ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか (路地裏の作者)
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一章
第1話 プロローグ


その頃僕らは、それが世界の真実だと信じていた――


 ――痛みを伴わない教訓には意義がない

 ――何かを得るためにはそれと同等の代価が必要になる

 ――人は何かの犠牲なしに何も得ることはできないのだから

 

 広大な地下迷宮、ダンジョンを抱える一大都市≪オラリオ≫。今日も今日とて地下迷宮には勇壮な戦の音が――。

 

「うわああああああああッ!?」

「オイ、コラ、ベル! 戦わなきゃ、いつまでたっても経験値(エクセリア)溜まんねーぞっ!?」

 

 ――訂正。悲鳴とツッコミが響き渡っていた。

 

「いやいやいや?! ダンジョン入って一週間で、コボルト五体はキツイからね!?」

 

 そう言いながら必死になって逃げるのは白髪に深紅(ルベライト)の瞳のヒューマン。現在、≪ヘスティア・ファミリア≫唯一(・・)の団員。『ベル・クラネル』という少年だ。

 

「だあああッ! 標的(タゲ)をこっちへやるな!! ッ、しゃーねぇ!!」

 

 敵の攻撃をかいくぐり、しのいでいるのは金髪の三つ編みを翻す金眼の小人族(パルゥム)。彼こそ、この物語の主人公。≪ミアハ・ファミリア≫所属、『冒険者見習い』兼『『青の薬舗』店員見習い』、『エド・エルリック』というベルと同い年の少年だ。

 

 パアンッ!と、乾いた音が戦場に響き渡る。コボルトの攻撃をかわしていたエドが、その両手を身体の前で打ち鳴らしたのだ。

 

「【一は全、全は一】ィッ!!」

 

 彼だけが持つ魔法の詠唱とともに、エドの両手が地面に触れる。その瞬間、触れた場所を中心に青い雷光が走り抜け、地面が轟音を立てた。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 地面がまるでトゲのように隆起し、周りに殺到していたコボルトを串刺しにした。

 

『『ギィィィイイイイッ!!』』

 

 犬の頭を持つモンスターの断末魔が響き渡る中、運良く攻撃の範囲外だった一匹がエドの右腕にかじりつく。

 

『ギッ……ギ? ギギ、ギィィ!?』

 

 噛み付いた腕を噛み千切ろうとするが、すぐに異変に気づき、ジタバタと暴れ出した。

 

「どうした、犬ッコロ? しっかり――――味わえよ!!」

 

 噛み付いたままのコボルトを蹴り上げ、口内の牙をへし折る。衣服が破れ、露わとなったのは、鋼で出来た義手、≪機械鎧(オートメイル)≫。

 

「来いよ、怪物(モンスター)ども! 格の違いってやつを見せてやる!!」

 

 その少年は、異世界の法則を扱う者。魂のみでこの地に降り立ち、喪った手足に代わり、憧れたチカラを操る、完全なる異常存在(イレギュラー)

 

 その者の名は、『錬金術師』。何かを得る代わりに、同等の代価を差し出す者。これは、『等価交換』に縛られた探究者が、失くした脚で歩む『眷族の物語(ファミリア・ミィス)』――。

 




始まりました、作者初のオリ主転生チートもの!
原作は今流行りの『ダンまち』です!

本当はもう少しストックが溜まるまで待つつもりだったんですが、投稿作品を見てたら全く同じクロス先が……。内容に重複が出ない内に、第一話だけ投稿することにしました!しばらくはストックを定期的に投稿しようと思います!


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第2話 真理の扉

何かを得ようと欲すれば、必ず同等の代価を失う――


 

 そこは、何もない空間だった。何も無く、何も見えず、何も聞こえない、茫漠たるセカイだった。

 

「――――――んあ?」

 

 そんな中で、一人の人間が目を覚ました。

 

「……何だよ、ここ」

 

 何も、見えない。何も、聞こえない。何も、感じない。

 常人の感覚なら、すぐに気が狂ってしまいかねないほどの圧倒的な『無』。そんな中でなぜ自分は平気なのか。なぜ自分はこんなところにいるのかが不思議だった。

 

(……確か俺は、家から出て、コンビニ行って――――ああ、そうか)

 

 記憶をたどり、ようやく理解(わか)った。自分がこんなところにいる理由(ワケ)が。

 

「死んだ、のか。俺……」

 

 最後の記憶は、視界いっぱいに広がるトラック。何ともあっけない最期だった。

 

「にしても……ここが死後の世界ってやつか……?」

 

 余りにも殺風景な景色だった。もっとも見えてはいないから、景色と言うのもおかしいが。

 

「…………ん?」

 

 洪水に浮かべられた一枚の葉っぱのように、ぷかぷかと流されていると、やがてさらに先に、巨大な渦のようなものを感じ取った。

 

「…………」

 

 見えてはいない。見えてはいなかった。

 

「………………」

 

 ただ、感じた。感じてしまった。

 

「……………………!」

 

 そこ(・・)に行けば、自分という人格は、存在は、『消えて無くなる(・・・・・・・)』と。

 

「っ、嫌だ! 嫌だァッ!!」

 

 暴れた。恥も外聞もなく暴れた。そこから、抜け出そうと。それ(・・)から、逃れようと。暴れに暴れ、もがきにもがき。泣き、叫び、叫んで。

 

 ふと、目の前の『扉』に気が付いた。

 

「……………………え?」

 

 間抜けな声が、喉から出た。ついさっきまで周りには何も無かったはずだ。いや、何も見えなかったはずだ。それなのに、どうして目の前の扉は、こんなにも(・・・・・)はっきり見えている(・・・・・・・・・)んだ?

 

『――――――へえ、珍しいな。お客さんか』

 

 正面から、男なのか、女なのか、若者なのか、老人なのか、まったく判別し難い声が響いた。

 

『ここに来る奴ってのは、大抵自我が無くなってるもんだけど、未だに記憶も人格も『洗浄前』だなんて。よっぽど生き汚いのか、はたまた悪運が強いのか。――――あるいは、不運なのかもな?』

 

 そこには、確かに誰かいた。けれど誰なのか、どんな姿なのか、一切わからなかった。

 

「…………オイ……ここは……」

『お察しの通り、『死後の世界』って奴さ。お前さんはこれから魂を洗浄され、とある世界に新たな生命として生まれ変わる』

「魂を、洗浄?」

『そう。前世で犯した罪も、功績も、記憶も、人格も、全てまっさらにして、生まれ変わるのさ。お前さんは……そうだなあ、天井のシミでも数えてれば、終わるぜ?』

 

 目の前の存在は、表情も分からない。けれどどこか、ニヤニヤ笑みを浮かべているように感じた。洗い、流される?罪を、功績を、記憶を、人格を、何より自分自身を?

 

「……………………いやだ」

 

 そうだ。そんなのは嫌だ。何も残せなかった人生だったけど。何も為せなかった自分だけど。それだけは絶対に嫌だ。

 

『――――ふーん。まあ嫌なら嫌で、自分を残す方法もあるぜ?』

 

 目の前の存在が、ゆっくりとその場を退いた。

 

『この扉を開け放ちな。そうすればお前さんは、得ることができる。ここから自分のまま出る資格と――――――かつて狂おしい程に、求めていたモノを』

 

 その言葉に従い、フラフラと扉の前へと近づいた。そうして、扉に両手をつき、ギイ、とほんのわずかに隙間を空けたところで、ふと気が付いた。

 

「なあ! アンタは一体――」

 

 扉に手をかけたまま振り返る。そこにいたのは、相変わらずどんな姿なのか分からない――――けど、確かに『嘲り』の笑みを浮かべている存在だった。

 

『俺は、お前たちが『世界』と呼ぶ存在――』

 

 その口上を聞いた瞬間、背筋をゾッと悪寒が走り抜けた。

 

『あるいは、『宇宙』。あるいは、『神』』

 

 そうだ。何故気が付かなかった?

 

『あるいは、『真理』。あるいは、『全』。あるいは、『一』。そして――――』

 

 前世で知りたいと願った、見てみたかった。大好きだったあの世界、あの存在――。

 

『俺は――――『お前』だ』

 

 ここ(・・)は、『真理の扉』だと。

 

『――――ようこそ。身の程知らずの、バカヤロウ』

 

 扉がひとりでに開き、手足が、胴体が、得体の知れない『なにか』に捕まれた。

 

「う、うあ! うあああッ!!」

『うるさいなあ、お前がかつて欲しがってたものだろう? もっとも半端に魂を洗浄されてたせいで、気付かなかったみたいだけどな?』

 

 身体が浮き、抵抗など意に介さず、無理やり扉の向こうへ押し込まれた。

 

『見せてやるよ。――『真理』を』

 

 そこは、膨大な知識の奔流だった。

 

「あ、が、ああああああッ!!?」

 

 ソレは人類(ヒト)が歩んだ歴史。世界の歴史。星の歴史。

 

「あ――あああ――――――ッ――」

 

 ありとあらゆる知識を叡智を叩き込まれ、刷り込まれ、唐突に理解した。

 

 これ(・・)が『真理』だと。

 

「――――、――――――!」

 

 そんな中、正面に人影を見て、自然と手が伸びた。

 

「あ――――、……? あ、れ……?」

 

 そこで、頭のどこかが警鐘を鳴らした。慌ててその手を引っ込め、周囲を漂っていた黒い霧のようなモノを思わず掴み、身体の周りを(くる)んだ。

 

 ガチリ、と意識が外に戻ってきた。

 

「――――! はあ、はあ…………」

 

 気付けば、元の場所へと戻っていた。

 

『よお。知りたいことは知れたかい?』

「…………ああ。今まで知らなかったはずの、錬金術や、錬丹術に連なる知識、技術、錬成陣……それに、機械鎧(オートメイル)の製作技術まで」

『そうかい。お前さん、錬金術だけじゃなく、あの鋼の腕にも憧れてたもんなあ?』

 

 目の前のソレ――『真理』は、相変わらず表情が分からない。けれどニタニタと笑っていることだけは分かった。

 

『さて、これで、『錬金術関係の知識』、『機械鎧(オートメイル)の知識』は渡した。それにそれらの知識を定着できる、向こうの種族としての『肉体の再構築』も請け負ったぜ』

「っ、待て、ちょっと待ってくれ! お願いだ、もう一回見せてくれ! もう一回、もう一回見れば、もっといろんなことが分かるんだ! そう確信できるんだ! きっと忘れてしまった大事なことだって! だから――」

 

 そう、懇願した。知りたいという欲求だけが先走り、目の前の存在へと縋りついた。

 

『駄目だね。これだけの『通行料』だと、ここまでしか見せられない』

 

 ニタニタ笑いを止め、目の前の存在が立ち上がる。先程までとは違う、どこかで見たことのある、『裸足の両足』で。

 

「通行、料?」

『そ、『通行料』』

 

 目の前の奴が、ぽん、と『肌をさらした右腕』で肩を叩く。それだけで自分の右腕と両足が崩れた(・・・)

 

『『等価交換』だろ? 新たなる錬金術師』

 

 そうして、意識が消失した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ぐ、が、ああ゛あ゛ああああああああああッ?!!」

 

 意識が戻ったとき、右腕と両脚を刺す焼けつくような痛みと、猛烈な寒気が自分を襲っていた。

 

「あ゛あ゛あ――――ああああああああッ!?」

 

 痛い、痛い。痛い痛い、痛い痛い痛い、痛い痛い痛痛痛痛――――……!

 

 地面を引っ掻き、痛みに叫び。泣いて、泣いて。叫んで、叫んで。そうして声が枯れ、ただ猛烈な寒さに瞼が重くなったころ――

 

「――――――これは、ひどい傷であるな。怪物(モンスター)にやられたか?」

 

 ――一柱(ひとり)のカミサマに出会った。

 




皆さんお待ちかね、『真理の扉』と真理クン登場回ですw

鋼の錬金術師とのクロスゆえ、無制限のチートなど有り得ない――主人公の代価は『右腕』と『両脚』となりました。その代わり、『錬金術・錬丹術の知識』と『機械鎧(オートメイル)の知識』をGET!扉も開いたので、手合せ錬成が可能となります。
実は代価以外にも、主人公は色々失くしてますが、それは次回でw


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第3話 ミアハ・ファミリア

立って歩け
前へ進め
あんたには立派な足がついてるじゃないか――



 

 深い深いまどろみから、その少年は覚醒(めざ)めた。

 

「……っ、ぐ――――――――」

 

 身体が、とてつもなく重い。喉がカラカラに渇く。まるでベッドに縛り付けられているような圧を、身体中に感じていた。

 

「おや、起きたかね?」

「っ、あ?」

 

 身体にかかる圧に、全身全霊で逆らいながら首だけを横に向けると、そこに端麗な顔立ちの青年がいた。身に纏う灰色の法衣(ローブ)、群青色の髪を伸ばし、にこやかな顔立ち、だけどその整い過ぎた顔立ちは、ともすれば、人間では為しえぬもののようにも感じた。

 

「おぬしは、森の中で血まみれで倒れており、かれこれ一週間眠っておったのだ。何か飲むかね? 食事であればもう少し待ってもらいたいが」

「ぅ、ぐ、ぁ、い゛、一週、間?」

 

 その言葉に思わず寝台(ベッド)から飛び起きようとすると、バランスが上手く取れず、ベッドの上でゴロゴロと転がってしまった。

 

「――――――あ」

 

 支えとなるべき右腕と両脚が無いことに気付き、そこでようやくあの『扉』での記憶が引き出された。

 

「………………夢じゃなかった、か」

 

 不思議と、喚きたくなるような衝動には駆られなかった。ただ、そこにあったものを思い、空虚な感覚を味わい、涙だけが流れた。

 そうして少しの間、只々静かに涙していると、不意に横から声がかかった。

 

「…………落ち着いたかね?」

 

 その言葉に、見ず知らずの人の前で涙してしまったことに気づき、急に気恥ずかしくなってしまった。左手の握り拳で涙を拭い去り、改めて男性に向き直った。

 

「見苦しいところを見せて、すいませんでした……」

「いやいや。何も見苦しいことなどない。それよりも、こうして起きられた以上、何があったのか聞かせて貰えぬかな?」

 

 その質問に、思わず詰まる。自身の身に起きたことは、およそ自分でも信じられない事柄だ。恐らく言ったところで、信じる者などいないだろう。しかし、瀕死の重傷を負っていたであろう自分を、安全な場所まで運び、手当までしてくれた相手に嘘は言いたくない。どうするか……と迷っていると、目の前の男性から思いがけないことを言われた。

 

「案ずることは無い、思うままを言いなさい。およそ人の子に信じられぬ事柄であろうと、私は信じよう。私も人の子とは違う存在なのだから」

「――え?」

「…………その身体、人の子の間に産まれたにしては、いささか不自然なのだ。何処かの『神』による被造物なのか、とも思ったのだが。話してもらえぬか?」

 

 言葉の端々に、およそ有り得ない言葉が混じっていたが、目の前の男性の真摯な姿勢と、何よりも、すべてを包むような圧倒的な存在感を感じ、遂には自分の身に何が起きたのかを全て話していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――――成程な。魂の洗浄前に横槍を入れた、『真理』を名乗る存在か」

 

 普通であれば信じる者などいない与太話。だというのに、目の前の男性はその話を頭から信じていた。それと言うのも、目の前の存在も、同じくらい常識外の存在だった。

 

「オレも、驚いてますよ。まさか貴方が――いえ、貴方様が、正真正銘の『神』だなんて」

「ふむ、無理に敬語を使う必要もないぞ。見ての通り、下界ではボロ家暮らしのしがない神にすぎんのだから」

「えっと……」

 

 目の前の人物――神物(じんぶつ)は、何を隠そう『神様』。それも自称でもなんでもなく、かつては天界に存在したが、下界へと降臨された神の内の一柱(ひとり)なのだそうだ。おかげで自分の現状もおおよそのことが分かってきた。

 

 この世界は、かつての前世で物語に出てきた様々な怪物や、神や精霊といった高次の存在も存在しており、住民もまた違う。所謂亜人(デミ・ヒューマン)と呼ばれる種族も存在し、人間(ヒューマン)とも共存している。そして、この身体も純粋な人間のものではないということだった。

 

「『小人族(パルゥム)』……か……」

「うむ。一般的な亜人(デミ・ヒューマン)人間(ヒューマン)に比べると、子供程度の背丈までしか成長しない種族だ。そのため筋力などは劣るが、視覚等の感覚器官や敏捷性には優れておる。後は、『魔法』を自然と発現することも多い種族だ」

「『魔法』とか、普通にあるんだな……」

 

 新たな常識外に、精神がガリガリと削られる音がしたが、それを無理やり脇へと追いやる。この身体は『小人族(パルゥム)』と呼ばれるこの世界特有の種族のもので、大体13歳前後のもの。種族が変わった理由として考えられるのは、肉体の再構築の時点で、材料となった前の肉体が損傷しており、不足したつじつま合わせでは無いだろうかとのことだった。肉体年齢も下がっているし、これじゃ若返りに近い。――――それに。

 

(まさか、何もかも忘れてしまうとはなあ……)

 

 目が覚めたとき、自分は以前の名前を思い出すことが出来なかった。それどころかどんな家族構成だったか、どこでどんなふうに暮らしていたかも思い出せない。分かるのは、かつての自分が憧れていたという『鋼の錬金術師』の知識と(ことわり)、そして前の世界の文明や歴史などの知識方面の記憶だけだ。

 

「『真理』なる存在に心当たりはないが……。まあ、何にせよ、今は身体を休めることだ。食事や治療は私が提供し――」

「…………ミアハ様?」

 

 そこに入ってきたのは、どこか眠たそうに半目を開けた犬耳の少女だった。右腕が長袖、左腕が半袖と、奇妙にアンバランスな服装をしている。

 

「ミアハ様、その子、起きたんですね……」

「ああ、ナァーザよ。お前の作った高等回復薬(ハイ・ポーション)がよく効いたようだ」

「そうですか……」

 

 そう言って隣に座り込んだ少女は、どこか茫洋とした印象で、どうにも内心がつかみづらい感じだった。

 

「……それで、貴方はどこの『ファミリア』? 連絡がつくようなら、治療費をお願いしたい……」

「………………」

 

 困った。この質問には心底困った。先程ミアハ様から『ファミリア』というものの概要も聞いているが、身体を再構築されたに過ぎない自分には、この世界の知り合いなどいるわけがない。当然瀕死の重傷を治療してもらったので、治療費は何が何でも支払いたいが、無職かつ身元不明の自分には支払う当てなどない。答えようもなく、言葉に詰まっていると。

 

「いや、ナァーザ。この者は何処の『ファミリア』にも属しておらぬ、いわば流れ者なのだ。当然支払う当てもないようだし、今回は請求することも――」

「――――ミアハ様?」

 

 彼女の発言で、気温が一気に下がった気がした。

 

「ウチは施薬院のファミリア。対価をもらうのは当然……」

「しかしだな、金銭を所持しておらぬのだぞ?」

「……そうやって、皆に良い顔して回復薬(ポーション)を配りまくるから、ウチは貧乏……」

「いや、そんなことは無い。配るときには『今後ともご贔屓に』と言って回っておる」

「…………それでお客(リピーター)が来たことがない……」

 

 そんな感じで、犬耳の少女が延々と目の前の神様への愚痴を暴露していったが、ある程度のところで、提案を出させてもらった。

 

「――――あ、あのよ、良ければこの『ファミリア』で働かせてもらえないか?」

 

 その言葉に、延々と言い合っていた二人が虚をつかれたように止まる。

 

「……いや、しかしだな」

「そもそも、その手足で働けるの……?」

 

 まあ、右腕も両脚も根元から無くなっているからな。

 

「それは、まあ、大丈夫だ。材料さえあれば、義手も義足も自分で作ることが出来る。時間はかかるけど、動けるようになり次第、働いて返すさ」

 

 この世界にも義手や義足は存在するかも知れないが、そうしたものは専門技術で高価になりやすい。自分で機械鎧(オートメイル)を作った方が、はるかに安上がりだろう。

 

「しかし、これほどの怪我人を働かせるというのも……」

「ミアハ様は甘すぎる。私は賛成……」

 

 何とか女性の方の賛成は、得ることが出来た。その後話し合い、金銭の請求をどうするかは、手足の作製と治療の目途が立ってからとなった。

 

「そうとなれば、もう後少しで夕餉だ。その手足で食事も不便であろう? ナァーザ、ここに彼の食事を――――あ」

 

 そこまで言ったところで、不意にミアハ様が止まった。どうかしたのだろうか?

 

「いや、お主の名前を決めていなかった。前の名前を忘れているとしても名前は必要であろう?」

「あ。それなら、名乗りたい名前があるんだ。いいか?」

 

 金髪金眼、人よりも小柄な体躯。その外見があまりに似通っていたから、自然と浮かんできた名前があった。けれど、自分は『彼』ではない。あくまで似ているだけで違うモノ。だからそうした意味を込めて、その名前を口にした。

 

「オレは――――――『エド・エルリック』。これからは、そう名乗る」

 




似て非なる存在。それゆえの『エド・エルリック』命名回でした。
彼をミアハ・ファミリアと接触させたのは、他の登場人物で助けてくれそうな存在がいなかったため。あそこなら、薬作成のため都市外へのフィールド・ワークもあるだろうし、治療もしてくれそうだからです。

次回は、少し時間が飛びます。延々とリハビリを書くわけにもいきませんので……


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第4話 一年の軌跡

――成し遂げたい目的があるのだろ。立ち止まっている暇があるのか?


 朝靄がほのかに漂う空き地。そこに、一人の少年がいた。

 

「す――――っ……」

 

 静かに息を整える少年の服装は、極めてラフなもの。黒のズボンとランニング、そして右肩から覗く鋼の色合いが印象深かった。

 

 パアンッ、と音高く両手を打ち鳴らし、地面へとたたきつける。すると前方5メートルほどのところに、地面から土人形がせりあがってきた。

 

 土人形の錬成が終わると、金髪金眼の少年は、目線を人形に合わせ、構える。

 

「――ふっ!」

 

 腰だめに構えていた右腕を、勢いよく叩き込む。正拳突き。そのまま左手を天に向けて跳ね上げ、仮想の敵の攻撃を上へと捌く。そのまま身体を半回転。その場で飛び上がり、後ろ回し蹴りを叩き込み、人形を粉々に砕く!

 

「――っし!!」

 

 あのミアハ・ファミリアに拾われた日から約一年。自身で材料を集め、自作した機械鎧(オートメイル)は、ようやく身体の動きに馴染むものとなった。

 

「おー…………」

 

 不意に、後ろからパチパチ、と拍手が響いた。視線だけをそちらに向けると、この一年で大分見慣れてきた犬耳。朝食の支度をしていた、ナァーザ先輩がいた。

 

「エド、新しい機械鎧(オートメイル)で、もうそんなに動けるんだ。手術して一か月くらいは、痛みと後遺症でひーこら言ってたのに……」

「いや、機械鎧(オートメイル)は最初の装着とリハビリが大変なだけだからな?」

 

 本当に、大変だった。機械鎧(オートメイル)は、本来つけてから自由に動けるまでに、3年はリハビリに費やすというとんでもないもの。まあ神経系に直接電極を突き刺すようなものなので、当たり前と言えば当たり前だが。1年で戦闘までこなせるようになった原作エドは、根性の塊だろう。

 

「最初にあり合わせの手足を作ったと思ったら、そこから改良を重ねて、最後には私の『銀の腕(アガートラム)』に使われていた魔石技術まで導入して……今つけてるそれは、大体どのくらいで慣れるものなの?」

「んー? コイツは、とにかく早期の戦線復帰を目的としたモンだからな。装着部の癒着や拒否反応を抑制する薬品類(ポーション)を併用するとして……半年くらい」

「お~~…………」

 

 この世界に来て一年、社会情勢や文化についても学んできたが、歴史背景としては中世ヨーロッパが一番近く、当然社会保障など存在しなかった。その上で、手足を失くす大怪我を負った場合に、この世界で何より望まれるのは、『早期の社会復帰』だった。

 

 そのためエドは、『真理の扉』で得た機械鎧(オートメイル)の技術に、現代社会で使用される義肢技術や、この世界独自の『銀の腕(アガートラム)』の魔石技術を混ぜ合わせて、全く新しい機械鎧(オートメイル)の作成に取り組んできた。特に人体に直接接触する接続部は魔石を使用して、人体への負担を最小とすることに成功した。

 

「『銀の腕(アガートラム)』の方が……まだ復帰までの期間は早いけど。接続部以外に魔石を使わずに、安価に上がるのはいい……私のは関節部も骨格も、全てが魔法技術による特注だから」

「いや、ナァーザ先輩のソレは、『ディアンケヒト・ファミリア』の最高級品なんだろ? つなげた途端に、普通の腕と変わらず動くとか言うとんでもない代物だし。そっちの方がはるかに復帰も早いから、冒険者にどこまで売れるかはまだ未知数だな」

 

 こうまで機械鎧(オートメイル)の改良に取り組んできたのは、極めて単純な理由。機械鎧(オートメイル)を、『ミアハ・ファミリア』の新商品として売り込むためである。アメストリス国で栄えた機械鎧(オートメイル)技術は、そのまま軍事転用も可能なほど戦闘力が高い。そのため当初はそれを売りに出して『ミアハ・ファミリア』への治療費の返還に充てることも考えたが、戦線復帰に3年もかかる技術など、誰も買わないことが予想された。そのためリハビリ期間の大幅な削減をし、『銀の腕(アガートラム)』より安くすることで、第二級から初級冒険者向けの商品として売り込む予定だった。

 

「……もう少し早くエドが来てくれたら、ファミリア(うち)も落ちぶれなかったんだけど」

「う……」

 

 この話題に入ると、必ずナァーザ先輩は落ち込む。それと言うのも、この『ミアハ・ファミリア』、先輩の『銀の腕(アガートラム)』購入に関して法外な額の借金があるのだ。……他の団員が逃げ出すほどの。

 

「ま、まあ、いいだろ! 今日からは、オレも少しずつ稼いでくるからよ!」

「エド、やっぱり本気で迷宮(ダンジョン)に行くの……?」

 

 そう、今日は何とエドの冒険者登録が終了し、初のダンジョンへと挑む日なのである。先程言った機械鎧(オートメイル)の販売計画も、商売敵の『ディアンケヒト・ファミリア』に借金をしている現状では、最悪向こうからの圧力で販売を中止させられる。そのため、少しでも借金を返し、完済し終わった後に売り出すつもりなのだ。

 

「大丈夫だって。オレには錬金術もあるし、そう簡単にやられねーよ」

「…………分かった。でも昨日言ったように、半年は1階層から2階層までしか行っちゃ駄目だから」

「リハビリと修行込みだからな。分かった。オレも無茶はしねーさ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あの朝の出来事のあと、朝食を食べ、エドをダンジョンへと送り出した後、ナァーザはいつものように閑古鳥が鳴く店内で物思いに耽っていた。

 

(……エドは、大丈夫かな?)

 

 思い浮かべるのは、一年前の邂逅のすぐ後、治療費返済と、この都市での社会基盤構築のため、自ら主神(ミアハ様)眷族(ファミリア)となることを願い出た少年。今となっては自分の唯一の後輩だ。

 

 当時は主神の一方的な容認と、単純に食費が増えたことで面白くなかったが、ひたむきに機械鎧(オートメイル)の改良に取り組み、真摯に治療費を返そうとする姿勢に次第に緩和された。

 その上、今日からはダンジョンで少しでも稼いで、ファミリアの財政を支えようとしてくれているのだ。そこまでされて嫌うほどナァーザは根性が曲がっていない。

 

(稼ぎも大事だけど……やっぱり自分みたいにならないで欲しい)

 

 自分はかつて、中層で手足をモンスターに食べられて(・・・・・)脱落した人間だ。どうか自分のように、何もかも失うことにはならないで欲しい、と彼女はそればかりを願っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ここがダンジョンか」

 

 そんな心配を抱かせているとは露知らず。エドは、遂にダンジョンへと足を向けた。その服装は、黒の上下に赤色のコート。背中には「フラメルの十字架」を背負い、手にはギルド支給品の一つである槍を持っていた。

 

「…………」

 

 一度槍を脇にはさみ、両手を見る。機械鎧(オートメイル)の材料作成で錬金術は使用したが、ダンジョンで戦闘に使うのは初めての経験。知らず鼓動が高鳴った。

 

「――よし! 行くか!」

 

 異世界の錬金術師は、ダンジョンへの一歩を踏み出した。

 




一年間のリハビリ・機械鎧(オートメイル)開発回でした。

原作中ではオートメイルのリハビリは3年かかると言われてますが、正直それだけの期間が空いたら、間違いなくダンまち1巻で18歳のナァーザさんの怪我の時期にぶつかるんですよ。(彼女は、冒険者になって6年後にLv.2になってるので)

そのため、現在の主要な義肢のリハビリ期間がおおむね数か月前後だったので、期間を短縮。開発・リハビリ含め、1年でのダンジョン挑戦となりました。(原作エドほどの根性があるわけでもないので、純粋に技術開発です)
ちなみに『銀の腕(アガートラム)』の元ネタの方は、四日間の戦争中で腕を失くした人物に装着され、結局その装着者が義手に剣持って、敵を倒しまくって戦争に勝利してます……

予定としては次回で第一章終了の予定。そこまでは毎日更新を続けたい……


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第5話 目的

――アル、必ず元の身体に戻してやるからな
――うん、その時は、兄さんも一緒だよ



「中は、そんなに暗くないんだな……」

 

 この世界に来てから一年、初のダンジョン攻略に挑んだエドの最初の感想はそんなことだった。実際ダンジョンの中は日光が届かないはずなのにほんのりと明るい。これは壁全体がそういう材質で出来ているのか……。

 

「……いや、それだと松明がいらねーほど明るくなる理由にならねーよな。前の世界でもそういう材質もあるにはあったが、予め照射された光によるものだったり、化学反応によるものだし……。『魔法』で皆片付ければいいのかよ? いや、でも…………」

 

 ……すぐに仕組みを解明しようとするあたり、彼はどこまでも錬金術師だった。

 

「にしても、ダンジョンなのに、モンスターが出ねえなぁ………………ん?」

 

 少しばかり拍子抜けな気持ちで、ズン、ズンと歩いていくと、小人族(パルゥム)の鋭敏な耳が、前方からカリカリという何かを齧るような音を捉えた。目を細め、背中に背負っていた槍を回し、身体の脇に構える。やがて、暗闇の中から、音の正体はその姿を現した。

 

「ゴブリンか……」

 

 小人族(パルゥム)と同じくらいの背丈に、知性を感じさせない醜悪な顔つき。ダンジョン入口付近に生息する入門的なモンスター、ゴブリン。その一挙一動も見逃すまいと、腰を落とし、敵の出方を待つ。

 

『ギャッハーーッ!』

 

 その見かけどおり知能も低いのか、何の小細工もなく突っ込んできた。穂先を慎重に目標へと向け、一気に突き出す。

 

『ギイッ?!』

 

 槍は狙い通り身体の中心に突き刺さり、突進の勢いも止まった。その状態のまま位置を変え、相手を壁に押し付けるように貫き、傷口をえぐってやると、相手はその穴から欠片のような魔石を落として、灰へと還った。

 

(槍は問題なく使えそうだな……)

 

 体術や戦闘術は、ここ一年弓使いのナァーザ先輩に教わっただけだったので、出来る限り敵から間合いをとれる『槍』を主武装(メインウェポン)に選択した。遠距離攻撃は錬金術があるし、原作エドと同じく小柄な自分の武器としては、これがベストだったのだ。

 

「……お?」

 

 再びの物音に、槍を構える。今度暗闇から現れたのは、二体のゴブリン。先程よりは距離が離れている。

 

「よし! 次は錬金術の戦闘実験と行くか!」

 

 槍を自分の横に突き刺し、手を打ち鳴らす。パアンッという音を鳴らし、いつも通り地面へと振り下ろした。

 

 地面は、一度わずかに(・・・・)隆起し、すぐさまボロボロと(・・・・・)崩れ去った(・・・・・)

 

「……………………え?」

 

 その有り得ない事態に、どっと冷や汗が出る。もう一度打ち鳴らし、振り下ろす。少しだけ起き上がった地面は、またもや崩れた。

 

「オイオイ…………」

『『ギギッ、ギハァーーーッ!』』

「錬金術が、発動しねえ?!」

 

 まるでこちらの異変を感じ取ったかのように突っ込んでくるゴブリンを、横に転がりながら避ける。錬金術が発動しないのは、明らかな異常事態。その事実に気が動転していたのか、槍を突き刺した方とは逆の方向に転がってしまった。距離が開いた槍は、この戦闘中に回収するのは不可能だろう。

 

(なんだ!? 何が原因だ! こんなこと今まで無かったはずだ!!)

 

 ここ一年、都市内で機械鎧(オートメイル)の部品を作ったり、日常生活で棚やカップを直したりする際には、問題なく錬金術が発動していた。地上で使う分には何も問題なかったのだ。

 

「……だったら、錬丹術ならどうだ!?」

 

 五芒星を形作る錬成陣を描いた紙を取り出し、一枚を投げナイフでゴブリン共の足元に縫い留め、もう一枚を地面に置き、両手をついた。

 

 ――――瞬間、錬成陣を出口として、辺り一面と地底から、噴き上がるような悍ましい気配を感じた。

 

「っ、うげえっ――」

 

 たまらずに、喉をせり上がった胃液を吐き出す。ゲホゲホと胃液を吐きながら、再び襲ってきたゴブリンを横へと躱す。

 

(そういう、コトかよ……)

 

 ごろごろと転がりながら、思考を巡らせる。錬金術と錬丹術の真理を得たエドの思考は、二つの現象から、正答を導き出していた。

 

「ここは、とんでもない『バケモノ』の(ハラ)の中じゃねえかッ!!」

 

 先程感じたとんでもない気配は、ダンジョンと言う場所自体が、『生きている』ことの証だった。その上、錬丹術でなら感じ取れるはずの気脈や地脈の流れも、全て出鱈目に狂っている。これでは錬金術に用いる地殻エネルギーも、まともには流れていないだろう。その上…………

 

(地面のすげえ深いトコに………………有り得ねえ力を持った、バケモノがいる!)

 

 本来の術者でないためか、術を発動しようとするまで感じ取れなかったが、ダンジョン全体よりも、さらに大きく危険な力を秘めた生命が、地底深くに確かに存在した。ダンジョン全体へも悪影響を及ぼすほどに。

 

「術はまともに発動しねえ……まるで『お父さま』だな、クソッ」

 

 発動してもエネルギーが絶対的に足りないのか、強度がまるで無く、すぐに崩れるのでは使い物にならない。その上武器まで失った。絶望はじりじりとすぐそこまで這い上がっていた。

 

『ギャハ、ギャハ、ギャハ!』

『ギィィィィイ、イイイイ!』

 

 目の前のモンスターが浮かべる、明らかな笑い声。それにただでさえ追いつめられた精神を削られ、ギシリ、と奥歯を軋ませた。

 

「――――ふざけんな」

 

 迫りくる怪物、絶望的な状況。それでも、それを跳ね除けるために、エドの口は自然と言葉を紡いでいた。

 

「自分が誰なのかも、分からず――どんな人間だったかも分からず……」

 

 口から出るのは、自分が抱いていた想い。秘めていても、決して揺らがなかった本当の『目的』。

 

「何より! 錬金術を、死んでも求めた理由も思い出せねえで! こんなところで死ねるかよぉッ!!」

 

 その叫びとともに、心に燈火が宿り、頭の中に一つの『詠唱』が浮かんだ。

 

「――――――【一は全、全は一】!」

 

 詠唱とともに、手を胸の前で合わせる。手の周りに、わずかに青い火花が奔った。

 

「【ホーエンハイム】!!」

 

 両手を地面に付けた瞬間、エドの中から何かが抜け落ちる(・・・・・)感覚とともに、地面が先程の比ではないほど激しく鋭く隆起した。

 

『『ギャヒィィィィッ!!』』

 

 でたらめに伸びた地面のトゲに、たちまち迫っていたゴブリンは串刺しとなり、その身体を灰へと変じさせた。

 

「っ、はあっ、はぁっ、はっ…………」

 

 今のは、間違いなく『魔法』だった。しかし、起こった現象は『錬金術』。エネルギーの阻害で発動しなかったはずの錬金術が、問題なく発動していた。詠唱とともに起こった脱力感、エネルギーが不足していた筈の錬成、そして起こった錬金術の現象を考え合わせ、思い至る。

 

「『魔力』を、錬成エネルギーに変換する魔法…………」

 

 先程打ち合わせた手の平を見つめる。そこには今は何も握られておらず、これから何を掴めるのかも分かりはしなかった。けれど。

 

「………………コイツで行けるとこまで行って――――必ず『自分』を取り戻してやる……!」

 

 これが、始まり。失くしてしまった自分を求める錬金術師は、ようやくその一歩目を踏み出したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ――それから半年後。

 

「…………は? ミアハ様の知り合いのファミリアと、パーティーを組んでほしい?」

 

 ある朝の食卓。唐突にファミリアの主神たるミアハ様から、そんなことを頼まれた。

 

「うむ。最近、神友(しんゆう)一柱(ひとり)が初めて眷属を迎えたのだが。その眷属は田舎から出てきたばかりで、この都市のこともダンジョンのことも何一つ分からぬのだ」

「それで自分にレクチャーして欲しいと……」

「それ、賛成。エドもそろそろ下の階層に行くし、ソロじゃなくなるのは良い……」

 

 ナァーザ先輩は即座に賛成したが、実際自分にとってもメリットが多い。あれから半年経って2階層以降に降りる時期だし、後ろの心配をしなくていいのは有り難い。

 

「分かりました、ミアハ様。それでその眷属は、何て名前なんです?」

「ふむ…………」

 

 ……それより少し後、オラリオで知らぬ者などいなくなる名前を、ミアハ様は口にした。

 

 

「――――――ベル・クラネル、と言うそうだ」

 




初の戦闘回、そしてダンジョンでの初錬成でした。

この作品のルールとして、『ダンジョン内では錬金術・錬丹術が阻害される』という設定がしてあります。これには理由があり、ダンまち原作で、『天界で『神の力』全開で使えた神様たちが、ダンジョンに手出しできてない(蓋をしただけ)』、『ダンジョン内では神の加護や干渉が効かない(『神の恩恵』は例外)』、『地下深くにいた隻眼の竜は、神でも退治できていない(冒険者頼み)』、『ダンジョン自体生きている』等々の描写があったためです。
そんな環境では、錬成エネルギーも届かないのでは?と考えたためです。『お父さま』の腹の中で錬成するようなものですねwちなみに地上は、普通に神様達も闊歩してますし、エネルギーも届くことにしてあります。

今回エドが覚えた魔法について。ダンまち世界の魔法って、本人の願望や欲求が強く反映されるんですよね。リリのシンダー・エラ然り、ヴェルフのウィル・オ・ウィスプ然り。エドに必要なのは、単に錬成するためのエネルギーなので、この形になりましたw

前書きは原作エドとアルの決意。今回主人公の決意が明らかになるので使ってみましたw

ここまでで第一章終了。少し休んで第二章に入ります。


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第6話 登場人物設定

本日24時の更新は休みのため、第一章終了時点の登場人物紹介を載せます!


 

主人公

 

エド・エルリック

 

本作の主人公。転生者。原作開始時点で14歳。『真理の扉』から『錬金術・錬丹術の知識』と『機械鎧(オートメイル)の知識』を貰って転生した。なおその際、『身体の再構築』分も含めて、『右腕』『右脚』『左脚』を代価として支払っている。

転生時の『魂の洗浄』により、以前の名前や体験した出来事などの記憶(エピソード記憶)を失っている。一応、前世の文化や社会情勢、科学知識の記憶(意味記憶)だけは残っている。

 

現在の種族は≪小人族(パルゥム)≫。主な武装は槍。半年の戦闘で、徒手格闘の腕も上がっている。もっとも種族特性のため、筋力が不足している。

 

錬金術・錬丹術ともに、『真理の扉』を開けたため、自分自身を構築式に出来る。

ただし、遠隔錬成の際には、手元と錬成場所の両方に五芒星の錬成陣が必要なため、予め錬成陣を書いた紙を、投げナイフで縫い留めて使用する。わざわざ錬成陣記載の紙を用いるのは、メイ・チャンのように、狙った場所に鏢(ひょう)を当てる腕がないため。

 

ちなみに、現代人で、かつ『鋼の錬金術師』の大ファンだったため、作中の全ての錬成は実行が可能である。

 

ダンジョンに潜る目的は、短期的には治療費の返還。そして世話になったミアハ・ファミリアへの恩返し。長期的には、ダンジョン内に様々な魔力を秘めた品があるため、以前の自分の記憶を取り戻す糸口を掴むこと。

 

 

LV.1

 

力:H=149

耐久:H=178

器用:C=688

敏捷:D=522

魔力:B=731

 

≪発展アビリティ≫

 

なし

 

≪魔法≫

 

【ホーエンハイム】

 

・超短文詠唱で発動する魔法。詠唱式は【一は全、全は一】。

・効果は、自分の『魔力』を錬成エネルギーに変換する魔法。

・錬金術や錬丹術が使用できない場所でも、術を使用可能となる。

 

≪スキル≫

 

真理断片(フラグメント・トゥルース)

 

・『真理の扉』を開けたため、強制的に取得

・自分自身を錬成の構築式に出来る

常時発動(パッシブトリガー)

 

 

 

≪ミアハ・ファミリア≫

 

主神 ミアハ

 

ミアハ・ファミリアの主神。原作通り貧乏で、天然ジゴロ。エドを拾ったのは、薬草などを探すフィールドワーク中。『真理』については、心当たりはないと答えていた。

 

ナァーザ・エリスイス

 

『青の薬舗』店員。いつも眠そうな半眼。原作と違い既に後輩がいるため、少しばかり心配性。もっとも、少し金にがめついところは変わらない。エドの機械鎧(オートメイル)開発時に、自分の腕の技術や構造を教えるなど、かなり積極的に協力した。

 




このデータは、転生から1年半の時点となります。

『真理』が地味に、スキル枠圧迫してますw

次回以降、ここから成長していきます!


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二章
第7話 出会い


え?あっちが鋼の錬金術師?え?あの小――――



 

 ヘスティア・ファミリア初のメンバー、ベル・クラネルとの出会いから半月。2階層までしか知らなかったダンジョンの攻略も、ベルが来てからは余裕が生まれ、お互いの連携も取れ、パーティーとしての一体感もますます高まってきていた。

 

「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

 …………息ピッタリで、強敵から逃げ出すくらいに。

 

「ねねねねねねねえ、エド! ここここ、あんなの出ることって、よよよくあるの?!」

「知るか! オレだって、5階層来たのは初めてだぞ! あー、くそ! こんなことなら『ちょっと冒険してみよう』なんて言われて頷くんじゃなかったー!!」

「いや、エドだって賛成したでしょ!? 稼ぎを増やすのもありか、とか言って!」

「こっちは閑古鳥泣いてる店で店番してる姉貴分と、近所に無料(タダ)回復薬(ポーション)配りまくる保護者抱えてんだよ!! 生活かかってんだ、生活!」

「だったら、後ろの奴、ぜひ倒して! 一攫千金だよ、アレ!!」

「無理!!!」

 

 醜い口喧嘩をしながらも、足を一向に休めることをしない二人を追いかけるのは、ミノタウロス。Lv.2にカテゴライズされる魔物で、本来なら15階層以下に出現する魔物だ。

 

『ヴモォオオオオオオオッ!』

「いいいいいいつもの錬金術でパッとやって、パッと片付けてよ!?」

「ああ?! やりゃいいんだろ、やりゃ!!」

 

 まるで殴りつけるように言い放って、手を胸の前で合わせながら、勢いよく振り向いた。

 

「【一は全、全は一】!」

 

 詠唱しながら地面に手を付ける。手を中心に、青い電光が奔りぬけた。

 

「【ホーエンハイム】!!」

 

 電光が奔った地面が爆発的に変化し、たちまちおびただしい数のトゲが突き立った。

 

 今まさに獲物に襲い掛かろうとしていたミノタウロスは、勢いを殺し切ることが出来ず、正面からトゲに衝突した。

 

「…………」

「やった?! 倒した?」

(オイ、フラグ立てんじゃねえよ)

 

 内心でそう思い、目を逸らさないようじりじりと後退する。そうして大体五歩分離れたところで、ミノタウロスの指がピクリと動いた。

 

 ミチリ、ミチリ、と牛面人身の怪物の筋肉が収縮し、突き刺さったはずのトゲは、砂糖細工のように砕けた。それを合図に180度反転、全速力で離脱する。

 

「無理だな」

「諦めないで!? もう少し頑張ろうよ!」

「うるせえ! 半分はフラグ立てたお前のせいだろうが!」

「『ふらぐ』ってなにさあああああっ?!」

 

 この世界の住人の感性はどうにも古いのか、それともエドと神様が先に行き過ぎているのか、こうしたちょっとしたことで齟齬が生まれた。もっとも二人ともノリで口論しているだけなのでさして問題もなかったが。

 

「! おい、見ろ! この道の先、行き止まりじゃねえか!」

「! ホントだ!?」

 

 全力で逃走してきた二人だが、とうとう追い詰められてしまった。壁に両手をつき、恐怖で身を硬くするベルと、ぎり、と歯ぎしりをして、壁に片手をつき、ミノタウロスを見据えるエド。

 

『ヴォオオオオ――――』

 

 とうとう最期をつげるため、ミノタウロスが手に持った石斧を振り上げる。それに対し、ベルはギュッと目を瞑り、エドは――――ボソボソ、と小声でつぶやいていた言葉(・・・・・・・・・・・・)を切り、『不敵に笑った』。

 

「かかったァッ!!」

 

 両手を合わせ、袋小路の壁を勢いよく叩く。青い雷光は、その壁の中心に極太の柱を生じさせた。

 

「うおおおおお!!」

 

 柱は一気に伸び、ミノタウロスのがら空きになった胴体を捉え、勢いよく吹き飛ばす。土埃が舞い、その姿は見えなくなった。

 

「や、やったの……?」

「だから、そういうのがフラグだって……あー、もういいや」

 

 再び言い合いになる直前、土埃を払い、近づいてくる巨大な影があった。

 

「ひっ…………」

「……ベル。こうなったら、もう一回錬金術で不意をつくから、その隙に一気に脇を駆け抜けるぞ」

 

 自分では、目の前の相手にダメージは与えられないと判断。すぐさま逃走のための策を練る。少しでも合理的に、計算高く。半年のダンジョン探索は、この辺りを鍛え上げてくれた。

 

「むむ、無理だよ。僕、もう足がすくんで――」

「無理でもなんでもやるぞ。生き延びたかったらな。いいか、いくぞ。いっせーの…………」

 

 そうして合図を出そうとした、その時――――

 

 

 目の前のミノタウロスが、バラバラの肉塊へと変わった。

 

 

「なッ………………!?」

「ッ、………………!!」

 

 二人分の息をのむ声がする中、その少女は、血煙の向こうに立っていた。

 

 まるで、金砂をちりばめたような眩い髪、髪とはまた違った金の輝きを秘めた瞳、そして、その手に握られた細身の剣。

 

 『剣姫(けんき)』アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオが誇る、トップクラスの冒険者の一人。この迷宮都市(まち)では、知らぬ者などいない有名人だ。

 

「……あの、大丈夫?」

 

 数秒呆けていたが、聞こえてきた言葉に、はっと我に返る。見ると、腰が抜けたのか、ミノタウロスの血で真っ赤になったベルが地面に尻餅をついており、『剣姫』はそれに手を貸そうとしている。このあたり、とてもさっきミノタウロスを瞬殺した剣士と同一人物とは思えない。

 

 手を差し出されたベルは、目の前の少女の可憐な顔を見つめ、やがて顔を徐々に紅潮させ――

 

「ほぁああああああああああああああああ!?」

 

 ――――奇声を上げて、逃げていった。

 

「………………」

「……っ! くっ、くく……!」

 

 手を貸そうとして逃げられ、呆然とする少女と、それを後ろから見ていて、腹を抱える狼人(ウェアウルフ)の男。とてつもなくいたたまれない光景に嘆息しつつ、とりあえず助けられた礼を言うことにした。

 

「あー、連れが失礼しました。助けてくれて、アリガトウ……」

「……ん。気にしなくていい。元々、原因は私たち」

「……なに?」

 

 少女の言葉に疑問を抱き、詳しく聞いてみると、彼女らが遠征帰りに出会ったミノタウロスの集団が、階段を一目散に逃げまどいここまで来た、と……。10階層も逃げたのか。

 

「……それだったら、こっちは大丈夫なんで、他の奴らを倒してくれないか? 流石にここで足止めさせて、他のパーティーに被害が出たら寝覚めが悪い」

「……大丈夫。皆で手分けしてる。私たちの分は、さっきのが最後……」

 

 ……会話が、続かない。噂で聞いた程度だったが、暇さえあればダンジョンこもるか、剣の鍛錬してる剣の申し子という話は、ほんとうだったらしい。完全にコミュ障だろ、この人。

 

「――オイ、アイズ。雑魚と何時まで喋ってんだ。もう用もねえんだし、戻んぞ」

 

 ……成程、コイツが凶狼(ヴァナルガンド)か。誰彼かまわず喧嘩売る奴だっけ。

 

「……わかった」

「じゃーな、『チビ』。雑魚は雑魚らしく、とっとと帰ンだな」

「あ゛?」

 

 ビキリ、と血管が浮き出る音がした。……成程、そうか。前世は極々一般的な身長だった気がしないでもなかったから、理解できなかった。そーか、そーか。ははは。成程、成程。今ならエドワード・エルリックの気持ちが、よく分かる……!

 

 俯き、小声でボソボソと呟きながら近づいてきた少年に、ベートが怪訝な表情を浮かべる。自分はLv.5。目の前の相手との実力差は明らか。だがその異様な様子に、文句でもあるのか、と手を伸ばそうとした、次の瞬間。

 

「だ・れ・が――――」

 

 青い雷光を身に纏いながら、目の前の小人族(パルゥム)が、胸の前で両手を打ち合わせた。

 

「ミジンコドチビだ、クラァッ!!」

 

 地面を打ち鳴らした瞬間。ベートの周り、数(メドル)が、『穴』へと変わった。

 

「は……?」

 

 状況を一瞬理解できず、また掴まる場所もなかったので、そのまま彼は下へと姿を消した。それを見届け、ふーっと息を吐くと、ご丁寧に穴の跡をキッチリと塞いでしまった。

 

「………………あの」

 

 そこまで一連の犯行を、『剣姫』は見ていた。本来なら、仲間に危害を加えた相手に怒らなければならないところだろうが、彼女自身、状況の著しい変化についていけていなかった。

 

「……あー、悪かったな。アンタの仲間、下に落としちまって……」

「……うん、大丈夫。ベートなら、あれくらいじゃ死なない」

 

 死ななければいい、という問題でもないだろうが。

 

「……もう行ったほうがいいよ。戻ってきたら、多分殴りかかってくるだろうし」

「あ、そうだな。いい加減、装備も洗わなきゃいけないしな」

 

 咄嗟に返り血から飛びのいたが、それでもミノタウロスの血は装備に飛び散っていた。すぐに洗い落とさないと、においが残るだろう。

 

「そいじゃ、な。助けてくれてサンキューな」

「ん……」

 

 『剣姫』と別れ、相棒を探すためにも、地上へと足を向けた。

 




ついに禁句が発動。やっぱりベートはトラブルメーカーw
いくらレベルが高くても足場が無ければ重力に従うしかないわけで。

アイズと話し込んでますが、別に彼女をヒロインにする予定はありません。あしからず。

次回更新も明日の予定です。


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第8話 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

理想を語れよ――理想を語れなくなったら、人間の進化は止まるぞ


 

「う…………」

 

 『剣姫』と別れて地上へと戻った後、バベルのシャワールームにたどり着いたエドは、そこで呻いていた。頭がグラグラし、目の裏がチカチカする。

 

(やっぱ、地面に大穴開けるのは、無理があったか……)

 

 精神疲弊(マインドダウン)。魔法に使われる魔力は、自分の精神力(マインド)を消費して汲み上げるものだが、限界近くまで消費した場合に起こる現象。本来ダンジョン内でそれが起きれば命取りになりかねないため、ここ半年のダンジョン攻略では余裕をもって対処していたが、今のエドはその精神疲弊(マインドダウン)の寸前の状態だった。

 

 ……一瞬とは言え激昂して、後先考えずに地面に大穴を開けたことを、早くも後悔し始めていた。一応それを防ぐ方法として、精神力回復薬(マジック・ポーション)を服用するなど対処法もあるが、彼はその虎の子の回復薬(ポーション)を使うことを惜しんでいた。

 

「――にしても、ベルの奴、どこ行きやがったんだ?」

 

 シャワーを一通り浴び、摩天楼施設(バベル)内を探してみたが、先に戻ったはずのベルの姿が無い。仕方なしに外に出てみて、そこでふと足元へと視線を落とした。

 

 点々と、石畳にまるで目印のように、赤い血の滴が落ちていた。振り返ってみると、その滴はまっすぐにダンジョンの出口までつながっていた。

 

「……………………あのバカ」

 

 目印は、視線のはるか先、ギルドのある方向へと続いていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「本物のバカか、お前!?」

「ひう!? ゴメン、ゴメンってば!」

「オレじゃなくて、迷惑かけたギルドに謝れ!」

「ははは……まあ、確かにそうだね。もうこんなことしちゃ駄目だよ?」

 

 道端に点々と落ちる血痕をたどってみたところ、やはりベルはダンジョンからまっすぐギルドに向かっていた。……頭からかぶったミノタウロスの血を、全く落とさずに。

 

 ベルの担当アドバイザーのエイナさんも、この一連の注意を止めようとはしない。さっき横切った通りでは、既に噂になっていたくらいだからな。

 

「ベルはもう、このまま放っとくとして……エイナさん。今回のミノタウロスの出現の件、原因は『遠征』に行っていたファミリアの帰還途中の交戦だった」

「――そっか。ということは、完全なる事故。そして、今『遠征』に出ていた派閥として……≪ロキ・ファミリア≫が関わってたんだね」

 

 ギルドは基本的に、冒険者の活動の支援(バックアップ)が仕事だ。そのため本来15階層以降に出現するミノタウロスが上層に出たなんてことになれば、初級冒険者たちの大規模な被害にも繋がる。こうした冒険者との情報交換も、ギルドの役割の一つと言えた。

 

「≪ロキ・ファミリア≫が関わってたことは、もう聞いてたのか?」

「ベル君がね。『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさんに助けられたから、彼女のことを教えてください、って」

「あー…………」

 

 ベルに目を向けると、顔を真っ赤に染めて、椅子の上で身悶えていた。……わかりやすっ!

 

(明日から使い物になるのか? コイツ)

 

 ベルの良い所は、思い込んだら真っ直ぐなところだ。ここ半月のダンジョン探索で、それ位のことは分かっていた。ただ、同時にそれはあまりに大きな弱点でもあった。恐らく明日からは、この『剣姫』への憧憬(あこがれ)が原動力となって、飛躍するか、空回りするかのどちらかだろう。そして、空回りを始めたら、フォローするのも自分だ、ということが容易に想像できた。

 

「……なんか、アホらしくなってきた。エイナさん、後ヨロシク…………」

「あー、うん。お疲れ」

 

 そのまま「いや、違うんです、エイナさん!」だの、「そんな好きとかそんな大それたもんじゃ――」だの言ってる相棒(ベル)を置き去りに、帰路へと着いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ロキ・ファミリアに喧嘩売った?」

 

 その日の夜食事の席で、ダンジョン探索中に起こったことを話したところ、ナァーザ先輩がいつもの半眼を五割増しで睨みつけてきた。

 

「……大手に睨まれたら、ウチみたいな零細ファミリアはおしまい」

「…………仕方ねーだろ、向こうが喧嘩売ってきたんだからよ」

 

 ばつが悪そうに、視線を逸らす。実際彼だって、かっとなった自分が悪いのは自覚している。それでもなんというか、『あの言葉』だけは認めたくなかったのだ。

 

「まあ、良いではないか、ナァーザ」

「ミアハ様……」

小人族(パルゥム)に対し、身長をそしるのは耐え難い侮辱だ。ここ一年半の間、エドは機械鎧(オートメイル)の開発で家を出ないか、出てもすぐにダンジョンにこもるかの生活だったのだ。いきなり面と向かって言われれば、腹も立つであろう」

「……そうですけど」

 

 そういえば、とふとエドが思う。彼がここ一年半で関わったのは、機械鎧(オートメイル)の材料を貰いに行ったゴブニュ・ファミリアと、冒険者登録に行ったギルドくらいだった。基本それ以外では、ダンジョンか研究室扱いの私室にこもるという完全なインドア生活。成程、確かに悪口への耐性などつかない。

 

「……エドは、もう少し外に目を向けた方がいい」

「う……」

「そうだな。ナァーザよ、明日の夕餉はしばらくぶりに外に食べに行かぬか? 酒場などで外の空気に触れれば、少しは変わるであろう」

 

 主神であるミアハの提案に、ナァーザは渋面を作る。基本的にこのファミリアの財政は火の車で、エドの稼ぎがあっても焼け石に水だった。

 

「…………お酒を頼まないのであれば」

 

 それでも折れてくれる辺り、彼女もそれなりに後輩を心配していた。そんなこともあって、一年半ですっかり日常の一部と化した食卓風景は、ほのぼのと過ぎていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ふう……」

 

 寝台(ベッド)に横になりながら、天井を見上げる。思い出すのは、ベルの抱いた憧憬(あこがれ)と、その対象となった一人の少女。

 

 ふと、思う。

 

 もう思い出すことなどできないが、過去の自分が『鋼の錬金術師』に抱いた想いは、もしかしたらあんな熱い想いだったのではないだろうか?憧れ、焦がれ、そして追いつきたいと願っていたのではないだろうか?

 

「…………」

 

 天井をしばらく見上げ、ふと起き上がり、横に備え付けられた机の上を見据えた。

 

「そろそろ、完成させないとなぁ……」

 

 私室の机の上、無造作に置かれた一組の白い手袋。そして、その横の彼自身が記した研究ノート。その開かれた(ページ)には、一つの錬成陣が描かれていた。

 

 円形の中に描かれた、三角形をいくつも組み合わせた錬成陣。そこに描かれる『火蜥蜴(サラマンダー)』と、一つの『(ほのお)』。

 

 彼の中の熾火のような憧憬もまた、今一つの形となって燃え盛ろうとしていた。

 




今回はベルとエド、二人の憧憬の話。『剣』の憧憬と、『焔』の憧憬。エドの一年半の研究の成果です。

当たり前ですが、錬成陣が理解できても、『発火布』なんて作り方知らないんですよね。擦っても火花が出る程度に抑え、なおかつ中の手を燃やさない難燃性をつけて……オートメイル研究と並行してなので、時間がかかっていました。


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第9話 酒場での再会

――兄さんも「努力」という代価を払ったからこそ今の兄さんがあるんだ


 

 明けて、翌日のことである。

 

「やぁってやりますよぉぉぉぉぉぉ!!」

「………………」

 

 ダンジョン内でテンション上がりすぎて、突撃しまくる白兎(バカ)の姿があった。

 

「おい、少しはこっちにも……」

「ほおぉぉぉぉ!」

「いや、だから……」

「はあぁぁぁ!!」

「………………」

 

 何と言うか楽でいいのだが、こっちにまるで経験値(エクセリア)が入らない。大方、昨日出会った『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインに追いつきたい一心なのだろう、と好意的に解釈する。

 

「こうやって……いつか追いつけたら…………アイズさんと一緒にダンジョン探索したり……食事行ったり……ふふ、ふふふ……」

「……思春期って、怖えなぁ」

 

 そんなことを思うあたり、もしかしたら、前世はそれなりの年齢だったのかもしれない、と考える今日この頃だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「じゃーなー、ベル」

「うん、それじゃね!」

 

 結局その日は、ほとんどベルが獲物を狩り尽くしてしまい、夕方近くになったところでダンジョンから帰還した。そのまま一度ホームへと帰り、装備から街着に着替えてちょうど帰ってきたミアハ様と合流し、待ち合わせ場所へと向かう。

 

「――しかし何故、ナァーザの奴は、先に出ているので待ち合わせ場所まで来てほしいなどと言ったのだ? ≪青の薬舗≫から、全員そろって向かえばよいであろうに」

「……それが分かんねーから、武神(タケミカヅチ)様と同類扱いされるんですよ」

 

 偶の外食で、女性が先におめかしして出て、待ち合わせる理由なんて一つだろう。超越存在(デウスデア)のくせに、この男神は鈍感すぎだ。≪ミアハ・ファミリア≫に入ってひと月経たずに、オレですら気付いたというのに。

 

 歩くこと十分ほど、待ち合わせ場所にした噴水の前に、普段とは見違えるほどめかしこんだナァーザ先輩がいた。纏っている街着は赤系統、ふわふわした生地をいくつも折り重ねたような構造のスカートと、上着は長袖で手首のところだけに、スカートと同様の飾りがついている。義手を隠すために手袋をはめているが、全体的にかなり気合が入っていることが分かる。

 

「ほお……」

 

 隣にいたミアハ様からも、感嘆の息が漏れる。ここだ。ここからだぞ。女性との待ち合わせでは最初の第一声が重要なんだ!分かってるよな、ミアハ様!

 

「ナァーザよ……」

「…………!」

 

 よし、いけ!

 

「おぬし、そんな高そうな服を持っておったのだな? てっきり全部質に入れてしまったと――――ハガッ!?」

 

 ダメだ、この神。そして、ナァーザ先輩。貴女は、何も悪くない。アホな発言した神の足を踏んづけたのも、何も悪くない。例え、ゴキリ、と聞こえてはいけない音がしたような気がしても、何も悪くないんだ……。

 

「………………行こう」

 

 第三級冒険者の怒気を浴びて、酒場に向かう光景は、まるで決死隊のようだった。

 

 噴水の前からいったんメインストリートに戻り、酒場が乱立する飲食街を目指す。どうも冒険者時代によく利用した狙い目の店があるんだとか。当然価格はリーズナブルで、かつ量と味が良いところである。

 

「……冒険者は、時に行きつけの酒場を作っておくのも大事。そうしたところは、案外他の派閥やダンジョンの異変なんかの情報が、手に入りやすい……」

「下調べの場所か。確かにメシ代で情報が手に入るのは有りだな……」

 

 先輩冒険者として、細かいながら大事な事柄を教えてくれるナァーザ先輩。対して、踏まれた足を引きずりながら、それでもにこやかについてくるミアハ様。拾われてから一年半になるが、今ではもう大事な仲間であり、家族だ。

 

 ナァーザ先輩からおすすめの店を紹介されたり、過激な服装をしたアマゾネスや獣人からミアハ様の視線を首ごと逸らしたりしながら、メインストリートをしばらく進んでいると、目と鼻の先の店から、ドアを蹴り開けるように見覚えのある人物が出てきた。

 

「…………ベル?」

 

 昼間意気揚々と別れたはずの相棒は、目の端に涙を浮かべながら、メインストリートを走り去った。

 

「……ベルは、どうしたの?」

「店で、何かあったのかもしれぬな……」

 

 再び店に視線を戻すと、ウェイトレスと思しき女性が一人と、意外な人物が二人出てきた。

 

「おお、ロキではないか」

「……それに、『剣姫』?」

 

 昨日出会ったアイズ・ヴァレンシュタインと、その主神ロキが揃っていた。なんで、ベルと同じ酒場から?

 

「なんや、ミアハやないか。外に呑みに来るやなんて、少しは店の景気よくなったんかいな?」

「ははははは。相変わらず閑古鳥が鳴いておるわ」

 

 ミアハ様が神ロキと喋っていると、『剣姫』がこっちに近づいてきた。

 

「……確か。昨日の子の、仲間だよね」

「ん? 昨日の子って、白髪赤眼のヒューマンか? それなら確かにオレのパーティーだけど?」

「………………」

 

 そこで彼女は一度言葉を切り、少しの逡巡の後、呟いた。

 

「…………ごめんなさい」

「……あ?」

 

 いきなり謝られたので詳しく話を聞いてみると、何でもさっき酔っ払った『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガが、昨日のベルの醜態を引き合いに出して酒の席の笑いの種にしたとのこと。その後にベルが酒場を飛び出したので、『剣姫』はそのとき初めて本人の目の前で笑いものにしたと気づき、慌てて追いかけたのだそうだ。

 

「……タイミング悪いなぁ。本人、同じ酒場におったんか」

「ロキ……酒の上のこととはいえ、あまり関心せんぞ」

「わかっとるわ。ベートには注意しとく。けど、謝ったりは出来んで? 曲がりなりにもウチは≪ロキ・ファミリア≫やからな」

 

 まあ、都市最強ファミリアの一角としての体裁があるからな。

 

「…………」

「あー、もう、沈まんで、アイズたん! あんのアホ狼のことなんぞ忘れて、ウチと飲みなおそうやー!」

「……ベルのことは、こっちでフォローしとく。少なくとも謝ろうとしてくれたアンタが、気にすんなよ」

 

 そうして見るからにしょげかえった『剣姫』を、押し返すように店に戻した時だった。

 

「あ゛ぁ!? テメェは、トマト野郎と一緒にいた『チビモグラ』!」

 

 ……どんなネーミングセンスだ。昨日同様キレそうになったけど、こっちを罵ってくるベート・ローガは、今現在蓑虫のように簀巻きになっている。とてつもなくシュールな光景に、毒気が抜かれた。

 

「……オレは、モグラになった覚えは無え。それに背丈は、種族の特徴だ」

「るせえ! どんな手品か知らねえが、いきなり人を下層に落としやがって! 今度は俺がテメェを下に埋めてやる!」

 

 そう言って、うにょうにょと、ロープでグルグル巻きにされた身体を、うねらせるようにこっちへ向かってきた。横からかかっている「やめやー、ベート」という主神の制止も聞こえていないようだ。

 

「なんでそこまでして、突っかかってくんだよ」

「決まってンだろォが! テメェが雑魚で、糞の役にも立たねぇ『チビ小人族(パルゥム)』だからだ!!」

 

 ――――その言葉を言った途端、酒場の空気が凍り、代わりにテーブル席のある一点から怒気が噴き上がった。

 

「………………小人族(パルゥム)は、役立たずだって言いてえのか?」

「ああ、そォだ! 力も弱けりゃ、エルフほど魔法に優れてもいねえ! ダンジョンの中じゃ、野垂れ死ぬだけの種族だ! だから、役に立たねえって言ってンだよ!!」

 

 その言葉の瞬間、彼の肩がポン、と叩かれた。

 

 

「――――――――ベート?」

 

 

 叩いた人物は、Lv.6、第一級冒険者、≪ロキ・ファミリア≫団長、フィン・ディムナ。最強の『小人族(パルゥム)』だ。

 

「君の見解は、よくわかったよ、ベート」

「私は分かりませんよ、団長! 団長まで巻き込んで貶すなんて、この馬鹿狼ッ! 今から皮剥いで、明日の朝ごはんにしてやりましょう!」

 

 団長にご執心という噂を聞く『怒蛇(ヨルムガンド)』ティオネ・ヒリュテまで出てきた。

 

 ……出来ればベルの分まで、直接ぶん殴ってやりたかったんだがな。どんどん笑みを深めていく彼を見ると、もしかしたら自分の分は残らないように思えてくる。

 

「いや、同胞に迷惑をかけて、すまなかったね? 彼の『しつけ』はこちらで良くやっておくから、今日のところは退いてくれないか?」

「…………ああ」

 

 正直、笑顔に迫力がありすぎて頷くしかなかった。そのまま彼の笑顔も、ベートの悲鳴も、見えない・聞こえないふりをして、急いで店を出て外で待っていたミアハ様たちのところへと戻った。

 

「……どうする気なのだ?」

「オレは、ベルを追います。何だかんだでパーティーですから」

「……気を付けてね」

 

 ナァーザ先輩の言葉にうなずき、視線を向ける。その方角は、ベルの向かった先。弱くて嫌な自分を変えられる場所。強くなることのできる場所。都市の地下に眠る場所。

 

 迷宮(ダンジョン)

 




ベートご臨終……いや、死んでませんよ?

多分彼は、弱すぎる奴、覚悟が無い奴は、ダンジョンに来るなと言いたいんだとは思うんですよ……ただ、酒に飲まれてはいけません。


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第10話 背中合わせ

――――小っさい、言うなーーッ!!


 

 迷宮都市オラリオ、地下迷宮(ダンジョン)6階層。

 

「――――ッ!」

 

 裂ぱくの気合とともに、襲い掛かる怪物(モンスター)を討ち倒す少年がいた。服装は普段着、ナイフは護身用の一本のみ。回復薬(ポーション)も持たず、およそ一般冒険者から見れば正気を疑う格好だった。

 

(……馬鹿だった)

 

 ――それでも。

 

(……僕は、馬鹿だった!)

 

 ――正気を疑われようとも。

 

(……僕は、何もかもしなければ駄目だった!!)

 

 ――彼には退けない理由があった。

 

 きっかけは、ほんの些細な憧れ。けれど彼は、そこに行きたいと思った。たどり着きたいと思ってしまった。そして。

 

 ……まだ、何もしていない自分に気付いた。

 

(また、いつか会って、どうする?! 話しかける? 笑いかける? 食事に誘う? それとも――――『また』助けられる?)

 

()い、訳っ、ないだろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 気合一閃。目の前に群がっていた6階層の怪物、ウォーシャドウが真っ二つに別れた。

 

 そうとも。それで良い訳がない。憧れの人に、女の子に、助けられるばかりで良い訳がない。仲間を守って。女の子を救って。自分を賭けて。そうして、願いを貫く。

 

「それが…………一番格好のいい英雄(おのこ)だ……!」

 

 思い出した。自分の原点(はじまり)憧憬(あこがれ)。自分にとっての始まりは、何時も大きく暖かな背中で、自分を守ってくれていた、祖父だった。子供の頃、生まれ育った狭い(せかい)では、祖父こそが『英雄』だった。

 

 だから。

 

「英雄に、なるんだッ……!!」

 

 あの背中に、追いつくために。彼女のいる場所(ところ)に、辿り着くために。だから、少しでも。今は、少しでも多く――!

 

『『キィィイイイイィィィ!!』』

 

 自分の右前方から二体、ウォーシャドウが迫ってくる。左の攻撃をかわし、右に一閃。続けざまに、左の片手を斬り飛ばし、もう片方の攻撃を受け、鍔迫り合う。

 

『『『キィッ! キィィィィ!!』』』

 

 動きが止まったのがいけなかったのか、後ろからさらに三体。そちらに顔を向け、衝撃に備え、歯を食いしばった時だった。

 

「だぁらっしゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そのウォーシャドウのさらに後方から小さな影が飛び込んできて、勢いそのまま右端の奴を殴り飛ばし、他の二体まで地面に転がしてしまった。一連の映像を網膜に焼き付け、そこでようやく人影の正体を知った。

 

「……ふう」

「エド!?」

 

 自分とダンジョン探索のパーティーを組んでいるエドが、夜中の人気のないダンジョンにいた。

 

「こんなところで何してるのさ、エド!」

「あー。さっきの酒場で何があったか聞いてな。お前追っかけて来たんだよ」

「っ……」

 

 つまりは連れ戻しにきたということだ。こんな夜中に、装備もなしに、しかも入ったこともなかった新たな階層への無謀な攻略を止めに。それは、正しい。ああ、どこまでも理屈の上では、正しい判断だった。

 

 だけど。

 

「帰って! 僕はまだここで強くならなきゃいけないんだ!」

 

 意地が。なけなしの矜持(プライド)が。帰ることを全力で拒否していた。

 

 それを聞いたエドは、しかし不敵に笑った(・・・・・・)

 

「――――ちょうどいい。オレも強くなりたいと思ってたんだ。付き合え」

 

 そう言って、こっちに背中を預けてきた。

 

「……エド。僕を、連れ戻しにきたんじゃないの?」

「はあ? 連れ戻す? オレは諸般の事情で強くなりたいと思ってたら、たまたま(・・・・)お前がダンジョンに行くのが見えたから、便乗しただけだ」

 

 そう言って拳を縦に構え、敵を見据える。見ると、エドの格好は、今の自分よりひどかった。恐らくは街着の類だったはずのシャツもズボンもあちこち破けており、裂け目からは、鋼の手足が見え隠れしていた。妙に平行に揃った傷も見えるのは、モンスターの爪の攻撃をろくに避けもせずに突っ込んだからだろうか?何より、彼は自分と違い護身用の装備一つ持っていない。

 

「なんで……強くなりたいのさ?」

「ん? それはなぁ……」

 

 そこで彼は一度言葉を切り、高らかに言い放った。

 

「あンの、クソ狼に! 一撃喰らわせるためだああああああぁぁぁッ!!」

 

 …………ものすごい、個人的な事情だった。

 

「……そりゃまた、なんで?」

「あぁっ! それはあのクソ狼が、三回も、三回も…………………………『身長(・・)』のこと口にしやがったんだぞ!? だったら当然、三回は地獄見せなきゃならねえだろうがぁっ!!」

 

 私怨だった。しかもすごく些細な理由だった。何と言うか、あまりの小ささに――もちろん身長のことではない――、逆に毒気を抜かれた。大体『身長』と言って、『小さい』と言えない辺りが、ものすごく小さい。

 

「けどな、今のオレじゃ地獄見せるのは無理だ! 今回は向こうの団長に譲ったけど! 今度はオレの手で地獄を見せるために! 強くならなきゃいけねえんだよ!!」

 

 ……自分よりずっと頭が良くて、計算高いのに。こういうところは、何だかなあ、と思ってしまう。

 

「…………あはは、じゃあこの獲物、半分こね」

「おう、任せとけ!!」

「でも、大丈夫? 装備持ってきてないんでしょ?」

「へっ、錬金術師を舐めんなよ!」

 

 そう言ったエドが小声で詠唱を始めると、起き上がった後様子見をしていたウォーシャドウたちが、一斉に襲ってきた。

 

「【ホーエンハイム】!!」

 

 詠唱の完了とともに、パァンッ、と両手を胸の前で合わせる。何時も見る青い雷光は、機械鎧(オートメイル)の二の腕までを取り巻いた。

 

「うらぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 掛け声とともに、半円を描くように右腕を繰り出す。軌跡の上にいたウォーシャドウが灰へと還り降り積もる中、ぎらり、と光を湛えるのは、まるで刃のように鋭くなった右腕の機械鎧(オートメイル)

 

「っし、まず三体! ベル、今からどっちが多く倒せるか競争な?」

「えぇっ、今のもカウント?! ずるいよ、エド!」

「勝負とは、非情なんだよ! よぉし、さらに追加だ!」

「ああ、もう! 負けないよ!!」

 

 二人で奏でる戦闘の二重奏は、夜が白むまで続けられた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして、一晩徹夜で狩り続け、ふらふら、フラフラと危なげな足取りで、二人そろってそれぞれのホームを目指していた。

 

「……ねえ、エド?」

「……なんだよ?」

「僕達、強くなれるかなぁ……?」

「……当たり前だろ」

 

 それは、二人が本当の意味で、冒険を始めた朝だった。

 




ダンジョン徹夜狩り、終了!
ネトゲ廃人なら徹夜は当たり前ですが、現実でやったら判断力低下でぽっくり逝きそうな行為ですよねw装備無かったため、手袋の出番はまだです。

明日の投稿なんですが、仕事が入っており、しかも残業が予想されるため、一日休ませていただきます。次は多分、日曜24時です


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第11話 怪物祭

――エド!戻ってくるときは、連絡入れなさいっていつも言ってるでしょ!


