ようこそ!VRゲーム探偵事務所 (逆月 燐)
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異世界(VR空間)チートハーレムものは真っ黒黒助だけで充分だ。
(出来ていたのはこの1話だけで、全体がすでに完成しているとは言っていない)
某日。≪アルブヘイム・オンライン≫、通称≪ALO≫の≪浮遊城アインクラッド≫一層、始まりの街の一室にて。
「ちょっとキョウダイ!この縄を早く解いてくださいよ!」
一人の猫妖精ケットシーのアバターが天井から吊られていました。
「嫌。面白いから。ね~」
「ね~」
面白いから、と言ったにも関わらず、我関せずといった感じで紅茶を啜っている火妖精サラマンダーの女アバター、キョウダイさん。
本当に面白がっているのはキョウダイさんの横にいる、闇妖精インプの女アバターである。
不気味なほどに指を動かし、涎を垂らしながら迫って来るインプ。
「なあに、新作VRエロゲーのモデルを作るためのデータ採取だよ~。恐くないよ~」
「超恐いよ!ルローさん!だいたいその理由毎回言ってんじゃん!」
何故か自信満々に返すルローさん。
「エロゲー業界はVR技術が開発されて以来、日進月歩で競争が激しいの!だから新作をバンバン出すの!バンバン出すとか何か卑猥!……まあ、VRエロゲーのパイオニアはうちなんだけどねっ!」
最後のドヤ顔うぜぇ。
「ハイハイ、よく稼いでいていいなぁと思いました」
「そーそー。だから日本の私立とほぼ変わらない学費クソ高国立大学で2留できるんだよね~」
日本の大学の学費は国立でもクソ高い。昔はもっと安かったらしいが……。グローバル化がどうのこうのって言うならまずは学費からやれよな。留学とか英語の授業増やすとかじゃなくて。
心の中で愚痴を零していたら傍観していたキョウダイが口を挟む。
「ルローさん。今年も留年でしょ?」
「当ったり前じゃん!一緒に卒業しようね~」
「ね~」
今年大学一年生のキョウダイと一緒に卒業、ということはルローさんはあと二回留年して大学八年生として卒業するということだ。まあ、親が会社を経営して尚且つそこそこ稼いでいるからなせる業なのだろう。……エロゲー制作という全く子供に誇れる仕事ではないが。
「おおっと、時間稼ぎには乗ってあげたからもういいでしょ?神への祈りももう済んだよね?」
「も、もうちょっと待って、ルローさん!まだ心の準備が……」
この言葉はむしろ逆効果だったらしい。ルローさんの笑みがより獰猛になる。
「そう?心の準備が出来たらミラちゃんは快く受け入れてくれるのかな?」
「あ、ああ。ただ心の準備が出来るまでに……そうだな……あと百二十年ぐらいかかると思うけど」
せめてもの抵抗は完全にスルーされた。
「心の準備なんてどっちでもいいよ。君の心の中で君自身が自覚出来る部分は一部に過ぎないからね」
「そうだよミラ。ほとんどのことは無意識で処理されるの。だから……」
「「ミラの体に聞けばいいだけだよ!!」」
クソッ、この京大コンビが……両方理系なのに論破されるとは……。
満面の笑みを浮かべたルローさんが近づいてくる。
そしてその手がゆっくりとケットシー特有の尻尾に触れて……。
「っあ……」
尻尾は本来人間には無い器官であるが、このゲーム内では何故か尻尾にも感覚がある。そしてそんな尻尾を触られた時、ぞわぞわした奇妙な感覚に襲われる。今の様に。
「今日も頑張って抵抗してね。早くダウンされるとつまらない……あー、でもそれはそれで面白いかも」
「傍観者としては長い方が良い」
そんな二人の会話がどこか遠くのことの様に聞こえるほど頭がぼーっとしている。
ルローさんは尻尾の根元を右手でしっかりと掴み、左手を丁寧に上下させている。
優しく、何度も。
「これ他のケットシー仲間にも好評でさー、リピーター続出なんだよねー」
ふわふわとしていく意識を何とか繋ぎ止める。
「ならそのケットシーさんたちでモデリングしてくださいよ!」
ルローさんの手の動きが速くなる。
「その娘たち、私のリアルの友達なんだよね~。流石に友達に『エロゲーのモデル作るからちょっと体いじらせてね~』とか言えないでしょ?」
俺はどうなんだ、と言いそうになってようやく気づく。
俺、ルローさんのリアル知らないわ。
かの有名なデスゲーム≪ソードアート・オンライン≫から戻ってきて以来、俺は東京にある≪SAO生還者≫のための中高生向けの学校に通っている。
そして、キョウダイとはリアルからの知り合いで、キョウダイもSAOをプレイしていたが、キョウダイはSAO開始当初既に大学生だったためSAOから戻ってきて以来、紆余曲折を経てSAO開始当初に通っていた大学とは段違いの偏差値の京都大学に進学したのである。
そのキョウダイが連れてきた人物こそが浪人と留年のエキスパート、ルローさん。つまり友達の友達である。ここから分かる通り、ルローさんは「流浪さん」ではなく「留浪さん」である。
「それに……ミラのアバターは可愛いしね」
「~~ッ!!」
体が一瞬大きく震えて声にならない声が出る。
ALOを筆頭にこの手のVRゲームは一つのアカウントに付き一人のアバターしか作れない。そして、アバターの外見は自動で生成される。
このため、自分の思うアバターを手に入れるために大金を惜しみなく使う人も世の中にはいるのだ。例えば目の前の変態みたいに。
あぁ、意外と世の中って狭いなぁ。
良い外見のアバターは他のVRゲームでのプレイ時間が長いほど出やすいらしい。つまり、SAOから引き継いでいるということは、約二年間という途方もない数字で新規様に圧倒的な差をつけているということである。
「可愛いとかお世辞も大概に……」
その先が言えなかった。変な声が出そうで。
尻尾を握っていた手がいつの間にか胸元をまさぐっていたからである。
「お世辞でも冗談でもないよ。スタイルも良いし、ミラは可愛い。こう、本来はありえない快楽に溺れているところとか」
そう。ありえないのだ。本来男の俺がVRゲームの中で女性相手にリアルの俺ではありえない大きさの胸を触られて犯される一歩手前の状況になっているということは。
VRゲーム機の次世代機、アミュスフィアにおいて性別の判定が間違われることはほとんどない。さらに言えば、先代の棺桶兼殺人電子レンジ型新世代ゲーム機ことナーヴギアでは尚更ありえないことだった。何故次世代機で性能が落ちているのか……。
まあ、安全面の強化のために出力を失ったのが理由だと思うが文系の俺には詳細はわからない。
ともかく、俺はアミュスフィアに性別を間違われた数少ない……というより少なくとも俺の知っている範疇ではそんな奴は一人もいないから、唯一(多分)のプレイヤーである。
「溺れて……なんか……」
「偶に物欲しそうな顔で私を見ているのによく言うね」
「そんな……こ……と……」
言葉が途切れ途切れになる。心臓がいつもより強く脈打つ。
「さて、そろそろ本題に入りますか」
ルローさんが私の手を掴む。当たり前だが細い指だ。
そんな事まで意識して体が熱くなる。
私の手を取ったルローさんの手も、熱かった。
その手が見慣れた動きをする。手に力が入らず止められない。
見慣れたウインドウが出てきて、あまり見慣れない場所を押す。
武装全解除のその先――衣服全解除。
眩い光とともに衣服のポリゴンが砕け、衣服がストレージに格納される。白磁のような肌が露わになり息を呑む。
自分のアバターなのに未だに見慣れない。
多分男アバターでも肌を晒すことはあまりないと思うけど。
ルローさんの両手が胸から横腹、太ももにかけてゆっくりと動く。焦らすように、ゆっくりと。
身を動かしても拘束されているため逃れられない。
その様子を見かねたようにキョウダイが口を開く。
「ダメだよ。いくら抵抗しても逃れられない。……その快楽からは」
スルスルと内ももを撫でる手。
その手が次には臀部を優しく撫でる。
「ひっ……」
呼吸が荒くなり、甲高い変な声が漏れる。
臀部からまた尻尾を触る。
さっきとはまた違った感覚にゾクゾクする。
そして背中を一撫でしていく。
一連の流れを数回繰り返した後、ルローさんが耳元で囁く。
熱くなった耳に息が吹きかかるだけでもぞわっとする。
「さあ、そろそろ始めようか」
キョウダイの気の抜けた声が頭の中で響く。
「今回は飛ばさないでねー。つまんないから」
このアミュスフィアは安全性を向上させるため、使用者の脳波や心拍数をモニタリングしている。そして一定の限度を超えると強制的にログアウトさせられるのだ。
過去、ルローさんに同じようなことをされた時、俺は強制ログアウトさせられたらしい。
キョウダイが言っているのはそのことだ。
「意識の残っていないアバターを一方的にやるのも面白いけどね」
ルローさんがさらっと恐いことを言った。
「もしかしてそれって前のこと?」
「ん?そうだよ」
ケロッとした顔で言いながら尻尾を掴む。
「んっ……」
全身から力が抜ける。ルローさんの指が恥部へと動く。
「入念に準備したからね~。心配しなくていいよ」
その後、快感で明滅した意識の中で私のリビドーが掻き立てられ、エクスタシーへと……至らなかった。
「はぁ……はぁ……あれ?」
現実を理解できていない私の頭に間の抜けた男の声が響く。
「ただいま~オレのハーレムたち!……って何してんの!?」
「いつものことだよ。空気読め、エキベン」
厳しいルローさんの言葉にもめげず、反論する茶髪の音楽妖精プーカの男アバター、エキベン。
「エキベンって呼ぶな!オレにはゼンっつーキャラクターネームがあるんだよ!後、VRゲーム内じゃ外から部屋の中の声聞こえねーから空気読めないの!窓でもあれば話は別だけどよぉ……ほら」
指差した先には遮光等級の最も高いカーテンがあった。
「だから無理なんだよ。分かった?」
返答の声は冷たい。
「分かっている。だが読め。君は現在形という言葉を知っているか?私が『空気を読め』と言ったのは君が部屋に入って来てからだ。確かに部屋に入る前のことも考えろという意味も込められているが君は本質が見えていない、だから駅弁大学止まりなんだ」
「ぐっ……」
少し意識がまともになった俺が引き継ぐ。
「とにかくこんな姿だからあんまり見ないで、ってこと」
天啓を得たように表情をするエキベン。
「流石先輩、ぱないっすわ~」
俺は高2なので実際は大学一年生のエキベンの方が年上だがVRゲーム歴では俺の方が長いので先輩と呼ばれている。
「分かったらさっさと出て行って。一時間で十分だから」
「はいはい。何でオレのハーレムはこうも厳しいのかねぇ」
エキベンが出ていくとルローさんが溜め息を吐いた。
「エキベンのせいで台無しだよ。まあ、ペース上げてやるから安心してね」
「え。それ全然安心することじゃな……いっ……」
