ロックマンZERO イレギュラー (気分屋)
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1.目覚めしモノ

 にじふぁんで考えていたものの、投稿には至らなかった構想作品です。折角なので、ある程度文章にしてこの場で出したいと思います。パッと思いついた物のため、連載にはしていますが超不定期投稿となると思います。暇つぶしにでも見て頂けたら幸いです。では、どうぞ。


 --初めに--

 

 諸君は並行世界というものをご存知だろうか。世界の根源は同じなのにほんの些細な事象の果てに本来辿る道筋からほんの少し、或いは原型を留めないほどに大きく外れてしまった世界のことである。

 

 例えば、あの時こうしていればとか、こうしなければというIF(もしも)の可能性が生まれたとき並行世界もそれと同じ数だけ存在することになるのだ。

 

 諸君が今目にしようとしているものもその中の一つに過ぎない。

 

 我々の世界よりも遥か未来、気の遠くなるほどの時の果て……かつて友であり仲間であった伝説と謳われた二人の英雄が激突した。それが本来の世界が辿る道だった。

 

 これは、過去より蘇りし不確定要素(イレギュラー)が世界に介入する物語--

 

 

--時は近未来--

 

 

 人々は高い技術水準を確立し、自らに極めて近い思考能力を有したロボット『レプリロイド』を生み出した。今までに例を見なかった人間と近しい思考を持つロボット、その存在に人々は初めは畏怖や困惑を感じていたがいつしかそんな蟠りも消え共存の道を歩んでいた。

 

 

--ヒトと機械が共に生きていく、“理想郷(ユートピア)”がそこにはあった。

 

 

 だが……人間に近い思考を可能にする高度なプログラムによる弊害か、レプリロイドによる犯罪が急増し、後を絶たなかった。そのようなレプリロイド犯罪者、通称イレギュラーを取り締まるため『イレギュラーハンター』という警察機構が、災害等の緊急に対応するため『レプリフォース』という軍隊組織が設立され、人類は平穏を取り戻したかに見えた。

 

 

 しかし突如、史上最強のレプリロイドとまで謳われたイレギュラーハンター『Σ(シグマ)』が人類に反旗を翻した。これが世に言うシグマの反乱である。シグマに呼応して複数のハンター部隊までもが離反する事態にまで発展したこの戦いは苛烈を極めたが、蒼と紅の英雄の活躍により事態は収束していった。

 

 

 そこから幾度となくシグマの脅威が襲いかかったがその度に二人の英雄とその仲間たちによって人類は救われたのだ。

 

 

やがて紅き英雄は自らの内にある『悪意』を封じるため長い眠りについた。

 

 

残された蒼い英雄は仲間たちと共に、眠りについた友の分も戦い続けた。

 

 

 シグマの反乱を発端とした『イレギュラー戦争』が集結した後も、大規模な戦争は何度も発生した。やがて地球上の生態系は破壊され、地球そのものが深刻な状態に陥り、人々が生活できる場所も限られてきた。

 

 

 混沌に迷う人々に蒼き英雄は手を差し伸べ、人々が追い求めし理想郷『ネオ・アルカディア』を建造。生ける伝説は救世主と讃えられネオ・アルカディアの頂点に君臨した。

 

 

 再び人間に安息が訪れた。しかしそれは、イレギュラー処分という名目で罪のないレプリロイドを大量に粛清して得た仮初めの平和だった。この事に反発し、一部ではレジスタンスが結成されネオ・アルカディア軍と激しい戦闘を繰り広げた。だが、戦力の乏しいレジスタンスは次第に追い込まれ壊滅の危機に晒されていた。

 この窮地を乗り越えるべくレジスタンスに身を置く科学者の少女シエルは、遥か昔に眠りについたとされる伝説の紅き英雄『ゼロ』を蘇らせようと彼がいるとされる旧世代の研究所跡を訪れる。

 

 

 ここに彼女の追い求めるモノ以外のものも眠っているとも知らずに…。

 

 

 

 

 

       “ロックマンZERO イレギュラー”

 

 

 月が出ていた。夜の帳が降り一面闇色のカーテンを広げた空の中、散りばめられた星々の中心で一際強い燐光を静かに放っていた。

 

 

--樹海。人の手が全く入らず無秩序に樹木同士が絡み合い出来上がった天然の迷宮。一度足を踏み入れれば二度と出ては来れないという死の場所。何人をも寄せ付けないその場所にソレはあった。

 

 

    --忘却の研究所。

 

 

 誰がそう呼んだのかは定かではないが、推定百年近く前のこの研究施設は、今では遺跡としてネオ・アルカディアの管理下に置かれている。その存在が確認されたとき、人々の間では様々な憶測が飛び交った。

 

“曰く、旧世代の遺産が眠っている”“曰く、遥か昔の災厄が封印されている”

 

 幾つもの憶測が流れたがその直ぐ後に立ち入り禁止区域と指定され、軍が警備部隊を配置したため中に何があるのがは誰も知らない。

 

 

 --いや、知らなかったというべきか--

 

 

 実は数時間前、立ち入り禁止区域と定められたこの遺跡にある一団が足を踏み入れたのだ。彼らはレジスタンスだった。それを察知した警備部隊の指揮官は、何故こんな遺跡に侵入する必要があるのか疑問に思っていた。仮に旧世代の兵器なり技術があるにしても、危険を冒してまでするものだろうか。

 

--それほどの価値の物が眠っているというのか?

 

正直こんな場所に戦力を配置した上層部の意図が分からなかった。

 

貴重な旧世代の遺跡だからか?

 

それにしては些かにも大袈裟な戦力配置だ。

 

本当に危険な代物が内部に存在しているのか?

 

それなら早急にネオ・アルカディアに搬送して厳重に管理しておけばいいのでは?

 

 そこまで考えてから自分が詮索することではないなと、疑念を払い部下に鎮圧部隊を出撃させるよう指示を出した。この時点では考えもしなかっただろう。たった一体のアンノウンに部隊が壊滅させられる事態など…。

 

 

「パンテオン第一、第三小隊までのシグナルロスト!!」

 

 

「周辺警戒に充てた第五、第六、それと第七小隊も増援に回せ!!」

 

 

 遺跡から数キロ離れた樹海の中に、警備を命じられた部隊の駐屯基地があった。特殊な電磁波の発生する樹海でも、外部とのラインを維持する目的で遺跡から離れた位置に設営された本施設。その基地の一画にある作戦司令室は騒然としていた。侵入したレジスタンスを殲滅していたところ、突如現れた一体のアンノウンにより番兵型メカニロイド『ゴーレム』が撃破された。予想外の事態に指揮官は増援を送るもオペレーターから上がってくる内容は味方の損害報告ばかりだった。

 

 

「ゴ、ゴーレム二番機…シグナルロスト…!?」

 

 

「バカな…!? 一番機だけでなく二番機もだと!?」

 

 

「三番機もロストしました…!!」

 

 

「増援部隊が到着! …!? いえ、反応消えました!!」

 

 

「何だ!? 何が起きている!?」

 

 

 もはや指揮官には何が何だか分からなかった。得体の知れない恐怖に思わず冷や汗が流れる。そうこうしている間も眺めている大型モニターのレーダーから自軍を表すアイコンが一つまた一つと消失していく。

 

 

「偵察型パンテオンからの映像信号受信!」

 

 

「モニターに映せ!」

 

 

 大型モニターに映像が映し出される。おそらく偵察型の視点だろう。自身のバスターを構えて周囲を警戒している。左右前面にはノーマル仕様のパンテオンが同じように警戒をしていた。

 

 

 突如画面が揺れる。右側を向くとパンテオンが仰向けに倒れる瞬間だった。左肩から腹部にかけて袈裟懸けに切り裂かれ、傷口からオイルと疑似血液が入り混じったものが噴き出す。勢いよく噴き出したその陰から紅い旋風が飛び出し、左側のパンテオンを通り過ぎたかと思うと鮮血が舞った。一瞬のうちに二体を屠ったソレは今度は此方に迫ってきた。バスターを照準するも間に合わず懐に入られる。画面に相手の顔が大写しになる。赤を基調としたヘッドパーツ、額に光る逆三角形のクリスタル、端正な顔立ち、そして一際目を引く黄金色の流れる長髪。

 

 

「…っ!?」

 

 

 画面の中のアンノウンの目を見たとき、指揮官は全身に悪寒が走るのを感じた。自身が直接目を合わせたわけでもないのに、スクリーン越しに見ているだけなのに、その深く鋭い漆黒の瞳を目にして指揮官は言いようのない威圧感に気圧されていた。

 

 

 次の瞬間には淡い緑色の閃光が画面全体を塗り潰し、後にはザーという耳障りなノイズと砂嵐が映るばかりだった。

 

 

「……全部隊、シグナル…ロスト……。」

 

 

 あまりの事態に室内は無音になっていた。モニターを見ていた者は皆唖然として声を発することもなく、オペレーターの報告だけが静寂の室内に響き渡る。しかし指揮官は呆然としたまま何かを思案しているようで彼の耳には届いていなかった。

 

 

アレは一体…。レジスタンスか? いや、増援なら外部から来る。しかし現れたのは内部からだった。もしや、アレがここに眠っていたものなのか? だとすればあの戦闘力だ、これだけの戦力が警備部隊として置かれるのも頷ける。しかしあの姿…まさか、伝説の……?

 

 

 指揮官は先程の映像に映し出された敵の姿を思い出し、ある人物の事が頭に浮かんだ。が、馬鹿げていると直ぐにその考えを否定する。彼が脳裏に描いた人物はネオ・アルカディアの住人なら誰もが知っている、救世主の仲間であり友である昔話でも語り継がれている伝説の存在なのだから。

 

 

ふと気がつくと周りの視線が指揮官に集まっていた。どうしていいか分からず、指示を待っているのだろう。指揮官は少しの間思案するとオペレーターに声を掛けた。

 

 

「……レジスタンスはどうした?」

 

 

「先程転送反応を確認。遺跡内のトランスサーバーを使用したものと思われます。転送先は不明。完全に見失いました……。」

 

 

 再び沈黙が訪れる。もはや皆判断がつかず指揮官の指示をただ待つばかりだった。

 

 

「…上層部に現状を報告。それとガネシャリフに出動要請を打電しろ。」

 

 

「…!! “ミュートス・レプリロイド”を投入するのですか!?」

 

 

「仕方あるまい。我が部隊は戦力に乏しく、またあのようなアンノウンが出てこないとも限らん。調査も兼ねてガネシャリフを向かわせるのにやり過ぎということはない。」

 

 

「……了解です。」

 

 

指揮官の命令に従い通信回線を開く。結果からいえば、想定外の事態を視野に入れて要請を出したこの指揮官の判断は正しかった。今宵、紅き英雄が目覚めたのを知る者は少ない。しかし、それとは別のモノが目覚めようとしている事を知る者はもっと少ないだろう。

 

 

 遺跡内のとある一室。鎮圧部隊が紅き英雄と交戦した場所よりも更に深層。その部屋には様々な機材と二つのカプセルが置かれていた。驚くべきことに、ベッドのように仰向けに置かれたそのカプセルは電源が生きているようで、所々にある端末が青白い光を放ちながら明滅している。同じように光るカプセル上部にパラパラと土埃が降り注ぐ。戦闘の影響か、はたまた長い歳月による老朽化か、注視してみると暗い室内の天井には巨大な亀裂が生じていた。

 

 

 次の瞬間、天井の一部が音を立てて崩れ落ちてきた。その内の小さな破片が端末に当たり、ひしゃげた部分がスパークを迸らせる。それによるシステムダウンか、ロックを示すレッドのランプがグリーンに変わり、カプセル上部が開いていく。中には何者かが寝そべっていた。

 

 

何者かの腕がピクリとし、次いで上半身が起こされた。暫く俯いていたが顔を上げると辺りを見回しだした。

そして…

 

 

「……ここは……オレは…一体……。」

 

 

静かに呟かれたその問いに答える者は当然ながらその場には存在しない。

 




謎の人物は一体何者なのか。……タグで分かる人は分かるかも知れないな。とあるセリフをいじったものなので。


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2.遭遇

 

「…ここは……オレは…一体…」

 

 

--ダレなんだ?

 

 

 悠久の時を経て開かれたカプセルから現れた、恐らくは男だろうその人物はこの場所はおろか自身の事すら解らなかった。男だろう、というのもその者の容貌からは判別ができず、女性にしては低い声音からそう判断できるだけで、実際のところは解らない。

 

 その者の姿は、何というか異質だった。拘束具だろうか、全身を覆うゴツゴツとした黒鉄色の鎧はアーマーというよりはそういった印象を受ける。シルエットは、右肩から突き出した一部分を除けばほぼ人型だ。

 

 その者はカプセルから出ると室内を見渡し、直ぐ側にあるカプセルだった物に目を向けた。自らが眠っていた物と外見は同じだがこちらの方がサイズが大きい。中には何かが自分と同じように眠っていたのだろうか。それを確かめる事はもう叶わない。なぜなら、そのカプセルには巨大な瓦礫が圧し掛かり中身ごと押し潰してしまっていたからだ。

 

 瓦礫の隙間からはオイルとも疑似血液ともつかない、或いはその両方が混ざり合った液体が流れ落ち、冷たい床に赤黒い水溜まりを作っている。もはや中にいたものが手遅れなのは明らかだった。

 

 彼は暫くそれを眺めていたが、やがて眺めていても何も変わらないと悟ったのか室内に唯一ある出入口のドアに向かって歩を進めた。ドアは崩落の影響か所々歪んでいて、開くか心配だったがギギギッと耳障りな音を立てながら何とか開けることができた。

 

 部屋を出るとそこは廊下で左右に通路が広がっていた。施設自体には電力が供給されていないのか、通路は暗闇に包まれて先の方はまるで見えない。彼は少しの間思案した後右側へ伸びる通路を歩き出した。暗い通路には彼の足音だけが響いていた。

 

 その頃、件の遺跡に一体のレプリロイドが向かっていた。ゴーレムと同等かそれ以上に巨大な体躯、丸みを帯びた強固な装甲に覆われたボディ、一振りで周囲の樹木を薙ぎ倒す太い腕。そして最も特徴的なのが象のような長い鼻。

 

 見た者を姿だけで圧倒してしまいそうな外見を持つそのレプリロイドこそ指揮官が要請を出した『マハ・ガネシャリフ』である。偶々近くの補給基地に居合わせていた彼は、指揮官から連絡を受けるまでは自身のアイデンティティーでもある趣味の情報収集に勤しんでいた。

 

 要請を受理した途端直ぐに今していた作業を中断し補給基地を飛び出した。それから道に存在する樹木の悉くを薙ぎ倒し踏み拉きながら一直線に遺跡を目指していた。その様子を見ている者がいたなら鈍重な足取りに見えるだろうが、その実彼は急ぎ足だ。

 

 ミュートスレプリロイドには人間やヒューマンタイプのレプリロイドのような表情を表すフェイス部分はないため、その感情を読み取ることは難しい。しかし嬉しそうに目を細め、鼻歌混じりに進む彼の姿を見るに、何故だか分からないがとても歓喜しているのは容易に理解できた。

 

 今まであの遺跡に足を踏み入れることを許された者はおらず、警備を担当する部隊の者でさえ外周の警備をするだけに留められており、ガネシャリフのような高位のレプリロイドでも許可が下りることはなく、外部からアクセスを試みても遺跡のデータは一切閲覧することはできなかった。

 

 前述した通りガネシャリフの趣味は情報の収集である。元々それを目的としたコンセプトで生み出されたため、その存在意義も相まって自分の知らない、或いはまだ世に知られていない知識があると調べずにはいられない性質なのである。だが、如何に知りたくてもそのために法を犯すわけにはいかないし、そんなことをすれば本末転倒である。

 

 ……ごく偶~に我慢できずにレッドゾーンすれすれの危ない橋を渡ることはあったりするのだが……(奇跡的に未遂で済んでいる) そんな人一倍(レプリロイド一倍?)知的探究心が強い彼にとって今回の要請は正に渡りに舟だった。

 

 

「ヌフッ、ヌフフフフ…! 楽しみでおじゃるな~!」

 

 

 彼の言う楽しみとは勿論例の遺跡のことだが、それとは別にもう一つあった。要請受理とほぼ同時に送られてきた遺跡関連と周辺のデータ、それに添付されていた記録映像に映っていたアンノウンの存在。それを見たときからガネシャリフは気持ちが昂るのを抑えられなかった。

 

 

(まろの予測が正しければアレは……ヌフッ、早く調べたいでおじゃる~♪)

