ポケットモンスターセピア (神谷佑都)
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帰ってきたカントー地方
ロケット団が解散して数年が経つ。大半の団員が捕縛されたが、幹部たちはいまだにその行方が分からないままだ。
そして首領であるサカキも、自分の組織を解散とした上で消息を絶った。
その発端になったとも言えるレッドやグリーン、そしてブルー、またカントーのジムリーダーたちは、その後もメキメキと力をつけていった。
捕縛だけは免れた団員たちは、今もなお組織復活を願って活動を続けている。そしてここにも、ロケット団再結成を願う者がいた。
「久々だな……帰ってきたのも」
カントーの港町。クチバシティに船で少年は到着した。この少年、名はセピア。歳は十四、五くらいに見える。
セピアは青色を基調とした服に身を包み、黒い髪を揺らしていた。セピアは元々カントーのトレーナーである。ある目的のためにこの地を離れ、再び戻ってきたところだ。
「まずはポケモンセンターだな」
セピアは足元にいるブラッキーに向かって呼びかけた。セピアが頼りにしている相棒である。悪の属性を持つポケモンだが、セピアに相当なついている。そもそもなついていなければブラッキーに進化など出来ないが、悪タイプであることを疑うほどだ。頭を撫でてやるとブラッキーは、一声鳴いて賛成した。
長い船旅は中々にハードだった。何処にいようと、休憩中に暇を持て余した船乗りたちが、ポケモン勝負を挑んできたのだ。暇を持て余すのはセピアも同じで、面白いと感じて戦いに投じた。
そうなると、疲労したポケモンを回復するため、まずはポケモンセンターに行く必要があるというわけだ。
セピアが持つポケモンは今のところ八匹いる。図鑑も持っていないので、必要以上にポケモンをゲットすることに、彼は興味を持ち合わせていない。
公式には、パソコン通信を使うことで、六匹以上のポケモンを管理するシステムであるが、セピアは自分の立場をよく理解している。他のトレーナーと同じシステムを使うわけにはいかないのだが、非公式のやり方なんてものはいくらでもあるものだ。
もちろん八匹だけなら常に全員連れていてもたいした不自由さはない。
だがあえて、彼は普通のトレーナーと同じように六匹までと遵守していた。ロケット団の首領であるサカキでさえそうだったのだから、自分がそれを破るわけにはいかなかった。
ブラッキーとその他手持ちの五匹のポケモンを回復させたあと、彼のやることは既に決まっていた。
「マチス、いるか?」
クチバシティのジムに来ることだ。入ってみれば、相変わらずといったほうがいいか。部屋中をあちこちで電気がバチバチと走っていた。
「ん? 誰だ、お前?」
電気のトラップなど、セピアはそのカラクリを熟知していた。難無くくぐり抜けると、マチスは電気ポケモンとの修業のまっさい中だった。
「酷いな。昔の仲間を忘れたのか?」
そう言ってセピアは、深く被った帽子を外した。そして、モンスターボールを下から投げる。すぐ近くに落下して再び出てきたのはブラッキーだ。
「このブラッキー……。まさか、じゃあお前……セピアか」
ブラッキーの特徴的な額の三日月。そこに、うっすらと残る傷跡を見付ける。マチスはそれを確認して、目の前の少年をようやく認識する。かつての仲間。同じ志を有していた戦友であると。
「正解。少し気付くのが遅いな。昔に比べたら鈍(にぶ)くなったんじゃないか?」
「は、その生意気なところは相変わらずだな。おかげで納得したぜ。おい、ちょっと奥にいるからな」
マチスはジムトレーナーたちに大声で伝えると、セピアを奥にある休憩室に招き入れた。
「で? 何の用だ?」
「話が早いのは有り難いね」
セピアとの関係を知らないジムトレーナーの手前、まるで昔の友人と久々に会ったようにマチスは振る舞った。
だが、部屋に入れば雰囲気が変わる。かつてロケット団の幹部だったプレッシャーは衰えていなかった。セピアの手にも僅かに汗が滲む。その激変したマチスの発する、突き刺さるような空気は、セピアにとって嬉しくもあり、また恐ろしくもあった。
「ボスが見付かったってわけでもないだろ」
マチスはまぁ座れと椅子を指差した。マチスが座るのを確認すると、セピアも腰かけながら答える。
「……そうだな。今だにあの人の行方は掴めない。けど俺は諦めないよ」
「なら何でお前が、今カントーにいるんだ?」
「……俺の目的は知ってるだろ?」
「……レッドか」
セピアの目的は二つあった。一つは、首領であるサカキを探し見付けること。行方知らずとなったサカキを見付け出し、再び首領の座についてもらい、ロケット団を結成するつもりだ。
そして二つ目は、レッドと戦い勝つことだ。サカキはレッドに負けたとされている。それがセピアにはどうにも信じられない。それを確かめる意味でも、レッドと戦う必要があるし、仮に本当だとすれば自分がレッドより強いことを。ロケット団が最強であると証明しなければいけなかった。
「カントーに戻ってると聞いたんだ」
「なるほど。それで俺に便って来たわけか」
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クチバジム
「ああ。頼む」
「やめとけ」
だが、マチスから言われた言葉は、セピアには信じられないものだった。
「何でだよ!」
吠えるようにセピアは問う。すぐ近くにいたブラッキーはびくっと反応した。問われたマチスは至って冷静だった。
「俺だって今だにボスが負けたってのは信じられない。だが、レッドの実力は知ってる。強さは本物だ。お前もそれなりに実力はあるがな。相手にならねぇよ」
「俺が負ける? あんたは知らないんだ。俺があの時から、どれだけ強くなったのかを」
「それを考えてもだ。俺にはお前が勝てるとは思えない。俺が敵の力量を見極める正確さは知ってるはずだ」
知ってる。それは確かに知っている。だが、幹部の頃のマチスはそうじゃなかったはずだ。敵の力量を測り、どんなに強大な敵であっても、退くことはしなかった。その強大な敵にどうやって勝つか、ギリギリまで模索していたはずだ。
「……失望したよ。あんた、それでもロケット団の幹部だったのか」
その言い分にはマチスも気が触れたようだ。
「変わらねぇな。相手が誰だろうが関係なく牙を見せるところは。まぁ、だからこそボスも拾ったんだろうが」
「今のあんたがボスを語るな!」
「口だけは一人前だな。……仕方ねぇ。教えてやるには条件がある」
「何だ?」
「俺に勝ったら教えてやる。せめてそれくらいは実力があることを証明しろ」
「上等だ」
絶好のチャンスだとセピアは思う。もともと手合わせはこっちから申し出るつもりだった。勝負をして情報を引き出せるのなら、一石二鳥だと考えた。つまり、負けるなどとセピアは考えていない。マチスも当然勝たせるつもりもなく、叩き潰すつもりだ。
いやそもそも、手合わせ自体条件としなくても、マチスも遅かれ早かれ提案はしていただろう。元ロケット団だろうが、トレーナーに変わりはない。目の前に実力があるトレーナーがいれば、勝負を仕掛けるものだ。マチスの闘志が失われていることなど、微塵もなかった。
「てっとり早く、一匹だけでやるぞ」
「ああ。かまわない」
ジムのフィールドに二人は位置付く。クチバジムのジムトレーナーたちが、観戦しようと周りに立っていた。
「あいつ、強いのか?」
「さぁ?」
何より気になるのはセピアの存在だろう。いきなりマチスと勝負するというのだから、子供の割に強いのかと興味の標的となった。だがセピアにとってはそんなことはどうでも良く、ただ勝つことだけに頭を集中させた。
「分かってると思うが、ポケモンはジムバッジ用じゃないからな」
「当たり前だ」
