オラリオで主神讃歌を唱えるのは間違っているだろうか (白籾)
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前奏
迷子の子猫をご案内
人々の賑やかな喧騒が、遠くに感じられる。
ここは、
その中でもとりわけ賑わいをみせる市場。様々なひとが道を行き交い、数え切れないほどの人声が僕を包む。
耳に入る喧騒が、うるさいくらいだった。
澄み渡った青空の下で、ヒューマンの中年女性が野菜を売り、アマゾネスの少女が何に使うかも分からないガラクタをボロい敷物の上に並べて通行人のヒューマンの少年に売ろうとしていて、少年が露出の多い彼女の服装に顔を赤くして断ろうとあわてている。
道を歩く
少し道をはずれた、薄暗い路地では、暗い色のローブをかぶった男二人が怪しげにひそひそと話し合っているのが見える。うん、なんか危なそうな雰囲気。
「──では、そのように」
「──抜かるなよ」
とりあえず、今の会話は聞かなかったことにした。
ここにきて早3ヶ月。
もう大分慣れてきただろうと、所属するギルドの先輩に頼まれたお使いをしに、ダンジョンに赴く冒険者達の迷宮探索に必須なポーションを買いに来た。
……ハズだったんだけど。
(………ここはどこだろう?)
見事に複雑な都市で迷子となってしまった…
確かに道は言われたとおりに辿って来たはずだった。なのに。
「どうしてこうなった………?」
口からつい言葉が漏れる。自慢の鼻も、こうまで雑多なニオイが入り混じっていると、どうもうまくかぎ分けることはできなかった。
僕は、一体どこで道を間違えたんだろうか?
……………オラリオが複雑すぎるのが悪いんだ。
僕は、つい3ヶ月前まで、片田舎で狩りをして生計をたてる母さんと2人暮らしをしていた。
父さんは僕がまだ小さい頃に、
「ダンジョンで身を立ててくる!」
とかいって、それまでやっていた狩人の仕事と僕達2人を放り出して、ここオラリオに飛び出していっちゃったらしい。
「何の前触れもなくあんなこと言い出すんだから、少し驚いたわぁ」
と話す母さんは、狩ってきた鹿の解体をしながら何でもないことのように淡々と言っていた。
父さんは遠いところからきた
思いつきの放浪の旅をしていた途中で同族の母さんと出会って結婚したらしい。
母さんは、父さんのことを、
「いつも思いつきで行動するところがいい」
とかくらいしか言わず、あっさりとしていて全く怒っていなかった。
思いつきで行動するところって、ようは頭がスッカラカンってことじゃないか、って思っても、口に出さないのが大人の対応だ。
「まあ、私との結婚まで思いつきだったら半殺しにしてやるわ。
万が一、万が一だけど……………………オラリオで女を作っていやがったら、その泥棒雌ネコ諸共ぶち殺すわ」
そう言いながら熊の体を素手で引き裂いて、返り血まみれになった母さんは、僕の心臓に悪かった。
僕は母さんを落ち着かせるために現実的な対応法を教えてあげた。
「止めなよ母さん。冒険者は
母さんは、少しだけ逡巡して、
「……………それもそうね。じゃあ、然るべき所に訴え出てやる」
「うん、そうしなよ」
これで父さんが出会い頭に八つ裂きにされる可能性は減った。そう信じている。
母さんは基本的に、頭じゃなくて拳で物事を考える人だったから、ちょっと心配だったけど。
そう、父さんは冒険者になったんだ。
彼らの仕事は、迷宮都市オラリオの下にあるダンジョンで、大昔から人と争い続けてきたモンスターと戦うこと。
あの人みたいな考えなしが、なにも考えずにダンジョンに突っ込んでいくところを想像してみれば、つらい現実がすぐそこにあることには、子供ながらにも気づいていた。
もう一生会えなくなってしまうかもな、とか思ったりもした。でも、そのことについては悲しくはなかった。
英雄譚に語られるような、人の子とモンスターの壮絶な死闘。その先には、輝かしい勝利の栄光と名誉、あるいは敗北の屈辱と避けられぬ死の二つしかない。
自分からその舞台に上がっていった父さんだ。『どっち』に転んだとして、僕が感じるのは父さんの息子だという誇りだけ。
物語の主人公のような父さんを、僕は遠くから応援し続けていこうと思っていた。
ところが、僕が10歳になる誕生日の日に、父さんが突然帰ってきて、
「おい!オラリオに皆で住むぞ!」
とかいって、そのままここオラリオに僕達を連れてきた。
思いつきで。
そんでもって、
「お前も将来俺みたいにすごい冒険者になるんだ!」
とかいって、僕はここオラリオに拠点を持つ、父さんの所属する中堅ファミリア、【ルー・ファミリア】のサポーター見習いになった。
いやされた。無理矢理。ある日突然の思いつきで。
ファミリアってのは、主神っていわれる偉い神様に仕えて、ダンジョンに行ったり、冒険者が求める武器や薬を売ったりするグループみたいなものだ。
父さんと同じファミリアに入って、今は家族3人で1つの家に住んで暮らしている。
父さんは優秀なLv.5の冒険者で、都市最強と名高い【ゼウス・ファミリア】と深く親交のある【ルー・ファミリア】の団長でもあるらしい。
ここに来たときは人の多さにビビりまくっていたから道を覚えるとか無理だったし、家は【ファミリア】のホームからも近いし、ダンジョンにも大人と行くから、これまでまともに1人で出歩いたことなんぞなかったのだ。
だから、迷子になっても仕方ない。
したがって、迷子になっても仕方ない。仕方ないんだ。
重要なことなので2回言った。いや、三回かな?
…………いつかは父さんの背中を越えて立派な冒険者になりたいと僕も思ってる。けどまあ、とりあえず、オラリオで迷子になってるようではだめだろう。
ダンジョンじゃ間違いなく死亡確定です。
「キミ、迷子なのかな?」
ふと、頭上から降ってきた声に顔を向ける。
そこには、優しそうな表情のアマゾネスのきれいなお姉さんがいた。露出が多い大胆な服装がなんだか妙に気まずくて、僕は目のやり場に困ってしまう。
僕はお姉さんから微妙に視線をはずして、
「あ、えっと……そうなんです…」
「ふふ、私の名前はカシュウっていうの。送っていってあげようか?お家はどこ?」
「あ、だ、大丈夫ですっ」
僕は、なんとなく冒険者の意地みたいなものでカシュウさんの申し出を断ってしまった。いや、冒険らしいことすら、危ないからダメだ、ってファミリアの先輩に言われてるから、今はまだ冒険者ですらないけど。
「そう?じゃあ、人も多いし気をつけてね~」
そう言うと、彼女は人混みの中に消えていった。
(しまった、やっぱ道を聞いときゃよかったな)
後悔してもしょうがない。とりあえず、ファミリアのホームに一旦戻って、先輩に道を教えてもらおう。自分のニオイを辿れば行けるはずだし。
……………ということを思っていた時期が僕にもありました。僕のバカっ。愚か者っ。…………はぁ。
全く知らない道に来てしまい、人波に押し流される。日は夕方の橙色に染まり、空が黄色と群青色の見事なコントラストになってもまだ、複雑な路地で迷っていた。
(か、帰れない……)
ニオイをたどれば余裕だ、と思っていたら、香辛料と言う名の悪魔に襲われて見失った、いや、嗅ぎ失った。うう、まだ鼻が痛い……。
どうしよう、このまま帰れないかもしれない。
一度そんな不安が心の中に浮かぶと、後から後から恐ろしい想像が湧いてきた。
このまま帰れなかったらどうしよう。母さんにも先輩にも暗くなったら外を出歩いちゃいけない、って言われていたのに。言いつけを守れなかったらどうしよう。怒られれるよ……。八つ裂きかもしれない……。
ちょっとまって。もしこのまま夜になっちゃったら、真っ暗闇の中で行われている路地裏の怪しい取引を見てしまったら、口封じに殺されてしまうかもしれない!
どうしよう……?
根拠のない恐怖から逃げようと必死に足を動かして、キャットピープルならではの目耳鼻を総動員して必死にオラリオの街を突き進む。
そして、考えなしに走り回った末に、走り疲れて行き着いた先はどこかのファミリアのホームらしき建物。
………………カエルの子はカエルということか。
どでかい壁に囲まれている建物の、これまたどでかい門の前で、門番をしてそうな冒険者らしき人が立っている。
昼から夜へと暗くなっていく街の一角で、魔石灯が門番さん二人の姿を浮かび上がらせていた。
門の前には、エルフの特徴である長い耳を持つ若そうな男の人と、ピンク色の髪に鋭い顔をした、おそらくヒューマンの女性が武器をもたずに立っている。
とにかく、ここのあたりのことは見たことも来たこともない。あ、来たことないなら見たことないのは当たり前だ。
どうしようか。そこの門番さん達に道を聞いてみようか、でもすごく怖そう。
怖いのは、エルフの彼の腰に下がっている装飾の多い剣……ではなくて、その隣に立っている女の人の雰囲気というか、表情だ。不機嫌そうすぎる。明らかに殺気立っている。
エルフの男の人の方とか、よく見れば完全に顔ひきつっていらっしゃる。
僕も顔がひきつってしまっている。
2人とも、俺のことを気にとめていない。門番なのに、こっちに視線を向けようともしない。門番なのに。
あの女の人、何にそんなにイライラしてるんだろ?いや聞けないけど。
行き過ぎた好奇心は身を滅ぼします。
でも、道を聞かないと帰れないよ。
動かない体の代わりに、さっきまで使ってなかったアタマを虚しく労働させる。
オラリオの中を探索するには、一日中走ったとしても足らないらしい。
(ああ………さっきの人に道聞いておけばよかったな………)
と、胸の内で先に立たない後悔をしていると、突然女の人の表情が輝いた。
ん?なんだろうな、すごい濃厚な血のにおいがしてきたけど。冒険者か?
キョロキョロしていると、
「おい、お前、俺達の【ファミリア】に何か用か?」
と、突然後ろからぶっきらぼうな声をかけられる。男の人の声だ。声をかけられるまで気づかなかったなんて、普段なら足音で気づくはずなのに。
思ってたより追いつめられていたことを自覚しつつ、後ろを振り返ってみると、そこには、
血で服を真っ赤に染めている白仮面の男の人がいた。
あれは血だ。間違いない。特徴的なその色はまごうことなき血だ。毎日見てきたからな。
だがですがしかし、表情や立ち姿から見て、この殺人鬼(仮)は無傷っぽい。ということは彼自身の血ではない。
つまり、返り血ですねわかります。殺人鬼かな。
ところで、あの白仮面、どこかで、見たことが、あるような、気が、し……
「ギャーー!?」
何々!?なにこの人怖い殺される!?
一仕事終えた後か!白仮面で顔を隠して返り血浴びてるとかどー考えてもソッチの職業の方ですね分かります!冷静に考えてるんじゃないよ僕!あれっ、体が疲れて動かない!?……………はっ!?これはまさに、蛇ににらまれたカエル状態!?
僕は殺しても美味しくないです!?あれ、殺されるだけじゃなくて食べられちゃうの!?
思わず腰を抜かしてしまい、後ずさるも道の反対側の建物にぶつかって下がれなくなる。
「お前、人を見て悲鳴を上げるなんて失礼すぎるよ……?」
血塗れの男の人が、仮面の額の所を触りながら震え声で言う。
いやほんとごめんなさい!
「お疲れ様です!お帰りが予定より早かったですね!モンスターの血のにおいで先輩が見えるまで判りませんでしたよ~。
あ、そう言えば──」
死の恐怖に怯える僕の存在自体を全く気にしないで、真っ赤な服(染料は返り血)の彼に話しかける門番の怖い女の人。
…………………そうだ、これはモンスターの血のニオイだ!落ち着け僕、相手はただの冒険者だぞ!?
「モルーニェ、お前、ヒューマンだよな?人を臭いで判断するとかヒューマンじゃないよ?」
「あなた様をストーキングするためならば、私は種族も変える所存ですよ」
「オイちょっと待て?それは無理じゃないかな?」
駆け寄ってきた、モルーニェと呼ばれた怖い門番さんを嫌そうな顔で手で押し止めながら突っ込む若い血濡れの男の人。
「なにをおっしゃいますか。ご主人様の『匂い』を嗅ぎ分けるためならば、私は犬にだってなりましょう!」
「それはすごいな、いろんな意味で。まず、ニオイの意味から考え直せ。あとご主人様って言うのやめ」
「はっ!?愛しの旦那様専用の犬、だと?………ハァハァ」
「……………………ちょっと落ち着こう。そして人の話を聞こうな?俺の犬とか一言も言ってない。そしてお前の愛しの旦那様になった憶えは一切ない。」
「ご安心を!不肖モルーニェ、ゼータさんのお話お声お体臭は全て!全て記憶に永久保存しておりますゆえ!」
「うん、お前今すごい気持ち悪いこと言ってるのわかってる?深呼吸しよ?なんだか会話がかみ合ってない気もするし」
マジすごいです。
何がすごいって、そりゃ血まみれなことがさらっと流れていることです一番重要なことですよ男の人はゼータさんと言うらしい。思考がバラバラ死体事件ですなのです。
もしや日常的な光景?なにそれ怖い。殺伐としすぎです。どこかで見たことがあるような気もしなくないけど。あ、ウチの家庭だ。よし、現実と別のことを考えて落ち着かなきゃ。
…………………そう、あれは、女の人のニオイをプンプンさせて父さんが朝帰りを果たした日の話。
「……あなた、お帰りなさい」
「え!?なんで俺の存在に気付いたんだ!?気づかれない自信あったのに!」
こっそりうちに帰ってきた父さんに何故か気付いた母さん。ていうか忍び足しなきゃいけない状況にすんなよ。
「あら、あなたの足音とニオイはちゃんと気づけるわ?