 

 

樹海には重厚そうな足音がいつまでも響いていた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 永い眠りから目覚めた彼は遺跡内を彷徨っていた。当てもなく歩を進めていると前方に何かを見つけた。近づいてみるとそれは一体のレプリロイドで、目覚めたばかりの彼には知る由もないが、蒼いボディに特徴的な単眼型カメラをしたソレはネオ・アルカディアでは一般的な部類の機械兵『パンテオン』だった。

 

 袈裟懸けに切り裂かれ機能を停止しているそれを眺めていると突然思考にノイズが走った。

 

 

「…ぐっ!?」

 

 

ノイズと共に割れそうな痛みが頭の中を駆け巡る。パンテオンが切っ掛けとなり思い出せなかった記憶が呼び覚まされようとしているためだろうか。

 

 激痛を振りほどこうとしているのか、壁に手を当てながらも頭を抱えながら通路を進んでいく。進んだ先にも蒼の機械兵はそこかしこに屍を晒していた。地に伏している者、壁に背を預けて事切れている者、そのどれもが共通して身体に深く斬られた痕があるのが見てとれる。

 

 進むにつれて、倒れているそれらを視界の端に納めるにつれて痛みはその大きさを増していく。それらに比例し、思考を遮るように断続的に生じるノイズも徐々に多くなっている。

 

 突然脳裏に一人の人物の姿が浮かぶ。所々翳って全体像を見ることはできないが、彼はその人物を知っているような気がした。

 

--全てを包み込んでしまいそうな蒼穹のボディアーマー。

 

--堅く閉じられた口元に確固たる意志を感じつつも、少年のようなあどけなさを残す端正な顔立ち。

 

--そして、慈愛とともに哀しみを感じさせる翡翠の瞳。

 

そこまで認識して、彼は通路の壁に当てていた方の拳を全力で打ち付けた。打ち付けられた部分は凹み、周囲にひびを拡げて小さなクレーターを形成している。何故こんな行為をしているのだろうか、それは当の本人にも分からなかった。だが、さっきの人物を見たときに感じた感情は理解できた。

 

それは--憎悪--

 

 自分はアイツを憎んでいる。すんなりと理解できたその事柄は、即ち己との関連性を示すものに他ならない。この先に行けばそれは分かるのか、求めた答えが得られるのか、それは彼にも分からない。確信も当てもなく、しかし彼は暗い通路を歩いていく。

 

 

「…お前は…誰なんだ? そして…オレは…」

 

 

 その問いに答えてくれる者はいない。己の内にもそれは見いだせない。ただただ延々と続く通路を歩き続けるほかなかった。

 

 暫く歩くと広い空間に出た。老朽化によるものかそこは浸水により膝辺りまで濁った水が溜まっており、周囲の機械や壁を錆び付かせていた。いきなり広い空間に出たことにより止めていた再び踏み出し、水を分けながら進む。その先には一つのカプセルがあった。彼の眠っていた物とは違い横になるベッド式ではなく縦に入る様式のようだ。中にはもう何もないようで開け放たれたままの内部は暗い顔を覗かせるばかりだった。

 

 全体的に老朽化したソレの上部には何やら文字が刻まれており、一部掠れてしまって読み取ることはできないがこう書かれていた。

 

 

(……ZE■O…? ……!?)

 

 

 文字を見ていると再び頭痛が襲ってきた。それと同時に脳内に一人の人物が浮かぶが、先程の人物とは違うようだ。蒼いアーマーの人物とは対称的に、全体的に紅を基調としたアーマーを纏い、端正な顔立ちには剣を思わせる鋭さがある。後ろに流れる金色の長髪が特徴的なその人物に対しても彼は先程と同じものを感じた。

 

……コイツからも感じるモノは同じく“憎悪”だ。間違いない、自分はコイツらを知っている…そして殺したいほどに恨んでもいる。

 

 

(…貴様らは…誰だ!? 何故、オレをこうも苛立たせる…!?)

 

 

「…ん~? 誰ぞそこにいるでおじゃるか~?」

 

 

内から沸き起こる人物達の姿から思考の海に落ちていた彼の意識は、間延びしたその声によって現実に引き戻された。気付かなかったが、この場には彼以外にもいるようだ。その声は今見ていたカプセルの裏からする。

 

ズゥン、ズゥンと重そうな足音と共に声の主はカプセルの物陰から姿を現した。声の主は嬉々として遺跡に向かっていたマハ・ガネシャリフだった。どうやら彼より先にここを発見し、カプセル内のデータを回収していたようだ。

 

 

「……ん~~?」

 

 

 遺跡内で遭遇した彼を見たガネシャリフは首を傾げた。目の前の人物に該当するデータが無かったからだ。というのもほぼ全ての人間・レプリロイドが生活しているのが理想郷ネオ・アルカディアであり、レジスタンスも元を正せば殆どが元住人であるためだ。無論例外もあるが、常に情報を収集しているガネシャリフのデータサーバにもないというのが本人的には気になった。

 

 

(…ネオ・アルカディアの登録簿には載ってないでおじゃるな。さりとて軍にもこんな奴いなかったし…レジスタンスとも何か違うでおじゃる。)

 

 

検索してもその人物に心当たりはなかった。

 

 

「でもまぁ…」

 

 

 ガネシャリフの双眸が細く歪められる。その視線の先にいるのは頭を押さえながら呻いている身元不明の男。

 

 

「『不法侵入者』には違いないでおじゃるからな~。排除するでおじゃるよ~。」

 

 

 その言葉が終わるか終らないがする内に男のいる場所に影が落ちる。それに顔を上げた彼が見たのは巨大な鉄球だった。身体を丸め自身を質量兵器と化したガネシャリフは、回転を加えた超重量の一撃を男に見舞った。高速で回転する巨体が男のいた場所を押し潰し、削り取っていく。当然そこにいた男も同様の運命を辿ると踏んでいたのだが--

 

 

「ん~?」

 

 

 手応えの無さに違和感を感じ、回転を止める。下を見てみるとそこには真新しい穴が開いていた。どうやら先程の攻撃で床が抜けてしまったようで、男の姿がないことから恐らく下に落ちていったのだろうと推測する。

 

 

「運がいいやら悪いやら。安心するでおじゃる、苦しまないよう直ぐに破壊してやるでおじゃるよ~。」

 

 

そう言うとザバザバと水を呑み込んでいるその穴へと先程の攻撃を繰り出し、男の後を追って闇の底へと落ちていった。

 

 



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3.彼の者の名は

漸く主人公が判明します。てかもう殆どばれてると思いますが。


 ガネシャリフの一撃を受けた彼は、水の中に半分浸かった状態で仰向けに倒れていた。暗い、暗い、だだっ広い暗闇の空間の中で。いや、正確に言うと全くの暗闇ではない。遥か上方には針の穴のように小さくなった一点の光がある。恐らくアレが彼の落ちてきた穴だろう、かなり高い所から落ちてきたらしい。そこから流れ込んでくる泥水が彼の少し斜め上でドドドドッと滝のように落ちてきている。細かく分散した雨粒ほどの水滴が彼の顔を濡らすが、それに反応を示す素振りはない。

 

それも当然だ。彼の意識は今そこにはなかったのだから。

 

 彼の視界には、純白の大広間が広がっていた。広間の中心には動力炉だろうか、巨大な機械が鎮座してゴウンゴウンと力強い音を出して稼働し、壁面は洗練されたデザインで作られ、等間隔に設置された装置からは電子的に映し出された幕が垂れ下がっていて、その一つ一つには『Σ』の記号をモチーフにしたマークが見受けられる。

 高度な機械技術が各所に織り込まれた近代的なその大広間はそれでいて、見る者に中世と呼ばれた大昔の時代に存在した『城』を連想させる。

 どこか芸術的な純白の大広間はしかし、彼には正しく見えていなかった。センサー系の異常なのか彼の視界は赤一色の世界を展開し、尚且つノイズ交じりだったり映像がぶれたりと状態が悪い。ふと自身の姿を見ると胸元辺りの装甲が抉られているのに気がついた。激しく迸るスパークが致命傷であることを如実に語っている。

 それを他人事のように呆然と眺めていた彼の集音センサーが、こちらに近づいてくる足音を拾う。足音の主を捜す必要はなかった。相手の方から彼の視界に入ってきたのだから。その人物は大柄だった。身長は2メートル以上あるだろうか。動き易さを追求した割とシンプルなボディアーマーを纏った禿頭の男は、目に狂気を湛え口を一文字に引き結びこちらを見ている。

 

 

『■■■■よ……』

 

 

 名前を呼んだのだろうか、何故か聞き取れない。それには構わず男は彼に問いを投げてきた。『お前は一体どうするつもりだったのだ?』と…。

 

 

『ハッ、ハハハッ…さぁなぁ…今となっては…オレにも…分からん…』

 

 

 それに対しての返答の声、間違いなく自分の声だ。という事はこれはオレの過去なのか? 深手を負っているせいか、その返答は弱弱しく苦しげだ。返答を聞いた男はニヤリと笑うと振り返って来た道を戻っていく。去り際に耳元の通信装置で何処かに連絡を入れていたようだが、別にどうでもよかった。

 

 

『世界がどうなろうと…オレの知ったことではない…。……■■■■を倒し、オレの存在が認められれば良かったのだ…』

 

 

 男は右腕を天井に向けて伸ばす。そこにはただ空虚な天井があるだけだが、何かを掴み取ろうとするように必死に伸ばす。

 

 

『オレの名は…■■■■…。オレは…オ…レ…は…』

 

 

ザザッ…ザザザッ…ブン…!

 

 映像が途切れたかと思うと、次の瞬間には元の暗闇の中だった。

 

 

「今のは…一体…?」

 

 

 奇妙なフラッシュバックに茫然としていると、頭上の光が急に翳りだした。陰りは徐々に大きくなり、やがて光を呑み込み二倍三倍と膨れ上がっていく。

 それが何なのか理解した彼は即座に身体を起こし、その場所から飛び退いた。一瞬後で高速回転する超重量の鉄塊がそこを押し潰した。回転を止めたソレは、各所が変形し見覚えのある姿に変わった。ガネシャリフだ。

 

 

「ふぅ~~、ま~ったく手間を掛けさせるでおじゃるな~。こっちはゼロの情報収集を早く再開したいでおじゃる。とっとと壊れるでおじゃるよ~。」

 

 

ガネシャリフの発した言葉に、正確にはその中の単語の一つに、彼の中で電流が走る。

 

 

「……ゼロ……?」

 

 

「左様。かつて我らが救世主エックス様と共に戦い世界を何度も救った英雄の一人。もっとも、当時の凄まじき戦い方から『古の破壊神』とも呼ばれているでおじゃるが。映像を見てま~さかと思ったけどこんな遺跡に眠ってるとはでおじゃるよ~♪」

 

 

 そこからガネシャリフは上機嫌に自分の知識を披露するが、彼の耳には届いていなかった。

 

 ――ゼロ

 

 ――エックス

 

何度も頭の中で繰り返される二つの名前。その名前は何だ? オレに何の関係がある? 繰り返す度に感じる懐かしく、苦々しく、煮えたぎるような綯い交ぜの感情…それにも勝るとも劣らない嬉しさ、この“歓喜”は何だ? 

 

何か、何か思い出そうだ。

 

 

「――で遂に二人は当時最強のイレギュラーハンターの異名を持つシグマを倒して…ってもう、人の話はちゃんと聞くでおじゃる! そんな失礼な奴は潰してやるでおじゃるよーー!!」

 

 

 無視された事に憤慨して攻撃を仕掛けるガネシャリフ。巨体に見合わぬ跳躍で中空に躍り出たガネシャリフは、先程のように丸い球状の形体に変形。徐々に回転し勢いをつけて彼に襲い掛かる。

 対する彼は俯いて呆然と立ち尽くしたままその場から動かない。そうしている間にも巨大な鉄塊と化したガネシャリフは迫ってくる。

 

 エックス…

 

 ゼロ…

 

 オレは…

 

 そうだ…オレの名は…

 

ッドドォォォン!!

 

 

「……うおぅっ!?」

 

 

 突如響いた轟音の後に声を上げたのはガネシャリフだ。予期せぬ衝撃に吹き飛ばされたガネシャリフは、変形を解くと自身の姿を見て驚愕した。

 

 

(まろの…まろのボディにへこみが!?)

 

 

 『データサーバー本体が自衛行動を取りつつ、且つ情報を移送可能』というコンセプトの元生み出されたガネシャリフの装甲は、通常のレプリロイドとは比べるべくもない程の堅牢を誇る。ちょっとやそっとの衝撃では傷一つ付く事はない。

 しかしどうだ。自慢の重装甲は破られてこそいないものの、信頼を置かれた堅牢さは早くも崩れ去ろうとしていた。

 何が起きたのか状況を把握しようと、周囲を見回した彼の目に最初映りこんだのは、眼前の謎の男だった。男の右肩から突き出た部分の先端が破損していた。内側から捲れ上がるように抉れたそこからは、鈍く光る大砲が顔を覗かせ、更に砲口からは硝煙が立ち上っている。

 熱を持った砲身がシュウゥゥゥと音を立てている事からも、目の前のこの男が攻撃をしたのは間違いないようだ。ともすれば最早、只の不法侵入者ではなく自身の脅威となる存在だと認めるほかない、とガネシャリフは認識した。

 突然男は同様に装甲が歪んでいた右腕をこちらに向けた。すると腕のアタッチメントが展開し、短い銃身が現れた。そこから連続して弾丸が吐き出され始めた。

 

 

「……フンフンフンフン!!」

 

 

 対するガネシャリフは、片手を素早く何度も突き出し弾丸を弾く。効かないと悟ったのか、男は今度は肩の大砲を撃ち込む。同様に弾いてやろうと腕を繰り出したが、着弾した時のあまりに強い衝撃で腕の方が弾かれてしまった。

 

 

(マニピュレーターも歪んだ!? なんちゅう威力でおじゃるか!? くっ…)

 

 

 体勢を立て直しつつ、近くにあった大き目の瓦礫の陰に隠れて距離を取る。それと同時に相手のデータを収集するのは流石といえよう。外見や戦闘記録から相手の正体や対策を割り出そうとするが、求める情報は中々得ることができない。

 

 

「……自慢の堅さが通じないとみれば今度はかくれんぼか? 最初は自分より小さい相手を見下してたくせして、ナウマンダーといいキサマといい象型はみんなそうなのか?」 

 

 

(ん、ナウマンダー? その名前は確か…)

 

 

 覚えのある名前に直ぐ様データ内の検索を掛ける。開始と同時に隠れている瓦礫の右側に、轟音とともに大穴が空いた。続けざまに空いていく大穴は一発毎にガネシャリフに近づいてくる。咄嗟に瓦礫から離れると顔のあった場所に大穴が穿たれた。攻撃はそれでは止まらず、瓦礫から身体を出したガネシャリフに追い打ちを掛けるように連射された弾丸が襲い掛かる。

 

 

「ぅおうっ!?」

 

 

カンカンカンと何発か被弾しつつも慌てて別の瓦礫に身を隠す。このままではジリ貧でおじゃる、と内心焦り始めた彼は反撃に転じることにした。球状形態に変形し高速回転、一気に加速し瓦礫から出ると瓦礫の合間を縫って移動する。男は大砲を撃ち迎撃しようとするが、放たれた砲弾はガネシャリフには当たらず、数本の水柱を立てるだけだ。

放った一発が瓦礫に命中したのを最後に男はガネシャリフを完全に見失った。周囲を警戒するが視認できるのは暗闇の中静かに佇む瓦礫だけで、相手の姿はない。と、突然男の背後にある瓦礫の陰からガネシャリフが肉迫する。砲身を向けようとするが遅く、体当たりをもろに喰らった男は瓦礫の地面に派手に倒れた。ガネシャリフの攻撃はそれでは終わらず、再び移動するとジャンプ台のように積み重なった瓦礫の上を転がり――宙高く飛んだ。

 

男の頭上に差し掛かったときに回転を止め、装甲の一部を展開、そこから複数のグレネードを投下した。

 

 

「爆ぜるでおじゃる!!」

 

 

数回の爆発音、濛々と立ち込める爆煙、広がる破壊の炎。

 

着地し元の姿に戻ったガネシャリフは、轟々と燃える炎を凝視する。

 

――やったか?

 

突然ピッ、という電子音が鳴る。先程検索していたデータが今確認できたようだ。

 

『バーニン・ナウマンダー』 ナウマン象型レプリロイド。元第4陸上部隊隊長として中東で活躍。『シグマの反乱』の折にシグマに賛同し離反。後に当時B級ハンターだった救世主エックス様により粛清。こんな古い時代のレプリロイドの名を、何故あいつは…?

