やはり俺が本物を求めるのはまちがっている。 (なかた)
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今も比企谷八幡はあきらめている。

 友達とは学園生活において必要な物なのだろうか。

 もちろん、友達を持つ事を否定しているわけではない、

 だが、お互いの傷を舐めあうだけの、お互いの足を引っ張り合うだけの

 友達などお互いにとって損しかないだろう。

 そして、俺が今まで見てきた友達同士と言う物はそう言う友達でしかなかった。

 例を挙げよう。彼らは集団で帰宅している時に、皆で万引きと言う犯罪行為に

 手を染め、それを若気の至りと言って盛り上がっていた。

 試験でお互いレベルが低い点を取り、にも関わらず、

 俺の方がちょっとよかったなどと言ってレベルの低い争いまでしていた。

 万引きと言う行為は決して許される物ではなく、恥ずかしむものであるはずだ。

 ましてやそれをネタに盛り上がるなど正気の沙汰ではない。

 テストで悪い点を取れば、反省すべきであり、

 同じ所に居る奴を見て安堵するのではなく、

 もっと上を見てこれまで姿勢を反省し、真面目に勉学に励む物だろう。

 なぜ彼らがそうしなかったのか。それはお互いに足を引っ張り合うような

 友達と言う物がいたからであろう。

 そして、彼らは友達が居ない者達を敗者だと馬鹿にする。

 昼休みに一人でパンを食べていれば、時折蔑んだ目を向け、

 またある時はひそひそ話のつもりなんだろうかと思うくらいのでかい声で

 こちらの悪口を言っているのだ。

 確かに友達が居ないと言うのは寂しい事なのかもしれない。

 だが、だからと言ってそれを敗者だと言えるのだろうか。

 過去の偉人達の中にも、友達が少なかった人達もたくさん存在した。

 それに、友達が居ないと言う精神的な苦痛に耐え忍んだ者はより精神的にも

 成長するだろう。

 よって、中途半端な友達を作るよりも、友達が居ない方が良いのである。

 結論を言おう。

 俺に友達なんていらない。

 

 

 

 

 

 

 

 我ながら上手い事書いたなと思うこのレポートを、自信満々で提出をしてみたその翌日に国語教師である平塚先生に呼び出されて、レポートを大声で読み上げられた。

 おかしいなあ。何か俺は間違った事を書いただろうか。確かテーマは『高校生活を振り返って』だったはずだ。

 俺は自分の高校生活を振り返って感じた事を正直に、そして真実を書いたつもりだ、そこに間違いなんてあるはずがないと思うのだが。平塚先生は読み終わってため息をついていた。

 

「比企谷、このレポートは何だ?」

「はあ、自分の高校生活を振り返って感じた事をそのまま書いただけですけど、それが何か?」

「これがその高校生活を振り返った内容なのか?これではただの悪口だろう」

「そうです。高校生活どころか俺の人生を振り返った壮大なレポートですよ」

 

 そこまで言い切ると、平塚先生はさっきよりも大きなため息をつき、タバコを吸った。

 どうでもいいけど、生徒の前でタバコ吸うのってどうなの?教頭先生が凄い顔でこっち見てるけどいいんですかね?後で説教コースですよ?

 

「普通こういう時は自分の生活を省みる物だろう」

 

 俺としては最後の一文だけは自分の生活を省みた渾身の一行だったんだけどな。

 

 友達なんてもんに憧れを持つのは中学でもうやめた。期待しては裏切られ続け、しまいには友達だと、志を共有できる親友だと思ってたやつにも裏切られた。あんなに惨めで、辛くて、腹が立って、そんでもって悲しくて、そんな気持ちはもう散々だ。レポートとしてはともかく、俺が書いた事は間違ってないはずだ。

 

「聞いているのか?」

 

 そんな事を思っていると、レポート用紙で頭を叩かれた。

 

「すいません。ちょっとボーっとしてました」

「はあ。まあいい、とにかくレポートは再提出だ。そしてこんなふざけた物を出してきた罰で君には奉仕活動を命じる。もちろん拒否権は無い。ついてきたまえ」

「何ですか。奉仕活動って。俺力仕事はいやですよ」

「心配するな。体を使う活動ではない。もっとも、そうだったとしても君に拒否権はないがな。」

 

 平塚先生は嬉々としてそう言った。

 そういえば、小町以外の人と久しぶりに話をしたぞ。大丈夫だろうか。もしかしたら思いっきり挙動不審になってたんじゃなかろうか。

 そんな事を心配していると、平塚先生はプレートには何も書かれていない教室に立ち止まった。

 

「着いたぞ」

 

 奉仕活動ってここですんのかよ。一体何をさせられるんだよ。

 そう思いながら、先生がドアを開けた先にあった景色が目に入ると、深くにも俺は見惚れてしまっていた。中には端正な顔立ちに整えられた紙、一言で言うと綺麗な、そんな女子生徒が座っていた。

 名前は知ってる。確か、雪ノ下。だったか。

 

「先生、入る時はノックを、と言ったはずですが」

「まあまあいいじゃないか。それより、入部希望者を連れてきた」

 

 彼女は不満そうな目を向けながらも、渋々と俺の方に視線を向けた。

 

「その入部希望者と言うのはそこのぬぼーっとした人ですか?」

 

 ぬぼーっってちょっと俺の防弾ガラスのハートでもそんな風に言われたらちょっと傷がつくぞ。

 

「そうだ、彼は比企谷と言う」

「比企谷八幡です。ってなんですか入部希望って」

「君には罰としてここでの部活動を命じる。異論は認めん。いいな」

「俺はともかく、彼女はどうなんですか。俺みたいな男がいきなり来て」

「そうですね、私はいやですよ。その男と居ると身の危険を感じます」

 

 いやだからその言い方はどうなのよ。口悪い女だな。

 

「大丈夫だ。彼は性根は腐っているが、リスクリターンの計算と自己保身には長けていてな。卑猥な事はしないだろうよ。ここに居れば少しはその腐った性根も改善できるだろう」

「はあ、まあ先生のお願いは無碍にはできませんし…………承りました」

「あの、俺の意志は」

「聞かないと言っただろ。ではな」

 

 先生は勢い良くドアを閉めて出て行った。これで俺は美少女と二人きりか。女子と二人きりになるのは中学以来か。こんな性格悪そうな女子となっても全然うれしくないんだが。

 

「ボーっとしてないで座ったら?」

「ああ、悪い。そう言えば、ここは何部なんだ?」

「そうね、貴方、女子と話をしたのは何年ぶり?」

 

 この女、意図してはいないんだろうが、俺のトラウマを刺激して来やがった、女子とまともには話をしたのは。中学卒業間際の冬のあの寒い時だったか。自然とあの時の光景が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うの、誤解だよ、待って、待ってよ!はーくん!!」

「うるせえよ、もうお前の声なんて聞きたくねえし、顔も見たくねえんだよ。気安く話しかけんな」

 

 

 中学卒業間際の話だ。あれ以来小町以外の女子とはまともに話してねえな。

 俺が何も答えないでいると、雪ノ下は地雷を踏んでしまったと感じたのか、少し後悔があるような声で言って来た。確かにトラウマだが、今となっては過去の事。もうあんまり傷つかねえな。

 

「その、ごめんなさい。何か嫌な思い出があったかしら」

「いや、別に。ちょうど一年と少し前ぐらいだな。それでそれがこの部活と何の関係があるんだよ」

「そう……こほん、持つものが持たざるものに慈悲の心を持ってこれを与える。これをボランティアと呼ぶの。ようこそ奉仕部へ。歓迎するわ」

 

 本当にそれ歓迎してんのかと思うような棒読みの言葉を聞きながら、俺はふと、なんの根拠お無いのだが、この奉仕部と言う部活に入って、何か変わるような、そんな気がしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラは次で出てくると思います。
誤字、脱字等ございましたら遠慮なく感想にお書き下さい


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よって彼は彼女をこのように見る

 俺は意を決して、クラスメイトに告白をした。

 今考えて見ればまさしく愚の骨頂と言う言葉しか出てこない愚かな行為だったものの、それでもその時の俺の気持ちは例え本物ではないにしろ、それを伝えてしまうほど強かったのは間違いない。

 前日には何度も鏡の前でそのフレーズを練習し、当日呼び出すだけで心臓が全力疾走していた。

 俺はその日、確かに全力を尽くした、尽くしたのだ。家に戻って、涙で枕を濡らす結果となってしまったが、一世一代の勇気を出して、気持ちを伝えたことに後悔は無かった。

 が、次の日いつも通り登校した時だ。

 普段注目を受けない俺がやたらと注目をされている。そして、こんな言葉が聞こえてきた。

 

「聞いた?かおり、なんか比企谷に告られたらしいよ?」

「うっそまじ?私メアド交換しなくてよかった~」

 

 後頭部をバットで殴られたような気分になった。なぜ、知られている?誰かに聞かれていたはずはない。それについては細心の注意を払ったはずだ。なのに、なぜ?