そして繰り広げられるスプラッタ。冒険者ではないはずの母さんがLv.5冒険者の父さんを八つ裂きにしかけたのは記憶に新しかった。
「か、神ゼウスに誘われたんだ、断れないだろ!?」「うるさい」「アギャアァァッ」
……やっぱおもいださなきゃよかったなー。返り血を浴びてる奴はみんなろくでもn
「あ……そこのお前、」
思わず肩をびくつかせる。
男の人が僕に声をかけてきて現実に引き戻された。
「ひ、ひぇ!」
未だ素顔の見えない血濡れの男の人に恐怖する僕。そんな僕に、彼は結構傷ついた顔をした。
「──おいてめぇ。さっきからゼータさんに対して怯えやがって……失礼だろうがぁ!」
「ぅえあ!?」
モルーニェさんと言う人がとてつもない殺気とともにめちゃくちゃ大きい声で叱られて、僕は耳を縮こまらせた。
迷子になって、すごく怖い女の人に怒鳴られて、散々だ。
このまま帰ることもできず、この恐ろしい二人に殺されてしまうんではないだろうか?冒険者っていう職業の人は、優しい人もいるけど、大抵は荒っぽい人がほとんどだ。
後ずさりしようにも後ろは塀。ズリズリ体をすり付けるけど、現状打破には至らない。というかなにしてんだ僕。
目の前の二人からどうにかして逃げようと画策していると、
「──どうしたんですか?」
ふと、足音が近づいてきて、恐喝の現場みたいな僕たちに声をかけてきた。
「あ、た、助けてください!?」
僕は彼らの関心がそちらに向いたスキに、とっさに声の方向へ逃げ出した。
声の聞こえた方には、パンの入った袋を抱えた女の人が立っていた。頭の横からでた巻き角は、彼女が羊の獣人、
白くて長い髪を下ろした彼女の所に駆け寄って、彼女の背に隠れる。この場合は、冒険者の意地とか、男の意地とか言ってる場合ではない。大人の人に大人しく助けてもらうのが最善だ。命あっての何とやらです。
自分の背に隠れた僕を、彼女は困惑した顔で見て、
「これは、一体何をしたんですか?」
「ああ、クレアか」
すると、男の人が、クレアという名前らしい彼女に返事をする。ま、まさかの顔見知り!?
「いやぁ、それがさ───」
彼がかくかくしかじか、とする説明を聞いて、クレアさんは、なるほど、と頷く。
「……あのですね」
「ん?何だ?」
「まずは仮面を外しなさい」
クレアさんが唐突に男の人の顔の仮面に手をかける。
「ちょ、クレア!?ゼータ先輩に何を」「ギャァァッ!?止め、止めて!?痛い!痛いって!今まだ仮面解除してないから!剥がしたら死んじゃうから!?」
「そうですか。解除では時間掛かりますし、何時もの顔を出してください」
「う、うん、わかったよ……」
「返事はハイ」
「ハイ」
すると、突然ゼータさんの仮面に色がつき始めて、みるみるうちに白い仮面が人の顔になっていった。
「うう、イタタ……クレア、恐ろしい子」
「それから、服が血塗れなのもいけません」
あ、ここに来て一番常識的なことを言ってくれた。クレアさん凄い常識人だ。よかったよ、話の分かる普通の人が来てくれて。なんか家庭環境のせいか血塗れな方が普通なんだっていう新常識が生まれる危機だった。
「あ、そうかっておいぃぃ!?服を脱がせようとするな!せめて着替えは防具だけにさせて!?」
……前言撤回。クレアさんは非常識です。
「ゼ、ゼータ先輩の、着替え………?な、なんて破廉恥な!
「モルーニェお前もか!?」
「当たり前です当然です。ゼータ先輩の着☆替☆え!ああ、なんて甘美な響き!」
「あなたは少し落ち着いてください。というか少し黙っててくださいよ気持ち悪い」「あ、魔法はやめてくださいお願いしま」「【星の瞬き】」「アーッ!?」
……モルーニェさんが地面に倒れた。魔法って言ってたけど、一体何をしたんだろう?
「君、私はモルーニェみたいな変態じゃないからね。勘違いしないように」
「あ、はい」
クレアさんの釘刺しに、一も二もなく頷く。ここで断ったら、恐らく僕も瞬いてしまうのでやめておく。そこに転がってる女の人の二の舞にはなりたくない。
ゼータさんが血塗れの防具を取り外して、真っ黒な服になる。体型が分かりにくいけど、恐らくあの服の下には、命をやりとりするのに必要な筋肉が眠っているんだろう。
モンスターの血の影響なのか、何故か彼のニオイは全く分からなかった。獣人の僕にもわからないニオイだなんて、モルーニェさんは一体何を嗅いでいたんだろう?
「服にも少し血が付いていますが……まあいいでしょう」
クレアさんはそう言うと、
「いいですか?ゼータさん。人と話すときは顔隠さない、服装には気を使う!これは当たり前です」
「はい……」
それからですね、とクレアさんが続ける。
「お互いが名前を紹介し合ってないのがだめなんですよ」
「名前……?」
「そうです。名前です。お互いの存在を認め合うのには、まずは自己紹介が必要ですよ。彼がこんなにも怯えるのは、相手のことが分からないからです」
そういうと、クレアさんが僕に振り返って言った。
「ワタシの名前はクレア。クレア・シムスキーっていうの。キミの名前もおしえてくれるかな?」
その優しい声に包まれる感じが、僕の心を落ち着かせてくれる。ようやく僕は震えが止まった。
「え、えと、ルフレ。ルフレ・アドルフです」
「ん?アドルフ?」
「そう、ルフレ君ね。ほら、ゼータさんも!」
「お、おう」
彼は困惑しながらも名乗ってくれた。
「俺の名前はゼータだ。こう見えて、Lv..3冒険者だ。よろしくな」
そう、自らの名前を告げて、笑いかけてくれた。
緊張がほぐれていくのがわかる。僕も人物自然と頬がゆるんだ。
「ふふっ。いい感じですよゼータさん。
ルフレ君、おうちはどこかわかる?」
クレアさんが微笑みながら聞いてくれた。僕は慌てて自分のファミリアの名前を告げる。
「ル、【ルー・ファミリア】ですっ」
「ん?ああ、あの神ゼウス派のファミリアね」
ゼータさんは少し考えてから、
「あそこなら知っているぞ、連れてってやる」
と言ってくれた。
「本当ですか!?」
「嘘なわきゃねーよ」
「ふふ、良かったね、ルフレ君」
「はいっ。ありがとうございます!」
途方に暮れていた僕の心に、彼らの思いやりはとてもありがたかった。
クレアさんと手を振って別れ、僕は服を替えたゼータさんに、ホームまでつれてってもらった。
「それにしても、いや、まさかとは思ったが本当に迷子とはね。
冒険者で迷子とか致命的すぎるだろお前、くくっ」
「うぐっ……」
全くもってその通りです。反論のしようもない。
僕たちはすっかり打ち解けることができて、色々話をしながらすっかり日が暮れて、賑わう
酒場から漏れるオレンジ色の明かりが眩しい。中からは様々な種族の人の笑い声や歌う声が聞こえてくる。ヒューマンの男性冒険者たちが肩を組んで歌を歌い、少年のような姿のパルゥムが老人のような顔をしたドワーフと酒を酌み交わす。賑やかで明るい光景を、僕は楽しみながらホームへと向かっていった。
その後、ゼータさんに僕の所属する【ルー・ファミリア】まで送ってもらい、無事ファミリアの先輩に拳骨をもらった。
「心配したんだぞ!?」
「ごめんなさい!」
長い時間行方不明立った僕を心配してくれていた先輩ことゴータスさんはとは、ファミリアの門の前で会って、驚かれた後、こっぴどく行っ叱られた。無事に帰ってこれたという思いで、僕は涙がでるほど嬉しかった。
拳骨は、痛かったけど。
彼に心配かけてしまったことが、また肝心のお使いもこなせなかったことが申し訳なく、すんごい反省した。
「ありがとうございます、ゼータさん。ほらルフレ!」
「あ、ありがとうございました!」
「なに、俺も暇だったからな。いいってことよ」
僕達はゼータさんに改めてお礼を言って、ファミリアのホームの前で別れた。
それから、ゴータスさんと2人で改めてポーションを買いに行った。ファミリアの皆に、
「心配したぞ~、大丈夫だったか~?」
とか、
「誘拐されたのかと思ったぞ?」
とか、
「え?無事だったの?何で?」
とか言われた。
ついでに、最後の人のせいで道に迷ったことが判明した。嘘教えないでよ!
皆が楽しく笑って、僕は一人ふくれっ面だった。
日常の光景にもドってこれたことが、今は無性に嬉しかった。
今はオラリオの外にいる父さんも早く帰ってきてくれるといいな、と何のこともなく思った。
──ここが、二度と戻れない場所になるとも知らずに。
大筋はあまり変わっていません。
書いてある分まで投稿します。
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捨てられ子猫に救済を
ひらけたスペースに、金属のぶつかり合う音が響く。
「──そうだ、今のは良い打ち込みだったぞ!」
「うぎゃっ!?」
ゴータスさんの剣に短刀を打ち込んだら、腕を捕まれて投げ飛ばされた。
今のは会心の一撃だったのに……。素振りで何度も繰り返してきた型で振り切った短刀は、今までで一番いいといえるような完璧さで入っていったのに、軽くあしらわれてしまい、そのまま上に上がってしまった腕を捕まれたのだ。
しょうがないという面もある。ゴータスさんはLv.2の上級冒険者だ。【ルー・ファミリア】の規格外、Lv.5の父さんを除けば、団員全員がLv.2以下であるから、ゴータスさんは立派な主力メンバーだ。
そんな彼に楽に一撃を加えられる訳ではないのはわかってる。でも、今のはすごく惜しかった気もした。
「今の一撃は良かったなぁ。さすがは兄貴の息子だ。今までで一番良かったんじゃないか?」
「ホントですか!?僕もそんな気がしてたんです!」
「ああ、いい振りだったぞ。上手く体重が乗った切り込みだった」
「えへへ、ありがとうございます!」
誉められちゃった。へ、えへ、えへへ。
「少し休憩しようか」
「はい!」
僕はゴータスさんについていって、ホームに植えられた木の木陰に寝転ぶゴータスさんの横に座る。
「そう言えばルフレ、【ステイタス】はどうなった?」
「え?あ!そうなんですよ!昨日ルー様に更新してもらったら、器用の熟練度がすごく上がってたんです!」
僕は昨晩の【ステイタス】更新の結果をゴータスさんに伝えた。
ルフレ・アドルフ
力:I 96→H 142 敏捷:I 99→H 163 器用:I 85→H 149 耐久:I 63→I 98 魔力:I 0
《魔法》【】
《スキル》【】
「ホントだな。素振りの効果がようやく出てきたな!」
「はい!」
1ヶ月ぶりの更新だったから、たくさん伸びていた。ダンジョンに潜ればもっと伸びるだろうな、と思う。
「まだ魔法は発現してませんでした……本をたくさん読んだのに」
「そんなに簡単にゃあ使えねぇよ。おやっさんがすごいだけだ」
僕の父さんは、前衛で戦いながら魔法を撃つ魔法剣士だ。父さんに、僕も魔法が使いたい、と言ったら、
「本を読め!そしたら魔法が使えるぞ!」
とアドバイスをくれたんだ。………………まさか、あの父さんが読書できたなんて。
僕はこの三ヶ月間、冒険者になろうと必死で努力してきた。朝は日が昇る前から走って体力をつけ、日が沈むまで素振りを繰り返したし、苦手な本も結構読んだ。
なんだか、最近はしっかり自分の努力が身になってきている気がするし、もうすぐ【ステイタス】評価がGに届く。ルー様は、過保護なのか評価がオールGにならないとダンジョンには潜ってはいけないっておっしゃるから、そこが目標だ。
「自分のやりたいことに情熱の全てを注げ!」
と、父さんはいつも僕に言ってくれる。とても父さんらしい言葉だ。
僕は、ダンジョンに潜って、早く皆と冒険がしたい。モンスターとの死闘をくぐり抜け、大歓声の中凱旋してきた父さんの勇姿が 目の奥に焼き付いて離れない。
いつかは父さんと肩を並べて一緒に戦うんだ!
オラリオに来てから、繰り返し抱いてきた決意を胸に、
「ゴータスさん、お願いします!」
冒険者になるための鍛錬に戻った。
そうやって、平和な日々を過ごしていたある日。
都市二大最強派閥である【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】による、ここオラリオに拠点をおく冒険者達全員の悲願。
古代3大モンスターの討伐、その最後。
【隻眼の黒竜】討伐。
それに、【ゼウス・ファミリア】に【ルー・ファミリア】からの協力者として同行した父さんが、死んでしまったことを知った。
「何で……?」
父さんの死を聞いて、今まで目指していた目標が唐突に奪われたショックで、目の前が真っ暗になる感じがした。
もう、あの人の声は聞こえないのだろうか。
僕の中の英雄には、もう会えないのか。
快活で大胆なあの人とは、話すことができないのか。
「行ってくる」の一言とともに出て行った、あのたくましい背中が、瞼の裏から消えてしまうような気がして。
ショックで頭が動かない。
ファミリアのみんなに、頭でっかちとバカにされるだけの僕の頭は、とても役立たずだ。
───悪いことは、だいたい続いてやってくるもんだ。
誰の言葉だっただろうか。
「─────
「くそったれが!っがぁっ…………」
ホームの周りから、【ルー・ファミリア】のメンバーの叫び声が響く。
「何だ………………?」
父さんの死があまりに突然で受け入れられず、ふさぎ込んでいた僕の耳に入った音に驚き、外を見ると
───たくさんの冒険者達が戦っていた。
手に武器を持っている者の中には、見間違えようもなく、僕たちの【ファミリア】のメンバーがいた。
ホームのあちこちから火の手が上がっている。
「んなっ!?」
なにが起こっているの?!
