッドを運ぶのは職人達がやってくれた。これで床で寝なくてすむ。

 

「生活だけど、どうしよう。個別に稼ぐとして食費とかは」

 

「食費は使う分を決めて、互いに出そうか」

 

生活をするための決まり事を話していくが、しっかり決めても守れそうにないので緩めにしておく。

洗濯は別にするが掃除は交代制で可能な範囲だけ掃除はしておくとも決める。

 

「あたしは部屋を見学してくるんだよ。明日ぐらいにはザールブルグの外に行きたいね。

武器屋で武器も購入して……『カルヴァリア』があれば武器はいらないのに」

 

「制約があるよ」

 

『カルヴァリア』は取り込んだ武器を具現化出来る。刃物から重火器までだ。

アディシアやサマエルのように『カルヴァリア』と盟約を交わすか、取り込まれているものにしか武器は触れられない。

それ以外の者が触れれば呪いがかかる。

 

「今日が八月十九日で、ザールブルグは三十日で一ヶ月だから……残りは十一日だね。余裕を持って十日かな」

 

八月三十日はゆっくり過ごすことにして残りは、十日程度だ。『絵で見る錬金術』の内容をサマエルは思い出す。

アディシアはザールブルグの外に行きたいらしいが、十日で余裕を持って行ける場所は近くの森かヘーベル湖ぐらいだ。

他の場所をサマエルは知らないが、アカデミーに入学してから知っても遅くはないと調べていない。

 

「行くのは近くの森か、ヘーベル湖だね」

 

「今日、行けたら行ってみようよ」

 

「そうしようか」

 

アディシアが三階に上って行くのをサマエルは見送り、昼食を取る。小休止してから、二人で屋敷を離れた。

屋敷には鍵をかけておく。職人通りへと入り、カロッサ雑貨店の前を通り過ぎた。

 

「アディシアとサマエル、これから買い物?」

 

店の前を竹箒で掃いていたロスワイセと逢う。話しかけられた。

 

「武器とか買おうと想って。帰りに食材も追加で買いに来るんだよ」

 

「ありがとう。そうだ。今日は兄さんが二階に居るから、錬金術の話とか聞いてみたらどうかな」

 

「昨日、言っていた兄さんか」

 

ロスワイセの兄は錬金術士らしいのだが昨日は不在であった。

 

「逢ってみようか」

 

「兄さんに紹介するね」

 

現役錬金術士の話は参考になるかも知れないと聞くことにした。

彼女の案内で一階の雑貨屋の側にある階段をアディシアとサマエルは上っていく。

一階の店舗と違い、二階の店舗は構造上狭く、窓がないため薄暗い。二階の中にはさらに階段があった。

階段が直角に曲がっているところもあり、階段の左右には板を固定しただけの簡易な置き場が作られていて、錬金術で作られたものらしいティーセットや、緑色の服を着た少年の木で出来た人形が九つ並べられていた。

表情がつぶらで可愛らしい。

階段を昇りきると、使い古されたカウンターがある。カウンターの後ろには木箱や棚があり、

化学の教科書で見たことがあるろ過器やガラス器具が置かれている。

 

「ロセ。客か」

 

ロスワイセの兄はカウンター席で読書をしていた。本は表紙が赤くで辞書ほどに分厚い。

本を閉じると、カウンターから出た。

ロセとはロスワイセの愛称なのだろう。彼女の兄は彼女と同じ色の茶色い髪をしていた。

身長はサマエルよりも高い。と亜魔色の半袖シャツに濃い茶色のズボンを履いている。

 

「私の兄、ヴェグタム・カロッサ。錬金術士なの。兄さん、この二人、アカデミーの入学生だけど、アトリエで生活するみたい」

 

「こんにちは。アディシア・スクアーロです」

 

「サマエル・ウェンリーです」

 

ヴェグタムはアディシアとサマエルを軽く眺めた。店は開いていると言うが、誰も客が来ていない。

 

「……今年からアトリエ生を本格的に始めるんだったか。アカデミーも人気になったな」

 

「たまに兄さん、アカデミーで教師もするから」

 

「講師な。正式な教員じゃない。……店番は?」

 

店主を除いて居るのは居るのはアディシアとサマエル、ロスワイセだけだ。ヴェグタムは一階の店番について聞く。

 

「母さんがいるから、兄さん、アカデミー卒業者としてこれからの入学者にアドバイスとか無い?」

 

妹に言われアカデミー卒業者である兄は考えて思いついたことを言う。

 

「勉強し続けていれば卒業は出来るが、三年目で成績が悪いと総じて留年傾向がある。材料、配布じゃないだろう」

 

アディシアは憶えておくことにした。どんなことでもそうだ。継続を止めてしまえば成績にしろ、筋力にしろ落ちる。

首肯しながらアディシアは軽い調子で話した。

 

「アトリエ生だから材料も全部自分で用意しないといけなくてさ」

 

「この店がやっているときに限るが、採取に便利そうなものは売るぞ。冒険兼採取に使えるの水袋とか、冒険者用の道具とか、台車とか荷車とか、自分で作れば早いがそうじゃないのもあるし」

 

「雑貨屋の方でも保存食とか売っているよ」

 

錬金術をするには材料が必要不可欠だ。寮で生活すれば授業で必要な材料は配布される。

アカデミーのショップでも一部の材料は売られているが、外で採取をしてきた方が得なことも ある。

危険ではあるが。

その危険をアトリエ生は冒さなければならない。少しならば良いが大量の材料を買っていれば生活が危うい。

階段を下りたヴェグタムは両手に大きめの布袋とそれよりもやや小さい布袋を持って来て、カウンターテーブルの上に置いた。

 

「野外で必要なもの一式と簡単な採取セットだな。入学してから本格的な採取に必要なアイテムは買うべきだ。<ヘーベル湖の水>とか大量にあった方が便利だ」

 

(助かるんだよ。採取とか分からないことばかりだから)

 

『しないものねぇ……。必要のないこと何て分からないわよ』

 

アディシアも夜営は経験があるし、採取もやったことはあるが、採取は食べ物を得るためにしていた。

錬金術のためにはしていない。アディシアとサマエルで考えられるだけの必要なものは考えていたが、万全とは言えない。

 

「武器はすぐに欲しかったらハゲのところが良いだろう」

 

「兄さん、ハゲとか……」

 

「ハゲだろ。一階と二階で外に出るために必要なものも揃う。冒険者も雇っておけよ。……ヘーベル湖辺りは、少し武術や魔術の腕があれば、行けるが、ヴィラント山とかは、優れた奴を連れて行かないと危ない」

 

(少し腕が立てばいいのか……)

 

ヴェグタムはアドバイスで言ったはずなのだが、アディシアとしては武器を揃えて、冒険者を雇わずにヘーベル湖に行くことが、決定した。冒険者を雇うのも金がかかる。

 

『アディシアだけど、アンタ含めてヘーベル湖に行くつもりみたいよ。冒険者無しで』

 

(……武器があればやるよ。日本刀は無さそうだから他の武器か)

 

リアがサマエルに伝えてくるのでサマエルは同意をしつつ武器を求めた。リアが仲介しているがアディシアとサマエルは、『カルヴァリア』の盟約で心中で会話は出来るが互いの心中の声が聞こえるわけではない。

リアならばそれぞれの心の声は聞ける。

 

「必要なものをここで揃えてから武器屋に行くんだよ」

 

「武器は揃えてなかったし」

 

「纏めて買ったら値引きするぞ」

 

アディシアとサマエルは勧められたものや自分達で考えたものを購入していく。

採取用のバックパックにベルトポーチ、保存食をまとめ買いし、外の冒険に必要な冒険者セットも買う。

冒険者セットは野営道具一式……一人用テントや毛布など、野営するための道具……とロープ、火打ち石、たいまつなどが入ったセットだ。それに調理器具セットやナイフも買う。

ナイフは武器ではなく、草を狩ったりするためのものだ。アディシアならば小型ナイフでも人一人ぐらいは殺せるが。

 

「お買い上げ有り難う御座いました」

 

「また買いに来るんだよ」

 

ついでに夕飯の食材も買い込んだ。

アディシアとサマエル、ロスワイセは外へ出た。

笑顔のロスワイセにアディシアは手を振る。ヴェグタムが言う通り、まとめ買いしたら値引きをしてくれた。

買い込んだ荷物を屋敷に一度戻ってから置いて行き、次は武器屋へと行く。

武器屋の場所はロスワイセが教えてくれた。剣と盾の看板がぶら下がっている。

開いていたので入った。

 

「いらっしゃい」

 

「……ヴェグタムさんが言っていた言葉、まんまだ」

 

店主が迎えてくれたが店主は白の半袖シャツに黒い髭を生やした筋肉隆々の男だ。特徴的なのは太陽のように輝いている禿頭だ。

サマエルが店主を眺める中、アディシアは飾られている両手剣に駆け寄る。店の客はアディシアとサマエルだけだ。

手に取る。片手で持つにはやや重いがバランスが良い。

 

「サマエル、これにする? あたしはこれより軽いのが良い」

 

「二刀流だね。……すみません。俺達、九月からアカデミーに通うことになって、

外へ採取に行くための武器を選びに来たんですけど」

 

アディシアが武器を嬉々として眺めている。

これが服屋や雑貨屋ならまだ良いが、武器屋だ。武器屋のオヤジも奇妙なものを見る目で見ている。

サマエルが説明をすると武器屋のオヤジは珍しそうに二人を見た。

 

「そうなのか? しかし、真っ先に杖じゃなくて剣を見に行く錬金術士って言うのも……」

 

「俺達、剣を習っていて、杖よりも剣の方が使いやすいんです」

 

『あの人から見れば魔術師なのに剣士みたいなのがあるわね。杖なら鈍器として使えるけど、剣は相手を斬るから』

 

(見方によっては剣も鈍器だよ)

 

『感覚の違いと言うか魔法剣士とか珍しいんでしょう』

 

サマエルも魔術師であるが、剣も使える。錬金術士は魔術師とも取れるので、武器としては杖を選ぶ傾向が強いようだ。

杖を持っていれば錬金術士か魔術師と見えるのだろう。

 

「あたしはアディシアでこっちがサマエル。……どれも、良い剣だね」

 

武器屋には剣の他にも槍や斧、盾や防具である鎧も店内には置かれている。

武器を試すための案山子や木の棒に立てられたあちこちが曲がっている金属製の鎧もあった。

 

「武器も必要だが防具もあると違うぞ。こっちに防具としての服がある」

 

鎧も防具だが服も防具だ。何種類かの服が木製ハンガーに掛かっている。

彼等が居た現代社会では鎧は時代遅れだ。

裏社会では着ている者が居たがそれはそれで珍しかったと言うか裏社会は何でもありすぎた。

なお、『カルヴァリア』内には防具は入らないし、アディシアにとっては攻撃はよけるもので、サマエルはよけるのが上手くいかないときは、防御魔術で防ぐという手を使う。

 

「防具から選ぼうよ。武器は後にしよう(服とかアクセサリーを喜ぶのと同じ感覚と解釈すれば良いんだろうけど)」

 

『引くわよねぇ……アンタはそれなりに感覚がまともなところがあるようでまともじゃないけど』

 

(それはお前に言いたいよ)

 

サマエルが促した。アディシアは武器好きで、正確に言えば刃物中毒だ。

刃物を手に取ると嬉しいし、ないと落ち着かないし、不安になる。

武器を自在に出せる『カルヴァリア』があるので、多少は落ち着いていたが、こうやって表に出ることもあった。

アディシアも服やアクセサリーを喜ぶ感覚はある。

 

「お前さん達、錬金術士としての服は準備してるのか」

 

「まだかな」

 

「しておいたほうが良いぜ」

 

アディシアが着ているのはアディシアの感覚で言うならば独逸風の民族衣装であり、サマエルもそうだ。

服は武器の次に買うつもりだったのだ。

武器屋のオヤジから勧められた防具は<冒険者の服>と呼ばれている防御能力が高められた服と<革のヨロイ>だった。<冒険者の服>は長ズボンとアンダーウェアのセットで、色も何種類か有る。

 

「あたし、黒が良い」

 

「俺は、青で」

 

鎧なんて着けていられないので<冒険者の服>にした。<革のヨロイ>は匂いも気になる。

 

(鎖帷子があれば……)

 

『その辺りは進歩が無さそうね』

 

防具はプレート系の鎧しかない。アディシアは防具には詳しくはないのだが、鎧か服しかなかったので服にする。

色を指定して、サイズが近いものを選ぶ。サマエルはぴったりなものがあったが、アディシアはサイズを縮める必要があった。

 

「服を準備してないって言うなら、服屋で直して貰え。良い店を紹介する」

 

「助かります。武器の方は、杖か剣か」

 

『どっちも買えば良いじゃない』

 

リアが気楽に言ってくる。資金には余裕があるのでその手もありだ。

 

(俺は別に木の杖でも魔術使えるんだけど、アディも魔術を使えないと体裁あるだろうし)

 

アディシアは魔力を発現することは出来るが攻撃に使おうとはしていない。彼女には剣があるからだ。

 

『杖は金属のものにして、魔力強化を教えるわ』

 

サマエルとリアの会話の間もアディシアは短剣を見繕っていた。

(どれだけ買うんだい)

 

口には出さずに『カルヴァリア』を使った通信にしておく。

 

(長剣と短剣と、投げナイフと)

 

(……杖を忘れずに)

 

自分が制御しないと、とサマエルは想う。脳内での会話は数秒ですむために態度を気をつけておけば、武器屋のオヤジに怪しまれることはない。アディシアに気を配りつつ、サマエルも武器を選ぶことにした。

 

 

 

同時刻、ヴェグタムは本を読んでいた。

店として二階は開けているが、一階で事が足りてしまうし、自分が店を開けていることを知る者は少ない。

こんな店の形式なのは二階の先代の主の影響を受けているからだ。

先代の主は遠い南に居て、ザールブルグを出るときに店一式を彼の祖父に譲った。

カロッサ雑貨店は三十年以上は営業をしている店で、雑貨屋を始めた祖父であるヨーゼフが生活に根ざした商売をモットーとしているため、店は儲かってはいるが粗利は少ない。モットーは今も家族に受け継がれている。

 

「兄さん、お客さん」

 

ロスワイセの声がする。客としてきたのはアディシアとサマエルの二人だけで、それ以降は暇だった。

階段を昇ってきたのはロスワイセと客だ。その客をヴェグタムはとても良く知っていた。

 

「久しぶりですね。ヴェグタム」

 

「どうしたんですか。イングリド先生」

 

金属製の栞を本に挟んで閉じる。ロスワイセが連れてきたのは彼のアカデミー時代の担任、イングリドだ。

かつての担任で恩師でもあるため、ヴェグタムも敬語を使う。ロスワイセがカウンター席の奥の壁に立てかけてある折り畳み椅子を広げた。

 

「私、下に……」

 

「ロスワイセ。貴方にも関係がある話になりますから、居てください」

 

イングリドが言うが、ロスワイセは錬金術士ではない。アカデミーに通ったのはヴェグタムだけだからだ。

本を手に取り、木箱の上に置くと後ろの荷物置き場からザラメの入った瓶と、茶色い粉が入った小瓶、

緑色の液体と小さな箱からミルクや調合用の道具一式を取り出す。その間にロスワイセとイングリドは折り畳み椅子に座る。

 

「<ショコラ・オ・レ>で、良いですね」

 

「妹の好みに合わせていますね。良いですよ」

 

ビーカーを取り出すと茶色い粉、<モカパウダー>をスプーンですくってから、取り出した天秤で分量を量り、中に入れる。

次に緑色の液体、<中和剤(緑)>を計って入れてから、最後に<シャリオミルク>を丁寧に注いだ。

ガラス棒でかき混ぜる。

 

「<ビッターケイト>の方が俺は好みだが……」

 

「……もう、気にしないで良いから」

 

<ビッターケイト>は苦い飲み物だ。

ヴェグタムはこれの研究を進めてさらに濃い味の<ビッターケイト>を作ったことがあるが、

間違って飲んでしまったロスワイセが酷い目にあったので、彼女の居る前では<ショコラ・オ・レ>しか作らない。<ショコラ・オ・レ>は<ビッターケイト>にザラメを足したものである。<中和剤(緑)>を入れるのは、料理をしているようでもこれが錬金術であり、違う属性を混ぜているからだ。

違う属性は例外を除いては<中和剤>が無ければ混ざらない。

 

「話は単純です。九月から新学期が始まりますが、ヴェグタム・カロッサ、アカデミーの教師をしなさい。今度は常勤になります」

 

どうしても教員が必要な時に講師として手伝いに駆り出されることはあったが、常に教師をしろと言われたのは初めてだ。

作っている飲み物の様子に気を配りつつ、彼は口を開く。命令形ですか? と出そうになったが削った。

 

「教員、足りないんですか」

 

「アトリエ生については知っていますね」

 

アカデミーは通常でおよそ三百人の生徒が居て、常時十人程度の教員がいる。

このところ、アカデミーの入学者が増えているとは言え、教員の数は足りているはずだ。

 

「伝説の生徒、マルローネのお陰で出来たシステムでしょう」

 

ヴェグタムの同期であるマルローネだが、アカデミーを四年で卒業し、そこからマイスターランクに二年通っていた彼と違い、マルローネは四年連続で最低の成績をたたき出し、アカデミーが救済措置として五年の特別試験を与えた生徒だ。

同期とは言っても名前を知っている程度だ。アカデミーは卒業できない生徒も留年させたり、出来ないと分かったら、その範囲で出来ることだけを教え込みはしている。

生徒にはアトリエと最低限の機材だけを与えられ、自活をするのがアトリエ生だ。

厳しいが、やり遂げたマルローネは錬金術士としてトップの腕前を持つようになった。

 

「今年でザールブルグにアカデミーが建てられ、二十年以上が経過しました。マルローネに与えた特別試験は、住民とのコミュニケーション窓口としても機能しました。アカデミーは胡散臭く想われていましたが、軟化しましたからね」

 

「説明しづらいですからね。錬金術は」

 

錬金術は物質の本質を理解し、その働きや特性を制御、もしくは統合することで全く新しい物質を産み出す技、ではあるが、そんなことを説明されてもザールブルグの住民の殆どは分からない。

 

「錬金術は勉強しておけば何でも出来るって言われてるから、親が子供にアカデミーを通わせるとか多くなったし」

 

ロスワイセが聞く噂話では錬金術は文字の読み書きさえ出来れば、一通りのことが身につく学問とされている。

親としては子供の将来のために通わせるのだ。

 

「……錬金術がザールブルグに普及した恩恵はデカい。先生方がアカデミーを作らなかったら」

 

「私など、リリー先生の手伝いをしていただけですよ。……ヴェグタム、アトリエ生を本格的に始めることもあり、

補佐が出来る人間が、必要なんです」

 

煮立った<ショコラ・オ・レ>を準備したティーカップに注いでいく。来客用だ。イングリドとロスワイセに渡して、最後は自分の手元に置いた。ヴェグタムの言葉をイングリドが遮る。

王立アカデミーを作ったのは四人、イングリドと校長のドルニエ、今は旅に出ていないヘルミーナと、リリーだ。

リリーについてはヴェグタムも話でしか知らないが、彼女が居なければザールブルグにアカデミーは出来なかったし、錬金術も普及しなかっただろうとは言われている。リリーはアカデミーの建物が完成した直後にザールブルグを出て、今度は南の国でアカデミーを作り、錬金術を広めている。

断るな、とイングリドは言っているが、教員が出来るような錬金術士は少ない。教えることはまた違った才能がいる。

ヴェグタムは教える才能はあった。

 

「やりますが、速めに言って欲しかった」

 

「帰ってきたのは今日だったでしょう」

 

彼はザールブルグには昨日帰ってきたばかりだ。店にいなかったのは用事をすませていたからである。

ロスワイセが<ショコラ・オ・レ>を飲むのを見ながら、ヴェグタムも<ショコラ・オ・レ>に口をつけた。

 

 

 

服を買い終わると、午後五時になっていた。服は職人通りにある服屋で選んだのだが、店主の女性が錬金術士であり、アカデミーに着ていく服のアドバイスを貰い、オーダーメイドで作った。アディシアもサマエルも、普段着も何着か仕立てる。アディシアはゴスロリを着たがっていたが、ザールブルグでは目立つし、ゴスロリの概念がそもそも無い。

靴屋で靴も購入した。

購入物を抱えながらアディシアとサマエルは屋敷へと戻る。荷物を工房部屋に運んだ。

 

「新しい生活を始めるのも出費だらけだね」

 

「大量買いをしなければどうってことはない」

 

「明日は採取なんだよ」

 

ヘーベル湖へ行くことをアディシアは楽しみにしている。車や自転車がないなら徒歩だ

 

(危険なことにならないようにしないと……神無を使いたい)

 

『アンタも危険ね』

 

神無とは神刀・神無(しんとう・かんな)のことで、サマエルが『カルヴァリア』から借りている武器のことである。

日本刀だ。日本刀はザールブルグには存在しないので使えない。使ったら目立つし、出自も問われるからだ。

アディシアもそうだがサマエルも抑えているだけで危ないところはある。

 

「杖に慣れた方が早いか」

 

『明日試していけば?』

 

「そうしよう」

 

「早起きしないと」

 

九月までの残った日々をザールブルグになれることに費やしていく。

始めるための準備は、万全にしておかなければならないのだ。

 

「夕飯だけど、<ベルグラドいも>でニョッキを作るんだよ。竈にも慣れなきゃ」

 

ニョッキはイタリア料理の一つだ。

小麦粉に茹でた馬鈴薯や茹でた南瓜、ところによってはチーズや茹でたホウレンソウを混ぜて、棒状に伸ばし、食べやすい大きさに切り茹でるだけの料理である。パスタソースとあえて食べる。

 

「ザールブルグにニョッキってあるのかな」

 

『ドイツなら、シュプフヌーデルンってのがあるわ。ニョッキよりもやや、ジャガイモの割合が多め』

 

「夕飯は俺も手伝う。ニョッキのソースを作ってもいいかい」

 

「良いよー」

 

サマエルの疑問に答えたのはリアだ。

シュプフヌーデルンは南ドイツのジャガイモ料理だ。

ザールブルグでは小麦粉はアディシアやサマエルの世界よりも高めではあるが、混ぜることでカバーする。

時間も良い頃合いなので、二人は夕飯を作ることにした。

 

 

【続く】




書いていったら教員になったヴェグタムとか
カリカリの実、リリーだと緑なんですがふたりのアトリエだと赤なのが。

丘の中で補足。

「シュプフヌーデルンはドイツだと祭りとかでも食べられる料理だからザールブルグにもあるんじゃないかな。それとニョッキのレシピは一例だよ」

「ニャッキって居ましたよね」

「芋虫なのとにてるよねとか言ったらいけない。人によっては食欲を無くす」


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第四話 ヘーベル湖でピクニック(採取も)

採取というか外に出ようの話。
殺伐してるようでほのぼの出来るのは経験のせいなんでしょうが。

二月十二日にあちこちつけたしました。


【アトリエ編 その4】

 

ザールブルグは晴れが続いていた。季節は夏で、温度が高い方だが、湿度が低いため、それなりに過ごしやすい。

教会の鐘の音がするのと同時に起きたアディシアは、庭で体を動かしてから、サマエルと朝食を取る。

リビングと決めた部屋でパン屋で買った食パンにカロッサ雑貨店で買ったオレンジマーマレードを乗せて食べていた。

塗るのではなく乗せる、だ。サマエルはテーブルの上で、左手に持ったパンきり包丁で山形食パンを食べやすい大きさに切っている。

部屋には大きい長方形のテーブルとテーブルを取り囲むように椅子が四つある。

買い出しの時に買っておいたのだ。

二人は向かい合い、食事をしている。

 

「パンにマーマレードを乗せて食べるのって久しぶりなんだよね」

 

塗る、ではなく乗せるである。

日本生活を続けていたアディシアは白い柔らかい食パンを食べるのに慣れたので、これは新鮮だ。

ジャムを軽く塗れば食べられるパンではなく、ザールブルグのパンはジャムやマーマレードをたっぷりと載せた方が美味しい。

”仕事”で世界中を巡ったことはあるが、国によってはジャムを塗ったとしてもパンの風味が打ち消せないと言うのもある。口に合わないパンもあった。朝食を作ったのはサマエルであり、彼はベーコン目玉焼きとスープを作ってくれた。

薄めに切られたパンを頬張ってから噛む。小麦の風味が生きていて、オレンジマーマレードの少しの苦みとあっている。

 

「食べ終わったらヘーベル湖に向かおうか。準備は万全だし」

 

オレンジマーマレードが気に入ったのか、アディシアはひたすらと食べていた。

オレンジの方はザールブルグから遠く離れた港町カスターニェの近くで作っているという。ザールブルグは食材が豊富だ。農業王国であり、食べ物には困らない。

 

「残りはお昼に食べよう」

 

食パンは一斤分購入した。アディシアとサマエルで食べても半分は余っている。食べることについては、サマエルは賛成ではあるが、気になることがある。テーブルの上にある瓶を一瞥した。

 

「マーマレードも持って行く気かな」

 

『そう言うクマ、居たわね。アディシア、口にマーマレードが付いているわ』

 

アディシアが口の側のオレンジマーマレードを拭っている。

リアが言ったのはイギリスのあのクマのことだろう。ヘーベル湖へ行くためのすでに準備は出来ている。

荷物も持って来ていた。昨晩と今朝のうちに準備をしたのだ。

朝食を全て食べ終わり、食器を洗っておいてから、アトリエと言う名の屋敷を出る。

アディシアもサマエルも動きやすい軽装にバックパックやベルトポーチをつけて、外で泊まるための荷物も持っていた。

 