 

 答えは、一つだった。

 

 言いふらされたのだ。俺の一世一代の、散々練習した、精一杯の告白を、笑いものにされたのだ。

 思春期真っ盛りだった俺の心にその出来事は容易にクリティカルヒットした。

 

 それからは本当に惨めな日々だった。登校する度にみんなに馬鹿にされ、言いふらした本人は何事も無かったかのように振舞っている。この頃には大分俺のライフはいつぞやのオタ谷騒動の時以来の減りっぷりだった。

 もう人は信じない、そう思っていた矢先のことだった。隣の女子に声をかけられた。

 

「えーと、比企谷くん、だよね?かおりに告白したんだよね?」

 

 そんな風に面と向かって言われたのは初めてだった。無視しても呼びかけをやめず、しまいには肩を掴まれ、揺さぶられた。

 

「おーい、比企谷くんだよね?あれ、もしかして違うのかな」

「うるせーな。あってるよ。告白したのは事実だ。なんだ?悪いか?」

 

 その話は本当にやめてもらいたい。俺また泣いちゃう。

 

「おー、あってた。あってた。聞いたよ?比企谷くん。かおりに告白したらしいじゃん。いや勇気あるね」

 

 喧嘩売ってんのかこいつ。人のトラウマを全力で抉りにきやがった。まあ俺にはトラウマスイッチを体中に設置してあるから普通に話すだけでもスイッチが押されるんだけどな。

 

「告白はしたが過去のことだ。その話はまた騒ぎが大きくなるからやめてくれ」

「そうそう、みんな酷いよね?比企谷くんがどれだけ勇気出して告白したかもしらないであんなに悪く言うんだもん。好きなのに言わない男子よりもよっぽど男らしかったってのに」

「え?」

 

 俺に同情してんのか?いや、そんなことはありえない。こいつは確か折本と仲が良いやつだ。大方、これでまた俺を釣って勘違いさせ、笑いものにする気だ。俺はもう二度とひっかからないぞ、

 

「ま?告白したのがあの子だったってのが運の尽きだね。まあけど注意しといたから、少しずつおさまってくるとは思うけどさ。ああ、そういや言い忘れてた。私、綾戸彩(あやとあや)、よろしくね」

 

 綾戸彩、名前だけは知ってる。確かこのクラスの派手目のグループに入ってたような。

 

「彩、なにやってんの?」

「ああ、ごめん。じゃあね、比企谷くん」

 

 小声で俺にそう告げ、女子のグループの輪に入って行った。そのグループから笑い声が聞こえる。おそらく俺の悪口で盛り上がってるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 比企谷告白事件はオタ谷騒動の時と同じく後一ヶ月くらい続くと予想していたが、意外にもあいつと話した次の日から少しづつ陰口を叩かれる事は少なくなった。

 なんだあいつ。案外いいヤツなのかもしれない。

 

 それからもあいつとは休憩時間の合間にぽつぽつ話すようになり、認めたくは無いが、俺はあいつと話すようになってからの日々を楽しいと感じるようになったのだ。

 

 誰にでも良い顔をするやつには騙されるな。そいつは俺なんかに興味なんて無い。それはただの優しさであって俺を好きな訳じゃない。

 

 散々そう言い聞かせたはずなのに、また俺は同じ失敗を繰り返した。また裏切られた。いや、俺が勝手に信じていただけなのだから第三者に取ってみれば、大層滑稽な物だったのかもしれない。

 

 だけど、あの時俺は本当に信じていたのだ。彼女とならば、もしかしたら、”本物”を手に入れる事ができるのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の暇つぶし機能付き目覚まし時計が無機質な電子音を鳴らしている。ああ、今日も来てしまったか。学校に行かなければならない時が。しかも今日体育あんじゃねえか。余ったヤツとペア組まされるのはいいんだけどアイツうざいんだよな。

 とか思いながら、スマホの電源を入れ、時間を確認する。無常にもどう見ても寝る時間は残されておらず、俺はため息をつきながら学校へ向かう準備をした。

 

 しかし、今日は朝から気分が悪い。今更昔の夢を見てしまうなんてな。妙な部活に入れられて女子と話したせいか?

 

 重苦しい気分を抱えながら洗面台で多少良い容姿を台無しにするいつも通りの腐った目を確認しつつ、リビングに向かった。そこには比企谷家のエンジェルことわが妹小町が鼻歌を歌いながら料理を作っていた。

 

「あ、おにいちゃんおはよう。どうしたの?いつも以上に目が腐ってるよ?」

「ほっとけ。いつも通りだ」

 

 その言い方ひどくないですかね。最近思春期なのか知らないけど小町ちゃん僕に対して風当たり強くない?そう言うのは親父だけにしてほしいもんだ。

 まあそんないつもと大して変わらない朝を過ごし、いつも通り学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自転車を飛ばし、もういつもの事となったが、HR開始直前に教室に駆け込むと、もう既にほとんどの生徒が登校し終わっており、皆友達(笑)同士で雑談に興じていた。中でも目立っているのがサッカー部だかバスケ部だかの男女4名ずつの集団だ。あー朝から見たくないもん見ちまった。

 

「いやさー、最近隼人君のしごきっぷりがまじやばいんだわー」

「今年は上に行くんだから、あれぐらい当たり前だろ」

 

 茶髪な派手なギャルっぽい男がオーバーな身振りで話し、まとめ役っぽいイケメン金髪が落ち着いた口調で返している。こいつらは部活とリーダー格の金髪のせいで目立ってしょうがない。

 

「いやけど、昨日の練習はやりすぎだべ?なあ、彩はどう思うよ?」

 

 そう。そしてなによりあの集団にはあいつが居るのだ。顔も見たくないってのに同じ高校になって、さらに同じクラスになってしまうとはな。毎日あいつの顔がイヤでも目に入っちまう。

 

「うーん。確かにちょっとつらそうだけど、けど私は皆が必死に練習してる姿見てると楽しいよ」

「っべー。そんな事言われるとマジ頑張っちゃうしかないじゃん」

 

 ケッ。あいつはなにも変わってねえな。あんな風に癒し系ぶって男を勘違いさせるあの声と笑顔。

 

「あーけどなんか分かるよ彩の気持ち。なんかさ、青春って感じがするんだよね」

「うんうん。汗だくの男子の絡み合いとか、ホントに青春だよね」

「いや、それは分からないけど」

 

 腐ってない方はビッチでアホっぽいな。確か名前は、思い出せね。ちなみに女子のリーダー格は興味なさそうに携帯をいじっている。

 しかしあいつらはこんな上っ面の関係を作って皆で群れて楽しいのかね。こう言うとぼっちの負け惜しみだと思われるのかもしれんが実際にそうだろう。特にあのビッチなんか皆の空気に合わせてるのが丸分かりだぜ。なんか時々あのリーダーっぽい女子がイライラしてるし。

 そう遠く無いウチに揉め事が起きるぞ。あの様子だと。そんな面倒な想いをしてまで友達を作りたいか?俺は作りたくないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 そのウチHRが始まり、いつも通り授業が終了し、一日が終わった。さてと、今日も家に帰りますかね。アニメもたまってるし読みたい本もあるし、いやーやる事がいっぱいで困っちゃう。

 意気揚々と教室のドアを開けると、そこには笑顔のアラサー教諭が立っており、その笑顔のまま、俺を地獄に叩き落すお告げを告げてきた

 

「比企谷、部活の時間だぞ」

 

 まじかよこの人。わざわざ俺を迎えに来るなんてどんだけ俺の事が好きなんだよ。この人が結婚できない理由が見えてきた気がする。だって怖いもんこの人。彼女にしたらストーカーされそう。

 

「いや、あれですよ。この学校は自主性をモットーにしてるじゃないですか。俺はそれに倣ってこうして自主的に帰ろうとしているのに先生はそれを邪魔すると言うんですか?」

「残念ながら部活に関しては原則出席が義務付けられていてな。出席した上での活動内容に関しては自主性を重んじるが、サボることは許されないのだよっと」

 

 言うやいなや平塚先生のボディーブローが俺の腹に見事に決まり、その場に倒れこむ。

 この先生、タバコ暴力強引とダメな教師の要素三拍子はそろっていやがる。

 

「さて行くぞ。また逃げようとしたら…………わかっているよな」

 

 平塚先生は俺に手を差し伸べ、優しげな笑顔を向けているが声は全く笑っていない。俺は渋々手を取ると、先生に連れられて重い足を動かした。

 

「所で、君から見て雪ノ下雪乃はどう映る?」

 

 しばらく歩いた頃だろうか、平塚先生がそう声を掛けた。

 

「第一印象は、嫌なヤツでしたね」

「ほう、では今は違うのか」

 

 興味深そうに顎に手を当て、尋ねた。

 

「そうですね。ちょっと話して分かったのが、とりあえず悪いヤツでは無さそうと言う事ですね」

 

 彼女は俺のトラウマを意図した事ではないが、掘り返した。あの時の俺の顔は、分からないがとんでもなく酷い顔をしていただろう。その後、彼女は即座に自分の過ちを認めた。これは彼女が少なくとも悪いヤツではないと言う証拠なのではないか。

 

「ほう、それで?」

「これは俺の推測なんですけど、あいつは人との付き合い方が分かってないんじゃないですかね?初対面の人俺に対して、随分失礼な言動をしてきましたが。あの感じから察するに、友達も居た事無いんじゃないですか?」

 

 最初はただの性格が悪い女だと思ってた。しかし、話して行くうちに、性格云々は置いておいて、ただの嫌なヤツでは無いと言う事が分かった。

 

「ほう、君の推測だと、君と彼女は随分と似ているようだな」

「いや、確かに共通点はありますが、俺と彼女は似ていませんよ」

 

 俺はきっぱりと言い切った。

 

「そもそも俺はあんな礼儀を知らないヤツじゃないですし、成績だって俺は精々一科目三位が限界ですが、彼女は全科目一位を取るほど良い。それに容姿端麗と来た。俺が持たざる者だとすれば、彼女は逆ですよ。ま、そう言うヤツはそう言うヤツで悩みがあるんでしょうけどね。そして何より彼女は弱い自分を認めない。いや、認めたくないんでしょうか。常に強くあろうとしているように見える。もう全部あきらめてしまった俺とは違って」

 

 いつから俺はこんなに多弁になったんだ。やっぱり変な部活に入ってから調子が変だ。急に恥ずかしくなってしまって、咳払いをし、最後に言った。

 

「まあとにかく、悪いヤツではないんですけど、人間関係に関しては不器用そうだと言う事ですよ。まあ俺の推測なんですけどね」

 

 平塚先生は黙って俺の推測を聞いていたが、俺が話し終わるのを確認すると笑い声を上げた。

 

「君は本当に人をよく見ているな、確かにその推測は当たっているのかもしれん。君が何が原因で何をあきらめたのかは、聞いてみたい所ではあるが」

「それは、その」

 

 話しづらそうにしている俺を平塚先生が手で制した。

 

「いや、話しづらいなら無理に話す必要はないよ。話したくなれば話すといい。できるならば、諦めている物をもう一度求められるようになる事を祈ってはいるがね。では、きちんと部活に行くんだぞ。行かなければ、わかっているな」

 

 特別棟についた辺りでもう逃げる心配は無いと思ったのだろうか。しっかり釘を刺した上で平塚先生は戻っていった。

 

(もう一度求める?そんな事できるわけないだろ。そんなおとぎ話を求め続けた結果、俺は何度も惨めな目に遭ったんだ。もうあんな思いはごめんだ)

 