母さんはどこ?
助けなきゃ!
混乱する頭のままで、愛用の短刀を持って部屋を飛び出し、僕達のホームの外へ。
と、
「…あら?どこかで見た顔ね?」
大きな剣を人に突き立てていたアマゾネスの女性が僕の進行方向に立っていた。
その顔に見覚えがあった僕は驚きに目を見開く。
「……え?カシュウ、さん…?」
「あら、もしかしてこないだの
…………………その剣に背中を貫かれていたのは、ゴータスさんだった。
ゴータスさんは、ピクリとも動かず、大量の血を流し続けている。
この間まで、頼れるその背中のあとについて行っていたのに………
「な、何でこんなこと…」
「ちよっとね、私たちの神様がやろうとしていることを邪魔しようとするから、お灸をすえにきたの」
「な、なんで?僕達のファミリアは悪いことなんてしてないじゃん!」
「なに言っているの?私達の
あの方の神意は絶対なんだからっ!!」
彼女は、何かにとり憑かれたように突然叫び出すと、
「お前も死ねぇ!」
と剣をふるってきた。
豹変した彼女のふるう凶刃から僕は慌てて逃げ出す。
が、
「うふふ、逃さないわ……」
一瞬で回り込まれ、退路を絶たれる。これが、彼女ら上級冒険者と、僕たち下級冒険者の、埋められない差。
彼女はそのまま剣を振るってきた。
僕にはなにもできず、目にも留まらぬ速さで振られた剣に斬られ──────
スパン
「やっぱりお前か」
「…え?」
痛くない?斬られてない?
目を開けると、そこには、
「俺ら【ガネーシャ・ファミリア】は中立だ。故に表立って一緒に戦ってやることはできないんだ。すまん。
だが、お前らを秘密で助けてやることくらいはできる。このファミリアには色々恩ももあるしな。
あと、個人的には【フレイヤ・ファミリア】は嫌いなんだ」
僕を斬ろうと迫っていたカシュウさんの首を跳ね飛ばした、ゼータさんが立っていた。
「助けに来てやったぞ、ルフレ」
「っ、ぜ、ゼータざん″!!」
いつぞやの時と同じ血塗れだったのに頼もしく見える彼が助けに来てくれて、僕が助かったことが嬉しくて、僕は泣きながら歓声をあげて、彼に抱きついた。
ゼータさんは僕を片脇に抱えると、少し離れた路地裏の物陰に
「ここで待ってろ」
と言って僕を置いて、
「さすがに【フレイヤ・ファミリア】相手じゃ恐ろしいが、来ててもLv.4のようだし、あの
そう物騒なことをつぶやいて、そのまま僕達のファミリアのホームの屋根に飛び移っていき、白い仮面の顔を変えて、
「じゃ、ヤりますか」
ゼータさんは、僕達のホームの中で行われてる戦いに身を投じていった。
|都市最強派閥《【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】》と親交があり、古代モンスター討伐にも参加していた【ルー・ファミリア】。
僕達のファミリアは、隻眼の黒竜討伐で主力団員が全滅してしまった【ゼウス・ファミリア】に敵対する、今の
僕達の主神だったルー様は、ゼータさんの助け虚しく天界に送還されてしまった。そして。
「………すまない。間に合わなかった」
「そんな………嘘でしょ……?母さんっ……」
僕の母さんは、戦いに巻き込まれて死んでしまい、先輩たちも誰一人として生き残りがいなかった。
部屋中が血で赤く染まり僕達以外の誰もいなくなってしまったホームで、家族も仲間も全て失ってしまった僕は崩れ落ちた。
薄暗い所で目を覚ました。
動き始めたばかりのぼんやりした頭で混乱しながら考える。
落ち着いて考えてみよう。
────ここは、何処だろう?
ここは、どこかの路地裏だ。ひどいニオイがする。
────どうしてこんなところに?
知らないところへふらっと来てしまうなんて、父さんみたいじゃないか。
「……っ」
そこで、父さんがもう死んでしまったことを思い出した。
父さんはもう帰ってこないよ。
そう、悲しそうに言った母さんの顔が思い出されて────
背中を切り裂かれて、真っ赤に染まった母さんを思い出した。
……そうだ、母さんも、死んでしまったんだ。
涙があとからあとへとめどなく流れていく。
─────────何でこんな目に遭う?
今まで、母さんと2人で暮らしてきた。
もといた村の皆だって優しかったし、暖かかった。
ここに来てからは、自慢の父さんとも一緒に暮らしてきたし、【ルー・ファミリア】の皆とも仲良くなれていた。
それなのに、皆、僕をおいて死んでいってしまった。
先輩たちが必死で神ルー様を守って戦っていた中で、僕は、ただ一人だけ生き残ってしまった。
─────────辛い、苦しいよ、嫌だよ、無理だ、どうして?一人になんてなりたくない。
【ファミリア】の皆が遠ざかっていく。
父さんの大きな背中が、母さんの優しい笑顔が遠ざかっていく。
暖かく、柔らかい、家族との記憶が、真っ赤に染まっていくようで……
みんなが、僕の手の届かないところにいってしまう……
イヤだ、待って、一人にしないでよ、おいていかないでよ!!
また、暗闇に意識が飲まれていった。
朝が来て、日が巡り、夜になり。
そんな変化にも気づかずにいた。
「やっと見つけたっ……て、おいおい、おまえ大丈夫そうじゃねぇな。むしろやばそうだ」
誰かの声が聞こえて、突然背負われ、そのまま連れて行かれる。
いったいどこへ?
「おい、ルフレ。この神が俺らの主神・ガネーシャだ。」
何日もの間、街の隅の路地裏で、ぼんやりとしていたらしい僕の元に、ゼータさんがきて、いつの間にか、ゼータさんの【ファミリア】のホームに連れてこられていた。
そんで、僕の前にいらっしゃるのが彼の所属するファミリアの主神、ガネーシャ様らしい。本物に会うのは初めてだけど、全然興味が湧かない。
どうでもいいな。
「──人の子、ルフレよ」
ガネーシャ様に声をかけられる。
「血のつながった家族も、
……そうですね。
僕は無言でうなずいた。
「家族を失う事の苦しみはとても辛いものだ。長い間【ファミリア】の主神としてやってきた俺には分かる。痛いほどにな。」
そうですか。
「だが、その苦しみを自らの内に抱え込んだままであるのは間違っている」
なんで?
「その苦しみを誰かにぶつけるのも間違っている」
その言葉を、頭が拒絶する。
しょうがないじゃないか。
辛い。苦しい。
何で僕だけがこんな目に遭うんだ?なんで僕だけ生き残ってしまったんだ?
「では、どうすればいい?」
視界が暗くなっていく。
また、深い悲しみと憎しみの底に沈んでいくのがわかる。
僕の夢は、どこに消えていってしまったんだろう。
僕の大切なモノを返してくれよ。
「俺が教えてやろう」
何を?今更だ。何もかもなくなっちゃったんだ。
「
僕のファミリアはもうない。皆死んでしまった。キャットピープルは、皆家族が一番大切なんだ。なんでそれをいまさらに求めさせる?もう、いないんだよ。
「俺達の
──!!
その言葉にはっとさせられた。
「辛いことも、楽しいことも、悲しみも、喜びも、皆で分かち合い、感じあうのだ」
まるで乾ききった大地に降り注ぐ雨のように、
「家族を失ってしまった今のおまえに、乗り換えろというのは酷な話だろうな。だが、お前の家族だった者らはお前がそこで停滞すする事を、過去に執着することを望まないだろう!」
「足踏みをするな!前へ足を1歩ふみだせ!」
そこに、真摯に僕を想ってくれているという確信が持てるからなのだろうか。
ひざまずいた状態から顔を上げて、ボサボサの髪の間から、目の前の神をここにきて初めて見る。そこには逞しい体に、何らかの動物を象った勇ましい朱色の仮面をつけた神がいた。
「我らの【ファミリア】に来るがいい、愛しい人の子よ。
俺は人の子が笑っているところを見るのが好きだ。
人の子が幸福に包まれている事を感じるのが好きだ。
人の子が自分の中に秘めていた可能性を開花させ、栄光と勝利を手にする瞬間が大好きだ!
涙で塗れた顔を拭え。前に進め、上をめざせ、俺を見ろ!
その手が憎しみの
誰かを幸せにできる慈愛を施す手に変えろ。
笑え!俺が、俺の名において命じる!」
堂々と言い切るその神が持つのは、人の幸せを願う愛。
すごい。難しい言葉じゃないのに、ありふれたその言葉が胸を熱くしてくれる。
「───俺は、ガネーシャだ!!」
涙が止まらない。
悲しくて哀しくて、流し続けて枯れたのかと思っていた僕の涙が、また流れていく。
悲しくて泣いてるんじゃなかった。これは、喜びのなみだだ。
頭の中に巣くっていた悪感情が、その力強く、自信に満ち溢れた声によって一気に押し流されていく。
「はいっ………!」
僕は、神の崇高さを知って、その偉大さに包まれていた。
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迷える子猫に仲間(ファミリー)を
これから、
初めて神ルー様にあって、背中に彼の恩恵を刻んでもらった日。
あの時は、これまでもらったどんな誕生日プレゼントよりも嬉しかったな。いつかは父さんみたいなすごい冒険者になるんだって、毎日ナイフを振りまわして、先輩に無理を言ってサポーターとしてダンジョンに連れて行ってもらったりもした。
ナイフの素振りをしたり、先輩たちの後ろについて行ってサポーターの真似事みたいなことしかやってなかったから、モンスターとは直接戦ったことはない。それに、神ルーの恩恵を受けて3ヶ月しか経っていなかったから、そんなに
それでも、僕の体に刻まれた、あのファミリアの痕跡がなくなってしまうのは、とてもつらくて寂しくて、溢れ出る涙を止められなかった。自分の背中を支えてくれるものがなくなってしまう気がするんだ。
「やっ、やっぱりイヤ、です……」
決心はついたはずなのに、未練で心が揺れてしまう。
僕は、ガネーシャ様とゼータさんの前で、泣きじゃくって
あの日から、僕はただの弱虫に成り下がってしまった。父さんが、母さんが、僕に失望しているような気がして、よけいに涙が出てくる。
みっともなく泣く僕に、ゼータさんが、
「お前の大切なモノって、何だった?」
「……かっ、家族とか、ファミリアの皆と、過ごした時間、です……」
残酷にすら聞こえる、胸を締め付けるような問いに答える。
「俺達は冒険者だ。冒険者ってのは、自分の大切なもんを自分で守れる力がある。やりたいことをやれる力がある。神達のおかげでな」
自分の大切なモノを、自分で守れる力。
それがあったら。
「お前も冒険者だろ?冒険者は、欲張りでいいんだよ。
次からはしっかり守れよ、お前の大切なもん。そのための、恩恵だ」
大切なモノを、守る力。
今の僕にとって大切なモノって?
大切なモノは、誰かの笑顔だ。
やりたいことを、やれる力。
やりたいことって、何だろう?
僕は、人の幸福を守りたい。幸せを、誰かと分かち合いたい。
皆と笑いあっていた、輝いていた
『やりたいことに情熱の全てを注げ!』
父さんの言葉が反響する。
僕は、
傲慢かもしれないけど、僕を救ってくれたガネーシャ様に、このファミリアに、恩返しがしたかった。
───理由は十分だ。
「すみません。もう大丈夫です。お願いします」
「──わかった」
ガネーシャ様が指から垂らした
神様の指が不可思議な模様を描いて、
少しして、
「よく選んだ。しっかり考えて出した答えだ。胸を張って貫け。
お前が紡ぐ【
「……はい!」
「おまえの人生は、後にも
「はいっ!!」
新しい主神、ガネーシャ様の言葉を胸に刻む。ここから、僕はまた始めるんだ。
笑顔が欲しい。僕と、誰かの笑顔が欲しいんだ。
僕、ルフレ・アドルフは、元いた【ルー・ファミリア】から【ガネーシャ・ファミリア】に
「よし、ここだ。」
連れてこられたのは、大きな浴場だった。
カコン、という気の抜けるような音が聞こえたような気がする。
脱衣所の扉の向こう側には、おっきなガネーシャ様かいた。もちろん彫像だけど。
「お前、汚いからな。風呂に入れ」
そういうと、ゼータさんは僕の服を背中の太刀で斬って脱がし、背中を押して中に入れてくれた。
ありがとうございますゼータさんってそんなわけないだろ!?
僕の身長より長い刀身が体にギリギリ触れないところを滑って斬られた、のかな?
「な、何で僕斬られたんですか!?」
「?うーん、汚れてたし、斬った方がいいかなって。本体を斬らなきゃ大丈夫だ」
うーん、僕の頭が悪いのかな?ちょっとこの人の言ってることがよくわかんない。
まあ、いきなり服を全部着られて裸になってました、なんてことをすぐに理解できる人がいるなら是非お目にかかりたいけど。いやそうじゃなくて、なんで斬った方がいいんだよ!