 

 思案にふけっていると、動体センサーに反応があった。揺らめく炎、その中にぐらりと立ち上がる姿。

 

 

「……なっ…!?」

 

 

ガネシャリフは驚愕した。男が再び立ち上がった事にではない。熱に揺らぐ男の姿にだ。

 

 爆発の威力でグニャグニャに歪んだ装甲がズルリと剥がれ落ちる。その下から覗くのは冥府の宝石を思わせるような薄紫の光沢。ライトパープルを基調としたボディアーマーに身を包み、頭部はフルフェイスヘルメットのような形状。目から顎の部分に掛けてT字型のスリットが走っている。そして右肩には漸く全体像が現れた大口径の大砲。その砲身からは弾帯が伸びていて背中のバックパックに続いている。その姿を、ガネシャリフは過去の記録の中に今さっき見ていたのだ。

 

 男は光さえも呑み込んでしまいそうな漆黒の奥にあるだろう双眸で、ガネシャリフを静かに見る。

 

 

「お、お前は…まさか――」

 

 

動揺、驚愕を孕んだ声で言ったガネシャリフの言葉を、男は無言で砲口を向けて遮った。慌てて回避に移ったガネシャリフは、放たれた攻撃に再度驚愕した。

 

 

「な、なんっ…!!」

 

 

 てっきり今までと同じ、実弾系の弾頭が来ると思い弾道コースから離れたのだが、視界に広がったのは鋼鉄の弾丸ではなく、緑色の竜巻だった。竜巻、とはいったがソレが風ではないのをガネシャリフのセンサーは感知していた。それは幾重にも重なるエネルギー波の奔流だった。

 何重にも重なったソレはガネシャリフの外部装甲、それだけでは飽き足らず太い四肢を徐々にズタズタにしていく。とうとう耐え切れなくなった両足が溶け千切れ、その場に盛大な音を立てて倒れる。

 

 

「……グ…ゥ…」

 

 

 薄れゆく意識の中、今にも消えてしまいそうなカメラアイの映像は、こちらに悠然と近づいてくる男の姿が映っていた。最後の力を振り絞ってガネシャリフが行った事は、自らの内にある機密データの削除だった。ネオ・アルカディアの施設構造、各軍の戦力及び所属する個人の各種データ…救世主エックス様の、ひいてはネオ・アルカディアに危害の及ぶ危険性のある物は全て削除しなければ! 目の前の男が危険な存在だと思い至った彼は“生存”ではなく“責務”に執着した。

 

 直ぐ側まで来た男の右腕が、おもむろに上げられる。それが勢いよく振り下ろされ、顔面を貫かれる直前、データ削除が完了した。

 

――もっと、色々知りたかったでおじゃるなぁ…。

 

最期の瞬間、ガネシャリフの思った事はそんな事だった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 物言わぬ鉄屑と化したガネシャリフを見下ろし、男はそこにいた。ふと見ると、その肩は小刻みに震えている。

 

 

「……ク、クククッ…」

 

 

小さな笑いが漏れる。それは徐々に大きく、大きくなっていく。

 

 

「クククッ、クハハハハハハハ!!」

 

 

動く物のない暗闇の空間の中、男の狂ったような嗤い声が木霊する。もはや聞く者もいないその場所で、男は構わず虚空に向かい叫ぶ。

 

 

「エックスぅ!! ゼロぉ!! 待っているがいい! 今度こそ貴様らを倒し、真に優れた者が誰なのか、このオレが証明してやる!」

 

 

「貴様らの息の根を止めるのはこのオレ、VAVAだ!! フハハハハハッ!!」

 

 

ここに今、ネオ・アルカディア勢でもない、レジスタンス勢でもない、過去より規格外の不確定要素(イレギュラー)が蘇った。この男が今の時代で何を見、何を成すのか、それは現時点では分かる者はいない。

 




湧き起る妄想のままに書いている本作品、自分ではある程度練ってから投稿していますが、正直出来栄えが良いのか悪いのか判断できません。もしよろしければ、ご指摘等感想欄に頂ければありがたいです。その際は参考にさせていただきます。では。


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4.それぞれの動向

 

 

――どういう事だ?

 

 男の胸中に浮かんだのは、そんな疑問の言葉だった。今男がいるのは、『忘却の研究所』と呼ばれた遺跡の深奥部、正確にはそこから床を抜け降りた下層に広がる空間だ。

 床に空いた大穴を発見した男は、周囲を警戒しつつその裂け目から闇へと降りた。中空で身体を回転させ、その制動で壁に跳び、カッカッと数回壁を蹴り減速しながら滑り降りていく。

 暫く降りたところで膝下までが何かに浸かる感覚、次いで固い感触を足が捉えた。闇の底に着いたのだ。

そこは男の紅を基調とする目立つアーマーの色や、流れる金髪の金色の輝きさえも呑み込もうとしているかのように、濃密な暗闇が満ちていた。

 

暗黒の中視界に映るのは膝下辺りまで水嵩のある泥水と、水面に突き出し静かに佇む瓦礫の数々、それともうひとつ。眼前に横たわる異物を発見して今に至る。

 

 

『ゼロ、何か見つけたの?』

 

 

 通信機から聞こえた声、自分を目覚めさせた少女シエルの呼び掛けにゼロと呼ばれた男は静かに応答する。

 

 

「――ミュートスレプリロイド、と言ったか。それらしき残骸を見つけた。」

 

 

『なんですって!?』

 

 

 驚きの声を上げるシエルだが、送信したデータを確認すると思考を落ち着かせて思案する。

 

 

『ええ、間違いないわ。マハ・ガネシャリフ、冥海軍団の所属ね。主な任務は重要情報等の収集、及び移送――でも……それが何故こんな所に……?』

 

 

 彼女の疑問は正にゼロが胸中に抱いたソレと同じ物だった。

 

 

「ああ、オレも同じ疑問を抱いていた。そもそもオレ達が初めて会ったとき、あんな大穴はなかった筈だ。」

 

 

 二人が初めて出会ったとき……即ちゼロが目覚めたときだが、その場所であった上の部屋の床には当時大穴はなかったと記憶している。単純に考えて、ゼロ達が脱出した後に出来たというのが妥当なのだが、これだと疑問が残る。

 脱出後、シエル達の本拠地であるレジスタンスベースに彼女と同行したゼロは、この時代の事、自分を目覚めさせた経緯等を簡単に説明してもらった後、再び遺跡に向かった。

 

 永い眠りから目覚めた彼は――記憶を失っていた。シエルの助言でゼロのいたカプセルに自身に関するデータが残っている可能性がある事を知った彼は、直ぐさま行動に移した。

 時間が経てばその分戦力が送られ警備は厳重になっていく。ならば、戦力が整う前に乗り込もうという考えだ。

 ゼロ達は知る由もないが、実際に遺跡に向かっていたのはガネシャリフだけだったので、この判断は正しかったといえる。

 

 そういった理由から、トランスサーバーで再び遺跡に舞い戻ったのだ。そう、大して時間を置かずに直ぐさま、だ。

 では誰が、これをやったのか?

 

 

『他のレジスタンス勢力が動いていたという情報は確認されていないわ。一体……誰がガネシャリフを倒したのかしら……?』

 

 

「考えたところで始まらん。ひとまず目的を遂行する。」

 

 

 幾ら考えたところでそれが推測の域を出ない事は分かり切っている。ゼロはひとまずこの問題を保留にする事にした。データ回収をするために、大破したガネシャリフだったモノの内部機構から端子接続用のソケットを探し出し、携帯していた情報解析・送信用の電子ツールを繋ぐ。

 事前に調べた結果、上層のカプセルからは既にデータが吸い出されているのが確認されている。恐らく目の前のガネシャリフが回収したと思われるが、この有り様ではそのデータも残っているか怪しいものだ。

 

 準備が出来たところでツールを起動。ピピピピと電子音を鳴らして解析、そのデータを本部の指令室に送信する。その結果を見たシエルの口から漏れたのは、落胆の嘆息だった。

 

 

『……ダメだわ。既に消去されたか、何者かに回収されたか、分からないけどゼロに関するデータは無さそう。重要な情報についてもめぼしい物は見当たらないわ。』

 

 

 空振りだった、か。表情にこそ出さないがゼロも少なからず落胆していた。失われた記憶に繋がる何かが見つかるかもしれない、と少し期待していたからだ。 

 

 

『……あら?』

 

 

「どうした?」

 

 

『大したことじゃないんだけど……妙ね……。一部のデータが閲覧された形跡があるわ。でも……』

 

 

 何か腑に落ちないといった感じで口籠もるシエル。状況からして第三者の存在はほぼ確定しているようなものだし、情報が奪われている事態も容易に想像できるだろうに。何が妙だというのか?

 

 

『閲覧されたデータは、ここ数百年に渡る歴史だったり現在の地球の状況。つまり、あんまり重要度の高くない一般的な情報なのよ。』

 

 

 シエルには相手の意図が分からなかった。この時代に――いや、今を生きる者なら普通に知り得る、常識と言っても過言ではない情報を何故態々見る必要があるのか。

 

 

「……ともかく、手掛かりが得られなかった以上この場に留まるべきではないな……帰投する。」

 

 

『了解、気を付けてね。』

 

 

 通信を終えてその場を去ろうとしてゼロは、ふとガネシャリフだった物に目を向ける。倒された敵、それが起きたこの場所、そしてこの、今の時代では当たり前で何の変哲もないデータ。

 

――もしや、オレのように眠りから目覚めた奴が……?

 

ここでゼロは、第三者が己と同じ境遇の者である可能性を考え出した。聞くところによるとこの遺跡はかなり古い建造物らしい。それに加えてこれだけ広いのだ。自分以外にも眠っていた者がいてもおかしくないだろう。

 

――だとすれば、お前はオレの事を、オレが何者で、何故ここにいたのかを知っているのか? 名も知らぬ誰かよ……。

 

(何を考えているやら……)

 

 自身の取り留めのない思考に思わず苦笑しつつ、元来た道を辿ってトランスサーバーのある部屋に戻る。ゼロが壁を登って暗闇から出ていくとき、ガネシャリフだった物の直ぐ側で小さな光がキラリと輝いたが、彼がそれに気づくことはなかった。

 ドアを開け中に入りサーバーを起動、転移先であるレジスタンスベースの座標を指定する。ゴウンという音と共に力場発生機器のバーが競り上がる。エネルギーが一定量を超え、強い光がした一瞬の後、ゼロの姿は消失していた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 一方、ガネシャリフを倒した張本人であるVAVAは荒野を歩いていた。一面同じような光景の中、しかし彼の足は迷いなく一歩、一歩と足を進めていく。既に彼の中では次に向かう目的地が定まっていたからだ。目的地の事を知ったのは、ガネシャリフを倒した後だった。そのときのことをふと思い出し、VAVAは自身の左腕に意識を向ける。すると、腕のアーマーが突如展開。開いた隙間から複数のコードが伸びてきた。断っておくが以前の彼にこんなギミックは組み込まれていない。

 攻撃してきたガネシャリフを返り討ちにし、眠っていた記憶を呼び覚ましたVAVAは、その後どうするかで悩んだ。倒す前奴はあの場所の事を遺跡と言っていた。ガネシャリフの言った事が本当ならば、ここは自分がいた時代よりも遥か未来の世界である可能性が高い。とすれば、このまま当てもなく彷徨うのは得策ではない。

 

情報が……情報が圧倒的に足りない。

 

 どうしたものかと思案しているとき、左腕に違和感を覚え、意識を集中したらこれが出てきたわけだ。どうやらこれは、相手の電子回路に接続して情報を引き出す機能を有しているらしい。何故自分がこんな場所にいるのか、何故こんな機能が付加されているのかと疑問は尽きないが、まぁ今の彼にとっては渡りに舟。疑問はひとまず置いてガネシャリフの残骸からデータを吸い出す。

 ガネシャリフは機能停止に陥る寸前、自身の中にある重要データを消去しようとした。そしてそれは確かに完了した。そう、ネオ・アルカディアの内部構造等最重要にカテゴライズされる情報は。そして大して重要度の高くない常識的な情報などが残されたのだが……。皮肉な事に、その残された一般的な情報の方がVAVAにとっては有益に働いたのだ。現代の情勢が分からなければ身動きもとれない。そんな状況下でいきなりどこかの施設のデータを手に入れたところで困惑するだけだ。

 膨大な情報量がこんな形で仇になるとは、ガネシャリフも夢にも思わなかっただろう。

 

そして現在、そのデータにある座標を目指して移動中。

 

(あの象の言っていた『エックス』があの甘ちゃんで間違いないなら、アイツの仲間を片っ端からぶっ壊せば直ぐに出てくるだろう。ゼロはそこまで甘ちゃんではないが…まぁ暴れてれば遅かれ早かれ向こうから出てくる筈だ。)

 

 

 そう考えVAVAは、遺跡から比較的近い施設『イレギュラー処理施設』に向かって移動する。いや、ただ暴れるだけというのも勿体ないか。処理施設というくらいだから、もしかしたらイレギュラーもいるかもしれない。もし使える奴がいたら解放してやろう。連中の苦い顔が浮かんで実にいい気分だった。

 



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5.処理施設での戦い

ピチョン――

 

一滴の滴が落ちてくる。

 

ピチョン――

 

天井に並ぶ円錐の先端から、重力に従って。

 

ピチョン――

 

間隔を置いて同じ軌跡を辿るソレは、

 

ピチョン――

 

少年の目の前を落ち、地面に赤黒い水溜まりを拡げていく。

 

ピチョン――

 

落ちて拡がるソレは、近くに転がるナニカを濡らし同色に染めていく。

 

 

「……ヒッ!?」

 

 

 そこまでが少年の限界だった。いや、よくここまで耐えたというべきか。普通なら発狂しかねない光景の中、ここまで悲鳴の一つも挙げなかったのだから。

 

 そこにあるのは、地獄だった。

 

 天井に等間隔に並ぶ円錐――スクラップ圧砕用の杭には、少年の身体に流れている物と同種の液体が。その下の地面、少年のいる部屋の中には、恐らくその液体の持ち主だったであろう物言わぬ無数の骸達が横たわり、絶望を、苦悶を顔に張り付かせて果てている。生きている者は少年の他には同じように身体を震わせている一人の青年と一人の老人だけだ。

 

 

「……怖いか? 少年。」

 

 

 恐怖を堪えきれず全身が震え出した少年に、話し掛ける静かな声。その主は少年の頭上、杭の並ぶ天井の更に上からこちらを見下ろしている。

 きめ細かい網目状の隙間から見えるその男は、自分達の刑執行人にしてこの施設を任されし責任者。

 

 

「だがその怖さも直ぐに無くなる。安心して逝くがいい、この『アステファルコン』に看取られて逝ける事を名誉に、な。」

 

 

 その言葉が終わると同時に、施設の電源が入る。ゴゥンゴゥンと重厚な音を響かせてゆっくりと下降し始める天井。確実に、しかし遅々とした動作で迫るオイル塗れの杭は、獲物を咀嚼している猛獣の牙の様だ。

 

 

「フフッ、怖がる事はない。――とはいえ、その恐怖に引き攣る表情、絶望に染まっていく貌は見ていて気分がいいぞ。」

 

 

 刑に処されようとしている自分達を、初めは気遣うような言葉を述べていたのとは裏腹に、目を細めて愉しそうに見るアステファルコン。いや、実際このミュートスレプリロイドは愉しんでいるのだ。

 自分達のような下位のレプリロイドが絶望していく様を。恐らくその目には、自分達の死に逝く姿は単なる余興、ショーくらいにしか写っていないだろう。これまで処分されてきた周りの骸達もそうであったに違いない。

 

 ジリジリと近づく杭とアステファルコンの愉しむ視線は、まるで自分達が巨大な猛獣の口の中にいるかのような感覚をすら錯覚させた。わざとゆっくり牙を近づけて、負の感情で歪んでいく獲物の貌を愉しむ残虐な捕食者は、狙い通りに獲物の恐怖心を色濃くしていく。

 

 少年達が絶望に呑まれかけた瞬間、突然上側の出入口が開いた。そこに立っていたのは、一体のパンテオンだった。

 

 薄暗がりの出入口に立つパンテオンを見て、アステファルコンは気分を害した。“ショー”の間は中へ入るなと、部下どもには予め言い含めていた筈だが、この愚か者はそれを失念しているのだろうか。

 

 一先ず下降天井の電源を切る。つまらない事で大事なシーンを見逃したくはないからだ。

 

 

「何の用だ、刑執行中はここに入るのは禁止していた筈だぞ?」

 

 

「……」

 

 

 苛立ちが声に出ていただろうか。畏縮しているのか部下は答えようとしない。その行為が更に苛々を募らせる。

 

――何だというのだ!! 人の任務もとい愉しみを邪魔して!