 部室に着いてしまい、扉を開けると、扉の向こうのヤツは一瞬こちらに目を向けたが、何事もなかったかのようにもう一度文庫本に目を向けた。俺はとりあえず会釈をし、その辺の椅子に腰掛け、話しかけた。

 

「会釈ぐらいしたらどうだ?挨拶もできないなんて、お前は相当のボンボンか?」

 

 俺の皮肉が感に障ったのか、雪ノ下は少し目を細めたが、それも束の間いつも通りの笑顔で俺に返した。

 

「あらごめんなさい。貴方を人と認識してなかったものだから。何かの細菌の類だと勘違いしてしまったわ」

「俺の目を見てそう思ったのか?」

「わざわざ言葉を濁してあげたのに。貴方相当なマゾヒストね」

 

 この野郎、一々一言多いヤツだ。平塚先生に言った評価を覆してやろうか。

 

「お前そんなんだから友達ができねえんだよ。もっと愛想良くすれば友達だって彼氏だって作りたい放題だろ」

「なぜ友達がいないと決め付けるのかしら。まず友達の定義が分からなければ分かりようもないでしょう?」

「ああはいはいもう分かった分かった。もう一々友達居ないアピールしなくていいぞ。友達居ないのはもう分かったから。悲しくなっちゃうから」

 

俺が煽ると雪ノ下は俺を射抜くような目で睨む。おいおい怖すぎるぞこいつ。チビッちゃうぞ。寧ろもう既にチビる寸前まである。

 

「貴方は自分が凄いブーメランを投げている事に気付いてないのかしら」

「残念だが俺には昔友達みたいなヤツは居たからな。ま、友達だと思ってたのは俺だけだったらしいけど」

「それはとんだ思い上がりね。あなたみたいな人間的な魅力が皆無な人間、いや細菌と同類のような物を人が好いてくれるなんてある訳無いもの」

「そうだよな…………。思い上がりも甚だしいよな」

 

 本当にそうだ。誰が好き好んでコミュ障っぽくて、挙動がきもくて、ちょっとオタク臭いようなヤツと関わろうとするだろうか。思ってて悲しくなるが、中学校時代の俺は良い所が一つも無かったのではないかと思う。

 

「その、自分で言っててあれなのだけれど、少し言い過ぎたわ。ごめんなさい」

 

 意外にも雪ノ下がしゅんとしている。意外と泣き落としには弱いのかもしれない。

 

「いや、まあ半分くらいはあってるしな」

「けど、貴方にも良い所は一つぐらいはあると思うわ。その、弱さを肯定出来る所とか。私には理解できないけれど、そんな生き方が出来るのがちょっと羨ましい」

「いや、それは違う。俺は単にもう諦めてしまっただけだ。強くなろうとする事をな」

 

 あるいは、折本に振られただけであれば、妙な希望が起こる事も無く、ボッチである事を例え強がりであろうとも肯定しつつ生きる事も出来たのかもしれない。しかし、一度友達が出来たような快感を得てしまった。友達が居る事の楽しさを実感してしまった。だからこそ俺は今の自分を肯定する事はできない。好きになる事なんて出来るはずがない。

 しばらく教室に沈黙が降りて来ていたが、雪ノ下がポツポツと話し始めた

 

「あなたにも、辛い事はたくさんあったのね。いや、あなたの場合はそれが大半と言ってもいいのかしら」

 

 雪ノ下は罵倒する時の生き生きした笑みを浮かべて言った。さっきのしゅんとした態度はどこに行ったんだよ。 しかし、その直後にどこか遠い所を見るように続けた。

 

「私もそうよ」

「そうか」

「ええ」

 

 それっきり、俺達は下校時間のチャイムが鳴るまで、一言も発さなかった。

 誰にだって弱さはある。世の中の人間はそれを何かでごまかして日々生きている。

 誰よりも強そうに見える雪ノ下雪乃にだってそれは恐らく例外ではない。しかし彼女はそれを認めず、強く在ろうとしているのだろう。いや、そうではないのかもしれない。彼女はごまかす方法を知らないのだ。だからこそ強く在ろうとするしかない。

 しかし、ではこの強さ弱さとは一体なんなのか。恐らく世界中の誰に聞いても、この質問の明確な答えを持っている人間は居ないのだろう。




どれだけの人が待っているのかは分かりませんがお待たせしました。
八幡の原作とは違うちょっとした要素を説明した話。
しかし、前作とはお気に入りとUAの伸びもちょっと違いますね。
これが俺ガイルなのでしょうか。
何か気になる事がございましたら、感想等でどうぞお気軽に。


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やはりお菓子とは手作りに限る

 奉仕部とか言う異世界転生チーレムタイプの糞ラノベの内容に匹敵するくらい訳の分からん部活に入れられて結構経った。雪ノ下とか言うヤツとはあれ以降一言も口聞いてねえしマジ何の部活なんだよこれ。私の時間を無駄にしないでいただきたい。

 

 とか思いながら平塚先生に突き帰されたレポート用紙を書き直していく。

 クラスの連中と調理実習なんてホント意味分かんねえよな。ミスター味っ子然り、中華一番然り、焼きたてジャパン然り、これらの偉大なる料理漫画、アニメは基本的には一人で料理を作っている。

 まあこれは漫画の話としても将来はむしろ一人暮らしなどで自炊したりして節約しなければいけないはずだ。皆でわいわいしながら料理を作るなんて事はあまりない。

 よって俺が調理実習に参加しないのは妥当であって、友達が居ないから参加しないとかそう言ったことは断じて無いことをここに記しておきたい。

 

 ふう。こんな事を不参加理由の欄に書いておけば大丈夫かな。うん大丈夫じゃないね。今度こそあの独身アラサー教師に殺されてしまう。しかし馬鹿正直にグループに綾戸彩がいたから、って書くのもよくないし。

 クソ、なんだよあのクソみてえなくじ引きは。そもそもなんあんだけクラスあんのにアイツと一緒になんの?

 三年間違っていたらお互い存在を無視して三年間過ごせただろうに。

 

 レポートの内容についてうんうん唸っていると、来訪者のノックの音が部屋に響いた。

 

「どうぞ」

 雪ノ下は文庫本をめくる手を止め、声をかけた。なんかコイツの声久しぶりに聞いたな。

 

「しつれいしまーす」

 あ、こいついつもサッカー部だかバスケ部だかのグループに居るやつだ。つまりは俺の敵、リア充(笑)

 こう言うヤツの特徴としてまずは化粧が濃い、アクセサリーがうざいと言った所だろう。そしてあいつらの休憩時間中のうるささは半端ない。それで授業中先生に当てられ時なんか俺よりも小さい声を出して先生を困らせている。お前ら休憩時間中あんだけきもい笑い声出してたじゃねえか。授業中も出せよ。

 

 入ってきた女は俺の方を見て失礼にもひっと小さく悲鳴をあげた。確か、由比ヶ浜、とか言ったような気がする。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんの?」

 

 あん?俺実は陰でそんな風に呼ばれてんの?引きこもりっぽいから?これ俺に対する挑戦状と受け取ってもいいの?

 

「いや、俺部員だし」

 

 溢れる怒りを抑制しなが平静を装って答える。俺って超紳士だな。

 

「まあ、とにかく座って。確か、由比ヶ浜結衣さんね」

「う、うん」

 

 こいつよく覚えてんな。俺以外の全生徒覚えてんじゃねえの?

 

「それで、御用はなにかしら」

「うん、平塚先生に聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね」

 

 マジで?そんな部活だったのここ?じゃああの勝負云々の話はどっちがより多く叶えられるのかとかそう言うこと?俺が雪ノ下に目で問うと、雪ノ下は答えた。

 

「ちょっと違うわ。ここは飢えた魚に餌を与えるのではなくて餌の取り方を教える所。要するにあくまでも手助けをするだけ。それで叶えられるのかはあなた次第よ」

「へ、へー。でも、手伝ってはくれるんだよね」

「そうね。出来る限りの手助けはするわ。それで、お願いは何かしら」

「あ、あのクッキーを」

 

 由比ヶ浜は俺の顔をちらっと見る。

 

「比企谷くん、申し訳ないのだけれど、少し席を外してもらえるかしら」

「ああ、男が居ると、話しにくいか。ちょっとジュース買ってくる」

 

 こいつの口から申し訳ないなんてフレーズが聞こえるとは。案外いいやつなのかもしれない。

 

「そうね、私は野菜ジュースがいいわ」

 

 コイツ、俺にパシらせやがった。やっぱり嫌なやつだ。

 

 

 

 

 

 

 こんな良く分からん部活に本当に依頼人が来るとはな。しかも美少女で部員も美少女と来た。あれ?なんか俺ラノベの主人公みたいじゃね?

 

「あ、あの、は、比企谷くん?」

 

 購買の前にある怪しげな自販機に辿り着き、ジュースを買った所で聞き慣れた不愉快な声が耳に入ってきた。この学校の中には俺の顔と名前を知っている人間はほぼ皆無。そしてその内二人は部室に居り、平塚先生でもない。つまりあいつだ。

 今更話しかけてくるとはいい度胸してんな。

 

「なんだよ」

「んーとね、結衣、どこかで見なかった?あ、由比ヶ浜結衣のことね。ちょっと由美子が、あ、三浦由美子ね。由美子が探してるんだ」

 

 綾戸彩は遠慮気味に聞いてくる。あいつを探してんのか。わざわざよく分からん部に相談しに来たぐらいだ。友達には知られたくないんだろうな。ならわざわざ教えるまでもないだろう。

 俺は濁った目をフル活用して綾戸彩を睨みつけながら棘のある声で言った。

 

「まず由比ヶ浜って誰だよ。俺クラスメイトの名前一人も覚えてねえから」

「そ、そっか。そうだよね。ごめんね。引き止めちゃって」

 

 さすがに萎縮したか、あいつも小走りで引き上げて行く。こっちがわざわざ無視してやってんのに向こうから話しかけてくんのかよ。結局、あの件で心を痛めていたのは俺だけなんだろう。

 

 しかし、心の片隅でちょっと冷たくし過ぎただろうか、などと心を痛めている自分がいた。

 

 相変わらず甘っちょろいな。俺は。人を信じてあんだけ傷付いたのにまだ傷付こうと言うのか。二度あることは三度あるって言うだろう。もっと気を引き締めていかないといけんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったわね」

 戻るよもう話はまとまったようで何やら準備をしているようだった。

「ああ、まあちょっと小便いっててな。それより、何すんの?」

「クッキー、作るの」

 

 由比ヶ浜が顔を赤らめながら話した。まあ確かにコイツの外見からは似合わないかもな、

 

「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べてほしい人がいるのだそうよ。けど料理苦手だから手伝ってほしいと言うのが今回の依頼よ」

 

 じゃあそれ明らかに料理得意そうな雪ノ下さん完全有利じゃないですか。俺勝ち目あんの?