「東門から出ると早いみたいだ」

 

イングリドからザールブルグについて聞いたときに教わったが、城塞都市であるザールブルグは、北門、東門、南門、西門の四カ所がある。夜には門がしまるが、朝には開く。東門に向かう。歩いていくと、シグザール教会やシグザール城が見える中央通りに着いた。

 

「シグザール城も行ってみたいんだよ。大きいよね」

 

「勝手には入れないと想う」

 

ザールブルグは王制であり、城には国王一家が住んでいる。アディシアは国王一家や城の中を見たいのだろう。

 

「こっそり入ってきて、帰ってくるんだよ」

 

「……君ならそれは出来そうだけど」

 

休業中だが、暗殺者であるアディシアは密かに侵入や脱出をすることにも優れている。

日本に来てからも体を鍛えることは欠かさないし、ザールブルグでもそうだ。

そのまま歩いていき、東門からザールブルグに出る。門番の兵に挨拶をした。スムーズに出られた。

出てからアディシアが振り返る。

城壁の上は上れるようになっていた。階段が塔があるのだ。

 

「あそこから景色とか見られそうだから、帰ってきたら上ってみる」

 

「ヘーベル湖は何日ぐらい滞在する?」

 

「二日か三日かな。まずは辿り着いてからだろうし」

 

道は土の道が踏み固められているが、歩きづらくはない。アディシアは地図を広げた。

カロッサ雑貨店で売っていたものにいくつか書き足したものだが、ヘーベル湖までは地図に道のりが乗っていた。

 

「他国に攻められる恐れもあるから地図は簡易なものしかなくて、各自で書き足すぐらいか」

 

「急ぐ旅でも無いし、ゆっくりね」

 

方向を確認しながらアディシアとサマエルはヘーベル湖を目指す。

カロッサ雑貨店で聞いたことだが、ヘーベル湖はザールブルグの外ではまだ人の行き来がある方だと言う。

アディシアが鼻唄を歌い出した。

 

「そうだね」

 

サマエルも油断はしないようにして、気楽に行くことにした。

 

 

 

「ストウ大陸、ザールブルグ、シグザール王国、で分かる範囲の地図がこれと」

 

オルトルートが本の塔で丸い桃色のクッションに体育座りをしながら表示窓の情報を読んだ。

アディシアが見聞きした情報を纏めていたコウは丸テーブルの上に透明操作鍵盤を置いた。

背もたれの着いた椅子に座り、集まっているだけの情報分析を終え一息ついている。

 

「中世よりは発展してるよ。こちらの中世では地図なんて作られなかったから、あの地図は絵画的なものじゃないし」

 

情報を精査したりするのには基準が居るが、今の基準は元の世界を分析したものを使っている。

中世はあちらの世界では五世紀から十五世紀までであり、封建制度以降だ。

封建制度は緩やかな主従関係で成り立っているが、シグザール王国は集めた情報に寄れば王制であり、領主が居ない。

昔は居たのだが跡継ぎが居なくて断絶した家ばかりらしい。

ザールブルグの地図は絵ではなく、街の位置が詳細に描かれていたものである。

 

「近世ぐらいで、一部は近代ぐらいでしょうか」

 

世界の発展というのは並べていけば似たような状態で伸びることがある。

オルトもコウも、取り込まれる前は人間であったし、『カルヴァリア』によって滅ぼされるまでは自分の世界があった。『不死英雄』は皆そうだ。

魂や世界や情報を喰った『カルヴァリア』の中は雑多だ。取り込んだものが明確な形になっていないこともある。

これを掘り起こすのが発掘であり、今はルイスイがやっていることだ。

やっている理由としては役目が半分と暇潰しが半分だ。

かつて、何処かの誰かはこの『カルヴァリア』を記録庫にしようと様々な術式を使い、成功して、その機能はコウ達が使っている。

 

「地図はかなり精巧な手書き……。地図のデーターよりも、歴史のデーターが欲しい」

 

アディシア達の使っている地図は手書きの地図だ。

ザールブルグには活版印刷があるとは言え、地図にしろ本にしろ、色をつけるところは地道に一つずつ色をつけるしかない。

オルトは表示窓を眺めた。

歴史が解れば、推測できることは増えるのだが、イングリドもザールブルグの歴史は二十年ほどしか知らないようだった。

元の世界ならば歴史書もあるが、この世界で歴史書があるとするならば、アカデミーではなく城だ。

この中には歴史の記録を取れる”機材”もあるが、ザールブルグでは使えない。整備をしようにも整備が得意な者が出払っている。

 

「良い国ですね。ザールブルグ。平和な方ですよ。……隣国ってどんな感じでしたっけ」

 

体勢を変えて桃色のクッションに上半身を預けると。オルトは寝転んだ。

彼女が居た世界は四六時中戦争をしていて、太陽が滅多に差さず昼よりも夜の方が長かった。

元が騎士であり、戦ばかりしていたこともあってか、平和を好む気持ちが大きい。

 

「国通しの距離が離れているから、君の所とか、ヨーロッパみたいに戦争ばかりしているわけじゃないよ」

 

コウが透明操作鍵盤のキーの一つを押して、オルトの表示窓にザールブルグの隣国の情報を送る。

国によっては敵国が居るが、今は休戦状態だ。

敵国と呼べるのは南にあるシグザール王国と同じぐらいに大きな国であるドムハイト王国と、シグザールよりも規模が小さい、北国のダマールス王国だ。周辺国の情報もイングリドから聞いている。

ヨーロッパと違い、国通しの距離が離れているため大規模な戦争はこのところは起きていない。

 

「懐かしいですね。人によっては自分が住んでいる街や都市だけで一生を終える。世界は広いけれど認識できる範囲しか感じ取れないとか、宿主さんが読んでいた漫画でありましたね」

 

懐かしいは自身の生前の記憶を思い出しているようだ。オルトが話題に出した漫画は、美人の女店主と眼鏡をかけた従業員の漫画である。コウは頬杖を着く。

 

「あの漫画は僕も好きだ。あの作者の作品だと、東京が壊滅していく話とか好きだ。続編を書いてくれないかな」

 

「何処を探しても続編がなかったんですよね」

 

『カルヴァリア』内にあるデーターは発掘する気になれば本もある。彼等が居る本の塔がまさにそれだ。

この中には漫画もあるが、取り込み、形にしなければ出てこない。コウが読みたがっている漫画の続編は何処にもなかった。どの世界でも書かれていなかったのだ。

 

 

 

ヘーベル湖に向かう道を数時間歩き続けると、ヘーベル湖とザールブルグの間にある休憩所へと夕方前には辿り着いた。

休憩所はその名の通りに休める場所で衛兵が居た。

アディシアの感覚で言うならばキャンプ場である。衛兵が待機するための小屋が一つあり、

ならした平地が広がっている。

 

「こんなに歩いたのは久しぶりかも……(自転車も電車も無いもんね)」

 

「速めに夜の準備をしようか。野営にも、慣れないとだし」

 

『今は午後三時ぐらいよ』

 

休憩所には狩人らしい男や、夫婦と子供連れなど何人も人が居た。リアが時間を伝えてくる。

空いている場所をアディシアとサマエルは取り、荷物を降ろした。

 

「竈作りとかして。薪集めと狩りはあたしがやるから」

 

「やってみる」

 

サマエルに竈作りを任せた。アディシアは休憩所近くの森へと入ると、薪を集め出す。

バックパックが殆ど空なのでその中に薪を詰める。小枝と大枝、燃えやすそうな物も集めた。

 

『倒木があるから、それを切ったら』

 

アディシアの前に倒木が落ちていた。買ったばかりの倒木ナイフを出すとアディシアは倒木を切り出す。

左手で倒木ナイフを持つと手頃な大きさに切っていく。この辺りは力を使うよりも手首のスナップだ。

倒木ナイフをしまい、集めていきながら、食べられそうなものも探す。

 

「蛇が居た」

 

探しているとアディシアから少し離れたところに緑色の蛇が居た。体を動かして草むらに消えようとする。

何も握っていない左手をかざすと掌の上に乗るように投げナイフが出てきた。

薄っぺらいナイフで、下の方は緩やかなカーブを描き、上はギザギザになっている。

見つけて直ぐにアディシアはナイフを蛇の頭に向かって投げた。

ナイフは蛇の頭を潰して地面に刺さる。

 

『さばく時は手袋をするのよ』

 

「美味しいんだよね。蛇肉」

 

キャンプの時以外は食べないが、アディシアは蛇も食える。サマエルは蛇を食べられるかは知らない。

死んだ蛇をアディシアは持ち、バックパックの中にある布製の小さな袋に蛇を入れた。

食べられるものを探すと、白い野兎が居たので野兎にもナイフを投げて、足に貫通させて、

動けないようにしてから、別のナイフで首を切りトドメを刺す。

使っているナイフは『カルヴァリア』が取り込んでいたもので、アディシアの同僚が愛用しているナイフだ。

大量に貰ったので取り込んで、必要な時に取り出せるようにしている。

アディシアが認識したものを『カルヴァリア』は取り込めるが武器として認識しなければならず、防具は取り込めない。

右手で両耳を掴んで野兎を持つ。アディシアの世界では兎は愛玩動物で、

蛇も場合によってはペットだが今は食料だ。

簡単にナイフを投げて捕まえられるのはアディシアはナイフを操る才能もあるが練習したからだ。

特殊な投げ方を何種類か教わっていてそのうちの一つを使用している。

イタリア時代に、義兄が連れて行ったキャンプは食料は全て自分で得るというものであった。

動物を捕まえるための罠も作れるがナイフを選んだのはナイフの方が早いからだ。

 

『二羽いれば十分だから、戻れば』

 

鮮度を保つ処理として血を抜いていたら、一羽、灰色の野兎が居たので同じ要領で狩る。

左手でナイフを取り出して、投げて野兎に突き刺す。野兎の処理をしながら、

アディシアは浮かんだ疑問を心中に投げかけた。

 

(どうして兎は日本だと一羽、二羽って数えるの)

 

『獣を食べることを禁止された坊さんが、これは鳥ですと言い放ったからよ』

 

日本で兎を羽と数えるのは僧侶が獣肉を食べられず、しかし食べたいので兎を鳥と言ったのが始まりだ。

アディシアが戻るとサマエルがテントや竈の準備をして待っていた。

 

「そんなに捕まえてきたんだ」

 

「蛇も居るよ」

 

「……兎、さばこうか」

 

調理器具セットを取り出す。夕飯の準備は二人でやる。アディシアはまずは蛇から処理を始めた。

買ってきた手袋をつけて、蛇は頭を切り落として皮を剥いで、内臓を取り出してから適度な大きさに切る。

サマエルは兎を処理し始めた。切れるナイフが手元にあるため、それを使い、捌いていくだけだ。

後ろ両足の皮に切り込みを入れて、頭の方に皮を引っ張りながらはがしていき、前脚辺りまで引っ張ったら、前脚先と首のところで皮を切り落としてから後ろ足を切り落とす。

手際よくサマエルが兎を解体していく間にアディシアはサマエルが作った竈に薪を並べた。

燃えやすいものと小枝、枝を並べて、火興しで火をつけて、燃やした。調理器具セットは二つ買って一つと一部を持って来た。今後はアディシアとサマエルは別行動をする可能性もあるため二個買ったのである。

着いている鍋は蓋が着いていて、中くらいの鍋と小型の鍋がある。

 

「スープにするね。パンとウサギは」

 

『燻製にでもしたら、材料はあるわよ。干し肉を作るのは無理だし』

 

「カロッサ雑貨店も良い物を売ってくれた……」

 

調理器具セットに燻製用のウッドチップが袋に詰められていた。

今後もあの店はひいきにしようとアディシアとサマエルは想う。

鍋の中に水筒内の水、ウサギ肉、蛇肉、ザールブルグから持って来た<オニワライタケ>を入れた。

ロスワイセが<オニワライタケ>は食べれば笑いが止まらなくなるワライタケではあるが、

毒抜きすれば食べられるので一般的に売られていると教えてくれた。

蓋をして煮込み、様子を見ながら味を調えていく。

鍋に塩を放り込む。ザールブルグは近くに海がないので塩が高いが、塩分がないと料理は美味しくないので買った。

 

「童話で無かったかな。塩のように大切ですとか、言った娘を父親が追いだした話」

 

『その手の話はイタリアもスペインもアイルランドもドイツにもあるわよ』

 

(塩は大切だよね)

 

食料の調達から、食事を食べられるようになるまで三時間ほどが経過していた。

ゆっくりと食べながら燻製の準備もする。ノリとしてはキャンプだ。

 

「盗賊にも魔物にも襲われなかった。襲われない方が良いけどね」

 

サマエルが鍋をおたまでかき混ぜた。平穏に一日が終わる。食事も無事に終わった。

 

「蛇肉、食べられた?」

 

「……食べようとすればね。それより、俺とは<オニワライタケ>の毒が抜けているかどうか心配だった」

 

蛇よりも<オニワライタケ>の毒が抜けるかが心配であった。

夕飯のメニューは蛇と野兎と<オニワライタケ>のスープで、それに持って来た食パンとドライフルーツを食べた。

ドライフルーツはリンゴを干したものだ。

 

「蛇もなかなか美味しい。ウサギも久しぶりに食べた」

 

アディシアはウサギ肉の燻製を作っている。後ろではサマエルが座っていた。満腹になったアディシアはご機嫌だ。

 

『野兎は繁殖力が強いし、中世では一番身近な肉だったんだけどね』

 

「今じゃ狩りをすればところによっては動物愛護団体が煩いけど、愛護も考えないと」

 

『愛護に失敗して生態系を崩す例は多いわ』

 

元の世界では牛肉も豚肉も鳥肉も、苦労せずにスーパーで買えばすむが、野営では野兎を自分で取らなければならない。

食事は野菜の割合が少なかったが、ドライフルーツでカバーした。

 

「サマエル、見張りの順番を決めておこうか」

 

今日は盗賊も魔物も出なかったが、これからがそうだとは限らない。

ヘーベル湖は安全な方だが見張りは居る。アディシアはポケットから銀貨を取り出した。

 

「裏で」

 

左手で弾く。サマエルが裏と言ってきた。落ちてきたコインは裏だ。

 

「あたしが最初か。時間が経ったら、サマエルが先に寝てね」

 

当てた方が先に見張るか後に見張るかは決めていなかったが、アディシアが先に見張ることにする。

まだ眠くはならないので、二人で起きていることにした。

たき火の灯りだけが、夜を照らす。星空は元の世界よりも鮮明だ。

 

「星がよく見えるんだよ。星座とか知りたいかも。アレがデネブ、アルタイル、ベガとかそんな感じで」

 

アディシアが言うのは日本で流行したことがある歌だ。

夜になると、世界は暗くなる。人口の灯りが夜を消しているアディシア達の世界と違い、夜が夜のままだ。

 

「――星が降るよね、か」

 

サマエルが呟くと空を流星が流れる。アディシアが流星を指さして、喜んでいた。

 

 

 

交代で寝て起きてを繰り返し、次の日、朝食を取ってから休憩所の後始末をしてから、ヘーベル湖へと再び歩いていく。

数時間も歩いていれば目的地であるヘーベル湖には辿り着けた。

巨大な湖が、二人の眼前に広がっている。周囲には草原や森があり、静かで落ち着ける。

 

「ロンバルディアみたい」

 

アディシアは荷物も置かずにヘーベル湖の側に駆け寄ると左手を水の中に入れて、水をすくう。

冷たい透明な水が掌に乗った。

 

『このまま飲めるわ』

 

リアに言われて飲んでみる。とても美味しかった。これで帰りの水の補給も心配はいらなさそうだ。

二人が居る辺りには人が居ない。

 

「先にキャンプの準備を……」

 

採取よりも先に場を整えようとするサマエルだったが、それよりも先に腰にある剣を抜いた。

草むらから、三匹の魔物が飛び出してくる。

出てきたのは丸っこい魔物だ。ぷにぷにしている。色はピンクが二つと青が一つだ。

聞いたことがある。これはぷにぷにと言う魔物であり、世界で最もポピュラーな魔物らしい。

 

「もう一匹いて色が同じだったら、消えそうな気がするのに」

 

「俺も想った」

 

アディシアが言いサマエルが同意したのはパズルゲームの話だ。

 

「切ったら終わらないかな」

 

「直ぐに終わりそうだよ」

 

『アディシア、魔術の練習でもしてみたら。取り逃したら、下僕に殺させればいいから』

 

「や、やってみる」

 

ぷにぷにに危険はない。触れたら体が溶けるということも無さそうだ。

戸惑いがあるのはアディシアが、魔術を使わないからだ。刃物は扱えても魔術は初心者である。

 

『体の中を流れる気を外に出す感じで。火が良いかな。燃やすイメージ』

 

(罪深き者は全て等しく灰に帰るが良いとか、燃えるの、全部燃えて無くなるのよとか)

 

『過剰過ぎだから、火を灯す程度で。火の玉を発射するぐらい』

 

魔力についてはアカデミーで自分にも存在していることを知った。

ぷにぷには襲ってこないというか、出てくるのを間違えたという顔をしている。逃げようとしているが、逃げたところで殺されると言う風に大人しく振るえていた。

アディシアは腰のダガーを一本左手で抜いた。杖でないのは刃物の方が好みだからだ。

先端に灯る、丸くて赤い玉をイメージした。

ダガーの先端に赤い玉が産まれる。それを一番前に居るぷにぷにに当てるとぷにぷにが燃えた。

燃えたぷにぷにを見た他が逃げようとするが、サマエルが腰の剣を抜いて両方とも切る。

彼の剣は勘任せだが、それでも強い。

 

「出来た。燃えるものだね」

 

『魔術師として振る舞わないといけないところが出てくるから、練習はしておくべきよ』

 

「何か出てきた。核の玉みたいだ」

 

サマエルが溶けたぷにぷにの死骸から二つの玉を取り出す。拾い上げると一つをアディシアに渡した。

玉の大きさは三センチほどで、青と赤があった。

 

「取っておくんだよ。キャンプの準備をしてから採取、してみよう」

 

魔物も倒したので、まずは寝る準備を先にする。野営だと時間配分が解らないので、準備は速めにした。

今度は竈を作るのはアディシアで、薪を集めるのが、サマエルだ。

竈は風上を選んで、石を並べて作る。風の吹く方向を探ってから、準備を始める。

一時間が経過した。

 

「魚が居れば魚が欲しいかも。釣り竿を今度は持って来る」

 

「鳥を持って来たよ。飛ぼうとしたところを剣で斬った」

 

薪と大きめの鳥をサマエルが取ってきた。アディシアは竈の準備を終えた。

サマエルが取ってきた鳥は雉のような鳥だった。白目を剥いて死んでいる。血抜きも終わっているだろう。

今の時間は昼時だ。<ヘーベル湖の水>があるため、帰りの水も心配はいらなくなる。

 

「<ヘーベル湖の水>がいっぱい居るってヴェグタムさんが言ってた。草もいくつかあるね」

 

「まずは水から組んでみようか」

 

飲み水としても使えるので<ヘーベル湖の水>を最初は取ることにする。

アディシアは水袋を持ち、水辺に近付いた。

口を広げた水袋を沈めようとすると、水底から黒い影が浮き上がってくる。アディシアは咄嗟に下がった。

警戒する。

人影はヘーベル湖の水面から出た。

 

「ギリギリだったな……。空気がきれるところだった」

 

水面から出た人影は男だった。喋ってから、大きく息を吸う。

年齢は二十代ぐらいで、銀色の髪に右目が青色で左目が橙色をしていた。

黒色の半袖とぴったりとしたズボンを履いている。腰にはウェストポーチを巻いていて、左の腰には鞘に入った小型ナイフをさしている。

 

「……水泳中だったの?」

 

若干、警戒をしつつアディシアが聞いた。サマエルも直ぐ側に来る。

 

「大分、離れた場所に来ちまったな。――お前等、キャンプ中か」

 

「九月からアカデミーに通うの。それで採取の練習に来たんだ」

 

敵意はない。水辺から上がった男は全身を濡らしていた。アディシアは先に自分の情報を話す。

 

「アディ。その人、キャンプにでも来た人?」

 

「オレも錬金術士……ってか、冒険者だな。頼まれたものを調達しに来たんだが、

泳ぐのが楽しくて泳いでたら、自分のキャンプ地から離れた場所に着いた」

 

「(警戒しなくても良いよ。この人)目、イングリド先生達と同じだ」

 

サマエルに『カルヴァリア』を利用した通信で伝える。イングリドの名に男は反応した。

 

「あの人も、オレもエル・バドール人だからな」

 

「良かったら、火、どうぞ。夏だけど、風邪を引いたら大変だし」

 

乾かすべきだろうとアディシアは想う。サマエルが戻って薪に火をつけていた。

タオルを一枚持って来たので、彼に貸す。彼は悪い人間ではない。悪い人間ならば勘で察せるが、勘に引っ掛からなかった。

 

「俺はサマエル・ウェンリーでこっちはアディシア・スクアーロ」

 

「オレはユエリフレッド」

 

ユエリフレッドは火に暖まる。

 

「イングリド先生を知っているってことは、アカデミーの関係者なの?」

 

「ケントニスの方で、アカデミーも出て今は冒険者して、たまに頼まれた素材を取ってくるぐらいだ」

 

「……ザールブルグから離れたところにあるところだっけ」

 

イングリドからザールブルグやシグザール王国の説明は聞いたが、エル・バドールについては簡単にしか聞かなかった。

大陸が別であることぐらいだ。ユエリフレッドは干してある薪の木……生乾きだったので火を燃やすついでに干していた……を取ると、地面に丸と少し離れたところに楕円を書いた。

 

「こっちがストウ大陸でザールブルグがあって、海を挟んでこっちがエル・バドール。大陸一つが国だ」

 

「大陸一つが国とか大きいね」

 

「ケントニスは今の錬金術発祥の地で、でかいアカデミーがある」

 

ケントニスについてユエリフレッドは話す。

説明によるとイングリド達もケントニス出身であり、オッドアイなのはあちらの民族の特徴の一つらしい。

彼はケントニスからザールブルグへとやってきた。

錬金術士ではあるのだが、どちらかと言えば冒険者として、活動をしている。

今は頼まれていた素材を取りに湖に潜っていたらしい。

 

「頼まれていた素材は、どんな」

 

「<水色真珠>だな。ヘーベル湖にはアイテムを使って潜らないと取れないぐらい深いところに真珠があるんだ」

 

「真珠が取れるんだ」

 

彼はボンベやシュノーケルを使わずに……この世界にそんなものはないのだろうが……湖の深くまで潜っていた。

 

「低レベルじゃ使わないアイテムで、酒場の依頼に出す程度だ。宝石くれってのに」

 

(それなら取りに行かなくても良いよね。サマエルが魔術を頑張れば取りに行けそうだけど)

 

(アイテムが作れるようになってから挑戦しようよ。錬金術の最初すらやってないんだから)

 

『カルヴァリア』の利用した通信を心中で行う。宝石くれ、は採取依頼の一種だろう。

 

「初心者が調合に使うような素材はどんなの」

 

「ここだとまずは<ヘーベル湖の水>だろう。<ズフタフ槍の草>に<ミスティカ>に<ズユース草>に<魔法の草>だな。<湖光の結晶>は秋か冬だし」

 

ユエリフレッドは採取で取れる材料について丁寧に言う。アディシアとサマエルはメモを取った。

<ミスティカ>や<ズユーズ草>はカロッサ雑貨店でも売っているハーブの一種だ。

特に<ミスティカ>はザールブルグでは重宝されているハーブで、綺麗な水辺の側に育つ。冬でもある程度は育ち、水を入れたコップに<ミスティカ>を入れておけば空気を清浄化してくれたりする。

<ズユーズ草>もハーブの一種だ。

 

(<魔法の草>は絵で見るのあの本にも書いてあったな)

 

アディシアはノートの記述を思い出す。

<魔法の草>は通称であり、正式名はトーン、日のあたる平地や森に生える錬金術では使用頻度が高い草だ。<中和剤(緑)>の材料でもある。<ズフタフ槍の草>はユエリフレッドが生えている物を手に取った。

先端が槍のような穂先になっている。睡眠薬になると教えた。本当に槍が生えているような草だ。

 

『武器として取り込めないか? 無理』

 

(何も言ってないんだよ)

 

察したのかリアが話しかけてくる。

武器を取り込める『カルヴァリア』だが、<ズフタフ槍の草>のようなものは無理であるようだ。

 

「季節で取れるものが違うんですね」

 

「その季節だけしか取れないのはレアもあるな。火、ありがとな。これから戻って依頼の品を届けに行かないと、速めが良いし」

 

火に暖まっているユエリフレッドの体は段々と乾いてきた。

 

「こちらこそ、参考になりました。錬金術士になるとは言え、知らないことばかりで」

 

「誰でも最初はそうだろう。知ってくのが楽しいんじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

笑顔でユエリフレッドは言う。ヘーベル湖で取れそうなものを知ることが出来た。

体が乾いたユエリフレッドは自分のテントへと戻る。ここから非常に離れたところにテントを作ったようだ。

 

「有意義な話だった。取れそうなものは取って帰ろう」

 

「近くの森とかで取れそうなものとかあるかもだけど、近くの森なら運べるしね」

 