 地下迷宮(ダンジョン)6階層の一角に、ここ数日恒例となった景色が広がっていた。

 

「「うおおおおおっ!!」」

 

 白髪赤眼の人間(ヒューマン)と、金髪金眼の小人族(パルゥム)が、競い合うかのように周囲のモンスターを一掃していた。

 

「よっしゃ! これで31匹目!」

 

 金髪金眼の小人族(パルゥム)は右手の鋼の義手を刃に変形させ、左手の槍とともに薙ぎ払うように敵を屠り。

 

「まだまだ! 僕だってこれで28匹目!」

 

 白髪赤眼の人間(ヒューマン)は、その手にナイフを持って、周囲の敵を斬り裂いた。

 

「へっ! そろそろ財布の心配をした方がいいんじゃねえか?」

「そっちこそ! 今日は負けないよ!」

 

 そうして互いに崩れていた体勢を整え、再びそれぞれの正面の敵へと向き直る。

 

「「今日は、オレ(僕)の勝ちだ!!」」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ……どうして、こんな状況になっているかと言うと、それは二人が本当の冒険を始めたあの夜までさかのぼる。あの後の二人の会話として、

 

『結局、倒した数は、オレの勝ちだったな』

『は? 最初にフライングした分だけでしょ? あんなの無効だよ』

『いやそんなことも無えよ。もう一回やってもオレの勝ちだ』

『――なら確かめてみる?』

 

 まさに売り言葉に買い言葉。同い年ということもあって、対抗意識を燃やしてしまい、その次の日から賭けまで始まってしまい、互いに退けなくなっていた。ちなみに賭けの内容は、「負けた方が、翌日の昼用の弁当を自腹で用意する」というものだ。

 

 昨日負けたベルが用意した弁当を食べながら、ふと思いついたことを呟く。

 

「そういやヘスティア様は、ホームに戻ってきたか?」

「え、いや……何日か前の神様の会合に行ってから、ずっと不在なんだよ……」

 

 エドもその会合、神の宴については知っている。神ガネーシャが、明日執り行われる『怪物祭(モンスター・フィリア)』に向けて、前祝いとして開いたとか。ミアハ様は行くための衣装が無いのでお休みだった。

 

「まあ、神様も子供じゃないし、どっか神友の方のところに遊びに行ってるんじゃないか?」

「それならいいんだけど……」

 

 それでも心配は尽きないようだ。眷族(ファミリア)を家族として捉えているベルらしい悩みと言えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんな会話があってから翌日。お互いに『怪物祭(モンスター・フィリア)』という街を挙げての催しに期待していたこともあって、その日の迷宮(ダンジョン)探索は休みとなった。もっともそれでエドが何もしなくて良いというわけではない。

 

「へい! らっしゃい! 活きの良い回復薬(ポーション)が揃ってるよ!」

「……エド。それじゃ、魚屋」

 

 商業系派閥(ファミリア)は、こういうときこそ書き入れ時とメイン会場の闘技場周りに出店を出していた。当然≪ミアハ・ファミリア≫も稼ごうと出店を通りの隅に設置した。

 しかも今回、『怪物祭(モンスター・フィリア)』の内容・演目を知ったエドは、新商品を出品していた。

 

「お、そこの坊ちゃん! こっちの『24分の1シルバーバック』買わないか!? 翼が動く『24分の1ワイバーン』なんてのもあるぞ!」

「施薬院のファミリアなのに……エドが錬金術で作った人形の方が、飛ぶように売れる不思議……」

 

 そう、出品したのは、数分の1スケールのモンスター人形。しかも手足やアゴなど、細かい部分にわざわざ球体関節までつけて可動域を広げ、男の子のマニア心をくすぐる憎い仕様。ある意味現代社会出身ゆえの商売と言えた。

 

「……エド。午後から2時間くらい休憩に入ってもいいよ。エドも『怪物祭(モンスター・フィリア)』見てきたいでしょ」

「んー、『怪物祭(モンスター・フィリア)』自体は興味あんま無いんだよな。モンスターならダンジョンで見れるし。あ、でもメシの買い出しには出たいか」

「……だったら買い食いついでにあちこち見てくるといいよ。帰りに私にも何か買ってきてくれれば」

「わかった」

 

 客も落ち着き、出店の食べ物を物色しに出てしばらく。それは起こった。

 

「モンスターが逃げた!?」

「――――ん?」

 

 出店の林檎アメもどきを冷やかしていると、近くの闘技場入口でベルのギルドアドバイザーであるエイナ・チュールが同僚と話しているのが見えた。

 

「うん。今≪ガネーシャ・ファミリア≫の人達が話してて。どうしよう、エイナ」

「っ、すぐに他のファミリアに連絡を――」

 

 会話の途中で大方の事情を悟り、急ぎ自分たちの出店へと戻る。

 

「……モンスターが?」

「ああ。もしかしたらこっちに来るかも知れねえ。オレの人形もあらかた売れたし、早めに店じまいした方がいいかもな」

「……回復薬(ポーション)は、全く売れてないけど」

「それでも結構な売り上げ出たんだ。とりあえずナァーザ先輩は売り上げと売れ残りの商品持って、先に戻っててくれねえか? 出店はオレが見張っとくし、店自体の片付けは事態が落ち着いてからゆっくりやればいいだろ」

 

 ナァーザ先輩を先に帰そうとするのには、理由がある。彼女はダンジョン内でその右腕を喪っており、モンスターに対し心的外傷(トラウマ)がある。正面から向き合ったりすれば、恐怖で硬直する恐れだってあるのだ。

 

「……わかった。先に戻ってる。その代わり、モンスターが来ても、出店は放り出して、必ず逃げて。店は後で修理すればいいんだから」

「ああ。ミアハ様戻ってきてたら、今日は外を出歩かないように伝えてくれ」

 

 そうして売上を持ったナァーザ先輩と別れ、机と看板だけになった出店の中で周りを探る。モンスターと思しき喧噪は、どうやら違う通りのようで、徐々に闘技場からダイダロス通りの方へと離れていくのが聞こえた。

 

「どうやら大丈夫そう――――――ん?」

 

 安心して、独り言ちると、目の前を奇妙な人影が通った。目立たないブラウンのローブを目深にかぶり、何故か周囲をきょろきょろと落ち着かない様子で窺い、近くの裏路地へと入っていった。

 

「…………」

 

 その様子が、まるで盗みか置き引きでもしてきた後のように見え、出店の机の上に『休憩中』の札を立て、思わず後を追ってしまった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ひい、ふう、み……結構な金額になりそうですね……」

 

 裏路地からいくつも隘路を通り抜けた先、地下水路の入り口近くの縁でローブの人物は懐の袋の中身を物色していた。

 

「――やっぱり、コソ泥か」

「ッ!!」

 

 物陰から飛び出し、その人物に声を掛ける。慌てて身を翻そうとしていたが、『恩恵(ファルナ)』が低いのか、すぐさま距離を詰め、ローブをめくる。

 

「――猫人(キャットピープル)?」

 

 中から出てきたのは、『猫人(キャットピープル)』の『少年』。背丈も小人族(パルゥム)の自分と同じくらいだし、恐らく実年齢は自分より低いだろう。

 

「わ、私はコソ泥なんかじゃありません!!」

 

 ローブを掴んでいた手を払いのけられ、距離を取られる。……どう見ても逃げる算段に見える。

 

「……潔白だって言うんなら、何でこんなところでお金を検分してんだよ。普通に自宅なり、ファミリアのホームなりでやればいいだろ」

「こっちにも事情があるんです! いいですか――――」

 

 だが、その理由をすぐに聞くことは出来なかった。

 

 近くに流れ落ちていた地下水路の水音、上から聞こえる喧噪、怒鳴り声にも似た話し声など悪条件が重なったせいか、二人ともすぐ足元に忍び寄っていた『奇妙な触手(・・・・・)』に気付かなかったのだ。

 

「え? きゃあああああ?!」

 

 まるで女の子のような悲鳴を上げた少年を空中に吊り上げた見たことも無いモンスターは、顔のない蛇のような姿をしていた。

 




ようやく、メインヒロイン出せた……!まあ、正体隠せてないですよねwタグ増やすのは彼女の正体がちゃんと明るみになってからにします。三章の終わりくらいでしょうか。

しかし何で私の作品は、ヒロイン出すのに時間かかるんだ。SAOの時もそうだったしwちなみに前書きの台詞は、ウィンリィ初登場のシーン……のはずw

次回――錬金術師が無双しますwテンプレだろうと、やっぱヒロインは主人公が助けないと!


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第12話 錬金術師

この程度では死なない――そう言っていたな。ならば――


 顔のない蛇のような姿をした、見たことも無いモンスター。猫人(キャットピープル)の少年を吊り上げたそのモンスターは、形容し難いガラスを引っ掻いたような叫び声を上げていた。

 

「オイ、コラァッ!」

 

 咄嗟に機械鎧(オートメイル)の右腕で、その長い胴体を殴りつける。しかし相手は何の痛痒も感じていないのか、相変わらず巻き付いた少年へと大きな鎌首を向けていた。

 

「オイ、アンタッ! 何かこのモンスターを惹きつけるエサか何か持ってんのか!?」

「も、持ってません……!」

「クソッ、コイツこっちを見向きもしねえ!」

 

 機械鎧(オートメイル)の手足で執拗に打撃を与えるが、相手はエドを見ようともせず、やがて大きく身体をくねらせた。

 

「ぐあッ!?」

 

 そのついでのような挙動で、地下水路が壊され、飛び散る石片に身体を打ち据えられた。土煙の向こうにエドが消えると、やがてそのモンスターは頭部をもたげ、正体を現した。

 

 ぱくり、と開いた頭部は、『花弁(はなびら)』。その自在に曲がる蛇体は、『茎』。毒々しい極彩色の妖花は、花の奥でどろりとした粘液を、牙持つ口腔から滴らせていた。

 

 『食人花』。その口の粘液と、牙を見て、ようやく捕まった少年は目の前に迫る運命を悟った。

 

「ヒッ――――」

 

 悲鳴は喉に張り付いたように出てこなかった。これで終わりか。この花に食べられて終わりか。あの牙は、自分なんて簡単に貫くだろう。あの粘液は、自分を容易に溶かすだろう。ああ、ああ――――――ようやくか(・・・・・)

 

 そこに思考が至ったとき、少年は力を抜いた。なぜなら、既に諦めていたから。この花に出会うよりずっとずっと前に、弱い自分が『生きること』をもう諦めていたから。

 

 牙が、近づく。粘液の糸を引いて、口腔が大きく開く。これで、やっと――――

 

「――――待てよ、オイ」

 

 そんな思考を断ち切ったのは、低く地の底から響くような金髪の少年の声だった。

 

「『錬金術師』に、迷宮(ダンジョン)の外で喧嘩売って――――」

 

 声とともに、バチバチという火花の音が鳴る。それは徐々に大きくなって……

 

「ただで済むと思ってんのか、コラァッ!!」

 

 ゴゴゴ!という、土煙を引き裂く石柱の音へと変わった。

 

 その光景は異様だった。四角い石の柱が地面を吸い上げるように林立し、食人花の長い茎を何度も打ち据えた。かと思えばその柱から、今度は石で出来た巨大な手が生まれ、拳を作って殴りつけるものもあれば、掌で茎を抑えつけようとするものまで現れる。

 

「うおおおおおおおおおッ!」

 

 そんな石の嵐の中を、小人族(パルゥム)の少年は、無我夢中で走り抜けていた。今も地面に手を付きながら地面から柱を生じさせ、その柱を駆け昇り、中途から今度は階段を作り上げた。

 

「おらぁっ!!」

 

 彼は階段を登り詰め、猫人(キャットピープル)の少年のすぐ下まで辿り着くと、今度は食人花との隙間に石で作った槍の石突きをこじ入れた。

 

「ちょっと待ってろ。今出して――」

「――何で助けようとするんですか?」

「――ああ?」

「……別に、ここで死んだっていいのに」

 

 何もかも、諦めきった声音。もう、少年は疲れていた。疲れていたのだ。だから、いっそ、このまま……

 

「…………」

 

 返事は、ない。返事は、胸の前で打ち合わせる手の音と、青い雷光を纏って、内側から食人花を押し広げる変形した槍だった。そのまま拘束が緩み、地面に転がったとき、後ろから件の少年が近づいてきて…………

 

 『全力の拳骨』を、落とした。

 

「ひグゥッ!?」

「フザケんなーーーーーーッ!!」

 

 怒られた。瞼の裏に星を見て、そう認識した途端、余りの理不尽と折檻に、沸々と怒りが湧いてきた。

 

「ふ、ふざけんな、って何ですか!? 私はちゃんと――」

「だから、フザケんなって言ってんだ!」

 

 怒鳴り声を怒鳴り声でかき消され、告げられた。

 

「アンタ、まだ、ちゃんと生きてんだろぉが!」

 

 その言葉に、僅かに空白が生まれた。

 

「手だってある! 足だってある! 自分でどこにだって行けて、何だって掴める奴が、生きることを諦めてんじゃねえ!!」

 

 滅茶苦茶だ、この少年。本当に滅茶苦茶だ。それなのに…………何故か、反論することは出来なかった。

 

『――――――!』

 

 再び、ガラスを引っ掻く叫び声。見ると先程の食人花が石の柱から抜け出したのか、花弁をこちらへ向けていた。それが、見えているはずなのに、この花の強さが分からないはずはないのに、何故か金髪の少年は退こうとしない。

 

「…………納得できねえなら、存分に見せてやるよ。生きることも、足掻くことも止めない、『錬金術師』のやり方ってやつを」

 

 そう言って、錬金術師を名乗る少年は、両手の手袋を脱ぎ捨て、懐に入っていた、何かの紋様が刻まれた手袋を装着した。その、明らかに人工物だった――――鋼の()に。

 

「この手に刻まれているのは、ある未来を見据えた錬金術師の錬成陣だ。国の、そこに暮らす民の未来を見据えようとした、熱い(ほのお)のような錬成陣(おもい)

 

 彼もまた、見据える。眼前の敵と、その先に広がっている、未来を。

 

「――――お前みたいな、花のバケモンに消せるかよッ!!」

 

 虚空で、指を打ち鳴らす。瞬間、青い火花が食人花まで駆け抜け、次に、爆ぜた(・・・)

 

『――――――――――――!?』

「きゃあああああッ?!」

 

 視界いっぱいに広がる、焔。ありとあらゆる赤に染まって、食人花が悲鳴を上げた。焔がやんだ時、中から花弁と茎のあちこちを焦げ付かせた食人花が出てきた。

 

「このくらいじゃ、死なねえか。だったらよ…………『死ぬまで、殺す』だけだ」

 

 焔の、豪雨。そう表現するしかない光景だった。指を打ち鳴らすたび、焔が走り、花が叫ぶ。そのたびに花も茎も黒い焦げ目が広がっていった。

 

「終わりだ」

 

 豪雨が止んだ時、出てきたのは全て余すところなく黒焦げとなった花の姿。そんな姿を前に金髪の『錬金術師』は手を一度合わせた後、両側に大きく広げていた。その格好と虚空に走る火花が、周囲の『空気』と『水分』を大量に『酸素』と『水素』に変えているなんてことは、猫人の少年はそのとき一切知らなかった。

 

「――オレの未来(まえ)に、入るんじゃねえ。じゃあな」

 

 爆炎。花はおろか、地下水路まで駆け抜けたその焔は、どこか遠くで戦っていた『枝』の根本まで焼き尽くし、地面から間欠泉のように噴き上がった。

 

『あっつーーーーッ?!』

『…………!?』

『ちょっと、何よコレ!?』

 

 遠くの方で、その『枝』相手に奮戦していた第一級冒険者が、お気に入りの街着をあちこち焦がしたりしたが、『枝』の先の『花』は、根本が焼き切れたため、間もなく彼女らによって駆除された。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「あー、疲れた、疲れた」

「…………」

 

 あの花を倒した後、金髪の錬金術師と、猫人(キャットピープル)の少年は地下水路から、かなり離れた路地を歩いていた。

 

 そこに行くまでに少年は、今、手の中にある金銭と『魔石』の出どころを問われて、元々サポーターとして所属したあるパーティーから貰うはずだった報酬で、実は相手が払おうとしなかったから、そのパーティーからちょろまかして逃げてきたものであること……などを話してしまっていた。

 

 明らかに自分が煙に巻いたパーティーなど問題にならない実力に、あるいは観念し、早く楽になりたかったのかも知れない。

 

 もっとも、それを聞いた少年錬金術師の反応は。

 

「そうか」

 

 だけだった。

 

「軽蔑しないんですか!?」

「何をだよ」

「罪だとか、罰だとか、言わないんですか!!」

「んなモン、ただの『等価交換』だろうが」

 

 路地の片隅で、しばらく罪を負おうとする少年(ひこく)と、そんなものは罪にならないと言う錬金術師(だいさんしゃ)の、奇妙な口論が展開された。

 

「もういいです!!」

 

 結局最後には喧嘩別れのように、互いの帰路に着いた。

 

「何なんだ、アイツ…………」

 

 遠ざかっていく猫人(キャットピープル)の少年。このときのエドは、今後その人物と長い付き合いになる、なんてことは、これっぽっちも思ってはいなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…………」

 

 昼なお暗い、路地の裏の裏。そんなところで猫人(キャットピープル)の少年は、ふと立ち止まった。

 

「……ちょっとだけ、生まれ変われるのかなぁ、って思ったんですけどね」

 

 そうして、つい、と両手を持ち上げ、その猫のような形の耳へと触れた。

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 魔法が、解ける。姿(ドレス)がほどけ、そこにいたのは、もう『少年』ではなかった。

 

「貴方は、そんなに強いからそんな風にいられるんですよ――」

 

 ドレスを脱ぎ捨てた『彼女』の姿は、灰と泥に塗れ、疲れ切った『小人族(パルゥム)』の『少女』。

 

「――――冒険者なんて、大っ嫌い、です」

 

 『彼女』の名は、『リリルカ・アーデ』といった。

 




錬金術、無双!終了です♪そして、リリ初登場!!

元々ハガレンの錬金術って、この作品みたいにエネルギーの制限とか、原作の『錬金術封じ』でも無ければ、何でも出来るチートなんですよねw地面からは無限に近い錬成が出来るし、それこそ単に酸素と水素を作るだけでとんでもない規模の焔を作れるくらいに……
ダンジョン外なら無双可能な主人公。さて、戦争遊戯はどうなるかww

昨日は、何と体調崩して午後一杯寝てました。皆さん体調管理はくれぐれもお気を付けください。

今回で1巻の内容はほとんど終了。次回2巻の内容、第三章に入ります。そろそろ『原作改変』と『キャラ魔改造』タグ入れないとな……


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三章
第13話 かつての絆


――あー!私の機械鎧(オートメイル)を変形させたわねー!!


 

「――エド。一体、何と戦ってきたのだ?」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の後、エドがホームに戻ってステイタスの更新をしてもらっているとき、ミアハ様はこう聞いてきた。

 

エド・エルリック

 

LV.1

 

力:H=149 → H=149

耐久:H=178 → G=272

器用:C=688 → A=843

敏捷:D=522 → C=673

魔力:B=731 → B=731

 

≪発展アビリティ≫

 

なし

 

≪魔法≫

 

【ホーエンハイム】

 

≪スキル≫

 

真理断片(フラグメント・トゥルース)

 

 

 ……驚きの上昇率だった。ダンジョン外だったため魔力を使っていなかったが、それでも三つのステイタスがトータル400もの上昇である。耐久と敏捷はともかく、器用が上がったのは、前日から行っていた可動モンスター人形作りも反映された結果だろう。

 

「……やっぱあのバケモン花、深層のモンスターだったのか?」

「……少なくとも、私が潜ったところまでじゃ、そんな妙なモンスターは知らない」

 

 先輩冒険者のナァーザ先輩も知らないんじゃ、少なくとも18階層より下か、あるいは未知のモンスターかも知れない。ドロップアイテムも出なかったため、確かめようもなかった。

 

「こうなると、焼き尽くしちまったのは、マズかったな」

「珍しくて高値で売れるアイテムだって出たかも知れないのに……魔石に至るまで、焦げ焦げ粉々にするのはやり過ぎ」

「まあ、良いではないかナァーザ。そんな強いモンスターと戦って、エドが無事だったのだ。喜ぶべきことではないか」

「…………」

 

 ミアハ様のその言葉に何か納得できないのか、ナァーザ先輩は横で平気な顔をしているエドをじろりと睨みつけた。

 

「……エドは、新しい装備は買わないの?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……まさか、本当に買う羽目になるとはなあ」

 

 あのステイタス更新から数日後、今現在の場所はヘファイストス・ファミリアの摩天楼施設(バベル)店。本日ここに来たのは、ベルとエドの装備を整えるためだ。

 

 実のところ、エドは大抵錬金術でその場で装備を作るため、ダンジョンに持って行くのは全部ギルドの支給品の払下げ品。まともに購入したのは、赤いフードコートのみという状況だった。

 

 そんな状態で、『ヘスティア・ナイフ』という名前の新装備を手に入れたベルと一緒にこれまで進出していなかった7階層まで行ってみたところ、ベルの担当アドバイザーのエイナさんから雷を落とされる結果となった。ベルが現在のステイタスを見せて納得してもらったものの、装備が心もとないということで、わざわざ購入する羽目になったのだ。

 

「正直、余り買う金はねえんだが……」

「零細ファミリアは、お互い大変だよね……」

 

 意気揚々と向かうエイナさんに対し、少年二人のテンションはとてつもなく低かった。ヘファイストス・ファミリアは第一級冒険者垂涎のブランドで、高いものは住宅地の家一軒分にも相当するのだから、当然だろう。

 

「まあまあ、大丈夫だから、早速こっちへ――」

「いらっしゃいませぇー! 今日は何をお求めですか♪」

 

 エイナさんの話の途中で、横の店内から、どこかで見覚えのあるツインテールのロリ神が赤い制服を着て出てきた。と、いう、か……

 

「なにやってんですか、神様…………」

「………………」

 

 ベルのところの主神、ヘスティア様だった。

 

「バイトの掛け持ち!? 最近余裕出来たって言ったじゃないですか?!」

「ベル君、君は何も見なかったことにして、家に帰るんだー!!」

 

「……あ、あいかわらず変わった神様だね」

「……ウチもこれ以上、財政難にならないよう気を付けなきゃな」

 

 主に、目の前の神と眷族()の醜い争いをしないために。結局その後、ヘスティア様は雇い先の号令で行ってしまった。

 

「しかし、何でヘスティア様は急にバイト増やしたんだ? ベルは何か聞いてないのか?」

「ううん、何も……」

 

 どう考えても、金で困らない限りはバイトを増やしたりしないだろ。その上でベルに言えない、最近の出来事…………そこまで考えて、ベルの持つ【Hφαιστοs】のロゴが入ったナイフに視線をやる。

 

(…………すまん、ベル。ウチは金銭面では力になれねえ!)

 

 想像通りなら、現在のミアハ・ファミリアをはるかに凌ぐであろう借金(ばくだん)に、あっさりと戦友を見捨てた。

 

 その後たどり着いたバベル8階。ヘファイストス・ファミリアの中でも新人鍛冶師の作品を取り扱うフロアだった。何でもファミリアの新人の奮起と、他のファミリアの新米冒険者を将来の常連として獲得するため設けている一角だとか。

 

「へええ……」

 

 ベルやエイナさんと別れた後、エドが見ていたのは槍のコーナー。もっとも普通の槍使いとは明らかに着眼点が違っていた。

 

「穂先も柄も、可能な限り同一素材で……良質な金属を多量に含んでいて……変形させやすそうな……」

 

 手を加える気、満々だった。結局、壁に立てかけられている上質な槍ではなく、傘立てのようなものにまとめて刺さっていた一本を購入した。

 

「あとは……籠手でも見るか」

 

 そう考えて防具の中でも、盾などの腕に装着するものを取り扱っているコーナーへ行くと、そこには先客がいた。

 

「あれ、エイナさん?」

「エド君?」

 

 先に来ていたエイナさんは、棚に置いてあったものの中でも、深緑(エメラルド)色のプロテクターを見ていた。全体的に華奢な印象のプロテクターで、どちらかと言うと、ベルに似合いそうな装備だった。

 

「ベルへのプレゼントか?」

「なっ……!」

 

 思い切り動揺していたが、その反応が半ば答えだった。それに苦笑しつつ、すぐ横の籠手の並びを見る。

 

「……そういうエド君は?」

機械鎧(オートメイル)の外板に組み込めそうな、鋼の籠手を探しに来たんだよ。接続部だけ細工すれば取り付けられるからな」

 

 そう言って右腕を目の前で振ると、とたんに表情が曇った。

 

「………………エド君は、手足の状態がそう(・・)でも、変わらずダンジョンに行くんだね」

「…………」

 

 ダンジョンに入り始めてすぐの頃、手足のことを知られて、何度も止められていたことを思い出す。

 

「あー、まあ無茶はしないさ。当時のアドバイザーにも何度も言われたからな」

「……担当した三か月、延々と『危険だからやめなさい』しか言わなかったけどね」

 

 半年前、出合い頭に言われてから三か月、本当に顔を合わせればそればっかりだった。

 

「ベル君もそうだけど……エド君だっていなくなって欲しくないんだからね。以前(まえ)に担当していた身としては」

「へっ。オレも寿命で死ぬまでは、死ぬつもりはないからな。ベル共々生き残ってやるさ」

「はあ……まったく……」

 

 そんなことを言いつつ、口元に笑みを浮かべ、互いに見つけた防具を手に、ベルの元へと向かった。

 




いわゆるデート回。エドの最初の担当アドバイザーはエイナでした。もっとも三か月だけですがw

籠手も槍もそうですが、錬金術って、とことん鍛冶師の制作物と相性悪いですね。魂込めて作った作品を弄繰り回してる……ウィンリィが怒るのも無理ないww


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第14話 そして、新たな――

――そりゃパニーニャだな。
――パニーニャ?
――観光客狙いのケチなコソ泥だよ


「――結局、まともに鎧買ったのはベルだけか」

「いや、エドがおかしいんだからね?」

「『ぬののふく』は立派な冒険者の正式装備だぞ? とある竜を退治するお話では、『ひのきのぼう』と『おなべのふた』を持たせて、王様が強制的に冒険に旅立たせるのは常識だ」

「なに、その王様?! それ冒険者じゃないよ! 厄介払いだよ!」

 

 何を言う。世の中には『パンツ一丁』が正式装備な人達もいるんだぞ?前世のゲーム限定だが。

 

「まあ、それはともかく。正直盾も鎧も、地面で作るからいらないんだよ。むしろ動きが遅くなるからデメリットだ」

「……無駄だよベル君。エド君は私が担当してる時に、何度口を酸っぱくして言っても鎧を買わなかったから」

「エイナさん、苦労したんですね……」

 

 そんなことを言って、ベルがエイナさんに同情していた。そこまで非常識じゃないはずである。……それはともかく、エイナさんが後ろ手で隠しているプロテクターのこともあるし、お邪魔虫は退散するか。

 

「さて、それじゃオレは寄る所があるから」

「「へ?」」

「これからゴブニュ・ファミリアまで、機械鎧(オートメイル)の金具を取りに行こうと思っててな」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 そこまで言ったところで、エイナさんに腕を引っ張られ、ヒソヒソ声で詰問される。

 

「(どういうつもり!?)」

「(いや、エイナさん、これからベルにプロテクター渡すんだろ? 邪魔者はいなくなるから、後はごゆっくり――)」

「(違う! 何か勘違いしてるでしょ、エド君! 別にベル君とはそんな関係じゃないよ!)」

 

 真っ赤になった顔で言われても、説得力皆無だった。

 

「(大丈夫、大丈夫。ベルはそのあたり耐性が無さそうだし、プレゼントと上手い言葉でもかければ案外コロッと)」

「(だから違うって! じゃなくて、さっきから楽しんでるでしょ、エド君!)」

 

 もちろん、楽しんでいる。

 

「まあ、そういうわけだー、ベル。ちゃんとエイナさんの家までエスコートしてやれよー」

「あ、うん。それはわかってるけど」

「気付いてベル君! 明らかに棒読みだから!」

 

 そんなエイナさんの絶叫はきっちり聞こえないふりをして、その場から離脱した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、「一週間以内に取りに来い」と言われていたネジやナットの詰まった袋を受け取って、帰路に着いた時のことである。

 

「ふー、ネジとかでもこんだけ詰まると案外重いもんだな……」

 

 手足が機械鎧(オートメイル)だと、こういう時に不便だった。基本的にステイタスの恩恵があるのは生身の部分なので、機械鎧(オートメイル)は付け替えないとパワーアップしたりはしない。

 

 結構な負担がかかる金属の詰まった袋を持って、先日の飲食街の近くまでたどり着いた時、それは起こった。

 

「う――!?」

 

 背筋に、寒気が走る。震えが、止まらなくなる。これは恐らく、『殺気』。放たれているのは、多分この道の先、角を曲がった方からだ。そんなことを考えていると、そちら側から急に小柄な人影が現れた。

 

「ハァ、ハァ……げ」

 

 その現れた人影は、どうやら同族の小人族(パルゥム)の少女だったようだが、こちらを見た途端、思い切り顔をしかめて足を止めた。しかし、何故顔をしかめられたのか、少し不思議に思う。どこかで会ったような感じはするのだが。

 

「…………えっと、退いてもらえると助かるのですが」

「? ああ、どうぞ」

 

 道を空けたというのに、なお警戒している。なんなんだ、一体。

 

「見つけたぞ、糞パルゥム!」

 

 そんな中で、後ろの方から目つきがあまり良くない冒険者が一人現れた。街中なのに、背中に剣を背負って、今にも抜き放ちそうだ。

 

 そう思ったのがいけなかったのか、その男は徐に剣を抜いて、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「まさか仲間がいるとはなあ……一緒に落とし前つけてもらおうか!」

「ん……?」

 

 抜き放たれた剣の切っ先はエドの方にも向けられた。そこでエドは自分の姿を整理してみる。ゴブニュ・ファミリアから受け取った金具類は、ばらけないように麻の袋に入れられ、背中に背負っている。傍から見ると、泥棒か何かに見えるかも知れない。その上、目の前の小人族(パルゥム)の少女は、冒険者の男とトラブルがあった様子。もしかしたら金銭トラブルかも知れない。

 

 ――どうやら、厄介ごとに巻き込まれたらしかった。

 

「逃げるぞ、アンタ!」

「え?!」

 

 少女の手を掴んで男が来た方とは逆に走り出し、すぐに角を曲がる。一瞬、二人の姿を男が見失った。

 

「逃がすか!」

 

 すぐさま抜き身の剣を持ったまま男が追いかけ、角を曲がって全速力で直進する。足音が遠ざかった後、しばらくして、地面の一角に青い雷光が走った。

 

「とっさに地下水路に逃げ込んで正解だったな」

 

 地面に生じた石造りの蓋を押し上げ、エドが姿を現した。逃げ込んだ後、地面を錬成しなおして、入口を隠していたのだ。

 

「しっかし、庇うんじゃなかったかな……?」

 

 今この場に、先程の少女の姿は無い。地下に隠れた後、彼女はそのまま水路を走り去って、どこかへ行ってしまった。まるで後ろめたいことでもあるかのように。

 

「ファミリアまでトラブルに巻き込まれなきゃいいんだが……」

 

 そんなことを言いながら、エドは憂鬱そうに空を見上げた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして、明くる日。

 

「今日は時間かかるかもな。使った分、稼がねえといけねえし」

「うむ。身体に気を付けるのだぞ、エド」

「……この間の人形で少し余裕もあるし、怪我しないようにね」

 

 ホームで見送ってくれたミアハ様とナァーザ先輩に一言断りを入れ、ベルとの待ち合わせの場所に向かう。ちなみに背中に背負った槍は昨日購入した新品で、右腕の外板も購入した籠手に差し替えてあった。

 

「ん……?」

 

 果たして、待ち合わせ場所にいたのは、一人ではなかった。片方は確かにベルだが、もう一人いる。その人物はクリーム色のローブを纏い、自分の身の丈を超えるバックパックを背負っていた。ローブの後ろからは、どこか犬っぽいふさふさの尻尾が見えていた。だけど……コイツ……。

 

「昨日の小人族(パルゥム)じゃねえか。何でここにいるんだ?」

「貴方がエド様ですね! 『初めまして』! ベル様に雇っていただいたサポーターの犬人(シアンスロープ)、『リリルカ・アーデ』と言います!」

 

 そんな感じで、少女との都合『三度目』の邂逅は訪れた。

 




都合三度目のリリとの『初対面』でしたw耳と尻尾があるから別人……?現代社会に生きて、アキバを知ってる人達には、そんなもの通用するわけがないww

リリの正体がほとんどバレていることからも分かるように、この2巻部分、思い切り原作改変が入ります。そして、リリも……

投稿時にふとランクを見たら日間11位にこの作品が……これは、『マスタング大佐効果』か!?皆さん読んでいただきありがとうございます!


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第15話 三度目の邂逅

――なあに、バレなきゃいいのさ、バレなきゃ
――やれやれ。悪い兄を持つと苦労する……


 

「あの後、どうしたんだ? あの、酒でも飲んでそうな冒険者からは逃げられたのか?」

「いえ、ですから、リリはエド様とは『初対面』ですよ?」

「いや、そんなわけないだろ。どっからどう見ても、昨日の小人族(パルゥム)だ」

「ですから、『人違い』です」

「あの後気が付いたんだが、怪物祭(モンスターフィリア)の時の猫人(キャットピープル)もお前と似たような女顔だったな。アレもお前だろ」

「違います! 『は・じ・め・ま・し・て』!」

 

 冒険者用の安食堂。そこの一角で、エドとサポーターを名乗る少女、『リリルカ・アーデ』との間で、延々とこんな会話が繰り広げられていた。何度も会ったというエドと初対面を主張するリリ。どちらも譲らない格好だ。

 

「……ねえ、エド。その、リリルカさんもこう言ってるんだし、人違いじゃないの?」

「それはねえよ。まあ、初対面の時は猫人(キャットピープル)、次は小人族(パルゥム)。で、今は犬人(シアンスロープ)、と種族は異なってるけどな」

「種族違うんなら別人でしょ? ホラ、世の中には似た人が三人いるって言うし」

 

 確かに言うが、兄弟姉妹ならともかく、種族が違って赤の他人は有り得ない。その上、オラリオに出てきて1か月経ってないベルは知らない情報もある。

 

「このオラリオの中にな、≪ヘルメス・ファミリア≫って派閥があるんだが。そこには『万能者(ペルセウス)』アスフィ・アル・アンドロメダ、っていう冒険者が存在する。何でもその人は、魔道具(マジックアイテム)作りなら都市で一番の魔道具作製者(アイテムメイカー)らしいぜ」

「へ、へー。それがどうしたの?」

「姿を変える変装用のアイテムだってあるかも知れないだろ? それに『魔法』や『スキル』の可能性もあるし」

「あ……」

 

 その言葉に改めて、二人そろってリリの顔を見る。改めて見ても耳と尻尾以外は、昨日の小人族(パルゥム)そっくりだ。どうやらベルの方も、どこかで彼女に会ったような気がしたらしいしな。

 

「い、いえ、あの、リリは――――」

「まあ、それはどうでもいいんだけどな」

「――――はい?」

 

 しどろもどろに告げようとした弁明を断ち切った。

 

「だって、そうだろ? 姿を変えたのは、昨日のトラブルをこっちに持ってこないための配慮かも知れねえんだ。別にとやかく詮索しねえさ」

「は? え、え、え?」

「昨日の奴はしつこそうだったからな。こっちも面倒事はゴメンだ」

「……だったら、エドもあんなにしつこく言う必要なかったよね? なんであんなにしつこく聞いたの?」

「ん?」

 

 理由なんか、決まってるだろ。

 

「反応が面白かったから」

「「最悪だよ(です)!!」」

 

 からかうと、即座に反応を示す。ベルと同じく非常に良い仲間になれそうな予感がした。

 

「まあ、そう言うなよ。リリっつったか? お前だって昨日の冒険者は、ホラ、あの前髪とか、スカしててしつこそうな感じはしただろ?」

「……あの、片目隠れる髪型ですか。確かに、実際格好つけた髪型ですが」

 

 ふむ、素直でよろしい。

 

「よく髪型を知ってるなぁ?」

「へ? ………………あ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ……本人の自白によれば、昨日の冒険者の男は、前にサポーターとして雇われていた冒険者なのだが、報酬をまともに支払わず、金品を全て独り占めしたため、やむなく(・・・・)あの男の一番大事にしていた剣を盗んで売り払って金に換えた、と……。

 

「問題ないな」

「いえ、ですから、エド様はなんでそうなんですか? 初対面の時も同じこと言ってましたよね?」

「そ、そうだよ、エド。やっぱり、人様のものを盗むのは、マズイんじゃ……」

「バレなきゃ、犯罪じゃないんだよ」

「「いやいやいや」」

「それに、『話の通りなら』元々報酬払わなかったそいつが悪い。『等価交換』だ」

「エド様は、そればっかりですねえ……」

 

 結局、リリの話の通りなら(・・・・・・・・・)、とりあえず問題は無いと、リリも含めてダンジョンに行くことにした。変装のタネは詮索しない、という取り決めつきだ。契約金はいらないのか、と聞いてもリリは首を横に振るだけで、「お試し期間だ」としか言わなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ふわあ……」

 

 彼女、リリルカ・アーデの目の前で、信じられない光景が展開されていた。

 

「うっしゃあ! キラー・アント三匹目ぇ!」

「なんの! こっちはパープル・モス四匹目!」

 

 一人の小人族(パルゥム)と一人の人間(ヒューマン)が、まるで競うように7階層の敵を平らげていく。7階層は、決して敵が弱い訳ではない。むしろ瀕死になると仲間を呼ぶキラー・アントや、毒を発生させるパープル・モスなど、上の階層にはないいやらしさを持った敵が大量に発生する厄介な階層だ。そんな中、冒険者歴半年のパルゥムと一か月にも満たないヒューマンが、文字通り鎧袖一触に敵を粉砕するのは、およそ有り得ない光景だった。

 

 エドの攻撃は主に槍。その位置から堅実な攻撃を繰り出した、かと思えば次の瞬間には懐に入って、刃に代えた右腕の義手の一撃や、同じく金属製の義足の攻撃を打ち込んでいる。その上、本人が『錬金術』と呼んでいた魔法の類が優秀。周囲の地面を変化させたり、焔を発生させて、攻撃・防御・拘束を的確にこなしている。技自体はあまり洗練されておらず、泥臭くはあるものの、遠距離から近距離まで間合いを上手く変えて翻弄する戦い方だ。

 ベルの攻撃はナイフと短刀。その二振りによって息を吐かせぬ連撃で、相手を一気に仕留めていた。スピードが段違いに早く、恐らくLv.1の中では上位に食い込むのではないかと思わせる速度だった。

 

「ふ、二人とも、お強ーい!」

 

 普段なら、冒険者をおだてて、『この後の仕事』をやりやすくするのだが、目の前の光景は、明らかに異常だった。それでもモンスターが出す魔石などを逃すまいと、戦闘の間を駆け抜け、せっせと収入へと変えた。

 

(……もしかして、普通にサポーターするだけでも結構な収入に?)

 

 そんな考えが頭を(よぎ)るが、すぐに首を振る。なにを馬鹿な。自分はもう、手遅れ(・・・)だ。何としても目を付けたアレ(・・)を手に入れてお金に代えなければ……。

 

 そんな時、解体作業場のすぐ近くの壁から、新たにキラー・アントが発生した。

 

「お、お二人とも! 新しいのが生まれました!」

「「よぉし!!」」

 

 ベルは飛び蹴り、エドはジャンプして両手を組んだハンマーを、壁から生まれたキラー・アントに叩き込み、首をへし折って退治した。

 

「……お二人とも、どうするんですか。コレ、壁に埋まっちゃってますよ?」

「あ、あはははは……ゴメンネ」

「ベルが取るしかないだろ。こんな高いところは、助走なしじゃ届かねえよ」

 

 敵の湧出(ポップ)が一段落してから、壁に埋まったまま息絶えたキラー・アントの解体の機会が来た。取れる背丈があるのはベルだけだ。自分の解体用ナイフを渡せば、腰にさしたままの≪ヘファイストス・ファミリア≫のナイフを奪う機会が――

 

「ベル。解体にはその神様のナイフ使って、さっさとな。下手に解体の途中でキラー・アントがまた湧くと厄介だ」

 

 ――そう思っていたら、横のエドに邪魔された。……本当に、腹が立つ。最初に出会ったときから、この目の前の少年は、リリが今まで犯してきた罪に対しての嫌悪感が一切ない。それどころか『等価交換』という独自の理論を展開して、『そんなもの問題にならない』と言い続けている。そんなわけない。リリは、冒険者たちの財産を奪う『犯罪者』だ。あの、自分から全てを奪っていく大嫌いな冒険者と同じ、薄汚い犯罪者だ。そこまで、落ちてやるんだ。

 

 ……どうせ、この人たちも、今までの冒険者と同じなんだ。

 

「ベル。その蟻の解体終わったら、一度地上に戻るぞ。それから道中で、この解毒回復薬(ポーション)飲んでおけ」

「へ? まだ時間あるでしょ? それに解毒って?」

「お前、さっきパープル・モスまで盛大に斬り裂いただろ。アレ、毒鱗粉持ってるから、基本は遠距離攻撃か槍で倒すのがベストだ」

「ぶっ! エド、何で黙ってたの!?」

「そりゃ、お前……あー、一度痛い目見ないと覚えないだろ? ああ、解毒回復薬(ポーション)代は、後で請求するから」

「絶対、適当な理由だよね? 絶対後者が目的だよね?」

 

 ……ほら、仲間からもお金を奪おうとしてるし、絶対今回の報酬だって……

 

「今日の冒険は、このまま帰ってベルに一応治療受けさせて終了となるわけだが……今回の各自の取り分は3割ずつの山分けでいいな?」

「うん。いいよ」

「………………はい?」

 

 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 

「あ、あの、3割ってリリもですか?」

「ああ。ちなみに残り1割はベルの治療費と、余りは解毒回復薬(ポーション)代な」

「エド一人だけ4割近いよね。絶対狙ってたでしょ」

「そうじゃなくて! サポーターに冒険者と同額の報酬を出すなんて前代未聞ですよ!」

 

 そう言ったら、逆に驚いた顔をされた。何でだ。やっぱり、この二人はおかしい。

 

「いや、でもリリがいたおかげで戦いやすかったし……」

「それに仮にも商業系ファミリアの一員が、雇ったサポーターに報酬支払わなかったり、不当に安くしたらそっちの方が問題なんだよ。払うっつってんだから、貰っとけ」

「だからぁっ……!」

 

 やめて欲しい。今更正当な評価だとか、正当な報酬だとか、そんなことされたらこっちが揺らいでしまうじゃないか。そんなものいらない。冒険者は、軽蔑の対象なんだ。憎むべき敵なんだ!

 

「いいから受け取れよ。――――『等価交換』だ」

「…………っ!」

 

 そんなの、ただの理想じゃないか。世界はそんなものすら認められないくらい非情で、全てはリリみたいな弱者から奪うために出来てるんだ。そんなの、嘘っぱちなんだ。

 

 だから、リリは、そんな言葉、大嫌いだ。

 




リリ合流、そして最初のダンジョン探索終了です。リリが最初ナイフ盗めたのは、ベルとの身長の違いとか、警戒度の違いがあるので、この作品では盗めませんでした。

原作エドもここのエドも、『正義の味方』ではありません。むしろ独自の理論を展開する『独善』か『悪』でしょう。だからリリも裁こうとはしないわけでw

ミアハ・ファミリアは、基本的に商業系。当然、契約はきっちりかっちり遵守します。おまけに錬金術師だから、『等価交換』にうるさい……探索系の冒険者に不当に強いられて来たら、さぞや癇に障る存在でしょうwさて、最初の好感度は最低だ……


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第16話 誘い

――てことは本当に中央図書館にあったんだ――肝心の本が燃えちまったらなー
――私、本の内容全部覚えてますけど
――はい??



 

 翌日、待ち合わせに選んだ噴水前には、既にリリが来ていた。

 

「オウ。早いな」

「おはようございます、エド様。後はベル様だけですね」

 

 ベルを待つ間、少し気になったことを聞いてみる。

 

「確かリリは、≪ソーマ・ファミリア≫の所属だって話だったな? そこの中ではパーティーから不遇な扱いだったみたいだが、具体的にどうだったんだ?」

「えーっと……リリは種族的にもそこまで強くなれませんし、鈍臭くて皆の足を引っ張ってばかりだったので、パーティー自体入れたがらなかったんですよ」

「…………」

「まあ、リリはサポーターですし、冒険者様のお情け(・・・)で報酬を貰っているので、仕方ありませんね」

 

 ……これだ。昨日から気になっていた、自分を著しく下にするへりくだった言い方。表面上は相手を立てて言っているようだが、内心は真逆だと分かる言い方。コイツは、間違いなく冒険者を軽蔑している。

 

「……まあ、他所のファミリアの方針にはとやかく言わねえが。その点ウチは商業系だから、支払いはきっちり行うつもりだ。何か他に不満や要望があったら言ってくれ」

「いえ、不満なんて! 報酬をきちんとお支払いいただけるだけで、お二人には不満なんてありません!」

「…………」

 

 相変わらず、エドにもベルにもへりくだった言い方。これはつまり、二人も『同じ』だと見ている証拠だろう。そこにどうしようもないしこりを感じて、会話はやがて絶えた。

 

 その後、ベルが合流し、今日は7階層で、時間いっぱいまで粘ってみないかという提案が出た。

 

「別にいいけどな。ただ、敵の湧出(ポップ)が少ないようだったら、8階層まで足を向けることも考えようぜ」

「え! 新階層!? でも、8階層まで足を伸ばしたら、リリの荷物がすごいことにならない?」

「あー、そっか。倒すだけ倒して魔石とかを残していくのは、褒められねえしな」

「それならば大丈夫ですよ、お二人とも。リリは荷物が少しくらいかさばってもへっちゃらですし、大したものではありませんがスキルの恩恵もありますので」

「……………………ナニ?」

 

 何気なく流しそうになったが、今とんでもなく重要な話を聞いた。

 

「ちょっと待ってくれ。それはつまり、荷物を運ぶのを助けるスキルを持ってるってことか?」

「え、ええ……持っているだけマシ、というような情けないスキルですが」

「そんなことはない。そのスキルは――――あ、スマン。他人のステイタスやスキルの詮索はご法度だったな」

「い、いえ…………」

 

 余りのことに、勢い込んで聞いてしまった。だが、正直そういうスキル持ちで、派閥からは不遇なサポーターとなると……。

 

「あ、リリは魔法も発現してるの?」

「……残念ながらリリも魔法は発現していません。一生自分の魔法を拝めない人は多々いると――」

「おい、ベル。魔法の詮索だってご法度だぞ。聞いていいのは、同じファミリア内のメンバーくらいだ」

「あ、そうなんだ。アレ? でもエド、前に僕が錬金術について聞いたとき、普通に答えてくれたよね?」

「ああ。ベルの頭じゃ、三割も理解出来ないだろうからな」

「ひどいよ!?」

 

 そのまま先程聞いたスキルについて考えつつ、探索へと移っていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「焼け焦げろぉっ!!」

 

『『ギギ、ギィィィィ!!』』

 

 現在の階層は、8階層。戦闘も魔石回収もスムーズに行くため、話し合った上で全員一致で足を伸ばしてみた。そこは7階層よりは敵が多かったが、昨日毒にやられたパープル・モスを、エドの焔で一気に燃やしてしまう作戦が上手くいった、毒鱗粉など一切気にせず長時間の探索が可能になったのだ。

 

「や、っぱり、いいなあッ! エドのその焔、『これぞ魔法!』って感じなんだもん」

「余所見禁物ですよ、ベル様ぁっ!?」

 

 ……いちいち『焔』に見惚れるベルが非常に危なっかしくもあったが。そのフォローに追われるリリが少しかわいそうだ。

 

「だったら、お前も本読めよ。雑学や叡智を養うだけでも、魔法を覚える確率高まるらしいぜ」

「え゛。う、うーん、考えてみるよ……」

「ちなみに、どんな魔法に憧れてるんだ、お前」

「やっぱり、エドみたいな『焔』がいいなあ! 魔法って言ったらそんな感じがするし! それで、瞬きする間に当たると、なおいいよ!」

「『速さ』を持った『焔』か……覚えられるといいな」

 

 まさかこの数日後に、本当に『雷霆の速さ』を持った『焔』の魔法をベルが覚えるとは、夢にも思わなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夕方いっぱいまで探索し、地上に戻り、魔石・アイテムの換金結果の発表。

 

「「「………………」」」

 

 麻袋いっぱいの金貨に、三人全員が絶句していた。

 

「「「36000ヴァリス……」」」

 

 圧倒的。明らかに一週間くらい前の収入に比べれば、桁が一つ違う。

 

「「「やぁーーーーーーーっ!!!」」」

 

 全員で歓喜の表情でハイタッチ。この収入の増加は、素直に全員嬉しかった。

 

「す、すごいです、エド様、ベル様! Lv.1の五人パーティーの平均的な収支が25000ヴァリスくらいなんですが、それよりはるかに稼いでますよぉっ!!」

「ホラ、兎もおだてりゃ木に登るって言うじゃない? それだよ、それ!」

「まあ便乗しとくぞ! とにかくスゲエ! そんな諺はないけどな!」

「では、リリもです! スゴイです、お二人とも! さらに上を目指せますよ!」

 

 一通り騒ぎに騒いで、喜びまくった後、分配の時間となった。

 

「……では、お二方、そろそろ分け前の方を――――」

「うん、はい」

 

 ベルがリリの前に、12000ヴァリス入った袋を差し出す。ベル、エドのそれぞれの前にも全く同額の袋だ。

 

「……今回も、平等に分けていただけるのですね」

「ああ。ところでベル、今回の高収入を祝ってどっかの酒場で打ち上げしねえか。ホームの神様やナァーザ先輩も誘ってよ」

「いいね! 僕も神様誘ってくるよ!」

「よし、決まりだな。全員一度荷物をホームに置いてから、再集合な。リリもそれでいいか?」

「え? ま、まあいいですけど。ウチの神様は誘えませんよ?」

「いや、オレらはファミリアの構成人数2人以下だから誘うだけだ。流石に中堅のソーマ・ファミリアで誘うのは無理だろ」

「そうだね。僕のところなんか、神様の眷族、僕一人だもん」

「……それならばいいです」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一度ホームへ戻って、改めて集まったのは、『豊穣の女主人』。以前ベルがロキ・ファミリアに揶揄された酒場だった。

 

「それじゃあ、リリ。こちら、ウチの先輩のナァーザ先輩」

 

 ホームに戻ったところ、ミアハ様はヘスティア様と飲みに行ってしまったとのことで、ナァーザ先輩だけしか誘えなかった。

 

「……よろしく」

「リリルカ・アーデといいます。よろしくお願いします」

 

 簡単な自己紹介を終え、打ち上げを開始する。ちなみにベルとナァーザはエールで、エドとリリは、果実水だった。

 

「でも、神様達どこに行ったんだろう?」

「まあ、行先分からないんじゃ合流しようもないだろ。また今度誘えばいいじゃねえか」

「……その通り。ところで、リリに聞きたいことがある」

「はい? なんでしょうか?」

 

 場がある程度あったまったところで、ナァーザからリリへと質問がなされた。

 

「接客に、興味はない……?」

「…………は?」

 

 いささか間の抜けた声で、会話が止まった。

 

「ウチは主に薬を取り扱っているんだけど、愛想の良い店員はいつも募集している……もし興味があったら言って欲しい」

「え? えっと……」

「調合をやってみたければ、教えてもいい。だから……」

「ストップ、先輩」

 

 そこまで言ったところで、隣のエドからストップがかかった。そして、打って変わって真剣な顔でリリを見つめる。

 

「悪かったな、リリ。どうにも話が唐突で」

「いえ……でも、なんなんですか? 何かリリにお話が?」

「まあな…………」

 

 そこで、エドが背筋を伸ばす。そうして、まっすぐに、リリを見据えた。

 

「単刀直入に言うぞ、リリ――リリルカ・アーデ」

 

 エドの言葉とともに、隣のナァーザも佇まいを正す。その瞳の中に期待の色が見えた。

 

「≪ミアハ・ファミリア≫に、入らねえか?」

 




リリ、スカウトされるの回。原作ヘスティア・ファミリアの敏腕会計だった彼女は、改変の嵐です。

リリがこの時点までで明かしているのは運搬補助のスキル。探索系にはあればありがたい程度のスキルかもしれませんが、商業系のミアハ・ファミリアなら、意味が違ってきます。ハガレン原作の本の虫、シェスカと同じく、人間何が役に立つか分かりませんw

このあたりから、原作の原型が無くなり始めている……!


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第17話 揺れる思い

――どう?ヒューズ中佐。この人、職探してんだけど
――マジ!?このコ、そんなスゴイ特技持ってんのかよ!よし、採用だ!すぐ採用!


 

「≪ミアハ・ファミリア≫に、入らねえか?」

 

 その言葉を受け、リリはしばし呆然とした様子だった。

 

「………………あの、何を言っているのですか?」

「言葉の通りだ。リリを、ウチのファミリアに入れたい。つまりは改宗(コンバージョン)だな」

「待ってください! おかしいです! リリは何のとりえもないサポーターですよ! わざわざ、そんな者を改宗(コンバージョン)させたって……!」

「……そんなこと、無い」

 

 リリの言葉を遮ったのはナァーザだった。

 

「……まず、≪ミアハ・ファミリア(うち)≫は商業系ファミリア。主な収入源は、施薬院だからそこまで強さは必要ない」

「まあ零細だから、半分商業半分探索になってはいるが、メインはあくまで薬の販売なんだ。ここまではいいな?」

 

 ナァーザの説明に、隣にいたエドが補足する。その説明にリリが頷いた。

 

「ウチはさっきも言ったように、接客に出てくれる人員は常に募集中……お給金はあまり出せないから、同じ眷族としてファミリアを支えてくれる、かけがえのない仲間になってくれると嬉しい」

「オレも実は、休みの時は店の手伝いをしてるんだ。ただ出来れば、もう少し女性の売り子がいてくれると、なおいい」

「……つまり売り子になるために、ミアハ・ファミリアに入れと?」

「……それだけじゃない。エドから君が持っているスキルについても聞いた」

 

 そう言って、ナァーザが自分の右腕をテーブルの上に乗せ、袖をまくる。出てきたのは、銀の義手(・・・・)。隣ではエドもまた、自分の右腕の袖をまくっていた。

 

「これは……!」

「ナァーザさんも義手だったんですか!?」

「私もエドも、作り物の手で何とか店を回している。だけど、大量の薬瓶を一度に扱ったり、材料を大量に運んだりするのは、困難を極める……」

「主神のミアハ様も手伝ってはくれているが、出来ればオレはお前に手伝ってほしい、と思っている」

 

 ナァーザの『銀の義手(アガートラム)』を初めて見たベルも驚いていたが、二人の義手を見たリリは、一通り驚いた後、俯いてしまった。改宗(コンバージョン)には様々な問題を孕んでいるのだ。

 

「……仮に、私がその話に応じたとして、改宗(コンバージョン)にかかる代価はどうされるんですか? 恐らく、≪ソーマ・ファミリア≫は中堅ですから、金銭だとしても、多額の賠償金を要求されると思いますが……」

「……心配しなくていい」

「今、オレとナァーザさんで、何とか金のかからない解決方法を模索中だ。何とか糸口を見つけ出してやるさ」

 

 そこまで聞いて、リリは力を抜いた。なぁんだ。――ありもしない(・・・・・・)希望(・・)じゃないか。

 

「……少し考える時間をいただけますか」

 

 リリは顔を俯かせたまま、表情を読み取らせないように、それだけを呟いた。

 

「……わかった。返事は今すぐじゃなくてもいい」

「まあ、任せとけ。必ず改宗(コンバージョン)の糸口は見つけてやるさ」

 

 目の前の二人の楽観的な言葉を聞いて、リリは内心では二人の考えを鼻で笑っていた。糸口?そんなもの、あるわけないだろう。この世界で、リリに救いなんて訪れないんだ。自分で動くしかないんだ。こんな風に生まれてしまったリリは――――結局、目の前の『獲物』から奪い取るしかないんだ。

 

 世界を憎み、自分すら憎んでいる少女は、垂らされた蜘蛛の糸から目を逸らし、自ら奪う決意を固めた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、宴の途中で、リリが「明日の準備があるから」と中座し、ミアハ・ファミリアの二人とベルだけが席に残った。リリは、家まで送るという申し出を頑ななまでに固辞した。

 

「……強引すぎたかねぇ」

「……ん。あれくらい強引じゃないと、改宗(コンバージョン)の決心なんて起こせない」

「それにしても、びっくりしたよ。エドとナァーザさんがそんなこと考えてたなんて」

 

 心底驚いた、という様子のベルに向かって、身を乗り出す。

 

「オレとしては、ベルが≪ヘスティア・ファミリア≫に誘うんじゃないか、と思って急いだんだけどな。お前にしても、後輩は欲しいだろ?」

「あー、そっか、後輩になるんだよね……確かに誘えば良かったかも」

「……ベル。今からあの子を引き抜くようなら、今日から敵同士……」

「いや、そんなことしませんよ!」

 

 この時点で二人がかりで言質をとり、もし万が一、ミアハ・ファミリアよりもヘスティア・ファミリアに入りたい、とリリ本人が言いださない限り、ベルがリリと交渉出来ないようにした。

 

「あ、でも、ちなみに≪ソーマ・ファミリア≫からの改宗(コンバージョン)の糸口って、具体的にはどうするの?」

「……既に、手は打ってある」

「≪ソーマ・ファミリア≫って、実はしょっちゅう金銭トラブルを引き起こす曰くつきの派閥でなぁ。リリがパーティーに加わったときに、保険代わりにナァーザ先輩に情報を集めるように頼んでおいたんだ」

「へー。それで?」

「もう少しで『交渉材料』も手に入るさ。ククククク……」

「……エド。中々やる」

「黒い! 二人とも黒いよ!」

 

 酒場の一角で、しばし黒い笑い声が響いていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 打ち上げも無事終わり、ナァーザ先輩と一緒にホームに帰ったしばらく後、ミアハ様が何故か疲れた様子で帰ってきた。

 

「……どうかしましたか?」

「うむ……ヘスティアの奴めが、酒に呑まれてしまってな……」

 

 聞いてみると、ヘスティア様は完全に悪酔いされて、店で寝込んでしまったので、今さっき荷台に乗せてホームへ送り届けてきたとのことだった。

 

「…………」

「お疲れ様っす……」

「うむ……」

 

 そこからは言葉少なく、それぞれの自室に戻り、就寝となった。エドが寝台の上で考えるのは、リリに対して感じた、冒険者に対する、憎悪に等しい軽蔑。

 

(……例えウチが商業系だって言っても、アイツの中に悪感情が残ってたら、ウチの勧誘に乗るわきゃねえか…………)

 

 最悪、彼女を取り巻いてきた、『環境』そのものと敵対する必要すらあるだろう。それはともすれば、中堅の≪ソーマ・ファミリア≫と敵対することにもなりかねない。

 

(……ま、もう決めちまったんだけどな)

 

 そう思い、寝台の脇に転がっていた研究ノートを取り上げる。パラパラとめくり、やがて目当てのページを探し当てた。

 

「――――この人の錬金術なら、助けてくれるかもな」

 

 エドの開いた研究ノートのページに載っていたのは、一つの錬成陣と、それを刻むべき一揃いの武具。拳の前面をトゲ付きの金具が覆い、手の甲に錬成陣を刻む、『手甲(ガントレット)』。

 

 ――それは、誰よりも力強く、心優しい『豪腕』の錬成陣……。

 




リリは決意を固めてしまい、そして、この章を締めくくる錬金術が姿を現しました。もっともさすがに「これぞ我がアームストロング家に代々伝わりし芸術的錬・金・術!!」とかやりませんけどねwやったら、完全にギャグですしww

果たして『豪腕』に殴り飛ばされるのは、『誰』か……


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第18話 罰

――来たよ。怖いもの
――ちょいと邪魔するよー


 

 リリを≪ミアハ・ファミリア≫に誘ってから数日。リリは相変わらず答えを保留中ではあったが、普段の探索はリリの加入と『もう一つの要因』によって、一段と効率を上げた。

 

 そして、『もう一つの要因』が。

 

「【ファイアボルト】ォッ!」

 

 ベルの放った稲妻状の焔が、目の前の空間を焼く。あれからすぐに、ベルは魔法を手に入れたのだ。

 

 どうやって身に着けたのかと思いきや、何でも行きつけの酒場から暇つぶしに渡された本が、たまたま魔法の強制発現書、『魔導書(グリモア)』だったというのだ。……まるで『神の采配』のような偶然だった。経緯を知ったときに、くれぐれも身辺に気を付けるよう言っておいた。

 

 威力はそれほどでもないものの、発動が即時で、速射性に優れた魔法……対人と高速戦闘にはかなりのアドバンテージを生み出す可能性がある。

 

 もっとも、使い手のベルが、少しばかり冷静さを欠いているため、注意すべきことも多かった。

 

「――ベル。イラつくのも分かるけど、ダンジョン内では、あまり余計なこと考えんなよ」

「…………うん。分かってる」

 

 一応納得したベルから、傍らのリリへと視線を移す。

 

「リリもだ。しばらくの間、周辺への警戒は絶えず行ってくれ」

「……はい。エド様」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 朝ベルと合流し、リリを待ち合わせ場所で待っている時、たまたま茂みで揉めているリリを見つけたのだ。相手は三人、恐らくは≪ソーマ・ファミリア≫。

 

『…………寄こせっ……!』

『……ない……ですっ! 本当に……』

 

 どう見ても、恐喝か強盗の現場にしか見えなかった。怒りをあらわにしたベルと一緒に茂みの中に突入しようとしたとき、後ろから声がかかった。

 

「おい」

 

 そこにいたのは、先日リリを追い掛け回していた黒髪の目つきが悪い冒険者。

 

「お前ら、あのチビとつるんでるのか?」

「……だったら、なんだ?」

 

 こっちもある程度殺気を伴って聞いてみたが、相手は不敵な笑みを浮かべ、自分の言いたいことだけを言ってきた。

 

「お前ら、俺に協力しろ。……あのチビをはめて、金を巻き上げるのをな」

「……あ゛?」

 

 ……本当にふざけた提案だった。

 

「別に無料(タダ)とはいわねえよ。ちゃんと報酬は――」

「黙ってろ」

 

 提案を、最後まで聞かずに切り捨てる。

 

「悪党と取引の必要は無えんだよ」

「僕だって、嫌だ……!」

「っ、クソガキどもが……!」

 

 その後、その男は舌打ちとともに、去っていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 リリと待ち合わせ場所で合流した後、リリには以前の冒険者から罠にはめる算段を持ち掛けられ、協力を求められたと話しておいた。

 

「……あの野郎は、リリを『はめる』って言っていた。一番可能性が高いのは、ダンジョン内だ」

「一番単純に、『襲撃』をかけてくる可能性が高い、と言うことですね?」

「そ、そこまでするの? 同じ冒険者同士なんだし……」

 

 ベルはどうにも、人の悪意について疎い。むしろ冒険者『同士』だから襲われるんだっつの。

 

「……まあ、最悪、襲撃かけてくるまで待つって手もあるけどな」

「…………あの、それで何をされるのですか?」

「……………………」

「黙らないで! すごく不吉だよ!?」

 

 そんなこんなでその日の探索も終了した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「今日は、10階層まで行ってみませんか?」

 

 翌日、妙に上機嫌な様子のリリに、今まで行ったことのない階層へと誘われた。10階層――ところどころに霧が立ち込め、大型のモンスターが出現し始める階層。

 

(………………)

 

 その提案を受ける前から、エドにはある懸念があった。それは、≪ミアハ・ファミリア≫への誘いを保留のままにしているリリと、先日見た≪ソーマ・ファミリア≫とのトラブル。あれが同じファミリアの人間だとしたら、扱いは最悪の部類だ。それなのに、改宗(コンバージョン)を願い出ないのは不自然すぎる。

 

 コートの中で、一組の『手甲(ガントレット)』を握り締める。何かが、起きる。そんな予感に満ちていた。

 

 その予感は、数時間後、リリがベルのナイフを盗み、姿を消した時に、現実のものとなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ハッ、ハッ、ハッ…………」

 

 ひと財産は軽くする≪ヘファイストス・ファミリア≫のナイフを握り締め、少女、リリルカ・アーデは来た道を駆け戻っていた。

 

(これさえあれば、これさえあれば…………)

 

 手の中のナイフは、自分の目標額を軽く超えるだろう。≪ソーマ・ファミリア≫からの脱退金にも、充分届くはずだ。

 

 もう、冒険者たちから、お荷物扱いをされなくていい。もう、ファミリアに膨大な額の上納金を納めなくてもいい。もう、お金を死ぬ思いで稼がなくていい。もう、盗みを働かなくてもいい。

 

 

 ……もう、誰も傷つけなくてもいい。

 

 

 そこまで考えたところで、数日前、こんな自分を同じファミリアに誘ってくれた二人の顔が浮かんだ。あの二人は……自分のスキル目当てとはいえ、自分を必要としてくれていたのだろうか?少なくとも表面上は、そんな風に見えた。けれど――――淡い希望にすがるには、自分は絶望し過ぎていた。

 

「………………」

 

 今まで、どんな冒険者を裏切っても、罪の意識なんて感じなかったのに、今回ばかりは相当応えた。少なくともあの二人と、お人好しの兎の少年は、自分のことを心の底から心配してくれたように思えて、それを裏切ってしまったのだという思いが強かった。

 

 惨憺たる気持ちを抱いていたからこそ、近くにいたあの冒険者にも気が付かなかった。

 

 足を引っかけられ、地面に転がされる。顔を、腹を、背を、何度も何度も蹴られた。懐の魔剣を奪われた、背中のバックパックもはがされた。それでも最後に、あの兎の少年のナイフだけは必死になって隠し通した。

 

 ――――――これは、罰だ。

 

 彼女の胸中にあったのは、その思い。だからこそ、同じソーマ・ファミリアの人間が裏で糸を引いていたと知った時も、特に抵抗しなかった。

 

「申し訳ありませんがね、ゲドの旦那。ソイツが持ってたアイテムも金も、根こそぎ置いてってもらいやす」

 

 そう言ってソーマ・ファミリアの冒険者カヌゥと、その仲間二人が地面に投げ捨てたのは、無理やり瀕死にしたキラーアント。たちまち仲間の危機を察した蟻たちが彼ら全員を取り囲み始める。

 

「くそったれがぁっ!」

 

 そのモンスターの動きを察し、ゲドと呼ばれた黒髪の冒険者が出口へ向かい――――

 

 

「くそったれは、てめえだああああっ!!」

 

 

 『手甲(ガントレット)』を着けた拳に殴り飛ばされ、部屋へと舞い戻って来た。赤いコートに両手に付けた『手甲(ガントレット)』。エド・エルリックがそこにいた。

 




今回、原作から変えようも無かったので、ほとんどただのダイジェストですねwただし、エドが介入したせいで、ゲドと言う名前のあの目つき悪い冒険者、助かってます。何せこの後、『利用価値』が出てくるので……

次回こそ、錬金術無双です!


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第19話 等価交換

――そんなスジの通らねえ真理は認めねえ!



 突然の闖入者に、完全に場が停止した。拳で殴り飛ばされたゲドは、完全に白目を向き、意識を飛ばしている。

 

「…………エドさま?」

 

 キラーアントが今なお増え続ける部屋に入ってきたのは、つい数分前に裏切っておいてきてしまった少年。モンスターを集める『血肉(トラップアイテム)』まで使って、敵に囲ませて撒いてきたというのに、どうやってここに来たのか。相棒のベルはどこに行ったのか。疑問が尽きることは無かった。

 

「……あのお人好しが、すぐに追えって言ったんでな。大量に湧いてたオーク共の足と小型の奴を焔で焼き尽くして、錬金術で道作って追っかけたんだよ」

 

 完全に囲まれたベルの脱出にはまだ時間がかかるものの、敵の機動力は削いだから危険もないとエドは言う。そのことに、内心安堵を洩らした。

 

「…………オイオイ、ガキ。何楽しく喋ってやがんだ?」

 

 状況の変化で停止していたカヌゥたちが、武器を持ち、エドにじりじりと近寄る。彼らにしてみれば、今現在リリの持っていた荷物は中の金銭ごと奪い取っており、リリの窃盗の手口を考えれば、自分たちが元締めのように扱われかねない。それゆえに、一番簡単な『口封じ』に出る気だろう。――――本当に、冒険者は度し難い。

 

「……その感じからすると、オレをここから逃がすつもりはない、ってことか?」

「そういうこった。まあ、諦めるんだな?」

 

 見ると、エドの後ろの通路は既にキラーアントがひしめいている。その上で前には三人の同レベルの冒険者。そんな絶望的状況だというのに、彼はいつもと一切変わらず、不敵な笑みを浮かべた。

 

「【ホーエンハイム】!!」

 

 エドが時折唱える魔法名とともに、手甲をはめた両手の拳が地面に振り下ろされた。たちまち地面からトゲがいくつも隆起し、それはまるで波のようにどんどんと部屋の中を突き進み………………ついには、部屋の出入り口を全て(・・)覆ってしまった。

 

「…………あ?」

 

 カヌゥの口から間抜けな声が漏れる。それを完全に放置して、エドは懐から精神力回復薬(マジック・ポーション)を取り出し服用している。恐らく、先程の膨大な錬金術も、予め飲んだポーションによるものだろう。

 

「て、てめえ!? 何考えてやがんだ!! これじゃ誰も部屋から逃げられないじゃねえか!!」

「まあ、そうだな。アンタらも、オレらに構う暇が無くなるだろ?」

 

 そう言いながら、エドが囲んでいた一人に向かっていきなりダッシュを始めた。それに面食らったその男が構えた瞬間、急にブレーキをかけて地面を再び殴りつけた。

 

「オラアッ!」

 

 足場が急激にせり上がり、まるで階段のように登ったエドが、あっさりと男の頭上を飛び越え、リリのすぐ横へと着地した。

 

「まったく、ヒデエ面だな?」

 

 そんなことを言いながら、まるで当たり前のように高価な高等回復薬(ハイポーション)を、リリの口にくわえさせてきた。喉を通る薬液の効果で、肌に残った細かな傷が癒えていく。

 

「…………どうする気ですか?」

 

 試験管一本分の回復薬を飲み干し、ようやく起き上がったリリの口から出たのは、助けてもらった感謝でもなく、装備を奪った謝罪でもなく、ただの確認だった。

 

「この部屋、キラーアントに完全に囲まれてるんですよ? 今だって出口をふさいだトゲの向こうから、キラーアントが中を覗いてるんですよ? こんなの、どうしようもないじゃないですか」

 

 感謝しなければならない。謝罪しなければならない。そんなことは、痛いほど分かっている。だけどそれでも、今も降りかかってくる絶望的な状況に、もう本当に、疲れてしまっていた。

 

「そ、そうだ!」

「よくもやりやがったな!」

「モンスターの前に俺達がテメエを殺してやる!」

 

 リリの言葉に便乗し、カヌゥたち三人が騒ぎ立てる。手に持った武器をエドに向け、自分たちは悪くないと捲し立てる。本当に、諦めてしまった自分と同じくらい、醜かった。

 

「…………へっ。安心しろよ、コイツが助けてくれるさ」

 

 変わらず不敵に笑うエドが見せてくるのは、手甲に刻まれた錬成陣。以前に見た焔の錬成陣とはまた違った錬成陣。

 

「戦いの中なのに、他人(ヒト)の死に涙を流せる、どこまでも優しい錬金術師がなァ!」

 

 言葉とともに、再び地面に拳を突き立てる。すると目の前に、節のような切れ目のある大きな石の柱が聳え立った。

 

「オラオラオラァッ!!」

 

 エドが柱を殴りつけるたび、切れ目の部分で切り離され、巨大な石塊が吹き飛んだ。石塊は空中で姿を変え、大きな石の拳へと変わり、カヌゥたちへと降り注ぐ。

 

「「「どわぁぁぁぁぁッ?!!」」」

 

 圧倒的な質量と数に押しつぶされたカヌゥたちは、あっさりと意識を失った。

 

「これぞ、とある名家に代々伝わる『芸術的、錬・金・術!!』…………ってな」

 

 ……どんなムチャクチャな錬金術だ。もうすべてがおかしくて、あきれ返っていたところに、声がかかる。

 

「リリ、気絶した奴らを回収して、一か所に集めて縛り上げといてくれ。コイツらに死なれると困るんだ。その間オレはモンスターを倒しとくからよ」

「……それ位なら構いませんが、一体何をされる気ですか?」

「んー? そうだなあ……」

 

 キラーアントの掘削で、いよいよヒビが入り始めた出口のトゲを見ながら、エドは少しばかり邪悪な笑みを浮かべた。

 

「………………『脅迫』?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから数時間後、≪ソーマ・ファミリア≫のホームに他派閥からの来客が訪れていた。

 

「本日は忙しいところを悪かったな。ソーマ・ファミリアの団長さん?」

「……ソーマ・ファミリア団長、ザニス・ルストラだ。それで、いい加減に名乗ってもらえるかな? ――――そちらの『主神』殿もな」

「≪ミアハ・ファミリア≫所属、エド・エルリック。そしてこちらはウチの主神であるミアハ様だ」

「ふむ。よろしく頼む」

 

 ザニスの体面に座っているのは、エドとミアハ様。そしてミアハ様のさらに向こうに、あのゲドの姿があった。

 

「それで……今回は、我が派閥の構成員が不祥事をしでかしたと聞いたのだが?」

 

 ザニスが言葉とともに視線を向ける。テーブルの横には縛り上げられたカヌゥ達三人の姿と――――同じく縛られたリリの姿があった。

 

「ああ。実はここにいるカヌゥ・ベルウェイって奴は、他派閥相手の装備の窃盗を繰り返していてな。主な実行犯として、そこのリリルカ・アーデをサポーターとしてパーティーに紛れ込ませ、金品を盗ませたうえで、後で利益をふんだくるって方法を取ってたらしい」

「ほぉ……しかし証拠はあるのかね?」

「今回コイツらは、『現行犯』でとっ捕まった。その上、以前同じ手口で被害に遭った、そこのゲドって奴も証言してくれるそうだ。なあ、そうだよな?」

「あ? ――ああ」

 

 ゲドは一瞬肩をびくつかせたが、特に何も言うことは無く、素直にうなずいた。その反応にザニスは一瞬渋面を作ったが、それを表面上は出さず、あくまでにこやかな雰囲気で聞いてきた。

 

「…………それで? 我が派閥の恥部をギルドへ報告もせず、こんな深夜にわざわざ伝えに来たというのは、どういった『見返り』を期待してなのかね?」

 

 雰囲気は確かににこやか。しかし客を迎えた応接室の外側では、武装した構成員が慌ただしく動いている。そんな殺伐とした空気を分かっていながら、エドはあくまで不敵に返した。

 

「そっちのゲドが求めているのは、被害に遭った装備の弁償。オレとミアハ様が求めているのは、『実行犯』リリルカ・アーデの『改宗(コンバージョン)』だ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――――終わったの!?」

 

 ソーマ・ファミリアのホームから少し離れた通りで、待っていたベルの奴が駆け寄ってくる。ベルの問い掛けには黙ったまま、右手の親指をグッと上げてやる。

 

「……ッ、良かった! これでリリは自由なんだね!」

「ああ。既にギルド前に仲間が待機してる、って言ってやったからな。もしオレらに危害を加えて定時連絡が出来なかったら、即座にギルドにバレるぞって脅してやったぜ」

「……実際、ナァーザの奴をギルド前に待機させておったしな。あやつらもさすがに、ギルドを敵に回してまで事を荒立てるつもりはなかった」

 

 この迷宮都市オラリオでファミリアを続けていくには、ギルドのサポートはどうしても必要になる。闇派閥(イヴィルス)になり果てる度胸でもなければ、絶対にこっちの申し出を受けなければならないってわけだ。

 

「でも、大丈夫なの? あのゲドって人が、実際に装備を盗んだリリに文句を付けてくるかも……」

「ゲドの奴には証言の手間賃として、リリが持ってた魔剣も渡してある。装備の弁償に加えて高価な魔剣だ。こっちの不利になるようなことはしねえさ。むしろ懸念なのは、≪ソーマ・ファミリア≫が≪ミアハ・ファミリア(ウチ)≫に攻め込んでこねえか、ってことだけだ」

「その点は恐らく大丈夫であろう。リリについては、名目上『賠償金代わりのタダ働き』として『改宗(コンバージョン)』を行わせた。あの団長めが漏らした、『安いものだ』という言葉には、全く嘘が無かったのでな」

 

 ミアハ様を連れて行ったのは、このため。『神に嘘はつけない』という性質を利用して、相手の言葉の裏をある程度読み取って対応するためだった。

 

「胸糞悪い話だが、向こうに危険を冒してもリリを取り戻したい事情でも出来なけりゃ、わざわざ取り戻そうとは思わねえよ」

「そっか……良かったぁ」

 

 エドの言葉に、安堵するベル。しかし、本来喜ぶべきリリは、ここまで一言も喋っていない。その背中に刻まれた恩恵(ファルナ)は、既にミアハ・ファミリアのものへと変わっているというのに、一言も発していないのだ。そうしてベルと別れ、ギルド前で待っていたナァーザと合流した時、ようやく口を開いた。

 

 

「………………なんでですか?」

 

 

 彼女が最初に述べたのは、やはり感謝でも謝罪でもなかった。

 

「なんでリリを助けたんですか?」

「……」

「同情ですか? それとも何か不埒な目的ですか?」

「…………」

「それとも、アレですか? 自分は強いから、助けるくらい簡単だと、ひけらかすためですか!?」

「………………」

「みんな、貴方みたいに強くあれるわけじゃありません! 弱い奴はどこまで行ったって弱いんです!!」

「……………………」

「折角『生まれ変われる』機会をメチャクチャにして、それで満足なんですかぁっ!!」

 

 そこまで言い切った時、正面で黙って聞いていたエドの雰囲気が変わった。そのまま徐に近づいてくると――

 

 ――――いつかのように拳骨を、落とした。

 

「フザケんなッ!!」

 

 拳の痛さに蹲っていると、あの時と変わらず、少年は理論を積み上げる。

 

「お前、まだ不幸の分、幸せになってねえだろがッ!!」

「っ、は?」

「だから、お前は『不幸』と『幸福』の量が等しくなってねえって言ってんだ!」

「いや、そんなの、綺麗に等しくなるわけが――」

「黙れ。こちとら『錬金術師』だ。『等価交換』が成り立たねえのは見過ごせねえ」

「………………」

 

 つまり、なんだ。目の前の少年は、リリの『不幸』と『幸福』が等しくないから助けただけだと?そこまで聞いたら――別に同情だとか、特別な感情だとかじゃない、と知ったら――沸々と怒りが湧いてきた。怒りのままに少年の顔に平手を飛ばし、捲し立てる。

 

「フザケてるのはそっちじゃないですか! 何ですか、その理由!」

「うっせえ! オレにとっては重要なんだよ!」

「ちょっとは甘い理由期待した、私がバカみたいじゃないですか! この錬金術バカ!」

「なんだと、この豆粒女!」

「そっちの方が背が低い癖に、豆とはなんですか! チビッコ!」

「チビって言うなあぁぁぁぁっ!」

 

 そんな光景を目にし、ミアハとナァーザは少しだけ苦笑した。

 

「楽しくなりそうではないか?」

「……にぎやかになりそう」

 

 リリルカ・アーデ、≪ミアハ・ファミリア≫入団。

 




リリ救済。そして既に改宗完了……。

『せっかく生き残れたなら、その分幸福にならなければ嘘だ』Fateでやってた凛の言葉です。エドの行動理念はこれにしました。等価交換に煩いのでw

さて、次の四章ですが、予定ではハガレンキャラが一人登場します。この人物のためだけにクロスオーバータグ入れてました。


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四章
第20話 再出発


――もうバリンバリンの全快だぜ!!



 ある気持ちのいい朝、いつもの待ち合わせの噴水の前。少しばかり早めに来たベルは、探索の相棒と言ってもいいエドと、先日エドの所属する≪ミアハ・ファミリア≫に迎えられたサポーターの少女、リリがやって来るのを待っていた。

 

(――もうリリの問題も片付いたし、これからは少しずつ探索の階層を下に下げて、強くなっていくだけだ!)

 

 現在ベルの胸中にあるのは、未来に対する明るい展望のみ。その未来が必ずやって来ると、一切曇りなく信じていた。

 

 知らず鼻歌など歌いながら、待つことしばし。道の向こう側から、すっかり見慣れた赤いフードコートと、大きなバックパックが見えてきた。

 

「あ! エド、リリ! 少し遅かったけど、どうし――――――――ん?」

 

 元気いっぱいに出した言葉が、途中で止まった。まず、右を向く。金髪金眼。赤いコート。焔が描かれた錬成陣のある白手袋。いつも通りのエドだ。これはいい。

 

 問題は、左。クリーム色のローブ。ブラウンのサポーターグローブ。大きなバックパック。そこまではいつものリリだ。ここまではいい。

 

 ――――リリの目の周りに、パンダのようなクマ(・・)が出来ていなければ。

 

「ど、どうしたの、リリ?! ≪ソーマ・ファミリア≫に嫌がらせでもされた!?」

「……あ~~、ベル様~~~。おはよう、ございます…………すー……」

「寝ないで! 立ったまま器用に寝ないでよ!」

 

 肩を掴んで、ガクガクと揺さぶる。ゆらゆらと瞼を上げ、起きているのかかなり怪しいリリが語ったのは、次のような出来事だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昨日、≪ミアハ・ファミリア≫本拠地(ホーム)、『青の薬舗』の調合室にて。

 

「……さて。リリルカ・アーデよ、おぬしは正式に我が眷族としてファミリアの一員となった」

 

 正面に立つのは神ミアハ。このファミリアの主神にして信仰対象。己が使えるべき神だ。

 

「おぬしは既に、ここにおるナァーザやエドと同じ、我が愛しい『子』だ。私は、眷族は皆愛しい子供だと思っておる。何度もその存在に救われ、助けられ、癒されてきた。これより先は、何か困ったことがあれば、まず私に相談なさい。(おや)である私が、必ず力を貸そう」

 

 その言葉は、彼女にとって福音だった。完全なる無関心だったソーマ様とは違う、信じられる、仕えるべき神格者(じんかくしゃ)

 

「――――はい。ありがとうございます!」

 

 この瞬間、リリルカ・アーデは心身ともに、≪ミアハ・ファミリア≫の一員となった。主神の言葉に続いて、ファミリア一の年長者、ナァーザが続く。

 

「……これからリリには、これまで通りエドとベルの迷宮探索に、サポーターとして同行してもらう。その上で、休みの日とか暇なときに店を手伝ってほしい。ちなみに、接客の経験は?」

「あ、それならあります。≪ソーマ・ファミリア≫から逃げ出して、街の花屋で働いてたことがありますから」

「そう……それなら大丈夫そう。他には……アイテムの作成や、薬の調合を行ったことはある?」

「あー…………薬それ自体ではないですけど、血肉(トラップアイテム)や煙玉のようなアイテムなら作成したことがありますね」

「あの血肉(トラップアイテム)は、ちゃんと機能してたな。あの完成度ならかなり期待できるんじゃねえか?」

 

 実際に血肉(トラップアイテム)の被害に遭ったエドが、口を挟む。本人は気にしていないようだが、一度きちんと謝ろうかとも、リリは考えていた。

 

「……そういうことなら、ウチで店に出している代表的な回復薬(ポーション)の調合方法も教えていく。リリの希望次第だけど、将来的には薬師になることも視野に入れてみて?」

「っ、はい! 頑張ります!」

 

 施薬院のファミリアで、店で扱う回復薬(ポーション)調合を将来担う。それはつまり、将来は中核となるメンバーに育て上げることも視野に入れるということだ。ソーマ・ファミリアでは、正しく底辺の扱いしか受けなかったリリにとって、十二分にやりがいのある期待だった。

 

 ……そこまでは。

 

「じゃあ、とりあえずこっちの調合表(レシピ)から教えていく……これには割と簡単な調合が載っているけど、種類は多いから」

「おお、確かに分厚いですね。だけど頑張ります」

「頑張って覚えろよ、リリ。それ終わったら、今度はオレの『授業』だからな」

「――――ん?」

 

 激励の後にくっついていた言葉は、どういう意味だろうか?

