【凍結】ドラゴンクエスト ~次元の竜と異界の者~ (しましま猫)
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序章 プロローグ
NEW GAME 封印された伝説
このお話は、プロローグのさらに前書きみたいなもので、読まなくてもそんなには影響ないかもしれません。
予告編みたいなものだと思って読んでください。
我々の住む「世界」の裏側には、いくつもの別世界が存在するという。それらはお互いにわずかながら影響するともいわれるが、真実のほどは定かではない。
これは、偶然にもその「別世界」のひとつを覗いてしまった若者の物語である。
ゲーム機が家庭に普及するようになって、いったいどれくらいの年月が過ぎたのだろうか。いつしか人は、現実を疑似体験できる技術を確立し、特に様々な職種の訓練に多用するようになっていた。この「バーチャルリアリティ」のシステムにより、ゲーム業界も「疑似体験」を提供するハード・ソフトの開発にしのぎを削っていた。
***
そして、ここはとあるゲーム会社の社屋ビルの一室、所狭しと並べられた装置に接続された端末を前に、何人かの開発者たちが難しい顔をしているのだった。
「……なぜだ、なぜ戻ってこない!」
「お、落ち着いてくださいプロデューサー。」
「これが落ち着いていられるか! 消えたんだぞ、忽然と、何の痕跡も残さずに!」
プロデューサーと呼ばれた長身の男は、焦りやいらだちを隠そうともせず、隣にいるメガネをかけた長身の男を怒鳴りつける。その間にも何人かが手元の小型端末をたたき、何とか事態の収拾を図ろうとしている。しかし、
「だ、だめです、バーチャル領域にも反応がありません!」
皆が取り囲んでいる、カプセルのような装置の真上に取り付けられた大型モニターを眺めていた小太りの男性が叫び、その直後がっくりとうなだれた。
この実験室のような部屋は40畳ほどはあるが、その大半が大きなコンピュータ装置で埋め尽くされており、さほど広いとは感じない。部屋のちょうど中央あたりに、カプセル型の装置がいくつか置かれており、その真上に、先ほど小太りの男性が見ていた大型モニタ、ざっと見積もって100インチ程度のものが天井からつるされており、壁には所狭しとサーバーラックのようなものが並べられ、もはや何が何とつながっているのかさえよくわからないような配線が、ごちゃごちゃと天井から垂れ下がり、あるいは床を這い回っている。今、カプセル装置の一つが開かれており、そこを十数名が取り囲み、騒ぎになっている。数十分前まで、このカプセル装置には人間が入っており、とある疑似体験ゲームのテストプレイをしていたところだった。しかし、プレイ中に装置が原因不明のエラーをはき出して強制終了し、カプセルは安全装置により自動的に機能を停止して開いた。本来ならばその中には人間が寝かされているはずなのだが…、いないのだ、装置の中は「もぬけの空」だったのである。
「ど、どうしますプロデューサー、どのように報告を…。」
「う、うぅ、む。」
プロデューサーからすれば、誰かに代わりに答えてもらいたい、そんな心境だっただろう。しかし、彼こそがこのプロジェクトの責任者、判断は彼が下さなければならず、会社の重役に報告し裁断を仰ぐのもまた、彼の役目であった。
そして数週間後、社運をかけたはずの大プロジェクトは、永久に凍結されたのだった。
***
はるか昔、世界に突如出現した「魔王」は、その強大な力で邪悪な者たちを束ね、世界を手中に収めようとした。幾人もの勇敢な者たちが立ち向かったが、ことごとく倒れていった。そんな中、英雄を父に持つアリアハンの少年が、魔王を倒すため旅立った。彼とその仲間たちは世界を巡り、魔王の脅威から人々を救い、世界中に散らばる秘宝を集め、数々の奇跡を起こしていった。いつしか人々は彼を英雄の息子ではなく、世界を救う「勇者」だと確信するようになった。
そして、勇者たちはついに伝説のオーブをすべて集め、精霊神に仕えるという不死鳥をよみがえらせ、何人も到達不可能といわれる魔王の居城に降り立った。激しい戦いの末、勇者はかろうじて魔王を打ち倒したのである。
魔王討伐をアリアハン王に報告する折、新たに大魔王と名乗る者が現れる。魔王は大魔王の手先の一匹に過ぎず、やがて世界は闇に閉ざされるという。勇者は災いが出でるという大穴を通じて闇に閉ざされた世界・アレフガルドに向かった。精霊の力を借りるための秘宝を集め、魔の島へ渡る奇跡の橋を架け、勇者は大魔王の魔城に到達する。
大魔王の城の中、襲い来る凶悪な魔物を退け、勇者たちはついにその最深部へ到達する。そこで行方不明だった父に遭遇する。しかし、大魔王の側近と激闘を繰り広げた末、英雄は敗れ死亡する。勇者は父の仇を退け、城の奥深くで大魔王と対峙、竜の女王より受け取った光の玉を使い、辛くもこれの討伐に成功する。こうしてアレフガルドは光を取り戻し、勇者はその功績により『ロト』という称号を与えられた。しかし、その後勇者の姿を見た者はおらず、かくして勇者ロトはアレフガルドの伝説となった。
それから数百年後、アレフガルドを治める王国ラダトームが保管していた光の玉はいずこよりか現れた魔物の王に奪われた。これにより魔物の封印が解け、またラダトーム王女も魔物にさらわれた。多くの物が竜王討伐のため旅立ったが何れも失敗に終わった。そんな時、とある予言者がロトの血を引く勇者の出現を予言。予言通り勇者は王国に現れ竜王討伐のため旅立った。
やがて勇者は沼地の洞窟に幽閉されていたラダトーム王女を助け出す。さらに竜王の城がある魔の島に赴き、竜王討伐に成功。ラダトーム国王より王位の禅譲を持ちかけられるものの、自らの国は自らで探す、とこれを辞退。王女とともに新天地を求めて海を渡っていった。
海を渡った勇者は辿り着いた新天地でローレシアという国を築いた。妻との間に三人の子をもうけた勇者は、子供たちのために国をローレシア、サマルトリア、ムーンブルグの三つに分けた。そして三ヶ国はロトの姉妹国として共に発展していった。
それから百年後、ムーンブルクが魔物の軍団に襲われたとの凶報がローレシアへ届く。元凶である邪教の大神官を討伐するためローレシアの王子が城を旅立った。王子はサマルトリアの王子との合流を果たし、邪教の呪いで犬の姿にされたムーンブルクの王女を救い出す。やがて三人は海を渡り先祖の地アレフガルドへ向かう。かつての魔王の城にてその血族と出会い5つの紋章を集めれば精霊ルビスの加護が得られることを聞く。紋章を集めルビスの加護を得た三人は大神官の神殿のある雪原地帯・ロンダルキア台地に進行、大神官、そして邪教徒たちの信仰する破壊神を討ち滅ぼす。凱旋して間もなくローレシア王子はその功績を讃えられ、父王より王位を譲り受けるのであった。
「う~ん、勇者かぁ。」
夜なのだろうか、ランプのともる薄暗い部屋で、少年はある本とにらめっこをしながら、難しい顔をしてつぶやいた。
「おや、また本を読んでいたのかい?」
「あ、マリス様。」
「おまえさんはその本が好きだねぇ。」
マリスと呼ばれた老婆は、少年の頭をなでて、にこにこと笑う。が、次の瞬間、咳き込んでよろけ、膝をついてしまう。
「マリス様、大丈夫ですか?」
少年は心配そうな顔で、老婆に手をさしのべる。
「おばあさま、無理をしてはいけません!」
長い黒髪の少女が部屋に駆け込んでくる。続いてもう一人、赤髪をポニーテールに結った少女が入ってきて、水差しを差し出す。
「マリーカに、アンジュか、すまないね、心配かけて…。」
マリスと呼ばれた老婆は部屋のいすに腰掛け、水差しの水を飲んで、それから大きくため息をはいた。そして、先ほど頭をなでた単発の少年に向かい、彼の瞳をじっと見つめ、尋ねた。
「アレン、勇者にあこがれているのかい?」
「よくわかんないや、でも、みんなを守れるくらい、強くなりたい、僕は 呪文が使えないし、体力くらいしか自信ないから。」
老婆は静かに目を閉じ、そしてしばらくたってからまた、静かに語り始めた。
「いいかい、もしも、おまえが強くなって、大きな力を手に入れたなら、決して今の心を忘れてはいけないよ、誰かのために強くなりたい、皆を守ろうと思う、優しい心を。」
「うん、僕、必ず強くなって、みんなを守ってみせるよ!」
「良い子だ。」
少年の答えに満足したのか、老婆は目を細める。
「ま、今のご時世じゃ、城の兵士あたりになったとしても、剣を振るって敵と戦う機会なんざ、そうあるもんじゃないけどね。」
「ちぇ、なんだつまんない。」
「まあ、武器を持って戦うなんて、ない方がいいさ、なぁ。」
