兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか (ZANKI)
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01. 女神ヘスティア

「ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君~~!」

「うわぁっ、神様~~?!」

 

 白兎のような白髪紅眼のあどけない少年は、小柄な女の子に今日も熱烈に抱き付かれていた―――。

 

 

 

 『天界』に一人のちっこくて可愛らしい幼顔の女神さまがいた。

 名はヘスティア。

 自慢の大きな胸を隠すことはなく、いやむしろ誇るようなデザインの真っ白なワンピースに『超神力な紺のヒモ』の装飾がついた服装。

 そして長い黒髪は、腰まで届くツインテールで。

 

 その女神さまには、結局『天界』でこれと言った『出会い』が無かった。

 『出会い』と言っても、彼女はここに『男女の出会い』を求めていた訳では無い。まあ、眉目秀麗な男神達からお付き合いを求められたり、求婚されることはかなりあったが。

 そうではなく、只々夢中になれる楽しみを見つけたかった。

 そして彼女は『天界(ここ)』は違うなと思うようになる。

 

(よし! 下界に降りてみよう)

 

 そうして彼女は『下界』へ、ダンジョンの上に建つ迷宮都市オラリオへとやって来た。

 

 『天界』では『神の力(アルカナム)』により、何もしなくても不自由無く暮らせていたヘスティアだが、『神の力』が禁止されている『下界』では不慣れな状況になった。

 『下界』で暮らしていくためには、ヒユーマンや亜人(デミ・ヒューマン)同様『お金』が必要である。

 このヘスティアという女神さまは、目標がないと頑張れないタイプのお方だった。

 彼女は『天界』で親交のあった女神のヘファイストスを頼る。そして随分の間(下界時間で)、頼り切っていた。

 ヘファイストスは、右眼に重厚な眼帯をした短めの赤髪に赤眼の容姿。武器や防具、工具などの名品を作り出せる鍛冶能力が優れた女神だ。ヘスティアが『下界』へ来る結構前から迷宮都市オラリオに住んでいる。

 基本『下界』へ降りた神々は【ファミリア】と呼ばれる『神の恩恵(ファルナ)』を授ける契約を結んだヒユーマンや亜人ら眷族に養ってもらうのが一般的だ。

 勤勉な女神ヘファイストスは、すでに多くの眷族を持つ大きな【ファミリア】を持っていた。そのため、ヘスティア一人を養うことなど造作もない事であった。

 だがある日、ヘスティアはヘファイストスの元から叩き出されていた。

 『下界』へ降りた当初は、あちらこちらを見て回って眷族に相応しい子に声を掛けていたヘスティアだったが良い反応がないのに消沈し、いつの日からか本を読みふけり、ぐーたらとずっと部屋へ引きこもっていたのだ。

 ヘファイストスは働き者の女神でもあり、情けない友神(ゆうじん)を見るに見かねての行動である。

 

「働け」

 

 そう一言のみ言われて、ヘスティアは寝袋と僅かなお金のみを渡されて【ヘファイストス・ファミリア】の門戸から締め出されてしまった。

 

(なんてこった……)

 

 当初は呆然とし、続いて門番のいる門の前で『ボクを見捨てるのかーー!』を喚いていたヘスティアだったが、ヘファイストスの職人気質で面倒見もいいがその反面厳しさも知っており、結局あきらめてトボトボと移動を始める。

 自慢に全くならないが、自分が能力神としてはへっぽこな部類だとの自負がある。ヘファイストスのような得意なものや技術があるわけでもない。

 ただ彼女は他からみれば『天界』でも『ロリ巨乳』で知られる可愛らしい幼顔と姿をしていた。『下界』でも同様に見える訳だが、これまでそれを餌や武器にすることは一度もなく、また本人としてはそれほど気にする事項でもなかった。

 有り金を確認すると七日程を暮らせそうな額しかない。住むところも無い。

 

(……神が野宿の上で、の、野垂れ死に?)

 

 さすがにイヤだ。

 彼女は追い込まれていた。

 食い放題、持ち帰り放題の『神の宴』でもないかと思ったが、住処(ホーム)がなければ招待状はこない。やってられない。

 もはやまだ日が高い今日のうちに、初心者でも可能な何かの仕事を探さなければと、管理機関(ギルド)のある都市中央へと足を向ける。

 『下界』へ降りてそれなりに経つが、眷族探しはしたものの彼女にとって仕事を探すのはこれが初めてだったりする。

 管理機関(ギルド)には『下界』へ降りた初心者な神向けの相談所もある。ギルドの管理内容にはこの都市に住む神々も含まれているのだ。

 とりあえず、遠目にギルドにある一般向けの求人掲示板を見てみる。

 ここ迷宮都市オラリオでは小さな【ファミリア】持ちの神達も普通に働いており、賃金もヒユーマンや亜人と変わらない。

 

(えーと、楽な仕事はないかな)

 

 そんなのある訳がないのだが、求職初心者で引きこもりだった彼女はそう期待する。

 ヘスティアの筋力は小柄な女の子でもあり『神の力』を使わなければ普通の人以下だ。可能そうなのは皿洗いに、掃除、売り子……ぐらいが確認できた。

 

(……キツそうだし、時給安っ)

 

 ヘファイストスの【ファミリア】で一時貰っていたお小遣いより、日給換算が安いというその現実。

 

(ムムムっ……)

 

 厳しい顔と眼光で掲示板を睨む。

 とてもどこか蜘蛛の巣の張った屋根裏部屋ですら、借りれるような状況では無い。『野垂れ死に』の映像(ビジョン)が彼女の頭を過った。

 

(うん、明日の求人掲示板に期待しよう!)

 

 まだまだ就労意欲についてはダメな女神さまであった……。

 

 

 

 一応賃貸の掲示板にも目を通したあと、管理機関(ギルド)を後にしたヘスティアは、街の中にも偶に張り出されている求人掲示板や賃貸情報にも目を通したが収穫はなかった。

 少し日が傾き始めたころ、彼女は都市郊外の市璧近くの林に隣接する廃墟の軒下に腰かけていた。

 街中の露店で一つ買ったジャガ丸くんを可愛く頬張る。すでにかなり冷めている。

 空しい。

 時間を掛けて食べなければお腹もすぐ減りそうだ。喉も乾いた。水の確保も考えなくてはいけない。

 

(……生きるということは大変なんだね。うん、退屈はしなさそうだ)

 

 ヘファイストスの屋敷では、だらだら寝て過ごしていても労せず暮らす為のものが手に入った。よく考えれば『天界』に居た時とあまり変わらなかったのだ。

 

(じゃあ、少し頑張ろうかなぁ)

 

 そんなヘスティアの次の行動は寝床の確保であった。

 寝袋はある。あとは場所だ。

 ふと彼女は背から下ろしていた寝袋の中に、巻かれた羊皮紙が入っているのを見つけた。

 取り出して開いて見る。

 

『この建物の奥にある本棚の隠し扉から進む、地下の小部屋で寝ろ』

 

 地図には矢印が入っており、その一文がヘファイストスの筆跡で書かれていた。

 何やら行動が見透かされている餞別のような気もしたが、背に腹は代えられないという状況である。ヘスティアは地図に従い道を進む。

 今いる場所から割と近い場所であった。

 そこは廃墟となった屋根の落ちた教会。もう随分前から使われていないように見える。正面の壊れた扉から中に入り地下への入口を調べると、祭壇の先にある空の本棚の並ぶ小部屋があった。その奥の棚の裏に地下への階段を見つける。

 薄暗い中を降りていくと扉があり、開くと部屋があった。木机とその上に小さな魔石灯が一つ置かれていた。

 

(う~ん、厳しく追い出した割に優しいなぁ)

 

 こうして女神ヘスティアはホームをゲットした。

 とはいえ、定職にはしばらく付けず、ヘファイストスにタカる状況はまだ続くのだが。

 

 

 

 そんな時に間もなく出会うのである。運命の白い髪で紅目な兎くんに。

 

 

 

つづく

 




2015年06月13日 投稿


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02. 少年ベル・クラネルとの出会い

 『下界』に降りて来た女神ヘスティアがベル・クラネルという少年に出会ったのは全くの偶然と言える。

 

 

 

 今、女神ヘスティアは困窮に喘いでいる。

 当初、勤勉な女神ヘファイストスの元で世話になっていたが、食っちゃ寝な穀潰し生活を続けていたため、少し前に住処(ホーム)からほぼ身一つで叩き出されたのだ。

 あれからしばらく過ぎたが、未だに余り働いていない。露店の売り子を偶にやっているぐらいである。日々の食をも事欠く始末。

 現在、廃墟ながらヘファイストスが餞別に用意してくれた、教会の地下の一室に住みついている。

 このところ、ヘスティアにはギルドや街中での新たな仕事探しが、日々の予定に組み込まれていた。

 そんなある日のこと。

 彼女は裏通り近くで一人の細身で白髪な少年を見かける。彼は服装が古臭く少し弱そうに見えた。

 

「へっ、もっと強くなってから来るんだな」

 

 その白髪な少年は、まだ零細な【ファミリア】へ冒険者として加えて欲しいと何軒も売り込んでいたが、その都度そこの眷族から捨て台詞をもらい、入口の門戸から追い出されたり叩き出されていた。

 【ファミリア】には入団員の制限数はないが、弱い者がいるという噂が立つだけで収入や活動に影響が出るところもあり、雑用も雇う場合もあるが多くは有能な者や強い者にしか用は無い。

 少年を目で追い掛けるヘスティアは、『楽な仕事がないか』と同時に新しい眷族の子も探していた。自分の【ファミリア】に人数が集まれば養ってもらえるからだ。

 怠惰な彼女だが『これでも』割と人格者である。眷族がどんな人物でも良いという流れにはならない。

 そして『神の力(アルカナム)』の名残なのか、一目視れば相手がおおよそどのような人物かを知ることが出来た。そのため深く邪まな心を持つ者に声を掛けることはなかった。

 とはいえ、無所属(フリー)な人物にそういった良識的な者が多く居る訳も無く、そして簡単に出会えるはずもなく、昨日に声を掛けた子ももう別の【ファミリア】に所属していた。

 すでに声を掛けてフラれ肩を落とした回数は、その人数と同じ五十に到達する。

 ヘスティアは、改めてその道に投げ出されている少年を静かに見つめた。

 その姿はなんとなく寂しさで死んでしまう動物を連想させる。

 

(……ふむ、悪い子ではなさそうかな)

 

 そして今、彼は間違いなく無所属(フリー)。しばらく後をつけていたのだが、少年は見ていただけで十件ほど断られていた。

 

「はぁ……」

 

 投げ出された石畳みの道に蹲り途方にくれ、そう俯きながら暗い表情で呟く少年に、ヘスティアは明るく声を掛けた。

 

「おーい、そこの少年! ファミリアを探しているのかい?」

 

 彼は声の方へと顔を向ける。そこには白いワンピースの小柄な少女が立っていた。

 それが女神ヘスティアと少年ベル・クラネルとの出会いである。

 

「ボクはヘスティアという女神だけど、今ファミリアの構成員勧誘もやってて、冒険者の構成員とか探してるんだけど……良ければウチに入らないかい?」

「入ります! 入らせてください!! ベル・クラネルといいます。よろしくお願いします、神様!」

 

 彼はヘスティアからの申し出へ、すぐ飛び付くように驚きと感謝と尊敬をもって受けてくれた。

 まだまだあどけなさの残る紅い瞳の少年は、女神さまの手を両手で大事に取って本当に嬉しそうな笑顔を返してくれている。

 ヘスティア自身もついに初めての眷族を得ることになり、嬉しさの余りニコニコが止まらない。五十一回目の正直であるのだから。

 その直後のヘスティアの行動は素早い。

 

(素直ないい子じゃないか! この子は逃がさないぞ♪)

 

 馴染みな本屋の二階にある書庫を飛び入りで借り、『神の恩恵(ファルナ)』の刻印を彼の背中へと刻んだ。この場所は、本好きなヘスティアが初めての眷族にはここでと決めていた場所である。

 この瞬間、知る由もないが摩天楼施設(バベル)の最上階で最高級ワインを一人静かに煽り寛いでいたの美の女神は、その手元からグラスと床へと落としていた。

 

「さあ、ベル君。頑張って行こうぜ! 僕達の【ファミリア】はここから始まるんだ」

「あ、はい!」

 

 それから二人は、廃墟な教会の【ヘスティア・ファミリア】ホームへと移動した。

 教会の地下の一室。あれから余り変わっていない現実。

 家具が木机一つに床に寝袋が一つ……。

 

「………」

 

 ベルはその光景に絶句していた。ここへの道すがら聞いてはいたが予想以上の貧乏さである。

 正直、今のベルの方がお金を持っていた。

 

「あははは……」

 

 ヘスティアは右手を後頭部にあてての空笑いである。

 

「神様、僕頑張ります!」

「うん、ベル君、その意気だ! 君には大いに期待しているぞ」

 

 もちろんこの後の晩飯の代金は、ベルの財布からお金が出て行ったことは言うまでもない。

 

 

 

 次の日、ベルは朝早くに目が覚めた。

 ここは教会の地下ながら、朝は天井の板の隙間から僅かに日が差し込んで来る。

 部屋の中とはいえ、まだ春先で少し肌寒く、ぐっすりとは寝ていられない。『神の恩恵』の強化が無ければ風邪を引いていた事だろう。

 昨晩、ヘスティアは笑顔でベルに衝撃的な事を言った。

 

「ベル君、寒いだろ? 一緒に寝袋で寝よう」

 

 もちろん彼女に『まだ』他意はない。この時、ベルはまだ子供に見えていたから。

 かわいい眷族に十分な寝具がない事で申し訳ないのもあったのだ。

 

「だ、大丈夫です、神様! 全然平気です。床で十分です!」

「え~~? 一緒に寝ると温かいんだよ?」

 

 ヘスティアは少し残念そうに言ったが、一方顔が赤くなっているベルはすでに多感なお年頃になって来ていた。また、女性についての良さを扇動する亡くなった祖父の影響も結構あり、女の子を意識してしまう。

 神様がもっと大人っぽい感じの女性ならまだ割り切れる可能性もあったが、ヘスティアの幼顔で見た目はベルの年頃並みに見えているのが余計に意識する事に拍車を掛けていた。

 おまけに、ヘスティアのスタイルは女の子らしいのである。まず胸が大きいのだ。そして腰が締まっていておしりもプルプリン♪としている。

 一緒に狭い寝袋になど入ったら、感情的に落ち着いては一睡も出来なかっただろう……。

 ベルは昨夕、晩飯を買いに行ったついでに調達し、包まって寝ていた毛布を畳むと、神様のために静かに部屋の片づけと軽い朝食の準備をする。

 ここは地下ながら、水道が使えたのは助かっていた。部屋の奥には使用可能な浴室もある。

 ベルは、すでに少しの不安と緊張と期待から気合が入って来ていた。

 今日から早くも憧れの『運命の出会い』を求め、冒険者としてダンジョンへ行く事になっている。

 これも神様のおかげである。

 ダンジョンは『神の恩恵(ファルナ)』無しで入る事はほぼ無理な場所と言える。只のヒューマンではまず生きて帰れない、何が起こるか分からない別世界なのだ。

 その前に管理機関(ギルド)に行き登録しなければならない。そのためにも早めにホームを出ると昨晩、ヘスティアにも伝えてある。

 

「……ふぁぁ……おはよう、ベル君……」

「おはようございます、神様」

 

 ヘスティアは目をこすりつつまだ眠そうな顔をしている。彼女は基本、怠惰なのである。

 ベルは、神様に朝の挨拶をしてからホームを出るつもりだったので、これから出発する。

 

「では神様、ギルドで手続きした後にダンジョンへ行って来ます。朝食の用意は出来ていますので召し上がってください」

「……そうか、今日からだね。うん、ありがと。ベル君、頑張って来てね。でも無理しちゃダメだよ」

「はい、ありがとうございます! では神様、行って来ます」

 

 笑顔で部屋の扉を閉めて、少年はホームを後にする。

 そして……冒険者に対して素人なヘスティアは、特にアドバイスをする事もなく――――再び静かに寝袋で眠りに着いた。

 

 果報は寝て待てというわけではない。

 その証拠にこの日、ベルはギルドで登録したのち注意事項と各階層説明を受け、支給品の防具と小剣を装備し意気揚々とダンジョン第1階層へ向かったものの、結局逃げ回るのみで収穫はゼロであったから……。

 

 

 

つづく




2015年06月14日 投稿


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03. ファミリア(その1)

 迷宮都市オラリオ上空は、すっかり日が暮れて星空へと変わっていた。

 日が沈むと春先なこの時期、まだ時折冷たい風が吹く。

 そんな中を冒険者風な装備と服装で埃まみれな少年が、目線を落としたままトボトボと道を進む。

 だが彼は、すでにホーム傍の同じ周回コースを二回ほど周っていた。

 

(僕が頑張らないといけないのに……何も……出来なかった……)

 

 少年の名はベル・クラネル。

 【ステイタス】のLv.は1。基本アビリティは[力]、[耐久]、[器用]、[敏捷]、[魔力]がオールゼロの完全な素人冒険者だ。

 【ステイタス】とはベルの背中に刻まれた『神の恩恵(ファルナ)』で、現在の彼の基本アビリティ数値等が記されている。これらには、さまざまな行動による【経験値(エクセリア)】が累積で反映される事になる。

 それらの中でもっとも重要な項目はLv.で、これが上がるごとにその人物は革新的に全体の能力が上がり『強く』なるのだ。

 まだ何も持っていない彼は早朝からギルドへ向かい、まず冒険者登録の手続きから行った。その時に窓口で対応してくれたのがエイナというハーフエルフの綺麗な女性職員で、丁寧な長い説明を受けた。

 彼女はベルが発足したてのファミリアでたった一人のメンバーな上、初めての冒険者構成員と聞いて目を見開いた。このケースは、彼女が窓口に立って初めての事だ。

 白髪紅眼で兎のような少年の何一つ不安の無いニコニコする眩しい表情を見て、『現実を知らな過ぎるなぁ』という大人の感情を抱いていた。

 大抵は同じファミリアから同行する経験者がいるために、彼女は少年に対して普段しない説明までも心配気味な表情でこんこんと話してあげていた。

 彼はその後に防具や小剣の支給を受け、そして結構日が傾き始めてた頃、昼食を取った。

 そのためかなり遅い時間になったが、ベルは夕方前に意気揚々と念願のダンジョンへと飛び込んで行った。

 しかし……結果は見事に惨敗である。

 

 第1階層の明るいが狭い通路に入って間もなくの事。

 まず――不意に遭遇(エンカウント)した不気味な一匹目のモンスター(コボルト)に怯えた。

 

『グルォォォォォァーーーーーー!』

「ひぃ……」

 

 大音量の唸り声を受け、幼少時の経験がよみがえったのかベルの体が固まる。エイナに1階層目へ出現するモンスターの種類を聞いた気がするが――どうでもいい。

 そして、モンスターの唸り声の恐怖で反射的に振り上げ振り下ろした小剣の一撃も躱された。

 間が無くモンスターから攻撃される。

 必死で躱すももはや悲鳴を上げて逃げるのみであった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 ベルはダンジョン内を逃げまくった。

 走る、走る、走る、走る――――。

 気が付くと背後にモンスターはいなかった。途中で数名の冒険者な集団がいたように感じた。

 助かったと思わず膝を付く。

 全力で走ったので、もう疲れが出ているのか膝がカタカタしていた。

 体力回復薬(ポーション)は、ケチって買ってきていない。実際資金もギリギリの状態。

 エイナさんには「死んでは意味がないのよ。回復薬を一つは持って行きなさい」と言われていたのだが。

 その後も恐る恐るダンジョンを徘徊し、計五回ほどモンスターに遭遇するが、攻撃を受け止め躱すのでいっぱいいっぱい。

 もはや、地面を転がる様に土と埃まみれになって逃げ果せるので精一杯であった。

 少年の体は短時間で精神的にも疲労でふらふらになって来ていた。

 ベルは、エイナさんに言われた『初日は絶対無理をしない事。雰囲気を掴むことが大事なの』という言葉と、神様の『無理しちゃダメだよ』と言う優しい表情を思い出し、凄くビターな気持ちで初陣のダンジョンを後にした。

 幸い致命傷を受けることはなかった。普通に休息すれば体力的疲労は回復するだろう。 しかし、精神的には……。

 

 ホーム周辺を二周し、再び廃墟な教会が近付いて来た。

 いつまでもこうしている訳にはいかない。余り遅いと神様が心配するだろう。

 ベルは意を決して、教会正面の壊れた扉から中へと、そして地下室へと階段を降りて行った。

 扉の前に立つ。

 気のせいか扉の小窓から漏れる室内の魔石灯の光が、昨晩よりずっと明るく感じた。

 同時に一瞬、神様の残念そうな顔が浮かぶが、思い切って静かに扉を開く。

 すると――――。

 

「ベル君、お帰りーーーーー!」

 

 その明るく元気で暖かいヘスティアの声と共に内側からも勢いよく扉が開かれ、ベルは取っ手に引っ張られ、おっとっとと倒れ込むように部屋の中へ入った。

 憂鬱で落ち込んでいた気分が、前に立つ神様の笑顔でほっと癒される。

 

 だがそれよりも――――神様の周りに見えてる部屋の様子がオカシイ。

 

 まず、明るい。

 そして朝に部屋を出て行った時に比べ、明らかにモノが増えていた。

 今朝、確か部屋の床上には魔石灯の乗る木机と寝袋と毛布、他に僅かな着替え類しかなかったはずだ。

 まさに貧困の極地。それが……。

 

 大きなベッドがある。

 緑な生地の木枠長椅子がある。

 大きな魔石灯装置が二台もある。

 いくつかチェストも。

 床の一部にフカフカな絨毯までもがある。

 

 ――――そんなお金は1ヴァリスもなかった(神様のヘソクリは100ヴァリス程度の)はずだ。

 これが真の『神の力(アルカナム)』とでも言うのか。

 

「えっへん。どうだい、ボクの力は!」

「こ、これは……神様? ま、まさか盗んで来たんじゃ……」

「この子は何てことを言うんだい。この口か?」

 

 むぎゅっと両頬をヘスティアにつねられるベル。

 

「んん? ベル君、大丈夫かい」

 

 ここで漸く、ヘスティアはベルの様子に気が付いた。

 顔にかすり傷、服装、装備も土と埃だらけであった。

 本来、ダンジョンに行った冒険者達は、入手した魔石やドロップアイテムをギルドで換金するついでにシャワーなどを浴びたりしてさっぱりしてくると記憶している。ヘファイストスの眷族らがそうだったから。

 

「すみません、神様……今日、僕……何も……」

 

 ベルは悔しそうに、そして申し訳なさそうな表情をして言葉を絞り出し項垂れた。

 そんな、眷族にヘスティアは優しく声を掛ける。

 

「ベル君、いいんだよ」

「えっ」

「君は、ここへ元気に帰って来てくれたじゃないか。ボクはそれが一番嬉しいよ」

「神様……。でも」

 

 さすがにそれだけでいいはずがない。神様に受けた恩を返さなければ気が済まない。

 しかし、ヘスティアは言ってくれる。

 

「まだ、始まったばかりじゃないか。今日出来たことよりも、明日をより頑張ればいいんだ。違うかい、ベル君?」

「――はい!」

 

 ヘスティアの言葉はまだ子供なベルにはとても暖かい。

 迷宮都市オラリオに来てから、多くの人からずっと相手にされず辛い事が多かった。しかし今、【ヘスティア・ファミリア】の一員になれて良かったと改めて思うと同時に、『明日』は神様の為に今日よりも逃げずに前へ進もうと、彼は考えを新たにする。

 

「それから、ハイこれっ」

 

 ヘスティアはそう言って、ベルへ体力回復薬(ポーション)を二本差し出した。

 ポーションは通常一本500ヴァリス程する。二本で1000ヴァリス……。

 

(絶対におかしい……)

 

 この異常事態にベルは震えた。

 

「……や、やっぱり神様? どこかで盗んで――――」

「!――君はまだ言うかぁーーーー!」

 

 ベルの両頬を再び引っ張るヘスティアであった。

 

「大丈夫なんだから、これはぁ。んーー、後で話すよ。まず体を洗ってくるんだ、ベル君。食事の前に明日を頑張る為、先に君のステイタスを更新しようじゃないか!」

「! ステイタス……」

 

 ベルは、ヘスティアの言葉に従い、部屋奥の浴室へ向かい体の埃や汚れを落とす。

 【ステイタス】の更新。

 神は眷族のその【ステイタス】について【経験値】を反映させて更新出来るのだ。

 つまりパワーアップさせてくれるのである。

 なお【ステイタス】の表示部分について、神によっては他の者達に読まれないように、【神聖文字(ヒエログリフ)】等をさらに変形再構成表示させている【ファミリア】もある。

 ちなみに女神ヘスティアは、特に考えてないのか気が付いていないのかデフォルト表示のままだ。

 ベルは身綺麗にしたあと、替えの下着とズボンを履いて浴室から出て来ると、上半身を裸のままベッドへとうつ伏せで横にされた。

 

「じゃあ、ご飯もあるしさっさと始めるよ?」

「はい、お願いします」

 

 ヘスティアは、ベルのお尻の辺りに座ると更新の儀式を始めた。

 

 

 

つづく

 




2015年06月14日 投稿


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04. ファミリア(その2)

 【ヘスティア・ファミリア】のホーム、廃墟な教会の地下室。

 ベッドへうつ伏せに寝かされたベルの【ステータス】が、神ヘスティアによって更新される。針を使って指先から神血を落として行われる儀式だ。

 

(あぁ、全然上がってなかったらどうしよう。神様、きっとガッカリするだろうな……)

 

 当初は初めての【ステータス】更新に喜んでいたベルだったが、横になって少し落ち着くとそういう思いが湧き出してくる。

 更新の間、少年は内心どんどん不安で一杯になっていった。

 しかし、ヘスティアからの声にその思いは霧散する。

 

「お、ベル君、結構上がってるよ」

「えっ、本当ですか!?」

 

 彼は今日、ダンジョンへ初挑戦した。

 だが―――逃げ回っただけの苦い経験に終わっていた。しかし、【経験値(エクセリア)】には繋がっていたらしい。

 気分的には少し複雑。だが、予想を裏切っていても【ステータス】の上昇は素直に嬉しかった。

 明日へ繋がると思えるから。

 彼は、「はい、ベル君」とヘスティアから差し出された用紙を見る。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I0→I6 耐久:I0→I1 器用:I0→I5 敏捷:I0→I19 魔力:I0

 《魔法》

 【 】

 《スキル》

 【 】

 

(……ほんとだ……凄い)

 

 ベルは酷い初陣だと考えていたが、今日のダンジョン行きが全然無駄ではなかったと分かり救われた。

 そして知らぬ間に口許から顔全体の表情がニヤけていく。

 ヘスティアは、そんな少年の様子を静かに温かい目で見ている。

 彼女は、【ステータス】が初回のゼロからは上がりやすい事だけは知っていたのだ。

 早く変化を見せて少し自信を付けてあげたいという、神としての親心である。

 

「でも、神様……正直に言うと、ダンジョンでは逃げていただけなんですけど」

「ベル君、そのときに君は手を抜いていたかい?」

 

 思い起こせば無我夢中の全力だった事にたどり着く。

 

「いいえ」

「時として逃げる行為も力になるという事さ。じゃあ、夕食にしよう」

 

 そう言って、ヘスティアは食事として、ジャガ丸くんの盛られた皿と肉の乗った皿とサラダの盛られた皿を並べる。コップと水も用意されてる。

 

「こんなのは流石に今日だけだけど、さあ、遠慮なく食べようじゃないか!」

 

 料理の置かれた木机を前に、長椅子へ神様と並んで座るベルの目は再び点になる。

 

(料理まで豪華に……)

 

 ヘスティアへ首ごと目を向けると、彼女は片目をつぶってニッコリした口許から可愛く上唇を舐めるような形で舌を出していた……。

 

「……神様、その前に正直に教えてください。一体どこから盗んで―――」

 

 ベルは三度目のむぎゅを両頬に食らっていた。

 しばらくつねっていたがベルを解放すると、ヘスティアは徐(おもむろ)に席から立ち上がる。

 

「これらはね、【ヘスティア・ファミリア】結成へのお祝いなんだよ。だから全うに正当に断固として、もう僕たちの物なんだ。だからぁ、安心していいよ」

 

 ヘスティアは掌を上に両手を肩よりも幾分下げて伸ばし、上半身を左右にひねり周りを見て見てとしながらそう宣(のたま)った。

 

「……(神様、僕不安です……って)誰からです?」

「ヘファイストスさ。友神(ゆうじん)なんだよ」

 

 その名前は、この迷宮都市オラリオに来たばかりのベルでも知っている。

 鍛冶職人達が多く所属し、名剣や美しい高性能な防具等の制作で有名な【ファミリア】なのだから。

 確かに、相手がヘファイストスだとすればこの程度のお祝いは容易に思えた。

 

「……そうですか」

 

 ベルはとりあえず納得し、ヘスティアらは少し遅い晩の食事を始めた。

 

 

 

 今朝、ヘスティアはベルがホームを出てから二度寝したが一刻程後には起き出し、【ヘスティア・ファミリア】の登録手続きで管理機関(ギルド)へと赴いた。

 眷族を得た彼女には『神として』今日、やることが結構あったのだ。

 初陣を迎えたベルに対して今の住処(ホーム)の有り様は余りに貧相に思えたからである。

 

(眷族の為になんとかしなくちゃ……)

 

 彼女はそう思ったが、しかし如何せん無い袖は振れない。

 つまり―――『有る所』からガメるタカる。そういう事だ。

 

 そして、【ファミリア】の証明書をゲットしたのちに、【ヘファイストス・ファミリア】のホームへ直行し中へと乗り込んでいた。そして一室に通される。

 

「やぁ、ヘファイストス、久しぶり。これを見てくれ! ボクはついに【ファミリア】を結成したよ」

「……ほぉう」

 

 いきなり乗り込んで来たヘスティアに、もちろん『何しに来たの?』という表情を向けていた女神ヘファイストスだが、確かに見せられた証明書はギルド発行の本物のようだ。

 怠惰なヘスティアは人々からはほぼ無名であり、彼女自身で動かなければ眷族を得ることは不可能に近い。つまり、少しは頑張っているように思えた。

 勤勉なヘファイストスは、頑張っている者には割と寛大である。

 

「良かったじゃない、ヘスティア」

「うん、ありがとう」

 

 ヘスティアは嬉しそうに微笑む。

 ヘファイストスも友神の表情に顔を綻ばせていた。

 ここまでならば、いい話で済んだのだが。

 

「ヘファイストス、ボクは【ファミリア】を結成したよ」

「(ん?)……良かったじゃない」

「【ファミリア】を結成したよ」

 

 仁王立ちで証明書を『これでもか』とずっと付き出して見せているヘスティアへ、ヘファイストスは尋ねてやる。

 

「…………あんたは何が言いたいの?」

「結成したから……くれるよね?」

「……何をよ?」

「だからぁ、お祝い♡」

「……(それが目的なのね)」

 

 ヘスティアは無言でニッコリ♪

 ヘファイストスは「はぁ」とため息をつきつつも、何が欲しいのか聞いて来たのであった。

 ヘスティアもいらないモノでいいからとは付け加える。

 結局、ヘスティアがヘファイストスのホームで居候していた時に使っていたベッド一式と倉庫にあった使っていない家具類から数点をチョイスした。

 ついでに食糧庫へも侵入し、その辺りにあった大き目な箱とタッパに色々とガメていく。

 さらに廃墟な教会の地下室への搬入まで【ヘファイストス・ファミリア】の使用人らに行わせた。

 

「悪いね、ヘファイストス。感謝するよ」

「まあ、余ってるものだけどね、まったく」

 

