D,C,Ⅱ to リリカルなのは ~理想と願い~ (ゆーじ1121)
しおりを挟む

零章 ~全ての始まり~
転生


にじファンから移転してきましたリオン=マグナスです。
前は『八雲葵』と名乗っていましたが、どうぞ宜しくお願いしますm(__)m



これはひとつの物語。

世界に抗い、そして世界に殺された男のひとつの異端。

 

世に転生者は星の数こそあれ。彼のような転生者は一握の砂のごとく、少ないのではないだろうか?

 

脚本も筋書きはありきたりなもの、だが役者がいい。

ーーー故に面白くなると思うよ?

 

さあ、開幕だ。

 

ポップコーンとジュースの準備はいいか?

小便は済ませたか?

 

一分一秒でも、観客(アナタ方)を楽しませられたのなら幸いだ。

 

では、今度こそはじめるとしよう。

 

世界に抗った、愚者の物語を

 

 

 

ーーー次元の終息地、そして根源に存在する世界。名前はないが、そこを訪れた人間の言葉から『神界』と呼ばれている世界は、死んだ人間を査定し、転生させる云わば関所のような場所だった。

 

ここで、管理人によって来世が決定し、転生する。

 

その入り口である『死者の門』付近でこの物語は始まる。

 

「―――ここは…」

 

黒いスーツを着た男は目を覚ますとなにか列のようなものに並んでいた。

前を見ると私服やコートなど多種多様な服を着た老若男女がすさまじい長蛇の列で並んでいた。

 

なぜ?自分がこんな場所にいるんだろうか?

しばらく、思考を巡らすがなぜか、靄がかったように思い出せない。

 

「―――まあ、なるようになるだろう」

 

と、頭を切り替えると静かに順番を待つ。

 

 

〜五時間後〜

 

 

「ここか?」

 

列を並び、順番が来た男はどこか恭しい態度の女性に案内され、どこか執務室のようなところの前にたっていた。

ちなみに、その女性は先ほど『それではよい人生を』と、一礼すると立ち去っている。

 

そこが何の場所なのか、わかりえる唯一の情報になりそうなのは扉の上にはなにやら書かれている文字だけ。

 

だが

 

(―――読めん)

 

悠二には読めなかった。

英語をはじめとした数ヶ国の言語を体得している彼でも、見たこともないような文字だったのだ。

 

(ノックするべきだろうか?)

 

―――しばし悩んだ男は

 

ガチャリ

 

重厚な扉を開けた。

 

「あ、来たね」

 

バタン

 

(―――いまのは幻覚か?)

 

自分のみた物が信じられない男。しかし、それではいつまでたっても終わらない

 

ガチャリ

 

半ば、幻であれと思いつつ、扉を開けるが

 

「どうしたの?」

 

幻ではなかった。部屋で待っていたのは黒い髪のきれいな十歳ぐらいの少女だった。

それでも信じられないのか、目をゴシゴシと擦るが結果は変わらず、彼の瞳には艶やかな黒い髪に、金色の瞳、そして身には中世の神官の着るような豪華なローブで着飾った少女が立っていたのだ。

 

「はじめまして。僕は君たちが読んでいるところの神様だよ♪」

 

「は?」

 

そして、少女から言われた言葉に思わず目を細め、唖然とする青年。

いや、突然合った少女が神様と名乗ったら、どんな人でもこうなるだろう。

 

「だから!!か・み・さ・ま!!」

 

目の前の青年が驚いていないようなので強調するように幼女は無い胸をそらし、宣言する。

だが、そんな姿には威厳が欠片も無い。

 

(なに?このイタい子は)

 

そんな姿を見た悠二は思わず、胸中でそんなことを思ってしまう。

 

「―――そんなことより、ここどこだ?」

 

幼女の神様宣言を『そんなこと』で済まし、青年は辺りを見回す。

がっちりと作られた壁に、複数設けられた窓には、雲ひとつ無い晴天が映されている。

 

「日本じゃ…ないみたいだが…」

 

さっきの表札の言葉から推測する。

 

「えっ!?」

 