老婆はもう真っ暗になっている窓の外へ目をやる、発せられた言葉はこの部屋にいる子供たちではなく、どこか遠いところへ投げかけられたように、漆黒の闇に溶けていった。
「さぁ、おまえたち、今日はもう遅いから、おうちにお帰り。」
「は~い。」
老婆に促され、子供たちはそれぞれの両親の待つ家へ帰っていった。明日もまた来るよと笑顔で手を振って……。
しかし、子供たちがマリスという老婆を見たのは、この夜が最後だった。
***
誰にでも、その人だけの物語がある。人に語られないけれども、大切な、自分だけの物語が。これは、青年の見た不思議な世界、ある男の愛、一人の少女の祈り、幼い姫の願い……。
そう、これは「彼ら」が出会うための「物語」……。
DRAGON QUEST
~次元の竜と異界の者~
=PREVIEW NEXT EPISODE=
何の変哲もない日常は、突然として奪われた。男は見たこともない世界へ、見知らぬものの手で呼ばれてしまう。戸惑う彼の前に、さらなる非現実が、現実として押し寄せる。
レベル1 突然の始まり
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レベル1 突然の始まり
第1話の投稿がこんなに遅くなるとは……。
書き出しが一番難しいのかもしれないですね……(汗)
それでは、どうぞ。
※一部誤字脱字、表現を訂正しました。
東京都にあるとあるオフィス街の、高層ビル群の一角に、世界的に有名なゲーム会社の本社ビルがある。地下鉄の駅からほど近く、通勤するにも便利そうだ。今日はこの会社で、とあるゲームの25作記念イベントが開かれていた。
その会社を「S&E」ゲームを「ドラゴンクエスト」といった……。
会場となった3階フロアには、朝から多くの人が詰めかけた。そしてイベント時間である午後12時が近づくにつれて、その数は次第にふくれあがり、人員整理をするスタッフも忙しそうにしている。列に並んでいる参加者に整理券らしきものが配られ、皆一様に待ちきれないといった表情で、思い思いに待ち時間をつぶしている。
なぜこの場がこんなに賑わっているのかというと、今日開催される「ドラゴンクエスト25作記念イベント」の一環として、限定グッズが数多く販売されることになっているからだ。しかも、それらの商品は数量限定で、今日だけ特別販売されるものなのだ。いつの時代も、この手のモノに目がない人々というのは案外に多いモノである。
その中にあって、一人無表情で列に並んでいる男がいた。列の前から数えて3番目に並んでいるこの男は、ほかの参加者と違って無表情で、並んでいるというよりただ突っ立っているといった方が適切だろう。特に何かをして時間をつぶすわけでもなく、ただひたすらに、時間が過ぎ去るのだけを待っていた。
「お待たせいたしました、これより限定グッズの販売を開始いたします、整理券をお確かめの上、順番にお買い求めください~!」
時計がちょうど12時を告げた。同時に限定グッズの販売が開始され、人々はお目当ての商品を買い求めていく。先ほどの男も特設カウンターに整理券を出し、目的のモノを受け取って金を渡す。この間もほかの客と違ってずっと無表情で、買い求めた分厚い本を鞄に入れると、そそくさとその場を離れてしまった。
彼、稲田ユウジは25歳、都内の高校で事務員をやっている、ごく平凡な若者である。実は彼はゲームなどあまり興味はない。「ドラゴンクエスト」というゲームは世界的に有名なため、彼も知らないわけではなかったが、あまりプレイしたこともなく、25作目だからといって特別に感慨もわかなかった。そんな彼は、年の離れた弟にねだられて、先ほど手にしていた分厚い本を買いにやってきていたのである。ここまでならよくある話だが、年の離れた弟といってもまだ小学四年生で、さらにその弟は父親の再婚相手の連れ子という、まあ多少複雑な関係になっている。それでも、よくなついてくる子供を邪険に扱うこともできず、興味のないものを買うために何時間も並んでしまうところなどは、この若者、ユウジの人となりを表しているといえるのだろう。
それでも面倒くさいモノは面倒くさい。彼はつまらなさそうに、長い廊下を通ってエレベーターの方へ向かった。ホールでイベントが続けられていたが、そんなものに興味はなかったので、足早に、フロアの西側にあるエレベーターホールに向かった。ほかに帰ろうとするものはおらず、静まりかえった廊下を進み、エレベーターホールにたどり着いた彼は、すぐに2基あるエレベーターの真ん中の、▼ボタンを押して点灯させる。程なくして扉が開き、彼はその中へ入っていった。
まぁ、つまらなかったが子供の喜ぶ顔を見るのは悪い気分はしない。そんなことをぼんやり考えている時、事件は起こった。
「ジリリリリリリリ!!」
非常ベルのいやな音が彼の耳をつんざいた。そして「ガタン!」という音とともに、エレベーターは停止した。どうやら何かアクシデントがあったようだ。おそらくこれは火災報知器の音だろうから、火事でも起こったか、周囲から悲鳴のような、そんな声が聞こえてくる。
周囲がおそらくパニックになりかけているような状況で、密室に閉じ込められている。ユウジは苦笑した。しかし彼は不安に駆られることも、取り乱すこともなかった。まぁとりあえず非常呼び出しボタンを押してみる。
「すみません、閉じ込められたようなんですが。」
彼はいつもと変わらない冷静な口調で、非常用マイクに向かって話しかけた。
「今、ビルの5階で火災が発生しました。その影響でエレベーターも緊急停止しています。すぐに救助を呼びますので、落ち着いて待っていてください。」
スピーカーから女性の声がした。落ち着いて話そうと努めているが、声がわずかにうわずっている。多少動揺しているのだろう。
「わかりました。」
ユウジはそれだけ答えて、エレベーターの床に腰を下ろした。慌てふためいても仕方がない、とりあえず言われたとおりにしておこう。そう考えた。
「それにしても、重たい本だ…。」
ユウジは先ほど購入した辞典のように分厚い本を手にとって眺めてみた。表紙には」25作記念 ドラゴンクエスト大辞典」というタイトルがでかでかと印刷されている。その周りにはモンスターやアイテムなどのイラストがごちゃごちゃ描かれており、いかにもお祭り用の特別販売品だ。ドラゴンクエストというゲームが大好きな義弟は、この本がどうしても欲しかったが、休日にも母親に塾に通わされているため、ユウジに購入を頼んできたのだった。
(まったく、ろくに子供の世話もしねーくせに、塾だの習い事だの、馬鹿なんじゃないのかあの女。)
ユウジは義弟の前では口には出さないが、父親の連れてきた後妻は好きではない。話を聞く限り、仕事人としては特殊な技能があるためそこそこ優秀らしい。しかし母親として、いやその前に人間としてみたときに、彼女の行動や言動は、ユウジにとっては疑問符のつくものばかりだった。たとえば……
ガタン、という少しの揺れの後、急に、エレベーターが動作を再開した。特にアナウンスもなかったが、復旧したと言うことなのだろうか。
エレベーターはゆっくりと降下していく。まもなく1階に到着するだろう。ユウジは本を鞄に戻し、立ち上がって扉の前まで歩を進めた。
(……? おかしいな、もう1階に着いてもいいはずだが……?)
エレベーターは降下を続けている。しかしいっこうに止まる気配がない。不思議に思って操作パネルの上の表示板に目をやる。
「……!」
見なければよかった、とユウジは後悔した。パネルには「緊急停止中」という文字以外は何も表示されて折らず、このエレベーターに未だ稼働するための電力が供給されていないことを示している。にもかかわらず、ユウジの足下は確実に下へ下へ降下しているのだ。彼はここに来て初めて、明確に困惑を覚えた。しかし、通常の人間であれば恐怖でパニックになっていてもおかしくない状況だ。にもかかわらず、困惑という程度で済んでいることからしても、この男の精神が並ではないと言うことがわかる。しかし、そんな彼でも、この不可思議な……いや恐怖体験にも近いような状況は、少なからず心の平穏を乱すものであったのだ。
(これは、いったいどういう………)
状況が理解できず、とりあえず周りを見渡してみる。エレベーターが動いていること以外、特に目立ってここがおかしいという視覚的な変化は、今のところないようだ。
(いや、待て、おかしいぞ……、さっきまであんなに騒がしかったのに……?)
そう、いつの間にか、周囲から聞こえていた騒がしい物音、人の声、非常放送など、そのいっさいが聞こえなくなっている。
(おいおい…、これは、さすがにやばいんじゃないのか?)