 

 入室した部下の後ろに目をやると、外に繋がる扉も開いたままなのが見てとれた。外は土砂降りの暴風雨、おまけに雷も鳴っている最悪の天候だ。尤も、その一端は対侵入者用のトラップである局地的暴風発生装置<<コントレイナー>>に起因する物なのだが。

 

 ――これでは下にいる罪人を刑に処したときの、断末魔の叫びやボディの軋み奏でる不協和音も綺麗に聴こえないではないか!!

 

 尚も喋ろうとせず、薄暗闇から動こうともしないパンテオンをアステ・ファルコンは叱責しかけて、やめた。

 暗がりでぼんやりとしか分からないが、蒼いボディは所々凹みやひび割れが、間接部の外皮素材である強化ゴムは擦り切れ、焼け焦げているように見える。

 これではまるで、激しい戦闘をしてきた後のような――

 

 

「その有り様は一体――」

 

 

何なのだ、と問おうとした瞬間、外で雷が鳴った。轟く雷鳴と共に蒼白い稲光が外を、薄暗がりの中機能停止し佇むパンテオンとその後ろに立つ見知らぬ男の姿を照らした。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「……何者だ?」

 

 

「貴様らの立場、ハンターからすれば差し詰めイレギュラーみたいなものかな。」

 

 

「ハンター……?」

 

 

 永い眠りを経て目覚め、人間を守るエックスとその仲間達を破壊しようとする自分は、正しくイレギュラー(不確定要素)と呼ぶに相応しいだろうとVAVAは心中で小さく笑った。そういった思考もあり先のような返答をしたVAVAだが、相手の反応が怪訝な物だったのに疑問を感じた。

 とぼけている、というよりその言葉自体を知らないような反応だ。

 

 

「何の事かは分からないが、まぁいい。自らイレギュラーと認める貴様は、下にいるスクラップどもの仲間か?」

 

 

「スクラップだと?」

 

 

「そうだ。下にいるこいつらは既に廃棄処分が決定されている。周りにある旧式の機械や鉄屑と同じなのだ。」

 

 

嘲るような目で見つつ少年達を指差すアステファルコン。それに対してVAVAは無言、いや、よく見ると肩が僅かに震えているように見える。

 

 

「貴様の目は節穴だな……。鉄屑だと? ふざけるな、オレには分かる。そいつらはまだ死んじゃいない。まだ動ける、走りたいと言っている。」

 

 

静かに、しかし聞いた者全てに伝わるほどに怒気を孕んだ言葉。

 

 

 その言葉に少年達は胸が篤くなった。人間からは廃棄処分の烙印を押され、自分達より上位であるミュートスレプリロイドからは鉄屑と評され蔑まれた。

 そんな自分達にこいつらは生きているんだ! 鉄屑なんかじゃないと言ってくれた。走りたい、というのはよく分からなかったが。

 

 

「……私の目を節穴、と言うか。――その言葉の責、貴様の命で贖ってもらうぞ。下の屑共々処分してくれる!」

 

 

 激昂したアステファルコンは右腕をVAVAに向けた。アステファルコンの腕は肘から下が二本の長いクロー状のパーツで形成されている。その中心に電流が迸り次の瞬間――

 

ビキュウゥーーン!!

 

 甲高い発射音が響き、VAVAに掴まれていたパンテオンが後ろに大きく吹っ飛んだ。

 倒れたパンテオンの顔には、一本の鉄柱が突き刺さっていた。突き出た鉄柱の後ろの部分からは青いプラズマが溢れ出、揺ら揺らと動くソレは極鳥の抜け落ちた尾羽のように見える。

 少し経つとその青羽は掻き消え、武骨な鉄柱だけが残った。

 

――ナルホド、レールガンか。

 

VAVAは即座に相手の武器を把握した。腕のクロー部分に帯電させて、電磁加速を加えた鉄柱を撃ち出す。加速された鉄柱は弾丸以上の速度と威力を内包する、見かけ以上に恐ろしい武器と化す。

 

 

「そのパンテオンのようにコイツで串刺しにしてくれる。ああ、それと――」

 

 

 グォン、と再び下降天井が動き出す。

 

 

「あああ…!!」

 

 

それに気付いて下の三人が呻く。

 

 

「一人じゃ淋しいだろう? 下の屑共も直ぐに後を追わせるよ。いや、それとも彼らが逝くのが先かな? アハハハッ!」

 

 

 ――時間制限を付けてオレの焦る姿が見たいらしいな、ついでに下の奴等の反応も愉しんでやがる。

 

イイ趣味してやがる、と内心で悪態を吐き、戦闘行動に移るVAVA。

 

連続して吐き出される鉄柱を横走りで避けつつ、腕部兵装武器『チェリーブラスト』で反撃。時折肩部兵装のキャノン砲から通常弾『フロントランナー』を織り混ぜているが、アステファルコンは持ち前の機動性を活かし全てを避けきっている。

 

 

「そらそら、どうした!? 掠りもせんぞ!? 残り時間も少ないぞ? 間に合うか~?」

 

 

壁を走って跳躍したアステファルコンは、振り上げた両腕のクローを180℃展開。蓄電したそれを地面に叩き付け、放出。広範囲に広がる電流をVAVAは壁を駆け上がり、空中に踊り出てやり過ごす。

 

――いちいち癇にさわる奴だ。とはいえ、確かにあまり時間もないようだ。少し不味いな……。

 

 

「そうだ、いい事を教えてやろう。私を倒せば下降天井も止まるぞ。出来ればの話だがなぁっ!!」

 

 

 言い終わりと同時に先程と同じように、いや、今度は右手だけを展開しこちらに突き付けてくる。

 開かれたクローが青い電流を纏うと、急にVAVAの身体に負荷がかかった。引き寄せられそうになるのを両足に力を入れ堪えるVAVA。それを見てアステファルコンは目を細めニヤリとし、空いた左腕を帯電させてVAVAに向ける。

 身動き出来ないようにして致命的な一撃をくれるつもりなのだろう。射速、威力を最大にするためか先程より帯電時間が長い。ついでに相手の焦燥とか恐怖心を高める狙いもあるようだ。

 

 

「さて、ここらでお別れだ。己の愚かさを呪いながら死んで逝け!!」

 

 

 アステファルコンはレールガンを作動させた。電子頭脳が射出を命じ、体内の電子回路を廻って左腕を動かそうとする。数瞬後、串刺しにされて絶命する目の前の男の姿を夢想したアステファルコンだったが、その後起こった事象は全く違うモノだった。

 命令信号が左腕に届く。相手の右足のアーマーが展開する。トリガーに力が掛かる。相手の展開した場所から円筒状の物が飛び出し、それを右手で掴む。引き金が完全に絞られ、青白いエネルギー光が砲口から溢れる。相手は掴んだソレを後ろ手で放る。そして、前へ出た。

 

 

「……なっ!?」

 

 

 堪えていた両足から力を抜いたVAVAは、あろうことか正面からアステファルコンに突貫した。地を蹴り、相手の引き寄せる力に身を委ねる。瞬間、背後に投げたグレネード『バンピティブーム』の爆発も利用し、凄まじい加速でアステファルコンに向かう。

 その行動に虚を突かれ動揺したアステファルコンだったが、照準は違わずVAVAに撃ち出した。青き極鳥の尾羽が大気を切り裂き、標的目掛けて一直線に突き進む。対するVAVAも撃ち出された弾丸の如く進む。同一直線上にある鉄柱はこのままだとVAVAの顔面に突き刺さるだろう。

 しかしVAVAはそれを、何でもないかのように避けた。加速が加えられた、それも自身も加速して互いに引き合うように近づく状態の鉄柱を、首を捻らせただけで避けたのだ。人間ならば心臓に毛が生えているのか、というのだろうが、こいつは動力炉にビスでも打ち込んでいるんじゃないだろうか。

 

 必殺の一撃を避けたVAVAはそのままアステファルコンに肉薄。肩のキャノン砲を撃つ。懐に飛び込まれたアステファルコンは、なす術もなく左腕を破壊され、下降天井の上に強かに打ち付けられる。

 

 

「がはッ!!」

 

 

苦悶の声を上げながら、壊れた左腕の落下していく様を視界の端に捉えていたアステファルコンは、更に続いた衝撃に顔を歪ませた。VAVAだ。倒れたアステファルコンの上に着地、馬乗りになる形で砲口を向ける。

 

 

「確かに、もうお別れだな……!」

 

 

「ま、待っ――!」

 

 

その言葉が最後まで続く事はなかった。言い切る前に撃ち出された砲弾が、アステファルコンの頭部を吹き飛ばしたからだ。反射的に挙げられた右腕が、今度は力無く地面に落ちた。それがこの戦いの終わりだった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 少年は高揚とした気分で彼を見ていた。突然現れてアステファルコンと戦い、自分達の命を救った恩人は、停止した下降天井から降りてこちらに歩いてきている。

 胸の中で彼の言った言葉が反芻され、その度に彼への尊崇の念が大きくなる。

 目の前まで来た彼に感謝の言葉を述べる。

 

 

「あ、あの! 助けて頂いてありが「失せろ、屑が。」……えっ!?」

 

 

少年を含めた三人は耳を疑った。屑というのを否定してくれた彼が、今度は面と向かって屑と呼んだのだ。

 

 呆然としている三人を余所に、VAVAは彼らを通り過ぎある物の前で立ち止まった。

 それは三台のライドアーマーだった。所々錆や塗装が剥げた部分があり、それらがみすぼらしさを強調しているが、メンテさえすればまだまだ使えそうな代物だ。

 

 

「よう、感じたぜ。お前達はもっと走りたいんだろ。オレが望みを叶えてやるよ。」

 

 

物言わぬ機体に話し掛ける姿は、端から見たら変人にしか見えないだろうが、何故か少年には長年連れ添った相棒と話しているような、そんな風に見えた。

 

 そんな事を考えていた少年は、ここである事に気づく。感じた? 走りたい? つまり、屑じゃないとか否定してくれたのは……えと、自分達の事じゃなくて……その、アーマー達の事?

 

 

「そうだ。お前ら、こいつらを運べ。助けてやったんだからオレの命令を聞けよな。」

 

 

さも当然だと言わんばかりに、VAVAは三人に言い放つ。彼らの意思は関係ないらしい。

 

 

「「「えぇぇぇーーーー!?」」」

 

 

 三人の驚愕の声が処理場内に響いた。屑呼ばわりして手伝わせるんですかーー!? しかも助けたのはライドアーマーの方で僕達はついでみたいなもんでしょーー!?

 

とまぁ色々と言いたい事はありましたが、とにもかくにもこれが少年こと僕『ルカ』とVAVAさんの出会いでした。




オリキャラ投入。果たして彼らは、重要な役につけるのか? はたまたアッサリ舞台を降りてしまうのか? それは作者の気分次第。

筆が進んだ結果、自分的には結構な文字数になったけど…。

どうでしょう? くどかったり長ったらしかったりしますか?




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6.救出作戦

やっとこさ投稿……。


ゴゥン、ゴゥン――

 

 無音だった室内は、足を踏み入れた途端それまでが嘘だったかのように騒音で満たされた。招かれざる侵入者に反応したのだろう。室内の機器は明かりを灯し、床や壁からは高温の蒸気が白い吐息を漏らし臨戦態勢を取る。

 

 

『ゼロ! 皆そう長くはもたないわ。お願い、急いで!!』

 

 

通信機から漏れるシエルの緊迫した声に、ゼロは「ああ、分かっている」と静かに返し、目の前の存在を見据える。

 

まだ大分薄暗い部屋の奥、ソレはいた。赤い単眼を光らせるソレは徐々に近づき、やがて点灯した機器の淡い光に照らし出されてその姿を朧気に浮かべた。

 

 パンテオンだ。しかし続けて視認できるようになった胴体部を見れば、ソレが只のパンテオンでないのが分かる。

 橙色の光沢を放つその巨体には四肢はなく、備え付けられたレールと台座、壁に伸びる太いパイプ群で固定されている。

 『パンテオンコア』と呼ばれるその個体主は、陸路の補給・運搬の要である輸送列車群のマザーブレインであり、またその守り手だ。

 

 単眼を爛々と光らせ、侵入者を排除しようとするパンテオンコアに駆け出したゼロは、脳裏でこうなった経緯を回想していた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「輸送列車を襲う?」

 

 

聞き返したゼロの言葉に、提案者のシエルはコクリと頷き、手元の端末を操作する。すると室内に備え付けられた大型モニターにある施設の映像が映し出された。

 

 

「数日前、何者かによってイレギュラー処理施設が壊滅させられたのは知ってるわね?」

 

 

 今度はゼロの方が頷く。あの場所は無実のレプリロイド達が何人も処分されてきた所である。

それ故、多くのレプリロイドはこの朗報を聞いてとても喜んだ。勿論ゼロやシエルのいるレジスタンスも同様で、昼夜問わず喜び合っては正体不明の功労者を賞賛する声が至るところで上がっていたりする。

 

 

「施設が破壊された事によって、護送されていたレプリロイド達が本国に送還されるという情報を掴んだの。」

 

 

その発表に、ミーティングのためここ作戦会議室に集められた面々からどよめきが生じる。

 

 

「そのレプリロイド達が、輸送列車で運ばれるという事か?」

 

 

 頷くシエルを見てゼロは思案する。確かに本国に送られると、もう助け出す事は不可能に近い。可能性はゼロではないが、相応の危険を伴う事になるだろう。この場にいる他の面々もそれは理解しているだろうが、作戦の成否、そしてそれよりも自分達が生き残れるかの不安や恐怖が彼らの思考の大部分を占めていた。

 

 

「……ごめんなさい。難しい事なのは分かってる。でも、手が届くなら、出来るだけ沢山の人達を助けたいの。」

 

 

 心底申し訳なさそうに言う辺り、シエルもこの作戦が困難で、また皆を危険に晒す事も理解しているのだろう。

 理解していても、処分されようとしているレプリロイド達を見捨てる事が出来ずにいる。人間がレプリロイドに対して高圧的で軽蔑的な態度を取るのが一般的となってしまった現在、慈愛に満ちた彼女の心は彼らには暖かく眩しく、逆にネオ・アルカディアからは異端と称され蔑まれるものではないだろうか。

 

そういった事を考えていると、

 

 

「で、でもシエルさん。お気持ちは分かりますが、我々にそれが可能なのですか?」

 

 

 メンバーの一人が不安げに問い掛ける。彼を含めたレジスタンスの構成員は、その殆どが非戦闘型である。武器を携行する事は出来ても、精度や携行重量などパラメーター的には、パンテオンとすら比較しても見劣りがある。

 故にその疑問は尤もだ。他のメンバーもその問いを皮切りに談合し出し、室内はザワザワと騒がしい。

 

 

「大丈夫、今の私達には彼がいるわ。」

 

 

 シエルの言葉に、全員の視線が彼ことゼロに集中する。しかしその目は、不安、困惑、疑心と複雑な感情で染まっている。

 無理もない。彼らからすればついこの間会ったばかりの人物を、信頼し命を預けろと言われているようなものだ。

 数日前、遺跡に向かい帰ってきたのはシエルと、見馴れないレプリロイドの二人だけだった。シエルの無事を喜び、その後隣の男が今回の作戦対象の『ゼロ』だと知らされた彼らは、複雑な気持ちになった。

 目標は達したのだから、仲間は犬死にではなかったろう。しかし思うのだ。目の前の男が散っていった命に見合う価値があるのだろうか、と。

 中には敵意の籠もった視線を向ける者もいたが、その感情をゼロに向けるのも筋違いであるのが分かるだけに、解消されない蟠りは日を追うごとに膨らんでいった。

 次にゼロが発した何気無い一言に、彼らのソレは爆発したのだ。

 

 

「オレが敵を叩く。アンタ達は後方でバックアップを頼む。」

 

 

「……!! それはあれか、オレ達が足手纏いだってことか!?」

 

 

「冗談じゃあない!! オレ達も行くぜ!!」

 

 

「新参者にデカイ顔させてたまるかよ!!」

 

 

 無論ゼロにそんな意図はない。しかし最早、怒りが引き金となった血気に逸る皆を抑える事は、信頼はあっても指導力に乏しいシエルでは残念ながら無理だった。

 

 そういった経緯から、今回の作戦ではゼロとは別に十数名からなる実働チームが襲撃に参加した。物資を搬入するためプラットホームに停車していた輸送列車を襲撃、作業をしていたメカニロイドや警備のパンテオンを撃破し、列車に取り付いたまでは良かった。

 

 襲撃を察知した輸送列車が、搬入途中で動き出したのだ。それに気づいたゼロやメンバー達は駆け出し、列車に飛び乗った。十数名中八名が乗り込み、救出対象が幽閉されている車両へと向かう。

 扉を抉じ開ける。状況を理解出来ず、身を寄せあって怯えている人々の姿を確認して安堵したのも束の間。通路の先から数体のパンテオン兵が姿を現した。

 

 

「ちっ、きやがった!」

 

 

「応戦しろ!」

 

 

ドアの前にバリケードを作り、それに隠れつつ相手に銃撃し応戦するレジスタンスメンバー達。ゼロもバスターで援護してパンテオンを撃破していくが、倒しても倒しても次々と通路の先から現れる。

 

 

「っ……、このままじゃキリがねぇ。おい、あんた!」

 

 

ゼロを呼んだメンバーの一人、確かコルボーといったか。彼はライフルを撃ちながらこちらに問い掛ける。

 

 

「このままじゃここを死守できたとしても、向こうに着いてオレ達まで一網打尽だ! この列車を止めなきゃマズイ。あんた、ここの制御中枢を壊しにいけるか!?」

 

 

それはこの状況を打破すべき問い掛け。同時にゼロを試そうとするコルボーの思惑でもある。仲間が命を懸けて連れて来た男は、造作もないと高飛車に言ってのけるのか。それとも自分にはそんな事ムリだと物怖じするのか。だが、ゼロの答えはそのどちらでもない。

 

 

「分かった、行ってくる。」

 

 

 ただ、ただ簡潔に。慢心する事もなく萎縮する事もなく、言われた事を実行に移そうとした。放たれる弾幕の中を掻い潜り、バスターを構える。チャージされた緑色のエネルギー弾が通路の真ん中にいるパンテオンを撃ち倒し、その間隙を縫ってゼロは通路の先へと消えていった。

 敵の何体かがゼロを追いかけようとしたが、それはコルボー達の援護射撃によって阻まれた。

 

 

「はっ、無愛想な奴だ。だが――」

 

 

だがその方が信頼も、好感も持てるってもんだ!