 ヘスティアはタカるだけタカったあと、【ヘファイストス・ファミリア】を後にする。

 さあ、次のエモノだ。

 ヘスティアが向かった先は道具屋である。

 店の中に入ると、顔見知りの少し髪の長い優しそうな表情の男神がいた。

 

「やぁ、ミアハ。丁度良かったよ」

 

 そう声を掛けるヘスティアだが、丁度良かったのは彼女だけと言えよう。

 

「あれ、ヘスティア? 珍しいね、君がここに来るなんて」

 

 ミアハは背の高い細めな体に白シャツにネクタイとカジュアルなズボン姿で店番をしていた。

 

 【ミアハ・ファミリア】も現在眷族が一人という零細【ファミリア】だ。

 

「うん、そうだね。実は昨日だけどボクにも【ファミリア】が出来たんだ」

「お、それはおめでとう。団員はどういった職業の子なんだい?」

「冒険者さ。まだかわいい男の子だよ」

「そうか、それなら是非ウチを贔屓にしてくれるとうれしいけど」

 

 ここで店中へぐるりとエモノを物色するように見て回っていた、ヘスティアの蒼く可愛い瞳が光る。

 

「うん、そのつもりさ……だからぁ、先行投資ということで何か今、無料でサービスしてくれないかい?」

 

 ミアハは、とても『いい神』であった。

 

「んー、じゃあ、初心者くんだろうし、体力回復薬(ポーション)をサービスするよ」

 

 そう言って、彼は陳列棚から気前よく二本のポーションをヘスティアへとタダで渡してくれた。

 

「ありがとう、ミアハ。必ず贔屓にさせてもらうよ」

 

 そう言って、ヘスティアはホクホクと笑顔でミアハの店を後にする。

 そして、ヘスティアは次の目的地へと向かう。

 今日は散々と他神へタカったが、彼女自らも決心していた。眷族の少年に恥ずかしくない神にならなければと。

 真摯な表情の彼女は、バイト先のジャガ丸くんの露店へとやって来る。

 そして店長に、バイトの時間を増やす交渉を行った。

 ヘスティアは頑張った。

 

 バイトに行く日を―――中五日から中四日にしていた……。

 

 

 

 すでに【ヘスティア・ファミリア】ホームである地下室は就寝時間を迎えて、魔石灯装置の灯りが落とされていた。

 

「ねえ、ベル君。ベッドに一緒に寝ようよ、暖かいし広いんだよ?」

「か、神様、僕はここで全然平気ですから」

「眷族なんだし、遠慮しなくていいんだよ?」

 

 長椅子に横になるベルは、ベッドで横になる神様に優しく声を掛けられるが断っていた。

 確かに幅の広い大きなベッドなので二人で寝ても狭くはないだろう。しかし、そういう訳にはいかない。

 神様は可愛く胸も大きな女の子なのだ。意識しっぱなしではベル自身が安眠出来ない。休息をしっかり取り、明日も頑張らなければならないのだ。

 それに神様は今日(形はどうあれ)すごく頑張っていたと思えた。今朝と比べれば生活環境が大幅に向上したのは事実である。

 対して、何もしていない自分がこれ以上甘える訳にはいかないと、ベルは横になりながら考えていた。

 

「じゃあ、今日はお休み、ベル君」

「はい、神様。おやすみなさい」

 

 ベルは嬉しかった。祖父が死んで一人の夜が続いていたが、昨晩からまた傍でお休みの言葉を聞ける事が。

 ヘスティアも嬉しかった。昨日は眷族が出来、今日はその子が少し成長した。子供が育っていくのは楽しいと実感できた。

 それは『天界』に居た時にも『下界』に降りてからも初めての夢中になれる感覚であった。

 静かに【ヘスティア・ファミリア】の一日が終わった。

 

 

 

つづく

 




2015年06月15日 投稿


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05. 高鳴る! 女神の心のカンパネラ(その1)

 ヘスティアは思う。ベルは少し不思議な子だと。

 夢に夢見る儚い白兎的少年……というところか。

 まともな寝床で睡眠を取れるようになってから、すでに丸一日が過ぎてその次の朝を迎えている。

 その間に白髪な紅い瞳の少年から、彼自身の話をいくつか聞いた。

 その中で英雄に関する数多くの物語を知っていることに驚かされたが、どうも彼はダンジョンに『出会い』を求めているらしい。

 彼曰く、それは『英雄譚』的な何かと言うものの、早い話、女の子に遭いたいということが垣間見える。

 その根幹になっているのが彼を育てた祖父にあるようだ。

 何といっても『ハーレムは男の浪漫として目指さなければいけない』という彼の祖父の考えには女神として同意しかねているが、少年に恥ずかしそうな真っ赤な顔で昨日の夕食時に熱弁されてしまっていた。

 

(ムムムっ、少し心配だよ。今日にでもダンジョンで女の子のお尻を追っかけて行って、後ろからモンスターにバッサリとやられるなんてことはないだろうね……)

 

 そんなことを考えながら眷族として心配に思いつつ、横目で並んでニコニコと歯を磨いている彼へと目線を向ける。

 

「何ですか、神様?」

 

 彼は【ヘスティア・ファミリア】が結成されて三日目の昨日、二回目のダンジョン入りで【ファミリア】へ初めて構成員としての稼ぎをもたらした。報酬は300ヴァリス。

 そして【ステイタス】が上昇していた事で、相手のモンスターの動きが少しゆっくりに見えて、幼少から最もトラウマだったゴブリンを倒して落ち着き、初回に怯えたコボルトも討ち取った。その後は相手のモンスターの様子を良く見えるようになったという。

 報酬を稼げ、それで奮発した夕餉を用意出来たことと、トラウマを克服出来た事で少年のニコニコが昨日の帰宅時から止まらない。

 【ステイタス】も昨晩の更新時にも上昇しており、順風満帆といった感じである。

 

「ううん、何でもないよ」

 

 少年の明るい表情を見ているうちに、ヘスティア自身も自然とニコニコ顔で歯を磨いていた。

 いつしかニコニコな二人の歯磨き動作がシンクロしていく―――。(そして胸がバインバイン♪)

 

 ベルは朝からダンジョンへ、ヘスティアは中四日のバイト先へ向う。

 彼女は朝から夕方前まで働いた。

 そうして、店長のおばちゃんから今日のバイトの給金を受け取る。

 締めて480ヴァリス。

 バイトを始めた慣れない当初は、事故を起こしそうになったが最近の仕事作業は順調だ。

 「ありがとう、おばちゃん」とお礼を言って店舗を後にする。

 ちっこくて胸が大きくツインテールで可愛い幼顔のヘスティアが売り子に立つようになって、露店は繁盛ということでバイト料も少し上がっている。おまけに中四日と今後バイト回数も月に一、二回は増えるのだ。

 

(フフフっ、圧倒的な未来じゃないか、我が【ファミリア】は!)

 

 一人の時と比べ、共働きと言えなくもないこの状況。

 給料袋をチャリチャリ言わせながら、ヘスティアは意気揚々と賑やかな商店が続く繁華街を歩いていった。

 この日、ベルの稼ぎも400ヴァリスと昨日を上回って帰って来た。

 夕食前に更新した彼の【ステイタス】も順調に上昇。

 寝る前にも楽しさでニコニコな二人の歯磨き動作は、早くも完全シンクロし始めていた。(胸も多めにバインバイン♪)

 

 

 

 さらに数日が経過した。

 【ファミリア】として日々の生活資金に余力が少し出来、気持ち小金がザクザクである。

 朝にベッドの中からベルを見送り、昼まで寝ていたヘスティアはゆるりと起き出す。

 のんびりと朝食なんだが……それを昼食にして、午後のティータイムで本を読みつつ寛ぎ楽しむ。

 日が傾き夕暮れが近付き始めた頃、夕餉の買い出しに出かける。ベルには、今日も休みな彼女が準備をすると昨晩すでに伝えていた。

 

(さで、今晩は何がいいかな。……まあ、ベル君も好きなジャガ丸くんは外せないぜ)

 

 そんなことを妙にウキウキと考えつつ、楽しい気分から偶にはと街中をいつもと少し違う経路で進む。

 すると……人通りの中に、若い女の子と歩きながら笑顔で話をしているベルを見つけてしまった。

 女の方は制服姿でエルフ耳……おそらくギルド職員だろうか?

 慌てて脇道に隠れ、二人の様子を窺う。

 

(ムムムっ。ベルく~ん、君は私の知らない所で何をしているんだ~い?)

 

 これが英雄譚的な出会いだと言うのか。イヤ断じて違うと思う。

 だが間もなく、女神のそんなモヤモヤな気分をよそに、ベルはエルフ耳な彼女へぺこぺこすると手を振って別れて行った。その時一瞬垣間見えた女の横顔は、眼鏡付きながら綺麗なエルフ顔の美人だったことを女神さまは見逃さない。

 

(……ベル君……)

 

 なぜか、ホームからここまで軽やかであった足取りが、何かの錘が付いたが如く急に重くなって感じられた。

 ふと、日影になっている商店の陳列窓に小柄な彼女自身の映る姿に目が行った。

 純白ないつものワンピース。これは神衣なのでそう簡単に汚れたり劣化はしない。そして(超神力な)紺のヒモも健在。

 

(……スラリと背の高いエルフの女の子がお好みなのかい……?)

 

 そして、映る姿を見ていて彼女は気が付いた。それは腰に届く漆黒の長い髪を束ねている部分。

 

(おや? 髪留めの紐がくたびれてきてる……かな)

 

 それは少し年期が入りかけている黒い紐。でも、まだ使えるかと考え直す。

 ヘスティアは少し気分転換に、各店の陳列窓内の商品を眺めながら歩く。

 少しすると、歩く速度で流れていく多くの商品の中の一品に目が留まる。

 その店の陳列窓内には何体かの着飾った鑑賞人形(ビスク・ドール)が置かれていた。それらには首飾り等の冒険者用装身具(アクセサリー)も付けられている。

 そのうち一体の鑑賞人形の髪に付けられていた蒼い色の髪留めが気になった。

 だが、それを数秒眺めた後、ヘスティアは夕飯の用もあり立ち去っていく。

 

 

 

 ヘスティアは、買い物を終えてホームの地下室に帰って来た。

 しかし、何故かベルがまだ帰ってきていない。

 

(さっき帰ったんじゃ……あの子は何処へ行ったんだ?)

 

 ベルが【ファミリア】ホームの地下室の扉を開いたのは、昨日より二時間も遅い時間であった。

 

「ベルくーん、何かあったのかい?(正直ニ言イタマエ)」

 

 ヘスティアは、長椅子に座り両肘を木机に付いて組んだ手の甲に顎を乗せ、ジト目でいつもよりずっと元気のない少し低い声で尋ねた。

 加えて、どういう訳か部屋の明かりが、最初に使っていた小さい魔石灯の弱い明かりしか灯いていない……。正直怖い。

 ベルは、夕方に自身の姿を見られたことに気が付いていない。あの後すぐに再びダンジョンに潜っていたのだ。神様が不機嫌なのは、ただ単純に遅くなった事が起因していると勘違いしている。

 

「えっ、す、すみません。いえ、稼ぎが悪かったので時間が掛かっただけです、神様」

「……本当かーい?」

「は、はいぃ。こ、これが今日の稼ぎです」

 

 そう言いつつ、ベルはヘスティアと余り目を合わさない。

 出された金額は550ヴァリス。昨日の650ヴァリスよりも確かに稼ぎが悪い。

 だが、明らかにベルの挙動は不審極まりないものに見える。

 そう彼には、ヘスティアへまだ言えない理由があったのだ。稼ぐことが出来るようになったら世話になった身内に何か返したい……そういう思いである。

 その後の二人は、ぎこちない【ステイタス】の更新に、ぎこちない夕食。

 そして―――

 

 今朝までニコニコだった笑顔も消え、二人のあの完全に揃っていた歯磨き動作が、見る影も無くバラバラになっていた事は言うまでもない……。

 (但し胸はいつもより少し大人しいがバインバインで♪)

 

 

 

つづく

 




2015年06月16日 投稿



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06. 高鳴る! 女神の心のカンパネラ(その2)

 【ヘスティア・ファミリア】が結成されて九日目の朝。

 ベルとエルフ娘の姿を目撃し、少年が連日遅く帰ってくるようになって更に数日が過ぎていた。

 彼の日々の稼ぎは、その後500ヴァリスでずっと止まっている。

 連日帰宅時の彼の疲れ様と【ステイタス】の更新状況から、その金額は『有り得ない』と思うのだが……。

 ヘスティアはついに昨晩、「少し働き過ぎじゃないか」と言う言葉を皮切りにして、更新時に彼を問い詰めて聞いてみるも、頑として口を割ろうとはしない。「モンスターの抵抗が激しくて――」と彼は言い訳していた。

 

(ベル君……神様のボクに眷族の君がウソを付くなんて、何て神不幸なんだい……)

 

 まだ共に暮らして短い期間の為、まだはっきりとした『気持ち』は無いが『もはや一蓮托生。君とボクの仲じゃないか』という思いは、ヘスティアの中に出来つつあった。先日まで、素直でかわいい眷族だったのに、それが悪い女に引っかかった上で早くも反抗期かい?と、ヘスティアはそれを悲しく感じて胸を痛めていた。

 だが、今もベルが神様を敬っている事は、日常の様子から間違いないと感じている。いつも朝食の用意をきちんとしてくれていて、掃除もしてくれて、お寝坊でぐーたらなヘスティアを大事に扱ってくれている事は伝わって来るのだ。なのになぜ、どうして……。

 今朝は、中四日のバイトに行くためにベルと共にヘスティアも早めに起き、並んで歯磨きをしている。でも、ここ数日は笑顔も微妙で、動きも揃う事がない。それもちょっと寂しい……。(一応、バインバイン♪)

 

「じゃあ、神様、行って来ます」

「うん、気を付けてね、ベル君!」

 

 ヘスティアは、思い切って少し無理気味ながらも笑顔でベルへ声を掛ける。

 すると。

 

「はい!」

 

 返事と共に素直なニッコリの笑顔を返して、彼はダンジョンへとホームを先に出て行った。

 

(やっぱり……ベル君は笑顔がいいぜ)

 

 閉じられた扉越しに見送るヘスティアとしては、最初であり今の所は世界で唯一の眷族であるベルが可愛いのだ。

 またベルとしては、確かに隠し事をしているのだが、それは決してヤマしいことではない。一方ここのところの神様の元気の無さが気になってもいる。それは彼の帰りの遅い事に関係しているようであったが、神様へ尋ねることは自らの遅く帰る理由を話すことになりそうで出来なかった。

 そのためベルには、神様の元気の無さの『本当の理由(ベル君が悪いエルフ女に引っかかってる~)』が分からず、彼女のモヤモヤしている様子から自分だけニコニコしているのが躊躇われていた。

 神様とベルの間で、まさに悪い雰囲気へのスパイラルが起こっていたのだ。

 しかし、それは今朝までの事だとベルは考える。

 

(今日からは早く帰りますからね、神様ーー!)

 

 廃墟な教会の外へ出て、快晴の眩しい朝の陽ざしを受けながらベルはそう心で叫びつつ、漸く靄(もや)が晴れた所を進むかのようにダンジョンへと向かって行く。

 自らに課していたノルマが、昼頃には達成出来る予定なのだ。

 今日は早く帰って、さらに神様をビックリさせるサプライズも考えている。そのためホームを出るときには『今日は早い』とは告げられないでいた。

 しかし……彼はあとでそれを後悔することになってしまう。

 

 

 

 ベルが出たあと少しして、ヘスティアも中四日のバイト先であるジャガ丸くんの露店へと向かう。

 今日は朝から大繁盛で店員はもちろん、店長やバイトのヘスティアも忙しく仕事をこなす。そして昼食時を迎え更に忙しさが増し、昼時を大きく超えてもまだその流れが続く中、交代での休憩も入って来る始末。そのため、売り子がメインのヘスティアも調理の裏方を一部手伝う状況になっていた。

 一応、バイトに入った時に一通りの部署について作業は熟していたので、しっかり注意していれば問題ない作業のはずであった。

 だが今日は、街中を歩く人の中でエルフの女性を見かけたり、ベルに似てる子が居るんじゃないかとか人通りに目が行き、作業に集中しきれていなかった……。

 

 

 すると、繁盛していた『ジャガ丸くん』の露店が―――大爆発した。

 

 

 露店自体も風圧により一瞬浮く程で、露店上空には爆発による煙が立ち上がっていった。

 その頃ベルは少し離れた場所におり、何かが遠くで炸裂する音を聞いてそちらへ向くと、上空に立ち上る煙を見かけていた。その時、彼の手には包装された小箱が大事に握られていた……。

 

 ベルは、立ち上る煙の方角に神様のバイト先があることが気になった。

 包装された小箱をバックパックに仕舞い現場へと近付いて行ったが、退避する人波に流されたり、遠巻きに見る人垣の壁が出来ていたりと周辺は結構混乱しており、中々近付くことが出来ない。

 二十分ほどして漸く神様のバイト先の露店傍まで来れた。そして、その煙で煤けた上に一部が壊れた『ジャガ丸くん』販売の露店が目に入った。

 

「なっ……」

 

 周辺の他の露店に被害が少ない状況から、爆発現場がまさかな神様のバイト先の露店というとんでもない状況に、ベルは目を見開いて固まる。

 しかし、動揺しながらも直ぐに周りへ目線を巡らし神様を必死で探した。

 

「か、神様……、神さまーーーーーーーーーーーーー!」

 

 すると傍で現場を見ていた人垣の中の女の人がベルに声を掛ける。

 

「あの、あなたはヘスティアちゃんのお知り合い?」

「はい! 眷族(ファミリア)のベル・クラネルです。あの、神様は?!」

「ヘスティアちゃんは全身に怪我をして、ほら、あの青い屋根の宿屋に運ばれてるよ」

「ありがとうございます!」

 

 一瞬その建物を視認すると、ベルは教えてくれた女の人へ頭を下げ、礼を言い終るかという頃には全力で駆け出していった。

 

(今、行きます! 神さまぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!)

 

 

 

 ヘスティアは、気絶状態で傍の宿屋の一室へと緊急で運び込まれていた。

 調理用の燃料交換中で至近距離にいた彼女だけが全身丸焦げであった。

 しかし、爆発後まもなく近くの道具屋から持ち込まれた高等回復薬(ハイ・ポーション)を全身に掛けられ大事には至らず。

 また、漆黒の長い髪や神衣の白いワンピース以下と『超神力な紺のヒモ』は不変であった。ただ、髪を束ねていた黒い紐は失われていた。

 幸い、彼女以外の被害者は露店の店員他、爆風によって多くが飛ばされた中で軽傷者が数名出ただけに留まる。店長は休憩中でピンピンしており、露店よりもヘスティアに付いていてくれた。

 

 ベルは宿屋の一室のベッドで、静かに気を失ったまま横になっているヘスティアと再会していた。

 そして神様の枕もとで、指を組むように手を合わせてしゃがみ込んでいた。神様の無事な姿に、目を閉じた目元へ喜びで涙を浮かべて。

 事故直後は結構な怪我の状態だと聞いたが、今は顔や腕等にその痕(あと)は見られない。

 

(よかった、無事で)

 

 少しの間そうしていたが、ベルは静かに立ち上がると、露店の店長であるおばちゃんへ向き直り静かに頭を下げる。大怪我をしたのが作業中であった神様のみという状況と、その時店にいた店員から聞いたというおばちゃんの話から、ヘスティアの作業ミスによる事故であることは間違いなさそうである。迷惑を掛けてしまった神様に代わり、ベルが身内としてお礼とお詫びを告げる。

 

「神様へ治療をしていただき、ありがとうございます。また大事なお店を壊してしまい誠に申し訳ありませんでした!」

 

 おばちゃんは甚大な被害を受けながらもにこやかだ。神様の知り合いは寛大な人が多いように思う。神様から勧められて行くようになってる道具屋のミアハ様らもそうだ。

 

「まあ、誰にでも失敗はあるもんさ。ほら、神様にだってね」

 

 一度ウインクしながら言うおばちゃんに、ベルは『あはは』という微妙な顔を返す。

 

「命があればなんとでもなるさ。とにかく無事で看板っ子を失わずに済んでよかったよ。もう、傷は治ってるみたいけどこの後どうするんだい?」

 

 そう言われたベルはベッドのヘスティアを見下ろす。

 部屋の開いた窓からは、日が大きく傾いてきて徐々に夕刻に近付きつつあることが感じられる。

 

「もう少ししたら神様をホームへ連れて帰ります」

「そうかい、そうするといいよ。今日はいいからその子にゆっくりとさせておあげ。それと、元気になったらまた店に来るように言っときな」

「あ……はい! ありがとうございます」

 

 店長のおばちゃんは、優しい表情でベルへ話すと部屋から出て行った。

 ベルはこの後、宿屋と高等回復薬を出してくれた道具屋へも足を運んで礼を述べに向かった。費用について窺うとどちらも、「落ち着いてからでいいよ」と返してくれた。

 正直、今は手元にお金がないので周りの気持ちがありがたかった。

 その合間にもベルは考えていた。どうして事故が……と。

 ここ数日の神様の様子を見ているベルには、神様が仕事に集中出来ずに今回の事故を招いてしまったかに思えてならない。

 宿屋の一室へと戻って来たベルは、黒い髪留めが無い事もあってすべて髪が下ろされた形で横になっているヘスティアの枕元に片膝を付いてしゃがんだ。

 そして、彼女の目元に掛かっている髪を手で優しく少し分けながら、ゴメンナサイと無言で呟いた。

 

 

 

 規則正しく、体が前後上下に揺れている。

 それを感じる様になると同時に、彼女は気が付いた。まだ目を閉じているので周囲は良く分からないが背負われているように感じる。そしてこの匂いはと……。

 

「……ベル君?」

 

 すると呼ばれた人物が立ち止まる。

 

「あっ、神様。起きました?」

 

 ヘスティアがゆっくり目を開けると―――彼の嬉しそうな笑顔の顔があった。

 すごく近い。

 周りは夕焼けで真っ赤に染まっていた。見覚えのある景色からホームが近い事を知る。

 そして彼女は理解する。今、自分は彼にお姫様抱っこをされている状態だという事を。ベルはバックパックを背負っておりおんぶは出来ない。

 

「べっ、ベル君?! これは? この状況は?!」

 

 ヘスティアの顔が、夕日に隠されてしまっているが僅かに赤くなり少し慌てる。

 ハッキリ言って『天界』を始め、物心が付いてからこの方、こんな抱かれ方をしたのが初めてであった。

 正直この抱っこは、イヤな相手にされると嫌悪感が止まらない体制なのだ。つまり誰でも良いと言う訳では無い。

 だが、相手がベルということが分かるとヘスティアは、オイシイ……いや嬉しい気持ちが心に感じれた。

 それと同時に感じたのだ、自然とホッと出来る『安心』を。

 

「神様はバイト先の店で爆発に巻き込まれたのですが、覚えてますか?」

「えっ? ……あっ、……あぁぁぁーーーーーーー!?」

 

 ヘスティアは、大変な事を思い出したように段々と声を上げたのち、ベルの顔を見ながら口を半開きにして目をパチパチとさせて驚いた様子が伺える。

 

「ボクは……どうなったんだい?」

「神様は―――丸焼きです」

「え゛ぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 ジャガ丸くんとともに、新商品として店頭へ出されて売られたとでも思ったのだろうか。

 なんとも言えない声をあげていた。

 

 再びホームへと歩き始めたベルは、ヘスティアへ現場の状況と彼女の怪我の具合について教えてあげる。

 そして。

 

「ごめんなさい、神様。僕の所為ですよね。僕が勝手な事をしていたから」

「―――!」

 

 ベルはすごく申し訳なさそうな表情でヘスティアへ謝った。

 少し間があって彼女は口を開いた。

 

「ベル君、君は本当にボクに謝らなければならない事をしていたのかい? ボクが本気で怒るようなことを」

「いっ、いえ、そんな酷い事はしていません!」

 

 至近距離なヘスティアの本気の表情からの言葉に、ベルは全力で否定を返す。

 

「じゃあ、いいじゃないか。それより、きちんと連日帰りが遅い理由について話してくれるかい?」

「それは……ホームに帰れば分かります、神様」

「??(……何かあの部屋に届いているってことかい)」

 

 ヘスティアの問いに、ベルは何故か嬉しそうにニッコリと微笑んでいた。

 彼女の様子を楽しむように見ながら。

 そうして、ホームの廃墟な教会の地下室へと戻って来た。

 途中で「ボクも歩くよ」と言うヘスティアに、「今日は部屋まではダメです」と告げて引っ張った。

 ホームに帰れば分かると聞いたが、扉を開けた中の光景は朝にヘスティアが出た時と別段変わっていない様に見えた。

 ベルは、ヘスティアを静かにベッドへと座らせる。

 

「ベル君、特に部屋に変化はないし、これじゃあ君の帰りが遅い理由が分からないよ?」

 

 すると、ベルは微笑みながら言う。

 

「神様、少し立って歩けますか?」

「? 大丈夫だよ、ほら」

「では、こちらへ」

 

 そう言って、ベルはヘスティアを洗面台の方へと連れて行く。

 そこで、ヘスティアは目を見開いてハッキリと理解出来た。

 洗面台の鏡に映る、彼女のツインテールへ『すでに』付けられている、『あの』蒼い色の髪留めですべてを。

 

「ベ、ベル君……これは君が?」

「はい、爆発事故の為か黒い紐は無くなっていましたから。ここ数日遅くなっていたのは資金をプールするためです。それは今日やっと買えました。それ自体は先日一人で頑張って選びましたけど。やはり神様に似合うのは蒼い色なんじゃないかと思って。初めはお世話になってる神様に送るのは、何がいいのか全然思いつかなくて悩んでました。でも若い女性の知り合いは、ギルドの窓口で僕担当のエイナさんっいうハーフエルフの方ぐらいしかいなくて。贈り物を探していた時にまたまた街中でその人に会ったんですけど、その時は時間も無くて余り聞けない有様で。その時、いつも神様が使える物はどうかなと聞かれたので、最近神様の髪留めの紐が少し痛んでいるようでしたから…………って神様?!」

 

 ヘスティアは、最近のモヤモヤが解けると同時に、ベルの右肩に縋って静かに――――少し泣いていた。

 

「ありがとう、ベル君。ボクはとってもとっても嬉しいよ(君がこれを選ぶなんて奇跡だぜ……以心伝心と言えるんじゃないかい♪ もう大好きかも……ベル君♡)」

 

 半泣きながらヘスティアの表情からは、もはやニコニコが止まらない!

 

「これはもう、一生大事にするからね、ベル君!」

 

 形有るものはいつか壊れる。少し良いめ(耐劣化高耐久属性)の髪飾りを何千年もたせるつもりなんですか?とベルは思ったがその気持ちがとても嬉しかった。

 ベルは、バックパックから買って来ていた食料を取り出し簡単な夕食の準備を始める。 ヘスティアはしばらく鏡の前から離れそうにない様子だったから。

 彼女のニコニコは夕餉の間も止まらない。そんな神様の様子を眺めるベルのニコニコもまた止まらない。

 この夜から、再び二人の歯磨き動作の完全シンクロが復活していた。(もちろん胸は2割増しでバインバイン♪)

 

 

 

 数日後、神様のバイト先から【ヘスティア・ファミリア】へ一通の手紙が届けられた。

 損害や怪我人関連への請求総額はなんと10万3400ヴァリスというものである。

 そして、それに添えられた時間給からの天引きのお知らせの手紙も追い打ちを掛けてい。時給ごとに50ヴァリス引かれても優に2000時間は掛かる計算だ。

 

 神様は、その書類らを握りしめて小さく震えていた……。

 

 ちなみにあの蒼い色の髪留めも、購入はしたがまだ全額を払い終わっていなかったりする。ベルは頭金として3000ヴァリスを払ったに過ぎなかった。ツマリ、月に1000ヴァリスの24回分割払いであった。

 そして……二人の借金地獄は、まだまだこれからかもしれない。

 

 

 

つづく




2015年06月17日 投稿

 『蒼い色の髪留め』は一括払いなら2万4000ヴァリスでした。(笑



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07. 苦い憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

「ムムムっ……」

 

 【ヘスティア・ファミリア】は微妙な借金との戦いに突入していた。

 バイト先の露店を作業ミスから吹っ飛ばしたヘスティアは、時給の多くを返済に回さねばならなくなった。そして彼女は苦渋の決断をする。

 

 ついにバイトに行く日を―――中四日から中三日に変更するしかないと……。

 

 長椅子なソファーに座って、10万ヴァリス越えの請求書を眺めながら唸っている神様を見かねたベルが声を掛ける。

 

「神様、やっぱり僕がもう少し遅くまで頑張ってなんとかします」

「気持ちは嬉しいけど、ダメだぜベル君。これはボクのする事だ」

「ても……」

 

 ベルは以前の様に早く帰ってくるようになったが、【ステイタス】は順調に上がっているため、すでに一日で3000ヴァリス程稼いでくるようになっていた。

 少年はもう3階層の一部まで足を踏み入れる様になっていたが、一方でそろそろしっかりとした装備が必要になろうとしている。ギルドの支給品はあくまで『お試し』レベルなのだ。そして体力回復薬(ポーション)を使う機会も増えており、ベルとしても装備をしっかり整えてより深層を早く目指したいのが本音だ。そのための資金が不可欠なのである。

 もちろん深層を早く目指したいのは『あの理由』からだ。

 現在の階層では、モンスターも下っ端であるゴブリンやコボルトらが多い。

 そう、この入口付近のダンジョンでいくら頑張ってみても『英雄譚』的な出会いは見込めないはずだ。

 現在の所、彼はソロで【ステイタス】もまだまだ低いので、『出会い』があったとしても相手も駆け出しであろうし、如何にもショボイ感じしかないだろうという気が彼自身していた。

 ダンジョンで女の子を偶に見かけるが、まず間違いなくもっと深い階層を目指すパーティーと行動を共にしている。

 

(やっぱりいいなぁ……パーティに女の子♪)

 

 二日に一度ぐらい特に可愛い子や綺麗な子を見かけると一瞬そちらに目がしばらく行ってしまう。その所為で一度、後ろからモンスターにやられそうになってしまっていた。

 また、パーティーを率いる団長達の強そうな感じもいい。彼らはいかにも冒険者という感じがするのだ。

 広いダンジョンでソロというのは、状況としては敗残団員にしか見えない……。今は上層だからソロが理解されているに過ぎない形だ。

 早くパーティを組んでもらえる立派な冒険者になりたい、強くなりたい。そして劇的な『出会い』を!