 そんなことより気になる事があった。

 

「なあ、その相手って男?」

「え!?う、うん」

「そいつの事、好きなの?」

「す、好きじゃない!!そんなわけないじゃん!!ヒッキーまじキモい!!」

 

 そ、そんなに否定しなくても。なんかそいつがかわいそうだな。

 

「じゃあそんな事しなくてもいいんじゃないか?男ってヤツはそんなもん贈られると俺の事好きなんじゃないかとか勘違いして告白とかしてくるぞ。俺はしないけど」

 

 ソースは俺。あれは嫌な事件だった。バレンタインにあいつがチョコなんか渡してくるもんだから。あいつの本性に気付くのがあと一歩遅かったら俺告白してたぞ。

 

「そ、そっか。けど、やっぱりあげたいな。その人にすっごいお世話になったし。なんか恩返ししたいんだ」

 

 由比ヶ浜は真剣な目をしながら言った。ま、そこまで本気なら止める権利はないわな。

 

「そうか。ま、好きにすりゃいいんじゃねえの?手作りクッキーなら多少不味くても相手は満足するだろうし」

「う、うん」

「話はまとまったかしら。では、家庭科室に行くわよ」

 

 雪ノ下の一言で俺達は家庭科室へ移動した。そして俺は一年とちょっと前の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー今週いよいよ入試だねー。私不安だよ」

「ま、総武は簡単な問題は結構出るから、そこを落とさない事だろうな。今まできちんと勉強してきたなら、十分太刀打ちできるだろう」

 

 確か、塾帰りの時だっただろうか。ちょうど入試直前と言う事だけあって入試の話をしていた。

 

「最近全然勉強に身が入らなくてさ。寝落ちしちゃうし」

「そうか、それならマッカンを飲むといいぞ。あれを飲むと途端に目が覚める」

「えーあれ不味いじゃん」

「あの良さが分からんとは。お前もまだまだ千葉愛が足りんな」

「いや、はーくんの趣味が悪いだけでしょ」

 

 あの時の俺の言動を振り返ると恥ずかしいな。完全に友達だと勘違いしている。問題はここからだ。あいつは鞄からなにかごそごそと取り出して言った。

 

「そんな超甘党のはーくんにはこれ!!今日バレンタインでしょ。ごめんね。時間ないから市販品だけど」

 

 あんな笑顔でこんな事言われるとだれだって勘違いするだろ。

 

「ああ、まあ、さ、サンキューな」

「もしかして、照れてる?ま、どうせ誰にももらえなかっただろうから。よかったね」

「失礼な。ちゃんと小町と母ちゃんにもらうよ」

「それはノーカンでしょ。それよりお返しには期待してるよ?」

「そんないいもんは買えんぞ」

 

 そういや、あの時のお返し、してなかったな。

 この日で俺はもしかしたら綾戸彩が俺の事が好きなんじゃないかとかもう何度目かも分からない勘違いをしたもんだ。あの時の俺はまだ若かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そうこうしてるうちに家庭科室についた。て言うか俺、クッキーなんて作れねえんだけど。

 

「なあ、俺ってやることないから帰っていい?」

「ダメに決まっているでしょう。男性に渡すのだから男性の意見を聞かないと」

 

 つまり味見役ってことか。ま、多少不味くても女子の手作りクッキーを食えるんだ。役得かもな。

 

「よーしやるぞー」

 

 ちょっとでも役得だと思った。十分前ぐらいまでの俺をぶん殴ってやりたい。

 由比ヶ浜の料理の腕は壊滅的だった。

 溶き卵にはなぜだか殻が混ざっており、小麦粉はダマになっており、なぜだか砂糖と塩を間違えてそれに気付かない。リアルで砂糖と塩間違えるやつなんて俺初めて見たぞ。ほかにもバラエティに富んだミスを積み重ねていた。ふと雪ノ下の方を見ると青い顔をして額を押さえていた。そりゃそうだ。

 

「さてと」

 

 そう言って由比ヶ浜はインスタントコーヒーを取り出した。ん?飲み物は作ってからじゃないのか。

 

「おい、それはなんだ?」

「は?見て分かんないの?男の子って甘いもん苦手でしょ?だから隠し味入れんの」

 

 由比ヶ浜はそれを傾けた。俺の方を見ているため、際限無く粉は出てボウルに黒い山を作っていく、

 出たー。料理出来ない人の最大の特徴の一つ、無駄に隠し味を入れたがる。しかも隠れてない。

 

「おい、隠れてねえじゃねえか。手元を見ろ」

「え?あ、やば。じゃあ砂糖で調節して」

 

 もう何作ってんだかよく分からんぞこれ。ボウルの中は黒と白が混ざり合って地獄絵図と化していた。

 

 さて、物体Xが完成してしまった。いやー怖い。これからこれを食うんだと思うと怖い。もう小町に会えないなんて、こんな悲しい事はない。

 

 完成した物体Xはまさになんですか、これと言いたくなる物であり、焼却後の可燃ゴミみたいになっていた。

 

「おい、これホントに食うのかよ」

「まあ、さすがにあなたでこれ全部は不可能ね。ちょっと、由比ヶ浜さんも手伝いなさい」

「え?う、うん」

 

 こいつ自分で作っておきながらなんで嫌そうなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、すげえ味だなこれ。色んな味が混ざり合って、もはやどんな味が分からない。

 味皇に食わせたらこれはまずい、まずいぞおおおおおとか言って地獄に行っちまうんじゃねえの。

 由比ヶ浜はこれを作ってしまった罪悪感からか、まずい苦いと言いながら積極的に食べていた。

 

 雪ノ下の入れた紅茶で口直しをし、雪ノ下が言った。

 

「さて、どうしたらよくなるかを考えましょう」

「いや、これどうしたらいいとかそう言う問題じゃねえだろ。こんな炭みてえなクッキー作るヤツが短時間でうまいもんが作れたらそれこそ太陽が西から昇るぞ」

「超失礼だし!!いや、でもそうかな」

 

 由比ヶ浜は怒りつつも自分でも思う所があるのか、俺に同調してきた。そして雪ノ下を起こらせる決定的な言葉を言ってしまった。

 

「やっぱり、私料理向いてないのかな。才能ないし」

「そうね、貴方はまずその認識を改めなさい。最低限の努力もしないで才能のある人間を羨む権利なんてないわ」

 

雪ノ下の何の気遣いもなく由比ヶ浜を睨みつけ、正論を言った。由比ヶ浜はそれでもへらっと笑い顔を作った。

 

「いやさ、こう言うのみんなやんないって言うし、合わないんだよきっと」

 

 そう言うと、雪ノ下は小さく音を立ててカップを置き、冷たい声で言った。

 

「そうやって人に合わせようとするの、やめてくれるかしら。ひどく不愉快だわ。自分がダメな原因を他人になすりつけて恥ずかしくないの?」

 

 その言葉は確かに正しい。だが、その正しさ故に、雪ノ下は周囲と軋轢を生んでしまったのだろう。だって普通こんな事言われたら引くもん。俺も引いたし。

 由比ヶ浜は肩を震わせていた。さて次の瞬間に何を言うのか。「帰る」、か、「雪ノ下さん最低!!」か?

 

 

 

 

「か、かっこいい」

「「は?」」

 

 思わずハモってしまった。

ひょっとしてコイツ、Mか?

【速報】由比ヶ浜結衣。M疑惑浮上

 

「あの、私、これでも結構きつい事を言ったのだけれど」

「ああ、うん。言葉はひどかったし、ぶっちゃけ引いたんだけど、本音って感じがしたの。私って人に合わせてばかりで、雪ノ下さんのそう言うところかっこいいって、そんな感じで、ごめん。次はちゃんとやる」

 

 そりゃ引くだろ。俺なんかかなり引いたぞ。

 だが、由比ヶ浜は他人の正論に対してきちんと耳を傾け、自分の非を認める事ができた。簡単な事だが、余計な見栄だったりプライドが邪魔をして、それをするのはなかなか難しい。ましてや雪ノ下の棘のある言い方だと尚更だ。

 雪ノ下は素直に謝られた経験が無いのか、何も言う事ができない。こいつは、あれか。予想外の対応をされるとどうしたらいいか分からなくなるタイプか。

 

「まず、見本みせてやったらいいんじゃねえの」

「え?」

 

 雪ノ下ははっと気付いてこちらに視線を向けた。

 

「まずは正しいやり方を見せるのが先だろ。ちゃんとやるらいいし、固まってねえで、さっさと教えてやったらどうだ?」

「っ、あなたに言われなくてもそうしようとしていた所よ。由比ヶ浜さん、よく見ているのよ」

「うん、分かった」

 

 さて、雪ノ下のクッキングが始まった。その手つきたるや、惚れ惚れするほどだ。

 分量をはかって小麦をいれ、卵を入れ、ダマにならないようにかき混ぜていく。あっと言うまに生地を作り上げ、それを丸やらハートやらの型抜きで抜いていく。俺は雪ノ下をプロのパティシエと言われても納得するだろう。

 

「うわ、なんだこりゃ。超うめえぞ。逆に引くわ」

「ほんと、すっごくおいしい。雪ノ下さん、すごい」

 

 できあがったクッキーは食うのがもったいないぐらいうまかった。これを味皇に持って行ってやりたいな。多分宇宙行くぞ。

 

「おいしいと言っても、何も特別な事はやっていないの。だから由比ヶ浜さんもこのくらいできるのよ」

「ホント?私も雪ノ下さんみたいにおいしくできるかな?」

「そうよ。ちゃんとレシピ通り作ればね?じゃあがんばりましょう」

 