再びルローさんの指が細やかに私の身体を撫で始める。指の一撫でが着実にじわじわと私の抵抗心を蝕んでいく。
「そういえばエキベンが来て手を止めた時露骨に残念そうな顔をしてたよね。おねーさん、見逃していないからね」
無意識的に体が強張った。
「そんなこと……あっ、激し……ッ~~」
今まで傍観者に徹していたキョウダイが立ち上がった。
「私も手伝う」
「おっ、珍しいね。サンプルとして手伝ってくれるのかな?」
「違う」
「ケチ~」
キョウダイは私の顎に手を掛け、自分の顔の方へと引き寄せる。
そして、キョウダイは私の耳を甘噛みしながら乳房を鷲掴みにする。
サラリと流れるキョウダイの髪が肌に擦れるだけでも身悶えする。
「~~ッ」
頭の中だけでなく、目の前まで真っ白になった。
体の芯の熱いものだけが感じられる。
「トロンとした表情のミラちゃん可愛いなぁ。うへへ。涎垂れてるよ。それも可愛いけど」
もう何を言っているのか識別出来ない。
キョウダイが口元を舐め、その流れでキスしてくる。
「んん~~ッ」
長い口づけが終わると、顔の向きを力任せに変えられ、ルローさんともキスをした。
私の全てを吸い尽くそうとするような荒々しさだった。
朦朧とする意識の中、それでもどうにか抗い続けてきた。でも、もう限界だった。
意識を覆い尽くす快楽の波に、もう抗うことは出来なかった。
抵抗する気力も力も失い、だらしなく手足が投げ出される。
やがてオーガズムに達し……。
最後に意識に残ったのは「ただいま~」という女性の声だった。
目覚めると誰かに膝枕され、頭を撫でられていた。
「あっ目が覚めたのね。ふふっ、やっぱりミラちゃんは可愛いわね」
緑色の髪をして温和な笑みを浮かべた鍛冶妖精レプラコーンの女性アバターが視界いっぱいに入った。
「あ、ありがとうございました。イクスさん。イクスさんは優しいですね」
慌てて起き上がろうとした俺の頭を優しく抑えるイクスさん。優しい。
「いいのよ。またひどいことさせられていたのでしょう?」
猛烈に抗議する声が飛んでくる。
「ひどいことじゃないです!気持ちイイことです!体験してくれたら分かるって何度も言っているじゃないですか!」
「遠慮しておくわ。ミラちゃんで代用してね」
「ハイッ!!」
前言撤回、イクスさんマジ鬼畜だわ~。
キョウダイの声が続く。
「だいたい、ひどいことをするのはミラの方ですよ!リアルでは私よりも薄っぺらい胸板なのにアバターになればいやと言うほど現実を叩きつけてきますからねっ!」
「あら~。それはひどいわね」
「イクスさん、それキョウダイが勝手に被っている被害だから気にしないで!」
そんなやり取りを続けていたらエキベンが帰って来た。
「ただいまー。もういいだろ?」
「オッケー。問題なし」
ソファに腰掛けながらエキベンが感慨深く呟く。
「やっぱハーレムってぱないわー。あの≪黒の剣士≫にも負けてないわ~」
「いやそれはないでしょ。ただ男アバターがギルドに一人しかいないってだけだよ?厳密にアバターの中身まで考えたら男二人だし。それに誰もエキベンに好意を寄せてないのが致命的だよね。つーか、そんな大言はまずデュエルで勝ってから言いな」
ぐはっ、とのけ反るエキベン。
ちなみに≪黒の剣士≫というのはSAOをクリアに導いたキリトという奴のあだ名の一つである。元SAOプレイヤーならほとんど知っている存在で、SAOをやっていなくてもキリトはALO内の定期的な大会で上位に名を連ねているから有名である。
全身黒ずくめの装備を身に纏っていることからこんな黒絡みのあだ名が多い。SAO時代から際立つのがユニークスキルの二刀流である。
そんな有名人にも関わらず、俺はほとんど話したことがない。キョウダイもほとんどないらしい。リアルの高校が同じだが、俺は文系、奴は理系なのでやはり接点がない。
しかしまあ、何故キリトというアバターがこんなエキベンみたいな多くのプレイヤーのやり玉に挙げられるのか。
それは至極単純な理由である。――キリトの周りには可愛い女性アバターが多い、その一点である。
世の中って単純。お願いだから受験数学もこのぐらい単純にならないかなぁ。
その後、適当にモンスターを狩ってお開きになった。
リアルで用事のあるルローさん、キョウダイ、エキベンが順番にログアウトした。
「ミラちゃんはまだ残るのね。じゃあバイバイ」
「うん。バイバイ」
いつもは皆と同じタイミングで抜けるのに、何故今日、イクスさんは最後まで残っていたのか。その些細な疑問を口には出さなかったが、答えはすぐに分かった。
「今日はミラちゃんがうわ言のように『しゅき、大しゅき!気持ちイイのぉ!』って言っていたのが見れて良かったわ。また見せてよね」
「ちょっと!それ明日には忘れてくださいよ!むしろ今すぐ!」
そんな事口走っていたのか。ものすごく恥ずかしい。
イクスさんは悪戯っぽい表情だけ残して消えていった。
ギルド名を≪VRゲーム探偵事務所≫としているがまあ、依頼みたいなものはほとんどない。
だいたい、探偵業をしようと思ってこんな名前にしたわけではない。
SAO時代終盤に入っていたギルドの名前を受け継いでいるだけだ。それまではソロプレイをしていた。
ギルドマスターはもういない。メンバーも随分散ってしまった。
もう取り戻すことが出来ない。だからこそ受け継いだのだ。
大きく息を吐いて目の前に立ちはだかったモンスターに刀を振り下ろした。
次の日、教室では妙な噂が流れていた。
「おい聞いたか?≪ガンゲイル・オンライン≫で死人が出たらしいぜ?」
「マジ?SAOじゃあるまいし、デマじゃね?そもそも今時VRゲームで死人とか珍しくねーよ。ロクに食わずにゲームやってる廃人だろ」
「それがただの死人じゃないらしいぜ。何せ画面のアバターに銃を撃った奴がいて、その後に撃たれた奴がログアウトしたのを何人も見たらしいぜ。あり得るか?」
「偶々だろ?んなもんありえねーよ。つーか死んでるかどうかわかんねーじゃん」
「だよなー。でもトッププレイヤーだったらしいぜ、そいつ。そんな廃人様を誰も何日も見かけてないとなるとなぁ。……まあ、GGOやってないからどうせ関係ないけど」
流石歴戦のSAO生還者たちである。死人ごときではガタガタ言わない。むしろ格好の話の種としか思っていない。
まあ、SAO生還者に限った話ではない。彼らも言っている通り、今や度の過ぎた廃人が死ぬことは珍しくない。まあ、死ぬようでは廃人の風上にも置けない、という主張もあるが、俺は文字通り人間をやめてからが廃人の始まりだと思う。今回噂に成り得たのはおそらく偶然の賜物だろう。
人の噂は流れるのが速ければ忘れられるのも速い。
だから放課後にはそんな噂のことなど忘れていた。
放課後、一通のメールが届いた。
曰く、
「例の男が動いた。今すぐ指定した場所に来い」
とのこと。
指定された場所にタクシーで行く。そして、名前からしていかにもオサレ系です、という、一介の男子高校生が一人で行くには敷居が高すぎる銀座の喫茶店に足を踏み入れた。
店の中を見回していると、こちらに手を振っている女性が見えた。
そのボックス席の後ろのボックス席には眼鏡の痩身の男が一人でメニューを睨んでいた。
この男こそメールでの「例の男」菊岡誠二郎。≪SAO事件≫を機に発足された≪SAO事件被害者救出対策本部≫を前身に創設された、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、省内での名称は通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称≪仮想課≫のエージェントである。
エリートコースという観点に立てば、新しく出来た省庁に飛ばされた、つまり出世レースに脱落した、とも言える悲しき人物である。
様々な話で聞いたが、彼の尽力のおかげで全プレイヤーが病院に収容されたらしい。
そこは感謝しなければならない。飛ばされたとはいえ真面目に働くってステキ。
そして俺は待ち合わせていた女性の前の席に座る。
「やあ未來ちゃん。今日は来てくれて嬉しいよ。まあ、ここは奢るから何でも注文してくれ」
目の前の女性が爽やかに言う。名前にちゃん付けは……もう慣れた。
「どうも、沙奈さん。これも経費で……いや」
ここで区切った俺の言葉を沙奈さんの横にいた男性が引き継いだ。
「正確には沙奈さんの親のクレジットカードで支払われる、だな。俺は中野染彦(なかの そめひこ)だ。ま、スタッフの一人さ。よろしくな、少年」
差し出された厳つい手を握り返す。
「俺は本橋未來(もとはし みらい)です。よろしくお願いします」
「いつ聞いても女の子みたいな名前よね」
沙奈さんの笑みに中野さんも同調する。
「体も細くて華奢だから尚更なぁ」
「よく言われます」
事実よく言われるし、名前だけだと間違えられる。
小学生の時には夏休みのプールで書類の名前で間違われ、女子更衣室へと案内され、中学生の時には名前負けしていると言われ、高校生の時には最初のホームルームで返事をしても別人と思われて五分ぐらい変な時間が流れた。
今パッと思い出したのはまあ代表的なもので、些末なものはもっとある。呼びやすい、と言う人も居れば、呼びにくいから名字で、という人も居る。
俺は今でこそそこまで抵抗はないが、名前で呼ばれにくいように自己紹介の時、「本橋っす。よろしく」みたいな感じでフルネームを言わなかったり、ある程度仲良くなっても名字か名前かの呼びやすい方に「さん」をつけたりしている。呼びやすい渾名が有ればこの限りではない。
気付けばウエイターが立っていた。
俺が三品、沙奈さん、中野さんが二品ほど注文してウエイターが去っていく。
「君控えめだね」
中野さんは言外に「ただ飯だからもっと頼めば?」と言っているのである。しかし、
「そう言う割に二人とも控えめな注文ですよね?」
俺の質問に二人はテーブルを見てから笑った。
「ん?ああ、そう見えるよね。未來ちゃんが来る前に一旦お皿下げてもらったし」
「あの時マジでテーブル埋まっていたからなぁ」
会計の数字とか見たくないです。別に俺の懐は痛まないけど、良心が痛む。
「おーいキリトくん、こっちこっち!」
聞き覚えのある無遠慮な声がして、店内が一瞬静かになる。
菊岡の待ち合わせの相手は、かの有名なキリトくんだった。
まあ別段驚くことではなかったし、むしろ予想通りだった。
過去から彼らが接触していることはよく知っていた。俺たちは適当に会話しながら彼らの話を盗み聞く。
何だかんだ言いながら本題へと進んでいく。≪強さ≫とか≪力≫とかごちゃごちゃ言っているが、甘い。もう一歩踏み込んだ方が良い。
菊岡はともかく、SAO経験者のキリトにはもう一歩踏み込んで欲しかった。