 

「あの、『授業』って?」

「あー。お前これから、オレやベルと一緒に迷宮探索に行くだろ?」

「ええ……」

「正直、お前のサポーターの腕前は見事なもんだ。そこはオレもすげえと思う」

「はあ」

「ただ、これから先、さらに下層へ潜ることを考えたら、パーティーの中で、リリに担ってほしい役目がある。それに関する授業を行っていって、中層に行く辺りで本格的に任せてえんだ」

「……話は、分かりました。それで、私がやる役目とは?」

 

 そこでエドは一度言葉を切り、にやり、と相変わらずの笑みを浮かべて告げた。

 

 

「――――『治癒術師(ヒーラー)』だ」

 

 

 その言葉に、少しばかり思考が停止し、再起動までに十秒くらいかかった。

 

「……はい?」

「だから、『治癒術師(ヒーラー)』だよ。これならサポーターと同じ後方支援だから、両立も可能だろ?」

「いや、確かにそうですけど! 『治癒術師(ヒーラー)』になるために必要な『治癒魔法』は、保有者自体稀少なんですよ!? そんなホイホイ、なれるわけないじゃないですか!」

「問題ねえよ。『錬金術』で治療するんだから」

 

 その言葉に、ピタリと動きまで停止した。

 

「……つまり、『錬金術』を私に教えると?」

「正確には、そこから別れて医療に特化した、『錬丹術』という術だな。医療系錬金術も混ぜるけど」

「『錬丹術』……」

「医療特化だから、施薬院のウチでは役立つことも多い。刀創傷や貫通傷なんかも治せる。修行が終われば、いっぱしの『錬丹術師』だ」

「…………」

 

 ここで一旦思考する。エドの使う錬金術はどれも見たことがない程奇想天外で、他の魔法とは一線を画する性能を持っていた。この先、サポーターを一生涯続けていくにしろ、途中で薬師に鞍替えするにせよ、そうした特殊な技能は覚えておいて損はないだろう。

 

「……分かりました。でも、エドの錬金術って、覚えるのにどのくらいかかるんですか?」

「ん? 全般的に一人前にするには、年単位でかかるだろうが……今回はすぐ使う技術限定で、促成栽培で育てるつもりだからな。数か月くらいだろ」

「結構な長丁場ですね。それでナァーザさんの教示が終わったら、今日すぐにでも授業を始めるってことですね」

「そうなる。ちなみに今日覚える内容は、コレな」

 

 そう言って、エドがテーブルに置いたのは、今回使うテキスト代わりの研究ノート…………が、普段使っているバックパックと同じくらいの高さまで、うず高く積み重なっていた。

 

「…………………………………………へ?」

 

 とりあえず、目の前の『山』が、今日やる分だとは信じたくなかった。

 

「大本となる錬金術の基礎概論だろ。治療のための生物基礎知識だろ。医学的見地に基づく人体構造に、構成物質理解のための化学知識に……」

「あの……それ全部、今日やるんですか?」

 

 こちらの質問に、ただただ悪魔の笑みを浮かべるエドを見て、『錬丹術』の授業を了解した数分前の自分を殴りつけたくなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「それから、ナァーザ『団長』の調合の授業が終わったら、錬金術・生物・医学・化学の基礎知識を延々と覚えて、覚えた内容を復習するために試験を受けて、合格点出すまで反復して……合格した時には、夜が明けてました」

「うわあ………………って、ナァーザ『団長』? ナァーザさん、『団長』になったの?」

 

 ベルの言葉に、二人して頷く。

 

「構成員も三人になりましたし、派閥の代表者を決めておいた方がいい、と進言したんです」

「ナァーザ先輩は、一番の年長者で、『青の薬舗』の店長だからな。本人は渋ってたが、賛成多数で押し切った」

 

 ちなみに本人は、『派閥の没落の原因を作った自分は、団長に相応しくない』と主張し続けていたが、ミアハ様含めて、『構成員がほとんどいなくなった派閥を支え続けたのはナァーザさんだ』と主張して団長に就任させた。

 

「それでなくとも、私たちは将来的には『遠征』に出て、ホームを長期間空ける可能性もありますからね。団長職は、出来る限りホームに残れる人が望ましいです」

「まあ団長は、ギルドへの繋ぎやら、他の商業系ファミリアとの交渉やら、『顔』としての役割が大きいからな。ナァーザ先輩以上の適任はいないだろ」

「そっか……うん、そうだね。あ! ねえ、エド! 今日の稼ぎで、リリの改宗と、ナァーザさんの団長就任祝いしない?」

 

 そう言って、ベルはまるで自分のことのように喜ぶ。現実主義者のエドは、そうしたベルの純朴な一面を、少しばかり羨ましく思った。

 

「まあ、いいぞ。ホレ、リリ。今日の飲み代のため、しっかり起きてくれ」

「原因作ったのは、貴方でしょうが、『エド』。そっちこそ、しっかり稼いでください」

「あれ? リリって、エドを様付けしなくなったの?」

「ベル様は他派閥で雇用主みたいなものですが、エドは同じ派閥の同僚で、しかも年下ですからね。敬語使う理由も無くなったんですよ」

 

 そんな言葉に、ベルは少しばかりエドとリリの関係が羨ましくなる。エドもリリも大切な仲間だと思っているが、リリの喋り方には少しだけ壁を感じていたのだ。

 

「別にその方が、気兼ねなくていいからな。けど、リリ。オレは一応お前の錬丹術の師匠で、派閥の先輩だから敬わなきゃいけないんじゃねえか?」

「…………ハッ。年下のチビッコをですか?」

「「………………」」

 

 それから数分後、どこまでも明るく暗さを感じさせない、男女の快活な口喧嘩が、摩天楼施設(バベル)まで元気に進んでいった。

 




というわけで、リリに新ジョブ、『見習い店員』、『見習い薬師』、『見習い錬丹術師』が付きました。魔改造が進むなあ……アニメでやってましたが、『血肉』作れるなら、回復薬も作れそうなんですよね。レシピがあればw

リリがダンジョン内で、錬丹術や錬金術使う方法ですけど、少し特殊な方法を使います。それに関連して、エドの魔法の『本来』の能力も明かそうと思っています。

次回は『錬丹術』授業風景。上に書いたダンジョン対策や魔法についてもやっていきますw


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第21話 錬丹術講座

――化け物……そう答えておきたいところだが、貴女には本当のことを教えておこう。ヴァン・ホーエンハイムという人の皮を被った――


 

「あ~、疲れたーー……」

「ホントだね。でも、もう10階層は慣れてきたかな?」

「油断は禁物ですよ、ベル様。ダンジョンでは何が起こるか分からないのですから」

 

 お祝いの予算のために、迷宮にこもった夕方。10階層のオークを焔で焼いたり、石の砲弾で貫く簡単なお仕事を済ませ、ベルのアドバイザー、エイナさんへの報告に付き合うことになった。

 

「なんかゴメンね、付き合ってもらっちゃって」

「気にすんな。どの道、リリの改宗(コンバージョン)の件で顔を出しに行くつもりだったしな」

「以前は、エドのアドバイザーも勤めておられたんですよね。どうして担当から外されたのですか?」

「……多分、オレが全くアドバイス聞かなかったせいだな。後、オレ自身リハビリだったから、半年は2階層までしか進むつもりが無かったのも原因だな。下に行くようになったら改めて頼むつもりだったんだが、その辺りでベルと組んで、そっちの担当アドバイザーがエイナさんになって……」

「内容同じだし、あえて頼むことも無くなったということですか」

「そういうこった」

 

 そんなことを話しているうち、ギルドの目の前までやってきた。扉を押し開け、人ごみを縫って進んでいく。

 

「……っと、エイナさんは」

「…………あ」

 

 キョロキョロと目的の人物を探していると、ベルが一点を見つめて動かなくなった。不審に思い、その視線の先を追う。

 

「――――ん? エイナさんと……」

「『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?」

 

 意外な組み合わせが、そこにいた。そのことを訝しんでいると、いきなりベルが回れ右をし、全力ダッシュの構えに入る。エドとリリは、瞬間的に目配せし頷きあった。

 

「――――――、?! と、とわぁっ! ギャフ!!」

 

 まず、ベルの方に近かったリリが足払いをかけ、バランスを崩したところに、エドの『右手』のラリアットが決まる。アイコンタクトのみで、完璧なコンビネーション攻撃だった。喰らったベルはなす術もなく、ギルド大広間の床に大の字に横たわることとなった。

 

「「なんで逃げるんだよ(ですか)?」」

「いや、二人とも息、合いすぎだよ!!」

 

 ダメージからなんとかベルは起き上がったが、その頃にはエイナさんも『剣姫』も周りにたどり着いていた。……そこから、エイナさんのお説教が始まったのは言うまでもない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 詳しい事情をエイナさんに聞いてみると、なんでも『剣姫』は先日の10階層での血肉(トラップアイテム)騒動の折、オークに囲まれていたベルを助けてくれたんだそうだ。その際、ベルが落とした緑玉色(エメラルド)のプロテクターを拾い、直接返しにきたとのこと。以前ミノタウロスの騒動に巻き込んでしまった謝罪も兼ねているとか。

 

「――それで、この子が新しい≪ミアハ・ファミリア≫の一員?」

「はい、リリルカ・アーデと言います。よろしくお願いします!」

「ウチ所属で、パーティーではサポーターにつくことになる。ベルの奴も了承済みだ」

 

 ベルの方を『剣姫』に任せ、こっちは違うブースでエイナさんにリリを紹介している。ベルがまた逃げても、あれだけ近ければ『剣姫』がいくらでも対応できるだろうからな。

 

 そうこうしているうちに向こうの会話は終わったらしく、ベルが戻ってきたが、何故か一人だけ手招きしてきた。

 

「(なんだよ?)」

「(あ、あのさ……僕、明日からヴァレンシュタインさんに、戦い方を教わることになって……)」

「は?」

 

 思わずひそひそ話でなく、普通に声が出た。何がどうなって、そうなったやら。だが、まあちょうどいいか。

 

「(よかったじゃねえか。それで、一緒にダンジョンに行くのが遅くなるって話か?)」

「(う、うん……ダメかな?)」

「(こっちもリリの勉強に、まとまった時間が欲しかったところだ。何度も徹夜でやらせるのは、効率が悪いからな)」

 

 とりあえず目安として、午前中は互いの訓練や勉強の時間。午後はダンジョン探索となった。以前よりは探索に時間が取れなくなるが、怪物祭(モンスターフィリア)の売り上げで今月の支払いは何とかなるし、少しの間なら大丈夫だ。

 

 その後、この時間の割り当ては、≪ロキ・ファミリア≫が再び遠征に出発し、『剣姫』が訓練できなくなるまでとした。ベルの方は、『剣姫』に明日の都合を何とか聞き、明日改めて会うことにして、舞い上がりながら家路についた。……そう。家路に。

 

「アイツ、お祝いのこと、すっかり忘れてるぞ……」

「……まあ、また今度にしますか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日の夜。『青の薬舗』の調合室にて。

 

「そんじゃ、『錬丹術』講座の続きを始めます!」

「おー……」

「ええ、どうぞ」

 

 ミアハ・ファミリア勢ぞろいとなって、『錬丹術』の授業が始まった。主神であるミアハ様は、壁の近くで椅子に腰かけながら、優しげな笑みを浮かべている。

 

「しかし、なんですね。自分より年齢も背も小さい相手に教わるというのは、少しばかり情けなくなりますね」

「リリ、分かるよ……」

「分かんねーでください! それにオレだって、お前より『座高』は高いんだぞ?!」

 

 その言葉を聞いて、リリは少しばかり涙ぐむような顔をしていた。

 

「それはつまり、私より『足が短い』ということでは?」

「――――――…………」

 

 言葉は矢となり、エドの胸に深々と突き刺さった。

 

「ぐ、ぐぅ…………き、気を取り直していくぞ。まずは昨日やったところまでの復習から。リリ、『錬丹術』とはなにか?」

「はい。『錬丹術』や『錬金術』は、万物の流れを操る学問であり、特定の法則にしたがい、構築式を組むことで、様々な事象を発生させることが可能となります」

「そうだ。これらの流れを知るために、錬金術や錬丹術では『はじまり』となる教えがある。それはなにか?」

「『一は全、全は一』ですね」

「そうだ。そして――――……」

 

 その後も、様々な錬金術と錬丹術の中核を成す法則、要点、理論などを教え込んだ。そして、話はダンジョンが与える、錬金術と錬丹術への『制約』の話となった。

 

「ダンジョン内では、錬金術も錬丹術も使えない……!」

「そうだ。正確には使えるんだが、影響を受けて使えるエネルギーが非常に弱くなる」

 

 『ダンジョンは生きている』。それの影響と考えれば納得だが、それではダンジョン内で術を使用するにはどうすればいいのか。

 

「……それならどうするんですか? エドが使う特殊な魔法じゃないと術が使えないんですよね?」

「それも考えてある。ここ半年で新しく作り上げた、この錬成陣を使うんだ」

 

 そうして、取り出された錬成陣は、これまで見たものとは構造そのものが異なるように見えた。

 

「えっと……確か錬成陣の要素は、用途を表す『構築式』と、万物の循環を表す『円』でしたっけ。この陣は……『五芒星』の形をした部分が『構築式』で、それを囲む『円』が循環で……」

 

 そこで、止まる。今見ている錬成陣には、その外側に、更にもう一つ異質な式が加わっていた。

 

「『月』と、『太陽』と…………『太陽を飲み込む獅子』?」

 

 『円』の外側に、その記号がぐるりと書かれ、更に外側にもう一つ『円』が加わっていた。

 

「……なんですか、コレ?」

「その外側の部分はな、オレの魔法で起こっている現象を構築式に組み込むものだ。それがあれば、精神力の消費で錬金術も錬丹術も使えるようになる」

「えっと……具体的に、どんな現象が起こるんですか?」

 

 その疑問に、エドはすぐには答えず、代わりにサンプルを入れるシャーレを持ってきた。

 

「これから、オレの魔法で本来(・・)生成されているものを、分かりやすく取り出す。よく見ててくれ」

 

 そうして、両手を水をすくうような形にすると、魔法の詠唱を始めた。

 

「【一は全、全は一】――――――――【ホーエンハイム】!!」

 

 青い雷光が閃き、やがて魔法が終わる。そうして、エドは両手から水を注ぐように、容器の上に開けた。

 

「……赤い…………チリ(・・)…………?」

 

 手の中からは、赤い粒子状の何かがパラパラと落ちてきた。もっとも本当に量が少なく、数粒と言ったところだったが。

 

「これがエドの魔法で生成するものですか?」

「ああ。そいつが――――――『賢者の石(・・・・)』だ」

「………………………………はい?」

 

 賢者の石。ここ迷宮都市オラリオで有名なのは、『神秘』と『魔導』を極めたとある賢者が生成した不老不死の妙薬。それをこんな簡単に作り上げたのかと思って思考が停止しかけたが、よくよく聞いていくと、全然別物だと判明した。

 

 エドの錬金術で言う『賢者の石』は、『人間の魂を抽出して作る錬成エネルギーの塊』だとのこと。あくまで聞いた話だが、一個の賢者の石を作るために、複数の人間を『材料』にすることもあるとか。『哲学者の石』、『天上の石』、『大エリクシル』など呼び名も大量にあるが、液体・固体に限らず、エネルギーの塊を全てそう呼ぶのだそうだ。

 

「……で、エドの魔法は、『精神力』の消費で『錬成エネルギーの塊』、つまりは『賢者の石』を作り出すのが、本来の形だと?」

「ああ。もっとも人間の『魂』を材料にしているわけじゃないから、所詮はまがい物だけどな。生成量は極端に少ねえし、錬成に一回使えば終わりだ」

「エド。分かっていると思うが――」

「ミアハ様。心配しなくても、本来の『賢者の石』なんか作りませんよ。アレがどれほど恐ろしいものかは、身に染みて分かってます」

 

 ここで先程の改良型錬成陣に話が戻るが、この外側の構築式は、『月』が『精神』、『太陽』が『魂』、そして『太陽を飲み込む獅子』は『賢者の石』を表している。『精神』力を『魂』の一部とし、その一部を『賢者の石』に変えるのがこの錬成陣の効果だ。

 

「直接『賢者の石』に変換するわけじゃないんですね……効率悪くないですか?」

「元々錬金術も錬丹術も、『精神力』から直接エネルギーを貰えるようにはなっていないからな。回りくどくなる分、オレの魔法より2倍くらい『精神力』を消費することになる」

「それでも稀少な『治癒魔法』の代用が出来るだけ、優秀な術ですね……」

 

 何より、本人の資質や運次第で使い手が決まる『治癒魔法』より、ある一定のレベルまで学べば誰でも使える点を考えれば、確かに優秀なのだ。これから先運用の際には、精神疲弊(マインドダウン)に気をかける必要は出てくるが。

 

「それじゃあここからは、実際の錬成に入るぞ。自分で理論を理解し、陣を描き、錬成するんだ。上手くいかなきゃ何度もやり直させるから、覚悟しとけ」

「! 望むところですよ!」

 

 そうして、その日は遅くまで、『青の薬舗』から明かりが消えることは無かった。

 




エドの魔法は、『賢者の石』生成魔法でした!名前が【ホーエンハイム】なのも、彼自身が『賢者の石』だったことに由来しますw

最初にずっと、『錬成エネルギー』としか言わなかったのは、結晶化する端から錬成に使って、全然残さなかったせいもあります。戦闘中にそんな余裕はないからなぁ……

今回の精神力変換の構築式は、クセルクセスの構築式を参考にしています。あそこでは、他に『身体』は『石』を記号として用いるそうです。


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第22話 美の女神の瞳

――私の修行の時なんて、冬のブリッグズ山に一か月放り込まれたわよ!



 『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインによるベルの戦闘訓練と、リリの『錬丹術』講座が始まってからしばらく。午前中はそれぞれの訓練と勉強に費やし、午後はダンジョンにこもる生活が続いた。そんなある日の事。

 

「え? 明後日、ダンジョンに行けないの?」

 

 錬丹術の鍛錬を進めるリリと、それを教えるエドから、そんな話が出たのだ。

 

「ああ。明後日については、リリに訓練させてる『ある錬成』を実践する予定なんだが……その鍛錬は、どうしてもダンジョン内で行う必要があってな。どうせなら一日ダンジョンに籠って訓練したいんだ」

「エドが、『どうせなら実戦の中で、一日かけて学ぶべきだ』とか言い出して……申し訳ありません、ベル様。ウチのファミリアの都合で、ダンジョン探索を潰してしまって」

「え、いや! 全然いいよ。全然大丈夫!」

 

 対するベルは、どこか挙動不審。若干だが顔も赤くなっているようにも感じられた。それを見て、エドとリリはさりげなく後ろを向き、顔を寄せ合った。

 

「……『剣姫』と、一日一緒にいられる!とか思ってんだろうな」

「少々、分かりやす過ぎですね。どこかで矯正しないと、将来女性で苦労しますよ」

「色街にでも放り込むか?」

「あそこは、『超』肉食系な女性の溜まり場ですよ? 文字通り、『虎の穴』にかよわい『兎』を投げ込むようなものです」

「二人とも、聞こえてる! 聞こえてるから!」

 

 そんなじゃれ合いをしながらも、探索は順調。10階層の中では霧の薄い地域を選び、周囲の敵を一掃し、リリに魔石集めを任せている時だった。

 

「あのさ、エド。リリの勉強は順調?」

「んー? 正直言うと、錬成はまだ今一つだな。錬成終了時のイメージがまだ弱いのか、完成形が少し歪む時がある」

 

 それでも、半月もせずに錬成反応を起こせるだけリリは優秀な生徒だ、とエドの横顔には笑みが漏れていた。

 

「多分、≪ソーマ・ファミリア≫でのサポーター生活が下地にあったんだろうな。治療のための人体知識とか、薬や毒となる物質の成分分析とかは、既にある程度身についていた。その上、モンスターの構造や構成材質なんかは、半年研究したオレよりも、さらに深い『理解』がある」

「へえ……そうなると、どうなるの?」

 

 ベルの質問に、エドはただ不敵な笑みで返す。

 

「明後日の訓練次第だが…………リリの奴に、対モンスターの『切り札』を持たせられそうだ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それより数日、彼らがいた場所よりもさらに深い中層、17階層。中層で活動する冒険者が立ち寄らない階層の片隅で、重い金属の打ちあう音と、走る火花の光が絶えず瞬いていた。

 

『ヴモォォォォォォォッ!!』

「…………」

 

 片方は、猛牛の怪物。神話にも語られる迷宮の住人、半人半牛の怪物、『ミノタウロス』。そして、もう片方は、屈強なる武人。装備を最低限しかまとわぬ骨太の肉体で、ミノタウロスの苛烈な攻撃を容易くいなす猪人(ボアズ)。都市の頂点、Lv.7冒険者、『猛者(おうじゃ)』オッタル。

 

 傍から見るとミノタウロスがオッタルを襲っているようにも見える。しかしその実、戦局は一方的。オッタルは、ミノタウロスの猛攻をものともせず、やがてその手に与えた無骨な大剣の扱いがある領域に届いたところで、角を断って終わりとした。

 

「――完成だ」

 

 これならば、少年の試練として申し分ない。角を押さえ蹲った猛牛に鎖をかけてカーゴに閉じ込め、踵を返そうとしたところ。

 

「オッタル」

 

 その空間で聞くはずのない、有り得ぬ声が響いた。

 

「ヘグニと、ヘディン……?」

 

 ≪フレイヤ・ファミリア≫が誇るLv.6冒険者。黒妖精(ダークエルフ)の戦士ヘグニと、白妖精(エルフ)の魔導士ヘディン。掛け値なしに都市最強をほしいままにする戦力が、中層の何の変哲もない階層に集結する。本来ならば有り得ぬ事だった。

 

「何故、お前たちが?」

 

 オッタルにしてみれば、今回のベル・クラネルへの働きかけは、自分に一任されたもの。いくら気ままなあの方とはいえ、そう簡単にその言を翻すとは思えない。となると、目の前の二人の独断か、とも思ったが。

 

「あの方のご命令だ」

「ベル・クラネルへの働きかけはオッタルに任せる。それとは別に、懸念事項(・・・・)への確認を、我らは命じられた」

 

 そう嘯く二人の後ろ、暗闇の中にはその身に鉄鎖を巻き付けた怪物が、二体(・・)横たわっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 摩天楼施設(バベル)上層に位置する都市でも群を抜いて高い私室にて、フレイヤはワインをゆっくりと傾けていた。

 

「――あの子の輝きは、間違いなくオッタルのもたらす試練で、より一層輝きを増すわ。ええ、それは間違いない」

 

 やはり忠実なるあの武人に任せたのは正解だった、と近く訪れる試練に心躍らせてもいた。

 

(……けれど、あの『色』は気になる)

 

 美の女神たる彼女は、魂の持つ本質を、『色』という形で視ることが出来る。勿論彼女にしか分からぬ感覚であり、他者に伝えることは出来ない感覚だった。

 

 その美の女神の瞳は、今もっとも気にかかる『透明』な魂を持つ白兎の少年と、その周りの人物の色を深く理解していた。

 

「あの少女は、いいわ。ようやく泥から這いだした『若葉』の色。いずれはどんな花をつけるのか、どんな実を結ぶのか。待ち遠しさを感じさせる、今はまだ青い緑」

 

 あの少年ほどではないが、遠い未来の可能性を感じさせる色は自分にとっても好ましい。サポーターの少女は、女神にとっては微笑ましく映る色ではあった。

 

「………………」

 

 気になっていたのは、もう一人の少年だ。女神の瞳を以てしても、未だ色が定まらない(・・・・・・・)少年。その本質を視ようとしても、まるで『混沌』を覗き込んでいるかのように定まらない。

 

「あえて言うなら――――――――『なにか(・・・)によって作られた、人為的な混沌』、とでも言うべきかしら」

 

 その本質を見極めるために。奔放たる美の女神は、彼らに最大の試練を課そうとしていた。

 




訓練風景終了。次回からはミノ戦ですが、某女神のせいで、とんでもなく不穏な空気が……『人為的な混沌』とは何なのか?これがキーとなりますw

リリの『切り札』。サポーターとしてモンスターを深く『理解』したからこそ、対モンスター最強の手札が彼女に加わります。半年と10年以上じゃねw

で、次の更新なんですが……他二つの投稿作品には書いたんですが、土日出勤予定がありまして、しかも残業が見込まれます。なので、申し訳ありませんが、土日深夜の投稿はお休みさせていただきます。次の投稿は、月曜の24時を予定しています。いいところで切って、申し訳ないです!


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第23話 遭遇

――――食べていい?


 

 それぞれの訓練と勉強を終え、久々に一日いっぱいを使ったダンジョン探索に出かけることになった。ベルのコーチだった『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインは、≪ロキ・ファミリア≫の『遠征』に出かけ、以前と変わらないダンジョン探索の日々が戻ってくるはずだった。

 

 その日、真っ先に異変に気付いたのは、ベルだった。

 

「――なにか、おかしくない?」

 

 そう言われ、辺りを見回してみる。現在の階層は9階層。目的とする階層からは上とはいえ、それでも駆け出しの冒険者には危険な階層。だが、言われて気付いたが、確かに異常な状況だった。

 

「……モンスターが、いねえ」

「……この階層に入ってから、戦闘の痕跡もありませんね」

 

 他の冒険者がモンスターを狩り尽くして、一時的にダンジョンの湧出(ポップ)が追いつかなくなるということはある。だが、それでもモンスターは、倒された後『灰』を残す。それすらも無いということは、戦闘が行われたのではないということだ。

 

「…………二人とも、戦闘準備しとけ」

 

 言いながら、両手を合わせ、右手の機械鎧(オートメイル)を刃に変える。ベルは懐から神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)とバゼラートを取り出し、油断なく暗闇を見据える。リリはボウガンに矢を番え、援護の態勢を整える。そうして、少しずつ移動し、10階層を目指そうとした、その時――――

 

『ヴォオォォ――――――』

『ゴルルルル……』

『グルル…………』

 

 三種類の、異なる獣の声がした。全員がその声に身を硬くし、声の聞こえた暗闇を見やる。ズシズシ、という重たげな足音のあと、その獣たちは現れた。

 

「――――――あ」

 

 ベルが、現れた異形に息をのむ。その姿は、かつて見たもの。ぬぐえぬ恐怖。牛頭人身の怪物、『ミノタウロス』。

 

「オイ、フザケんなよ……」

「な、何でこの9階層に……?」

 

 続いて現れた二体も、下級冒険者には絶望的な怪物だった。

 

 一体の名は、『ライガーファング』。ミノタウロスとともに、15階層以降に生息する鋭い牙を持つ虎のモンスター。ミノタウロスにも劣らない≪咆哮(ハウル)≫を放つ、獰猛な肉食獣。

 

 もう一体は『バグベアー』。同じく18階層近くに生息する、巨大な熊のモンスター。圧倒的で純粋な膂力(パワー)を誇る、危険な猛獣。

 

 三体のうちどれか一体でも致命的な相手。それが三体。いっそ笑い出したいくらいの絶望だった。

 

「……おい、ベル。オレが隙を見て、錬金術で防壁を張る。そうしたら全力で逃げて、10階層へ行くぞ。霧の中なら上手く撒けるかもしれねえ」

 

 鼻が良く、脚も速い『虎』が混じっている時点で望み薄だが、見通しの良い9階層ではそれこそ全滅以外有り得ない。だから、それは最良の判断。

 

 ……だと言うのに。

 

「――――ベル様?」

 

 リリの呼びかけに不審に思い、視線を向ける。すると、ベルは青白い顔をして、ミノタウロスだけを見つめ、他の二体に目も向けない。その顔に浮かんでいる感情は、ただ『恐怖』のみ。完全に心が折れたのだと悟った。

 

『ヴモォォォォォォォッ!』

 

 ミノタウロスがそんなこっちの事情を知らぬとばかり突撃する。その手にあるのは、天然武器(ネイチャーウェポン)ではない金属の大剣。

 

「くそぉッ!」

「しっかりしてください!」

 

 とっさにベルとミノタウロスの間に、岩壁を錬成する。その間にリリが呆けていたベルを突き飛ばし、覆いかぶさるように身を庇う。

 

 岩壁は拮抗することも無く、あっさりと砕け、飛礫となって全員に降り注いだ。

 

「うわああああああっ!?」

「…………!」

「ぐぅっ!」

 

 右腕の機械鎧(オートメイル)で必死に身を庇ったが、それでも大小さまざまな破片が当たり、額が裂けた。だが一番被害がひどかったのが、リリ。大剣がベルのいた辺りを通り抜けて、リリのバックパックを斬り飛ばし、降り注いだ岩の破片がリリの頭部に当たり、リリはぐったりとその身を横たえていた。

 

「リリ! リリ!?」

「……目ぇ覚めたか、ベル。そんなら逃げるぞ。お前、リリ抱えろ」

「う、うん……でも…………」

 

 ミノタウロスが無造作に、地面から突き出た障害物をガンガンと砕く中、状況はさらに最悪へとシフトしていた。ミノタウロスに出遅れたライガーファングとバグベアーが、8階層へと戻る階段側へと移動していたのだ。そして、ミノタウロスが目の前の邪魔な壁を回り込んだ先は、10階層への階段側。つまり進むも戻るも出来なくなったのだ。

 

 ……その上、さっきから虎と熊の視線が、こっちから離れない。どうも『右腕』を注視しているようなのだ。

 

「ちっ。ベル、リリは地面に寝かせろ。オレはあの虎と熊を、何とか錬金術で捌いて突破口を作る。お前は、牛の攻撃を出来る限り凌いでてくれ」

「…………わかった」

 

 ベルがリリの小柄な体を地面に寝かせ、再び立ち上がって構える。それでも恐怖がぬぐえないのか、手も、足も、見るからに震えている。

 

 ……その背中を、思い切りひっぱたいた。

 

「!!?」

「――――絶対、生きて帰るぞ」

 

 死んでたまるか。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「「…………」」

 

 そんな光景を、陰から見つめる存在があった。言うまでもなく、この襲撃を仕掛けた≪フレイヤ・ファミリア≫のヘグニ、ヘディンの二者である。

 

「……戦闘娼婦(バーベラ)どもの横槍で、どうなることかと思ったが」

「結果的には、こちらの意図した通りとなったか」

 

 そうヘグニとヘディンが呟く後ろには、壊されたカーゴが散乱していた。先程まで、ここには屈強なアマゾネスが押し寄せ、こちらが運んでいた荷物を優先的に壊していったのだ。もっとも中身が深層の依頼物の類でないと分かると、潮が引くように去っていったが。

 

しつけ(・・・)も『強化』も、上手くいっているな」

「『金属の腕』にじゃれ付く――体のいい『猫じゃらし』だがな。それが、群れ一つ分の『魔石』を無理やり口に詰められた『強化種』なのだから、素直に笑えん話だ」

 

 そう言って足元を見る。カーゴと一緒に散乱していたのは、エドの機械鎧(オートメイル)とは比べられないほど拙いものではあったが、確かに『腕』の形をしていた。

 

「後、懸念となるのは、先程あの三体を目撃し、即座に逃げ出した冒険者だけか。こちらには気づいていなかったようだが」

「それこそ問題なかろう。あちらはしばらくの間、『通行止め』だ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…………ッ!」

 

 少女アイズ・ヴァレンシュタインは、疾走(はし)っていた。先程、遠征途中だった自分たちのパーティーへと辿り着いた下級冒険者がもたらした一報。

 

『9階層で、ミノタウロスやライガーファングに、下級冒険者が襲われている』

 

 そして、その中に確かに白髪・赤眼の冒険者がいたというのだ。話に聞いたモンスターは15階層以降に住む、中層下部の3体。間違っても、あの少年が勝てる相手ではない。焦燥に駆られ、制止の声も振り切って、上層へと駆け上がってしまったのだ。

 

 ――そうして、その男に出会った。

 

「…………!」

 

 疾走に急制動をかけ、その場に留まる。もし駆け抜けていたなら、自分は死んでいた。そう確信を持って言えるほどの存在が、目の前に現れた。

 

「……手合せ願おう」

 

 ≪フレイヤ・ファミリア≫所属、Lv.7冒険者。迷宮都市オラリオの頂点、『猛者(おうじゃ)』オッタルがそこにいた。

 




牛に加えて、虎と熊が登場。しかも虎も熊も、人為的な『強化種』という最悪なもの。牛はオッタルが稽古つけましたが、虎と熊は強化のみ。それでも脅威ですね。

――さて、アニメ見た方も気付くかもしれませんが、あの狸オヤジなカヌゥが、『死んでいません』!これは前の章で、一回取っ捕まってるせいもあります。まあ、今回死ななかった分、後の章でイベントに使うんですがw

最後のシーンのアイズVSオッタルは『外伝ソード・オラトリア4』のそのままですねw

ベルはミノ戦、エドは虎熊戦、リリは気絶中と言う絶望的な状況。戦況をひっくり返す『切り札』は、どこなのか?明日をお楽しみに♪


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第24話 窮地

――どうせここで皆死ぬんだ。冥土の土産に、いいもの見せてやるよ



 戦端を開いたのは、エドの錬金術だった。

 

「……【ホーエンハイム】」

 

 詠唱の完了とともに、手甲(ガントレット)に包まれた両拳を地面へと叩き落す。衝突点から幾筋もの青い雷光が駆け抜けた。

 

「う――――おぉおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 咆哮とともに地面が隆起し、ライガーファングとバグベアーへと多くのトゲが殺到する。その様子はまさに圧倒的。上層の並みのモンスターならば一撃で葬れるだけの威力があった。

 

 だがそれも、ブルブルと二体が身体を振るうと砂糖細工のように崩れ落ちた。

 

(……前の時もそうだったが、コイツ等は生まれた階層によって、力だけじゃなく、耐久力も違いすぎる。多分、金属の含有率のせいだな)

 

 このダンジョン内で生まれるモンスターは、その身体に超硬金属(アダマンタイト)と呼ばれる金属を内包する。そのため時折残す角や骨、はたまた皮膚などの素材は、地上で取れる他の素材とは比べ物にならないほど高性能な装備となる。当然怪物を生み出す土中にもこの金属は含まれているが、採掘可能な鉱石は下層や深層に限られる。つまり、下へ行くほどこの金属は含有率が高くなり、地上に近づくほど少なくなるのだ。

 

 以前、ミノタウロスに攻撃が通じなかったことから、改めてダンジョンについて調べたところ、錬成の材料だった地面の硬度が、彼らの皮膚を貫けなかったのが原因だったと分かった。そしてその硬度の著しい差異の原因として上がったのが、金属の含有率だったのだ。

 

「――だったら!!」

 

 手甲(ガントレット)を外し、発火布へと付け替える。指先から焔を走らせ、牽制する攻撃に切り替えた。迫る焔に、ライガーファングが一歩前へと出た。

 

『――――――ァッ!!』

 

 通路に響き渡る大音声とともに、焔が一瞬で霧散した。

 

「『咆哮(ハウル)』で、焔をかき消しやがった…………?」

 

 本来冒険者を威嚇するのが精々の『咆哮(ハウル)』で、およそ有り得ない現象。目の前のライガーファングが、通常のものとは一味も二味も違う証左だった。

 

「――――――う……?」

 

 後ろで気絶していたリリが、身じろぎする音がした。無事意識を取り戻してくれたことに、僅かに安堵する。

 

「――よー、リリ。起きて早速で悪いが、焔も物理攻撃も効かない相手に、打開策思いつかないか?」

 

 いつも通りの軽口を言いながら、背中の槍を構える。現状、錬金術では手詰まり。通じる可能性のあるのは、もう肉弾戦だけだった。視線を横に流しても、ベルは必死になってミノタウロスの攻撃を凌ぎ、ただ死なないようにもがいているような状態。絶体絶命とはまさにこのことだった。

 

「とにかく、なんとか隙を見て、逃げ出すしか――」

「――エド!!」

 

 言葉の途中で叫んだリリに、視線を今まで合わせていたライガーファングから、後ろのバグベアーへと移す。そいつは地面から突き出ていた折れたトゲへと近づき、確かににやりと笑った(・・・・・・・)

 

 そして、その折れたトゲを、周囲の地面ごと爪で殴り飛ばしてきた。

 

「なッ…………!」

「きゃあ!?」

 

 咄嗟にリリの手を取り、飛ばされてきた地面の塊から必死になって逃げる。直撃は避けたが、砕けた破片が身体中を強かに打った。

 

「! エド、前!」

「!」

 

 飛来する岩に意識を奪われた瞬間に、それ(・・)は忍び寄っていた。その動きは、やはり野生のそれ。俊敏なライガーファングは、こちらの意識の間隙を縫い――――……

 

 

 ――――その爪で、右側の(はらわた)を、半ば抉って行った。

 

 

「げっ、ブゥッ!!」

「エドぉっ!!?」

 

 その傷の余りの痛みと、焼けつくような熱さに、喉奥から駆け上がった胃液と血液を吐き出した。後ろに庇っていたリリに怪我こそなかったが、状況は最悪。自分が倒れれば、サポーターの彼女は為す術なく、目の前の大虎に喰われるだろう。

 

「ぐ、ぐぐ……………………ぐお゛お゛お゛おおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 震えながら合わせた両手を、地面へと叩き落す。その瞬間地面に大穴が空き、目の前のライガーファングは階下へと落ちていった。

 

「エド、エド?! しっかりしてください、気をしっかり持って!!」

「だ、い゛、丈夫…………じゃ、ねえ゛な、こりゃぁ…………」

 

 体勢を変えようと、四苦八苦していると、階下に落ちたはずのライガーファングの姿が見えた。そいつはなんと空中でトンボを切り、荒く崩れた壁面に貼り付くと、まるで慣れた道のように壁面を登り始めたのだ。離れていたため大穴から免れたバグベアーも、のっしのっしと穴を回り込むために歩いてくる。

 

 ポーチから、非常用の高等回復薬(ハイポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)を取り出して、血液ごと口に流し込み、残りの高等回復薬(ハイポーション)は全て傷にかける。それでも、治らない。内臓が一部完全に欠損し、手持ちの高等回復薬(ハイポーション)では足りないのだ。

 

(……どうする? 状況は最悪だ。傷が治らねえと逃げられねえし戦えねえが、高等回復薬(ハイポーション)じゃ足りねえ。錬金術でも錬丹術でも、欠損した内臓を治すには『代価』が――――、っ!!)

 

 そこまで考えて、気付く。自分にはまだ、『禁忌』の手段が残されていることに。その血にまみれた両手に、それはまだ残っているということに。

 

「……リリ」

「エド、今は喋るより傷を治してください! 錬丹術かなにかで――」

「今からオレは゛、……っ、『人体錬成』を、行う」

 

 その言葉に、傷口を抑えようと、周囲に散らばっていた布きれをかき集めていたリリの手が、一瞬止まった。

 

「…………え?」

「こ゛の……ゲフッ! 傷は、もう錬金術でも錬丹術でも治らない。傷口が深すぎるし、内臓を治すには゛代価が足りない」

「それで何で『人体錬成』を?! それは禁忌だって言ってたじゃないですか!」

「オ゛レの『魂』を『賢、者の石』に見立て、健康な内臓へ錬成……最悪゛、他の場所を持っていかれる(・・・・・・・)か、寿命を削るかで済む…………」

「………………」

 

 その言葉に、リリは唇をかむ。分かっているのだ。高等回復薬(ハイポーション)でエドの傷口が治らないのは、傷が深すぎるから。これを治すには、恐らく万能薬(エリクサー)が必要だろう。だが、そんなものはここにはなく、目の前の二体の猛獣からは逃れられない。手段は、ほかにないのだ。

 

「……分かりました。けど、絶対に死なないでくださいね」

「わが、ってるさ……」

 

 そのままエドは両手を上へと持ち上げる。震える手。これから自分が行うこと、失敗した場合の危険性(リスク)が、募る。

 

 けれど、隣で不安そうにしながらも、自分を信じる強い瞳に、震えはいつの間にか止まっていた。

 

「ッ!!」

 

 パアンッ、と両手を音高く合わせ、自分の脇腹へと振り下ろす。意識は、かつて見た場所へと飛ばされる感覚を味わった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そこは、白一色の空間だった。

 

 扉から投げ出されたエドは、目の前に佇む、『右手』と『両脚』だけが生身の、その存在と出会った。

 

『――久しぶり』

 

 まるで旧知の友人に出会ったような軽い口調。その口調へのイラつきを無視し、こちらの要件だけを告げる。

 

「脇腹の傷を、『人体錬成』で治しに来た! 代価は――――」

『いらないよ、そんなの』

 

 代価を告げようとした時、目の前の『真理』から告げられた事柄に、思わず言葉が止まった。

 

「………………は? なに…………?」

『だから、いらないって。傷を治す? そんなのさぁ…………』

 

 言葉を途中で切り、『真理』が『右手』で指さす。エドを通り抜け、背後(・・)を。

 

そいつ(・・・)に頼みなよ』

 

 振り返った先、『扉』の向こうに、巨大な顔が覗いていた。

 

 

『――――――とっとと戻ってきな。ションベンガキ』

 

 

「お前は――――――!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 閃光が、奔った。光源となったのは、先程まで腹に負った傷で地に伏せっていたエド。その傷口から、迸るかのように、『紅い雷光』が漏れ出ていた。そして、明らかに重傷だった腹の傷は、まるで巻き戻すかのように、その痕を消していった。

 

「………………エド?」

 

 その光景の異常さに気付いたのは、リリ一人のみ。曲がりなりにも錬丹術の教えを受けてきたからこそ、その現象の有り得なさに気づく。知らない。あんなものは知らない。あんな『紅い』錬成光なんか知らない。あんな、等価交換を無視した錬成なんて知らない……!

 

 だけど、目の前のエドは、答えない。こちらの呼びかけに答えず、ただ一度天を仰いだ。

 

「――――――くっ。がっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 

 呵呵大笑。その聞いたことも無い笑い方に、リリの背筋がざわついた。

 

「はっはっ…………あー、ようやく外に出られたぜ」

 

 ――――……違う。これは、違う。

 

「ちぃと尺は(みじけ)えが、まあ、中々いい身体だ」

 

 エドが、こんな風に喋るはずがない。こんな風であるはずがない。

 

引っ張って(・・・・・)きてくれて、感謝するぜ、ガキ」

 

 目の前の存在は、『エド・エルリック』じゃない!

 

「――――――誰ですか、あなた」

 

 絞り出すようにそれを口に出来たのは、自分でも意外だった。それくらい目の前の出来事は衝撃的だったから。

 

 こちらの疑問に対して、目の前のエドの顔をした誰かは、ただ口元をクッと上げた。

 

 

「――――――――……()は、『グリード』」

 

 

 笑みを浮かべた顔で、その髪を一度『左手』でかき上げる。その手の甲に刻まれているのは、ウロボロスの刻印。

 

 

「『強欲』の、グリードだ!!」

 

 

 其れは、全てを欲する、飽くなき欲望。大罪を象徴する者は、長き流転の果て、欲望渦巻く迷宮(ダンジョン)へと降り立った。

 




ようやく出せたハガレン唯一の原作キャラ、『グリード』!どうやってダンまちに来たかは、次回やります。
彼が来たおかげで、作者が当初から考えていた、『鋼の錬金術師のどの世界も知っているファンである』というオリ主の『切り札』も出せます。この『切り札』、原作ハガレンとは少し違う発想なのでw

※nasyen様のご意見により、感想の一部を活動報告に移しました。


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第25話 強欲

「ありえない」なんて事は ありえない――――!



「お前は――――――!!」

 

 『扉』の先から戻った空間。そこにあったのは、見渡す限りいっぱいに広がった巨大な顔だった。その上、縦に線の入った特徴的なその顔に、これ以上ない程見覚えがある。

 

「グリード!?」

『おうよ! 『強欲』のグリードだ!!』

 

 『フラスコの中の小人(ホムンクルス)』によって生み出された、七人の『人造人間(ホムンクルス)』のうちの一人。『強欲』を司る存在が、目の前のこの男だ。

 

「なんで、お前がここに?! お前、『お父様』に殺されたはずだろ!」

『あ? あー、そうか。お前、あの世界の話を客観的にだが見てやがったんだったか。いいぜ、答えてやる』

 

 そう言うとグリードは、ほんのわずかに威圧を抑えた。

 

『――お前よぉ、転生の際に『真理の扉』潜ったよな?』

「……ああ。『真理』の奴に支払った代価と引き替えにな」

『で。お前、あの時『扉』の向こうで、妙な『黒い霧』見つけなかったか?』

「ん?」

 

 言われて思い出す。あの時。顔の見えない誰かに伸ばした手を引き戻す時、周囲にあった霧状のなにかを巻き込んだような……。

 

「…………そういや、あったな。あれが何だってんだよ」

『ありゃ、『親父殿』の残骸だ』

「ぶっ!?」

 

 思わず吹き出す。『親父殿』。つまりあれこそが、『フラスコの中の小人(ホムンクルス)』の成れの果てだったというのか?

 

『お察しの通り、お前は転生の時に、『扉』の向こうで見つけた『親父殿』の残骸まで巻き込んで身体を錬成しちまった。そのせいでお前の『魂』の奥底には、『親父殿』の残骸が残ったままになってやがったのさ』

「…………」

『それが今回目覚めたのは、何も、偶然なんかじゃねえ。お前が今まで行わなかった禁忌の錬成が切っ掛けだ』

「『人体、錬成』…………」

『そう。お前が行ったのは、『魂』を支払って、『人間から人間を(・・・・・・・)錬成する(・・・・)』って錬成だ。『人造人間』としての条件を満たしてた『親父殿』の残骸が、元の『人間(ヒト)』に戻るのは当たり前だろ?』

 

 そう言われれば、納得するしかない。『人造人間(ホムンクルス)』もまた人間なのだから、正常な状態への『人間の錬成』に巻き込まれれば、例え残骸でも元に戻るのは当たり前だ。だが、それでも納得できないこともある。

 

「アンタは……『お父様』に殺されたんじゃなかったのか」

『あー…………いや、きっちり殺されたぜ? 『親父殿』に記憶も人格も噛み砕かれて、後は『親父殿』のエネルギーとして使い潰されて終わるはずだった』

「ああ、そこまでは見た…………」

『だったら、そのすぐ後に『親父殿』が倒されたのも見た筈だろ』

「あ!」

 

 そうだ。グリードが噛み砕かれてすぐ、『お父様』はあの世界のエドに倒されて『あるべき処』へ帰っている。つまり噛み砕かれてはいても、グリードを形作った全てを使い切る余裕は無かったのだ。

 

『そういうわけだ。俺を形作る記憶も人格も、噛み砕かれてはいても、その断片は一つも欠けることなく『親父殿』の中にあった。お前の錬成で、今回俺の方が蘇ったのさ』

「『お父様』も、蘇る可能性があるのか……?」

『そいつは問題ねえ。周りを見てみな』

 

 そう言われて初めて、周りの景色がおかしいことに気が付いた。『人造人間(ホムンクルス)』の内側は、『賢者の石』にされた様々な『魂』の暴風が吹き荒れていた筈だ。だが、今見渡したところ、目につく『魂』は目の前のグリードだけで、他の『魂』が見当たらない。

 

『そもそも今回の『人体錬成』で、お前の『魂』は未だに無事だ。その理由は、ここに渦巻いてた意思も何もかも失った『魂』の残骸どもが、代わりの代価になったからさ』

「!」

 

 言われて、辺りを見回す。『人造人間(ホムンクルス)』の中は、沢山の『魂』が渦巻いていたはずだ。その『人』たちの生命(いのち)を、奪った。他に何も存在しない空々しい空間は、自分の罪の象徴だった。

 

『――言っとくが、もうあいつらには、戻る身体なんかありゃしねえ。おまけに本体の『親父殿』もぐちゃぐちゃの残骸だったからな。万に一つも意思が戻ることは無かっただろうさ』

「…………それでも、その『人』たちを、『殺した』のは、オレだ……!」

 

 ぎり、と拳を鳴らして握り締める。この痛みを、罪を、決して忘れないように。

 

『……話戻すぞ。見ての通り、ここに残ってるのは、俺とお前の二人だけ。『親父殿』は跡形もなく消滅してるから、蘇る心配もねえ。後の問題はもう、『一つ』だけだ』

「一つ……」

『そう……』

 

 引っ込んでいた威圧が、復活する。

 

『お前と俺! どっちがこの身体を手に入れるかってことだけだ!!』

 

 そうだ、目の前の相手は『強欲』。飽き足りることなど有り得なかった。

 

「まだ手に入れたいものがあんのか? 前の世界で、本当に欲しかったものは手に入れたんだろ?」

『あー、その辺りは知ってやがんだな。がっはっはっは! たったの一度! 手に入れただけでやめるかよ! 俺は、『強欲』! 死んでなきゃぁ、生きてる限り、何度でも手に入れてやるさ!!』

「……とことん、アンタらしいな」

 

 直接話してみても、何一つ変わらない。どこまでも真っ直ぐに、自分の欲望に忠実。羨ましいくらいの真っ直ぐさだ。

 

『ハッ、随分大人しいじゃねえか。お前にもあるはずだぜ? 譲れねえ『欲望』って奴が』

「あ? そんなの――」

『いや、正確には『あった』だろうな。『()』のお前には』

 

 告げられた言葉に、思考が停止した。

 

「……なに?」

『俺もお前の記憶を見たわけじゃねえが、そうでなきゃ、俺が錬成されるか? 俺は『引き寄せられた』んだよ。『前』のお前の、『強欲』に』

「どういう事だよ!」

『さぁな。言える事は、お前の『魂』には、例え記憶を失っても、『手に入れたいもの』があったってことだ。その『におい』に引っ張られて、『親父殿』じゃなく、俺が錬成されたのさ。まあ、カン(・・)だけどな』

 

 欲望に忠実で敏感な、『強欲』のカン。それはあまりにも説得力がありすぎた。思わず思考に入ろうともしたが、話題を振った目の前の相手に中止させられる。

 

『ま、それよりも、だ。お前の身体を寄越しな。外に出てすぐにあんな敵、叩き潰してやるぜ』

「………………」

 

 外の、敵。自分では、敵わない相手。周りの仲間のことを考えれば、確かにグリードが出ていった方が助かるだろう。それは確信できる。

 

 だが、それでも。理屈抜きで、感情(こころ)のどこかが納得出来なかった。

 

「…………いいぜ。来てみろ。けど、覚えとけ! オレだって、お前なんかに取り込まれて消える気なんか()え!! 逆に中からお前を取り込んで、お前の力も、前のオレが望んだものも、全部手に入れてやらァッ!!」

『がっはっはっはっは! いいぜ、その『強欲』気に入ったァッ!!』

 

 視界いっぱいに迫る巨大な顔。そこでエドの意識は、一度途切れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

(ぐ…………)

 

 再び意識が戻ったとき、外の光景を客観的に見ている自分に気が付いた。

 

(ここは……)

「お? どうやら『同居人』が起きたみてえだな?」

 

 勝手に動き、勝手に喋る身体。それを客観的に認識している自分。とんでもなく奇妙な体験だった。そうして、自分の身体が見つめている少女に気づく。

 

「――同居人って、誰ですか? いえ、この際その辺りはいいですから、さっさとエドを戻しなさい」

 

 視界に大映しになっていたのは、眉間に零距離からボウガンを突き付けるリリの姿だった。

 

(……まてまてまてぇっ! そんなモノ撃たれたら、死ぬから! いや、グリードは死なないかもしれないが、オレの方だけ精神的に死ぬから!)

「いや、お前も死なねえよ。俺の『同居人』になった以上、お前だって『人造人間(ホムンクルス)』だ。多分、『死ぬほど痛い』だけだぜ?」

(それでも嫌に決まってんだろ! てか、オレが『同居人』扱いかよ! 身体はオレのもんなんだから、むしろ『大家』だろうが!!)

「つか、もう少し静かに話せねえのか? お前の声は外には聞こえねえし、俺にとっちゃ滅茶苦茶(うるせ)え」

 

 一通り叫んで、ようやく冷静になり、頭も冴えてきた。どうやら、グリードに魂を消される事態にはならなかったものの、身体の主導権(イニシアティブ)は奪われたようだ。実際今は、自分の身体をぴくりとも動かせない。

 

「まあ、少し待ってろ。向こうは面白いことになってるぜ?」

(あ……?)

 

 言葉とともに、視界が回る。映ったのは、何かを警戒するかのように足踏みするミノタウロスと、壁際に蹲ったベル。そして、その間に佇む金髪の少女だった。

 

(『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?)

 

 どういう理由でそこにいるのか、皆目分からなかったが、見た感じベルがやられる寸でのところで、『剣姫』に助けられたというところか?援軍が来たのなら、助けを求めれば、そのまま帰ることは出来るだろう。

 

 ――そういう甘え(・・)を、許さないやつがいた。

 

「オイッ! 白髪(しらが)のガキ!」

 

 ダンジョンに響き渡る大声。それに俯いていたベルがわずかに顔を上げた。

 

「エド……?」

「俺はエドじゃねえ。グリードだ! ……まあ、そりゃいい。それよりお前――――そのまま蹲ってていいのか?」

 

 その質問に、ピクリとベルが反応した。

 

「俺には、『におう』ぜ? お前の中で燻ってる『欲望(のぞみ)』が! 何があろうと手に入れてえ『願望(ねがい)』が! だから、お前の中の『強欲(デカイのぞみ)』のために、聞いてやってんのさ。――蹲ってていいのか?」

 

 その言葉にゆっくり、ゆっくりとベルが立ち上がる。…………ああ。ああ、チクショウ。『剣姫』に助けてもらって、無事に帰る?そんなもの、強くなるって誓ったオレ達(・・・)が、望んじゃいけねえものじゃねえか!

 

(ふん! ぐ、ぐぐ…………ぎぎ……)

「お? おお? お??」

 

 身体の中で、必死になって自分の身体に繋がるイメージを作る。――大丈夫だ。オレは、『錬金術師』。『魂』と『身体』が、『精神』で繋がってるなんて、もう既に知っている――!

 

「――――ぶはあっ!」

 

 暗い水の底から戻ったように、肺の中の空気を吐き出す。顔を上げると、ベルは『剣姫』に高らかに宣言していた。

 

「僕は、もう――――――アイズ・ヴァレンシュタインにだけは、助けられるわけにいかないんだッ!!」

「――ヘッ!」

 

 その宣言に、こっちまで嬉しくなる。そうだ、助けられるわけにはいかない。いつか追いついて、『追い越す』ためには助けられるわけにはいかなかった。

 

 強い瞳になったベルから視線を移し、前を見る。そこには既に階下から登ってきたライガーファングと、回り込んできたバグベアー。

 

(負けんじゃねえぞ!!)

 

 かつて逃げるしかなかった猛牛(ミノタウロス)に挑む仲間を激励し、自身の倒すべき怪物へと向かい合った。

 




実は『親父殿』(残骸)、一章の二話『真理の扉』にも出ていました。誰も気付いてくれませんでしたがw

そして、グリード節炸裂♪この人基本的に、「欲望に貴賤なし」「欲望全肯定」の人だからなぁ……「欲望あるなら、動け!手に入れろ!」って普通に言いそうだったので、ベルに絡めましたw

……そして、エドの『切り札』まで行けなかった。しかも次回の展開考えると、存在が薄れそう……orz
-追記-
グリードタグ追加に伴い、クロスオーバータグを一部クロスに改めました。


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第26話 破壊の腕

――貴様ら「創る者」がいれば、「壊す者」もいるという事だ


 

「さて、とりあえず、【一は全、全は一】っと」

 

 魔法を詠唱し、両手を合わせる。視線は決して目の前の二体の猛獣から逸らさぬようにした。

 

「あー、リリ……――――――危ねえから下がってろ」

「へ? って、きゃああああ!?」

 

 地面に手をつき、リリの足元を巨大な手に錬成して、問答無用で『剣姫』の方に吹っ飛ばした。

 

「なにすんですか、エド!?」

「おお、戻ったのは分かったんだな。言った通りだ。さっきの石の破片での怪我もあるし、お前は一時保護してもらえ」

「ふざ――――――ぅ、ぐぅ……!」

 

 再度叫ぼうとした瞬間に、リリがふらついた。出血も酷いし、血が足りてないんだろう。

 

(まー、俺も女が死ぬのは趣味じゃねえからいいが、ますます勝ち目ねえんじゃねえか?)

「……ま、何とかするさ」

 

 そう言って、懐を探り二本の回復薬(ポーション)を出す。虎の子の、二本の精神力回復薬(マジック・ポーション)。その内の一本を口に含みつつ、靴先で地面に錬成陣を描く。

 

「【一は全、全は一】――――【ホーエンハイム】!!」

 

 体内の魔力をいつもより念入りに練り上げ、地面の錬成陣を両手で叩く。すると地面がせり上がり、一つの形を形成し始めた。

 

(……オイ、どうする気だ? この階層の地面じゃ金属の含有率が低すぎて、攻撃に使えねえんじゃなかったか?)

「――ああ。だから土中から、金属成分だけ念入りに取り出して、『合金』に変えられれば……!」

 

 今、目の前で起こっている錬成反応は、何時もよりも遥かに長い。その上精神力回復薬(マジック・ポーション)で回復した精神力が、ガリガリと目減りするのが嫌でも感じ取れた。

 

 時間をかけた甲斐があったのか、目の前にやがて一つの構造物が形成された。

 

(って、オイオイ。見たことあんぞ、コレ)

「あー、だろうな」

 

 グリードの反応に受け答えながら、脇腹の服にこびりついた血液で、両手の掌に錬成陣を描く。今度描くのは、円の中に、矢印か楔のような幾何学模様。さらに、最後の精神力回復薬(マジック・ポーション)を流し込みながら、目の前のものの首を外し、内側に一応の保険として『血印』まで描いた。

 

(お前、正気か……?)

 

 ここまで来てようやくオレの意図に気付いたようだが、当然正気だ。戻って来る算段だって付いている。

 

(アイツの、弟の『()』じゃねえか)

「大正解♪」

 

 パン、と両手を合わせ、その『鎧』の背中に触れる。精神力が目に見えて減っていき、やがて、ぶつりと意識が飛んだ。

 

「――……へっ、いいのか? ()に身体丸ごと預けちまったら、もう戻れねえかも知れねえぞ」

 

 口調が変わり、グリードが出てくる。そのままグリードはつかつかとライガーファングへと近づき、徐に『硬化』させた左手を思い切り顔面へと叩きつけた。

 

「こっちの虎は、俺が相手しといてやらぁっ! お前もしくじるんじゃねえぞ!」

 

 吼えるグリード。それに反応し、バグベアーものっそりとそちらへ移動しようとしたが、鎧の目の前を通ったタイミングで、横から思い切り殴りつけた。

 

『ああ――――』

 

 金属で出来た手足が、ギシギシと軋む。中身の無い身体に、言いようのない不安感が宿る。今すぐにでも、元の身体に戻りたい気持ちが芽生える。身体が無いというこの状態に、長い間耐えきった『彼』がどれほど強かったか、今ようやく分かった。

 

 けれど、今だけは。仲間に託された、今だけは。伽藍堂だった瞳に、灯が燈った。

 

『わかってらァ!』

 

 目の前の熊を見据え、鎧の腕を構える。仲間と一緒に、地上に胸を張って帰るために。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 戦いは、三局に別れた。ベルはミノタウロスを相手取り、大剣をナイフで弾き、その厚い皮膚を僅かずつではあるが傷つけていた。何者かも分からない偽エドは、真っ黒に染まった左腕で、ライガーファングの牙と爪を凌ぎ、その巨体を殴りつけていた。そして何故か『鎧』の姿になったエドは、その鎧の長い手足を使って、バグベアー相手に肉弾戦を繰り広げていた。

 

 そんな三者の様子を、リリは手当をしてくれた≪ロキ・ファミリア≫副団長、『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴの傍らで見ていた。

 

「さっきから、何なンだ、あのナイフは……ッ!」

「もー、ベート、そればっか。それより鎧が動いてるよ! アレ、どうなってるんだろね!」

「……僕としては、あの同胞の黒く染まった左手も気になるけどね」

 

 周りにいるのは、都市の中でも最高の派閥、≪ロキ・ファミリア≫の幹部メンバー。この間まで、≪ソーマ・ファミリア≫の下で、サポーターとして底辺を這いずるしかなかった彼女にとってみれば、雲上人にも等しい存在だった。もっとも、彼女は周りのそんな豪華なメンバーに、少しも気持ちが浮き立つことは無かったが。

 

(…………なんで……私は、あそこにいないんですか……!)

 

 今彼女は、視界に広がる三局の戦いしか頭に無かった。自分は、確かに非力で戦闘力皆無のサポーターだ。戦闘なんて行おうにも、ボウガンで援護するのが精々だ。その援護にしたところで、中層下部に生息するあの三体のモンスターには通じることは無いだろう。

 

(なにか……出来ることは…………!)

 

 少しでも、ほんの少しでも、大事な仲間の力になろうと、辺りを見回す。手元に今あるのは、ボウガンが一丁、解体用のナイフのみ。ならばと地面を見渡し、ふと最初にミノタウロスに断ち割られたバックパックが目に入った。

 

「!!」

 

 後ろからかかる静止の声を振り切って、バックパックへと走り寄る。大きく裂かれた布をひっくり返し、中身を全て床に開けていく。そうして中のものを急いで選り分け、目当ての物を探した。

 

「違う、これじゃ無い、違う、無い、無い、無い………………あった!」

 

 探り当てたのは、一枚の真新しい布。見つけた瞬間にその布を持ち、一番近かった偽エドのところへと走る。走りながら、右手のサポーターグローブを外し、手に持っていた布をはめ込んだ。

 

 脳裏によみがえるのは、数日前、この『錬成』を教えてくれたエドの言葉。

 

『――――なんなんだろうな、お前の錬成』

 

 いつも通り悪態をつきながら、彼は彼なりの不器用な口調で、こう言ってくれた。

 

『鉱物も生物も、錬成は今一つなのに………………モンスターを使った錬成だけは、オレを越えてるな』

 

 右手を包む新品の『サポーターグローブ』。肘まですっぽりと覆うそれは、お気に入りのブラウンの生地の上に、地を走る『龍脈』を司る蛇体が描かれていた。

 

(この錬成陣を作った人が、どんな人かは知らない――)

 

 彼女は知らない。その錬成陣は、ある男の執念の結晶だと。

 

(けど、今の私にはこれ以外の力がない!)

 

 彼女は知らない。それは、ある国で虐げられながら、なおその国に住む人々を救おうとした男の成果だと。

 

(だから、お願い。その力を貸して!)

 

 彼女は知らない。その腕を受け継いだ男は、かつて迷いながらも、最後には国の人々を救い、同胞を救うことに残りの生涯を捧げた男だったと。

 

(『分解』の錬成陣!!)

 

 ――それは、『錬金術』と『錬丹術』が交わって生まれた、最強の破壊の右腕。

 

「偽エド!」

「ん?」

 

 息を切らせながら、目の前のよくわからない偽物エドに話しかける。その右腕を確実に当てるために。

 

「そのライガーファングの、爪と牙を地面に押さえこんで下さい!」

「ああ? まあ、いいけど、よッ!」

 

 左腕を真っ黒に染め上げた偽エドが、上からライガーファングを殴りつけ、そのまま首を羽交い絞めにする。左手の爪は地面にめり込ませ、拘束が万一にも緩まないようにしている。

 

「背中借りますよ!」

「? ――ふっ?! げっ!」

 

 ライガーファングを押さえつける偽エドの背中を勢いのまま踏んづけ、ライガーファングの真上へと飛び上がった。

 

「う――――――わぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 力も速度も、一般的な下級冒険者に劣る自分の出せる、最高速度・最大威力の攻撃。『自由落下』。その勢いのままに右手を槍のように突き出し、ライガーファングの背中側から、触れる毛皮も肉も骨も、何もかも同じ『灰』へと帰し、胸に存在する『魔石』を掴み取った。

 

「終わり――――です!!」

 

 身体中の力を使って右腕を引っこ抜き、そのまま『魔石』も奪い取る。核となる魔石を失ったライガーファングの身体は、やがて全体が崩れ、太い棒状の骨が一本残っていた。

 

「――! でかした!!」

 

 その崩れ去った灰を目にした偽エドは、すぐさま身を翻し、鎧の姿のエドの方へと向かった。見るとエドは、バグベアー相手に力比べをしており、相手の動きは封じているものの、肝心の攻撃が出来ていなかった。

 

「お前も、押さえ込んどけよ!!」

 

 その声にエドは一度こちらを振り向き、バグベアーの脇を抱え込むように拘束する。

 

「おおおおおおおおらァッ!!」

 

 黒く染まった左腕が、分厚い肉で作られた熊の胸板へと深々と突き刺さり、その魔石を砕いた。さらさらとバグベアーだったものがほどける中、背中辺りの広い真っ赤な毛皮が地面へと落ちた。

 

「はぁはぁ…………」

 

 極限状態の緊張が解けて、その場にへたり込む。視線を巡らせると、向こうのミノタウロス戦もまた、ベルの勝利。立ったまま気絶したベルを心配する声が少し聞こえてくる。

 

「はぁーー…………あ。偽エド、いい加減エドを元に戻しなさい」

「あぁん? んなコト言っても俺も知らね――――ダイジョブだ。時間が来たら戻るように、錬成の時にオレが調節した」

 

 話の途中で口調が元に戻る。もっともウチのファミリア構成員じゃないと分からないくらい些細な差だ。

 

「……まあ、いいです。エド」

「ん?」

 

 とりあえず、生きていられたことを喜ぼう。

 

「………………おかえりなさい」

「オウ、ただいま」

 




エドとリリの『切り札』登場!でも、やっぱり全部リリが持ってったなぁ……

エドの『切り札』は、アニメ第一期劇場版の『シャンバラを征く者』からアルフォンスが使ってた『魂の一時的定着』です。原作沿いの第二期なら出来るのか?という疑問は残りますが、バリーみたいに魂を別のところに移すだけなら、原作でも代価なしに可能ですwその後戻すのは、『精神』が繋がってるからより簡単。

そして、リリの『切り札』は、言わずと知れたスカーの『分解』の錬成陣!これで彼女はゴッドフィ○ガーも、ヒート○ンドも可能にwもっともサポーターの長年の経験が下地なので、今のところモンスター限定です。

……さて、二人の二つ名どうするか…………


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第27話 ランクアップ

――金も女も部下も 何もかも俺の所有物なんだよ!みんな俺の物なんだよ!
だから俺は俺の所有物を見捨てねぇ!!
なんせ欲が深いからなぁ!!



「……で、これはどういう事?」

 

 ≪ミアハ・ファミリア≫本拠地(ホーム)、『青の薬舗』内にて。主神のミアハ様を始めとして現在の全メンバーが集まっていたが、とんでもなく空気が重かった。それと言うのも、司会進行役となっている団長のナァーザの機嫌が急降下しているせいなのだ。

 

「まー、いいじゃねえか。それより酒は()えのか?」

「……ここは、飲み屋じゃない。それに、今は昼」

「固いこと言うなって。今日は()とそこのチビのお祝いだろ?」

「誰がチビですか、誰が!」

「奔放であるな、おぬし……」

 

 主な『原因』は目の前の男なのだが、その『原因』は一切素知らぬ顔、昼間から酒を飲もうとしていた。

 

 ……目の前の存在、自称(・・)人造人間(ホムンクルス)』のグリードは、何でもエドの身体に同居しているらしい。実際ダンジョン内で見せた、腕の『硬化』もその能力なのだとか。

 

 あのダンジョンで、ミノタウロス、ライガーファング、バグベアーを倒したベル、リリ、エドの三人は、極度の疲労困憊でその場にへたり込んでしまった。その上パーティー内で一番身体が大きいベルに至っては、立ったまま気絶という状態。辛うじて意識のある小人族(パルゥム)二人では、とてもじゃないが地上まで連れ帰ることが出来なかった。

 

 そこで地上までの付き添いを申し出たのが、その場にいた≪ロキ・ファミリア≫の幹部メンバー。『遠征』の途中だと言うのに、地上まで送り届け、ギルドへの簡易的な報告まで行ってくれた。ちなみにドロップアイテムと魔石はちゃんと届けてくれたが、『鎧』は持ち運ぶには荷物になりすぎるため、その場に放置となった。恐らく既に、ダンジョンの修復に巻き込まれてしまっているだろう。

 

「しかし、何だったんですかね、あのモンスター……」

 

 今回の騒動について、リリは訝しんでいた。通常では現れないはずの中層下部のモンスター三体が一気に上層に現れる。はっきり言って異常事態だ。報告を受けたギルドでも、有り得ない事態に危機感を募らせた他の下級冒険者たちの対応に追われている。今しばらくは今回の異常事態の原因究明で騒々しくなるだろう。

 

「……一体だけなら、下層域のモンスターが迷い込むことはある。けれどそれにしても、元の生息域から最大で2階層くらいの幅。今回みたいに5階層以上、上に来るのは有り得ない」

「おまけに三体もいたのであったな。まず間違いなく、何者かの意図によるものであろう」

 

 偶然は、有り得ない。ならば間違いなく『人災』。いや、あるいは『神災』ということになるのだ。

 

「そこは問題じゃねえんじゃねえか?」

「偽エド――いえ、本名はグリードでしたね。問題じゃない訳がないでしょう。中層域のモンスターですよ?」

「問題は、あのモンスターが、『誰を狙って(・・・・・)』持ってきたモンだったかってことだ」

「……!」

 

 言われて気付く。そうだ。あのモンスターを連れてきたのが誰にせよ、その相手には何らかの意図があったはずだ。では一体誰を狙ったのか。簡単だ。

 

「私たちを……ということですか……?」

「恐らくな。おまけに、向こうのチビは相手に心当たり(・・・・)があるみてえだったぜ?」

 

 向こうのチビ。恐らく≪ロキ・ファミリア≫団長のフィン・ディムナのことだとは思うが、都市最強の小人族(パルゥム)にそんな口を利いていいのだろうか?地上に戻るまでの間、何故か紳士的な態度を崩さずにやたら話しかけてくる人だったが。喋る気力も残ってなかったので、お話は丁重にお断りしたら、側にいたティオネ・ヒリュテに睨まれたし、正直本人周りの人間関係を含めると、苦手な相手だ。

 

「――ともかく、しばらくは身辺に気を付けなければいけないですね……」

「ふむ。であれば、近日中に開かれる『神会(デナトゥス)』で何者が行ったのか、出席した神だけでも探ってこよう。幸い、今回は私も出席する予定であるしな」

「……そうだね。リリも、エドも、『ランクアップ』おめでとう……」

 

 地上に着いて、絶賛気絶中のベル様とともに≪ミアハ・ファミリア≫に運び込まれた私たちは、一日がかりで治療され、何とか普段の体調へと戻った。そして、治療の合間に『神の恩恵(ファルナ)』の更新を行ったところ、ランクアップが判明したのだ。ここに来た当初、≪ソーマ・ファミリア≫で半年分の経験値(エクセリア)を貯め込んでも、最大Fの後半程度でしかなかった基本アビリティは、今回の戦闘で最大Cまで伸びた。ミアハ様曰く、グリードがライガーファングにあまりダメージを与えていなかったせいで、丸取りの形になったのだろうとのこと。

 

「……でも、良かったの? リリは発展アビリティを『あれ』にして……」

「そうだな。リリがどんな道を選ぼうとも、お前は我がファミリアの愛しい眷族()だ。無理に選ぶ必要などないのだぞ?」

「何を言っているのですか、ナァーザ団長も、ミアハ様も。リリは『青の薬舗』の『薬師見習い』ですよ?」

 

 二人が心配そうに見つめるのには理由がある。エドとともにランクアップした際、二人とも専門職ともいえる発展アビリティ候補が、複数発現したのだ。リリに発現したうち、一つは『調合』。自身で調合した薬剤やアイテムの効果を上げる、薬師垂涎のスキルだ。エドに発現したうちの一つは『技師』。エドに発現したものは聞いたことも無かったが、ミアハ様は、機械鎧(オートメイル)関係だろうと言っていた。

 

 そして、二人に同時に発現した発展アビリティ候補が悩みの種となった。それは、『錬成』。

明らかに錬金術関係と分かるそのアビリティに、本気で取得も考えたが、『調合』そのものが主にLv.2へのランクアップで現れるもので、Lv.3ではあまり見ないというナァーザ団長の言葉に、泣く泣く取得をあきらめ、『調合』を取得することにした。ちなみにエドは特に悩む様子もなく、『錬成』を取得した。

 

「それに……冒険者として生きることを半ば諦めていたリリにとっては、ランクアップ出来たこと自体夢のようで……皆さんの派閥に来ることが出来て、本当によかったです……」

「あんましんみりするのは、好きじゃねえな。俺は欲(ぶけ)えから、別に力が弱いままでも、部下(・・)を見捨てる気はねえぜ」

「…………いつ、私が貴方の部下になりましたか?」

 

 本来お祝いムードなのに、空気が重いままなのは、実はこのせいもある。全員が目覚めた後、エドを押しのけてグリードが出てきて、自己紹介をしたかと思えば、出会い頭に私とベル様を自分の部下、というか子分に任命したのだ。その上ナァーザ団長にはいきなり、「俺の女にしてやる」とのたまった。今もナァーザ団長の手元に愛用の弓が置かれていて、グリードの後ろの薬棚に矢が何本か突き刺さったままなのは、そのせいだ。

 

「……あまりからかうものでないぞ、グリードよ。――――それよりおぬしに、聞きたいことがあるのだがな」

「オウ、神様からの質問とはな。いいぜ、何でも聞きな」

 

「――――――おぬしの目的は、なんだ?」

 

 瞬間、部屋に流れる空気が変わった。すぐ近くにいたはずのミアハ様が、一般的な人間(ヒューマン)とそんなに変わらないミアハ様が、この時ばかりは限りなく遠く、とてつもなく大きく見えた。『神威』。超越存在(デウスデア)としての神の威圧。今すぐに席から離れ、ひれ伏したい威圧を受け、ただ一人正面から受けたはずのグリードだけが、飄々としていた。

 

「……がっはっは。神ってのも、あながち嘘じゃねえか。だが、その質問は、ちいと無粋ってもんだぜ?」

「…………ふむ、無粋とは?」

「言うまでもねえってことさ――――俺は『強欲』! 目的なんざ、最初(ハナ)から『全て』だ! 金も欲しい! 女も欲しい! 地位も! 名誉も! この世の全てが欲しい! ――それら『全て』を手に入れるために行動する。な、分かりやすいだろ?」

 

 その、あまりの目的の有り様に、私もナァーザ団長も言葉を失った。これが、『強欲』。だが、あまりにも冒険者らしい目的でもあった。

 

「……それをこの街、いや世界で手に入れるためには、当然『力』が必要であろう。ならば、おぬしの当面の目的は……」

「おうよ! しばらくは『同居人』と一緒に、レベル上げだな。こんな近くに、『力』を手に入れる最高の環境があるんだ。ほっとく手は無えな!」

 

 その言葉を聞いて、ミアハ様がようやく『神威』を収める。その後は平和的な話し合いが行われ、グリードも≪ミアハ・ファミリア≫の一員として受け入れることに決まった。エドがグリードごとファミリアから追放される事態にならなかったことに、内心ほっとする。

 

「そんじゃまぁ、祝いに戻ろうぜ。まあ今回は主役は俺じゃねえから、『同居人』の方に譲るか」

「そうしてください。ホラ、とっとと替わる」

「がっはっは、気の強えチビだ――――はー……ようやくか」

「エド、お帰り……ホラ、グラス持って」

「うむ、ただの『水』なのが侘しいところではあるがな」

「それがイヤで逃げたんじゃないですか、アイツ……?」

 

 揃った四人が水の入ったグラスを持ち、ナァーザ団長の音頭を待つ。

 

「…………それでは、エドとリリのランクアップを祝して……乾杯」

「「「乾杯!」」」

 

 グラスが合わさり、神様一柱(ひとり)眷族(こども)『四人』。≪ミアハ・ファミリア≫は、こうして新たな門出を迎えた。

 




今回はランクアップと考察回。明日の更新は、Lv.1の最終ステイタスと登場人物紹介になります。

ロキ・ファミリアは原作通り地上まで送ってくれましたが、ティオネの件でリリはフィンに苦手意識を持ちました……あの人、外伝でもとんでもなかったしなぁw

リリの発展アビリティは『調合』。エドは『錬成』。詳しい能力などは明日です。


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第28話 登場人物設定

予告していたLv.1最終ステイタスになります。


 

主人公

 

エド・エルリック

 

本作の主人公。転生者。原作開始時点で14歳。『真理の扉』から『錬金術・錬丹術の知識』と『機械鎧(オートメイル)の知識』を貰って転生した。なおその際、『身体の再構築』分も含めて、『右腕』『右脚』『左脚』を代価として支払っている。

転生時の『魂の洗浄』により、以前の名前や体験した出来事などの記憶(エピソード記憶)を失っている。一応、前世の文化や社会情勢、科学知識の記憶(意味記憶)だけは残っている。

 

現在の種族は≪小人族(パルゥム)≫。主な武装は槍。半年の戦闘で、徒手格闘の腕も上がっている。もっとも種族特性のため、筋力が不足している。

 

錬金術・錬丹術ともに、『真理の扉』を開けたため、自分自身を構築式に出来る。

ただし、遠隔錬成の際には、手元と錬成場所の両方に五芒星の錬成陣が必要なため、予め錬成陣を書いた紙を、投げナイフで縫い留めて使用する。わざわざ錬成陣記載の紙を用いるのは、メイ・チャンのように、狙った場所に鏢(ひょう)を当てる腕がないため。

 

ちなみに、現代人で、かつ『鋼の錬金術師』の大ファンだったため、作中の全ての錬成は実行が可能である。

 

ダンジョンに潜る目的は、短期的には治療費の返還。そして世話になったミアハ・ファミリアへの恩返し。長期的には、ダンジョン内に様々な魔力を秘めた品があるため、以前の自分の記憶を取り戻す糸口を掴むこと。

 

 

LV.1 → LV.2

 

力:H=149 → F=324

耐久:G=272 → D=547

器用:A=843 → A=899

敏捷:C=673 → B=765

魔力:B=731 → A=814(LV.1最終基本アビリティ)

 

 

≪発展アビリティ≫

 

【錬成】I(新規取得)

・錬成成功率・精密度・規模の上昇

・錬成時のエネルギー効率上昇

 

≪魔法≫

 

【ホーエンハイム】

 

・超短文詠唱で発動する魔法。詠唱式は【一は全、全は一】。

・効果は、自分の『魔力』を錬成エネルギーに変換する魔法。

・錬金術や錬丹術が使用できない場所でも、術を使用可能となる。

 

≪スキル≫

 

真理断片(フラグメント・トゥルース)

 

・『真理の扉』を開けたため、強制的に取得

・自分自身を錬成の構築式に出来る

常時発動(パッシブトリガー)

 

 

人造人間(ホムンクルス)

 

・『強欲』のホムンクルスの能力使用可能。

・但し能力については、グリードへ優先権(プライオリティ)強制譲渡

・能力発動に体力・生命力消費

 

 

同居人

 

グリード

 

『強欲』のホムンクルス。能力は炭素硬化と再生。『お父様』に取り込まれ消滅したはずが、エドの『人体錬成』で再構築。現在エドと身体を共有している。欲望の全肯定など独特の持論に基づいて行動する。

 

 

 

≪ミアハ・ファミリア≫

 

新人団員

 

リリルカ・アーデ

 

≪ソーマ・ファミリア≫より改宗(コンバージョン)。現在、『サポーター』兼『店員見習い』兼『薬師見習い』兼『錬丹術師見習い』。ダンジョン内での装備は、主に身の丈以上のバックパック、サポーターグローブなど。武装は≪ゴブニュ・ファミリア≫製リトル・バリスタ、解体用ナイフ、『分解』用サポーターグローブ。

 

 

LV.1 → LV.2

 

力:I=79 → I=82

耐久:H=122 → G=222

器用:G=230 → D=511

敏捷:F=381 → D=595

魔力:F=398 → C=632(LV.1最終基本アビリティ)

 

 

≪発展アビリティ≫

 

【調合】I(新規取得)

・薬品調合やアイテム作成の効果増大

 

≪魔法≫

 

【シンダー・エラ】

 

・変身魔法

・変身像は詠唱後のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗(ファンブル)

・模倣推奨

・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

・解除式【響く十二時のお告げ】

 

≪スキル≫

 

縁下力持(アーテル・アシスト)

 

・一定以上の装備過重時における補正

・能力補正は重量に比例

 

 

 

主神 ミアハ

 

ミアハ・ファミリアの主神。原作通り貧乏で、天然ジゴロ。エドを拾ったのは、薬草などを探すフィールドワーク中。『真理』については、心当たりはないと答えていた。

 

ナァーザ・エリスイス

 

『青の薬舗』店員。いつも眠そうな半眼。原作と違い既に後輩がいるため、少しばかり心配性。もっとも、少し金にがめついところは変わらない。エドの機械鎧(オートメイル)開発時に、自分の腕の技術や構造を教えるなど、かなり積極的に協力した。

 




登場人物にリリを追加。
変身で不意をつき、『分解』で一撃……暗殺系のニンジャみたいになったw

次回投稿ですが、ここまでで一段落として、一日休みます。次は月曜24時投稿予定です


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五章
第29話 神会(デナトゥス)


――いーね、その重苦しい感じ!背負ってやろーじゃねーの!