 

ゼロの事を少しだけ認めて笑みを浮かべ、見事やってのける事を信じて、コルボーは仲間たちと共に銃を構え再び迎撃に意識を集中した。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 連続した発砲音が響く。その後に鳴ったのは弾かれたような渇いた音。パンテオン・コアの堅牢な装甲は、ゼロのバスターを受けてもびくともしない。今度はチャージショットを頭部に撃ち込むが、緑のエネルギー弾はパンテオン・コアの目の前で霧散してしまった。何らかのフィールドを張っているようだ。

 

――流石に守りが堅いな。

 

 ゼロはならばと近接格闘を仕掛けた。セイバーを抜き放ち、パンテオン・コアに接近する。

 すると突然ゼロのいる床部分が競り上がった。バランスを崩したゼロを乗せたまま、床はどんどん上がっていく。ゼロはそこで、真上にある天井が開き、鋭利な棘が出現しているのに気がついた。

 すんでのところで床を転げ落ち、串刺しにされるのを回避。着地した後、次々上昇する床を右へ左へ躱し肉薄、セイバーを振るう。それに対してパンテオン・コアは自身の下部に装備された火炎放射器を作動させ、ゼロの攻撃を阻んだ。

 

 

「くっ!」

 

 

 体勢を崩されたゼロは後ろへ下がりつつ、牽制にバスターを撃った。その攻撃は先程のように弾かれる――ことはなく、パンテオン・コアの頭部側面を削り幾らかのダメージを与えた。

 

 

「……!」

 

 

 それを見たゼロは、火炎が収まるのを見計らって再度バスターを連射。しかしこれは最初のように装甲に弾かれ、或いはフィールドの前に掻き消された。

 ここでゼロにはある仮説が浮かんだ。そしてそれは、次に火炎攻撃をしてきたパンテオン・コアにバスターが命中した事で立証される。

 つまりこのパンテオン・コア、攻撃と防御を同時には出来ない弱点があるのだ。

 

 そうと分かれば対応は難しくない。上昇する床に注意しつつ、火炎を放つ瞬間を待つ。

 自らの弱点に気づかれ、反撃のタイミングを窺っているのを察知したのか、パンテオン・コアはここで戦い方を変えてきた。

 先程よりも激しい勢いで火炎を振り撒く。その範囲は広く、反撃しようにも燃え盛る炎で狙いが付けられない。そのままコア自体が前へじりじりと進んできて、ゼロは壁際まで追いやられてしまう。

 

 ゼロの退路を塞ぐとガクンと床が揺れ、これまでとは比較にならない勢いで上昇する。視界の中どんどん迫り来る棘の天井。

 

ゴシャアッ!!

 

逃げ道のないゼロは為す術もなく床と棘天井の間に挟まれた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

ズズゥン!

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 突如爆発が起きた。爆風から身を庇ったコルボーが目にしたのは、車両の上部が消失しそこから覗く青空と、その中を飛び交う飛行モジュール装備のパンテオン『パンテオン・フライヤー』の姿だった。

 

 先程の爆発はフライヤーがグレネードを放ったもののようだ。

 

 

「コルボー、このままじゃ全滅だぞ!?」

 

 

仲間の一人が叫ぶ。彼の言う通り、防衛するのもそろそろ限界だった。

 

 

「堪えろ、あいつが…ゼロが向かってる!」

 

 

「どうだか、なっ…! やられちまってんじゃ、ねぇのか!?」

 

 

 銃撃しながら言う彼の言葉は、ゼロに対する不信から出たというのも多分にあるだろうが、それだけでもないだろう。

 輸送の要である列車群、その制御中枢ともなれば守りが手薄な訳がないのだ。果たして、そんな中単独で向かったゼロが無事でいられるのか。そういった懸念も込められている。

 しかしコルボーは、確信に満ちた表情でそれはないと言う。

 

 

「大丈夫さ。上手く言えないが、あいつはそう簡単にくたばるような奴じゃない。やってのけるさ。」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 外敵を排除したパンテオン・コアは、その後の行程について考えていた。このまま本国まで襲撃者らを護送した後、損傷した車両を交換し再び処理場跡に戻る。他の路線からも何両か動かせば、襲撃のロスも取り戻せるだろう。

 そうすればこれまでと変わらない通常運行だ。『パンテオンシリーズ』は分類的にはレプリロイドであるが、従来のソレと比べると思考回路は簡略化されている。

 言ってしまえばレプリロイドとメカニロイドの中間のような存在で、このパンテオン・コアもその例に漏れない。

 

 故に外敵を排除した歓喜や達成感など感じず、与えられた指令をこなそうと各地の車両操作をしていたパンテオン・コアは、ここで異変に気付く。

 

 

「……?」

 

 

 侵入者を潰した床が徐々にだが押し返されているのだ。ギギギッと軋む音を響かせながら開く隙間から見えたのは、緑色の霞。いや、正確にはエネルギーの奔流だ。

 その下には、五体満足の侵入者ゼロがいた。両腕を頭上で交差させ、腕部アーマーの継ぎ目から流れ出るライトグリーンの輝きで串刺しになるのを防いでいた。

 

 

「……!?!?」

 

 

 予想外の事にパンテオン・コアは狼狽した。今のコアは、その思考の殆どを輸送列車群の操作に向けているため、防御や反撃が出来ない状態。つまりは丸裸なのだ。

 

 ゼロは片手を腰に回し、マウントされていたバスターを構える。チャージされたライトグリーンのエネルギー弾がパンテオン・コアの頭部を貫き、身体を突き抜けて動力炉に達した。

 

 内部を荒れ狂う破壊の力が駆け巡る。行き場を失ったエネルギーが装甲を突き破り、爆発として外へと流れ出た。ブレーキ音を響かせ徐々に減速する輸送列車。完全に停止したのを確認すると、残存していたネオ・アルカディア軍は戦域から離脱していった。

 

 ここでの戦いはレジスタンスの勝利で幕を閉じたのだ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 一方、三人のクズ(VAVA視点)とVAVAは砂漠地帯に来ていた。あの後直ぐに「ついてこい」と言われて移動を開始したのだが、行き先については何一つ教えてもらえずにいた。

 

 

「……なぁ、こんなとこに何があるってんだ?」

 

 

「さあのぉ……あの御仁何を聞いても教えてくれなんだ。」

 

 

 前を歩く少年のライドアーマー、その肩に乗っている自分達の(というよりはアーマーの)命の恩人を見て、青年と老人はお互いに首を傾げる。

 

 

「おまけにこんなモン運んでどうしようってんだ?」

 

 

青年が振り返った先、自身の乗るライドアーマーの背中には、何やら白い布に包まれた細長い包みが括り付けられている。そしてそれは、大きさこそ異なるものの老人の方にも同様に取り付けてあった。

その問いに老人は答えられず、黙した二人は再び恩人の後ろ姿を眺めた。

 

その恩人であるVAVAも、唯面倒だとかそういった理由で話さないわけではない。

どう話せばいいか分からないのだ。“頭の中で誰かがここを、この場所にあるモノの事をを囁いているなど”。

 

 

「……ここだ。」

 

 

そこは通ってきた所と変わらない、荒寥とした砂の荒野。動く物の姿もなく、聞こえてくるのは砂塵の吹き荒ぶ音だけだ。

 

 

「何もないじゃ――」

 

 

ルカが言いかけたとき、その景色に変化が生じた。何もない砂の地面が盛り上がり、複数の砲台が姿を現したのだ。その砲口がVAVA達を捉えるより早く、VAVAはその全てを撃ち抜き破壊する。すると今度は、何処からともなく声が聞こえた。肉声ではない、通信機越しのノイズ交じりの音声だ。

 

 

『ザッ、ザザッ……何者じゃ?』

 

 

しゃがれたその声は老人のそれだ。人かレプリロイドかすら不明な謎の人物は、VAVA達がここに現れたのに驚きや困惑を感じている様子だ。

 

 

「クククッ、世界のはみ出し者、とでも言っておこうか。」

 

 

可笑しそうに名乗るVAVA。確かに、廃棄処分が下されたレプリロイド三人と、過去にイレギュラーと認定されているVAVAは、最後の生活圏という意味では現在の地球上で唯一の『世界』と言ってもいいネオ・アルカディアから排斥された存在である。いい得て妙だ。

 

 

「尤もそれは、アンタにも言える事だろうがな。」

 

 

『!!……キサマ、何を知っている……!?』

 

 

「……単刀直入に言う。オレに協力しろ。アンタもこのまま終わるつもりはないだろう。なぁ――」

 

 

 はみ出し者、協力しろ。幾つかの言葉からルカは、この老人は自分達と同じく処分から逃れたレプリロイドなのかな、と考えていたが、次に発したVAVAの爆弾発言でその考えが間違いである事を知る。

 

 

「――『Dr.ケイン』。嘗て史上最強のイレギュラーを生み出した科学者の末裔よ。」

 

 

 

 



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7.ケイン

大変遅くなりました。どうにも気分屋でして、困ったもんです。また不定期投稿で行ってしまいそうですが、なるべく気を付けます。ではどうぞ。


カタカタカタカタカタ――

 

 暗い室内にはキーボードを打つ音とピッという電子音だけが鳴っている。キーを打つ老人はコンピューターを操作しつつ、備え付けられた二つのモニターを注視する。一つは古い映像なのかノイズが混じり時折画面が乱れたりしている。戦闘中の記録のようで、一人のレプリロイドが全身の火器を駆使して複数のイレギュラーを破壊している。もう一つはこの施設内の映像で、いきなり現れた謎の来客一同が通路を歩いている様子が映し出されていた。キー操作をして一同の先頭を歩く人物をズームする。

 驚く事に両方のモニターに映る人物は全くと言っていいほど同一だった。理解に苦しむ光景に老人は目尻を押さえた。実を言うと面識こそないが彼はモニターの人物を知っている。そしてそれは、老人の消し去りたい忌まわしき過去を想起させるものでもあった。老人は暗い天井を仰ぎ見る。

 

――おお、神よ。これは何の冗談ですか? 悪い夢を見ている気分ですぞ。それともワシに過去の大罪の怨嗟を再び味わえというのですか?

 

答えが返ってくることは勿論ない。溜め息を吐くと老人――Dr.ケインは再び画面の中の人物、VAVAに目を向けた。彼らを迎え入れた事が今後どう影響していくのだろう。自身の判断が果たして正しかったのか、一抹の不安を感じつつただただ眺めていた。

 

◆◆◆◆

 

 

「ほぇ~、すごい施設ですね~」

 

 

 歩きながらルカはキョロキョロと施設内部を見て回る。好奇心から辺りを見回すその姿は、見た目相応の少年のそれだ。他の二人も物珍しそうに周囲を見学しつつ歩を進める。

 仕方のない事だろう。こんな砂漠のど真ん中にこれほど大規模な、しかもネオアルカディアに属していない施設があるのだ。それだけで驚愕に値するだろう。

 暫く歩くと通路の先にゲートが現れた。一行が前まで来ると、ゲートは左右に自動でスライドして来訪者を迎え入れる。中は割と広く、正面上部には大型のモニター、左右にはコンソールと座席が4つずつ並んでいる。そして部屋の中心でモニターを見ている一人の老人。先程一行を注視していた人物だ。VAVA達が中に入ると老人は振り返って挨拶を述べた。

 

 

「ようこそ、ワシの隠れ家へ。招待したつもりはないがまぁ楽にするといい」

 

 

 口ではそう言っているが、言葉とは裏腹に憮然とした表情からは歓迎されていない事が窺えた。

 

 

「さて。そこの彼は知っておるようだが改めて自己紹介しよう。ケインじゃ。今はこの寂しい所で静かに暮らしとる」

 

 

 ケイン、という名前を聞いてVAVA以外の三人はどよめいた。Dr.ケインと言えば機械工学の権威で、ネオアルカディアでも指折りの科学者として有名だったのだ。しかし彼は突如ネオアルカディアから姿を消した。捜索は行われているものの未だに行方知れずだった筈だ。

 それがまさかこんな場所で出会うとは夢にも思わないだろう。VAVAがその名を呼んだ時は半信半疑であったが、本人の口から名乗られれば疑う余地はない。そのDr.ケインはこちらをジッと見て何やら考え込んでいる。

 

 

「……ああ、そうか。お前さん達例の処理施設から逃げてきたんじゃろ。この間何者かに破壊されたと聞いた」

 

 

三人の恰好は現在ネオアルカディアで活動している一般のレプリロイドのソレであり、エネルギー危機に陥っている現状から察するにそう判断したケイン。三人がコクコク頷いた事でその推測は裏付けられる。

 

 

「……すると施設を襲撃、破壊したのは――」

 

 

言いながらVAVAに目を向けると、三人はまたコクコク頷く。これで彼らがどういった経緯で出会ったのかは理解出来た。だが疑問はまだまだ山程ある。まずは目の前の人物についてであるが、確認の意味も込めてケインはVAVAに何者か質問をした。

 

 

「オレの名はVAVA。ケインの名を継ぐ者なら知っているんじゃないのか?」

 

 

ククッ、と嘲るように嗤うVAVAは、奇妙な自身の現状を順を追って話した。

 

――曰く、自分はシグマの反乱の時代に存在したレプリロイド。

――曰く、忘却の研究所と呼ばれた彼の遺跡で目覚めた。

――曰く、エックスやゼロと再び合間見える為に転戦している。

――曰く、自身に囁く何者かの声に従い、この場所を訪れた。

 

 過去の記録映像と同じ姿や本人の証言から、彼があのVAVAであるのは間違いないだろう。例の遺跡で目覚めた、というのは驚きだった。老朽化の具合から、かなり以前の建造物だと思われるあそこにいたという事はつまり、VAVAもそれだけ永い間眠っていたという事。そんな以前から、一体誰が彼を復元し保管していたのだろうか。この場所の事を教えた者についても、詳細は何一つ分かっていないという。

 何もかもが半信半疑ではあるが、あり得ないという事はない。事実、少し前に前例があったではないか。不確定情報ではあるが例の遺跡で、同じく百年以上前のレプリロイドが目覚めたと。

 