困惑する僕を、ゼータさんは全く気にもとめない。
「全然良くない!なんですか斬った方がいいかなって!この後何着ればいいんですか!?」
「ああ、それなら大丈夫だ。こういうことはよくあるからな、お前くらいのサイズの服もソコに用意してある」
「服がダメになることがよくあるってどういう事ですか!?」
聞き捨てならないことに突っ込む。僕の叫び声が浴室に反響する。
「……………………なぜか、な。よくあるんだよ」
唐突に遠い目をし出したゼータさんは、なんだか現実から逃げているようにも見えた。
それにしても突然すぎて、あんまりな超絶技巧に反応できなかった。
刀身の滑りは見えない早さではなかったからギリギリ見えたけど、何でもないことのようにやれるような早さではないことは確実だった。
「使い方が分からんだろうから、教えてやるよ」
そういうと、ゼータさんもズボンの裾をあげて浴場に入ってきた。
「ここを押すと、お湯が出てくる」
「おぉ…」
【ルー・ファミリア】にいたときはこんな物はなかった。お風呂では、冷たい水を汲んで汗とか泥を流すくらいだったから、こんな物まであるのか、と驚きが隠せない。さすがは
「そんでもってここに立って……ほら、ここだよ」
圧倒される僕をゼータさんが促す。
「!!」
……………………なんて事だ。水がお湯になるだけで、ここまで変わるとは。
風呂は、至福である。そんな言葉を誰かがいっていたな、と思い出した。冷たい水を被ることの何が至福なんだ、かわいそうな人だな、と人を憐れんでいた僕が憐れです。
しばらくえもいわれぬ多幸感に包まれていると
「で、洗い流し終わったら、お湯が張ってあるあそこに入るんだ。そら」
ゼータさんが僕の腰をがしっとつかんで僕を浴槽に投げ入れ!?
「ちょ!?」
ドボンッ
浴槽の底にお尻から突っ込む。ごちっと当たってすごくいたかった痛かった。
「……ブハッ!な、何するんですかいきなり!」
お湯から顔を出して息を吸い、抗議する。
「どうだ?気持ちいいだろ?」
はっ、そう言われてみると、さっきのより全身を包むお湯がもたらしてくれる幸せがなんだか増していて足を延ばしてみると全身を柔らかくほぐしてくれる感じで何日も凝り固まっていた体が心地よさに包まれてあー何も考えられなくなりそうだこのままここであぁー………………
「しばらくしたらでろよ。のぼせるから。気をつけないと死ぬぞ?」
……はっ!?いま一瞬意識が飛んでいた。
危ない危ない。あのまま溺れてしまうところだった。幸せと危険が隣り合わせだなんて、お風呂ってまるでお酒みたいだな。飲んだことないけど。
「久しぶりに体をきれいにする気分はどうだ?
ちょっと待ってろって言ったのにお前がどっかに行っちまうから、探すのに何日もかかっちまったんだぜ?まあ、ソコで嫌なもん清めて来い。
この後で俺達のパーティの新規顔合わせやるからな。もちろんお前はうちのに入るんだ」
はあ、と僕は生返事をした。
僕とゼータさんは今、ゼータさんのパーティに割り当てられた部屋に向かってホームの中を歩いている。
何でも、
ガネーシャ様は自ら率先して
「人数が多いファミリアは、冒険者に必要なもんを先輩に教えてもらえるのがいいところだよな」
と語るゼータさんは勝手知ったる館の中をずんずんと進んでいく。
やはり、
「あ、ゼータさん」
ホーム三階の廊下で、ゼータさんに声をかけてきた人がいた。
……あ、この間迷子になった時に助けてくれたクレアさんだ。
「よ、クレア。今きたとこ?」
「そうですよ。あ、ルフレ君も!」
彼女が僕に気づいて話しかけてきてくれた。
「うちのファミリアに入ったんだね~」
「はい、今日からお世話になることになりました。よろしくお願いします」
この間のお礼も含めて、僕はぺこりとお辞儀をした。
「そんな堅苦しくしなくてもいいって~」
クレアさんはほんわかとそう言うと、
「あ、じゃあ私と同じパーティかな?」
「ああ、うちのパーティだ」
とゼータさんが答える。
「そっか~。じゃあ改めてよろしく、だね!」
そうか、クレアさんも同じパーティなんだ。
「はい、よろしくお願いします」
そのまま3人で少し歩き、たどり着いた部屋の扉を開けると────
「先輩、お疲れ様です」
「ん?うげっ、しっ、師匠!?何で!?ギルドにファミリアの勢力調整だかなんだかに行ってるんじゃなかったのかよ!?」
こないだの門番の、ピンク色の髪の毛のヒューマンの女性──モルーニェさんといったか──が、まるで来ることが分かっていたかのようにゼータさんに声をかける。
ちなみに、僕とクレアさんの2人はスルーだった。なんか既視感があって、涙が出てきそうだな。
その隣では、何かの本を読んでいた豪さんと言う人がそれを隠してから、慌ててこちらをみる。この人もこの間の門番さんだ。ついでに言うと、助けてくれなかった人だ。
モルーニェさんはゼータさんの至近距離に来ていたけど、豪さんは部屋の中央にある大きな丸いテーブルの椅子の一つに座っていた。
「なんだ、
「ほう?覚悟はいいな豪?」
おどけた調子のゼータさんの言葉に反応したモルーニェさんは、唐突に危ない光をその目に宿した。
「ちょっ、ちょっとまてっ!何で師匠じゃなくてあんたがキレんだよ!?」
豪さんが椅子から立ち上がって慌ててモルーニェさんと話す。
「先輩に対する不敬罪、万死に値するわ……」
豪さんの説得にモルーニェさんが耳を傾けることはなかった。
「ま、まて!?違うんだヤンデレ!話せばわがっ!?」
「……問答無用」
モルーニェさんが、冷静に豪さんの鳩尾にストレートの拳を叩き込む。
ドスッ、という音がして、豪さんは呻き声を上げながら床に崩れ落ちた。
「うぅ……おま、自分が【ランクアップ】したの忘れたの?死んじゃうよ?俺」
「そうか、それはよかった。なら早くくたばるといい。」
「おいぃぃぃ!?くそっ、これだからヤンデレは困、グフッ」
苦しげな表情で意味不明な抗議をする豪さんに、モルーニェさんは全く意を介さず、涼しげな無表情のままもう一回拳を叩き込んだ。豪さんはどうやらかわいそうな人らしい。
グシャッ、て言う音がした。
「……………ぐ、とうとう俺を殺しに掛かって来やがったか。だが、お前の思い通りにはさせん」
「何を言うか豪、私がやっているのは調教だといつも言っている」
「初耳だけれど!?ウギャァやめて下さいスミマセンスミマセンッッ」
豪さんがまたガシッガシッ、と暴行を加えられながら絶叫を上げる。
なんか、涙目で蹴られ続ける豪さんの姿は、こちらの涙を誘ってきた。
「お前たち、夜の晩餐会を食堂でやるのを忘れんなよ?ガネーシャが大切な話するから」
ゼータさんが呆れがで言う。
えーめんdメッチャタノシミアハハハハハ、俺の現状をスルーすんなや!?などの声が上がる中、僕はまたあの素晴らしい
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集いし家族
「なーなー師匠、自己紹介しよーぜー?」
そう提案する、痛みから復活した(早っ!?)豪さんに頷き、
「今回は俺達のパーティに4人の新入りが入った。今は色々とオラリオが騒がしい。古い者はしっかりと新しい者を守り育てるように。新しい者は古い者の言うことをよく聞くようにしろ?いいな?じゃあ好きなところに座ってくれ」
テーブルの席につきながらゼータさんが指示を出す。
「はい」「はっ!」「…は、はい」「わかったー」「へいへーい」「お前はしっかり返事しろ」ドスッ「ごぶあっ!?何故に俺だけ!?」などの返事を返して皆も席に座った。
………今結構深く肘が脇腹に突きささっっていたけど、豪さん大丈夫かな?
「ほんとはこういう話はリーダーがするもんだけど、うちのリーダーは忙しくってな。今ここにいない奴も結構いるけど、新入りのお前たちにも分かるように、顔合わせを後でやってくれるよう言っとくよ。
じゃあ俺からいこう。
俺の名はゼータ・アルザスだ。一応、このパーティのリーダー代理。冒険者レベルは4。困ったことがあったら何でも言え、相談に乗ろう。
ただし、借金関係のことは自業自得だからな?俺は協力しない。分かったな豪」
「……もういいよ、グスッ」
痛みに唸る豪さんにお構いなく、ゼータさんが自己紹介を始めた。
そう言えば、ゼータさん、いつの間に【ランクアップ】してたんだろう?始めて会ったときはまだLv.3だったのに。
「私の名はモルーニェ・ミム。種族はヒューマン、Lv.3だ。得意武器は殴り、蹴り、ナイフ、そんなところか。パーティーではサポーターをやっているが、戦えないわけではない」
……そうでしょうね。今のを見て戦えないなんて思う人はいないですよ。
桃色の髪の毛に、暗めの赤い目を持つモルーニェさんが、ゼータさんと話しているときとは打って変わってとても冷静に自己紹介をする。
「クレア・シムスキーです。Lv.2の
それからクレアさんが自己紹介をする。へー、クレアさんって
「俺の名前は豪だ!Lv.3成り立てだが、これからが勝負だとおもってる!種族はエルフ!一応、ダンジョンだと中衛だな」
豪さんがいつの間にか復活して、自己紹介をした。なんか、豪さんがエルフっていうのが全然腑に落ちないというか、全く似合わないんだけど。まあいいや。
もうすぐ僕の番だ。何を言おうかな?
……ん?
「……………………………………………スゥ」
………………………。
順番を言えばこの子の番なんだけど……。
真っ青な髪の女の子が、気持ちよさそうにぐっすりと寝ていた。
「……ルーフィア」
ゼータさんが僕の隣で机に突っ伏して寝ているその少女──僕と同じ位の年だ。ルーフィアというらしい──の所に来て頬をぺちぺちと叩くけど、一向に起きそうにない。どうやら、何かおいしいものを食べている夢を見ているようで、おいし~、もっと~、とか言ってる。
そこで、さも当然の流れのようにモルーニェさんがキレた。
「てめぇ、ひよっこの癖してゼータ先輩を無視するとはなにごとだぁ!!」
と一喝。わ、モルーニェさんの後ろにモンスターが見える……………っ!
「どわっひゃあ!??」
一気に夢の世界から覚醒させられたルーフィアちゃんは、椅子から飛び上がるように起きると、怒声のもとを探って辺りを見回し、モルーニェさんの殺気に気づいて怯える。
うん、怖いね。殺気向けられてないはずの僕も怖い。
ゼータさんもビクッとしてた。
少女は、何故自分に殺気が向けられているのか分からないといった風にあちこちに視線を彷徨わせる。人形のように精緻な顔だ。
髪と同じ色の目をせわしなく動かして、僕に視線を止めた。
「………………………いや、ほら、ルーフィアちゃん、寝てたじゃん?」
「え?あ、は、はい。そうですけど、それが……?」
仕方なく、僕は説明を彼女にする。
ていうか、それがって。確信犯ですね。少しくらい悪びれようよ。
「今、これから一緒に活動していくパーティの自己紹介をしててさ」
「…ああ!なるほど、そうだったんですか」
「……………………うん、でさ、今、君のの番なんだ」
………………色々言いたいことはあるけども、とりあえずは飲み込んでおく。
「ええ、めんどくぃぃいえいえ喜んでやらせていただきますです!?」
自分に向けられた殺気で返事を変えて、素早く立ち上がって自己紹介をし始めるルーフィアちゃん。すごい変わり身の早さだ。
ちなみに、モルーニェさんの後ろに幻視出来るモンスターはモルーニェさんだった。
よく分かんないけど、モルーニェさんはモンスターらしナンデモナイデスアハハハハハハハハハ………。
「わ、私の名前は、ルーフィアです。ええっと、………冒険者には、その、お金がなかったのでなりました。種族は見ての通り、ヒューマン、のはずです。拾っていただいて感謝しています。よ、よろしくお願い、します………」
そう何とか自己紹介をいい終えると、彼女は
彼女が一応の自己紹介を終えると、モルーニェさんは殺気を納め、普段の無表情に戻った。
「じゃあ、次の新入り、お前も自己紹介してくれ」
「あ、はい!」
それで、ゼータさんの指名で自己紹介が続く。
「俺の名前はディだ!種族はウェアウルフ!最強の冒険者になりにここに来た!俺は強くなりたい!!」
黒耳黒目、黒髪に黒い尻尾と、全体的に黒い
「うんわかったがんばれ。じゃあ、次は、ルフレ」
「………………はい」
僕の番がようやくきた。なんだかディ君の扱いが若干ぞんざいだった気もするけど、とりあえずはスルー。
呼吸を整えてから立ち上がり、心を落ち着けてから話す。
「僕の名前はルフレ・アドルフです。ガネーシャ様にあこがれて【ガネーシャ・ファミリア】に入りました!
種族は
「…………。……………頑張れよ」
…………その間は?