≪強さ≫とか≪力≫を目の当たりにし、それを手にし、そして何をもたらしたのか。
キリト、お前は知っているはずだ。
「大脳生理学のセンセイに話を聞きに行ったがね、チンプンカンプンさ。……ずいぶん遠回りしたが、今日の本題はそこなんだ。これを見てくれ」
何か資料を出しているのだろうが、当然こちらからは見えない。
どうせ説明があるから分かるはずだ。
菊岡の話を要約するとこうだ。
前回のGGO≪ガンゲイル・オンライン≫の公式大会、第2回BoB≪バレット・オブ・バレッツ≫優勝者ゼクシードこと茂村保氏がネット放送局≪MMOストリーム≫の人気コーナー、≪今週の勝ち組さん≫に出演中に死亡した。死因は心不全。ここまではよくある、廃人が体調管理を疎かにして死亡した、という事件だが、この事件が特殊なのはゼクシードが死ぬ直前にとある酒場の一角でゼクシードが映るパネルに向かって銃撃した男が確認されているということだ。
これだけではただの噂に近いが、この事件から数日後、≪薄塩たらこ≫というキャラが街頭演説中に乱入してきた男に撃たれ、その数秒後に死亡したという事件も起こっている。こちらも死因は心不全。
両者を撃った人物は同じ。そして≪シジュウ≫、≪デス・ガン≫と名乗っている。
菊岡とキリトが原因について討論しているが真相にはたどり着けなかったようだ。
まあ、官僚様と理系様ですら分からなかったことが俺には分かるとは思わない。
「じゃあこれで話は終わりだ。結論――ゲーム内からの干渉でプレイヤーの心臓を止めることは不可能。≪死銃≫氏の銃撃と二人の心臓発作は偶然の一致。じゃあ、俺は帰る。ご馳走様」
帰ろうとするキリトを菊岡が慌てて引き止める。
「わあ、待った待った。ここからが本題の本題なんだよ。ケーキもうひとつ頼んでいいからさ、あと少し付き合ってくれ」
「……」
「いやあ、キリト君がその結論に達してくれて、ホッとしたよ。僕も同じ考えなんだ。この二つの死は、ゲーム内の銃撃によるものではない。ということで、あらためて頼むんだが……ガンゲイル・オンラインにログインして、この≪死銃≫なる男と接触してくれないかな」
ここからは見えないが、菊岡はおそらく、あの人の良い、胡散臭い笑顔をしていることだろう。
「接触、ねぇ?ハッキリ言ったらどうだ、菊岡サン。撃たれてこい、ってことだろう、その≪死銃≫に」
「いや、まあ、ハハハ」
キリトは拒否しているが、さっきまでの会話で「ゲーム内で撃たれても死なない」という結論に合意していたキリトに拒否権はほぼ無かった。
キリトは、プロが多いから嫌だ、とか飛び道具は苦手だ、とか言っていたが報酬の話に入ってその姿勢をぐらつかせた。
そして、キリトは菊岡がこの件になぜ固執しているのか、という疑問を口にする。
菊岡の答えは、VRゲーム規制推進派に対抗するため、というものだった。GGOの運営会社≪ザスカー≫はアメリカに席を置き、且つ、ほとんどの情報を公開していないため菊岡にも調査できず、真相を探るには直接≪死銃≫と接触する以外に道はない、ということだ。
「とまあそんな理由で、真実のシッポを掴もうと思ったら、ゲーム内で直接の接触を試みるしかないわけなんだよ。もちろん万が一のことを考えて、最大限の安全措置は取る。キリト君には、こちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力に何らかの異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない、君の眼から見た印象で判断してれればそれでいい。――行ってくれるね?」
もうキリトに拒否権はない。数秒経って、答えが返って来た。
「……解ったよ。まんまと乗せられるのはシャクだが、行くだけは行ってやる。でも、うまくその≪死銃≫と出くわすかどうかはわからないぞ。そもそも、実在さえ疑わしいんだからな」
確かに、ただの噂の可能性は未だに捨てきれない。シュレーディンガーの猫みたいなもんだ。
「言わなかったっけ?最初の銃撃事件のとき、居合わせたプレイヤーが音声ログを取ってたって。データを圧縮して持ってきている。≪死銃≫氏の声だよ。どうぞ、聴いてくれたまえ」
まあ、俺たちが聞けるわけがないが、≪死銃≫なるプレイヤーが存在していることはわかった。
キリトが店から出ていった後も、菊岡は十五分ほど端末で何やら作業をしていた。
その菊岡が去った後、俺たちは≪死銃≫についての話を始める。
「染彦、あんた例の≪死銃≫って奴のこと、知っているの?」
コーヒーを一口啜ってから返す。
「ああ。殺された奴らはGGOじゃあとんでもなく有名だからな。俺も一度手合せしてみたいと思っていたものだ。まあ、サーバーが違うから実現しなかったが」
何か今、変なワードが聞こえたな。
「ええと、サーバーが違うってどういうことですかね?今≪死銃≫のいるサーバーが一杯ならキリト君も追いかけられないんじゃ……」
菊岡はそこまで馬鹿では無いだろう。という意味も含まれていた。
「ん?俺が自らアメリカサーバーに接続しているだけさ。ま、サブアカウントを日本サーバーにも作ってはいるが、やっぱりあっちの方が刺激になって面白いからな。あんまり育ててない」
「あ~そうだったっけ?まあ、今回は協力しなさい」
中野さんは頼りがいのある笑みを浮かべる。
「それも仕事だからな」
その笑みが俺の方にも向けられる。
「お前ら全員ビシバシしごいてやるから覚悟しとけよ」
やっぱりそうだったか。まあこうなることは織り込み済みだ。それに、本音を言うとGGOもちょっとやってみたいな、と思っていた節もある。
「はい……ん?全員?」
唐突に湧き上がって来た疑問に沙奈さんが笑顔で頷く。
「そう。うちのギルド、≪VRゲーム探偵事務所≫全員でね」
その後、中野さんとスケジュール調整をして、遅くとも三日後にはGGOを始める、ということになった。
会計のため、沙奈さんを先頭にして歩いていく。
店員は笑顔で対応した。
「ここの会計はもう済んでおりますよ?数分前にお帰りになられたお客様が皆様の分もお支払して行かれました」
俺たちが疑問符を浮かべる中、店員の言葉が続く。
「その方から皆様当てに伝言を授かっております」
一息置いて、メモ用紙を機械的に読み上げる。
『これは手付金だ。この言葉だけでこちらの意図は十二分に伝わったと思う。健闘を祈るよ、探偵クン』
店員は元の笑顔に戻った。
「この度は当店をご利用いただきまことにありがとうございます」
店外へ出た後、第一声を放ったのは中野さんだった。
「菊岡誠二郎。存外に侮れないな」
「ああ。奴に乗せられるのは癪だが……」
俺の言葉の続きは沙奈さんに取られた。
「面白そうだからいいじゃない」
その日の夜、≪VRゲーム探偵事務所≫が借りている部屋で私は声高らかに宣言した。
「諸君!転向だ!!」
キョウダイとルローさんは首を傾げ、エキベンは悪態をついた。
「転校?いやっすよ。また受験勉強とか高い学費払うのとか」
「駅弁風情がッ!転校じゃない!コンバートだッ!!」
聞き慣れたVRゲーム用語でようやく意味を理解したらしいエキベン。
「それにしても急っすね。んで、どこっすか?先輩」
アミュスフィアは私の感情を馬鹿正直に読み取り、アバターの笑みを深めていく。
「GGO――≪ガンゲイル・オンライン≫だッ!!」
描写が雑なところがあって申し訳ありません。あれ以上書くとR-18指定を戴きそうなので敢えて雑にしました。「利用規約」の「R-18の内容が含まれる作品を、警告タグ「R-18」を設定せずに投稿すること」の「R-18の内容」が具体的にどんなものかわからなかったのでこんな微妙な感じになりました。
キャラ紹介のためのものなのでああいうことはこの1話しかやりません。
しかし、文章作品に年齢制限を設けることはいかがなものか。まあ、アカウントが惜しいのでこれ以上は控えますが。
これでも18禁だと思う方は、かの有名な村上春樹の『ノルウェイの森』でも読んで、どうぞ。
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ひと目で、尋常でない量産型大学生だと見抜いたよ
書き始めてから4か月程経った東方のSSのUA数が書き始めてから約半月のこの作品のUA数に抜かれて嬉しいやら悲しいやら。
予想はしていたけど。
「GGO――≪ガンゲイル・オンライン≫だッ!!」
俺の宣言に対する皆の反応は様々なものだった。
「コンバート……それにしても急だな。しかもGGOか。何かあったのか?」
冷静なルローさん。
「まあ、最近買ったこの部屋に荷物置いておけば安心してコンバートできるな、うん」
自己と所有物の保持に余念がないエキベン。
「っつーか、何かあったにしてもどうせ昔FPSゲームやってたからまたやりたくなったってのがオチでしょ?」
的確に真意を突くキョウダイ。
「……」
事情を知っているため無言で見守るイクスさん。
「まあ、諸君も思うところがあるはずだが、1回ぐらいこのVR空間で≪探偵≫らしいことをしてみようじゃないか」
「ほーん」
やる気が出て来たのか少し前傾姿勢になるルローさん。
それに対してエキベンは消極的だ。
「いやALOで十分楽しいし、≪探偵≫みたいなこともたまにやっているじゃないか」
「いやまあ……」
発言しかけた俺をキョウダイが手で制する。
「ふん。まあ確かにエキベンのような量産型脳内ハッピーセット童貞大学生は浮気調査みたいな依頼で大喜びだろうがね、やはりどこぞの見た目は子供、頭脳は大人って感じのやつがやるような依頼もこなしてみたいじゃないか」
もうさらっとエキベンをディスりたいだけじゃん。
「そうそう。エキベンみたいな貞操まで子供のチェリーボーイには到底理解し難い崇高な動機が我々にはあるのだよ」
狼狽えるエキベンに容赦ない追撃を加えていくのがこのギルドの最早定番化した流れである。
「お、オレは一回もオレが童貞だなんて言ってないぜ!」
あっ、これこの流れで言うと会話が小学生並に泥沼化するやつや。
俺の予感が見事に的中した結果、
「今言った!先生~!今ゼンが『オレが童貞だ』って言いました!」
「いや、それは弁解のために言っただけで事実と異なり……って何でこんな時だけ素直にオレのキャラクターネーム呼ぶの?兎に角……」
「ゼンが『大魔法使いにオレはなるッ!!』とも言っていました~!!」
「それは言ってない!むしろ魔法使いの話一回もしてない。オレ、都市伝説とか信じない性質なの!」
収拾がつかなくなってきたのでイクスさんに助けを求めてみた。