だが、そんな彼の様子に今度は、幼女が青年の言葉に驚く。

 

「そんなことも知らないでここに来たの?」

 

「ああ。なんか、気づいたら列に並んでてな」

 

呆れたようすで、青年に尋ねる幼女。

まるで、常識を知らない存在を目の当たりにしたかのような反応に、すこしムッとするが、その次の言葉でそれは吹っ飛んだ。

 

「あなた・・死んだのよ」

 

突然の『死』の告知。

あまりに突然すぎて青年の頭は理解が追いつかない。

 

「え?」

 

「だから、あなたは死んだの」

 

突然の申告に、呆然とする青年。

誰だって、『アナタは死にました』なんていわれれば驚くし、信じられないのも致し方ない。

 

「嘘・・だろ?」

 

「残念だけど、事実よ。」

 

特に感傷も無いのか、無表情でパチンと指を鳴らすと少女と青年の間にモニターが浮かび上がる。

―――そこには見覚えのある服装の男が腹から血を流して倒れていた

 

…それは、紛れも無く彼本人だ

 

「ああ・・そういえば・・あの時」

 

だんだん、記憶が鮮明になってきた青年。

左手で手を覆い、やがて苦虫を噛み潰したような表情へと変わる。

 

「あなたも無茶するわね。あなたの体の状態、わからないわけじゃないでしょ?」

 

ふうと溜息を吐き出し、呆れ居たようにいう少女。

 

「ああ」

 

少女の逝っていることが理解できるようで苦笑する。

どこか、自嘲めいた物が見えたのは気のせいではないだろう。

 

やがて、自分のなかで整理をつけたのか、手を外し尋ねた。

 

「―――それで、僕はどこに行くんだ?」

 

「どこだと思う?」

 

まるで、悪戯を仕掛けている童女のように少女は笑みを浮かべて、青年に問うた。

そんな笑顔に一抹の不安を覚えながらも

 

「---地獄」

 

青年は即答した。

それも仕方ないことだろう、彼は一般的にいえばテロリストに属されるべき人間なのだから。

しかし、それはあくまで一般論でしかない。

 

「却下ね。あなたを地獄に送ったら、きっと地獄はあふれかえっちゃうわよ」

 

再び、呆れたような顔をすると指をパチンと鳴らすと、目の前のモニタが切り替わり、画像の変わりに途方もない桁の数字が浮かび上がる。

 

億すら超え、後一歩で兆にまで届こうという莫大な桁の数字。

 

だが、青年にはなぜ少女がこんな数字を掲示したのか、見当がつかなかった。

 

「これは・・・?」

 

「これはね。あなたがいままで救った人間の数よ」

 

尋ねると、両腕を組んだ少女が彼にとって、予想外なころを言ってのけた。

 

「っ!?だが、僕は救うために・・・」

 

表情がくしゃりと歪む。その表情には、罪悪感などはたぶんに含まれている。

だが、不思議なことに…

 

―――後悔だけは無かった。

 

「たしかにね、あなたは彼らを救うために何万人と殺しているわ。でもね、それを差し引いても、君は人をたしかに救ったのよ」

 

まるで慈母のような笑みを浮かべて神を名乗る少女は彼が行ってきた所業を肯定した。

世界の全ての人が彼を悪と、そして彼のしていることを『悪』だと否定したのにも関わらず、彼女は曇りの無い笑顔で即答した。

 

―――その一言で、すこし彼は救われた気がした。

 

「だから、あなたは地獄へはいかない」

 

顔に決意を浮かべ、少女は言った。それは認められないと。

そんな表情に、青年は何もいえなくなってしまう。

 

「いかせられない。神(ぼくたち)のプライドにかけて。あなたのやったことは、人間の到底、やれることじゃないのよ。普通の人間は、あそこまで自分を殺せない。あそこまで、機械にはなれない。でも、貴方はそれをやってのけた。それは過ち」

 

彼女の言っていることは正論だ。人は他人は殺せるが、恐らく自分は殺せない。人だから。

―――彼がやったことはそれは神の所業。

無常に、天秤の担い手は本来なら、神が座るべき立場。しかし、男はそれを人のみでありながら、実現し続けた。

 