ジムリーダーは皆、ポケモンを使い分けて所持している。一つはジムバッジをかけて戦う場合だ。ジムリーダーはあくまで、訪問してきたトレーナーの実力を測るために本気は出さない。本気で戦えば、勝てるトレーナーなど、カントーに限定してみても一割もいるわけがない。
今この勝負はそんな試験的なものではない。ジムリーダーが一人のトレーナーとして、極限にまで育てあげたポケモンを使うとマチスは示した。
「そうだな。あと付け加えて言うなら、特別製の内の一匹だ」
「……!?」
ジムトレーナーたちは滅多に見れないマチスの本気を見れると騒ぎ出す。セピアはその中で、静かに思案していた。特別製の内の一匹ということは、マチスが言う特別製はまだ他にもいるということだ。しかし、特別製とマチスがわざわざ口にしたことが気になる。
「ボーっとすんな。俺はもうこいつと決めている」
「……!?」
マチスはハイパーボールを見せ付ける。そのボールにはくっきりと、「R」と記されていた。
「……っ。……ああ」
堪えられない嬉しさにセピアは笑みを浮かべる。普通のジムリーダーは実力を測る用と、実戦用と使い分ける。
だがマチスは違った。マチスはさらにその上に、いつかロケット団が再結成したときのために、切り札とも言えるポケモンを用意していた。
マチスもロケット団を再結成することは諦めていない。さらには、セピアを相手にその切り札を使うと言う。彼自身を認めているということに他ならない。
「行くぞ」
と、両者は同時にポケモンを繰り出した。
「俺がエレブーで、お前は……ニドキングか。俺も舐められたもんだな」
「あんたを凄いと思ってるからこそのこいつだ」
「分かってねぇな。そいつはお前の一番最初のポケモンだろ。言ってみれば手の内がバレてるってことだ。まぁそれだけじゃねぇが」
「やってみれば分かるさ」
セピアの持つニドキングは、かつてロケット団がまだ存在していた頃、サカキからもらったものだ。その時はまだ生まれたばかりのニドラン♂だったが、セピアは今の姿までに鍛えあげた。
確かにその成長ぶりには目を見張るものがあった。それ故にマチスの目にも留まっていたのだ。
覚えさせている技。パワー、スピード。何があの頃と変わっているのか。セピアの言葉から、マチスも気を引き締め直す。
遠慮はしねぇからな。マチスがそう確認したあと、掛け声が響き渡る。
「かみなりパンチ!」
素早い動きでエレブーは腕を振り上げた。
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VSエレブー
「受け止めろ」
セピアの指令に反応してニドキングは腕を伸ばし、軽々と受け止めた。通常であれば電気を帯びた拳であるが、地面タイプを有するニドキングには効果はない。
「片手で、あっさりと受け止めるか。パワーは上がったようだな」
「こんなもんじゃないぞ。ニドキング!」
ただそれだけの掛け声で、ニドキングは察する。受け止めたエレブーの腕をがっしりと両腕で掴む。そしてぐるぐると旋回し始めた。
「ちきゅうなげか!?」
ブンッと大きくエレブーを投げ飛ばす。随分と高く放り投げたものだが、エレブーは悠々と着地した。たいしてダメージにはなっていない。エレブーは余裕を見せるかのように、首をコキコキと鳴らしている。その様子にニドキングも嗤っていた。
「なるほどな。そこそこやれるようだ」
「舐めてかかると痛い目見るぞ」
「そいつは、俺が決めることだ」
エレブーが突然発光する。バチバチと電気を帯び始める。そのまま膨大なエネルギーがニドキングを襲った。
「何のつもりだ。10万ボルトなんてこいつには……」
そこまでマチスの指示を指摘したセピアだが、すぐに口を噤んだ。あまりに激しい電気量だ。実質は10万ボルトなんて電気圧を超えているだろう。その二倍はあるかもしれない。並のポケモンならこれだけで瀕死に陥ってしまう。
そんな攻撃が、ニドキングの眼前に着弾した。フィールドが破壊されたために湧き上がるのは視界を覆う砂埃だ。これはただの攻撃ではない。マチスは目隠し代わりに使ったのだ。
「ニドキング、後ろだ」
「!?」
バリっと電気が走る。それはエレブーの動きを辿っていた。一瞬のうちに背後を取られたニドキングは何とか身を捻る。繰り出される白い拳を避けるも、ニドキングは最大の危機を察知する。
「ばくれつパンチ!」
やばいと感じたのはセピアも同様だ。すぐにエレブーは次の拳を構えていた。こっちも近距離攻撃技で迎え撃つしかない。
(せめて相殺できるか……)
拳と拳がぶつかり合う。その脅威的な衝撃は、両者の攻撃力が如何程かを物語る。単純な攻撃力だけならニドキングのばくれつパンチに分がある。だがエレブーの拳は冷気を帯びていた。
両者は生じた衝撃により吹き飛ぶ。互いにすぐさま着地を済ませるが、その後の様子に違いが見られる。ぐるぐるっと腕を回すエレブー。まだまだ余裕であることが伺える。一方ニドキングは、放った右手を震わせていた。弱点である氷タイプの技、れいとうパンチの影響だろう。
「そんな技覚えてたとはな」
「だから言ったんだよ。舐められたもんだってよ。俺を誰だと思ってやがる。電気タイプ専門だぜ。地面タイプを出しさえばすればオーケーと思われてたんじゃ心外ってもんだ」
「確かにそいつはやっかいだが、要は近づきさえしなきゃいいんだろ?」
「そいつぁ、どういう意味だ?」
「ニドキング!!」
ニドキングはにやりと笑みを浮かべると力強く地面を踏みつける。地面タイプの中でもトップクラスの威力を誇る「地震」である。ニドキングを中心に衝撃波が巻き起こる。当然ながらエレブーにとっては弱点となるだろう。
「そいつは当然の選択だな。だがお前にも同じことが言えるぜ。要は、当たらなきゃいいんだろ?」
エレブーはタイミングを見計らって跳んだ。どんな威力ある攻撃も当らなければ大したことはない。
が、それこそがセピアの狙いである。
「跳んだな?」
「なにっ!?」
空中で身動きの取れないエレブー目掛けてニドキングは腕を伸ばした。弱点であるはずの氷タイプの技だが、ニドキングは頭がよく、覚えられる技は多種類存在する。冷凍ビームも例外ではない。
「エレブー! 10万ボルト!」
空中では身動きが取れない。エレブーは得意の10万ボルトを放出した。撃ち出された氷のレーザーは相殺に持ち込まれる。だが、威力を収縮された氷の光はそれだけでは消滅しない。削られはしたものの、攻撃自体はエレブーに命中した。
ダンッと重く着地するエレブーは腹を摩(さす)り、吠えるように声を荒げた。己を鼓舞する姿は、二足歩行とはいえ、やはり獣のそれを連想させる。そしてそれはニドキングも同様であった。打ち合い、多少白いままの拳を握り直す。鋭い眼光がよりいっそう鋭利なものとなた。
「ま、準備運動はこんなものでいいだろ」
軽く提案するマチスに、セピアも返す。
「……そうだな。そろそろ本気でいくか」
繰り出される攻防は一瞬で入れ変わるものだった。それこそ、互いに並の育て方では、既に決着がついてもおかしくないはずだった。そんな戦いを、準備運動だと言う。観戦するジムのトレーナーたちは、両者の戦いぶりを喝采した。
「す、すげぇバトルだ」
「さすがはマチスさんだが、相手の子供もすげぇぞ」
「まだ上があるってのか」
盛り上がりを見せる観客ではあったが、二人にはそんなもの見えていない。いや、下手すれば聞こえていないのかもしれない。マチスの眼はもう、かつての後輩に対するものではなくなっていた。レッドやグリーン、ロケット団に仇なす敵に向けていたであろう眼と同じだった。その、殺意にも似た敵意を感じ取るセピアも、気が抜けないと帽子を被り直し、身を引き締めた。
バチバチと再びエレブーは電光を帯びる。10万ボルトを放つのかと一瞬身構えるニドキングだが、そうではなかった。
「先に言っとくぜ。俺のエレブーはなぁ。接近戦が得意なんだよ」
「いきなり何を……っ!?」
マチスの突然の宣言。その意味を、セピアはすぐに理解する。光り続けるエレブーは、物凄いスピードで接近してきた。先程のような小細工を弄することもない。ただ単に突っ込んできただけのはずが、より難解な状況となる。