 雪ノ下は釘を刺しておくのも忘れない。だが、果たして由比ヶ浜は同じように作れるだろうか。少し不安が残る。

 

 その不安は的中した。由比ヶ浜は雪ノ下とは料理スキルに天と地ほどの差があり、雪ノ下の指導通りに調理をする事ができていない。どうにかこうにか生地をオーブンに入れ終えた時には雪ノ下は肩で息をしており、額に汗を浮かばせていた。そして出来上がったクッキーは

 

「なんか違う…………」

 

 先程の焼却後の可燃ゴミのような物とは違い、十分にクッキーを名乗っていいレベルにまではなった。だが、見た目も味も、雪ノ下の物には遠く及ばない。

 

「どうすれば伝わるのかしら…………」

「ごめんね。雪ノ下さん。あんなに教えてもらったのに」

「いいのよ。そんなことより、もう一度どうしたらよくなるか、考えてみましょう」

 

 二人共、まだやる気のようだ。だが、男子に渡すのであれば、このクッキーでも悪くはないだろう。

 

「なあ。クッキーって早めに渡したいのか?」

「あ、うん、そうだけど」

「そいつって、学校でも目立ってるやつか?」

「え、違う違う。寧ろ超目立たないから。目立たなさすぎて逆に目立ってるレベルだから」

 

 酷い言われようだな。なんかそいつかわいそうじゃねえか。まあ、それなら大丈夫だ。

「なら、一旦それ渡してみれば?」

「は?なんで美味しくないの渡さなきゃいけないの?」

 

 いや、美味しくないって、自分で言うなよ。

 

「充分上達したし、これ以上美味くしようとしたらそれこそ何ヶ月かかるか分からんだろ。美味いもんを渡したいなら、これから練習してもう一回渡せばいいだろ」

「う、確かに。け、けど」

「けれど、これはまだ人に食べてもらう域に達していないわ。由比ヶ浜さんはその人の事を大事に思っているようだし、尚更良いものを作らないと」

 

 雪ノ下は静かに反論した。

 ったく。これだから女は。男心の一つも分かっちゃいねえ。

 どうでもいいんだが、雪ノ下のこのセリフ、某アニメ監督を思い起こさせるな。意図して言った訳ではないのだろうが。

 

「モテない男って言うのはな、女子に挨拶とかされただけでも嬉しいんだ。ソースは俺。で、そんなヤツが手作りクッキーなんてもらってみろ。味なんて関係なく嬉しいに決まってんだろ。むしろ多少まずい方が手作り感が出てより一層嬉しいまである」

「うーんでも」

 

 由比ヶ浜はまだ納得していないだろう。しかたない、もう一押し行くか。

 

「ま、確実に喜んでほしいなら頑張ったアピールするのも忘れずにしとくといい。お前の顔は実際悪くないんだし、アピールされたら『俺のために頑張ってくれたんだ』って余計嬉しくなるから。寧ろ俺の事好きなんじゃねえかとか誤解する」

 

 俺が得意気に語っていると、なぜか由比ヶ浜は顔を赤くし、下を向いて黙っていた。

 やっべー。調子乗りすぎたか?怒らせちゃったかな?

 

「もしヒッキーなら、誤解するの?」

 

 顔を上げて由比ヶ浜はこちらを見つめていった。

 

「高校入学までの俺なら、するだろうな。けど俺は何度もそんな勘違いして恥をかいたし、もうしねえよ。しかも一回は告白して笑いものにされたし」

 

 無意識のうちに人のトラウマを掘り起こすんじゃねえよ。涙出そうになっただろうが。

 

「そっか…………」

「由比ヶ浜さん、結局どうするの?」

 

 雪ノ下は痺れを切らしたかのように聞いた。

 

「あー、今日はじゃあいいや。一旦、これ渡してみるよ。ありがとう。また今度、頼めるかな」

「それは構わないけれど」

「そっか、じゃあ今日は帰るね。ヒッキーも、付き合ってくれてありがとう。ヒッキーて、意外としゃべると面白いんだね。教室でもそうしゃべればいいのに」

 

 そう言って由比ヶ浜は廊下へ駆け出して行った。そして俺と雪ノ下は二人取り残された。やかましいのが消えたせいか途端に静かに感じる。それにしても最後の言葉は余計なお世話だ。

 

「本当によかったのかしら」

 

 雪ノ下はつぶやいた。

 

「よかったんじゃねえの。あのままやっても多分上達はしなかっただろうし、上達しない事で自信を失ってしまうかもしれん。なら、それ渡して喜んでもらって、自信をつけてもらった方がいいだろ」

「けど、それでも一度限界まで努力した方がいいと思うの。それが、あの子の為にもなるから」

「ま、そうだろうな。けど、これは俺の個人的な感情なんだが、あいつの頑張ってる姿見てると例えあんなぼろぼろクッキーでもその大事であろう男子に渡して喜んでもらって、まあ言い換えるなら努力が報われてほしくてな」

 

 俺も初めて友達が出来たと錯覚した時、散々女子受けのいいファッションとか制汗剤とか妹に聞いたもんだ。まあ妹にはきもがられるし、結果は散々だしで、俺の努力は報われなかったが。だから、由比ヶ浜には報われてほしいと思ったのかもしれない。あの時の自分と重ねて見てな。

 俺が話し終えると、雪ノ下は目を丸くしていた。

 

「驚いた。あなたって、意外と優しいのね」

「別に。そんなんじゃねえよ」

「そうかしら、充分優しいと思うのだけれど。由比ヶ浜さんもそう感じたのではないかしら」

 

 そんなんじゃない。例え俺のした行為が相手にはそう伝わったとしても、それは善意から来たものじゃなくて只の自己満足だ。自己満足から来た優しさなんてそれは優しさではないだろう。

 少しの沈黙の後、下校時間を知らせるチャイムが鳴った。

 

「では、今日はもう終了にしましょう。鍵は返しておくから、今日はもう帰っても結構よ」

 

 雪ノ下は扉を開け、鍵を返しに行ったようだ。

 

 俺はどうしても自分が好きになれない。得に長所だってないように思う。

 勉強だって理系科目はからっきしだし、中途半端にいい顔も腐った目で台無しだし、友達いないし。

 だが最近久しぶりに他人に好意的な事を言われる。

 

 平塚先生は行った、人を良く見ていると。

 由比ヶ浜結衣は言った。しゃべると面白いと。

 そして雪ノ下雪乃は言った。意外と優しいと。

 

 しかし、それだってよくよく見るとまちがっている。

 

 人をよく見てもそれが正確だったことなんてないし、しゃべると面白くても友達がいないからしゃべる機会ないし、優しく見えたとしてもさっき言った通りそれはただの自己満足だ。

 はあ、憂鬱だ。さっさと家帰って小町に癒されよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて次の日、俺は平塚先生の圧力に屈し、部活に出ていた。と言っても、依頼人なんてこねえんだけど。なんだか無駄な時間を過ごして気がする。俺と雪ノ下は無言で本を読んでいたが、やかましい馬鹿っぽい声がそれを壊した。

 

「やっはろー」

「はぁ」

 

 分かるぞ。雪ノ下。集中して本読んでたのにキンキン響く声聞いたら萎えるもんな。

 

「あれ?そんなに歓迎されてない?」

「いえ、別に。それで、何か用かしら」

「いやさ、この前のお礼にまたクッキー焼いてきたからどうかなって?」

「食欲がわかないから結構よ」

 

 食べたくないのを食欲がわかないですませるゆきのん先輩マジ天使、と言う所だろうか。それでも由比ヶ浜は聞いていないのか怒涛のマシンガントークを繰り広げていく。雪ノ下がなんとかしろとこちらを見るが、しるかそんなもん。女子二人のトークに割って入る勇気は持ちあわせてねえんだよ。

 

「ヒッキー」

 

 外に出ると、由比ヶ浜に呼び止められた。

 

「はい、これ」

 

 恵まれたラッピングからのクソみたいなクッキーと言うべき物が差し出された。

 

「ヒッキーも手伝ってくれたから、その、お礼って言うか」

 

 心なしか、由比ヶ浜は恥ずかしそうにしている。そう言う所だよ。それが男子を勘違いさせるんだ。

 

「まあ、その、サンキュな」

 

 俺は若干黒ずんだクッキーを受け取る。そういや家族以外の女子に手作りの菓子貰ったのって初めてだな。

 

「そういや、渡した男子って喜んでくれたのか?」

「うん、多分。喜んでくれた、と思う」

「なんだそのあいまいな答え。まあ、喜んでくれたなら、よかったよ」

「うん。ありがと。じゃあね」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下の元に戻って行った。

 俺は一口クッキーを食べてみる。うん、時々ジャリッとするし味自体はあまりうまくない。けど、予想通り女子の手作りっていいな。恐らく、その渡された男子も同じ気持ちだろう。




 そう言えば、省略していますが、勝負云々の下りはやっていると言う設定です。


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しかし彼はこの感情の名前を知らない

 四限目終了のチャイムが鳴ると、教室の空気は一気に休みモードに入る。大抵の生徒にとってはこの休憩時間は友人達と飯でも食いながら午後の授業に向けて英気を養うと言う時間らしいが、俺のようなボッチにとっては皆が集団で食事をしているにもかかわらず一人でパンを食うと言う、つまりは友達がいないと言う事がより露になってしまい、惨めさを感じて休み時間なのに余計にストレスを感じる学校でも一二を争う嫌な時間だ。他の上位候補はクラス替え最初の自己紹介と、体育のペア分けの時間だな。

 普段はボッチが昼休みで飯を食うのに最適なベストプレイスがあるのだが、生憎と今日はザーザーと雨が降っており、教室で食うしかない。さて、どうするか。

 そこでボッチ飯の友、イヤホンの登場だ。音楽プレイヤーに挿せば、別にやることないわけじゃないんですよオーラを出せるし、耳につけることによって耳栓代わりになって周りの音を遮断できると言う優れものだ。こいつのおかげで俺は雨が降ったとしても休み時間を過ごせるようになった。例えボッチであろうとも創意工夫をすれば昼休みを乗り切れない事はない。高校の昼休みよりも中学までの給食の方がしんどいからな。なぜか班で食べなければならないと言う規則があり、毎日自分だけが疎外感を感じると言う事が発生してしまう。

 

 まあそれはいいとして、腹も減ったのでイヤホンをしようとすると、トップカースト軍団の馬鹿でかい声が響いてきた。

 

「えー隼人今日もアイス食べに行けないの?」

「悪い悪い。今日も部活なんだ」

「最近そればっかじゃん。一回ぐらいサボってもよくない?」

 

 やったらと化粧の濃い女のキンキン高い声が頭に響く。飯食ってんだからもうちょっと気を遣ってくれねえのか?ああそうか。俺の方が立場が低いから俺の方がもっとしゃべりやすいように存在感を消さなければいけないのかもしれない。ここからはステルス桃ならぬステルス八幡の独壇場か。

 

「そうはいかないよ。俺ら、今年はまじで、国立狙ってるからさ」

 

 え?なんだって?