それは、人として間違っている行為。

 

「でも、だからこそ神(わたしたち)は君を救いたい。私達がしなくてはならないことを、させてしまったから。止めようと思えば、とめられたのに。だから、アナタは幸せにならなくちゃいけないんだ」

 

心底後悔しているようにこぶしを握る神。

だが、対する青年はなんともいえない穏やかな表情を浮かべて、目の前の少女をみていた。

 

やがて、近寄ると彼女の頭の上に手を置いた。

 

「え?」

 

少女は青年を見上げた。

すると、青年が穏やかな笑みを浮かべていることに、思わず戸惑ってしまう。

 

そして、青年はどこか嬉しそうに口角を吊り上げながら言った。

 

「気にするな。どうあれ、僕の選んだ道だ」

 

そんな神の頭に手をおいて、一切の後悔が感じられない笑みを浮かべた。

 

「もしかしたら、貴方は普通に生活できたかもしれないのよ?」

 

その表情に、逆に戸惑ってしまい、思わず聞いてしまう。

だが、青年は窓の外に見える青空を見ながら、わずかに目を細めながら言った。

 

「そんなIFのことは考えないようにしているんでね。それに、アレがあったからいまの僕がいる。やり直しなんかできない、いやしちゃいけない」

 

「---そうね、失言だったわ。それで、あなたの行き先だけどもう一回人生を送る気はない?」

 

先ほどまでのあどけない少女のような表情は鳴りを潜め、再び悪戯っ子の様な顔で青年に問いかける少女。

 

「どういうことだ?」

 

「選択肢はいくつかあるわ。私の口車に乗り、転生する道。そして、英霊へとなる道」

 

パチンと指を鳴らすと、なにもなかっや空間に、二つの穴が開いた。

 

「どちらか選べと?」

 

「ええ、私としては転生を選んでほしいけどね」

 

かすかに微笑む神。

すると、青年は居住まいをただし、来ているスラックスのポケットに手を突っ込むと、かすかに笑いながら言った。

 

「---わかった」

 

決して、大きくは無い言葉だったが、二人しかいないこの空間では十分に聞こえた。少女はその選択に満足そうに笑みを浮かべ踵を返し、男は踏み出す青年を見守る。

やがて、空間の穴に挿しかかろうというときに、不意に止まると振り返った。

 

「ん?」

 

どうかしたのだろうか?といぶかしむ少女だったが、それは杞憂だった。

 

「じゃあな、神様」

 

どこか、少年のようにあどけなく、それでいて、キリットした不思議な笑みを浮かべ、少女へ礼を述べると、空間の穴へと飛び出すのだった。

 

「バカ…、なんて顔して逝くのよ…」

 

僅かに、頬を朱に染め、すでに居なくなった青年に文句を垂れた。

 

「―――さて、私も仕事に戻らなくちゃ…」

 

う~と、体を伸ばすと、大きな執務室の中央近くに設置されている大きな大理石のような石で出来た執務机の椅子に腰掛けると、万年筆を取り、置かれた書類を精査していく。

 

そして、一つの書類に目を見張った

 

「―――マジで?」

 

思わず、少女は呟いてしまった。

 

その書類に書かれていたことは

 

『下級神による転生者増大問題についての罰則と対策』

 

「ハァ、頭が痛いわ…」

 

万年筆を持っていない左手で頭を抑え、少女は対策を考えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅

彼の者は闘った世界の平行世界に当たる世界の日本。

四国付近に存在する三日月型の奇妙な形をした島…初音島。季節を問わずに桜が咲き乱れることで有名なこの島、その中心付近にある大きな公園。正式な名前はなく、近くの住民からは『桜公園』と呼ばれている公園。そのあまり人の訪れない場所で、彼は眼を覚ました。

 

桜の木に身を寄りかかるように、座っている所で眼を覚ました。

 

「・・・ここは?」

 

辺りを見回すが、満開近くにまで花びらを咲かせている桜の木しか見えない。

そんな状態に、思わず舌打ちをもらし、起きあがろうとして、体の異変に気付いた。

 