 そんな思いが知らずに彼の顔へ出ていた。

 

「ベル君、君は君の為になるべくお金を使ってほしい。これはお願いだ」

「神様……」

 

 ベルは、そういったことをきちんと言ってくれるヘスティアを尊敬している。

 

「でも―――生活費だけは入れてくれ!」

 

 一方で、みっともない惨状を隠さず言ってくれるヘスティアも可愛く思う。

 さすがに激安バイト代へと落ちた神様の給金だけでは【ヘスティア・ファミリア】の経済を支えられないのが現状である。

 

「あはは……もちろんです」

 

 そんな優しいベルの答えに、ヘスティアはニコニコと『安心』の笑顔を返してくれた。

 

「ベル君、ベル君、頼りにしてるよ♪」

 

 そう言って、ヘスティアはベルにベッタリ抱き付き、幼顔をスリスリして来る。胸まで押し付けて来てくれてる。ベルとしては嬉しいやら、恥ずかしいやら。

 どうも、髪留めをプレゼントしてからの神様のスキンシップが、過度でそして増えて来ていた。

 少年としては、眷族として可愛がってもらっていると考えている。

 しかし―――ヘスティアの気持ちは少し違ったのだ。

 

(大好きだよ、ベル君♡)

 

 不思議な気持ちであった。なるべく少年と一緒に居たい、少年の為にどんなことでも出来るならしてあげたいと―――。

 

 

 

 ベルがダンジョンに潜り始めて半月が過ぎようとしていた。

 贔屓の道具屋や馴染みのギルド職員達により、僅かだがこの迷宮都市オラリオで有名な【ファミリア】や冒険者らについての知識が増え始めた頃に少年は『出会い』を迎えた。 彼は、ダンジョンに居る時間をいつも通りにして稼げる最も良い方法が、より『深層』に潜る事だと理解していた。それは同時に『運命の出会い』にも近付く事でもあると考えられた。

 なので昨日までの数日に4階層まで降りて来ていた。そして昨日の稼ぎは実に5000ヴァリスに迫っている。

 さらに、今日はついに5階層に突入したのだが……やはり早過ぎた罰なのだろうか。

 本来この上層にはいないはずのモンスター『ミノタウロス』と遭遇(エンカウント)してしまったのだ。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

「ほぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 最大のアビリティの敏捷を生かして、基本逃げるしかないベル。

 未だLv.1の彼は、15階層以下の迷宮に出現するはずのLv.2である『ミノタウロス』に勝てる訳が無いと、記憶にある彼自身の【ステイタス】のあらゆる数値が告げていた。

 そして当然の如く、最終的には『ミノタウロス』に袋小路の奥の壁へと追い込まれる。

 

『グヴォオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!』

 

 迫りくる『死』を恐れ壁際で尻もちをつき、揚句にその眼前で『ミノタウロス』から咆哮を上げられ仁王立ちされていた。

 少年の歯は恐怖でカチカチと音を鳴らす。もはや『これは死んだ』と思った。

 その時、ベルの頭に浮かんできたのは祖父の顔でも、ギルドのエイナの顔でもなく、この都市で初めて自分を受け入れてくれた優しく嬉しそうに微笑むヘスティアの顔だった。

 ダンジョンでの『出会い』ではなかったし、神様を女の子というのは失礼だが、女神さまに出会えて短い間であったが一緒に楽しく過ごせた事は十分に幸せであったように思えた。それだけに、こんなに早くたった一人の眷族を失う彼女へ申し訳ない気持ちが自然に溢れてくる。

 もう『ミノタウロス』は、ベルへ止めを刺す為の太い腕の蹄を振りかぶり終わっていた。

 

(か、神様……僕、不甲斐なくてすみませんでした―――)

 

 その時だ。

 前方の視界を完全に覆っている巨体の『ミノタウロス』の胸厚な体を突き抜けて何か斜めに一閃が入ったように思えた。

 

「えっ?」

『ヴぉ?』

 

 さらに、続けざまに幾筋もの美しい閃光が走り抜けるのをベルは見た。それは銀の輝きのような切っ先に見えた。

 『ミノタウロス』の動きが完全に止まる。

 

『グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオォオォーー!?』

 

 そんな断末魔を発した後、『ミノタウロス』の巨体は積木が崩れが如くに、赤黒い血を辺りにまきちらしながらバラけ落ちていった。

 少年はその様を血まみれになりながら呆然と見ていたが、『ミノタウロス』の巨体が無くなったその後ろに、一人の人物が立ていた。そして目が合う。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 それは女神のような繊細な姿をした金髪の少女であった。

 エンブレム入りの銀の胸当てに、同色で紋章の手甲にサーベル。その特徴ある彼女の姿に、この目の前の人物が誰であるかについてベルでも分かってしまった。

 彼女は、都市の皆が噂や話をする程の有名人であったから。

 『下界』の女性達の中で最強の一人に挙げられる程の強さを持つLv.5。

 そして迷宮都市オラリオでの有数の規模な【ロキ・ファミリア】に所属する一級冒険者。

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 少年に掛けられた言葉は息の乱れも興奮も無く落ち着いたもので、まるで直前に何事もなかったような声に聞こえる。

 瞳の色も金色で、きょとんと首を僅かに倒して、血まみれの彼を見ていた。

 座る自分の正面に立つ、圧倒的な強さを持つ全身銀の装備に金の瞳で美しい金髪を靡かせる少女。

 

(こ・れ・は、まさに『英雄譚』のワンシーンを抜き出した絵画のような状況だ!)

 

 ベルの胸は弾んだ。

 そんな幻想的な彼女に再び「あの……大丈夫、ですか?」と声を掛けられるも、大丈夫である訳もない。

 

「うわぁぁあああああああーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 少年は興奮がMAXになり、無意識に叫びながら全速で走り出していた。

 『ミノタウロス』から逃げるよりも早かったかもしれない。

 心が略奪されていた。少年から……そしてある意味ヘスティアに対しても。

 この時の少年の心の中にヘスティアの姿が残っていたのか定かでは無い。

 

 

 

 ベルはそのあと『出会い』に対する喜びの余り、ギルド窓口のエイナの所まで血まみれのまま一直線に駈け込んでいた。そして、金髪の少女について情報を集め始める。

 しかしベルは逆にエイナから、相談なしでの5階層入りをこっぴどく叱られた。

 おまけに、一級冒険者のヴァレンシュタインに恋慕すると言うベルの話を聞いて、ほぼ叶わぬ恋なのでベルへ慰めのつもりで、個人的な意見としてもっと『強く』なればモシカの可能性も……と言葉を送ったつもりが、焚き付ける形となる。

 まさにそれが―――ベルを心から発火させてしまっていた。

 

 ベルが【ヘスティア・ファミリア】のホーム部屋へ帰還すると、ヘスティアから幼顔で嬉しそうに「今日は早かったね」と迎えられた。「死にかけた」と言うベルをサワサワと彼女は体を丁寧に確認する。

 そのあと、今日はバイトが大繁盛で売り上げに貢献したと、夕食は土産に持たせてもらった山盛りのジャガ丸くんを囲んでになった。

 それが終わるとベルの【ステイタス】更新となったが、その時に「『ミノタウロス』に追われ死にかけた」時の話をすることになり……少年は美しい金髪の少女なヴァレンシュタインとの、ついに訪れた『運命の出会い』について熱弁を振るう。

 しかし少年の想いは、『そんなの一時の気の迷い』と他の女の話が面白くないヘスティアに『バッサリ』切って捨てられる。

 揚句に。

 

「もっと身の周りを注意して良く確かめてみるんだ。君を優しく包み込んでくれる、包容力に富んだ素晴らしい相手が100%確実にいるはずだよ!!」

 

 ヘスティアはそう言い切る。さり気なく自分を猛プッシュである。ヴァレン何某ふざけるなと言わんばかりだ。

 だが、ベルはヘスティアの『まさか』な想いには気付いていない。あくまでも、『これから』そんな女が出てくるはずという意味に捉えている。

 更に。

 

「ま、ロキの【ファミリア】じゃ婚約出来っこないんだけどね。もう、そんな女なんて忘れて、すぐ近くに『確実』にある出会いをモノにするべきだよ」

 

 神様から止めを刺されてしまった。

 

「……神様酷いよ」

 

 そんな話をした後だが、ベルの背中にはトンデモないスキルが浮き上がって来ていた。

 ヘスティアは《スキル》の欄をベルへは『いつも通り』空白だと、【ステイタス】内容を記した紙も一部改ざんしたうえで渡し告げる。

 それは彼の今日の【経験値(エクセリア)】から有望そうな事象を引き揚げスキルへと刻んだものだ。

 

(あーやだやだ、他の女の手でこの子が変わっていくなんて……。認めたくないっ)

 

 ヘスティアは少年の成長を取ったが、後悔が先立つ複雑な心情だ。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→I82 耐久:I13 器用:I93→I96 敏捷:H148→H172 魔力:I0

 《魔法》

 【 】

 《スキル》

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】

 ・早熟する。

 ・懸想が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 

 

(ベル君は、ボクにとってただの眷族とはもう違う……。これからは、ボクが心の支えになるような状況にしないと。でも【神の力】は使えないし……どうすれば)

 

 ヘスティアは、真剣に悩み始める。

 

 

 

つづく




2015年06月19日 投稿


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08. 兎心の変動

 初めてのスキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】がベルの背中に刻まれた次の日もトンデモない状況から始まる。

 ベルが薄ら目を覚ますと、仰向けに寝ている胸やお腹、両足の上辺りが妙に柔らかで心地よく温かい。まだぼやけ気味の感覚で目線を向けると、彼は完全に目が覚めた。

 そこには何故か、どういう状況でそうなったのか、掛け毛布との間にヘスティアが寝ていた……。

 

(ね、寝ぼけちゃったのかな、神様。やっぱり寝顔も可愛いな)

 

 ふと、昨日死にかけた時に神様の顔が浮かんだ事を思い出す。

 

(神様を一人にしなくてよかった。……うん、神様と一緒だと安らぐなぁ)

 

 すると眠っている神様が、スリスリと顔を胸へと当てて来る。彼女の大きな胸も彼のお腹の辺りに微妙にこすれている。むず痒いような気持ちいいような。

 ほんのりと良い香りもして、気を抜くと再び眠りに落ちそうである……。いかんいかんと首を振ると、ゆっくり神様と体を入れ替え、寝ていた長椅子のソファーを後にする。 そして、簡単な掃除と彼女の朝食の準備をして自身の身支度を整えると、ホームを後にする。

 

「神様、行って来ます」

 

 起こさないように小声で告げると、ベルは早朝の陽ざしを浴びてダンジョンへと向かった。

 すると、ヘスティアがゆっくりと目を開ける。彼女は寝ている訳ではなかった。この『寝たふり甘えんぼう作戦』も昨晩の『憧憬一途』から引き戻したい一心である。

 だが、同時に思った以上に『ベル君ベッド』は寝心地がいい。ベルの可愛い寝顔もイイ。

 

「もう、ベル君。お目覚めのキ……頭ぐらい撫でるもんだぜ。……頑張れ」

 

 ヘスティアも扉へ小声で見送った。

 

 

 

 ベルはダンジョンに向かう途中の道で、一つの『出会い』を迎える。

 酒場『豊饒の女主人』で働くシルというヒューマンの女の子だ。

 話の途中に鳴ったお腹の所為もあり、最初に拾ってくれた魔石ともらったお弁当の代わりとして、彼女の働くお店に夜、食事へ行くと約束する。

 そうして、ようやく乗り込んだダンジョンだったが……最近の彼は呪われてるのか。

 

『『『『『『『『ガァァァァァーーー!』』』』』』』』

 

 1階層目で八匹のコボルトに追われる始末。

 だが、ベルは敏捷を生かして引き離し、隠れて側面や後方から不意を突いて数を削って何とか倒せたから良かった。

 まだ同時数体を相手には出来ない気がする。無理をすれば可能かもだが、気合を入れないといけないし、体力回復薬(ポーション)が必要になるだろう。可能な限り一対一か不意を突き、無傷で勝利を掴みたい。白兎は臆病なのだ。

 今は勝ったからいいのだが、ベルは少し不安を覚えている事がある。

 

(こんな適当な……我流の戦いで下の階層で戦えるんだろうか。……おっといけない)

 

 ベルは大事な魔石を拾い始める。窮乏する【ファミリア】に潤いを与える為に、今は一個たりとも無駄には出来ないノダ。だが、1から4階層のモンスターでは石が欠片な形で小さく換金額も低い。

 あと、魔石以外に偶に『ドロップアイテム』がある。モンスターの体内での異常発達部位らしい。これは武器や武具へ加工が出来、それなりの金額で引き取ってもらえるボーナス的な存在だ。

 

「ラッキー」

 

 ベルはそれらをバックパックへと放り込む。

 ソロの場合、当然全て一人で戦い、武器や回復アイテムを保持し、魔石の回収も行うことになる。

 パーティの場合は、担当を分担するため作業も軽減され、さらに各自が担当に集中できる為危険も少ない。本来は魔石やドロップアイテムは非戦闘員の『サポーター』が回収してくれるのだ。

 彼のようにこうやって、魔石を集める為に地面へ集中していると襲われることもあったりする。

 べルは回収作業しながら、周囲へ警戒しつつ手早く済ませる。

 さて……と思った瞬間。

 

『ウオオオオオオンッ!』

『ガアアッ!』

「えっ、もう? 連戦?!」

 

 そうやって、ベルはダンジョンをのたうち回った。

 少しだけ、あの金髪の少女、ヴァレンシュタインに出会わないかと思ったが、現れるのはゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン―――。

 まあ彼としては、食事に行く約束と時間があったので、費用のことも有り思いっきり狩ってやった。

 結局、数回危ないシーンがあったが、なんとか無事に全部返り討ちに出来た。

 

 

 

 夕刻にホームへ帰って、ベルはヘスティアに日課の【ステイタス】を更新してもらう。

 すると、基本アビリティが凄い事になってた……。

 

 力:I82→H120 耐久:I13→I42 器用:I96→H139 敏捷:H172→G225 魔力:I0

 

「か、神様。これ、書き写すのを間違ってたりしてませんか?」

 

 思わずそう聞いてしまったが、ヘスティアは憮然とした顔で「間違いじゃない」と言う。今日だけで熟練度上昇のトータルが160を超えていた。これまで半月の間のチマチマした積み重ねは何だったのかと思う。

 特に納得できないのが耐久だ。記憶にある被害は只の一撃だけ。これでここまで上がるならこれまでの半月に受けた数々の打撃はどうなるのか?

 そんな気持ちでベルは、神様に何度か「神様、コレどうなってるんですか?」と聞いて見るも。

 

「……知るもんかっ」

 

 ぷぅぅと頬を膨らませる様は少し可愛い。

 しかし、なにやらすごく不機嫌になってしまい、揚句にバイトの打ち上げがあるからと、ぷぃっとホームから出て行ってしまった。

 

「……神様へしつこく聞き過ぎたのが失礼だったのかな。それとも、【ステイタス】がもっとゆっくりと上がって行って欲しかった……とか?」

 

 少年は首をひねるが、神様の不機嫌の原因が分からず困惑するも、ベルもシルとの約束の時間があり地下室を後にする。

 

 

 

 日が西の空へ沈むころ、ベルは約束時間に酒場『豊饒の女主人』を訪れていた。

 内装は、他店よりもシックな造りだが酒場の雰囲気を上手く残している。

 木製のカウンターでは、一目で貫録の有る女将とわかるドワーフながら大柄な女性が、お酒や料理を振る舞っている。少し見える厨房の中では獣人キャットピープルの子らが忙しそうに働いていて、店内で客へ給仕するウエイトレスたちも……皆、可愛い女の子。店で働いているのはどうやら女性だけらしい。

 

(女将さんは置いといて……とてもいいなぁ)

 

 だが、気が付くとその中にはプライドの高いエルフの子までいた。エルフの娘は気を許す男にしか手も握らせないという気高い種族なのだ。それがこうして働いていることから、客層のグレードの高いことが容易に想像出来てしまう。

 周りに目を向けると男ばかりで、それも見るからに経験豊富な冒険者たちだ。

 駆け出しのベルにとっては難易度の高い……つまりここは、下級冒険者(ザコ)お断りなお店のように思えた。

 先ほどから、テラスに座る客らからの視線も痛い感じがしている。

 ベルとしては少し場違いな気がして、撤退しようかと思った頃、声が掛かった。

 

「ベルさんっ、いらっしゃいませ」

 

 少年は周りの雰囲気に飲まれていたのか、シルは彼のすぐ横から声を掛けて来ていた。もう逃げられない。

 

「……来ました」

 

 ベルはシルにカウンター席へ案内される。コーナーの折れた所の一人席だ。見方によっては女将と差しの位置。店員のシルから話を聞いていたのか、それから女将にイジられる。

 

「アタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢らしいね。じゃんじゃん料理を出すからじゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

 

 とんでもない所に来てしまったのか。シルへ目を向けると、目線を逸らされ申し訳なさそうに「えへへ……」と言う。

 結局それらはシルの冗談で、料理が運ばれてくるとシルもベルの横に『小休憩』として座り話をした。

 内容的には朝の出会いは『お客としての勧誘?』の話と『ここは女将ミアさん一代のお店』の話、そして『シルが多くの知らない人と話をしたい』という話。

 その話題が終わるかという頃に、とある一団の客が『豊饒の女主人』を訪れた。

 それは色んな種族で男女の集まった冒険者達であった。その全員が、圧倒的な実力を漂わせている。

 

(―――!)

 

 その中にあの忘れもしない、金色の瞳、砂金が流れ落ちるような金髪の少女、ヴァレンシュタインがいた。

 周囲もざわつく。

 金髪の少女にその場の多くの男が目を奪われる。もちろんベルも。

 中には「……えれえ上玉ッ」と欲求を漏らす者まで。

 しかし、彼らの纏う装備に入った【エンブレム】を見て「げっ」と呻く。

 この迷宮都市オラリオでも有数勢力を持つ【ロキ・ファミリア】である。所属する末端の団員ですら当然一目置かれているが、ここに来た者達はその中のトップ集団であった。

 そのため、金髪の少女があの【剣姫(けんき)】ヴァレンシュタインだと、畏怖も交じっての囁き声があっという間に店内へ広がっていく。

 【ロキ・ファミリア】は遠征の打ち上げであった。

 皆、楽しそうに飲む、食う。ヴァレンシュタインもその輪の中にいる。輝ける一級冒険者達の中に。

 それをぼぉっと見ているベルにシルが「ベルさん?」と声を掛ける。正気に戻ったベルはシルから、【ロキ・ファミリア】はこの酒場『豊饒の女主人』のお得様だと言う。時に主神のロキがここを気に入っていると教えてくれた。

 ベルは理解する。

 

 ここに来れば―――【剣姫】ヴァレンシュタインに会える、と。

 

 少年は見ていた。金髪の少女の色々な表情を、仕草を。口許を拭う動作まで。ちょっと怪しい人に成りかける程に。

 だが、このあと変な雲行きになった。

 一団の中の顔立ちの良い男らしい獣人の青年が、言い放つ。

 

「そうだ、アイズ! あの話を聞かせてやれよ!」

 

 彼女は、良い話でのレパートリーが何も思い浮かばないのか「あの話……?」と不思議がる。

 獣人の青年が続ける。

 

「あれだって、帰る途中に何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、5階層で始末した時に、そこにいたトマト野郎の!」

 

 ―――ビクリ。

 心だけでなく、ベルの体が実際に揺れる。

 

「それでよ、いたんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が! 抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際に追い込まれちまっててよぉ! 可愛そうなぐらい震えちまっ―――」

 

 彼女の前で、ネタにされる自分の話に。

 

「―――で、アイズが間一髪でミノを細切れにしたんだよ。それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」

「うわぁ……」「……くくっ」「……ふっ」

 

 彼女の前で、その仲間達から無様に笑われる自分の姿に―――震える。

 ベルには、店内の他の席の者達までが、笑いを堪えているように感じた。

 『笑い話』はまだ終わらない。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

 助けたのに逃げられたという内容に、大爆笑が起こる。

 『自分の人助け』が笑われたのが気に入らないのか、『冒険者すら怖がらせてしまう』と言う表現が気に障ったのか不明だが、ヴァレンシュタインだけが怖い顔をしていた。

 そして―――獣人の青年は、この場に居るとは知らないベルへ止めを刺しに来た。

 

「しかしまあ、久々にあんな情けないヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな」

 

 そこからも容赦ない。

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くぐらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁ、アイズ?」

「……」

 

 彼女は無言であった。それだけが微かな救い、それは彼女の優しさかもと。

 でも、彼女にも情けないと思われない訳が無い状況。

 ベルの頭の片隅が崩れていく。

 あの鮮やかな『運命の出会い』と思った記憶が、崩壊していくように感じた。

 

 そこで漸く、「ヤツがいるから冒険者の品位が下がる」等々、まだまだ吠える獣人の青年に、ヴァレンシュタインの決して喜んでいない表情も一瞬見て、エルフの女性が話の幕引きをしてくれる。

 

「いい加減にそのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。自恥を知れ!」

 

 「おーおー、さすがエルフ様――」とやり合おうかという獣人の青年。

 ベルも分かっている。

 もはや『出会い』は幕を下ろしていることを。

 どんなフォローの言葉があっても少年の取った行動を、『冒険者として』どうなのか……イヤ、『かっこいいか?』と聞かれて『はい、カッコイイです』と答える奴は――いない。

 イナイのだ……。

 そして、獣人の青年ベートは『出会い』を完璧に粉砕する言葉を放つ。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 ベルは、急に大きく音をさせ椅子を飛ばす様に立ち上がると、殺到する視線がもはや目に入らないかのように外へ飛び出していった。

 シルは「ベルさん!?」と慌てて店の外まで追いかけるが、すでにその姿は見えなくなっていた。

 彼女は理由が分からないまま困惑した。現実はベルの食い逃げ状態であるのだから。

 

 

 

 ベルは――少年は走って走って突き進んでいた。

 怒りなのか、悲しみなのか、何なのかは分からない。

 手あたり次第のモンスターへ短剣で、切って、刺して、ねじって、突いて。

 ただ、がむしゃらに、ダンジョンの下層を目指して行った。

 今、長い舌を打ち出してくる『フロッグ・シューター』を力任せに短剣で切り裂いて倒す。

 無感情な目で、モンスターの死骸を一瞬見る。

 もはや疲労を訴えている体を無視して奥へ奥へ入り込んでいく。

 

(……)

 

 体の至る所にはモンスターによる牙や爪の掠めた痕が出来ていた。

 装備もろくに持たず、短剣一本だけで無謀と言う言葉が適切といえる行動の最中だ。

 しかし、常にモンスターに遭遇(エンカウント)し続ける訳でもない。

 間が空いた。

 辺りにモンスターが見えず遭遇が途絶え、良く分からない破壊衝動は多少鎮火に向かっていく。

 

(……ここ、どこだろう)

 

 少し冷静になる。

 呼吸は整いつつも、すでに疲労からか荒さが残っている。

 ベルは、ここがすでに5階層を越え6階層に到達したのではと考える。

 先ほど降りた時から見覚えの全くない迷路しかない。

 それでも、まだ歩を進めると部屋状の広い空間へ出た。薄緑色の壁面だけが広がる。その中央付近で立ち止まるが、先も閉じておりここで行き止まりみたいだ。そのため引き返そうとするとしたが、その時――壁からビキリと音が聞こえた。

 一度鳴った音が二度、三度と鳴り、壁からモンスターが成体で生まれた。

 この部屋は、そういう場所らしい。ダンジョンはモンスターの母胎なのだ。

 相対するモンスターの名は、6階層に出現する『ウォーシャドウ』。この階層で最も戦闘能力が高い『影』のようなモンスターだ。異様に長い両腕には三本の爪を持ち、素早い移動速度で這い寄って来る。

 それも二匹――。

 もはやベルはやけくそ気味に戦った。

 相手のモンスターの動きは単調に見えるが、『影』のため伸縮し両腕の間合いを掴ませない。そのためベルは短刀で防御しきれず、躱すたびに切り裂かれていく。

 このモンスターは新米冒険者では倒せないと言われている。

 ベルの呼吸は乱れていく―――だが、どうして……薄皮一枚を削がれても躱せているのはなぜだろうか。

 いや、そもそもなぜまだ―――五体満足で生きているんだ?

 冒険者としてまだたった半月の新米がそれもソロで、普通ならこの階層で生き残れるはずかない。

 このウォーシャドウが新米冒険者に対してどれほどの脅威かを、ベルはあのギルド窓口のエイナから何回も聞かされている。「今の君の【ステイタス】では間違いなくあっという間に切り刻まれて死ぬから」と。だから絶対に、「ぜーっ対に6階層へはいってはダメっ!」と言われていたのだ。

 

(でも僕、それ二匹相手にまだ生きてるんですけど……って、ステイタス?)

 

 少年は昨日の【ステイタス】更新の異常な数値増加を思い出した。それぞれ5割増しで、耐久に至っては2倍以上で増しになっている。

 つまり、一昨日と今とでは別人と言える能力差になっているのだ。だから戦えている。

 と、そう思った瞬間、背中の刻印が熱くなったように感じた。

 

「あぐっっ」

 

 だが、その違和感な状況のタイミングで、ウォーシャドウが引き裂き攻撃をして来た。ベルは必死で躱すも、ウォーシャドウはそこからなんと―――連続した裏拳気味の攻撃を仕掛けて来た。

 少年はそれを肩に強く受けてしまう。

 その衝撃は強力で、短剣を手から放してしまい、体はそのまま横に飛ばされた。

 短めの刀身は、堅い床に乾いたような音を鳴らして、唯一の武器が転がって行く。

 ウォーシャドウが、武器を失った少年へと近付いて来ていた。

 そしてソレはもう、止めの一撃を放つ右腕を振りかぶっている。

 絶体絶命―――。

 

 こんな時でも、記憶は流れるのだ。ミノタウロスの時の様に。

 それでも……そしてやはり一際鮮明な光景を焼き付けた憧憬(あのひと)との『出会い』は特別だったのだと。

 それから―――

 

 今もこの眷族の体に【神の恩恵(ファルナ)】を与えてくれている穏やかな、神ヘスティア様の笑顔を。

 

『ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーーーーーーー♡』

 

(ッッ! ――まだ、死ねない。シンデタマルカ。何をやってるんだ僕は! ヴァレンシュタインさんからの想いはもう全く無いだろう。でも、彼女が憧れで高みの目標であることは不変だ。そしてそれと神様への恩は関係ない! 恩を返さず、神様を一人にしてどうする!)

 

 次の瞬間、ベルは目を見張る動きをみせた。

 地面から一瞬で跳ね上がる様に体を起こすと、ウォーシャドウが右腕の爪を振り込んで来る長く黒い腕を、頬の皮一枚で躱すと、カウンターで右拳をモンスターの顔面の位置にある鏡面へ叩き込んでいた。

 その威力はそのまま頭部を貫通する。攻撃を受けた敵は軽く痙攣を起こし、がくりと膝が落ちる。

 ベルは止まらず、腕を引き抜くと、もう一匹へと襲い掛かっていった。

 その途中で、先に払われ地面に転がっていた短剣を拾いつつ敵に迫る。

 野兎のような動きであっという間に駆け抜け間合いを詰めた。

 ウォーシャドウは体を揺らして迎撃しようとするが、少年の動きが上回る。

 短刀が高速で煌めき、斜め一閃。

 魔石ごと真っ二つにされ、モンスターの体は灰へと変わった……。

 命拾いし、短刀を振り抜いた体勢で固まっていたベルは、モンスターの最後を見つめながら、起き上がってから漸く呼吸をした様に思える。

 全力の戦闘であった。

 少し気が抜けたのと入れ替わりで、体から限界の悲鳴が聞こえて来ているのが分かる。

(無茶をし過ぎた。一刻も早く上に戻らないと)

 

 だが、ビキリと言う音が聞こえた。

 

「――」

 

 少年は、落ち着いていた。

 エイナから聞いた6階層の話を思い出す。

 6階層からモンスターの生出頻度が格段に上がると言う事を。

 壁から出現したのは4匹。そして、部屋の入口からは別のモンスターがやって来ていた。

 ベルは冷静に、先程灰になったモンスターのドロップアイテム『ウォーシャドウの指刃』を拾い左手に握る。だが、グリップなど無いため刃を直接取り血を滴らせながら。

 ――帰る邪魔をするなら、やってやる。

 

(遅くなってすみません。すぐ帰りますから、神様)

 

 ベルは勇猛な白い兎となってモンスター達へと向かって行った。

 

 

 

つづく

 




2015年06月20日 投稿


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09. 少年の成長と女神の想いと

 すでに次の日の朝を迎えている。

 ヘスティアは、落ち着きなく部屋の中をうろうろしていた……。

 帰ってこないのだ、もう一人の愛しい可愛い住人である眷族が、『ベル君』が。

 女神様は腕を組みながら真剣な表情を浮かべている。

 

(いくらなんでも遅すぎる。べ、ベル君……まさかの家出? そんなバカな……)

 

 だが思い当る節がいろいろあるのだ。

 ベルの加速成長が、『ヴァレン何某への恋慕』の強さに左右されるというのに、ソレが『やたらに伸びている』のが甚だ面白くなく、彼へその『嫉妬心』を向ける様にベルからの質問も全て冷たく無視するような返事で返してしまった。

 揚句に、彼女自身はバイトの飲み会へさっさと行き、彼を一人取り残すような形で『勝手にどうぞ』という感じで食事へも行かせてしまった。

 ヘスティアが先に飲み会へ向かう時の、残される彼の顔が寂しそうな子兎に見えていたのを思い出す。

 

(あぁぁ、ベル君に酷いことをしてしまったぜ……。ゴメンよ、ベル君~)

 

 ヘスティアはベッドへ倒れ込んで、その悲しみに毛布を抱き締めながらごろごろとしてしまう。

 と、その動きが一瞬止まる。

 

(ま、まさか、余りの寂しさから、ヴァレン何某のところへ……あぁ、酷いよ、ベル君~)

 

 ヘスティアは再びごろごろとベッドの上を往復し始めた……。

 彼女は昨夜、飲み会が終わると真っ直ぐ、ここ【ヘスティア・ファミリア】のホームである廃墟な教会の地下室へ十時前には帰って来たわけだが、帰りを迎えてくれるはずのベルが居なかったのだ。

 飲み会の間中も引きずってずっと面白くなかったのだが、お迎えもない事に更に不機嫌さが増していく。彼女は、この時もまだ『お迎えが無いのはどういうことだい、ベル君!』と部屋の中で吠えていた。

 ふて腐れて風呂へも入らずにベッドへ横なって、帰って来たベル君に雷を落としてやろうと思っていたわけだが……先日買った中古の時計が十時、十一時、十二時になっても、彼は帰ってこない。

 ついに業を煮やして、彼女はベッドから跳ね起き、ノッシノッシと地下室の階段を上がって外へと探しに行った。きっと、神様より帰るのが遅れ、恐れをなして周辺に隠れているのだろうと思ったのだ。

 そう思って探したがどこにも居ない。近辺の遅くまでやっている店の傍まで行くも閉店まで待っても居やしない。

 再度、ホームに帰るもおらず、また教会の近隣を探したが……成果ナシ。彼女自身、夜が明け始めた先程、漸くホームへと戻ってきたところである。

 そしてその頃になると彼女の心と表情は、ベルへ冷たくしてしまった事への『後悔』で溢れていた。

 ここで、ベッドの上にごろごろしていたヘスティアがムクリと起き上がる。

 

(もしかして、なにか……急に帰れない事情が起こったのかい、ベル君?)

 

 彼女の額や掌にはいやな汗が出て来ていた。彼はずっといい子であったが故に、こんな心配を掛けるだろうかという考えに行きつく。ベルは、いつもヘスティアへ気を使ってくれる眷族であるから。

 幸いベルへの繋がりはまだ感じている事から、生きているのは分かる。

 ヘスティアはベッドから降りると、静かに告げる。

 

「まず――ロキのヴァレン何某のところへ乗り込んで聞いてやるぜ!」

 

 いきなり無茶苦茶だが、あながち間違いではないのが不思議なところである。

 神(おや)は怖いと言えよう。

 そうしてヘスティアが行動を起こし扉へと近付いたとき、その扉の方が先に開いた。

 

 そこには―――ベルが立っていた。

 

 だが、服を始め全身がボロボロの有様であった。

 

「神様……すみません、帰るのが遅くなってしまって」

「ベル君、大丈夫かい!? その服と怪我は、一体どうしたんだい?!」

 

 ヘスティアはベルを部屋へ入れると急いで全身の状態を確認する。命に係わる傷があるなら、急いで【ヘファイストス・ファミリア】のホームからガメて来ていた秘蔵の高等回復薬(ハイ・ポーション)を使わなければならない。

 少年の服は全身泥まみれで、引き裂かれたり、切り刻まれたりした破れ目が無数に存在している。

 

「事件にでも巻き込まれて、誰かに襲われたのかい?」

 

 ここ迷宮都市オラリオでも、多くは無いが強盗や殺人傷害は発生するのだ。

 

「いえ、そんな事はありません。実はその……ダンジョンに潜っていました」

「はいぃ?! バカな、そんな恰好でかい?! それも一晩中?」

 

 部屋に彼の防具は残されており、彼の服装はまさに休日で街へ食事でもという普段着であった。ヘスティアは流石にその姿でのダンジョン入りは想像出来なかった。

 それは、完全に『自暴自棄』な『自殺行為』にしか思えないから。

 

「………も、もしかして―――ボクが原因なのかい?」

 

 ヘスティアは、真っ青になって目元に涙を浮かべ、呆然と小刻みに震えて出していた。

 自分の冷たい仕打ちが、愛しい眷族をまさかそこまで追い込んでしまっていたのかと。

 ――だが、ベルは断じてと言う風に全力で首を振り、ヘスティアの両肩を掴む。

 

「そんなことは、絶対にありません!! 弱い僕が今ここに生きて帰って来られたのは、神様のおかげなんですからっ!!」

 

 ベルは真剣な表情で力強く叫ぶようにそう告げると、ヘスティアを安心させるようにニッコリ笑った。

 少年の言葉と自然な表情に全くウソは感じられず、ヘスティアはすごく安心する。

 そして―――。

 気が付けば、向き合ったまま自身の両肩を強く彼に掴まれているこの状況……愛を語られるワンシーンでもおかしくはない事にハッと気付き、少し自然と頬が熱くなる。

 

「べ、ベル君……」

 

 そして気が付けば、二人はこの場に『二人きり』で見つめ合っている状況ではないか。

 

 

 ヘスティアの――心のドキドキがもう止まらない!!