「じゃあ、最後にメリー、君かな」
「はあい」
少女が返事をする。
「わたしの名前はメリーです~。10歳ですよ~」
赤の混じったクリーム色の癖っ毛に、鮮やかな赤い目をした少女がメリーと名乗った。
「私、オラリオとは別のところにある【ズー・ファミリア】に所属してたんです~。私、神様の娯楽で戦ってて、毎日戦ってたから、忙しかったんです~。そこにね、オラリオの冒険者さんたちが来てくれて、私をここに連れてきてくれたんです~」
【ズー・ファミリア】?確か、
戦っていたってことは多分、噂に聞く戦奴、とかいうものだろう。
大昔に、人の子を救うために下界に降臨した神様達の多くは、基本的に人の子に慈愛を向け、その行く先を見守ってくださっている。
しかし、ごく少数ではあるが、自分の余興のために、人の子を玩具のごとく扱い、それを楽しむ神様もいるらしい。
なかには、オラリオのギルドに反抗的で、色々と悪巧みをしている神様もいるとか。それが
僕と同じ年の彼女の生い立ちに、サポーター見習い程度に過ぎなかった僕は驚いてしまう。
「……………とまあ、こいつも大変だったんだよ。
他にもメンバーはいるんだけど、いろいろ忙しくて今はいないんだ。後日紹介ってことでいいかな。
ちなみに、ここの隊長はこの【ファミリア】の副団長だよ」
そう言って、ゼータさんは彼女の頭を撫でながら僕達に笑いかけた。
え?副団長?それって、すごく偉い人っぼくないですか?会ったことはないけど。
恐らく、同期になる他の三人を見ると、別に驚いた様子はない。知ってたのかな。
ところで。
…………モルーニェさんは最初からゼータさんにしか目が向いてない気がするし。
豪さんはクレアさんと何か話していた。
「なぁ、明日少し出かけないか?クレアにお似合いの雰囲気がある喫茶店を見つけたんだよ」
「明日は新しく入ったみんなの指導をしないとですよ」
「じゃあ、明日の夜にでも」
「夜は眠くなっちゃいますし……」
「じゃあ、明後日の」
「そう言えば、新しく入った皆は武器を何にするんでしょうか?」
「さ、さぁ?」
……なんか、豪さんがナンパ?してふられ?ていた。
肝心の隊長のゼータさんはというと、
「じゃあ、俺ガネーシャのところ行ってくるから!」
と言ってガネーシャ様のところへ、他のギルドメンバーに召集をかけるよう言いに部屋から出て行ってしまった。
もしかすると、逃げたのかもしれない。自分に向いている視線から。
ディ君はなんかこちら側を好戦的な目つきで睨みつけているし、ルーフィアちゃんはまた寝落ちしていた。
はっきり言おう。めっちゃバラバラだ。これくらいのことは、僕にも分かる。
……本当に、大丈夫かな?このパーティ………。不安だ。
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今日の努めは明日の布石
「─────オォラァァァッッ」
「うぐうっっ!?は、腹が、割れるぅ…………グフッ…………」
ここにきてから何度目かも分からないくらいにモルーニェさんに殴られている豪さんが、床に崩れ落ちた。
今のは少しやばくなかっただろうか。グチャッて言う音がした。
「あ、そうだ!モルーニェ、新入りたちの武器を決めてやろうぜ!」
と思ったら、呻いていた豪さんが即復活を果たして、モルーニェさんに僕たちの武器を決めようと提案した。
なんだこの人の生命力。
冒険者見習いとしても、ここまですごい人見たことない。
「そうだな……。よし、お前たち、こっちに来い」
そういうと、モルーニェさんは部屋にある扉のうち、僕が入ってきた方じゃない扉に向かう。
あ、隣で机に突っ伏して寝ているルーフィアちゃん、起こさないと。
それにしても、よく寝る子だなあ。
「ほら、ルーフィアちゃん、起きて」
彼女の体を揺り動かす。……起きない。
「………………ルーフィアちゃん、起きて」
「………………zz」
……。
ゆらゆら。この子、懲りないなあ。
「…………………ルーフィアちゃん」
「…………………zzz」
……反応なし。
なんか、本当に人形みたいだ。
「…………おーい」
「………………………zzzz」
「……………連れてくよー」
一応彼女に許可を取ってから、よいしょ、とルーフィアちゃんを背中に担ぎ上げて、モルーニェさんが開けた扉に向かうほかの二人について行く。
モルーニェさんが入っていった扉の向こうを覗くと、僕たちのいる大きな丸いテーブルのある部屋と同じくらい広い部屋があった。
こちら側の部屋と違うのは、壁一面に武器が並べてあって、他には何もないということだ。広くて何もないなら殺風景だといえるんだけど、占める物騒なたくさんの武器が、部屋を飾ってる感じもする。
武器群のそばに立ったモルーニェさんが剣を指しながら僕たちに説明する。
「この中から武器を選ぶ。新入りたちは、私たちに聞きたいことを聞け。先達のアドバイスを貰えるのはメンバーの多いファミリアの特権だ。遠慮はするなよ」
「はい」「わかりました~」「わかったぜ」「……zz」
モルーニェさんの言葉に返事をして、僕たちは武器選びを始めた。若干一名寝てるけど、気にしない。気にしたら負けな気がしてきた。
ルーフィアちゃんを床におろしてから、僕は色々並んでいるところにむかう。
ロングソード、斧、槍、棍、ナイフ、ハンマー、弓矢、大剣………
………やっぱり、短刀にしよう。
これまで頑張って素振りしてきたのが短刀だったからっていう安直な理由ではあるけど、なんたって一番慣れ親しんだ武器だ。
新しい武器に挑戦してみたりもしたいけど、最初は体に一番しっくり来る気がする短刀だな、って思う。
「ルフレ君は短刀にするの?」
と後ろからクレアさんに声をかけられる。
「あ、はい。やっぱりこれが一番体に馴染んでいるので」
「そっか。……うん、握り方もちゃんとあってるね」
クレアさんが短刀を握る僕の手を見て言う。
あれ?クレアさんって確か
「クレアさんも短刀を使うんですか?」
「うん。って言っても護身用のナイフだけどね。
ダンジョンでは何が起こるか分からないから、
それと、剣とか槍とかを使ってる人も、武器が壊れちゃうと戦いづらくなっちゃうからね。いくつか武器を使えるといいよね。生き残るための努力は怠ってはいけません」
なるほど、ダンジョンに潜るなら、使える武器がいくつかあった方がいいって事か。どんなイレギュラーにも対応できるようにしておくこと、ってゴータスさんによく言われてたっけ。
戦いに使えて、コンパクトな武器のナイフを幾つか持って行くとか、ほかの武器を練習するとか考えてみよう。
「ありがとうございます、クレアさん」
「どういたしまして」
クレアさんはにっこり微笑んだ。
「お前たち、武器は決まったか?これからしばらくの間はホームで訓練をする。自分の選んだ武器と同じものの木製の奴ももったら外の訓練スペースに行くぞ」
とモルーニェさんが指示を出す。
僕は短刀型の木製武器を持ってついて行こうとして、そう言えば、と思い出した。
横に転がって寝ているルーフィアちゃんの武器、どれがいいかな?本人起こすのが極めて困難なのは分かってるから諦めるとして、武器は持ってった方が良いよね。
どれがいいか分からなかったから、とりあえず一番普通な
あ、僕も
彼女の分の武器を二つ背中につける。あ、ルーフィアちゃんどうやって運ぼうかな?……引きずってくか。
ズルズルと重い荷物を引きずって、先に出て行ったみんなの後を追って僕も部屋を出た。
だだっ広いホームを出て、これまた広い庭に出る。これ、迷子にならないかな。
前科のある僕は少し不安になった。
モルーニェさんが振り返って言う。
「よし、ここが訓練用スペースだ。ほかの所にある趣味の悪い像は意外と高いから、壊さないためにここ以外での訓練は控えるように」
……どこかから、「グハァッ」と吐血する神様の嘆きの声が聞こえたような気がする。多分気のせい。
「お前たち、まずは木製の方の武器で素振りをする。握り方、振り方は私たちが教えるからな。では、始めてくれ」
モルーニェさんの指示に従って武器を振る。
あ、その前に。
「ルーフィアちゃん、武器の素振りするよ」
草の上で気持ちよさそうに寝る彼女を短刀でつつく。あ、もちろん木製だけど。もう遠慮しちゃいけない。早くしないとモルーニェさんに僕まで怒られるかもしれない。
「…………うぅ…………何ですか、一体…………」
あ、起きてくれた。
僕の努力のかいあって、ルーフィアちゃんが目を覚ました。寝起きだからか、少々不満げだ。
「これから武器の素振りをするんだよ。君の武器は僕が選んでおいたから。はい、これ」
「えぇ……素振りですか?私、武器に触ったことすらないんですけど」
「うん、だからやるんじゃない?先輩が教えてくれるって」
「はぁ……。まあいいですけど。でも、何で私の武器大きいんですか?私もそのちっちゃいのが良かったです。軽そうだし」
「
「そりゃそうですけど………………」
「ほら、君たちも素振りするよ!冒険者の基本は武器の扱いなんだから」
「あ、はい」「わかりました……はぁ」
クレアさんに返事をして、僕たち二人はさっそく木製の武器を振り始めた。
僕はいつもやっていた通りに基礎を行う。
内側から外側に短刀で斬る動作を数十回繰り返して調整する。
その後は、腕だけじゃなくて体も大きく動かす。
右手に持った木の短刀の刃を左から右に動かし、上から振り下ろす。一回後ろに下がってから逆手に構えて、右から左に斬って右足で踏み込み。また持ち替えて斜め上に斬り上げてからその勢いで短刀を腰に回し、溜めてから前に斬り出す。ここまでやって、もう一度最初の構えに戻る。
うん、忘れてない。先輩に教えてもらって、頑張ってモノにした練習の型の一つだ。
と、僕を見ていたルーフィアちゃんが、おお、と声を出す。
「すごいですねえ。誰かに教えてもらったんですか?」
「うん、そうだよ」
そこで、彼女がまだ素振りを始めてないことに気づく。
「やらないの?」
「やらないというか………………剣なんて、今まで持ったことなかったし」
「そうなの?」
お金のために、って言ってたから、なんか経験があるのかと思ってたけど。
「うーん、とりあえず振ってみたら?先輩にアドバイスもらえるし」
「どうすればいいか分からないから困ってたんですが……。まあいいです。やってみますか」
そういうと、彼女は両手で
「ん……ん……あ、こうかな」
最初は右手が下で、左手が上になっていて、両手がくっついていたけど、それをずらして持ち、持ち方が違うことに気づいたのか右手と左手を入れ替えて、彼女なりに正しい持ち方を見つけたらしい。
「刃を、前に向けて……うーんと、こう?」
次に、横になっていた刃の向きを縦に変えて、剣を上から下へ下ろす。
「なんか違うかな?えーと、こう?」
また振り下ろす。なんだか、近所の子供のモンスターごっこみたいだ。
「あ、違う。こうかな?」
ブン。今度はさっきよりも早くなった。
「あ、わかったかも」
そう呟くと、ルーフィアちゃんが勢いよく剣を振り始めた。
「えい、よっ」
なんだか気の抜けた声とは裏腹に、すごく綺麗な素振りを始めた。ついさっき、初めて剣を握ったとは思えない剣筋だ。【ルー・ファミリア】にいたころのゴータスさんがやっていた素振りと重なるような、初心者には見えない長剣の振り方だった。
剣の重さを腕の振りに乗せて振る。
ゴータスさんが言っていた通りの振り方だ。
「なんだ、
「何言ってるんですか。使ったことどころか、触ったことすらないって言ったじゃないですか」
彼女は剣を振りながら話す。
「私、孤児院出身なんですけど、貧乏だったので剣を買うお金なんて無かったですし。むしろ、ここに来なければ寝てました」
「えー、でも、僕の知ってる冒険者の人の素振りとすごく似てたし、やっぱり経験者じゃないの?」
「だから、違いますって。握り方も知りませんでしたし。むしろこれであってるのか知りたいです」
ルーフィアちゃんがうそを言っている様子はない。でも、初心者には見えないんだけどなあ。
「それで良いと思うよ」
と、クレアさんが話しかけてきてくれた。
「ルーフィア、君の振り方はすごく上手だもん。才能があるんだよ、きっと」
「そうですか?私、
いや、十分だと思うよ。君の眠る才能。
「ルフレ君もすごいよ。たくさん練習してたことがわかったもん」
クレアさんがぼくを、褒めてくれる。
「そうですか?」
「うん。きっと教えてくれた人が良かったんだよ」
そう言われると、僕も嬉しい。忙しい父さんの代わりに僕に武器のことを教えてくれたゴータスさんが褒められるのは、いい気分だった。
ちょっとここまでです。
続きも書いていきます。
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負けは次への布石
しばらく素振りを続けていると、
「お前たちはこのまま訓練を続けておけ。私は晩餐会の準備に行ってくる」
とモルーニェさんが言って、ホームに戻っていった。そう言えば、皆でお喋りしているときに、豪さんがモルーニェさんのことをコックさんって言ってたっけ。
彼女がホームに入ってしばらくしてから、
「なあ」
と声を出す。
「皆で戦ってみようぜ!誰が一番強いのか知りてぇし」
「え、めんどうくさいんですが」
とルーフィアちゃんが真っ先に反対する。答えるのが早い。
「いいじゃん、やろうよ~」
ディ君に賛成するのはメリーちゃんだ。彼女は自分の身の丈よりも大きなハンマーを軽々と振り回して言った。身長がそんなに高くない彼女が、木とはいえ重そうなハンマーを振り回しているのはなんだか違和感がある。僕の短刀は少なくとも鉄より少し軽い程度の重い木を使っているんだけど。
「そうだな。人と戦うことで武器を扱う感覚を磨くこともできる。それに、相手から戦い方を学ぶこともできるしな」
と、豪さんが賛同する。
「それに、もしもの時はクレアの回復魔法を使えばいいだろ」
「豪さん、私の意見を聞いてから言ってくださいよ。まあ、怪我は治しますけど」
「よっしゃ、決まりだな!」
とディ君が言った。彼は一番乗り気だ。自信のあふれた顔で、自分の隣の一番面倒くさそうにしているルーフィアちゃんに言う。
「お前、俺様と戦え!」
「え、いやですけど」
……即答だった。
「何でだよ!?」
「めんどうだからですが。それに私、か弱い女の子ですし」
「お前、すごく褒められてたじゃねぇか!強いだろ!?」
「めんどうなのはめんどうなのですよ。わかってくださいよ」
すると、言い合う二人をおいてメリーちゃんが僕に
「じゃあ私たちで戦おう!」
と誘ってきた。
「え、う、うん」
僕は迷いながら頷いた。正直、そのハンマーは怖いんですが。頭でっかちなハンマーだから、木なのにすごく痛そうな感じがする。でも、ここで断るとなんか格好がつかない。ほ、ほら、僕だって一応冒険者志望だし?