「くっ……、ニドキング! 一旦離れろ」
「おせぇよ!」
そのままエレブーは拳を繰り出す。凄まじい速さの拳の振りに、ニドキングも簡単に受け止めることは適わない。とっさに後退しながら首を動かす。うまく避わすものの、エレブーの拳はすぐに次がきていた。拳の応酬である。れんぞくパンチにも似た高速の弾幕は、ニドキングの動きを封じこめていた。
「ちっ……」
苦々しく舌を打つセピア。まともに喰らいはしないものの、徐々にニドキングの動きは制圧され始めている。
「みきりだ!」
ガシッとニドキングはエレブーの拳を掴み取る。押されていたのが嘘であるかのような順応ぶりである。
「なかなかやるな。だがそこからどうする? また投げ飛ばすか?」
「いいや。今度は逃がさねえ」
吠えるようにニドキングが口を開く。マチスはすぐに察知した。
「エレブー!」
歴戦のあるエレブー自身も気付いただろう。ニドキングが既に、攻撃の態勢に入っていることを。そして、僅かにニドキングが熱を帯びていることを。
エレブーは回避するため腕を引くが、セピアの言葉通りニドキングが、がっしりと掴んだまま離さない。空いたもう一方の腕で拳をお見舞いしようと振るうが、当然ニドキングもそれを受け止める。
「だいもんじ!?」
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VSエレブーⅡ
炎技の中でも威力が高いだいもんじ。それをマチスのエレブーは、近距離でまともに受けたのだ。無事で済むはずがない。展開された豪炎は弾け飛んだ。凄まじい爆発とともに、視界を覆った。すぐにニドキングは姿を見せる。主人であるセピアに自分が無事だと示したのだろう。
だが、肝心のエレブーはなかなか姿を見せない。この一撃で戦闘不能になったというのか。セピアの甘い思惑は、マチスの表情によりすぐに打ち消される。むしろここからだと言ったところか。
少し視界が開けると、自ずとエレブーは姿を現す。だが、どうしたことか。エレブーは膜に覆われていた。
「そういうことか」
「決着にはまだ早いだろ?」
セピアは合点がいった。いくら耐久力があったとしても、電気タイプのエレブーが、「だいもんじ」を零距離で受けて、ただですむ筈がない。
とっさにエレブーは、「ひかりのかべ」を張ったのだろう。特殊系の技の威力を半減させる防御技である。エレブーの焼け焦げた様子から、ダメージは確かにある。 だが、そんなものはお構いなしに突っ込んできた。
「いきなり殺りにきたか!」
「お前のニドキングは特殊技、というよりは遠距離戦に精通しているようだからな。こっちの得意分野に持ち込ませてもらうぜ」
マチスは実に冷静だった。セピアのニドキングは、確かに特殊技の方が多く記憶している。だが……。
「ニドキング、どくばり!」
突進してくるエレブーに向かって、ニドキングは頭の角で向かい打つ。
「そんな大振りな技が当たると思うな!」
カウンターの要領で、ニドキングは角を突き付ける。だが、エレブーの体が電気を帯びると、捉えていたはずの射程内から、エレブーは消え失せた。僅かな、最小限の動きで毒の角を避わし、エレブーが逆にカウンターに持ち込んだ。
まともにエレブーの拳を受けると、その凄まじい威力からか、ニドキングの体は吹き飛ばされてしまう。ダンッとフィールドを踏み締め、ニドキングは負けじと勢いを殺した。
見ればニドキングの顔には、焼け焦げた痕がある。この攻撃は……。セピアが思案したものの、マチスがあっさりと手の内を明かした。
「さっきのだいもんじのお返しってところか。かみなりパンチに比べれば、さすがに聞いたんじゃねえのか。 この「ほのおのパンチ」は」
マチスの自信に呼応してか、エレブーはニドキングに見せ付けるようにして拳に炎を宿す。そして、もう一方の拳には電気を帯び始める。その後、電気を消したかと思うと、次は冷気を込めた。
言葉では語らずとも、その態様が全てを物語る。マチスのエレブーは、三種の拳を使いこなすインファイターであると。
しかしだからと言って、引く理由にはならない。相手は確かに強敵である。そんなことは最初(はな)から分かっている。
「やれるか、ニドキング」
念の為、直接戦闘するであろうニドキングに意志を確認した。
するとニドキングは、口からベッと何かを勢い良く吐き出す。先程の一撃で口を切ったようで、口内に溜まった血を捨てたのだ。そしてニドキングは、自らの拳を打ち合わせて吠えた。まだまだやれるとの意思表示である。そしてもう一つ。
「お前に似たのか。その生意気なところは」
「さぁな。だが、俺のニドキングはこうなったら強いぞ」
マチスが尋ねたのも無理はない。エレブーの得意な間合いは近距離だ。これはもう既に明白である。だが、ニドキングはそれにあえて挑もうという。敵の得意な領域にあえて合わせると意思を示したのだ。
エレブーは当然ながら迎え撃つつもりだ。敵の思い上がりともとれる態度に、エレブーはより一層敵意を剥き出す。バチバチと電気を生み出し、すぐさまニドキングに放った。
「くるぞ!」
先程と同じ。10万ボルトを飛来させ、視界を隠す。セピアに警戒しろと言われ、ニドキングは目を細める。見切りの態勢である。
再び背後に回る可能性もあったが、今度は何の事は無い。煙幕の中、突如拳が飛び出してきた。ニドキングは冷静に避わしてみせる。そのまま伸びた腕を掴み取ろうとするが、ニドキングの死角から次の一手が襲い掛かる。
直前で気付いたおかげで、ニドキングは再び避ける。が、避わした態勢のところへまたもや拳が飛んで来た。
「相手のペースに乗るな! 一旦離れろ
!」
セピアの判断は概ね正しい。だが、エレブーのスピードは、最早さっきまでとは段違いだった。単純なスピードはもちろんであるが、エレブーはフェイントを織り交ぜてきた。
速攻性のあるかみなりパンチ、かと思いきや威力重視のほのおのパンチ、さらには相手の動きを鈍らせるれいとうパンチが、同時にニドキングを襲う。
特にれいとうパンチには注意を向けざるを得ないニドキングは、それを囮にされてほのおのパンチを打ち込まれる。
ニドキングは臆することなく、怯むことなく迎え打つ。しかしニドキングの腕の振りはエレブーには届かない。明らかにエレブーが圧倒していた。
拳の弾幕のなか、ニドキングはよく凌いでいたものだ。だがそれも徐々に崩された今、ぐらりと怯んだ隙を生じてしまう。
「一気に決めてやれ。れいとうパンチだ」
やはり無理がある。観戦しているジムトレーナーたちがそう感じた頃、ニドキングはようやく動く。何のことはない。最初から、ニドキングの狙いは此処にあったのだ。
「カウンター!」
セピアの鋭い一声が響く。比較的大きく振りかぶる、決め手の一撃。エレブーの、渾身の冷気を込めた拳に合わせ、ニドキングの拳が交錯する。敵のスピードをも利用した反撃技は、有無を言わせず敵を戦闘不能に陥らせる。
はずだった。
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VSエレブーⅢ
寸前まで、エレブーは腕を振り抜いていたのは間違いない。だからこその好機、だからこその反撃だった。
「お前らの狙いくらいは読めてたぜ」
しかし、結果は無残にも不発に終わってしまう。振り抜いたと見せ掛け、エレブーはその実、最大のフェイントを仕掛けたのだ。最大の好機こそ、最大のピンチとはよく言ったものだ。結果、隙を生じさせたのはニドキングの方だった。今度こそ、エレブーは最大の攻撃技に入る。
「いけ、れいとうパンチだ!」
マチスの指令に従い、エレブーは拳に力を込めた。凄まじい拳の振りに、ニドキングは身を捻るが間に合わない。顎に打ち込まれたニドキングは宙を舞い、着地もままならず地を転がった。すぐさま足で地に立とうとするが、わずかにグラついていた。打ち所が悪かったのもあるが、受けた技が悪すぎる。