“紅いイレギュラー”“古の破壊神”“英雄”

 

 様々な呼ばれ方をされるその者は、ネオアルカディアの頂点であるあの方の親友であり戦友。しかし現在はレジスタンスに協力し、立場的には対立する形で今を生きている。更に件のあの方は、シグマの反乱の時代から幾度かの強化やフォーマットを経て生ける伝説と化している。

 

 

「しかしお前さんのその姿は……」

 

 

「ああ。何故か昔に戻っている。言っておくが『ヤコブ』での戦いまで記憶はある」

 

 

 『ヤコブ』――旧時代に地球が荒廃した折、生き残った人類は宇宙に活路を見出だした。地上の環境が再生されるまでの間、新たな生活圏を開拓する目的で建造されたのが、軌道エレベーター『ヤコブ』である。

 尤もその試みも、史上最強のイレギュラーと名高いシグマの八度目の争乱で見事に打ち砕かれてしまったのだが。その争乱の中、確かにVAVAの姿はあった。二度目の復活を遂げエックス、ゼロの前に立ちはだかった。激戦の末VAVAもシグマも倒され、それ以降再び姿を現す事はなかった……筈だった。

 

 

「さて、まだ返事を聞いていないがどうだ? オレに力を貸すか、それとも何もせずにこのまま朽ちていくか」

 

 

 その筈がどんな運命の悪戯か、今目の前に存在しているという事実。それもあろう事か自分に協力……いや、本当のところは恭順か隷属といったところか、を迫っているのだ。普通であれば突っぱねるか拒否するべきであろうが、ケインには中々それが出来なかった。更に言うならば、胸中に渦巻くある想いがその行為を押し留めていたのだ。

 

 

「……お前さんは、今のエックス様をどう思う?」

 

 

「……ぁあ?」

 

 

脈絡もなく出たその質問の意図をVAVAは理解できなかった。怪訝に思いつつも聞き知ったこの時代のエックスについて考えてみる。エネルギー危機に陥っている現在、その対応策として実施されているのが旧式であったり性能の低いレプリロイドの廃棄処分である。

 

 

「人間を守る為にレプリロイドの処分を推し進めているらしいが……有り得ないな。あの甘ちゃんにそんな決断が下せるとは到底思えない。仮に人間共がそう命令を下したのだとしてもあいつは反対こそすれ容認するような真似はしないだろうさ」

 

 

「そうか……」

 

 

 やはりそうなのだな。VAVAの言葉を何度も繰り返し脳内で再生する。静かに閉じた瞼の裏に映し出されるのはネオアルカディアにいた最後の日の記憶。イレギュラー処分が本格化してきた当時、罪の意識に耐え切れなくなったケインは不遜と知りながらエックスに直接抗議をした。

 エネルギーの問題は使用を制限したり開発・確保に力を注げばいいではないか。罪もないレプリロイド達を無慈悲に処分するのは間違っている。このままでは人とレプリロイドの溝は深まるばかりで、両者が手を取り合うという嘗て掲げられた理想が永久に失われてしまう。

 近衛兵に両腕を拘束されながらも必死に説いた抗議はしかし、救世主であるネオアルカディアの頂点の心には響かなかった。

 

 

「それでは人間達が不便をする。仕方ない事なんだよ」

 

 

 仕方がない。この偉大な英雄は表情一つ変えずにそう言った。ケインに向けられる眼差しも、処分されていく同胞を見る目も、まるで路傍の石を見つめるかのように静かで冷たかった。これが嘗て世界を救った人々の希望なのか。我が先祖が愛した慈愛と正義の象徴の姿だというのか。このままではいけない。本当に人とレプリロイドの未来は駄目になってしまう。そう思ったケインは処分を止められない罪の意識も手伝って、ネオアルカディアを後にした。いや、逃げだしたのだ。

 

VAVA達を迎え入れたのは、そんな今の現状を変えてくれるかもしれないという想いからだった。このままではいけない。彼がエックス様と対峙すれば良くも悪くも変化は訪れるだろう。

 

 

「……分かった、協力しよう」

 

 

ケインの答えにVAVAは満足した様子で頷く。

 

 

「ただし、こちらからも条件がある」

 

 

この申し出にVAVAは興味深そうにケインを見て、目で続きを促す。

 

 

「……エックス様を、止めてほしい」

 

 

その言葉を聞いて、ケインの様々な感情のない交ぜになった何とも言えない顔を見てVAVAの内に狂喜が一気に膨れ上がる。一瞬の間を置いて、それは大きな嘲笑となりその場に現れた。

 

 

「クッ……クハハハハハッ!!」

 

 

突然笑い出したVAVAにルカ達三人は何事かと思う。そんな三人の気持ちなどお構い無しに、VAVAは踵を返しドアへと向かう。

 

 ――ハッ、なんてザマだ! 周囲のヤツらから認められ、期待され、信頼された貴様が。今では同族(レプリロイド)には畏怖され、人間(ケイン)からは不信を抱かれている。

 永い年月が貴様をそうさせたのか? それとも同族を屠る下らん罪悪感とやらで気が触れたか?

 フン、まぁどちらだろうが構わん。今の貴様がどんな顔をしているのか益々見たくなったぞ。早く会いたいものだ。

 

 

「いいだろう、止めてやる」

 

 

ケインらの方へ振り返る事もせず、言葉で了承の意を伝える。

 

 

――ただし、オレのやり方でな……! VAVAは心の中でそう付け加え、しかしケインはその真意を敏感に感じ取っていた。自動ドアの奥に消えていく後ろ姿を見送りつつ自分は間違った選択をしたのではないかという不安が脳裏に過ったが、最早遅い。賽は投げられたのだ。

 それを示すかのように、ドアは無情に閉じられた。

 

◆◆◆◆

 

 その頃ゼロは、とある工場の一角に赴いていた。だだっ広い部屋の中には彼の他に巨大な影があった。それは八つの頭を持つ機械の異形。

 古の伝承に登場するヤマタノオロチを彷彿とさせるその異形の名はガード・オロティック。ここエネルギー精製工場の守護者としてネオ・アルカディアが配備した大型メカニロイドだ。

 

 

『高エネルギー反応確認。ゼロ、気をつけて……!』

 

 

 シエルが通信で注意を促す。不安や心配といった感情が含まれているのが、通信越しにも容易に分かった。それは勿論強敵の前に立つゼロを気遣っての事だ。しかしそれとは別に、ゼロが勝利するか否かが彼女達レジスタンスの生命線を左右するという違う面での不安も存在していた。

 

 実は、この場所を襲撃したのにはレジスタンスの備蓄事情が深く係わっている。元々組織としては惰弱な彼らは、運用する物資や設備も当然自分たちで調達する。彼らレジスタンスだけならそれで何とか遣り繰り出来ていたのだが、前回の作戦で救出したレプリロイド達が加わり、徐々にベースの備蓄が心許なくなってきたのだ。

 もう暫くは大丈夫だろう。しかしいずれはこの問題が組織の崩壊にも繋がる可能性が大きい。放置していていい問題ではなく、打開策として考案されたのが今回の工場奪取だった。

 

 

「ああ、分かってい――」

 

 

 ゼロが言い切る前に、オロティックが口火を切った。展開していた二つの首が口を開けゼロを襲うが、難なく躱したゼロは一つを一刀のもとに切り落とした。するとオロティックは首を引っ込め胴体部の側面を回転、別の首を二つ展開する。

 

 ガード・オロティックは円形の胴体に、八本の蛇型のフレキシブルアームを持つ。側面にあるアーム――外見上は八本の首だが――接続部分を回転し、それぞれ属性の違う攻撃を繰り出し侵入者を苦しめるのだ。今度はプラズマの塊を吐き出しゼロを追い詰めようとする。

 ゼロはそれも躱しバスターを構える。床に命中したプラズマが着弾点を黒く焦すのには目もくれず、トリガーを数回引く。数発のエネルギー弾がオロティックの胴体に突き刺さるが、外部装甲に阻まれ大したダメージにはならない。ダメージを与えられないどころか先程切断した首もパーツを交換し、元の状態に戻ってしまっている。

 この部屋はオロティックの整備場も兼ねているようで天井の作業設備で破損したパーツと予備パーツを交換することができるようだ。

 

 次に展開されたアームの砲口から出たのは極低温の冷気ガスだった。ゼロは咄嗟に右腕で顔を庇い、冷気の射出が止まったと同時に移動しようとする。が、ガクンとするだけで彼の足はビクともしない。

 

 ゼロの片足は床と共に凍りついていた。ゼロは動じる事なくそれを一瞥する。身動きを封じたことでオロティックはチャンスと見たのか、新たに展開した首で攻撃を仕掛ける。今度は炎だ。轟々と音を立て紅蓮の炎がゼロを呑み込んだ。

 

 数秒間炎を吐き出していたオロティックは、充分だろうと判断し放出をやめた。大抵の相手なら今ので戦闘不能ないし機能停止に陥る筈だ。

 燃え盛る炎をジッと見詰めていると変化があった。突然揺らめきだした炎の壁を掻き分け姿を現したのは翠の光。見ると今しがた相手をした侵入者が両腕を交差させ、その眼前に光が主を守る盾のように存在していた。

 

 敵性存在の生存を認識したオロティックは再度炎を放とうと口を開ける。だが迂闊だった。相手はその口許、正確には炎の噴射口をバスターで攻撃。放たれたエネルギー弾は噴射口を破壊し、それに留まらず内部を蹂躙。エネルギー弾と行き場を失った炎が逆流し、内部に内蔵された燃料タンクに引火する。

 内部爆発を引き起こした首は悶え苦しむように仰け反り原型を留めない程に破壊され、それだけでなくアームの接続部分と本体である胴体部にもダメージは及ぶ。

 

 感情を持たないメカニロイドもこれには危機感を覚えた。危険レベル大という警告を発したオロティックの電子頭脳は、自らのリミッターを解除するコマンドを実行した。

 残された首が一斉に首を擡げ、侵入者を見たデュアルアイが怪しく光を点す。開いた顎からそれぞれ灼熱の火の粉や極寒の吐息、帯電したプラズマがチラチラ洩れだし臨戦体勢を取った。

 通常であれば過負荷を伴うそれは実行しない。実行をしたのはゼロがそれだけの難敵だと認識したからだ。その認識は正しく、自身の損傷も正しさを立証していると言えよう。

 

 異なる属性の攻撃が破壊的暴風雨と言って差し支えない物量でゼロに迫る。その中をゼロは鋭いフットワークで猛然と突き進み、オロティックとの距離を詰めていく。

 とそのとき、一つの雷弾がゼロに炸裂した。手応えあったと思われたが、先程の翠の光が再び出現し攻撃を阻んでいた。ゼロはそこで力を込めると、先程まで不鮮明な形しか成していなかった光が収束し、盾のような形に成形。

 それを振りかぶって投げてきたが、オロティックを逸れて斜め上に飛んでいったためオロティックは意識をゼロの方へと向けた。それが決定的な敗因となるとは知らず。

 

 バスターを撃ち込みつつ再び疾走を開始するゼロ。がやはり強固な装甲に阻まれダメージは通らない。残る全ての首がゼロを屠らんと砲口を向け、エネルギーやガスを充填し始めたところでゼロは脚にグン、と力を込めた。

 オロティックの敗因は、そのとき後方から弧を描いて戻ってきた翠の盾『シールドブーメラン』の存在に気付けなかった事だ。

 

 放物線を描き飛来したブーメランは上方の首三つを袈裟懸けに切り落とし、役目は果たしたとばかりに離れていく。

 その陰から飛び出す人影が一つ、ゼロだ。オロティックがブーメランに気を取られるタイミングを狙い跳躍したゼロは、その手に新装備、『トリプルロッド』を持ちオロティックの上方を取る。

 

 そうはさせまいと残りの首をゼロに向けるオロティックだが、下方や横の首では射角が制限される上に稼働範囲というリーチまで著しく低下してしまう。

 そのため、やはりというかゼロを阻む事は出来なかった。放つプラズマは目標のいない空間の大気を焦がすだけに止まり、噛み砕かんとする首も空を切っただけだった。

 

 空中で翻り、自身の質量と運動エネルギーを乗せた光刃ががら空きの胴体に突き刺さる。その一撃で装甲は抜いたものの、まだ致命傷には到っていないようだ。ゼロを振り落とそうと激しく暴れるオロティック。

 振り落とされまいと全身に力を籠めたゼロは、ロッドの持ち手部分を捻った。カキン、という作動音の後ロッドの刃の付け根に仕込まれた炸薬が爆ぜる。その衝撃により更に一撃、ニ撃。 計三度の突きを放つ。

 

 翡翠の槍は八頭の大蛇の急所を貫き、遂に異形は冷たい床面に崩れ落ちた。

 

◆◆◆◆

 

 

「目標の排除に成功した」

 

 

『お疲れ様、工作班を向かわせるわ。ゼロ、大丈夫だった?』

 

 

「ああ。セルヴォの製作してくれた武器のお陰でな。いい武器だ」

 

 

 シエルの気遣うような通信に、安心させる意味も込めて多少柔らか目に返答する。

 

 

『ふふっ、彼が聞いたら喜ぶわ』

 

 

 返答の効果はあったようだ。肩の力が抜けたのか先程までの固くなった感じは無くなり、可笑しそうに話すシエル。年端も行かない少女のこの細い肩にレジスタンスの責任が圧し掛かっていると思うと何とも言えない気分になる。彼女には会ってからそれほど経っていないが、出来る限りの事をしようと思っている。初めて会ったとき彼女は『助けて』と言った。そのときから守ると決めたのだ。

 

”ゼロ、後ろだ!!”

 

 

「!?」

 

 

咄嗟に振り返ったゼロの目の前を何かが過ぎる。勢いよく地面に激突したソレは、オロティックのアームだった。どうやら本体が機能停止する直前にユニットを分離して機会を窺っていたようだ。態勢を整える前にセイバーを蛇頭に突き刺し、今度こそ動かぬよう回路を焼き切る。

 

 

『――ど、どうしたの、ゼロ!?』

 

 

「オロティックだ。まだ生きていた。今度こそもう動かん」

 

 

『よかった……』

 

 

「それよりさっきの声は……」

 

 

『え、声? 何も聞こえなかったけど』

 

 

どうやら自分にしか聞こえなかったらしい。危機を回避できた事から空耳などではないのは明白だが、一体誰が囁いたのか。

 

 

「……なんでもない。このまま工作班の到着を待つ」

 

 

シエルに通信を入れつつゼロは、動く物の無くなった工場内の虚空を暫く見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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8.動き出す四天王 そして……

 地下鉄跡地の付近にあるネオアルカディア軍基地、その一室に四人の姿はあった。会議や対談等で使われる作戦室の中、真ん中にある円形のモニターテーブルを囲んで映し出された映像を眺めている。全角度から見ることのできる全面ホログラムが映し出しているのは紅いボディアーマーと流れる金髪が特徴的な人物、ゼロの姿だ。

 

 

「……この男が最近目覚めたという噂のゼロか」

 

 

「アラ、中々いいオトコじゃない。会ってみたいかも」

 

 

「ふざけるな。我らが主の旧友かもしれんとはいえ、コイツは主に牙を剥く反逆者。倒すべき存在でしかない」

 

 

興味ありげな感じで話していたマリンブルーのアーマーの女性に、最初に発言したライトグリーンのアーマーの男性が目つきをキッと鋭くして注意する。女性は面白くなさそうに「分かってるわよ」と返した。

 

 

「まぁそうカリカリすんなよハル。主に楯突こうってのは確かに気に喰わねぇが、会ってみてぇってのはオレもレヴィと同意見だ。オレ等の施設潰したりミュートスレプリロイドを狩ってるってェ話だが、強ぇんだろ? この“伝説様”はよ」

 

 

 赤いアーマーの男性が言った。話している間も片時も目を離さずホログラムを食い入るように見つめている。その眼は猛禽類が獲物を狙うように鋭く、映像の中のゼロが相手を撃破するたびに戦闘意欲が掻き立てられるのか、口元に浮かべられた笑みが徐々に獰猛なそれに変わっていく。

 

 

「戦闘好きなのも結構だが、勝手に抜け出したりするんじゃないぞ。貴様は一軍団の長であることをもっと自覚するべきだ、ファブ」

 

 

 ハルと呼ばれた青年の注意に、ファブと呼ばれた青年は「へいへい」とうんざりしたような表情で返した。その様子を背中を壁に預け離れた位置で見ていたもう一つの影は、再び視線を映像に向ける。

 

 

「お前はどう見る? ファントム」

 