「皆、何だかんだ言いながら少なからずやる気はあるみたいね。先生、ゼンくんが現実だと、ちょっと髪染めて豚の鼻みたいなワッペンが付いたリュックサックを片方の肩だけで背負って、ロクに弾けもしないギターケース片手に男:女=2:1ぐらいの集団の外側から2,3番目ぐらいのところでやっぱり≪ウェイウェイ系≫や≪キラキラ系≫は違うな、と生まれから人生の岐路を分けた素質に疎外感と厭世観を持ちつつ愛想笑いを浮かべてたまに自分の得意な話題になると場を盛り上げることができるけど『でもオレがやっていることは、オレが参加した時にはもう出来上がっていたこのグループの中心に立っているカップルたちの引き立て役なんじゃないか?貧乏くじを引かされているだけなんじゃないか?だいたいあのイケメンに至ってはオレより後から来たのにもう女子と親しく話しているし』とちょっと矛盾したことを考えて憂鬱になる時もあるが、隣に立っている、若干古参で女子とも割と話すけど、でもやっぱり、彼氏彼女の仲には慣れていない少々恰幅の良いメガネが「俺も彼女欲しいー」って言っているから『あれ?オレまだワンチャンあるんじゃね?』って一念発起して手当たり次第に女子に話しかけ、その度にまあまあの手応えは得られるものの、そこからの進展は遅々として進まず、心が折れそうになっているところに優しく接してくれるのは可愛い先輩か、仲良くなるのと付き合うのとは別の話だな、って評価になるような容姿の女子で前者の可愛い女子には神によって予め規定されていたかのように彼氏がいて、『やべぇ、オレ悟ったわー。悟り開いちゃったわー。もうこれ真理。むしろ物理法則だわー。可愛い女子は男から人気がある。優しい女子も男子から人気がある。故にオレにさえ優しい可愛い女子には彼氏がいる。……っつーか、逆に男は女子を大体顔で選ぶ』という自分の頭の中ではソクラテスより早く発表できていれば歴史に名を残せたレベルだと思っている発表すれば発狂ものの文言をノートに書き留めて次の日にそれを見て、あまりの恥ずかしさに思わずベッドにダイブし、枕に顔をうずめて足をジタバタさせ、5分後には『でもまだネットにドヤ顔で投稿しなかっただけオレは賢明だ』となんとか自己肯定をしてふとSNSを見たら、グループの女子たちに「この46億年という時間、72億人という膨大な中からお前と出会えた確率は……」みたいな自分なら絶対世に出さないクソ寒いポエムが大うけしていて思わず世界の不条理さを嘆いて、ふと、この経験が音楽に生きるのではないかと勘違いして、すっかり週に2回手に取れば多い方の存在になってしまった、あの中学校の頃に勇気を出して自分のお小遣いを極力切り詰めて楽器店で買った、嘗ての相棒を再び手に取ってみるが、そもそもオレ楽譜読めなかったという現実に打ちひしがれ、大学に入学して優しい気さくな先輩方に誘われて入った軽音楽サークルのことを想えば、そういえばあのサークルほとんど練習しないで駄弁ってちょくちょくご飯食べているだけなのに自分より上手い奴は偶に演奏する度女子からもてはやされ、反対に楽器を持っていないし触ったこともないボーカルの奴も女子からモテていて、その他のメンバーも一様に意識が低く一向に練習せずそれゆえ全く上達せず、新勧の時に心のなかで嘲笑した『テニスラケットを握ったこともない部員もいるぐらいなのでどんな初心者も歓迎でーす』と言っていた何のために存在しているのか見当も付かない……いや、付くには付くけど否定したい現実を伴ったテニスサークルの二の舞に過ぎないじゃないかと思いつつも現状に甘んじて、ここでもワンチャン棚から牡丹餅を待ち続け、待ちぼうけ、永久に訪れない機会に思いを馳せながら、大講義室の後ろの方の机の下で、SNSへ躍起になってメッセージを送るか、無料のゲームアプリを漫然とやりながら延々と壇上で教授が話し続ける講義を、話している内容がレジュメの内容とほぼ同じだから筆記試験もきっと大丈夫だろうという気持ちで聞き流しているような大学生だ、ってことは分かっているから1回ぐらいGGOで探偵のようなことをしてみない?」
イクスさんが話している内容は辛辣で、随分長かったけど、ゼンの回想に合わせて声の調子を変え、緩急をつけて謳うような話し方だったため、思わず聞き入ってしまった。
生じた沈黙からいち早く抜け出したのはキョウダイだった。
「先生!ゼンは中二病でギターに手を出したのではなく、大学デビューの為に『母ちゃん、オレ地元の国公立に進学するんだから下宿代が掛からないし、進学祝いも兼ねてギター買ってよ~』と言った可能性が高いと推測されます!」
イクスさんは机の上で手を組み、冷静に答える。
「なるほど。しかし、その主張にクリアなエビデンスはあるのですか?」
この部屋でさっきまで小学生並の口論があったとは思えない意識の高まり方だ。逆に恐い。そろそろイングリッシュでディスカッションをスタートさせるのではないだろうか。
「強いて言うならエキベンは音楽妖精プーカをやっていてスキルのためにギターを使っているが高校に入ってからギターを始めたリアルの知り合いの方が上手かった。それとエキベンが卒業祝いや進学祝いでどこかに旅行したという話をしていなかった。つまり、何か別のものにお金を使う余裕があってもいい」
「脆弱な論理ね。全て可能性の域を出ないわ。確かに演奏のクオリティの件は証拠能力があると一瞬思いかけるものですが、やはり個人のセンスというものがあるでしょうし、VR空間と現実世界では演奏の勝手や体の動きやすさなどが違うかもしれません」
続いてルローさんが挙手して発言する。
「では、エキベン高校からギターを始めていた説、はどうでしょう。もしエキベンが楽器を初めて触ったのが気まぐれに始めたALOであり、ALOでインセンティブを受けたとすれば、ALOのサービス開始は今から約2年前、つまりエキベンの高校生活が始まって1年ぐらいであり、整合性が取れます」
「ほう」
イクスさんは視線だけで続きを促す。それだけか、と。
「リアルのエキベンがALOの影響を受けたことは断言できます。何故ならばエキベンのアバター、≪ゼン≫はそのプレイヤーにかの高名な≪黒の剣士≫と匹敵するほどのハーレムを築けるのだとさえ錯覚させてしまうほどのスペックでなければならず、況やそんな完全無欠のアバターを操る自分自身は尚更ハイスペックでなければならないという謎の自負が芽生えたからであり、楽器に手を出すのは当然の帰結であると考えられます」
「うむ。面白いわ。それ、採用で」
採用しちゃったよ……。
エキベンを見れば、ソファに座ったまま青ざめた顔で体をブルブルと震わせていた。
そりゃ、あれだけのことを言われたらああなるよな。
同情の視線を向けつつ、場の収拾に掛かる。
「まあ、皆。そんな事はゼンのアバターを見れば誰でも察しがつく事だから置いといて、本題のGGOの話に移ろう?ね?」
ついにエキベンはその場に崩れ落ちた。
「見れば……誰でも……?」
うわ言のように何か言っているが気にしない。
「そうだね。それで、GGOの詳しい話って?」
もうゼンのリアルには触れないという、優しさ。
しかしまあ、ゼンのおかげでGGOへのコンバートがほぼ確定したのでその点は感謝しなければならない。
一瞬心の中でゼンに黙祷を捧げ、午前中に聞いて来た菊岡の話を伝える。
GGOで起きた不審な事件の事、≪死銃≫を名乗るプレイヤーの事、そして菊岡からの挑発。
細部までかなり詳しく再現して話した。
「ふーん。そいつを倒したとしても、それはゲーム内のことであって、そいつは依然として活動できる。ならばどうやって現実的な制裁を加えるか……」
もう≪死銃≫を倒すことが前提になっているルローさん。気が早すぎるような。
「GGOに行ったとして、例の≪死銃≫と出くわす保証はどこにもないしな。つーか、超恐いんすけど。撃たれたらどうすんの?」
当然自分が撃たれた時の心配をするゼン。まあ、それが至極全うな考え方だと思う。とりあえずフォローをいれておこう。
「お偉いさんの官僚と、この手の機械に強いSAOの伝説的プレイヤー、キリト君は“ただ撃たれただけ”では死なないという見解を示しているし、俺も何となくそう思う。ただ、ダイブ中は完全に無防備だから、誰かが傍にいた方がいいと思うね。キリトも菊岡が用意した場所からダイブするらしい」
「そうだな。あのデスゲームじゃあるまいし」
そこまで言ってゼンはハッと口を閉ざし、俺とキョウダイを見る。
「別にそこまで気にしちゃいないよ。もっとやりたいとさえ思っていてALOにアインクラッドが実装された時はうれしかったぐらいだし」
キョウダイは浮かない顔をしている。
イクスさんとルローさんがその背を撫でる。
「別にSAOのこと自体はそんなに気にしてないよ。私が言うのもアレだけど馬鹿で親に無理矢理入れさせられていたFラン大学から今の大学に移れたのはSAOの後に起きた須郷とやらの人体実験のおかげでそれには感謝すらしてる。……今回の件に何かが引っかかっているだけなの。SAOがまだ終わっていないことはつまり、ミラ、あとは解るよね?」
キョウダイの沈鬱とした視線を受けてその意図を理解する。
剣が銃に変わろうが、ゲーム機の本体が変わろうが、プレイヤーの本質だけは変わらない。
この事件にはどこかデスゲームの残像がちらついている。その根源はSAOである。ならば、SAOプレイヤーが引導を渡さなければならない。
どこか掴み切れていない様子の3人にそれとなくヒントだけを伝えるキョウダイ。
核心には触れない。それは、人間知らない方が幸せなこともある、という一般論かもしれないし、SAOプレイヤーにしか解らない秘密を持ちたい、というエゴイズムなのかもしれない。
「キリトと菊岡は事件の本題に入る前に≪強さ≫とか≪力≫について少し話したらしいね。私が引っかかっているのはそこ。このVRMMOでは他所の分野よりは随分楽に手に入れられるもの。だから“そんなもの”に溺れているうちはまだ救いようがいくらでもあるの。でも、≪アレ≫に魅入られたものには救いの道は無い。≪アレ≫に惹かれた者には≪アレ≫以外何も無い。どこまで行ってもどこに向かおうともそこには≪アレ≫しかない。なのにキリトがそこに言及しなかったのは≪アレ≫を忌避しているのか、菊岡に対する優しさか……まあ、目を逸らしているならまだ健全よ。そうでしょう、ミラ?」
今度は私が沈鬱とした表情になる番だった。私がキリトと菊岡の話で抱いた違和感を、その場にいなかったキョウダイでさえも手に取るように理解している。
だからこそ尚更SAOプレイヤー間の秘密にしなければならない。≪アレ≫自体はシンプルで容易に想像がつくものだが、実感することは難しい。でも、その一端にさえ触れて欲しくはない。
私の長い沈黙を慮ってイクスさんが場を纏める。
「兎に角、一度コンバートしてみましょう。そして、第3回≪バレット・オブ・バレッツ≫出場を目指しましょう!」
ん?今聞き慣れないワードが聞こえて来たんですけど?