 開店準備中の≪ミアハ・ファミリア≫本拠地(ホーム)、『青の薬舗』。その店内には、カチャカチャというガラスがこすれる音と、特殊な薬草や素材を乳鉢ですりつぶすゴリゴリという音だけが響いていた。

 

 『青の薬舗』の今現在の主要商品は回復薬(ポーション)。当然これらの仕込みを任されているのは、団長であるナァーザと、その技術を優先して教わっているリリだった。しかし、エドも何もしていない訳ではなく、怪物祭(モンスターフィリア)で一定の人気を得た、モンスター可動フィギュアを個数限定で販売しており、馬鹿に出来ない利益を上げていた。ちなみに新商品が出ると、必ず同じ商品を三個セットで買っていく、象の仮面をかぶった大ファンの男神がいたりする。

 

 ただ、普段は開店準備のため、忙しく動きつつも、それなりに和気藹々とした空気を醸し出している店内は、この日ばかりは違っていた。

 

「はぁ~~」

「…………」

「…………」

 

 主に、先程から溜息ばかりついている、錬金術師のせいで。

 

「はぁ~~~~……」

「「エドうざい」」

「ひでぇ!」

(ひどくねーよ)

 

 四面楚歌だった。

 

「はぁ……全くエドは、ミアハ様が神会(デナトゥス)に出かけてから、溜息ばっかりですね」

「大丈夫……ミアハ様なら、きっとカッコイイ二つ名を貰ってくる……」

「…………」

 

 エドがこんなに沈んでいる理由、それは他でもない「二つ名」にあった。冒険者は、一人前と認められるLv.2に到達すると、直近の神会(デナトゥス)で「二つ名」を得ることになる。一般的な冒険者にとって、それは誇らしい出来事であり、喜ぶべきことなのだが、現代人の感性を持つエドにとって、それは違った。

 

 …………なんというか、感性(センス)が酷いのだ。いわゆる「痛い二つ名」が神達のトレンドなのか、シンプルかつそこまで痛くないものもあれば、すさまじく痛いものもある。例として、≪ガネーシャ・ファミリア≫でよくイベントの司会をしているイブリ・アチャーという冒険者の二つ名は、『火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)』である。考えすぎて収拾つかなくなったような二つ名だ。

 

(どうか、あまり痛くない二つ名でありますように…………)

 

 人、それをフラグと言う。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから数時間後、所変わって、神会(デナトゥス)会場。現在その中では、神々の狂乱の宴が開催していた。

 

「それじゃー、≪セト・ファミリア≫のトコのセティ・セルティ君は、『暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)』でー!」

「「「(イテ)ェェェェェェェェ!!」」」

「うわ、うわぁああああああああ!!」

 

 面白がって、他神のところの眷族に痛々しい二つ名をつけたり。

 

「タケミカヅチんとこのヤマト・(みこと)たんは、『絶✝影』に決定やー!」

「「「済まない、(みこと)たん。皆タケミカヅチが悪いのだ」」」

「て、手塩にかけて育てた(みこと)が……」

 

 むしろ主神への嫉妬全開で痛い二つ名を送ったり。

 

「んで、ドチビのとこのベル・クラネルは『未完の少年(リトル・ルーキー)』か……。オチが無いやん! こんな無難なんじゃなくて、本気ださんかい!?」

「「「だって、フレイヤのお願い聞いちゃったんだもん」」」

「だもん、やないわー!!」

「良かった、無難で良かった……」

 

 他の神からの介入で、一命を取り留めた者もいた。そして、最後のファミリアの番が来た。

 

「で、最後は――へえ、ミアハんとこやな。名前は「エド・エルリック」……って、コイツも早いなあ。半年でランクアップやないか」

「うむ。よろしく頼めるか、ロキ」

「……一応聞くけど、あんたの所、神の力(アルカナム)は」

「使うわけなかろう。もっとも歯がゆく思ったことは、一度ならずあるがな」

 

 その言葉に、流石にロキもこれ以上の追及は避けた。直前のヘスティアは、あまりにも短い一か月のランクアップゆえに、神の力(アルカナム)の使用を疑ったが、ミアハの場合、意味が違う。彼は『医神』。天界でも有数の医療技術は奇跡のごとき治療を可能にし、無限の富をも産み出す。彼が本気で神の力(アルカナム)を使用すれば、彼のファミリアがあそこまで困窮しているわけはないし、眷族に傷ひとつ、怪我ひとつ許すはずがない。数年前に眷族の一人が失った四肢を治すことが出来ず、真っ当な方法で手に入れた義手を使用させていることからも、彼が神の力(アルカナム)を封印していることはよくわかった。

 

「この子も資料あんまり多くないけど……大体半年間1~2階層で戦闘の要領をつかんで、その頃にベル・クラネルとパーティーを組む、ってまたドチビのとこかい」

「ああ、エド君はいい子だよ。時々じゃが丸君を買っていってくれるしね」

「うむ。俺のところにも来てくれるぞ」

「それはどうでもええわ、タケミカヅチ。んで、大体一か月前にミノタウロスに襲われ、怪物祭(モンスターフィリア)で謎のモンスターに襲われ、その後今回一緒にランクアップした()をパーティーに引き入れ……今回ランクアップしたんは、9階層でミノタウロス、ライガーファング、バグベアーに一度に襲われ、各個撃破した結果やと……とんでもなく、波乱万丈な冒険やなぁ」

 

 ちなみにこの場では、9階層に登場した件のモンスターの一件を追及するものは誰もいない。それと言うのも、つい先程中座したフレイヤに同じ美の女神であるイシュタルが突っかかった折、どうにもファミリア間のいざこざでああなったようだ、と出席者全員が察したからである。イシュタルは今も歯ぎしりしているが、それを聞いていたミアハも、どちらに原因があるにせよ、大切な眷族が死にかけたのだから、今回ばかりは助け舟を出す気もなかった。

 

「で、ちょっと話出たし、同じファミリアやから先に名前出しとくで。同じく今回Lv.2になった「リリルカ・アーデ」ちゃんや。元は≪ソーマ・ファミリア≫やったみたいやけど、ミアハのところに改宗(コンバージョン)。サポーターとして長年勤めとったけど、ファミリア移ってようやく芽が出たんやな……ライガーファングを一撃で倒したって書いてあるわ」

 

 この発言と、リリの容姿が美少女であることも手伝って、男神たちは沸きに沸いた。

 

「一撃必殺とか!」

「燃え系ヒロインキタコレ」

「しかも、素手だったらしい!」

「「「ニンジャナンデ」」」

「……頼むから、妙な二つ名だけはやめてくれるか」

 

 彼女ら二人の主神としては、それは誠実な願いだったのだろう。実際その言葉で若干頬を染めていた女神連中は味方に出来た。但し――――

 

 ――――その場の過半数以上を占める男神を、敵に回した。

 

「だが、断る!!」

「タケミカヅチもそうだが、ミアハ、テメーが駄目だ!」

「我らは涙を飲んでも……正義のために為さねばならぬ!」

 

 ここに、如何に痛い二つ名をつけるかの対抗戦が勃発した。

 

「順序変えてリリルカたんから行くか。『忍殺(クノイチ)』」

「おお、中々やるな、『爆熱の指先(ゴッドフィンガー)』」

「『一撃死(サツバツ)』」

「「「それだ」」」

「ミ、ミアハ? 大丈夫かい?」

「あ、ああ。大丈夫だ、ヘスティア……」

 

 次から次へと出てくるとんでもない「二つ名」に、ミアハは表面上澄ました顔だったが、手に持った紅茶のカップが痛ましい程に震えていた。今まさに、愛しい眷族()にとんでもない名前を付けられようとしているのだから、当たり前だが。

 

「エド君の方はそうだなぁ……『鉄腕(メタリカ)』」

「『錬鉄鋼成(ブレードワークス)』とか」

「『金瞳鋼腕の錬金術師(ゴールデンフルメタル)』ならばどうか?」

「「「はい決定」」」

「待たんか!!?」

 

 ところが、ここで物言いが入る。

 

「あー、そのコらなんやけどな……なんかウチんとこの団長が、贈りたい「二つ名」あるらしいねん」

 

 ロキのその言葉に、一同が驚愕の表情で固まった。

 

「……ロキ。どういう事だ? あの子らからは、おぬしのところのフィン・ディムナと面識があるなど聞いていないのだが……」

「ウチかて知らんわ。なんかギルドに報告出した時に、わざわざ伝言の形で残していきよったんやで? 遠征中やって言うのに……」

 

 もっともロキは実のところ、こんな事態になった理由に検討が付いている。この冒険者たちは、小人族(パルゥム)。そしてファミリア加入の時にフィンが出した、『一族の復興』という条件を考えれば、彼らがフィンの『お眼鏡に適った』のだろう。特に少女の方が。

 

「……ちなみに、どんなのなんだい? 君のところの団長も、酷いセンスだったりするのかい?」

「ざけんなや、ドチビ。いいか、耳かっぽじって聞けや。『――――』と『――――』や」

「ほう……」

 

 その「二つ名」は、ミアハからしてもそこまで酷くなく、充分に許容範囲内だった。

 

「なら、それにするか」

「そうだな。『勇者(ブレイバー)』の贈り物(プレゼント)じゃな」

「しかし…………少しばかり残念だったな。せっかくどこぞの天然ジゴロへの復讐の機会だったというのに」

「「「せやな」」」

「お、おぬしら、天然ジゴロとはなんのことなのだ……?」

 

 こんな感じで神会(デナトゥス)は、過ぎていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日の晩、≪ミアハ・ファミリア≫本拠地(ホーム)、『青の薬舗』にて。少しばかり難しい顔をしたエドがいた。

 

「……うーん。これだとエドというより、グリードの「二つ名」のような……」

「……でもフィン・ディムナの推薦らしいし、無下に断れない」

「すまぬな、エド。他にまともなものもなかったのでな…………」

 

 ちなみにその「二つ名」を聞いた同居人は、心の中で高笑いしていた。

 

『がっはっはっは! 悪いな、ガキ! 俺の方が目立っちまってよぉ!!』

「うるせーぞ、グリード!!」

 

 エド・エルリック、二つ名『循環竜(ウロボロス)』。リリルカ・アーデ、二つ名『勇貫(スティング)』。のちに、ベル・クラネルの『未完の少年(リトル・ルーキー)』とともに知れ渡ることになる、二人の二つ名が決定した。

 




二つ名命名回、終了。エドはあの右手に着目するとどうしても本家エドと同じになるので、グリードの方に着目してみました。リリの二つ名は、指輪物語の武器名からです。

最初の方で何気なく普段の開店準備やりましたが、エドのフィギュアも売れ行き好調です。特にガネーシャガネーシャ言う人が買って行きますw

今回一番時間かかったのが二つ名だったり……ちなみに最初、エドの二つ名は、『金瞳鋼腕の錬金術師(ゴールデンフルメタル)』でしたw


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第30話 新装備

――おお、わりい。ぶっ壊れた!
――ぶっ壊れたって、あんた――!


 エド、リリ、ベルの三人の「二つ名」が確定した後、ベルの提案により、パーティーメンバーでの打ち上げを行うことになった。本当はホームに残っている団長のナァーザやミアハ様も誘いたかったが、パーティー内での打ち上げだからと、二名とも遠慮された。

 

 そう言うわけで打ち上げに行くのは二人のみ。会場となったのは、以前も打ち上げで使用した『豊穣の女主人』。そこへ向かう前に、二人で野暮用を一つ片付けておくことにした。

 

「しかし、いいのでしょうか……この間のドロップアイテムで新装備の発注なんて」

 

 二人が片付けようという野暮用とは、先日の中層モンスターからドロップしたアイテム、『ライガーファングの大腿骨』と『バグベアーの毛皮』から新しい装備を作ることだった。安く上げるのであれば、直接ドロップアイテムを装備へ錬成するという方法もある。しかし、鍛冶系ファミリアに所属する上級鍛冶師は、リリやナァーザが持っている『調合』と同じく作成物に補正効果が働く『鍛冶』という発展アビリティを持っている。今後も考え、専門の鍛冶師に頼むことにしたのだ。

 

「まあ、いいじゃねえか。あの二体は明らかに普通の奴じゃなかったからな」

 

 前回倒した二体の内、ライガーファングについては、『咆哮(ハウル)』で焔を消し飛ばすなんて通常の個体では出来ないことを為していた。その上バグベアーも、身体を取り巻く毛皮の色が鮮やかな真紅だった。そこまで考え、二人は答えを導き出した。

 

「『強化種』……だったのでしょうね」

「恐らくな。だからこそそのドロップも、貴重ってもんだ」

 

 他の個体の魔石を捕食し、通常以上の実力を身に着けた個体、『強化種』。当然そのモンスターから取れるドロップアイテムも通常以上の性能となるため、彼らはあえてそのアイテムを売らなかったのだ。

 

 そうして、二人が着いたのは、≪ゴブニュ・ファミリア≫。世界的ブランドである≪ヘファイストス・ファミリア≫と双璧を為す鍛冶系派閥だ。

 

「ん――――おう、ミアハのとこのエド坊主か。また、その義手の部品でも仕入れに来たか?」

 

 エドはここに来るのは初めてではない。彼の手足の機械鎧(オートメイル)は、元々ゴブニュ・ファミリアで仕入れた鉄くずから出来ており、部品への錬成こそ当初はエドが行ったものの、いずれは冒険者相手に売り出すことも考えているため、量産出来るかの相談や部品の細かな調整などは、ゴブニュ・ファミリアに一括依頼しているのだ。

 

「久しぶりっす、ゴブニュ様。まずは、これを見て貰えますか」

 

 作業台の上に広げたのは、件の大腿骨と毛皮。たちまち主神のゴブニュを始めとして、お抱えの職人ドワーフたちはつぶさに調べ始めた。

 

「ほお、こりゃ、ライガーファングの骨か――」

「いや、それにしては随分硬いのう」

「こっちのバグベアーの毛皮も、通常の色合いとは異なっとる」

「十中八九『強化種』だのう」

 

 ……流石は、有数の鍛冶師ファミリア。あっという間に素材の性質を看破してしまった。その事実に唇の端を上げ、リリの方から依頼内容を告げる。

 

「今回伺ったのは、この二つのドロップアイテムでの装備の作成です。お願いできますか?」

「ふむ。そりゃ構わんが、モノもモノだし、ちいと値が張るぞ。払いの方は、ツケは効かんが」

「それなら、問題ねえ。ミアハ様が直々に、オレ達の命に係わることだからって、オレの分の店での稼ぎを使っていいって言ってくれた。探索で稼いだ分も上乗せして、現金で一括払いするからよ」

「成程。確かに、問題ないのう」

 

 本当のところ、店の困窮を考えればあまり無駄遣いもしたくないのだが、これについては必要経費として、ちゃんとした装備をそろえるつもりだった。

 

「で、モノはどうする? 確かエド坊主は、槍を使っとったはずだが」

「あー……いや、大腿骨の方は、こっちのリリの装備に使ってくれ。ボウガンを使ってる」

 

 その言葉に、若干リリが咎めるような視線を向ける。今回、エドは槍を新調するつもりがない。発火布や手甲(ガントレット)が完成してから、槍は牽制や止めにしか使わないのだから、変える必要もないと思っていた。その上、いざとなれば地面から作るつもりなのだ。

 

「毛皮の方は、どうするんじゃ?」

「ああ。結構な面積があるみたいだし……オレのこのコートと、リリの戦闘衣(バトル・クロス)って作れるか?」

「そっちのお嬢ちゃんが纏っとるようなフードマントでなくて、インナーなら可能じゃろ」

「それで構いません……お願いできますか?」

 

 結局依頼したのは、リリの新たなボウガンと、インナー。そしてエドのフードコートとなった。注文も終わり、帰ろうとなった時、二人をゴブニュが呼び止めた。

 

「おう、ちいと待て、エド坊主。前から注文しとったアレ、出来とるぞ」

「本当か、ゴブニュ様!」

「? アレ?」

 

 ゴブニュが二人を案内したのは、出荷前の商品を収納する備え付けの倉庫。その中の作業台に、布にくるまれた三つの物体が置かれた。

 

「一体なにを注文してたんです? エド」

「へへ。まあ見てな」

 

 そう言ってエドが布包みを外す。丁寧に布をはいでいくと、やがて全貌が見えてきた。

 

「――――『機械鎧(オートメイル)』?」

 

 出てきたのは、一揃いの機械鎧(オートメイル)。右手用、両脚用と、エドが使用する三点すべてが揃っていた。

 

「ああ。ただコイツは、今まで使っていたような早期回復用の機械鎧(オートメイル)じゃねえ。そのせいでゴブニュ・ファミリアの協力が必要になったんだけどな」

「いや、ムチャクチャな注文に、儂らも面白い仕事をさせてもらったわい。コイツが量産されるようになれば、確かにミアハのところに目玉商品が出来るじゃろうな」

 

 一柱と一人がそう言い募る中、リリは今聞いた内容を反芻していた。本来機械鎧(オートメイル)の部品を全部作れるはずのエドが、ゴブニュ・ファミリアに注文した機械鎧(オートメイル)。少し考えると、自ずと答えは出た。

 

「もしかして、迷宮(ダンジョン)探索用の……?」

「ああ。これが、初の『完全戦闘用機械鎧(オートメイル)』だ」

 

 彼らは新たな力を得て、大きく羽ばたこうとしていた。

 




新装備発注です。正直持ってないと、中層でくたばりますからね……

完全戦闘用オートメイル。多分ハガレン読んだ人には分かる装備ですwwちなみに、流石にバッカニアの『クロコダイル』は出せなかった……


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第31話 豊穣の女主人

――なめたマネしてると、その頭の上のアンテナむしり取るぞ!!



 

 新たに手に入れた機械鎧(オートメイル)を一度本拠地(ホーム)へ置いてきた後、二人は改めてランクアップのお祝いへと出かけた。場所は『豊穣の女主人』。ベルが懇意にしている酒場だが、実は二人はこれまで一・二回しか入ったことがない。料理はかなり美味しかったのが印象深い店だ。

 

「いらっしゃいませニャ!」

 

 店に着くと、従業員の格好をした猫人(キャットピープル)が出迎えた。ベルの連れであることを告げると、店の奥から声がかかった。

 

「エド、リリ、こっち!」

 

 ベルのその声に、何故か一斉に店の視線が集中した。

 

『あいつらが『リトル・ルーキー』のパーティーか……』

『あいつらもLv.2になったらしいな? 確か『循環竜(ウロボロス)』と『勇貫(スティング)』だったか』

『フィン・ディムナが、太鼓判を押したらしいぜ』

『『勇者(ブレイバー)』がか? 吹いてるだけだろ』

『いや、神々にメッセージまで伝えたらしい。どんな媚を売ったんだろうな?』

『コバンザメってやつか……』

 

 ………………ふむ。

 

「待ちなさい、エド。何いきなり、発火布を手に付けてるんですか」

「いや、酒の肴に、冒険者の丸焼きをな?」

「食べられないから、やめてください。今は堪えてください」

 

 その言葉に、渋々手袋をポケットへと仕舞う。すると少し店内がまたもざわついた。

 

『『循環竜(ウロボロス)』のやつ、『勇貫(スティング)』の尻に敷かれてんじゃねぇか』

『そりゃそうだろ。あの女、ライガーファングの強化種を、素手で解体したらしいぜ』

『オイオイ、そりゃいくらなんでも嘘だろ』

『いや、マジだ。あの女はあんな見た目で、モンスター以上のパワーではらわたを引き千切ったそうだ』

『拳がハンマーより硬いらしいな。蹴りでメイスをへし折ったって聞いたぞ』

『手刀で斧を叩っ斬ったらしいな……マジか?』

「「………………」」

 

 風評被害とは、こういうことか。あまりにもあまりな噂に、顔を真っ赤にしたリリを促し、ベルの待つテーブルへと向かう。するとそこには、周りの従業員と同じエプロンを纏った女性が二人座っていた。

 

「遅かったね二人とも。紹介するよ。こちら、この店の従業員さんで――」

「シル・フローヴァです。今日はじゃんじゃん飲んで下さいね!」

「リューと言います。以前来た時に少しお見かけしましたが、お話するのは初めてですね。良ければこれからも、店を贔屓にしてほしい」

 

 そう言って紹介されたが……シルさんは、なんか既に酒が入っている感じの一般人なのはいい。問題は、もう片方のリューさん。コップを傾けながらも、まるで背中に一本真っ直ぐな鉄の棒が通っているように、姿勢にブレがない。隣のシルさんに比べ、なんかカタギじゃない空気を感じるのだが……?

 

「っと、そっちだけ紹介させても、失礼だな。エド・エルリックだ。ベルのパーティーメンバーで、錬金術師をしてる」

「リリルカ・アーデです。同じくエドとベル様のパーティーメンバーで、サポーターをしています。それと常備薬などでお困りでしたら、是非我が≪ミアハ・ファミリア≫へご一報ください」

 

 一通りあいさつが終わり、とりあえず飲み物を注文する。テーブルに新たに持って来られたのは、二つの果実水。それと、後でグリードが出てきたときのために、一つ余計にエールも頼んでおいた。

 

「さあさあ、今日は皆さんのお祝いなんですから、どんどん飲んで下さい。ミア母さんもどんどん飲んで、お金を落としていけって言ってましたし!」

「それは、私たちに言っちゃ駄目じゃないですか……?」

「その通りです、シル。ですが、皆さんはお気になさらず。今日は祝い事なのですから」

「そ、そうですね! ほら、エドもリリも何か頼んだら? 偶には羽目を外してさ」

「まあ、多少は羽目を外すけどよ……」

 

 そんなこんなで食事がある程度進み、ベルも酔いが回ってきた頃、何故かずっと水だけを飲んでいるリューさんがこんなことを聞いてきた。

 

「それで、クラネルさん。この後はどうするのですか?」

「?」

「今後の貴方達の動向が気になります」

 

 その言葉に、ベルが少しだけ首を傾げ、答えを告げた。

 

「明日は、壊れてしまった装備品を買い直しに行こうかと思ってますけど……」

「いや、違うだろ、ベル。リューさんが聞きてえのは、今後のパーティーの方針のことだ」

「あ。す、すいません……」

「いえ、お気になさらず。それで、どうなんです? クラネルさん、アーデさん、それとエルリックさん。貴方達はダンジョン攻略を再開させる際、すぐに『中層』へ向かうつもりですか?」

 

 ……パーティー内の方針としては、11階層で新たにランクアップした自分たちの力量を確認した上、上層の最後と呼ばれる12階層を踏破。それから改めて中層へ向かう予定だった。その旨を伝えると、少しだけ安堵した様子を見せた後、一つの事実を告げた。

 

「貴方方は、基本的な隊形である三人一組(スリーマンセル)に既に達しています。その三人全員が、一気にランクアップしたことも驚異的です。ですが上層と比べると――――『中層』は、違う」

 

 リューさん曰く、中層以降は今まで群れても一桁単位だったモンスターが文字通り『徒党』を組むことがザラであり、少人数のパーティーでは対処しきれないことも充分に起こり得るのだとか。

 

「それ聞くと、厳しいかもな。三人一組(スリーマンセル)って言っても、リリはサポーターだし」

「エドも、中衛ではありますが、魔力が切れれば殲滅能力が格段に落ちますからね」

「クラネルさんは、最前衛での敏捷型攻撃役(スピードアタッカー)と聞いています。そうなると必要となるのは、強い一撃を持ち前衛を任せられる筋力型攻撃役(パワーファイター)か、厚い装甲で前衛を維持する盾型防御役(タンク)か、あるいは一撃必殺の威力を秘めた魔法攻撃役(スペルユーザー)を加えるだけでも、パーティー全体の連携に余裕が生まれるはずです」

「……今言った三つ、現状で担っているのはエドですね」

「ご、ゴメンね、エド。負担かけて……」

「いや、それはいい。でも確かにコンスタントに動ける仲間が、もう一人くらい必要かもな……」

 

 パーティー全体をフォローして、戦線を支えるのが中衛の役目なのだから、それは問題ない。問題なのは、現状完全にギリギリの人員でパーティーが成り立っているという点だ。余裕を持つのなら、確かに増員は必要だろう。

 そんなことを思っていると、テーブルに不意に影が差した。

 

「お困りみたいじゃねえか、リトル・ルーキー! 俺達のパーティーにてめえらを入れてやろうか?」

 

 ……やたら酒臭いおっさんが、テーブルに近づいてきた。足取りもおぼつかないし、絡まれるだけ損だと思い、無視していると、下卑た視線を同席していたリューさんに向け、その肩を抱き寄せようとしてきた。

 

「触れるな」

 

 絶対零度の宣告と、恐るべき早業。ベルが飲み終わった空のジョッキにおっさんの腕をはめると、そのまま捩じり上げてしまった。リューさんから放たれる底知れぬ寒気にようやく思い出した。これはリリの騒動の時、路地裏で感じ取った殺気だと。

 

 男の仲間二人も近くの従業員から、後頭部に椅子を振り下ろされ、意識を手放していた。残りは一人だったが、何を思ったか、懐から短剣を取り出した。

 

「な、なんなんだよ、てめぇらぁっ?!」

 

 振り上げた短剣は、あろうことかテーブルで若干舟を漕いでいたシルさんに向かっている。それを見た瞬間、心の中で声が響いた。

 

(替われ、ガキ!)

(わかった、任せる!)

 

 表裏が入れ替わり、振り下ろされた短剣の切っ先を黒く染まった左手が受け止めた。

 

「女に手ぇ出してんじゃ――――」

「「「シルに何をする(ニャ)!!」」」

「あぼろばらら?!」

 

 グリードが格好良く決めようとしたところ、周りのリューさんや、アーニャ、クロエというらしい猫人(キャットピープル)二人が、そこらの椅子やジョッキをその男の頭部に何度も振り下ろした。男が完全に気を失ったところで、食事代と椅子・食器の修理代として腰に下がっていた金貨入りの巾着を取り上げ、そいつら全員店の前に叩き出されることになった。

 

 で、それら全てが終わった後。

 

「ん~~? 皆さん、どうしたんですか~? あー、ベルさん。遠慮しないでじゃんじゃん飲んでくださ~い」

「肝据わりすぎだろ、姉ちゃん」

 

 ようやく起き出したシルさんに、グリードが突っ込んでいた。

 




宴会、終了。ミア母さんやリューさんは有数の実力派冒険者らしいですが、ハガレンで強い女性というと、オリヴィエ少将とか師匠のイズミさんとかしか浮かばない。両方共にらまれたらトラウマになりそうなくらい怖い……

リリは大変な風評被害にあっていますww


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第32話 クエスト×クエスト

――大丈夫だ。俺達にゃ『鷹の目』がついてる。


 ランクアップの祝賀会を『豊穣の女主人』で行った翌日、ベルが新しい装備の購入に行くと言うので、迷宮探索は休みとなった。それで手持無沙汰となった、エドとリリは…………翌朝早くから、馬車に揺られていた。

 

「目的地は『セオロの密林』だったか? どれくらいで着くんだ?」

「オラリオから街道を東へ進むこと、数時間といったところですね。今日中には余裕を持って往復できるはずです」

 

 なぜこんなところにいるかと言うと、事の発端は昨夜全員が帰宅し、翌日の予定を確認した時の事。翌日店に出す分の回復薬(ポーション)の仕込みが終わっていたナァーザ団長とミアハ様が、そろそろ店に並べたい新商品があるため、その材料の獲得を手伝ってほしいと持ち掛けたのだ。ベルがいないこともあり、ダンジョンに出かける予定も無かった二人は、快く引き受けた。そして今はその薬の材料となる、モンスターの『卵』を求め、その生息地へ移動中というわけだ。

 

「しかし、他のファミリアには無い回復薬(ポーション)の開発か……出来るのか? ナァーザ団長」

「大丈夫……既に材料は半分揃ってる。以前(まえ)に採ってきてもらった蝶の翅がそう」

「『ブルー・パピリオの翅』ですか……あの時は食料庫(パントリー)の壁に同化するみたいに、エドが壁と塹壕を錬成して、バリケードにしましたっけね」

「おぬしの錬金術はつくづく便利だな……」

 

 稀少種(レアモンスター)『ブルー・パピリオ』。戦闘力がほとんど無い代わりに、その鱗粉に仲間モンスターへの『回復効果』を身に着けたモンスター。7階層でそのモンスターが餌を求めて、ダンジョン奥地の『食料庫(パントリー)』にやって来たところを待ち伏せした。翅を傷つけずに倒す必要があったため、大雑把にしか倒せない『焔』や『豪腕』の錬金術とは相性が最悪であり、倒すのは全てベルに任せた。正式な冒険者依頼(クエスト)で無かったとはいえ、報酬を払わない訳にもいかなかったため、その日の魔石などの取り分はほとんどベルへ。こちらが貰ったのは、ドロップした翅すべてにしておいた。

 

「――――む。見えてきたぞ。あれが『セオロの密林』だ」

 

 御者の近くに座っていたミアハ様の言葉に、前を向く。草原が途切れ、山のふもとにうっそうとしたジャングルが広がっている。オラリオの東部に位置する広大な草原を抜けた先に存在する『アルブ山脈』。その麓に広がるのが『セオロの密林』だ。

 

「手筈は、決めた通りでいいんだよな?」

「……私たちは、モンスターの巣穴を見つけて、そこにある『卵』をいただけるだけいただく。その間、エドには悪いけど……」

「『囮』だろ? 分かってるさ、ナァーザ団長」

「気を付けるのだぞ、エド」

 

 今回の作戦において、エドは巣穴へ戻るモンスターを引きつける囮役。そしてその間に『卵』を他の三人が背負ったバックパックに詰めるだけ詰めていく。団長と主神は、エドの身の安全を心配していたが、リリは全く違う心配をしていた。

 

「……エド。まさかとは思いますが、『新兵器』の試し撃ち(・・・・)をここでしようとか思ってませんか?」

「え? 当たり前だろ。いきなり密閉空間のダンジョン内で試し撃ちするほど、度胸ねえぞ」

「…………はあ。まあ、止めたりはしませんが、流れ弾を飛ばさないでくださいね」

 

 エドの『新兵器』をよく知らない主神と団長は、このときの会話がよく分からなかったが、後でこれ以上なく思い知ることとなった。

 

 会話をしながら森の奥へ進むことしばらく。灌木を抜けた先に自然のものではない大きな窪地が見つかった。

 

「……エド。お願い」

「オウ、了解」

 

 ナァーザの促しに、エドだけが前に出て、窪地から少し離れたところで背中のバックパックの口を開ける。たちまちその中からモンスターを引き寄せる血肉(トラップアイテム)の異臭が立ち込め、木々をへし折りながら巨大な影が姿を現した。

 

『グルルルル……』

 

 その姿は、正しく恐竜。名前は『ブラッドサウルス』。本来はダンジョン30階層以降に生息する強力な大型級モンスター。もっとも古代に地上へ進出した後、同種交配を繰り返した結果、体内の力の源である魔石がほとんどなく、力も上層モンスターのレベルまで落ちてしまったモンスターだ。

 

「オラ、こっちだ、こっち!!」

『『グルォォーーーッ!』』

 

 やって来たブラッドサウルスを挑発し、錬金術で足場を作ったりして派手に逃げていく。その間他の三者は、せっせと卵を集めていた。そして、全員のバックパックがほとんどいっぱいになった頃、ナァーザが肩にかけていた長弓(ロングボウ)を持ち、矢をゆっくりと番え始めた。

 

「すぅ――――、ふぅ――――」

 

 一度大きく深呼吸し、気を落ち着かせる。彼女は以前まで、Lv.2の上級冒険者だったが、中層に進出した頃、モンスターに全身を燃やされ、その上四肢を全て生きたまま喰われるという凄惨な目にあった。左手と両脚については何とか元に戻すことが出来たが、完全に喰い尽くされた右腕は元には戻らず、≪ディアンケヒト・ファミリア≫が作り上げた、『銀の腕(アガートラム)』と呼ばれる法外な値段の義手で生活している。それ以来、モンスターに正対すると、どうしてもその時の恐怖が蘇り、戦うことが出来なくなってしまったのだ。

 

 だが、今この場にいる彼女に、そんなことは起こらない。モンスターから逃げ回っているエドは、ちらちらと彼女の位置を確認し、万が一にも彼女の方にモンスターが行かないように逃げている。主神のミアハ様も、彼女のこともエドのことも心配し、早く済ませようとバックパックにテキパキと卵を詰める。最後にリリは、こちらも卵を詰めているが、その間も周囲に気を配り、不意な方向からモンスターが現れないよう注意している。

 

(なんか……嬉しいな……)

 

 ほんのわずか、口を綻ばせると、ナァーザはエドに襲い掛かるブラッドサウルスを撃ち貫くため、矢を力強く放った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 卵の回収が終わり、帰りの馬車の中。

 

「色々大変だったなー」

「そうですね。ナァーザ団長の弓、お見事でした」

「……大したことない。トドメはエドのとんでもない兵器だったし」

「まったくだな。――エドよ。あの兵器は、くれぐれも取り扱いに気を付けるのだぞ?」

「分かってますよ、ミアハ様」

 

 彼らから離れた森の奥。首から上が根こそぎ(・・・・)消し飛んだブラッドサウルスの死骸が横たわっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 明けること翌日。いつもの待ち合わせ場所の噴水前に、見慣れたベルと、見たことのない赤毛で着流しを着た人間(ヒューマン)がいた。怪訝に思いながらも声を掛ける。

 

「オッス、ベル。そっちの人は誰だ?」

「おはようございます、ベル様」

「おはよう、二人とも! この人はヴェルフさんって言って、一昨日話してた新しいパーティーのメンバーだよ!」

「「は?」」

 

 一切合切、何も聞いていない。仮にもパーティーを組んでいる以上、新しくメンバーを増やすなら、先に相談すべきじゃないか?というようなことを、二人がかりで主張したところ。

 

「ごめんなさい…………」

 

 そこには立ち直れない程に沈み切った兎の姿が。

 

「あー、すまん。言いすぎた……」

「そ、そうですね、ベル様。流石に言いすぎました」

「あー、その、なんだ。俺が無理に頼んだんだ。悪かったな」

 

 そこで話に入ってきたのは、その場にいたヴェルフという男。とりあえず、どういう経緯でこうなったのか確かめておかなきゃならない。

 

「……とりあえず今日はアンタも交えて探索に行こう。道すがら、どうしてこうなったのか話してくれるか」

「おう、いいぜ」

「はあ……あ、そうだ、ベル様。少し今お持ちのポーション用ポーチを取っていただけますか?」

 

 リリの言葉に、ベルが腰のポーチを外して寄越してくる。ソレをリリが受け取り、代わりにベルの腰に真新しい革製のポーション用ポーチを取り付けた。

 

「え? これって?」

「ウチの団長から、中層進出のお祝いです。中身は今までの回復薬(ポーション)と、≪ミアハ・ファミリア≫が開発した新型の回復薬(ポーション)が入ってます」

「新型の回復薬(ポーション)?!」

 

 ベルが中身を確認し、取り出したのは、今までにない濃紺(・・)回復薬(ポーション)。体力と精神力(マインド)を同時に回復させる『二属性回復薬(デュアルポーション)』。未だ他の施薬院では作成不能であり、昨日の『卵』採取で完成した新商品だ。

 

「それでな、ベル。代わりと言っても何だが、今までお前が購入した分で、まだ使っていない分は、リリに全部戻してやってくれるか? そろそろ、中身の成分の劣化が心配なんだと」

「ポーチに入れた分で本数が足りないようでしたら、改めて新しく調合した奴をお渡ししますから」

「い、いいよ、いいよ! 残ってるのなんて、ポーチ以外だとこっちのホルスターに入ってた二本だけだから。むしろ多いくらいだし!」

 

 そう言ってベルが、ホルスターに分けていた回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)を手渡してきた。それをバックパックにしまったリリの近くにさりげなく近寄り、額を寄せる。

 

「(うまくいきましたね、エド。ベル様、気付いてないようです)」

「(ああ。流石に中層まで『薄味』回復薬(ポーション)持ってって、死なれたら寝覚めが悪いしな)」

 

 ……さて、今の一連のポーション用ポーチの交換。実はナァーザ団長がベルに渡していた『薄味』回復薬(ポーション)の回収のためだったりする。一体どんなポーションかと言うと、ポーション原液を水で倍に薄めて、調味料で味付けする――――単純な水増し(・・・)ポーションである。駆け出しで右も左も分からないベル……体のいいカモ(・・)だったので、団長直々にぼったくっていた。

 

 それでも今では、ポーション購入のお得意さまだし、派閥の後輩と一緒に中層へ行くパーティーメンバーなので、万が一が無いように、バレないうちに回収しておくように言われたのだ。ちなみに新しいポーション用ポーチは、ベル本人は気付いていないが今までのお詫びの慰謝料代わりだったりする。

 

「さて! とりあえずベルの新装備と、オレの新しい機械鎧(オートメイル)の慣らしに行くか!」

「今日の予定は11階層ですが、そちらの方は大丈夫ですか?」

「おう、任せとけ!」

「よし、それじゃ行こっか!」

 

 新たなメンバー、新たな装備を得て、一同はダンジョンへと足を進めた。

 




『クエスト×クエスト』終了。何故かこの話、二次創作で取り込んでる人少ないんですよねw少なくとも、お気に入りにしてる奴では見たことない。

この話を読んだ人は、ナァーザさんの原作との微妙な変化に気づくと思います。原作では「全部自分のせいだ」と自己嫌悪の嵐でしたが、周囲を、信じて支えてくれる後輩と敬愛する主神に囲まれてるせいで、この作品ではそこまでではありません。この変化、後々のフラグになりますw

そして、ベル君は、やっぱりぼったくられてましたww


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第33話 英雄願望(アルゴノゥト)

――成程、こんな鎧を着ているから、『鋼の錬金術師』か!



 

「――するとアンタは、ベルの装備一式を新調する代わりに、『鍛冶』のアビリティを取るまでの間パーティーに入れて欲しいって頼んだのか」

「ああ。ランクアップのためには、上層より中層で経験を積んだ方が断然いいからな」

「そういうことでしたか……」

 

 現在の階層は11階層。新たにパーティーに加わったヴェルフという男の詳しい経緯を聞いたところ、ベルが愛用していた軽鎧(ライトアーマー)を作製したのがヴェルフで、ランクアップしたいがために加入を迫ったらしい。

 

「まったくベル様は……ただモノで釣られて、買収されただけではありませんか」

「う……」

「いや、いいんじゃないか? この加入は」

「「え?」」

 

 そんなエドの発言に、リリだけでなく、ベルまで驚愕していた。少し失礼じゃねえか?

 

「どこがいいんですか! 『アビリティを獲得する間だけ』なんてっ、リリ達は都合良く利用されているだけです! しかも、完璧に臨時のパーティー要員じゃないですか! この鍛冶師の方が目的を終えてパーティーから離脱すれば、また元の状態に逆戻り! 一歩進んで、すぐ後退してどうするんですか!?」

「え、ええ?! リリ、少し言い過ぎじゃ――――」

「いや、問題ないだろ。今後を考えれば、パーティーメンバーは可能な限り同じ派閥の人間の方がいいんだし」

 

 つまり新たに必要となるパーティーメンバーは、種族特性や元々の資質で腕力が強かったり、魔法の資質に優れた人物で、かつミアハ・ファミリアかヘスティア・ファミリアに加入してくれる人物となる。Lv.2以上の上級冒険者は、よほどの事が無ければ派閥を離脱しない以上、探すのは駆け出しの冒険者志望が中心だろう。出来れば力の強いドワーフか、魔法適正が高いエルフだと尚良い。

 

「……そういうわけで、今は臨時のパーティー要員を雇って、中層の感覚に慣れておくほうがいいだろ。帰ったらナァーザ団長に、ベルみたいな冒険者志望が街に来てないか、情報を集めてもらうのがいいんじゃねえか?」

「……確かにそれなら、長期的に見れば派閥の強化にも繋がりますね。でも、時間がかかりますよ?」

「焦って変な派閥の、怪しいメンバーを雇うよりずっといいさ。ヴェルフさんだっけ? ≪ヘファイストス・ファミリア≫ってことは、基本的には顧客の情報は漏らさないよな?」

「おお、そりゃもちろんだ! 俺にとっちゃ、ベルは初めての専属契約だからな。大事な客を手放す真似はしない!」

「な?」

「……そうですね」

 

 商業系ファミリアは、このあたりシビアだ。契約関係や情報にルーズな探索系より、余程信用できる。

 

「えっと……つまり二人とも、ヴェルフさんを加えること認めてくれたってことでいいの……?」

「ああ」

「わかりました……」

「そっか、ありがとな、『チビスケコンビ』!」

 

 ――――ビキリ。

 

「誰が……チビスケだ、コラァッ!!」

「私だって、チビではありません!」

 

 11階層の入り口にいるというのに、ギャーギャー騒ぐ声が迷宮内に響き渡った。

 

「第一、リリにはリリルカ・アーデという名前があります!」

「オレだってエド・エルリックって名前があらァッ!」

「へー、やっぱりお前らが『リトル・ルーキー』とパーティー組んでるって聞く、『循環竜(ウロボロス)』と『勇貫(スティング)』か。モンスターを素手で解体して、その血を飲んで肉を丸かじりにする、身の丈5Mの巨人って聞いてたけどな」

「どこ情報だ、そりゃぁ! オレ達は小人族(パルゥム)だ!」

「5Mの身長持った小人族(パルゥム)が、いるわけないじゃないですか!」

「まあよろしくな、エドスケにリリスケ」

「「話、聞けェッ!!」」

 

 その後、叫び倒しても話半分に聞かれ、ぜーぜーと切れる息を整えるため、一度叫びを中断した。

 

「お、落ち着いて、二人とも……改めて、紹介するよ? この人はヴェルフ・クロッゾさん。≪へファイストス・ファミリア≫の鍛冶師なんだ」

「……クロッゾっ?」

「あん?」

 

 反射的に件のヴェルフ・クロッゾという名の鍛冶師を見る。確か、その名は……

 

「呪われた魔剣鍛冶師の家名? あの凋落した鍛冶貴族の?」

 

 そう、『クロッゾ』とは、かつて魔剣を作り、財を成した一族の家名。ラキアという名の王国に魔剣を売りつけ、貴族の地位を手に入れた一族。それが『クロッゾ』。もっとも現在、その地位からは追われ、没落しているとも聞く。

 

 ……で、それらを思い出した上での、感想は……。

 

「まぁ、どんな家の出だっていいだろ。気にしないでおこうぜ」

 

 そう言ったら、全員から驚きやら呆れやら戸惑いやらが入り混じった視線を向けられた。

 

「……はあ。エドなら何となく、そう言いそうな気もしましたが」

「い、いやエドの言う通りだよ。気にしないでおこう!」

 

 付き合いの長い二人はすぐに再起動して、同意してくれたが、そんな中変わらず驚愕を顔に貼りつけている人間が一人。

 

「……気にならないのか? 俺が、『クロッゾ』の人間だってことに」

 

 疑問を投げかけてくるヴェルフの言葉に、考えることは一言。全く気にならない。

 

「……そもそも、オレは『錬金術師』なんだよ」

「…………?」

「真理を読み解き、一定の法則の下で構築式を組み上げ、その計算の通りに現象を引き起こす。つまりは、きっちり理解できてさえいれば、『万人が使える』力の探究を目指してる訳だ。『一族限定』なんて特殊すぎる力は、ただの『個性』だ。研究も出来ねえし、わざわざ意識することでも無えんだよ」

 

 『個性』は、それこそ髪が赤いとか鼻が高いとか、そういうレベルの話でしかない。『クロッゾ』って名字があって、ちょっとすごい魔剣を作れたからって、気にするレベルじゃないだろう。そう告げたら、目の前で腹を抱えて笑い転げる鍛冶師が。

 

「くくっ……ははは! 個性、クロッゾの呪われた血が、『個性』か! ははははは……」

 

 ある程度笑って、起き上がったヴェルフは何やらスッキリした顔をしていた。

 

「――いやぁ、お前みたいな奴は初めて出会ったな。ま、よろしく頼むぜ、エドスケ」

「……そのエドスケ呼び、止めたらどうだ? 『ヴェルフさん』」

「何だ、固いなぁ。俺のことはヴェルフでいいぜ」

「なら、ヴェルフ。そろそろ武器出して構えてくれるか」

 

 そう言って背中の槍を構える。ちょうどヴェルフの背後の壁に亀裂が生まれ、大型級のオークやインプなどが這い出てきた。

 

 ヴェルフの武器は大剣。今回の目的は、彼のランクアップだったため、出来る限りモンスターを倒させるため、ベルは遊撃、ほか二人が援護と防御となった。ここで再び、初対面同士のあいさつの時間となる。

 

「よぉ、同居人が世話になったな! 俺はグリード! なんなら俺の手下にならねぇか?」

「なんでだよ! しかしお前、変わった身体してんな……」

 

 今回盾役を請け負ったグリードの登場に、一瞬ヴェルフが驚いたものの、それ以外は特に問題も起きず、ほどなく戦闘は終了した。リリが魔石を回収する間、全員が手持ち無沙汰となる。

 

「つまり、お前はさっきのエドじゃないんだな?」

「ああ。あいつはこの身体の同居人みたいなもんでな」

「いや、驚くよね。僕も詳細聞いたら驚いたもん……」

 

 雰囲気が明らかに変わり、腕が真っ黒く変わったグリードの簡単な紹介が進む。そんな中、ふと気づくと、ベルの右手にほのかに光が集まっていた。

 

「ベル……なんだ、そ――『グォォォォォォォォォ!!』――りゃ、ってなんだ?!」

 

 ヴェルフが振り向くと、そこには巨大な一頭の竜がいた。インファント・ドラゴン。小竜とも呼ばれる、上層では他のモンスターの追随を許さない階層主に近い存在。

 

 運悪く標的になったのは、魔石の回収でパーティーから比較的離れていたリリ。

 

「リリスケ! 逃げろ!」

 

 その言葉でリリが我に返りその場から離れようとするが、その間にドラゴンの口腔内に焔が溜まっていた。

 

(グリード! 替われ!)

 

 意識の表裏が切り替わると同時に、ポケットから発火布を取り出して付け替え、ドラゴンの顔周りの酸素濃度を変えてやった。

 

『グボォッ!?』

 

 たちまち口腔内の焔が爆発的に燃え盛り、ドラゴンが一瞬ひるむ。第二撃を喰らわせようと、再び指を打ち鳴らそうとした、その時だった。

 

「――――ファイアボルトォォ!!」

 

 自分の真横を、真っ赤に燃え盛る雷霆が通り過ぎ、ドラゴンの首を根こそぎ消滅させた。今までのベルの魔法では、考えられなかった攻撃力だった。

 

「なんだ、今の…………」

 

 その場にいた全員が、その魔法を放ったベルの方を見ていた。

 




インファント・ドラゴン戦、終了。普通に考えれば、臨時で機密漏らさないパーティーメンバーは最高です。特に敵対派閥が多くなってくるとね……レフィーヤみたいなエルフかドワーフが加入すると、ヘスティア・ファミリアは面白くなりそうなんですけどね。それが『女性』だと、主神が認めそうもないww

アルゴノゥト……これのエフェクトを見た時、アクションゲームとかの『チャージショット』しか浮かばなかったww

そして、風評被害はどんどん酷くなっていくw


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第34話 いざ中層へ

――私のピアス――必ず返しなさいよ



 

 ベルの今までにない魔法がインファント・ドラゴンを倒した後、パーティーは一度仕切りなおすために地上へ出た。正直もう少し稼いでも良かったかも知れないが、ベル本人も魔法の有り得ない威力に驚いていたし、不測の事態に陥る前に、どうしてそうなったか原因の究明を優先させることにした。

 

「……それじゃ、どうしてああなったかは、ヘスティア様にちゃんと確認しろよー?」

「派閥の機密にかかわることですし、私たちには情報は秘密にしてくださって結構ですから」

「え、でも、仲間なんだし……」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。それでもダメだ。明らかにスキルや魔法の特性に関わることなんだから、秘密にしとけ」

 

 本来スキルや魔法の能力について、明かすのは精々同じ派閥の中だけだ。≪ヘスティア・ファミリア≫と≪ミアハ・ファミリア≫は主神同士が神友(しんゆう)だから大きな問題こそ起きないが、それでもけじめは必要だからな。

 そう言い含めて、ベルを早々にホームの教会へと帰らせる。離れたところで、改めて隣へと向き直った。

 

「しかし、悪かったな。せっかく11階層へ進出したのに、こっちの都合でさっさと帰ることになっちまって」

「いや、気にしてない。魔法やスキルの性能を把握するのは重要だからな」

「ヴェルフ様も、なにかご経験が?」

「ああ。俺の魔法は、的とかじゃなくて人間やモンスターにしか通用しないもんでな。一度同じ派閥の同僚に『的』を頼んだことがある」

「「…………」」

 

 ……ひどいことするやつだ。それならそれで、1階層や2階層あたりのゴブリンやコボルドで試せばいいのに、わざわざ人で試すとは。そんな感じで白い目で見ていると、何故か慌てた様子のヴェルフがさらに言い募る。

 

「いや、勘違いすんなよ!? ちゃんとどういう効果が出るかは、予め説明した! その上で進んで実験台になってくれたんだからな!」

「それでもなぁ……」

「第一、事情があるんだよ。上の階層のモンスターでも効果がない代物でな……」

「随分、変わり種ですね……?」

 

 その情報だけでいくつか見当がつくものもあるが、あまり詮索するのも褒められたものではないので、その日はそれ以上追及せず、お互いの帰路へとついた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから数日、臨時パーティーメンバーのヴェルフを加え、11階層の攻略は順調に進み、12階層へと進出した、そんなある日のこと。

 

「え? 明日一日ダンジョンに入れないの?」

「ええ。前のファミリアにいた頃にお世話になっていた万屋を久しぶりに訪ねたのですが、そうしたら店主が体調を崩しておりまして」

「聞いたらリリが持ち込む色んな物品を、快く買い取ってくれた経緯があるらしくてな。ミアハ様にも相談したら、ウチ特製の薬湯を持って行けと言われたんだ」

「てことは、明日一日看病か? 二人がかりで?」

 

 ヴェルフの当然の疑問に、少し考え、答える。

 

「いや、オレはその万屋まで薬の材料の搬入だ。現地で薬を調合して看病するのはリリの役目だよ」

「これでもナァーザ団長から、日々難しい回復薬(ポーション)の調合を教えてもらっていますからね。それ位はお手の物です」

「で、オレはその材料の搬入が終わったら、ずっと前にゴブニュ・ファミリアに頼んでいた装備を取りに行く予定だ。……ヴェルフには少し悪いけどな」

「申し訳ありません、ヴェルフ様。臨時パーティーを組む前々日には既に発注していたものですから……」

「そんなことか。気にしないでくれ。ベルの奴が俺の腕に惚れこんでくれているだけでも充分さ」

「……今後何か、追加で装備が必要になったときにはお願いするからよ」

「そうですね。私からも頼みます」

 

 そう言ってその日は二人と別れ、翌日リリが以前利用していた『ノームの万屋』を訪れた。薬湯の材料を運び込み、リリが看病する旨を伝え、その場を出る。

 

 そのまま足を向けたのは、≪ゴブニュ・ファミリア≫。工房へと向かい、主神のゴブニュ様に声をかける。

 

「ゴブニュ様。前に頼んだ装備が出来たと聞いたんですが」

「おう、エド坊主。こっちへ来い」

 

 そう言って通されたのは、奥の作業台。倉庫から持ってきて広げられたのが、今回依頼した装備だった。

 

「こっちの赤のフードコートが『フラメル・ベアコート』。お嬢ちゃんのインナーが『ベアインナー』じゃ。で、問題はコレだ」

 

 そう言って取り出されたのは、一丁のボウガン。それは、明らかに今リリが使っているものよりも銃身ががっしりと固そうで、それでいて全体的に機構を見直したのか、以前よりも軽そうな印象を受けた。

 

「名前は『ファング・バリスタ』でのう……あの大腿骨の硬度と軽さがとんでもなくてな。作ったはいいが、明らかにLv.3以上でも通用する武器が完成した」

 

 ……そんな大層なもの、一体いくらになるのか、聞くのが怖かった。

 

「…………支払いはきちんとするが、一応いくらくらいに……」

「ん? おお、その点は心配せんでもええ。元々Lv.2の冒険者を想定して作ったが、材料の質が良くて、偶々より上の武器になっただけだからのう。当初予定の見積もり内で収まるわい」

「そうか、良かった」

 

 そうして、完成品の金額を確認した後、持参した金銭で支払いを済ませ、ホームへと帰ることにした。コート一着、インナー一セット、ボウガンとおまけの矢を全て布の袋に入れて背負っているため、地味に重い。少しフラフラとしながら工房の出入り口に向かうと、それが目についた。

 

「ん――長靴(ブーツ)?」

 

 入口近くに置かれていたのは、一揃いの長靴(ブーツ)。どうも鱗状の素材で出来ているようで、つま先とかかとの方には保護のためか、鉄板がくっついている。

 

「おう、そりゃ、この間11階層でインファント・ドラゴンの素材を手に入れた奴がいたらしくてな。その端切れで、作ったもんよ。何せ端切れだったから、小人族(パルゥム)用の靴しか出来んかった」

「へー……」

 

 生返事で返すが、ふとそのドラゴンに心当たりがあった。あの時はベルの魔法を悟られないように急いで帰ることを優先したが、もしかして放置されたドラゴンを採取したプレイヤーがいたのではないだろうか。それが巡り巡ってこのファミリアに来たとか。

 

「…………」

 

 その長靴(ブーツ)を見ながら考える。リリの装備は全体的に安物でボロボロだ。今までサポーターとして装備に金をかけられなかったから仕方ないが、これからは危険渦巻く中層だ。インナーもボウガンも装備を変え、その上に纏うコートも『サラマンダー・ウール』を購入予定なのだから、足回りも新しくしてもいいかも知れない。

 

 そう考え、その長靴(ブーツ)の購入代金も支払うと、新たに背中の布袋に靴を詰め、今度こそホームへ帰ることにした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それからさらに数日後。12階層奥地の下へと下る階段の前で、エド、リリ、ベル、ヴェルフの4人パーティーは、最終ミーティングを行っていた。

 

 その中でエドは『フラメル・ベアコート』を纏い、さらにその上に『サラマンダー・ウール』を巻き付けていた。リリは先日の『ベアインナー』を身に着け、外套の上に同じく『サラマンダー・ウール』。そして、腰には主武装(メインウェポン)となる『ファング・バリスタ』を下げ、そしてその足回りにはインファント・ドラゴンから作られた『ドラゴグラス』と呼ばれる長靴(ブーツ)があった。

 

 二人だけではなく、ベルはその腰にミノタウロスの赤角から作られた『牛若丸』を下げ、ヴェルフとともに『サラマンダー・ウール』を外套として纏っていた。

 

「――――さて! これで打ち合わせは終了ですね! 後は向こうに着いてから臨機応変に、です!!」

「「「おう!」」」

 

 リリの言葉でその場を占め、前衛の扱いになっているベルとヴェルフから先に階段を下りていく。そうしてわずかな間、二人きりになったとき、リリがエドの方へ顔を寄せてきた。

 

「この靴、いいですね。不安定な岩場でも滑りませんし」

「おう、そうか?」

「…………」

 

 すっと、ほんのわずか何時もより一歩分だけ近づかれた。

 

「大切に、します」

「……!?」

「さあ! 行きますよ、エド!」

「あ、おい?!」

 

 ドタドタと駆け下りた先、そこに待っていたのは、全く新たな冒険の舞台。『中層』と呼ばれる、苛酷な現実だった。

 




全員の装備アップグレード!特にリリの原作との違いがヒドイw

リリは当初、インナーとボウガンだけの予定でしたが、彼女のモチーフがシンデレラだと思い出して、『ガラスの靴』がない!と思って、そこも更新になりました。ウチのシンデレラは、ドラゴンと熊の皮で作った靴とドレスを纏い、虎のボウガンでヘッドショットを狙うんですww

最後のほんのわずかな一言での2828展開、少し悩みました。


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六章
第35話 運命の別れ道


――わかった。見捨てて行く。
――先に行っているぞ。必ず追いついてこい!


 13階層、上り階段入口前。ダンジョン攻略において、上層とは比べ物にならない危険度を伴い、また冒険者の実力を示す一つの目安ともなる階層、『中層』。ついにベル、エド、リリ、そしてヴェルフはその入り口に立つこととなった。

 

 そして、そのまましばらく全員が口を閉じて歩いていく。

 

「…………そ、それにしても、中層って言っても余り上層と変わらないんだね」

 

 しばらくして沈黙を破ったのはベル。その口調は若干固くなっており、やはりこの中層という空間に緊張していることが目に見えた。

 

「そう簡単に変わりゃしないだろ。なに、そのうち牛が百体くらい出てくるだけじゃねえか?」

「あ~、聞いたらベル様はミノタウロスにご縁がお有りのようですし、有り得るかもしれませんねぇ」

「いや、そんなことないよ!?」

「あの牛、兎が大好物なんじゃねえか? エサとして」

「餌を強調しないでよ!」

 

 軽口で緊張を解していると、ふとそれまで黙っていたヴェルフが小さく吹き出す。

 

「ははっ、お前ら、つくづくいいパーティーなんだな」

「ええ、確かにいいパーティーですね」

「やっぱ、冒険の合間に弄り甲斐のあるメンバーがいるとパーティーは良くなるよな」

「弄られるメンバーって、僕だよね!?」

 

 そうこうしていると、ふと視線を向けた道の先に…………白兎(ベル)がいた。

 

「ベルだ」

「ベルだな」

「ベル様ですね」

「アルミラージだよ!」

 

 さらに道の先から、一体、二体、三体……たくさんの白兎(ベル)があらわれた!

 

「ちっ! ベルの奴、天然武器(ネイチャーウェポン)持ってやがるぞ!」

「徒党を組んでるし、物騒だな、あのベルは!」

「突っ込んできてますし、積極的ですね、ベル様は!」

「アルミラージだってばぁ!!」

 

 たちまち乱戦へと発展した。アルミラージはその見た目に反し、天然武器(ネイチャーウェポン)を使い集団攻撃を仕掛ける非常に厄介な敵。その小さい体躯を生かし、スピード重視の戦いだから、色々ベルに通じるところがある。

 

 その集団を何とか倒してすぐ、今度は別のモンスターに出会った。

 

「ヘルハウンドです! 全員防御!」

 

 道の先に現れたのは、三体のヘルハウンド。たちまちこちらの攻撃が届かない距離で、口から焔を吐きかけられた。

 

「みんな、大丈夫!?」

「問題ねえ!」

「大丈夫です!」

「これが『サラマンダー・ウール』か! 羨ましい性能だな!」

 

 『サラマンダー・ウール』、それは火の精霊の加護を得て、焔への耐性を高めた装備。下級の鍛冶師では決して出せないその性能に、思わずヴェルフが愚痴る。全員が態勢を立て直す中、真横を焔が駆けた。

 

「任せとけ。あれくらい焼き尽くしてやるさ」

 

 左手に発火布をつけ、奔らせた焔で一気に焼き尽くす。以前から比べると精神力回復薬(マジック・ポーション)が必要になる規模だというのに、一向に疲れを感じない。

 

「……それが、エドの取った『錬成』の効果ですか」

「どうも、そうらしい。Lv.1に比べると、そうだなぁ……前の半分くらいしか、疲れないか」

「つまり精神力(マインド)の消費も、半分になってるんでしょうね。エドの魔法は私も持っていませんし、現在の私に比べると、4倍、効率がいいことになりますか」

 

 リリが使うダンジョン用の錬成陣と、【ホーエンハイム】じゃ精神力(マインド)の消費量が倍は違うからな。こうなると、錬金術師や錬丹術師を志望する人間に、『錬成』アビリティは必須か。

 

 その後、何度も敵に遭遇し、何度も敵を倒し、少しずつ少しずつ進んでいったが、徐々に疲れが溜まって来た。

 

「右翼後方から、アルミラージ第三陣来ます!」

「くそっ、休むひまがねえ……!」

「キリがねえぞ!」

「うん……!」

 

 後から後から湧いてくる敵を捌き、次の敵へと向かう。それを何度も繰り返したあたりだった。

 

「ん…………?」

 

 ふと視界に入ったルームの脇道から、いくつか人影が走って来る。それをよく見ようと目を細めると、そのうち何人かが知った顔だった。

 

「タケミカヅチ様の所の、桜花じゃねえか? おーい、桜花!」

「――! エドか!?」

 

 やって来たのは特徴的な和服の集団。極東出身の≪タケミカヅチ・ファミリア≫。≪ミアハ・ファミリア≫で一年半過ごすうちに、何度か店番の時に顔を合わせた相手だ。こちらが顔見知りだと分かると、全員に動揺が走る。

 

「桜花殿!」

「ッ、分かってる! お前ら、反転だ! このルームで迎え撃つぞ!!」

 

 そう言って桜花や(みこと)がくるりと振り返り、今出てきた道に対して武器を構える。その時になって初めて、桜花が重傷を負った千草を抱えてるのが目に入った。

 

「! (わり)い、お前ら! 少しの間、こっちはオレ無しで持ちこたえてくれ!」

「え?!」

「おい、ちょ――」

 

 『豪腕』の錬成陣で周囲の敵を可能な限り多く串刺しにし、敵の間に空いた穴に走り込み、桜花たちと合流した。

 

「ふっ!!」

 

 再び地面を錬成し、桜花たちが来た穴を塞ぐ。その前に一瞬だけ見えたが、やはり何体ものモンスターに追われていた。トゲで一時的に塞ぐことでインターバルを作り、桜花に向き直った。

 

「桜花、背中の千草を降ろせ。今この場である程度治療しないと、間に合わない可能性もある」

「…………分かった、頼む……」

 

 地面に横たえられた千草は背中に天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧が突き刺さったままで、呼吸も細くなっていた。斧を抜かないように気を付けながら、錬丹術の錬成陣を描いた場所へと移動させる。そして高等回復薬(ハイポーション)を振りかけながら石斧を引き抜き、傷口の組織を一気に錬成した。

 

「~~~~~~ッ!」

 

 痛みで声にならない悲鳴を上げる間、ずっとその手を桜花が握ってやっていた。やがて、錬成は終わり、高等回復薬(ハイポーション)の効果もあって、傷口は綺麗に塞がった。それでも彼女は起き上がることが出来ない。

 

「血が足りてないんだろうな。急いで地上に戻って摩天楼施設(バベル)で治療した方がいい」

「ああ、分かった。しかし…………」

 

 そこで言葉を切った桜花の視線は、塞がった通路へと向かう。その向こうからは、今もガリガリと引っ掻く音や、爆発音が響いている。ここで桜花たちが地上へと逃げれば、ただの怪物進呈(パスパレード)。後の迷惑は、全てこっちのパーティーが被ることになる。……正直、自分一人ならまだしも、パーティー全員を巻き添えにしかねないことに躊躇する。その時後ろから声がかかった。

 

 

「エド。僕らが囮になればいいんだよね?」

 

 

 その言葉を放ったのは、ベル。振り向くと、ベルは一切迷いのない瞳で、こちらを見据えていた。

 

「人の命がかかってるんでしょ? だったら、囮役くらい、引き受けようよ」

「……はぁ~、ベル様も、エドも、相変わらずお人好しなんですから」

 

 ベルのその言葉に呆れ返りながら、リリが朱色の液体を湛えた試験管を投げ渡してきた。

 

「増血剤です。桜花様でしたか? 地上に戻るまでの道すがら、飲ませてあげて下さい」

「……! すまん」

 

 オレ達の対応を見て、最後にヴェルフは少しだけ肩を竦めた。

 

「行くんなら、そのコの具合が悪くなる前にさっさと行け。地上に戻ってから、酒でも奢れよ?」

「分かった。とびっきりの奴を奢ってやる!」

 

 そう言って桜花とそのパーティーは、地上へと通ずる通路の方へと走った。最後尾の(みこと)が通り抜けたところで、道を完全に塞がない程度にトゲを錬成し、障害物とする。

 

(わり)いな、皆……」

「言いっこなしだよ」

「で、俺達はどっちへ逃げるんだ?」

「では、右から二番目の横穴に参りましょう。少し遠回りですが、上り階段の近くのルームに出られる筈です」

 

 リリがそう言うと同時、桜花が逃げてきた通路のトゲが崩れ、そこからヘルハウンドの群れが姿を現した。それを視認するとすぐ、見せつけるように横穴へと向かう。

 

「まったく気が休まる暇もないな!」

「これが『中層』ってことだろうな!」

「お二人とも、まだまだ余裕ですか?」

「そんなことも――――『――ピシィ』――な、い?」

 

 走りながらの会話で不意に、天井から響いた音に、視界が上を向く。すると、天井一面にヒビが入り、今まさにバッドバットの大群が生まれようとしていた。

 

「ま、ず――――――」

 

 それが言葉になる前に、天井は大規模な崩落を起こし、大量の土砂がパーティー全体へと降り注いだ。

 

「ぐ、あぁああああああ!!」

「キャアアアアアアアア!!」

 

 酷かったのはヴェルフとリリだった。巨大な岩の直撃を受け、ヴェルフは足を潰され、岩の影へと飛ばされた。そしてリリは崩落の衝撃で飛ばされた先に、『縦穴』が空いていたのだ。

 

「リリッ!!」

 

 咄嗟にリリの腕を捉えるが、背中の荷物の重量もあり、自分まで穴に引きずり込まれた。

 

「エド、リリ!? 待ってて、今助けるから――」

「ッ、来るな! ヴェルフはどうなってる!?」

 

 その言葉に、一瞬ビクッと反応し、向こう側を確認した後、告げた。

 

「…………ヴェルフも、他の縦穴に落ちた。まだ向こうも入口は開いてるけど……」

「オレ達を引き上げてたら、間に合わなくなるかも、か……」

 

 ダンジョンの縦穴は自動的に開閉を繰り返している。もし一度閉じてしまえば、二度と合流することはかなわない。そこまで考え、片方の腕に未だにぶら下がっているリリと視線を合わせる。それだけでこちらの意図を察したように、頷いてくれた。

 

「ベル様!!」

 

 下にいるリリが、ベルの近くの壁に向かってボウガンを撃つ。それには、数枚の羊皮紙と、布の袋がぶら下げられていた。

 

安全地帯(セーフティーポイント)の18階層までの地図と、ミアハ・ファミリア特製のモンスター避け臭い袋、『強臭袋(モルブル)』です! それを持ってヴェルフ様と合流してください!!」

「オレ達との合流地点は下の18階層だ! 縦穴と下り階段を使え! いいな、18階層だぞ!!」

 

 そこまで言うと、崖にくっついていたもう片方の手を放し、暗闇の広がる穴の中へと身を躍らせた。

 

「エドッ!! リリッ!!」

 

 後には、ベルの慟哭だけが響いていた。

 




さあ、パーティー分断です!

モルブルない分、エドとリリがかなりヤバくなりますw


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第36話 決死行

――『賢者の石』――あんなもの、求めてはいかん!地獄を見ることになる!
――――地獄なら、とうに見た!!


「はぁ、はぁ……リリ…………」

「……ぅ、ん、エド……」

 

 二人の息遣いだけが響く迷宮内。その狭い世界で存在を感じることが出来るのは、確かに二人だけだった。

 

「いくぞ……リリ……」

「はい……エド……」

 

 そして、意を決し、二人は…………。

 

「突撃ーーーーッ!!」

「突破します!」

 

 周囲を囲むヘルハウンドとアルミラージの群れへと突っ込んだ。

 

「うらぁッ!」

 

 まずはエドが左手に付けた発火布で一群の一角を焼き崩し、続いて槍を突き出して何体か魔石を貫く。すると脅威を感じたのか、アルミラージが三体、空中に飛び上がって襲い掛かった。

 

「ふっ!」

 

 エドの気合一閃、空中の三体に回し蹴りを放つと、三体すべての上半身と下半身が泣き別れとなった。エドの両脚に注目すると、向こう脛の辺りから、仕込みナイフが飛び出していた。これが戦闘用機械鎧(オートメイル)の機能の一つ。両脚に仕込みナイフを取り付けることで、近接戦闘能力を上げることが目的だった。もっとも、エドの纏う戦闘衣(バトル・クロス)がいちいち破れてもかなわないので、ナイフともう一つの機能が飛び出す場所はジッパーを付け、開くことが出来るようになっている。

 

『ギィイイイイイイ!』

「グリード、交替だ! 右腕『硬化』!」

「おう!」

 

 空中から今度はバッドバットが急降下してくる。ソレに対し、グリードは無造作に右手を突き出し、その手で握り潰した。続いてやって来た他の蝙蝠は、コートの肘のスリットから飛び出した小太刀によって斬り裂いた。右腕の機械鎧(オートメイル)もまた、戦闘用。原作に出ていたバッカニア大尉の軽戦闘用機械鎧(オートメイル)M1910改『マッド・ベア(グレート)』とランファンの機械鎧(オートメイル)を参考に、これまでの籠手部分の刃物の他に、熊のような爪と握力、そして肘の仕込み小太刀を加えたものだ。

 

 この右腕と両脚は、『中層』以降に出てくる火炎などの特殊攻撃の熱伝導を考えて、炭素繊維を多く含み軽量な『寒冷地仕様』にしてある。しかし、試しにグリードが出てきたところ、機械鎧(オートメイル)の『硬化』まで可能だったのは、嬉しい誤算だった。

 

「そっちは大丈夫かよ、リリルカ!?」

「問題、ありません!!」

 

 対して、こちらはリリ。言うが早いか、ヘルハウンドの中央の一体に『ファング・バリスタ』の矢が突き刺さる。そこには五芒星の錬成陣がぶら下がっていた。

 

「はっ!」

 

 リリが脚に履いた『ドラゴグラス』で地面を踏みしめると、錬成反応がヘルハウンドへと駆け抜け、矢が刺さったヘルハウンドは一瞬ぶくっと膨れ上がった後、黄色がかった液体へと変化し、周囲の仲間へと降り注いだ。

 

「衝撃、来ます!」

 

 次の瞬間、視界が真っ赤に染まった。リリがヘルハウンドから錬成したのは、『油脂』。それが周りのヘルハウンドの火炎に引火し、一気に燃え盛ったのだ。

 

「このおッ!!」

 

 ヘルハウンドの爆炎を気にせず、襲い掛かって来たアルミラージの胴体を右腕で『分解』し、魔石を奪い取る。舞い落ちる灰を振り払いながら、再び敵の集団を見据える。

 

「キリがありません! 一度飛び越えて、奥の横穴へ!!」

「おう! 足場は任すぜ、ションベンガキ!」

 

 リリの言葉に、交替したエドも敵集団から抜け出し、走りながら両手を合わせる。対してリリは、手を合わせることもしない。しかし、走り抜ける彼女が纏う『ドラゴグラス』の足裏には――――『五芒星を描く錬丹術の錬成陣』が描かれていた。

 

「【ホーエンハイム】!!」

「せああッ!!」

 

 エドは、両手を地面について作り上げた伸びあがる石の柱。リリは足裏の錬成陣で築き上げた、未だ所々ボロボロと崩れた箇所がある石の足場。それでも役割はやり遂げたようで、何とか敵集団を飛び越すことに成功する。

 

「リリ、精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲んどけ! まだまだ敵が来そうだ!!」

「分かってますよ!!」

 

 走りながら精神力回復薬(マジック・ポーション)を煽る。目指すはこの階層のどこかにある縦穴。彼らの休息は未だ先だ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「申し訳、ありません……!」

 

 ≪ミアハ・ファミリア≫本拠地(ホーム)、『青の薬舗』。そこでは地面に頭をこすりつける、≪タケミカヅチ・ファミリア≫の姿があった。既に彼らが地上に戻ってから、一日。日が明ける頃には、血を大量に失って体調が優れなかった千草も回復したため、改めて『青の薬舗』へお礼を言いに行ったのだ。そうすると、前日からエドもリリも戻っていないと判明し、頭が真っ白になった。神ヘスティアや神ヘファイストスとも合流し、自分たちと別れた後、中層で不測の事態に遭い、地上に戻ることが出来なくなったのだと分かった。

 

 自分たちを助けた結果、恩人が窮地にあると知り、桜花も(みこと)も千草も、皆心を痛めていた。

 

「…………エドやリリが、最善と思い行動した結果だ。気に病むでない」

「………………」

 

 主神であるミアハの言葉と対照に、顔を曇らせているのは、団長を務めるナァーザ。彼女にとって二人はやっと出来た後輩なのだから、胸が張り裂ける思いだった。

 

「……ベル君も、相変わらずのお人好しを発生させた結果だしね。ボクも憎みはしないよ」

 

 ヘスティアもまた、自身の眷族の底抜けのお人好し具合を思い、彼らを許した。

 

「エドもリリも死んではいない。私が与えた『神の恩恵(ファルナ)』の数は、減ってはいないからな。ヘスティア、ヘファイストス、そなた達はどうだ?」

「うん、ボクもだよ。ベル君がそう簡単に死ぬもんか!」

「眷族の数が多くて少し大変だけど……大丈夫ね。私の方も、減ってはいないわ」

 

 これにより、捜索隊が結成される運びとなった。捜索隊に志願したのは、≪タケミカヅチ・ファミリア≫から、桜花、(みこと)、千草。他三人についてはLv.1で、武芸の腕前も彼らに一歩劣るとのことで、今回は地上で待機となった。なお、≪ヘファイストス・ファミリア≫の団員については、運悪く≪ロキ・ファミリア≫の『遠征』に同行しており、地上にはいない。

 

「オレも協力するよ、ヘスティア!」

 

 そこで話に入って来たのは、≪ヘルメス・ファミリア≫の主神ヘルメス。一緒に連れているのはファミリアの団長であり、稀代の魔道具作製者(アイテムメイカー)、『万能者(ペルセウス)』アスフィ・アル・アンドロメダだ。

 

「ヘルメス!? お前何しに来た!」

「ご挨拶だなぁ、タケミカヅチ。神友(しんゆう)のピンチに駆けつけたに決まってるじゃないか」

 

 そう言って懐からギルドに貼り出されていた冒険者依頼(クエスト)の紙を取り出す。神ヘルメスの話によると、ベル、エド、リリ、ヴェルフの四人を探す、ミアハ・ヘスティア合同で出した依頼書を見て、応援に駆け付けたのだそうだ。

 

 ヘルメスが応援として提供できる人員は、『万能者(ペルセウス)』アスフィ。その上、自分もダンジョン内まで同行を申し出た。これを受け、ヘスティアもベルの捜索に乗り出し、ヘルメスは新たにもう一人助っ人を雇い入れることで、これに納得した。

 

(………………)

 

 これら全ての話の流れを、ナァーザは歯痒い思いで見ていた。

 

 彼女は、かつて迷宮(ダンジョン)で味わった凄惨な体験により、二度とモンスターとの正面戦闘が出来なくなった。実際今この時でも、自分に迫って来るモンスターを思い浮かべるだけで、手足が震える。だが、それでも。

 

(エド……リリ……)

 

 エドはやんちゃ盛りと言った感じで、時折無鉄砲だが、実はすごく仲間思いで、ファミリアを支えるために色々なことをしてくれた。リリはまだ入って1か月程だが、勉強熱心で、自分の製薬技術を受け継いでファミリアを支えようと頑張っている。

 

 二人とも、大事な後輩だ。ならば、自分はこんなところで足踏みしていていいのか?そこまで考え至ったナァーザは、自身の主神のミアハとヘスティアに、自分の決意を告げた。

 

 

「――――――ミアハ様、ヘスティア様。私も、行く」

 

 

 これに驚いたのは、ミアハだ。彼女がどうして冒険者を引退したのか、これ以上なく知っていたのだから。

 

「ナァーザ、何を言うのだ?! お前は、冒険者時代のあの事件で、モンスターと正面から向き合うことも出来ぬではないか!」

「……っ、それでも!」

 

 ミアハの反論に、ナァーザは珍しく声を荒げた。いつも眠そうな様子が、まるで別人のようだった。

 

「エドも、リリも…………私の大事な仲間……!」

 

 その言葉に、瞳に燃える意思に、ミアハは黙り込み、歯噛みし――――そして、決めた。

 

「私の愛しい眷族(こども)達だけを、行かせるわけにはいかぬ………………私も行く」

 

 ここに捜索隊が結成した。内訳、神ヘルメス、神ヘスティア、神ミアハ。≪ヘルメス・ファミリア≫よりアスフィ。≪タケミカヅチ・ファミリア≫より桜花、千草、(みこと)。≪ミアハ・ファミリア≫よりナァーザ。そして、助っ人として、覆面のエルフ。

 

 ベル達に遅れること一日。彼らもまた、ダンジョンへと出発した。

 




なんと、ナァーザとミアハ参戦!この後を考えると、ナァーザさんも、そろそろ復帰しとかないと、かなりヤバイので……文字通りの荒療治となりますwしかし、この展開のせいで、ミアハ・ファミリアには、『負債』という最大の敵が……!前書きはエドの『石』を求める決意の言葉ですね。

そして、エドのオートメイルは腕の方はバッカニア大尉やランファンの奴のハイブリッド。脚はパニーニャの装備を両脚にしたもの……まあ、つまり、両脚のもう一つの機能って、『アレ』なんですがw

そして、リリのドラゴグラスに付けた、足裏錬成陣……イメージはホーエンハイムや『お父様』のノーモーション錬成ですね。後は……「足だ!足でか○はめ波を!!」って感じですww


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第37話 嘆きの大壁

――我殺す、ゆえに我あり!!