近くの森には行ったことはないが、ザールブルグの直ぐ側だ。日帰りで行ける。

情報を元にアディシアは<ミスティカ>や<ズフタフ槍の草>を集めた。

 

『雑草なんて草はないとは言われて居るぐらいにはどの草にも用途がありすぎるから』

 

「お前でも……情報は持っていても絞りづらいみたいな感じか」

 

『世界によって同じだけど違う草とかあるから、一つずつ調べた方が良いわ。アザミは同じだった』

 

同じ名前の草でも毒薬と食べられる草として変わるものがある。コレは何も異世界に限ったことではなく、生えている場所で変わってしまうと言うものもある。知識として教えて貰ったし、旅もののライトノベルにも書いてあった。

 

「食料にも余裕があるし、二、三日ぐらいは居られるよ」

 

「キャンプだね」

 

採取と休息、両方が出来そうだ。薪をそのままに、アディシアは丁寧に採取をし、

サマエルはアディシアが組めなかった<ヘーベル湖の水>を組み始めた。

 

 

 

ロスワイセは店番をしていた。

兄であるヴェグタムが九月からアカデミーで教員になるため、その準備に追われている。ロスワイセも手伝っていた。

彼女がイングリドに言われたのはアトリエ生の生活のサポートというか、気配りをして欲しいというものだった。

カロッサ雑貨店は数々の品物が安いため、住民の間では重宝されている。

両親から祖父の代の話になるが、イングリドは店のお得意様であったと聞いていた。

アトリエ生については兄が言うには、”寮生以上に難しいし、アカデミーとしても両刃の剣だから、万全に行きたいんだろう”とのことだ。酒場を通して依頼を受けるようだが、自分で店をやるようなものであり、アカデミーの評判にも関わってくる。

誰も居ない店内でロスワイセが品物を整えようと、カウンターから出た。

 

「ロセ、お前の兄貴は居るか」

 

「リフさん。兄さんなら、二階に」

 

雑貨屋に入ってきたのは黒い鎧を着けた銀髪の青年だ。片目が橙でもう片方の目が青のオッドアイだ。

彼はユエリフレッド、兄の友人であり、愛称はリフだ。ヴェグタムが居るかを聞かれるのには慣れた。

兄はたまに居留守を使う。

店が開いているという目印の看板もあるのだが誤魔化すときもあるため、ロスワイセが仲介するのだ。

 

「……騒がしいと想ったらお前かよ」

 

「お前が頼んでた<水色真珠>、取ってきたぞ。昨日、取ってきたばかりだ」

 

疲れた様子でヴェグタムが二階から降りてきて、店内に入ってくる。

ユエリフレッドはウェストポーチから取り出した白い小袋をヴェグタムに渡した。

ヴェグタムが右手で小袋を持ってから中身を左手に落とす。

水色の大きな粒の真珠が六つ出てきた。

ヘーベル湖は片道大体二日で行けるのだが、ユエリフレッドは早く動けるブーツを履いているため、一日でこちらに戻ってこられる。

 

「金はすぐに持って来る……そこで待ってろ。リフ……」

 

袋を持つとヴェグタムは雑貨屋を出て行き、二階へと戻る。疲れているようだ。

 

「<ビッターケイト>でも、入れてやりたいが」

 

「あるよ。兄さんはよく飲むから」

 

「あるのか。<カリカリの実>と、出来れば<ハチミツ>があれば」

 

ロスワイセはカウンターテーブルの下からハチミツの瓶と<カリカリの実>が入った瓶を出した。

ろ過器とランプも出す。カウンターテーブルの下には錬金術に使う道具の一部が置いてある。

ヴェグタムはいくつか予備を持っていた。高いが稼ぎで購入している。

<カリカリの実>は赤く丸い実が五つほど付いていて緑色の細い葉が付いている実だ。

世界に数個しかないのだが数十年前に<カリカリの種>をザールブルグに錬金術を広めた人物が、錬金術で<カリカリの実>を再現し作り出せてそれを植えて実が収穫できるようになった。

ランプに火を入れると<カリカリの実>を金属板の上で焼いてから、荷物から出した乳鉢で

実を砕き、砕いた粉をろ過器にセットして上からお湯を注ぎ込む。

これで出来るのが<ビッターケイト>で兄の好物だ。ユエリフレッドは荷物から<中和剤(緑)>を出す。

 

「入れててくれたのか」

 

「<ハチミツ>入れておくぞ。疲れてるな」

 

「九月からアカデミーで教員をすることになって、準備をしてるんだ。それに依頼もいくつかあるし」

 

「お前がか!? ってことはあちこち行けなくなるな。カリエルとか、ヴィラント山とか」

 

調合をしながらユエリフレッドは驚いている。ユエリフレッドはヴェグタムの友人で場合によっては護衛者でもある。

ヴィラント山もそうだが、北にあるカリエル王国は遠く、無事に辿り着くためには腕利きの護衛が必要だ。

ユエリフレッドとヴェグタムは、遠くの採取先から他国まであちこちに行っていたが、ヴェグタムが教師になれば遠出する時間が取れなくなる。

 

「必要な材料の採取は頼むかも知れん。妖精は居るが、ヘーベル湖に潜ってこいとか、きつい」

 

<水色真珠>に対する報酬をヴェグタムは袋に入れた。銀貨を渡して払う。依頼として頼んだので銀貨を出すのは当然だ。

これにはヘーベル湖に潜ったときに使ったアイテム代も入っている。

錬金術士によっては妖精を雇っていることもある。妖精は子供の背丈ぐらいにある好奇心旺盛な者達で、採取や調合の手伝いをしてくれるが、無理は出来ない。

 

「オレもこの辺りで冒険者の依頼を受けつつ、ゆっくりしてるさ。カスターニェに行くことも考えたんだけどな」

 

「フラウ・シュトライトのことか。……アレは倒さないとお前、故郷にも帰られないな」

 

ユエリフレッドは調合して出来た<ビッターケイト・ハチミツ入り>をヴェグタムの前に出す。

港町カスターニェはカロッサ雑貨店とも取引がある。塩はカスターニェから仕入れている。

海にフラウ・シュトライトと呼ばれている海竜が出たためにカスターニェの人々は漁がし辛くなった。

それに加えて、別の問題としてエル・バドール大陸に行けなくなってしまったというものがある。

ヴェグタムは<ビッターケイト・ハチミツ入り>に口をつけて、飲む。

苦みがハチミツにより打ち消されて、やや甘い。苦さと甘さが丁度良よく混じっている。甘さが疲労感を取り除いてくれた。

 

「倒せるの? フラウ・シュトライト」

 

「やってみないことには不明だが、すぐに倒すわけでもねえし、ザールブルグ辺りに居る方が楽しいからな。そうだ。<水色真珠>を取ったときにヘーベル湖で錬金術士の見習いにあったぞ」

 

彼はエル・バドール大陸ならば、あらかた行ったのでストウ大陸に来た。錬金術士の見習いと聞いてカロッサ兄妹は最近、店にやってきた二人を思い出す。

 

「もしかして……」

 

「水色髪と金髪の、あの二人見てると懐かしくなった」

 

アディシアとサマエルのことだった。ユエリフレッドも錬金術士だ。冒険者として非常に有名なのだが、錬金術士でもあり、後身と出会えたのが嬉しいようだ。<ビッターケイト・ハチミツ入り>を飲み干したヴェグタムが険しい顔で言う。

 

「そのことなんだが、お前も相談に乗ってくれ。新年度の教育方針を纏めてるんだが、エル・バドールの意見も聞きたい。……今のままだと、生徒を突然、死ぬようなサバイバルに送る可能性があるかも知れないんだよ。止めてるけど。アトリエ生にしろ、寮生にしろ、瀕死にするわけにはいかない」

 

「何やってるんだよ。アカデミー」

 

「兄さん、だから疲れて……」

 

「選別も必要だが、その手のことは人気だから出来る面もあるんだよ」

 

「過激なことを言う奴は心当たりがあるな。オレで良ければ相談とか載るぞ」

 

徒弟制度にしろ、アカデミーの教育方法にしろ、後進を育てることは難しい。

友人に会い疲労が若干取れたヴェグタムの表情が和らいだことにロスワイセはほっとした気持ちになった。

 

 

 

ヘーベル湖には二日間、滞在した。滞在中は雨が降らずにずっと晴れであった。

一日目は草を中心に採取をしてから、二日目はヘーベル湖の探索をしつつ、ぷにぷにを狩り、体を動かした。三日目に旅立つときには<ヘーベル湖の水>を採取するだけ採取した。

 

「調合はメモがあるからしてみたい。早いけど、フライングだけど」

 

「同じことを言っているけど……」

 

『<中和剤(緑)>や<中和剤(青)>ぐらいなら、危険なことにはならないから、挑戦してみたら?』

 

軽くなったような、重くなったような荷物と共にサマエルとアディシアは帰路に着く。

爆発の危険はないとリアは言っていた。その保証は信用する。

 

「失敗したら困るけど」

 

『――失敗しても死なないのなら、良いのよ』

 

暗殺者時代のアディシアは成功率が低めの任務に送られては帰還した。任務を果たしてだ。成功確率が九割はないと任務をしないはずの独立暗殺部隊であったが、そんなことは上はお構いなしであった。

 

「失敗は成功の元、が出来るんだ」

 

「ありがたいね」

 

失敗が出来ないと言うのは恐いことだ。後がないのだが、調合には後がある。

これから先、失敗が出来ない状況もありうるが、今はまだ無い。

バックパックの中には採取した素材が入れてあるし、首尾は上々だ。

 

「アザミが生えてる。食べよう」

 

「……素材じゃなくて、食べるんだ」

 

『食べられるのよ。種も茎も根っこも』

 

街道沿いにアザミが咲いていたので、アディシアがナイフを取り出して採取を始めるが錬金術の材料ではなく、食事にしようとしていた。

休憩所はまだ歩かないと着かないが、休憩するときに食べる分だろう。

アディシアはヘーベル湖でのキャンプの時も採取した<魔法の草>を食べてみたりもしていた。<ズフタフ槍の草>もアディシアは自分に使ってみている。

睡眠薬の筈だがそんなに強くはないと話していた。

サマエルも<魔法の草>は食べた。結果として<魔法の草>は食べられないこともないが、

美味しくはないと言うのも判明する。

 

「残りの日、どう過ごすかな」

 

「近くの森にも行って、お城にも行くの。やることばかりだよ」

 

「付き合うよ。城は正面から見るだけにしておくべきだけど」

 

『帰ったらまず掃除よ?』

 

リアが二人に伝えてくる。魔術を仕掛けておいたので発動させれば掃除が楽にはなるが、あの屋敷は大きすぎた。

 

(普通サイズのアトリエが欲しかったな……)

 

「掃除か……」

 

気落ちしながらもアディシアはナイフでアザミを適度に刈り取った。

怠そうにするアディシアとサマエル、この二人が後にあの屋敷で良かったと言える事態が起きるが、それはアカデミーに入学してからのこと、つまりは九月の話になる。

 

 

【続く】




コレを書いているときぐらいから教師サイドとか
書いているのが楽しかったです

サマエルは適当(本人にとっては)に剣を使っても強いと言う
天才タイプというか元の性質を引きずってはいます。

おまけ

「何に使うんだよ<水色真珠>」
「<ゲヌークの壺>。割っちまったんだと」
「……近所で大量の水が家に溢れたとか聞いたけど、まさか……」
「水が<パチパチ水>だったんだ」
「<パチパチ水>の洪水かよ」


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第五話 ザールブルグ探検・二回目

タイトルの通りまた探検パートというか
二月二十二日に改訂しました。


【アトリエ編】

 

ヘーベル湖から道の途中にある休憩所を経由して、ザールブルグにある屋敷へとアディシアと

サマエルは戻ってきた。辿り着いたのは朝方で、午前九時頃だ。

 

「掃除、一部だけにしておこうよ」

 

「部屋は掃除するけど、そうしよう」

 

余り疲れていないが、屋敷の広さを見るたびに掃除の手を抜きたくなる。

屋敷の掃除は使う部屋と一部の廊下だけにしておいた。

 

「材料は整頓して保存だね」

 

取ってきた材料は工房部屋にある地下室に保存をすることにした。

<ヘーベル湖の水>は樽に入れて丁寧に蓋をして、取ってきた各種の草は品別にしておく。

ぷにぷにとした玉もアイテムの一種だろうと保管しておいた。これについては誰かに聞いておくことにする。

帰宅日は採取の時に使った服を洗ったり、アディシアは公共浴場にも行った。

サマエルは体に大量の傷があり、公共浴場には行けない。サマエルの”元”達が殺しあいをしてその時の傷が体にあるのだ。

ザールブルグは一般の家庭に風呂があることは少なく、公共浴場か、入らないなら体を濡らしたタオルで拭くぐらいだ、

 

「今日は八月二十五日、残り五日だね」

 

三十日は余裕を持つため、開けてあるため、自由に行動が出来るのは残り五日だ。

日付の把握は購入した木を加工したカレンダーで行っている。壁掛け式で、一から三十までの木札をカレンダー本体にかけている方式だ。ザールブルグの暦は十二ヶ月で一月は三十日だ。

 

「森に行きたいんだよ。一泊してこようよ」

 

「日帰りで行けるみたいだから一泊しなくても」

 

「寝るための荷物は持っていこう」

 

アディシアが言う森は近くの森だ。日帰りで行ける採取先である。

 

『調合は』

 

「明日かな」

 

アディシアはサマエルしか居ないときは口に出してリアの言葉に応える。

ザールブルグで暮らすようになってからは朝が早い。太陽が昇ったらうろ覚えのラジオ体操をしてから、アディシアは朝を始める。リアが途中で正しいラジオ体操第一と第二を教えてくれた。日本の生活でラジオ体操はしていたのだ。

食事を終えてから、採取の準備を整えて、外へと出る。中央広場の屋台で、昼食用のサンドイッチを二人分購入した。

 

「シグザール城の近くを抜けていくか、南門を抜けていくかのどちらかだけど」

 

「南門かな。正面? から出る」

 

南門からアディシアとサマエルはザールブルグの外に出る。南門の前は石畳で舗装されていた。

旅人の分かれ道というらしい。

ザールブルグ前には石畳の道があるからこそ、馬車も動きやすいし旅人も目印にしやすいし、ここから様々な場所に行けるからそう呼ばれるようになったのだろうとアディシアは考える。行くことは楽だが、道中は危険が満載ではあるが。

 

「晴れてばかりだ。たまに雨とか降らないのかな」

 

「ザールブルグは涼しい方だけどね。湿度が低いから」

 

サマエルが太陽を感じながら呟く。

話ながら近くの森へと入っていく。近くの森はザールブルグの住人も良く行き来する。広葉落葉樹の森だ。

木が幾重にも生え、葉が太陽を隠している。森の散策を始めると、木の根元にオレンジ色の傘をした茎部分が白いキノコが幾つも生えていた。<オニワライタケ>だ。

 

「<オニワライタケ>があった。食べ物、食べ物」

 

『これ、調合に使う品でもあるのよ』

 

「……いくつかは調合用に取っておくよ」

 

毒抜きさえすれば<オニワライタケ>は食用に出来る。

カロッサ雑貨店でも売っているが、節約のために見える分だけ取っておく。<オニワライタケ>が生えていた木の後ろに生えている<魔法の草>も取る。

採取は根こそぎ取らず、いくつかは残すようにする。配分はリアが教えてくれるので、アディシアはコツを学んでいく。

リアは聞けば教えてくれるがアディシアやサマエルの知識になるかは別だ。

 

「栗があった」

 

「<うに>って言うらしいけどね。ザールブルグだと」

 

「……栗なのにね。モンブランだと栗ケーキじゃなくてうにケーキ?」

 

「この世界、山の名前でモンブランとか無いだろうからね」

 

とげとげが生えた丸い実、アディシアやサマエルにとっては栗としてなじみ深いのだが、ザールブルグでは栗を<うに>という。

なお、海胆は海胆として海中に存在している。

これも取っておいた。採取して、素材としてのめどが立たなかったら食べればいい。

ちなみにモンブランは日本のケーキである。元ネタのケーキはイタリアで発祥したという説があるが、あの形にしたのは日本だ。森の中には<ズユース草>もあった。

 

「以外と大きい森、明るいし」

 

「獣の気配はするけど、出て来ないな。その方が助かるけど」

 

「あんまり斬り合いはしたくないもんね」

 

穏やかに言うサマエルや朗らかに言うアディシアではあるが、意味合いとしては出たら出たで斬り殺すというものだ。

獣は出てこない。話ながらも気配で威圧しているからだ。森林浴を楽しみつつ、油断はしていない。<うに>は持って来た布袋に入れておいた。バックパックに入れたらバックパックが破けてしまう。

二人の耳に遠吠えが聞こえた。

 

『狼か。それに似た生物が居るわ』

 

「昔に仕事で猛犬に追いかけられて殺されかけたっけ」

 

『逆に威圧してから殺したり、相手にけしかけて、のど笛噛み切らせたの誰?』

 

軽く言うアディシア、聞こえるリアの声も軽い。

アディシアは暗殺者として狼や犬を相手にしたことがある。館の防衛で犬を飼っているという時があったからだ。

森の中に居る獣に対する対策もいくつか浮かぶが、闘わないのが一番である。

 

「アディは今の状態だと、好奇心で狼の肉とか食べそうだね。……狼の肉って美味しいんだろうか。雑食性の動物は不味いと聞いけど」

 

サマエルが苦笑する。

 

『世界に寄るわね』

 

「出たら狩って食べてみたいな」

 

アディシアが言う。

そこから二時間ほど森を散策したのだが狼は出なかった。運が良いのか悪いのかは不明だ。

近く森で取れるものを把握した。木の一つに座ると、紙箱に入ったサンドウィッチをアディシアは食べ始める。

中身はハムとキュウリだ。サマエルはアディシアから少し距離を離したところに座る。

塩がふられているキュウリとハムが舌先に乗る。囓っていき、ハムとキュウリを食べていく。

 

「季節によって取れるものは違うから、記録はつけておこう」

 

ザールブルグにも春夏秋冬があり、季節によっては取れるものもあれば、取れないものもあるし、沢山取れるものが、次の季節になったら少なくなったりする。

 

「取りづらいアイテムもあるしね」

 

「俺のはベーコンと卵とトマトソースだけど、タマネギが入ってる……」

 

今回は火はたかずに持って来た水筒内の井戸水とサンドウィッチで食事を取る。

サマエルはトマトソースにタマネギが入っていることに違和感があった。イタリアのトマトソースにはタマネギが、入っていない。

 

『作れば?』

 

「備蓄はしたいかな」

 

「ジャムが食べたいんだよ。イチジクとか」

 

自炊に移行していくため、備蓄できそうなものは作る。自分好みの味付けが食べたければ自分で作るのが一番だ。

そのためにはまずはタマネギなしのトマトソースを作ることにして、サマエルはサンドウィッチを再び食べ出した。

 

 

 

昼食を取り終わり、荷物の整頓をしてから、近くの森を出て、ザールブルグの屋敷へとアディシアとサマエルは戻る。

食後の散歩も兼ねていた。

 

「……採取? してきたんだ」

 

屋敷の前には少年が居た。銀混じりの金髪をした少年だ。アディシアの知らない少年だが、少年はサマエルに話しかけているようだった。サマエルが言う。

 

「アディ。彼はアレクシス・フェルディーン。アカデミーで同級生になるんだ。貴族でね。彼は寮生だよ」

 

「あたしはアディシア・スクアーロ。サマエルの友達。よろしく」

 

「こちらこそ。散歩のついでに寄ってみたんだけど、二人とも入学までまだ時間があるのに。採取とか、アトリエ生だから?」

 

「この辺りに慣れるために散策をね」

 

アレクはバックパックを担いでいるアディシアとサマエルに視線をやる。貴族と聞いてアディシアは思いついたことを聞いた。

 

「散策と言えばお城に行きたかったんだ。見学できるかな」

 

「外は見られるけど、国王に謁見するには通行許可証が居る。貴族ならもてるよ」

 

「……お城は見たいけど、国王は……この国の王様はお爺ちゃんだっけ」

 

国王一家が住んでいるシグザール城はザールブルグの北にある。今の国王はヴィント・シグザールと言う老齢の王だ。

記憶から名前を引っ張り出す。

 

「結構な爺さん。王子は居るけど、そろそろ跡を継がせないと危険な気がするとか、三番目の兄が言ってた」

 

「死んじゃうからか」

 

「あっさり言っちゃ駄目だって」

 

ここは止めておくべきだとサマエルは思った。アディシアも自分もそうだが、命の値段が軽いときもある。

それもあるけど、とアレクは前置きする。

 

「王子が頼りないところがあるから経験を積ませるべきじゃないかとかそんな意見もあるんだって。王族、少ないよ。王と王妃と王子だけだし」

 

「頼りないのは困るね」

 

後継者問題はアディシアの居た組織でもつい最近、起きた。今は沈静化している。

日本で後継者問題によって戦闘が起きてその時、死にかけたし、自分の立場も微妙になった。

今は怪我も完治しているし、立場もひとまずは安定している。

 

「採取はしてるみたいだけど調合とかはしてないの?」

 

「やってはみたいけどね。君の方は」

 

「今は予習とか体を動かしたりとかしてる。魔術の練習とか」

 

「魔術の練習はあたしもしてるけど、難しいんだ」

 

「細かいコントロールが苦手かな。細かい作業は好きな方だけど、魔術は別」

 

錬金術士は学者肌の人間ばかりなので戦闘方法は専ら魔術になる。もしくは、錬金術で作ったアイテムを使うかだ。

アディシアとサマエルが例外になりそうなぐらいだ。

魔術の方はアレクは教えて貰って出来るようだ。

 

「……魔術は練習しかないよね」

 

サマエルが呟いた。

才能はあっても、才能で何とかなったとしてもそれ以外の要素が絡めば、危うくなることもある。

魔術でも武器でも何でもそうだ。

 

「そうだよね。……僕は散歩に戻る。また来ても良い?」

 

アレクが同意してから、空を見上げ、時間を測る。

 

「良いよ。居ないこともあるけど」

 

「今度はお茶ぐらいは出すよ」

 

アディシアとサマエルは頷く。アレクはザールブルグの雑踏へと行く。

彼が見えなくなってから、アディシアはバックパックを背中から外し、持っていた荷物一式をサマエルの前に置いた。

 

「シグザール城に侵入してくる」

 

「……騒ぎにならないように」

 

止めても止まらなさそうなので、釘だけは刺しておく。アディシアはシグザール城へと走る。

サマエルはアディシアが降ろした荷物を持つと屋敷に戻り、近くの森で採取したものを区分しておくことにした。

 

 

 

アディシアは手ぶらだ。

布袋の財布ぐらいしか持っていない。中央通りを突っ切り、北を目指す。

走っていると立派な城門と白い城が目に入る。屋根は青色だ。城の周囲には壁とさらにその周囲には森がある。

 

「アレクシスに城の構造について聞いておくべきだった……でかいなー」

 

『ザールブルグの北側がほぼ城と見て良いわね。兵士の詰め所もある』

 

(館もあるね)

 

『騎士のものじゃないかしら』

 

国王に会うためには通行許可証がいると言うことは、城の敷地内の一部はそのまま見学が出来るはずだ。

眺めるが、闘技場のような場所もある。

シグザール城とだけ言えば城だけではなく、兵士の詰め所や恐らくは騎士達が住んでいる館などが、全てシグザール城と取れる。城にも城壁はあるが、広い視点で見れば、ザールブルグの城壁は城の外郭とも解釈が出来た。

 

「コロッセオか」

 

ローマに行ったときに見たことがある建物が立派になってアディシアの前にある。円形の闘技場だ。

 

兵士達や貴族とその従者らしい男が闊歩している。軽装の鎧を着けた兵達が槍を振るう練習をしていた。

指揮をしているのは青い鎧を着た騎士だ。

 

(槍は良いよね。長くしておけば素人でも敵にダメージを与えられる。パイク系)

 

『外で振るうなら強いわ』

 

アディシアも槍は使えることには使えるが遠心力を使い、細かく振り回す感じになるし、刃物や剣の方が信用が高い。ザールブルグは敵国も居るようだが、それよりも魔物の方が脅威なのだ。

城塞都市であるのも魔物や危険な人物を入れないようにするためだ。

 

(兵と騎士と、青い騎士か。魔術師もいそうだけど)

 

青い鎧の騎士は聖騎士であり、シグザール王国の主力部隊であるようだ。街の噂で聞いた。

 

『闘ってみたい?』

 

(目立つよね。どの辺りまで見学が出来るかな)

 

リアの問いにアディシアは否定をせず、闘ってみたいとは言っていた。

アディシアはこの世界に来てからは魔術をやってはいるものの、戦闘では刃物の方が得意である。

裏社会では刃物遣いも居たし闘っても来た。強い相手と闘いたいというのがあるが自重する。

生活優先だ。

手ぶらで居るのも対策の一つだが、意味のない対策にすることもアディシアには出来た。『カルヴァリア』から武器を出して握ればいいだけだからだが、抑える。

散歩をしながら、城内を探っていく。玉座には興味がないため城の中に入るにはどうするべきか、通行許可証なんてアディシアは持っていないので、不法侵入をすることになる。

シグザール城と呼ばれるが、城周辺の敷地を含めるか否かでも、意味合いが変わってくる。

 

『……居ないわね。見張り』

 

城の門に近付くと見張りが居ない。不用心すぎる、が交代で空いてしまったと言うのが妥当だ。

アディシアは見張りが居ないならとそのまま城の中へと入る。人一人分が歩けるぐらいの赤い絨毯が敷かれていた。

 

(年代はどれぐらい?)