いや、やっぱり聞いた事あったわ。≪ゲームコイン現実還元システム≫が採用された唯一の≪プロ≫が居るゲーム、GGOのトッププレイヤー達が集い、覇を競うGGO最大の大会ですよね?
第2回の優勝者が殺されたから第3回を優勝しておびき出そうって発想だろうけど、
「それ超キツくね?今調べたけどあと1週間ぐらいしかないよ?」
というゼンの言葉に全てが集約されるわけである。
「大丈夫よ。ちょうどアメリカサーバーに武者修行に行くような知り合いがいたから、その人にコーチをしてもらおうと思っているわ」
つまり、中野染彦さんのことだ。
「まあ、話してもいないリアルのことを8割以上当てて来る人たちに比べれば≪死銃≫なんてやつはちょろいもんだぜ」
エキベンのこの言葉には先程までの哀愁が重苦しいほど詰まっていた。
むしろ残りの2割は何なんですかねぇ?
「じゃあ、決まりだね。明日の午後8時にGGOでコンバートした時に着く街、≪SBCグロッケン≫に集合!」
気合いの入った返事から間の抜けた返事まで、メンバーの個性が表れていた。
薄い赤みを帯びた赤褐色の空が延々と広がっていた。これが、最終戦争後の地球とかいう世紀末救世主の到来を待つ世界のような空気感の設定を下支えしているわけである。いつでも同じかと思われるが、やはり時間によって明るさが違うようだ。先日中野さんから見せてもらったGGO内のスクリーンショットよりも暗い。
廃墟のような見た目の高層ビル群にケバケバしく光るネオン。夜風に乗って土煙が舞っていた。
コンバートでのキャラ作成が終わり、俺が放り出されたのは大きな通りに続く建物の中だった。
「みんな遅いなぁ」
まだ約束の時間まで15分ほどあるので、皆が遅刻しているわけではないが。
アミュスフィアが生成した私のGGOでのアバターの声はALOのものとほとんど同じで聞き慣れた高めのアルトだった。
次々と生まれるアバターたちが初々しく駆け回る……とこの世界で言うと違和感があるのは生れ出るアバターの大半がゴリゴリのマッチョ体型、しかもほとんどが男だからである。いや、それでもVRゲームの先輩風を吹かしているSAOプレイヤーとしては、新規の皆が楽しそうにしているのは嬉しいことだよ。
アミュスフィアが馬鹿正直に感情を読み取り、表情へ転化させる。
「ふふっ」
思わず笑い声も出てしまう。
ちょうどその時、同じ建物にいた新規のグループから叫び声が聞こえて来た。
「ぐああぁっ!!」
何だろう?ダメージを受ける要因なんてないのに。
見れば、一人のプレイヤーが先輩らしき人物に抱きかかえられていた。あっ……。
「おい、どうした!しっかりしろ!」
「先輩……俺、GGO始めて良かったです。天使に……天使に会えたよ。我が生涯に、一片の悔いなし……」
「おい、目を覚ませ!もっと楽しいことがこれからお前を待っているぞ!こんなの始めたうちに入らないぞ!だいたい天使って……」
建物内をぐるりと見渡した先輩と呼ばれた男と目が合ったが、私はすぐに目を逸らした。
「ああ、GGOには珍しい女性アバターがいたな。だが、ひとつ残念なお知らせがある」
残念なお知らせ?気になったので目を逸らしたまま盗み聞く。
今までよりもゆっくりとした口調で喋る。
「俺と目が合った瞬間、向こうが気まずそうに目を逸らしたんだ。まるで……ホモのカップルを見たかのように、な」
「ぐああぁっ!!」
本物の断末魔が聞こえた。……済まない。
「ミラ、アンタ耳と尻尾以外変わらないのね」
後ろを振り返ると、ALOの時から敢えて変えていないサラマンダー特有の赤い髪のカラーリング……と言うより誰が誰だかわかりやすくするため、ALO時代と髪のカラーを統一するように言っていたのであるが、ともかくキョウダイが立っていた。
「キョウダイもあんまり変わってないね」
「そりゃどーも。あのアバター気に入ってたからね。……さて、アバター作りに金を溶かしまくったルローさんはコンバートではどうなるかな?」
「新しくアカウントを作る、なんて言わなければいいけど」
周りを見渡していると、外から一人の女性アバターが入って来た。長い黒髪を靡かせ、電子タバコを吹かすその立ち姿、既視感しか感じない。
その女性は俺たちに気付くと手を軽く挙げ、颯爽と歩いて来た。
「ルローさん、またソレですか?」
「ああ、コイツを買いに少し外に出ていたわけよ。まあ、時間には間に合っただろ?」
キョウダイが口を挟む。
「高いのによく買うよねー」
「まあ高いのは仕方がないさ。リアルで流行るきっかけになって欲しくないだけだろう。しかし、リアルのと違って体に悪影響がないんだぜ?中毒性も含めて、な。だからコレを買うのはただの物好きで、私もその中のひとりってだけさ」
「まあ、似合っていますけど」
そりゃあ、ね。と言って大きく煙を吐く。
「お待たせしてしまって申し訳ありません、協力してもらう人と打ち合わせしていたので……」
ライトグリーンの髪と、丁寧なアバターは間違いなくイクスさんだ。
「別に全然気にしてないよ。それに、ほら……」
ルローさんの言葉とともに周りを見渡す。そして時計を見る。
10分過ぎているが、奴がいない。
血眼になって茶髪のチャラ男を探す俺たちに男の人が声を掛けて来た。
「ヘイ、マイハーレム!遅れて申し訳ないね。他のソフトをやるのが慣れてなかったものでね」
即座にキョウダイが振り向いて叫ぶ。
「何がヘイ、マイハーレムやねん!ちょっと西洋風のゲームになったからってすぐに影響されおってぇ……え?どちらさま?」
声を掛けて来た男を見て次々と俺たちの小言が止み、別のざわつきが広がる。誰だこいつは、と。たぶんアイツなのだろうが認めたくない、全員がそう思っていたはずだ。
目の前のハリウッド映画のアクションスターみたいなスーパーイケメンは心なしかALO時代よりもイケメンボイスで俺たちに弁明する。
「いやいや、ちょっと手間取ってただけだから。まだ例のコーチ来てないからセーフっしょ?それなのに他人扱いとか傷つくわー」
喋り方のウザさが俺たちを現実に引きずり戻した。
「エキベンだけALOとアバターが全然違うね」
「うぇ?そうなの?後で見ておこう、何かさっきの反応で超ビビったから!」
「ああ、見ておけ。絶望するぞ」リアルとのギャップに、というルローさんの最後の方の言葉はエキベンには聞こえなかったらしい。
「おいおい、どんな残念な顔になっちゃったんだ?っつーか、視線も随分高くなったな」
ああ、自分のリアルの顔の方が優れていると思いこんでいる。全くの逆なのに。
「それにしても、例のコーチはどこだ?てか、どんな人?」
「そういえば外見的な特徴をほとんど聞いていなかったわね」
メニューウインドウを呼び出してイクスさんがメッセージを打とうとした時、声を掛けられた。
「皆さん本当に目立ちますね。遠目にもすぐわかりました」
「ん?どこだ?」
身長が2メートルはあろうか、というアバターになったエキベンでは直ぐには見えなかったらしい。
その、思春期に入るか入らないか、というような年齢にしか見えない童顔の少年アバターを。私を含めた女性アバター陣の誰よりも小さい。まさか、この人が……。この人がGGOにはゴロゴロいそうな外見だった、あの中野さんだというのか。
「え?マジ?」
エキベンの驚きにも無理はない。リアルの中野さんを知らないキョウダイとルローさんはともかく、イクスさんの驚きはひとしおだった。
「はあ、あなたにそんな趣味があったなんて……」
「趣味じゃない、勝手に作られただけだ」
怒る姿も少しませた小学校高学年の生徒みたいだった。
「……取り乱して済まない。俺が今日から君たちを指導する、ソヒコだ。よろしく。こう見えても運営から生活できる程度のカネはもらっている方のプレイヤーだ」
予想以上のプロだった。
そして、一人一人挨拶をし始める。
「ミラです。よろしくお願いします」
「ゼンです。皆からはエキベンと呼ばれていますが、好きな方で呼んでください」
「タマヅサです。基本的にキョウダイと呼ばれています。なので、以降キョウダイを使ってもらえるとありがたいです」
「トミタエです。まあ、ルローと呼ばれることの方が多いですね。そっちの方が呼びやすいと思います」
ソヒコさんは苦笑する。
「まあ、皆硬いね。俺は上下関係なんて気にしないし、寧ろ、トッププレイヤーを引きずり降ろしてやるってぐらいの気迫が欲しいね」
「ちょっと、私の自己紹介はまだだけど?」
「このぐらいの勢いは欲しいね。指導のやりがいもある」
敬語じゃなくてもいいと分かるや否や盛大な手のひら返しを始める皆さん。
「ふーん、キョウダイよ。よろしく」
「私はルローね。よろしく」
「先輩マジパナイっすわ!激アツだわー」
釣られてソヒコさんもその童顔に似合わないふてぶてしい顔つきになる。
「良いねぇ。ああ、君はエキベン、だったね」
「やっぱ、こうなんのか……」
仕切り直すようにソヒコさんが手を叩く。
「≪バレット・オブ・バレッツ≫――BoBはソロの遭遇戦であって、チーム戦ではない。しかし、この頭数を揃えたのは、BoB本戦に進む確率を増やすためだ。予選では何が起こるか分からないし、優勝候補筆頭と当たれば俺もどうなるかわからん」
ここでルローさんが手を挙げる。
「そもそも何でBoBに出るの?≪死銃≫って奴を探すのが目的なのに、さ」