 

 

 眩しい朝日の一部が、天井の板の隙間の間から射しこんで来ていて、周りは幻想的な光景へとホームの部屋内は変わろうとしている。

 すでに朝となったが、今日はバイトもない。

 つまり二人の時間は――――タップリあるのだ。

 

「神様……」

 

 ベルが優しい表情でそう口を開く。ヘスティアは『ゴクリ』と唾を飲んでしまった。彼女は……恥ずかしながらこんなシーンと遭遇(エンカウント)するのは初めてだ。これまでは男にそれほど関心が無かったから。

 

 ――これが女神様(ヘスティア)の初恋なのだから。

 

 人よりも遥かに生きて来て、知識は十分に有るつもりだが、いざ自分がそんな気持ちになるのは全然違う事なのだと、彼女は今知る。

 でも、それは決して悪くない想いなのだと。相手がこの子ならとても幸せなのだと。

 ヘスティアの気持ちは高鳴って行く―――。

 

 だが今、ベルが同じ気持ちかというと。

 

「………僕、もっと強くなりたいです!」

「――!」

 

 そうではなかった。それが今、僅かなズレなのか大きいズレなのかは分からない。

 今の彼の表情に、浮ついたものは一切感じない。

 しかし少年に『高く大きな目標』が出現しているのをヘスティアも気付いた。

 加えて、ベルが『自暴自棄』になる、昨晩のダンジョン行きを決断させたモノ、そして『もっと強くなりたい』と言わしめたその根源に。

 ヘスティアの表情と目が怒りで一瞬、『神の炎』に変わりかける。

 

(ヴァレン何某という女、どんなヤツか知らないが―――可愛いベル君に何をして、何を思わせた……?)

 

 人へ直接、神としての力を行使することは禁止されている。

 しかし、ベルを死に至らせるものならば許さない、残さない―――ヘスティアにその覚悟が出来上がろうとしていた。

 神様の少し普段と違う表情に、一瞬畏怖を感じたベルであったが声を掛ける。

 

「あの、神様?」

 

 少年の声で、ハッとヘスティアは我に返った。

 

「べ、ベル君。とりあえず、ポーションを一本飲んで、風呂に入ってゆっくり休むんだ、いいね」

 

 よく考えれば、今のベルはボロボロで休養が必要なのだ。

 見たところとりあえず、右膝は酷いが致命傷というほどでは無い。

 

「それからぁ、君は今日はベッドで寝たまえ。これはゆっくり休養を取るための厳命だからねっ!」

「えっ、はい。分かりました」

 

 ベルは神様の強い語気と迷惑を掛けてしまっていることで、反論をしなかった。

 そしてヘスティアは目論む。

 ベル君のベッド……名付けて『ベルベッド』を。

 

 

 

 

 

 ヘスティアの表情に驚嘆の思いが走る。そして―――ニヤけていた。

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:H120→G221 耐久:I42→H101 器用:H139→G232 敏捷:G225→F313 魔力:I0

 《魔法》

 【 】

 《スキル》

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】

 ・早熟する。

 ・懸想が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 【主神敬愛】

 ・早熟を補助する。

 ・敬愛が続く限り効果持続。

 ・敬愛の丈により効果向上。

 ・敬愛の丈により敵のクリティカル軽減。

 

 

 怪我をしたベルがホームへ帰って来たあと、休息睡眠を取り夕方を迎えていた。

 疲れたベルが先にベッドで休んだ後に、体を浴室でキレイキレイにしたヘスティアが潜り込み『ベルベッド』は完成していた。

 夕方に目を覚ましたベルは、昨日の朝と同じようにお腹の上にヘスティアが寝ているのに驚いた。しかし、神様を起こすのも悪いし、幼い寝顔も可愛いのでしばらく眺めていた。【ステイタス】により神様の重さなど全く気にならないこともある。これも素晴らしい【神の恩恵】と言えよう。

 ヘスティアも朝の寝入り際に、ベルの寝顔を楽しんでいたが何時の間にか、徹夜した後の事もありスヤスヤと眠ってしまっていた。

 それはベルとベッタリくっ付いているということで、『安心』感が加えられているのもあったかもしれない。

 少年は体力回復薬(ポーション)を飲んでいたので、今はもうほぼ回復した状態である。良く寝ている神様を起こさないように、ベッドを抜け出して夕飯の用意を始める。

 そうしているうちに、食べ物の匂いにヘスティアも起き出してくる。

 

「おはようございます、神様。もう夕方ですけど」

「おはよう、ベル君~」

 

 と、夕飯のその前にと日課の少年の【ステイタス】が更新されたのだ。

 この更新で伸びた数字はまだ、【憧憬一途】のみの効果による。そのため、ヘスティアとしては少し複雑ではある。

 それにしても、これまでで一番の『飛翔』的な伸び方だ。

 【神の宴】で聞いたこれまでの話でも、ダンジョンに潜り始めて半月少しで新人冒険者の熟練度がここまで上がったというのは記憶にない。

 聞いた話では、新人冒険者だと10以上増えるのは初めの内ぐらいで、直ぐに伸びは悪くなることが多いと言う。

 それに比べてベルは、今回、一項目ごとでも一気に100程増というのが複数存在するのだ。そして次回はそれが『新スキル』により更に加速するかもしれない……。

 これら成長加速スキルは余り耳にしたことが無い。これらの出現は、彼特有の「レアスキル」なのかも不明だ。

 「レア」や「オリジナル」……これらを冠するものについては秘匿しておくに限る。

 神々は娯楽に飢えているため、珍しいもの、変わったものにも興味津々なのだ。

 ヘスティアは今日発現した【主神敬愛】についても隠しておくつもりだ。つまり、ベルには教えない。彼は嘘が下手過ぎるからだ。知らない方が幸せというやつである。

 とりあえず、彼へは口頭で【ステイタス】内容を知らせる。

 前の【ステイタス】更新の紙を見ながら、少年は「えっ」「うわっ」と驚きの声を上げていた。

 昨日の少年の能力と今日のベルはもう別人の域。

 それでも一応神様は確認しておく。

 

「で、君は何か伸びについての心当たりは?」

「……そのぉ、初めて6階層まで降りちゃいましたけど……」

「えぇ?! 防具も付けずに到達階層を増やしたっていうの? 一体、どれだけ無茶するんだい、君は!」

 

 神様は背中から降りると、思わず軽く少年の頭を叩(はた)いていた。

 

「ごめんなさい、神様!」

「全くもう。……理由は良く分からなけど、すごく伸びてるのは確か。どこまで続くか分からないけど、まあ成長期なのかな」

「はいっ……」

「君はね、きっと強くなる。君自身が今より強くなろうと熱望する限り。でも約束してほしい……こんな自滅的な無茶はもうしないでくれよ。死んでしまったら何もならないんだからね」

「神様……」

「……お願いだからボクを一人に……ボクから遠くへ行かないでくれよ」

 

 ヘスティアのその悲しく寂しそうな表情を見て、ベルは真剣な表情で力強く言う。

 

「はい、神様! それだけは絶対約束しますから!」

(傍に居てくれよ、絶対だよ……、ベル君)

 

 握り拳も作ってくれてる少年を見ながら、神様は優しく微笑んだ。

 

 すぐに夕食となって長椅子へ移動するヘスティアは、チェストの上に置いたままの数日前に届いていた『ガネーシャ主催 神の宴』の招待状に気が付く。

 中身を再度見み直す。

 その主な参加者の名前にヘファイストスの名を再確認すると、胸中に期するものがあった。

 

 今後もベルは、殆どあのヴァレン何某への気持ちの影響で熟練度が上がって行く。

 ヘスティアにとって、自分の最愛の男の子の全成長の内、『他の女の力』が大半とか、冗談ではない話なのだ。

 

(見ているだけなんてイヤだ! せめてボクの想いの籠った、ベル君の為のベル君だけの武器を、傍にあって力になる物を、ボク自身が用意して彼に贈りたい!)

 

 

 

 そして、次の朝を迎える。

 

 

 

つづく

 




2015年06月20日 投稿

 補足)
 【主神敬愛】
 魅了などではなく、自然な形での純粋な生死の狭間ですらみせる尊敬と親しみがあった場合
 ・早熟を補助する。
 増加分を2割増しに増幅した後に加算。
 ・敬愛の丈により効果向上。
 3割増し、5割増しも有り得る。
 ・敬愛の丈により敵のクリティカル軽減。
 つまり生還率がよりあがる。

 次の【ステイタス】からは独自値になりそうです。(汗


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10. 『神の小刀』と教会の『遺物』

 こう連続すると、もう偶然とは思えなかった。

 朝、ベルが目を覚ますと、またもヘスティアが彼の胸へ幼顔を可愛く寄せる様に掛け毛布の中で寝ていた。

 

(―――か、神様?! また僕の上で寝てる~)

 

 もちろん彼女の程良い弾力の大きな胸も柔らかい太腿も、彼のお腹や足へと押し付けられているかのように、重力の助けも借りて少年の体に密着(フィット)している。

 彼は顔を赤くし、驚きで一瞬目を見開いたが、ヘスティアのその幸せそうで穏やかな表情を見て……何故か落ち着いた。

 ちっこくて、温かくて、柔らかくて、とてもいい匂い……その事に自然な安らぎを感じていた。死の淵ですら、気力の元になってくれる神様なのだ。

 

(神様……、ありがとうございます)

 

 彼も多感な年ごろなため、とっても女の子的な身体つきの神様とのスキンシップはドギマギしてしまうが、少し恥ずかしいだけで嫌という感情は全く感じない。

 思わず、神様の頭をナデナデしてしまう。

 

(べ、ベル君~~~~~~~~♡)

 

 ヘスティアは―――もう起きていた。

 少しまどろみの中を、少年の胸の中で朝の時間を存分に楽しんでいたのだ。

 しかし、愛しい眷族からの思わぬ『ナデナデサービス』に彼女の顔が徐々に赤くなっていく。

 そして嬉しさのあまり、ベルの胸に幼顔をスリスリしてしまっていた……。

 だがここで。

 

「さて、起きなくちゃ」

(………クッ、時間よ止まれぇ~~)

 

 『ベル君ベッド』と『サービスタイム』は共に唐突な形で終了時間となった。

 

 

 

 彼女の基本的ぐーたらは変わらない。本人は頑張っているつもりでも。

 ベルがベッドを後にして、部屋の掃除や朝食の用意が終わった頃に、ヘスティアはもぞもぞと起き始める。ホームの主な家事はほぼ彼頼みである。

 昨晩、神様はまだ怪我や疲れが残っているとして、少年へベッドで寝る様に申し付けていた。ベルとしては、眷族の自分が普段神様が寝ているベッドを何度も気安く奪って寝るなんて畏れ多いと考え辞退しようとした。

 そこで、ヘスティアは『ボクも少し離れて横で寝るから気を遣うなよ』とニッコリ笑顔で申し送り、少年をまんまとベッドへ引きずり込んだのだ。

 特に何もなかったものの、『一晩中、男とベッドを共に』という一応の既成事実。

 また今晩から数日、ホームを留守にする予定の為、『ベル君としばし離れ離れ』なのもそうした理由の一つと言えよう。『ベル君の温もり』を蓄えなければと。

 

「おはようございます、神様」

「おはよう、ベル君」

 

 神様は顔を洗って目を覚ますと、朝食の並べられた席へ着く。

 

「この後、今日もダンジョンへ行くのかい?」

「はい……。えっと……ダメですか?」

 

 少年は少し複雑な表情を浮かべる。辛くて苦い想いをしたけれど……輝かしいあの冒険者に追い付きたい、そして神様には沢山恩を返したい。そんなベルの考えは変わらない。上目づかいで神様へ訴える。

 

「うっ、……体調の事もあるし、今日は早めに切り上げるんだぞ。まだ無理は厳禁だからね」

「は、はい! ありがとうございます、神様!」

 

 少年は、神様の方を向いてとても嬉しそうにニッコリと微笑む。

 ヘスティアはキュンとしてしまう。

 昨日朝のヴァレン何某の件は、とても怒りを覚え不愉快なのだが、可愛く愛しい眷族の考えは尊重してあげたい。

 ヘスティアは、この彼の笑顔がずっと見ていたいのだ。

 

「それとベル君。昨晩話したように、友人の開くパーティーに今晩から参加するから。悪いけれど、もしかしたら数日留守にするかもだけどよろしくね」

「はい、大丈夫です、神様。楽しんできてください」

 

 神様に色々迷惑を掛けている思いもあり、ベルは気持ちよく了解する。

 そして食後に、二人はニコニコと並んでシンクロ歯磨きをしたあと、ベルはホームからダンジョンへと向かう。

 

 彼は途中、先日食い逃げの様に店を飛び出して、代金を払い忘れた酒場『豊饒の女主人』へ立ち寄り、平謝りして代金を払い許してもらった。

 シルを始め女将のミアらも気持ちの良い人物で、感心されてしまいベルは逆に恐縮してしまう。まあ、恐怖の女将へ正面から謝りに来る気概を買われたというところか。

 そしてその、大柄なドワーフ女将のミアはベルへ「最後まで二本の足で立ってるやつが一番なのさ」と告げた。他にも励ましのような言葉を貰った。

 彼女は元冒険者だとシルから聞いており、貫録の雰囲気から元は一級冒険者だと思えた。あの獣人の青年の言葉も一つの意見……余り気にするなと言うこと。

 元上級冒険者の彼女の言葉で、少年の気分は大分軽くなっていた。

 同時に一瞬胸を過る。

 ヴァレンシュタインが、冒険者に対してどんな考えを持っているんだろうか……と。

 

(いつか聞いて見たい。僕が――もっと強くなった時に)

 

 ベルは、シルから貰ったお弁当をバックパックに仕舞うと、「行ってきます!」と言ってダンジョンへと元気に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 夜になり、『ガネーシャ主催 神の宴』が始まる。

 色々な神が集まってきていた。

 だが、彼らの多くは『天界』に飽きて、この『下界』へと来ている。

 普通の神達とは―――いささか違っているのは必然と言えよう。

 故に宴を無視して一切顔を出さない神もいる。

 『神格者』を求めるのはお門違いということだ。

 

 只、共通するのは―――楽しみたい。

 

 そういった欲望にまみれている。

 それでも彼らは『神』なのである。

 そして、ヘスティアもその一神なのだ。

 

 主催神のガネーシャは、浅黒い肌に引き締まった肉体を持つ男神。そしてイケメンな顔に『象の仮面』を被っていて、些か自己主張の強い神と言える。

 大規模な【ファミリア】で稼いだ膨大な貯金を投入し、三十M(メルド)程の自分の像もそびえ立つ巨大な建築物を建ててしまっていた。

 口癖も概ね「俺がガネーシャである!」に終始する。

 どうやら彼は『自分の存在のアピール』を大事にする一方、『個や群れを集める』ことに楽しみを見出している模様だ。三日後に行われる毎年恒例な、他の【ファミリア】らが協力するフィリア祭もその一環。

 

 今日はそのどデカイ建築物に神々を招いての盛大なものだ。他の神々に対して自分が『下界』でこれだけ楽しんでるぞとアピールする意味でも開いている。

 

「本日は良く集まってくれた皆の者! 俺がガネーシャである! 今回の宴もこれ程の同郷者に出席して頂きガネーシャ超感激! 愛してるぞお前ら! さて積もる話もあるが―――」

 

 ガネーシャが挨拶をするそんな中、ヘスティアは宴会場内で一つの大きな決断を実行していた……。

 持参したタッパだけではあき足らず、見つけた小さめな木箱にまで詰め始めていた……宴の為に並べられていた料理や果物を!

 勿論、持って帰るための背負子(しょいこ)は別の場所に確保済だ。

 そのアサマシイ有様は、もちろんドン引きなのだが男神や、もちろん女神にも関心のない彼女は取り繕う必然性を全く感じていないため、止められるまで作業に没頭している。

 初めからそのつもりだったのか、ヘスティアはドレスなど着て来ていない、普段通りの白いワンピース姿であった。

 そして並行して、口の中にも入れていく。それは味見とも言えよう。

 

「何やってんのよ、あんた……」

 

 聞き覚えのある声が掛けられ幼顔の女神が振り向くと、燃えるような紅い短めな髪と真紅なドレスのヘファイストスが立っていた。

 いつものように右眼へ大きめな黒い眼帯をしている。左目が呆れた風な瞳でヘスティアを見ていた。

 

「あっ、ヘファイストス!」

「久しぶり、ヘスティア。元気そうで何より……でも、もっとマシな姿なら嬉しかったのだけれど」

「いやぁ良かった、居たね。来て正解だったよ」

 

 ヘファイストスはヘスティアの言葉に、何か要望があるのを感じ取る。

 これほど必死に無料提供品をガメているのだ、要求はうかがい知れる。

 

「1ヴァリスも貸さないからね」

 

 彼女はそう冷たく言い切る。

 だが、これでもヘファイストスは、ヘスティアを見守っている。ヘスティアには、まともに働いて欲しいと考え続けている。

 

 そうしないと―――本ばかり読んでダメダメなモノになってしまうからだ!

 

 今の所、バイト先などの誘導に成功している。

 もともとヘスティアの自活力は底辺なのだ。一人では生きていけない程の……。

 とは言え、馬車馬のように働かすのは可愛そうとも考えていた。

 その証拠に、先日の爆発事故についてその日の内に知ると、密かに宿屋の費用と、道具屋のハイ・ポーション代と、露店の賠償額の半分以上を肩代わりしていたのだ。

 ベルが後日、宿屋と道具屋へ行くと、「もう、いいから、いいから」と言われていたのだ。

 ヘファイストスとしては、それらの額はお見舞代わりな余裕のポケットマネーの額だ。彼女は、面倒見が凄く良いと言える。

 だが、面と向かって金銭で『手を貸す気』を見せるつもりは全くなかった。

 そんなヘファイストスだが、ヘスティアの雰囲気の変化を感じる。

 

「お金はいらないよ。今はおかげさまでなんとかやっていけてる! ――別のことさ」

 

 ヘスティアは、今は神友の懐は狙ってないと告げた。

 しかし、ヘファイストスはワザと、タッパへの詰め込み持ち帰りについてをどうなのかとツッコミを入れる。彼女が困ったヘスティアの対応を楽しんでいると、後ろから声を掛けられる。

 

「ふふ……相変わらず仲が良いのね」

「え……フ、フレイヤ!?」

 

 ポカンと口を開けるヘスティア。

 群を抜いて美しい神がそこに立っていた。

 白雪を思わせる、きめ細やかな白肌。細長い肢体はいずれも魅惑と色香で出来ているかのよう。そのくびれた腰から上下に膨らむ胸とお尻等は、完璧な黄金律で描かれていて完璧なプロポーション。

 ドレスは、胸元が空いていて金の刺繍が施されている。

 目元はまつ毛が長く、目は紫の涼しげな切れ目。相貌は後光が見えるほど凛々しい。

 同じ女神ですら、直視すると吸い込まれそうな魅力を称えている。

 彼女はどうやらヘファイストスと会場内を回っていたらしい。

 ヘスティアは彼女が『キライ』だ。

 それはフレイヤの魅力が、無理やり『美の神』への興味を持たせようとするからだ。特に今は、ヘスティアには『ベル君』がいるのもある。

 加えて、『美の神』達は一様に食えない性格をしている。まず近付かないに限る。

 

「ボクは君のこと、苦手なんだ」

「うふふ、貴方のそういうところ、私は好きよ?」

 

 ヘスティアは少し違和感を覚えた。言葉にはトゲを感じなかった。つまり友好的であると言える。

 

 ――何故だ?

 

 『天界』でも彼女に相手にされたことはないのだ。ヘスティアは美しい女神の中でも器量は上位に入るほどだが、ダメ神であり、気に掛けるほどの存在でもないはずなのだ。

 そのヘスティアへフレイヤが声を掛ける理由が―――って。

 

(まあ偶然かな……ヘファイストスもいるしね)

 

 理由があったことをヘスティアが知るのは先の話である。

 

「おーい! ファーイたん、フレイヤー、ドチビー!」

「……もっとも、君よりもずっと大っ嫌いなやつが、ボクにはいるんだけどねっ」

 

 フレイヤの相手はそこそこに、『ドチビ』とぬかした朱色の髪と朱色の瞳の黒いドレスを着たロキにヘスティアは振り向く。

 

「何しに来たんだよ、君は……!」

 

 髪を後ろで簡単に括る頭二つほど高いロキとにらみ合うも、四人の女神は再会の挨拶から、ヘファイストスやロキの【ファミリア】の話へ移って行く。

 そこでヘスティアは、ロキへヴァレンシュタインについて一つ教えろと迫る。「付き合っている男等はいるのかい?」と。

 ロキが「おらんわい、近付く奴は八つ裂きや!」と答えると、ヘスティアは「チッ!」と盛大に舌打ちする。

 彼女としては、ヴァレン何某に男がいれば、ベル自身を奪われることは無くなり安心なのにと。あと、本当はもう一つ「どんな性格のヤツか?」とも聞きたかっただが結局聞かず。まあ、ロキも素直には教えてくれないだろう。

 そのあと、ロキがドレスも買えない貧乏なヘスティアだとからかうと、ヘスティアは胸の無いロキが無乳をドレス姿で周りに知らしめてると反撃して大ゲンカになった。

 掴み合いになるも、その合間に大きく揺れる幼顔の女神の胸を見て――ロキが敗北する。

 ロキが泣きながら去るのを見て、フレイヤは「ロキは『天界』より丸くなった」と言う。『天界』では暇つぶしで神達へ殺し合いを吹っかける殺伐とした神であったらしい。『下界』に降りて眷族らと暮らし、それらが大好きで楽しいからだろうと。

 ヘスティアもそれは理解できるというと、ヘファイストスがヘスティアの入団したという眷族の髪の色や瞳の色と人種を確認した。

 横でそれを黙って聞いていたフレイヤはその直後、満足そうに会場を後にする。

 それを機に、ヘファイストスも帰るかとヘスティアへ聞くが、そこで幼顔の女神は真剣な表情でヘファイストスに言う。

 

「この宴に来た本当の理由はヘファイストス、君にお願いをするためなんだ」

「……私の懐は食い荒らさないって、さっき言ってなかったかしら?」

 

 ヘファイストスは、厳しい表情になって痛い所を付いて来るが、ヘスティアは反論する。この友神に愛想をつかされてしまうかもしれないけれども。

 

「そのお願いは、お金じゃ買えないものなんだよ。君にしか出来ない事なんだ」

 

 そのヘスティアの真摯な表情にヘファイストスは左目を細める。

 

「……… 一応聞いてあげるわ。言ってみなさい」

 

 『ベルの主神』(ヘスティア)はお願いする。

 

「ベル君にっ……ボクの【ファミリア】の子に、武器を作って欲しいんだ!」

 

 

 その場では断られるも、ヘスティアは絶対に諦めなかった。

 ヘファイストスにもその気持ちが分からなくはない。子たちは大事だ。

 結局、その願いは三日に渡って、ヘファイストスのホームにまで何度も押しかけて、真剣に拝み倒し続けて、土下座までして漸く『受理』される。

 ただし、長大なバイト契約による膨大なローンを組まされて……。

 そしてそれから、また半日と女神が二神掛かりでのカンズメ制作作業が待っていた。

 

 

 

 

 

 ベルは上層のダンジョンから白亜の巨塔『バベル』の地下一階へと帰って来た。

 あれから丸二日が過ぎている。

 その間少年は、無理をせず4階層までしか下りなかったが、確実に強くなっていることを実感していた。

 色々な箇所で色々な戦いをし、それなりに多くの状況を経験出来たように思う。

 その中で先日よりは明らかに周りが良く見えて戦えているので、戦術の幅もそれなりに増やせたと考えれた。彼はバックパックをも駆け引きの道具に出来ていた。

 一方で、神様の不在が寂しくあり少し不安でもある。

 まだ二晩であるが、一人で「おやすみなさい」と言って寝るのはやはり寂しかった。

 いつも元気で、明るい神様にいろんな意味で救われていたと改めて知る。

 

(そのためにも、僕は頑張らないと!)

 

 この階層にはシャワー室等の他に、今上がって来たダンジョンへの大穴を中心とする巨大な円形空間がある。

 それは何千人も同時に入れるほどの広い空間だ。

 その空間で、ベルの目に移送用カーゴが目に入る。よく見るとそれにはモンスターが積まれていた。

 

(……?)

 

 周囲から流れ聞こえた冒険者達の話では、近日行われる神ガネーシャによる『怪物祭(モンスターフィリア)』の為に集められたと言う。

 ふと、そのカーゴの傍にセミロングなブラウンヘアーのエイナを見つける。もう一人のギルド職員と確認の仕事をしている様子。

 どうやら、このモンスターの運搬はギルド公認みたいだ。

 ベルはまだこの都市へ来て間がなく、慣例行事を知らなかった。

 

(詳しい話を聞きたいけど、今は邪魔だよなぁ)

 

 そう思い、少年は地上のギルド本部へと換金に向かい、それを済ませると今日のハズな神様のバイト先の露店に行ってみる。

 すると店長が、神様が三日前にふらりと来て『次は用事で休む』と言って去って行ったと教えてくれた。ベルはお礼を言って立ち去り移動する。

 そして夕暮れに赤い北東のメインストリートを一人歩く。この通りは武器屋や酒屋、道具屋等が立ち並んでいる。

 

(神様は今日も帰って来ないのかな……)

 

 そこで偶然、神のミアハに出会う。

 ベルはヘスティアについて尋ねるが「見当もつかない」と言われガックリする。目の前の神は、ガネーシャの【神の宴】へ行ってないと言うし尚更だろう。

 この神の【ファミリア】も零細であり、当日商品調合の助手をしていたという。

 神自身は基本余り能力を持たない。ミアハの眷族は一人しかおらず、人を雇っている余裕などないのだ。零細なればお金を稼ぐために、神自身も手伝わなくてはならない。

 意気消沈しているベルを気の毒に感じて、ミアハは手に持っていた作り立てのポーションを少し分けてくれる。優しいいい神だ。

 ポーションも【ヘスティア・ファミリア】にはまだまだ高価なもので、ベルは思わず嬉しく笑顔が出る。

 ミアハは、またなと言って去っていった。

 再び暫く歩いていたベルはふと、陳列窓に目が行く。

 そこは他の店とは二回りほど大きな炎を想像する真っ赤な外観のお店……【ヘファイストス】の武器屋だ。

 その窓の中には逸品の刀剣や防具が飾られている。一級冒険者たちが持つような一級品の武器が並んでいる。

 

(やっぱり、憧れちゃうよなぁ……)

 

 値札が凄い事になってた。ゼロの数が多すぎて端まで行って零れ落ちそうになっている……。

 とても買えない。下の数ケタが無くても手がトドカナイ。

 

(欲しいなんて言ったら、神様や酒屋のシルらにも『百年早いよ』と言われるだろうなぁ)

 

 白髪の少年は暫くそこに居て、じっとそれらを眺めていた。

 

 

 

 

 

 ベルは次の朝を迎えるも、ヘスティアのベッドは空のままであった。

 すでに神様の不在は三日となっている。

 

「神様……」

 

 昨晩も一人きり。

 少し恥ずかしいが、目が覚めた時に神様の顔とその女の子な重さが無い事に、物足りなさを感じているような気がしていた。

 少年は思わず、妄想を振り払うようにブルブルと頭を振る。

 

(そうだ、それなら帰って来た時に喜んでもらえるように一杯お金を稼いでおこう)

 

 今日もダンジョンへ行けば余剰金が10000ヴァリスを大きく超えるはずなのだ。きちんとした防具や剣を買っても晩餐ぐらいは出来そうな金額になる。

 軽く掃除と朝食を済まし、一人で歯を磨いてから身支度をすると、少年は元気よくホームを後にした。

 

 それから遅れる事15分。まだ朝の7時半ごろだ。

 

「ベルくーーーん! ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーー!!」

 

 勢いよく、廃墟な教会【ヘスティア・ファミリア】のホームである地下室のドアが開けられる。

 背負子も背負ったヘスティアは、手に30C(セルチ)ほどの黒い布で撒いたモノを持って部屋へ飛び込んで来た。

 部屋の中をきょろきょろ見回すが……すでに彼の防具がないことに気が付く。

 ヘスティアは、かなりのガッカリ感に背負子を放り出し、入口傍の壁に寄りかかってしまう。

 

「ベル君……ホームを出るのが早すぎるよぉーーーー、神(ボク)のナイフを持って行けよぉーー!」

 

 そしてザッと湧き上がって来た立腹のため、思わず拳をグーにし、その側面で石の壁を叩いた。

 

 ガコッ。

 

 ――壁がヘコんだ。扉のように。

 彼女はゆっくりとその扉を開いていく。

 

「はぁ? ……こ、これは……何かな……?」

 

 中には甲冑を着た、人ほどな大きさの金属で造られた人形が座っていた。

 横に分厚い本も置かれており、ヘスティアはそれを手に取る。

 

「神専用アイテム、甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)について……?」

 

 何気なく数頁めくると、ヘスティアは叫んでいた。

 

 

 

「こ、これで、ベル君と一緒にダンジョンへ行けるじゃないかぁーーーー!」

 

 

 

つづく

 




2015年06月22日 投稿


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11. 標的は白兎(その1)

 ダンジョンに向かう途中、ベルは大通りへ出ると飾りつけ等の準備をする人の多さに戸惑う。まだまだ朝の早い時間であった。いつものこの時間だと人はまばらなのだが、今日は10倍ぐらいの多さである。

 昨日の夕方にも繁華街沿いはいつもより飾りつけがあって、華やかになっていた気がする。

 

(……そうか。今日って何かお祭りがあった気がするなぁ)

 

 昨日バベルの地下で、他の冒険者たちが話しているのを思い出す。

 

(うーん、少し時間が早いけれど、ギルドに寄ってみようかな。エイナさんから祭りについて詳しく聞けるかもしれないし)

 

 ベルはギルド本部へと向かう。

 すると、入り口の扉を入った傍に、セミロングな髪の横顔からエルフ耳が垣間見える制服姿のエイナを見つける。書類を捲りながら何か確認しているようだ。

 

「おはようございます、エイナさん」

「あれ、ベル君、おはよう。どうしたの? 怪物祭(モンスターフィリア)の会場とかへ並びにいかないのって、バックパック?」

「あ、えっとですね……今日はダンジョンへ行こうかと。その前にですね……」

 