 

『目測で三百年は経ってる』

 

(そんなに派手じゃないね。地味に派手みたいな)

 

目測はリアがアディシアの視界を通して計算したものだ。三百年は経過している城であるという。

アディシアはイタリア時代、城で暮らしていたが、暮らしていた城よりは明るい。

地味に派手という矛盾した言葉ではあるが、シンプルだが豪華な調度品ばかりだと見抜いた。

 

(でかい窓ガラスあったよね。あれも手が混んでそうな、……微妙に歪んでるけど)

 

窓ガラスを見たが、真っ直ぐではなく僅かではあるがに歪んでいた。

 

『板ガラスが完全に均一になるのはフロート法が確立されてからよ。これだと、シリンダー法かしら』

 

(以前に聞いたような)

 

『端的に言うと、吹きガラスを円筒状にして、冷ましてから、縦に切れ目を入れ、窯で熱して伸ばすのよ』

 

想像してみるが、窯は熱いし、吹きガラスを作るにしろ加工をするにしろ、重労働だ。

アディシアの時代ではガラスは全自動で作られるため歪みもなく均一だが、ザールブルグでは 手作りだ。

シリンダー法についてはリアが説明した。フロート法は錫を利用した板ガラス製作法だ。

 

(ガラスと言えば、フローベル教会のステンドグラスやモザイクは見事だった)

 

『貴族が金を出したんでしょう。それと制作者が上手かった。モザイクとかステンドグラス、興味があるの?』

 

(ステンドグラスは楽しそうだな。モザイクはパズルっぽそう。宗教画を作るのは苦手かな)

 

脳内で行われる会話は高速で、物珍しさに気を取られていたアディシアは意識を緩めにしていた。

騎士がアディシアのことを不審に思い、注意をしようとしていることに彼女は気がつかない。

 

「城の中に勝手に入……」

 

肩を掴まれた瞬間、体が動きそうになるのが止まる。止められたというのが正しい。

意識に強い衝撃が叩きつけられて空白が出来たが、すぐに立て直す。

慌てて振り向いたところに居たのは、やや濃いめの茶色い髪に青い瞳をした聖騎士だ。

アディシアの目がぼんやりとしている。態勢を立て直すのに数秒かかった。

 

「……すみません。お城を見学したくて、誰も居なかったので入っちゃいました」

 

微笑を浮かべてアディシアが言う。

 

「見張りの交代が遅れたか。誰も居ないからって城の中に入るんじゃねえぞ」

 

「すみません。……貴方は?」

 

「オレはダグラス。ダグラス・マクレインだ」

 

ダグラスと名乗る聖騎士は年齢は十代後半で二十代になりそうなぐらいだった。鍛えられている。

考察をしたいところだが、まずは城から出ることにした。

 

「あたしはアディシア・スクアーロ。ザールブルグに来たばかりで見学していただけだったので、……では」

 

来たばかりと言うが一週間は経過している。言い方をきっておいてアディシアはすぐに城を出た。

ダグラスが制止をかけようとしていたが無視をして、西の方へと走る。短距離走だとアディシアは速い。

 

『組織の城でなら止めなかったけどね』

 

(制御、助かるよ。さっきは危なかった。ダグラスさんを倒すところだった)

 

アディシアは暗殺者だ。

物心ついたときから戦い方を仕込まれていて体が戦いを覚えている。気をつけていればいいのだが気をつけていないときに声をかけられたりすると相手によっては攻撃を加えてしまう。

今は『カルヴァリア』がアディシアの神経に働きかけてブレーキをかけた。自分でもブレーキがかけられるが、上手くいかないことが、たまにある。たまにが起きると厄介なのだ。

シグザール城でダグラスに攻撃を加えたりしたら大問題である。

 

『いつもはしないのだけれども、反射だから難儀よね』

 

宿主であるアディシアの神経や肉体に干渉できる『カルヴァリア』だが、リアは滅多には干渉をかけない。

滅多にしないことをしたのはトラブルを防ぐためであった。

神経にブレーキをかけるため、アディシアは動けなくなっていた。これが攻撃されているときならば大きな隙である。

城から西に、街中の噂で聞いた妖精の樹がある広場へと向かう。そこにはまだ行っていなかったのだ。

 

(聖騎士の剣、格好良かった。あれ欲しいな。鎧はいらないや)

 

『剣に興味を持つのは貴方らしいわ』

 

鞘に入っているだけでも、あの剣が優秀な剣であることはアディシアにも分かる。武器屋で剣は眺めたが、聖騎士の剣は特別製のようだ。鎧はアディシアからすれば仮につけられたとしても、重くて動きが阻害される。

妖精の木の前に着くと、アディシアは息を整えた。

 

「到着。……ただの樹だね」

 

妖精の樹広場は妖精の樹を中心に草原が広がっている場所だった。子供達が鬼ごっこをしていて、走り回っている。

男の子が四人と女の子が二人、年齢は四才から六歳ぐらいで、アディシアは樹に触れる。木の幹はゴツゴツしていた。

手を離してはまた触れるを繰り返す。

 

『樹齢、百年は超えてる』

 

五メートルは超えている木は幹が太く、緑の葉を大量につけていた。見上げれば太陽光が葉の間から差し込み、根元で休むには丁度良さそうな木だ。

 

「アディ。貴方も広場に来ていたのね」

 

「こんにちは。エルザさん」

 

声をかけられたので、木ではなく声のする方向に視線をやる。

シスター服を着たエルザ・ヘッセンがアディシアに手を振っていた。手にはピクニックバスケットを持っている。

子供達がエルザお姉ちゃんと駆け寄ってきた。

――お姉ちゃん?

年からしてお姉さんではなくその上である気はしたが、言わない。

エルザは子供達に慕われている。保育園の保母さんのようだった。

彼女はピクニックバスケットから、クッキーの入った紙包みを取り出して、子供達に配る。

アディシアは木から離れとエルザの方へと行く。

 

「一つどう? ロウ作りの時に出るハチミツが入っているのよ」

 

「貰います(出るんだ)」

 

『蜂の巣を潰すとハチミツが出るの。ロウソク作りに必要なのは蜜蝋ね。分離させるのよ』

 

簡単にリアが解説した。

ハチミツが蜂の巣に入っていることぐらいは知っているし蜜蝋も入っていることを知っているが確認で聞いた。

子供達にクッキーを配り終えてからエルザはアディシアの側に来て、クッキーの入った紙包みをくれた。

左手に取った二センチほどn丸いクッキーを口に放り込む。クッキーは小麦粉とハチミツとミルクが使われているシンプルなものだ。歯で強くかみ砕く。

 

「ザールブルグにはもう慣れた?」

 

「慣れました。採取とかも行ってみたりして」

 

「懐かしいわ。冒険者として着いていったことがあるけど、遠いところに行くと大変なのよね。それに魔物が強いと倒すのが無理なときは逃げたり」

 

「逃げた方が良いときもありますよね」

 

暗殺者としての生活の時は失敗は許されなかったが、逃げることが許されるならばアディシアは逃げることもある。

エルザはシスターの前は冒険者をしていたようだ。

 

「君も散歩中……?」

 

クッキーを飲み込むと、数時間前に聞いた声が聞こえる。

 

「アレクシス、だったね」

 

「元気そうね。アレク」

 

「前に逢ったとき以来ですね。エルザさん」

 

屋敷の前であったアレクだった。散歩をしていたら妖精の森広場に来たようだ。

エルザとアレクは知り合い通しのようで、アレクがエルザに頭を下げていた。

 

「貴方もアカデミーに入学するんでしょう。前に貴方のお兄さんと話したときに聞いたわ」

 

「興味本位で。他にもそんな奴が居るみたいだけど」

 

アレクにエルザがクッキーを渡している。アディシアは二個目のクッキーを手に取る。

 

「教会の七日教室にも、アカデミーの入学目当てで読み書きを習いに来る子がいるし」

 

「七日教室?」

 

「フローベル教会で七日ごとに読み書きを教えているのよ」

 

話によると元々は孤児に将来独り立ちするときの補助になるようにとエルザが教会で働き始めてから、読み書きを教えるようになった。

それから何年かが経過し、アカデミーが人気となった。

アカデミーに入学するためには文字の読み書きは必須であり、読み書きが無料で教われるならばと孤児ではない生徒が増え今では七日ごとに計算と読み書きを無料で教えている。

 

(識字率、そんなに高くないのかな)

 

『参考までに、こちらの世界の中世後半だと農村部では聖職者以外では読み書きできる人はそう居なかった。都市部では簿記をつけるためにその必要上から文字が書けたわ。とは言え、百パーセントではないから、代書人や公示人は居たけど』

 

(代書人は何となく解るけど公示人?)

 

『知らせをする人ね。文字は読めなくても、言葉にすれば解るから』

 

中世後半をザールブルグと重ね合わせてみる。リアも近い時代を例えに出しているはずだ。

アディシアは中世と近世の見分けがそんなについていない。難しい書類を書いてくれる代書人はアディシアの時代にも居たが、難しいの方向性が違っている。アディシアからすれば簡単なことも、難しい部類に入ったのだ。

代書人は役所からの嘆願からラブレターや家族への手紙まで書く者で、公示人はラッパを吹き鳴らし人を集め、集まった人に知らせを言う者だ。

 

(……大体、ザールブルグじゃ読み書きできるぐらいで良い? 農村部とかも、文字読めた方が得じゃない?)

 

『極端な話をすると村なんて農業をやっていれば生活が出来るのよ。農業は別に読み書きをしなくても先代からの教えを守り、経験で農業をすれば生活が成り立つわけで、村長とか、聖職者とか、読み書きは一人が出来れば十分だったのよ。……アカデミーが出来てからは変わっていっているでしょうけど。読み書きと言ってもアンタみたいに古典系読めなくても、

日本で言う平仮名が読めて漫画が読めればいいやぐらいのところもあるから』

 

話すことと読み書きは別だ。農村部では文字を必要としなくても生活が成り立つため、読み書きは余り広まっていない。

必要になっていけば憶える物も増えるのだろうとアディシアは思う。

 

(代書人は出来るからお金がないときしてみようかな)

 

『ザールブルグじゃ、需要は微妙だとは想うけど』

 

微妙だとリアに言われたが、金を稼ぐ手段は憶えておこうとアディシアは記憶に留めておく。

 

「読み書きは出来ないとアカデミー入学もそうだけど、城勤めとか、聖騎士になるとか無理だしね」

 

「聖騎士になるのに読み書きいるんだ。武器を振るえば良いんじゃないの」

 

シグザール城の敷地内で見た騎士達が思い浮かぶ。アレクの言葉に疑問を持つアディシアだが、答えてくれたのはエルザだった。

 

「武器を振るう腕もそうだけど、礼儀作法とか厳しいわよ。試験に合格する騎士なんて少ないんだから」

 

「ってことは貴族ならなりやすかったりする?」

 

「全然。完全な実力主義だから」

 

アレクとエルザが聖騎士について話した。

聖騎士はある意味、城勤めの中でもエリート中のエリートであり、戦闘能力の他にも礼儀作法も出来なければいけない。

これが出来れば一般人だろうが、貴族だろうが、外国人だろうが、騎士になれる。

青い鎧の聖騎士とそれ以外の準聖騎士がいる。

 

「ダグラスさんと逢ったけど、あの人、礼儀作法が出来るんだ……」

 

印象としては粗野な兄ちゃんだ。

 

「あの人は武闘大会で実力を認められて、スー兄さん達が礼儀作法を教えて、試験に合格した」

 

「お兄さん、聖騎士なんだ。武闘大会?」

 

「副隊長をしてる。ダグラスさんは分隊長の一人。武闘大会は十二月の終わりにあるんだ。城の闘技場でやる」

 

「スルトリッヒさんね。聖騎士は二十一人が定員なのよね」

 

年末のイベントで武闘大会をやるのが、シグザール王国であるようだ。

聖騎士は全員で二十一人、隊長の下に分隊長が四人いて、分隊長の下に五人いる。四人の分隊長のうち一人が、副隊長をやる。今の副隊長はスルトリッヒ・フェルディーンでアレクの兄だ。

 

「それなら、聖騎士団の隊長は?」

 

「今の隊長はエンデルク・ヤード。黒髪の長髪をしてるから、直ぐに分かるわ。今のザールブルグ最強ね。昔はウルリッヒ様だったけど、ウルリッヒ様は今は騎士団の顧問をしているの」

 

「スー兄さんも強いけど、エンデルク隊長はもっと強い」

 

(……最強か、闘ってみたい……けど無理だな)

 

強い相手と闘いたいと言う願望はアディシアにあるが、今の生活を保つならばやるべきではない。

勝ち負けは気にしないし、日本での生活で殺しではない勝負も知ったが、殺さないようにしたりするのは難しい。

 

「エルザお姉ちゃん、遊ぼう」

 

エプロンドレスの女の子がエルザに呼びかけ、エルザの尼僧服の袖を引っ張った。嫌がることはなくエルザは女の子に笑顔を向けた。

 

「遊びましょう。アディとアレク、良かったら子供達と遊んでくれない?」

 

「良いよ。遊ぶ」

 

「……厭、と言いたいけど、仕方がないか」

 

エルザはアディシアとアレクシスを誘う。

アディシアは気分を変えるために子供達と遊ぶことにした。アレクシスは渋々付き合う。

アディシアとしては缶蹴りがしたかったのだが、缶がなかったので断念し、影踏みをすることにした。

風に妖精の樹が葉を揺らす。

 

(樹が見守ってる気がする)

 

『洒落?』

 

率直な感想を呟くとリアに茶化された。洒落になっていたことをアディシアは言われて気がついた。

 

 

 

サマエルは台所で夕飯を作っていた。時間は午後五時頃になっていた。

ピザが食べたかったのだが竈しか無く、フライパンでピザらしいものを焼いてみることにした。

ボールの中に小麦粉と水と卵で生地を作ったり、買った食材を入れたりしてみた。

行き当たりばったりで作ってみていた彼は金属製の泡立て器でで混ざった生地を見て手を止める。

 

「これ、ピザじゃなくて」

 

『キャベツを入れてあるからお好み焼きじゃない? お好み焼きのソースが無いけど。――そろそろ帰宅するわ』

 

「このまま出そう」

 

ベルグラドいもや千切りにしたキャベツを繋ぎに入れてみたりしたらお好み焼きらしい種が出来た。

お好み焼き用のソースが無かったり、マヨネーズがなかったりするが、ザールブルグは文明レベルとしては近世と中世が混ざっている世界であるらしい。

 

「ただいま。サマエル。……お好み焼きか」

 

「マヨネーズとソースがないけど、このまま食べて欲しい。おかえり。アディ」

 

台所にアディシアがやってくる。台所は竈があり、側には流し台があるが水道がないため、

水は井戸から組んだものを大きな瓶に入れて使用している。

 

「調理器具だとダッチオーブンがあれば良いのに。無いんだっけ」

 

ダッチオーブンは蓋付きの鉄鍋の上に炭が乗せられるようになっている鍋だ。一つあれば大概の料理は作られる。

 

『こっちだと使われたのがアメリカの西部開拓時代、千八百六十年ぐらいだけど』

 

「……一つで大概はまかなえるんだよね。オーダーで作って貰うかな」

 

「オーダーで思い出した。武器で一つ欲しいのがあったんだ。リアなら出せそうだけど、直接持ちたいし。サマエルは何をしていたの」

 

アディシアが揃えた装備は短剣が二本と木の杖が一本、サマエルの装備は長剣が一本と木の杖が一本だ。

投げナイフは『カルヴァリア』から出している。

 

「畑を作っていたよ」

 

サマエルがアディシアと別れてからしていたのは屋敷の掃除と庭の整備だ。

物干し台はヘーベル湖に行く前には作っておいたので、次は畑を作っておくことにした。

広めの庭を計画的に区分けし……区分け計画を立てたのはリアだが……購入した鍬で耕していた。

 

「手ぶらにしてないと危ないからね」

 

手ぶらの方が危ないと言われるかも知れないがアディシアは反射的に刺すなどの行為をしてしまうことがある。

染みついた癖は抜けないのだ。

 

「お城、見学してきた。妖精の樹とかも行ってきたよ」

 

アディシアが皿を台所にある食器棚から出す。食器棚は屋敷に置いてあったものを使用している。

大きい食器棚だが二人分の食器しか入れていないため、中は広い。

白い皿を二枚出した。大きめの皿で、模様が描かれていないシンプルなものだ。丈夫な皿を選んだ。錬金術士がこの皿を作ったと購入したときに聞いた。

 

「俺も行ってくるか。畑らしきものは耕せたから植える種とか探して、錬金術で種とか出来るのかな」

 

『元素を組み合わせて未知の物質を作るが錬金術であるならば出来るでしょう』

 

「広い言葉だ。お好み焼きを食べるなら箸が……箸はないか」

 

「……フォークとスプーンの方が使いやすくはないかな。日本で生活してきたせいもあるだろうけれど」

 

サマエルからすれば箸よりもスプーンやフォークやナイフが良いが、アディシアは日本に居たので箸ばかり使っていた。

アディシアもサマエルも箸を使うことに問題は無い。アディシアは日本で暮らしているときに憶えたし、サマエルも師匠なら習った。

 

「ナイフとフォークで切って食べるお好み焼きって言うのも」

 

「箸はさすがに自分で作るしかないね」

 

アディシアにはフォークとナイフでお好み焼きを食べて貰う。サマエルもフォークとナイフで食べることにした。

箸は東方の文化だ。ザールブルグにはない。

 

「作るとしたら、錬金術じゃなくて、工作かな」

 

「工作だろう」

 

『アカデミーのショップに竹が売っていたわよ』

 

材料についてはリアが教えた。お好み焼きの種を確認したサマエルは考え込む。

 

「菜箸もついでに作りたいな」

 

「作ろうか。明日ぐらいにアカデミーに行こう」

 

必要なものは自作できるものは自作するしかない。存在していないものはオーダーするか、手製にするしかないのだ。

 

 

【続く】




予定決めてもずれこむものです。

改訂したところは会話の位置をかえたりとか誤字脱字を直したりとか
多いよ誤字脱字とか書いたのは自分だが。


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第六話 八月最後の日

これで第一章は終わりで次からは第二章。



【アトリエ編】

 

ザールブルグで過ごす日々は穏やかだ。

城壁の向こうには盗賊や魔物は居て、平和ではない。

だからこそ人々は城塞都市であるザールブルグに安らぎを感じるのだろうとアディシアは考える。

 

『今日は八月三十日よ』

 

「あっという間だったな。戻れる兆候はないの」

 

『無い』

 

元の世界に戻れる時期は全く来ない。今、来たところで困るだけだ。朝を告げる鐘の音が鳴った。

三日間をどう過ごしたかと言えば、武器屋に武器を注文したり、ザールブルグを散歩したり、

屋敷の庭を耕して、畑を作ってみたり、武術や魔術の練習をして過ごした。

イングリドに成績優秀者だがアトリエで自活することについて問われた場合の口裏も合わせておいた。

アカデミーに行ったときにヴェグタムが教師になることも聞いた。

頼まれても物は一部しか作られないと言っていたが、アディシアとしては錬金術を教えて貰えれば

それで良い。

 

「錬金術は全くしてない。今日してみるか。洗濯とか終わったら。灰汁が便利で」

 

太陽が昇ったら起きて沈んだら寝るという生活を繰り返しているので健康体になっている気はした。

洗濯はアディシアとサマエルは別々でしている。洗剤の代わりに使っているのは灰汁だ。

カロッサ雑貨店で売っていた。ロスワイセが言うには手作りも出来るらしいが、アディシアは買っている。

出来そうな範囲から手作りしていく予定だ。

貴族は石けんを使っているようだが石けんは高いので止めた。

 

『便利よ。髪も洗えるし、石けんが高いのは大量生産出来ないからだろうから』

 

「日本じゃ三つで九十八円の奴あったのに」

 

寝間着から着替えて、アディシアは下に降りる。サマエルと合流してから朝食を取る。

一日三食を取るようにはしている。

 

「調合だけど全くやれていないね。地下室の採取物はみんな無事だけど」

 

「明日から新学期か。みんな同じスタートラインの筈だし」

 

『やったとしても初心者向けの調合でしょう。上級者が出来ることが一年で出来ていたらアカデミーに通わなくても良いじゃない』

 

リアの言う事はもっともだ。

元の世界では頭が良くてもカモフラージュで学校に通っている例もあるが、ザールブルグでは十三歳ほどで働いていても珍しくはない。この場合は徒弟制度で親方に弟子入りして技術を学ぶのだ。

 

「学校に通わなくて独自でやった方が良いんじゃないかレベルじゃないからね。俺もアディも」

 

「今日は三十日だからゆっくり過ごして」

 

「その前に制服、取ってこないと」

 

「オーダーしていたナイフも取ってこよう」

 

アカデミーには制服がある。制服と言ってもアカデミーが決めた服装の基準だ。アカデミーの学生で錬金術士と服で分かるようにする。服屋で数日前に頼んでいたものだ。

八月最後の日にしてアカデミー入学前日、二人がすることは外に出ることだった。

 

 

 

ヴェグタム・カロッサはアカデミーにある自分の研究室で椅子に座り、<ビッターケイト>を飲んでいた。

実家である雑貨店や、自分がアトリエとして使っている家もあるのだが、研究室を一部屋与えられた。

寝泊まりする部屋も一部屋ある。

 

「明日からはお前も教師か」

 

「窓から入ってくるなよ。リフ」

 

ユエリフレッドが窓から入る。金属の鎧を着けているため大きな音が鳴った。

 

「ロセから伝言だ。昼は一緒に食べようだと」

 

「昼には出かけるか」

 

教師になってからは実家にも余り顔を出せないので、今のうちに出しておくことにする。

講師の経験ならば何度かあるが教師は別だ。

 

「アトリエ生のことが気にかかるのか。上手くいくかどうとかとかで」

 

「寮生もアトリエ生も補佐はするが、本人のやる気に全てかかってくるから」

 

机の上には錬金術の資料ではなく、生徒の資料ばかりが載っている。アトリエ生についてはイングリドが立てた計画をヴェグタムが補足していった。アトリエ生は全員で二十二人だ。寮生も含めると全部で入学生は二百八十二人もいる。

 

「入れすぎじゃね。こっちみたいにアカデミーが沢山あるならまだしも」

 

頷きながらヴェグタムはユエリフレッドに<ビッターケイト>を入れ始める。

私設・直営を合わせて十六校アカデミーがあるエル・バドール大陸と違い、ザールブルグのアカデミーは一つだけだ。

錬金術ブームもあってか、増えすぎた生徒をアトリエ生として分けたとしても焼け石に水である。

 

「『絵で見る錬金術』とか配って補佐はしてるが……まずは二年、三年か」

 

今年から全員に基礎を叩き込めないため、分かりやすいテキストを最初の方に配ることにした。

 

「二年だろう。そっちは二年が終わったら専門課程なんだから」

 

ザールブルグのアカデミーは最短で四年で卒業が出来る。二年間の基礎実習……初等教育期間共言う……が終わったら、残り二年は専門教育期間に入る。攻撃や防御の魔術を専門的に学ぶ総合部、物体に魔力を持たせる付与魔術部、錬金術を専門的にやる錬金術部に薬を専門的に扱う薬学部の四つがある。

初等教育期間中は魔術も付与魔術も錬金術も、基礎的なものを教え込む。一般常識もだ。

錬金術士や魔術師として世に出るには腕前の他にも人間性も関わってくる。

なお、エル・バドールのアカデミーだと基礎教育は一年だが次の選択がザールブルグよりも細かい。

 

「一回で卒業できる奴は少ないし、多くなったら多くなったで世に出る錬金術士多くないかとか言われそうな、街もたまにそうだが、村とかに行けば錬金術士って何? ばっかだ」

 

「ザールブルグは錬金術士が職業になってないし、全体に広まってる訳じゃ無いからしゃーないだろ。これからだって、だから悩んでるんだろうが」

 

ユエリフレッドの故郷であるエル・バドールと比べてザールブルグは文化面では未成熟で成長途中 だ。

進路についてのデーターも机の上には紙で書いてある。

卒業生は少ないというのは一回の試験で卒業が出来る生徒が少ないと言う事だ。

アカデミーを卒業した生徒は大抵は自分の得意な分野で生計を立てていく。金属加工や薬物加工の補助などだ。

マイスターランクに進んだりアカデミーで教師をやったりケントニスに行くと言うのもありだ。

ごく稀に旅に出る錬金術士も居る。

ヴェグタムの役目はアトリエ生を無事に卒業させることや、アカデミーのこれからを考えることだ。

教師として職員としてやるべきことだ。

校長であるドルニエは研究の方が好きであるため、こちらである程度決めておいてから話を振った方が良い。

 

「まずは地盤だ」

 

会話をしていたら考えが纏まったのかヴェグタムは言い切ってから、ユエリフレッド用の<ビッターケイト>を入れ始めた。

 

 

 

ナイフと制服をどちらを優先するかと言えばナイフだ。アディシアとサマエルは製鉄工房へと行く。

最初は武器屋に作って貰おうとしたのだが、サマエルが鍋をオーダーすると言ったのでついでにナイフも頼んだ。

 

「設計図は細かく書いたもんね」

 

『書いたのは私だけど』

 