「まともに喰らっちまったな。ギブアップするか?」
「まさか。こっからだろ」
セピアの強気な発言に呼応するように、ニドキングは自身を奮い立たせる。たった一撃でへばるわけがないと、戦闘本能を剥き出しに吠える。
吹っ飛ばされたというのに、ニドキングはすぐさま走り出す。まだ負けを認めていないのか。接近戦に持ち込むつもりだ。
「その蛮勇さは認めるが、あまり過ぎると無謀とも取れるぞ」
「違うな。勝ち筋を見てるからこそだ」
大きく足を踏み出し、ニドキングは駆ける。氷の技を受けた影響は確かにあるようで、僅かに動きが鈍い。その隙をマチスのエレブーが見逃すはずがない。一気に決める為、エレブーも同様に電光を発して距離を詰めた。
「カウンターに気をつけろ」
当然の警戒である。見破った技とはいえ、いつ再び狙われるか分からない。しかし逆に言えば、その逆転の目さえ潰せば、近距離戦においてエレブーが遅れを取るはずがなかった。
「10万ボルト!」
「何だとっ!?」
ニドキングが電光を発した。向かいながら充電を済ませ、目の前のエレブー目掛けて撃ち出す。電気タイプのエレブーに電気技は効かない。いやむしろ、パワーを与えてしまうだけだ。
「電気なんか効かねぇぞ」
「分かってるさ、そんなことは」
「ちっ……」
察したマチスが舌を打つ。それとほぼ同時、エレブーの真下のフィールドに着弾させる。何のことはない。エレブーが弄した策をニドキングも真似しただけだ。
「今度はこっちから仕掛けさせてもらう」
「残念だがそりゃ無理だ」
視界を覆われたフィールドに、ニドキングが隠れてしまう。エレブーに視認は出来ないはずだが、獣と変わらぬ眼光が揺らぐ影を捉えた。
「インファイターとして鍛えたエレブーだ。砂埃の僅かな動きだけでも、ニドキングの居場所なんてすぐに分かるんだよ」
「……」
右三十五度。エレブーは砂埃に紛れたニドキングを狙い、氷の拳を振りかぶる。殴った感触。唸る声。砂埃から衝撃に押されて飛び出したのは、間違いなくニドキングだ。
「……!?」
いや、違う。ニドキングの姿はボンッと音を立て、怪獣の縫いぐるみへと変貌した。
「身代わりかっ!」
「こいつだってな。近距離戦やれるんだぜ」
砂埃が晴れた頃、エレブーの後方から、本物のニドキングが姿を見せる。一瞬気付くのが遅れたエレブーに、強烈な尾を叩きつける。鉄と同等に硬化させるアイアンテールだ。
不意打ちに近い状況で、まともに打ちのめされたエレブーは地に倒れてしまう。すかさずニドキングは飛び上がる。エレブー相手には最大の攻撃技となりえるだろう。落下するスピードを利用し、エレブーの元へと踏みしめる足に力を込める。
「くそっ!」
「地震だ!」
相性最悪の攻撃技。衝撃だけでも致命傷となる攻撃を、エレブーは直接ニドキングに踏み付けられた。無残にも両手両足を投げ出すエレブーを中心に、地が割れる。凄まじい地割れが、ニドキングの地面タイプとしての底力を見せた。
割れた地に、改めて足をつくニドキング。動かなくなったエレブーをただ見下ろした。勝負を決し、自分と競り合った敗者をただ見つめていた。
「離れろニドキング!」
セピアの鋭い一声に反応するが、行動に移す頃には遅かった。赤く怒りに満ちた視線でニドキングを射抜くと同時に、エレブーはまさかの反撃を見せる。ニドキングの足を掴んでバランスを奪う。その隙にエレブーは態勢を立て直す。一瞬の内に優勢は覆され、膝を付くニドキングに対して、逆に見下ろす形でエレブーが拳を振るう。
冷気を込めた拳を、ニドキングは不利な状態でも、辛うじて見切る。が、エレブーはもう一方で紅蓮の拳を打ち込んだ。
地を転げるニドキング。これで何発の拳を受けたのか。しかし、ニドキングはその負けん気で再び立ち上がった。
「なんてタフさだ」
ニドキングにも言えるだろうが、地震を直接喰らったエレブーはやはり異常だった。
「ただタフなだけだったらさすがに立てねぇよ。咄嗟にこらえてなきゃ今のでやられてたぜ」
「……!?」
得意気なマチスの言葉に、セピアはなるほどと合点がいったようだ。ニドキングに踏みつけられた時、回避も間に合わなかったエレブーは、あの一瞬こらえる技で攻撃を受け切ったのか。
驚くべき判断力と実行力には恐れ入るが、むしろセピアは頬を緩ませる。。何も無効化されたわけじゃない。確実にエレブーにもダメージを与えている。いくらやっても倒れないよりかは、勝ち筋が見えてきたと感じたようだ。
「笑うにはまだ早いぜ。もうさっきみたいな騙し討ちが通じると思うなよ」
「なっ……!?」
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VSエレブーⅣ
セピアが驚くのも無理はない。怒りに燃えるエレブーの姿が揺らいだ。その歪みは大きくなってゆく。そして、エレブーは二つに分かれた。
「こいつは……」
努めて冷静になる。見慣れた技の筈だが、まさかエレブーが覚えるものとは思わなかった。
かげぶんしん。自身の分身を作り出し、相手を惑わす技だ。セピアもこの技には精通している。ある程度の対処は出来る。だが問題は、インファイターのエレブーが用いてしまったことだ。
「こいつのとっておきだ。この技を出させたことは褒めてやる。だがここまでだ」
「ちっ……」
セピアが想定する最悪の事態。近距離戦を得意とするエレブーは、当然ながらニドキングの元へと距離を縮めた。二匹のエレブーともに電光を発する。だが、構えは全く違っていた。
どっちが本物だ。見た目は一緒だ。判別など出来るわけがない。迷う間に、エレブーたちはもう迫っていた。
「右だニドキング」
見分けることなんか出来ない。何もせず、ただ敵の攻撃を待つくらいなら、こっちから仕掛ける方が良い。セピアは咄嗟の勘で指示を出した。セピアの命に従い、ニドキングは右にいるエレブー目掛けてれいとうビームを撃ち込む。
「残念だったな」
氷のエネルギーが圧縮された光線は、エレブーをかき消して、フィールドの外へと飛んでゆく。外れた。こいつは偽物だ。ならば本物は、今目の前に迫るこいつか。
腕を伸ばしたままの、攻撃を終えたニドキングの視界には、拳を振り上げるエレブーが迫る。
「みきりだ!」
ニドキングより速い相手が、既に攻撃態勢に入っている。咄嗟に、守りに徹するしかない。迅速な判断ではあるが、ニドキングがエレブーの腕を受け止めたその時、エレブーの姿は再び、二つに分かれることとなる。受け止めたエレブーの姿は消え失せ、ニドキングの脇から本物のエレブーが拳を撃ち込む。致命傷を狙う氷の拳だ。
見切りの体勢に入っていたことが功を為し、ニドキングは辛うじてダメージを抑える。まずい状況ではあるが、まだ負けたわけじゃない。すぐさま体勢を立て直す。
「……!?」
だが反撃の意思を秘めたニドキングの目には、三体のエレブーを留める。
「くそっ!?」
「今度は三体だ。どんどん行くぜ」
雷、炎、氷の拳をそれぞれのエレブーが繰り出す。タイプが違う分、対処は各々変わってくる。本物はどれか一体であるが、判別は難しい上に、そんな暇はない。見切りを繰り返し、ギリギリのところで耐える。この戦いの中で、ニドキングはエレブーのスピード、動きに慣れ始めていたのが幸いした。しかし、守りに徹しているせいでニドキングは攻撃に移れない。
「思ったより耐えるな。じゃあ、こいつはどうだ?」
エレブーはさらに分身を増やす。合計五体のエレブーが、ニドキングの周囲を囲む。みきりで対処するのも限界だった。
「此処にきて、とんでもない隠し玉だな」
「前にお前にも教えてやったはずだ。奥の手は最後まで見せるな」
「見せるのは、敵を確実に仕留める時だけだ、か。よぉく知ってるよ」
マチスの言葉に合わせて、セピアも呟く。聞き飽きたと言わんばかりに、セピアは頬を緩ませた。