「ぜっ、ぜっ……………………」

「はぁ――――、はぁ――――」

 

 フラフラと覚束ない足取りで歩くエドとリリ。呼吸は乱れ、装備の彼方此方に傷やほつれがあり、文字通りボロボロだ。それでも、決して歩みを止めることは出来ない。分かっているのだ。一度足を止めてしまうと、もう再び歩き出すことが出来ないと。

 

 現在の階層は、17階層。二人はあれから先もあちこちでモンスターに襲われ、時には戦い、時には逃げ、そうしてあとたった一つ降りるだけで安全階層(セーフティーポイント)に至るこの階層にたどり着いていた。

 

 ここまで来るのに、何度も死にかけた。ヘルハウンドやアルミラージだけではない。あのランクアップのきっかけにもなったミノタウロスやライガーファング、バグベアーとも戦った。錬金術も錬丹術も総動員して、ようやくこの階層までやって来た。しかしその代償に、彼らの持つ回復薬(ポーション)は底をつき、残りはたった一本の精神力回復薬(マジック・ポーション)と、リリが持つ状態異常に効能を持つ乾燥した薬草類だけになった。

 

 ……正直、諦めそうになったことは何度もあった。けど、その一方で、エドを動かしていたのは、絶対に捨てられない『焦燥感』だった。

 

(…………なんだよ、こりゃぁ……!)

 

 ずっと、ずっと、胃がムカムカしていた。足を止めようとしても、苛むように胸が締め付けられた。止めるな、動け。それだけを身体が訴えていた。そうして、いつか、『求めたもの』へと辿り着け、と身体はまるで機械にでもなったかのように、歩みを止めない。

 

 エドにも、もう分かっていた。自分を今立たせているもの、前へ進ませているものは、かつて失くした前世の想いなのだと。『魂の洗浄』を行われて、それでも染みついていた『妄執』なのだと。けれど、同時に疑問に思う。こんな『呪い』じみたものが、本当に今の自分に必要なのか?今の自分が前世の『妄執』を叶えるための機械なのだとしたら、それは果たして、『生きている』と言えるのか?そういうどうしようもない疑問に支配されていた。

 

(第一…………)

 

 ちらり、と横を見る。そこには自分とほとんど変わらない背丈で、大きなバックパックを背負いながら、ひたすら歩き続ける少女。こちらの視線に気付いたのか、逆にこちらを元気づけるように淡く笑うリリルカ・アーデという少女。彼女だけじゃない。本拠地(ホーム)には、主神として、自分たちを優しく見守って下さるミアハ様。店長として店を支え、全員の帰りを待ってくれるナァーザ団長。皆みんな、掛け替えのない人たち。今、目の前にいるこの人たちを蔑ろにしてまで、かつての自分が追い求めたものを追いかけるのが、果たして本当に正しいのだろうか?

 

 そんなことをつらつらと考えていたから、エドは気付かなかった。リリは、体力が完全に限界を迎えていたから、気付かなかった。

 

 17階層にたどり着いてから、未だ一度も(・・・・・)モンスターに(・・・・・・)遭遇していない(・・・・・・・)ことに。

 

 そうして、彼らはようやくそこへと至った。

 

「これが……」

「『嘆きの大壁』……」

 

 ただ一種類のモンスターしか生み出さない、長大な壁。そして、その奥に、目指してきた18階層へと続く洞穴が見えた。そして、ここにもモンスターがいない。

 

「「…………」」

 

 ゴールが見えたからこそ、今まで感じていた違和感が明確な不安となって這い寄ってきた。二人とも、まるで言葉にしたら現実になってしまうというかのように、何も言わず、ただ洞穴を目指した。広大な空間に響くのは、しばし二人の重い足音だけだった。

 

 そして、大広間の後半に差し掛かった時、不意に後ろから声がかかった。

 

 

「――――エド!! リリ!!」

「お前ら、無事だったか!!」

 

 

 その声に二人そろって振り返る。そこには、あちこちボロボロになってはいるものの、何とか二本の脚で立っているベルと、その手に持った大剣を、杖の代わりにしているヴェルフの姿があった。

 

「っ、お前らこそな!」

「早くこちらに! モンスターがいない内に――――」

 

 まるで、その言葉を合図にしたかのようだった。ばきり(・・・)、と『嘆きの大壁』の中心に、僅かな罅が入った。

 

「「「「――――――――」」」」

 

 その場にいた全員の背筋が凍った。そして、そんな彼らを嘲笑うように、罅は上下左右に広がり、やがて、ぎょろり、と巨人の瞳が覗いた。

 

『オォォオオオオオオォォォ!!』

 

 『迷宮の孤王(モンスターレックス)』ゴライアス。17階層を守護する為、定期的に生まれ落ちる階層主。そんな最悪の怪物が、まるで二組の仲間を分断するように立ち塞がった。

 

「…………くッ!」

 

 状況は見ての通り、最悪。そんな中でエドは、何とか打開策を見出そうとしていた。この巨人を、倒す必要などないのだ。ただ、ベルとヴェルフが通り抜ける間だけ、邪魔させなければいいのだ。周囲を観察し、最適解を探し――――ふと、ゴライアスが砕いて落ちた大壁の破片が目に入った。

 

「!!」

 

 途端に駆け出し、大壁の破片に血印を施す。最後の一本の精神力回復薬(マジック・ポーション)を煽りながら、パァンと手を合わせ、破片を一気に錬成した。前回を超えるスピード、前回を超える大きさで。描かれた血印を内部に備えた5M程の(ソレ)は、人よりはるかに大きい巨人の、胸くらいまでの大きさを備えていた。

 

「これが、『切り札』――――『(ジャイアント)アルフォンス』だ!!」

 

 再び手を合わせ、魂を一時的に移し替える。ガクリと倒れかける身体を、即座に出てきたグリードが支えた。そうして、大広間の入り口側で、ベル達に迫っていたゴライアスを見据える。

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 鎧が咆哮し、ゴライアスへと組み付く。そのまま『嘆きの大壁』へと戻そうとするかのように押さえ込んだ。

 

『っ、今のうちだ! 早く通れ!』

「オラッ! お前ら、こっちへ来い!!」

「ベル様、ヴェルフ様、急いで!!」

 

 エド、グリード、リリの三人分の呼びかけに、少し呆然としていたベルとヴェルフが我を取り戻す。

 

「分かった、急いで、ヴェルフ!」

「ああ、くそ、後で説明しろよ!」

 

 最後の力を振り絞っての全力疾走。二人とも身体中の痛みをこらえるように、今できる精一杯で走り続けた。

 

『オォォォォオオオオオオ!!』

 

 ゴライアスは足元に見える小さな存在を害そうと、必死になって目の前の鎧を殴り、蹴りつけた。兜がひしゃげ、胴がへこみ、腕が取れても、その鎧は決して放そうとはしない。

 

『行かせるわけ…………ねぇだろぉぉぉぉぉっ!!』

 

 どれだけ打たれても、離れない。とうとう入口の方にいた二人がもう一組にたどり着こうとした時、ゴライアスは煩わしくなったのか、思い切り両手を振り上げ――鎧の胴体へと打ち下ろした。

 

 

 その衝撃は、鎧を突き抜け――――――内側の血印へ、僅かに『罅』を入れた。

 

 

『う――――――――? あぁあああああああああああああああ!!?』

 

 

 瞬間、エドの中を、膨大な情報の荒波が駆け抜けた。自分がいた。女性がいた。男性がいた。青年がいた。多くの、多くの、今は知らない誰かがいた。

 

『ああああああああああああ――――――…………』

 

 長く、長く続いた叫びが終わった時、今まで何ともなかった巨大な鎧は、ガラガラと音を立てて崩れた。

 

「エド?!」

「待て、ガキ! アイツなら、『中』に戻って来た! 戻らねえで、走り続けろ!!」

 

 思わず振り返ろうとしたベルを引き戻したのは、グリード。ベルも一瞬躊躇したが、その言葉を信じ、再び走り続けた。

 

『オォォォオオオオ!』

 

 後ろからは、ゴライアスの咆哮と重い足音が響き渡る。人間以上の歩幅を持つ巨人の指先が遂に触れようとした時、一行は前へと飛んだ。

 

「うおおっ!」

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

「オラッ!!」

 

 巨人の掌が洞穴の入り口を崩す中、彼ら四人は18階層への階段を転がり落ち、身体を何度も打ち付け、意識を失った。

 




エドの切り札、『Gアルフォンス』!!気分的には第一巻のときの『神の鉄槌』に、シャンバラのアルの錬金術の合わせ技……wまあ、見た目はどっかのG秋葉様ですけどね!持ちキャラのネコアルクカオスでも琥珀でも、たどり着いたことがないなw

そして、前回ナァーザさんのフラグを立てておきながら、エドの記憶フラグの回収に……洗浄されて記憶失ってるから、直接魂へのショックが入りましたwエドのアイデンティティの話なので、前書きはある意味強烈な自我のヒトですww


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第38話 過去、現在

――君たちならば、あるいは、真実の『奥の奥』に……!



「……ぐ、うっ…………」

 

 三人の人間が横たわる寝床で、エドは魘されていた。目の前に広がるのは、かつて自分と共にいた人たち。父がいた。母がいた。兄がいた。友人がいた、先生がいた、親戚がいた。

 

 ――けれど。ある日突然、皆いなくなった。

 

「――――はっ!」

 

 悪夢はそこで終わり、意識が唐突に覚醒した。

 

「…………ここは?」

 

 目の前に広がっているのは、布で出来た天井だった。恐らくはテントか何かだろうが、少なくとも見慣れた≪ミアハ・ファミリア≫の自室の天井ではなかった。

 

「……助かった、みたいですね」

 

 すぐ横から上がった声に振り向くと、隣の寝床にリリが寝かされていて、薄目を開けていた。さらに奥にはヴェルフの姿もある。

 

「このレベルの布の錬成とは、腕上がったか?」

「私じゃ、ありませんよ。状況からすると、18階層にいた他派閥が助けてくれたんじゃないですか?」

 

 お互い軽口を叩きながら、起き上がる。その辺りで聞き慣れた声と、予想外の声がかかった。

 

「エド、リリ。起きたの?」

「……怪我は、大丈夫?」

 

 最初に声を掛けてきたのは、あちこち絆創膏を貼ったベル。そしてその次は、金髪金眼、ここオラリオでは最強の一角を担う女性冒険者。

 

「「『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?」」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 顔を出したベルに詳しい話を聞いたところ、今現在自分たちがいるのは≪ロキ・ファミリア≫のキャンプ地らしく、寝かされていたのも予備のテントの一つだとか。ロキ・ファミリアはダンジョン深層への『遠征』の帰りで、この安全階層(セーフティーポイント)で一時駐屯中とのこと。

 

「そちらのリトル・ルーキーには既に説明したけど、アイズの知り合いを無下に見捨てるわけにもいかなくてね」

「まあ、そういう事だ。本来、他派閥との過剰な接触は避けるべきなのだが」

「今回については、お主らの運が良かったと思っとくのがいいじゃろ」

 

 正面から、『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ、その右側に『九魔姫(ナインヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴ、そして『勇者』の左側に『重傑(エルガルム)』ガレス・ランドロック――――都市最強派閥の首脳陣が集結していた。余りにも豪華なメンバーに、隣にいるリリが固まっている。

 

「……いえ、今回のこと、本当にありがとうございました」

「そ、そうですね、感謝してもしきれません。ありがとうございました」

 

 そう言って、二人で頭を下げる。あれで命を拾い、手当までしてもらえたのは僥倖だった。ベルが『剣姫』と顔見知りになっていたおかげで、こっちまで救われた。

 

「こちらは明後日までこの階層に留まる予定だ。それまではあのテントは貸し出すから、ゆっくり傷を癒すと良い」

「? あの、なんで日を空けるのか、聞かせて貰っても?」

 

 今更ロキ・ファミリアほどの強豪が、17階層より上の中層で足踏みする理由もない。何か理由があるのかと思った。

 

「ああ、実は帰りに何人かの団員が、厄介な毒を喰らってね」

 

 何でも毒を喰らった団員は今現在ダウンしており、その毒を解毒するための解毒薬を足の速い団員に取りに行かせているとか。往復の時間も考えて、ここで帰りを待つのだそうだ。

 

「……そういう事なら。リリ」

「ええ。お力になれるかも知れませんね」

 

 恩返しの機会は、案外すぐそこに転がっているかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「リリ。こっちの薬草の計量終わったぞ」

「分かりました。エド、私はこれからそっちの調合に移りますから、こっちの鍋の火加減を見てください」

「了解」

 

 割り当てられていたテントは、簡易的な調合室と化していた。現在、ロキ・ファミリアが持ってきていた薬品や薬剤、リリがバックパックに詰めていた状態異常治療用の薬草を使い、毒に効く薬湯を作っている。

 

 リリがロキ・ファミリアの団員を診断したところ、完治は解毒薬がないと難しいものの、症状の軽減くらいは出来そうだったので、二人がかりで薬湯の作成だ。

 

「まさか、施薬院所属の薬師だったとはな。しかも『調合』持ちとは。何が幸いになるか分からんものだ」

「まだ見習いの修行中ですけどね。ともあれこれを飲めば、皆さん起き上がるくらいは出来るはずです」

 

 監督役として付いてきていた『九魔姫(ナインヘル)』リヴェリアの言葉に空返事で答えながら、リリが薬草を決められた手順、決められた分量で混ぜ合わせていく。彼女の持つ『調合』アビリティによって、薬草の効能も跳ね上がっていく。混ぜ終えペースト状になった薬草を鍋一杯のお湯の中に加え、かき混ぜること数分。全体が黄緑色がかった薬湯が完成した。

 

 試しに近くのテントでダウンしていた団員に飲ませたところ、苦し気だった呼吸が整い、土気色だった頬に赤みが差してきた。

 

「……大丈夫なようですね。リヴェリア様、何分、数が多いですので、動ける方で手分けして毒を貰った方に飲ませてあげていただけますか?」

「わかった。ラウル、手配を頼む」

「は、はいっす!」

 

 そうして手分けして飲ませること十分ほど、ほどなくして全員の容態が好転した。薬湯の調合に貢献したリリが手放しで賞賛される中、エドはそっとその場を離れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…………」

(まーだ、気にしてやがんのか?)

「ああ……」

 

 どうしても考え込んでしまうのは、自分の記憶のこと。そして、かつての自分の狂態だった。

 

 史上稀に見る大災害。後にそう語られることになる天災で、自分は全てを喪った。父は、いつも身に着けていた時計を付けた『腕』しか見つからなかった。兄は、焼け焦げた炭になって見つかった。最後に、母は……二人の死で狂乱し、自ら命を絶った。

 

 止められなかった。誰一人、そばにいてやることさえ出来なかった。気が付くと、自分の知る人は誰一人いなくなっていた。

 

 結局、それで自分も狂っていった。それからずっと、両親と兄に再び出会うための方法だけを探し求めて、その中の一つに『鋼の錬金術師』に出てくる錬金術もあった。創作だったとしても、その術にひどくひどく魅せられた。その術を手にしたかった。使いたかった。調べたかった。

 

 ……家族を、もう一度『作りたかった』。

 

 かつての家族が手に入らないのなら、新たに二度と喪わない家族を作れないか?そんな思いと狂気がないまぜになったまま、進んで、進んで――。

 

(――その矢先に死んだ、とか…………救えねえな、ホント……)

 

 ようやく、全て思い出した。かつての自分が、狂って、狂って、そんなある日唐突に死んだこと。死んでもなお家族に執着し、錬金術を求めに求めて、あの『扉』に辿り着いたのだと。

 

(……父さんも、母さんも、兄さんも……もう戻らないんだよな)

 

 死後、三人が自分と同じ道を進んだのなら、間違いなく魂は『洗浄』され、以前のことは欠片も覚えていないだろう。それはもはや、別人と言ってもいい。

 

(………………それでも、追い求めるのか?)

 

 別人になったはずの魂を引きずり出すか、それとも一から作るのかはともかく、無理やりにでも作り上げて、自分勝手に手元に置くのか?本当に、それが正しいのか?もう分からなくなっていた。

 

「なあ、グリード……お前は、どう思う?」

(…………)

 

 特に、答えを期待しての問いじゃなかった。ただ袋小路に陥った自分の思考が漏れ出しただけの問いだった。

 

(……そいつは、後ろの奴に聞いてみるんだな)

「え……?」

 

「なーに、沈んでるんですか?」

 

 突然の声に振り返ると、そこにはリリがいた。どうやら自分が抜け出したのがバレ、後を追って来たようだった。

 

「目が覚めてからずっとですけど、何か変ですよ、エド?」

「あ、いや…………」

「何か悩みでもあるんですか?」

 

 その問いに、思わず沈黙してしまう。彼女には、自分がこの世界に生まれ落ちるまでの経緯は話していない。言っても信じてもらえるか分からない。そんな思いが口を重くさせた。

 

「――――はぁ。何に悩んでるか知らないですけど、言いたくなったら言ってください。その時は必ず相談に乗りますから」

「……なんでだ?」

「ん?」

「なんで、相談に乗ってくれるんだ?」

 

 そう言われて彼女は、一度目を丸くした後、盛大に肩を竦めた。

 

「私の長年の悩みを、盛大にぶち壊してくれたのは、貴方でしょうに。まあ、しいて言えば、そうですね」

 

 そうして、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「――――――――『等価交換』、です」

 

 

 目の前で眩しく微笑んだ後、彼女は背を向け、テントの方へと去っていった。

 




エドが悩み全開です。彼の元々の動機は、『家族の喪失』。このあたり、原作エドを踏襲しているとも言えます。果たして『奥の奥』の真実にたどり着けるか……?

ここからは、あくまで作者の考え。人間は過去が無ければ生きられない。だけど、過去のための機械になってもいけない。そういう存在だと思います。
例を挙げると、作者はUBWの士郎より、HFの士郎が好きw早く来ないかな~、劇場版!

なんか、最近リリが予期せず勝手に動いてる気がするwまあ、自分でヒロインしてくれるのは有り難いんですがww


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第39話 休憩は修羅場の後で

――守ってあげてね、ウィンリィちゃんのこと。好きなんでしょ?
――ブフォッ?!いいいいいいいや、ああアイツは子供の頃からの幼馴染みってだけで!むむむしろアイツを守るのは当たり前っていうか!



「――まいったね、こりゃ」

 

 旅装を身に纏った男神が、目の前の光景に愚痴をこぼす。

 

『オォォオオオオオ!』

「ぎゃー! ボ、ボクは美味しくないぞー!」

「――ハッ!」

「下がってください、ヘスティア様!」

 

 神ヘルメスの視界に映るのは、ここまで意地で着いてきた天界時代の神友(しんゆう)ヘスティアと、それを追い掛け回す階層主ゴライアス。そして、その狙いを逸らそうと奮戦する『疾風』リオンと自分の眷族であるアスフィ。

 

 インターバルを読み間違えたのか、予想に反して17階層の最後の大広間には階層主が出現しており、目の前で戦う二人は、懸命に足手纏い三柱を次の階層へ通過させようとしている。自分で頼んでおきながら、頭の下がる思いだ。

 

(それにしても……)

 

 同じくここまで着いてきたミアハは、崩れてダンジョンの一部に戻りかけていた巨大な鎧を見つけて、眷族とともに走っていってしまった。こんなところで一体誰が鎧なんか持ち込んだのか、興味が尽きない。

 

「ミアハのところも、何かと大変みたいだね?」

 

 視線の先には、ミアハの横で鎧の残骸を見つめている弓使いの犬人(シアンスロープ)。彼女もぜひ連れて行けということだったので連れてはきたが、モンスターに心的外傷(トラウマ)でもあるのか、蒼白な顔で必死になって弓を引いていた。特にモンスターが近づこうとした時は、その反応が顕著だった。

 

(……ま、今の俺の興味は、ベル・クラネルだけどね)

 

 彼が本当に、『次代の英雄』足るのか。ある神からの使いを頼まれた神は、あくまでも自身の目的のために動くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 場所は変わって、こちらは≪ロキ・ファミリア≫のベースキャンプ。毒に倒れたという団員へ、薬湯を振る舞った後、未だ意識を覚まさないヴェルフの待つテントへと戻ってきていた。パーティー内で唯一Lv.1だった彼にとって、昨日の強行軍がかなり堪えたのだろう。結局彼が目を覚ましたのは夕食直前だった。

 

「……足を引っ張ったな。すまん!」

「そ、そんなことないよ。ヴェルフの魔法にも随分助けられたし、リリが渡してくれた地図や『強臭袋(モルブル)』が無かったら途中でやられちゃったし、最後に道を作ってくれたのはエドの『錬金術』でしょ? ……皆がいなかったら、ここまで来れなかった」

 

 起きるなり謝るヴェルフとそれを押しとどめるベルの姿があった。

 

「……ま、気にする必要ねえんじゃねえか」

「そうですね。それを言うなら、私たちは無茶したせいで、回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)も使い切りましたから、錬金術も錬丹術も数回しか使えない、役立たず誕生です。帰り道はお二人に多大な負担を強いることになりますし」

 

 ……まあ、術が使えるうちは何とかなるが、使えなくなったら戦闘能力が格段に落ちるのが弱点だよな。この際ロキ・ファミリアの帰還にくっ付いていくしかないだろう。

 

「……食事の用意が出来たけど、大丈夫?」

 

 テントに呼びに来た『剣姫』にヴェルフが驚いていたが、呼びに来てもらってついていかないのも失礼なので、足元がふらついたヴェルフにベルが少し肩を貸し、全員でロキ・ファミリアが円陣を組んで食事を摂っている場所へと赴いた。

 

 そうして、円陣の一角に腰を下ろしたが、ベルの隣に『剣姫』が腰を下ろした途端、周囲の団員から殺気とも敵意とも取れる視線が注がれた。

 

(……おい、コレ、ベルの巻き添えでボコられる恐れもあるんじゃねえか)

(そんなことはないと思いますが……エドもグリードは外に出さないでくださいね)

(ああ。アイツなら、登場から5秒でロキ・ファミリアの団員をナンパして、ボコボコにされそうだしな)

 

 ナンパの巻き添えで殴殺とか勘弁だ。やがて、食事の前にフィン・ディムナの演説が始まった。

 

「うまいもんですねぇ……」

 

 リリが思わず感心する演説の内容は、都市最強派閥の冒険者であるという、彼ら全員の自負をうまいこと持ち上げる内容だった。流石にあの演説の後に、表立ってちょっかいをかけてくる奴はいないだろう。彼の言葉は、続く。

 

「――また、客人である彼ら、特に彼女は優秀な薬師であり、毒に倒れる我らの仲間を救ってくれた。未だ完全に解毒出来たわけではないが、専門の解毒薬で後遺症も残らず解毒出来るそうだ。皆、敬意と感謝を持って接してくれ!」

「ふえ!?」

 

 演説の最後の最後に爆弾を落とされて、リリから妙な声が出た。顔を真っ赤にして慌てる様は、ほんの少し嗜虐心がくすぐられる。

 

「くくく……良かったな、リリ。お前の功績が、あの都市最強派閥に認められたじゃねえか」

「え、いや、あの、そのう。私なんてまだ見習いですし、そもそも完全に解毒出来たわけじゃないですしぃ……」

 

 手をせかせかと動かして、大したことないと言っているが、団長の演説が終わるなり、何人かロキ・ファミリアの団員から、リリに飲み物を勧めてきた。断り切れず、リリは何とかそれを受けている。それを横目で見ながら、食事に手を付ける。

 

 食事に出されていたのは瓢箪のような妙な形をした、雲菓子(ハニークラウド)なる珍妙な果実。一口かじりついてみるが――。

 

(…………甘ッ!?)

 

 口いっぱいに広がる甘さに思わず閉口する。錬成し過ぎて脳が疲れていたから、糖分は有り難いが、それでもかなりの甘さだった。そんなこちらの様子に、隣のリリが話しかけてくる。

 

「エド? 甘いの苦手でしたっけ?」

「そこまでじゃないけど、甘すぎてな、この果実」

「ふーん…………エド。果実を持った方の手、もう少し右にずらせませんか?」

「? こうか?」

「さっきの仕返しです。あむ」

「!?」

 

 食べかけでつまんでいた果実を、目の前で食べられた。そのままもぐもぐと咀嚼し、嚥下した後、チロリと舌を見せる。

 

「……確かに甘いですね、コレ」

「――――」

 

 何故かその顔を見ていられなくなり、沈黙したまま、次の食べ物にはぐはぐと齧り付く。黙々と食べていると、目の前に何故かフィン・ディムナがやって来た。

 

「寛いでくれているかな?」

「あ、はい。どうもありがとうございます」

「食事まで分けていただいて……本当に感謝しています」

「ふふ、そうか」

 

 そう言って、フィンさんは、ドリンクのコップを持ったまま、何故かオレとリリの間に座った。…………ん?

 

「明日一日は、僕たちも動けなくてね。仕事の無い団員には、観光でもして暇をつぶすように言ってあるんだ。アイズもベル・クラネルをリヴィラの街まで案内するようだし、良ければ君たちは僕が案内しようかと思っているんだ。どうかな?」

「え? えっと……」

 

 ……言ってる内容は、別に問題ない。問題など無いんだが、何故、その内容を終始リリの方を向いて、語り掛けるように話すのか。その語り掛けの様子を見て、何故か胃の辺りがムカムカし始めた辺りで、その声は響いた。

 

『ぐぬあぁっ!?』

 

 やたら聞き覚えのある女神の声に、ベルが立ち上がった。たちまち駆け出したベルの後を、急いで追う。さらに後ろにリリとヴェルフも続いた。

 

「ベル君、ベル君! 怪我は無いかい?!」

「か、神様……?」

 

 たどり着いてみると、ダンジョンには入れないはずのヘスティア様が、ベルを押し倒していた。そして、それを微笑ましそうに見ているのが、旅装を纏った男神と、見慣れた灰色のローブを纏った男神で…………って。

 

「ミアハ様……?」

「それに、ナァーザ団長も?」

 

 ダンジョンに入れないはずの二人が来ているのに驚いていると、こちらを確認した二者は、たちまち走り寄ってきて、二人そろって抱き締められた。

 

「良かった……良かった…………!」

「よくぞ、無事だった…………!」

 

 涙ながらに抱き締められ、心の底から心配させていたと分かると、鼻の奥がツンとなった。リリも同様なのか、おずおずとナァーザ団長を抱き締め返している。

 

 こうして、≪ミアハ・ファミリア≫は、全員揃って再会することが出来たのだった。

 

「ご無事で何よりです、クラネルさん。アーデさんに、エルリックさんも」

「済まなかったな、エド……!」

 

 その後、たった一人で捜索隊の前衛を務め上げたと聞いた、戦闘衣(バトル・クロス)姿のリューさんと、モンスターの集団を押し付けてしまった責任を感じて、捜索隊に志願してくれた≪タケミカヅチ・ファミリア≫の面々に無事を喜ばれ、互いに礼を言い合った。その際、桜花や(みこと)が、どうにもまだ恩義に報いていないと退かなかったので、『貸し一つ』としておいた。

 

 そして翌日、せっかく来たので、全員で18階層に存在する冒険者の街、『リヴィラ』を訪れることになった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。リヴィラの街の入り口にて。

 

(どうして、こうなった…………)

 

 内心頭を抱えるエドの姿と。

 

「どうかしましたか、エド?」

 

 素知らぬ顔で話しかけてくるリリと。

 

「ふむ。これがリヴィラか……ナァーザよ。あれはなんだ?」

「あれは、切り出した水晶……地上に持って行っても高く売れる……」

 

 何故か一歩下がって、一柱と一人で観光を楽しんでいるウチの主神と団長と。

 

「ふふ。リヴィラの街は雑多だが、面白いところだ。皆も楽しんでくれ」

「その通りですね、団長!」

 

 どういうわけか雑務を副団長のリヴェリアに任せて、くっついてきたロキ・ファミリアの団長と、その横をスキップしながら歩いてるアマゾネスの姿があった……。

 

 どうして、こうなった。

 




前回シリアスだったので、甘々回……あれ?やりすぎた?次回は、ギャグに出来るか?こうやって考えると、ハガレンはシリアスとギャグのバランスが絶妙だったな……

そして、横のティオネをスルーして、本気を出すフィン……!このあたり、実はエドがいる弊害だったりw狙ってる娘の隣に他の誰かがいたら、そりゃ本腰入れますよww原作ベルは、明らかに親分子分というか、兄貴分妹分って感じでしたし。


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第40話 勧誘

――げ
――鋼の!
――大佐の管轄なら、無視するんだったぜ



(なんだよ、この気の休まらない空間は……!)

 

 本来は前日の強行軍の疲れを取るため、ダンジョン内にあるという変わった街を観光し、そこらの露店を冷かすつもりだった。道具を買い足すにしても、足りないのは回復薬(ポーション)類くらいだったので、そこまで時間はかからないだろうと思っていた。だというのに。

 

「ふふ……」

 

 同行してきたフィン・ディムナのせいで、一切気が休まらなくなった。何だか分からないが、昨日から目の前のフィンさんは、こっちに過剰に接触している。特に、リリに。

 

「では、及ばずながら、君たちのエスコート役は僕が務めさせて貰おう。さあ、こちらへ」

「って、団長!? 何してるんですか! 手なら私と!」

「いや、ティオネ? 今日は僕が彼らのエスコート役なんだよ? 君と手をつなぐのもおかしな話だろう?」

「だからって――!」

「さあ」

 

 ……エスコート役を申し出ている人間が、さっきからリリ一人に手を差し出している現状。おずおずとそこへ手を伸ばすリリ。どちらにも腹が立った。

 

「――さ! 行くぞ、リリ!」

「え?! エド!?」

 

 横からリリの手を掴み取り、そのまま街へと早足で進む。何でイライラしているのかよくわからない。

 

「……ほほう。では、ナァーザよ。私たちも、参ろうか」

「……………………はい」

 

 後ろの方でこっちを見て、さりげなく肘を突き出している主神と、そこに腕を絡める団長は、この現状の打破には役立たない。ちらりと周りを見回す。

 

「ベル君、ベル君! どうだい、この香水! 君だって汗臭い女の子なんて、嫌だろう?!」

「あ、あの、神様……?」

 

 何故か、同行している『剣姫』に対抗意識を燃やしている女神がいた。駄目だ。却下だ。むしろ現状を混沌(カオス)にすることしか出来ない。

 

「団長! 彼らはそれぞれで手をつないでいますし、私たちも!」

「いや、あのね、ティオネ?」

 

 ……このアマゾネスも、カオス側だしなぁ。

 その後、結局打開策は思い浮かばず、そのまま街の中を歩くが、フィンさんは完璧な案内役に徹していた。

 

「この『リヴィラ』という街は、知っているかもしれないがダンジョン内に冒険者が作り上げた街でね。物資が届かないこともあるから、全体的に物価がかなり高く設定されている」

「はあ……聞いてはいましたが、回復薬(ポーション)も装備類も凄い値段ですね」

「それでも、ここにたどり着いて装備に破損が生じたりしていると有り難い話でね。かなりの数の冒険者が利用するんだよ」

「武器屋、雑貨屋、宿屋……あそこにあるのは買取商かよ?」

「そうだね。もちろん地上とは比べ物にならないほどの低価格だが、それでもかさばる荷物をここで減らせる利点はあるのさ」

 

 街の店舗の価格帯や、さまざまな慣習。冒険者運営による弊害なども教えてくれた。

 

「ここには様々な店があるが、施薬院は極めて少ない。ここに店を出すにも、上と往復して物資をやり取りする必要があるからね。ある程度実力がついてから出店するなら、狙い目だよ」

「……ちなみに、治療施設とかもないんですか?」

「うん? 地上の摩天楼施設(バベル)とは違うから、聞いたことはないな」

「……狙うしかない……!」

「そうですね。誰もいないと言うなら、施薬院を兼ねた錬丹術での治療施設を作れば……!」

「中層で初の本格治療施設か。金になりそうだな」

 

 現在、リヴィラの街で治療施設が存在しないことを教えてくれたのは、非常に有り難かった。ここに『青の薬舗』二号店を出せれば、一気に派閥の負債返済も夢じゃない……!

 

「…………おぬしら、余り傷ついた者から金を奪うのは、感心せぬのだが……?」

「……ミアハ様は、甘い」

「そうですよ。本来は都市でも稀少な『治癒術師(ヒーラー)』を常駐させるとなると、派閥にとってはかなりの負担なんですよ? 恐らくここに存在しないのも、そのせいですし」

「別にぼったくりの店を始めようとは思ってねえさ。適正な治療費に、ここに滞在するための滞在費を上乗せしようってだけだ。適正価格だよ、適正価格」

「…………それなら、現在のこの街の顔役に引き合わせようか? ランクアップして、店を出せるようになったら役に立つと思うけど」

「「「ぜひ!」」」

 

 その上、街の顔役だというボールスという眼帯の男と繋ぎを作ってくれたりと、こちらに利益になることばかりだった。…………ここまで来れば、流石に気付く。

 

「――――なあ、フィンさん」

「ん? 何だい?」

「アンタの目的は、なんだ?」

 

 目の前の人物に視線を合わせ、鋭く見据える。けれどさすがは第一級冒険者と言うべきか、飄々と受け流して軽く答えた。

 

「有望な後輩を、応援したい。じゃ、駄目かな?」

「…………」

「……確かに目的、というか要望はあるよ。君たちと言うより、神ミアハにね」

 

 そう言って、先程までの雰囲気を消し、真剣な表情でその願いを告げた。

 

 

「『循環竜(ウロボロス)』エド・エルリックと『勇貫(スティング)』リリルカ・アーデの二人を、僕達≪ロキ・ファミリア≫に迎えたい」

 

 

 その願いに、普段優しげな笑みを絶やさないミアハ様が、険しい顔をした。

 

「…………理由を、聞いても良いか」

「……一番の理由は、彼らが小人族(パルゥム)だということですね」

 

 そもそも『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナがロキ・ファミリアに入団したのは、一族の再興のため。他の亜人(デミヒューマン)に比べ、圧倒的に身体的素養に劣る小人族(パルゥム)という種族に希望を齎すことが目的だった。そのため、レベルを上げ名声を得て、後に続く後進の者たちへ存在を届けることに今まで終始してきたのだと。

 

「団長! 私、知りませんでした……! 団長がそんな大きなことを考えておられたなんて!」

「このことを知っているのは、ロキも含めて初期の幹部メンバーだけだ。ティオネもこのことは秘密にしておいてくれないかな? 団長の座にある者が、私情で動いていると思われるのもね」

 

 横にいたティオネ・ヒリュテは感激しているが、それとこのスカウトにどう関係があるのか。こちらの疑問を読み取ったのか、フィンさんはより笑みを深めると更に続ける。

 

「先日の君たちの戦いを見てね。君たち二人の戦いは、これまでの冒険者の戦いには無い異質な物だった。君たちの年齢から言ってもまだまだ伸びしろはある。新たな一族の『希望』になり得る人材だと思っているんだよ」

 

 フィンさんの今の言葉を受けて、これまでの相手の対応を考える。リリの方へ熱心に声を掛けていたのは、この間の『分解』の錬成陣が原因か?いや、それだけじゃないような気がする。今もなお熱心にリリへ視線を向けるフィンさんを見て、苛立ちつつもそう思った。

 

(だが――――)

 

 この申し出に対し、この場で取れる選択肢は非常に少ない。何故なら翌日には、ロキ・ファミリアの帰還に便乗しなければならないのだから。この場で相手の機嫌を損ねる回答は出来ない。となると……

 

「…………考える時間をくれますか」

「そう、ですね。考えないことには」

 

 オレもリリも、無難に答えると、そうなるだろう。だが、相手はお気に召さなかったようだ。

 

「悪いが、そうそう待つことは出来ない。ウチの派閥には、年中冒険者を夢見る若者や、他の派閥から是が非でも移籍したい者たちが集まって来るからね。それに時間を稼ごうとしているみたいだが、答えは決まっているんだろう? 心が決まっているのなら、正直に言うといい」

 

 ……………………ああ、くそ。

 

「だったら、断らせてもらう」

「私も、です」

 

 これで相手が怒れば、最悪帰りは他の方法を見つけようと考え、半ばやけっぱちに答えを告げた。

 

「なッ――――ちょっと、団長自らのスカウトを断るなんて」

「待つんだ、ティオネ。一応理由を聞かせて貰えるかな?」

 

 こちらの答えに激昂しようとしたティオネ・ヒリュテを抑え、相変わらず飄々とした笑みを浮かべている。見た目はこっちとあまり変わらない年齢なのに、目の前の相手は相当のタヌキだ。それを改めて認識しつつ、右手の手袋を外し、機械鎧(オートメイル)を露わにする。

 

「へえ……鋼の義手か」

「ああ。この街に来る前に右手と両脚を失って、死にかけていたのを拾ってくれたのが、ミアハ様だった。だからオレは、このファミリアを裏切るわけにはいかねえ」

「リリも以前のファミリアで死にかける目にあって……手を差し伸べてくださったのが、このミアハ・ファミリアでした。私もこのファミリアにずっといたいと思います」

 

 こちらの答えを聞いても、フィンさんは一度肩を竦めただけだった。

 

「――フラれたか。だけどまあ、折を見てまた誘わせてもらうよ」

「…………」

 

 答えは多分変わらないと告げようとした時、ベルのいた辺りから声が上がった。

 

「リトル・ルーキー?! てめえ、何でここに……!?」

「ん?」

 

 視線を向けると、そこには『豊穣の女主人』で酔っ払ったあげく、リューさんに絡んだ冒険者たちがいた。そいつらは、こちらにも視線を向けたが、フィンさんの存在を認め、慌てて酒場に逃げるように入っていった。

 

(なんなんだ……?)

 

 そいつらが最後に向けた敵意の視線に、どうにも嫌な予感がしていた。

 




とりあえず第1ラウンドはミアハ・ファミリア優勢!隣にティオネがいたせいで、縁談話は持ち込めてませんがw

将来『青の薬舗』二号店が誕生した時は、リヴィラの街から大量の金貨が生まれますww

それと、来週なんですが、少し田舎に帰省するかも知れませんので、お知らせなしに、更新が不定期になるかも知れません。向こうにネット環境がありませんのでw再来週になれば落ち着くと思います。


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第41話 迷宮の楽園(アンダーリゾート)

――水素ヘリウムリチウムベリリウムホウ素炭素窒素酸素フッ素ネオンナトリウムマグネシウムアルミニウムケイ素
キィエエエエエエエエエ!
――頭、大丈夫?


 

 街の散策も一段落し、≪ロキ・ファミリア≫のキャンプ地に戻ってきたところ、女性陣が集まって何か相談をしていた。それに訝しげな顔を向けていると、フィンさんの隣にいたティオネさんが話しかける。

 

「なにやってるのよ、アンタ達」

「あ、ティオネ! 私たち、これから水浴びに行くんだよ!」

「……水浴び?」

 

 ティオナさんの話によると、この近くに水源があるため、深層で埃っぽくなった身体を清めにいくのだとか。その話に、同じく女性であるリリとナァーザ団長が反応する。

 

「……それ、私たちもいい?」

「モンスターの返り血とか、思い切り浴びてまして……」

 

 二人の申し出に、ロキ・ファミリア女性陣は快く頷く。その内訳たるや、ほとんど全員が上級冒険者。中には『剣姫』も混じっていることだし、これに危害を加えられる相手はいないだろう。

 

「そんなら、気を付けてな。オレは、毒で倒れてる人達の様子を見てくる」

「ならば、私もそれに同行しよう。天界と違い、病状を診ることしか出来ぬが、それでも出来ることはあろう」

 

 そこで集団は別れ、フィンさんは首脳陣が詰めているテント。オレとミアハ様は毒を貰った下級団員のいるテント。ほか女性陣は水浴びに行くことになった。

 

 寝床に横たわる患者を診るが、前日の様子からすれば充分落ち着いている。病状が酷くなる兆候もないようだった。全てのテントを周り、割り当てられた誰もいないテントに戻って来た時、ミアハ様が不意に口を開いた。

 

「――で? エド、一体何があったのだ?」

 

 聞くと、この18階層に来た時から、様子がおかしいのは気付いていたのだとか。つくづく敵わないと思ってしまった。

 

「……記憶が、戻りました」

「……そうか」

「記憶の中で、オレは家族を取り戻そうとしました」

「……そうか」

「家族を失って……自分で『作ろう』とまでしました」

「……そうか」

「そのために狂って狂って……それでも家族を作ることなんて出来なくて」

「……そうか」

「そして………………死んでこの世界に来ました」

「…………」

 

 ミアハ様はただじっとこちらを見据え、以前のオレの話を、ただただ聞き続けてくれた。そして話が終わったとき――――何も言わず、ただ抱き締めてくれた。そのまま互いに何も語らず、ただぽんぽん、と頭を撫で続けられていた。

 

「……おぬしの痛み、全て分かるなどとは口に出来ぬ。だがな、少しであっても分かち合いたいと思っておる」

「…………」

「我々神にとって――――血を分け与えた眷族は、『家族』であり、『自分の子供』なのだ。だからな、エド。以前おぬしを眷族にした時に、告げた言葉をもう一度贈るぞ。『エドよ。我が新たな眷族()として、これからは喜びも悲しみも、少しずつ分かち合って行こう』……」

「…………!」

 

 その言葉に、そのかつて告げられた言葉に、どうしようもない程胸を突かれて、ぽたりぽたりと床に滴が落ちた跡が出来た。ああ、くそ。本当にこの神様(ひと)には敵わない…………。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あの後しばらく、テントの中で目から零れた滴が止まるのを待っていると、いきなりナァーザ団長とリリがテントに駆け込んで来た。何かあったのかと思い、詳細を聞いたところ、とりあえず制裁が必要な人間がいることが判明した。

 

「……で? なにか言い訳はあるのか?」

 

 女性陣の水浴びを覗いた白兎(バカ)と、神ヘルメス(アホ)が目の前で正座を強要されている。今回はまったくなにも同情の余地が湧きはしない。

 

「ベル…………いったい何故こんなことをしたのか、理由を聞かせて貰おうか」

「は、はいぃぃっ! えっと、ヘルメス様が、『話がある』って僕を連れ出して、と、途中で覗きだとは分かったんですけど、『覗きは漢の浪漫(ロマン)だ』って言ってきて……」

「……それで?」

「えっと、あの止め切れず……枝から落ちて、水浴び中の集団の中に……」

「…………」

 

 よし、殺そう。

 

「今日の晩御飯は、兎の丸焼きだな……!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! その手袋は本気でマズイのでやめてくださいおねがいします!!」

「じゃあ、二度と見れないように、瞼を接着するように錬成するか?」

「猟奇的な制裁もやめてください!」

「じゃあ――」

 

 その後出す提案出す提案、全部ベルに泣きつかれ、更には周囲にもドン引かれたため、当事者の女性陣からビンタのみの制裁となった。……少し甘いくらいだと思ったのは、秘密だ。

 

 その日の午後には地上から解毒薬が届き、全員の病状は完全に回復へと向かった。ロキ・ファミリアは翌日朝早くに、隊を二つに分け地上に向けて出発するとのことだった。そのためその日の食事は残りの物資を綺麗に消費する意味も込めて、中々豪勢なものとなった。

 

 そして、その日の晩、皆が寝静まった頃、オレは一人、テントから抜け出し、キャンプ地から離れるように歩いていった。

 

「――お、あった、あった」

 

 目的地は、昼間リリたちが話していた水源。持ってきていたタオルを横に置き、早速川縁に立つ。

 

「よっと」

 

 川辺を錬成し、流れの一部をせき止め、少し狭い池を作る。次に川辺の石をいくつか積み上げ、発火布から焔を奔らせ石を高温で焼く。そのままその石を池に落とせば、即席の露天風呂の出来上がりだ。

 

「ふぅ~~」

 

 持ってきたタオルを腰に巻き、そのまま浸かる。魔石を使ったシャワー室しか存在しない、『青の薬舗』では出来なかった風呂。肩まで浸かり埃っぽい身体をもみほぐし、漸く人心地つく。

 

「やっぱ風呂は、魂の洗濯だなー」

「――――そうですか。夜中に随分といい趣味ですね」

「うえっ?!」

 

 振り向くと、そこには鬼の形相を浮かべたリリがいた。……何故?

 

「全く、夜中にテントから抜け出すから、何事かと思えば! 心配させないでください!」

「う……わ、(わり)ぃ……」

「私だったから良かったものの、ロキ・ファミリアの誰かに見咎められてたら、最悪スパイかなにかと誤解されることだってあるんですよ。分かってるんですか!」

「…………」

 

 まあ、キャンプ地から夜中に抜け出したら不審に思われるな。そこには全面的に同意し、深く俯く。

 

「……反省、しましたか?」

「はい……」

「それなら……………………回れ右をして、しばらくの間こっちを向かないでください」

「? ああ」

 

 全面的に非があるため、言われた通りに回れ右をする。そのまましばらくは何の音もしなかったが、やがて、衣擦れ(・・・)の音が聞こえてきた。

 

「……………………おい、リリ?」

「いいから! 絶対にこっちを向かないでください!」

 

 その内、衣擦れの音が収まり、続いてちゃぽ、と微かな水音が聞こえてきた。そして、何かが近づいてくるような水の流れを感じ、背中に熱いなにか(・・・)が寄り添う感触がした。

 

「ななななな…………」

「いいですね、絶対こっち向いちゃ駄目ですよ!!」

 

 もはや、間違いようがない。後ろでリリが、背中合わせで風呂に入ってきている……!

 

(よし。振り返って、押し倒しちまえ!!)

 

 黙ってやがれ、グリード!!

 

「っ、な、何のマネだよ。お前やっぱり、このキャンプ地に来てからおかしいぞ!」

「…………おかしいのは、エドですよ」

 

 静かに告げられたその言葉に、少しだけ時が止まった。

 

「何に悩んでるのか知らないですけど……相談に乗るって言ったのに、ずっと考え込んでるじゃないですか。全然頼ってくれないじゃないですか」

「…………」

「目の前でお道化て見せても、全然いつもの調子に戻りませんし……それとも、なんですか。私じゃ頼りになりませんか!?」

「そんな、ことは…………」

 

 そこで、どうしても言い淀む。理由はどうあれ、リリに何も告げなかった。それはつまり相手を頼りにしていなかったのと、同じじゃないのか?そんな疑問が渦巻いた。

 そして、それを糾弾する彼女の声は段々と熱を帯び、いつしか涙声へと変わっていた。

 

 

「私たち……ミアハ様の血を分け与えられた眷族(かぞく)じゃないですかぁ……!」

 

 

 その言葉が何よりも、胸を打った。ああ、本当に何を悩んでいたんだろうな、オレは。

 

「今のままだと……エドがどこかに行っちゃいそうで、怖くて……!」

「…………」

 

 彼女の慟哭に、せめて応えるために、そっと彼女が湯の中に入れていた右手に、左手を添える。

 

(わり)ぃ……まず最初に、お前(リリ)に相談すべきだった……」

「………………」

「そう……だよな。リリも、ナァーザ団長も、同じミアハ様の眷族(かぞく)なんだよな……」

 

 後ろからすんすんと、鼻を啜る音が聞こえてくる。自分勝手に悩んで、女の子を泣かすとか、ホントに最低だ、オレ……。

 

「悩み、話すわ、オレ」

「……ホントですか?」

「あー。眷族(かぞく)に話さないわけにいかねぇだろ?」

「……そうですよ」

 

 お湯の中で、リリがきゅっと強く、こっちの左手を握り返してきた。

 

「いなくなっちゃ、ダメですよ…………?」

「おう……」

 

 空には満天の星空のように、水晶から漏れ出た光の粒が煌めき、二人の事をただただ静かに見つめていた。

 




迷宮の楽園(アンダーリゾート)終了。前回フラグ立てた酔っ払い冒険者にたどり着かなかった。なぜだ……
ちなみに前書きはウィンリィの事が好きだろうと指摘された時のエドの動揺っぷりwどんなメダパニかww

この話で困ったのは、エドの性格。覗きに行きそうもないんですよねぇ。悩みに悩んだ結果……リリの方から混浴させましたwwあからさまな表現は避けつつ、互いの絆を感じさせる。一つのテーマですが、やはり難しいです。
そして、驚きですね。まだこの二人、告白してもいないんですよ……

前半部分はミアハ様。後半部はリリと、ファミリア内の絆がテーマの今回……ナァーザさんが、絡められなかった……!


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第42話 冒険者の流儀

――悪党とは等価交換の必要なし!



 翌日、ミアハ・ファミリアの貸し出されたテント内にて。

 

「………………」

 

 固い地面に正座させられるエドの姿があった。

 

 なぜこうなっているかと言えば、昨夜の風呂での一件から、リリにはこの世界に来るまでの経緯を、そして未だ詳細を告げていないナァーザ団長も含めて、記憶が戻ったことも話すことに決めたのだ。そのため朝食後に泊まったテントを一時借りて、それらの話をしたわけなのだが――。

 

「「……………………」」

 

 転生の経緯を聞いていたのに、記憶が戻ったことを話してくれなかったナァーザ団長と、経緯を一切聞かされていなかったリリの沈黙が痛かった。

 

 余りにも重い沈黙に助けを求めて視線を彷徨わせるが、視線が合ったミアハ様も苦笑するだけで助けてくれる様子がない。万事休すかと思った時、不意にナァーザ団長の方が動いた。そのままツカツカと近づいてきて、左手を高々と振り上げた。悩み事を打ち明けず隠したのは自分だし、素直に殴られようと目を瞑ると、手の平をポンと軽く乗せるような感触があった。

 

「……エドは、馬鹿」

「それには全面的に同意ですね」

 

 ぐりぐりと頭を乱暴に撫でまわしながらのナァーザ団長の言葉に、横のリリまで追従する。馬鹿って。少しばかりひどくないか?

 

「……私たちは、エドが以前に別れた家族と同じになることは出来ない」

「…………」

 

 ……それはそうだろう。人は誰も、他の誰かの代わりにはなれない。そんなこと、前世でヒトを『作ろう』とした時に、身に染みて分かってる。

 

「でもね――――私たちだって、≪ミアハ・ファミリア≫っていう眷族(かぞく)なんだよ……?」

 

 そう言って、頭を片手で抱え込むように抱きしめられる。手は、『左手』。ナァーザ団長が温もりを伝えることができる、生身の手。……ああ、本当に。ミアハ様も、リリも、ナァーザ団長もどうしてこう……。

 

 しばらくそのまま抱き締められていると、テントの入り口が勢いよく開いて、ヴェルフが入って来た。

 

「おい、お前ら! ベルの奴、見なかったか!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「これは……」

「マジか……」

「厄介ごとだな……」

 

 リリとヴェルフが屈んで覗き込んでいる先には、ヘスティア様が購入していた香水と、回復薬(ポーション)瓶が散乱していた。割れた瓶もあり、この現場の様子からすると、ヘスティア様は浚われて、ベルは呼び出されたというところか。

 

「ランクアップして、中層進出の初日に18階層に来てるからな。装備とかお宝目当てか、単純なやっかみか、色々動機も考えられるな」

「まあ、そんな場合ではなかろう? ナァーザよ、ベルの居所は分からぬか?」

「……分かる」

 

 ここで、ナァーザ団長の種族の説明。彼女は犬人(シアンスロープ)。つまりは犬と同じくらい鼻の利く亜人(デミヒューマン)。ベルは何度も店に足を運んでるし、帰還に備えて手持ちの回復薬(ポーション)も再分配されていた。その中には当然ウチでしか作れない『二属性回復薬(デュアルポーション)』も入っている。アレは香りが特徴的だから、跡を追うのは容易いのだ。

 

「……でも、落ちてた香水の匂いの方角とは、違う方に進んでる。多分ベルはあの大きな一本の水晶の方向。香水を付けてる人は、向こうの森の中」

「誘拐犯は、複数ってことか……」

 

 そうなると、ベルだけ助け出しても駄目だ。その場合、ヘスティア様という人質がある以上、向こうに逆転の一手が残されることになる。ベストは、ヘスティア様を確実に助けて、ベルの救援に向かう。出来ればヘスティア様の救助と、ベルの救援は同時に行いたいが……。

 

 そう考えていると、リリが手を上げる。

 

「ヘスティア様は、私が助け出します。皆は、ベル様の救援に向かってください」

 

 この発言に驚いたのは、ヴェルフだ。

 

「いや、お前ひとりでどうやって助け出す?! 相手にはお前と同じ上級冒険者がいるんだぞ!」

「策を巡らせて、ヘスティア様の近くから冒険者を釣り出します。任せてください。こう見えて、逃げるだけなら自信があります」

 

 多分、冒険者相手に荒稼ぎしてた頃に、身に着けたんだろうな、とは思う。それでも非情に役立つ以上文句は言わないけど。

 

「それに、私じゃなきゃ、ヘスティア様を探せません。――【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】――【シンダー・エラ】」

 

 詠唱の完成とともに、リリの頭にナァーザ団長とお揃いの犬耳が生える。よく考えると、改宗(コンバージョン)以降は初めてこの魔法を見た。

 

「私の魔法は『変身魔法』なんですが、ステイタス以外の種族特性は、変身している対象に準じます。つまり、ナァーザ団長以外に、ベル様とヘスティア様の匂いを追えるのは、私しかいません」

 

 ……この魔法、本当に便利だ。つまり、犬系統の亜人以外にも、兎系統になれば、耳が良くなることになる。一撃必殺の攻撃力こそ持っていないが、環境への適応能力なら、随一ではないだろうか。

 

 結局魔法の特性を聞いたヴェルフが折れ、リリはヘスティア様の救出。他全員でベルの救援に向かうことになった。途中で桜花たちや、リューさんと合流し、ベルの許にたどり着いたが、そこで見たのは、、全く視認できない敵に、良い様になぶられるベルの姿だった。

 

「……ッ! こんなんが、冒険者の流儀とでも言う気かよ!」

 

 どこからどう見ても、ただの私刑(リンチ)。やっかみなのか、金銭目的なのか、そんなこともどうでも良くなった。

 

「【ホーエンハイム】!」

 

 豪腕の錬成陣で、地面から大量に握り拳を生み出し、へらへら観客に回っていた冒険者を空へと打ち上げる。

 

「「「ぎゃあああああああ!!」」」

 

 打ち上げられた冒険者が地面に落ちてきた音、それが開戦の合図となった。目の前の冒険者集団と衝突するが、どうも最大でもLv.2程度らしく、桜花やオレと互角に打ち合える程度だった。そんな中を明らかにレベルの違う動きで、瞬時に制圧していく一つの影。木刀一本で何とかしてしまえるリューさんは、本当に何者なんだ?

 

 こっちのそんな疑問を余所に、リリがヘスティア様を連れてこちらに合流。ヘスティア様の一喝によって、争乱は終止符を打たれることになった。

 

 ……正直、オレは、ヘスティア様という神を見縊っていたかも知れない。ミアハ様は、グリードとの初対面の時に威圧を発していたから、神様だと納得していたが、先程見た彼女は、いつもじゃが丸君を売り歩いてる貧乏神とは比べ物にならなかった。

 

『――やめるんだ』

 

 その一言で、世界を震わせてしまう超越存在(デウスデア)。確かに彼女がそう(・・)なのだと信じさせる瞬間だった。

 

 そして、一行が団らんムードとなり、空気が緩んでいた時――――ダンジョンが震えた。

 

「これは……嫌な、揺れだ」

 

 リューさんの言葉が全てを示すように、階層全体を照らす天井の水晶、その内部で余りにも大きい体躯が、蠢くのが見えた。

 

 

「嘘だろ……あれぽっちの神威で…………バレた?」

 

 

 差し迫ってるであろう危機の中、ヘスティア様の言葉だけが虚しく響いた。

 




さあ、次回いよいよ黒ゴライアス戦!正直一般冒険者相手にエドを戦闘させても長くなりますので、一気に飛ばしました。前回入れられなかった、ナァーザさんとのイベントも前半に入ってます。

黒ゴライアス、問題はどこまで貢献すれば経験値入るかですねぇw


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第43話 黒い巨人

――なんと、充実した仕事か!



 最初に、ピシリ、という微かな音があった。その音の次にわずかな亀裂が広がり、亀裂は亀裂を呼び、やがて水晶全体に蜘蛛の巣状に広がった。

 

 そうして、ソレ(・・)は、生まれ落ちた。

 

『オォオオオオオオオオーーーーッ!!』

 

 姿かたちは、17階層に陣取っていた巨人と同じもの。だが、その黒い体表が、離れていても感じる禍々しさが、ただの階層主ではないことを示していた。

 

 黒いゴライアス。

 

 それが天井の水晶を突き破り、19階層への下り階段を押しつぶす形で出現した。

 

安全階層(セーフティーポイント)無視かよ……」

「有り得ません……」

 

 目の前に顕現した脅威に、半ば放心しつつ、リリも共に呟いた。そうこうするうちに、黒いゴライアスは仲間のモンスターを率い、近場の冒険者(えもの)へと襲い掛かる。どうやら標的になったのは、先程撃退されて森に逃げていた誘拐犯たちらしい。モンスターに襲われ、なすすべなく悲鳴を上げる彼らを見て、ベルが慌てたように叫んだ。

 

「た、助けないと!?」

 

 ……まあ、半ば予想出来たことだ。とりあえず準備を万全にするため、先程消耗した分の精神力回復薬(マジック・ポーション)をナァーザ団長から受け取る。その間に、戦闘衣(バトル・クロス)姿のリューさんが、ベルに質問をする。

 

「本当に、彼等を助けにいくつもりですか?」

 

 ついさっき、ヘスティア様を誘拐してくれた奴らだからな。確かにここで見捨てても誰も文句は言わないだろう。

 

 もっともその質問に対する、ベルの答えは単純だった。

 

「――助けましょう」

 

 ……お人好しの見本みたいな答えだった。

 

「まあ、オレもアイツらを助けるのは賛成だな」

「エド……」

「まだ慰謝料代わりに、アイツらの身ぐるみ剥がしてねえし」

「いや、エド? 冗談だよね? 本気じゃないよね? なんで目を逸らすの?!」

 

 いや、迷惑かけられたんなら、迷惑料や慰謝料を貰うのは当たり前だろう?いわばアイツらは、白紙の契約書に判を押したも同然。取り立ての前に死なれちゃ困る!

 

「まあ、そうですね。ここで恩を売って、あとで十倍返ししてもらうのも有りですし」

「お前ら、強かだなぁ……」

 

 リリの発言にヴェルフまで呆れてたが、ここら辺は当たり前だ。タダより高いものなんてないんだよ。同じく呆れていた桜花たちも含め、全員が武器を取り出す。リューさんも溜息交じりではあったが、参加してくれるようだ。

 

「皆……悪いけど……」

 

 そんな中、その救援集団から一歩下がるのは、ナァーザ団長。……仕方ない。彼女はモンスターに心的外傷(トラウマ)を持っている。こんな深い階層に来られたこと自体驚きなんだから。 

 

「ナァーザ団長は、ミアハ様やヘスティア様と一緒に街の方へ戻ってくれるか。多分あそこを拠点として動くことになるだろうからな」

「そうですね。あの街には交換可能な装備も多数あるでしょうし、あそこから私やほかのサポーターが補充を届けることになります。ミアハ様とヘスティア様はそれらの取りまとめを。ナァーザ団長は、その護衛をお願いできますか?」

 

 この申し出にナァーザ団長が頷き、パーティーは街に戻る組と、襲われている冒険者を助ける組に別れることになった。そして、救援組は、すぐさまその場から出発する。

 

『―――オォオオオオオアアアアアアッ!!』

 

 黒いゴライアスは、圧倒的と言うほか無かった。知能が少し低いのか、手当たり次第に攻撃している印象だが、それを補って余りあるほどの膂力(パワー)がある。足元を逃げ回る冒険者を攻撃するため、周囲の瓦礫や地形まで攻撃しているが、そのたびに地面が激しく揺れるのだ。その上、通常では考えられない攻撃まで備えていた。

 

『――――――ァッ!』

 

 『咆哮(ハウル)』。通常なら格下の相手を竦ませる程度でしかないはずのソレが、衝撃波まで伴って飛来していた。

 

「ちっ! リリ、アイツの気は逸らす! その間に誘拐犯どもは下がらせろ!」

「了解! 無茶はしないでくださいよ!」

「そりゃぁ……出来ねえ相談だ!」

 

 黒ゴライアスの索敵範囲外から、瓦礫を豪腕の錬金術で錬成し、杭にして飛ばす。流石に脇腹にぶち当たれば気付くのか、顔だけがこっちを向いた。そのままリリから離れるように走り、次々と足元の瓦礫を飛ばしていく。

 

『――――――ァッ!』

「おっとぉっ!」

 

 こちらの攻撃を煙たがったのか、『咆哮(ハウル)』が飛んでくるが、咄嗟にスパートをかけ、攻撃をかいくぐる。その間にリューさんが黒ゴライアスへと駆け寄った。

 

「ハアッ!」

 

 繰り出される攻撃は、まさに『疾風』。相手の攻撃を躱し、暴力的なまでの反撃の嵐を叩き込んでいた。

 

「こっちだ、オラァッ!」

『オアッ!?』

「せいっ!!」

 

 近接で攻撃し続けるリューさんを邪魔しないように、豪腕の錬金術で地面からトゲを生じさせる。怯んだところをリューさんが攻撃する。そのまま、黒ゴライアスの隙を探り、ひたすら援護に徹した。

 

 薄々感じていたことだが、リューさんは間違いなく自分やベルよりもはるかに格上の冒険者だ。何でウェイトレスをしているのかは気になるが、いずれ聞く機会もあるだろう。今はただ、目の前の脅威を足止めすることに徹した。

 

 そんなところに、明後日の方向から、鬨の声が上がった。

 

「弓兵、撃てーーーッ! 魔導士連中は詠唱に入れ! それ以外は攻撃だ!!」

 

 どうやら異変に気付いた街の冒険者たちが、援護に来たようだ。その先頭には、≪ヘルメス・ファミリア≫のアスフィさんもいる。彼女は黒ゴライアスへと近づくと、いくつかガラス瓶を投げつけ、それを一気に起爆させた。爆薬か、あれ?

 

「野郎どもぉっ! アンドロメダが囮になるから、心置きなく詠唱を始めろぉ!」

 

 その掛け声とともに、街の冒険者は黒ゴライアスの足元に発生している中層モンスターを掃討する組と、魔法の詠唱を始める組に分かれた。

 

「…………一応こっちも、用意しておくか」

 

 懐から白紙の紙を取り出し、円の中に構築式を書き込む。そうして、黒ゴライアスの方に向かって走り出した。

 

「よいしょっと!」

 

 地面を強く殴りつけ、そこから楔つきの鎖を生じさせる。そして、錬成を続けることで、その楔をまるで生きているかのように操った。

 

「いけぇっ!!」

 

 飛んでいった鎖は、黒ゴライアスの身体に絡みつき、動きを阻害する。その内鎖を二本三本と増やしていき、ついにその足が止まった。

 

「っし!」

 

 周りで中層モンスターと戦っている集団にぶつからないように走り寄り、黒ゴライアスの周囲に円を描くように錬成陣を配置する。飛ばされないように投げナイフで地面に縫い留めた。最後の一枚を置いたところで、後ろから声がかかった。

 

「前衛、退けえぇっ! でかいのぶち込むぞ!」

 

 その声に素直に従い、黒ゴライアスの足元から抜け出す。直後、炎や雷など幾多の魔法が一斉に放たれ、その巨体を覆い隠す。

 

『オォオオオオオアアアッ!?』

 

 さすがにコレは効いたのか、黒ゴライアスが膝をついた。それを横目で確認しつつ、両方の掌に、新たな錬成陣を描いた。右手には『逆三角形に太陽』、左手には『三角形と三日月』の錬成陣を。そして、精神力回復薬(マジック・ポーション)を口に流し込む。

 

「――【ホーエンハイム】」

 

 両手を合わせ、掌の内で六芒星の錬成陣を成す。そのまま地面へと叩きつけると、錬成反応が貼り付けた錬成陣を奔り、青い雷光が円環と六芒星を描き出す。

 

「消し飛びやがれ」

 

 地面が次々にへこみ、そして次の瞬間、まるで地獄の釜のように沸き立った。奔り抜ける爆炎は、『紅』。ゆえに、この錬金術を用いる錬金術師の二つ名は――――『紅蓮』。

 

 耳を覆う爆音の後、黒ゴライアスは周囲の地面ごと弾け飛んだ。余りの威力に、前衛を担っていたアスフィさんとリューさんが駆け込んでくる。

 

「何ッてこと、するんですかッ! 私たちごと消し飛ばす気ですか!」

「あんな威力の攻撃なら、予め言ってほしかったです……」

 

 どうも二人とも、爆発の規模を想定していなかったようで、服のあちこちに煤が見られた。それについては謝るしかない。

 

「いや、本当(わり)い。でも、どうやらまだみたいなんだよな」

「「?」」

 

 二人が振り向いた先。そこには、身体から垂れ下がった肉をまるで巻き戻しみたいにくっ付けていく、手足が消し飛んだ巨人の姿があった。

 




黒ゴライアス第1ラウンド終了!そして、ようやく紅蓮の錬金術が登場しました!破壊の規模がでかすぎるから、使い辛かったんですよねwダンジョンで最大威力でぶっ放すと、落盤とか仲間も怪我したりとか危ないですし。

次回、第2ラウンド。そろそろ両脚の切り札も切り時かな?


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第44話 立って、歩く足

――みんながいるから、頑張れる



 

「あれでも動けるのですか……」

 

 リューさんの愚痴は当然のもの。目の前で身体のほとんどを吹き飛ばされた黒いゴライアスが手足を治し、再び戦おうとしているのだから、悪夢でしかない。

 

「信じられない状況ですね……」

 

 そんなところに、サポーターとして街に戻っていたリリが戻って来た。

 

「リリ、街の様子は?」

「周囲のモンスターの迎撃に当たる冒険者へも、街からサポーターのルートが確立しました。そちらのサポーターについては、≪タケミカヅチ・ファミリア≫の千草様を中心に、人員が足りています。私は前衛を担っているリュー様に、コレを届けに」

 

 そう言って、背中の包みから一本の大剣を取り出す。それはどこか骨ばった印象を与える無骨で原始的な剣。ともすれば天然武器(ネイチャーウェポン)にも見えるそれはどこか迫力があり、ここよりも深層で見つかった稀少武器(レアウェポン)であろうと見てとれた。

 

「ありがたいですが……私は大剣を扱えませんし、速度重視の戦いですので……」

 

 彼女が手に持つのは一本の木刀。それを使っての、縦横無尽な攻撃が彼女の持ち味。そうなると大剣は確かに相性が悪い。

 

「リリ、その武器は背中に提げとけ。この後の戦況次第で最前線の前衛に、その武器が必要になる可能性がある」

「……なんとなく、ここに来たら前衛のサポーターをやらされる気がしてました。前衛で必要になる交換用の装備類や、回復薬(ポーション)類も一通りバックパックに詰めてきました。援護とサポートは気にせず、皆さんはドンドン前に出てください」

 

 その言葉と共に、リリは『ファング・バリスタ』を取り出して準備を進める。配置としては、前衛兼囮役がリューさんとアスフィさん。中衛がオレで、サポーターがリリということか。

 

「一番効きそうなのは、胴体に収まってる魔石への攻撃だな。届かねえのか?」

「……無理でしょうね。私たちの武器では、肉が厚すぎます」

「高威力の魔法で肉を削ぐか、もろとも消し飛ばせば可能かも知れません。ですが、さっきと同じ程度の魔法の威力では……」

 

 そう話しているところに、後ろから声がかかる。

 

「――――エド。胴体に魔法を叩き込めばいいんだよね?」

 

 振り返ると、そこにいたのはベル。見るとその右手に、いつかのように光を溜めていた。

 

「先日、小竜(インファント・ドラゴン)の首を消滅させた魔法ですね。ベル様、どういった条件ならあのゴライアスに通じそうですか?」

「このスキルは……溜めれば溜めるほど威力が上がるから……最大の3分溜めれば」

 

 つまり3分後に、ベルの最大威力の魔法攻撃を繰り出すことになる。それで胴体を狙い、あわよくば魔石の破壊を狙う。それが駄目でも、胴体の傷口から魔石を狙える……。方針は決まった。

 

「それじゃ、3分だな! 前衛は任せる!」

「わかりました。リオン、足止めに徹するのですよ!」

「分かっています!」

 

 リューさんとアスフィさんが前衛に立つ中、周囲を確認し近場の高台に陣取る。

 

「こんのォォォッ!」

 

 地面を錬成し、バリスタ、大砲、鎖付き鉄球、ギロチンの刃など、ありとあらゆる武器へと変え、一斉に攻撃させた。それにより、多少は肌に傷もつくが、鬱陶しそうにしているだけで、大きなダメージが入ったようには見えない。

 

「そんなら!」

 

 両手の平の錬成陣を合わせ、近くの岩を掴む。錬成反応とともに出来上がったのは、原始的な手榴弾。それをバリスタの矢に括り付け、飛ばした。爆発で肌は焼けるが、やはり致命傷にはならない。

 

(さっきみたいに、周囲の地面全体に錬成陣を敷くか、『賢者の石』でもなきゃ駄目か……)

 

 『紅蓮』の錬金術は威力はあるが、如何せん爆発という副次的な効果でダメージを与えることもあって、扱いが難しい錬金術でもあった。18階層の床を『丸ごと』爆発物にでも変えれば黒ゴライアスも消し飛ぶだろうが、そこまでするとこっちも危ない。ただでさえさっきの大規模錬成で、床全体への影響が心配なのだ。床が丸ごと抜け落ちて19階層に落ちることになれば、死傷者が出るし、一番危ないのはミアハ様やヘスティア様だ。『恩恵』が無い以上、間違いなく死ぬ。

 

「エド!」

 

 後ろからリリが駆け寄って来た。その右手には、『分解』の錬成陣を纏っている。

 

「何とか、私を近づけられませんか? 私なら腕の一本くらい持って行けるはずです」

「……『分解』でか。そうなると、アイツの反撃を防ぐ必要があるな」

 

 黒ゴライアスをもう一度見て、ぐるぐるとリューさんを追い回す様子を確認し、一つ思いつく。

 

「……分かった。試してみるぞ。オレの近くから離れんな」

 

 そう言って、両手に発火布を付ける。そして、地面を一気に錬成し、二人分の足場を一気に黒ゴライアスの近くまでアーチのように伸ばした。

 

『オァ!?』

 

 さすがにこっちに気付いた黒ゴライアスが、『咆哮(ハウル)』を放つために口を開く。それでも、こちらの方が早かった。

 

 パチン、と両手の指を打ち鳴らす音とともに、黒ゴライアスの眼球と舌の根が焼き尽くされた。

 

「眼球の水分が蒸発する苦しみは、とんでもないらしいからな! 狙いも付けられねえだろ!」

「後は任せてください!」

 

 頭を掻き毟るように悶える黒ゴライアスへ、石の柱が迫り、闇雲に伸ばされた左手首を、リリの右手が『分解』した。

 

「やりました!」

「よし、このまま離れるぞ! 約束の3分だ!」

 

 上空から地上を見ると、ベルが溜まりきった光を右手に湛えたまま、狙いをつけるように伸ばしていた。黒ゴライアスも、何かを感じ取ったかのように、一瞬動きを止める。

 

「【ファイアボ――】」

 

 ベルの魔法は、聞こえなかった。

 

『オォアアアアア!!』

 

 突如黒ゴライアスが残った右手を地面に叩きつけ、めくれ上がった岩盤を投げつけたのだ。

 

「――――!!」

 

 その岩盤が衝突し、光を伴った焔雷は明後日の方向へと飛んでいった。舞い上がった土煙で、ベルの姿は全く見えない。

 

「ベル!」

 

 咄嗟にエドは足場の方向をベルがいた辺りへと向けた。しかし、それは地上へ降りるのに大きなロス。未だ空中にある二人に、黒ゴライアスが再生した眼球を、ギョロリ(・・・・)と向けた。

 

 次の瞬間、目の前に突然生じた壁が、ゴライアスの『掌』だと気付いたときには、もう間に合わなかった。たった、一歩。リリを押しのけ、その壁に向かうのが精一杯だった。

 

「退いてやがれ、エド、リリルカ!!」

 

 『人間』の反応速度を押しのけ、グリードが『人造人間(ホムンクルス)』の反応速度で、両腕をぎりぎりで硬化し、前に翳して『盾』とした。

 

「ぐあッ……!!」

「きゃあ!?」

 

 二人そろって隕石のように飛ばされ、森の木に何度も叩きつけられ、やがてどちらも意識を失った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ナァーザ・エリスイスは、ダンジョンに来て何度目かも分からない後悔を抱えていた。自分は、元冒険者。自分だってかつてはこのダンジョンの中で戦っていたのだ。

 

 それなのに今の自分は、街の中で、サポーターの手伝い。それも本職に比べ、圧倒的に遅い。さっきまで街を駆け巡っていたリリに比べれば、自分は役に立っていないと嫌でも感じてしまった。

 

 それでも、怖いのだ。今も森から聞こえてくるモンスターの唸りが、叫びが、自分の足から前へ進む力を奪うのだ。そうして、それを感じるたびに、後悔ばかりが募るのだ。

 

『オァ!?』

 

 遠くの方で、あの黒いゴライアスの叫びが聞こえた。そちらに視線を向けると、エドとリリが一緒の足場に乗り、ゴライアスの顔面と左手に痛打を与えるのが見えた。

 

 心が、震えた。

 

 あの二人は、自分の後輩なのに、あんなに巨大な相手に怯みもせずに向かって行ってるんだ。なのに、自分は――とナァーザが再び後悔に襲われそうになった時、空中にいた二人を、ゴライアスの攻撃が捉えるのが見えた。

 

「……………………ッ!」

 

 空中を飛ばされ、森へと落ちる二人。それを弓使いとして優れた視力で確認した時、彼女は形振り構わず駆け出していた。

 

(私……何を怖がってたんだろう……)

 

 さっきまでの自分は、確かにモンスターが怖かった。それは今も変わらない。けれどあの二人が森へと落ちていく時、気付いた。

 

(……私は! あの二人が死んでしまうことの方が怖かった!)

 

 そう思ったからこそ、ここまで来た。モンスターを見ると足が竦む?だからなんだ。あの二人と二度と会えなくなることに比べたら、何程の事があるものか!

 

 そうして、森の中を疾走する中、当たり前のように目の前にモンスターが立ち塞がる。バグベアー一体と、その後ろにヘルハウンド二体。それを見て、竦み、止まりそうになった脚を、矢を持った手で殴りつけた。

 

「……どいて!」

 

 叫びながら先制で矢を一射。見事右側にいたヘルハウンドの額を貫いた。

 

 続いて襲い掛かって来たのは、バグベアー。かなりの威力を誇る爪の打ち下ろしを、かいくぐるように躱す。絶命したヘルハウンドの横にたどり着いたところで、もう一体のヘルハウンドから火炎が襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 とっさに、ヘルハウンドの死骸を盾にして炎を凌ぐ。炎もまた、彼女にとっては忌むべき対象。なのに、今の彼女にとっては、ただ目の前を塞ぐ障害でしかなかった。伏射の姿勢を取り、炎の中に揺れる一際巨大な熊の影に狙いを定めた。やがて、炎が途切れた。

 

「そこッ!」

 

 炎の幕の向こうにいたバグベアーの魔石を、正確に射抜く。途端に灰となって崩れる巨体の横を、最後のヘルハウンドが駆け抜けた。

 

『グルォォォォォ!』

「ぐぅっ……!」

 

 弓を盾にしたが、ヘルハウンドはナァーザの上に伸し掛かってきた。余りに近すぎ、弓を引くことが出来ない。

 

『グル、ガァッ!!』

 

 目の前でモンスターが顎を、牙を、がちがちと噛み鳴らしている。確かに恐ろしい光景だ。けど、今の自分はあの子たちの『団長』なんだ。

 

「もう二度と、食べられるワケにいかない……!」

 

 弓を咥えた牙を、そのまま上へとずらし、胸の魔石を露わにする。空いた右手で矢を引き出し、鏃を構えた。

 

「……ああッ!」

『ガ…………?!』

 

 鏃が魔石を砕き、伸し掛かっていたヘルハウンドも、身体を灰と為す。その様子を眺めながら、灰を掻き分け、再び立ち上がった。

 

「……待ってて。今、助けに行く」

 

 ≪ミアハ・ファミリア≫団長、ナァーザ・エリスイス。再び立ち上がった彼女の足は、もう立ち止まることはない。

 




ナァーザ団長、復活!彼女は中層で燃やされて手足を食べられたと言っていたので、下手人ぽいヘルハウンドとの戦闘になりました。『弓使い』で『薬師』の彼女の恐ろしさが次回以降明らかに。


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第45話 薬師、灰被り、そして愚者

――効いてる!
――効いてるぞ……!
――がんばれー!エドワード・エルリック!


 

「ぐ…………」

 

 意識を取り戻した時、エドは自分の状態を理解出来なかった。ただ視界に映るのが木の葉ばかりであること、そして、全て裏側であることから、ああ自分は寝ていたんだな、と思い至るのが精一杯だった。

 

「……ぅ…………」

 

 ふと、自分の足元から幽かな声が聞こえた。そこで、何故か力の入らない身体に喝を入れ、緩慢ではあったが何とか上体をほんの少し持ち上げると、足元に力なく横たわるリリの姿があった。

 

「リリ!? ァ!? ぐ……!」

 

 勢いよく身体を起こしたせいで全身に痛みが走り、再び地面に寝そべった。その際、何故か右腕の感覚が無いので、視線をずらして右側を見てみる。

 

「やっぱりかぁ……」

 

 そこにあるはずの右腕は完全に折れて、二の腕から先が無くなっていた。視線を巡らせると、リリが横たわっている遥か後ろに、中身もろとも襤褸切れの塊となったリリのバックパックと一緒に残骸と化していた。

 

(黒ゴライアスの攻撃に、着地の衝撃に……よく保ったほうだよな)

 

 あの空中での攻撃の際、グリードは右腕を前に突き出していた。つまり『硬化』させた腕の内、捨ててもいい方を『盾』にしていたのだ。飛ばされる中、グリードから再び主導権を貰って、右腕の仕込み小太刀でリリのバックパックの紐を切断。そのまま左腕でリリを抱きかかえ、右腕をバックパックと一緒にクッションにすることで難を逃れたのだ。おかげで死なずにすんだ。

 

「……ッ、っても…………最悪の状況は、継続中かぁ……!」

 

 身体をゆっくり起こしても、胴体に激痛が走る。どうやら肋骨にヒビでも入ったか、ひょっとすると折れているかもしれない。

 

(よう、起きたか?)