 

 ハルが残る一人である影に問い掛けた。黒いアーマーに身を包み白い仮面で顔上部を隠した男性、ファントムは少しの間目を瞑り思案。目を開け静かに告げた。

 

 

「立ち会ってみぬと正確な事は言えんが、この男……かなりできる。努々油断せぬ事だ」

 

 

 静かに答えた彼の目もまた、ファブのようにゼロに向けられている。だが視線に込められた感情はファブやレヴィのような好奇心ではなく、もっと純粋な感情。”殺意”をファントムは静かに滾らせていた。

 

 

「忠告は受け取っておこう。さて……今回の襲撃の件だが、幾つかの戦闘はもしかしたら相手はゼロではないのかもしれん」

 

 

 ハルが言いながらモニターを操作する。画面が変わり映し出されたのは破壊されたミュートスレプリロイドやメカニロイドの残骸。その殆どが大小の弾痕を穿たれており、ゼロとは違う戦闘スタイルの可能性を示唆させる。

 

 

「レジスタンスのメンバーとか?」

 

 

レヴィが聞いてくるがハルはそれに首を振って否定の意を伝える。

 

 

「これほどの戦闘力を有した者がレジスタンスに流れたという情報はない。戦闘員が武装している可能性も考えたが、奴らのような一般タイプのレプリロイドにここまでやれるとは到底思えん」

 

 

 戦闘用レプリロイドでもここまで戦果を上げるのは難しいだろう。では、一体誰がミュートスを倒したというのか。少なくともゼロに勝るとも劣らない戦闘能力がないと無理な話だ。

 

 

「誰がやったのかは、引き続き調査を行う。頼むぞファントム。軍団の情報収集能力、当てにしている」

 

 

「……承知」

 

 

“斬影軍団”の長であるファントムは静かに了承の意を示した。

 

 

「レヴィ、作戦の方はどうなっている?」

 

 

「レジスタンスの拠点に対してハッキングと妨害電波によるサイバー攻撃を慣行中よ。今頃必死に抵抗していることでしょうね」

 

 

「よし。ファブ、“塵炎軍団”の出撃態勢は整っているだろうな」

 

 

「あたぼうよ! 後は命令さえ貰えりゃ直ぐにでもだぜ」

 

 

「慌てるな。近い内にレジスタンスの拠点に襲撃を掛ける。もう少し待て。今回はここまでにしよう。各自持ち場に戻ってくれ」

 

 

 その言葉に他の三人の姿が揺らぎ、やがて跡形もなく消えた。彼らも実体ではなくホログラムだったようだ。各々別の場所から通信で話していたというわけだ。静かになった部屋の中、“裂空軍団”の長であるハルことハルピュイアは映像の中の敵を見つつ呟く。

 

 

「ゼロ、か……」

 

 作戦室のドアを潜ったところで、ハルピュイアはその場に三つの気配が現れたのを感知した。しかし動じる事はない、よく見知った気配だったからだ。

 

 

「アステ・フライヤーズか」

 

 

「はい」

 

 

 気配の主は裂空軍団の所属にして賢将の身辺警護を勤める三体のミュートスレプリロイド。イレギュラー処理場でVAVAに撃破されたアステ・ファルコンと同型の三人だった。

 

 

「ハルピュイア様。この基地に接近する者があります」

 

 

「レジスタンスか?」

 

 

「はっ、恐らくは偵察部隊でしょう。少々近づきすぎている気はしますが」

 

 

「ふむ……よし、オレが出よう」

 

 

 その言葉にフライヤーズのリーダーにして長兄『アイン』は少々の驚きを隠せなかった。ネオアルカディア四天王にして裂空軍団を統べる者であるハルピュイアが、たかがレジスタンスの雑兵相手に自ら赴くというのだから無理からぬことだ。

 

 

「御自らですか? 態々そうされずとも我らに命じて下されば……」

 

 

「なに、ただの気紛れだ。それに――」

 

 

途中で言葉を切るハルピュイア。アインは訝しんで続きを伺う。

 

 

「それに、何です?」

 

 

「いや、いい。留守を任せるぞ」

 

 

 そう言ってハルピュイアは通路を歩いていく。最早引き止める事も叶うまいとアインは「お気をつけて」と自身の主を送り出す。アインの声を後ろ手に歩きながら心の中で続ける。

 

 

(それに――小さい餌で案外大物が釣れるかもしれないからな)

 

◆◆◆◆

 

(クソっ、最悪だ)

 

 相対する男を見て、コルボーは悪態をつく。ただの偵察のつもりだった。数日前この方面の基地に輸送機が着陸し、それに伴い平常より通信量が増大したため彼は何か重要な物が運ばれてきたのだと推測した。そのため普段より基地に近づいて偵察していたのだが迂闊だった。どうやら気付かぬ内に敵の警戒網に掛かっていたようで、ほどなく敵と遭遇したのだが……その相手が最悪過ぎた。

 

 全身をライトグリーンのアーマーで包んだ青年、四天王“賢将”にして裂空軍団の長であるハルピュイアがそこにいた。発見されてパンテオン部隊と交戦するくらいは想定していたが、まさか四天王の一人が出てくるなど思いもよらなかった。

 

 既に何人かは手足に斬撃を受け戦闘不能となり、残る仲間も銃を構えるだけで膠着状態が続いている。その上、電波障害でも起こっているのかレジスタンスベースとの交信が出来ず救援を呼ぶ事すら叶わない。このまま時間が経てば基地から増援が来るかもしれない。そうなる前に撤退しなければと脳内では考えるのだが、目の前の存在がそれを許さない。

 

 

「フン、こんなものかレジスタンスども。脆すぎるぞ」

 

 

 言うが早いか、ハルピュイアは滑空しレジスタンスに向けて急降下。勢いをつけて振るわれた両腕のソニックブレードから淡紅色のエネルギー刃が複数放たれ、メンバー数人の持っていたライフルを腕ごと切り裂いた。

 

 

「ぎゃあああああ!!」 「う、腕がああああ!!」 「ああああああ!!」

 

 

仲間達が腕を押さえてその場にうずくまる。絶叫に他の仲間も呑まれそうになるが、コルボーが叱咤して何とかもたせる。

 

 

「撤退だ! 撤退しろ! 動ける者は負傷者を手伝いつつ後退。殿はオレが持つ!」

 

 

 コルボーは手にしたアサルトライフルで空中のハルピュイアを牽制する。弾幕を難なく回避するハルピュイアは一人殿に付くコルボーの評価を改めた。それでもハルピュイアにとって取るに足らない存在には変わりないのだが。繰り出す斬撃を走って必死に避けつつライフルで反撃しているが、段々その動きも鈍ってきた。やはり純戦闘型でないコルボーは長時間の戦闘行動を維持することはできないらしい。遂にコルボーの足を斬撃が捕えた。

 

 

「がっ!?」

 

 

 態勢を崩し地面に突っ伏したコルボー。ライフルも地面を滑り離れた位置で停止した。手を伸ばして届く距離ではない。痛みに顔を歪ませるコルボーは着地し悠然と歩いてくる賢将を見て、死を覚悟した。あまり時間稼ぎはできなかったが味方は遠くまで逃げられただろうか。仲間の安否が心配だった。コルボーの前まで来たハルピュイアは相変わらず冷たい眼差しでコルボーを見ている。とどめを刺さんとブレードを振り上げる。これまでか、と観念したコルボーは直ぐに訪れるであろう死に我知らず目を瞑った。

 

 

(すまない皆……! すまないシエルさん……!)

 

 

 しかし予想した痛みや死は訪れなかった。訝しんだコルボーが薄く目を開けるとハルピュイアはコルボーから目を離し正面を見据えている。その眼には敵意と好奇心が宿っていた。視線の先を追ってみるとその先には自分達の仲間の一人、ゼロが佇んでいた。ここにきてコルボーは漸く自分が助けられたのだという事を理解した。ハルピュイアはもはやコルボーには興味すらないのか、彼をそのままにゼロに向き直った。

 

 

「貴様がゼロか?」

 

 

「……ああ、そう呼ばれている」

 

 

「……そうか」

 

 

呼ばれている、というところに引っ掛かりを覚えるがそんな事はどうでもいい。ちょっとした気紛れで足を運んでみたが、まさか本当に本命が釣れるとは思っていなかった。今ハルピュイアは自身の崇敬する主に歯向かう愚か者を、自身の手で葬る事の出来る喜びに打ち震えていた。普段は冷静な態度を崩さぬよう努めているが、今は無理だ。感情を抑えきれず思わず笑みが毀れた。

 

 

「オレの名はハルピュイア。ネオアルカディア四天王の一人にして“賢将”の二つ名を冠する者。そして――」

 

 

両腕のソニックブレードを再度展開する。一歩前に踏み込み即座に動けるよう四肢に力を込める。地を蹴り、空中を滑走しながら続きを言い放つ。

 

 

「――貴様を狩る者の名だ!!」

 

 

◆◆◆◆

 

同時刻 ケイン秘密研究所

 

 VAVAとルカ達三人は、ケインに召集されモニター室に集まっていた。VAVA以外は何事かと少々落ち着かない様子である。

 

 

「突然呼び出して何のつもりだ?」

 

 

 呼び出したケインにVAVAが呼び出された理由を問う。何故かその声はとても苛立たしげだ。その手にはどういうわけか工具が握られていて、顔は少しオイルで汚れている。その姿を見て三人の内の一人、青年ラムドがルカに聞いてみる。  

 

 

「……なぁ、あの人なんであんなにイライラしてんだ?」

 

 

「えーと、さっきまでライドアーマーのメンテナンスしてたから……」

 

 

 苦笑混じりに話すルカから理由を聞いてラムドは脱力しながらも納得した。自分達を助け出してくれたこのVAVAという人は、どうしてかライドアーマーの事となると異常と言っても差し支えないほどに熱が入ってしまうのだ。出会ったあの日から分かっていたが、もはや呆れるほかないと最近では思っている。

 

 

「皆まずは落ち着く事じゃ。特にVAVA、お主はの。順を追って話そう」

 

 

 全員の顔を見回してケインは落ち着くよう促す。釘を刺しはしたがあまり効果はないようで、VAVAは「……フンッ」と苛立たしげにドカッと椅子に座って腕組みをする。他の三人も各々に座る。VAVAから若干の距離を置いて座る三人に、ケインは敢えて何も言わずに説明を始めた。

 

 

「モニターに映し出されているのは、この研究所を中心とした半径50㎞圏内の見取り図じゃ」

 

 

 表示された見取り図には、この場所を示す中心点の他にもう二つの光点が明滅している。片方は見取り図ギリギリの右端に位置しており、もう片方はそれより中心寄り。三つの光点はちょうど一直線上に並んでいた。

 

 

「今から四時間ほど前、中心寄りの点から右端の点に向けてハッキングが開始された」

 

 

 ケインの説明によると、四時間前突如としてあるエリアから不可解な干渉波が確認されたという。解析の結果ソレは通信やその他を含む全ての電子系統に影響を及ぼすジャミング波である事が分かった。更にそのジャミング波が発せられているエリアから別のエリアへとハッキングの形跡が見られ、現在もそれが続いているらしい。

 

 

「この二つの点はなんです?」

 

 

「離れている方があるレジスタンスの隠れ家じゃ。近い方はハッキリとはせんが……恐らくはネオ・アルカディア側の施設だと思われる」

 

 

「近っ!? こんな近くにネオ・アルカディアの連中が潜んでたなんて……ケイン博士も知らなかったんですか?」

 

 

狼狽するラムドの問い掛けに「うむ……」と肯定の意を示したケインは、件の施設について何も知らない事を述べた。

 

 

「情けない話だが今まで気づかんかった。ネオ・アルカディアにいた頃にもこのエリアに基地や拠点があるという話は聞いた覚えはない。恐らくは限られた人物しか知らない秘匿性の高い施設なのじゃろうて」

 

 

 可能性としてケインが考えたのがそれだった。彼が密かにここに移ったときも、付近に反応らしきものはなかった。そもそもこのエリアにネオ・アルカディア統制下の施設が無いことを事前に確認していたからこそこの場所を、過去に放棄された研究所を潜伏場所に選んだのだ。

 

 それからも周囲の探索は怠った事はない。にも係わらず、これだけ近い位置に拠点が存在するならばそれは意図的に隠された拠点。それも外部は勿論、内部にさえも秘匿された秘密の施設である可能性が高い。

 

 

「して、どうされるおつもりじゃ。このまま静観するのか、出て調べるのか、どうしたものかの?」

 

 

 三人の内の一人、老人のフェルマーが今後の方針を問う。その問いにケインは直ぐには答えられなかった。彼自身もどうするか決めあぐねていたからだ。現在サイバー攻撃を受けているのはレジスタンスの拠点であり、自分達のいるこの場所が攻撃されているわけではない。

 

 

 強いて言うならジャミング波の影響で計器類や設備が正常に働かないくらいのものであるし、そもそも相手がこちらの存在に気づいているかも不明だ。不用意に此方から仕掛けることは即ち、自分達の存在を明かすことに他ならない。ケインは動かないことに決める。

 

 

「……ここは静観するべきじゃとワシは思う。何かするにしてももう少し情報を集めてからの方がよかろうて」

 

 

「ちょっ、レジスタンスはどうするんです!! 放っとくんですか!?」

 

 

 狼狽えて言うルカの気持ちも分からなくもない。レジスタンスのメンバーの殆どは彼と同じ境遇の者達。不当なイレギュラー処分から逃れ、隠れ、潜む者達なのだ。だがケインは知っている。その中には真にイレギュラーと呼ぶに相応しい重犯罪者や、不当な扱いに怒り人間への報復を画策する復讐者もいるという事実を。 マップに表示された拠点の者達がそうでないという保証はないのだ。 

 

 実をいうと、レジスタンスの拠点の存在をケインは既に知っていた。発見したのは潜伏して暫く経ってからだった。無論偶然によるものだが、ケインは今日までその拠点をどうこうしようとは考えなかった。既に自分はネオ・アルカディアを逃亡した身であるし、何よりどうする事が正しい事なのか分からなかったからだ。

 

故に動かず、それ故の静観。

 

 

「一先ずは、の。考えてもみろ、こちらの人数はたったの五人。ワシはサポートくらいしか出来んし、お前さん達の内戦闘タイプのレプリロイドはそこのVAVAだけじゃ。戦力だけを取ってもどれだけ無謀かは、お前さん達も分かる筈じゃ」

 

 

 この上ない正論に、ルカも他の二人も押し黙るしかなかった。

 

 

「そういうわけじゃから、各々くれぐれも軽挙妄動は慎むよう心掛けてほしい。ワシからは以上じゃ」

 

 

 ケインの念押しがその会合の終わりの合図だった。仕方ない、自分達の無力さが悔しい、顔も知らないレジスタンスの人々に申し訳ないと思う、皆思う所はあれど渋々とモニター室を後にする。

 

 

「……?」

 

 

 自動ドアを潜ろうとしたところでVAVAは何か感じたのか、振り返りモニターの光点を見つめる。ハッキングを仕掛けている方だ。

 

 

「VAVA、どうかしたのか?」

 

 

「……いや、何でもない。オレはまたライドアーマーのメンテに取り掛かる。暫く近付くなよ、気が散る」

 

 

 ケインは分かったと去り行く背中に言う。そしてスピーカーで他の三人にも近寄らないよう伝える。彼らもケインも藪をつつくつもりはない、言われた通り近付こうとはしなかった。しかし、結果をいえばこれは失敗だった。

 

何故ならこれより数時間後、メンテナンスガレージの傍を通り掛かったルカがもぬけの殻になったガレージを発見したからだ。慌てた彼の報告を受けたケインは、独断専行の過ぎるVAVAに思わず頭を抱える。

 

 

「念を押したというのに直ぐこれかっ……! 全く、勝手にも程があるぞ!」

 

 

「今に始まった事でもないと思いますがね」

 

 

 ラムドがおどけてみせるが、実際事態はかなり深刻だ。下手をすればこの場所が発見されネオ・アルカディア軍に攻め入られるかもしれない。そうなれば大した戦力のないここは立ち所に制圧されてしまうだろう。

 

 

「でもVAVAさんは何でまた急に出てったりなんか……」

 

 

「大方整備するのにジャミングが鬱陶しかったとかそんな理由じゃねーのか?」

 

 

「あー……あり得るの、あの御仁なら……」

 

 

 ルカ、ラムド、フェルマーの順に話を進めるが、正直な所はケインも含めてその場の誰にも分からない。ラムドの言う通り整備絡みの可能性が一番ありそうだが、作業が捗らないからちょっと潰しに行ってくるみたいな軽いノリで振り回されたのでは堪ったものじゃない。