「ああ、それなんだが、殺されているのは名だたるトッププレイヤーばかりで、接触するためには取り敢えず名を売ることが手っ取り早いと思ったからだ。もう一つ理由があって、BoBが生配信されていることを利用して、大会中に≪死銃≫が何かするかもしれないからだ。普通の奴は殺人を生配信しないさ人前に出ることもほとんどないだろう。だが、周知の通り、奴は普通じゃない。だからやりかねないんだよ」
「他人に自分の力を見せつけたいかまってちゃんだ、ってことか?GGO内じゃ、BoB本戦に出る事自体が一種の箔押しみたいなものだからBoBにも出れない雑魚プレイヤーとは思われたくないと奴が考えるなら、本戦に出てきてもおかしくはない」
「まあ、トッププレイヤーに本物の殺意を抱けるのはそいつらにギリギリで競り負けるぐらいの力は持っていないと、ね。普通の人はトッププレイヤーを見ても上手い、と思うだけだ。どこかで絶対に、あるいは多分、こうあることは出来ないと考えているからね」
「言われてみればそうだな」
ソヒコさんはここでもう一度仕切り直しのために手を叩く。
「千里の道も一歩から、って言葉もあるし、まずは装備を整えようか。ついてきて」
小学生のようなアバターを先頭に歩くGGOではかなり異色のアバターたち。
そのグループの後ろの方を歩く。
「私だけ自己紹介できてないじゃない……」
「いや、する必要なかったでしょ。リアルでも雇い主なのに」
「それはそうだけど……」
少し不満そうなイクスさんを宥めつつ窓から見上げた空は、やはり紫煙が燻っていた。
前書きに書いたような事を予想できた理由は、多分皆さんも薄々感じていることです。
詳しくは次回の前書きか後書きかに書きます。
ご指摘、感想等あればよろしくお願いします。
というわけで、拙著『東方鏡魔暦』もよろしくね。
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史上最強の俺たちになろう(ただの買い物)
夏に色々あって忙しくて……やっと東方のやつを更新して次はSAOを、と思った矢先にパソコンがぶっ壊れるというアクシデントに見舞われさらに遅れてしまいました。
windows10のタブレットPCすごく使いにくい。officeは使い物にならないわ、google chromeすら対応してないわでかなり不便。
今度PC買う機会があれば無難にデスクトップかノートにしようと思うレベル。
紫煙漂う宵闇の空の下、このGGOという硬派なゲームの中ではかなり珍しい部類に入るアバターが6人歩いていた。
すれ違う人たちの多くが――初心者だろうと玄人だろうと、二度見する程度には目立っていた。先頭を歩くのは不遜な態度の小学生と見紛う背丈の少年アバター。その後に二人のGGOではレアな部類に入る顔面偏差値の高い女性アバターが続き、身長2メートルほどと思われるハリウッドスターばりのイケメンを挟んで、また二人のこれまた整った顔立ちの女性アバターが列をなしている。
前二人、キョウダイとルローさんはかなり話し込んでいるが、俺たちは割と無言でこのゲームの最重要都市である≪SBCグロッケン≫の街並みを眺めている。
そのせいか、周りのアバターたちの会話が耳に届いてきた。
「おい、いつものアバター買取のおっさん、あまりの衝撃で動けてないぞ。商売のチャンスだろ」
その相方らしきアバターが真っ向から否定する。
「そら無理よ。厳しいこと言ってやんなって。アバターの転売で生計立てている奴のリアルなんてお察しだぜ? あんな数の女性アバターとしゃべれるもんか」
もう一人会話に参加してくる。
「それにあの構成見ろ。先頭の奴はまっすぐ迷わず歩いて時々後ろを振り返っているが、残りの奴らはnoob丸出しの歩き方だ。つまり、あのガキを中心としたパーティーかクランなんだよ。個人を引き留めるならまだしも、パーティー引き留めろってのは酷な話さ。経験者がいれば、商談の話にも乗らねぇよ」
そう言えばALOにもアバターの転売屋いたな、と思い返す。
チラリと見ると、最初に発言した男は何か言い足りなさそうに唸っている。
「しかし……」
沈黙に埋められた言葉は、しかし、確実にこの一帯のアバターたちに伝わったようで、みな「あぁ」とか「やはり……」とか言っている。
大丈夫。俺にもみんなが言わんとしていることはバッチリ分かった。さあ、答え合わせといこうじゃないか。
せーの。
「イケメンは死ね」
「リア充爆発しろ」
「中央俺と代われ」
表現に多少の差異はあるものの、本質がエキベンへの嫉妬であるならばそんなことは些末な問題だ。
俺たちは熱い結束感を感じながら視線を交わし、頷き合う。
エキベンが不意にこちらへ振り返る。
「なぁ、この辺冷えてない?」
あまり事情を察していないイクスさんが答える。
「さぁ、特に変わってないと思うけど? ALOもこんなものだったでしょう」
「そ、そうか? ……うーん」
不承不承といった感じでまた前方に向き直る。
見れば周囲より一際大きく、ネオンの眩しいコンクリート造りの武骨な建物が見えてきた。多くのプレイヤーたちが連れ立って吸い込まれていく様子は、土日の田舎のショッピングモールを想起させる。
今まではチラチラとこちらを見遣る程度だったソヒコさんが完全にこちらを向き、後ろへ歩きながら話し始める。
「まあ皆VRゲーム自体は初心者じゃないからわかると思うけど、あれがこの街で最も大きなガンショップだ。個人レベルの店は他の場所に色々あるけど、まず最低限必要なもので、ここで揃えた方が早いものはここで揃えておく」
完全にオープン状態のドアをくぐると、かなり天井が高く、奥行きも広い、開放感あふれる店内がお目見えした。
店はジャンルごとに分けられているようで、それぞれの店の前に様々なアイコンが並んでいる。
「まずは防具類だ。相当特殊なものでない限りレアリティを気にする必要はない……と言うより、シールドみたいな特殊なものはこんなところに売られていない。今から買うのは迷彩数種類と≪対光学銃防護フィールド発生器≫ぐらいだ」
オーソドックスなウッドランド迷彩、デザート迷彩や雪原用の迷彩などいくつかを購入する。もちろんバリバリの初期金額では賄えないから、GGOの特権たる≪通貨還元システム≫、もっと世間一般での呼称を使うって言えばRMT――リアルマネートレード、を生かしてイクスさんの本業である探偵事務所の経費から落としている。ルローさんは頑なに拒否して自腹だ。それだけの経済力があるので当然とも言える。
貰ってばかりでは悪いので働きで返さなければならない。それにしてもあの菊岡、キリトには金出すと言っていたのだから、うまく事が運べばこちらにも報酬を出させることも出来るかもしれない。
エキベンが迷彩類の支払いをしながら質問する。
「大会に出るだけなのに何でこんなに迷彩を買うんだ? フィールドの指定が無いってことか?」
「まぁそんなところだな。予選のフィールドはランダム。決勝はいくつものフィールドパターンを組み合わせた場所だ」
初心者にも優しい解説だ。しかし、想定される現実は生易しいものではない。こちらが迷彩を着けるように相手もまた迷彩を駆使するのだ。それも歴戦の猛者が。それを数日の練習だけで対応できるようになるのか、という疑問がついてまわる。
……とはいえ、現実は現実でも仮想現実ならばどうにかなるだろう。俺たちはVRゲームという観点からすればプロフェッショナルなのだから。
自分の中に湧出してくる不安を飲み下しつつ、ほかの店に歩いていく。
「さて、メインアームに入る前にまず別のモノを揃えよう。つまり、グレネードや罠の類だ」
そんな解説がなくても店の入り口に掲げられた巨大なグレネードの絵を見れば嫌でも理解する。
「まあ絶対に持つ必要はない。むき出しの状態でぶら下げていたやつに弾が当たって自滅することも珍しくない。だが、一応素人もいることだし、解説も兼ねて、ね?」
ソヒコさんは店の棚から典型的なグレネードを3個取り、ジャグリングを始める。
「君たちが≪グレネード≫と聞いてまず頭に思い浮かべるのはこれだろう。ピンを抜いて数秒後に爆発、そしてその破片によってダメージを与える。時間差で投げることも、投げ返すことも出来る」
その後、1個戻し、隣の棚から2個取る。
「これはセムテックス。普通のフラググレネードとの違いは転がるか粘着するかってところ」
お手玉を続けつつ、1個戻して2個、次の棚の商品を取る。
「これがスモークグレネード。要は煙幕。素人が使うと自分の場所まで見失うぜ?」
また1個戻し、2個取ることを繰り返す。
「これがフラッシュバン。閃光だけじゃなくて音が出るものもある」
≪閃光≫と言えばSAOにも有名なのがいたな。確かにボス戦の時の指示とかミーティングの時の発言とかはかなり鋭く、よく通る声だったと思う。
解説とお手玉はまだまだ続く。
「これは所謂火炎瓶。中々便利だな。森林マップを焼き払えるかどうか試したこともあったが、さすがに無理だった。草原はそこそこいけるぜ」
「無駄なチャレンジ精神ね」
「そりゃどうも。……お次はEMPグレネード。めんどくさい英語や仕組みのことを抜きにして言うと、機械系を一定時間ダウンさせる。俺たちは基本、さっきの店で買った≪対光学銃防護フィールド≫を装備しているから、レーザー使いの対人戦における切り札さ」
キョウダイがシニカルに笑いながら質問する。