「グリードか……」

(悪いが、その怪我は治せねえぜ。知っての通り、残ってるのは俺とお前だけだからな)

「わかってるさ、そんなこと」

 

 現在、自分の中にある『賢者の石』は、自分の分とグリードの分の『二人分』のみ。その気になれば即死の傷も治せるが、その場合どちらかは確実に死ぬ。そんなことを望むべくもない。

 

「エド……!」

 

 そんなところに駆け込んで来たのは、ナァーザ団長。見ると、その手には回復薬(ポーション)を入れたポーチが握られていた。

 

「傷は、大丈夫?」

「オレの方はな。先にリリを診てくれるか」

 

 その言葉に頷き、リリの脈を取り簡単な触診をした後、その小さな身体を抱き起した。

 

「リリ。リリ。起きられる?」

「……ん……ぁ、ナァーザ、団長…………」

 

 起きてすぐはぼんやりしていたリリも、意識が覚醒するにつれ、状況を理解し跳ね起きた。

 

「団長、ゴライアスは?! 戦闘はどうなりましたか!?」

 

 その言葉に、静かにナァーザ団長は木立の向こう側を指さす。そこには未だ戦い続ける巨人と、リューさん、アスフィさんの姿があった。

 

「さっきのダメージも回復済みか。ナァーザ団長、オレ達が倒れてから、どのくらいたってます?」

「多分10分以上……30分は経ってないと思う」

「腕を『分解』で消滅させても30分以内に全快とは、反則ですね……」

 

 アレを倒すなら……やはり魔石を砕くしかない。そうなると今必要なのは、高火力の波状攻撃。

 

「ナァーザ団長、戦場って寝る前の所から移動してます?」

「……多分、森から離れて、中心の大樹側に」

「なら、ベルがいたのは向こうだな。ベルと合流して、作戦を練ろう」

 

 そうして歩き出すにあたり、残骸と化したバックパックから、あの深層産の大剣だけは持って行く。あの分厚い肉の中の魔石を砕くなら、間違いなく必要になるからだ。

 

 森を掻き分け、歩くことしばし。木立の向こうから、二種類の悲鳴じみた叫びが聞こえてきた。

 

「ベル君! しっかりするんだ、ベル君!!」

「桜花?! 起きて、しっかりしてよ、桜花ぁッ!」

 

 森の中の原っぱに出ると、そこにはベルと桜花が全身傷だらけで横たわっていて、その横にヘスティア様と千草が縋りついていた。

 

「……どうして、ここに桜花が?」

「っ、く、お、桜花が、私を助けてもらった借りを返すって言って、盾を持ち出して、彼を庇ったの……」

 

 そういうことか。最後に見た光景はゴライアスの飛ばした岩盤にベルが押しつぶされる場面だったが、そこを桜花が庇ったから、ベルの命はつながったのか。

 

「泣くな、千草。ベルも桜花も、今助けてやる」

 

 左手に枝を一本持ち、二人を囲う形で円を描き、五芒星の構築式を描いていく。そのまま術を発動させようとしたところで、一瞬ふらついた。

 

「……ナァーザ団長、精神力回復薬(マジック・ポーション)くれますか。いや、その前に高等回復薬(ハイポーション)って残ってませんか?」

「……高等回復薬(ハイポーション)は、最初の『咆哮(ハウル)』や不意のモンスターとの遭遇で大怪我を負った人たちが使った。精神力回復薬(マジック・ポーション)は後三本。二属性回復薬(デュアルポーション)も、後一本しか残ってない」

「とりあえず精神力回復薬(マジック・ポーション)一本ください。それで、二属性回復薬(デュアルポーション)は寝ているベルに。渾身の魔法、不発させてるんで、精神疲弊(マインドダウン)起こしてる可能性もあります」

 

 そう言うが早いか、精神力回復薬(マジック・ポーション)を煽り、二人の怪我を癒していく。もっとも傷が深すぎるので、精々骨を繋いで安定させるのが精一杯だった。

 

「……これで病状は安定する。悪いがヘスティア様と千草は、ここで二人が意識を取り戻すまで呼びかけ続けてくれるか」

「言われるまでもないよ!」

「え、エドはどうするの……?」

「ああ。オレたちは――」

 

 答えようとした時、不意に声が響いた。

 

『もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば――』

 

 声のした方へと視線が集中する。そこにいたのは、旅装に身を包んだ一柱の男神。

 

「ヘルメス!?」

 

 ヘスティア様の声には答えず、その男神は続ける。

 

『剣を()った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない。己を()した者こそが、英雄と呼ばれるのだ。仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ。折れても構わん、(くじ)けても()い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる。願いを貫き、想いを叫ぶのだ。さすれば――』

 

 その声は朗々と響き渡り、不思議な空気を作り上げていく。そして、その声を届けられたベルの身体に、四肢に、徐々に力が戻っていった。

 

 

『――それが、一番格好のいい英雄(おのこ)だ』

 

 

 声の終わり、ベルが目覚めた。

 

「ベル、くん……」

 

 ヘスティア様が呆然とする中、ベルは震える手足を強引に動かし、立ち上がって見せた。その瞳には、再び煌々と燃え盛る燈火があった。

 

「ヘッ……」

 

 口元をにやけさせつつ、持っていた大剣を渡す。そのまま何も言わずに背を向けた。

 

「――3分」

「……?」

「3分で、黒ゴライアスまでの道を拓いてやる。今度こそ決めろ」

 

 返事は待たず、そのまま歩き出す。その横に、同じくらいの歩幅の少女が追い縋ってきた。

 

「無茶言いますねぇ、エド」

「うるせ。ああまで格好つけられたら、こっちだって格好つけなきゃ収まらねえんだよ」

「男の意地ってやつですか」

(がっはっは! いや、まったく、何の得にもなりゃしねえよなぁ、リリルカ!)

(頭の中でうるせーぞ、グリード!)

(まぁ、安心しときな、エド)

(あ?)

(なんでか、見捨てる気にはなれねぇんだよ、そういうの!)

 

 ……つまりは、力貸してくれるってことか。

 

「……リリ、そこはそっとしておいてあげるべき」

 

 半歩後ろに、ナァーザ団長も歩いていた。その顔には、隠しきれない苦笑が滲んでいる。そして、今度は前方からも声がかかった。

 

「ヘスティアや桜花、千草のことは心配いらぬ。いざとなったら、私が必ずモンスターから逃がして見せよう」

「「「ミアハ様……」」」

 

 どうやら、先程の場面を近くから眺めていたようだ。そのまま近づいてきて、それぞれの頭をギュッと一度抱き締め、頭を撫でる。

 

「今更、戦うな、などは言わぬ。だが、一つだけ。死んではならぬぞ。決して、死んではならぬぞ」

「「「…………」」」

 

 その言葉に、皆沈黙したまま頷く。自分たちの主神(かみ)の限りない慈愛を胸に、戦場へ行く。森の奥、大鐘楼(グランドベル)の荘厳な響きとともに、終止符は近づく。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 黒ゴライアスの正面。前衛を張る者たちは、その鐘の音に、戦いを終わらせる希望を見た。ゆえに、それぞれが隠し持つ切り札を切ろうとしていた。

 

「【――今は遠き森の空。無窮(むきゅう)の夜天に(ちりば)む無限の星々】」

 

 リューが切ったのは、冒険者としての技巧の極地。戦闘と詠唱を同時にこなす離れ業、『並行詠唱』。攻撃、移動、回避、詠唱を長文詠唱で成し遂げるという、第一級冒険者にも匹敵する業。

 

「――『タラリア』」

 

 アスフィが切ったのは、己が夢の結晶。空への憧れがそのまま形となった、この世に二つとない『飛翔靴』。縦横無尽に空を翔け、獲物へと強襲する。

 

「【掛けまくも畏き――いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ】」

 

 (みこと)が切ったのは、己が主神(かみ)より使用を厳しく禁じられた、正真正銘の禁じ手。昔からの親友の命を救ってくれた少年達(ベルやエド)の一助になるため、彼女は全身全霊を注ぎ込む。

 

「ハアアアアッ!」

「【ルミノス・ウィンド】!」

「【フツノミタマ】!」

 

 アスフィの高速機動からの斬撃、リューの風を纏った無数の星屑、そして(みこと)の重力の檻が決まり、黒いゴライアスは地面に縫い付けられた。それでもその檻の中で、蠢く巨体が見て取れた。

 

「何て怪物ですか!」

「……!」

「檻が……破られ……!」

 

 巨人の圧倒的な能力(ステイタス)の前に、檻が破られようとした時、ひょう(・・・)、と風を切る音とともに、一本の矢が飛来した。

 

『ァ?!』

 

 奇妙な叫び声を挙げ、黒ゴライアスは左の膝を地面に付いていた。

 

「……まだ時間はある。もう少し、そこにいて欲しい……」

 

 声の方向を振り向くと、森の中でも一際高い木の天辺。長弓(ロングボウ)を構えた、一人の犬人(シアンスロープ)が立っていた。それを視認し、襲い掛かろうと、巨人が左手に力を込め、立ち上がろうとする。

 

 その左手、筋肉の全てに、一本ずつ矢が突き刺さった。

 

『ォアアアア?!』

「……無駄だよ。私特製の麻痺毒だから」

 

 そうして、彼女は矢を放つ。巨人が完全に膝を折るまで。

 

「……私は、薬師。あくまで薬を渡すことしかできない人間……」

 

 矢は続く。矢は続く。どこまでも。

 

「……けれど、誰かがもう一度立ち上がるためなら。何かに立ち向かうためなら……」

 

 風を切り、肉を貫き、叫びを上げさせ。

 

「……例え相手が怪物だって、薬をどこまでも届けて見せる」

 

 矢を撃ち尽くした時、巨人は動かぬ四肢を引きずり、檻の中で悶えていた。

 

「行くぞ、リリ」

「はい、エド」

 

 そこへ、森の中から飛び出した者たちがいた。それは、伸び上がる石の柱に身体を固定したエドとリリ。先程吹き飛ばされた時の再現を思わせる状況に、思わずリューとアスフィが息を呑む。

 だが、そんなものは意に介さず、柱を錬成したエドは叫ぶ。

 

(わり)ぃけどよ、黒いの! オレの道の邪魔だから、無理やりにでも退かせるぜ!!」

 

 そして、両脚に取り付けられたファスナーの口から、膝を抜き出した。

 

「なにせこっちは、道が無けりゃ『作る』しか知らない、愚者(バカ)なんでなぁっ!!」

 

 ファスナーから覗いていたのは、太腿に取り付けられた、巨大な『砲口』。頭の中で、グリードの声が響いた。

 

(リリルカを支える左手も、両脚も固定してやる! ぶちかませ、エドッ!!)

「『1.5インチカルバリン砲』、発射(ファイア)ぁッ!!」

『!!?』

 

 エドが両脚に取り付けた最後の切り札、『1.5インチカルバリン砲』。その砲が火を噴き、ゴライアスの頭の上半分を消し飛ばした。

 

「……私は、二人に比べて、まだまだですね」

 

 リリはエドに石の柱の上で抱き留められたまま、自分の右腕を見下ろす。これだって、エドに貰った力だ。自分は、エドからもナァーザ団長からも、貰うばかりで何一つ返せていない。

 

「――だけど。いえ、だからこそ!」

 

 その手の平を開く。そこにあったのは、エドが森を出る直前に渡した物。彼が精神力回復薬(マジック・ポーション)で回復したほとんどすべての精神力を注ぎ込み、結晶化させた小さな球体――――『賢者の石』。

 

「どれだけ、灰を、泥を被ることになろうとも! 必ず、返して見せます!」

 

 石の柱が重力の檻の中に入り、二人に多大な負荷がかかる。それに歯を食い縛って耐え、『賢者の石』を握ったまま、ゴライアスの首へと叩きつけた。

 

『???!! ――――――――!!!』

 

 先程とは比べ物にならない規模で、ゴライアスが灰化し、空に舞っていく。肉も、骨も一緒くたに灰に帰す中、ようやく魔石が露わとなった。

 

「お前等ァ! 死にたくなかったらどけぇええええええええ!!」

 

 その声と共に現れたのは、ヴェルフ。ガクリ、とリリが全精力を使い果たし、脱力したタイミングで、重力の檻から抜け出した。

 

火月(かづき)ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 ヴェルフの叫び。それと同時に、視界一面を焔に焼く、真紅の轟炎が顕現し、ゴライアスを蹂躙した。その手の中で砕けていく一振りの剣に、哀しそうな表情(かお)をするヴェルフ。

 

 そして、ついに、フィナーレを告げる英雄(もの)が現れる。

 

「みんな、道を開けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 白い閃光と化した白兎(ベル)。風を纏い、ただ迅く、一条の光となる。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 純白の極光。全てを斬り裂く大斬撃が、ゴライアスの魔石を胴体もろとも消し飛ばし、決着の一撃は成ったのだ。

 




全員攻撃、終了!こういう総力を結集する戦闘って好きなんですけど、どのキャラも等しい見せ場にしなきゃいけないところが難しいですね……

ナァーザさんの戦闘方法……毒薬などの様々な薬を塗った矢を、正確に射抜く方法にしてみました。このスタイルは結構昔からいるんですけど、最近のネトゲでは、どうやら回復用ポーションを矢で届けるという豪の者もいるらしい。何気にピッタリなのでw

次回は予定通りの更新ですが、その後少し休みます。週末、田舎に帰省しますので。予定としては、月曜24時に再開かな?

―追記―
グリードの記載が全くなかったので、加筆しました(7/30 6:45)


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第46話 かくして演者は出揃った

――リザ・ホークアイ、本日を以て東方司令部に配属となりました。
――結局、この道を選んだのか。

――君に私の側近を任せる。もし私が信念に背くことがあれば、背後(うしろ)から撃ち殺せ!



 

「ああ……ああっ、嗚呼! 見たぞ、このヘルメスが確と見たぞ! 貴方の孫を、貴方の置き土産を!」

 

 演者たちの顛末を見届け、唯一の観客は自身を抱き締め、歓喜する。とある方から自分の孫の様子を見てきて欲しいと頼まれ、使い走りを買って出た自分自身の幸運を。

 

 あの子には、意気地はある。根気もある。――だが、素質が圧倒的にない。およそ大成する器ではないと、彼の祖父はそう言っていた。

 

 そう評した祖父の言葉を、ヘルメスは鼻で笑った。

 

「馬鹿を言うな、貴方の目もとうとう腐ったか!?」

 

 もはや彼は声を潜めるなどと言うことはしていない。むしろ、声よ世界に響き渡れ、と言わんばかりに大仰に手を振り回した。

 

 

「喜べ、大神(ゼウス)、貴方の義孫(まご)は本物だ! 貴方のファミリアが遺した最後の英雄(ラスト・ヒーロー)だ!!」

 

 

 全ての顛末を見届け、神々の伝令使(ヘルメス)は告げる。新たな時代の到来と、英雄の誕生、その序章が始まったのだと。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ……時代の到来など関係なく、絶望と危難は、すぐそこに転がっているものである。

 現在、≪ミアハ・ファミリア≫本拠地(ホーム)『青の薬舗』。その内部は――――暗鬱な通夜のような空気に支配されていた。

 

「……どうしようか」

「…………やべえ」

「……夜逃げでもしますか?」

 

 こうなった原因は、極めて単純。先日の18階層での異常事態(イレギュラー)によるものである。あれのせいで、ギルドへも報告せざるを得ず、本来ダンジョン出入り禁止の神ヘルメス、ヘスティア、ミアハの三者が、無断でダンジョンに入っていたことがギルドにバレた。その違反行為により、三派閥全てに多大な罰則(ペナルティ)が科せられたのだ。

 

 その罰則(ペナルティ)の内容は、『各ファミリアの総資産の半分を罰金としてギルドに納めること』だった。まあ、既にナァーザの『銀の腕(アガートラム)』の負債の今月分支払や、エドとリリの新装備の購入後だったため、ファミリアにそんなにお金が残っていなかったのは、不幸中の幸いだったが…………問題は、エドの壊れた機械鎧(オートメイル)である。

 

 エドが壊した機械鎧(オートメイル)は、ゴブニュ・ファミリアに頼んだ特注品であり、当然高い。支払いに関しては、エドが一年半で築き上げた小遣いやら、店で出した売上やら、色々なものを使ったのだ。中でも大きかったのは、『ゴブニュ・ファミリアでの建築工事のアルバイト』だ。なにせ、地上限定とはいえ、使えなくなった廃木材だの石材だのが一発で元に戻るのだから、使わない手は無い。そうやって結構稼いでいた儲けで作った機械鎧(オートメイル)が、今回壊れた。

 

 事情を聞いたゴブニュ・ファミリアに頼み込んで、何とか芯材となるフレームの修理を請け負ってもらったものの、それだけでも結構な出費であり、半年のローン(途中一括支払可)を組むことになった。なお、細かい部分は、エドの錬成による自力修理である。

 

 つまり来月には、≪ディアンケヒト・ファミリア≫への負債の支払いと、≪ゴブニュ・ファミリア≫へのローンの支払いが迫っているのである。ちなみにこの世界、自己破産も民事再生も存在しない。負債は死ぬまで、というか、死んだ後も孫子の代まで払い続ける。

 

 そして、さらに恐ろしいことに…………実は現在、ミアハ・ファミリアでは、回復薬の在庫が完全なる0(ゼロ)となっていた。つまり売れる商品がないのだ。

 

 それと言うのも、エドとリリを探すに当たり、ナァーザとミアハ様は、持てるだけの回復薬(ポーション)を持って挑んだ。だが、全員地上に戻った段階で、エドとベル、それに桜花にはさらに治療が必要となり、店の在庫も全て使い切ってしまったのだ。

 

 絵に描いたような絶望だった。

 

「――いつまでも落ち込んでいても、仕方あるまい。ほれ、ハーブティーを入れたから飲んでみんか?」

 

 三人が落ち込んでいた調合室に顔を出したのは、ミアハ様。その手に持ったハーブティーは、そこらの道端で生えていたハーブ、つまり『雑草』である。もっともそれに慣れてしまった三人は、あえてそれを指摘しない。熱いハーブティーが喉を通り、ようやく人心地ついた。

 

「……とにかく、愚痴っても始まらない。エド、リリ。これからの迷宮(ダンジョン)探索の予定は?」

「ああ。とりあえず傷が癒え次第、13階層から改めて踏破しなおすってことになってる」

「前回の18階層踏破は、異常事態(イレギュラー)幸運(ラッキー)が重なって成し遂げたことですからね。実力以上の所に行くのは自殺行為ですし」

「なら……私も、それについて行っていい……?」

「「え!?」」

 

 この時の申し出により、後の世に語り継がれる、とある英雄を支えた三人の冒険者は、歴史の表舞台に現れることになる。すなわち、『癒し為す弓使い』、『勇猛貫徹なるサポーター』、そして、『循環の錬金術師』。この三人の冒険者は、ようやく一歩目を踏み出したのだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ……光あるところに、必ず影あり。後の英雄譚に語られる次なる物語は、既に動き始めている。

 

「――それは、確かか?」

 

 薄暗い部屋の中、向かい合った三者の中、神威を纏った神物(じんぶつ)が傍らの男から報告を受けていた。ヒュアキントス、という名のその男が語るのは、18階層の顛末。リトル・ルーキーに関しての報告だ。

 

「ベル・クラネル……やはり素晴らしい。彼はこのアポロンが頂く」

 

 その言葉に、同席していた最後の男が恭しく頭を垂れる。

 

「そちらは、アポロン様のご随意に……どうかお約束はお忘れなきようお願いします」

「アポロン様に、些か無礼ではないか? それとも貴公は、我が主神はその程度も守れぬと侮っているのか?」

「まあまあ、待つんだ、ヒュアキントス。もちろん約束は覚えているとも。しかし、あんな零細ファミリアの団員を、そんなにまでして『取り戻したい』のか?」

「ええ……是が非でも……」

 

 その言葉に、同席した二者は揃って肩を竦めた。取り繕ってはいても、目の前の男の『強欲』な様は言葉の端々ににじみ、どうにも好きになれない。

 

 

「そちらも手抜かりはないようにな。ザニス・ルストラ」

「分かっていますとも。ヒュアキントス殿」

 

 

 『酒守(ガンダルヴァ)』の二つ名を持つ≪ソーマ・ファミリア≫団長は、闇の中を蠢き、今再び一度手放した極上の美酒へと襲い掛かろうとしていた。

 




さあ、ザニスが暗躍し始めました!これにより、戦争遊戯は予想もつかない展開になります。

で、次の投稿は月曜24時予定、なんですが……なんとこの小説、次の章で『最終章』を予定してます。理由としては、7巻部分に関してはヘスティア・ファミリアのプライベートで、手出しすべきじゃないと思いました。そして、8巻部分行ったら、リリのところくらいしかやることが無いし、実はその決着まで次の最終章に盛り込む予定です。つまり、『8巻は書くことが無い』んです……

この6巻部分、リリとソーマ・ファミリアの因縁の決着も描いているので、『主人公とヒロインの過去との決着』を描くことで作品を終わりにしようと思っています。どうか最後までお付き合いください。


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最終章
第47話 酒場の一件


――今、旅の間にお世話になった人たちにお礼を言って回ってるんです。数が多いから、兄さんと半分ずつ!


 

「「――本当に、お世話になりました……!」」

「いえ、あの……エルリックさん、それにアーデさんも、そろそろ頭を上げていただけませんか?」

 

 地上に帰還して、身体の傷が癒えた後、エドとリリは、『豊穣の女主人』にお礼を言いに来た。主に、救出に来てくれたリューさんに。ちなみに玄関先では、ベルがシルさんに捕まっている。

 

「あの、これ……≪ミアハ・ファミリア≫特製の風邪薬とかの常備薬、それに膏薬のセットです。酒場のお仕事は、腕とか腰に負担がかかりそうなので……」

「本来冒険者依頼(クエスト)ではそれ相応の報酬支払わなきゃいけねえし、今回は異常事態(イレギュラー)もあったから、依頼掲示板(クエストボード)の報酬以外に相当な金額を上乗せしなきゃならねえんだが…………本当に(わり)い。少し待ってくれれば、もう少し上乗せできるとは思う」

「いえ、そこまでは……私は、シルの想い人であるクラネルさんを助けに行っただけですし」

 

 そう言って、玄関先で話し込む二人を眺める。……どちらかと言えば、妹の恋愛を心配する姉、と言ったところか?

 

「しかし、そういうことでしたら、今夜にでも帰還と快気祝いを兼ねてウチでお食事はいかがです? クラネルさんを含めて、ウチを利用する頻度が上がると、私も嬉しいので」

「あー……」

「す、すいません、リュー様。今夜は先約がありまして」

 

 そう、今夜は、別の酒場に行く予定がある。実はヴェルフが今回の一件でランクアップしたので、彼の行きつけの酒場でお祝いをする予定なのだ。

 

「そうですか……では、また今度都合の良い時にいらしてください」

「はい。ありがとうございます」

「今度はミアハ様たちも連れてくるか。じゃあな、ベル。夜に改めてな」

「あ、うん!」

 

 『豊穣の女主人』を出た後、≪タケミカヅチ・ファミリア≫にも挨拶し、ホームへと帰宅。その後、街が夜の顔を見せ始めるころ、リリと二人で改めて出かけた。ちなみにナァーザ団長は、明日の薬の仕込みで調合室にカンヅメになっている。

 

 余り来たことがない裏路地に近い雑多な通りを抜けると、そこに『焔蜂亭(ひばちてい)』と言う名の酒場があった。ヴェルフは良くここに来て、店の名物の真っ赤な蜂蜜酒を飲むそうだ。

 

 先に来ていたヴェルフと合流し、しばらく待つとやがてベルがやって来た。それぞれ飲み物を注文し、ジョッキ二つ、コップ二つを中心で打ち合わせ宴会の始まりとする。

 

『乾杯!』

 

 掛け声と共に、近くのテーブルに座る酔客からもジョッキを打ち合わせる音がする。こういうノリの良さは、冒険者特有だろう。

 

「しかし、ヴェルフ様とパーティーを組んでから二週間ほどですか……あっという間でしたが、パーティー解消となると寂しいものがありますね」

「うん……そうだね……」

「まあ、な……」

 

 リリの発言に、ベルも含めてしんみりしていると、背中を強かに叩かれ、ヴェルフ自身から励まされた。

 

「まったく、お祝いだっつうのに……ベルも捨てられた兎みたいな顔するな。お前たちは恩人だ。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて言わないぞ」

 

 これからも呼びかけがあれば、ダンジョンへ付き合ってくれるといって、ヴェルフは照れたような笑みを浮かべた。それにつられ、ベルも破顔する。そこからは楽しい宴会だった。

 

「そういえば、今回ベル達はランクアップしなかったのか?」

「うん、僕はまだ」

「私はその……まだ、ですね」

「オレもだな」

 

 実際のところエドとリリは、あの黒いゴライアスへの攻撃やら、17階層までの死の行進(デス・マーチ)やらで経験値(エクセリア)がそれなりに入っていた。エドの方は魔力と器用のみEに上がった。そしてリリは、魔力だけDに上がっており、恐らく黒ゴライアスへの『分解』が基本アビリティに反映されたのだろう。リリに関していえば、平均的な冒険者なら、基本アビリティがCでもランクアップは有り得るので、次に何か大きな障害でも乗り越えればLv.3になることも有り得た。

 

 あまり人の多い酒場で言う事でもないので、そこからは話題を変え、先日の異常事態(イレギュラー)への考察などを話していたが、今回の件で相当このパーティーの株も上がったのではないかと話していると、不意に横から大きな声がかかった。

 

「――何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

「へえ! 一体どこのどいつなんですかねぇ?」

 

 先に聞こえた甲高い声には聞き覚えが無かったが、後で聞こえただみ声に聞き覚えがあるような気がして、そちらに視線を向ける。そこには、三日月に杯のエンブレムを付けた中年の狸っぽい犬人(シアンスロープ)が、どういうわけか太陽に弓矢のエンブレムを付けた他派閥の人間と卓を囲んでいた。その男の顔を見たリリが強張る。

 

「カヌゥ……さん…………」

 

 リリの掠れた声で思い出した。≪ソーマ・ファミリア≫のカヌゥ。リリから財産を奪い取っていた冒険者だ。

 

「久しぶりだなぁ、アーデ? ファミリア乗り換えた後、随分調子がいいみたいじゃねぇか」

「いえ……」

「『コソ泥小人族(パルゥム)』が出世したもんだよなぁ? この事実、お前のとこのお客にバラしたら、どうなんだろうなぁ。くくっ」

「……!」

 

 リリは、相手の言葉に言い返せず、うつむいて唇を強く噛んでいる。それを横目でとらえ、ならばとエドの方が口を開いた。

 

「そっちこそ、大丈夫なのか?」

「あ?」

「この間、お前らが街の花屋で暴行した事実がバレて、派閥の活動自粛になったり、主神の唯一の趣味が取り上げられたりしたんだろ? こんなところで酒飲んでないで、市民への奉仕活動(ボランティア)にでも回った方がいいんじゃないのか?」

「! やっぱりテメェか! その件、ギルドへチクッたのは!!」

 

 こちらの台詞に途端に殺気立ち、カヌゥを中心に周りに座っていたソーマ・ファミリアの団員が立ち上がった。七人か。少し数が多い。しかし、バラしてないぞ?エイナさんに、どこを調査すると面白い事実が分かるって、少しだけ示唆しただけだ。

 

「活動自粛中に、酒場で乱闘か。落ちるとこまで落ちてえのか?」

「問題ねぇよ。さきにウチの派閥を侮辱したのはそっちだ。≪アポロン・ファミリア≫だって、そう証言してくれるさ」

 

 その言葉に、未だに卓から立ち上がらない長身の男を見据える。その男の衣服にも太陽に弓矢のエンブレム。アレが多分、≪アポロン・ファミリア≫のエンブレム。中でも彼は幹部クラスなんだろう。

 

「にしても、そんなコソ泥庇うなんざ、やっぱ噂は本当みてぇだなぁ」

「? 噂?」

「ああ。『循環竜(ウロボロス)』は『勇貫(スティング)』にカラダで(・・・・)骨抜きにされた、根性なしの『チビ』だってなぁ!」

 

 その意味が脳に達するまで一瞬かかり、届いた瞬間、顔面から燃えるような熱を感じた。

 

「何言ってんだ、テメーはーーーーッ!!」

 

 Lv.2のスピードを最大限生かし、一瞬で間合いを詰め、そして、足を高々と持ち上げ――――――――ぐしゃり、と『股間』を蹴り上げた。

 

「○×△□☆!?」

 

 声にならない奇声を上げ、中年狸が蹲る。ふうふう、と息を整え、ふと後ろを振り向くと、こちらを見つめていたリリと目が合った。

 

「「! ~~、~~~~」」

 

 顔から火を噴くように赤面し、お互いに視線を逸らす。さっきの噂のせいで、とんでもなく恥ずかしかった。

 

 不意にそこでテーブルを砕く大きな音が響いた。視線を向けると、どうやらベルとヴェルフの方でも乱闘になったのか、辺りのテーブルがどかされており、そんな中で二人がさっきのアポロン・ファミリアの幹部と思われる男に殴り倒されていた。

 

「ありゃぁ、ヒュアキントスだ……」

「Lv.3冒険者じゃねぇか……」

 

 その言葉で思い出す。ヒュアキントス・クリオ。確か、アポロン・ファミリアの団長。自分たちよりもさらに上位の実力の持ち主。追撃をかけるつもりなのか、ヒュアキントスがゆっくりとベルに近づいていったが、そこで再びテーブルを砕く大きな音が響き渡った。

 

五月蠅(うるせ)えぞ、雑魚」

 

 そこにいたのは、≪ロキ・ファミリア≫所属、ベート・ローガ。その迫力と威圧によるものなのか、アポロン・ファミリアもソーマ・ファミリアも捨て台詞を残して立ち去り、急に店が静かになった。そして、ベートがゆっくりとこっちへ歩いてくる。

 

「――調子乗ってんじゃねえぞ、兎野郎にモグラ野郎」

 

 ベルとともに胸倉をつかまれ、そんな台詞を吐かれ、地面に投げ捨てられた。そのまま店を立ち去る背中を眺めながら、ふと思う。

 

(そう言えば、身長に関しての罵倒が削れてたな)

 

 結局、罵倒なんだから、大した違いでもないか、なんてことを座り込みながら思っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――そうか。やはり≪アポロン・ファミリア≫と≪ソーマ・ファミリア≫は動き出したようだね」

 

 ここは≪ヘルメス・ファミリア≫の執務室。そこでは机に乱雑に積まれた書類には見向きもせず、ただソファに寝そべって、己が腹心の報告を聞く神の姿があった。

 

「……しかし、ヘルメス様。私には、分かりません。18階層で冒険者を焚き付けたことといい、一体ヘルメス様は、ベル・クラネルに何を求めておいでなのですか?」

 

 彼女にしてみれば、目の前の主神の行動で派閥の予算が大幅に削られたのだ。真意を問いたくもなるだろう。その問い掛けに対し、彼はあくまで薄く笑う。

 

「そうだなぁ……差し詰め、『次代の英雄』候補クンへの生暖かい期待かな?」

 

 それを聞いた彼女、アスフィは鼻で笑いそうになったが、主神の瞳を見て思い直す。態度は相変わらずだが、その眼は一切笑って等いなかった。

 

「……本気ですか?」

「おいおい、俺を疑うのかい、アスフィ?」

「……………………はあ」

 

 疲れ切ったように、溜息が漏れる。溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、一体この神に会ってから、どれだけの量の幸せを逃してきたやら。

 

「……しかし、そう言った期待度であれば、彼の仲間もまた期待度は高いのではないですか? 特に『循環竜(ウロボロス)』と『勇貫(スティング)』は、あの黒いゴライアスにかなりのダメージを与え、善戦しましたよ」

「んー、まあ、そうなんだけどねぇ……」

 

 ここで珍しくヘルメスは言い淀んだ。その反応に、アスフィは不審を抱く。基本この主神は、言いたくないことは詐欺師のように笑いながら受け流すか、核心以外を言い連ねるかのどちらかだからだ。

 

「……リリ君の方は、単純に潜在する才能の問題だよ。あの子は、才能が乏しい。恐らく、だからこそ専業のサポーターなんかやってるんだと思うんだけどね」

「成程……」

 

 『勇貫(スティング)』を英雄候補としないのは、単にそこまでたどり着けるか分からないから。見たことも無い奇妙な『術』を使えるようだったが、それだけで果たして冒険者の高みに至れるかは神にすら分からないのだ。

 

「では、『循環竜(ウロボロス)』の方は? ダンジョンの地形を使う、『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』にも似た『術』を使っていましたが……」

「あの子は――――まあ、そうだな。『英雄にたどり着けるか分からない』、これが理由さ」

「? 彼も『勇貫(スティング)』同様、才能が乏しいという事ですか? 焔や爆発、足場などとてもそうは思えない程多彩な『術』でしたが」

「いや…………」

 

 そこで言葉を切り、主神は顔を伏せた。

 

 

「――――あんな不自然な『肉体』で、複数の『魂』なんて抱えたまま、何時(いつ)まで()つか分からないからね」

 

 

 ヘルメスの懸念は、エド・エルリックの『寿命』だった。あの『肉体』には、自然発生のものからは感じない違和感を感じた。その上、戦いの中で確認した、明らかに人工のものと分かる別個の『魂』。本来一人分の身体(うつわ)に、二人分の(なかみ)を入れる。強い器を最初から用意するか、器を強く作り変えない限り、()つ訳がない。

 

「……では、彼は、英雄に至る前に、死に至ると?」

「そうは言っていない。『神の恩恵(ファルナ)』を授かった者は、ランクアップの度に身体(うつわ)をより強く、より高次の存在へと昇華させるからね。彼のランクアップが間に合えば、彼だって英雄候補になるよ」

 

 ヘルメスの見立てでは、多分Lv.3か4になればひとまず大丈夫だろうと思う。もっとも彼の主神である医神ミアハは、自分以上に彼の身体の状態に気付いているだろう。手足を失くした彼がダンジョンに潜ることを反対しなかったのは、恐らくそのせいだ。

 

「――さて、エド君。君は英雄候補に至れるのか。それとも力尽き屍を晒すことになるのか。要は、チキン・レースさ。果たして君は『意地の張り合い(チキン・レース)』で生き残れるのか。じっくりと拝見させてもらおう」

「……ああ。この主神(かみ)は、本当にもう……!」

 

 観客は、虚空へと嘯く。演者たちの争乱を待ちわび、唇だけをにやりと歪ませた。

 




カヌゥ再登場!いやぁ、ゲスだから、すごく使いやすい……!もっとも『噂』についてはGJ!

そして、エドにかなりマズイフラグが。当初小人族(パルゥム)になった理由も、材料に欠損が生じたためでしたが、そんな破損した身体で、ホムンクルスを支えられるわけもなく。次のランクアップしないと、死が迫ってきます。

次は『神の宴』ですが……どちらかと言えば、裏イベントになるかと。


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第48話 12時のお告げが響く前に

――ああ、そっか。私もう、ずっと前から惚れてたんだ


 酒場での乱闘騒ぎからの帰宅後、エドとリリは≪ソーマ・ファミリア≫と騒動を起こしたことを主神・団長揃って注意され、大人しく翌日の店の準備に二人だけで勤しんでいた。

 

 ただし、二人の間に会話は無かった。

 

「…………」

「…………」

 

 二人そろって手元の作業にこれ以上ない程集中し、一切他に視線を向けない。特にお互いがいる方は見ようともしなかった。

 

「……はあ」

 

 不意に溜息を吐き、エドがリリの方を流し見る。すると、どういうわけかリリが向けてきた視線とぶつかり、二人とも真っ赤に茹だって視線を再び手元へと集中させた。

 

(あんの、タヌキ親父……!)

 

 原因は、昨晩ソーマ・ファミリアのカヌゥが揶揄した一連の『噂』。帰ってからナァーザ団長に聞いたところ、噂に程度の差はあるものの、既に二人は『カップル』、『恋人』あるいは結婚間近の『若夫婦』などに見られているのだそうだ。むしろ団長も、面白がって近所の井戸端会議で広めていた。

 

(顔がまともに見れねえ…………)

 

 おかげで互いに恥ずかしがって、さっきのようにすぐに視線をそらしてしまう。そのため、まともに話も出来ない状態だった。

 

「…………えっと、エド?」

「ハイ! な、なんだ? リリ?」

 

 ただの会話で緊張してしまい、上ずった声が出てしまった。あくまで互いに視線は交わさないままに、会話は続く。

 

「……昨日は、すいませんでした。私のせいで、あんな奴らと騒動になってしまって」

「あ? あー、気にすんなよ。絶対リリのせいなんかじゃねえんだから」

「いえ。私の、せいですよ……」

 

 その、予想以上に沈んだ声に、思わず視線を向ける。リリは、自分の作業台の上に覆いかぶさるように俯いていた。その様子に、思った以上に昨夜のことが応えているのだと察した。

 

 はあ、と一つ息を吐き、作業台から立ち上がってリリの後ろへと回る。そして、その俯いた頭をゆっくりと撫でてやった。びくり、と反応したリリがエドの方へと視線を向けた。

 

「――あれぐらい、全然迷惑じゃねえから、安心しろ」

「……迷惑じゃないなんて、嘘ですよ」

「仮に迷惑だったとしても、いいんだよ。オレには、どんどん迷惑かけても」

 

 その言葉に疑問を浮かべたリリに、今度はエドの方から返してやった。

 

「オレ達は、『ミアハ様の血を分け与えられた眷族(かぞく)』なんだろ? お前が言ったんだ。迷惑くらい、ジャンジャンかけろ!」

 

 それは、リリがあの18階層で言っていたこと。『かぞく』なら、迷惑の十や二十、かけられたって全員で乗り越えてやる。

 

 …………と、誓ったまでは良かったのだが。そのまま頭を撫で続けたことで、リリの頬に朱が差し、瞳が濡れ始めたように感じた。どうにも落ち着かなくなり、視線を思い切り逸らしたところで、調合室の扉の隙間から、思い切り中を覗いている団長と主神の視線にぶつかった。

 

「うわぁああああああッ?! 何やってんだ、団長!? ミアハ様まで!」

「うひぇぇええええええ!?」

 

 二人そろって奇声を上げたが、ナァーザ団長もミアハ様も、むしろ落ち着き払って中へと入って来た。

 

「……嘘から出た真」

「ふむ、祝言は何時にするのだ?」

「何言ってんだ! 何言ってんだよ、本当によお!」

(いいじゃねえか。この際、囲っちまえ)

「本当に黙ってやがれ、グリード!!」

「落ち着いて下さい、エド! グリードの声は外に出てません!」

 

 そこからはもう、顔を真っ赤に染めた二人の言い訳を、生暖かい眼をした二者が受け流す、という実に心温まる平穏なひと時が流れ、何とか肩で息をする二人が開店時間ギリギリに準備を終え、店を開けた。

 

 三日月に杯のエンブレムを付けた、≪ソーマ・ファミリア≫の冒険者が、店の玄関先で待ち構えていた。

 

「てめえが『循環竜(ウロボロス)』だな? この『招待状』、主神に渡しとけ」

 

 そう言われて乱暴に一通の封書を渡される。その封書には、太陽と弓矢のエンブレムが刻印されていた。

 

「主神には、必ず来いって言っとけ。じゃあな」

 

 そのままその男は振り向きもせず立ち去った。手の中に残ったのは、太陽と弓矢のエンブレムの封書――≪アポロン・ファミリア≫の招待状だけだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……まあ、出るしかなかろう」

 

 その日の夕食後、食卓に置かれた一通の封書。渡された『招待状』は、アポロン・ファミリアで今度宴を催すので、そこに来ないかという内容だった。もっとも半ば強制みたいなものである。ご丁寧に『眷族一名の同伴』を認めたうえで、『ソーマ・ファミリアも代表者が出席するので、話し合いの機会を持ってはいかがか?』なんてわざとらしく聞いてくる時点で、来させる気が満々だ。

 

ソーマ・ファミリア(むこう)は代表者となっておるし、当事者よりも派閥の責任者の方がよかろう。ナァーザよ、頼めるか?」

「……わかった」

 

 ナァーザ団長は一も二もなく頷いてくれたが、元々責任があるのは当事者だ。申し訳なくなり、頭を下げる。

 

「スンマセン、団長」

「申し訳ありません、ナァーザ団長。元はと言えば私が――」

「大丈夫……」

 

 ナァーザ団長はそう言って、エドとリリの頭に手を乗せた。

 

「私だって、『ミアハ様の血を分け与えられた眷族(かぞく)』……」

 

 そのまま、頭に乗せた手で撫で回された。……なんか、喧嘩して、保護者に謝りに行ってもらうみたいだと思った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 神の宴当日。ヘスティア様をエスコートするベル(服に着られている感じだった)とともに、ミアハ様もナァーザ団長も出かけ、二人がかりで翌日の店の下準備と、その日の店の清掃をすることになった。

 

 一通り準備も清掃も終わったところで、不意にリリが呟いた。

 

「今頃ミアハ様たち、パーティーの真っ最中ですよね……」

 

 視線の先は玄関の窓。そのはるか向こうにあるパーティー会場の方を向いていた。

 

「まあ、そうだな。気になるのか?」

「ええ……向こうと話を付けられたかっていうのも心配ですけど。少し別の事も気になるんですよね。パーティーってどんな感じだろう、とか……」

「あー……」

 

 前のファミリアがあんなんじゃ、そんな機会は無いだろうな。そう考え、視線を巡らせると、機械鎧(オートメイル)の修理部品類が入った箱が目に入った。

 

「……気分だけでも味わってみるか?」

「え?」

 

 手に持っていたモップを壁に立てかけ、破損していた部品をいくつか取り出し、錬成する。青い光の後に出てきたのは、一つの小さなオルゴール。

 

「なんです、それ?」

「まあ、待ってな」

 

 ゼンマイをキリキリと巻き上げ、カウンターの上に置いた。するとオルゴールは問題なく動き始め、清らかな音楽を奏で始めた。

 

「――さて」

 

 音楽が問題なく流れたところでリリの方に歩み寄り、(こうべ)を垂れて手を差し出す。

 

「私と一曲踊って頂けますか、淑女(レディ)?」

 

 そのまま、一秒、二秒、三秒……その体勢のままで、やがてリリが吹き出したのを聞いた。

 

「ひでえなあ、笑うなよ」

「だ、だって、似合わな、ぷくくっ」

 

 そのまま笑いの波が収まるまで数秒、なんとか止まったところで、リリが手の甲を上にし、片手を差し出した。

 

「――喜んで」

 

 差し出された手を取り、二人は音楽に合わせて整頓された店内の中心でステップを踏む。二人ともダンス初心者だったせいか、足取りは覚束ず、何度も間違えては苦笑いが漏れた。

 

――タンタン、右っと

――ここで、ターンですね

 

 それでも何度も何度も音楽を繰り返し、ステップを踏み、何時しか二人の間には会話が消え、ただ互いの瞳だけを見つめるようになった。言葉ではなく瞳を交わすだけで、互いの意思を伝えきるように。

 

(…………へっ)

 

 そんな二人の睦まじさを、ただグリードだけが見つめていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……どういうこと?」

「アポロン……そなた……」

 

 一方、『神の宴』の会場。その中にあって、ナァーザとミアハは舞台上の神物(じんぶつ)を見つめ、呆然とした。

 

「おや、聞こえなかったかな、ミアハ?」

 

 舞台上に立つのは宴の主催者である、神アポロン。その横で控える派閥の団長、ヒュアキントス。そして、先程『神ソーマの名代』として紹介された≪ソーマ・ファミリア≫団長、ザニス・ルストラ。

 

 

「我々≪アポロン・ファミリア≫は≪ソーマ・ファミリア≫と『同盟』を組み、≪ヘスティア・ファミリア≫・≪ミアハ・ファミリア≫の『連合軍』に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む――!」

 

 

 平穏は終わり、繰り広げられるは、神々の『代理戦争』。執着と強欲に塗れた者たちの宣戦布告は、世界の中心(オラリオ)に響き渡った。

 




ダンスパーティー終了。作者のもっとも印象深いダンスパーティーの場面は、FF8のスコールとリノアですね。主題歌もメチャクチャ良い歌詞だった……シンデレラと言えば、12時までのお城でのダンスパーティーなので、このシーンはかなり強引でもねじ込みました。

さて、戦争遊戯。原作と違い、『アポロン・ソーマ同盟』VS『ヘスティア・ミアハ連合軍』での戦いとなります。元々このために、ザニスやカヌゥは再登場しました。これにより、戦争の規模が単純に倍化します。


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第49話 失われた家

――ピナコ、俺の家がない
――ホーエンハイム……!


「「≪アポロン・ファミリア≫と≪ソーマ・ファミリア≫に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込まれた!?」」

 

 帰宅した主神ミアハとナァーザから伝えられたのは、そんな報せ。但し相手は両方とも中堅クラス、こちらは眷族一名と三名の零細と勝負にすらならない状況だ。

 

「安心して……断ったから……」

「だが、今回の事でこれから先、ダンジョン内や街中で妨害を受けるやも知れん。お前たちには、身辺に気を配って欲しいのだ」

 

 アポロン・ファミリアはどうか知らないが、ソーマ・ファミリアなら犯罪まがいの妨害もやる。元ソーマ・ファミリアのリリには、その点だけ確信があった。

 

「分かりました、ミアハ様……」

「しばらくは単独で出歩くことも控えた方がいいな。団長も、一人にならないよう、気を付けてください」

「……分かってる。でもこうなると、私はしばらく店に常駐しておいた方が良さそう」

 

 18階層からの帰還の道中、ナァーザ団長は索敵役と迎撃役を買って出た。高ランクの冒険者がフォローしたとは言え、道中の危なげない戦い方は彼女の復帰の十分な自信となった。店とのシフトを考え、徐々にダンジョン探索へも復帰しようとしていた矢先にこれである。店に戦力を残さなければ、何をされるか分かったものではない。

 

「とにかく皆、くれぐれも気を付けるのだぞ」

「……はい」

「おう」

「分かりました」

 

 しかし、事態は翌日急速に動き出した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日は、何時もと何の変わりもない朝だった。

 

「じゃあ、行ってくるな。ナァーザ団長、ミアハ様」

「ソーマ・ファミリアには、くれぐれもお気を付け下さい。それでは行ってきます」

 

 いつも通り挨拶をし、玄関の扉を開き外へ出た瞬間――――――数十人の冒険者に、周りを囲まれた。

 

「おいおい……」

「既に動いていましたか……」

 

 エドが背負っていた槍を構えた横で、リリもまた右手に『分解』の錬成陣を装着する。まだまだモンスター以外への錬成は拙いが、牽制くらいにはなるだろうという腹積もりだった。じり、じり、とお互いに間合いを測る中、集団の中心から一人の男が歩み出てきた。

 

「久しいな、アーデ?」

 

 眼鏡をかけた細面の男の名は、ザニス・ルストラ。ここに集った三日月に杯のエンブレムの派閥――≪ソーマ・ファミリア≫の団長だ。

 

「……今更、ウチに何の用だよ? 昨夜のことも含めて、一体どういうつもりだ?」

「くく、お前はエド・エルリックとか言ったか? 何、簡単なことだよ」

 

 大仰に男は両腕を振り回し、高らかに告げた。

 

「お前たち、≪ミアハ・ファミリア≫に『脅迫』された上、移籍させられた我々の元同胞、リリルカ・アーデを取り戻す(・・・・)為、我らはアポロン・ファミリアと手を組み、『正義』の為に勝負を挑んだ。それだけに過ぎないのだよ」

「「な?!」」

 

 ザニスの主張に二人そろって絶句する。確かに移籍の際にあまり誉められない方法でリリを移籍させたが、それとこれとは話が別だ。

 

「――確か、ザニスと言ったな。当初の原因を作ったのは、そちらであったと記憶しているのだが?」

「……その通り」

 

 玄関先で立ち止まったオレ達を不審に思ったのか、後ろからミアハ様とナァーザ団長が出てきた。だが、そんな二者の言葉にも、目の前のザニスは薄笑いを浮かべたままだ。

 

「ソーマ様は、私に全てを一任されており、その私が『正義』であると主張している。アポロン様もこちらを支持して下さるとのことだ。神同士の主張が食い違っている以上、後は矛を以て主張を通すしかあるまい?」

 

 周囲の団員もまたニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、手に手に武器を取り出す。完全に実力行使でリリを奪い取る気だ。戦争を始める時は、『自分が正義だ』と宣言しろ、ってのはどこの言葉だったか。

 

「わ、私は≪ミアハ・ファミリア≫に移籍してから、まだ一か月です! 『改宗(コンバージョン)』には、一年の冷却期間があるはず……!」

「ああ、その通りだぞ、アーデ。だがな、物事には何事も例外があるものだ」

 

 嫌らしい笑みを浮かべたザニスは、その言葉と共に右手を高く上げた。周りの≪ソーマ・ファミリア≫団員が一斉に弓を番え、魔法の詠唱に入り、攻撃態勢に入る。

 

 

「『主神の天界への帰還』により、無所属(フリー)となった冒険者は、『即時他の主神への改宗(コンバージョン)が可能』だ」

 

 

 腕が振り下ろされ、弓矢と魔法が雨のように、ミアハ様へ(・・・・・)襲い掛かった。

 

「全員、下がれぇ!!」

 

 地面を錬成し、巨大な壁を作り出す。即席だったためか、壁は次々と突き刺さった矢と魔法の衝撃で端が崩れ、罅が入り始めた。

 

「全員、目標は『敵の主神がいる辺り』だ。あくまで周辺を狙っているのであって、偶然(・・)あちらの主神に当たってしまったとしても、完全なる『事故』だ」

「ふざ、けてる……!」

「そんな屁理屈、通るわけないだろうが! 万一ミアハ様が亡くなったら、お前ら全員罪に問われるんだぞ!?」

「そうです! 活動自粛中のソーマ・ファミリアは、これ以上問題は起こせないはず……!」

 

 こちらのそんな主張も、襲撃者たちは下卑た笑い声をあげるだけで、一向に取り合おうとしない。

 

「先程も言ったように、亡くなられたとしても全ては『事故』だ。おまけに辛うじて生きてさえいれば、アポロン様が直々に『処刑』して下さることになっている。神同士での『処刑』ならば、我々が罪に問われる謂れはない」

「そ、そんな……!」

 

 向こうの主張を聞いて、リリの顔色は蒼白だ。自分のせいだ。自分がこのファミリアに災いを招いてしまったと責めているんだろう。だけど、それは違う。

 

「リリ、今は責任だとかなんだとか全部置いとけ! 今必要なのは、ここを切り抜ける方法だ!!」

「その、通り……リリのせいでも無いし、こんなのどうという事も無い……」

「エド……ナァーザ団長……」

 

 唇を強く噛み、俯かせた視線を上げる。周囲に視線を走らせ、打開策を探し、棚に置かれた一つの臭い袋が目に留まった。

 

「皆さん、布で鼻と口を覆ってください!!」

 

 その袋を掴み、右腕で『分解』、空中高く投げ上げたところで、バラバラに散って中の成分が振りまかれた。

 

「ぐえっ!?」

「なんだ、この臭い?」

「くそ、目が!」

 

 ミアハ・ファミリア特製モンスター避け臭い袋『強臭袋(モルブル)』。目や粘膜に突き刺さる刺激臭で、一瞬の隙を作る。

 

「今の内だ!」

 

 壁はそのままに、リリの手を掴んで店の中へと戻る。ミアハ様はナァーザ団長が抱きかかえていた。そのまま中の流し台の所まで戻り、流し台ごと壁を分解、下水道への大きな入口を作り上げた。

 

「皆、この中へ。当然裏口とかの出入り口は押さえられてるだろうが、下水までは手が回ってないかも知れない。全員入ったら入口を塞ぐぞ」

 

 そう言って、流し台近くの物置に置いてあったナァーザ団長の冒険用の装備を投げ渡す。これで全員がフル装備。完全に戦闘態勢に移っていた。

 

「……先頭は、夜目が利く私が行く。その次はリリとミアハ様。エドは殿だから後方の確認もお願い」

「――わかりました。あの、今回のこと、本当に……」

「リリよ。そこまでにしておきなさい。これくらいのこと、誰も何とも思っておらぬし、おぬしに責任があるなど考えてはおらぬ。それよりも、今は切り抜けることに注力するのだ」

「全くだ、気にすんじゃねえよ。さ、入れ」

 

 下水道にロープを下ろし、順番に下ろしていく。三番目のリリが下り、自分が穴を覗き込んだタイミングで、建物全体に轟音が響き、炎が舞い踊った。

 

「ぐあ!?」

 

 背中越しに爆発の衝撃を受け、穴の中へと転げ落ちる。瓦礫が崩れ、穴を塞ぐ意味は無くなった。

 

「エド!」

「問題ねえ! 咄嗟に俺が出て背中も『硬化』した。それよりさっさと逃げるぞ!」

「グリードですか。ナイスです!」

 

 そのまま崩れてきた瓦礫からミアハ様を庇い、必死になって離れていく。後ろからは、愛着ある本拠地(ホーム)が崩れていく音が響いていた。

 

「……ッ!」

 

 その音に、歯噛みする。過去、リリの一件の時に、あんな派閥根絶やしにしておけばこんなことにならなかったのではないかと、つくづく思う。自分の甘さに本当に頭に来た。そんな煮えたぎった頭に、冷静な声がかかった。

 

(今は怒りは置いときな、エド)

(グリード……)

(後で思い知らせてやりゃあいいのさ、誰の持ち物(いえ)を壊したのかをなあ……!)

 

 訂正、全然冷静じゃなかった。

 

「ミアハ様、足元に気を付けてください。『恩恵』なしだと、この暗がりは危険ですから」

「うむ、すまぬな、リリよ」

「――――みんな、止まって」

 

 リリがミアハ様の手を取り、下水道を進む中、先頭を警戒していたナァーザ団長の緊張した声を聞いた。全員足を止め、暗闇を見つめる。

 

「――て、おい?」

「む?」

「なんです……これ……」

「これは…………」

 

 少し進んだ暗闇の中、大量の冒険者が意識を失い倒れていた。全員同一のエンブレム、ソーマ・ファミリアの構成員だ。そしてこの惨状を作り上げたと見られる、一人の槍を持った小人族(パルゥム)の冒険者。

 

「――誰だ、アンタ」

 

 こちらの声に冒険者が振り向く。その顔には、『覆面』。おまけにフードマントまで纏っている。だが、その所作が、覆面の中から覗く瞳が、何より以前18階層で見せてもらった愛用の槍が、目の前の人物をどうしようもなく示していた。

 

「……………………何やってんだ、フィンさ――」

「おっと。僕は『通りすがりの謎の覆面勇者』だ。そういうことにしておいてくれないか?」

「『勇者』って名乗っちゃってます……」

 

 やり取りに些か脱力しつつ、頭の片隅で目の前の人物がいることを不審に思う。≪ロキ・ファミリア≫が、何故今回の一件に関わってきているんだ?

 

「……今回、君たちに関わるのは、あくまで僕個人の事情でね。とは言え、アイズから昨夜の事情を聞いて、間違いなく襲撃が行われると思ってね。襲撃が行われるであろう場所と君たちの逃走経路を割り出し、先回りさせてもらった。派閥は巻き込めないから、こうやって顔を隠しているという訳さ。なに、アリバイ工作も副団長に頼んでいるから問題はないよ」

 

 ……伝聞だけで襲撃を察知し、逃走経路まで割り出した目の前の人物の手腕に内心舌を巻くが、それを表面には出さず尋ねる。

 

「そうまでして、オレ達を助ける理由って、一体なんだ?」

「ふむ、ここで話してもいいけれど、それはまたの機会としよう。それよりも、僕もそちらの主神に尋ねたいことがある」

「…………」

 

 そう言って問いかけられたミアハ様は、あくまで沈黙を守っている。ミアハ様に一歩近づいたフィンさんが、尋ねた。

 

「貴方は、これから、どうなさいますか?」

「――――――――」

 

 その問い掛けに、瞑目していたミアハ様は、眦を上げ、口を開いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それからフィンさんの先導で西南へと向かったオレ達は、適当なところでフィンさんと別れ地上へと上がった。出口として開けた縦穴から目と鼻の先、太陽に弓矢を掲げた荘厳な邸宅が佇んでいた。

 

「アポロンに伝えよ。ミアハが参ったと」

 

 神威を伴い、門番に伝えると片方が急いで中へと戻り、もう片方も道を開けた。正門をあくまでゆったりと進み、前庭を歩く中、屋敷の玄関先で神アポロンの手前にヘスティア様とベルが佇んでいるのが見えた。その足元には投げかけられたであろう『手袋』。それだけで状況を察した。

 

「やあ、ミアハ。一体我が派閥に、如何なる用かな?」

「……とっくに分かっているであろう、アポロンよ」

 

 見たことも無いミアハ様の迫力に、誰も言葉を挟めない。横にいるヘスティア様でさえ、絶句していた。今、ミアハ様は、かつて無い程に、『怒って』いる。

 

 

「――我々≪ミアハ・ファミリア≫は、≪ヘスティア・ファミリア≫と協力の上、アポロン・ソーマの両派閥に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を挑む」

 

 

 静かに怒る、ミアハ様の宣言。それこそが『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の始まりだった。

 




『青の薬舗』、崩壊。しかもソーマ・ファミリアは、問答無用でミアハ様殺しにかかってます。おかげでミアハ・ファミリア全員がブチ切れましたw

そして、『通りすがりの謎の覆面勇者』はムチャクチャ有能……一体何ディムナなんだ……彼が出てきた理由は次回以降です。


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第50話 黄昏の館にて

――今度お前を泣かすときは、嬉し泣きだ!!


 

「――よし、行くか」

「だ、大丈夫なのかな?」

「まあ、いきなり取って食われたりはしないでしょう」

 

 目の前にそびえるのは≪ロキ・ファミリア≫本拠地(ホーム)『黄昏の館』。エド、ベル、リリの三人は、≪アポロン・ファミリア≫での宣戦布告の後、頭まですっぽりとフードをかぶり、ここを訪れていた。ベルは戦争遊戯(ウォーゲーム)に向け、再び『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインに指導を願うため、エドとリリは下水で自分たちを助けてくれた理由を問うために。ちなみにナァーザ団長はミアハ様とヘスティア様の護衛に残してきた。

 

「止まれ!」

「一体何の用だ!」

 

 入口近くで門番に留められ、『剣姫』を戦争遊戯(ウォーゲーム)に巻き込むつもりかと咎められたが、団長のフィンさんと約束があり、≪ロキ・ファミリア≫を巻き込まないためにわざわざ顔を隠してきたと告げると、疑い半分ではあったが確認に走ってくれた。その後待つこと数分、団長から通すように言われ、門番も周囲に人の目が無いことを確認の上、通してくれた。そのまま通されたのは、廊下に『重傑(エルガルム)』ガレス・ランドロックさんと『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴさんを配置して、わざわざ人払いした会議室だった。

 

「よく来てくれたね、三人とも」

「……先日ぶりだね」

「やっほー、アルゴノゥトくーん!」

 

 会議室の中にいたのは、フィンさんと『剣姫』。他に何故か『大切断(アマゾン)』ティオナ・ヒリュテさんがいた。

 

「今日来た用件は、先程君たちを助けたことの真意だね?」

「ああ……」

「団長、アイズに勝手に動くなって言っといて、自分だけ助けに行ってたんだよね? それってズルイよー!」

「それについては仕方ない。アイズと来たら、堂々と顔を晒したまま行こうとしていたからね」

「……」

 

 フィンさんの指摘に顔を背ける『剣姫』。本当はベルの方を助けに行こうとして、止められてたのか。

 

「まあ、君たちを助けた理由としては、先日と同様さ。但し、今回誘おうと考えているのは一人だけだ」

「……どういうことだ?」

 

 こちらの質問に答えず、視線だけをリリの方に向けた。

 

「リリルカ・アーデ――君を改めて、≪ロキ・ファミリア≫に迎え入れたい」

 

 こちらは愚か、同席していた『剣姫』やティオナさんまで絶句した。つまり少女一人を派閥に獲得するために、中堅クラスの派閥との抗争に介入したのか?

 

「あの……先日もお話しした通り、今の派閥を離れるつもりは……」

「確かにあの時はそうだった。でも今は、状況が違うだろう?」

「っ、……」

 

 その指摘にリリが歯噛みする。確かに状況は変化した。自分たちはこれから戦争遊戯(ウォーゲーム)に挑み、もし負けたらあの悪逆な派閥に戻らなければならなくなる。リリにとってあの派閥に戻ることは最悪の地獄であり、もっとも避けたい未来だった。

 

「今回のこと、ソーマ・ファミリアが動いたのは、元団員だった君を取り戻すためだと見ている。異常に金策に走るあの派閥が君を取り戻そうとするということは、君の『スキル』か『魔法』か、はたまた『技術』がネックだろう。恐らく何か大きな取引か儲け話に、君の力が必要になったんじゃないかな」

「…………」

「彼らは、相手がミアハ・ファミリアという零細ファミリアだから戦争遊戯(ウォーゲーム)を挑めた。だが、都市最強派閥のウチに挑んでくるほど彼らは馬鹿じゃないはずだ。君が一年の冷却期間後にロキ・ファミリアへ移籍すると言うのであれば、その冷却期間の間、ウチの本拠地(ホーム)に匿う形で君を保護しよう」

 

 フィンの申し出に、リリは迷う。彼の指摘通り、今回の事件の原因は自分だろう。そのせいでミアハ様もナァーザ団長も、そしてエドも帰る家を失った。自分は彼らの足手纏いではないかと思い悩む。

 

「どうして……リリにそこまでして下さるんですか?」

「ふふ…………」

 

 そこでフィンさんが一度言葉を切り、真意を告げた。

 

 

「出来るなら将来君に、僕の『伴侶』になって貰いたいからかな?」

 

 

 …………空気が、死んだ。

 

「………………………………………………………………………………………………は?」

「おや、伝わらなかったかな? 僕の恋人(ステディ)、彼女、婚約者、許嫁、(ワイフ)、家内…………」

「いや、意味は伝わってます! そうじゃなくて、どうして私なんかを!?」

 

 リリは、顔を真っ赤にして問い詰めている。対して、エドはやけに静かだった。静かにその手に、発火布を着け始めた。ベルや『剣姫』はその横で、ハニワみたいに目と口を丸くしていた。

 

「先日話した通り、僕は『一族の復興』のためにこのオラリオに来た。そしてある程度名声と実力を手に入れることは出来た。だけど、足りない。将来僕が死亡すれば、この名声は一過性のものに終わってしまう」

「…………つまり」

「そう。『後継者』が必要なんだよ。それも出来るなら僕の血を受け継ぐ純粋な小人族(パルゥム)の後継者が。そのための相手として、君を選んだ」

「……だとしても、リリである必要はないはずです。≪ロキ・ファミリア≫のフィン・ディムナと言えば、言い寄って来る女性だって、それこそ小人族(パルゥム)に限ったとしても星の数ほどいるはずです」

「確かにね。だけど僕は自身の伴侶には、一つの資質を条件として考えている」

「資質……?」

女神フィアナへの信仰(心の拠り所)を失った、僕達小人族(パルゥム)に残された最後の武器――『勇気』だよ。僕はライガーファングとの戦いで、君にその資質を見た」

「………………」

「もう一度言うよ、リリルカ・アーデ。ロキ・ファミリアに入り、僕の将来の伴侶になってくれないか?」

 

 リリは、何も答えなかった。『伴侶』云々はとりあえず置いておくとしても、このまま自分がミアハ・ファミリアにいることは、全員の不利益になるのではないか?そんな考えが頭から離れないからだ。ならばいっそ、この話に乗ってしまった方が――――……

 

 そう考えていたリリの前で、エドが動いた。横合いからエドの腕が守るように伸び、もう片方の発火布でフィン・ディムナの眉間に照準を合わせたのだ。

 

「…………って、何やってんですか、エド?!」

「うるせえ! リリは、ソーマ・ファミリアにも、ロキ・ファミリアにもやらねー! これは決定事項だ!!」

「おやおや。同じファミリアの同僚に過ぎない君が、彼女の意思を阻む権利があるのかな?」

「オレ達はミアハ様の血を分け与えられた眷族(かぞく)だ! 家族の危機に黙って見てられるか!」

「可愛い家族の門出を祝うのも、家族の義務だと思うけどね?」

「それだけじゃねえ…………!」

 

 そこでエドの顔が真っ赤に染まり、言葉が途切れる。何かを言おうとし、言葉を飲み込み、再度口を開け、深呼吸をし、やがて告げた。

 

 

「惚れた女守るのは、男の義務だろうがッ!!」

 

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 周囲の五人分の沈黙の後、言葉の意味がようやく脳に伝わったリリが、一気に顔色を赤く変え叫んだ。

 

「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 部屋に響き渡った叫び声に、廊下で見張りをしていた二人が駆け込んできたが、何でも無い旨を伝え、一段落ついた現状。

 

 テーブルに耳まで赤く染めて突っ伏すエドと、同じくらい真っ赤な顔で俯くリリが出来上がった。

 

「いや、あそこまではっきり宣言されるとは、僕も正直予想外だったかな」

「えっと、あの、フィンさんは、断られるかもとは思ってたんですか?」

「先日の酒場での一件は聞いているよ、ベル・クラネル。それに付随して街中に流れている噂もね。本人たちも特に否定していない様子だったし、もしかしたらと思ってはいたんだ。まあ、二人の仲に割り込むとしたら、このタイミングしか無かったのも事実だけどね」

 

 ……つまりは、ロキ・ファミリアへの移籍話も、このタイミングで了承しなければ無理な話だろうと予想して、話を持ってきたという事だ。ズルズル話を引っ張らず、絶妙のタイミングで仕掛けてきた。そして、気持ちをはっきり告げなかったら、恐らく多少強引にでもリリを移籍させるつもりでもあったのだろう。

 

「まあ、僕の話はこれで終わりだ。君たちに移籍のつもりがない以上、これ以上君たちに声を掛けるのは迷惑になるからね。ただ、君たちは敵対派閥というわけでもないし、同じ小人族(パルゥム)として、これからも応援はさせてもらうよ」

 

 そう言って話を締めくくり、お茶を一口。その所作からは、内心が一切うかがえない。やはり目の前の人物は相当のタヌキだ。

 

「ところで、告白をされた君は、返事をしなくていいのかな? なに、この場では言い辛いという事であれば、30分ほど席を外すが?」

「いいいいいいい今は、それどころではありません!! 今必要なのは、戦争遊戯(ウォーゲーム)の対策と準備です! ほかは全部、後回しです!」

 

 これを聞いてフィンさんは肩を竦めた後、今度はベルに向き直った。

 

「ベル・クラネルの用件は、戦争遊戯(ウォーゲーム)に備えて、ウチのアイズに特訓を付けて欲しいという事かな」

「あ、はい! というか、知ってらっしゃるんですね。あの、大変迷惑だとは思うんですけど……」

「……ううん、大丈夫だよ」

 

 『剣姫』はすっかりやる気のようで、何か瞳に焔が見える気がする。その様子にフィンさんは少し苦笑していた。

 

「まあ、直接手を貸すわけでもないしね。特訓くらいは許可しよう。但しアイズ、ロキにはばれないようにすること。出来る限り人目を避けること。そして、絶対に彼の戦いに直接手を貸さないこと。この三点を絶対に守ってくれ」

「……ん。分かった」

「あ、アイズ! 今回は私もアルゴノゥト君に戦い方教えるよ!」

「え、ティオナさんもですか?!」

 

 ここに、ベルの特訓がさらにハードになることが決定した。

 

「ああ、そうだ。アイズ、君たちの特訓場所だけど、僕も少し貸してもらうよ」

「……? 新人の特訓でもするの?」

 

 『剣姫』のその質問に、フィンさんは笑みを深め、こちらへと向き直った。

 

「エド・エルリックとリリルカ・アーデを、僕が少し鍛えてあげようと思ってね」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)一週間前、こうしてエド、リリ、ベルのハードすぎる特訓が開始した。

 




師匠就任回、終了。これによって、フィン、アイズ、ティオナ監修のブートキャンプが開始します。次回は神会と特訓風景になるかと。

感想読むと、皆さん錬金術無双と予想されてますね……まあ、それでもいいんですけど、つり合いは取らないといけません。敵にも強敵が出てきます。


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第51話 戦争に向けて

――久しぶりですね、グリード。食べていいですか?


「――さて、準備は出来たかな?」

 

 愛用の槍を持ち目の前に立つのは、都市最強の小人族(パルゥム)、≪ロキ・ファミリア≫団長フィン・ディムナ。対するは左手に同じく槍を一本持ち、右手と両脚に仕込んだカルバリン砲以外の武装を全て解放したエド。リリは両手にボクシンググローブを付けている。

 

「それなら…………来たまえ」

「「!」」

 

 フィンさんからの言葉に応じ、二人が縦横に駆け巡る。Lv.2の身体能力に任せたデタラメの加速。しかし、目の前の相手はその速度で行われるフェイントにもしっかりついてくる。

 

「らぁっ!」

 

 気合一閃、エドがまず槍での最速の突きを放つ。フィンさんは大きく動くことも無く、首をかしげるだけで躱した。そこに回し蹴りを追撃で放ち、脚に取り付けた仕込みナイフで首を刈りに行く。それすら少ししゃがんだだけで避けられ、残った足にフィンさんの攻撃が迫る。

 

「足元がお留守だ!」

「が?!」

 

 柄の部分で軸足を払われ、体勢を崩して転倒する。慌てて起き上がった視界には、槍の石突きが迫っていた。

 

「エド!」

 

 そこに横合いから、リリのグローブが迫る。リリがボクシンググローブを付けているのは、あの『分解』の錬成陣を想定した攻撃だから。触れれば終わりという脅威の攻撃を模擬戦で再現するために、触れたのが分かりやすいグローブをはめたのだ。

 

「そんな闇雲じゃ、当たらないよ」

 

 フィンさんは横からの奇襲にも慌てることなく、身を躱してまたもや柄で腕の部分を弾き飛ばし、リリの脚も払った上で石突きを突き付けた。

 

「……何というか、君たちは戦闘方法が力任せで直線的だね。常に自分の最大の武器を、相手に当てるための行動を一直線に行う。おかげでフェイントや駆け引きがないから、非常に読みやすい」

「まあ、錬金術頼りの戦いだったからな……」

「私はサポーターですから……」

 

 二人とも、それぞれの『術』という最大の武器を、活かすために行動しているのだ。モンスター相手ならそれが一番効率が良いが、対人戦なら読み易くなるのは当たり前である。

 

「じゃあ、続けようか。リリルカ君の方は、出発前に何か用事があるそうだけど、エド君の方はギリギリまで鍛えてあげよう」

「ええ。ヘスティア様から、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)に向けて作戦の提案がありまして。敵が集団戦闘を挑んできた場合に限り、私の使える『魔法』で勝利を導いて欲しいと。その関係で、エドやナァーザ団長より先に出発することになります」

「ま、敵が集団戦闘じゃなく、一騎打ちかコンビ戦を挑んできたなら、作戦を遂行する必要もないんだけどな……」

 

 口ではそう言いながらも、エドは間違いなく集団戦闘になると感じていた。こちらは全員合わせてたったの四人。対して向こうは百人規模の派閥二つ分の同盟。間違いなく集団戦闘を挑んでくるだろう。

 

「そうなるとあまり時間は無い。さあ、休んでいる暇があるなら、立ち上がって挑んでくるんだ」

「「望むところだ(です)!」」

 

 その日は結局遅くまで槍で相手を吹き飛ばす打撃音が止むことは無かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、ゴブニュ・ファミリアの一室では、ファミリアの団長であるナァーザが、慎重に慎重を重ね、ある『調合』を行っていた。

 

(ここを貸して下さったゴブニュ様には、感謝してもし足りない……)

 

 彼女がここにいるのは、『青の薬舗』が崩壊したせいで、調合室が使えなくなってしまったから。そのため、エドが急場の調合室としてゴブニュ様に頼み込んだのだ。そして、大規模戦闘の際の『切り札』を調合するべく、初めて行う作製に挑んでいる。

 

「……それにしても、材料も≪ゴブニュ・ファミリア≫に発注済みだったことといい、エドは用意が良すぎる…………『硝石』、『硫黄』、『木炭』……これが『薬品』とはとても思えないけど」

 

 エドがカルバリン砲にも使っていたと言う奇妙な材料を、『調合』アビリティで底上げすべく、彼女は慎重に混ぜ合わせていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)開催決定から三日後、仮病を使い再三の神会(デナトゥス)出席の要請を断っていたヘスティアが摩天楼施設(バベル)を訪れ、ここに戦争遊戯(ウォーゲーム)の方式について話し合われることとなった。

 

「我々が勝ったら、ベル・クラネルをもらう」

 

 まず最初にアポロンが提示したのは自らの要求。そしてソーマ側が提示する条件についても自らが代理人を務めると言い、その提示する条件を告げた。

 

「リリルカ・アーデ、エド・エルリック、ナァーザ・エリスイス、以上三名の≪ソーマ・ファミリア≫への移籍、およびミアハの『処刑』が条件だそうだ」

 

 その言葉に、司会進行役を買って出ていたロキの瞳が細まる。ソーマが無関心なのは今に始まったことではなく、この条件は明らかに派閥の団長が言い出したことだとは容易に察せられた。『改宗(コンバージョン)』の冷却期間の穴をつくためとは言え、超越存在(デウスデア)の死を望むその団長への不快感が募る。もっとも、そのあたりはおくびに出さないが。

 

「そちらが勝者になった暁には、要求は何でも呑もう。まあ勝てたらだがね」

 

 鼻で笑うアポロンは、もう勝った気でいるようだ。ヘスティアはそんな様子にむっとするが、先にミアハが口を開いた。

 

「アポロンよ。それはソーマ側も同じと考えて良いのだな?」

「ああ、もちろんだとも、ミアハ。私はソーマから全権を委任されている」

「ならば、この書面の内容が≪ミアハ・ファミリア≫の求める内容だ。良く目を通し、確実にソーマの了承を得ておいてくれ」

 

 そう言って神全員に回されたのは一枚の羊皮紙。その内容に目を通し、アポロンが瞠目する。

 

「ソーマ・ファミリアの保有する施設・財産全ての没収だと!? おまけに現在ソーマが保有している『神酒(ソーマ)』の成功作・失敗作の全ても没収、更にはソーマ・ファミリアの一時的完全解散とは……!」

「委任されておるのだろう? 確とソーマに伝えよ」

「む……」

 

 この条件が実行されれば、ソーマ・ファミリアという派閥は一度完全に消えて無くなる。そうなれば酒造りができないソーマが、鬱に入って自害しかねない。流石に委任されているとは言え、そんな条件をこの場だけで呑むのは如何にも憚られた。

 

「……ソーマ・ファミリアに確認を取る。返事は待って貰ってもよいな?」

「よかろう。ヘスティアよ、そなたもこの場で予め条件を提示しておくのだ。この場の全ての神が証言者となってくれる」

「わ、わかったよ。それじゃあ……」

 

 ヘスティアの提示した条件は、ホームを含めアポロン・ファミリアの保有する全財産の没収、派閥の解散、そして主神アポロンの都市外への永久追放だった。これには負けると思っていないアポロンが二つ返事で了承した。

 

「それじゃ後は、戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝負形式やな。当人同士の希望はなんや?」

 

 ヘスティアが希望したのは派閥の代表者同士による『一騎打ち』。二対二のコンビ戦にはなるがこれが一番盛り上がると。それに対してアポロンが異を唱える。派閥の拡充を図らなかったへスティア達に合わせる理由はないと言うのが言い分だった。

 

 このやり取りに対して……ミアハは何も語らなかった。ただ腕を組み、瞑目している。さすがにその様子にロキが不審を抱いた。

 

「あー、ミアハ? 黙っとるとこ悪いんやけど、アンタからは勝負形式に提案は無いんか?」

「……勝負形式は、なんであろうと構わん。あえて挙げるとしたら、当事者双方に一つの条件を呑んで貰いたい」

「なに?」

「へ?」

 

 アポロンの聞き返す声に、ヘスティアの素っ頓狂な声が重なる。どうやら彼女も聞いていなかったようだ。

 

「――――勝負の中で、生命にかかわる重篤な傷害を負ったり、あるいは死亡したとしても、相手の派閥に一切文句を言わぬ。これが、条件だ」

 

 その言葉に、その場にいた全員が絶句した。常に優しげで、子供たちの安寧を願っていたはずのミアハから出るとは、思ってもみなかった言葉。どうやらソーマ・アポロンの両派閥は、目の前の医神の逆鱗に触れたのだと察した。

 

「よ、よかろう。その条件……呑もうじゃないか。もちろんソーマにも伝える」

「うむ。これで我が眷族()らも全力を奮えよう」

「って、ミアハ?! どうしたんだい、おかしいよ、今日の君!」

 

 隣にいたヘスティアが、流石にミアハに尋ねる。その問い掛けにようやくミアハは緊張を僅かに緩め話し始めた。

 

「……過日、ソーマ・ファミリアが我らの本拠地(ホーム)『青の薬舗』を襲撃し、破壊し尽くしたことは良い。形ある物はいつかは壊れるのだからな。だが、あ奴らは、その口でリリの身柄を真っ先に要求した」

「う、うん……タケから聞いてるよ」

「ソーマ・ファミリアの中で……顧みられることもなく、それでも懸命に生き抜いてきたのだ。我が眷族()となって、ようやく幸せを掴もうとしていたあの子を、恐らくはあの団長の私的な欲望のため、無理やりに引きずり戻そうとしたのだ。許すことなど出来ぬ」

 

 あくまで第一は、己が愛しの子のため。ミアハの変わらぬ芯が見えた気がして安堵したヘスティアは、自身もその条件を呑んだ。

 

 その後勝負形式は厳正なくじ引きの結果、『攻城戦』に決定。ヘスティア・ミアハの陣営が攻撃側となった。

 

 なお、ヘルメスが勝負を公正にするため、助っ人制度を導入してはどうかと提案したが、当事者であるミアハが、敗北した際に相手が、「助っ人がいたから負けた」などと言ってくる可能性があると指摘。助っ人制度はあえなく却下となった。

 

 この数日後、舞台となる城の選定と、ソーマ側が条件を全て呑んだ旨の連絡を受け、いよいよ戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、ある月明かりの無い夜、とある路地裏にて。

 

「団長。この間の酒場の件で、以前とっ捕まった分のペナルティは帳消しですよね?」

「ああ、その通りだ。良くやってくれたな、カヌゥ」

 

 話をしているのはソーマ・ファミリアの団長ザニス。そして周りにいるのはカヌゥと、以前リリの退団の時に捕まったカヌゥの仲間たちだ。

 

「――さて。早速だが、お前たちに特別に頼みたい仕事がある。引き受けてもらえるなら、今後お前たちにはノルマを課さないと約束しよう」

「本当かよ?!」

「よっしゃあ!」

 

 その提案に全員が狂喜乱舞する。それほどまでにファミリアのノルマは重く、厳しいものだったのだ。

 

「それでやって貰いたい仕事なんだが……今回アーデの魔法を使った『取引』を行うに当たり、取引の相手先を案内することになった。お前たちには『命がけで』その案内に当たって欲しい」

 

 そう言って示された路地の先。まるで暗闇に溶け込むように、真っ黒のローブを纏った人物が立っていた。その手に何か、赤ん坊くらいの布包みを抱えていた。

 

 一体こんな人物が何時からそこにいたのか、カヌゥたちは不審に思ったが、報酬の高さからせいぜい失礼の無いように揉み手しながら近づいた。

 

 

 ……次の瞬間、全員の胴体を、布包みから伸びた『触手』が捉えた。

 

 

「……あ? なんだ? なんだよ、こりゃぁああああ?!」

 

 全員碌な抵抗も出来ず、ずるずると引っ張られていく。振動で布包みが地面に落ち、黒いローブを着た人物が倒れ込んだ。ローブから出てきたその顔は、干からびたミイラだった。

 

「ひッ……!」

「おやおや、言ったじゃないか、カヌゥ? 『命がけ』で、その方を案内しろと」

「ふざけンな……! ふざけんなぁああああああッ!!」

 

 全員、手足の爪痕を地面に刻み込みながら、暗闇の中へと引きずり込まれ、余りに醜悪な断末魔の声が響いた。

 

 ……残ったのは、何時もと変わらない、全てを覆い隠す迷宮都市の暗闇だけだった。

 




戦争前夜、終了。ラスボスがアップを始めました。『背中に恩恵が刻まれている眷族なら戦争参加可能』という前提条件を、逆手に取ることになります。背中さえ残っていればいいため、カヌゥさんはある意味原作以上に悲惨なことに。ちなみにザニスの『取引先』は、原作でも不明なのであくまでもオリジナル。まあ、一番可能性が高いところです。

そして、特訓の裏で黙々と調合を続けるナァーザさん。弓使いと言う時点で、この攻撃はやらせて見たかったんですよ。調合持ちだからさらに酷いことにw
『便所と土間の土(安土桃山の硝石の代わり)、オッパイーヌの硫黄、木炭。三役揃えば、『――』である!』(byのぶのぶ)分からない人は、『ドリフターズ』と言う漫画を読んでください♪

激おこのミアハ様、条件はいいんですが助っ人のリューさん断っちゃいました。リューさんのファンの方、誠に申し訳ないです!
ミアハ・ファミリアの全員参加によって、彼女の見せ場はほぼ無くなってしまいましたから……


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第52話 戦争遊戯、開始

――神の鉄槌、喰らっとけ!!