鍋もナイフもリアの手を借りた。

アディシアもサマエルも欲しいものはイメージは出来るのだがそれを図にするぐらいの画力を持っていない。

リアは『カルヴァリア』内に蓄え足られた知識や技能を使い、フリーハンドで設計図を書けた。

職人通りの外れにある製鉄工房は武器の他にも調理器具を作ったり修理したり、農機具を作ったりと

金属に関わることならば何でもしている。

 

「こんにちは。品物を取りに来ました」

 

「ナイフを取りに来たんだよ」

 

製鉄工房の中は暑くて熱い。ザールブルグは夏でも湿度が低いために快適に過ごせるが、

工房内は火力がなければ金属が加工できないため、火をたくことになり、湿度が高い。日本の夏をアディシアは思い出す。

金属をハンマーで打つ音が響き、大声を出さないと声が届かない。

 

「いらっしゃいませ。注文したのは鍋とナイフでしたね。持って来ます」

 

柔らかい声で言うのは、二十代前半の青年だった。黒に近い茶髪のショートカットに青い瞳をしている。

革製の素材で出来たエプロンやミトンをつけていたが、真新しい。

サマエルが布袋を取り出した。財布代わりに使っているものだ。

 

「ああ。注文の品を取りに来たんだね」

 

「カリンさん。こんにちは。今日には出来てるって聞いたから」

 

アディシアも財布を出そうとすると二人に声をかけたのは、茶髪を短くした青い瞳の女性だ。年齢は四十代ほどだ。

彼女はカリン・ファブリック、この製鉄工房の長だ。彼女は父親から受け継いだ工房を切り盛りしている。

 

「渡された設計図通りに作った鍋ですが、確かめてくださいね。付属の道具も」

 

「ユスト、仕事の方は終わったのかい」

 

「アカデミーに渡す分の品には付与はかけ終わってるし、納品も終わってる」

 

受付に出ていたのはユストゥス・ファブリック、カリンの息子だ。ユストゥスがカウンターの上に鍋を置く。

オーダーした鍋はこちらの世界で言うダッチオーブンであった。

ダッチオーブンは全て鉄で出来ている鍋で、ユストゥスは軽く持っているが、重さは九キロ以上はある。鍋の直径は三十センチほどだ。

主にダッチオーブンはアルミ製か鋼鉄があるがアルミはこの世界ではまだ発見されていなくて、

鋼鉄が一番良かった。手入れの手間はかかるようだが、これがあれば焼く、炒める、揚げるなどが一つで出来る。

付属の道具はリッジリフターというダッチオーブンを開けるための道具だ。

 

『申し分ない出来ね。慣らしは後でしておきなさい』

 

アディシアがダッチオーブンに触れている。リアの声が聞こえた。鉄製のダッチオーブンは調理に使う前にならさなければならない。

 

「ありがとうございます。俺達の故郷だとコレを使っているので」

 

「外に出るときに持って行ったら武器になりそうな鍋だ」

 

「料理しますよ。料理。……さすがに重いので持って行きませんが」

 

九キロを持って行くには馬車がいるし、アディシアもサマエルも馬車は持っていない。サマエルは収納の魔術も使えるが、何処から取りだしたと言われそうだ。

 

「ナイフも今、渡します」

 

「こんな鍋を使ってアンタ達は料理をしてるんだね。ザールブルグでは見ないよ」

 

「設計図の方は置いておくので好きにどうぞ」

 

サマエルが書いた設計図は詳細なダッチオーブンの図面と手入れ方法が書いてあった。渡したところで、二人は困らない。

ユストゥスが茶色い革製の鞘に入った三十センチほどの長さの短剣だ。鞘から出して確認する。

 

「凄く良い出来」

 

「気に入ってくれて何よりだよ」

 

頼んだナイフを打ってくれたのはカリンだ。設計図だけ渡したのだが、カリンが設計図に書かれた剣に興味を持ち、作ってくれた。サマエルとアディシアはナイフと鍋の資金を払う。

 

「ゲルハルトさんも武器は作るけど細かい細工は母さんの方が得意だから。……武器屋のオヤジさんのこと」

 

(武器屋のおっさんゲルハルトって名前だったんだ……)

 

武器屋のオヤジの名前を聞いていなかったというか、逢ったときに武器屋のオヤジと呼ばれていると言っていたので、アディシアもサマエルもそう呼ぶことにしていた。

 

『下僕、鍋は屋敷に置いておけば』

 

(そうするか……重いから)

 

(あたしは中央広場の方で日向ぼっこしてるんだよ)

 

『カルヴァリア』には武器を取り込む機能がある。取り込み方がアディシアが取り込みたいと想いながら触れることだが、作って貰ったナイフは取り込まない。

ダッチオーブンを作ることにアディシアは賛成した。ダッチオーブンは費用の割には非常に良い出来である。

リアが心中の声をサマエルにも届ける。

 

「何かあったらまたおいで。アトリエで学ぶんだろう。頑張るんだよ」

 

「また来ますね」

 

「助かります」

 

カリンが笑顔で見送り、ユストゥスも微笑していた。アカデミーに関してカリンは好意的だ。

注文の時に自分達の立場については話している。

アディシアとサマエルは製鉄工房から出る。外は涼しい。

サマエルが鍋を抱えて屋敷に戻るのを見送ってから、アディシアは中央広場の噴水へと歩いた。

手元に刃物があると気分が落ち着く。

 

「あそこに居るの。アレクシスだ。……冒険者に絡まれてるっぽいな」

 

噴水の側にはアレクシスが居た。アレクシスは嫌そうな顔をしながら、少女を庇いつつ冒険者の男と話している。

冒険者の男は革鎧を着けていて、年齢は二十代後半ほどだ。

少女は茶色い髪をセミロングにしていて、年齢はアレクシスと同じぐらいだ。

 

「謝ってるんだから、許してやってよ。ぶつかったのに他意は無いんだ」

 

「気取った顔しやがって……」

 

男は朝っぱらだというのに酔っていた。アレクシスは冷ややかに言っているが、男はその言葉に激昂する。

酔いながらも腰にある細身の剣を抜く。

 

『行く?』

 

「行く」

 

アディシアは駆け出した。

人混みを抜けてアレクシスと少女の前に行くと作ったばかりのナイフを鞘からすぐに取り出して、

振り下ろされた細身の剣を受け止めてから、弾いた。

 

「……アディシア?」

 

「おはよう。災難みたいだけど」

 

「彼女が馬車酔いしていて、その人とぶつかったんだよ。……剣、使えるんだ」

 

「ちょっとだけね」

 

アディシアが左手に握る剣は武器屋で作って貰ったばかりのものである。軽い応対をしていた。

 

「一撃、弾きやがって……」

 

「酔拳をやってるんじゃないからお酒飲んでも強くなるわけでもないんだろうけど、危ないんだよ」

 

「うる……」

 

強い酒の匂いがした。アルコール度数が高い酒を飲んでいるらしい。男が再び剣を振り下ろすが、

アディシアは剣の面を変えた。刃が直刃のところからぎざぎざになっているところにすると細身の剣を挟み込み、折った。

カリンに作って貰ったナイフは鍔の部分が左右に伸びていて、片方は真っ直ぐにもう片方が櫛状になっている。

先端は尖っていた。

男は酔いが覚めたように目を見開いていた。

 

「これぐらいなら、ナイフに慣れたら誰でも出来るようになるんだよ」

 

『騎士隊が来たわ』

 

「……僕もそれらしきものは習ったけど、実践でやれとか難しいんだけど……」

 

アディシアにアレクシスが冷静に言う。少女の方は驚いたままだった。リアが言うように青い鎧を着た聖騎士が来た。アディシアは事情説明の言い訳を考え始めた。

 

 

 

コウは本の塔で椅子に座り、宿主の一連の対応を眺めていた。

 

「作って貰ったのはソード・ブレイカーですね。あれなら相手を殺す前に武器を折るの選択肢が強く意識できます」

 

オルトが来た。彼女の今の姿は城のTシャツにジーンズにスニーカーだ。現代風の衣装である。

アディシアの左手に握られている武器はソード・ブレイカーだ。名前の通り、剣を折るための剣だ。

 

「聖騎士の剣とか太い剣は折れないだろう」

 

「細身の剣、レイピアとかなら折れますよ。アレは防御用の剣ですから。片面は真っ直ぐなので受け流すは出来ますし、受けきれないのは避けられます」

 

数歩でオルトルートはコウに近付く。右手には片刃の剣を持っていた。一メートルほどの剣で

全体的に細く、切っ先が鋭利で、中央部分がやや膨らんでいる。これにより、切れ味が増している剣だ。左手には全長が三十センチほどの細い剣を持っていた。刺突剣だ。

 

「右手に攻撃用……利き手か。利き手に攻撃で反対で防御か」

 

「宿主さんは防御用として利き手で使っていますが、これは防御のみに絞ったんですね。人を斬るのは危ないですから」

 

アディシアは左利きである。オルトは人を斬るのは危ないと言うがアディシアは敵意を向けてくれば、相手を殺す、ぐらいまで行ってしまう。暗殺者として鍛えられたせいだ。

 

「ルイスイが居ないし、相手を出さないからしまいなよ。右手の剣は分からないけど左手はマン・ゴーシュかな」

 

「届かざる左の護剣です。右手の剣はフリッサですよ。カビール人の剣です」

 

コウはオルトの話を聞きながら透明操作鍵盤を操作して、データーを出す。カビール人からまずは調べた。

アルジェリア北東部のベルベル系民族で使われているのはアフリカ北部だ。

マン・ゴーシュはフランス語で左手用短剣の意味を持つ。防御を行うために特化された短剣、

パリーイング・ダガーの一種だ。

 

「チョイスがアフリカに行ったんだ。……武器屋には無かったね。ソード・ブレイカー」

 

「鎧が十二分に機能してますから」

 

「僕等の場合は魔術で鎧作ったり、付加魔術で防御あげた方が効率が良いしね」

 

「防具っぽい武器なら出し入れ可能ですけど鎧とか兜は出せませんもん」

 

アディシアの世界では時代が進むにつれ重火器の発達で鎧がアテにならなくなり、重い鎧よりも軽い鎧を着けて逃げた方が良くなっているが、ザールブルグではそれなりに重い鎧でも、相手の攻撃を防いだり、魔物の攻撃から身を守れる。剣を受け流すにも他の剣で十分だ。

あえてソード・ブレイカーを作ったのは、採取に行って盗賊に襲われたときのための対策用だ。

小型の剣ならば折れるし、無理ならば別の剣に切り替えられる。今回は街でのトラブル解決に使った。『カルヴァリア』の制限として武器は入るが防具は入らない。

 

「マン・ゴーシュを指定しないでソード・ブレイカーを指定する宿主って」

 

「実用が半分と趣味半分かなと、マン・ゴーシュは骨董品としての価値が大きい奴ありますけどね」

 

「取り込まれればどれも一緒さ」

 

オルトルートが左手の剣を放り投げると、空中に幾つものマン・ゴーシュが浮かぶ。右手には剣は握ったままだ。

多機能なものから、装飾過多なものまである。

 

「今回は成功したのは相手が酔っていたのもありますし、これからも油断無く、自分を鍛えて欲しいですね」

 

「以前に油断していて死にかけたのあったからな……彼女」

 

浮かび上がるマン・ゴーシュ達の下でコウとオルトは今の宿主を見守る。彼女は自分達のことを知らないが、本体の方針ならば従うまでだ。

油断は大敵であり、彼女はまだ伸びる。剣士としての成長をオルトが楽しみにしていることをコウは察した。

 

 

 

アレクシス・フェルディーンは貴族であるフェルディーン家の四男坊であり、明日にはアカデミーに入学する。

成績も上位を取れた。彼がザールブルグを散歩していると馬車酔いをしている少女が冒険者に絡まれていたので、助けようとした。見て見ぬ振りは出来なかったし、そんな性格ではなかったからだ。

 

「……相手の方は<ホッフェン水>を飲ませた。話は詰め所で聞く」

 

「スー兄さんとダグラスさんって、騎士団の副隊長と分隊長が来るとか冒険者も災難な」

 

<ホッフェン水>は<ホッフェン>と言う白い花を絞り汁であり、飲むと酔いが解消される。

彼の兄、スルトリッヒ・フェルディーンは金髪の短い髪に青い瞳をした背の高い青年だ。メガネをかけている。

四人いる王立騎士団の分隊長にして、騎士団の副隊長でもあった。ダグラスも分隊長の一人だ。

二人が居るのは噴水の側で、ダグラスや冒険者、巻き込まれた少女やアディシアはやや離れたところで、話をしている。

聞いてみれば冒険者の仕事に失敗して朝から自棄酒を飲んでいたら少女とぶつかり、気に障ったそうだ。迷惑である。

 

「冒険者は依頼とか無かったらならず者と変わらんところもある。盗賊になったりでもしたら危険」

 

「知ってる。僕はあの子を案内しないといけないから、帰っても良い?」

 

「ん。証言の方は取れたし、守りに入った奴も、相手に怪我とかさせとらん。……変わった剣術つかっとるが」

 

「故郷のものだってさ。外から来たんだって」

 

この場合の外はザールブルグではない国のことだ。ザールブルグは今の王になってから外国人に対しても、寛容だ。今の騎士隊長はザールブルグの人間ではないし、ダグラスもそうだ。

 

「俺はダグラスと冒険者の男を連れて詰め所に戻る。今日の夜はアカデミー入学記念で宴だ」

 

「……合格でも宴しなかった?」

 

「めでたい。……ダグラス、戻るぞ」

 

ダグラスの方はアディシアと話していた。少女の方は<ホッフェン水>を飲んで徐々に落ち着きを取り戻していた。

スルトリッヒとダグラスが男を連行していく。

 

「ダグラスさん、話してみたら、良い人だったんだよ」

 

「あの人は気さくだよ。……落ち着いた?」

 

「助かった。ザールブルグって恐いね」

 

「災難だっただけだから。街自体はそんなに恐くない」

 

アレクシスからしてみればザールブルグの外の方が魔物や盗賊が居て恐い。改めて少女を確認してみる。

茶髪のセミロングに大きめの鞄が一つ。古い鞄だ。年齢は自分と同じぐらいだ。

 

「あたしはアディシア・スクアーロ」

 

「僕はアレクシス・フェルディーン」

 

「私はエルフィール、エルフィール・トラウム。エリーで良いよ。明日からアカデミーに入学するんだけど、アトリエで生活しろってことになっちゃって」

 

アディシアはエルフィールに笑顔を向けた。互いに自己紹介をする。アディシアもアディで良いや

アレクシスもアレクで良いとエリーに言う。エリーは噴水に腰掛けていた。

 

「同じだね。あたしも何だよ。何処のアトリエ?」

 

「住所がこれで……」

 

エリーは紙を一枚取り出した。<魔法の紙>と呼ばれている紙である。アレクシスが紙を受け取り文字を読む。

その住所なら分かった。

 

「案内するよ。一人だと危なっかしいから。僕も寮生だけどアカデミーに入学するし」

 

見たところ彼女は村からザールブルグに来たようだ。乗り合い馬車を使ってきたものの、馬車の旅になれずに酔ったようだ。

馬車は慣れないと長時間の移動が厳しい。

 

「二人とも、錬金術士になるんだね」

 

「うん。同じ」

 

(僕はまだなるかは決めてないけど)

 

アカデミーと言えば錬金術士であるが、目立っていないけれども、魔術師も育てている。

アレクシスがアカデミーに入学しようとしたのは自身の進路をはっきりさせるためだ。エリーが噴水から立ち上がる。彼女のアトリエへと移動した。エリーは辺りを見回している。シグザール王国内でザールブルグ並の規模の都市は、ザールブルグしかない。残りは村ばかりだ。

 

「エリーはどこから来たの?」

 

「ロブソン村からだよ」

 

ロブソン村は徒歩だと十日間以上はかかる村のはずだ。話にしか聞いたことはない。

職人通りの中に入る。アディシアが職人通りについてエリーに話しているのを聞きながらアレクシスは紙を眺める。

 

「ここになるね。……鍵は」

 

「持ってる」

 

「君が開けなよ」

 

ファッハベルクの赤い屋根の建物がエリーがアカデミーから与えられた工房だ。エリーは鞄から鍵を取り出す。

鍵を鍵穴に差し込むとドアが開いた。

エリーが中に入り、次にアディシアが最後にアレクシスが入る。

 

「こんな感じなんだね。工房は」

 

「アディの所は違うんだ」

 

「屋敷かな」

 

「職人通りの工房とかみんなこれだよ」

 

一階には使い込まれている錬金術の基礎道具が置かれていた。エリーは調合釜を眺めているがアディシアは地下室の扉を開けていた。ファッハベルク形式の建物だと一階が作業場兼取引の場で二階には親方の家族が住み、屋根裏には弟子が住むが、このアトリエは二階形式で二階が住居となっている。

 

「誰か最近まで使ってたみたいだね」

 

(……聞いた覚えがあるような)

 

この工房の前の主については聞いた覚えがあるがアレクシスは思い出せない。非常に有名だったはずだ。

アレクシスも工房の中を覗く。

 

「私、ここで生活するんだ……」

 

エリーが言う。

アトリエ生は寮生以上にある意味では過酷だ。アレクシスが声をかけようとすると、腹の鳴る音が聞こえた。自分ではないし、アディシアでもない、となると、エリーだ。エリーが顔を赤くしている。

 

「ご飯、食べようか。買ってくるんだよ。サマエルも呼んでくる」

 

アディシアが促す。時間は昼時になろうとしていた。

 

 

 

ザールブルグの生活に慣れたアディシアは美味しい店も知っていた。サンドウィッチ形式の食事を食べる。

アレクシスが今回は奢ってくれた。エリーの工房で三人でサンドウィッチを食べているとドアが開く。

 

「ここに居たんだ」

 

「サマエル。彼女はエルフィール・トラウム。エリー、あたしの相方のサマエルだよ」

 

「始めまして。サマエル・ウェンリーです」

 

あらかじめエリーの名前や特徴や『カルヴァリア』を利用した通信で届けているが、また教える。

サマエルはダッチオーブンの慣らしをしていた。ソード・ブレイカーを使って冒険者の男の剣を折ったことについても、血なまぐさいことにならなくて良かった、で終わらせている。サマエルは自分のサンドウィッチを持っていた。

 

「エリー、十五歳なんだ。僕もだよ」

 

「みんなそうなんだね。あたしも」

 

『二歳あげたところでそうは見えないし』

 

アディシアは十三歳だがアカデミーでは十五歳と通した。最近のアカデミーの平均入学年齢は十五歳であったので、それにあわせたのだ。サマエルは十六歳……彼も正確に計算すると違うのだが便宜上はそうなっている……であるが、十五歳にした。年齢を一歳ぐらい調整してもサマエルは代わりはしない。

リアの声にアディシアは心の中でナイフを投げておく。年齢相応に見えないのは良く言われていた。

言われていたのだ。

 

「明日はアカデミーの入学式があるけど、準備は」

 

「揃えなきゃいけないものとか、まだ揃えてなくて」

 

「アトリエ内も掃除した方が良いんじゃない? 換気は良くしたけどホコリっぽいから」

 

「掃除道具がなかったんだ」

 

アトリエにはバケツはあったのだが竹箒や雑巾、ハタキがなかった。エリーに話を振っていたアレクシスにアディシアは疑問をぶつけた

 

「……掃除とか出来るの?」

 

「簡単なら掃除なら出来るよ」

 

「資金、いくらぐらい持ってる?」

 

「お父さんとお母さんが持たせてくれた分が」

 

エリーが布袋を出した。財布だろう。全額を確認する。家の中の物を整えるには十分な金額だ。

 

『親心ね。きちんと持たせたのね。カロッサ雑貨店を紹介しておいたら』

 

(しておくよ)

 

カロッサ雑貨店は良質な品物が揃い、値段も安い。アトリエで暮らすと言うことは一人暮らしをすると言う事だ。

掃除も洗濯も料理も自力でしなければいけない。

食べ終わってから、カロッサ雑貨店に行く。今日の店番はカロッサ兄妹の母親だった。

アディシアとサマエルは何度か顔を合わせている。エリーを紹介してから、買える必要なものを揃えた。

掃除用具を優先して買う。

エリーの工房には井戸が着いていなかったので井戸の場所も教えた。職人通りの井戸は一日一回だけしか、使えないと言うルールがある。水の枯渇を防ぐためだ。そのルールも教える。

 

「水ぐらいなら運ぶよ。桶、アトリエにあったし」

 

前のアトリエの主が残したものは活用しておく。アレクシスとサマエルが桶に井戸水を運んでくれた。

水は食事に使うものと掃除に使うものと分けた。二階の自室にはベッドがあったが布団はない。

備え付けのクローゼットと小さな箪笥がある。

ハタキを使ったり、竹箒でホコリを取り、水拭きをした。エリーはきれい好きのようで、掃除を丁寧にしていた。

 

「アディとサマエルのアトリエはどんなのなの?」

 

「屋敷だよ。アトリエを振り分けたら、建物が無くてね。あたしとサマエルは成績は良かったんだけど……」

 

寮には入れるのにアトリエ生になった理由はアディシアはそちらで勝ち取った方が良さそうだからと言うものだが、表向きはアカデミーが成績優秀者もアトリエに住ませ、特別カリキュラムをやったらどうなるか、のテストケースにアディシアとサマエルは参加したことになっている。

 

「私、全然駄目だったんだ。成績が悪くてさ……読み書きもようやく出来るようになったばかりだし」

 

(……読み書きを憶える必要がなかったんだよね。村だと……)

 

リアに習った。そうだ、とリアが首肯したのをアディシアは感じ取る。

 

『特権階級のものだった読み書きが中層階級に広がっている最中と考えれば、やれている方よ』

 

勉強は学ばなければ出来ないし必要がなければ憶えない。アディシアが憶えているのは組織が憶えさせたからだ。

アディシアは竹箒で床を掃除していて、エリーは雑巾で窓枠を掃除している。

サマエルとアレクシスには裏庭を頼んだ。物干竿をつけて洗濯物が干せるようにしておく。

カロッサ雑貨店で必要なものはまとめ買いしたし、何日か分の食料も追加してある。

採取用の道具は後回しにした。家優先だ。

 

「アカデミーもギリギリで入学できて、入学試験を受けたとき合格してないと想って帰ろうとしてたんだ。イングリド先生が、条件付きだけど合格してるって教えてくれて」

 

「ってことは、村に一回帰ったんだ」

 

「報告をしたりしないといけなかったから、馬車には未だに慣れないかな」

 

アディシアは酔いに強い方だし、馬車に長時間乗っても平気だろうが、この辺りは体質だ。

玄関からアレクシスが入ってきた。

 

「庭の方は整えて物干し台を置いておいたから」

 

「掃除も終わったよ。残りは地下室だけ」

 

二人でやれば掃除も速い。地下室を除いて掃除は完了した。エリー、アディシア、アレクシスは地下室に降りた。

地下室には樽がいくつか置いてある。樽は液体系の素材を入れておくためのものだろう。

 

「……ワイン、残ってる」

 

「<祝福のワイン>だっけか。アカデミーで販売してるワインだよ」

 

アカデミーを訪れたときに見たことがあるラベルが巻かれた瓶だ。アレクシスが手に取る。ワインボトルは五本あった。

右手でワインボトルを持ったアレクシスは左手でワインボトルの下にあった紙を掴んだ。

二つ折りにされている紙だ。エリーが紙の内容を読む。

 

「このアトリエを使う人へ、私はこのアトリエで勉強しました。辛いこともあったけれど、嬉しいこともあって、錬金術を学んだり、楽しかった。貴方も大変な状況になるかもしれないけれど、素敵なことはあるから。これは餞別です」

 

「ワインは保存が利くから、前の人がワイン好きだったのかな」

 

メモの内容を聞きながら、アレクシスはワインボトルを持ち上げてワインラベルを読む。去年のものだ。

 

「貰ったのは良いけど、ワインが苦手……お酒苦手で」

 

「美味しくないの?」

 

「酔うの」

 

「(弱いんだ……)グリューワインにすれば」

 

アディシアも酒を飲む方では無い。酒には好みがあるが、酔いやすさもある。

グリューワインはワインに各種香辛料を入れたホット・カクテルの一種だ。

 

『夏に飲むの? それなら、ワイン煮にするべきじゃないかしら』

 

「ワイン煮という手もあるね」

 

「三人とも、居たのか。アディ、アカデミーの制服、引き取りに行かないと」

 

サマエルも地下室に降りて来る。制服のことをアディシアは忘却していた。

何日か前から、作って貰った制服は引き取るだけだが、サマエルの言葉を聞いたエリーは慌てる。

 

「……制服……作り忘れてた……どうしよう……」

 

「特急料金とか、かなりかかるんじゃないかな。一日しかないよ」

 

「あたしとサマエルが制服を作った店に聞いてみよう」

 

アレクシスは冷静だ。

ワインの使い道を考えるよりも先にエリーの制服を何とかすることになった。アディシア、サマエル、エリー、アレクシスで、職人通りにある服飾店へと向かう。織機と机と針糸が描かれた看板がぶら下がっている青い屋根のファッハベルグに着いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

迎えたのは店主だ。ウェーブのかかった茶色い髪に青い瞳をしていて、ディアンドルを着ている。店主は売り物の布を整えていた。

 

「すみません。この子にアカデミーの制服を作って欲しいんだ」

 

「入学式は明日のはず」

 

「作るの、忘れちゃって……」

 

エリーは申し訳なさそうに言う。店主はエリーの方を観察する。

 

「とりあえずは一着。すぐに居るし、急ぎの仕事もないから、朝一番に取りに来てくれれば間に合うかな。代金は……」

 

店主は落ち着いてエリーに代金を提示する。持って来た資金で十二分に払えた。

 

「お願いします」

 

「採寸するね」

 

エリーを試着室に店主は案内していく。店はそれなりに広く、店内には布の他にも古着が男女別に置かれていた。

アクセサリーも並べられている。

 

「店で選ぶことってあんまり無いや。屋敷に来てくれるし」

 

「君はそんなもんだよね」

 

「古着ばかり」

 

『前にも話したけど、大量生産が出来ないのよ。服は基本オーダー。最初から服の形をしてるのは古着だけみたいな』

 

アディシアの世界では機械化が進んでいるため安価な服は服屋に行けば手に入るし、高級品も同じだ。

オーダーメイドの衣装だと、高級感がある。

ザールブルグでは機械化なんて無いので衣装は一から職人が作る。布を一つ一つ手に取っていく。サンプルとして、いくつかの布が置かれていた。羊毛、麻、リネンは知っているが知らない布もある。

 

「白い布は国宝布、こっちはフォルメル織布。高いよ」

 

(魔術系の布かな……)

 

アレクシスにとっては見慣れているものなのか、簡単に言われる。アディシアもサマエルもこの店には来たことがあるが、改めて確かめると布にしろ染料にしろ種類がいくつもあった。

 

『近代の話をするけど、オーダーメイドの衣装ばかりだから服は高価。農民は普段着か、晴れ着ひと揃い持っていれば、

良かったの』

 

(……寝間着は?)