 ベルは、自分がこの迷宮都市に来て間が無く、怪物祭について知らないことを話した。そして、どんなものなのか教えてほしいと。

 すると彼女は親切に教えてくれる。

 怪物祭は【ガネーシャ・ファミリア】主催で、今の春先の時期に毎年行われるお祭り。闘技場を一日貸し切り、そこでダンジョンから連れて来たモンスターを調教(テイム)する。暴れるモンスターたちと冒険者兼調教師らが格闘してそれらを大人しくするまでの状況すべてを、闘技場へ見に来た人々へ見世物としているとのこと。

 怪物祭の中心会場となる闘技場に繋がる東のメインストリートは最も賑わうらしい。

 その細かい話まで聞いているとあっという間に20分近く経ってしまった。

 少年は時間を取らせたと謝ると、改めてダンジョン行きを告げる。しかし。

 

「ダンジョンに行くのはいいけど、今日ギルドは怪物祭の為に、換金作業は基本お休みよ」

「えっ、そうなんですか?」

 

 さすがに人手が必要らしく、エイナさんも今日一杯忙しいらしい。しかし、ベルは神様に喜んでもらうためにと、やはりダンジョン行きを選んだ。

 ベルがじゃあと言いかけた時に、別の職員がエイナへ声を掛けてくる。

 

「エイナ、悪いんだけどこの伝票を祭りの飲み物の件で、酒場『豊饒の女主人』まで渡して来て欲しいんだけど」

「えっ、私もこの後別の所に行かないといけないんだけれど……」

「困ったわね、そこそこ急ぎなんだけどな」

 

 エイナ達の困った顔を見たベルは聞いてみる。

 

「あの、僕で良かったら行って来ましょうか? 渡すだけなら今から行って来ますけど?」

「えっと……いいかな?」

 

 エイナの確認に同僚の職員も頷く。

 ベルは伝票の入った封筒を受け取る。

 

「じゃあ、終わったらエイナさんのいつもの窓口にメモでも置いておきますから、確認してくださいね」

「ゴメンね、ベル君」

 

 「いいえ」と言いつつ、ベルはギルド本部をあとにする。

 すると、出てすぐの摩天楼施設(バベル)を周回する広い広場を、西のメインストリートから小走りに結構な人ごみの合間を抜ける様に、後ろを括ったミニポニーな薄鈍(うすにび)色の髪を揺らして駆けて来る、いつものウエイトレス姿では無いワインレッドと白な私服が可愛いシルと出会う。

 

「あれ……シルさん? おはようございます」

「あ、おはようございます、ベルさん。ごめんなさい、お祭りでちょっと急いでるので、またお店で」

「あ……」

 

 伝票の件をと思ったが急いでそうな彼女を、ベルは東のメインストリートへと見送った。楽しみな表情をしていた彼女を、お店まで返すのは忍びないと。時間もまだ早いし、ダンジョンへはそれほど急いでるわけではないので、彼は西のメインストリートへ向き直ると、『豊饒の女主人』を目指した。

 店の近くまで来ると、その入口の扉からウエイトレス姿の女の子が飛び出して来た。

 

「アイツ、もうどこにも見えないニャ。あのおっちょこちょいめ……って白髪頭ニャ」

 

 ベルは目の前の猫耳なキャットピープルの子に、店員として見覚えがあるも名前は知らない。しかし彼女の慌てていた様子に訪ねていた。

 

「おはようございます。なにかあったんですか?」

「シルがこれを忘れていったニャ。アホニャ。店までサボってお祭りを見に行ったのにニャ」

 

 なかなか辛辣な言葉のあと、布袋状で口金が付いた『がま口財布』を見せられる。

 

「母ちゃんに土産を買ってくるとか言って出て行ったニャ。財布が無くては買えないニャ」

「……そうですね。一応、シルさんにはさっきギルドから出たところで会ったんですけど。随分急いでる感じでした」

 

 そこで、店の入口からもう一人出て来る。

 

「アーニャ、どこ……って、おはようございます、クラネルさん」

「おはようございます」

 

 礼儀正しい挨拶をウエイトレス姿の美しいエルフの娘がしてくれる。向こうは少年の名前を知っているらしい。美しさに頬が少し赤くなるが、ベルはこの子の名前も知らないので挨拶しか返せない。キャットピープルの子はアーニャという名前なのは分かったが。

 

「リュー、もう手遅れニャ。ここに来るときに、白髪頭がギルドから出たところで会ったそうニャ」

「でも、お祭りを楽しみにしていたのに……あの子。……あのクラネルさん、頼まれてくれませんか、この財布をシルに渡してほしいのです。この店のスタッフは今日、特に忙しくてここを離れられないのです」

 

 そう言って、リューと呼ばれたエルフ耳な彼女はベルの手を取って懸命に頼んで来た。あの気難しいと聞くエルフの娘がである。優しいベルには無下に出来なかった。

 

「分かりました。東のメインストリートへ駆けていくのを見ましたからそっちを探してみます」

「はい。シルは怪物祭の催しを見に行ったので、その辺りに居ると思います」

「あ、その前にギルド本部から女将さんへ伝票を預かって来ましたので」

 

 そう言って、ベルらは一度店の中に入った。

 リューらとのシルの話も出しながら、女将さんに伝票を渡すと、「わかったよ、伝票わざわざありがとうよ。背中の荷物はウチに置いて行きな、楽だろう?」

 

 ベルは申し出を有り難く受けて、バックパックを上階へ置かせてもらうと店を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 時刻は朝の8時半を過ぎる。

 すでにメインストリートには、大勢の一般人も流れ始めていた。

 商店街は先程からすでにフル稼働を始めている。

 出店も普段は置かれていない通りのど真ん中にも並んでいて、両脇の繁華街の建物を始め頭上には紐に連なる色とりどりの旗が靡(なび)く。モンスターを表す凶悪な獅子と、【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムの2種類だ。

 迷宮都市の大部分が、祭り一色に染まり始めていた。

 そんな東メインストリートの入り口近くにある、内装が木目調の落ち着いた雰囲気の喫茶店。

 バベル周回路の一部と、通りの入り口付近が一望出来る上階の窓側席へ一人の女神が静かに座っている。その銀色の瞳は誰かを探す様に、ゆっくりと動いていた。

 

「……」

 

 そして何かから隠れるかのように、長い紺色のローブを羽織っている。

 しかし、フードを深くかぶりながらも引き寄せるかのように、店内から多くの視線を集めていた。

 自然に周囲を『魅了』してしまう『美の神』、フレイヤは今朝も摩天楼最上階から白髪の少年を見かけていた。だが今日はお祭りの日。

 偶にはと楽しみを求めて下へと降りて来ていた。

 

「いよー、待たせたか?」

 

 フレイヤは「いいえ」と否定しながら席へ迎える。相手は淡い赤髪の神ロキだ。

 『美の神』がここに座っていたのは、ロキからの呼び出しに応えた形でもある。

 挨拶に続いて、『神の宴』でのロキがヘスティアに乳語りでヘコまされ、その後『寝込んでいた』話になる。

 しかし、ロキはもう一人連れて来ていた。ロキの後ろに立ちっぱなしの少女。

 フレイヤは催促する。

 

「いつ、その子を紹介してくれるのかしら? 一応初対面なんだけど」

「紹介いるか? ……ウチのアイズや。アイズもフレイヤに挨拶はしとき」

「……初めまして」

 

 ヴァレンシュタインは、そう静かに挨拶をする。

 その白い肌に、金が髪と瞳に輝き、可憐で幻想的に美しい。

 一方で勇名はすでにオラリオを越えて世界に響いている女剣士。もちろんフレイヤも知るところである。

 そして――まだまだ底の見えない強さを秘めている。

 

「可愛い子ね。……なるほど、ロキが惚れ込む理由も分かるわ」

 

 ようやくロキに着席を促され、ヴァレンシュタインもロキの隣に座った。

 フレイヤは【剣姫】の帯同について尋ねる。

 ロキ曰く、「祭りやし、ラブラブデートを堪能するんじゃあ! この子は誰かが気を抜いてやらんと一生休みもせん」という。が、話半分でフレイヤは騙されない。

 『美の神』は更に聞く。

 

「そろそろ、私を呼び出した理由を教えてくれない?」

 

 ロキは「単に駄弁(ダベ)ろかなと」と返すが、「嘘ね」と薄笑いで問う。

 面倒くさくなったロキはニッと不敵に笑う。

 

「何やらかす気や?」

 

 【宴】への参加といい、最近の『美の神』に本能的な危険臭を覚えていたのだ。暴れるのは元々ロキの専売特許でもある。だが今は『下界』の生活に満足している。【ファミリア】の面々も協力状態にあり、多くが楽しみにもしているフィリア祭を掻きまわされたくないのだ。

 今日【剣姫】を連れているのも実はそういう事への対策だ。彼女一人で一級パーティ並みの戦力になる。

 

「フフッ、何を言ってるのかしら、ロキ」

「とぼけんな、アホゥ」

 

 話次第では叩き潰すぞと朱色の瞳は告げている。団長のフィンへも指示済みだ。都市最大【ファミリア】だろうが、都市の大部分の【ファミリア】全部を相手には出来まい。

 厄介なのはフレイヤの所の獣人(オッタル)だ。しかし、それも魔法等で一時的に【剣姫】を底上げすれば十分対抗できると考えている。

 二神の間に無言な神威が交錯する。気圧され、人々が店から逃げ出すほどの。

 だがフレイヤの少し緩い雰囲気からロキは、伸るか反るかの大規模な『遊び』ではない事に気付く。

 

「……男か?」

 

 それに答えず、フレイヤはフードの中の表情へ微笑を浮かべるのみ。

 ロキは呆れたように溜息を付いた。

 伸るか反るかは非常に『楽しい』が一発の大花火のようなもの。後が続かない。溜息は付いたが安心もする。

 

「で、他の【ファミリア】の子供を気に入ったちゅうわけか」

 

 彼女の悪癖……男癖の悪さは有名なのだ。

 そして『美の神』の魅了に見初められれば、『下界』の子たちにほぼ逃れる術はない。

 だが、相手の【ファミリア】によっては大きな諍(いさか)いになる可能性もある。

 例えば、ヴァレンシュタインを取られるなら、【ロキ・ファミリア】は集団で襲ってくるだろう。

 フレイヤがまだ大人しいのは、そんな色々と理由があるのかもしれない。

 ロキは、『美の神』の男神たちとの悪癖も詰(なじ)った。

 だがフレイヤは、涼しい顔で『多くの繋がりは融通を呼ぶ』と利点をあげた。

 その『趣味と実益』を兼ねる筋金入りの悪癖さに、「はぁ」と手を頭の後ろに組んで仰け反りつつロキは呆れる。

 しばらくの間、人々の楽しむ声を下に聞きつつ、快晴の空を二神は静かに眺める。

 

「で、どんなヤツ?」

 

 起き出し、ロキはテーブルに肩肘をついて野次馬根性丸出しで聞く。

 

「アンタがこんな周りくどいのはあんまりないから、変な気を使ったやんけ。教えてもらう権利くらいあるんちゃうか?」

 

 するとフレイヤには珍しく、銀の瞳がどこか遠い目をしている。

 

「まだ強くはないわ。少しの事で簡単に傷つき泣いてしまう子よ。その子が『神の恩恵』を受けた瞬間に……私が感じるほど綺麗な輝きが頭の中に見えたの。透き通っていた。あの子は――初めて見る輝く色を抱(いだ)いているわ」

 

 だから見惚れてしまったと。いつしか、そう言う彼女の声が微かに震えていた。

 

「だから……今は大切に『心を込めて』見守っているだけなの」

 

 そう静かに言った彼女の視線の先を、今、白髪紅目の少年は元気に駆け抜けて行った。それはギルド本部に寄った後の彼の姿であった。

 

「――」

 

 自然な雰囲気を残したまま、フレイヤの窓外へ向いていた銀の目線が食い入る様にそれを追う。少年は冒険者の防具を纏い、時折足を止め周囲を見回しながら闘技場の方へと向かっていく。

 『美の神』は、日頃から少年へ『心を込めて』贈るモノをいくつかの考えていたが、今日は『お祭り』に相応しいものにしてあげないと、とロキへ目線を戻して立ち上がる。

 

「ごめんなさい、急用を思い出したわ」

「はぁ?」

「また今度、会いましょう」

 

 ぽかんとするロキ。そのまま『美の神』が階段を降りるまでを見送った。

 一応もう、話から祭りも含め、【ロキ・ファミリア】へは余り影響はないようなので気が抜けた感がある。

 

「……なんや、アイツ。なぁ?」

 

 そう同意を求めたが、そのヴァレンシュタインは窓の外に目を向けたままだ。

 

「……? アイズ、どうしたん?」

「いえ……なにも」

 

 はっとして、ロキを見て答えたが、その直前に目で追っていたのは、あの白い髪の少年だった。

 

 

 

つづく




2015年06月26日 投稿


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12. 標的は白兎(その2)

 ヘスティアは馬車のタクシーに乗っていた。

 膝上には『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を黒い布に包んで持っている。

 このナイフを作っていた時の事を思い出す。

 【神の力(アルカナム)】は使えなくても、ヘファイストスは凄い。

 Lv.ナシでも、世界最高の鍛冶師(スミス)の一人だろう力を見せてくれた。

 これは、他の鍛冶師では作り出せない、きっと彼女のオリジナル。半日以上二人で作業部屋に籠って作ったわけだが、ヘスティアの想いまで込めて作れるのは、幼顔の女神を良く知るヘファイストスだけなのだ。

 ヘスティアは目を瞑り微笑みを浮かべ、友神へ改めて感謝していた。

 

 そんな彼女は今――鎧姿だ。その装備はおおよそ戦女神。

 だが、盾や胸当てや手甲など、重い箇所が外されているようだ。

 

(さすがに、まだ少し動き慣れないなぁ)

 

 廃墟な教会のホーム部屋の壁から出て来た鎧の人形。

 それは神専用のアイテムで、全身に細かい【詠唱文字】の彫り込まれた甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)であった。

 分厚い説明書の本を参考に、ヘスティアはそれを起動した。

 その人形は神本人の『神の供物』を依代に、神の体を鏡の如く再現する。

 

 

 『神の供物』には―――『超神力な紺のヒモ』を使用した。

 

 

 甲冑鏡人形の後頭部へ供物を挿入すると口から同形状の『紺のヒモ』が出て来た。

 今、ホームに残っているヘスティア本体自身はそれを身に付けている。

 それで、人形と感覚が繋がるのだ。不思議とタイムラグは感じない。

 簡単に言うと分身的な存在と感覚である。

 だが、この人形の体はもはや―――神や『神の力』とは直接関係がない。

 あくまでも一つのアイテムに過ぎないのだ。

 例え、そのくべる燃料に『神血(イコル)』を使っていようとも。

 おそらく昔、神がダンジョンに降りて『楽しむ』為に作られたとみられる特注品らしい。

 なので、この人形は【ステイタス】をも持っている。

 どうやら『神の供物』が抜かれるとリセットされるみたいで、残念なことに今の【ステイタス】は新(さら)ピカな状態だ。

 だがそれは、純粋に冒険者を一から楽しめるということでもある。

 さて、そんな人形の体《ドール・ヘスティア》で出て来たわけだが、完全にぶっつけ本番なので動きが慣れないのである。それでも早く少年に会いたいためタクシーを見つけ、それに飛び乗っていた。彼女は今、無謀にもベルが向かったと思われるダンジョンを目指していた。もちろんダンジョンに潜る為に。

 だが、バベルの周回路近くはすでにフィリア祭で大混雑していて進めそうにない。

 仕方なく、ヘスティアは周回路手前でタクシーを降りた。

 そうして代金を払い、摩天楼施設へ近付こうとしたときにヘスティアは声を掛けられる。

 

「あら、ヘスティア……?」

「えっ、フレイヤかい?! 珍しいね、こんなところで会うなんて。どうしたんだい」

「……ええ、とある男神のところに行く途中だけど、堂々とは出歩けないから」

 

 「大変だねぇ」と幼顔の神に返されつつ、全身ローブに身を包んでいるフレイヤは静かに『ヘスティアの姿をしたモノ』を見下ろす。

 彼女が声を掛けたのは、美しいモノを見つけたからだ。《ドール・ヘスティア》の持つ黒い包みに視線が行っていた。

 

 それは布を通しても見える―――眩く輝く想いの美しい造形(ナイフ)。

 

 それを持ってうろついている事から、フレイヤはヘスティアのここにいる理由に気が付いた。口許が嬉しそうに上がる。

 

(――丁度いいわね)

 

「ヘスティアはどうしたの?」

「そうだ、今日どこかでボクの【ファミリア】の子を、白い髪に紅い色の瞳なヒューマンだけど……兎っぽい子を見なかったかい?」

 

 手振りを交えながら、少年について嬉しそうに頬まで染めて笑顔で話すヘスティアへ、気が付けばフレイヤの表情から一瞬、笑顔が消える。

 だが、すぐに微笑みを浮かべて伝える。

 

「そう言えば、さっき東のメインストリートで見かけた気がするわ。軽装な防具を付けてたけど――」

「! ――それだよ!」

「闘技場の方へ向かって行ったけど。大通りじゃなくて、入ってすぐを左に曲がって裏通りを抜ければ、先回り出来るんじゃないかしら」

「そうか。ありがとう、フレイヤーー!」

 

 すでに、ヘスティアは裏通りへの脇道へ向かって慣れない体を振って駆け出していた。 フレイヤはニヤッとした微笑みを浮かべると、通りのその反対側の脇道へと入って行った……。

 

 

 

 

 

「おーい、ベルくーーん!」

 

 ヘスティアは慣れない鎧の体で裏道を駆け抜け、闘技場近くの表通りに出ると、人の波に流され揉まれている少年を発見し声を掛けていた。

 それほど表通りの人並みは、時間と共に増え続けて流れが遅くなっていたのだ。

 

「えっ?!」

 

 ベルはここ数日聞きたかったその声に振り向くと、本当に神様が脇道口から彼の所へとやって来た。

 だが、その格好がいつもの蒼いリボンに白いワンピースだけと違った。その上に戦女神の鎧を着ている。

 髪もあの蒼い色の髪留めではなく、銀に金の縁取り装飾の髪留めでいつものツインテールに。

 頭部は額を守る重厚な金の装飾があるもので、耳上に鳥の羽のような金属飾りも付いている。

 肩や足、つま先の防具も銀地に金の縁取り装飾があり尖っている感じでカッコイイ。

 細身の剣を両腰に一本ずつ指していた。

 そして、黒い布で包んだものを背中に背負って斜めに前で結んでいる。

 

「ど、どうしたんですか、その―――凄い高そうな『鎧』は?!」

 

 「どうしてここに?」よりも、黒い布の荷物よりも、そっちの方がインパクトがあり過ぎた。問い詰めるために二人は脇道へ一旦出る。

 

「あははは…………ひ、拾ったかな?」

 

 苦しい言い訳である。

 確かに嘘では無いだろう。落ちていたのだ……地下室の壁の中に。

 正直に言えばいいのだが、本当の事はダンジョンの中で驚かしたいのだ。

 だが、ベルには意味が分からない。こんな高価なものが落ちている訳が無いのだ。

 

「か、神様。ここは正直に言ってください。まだ間に合います! ……どこで盗んだのです?」

「だからっ……ボクは、と、取ってないから!」

 

 ヘスティアの頭の中に、教会の地下室行きを指示したヘファイストスの創作物かと一瞬過る。だが先程、足の裏まで一通り見るもその名は入っていなかったのだ。

 

(すなわち、ボクの物だぁ!)

 

 その自信はもう揺るがない。

 すでに【神の恩恵】を施し、【ステイタス】まで刻んだのだ。

 ヘスティア Lv.1 と名前も入っている!

 だが、ベルはまだ納得していないようだ。確かに降って湧いたようなモノであるし。

 ヘスティアは防具についてあまり興味がなかったが、確かに良く見ると『高額装備』にも見える。しかし偽メッキやパチモノも少なくないのだ。

 だが、ベルは結構目利きらしい。これはとても良質な装備品だという。

 

「ところで、神様はこの数日、どちらにいらしたのですか?」

「―――あ、えーっと、宴会で酷い二日酔いでね、知り合いの女神のところでグッタリしてたんだよ」

 

 また、ごまかしてしまう。知り合いの女神(ヘファイストス)のところに居た事は本当なのだが。これも『神の小刀』で驚かす為だ。こんな脇道の落ち着かない場所では喜びも半減だろうと。

 

「そうですか、まあ神様が楽しんでもられば……ってやっぱりそのお世話になったホームから鎧を持って来たんじゃないでしょうね?」

「だから持って来てないからっ! 絶対ないから。――それよりも、デートしようぜ! ベル君」

 

 ヘスティアはベルの右手を握って前に進む。

 

「デ、デート?! ……(鎧の所為かな、手が何か少し硬いけど……)」

「うん。街はお祭りだし、こういう日はボク達も楽しまないと。今日はダンジョンはいいから」

 

 『デートとは、好きな女の子と……一緒に居たい女の子と出かけて過ごすもんだ』

 

 ベルは祖父からそんな事を聞いた気がした。

 神様を好きかどうかは答えられないけれど、嫌いなわけは絶対にないし、『一緒に居たい』という点でベルは――不自然さは感じていなかった。

 

「……はい。分かりました、神様」

 

 ベルは、手を繋ぐヘスティアに向かって嬉しそうにニッコリ微笑んだ。

 少し面食らったのは神様の方だ。

 

(べ、ベル君がボクからのデートを全く否定しないなんて!! しかもすごく嬉しそう! も、もしかして……コレは……ゴクリ♪)

 

 ヘスティアの胸のドキドキが加速する。顔が徐々に朱に染まっていく。

 

「あっ……でも、実は人探しを頼まれてまして、デートしながらですが探していいですか?」

 

 ――少し、神様のテンションが下がった。つまり、『デートはついで』なんじゃないかと。

 

「(……ベルく~ん。……ボク達って両想いだよね?)――ベル君、クレープを食べるよ! おじさーん、それと、このクレープくださーい!」

「えっ、神様!?」

 

 再び混雑する表通りへ戻ったベル達は、クレープを其々持ちながら歩くことになった。ベルとしてはエルフのリューから真剣に頼まれた事なので、全力で先に人探しへ当たりたいと考えている。しかし。

 

「クレープを食べながらでも、人は探せるんじゃないのかい? 仕事でもないんだし、楽しみを中心にしないとだめだぜ」

 

 ベルの考えに対し、神様の考えは大分と違っている気がした。それでも、数日振りなヘスティアとの時間は悪くないと感じているのも事実。とにかく、お祭りを回る神様は可愛い。よく笑うし幼顔のその笑顔は心が癒される。普段のホームにいる時よりも砕けた感じに見える。こちらが地なのかもしれないなぁとベルは思った。

 

(うーん。でも神様を説得しないと)

 

 ベルは決心する。丁度通りの脇にあった小さな噴水のある休憩場所へ出る。

 神様と繋ぐ右手をクッと強めに掴むと、何事かとヘスティアは少年の方を向いた。

 

「神様、僕は神様とのデートを楽しみたいです」

「ベ、ベル君!!!?」

 

 まるで告白タイムのような言葉に、ヘスティアの胸のドキドキが再び加速する。

 見詰め合う二人。

 

「でも、神様。僕は真剣に人探しを頼まれたんです。だから早くキッチリ終わらせたいんです。そうすれば、後はゆっくりと出来ます」

「あとは……ゅ、ゆっくりぃ?! …………………………そうかい。じゃあ、仕方ないね。人探しを急いで全力で済ませようじゃないか!」

 

 ヘスティアは顔を真っ赤に染めて「そうだぜ、そうだぜ」とまだブツブツ言っている。

 何か、メチャメチャ勘違いしている様に見えた。

 

「じゃあ、これを早く食べてしまおうぜ」

「はい」

 

 クレープを持っていては確かに少し邪魔と言える。ベルに異論は無かった。一口、二口と自分のクレープを食べ始める。

 しかし、次のヘスティアの行動はベル意表を突く。

 

「ベル君、ベル君。はい、あ~ん♪」

「……」

「はい、あ~ん♪」

 

 伝説の『あ~ん』である。

 『なぜココデ?』という状況だ。それはすでに神様のクレープには、神様がかじった後が――あります。全面にあるんです!

 神様の表情は頬と耳までも赤く染めてまで、確信犯的にやっている様に見えた。

 

(……本当にいいのかな。神様の口をつけられた『尊い』ものを僕が口にしても)

 

 ベルとして、嫌なわけはなかった。その逆であった。

 

 ――神々しいのだ。

 

 動けない。

 膨大な時間だけが過ぎていく感覚に囚われる。

 

「……むっ、何だいベル君、ボクの口を付けたものは食べられないっていうのかい?」

 

 ヘスティア様の最後通告が来た。神様は、すでにベルの口許の直前ギリギリまでクレープを差し出して来ている。

 

 ベルは――食べた。一口。

 

 ――喜んで。

 甘い。とても最高に甘い味がした。最初が一番甘いのかもしれない。

 ヘスティアも喜んで、凄く嬉しそうな最高の笑顔を返してくれる。顔は真っ赤だけれど。

 ヘスティア自身もこんなことは初めてであった。恥ずかしい。

 でも、『してあげたい』……不思議な気持ちを感じていた。

 

(くくっ……ベル君、今度はボクの番だぜ)

 

 すると、今度は神様が可愛く瑞々しい桜色の唇を――小さく開ける。

 どうみてもお返しを要求しているらしい。

 そもそも初めから神様の注文した二人のクレープの種類が違うのだ。確信犯だと思う。

 

(――神様。そんなに僕とあーんがしたかったのですか?)

 

 ベルとしては複雑な心境になっていた。

 自分は神様にとって『普通』の可愛い眷族なんだと思っている。

 だが、どうも神様は、最近の睡眠時といい、今日のデートといい――愛が深い気がする。愛を求めている。

 でも、ベルは嫌な気は全くしていない。嬉しいと思っている。それは、神様は『大事』だから。

 

 ベルの差し出したクレープは、ベルの歯型ごと『パクリ』と食べられていた。

 

「すごーーーーく、甘いね!」

 

 ニコニコな神様の感想に、やっぱりそうなんだとベルは納得していた。

 

(よく考えれば、神様とこうして昼間、傍に居られる時間はそう多くないだろう。僕は冒険者で、この方はダンジョンに降りる事を禁止されている神様なのだから。そのうち長い遠征も増えていくことだろう。この今日の神様との楽しい時間を大切にしないと)

 

 だが、そんなことを思っているのは―――彼だけであった。

 

(ベル君と一緒にいる時間は楽しいぜ。これからはダンジョンでも一緒に居られるし、最高だよ! もっと二人だけの時間を楽しもうじゃないか!)

 

 残りのクレープを食べ終わった二人は、ベルの頼まれたと言う人探しを始める。

 しかし、それが酒場の女の子だと聞いて、ヘスティアは「次は、ジャガ丸くんを食べようぜ」と言い出していた……。

 

 

 

 

 

 東メインストリートを進んだ先にある円形闘技場(アンフィテアトルム)。

 迷宮都市オラリオの東端に位置する巨大な建造物だ。

 ここでは今、五万人もの人々が、調教師(テイマー)らが行うモンスターとの命懸けの闘いと、手懐けていく過程を興奮と驚きで堪能しながら観戦している。

 その観衆らの大音声は、円形闘技場の外にまで「オオオオオォォォ」と地響きの様に伝わって来ている。

 その会場の外には、ギルド職員のエイナもいた。ギルドから【ガネーシャ・ファミリア】のサポートに派遣されているのだ。

 実は、エイナは怪物祭についてベルに説明していない事がいくつかある。

 まず元々怪物祭の企画そのものは、ギルドが始めたという事だ。上層部の意向というのだが、ダンジョンのモンスターを地上へ上げるリスクはそれなりにあるはず。

 だが、それでも行われているのには理由が存在する。冒険者というのは基本、荒くれ者なのだ。彼らの素行の悪さが治安を悪くし一般市民との軋轢を生む。だがギルドとしては、冒険者らがもたらす膨大な魔石でこの都市の経済の大半が成り立っていると言える。すなわち、ギルドにとって冒険者達は必要不可欠で擁護しなければならない存在なのだ。

 そのため一部から、この怪物祭は冒険者らが主催し、ギルドが裏方に回りつつ市民らのガス抜きを行なっているものに捉えられているという事実である。

 エイナとしては、いずれにしても何事も起こらず、無事に終わって欲しいと考えていた。

 そんな時、このハーフエルフの職員は、見知った白い髪の少年を見かける。

 

(ベル君? ――!)