「それ食らったら自慢のレーザー銃もお釈迦になるんでしょ?」
「その通り。だからプレイヤー相手に光学銃で突撃するのはバカか変態のすることさ」
そして次の棚へ。
「これはGGOで最もポピュラーなプラズマグレネードだ。火力は折り紙付き。まぁ、巻き込まれたら命はないと思え。最初に言った自滅が多いってのは大半がコレ。他のが少ないのは……単純に使用者が少ないからだろう。どうせ誘爆で死ぬなら火力の有るほうがいいだろう? イクス、その棚のやつ投げて」
「何個?」
嗜虐的に笑うイクスさんに、苛立ち気味に答える。
「見ればわかるだろう⁉ 1個だ、1個」
投げられたグレネードをリフティングし始める。もちろんジャグリングは途切れていない。
それにしてもコレ……。
全員の呆れるような視線を受けながらソヒコさんが解説する。
「各種グレネードのデカさにゃ色々あるが、最もイカレた風体の持ち主がコイツ。通称≪デカネード≫。正直実戦で見たことないけどな」
そう言ってソヒコさんはデカネードを元の棚に蹴り込み、残りのグレネード類のピンに指を1本1本通していく。
エキベンとイクスさんが一歩下がる。その様子を見て、手を振りながら、
「安心しな。そう簡単に抜けるほど柔じゃない。どうだい? イケてる結婚指輪みたいだろう?」
「中にダイヤが詰まっていたらね」
と肩を竦めるキョウダイ。
それに合わせてルローさんもコメントする。
「人生の墓場まで吹っ飛ばしてくれそうだねぇ」
そう言いながらもルローさんはいくつかプラズマグレネードを購入している。
「そんなこと言うから少子化問題が一向に解決されないんだよ」
「解決出来ると思っているならおめでたいわね。社会保障云々とかの問題よりも、もっと根本的な問題があるのよ。自由恋愛が大手を振って歩く社会で結婚して、且つ、子どもまで残せるのはあなたの今のアバターみたいな外見の持ち主ぐらいよ。そこから収入とかの社会的ステータスを見て、最後の審判を迎えるってわけ。現代社会で理想の相手と幸せな結婚生活を送ることへの道のりは天の国への道のりほどに狭いものなのよ」
「おいおい、オレ、もしかしてオレのリアル並みに超イケメンアバターになっちゃってる?」
「たぶん全然違うでしょうね」
イクスさんとエキベンも駄弁りながらそれに続く。
しかし、俺はそこまで乗る気にはなれなかった。
……あれはVRゲームが発売される以前の頃、つまり、人々が据え置きゲームや携帯ゲームを至高と考え、満喫していた頃、俺も例に漏れず世界的に有名なFPSゲームをやっていた。調子のいい時は無双できたが、負け始めるとひどかった。
丁寧に立ち回れば勝てる、しかし、素人的には所詮≪遊び≫だったので神経を張りつめさせてゲームをするということをあまり継続出来なかった。
それ故、歩兵だけの回線ゲームよりはもっと幅広い戦略の取れるゲームの方が好きだった。
さて、その時のグレネードキルを思い出してみよう。
うん。無駄に投げて居場所を知らせることが多かったと思う。旗取るやつとかはキルし易かったけど。つまり、相手の大体の位置がわかっていれば、有効なのだ。走りながらグレネード投げようとした矢先に相手と鉢合わせして、いっそコントローラー投げようとしたことも多々ある。
マップの決まっている試合でこれだ。オープンワールドに近いGGOで俺がグレネードを使いこなせるとは思えん。ゆえに不採用である。
思い出して悲しくなってきた。何で自分の画面ではバリバリ撃っているのに、相手のキルカメラだと全然撃って無いの? マジでこの現象が一番の謎。電波のピン全部立っていてラグってはないはずなのに……。
今や骨董品と成りかけている思い出の発掘を中断して、パーティーの後ろについていく。
「まだ店のもう半分にも商品はあるんだが、そいつらはグレネードランチャー専用の弾とか対空兵器の弾とかだから今買うべきものじゃないし、買っても使えない。そういうわけで次の買い物に移ろうじゃないか」
「それで、次は何を買うの?」
「ん? まぁ、君たちに馴染みのあるやつだね」
その言葉にはピンと来なかったが、店先のショーケースには確かになじみ深いものが鎮座していた。
キョウダイは獰猛な笑みを浮かべて、
「確かにナイフ系は必要だよね~」
店内では様々なタイプのナイフ類が並んでいる。
「この手のゲームでは伝統的にナイフの威力が高めに設定されてある。接近戦はもとより、投げたり、射出したりすることができるものもある。基本は弾切れの時や、リロード中に接近された場合などに仕方なく使うものだが、一部にはナイフをメインに戦う≪ナイファー≫と呼ばれる酔狂な連中もいる。しかし、基本的に銃の方が有利なのは揺るがない事実だから全員に銃を必ず一丁は装備してもらう」
「え~」
キョウダイが不満の声を上げる。
「≪ナイファー≫連中も予備のハンドガンぐらいは持っている。それに、レア武器がほしい奴がいたらモンスター狩りに行くことにしているからそっちの準備のためにも持っておけ」
「ん~、ALO最強のナイフ使いの腕を存分に発揮したかったけどね、そういうことなら仕方ないね。……じゃあ、このスぺツナズ・ナイフとサバイバルナイフ購入っと」
俺とキョウダイ以外の動きが止まる。
ソヒコさんが眉根を寄せて質問する。
「ALO最強? 聞いていないぞ、そんなこと」
ルローさんもそれに続く。
「大きな大会とか出たことないし、ねぇ」
残りの二人も何度か頷いている。
キョウダイはけろりと返す。
「まあ実際にALOの有名なナイフ使いたちとやりあったことはないけど、そこまで競争の激しい分野じゃないし、多分最強だと思うよ? SAO伝説のダガー使いともタイマン張って退けた人間だし」
「ぬかせ。どうせ、あの≪黒いの≫と今戦っても勝てるんだろう?」
キョウダイは買ったばかりのナイフを弄びながらただ肩を竦めるばかり。
どうやらこれ以上は質問に答えないようなので俺は店の奥へ商品を探しに行く。
一時は呆然としていた皆も、思い思いのナイフを探しに行き始めた。
かなり種類がある。
しかし、その中でも割と目立つものがあった。
「うわ、ポン刀あるじゃん」
思わず独り言が出た。その脇差程度の長さの刀の下には派手な装飾のついた軍刀もある。
そういう時代を意識したい人たちのためのものだろう。銃火器がようやく伝来してくる時代の代物だけど。
とはいえ、ALOどころかSAO時代からの刀ユーザーとしては、これを採用しない手はない。脇差と軍刀のどちらを選ぶかずいぶん悩んだが、ALOやSAOでは珍しかったので軍刀を採用した。
使い勝手が良ければALOでも誰かに作ってもらおう。
上に置いてあった脇差とは、修学旅行で小学生が買っちゃう無地の木刀と本格的に作り込まれた模造刀みたいな木刀ぐらいには値段の差があったので一瞬躊躇ったが、購入ボタンを叩き込んだ。
ウインドウを操作して装備する。武具は装備するまでが購入だ。
見目煌びやかな装飾を施された≪海軍制式軍刀≫は、おそらく現実的に考えると儀礼用のものをモデルにしているに違いない。
一兵卒に要求されるのはこの刀みたいな華美さよりは、向こうの脇差みたいな剛健さだろう。
しかしまあ、儀礼用のものが実戦に耐えられないということはあるまい。
鞘から抜き放つと、天井の白色灯の光を刀身が照り返す。
どうやらこいつもやる気十分らしい。それを確認すると、鞘にしまって、ほかの皆を探す。
そう遠くない位置に皆が固まって何かの商品を見ていた。
ルローさんに呼ばれたNPCがショーケースから短い筒のようなものを取り出す。何だあれ?
俺が近くに寄ると同時に、世界的SF映画をオマージュ……というよりパクったと言った方が正しく思えるほど、イメージと寸分違わぬ音がして、筒の先から一定の長さの光の棒が出現した。どうやらNPCに見せてもらっているらしい。まあ、ショーケースでこの持ち手の部分だけを見せられても、解説なしではサプレッサーか何かのようにしか見えない。
ルローさんが軽く口笛を吹く。
エキベンも感心したようで、何度も様々な角度から観察している。
ソヒコさんは肩を竦め、その様子を見てイクスさんは笑っている。
キョウダイは……視線をずらすと、購入ボタンに手を触れているのが見えた。早いわ。
景気の良い効果音がして、キョウダイが例の筒を持つ。
手元を操作すると、青みが掛かった紫の光で剣が形成された。慣れた様子で片手直剣ソードスキル≪バーチカル・スクエア≫を虚空に刻む。光剣だからか、けっこう残像が見える。
それを見て、ソヒコさんが感嘆の声を漏らす。
「意外と速いな。レンジが短い代わりに威力はアホみたいにあるらしいからな。使いこなせれば強いだろうよ」
「うおー、マジかっけー! 俺も買うわ、その≪カゲミツG4≫ってやつ」
意気揚々とウインドウを開いたエキベンの手が止まる。眼は見開かれ、唯でさえハリウッド調の白い肌は異様に青白くなった。喉の奥から絞り出したような声が漏れる。
「……何だこれ、たけぇ」
こんな状態でもイケメンボイスなのが腹立つけど、一応エキベンの横からそのウインドウを覗く。この2メートル近いアバターの後ろから覗き込むことなんて出来っこない。
「うへぇ……」
画面には今まで見た中では最高の金額が書かれてあった。さっきの脇差と軍刀ぐらいの差で悩んでいたのが馬鹿らしくなるほどだった。これを即決するキョウダイ……。一応他人の金ですよ?