「じゃあルールを言うぞ。武器がしっかり相手に決まったらそこで終了だ。俺が審判をやるから、俺の言うことをよく聞くように!やめって言ったら止めるんだぞ」
と、豪さんが武器を持って向かい合う僕らに言う。久しぶりだな、戦うの。ゴータスさんが相手してくれたのを思い出す。
「じゃあいくぞ。……はじめ!」
豪さんの声とともに、メリーちゃんがハンマーを持って近づいて来た。僕も短刀を順手にもって迎え撃って
「えい」「ガッ!?」
もの凄い痛みがお腹に走って、僕は
……あれ?……皆の青くなった顔が見える……空が下にある……地面が上にある……おや、ひっくり返った……世界がくるくる回ってるなあ……あ、違った。僕が回っていたんだっ
ドン
「グエ」
…………………………どうしてこうなった。
「!?」「ルフレ君!?大丈夫!?」
遠くから聞こえてくるクレアさんに返事を返そうとして、僕は全身を襲った痛みで気絶した。
「………んぁ」
「あ、ルフレ君!気がついた?」
青空の下、草の上に寝ていた僕は、目を開けてクレアさんの顔を見る。どうやらクレアさんに回復魔法で治療を施されて、膝枕をしてもらっていたらしい。全身にあった痛みがなくなっていた。
「ごめんね~、なんか、いつもより多めに回っちゃったよ~。大丈夫~?」
メリーちゃんが僕の顔をクレアさんの横から覗き込んで謝ってくれる。なにを言ってるのかは、よく分からないけど。
「大丈夫だよ。クレアさんに治してもらったみたいだし。それにしても、メリーちゃんって強いね」
僕は先ほどの一瞬でケリのついた戦いを振り返って、素直に彼女を褒める。
ハンマーを躱してナイフで反撃するつもりだったのに、躱されたハンマーを体ごと回してもう一回振るってきたんだ。油断していた僕は、下からまた襲ってきた攻撃に対応できず、見事に空を舞う鳥になった。ていうか、本物の武器だったら死んでいた。良かった、木製の武器で。
「ルフレが弱いだけだよ~?」
彼女の単刀直入な指摘に、うぐっ、と声を詰まらせる。
そんな僕たちに、クレアさんがふふっと笑って言う。
「でも、2人ともすごかったよ。10歳にはとても見えない感じの踏み込みだったもん」
「えへへ、そうですか~?」
彼女の褒め言葉に、メリーちゃんが頬を緩ませる。
「あそこのポジション俺に変わってくんないかなぁ」
豪さんが変なことを言っていた。
向こうではディ君がまだルーフィアちゃんを誘っている。
「ほら、俺様たちも戦おうぜ!」
「だからいやだっつってんでしょうが。しつこいですね」
「何でだよ」
「あなたとは戦いたくないからです」
「じゃあ私と戦う~?」
「!?さあディ君さっそく始めようか!?楽しみだねっ!」
「お、おう……?」
アハハハハ、と笑いながらディ君に言うルーフィアちゃんは、先ほど僕をぶっ飛ばしたハンマー使いの少女の誘いを即行で回避した。相変わらず自分の命の危機には変わり身が早いね。
「んじゃあさっきと同じルールでやんぞ。二人とも、準備はいいか?」
豪さんの言葉にうなづく二人。
「…………………ハア、めんどうです」
とボヤくルーフィアちゃん。
「あ、じゃあ勝った方には今度オラリオでも有名なケーキを買ってあげましょうか」
「ケーキ!?」
そんな彼女を見て、クレアさんがご褒美を提案する。その餌にルーフィアちゃんが飛びついた。
「っしゃあ来いやぁ!」
「お、おう………?………もちろん俺様がケーキ買ってもらうぜ!」
がぜんやる気になったルーフィアちゃん。現金なものだった。ディ君は何か腑に落ちねーけど、まあいっか、みたいな顔をした。
「私は~?」「メリーにも買ってあげるよ」「わ~い。ところでけーきってなんですか~?」
メリーちゃんが暢気にクレアさんと話している横で、ディ君とルーフィアちゃんはお互いにやる気を高めていた。
「よし。……はじめ!」
「おらあ!」
「わぁ」
「ケーキっていうのはね」
豪さんの掛け声と共に駆け出すディ君。ルーフィアちゃんは反応が遅れた。というか、完全に初心者のそれで、ひょっとすると喧嘩すらしたことがないんじゃないか、という感じだ。
ディ君の繰り出す木製の長剣を同じ木製の長剣で受け止めるけど、ディ君の勢いに押されて後ろに後退する。
「おとと」
「おら、次行くぜ!」
「ふわふわな生地の焼き菓子に、クリームとか、
「へぇ~!」
またも突貫するディ君。ルーフィアちゃんはまた長剣を受けるけど、今度は押されて尻餅をついてしまった。
そこ、ケーキの話で盛り上がらない!
「もらった!」
そんなルーフィアちゃんにディ君がとどめを刺そうと木製の長剣を振り下ろす。
「うわあ!」
彼女はそれを、横に転がって避けた。
「危ないなぁ、まったく」
「くっそ、まだまだ!」
「とってもおいしいんだよ!特に、モルーニェの作ったケーキはね、色々あるお菓子の中でも一番おいしいんだ!オラリオでお店を開いても良いくらいなんだよ?」
「おお~!」
立ち上がるルーフィアちゃんにディ君がまた突っ込む。だからそこ!ケーキの話はやめなさい!
それを、ルーフィアちゃんが今度は長剣を重ねた後に、自分の左側に引いた。
「うわ!?」
攻撃をいなされてディ君が体勢を崩す。
「だんだんわかってきました」
そう呟くルーフィアちゃんは、長剣を一振りして、
「今度は私から行きますよ」
「う!?この!」
ディ君に鋭い一撃を見舞う。ディ君はなんとか受け止めるけど、彼女の連撃に無理やり返して後ろに下がる。
「調子のんなよ!」
またルーフィアちゃんに突っ込んでいく彼に、
「それはもう慣れました」
そう呟くと、彼女は彼の攻撃をまたもいなした。体勢を崩してがら空きになったディ君の背中に長剣をそのまま打ち込んだ。
「ギャ!?」
叫び声をあげて地面に倒れるディ君。そして、
「私、おかしってまだ食べたことないからわかんないけど、おいしそう!」
「ふふっ、お菓子は美味しいよ~?今度一緒に
「うん!」
そんな彼に見向きもしない酷い二人組だった。ちょっとくらい関心を持ってあげてもいいんじゃあ……………?
「そこまで!」
と豪さんが制止の声をかけた。
「ルーフィアの勝ちだ」
「やりました!ケーキ!ケーキ!」
「うう……クソッ」
喜ぶルーフィアちゃんと悔しげに呻くディ君。
さっきの僕と違って、ディ君はそんなに強く攻撃を受けなかったから大丈夫だと判断したのか、クレアさんは回復魔法を使わなかった。
「ふっふっふ、私のケーキへの情熱にかかれば、君ごときは大したことないのだよ。最強の冒険者君?」
と、気を大きくしてルーフィアちゃんが言う。
「ぐぐ……クッソォォォッ!!」
あ、ディ君が走って行っちゃった。
豪さんが、
「ほっといてやれ。男にはな、一人で泣きたいときがあるんだよ」
とか言ってたので追いかけないけど。
「まったく、これだから坊やって困ります。もっと強い人と戦いたいですね」
ルーフィアちゃんはすっかり得意顔だ。
「あ、じゃあ私と戦います~?」「それは絶対にいやですよ!?」
痛いのはお断りだ、とばかりにメリーちゃんの誘いをルーフィアちゃんが拒否して逃げ始める。
それにしてもすごかったな。ルーフィアちゃんは。明らかに戦いながら強くなっていた。これが才能っていうものなんだろうなあ。
「あ、お前ら。そろそろ戻るぜ。汗かいただろうから、着替えてから晩餐会だ」
豪さんが僕たちに言う。
「晩餐会にも美味しいケーキがあるしね!」
「早く食べたいな~」
「あ、そういえば、その晩餐会って、何をするんですか?」
「ふっふっふ、私が教えてあげましょう!」
とルーフィアちゃんがまたも得意気に言ってくる。
「いいですか。晩餐会とは、神々が愛する幻の世界のことで、この世のモノとは思えないような美味しい食べ物がたくさんあるとか。あまりの美味しさに、人の子がソコに足を踏み入れれば魂が捕らわれ、二度とこの世界に戻ってくることができなくなってしまうとか」
「え!?」
な、な、なんて事だ。
「じゃ、じゃあ、死んじゃうの……?」
「──その通りです」
うわ!?僕、今日死んじゃうの!?そんな、せっかく人生の一大決心をしたばっかりなのに!
「そんなわけねーだろ。嘘を教えんなよ」
と言って、豪さんがガシッとルーフィアちゃんの頭に手刀をいれる。
「えっ、違うんですか!?私のいた教会の孤児院では、『晩餐会』と『ヒモ男』は禁句として扱われていました」
「……」
「シスターにこの言葉を言ってるのを聞かれると、『とても怖いオジサンがきて何もかも持ってってしまうわ。死ぬより恐ろしいことが起きてしまうのよ』って物凄く説得力のある顔で脅されていました」
「………………………どう考えてもヒモ彼氏の借金取りだな、オイ」
「なので、このファミリアに来て、ゼータさんが何でもないことのように言ったのを聞いたときは、生きた心地がしませんでしたよ。
私、騙されてたんですかねえ」
「………………お前、育てのシスターを間違えたよ、絶対。というか気付けよ」
豪さんが何かを察したような顔でルーフィアちゃんに言う。うーん、結局ルーフィアちゃんが騙されていただけで、晩餐会は安全なんだよね。多分。
「いいか、晩餐会ってのはな、ガネーシャが自分の眷族の日頃の頑張りを慰労するために催している【ガネーシャ・ファミリア】内の一大食事会みたいなもんだ。あの神は下界大好き人の子大好きで通ってるからな。ファミリアの結団力を高めることにも一役買ってるってゼータ師匠が言ってたぜ」
「なるほど………………つまり、おいしいものばっかり………………ジュルリ………………………さすがはガネーシャ様ですね!!」
「……お、おう」
豪さんが何故か引き気味だったけど気にしない。
「まぁ、うまいもんがたくさんあるってのは本当だ期待していいと思うぞ」
豪さんが疲れた声で言った。
「晩餐会楽しみだな~」
「美味しいものたべたいな~」
………………クレアさんもメリーちゃんも大概だった。
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時の流れは時として──
迷宮都市の中心部の一角につくられた、大きな城のような、ファミリアのホーム。
そのホームのなかで、もっとも高いところにある部屋の窓から夕闇に沈む都市を眺める一柱の神がいた。
白い衣装に包まれた引き締まった体躯に、立派な朱色の象仮面の男は、日暮れとともににぎわいを増していく都市と、溢れる人の子に優しい目を向けている。
このファミリアの主神、ガネーシャは、珍しいことに、真面目に自分の執務室にいた。
………………いや、真面目ぶって不可解なポーズの練習をしているだけだった。
「ガネーシャ様、ゼータ様がお見えです。」
後ろから男性の声がかかる。
「そうか、通せ」
と、執務室の扉を開けてかけられた声に答え、自分は執務室に据えられた質実を重視された椅子に腰掛ける。
「失礼します」
と声をかけ、入室してきたのは、つい先日、Lv.4に【ランクアップ】を果たした冒険者、ゼータ・アルザスだった。
ゼータは、ガネーシャの座る執務机の少し前に立つ。
「苦労をかけるな」
「いえ、それほどのことではありません」
短く言葉を交わす二人。そこには、神とその眷属の間の確かな信頼があった。
「ギルドのほうはどうだった?」
「お察しの通り、大混乱も良いところです。全く、神フレイヤも、神ロキも、面倒なことをしてくれた」
「ふん、フレイヤはともかく、ロキの悪巧みがよもやこのようなことだったとはな。ワシはてっきり、
と、部屋にいたもう一人の男がそういう。
髪のない頭に、真っ白な髭。年をかなりとったヒューマンの男性だ。
その見た目の割にはかなり引き締まった体であり、ただの人ではないことがその雰囲気からも分かる。
「ワシがこのファミリアの団長になったころに、神ロキがファミリアを立ち上げたんじゃ。あの頃のことはよう憶えとる。神どもが何事かと騒ぎまくっとったわ。【
「あのロキがファミリアを作ると聞いたときは、また何の悪巧みかと疑ったな。あいつは天界一のやらか
「お前さんが言うそのセリフを聞いたロキの反応が見てみたいわい」
そう、【ガネーシャ・ファミリア】の団長、ガンディオがあきれ声でかえす。神ガネーシャの渾身のギャグはスルーされた模様だ。
「そう言えばゼータ、【ルー・ファミリア】の所で【フレイヤ・ファミリア】に派手にやらかしてくれたそうではないか」
「あ、その件については本当にすみ」「よくやったぞ!あ奴らに一泡吹かせてやりたかったのじゃ!」
「……………………。それはそうと、ガンディオさん、ギルドの方から我々のファミリアに正式な協力要請があったのですが」
ゼータが現役で物騒な老人をスルーして、ギルドから持ち帰った話を切り出す。どうやら、ここの場でまともなのはゼータのみらしい。
「よし、引き受けよう!俺はガネーシャだからな!!」
「ガネーシャ、少し待て。なんの協力かも聞かぬ内に決めるでない。人の話を聞くようにいつも言うておろうが」
ヒューマンの老人が主神をいさめる。
「協力というのは、これまでゼウス・ファミリアやヘラ・ファミリアと一緒に受け持ってきた、オラリオの治安維持について、アストレア・ファミリアと共に全面的な協力を、とのことなんです」
「そんなことか!引き受けるに決まっている!これまでもやってきたことだしな!!」