ここにきてようやくというか、彼はわずかばかり動揺を覚えた。そんな状態であったから、気づかなかった、先ほど鞄に戻したあの本が、淡い光を放っていることに。
スゥッ
何ともいえない感覚がして、エレベーターは停止した。そして、静かに扉が開く……。
(な、何だこれは!?)
開いた扉の向こう側の景色に、さすがのユウジも目を見開いた。うっそうと茂る木々の間から、陽光が差し込んでいる。どこかの森の中のようだが、そもそもなぜ、エレベーターを出た先がこんなところなのか、彼は訳のわからないまま、エレベーターから出て、ふらふらと前へ歩き出した。
「……ユウジ、私の声が聞こえますね?」
「?! 誰だ!」
どこからか聞こえた自分を呼ぶ声に、ユウジは反射的に問い返した。しかし、声はするが姿は見えない。
「……ユウジ、私はルビス、あなたにお願いしたいことがあって、ここへ呼びました。」
(……何かのイベントの一環か?)
彼は何とか落ち着こうと思い、とりあえず今の状況について考えてみた。たとえばこれは何かの、そうバーチャルゲームのCエムか何か、あるいは体験イベント……。
(ないな……。)
そう、ありえない。バーチャルゲームは手の込んだものだと、現実との区別がつかなくなるほど作り込まれていることもある。しかし、ゲームプレイをするためには未だに「ログイン」という動作がどうしても必要になる。カプセル装置のようなものに入って、それを動作させて眠ったような状態になり、脳波に直接働きかけることで仮想現実を実現しているのだ。したがって、いきなりエレベーターから仮想空間に入る……などということは、現在の技術水準では不可能なのだ。
さて、そうなると……。
(さっきからうっとうしく話しかけてきているこの声は、いったい何なんだ?)
ユウジはとりあえず、さっきから聞こえてくる声の主と、会話ができるかを試みることにした。
「あんたは何者だ。」
ただ、短く用件だけを告げる。少なくとも、自分を強引に、何らかの方法でこんな場所へ連れてくるような存在だ、油断はできない。
「私はルビス、アレフガルドを創造したものです。」
「アレフガルド? 創造? 『アレフガルド』というものを、『創った』ということか? いやそもそも、アレフガルドって何だよ……。」
帰ってきた言葉に、ユウジはさらにわけがわからなくなった。だいたい「創造した」ことはおいておくとしても、「アレフガルド」というものが何であるか、彼は知るはずもなかったからだ。
「……そうですね、唐突な話をしてしまいました。私は大地の精霊ルビス、あなたの世界とは異なる『アレフガルド』という地を創造、……つまり創り出したものです。
(?! 何を言っているんだこいつは……?)
ユウジは何とか平静を保ち、心の中を駆け巡る動揺を押さえ込みながら、必死で頭を回転させた。今の状況がどういうことなのか、声の主が話すことを聞いても、さっぱり理解できない。いや、言葉としてはわかるのだ、。ただ、それはあまりにも現実離れしすぎていて、彼の常識では理解することができなかった。
別の世界があって、それを創った存在が自分の目の前に現れて頼み事をしてくる。作り話、小説とか漫画とか、それこそゲームならばありきたりな話だ。そんな作り話はちまたにいくらでも転がっている。だがそんなことは現実に起こるはずもないし、ましてや自分が当事者になるなどあり得ない。ほとんどの、いや等しくすべての人間はそう思っているだろう。彼、ユウジにしてもそうだ。今話しかけてきている声の主が言うことなど、それこそ聞くに値するような内容ではない。
そう、通常であれば……だ。
先ほどバーチャルではないかと考えたときに、エレベーターに乗ったときに気を失ってみている夢ではないのかと、ユウジはそうも考えた。しかし、目を閉じて再び眠りにつこうとしてもできないし、自分の体をつねって痛みを与えてみたりもするが、普通に痛い。だから、信じざるを得ない、これは紛れもなく「現実」であるのだと。
「……信じたくないが、どうやら現実のようだな。あんたが何者かは興味はないが、俺に何のようだ。」
まだ混乱する頭で、それでも彼は何とか、この状況を打開する糸口を探る。
「先ほども言いましたが、あなたにお願いがあってここへ呼びました。私たちの世界へ来てほしいのです。」
「俺を別世界に転移しようってことか、どこかの売れない二次創作じゃあるまいし、何の目的でそんなことをする?」
「……私たちの世界は今、強大な悪意によって滅びようとしています。それを食い止めるために、あなたの力が必要なのです。」
「そういうことはもう少し、人を見てから頼むんだな、俺はこの通りただの人間だし、もちろん何の特別な能力もないぞ。どこぞの三文小説よろしく、あんたが特別な力でも与えてくれるなら、話は別かもしれないがな。」
話を聞く限り、ルビスという、女だろうこの声の主は、ユウジを自分の世界、つまりアレフガルドというところへ呼ぼうとしているらしい。しかもどこかで聞いたような、売れない作り話のネタのような話だ。返答を皮肉交じりで返しながら、内心これが夢で会ったらよかったと本気で後悔している彼の気持ちなど知るよしもなく、ルビスは一方的に話を進めていく。
「残念ながら、私にはあなたに大幅な力を与えるようなことはできません。私に許されている力は、自分の存在する世界において、限られた場所で創造の力を行使することだけです。自分で作り出したものでない限り、力を与えることはできません。作り出したものであっても、力を奪ったり破壊したりすることも、できませんけれど……。今回、あなたたちの世界で行われた何らかの行為によって、本来関わりないはずのあなたたちの世界と、私たちの世界がつながろうとしています。」
「ちょっとまて、話が見えてこないな。仮にあんたの言うとおりだとして、そっちの世界の危機とこっち側とつながることに、因果関係を見いだせんのだが。」
ユウジの思考はすでに平常にかなり誓いものまで回復していた。彼は非日常的なことを話すルビスの言葉を、ひとつひとつ性格に理解し、その矛盾点について尋ねている。常人が見たのならば、それこそゲームのオープニングとしか呼べないような光景が展開されていた。
「……いいえ、無関係ではありませんよ。今起こっている『世界のゆがみ』とでも言うべき現象は、私たちの世界を脅かしている悪意によって引き起こされています。」
「……ちょっとまて、俺たちの世界の人間が、『世界のゆがみ』ってものを引き起こしたから、関係ない世界がつながろうとしているって言ってたよな?」
「はい、あなた方の世界でいうところの『科学的な研究』と呼ばれているものの一部が、どういう理由化はわかりませんが、異なる世界をつなごうとしているのです。」
「ってことは、中身はわからんけど、その研究、いや研究結果は、あんたらの世界を脅かしている『邪悪な存在』がもたらしたもの……ってことになるのか?」
これはさすがにスケールが大きすぎる、それこそファンタジーで言うところの、魔王やら大魔王やらの力が、自分の今いる世界に干渉して、影響を与えようとしていると言うことになる。その手の話によくあるパターンとして……。
「はっ、いけない、もう、気づかれてしまった……!」
突然、今まで穏やかに話しかけてきていたルビスの声色が変わった。相変わらず姿を見せていないので、表情などうかがい知ることはできないが、先ほどまでとはうって変わった鋭さを感じさせる。何か抜き差しならない事態が起こったと言うことか。
「どうした? 何かあったのか?」
「ユウジ、もうすこしゆっくりと、あなたとお話をしていたかったのですが、どうやらかなわないようです。私があなたをここへ呼んだのは、先ほどお願いしたこともあるのですが……もう一つは、ある人の頼みで、あなたの命を守るため。」
「な、何を言っているんだ、おい?」
「次元の狭間を支配する偉大なる精霊たちよ、アレフガルドの精霊ルビスの名において命じます、かの者を我らが元へ呼び寄せ給え。」
ユウジの反応に言葉を返すことなく、ルビスは何か呪文のような、いやおそらくは呪文なのだろう言葉を、長々と唱えはじめた。ユウジの足下に光り輝く円と、何か文字のような者が浮かび上がる、そう、魔法や何やらが存在する架空の世界では、これを魔法陣といったか。
「狭間の世界を守護する門よ、交わる事なきその運命を交わらせ、かの世界と我らが世界をつなぐ架け橋となれ。天よ、繋がれ!」
ルビスが叫ぶのと同時に、魔法陣から光の柱が立ち上り、ユウジの体を包んでいく。それは目もくらむような輝きで、彼の視界と、そして意識さえも白く染めていった。