俺の視線に気付いたキョウダイが軽く笑う。
「SAOの後半以降ってさ、あんまりお金の心配しなかったじゃん? それがALOにも引き継げたし……要するに金額を見る習慣が消え去っていたんだよね~」
「まあ確かにALOだったら俺も無視して買ってただろうな。でもこれリアルマネー絡んでるし、さ」
キョウダイが後頭部を掻きながら出資者たるイクスさんに頭を下げる。
しかし、イクスさんは些かも気を害していなかったようで逆に首を傾げている。
「んー? 確かに今まで見た中では高いけど、現実のお金で換算すると大した額じゃないと思うけど……ゼン君も欲しいなら買っちゃいなさい。……というより、遠慮されると居心地悪くなるから買いなさい」
エキベンは何度も頭を下げつつ購入する。早速取り出してキョウダイとチャンバラしている。店の中、つまり街の中なので、勿論ダメージが入ることはないが、エキベンは悲鳴をあげつつ後退している。ダメージはなくとも衝撃は伝わるからなぁ。
イクスさんの視線がルローさんに移る。
ルローさんは首を何度か横に振る。
「せっかく銃の世界に来たんだから、銃を大事にしたいよねぇ。出来ればレア武器ってやつを取りに行きたいかな」
次に、イクスさんの視線が俺の方に向く。
俺は腰の≪海軍制式軍刀≫を掲げて意思表示する。
「さっき買ったばかりのこいつに失礼だと思うからね。それより、イクスさんは? 買わないの?」
「私もルローみたいに銃を使っていきたいと思っています。別にレア武器じゃなくてもいい……というよりうちのメンバーで旅行に行った時に、コイツの提案で射撃場へ行ったことがあるから、あの時に撃ったやつがいいかな」
コイツ、とはソヒコさんのことらしい。そういう銃の選び方もあるのか……。
「ああいうのはここに入っているような店にも置いてあるよ。これで皆ナイフ類は準備出来たと思うからメインの方を買いに行こう。ルロー、レア武器取りに行くためにも武器が必要だからちゃんと選べよ。サブウエポンは3階だからその後だ」
「はーい、教官」
間延びした投げやりな返事が返ってくるが、気に留めるような者はいない。
エスカレーターで上の階に上がっても、景色的には変わり映えしなかった。
他の客の邪魔にならないように通路の端に集まる。
「このフロアには銃をメインに売っている店が多く入っている。一軒ずつ回っても良いが、欲しい武器が決まっている人がいるなら退屈するだろう。と言うわけでこれから一時間、自由に見てもらって、一時間後にそこのベンチに集合することにする。その前に大雑把な武器の種類と、その店がどの辺にあるのかだけ説明しよう」
そう言って、近くの案内板の方まで移動する。
地図の中央には赤い点と「現在地」という赤い文字が大きく書かれている。
その地図の北の方を指さし、
「この辺にあるのは所謂アサルトライフル。様々な距離に対応できるが、距離によっては他の武器の方が強いことも多い器用貧乏な武器だ。概して初心者向けと言える」
次いで地図の東側。
「この辺はサブマシンガン。有効射程距離は短いものの、近距離においては高い連射速度で圧倒できる。相手の懐にいかに突っ込めるかが重要だな」
逆に西側。
「反対側はライトマシンガン。まあ射程が長く、装填数も多いことはもう今更語らなくてもいいだろう。ただし、銃自身もそうだが、弾薬まで含めるとかなりの重量になる。移動速度にペナルティが付くかどうかは君たちの筋力値次第だ。それと、むやみやたらとばら撒いても、当たらなければ意味はない」
ソヒコさんの指は滑らかに地図の南の方へと流れてゆく。
「このあたりに置いてあるのはショットガン。ショットガンは使用する弾薬によって運用方法が大きく変わるものもあるが、基本的に射程が短く、近距離での遭遇戦に強い。特にノックバック効果が発生すると相手の行動を制限することが出来、一方的に倒すことも夢ではない」
そして最後に、現在地を示す赤い点の周辺をなぞる。
「その辺にショップが見えるから、言わなくてもわかるだろうが、スナイパーライフル関係はここだ。さて、このゲーム、≪弾道予測線≫なるシステムがあるのだが、スナイパーライフルをメインに担ぐと、射手の姿が見られない限り、初弾はその予測線が出現しない。そしてその火力はずば抜けて高く、ボディ2発、ヘッド1発が基本だ。関連スキルで威力を底上げしたり、対物ライフルを使ったりすると、ボディでもそうとう末端でさえなければ確定1発で倒せる。正に魔弾の射手ってやつだ。ただし、それ相応の立ち回りが求められるけどね」
「ところでソヒコは何を使っているのかしら」
「俺はスナイパーライフルだな。まあ実戦の機会がきたら見せることになるだろう。それでは各自自由行動とする。とりあえずエキベンは俺についてこい。多分一番の素人だろう?」
「うっす。お世話になります」
「私も付いて行っていいかな? さっき言った銃、私名前知らないから」
俺とキョウダイとルローさんは目配せをする。
「何か買いたいモノある?」
ルローさんの質問にそれぞれ答える。
「俺はゲームでお世話になっていたアサルトライフルを買いに行こうと思う」
「私はド定番のカラシニコフかな。アサルトライフル扱いでしょ、多分」
俺たちの回答を受けて少し考え込み、
「色々迷うから先に決まっているもの買って私の武器選びに付き合ってよ」
そういうわけで俺たちはアサルトライフル専門のショップに行き、さっさと買い物を済ませる。正直銃に関しては素人同然なのでゲームに出てくるぐらい有名なやつしかわからない。そして、有名なものは店の目立つところに置いてあるのですぐに買えるってわけ。
俺たち二人の買い物が5分と掛からずに終わったため、ルローさんの買い物に付き添うことにする。
ルローさんは何度か商品を手に取っては首を捻りつつ棚に戻すことを繰り返して店の中を歩いている。
「何かアサルトライフルって気分じゃないな……」
「んじゃあ、別の武器も見てみる?」
店を変えて先ほどと同じように歩き回る。
「何かこれ重いなぁ。私のステータス、脳筋アマゾネスみたいなのじゃないんだけど」
「これ軽すぎ……何か頼りない……」
「ん~これもイマイチ。特に外見とか」
俺たちも様々な武器を手に取ってみる。自分の武器を熟知することは当然だが、相手の武器の特徴も知らなければならない。ただ相手するだけよりも自分で使ってみた方が発見も多い。
時間ギリギリで、漸くお眼鏡に敵うものが見つかったらしい。
「これ! 良いね、買った!」
俺たちはその装備を見て呟く。
「コレ、ゲームで良い思い出ないんだよなぁ……強すぎて」
「強武器は正義、はっきりわかるんだね」
俺たちのネガティブな感想もどこ吹く風、ルローさんは鼻歌を歌いながらスキップしている。
「このゲームは勝ったもんが正義だからね。強武器を敬遠する厨二病は帰って、どうぞ」
待ち合わせ場所には、もう三人とも集まっていた。
「けっこうギリギリまで考えていたんだな。良いことだ」
ルローさんが頭を掻きながら対応する。
「そうは言ってもレア武器ドロップするまでの繋ぎなんですけどね」
その言葉にソヒコさんは鷹揚に頷く。
「君たちはもうフィールドを元気に走り回ることが出来る。しかし、サブの武器も持っておくべきだ。リロード中に襲われた時の対応、弾切れ時にはそれ一つで対応できるものを持たなければならない……たまに持たない人もいるが、持っておくことをお勧めする」
3階まで上がって各自好き勝手にハンドガンをチョイスする。
ここではそこまでの時間は掛からなかった。
待ち合わせ場所のベンチに俺たちが全員座ると、ソヒコさんは前に立って高らかに声を上げる。現在は座っている状態なのでソヒコさんのような小学生アバターでもギリギリ見上げる形になる。……エキベンは元の身長が高く、それに比例して座高も高いのでまだ見下ろす立場である。
しかし、見た目の小ささを微塵も感じさせないほど一挙手一投足に威厳が満ちている。
傲慢ささえ感じる自信に満ちた不敵な笑顔で、
「さあ、諸君。これから≪総督府≫でエントリーを済ませたら――」
公共のベンチとは思えないほどふんぞり返っている俺たちを代表してイクスさんが尋ねる。
「済ませたら?」
その小学生アバターは瞑目し、一呼吸置いた後、その本性と獣のような鋭い犬歯をを剥き出しにした。
そして大勢のアバターでごった返す通路の方に向き直り、
「狩りの時間だnoobども‼」
その言葉とともに俺たちは各々叫びながら立ち上がる。
背中越しでも感じる射貫くほどの殺気は、この少年アバターの力を知らしめるには十分すぎた。そのアバターに睨まれているプレイヤーたちの一部は本能的に後退ったが、大半のプレイヤーは動けてすらいない。
BoBはこんなプレイヤーがゴロゴロいるのだろうか……。
そう考えると≪死銃≫関係のことを抜きにしても、否応なく血が滾ってきた。
……ところでnoobってその辺のプレイヤーに言ってんのか俺たちに言っているのかよくわからないんだけど、そこんとこどうなの?
俺たちがこのゲームの初心者なのはれっきとした事実だけど、そう解釈すると雰囲気が台無しになるんだよなぁ。
まだ見ぬ敵を求めて、自然と腰に差した軍刀に手が伸びていた。
軍刀は沈黙を守り続けている。静かな闘志を燃やしながら。
東方よりSAOの方が競争緩いし、オリキャラに寛容なのでまあこっちの方がアクセス数多いのは自明かな、と。母数の数って大事だと思う。某大手小説投稿サイトで何か書きたいと思っても投稿しない原因の一つ。……この更新速度だし。
さて、最近買った某ゲームでピョンピョン撃ち合っていますが、まだこの作品では銃の名前すら出ていません。レア武器探しの回を一回挟んでBoBに入っていく予定です。
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