周りを取り囲むエレブーが、一斉にニドキングに襲いかかる。右、左、背後、前方に二体、バチバチと弾けながら接近した時、セピアは此処ぞとばかりに指示を出す。
「じしんだ!」
事前に分かっていたかのように、ニドキングはセピアの声に迅速に反応した。絶望の差中、眼を見開いて地を踏み締める足に力を込める。
地を走る、分身を含めたエレブーはその衝撃に足を取られる。
「今更遅ぇよ!」
マチスの咆哮の通り、エレブーが怯んだのはほんの一瞬である。分身も消えてはいなかった。
「フルパワーだぁ!」
ニドキングは吠えると同時に、エネルギーを放出する。浮かせた片足を思いっきり踏み締めた。耳を塞ぐくらいの大きな音が弾ける。トレーナーまでもが足を取られ、転倒する程に衝撃が起こる。そして、ニドキングを中心に、フィールドの地面がうねりを上げて大きく割れる。中心が沈み、外の地面が蕾のように持ち上がった。
「何だとっ!」
ジムのフィールドは壊滅し、元々地面技に弱いエレブーの分身は、割れた地盤により消え失せる。エレブー本体は、まだ戦闘を続行出来る状態だ。一方ニドキングは、せり上がった地面の死角に隠れたようだ。
「エレブー。まだ生きてるはずだ。探せ」
了承したエレブーは、大きな地盤の上に乗ってニドキングを上から探す。バチバチと電光を発し、見つけ次第攻撃を仕掛けるだろう。
セピアはその様子をぐっと見守る。このままエレブーの隙を突く為、ニドキングが先に見つかる事態は避けなければならない。素早い動きで探索する間、妙に静かな時間が流れる。長く思われた時間であるが、その終わりは実にあっさりと訪れた。
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VSエレブーⅤ
「……!?」
電光が弾けるエレブーはスピードが上がっていた。当然、視線の動き、探索のスピードも格段に上がる。上から見下ろしたエレブーの眼には、地盤の影に隠れ、様子を探るニドキングの姿がいた。
「やばい。その場を離れろ!」
「せっかくの奇策も無駄だったな!」
飛ぶように、エレブーはニドキングの元へと駆ける。セピアの声も虚しく、ニドキングが反応して見上げる頃には、寸前にエレブーが迫っていた。尾を振り回したニドキングを掻い潜り、エレブーの会心の一撃がニドキングの脇腹に刺さる。
鋭い拳を撃ち抜かれ、ニドキングはあまりの衝撃に身体を曲げる。冷気を込めたパンチは、パキパキとニドキングの身体を蝕んでいた。まともに、急所を射抜いた一撃。吹き飛ぶニドキング。勝負は決した。誰もが、マチスさえもが思った時、セピアは口角を吊り上げる。
「……!?」
僅かに空を舞い、地を転ぶニドキングは、煙を上げて縫いぐるみへと変貌した。
「しまっ……」
拳を振り抜いたエレブーの元に、衝撃が響く。上からでも、背後からでもなく。地面の中から飛び出た勢いのまま、ニドキングの拳がエレブーの顎を撃ち抜いた。
大きくエレブーが浮き上がると、割れて沈む地盤の上にどさっと打ち付けられた。震える腕で、エレブーは底力を見せる。両腕で支え、片膝で立つ。獣のような唸り声を上げて、これでもまだ立ち上がる。
目の前には、せり上がった地盤に手をつくニドキングだ。互いにもう体力はない。あとはもう最後の力を振り絞るのみである。
「ここまでやるとは正直驚かされた。だがここまでだ」
「バカ言うな。俺が勝つ」
奇しくも、エレブーとニドキングは一直線上に位置していた。ちょうど、地盤が左右を阻む。それでも、エレブーが三体並べる程に幅には余裕があった。
「どう考えてもこれが最後だ。まだ奥の手があるなら今の内に出すんだな」
「言われなくても」
エレブーが電撃を帯びる。最後の攻撃の為か、此処で、より激しい電圧となる。さらには、そのまま三体に分裂した。もはやマチスに隠すつもりはない。全身全霊を持って叩き潰すつもりだ。
「行くぜ」
「ああ」
疲弊しているのはどちらも同じ。最後の力を振り絞り、エレブーとニドキング、両者は駆ける。
三体のエレブー。分身には違いないが、ほぼ同時に攻撃を仕掛けるつもりだ。それぞれが、電気、炎、氷を拳に纏って構える。バチバチと、体全体を覆う電気は激しさを増してゆく。その電光は何処までも輝き、やがてエレブーの体を呑み込んでいた。
「まさか……」
あまりにも激しい発光だ。エレブーの輪郭さえも消え失せる。白く輝く光はニドキングの眼を封じた。
明るい光で命中率を下げるフラッシュ。だがこれほどの眩しさとなれば、攻撃を当てるどころか、眼を開けることすら不可能となる。
ニドキングは眼を瞑り足を止めてしまう。だがその間にも、エレブーは間合いを詰める。
「止まるなニドキング。走れ!」
同じく眩しさに目をやられたセピアは、辛うじて片目を開けて指示を出す。間近に光を浴びるニドキングはとてもじゃないが、眼を開けられない。どうするというのか。一瞬、セピアの言葉に疑問を持ったニドキングではあるが、すぐに足を動かす。今までも、セピアの起点で勝利してきたではないか。今更、何を疑うというのか。
視界が真っ白であるのに、恐怖はないのか。ニドキングは普段と遜色ない走力を見せる。そして、エレブーとの激突の瞬間だ。
「メガホーン!」
虫タイプ最強の技。いや、角を用いた最強の技だ。分身がいようが関係ない。ニドキングの突進は、丸ごと貫く。
「残念だったな。ハズレだ」
エレブーは三体ともかき消える。本物は高くジャンプしていた。恐らく、フラッシュを行ったと同時に、跳び上がったのだろう。眼が見えていたならいざ知らず、視界を封じられたニドキングには、エレブーの位置が把握出来ない。
「もらった!」
「いや、もう一回。メガホーン!」
眼を瞑ったままのニドキングに、セピアは技の指令を出す。先程とは状況が違う。エレブーの位置を把握することは出来ない筈だ。
しかし、ニドキングは頭上に浮かぶエレブーへと顔を向けた。適当か、勘で当てたのか。いずれにせよ、ニドキングはエレブーの位置を正確に捉える。
「くそっ! エレブー!」
地に着かせたらエレブーは再び自由となる。それまでに決着を付けなければならない。ニドキングは、エレブーに向かって最大の角技、メガホーンを繰り出した。
空中にいるエレブーには何も出来ない。影分身も出せず、まともに出せる10万ボルトも、ニドキングには無意味だった。それでも何もしないわけにいかない。不安定な態勢であっても氷の拳を振りかぶる。だがそれは、悪あがきでしかなかった。
「っ……」
ニドキングの突進は宙にいるエレブーに命中した。凄まじい突進技により、地を蹴ったニドキングも、エレブーも転倒した。余程ギリギリの状態だったのだろう。呼吸を荒くして、何とかニドキングは立ち上がる。エレブーはといえば、そのまま起き上がることはなかった。
勝負はついに決した。ニドキングの、セピアの勝ちだ。
静まり返る空気から一転、フィールドは喝采に包まれる。
「勝者、セピア!」
「う、おおぉぉぉ!」
「す、すげェぞあの子供。マチスさんに勝ちやがった」
「まさかマチスさんが……」
まさかジムリーダーが負けるとは信じられない者もいるようだ。しかし、最後まで誰もが賞賛出来る猛攻だったのは確かであった。
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VSエレブーⅥ
「ち、負けたか」
特別製のモンスターボールにエレブーを帰らせると、マチスはガシガシと自分の頭を掻いた。
「やったな」
セピアは嬉しそうに、ニドキングの元へと駆ける。今にも倒れそうになっているニドキングと、拳を合わせた。ポケモンに賞賛を送ると、モンスターボールにセピアも戻す。ポケモンセンターにすぐに行かないまでも、ボールの中の方が幾分か休まるだろう。割れた地盤に注意しつつ、フィールドにいるセピアの元に、マチスも近付いた。
「おいお前ら。少し静かにしろ」
マチスと互角以上に戦い抜いたセピアの存在に、ジムトレーナーたちは興奮を抑えられない。何とかマチスの一言で抑えたが、依然と熱気は残っている。