「オメガルーラ!」
その声と同時に、青年の体はその場から消え去った。足下にあった魔法陣は消え、わずかな光の粒子がその場に立ち上るのみであった。そして、まもなくすべてが消え、あたりは再び、静寂に包まれた。
「やはり、アレフガルドまでは届かなかった……、せめて、あとわずかな時間があれば……! ユウジ、今はわからなくてもいい、私を恨んでも……でも、これはあの人の祈り、知る人のいない、未知の世界に降り立ったとしても、忘れないでください、あなたは、決して一人ではありません。どうか……どうか、無事で……。」
ユウジは、薄れゆく意識の中で、ルビスの声を聞いたような気がした。それはなぜか、今日初めて出会った者の声のようではなくて……そう、遠い昔に、どこかで聞いた声のような、そんな気がした。
***
「一歩、遅かったようですね、邪悪なる者たちよ。」
「くっ、忌々しい精霊め、異界の者をどこへやった!」
森の中で、赤いフード付きマントの集団が、一人の女と対峙していた。赤い集団は仮面をかぶっており、表情はうかがい知れないが、言葉は怒気を含んでおり、明らかに女に対して敵意を向けている。
「……話す気などない、そういうことか。せめて貴様だけでも葬ってくれるわ! 大気に潜みし悪霊どもよ、集いて砕けよ、かの者を轟音と光のもとに爆砕し微塵とせん!」
集団のひとりが両手を前に突き出し、詠唱をはじめた。その手に光が集まってゆき、前方の空間がゆがんでいく。
「イオナズン!」
その言葉とともに女の周囲に激しい爆発が起こる。すさまじい轟音と突風が周囲の木々を蹂躙していく。風と音とがやんだときには、爆発のあった場所は何もない更地と化していた。爆裂系の上級呪文イオナズン、その威力は広範囲を爆発に巻き込み粉砕する。森の木々さえこの有様だ、女の一人や二人、消し炭どころか跡形も残るはずがなかった。
「う、あ、ばかな……!」
しかし、男は驚愕することになる。先ほどまで爆発の中心にいたはずの女は、それが止んでもなお、同じ場所に変わらず存在していた。しかも、どこかに傷を負ったような形跡すら、まるでない。それどころか、彼女の着ている衣装も、煤にまみれてすらいない純白のままだった。
「あきらめなさい、あなたたちの力では、精霊である私を傷つけることはできません。」
「くっ……。」
「まもなくこの空間は消滅します、わたしのこのかりそめの姿も、消えてなくなるでしょう、命が惜しければこの場から去りなさい。」
しばらく、女と赤い集団はにらみ合いをしていたが、次第に周囲の景色がゆがみはじめると、一人、また一人と黒い霧のような者に覆われ、赤い者たちはその場から消えていった。そしてまもなく、森が消え、それを見下ろすようにたたずんでいた滝もゆがんで消えていき……。
残ったものは、何も、なかった。
先ほどまでいたはずの女も、そこにはいなかった。
***
「ふうぅ、今日ものどかだねぇ。」
窓から澄み渡った空を見上げながら、一人の老婆がひとつため息をついていた。ため息と言っても何か悩みがあるわけではなくて、一息ついている、そんな感じだ。ログハウスのような丸太造りの建物は、よい感じで強い日光を遮ってくれる。ここにきてから十数年たつが、環境がいいせいか体調もよい。彼女はこの穏やかな生活が気に入っていた。上の者に頭を下げることも、下の者に気を遣うこともない。人のいやな部分に触れることもない。よい部分にも触れられないが、元々それは覚悟していたことだ。一人は寂しいかとも思ったが、ここにきて珍しい知り合いもできて、案外退屈しない日々を送れていると思う。そんな今の生活が、とても好きだった。
「おばあちゃん、大変よ!」
外から少女のような声がする。相当に慌てているらしいことがわかる。
「リリスかい、今行くからちょっと待っておいで。」
どうやら声の主は老婆の知り合いらしい。彼女はゆっくり椅子から立ち上がると、先ほどまで見ていた窓とは反対側の、ドアの方へゆっくりと歩いて行った。
「どうしたんだい、やけにあわてているじゃないか。」
いつもはおとなしいリリスが血相を変えている、何かよほどのことがあったのだろうか、老婆はとりあえず用件を聞いてみる。
「浜辺に人が倒れてるの!」 気を失っていて、目を覚まさないのよ!」
「何だって?」
=PREVIEW NEXT EPISODE=
たどり着いた異世界の孤島、それは地図からも消された「忘れられた島。青年がそこで出会う奇妙な生き物たちと、一人の老婆。彼らとの出会いは偶然か、それとも……。
レベル2 忘れられた島
予告編投稿してからずいぶんたってしまいました。プライベートで緊急事態が起こったために、その対処に追われてました。コンスタントに投稿されている方はホントすごいですよね。
こちらはマイペースでのんびりやっていきます、もし見てくださっている方がいらっしゃったら、超遅い更新化もしれませんが、のんびり眺めてやってくださいませ。
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レベル2 忘れられた島
しばらく、ゲームで言うチュートリアル的なお話になります。
何せ主人公も我々も、この世界のことをよく知りませんからねぇ。
前回のお話に出てきた、かわいいリリスちゃんの正体発覚です(謎)。
ある日、一人の青年が世界から消えた。世に知られた人でもなく、また特別に秀でた何かを持っているわけではない者の失踪など、世間から見れば些末なことである。現に、この瞬間も世界は動き続ける、まるで事件などはじめからなかったかのように……。
なぜ、彼は選ばれたのだろうか? 何十億という世界の人口の中で、この国に限定したとしても、数億の人間の中で、なぜ、彼でなければならなかったのだろうか……。
1.異世界の朝
「うっ……。」
差し込む要項のまぶしさに、青年は一度開いた目を再び閉じた。朝がやってきた。いつもと変わらない朝。どんな場所にいても、太陽は平等にすべての生物をはぐくみ、育ててくれる。たとえそれが、見たこともない「別世界」だとしてもだ。
「やっぱり、夢じゃないのか……。」
朝、目覚めるたびに、ユウジは同じことをつぶやいてしまう。ある朝目が覚めたら、自分の部屋のベッドで、いつもと同じように支度をして、職場に出勤する……。ありえないとわかっていても、割り切ることのできない思いが、常に心のどこかにあった。それは人間としては無理からぬことだろう。
コンコン
「どうぞ」
ガチャ──
「おはようユウジ、もう体の方はすっかり良いみたいね。」
「リリスか、おかげさまでね、みんなにも迷惑をかけてしまったな。」
「気にしないで、といっても、私たちもおばあちゃんのやっかいになっているようなもんだけどね。」
リリスはそういうと、ユウジの傍らまで歩み寄ってきた。その体の大きさには最初相当に驚いたが、今はもう慣れてきてしまった。それに、彼女から感じるどことなく優しい雰囲気が、傷ついた心を癒やしてくれるような、そんな不思議な感じのする娘だった。
「よっこいしょっと。」
「あ、おい、もう一人で歩けるから……、」
「い~からい~から♪」
ユウジの抗議をよそに、リリスは彼を抱き上げると、そのままゆっくりとした足取りで、部屋を出て行くのだった。。
***
「いただきます。」
先ほどとはまた異なる、比較的大きな部屋の、粗末なテーブルに向かい合って、青年と老婆が食事をとっていた。今朝はスープと、なにやら見たこともない果物らしい。先ほどの娘、リリスはユウジをここへ連れてきた後、どこかへ出かけてしまったので今はいない。
「もう、体の方は大丈夫みたいだねぇ。」
「ええ、おかげさまで。」
「あんたが浜辺で倒れてたときは驚いたよ、そうでなくてもめったに人間の来るところじゃあないからね、この島は。」
ビル火災に遭遇したあの日、ユウジはそれまで自分たちが暮らしていた世界とは異なる世界へ飛ばされた。といっても彼にとっては、白い光に包まれて意識が飛んだ後、ベッドの上に寝かされていただけなので、浜辺で倒れているところを発見されて介抱されたという話を、後から聞いたわけだが。
「ところで、ユウジ。」
「何でしょう、マリスさん。」
「あんたがここじゃない世界から来たってのは、だいたいわかった、たぶん本当だろうね、あんたの鞄の中身は、あたしの知る限りこの世界にはないものがほとんどだ。」