 

 少年は周囲を見回し、誰かを探しているように見える。だが、その横に見慣れないツインテールの小柄ながら胸の豊かさが分かる、戦女神のような装備で遠目にも可愛い二本差しの戦士を連れていた。

 

(ベル君が女の子を連れてるなんて……それも手を繋いでるし)

 

 エイナは少し目を見開いて見入ってしまっていた。顔見知りな他の男性冒険者が、女性を連れているのを偶然目撃しても、全く気にならなかったのだが……。

 彼女は己のこの自然な反応に、自分で驚いてしまっていた。

 

「エイナさーん!」

 

 先にベルの方が声を掛けて近寄って来た。少年は横の女の子へ、えらく気遣いつつも手を繋ぎっぱなしである。

 

「ベル君、朝はありがとう」

「……誰だい、ベル君? この制服のハーフエルフ君は?」

 

 エイナはこの話す雰囲気で、横の鎧を纏う神物(じんぶつ)に気が付いた。

 

「初めまして、神ヘスティア。わたくし、ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを務めさせてもらっているギルド専務部所属、エイナ・チュールと申します」

「なるほど、そういうことか。聞いてるぜ、いつもベル君が世話になっているね」

 

 ヘスティアは『普通』の対応を見せる。かなりの譲歩だ。

 神様としては今後ダンジョンへ潜るため、ギルドの職員との関係は出来るだけ良好にしておきたいと考えたのだ。

 

(……でもなぜ、普通の子じゃないんだよ)

 

 何にしても、少年の担当がハーフエルフの美人なのは気に入っていない。

 

「エイナさんは、朝あれからこちらへ?」

「そう、闘技場周辺の環境整備を手伝いにね。私はお客さんの誘導係だけど。で、ベル君の方は観戦しに?」

 

 エイナとしては、二人が手を繋いでいるという意味を、なるべく聞きたくないので先に答えとなりそうなのを自然に投げていた……。

 

「いえ、僕は人を探しに来たのですけど……酒場『豊饒の女主人』で働いてる女の子で薄鈍(うすにび)色の髪の短いポニーテールをしてる子を。服装はワインレッドと白のワンピースで背丈は僕ぐらいなんですけど」

「あれ、今朝の伝票を届けたお店の子?」

「そうなんです。その人の忘れ物を頼まれたんですけど」

 

 残念ながら、エイナはシルとは面識が無い。誘導係だとしても意識して見ているか、印象的な状況と連動していないと記憶には残らないものだ。

 

「うーん、ちょっと分からないわ。競技場は有料だから中には居ないと思うけど。これからは見ておくね。見つけたらここで待っておくように伝えておくから、一時間ごとぐらいで見に来てみて」

「すみませんがお願いします。じゃあ、他を探してきます」

 

 ベルがこの場を去ろうとしたとき、エイナをじっと見ていたヘスティアが口を開く。

 

「時にアドバイザー君。君は、ベル君に色目を使ったりは……してないだろうね?」

 

 一瞬、目が右上方に泳ぎ、内心で少しドキッとしてしまったエイナだが、大人の回答を述べていく。ベルは神様の発言にドギマギ中だ。

 

「決してそのようなことは……担当として誠実に対応しているつもりです」

「……うん、その言葉を信じたよ」

 

 神様は口許をニヤッとしながら、エイナの肩をぽんぽんと軽く叩くと離れていった。

 ベルも振り返ってスミマセンと頭を下げながら。

 

(ベル君の話からは斜め上な溺愛振り……しかし、ヘスティア様ってあんな神様だったかしら)

 

 幼顔の女神は、男神との噂が全くなく、男に興味がないのではとまで聞いている。

 思わぬ神ヘスティアの牽制を凌いで、ほっとするエイナは担当場所を見回す。

 『異常なし』――って、少し離れた同僚のギルド職員らがざわついているのに気が付く。

 確認に行くと西ゲートの職員が数名倒れたらしいと――。

 その職員らは、腰が抜けたような状態で意識が混濁しているという。泥酔状態に近いというが、朝は普通に出勤していたはずである。

 祭りの雰囲気で、周りの民衆らと仕事も忘れて飲んでしまったとでもいうのだろうか。

(………)

 

 エイナの心に嫌な不安が広がっていく。

 

 

 

 

 

 同刻、円形闘技場の一角。

 薄暗い石を敷き詰めた通路に、魔石灯の少し心細い明かりが落ちる。

 そこには数名のギルド職員が点々と転がる。

 それは、入口から凶暴なモンスターらの入る監獄へと繋がっているかのように。

 他の『目立つ』場所でもギルド職員を転がしてある。この場へ近付くための陽動とするために。

 倒れた者達らは皆、得も言われぬ心地の様子だ。

 ここ一時間の物事を自らの意志では、記憶に留められないほどに『魅了』されていた。

 一人のローブを纏った人物――フレイヤは、鍵をもって悠々と檻を開けていく。

 だが、モンスターたちは彼女に襲い掛かることは無い。

 

 

 ――調教は終わっていた。彼女の銀の瞳と目線を合わせた瞬間に。

 

 

「……貴方がいいわね」

『フッ、フーーーッ』

 

 それは、上層のモンスターの中でも有数の凶暴さと強さを持つ、大柄で全身が筋骨隆々な野猿のモンスター『シルバーバック』すら、例外では無かった。

 

「出て来なさい」

 

 開かれた扉から、彼女の声に従うように鉄格子の檻から石床を軋ませつつ出て来る。

 これら凶暴なモンスターを従える女性の目的は一つ。

 白い髪の紅い目で、まだ小柄な少年の事。

 

(ふふふっ、今日はお祭りだからちょっとだけ『楽しみ』がないと。私へ魅せて……輝かしい色を、成長を……可愛い子よ)

 

 フレイヤも気付いていた。少年の加速的で常識破りな最近の成長を。

 彼女のその遠くを見る銀の瞳は、『愛おしい者』の輝く色をすでに捉えている。

 さて、どんな闘いを見せてくれるかしらと微笑んだ顔で、贈り物な『シルバーバック』の頬へ顔を近づけつつ撫でる。

 モンスターの体が、彼女の強大な『魅了』にわなわなと震えていた。

 

(でも、ごめんなさい。『命』を削り、燃やすときが一番美しいから……死なないでね)

 

 そして彼女が野猿の額へと唇を付ける。

 

 ―――周囲には『シルバーバック』の咆哮が轟いていた。

 

 

 

つづく

 




2015年06月28日 投稿


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13. 脱兎の如く

 ここは、本日貸切で【ガネーシャ・ファミリア】主催の怪物祭(モンスターフィリア)が行われている会場の、迷宮都市オラリオの東端に建つ円形闘技場。

 その闘技場南側で観客の誘導係をしているエイナのところから離れて、再び酒場『豊饒の女主人』の従業員シルを探し始めるベル達。

 シルは休みを貰って祭りを見に来ているはずなのだが、財布を忘れて出ていってしまっていて、店の同僚であるエルフのリューとキャットピープルのアーニャに少年が彼女の財布を頼まれていた。

 そして―――神ヘスティアの機嫌が些かよろしくない。

 

「ベル君……君は、酒場の女の子といい、アドバイザー君といい、中々女の子との『出会い』が多いんじゃないかい?」

「……」

 

 ベルの対神様本能が訴えていた。今は、何を言っても角が立つと。

 口は禍の元と、東方の国の格言にあるらしい。

 どうしよう。

 そう思ったが……ベルは自然にヘスティアへ笑顔を向け、彼女と握ったままの右手を少し上げる。

 そして、ほんの僅かだけ強く握りながらソレを前後に小さく振った。

 ―――効果は覿面。

 

「……ま、まあ、話を少しするぐらいの異性の知り合いぐらいは、誰にでもいるものかな」

 

 目線を横に逸らし、頬を赤くしながらヘスティアの口許がデレデレとニヤけていった。

 ちなみに、ベルは気付いていないが、今のヘスティアの体は神専用のアイテム、甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)を分身の如く動かしている状態だ。

 つまり《ドール・ヘスティア》である。

 その姿は戦女神。ただ、動きにくいのか今は胸と手甲の防具は外して来ていた。

 神様は、少年の武器として制作した『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を、すでに彼が潜っていると思ったダンジョンでベルに渡し、感動的に驚かせようとこの姿で会いに出て来たが、結局街中で再会しその野望はまだお預け中だ。

 二人が、闘技場外側を周回するようにある広場的な空間から、東メインストリートへ戻ろうとしたとき、ベルの視界の隅に脇道へ入って行く灰色な髪の見知った横顔を捉える。

 着る服は、朝出会ったときのワインレッドと白のワンピース。

 

(シルさんだ!)

 

 少年はシルの歩いて行った脇道に向けて走り出す。

 

「神様、すみません、見つけました。ちょっと走りますよ!」

「えっ、ベル君?!」

 

 彼は振り返らずにヘスティアへ声を掛けつつ、その手を引っ張っていた。

 そうして、脇道に入ろうとしたとき、闘技場の広場に大きな悲鳴の混じる叫び声が広がるとともに、白い巨体の姿が飛び出してくる。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 同時に周辺へ咆哮が響き渡った。

 後方に起こったその異様な状況に、思わず少年と神様は振り返る。

 それは、脇道の路地にまで響いており、メインストリート側へ振り返ったシルは路地口の二人の片方に気が付いた。

 

「ベルさん?! と、もう一人?」

 

 シルは体ごと向きを変えて、来た道をベル達の方へ戻ろうとする。

 そしてベルへと声を掛けようとしたが、その少年の競技場方向を向いた横顔が驚きから恐怖に変わって――こちらに向かって走り出して来た。

 

「シルさん、逃げて! ――モンスターがこっちに来る!!」

「えぇ!?」

 

 シルも全速で180度向き直り走り出していた。

 彼女は50M(メドル)程の脇道の直線を逃げているがすぐ、右後ろ後方からベルが追い付いて来た。そして並走しつつ、脇道に入る前に渡そうと腰のカバンから取り出していた彼女の『がま口財布』を渡す。

 

「シルさん、これを」

「これ、私の?!」

「リューさん達に頼まれたので! アレは僕らが引き付けるので横道へ逃げてください! じゃあ」

 

 ベルは減速し、白い巨体のモンスターを引き離さず引き付ける。

 シルは振り向き困惑するが、ベルは一人では無い。そのもう一人の小柄でツインテールな巨乳鎧戦士の娘は、すでに足取りがフラついて見えた。

 自分までベルに手間を掛けさせるわけにいかないと、シルは前方左横の人一人が通れるほどな細い路地へ走り込んで進んだ。

 少し進んで振り向くと、ベルらは直進して行った。白い巨体のモンスターを引き連れて。

 

(ベルさん……)

 

 シルは表情を引き締めると、細い路地の先へと急いだ。――助けを呼ぶために。

 

 一方ベル達二人は、被害の出ないようにと人気のない方へ走って逃げまくる。

 しかし、ヘスティアは――面白くない。

 すでに『人探し」は終わったし、ゆっくりとデートを楽しみたいのにと。

 引き摺られるように必死で走り回る行為は、怠惰な彼女にはキツかった。

 さらに、他の女のために少年と囮にもなっていたことに納得がいかないのだ。

 ただ、ベルと手を繋いでの逃避行には、それなりに満足しているが。

 それにしても。

 

「なぜっ、神様が狙われているんですか?」

「し、知るもんか! 初対面だし、追われる覚えが無いよ」

 

 そう、競技場外広場に飛び出してきた白い巨猿は周囲を探す様に見回すと、ベル達を見付けたように一直線で向かって来たのだ。

 二人はモンスターから逃走する姿で、すでに街自体がダンジョン化した気さえしていた。そうして、巨猿を騙し空かししつつ漸く『ダイダロス通り』へと辿り付く。ここは歪に形成される街内が細めの複雑な迷路道を作り出している。

 ベルは、巨体のモンスターでは動きが制限され追跡も迷い難しそうな、この迷宮的場所へと誘導してきたのだ。だが、ベル自身もこの地区を良く知らない。あくまで賭けである。

 

 迫ってくる巨体のモンスターは、白い毛並で筋骨隆々な身長4M程ある巨猿『シルバーバック』。

 登場階層は11階層。上層でも深いところにいるモンスターだ。

 かなり【ステイタス】が上がっているベルだが、まだ未知の領域の強さの相手と言えた。

 

(……僕が今、戦っても勝利するのはまず難しい。それより、祭りだから強い冒険者が居るはずだ。今は時間を稼ごう)

 

 一方、ヘスティアも『冒険者』として行動を始めていた。

 ベルと街を走り回り、慣れない体ですでに足はヘロヘロであったが泣き言は吐いていない。

 これから少年と日々ダンジョンに潜ることになるのだ。

 先日の、ベルがボロボロの姿も見ている。

 そう言う世界へ共に行こうとしている自分を、彼女は鍛えようとしていた。

 

(ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーー!)

 

 心に『ベル君』と書いて『我慢』と読む。愛しい眷族を想い、ダメ神な彼女は必死に耐える。

 とは言え、今の現状は甘くないことを思い知るのだが。

 

 

 

 

 

 円形闘技場では、凶暴なモンスター達が檻から次々に逃げ出したと、問題になりつつあった。

 その一部には20階層級のモンスターも数体含まれ、Lv.3以上の二級冒険者以上でなければ、ほぼ返り討ちに逢うほどの対応が難しいものも含まれている。

 

「ガネーシャ様っ、一大事です!」

 

 開かれている怪物祭について、闘技場最上部の観覧席から観客と調教(テイム)の進行状況を見守っていた神ガネーシャの元へ【ファミリア】の構成員の一人が報告に上がって来た。

 

「――そうか、何を隠そう、俺がガネーシャだ!」

「いや、もう分かっておりますので、ってそれどころではありません! 捕えていたモンスター達の檻が一部空になっております! すでに場外へと逃げ出している模様です」

「………………一大事ではないか!」

 

 なにか更に自己主張を述べようとしたのだろうが、深く席へ沈んでいた体をバッと前方へ乗り出して彼は叫んでいた。流石の内容に、彼も自己主張どころでは無くなったらしい。

 すぐに、構成員からの話に耳を傾ける。

 それによると、【ガネーシャ・ファミリア】の構成員とギルドの職員らが原因不明の前後不覚な状態にされ、鍵が持ち去られて不明な第三者により開けられた模様。

 ガネーシャは、闘技場で行なわれている調教(テイム)に視線を落としつつ、脱走したモンスターの数を確認すると指示を出した。

 

「よし、大至急モンスター達を追討させろ。団員だけではなく、他の【ファミリア】とも連携を取る! この場にいる神に協力を要請しろ!」

「し、しかしそれでは、こちらの面目はもとより、相手に付け込まれる隙を……」

「俺は、【群衆の主(ガネーシャ)】だ! 市民の安全を最優先にしろ。我らの至福は子供たちの笑顔。それ以外は捨て置け!」

「はっ、申し訳ありません!」

「祭りもこのまま続ける。観客はしばし留め置け。混乱をさせぬよう各自最善を尽くせ!」

「わ、分かりました。それと、犯人捜索は……」

「ふっ、構うな。全体数に対して放った少数から、何か『特定』の狙いがあるとみる。今は乗っておけ。市民全体の安全を最優先だ!」

 

 右手を伸ばして「皆行け!」と指図する声に、観覧席に控えていた2名も含め、各方面への伝令に下がって行った。

 

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が行動を起こし始めた頃、競技場外のエイナ達も騒ぎ始めていた。

 

「モンスターが、逃げた?! おまけに、そんな深い階層の?」

 

 同僚の話を聞いたエイナは驚きを隠せない。

 目撃された数体は、下級冒険者ではまず相手にならない20階層級のモンスターであったためだ。一般市民に対してはもはや言うまでもない。放置すれば一方的な大量殺戮劇となろう。

 エイナは、一瞬にして毅然とした表情で周りの職員たちに同意を求める。

 

「どこでもいい、すぐに有力【ファミリア】へ連絡を取ろう! 直接冒険者でも構わない!」

「そ、そんな勝手に動いちゃってもいいの? 後で上に何を言われるか……」

 

 エイナも含めて、そこに集まっていた数名は下部構成員であった。先程の西ゲートのトラブルで上位の責任者は此処を離れていた。

 だが、迷っている時間はないとエイナは語る。

 

「誰かが傷ついて、手遅れになるよりずっといい! それに神ガネーシャも人命優先に理解がある。他の【ファミリア】に救援を求めても反対しないはず」

「そうだよね、取り返しのつく今の内に」

 

 周囲の同僚らも頷き、素早く役割を分担し始めた時。

 輪になっていたギルド職員らへ後ろから不意に声が掛かる。

 

「おい……、何かあったのか?」

 

 エイナを初め、振り返ったギルド職員全員の目が驚きと……恐れに固まる。

 そこには、2M(メドル)を超えるガッチリとした体躯の長身な獣人、迷宮都市オラリオで最強の――Lv.7に到達しているオッタルが、無意識で無感情な鋭い目線を向けて見降ろすように立っていた。

 

 ――彼は、ただ主神フレイヤにお願いされただけである。

 

『私はいいから、後片付けをしながら、邪魔が入らないかをちゃんと見ていてちょうだい』

 

 そして、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインも少し離れた場所で、騒然と集まっていたギルド職員らの様子へ静かに小首を可愛く傾げて立っていた。

 おまけの様に彼女の腰付近へ纏わりついている、「デート、デ~トやん♡」と言う神ロキの顔面へ軽く肘鉄を炸裂させて。

 

 

 

 

 

 ベルとヘスティアは、『ダイダロス通り』の複雑で良く分からない入り組んだ街並みに通る道を必死で逃げる。行き止まりも偶にあり、周囲からはスリリング過ぎる命懸けの鬼ごっこと化して見えたことだろう。

 尻尾と見紛う長く白い銀の髪を靡かせ、モンスター『シルバーバック』は通れない細い道に対して、迂回しつつ追跡を止めることなく何処までも追い縋って来ていた。

 

『ルググゥ…………!』

 

 ベルは、その執念的な怒りの唸り声にビクリと小さく震える。

 巨猿の両腕には、引きちぎったような長く太い鎖がまだ付いたままである。

 距離がある間は気にならなかったが、それが詰まって来ると偶に振り回す鎖が飛んでくるのだ。

 距離を取ろうにも、すでに神様の体力がそろそろ限界に来ているのが分かる。

 引き離せなくなって来ていた。

 ヤツの狙いは神様のようで、一方で接近を邪魔するベルに対しては異様な敵愾心を膨らませてきている様に感じていた。

 そんな時、ついに屋根伝いに頭の上を越され前に出られた上、路上で対峙する位置になった。

 『シルバーバック』は凄い形相で神様を庇う形のベルを睨んで来る。

 

『グゥウウウッ……』

 

 そして凄まじい速度で、二人へと飛び込んで来た。

 ヘスティアを正に奪い取ろうと。

 だがベルも必死だ。大切な神様をモンスターに襲わせるわけにはいかない。

 格上の『シルバーバック』の挙動に全身全霊を集中していた。

 持てる敏捷を最大にして、掴みに来る『シルバーバック』の右腕と鎖をカウンター気味に躱し、ヤツの左後方へヘスティアを抱えて全力で走り抜ける。

 右腕を外から内側に体ごと全力で振り込んで来ていたため、裏拳的な動きにはすぐに移れないと踏んだのだ。

 『シルバーバック』が左後ろへ振り返った時には、二人は脇の道へと曲がり進んでいた。

 そんなやり取りを数回繰り返すうちに、ベル自身も疲れが見え始める。

 神様を抱えて全力で動くのはやはりスタミナ等への負担が大きかった。

 逃走が始まって時間にして、まだ三十分をそれなりに過ぎたぐらいか。一時間は経っていないと思われる。

 しかし、格上のモンスターから全力で追われ続けて―――逃げる事に二人は限界を迎えつつあった。

 相手は圧倒的。その巨猿は諦めない。誰も助けに来ない。

 ただ逃げるだけでは、敵は居なくならなかったのだ。

 

 そして―――少年は『闘う』事が怖くなっていた。

 

 幼少のころ、自分では絶対に勝てない、目の前を恐怖で覆い、そこに立ち尽くす恐ろしいモンスターの事が、ベルの頭の片隅にチラついていたから。

 

 

 

 だから、また、逃げていた。

 

 

 

つづく




2015年07月01日 投稿


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14. 闘兎(その1)

「うっ、ぁぁああああっ!」

 

 小柄な鎧姿のヘスティアが、その軽さも有るのか広場の石畳奥へと滑る様に転がっていく。

 

「か、神様っ!」

 

 そして少年は、それとは別方向へと投げ出される。

 『大事』な神様は、満身創痍な防具も壊れたベルの手から、その傍から離れていった。

 白毛で覆われた4M(メルド)を超える巨体のモンスター『シルバーバック』は、少年を警戒するように一睨みし、神様の方へとゆっくり近付いて行く―――。

 

 

 

 

 怪物祭の会場から少し離れた、建物や道が入り組み迷路構造なここ『ダイダロス通り』で繰り広げられていた『シルバーバック』からのベル達の闘わずな逃走劇は、突然の絶体絶命を迎える。

 逃げる通路の先に、日の光が燦々と射し込む明るい広場が見えた時のこと。

 巨猿が、道の脇にあった重そうな木箱を、剛力と素早さを込めて投げつけて来たのだ。

 木箱とその中身が地面に当って砕け散った破片に、神様を抱えて走っていたベルは足元をさらわれる形になった。走っていた勢いもあり、少年は神様を守るように前方の広場の石敷きの床へと大きく転がる。

 だが倒れている場合ではなかった。一瞬で彼は神様の手を掴んで起き上がり、彼女も引き上げる様に跳ね起きた。

 それは『シルバーバック』が後方間近に迫り、長い左腕の重厚な太い鎖をこちらへ叩きつけて来るのが見えたからだ。

 反射的なものもあったのだろう、少年は咄嗟に神様を抱えて左上横に飛び上がって躱す。

 ところが、これは陽動の一撃であった。

 空中に浮いて躱せないベル達へ、待っていた様にヤツから右剛腕の強烈な横払いが飛んで来たのだ。

 神様を空中で庇うも、少年はその一撃を背中で受けるしかなかった。

 完全なクリティカルダメージだ。

 そうして強烈に地面へバウンドする衝撃で、二人は離れてしまっていた。

 ベルはライトアーマーを損傷し背中に激痛を感じるも、《スキル》【主神敬愛】の『敵のクリティカル軽減』の効果なのか、何とかまだ立ち上がってくる。

 

 しかし、神様までの直線上へ圧倒的な強さの『シルバーバック』が入る光景に、彼は――腰が引けてしまっていた。

 

 この広場は、まるで地面に掘り込まれて作られた印象で、4、5階建の複合集合住居に囲まれ、西側の壁脇に水が飲める泉もあり、全体はほぼ正方形で一面平らな石床が広がる。

 今日は天気も良く、祭りの日でもあり神様側の周囲にも人が十数名いた。

 ――誰か。

 自分はいいからと。

 少年はせめて、可愛い大事な彼女だけは、神様だけは助けてと、願望の視線を周囲の人達へ向けて縋る様に思った。

 でも。

 

 結局、『怪物の標的』である神様を助けてくれる者は誰一人現れなかった。

 

 一般の人達は、疲れの見えているベル達を残し、この場から我先にと全力で逃げ去った。

 この光景に少年は、あの強く美しい金髪の人がいればいいのにと、夢のような事を僅かに思ってしまう。そんな都合のいいことは、有り得ないと言うのに。

 ベルは呆然と立ち尽くす。

 体が固まり、震えが来ていた。

 残ったこの状況は最悪としか言えない。

 

(――神様はどうなるんだ)

 

 体が、動かない。

 

(――『シルバーバック』に襲われてしまうのか)

 

 この怪物は、強すぎる。

 

(――英雄みたいに助けられないのか)

 

 全く、勝気が見えない。

 

(――戦う事に意義が有るとは思わないか)

 

 負けた後が、恐ろしい。

 

(――男じゃなかったのか)

 

 ………、くそぉ。

 

(じゃあ……『大事』な女の子を失ってしまえるのか)

 

 そ、――――それには耐えられないぃぃぃ!!

 

 ベルの祖父は言っていた。

 『大事な女(ひと)は、死んでも守れ。男はそれで十分(えいゆう)だ』、と。

 

 ベルは――腰から小剣を抜いていた。

 

 意志を取り戻し始めた体は、まだ震えが残っている。足も少し固まっている。でも、手は動き始める。

 空いている左手で、レッグホルスターから【ミアハ・ファミリア】印のポーションを取り出し、そのマリンブルーの液体を一気に飲み干す。

 痛みや疲労感が減衰し、体力が大きく回復する。

 少年の表情は、不思議と口許が笑っていた。

 もう恐怖は余り感じていない。

 自分の後の事は、考えない様にしたからだ。

 

(『大事』な神様を救いたい。もう、それだけでいい)

 

 動け。

 行け。

 走れ――――。

 

「うおぁぁあああああああああああああああーーーーーーー!」

 

 少年は感情のまま、吠える様に声を上げる。

 それは自分を鼓舞する事。そして、モンスターを威嚇する為。

 ベルはそのまま、無防備に背中を見せて神様へ近付こうとしている『シルバーバック』へ突撃する。

 ヤツは少年の突然な雄叫びに驚き、振り向き様で右腕の裏拳を見舞って来た。鎖も遅れて飛んでくるが、ベルはその二つを渾身の体捌きを持って辛うじて躱し、そのまま伸び切っているヤツの剛毛で覆われた丸太のような右腕の上を走り抜ける。

 そして、手に握っていた小剣に全開の力を込めて巨猿の顔面へ切り込んだ。

 小剣は力と衝撃に負けたのか、ヤツの目の防具共々砕け散っていた。

 ベルは破片で『シルバーバック』の目元が良く見えていない隙に、ヤツの肩から素早く飛び降りると、起き上がるも尻餅を付いて座っていたヘスティアを大事に胸元へと抱え上げて走り出す。

 

「また失礼します、神様。大丈夫ですか!?」

「べ、ベル君……♡」

 

 想いを寄せる、この眷族の見せた限界的躍動感の、なんとカッコイイことか。

 少年に抱(いだ)かれる胸の中で、今、ヘスティアはこの幸せに感激する。

 愛しい者に、自らの絶体絶命を救ってもらえるというのは、究極の喜びと言える。これこそ、『運命的な場面』なのだと。

 後は、彼に求愛と伴侶宣言をしてもらえれば……完璧♪

 

(ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーーーーーーーーーー♡)

 

 そんなことまで神様は考えていたが、その後の少年の行動がオカシイことに気が付く。

 この広場の東の一角には、どこかへと抜けていく、分厚さが伺える壁面に開いたトンネル状の通路があった。幅1.3M(メルド)、高さ1.7M程の間口の大きさで長さは約10M。

 二人はその中へ駆け込んでいく。抱えられているヘスティアは周りを窺いつつ、このまま進めば良いと考える。

 しかし、ベルはなぜかこの重厚な石組みの通路に入って途中まで進んだ所で、ヘスティアを下ろした。

 彼は穏やかに、少し疑問顔な神様へお願いする。

 

「神様、その腰の二本の剣の片方を貸してもらえませんか? 先程剣を折ってしまったので。僕が時間を稼ぎますから、その隙に逃げてください。残念ながら、このままでは二人とも逃げきれません。ですが、大丈夫です。僕が神様だけは守ります。ここでアイツを引き付けておきますから」

 

 そうして影の有る優しい笑顔を浮かべた。

 ヘスティアは、少年のその表情に固まる。

 先程まで見せていた、彼の生き延びようと言う必死さが感じられなかったから。

 

(彼は―――諦めている……)

 

 ヘスティアは、首を項垂れワナワナと震え出す。

 そんな神様から、ベルへと両手が伸びて行き――少年の両頬をむぎゅっと抓る。

 そして叫ぶように告げ始める。

 

「大バカ者! まずボクが君を置いて逃げ出せる訳ないだろう! それに、あの自信はどこへ行ったんだよ? 君は『ハーレム』を、もっと多くの『運命的な出会い』を、そしてヴァレン何某のバケモノ染みた『強さ』を求め目指していたんじゃないのか! 『もっと強くなりたい』と言っていたじゃないか! こんなところで本当に終わっていいのかい?!」

「でも……」

 

 ベルの顔が歪む。そんなわけはないのだ。

 でも、男として今『大事』なものを守るために。

 嫌な結末の選択肢しか残っていない現状。

 その中から、『残って闘い時間を稼ぐ、死ぬ時まで』というつらい選択を選ぼうとしたのだ。

 少年の泣きそうに変わった表情に、ヘスティアは彼の頬から手を離すと、今度は彼の手を取り優しく微笑みかける。

 

「……うん! 今からボクが、君に『勝利』という選択肢を増やしてやるぜ。君に渡したいモノがある。ほら、ボクだって君を守りたいんだ。――だけど、その前に【ステイタス】を更新しよう!」

「えっ、こ、ここでですか?」

 

 このトンネル状の通路は大きな石を使い頑丈そうだが、どれだけ持つかは分からない。

 

「急ぐんだ、ベル君!」

「は、はいっ、神様」

 

 ベルは、壊れたアーマーを外し薄い狐色の上着を脱ぎ、黒のインナーの背中側を首下まで捲る形で、ヘスティアに【神の恩恵(ファルナ)】を刻まれた背を向けて、石組み床の通路方向に対して垂直に座る。少年が両出入口を見張るためだ。

 ヘスティアは急ぎ、背負っていた黒い布包みを解くと中から、30C(セルチ)程の黒い小刀(ナイフ)を取り出し、鞘からそれを抜き放つ。

 その漆黒の刀身には、細かく美しい形で多くの【神聖文字】が刻まれている。

 ここで、神様はヘファイストスの言葉を思い出す。

 

『この小刀は生きている。小刀にも子供と同じ【ステイタス】が存在しているの。装備者の【経験値(エクセリア)】を糧にこの武器も進化していくわ。つまり、使い手が成長すれば、この武器も強化される。これはヘスティアの恩恵を受けた者しか使いこなせないからね。今のままじゃこのナイフはどの武器よりも貧弱よ。眷族に渡った時、初めて息づいて共に育っていくわ』

 

 そのためかこの『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』は、曲がりなりにも眷族となっている今のヘスティアの体にも反応している。小刀は淡い紫紺の輝きを放っていた。

 彼女は、いつもの通りにその切っ先で指を突こうとしたが……ヘスティアの動きが止まる。

 そう、今のこの体は《ドール・ヘスティア》である。

 だが心配はない。

 この体には、オリジナルスキルとして、同眷族に対してのみ使える【状態更新(ステイタス・リキャスト)】があるのだ。

 そしてヘスティアは、指では無く小口を開けて舌先裏の仕掛けから、まず小刀へと燃料として持っている神血(イコル)を垂らした。

 

『勝手に至高へと辿り付く武器なんて、邪道だわ。まったく、変なモノ作らせないでよね』

 

 使い手が最強になれば、武器も最強へと到達する。そのことにヘファイストスは職人として顔をしかめていたが……。

 

 ヘスティアは小刀(ナイフ)の【ステイタス】更新をする僅かな合間に、そんな鍛冶神の表情と捨て台詞を思い出していた。

 『神の小刀』の初期【ステイタス】更新が完了する。そうした後、ベルの背中にも神血(イコル)を垂らした。

 

(さて、問題は……)

 

 ヴァレン何某の【憧憬一途】と、自身の【主神敬愛】で【ステイタス】がどこまで伸びているかであった。だが、おそらく先日に何かの心傷を受けた【憧憬一途】の伸びは落ちているはずである。あとは少年の主神に対する愛の深さ次第。どういう結果で上がって来るのかは分からない。

 

「ベル君、これを握っているんだ」

「か、神様……このナイフは?」

「――ボク達のナイフだ! 存分に使いたまえ。君と一緒に強くなっていく武器だ。これで君を勝たせる。なんせヘファイストス直々に作ってもらった『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』だからね」

「え゛ぇっ?!」

 

 さすがに、見覚えのあるロゴを確認しベルは驚いた顔をする。直弟子が作った長剣でも、良い物なら数千万ヴァリスもするのだ。これは小刀だが、一体どれだけの価値が……と。

 だが、ベルはしょんぼりする。

 

「……でも正直、これほどの良い武器を貰っても僕自身が……先ほどの渾身の打ち込みも、モンスターの体皮や剛毛へは傷もなく、防具の一部が壊れた程度でしたし」

 

 ベルは、【ステイタス】更新でアビリティ熟練度が強化されることを理解しているが、そうなったとしても、敏捷はともかく、これまでやっと潜った6階層までより倍も深い階層のモンスターへ自身の攻撃が通じるとは思っていない。

 

「僕の攻撃は、恐らくアイツには通じません……だから倒すのは無理なんです」

 

 ベルは、俯き加減に力の無い声でそう語った。

 ――自分は弱い。

 ふと少年の頭には、先日の酒場での獣人な青年からの罵倒と、周辺からの漏れ来る多くの嘲笑が思い出されてくる。

 ――自分は情けない。

 現状に追い詰められ焦っている彼の自信は、完全に折れようとしていた。

 しかし。

 

「じゃあ、ベル君……その攻撃が通じればどうだい?」

「――えっ?」

 

 今までの、ベルの情けない言葉を聞いていたはずで、背中の【ステイタス】の上昇も見ている神様がそう言った事に、少年は僅かな期待から神様の方へと首だけを回し横顔を向けて聞き返していた。

 ヘスティアは力強く言ってあげる。

 

「ベル君、そう卑屈になるもんじゃないよ。ボクが君を信じているんだ。それじゃあ、ダメかい? それに――君の背中のステイタスはまだ上昇しているよ」

 

 ベルも気が付いた。そう言えばいつもより少し更新が長いなと。

 

「神様、本当に……?」

「君はもっと高みを目指せる。自信を持ってくれ。君を信じるボクを信じるんだ!」

「神様……」

 

 その時、通路が急に暗くなったように感じた。

 二人はその元凶が何かを確信しつつ、通路の入口を見る。

 

 

 

つづく




2015年07月03日 投稿


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15. 闘兎(その2)

 そのころ、円形闘技場から逃げ出した他の凶悪なモンスター達は、概ね『順調』に討伐されていった。

 対象のモンスター達は不思議な事に、攻撃されない限り一般人らを襲おうとはしなかった。そしてヤツラは隠れようともせず目立つが如く、ただ街の通りを徘徊する風に、広い範囲へ散る様に移動を行っていた。

 まるで、何かからの興味や注目を逸らすかのように――。

 

 最強の冒険者の一人、獣人オッタルがギルド職員の輪へ声を掛けた後、見えるすぐ傍に居て金色の瞳を職員らの輪へと向けて来ていた、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインにも協力の要請がされる。

 【剣姫】へ纏わりつくロキも緊急な状況から、「もうデートどころじゃないみたいやし、しゃあないなぁ。まあガネーシャに貸しを作るのも悪ないし」と認めた。

 その時になって、ヴァレンシュタインは、獣人オッタルの存在に気が付く。

 初めは只の大柄な獣人の冒険者ぐらいに思っていたのだ。

 彼女は割と無頓着な性格で、他人に興味をあまり示さないのだが、さすがに傍に寄ると底知れない彼の力を感じざるを得なかった。

 

(………?)