 聞こえているのに聞こえなかったフリをしている訳ではなく、純粋に何を言っているのか分からないのでこの言葉が出てしまったが、ようやく理解した。

 どうやらこいつは高校サッカーの聖地、国立競技場の事を言っているようだ。笑わせんじゃねえよ。本当に国立狙ってるやつは昼休みにこんな所で駄弁ってないでランニングでもしてるんじゃねえの?知らんけど。

 

「まあ、部活の後なら付き合ってもいいけどな」

「まあ、ならいいけど」

 

 金髪は化粧女の不機嫌オーラを感じ取ったのか、スマイルを浮かべて言い、化粧女もそれで納得したようだ。  女って好きな男相手には弱いな。

 

「優美子もあんまり食べ過ぎると太るよ?」

 

 ああ忘れてた。雨の日の昼休みの最大のマイナスポイントを。綾戸彩の声を聞く事だ。授業中だけでもイヤだってのに休む時間のはずの昼休みにまで姿を見なければならず、しかも声まで聞くと言う。

 

「大丈夫だって。私太らないし。でしょ?結衣」

「そうだよね。優美子ってホントスタイルやばいよね?」

 

 サラリーマンかお前は。グループリーダーに同意を求められるとすげえ同意しないとやばいらしい。女子の世界の闇を見たな。

 

「えー?ホント?あーし自信ないんだけど。彩の方がすごいっしょ?」

「あー彩ちゃんも確かにすごい」

 

 その時たまたま由比ヶ浜と目が合った。すると、由比ヶ浜は意を決したように、三浦達に言った。

 

「あのさ、私、今日行く所があるんだけど」

「あーそう?じゃあ帰りに飲み物買ってきてよ。今日朝水筒忘れてきちゃってさー。パンだしお茶ないときついっしょ?」

「あ、いや、私昼休み戻ってこないから、それはあんまり良くないかなーって」

「は?」

 

 その瞬間三浦の顔が怒りの表情に変わった。由比ヶ浜は明らかに萎縮している。

 

「ちょっと結衣。アンタ前もそんな事言ってこの前どっか行ったよね?なんか付き合い悪くない?」

 

 教室の空気も気まずくなっている。何人かの生徒が外に出て行った。

 

「ちょっと優美子。そんな言い方」

「あんたは今黙ってて。今結衣と話してんの」

 

 それっきり綾戸彩は黙ってしまった。おいおい何してんだよ。仲介に入るなら最後までしっかりしろよ。

 

「で?なんで最近付き合い悪いの?」

「えーまあそれは事情があって仕方なくと言うか」

「それじゃ分かんないじゃん。あーしら友達じゃん。友達に隠し事とかよくなくない?」

「ごめん」

「だからそれじゃあ分かんないの」

 

 なんか魔女狩りみたいになってきたな。少しでも異端のような者を見つけたら魔女だと認めるまで拷問をし続ける。認めたら即死刑だ。

 今回は曖昧な答えを認めず、答えによってはグループから追放されるのだろう。

 だが、それは正しいのか?教皇だからって何をしてもいいのか?魔女なんているはずもない。なのに異端だからと言う理由で百年戦争の際、祖国のためを思い戦ったジャンヌ・ダルクでさえも火あぶりにされた。

 

 由比ヶ浜の日ごろの態度を見てれば分かる。あいつは雪ノ下の事も三浦の事も同じように友達として大事だと思っているのだ。俺の想像だが、クッキーの相談をあんな訳の分からない部活に相談に来たのも三浦達に面倒をかけたくないと言う思いもあったのではなかろうか。

 

「あんさー、結衣のために言うけどさ。そう言う結構イライラすんだよね」

 

 何が由比ヶ浜の結局は自分の都合でしかねえじゃねえか。友達だからって自分の予定をいちいち話さないといけないのか?今日はこう言う事情があるからこれには行けないって?冗談じゃねえ。

 気付いたら俺は立ち上がっていた。

 

「おい、その辺で」

「るっさい」

 

 三浦がこちらを睨んできている。知るか。

 

「てめえの方がうるせえんだよ。この化粧女が」

「あん?今何て言った?あーし今結衣と話してるから。とっとと消えた方がいいよ」

「話す?お前日本語もわかんねえのか。こう言うのは尋問って言うんだよ」

 

 自然と舌が回る。ホントにらしくない。自分でもびっくりだ。もっと勇気がないと思っていた。

 なぜ俺はこんなにも怒っているのだろう。これが由比ヶ浜でなくほかの人間だったらここまで怒りを抱いてはないだろう。まさか由比ヶ浜に同情したとでも言うのか?

 

「そいつは事情があるって言ってんだろ。それ以外に理由なんているのかよ。いちいち全部話すのが友達なのか?

話さなかったら威圧感全開で問い詰めるのか?俺は友達いねえから知らねえけど。今お前がコイツにやってる事は多分友達に対してする事じゃなくて暴力団のリーダーが団員に対してするような事なんだよ」

「あんた何言ってんの?キモいんだけど」

「うるせえ黙って聞け。由比ヶ浜はお前の所有物なのかよ。人の行動を制限しようとすんじゃねえよ。それにお前のあの威圧する態度、あれじゃあ何か言えるもんも言えねえだろうが。何様のつもりなんだお前は」

「ヒッキー!!」

 

 ハッと我に返った。息が上がっていた。三浦はなんだこいつと言うような顔をしている。

 

「もういいから。後は私が言うから」

 

 由比ヶ浜は決意を固めたような顔でこっちを見ている。ここからは俺の出る幕は無さそうだ。

 

「そうか。悪かったな。余計なことして」

「ううん、ありがと」

 

 教室のドアを開けると、横には綺麗に整えてある黒髪の少女が壁を横の壁を支えにして立っていた。

 

「おどろいた。あなたがあんなにしゃべるなんて」

「おどろいたのは俺だよ。なんでいんだよ」

「由比ヶ浜さんに強引にお昼を食べる約束を取り付けられたのよ。来ないから来てみればあんなことになっていて一言言いたくて入ろうとしたら、貴方が必死にしゃべっていたものだから入るタイミングを失ってしまったわ」

 

 当たり前の事だが雪ノ下は俺のあの必死の演説の一部始終を見ていたらしい。やっべ。急に恥ずかしくなってきた。多分俺は家に戻った後恥ずかしさのあまりにのた打ち回って妹に白い目で見られることだろう。

 

「友達と言うものに拘りがあるみたいだけれど、昔居た友達だと思っていた人との事で、何かあったのかしら?自覚は無いのかもしれないけれど、その話をした時、貴方、とても悲しそうな顔をしていたわよ。今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔」

 

 悲しそうな顔?いまアイツに対してある感情は怒りだけだと思っていた。けど違うのか?

 

「まあ、話したくないのなら構わないけれど」

 

 俺の沈黙を話す事を拒否したと取ったのか、雪ノ下はそう言った。

 

『あの、ごめんね。私、昔からそうなんだ。皆に合わせるのに必死って言うか、言いたい事、あんまり言えないの。それで、イライラさせちゃったかな?けど、私は優美子も彩ちゃんも姫菜も全員好きで、何言いたいのか全然分かんないんだけど、優美子がイヤって訳じゃないんだ』

 

「大丈夫そうね」

 

 雪ノ下は由比ヶ浜の事を相当心配していたらしい。一瞬普段の氷のような目つきからは想像もできないような優しく、純粋な笑顔を浮かべていた

 

「お前も素直じゃねえな」

「そうかもしれないわね。じゃあ、私は部室に戻るから」

 

 雪ノ下は廊下の向こうへ消えていった。

 雪ノ下はあの時の俺を悲しそうだったと言った。確かに俺があの出来事の事を悲しいと思っているのなら今回の俺のらしくない行動に説明がつく。由比ヶ浜は三浦に責められている時、泣き出してしまいそうな顔をしていた。 友達と良い関係を維持しようと必死に言葉を選んで、努力をしている姿を見て、俺はシンパシーを感じていたのかもしれない。まあアイツは俺とは違って、人当たりもいいし、皆に好かれるんだろうけどな。

 だからこそ、あんなに頑張ってるヤツをあんなに責めてる三浦を見た時、怒りが沸いたんだ。

 

 はあ、なんか疲れた。こう言う時は千葉県民だけの飲み物と言ってもいい、マックスコーヒーの出番だな。

 

 

 

 

 

 

 自動販売機につき、マックスコーヒーを買って教室に戻ろうとすると不快な人影が目に付いた。

 

「はあはあ、比企谷くん、やっぱりここに居たんだね」

「何だよ」

「前、疲れた時はマックスコーヒーを飲むって言ってたから」

 

 なんだよこいつ。俺の必死だった姿を笑いにでも来たのか?