老婆は名前をマリスといい、ここで隠居生活をしているらしい。彼女たちに助けられていなければ、どうなっていたかと考えると恐ろしい。なにせここは「忘れられた島」というらしく、マリス曰く、地図にも載っていないというのだ。遙か昔は、それでもルザミという地名があり、人の暮らす集落もあったらしいが、今となってはこの老婆と、共に生活する者たち以外には誰も住んではいなかった。彼が助かったのは本当に運が良かった。
「あんたはこれから、どうするね?」
どうする、と聞かれても、正直どうしたらよいかわからない。どうにかして元の世界に帰りたいとは思っているが、何か当てがあるわけでもない。
「どうだい、しばらくあたしらと一緒に暮らしてみる買い? よその世界から来たなら、この世界のことはまったくわからないだろう? まぁ、この島にいては目的は達成できないだろうから、とりあえずここで暮らしてみて、それから決めればいいさ。」
正直言って、マリスのこの申し出はありがたい者だった。これから何をするにしても、ユウジにはこの世界の知識がない。元の世界に戻る方法を探すにしても、このままでは危険すぎる。しかし、助けてもらったとはいえ、見ず知らずの人にそんな迷惑をかけてもいいものだろうか。
「俺としてはありがたいお話なんですが、ご迷惑じゃありませんか?」
遠慮がちにそう尋ねてみると、マリスは笑いながらこう言った。」
「ふっふっふ、まぁ、あたしゃ別にかまわないよ、見ての通りたいした水準の暮らしはしてないが、この島はありがたいことに、自然の恵みだけは豊かでね、一人くらい増えたってどうってことはないさ。ついでに、あんたにあたしがこの世界のことを、知っているだけ教えてやろうじゃないか。せっかく助けたのに、すぐにのたれ死にでもされたら、つまらないからねぇ。」
そう言って、ユウジの返事を待たずに、片付けを頼むとだけ言い残しマリスは席を立った。これ以上遠慮することのないようにと言う、この人なりの気遣いなのだろうとユウジは思った。気がつくと、閉じたドアの方に向かって、青年は深々と頭を下げていたのだった。
2.異界の者たち
朝食の片付けを終えると、ユウジは外に出た。今日もよく晴れた過ごしやすい気候のようだ。遠くから波の音が聞こえ、屋根では小鳥たちが歌っている。気温も暑すぎず寒すぎず、ちょうど良い感じだ。マリスによれば、年間で多少の変動はあるが、雪が降ったり、猛暑に悩まされるようなことはないそうだ。老人が余生を送るには、静かで良いのかもしれない。老婆の事情を何も知らない彼は、このときはそんな風に考えていた。
「おお、ユウジ殿、気持ちの良い朝でござるな。」
「ああ、小五郎か、そうだな、今日もいい天気だ。」
後ろから声をかけられて、ユウジは振り返り、見知った者だとわかると穏やかに笑いながら返事を返した。先ほどのリリスと同様、彼、小五郎もこの島でマリスとともに暮らしている仲間の一人である。言葉遣いがやや、いやかなり特徴的なのではじめはかなり驚いたが、今はもうなれてしまった。しかし……。
(まさか、ゲームみたいな世界が、本当にあるとは、な。何回見ても未だにこいつらの姿だけは見慣れねえわ。)
彼に話しかけてきた男、小五郎というのが、黄緑色のゼリー状の生物に乗っかった、甲冑姿の騎士、そう、ちょうどかの有名なゲームのモンスターそのままの姿をしているのだ。これには最初、さすがに声も出なかった。弟が大好きで、モンスター育成系のドラクエでよく使っていたから覚えていたのだが、ゲームの3D映像が目の前でそのままなめらかに動いているような様子は、筆舌に尽くしがたいものだった。
【スライムナイト】
通常の二倍以上ある黄緑色のスライムに乗った騎士。乗っているスライムと騎士はそれぞれ独立して行動することができる。騎士は常に甲冑に身を包んでいるため、何者であるかはいっさい不明である。
剣術のほか、攻撃呪文や回復呪文を器用に使いこなし、種によってはデイン系呪文を扱える者もいるらしい。騎士と言うだけあり、様々な武器防具を装備することができる。
ギラ系、イオ系、バギ系に強く、ヒャド系に弱い。また、ラリホーがよく効く。
性格は心優しく、騎士道を重んじ、弱きを助け強きをくじく正義の戦士である。
乗っているスライムは通常のスライムとは違い、騎士を乗せて戦うために訓練された特別な個体である。呪文体制があり打撃以外で傷つけることは難しい。また、スライム自体もイオ系呪文を行使できるという噂があるが、実際に使用するのを見た者はいない。
「すっかり元気になったようで何よりでござる。おぬしは我らとはまた別の、相当に毛色の違う世界から来たようだからな。未だに我らの姿に慣れぬであろう。」
しかもこの小五郎、今いるこの世界とはまた別の世界の住人のようなのだ。話を聞いた限り、マスターと呼ばれる人間と様々な世界を渡り歩いてきたのだとか。この世界には、異世界への転送に使われる「不思議な扉」が何らかのアクシデントを起こしたことによりやってきたらしい。しかも、マスターと離ればなれになってしまい、連絡も取れず、元の世界に戻る方法もわからないという。
(あぁ、まんま「モンスターズ」だなこれ……。)
モンスター育成系のゲーム「ドラゴンクエストモンスターズ」は、本編とは別のシリーズで展開され、好きなモンスターを育てたり、新しいモンスターを作り出したりして遊ぶことができ、元の世界では子供たちに人気のあったゲームだ。このシリーズのなかで「不思議な扉」が出てくる作品は「マルタの不思議な鍵」以外には存在しない。ほこらの中にある扉に様々な鍵を差し込むことで、扉の向こうに新たな冒険の世界が開ける……というわけだ。シリーズの最初期に発売されたタイトルだが、その後も様々な形でリメイクされ、そのたびに話題になっている。
「まぁ、魔法なりモンスターなりが実際にいるっていうのは、未だに実感わかないな、俺たちの世界では空想の息を出ない存在だったからな。伝説とか作り話の世界だ。」
「しかし、この世には実に様々な『世界』があると言われているのでござる。鍵と扉で行き来できるのはそのほんの一部だけ、この世界もユウジ殿の住む世界も、本来ならば我らが立ち入ることはできぬ領域のはず。今まで扉が暴走することなどなかった故、どうもいやな予感がするでござるよ。」
「そういう予想ほど、当たっちまうんだよなぁ。現に俺は危うく死ぬとこだったみたいだしな。まったく災難どころじゃねえわ。」
いずれにしても、時間を見て、マリスから聞けるだけの話を聞いておいた方がよさそうだ。ここが「ドラクエ」というゲームと酷似した世界なのは間違いなさそうだが、全く同じという保証もない。小五郎たちもこの世界の者でないというのなら、ユウジが必要とする情報を持っているのは、この場ではマリスただ一人と言うことになる。
「な~に、また難しい顔してるのよ。」
「……リリスか、用事は終わったのか?」
いつの間にか、小五郎の後ろに大きな熊のような生き物が立っていた。ゲームの中ではどう猛な獣系モンスターという位置づけのはずだが、彼女、リリスからはそのような感じは全く受けない。それは「マスター」というものの存在があるせいなのか、人がそうであるように個体の性格の差なのか、とにかく姿と、まとう雰囲気を含めた内面がまったく合っていないのである。
【グリズリー】
灰色の体毛に覆われた、熊のような姿をしたモンスター。本来は自然界を守る守護者のはずだが、あまり高い知能を持っていないため、魔王などの邪悪な意思に支配されやすく、その場合は非常にどう猛であり、いきなり襲いかかってくることもある。北米に生息する同名の熊がデザインの元であろう。
攻撃力も守備力も高いため、打撃のみでは倒すのは困難だが、マホトーンを除く補助系呪文への体制が低いため、ラリホーやマヌーサを活用して戦うと良い。
「ああ、用事なら、ほら。」
リリスは右手に持っている大きなかごを持ち上げてみせる。中には木の実……おそらくクルミだろうか? がぎっしりつまっていた。相当に重たそうに見えるそれを、彼女は軽々と持ち歩いている。
「そんなにたくさん木の実をとってきて、何に使うんだ?」
「ま、保存食にでもしようと思ってね。あと、クルミパンなんか作ろうかな~って♪」
リリスは楽しそうに鼻歌なんか歌って、マリスの家の方へ歩いて行った。声だけ聞いていれば、パンを作ろうとしているかわいらしい女子、としか思えないのだが。
(熊、だしなぁ、どう見ても。)
「ユウジ殿、どうかなされたか?」
「あ、いや、何でもない。」
3.悟りの書
「悟りの書? これが?」
「うむ、昔ダーマで一度だけ見たことがある。 この世界に存在するすべての叡知が詰め込まれた、大変貴重な書物だとか。ま、その本とは色が違っていたけどね。だがそれ以外はまったくよく似ている。ほれ、表紙に書いてあるだろう、悟りの書、とね。」