と勢いよくしゃべるガネーシャ。
「ふむ、確かにワシ等のファミリアは多くの構成員を抱えておるし、治安維持にはうってつけだろうからな。」
「すでに神アストレアはこれを受諾なさったそうです」
「しかし、何故にフレイヤやロキのところもそれをやらない?」
「それが、武力でもって下克上を果たしてしまったファミリアに任せると、混乱を招いてしまう恐れがあり、治安がかえって悪くなってしまうと、ギルドの方が考えているのが一つ」
「なるほど、自分達も力付くで、と暴れるアホ神どももいそうだしな。…………力づく、か」
ガネーシャが、普段は見せない真剣な雰囲気で相づちを打つ。
「もう一つは、今回の件について、アストレア・ファミリアがかなりの不満を持っているからです。特に、神アストレアは、武力によって秩序の混乱を招いたことに対し、かなりお怒りだとききました」
「そうだろうな、
「うーむ、次回の
「いつも騒がしいがな」
「それはあんたじゃろう」
「………………俺がガネーシャだからか!?」
「ようわかっとるではないか」
「…………………それに、勢力図が大きく変わった今、裏で悪さをたくらむ輩もいるとか。あとは、面倒事として、さっそく
一人と一柱のくだらない話をきって、ゼータが話題を変える。
「神アレスか。面倒じゃな」
「うむ、あれはとても暇になるから面倒だ」
「はは、あなたは何もしなくて良いというか、何もしないでほしいですね、面倒がもっと面倒になるので」
軽口をたたく3人。ネタにされることすら一瞬だった神アレスが不憫ですらある。
「まあとりあえず、都市警備のほうは引き受けるということでよろしいですね?団長」
「そのことなんじゃが」
話の結論を促すゼータに対し、ガンディオは話を切り替える。
「もうワシも112のじじいになった。近頃は武器も思うように持てん。これ以上は年寄りの冷や水でしかない。じゃから、団長の座を譲ろうと思うておる」
ゼータの顔に得心の心が浮かぶ。
「そうですか………。ガネーシャ様はこのことを?」
「俺はもう少しいてはどうかと言ったのだかな。ガンディオの決心も堅いようだしな。仕方ないさ」
「そうですか。では、次の団長は誰にしますか?」
「うむ、ワシはルーシェか紅葉、ゾドを考えている。Lv.5ではあるが、皆統率力、求心力共に高く、優秀な冒険者じゃからな」
と、次の団長候補を並べるガンディオ。
「ルーシェなら、ついさっきのステイタス更新でLv.6にランクアップしたぞ」
「ほう!そりゃあ好都合じゃ。ちょうどいい、次の団長はルーシェにしようではないか」
ガンディオはファミリアのメンバーの成長を喜んで、嬉しそうに言う。
「そう言えば、ルーシェさんはどんな偉業を達成したのですか?」
ゼータがそうきくと、
「ああ、俺も聞いたんだが、何でも、言うこともはばかられるようなとんでもないことをしたらしい」
とガネーシャが答えた。
「は?」
言うもはばかられるって何だよ?という顔で、ゼータがききかえす。
「いや、俺も詳しく聞こうとしたんだが、とんでもなく怖い目で睨まれて、その、な?」
「必要な所で腰抜けになる愚神めが」
「グハァァッ」
眷属の視線の威圧に耐えられなかったヘタレな主神にガンディオが罵声を投げかける。
「…………………ま、まあ良いじゃないか、次の団長も決まったことだ、今夜あたりに幹部たちを集めて宴でもしようじゃないか!」
「…………そうですね」
開き直った主神にジト目を向けながら同意するゼータ。
「よおし、新たな子供達がたくさん入ったことだし、ファミリアの者共を集めろ!今日は一年に一度の晩餐会だ!」
とガネーシャが叫ぶ。
「では、今ホームにいるメンバーに通告してきます」
と、ゼータがそれに答え、退室する。
がチャリと扉を閉め、大理石像の並ぶ廊下を歩き、廊下の端にいる警備兼
「……今まで苦労をかけたな、ガンディオ」
「わはは、なに、過去は思い出すとも振り返ることはせんて。ジジイはボケとるんでな」
すっかり日が沈んで魔石灯の灯りが照らす室内で、古参の冒険者と旧き仲の主神は、静かに笑い合った。
言葉にしなくても十二分に伝わる。
有限で、長い人生を送ってきた老人と、悠久の時を人の子と歩もうとしてきた神には、日が沈み、魔石灯が夜景を作る
10/1 新たに明らかになった原作の設定を反映して、一部修正
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男なら、夕日に向かって叫べ
しばらくは主人公君になるべく重点をおいてやっていきたいです。
「ここが俺たちの部屋だ」
僕は豪さんにつれられて、僕たちのパーティに割り当てられた男部屋に来ていた。ベッドが四つある。
「お前、荷物は?」
「あ、元いたファミリアのホームが焼けてしまって、その時……………」
「ん、そうか。わりぃ」
「いえ、もう大丈夫なので」
「何言ってんだ。男はな、泣きたいときは素直に男泣きすんだよ。ほれ、俺の胸に飛び込んで泣くといい!」
豪さんは腕を広げて、さあ、さあ!と僕を誘う。
「あはは、遠慮しておきます」
「そうか?」
「はい」
豪さんの配慮にそっと感謝する。ここに来てから、助けられてばかりだ。
そう言えば、部屋を飛び出した時に持っていた短刀はどこにいってしまったんだろう。高い武器じゃなかったけど、思い出深いものだったから、惜しいな、と思う。
「んじゃ、俺はあの犬っころを探してくっから」
「え?ディ君ですか?そっとしておいてやれって、さっき」
「ふっふっふ。分かってないな」
豪さんは少し気持ちの悪い笑みを浮かべると、僕の方に顔を近づけて、
「いいか、男はな、男泣きしたあとでそいつを仲間が慰めてやんのが
「そうなんですか?」
「ああ、俺のじいさんがそう言ってたからな!間違いないさ!」
「へえ、豪さんのおじいさんが」
「俺のじいさんはな、ここ
「そうなんですか!?すごいです!」
「ああ。それだけじゃない。じいさんはな、でっかいハーレムを作っていた、男の中の男なんだ!」
「ハーレム……?」
「そう、ハーレム!!全男の夢!究極のロマン!!俺のじいさんは至高のハーレムを求めてオラリオに来たって言ってたぜ!」
「男の夢……究極のロマン……す、すごい……」
「だろ?」
そんなにすごいモノがこの世にあるなんて……!世界って広いなあ!
僕の新たな夢になるかもしれない……!
「そのハーレムって、一体何なんですか!?」
「ん?お前、ハーレム知らないの!?」
「え、そんなに有名なんですか?」
「言ったろ?ハーレムは、『全』男の夢だ、と。口出しちゃあ、格が下がるっつうもんだ」
「あ……」
そうか、皆がそこを目指しているんだ………………。よくは分からないけど、壮大な夢のために、だなんて、まるで御伽噺の英雄のようだ。
「なんか、叶えるのが難しそうですね……」
「ああ。ハーレムってのはそもそも、たくさんのかわいい&美しい美少女・美女と仲良くなって、恋人以上になった状態を指すんだ。そこには、長く険しい道が待っている。男が皆それを夢見るんだから、生易しいもんではない。まさに前途多難だ。遙か昔から、全世界の数え切れないほど多くの男達がその夢に挑み、道半ばにして敗れ去っていった──────」
「……………………(ゴクッ)」
「─────だが!!成就の難しいことはなんの障害にもならない!なぜなら!そこに、夢があるからだ!!」
っ!!
豪さんの心からの叫びが心に響く。
な、なんてかっこいいんだ………………。言っていることは、なんだかゲスっぽい気もしたけど、たぶん気のせいだ。
ここまで自分のやりたいことに全力でひたむきだった人や神を、僕は一人と一柱しか知らない。
「叶えたい夢が難しいから諦める?そんな言葉は、冒険者である俺の辞書には存在しないっ!!」
「おぉ!!」
「たくさんの女の子と仲良くなり!笑顔を贈り、幸せにしてあげたい!!他ならぬ、この俺の夢だ!」
「豪さんっ………………」
「無理だ、諦めろ、そんな言葉を何度も掛けられるだろう。現実をみろ、お前には出来ない、多くの人がお前の夢を阻み、否定するかもしれない。
だが!冒険者である俺は、抑えつけられるほどに俺がますます燃え上がってしまう!!
お前も冒険者になったんだろ!?」
「はい……!」
「なら目指せ!足踏みするな!!お前の夢は、お前のもんだ!!自分の命を懸けて叶えて見せろ!それが、冒険者だぁっ!!!」
「はいっ!!」
心が奮い立つ。全身を廻る血が沸騰しているようだ。豪さんの言葉に、僕は大きな勇気をもらった。僕は、皆と笑顔を、皆と幸せを!そして、ハーレムを目指すんだ!!
………………何か、大切な│常識《モノ》を失った気がしたけど、たぶん気のせい。
「よし!そんじゃあ気合い入れて、あのディっていう大口叩きを弄りに行ってやるか!」
「はい!僕も行きます!ディ君が心配です。大切な仲間ですから!」
「お、お前良い奴だな!」
「最初に言いだしたのは豪さんでしょう?」
「まあな!……で、本当の所はかわいこちゃんに負けて傷心の弱虫君をいじめに行くってとこかね?」
「そんなわけないじゃないですかっ。どこのゲスですか、それ」
僕と豪さんは、部屋を出ながら軽口を叩き合った。本当にこの人エルフなの?ってくらいに豪さんがフレンドリーで熱血で良かったな。さて、ディ君晩餐会までに見つかるかな?早く見つけなきゃ!
と思ってたら案外すぐに見つかった。
「よう!負け犬君」
「いや、いきなりそれはひどすぎでしょう!?」
「んな!?何でお前たち、っていうか、どうしてここが!?」
「なに、男が泣くところはここって決まってんのさ。かく言う俺もいつもやらかしたときはよくここにゲフンゲフン」
「あ、豪さんもよく使われてるんですね、ここ」
「ち、違うわい!」
豪さんが、「俺に心当たりがあるぞ!」とか言うのでついてきたのは、城のような【ガネーシャ・ファミリア】のホームの屋上の一つだった。
何本も塔みたいなのがあるこの建物の中で、壁と塔でうまく区切られたここは、他の塔からはちょうど見えないような死角になっている。砦みたいな形の場所だ。
西に沈んでいく夕日がこの場所を包んでいた。
「ここは高い塔からうまーく見えないようになっている、唯一の屋外だからな。バレないように泣くにはここかオラリオの城壁の上って相場が決まってる……と俺の知り合いが言っていた」
豪さんは目鼻の筋が通ったエルフらしい顔でそう言う。そしてあくまで自分は泣いていないと主張したいらしい。
「…………で?ねえ、今どんな気持ち?女の子に無様に負けちゃって泣いている君は今どんな気持ち?」
「う、うるさいっ!俺は泣いてない!!」
エルフらしからぬゲス顔でディ君に聞いた。ほんとこの人エルフなの?種族詐称ではないの?どうしよう、僕の中のエルフのイメージが、今日盛大な音を立てて崩れていってる。
エルフが気高いだなんて主張する人は、豪さんのことをみた方がいいかも知れない。
「大方、ルーフィアちゃんがクレアに褒められちゃいるけど、見たところ初心者らしかったから簡単に勝てそうだ、とかなんとか思ったんだろ?」
「んな!?」
「え、そうなんですか?」
「そんでもって、『俺はこんなに強いんだぜー褒めてくれー』なんてことを思ってたんじゃないか?」
「な、何故それを!?じゃなくて、うっさい!」
「…………………ゲスの考えはゲス同士にしか分かんないってことか」
「違うって言ってんだろ!?」
「おいルフレ、今の発言は俺もゲスだ、みたいなこと言ってるように聞こえんだけども?」
「さっきの発言を聞いても豪さんがゲスではないと思う人がいたら今すぐ連れてきてください!」
「何言ってんだ、お前の目の前にいるぞ?」
「少しは自分のゲスさを自覚してくださいっ!?」
「ま、それはともかくだ」
強引に僕の突っ込みを切って豪さんが言う。
「仲間を踏み台にして自分を高く見せようと言う考えはよくねぇよ。もんのすごいキタねぇ」
「…………」
「んでその結果があれじゃあ、ざまぁないよな」
豪さんがここに来て初めて真面目な話をする。
「……勝てると思ったんだ。俺は孤児院にいたときは、誰にも負けたことなかったから」
「ものすごく一般的なガキ大将だな、おい。なんか一つくらいストーリーにひねりを持って来いよ」
豪さんが嘆息する。
「いいか、お前のその根性じゃ、この先冒険者として強くなっていくことは絶対にない」
「な!?何で!」
「……なあ、『強さ』って何だと思う?」
と、唐突に豪さんが問う。
「強さ?そりゃ、戦って勝てる奴に決まってる」
「そうだな。じゃあ、お前はさっき何で負けた?」
「……俺が、
「違うね」
「は?」
「え?」
豪さんの返答に僕たちは戸惑う。
「豪さん、何が違うんですか?」
「うーん、質問を変えるか。ディ、お前は何に負けた?」
「は?そんなの、ルーフィアのやつに決まって…………」
「そこが違うんだよなぁ」
ディ君の答えを遮って豪さんが言う。
「いいか、お前はさ、確かに試合ではルーフィアちゃんに負けた。それは、お前があの子の才能を見誤ったからだろう。でもな、お前は試合に入る前からすでに負けてたんだよ」
「才能がってことですか?」
「いいや?違うね。ルーフィアちゃんの才能は確かにすごいが、それ以前の問題だ」
「それ以前?何だよそれ」
「心だよ、ココロ」
心?