 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)前日。攻城戦の舞台となる『シュリーム古城跡地』の近く。ここに集まった≪ヘスティア・ファミリア≫と≪ミアハ・ファミリア≫のメンバーは打ち合わせに余念が無かった。

 

「――これが、リリが入手してきた古城内部の見取り図……」

 

 ≪ミアハ・ファミリア≫団長、ナァーザ・エリスイス。彼女が示した絵図面を覗き込み、作戦を話し合う。

 

「やはり堅牢ではありますね……」

 

 ≪ヘスティア・ファミリア≫新入団員、ヤマト・(みこと)。≪タケミカヅチ・ファミリア≫の一員だった彼女だが、先日中層で親友である千草を救ってくれた恩義に報いるため、一年限定でヘスティア・ファミリアの一員となったのだ。

 

「こうなると、やはり『魔剣』が必要だったんじゃないのか? 本当にそれだけで充分なのかよ」

 

 同じく≪ヘスティア・ファミリア≫新入団員、ヴェルフ・クロッゾ。≪ヘファイストス・ファミリア≫に所属していた彼ではあるが、友であるベルの窮地に改宗(コンバージョン)してまで駆けつけた。そんな彼は、忌み嫌ったクロッゾの血で生み出せる『クロッゾの魔剣』を断られたことに訝しく思う。

 

「こんな衆人環視の中で、『クロッゾの魔剣』なんか使えば大騒ぎだろうが。オレの槍とナァーザ団長の長弓(ロングボウ)を新調してくれただけで充分だよ」

 

 ≪ミアハ・ファミリア≫団員、エド・エルリック。その手に掲げる槍には循環竜(ウロボロス)の紋様が刻まれ、シンプルな作りながら今まで使っていた間に合わせの槍とは一線を画するものであった。

 

「……でも、本当にいいの? 僕が全体の大将役なんて……」

 

 ≪ヘスティア・ファミリア≫新団長、ベル・クラネル。彼は今回『ヘスティア・ミアハ連合軍』の大将を務めることになった。相手方の大将は、≪アポロン・ファミリア≫団長ヒュアキントス・クリオ。アポロン・ファミリア唯一のLv.3であり、実力的にも妥当と言えた。

 

「……だいじょぶ。構わない」

「ウチのナァーザ団長はブランク長いし、オレも含めてここにいる全員の中で、近接戦で一番強いのはお前だからな」

「期待してるぜ、大将」

「ベル殿、くれぐれもお気を付けを」

 

 この戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式は、『互いの軍の大将がやられたら負け』、というもの。もっとも近接戦闘能力が高い人間に任せるのが妥当だった。

 

「さて、それじゃあ……」

「ああ、明日中にあの城を落とすぞ」

「おっけー……」

「ええ……」

「……行こう」

 

 戦いが、始まる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日迷宮都市オラリオは、ダンジョンにも入らず、昼間から開いた酒場で酒を飲む冒険者でにぎわっていた。そして、正午。都市の至るところで虚空に舞台となる『シュリーム古城跡地』を映し出す『神の鏡』と呼ばれる円形の『窓』が現れ、号令の時を迎えた。

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)――――開始です!!』

 

 

 号令を受け、街は喧騒に包まれる。とは言え、開始期間は三日とされており、初日の立ち上がりは落ち着いたものとなった。

 

「――さて、開始したようだが、ヘスティアもミアハも、眷族(こども)たちに別れは告げてきたかい?」

 

 アポロンの嘲りを含めた呼びかけに、両名は何も語らない。ただ『鏡』を見つめ、沈黙している。何の反応も返ってこないことに少しばかり不満を抱いたアポロンが追撃を加えようと口を開くと、『鏡』を面白そうに眺めていたロキが何かを見つけた。

 

「――なんや、あれ?」

 

 その言葉にアポロンが振り向き『鏡』を見ると、北側の城壁からおおよそ300(メドル)の位置で、地面が塔のようにせり上がっていくのだ。そうして、奇妙な変化が終わり、北側の防護に当たっていた冒険者が警戒を強めていると、コツ、と軽い音とともに、彼らのいたすぐ近くの城壁に、妙な包みのついた矢が突き立った。

 

 立て続けに起こる妙な状況に、思わずその矢を抜いてみようと手を伸ばした瞬間――――視界一杯が爆炎に染まった。

 

『――――――――!!』

 

 爆音とともに城壁にいた冒険者の一部が吹き飛び、地面へと墜落する。その様子をアポロンは呆然と見つめていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……よーし」

 

 第一矢の戦果に口元を緩め、ナァーザは次いで同じ弓矢を次々発射する。その弓矢に取り付けてあるのは、彼女の特製『黒色火薬』に導火線を取り付けたもの。エドから教わった製法で、『調合』アビリティ持ちの彼女が作製することで、爆発力が上昇した危険物。それを撃つに当たり、エドに頼んで城壁の倍の高さに位置する、数十M規模の『矢倉』を錬成してもらった。弓使いにとって、高さと距離を押さえてしまえば、負けることなど有り得ない。

 

 城壁に押し寄せ、今もなお対抗して矢を放つ敵兵を爆破しながら、彼女はふと下へと意識を向ける。

 

「……あと、よろしく」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ナァーザ団長の『矢倉』から離れること200M程、城壁の手前100Mの位置にエドがいた。

 

「……それじゃあ、本気で見せてやるか。生と死の狭間で、自分(てめえ)理念(エゴ)をどこまでも貫こうとした、一人の錬金術師の錬成陣(ちから)を」

 

 その両方の手の平に描かれているのは、18階層でも描かれたもの。右手には『逆三角形に太陽』、左手には『三角形と三日月』を描く――『紅蓮』の錬成陣。

 

「そんで、コイツを上乗せする」

 

 口の中からベロリと出すのは、『紅い球体』。ここ一週間、就寝前に自分の精神力(マインド)をギリギリまでつぎ込むことで完成した、『賢者の石』の結晶体。

 

「あの錬金術師の代わりにオレが聞いておいてやる――――お前らは『いい音』を奏でるのかをな」

 

 パァン、と渇いた音と共に両手を合わせ、地面へと振り下ろす。その手が触れた瞬間、地面がボコボコとへこみ、そのへこみの波は城壁へと至った。

 

 最初は、ゆら、というわずかな変化だった。次には城壁全体がゆら、ゆら、と落ち着かなく揺れ始め、遂には冒険者たちが立っていられない程に揺れ始めた。そうして誰かが、自分たちの捕まる城壁の内部が赤く滾っているのを感じ――――最後に彼ら全員が、『城壁の爆弾』によって空中へと吹き飛ばされた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「うおおおおおおおおッ!?」

「オイ、詠唱しなかったぞ!」

「無詠唱で城壁消し飛ばすとかーー!!」

 

 神達が騒ぎ立てる中、『鏡』の中は信じられない惨状となっていた。『爆弾』に変えられた北側の城壁は四つ角の尖塔の辺りまで消し飛んでいるのだ。城壁の上にいた者たちは残らず地面に墜落しており、ピクリとも動かない。

 

「な、ななななな……?!」

 

 さすがのアポロンも、これには絶句。今のは明らかに、Lv.2程度の『恩恵』で成せる破壊ではない。城壁に半分は混ざっていたであろう自分の眷族たちの身を案じ、顔を青くする。

 

「安心せよ、アポロン」

「は? なに……?」

「ナァーザには予め、高等回復薬(ハイポーション)を大量に持たせてある。死んでいなければ(・・・・・・・・)、勝負が決した後で治療は我らが行おう。まあ、リヴィラ基準(ぼったくり)で料金を得るよう伝えてもあるが」

「待て、ちょっと待て! お前たちがもし万が一勝った場合、こちらの派閥の財産は差し押さえだったはずだ! その治療費は一体どこから出すのだ!」

「無論、各冒険者の貯え(ポケットマネー)だ」

 

 その言葉にアポロンはゾッとした。ミアハはもし勝った場合、自分の所とソーマの所の財産を本当に一ヴァリスも残さない気だ。この言動でよくわかった。

 

「あら、貴方の所の子、反撃に出るみたいよ?」

 

 『鏡』から視線を離さなかったヘファイストスの言葉に振り向き、にやりと笑う。視界の中では、100人を超える冒険者に遠巻きに囲まれ、絶体絶命の『循環竜(ウロボロス)』の姿があった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『ヒュアキントスの命令だぁッ!!? 同盟軍100人で、一気に錬金術師と弓使いを潰せえ!!』

 

 城内に響き渡る小人族(パルゥム)の声。アポロンの小姓のような位置におり、先日酒場でベルに喧嘩を売る役までやらされたルアンという男の声だ。

 

 その命令内容にいささか眉を顰める者もいたが、明らかに攻城兵器のような能力を持つ敵二名を倒すのが先、と割り切って100人以上の冒険者が城壁から100Mの場所でエドと対峙した。

 

 明らかな、過剰戦力。とは言え城を守るため一刻も早く落とすと決意するが、エドが僅かに笑み、懐をまさぐり始めたことでにわかに緊張が高まった。取り出したのは、『紅い塗料』で何かの図形が描かれた金属板。そんなものをどうしようと言うのかと全員が疑問に思う中、地面に置かれたソレへとエドが合わせた両手を静かに置いた。

 

 バチバチ、と見たことも無い青い雷光が地面へと広がっていく。ぐちゃぐちゃにミックスされていたであろう地面を、あたかも吸い取るように金属板のあたりの地面がせり上がり、全体が『何か』を形作っていく。

 

「…………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 目の前で形作られていく物の全容を認識した時、迎撃を指揮していた中隊長リッソスは自分の眼を信じられなくなった。

 

 全長約50M。そんなバカげた大きさの巨大な『鎧』が屹立したのだから。そして、完成した『鎧』は、周りを囲む彼らではなく、都市で見続けているであろう者たちへとメッセージを告げた。

 

 

『オラリオに住むすべての漢達に告げるぜ。こいつの名前は『(ジャイアント)アルフォンス』。そして――――巨大人型兵器(ロボット)は、漢の浪漫(ロマン)だ』

 

 

 その言葉と共に、身の丈と同じ50Mの長さの槍を振り回し、リッソスを含め100人の冒険者は一様に意識を飛ばすこととなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

巨大人型兵器(ロボット)キターーーーッ!!」

浪漫(ロマン)兵器ktkr!!」

「ミアハーーーーッ! あの眷族(こども)、≪ロキ・ファミリア(ウチ)≫にくれんか!?」

 

 超弩級の攻撃方法に、見ているだけだった神連中は、一瞬でエドのファンになった。特に騒ぎ立てているのは男神たちで、不変の好奇心を持つ彼らはもうすっかり巨大人型兵器(ロボット)の虜だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『うおおおおおおおッ!!』

 

 掛け声とともに、巨大な鎧が東側の城壁へと槍を突き入れた。ここでようやく周囲の冒険者が群がって来るが、そのすべてが槍での『薙ぎ払い』どころか、ただの足での『払いのけ』であえなく吹き飛んだ。

 

 そんな圧倒的な光景を、城壁の一角で見ていたザニスは、顎が落ちるほど驚愕していた。

 

「ば、化け物風情が……! 何と言う…………!」

 

 そして狼狽するザニスを、焦点が定まっていない瞳を以て、隣で静かに眺めている人物がいた。狸系統の犬人(シアンスロープ)。先日暗闇で死んだはずの人物。

 

 

 カヌゥ・ベルウェイという男がいた。

 

 




前半戦終了。ベルサイドの味方の動きはほとんど同じとなりますが、そもそもいなかったナァーザやエドはかなり独自に動いてます。そのせいで古城の城壁がくだけましたw

自作『玉薬』や『紅蓮』の錬金術もいいですが、巨大人型兵器(ロボット)もまた一つの浪漫です!


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第53話 迫る悪夢

――このキング・ブラッドレイの首を取るのは誰かね?



 

「ぎゃあああああああああ!?」

「こんなのどうしろってんだ!」

「待て待って待ってえええ?!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。まさにそんな光景が古城の東側の城壁で展開していた。

 

『オラ、どうしたぁ! オレを駆逐しようって奴はいないのか!!』

 

 そんな地獄絵図を展開するのは、全長50(メドル)の巨大な『鎧』。そんな非常識な物体が城壁を粉々に粉砕していく。ソーマ・アポロン同盟軍にとって、悪夢に等しい光景だ。

 

「――――エドが派手に暴れてるせいで、西側を気にしてる人員はいないぜ。今の内だ」

 

 そんな時、西側の城門を開け、≪ヘスティア・ファミリア≫の三人を導き入れる存在がいた。≪アポロン・ファミリア≫所属、ルアン・エスペル。

 

「あれは、派手って規模じゃねえだろ……」

「むしろ、彼一人で大将も倒せたのでは?」

「エドってダンジョン外ならすごいね……」

 

 全員が全員驚き疲れたような表情をしている。それにわずかに苦笑しつつ、『ルアン』は言う。

 

「200人もいれば、階層主と戦った経験がある奴も結構いるだろ。今は混乱してるから何とかなってるだけで、そのうち反撃に出てくる。その前に、アポロン・ファミリアの大将とベルとの一騎打ちの状況を作る。後は自力で何とかしてくれ」

「……分かった。場所は、図面の通りでいいんだよね」

「おう、こっちだ」

 

 そうして彼が案内したのは、城壁から空中回廊のみで繋がった入口の無い尖塔。恐らくは城に後付けされたと考える、玉座の間を備える塔。

 

「この塔は外からは入れないが、中にはしっかり階段が付いていて、一階からも登れる仕組みだ。ベルは今回、下から登ってもらうぜ。他の奴は足止めだ」

「うん、皆も気を付けて」

「任せろ」

「ベル殿も」

 

 そして塔にたどり着き、その壁に取り付いたところで、周囲の敵冒険者に見つかった。

 

「貴様ら、何をしている!!」

 

 一人の男の声に反応し、周りにいた何人かがこちらへと走り寄って来る。それを見た『ルアン』は右手の手袋をはめ直すような仕草をし、塔の壁を叩いた。

 

 『青い雷光』が奔り、壁に大穴が開いた。そして一拍遅れて、空中回廊に矢が突き刺さり、回廊そのものを爆発で崩し分断してしまった。

 

「な!?」

「行け、ベル。決着(ケリ)付けてこい」

「! あそこにいるのは、リトル・ルーキーだ! 何としても仕留めろ!!」

 

 敵冒険者が慌てて止めに走るが、遅い。『ルアン』が右手を今度は地面に触れさせると、地面全体に縦横無尽に罅が入り、走っていた冒険者たちは足を取られた。

 

「どういうこと、ルアン!?」

 

 そこに走って来たのは、空中回廊を守っていたアポロン・ファミリアの女性冒険者ダフネ・ラウロス。どうやら回廊が崩れたので、ロープか何かで降りてきたようだ。

 

「アポロン様の眷族の癖に、貴方裏切ったの?!」

「あっはっは、そんな方の眷族だった覚えはないなぁ――――【響く十二時のお告げ】」

 

 魔法の解除式によって、『ルアン』だった人物の姿が変わる。現れたのは、両手にサポーターグローブを纏い、両脚に『ドラゴグラス』を履く一人の少女。

 

「お初にお目にかかります、アポロン・ファミリアの皆様。そして、お久しぶりです、ソーマ・ファミリアの皆様。≪ミアハ・ファミリア≫所属、見習い薬師、リリルカ・アーデと申します」

 

 戦闘衣(バトル・クロス)の裾を掴んでの、おしゃまなお辞儀。余りの光景に、敵冒険者はしばし呆然とした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ヘスティア、ミアハ、貴様ら!!」

 

 摩天楼施設(バベル)内ではアポロンが席を蹴立て、ヘスティア達に詰め寄っていた。あそこにいたルアンが偽物だということは、本物の方は間違いなく彼らに捕まっている。看過できることではなかった。

 

「落ち着くのだ、アポロンよ。本物のルアンなる者は、タケミカヅチが見張っておる。捕まえた時にコブが出来た程度で、怪我もしておらぬ」

「まあ、どの道、最初に奇襲なんて仕掛けてきた君が、文句を言う資格はないね」

「ドチビに賛成するのはシャクやけど、その通りやで。大体戦争前の奇襲は、よくある話やからな」

「そもそも警戒していない方が悪いわね?」

 

 ミアハとヘスティアの言い分に、ロキとフレイヤと言う都市二大派閥が乗って来た。しかも正論であるので反論することも出来ない。

 

 アポロンの『鏡』を見る視線は、徐々に鋭さを増してきていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 呆然としていた敵冒険者ははた、と我に返り、ダフネを中心に号令をかけ始めた。

 

「集団で囲んで潰せ! こちらの方が数は多いのよ!」

 

 そんな風に号令を出しつつ、ダフネは内心毒づいていた。元≪ソーマ・ファミリア≫だという目の前の少女の情報は、アポロン・ファミリアに来てはいなかった。恐らくあのザニスという向こうの団長が、特異すぎる彼女の『魔法』をアポロンに取られることを恐れ、意図的に隠したのだろう。あの派閥と組んだこと自体、失敗だったと内心思い始めていた。

 

『うおおおおおおおっ!!』

 

 咆哮を上げて突進してくるたくさんの冒険者。それに対して、かつてひ弱なサポーターだった少女は、ゆっくりと『左腕』のサポーターグローブに描かれた錬成陣を掲げ――――地面から大量のトゲを錬成した。

 

「ぎゃあああ!?」

「痛えええ!」

「なんだあ!」

 

 勢い込んだ冒険者は全員が足を傷つけ、地面を転げまわった。その結果に、にこりと笑みを浮かべたリリが呟く。

 

「今日の日のために、死にもの狂いで会得した『再構築』の錬成陣です。さ、(みこと)様、これで邪魔は入りません。今の内に」

「感謝します。【掛けまくも畏き――いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ】」

 

 足止めされた冒険者の集団に向かって、走りながら詠唱を始める。あの18階層で目の当たりにした、リューという名のエルフには全く及ばない、走って詠うだけの詠唱。だけどいつかは、と彼女は望む。

 

「【フツノミタマ】!」

 

 冒険者集団の中心にたどり着いたとき、彼女は自分を中心に重力魔法を展開。その場にいた冒険者のほとんどを足止めする。

 

「くっ、魔法よ、魔法で攻撃するのよ! 無事な魔導士から攻撃を――」

「【燃え尽きろ。外法の業】」

 

 ヴェルフの声とともに、無事だった魔導士が爆炎に包まれた。魔力暴発(イグニス・ファトゥス)。ヴェルフの持つ対魔法用魔法が成功し、敵冒険者は容易には魔法を使用できなくなった。残りの戦士系冒険者も重力の中で呻くばかりだ。

 

「それじゃ、ここはもういいですね。私はエドとグリードの方に合流して、城内の他の冒険者を掃討します」

「おう、任せとけ!」

 

 ヴェルフの返事を背中に受け、東側の城壁を目指す。手筈通りなら、Gアルフォンスと一緒にグリードも突入して、取りこぼしを刈り取っているはずだ。自分に出来るのは援護くらいだろう、とその時はそう思っていた。

 

「アァァァァァァデェーーーッ!!」

「!?」

 

 突然の叫び声に、咄嗟に飛び退くと、足元に片手剣が突き刺さった。飛んできた方角に振り向くと、ソーマ・ファミリア団長のザニスが口角泡を飛ばしながら、階段を駆け下りてくるところだった。

 

「よくもやってくれやがったな、この糞サポーターがぁ!」

 

 もはや取り繕う余裕もないのか、口調がかなり崩れて素になっている。彼女自身、ザニスのこんな様子は初めて見た。

 

「だがなぁ! 結局無駄なんだよ! お前たちは逆立ちしたって、この方には勝てないんだ!!」

 

 そう言って示した先にいるのはカヌゥ。だが、どうにもおかしい。目はうつろだし、顔にまるで生気が感じられないのだ。

 

「オイ、どうかしたか、リリルカ」

 

 そんなところにグリードが走って来た。エドはまだ、Gアルフォンスの中。何となく彼が近くにいないことに心細さを感じつつ、目の前の敵を警戒する。

 

「さあ! どうか、そやつらを血祭りに――――」

 

 言葉は、そこで途切れた。

 

「な――」

「おい……」

 

 目の前で、カヌゥの腹から触手が生え、一瞬でザニスの首を胴体から弾き飛ばしたのだ。ゴロリと首が転がり、胴体も遅れて倒れた。

 

『な、何だこりゃあ!!』

 

 エドの大きな声に振り向くと、Gアルフォンス全体に地面から植物のようなものが絡みつき、動きを封じていた。ギシギシと音をたて、『鎧』が軋みを上げる。

 

「ちっ、エド、戻ってこい! 何か変だ!!」

『分かった!!』

 

 エドが自分自身に両手で触れ、鎧に生気が失くなる。そして、隣にいた本来の身体に戻って来た。

 

「何がどうなってんだよ?」

「カヌゥの様子が変なんです」

 

 その言葉に、目の前の犬人(シアンスロープ)の方を振り向く。しかし、声は妙なところから聞こえてきた。

 

「ふん、こんな屑冒険者と一緒にするな」

 

 それはかつて聞いたカヌゥの声とは似ても似つかぬ声。そして、その声は、口ではなく、『腹』から聞こえてきた。

 

 やがて、カヌゥだったその存在は、徐に衣服の前をはだける。そこにあったのは、信じられないものだった。

 

「なっ……!」

「ひッ?!」

 

 その腹には、会ったことも無い男の『顔』が肉に根付くように貼り付いていた。そして、その額の部分に、『極彩色の魔石』が顔を出していたのだ。

 

「畏れよ、愚かな神の走狗ども。我が名は――――――」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「あの男は!?」

 

 ヘルメスのお付きとして、唯一摩天楼施設(バベル)のこの部屋にアスフィ・アル・アンドロメダは、その男の顔を見て驚愕した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 『鏡』にかじりついて見ていた≪ロキ・ファミリア≫の中でも驚愕が伝播していた。

 

「う、嘘…………!」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の様子を見ていたレフィーヤという少女は驚愕していた。『鏡』に映し出されたその『顔』に、どうしようも無い程見覚えがあったから。

 

「あンの野郎、灰になったはずだろォが!?」

 

 横にいたベートも同様だった。確かに『鏡』の中の男は、目の前で『灰』になったのだ。見間違えるはずもない。

 

「…………!」

 

 アイズもまた、その男は記憶していた。それはもう一月程前、あの食料庫(パントリー)で出会った、人とモンスターの狭間の異形。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「そんな……馬鹿な…………!」

 

 ≪ディオニュソス・ファミリア≫の執務室も同様だった。主神であるディオニュソスと共に映像を見ていた団長のフィルヴィス・シャリアにとって、その男は仇敵と言っても良い存在だったから。

 

 

「――――――オリヴァス・アクト!?」

 

 

 かつて24階層の食料庫(パントリー)で暗躍していた、モンスターと人間の混合種(ハイブリッド)である怪人(クリーチャー)。そしてさらに昔、悪名高き闇派閥(イヴィルス)に所属し、『27階層の悪夢』と呼ばれる事件で虐殺の限りを尽くし、『白髪鬼(ヴェンデッタ)』の二つ名を持つ男。『悪夢』は再び日の当たる地上にて『開花』しようとしていた。

 




ラスボス『白髪鬼』がログインしました。この人物は本来外伝の登場人物なんですが、色々ハガレンに似た要素を含む人なので、ラスボスに抜擢。何で生きてるかは次回です。


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第54話 開花のとき

――見るな、ボクを、私を、見るな


 

「――結局、なんなんだ、アンタは?」

 

 カヌゥの腹に貼り付いている時点でまともじゃないが、一応は会話を試みる。会話できるなら、だが。

 

「私はね、君たち人間の『上位種』だよ。人とモンスターの間に立つ至上の存在だ」

「へえ。そんな存在がいるとは知らなかった。で、そんな存在のアンタは、何でそんな狸の腹に貼り付いているんだ?」

「(エド、エド!!)」

 

 話の途中で、横から袖を引っ張られた。

 

「(なんだよ?)」

「(なに、普通に会話してるんですか?! どう見てもまともじゃない相手ですよ!)」

「(情報収集は基本だろ。弱点とか分かるかも知れないし、話せば案外交渉可能な相手かも知れないしな)」

「(無理に決まってるじゃないですか!)」

 

 まあ、人様の腹にくっ付いてる時点でな。

 

「悪いな、続けてくれ」

 

 その言葉を受け、腹に貼り付いたその男がフン、と鼻を鳴らす。

 

「どうしてこんな姿なのか、だったな。私と言う至上の存在を認めない愚か者どもによって、かつての身体をほとんど失ってしまったのだ。さしもの私も、あの時ばかりは二度目の復活は有り得ぬと思っていた」

「一度目の経験があるだけで驚きだけどな。それで何で蘇ってるんだ?」

「『コレ』だよ」

 

 示すのはその額に埋め込まれた、極彩色の不可思議な魔石。

 

「私が死に、灰となって降り積もった近くに落ちていた、『巨大花(ヴィスクム)』という名前の、ある特殊な花の魔石でね。私と取引をしていた闇派閥(イヴィルス)の生き残りが、崩落を始めたダンジョンの一角から逃げ延びるために、私の死骸である『灰』の山にこれを植え付けたのだよ。何とか復活したはいいが、首から下は全て失ってしまっていた。養分と動かせる手足を手に入れるため、近場のその男の身体を奪い取り、地上に舞い戻っていたという訳さ」

 

 ……今の話の内容だけで気になることがある。つまり、目の前のこの男は、死ぬと『灰』になるのか?モンスターと同じように?そして、それを繋ぎ止めているのが、あの額の魔石。膨大なエネルギーによって繋ぎ止められた、人の形をした存在。気のせいで済まないほど、聞き覚えがあった。

 

「……で、何でこの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に参加してるんだよ。ここで正体を現した理由はなんだ」

「元々私は、こんな下らんお遊びに興味など無かった。だが、モンスターの地上への密輸に関して闇派閥(イヴィルス)と交渉していた折、一枚噛みたいと言い出したのがザニスだった。何でもモンスターに化けておびき出すことが出来る女がいるとな」

 

 その言葉に、ビクリとリリが身を震わせる。ザニスが彼女を狙っていた理由は、これか。

 

「その女を、芥子粒のような派閥から奪い返す面白い見世物(ショー)があると言うので参加したが……蓋を開けてみれば、そんな塵に蹂躙される烏合の衆。見限って、ザニスにも明かさなかった本来の『目的』を遂げることにしたのだよ」

「…………」

 

 言葉に隠された、嫌な空気を感じ取る。じりじりと足をずらし、目の前の存在から少しずつ距離を置いた。そんな時、半ば崩れた城壁の方から敵冒険者が走り寄って来た。

 

「てめぇらかぁ、ウチの団長を殺しやがったのは!」

「落とし前つけろ、アーデぇ!」

 

 言動から、どうもソーマ・ファミリアの構成員と判断できる。その声を横目に確認したオリヴァスは、にやりと唇を歪ませ、『舌なめずり』をした。

 

「逃げ――――」

 

 言葉の途中で、敵冒険者たちの足元から、大量の植物の根が現れ、ほとんどを串刺しにした。

 

『ぎゃああああああ!?』

 

 絶叫が響き、宙に浮かんだ憐れな獲物がもがき苦しむ。その様をじっくりと楽しんだオリヴァスは、やがてドクンドクンと根を脈打たせ、獲物たちのエキスを吸い始めた。ぱさ、という乾いた音が周り中で響き、貫かれたものたちがミイラとなる。

 

「さて、話の途中だったな?」

 

 オリヴァスは、たった今いくつもの命を奪ったことも一切気にせず語り続ける。……駄目だな、やっぱり相容れねえわ。

 

「元々頃合いを見て、屑どもを私の養分にするつもりだったのだ。かつての失った身体に比べればいささか劣るが――――」

 

 そこで、地面が揺れ始める。あたかも地面の下を何か巨大なナニカが這いずっているかのように。

 

 

これくらい(・・・・・)は可能なのだよ」

 

 

 やがて地面に罅が入り、目の前で屹立したのは、巨大な花。カヌゥの背中に繋がっていた極彩色の幹は、やがて憐れな男の身体を内側から食い破り、余りに巨大な花を咲かせた。舌のように伸びた花弁に、オリヴァスの顔が浮かんでいる。

 

怪物祭(モンスターフィリア)の時の、食人花じゃねえか!」

 

 大きさは違うし、形も違う。だが、確かに極彩色の体表は同じもの。あるいは、あれの上位種か。

 

「『神の恩恵(ファルナ)』によって肥え太った神の走狗ども……さぞかし良い養分となるだろう!!」

 

 言葉が終わる前に、傍らのリリを抱きかかえて飛び退る。地面からいくつもの根っこと触手が現れ、辺り一面触手と花に喰い尽くされる冒険者の断末魔が響き渡る地獄絵図と化した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「どこへ行くんだ、ベート!」

「決まってんだろ、あの野郎(ヤロウ)をもう一度、地獄に送り返しに行ってくンだよ!」

 

 ロキ・ファミリアでは、部屋から出て行こうとするベートと、それを押し留めようとするリヴェリアが押し問答を繰り返していた。その様子を見て、レフィーヤも落ち着かなかった。オリヴァスの事件には自分も関わり、トドメを刺し切れていなかったと聞き、責任を感じているのだ。

 

「――やめるんだ、二人とも」

 

 そんな周りの騒動を収めたのは、団長のフィンの一言。

 

「どのみち、あの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が行われている古城までは、どれだけ急いでも半日以上はかかる。今から向かっても、確実に彼が冒険者を虐殺して逃げる時間の方が早い。それを分かった上で、向こうも正体を晒したんだろう」

「けどよ! だったら、あの野郎(ヤロウ)が雑魚に好き放題するのを、黙って見てんのかよッ!」

「その心配ならいらないよ、ベート」

 

 画面の中で見据えるのは、二人の小人族(パルゥム)の後輩。短い間だが、自分にとって確かに『弟子』ともいえる同胞。

 

「僕が鍛えた彼らは――雑魚じゃない」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「こりゃ、もう『戦争遊戯(ウォーゲーム)』どころじゃねえな!」

 

 周囲は四方八方、思い思いの方向に逃げ出す冒険者でいっぱいだ。そして片っ端から地面から新たに生やした根っこやら、食人花やらに捕食されていく。一応敵であるはずのこっちに攻撃してくる奴は、既にいない。

 

「で、どうやって倒すかだよなぁ」

怪物祭(モンスターフィリア)の時は、焔で焼き尽くしたんでしたよね。今回もそれでいいのでは?」

「まあな。ただ、あの余裕が気になるんだよな……」

 

 今もオリヴァスは、周囲の冒険者を自分が捕食者だと言わんばかりの態度で、喰い尽くしていく。ある意味上位種としての慢心ともとれるが……。

 

「まあ、やってみるか。リリ、牽制よろしく」

「分かり、ました!!」

 

 地面を『再構築』し、生やしたトゲでオリヴァスが地面に下ろした『幹』を狙いに行く。表面が相当に固いのか、狙ったトゲが全部折れた。

 

「そぉら、よっと!!」

 

 左手の発火布から生み出した焔で、丸焼きにする。『錬成』アビリティの効果もあって、怪物祭(モンスターフィリア)の時とは比べ物にならない程の火柱が立ち上った。

 

「やりましたかッ?!」

「その台詞は、禁句だぞ!」

 

 台詞のせいかは分からないが、焔の向こうで巨体が蠢くのが分かった。ズシン、と重たげな音を響かせて再び姿を現したのは、毒々しい緑の『粘液』で表面が覆われた巨大花。

 

「くくっ……無駄だ! この身体の元となった『巨大花(ヴィスクム)』は、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』の広範囲殲滅火炎魔法にやられたもの! そこから蘇ったこの身体は、難燃性の『粘液』を出す能力がある。そんな焔では燃やすことなど出来はしない!! ハハ、ハーッハッハッハッハ!」

 

 オリヴァスの高笑いが響く。かつての食人花とは比べ物にならない強敵に、エドとリリは戦慄するしかなかった。

 

「ヤベエかもな……」

 




オリヴァスは『第二形態・巨大花モード』に入りました。イメージとしては外伝3巻の見開きの巨大花(ヴィスクム)の下側の花弁にオリヴァスの顔が浮かんでる感じですね。ちなみに前書きの言葉は、人外系ホムンクルスの筆頭、エンヴィーが正体現した時に、その身体から聞こえてきた声です。

レフィーヤのせいで焔耐性まで会得したオリヴァス。どうやって倒すかは次回以降です!


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第55話 眷族(ファミリア)

――迎えに来たぞ、アル
――うん
――一緒に帰ろう。皆が待ってる


 『鏡』いっぱいに広がる巨大で醜悪な花。それを見つめる神々の反応はそれぞれだった。息を呑むもの、仇敵のように目を細めるもの、事態の深刻さと後に続くであろう追及に蒼白になるもの。本当に様々だった。

 

 そんな中、ミアハだけは、腕を組み、ギリと歯を軋らせた。

 

(皆、揃って帰ってくるのだぞ。ナァーザ、エド、リリ……)

 

 その胸にあるのは、ただ眷族(こども)たちの無事だけだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…………!」

 

 その巨大な花を視界に収めた時、ナァーザをどうしようもない焦燥が襲った。中層では明らかに見たことも無い植物。恐らく、原産は『深層域』。そんな一体でも致命的なモンスターが、理性を持って襲ってくる。その恐ろしさが分からぬほど、彼女は愚かでは無かった。

 

(城攻めに、矢を使いすぎた……!)

 

 前半、出来る限り敵の目を引き付けるために、見た目にも派手で注意を引く火薬包み付きの矢を片っ端から使ってしまったのだ。手元に残った火薬包み付きの矢は、矢筒二束のみ。一応何の仕掛けもしていない矢なら城攻めに使った分とほぼ同じ本数残っているが、それでは攻撃力が足りないだろう。

 

「……とにかく、ありったけの火薬を撃ち込んで……後は……」

 

 足元を見る。そこにあったのは、一つのサポーターバッグ。中身は、崩れ去った『青の薬舗』から引っ張り出してきた、無事な薬品類。残った道具と薬品を駆使して、あの巨大花に対抗する手段をこの場で作り上げる。それしかなかった。

 

(……必ず、作ってみせる。あの子たちを守るために)

 

 団長として。薬師として。彼女の戦場が始まる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 エドとリリが襲い掛かる食人花から必死に逃げ回る中、幹や触手に矢が突き刺さり、一斉に起爆した。

 

「ナァーザ団長ですね!」

「今のうちに態勢を立て直すぞ!」

 

 地面から砂煙を錬成し、崩れた城の瓦礫に身を隠す。そこで簡単な作戦会議に入った。

 

「リリ、焔が効かない以上、アイツに効くのは、もう直接攻撃か『分解』だけだ」

「それつまり、私が正面から突っ込むって意味ですよね? やりませんよ、そんなこと」

「けど、他に方法がない。リリがさっき生み出したトゲも刺さらなかった以上、直接攻撃は望み薄だしな」

「……はあ。分かりましたよ、やりますよ。で、どうやって近づくんですか?」

「簡単だ、さっきと役割を交替するんだ」

 

 その言葉に少し眉根を寄せる。さっきと逆の役割ということは、今度はエドが囮役という事ではないだろうか。

 

「心配すんな。無茶はしねえさ」

「これだけ信用できない言葉もありませんね」

 

 無茶をすると確信しているような言葉でやり取りを終え、砂煙の向こうの巨体を見据える。立て続けに起こる爆発を鬱陶しそうに触手で払いのけるも、決定打とは思えない。むしろそんな攻撃を続けて怒ったのか、巨大花本体が身をくねらせながら徐々に位置を移動し始めた。

 

「団長を狙わせるわけにもいかねえな! 行ってくる!」

「まったく、もう!」

 

 瓦礫から身を乗り出し、立て続けに最大火力の焔を叩き込む。いくら『粘液』があっても、連続で燃やされれば流石にその術者に注意が向いた。

 

「何の真似だ、神の玩具どもが!!」

 

 オリヴァスの怒りに反応したのか、周囲の食人花が全てエドの方を向いた。攻撃を仕掛けてくるのを見て、背中の槍を抜き放つ。

 

「よっ!」

 

 槍を棒高跳びの棒のように扱い、高さを稼ぐ。空中で周囲の花に攻撃し、その反動で三次元的に動く。はたまた相手の攻撃を利用して飛び退く。それは、拙いながらも『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナの動き。一週間の特訓の中で網膜に焼き付けた動きの再現であった。

 

「ちょこまかと!」

 

 時間とともにさらに激しさを増すオリヴァスの攻撃。その中で、切り札としての仕事を与えられたリリは、ただひたすら散乱する瓦礫を辿って、巨大花の『根元』へ近づくことを繰り返していた。

 

(この食人花の群れが巨大花の『根』から生えているに過ぎないとすれば、『根』を断ち切れば攻撃は出来なくなるはず……!)

 

 ギリギリまで気付かれず、かつ最大の攻撃を与えるため、リリはかつてソーマの元にいた頃のように、息を潜め地面を這う。それでも彼女の瞳にはかつての絶望はどこにもなく、ただ希望だけがあった。

 

 避け続けるエド。走り続けるリリ。二人の努力を結実させるのは、やはり頼れる団長(なかま)だった。

 

 ビュビュン!と風を切るいくつもの音と共に、食人花の幹に無数の矢が突き立った。すると、矢が刺さった花の幹に茶色がかった部分が混ざり始め、途端に動きが悪くなった。

 

「なんだ、なんだ、コレはぁっ!!」

 

 オリヴァスの絶叫を、ナァーザは矢倉の上で聞いていた。口元に笑みを浮かべ、再び紫がかった液体を滴らせる矢を番える。

 

「モンスターに有毒な『強臭袋(モルブル)』とその他色々混ぜた、≪ミアハ・ファミリア≫即興の『除草剤』…………しっかり喰らうといい」

 

 矢が突き刺さるたび、巨大花が苦しみ悶える。その様子を見て、エドは一気にオリヴァス本体との距離を詰め、リリは『ドラゴグラス』の足裏の錬成陣を反応させて足場を作り、砲弾のように巨大花へと飛び込んだ。

 

「こんっ、のぉおおおおおおおおおお!」

「があああああああああ?!」

 

 制約一切なしの『分解』が巨大花の幹を断ち切り、オリヴァスが苦悶の声を上げた。ビタンビタン、と巨大な蛇のようにその植物の身体が地面を跳ね回る。

 

「おのれぇっ!」

 

 最後の悪あがきか、オリヴァスがその花弁をリリへと向けた。直前にリリも気が付いたが、既に避けるだけの時間は無かった。思わず身を硬くするリリを、横合いから飛び込んで来た人影が突き飛ばした。

 

 エドだった。

 

「エドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 リリの絶叫が響き渡る中、オリヴァスはほくそ笑む。この男を養分として取り込めば、幹の再生も可能かも知れない。そう思い、花の中を肉を溶かす酸で満たした。

 

 しかし、いつまでたっても男から養分を得ることが出来ない。不審に思うオリヴァスの元に、声が届いた。

 

「やっぱ、似てるよなぁ……」

 

 その声に驚愕し、花の中で顔の付いた部位を懸命に伸ばす。やがて、花弁と酸の向こうに、一つの人影が見え始めた。

 

 それは奇妙な人影だった。赤いコートの中、身体の表面が『黒い肌』で覆われた男だった。胴体だけでなく、頭まですっぽりとその黒い肌は覆い尽くしており、両目もまた黒の眼球へと変化していた。そして、その表面、縦横に罅が刻まれていた。

 

 オリヴァスは知らないが、この姿こそ人造人間(ホムンクルス)グリードの最大の能力、『全身硬化』。体内の炭素を操り、身体を守ることが出来る『最強の盾』。しかも、今回は単純に炭素硬化するのではなく、体内物質とある程度組み合わせた炭素化合物も混ぜて、酸からの保護を最優先にしたのだ。

 

 もっともこれまで一度も出さなかったのは、それなりの理由がある。エドは転生して作られた身体であるため、現在のレベルで『全身硬化』を行うと、五分と保たず身体が崩壊を始める。その間に、『決着』を付けられるかは、賭けであった。

 

「――アンタの身体。構造そのものは人なのに、人をはるかに超えるエネルギーを後付けして、死ぬと『灰』になる……本当に、グリードに似てるよ……」

 

 その独白は、オリヴァスには意味が分からない。分からないから、花から伸びる雄しべのような触手で攻撃した。罅の辺りに当たり、右腕が二の腕からはじけ飛ぶ。

 

「けどさ、似てるからこそさぁ…………」

 

 右腕を飛ばされながらも、ゆっくりと近づいてくる男。それの異様さに、オリヴァスの無くなったはずの背筋にゾクリと悪寒が走った。

 

 

「――――――『壊し方』も、知ってんだよ!!」

 

 

 額の魔石に、ヒタリと触れた左手。その手の平には、『円』と『五つの頂点』を持つ――『賢者の石』の錬成陣が描かれていた。

 

「あ゛――――がぁあ、あぁあああああああああああああああああああ――――――――!!?」

 

 『紅い雷光』が縦横無尽に奔り抜け、極彩色の魔石を中心に、身体全体に激震が走った。そうして、バキリ、と乾いた音を立てて魔石に罅が入り、巨大花は轟音と共に崩れ、あまりにもあっけなくその身を灰へと帰すことになった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……何故だ?」

 

 地面にへばりついたオリヴァスが、声を出す。その声には疲労が見えるものの、死を悟った色は見えない。魔石自体に罅が入っているが、本人は問題なかったようだ。

 

「何故、トドメを刺さない?」

「――さっきも言ったろ、アンタに似ている奴がいるって」

 

 地面に落ちて部品が砕けた機械鎧(オートメイル)を左手で弄びながら、エドが近づく。声は出来る限り潜め、万が一にも聞かれないように。その顔には決然とした色があった。進むべき先を見据えた人間の色。

 

「アンタに似た身体を持ってるソイツは、オレの大事な『相棒』で、一人の『人間』で――――大事な『家族』だ。オレは、『家族』と同じ『人間』は、殺したくない」

「か、ぞく……?」

 

 理解できない、と言いたげにオリヴァスは視線を目の前の男へと向ける。彼にとって、自分の中心にあったものは、どこまで行っても『信仰』だった。かつては己が主神を、そして蘇ってからは、新たな命を与えた『彼女』のためだけに生きてきた。そんな不確かなものを自分の中心に据える者など、理解の外だった。

 

「散々自分の在り方について迷ったけど、今になってようやく分かった。どうしてオレが目覚めさせたのが、グリードだったのか。どうして全能に等しい『力』を求めた『お父様』じゃ無かったのか」

 

 目の前の男の言葉は、一切オリヴァスには理解できない。余りにも居場所が隔たってしまっている。ただ――――。

 

 

「オレが本当に求めていたのは………………『家族』に等しい『仲間』だった」

 

 

 ――――その在り方が、どうしようもなく『綺麗』だと思ってしまった。

 

「アンタはこのまま金属製の容器にでも入れて、ギルドに引き渡すぜ。どうなるかは、一人の『罪人』として、きっちり裁判で裁いてもらうんだな」

「…………ク――――――」

 

 だからこそ、オリヴァスには、そう考えてしまった自分自身すら、許せなかった。

 

 地面から再び、数本の触手が生え揃う。エドはそれを見て、飛び退って身構えたが、間に合うものではない。オリヴァスの哄笑が響き渡る中、獲物に振り下ろされた触手は――――――オリヴァスの魔石を粉々に砕き切った。

 

「な…………」

 

 呆然としたエドの声が流れる。魔石が砕けたオリヴァスは端からさらさらと崩れていき、風に乗って消えていく。

 

「……『彼女』に捧げた我が身。貴様の思い通りに利用されるなど、真っ平なのだよ」

「アンタ……」

「……そんな眼を向けるな、人間。私はこの先が楽しみなのだ。甘っちょろい貴様が、どこまで貴様の言う『家族に等しい仲間』とやらを守っていけるのか、地獄の底から高笑いをしながら眺められるのだからな」

 

 オリヴァスだった『灰』は完全に形を失くし、舞い上がる風の中、末期の言葉が溶けた。

 

「……せいぜい足掻けよ、人間…………『怪物』のわた、しが………みと、どけて……………」

 

 それが、幾多の犠牲者を出した、オリヴァス・アクトの最期だった。

 

「………………」

(……終わったな)

 

 その最期を見届け、グリードの声に、ふとエドは顔を上げる。そこには泣き腫らしたような赤い目をしながら駆け寄って来るリリと、地平線のずっと向こうからゆったりと歩いてくるナァーザ団長の姿があった。口元を緩め、逝った男へと皮肉を返す。

 

「……ああ、地獄でせいぜい見てればいいさ。オレが死ぬまでずっと、この世界の『家族』と生きていくところをな」

(――――がっはっはっはっは! その意気だぜ、相棒(エド)!!)

 

 こうして、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』最後の戦いは終わった。

 




オリヴァス・アクト戦、終了!最後の切り札は、Dr.マルコーの対『賢者の石』錬成陣!なんでこれがコイツに効いたかと言うと、ハガレンの錬金術では人間を『魂』『精神』『肉体』の三大要素で定義します。人造人間(ホムンクルス)はこれに『賢者の石』という高エネルギー体を付加した存在なんですが、怪人化したオリヴァスも『肉体』に後付けで『極彩色の魔石』を付加されただけで、『魂』も『精神』もほぼそのまま。人間以外ではあるものの、構成がホムンクルスと同じだからです。これがモンスターなら、『魂』とかがエドに理解不能です。

次回以降エピローグなんですが、お盆で帰省する関係から、もしかしたら完結が週をまたぐかも知れない……


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第56話 戦後処理

――ここに『賢者の石』があります――ただし!ただし、これを渡すには条件があります!
イシュヴァール閉鎖地区の解放、および各スラムにいるイシュヴァール人を聖地に帰すこと…そして……そこで私が…医者として暮らすことを認めてほしい!



 

「――どうやら、終わったようやな」

 

 摩天楼施設(バベル)の一室にて、巨大花が崩れ去り、その本体たるオリヴァスもまた『灰』になったのを確認し、ロキは一つ詰めていた息をほうっと吐き出した。

 

「にしても、ホンマに惜しいなぁ。ミアハの所の子供ら。団長はまだ常識的やったけど、無詠唱で爆発やら焔やら起こしたり、触れただけでモンスター破壊したり……挙句の果てには、巨大人型兵器(ロボット)て! 一人くらい、ウチにくれん?」

「すまぬな、ロキ」

「つれないなぁ……」

 

 そこで一度肩を落とすも、次に顔を上げた時、その表情は常に無く引き締められていた。

 

「向こうの決着も、今着いたみたいやな。アポロン、ウチが言いたいこと分かるか?」

 

 戦場を映し出した『鏡』の一つ、そこにはたった今ヒュアキントスを殴り飛ばし、勝利した白兎(ベル)の姿があった。彼らもまた、巨大な花のモンスターには気付いていたが、周囲を舞う土煙が晴れて気付いた時には一騎打ちの途中であり、結局巨大花の打倒の方が決着よりも早い結果となった。ベルは一騎打ちの機会を与えてくれた皆の想いに応えるため、ヒュアキントスは自身のLv.3としてのプライドと倒れた部下たちのため、双方激しい一戦であった。結局、ヒュアキントスが止めを刺そうと出した一撃に、ベルが渾身のカウンターを叩き込み、それが決着の一撃となった。

 

「あ。一応聞いとくけど、ミアハとドチビはあの顔だけの奴に心当たりとかあらんよな?」

「ない。そもそも昔から闇派閥(イヴィルス)の名前は聞いていても、施薬院では対抗することも出来ぬと、ダンジョンに行く子供たちに関わらぬよう言い含めるのが精一杯であったからな」

「ボクだってないよ! あんな危ない奴がいるって知ってたら、誰がベル君や他の子たちをあそこへやるもんか!」

「まあ、せやろなぁ……」

 

 ロキも『鏡』で見た限り、偶然あの場に居合わせたから彼らが撃退したとしか見えなかった。以前ベートから聞いた限り推定Lv.5相当のオリヴァス相手で、一歩間違えれば全員腹の中だったのだから、そこまで疑ってはいない。

 

「……何と言うても、闇派閥(イヴィルス)絡みや。アンタとソーマは、相応の取り調べは覚悟しておくんやな。ウチが言いたいのはそこまでや。ミアハ、ドチビ、もうええで」

「なんでロキに指図されなきゃいけないんだい?」

「まあ、良いではないか、ヘスティア。それより、今は……」

 

 ミアハの言葉に従い、ヘスティアもまたアポロンの方へと振り返る。その姿にアポロンがビクリと大げさに震え、その椅子の上で縮こまる。ここまで溜めに溜めた怒りのあまり、逆立ってビュンビュンと暴れ狂うツインテールをそのままに、彼女は般若の笑みを浮かべた。

 その横で、ミアハはあくまで笑顔。だがしかし、元々笑顔とは相手を威嚇する表情である。むしろいつもと変わらない笑顔を浮かべるミアハの方が、怖かった。

 

「それでは要求通り、≪アポロン・ファミリア≫の財産没収、解散、永久追放を」

「こちらは≪ソーマ・ファミリア≫の財産・酒類没収、一時解散を」

「「実行してもらおうか」」

「イヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 アポロンの絶叫により、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は幕を閉じた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の後、≪ミアハ・ファミリア≫と≪ヘスティア・ファミリア≫の面々は、疲れをゆっくり癒すという訳にいかなかった。何せ闇派閥(イヴィルス)絡みのモンスター、それも深層域の強さを持った個体が、こともあろうにダンジョン外で街の衆目に晒されたのだ。ギルドとしても戦争遊戯(ウォーゲーム)の当事者に事実関係の確認、そして関与の捜査を行わなければならなかった。幸いミアハ・ヘスティア両陣営は敵陣営だったこともあり、すぐに解放されたが、≪アポロン・ファミリア≫は連日過酷な取り調べを受けることになり、主神であるアポロンもまた直接ギルドを運営するウラヌスから取り調べを受けることになった。厳しい取り調べで消沈したアポロンは、ギルドによって下された永久追放にも素直に従い、ヒュアキントスだけがその後を追うこととなった。

 

 そして、もっとも酷かったのは、≪ソーマ・ファミリア≫だった。闇派閥(イヴィルス)との深い関与は団長のザニスだけだったものの、その他の団員もザニスから与えられた過酷なノルマをこなすため、ほとんどが犯罪まがいか、犯罪行為そのものに手を染めていたのだ。その上、巨大花が出現した東側の城壁はザニス配下の団員が多く、そのほとんどが犠牲者となった。

 

 結局、ソーマ・ファミリアはその団員のほとんどが『恩恵』を封印の上、オラリオ外へ放逐。一部の犯罪行為を行わなかった団員については、厳重な取り調べの後、釈放。後の身の振り方は各自で考えることとなった。そして、情状酌量の余地があると認められたが、他の派閥からのスカウトなど見込めないサポーターについては…………。

 

「……………………なんで、こうなるんですか」

 

 リリの呟きが、虚しく響いた。場所は、もと『青の薬舗』が存在していた通り。そこに≪ゴブニュ・ファミリア≫から仕入れた材木と土嚢を積み上げる、元ソーマ・ファミリアのサポーターたちの姿があった。

 

 彼らは既に、神ソーマの眷族ではない。その背中に刻まれた『神の恩恵』はミアハのものであり、全員リリの後輩となった。それというのも、リリのソーマ・ファミリア時代の境遇を聞いていたミアハが、同じように苦しんだであろうサポーターたちを全員ギルドに頼んで引き受けたのだ。中には保釈金が必要になる者もいたが、それも全部払った。

 

「まあ、そこまで気にすることじゃないだろう。一気に後輩が増えたことを、喜べばいい」

「そういう問題じゃありませんよ、チャンドラさん! 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の賠償金でようやく≪ディアンケヒト・ファミリア≫や≪ゴブニュ・ファミリア≫への負債も完済し終えて、やっとこれからって時に、規模が増えたらギルドへの税金で圧迫されるじゃないですか! 大体貴方は元々ソーマ・ファミリアなのに、なんでいるんですか!!」

 

 目の前のドワーフの名前は、チャンドラ・イヒト。神酒を求めてソーマ・ファミリアに入り、犯罪には手を染めなかった朴訥な印象を受ける上級冒険者だ。

 

「あんな事件の後だ。俺達を迎え入れてくれるところなんて、そうそうないだろう。サポーター連中の監督と護衛役をこなすだけで、迎え入れてくれるというんだ。ミアハ様の慈悲を蹴る理由もなかろう」

「蹴った人もいますけどね……」

 

 アポロン・ファミリアの団員で、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』終了まで捕まっていたルアン・エスペル。作戦とはいえ、参加すら出来なかった彼のこれからを考え、一応誘ってみたのだがムキになって断られていた。それからどうしたかは、こちらも知らない。

 

「団長もエドも、新人団員のこと、リリに丸投げって……。いや、再建で忙しいのは分かるんですけどね」

「よーし。これで仕入れてきた材料は全部だなー!」

「ふむ、ちょうど良いところに間に合ったようだな」

「……みんな、ご飯買ってきたから、休憩」

 

 そうこうするうちに、建築材料の運び込みが終了となり、未だに瓦礫の山のままである『青の薬舗』の手前や周りに材料が積まれた。それを監督していたエドがOKを出し、そこに専門の薬研や器材を購入に行っていたミアハとナァーザが戻って来る。漸く新旧≪ミアハ・ファミリア≫の全員が揃った。

 

「がはははは! 邪魔するぞぉ、ミアハぁ!」

 

 何故か、呼ばれてもいない神物(じんぶつ)が目の前に現れた。神ディアンケヒト。同じ施薬院の派閥ではあるが、負債を笠に着て散々嫌味を言ってきた相手なので、ミアハ・ファミリア全員から嫌われていた。

 

「ディアンか。一体、今日はどうしたのだ? おぬしのところへの負債は完済したはずだが」

「んー? 貧乏な癖に、生意気にも借金を返し、そのせいで本拠地(ホーム)の再建費用が足りないそうではないか! お前たちの間抜けさを笑いに来てやったのよ。がはははははは!」

 

 ……目の前の神は、どれだけ暇なのだ?ともあれ、一通り笑われた後、かなりイラっとしたナァーザが近くにいたエドへと指示を出した。

 

「……エド。ごー」

「あいよー」

 

 けだるげに両手を合わせ、地面へと降ろす。青い錬成光が瓦礫と建築材料へと奔り、地面から建物を生み出す。ほどなくして、目の前には清潔感溢れる白い漆喰で覆われた新たなる建築物が生じていた。

 

「…………は?」

「まあ、再建費用が足りないってのは、事実なんだよな。ほれ、新人団員ども。錬金術で建物建てると、あちこちに『錬成痕』っていう独特のムラ(・・)が出来るんだ。全体を滑らかにするため、手分けして漆喰で仕上げるぞ」

 

 エドの号令とともに、新人団員のサポーターたちが手分けして同じ色の白い漆喰を塗っていく。本職を雇うお金が無かったのは痛いが、何だかんだで人数も多いので、夕方までには終わるだろう。

 

「……それで、何を笑いに来たのだ? ディアンよ」

「ぐ、ぐぐ、ぐ……おぉのれぇえええええ!!」

 

 暇神な神ディアンケヒト様は、勝手にやって来て、勝手に怒って帰ってしまった。あそこの団員は苦労していそうだ。

 

「……まあ、あっちの神のことはいいです。問題は――――」

「あー、俺達の元主神様(・・・・)のことか」

 

 再建されていく『青の薬舗』のすぐ横の路地に、リリが目を向ける。そこにはまるで暗闇に溶け込むように蹲る一柱の神がいた。長く黒い前髪に覆われ、その瞳は見えない。

 

 元≪ソーマ・ファミリア≫主神、ソーマ本神(ほんにん)であった。

 




エピローグ前半終了。神ソーマとの決着、リリの告白の答え、ランクアップにパーティーのこれからと……まだ書いていないことが山積みなので、もしかすると後一話で終わらないかも。お盆が迫って来る……!

そして、大量に出来た後輩の世話で休む暇が無くなったリリwエドもナァーザも見捨てたくて見捨てたんじゃなくて、再建準備で忙しかったんです。錬金術で建築しましたが、あの錬成痕が気になるって人も出そうですよね。


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最終話 神への祈り

――兄さん、僕、ずっと考えてたことがあるんだ
――ああ。きっと、同じこと考えてた



 

「それでは、新たなるミアハ・ファミリアの門出を祝うとしよう――――乾杯」

『カンパーイ!!』

 

 ミアハ様の号令の元、新『青の薬舗』店内にて、立食パーティーが開催した。新たな店舗の再建と再出発を祝して、身内のメンバーと世話になったファミリアを呼んで宴会を催したのだ。あちこちで杯が進む中、リリがチャンドラに怒鳴り散らす。

 

「って、チャンドラさん! なに、本物の『神酒(ソーマ)』まで開けてるんですか!? 今日は、市場に売り出してる失敗作の一部のみって決めたじゃないですか!」

「んー? 固いことは言うな。酒はこういう楽しい席で飲んでこそだろう」

「駄目です! せめて、隅っこで飲んで下さい! ここにいる新人団員のほとんどが、下級冒険者なんですよ! 彼らにはこの香りだってキツイんですから!!」

「おう、それもそうか。なら端に寄って飲むわ。しかし――」

 

 そこでチャンドラは言葉を切り、目の前の少女を見つめる。

 

「お前はこの香りにも、全く酔わなくなったな」

「……まあ、既にLv.3ですからね。香りや杯一杯くらいなら……」

 

 そう、ここにいるリリは、『Lv.3』。彼女だけではなく、あのオリヴァス戦を経験したエドもナァーザも、ランクアップを迎えることとなった。発展アビリティについては、リリは念願の『錬成』を発現し、ナァーザは『弓兵』、エドは『技師』を得た。試してみたところ、錬成は上手くいくわ、弓が前より狙い通りに飛ぶわ、機械鎧(オートメイル)整備の精度と速度が格段に上がるわ、全員驚くような結果を残した。発展アビリティは偉大である。

 

「ああ……この宴会の出費に、派閥の貯金に、今回の建築材料の購入に……早くもファミリアの財政に暗雲発生です……」

「まあ、頑張れ、『会計』。俺は向こうで飲んでくる」

 

 そう言って、チャンドラはさっさと行ってしまった。彼が手に持って行ってしまった『神酒』の値段を思い、また溜息が出る。団員が増えたことで、初期メンバーだった三人はそれぞれ中核の幹部職に就いていたが、『会計』に就いたのは失敗だったかと思う。

 

「オウ、何沈んでんだ、リリルカ? せっかくの酒なんだ、存分に飲めよ」

「貴方も原因の一つですよ、グリード! 今、蔵から持ってきたお酒も『神酒(ソーマ)』ですね?! ロキ様に売りつけようとしてた商品を、何勝手に飲もうとしてるんですか!」

 

 エドの肉体を借りて酒を楽しみに来ている、グリードが現れた。さっきからコイツがこの身体で新人の女の子に声を掛けるたびに、非常に『イラッ』とくる。なんでとは言わないが。

 

「大体、貴方も対外的には『副団長』なんですから、もっと威厳を持ってください……」

「がはは、威厳か。そんなものはいらねえさ! ここにいる部下どもは、全員俺の所有物(もの)! 威厳なんぞなくっても、誰一人見捨てたりしねえ!!」

 

 ……目の前にいる、グリードとエドは、今回『副団長』に就任した。もっともエドの方しか仕事は行わないが。グリードは滅多に出てこないが、何だかんだで仲間を見捨てる性格でもないので、そこは心配していない。心配は、そこではない。

 

「そっちじゃなくて、いつか貴方は、派閥の予算を私的流用とかしそうで怖いんですよ」

「おお、そっちも俺の所有物(もの)だからな」

「違います!!」

 

 この先、派閥の会計は完全に自分が管理掌握しようと、固く誓うリリだった。

 

「……二人とも、楽しんでる?」

「ふむ、リリよ。開けてしまった『神酒(ソーマ)』は仕方あるまい。しっかりと飲み干してこそというものだ」

「ナァーザ団長、ミアハ様……」

 

 あちこちで新人団員に話しかけ、これからは旧悪を忘れ、同じ主神(かみ)の血を分けた眷族(こども)としてやっていこう、と呼びかけていた団長と主神が戻って来た。これでようやく、いつもの≪ミアハ・ファミリア≫が戻って来たような気がする。

 

「しかし…………やはりあやつ(・・・)は姿を見せておらぬな」

「……はい。部屋にこもりきり」

「チッ、どうにも(やっこ)さんは苦手だ」

「…………」

 

 この祝いの席に呼んでいた神物(じんぶつ)は、今も『青の薬舗』の一角に作った私室から出てこない。あの戦争遊戯(ウォーゲーム)の日から、彼はずっと現実から目を背けている。

 

「……呼びに行ってくるとしよう。お前たちは宴会を楽しむとよい」

「いえ。一緒に行く……」

「俺はパスだ。エドに代わりに行かせるぜ」

「……私も行きます」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして着いた二階の奥の部屋。その中で明かりも点けず、寝台(ベッド)の上で膝を抱える神がいた。元≪ソーマ・ファミリア≫主神、ソーマだ。

 

 何故彼が此処にいるかと言うと、彼は基本的に団長のザニスに権力も何もかも掌握されていただけで、闇派閥(イヴィルス)のことも初耳だった。とは言え、元々の原因が彼の団員への無関心だったので、お咎めなしともいかない。危うく天界へ帰されるか、都市外へ永久追放されるかと言ったところだったのだが、ここにいるミアハが、当面の身元引受人になることを申し出たのだ。これによって、ソーマは自身での酒造りを向こう百年禁止され、一年は派閥の再結成も認められないこととなった。

 

「……ソーマよ。降りてこぬか。下では盛大な宴が始まっておるぞ」

「…………」

 

 ミアハの呼びかけにも何も答えない。だが、声を掛けられたのは分かったのか、ゆっくり、ゆっくりと独り言めいた言葉を漏らした。

 

「…………私は……どう、すれば、良かったのだ……?」

 

 なんでこうなってしまったのか。彼の胸に去来するのは、ただ『後悔』だけだった。

 

「最初は……ただの、激励だったのだ……。そのうち、誰もが『神酒(ソーマ)』を求めるようになった……。『神酒(ソーマ)』をくれ、としか言わぬ眷族に、耳を傾けなくなるのは、早かった……」

 

 始まりは、本当に眷族に発破をかけるためだったのだろう。それでも『神酒(ソーマ)』の魔力は、あまりにも強すぎた。

 

「簡単に……『神酒(ソーマ)』に溺れる者たちの言葉は……あまりに軽かった……『神酒(ソーマ)』を飲んだ者たちの声は、届かなかった……」

 

 そのソーマの独白に、沸々と怒りが溜まってきた者がいた。かつてソーマ・ファミリアに所属し、その惨状に誰よりも苦しめられた者――――リリだ。

 

「勝手なこと……言わないでくださいっ……!」

 

 ギリ、と歯ぎしりをし、グリードが蔵から出してしまい、傍らでエドが持ったままだった未開封の『神酒(ソーマ)』をひったくる。蓋を乱暴に開け、そのままラッパ飲みし始めた。

 

「オイ、リリ?!」

「……!?」

 

 エドとソーマが驚愕する中、リリは『神酒(ソーマ)』を全て飲み干し、瓶をテーブルに叩きつけた。いくら杯一杯程度なら酔わない上級冒険者でも、瓶一本の一気飲みともなれば話は別で、もはや神以外は『神酒(ソーマ)』の魔力に抗えない。今にも彼女は多幸感に正気を失うだろう。

 

 ……そのはず、だった。

 

 顔を俯けたリリが、ずかずかと近づき、ソーマの胸倉を掴む。

 

「ソーマ様は……勝手すぎます…………!」

 

 その顔は怒りに染まってはいても、『神酒(ソーマ)』の魔力など微塵も感じさせなかった。

 

「勝手に期待して、勝手に失望して! それで勝手に放り投げたファミリアに! 私がどれだけ苦しんだか、分かってるんですかぁっ!!」

「……!?」

 

 『神酒(ソーマ)』に抗い、ぶつけられる言葉。それは何より、ソーマの胸を打った。

 

「……ソーマ様はこれから、新人団員に酒の醸造を教えてもらいます。ミアハ様やナァーザ団長の『製薬技術』と、ソーマ様の『醸造』、そしてエドの『錬金術』と『錬丹術』……。新人たちに技術を継承していって、私たちも新人の彼らも、いつかそれぞれの幸せを掴めるように……。それに協力することが、私が貴方に与える『罰』です」

「………………」

 

 呆然としたまま、ソーマは目の前の少女を見つめる。眩しかった。目の前の少女の在り方が。

 

「最後に…………ほんの少しだけ、『感謝』、しておきます。ソーマ様のファミリアがあったおかげで……父と母は出会って……私が産まれて……そして……………………私は……心底惚れられる男性(ひと)に…………出会、え…………」

 

 そこまで言って、リリは気絶した。後ろに勢いよく倒れた彼女を、エドが支える。

 

「こんな返事……アリかよ………………」

 

 はあ、と溜息を吐きながら、リリを横抱きにし、エドはそのまま退室した。ベッドに寝かしつけるために、ナァーザもそれに続く。部屋に残ったのは、ミアハとソーマのみ。

 

「……ミア、ハ?」

「……なんだ?」

「……あの子は…………『罰』、とは……」

 

 その言葉に、ミアハは一つだけ溜息を吐き、しっかりとソーマの瞳を見据えた。

 

「あの子の名は、リリルカ・アーデ。物心ついたころからそなたの派閥(ファミリア)におり、つい一か月程前、私のファミリアに移り、ようやく幸せを掴もうとしている子だ」

「…………!?」

 

 ソーマは、目を瞠る。彼女が自分の派閥にいたことなど、まるで記憶に無かったからだ。

 

「――地上の子供たちに、もう一度目を向けて見よ。彼らは、不変である我らでは考えられぬほど、可能性(きせき)に満ちておるぞ」

 

 そう言って、ミアハもまた部屋を去った。

 

 ――こののち、≪ミアハ・ファミリア≫では酒も取り扱うことになるが、それは一時的なものであった。数年後、そこから独立する形で新生≪ソーマ・ファミリア≫が発足し、都市だけでなく世界に名を轟かせる『酒造』の派閥(ファミリア)が生まれることとなる。そこでは『神酒(ソーマ)』に勝るとも劣らないと、酒好きのロキに言わしめた『銘酒』が生まれ、また『戦う杜氏(とうじ)』という詳細不明な役職まで生まれた。

 そして新たな派閥では、初代団長に選ばれたドワーフが「最後まで残って正解だった。これで後輩たちの美味い酒を、生涯飲める」という言葉を残したり、眷族(こども)たちに酒造りを教えながら、照れたように笑う主神の姿が見られたと言う。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ミアハが追いついた時、エドとナァーザは、まだ廊下にいた。

 

「どうしたのだ、お前たち?」

「…………」

「いや、それが……」

 

 二人そろって、口ごもる。もっとも原因は明らかだった。

 

()こ行くんれすか、エド~? 早く、下に行って飲み直しましょう~~?」

 

 気絶から戻ったリリが、全然部屋に戻ろうとしてくれないのだ。かと言ってこのべろんべろんに酔っ払った状態の彼女を宴会に出すのも気が引ける。

 

「……まあ、部屋に入らぬのでは、下に連れて行くしかあるまい。酔い覚ましに果実水でも飲ませておいて、しばらくすれば酔いも冷めよう」

「……そうしますか」

 

 暴れるリリを改めて抱き直し、階下へ下りる階段の方へと歩を進める。階段は人を横抱きにするには狭く、リリの静かな息遣いが感じられるほどに密着した。

 

「…………エド」

 

 そんな中、静かにリリが呟いた。

 

「起きたのか、リリ?」

「……………………」

 

 だが、その呼びかけに、リリは答えない。空耳だったか?と思い始めた時、本当に小さな声が、耳に届いた。

 

「さっきの答え…………お酒の勢いでも、本気ですから」

「…………?!」

 

 慌てて目を向けるが、リリは静かに寝息を立てている。エドはどうにも混乱しながら、階段を下り、辿り着いた会場の扉を開けた。

 

「あ、戻って来たー! どこ行ってたんだい、ナァーザ君、エド君、リリ君! 皆の宴なのに、ボクらだけじゃどうしようもないじゃないか!!」

「って、エド。リリは大丈夫? 具合悪いなら無理しないほうが……」

「なんだ、リリスケ寝ちまったのか? 折角美味いツマミを買って来たのに」

「あ、エド殿。こちら千草と一緒に作りました、お祝いの膳です。よろしければ酒の席の箸休めにでも」

 

 そこにいたのは、遅れて到着した≪ヘスティア・ファミリア≫の面々。どうやら招待状を贈った他派閥の客人も全員到着したようだ。

 

「ミアハよ。今日はお招きいただき感謝するぞ! これからも薬や道具では何かと世話になるかも知れんが、どうか末永くよろしく頼む」

「招待、お礼申し上げます。さて、エド、少し飲み比べでもどうだ?」

「……ど、どうも。み、(みこと)ちゃんが持ってる御膳は、お、美味しいと思うので、食べてみてください……」

 

 こちらは≪タケミカヅチ・ファミリア≫。ちなみに桜花がその手に持った極東の清酒二本に、早くもチャンドラさんが群がっている。

 

「結構な大所帯になったなあ、ミアハんとこも……まあ、こっちもよろしく頼むわ」

「ところでロキ、ファミリアの為替を持ち出して、一体何を買う気だい?」

「……ロキは、お酒好き」

 

 こっちは≪ロキ・ファミリア≫。真の『神酒(ソーマ)』が出るかも、と匂わせたら、二つ返事で参加に了承した。

 

「おう、()っとるぞ」

 

 ≪ゴブニュ・ファミリア≫の皆さん。今回の再建でも多大な迷惑をかけた。

 

「いやあ、めでたい! 俺も王国(ラキア)でしか取れない食べ物を持ってきたから、混ぜておくれよ!」

「それ、隊商(キャラバン)に渡す予定の商品じゃありませんでしたか……?」

 

 最後に≪ヘルメス・ファミリア≫。招待状出していないのに、どうやって来たんだ?

 

 リリを壁際の席に座らせ、周りを見回して口元を緩める。

 

(――――なあ、エド)

(グリードか)

(お前にとっちゃ、こいつ等も『仲間(かぞく)』か?)

(…………へっ)

 

 すぐには答えず、一つだけ息を吐く。

 

 

「――当ったり前だろ」

 

 

 その答えに、ほんのわずか、リリの口元も緩んだ気がした。

 

「そんじゃ、ここらでかくし芸といくか!!」

「おー! えーやん、やってみい!」

「ほほう、楽しみだな」

 

 エドの提案に、既に酔っ払ったロキやタケミカヅチがやんやの喝采を送る。エドが向かったのは入口近くのテーブル。観客を正面にし、『錬金術』を発動するため、両手を身体の前に出す。

 

「――やはり、似ておるな」

「ん? 何がや、タケミカヅチ?」

「いや、あの動作がだ。極東限定なのだが、身体の前で柏手(かしわで)を打つ動作が――」

 

 パアンッ!と音高く、両手が合わさった。

 

 

「――――まるで、神に祈るかのようだ」

 

 

 錬成の光は、今日もエドを照らし出していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 こうして何処までも家族を求めた彼の物語は、ひとまず終わった。とは言え、語られないからと言って、彼の人生が終わるわけではない。彼はこれからも歩み続け、幾多の痛みを伴う教訓を、犠牲を伴う獲得を得ることになるだろう。

 

 しかし、彼は必ずそれを乗り越え、自分のものとする。そのために前を向く。立って歩く。いつか、何にも代えがたい『鋼』のような心を手に入れるために――!

 




これにて、終了……!およそ二か月ほどでしたが、皆さんお世話になりました!

リリの告白は、ソーマとの決別と絡めました。杯一杯じゃ酔わないので、瓶一本飲ませることに。そして、ソーマはある意味原作以上のハッピーエンドです。

後、最後のタケミカヅチ様の台詞。実は、ハガレンとダンまちを絡めた決め手は、原作中のリンのこの台詞なんですよねw

最後に皆さん、多くの感想、まことにありがとうございました!機会があれば、番外にて!


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番外章
第58話 リリルカ・アーデの憂鬱


――ウインリィ!あー、その……なんだ。えーと、予約つーか、約束つーか、なぁ


 

「――んー、こちらの装備代は削れませんね。ダンジョンで装備をケチれば、死にますし……」

 

 燦々と心地よい日光が照りつける中、一人の少女が外には目もくれず、机で書類の山と格闘していた。

 

 彼女の名は、リリルカ・アーデ。このたび≪ミアハ・ファミリア≫の幹部として、『会計』に抜擢された上級冒険者だ。

 

「で、こちら……費目が『薬品類』となっていますが、この金額、『豊穣の女主人』のお任せメニューを四人分とエールを五杯追加で頼んだ時の金額ですね。派閥の経費と認められません。本人へ請求、と……」

 

 ブツブツと呟きながら、彼女は帳面に記入し、書類をこなしていく。ただ、その眼の下のクマが、彼女の形相を少々凶悪なものに変えていた。

 

「あとは……ヴェルフ様の装備作製のための、『材料費』ですか。これも必要経費ですから、決済して……よし、後は団長と主神の決裁印をいただくだけですね」

「――――リリ、終わった?」

 

 噂をすれば影、とでも言うのか、件の団長と主神が一緒に執務室へと入って来た。それを見て、リリもまた書類をまとめ、席から立ち上がる。

 

「ええ。請求書、領収書ともに区分けして、費目ごとにまとめてあります。いくつか使途不明のものもありましたので、目を通して決済をお願いします」

「そっか……ありがとう」

「いえいえ。ところで、一ついいですか?」

 

 そう前置きして、リリはにこにことした笑みを消すことなく、すうっと息を吸い込んだ。

 

 

「なんで私、≪ヘスティア(・・・・・)ファミリア(・・・・・)≫の『会計』までやってるんですかぁっ!!?」

 

 

 『竈火の館』、≪ヘスティア・ファミリア≫の新本拠地(ホーム)で、リリは魂からの叫びを上げた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ……そもそも、何故リリがヘスティア・ファミリアでも会計を行うことになったのか、話は数日前に遡る。新生≪ミアハ・ファミリア≫の始動と前後して、ヘスティア・ファミリアもまた旧≪アポロン・ファミリア≫の本拠地の改装が終わり、そこを拠点として新たな再出発を切ることになったのだ。

 

 ところが、新たな団員の希望者を募ったまさにその日、希望者全員の前で主神の『二億ヴァリスの借金』が判明するという事件が起こり、あえなく新人団員はゼロとなった。これにはリリの主神で、ヘスティア様と懇意のミアハ様も同情し、団員を少し分けることも考えた。しかし、そもそもミアハ・ファミリアの新人団員は旧≪ソーマ・ファミリア≫でも足手纏いの扱いを受けたサポーターたちであり、そんな『たらい回し』のような不義理はミアハも取りたくは無かった。そして、それより上の上級冒険者四人は、彼らサポーター達の監督役と、苦楽を共にした生え抜きの幹部のみ。彼らを手放すことも、ミアハには出来なかった。

 

 そういった理由と、ミアハ・ファミリアはかつて中堅どころの施薬院だったこともあるので、せめて派閥運営の業務だけでも手伝おう、と主神自ら申し出たのだ。これにはナァーザもエドもリリも溜息混じりだったものの、ミアハ様たってのご命令とあって、了承。業務の手伝いに出た、までは良かったのだが……。

 

「そもそも『会計』はおろか、家計簿の一つもつけた人間がいないって言うのは、どういうことですか! 特にヘスティア様! 元々ベル様とお二人でやっていたなら、支出の簡単な表だけでも残して下さい!!」

「い、いや、ボクは書物を読むのは好きだけど、数字の羅列は頭が痛くなって……」

「そんなんだから、二億なんてとんでもない借金背負う羽目になるんです! しかも未だに、じゃが丸君の屋台吹き飛ばした借金、返し終わってないじゃないですか! 何でアポロン・ファミリアの賠償金から、その分だけは残さなかったんですか! 二億の方も、少しは返そうとか思わなかったんですか?!」

「いや、サポーター君! その二つはどちらも、ボクの責任で背負った借金だ! ベル君たちに迷惑かけるわけにはいかないよ!」

「ドヤ顔するほど、全然いいこと言ってねえですよ! 社会に出たなら神も人も、お金の貸し借りはきちんとしてください! 最悪、派閥の資金から前借りするとか方法あるじゃないですか!」

「おお! そんな方法が――」

「もっとも、私が会計やってる以上認めませんけどね! 主神様のバイトの収入が他の借金の返済にあたっている以上、返済の見込み有りませんし、多重債務まっしぐらじゃないですか!! 返済能力ないのに、前借りなんて言う『借金』しようとしないでください!!」

 

 さしもの超越存在(デウスデア)も、正論で論破されるとなす術がない。しかも完全なる自業自得。ヘスティアは神威すら超えるリリのあまりの迫力に、たじたじとなった。ちなみにベルは、部屋の隅で兎のように震えている。

 

 ……見ての通り、ヘスティア・ファミリアに、まともな金銭管理の出来る人間が、一人もいなかったのだ。主神であるヘスティア様は、元々ニートやってて追い出され、しかも二億の借金まで持ってるので、不適格。団長のベルはほぼ朝から晩までダンジョンで、一番の稼ぎ頭で団長業務もあるので駄目。ヴェルフはダンジョンに行かず工房にいることもあるものの、基本快楽主義者で宵越しの銭を持たないタイプなので、これも駄目。(みこと)は≪タケミカヅチ・ファミリア≫からの一年限定の移籍なので、ソロバンが出来ても来年同じ状態になるため駄目。戦争遊戯(ウォーゲーム)でアポロン・ソーマ同盟軍を退けた歴戦の勇士が、全滅である。

 

「まったく……でも、これで急がなければならない事務書類は終わりです。これでようやく久しぶりにダンジョンに行けます」

「ここ最近、エドもリリも忙しかったもんね……」

「ええ。おかげで、本来なら復帰したナァーザ団長も加えた、新しいパーティーでの戦闘配置を確認するはずだったのに、机に数日向かったままでしたからね。エドはエドで、ナァーザ団長やチャンドラさんと一緒に、新人団員への授業と戦闘訓練とか、いろいろ行ってますし」

戦争遊戯(ウォーゲーム)以来、久しぶりに皆でダンジョンかな?」

 

 ここで、少しリリの顔が曇った。戦争遊戯(ウォーゲーム)前までは、こうしてベルやヴェルフ、そしてエドと一緒に毎日のようにダンジョンに入っていた。だというのに。

 

(――――エドとどんな顔して話せばいいか、全然分かりません……!)