「おいセピア。何で最後、エレブーの位置が分かったんだ?」
マチスとしては当然の疑問だ。本来なら眼を瞑っていたニドキングには、エレブーの位置が分からずに敗北していたはずだ。セピアは分からないでいるマチスに対して、得意気に答える。
「音だよ。ニドキングはニドランの時から耳が良いからな。それで察知したんだよ」
「音だと? だがあの時エレブーは宙にいただけだ。音なんてものは……」
そこでマチスは言葉を噤んだ。皆まで言わずとも概ね理解したのだろう。
「そう。電気タイプのエレブーは元々微弱な電気を発している。その電気の音を察知したんだよ」
「むしろ音を出せなかった状況だからこそ、微弱な電気を聞き取れたってわけか。へ、やってくれるぜ」
マチスは鼻の下を指で擦って、笑いを浮かべる。悔しい気持ちは確かにあるが、それと同等以上に、誇らしい気持ちに似たものがあったのも確かだった。
「んじゃ、約束通りレッドの居場所を教えてもらうぞ」
「あぁ、それな」
バトルは楽しめたが、セピアの本当の理由は此処にある。最初に言った通り、セピアはマチスに情報を求めた。嫌に出し惜しみするマチスは、漸く観念したのか口を開く。
「俺は知らねえ」
「……。ブラッキー、噛みつけ」
瞬時にボールからブラッキーを出すと、流れるように指示を出す。セピアの目が座っていることからも、マチスは本気だと感じたようで、慌てて弁解に入った。
「待て、待て。俺は確かに知らねえけど、居場所を知ってる奴なら知ってるぞ」
「……誰だ?」
「超能力者様だよ」
マチスは得意気に答える。片やセピアはなるほどといったところだ。言われてみればそうだ。マチスより彼女のほうが頼りになることは確かだ。
「お前、俺が頼りにならないって思ってんじゃないだろうな」
「……いや、そんなことないぞ」
少なくとも彼女の方が少しは、と思ったセピアが冷静を装って誤魔化す。
「まぁいい。行くなら早く行っちまえ。俺もエレブーを鍛え直さないといけないから忙しいんだ」
「マチス、ありがとな」
「何だ急に、相変わらず変な奴だな」
感謝の意図はこれだと絞れない。次の指針を示したことも、熱く戦えたことも、マチスがロケット団であることを忘れなかったことも。
「マチス。最後に一ついいか?」
「何だ?」
「キョウは、やっぱりか」
超能力者である彼女の話が出たこともあってか、セピアはもう一人の幹部だったキョウのことを尋ねた。セキチクシティジムリーダーでもある彼は、毒専門のエキスパートだ。
「ああ。相変わらず何処に行ったか分からずじまいだ。俺らは……。いや、奴は自分の街にも戻ってねぇみたいだし、ジムも別の奴が引き継ぐらしい」
危うく、俺らはボスに言われた通りにジムに戻ったが、と言いかけて止める。まだジムトレーナーたちがいる前なのだから軽はずみなことは言えない。
「そっか……」
「シャキッとしやがれ。そんなんじゃレッドに負けちまうぞ」
「そうだな。とりあえずヤマブキに行ってみる」
「ああ、行ってこい。と言いたいんだがな、セピア」
「今度は何だよ?」
「こいつの賠償はどうするつもりだ?」
「……え?」
親指でくいっと後ろを指すマチス。十中八九、破壊されたフィールドのことだろう。地盤が割れた状態では、もうバトルは出来そうになかった。
「え、お、俺のせいか?」
「てめぇがやったんだろうが。言っとくがめちゃくちゃたけーんだぞ。ジムの維持費やら修繕費やら。きっちり払ってもらうからな」
「……」
確かに公式なジム戦ではなかった。けど、まさか賠償を求められるとは思っていなかったセピアは、やばいと冷や汗をかく。しばし考えること数秒。
「悪いマチス」
「あ、てめこら」
大層な金は持ち合わせていないセピアは逃亡を図る。ブラッキーも一緒に駆け出した。
「おいお前ら、あいつを捕まえろ」
「ガッテンだ」
「サー、イエッサー」
各々了解と口にすると、十数人のジムトレーナーが一気に、セピアへと押し寄せた。
「うおおぉぉぉ!?」
「えぇ、嘘だろ。仕方ない。ブラッキー」
ブラッキーはこくっと頷くと、ヒュバッと華麗に振り向いた。そして、体の黄色い部分が光り出した。その光はどんどん大きくなり、セピアとブラッキーの体を覆い尽くす。
あまりの発光にマチスたちは目を開けていられなかった。エレブーがやったのと同じフラッシュである。
「じゃあな」
「くそっ、逃げやがったな」
目を再び開けた頃には、セピアの姿はなかった。いきなり来たと思ったら、すぐに行ってしまった。まるで台風みたいな奴だとマチスは思う。
「またいつでも来い、クソガキ」
マチスは笑みを零す。その若い芽が何処まで伸びるか分からないが、楽しみなことは間違いない。まるでレッドやグリーンのようだと感じながら、マチスもまた、ロケット団復興の為に己の力を注ぐのである。
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ヤマブキシティ
瀕死に近いニドキングを、クチバのポケモンセンターで回復させてから、セピアはヤマブキシティに向かった。
久々に通る道だからたまには歩いていくかとセピアは考える。すると、道中、思った以上にトレーナーたちに勝負を挑まれなかなか進めなかった。ジムリーダーに勝つほどの実力を有するセピアは、当然のように勝ち進んだ。
しかし、対戦人数の多さに時間がかかってしまったようだ。ヤマブキに着くのが予定より遅れてしまったが問題はない。超能力者である彼女なら全てを見越しているはずだ。
「失礼しま~す」
ヤマブキジムの扉を開ける。相変わらず少し暗い。このジムはワープで部屋を繋いでいるからかなり面倒ではある。セピアは前にその攻略を本人から聞いているので問題はない。と思っていたのだが、ワープする部屋が変わってしまっていて大分てこずってしまった。壁を破壊してやろうかとも考えたが、後が怖いので止めた。
そしてようやく、最後の部屋に辿り着く。
「む? これは思いもよらぬお客さんだ」
「嘘つくなよ。どうせ分かってただろ」
「ふふ、そうだな。分かってたからこそ、こうやって人払いをしていたのだけど。久しぶりセピア」
「久しぶりナツメ姉さん」
何処にいるのかと思えば、ふわふわと宙に浮いていた。ロケット団幹部の一人、ヤマブキのジムリーダーのナツメである。彼女の専門はエスパーであり、彼女自身も超能力者である。おそらくはセピアがいつ頃来るかなど、既に分かっていたはずだ。
「それで? いったい何の用だ?」
「だから知ってるんだろ」
「レッドの居場所。それなら知ってるけど、教えてあげるかは別問題だな」
「うっ……。な、何?」
ゆっくりと降りてきて着地するとナツメはクスと笑う。
「ふふ、相変わらずセピアは可愛い反応をする」
「うるさいな」
ポケモンの実力の伸びが異常であったセピアは当時、大きい仕事はなかったものの、他の大人とそう変わりない扱いだった。自然と大人と対等に接する場面も増えていて、生意気ととられることもあった。だが、超能力者であるナツメだけはセピアが苦手としている。幹部だからという理由ではなく、ナツメだからと言えるだろう。
「それよりどうすりゃ教えてくれるんだ?」
「そう慌てるな。その前に、少し話さないか?」
「??」
何を考えているのだろう。ナツメの胸中は分からなかったが、セピアは了承するしかなかった。
セピアとナツメは、ヤマブキジム内にある休憩室にて席をともにしていた。
「…………」
「セピアは紅茶嫌いだったか?」
「いや紅茶はうまいけど」
紅茶がどうというわけではない。セピアはカップをカチャリと置いた。
「こんなことしてる場合じゃないんだよ」
「ほら、入れてやろう」
「あ、ありがと……って違ーう!」
器用にも超能力を使って紅茶を注ぐナツメ。いや器用のレベルではないが。
「何でお茶会やってんだよ。早くレッドの場所教えてくれよ」
「さっき、マチスと戦ってたいたのだろう」.