 

 さらにヴァレンシュタインは、その砂金が風に流れ落ちるような髪を僅かに揺らして、何気なく小顔を少し上げる。そうして金色の目線をその獣人の表情へと向けた。

 

 ――睨まれていた。

 

 いや、そう見えただけかもしれない。

 他の者なら失禁ものの、獣人の彼特有な元からの鋭い眼光が、金色の目線とぶつかる。

 殺気は感じなかったが、監視されているような、僅かの動作をも見られているように感じていた。

 それでも、ヴァレンシュタインの表情は変わらない。

 

「どうも」

「……ああ、よろしく」

 

 名乗り合ったことはないが、お互いに相手が誰かは知っている。直接話すのは初めてのことだ。一応、年下なヴァレンシュタインから目線を合わせたままで声掛けした。

 ロキは少し離れたところで、さり気なくその獣人の様子を観察する。

 

「……仕掛けの監視役かいな。ご苦労なこった」

 

 これからギルドと協力し、街中に逃走中な20階層級以上のモンスター討伐の為、オッタルらは途中まで同じ方面に進む事になっている。対象はソードスタッグとトロールに関してだ。

 念のため、討伐後に再度合流し、他の進捗を確認してのち解散の予定。

 その向かう方面は、もちろん当然の様にベル達とは競技場を挟んで反対方向だ。その事については、オッタルとその主神以外知らない。

 一級冒険者の二人は間もなく、同行するエイナらギルド職員達からの目撃情報を聞く形で追跡に入った。

 ソードスタッグは全身が赤毛な牡鹿型のモンスター。頭部に巨大で立派な鋭い角を持ち、前方へ大きな威力のある突撃攻撃を見舞ってくる。首を振っての前面及び側面、蹴り足での強力な後方攻撃もあり恐ろしいモンスターである。

 しかし結局、牡鹿モンスターのソードスタッグは、ヴァレンシュタインが見事な剣術で反撃を完封し一刀で討伐。

 トロールは、剛力を持つ緑の大柄な人型モンスターで腕には武器として、先端の球体に棘のある棍棒風な武装をしている。

 オッタルは、その棍棒攻撃を完全に見切り正面から左手の人差し指で軽く受け止めると、強烈な無手の右手手刀をトロールの胸に突き入れる。

 致命的な攻撃に、トロールは「グガァッ」と呻いて煙の様に霧散し、砕け散った魔石が落ちて散乱した。

 討伐は順調に終えたが、不思議と時間だけは掛かったように思える。

 目撃情報が入って行ってみると、目標が去った後や違う場所というのが続いたのだ。

 それでも一応無事に担当は終わり、ヴァレンシュタインらは合流する。

 同行のギルド職員達に届いてきた話に因ると、あとは『シルバーバック』を含め二、三匹残すのみらしい。

 ヴァレンシュタインは、ギルド職員のエイナに他の場所へも向かおうかと確認する。

 しかし、出来れば近付けたくないオッタルは――。

 

「我々はもう良いのではないか? 今からだと、他の者らの手柄を横取りする事になると思うが?」

「……」

 

 オッタルの言い分は筋が通っていた。

 この機にガネーシャへ貸しを作ろうと冒険者を動かしている【ファミリア】が居るはずである。横から攫っては祭りの日に角や遺恨を生む可能性もある。

 そこに対して、ずっとアイズの傍へ付いて来ているロキがさらりと告げる。

 

「とりあえず見物するんやったら、ええんちゃうか?」

 

 それももっともな話であった。今日はお祭りなのだから。

 普段余り見られない変わった余興と言えなくもない。

 オッタルは、ロキの方を見ることなく目を瞑り、一瞬の沈黙の後「それはご自由に」と伝えた。

 

 

 

 

 

 ベルとヘスティアが通路の入口に見たのは、予想を裏切らず鼻を鳴らしつつ中を覗き込んでくる凶暴なモンスター『シルバーバック』の防具が無くなった素顔。

 炎のようなその赤い目が、二人を睨んでいた。

 やはり、先程のベルの全力攻撃によるダメージを、そこには感じ取れない。

 だが彼のその行為が、巨猿にはさらに頭へ来ていたようだ。少年の姿を通路の奥で見つけた途端、眉間に皺を何重も縦になるほど盛大に寄せて、口許からは歯を立てる様に咆哮へ乗せた猛烈な怒りが伝わて来る。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 さらに、体が入らない通路を広げようとその巨体と怪力で、周囲の組み上げられた巨石を崩そうともがき始めていた。

 通路に肩を入れ腰から持ち上げたり揺すったりと凄い暴れようだ。

 その力に、周辺の石組みもゴリゴリギシギシと軋みを上げており、徐々に変形が見える程になっていく。

 そうして見ている間に、入口付近の天井の岩の一部が上に持ち上がり外された。

 

「「!……」」

 

 少年と神様は目を見合わせる。もう時間がそんなに無いと。

 

(速く、速く速く、急げっ!)

 

 ヘスティアは、ベルの背中の【ステイタス】更新に集中し、小さな手を細かく最速に動かし【経験値】を汲み上げる。

 数分経っただろうか。

 入口からは、凄い軋みの音や岩同士が激しくぶつかる鈍い音が断続的に響いて来る。

 それが僅かずつ近付いて来ているのも理解出来た。

 

「神様、不味いです!」

「えっ?!」

 

 背中を向けるベルの左手が、更新に集中していたヘスティアに伸びると、神様は通路の奥に向かって横に倒された。

 ベルも同時に倒れ込む。

 その少し上を、砲弾的な雰囲気で巨石が通り過ぎて行った――。

 巨石は少し先で地面に落ち、バウンドしながら更に奥へと派手な音を上げて砕け散っていく。

 偶々か、『シルバーバック』が巨石を投げつけて来たのだ。

 当っていれば死んでいたかもしれない。

 

「ひぃぃぃ、くそーー。おい、ベル君!」

「何ですか?! 神様」

「あいつをブッ飛ばしてくるんだ。――更新が終わったぜ!」

 

 離れなければ、横向きだろうが【ステイタス】更新は可能なのだ。

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:G221→E410 耐久:H101→G209 器用:G232→E419 敏捷:F313→D533 魔力:I0

 《魔法》

 【 】

 《スキル》

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】

 ・早熟する。

 ・懸想が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 【主神敬愛】

 ・早熟を補助する。

 ・敬愛が続く限り効果持続。

 ・敬愛の丈により効果向上。

 ・敬愛の丈により敵のクリティカル軽減。

 

 

 【憧憬一途】が8割に落ちていたが、【主神敬愛】がそれに3割増しの効果を加算していた。

 

(……ッッ?!)

 

 最終的な数値に、見直したヘスティアも驚愕する。

 その叩き出した全アビリティ熟練度、トータル上昇値は700オーバー。

 すべてが先程とは倍近いアビリティ熟練度になっていた。

 常識では有り得ない。前回更新から三日程なのだ。

 

(でも、これならっ……!)

 

 ヘスティアの蒼い瞳が輝く。

 『神の小刀』自体も随分強化されて、武器の威力も上がっているはず。

 それを示すのか、ベルの持つ漆黒のナイフが、始動するように紫紺色の輝きを増し始める。

 

「ベル君、きっと大丈夫だよ、頑張れ。そしてまた見せて欲しい。勝った後に、君のあの優しい笑顔を」

「神様……」

 

 ベルは半信半疑に、まだ少し踏ん切りと決意が持てていなかった。

 だが、忘れていたあの地獄の6階層から生還した時の気持ちを、次のヘスティアの言葉が思い出させてくれた。

 

「お願いだから……ボクをまた一人にしないでくれよ」

 

 ベルは――――心の燻っていた火が、炎として燃え上がった。この一言に。

 助けられた。あの日約束した。

 そうだ。ベルは『もっと強くなる』と決めたのだ。

 神様に、一人にする寂しい思いはさせない。そのためには絶対に死ねないし、神様も守る。守り切る!

 

「もう、大丈夫です、神様。見ていてください」

「ベル君!」

 

 背中側の捲り上げていた黒いインナーを下ろし、ベルは静かに立ち上がる。

 右手には、紫紺色の輝きを放つ『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を持って。

 彼の横顔の表情からは、もう影のようなものは感じられない。

 

 

 

 通路の入口付近はすでに崩され、『シルバーバック』に1M(メルド)程も踏み込まれていた。

 

『グォアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 通路内で立ち上がり此方を向いたベルの姿に、巨猿は通路へとその長い腕を差し入れるように激しく出し入れし、彼を掴もうと手が素早く空振る。

 ベルはその状況で、入口へと力強く足を踏み出し前進を始めた。

 先程までの恐怖は勇気で塗り潰し、諦(あきら)めは闘志で踏み潰して。

 【ステイタス】更新前には必死にならなければ見えなかったヤツの動きが、ハッキリと見え続けている。

 

(――僕のアビリティ、器用と敏捷が格段に上がっている?!)

 

 ヤツの手が届く位置まで来た。

 巨大な手だが、通路の間口には巨猿の掌よりも空間があった。

 そこへ入り込んで躱す。

 そして、ヤツの手の甲へ素早く力強い『神の小刀』の一撃を突き立てた。

 【ステイタス】更新前は渾身の攻撃が、巨猿の白い剛毛と分厚い表皮に対してビクともしなかったが、この小刀の刃の攻撃は剛毛を切り裂き易々と掌側へ貫通していた。

 巨猿の次の動作を警戒しつつ、小刀(ナイフ)を一瞬で引き抜く。

 

(――すっ、すごい、僕の攻撃が十分通じている!! 僕の力が上がっている!)

 

 『シルバーバック』は想定外の手の痛みとベルの反撃に驚き、腕を通路から引き抜きこの入口から数歩後退する。

 ベルは更に追い打つ。

 素早く出口へ踏み出す途中、地面から大きめの石を拾い上げると、後退した巨猿の顔面へ思いっきり投げつけた。

 ベルの強化されたアビリティーで放たれたその石は、躱せず受けれずの速さで巨猿の顔面へと直撃し粉々になる。

 『シルバーバック』はその威力と攻撃に仰け反り脅威を感じて、更に大きく広場中ほどまで後退した。

 顔を手で押さえていたが、速度の為か頬の一部が陥没するほどの威力であった。

 通路の外に空間を得て、ベルは油断なく通路の入口外まで静かに出る。

 そして『シルバーバック』に対し、堂々と対峙した。

 これからが本番だ。

 

「ベル君、行けーーー!」

 

 通路内後方からのヘスティアの声援に応えて、少年はモンスターへと駆け出して行く。

 『シルバーバック』の間合いへ飛び込んだ彼は、ヤツの放つその内側に巻き込んで来るような威力の乗った左右から連打される剛拳を掻い潜る。同時に鞭のような動きで襲ってくるヤツの両腕の長く太い鎖も同様に。

 気合の入った全力な『シルバーバック』の攻撃は相当速い。

 だが――少年にはもう全部見えている。

 嵐のようなラッシュ攻撃を、闘兎と化したベルはすべて避けて見せた。

 

「ベル君、自分の力を信じたまえっ! それが今の君の実力だよ!」

 

 神様の声も闘いの中でハッキリ聞こえる。

 戦女神な鎧姿の神様は、崩れた通路の入口近くまで出て来ていたが、『シルバーバック』はベルの脅威度を優先している様子で、ヘスティアの方は後回しにしている風であった。

 でもベルは思う。

 

 

(これは僕だけの力じゃないです。僕に力を与え、信じたくれた神様のおかげです)

 

 

 だから、彼は自分を信じる。信じて闘う! ――信じて倒す!

 

 巨猿から放たれる、強烈な重く太い鎖の一撃も『神の小刀』で正面から押されることなく裕に受けて弾き返す。

 『シルバーバック』の正面攻撃を全て完封し、ヤツの側面を左回りに周回するように回り込む。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 攻撃が全く当たらず捕まらないベルの素早さに、巨猿は業を煮やしたのか咆哮を上げつつ、首を回して少年を威嚇してくる。

 ついには、右の剛腕で外側に大きく払って来た。

 これを躱して少年は懐に飛び込む。

 そのベルの攻撃前行動に危険を感じ、ヤツは左拳を渾身の剛打で振り下ろしてきた。

 少年は消える様な速度で垂直に飛び上がって躱す。

 空振った巨猿の剛打の威力に広場の石床が陥没し、砕けた石材が周囲へ激しく飛び散る。

 躱したベルは空中へ。以前では考えられないほどの加速跳躍力。広場周囲の5階層の建物の屋上部までが見えるほどだ。

 周囲を素早く見回した後に見上げてきた『シルバーバック』に対し、ベルは物干し用に周辺から何本も架けられているうちの丈夫な一本の綱を弦にして、地面へと矢の如く打ち出されるように加速して一瞬で降下して行く。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおっーーーーーーーーーー!」

 

 『シルバーバック』の巨体を、頭頂から高速に『神の小刀』で一気に切り裂いた。

 

『グァアッ?!』

 

 ベルはまだ止まらない。

 さらに、着地した地面から反射する勢いで、まだ天を仰いでいる巨猿の胸部へ小刀を突き立てた。

 

『ガァッ……』

 

 最後は力の無い声を残して動きが止まる。

 ベルは体当たりで胸部へ刺さした小刀を力いっぱい引き抜いて、後ろへと転がる様に離れる。

 それから僅かに間を置いて『シルバーバック』は、膝を屈するように大きな音を立てつつ前のめりに倒れると、間もなく煙のように霧散した。

 その後にはゴトリと重たい鈍い音を立てて、大きな青紫色の魔石が石床に転がり落ちて来た。

 広場内は一瞬の静寂に包まれる。

 

 

(……………………お、終わった?)

 

 

 最後の攻撃の間は、少年も無我夢中であった。

 すると、先程まで誰も居なかった周囲に、どこから湧いて来たのかという感じで人が溢れて来る。周囲に建つ建物の窓という窓、扉と言う扉から人が姿や顔を出して現れ、大歓声が上がり、そしてそれは大きく周辺へと広がっていく。

 広場内にはまだ、ベルとヘスティアだけであった。

 壊れた通路入口傍に立つヘスティアは、広場中央より少し転がった場所に、ポカンと呆けて紅い瞳の目をぱっちりと見開き、『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を握ったまま尻餅を付いている、白い髪の少年へ抱き付こうと走って向かって近付いていく。

 

「ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーーーーーーー♡」

 

 ベルは自分へと向かってくる、疲れも忘れ零(あふ)れんばかりの最高な笑顔を浮かべる鎧姿なヘスティアを立って迎えようかと考え、優しい笑顔を浮かべつつ立ち上がった。

 正に一つの大団円的瞬間。

 ――――だが。

 

 

 

 今、少年ベルの目の前に、一匹の灰白銀なフサフサの毛並みの体長2Mを優に超える大きな巨体の獣が着地する。

 

 

 

 獣は周囲の建物上から飛び降りて来たように見えた。

 狼のモンスターであった。

 その左前脚が高速な動作に消える。

 次の瞬間、衝撃を受けたベルの小柄な体が広場北側の分厚い石壁に、凄まじい音を立ててめり込んでいた。

 あの『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』が、壁から出ているものの変な方向に曲がり血まみれとなっている少年の右手から力なく落ち、乾いた金属音を立てつつ石床へと転がった。

 眷族の手を離れた小刀は、静かに漆黒の刀身から紫紺の輝きを失うのだった。

 

 

 

つづく




2015年07月05日 投稿


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16. ダメ神様 と 超越する『魔法』

注)一部痛々しい表現があります。


「べ、ベル………くん………………?」

 

 ベルに向って駆けていた、鎧姿の神様の足は一気に失速し、進む歩も直ぐに止まった。

 そうして崩れる様にガクリと膝を付く。

 共に分かち合う歓喜から、一転する惨劇にヘスティアは絶句する。

 今、目の前で勝利を掴み、彼女へ優しく微笑んでくれていた彼は――その場にもう見えない。

 一瞬、視界の右端を掠めるように消えていた。

 

 前方に見えているのは、狼モンスターの大きな灰白銀で艶のある毛並の背中のみ。

 

 神様は、体を小さくフルフルと震わせつつ、首を45度程右へ少年の飛ばされた方にゆっくりと向ける。

 ベルは、公園北側の石壁をその小柄な体で、盛大にひび割れを伴いつつ穿ってめり込み、その床には血を滴らせていた。

 

 ベルを殴り飛ばした狼モンスターの名は『フロストウルフ』。

 出現階層は――27階層。

 噛付きに氷属性を持つ近接特化型で、『シルバーバック』を遥かに上回る凶悪なモンスターだ。

 円形闘技場の檻に入っていたが、ローブ姿の女に「あら……、貴方もいいわね」と言われここに来ている。

 突然なモンスターの登場に、広場の周辺は一変して大混乱となった。

 ベルへの歓声や祝福を送っていた多くの周辺の人々は、波が引いて行くように再び門戸を閉ざしたり、再度この地を離れようと行動し騒然としている。

 

 下の広場からは、そんな喧騒がここまで届いてきていた。

 上空には遠く広く青空が広がっている。

 広場を一望出来る少し離れた建物の屋根の上から、ローブを纏う『美の女神』はその白髪紅眼の少年に起こった突然の不幸な光景に口許へ笑みを浮かべて語る。

 

「子兎に、狼はやはり相性が悪かったようね。今日はもっと、輝きを見せて欲しかったけど……、少し加減を間違えたかしら……ふふっ。また今度ね」

 

 彼女の今回のイタズラな仕掛けは、もうネタ切れのようである。

 だが、間違えたモノを充てがわれた当の子兎本人は堪ったものではない。

 

 『フロストウルフ』は、一瞬後方にいる神様の方へ振り向くも、自らが殴り飛ばし広場北側の石壁に叩きつけた白髪紅眼な少年ベルの方へ、体をゆっくりと向き直す。

 『美の女神』と共に、建物の上から見ていた少年の強さへの警戒はまだ解かない。

 そして、威嚇の唸り声を上げ始める。

 

『ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥッーーーー』

 

 ――少年はまだ生きているのだ。

 

 彼がめり込んだ壁から、砕けた石がいくつも崩れるように落ち始める。

 間もなく叩きつけられていたベルが、体を壁から引き剥がす様に出て来た。

 ヘスティアは、少年が動いている姿に思わず呼びかけるように声を上げる。

 

「べ、ベル君!」

 

 だが、その彼の姿と表情に彼女は固まる。

 ベルは酷くふらついた体に、その表情は激痛へ耐えるように歪んでいた。しかし彼は、神様へ向かって気丈に叫ぶ。

 

「僕は大丈夫です、神様! 危ないですから、こちらには来ないでください!」

 

 少年の姿は、どう見ても大丈夫には見えなかった。

 致命傷な直撃を庇って折れた右手をぶらりと下げ、左足も少し引きずっている。服も鋭く歪に割れていた石の壁面に裂かれズタボロだ。

 おまけに全身打撲で感覚がおかしく、まだ力が思うように入らないのだ。

 ベルは、一瞬目線を床に転がる『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』へと向ける。

 

(くそっ。油断……していた……。ヤツの挙動は見えていたのに―――)

 

 目線を戻した正面にいる狼は、少年の知識にないモンスターのため、一瞬強さが『シルバーバック』に対してどうかと考えてしまったのだ。

 ベルは、初めから持てる全力で行くべきであったと後悔した。

 先程の【ステイタス】更新前なら、何も見えずに死んでいた一撃に思える。

 受けた強力な攻撃力から、『シルバーバック』よりも相当難敵なことが伺えた。

 先程の前足攻撃は右腕で庇わなければ、肋骨ごと右肺を潰され持って行かれていた程の攻撃であった。

 とりあえずベルは、戦闘に邪魔そうな折れてブラついた右腕の手の部分をズボンの背中の内側へと突っ込み固定して少しでも動きやすくする。

 正直、歩くだけでも相当痛いのだ。

 左膝もおかしくなっているようで、現状では走れそうにない。引き摺って歩くのが限界だ。

 それでも――少年の心は折れてはいない。

 

(神様が……見ているんだ。片手、片足でもコイツを倒してやる。『神の小刀』なら多分攻撃は通るはず)

 

 しかし、機会は多くないだろう事は体が訴えていた。

 ――最初の接触に賭ける。

 ベルは落としていた『神の小刀』を慎重にモンスターの様子を窺いつつ左手で拾い上げる。

 漆黒の刀身にあの紫紺の淡い輝きが戻っていく。

 その姿に、ヘスティアは少年に強い闘志が残っていることを知る。

 

(ベル君……もう君は逃げないんだね……。くっ、ボクはどうすれば……)

 

 同じ冒険者として、共にダンジョンに行こうと考えている神様だが、今日は厳しい現実をずっと見せつけられている。

 長い時間を逃げ続ける事も出来ない、スタミナの無い体力。剣どころか包丁もまともに扱えない刀剣オンチ。一転、食事は結構一杯食べるゴクツブシ……。

 ダンジョンではパーティを組む訳だが、このままではベルのお荷物にしかならない気がする。

 

(うわぁ……、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメ神だぁ………)

 

 彼女はベルの窮地な状況と、自分の役立たずさに頭を抱えてしまう。

 今日は確かに、ベルも経験したことが無い階層のモンスターが相手な様ではある。ヘスティアが足を引っ張っても、今日の所はしょうがない状況だ。

 とは言え今後、6階層まで進んでいるベルに、ヘスティアが加わるとなれば、当分は1、2階層で彼女の【経験値】稼ぎを強いる事になるだろう。

 血の滲む、地道な努力で積み上げていかなければアビリティの熟練度は上昇しないのだ。

 

 ――『楽』をしては『強く』なれない。

 

 当然、Lv.も上がらない。

 それらは冒険者にとっての、厳格とした常識であり決まりである。

 そのことは【ステイタス】更新をする側の、神が一番よく知っていること。当然ヘスティア自身も。

 

(だから――ボクは、『アレ』は使わない)

 

 彼女は、初めからそう決めていた。

 

 

 

 

 ついに『フロストウルフ』が壁際に立っているベルへと飛び掛かっていく。

 

『ガゥッ!』

 

 短く吠える様に彼へ牙を剥いて迫って来た。少年との間は直線で10M程あるが一瞬だ。

 ベルは――避けなかった。

 逆にモンスターへ向かい、カウンターを仕掛ける。

 右足だけで地面を蹴った。上昇した熟練度と、あの加速跳躍力に掛けたのだ。

 常人には目にも止まらぬ速さで、『フロストウルフ』の口許に並ぶ牙を躱しつつ、ヤツの頭の左側に抜けながら空中で体を捻り、仰向けになる形でヤツの太い首元に左手で『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を突きさす様に叩き込む―――。

 

 ――しかし、残念ながらベルの体は、地面に叩きつけられるように転がっていた。

 

 彼は、一方的に北壁傍から北東の広場の角位置の近くまで飛ばされる。

 『神の小刀』は狼の体に触れることなく、その前に狼の頭が右側に避けつつ溜めを作ると思いっきり反対へ振られ、ベルの側面へ叩きつけてきたのだ。狼の上半身の振りも加わった強烈な一撃になったのである。

 ベルは『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』をまだ握っていたが、吐血していた。内臓のどこかが痛んだらしい。

 それでも、壊れている左膝を立てて、動く右足の力でヨロヨロと立ち上がる。

 右手がズボンから抜けて右腕はぶらんとしており、こちらの出血が結構ひどい。

 そして容赦なく『フロストウルフ』が、ベルの方へ止めを刺そうと一歩一歩近づいて来る。

 ベルが今いる場所は広場の北東の角位置。

 瀕死の子兎は狼によって、完全に追い詰められていた……。

 

 

 

 

「あぁぁ! ベル君っ!!」

 

 ヘスティアは、初めから『アレ』は『使わない』とそう決めていた。

 しかしである。

 

(愛しのベル君が死んじゃうのは……話が違う! もう『使わない』とか、考えてる場合じゃないぃぃぃぃぃ!!)

 

 『フロストウルフ』がベルに止めを刺す為、7M(メルド)程の距離から、角へ追い詰められながらも『神の小刀』を構えるボロボロな少年へと再び飛びかかって行った―――。

 その絶望的な光景に、ヘスティアは呟くように短い言葉を唱える。

 

 

「『ベル君を守れ』、【オーバー・アシスト】―――」

 

 

 《ドール・ヘスティア》の双眼の瞳が輝き出す。

 

 少年は正に追い込まれていた。

 体中が常時強烈に締め付けられるように痛む。右手は感覚がマヒしているのかそれほど痛みは感じないが、腫れて膨れ始めている。意識も痛みの為か霞んでいる感覚で、視界も一回り狭い感じだ。口の中は血の味がする。鉄の苦さだ。

 もはや立っているのがやっとの状態。

 それでも、まだ最後に――食いちぎられる前の刹那に、『神の小刀』で残った全体力を込めて、モンスターの胸部を刺し貫くつもりでいる。

 ベルは、あくまでも勝つつもりでいた。

 

(神様……絶対に一人にはしませんから!)

 

 ベルの、その視野の左側に小さく神様の姿を捉えている紅き瞳に怯えはない。

 彼の凄まじい気迫を感じて、『フロストウルフ』は全力の手加減無しで飛びかかって来た。

 その時、少年の狼を捉えていた視野の端から、ふとヘスティアの立ち姿が消える。

 

(――っ!)

 

 ベルはそれに気付いたが、モンスターが正に迫る今はそれどころではない。

 だが次に一瞬で上から小さな人影が、モンスターとベルとの間の、目の前に着地する。

 そして気が付くと、猛烈に襲い掛かって来た『フロストウルフ』の牙に、二刀の剣をクロスさせて受け止めている神ヘスティアが立っていた。

 

(なっ――!??)

 

 彼女の戦女神な鎧姿なのは変わらないが、背には先程まで見えなかった淡い輝きを放つ白く大きい翼のようなものも薄らと見えている。

 

「ベル君、大丈夫かい?!」

「か、神様!?」

 

 神々しいが――それも込みで色々と何かがオカシイ。

 ベルには状況が良く分からない。

 いきなり、離れた位置に立っていたはずの神様が、目の前で猛獣相手に戦っているのだ。

 加えてヘスティアは、このモンスターの凄い力で襲って来た体当たり的な攻撃を、微動だにせずクロスした二刀の剣で受け切っていた。

 少年の知る一般人並みな神様が、そんなに強いはずがないのだ。

 『フロストウルフ』は弾かれるように、大きく飛んで後退する。

 再度、モンスターはベル達に向かって飛びかかって来るも、ヘスティアの二刀の剣が完全に防ぐ。氷属性の攻撃も金属な剣には通じないようだ。

 数度それを繰り返して、ベルとヘスティア、そして『フロストウルフ』はにらみ合う形で対峙する。

 ベルはここで、ずっと圧倒的な技量で完封劇を見せているヘスティアへ訪ねてみる。

 

「……か、神様」

「何だい、ベル君」

「その……攻撃しないんですか?」

「えっ?」

「いえ、神様が……その、勝てそうな……気がしますけど」

 

 そこで、神様はしばらく沈黙のあと、彼女は剣を両手に持ったまま、頭を抱えた。

 

「しまったぁ! ダメダメじゃないかぁ……今、『守る』ことしか出来ないじゃないか……どうしよう……あと3分ぐらいしかないよ」

「えっ……? 何です、それ」

 

 《魔法》【超越補助(オーバー・アシスト)】は目的指定速効魔法である。

 目的達成にLv.を超えた、動きの底上げがされる。

 だが、有効時間は5分間。そのあとは最低10分間は使用出来ない。

 《ドール・ヘスティア》に発現した魔法らしく、付属の分厚い解説書には記載されていなかった。もしかすると、依代に『超神力な紺のヒモ』を使ったからだろうか。

 

「えっとね……今のボクは《魔法》で『君を守る』ことしかできないんだ……それもあと3分ぐらい」

「えぇぇっ?」

 

 ベルとしては、まだ神様が魔法を使うなど疑問だらけだが、それは後に回す。

 二人は『フロストウルフ』へとそっと顔を向ける。

 

『ヴゥゥゥゥゥゥッーーー!』

 

 すると牙を剥いて威嚇して来る。この狼は、まだまだ元気そうだ。

 残り3分…………どうしよう?

 その時に、口許から僅かに血を流しながらも微笑んでベルは神様へ言ってくれる。

 

「神様はあと3分、防御をお願いします。僕がアイツに突っ込みます。二人で勝ちましょう!」

「べ、ベル君~~♪」

 

 頬を少し染めつつ神様が『初めての共同作業だね♡』と、そう思った時だ。

 

「あと2分も守って頂ければ十分です」

 

 ベル達は、その涼やかな抑揚の少ない落ち着いた声を聴く。

 同時に静かな着地音で、一人の人物がベルらの傍に降り立った。

 それは、槍ほどの長い木の剣を持ちロングブーツを履いて、緑のショートパンツとフード付きのケープを羽織る覆面姿の少女。

 フードの端から一瞬エルフ耳が見えた。

 

「間に合いました。大丈夫ですか、クラネルさん。すみません、探すのに手間取りました。」

 

 聞き覚えのある声と呼び名からベルは気が付く。それが酒場『豊穣の女主人』のウエイトレス従業員のリューだということに。

 その突然な登場に初めは唖然としていた神様だが、『共同作業』を邪魔された事も少し加わり、少年の知り合いがまた美しい姿な事に結構ムッとした表情を作っている。

 その横で傷による苦痛が増してくる中、ベルは問う。

 

「リ、リューさん? ……どうしてこんな危険なところ……に?」

「クラネルさん。貴方は私達が忙しく困っていた朝の時間、代わりにお願いを引き受けてくれました。そして、それをきちんと果たされた。私は、財布を受け取ったシルから、モンスターに追われている貴方を助けて欲しいと頼まれたのです。私達のお願いを引き受けて頂いた中で、災難に巻き込まれたのです。ですから、ここでお助けするのは当然なのです」

「でも、そのモンスター強ぃ――」

「フロストウルフですね。大丈夫です。すぐに倒します」

 

 リューはベル達を置いてその前方へとゆっくり進み出る。

 『フロストウルフ』が、そのリューへ猛然と噛付き攻撃を仕掛けた。

 しかし、彼女はその突進をひらりと右へ躱すと、擦り抜け様に狼の灰白銀の巨体の側面を、右手に持つ木の剣で左斜め下から右斜め上へと切り上げて裂いた。

 

『クゥッン!』

 

 凄まじい衝撃と斬撃に飛ばされ、『フロストウルフ』が悲鳴のような鳴き声を上げつつ、東の石壁に激突する。

 リューは間髪入れず、狼へと木の剣を突き刺した。

 すると、『フロストウルフ』は声を上げる間もなく煙のように消え去り、その紫掛かった色の大きな魔石が鈍い音を石床に響かせ転がった。

 

「……リューさん、冒険者……? つ、強い…………」

 

 この場の神様を襲うモンスターが消えた事と、圧倒的に強いリューの登場に『もう大丈夫だ』と張りつめていた緊張が解けたのか、ベルは唐突にその場へ崩れる様に倒れていく。

 

「べ、ベル君!?」

「クラネルさん?!」

 

 手に握っていた剣を放ってヘスティアが少年を抱き締め、リューが駆け寄るも、ベルがその場で再び目を開けることはなかった。

 その様子を、少し離れた建物の上からフレイヤは静かに見届ける。

 

「ふふっ、絶望的な中でも頑張ったわね。それにやっぱり、この程度で死ぬ子ではなくて安心したわ。また遊びましょう、ベル。まぁ、ヘスティアには少し悪い事をしたわね。……それにしても、ダメなあの子は『アレ』を使って何をする気かしらね」

 

 呟くような言葉を残し、『美の女神』はその場から静かに去って行った。

 

 

 

 

 どれぐらい寝ていたのだろうか。瞼を閉じているベルに意識が戻ってくる。

 周りはとても静かだ。何やら近くに規則的な寝息の音が聞こえて来る。

 ふと頭の中に、モンスターと闘っていたことを思い出した。

 そして倒れる直前までは凄まじい激痛に耐えていたが、今は嘘のように引いていることも。

 少年は反射的に目を一杯に見開く。

 どうやらベッドに寝かされているようだ。

 そして、見慣れた所々隙間の空いた天井に頑丈な石の壁。

 ここは廃墟な教会の地下室。【ヘスティア・ファミリア】のホームであった。

 高い位置へ掛けられている時計を見ると、もう夜の7時を回っていた。

 気が付くと、鎧姿ではないいつもの神様がベルの横へ添い寝するように、同じ掛け毛布の中に可愛い寝顔で眠っていた。

 ベルは少し慌てる。彼女の目を閉じた幼顔が凄く近かったからだ。

 同時に、聞こえていた規則的な寝息の音は、安心しきって休む神様のものだと気付く。

 

「ふふっ……離さないよ……ベル君~、あ~ん……へへっ。……両想い……だぜ……」

 

 彼女の寝顔がデレデレなものに変わっていく。何やら気になる単語もあるが、幸せな夢を見ているのだろう。きっとそうだ。

 少年は、邪魔をしないようにゆっくりと起き上がる。

 すると服が破れていない真面な服に変わっていた。

 

(………………。ありがとうございます、神様)

 

 少年はこれも神様の『純粋な優しさ』だと感謝し、深く考えない事にする。

 ヘスティアの眠る側のベッドの横に、高等回復薬(ハイ・ポーション)の空瓶が転がっていた。神様が以前、【ファミリア】結成のお祝いを貰いにいったおり、ヘファイストスからガメで来て少年には隠していたものだ。

 これのおかげで、右腕の骨折や出血、左足膝の重症部分を含め概ね回復したのだろう。

 ベルは知らないが、あの後すぐ、リューが神様に続いて廃墟な教会の地下室の傍まで少年を運んでくれていた。ヘスティアが、ホームに高等回復薬(ハイ・ポーション)があると告げたからだ。

 最後は【神の恩恵】を受けている《ドール・ヘスティア》がベルを何とか背負って地下室まで帰って来た。あとは『甲斐甲斐しく』神様が頑張って今に至る。

 

(今日を生き延びれて良かった。シルさんとリューさんには凄く助けてもらったけれど。でも、神様を一人にしなくて本当に良かった)

 

 少年は、ヘスティアの寝顔に向かい、静かに笑顔を浮かべる。

 明日にでも『豊穣の女主人』へ行ってお礼を言いにいくつもりだ。

 ベルは静かにベッドから起き出して、夕飯の用意を始めた。

 出来上がった頃に、お腹を空かせた神様が起きて来るだろうと。

 その時に色々な疑問についての答えを、神様から教えてもらおうと少年は思っている。

 

 

 

つづく




2015年07月06日 投稿




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17. パーティ と サポーター

 ベルは暖かい感覚の中、ゆっくりと意識が覚醒する。

 そして印象深かったのか思い出す。昨日は大変な一日になってしまったと。

 祭りだと言うのに、人探しも有り終始ゆっくりと出来ず、揚句に自分達が命懸けの見世物まがいな事になっていたのだ。

 しかし――今朝もトンデモナイ状況で彼の一日の幕は開ける。

 頬に癒し的な包み込む暖かい感覚。いい匂い。

 左右に頬を動かすと、一部ぽっち的なモノも一瞬感じたが、全体は程良い弾力を持ち柔らかい……スリスリ。

 それは大きく二つ……二つ?