 

 その一点のみが、問題だった。

 実はリリ、先日の酔っ払いながら行ったソーマへの啖呵を、全て覚えていた。エドへ告白めいたセリフを口走ったことも。

 

 啖呵自体は問題なく、またエドもその数日前にキッチリ間接的でも告白しているので、そちらも問題は無い。問題なのは、二人そろって男女交際初心者だということだ。その上リリの場合、あの最悪のソーマ・ファミリアにいたせいで、男性全般に暴力的なイメージがあり、実は少し男性不信も入っている。そのため、どうしても二の足を踏んでしまうのだ。

 

 これら複合的な事由もあって、リリは告白の翌日から、意図的にエドと二人きりになるような状況を避けていた。

 

「……そういえば、春姫様はダンジョンに潜られるんですか?」

 

 サンジョウノ・春姫。先日ヘスティア・タケミカヅチの二つの派閥を巻き込んだ騒動があり、その際に新たにヘスティア・ファミリアに加入した少女だ。ちなみにミアハ・ファミリアは、下手をしたら派閥の存亡の危機になる事態に巻き込めないとヘスティアが言ったこともあり、参加していない。後で聞いて、水臭いではないかとミアハ様が顔を顰めていた。

 

「え。いや、どうなんだろう? 春姫さんの意思も聞いてみないと……」

「でしたら、次のダンジョン探索までに、派閥内で決めておいて頂けますか? もし潜るとなったら、戦闘力はあまり期待できそうにありませんし、私で良ければサポーターの要領をレクチャーしますから」

 

 自分やエドがLv.3に上がった以上、パーティー全体のサポーターを担うのは彼女になることだろう。それを見越した上でのリリの発言だった。

 

「分かった。派閥でよく話し合うよ」

「それでは、本日はこれで。ベル様、ヘスティア様、失礼します」

「ああ。サポーター君、今度はゆっくり遊びに来てくれ」

 

 次来る時は、また書類が溜まっているんだろうな、と考えたリリは内心溜息を吐いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、事件はその日の夜、団員全員での食事中に起きた。

 

「――――え? エドが、戦争に行く?」

 

 それを聞いたリリは、思わずエドを避けていることも忘れて呆然とした声を上げた。

 

「うむ……おぬしも聞いているであろう。王国(ラキア)が近々攻めてくることを」

「で、でも、戦争に向けて招集をかけられているのは、大手の派閥のみで、つい先日中堅に上がったばかりのウチには無関係だったはずでは?」

「……その通り。実際招集というより、ある大手派閥からの応援要請……」

 

 ミアハとナァーザの言葉に少しばかり混乱するが、視線を強めてエドの方を向く。それを受け、エドは少し苦笑しながら経緯を話し始めた。

 

「あー、リリ? いただろ? いつもウチの店で、オレが作ったフィギュアを買って行ってくれる主神(かみ)様が」

「……ガネーシャ様ですか? そう言えば先日も『アルフォンスフィギュア』を購入されましたね。けれど、あそこの規模からすれば、エドの応援はいらないはずでは?」

「いや、何でも今回の王国(ラキア)との戦争は、向こうから攻める気をしばらく失くさせるために、示威行動を兼ねるんだと。オラリオの『脅威』を見せるために、参戦して欲しいとさ」

「…………つまり」

「…………『Gアルフォンス』の出撃要請だ」

 

 これにはリリも、頭を抱えた。つまりガネーシャ側の意図としては、向こうをさっさと降伏させるために、あの巨大人型兵器を必要としたのだ。確かにアレなら、そこそこにボコボコにすれば、向こうも降伏する。互いに被害が少なく済むだろう。

 

「……ギルドや他派閥は、なんと言っているんですか」

「……ギルドは、≪ガネーシャ・ファミリア≫とギルド共同の『指名冒険者依頼(クエスト)』にしてくれるって……そして、全体の指揮と作戦担当してる≪ロキ・ファミリア≫は、面白がって賛成した」

「ま、そう言うわけだ。被害を少なくするためにも少し行ってくるわ」

 

 ナァーザの言葉にエドが追随する。しかしそうとなったら、エドはしばらくオラリオに戻ってこれない。先日からエドを少し避けていたリリとしては、出発前にどう行動すべきか真剣に考え込んでいた。

 

「心配ないわ。帰って来るまでの間なら、私とカサンドラが『リトル・ルーキー』のパーティーとサポーター班を移動して、サポートするから」

「そ、そうだね……」

 

 そこで声を上げたのは、元≪アポロン・ファミリア≫のダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオン。実は彼女たち、先日≪ヘスティア・ファミリア≫に加入しようとホームまで行ったのだが、そこで二億の負債が判明したため、他の派閥を探していたのだ。その後、偶然街中で出会ったミアハ様と話し込み、その神格(じんかく)を見込んで入団を申し込み、今に至っている。

 最初に彼女らに対面したナァーザは、またミアハ様が女性を引っかけたかと、一日機嫌が悪かった。

 

 一方、エドはちらちらとリリを盗み見た後、わずかに咳払いし、やや言いにくそうに声をかけた。

 

「あー……それでな、リリ。明日、時間あるか」

「? ヘスティア・ファミリアの事務仕事も粗方終わりましたから、時間ならありますが?」

「あー、うん。そっか。えっとだな、えー……」

 

 意味のない言葉の羅列に、訝しげにエドの方を向く。見るとエドは顔中に妙な汗をかいており、極度に緊張しているようでもあった。

 

「…………あー、もう! リリ!」

「は、はい!?」

 

 突然の叫び声に驚き、反射的に返事をし、そしてエドの言葉を聞いた。

 

 

「明日、『デート』するぞ!!」

 

 

「……………………………………………………………………………………………………は?」

 

 ある意味、ゴライアスやオリヴァスよりも手強い『決戦』が待ち構えていた。

 




戻ってきました。この話から番外編です!
ヘスティア・ファミリアに会計がいないせいで、パンクしかけているリリ……まあ、後々春姫に頼むんですが。時系列としては春姫来てすぐですね。

エドは、ラキアとの戦争に招集されました。ちょっと考えていたゲストボスとの決戦を書いてみたかったんです。ラキア所属なら、今回限定のボスも有りですから。

そして!次回は、デート話。とは言え、どうやって甘くするかな……。投稿日は明日か明後日になるかと。


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第59話 デート・は・決戦?!

――等価交換だ。オレの人生半分やるから、お前の人生半分くれ!



 

 迷宮都市オラリオのとある噴水前。今、そこに一人の少女が佇んでいた。彼女の名前はリリルカ・アーデ。昨日エドとのデートを、呆然としつつ受けた少女だった。

 

(お、おかしいところとか有りませんかね……?)

 

 噴水の水面で髪型を直す彼女の姿は、何時もの戦闘衣(バトル・クロス)とローブ姿ではない。以前花屋で働いていたときに購入していた普段着用の街着だった。もっとも当時から節約生活だったので、素朴な印象を受ける飾り気なしのシャツにエプロンと一体化したロングスカートの組み合わせ。あまりに素朴すぎて、どっかの村娘と区別がつかない。

 

(いや、今まで節約生活でしたし、街着なんて持ってませんよ! いけませんか? 持ってなきゃいけませんか?!)

 

 端から見ると、水面を覗き込んだ挙句苦悩して、いきなり明後日の方向に怒りだした面白い少女が確認できた。もっとも、そんな場面に駆けてきた少年には、そんなことを気にする余裕も無かったようで。

 

「――(わり)い、遅くなったか?」

 

 リリが振り返ってみると、そこにはホームにいる時と大して変わらない薄手のシャツにスラックスを纏ったエドの姿。むしろ普段の戦闘衣(バトル・クロス)の方が一張羅に見えるのだから、理不尽だ、とリリは思った。

 

「えーと、な……」

「……」

「と、とりあえず、店とか回るか?」

「……はい」

 

 こうして、二人にとって初のデートが開始した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……リリ、そこは違う。エドはエスコートが下手そうなんだから、強引にでも腕を組んで相手に意識させるべき」

「あ、あの、ナァーザ殿? ここで言っても聞こえないかと……」

「で、でもいいのかな? 僕達こんなことして」

「俺はそもそも、強引に連れてこられただけなんだが……」

 

 エドたちから離れること数十(メドル)、路地の影に身を隠すように四人の人影が固まっていた。ミアハ・ファミリア団長のナァーザと、ヘスティア・ファミリアの面々である。

 

「しかし尾行するんだったら、俺達じゃなくて、同じミアハ・ファミリアの誰かを誘えば良かったんじゃないか?」

「……ウチの団員は今全員、上層で経験値稼ぎに行っている。ダフネもカサンドラもチャンドラもその監督役で、ミアハ様は店番だから、誰も空いてなかった……」

「…………あの、それって、ナァーザ殿はついて行かなくて良かったのですか?」

「……………………大丈夫」

「その長い間はなんですか!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんなやり取りは露知らず、エドとリリが最初に訪れたのは、北のメインストリートに並び立つ服飾店。ここに来たがったのはリリで、どうにもまともな街着が無かったのが響いているようだ。

 

「ど、どうですか?」

 

 リリが今着ているのは、全体的にフリルが多めのいわゆる『ゴスロリ服』。色は赤系統でまとめられ、セットの赤いベレー帽には妙なウサギがくっついていた。……何故か、服とセットでゲートボール・スティックのようなハンマーがくっついていたのが気になった。

 

「……似合ってはいるけど、それを認めたら色々危ない気がする」

「……? よく分かりませんけど、それならやめときますか」

 

 再び試着室のカーテンが閉まり、リリが他の服の試着に入る。実際のところ、エドにとって、この試着室の前にいるのはかなりの苦痛でもあった。Lv.3のステイタスで増大した鋭敏な聴覚が、わずかな衣擦れの音も聞き逃さないのだから。

 

 エドは顔を赤らめながら、店内を見回す。小人族(パルゥム)専門を謳う店内には、サイズを小人族(パルゥム)用に裁断した様々な衣服が並んでいた。

 

「……でもよ、流石に『園児服』は無えだろ?」

「? なにか言いましたか、エド?」

「なんでもねえ」

 

 試着中のリリに鷹揚に答えながら、溜息を漏らす。実際何故か店内には、エドが前世で見たような衣服、それもマニアックなものが大量に並んでいた。さっきリリが着ていたゴスロリ、甘ロリ、園児服、赤ん坊用の服とボンネット、体操服にブルマ、さらには名札付きのスクール水着まであった。そういうのに限って、『神推奨』とか書いてあるのだから、頭が痛くなる。

 

「……ふむ。エド?」

「ん? なんだよ?」

「どれがいいか分からないので、試着室に一緒に入って選んでくれませんか? いいと思った奴に着替えさせる(・・・・・・)とか」

「はあ?! 出来るか、んなこと!」

「ヘタレですねえ」

「……!」

 

 からかい混じりの言葉をかけられ、エドが狼狽したり怒ったりもしていたが、そのたびにショーウインドーの外では、一人の犬人(シアンスロープ)が 良い笑顔とともに親指をグッと上げたりしていた。

 

 結局リリが選んだのは、シンプルではあるがスカート端部分にフリルがくっついたワンピースと、レース地が袖や裾に付けられた短衣に、花の刺繍が入ったミニスカートの組み合わせ。結構デザインがシンプルかつ値段が手ごろなのは、やはり選んだ当人の嗜好だろう。

 

 買い物も済み、彼らが次に向かったのは、オラリオ南のメインストリート。大通りから少し外れ、小道へ小道へと進んでいく。

 

「――あの、エド。一体どこへ向かっているんですか?」

 

 両手にリリが購入した荷物を持って先導しているエドに聞くが、どうやら彼も詳しい道は知らないのか、先程から手元に取り出したメモで何度も道を確認していた。

 

「ん~、教えてもらった限りじゃ、小人族(パルゥム)が一息つくには最高の店らしい。夜は酒場なんだけど、昼間は喫茶店や食堂としても営業してるらしいから、行ってみようと思ってな」

「教えてもらった? 一体誰に――」

「お、あったあった。ここだ」

 

 エドが指差したのは、狭い隘路にひっそりと建つ小さな外観の店。言われなければ気付かないほど周囲に溶け込んだその店の名は、『小人の隠れ家亭』。『小人族(パルゥム)以外入店お断り!』の看板が示すとおり、小人族(パルゥム)専用の店なのだろう。

 

 古ぼけた木扉を押し開けると、中の様子が見て取れた。全体的に素朴な印象の内装で統一されているが、一番の特徴はテーブルやイスなどのサイズ。それら全てが小人族(パルゥム)を基準に作られており、成程小人族(パルゥム)には居心地のいい空間だろう。店内はカウンターで珈琲(カフェ)を楽しむ者、昼間から酒を呑みカードに興じる者など様々だが、彼ら全員小人族(パルゥム)であり、普段一般の酒場にいる時には見られないようなリラックスした様子が見えた。

 

 入口近くで店内をキョロキョロと見回っていた二人に、一人の店員が近寄って来た。

 

「いらっしゃい、長台(カウンター)とテーブルの席があるけど――――あ」

「「あ」」

 

 近づいてきた店員は、先日知り合った顔見知りだった。ルアン・エスペル。元≪アポロン・ファミリア≫の下級冒険者。そして、戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に捕まえて、リリがスパイをするために監禁した人物。

 

「お、お前たちのせいで、オイラは冒険者からこんな酒場の店員まで落ちぶれたんだぞ! どうしてくれるんだっ!」

「あー、(わり)い?」

「なんで疑問形なんだよっ!?」

 

 どうも話を聞いていくと、あの後色々な派閥に入団の希望を出したらしいのだが、とっ捕まって戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加も出来なかった『弱さ』が祟って、全て断られたのだそうだ。そして行き着いた先がここの店員だったらしい。

 

「まあ、かなりえげつない手段ではありましたが……償いとして、戦争遊戯(ウォーゲーム)後にウチの派閥に入らないかと誘ったではないですか。どうして断ったんですか?」

「敵だったやつらの施しなんか、受けられるか!」

 

 どうにも本人の能力以外にこの性格も祟っている気がしたが、リリもエドもそこにはあえて触れなかった。

 

「……とりあえず予約していたエルリックだ。席に案内してくれるか」

「……そこの壁際のテーブル席だ。精々高い物を飲んで食って、さっさと帰れよ」

 

 席を指し示すと、ルアンはさっさと行ってしまった。彼もまた、エドやリリと顔を合わせるのは気まずかったのだろう。

 

「まあ、切り替えますか。紅茶の他に軽い食事もとりたいのですが」

「ああ。聞いた話じゃ、簡単なケーキなんかも置いてあるって話だからな」

「さっきからそればっかりですねえ。聞いたって、一体誰に――」

 

「お待ちどお。『カップル用ラブラブミックスドリンク』に『テンプレ用『あーん』ケーキ』だ」

 

「「……………………………………………………………………………………………………ん?」」

 

 注文を決めていなかったエドとリリの目の前に、二本の麦わら(ストロー)を差してオレンジ色のジュースを注いだキングサイズのグラスと、なんかやたらと柄が長い二本のフォークが添えられたハート形のケーキが運ばれてきた。名前から察するに、この長いフォークでカップルの定番イベントをやれという事だろう。運んできたルアンは、仕事は終わったとばかりにさっさと帰ろうとしている。

 

「まてまてまてまて! オレ達まだ何も頼んでねえぞ!」

「いいんだよ。コイツは他のテーブルからの贈り物だから」

「贈り物ってなんですか!? 一体誰がこんなことを!!」

「あー……あの人だよ」

 

 そうしてルアンが指さした方向へと振り向くと――

 

 ――――伊達眼鏡をかけた≪ロキ・ファミリア≫団長、フィン・ディムナが手を振っていた。

 

「…………エド」

「…………おう」

「まさか、この店を教えたのは……」

「ああ……あの人だな……」

「「…………」」

 

 ようやく二人にも全容が見えてきた。デートコースの選定に困っていたエドに、アドバイスしたフィンだったが、二人の初々しいデートを見て楽しもうとわざわざ乗り出してきたのだろう。おまけにこんなメニューを贈ってくる辺り、絶対に彼は主神の悪影響を受けている。

 

「……」

「さ、さすがにこれはねえな。ルアン呼んで他のケーキに変えて貰おうぜ」

「駄目ですよ、エド……」

「え……?」

 

 エドが疑問符を浮かべリリの顔の覗き込む。その顔にはさっきまでとは違う闘気を纏っていた。

 

「ここで退いたら負けです……! 何かは分からないけど、負けなんです……!」

「あー、リリ? もしかして、テンパって、ヤケになってねえか?」

「なってません! それに前みたいにロキ・ファミリアに誘われないように、ここで付け入る隙が無いことを見せつけておく必要があります!!」

「む…………」

 

 言われてみると、リリの言う通り。戦争遊戯(ウォーゲーム)前に誘われた時も思ったが、フィンさんはリリを自分の嫁にと狙っている節がある。それを考えたら、確かにデモンストレーションは必要だろう。

 

「わかったよ……どっちからいく?」

「まずは、ドリンクからです……!」

 

 決然とした声を上げ、リリが二本ある麦わら(ストロー)の片方に口をつけ、もう片方をこちらへと押しやって来た。エドもそれを一度睨みつけると、ゆっくりと口を近づける。

 

 ちゅっ。

 

 軽い水音を立て、触れた唇が液体を嚥下していく。

 

「んっ……」

「んぅっ……」

 

 甘い得も言われぬ液体を舌の上で転がし、ゆっくりと味わい飲み下しながら、わずかに鼻にかかった息が漏れる。ふうっと二人同時に唇を離し、溜めていた息を吐き出した。

 

「次は…………ケーキです……!」

「おう…………」

 

 もはやエドは最初のドリンクでグロッキーではあったが、破れかぶれにフォークを掴み、ケーキの端を小さく切る。

 

「じゃ、じゃあ……………………あ~~~ん」

「……………………ほら」

 

 ケーキの端は見事に彼女の小さな口に収まり、そのままもぐもぐと咀嚼された。それは、いい。それは、いいのだが。ただ、問題なのは……………………どうしても『あーん』をする関係上、エドの意識がリリの『唇』に集中することだった。

 

(……リリの口って、あんなに小さいんだな。結構オレやベルは大口開けてメシ食ったりするけど、こういうのは男女の違いか? しかしなんかあの小さい口でケーキを精一杯頬張るとことか、懸命に口動かすとことかなんか可愛く――――――――って、これじゃオレが変態みたいじゃねえか!?)

 

 願わくば思春期真っ盛りの彼が、道を踏み外さないことを祈ろう――。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 何とかかんとか食事を終え、二人で出た店の前。ちなみに既にフィンさんは帰路についており、最後に「面白かった」という適当な感想を残してくれやがりました。今度ティオネさんに出会ったら、『フィンさんが女性と密会していた』とでも騙してやろうかと本気で考える二人だった。

 

「しかし、この店は逆に疲れましたね。この後はどうします?」

「あー、特に用事も無ければ帰ることになるな」

「……まだ時間も早いですし、少し街の中を散歩しませんか? そこらの露店を冷やかしながら」

「……そうだな」

 

 そこで歩き出そうとしたリリだったが、ふと隣のエドが足元に視線を向け、立ち止まっているのを見てとった。

 

「? どうしたんです、エド?」

「ん……、なんだ。今日誘ったのは、これを言うためだっていうのもあってだな……」

「??」

 

 疑問符がリリの頭を満たしていたが、構わずにエドは一言伝えるべき言葉を発した。

 

 

「リリ! オレと付き合ってくれ!!」

 

 

「…………………………………………」

 

 求愛の言葉の返答は、沈黙だった。

 

「…………エド? 告白(それ)はもう済んだはずですよね?」

「まあ、そうなんだが……面と向かって言わないのはなんか卑怯っつうか、なんつうか……!」

「……………………はあ」

 

 初対面から等価交換を持ち出したり、サポーター契約でキッチリ報酬を計算したり、ずっと付き合ってきたエドの奇妙な律義さに、少しだけ溜息をもらしたリリはゆっくりとエドに近づいた。

 

 

 ――――そのまま、一瞬だけ、エドの唇に自分の唇を触れさせた。

 

 

 呆然としたエドの様子に内心苦笑したリリは、そのまま横へと回り、その片手に思い切り抱き着いた。

 

「さ、行きますよ、エド! 今日の買い物は全部エドのおごりなんですから!」

「お、おい!? リリ、今のはッ?!」

 

 満面の笑みを浮かべる一人の少女に、翻弄される一人の少年。そんな二人の様子を、死線を共に潜り抜けた仲間たちが笑みを浮かべて眺めていた。

 




デート回、終了。ウインドーショッピングから、喫茶店で一休みとある意味定番のコース。甘くするために、勇者に出張していただきましたw

そして、改めて面と向かっての告白。定番の台詞になりましたが、他のどんな決め台詞をハガレンから持ってきても、これだけはエド本人が絞り出さなきゃ駄目だと思ったので。でも少しだけ、等価交換も言わせて見たかったなぁ……。

次から戦争編。ゲストボスに果たして勝てる人間はいるのか……。それが終わったら、数年飛んだifストーリーでもやろうかなと思ってます。


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第60話 めぐりあう因縁

――自分の城に入るのに、裏口から入らねばならぬ理由があるのかね?



 これは今より二十年ほど昔の天界で起こった事件。

 

『何故だ!? 何故こんなことが!!』

 

 頭を掻き毟り狼狽を露わにするのは、この天界において、死を司る神。人間など及びもつかない絶対なる超越存在(デウスデア)

 

『有り得ない、有り得てはいけない……!』

 

 その神が、狼狽し普段からは考えられない醜態をさらしている。目の前に佇む一介の魂は、それを見て薄く笑んだ。

 

――ふむ、そこまで有り得んことかね?

 

『当たり前だ! 何故、何故お前は……!』

 

 隔絶した存在であるはずの神が質問に答える。これもまた有り得ないことだが、構わずその死の神は言葉を続けた。

 

 

『何故お前の魂は、『魂の洗浄』が行われても記憶が消えない?!』

 

 

 それはあってはならない異常事態(イレギュラー)。だというのに、その当事者たる目の前の魂は嘆息しながらこう答えた。

 

――何も不思議ではなかろう。神を名乗る君らの『魂の洗浄』では、私が内包する魂を洗い落とし切れなかった。それだけのことではないのかね?

 

『ぐっ、こうなればもう一度『洗浄』を――』

 

――それは御免こうむる。確かこうなる前に、『魂の洗浄』は一度きりで、終われば次の生を与えられると言っていたな。それが天界の掟だ、とも。まさか神自らが、掟を破るつもりかね?

 

『ぐ、ぐぐぐ……』

 

 反論を封じられ、ぐうの音も出なくなった。神といえどもこの程度かと再度嘆息し、そのまま最初に教えられた転生へと至る出口へと向かった。

 

――さて、まさかこうなるとは。この先の生涯では、私を湧き立たせる戦場には果たして出会えるのか?全く、人間と関わると退屈することがない。

 

 『洗浄』されようとも、決して消えることなき一つの『感情』。それを抱えたある『魂』は、こうしてある世界へと降り立った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 迷宮都市オラリオ。そのダンジョンの一角にて、今日も今日とてモンスターと冒険者の戦闘が起こっていた。

 

「ハアッ!!」

 

 暗闇を切り裂く、一筋の白光。深紅(ルベライト)の瞳持つその光は、今やオラリオの注目の的となった冒険者、ベル・クラネル。彼が縦横無尽に振るう二本の短刀が、たちまちアルミラージの群れを切り裂いた。

 

「おうらっ!」

 

 野太い声を上げ、ヘルハウンドの一角を引き付けるのはヴェルフ・クロッゾ。魔剣鍛冶師クロッゾの末裔。

 

「後方より敵増援来ます! アルミラージ十二!」

 

 スキル『八咫黒烏(ヤタノクロガラス)』で周辺の警戒を進めるのはヤマト・(みこと)。≪タケミカヅチ・ファミリア≫から一年限定で改宗している上級冒険者だ。

 

「ナァーザ団長! 狙撃で数を減らしてください!」

 

 言いながら『ファング・バリスタ』でヘルハウンド二匹をハリネズミにしていくのは、リリルカ・アーデ。純粋なサポーター職から、最近では後衛よりの冒険者へと変化していた。

 

「……了解」

 

 短い返答とともに、増援が現れた通路の入り口に矢の雨が襲う。犬耳と尻尾が生えた彼女の名前は、ナァーザ・エリスイス。冒険者に復帰したばかりとは思えない腕前だった。

 

「わ、私も参ります!」

 

 若干慌てたような声に、全員が振り返る。彼女の名前はサンジョウノ・春姫。Lv.1のサポーター兼妖術師で、そして、彼女が引き抜いたのは、海を干上がらせたり砦をふっ飛ばしたりすることもある『クロッゾの魔剣』。

 

「え」

「あ」

「ちょ」

「……うわー」

「オイ、それは非常用――」

 

「えーい!!」

 

 非常に可愛らしい掛け声とともに、魔物の群れは消し飛んだ。

 

 ……戦闘終了後、ヴェルフは正座する春姫の前で仁王立ちしていた。

 

「……俺は、非常用だって言ったよな」

「……はい」

「……しかも、周囲の安全確認も怠ったよな」

「…………はい」

 

 二人の視線の先には、毛先が微妙に焦げてカールしているベルの姿。他の人員は全員避けたが、一番魔物に近かったベルは、魔剣の焔にモロに巻き込まれた。『サラマンダー・ウール』を纏っていて、しかも回避能力がパーティーでもっとも高いベルでなければ死んでいただろう。

 

 その後しばらくヴェルフの説教が続くのを横目に見ながら、リリはふとダンジョンの天井を見上げた。

 

(エドは……今、どうしているんでしょうかねぇ……)

 

 そんな彼女の様子を目ざとく感じ取り、非常にウザイ感じになった団長にからかわれるまで後十秒。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、こちらは王国(ラキア)との戦場にて。

 

『おうらぁあああああああっ!!』

「「「ぎゃああああああ!!」」」

 

 その腕が振るわれるたび、人が、兵士が飛んだ。

 

『どっせぇえええええええっ!!』

「「「ひぃいいいいいい!!」」」

 

 その足が動くたび、人が、兵士が地面にへばりついた。

 

『ふんぬらぁああああああっ!!』

「「「もうやだぁあああ!!」」」

 

 余りにも、余りにも分かりやすい戦力差を見せつけられて、戦場の兵士たちの戦意はへし折れる寸前だった。

 

「ぬうっ、おのれえっ……!!」

 

 忌々しげに吐き出すのは、王国(ラキア)の全兵士を眷族とする世界最大規模の主神、『軍神』アレス。彼が率いるラキア軍は、いまや壊滅状態。そして軍の兵士のほとんどが、前線に出るのを嫌がっている。その原因は、今も日光を巨大なる全身に浴びて、雄々しく進撃していた。

 

 その様相は、普段の『Gアルフォンス』に比べても一際際立っていた。全身は黒鉄の肌で覆われ、関節はフィギュアにも使用された球体関節。更には腰巻じみた衣服は皺の一つ一つまで忠実に再現され、その特徴的な『仮面』の長い鼻も、大きな耳も、細部に至るまでくっきりと。

 

 つまり、何が言いたいかと言うと。

 

「そんなに目立ちたかったのか、ガネーシャァアアアアアアアア!!」

 

 試作型オラリオ防衛用特別仕様機、『(ジャイアント)ガネーシャ』は今日も絶好調ということだ。

 

 ……今回、エドの戦争参加を要請したのは、よくフィギュアを購入してくれる≪ガネーシャ・ファミリア≫だったわけだが、戦闘に参加するにあたり、エドの巨大人型兵器(ロボット)の形が比較的自由に決められると知ると、途端に形状の変更を求めてきた。主にお祭り好きで目立ちたがりな神ガネーシャのリクエストに応える形で。

 

「ハーッハッハッハッハ!! アレスよ、俺がガネーシャだ!!」

「聞こえてねえんじゃねえか? ここからじゃ」

 

 Gガネーシャの進撃を眺め、有頂天になるガネーシャに呆れているのはグリード。Gガネーシャはエドが操っているため、必然的に今この身体にいるのはグリードだけだ。しかし、さすがに巨大人型兵器(ロボット)を突破するような戦力は王国(ラキア)にも将軍級くらいしかいないため、かなり暇である。

 

「なんか、強敵でも出てこねえかねえ……」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――フム、味方は総崩れと言ったところかね?」

 

 戦場を俯瞰できる丘で、一人の兵士が馬上から戦況を眺めていた。とはいえ、さすがにこんな丘に登らなくとも、あの巨大な人形は一目で分かったが。

 

「ハッ、将軍。先行した軍勢のほとんどがあの巨大兵器と、高レベルの冒険者に蹂躙され、戦線の維持もままならない状態のようです」

「そうか。私も貴族連中に『他国の侵略に備え、王国の守護を行え』などと言う閑職じみた命令さえ出されなければ、すぐにも駆けつけたのだが」

「何を仰せですか。今回のこと、貴族出身の将軍のやっかみによるものであることは明白。だからこそ、戦況が危うくなったらすぐに命令を撤回され、最前線へ急行せよとの命令が下ったのではないですか」

「まあ、そうだな。どれ、これからの事を考えようか」

 

 そうして将軍と呼ばれた人物は、戦場を冷静に観察する。彼から見てもっとも近い戦場は、大戦斧(だいせんぶ)を振るうドワーフの冒険者が騎兵をなぎ倒す辺りと、そのすぐ後ろの巨大人形。

 

「あのドワーフは、恐らく≪ロキ・ファミリア≫のガレス・ランドロックだな……私が単騎で先行する。君らは後から来たまえ」

 

 そう短く告げ、その男は自身の愛馬をドワーフの元へと走らせた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――なんじゃあ?」

 

 ガレスが異変を感じたのは、突然だった。小高い丘から一騎の将兵が駆け下りてくると、周囲の兵士が次々と道を空け、希望を見出したかのように叫びを上げるのだ。

 

「『蛇眼将軍』だ……!」

「本当か!?」

「あれが『万夫不当』?!」

「『無双将軍』!!」

「将軍!」「将軍!!」「将軍!!!」「将軍!!!!」

 

 今の今まで死に体だった兵士たちが、たった一人の将兵の登場で息を吹き返した。

 

(まずいのう……)

 

 明らかに、兵士たちから絶大な信頼を集めている将兵の登場。ここで自分が叩かねば、戦況へ影響を与えることも考えられた。

 

 大戦斧(だいせんぶ)を横に構え、その将兵の前へと立ちはだかる。

 

「悪いが、ここは通せ――――」

退()きたまえ」

「?!!」

 

 馬上に視線を移した刹那、すでにその男は空っぽの鞍を残し、懐にいた。その両手に持ったサーベルが、宙に閃く。

 

「ぐがぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 瞬殺。第一級冒険者の中でも類まれな耐久と膂力を持つガレスが誇る重鎧が、まるで役に立たない。その装甲の薄い部分や関節を、まるで狙い澄ましたかのように斬り裂かれ、ガレスは血の海へと崩れ落ちた。

 

『な――――?!』

 

 次に気が付いたのは、Gガネーシャ。崩れ落ちたガレスを一顧だにせず突っ込んでくる人影に目を瞠った。

 

『コ、コイツは!?』

 

 何かに驚きながらも、迎撃のためその巨大な足で蹴りを放った。

 

「無駄だ、若い冒険者よ」

 

 その巨大な足が、丸太のように斬り飛ばされた。バランスを崩したGガネーシャが倒れる中、ついに将兵はその後ろの天幕へと至った。

 

「誰かは知らんが、捕虜になってもらおう――!」

 

 特徴的な象の仮面をつけた神に対し、将兵は容赦なくサーベルを振るった。天幕に響き渡る、硬質な衝突音。

 

 サーベルは、横から滑り込んで来た『黒い炭素の色に染まった腕』が受け止めていた。

 

「これは………!」

「テメエは……!」

 

 攻撃した側と、防いだ側。双方が申し合せたように同時に飛び退いた。

 

「――ほお。まさかこんな隔たった世界で、こんな出会いがあるとは。つくづくこの世界は、面白い」

「なんで、テメエがここにいやがる……!」

 

 顔はあまり似ていない。そもそも年恰好が違いすぎる。だが、分かる。以前の年齢が60歳でも。今の年齢が二十代前半でも。『黒髪』に『四本のサーベル』くらいしか共通点がなくても。

 

 その『循環竜(ウロボロス)の紋章が刻まれた眼球』だけは、忘れない――――!

 

 

「『憤怒』のラース!!」

 

 

 人造人間(ホムンクルス)『憤怒』のラース。人間の名前を、『キング・ブラッドレイ』。

 魂洗われても決して消えぬ『憤怒』を抱えた『最強の眼』の男は、こうしてかつての因縁持つ『最強の盾』と再会したのだった。

 




というわけで、大総統復活!最初の様子のとおり、転生でダンまち世界の一般人になるはずが、『魂の洗浄』のバグでハガレン世界そのまんまでこっちに来ています。バグった理由は次回ですね。

ハガレン原作では60歳だったというのに、全てのキャラ相手に無双していた近接チートキャラ。戦車に勝利した時点で人外認定。二十代の全盛期な彼に、果たしてダンまち勢でどこまで戦えるのか。
ちなみにガレスはまだ生きてますよ?耐久高くて、オマケにレベル差があったため助かりました。


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第61話 最強の集結

――こうして「死に直面する」というのはいいものだな。
純粋に「死ぬまで戦い抜いてやろう」という気持ちしか湧いてこん



 

 天幕に漂う緊張感。存在するのは二人の人造人間(ホムンクルス)と、一柱の超越存在(デウスデア)のみ。響くのはサーベルで自らの肩をとんとんと叩く、余りにも場に似つかわしくない軽々しい音だけ。

 

「私としては、君がここにいることの方が不思議なのだがね、『強欲』のグリード。ここはあの世界ではないだろうに」

「偶然この世界に流れた魂が、『扉』の向こうから俺の魂の残骸を引っ張り出したんだよ。再生に時間はかかったが、今じゃこの通りだ」

 

 そう言って、黒く染まった手を示す。その手はかつての能力を使える何よりの証拠だった。

 

「そうか。私とは、全く違う経緯だな」

「そっちはどうやったんだ?」

「なに、大したことではない。どうやら私が生前犯した、数々の戦場での罪責が問題だったらしくてな」

 

 そう言って、余りにも軽くサーベルを持った両手を広げ、無防備になる。それは油断でも慢心でもなく、単に構えるだけの脅威を感じていないから。

 

「出自が人間だった私は死後、神を名乗る者の前に引き出されたのだが……なんでも私の犯した虐殺の罪を償わせるために、『魂の洗浄』を施した上で、この世界の最底辺の環境に転生させ、死ぬまで苦しめるつもりだったらしい」

 

 もちろん今生で反省が無ければ何度か繰り返すそうだが、とブラッドレイは薄く笑う。

 

「だが何の因果か、私の魂にへばりついていた『賢者の石』と成り果てた魂の残骸は、私に忘れることを許さなかった。『賢者の石』を根こそぎ削り落とされ、以前のような再生能力を失おうとも、我が『憤怒』と戦場の記憶、そして『最強の眼』はこの魂に焼き付き離れなかったのだ」

 

 それは、あのウロボロスの瞳を見た時から危惧していたこと。どうやら再生こそ出来なくなっても、戦闘能力は以前と全く変わらないようだ。

 

「そして、私はラキア王国の貧民街(スラム)に生まれ落ちた。それからも運に見放されているかのような苦難の毎日だったが……かつての『父』のようなしがらみも支援も無く、純粋に自身の腕のみでのし上がっていくのが楽しくてな。気付けば将軍の地位と、Lv.3のステイタスを手に入れていたよ」

「……ランクアップは確か、魂と器の昇華が起こらなきゃ駄目なはずだが」

「ああ、知っているとも。オラリオ以外でそれだけの経験値(エクセリア)を得るのは難しくてな。仕方なく、貴族上がりの名ばかりの騎士やら将軍やらを挑発して、単騎で彼らの軍勢を叩き潰してランクアップを遂げたのだよ。最後に戦ったのは、東方方面軍の軍勢一万だったかな?」

「周りの兵士が唱和してやがる『万夫不当』って、実話なのかよ……」

 

 道理で兵士たちの人気が高いわけだ。貧民街(スラム)出身で、兵士の最前線を切り拓き無駄な犠牲を出させない将軍。しかも貴族出身者を蹴落としての、成功譚(サクセスストーリー)。民衆からの支持率は絶大だろう。

 

「…………で、ここに来た理由は? いや、それ以前に、お前の今生での望みはなんだ?」

「ふむ…………」

 

 そこで一度黙り、顎に手をやって思案する。そして、その両手のサーベルを翼のように広げ、言い放つ。

 

「理解できるかは知らんが――――何にも縛られず、誰のためでもなく、ただ、戦う。その心地よさに、もう一度辿り着きたい――それだけだよ」

 

 途端に駆け抜ける、純粋で混じり気のない戦意。あまりに膨大な圧力に、グリードが思わず身構える。

 

「つまりはだね、何時か辿り着くまで戦いを続けるために、オラリオに所属する主神殿には少々捕虜としてご足労願いたいというわけだよ」

「来るぞ! さっさと逃げ――!!」

 

 その言葉が終わる前に、ブラッドレイは踏み込み、持っていたサーベルを鋏のようにグリードの首へと繰り出した。天幕に衝撃音が響き渡る。

 

「――む? 成程、会話で時間を稼ぎ、それ(・・)の準備をしていたということか」

「へっ、そういうわけだ!」

 

 サーベルを離した首は、真っ黒な肌に覆われていた。やがてそれだけではなく、全身を紅い雷光が包み、その姿を変えていった。そして現れたのは、肌の全てを硬質の炭素で覆い尽くした異形の姿。

 

「完全なる『最強の盾』か……思えばそれと正面切って戦うのは、初めてだな」

「そう簡単にはやられねえぞ、ラース! 神を捕まえたきゃ俺を倒してからにしな!!」

 

 天幕からダッシュで逃げていくガネーシャを視線で追い、一度ふう、と息を吐き出したブラッドレイは、再び目の前の『敵』へと集中した。

 

「名乗らせてもらおう。ラキア王国軍・王国守備軍所属、キング・ブラッドレイ将軍だ」

「スラム出身だからって、元と同じ名前名乗ってやがんのか。≪ミアハ・ファミリア≫眷族、エド・エルリックの相棒、『強欲』のグリードだ」

「ほお……」

 

 エドの名前を聞き、ブラッドレイがわずかに笑みを浮かべた。それほどまでに、絡まり合った因縁を感じる出会いだった。

 

「その面白い名前についても、じっくり聞かせて貰おうか」

「へっ、聞けるなら――」

 

 互いに重心を傾け、脚に力を溜め、一気に撃発した。

 

「やってみな!」

「むう!」

 

 『盾』と『眼』の戦いが始まった。

 

 先手を奪ったのは意外にもグリード。その爪でブラッドレイの喉笛を引き裂こうと獰猛に攻撃する。しかしどの攻撃も紙一重で躱され、遂にはサーベルで弾き落とされた。途端に攻守が交代する。

 

「ほう、やはり固いな」

「こうなったからには、前みたいにはいかねえぞ、ラース!」

 

 ブラッドレイの剣撃は見事の一言。一撃目で上腕部の固さを確認すると、途端に狙いを関節部に集中し始めた。薄暗い天幕内部にいくつも光る火花が散る。

 

「無駄だ! この『最強の盾』は、普通の鎧とは格が違う! 関節部も例外なく固えんだよ!」

「ふむ…………」

 

 そこからは、一進一退の攻防。膂力(パワー)と耐久で押し切ろうとするグリードと、速度(スピード)と技術で翻弄するブラッドレイ。どちらが崩れるかは全く予想のつかないものとなっていった。

 

「ちいっ! 相変わらずやるじゃねえか!」

「……いや、どうだろうな」

 

 不意にグリードの大振りの攻撃を、ブラッドレイが懐へとすり抜けるように避けた。その瞬間、グリードの背筋にとんでもない悪寒が走り抜けた。

 

「君『程度』では、以前に比べて強くなっているか弱くなっているか、区別が出来ん」

「あ? な――――!!」

 

 ザグン!!と大きな音を立てて、『最強の盾』を展開している左腕にサーベルが突き刺さった。

 

「てめえ、手ぇ抜いてやがったのか!?」

「いや、ただ単に君を切り裂く準備が整っただけに過ぎんよ」

 

 その言葉に左腕を見ると、斬撃の跡がサーベルを突き刺した箇所を中心に散らばっている。自己再生が働かない程の細かな傷を、ずっとつけていたのだと今気付いた。

 

「くそッ!!」

 

 吐き捨てるように右腕の武装を展開し、襲い掛かる。しかしそれもブラッドレイは見透かしていたのか、一瞬の交錯の後、機械鎧(オートメイル)の右腕が宙を舞った。そのまま足を払われ、地面に左腕を昆虫採集のように固定された。

 

「さて、終わりだな、グリード」

「ぐ……!」

 

 何とか左腕を引き抜こうとするが、動かない。サーベルは『最強の盾』と打ち合ったことで刃こぼれしていたものの依然健在であり、その細身に秘められた強固さを誇示していた。

 

「いい剣持ってるじゃねえか。オラリオの外にも、こんないい刀剣が出回ってたとはな……」

「ほう、嬉しいことを言ってくれる。このサーベルは自作でね」

 

 その言葉にグリードの眉が跳ね上がる。サーベルを自作出来て、Lv.3ということは……。

 

「なら、てめえの発展アビリティは……」

「察しの通り、『鍛冶』と『剣士』だよ。私の腕に付いてこれる武器が少ないのが、我慢ならなくてね。実益と趣味が高じて、上級鍛冶師(ハイ・スミス)になってしまった」

 

 最悪である。つまり今後、オラリオの稀少な素材が外に出回って、ブラッドレイの鍛冶の腕が上がれば、さらに脅威度が増すという事だ。確かに実益を兼ねていると言えた。

 

「さて、君に更なる強敵を呼び込むだけの価値があるのであれば、少し長生きできるのだがね。グリード?」

「…………」

 

 剣を突き付けられながらも、グリードは答えない。だが、地面に寝そべったその身体に、やがて幽かな振動を感じると、答えの代わりに笑みを深めた。

 

「強敵なら、待つ必要はねえんじゃねえか、ラース?」

「む? ぬ――――!」

 

 グリードの言葉に顔を上げたブラッドレイに天幕ごと切り裂く斬撃が襲い掛かった。危なげなくもう片方のサーベルでいなすと、襲撃者の正体が明らかになった。

 

「――成程、貴方がガレスをやった将軍か……」

 

 その小さき身にそぐわぬ長槍を構えるのは、フィン・ディムナ。『勇者(ブレイバー)』の二つ名持つ、≪ロキ・ファミリア≫団長の小人族(パルゥム)

 

「ジジイの仇、討たせてもらうぜッ!!」

 

 牙を鳴らす獰猛な狼人(ウェアウルフ)は、ベート・ローガ。『凶狼(ヴァナルガンド)』の二つ名を持つ上級冒険者。

 

「そーだね、ガレスの仇!」

「あのねえ、ティオナ……」

 

 同じように息巻く妹と、それを諌める姉。ティオナ・ヒリュテとティオネ・ヒリュテという≪ロキ・ファミリア≫のアマゾネス姉妹も到着した。

 

「まだ、死んどらんわい!!」

 

 身体中から高等回復薬(ハイポーション)の滴を滴らせ、ガレス・ランドロックもまた、この天幕へと到着していた。

 

「……皆、油断しないで」

 

 静かに続くのは、金髪金眼の美少女。オラリオ最強の女性剣士、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 ブラッドレイは天幕を引き裂いて現れた彼らの背後へと視線を向け、そこに佇むGガネーシャの巨体に合点がいった。

 

「そうか。戦線離脱したガレス・ランドロックと神ガネーシャを、あの巨大人形が本陣まで運んで援軍を呼んで来たのか、中々良い判断だ」

 

「――――どうかな。貴様からは、とてつもなく危険な匂いがしているが」

 

 最後に響いた声に、天幕の中の雰囲気がまたがらりと変わった。そのあまりの圧力に、天幕周りの一般兵やオラリオの冒険者たちは苦しそうに身を縮めたが、ブラッドレイはむしろ待ちかねたように笑みを深めた。

 

「――ほほう。君が話に聞いた『猛者(おうじゃ)』オッタルかね」

 

 視線の先にいたのは、巌のような骨太の筋肉を備えた無骨な武人。オラリオ最強の冒険者、Lv.7の『猛者(おうじゃ)』オッタル。そしてその後ろに続くのは『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』アレン・フローメル、Lv.6ヘグニとヘディン、『炎金の四戦士(ブリンガル)』ガリバー兄弟。

 

 そして、天幕の外側、小高い丘には『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴと『千の妖精(サウザンド・エルフ)』レフィーヤ・ウィリディス。

 

 ≪ロキ・ファミリア≫と≪フレイヤ・ファミリア≫。オラリオの頂点に立つ最強のチームがここに集結した。

 




『グリードVSラース』は決着!そのまま『オラリオ最強チームVSブラッドレイ』に入ります!
ブラッドレイが本編で出てこなかったのは、ミアハ・ヘスティア連合軍全員でかかっても、勝負にならないからなんだよなぁ。よっぽどのイレギュラーでもない限り。

Lv.5~Lv.7までの最強チームが集いましたが……それでも勝てるのか不安になるのは何故だろう。

ちなみに今生のブラッドレイはスラム出身で、死神に見放された不幸人生ですが、そこから腕っぷしで成り上がったため、相応に支持率高いです。多分今クーデター起こしたら、民衆全員諸手を上げてブラッドレイを王や大総統にするくらいに。


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第62話 頂上決戦

――討ち取って名をあげるのは誰だ?


「これはいい。オラリオに名高い、≪ロキ・ファミリア≫と≪フレイヤ・ファミリア≫の主力が集合か。これほどの戦場はそう願っても出会えるものではないな」

 

 オラリオの最強二大派閥に囲まれて、それでも軽口を絶やさない。それだけで目の前の存在が実力も分からない大馬鹿か、高い実力を備えた強敵かのどちらかに絞られ、周囲の全員が緊張を強める。

 

「ん? あれ、フィン。こっちの顔まで真っ黒な人、誰?」

 

 そこで身構えていたティオナが、足元で這いずるように後退してきたグリードを見咎める。味方にまで攻撃されてはたまらないと、顔周りの変身を解いた。

 

「俺だ」

「おー、≪ミアハ・ファミリア≫のウロボロス君かー。今の面白いけど、君の魔法?」

「そんなとこだ」

 

 適当に答え、両脚の仕込みナイフも展開し、今度は手足を硬化する。真っ向から『最強の盾』を破られた以上これだけでは心もとないが、再び全身硬化する負担を考えると、今はそれだけしか出来なかった。

 

 そこで、包囲網の中心にいたブラッドレイに動きがあった。両手にサーベルを持ったまま腕を広げ、笑い出したのだ。

 

「ふふ……やはり今回の戦争は正解だったな」

 

 その笑みは凄惨で獰猛だった。それは獲物を目の前にした、肉食獣の笑み。

 

「ラキア王国軍・王国守備軍所属、キング・ブラッドレイ将軍――討ち取って名をあげるのは誰だ?」

 

 それを合図とするように、同じく肉食系の狼人(ウェアウルフ)、ベートが飛び出した。

 

「死ねよ、雑魚!!」

 

 Lv.5でも最速のベートの蹴り。それが絶妙のタイミング、かわしようのない速度で入ったように見えた。

 

「――雑魚とは、君のことかね?」

 

 蹴りを放ち終わった背中にそんな声がかけられ、ベートは全身が総毛立つのを感じた。

 

「がああッ?!」

 

 右脇腹から背中にかけて十文字に切り裂かれ、ベートはもんどりうって吹き飛んだ。

 

「ベート!?」

「嘘でしょ!?」

 

 吹き飛んだ仲間を案じ、ティオナとティオネがそちらの行方を目で追う。

 

「戦闘の途中で敵から目を離すとは、君らは正気かね?」

 

 何の温かみもない声に背筋を凍らせ、二人同時に振り返る。そこでは既にブラッドレイがその手のサーベルを振り下ろそうとしていた。

 

「油断するでないわ!」

「離れるんだ、ティオネ!」

 

 そこに割り込んだのは、ガレスとフィン。その大威力の戦斧と変幻自在の長槍に、ブラッドレイは攻撃をあきらめ、後ろへと飛び退った。

 

「む?」

 

 そこに襲い掛かったのはガリバー兄弟とヘグニとヘディン。剣が、槌が、槍が、斧が、そして魔法が四方から容赦なく強襲する。

 

「中々見事な連携だ――――が」

 

 その瞬間、何が起こったかは、Lv.3のグリードには分からなかった。一瞬閃光がいくつも閃いたと思ったら、強襲した6人全員が肩や腹から血を流してうずくまっていたのだ。

 

「所詮は人間のやること。完全に隙間の無い連携など、無いものだよ」

 

 有り得ない。それがその場にいる全員の思いだった。

 

「ちょ、ちょっと、フィン? もしかしてラキアにもLv.7の眷族がいたの?」

「……いや、そんなものはいない。事前に得ていた情報からも、最大でLv.3のはずだ」

 

 フィンは答えながらも、うずうず言う親指を静かに見つめていた。彼には分かっていた。これは『警告』の疼きだと。

 

「それにしては有り得ませんよ、団長。ベートはおろか、フレイヤ・ファミリアのヘグニとヘディンが負けるなんて、最低でも同格のレベルじゃないと説明つきません」

「説明自体は出来るよ。少し信じられないけどね」

「ほう?」

 

 ティオナやティオネと話すフィンの会話に、ブラッドレイが乗って来た。もっとも会話に乗っただけで、一切隙を見せてはくれなかったが。

 

「この将軍は、緩急の使い方がとんでもなく上手い。最大でもLv.3の最高速くらいしか出ていない速度を、移動と歩法の技術だけで緩急をつけ、相手の体感速度を数倍に跳ね上げてるんだ」

「ふむ。それだけかね?」

 

 そこでブラッドレイは面白そうに聞き返す。聞かれたフィンは少し考えた後に、口を開いた。

 

「……今のところは」

「五十点だ。それでは正解の半分にすぎん」

「残り半分は……?」

「言うまでもない。この『最強の眼』だよ」

 

 指し示された眼球。そこに刻まれたウロボロスの紋章にフィンが眉を上げ、傍らのグリードを見る。

 

「私は、少しばかり眼が良過ぎるのでな。君らの視線や筋肉の動き、重心や武器の移動、その上瞬き(・・)まで全てが見えているのだよ。相手の視線の死角や、防御の間を外して攻撃を仕掛けるなど造作もないのだ」

「……成程。ベートが攻撃を受けた理由が納得出来たよ。視線の死角、つまり彼には、貴方の動きが見えていなかったわけだ」

「対人戦闘を行う上で、基本となる事柄だ。覚えておきたまえ、若き冒険者の諸君」

 

 突如として行われた対人戦闘の講義。ためにはなったものの、自分たちに出来ないそれが出来ると言う、目の前の将軍との実力差に舌を巻く。

 

「君は、本当にLv.3なのかな?」

「ああ、もちろんだとも。ただ、対人のみでここまでのし上がったのでな。怪物を相手にしている君らとは、根本が違うだけだ」

 

 対人戦闘の極致。目の前にいるのはそういう存在なのだと嫌でも理解できた。

 

「……とはいえ、このまま見ているわけにもいかん」

「まったくだぜ。あの方の眷族をここまでコケにされたんじゃなあ……!」

 

 大剣を構えるオッタルと愛槍を構えるアレン。『猛者(おうじゃ)』と『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』の二人は、脚にとんでもない力を込め、やがて爆発させた。

 

「ぬんッ!」

 

 標的ごと、大地を引き裂くような一撃。衝撃が突き抜け、地面が揺れた。そのまま地面から剣を跳ね上げて次の攻撃へと移り、やがては触れれば砕く豪剣の結界が敷かれた。

 

「らッ!!」

 

 襲い掛かるのは嵐のような槍撃。驟雨となった穂先が、縦横にブラッドレイへと迫った。

 

「うむ、見事」

 

 およそ有り得ない光景だった。間違いなくオラリオ最上級(トップクラス)の攻撃が、Lv.3の剣士一人に通じない。大剣も長槍も身体に掠りはするものの、致命の傷は回避され、その手のサーベルで側面を叩くかのようにいなされていた。

 

 その様子を、アイズは唇を噛みしめながら見つめ、フィンへと向き直った。

 

「フィン……」

「なんだい?」

「いこう……」

 

 それはあまりに短いやり取り。だがそれだけで彼女の意図を察したフィンは少し溜息を吐いた後、隣のガレスへと振り向く。

 

「君はどうするんだい、ガレス」

「決まっとるじゃろうが。この傷の借り返してくれるわ」

 

 三人足並みを揃える。そして、一番右に並んだアイズがその身に秘められた魔法を覚醒させる。

 

「【――目覚めよ(テンペスト)】」

 

 彼女の周囲を、暴風が覆い尽くす。天幕の中に突如発生した強風に、僅かにブラッドレイの視線がそちらへ向いたが、笑みを深めただけで目の前の二者の迎撃へと戻った。

 

「ッッ!!」

 

 裂ぱくの気合とともに、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインが飛来する。そのいきなりのトップスピードに目を見開いたブラッドレイは、両手の剣を交差させ、全力で防御へと回った。

 

「ぬ……ぐうッ…………!」

 

 その絶大の威力を受け止めたサーベルに、僅かに亀裂が入り、ブラッドレイは舌打ちをする。それでも折られる前に攻撃を逸らし、サーベルが完全に折れることだけは防いだのは見事だった。

 

 そこに迫りくる追撃。

 

「はぁああああああッ!」

「お返しじゃあああッ!」

 

 フィンの長槍とガレスの戦斧。その二つを避けるため、サーベルを一本犠牲の足場にして飛び上がり、空中で反転して体勢を整えた。

 

 そこからの攻防は、まさに別次元のものだった。各自の持つ武器が空中を閃き、あちこちで火花を散らす。互いに致命傷は確実に避け、相手の急所を狙いに行く。もはやどちらも捕獲など考えないように殺気のこもった攻撃を繰り出し、それをステイタスの劣る三者が息を呑んで眺めていた。

 

「こんなの、あり……?」

「団長の援護、出来ないじゃない……」

「ちくしょうが……」

 

 ティオナもティオネもグリードも実力者ではあるのに、目の前の戦いについて行けない。全員がそれを悔しい思いで眺めていた。

 

 そんなところに、体内で声が響いた。

 

(――グリード)

(エドか。あのデカ物から戻って来たのか)

(ああ。小回りが利かない人形なんて、良い的だからな。それよりこっちはどうだ?)

(変わらねえよ。改めてラースの奴の化け物ぶりを目の当たりにしてるだけだ)

 

 Lv.6以上の人員と拮抗する、有り得ない戦場。戻って来たエドも何もできずにいると、不意に周囲に声が響いた。

 

「「【汝は業火の化身なり――】」」

 

 静かに響くその二つ(・・)の声に、ティオナ・ティオネ姉妹が喜色満面となる。声の主に覚えがあるのだろう。

 

「「【――ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」」

「フィン、そろそろ退くよ!」

「団長、逃げてください!」

「分かった。ガレス、アイズ、手筈通り逃げるよ!」

 

 そう言うとフィンは槍で相手を力一杯押しのけ、全力で逃げ始めた。

 

「ぬ?」

 

 気づけばオッタルとアレンもまるで包囲するかのように、円を描きながら後退していった。

 

「「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!!」」

「ふむ、この魔法が君たちの切り札という事かね。――――面白い」

 

 そのままブラッドレイは、腰の剣を持ったまま両手を広げ、まるで全身で浴びるかのように歓喜した。

 

「さあ、来たまえ」

 

 

「「【レア・ラーヴァテイン】!!」」

 

 

 それは、文字通り地獄の業火の顕現だった。天幕は消し飛び、大地は天突く火柱に焼かれた。それを為したのは、リヴェリアとレフィーヤの二人。どうやら苦戦を察して、全く同じ魔法を同時に唱えて威力を底上げしたようだ。

 

「やったー! やっぱすごいよ、リヴェリアもレフィーヤも!」

「い、いえいえいえ、そんなことは!」

 

 謙遜するレフィーヤ、おだてるティオナ。決着を確信し、周囲に弛緩した空気が流れ始めた。

 

 その流れに乗らなかったのは、フィンとエドの二人のみ。

 

「……? ふたりとも、どうしたの?」

 

 アイズの質問にも答えない。ただ二人は同じ方向を眺め続けるだけ。そのただならぬ様子にアイズは訝しみ、やがて驚愕して爆心地の方を見据えた。

 

「……うそ」

 

 そこには変わらぬ様子で、キング・ブラッドレイが立っていた。もっとも完全な無傷という訳でもなく、その上半身は襤褸切れと化した服がへばりついており、両手のサーベルもまた根元からへし折れていた。

 

「やれやれ。炎を避け、剣で斬り裂いても、肝心の剣の方が保たんとは。――今日はここまでだな」

 

 溜息を一つ吐くと、爆心地や敵兵に背を向け悠々と歩き始めた。

 

「次の戦いの時は、期待しておるぞ。若き冒険者の諸君」

 

 その背中を、誰一人追うことが出来なかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、キング・ブラッドレイの名はオラリオにも世界中にも響き渡り、第六次オラリオ侵攻戦の英雄として扱われた。フィンなどはかの将軍の実力から、ラキアが再び攻めてくる可能性を示唆したが、情報を集めさせてみると、主神のアレスがオラリオ側の提示した条件で憔悴しており戦争どころではないと判明した。

 

 それでも≪ロキ・ファミリア≫と≪フレイヤ・ファミリア≫の主力陣は、それ以降自主的な鍛錬を行い更なる高みを目指すようになったという。

 

 キング・ブラッドレイ将軍はその後何度もオラリオを脅かし、そのたびオラリオの派閥たちは力を合わせ撃退することとなったが、外敵であると同時にオラリオ最大の好敵手(ライバル)であると後の歴史書は語るようになったという。

 




戦争編、これにて終了。爆破された列車からも逃げ切れた人ですし、炎くらいは避けられると考えたらこうなりました。本当は長文詠唱自体、長すぎて逃げられる可能性大です。

しかし、書いてると、ブラッドレイ無双エンドしか浮かばなかった……

次回はまたエドリリの話に戻ろうかなと考えています。


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第63話 彼と彼女の看病

――これからあんた達が元の身体取り戻すまで、私が全力でサポートするって決めたんだから!


 

 ラキアによる第六次オラリオ侵攻、その戦いは未だ都市郊外で行われているが、エドに関していえば、戦争参加は終了し本拠地(ホーム)に帰ることになった。それと言うのも、キング・ブラッドレイとの交戦の折り、左腕に穴を開けられ、右腕の機械鎧(オートメイル)は叩き斬られた。そのせいでパーツ交換と修理のため、都市に戻ることになったのだ。

 

 帰還が許されたもう一つの理由としては、元々エドの従軍は敵の士気を削ぐのが目的だったこともある。相手の士気がブラッドレイ将軍という個人に左右されている以上、巨大人型兵器(ロボット)で蹂躙されても大して士気も下がらないという判断もあった。

 

 かくして、エドは都市へと帰還し、晴れてダンジョンにも再び潜れることになったのだが……。

 

「なーんで、帰って早々寝込んでるんですかねぇ?」

「う゛~、う゛るぜえ……」

 

 現在エドは≪ミアハ・ファミリア≫の私室にて、高熱を出して寝込んでおり、リリが傍らの椅子に座って体温を確認していた。こうなった理由も実はブラッドレイとの戦いであり、グリードが限界近くまで『全身硬化』で戦ったせいである。身体に極度の負担がかかって、寝込む羽目になったのだ。

 

「……まあ、いいです。私は今日はダンジョンに潜る予定もありませんでしたし、少しついててあげます」

(わり)いな……」

 

 そう言って、リリは近くに置いた洗面器で濡らしたタオルを絞り、額へと乗せた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一方そのころ、ダンジョン内にて。

 

「――それにしても、エドの熱って大丈夫なんですか?」

 

 中層にて探索を続けるパーティーのリーダーを務める白兎の少年が、同じパーティー内の犬人(シアンスロープ)の弓使いの少女に聞いていた。弓使いの少女が、質問を受けて顔を上げる。

 

「……だいじょぶ。本人もしばらくすれば治ると言ってた」

「ん? しかし、ナァーザ殿。心配したリリ殿がわざわざ(・・・・)ダンジョン探索を(・・・・・・・・)休む(・・)ほどなのでは?」

「私たちも、お見舞いに行った方が良かったんじゃ……」

 

 弓使いの少女の言葉に、極東の女性剣士と狐人(ルナール)の少女が疑問を呈す。それに対して答えたのは、弓使いの少女と同じ派閥に改宗した二人の女性冒険者。

 

「大丈夫よ。むしろ、私たちが行ったら二人の邪魔ね」

本拠地(ホーム)の居残り組も、夕方お店閉めるまで絶対にエドの私室に近づかないように厳命してありますし……」

 

 二人の言動に、白兎と極東の女性剣士が首を傾げる。対して狐人(ルナール)の少女は意味が分かったのか、途端に赤面した。

 

「……つまり、エドの奴は色んな意味で『食われる』寸前ってことか?」

 

 直截的な表現をしたのは、鍛冶師の青年。もっともその表現にあまり差異はないのか、≪ミアハ・ファミリア≫の三人は神妙な顔で頷いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 場面は戻ってエドの私室にて。一度席を外したリリがパン粥を持って入って来た。

 

「熱だけですから、本当は普通の食事でもいいんでしょうけど、たまにはこういうのも良いんじゃないですかね」

「あー……確かに胃に負担かけない物の方がいいか」

 

 そう言ってエドが粥の器を受け取ろうとしたが、リリは一向に器を手渡そうとしない。それどころか、実に不吉な感じの笑みを浮かべた。

 

「もー、なにやってるんですかー、エド」

「? え?? え、なに?」

「エドは病人なんですから、私が食べさせてあげます」

 

 そう言うとリリは器を乗せたお盆を寝台(ベッド)近くに置き、そのまま匙で掬った粥を息を吹きかけ冷まし始めた。

 

「ふ~、ふ~~」

「おい、ちょっと待て。何かお前、楽しんでやってないか」

「何言ってるんですかエド。後でからかうネタが大量に出来るなんて、思ってもいないですよ」

「自白してんじゃねぇか!?」

 

 そんなエドの突っ込みには答えもせず、リリはたった今覚ました粥を近づける。もはやエドにとって、これは食事ではなく、ひたすら赤っ恥をかくだけの理不尽な世界へと変わった。

 

「……………………あむ」

「ふふ、味はどうですか? 少しばかり自信があるのですが」

「…………美味い」

 

 たった一口でエドの顔は真っ赤に染まり、口からは溜息が漏れた。もっともリリが手に持っている粥の量を思うと、もはや死地に赴く兵士のような顔つきへと変化していった。

 

 それから数分、エドにとって永遠の責め苦のような食事が終わった。そこでリリがエドの体温を確認すべく、互いの額をくっつけた。

 

「んー、まだ熱がありますね……いっそ、すぐに熱が下がる≪ミアハ・ファミリア≫特製の解熱剤を使いますか」

「は? そんなのあったのか」

 

 リリが出したのは薬包紙にくるまった一揃いの薬。それも錠剤のようだった。

 

「この薬なら、すぐにも回復できますよ」

「………………なあ、リリ。俺もここ一年半『青の薬舗』で店番した経験があるんだが、こんな薬見たことないぞ」

「それはそうです。これは注文が無いと作らない特殊な薬らしいですから」

 

 そう言ってゆっくりと、リリが包みを開いていく。出てきたのは、真っ白な錠剤だった――――但し砲弾型の。

 

「『坐薬』になってますから、すぐに熱下がりますよ!」

「やめてくださいおねがいします」

 

 必死になって頼み込み、何とか坐薬の使用だけは取り止めてもらった。

 

「仕方ありませんね……それなら身体を拭いてあげます。寝汗かきましたよね」

「は? 待て、待て待て待てまてぇッ!!」

 

 寝間着の前を強制的に開けられ、脇や二の腕などを無理矢理に拭かれた。

 

「……今日はホントにどうしたんだよ。今日のお前、なんかおかしいぞ」

「…………」

 

 リリはそれには答えず、やがてエドの身体を拭き終わり、タオルを再び洗面器につけた所で振り返った。

 

「左腕に大怪我して、しかも高熱出るまで身体に無理して戦ってきた、馬鹿な恋人への罰です」

 

 その言葉で合点がいった。そして、それだけ心配させたという事も自覚した。

 

「……本当に、わりい……」

 

 エドにはそれしか言えなかった。

 

「皆は二人の時間作れとか言ってましたけど、今日はそんな気分でもありませんし、エドが寝付くまで付いててあげます。安心して眠って下さい」

「いや、リリにそこにいられると落ち着かないと言うか……」

「つべこべ言わない!」

 

 ぴしゃりと文句を両断され、エドも溜息を吐きながら布団を身体に纏った。その横で、リリはポン、ポンとリズム良く布団を叩いていた。

 

 夕方、ナァーザたちが帰って来てエドの私室を覗き込むと、ベッドの中で安らかに眠るエドの姿と、その布団に突っ伏すように眠る安心しきった顔のリリの姿が見られたという。

 




看病話、終了。後、イチャイチャのシチュとして何があったか……

次回なんですが、更新の間が一日空きます。そして目先を変えて、未来の話をやってみようかなと思っています。エドとリリの未来の話をやって、この番外投稿も一応の完結を考えています。次の巻読んで絡められそうなら、また番外で追加するかもしれませんが。

そう言うわけで番外投稿、次(明後日予定)で最終回です。


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第64話 時は流れて……

――ホント、馬鹿ね。半分どころか、全部あげるわよ!



 時は巡り、世代は変わる……

 

「……いらっしゃいませー」

 

 今日も今日とて、≪ミアハ・ファミリア≫のカウンターには寝ぼけ眼の犬人(シアンスロープ)が店番として陣取っていた。

 

「あ、おはようございます、ナァーザさん。今日は先日頼んだ回復薬(ポーション)万能薬(エリクサー)を受け取りに来ました」

「……ん、ベル、おひさー。リストにあった分は作成して、保管庫に箱詰めしてあるよ……そっちは新人の子だよね? 案内するから、裏口に取りに来て」

 

 そう言うと、ナァーザはベルと≪ヘスティア・ファミリア≫の新人を連れて裏の勝手口へと案内する。そこに荷車をつけ、いくつもの箱詰めされた薬品類を載せ始めた。

 

「明日だっけ? ギルドの依頼で決まった『大規模合同遠征』……」

「ええ、そうです――って、ナァーザさんにも参集来てますよね?! Lv.5以上の主要な冒険者は全員参加って聞きましたし!」

「面倒臭いー……」

「駄目ですよ!」

 

 今回の『遠征』はギルドの依頼によるもので、一か月程前に『遠征』に出た≪ロキ・ファミリア≫が、65階層で壁の中に胎動する巨大モンスターを見たと言うのだ。既に攻略が進んだ60台の階層で、今までに無い巨大なモンスターの発生。しかもそこにいた≪ロキ・ファミリア≫の主力が全力の魔法や攻撃を当てても、びくともしなかったというのだから驚きだ。

 古代、ダンジョンより飛び出した三大モンスターの再来として、ギルドが緊急冒険者依頼(クエスト)を発令したのだ。そして、ここにいる二人は確かに参加資格を持っている。

 

 あの激動のようだった一年から15年。お互いに年齢(とし)を取り、色々と立場も変わった。ナァーザは現在も≪ミアハ・ファミリア≫の団長であり、弓においては都市最強とまで言われるLv.6の冒険者。そして、目の前にいるベルに至っては、前人未到の『Lv.8』に至った都市最強の冒険者だ。もっとも、どれだけランクアップを迎えても、生まれながらの謙虚でヘタレな性格が災いして、荒くれ者っぽい下級冒険者にすらビビるのは情けないが。

 

「……そーいえば、奥さんのアイズも来るの? 子育て大変なんじゃ……」

「……僕が参加するって聞いたら、自分も行くって聞かないんですよ……まあ、子供たちももう七歳ですし、手が離れる頃ではあるんですけどね」

 

 ベルは現在、≪ロキ・ファミリア≫のLv.7冒険者アイズと結婚している。だが、決してそこに至るまで順風満帆ではなかった。

 まず双方の主神には、猛反対された。なんでドチビのとこと、なんでロキのとこなんだと、主張する主神二柱を説得するのにとんでもない時間がかかった。その上、『なんでボクじゃ駄目なんだい、ベルくーん!!』という魂の叫びとともに、地上で禁止された『神の力(アルカナム)』の行使まで行おうとしたとある女神の説得に一番時間がかかった。

 

 なお、双方の主神を説得した決め手は、『生まれてくる子供を、親の無い子供にする気ですか!?』というベルの一言であった。それを聞いた途端主神は蹲って再起不能になり説得出来たが、某狼人(ウェアウルフ)がぶち切れ、『黄昏の館』が半壊すると言う事態になった。

 その後、いきなり抗争を吹っ掛けてきた≪フレイヤ・ファミリア≫との戦いで、『竈火の館』も壊れた。

 

「それで、エドとリリはどこです? 今回の『合同遠征』について打ち合わせしたかったんですが……」

「二人は、いつもの通り……」

「ああ、そっか」

 

 ナァーザの返答に、ベルの視線が都市の東南東を向く。その視線の先は、ダイダロス通り。

 

「『学校』にいるんですね」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――はい、これで本日の『錬丹術概論』は終了です。次回は第五章までやりますから、予習しておいて下さいね」

 

 壇上の女性が授業に用いた参考資料を片付けだす。その女性は見た目非常に幼く、背丈は普通の人間(ヒューマン)と頭二つ以上違う。それもそのはず、彼女の種族は小人族(パルゥム)であり、その上第一級冒険者。通常よりも若々しく見えるのだ。

 

「アーデせんせー。さっきの授業で分からないところあるんですけどー」

「アーデじゃなくて、エルリックだって、何回言やあ分かるんですか? と言うかこの名字に変わって結構経つんですから、絶対わざとですよね?」

 

 生徒の一人の軽口に青筋を浮かべたリリルカ・アーデ――現在ではエルリック夫人となった彼女は、授業用にかけている伊達眼鏡をくいっと上げる。

 

 彼女の目の前にいるのは、ダイダロス通りにある『マリア孤児院』の子供たちと、都市内外からやって来た小人族(パルゥム)の同族たちだ。彼女は現在、彼ら彼女らに『錬丹術』を教える講師に就いている。

 

 こうなった原因としては、ある日ミアハがマリア孤児院の院長に出会い、子供たちの将来のため、無償で授業を行わせてほしいと申し出たことにある。その上で以前から小人族(パルゥム)の将来に対し何か貢献出来ないかと考えていたため、この奇妙な学校が始まったのだ。

 

 マリア孤児院の子供たちは、将来を見据えてまずは文字の読み書きや算数、歴史、科学を学んでいく。その上で専門教科として、≪ミアハ・ファミリア≫の誇る薬学・錬金術・錬丹術を、そして他派閥から招いた非常勤講師によって、さまざまな教科を教えていくことになった。

 都市の内外からやって来た小人族(パルゥム)については、いったん≪ミアハ・ファミリア≫で全員受け入れ、子供たちと一緒に専門科目を教えていくことになっている。そして、学校卒業後の進路については、≪ミアハ・ファミリア≫は干渉せず、即時改宗(コンバージョン)に応じると取り決めた。これによって現在非常勤講師には、新世代の後進を見つけ出そうとしている≪ロキ・ファミリア≫団長のフィン・ディムナ、同族にわずかばかり助力してやるとしてガリバー兄弟などが参加している。彼らの教える『戦闘術』の授業は大人気だ。

 

「さて、他に質問が無ければ帰ります。エドの『総合錬金術』ももう終わる頃ですし」

「おー、旦那とイチャイチャするためだー」

「昨日はどんな風にイチャついたんだ、先生?」

「――――あ゛?」

 

 リリの額に青筋が二つ追加され、教卓から錬成陣入りサポーターグローブが取り出される。デッドラインを越えてしまったと察した生徒たちは、脱兎の勢いで逃げ出した。

 

「――――はあ。あれくらいのからかいで、我を失くすなんて。やっぱり子供を育てるって難しいですね」

 

 反省しきりでグローブを教卓裏の鞄に戻し、帰る準備を進める。教室にしていた部屋を出ると、隣の部屋へと向かった。

 

「エド、帰りますよ」

「おう、リリ! 少し待ってくれるか、後少しで完成しそうなんだ!」

 

 教室の中にいたエドは、一見すると15年前とあまり変わらない。唯一変わったのは眼鏡をかけるようになったことと、顎髭を生やすようになったことだ。

 

 エドの視線の先には、一人の幼い小人族(パルゥム)の少女がいて、必死になって錬成陣から粘土細工を作り出そうとしていた。

 

「よーし、よーし。上手いぞー、ララ。そのまま、そのままー……」

 

 エドの呼びかけが耳に入らないほど集中した少女は、むー、と一際力むと、ようやく完成したのか溜めていた息を一気に吐き出し、エドの方に向き直ってVサインをした。

 

「おー! よく出来たな、流石オレの娘だ!!」

「私の娘でもありますけどね。でも見事です」

 

 完成した粘土細工を見ると、わずかに錬成痕が目立つものの、羽毛の盛り上がりも表現された見事な『鳩』が出来上がった。エドとリリの娘、ララミィ・エルリック。両親から受け継いだ錬金術の素養は、彼女の中で確かに芽吹いていた。

 

「よくやったぞー、ララ」

「パパ、おヒゲいたーい」

「なッ! まさか反抗期!?」

「そんなわけないでしょうに。さ、ララ、帰りますよ」

 

 愛娘に頬ずりしたらダメ出しされたアホな夫を置いといて、娘の小さな手を掴む。やわらかに握られたその手に、じんわりと幸福感が広がって来る。

 

「明日からママもパパも少し長くお出かけですから、今日は思いっ切り甘えても大丈夫ですよ、ララ。久しぶりに一緒のお布団で寝ますか?」

「あう、恥ずかしい……」

「そんなことはないぞ、ララ! よし、今日はパパがお布団で一晩中絵本を読んでやろう!」

「娘を寝かさない気ですか。馬鹿なこと言ってるパパはほっといて、ママと一緒に寝ましょうねー?」

 

 ……本当に、目の前で蹲る子煩悩な父親が、この都市に錬金術と錬丹術を持ち込んだ権威にして、Lv.6の冒険者だとは誰が気付くだろうか。後進も育ってはいるが、未だにこの夫を越えるほどに真理に到達した術師はいない。この人と出会った時は、自分がLv.6になるだなんて、思ってもみなかった。

 

「帰る前にマリア院長に、一言断りますか」

「おう、ララー? マリアせんせいにバイバイしようなー?」

「うん!」

 

 元気よく返事をするララを連れて院長がいる院長室へと向かい、ノックをした後入室した。

 

「はっはっは、お聞きしましたよ。何でもここで冒険者や錬金術師の卵を育てておるとか」

「は、はあ……」

「どうですか。その子供たちの才能、ラキア王国で思い切り伸ばしてみませんか?」

「「……………………なんでいるんですか、ブラッドレイ将軍」」

「まったくだ、なんでいやがる」

 

 目の前にラキア王国最強の将軍、キング・ブラッドレイ将軍がいて、素直に驚いた。グリードは即座に警戒し、エドと交替する。

 

「おお、久しぶりだな、エド・エルリック君、リリルカ君。それに、グリード。なに、ここに錬金術師の卵がいると聞いてな。来年我が軍内に設置予定の、『国家錬金術師』の候補者を獲得出来ないかと赴いてみたのだよ」

「……それは、ここの子供(ガキ)どもを力ずくで浚っていくって意味か?」

 

 不穏な空気に二人そろって戦闘態勢へと移る。ただ、それを見て目の前の将軍の方が手の平を向け、制止してきた。

 

「なに、そんなつもりはないよ。例えば人質を取ったり、浚って無理に錬金術を行わせたとしても、そんな強要では真理に届かん。戦力としてもそんな不安定な者では使い物にならんのでな。あくまで将来の選択肢を増やしに来ただけだ」

「…………」

 

 その言葉にゆっくりと構えを解く。よく見たらサーベルも無いし、本当にただの勧誘なんだろう。

 

「おお、そうだ。この街では珍しい『西瓜』を持参したから、後で食べてくれたまえ。一人でも多くラキアに来てくれるよう、期待しておるよ」

 

 そう言うと、ブラッドレイ将軍はあまりに気軽にその場を去っていった。

 

「……どうやって街に入ったんでしょう?」

「さあな。とりあえずフィンの奴には知らせておけ。そいじゃ戻るぜ」

「えー? グリードパパ、もう行っちゃうのー?」

 

 滅多に会えないもう一人のパパ、グリードに会えてララはご機嫌だったが、もう戻るとなると駄々をこねた。

 

「わりーな、ララミィ。この身体は相棒(エド)のモンで、人生も相棒のモンだ。間借りしてる俺があんまり出てくるのもよくねえのさ」

「ぶー!」

「……ま、今度出てきた時は、ゆっくり肩車でもしてやるからよ」

「わーい!!」

 

 次回の約束を最後にして、グリードは中へと引っ込む。最近ではグリードはダンジョンや戦闘などばかりで、家族と過ごしている時はあまり出てこなくなった。彼なりに遠慮しているのだろうか?

 

 ダイダロス通りから出て、『黄昏の館』へと向かう。門番にフィン団長への手紙を渡してくれるよう頼んで帰路についた。

 

「ブラッドレイ将軍が来ている時に、ホームを空にしていいんでしょうか……?」

「フィンさんに聞いたら、もうすでに街の外に出て、手を振ってたらしいから、大丈夫とは思うぞ?」

 

 大胆不敵。それがラキア最強の将軍の特徴でもあった。

 

「ま、安心しろ。今度どんな強敵が来ても、オレが家族(おまえら)にも眷族(なかま)にも指一本触れさせねえさ」

 

 エドのそんな言葉を聞き、改めて思う。かつて、≪ソーマ・ファミリア≫で得ることの出来なかった居場所は、確かにここにあるのだと

 

「――――エド」

「ん?」

「大好きですよ」

 

 ララの手を掴んだ方と逆の手でエドの肩を掴み、ララの頭越しに跳びつくように唇を奪う。あの日出会った日から十年以上、何度も何度も行ってきた気恥ずかしいやり取り。

 

「…………まあ、オレもな」

「えへへ」

「ララも! ララもパパとママ、大好き!」

 

 手に入れることの出来た、大切な居場所。ソレは、リリにとってもエドにとっても同じこと。だからこそ彼らは、繋いだその手を決して放すことなく、今を生きていく。

 




これにて未来編終了!そして、番外編も一応これで完結となります。

未来編。いろいろ変化あるようですが、最大の変化はエドの容姿。眼鏡にヒゲと思い切りホーエンハイムと同じにw

番外編について。元々番外編はあくまで物語の蛇足と考えていたので、最終章の最終回みたいに全体的なまとめは入りません。今後もし書くとしたら次の9巻やその後の内容にエドリリが絡めるなら、番外に追加でとなります。ただ次巻のあらすじとかアマゾンで見ると、望み薄かな、と考えています。

なので、この物語はここで締めくくりとさせていただきます。アイデア下りてこない限りは、続きを書かないと思いますので、楽しみにしてくださっている皆さん、申し訳ありません。

以前の最終章でも触れましたが、今まで読んで下さった皆さんの応援もあって、この作品は書き上げました。本当にどうもありがとうございました!!
―追記―9/7 21:00
記載を忘れていたグリードの記述、加えました!


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