「ああ……」
実に意味のない質問だった。勝敗はもとより、どのような攻防が為されたかも知っているはずだ。ただの確認なのか分からないが、セピアは素直に答えだけを述べた。
「幹部と勝負になるくらい力を上げたことは正直に嬉しい。けどあの子は……、レッドはもっと上よ」
「……それが教えない答えか?」
「否定はしないでおくわ」
「姉さんには見えてるのか? 俺とレッドが戦った時の結果を」
「いいえ。私には勝負の結果なんてものは見えない。余程確定的な未来でなければ見れないもの」
かつて戦いを教え込んだ相手が力をつけたことには、ナツメは少なからず嬉しく思っているだろう。
だがレッドと実際に戦ったことがあるからこそ、今のセピアではまだ実力が及んでいないと感じている。それは、超能力を使ったものではなく、ポケモントレーナーとしてのキャリアが感じ取っていた。
「それで俺が納得するとでも?」
「いいえ。それも思っていないわ。わざわざ力を使わなくても、おとなしく従う子だとは思っていない。一応こうやって説得の場を設けたのだけど、やっぱり無駄みたいね」
ナツメの小さな策略はあっけなく無駄に終わったというのに、ちっとも残念そうな様子はない。フフ……と笑いを零しているくらいだ。それは、久しぶりに会っても変わっていないセピアを懐かしく思ってか、それとも次の提案に期待していた為か。
「なら、マチスと同じように勝負で決めようかしらね」
「本当は最初からそうするつもりだったんじゃないのか?」
「そうかもしれないわね。でも久々に、ゆっくり話したかったというのもあるのよ。それでどうするの?」
カチャリとカップを置いて、ナツメは僅かにロケット団幹部の凄みを見せた。それでセピアが引き下がればなどとナツメが思ったかどうかは定かではないが、セピアには逆効果だったのが事実である。
「やるさ。ナツメ姉さんには、ガキの頃に散々負かされたからな。そろそろ借りは返しときたいんでね」
「そうね。それなら私は、もう少し貸しを作ることにするわ」
「上等だ」
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VSフーディン
二人はジムにある闘技場へと移動した。ヤマブキジムは少し薄暗いフィールドだ。エスパー、ゴースト、悪タイプのポケモンが得意なフィールドとなっている。移動している間にルールは決めておいた。といっても、正式なジム戦でもない。マチス戦と同様のルールを用いる。使用ポケモンは1匹だけのガチンコ勝負である。そしてさらには……。
「私にもいるぞ。ロケット団復活の時のためのとっておきが」
「それを今使うってこと?」
「そうだが、怖いか? 」
「冗談。むしろそれでないと借りを返せないだろ」
「ふふ、それじゃあ始めるとしよう」
掛け声と共にボールを投げる。ボールから出て来たのは、エスパータイプを得意とするナツメの相棒、フーディンだった。
くるくると器用にスプーンを回す。まるでナイフ使いが、ナイフを巧みに操るようにスプーンを器用に扱う。ウォーミングアップみたいなものだろうか。パシッと型通りに持ち直すと、フーディンの眼光が青白く光る。と同時に、両手のスプーンも青白く灯った。
「やっぱり、フーディンか」
「予想通りって感じだけど、セピアは何で来るのかしらね」
「借りを返すんだから、当然こいつだよ」
セピアもボールを投げた。エスパー相手に有利なタイプは当然悪タイプだ。ゴーストや虫もエスパーの弱点ではあるが、エスパー技を無効化してしまうことを考えれば悪タイプが断然有利だろう。セピアには手持ちにブラッキーがいる。ナツメも当然ブラッキーだと予測したものだが、出て来たのはそうではなかった。ボールが割れたというのに、何も出て来ないように一瞬思われる。
「まさかそれで来るとは……」
実際にはちゃんと存在している。ナツメが気付くと同時に、ゆっくりと地面から浮き出るようにそいつは姿を現した。大きな赤い眼が光り、大きく裂けた口は弧を描く。不気味な笑い声が部屋中に響いた。
「意外だったか?」
「ブラッキーではないのだから、意外といえば意外ね」
存在していないように見えたのは、部屋が薄暗く、またポケモン自身が影と一体化していたためだ。
「まさか、ゲンガーで来るなんてね」
「まだゴーストの時にはコテンパンにやられてたからな。ゲンガーとなった今、こいつで勝ってみたくなった」
ナツメはエスパー専門のジムリーダーでもある。悪タイプの対策は当然ある。セピアに限らず、ブラッキーへの対策も充分だったはずだ。相手の不意を突く意味では間違いではない。だが当然、虫やゴーストへの対策もあるはずだ。そしてゲンガーのタイプはゴーストと毒。仮に、フーディンが得意なサイコキネシスを喰らえば効果は抜群だ。ゲンガーの耐久力では数発も喰らえば瀕死になるだろう。
ブラッキーを選ばずゲンガーを選んだ結果が、吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
「やれフーディン」
フーディンは当然サイコキネシスを撃つ。フーディンの体が、スプーンが不気味に青白く光る。そして波動を放つ。
「ゲンガー」
慌てた様子もなく、ゲンガーは眼を光らせる。ゲンガーの体が赤く光ると、フーディンのサイコキネシスを相殺した。ゲンガーも同様にサイコキネシスをぶつけたのだろう。流れるような一連の動きである。ナツメは、ゲンガーを改めて見据える。以前圧倒したゴーストとは、その名の通り別物だと見抜く。
「シャドーボール!」
すかさず反撃するゲンガー。フーディンもゴーストタイプの攻撃は大打撃である。フーディンは念でシャドーボールの起動を修正しようとするが、それは叶わない。寸前で、スプーンでシャドーボールを弾く。弾き飛んだ暗黒の球は天井にぶち当たる。その破壊力から威力は申し分ない。パラパラと天井が崩れたのを確認すると、ナツメはふふっといつものように笑みを浮かべた。
「なるほど。以前と同じと見てるとこっちが痛い目に遭うわね」
「ああ、本気で来た方がいいぞ」
自然に、セピアは敵と対する口振りになる。ナツメの表情、眼光が既にそれとなったからだ。
「フーディン!」
ふわりと宙に浮いたフーディンは、スプーンをナイフのようにくるくると遊んでから持ち直した。気を引き締めたのだろう。
ナツメの声に反応した後、フーディンは宙に浮いたままゲンガーとの距離を縮めた。凄まじいスピードだ。並の者からすれば反応出来ずに終わるだろう。
寸前まで迫ったフーディンは、ゲンガーに向けてスプーンを振るう。ゲンガーは口角を吊り上げた表情のまま、瞬時に後ろへと跳ぶ。距離を開けたのだ。