 

「あの、ありがとう比企谷くん。比企谷くんが立ち上がってくれなかったら、私達のグループ、壊れてたかも」

「別に。お前のためにやったわけじゃねーし」

 

 俺は精一杯無関心を装って言った。

 

「それでも、お礼を言いたくて。ああ、そうだ。そのコーヒー、100円だったよね。私が払うよ」

 

 綾戸彩は小銭入れの中から100円を取り出して俺に差し出してきた。

 

「いや、いいよ。そんなに高くないし」

「いいから。高くないからこそ、気にしなくていいんだよ」

「分かったよ、もらえばいいんだろ」

 

 俺は根負けしてそれを受け取った。

 

「ありがとう。ごめんね、話しかけて。大丈夫、もう、話しかけないから」

 

 綾戸彩はそう言って小走りで教室に戻っていった。

 もう、話かけないから、か。

 ふん、清々するぜ。清々するはずなのに、な。

 

 なぜか少しだけ寂しいように感じられて、いつもなら俺を甘やかしてくれるはずのマッカンも、心なしか苦いように感じた。




 ちょっと短いですがキリが良いので終了です。
 なんだかキャラ崩壊が凄いような気がすると書いていて思いました。まあけど二次創作だし、このくらい良いと言い聞かせてみたりしています。

 今後の展開についてちょっと悩んでいますが、なるべく速く更新できるよう頑張ります。

 誤字、脱字、他にもなにかお気付きの事があれば、お気軽に感想欄等にお願いします。


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まちがいなく戸塚彩加は天使である。

展開をあまり変えれそうではなかったので材木座回はカットです。
申し訳ありません


 ボッチにとっての天敵である、体育と言う時間を乗り越え、昼休みとなった。

 今日は雨が降っておらず、いつも通りのベストプレイスでの昼食だ。冬になると少々肌寒いし、夏になると暑くて熱中症になりそうになるが、今のような気温も丁度良い季節の時は時折吹く風も相まって絶好の食事場所となる。ここ人来ねえしな。何より教室のあのリア充共のバカ騒ぎを見なくていいのだ。これほど気分が良い事があるだろうか?いや、ない。

 あれだな。暇な時って自分の心の声を反語にしてみたり脳内突っ込みしたりするよね。

 

「あれ?ヒッキー?なんでここに居んの?」

 

 後ろから先日炎の女王三浦と熱いバトルを繰り広げていた由比ヶ浜が声をかけてきた。

 なんでここにいるんだよ。お前無意識に人のトラウマを刺激してくるからせめて休憩時間中は会いたくなかったんだけど。

 

「いつもはここで飯食ってんだよ」

「なんで?教室で食べれば良くない?」

 

 コイツには察すると言う事をできないのだろうか。

 

「いや、俺友達居ないし。単純に教室で一人で食ってると浮くからここで食ってんだよ」」

「あ、あー、なんかごめん」

 

 謝られても逆に困るんだけどな。こいつは地雷に対して余りにも無警戒すぎる。

いかんいかん。この程度のことでちょっと傷ついてしまった。最近ちょっと人と話したせいでぼっちと言う自覚が薄れているのかもしれん。

 

「そういやなんでお前ここに居んの?」

 

 重い空気をどうにかしようと話題を変えた。我ながらナイスフォローだな、俺。

 

「そう、それ。ゆきのんとお弁当食べてたんだけど、じゃんけんで負けて、罰ゲームしてんの」

 

 なんで罰ゲーム中なのにそんなにうれしそうなんだよ。Mかよ。それに罰ゲームってなんだよ。俺と話すことか?また涙でちゃうだろうが。

 

「なんだよその罰ゲームって」

「ジュース買ってくるの。ゆきのんかわいいんだよ。最初は渋ってたのに怖いんだって言うと乗ってきて勝ったらちょっとガッツポーズしてたし」

 

 なるほど。確かにあいつ妙に煽り耐性低い所があるからな。その場面は容易に想像できる。

 そういえば、こいつは最近雪ノ下と飯を食っているようだが、三浦との一件はどうなったのだろうか。

 

 

「そういや、あの件、どうなった?」

「あの件?」

 

 由比ヶ浜が首をかしげて聞き返す。このやろう。せっかく俺がぼかして聞いてんのに、はっきり言うとなんか気にしてるみたいで恥ずかしいじゃねえか。

 

「いや、三浦の件だよ。まあ、なに。一応俺は結構あの件に関わったし、その後のことが気になってな」

 

 散々言葉につまりながらなんとか捻り出した。なんか顔が熱い。

 

「ああ、あれね。ちょっと話したら優美子も分かってくれたよ。優美子、別に悪い人じゃないんだよ。面倒見いいし、だから、私も友達になったし。あ、ちゃんと話せたの、ヒッキーのおかげだよ。本当にありがとう」

 

 屈託の無い笑顔でそう言われる。

 そんな顔を向けるのは本当にやめてほしい。危うく勘違いしてしまいそうだ。

 何回同じ失敗繰り返す気だ?俺は。

 

「いや、俺はなにもしてねえよ。話そうと思って勇気だしたのはお前だろ?ならそれはお前の力だよ」

「いや、それでも。きっかけをくれたのはヒッキーだよ。素直に受け取ってよ」

 

 それでも由比ヶ浜はお礼を言い続けた。

 くそ、お礼なんて小町にパシられた時ぐらいしか言われねえからいざ言われると恥ずかしいぞ。

 こいつがこう言う所鈍くて良かった。多分今顔真っ赤だぞ。

 俺が何を言うか迷っていると、前のテニスコートから女子が出てきた。

 

「あ、さいちゃんだ。やっはろー」

「うん、やっはろー」

 

 なんだ、知り合いか。こいつは交友関係が広いな。

 しかし、このさいちゃんと言う女子。えらくかわいい。以前までの俺であれば速攻告白してフラれていることだろう。フラれる前提なのが我ながら悲しいことだが。

 

「比企谷くんと、由比ヶ浜さんはここで何を話していたの?仲いいんだね」

 

 なぬ?俺の事も知っているのか。と言う事はクラスメイトか。

 俺の名前を知ってるクラスメイトなんてほとんど居ないと思っていたが。こんなかわいい女子に知られているとはな。なんかちょっと嬉しいぞ。

 しかし俺はその女子の名前を知らない。なんラノベのタイトルっぽいな。

 

「いや、別に何にも話してないし。て言うかぜんっぜん仲良くないからね。殺したいレベル」

 

 由比ヶ浜が顔を赤くし、手を振りながら物凄い勢いで否定する。

 いやそんなに否定しなくてもいいじゃねえか。死ぬぞ俺。

 

「だから軽々しく殺すとか言うなって言ったろ。ぶっ殺すぞ」

「あ、ごめん。いやそれヒッキーも殺すって言ってるじゃん!!」

 

 ちっ。さすがにそこまで頭は悪くないか。

 すると、その可愛い女子が微笑みながら言った。

 

「ふふっ。ホントに仲いいね。そう言えば比企谷くんってテニスうまいよね」

「え?そうなん?」

「うん。体育で見てるんだけど、すごくフォームがいいんだよ。もしかして小さい頃習ってたりしてた?」

 

 ん?なんで俺が体育でテニス選択だと言う事を知っているのだろうか。

 女子と男子は体育は別のはずだが

 

「いや、習ったことはないんだが。上手いか?」

「うん、上手いよ。あれで未経験者なんてすごいね」

 

 その女子はまさに守りたい笑顔と言うべき笑顔で言って来た。

 綾波の笑顔のような普段笑わないヤツの笑顔もグッと来るが、このさいちゃんとやらの花がぱっと咲くような笑顔も破壊力がある。

 やべえ、これはやべえよ、さいちゃんとやらは。なんかもう早くも惚れてしまいそう。

 

「いやー照れるなあ。で、誰?」

 

 後半部分は小声で言ったのだが、由比ヶ浜は空気を読まず言ってしまった。

 

「はあ?同じクラスじゃん信じらんない!!」

 

 クソ、俺の気遣いを無駄にしやがって。クラスで俺の悪口が広がるだろ。

 

「えへへ、そうだよね。僕あまりクラスで目立たないから同じクラスの戸塚彩加です」

「いやいやいや。俺が女子と関わりないだけだから」

 

 男子との関わりも無いけどな。

 

「僕、男なんだけどな…………そんなに弱そうに見える?」

 

 何…………だと?そんな事あるわけない。だってこんなに女子らしいじゃないか。

 由比ヶ浜に目を向けると、由比ヶ浜もうんうんと頷いている。マジなのか…………

 俺が返答に詰まっていると意を決したように戸塚が言った。

 

「じゃあ、証拠、見せてもいいよ」

 

 何!?その瞬間俺の中の悪魔が降りた。『おい、見せてもらえばいいじゃねえか』などとしきりに言う。

 しかし、俺はそれを封じ込めた。

 よく考えたら戸塚の目の涙が浮かんでるじゃないか。なんか罪悪感が凄いな。

 

「いや、いい。悪かったな。知らなかったといえ、いやな思いをさせちまったな」

「うん、別にいいよ。よく言われるし」

「いや、あんまり女子っぽいって言われるのも気分が良くないだろ。悪かった」

 

 そう頭を下げると、戸塚は目を丸くし、言った。

 

「比企谷くんって優しいんだね。もっと怖い人かと思った」

 

 それは目のせいか?怖い人だとおもわれていたとは。

 ちょっと傷つくな。

 

「なんかヒッキー私の時より優しくない?」

 

 なぜか由比ヶ浜が頬をふくらませて文句を言っている。

 

「お前みたいなリア充気取ってるやつは嫌いなんだよ。まず化粧薄くしろ。似合ってねえんだよ」

「どう言う意味だ!!」

 

 由比ヶ浜が俺の胸をポカポカ叩いているのを見て戸塚は恨めしそうにして見ていた。

 

「そういや、よく俺の名前知ってたな」

「あ、うん。比企谷くん、教室でも目立ってるから」

「えー!!全然目だって無くない?むしろ居るか分かんないレベルじゃない?」

 

 おい、さすがの俺でもそろそろ我慢の限界があるぞ。

 お前の頭のお団子をぶち抜いてやろうか?