昼食を終えた後、ユウジとマリスはテーブルに向かい合って、一冊の本を挟んで会話をしていた。この本はユウジが持っていた鞄に入っていた者だ。どう考えても「ドラゴンクエスト大辞典」だったはずの者だが、なぜか表紙が赤茶けたシンプルな者に変わっており、よくわからない表題が書かれていた。どうやらこの部分に「悟りの書」と書いてあるようだ。
「しかし、この本、中身は私にはさっぱり読めないねぇ、あんたには読めるのかい?」
「ええ、読めますよ。俺たちの世界の文字で書いてありますからね。」
本の中には呪文やアイテム、モンスターなどについて事細かく、イラスト付きで紹介されている。ユウジはこの本を開いて中身を見ることをしなかったため、元の世界でも同じように書かれていたのかはわからない。少なくとも内容だけは、彼の住む世界の文字で書かれていたために、読むことには支障がなかった。
「しかし、この書からは魔力を感じるね、この世の叡知が詰め込まれていると言っても、単なる情報量の多いだけの本じゃない、ということさ。」
そういえば、この本を手に取ったとき、何か水の流れのような、何ともいえない感覚をユウジは覚えた。いや、本だから水という発想はおかしいのだが、自分でも本当は何なのかよくわからないのだ。
「マリスさん、魔力というのは、この本から感じる奇妙な感覚のことですか? 何か、水でも噴き出してくるような……。」
「?! ユウジ、それがわかるのかい?」
やっぱりこれが魔力なのか、ということは、この本には、情報以外にも何か力があると言うことなのだろうか? しかし、考えてみても今のユウジにはよくわからなかった。
「おまえさん、魔法を習ってみる気はあるかい? どうやら素質があるようだ、見たとこ身体を使った仕事は苦手そうだしねぇ。」まぁ魔法でも使えたら、何かと役に立つだろう。」
ここがドラクエに似た世界なのだとしたら、魔法もおなじみの呪文を唱えて使うあれなのだろうか? そんな摩訶不思議な者が実在するというのはまだ信じられないが、教えてくれるというのだから、素直に好意に甘えておこう、ユウジはお願いしますとだけ短く答えて頭を下げた。
「決まりだね、ところで、その代わりと言っちゃあ何だがね。」
「はい、何でしょう?」
「その本に何が書いてあるか、私にも教えて遅れ、魔法使いとしちゃあやっぱり気になって仕方ないんでね。」
「ええ、それは別にかまいませんよ、おもしろい者かどうか、俺も読んだことないんでわからないですけど……。」
ドラクエ世界?で魔法使いと名乗る老婆にドラクエ大辞典の中身を教えることになった、何とも奇妙な話になったと内心で思いながら、それでもユウジはこの親切な老婆の初めての頼み事に、笑顔で応じるのだった。
***
「……何とも、いやな感じでござるな。」
「そうね。」
夕暮れ時、あかね色に染まっていく水平線を見つめながら、小五郎とリリスはともに、頭の中を駆け巡る嫌な感覚を感じていた。それはまだ決して大きな者ではないが、悪意の塊とでも表現したらよいのか、そんな気分の悪い感覚だった。そう、彼らは知っている、この気配を放っている存在が、何であるのかを。
「魔王……、か。」
それはまだほんのわずかな変化で、歴戦をくぐり抜けてきた彼らだからこそ、感知できたものだともいえる。故に、世界はまだ「それ」に気づいてはいなかった。しかし……。
何かが、始まろうとしている。
=PREVIEW NEXT EPISODE=
それは、かつて世界を恐怖に陥れた存在。幾多の魔の者を束ね、すべてを蹂躙し、ひれ伏せさせる存在。人々はそれを「魔王」と呼んだ。その黒い影は、何者からも忘れ去られたはずの島にも……。
レベル3 襲い来る者
はい、いきなり魔王様の影が……って、どう考えてもユウジ君、レベル1ですよねぇ、ゲーム的に、やばい、ピンチかも(汗)。
ゆるゆる更新していきますので、見かけたら読んでやってくださいませ。
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レベル3 襲い来る者
しかし、主人公レベル1、職業すっぴん(笑)。
どうなるんでしょうねこれ。
それは、かつて世界を恐怖に陥れた、忌むべき存在。しかし、その力は絶対にして不可侵。並の者では傷つけるどころか、触れることさえできず、一瞬にしてその身を焦がされ、あるいは凍てつかされ、また粉々に切り刻まれた。幾人もの勇気ある者が挑み、そして散っていった。多数の邪悪なる配下の者たちが、弱き人間を、いや、すべての生物を蹂躙していった。邪悪なる異形の者たちは「魔物」と呼ばれ、それを滑る者を「魔王」と呼んだ。
1.契約の儀式
ルザミの島は今日も穏やかな日を迎えていた。空に所々白い雲が見えているが、日差しは暖かく、風もない。海の方から静かな波の音が聞こえてくる。鳥たちのさえずり、虫の声が耳に心地よい。
「ふうっ。」
マリスの小屋の前に広がる草地で、ユウジはある儀式を行っていた。彼の足下には魔法陣が描かれ、彼はその中心に立っている。精神を集中し、これで何度目になるのか、教えられた儀式の言葉を紡ぐ。
「天と地のあまねく精霊たちよ、我に力を与え給え……。」
その言葉の終わりと同時くらいに、地面に、おそらくは木の棒か何かで描かれた魔法陣が、青白い光を放ち始めた。数秒でそれは収まり、光が収束するのと同時に、消えてなくなった。
「こりゃおどろいたね、これだけたくさんの魔法が契約できるなんて。」
離れたところで見ていたマリスが、ゆっくりと近づいてきて、ユウジに声をかけた。彼は魔法の契約儀式を行っており、マリスや小五郎、リリスといった面々がそれを眺めている。
「すごいわねユウジ、ひょっとしたら将来すごい魔法使いになれるかもしれないよ?」
「そうなの? なんか魔法陣が光っただけで、あとはな~んにも感じないんだけど……。」
「……魔法、うらやましいでござる……。」
「え?」
なにやらどんよりとした空気をまといながら、小五郎がぽつりとつぶやいた。彼は全身を甲冑で覆い隠しているので、その表情は計り知ることができない。しかし何故だろうか、漫画やアニメの感情表現で言えば、まさに「ず~ん」とでも擬態語が表示されそうな空気が、彼の周りを取り巻いていた。
「やだもう小五郎ったら、未だに気にしてるわけ? もう使えないものは仕方がないでしょ?」
「うう、だってだって、うらやましいでござるぅ。」
「いったいどういうことだよリリス。」
「うん……、じつはね。」
リリスによると、本来スライムナイトは剣と魔法の両方を使いこなす優秀な種族だそうだ。小五郎は剣の才能はずばぬけており、超一流の剣士といって差し支えないくらいの腕前なのだが、何故か魔法は一切使えないのだという。
「そういえばこの本にもスライムナイトは剣と魔法を操れると書いてあるな。」
「うううっ、何故でござる、神よ、何故、拙者に魔法を与えてはくださらなかったのか……。」
「仕方がないでしょ、できないものはできないんだから、いつまでもくよくよしてないの!」
「上級呪文もバンバン使えるリリスにはわからんでござるよ、しくしく。」
小五郎は木の切り株に腰を下ろし、、なにやらぶつぶつ言っている。すっかりいじけてしまったようだ。リリスはハアとため息を一つつくと、マリスの家の方へ歩き出した。
「お茶でもしながら気分転換しましょ、パンケーキ焼くから待ってて。」
「そうだねえ、とりあえず今日はこのくらいにしとこうかね。」
「はい。」
2.幻のドラゴンクエスト
ところ変わって、ユウジたちはマリスの家の中で、リリスが焼いたパンケーキを食べながら雑談していた。マリスがユウジに魔法の才能があるというので、どんな呪文が使えるか調べるため「契約の儀式」をしていたのだが、本来はあまり起こらないことが起こっていたらしい。
「え、やっぱりそうなんですか?」
「うむ、少なくともこの世界では、一部の者を除いて、魔法は『聖典』に記されている僧侶の呪文か『魔術書』に記されている魔法使いの呪文しか扱うことはできないはずなんだけどねぇ……。まあ、あんたはそもそもよその世界の住人なわけだから、存在自体が例外と言えば、そうなんだが……。」
ユウジが契約できたのは初期呪文とはいえ、その両方をほぼ網羅する物だった。攻撃、回復、補助とバランスがとれており、いきなりこれだけの魔法が契約できる者はまずいないということだった。