「あの子はお前と戦っている最中に成長を続けて、最初はお前に押されてたのが、戦いに慣れてからは余裕をもってお前を下すことができた。ディ、お前はどうだった?最初から相手の出方も見ずに突っ込んでいた。勝てると確信してたからだろ?」
「……うん」
「そういうのをな、油断とか、侮りって言うんだよ」
豪さんは少し前までのふざけた態度を消して、真剣に話していた。その顔は、確かに誇り高きエルフの一族のものだった。
「相手を見くびるから足元を掬われる。相手を見下しているからそこを突かれる。戦う相手に対して、同じ土俵に立っている者としての敬意を持たないから、勝つことができないんだよ。自分の心に負けてるんだ。相手に心で負けてるんだよ」
豪さんは続ける。
「その点、ルーフィアちゃんはお前を戦う相手として認めて、どうすれば勝てるのか、どうしてはいけないのか、その道筋をキチンと辿っていた。お前の動きをみて、自分がどうすれば有利になるのかを考えていた。最初っからあれが出来るってのは、あの子が天才だってことの証明でもある」
「…………」
「……つまり、考えながら戦わなきゃダメってことですか?」
「うーん、それももちろん重要だ。けど、一番大切なことは、戦う相手を尊重するってことだ」
尊重?それじゃ相手を傷つけたり、攻撃できなくないだろうか。相手を尊重してたら、自分が勝とうとは思えなくはないだろうか。
第一、僕達は冒険者だ。戦う相手はモンスターなことが殆どなのに、尊重しろって言われてもよく分からない。
「相手を尊重するってのは、相手を大切にするってこととは違ぇぞ?自分が勝負で勝つために、相手をまず『自分の勝負の相手』として認識して、警戒して、どうしたら勝てるのかを考える。それが、相手を尊重するってことだ。
手を抜いたり、相手を侮って負けたりすんのは、戦う相手に失礼なんだよ。その時点で、すでに勝負で負けてんだよ。
相手が人だろうがモンスターだろうが、関係ねぇ。勝つためには、常に相手を主軸に、どうしたら倒せるのかを真剣になって考えろ」
豪さんの強い言葉に心を打たれる。
「……なんか、豪さんって意外にかっこいいですね」
「おい!意外は余計だろ!」
「いえ、余計ではないですよ」
「余計だっ!」
「はは、もちろん冗談です」
「コノヤロォ…………………。まあとにかく、俺が言いたかったのはそれだけだ。
お前があんまりにもカッコ悪かったからな、あそこで勝とうが負けようが言うつもりではいた。勝ってたら勝ってたで別の言い方もあったけどな」
……この人は、普段はあれだけど、やっぱりエルフなんだろうな。根本の所で、とてもカッコいい。
「あ、ちなみに別のってどんなものですか?」
「俺がボコして現実を教える」
「うわ怖!?」
さすがに第二級冒険者にボコされたら回復魔法の出番だ。ある意味、ディ君は負けて良かったんじゃないだろうか。
「……今まで、そんなこと考えたこともなかった」
「は、年が10歳そこいらのガキにそんなこと考える力があるわきゃねぇよ」
「俺は12歳だ!」
「ええ!?」「嘘だろ!?」
ま、まさかの年上発言。
「嘘じゃない!来月13歳になるんだよ!」
……とても、13歳になるとは思えない。体的にも、心の狭さ的にも。
「……ははっ。まあお前の年齢詐称の件についてはもういいや」
「よくない!!それに嘘じゃない!」
「ディも元気になったみたいだしな。俺たちも晩餐会に行くとするか!」
「そうですね!」
「おいっ、無視すんなよっ」
「ところで晩餐会ってどこでやるんですか?」
「ん?ああ、一階の大ホールだよ。どっかの主神が無駄に金かけてるからな。
初見は驚くぞ?まあ、『神の宴』のために作ってある面がなきにしもあらずなわけだが」
そう言うと、あ!と豪さんが声を上げた。
「そうだ!お前ら、あの夕日に向かって誓いを叫べ!」
「え?何ですか急に」
「誓いだな!わかった!」
あまりにも唐突すぎて戸惑う僕をよそに、ディ君が宣誓を始めた。
なんだか、このファミリアの人は、どことなく父さんに似ている気がした。
いつでも急で、毎度のことながら慣れなくて、でもどこか、それを楽しんでいる僕がいて。
「俺はぁーっ、強くてカッコいい冒険者に、なるっぞぉーっ!!」
「そうだ!その意気だ!」
「……………ちなみに、何で急にこんな事を?」
「俺のじいさんが、なんかやらかした後とか、これからなんかやらかしてやるとか、そういうときには夕日に向かって叫べっ!って言ってたんだよ」
ほへぇ、また豪さんのおじいさんか。なんか、すごい人ですごい変人なのはよくわかった。
「じゃあ俺の番な。
スゥー……でっかいハーレムを、作ってやるぞぉーっ、今に見てろよーっ!!」
「なんだよそれ、気持ち悪いな」
「アア?気持ち悪いだとぉ?……………………ふん、まあいい。お前には後でハーレムの素晴らしさをその身に叩き込んでやるから覚悟しとけよ。じゃ次、ルフレだ!」
「はい!」
僕の夢、新しい夢。今度こそ、叶えてみせよう。
「僕はぁっ、仲間と一緒に楽しく笑ってっ」
今日最後の日の光が、僕の顔を強く照らす。輝くそれは、尽きかけた命の
「皆と一緒に幸せになれるっ、冒険者になりたいぃっ」
それが、僕の、なによりガネーシャ様の求めることだ。
「よく言った!お前にはハーレムの素質があるぞ!!ハハハハハッ」
豪さんが楽しげに笑い出す。
「フフッ、アハハハハハハハッ」
僕もその愉快な笑いにつられて笑ってしまった。
「何だよお前ら、馬っ鹿じゃねえの」
そう言うディ君だって、笑ってるじゃないか。うるせぇ!俺はそんな馬鹿じゃねえ!またまたそんなこと言って、さっきノリノリで叫んでたじゃないか。わ、忘れろ!?アハハッ、ムリ!
黄昏時の空は群青色に染まっていき、
東の空には、楽しそうに瞬く三番星が輝いていた。
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楽しみと幸せと忍び寄る光の影
久しぶりの投稿。
「どこ行ってたんですか?豪さんっ。男の子達を連れ回して!」
またやっちまったよぉ、夕日に向かって叫ぶなんてどんな狂行だ、ああまた俺の黒歴史がぁ、と呻く豪さんに連れられ、僕達の
「え?い、いや?特にどこにも行ってなかったよ?な、なあ、ディ?」
「え!?あ、ああ、どこにも行ってないぞ!?そうだよなルフレ!」
「そうなのルフレ君?」
クレアさんに真っ直ぐな瞳に見つめられた僕は、正直に話すことにした。
「いえ、夕日に向かってむぐっ!?」
「ゆ、夕日の方に向かって歩いたら西に行けるな~、って話だよ!?な!?」
「そうだ!俺たちは疚しいことは何もしてねぇ!?」
「ふーん……?」
クレアさんは、二人を疑わしそうな目で見ると、
「で、本当の所は?」
と、一転して『純朴そうな』視線を豪さんに向けながら、柔らかく問いかけた。
「負けて傷心のディに塩を塗ってやるついでに夕日に向かって愛を叫んでましたってオイイィィ俺の口ぃぃぃぃ!?」
『何故か』口を滑らせた豪さんが、絶望の表情を顔に浮かべながら叫ぶ。
「うわぁ……」
「や、やめろ!俺をそんなかわいそうな奴を見ているような目で見つめるんじゃない!?」
クレアさんのどん引きに、豪さんがモルーニェさんに腹パンされたときよりも苦しげで悲痛そうな顔をする。
あれ?嘘は言ってないけど……豪さん、もっとかっこいいこと言ってたのに。なんで言わないんだろう?
ハーレムを作るんだったら、女の人に好意を持って貰えるようなアピールすればいいのに。さっきもクレアさんをナンパしようとしてたし。
僕は豪さんを不思議な目でみる。ディ君もそれは同じようで、こちらは変なモノを見ている目だった。
「……正直に話してくださりありがとうございます。そしてごめんなさい」
「謝んないで…………俺のガラスハートが粉々に砕けちゃうから…………」
うーん、なんだか豪さんが可哀想になってきたなぁ。
「あ、でも楽しかったですよ?またやりたいです!」
僕がそう言うと、
「……豪さん、何てこと教えるんですか」
クレアさんが冷たい目で豪さんを見据えた。
あれ、なんだろう、クレアさん、顔が笑ってるのに、なんか怖い……………!?
「その、すいません」
「あなたの痛々しさが移っちゃったらどうするんですか」
「グはァッ!?」
「あの、まだ行かないんですか?晩餐会。私、もう覚悟はできてます」
と神妙な顔でみんなを促すルーフィアちゃん。
クレアさんの言葉の棘で死にかけている豪さんのことは目に入っていないようだった。
てか覚悟って、玉砕の覚悟だよね?まだ『シスター』なる人の洗脳から抜け出せないのかな。彼女の目は大切なモノと引き換えに自分の目的を達成しようとする人の目だ。
見たことある。
「ううん、一応ここに来るメンバーは皆きたから行くよ。」
「やったぁ。ごっはん、ごっはん、美味っしいごっはん♪」
「メリー、はしゃぎすぎですよ。まあ、私も楽しみですけども」
「よっし、じゃあ行くか!」
「はい!」「おう!」
「あなたがそれを言いますか……」
豪さんの一声で皆が動き出す。
部屋の外にでると、クレアさんが話しかけてきた。
「ルフレ君、なんか良い顔になったね」
「そうですか?」
「うん、吹っ切れた感じというか、なにか一つのことに真っ直ぐになってる目をしてる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
クレアさんが笑顔だ。良かった、さっきみたいな怖さはない。
「ふふっ。
………………でも、豪みたいに悪い遊びを覚えちゃだめだよ?」
「え、あ、はい」
豪さんが血涙を流しているのは見なかったことにする。
あの人、なんだかいつも血を流している気がするなぁ。
「それに、君たち仲良くなったみたいだね」
「あ、はい!やっぱりみんなと笑っていられるのは楽しいです!」
「うん、そう思えるのは良いことだよ」
「はい!……あ」
視界の隅に、嫉妬にムキーッ、となる豪さん……ではなく、どこか別の方向に向かおうとしているメリーちゃんが入った。
「メリーちゃん、行くのはそっちじゃないよ?」
「ん?でもルフレー、あっちからいい匂いがするんだけど」
「え?……あ、本当だ」
彼女の言葉に従って鼻を動かすと、敏感な僕の鼻に花の香のような匂いが感じられた。
「メリーちゃん、これ、食べ物じゃなくて、花のニオイだよ?」
「へー、『はな』ってなにー?」
「え?」
僕はつい彼女に聞き返す。メリーちゃんは本当に花のことを知らないようだった。
「花っていうのはですね、赤とか青とか黄色とか、綺麗な色をしていて、いい匂いのする、特別な草みたいなもんですよ」
とルーフィアちゃんが僕の代わりに答える。
「草って、なんか違わない?」
「草ですよ。だって花の下についてるじゃないですか、草」
「うーん、そうかもしれないけど……」
「へぇ!きれいな草なんだ~、見てみたいなぁ」
メリーちゃんは、キラキラした目でそう言う。
「そうですね。今度見に行きましょう。花はいろんな所に生えてますからね」
「うん!」
メリーちゃんがこちらに戻ってきて、ルーフィアちゃんと話し始める。
「ねえねえ、ケーキ楽しみだねぇ!」
「また急な話題転換ですね……」
「ルーフィアは楽しみじゃないの?」
「いやまぁ、死ぬほど楽しみですけども」
二人とも、結構仲良くなっていた。
なんか、さっきまで武器を片手に追いかけ回していた側と追いかけ回されていた側には見えない。
あ、そう言えば、と僕は思い出す。
「豪さん」
と小声で話しかける。
「……ん?なんだ……?」
……豪さんは、まだクレアさんの毒舌のショックから抜け出せていなかった。
「なんでさっき、あんなこと言ったんですか?」
「あんなこと?」
「いえ、豪さんすごくかっこいいこと言ってたのに、なんでそう言うこと言わなかったのかな?って思って」
「俺もそれ気になってたぞ」
とディ君も話に加わる。
「は?何でってお前ら、そんなのカッコ悪いからに決まってんじゃん」
「「?」」
「あのなぁ」
豪さんは呆れたように肩をすくめて説明してくれた。
「想像してみ?自分から『俺こんなにいいこと言ってやったぜーすげーだろー』って言ってる奴」
「……あ」「……うぜぇな」
「おい、俺を見ながらうざいとか言うんじゃない。俺はそんなこと言ってないだろ」
「……ハッ………ハッ…………」
オラリオのどこかにある、人気のない寂れた路地裏で、1人の男が必死の形相で走っていた。
走りながら後ろを
と、男が何かに気づいて足を止め、後ろに向いていた顔を、ゆっくりと前に向けた。
「────────」
ゆらり。
オラリオの隅を包む夜の暗闇に、取り残されてしまった太陽の残滓のような、白い女。
どこからも光が射し込んでいないのに、不思議とその姿ははっきりと、闇からぼうっと浮かび上がっている。
ぐらり。
神の恩恵を受けた冒険者の中でも上位に入るその早い脚を止め、薄汚れた路地裏の地面に膝を突く。
「───────」
無言の彼女に対して男が浮かべる表情は、絶望。
あるいは、自分の救済に対する歓喜。
男は、自分の命が風前の灯火であることに、まともな感覚が麻痺してしまっていた。
それは、捕食者と被捕食者というような、自然の法則に従った関係ではなく、
圧倒的な、蹂躙する者の前に立ってしまったことに、贖罪をする男がいて。
その贖罪に、まるで気づくことのない、傲慢で絶対の勝者がいるだけ。
戦わずして勝ちを得ていた女は、男と対峙してから初めて口を開く。
「─────なにか、言い残すことは?」
男は、その不動の口から漏れ出た音を、最初は認識できなかったようで、びくびくと浜に打ち上げられた死にかけの魚のように息のない痙攣をしていたが、それが自身に対する問いかけだと分かると、まず驚愕に表情を彩り、次に口の端を震わせながら、こう答えた。
「お、お前なんか、早く死ねばいいん」
まるで下界をあざ笑うかのような形をした三日月の光は、下界を柔らかく包む太陽とは違い、陰影の隅々までを照らすことはない。
月明かりの届かぬどこか暗い場所で、首を失った冒険者は、血溜まりの中に倒れ伏した。
受験終わるまで不定期更新。
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