 

『無いから裸か、そのままの服ね。晴れ着の方は教会があるから、着る機会は多いわ』

 

アディシアはそのままの服でも寝られるが裸で寝ると場所によっては、寒そうだ。農民は普段着は古着で、晴れ着は余裕があれば作るぐらいだ。

 

(洗濯は余り出来なさそうな)

 

洗濯をしたら服が縮んだというのは聞く。洗濯すれば服は綺麗になるが、何度も洗っていれば服が傷む。

 

『多い方の記録として夏場は一週間に一度、冬場は二週間に二度ぐらい。ザールブルグではまだ洗濯回数はあるけど』

 

服が傷んだらつぎはぎをしてたまにしか洗濯をしない。長く服を着るための対策だ。アディシアは読んだ小説を思い出す。

あれは十二歳の少女が自分の国を何とかするために山を登ると言った話だった。

(ザールブルグはこちらの近世に比べたらまだ進んでるんじゃないかな。靴とかこちらに近いし、高いが)

 

会話に加わるのはサマエルだ。近世の範囲としては前に教えて貰ったがルネサンスから産業革命前辺りらしい。

ルネサンスって何と聞こうとしたらリアは自分の国で起きたことなのに、と返していた。

 

(スニーカーがあればいいのに)

 

『それだと現代になっちゃうから』

 

エリーの制服の話し合いが終わるまでアディシア達は暇をしていた。ちなみにアディシアがザールブルグに来た時に履いてきた学校の内履きはトランクに押し込んである。サマエルは魔術で収納していた。

 

 

 

一時間ほどしてエリー制服の採寸や生地、染料や必要なものは調達したり、準備のめどが付いた。

靴も準備が出来るらしい。

 

「ありがとうございました。あの……」

 

「カーヤ・ブランケ。私もアカデミーの卒業生で、今はこうして服屋をしているの」

 

「アカデミーを卒業したのに服屋なんだ」

 

「錬金術は布も作れるから、布を作るのが楽しくて、染料は余り興味がないんだけどね。

武器屋に服も降ろしてるから。そっちの二人には、制服」

 

アレクシスの言葉にカーヤは微笑む。武器屋に降ろしている服というのは冒険者用の服のことだろう。

カーヤはアディシアとサマエルに大きめの布包みを一つずつ渡した。アカデミーの制服だ。

二着分作った。代金を二人は払う。

 

「明日の入学式には間に合いそうなんだよ」

 

「入学式前には仕上げるからエリーちゃんは制服、取りに来てね」

 

改めて礼を言うとアディシア達は店を出た。

 

「疲れた……」

 

「夕飯の準備をそろそろした方が良いかな」

 

「エリーは疲れているし、俺達と一緒に食べる? 作るよ」

 

「お願い」

 

ザールブルグに来たばかりのエリーが疲れていることを気遣い、夕食は合同にすることにした。

アディシア達からすれば二人分作ろうが三人分作ろうが同じだ。

 

「僕も食べてみたい」

 

「四人分だ」

 

まず、肉屋に行く。ザールブルグでは鳥獣肉(ジビエ)が中心だが、豚や牛も食べられる。

鹿肉が売られていたので鹿を購入した。エリーの工房に戻ると、疲れているエリーを休ませてアディシアとサマエルで調理をする。アレクシスはエリーに着いて貰うことにした。

<祝福のワイン>を鍋に注ぎ込み、鹿肉と共に煮込む。<ベルグラドいも>を潰して、野菜を入れてサラダにして、パンをつけた。

 

(ベルグラドいもサラダ、元ネタはポテトサラダ。馬鈴薯もあるけどね。この世界は)

 

「明日は魚でも食べようか」

 

カロッサ雑貨店にランチプレートが売られていたので購入してきた。一つの皿に纏まるものだ。

アカデミーの卒業生が作ったものを置いたらようだ。コレは洗い物をするときに楽が出来る。スープは一人用のボールに入れた。

 

「芋が主食みたいだね」

 

「パンは補助かな」

 

貴族だとパンがメインであるようだ。準備が終わる。アレクシスは軽くでいいと言ったので少なめにして食事に入る。

 

「ワインでお肉を煮込むと美味しい」

 

「明日はアカデミーに入学だから、力はつけておかないとね」

 

「改めて、明日からよろしく」

 

「僕の方こそよろしく」

 

「アディもサマエルもアレクも、ありがとう。ザールブルグ、知らないところで不安だったんだ」

 

エリーが安堵していた。

アディシアにはサマエルが居るし、この手のことには慣れていたので不安はないが、一人で来たエリーは不安だったのだろう。

 

(上京した人だね)

 

心中で呟き、アディシアはベルグラドいもサラダとパンを共に食べる。

食事が終われば夕方も終わろうとしていた。アレクシスは明日アカデミーで逢おうと言い残して、家に戻った。

 

「俺達も帰るから」

 

「明日は呼びに来るんだよ」

 

「二人とも、ありがとう。頑張ってみる」

 

食器を洗い片付けてから、アディシアとサマエルも屋敷に行く。エリーに見送られた。帰る前に戸締まりはしっかりとして、怪しい人は入れないようにすると言い含めておいた。

アディシアとサマエルは怪しい相手が来ても対処が出来るのだが、エリーは一人だけだし、戦闘能力も無さそうだ。

 

「治安は安定してるから不安はないんじゃないかな」

 

「襲われるときは襲われるからね」

 

「それはエリーの前では言うべきじゃない。事実だけど」

 

ザールブルグの夕暮れは賑やかだ。夜になれば酒場に人が集まる。

アディシアもサマエルも夜になればすぐに寝てしまうので、徹夜はしないがアカデミーに入学してからは夜起きていないといけなくなるだろう。勉強もあるのだ。

 

「エリー、友達になれるかな」

 

「もうなってるんじゃないか」

 

「入学式の話は短くして欲しいかも」

 

『セオリーとしては校長の話とか無駄に長いのよね』

 

八月が終わる。

明日からは九月で、アカデミーの入学式だ。アディシアもサマエルも錬金術としての一歩を踏み出すことになる。

夏風がアディシアとサマエルに吹き付ける。気持ちが、落ち着いた。

 

 

【続く】




祝福のワインネタは昔に読んだアンソロジーのアレンジというか
ストック分はコレで使い切ったと言う


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登場人物紹介

第一章に出た分です


登場人物紹介

 

主役組

 

アディシア・スクアーロ

 

13歳、7月25日産まれ、AB型、身長:153cm

空色の髪に緑色の瞳をしている。

 

イタリア・シチリア島出身。産まれてすぐ両親が亡くなり暗殺組織に拾われて育てられるが、

八歳の時に組織が壊滅、逃げたところを義兄に助けられて以後は義兄が所属している組織で暗殺者として

活動していたが十二歳の時に一番上のボスからの任務で日本に。今は日本である兄妹の護衛をしている。

明るい系だが刃物中毒。盟約を交わした『カルヴァリア』の力を使用することが可能。

言語は大抵の言語を読み書きする。料理もそれなりにこなす。

組織で受け継いだ『黎明のリング』と『黄昏のリング』の力により異世界にたまに飛ぶ。

今回飛んだ世界はザールブルグだった。

 

投稿番だと一分はぼかして書いてますが元の世界は某ジャンプ漫画の奴で一部オリジナルとか

登場人物が増えている感じ。

 

 

サマエル・ウェンリー

 

16歳(一応)、12月22日産まれ(一応)、AB型、170cm

金髪の長髪。

 

アディシアの相方。元の世界ではアルビレオという白猫であるが、正体はサマエル。ザールブルグに共に飛ぶ。

ザールブルグではサマエルの姿を保てる。魔術師で、カバリスト。精霊魔術も多少は使える。

『カルヴァリア』に一部の制限をかけている。この制限がないとアディシアはすぐにでも『カルヴァリア』に

殺される。刃物の扱いが非常に上手く、日本刀を好むが魔術師である。

やや苦労性。ウェンリーは本来の名字ではないが名乗る必要があるので思い浮かんだのをつけた。

作中で言われているが名前である。

 

 

 

主役組の補助やら用語やら

 

リア

 

アディシアが盟約を交わしている『カルヴァリア』の<化身>。とある城に封印されていたがアディシアと盟約を

交わす。魂を喰らい、それを元に色々と出来るが、主に使われているのは武器を具現化させていること、

元の世界でも今は最大出力で七割ぐらいしか力は使用できず、ザールブルグでは最大出力は四割程度。

今は知識を与えてくれるが、将来的にはアディシアが死んだ場合その魂を喰らう。サマエルも同じ。

互いにそれは了承している関係。フレンドリーなのは名を与えたのがアディシアであるため。

アディシアとサマエルとは心中で会話が出来るがその声は二人以外には原則聞こえない。

 

 

『カルヴァリア』

 

意味はゴルゴタの丘であるがその名前すら与えられたものであり本来はどういったものか不明。

アディシアも機能を把握していないところがある。リアが言っていないせいもあるが、主に武器を具現化させるを

使用するが他の事も出来る。魂がエネルギー。アディシアが暗殺者時代は定期的に魂を食わせていたので、

暴走の危険はなかった。内部は心情世界のような感じで固定はしているがあやふやなところばかり。

 

 

不死英雄

 

『カルヴァリア』に魂を取り込まれながらも自我が残った存在。全員で七人いるが四人は出払っている。

出払っている連中は世界の外側で戦闘中。負担などは身内で処理させられているが、エネルギー確保はしている。

アディシアは存在を知らない。傍観系の立場。

リアよりは立場が低い。リアに逆らったら消される。リアのことは本体呼びでアディシアのことは宿主呼び。

漫画ネタ引用をしていたりするのはアディシアが読んでいたり中のデーターで憶えているものを

彼等も閲覧しているため。

 

 

オルトルート・ストリンドヴァリ

 

金髪をポニーテールにしている少女。服は結構変える。剣士であり前衛だが、今回は留守番。

別の世界出身(不死英雄は皆そうだが)。

 

 

コウ・シリング

 

緑色の髪に赤メッシュを入れている青年。理術というプログラミング形式の術式を使える。

人が良さそうにしている。

 

 

ルイスイ・ムシェンユイアン

 

茶髪のショートカット。余り出番が無いが役目はしている。

 

 

 

ザールブルグに住む人々、既存キャラ編

 

 

ドルニエ

 

アカデミーの校長。アディシアとサマエルが最初に出会った人物であり二人が異世界から来たことを知っている一人。

数十年前に別の大陸から来た。

 

 

イングリド

 

アカデミーの教員。ドルニエと共に別の大陸から来た。アディシアとサマエルがこの世界に住めるように準備をしてくれた。

怒らせると恐い。

 

 

ロスワイセ・カロッサ

 

カロッサ雑貨店の娘。ふたりのアトリエに出てくるがこの話では早めに出て貰った、茶髪。父親はあの人ではない。

明るくはきはきとしている看板娘。一部からの愛称はロセ。

 

 

エルザ・ヘッセン

 

フローベル教会のシスター。孤児院の世話をしている。孤児達の世話がしたいみたいなのはヘルミーナとクルスで

聞けたのでこのポジション。

 

 

ミルカッセ・フローベル

 

フローベル教会のシスターで、父親はフローベル教会で一番偉い。信心深い。

 

 

武器屋のオヤジ

 

ゲルハルトと言う名を持つが一部の人しか知らない。頭が禿げている。

 

 

カリン・ファブリック

 

製鉄工房の主。資料見たら製鉄工房は武器屋に吸収合併されたとあるがそれだと寂しいので、

合併せずにこのまま出て貰っている。ソード・ブレイカーの制作者。

 

 

ダグラス・マクレイン

 

王立騎士隊の隊員で分隊長の一人。話してみると結構良い兄ちゃん。

 

 

エルフィール・トラウム

 

ロブソン村から来た少女でエリーのアトリエの主役。愛称はエリー。

 

 

 

ザールブルグに住む人々 オリキャラ編

 

 

ヴェグタム・カロッサ

 

24歳、茶髪に茶色目

 

一部からの愛称はヴェグ。マリーとは同学年であるが彼は四年卒業にプラスして二年マイスターに入り、

その後でケントニスに渡っている。成績優秀者。家が質素な雑貨屋でもあるため、庶民的。

たまに講師もしていたがアトリエ生が増えたと言う事で教師をすることになる。

ビッターケイト大好き。戦闘はそこそこにしか出来ない。面倒見が良い方。妹大好きというかシスコン。

 

 

アレクシス・フェルディーン

 

15歳、銀髪のような金髪

 

愛称はアレク。貴族であるフェルディーン家の四男坊。冷めているところがあるが貴族であることは

鼻にはかけない。趣味は散歩であり、エルザとも顔見知り。四男坊なので比較的自由だが、

将来のことを考えて上級社会では話題になっているアカデミーに入学した。

一番上の兄は騎士隊副隊長。他の兄もぼちぼち出てくる予定。

 

 

ユエリフレッド

 

24歳、銀髪に右が橙、左が青のオッドアイ

 

愛称はリフ。名字が無いのはケントニス人だからである。一応は錬金術士だが冒険者としての方が有名。

留学してきたヴェグタムと友人通しになり着いてきた。それまではケントニスのアカデミーを卒業してからは

各都市を巡っていた。たまに頼まれごとで採取をしてきたりもするが、取りづらいものばかり。

気さくなところがある。ザールブルグアカデミーの頼まれごともたまにする。

 

 

ユストゥス・ファブリック

 

20歳、黒に近い茶髪のショートカットに青い瞳

 

愛称はユスト。カリンの息子でありアカデミー卒業者。鍛冶屋に見えないところがあるが、それもそのはずで

していることはアカデミーに機材を売っている。彼は錬金術士ではなく、付与魔術師。

アカデミーに入学したら錬金術よりもそちらの方に興味を持った。穏和そう。金属は一応打てる。

デスクワーク大好き。細かい作業も好き

 

 

スルトリッヒ・フェルディーン

 

26歳、金髪青目でメガネ

 

愛称はスルト。アレクシスからはスー兄さんと呼ばれる。フェルディーン家の長男で王立騎士隊分隊長の一人で、

副隊長。強いが武闘大会には出ない。ダグラスに期待している。エンデルクよりは愛想があるがない方。

騎士隊は実力重視であるため試験に合格すれば貴族も平民も問わないが言い換えれば合格しないと聖騎士には

なれない。弟想い。彼は家を継がずに三男坊が継ぐ事になっている。

 

 

カーヤ・ブランケ

 

24歳、茶髪で青い眼

 

職人通りにある服屋の店主。アディシアとサマエルのアカデミー背の制服を作り後にエリーの制服も

仕立てることになる。錬金術士であるが布ばかり作っている。それ以外が出来ないわけではなく好きだから。

染料の方はさほど興味を持っていない。



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第二章 一年目、秋
第七話 アカデミー入学


ここから第二章。季節ごとに分けていこうかなとは
アカデミーの入学です。
ところで文の量はどれぐらいにすればいいんでしょうかね。
これぐらいかなみたいなので載せてますが。


【入学式です】

 

ザールブルグで時間を知らせるのは主に鐘の音だ。

フローベル教会の鐘やアカデミーの鐘が鳴り響くことで、住人達は時を知る。

貴族の家では時計もあるようだが、高価であるようだ。

アディシアが起きて、布団で微睡んでいると鐘の音がした。アディシアは鐘の音が好きだ。

 

『着替えたら? 下僕はまだ寝てる』

 

リアの声がしたのでアディシアは着替える。

真新しいアカデミーの制服を着込んだ。制服を注文したときに色は悩んだのだが、濃い蒼色にした。

オーダーメイドの服はぴったりしている。カーヤの店で作ったが、カーヤは腕の良い仕立て屋だ。

部屋を出ると、サマエルも着替えていた。彼は深緑を基調としたアカデミーの制服を着ている。

 

「今日で九月一日か。アカデミーの入学式だよ」

 

「エリーを迎えに行ってから、アカデミーに行く」

 

朝食を取り終わり、速めにエリーを迎えに行った。ザールブルグの街が目覚めだしている中で、

エリーの工房のドアをアディシアは大きな音を立てて叩いた。起こすためだ。

 

「おはよう。アディ、サマエル」

 

「起きてたんだ。おはよう」

 

「速めに来すぎたかな」

 

「そんなことないよ。準備をするね」

 

アカデミーの入学式は制服に着替えてから持ち物として筆記用具を持っていくぐらいで良い。

着替えたエリーと共に服屋に行くと、カーヤが待っていた。エリーのアカデミー用の制服は完成していた。

カーヤは眠たそうにしながらもエリーに制服と靴を渡す。

 

「入学式、行ってらっしゃい。校長先生の話は長いから」

 

(やっぱり長いんだ)

 

サマエルが苦笑する。

エリーのアカデミーの制服はオレンジ色を基調としている長袖だ。アカデミーの制服には殆どがマントが付いている。

アディシアもサマエルも制服にはマントを着けているが錬金術士と言えばマントという風潮があるらしい。

 

(マントか。邪魔なのに)

 

『仕事の時にゴスロリ着て闘ってた癖に』

 

暗殺の仕事の時は黒のゴスロリでアディシアは仕事をしていた。同僚に可愛いからと着せられていたのだ。

エリーの着替えを待ってから、アカデミーに行く。アカデミーはザールブルグの中でも目立つ建物だ。

段々と賑やかになっていく通りを進む。

 

「アカデミーは大きな建物だよね。何処に集まれば良かったんだっけ」

 

「大講堂だよ。こっち」

 

迷っているエリーにサマエルが促した。

アディシアもサマエルも何度かアカデミーは訪れているため、大まかな建物の位置は分かっている。

アカデミーの建物内に入ると同じ入学生が中央フロアに集まっていた。

年齢が同じぐらいだったり、着ているものが真新しい。

入学式までまだ時間があるので休んでいると、ピンク色の制服を着た茶髪の少女が前を通っていった。

 

(ピンクだ。派手)

 

日本の学校での入学式は四月に行われていた。四月に入学式をやる方が珍しいのだが、入学式は日本のしか経験が無いために九月の入学式は新鮮だ。桜の花を思い出した。

 

「居た居た。もうそろそろで入学式が始まるよ」

 

「アレク。おはよう」

 

「服、間に合ったんだ。良かった」

 

アレクシスも制服を着ている。彼は黒と白を基調としていた。仕立ての良い生地を使っている。

中央フロアにいると鐘の音が鳴った。

 

「入学式が始まります。アカデミーの入学者の方は――」

 

「向かおう」

 

サマエルが言う。アディシア、エリー、アレクは大講堂へと行く。大講堂には百人以上の人間が集まっていた。

 

(長くなりそうだな……)

 

まずアディシアはドルニエ校長の話に対する覚悟をしておいた。

その覚悟は無駄にはならなかった。話が長い。聞いてはいるのだが途中から、聞かずにいた。

かろうじて、聞いていたことはアディシア達は王立魔術アカデミーの第十六期生になることだ。

ドルニエの話が終わってから、イングリドの話になる。

イングリドの話は簡潔で、アカデミーに入学おめでとうと今年は人数が多いことや四年間、充実した学園生活を送るのは本人次第とも話されていた。

 

「イングリド先生の話、短かったね」

 

「助かるね」

 

エリーが小声で話しかけてくる。アディシアも返した。良く通る声である。

次の説明は授業についてだったが、まずは共通の基本カリキュラムが説明された。説明をしたのは教師の一人で、若い男だ。

 

「アカデミーは四年、まずは二年で初等教育を三年から卒業までは専門教育期間となります」

 

初等教育期間とは、一般常識から基礎的な魔術全般、錬金術を教える期間であるようだ。午前中は講義を受け、午後は自由だったり一日調合をしたりとする。専門教育期間は二年目が終わるときに総合部、付与魔術部、錬金術部、薬学部のどれかを選んで二年間勉強するようだ。留年はあるが、自主退学をしない限りは学べる。

小テストの他にも八月の最初に年度末のテストが行われる。

アディシアが通った日本の学校は一学期ごとに中間や期末と受けていき、三学期は期末だけというものだったが、……アディシアは二学期の途中までしかまだ通っていないが……アカデミーは違う。

 

(錬金術が人気だろうな)

 

アカデミーと言えば錬金術を教えてくれる場所というのは、間違いではないし、生徒の九割は錬金術が目当てと言っても大げさではないだろう。次に説明されたのは寮生のカリキュラムだ。

アレクシスが折りたたんだ紙を取り出す。

 

「それは?」

 

「寮部屋にあった。説明書き」

 

サマエルにも見えるようにアレクシスが手を動かす。アディシアは話だけ聞いているが、入学テストを受けた後でされた説明と殆ど同じだった。カリキュラムを受けて、単位を取って、小テストを受けて、進級するだけの成績や技術を手に入れていく。衣食住の心配はいらないため、存分に勉強が出来る。

 

「アトリエ生についてはカロッサ先生から説明がありますので後で別の教室に……」

 

(ここでしないんだ)

 

『説明が長くなるんでしょう』

 

ヴェグタムが説明をしてくれるようだ。教室の位置をアディシアは聞いておく。

説明が終わり、入学式も終わる。生徒達が動き出した。寮部屋に戻ろうとする者や別教室へ行こうとする者が居た。

入学式が終わり、一年生が退出してからは時間を開けて他学年の始業式が行われる。

 

「……速めに行った方が良くない? 僕は部屋の整頓をするぐらいだけど」

 

「説明を聞きに行かないと。アレクは部屋の整頓をするんだね」

 

「荷物は運んだけど。まだ並べてないから。片付いたら連絡するよ。またね」

 

エリーとアレクの会話を聞きつつ、アディシアは周囲に気を配る。癖だ。

 

「あたし達も行こうよ」

 

アディシアがエリーを促す。サマエルが横にいることを確認してから、説明を聞くための教室へと向かう。

人混みが無くなってきた頃を狙ったので、スムーズに大講堂を出られた。アディシアならば人混みを上手く掻き分けて、すぐに外に出られるのだがエリーに合わせたのだ。合わせないと彼女を置き去りにしてしまう。

指示された教室に入る。教室には使い込まれた長机がいくつも並べられていて、側に丸椅子が三つから四つ置かれていた。

真ん中辺りの適当な席に座るとエリーがアディシアの右隣に、サマエルが左隣に座る。

先に来て待っている者も居れば、しばらくしてから来る者も居た。

 

(二十人以上は居るかな……)

 

アトリエ生はほぼ成績が足りなかった生徒だ。アディシアとサマエルが例外なだけである。

しばらく待っていると、教室のドアが開いた。

 

「全員、揃っているな。アトリエ生」

 

手には黒い名簿を持ったヴェグタムが入ってくる。アカデミーに来た時に逢ったが、教員用というか錬金術士と一目見て、分かるような服装をしていた。ローブ系の衣装にマントを着けている。

彼は名簿と人数を照らし合わせた。ドアから紐の付いた台車を引っ張ってくる。

大きめの台車には白い布袋がアトリエ生分置かれていた。四角くてやや大きい。巾着袋のようになっていた。

 

「俺はヴェグタム・カロッサ、アカデミーの教員だ。これからアトリエ生の説明を始める。名前を呼んでいくから、呼ばれたら俺の所に来てくれ」

 

ヴェグタムが名前を呼んでいく。アルファベット順で呼ばれていて、生徒は呼ばれるたびに席から立ち上がる。

来た生徒にヴェグタムは白い布の袋を渡して行っていた。エリーやアディシア、サマエルも名を呼ばれて袋を受け取る。袋は重かった。

 

(……中には……本とか入っているのかな。形的に)

 

「中身だが、確認してくれ。支度金と『絵で見る錬金術』といくつかの材料が入っている」

 

各人、袋を開けていく。銀貨と図書室で読んだ『絵で見る錬金術』と白っぽい石と<ほうれんそう>と<魔法の草>、<ズフタフ槍の草>が入っていた。

 

「支度金、多いような……銀貨千枚以上は無い?」

 

「全部で銀貨三千枚だ」

 

エリーの声を聞いたヴェグタムが簡単に言う。教室にはざわめきが広がる。

 