 

 そんなこんなで話をしていると、昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。

 俺、飯食い終わってねえんだけど。

 

「戻ろっか」

 

 由比ヶ浜がそう言って教室に戻ろうとし、戸塚もそれに続く。

 俺はと言うと、一緒に帰るのは少し抵抗感があった。一緒に帰って、果たしていいのだろうか。

 

「ヒッキー、何してんの?」

 

 由比ヶ浜が怪訝そうに尋ねる。戸塚もこちらを見ている。

 俺は、二人の方に行きかけて、そしてやめた。

 

「悪い。トイレ行ってから帰るわ。先に帰っていいぞ」

「そっか。じゃあまた後でね」

「おう」

 

 それだけ告げて、俺は二人とは逆の方向に行った。

 後ろからは次の時間何だっけと言うような話し声が聞こえてくる。

 はあ、なんでこんなに後悔するような気持ちが出てしまうのだろうか。

 しっかりしろ、比企谷八幡。お前は孤高のぼっちのはずだろ。お前がクラスメイトと談笑しながら教室に戻るなんてありえないはずだ。これが正常。何も辛くない。そのはずだ。

 そんな風に言い聞かせるのが、なんだかとっても空しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、またしても体育の時間だ。

 今日もいつも通り最終奥義壁打ちを使い、体育を乗り越えていく。

 体育教師厚木も、俺がいつも体育で二人組を作れないでいたのを見ていたからか、もはや何も言ってこない。

 物分かりの良い教師で助かる。そもそも体育教師はなぜ二人組を作らせたがるんだろうな。

 長く教師をやっているならあぶれる者が出ると言う事も分かりそうなもんだが。

 そもそも学校ってやつが友達と一緒に過ごす事が想定されていてボッチに優しくないんだよ。

 

 そんな世の中の不条理さに対する苛立ちを壁にぶつけていると急に肩を叩かれた。

 後ろを向くと、俺の頬に指が刺さった。

 

「あはっ、ひっかかった」

 

 そう可愛く笑う戸塚が居た。

 なんだこれ。この場にひぐらしのあのキャラクターが出たら間違いなくお持ち帰りしてしまうぞ。

 

「どうした?」

「今日、いつもペア組んでる子がお休みで、だから一緒にやらない?」

 

 この破壊力のある声と上目遣い、なんと言うか最強すぎるな。

 

「ああ、まあ俺も一人だしな。断る理由はないが」

 

 そうすると戸塚は安心したように息を吐き、『緊張した!』と小声で言った。いや俺が緊張するよ。

 まさかの展開だな。俺が体育でまともなペアを持つ事になるとは。

 前任者の材木座とは天と地ほどの差がある。比べるのすらおこがましい。あいつなんか汗臭いんだよな。

 

 そんなことを思いながら戸塚と話しながら打っていると、なんだか凄く幸せな気持ちになる。

 ペアが居るって言うのは良い事だなあ。

 

 

 

 

 

「ちょっと休憩しようか」

「おう、そうだな」

 

 結構長くラリーを続けていたせいか、戸塚も息があがってきている。

 あれか、戸塚は体力はある方じゃないのか。なんかそう言う所も女の子らしいな。俺たちはその辺のベンチに腰掛け、って近っ!!なんと戸塚は小指が入るか入らないかくらいの距離で座ってきた。

 もしこれが材木座であれば間違いなく殴り飛ばしてるぞ。

 

 しかしこの破壊力はやばいぞ。少し息が上がってるのも少しエロイ。なに興奮してんだ俺。ホモみたいじゃねえか。いや、戸塚は男ではなく戸塚と言う性別だからこれはホモと言うより別の「ねえ、比企谷くん」

 

「ん、おう、どうかしたか?」

 

 あぶねえ、危うく聞き逃す所だった。戸塚が機嫌を損ねてしまう。

 

「比企谷くん、やっぱりテニスうまいね。経験者じゃないのに」

「まあ壁打ちはすげえしてたからな。もうテニスは極めたと言ってもいいかもしれん」

「それはテニスじゃないよ、スカッシュだよ」

 

 戸塚が笑いながら言う。ああ心がピョンピョンする。

 しかし、直後に深刻な顔となり、続けた。

 

「あのね、相談があるんだけどね。うちのテニスって弱小なんだ。弱いから、人数も集まらなくて、僕らも上手くないから、ほかの子達もモチベーションが上がらないみたいなんだ」

 

 なるほど、よくあることなんだろうな。人数が少なければ頑張らなくても自動的にレギュラーだ。だから大して頑張って練習に励まずとも試合に出るだけで部活をしているような気分になるのだろう。

 

「でね、比企谷くんにテニス部に入ってほしいんだけど」

 

 なに?何を言ってるんだ戸塚よ。テニス部ってあれでしょ?ウェイウェイやってて酒飲ませて新入生殺すようなあれでしょ。いやあれは大学のテニスサークルか。まあ高校も似たようなもんだろ。

 俺がそんなキャラに見えるか?戸塚

 

「比企谷くんテニスうまいし。みんなの刺激になると思うんだけどなあ」

 

 そんなつぶらな瞳で見つめられてもなあ。テニス部みたいな体育会系のノリは見てるだけで鳥肌立つしなあ

 

「悪い、俺もう他の部活に入ってるし、それは無理だ」

「そっかあ。それじゃあしょうがないね」

 

 戸塚が残念そうに肩を落とす。いかん、こんなに落ち込ませるつもりはなかったのに。何かフォローを入れなければ

 

「まあ、俺の方でも、解決する方法を探してみるよ」

「ほんと?ありがとう。比企谷くんに相談してよかった」

 

 うおお、笑顔がまぶしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、そう言うことなんだが、雪ノ下は何かいい意見はないか?」

「難しいわね。一人だけをうまくすると言うのなら、その人に合った練習メニューを組んで吐く血も無くなるぐらい練習をさせればいいだけの事だけれど、ことテニス部全体の話となると…………」

 

 この女すっげえ怖いことサラリと言いのけやがった。

 

「俺がテニス部に入るのも非現実的だからな。いかにも青春みたいなことしてる奴がいたら無性に腹が立つし、むしろ練習の邪魔をしかねない」

「あら、自分の性格ぐらいは弁えているのね」

 

 相変わらずこいつ嫌な女だなあ。しかし言い返したところで更なる暴言が飛んでくるだけなので俺は怒りを抑えた。

 

「なんとかテニス部が強くならんもんだろうか」

「確かに、あなたが入って全員の敵意をあなたに向けさせると言うのも一つの手かもしれないわね。まあ、それが部員の能力の向上につながる可能性は低いけれど」

「どういうことだ?」

「これは私の実体験だけれど、私が海外から帰ってきて転入した時、私はクラスのほとんどの男子を惚れさせてしまったの。女子達はみんな私の排除に躍起になったわ」

 

 なんてどす黒い世界なんだ。女子ってみんなそうなの?小町が心配になってきたぞ。

 

「上靴隠したりノート捨てたりメールでの誹謗中傷、先生への事実無根の」

 

 おいおい雪ノ下さんがダークサイドに落ちちゃったぞ。

 

「やめとけよ。気分が良くなる話じゃないし」

「あ…………そうね、ごめんなさい。人に聞かせる話ではないわね」

 

 は?何言ってるんだこいつ。なんで俺のことなんだ。

 

「いや、俺じゃなくて、お前のことだよ。そんなことされて平気だったわけないだろ。辛かったことは忘れろ。忘れられなくても口には出すな。そして心の奥底に封じ込め。じゃないと辛いだけだぞ」

 

 もしかして俺はものすごく恥ずかしいことを言ってるのではなかろうか。やっべ、顔が熱い。何か言えよ雪ノ下。普段あんなに俺を罵倒してるじゃねえか。さっさと罵倒しろ。

 

「それは、一種の逃げではないのかしら。辛かったことを忘れるなんて」

 

 こいつはどうにも堅物すぎるな。逃げると言う言葉にやたらと嫌悪感を持ってる。

 

「こんなことわざがあるだろ?逃げるが勝ち。よく言ったもんだよな。まあ状況によっては逃げるのも悪くないと俺は思うけどな。人間辛いことをいちいち覚えてても心が持たねえって」

 

 雪ノ下の方を見たが、あいつは下を向いていて、どんな表情をしているのか、分からなかった。

 

「そうね、それも一理あるかもしれない」

 

 

 それっきり会話はぱたりと止まってしまった。

 いやいやここで終わるとか気まずすぎるだろ。誰か、何とかしろ。

 その時、俺の願いに応えるかのように扉が喧しく音を鳴らした。

 

「やっはろー」

 

 ナイス由比ヶ浜今ほどお前の来訪がありがたかったことは無いぞ。

 あいも変わらず悩みのなさそうな馬鹿面の後ろに深刻そうな顔をした天使がいた。

 

「あ、比企谷くん。ここでなにをしてるの?」

 

 戸塚。やはり天使だな。嫁にしたい。いやまて、戸塚は戸塚と言う性別だから嫁じゃなくて、いやもういいかこの下り。

 

「ああ、今日言ってた部活ってのがここでな。お前こそなんで?」

「ふふん、それはね今日は依頼人を連れてきたあげたの」

 

 由比ヶ浜があほっぽいどや顔で言った。なんか腹立つな。

 

「それは戸塚のことか?」

「うん、なんか悩んでる風だったからここを紹介したわけ」

「それで、なにか用かしら?戸塚君」

 

 そう聞かれると、意を決したように戸塚は答えた

 

「あの、由比ヶ浜さんに聞いたんだけど、ここはテニスを強くしてくれるんだよね?」

「奉仕部はやり方は教えるけれど、それであなたのテニス能力が向上するとは限らないわ。うまくなるも、ならないも、あなた次第よ」

「そう、なんだ」

 

 戸塚は悲しそうに目を伏せる。由比ヶ浜のせいで戸塚が落ち込んでしまった。これには全俺が怒ったぞ。

 

「でもさ、ヒッキーとゆきのんなら、なんとかできるんじゃないの?」

 

 あ、言っちまったこいつ。その言葉は雪ノ下フィルターを介すると、『できないの?』と挑発したように捉えられるぞ。

 

「ふうん、あなたも言うようになったわね、由比ヶ浜さん。私を試すような発言をするなんて」

 

 あー、言わんこっちゃない。変なスイッチが入っちまった。

 

「戸塚君、あなたの依頼を受けるわ」

「う、うん。ありがとう」

「けれど、一朝一夕でテニスの技術は向上するものではないわ。きつい練習をする覚悟はあるかしら」

「わかった。僕頑張るよ」

 

 ん?待てよ?あいつさっき個人の能力を高めるには血を吐くほどの練習をすればいいとかなんとか言ってなかったか。戸塚は大丈夫なのだろうか。少し不安が残るな。

 

「それってもしかして俺も」

「当たり前でしょう。あなたに予定なんてないだろうし」

 

 ですよねー。こうして俺達は戸塚のテニスの練習に付き合うこととなった。

 

 




 覚えている方お久しぶりです。更新遅くなりました。
 これからも更新は遅くなるとは思いますが、内容を忘れてしまったとい言う方も、よろしければ暇な時に少しずつでもお読み下さい。
 


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