 

 

「~~!! 兎も角追うんじゃ。残りのライドアーマー整備急げ!」

 

 

「って、ちょっと! 追いかけてどうするってんです!? オレ達にあの人を止める事なんて……」

 

 

「いいから急がんか!!」

 

 

◆◆◆◆

 

 風の吹き荒ぶ一面の砂漠を、一機のライドアーマーが移動していた。ホバー走行で砂塵を巻き上げながら疾走するソレの操縦席にいるのはVAVAその人だ。予めケインの隠れ家で読み込んだ光点の位置データを照らし合わせ、更に速力を上げる。

 

 あのときモニター室で感じたモノ、近づくほどにそれは自分の中で大きくなっていく。別にVAVAはセンサー類を使っているわけではない。ましてジャミングのかけられている現在、外からの情報を拾う事は出来ないはずなのだ。

 

 そのはずなのだが、VAVAは何かを感じて迷わず進む。そう、感じて。人間に近しいレプリロイドも持ち得た不可思議で驚異的な感覚、直感で彼は動いたのだ。

 

 

「……いるな、あの場所に」

 

 

 ライドアーマーの走行音と砂塵の音にその呟きは飲み込まれ、聞く者はいない。そこにいるだろう者に対して、思いを馳せカメラアイの奥に妖しい光を浮かべたVAVAは更に速度を上げた。

 



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9.潜入

 

黒煙が登る。

 

一面の蒼天に立ち上る一筋の歪んだ黒い線は、遠く離れた距離からでも容易に発見できるくらい目に映えた。

 

 蒼天、と言ったがこの地を良く知る者ならば耳を疑った筈だ。ここは常に砂嵐の荒れ狂う危険地帯で知られている。尤もそれが、今現在黒煙を噴き出して機能停止している装置によって人為的に引き起こされたものだ、という事実を知る者は殆どいないだろう。

 

 空に向かって突き出た 大型スクリューのような形状の装置は何か大きなモノが殴り付けたのか、表面に何発も拳の形の凹みがあった。そしてその下にある大型ファンは大穴を穿たれており、底にある暗闇を覗かせている。

 

――ォオオオ……

 

吹き抜ける風の音。恐ろしい怪物の唸り声にも聞こえるそれは、底の見えない深淵と相まってより一層不気味さを強調する。

 

この闇の底で凄惨な光景が幾度となく繰り広げられている事を、果たしてどれだけの者が知っているのか。

 

◆◆◆◆

 

砂漠に密かに造られた秘密基地。それが闇の底に存在するものだった。ここには捕らえられたレジスタンスの構成員が収監されている。ここ以外にもそういった施設はあるが、砂漠エリア内で拘束された構成員は大体ここに護送されてくる。

 

 もう一つ。この基地には重大な役割があるが、それはこの収監施設を管理するミュートスレプリロイド『ブリザック・スタグロフ』にはあまり係わりのない事だった。

 

 彼は主に収監者を監視する任に就いている。それだけでなく、尋問を行いレジスタンスの拠点を聞き出し幾つかのテログループを壊滅に追い込むという功績も挙げている。任地が秘密基地という性質上、その働きが認められる事はそうそうないが彼は不平など言わず職務を全うする。彼は仕事が愉しいのだ。これだけ聞くと仕事熱心な美談にしか聞こえないが、実情を知る者はそんなものではないと嫌悪感を露にして吐き捨てる事だろう。

 

 彼の職務風景は残虐だった。収監している間は静かなものなのだが、尋問の時が酷い。尋問と称して彼がやるのは狩りだ。収監されていた収監者をわざと解放し、制限時間を設けて逃げ切れれば外に出してやると言うのだ。当然言われた側は藁にも縋る思いでその話に乗る。だが乗ったが最後、その収監者は地獄を見る。

 

 この施設には各所にセンサーが配されており、彼らの動向はスタグロフには筒抜けなのだ。尋問はスタグロフの気分によって一月、一週間、早ければ三日に一度のペースで行われているが、今までに逃げ切れた者は一人としていない。もう一度表記しておく。彼は仕事が愉しいのだ。

 

 そんな一方的な狩りは、今このときも行われていた。

 

 

「ブホーッ、ブホーッ……!!」

 

 

 荒げた息遣いで通路を進む影、ブリザック・スタグロフだ。やや早い足取りで左右や後ろをキョロキョロと見て先へ進む。しかし様子がおかしい。その姿は狩る側というより寧ろ狩られる獲物側のそれだ。広い区画に出た。何本かのコンクリートの柱があるだけの物資搬送用の通路。

 

キュィィィィ――

 

 小さく聞こえてきたその音に、スタグロフは弾かれたように顔を上げた。両腕を構えいつでも攻撃できるよう態勢を整える。奇妙だった。狩りのとき自分を有利にさせる筈のセンサー群、それらが一切反応しないのだ。それどころか相手が自身の動きを見ているかのように常に行動の先を行く。彼は今、自身が潰してきた獲物の気持ちを味わっていた。

 

 音は次第に大きくなっている。音の主が近づいてきている証拠だ。正面、見えてきた。自身より大きな体躯、太く力強そうな鉄の腕、相手はライドアーマーに搭乗している。そしてこちらを見据える搭乗者、見覚えのない男の顔。

 

 

「……っ!?」

 

 

 その男の言い知れぬ威圧感に堪えられず、スタグロフは先制攻撃を仕掛けた。手の代わりに備えられた噴射口から水蒸気と極低温の冷気を噴出。数秒と経たないうちに拳大の氷塊が出来上がった。腕を勢いをつけて振り抜く。氷の凶器と化した豪速球をしかし、相手は巧みな疾走で掻い潜るように回避しつつこちらへと向かってくる。

 

 

「な、何なんだ……!! お前はぁ……!?」

 

 

 迫りくる侵入者から言い知れぬ戦慄を覚えたスタグロフは、手数を増やして迎撃するが当たらない。あっという間に相手は目の前まで来た。この距離ならばともう一撃加えるが、直前で横に急速回避。無駄のない旋回でスタグロフの後ろに回り込んだ。

 

 慌てて後ろに振り返ったが間に合わず。瞬間スタグロフが見たものは巨大な拳だった。ゴゥッと音を立てて振るわれた拳は、スタグロフの左腕を見事に千切り飛ばした。

 

 

「ギ、アアアアアッ!?」

 

 

 激痛に激しく悶えたスタグロフを、侵入者はライドアーマーの左手で掴まえる。そして自身の顔の高さまで腕を上げた。

 

 

「……やかましいぞ、少し黙れ。この場所に強い気配を感じた、ソイツの所まで案内しろ。従わなければ――」

 

 

ギシギシギシッ

 

 

「グッ、ガッ……!!」

 

 

アームに力が籠められスタグロフのボディが軋む。

 

 

「安心しろ……。用が済むまでは生かしておいてやる……!」

 

 

 その言葉にスタグロフは絶望した。従わねばここで破壊される、従っても案内が済めば破壊される。この男が本気だというのがはっきりと感じられた。スタグロフに選択の余地はなかった。

 

◆◆◆◆

 

 拘束したスタグロフの誘導に従い移動する侵入者ことVAVAは、徐々に目標に近づいているのを感じていた。砂漠を疾走するとき、地上のファンを破壊して地下に降りたとき、腕のギミックでセンサー群をこちらの支配下に置いたとき、周辺の雑魚を片付けていたとき、少しずつではあるが反応は強くなっている。

 

 もうすぐだ、もうすぐでこの妙な(・・)気配の持ち主に会える。

 

 やがて辿り着いたのはこの施設の中央制御室。部屋の中心には床と天井に接地した砂時計のようなシルエットのメインサーバーが、静かに稼働音を漏らしている。戦闘員や職員はいない様子で、この場にいるのはVAVAとスタグロフのみだ。スタグロフは新たな誘導指示を提示した。

 

 

「こ、ここから先はライドアーマーじゃ、狭くて無理だ。降ろしてくれ」

 

 

 VAVAはスタグロフを降ろし、自らも操縦席から降り立った。先へと続くらしい通常サイズのドアを開けるべく、横のコンソールを指のない手で器用に操作するスタグロフの背中を何ともなしに眺める。

 

 音。突然警報が鳴り響く。赤い非常灯ランプがけたたましいサイレンを鳴らし、室内を赤い色で染める。次に天井の至る所からタレットが出現し、VAVAへと攻撃を仕掛けた。放たれた弾丸を最小限の動きで躱し、逆にフロントランナーで木っ端微塵に粉砕。早急に無力化される。

 

 しかしそのために短い時間ながら隙が生じる事となる。後ろから吹雪のように冷気の奔流が襲い掛かってきた。スタグロフだ。対応が遅れ先ずは脚が、続けて腕、胴体と凍りついていく。冷気の奔流はVAVAの身体だけではなく、大気中の水分すら凍らせる。凍結した水分は幾本もの氷の矢尻となって迫り、その内の一本がVAVAを捉えた。

 

 

「ブホーッ、ブホーッ……ブホホホホッ! 油断したなぁ、貴様如きがあの方(・・・)に会おうなどとは愚かしい。貴様などこのスタグロフで充分よ!」

 

 

 氷柱が一本突き出た奇妙なオブジェと化したVAVAを前に、スタグロフは暫く笑い続けた。

 

 そこへ、近付いてくる複数の足音。その中には先程まで聞いていた音、ライドアーマーの歩行音も混じっている。やがて通路の先から現れたのは、二機のライドアーマーと数人の収監者の姿。察するに、この男の仲間とソイツらが脱走させた連中だろう。

 

 

「ひっ、スタグロフ!?」

 

 

 此方を認識してあっと声を漏らしたアーマー乗りの陰で、収監者の一人である女性が悲鳴を上げた。その様には嗜虐心を擽られる。思わず顔がにやけてしまう。尤も、外から見れば目を細めたくらいにしか映らないが。

 

 

「ダァメだな~、勝手に出ちゃあ……そんな悪い子達にはお仕置きだぁ!」

 

 

「皆下がって!!」

 

 

 襲い掛かろうとするスタグロフ。それを見て素早く声を発したのはルカだ。直後、ルカともう一人のアーマー乗り、ラムドのライドアーマーが疾走。スタグロフの周りを旋回し攪乱を試みる。

 

 

「ヌッ……!!」

 

 

 VAVAの件で少々警戒心を植え付けられたスタグロフは、我知らず動きを止めた。その隙を逃すまいと二人は攻撃に移る。スタグロフの両横で停止した二機は右腕を構える。

 

 

「何ぃっ、そ、それは!?」

 

 

 右腕に付いている物を見たスタグロフは驚愕する。それに見覚えがあったからだ。右腕の物が展開、電流が迸ったかと思うとスタグロフに電磁力による強力な力が掛かった。

 

 

「ガァァッ、それは……アステファルコンのぉ……!?」

 

 

 そう、それはアステファルコンの腕パーツだった。以前ルカ達を助け出した(そのつもりは本人にはなかったが)とき、VAVAが残骸から持ち出したものをライドアーマーに取り付けていたのだった。整備途中だったため本機はガレージに残され、それをルカ達が整備し運用したのだ。

 

 

「……ははっ、手も足も出ねぇだろ!」

 

 

 ラムドが言うように両サイドからの電磁力によって自由を奪われたスタグロフは文字通りの状態だ。しかし、スタグロフに慌てる様子はない。

 

 

「ブホッ、確かに……。だが……!」

 

 

 スタグロフはそこで頭を下げた。初め誰もその行動の意味を理解出来なかった。一番最初に気が付いたのはルカだ。

 

 

「“角”は出せるんだなーー!!」

 

 

 スタグロフの角は氷で形成されている。高速で射出された計六本の氷柱が鋭い切っ先を収監者達に迫らせる。驚いて動きを止めた彼女達の前に遮るように何かが割り込んだ。ルカだ。数本が装甲を貫き火花を散らす。が、幸い稼働に支障はないようだ。

 

 

「くぅっ……!」

 

 

「ばっ……、ルカ! 何やってんだ! お前が離れたら……!」

 

 

 片方からの電磁力だけではスタグロフを拘束し続ける事は叶わない。隙を見て抜け出したスタグロフは、VAVAの方へと駆け寄った。

 

 

「ブホホホホッ、詰めが甘かったな雑魚どもが!」

 

 

「いーー!? あの人何で氷漬けになってんだよ!?」

 

 

「VAVAさん……!?」

 

 

 気付いたラムドとルカが驚愕の表情で見る。その様子にスタグロフは満足し、おもむろに右腕をオブジェと化したVAVAに向ける。

 

 

「ブホホッ、やはりお前達の仲間か。心配するな、直ぐにお前らもこうなるんだ」

 

 

ピキッ

 

 

「「あっ……!」」

 

 

ルカ達が何かに気付く。スタグロフは気付いていないようでそのまま話し続ける。

 

 

「おおっと、動くな! 動いたらこいつを――」

 

 

ピキピキピキィッ

 

 

「――ん? 何の音……、え?」

 

 

ガシャァンッ

 

 氷のオブジェに罅が入り、砕けた中から腕が突き出てきた。その手がスタグロフの頭を鷲掴みにするが、スタグロフ本人は何が起きたか理解し切れていないようだ。

 

 

「あ、え……?」

 

 

「……動いたらどうするんだ? なぁ、教えてくれよ……!」

 

 

「ヒ、ヒィィィ!?」

 

 

 囁くようなVAVAの声に漸く理解が及んだのか、悲鳴を上げて拘束から逃れようとするスタグロフだが、外れる気配はない。

 

 

「な、何でだ……!? 氷漬けにしたはずっ!?」

 

 

「ふん……貴様程度の氷でオレが止められるとでも思ったか? 笑わせる」

 

 

 スタグロフは知らない。VAVAの体表面には既に薄く氷が覆っており、彼の氷は上辺を凍結させたに過ぎない事を。

 

『フローズンキャッスル』

 

 自身の身体の表面に薄く硬い氷を纏わせ、外的ダメージを半減させるVAVAの特殊武器の一つ。海をも凍らせるというスタグロフの冷気でも、VAVAの形成した氷の鎧を抜く事は叶わなかったのだ。VAVAの素性を詳しく知る者がいたなら、この事実に恐怖しただろう。遥か昔のレプリロイドに、現代で高い性能を誇るミュートスレプリロイドが遅れを取るなどと、誰が予想できただろうか。

 

 

「オレに不意打ちを喰らわせるとはいい度胸だが、これ以上貴様に時間を割くつもりはない。ほら、道案内がまだ途中だぞ。最後までやってみせろ……!」

 

 

 言い終わった途端、スタグロフを掴んでいた方の腕が飛んだ。比喩などではなく、ブースターを噴かして空中を突き進む。

 

『ゴーゲッターライト』

 

威力が高く、耐久力の高い敵にも有効なVAVAの兵装の一つだ。所謂ロケットパンチである。

 

 先程スタグロフが開ける素振りを見せた扉にロケットパンチが激突する。腕と扉に挟まれたスタグロフの頭部はミシミシと軋む音を立てる。

 

 

「……い、いやだ! 死にたくない、お、お助けををををぉ!!」

 

 

「命乞いを……! VAVAさんっ! もういいでしょう。これ以上は――!」

 

 

 スタグロフの悲痛な叫びに聞くに堪えなくなったルカが解放するよう願うが、即答されたのは拒否の意思だ。

 

 

「ふん、断る」

 

 

「VAVAさん!!」

 

 

「それに……こいつが助けを求めてるのはオレじゃない。この先にいる奴に(・・・・・・・・)だ」

 

 

「え……!?」

 

 

 ピシピシと何かが罅割れる音。スタグロフの頭、ではなく扉の方だ。やがて亀裂は大きくなり、耐えられなくなった扉と壁が轟音とともに砕け散った。崩れ落ちる大小の瓦礫、アイカメラの灯が落ち意識を手放したスタグロフ、スローモーションのように見えるそれらの合間にVAVAは確かに見た。

 

 高い位置にある玉座のような場所から見下ろす相手。面白そうな物を見つけたという風に微笑を浮かべ此方を眺める女の姿。優雅に足を組み頬杖をつく様子は、自信と余裕の表れだろう。

 

 

「……貴様だな、気配の主は」

 

 

「随分派手なお越しね。歓迎するわ、招待した覚えはないけれど」

 

 

 四天王の一角、妖将との遭遇。今までの相手とは違う強い気配に、VAVAは戦闘意欲を滾らせた。 

 



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