本来ゴーストタイプであるゲンガーには物理技は利かない。それはナツメも承知の上だろう。故に、何かしら意味のある攻撃に違いない。ゴーストポケモンと言えど、無効化出来る技にも限りはある。不用意に攻撃を受けるなど愚の骨頂。ゲンガーはフーディンに負けずとも劣らないスピードで撹乱した。
「影分身っ!?」
マチス戦では苦戦を強いられた戦法を、今度はセピアのゲンガ―を実践する。もともと素早い動きのゲンガ―が行う影分身は、通常以上の威力を誇る。フーディンの周囲に、上下左右とゲンガ―の分身が二十はいるだろう数を見せた。
「……!?」
フーディンが一瞬固まる。どれが本物か見失った。その一瞬の隙をセピアは見逃さない。逆に増殖したゲンガ―が、一斉にシャドーボールの構えを取る。
「終わりだ」
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VSフーディンⅡ
「それはどうかしら」
無数のシャドーボールがフーディンを襲う。だが、ナツメは動揺することなく、冷静にフーディンへと次なる命令を下した。
「サイケこうせん」
サイコキネシスならまだ分かる。全体に向けた強力な念力であれば、無数のシャドーボール、また本物をつかめないゲンガーへの攻撃をとしては無難である。しかし、フーディンが発したのは圧縮した念力のビームである。的としてはせいぜい一体にのみに絞られる。
「……ッ、ゲンガーッ!」
セピアは瞬時に悟る。フーディンは何も悪あがきをしたわけではない。囲うように飛び回るゲンガーの群れ。その中で、紛れもなく本物に目をつけていた。サイケこうせんを、本物のシャドーボールで向かい打って相殺しろとの判断である。
弾ける爆風。飛び出る無数のゲンガーと一体のフーディン。偽物の影が数十体いるなかで、フーディンは本物のゲンガーから目を離さない。そこらのかげぶんしんよりも数とスピードは数段上であるといるのに、全くの無駄であるという事実を突き付けられていた。
「……ゲンガーのかげぶんしんには自信があったんだけどな」
「残念ながら関係ないわ。私のフーディンは特別性でね。ちゃちな小技はきかないように育てたわ」
「……くっ……」
フーディンだけでない。せめて指示を出すナツメ自身も翻弄してくれたならば付け入る隙は見い出せたかもしれない。だがナツメ自身が超能力者だ。ナツメにもゲンガーの偽物は見破っている。改めて、ロケット団幹部の実力を目の当たりにするセピアは、必死に突破口を探ることに専念する。
かげぶんしんを用いた次なる策に移行する刹那、ナツメの鋭い命令のほうが幾分か早かった。
「かなしばり」
「なにっ!」
かなしばり。相手の技を封じる技。かげぶんしんを封じられたゲンガーは、その数を減らし、元の一体の姿をい見せる。いやそれどころか、素早さをアドバンテージとするゲンガーの動きまでもを封じてしまった。
ゲンガーの影はふっと消え去ってしまうと、最初と同じようにフーディンと対面する影はたった一体となった。
「実にあっけない」
上から見下ろすようにナツメがあざ笑う。セピアの勘に障る物言いだが、そんなことに気を回している状況ではなかった。
「こっちもかなしばり」
「なっ……!?」
セピアの命はナツメと同じもの。覚える技が似るゲンガーとフーディンだが、ナツメにとっては意外だったようだ。驚く表情とともに言葉に詰まる。ゲンガーのかなしばりはフーディンの動きを封じることはできないが、フーディンのかなしばりそのものを封じることはできる。
ゲンガーの動き、そしてかげぶんしんを封じ込めていた技を無効にしたことで、ゲンガーの動きに洗練さが戻る。フーディンの攻撃を躱し、再び数十もの影が生まれた。
「なるほど。なかなかやるわね」
冷静さを取り戻したナツメに殺気の念が篭る。わずかに生じる念力。ポケモントレーナーとしての豊富な経験も相まって、ナツメから生み出される眼力以上のプレッシャーが強まった印象をセピアは受けた。
ゲンガーは距離を取り、仕切り直しとなった今、かげぶんしんを解いてしまう。
「あら、それはもう終わり?」
「きかないんじゃ意味ないだろ」
ゲンガーの体力をいたずらに消費するわけにはいかない。ゲンガー自身、かげぶんしんがきかないと分かった時は、僅かに口元を凸型にしていたが、今はもういつもの陽気な、いや悪戯を思いついたような表情を見せた。
「そうね。じゃあどうする?」
「こうするさ」
セピアは攻めの姿勢を崩さない。受けに回った瞬間、勝敗が決することをセピアはよく分かっている。ナツメ自身、超能力を使うまでもなくその思惑を手に取るように理解していた。ナツメ自身、自分が目の前の後輩に負けるなんてことは考えていない。だからこそ、セピアが挑んでくるのを待ってる。そこに付け入る隙があるがあるはずだとセピアは狙いをつける。
「10万ボルト」
ゲンガーの恐々としたオーラが打って変わり、激しい電光へと変わる。フーディンに向けて放出するが、フーディンは冷静にスプーンで弾く。その隙を狙ってゲンガーは高速で移動する。フーディンはしっかり眼で追っていた。
「フーディンに電気系は通じない」
「これならどうだ? ギガドレイン」
「ちっ……」
フーディンの体力を吸収するが、僅かばかりだ。それでもよろけるフーディンの隙を狙う。
「したでなめる」
「っ……」
「フーディン、テレポート」
ゲンガーの痺れる舌は動きを鈍らせる。むざむざ喰らうわけにはいかない。どれだけ態勢が悪かろうと、どれだけ隙があろうと、テレポートは緊急脱出にはおあつらえむきの技である。だが、互いにユンゲラー、ゴーストの頃から、何回も敗北を味わわされたとなれば、そこまで読んでおくことは容易い。
「そこだゲンガー、シャドーボール」
「なにっ……!?」
フーディンが座標をずらした現れたテレポート先の地点。そこに標準を合わせたゲンガーのシャドーボールが命中した。背中ごしに黒いエネルギー弾を受けたフーディンは吹き飛んでしまう。
「よしっ」
まともに受けた。防御面が脆いフーディンには致命傷だ。さすがに一撃で終わることはないだろうが、それでも少しでも動きに支障が出れば儲けものである。そうセピアの喜ぶ姿に対して、ナツメは冷たく放つ。
「甘すぎる」
テレポートですぐに場内へ戻るフーディン。大きくダメージがあるのは見て分かる。だが勝負はまだまだ始まっていない。
「じこさいせい」
ナツメな無慈悲な一言は時には相手に絶望を植え付ける。それこそロケット団幹部たる強さであった。
「ぐ……ようやく当てたってのに、元通りかよ」
「私のフーディンは止まらない。セピア。あなたにも見せてなかったその真髄を、これから見せてあげるわ」
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