 

(えぇっ!?)

 

 少年は目を開けた。

 ベル君ベッド、通称『ベルベッド』は、神様に抱き締められていた。

 昨晩も彼は、体調が万全じゃないからと言われ、神ヘスティアにベッドへ引き摺りこまれていたのだ。

 今、神様は仰向けに寝ているベルの上で彼の頭へ覆い被さるように寝ていた。

 彼女はその豊かで柔らかい胸を、少年の横顔に押し付けるように彼の頭を抱き抱えていた。

 

(か、神様?!)

 

 少年の顔が赤くなる。ドキドキし始める。

 こ、これはまさか『愛情表現?』……と少年が思った瞬間、髪の毛に違和感が。

 なにか、ガジガジされている。

 

「むにゃ。ベル君……これ、皮も美味しいぜ……」

 

 彼は――食われ掛けていた。

 

「神様っーーーーー!」

 

 

 

 

「ごめんね、悪かったよ、ベル君」

 

 朝食を用意するベルへ、漸く起きたヘスティアは可愛く寄り添うように謝っていた。

 今晩も……いや、これからも毎日、彼には同じベッドへ寝て貰わないといけないのだ。

 

「もう、気を付けてくださいね、神様。僕、変な勘違いしちゃいますから」

 

 そこはベル君、大いに勘違いしてくれていいんだぜと、彼女は強く思っていた。

 しかし、少年がそういう行為が好きなのか、煩わしく思うのかまだ良く分かっていない事もあり、口に出し面と向かって告げるには時期尚早に思えた。

 おまけに見ていた夢は、巨大なジャガ丸くんの丸かじりであったし……。

 

「うん、かじらないように気を付けるよ♡」

「そこじゃないんですけど」

 

 ヘスティアは満面の笑顔で答えてあげる。それに、しかたないですねとベルも優しく微笑んでくれた。

 彼女は、慎重に少年へのラブとエロを求めていく。

 朝食が終わり、仲良く歯磨きタイム。

 動作シンクロ率は絶好調だ。もちろん胸はバインバイン♪

 神様は内心、ちょっと彼が感心を持ってそれも見てくれると嬉しいなと思っているのだが。

 

「僕は今日もダンジョンへ行くつもりですけど、神様は、ホームで読書ですか?」

「ん? えっと、ボクもちょっと後で出かけるよ」

「そうですか」

 

 結局、昨晩ベルは、晩御飯の時にあの不思議な魔法の件について尋ねるも、神様にはぐらかされてしまった。それはあくまでもあの鎧に付いていた魔法だと言われたのだ。そしてその鎧は拾った所に返したと言う。確かにベルが起きた時には鎧はもう無かった。高価な高等回復薬(ハイ・ポーション)については、貰い物だから返済の心配はないと聞かされている。

 

「じゃあ、僕は『豊穣の女主人』にお礼に寄ります。荷物も預けっぱなしなので。それでギルド本部に行った後にダンジョンへ潜ってきますので」

「ベル君。今日も、まだ無理しちゃだめだからね。特に今日は! 絶対に、ぜーったいに『3階層以下』には潜らない事っ!」

「えっ!? は、はい……分かりました」

 

 何か神様の言葉に力が入っていた。

 いくらなんでも1、2階層だけとは階層が浅すぎると思ったが、初めて酷い骨折を含む死ぬかもしれない程の重症を負った次の日なのだ。偶には基本の確認もいいかとベルは考える。

 

「では、行ってきます」

「うん、よろしくね♡」

 

 やたらにニコニコな笑顔の神様に可愛く手を振られ、ベルはホームの部屋から見送られる。

 

(ん、よろしくね? ……って『豊穣の女主人』への挨拶の事か。リューさんとシルさんには助けて貰ったから)

 

 そんなことを考えながら少年は、地下室からの階段を上がって行った。

 

「ふふふっ、ベル君。ダンジョンで会おうぜ」

 

 少年は閉まった扉の向こうで、神様が小さく呟いたその言葉に気付くことなかった。

 ヘスティアは徐(おもむろ)に岩壁の扉を開けて、甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)に燃料の神血(イコル)を注入する。

 依代により意識はすぐに繋がる。

 鎧姿の《ドール・ヘスティア》と神様が並び立つ。

 まだ慣れていないが分身的なモノなので、同時活動も可能なのだ。視覚的には左右半分ずつ見えている感覚。少し意識すればもう一方の視覚をオーバーラップさせ左右を満たすことも出来る。

 

「さてと……ベル君、君がダンジョンに出会いを求めるのは間違っていないよ。君とボクがそこで出会うのは、もはや運命なんだから♪」

 

 そうしみじみと一人で語ると、《ドール・ヘスティア》はホームを後にした。

 

 

 

 

 

 ダンジョンを探索する時、冒険者単独の場合はモンスター対戦、魔石拾い、アイテム運搬等を全て自分で熟す。

 だが下層へ進むと、一人では抗しきれなくなり、複数人でパーティを組むことになる。

 その時、概ね役割の分担化が進む。

 役割の中で戦闘力が低い者は、自然な流れで魔石拾いやアイテム運搬などパーティのバックアップ的な作業を務める。

 そう言う役割の者をサポーターと呼ぶ。

 

 ここに一人の小柄な女の子のサポーターがいた。

 そして――虐げられていた。

 

「おい、何してやがる! ちんたらしやがって、能無しが!」

 

 夜中にダンジョンへと潜っていた一組のパーティ。

 その冒険者に、彼女は傲慢な言葉を浴びせられていた。

 その子は身長ほどな縦横の大きさがあるバックパックを背負っている。

 

「碌に仕事も出来ねぇ足手纏いめ、無駄な報酬なんぞ払う気ねぇぞ」

 

 彼女の知る典型的な冒険者の台詞である。

 

(もともと、当初の額を払う気なんて無いくせに)

 

 彼等は弱者にどこまでも残酷だ。

 そして彼らは決まって言う。

 

「モンスターに囲まれた時は、お似合いのいい仕事をさせてやるからなぁ」

 

 下卑た顔で笑いながら。

 彼等が逃げ出す為、モンスターの囮に弱者が丁度いいというのだろう。

 

(――全く、冒険者とは見限るのにお似合いの奴等ですね)

 

 彼女の目は細まりを増していく。

 

 

 

 

 

 酒場『豊穣の女主人』に寄ったベルは、皆に手厚く迎えられる。

 少年は、噂やリューからも聞いたらしい女将のミアに、「シルバーバックを一人で倒した後で、フロストウルフ相手に良く生き残った」と頭を撫でられ、ウエイトレス姿のシルには、逃がしてくれた姿が「凄くかっこよかったです」と抱き付かれるように言われお弁当を手渡され、エルフのリューには、「御無事で良かったです、クラネルさん」と手をまたしっかり握られ、アーニャらには「白髪頭、よくやったニャ、ありがとうニャ」とお礼を言われた。

 また夕食でも食べに来ますと告げると、預けていたバックパックを受け取り、開店準備に忙しいお店であったが20分ほどお邪魔して後にする。

 店を出る時に、再度「ちょっといいですか」とリューに声を掛けられる。

 そうして、ベルはギルド本部のエイナの所に顔を出した。

 

「ベル君! もう動いて大丈夫なの?」

 

 彼女も、ベルのモンスターを退治する活躍と怪我の状況を目撃していた『ダイダロス通り』の住民らから話を聞いたらしい。

 ベル達は窓口の横に設けられた、観葉植物や机もあるソファー席に座って話す。

 逃げたモンスター達は【ガネーシャ・ファミリア】の管理するモンスター達であったのだ。それを協力して倒したベルへは、報奨金も贈られることになっていると伝えられる。

 だが、フロストウルフを倒した人物は不明だと言う。

 

「ベル君は誰か知らない?」

「あっと、いえ、知らない方でしたので……」

 

 そう、店を出る時にリューに口止めを頼まれていたのだ。神様には言っていたらしいのだが……。詳しい理由は聞かなかったが命の恩人の頼みでもある。エイナには凄く悪いが、ここは知らないふりを通した。

 

「そうかぁ。でも、ベル君、シルバーバックもだけれど、フロストウルフを前に良く生き残ってくれたわ。本当に凄いわよ。あの狼は中級冒険者でないと対抗出来ないモンスターなんだから」

「正直、助けてもらわなければ、一人では危なかったです。凄く動きが素早くて」

 

 ベルは、『負けていた』とは言わない。それは神様を一人にしてしまうということだから。

 

「ベル君はその格好だと、もしかしてこれからダンジョンへ?」

「ええ。まあ今日は、体調もあるので凄く浅い1、2階層だけにしか行かないつもりですけど」

「そうね、今日はそれがいいわよ。一人でシルバーバックを倒したぐらいだから、装備がきちんとしていれば10階層ぐらいまでは行けると思うけど、油断は絶対にしない方がいい。万全になってからで十分よ。焦ってもいい事は少ないから」

「はい」

 

 じゃあ、とベルは席を立ちエイナと別れ、ダンジョンへと向かう。

 

 

 

 

 

 ダンジョン。

 そこは、彼女には厳しすぎる場所かもしれない。

 

「うわぁぁーーーーーーーーー! 来るな、近寄るなぁ!」

 

 摩天楼施設(バベル)地下一階から一階層目に降りて、ダンジョンに踏み込んで僅か歩三分。

 右手に石斧を振りかざす一匹の小柄なゴブリンに追われて、戦女神な姿の神様が逃げていた。

 今日の鎧姿はブレストアーマーと手甲や盾も装備された完全版。見た目は露出も高く、耳にも金属の羽飾りが有り、胸部も強調されていて『ロリ巨乳』が際立ち、肩や踵やつま先が尖っていて凄くカッコ可愛く見えている。

 しかし、逃げ回る姿は華麗さに欠けていた。必死である。

 ヘスティアは、そのゴブリンへの遭遇当初、剣を抜いて対峙した。

 そして果敢に切りかかる。

 しかし、まともに当たったはずが、殆ど切れていなかった。

 怒った小柄なゴブリンは石斧で猛烈に反撃して来た――。

 そう神様には見えているが、遠目には広めで明るい通路をヨタヨタした小柄なゴブリンにつけられているだけである。

 そんな、少し和みそうな追いかけっこを少年は見つけてしまった。

 

「か、神様ぁっ?!」

 

 『運命の出会い』……には程遠かった。

 しかし、一応【ヘスティア・ファミリア】初のパーティ結成の瞬間であった。

 

「ベッ、ベル君!? くっ、見ていてくれ、今、ボクの華麗な一撃がコイツに炸裂するぜっ!」

 

 あたふたと逃げていた神様が、急に立ち止まると振り向き様で両腰の二本の剣を交互に抜き放つとモンスターへとそれを振り下ろしていく。

 しかし――どちらも豪快に空振っていた……。

 おまけに、神様は目を瞑っている。それは達人でもない限り当たるはずがない。

 更に目を瞑ったままで、「はぁぁぁっーー! とうっ!」と二本の剣を振り回していた。

 

(神様ぁ……。き、危険すぎる……)

 

 ある意味、モンスターよりも。

 少年の額に涼しい汗が流れる。

 ベルはしょうがないので、この階層ではすでに圧倒する【ステイタス】を武器にする。 昨夜の時点での彼の各熟練度は以下。

 

 力:C601 耐久:F305 器用:C619 敏捷:B733 魔力:I0

 

 小柄なゴブリンの首と石斧を掴んで、神様の斬撃の軌道にそっと移動してやった。

 神様はいい感じの手ごたえを感じ目を開ける。

 小柄なゴブリンは地面に倒れていた……。

 そして、霧のように消えると魔石の欠片が転がった。

 

「ど、どうだい、ベル君! ボクのこの冴え渡る技前は!!」

 

 ベルは、少し後悔した。

 変な形で調子に乗せてしまったかもしれないと。

 ここは早いうちに一度、神様には悪いが痛い目にあった方が良いかもしれないと思った。

 

「でも神様、なぜここにいるんです?! 神様はダンジョンに入ることは禁止されているはずですよね。それに、その鎧は拾ったところに返したのでは?」

「あはははっ。いや、ベル君と一緒にダンジョン攻略をしようと思ってね。その方が稼ぎもいいだろうし。この体は写し身の借り物だから、神の体じゃないぜ。だから、規則違反はしていないよ。それに、鎧を拾ったのは実はホームの地下室なんだ」

「えっ、ええええぇっ?!」

 

 ヘスティアは、言い方を変えていただけで、嘘は言っていなかった。

 少年を脅かす為、そして愛しいベルとずっと一緒に居る為に。

 このあと、初めは追い掛け回され石斧に数回殴られる神様を、散々苦労しながらベルがサポートをしてやり、数匹ゴブリンを倒させた後、昼食になった。

 ベルはシルの作ったお弁当を、神様はホームでパンを食べる。

 《ドール・ヘスティア》は味も分かり食事は出来るが、燃料には殆どならない。なので本体側で普通に食事を取る方が良かった。

 ヘスティアはベルのお弁当に目線がいく。サンドイッチの様だが手が込んでいるのが見て取れた。

 

「ベル君、それはどうしたのかね? ホームを出る時には無かった気がするけど。市販にしては手が込んでいるね」

「えっと……、朝『豊穣の女主人』に寄ったんですが、シルさんが作ってくれていて……」

「ふうん……そうかいそうかい」

 

 今日、神様は大目に見過ごした。昨日の只のお礼なのかもしれないからだ。

 ベルもそれに気が付いていた。

 明日以降もダンジョンへ神様が来るのだろうかと。

 そうすると、結構お弁当を作ってもらっているのが知られてしまうのではと……。

 昼食が終わり、また苦労しながらベルがサポートをしてやり、ゴブリンを倒していく。

 そして最後に、神様は小柄なゴブリンを一匹だけ自力で倒していた。

 

「いやあ、ボクもやれば出来るもんじゃないか、ベル君!」

 

 ダンジョンから出て来た神様はご機嫌であった。

 二人は早めにダンジョンを後にする。

 まだ日は少し傾いたところであった。

 一応換金するため、そして、神様がギルドに冒険者の申請するためにギルド本部へと向かった。

 窓口での換金の後、神様からの申し出にエイナさんが驚く。

 

「えっ、神であるヘスティア様がダンジョンへ?!」

「違うぜ。ボクはヘスティア自身の使うアイテムの一つに過ぎない。本体はホームにいるよ。でも【ステータス】はあるんだよ。【神の恩恵】である【ステータス】があればアイテムでも問題なく登録できるはずだよ?」

「えっと……」

 

 エイナはそんな変わった対応は初めてであった。

 一応、エイナは《ドール・ヘスティア》にその【ステータス】を確認させてもらう。

 そもそも、アイテムに【ステータス】がある物を始めて見たのだ。

 ヘスティアの方がアドバイスする。

 

「確か、年代別に特記事項をまとめた別冊が資料庫にあるはずだから、それを先に確認して見たまえ」

「は、はい」

 

 エイナは席を立ち奥に入っていく。数分経つと、上司を伴って出て来た。

 その上司はエイナへ何か指示を出している。

 そうして、エイナは席へと戻って来た。

 

「ありがとうございます。確かに、二百六十年ほど前、同様のアイテムが最後に登録された形跡がありました。その前までは数年に一度ぐらいで登録されていたようですが、随分久しぶりのようです。とりあえず、登録の手続きに入りますね。こちらへ記述をお願いします」

「はいはい」

 

 そうして、神ヘスティアは冒険者登録されていく。

 神が登録されるのは、実に二百六十二年ぶりのことであった。

 

 

 

 

 手続きに時間が掛かるという事で、ベルは先に買い物を済ませる為、一度ギルド本部を出た。

 そうして静かな路地裏を通っていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえて来る。

 大小あり、それは二人の人物と思われた。

 ふと、少年は近くの脇道を覗き込む。

 

「あうっ!」

「えっ?」

 

 偶然だがその間が悪かった。丁度肩がぶつかってしまった。

 力の差に負け、ぶつかった方の人物が少し弾かれてベルの前に転がる。

 それは神様より更に低い身長に、細い手足のパルゥムの様であった。

 パルゥムは、食べたり踊ったり、騒いだりすることが大好きな亜人(デミ・ヒューマン)

 

「すみません、大丈夫ですか?」

「うっ……」

 

 よく見ると女の子だ。

 容姿は幼く、何もかも小ぶりな顔立ちで、その大きく円らな瞳が印象的。

 彼女を少年が起こそうとしたとき、一人のヒューマンのまだ若い感じな男性が現れる。

 

「追い付いたぞ、この糞パルゥムがっ!」

 

 その、憤った声が少女を気の毒に見える程怯えさせる。

 男の方は冒険者のようだ。

 

「もう逃がさねぇ、覚悟しやがれ!」

 

 その凄い表情と襲いかねない勢いに、ベルは少女との間に自然と立っていた。

 

「あ、あの、この子に今から何をする気ですか……?」

 

 少年の行動と発言に、若い男性冒険者はベルへ目線を向ける。

 

「あぁ? お前には関係ないだろ、ガキ。邪魔だ、どきやがれ」

「一度落ち着いた方が……」

 

 部外者のベルの割り込みに、彼は更に苛立ちが増している様に見えた。

 

「なんだ? お前、この糞チビの仲間か何かか?」

「し、初対面ですが」

「じゃあ、どいてろよ。死にてえのか?」

「で、でも小さな女の子だから……」

「何、言ってんだ?」

 

 ベル自身も、見知らぬ女の子を庇っているのはどうかと思うが、実際に体が動いてしまうのでしょうがなかった。

 男として、少年には女の子が襲われていたら助ける事が、普通の事だったから。

 

「めんどくせえ、……まずてめえからぶっ殺す」

 

 その気の短い冒険者の男は、後ろに手をやると背中側な腰の剣を抜いた。

 それに反応して、ベルも『神の小刀』を構える。

 その時に、少年は強烈な視線を感じた。

 パルゥムの女の子の目が、ベルの手に握られた紫紺の淡い輝きを放つナイフへ吸い寄せられるように見入っている。

 だがベルはそれどころでは無い。初めての対人戦なのだ。モンスターとはわけが違う。

 ずっと怖い、汗が止まらない。

 そんな、少年の怖じ気づくような雰囲気を察して、冒険者の男は一歩堂々と間合いを詰めて来た。

 思わず一歩引きそうになったが、ベルは耐える。男として引けないと。

 引かないと分かると、冒険者の男は――切り込もうとしてきた。

 

「やめなさい!」

 

 今という間で鋭い威圧の声が掛かり、冒険者の男は機を逸しそこで止まる。

 それは美しい髪と整い過ぎた顔立ちに、突き出ている鋭角的なエルフの耳、空色をしたアーモンド形の瞳。

 そこにはウエイトレス姿で大きな紙袋を手に持った、『豊穣の女主人』従業員のリューが立っていた。

 

「次は、エルフだと……。テメエ何なんだァ!?」

「その方は、私の友人で、私のかけがえのない同僚の大切な方です。手荒な手出しは許しません」

「どいつもこいつも、俺の邪魔をするんじゃねぇ! 殺されてぇのかッ、ああ?!」

 

「――吠えるな」

 

 少し低いゆっくりとした、そのエルフの言葉だけで場が凍る。

 圧倒的な威圧感が、彼女から広がった。

 その力を感じ、冒険者の若い男は、目が大きく見開かれて固まった。

 

「手荒な事はしたくありません。いつもやり過ぎてしまうので。どうか……お引き取りを」

 

 静かな口調だが、「次の言葉はない」と聞こえた。

 気が付けば彼女の手に抜かれた小太刀があったのだ。ベルも抜いた動作に気が付かなかった。

 

「く、くそぉ……」

 

 それを見た冒険者の男は、顔を引き攣らせ小さくそう言い残すと、踵を返して去って行った。

 

「余計な事をしてしまいましたか? 貴方なら何とかされたと思いますが、つい……」

「い、いえ。助かりました。ありがとうございます。リューさんは何故ここへ?」

「夜の営業に向けての買い出しでこの近くに」

「そうですか」

 

 ここで、リューは当然の疑問を聞いて来る。

 

「ところで、貴方はなぜこんな状況に?」

「あっ、そうだ。あの子は、って……あれっ?」

 

 先程いた場所や周囲にその姿は見当たらない。

 

「誰か居たのですか?」

「ええ。幼そうで小柄なパルゥムの女の子が、あの男に追われていたので。切り合いになりそうだったから、怖くなって逃げたんじゃないかな」

「そうでしたか……」

 

 彼自身でも、逃げ出したいところだったのだ。か弱い小さな女の子には無理もない状況に思えた。

 

「では、私はこれで」

「はい、本当にありがとうございました」

 

 そうして、ベルはリューと別れて、目的の買い物を済ませると、ギルド本部で手続きをしている神様のところまで戻って行った。

 その夜、ベルはシルやリューへの御礼もあって、少しだけのつもりで酒場『豊穣の女主人』に顔を出す。

 しかし結局、山盛りのナポリタン他数品を注文されてしまう……良心価格ではあったが。

 そして、彼は帰りが遅くなった詫びにと、神様のベッドへ引き擦り込まれて眠ることになった。

 ヘスティアが、酒場へ行くのを許可したのはそのためである――。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 再び神様はベルの上で気持ちよく目覚める。

 ヘスティアは、もうすっかりベル君ベッド無しでは寝苦しい感じであった。

 ベルとしては寝る時に、神様とは少し離れて寝ているのでいつも油断してしまう。

 だが、朝になるとスヤスヤと上に乗られている形だ。それも温かく、不思議ととても心安らいで寝ていられ熟睡出来てしまえるので、少年もイヤな気はしていない。

 さて今日、神様は個人的な用があるといい、ダンジョンへはベルだけで行く事になっている。

 

「じゃあ、神様、行ってきますね。本当に、今日はダンジョンへ来ないんですよね?」

「うん、今日は本当にちょっとやらないといけない事が有ってね」

「分かりました。じゃあ今日は一人で行ってきます」

 

 そう言って、いつも通りにベルは、ホームの廃墟な教会の地下室から出かける。

 少年は、酒場の前を通り皆と挨拶を交わし、そうしてギルド本部へ寄ったが、しかしそこで7階層を目指すと言う相談をすると、エイナに今の防具の無い装備を咎められた。

 

「アドバイザーとして伝えます。君の【ステータス】が高くても、6階層以下に降りるのなら、きちんとした防具を装備の上でないと許可できません。これは君の為だから厳守してね。今から、場所を教えるから、摩天楼施設(バベル)の上層できちんとした装備を購入して来なさい。それと、これ。この間の褒賞金よ」

 

 そう言って、10000ヴァリスを手渡してくれた。

 ベルはこれで今、手元の所持金が18500ヴァリス程になった。

 少年は、エイナの心配してくる気持ちに感謝し、アドバイスに従って装備購入の考えを伝える。

 そして、笑顔に戻ったエイナの紹介してくれた指示に従い、バベルへと上る。

 バベルには昇降機があり、それに乗って移動する。

 まず、最終目的のフロアの一つ下で降りて見識を広めなさいと指示があった。

 そこは、高価な上級装備アイテムが並ぶお店が犇めいていた。

 

(僕には少し場違いかなぁ……)

 

 そう思いながらも憧れの気分から回り始める。

 陳列窓には見るからに豪華な金や宝石を使った剣や鎧に盾等の武具が並ぶ。

 値札がどれも数百万、数千万ヴァリスと、家も買える程の値段のものばかりだ。

 今の身形では、どう見ても釣り合わない装備。

 その中でもやはりこの、壁面が赤く間口も広いへファイストスのお店は別格である。

 ここの陳列窓へ並ぶ商品には価格が、なんと1億ヴァリスを超えるものもあるのだ。

 

(今持っている、あの『神の小刀』っていくらぐらいするんだろうか……)

 

 そう考えつつ思わず見入っていると、ベルへと可愛い声が掛けられた。

 

「いらっしゃいませーー! 今日は何の御用でしょうか、お客様!」

 

 そんな聞いたことのあるような声の、可愛いミニスカな売り子の制服姿の小柄で胸の大きなツインテールの店員さんだなぁ――っと少年はその子の顔を見て驚く。

 

「か、神様?! 何をやっているんですか、こんなところでっ!?」

「………」

 

 営業スマイルの顔が、無言のまま徐々に引きつって行く。

 今日神様は、『やらないといけない事』が有ると言っていたが、それがへファイストスのお店でのバイトであったとは。

 ヘスティアは静かに話し出す。

 

「……いいかいベル君、今あったことは全部忘れて、目と耳を塞いで大人しく帰るんだ……ここはまだ君の来るところじゃない。ボクにはやらなくちゃいけない事があるんだっ」

 

 ベルが神様の右手を掴んでいるが、顔を背けて逃げようとする。

 そこへ店の中から太い声が掛かる。

 

「こらぁ、新入りぃ、どこ行きやがったぁ。遊んでんじゃねぞ! とっとと仕事しろぉっ!」

「はぁーい!」

 

 その怒声に、神様は少年の手を振り切って、ぴゅーとお店の中へと飛んで行った。

 

「あぁぁ、神様ぁ~」

 

 ベルは複雑な気持ちで見送る。

 ここでベルに黙って働いているという事は、間違いなく『神の小刀』の対価と思われる。一体どれほどの期間バイトを課されているのだろうか。

 少しの間その場にて、店内で忙しそうに働く神様を思っていたが、今の少年は神様の仕事の邪魔にしかならないと考え、昇降機で上の目的地である八階を目指した。

 到着し降りて、周辺の店の陳列窓を見る。

 結構いい感じの防具や剣の武具が有った。

 その値段を見ると――数万ヴァリスとなっている。

 

(えっ?! 驚きだなぁ……。頑張れば十分買えそうな金額だよなぁ)

 

 エイナさんに教えてもらったこの階の一角にも、【ヘファイストス・ファミリア】の眷属作品を並べたお店があると言うのだ。

 そのため、ここには掘り出し物がそれなりに有るという事である。

 しかしどうやら、名門【ファミリア】の中でも作者による値段の差はあり、腕があっても駆け出しの者は十分安い値段になるみたいだ。ベルはここへ来てそれを初めて知って驚く。

 確かに手ごろな値段で、いい品が有ることにベルは目を見張る。

 俄然、購入意欲が出て来ていた。

 そうして、防具が並べられている区域に入る。其々木箱に纏められて無造作に多数売られていた。

 ふと、ベルはその中に並ぶ木箱に、これはと思う一式揃ったライトアーマーを見つける。

 小柄のブレストプレート、肘、小手、腰部。最低限の箇所のみを保護する感じの物だ。

 びっくりしたのはその軽さである。

 そして、なんと言ってもサイズがおそらくピッタリということだ。

 制作者の名は【ヴェルフ・クロッゾ】。ベルはこの人の作品が気に入った。

 【ヘファイストス】ブランド名は、まだ許されていないみたいであるけれど。

 値段は9900ヴァリス。

 

(報奨金があって良かったぁ)

 

 ベルはこの防具を購入し、直ちに装備した。

 予想通り付け心地は、まさにベル用に誂えた風であった。

 そうしてベルは再びギルド本部のエイナのところへ赴くと、6階層以下への降下許可を貰い、ギルドを後にする。

 そうして、地下のダンジョンへ向かう前にバベルの周回路へ一旦、昼食の買い出しをと出た。今日はシルさんは寝坊したらしく、申し訳なく挨拶された。ベルとしても好意なので毎日当てにしている訳では無い。

 適当な軽食を購入し、再びバベル内へ入ろうと戻って建屋傍へ来た時の事。

 

「お兄さん、お兄さん、白い髪のお兄さん」

「えっ?」

 

 ベルは、女の子な声を掛けられ立ち止まり振り向いた。

 すると大きな荷物だけが眼前に見えて、声は下から聞こえたため目線を落とす。

 その子の身長はおよそ100C(セルチ)程。

 クリーム色な少し大きめのローブで全身を包んでいて、僅かに栗色な前髪がはみ出しているが深くフードを被っていた。

 背のバックパックは、彼女の身長以上の縦横があり、何倍も重そうに見えている。

 しかし少女の動きから、彼女にとって『重い』ということは無さそうだ。

 再度フード越しの円らな目の少女を見て、少年は一瞬その視線と雰囲気に、昨日の路地裏での既視感のある子に見えたが、彼女の可愛いらしい声にその思考は破られる。

 

 

 

「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターなんか探していたりしていませんか? あっ、リリの名前は、リリルカ・アーデです!」

 

 

 

つづく




……リリカルじゃないんだよね。


迷宮都市オラリオに、ある日、天才魔法少女が誕生する。
『魔法少女リリカルアーデ』
彼女は人知れず、姑息でいじわるな冒険者達を変身魔法で次々と懲らしめていく――。

キメ台詞はもちろん、

「お兄さん、リリカルでマジ狩りますよ♪」

そんな感じで始まります(イヤハジマラナイカラ 笑


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