「貸し付け?」

 

「違う。支度金だから返さなくても良いぞ。どうせ殆どこっちに返ってくるし。寮生は教科書から衣食住、機材まではアカデミーが面倒を見るがアトリエ生はアトリエと基本的な調合器具だけだ。教科書や調合道具は自分で買わないと行けない。

そのための金だ。お前等に渡す金は支度金だけだしな。寮生を育てるよりは安い」

 

『三千枚を渡しても、アカデミー側からすれば教科書や道具を買えば返したことになるのよ。それだけで道具も教科書も全ては買えないし、生活するのも含めて嫌でも稼がないといけないわけ』

 

(稼ぎには錬金術の腕を磨かないといけないか……)

 

アディシアはヴェグタムやリアの声を聞いた。

銀貨三千枚は大金ではあるのだが、三千枚で機材や教科書を購入していけば直ぐになくなる。材料もそうだ。

寮生は衣食住の面倒を見るが四年間で錬金術士として育つかと言うのは本人次第であり確実性に欠ける。使った金が無駄になることもあるのだ。

 

「教科書を買えば良いとか言われても分かりません」

 

「今から説明する。質問があったら挙手でな」

 

まずアトリエ生とは何かと言うことをヴェグタムは改めて説明した。アカデミーの入学試験で成績が足りなかった者に対する処置……アディシアとサマエルは違うがその辺りは省かれた……であるということや、生活費は自分で錬金術で品物を作り稼ぐなどの話をしていく。

依頼を斡旋するのはアカデミーではなく、酒場であり飛翔亭か金の麦亭が受け付けている。

錬金術士用の依頼を扱っているのはこの二つだけだ。

 

「コツとか有りますか」

 

「”きちんと”やれ。お前等が出来る依頼は酒場の店主が選んでくれる。採取でも調合でもまずは期日を守って、いい品質のものを収めろ。オリジナリティがあるものや凄いものなんてのはそれが出来てからだ」

 

『重要よ。アンタは出来そうにない依頼を押しつけられてはこなしてきたけど、出来る依頼を出来る範囲でこなせるのよ』

 

(それ良いな)

 

(……ある意味では当たり前なんだけど……当たり前とは言えない状態だったからね。君)

 

生徒の質問にヴェグタムは答える。

アディシアとリアの会話にサマエルが心中で呟いた。リアがこれはサマエルに聞かせるべきだと判断した会話はアディシアの心中の声として聞こえる。採取の説明も入った。採取場所の一部は『絵で見る錬金術』に書かれているが、ザールブルグの外は広い。他にも様々な採取先がある。

他の場所は酒場で聞いたり場合によっては教師が教えてくれることもあるがまずはザールブルグの近場が良いとのことだ。

外は魔物や盗賊が居て危険なので、冒険者は雇うべきだともヴェグタムは教えた。

 

「教科書とか調合道具とかまずは何を買えば……」

 

次に聞いたのはエリーだ。ヴェグタムは教員用の机にある引き出しから、本を二冊、取り出した。片手に一つずつ持つ。

 

「まず、袋の中には『絵で見る錬金術』が入っているがこれは錬金術の基礎知識本だ。次に教科書だが、

これが『初等錬金術講座』だ。他にも中級と上級がある。昔は基礎知識も教えてくれたんだが……」

 

「今は……」

 

「……人数が多くて本になった。しかしこれは解りやすい本だから。でだ、教科書の学習がすむと錬金術的な思考が出来るようになる。そうしたら参考書とかで自分の好きなレシピを組み立てられる」

 

アディシアもサマエルもこの世界に来たときに最初に読んでいる。『絵で見る錬金術』をアディシアの隣のエリーが、取り出して捲って読んでいた。ヴェグタムは基礎知識も教員から教わったようだが、人数増加で皆に教えることが、難しくなったので本で各自勉強しろとのことだ。これ自体は非常に解りやすかった。

教科書として『初等錬金術講座』と『中等錬金術講座』と『上級錬金術講座』がある。

参考書はタイトルとして『金属アラカルト』と書かれていた。真新しい本だ。

 

『ゲームとかやっていて慣れたら別に説明書無しでもこれとこれ似てるからで進めるようになるでしょ。あんな感じ』

 

(それをやるとシステムをたまに見逃しちゃうんだよな)

 

結論としては『初等錬金術講座』や『中等錬金術講座』を買い、上級へ行くか中等まででも、錬金術的な思考は出来るようにはなるようなので参考書に行くのも一つの手ではあるようだ。

 

「調合機材はまずは籠だな。背負い籠だが、これがあると採取の荷物が多くもてる。基本的な調合は乳鉢とろ過器が有れば良い。残りは順次買い足しだ」

 

籠と乳鉢とろ過器を最初に買っておくべきだなと考える。先人の話は大事だ。調合道具が無くても努力すれば作られるらしいが、いい品質のものを作りたければ調合道具はいる。欲しい調合道具に関しては作りたいものと資金と相談するべきではあった。

基礎的な調合道具はアトリエにも置かれる。調合鍋もそうだ。

最後にヴェグタムは一通りの勉強が出来るようになれば図書室の鍵も渡されるとも話す。

 

(図書室はあたし達が落ちてきたところだね)

 

隠し部屋もある図書室だ。

 

「アトリエ生はたまに様子を教師が見に来るからな。実力も判断していく」

 

「サポートはしてくれるんだね」

 

「当たり前だろう。学校だから……学校って解りづらいかも知れないが」

 

『ザールブルグは徒弟制度がメインだから、最後は本人のやる気次第だけどね』

 

師匠に弟子がついて物事を教えていく徒弟制度がザールブルグのメインであり、学校はアカデミーぐらいである。

フローベル教会の文字を教える学校も学校ではあるが、存在としては徒弟制度の方がメジャーだ。

ヴェグタムが言い淀んだのは、アカデミーという学校システムが広まっていないからである。

成績がいまいちのアトリエ生でも放置はしないし、錬金術を教えていく。

 

(こっちでもそうだよね。大学まで出したのにとかお金かかったのにとか)

 

『大学卒業しても不況だから就職できないとか日本ではざらだし、イタリアも不景気だものね』

 

「最後に、紙に授業の日程が入ってるが、必須授業は出ろ。単位にもなる。――以上。各自解散だ」

 

アトリエ生にも単位は存在する。成績に加味されるのだ。ヴェグタムが話を終えた。説明するべき所は説明したのだ。

丁度鐘が鳴った。ヴェグタムが教室を去り、他の生徒達も立ち上がり、一部は帰ったり、他の生徒と話をしている。

 

「買うもの買って……」

 

アディシアは伸びをしている。買うべきものは教わっているので購入するだけだ。

 

「アディ、サマエル、ショップに一緒に行こうよ。大金を持ってるのって恐いから速く使っちゃいたい」

 

「一部は残しておかないと生活費もあるんだから、持って来たお金が残ってるなら無駄遣いしても良いけど」

 

「それなりには残しておくべきだ」

 

銀貨三千枚は大金だ。三千枚をそれぞれに持っている状態である。エリーからすれば銀貨三千枚なんて持ったことがないのだろう。

金銭面に関して言えばアカデミーは三千枚しか援助しない。

 

「外に持って行ったりしたらスリとかにあったら」

 

(スリか……)

 

(……そうだ。スリが居るんだ)

 

『アンタ達、スリには対処が出来るものね……』

 

困っているエリーを見てアディシアとサマエルは別のことに困ってしまった。

アディシアもサマエルも武術が出来るし、スリが居ても、暴漢が居ても対処が可能だが、エリーはそうはいかない。

リアが苦笑していた。この辺りは感覚のズレである。

二人にとってはスリは脅威ではないのだ。

一分後、必要な機材や教科書を買いながら、手元には何日か分の生活費を残しておくという結論で落ち着いた。

 

 

 

アカデミー・ショップはそこそこに人が居た。

一応は一般人にも開放はされているようだが買いに来るのは、アカデミーの卒業生や生徒ばかりである。

広いスペースには調合機材や材料、教科書や参考書が置かれていた。真新しい『初等錬金術講座』を手に取る。

 

(あたしとサマエルは行動だからさ。機材とか合同で良いかな)

 

『下僕の方が錬金術士としての腕は今は優れてるし、……下僕優先で鍛えたら』

 

サマエルは調合が出来るらしい。師匠に教わったそうだ。サマエルの師匠にアディシアは逢ったことがない。

 

(初等から上級の教科書は俺も買っておく。参考書は貸しあいしようか。道具は)

 

『籠は二ついるにしろ、好みで。でも、一緒なもの買ったらつまらないでしょう。やる気になればここの機材も本も全部買えるけど』

 

「妙な壺があるけど銀貨五千枚とか……」

 

銀貨は三千枚、『初等錬金術講座』が銀貨八百枚で『中等錬金術講座』が銀貨千二百枚だ。『上級錬金術講座』は銀貨千五百枚である。他の本もあるが高い。

エリーが見つけたのは、壺だ。大きめの壺であり、銀貨で五千枚もする。

壺にかけられているボードには『錬金術の壺、放置しておくと世界霊魂がたまります』と書かれている。

 

「世界霊魂……魂?」

 

『今は使わないから無視。こんなものもあるんだぐらいで』

 

次に高いのは古文書で銀貨三千枚だった。これは図書館にある難しい本を読むための辞書のようなものである。

購入したのは『初等錬金術講座』と『中等錬金術講座』で、次に乳鉢、ろ過器、籠を手に取る。

乳鉢とろ過器は理科の実験で使ったことがある。ろ過器は箱に入り説明書付きだった。

 

「カロッサ先生の説明だとこれがあれば良いんだね」

 

「基礎は大事なんだよ」

 

サマエルも基本セット……アディシア命名……を手に取り、エリーも手に取る。ショップには樹から麦、ニンニクからワインまで売られていた。参考書には火薬の本やら薬の本、雑貨の本も売られている。

調合道具では、ランプがあった。側にあるカードには『油を使うランプ、火力が欲しいときに夜に本も読めます』とある。油のランプだと映画か何かでぶん投げたら油が零れて火が付いて辺りが火事とかあったことを思い出す。

一つずつ見て行く。

三つの円形の石が大きさ違いで重なり上にハンドルが着いた遠心分離器は遠心力で、物質を分離させるものだ。

理科の実験で使ったガラス器具、ガラスで出来たビーカーやフラスコ、ガラス棒がセットになっていた。

 

『天秤も後で良いわ。最初は大雑把な量でもいけるし』

 

細かい材料を量るために必要な天秤だ。分銅も着いている。

人をぶん殴ることも出来そうなトンカチや、ふいご、やっとこ、ふいごは風を送り込み火力を上げるもので、やっとこは熱いものを持つための道具だ。

片手鍋も売っていたし、細かいものを見るためのルーペや、細工するための細工道具、裁縫をするための裁縫道具もある。

アタノールという反射炉もあった。

 

(道具、全部買うといくら? 基礎セットと古文書と錬金術の壺は抜いても良い)

 

『自分で計算しろと言いたいけど今回はしてあげる。銀貨で六千六百六十枚』

 

すぐに解答が来たが、すぐに欲しければ生活費用の資金を使えば買えないこともない。

しかし、錬金術で稼いで購入していった方が、愛着もわきそうだし楽はするべきではないと考える。

まともに全て購入するには錬金術関係だけで稼ごうとすると一年以上の年月がかかりそうだ。

 

(時間がかかりそうなんだよ)

 

『かけたらいいじゃない。どうせ全部直ぐに揃えたところで使わないのよ。生活が軌道に乗る頃は錬金術士としての能力も上がっているわ』

 

「私の方はもう、道具を買っちゃったよ」

 

「あたしもすぐに買うから待ってて」

 

レジの方に行くと、金髪のウェーブがかかった女性が受付にいた。胸が開いているとアディシアは想う。

青い瞳でおっとりしている女性だ。

 

「いらっしゃいませ。こちらをご購入ですね」

 

「はい。あたしはアディシア・スクアーロと言います。貴方は」

 

「私はルイーゼ・ローレンシウム。よろしくね」

 

話ながらアディシアは買い取りリストが貼られていたので内容を読む。何か作れるようになれば売って資金に出来るからだ。

知らない名称ばかり並んでいるが、勉強していくうちに解るはずだ。

荷物を受け取り、代金を払う。支度金は殆どを使い切ったが、予備の資金はまだ残っている。

あったからこそギリギリまで使い込めた。サマエルも買い、必要なものは背負い籠の中に入れて背負う。

 

「これだけあれば調合が出来るのかな。酒場とか行った方が良いだろうし……」

 

「明日には必須授業があるからそれで調合は出来そうだ」

 

「授業表、読んでたんだね。サマエル」

 

悩むエリーにサマエルが助言をした。アディシアも授業の日程表を読むが必須授業というのは少ない。

アトリエ生は自力で学んで行けとのことだろう。

 

「酒場、アディとサマエルは行ったことがある?」

 

「あたし達ザールブルグには速めに到着していたからね。あるよ」

 

「着いてきてくれない? 恐くて」

 

「そうしたら行くついでに酒場でご飯を食べようよ。飛翔亭、お昼、過ぎてるし」

 

酒場が恐いについては理解している。荒くれ者が居そうだからだ。

 

「俺は金の麦亭だけど、着いていくよ。籠の中身はアトリエに置いて行こう」

 

「籠自体は持って行くの?」

 

「近くの森があるから。俺とアディが着いていればウォルフにも襲われないし」

 

正確に言うと襲われても倒せるではある。近くの森は安全な方だが、ウォルフ……狼のような生き 物……が居るのだ。

アカデミーを出て、途中まではエリーと共に行き、待ち合わせをして別れてから、アディシアとサマエルは屋敷に戻る。

 

「『初等錬金術講座』……読める読める」

 

玄関先でアディシアが内容を読み始めた。文字は読めるし、内容も理解出来る。『絵で見る錬金術』は最初の方に読んでいた。

<研磨剤>は<フェスト>を砕いて作るようだが、乳鉢が必要だ。乳鉢なら買っているので作れそうである。

<フェスト>は白くて固い石だ。

 

『<ヘーベル湖の水>とかもあるし、作れそうね』

 

「うん。……栞が欲しいかも」

 

『教科書購入記念で着いていたわよ。金属製の』

 

リアに言われた通り探してみるとあった。金属の栞でこれも錬金術で出来ているようだ。

サマエルはアトリエの方を確認しつつ、魔術で掃除をしていた。掃除は交代制である。鐘の音が聞こえた。

 

「時間だよー」

 

「良い頃合いだね」

 

掃除を終えたサマエルが来る。アディシアは素早くアトリエの本棚に『初等錬金術講座』を戻して、

二人で屋敷を出た。

 

 

【続く】




次回はいきなり番外編と言うか教師サイドやら書く予定。


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番外編 ゴルゴタの中で

主役が出ていない傍観者共がだらだら話す話。
伏線らしきものは出てきますが晴らせるのはいつになるやらで。
次は本編に行くよ。


【番外 ゴルゴタの中で】

 

『カルヴァリア』内、本の塔にて、オルトは一人、毛布を被りながら丸いピンク色のクッションを胸辺りに敷いて、空中にある表示窓越しに外を眺めていた。残っているメンバーであるルイスイは発掘作業中で、コウは情報の整頓で箱船に行ったので不在だ。

床には退屈しのぎに読んでいた本が置かれている。恋愛小説もあれば時代劇の小説もあるが、

どれも読み終わったのを片付けていない。

 

「世界霊魂って何でしたっけ……暇です」

 

外の状況を聞いていると世界霊魂という言葉が出た。

オルトは魔術は詳しくはない。詳しい者達は今は居ない。右手を空中で撫でるように動かして、別の小型表示窓を展開し、検索メニューを出した。

コウのように透明操作鍵盤で打った方が速いことには速いがごろ寝中のため、手書き検索をしようとする。

 

『暇なら交代してくれないか? 後方支援はそろそろ飽きたんだ』

 

聞こえてくるのは無理でありながらも、頼みを口にしているような声だ。

 

「ヴェンツェル」

 

検索を止めて、側に開いた表示窓をオルトは右手の指先で伸ばした。表示窓に写るのは濃い茶髪をショートカットにした青年だ。緑色の瞳をしている。両手には白い手袋をはめ、軍服を着ていた。軍服は黒く、アディシアが居た世界で言う国家社会主義ドイツ労働者党のものだ。

彼は別の世界の国家社会主義ドイツ労働者党に所属していたが、『カルヴァリア』を宿した者に殺され、不死英雄となってしまった。

 

『君だけかな。オルト』

 

「コウさんは作業してます。発掘はルイスイがやってますよ。そっちは」

 

『エルジュが前衛で撃ちまくってる。ロゼが補佐で僕とヨアが補佐の補佐。負荷を受けるだけだから暇だ』

 

「敵、全滅しませんか」

 

『次々とやってくる』

 

怠そうにヴェンツェルが言う。『カルヴァリア』は取り込んだ魂を食うことによって様々な力を使えるが無料というわけではない。

本体が魂を食ったときに生じる負荷が使用者にかかるのだ。

アディシアの場合、サマエルが盟約に介入しているため負荷は半分程度で収まっているが、

取り込まれた魂の怨嗟の声が聞こえたりすることにより、気分が悪くなる。

闘っている不死英雄は設定変更で半分を能力使用者が残り半分を補佐に負荷がかかるようにしていた。

今は前衛が敵を殺し続けて魂を取り込んでいき、力として使用するループ状態だ。

ヴェンツェルがいる場所は白い空間だ。上も下も距離感も曖昧である。

世界の狭間だ。

敵とはかつて彼等が滅ぼした世界の残党であったり、その残党に巻き込まれた者達である。

戦闘をしている面々に待機組は連絡を取らないし様子も見ない。それが彼等の決めたルールだ。

 

「私達が居るのはストウ大陸のシグザール王国、ザールブルグです。通信が繋がっているし、概要を送りますね」

 

待機組は活動組達と連絡を取ることはしない。向こうがしてきたらする程度だ。

指先でファイルを選択するとタッチパネル方式でデーターを送った。ヴェンツェルが読んでいる。

 

『南ドイツに似ているね』

 

「ザールブルグだと馬鈴薯も食べてますけど、<ベルグラドいも>はもっと食べられてます」

 

『ドイツが芋ばっかり食べているように見えるのは、三十年戦争で大地が荒廃したのと凶作の影響で観賞用の芋を食用に転じたからだよ。北とかは土地が豊かじゃないしさ。豊作の現代じゃなくても、昔だって地方によっては肉とか魚とか食べてる。

有権者に訴えたいのはドイツの食卓は貧相じゃないってことだ』

 

「……ヴェンツェルのその手の主張って、イタリア人はパスタばっかり食べてるんじゃなくて、

米も食べますとかに似てますよね。ザウアークラウトも元々は保存食ですし」

 

三十年戦争はヨーロッパで起きた戦争であり、これによりドイツは荒廃した。馬鈴薯ばかり食べていると言われているドイツだが、それは馬鈴薯が痩せた土地でも非常に育ちやすいし栄養価も高いためだ。

ザールブルグでも<ベルグラドいも>が平民の主食なのは、馬鈴薯と同じような理由だ。パンもあるが、芋の方が安いのだ。冷蔵庫に似たものは存在はしているが、一般に普及しているとは言い難い。

 

『そっちは平和そうだ。……錬金術とか、ロゼが楽しみそうだけど』

 

「ロゼさんと通信繋げません? 世界霊魂について聞きたいです」

 

『アニマ・ムンディのことか』

 

「知ってるんですか」

 

オルトの役割は剣を取り、切り込むことだ。

問い返してみてオルトは気がつく。ヴェンツェルは出身のためか、魔術に以外と詳しいのだ。

居た組織がオカルトに傾倒していたためである。

 

『世界霊魂についてだけど、僕の世界の話で、世界の仕組みの説の一つとして、

世界は唯一神を起源とする世界霊魂によって存在しつつ、動いているってのがある』

 

ヴェンツェルが左手で空間を撫で、透明操作鍵盤を出すと文字列を打ってからキーを押した。

オルトの頭上に一冊の本が落ちてくる。

彼女はそれを見ずに右手で受け取ると引き寄せてページを捲った。

唯一神の信仰はキリスト教やイスラム教のことで、神が一つしかないことを言う。

ザールブルグは神が何柱も居るので、多神教だ。

 

「猫さんが説明していたような」

 

校長にサマエルが説明していたのをオルトは思い出す。その時は説明を聞いていると眠くなるので表示窓は消して時代劇小説を読んでいた。

 

『ここからデーターを取り出して、本体が纏めたのを喋ったんだろう。世界霊魂は全ての元みたいなものだ。ザールブルグの錬金術はまだ解らないところばかりだけど、重要なモノであることは間違いない』

 

「<世界霊魂>がわき出す壺が銀貨五千枚もするんですよ。……ザールブルグの銀貨の単位、元の世界で換算してないですけど」

 

『解りやすく銀貨一枚、百円換算にしておいたら? そうしたらあの壺は五十万円だよ。円が単位なのは最後にいたのが日本だからで、マルク換算だと……』

 

「マルクって昔、ベンチの上に大量の札束を積んでも価値がろくになかったお金じゃないですか」

 

『パピエルマルクとかマルクも種類が何種類かあるから』

 

物価の価値は生産体制や世界情勢によっても変わってくる。銀貨一枚百円にしたのはわかりやすさのためだ。

彼等が最後にいた世界は工業化による大量生産から、輸送システムの確立、海外生産、不況の影響下で起きるデフレーションにデフレスパイラルなどの影響で物はそれなりにいい品質を安く手に入れられる。

――しかし一部、酷い製品もあるが。

ここで重要になるのは物価の価値が安定していると言うことだ。ヴェンツェルとオルトの会話に出てきたようなことは、ザールブルグでは今のところない。これは治安も政治も安定しているのだ。

オルトは銀貨一枚百円として、ザールブルグの物価を換算していく。

 

「百円換算にしても『初等錬金術講座』とか、八万円ですよ。宿主さんが大好きなゴスロリ衣装がひと揃い買えます」

 

『文化面を考えると本が高価なのは仕方がないとは言え、ぼったくりと想えるね。――そろそろ出番だ。通信を切る』

 

爽やかに告げるヴェンツェルにオルトは心底、同意する。つい最近まで居た世界なんて本はところによっては百五円で買えた。

およそで銀貨一枚である。

笑っていたヴェンツェルが表情を変えた。つまらなさそうにする。

彼はオルトのように剣を振るうことはないが、彼が使える武器は性質が悪い。

 

「こちらの時間でどれぐらいになるかは解りませんけど、暇ならまた話に来てください」

 

こちらとあちらでは時間の流れが違う。時間の流れについて考えるとオルトは頭が痛くなるので考えない。

時間や空間については余り操作するべきではないし、干渉するべきではない。

 

『通信を切る前に一つ。そちらの時間で数日後ぐらいかな。何か起きそうだ。今はそれしか読めない』

 

ヴェンツェルの右手には八角形の金属板が握られていた。漢字と幾何学模様が刻まれている。羅盤だ。

中国で使われる羅占いの道具であり、彼が持っているのは三元三合盤だ。

 

「俺の占いは当たるぐらいに自信もって言いましょうよ。それに占いとか嫌いじゃ」

 

「昔に話したけど卜占は使うべき時に自然と使うし。占いの仕方は違うけど、猫もそうだよ」

 

通信が擦れていく。自動できれるようにしたのだ。彼の右手に持っていた羅盤が消えていく。

前戦に向かう同胞に剣士は声をかけた。

 

「行ってらっしゃい。壊してきてくださいね。ヴェンツェル」

 

「行ってくる。壊してくるよ。オルトルート」

 

通信が切れた。

オルトは表示窓の手書きモードで会話の詳細を記してから、ルイスイとコウに送りつける。

ヴェンツェルが元気ならば他の三人も元気だろう。負荷に苦しんでいたり、敵を虐殺したりと各々で過ごしていそうだ。

 

「帰ってくるまで時間がかかりそうですね」

 

渡された本を最初からページを捲りながら読む。外の状況を耳で聞きながら、男二人のどちらかが、

戻ってくるまで、彼女はゆったりと過ごす。本を十ページほど捲ったとき、本の塔に誰か入ってきた。

 

「コウは、居ないんだね。ヴェンツェルが前戦に行ったと。ぼくもアレを使ったアイツとは戦えないし」

 

「まず、近づけませんからね。遠距離攻撃をしようにも届きませんから」

 

ルイスイだった。オルトがルイスイに逢ったのは数日ぶりだ。ヴェンツェルの役目である発掘をしているのは彼だ。

片手で十冊ほどの本を持っている。本は和書やペーパーブック、辞書ほどのサイズのものもあった。

彼が一番上の本の表紙を軽く叩くと勝手に本が浮き上がり、本棚に収まる。

本棚や本が勝手に動いて本が整頓されていく。

 

「読みかけの本も解放してあげないと。出しっぱなしは良くないよ。片付けようか」

 

「それとそれとそれは読みました」

 

指さされた本をルイスイは拾い上げ、浮かせて本棚に戻した。二冊を戻してから一冊の表紙を読む。

 

「『ヨーロッパお菓子物語』……」

 

「データーですから、本体さんが何処かで読んだんじゃないかなと」

 

小学生向けの本だった。本の塔の本には直接取り込まれた本と知覚情報で本の形になっているデーターの二種類がある。

可愛らしい絵でヨーロッパのお菓子が紹介されている。

 

「料理か。本体も猫もザールブルグに来てからは料理はするけど、買い食いばかりだね」

 