この世界において魔法は、自分の魂と精霊とを魔法力を媒介としてつなぎ、それを力として発動させる物らしい。魔法は決められた術式を魔法陣に刻み、その上で「契約」の儀式を行うことで使用できるようになる。ただし、行使する者の素質によって、使える呪文は決まっているらしい。また、呪文のランクが上がるほど契約が難しくなるのは当然として、たとえ契約できたとしても力不足で発動できない、ということもあるそうだ。ゲームのように経験値という数字を積み重ねて、一定以上になれば自然と覚える、などということはない。当然と言えば当然だが、義弟がプレイしているゲーム画面しか見たことのないユウジには、一度聞いてもすんなりと理解できるものではなかった。
「よくわからないって顔をしているね、まあ攻撃や補助、回復といっても、これらの種別分けは最初期の頃に分類されたもんさ。今じゃ魔法を使って戦いに赴くことなんてあまりないからねえ。でも、普段の生活でも応用次第でいろいろできるから、この世界で生きていくのには便利ではあるね。」
「そうですか、じゃあ少しずつ練習してみます。」
「そうするといい。明日、あと少し残っている呪文の契約も試してみるとしよう。」
マリスは紅茶を飲みながら窓の外を見た。相変わらず穏やかな空だ。プカプカと浮いている雲がいろいろな形に見える。しかし老婆は一瞬、何かに気がついたようなはっとした表情を浮かべ、その後また皆に向き直った。そのときには普段の穏やかな表情に戻っていたのだが、その変化に気がついたリリスが心配そうに顔をのぞき込む。
「おばあちゃん、どうかした?」
「ん? いや、なに、なんでもないさ。」
マリスはそう答えたが、リリスは不安げな様子だ。この老婆がどういう人生を生きてきたのかを知っている者は、今彼女を囲んで談笑している者たちの中にはいない。しかし彼女がどんな状況でも穏やかな笑みを絶やさない優しい人物であることは、ここにいる者すべてが知っていることだった。その彼女が一瞬でも浮かべた普段とは違う表情は、繊細なリリスにとっては見逃せないものであった。
「マリス殿、もしかして気づいているのでござるか? この『変化』に……。」
「! 小五郎おまえ……。」
「そうか、そういうことだったのね。」
「?? どういうことだ、俺にはさっぱりわからんぞ。」
小五郎とリリスは得心がいったような発言をしたが、ユウジには何のことだか全くわからない。小五郎はそんなユウジに説明をする。
「近いうちに、邪悪な存在がこの世界を脅かすことになるでござる。マリス殿は魔王の放つ『瘴気』を感じ取ったのでござろう。それが表れたと言うことは、いずれその気に当てられた邪悪な心の者たちが、この世界にはびこることになるでござる。」
「げ、本当かよそれ……。」
「間違いないよ、私と小五郎は、昔マスターと一緒に魔王と戦ったことがあるんだから。もっとも今は、かなり経験を積んだ者でないと感じられないくらい、小さな気配だけどね……。」
(そういえばルビスが『世界を救え』とか言っていたな。やっぱこれ魔王をどうにかしろって意味だよなぁ。どうするか、勇者探すしかないよなたぶん。)
RPGの王道に従うのなら、魔王が現れれば必ず勇者が現れる。この世界がドラゴンクエスト風の世界だとして、魔王が現れるのならそれと対を成す力、勇者もまた現れるはずだと、ユウジは考えたのだ。
「マリスさん、この世界には、勇者の伝説とかってあります?」
「ああ、世界が邪悪なる者に脅かされるとき、伝説の勇者が現れて人々を救ってくれる、らしいがねぇ。」
マリスは少し間をおいてから語り出した。一応、勇者の伝説はあるにはあるが、いつの時代に記録されたものなのかも、最早わからない上、物語の後半にはこの世界にはない地名などが頻出しており、最近では創作物ではないかとの噂まであるという。その伝説の名は「ロト伝説」といった。
はるか昔、アリアハンという国に生まれた若者が、3人の仲間と、この世界を脅かしていた「バラモス」という魔王を打ち倒した。しかしその直後に自らを大魔王と名乗る「ゾーマ」という者が現れ、勇者たちは大魔王の居城があるアレフガルドへ旅立った。そして、激闘の末見事ゾーマを討ち滅ぼし、闇に覆われていたアレフガルドに再び光をもたらしたという。
「アレフガルド?!」
「知っているのかい?」
「ええ、俺をこの世界に飛ばした精霊、確かルビスとか言ってましたけど、そいつが自分が創った世界だって言ってました。」
「精霊ルビスか……。ロトとその子孫たちの伝説でも確かに、アレフガルドを創造したと書かれているね。しかし今ではアレフガルドがどこなのか、この世界と繋がっていたという大穴のありかさえもわからなくなってしまっている。本当に作り話かもしれないけど、もう少し詳しく話してやろうか?」
「はい、その話を詳しく聞かせてもらえますか?」
「わかった。」
***
「……これでこの伝説の概略はだいたい話した。どうだい? こんなもんでも参考になったかい?」
「ええ、とても参考になりました。ありがとうございます。」
ユウジは丁寧に礼を述べると、皆を一通り見渡して、それからゆっくりと話し始めた。
「俺が別世界から、この世界まで連れてこられたことは、前に話したとおりです。俺たちの世界にもこの世界とよく似た世界の物語があります。魔法やモンスターの名前など、ほとんど同じなんですよ。」
「ほう、それは興味深いねぇ。」
「小五郎たちの世界の話は、そのまま伝わってますよ。男の子と女の子の兄妹が、モンスターたちを育てながら世界の脅威に立ち向かい、一人前のモンスターマスターに成長していく話がね。兄妹の名前は、兄がルカで、妹がイル。」
「そ、それは紛れもなく我らのマスターの名前!」
小五郎が身を乗り出して叫ぶ。やはり彼とリリスはマルタからやってきたようだ。リリスはよほど驚いたのか、声も出せずに固まってしまっている。
「今、マリスさんが話してくれた伝説に該当する話は、俺の世界にはありません。ただ……。」
「ただ、何だい?」
「実は、噂で聞いたことがあるんですよ、ロトという勇者とその子孫が魔の者を討ち滅ぼす、そんな物語がある……と。そして、なぜかその伝説は人々に語られないように、闇に葬られた……。」
ドラクエ好きの義弟から聞いたことがある。ずっと昔、まだ家庭用ゲーム機が発売されて日が浅い頃「ロト伝説」という3部作のゲームが存在した。それこそが現在の「ドラゴンクエスト」の原点なのだと。しかしどういうわけか、その情報は抹消され、次第に人々から忘れ去られ、「幻のドラゴンクエスト」となってしまったのだと……。ゲームにあまり興味のないユウジは、この話を適当に聞き流していたのだが、記憶力が良かったためにその内容はしっかり覚えてしまっていたのだ。
「ルビスは俺に言ったんです。俺たちの世界で、研究者たちが行っているあることが、アレフガルドと俺たちの世界をつなげるのに関係していると。」
「ちょ、ちょっと待って、何なのよその『研究』って。」
「それは俺にも、……ルビスにもわからない。ただその裏には魔王の影が見え隠れしているらしいって話だ。」
リリスは愕然とした様子で、手に持っている彼女専用巨大ティーカップを取り落としそうになり、あわてて反対の手で受け止める。小五郎もうむむとうなり声を上げている。
「……どうやら、小五郎たちがここへやってきたのも、全くの偶然じゃあない、ということらしいね。」
マリスはあごに手を当てて、考えるような仕草をしている。表情はいつのまにか厳しいものになっていた。
3.最高位呪文の恐怖
翌日、午前中に残った呪文の契約を試し、昼過ぎに洗濯物をあらかた片付けたユウジは、島の中心部にほど近い森の中を歩いていた。森と言っても島事態がさほど広くはないため、昼間であれば迷う心配もないほどの小さな森であった。木々の間から差し込む陽光が、あたりを優しく照らしている。数十分かけて、ユウジは森を抜けて、浜辺にたどり着いた。いつも生活しているマリスの家とは、森を挟んでだいたい反対に位置する。
(今日はちょいと暑いな、よし、練習もかねて、試してみることにするか。)
ユウジは右手を前方に突き出し、先日覚えたばかりの呪文を詠唱していく。
「……氷の精霊よ、凍てつかせよ。」
掲げた右手の先に青白い光が集まってゆき、周囲の温度がわずかに下がっていくのを感じる。氷の塊を作り出すイメージを作り、最後の発動句を紡ぐ。
「ヒャド!」
青白い光が大きな氷の塊を作りだし、それができあがるとドスンと地面に落ちた。
「うん、こんなもんか。」
【ヒャド】
信託は氷の精霊、言霊は凍結。