「竈の使い方になれないみたいです。でも、そろそろ慣れてきたんじゃないでしょうか」

 

スイッチを押したり操作するだけで火が付くガスと違い、竈は火をたくところから手間がかかる。

火力の調整も難しい。美味しく作るには薪や炭で料理が良いと調理している料理屋もあるが一般家庭ではガスだ。

資金は足りているので買い食いも可能だが、長期的に滞在するならば竈の扱いには慣れるべきだ。

ルイスイが表示窓を開いて食材方面のデーターを取り出す。

 

「この世界、アレがないんだね。マヨネーズ」

 

「マヨは……こちらで発見されたのが、説の一つだと十八世紀半ばですね」

 

「それに米も無いし」

 

「ルイスイ。お米の方が好きですしね」

 

不死英雄達に飲食の必要は無い。この中に待機しているときは餓えはない。

たまに嗜好品としてデーターから取り出して食べる程度だ。意味はないが、味は分かる。生前の味覚は残っている。

宿主が食べたものを自分達の味として感じられた。

 

「卵かけご飯とか好きだ」

 

「……私はアレを始めて見たとき、正気を疑いましたね。疑わなかったのルイスイぐらいだったような」

 

生卵を白米にかけて食べる卵かけご飯は日本ではよく食べられているが、

日本の生卵は殻を洗浄していて、サルモネラ菌が繁殖しづらくなっているため、生でも卵が食べられる。

外国は殻を洗浄しないので衛生上のリスクがある。その代わり、賞味期限は長い。

そして卵を生で食べるという発想は日本ぐらいで、外国にはない。

 

「コウもアジア系だけど、知らなかったからな。……ザールブルグは味噌と醤油も無いし、……どっちも、米麹がないと作るのは無理か」

 

和食を食べようにも、ザールブルグはヨーロッパに近い世界だ。主食も小麦と芋が中心である。

 

「作られるとしたらマヨネーズとか、パンとか……」

 

「無発酵パンを作るならチャパティだ。とても楽。マヨネーズも作れるよ。発明はされてないだけで」

 

オルトがチャパティを検索する。チャパティはインドのパンで、作り方は全粒粉……全て粉砕した小麦粉……に水を加えて生地を馴染ませてから焼くだけだ。マヨネーズの材料はザールブルグに全て存在している。

 

「ところで、ヴェンツェルの言う数日中に起こる何かって何でしょう」

 

「近くなったら連絡がまた来るはず」

 

「起きたら起きたで即日対処で」

 

「本体に寄るけど」

 

自分達がどう動くかは全て本体にかかっている。ヴェンツェルの言葉を気にかけつつ、

外の情景を気にしつつ、オルトはヨーロッパのお菓子の本を読みだし、ルイスイも椅子を出すと座った。

 

 

【Fin】




お金の話とかそう言うのをだらだらと。
上司が言うまで暇とかやってますが、そう言う連中


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第八話 午後、飛翔亭にて

五月前になりそうだったのでストック分を。
話が進んでいるような進んでいないような、改訂もどこからやるかとか
考えつつ、やっていこうかとは。



【アトリエ編】

 

アディシアとサマエルがエリーが住んでいる工房の前に行くとエリーが丁度、玄関から出るところだった。

時間は昼時を少し回っている。

 

「お待たせ。飛翔亭に向かおうか」

 

「酒場、恐くないかな」

 

「前に行ったときは平穏に終わったんだよ」

 

前に酒場に行ったのは朝頃だ。サマエルは錬金術士としての依頼を受けるときは金の麦亭の方に行くことにしているが、目的は昼食を食べることでもあるので、アディシアに付き合う。エリーの工房から歩いて数分、金属で出来た飛翔亭の看板が見えた。

ここ、とアディシアは指さす。

 

「始めて入るな」

 

サマエルが言う。

アディシアが先に飛翔亭へと入り、次はサマエルが入った。エリーはサマエルの後ろから入っている。

昼時だったので、酒場内は混んでいて、昼食を食べに来ている冒険者や、若い駆け出しの冒険者や二十代後半ほどの金属製の鎧を着けた冒険者や作業用の茶色い革製のエプロンを着けたままの職人が居た。

男ばかりだが、女も居た。

カウンター席と丸テーブル席があり、アディシアが空いた丸テーブルの席を見つけ、サマエルとエリーを促した。

真っ白なテーブルクロスが敷かれた席に人混みをかきわけながら辿り着くとアディシア達は座る。

背もたれにアディシアは寄り掛かった。

 

「いらっしゃいませ。あら、来たのね」

 

「こんにちは。フレアさん。依頼を見に来たんだよ。サマエル、エリー、フレアさん、飛翔亭の店主、ディオさんの娘さん」

 

カウンターにいたフレアに声をかけられ、アディシアはサマエルとエリーにフレアを紹介する。

アディシアのことを憶えてくれていた。カウンターから出たフレアにサマエルとエリーは自己紹介をしていた。

昼食を三人分、アディシアは注文する。金属製のコップを三人分テーブルに起き、注文を受けたフレアはカウンターへと戻った。

 

「優しい人……」

 

「たまにしか飛翔亭には居ないんだね」

 

「そうみたい」

 

フレアは優しそうな雰囲気であり、話しかけやすい。アディシアがカウンターの方を眺めるとディオやフレア以外にディオに雰囲気や髪型が似た男が居た。髪は黒く、鼻の下に黒い下向きの三日月型をした髭を生やしている。

 

「依頼って、出来るかな……」

 

エリーの声を聞いたアディシアがエリーの方を向いた。安心させるように彼女は笑う。

 

「出来るのをやればいいんだよ。店主さんが見繕ってくれるし、やらないとお金、入らないしね」

 

「アディは励ましているようで、励ましていないような……」

 

(……中身が現実主義者だからね……)

 

サマエルがコップの水に口をつけつつ、アディシアとエリーの会話を聞いていた。

アディシアは性格的にロマンチストのようでいて、シビアなところがある。

サマエルの方は店内の人間を観察している。雰囲気の良い酒場だ。

待っているとフレアがお盆に昼食を持ってきた。

 

「沢山、食べてね」

 

フレアがテーブルに料理や食器を並べていく。

昼食は細かいメニュー指定をせずにお任せを選んだ。並べられていくのはまず、テーブルの中央に三十センチの長さの細長い茶色いパン、バイスブロートが白い丸皿に載せられたものが置かれた。

刃が波刃になっているパン切りナイフも側に寄りそう。

次にアディシア達の前には半分に切られたヴルストや豚肉を炭火で焼いて切ったものやザワークラフト、マスタードが乗った皿が一つずつ配られた。揚げた<ベルグラドいも>が添えられた白身魚のフライや、スープ皿のアイントプフ、ややや大きめに切られたホウレンソウとベーコンのキッシュが小皿の上に乗せられて、最後に置かれた。配り終えたフレアは次の客の元へ行く。

 

「食べてから依頼について聞こうね」

 

「パンは俺が切るよ」

 

サマエルが左手でパン切りナイフを握り、皿の上にあるバイスフロートを手際よく薄く切っていく。

 

「サマエル、切るのが上手いね」

 

「得意なんだ」

 

切ったバイスフロートをサマエルは白い皿の上に並べる。エリーはサマエルの手際に感心しながらパンにヴルストとザワークラフトを乗せて一枚のパンで挟んで食べている。アディシアはナイフとフォークで白身魚のフライを切り、口の中に入れる。サマエルは肉をパンの上に乗せからマスタードとザワークラフトを乗せてそのまま食べた。

 

『ワカサギのフィッシュ&チップスね。味を変えたかったら、ビネガーをかけたら?』

 

(……アレが、欲しい。アレ……)

 

『コレを揚げたのは植物油だから、アレを作るための全ての材料があるわ』

 

リアの声が耳の底から聞こえる。リアはアディシアが感じている味を分析し、アディシアが欲しがっているものが出来ると告げた。

 

(作るんだよ)

 

物足りない。

アディシアは決意をするとテーブルの上に置かれたビネガーの入ったオイルボトルを手に取り、フィッシュ&チップスに適量かけた。

 

 

 

「昼ご飯が豪華だね……」

 

外を写している表示窓を眺めていたコウが言う。

休むために椅子の背もたれに体を預けた。やるべき仕事は作業するための術式を組んだので、

術式任せにしていれば片付いていくため、暇であった。

宿主が飛翔亭に来たのはこれで二回目、食事も二度目だが、前回よりも出されたメニューが増えている。

 

「ヨーロッパ系は昼食が一番豪華なんですよ。午後からの仕事とかもあるので大量に食べ、

朝や夜は簡単なものですませます。コウさん、食事については疎い方ですよね」

 

横に立ち、右手に本を持ちながら話すのはオルトだ。髪の長い少女の側に居る三人の男が描かれている表紙の本であり、読んでいたところを右手の人差し指で挟んで持っている。

 

「”昔”はブロックばかり食べていたからね。不死英雄になってから食べる必要も無くなったし。あのパン、黒くないんだね。ドイツパンなのに」

 

ブロックとは言っても石のことではなく、遺伝子調整を受けた小麦を加工して作ったブロックだ。

コウが生きていた世界は人々が宇宙に進出し、科学技術が発達しすぎていて、食べ物も効率が優先さて何でも遺伝子操作をすれば出来ていた。遺伝子改造小麦一種類で十二分に食卓がまかなえていたのである。

改造された小麦は何処でも栽培が出来た上に収穫量も大きく、栄養価も高かったし、味も加工すればどんな味にも出来た。

 

『ドイツのパンが全部黒いとか言ったら、ヴェンツェルが怒るし、場合によっては撃つよ。ライ麦パンのことだろうけど』

 

「それかな。ドイツはパンの種類、かなりあるんだよね」

 

コウの側に五センチほどの黒一色の表示窓が開き、ルイスイの声だけがそこから聞こえた。

この場に居ないドイツ人は自国についての勘違いがあると、ところによってはワルサーP三十八を撃ってくる。

仮に当たったところで激痛が来るだけで死にはしないが。

 

「ザールブルグは南ドイツに似ているので、小麦の割合が大きいでしょう。もっと北に行けば、ライ麦もあるかも知れませんが。ドイツのパンは数百種類を超えています。ヴェンツェルが好きなのはコミスブロートですね。アレはライ麦九割なので慣れないと口に合わないですけど」

 

ドイツのパンと言えば黒いという印象があるコウだったが、パンが全てが黒いわけではない。

ライ麦は寒冷地でも育つ麦で、栄養価が高い。表示窓を開いてデーターを見直してみるが、

ザールブルグは一年を通して気温が余り変わらず、寒くもないため、ほぼ小麦が作られている。

追加検索で調べたが、コミスブロートはライ麦が九割以上使われているパンで、ドイツの軍用パンだ。

非常に腹持ちが良いとある。

 

「その手のパンって、前に適当に読んだ日本の小説で美味しくないってあったな。岩みたいに硬いパンとか」

 

『例えばフランスパンのバケットとか外側は硬いけど、中身も人間を撲殺できるぐらいに硬い訳じゃ無くて、しっとりとしてまだ柔らかいんだよ。……ヨーロッパからすれば日本のパンは柔らかすぎるし』

 

「……人を撲殺できるぐらいに外側が硬いパンってどう食べるんだい?」

 

「乾きものになるパンですね。薄切りにしてスープに付けたり、またはスープと煮込んで食べたり、もしくはバターとかジャムとかクリームをつけたり、あるいは色々乗せて食べます。北ドイツ系のパンは硬いですが、保存のために硬いんですよ」

 

オルトが左手で映画スクリーンほどの大きさの表示窓を指さすと宿主がザワークラフトをのせたパンを食べている。

 

『ヨーロッパだとパンは皿代わり。宿主もパンを味わうと言うよりパンに乗せたザワークラフトを食べている』

 

日本では分厚い食パンにジャムを塗るかそのまま食べているが、とても柔らかいパンであるため、それでも食べられるのであり、ヨーロッパ系のパンは硬いため薄切りにしなければずっと噛み続けなければならない。

ザールブルグのパンもヨーロッパ系のパンであるため、日本と比べると硬い。

 

「パンは解った。出されてるアイントプフって……スープの一種だろうけど」

 

『アイントプフはドイツのスープだ。意味は”鍋の中に投げ込んだ”で、各地方や各家庭で味が違うね。今回は……人参と<ベルグラドいも>にタマネギと……』

 

「……<ベルグラドいも>、使いすぎじゃないのかな」

 

「腹持ちが良いし栄養価も高いんですよ。芋系は」

 

スープ系の料理はどの地方にもある。ドイツの家庭の味を表すのがアイントプフなのだろう。

キッシュについては知っている。総菜系のタルトだ。パイ生地に生クリームと卵で作ったクリームを流し込み、好みの具を加えてオーブンで焼き上げるものだ。

コウは右手で表示窓を出すと指先で操作してテーブルの上に宿主が酒場で食べたメニューを出していく。

 

「意味はないけれど、食べてみるか」

 

「私も食べます。ルイスイも来てくださいよ」

 

『発掘も一段落したし』

 

話しているうちにコウは酒場の料理を食べたくなったのだ。

オルトが横から手を伸ばし、表示窓を操作して、コミスブロートも皿に載せて出す。瓶に入った無塩バターもだ。

椅子も二脚追加された。

 

 

 

アディシアは昼食を食べ終わる。完食した。

 

「食べた、食べた。……フラウトの演奏だね」

 

サマエルは水を飲んでいるし、エリーはキッシュを食べていた。

ザールブルグに来てからもアディシアとサマエルは一日三食をしっかり取るようにしている。

イタリアにいたときはイタリアの食事スタイルで食べていたが、日本でのスタイルをザールブルグでもやっているのは習慣だ。

酒場ではフルート奏者の女性がフルートを演奏し始めていた。

フラウトとアディシアが言うのはイタリア語でフルートのことをフラウトと言うからである。

 

「憧れるな。フラウトを吹けるのって」

 

ザールブルグでもフラウトはフラウトと言うようだ。アディシアはイタリアにいた頃に楽器は習ったがピアノとヴァイオリンだ。

今は弾いていないし自分よりも上手いのが日本に居た。

 

「練習をすれば吹けるようにはなるだろうけど、アレってどこで売ってるんだろう」

 

「あのフラウトは錬金術で作ったのよ」

 

(万能だな。錬金術……)

 

フレアが話しかけてくる。食事をしている間に酒場のピーク時間は過ぎてしまっていたらしく、人は以前より減っていた。

楽器屋でフラウトを買うと想っていたアディシアだが錬金術で作ったようだ。

 

「依頼についてそろそろ聞こうか」

 

酒場で食後を過ごしたかったがサマエルが促してくる。のんびりしようとすれば何時までも居座れるからだ。

アディシアは頷くと席を立つ。依頼を聞いたり、情報を集めたりしてから、昼食代金は払うつもりだ。

カウンターの方へ行くとディオが居た。

 

「こんにちは。食事、美味しかったんだよ」

 

「美味そうに食ってたが、食事だけが目的じゃないだろう」

 

「錬金術士としての依頼を見に来て……と、その前に、こっちがサマエルでこっちがエリー」

 

食事は美味しかった。外食の候補として入れておく。サマエルとエリーをディオに紹介すると二人が名乗る。

始めて飛翔亭にアディシアが来た時にしたような説明をディオは二人にしていた。

 

『下僕は金の麦亭で依頼を受けるけど、基本的なところは変わらないから』

 

「出来る依頼をきちんとやること……」

 

「これが出来そうな依頼のリストだ」

 

ディオが紙の束を渡す。

自分達がアカデミーに入学したばかりというのは伝わっているので、出来そうな初心者向けの依頼が書かれていた。

 

「<オニワライタケ>の採取とかなら出来そうかな。近くの森だし」

 

『調合をしなさい。<中和剤(緑)>と(青)と<蒸留水>なら出来るわよ』

 

リアが魂の底から声をかけてくる。出来るとリアが言うが作ったことはない。これから作っていくことにはなる。

本を読んだし器具もあるので作ろうとすれば出来そうではあるが、レシピを知っているだけだ。

 

(無理しない程度が良いよね。抱え込みすぎたら危険)

 

<中和剤(緑)>の材料である<魔法の草>と<蒸留水>や<中和剤(青)>の材料である<ヘーベル湖の水>は、アカデミー入学前に採取してある。

 

「名前が分からないものは除外して、やれそうな依頼を見つける。次は日数と相談だね。

この<中和剤(緑)>の依頼が良いかな。四つだし、明日には中和剤の授業をやる。日数にも余裕があるから」

 

「<魔法の草>だったら貰ってたし、授業でも教えてくれるなら出来そう」

 

「それとこの採取の依頼とか……」

 

隣ではサマエルがエリーに依頼について話していた。サマエルは金の麦亭で依頼を受けるため、アドバイスに徹している。

アディシアも依頼書の中から<中和剤(青)>と<蒸留水>の依頼を取る。<中和剤(青)>は五つで、蒸留水は三つだ。

銀貨を数えると<中和剤(青)>は銀貨百五十枚で、<蒸留水>の方は銀貨百二十枚だ。

 

(考えてみれば……依頼の相場、って曖昧だよね。材料は外で取ってくれば無料だしさ)

 

『良い品質のものを収めるの前提だけど相場自体は決まってはいるでしょう。時価になるけど。さすがに相場に見合わないものは酒場も置かないわ。駆け引きも入るけれど……』

 

(駆け引き、ね)

 

『錬金術よりも難しいかも知れないわよ。自分の腕前の売り方も思案しないといけないから』

 

アディシアも暗殺時代の時は任務をこなすことで金を手に入れては来たが、組織からすれば安い金で使い潰しも出来た。

そうならなかったのは裏で様々なことがあったのだろうとは想う。

酒場は依頼された依頼を仲介料を取って受けるが、酒場からしても妙な依頼を受ければ信用問題だし、収められた品物の品質が悪くても信用問題に関わる。対策はいくつも打ってはあるだろうが。

 

(安売りするなとかにしろ、強いプライドを出せるのは本人に自信があってなおかつ必要とされることだから……)

 

『酒場の依頼、ここは依頼も吟味しているだろうから、受けるに足るものではあるわ』

 

「これとこれ、受けます」

 

錬金術の腕前を上げることと名声を上げることは今回の場合はイコールに出来る。良い品物を納めればいいのだ。

難しいがやるしかないのがアトリエ生である。ディオはアディシアが出した紙に受諾の丸い判子を押していく。

 

「期限は守れよ」

 

<中和剤(青)>の方は期限が十五日、<蒸留水>の方は期限が十三日だ。上手くいけば余裕である。

 

「わ、私もこの依頼を……」

 

エリーが出した紙には<中和剤(緑)>を五つ作る依頼と<オニワライタケ>を六つ採取する依頼だった。

受諾の紙を受け取り、エリーは息を吐いた。

 

「クーゲル叔父さんも依頼をしているのだけど、見る?」

 

フレアが言う。アディシアは頷いた。

 

「ディオさんとどう違うの?」

 

「ワシの依頼は、貴族からの依頼になる」

 

「貴族からの依頼か……」

 

「叔父さんは元聖騎士だから、その時のコネでね」

 

叔父さんだから、ディオの兄弟だろう。顔立ちもよく似ている。クーゲルが何枚かの紙を渡してきた。

聖騎士というと青い鎧だ。アディシアが紙を読んでいく。エリーとサマエルも横から覗き込むが、依頼は曖昧だ。ディオの依頼では欲しいものの名称が書いてあったが、こちらは『滋養強壮の薬』や『疲労回復の薬』などだ。『珍品・貴重品』ともある。

 

「『滋養強壮の薬』とか言うとロブソン村だとおばさん達が<ほうれん草>が良いって」

 

「そのまま<ほうれん草>とか出すと依頼料はくれてもこちらの評判が悪くなるんじゃないかな。貴族だし珍しいものを好むだろうから」

 

(……養命酒とか)

 

(錬金術で作れるなら、それで良いんじゃないかな……)

 

日本のテレビで見た薬酒を言うとサマエルが返してきた。声をリアが届けたようだ。

 

『今の状態でいけるなら珍品・貴重品と宝石類かしらね……持ってるストックを出せば』

 

(アレも目立つし……ただ、珍品・貴重品なら採取で拾いそうだよ。どれが貴重品か不明だけど)

 

まだまだアディシアには知識が足りないが、資金繰りに困ったときに受けられそうな依頼は見繕っておく。

 

「見分けが付くなら『珍品・貴重品』辺りかな。実力が付いてからだろう。評判が大事だし」

 

「サマエル、評判とか気にするね」

 

「人の噂も七十五日とかあるけど、背に腹は代えられない状況にならない以外は地道にやる方が安全だ」

 

『下僕。補足をしておくと七十五日は一季節分のことを言うのよ』

 

エリーはサマエルの意見を聞いている。リアの忠告はアディシアとサマエルの耳にだけ届い た。

評判は落とせばあげることは困難だ。

 

「出来そうな依頼は無いから、遠慮しておく。けど、来るときにチェックはするんだよ」

 

「私も、出来そうな依頼は無いし……。これで、依頼も見終わったし、受けたから後は……」

 

会話が終わりそうであったが、終わらせるわけにはいかない。アディシアには聞いておかないといけないことがある。

 

「昼食代を払うだけとしたいけど、採取先の情報が欲しいんだ。ここから比較的近いところで」

 

『<フェスト>が取れる場所、聞いて』

 

「――<フェスト>が取れる採取先、教えて下さい。情報量は昼食代に含めて置いて欲しいです」

 

アディシアが白地図を取り出した。リアの助言を受けたのは情報を絞り込むためだ。<フェスト>を出したのは、ヘーベル湖や近くの森には<フェスト>が無く別の場所にありそうだったからだ。

砕けば<研磨剤>を作ることの出来る<フェスト>は依頼リストにもあった。受けなかったのは日数の問題で、中和剤の類を作ってから残っていたら受ければいいかと言うぐらいだ。

<研磨剤>は<フェスト>を乳鉢で砕いていくだけで出来るが細かく砕くのには時間がかかる。

カウンターテーブルの上に置かれた白地図をディオは指さした。

 

「<フェスト>が取れるのはストルデル川だな。薬草や鉱物も結構取れる。往復で四日ほどで行けるな……」

 

「前はストルデルの滝があったが、凶悪な魔物が出て、王室の方から立ち入り禁止令が出ている。取れるものは、さほど変わらないようだが」

 

「お前達も地図を出せ。書き込んでおこう」

 

ザールブルグ周辺の地図にディオが羽根ペンとインクで道を書き込む。ストルデルの滝の水がストルデル川に流れている。

ディオがサマエルとエリーの地図にも道を書き込んでくれた。

 

「ストルデルの滝辺りには盗賊が出る。冒険者を雇ってから行くことだ」

 

クーゲルの忠告にエリーが驚く。盗賊と聞いたからだ。アディシアとサマエルが行ってみたヘーベル湖の道筋には盗賊が出なかったが、ストルデル川は違うようだ。

 

(人間が相手か。雇うかどうかは行くときに考えるんだよ)

 

(俺とアディで突破は可能だろうけど……)

 

アディシアは人殺しが出来るが、仮にエリーと共にいた状態で人殺しとかして見れば、引かれることは間違いない。

どのみち、まずは依頼をこなさなければいけないのでストルデル川へ行くのは後になる。

 

「ありがとうございました。お勘定は、いくら?」

 

「代金は……」

 

フレアが代金を教えた。三人で分割したが全部で銀貨百五十枚だった。これには、

 

『三人で聞いたのもあるから割ってくれたんでしょう。一人頭、銀貨五十枚』

 

(それぐらいはあたしも計算できる)

 

カウンターテーブルの上にアディシアは銀貨を置いて、サマエルとエリーも銀貨を置いた。

飛翔亭を出る。

 

「ご飯、美味しかった。依頼の受け方も解ったし、アディもサマエルも何か手慣れてるね」

 

「エリーも慣れるよ。アディ、俺は金の麦亭に行って依頼を受けて来たい」

 

「その辺を散策してるんだよ。エリー、サマエルが帰ってきたら近くの森に行こう」

 

「待ってるね」

 

サマエルと飛翔亭前で別れたアディシアとエリーは散策をすることにした。飛翔亭を離れ中央広場に出たとき、アディシアは気がついたように言った。

 

「予定とか勝手に決めちゃってるところがあってごめんね」

 

「良いよ。助かってるし。依頼についてとか、解ったから……。アイントプフも美味しかった」

 

「美味しかったよね。外食ばかりもお金がかかるけど、たまには食べたいし」

 

余り遠くには行かないようにアディシアは歩いた。エリーにも気を配るようにしている。

適当に歩いているとカロッサ雑貨店が目に入ったのでアディシアは中へと入った。

 

「いらっしゃいませ。――アディとエリー」

 

「? どうしたの? それ」

 

「父さんの知り合いが買ってくれって大量に……」

 

店の中に入るとロスワイセが手提げバスケットを抱えていた。その中身をアディシアは聞いて、ロスワイセが答える。

 

「こんなに……」

 

やけに多い『それ』をエリーも見た。いくらなんでも多い。慎重にロスワイセはバスケットの中身を扱っている。

 

『――アディシア』

 

リアが言う。アディシアは店内を確認。

それから屋敷の台所にある調味料も思い出す。作りたいものの材料の一つが大量にあった。

アディシアは財布を取り出すと、ロスワイセに詰め寄った。

 

「それ、いっぱい、頂戴」

 

 

 

【続く】




後編は五月までにかけると良いな……。
アディとサマエルの距離感が解りづらいとか改訂したい。


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