大気に潜む氷の精霊の力を借り、氷の塊を作り出す呪文である。かつては氷塊を敵にぶつけてダメージを与える攻撃呪文であったが、現在では真夏に涼んだり、料理の時に使われたりと、割と応用範囲が広い呪文である。ただし、火炎系と違い制御が難しく、人間では操れる者が少ない。魔力そのものの量や質よりも、扱う者のセンスが求められる呪文である。
攻撃呪文として用いた場合、食らった相手は氷塊によってできた傷口が凍り付き、治癒が困難になる場合がある。生命力の弱い者であれば、一瞬にして絶命させるほどの威力を持つ。熱は生命活動の源であるため、たとえ極寒の環境に耐えうる生物だとしても、この呪文の効果は及ぶ。逆に、現世に確固たる生命の基盤がないものには、効果が薄いとされている。
ユウジは氷の塊の傍らにどっかりと腰を下ろす。ぬるい風が氷に当たり、涼風に変わって体に吹き付ける。
(けっこう便利なもんだな、メラなんか着火に使えるし。やっぱ便利呪文系もそのうちマスターしたいよなぁ、特にルーラとか。)
ゲームをしていて誰もが思ったであろう、便利系呪文の習得。普通ならば絵空事で終わるはずなのだが、今の彼にはそんな今までの非日常が、日常の手が届くところまで見えている。念じただけで今まで訪れたことのある場所へ行けるルーラなどは、使ってみたくなる呪文の代表格だろう。彼はその契約はできなかったが、修行を重ねていけば会得することができるかもしれないとのことだったので、それなら魔法の勉強でもしてみようかと、少しだけやる気になっていたのだった。
しかし、彼は大切なことを忘れていた……いや、決して忘れていたわけではないのだろう。だが、彼の生活していた環境は、少なくとも「生命の危機」が身近に迫っているような状況ではなかった。それ故に、小五郎やマリスが感じている危機感を、言葉では理解していても、実感として彼らと共有してはいなかったのだ。そして、その感覚の違いが、彼に危機をもたらすであろうことを、予測できるはずがなかったのだ。
「?! な、なんだおまえら……?!」
「ギャヒヒヒヒ、こんなところに人間がいるとはな……、ちょうど良い、おまえの奏でる恐怖の音色を、魔王様に捧げてくれるぞ。」
気づいたときには時すでに遅し、 いつの間にか、体色が紫色の、翼をはやした悪魔のような、いやまさしく悪魔なのだろうモンスターが2体、こちらを見て不気味な笑みを浮かべている。ユウジはぞわりと下冷たいものが背中に走るのを感じた。小五郎やリリスなどは、人間から見れば異形の姿をしているが、それは姿だけの話であり、慣れてしまえばどうということはなかった。彼らがマスターという存在を助ける、心正しき者であるからだろう。しかし、目の前の紫色の悪魔は、明らかに姿が人間と異なるだけではない、底知れない、どこまでも暗く冷たい何かを、その身にまとっているのだ。
「くそっ、燃えよ火球! メラ!」
ユウジはとっさに指先を悪魔のうちの1体に向け、呪文を唱えた。指先から放たれた小さな火の玉が、悪魔の体の、人間で言えばちょうど心臓の位置を正確に捉えていた。それは本来、呪文の契約が済んだばかりの者が行えるようなことではなく、この状況をマリスたちが見ていたならば驚愕したことだろう。しかし、ユウジは正確に魔法を行使しながらも、何とも表現できない、嫌な感覚にとらわれていた。
【メラ】
信託は炎の精霊、言霊は火球。
炎の精霊の力を借り、指先に小さな火の玉を発生させる呪文。元々は力の弱い魔法使いが護身のために使っていたが、現在では着火のため幅広く利用されている。消費する魔法力が小さく威力の調節がしやすいため、魔法力のコントロールを会得するためにも用いられる。メラ系だけではなく、すべての魔法の基本であるとされる。
攻撃呪文として用いた場合、敵にそこそこの火傷を負わせることができる。しかし、前述の通り威力はさほど強くないため、ある程度以上生命力のある者には効きにくい。しかしそれでも、相手が普通の人間や力の弱いモンスターなどであれば、戦闘不能に追い込むことは十分可能である。
扱うものの心が清らかであれば、さまよえる死者を土に還すことができるとも言われている。火山帯や砂漠など、元々暑い地域で生息する生物には効きにくいとされる。
「ふんっ!」
まるで、ろうそくかマッチの火でも消すように、紫色の悪魔はユウジが放ったメラを、左手の一振りで消し飛ばした。その行為は現時点での、ユウジと敵のレベル差を示しており、どうしようもない圧倒的な力の差が、そこにはあったのだ。
「くっ……。」
ユウジは相手をにらみつけながらも、次の手を打てないでいた。当然と言えば当然だ。今まで戦ったことすらない彼が、モンスター相手に呪文を行使できた事実だけでも、奇跡に近い。普通の人間であれば、この世界に住まう者であってもまず抵抗はできないだろう。それほどに眼前の敵、サタンパピーは恐ろしい相手であったのだ。
【サタンパピー】
短剣と鞭を持った紫の悪魔。メラ系の最上級呪文とされるメラゾーマ、味方全体を回復するベホマラーを使いこなす。もちろん翼は飾りではなく、実際に空を飛ぶこともできる。目にもとまらぬ早さで、一度に2回の攻撃をすることがある。魔王の直属の部下として、様々な任務をこなしているらしい。個体の能力が高いため、1~2体で行動していることが多い。
呪文はヒャド系以外はだいたい効く。マホトーンも効果があるので、呪文を封じて打撃で一気に倒してしまうと良い。
「ケケケ、脆弱な人間よ、我らに立ち向かった勇気だけは褒めてやろう。本来ならばおまえのような相手に使う必要はないが、その勇気に敬意を表して、一瞬で消し炭にしてやろう。骨も残らぬようになあっ!」
サタンパピーの1体が指先をユウジに向け、呪文の詠唱をはじめた。もう1体はにやにやしているが動く様子がない。どうやら静観を決め込むつもりのようだ。
「燃えよ火球、かの者を赤き灼熱の元に焼き尽くせ!」
サタンパピーの指先にオレンジ色の光が集まってゆき、次第に大きな火の玉を形作ってゆく。いや、火の玉と称するにはあまりにも巨大で、人一人くらいは余裕で飲み込んでしまいそうである。敵はゆっくりと詠唱しているにもかかわらず、ユウジはその場を動けない、完全に足がすくんでしまっている。この呪文は、先ほど彼が唱えたものと同じ系統のもの、しかし見るからに、その威力の桁が違うことは明らかだった。
「メラゾーマ!」
発動句が紡がれた瞬間、巨大な火球がユウジめがけて、轟音を発しながら迫ってくる。現状では対処する手段を何も持たない青年にとって、言霊が放たれた時点で、ほぼ「死」が確定していた。だからこそ、もう1体のサタンパピーは状況を静観していたのだ。
【メラゾーマ】
信託は炎の精霊、言霊は火球、赤、灼熱、焼却。
指先から巨大な火球を創りだし、敵にぶつけるメラ系の最上級呪文。炎の力を球体に集中させるため、主に単体への攻撃手段として用いられる。威力は絶大であり、よほど桁外れの生命力を持つ者でない限り、その火球に包まれれば一瞬で黒焦げになってしまう。運良く直撃を免れたとしても、発する熱風でその身を焼かれ、無事では済まないだろう。
非常に強力な呪文ではあるが、あまりに高度なため、使用できる者はほぼ皆無と言って良いだろう。かつて、伝説の勇者の仲間であった魔法使いは、この呪文を操り、魔王にすら深い傷を負わせたと言われている。
「メラゾーマ!」
「へっ?」
急に聞こえた声に、サタンパピーは何とも間抜けな声を上げてしまう。その声はかわいらしい少女の声のようでもあり、しかし確かに、最上位の火炎呪文の発動句を紡いでいた。そして次の瞬間、全く予想しなかった方向から飛んできた別の火球によって、サタンパピーのメラゾーマは軌道を大きくそらされ、見当違いの場所に着弾してしまったのだ。
「ば、ばかな、貴様は……。なぜだ、なぜ貴様のような者が、メラゾーマを……!」
「……よくもユウジをいじめてくれたわね、八つ裂きにされる覚悟はできているかしら……?」
紫の悪魔の前に立ちはだかる巨大な灰色の獣。その表情はいつもの、どこか愛らしい者ではなく、明らかな「殺気」を放っていた……!
=PREVIEW NEXT EPISODE=
青年の意思とは関係なしに、運命の歯車は動き出す。そして、それは一人の老婆の、止まった時間をも揺さぶりはじめていた。なぜ、ただ静かに生きていたいだけなのに、運命よ、何の罪もないただの弱き存在を、戦いという地獄へ駆り立てるのだ。
レベル4 遠き故郷
はい、ようやく書き上がりました。
リリスちゃんキレました。女の子を怒らせると怖いですよ~~。
次回、とうとう運命が動き出します……。
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