「―――体が…」

 

体が縮んでしまっているからだ。

彼が死ぬ前、彼の身長が180に届くか、届かないかというところだったが、いまは130cmほどしかない。

これでは、小学生くらいなものだ。

 

だが、いま気にしても仕方ない。溜息一つですぐに気分を切り替えると立ち上がる。

 

「・・・まあ、文句を言っても仕方ないな」

 

なにかが、彼の額に張り付く。

手でそれを取ってみると

 

「これは・・・桜?」

 

それは、桜の花びらだった。

そして、同時に風が吹き、肌を刺すそうな寒さが彼を襲う。

 

「寒いな…」

 

すこしでも寒さを凌ぐために手をポケットにいれる。

すると、なにか手に当たる感触を覚えた。

 

「・・・これは、メモか?」

 

なにか、メモのような紙切れが入っていた。

それを丁寧に広げていくと

 

『これを見てるってことは無事に転生できたみたいね』

 

と、達筆な文字でかかれていた。

『転生できた』なんて、書ける奴は彼を転生させたあの少女しかない。

 

「・・・あいつか」

 

自分に幸せになれとほざいた神を思い出す。やはり彼女の仕業らしい。

下に、目を走らせて見ると、まだ続きがあった。

 

『まず、君の近くにトランクがあるはずだけど見つかる?』

 

「・・・トランク?」

 

メモの内容に従い、辺りをキョロキョロと探すと、メモに書かれたとおりに、ソレはすぐに見つかった。

 

「あったな」

 

彼が寄りかかっていた木とニ、三本、離れた位置に生えている木の根元に、キャスターのついたトランクがあった。

歩み寄ってみると、使い古した味のある革製のトランクがあった。そして、それには彼は見覚えがある。それは当然だ。

 

これは、彼が前世で道具を詰め込め、使っていたソレなのだから。

 

「僕のトランクだ…」

 

手馴れた様子鍵穴にかけた封印魔術を解いて、なぜか、ポケットにあった鍵を指すと、案の定、開いた。

 

そして、中を覗き込んでみると

 

「これは・・・」

 

いくつかの宝石と外套、彼の仕事道具が入っていた。

どれも、彼が特注した対化物用の武器だ。

 

『中には、君の使っていた道具を入れておいたよ。あとは、体にいろいろ追加したから解析してみることをお勧めするよ』

 

再び、手元のメモに目を走らせると、そんなことも書かれていた。

 

「・・・なにしやがった」

 

彼を転生させた少女に対する文句を呻きつつ、体内に存在する魔術回路を起動させ、体に魔力を流し、体の状態を解析する。

彼の行使できる数少ない魔術の一つ『解析』だ。

 

―――肉体異常なし

―――内臓系異常なし

 

―――魔術回路1000本(内五百本に封印)

―――リンカーコア 異常なし

―――魔術刻印 異常なし

 

―――写輪眼 使用可能

―――王の財宝 リンク正常

 

「―――」

 

出た解析結果に、悠二は瞠目を隠せなかった。

体に異常が無いのは、頗る良い。魔術回路がいいのもいい。

 

だが、最後のほうの二つの項は彼を冷や汗に流すには十分だった。

王の財宝―――とは、バビロンの英雄王が所持している己の財の全てを収めた倉庫が宝具化したものだ。

さらに、後者の魔眼は空想の産物で、通常の魔眼なんて目じゃないほどの力がある。

 

ハァと、思わず右手で顔を覆って、深く溜息を吐き出す。

六歳の子供が、まるで疲れたサラリーマンのような溜息を吐きしているのは非常にシュールな光景だ。

 

―――それはともかく、悠二はさらに項があるのに気付いた。

 

―――注意

 

―――容姿の変化を確認。

―――金髪 碧眼へと変化。

―――原因不明

 

最後の原因不明というところが、妙に気になったが、いま考えても仕方ないと頭を切り替えて、今の現状のことで頭をめぐらせる。

此処はどこか?いつなのか?確認すべきことは後を絶たない。

 

―――だが

 

「―――しかし、寒いな」

 

冬に寒さに体温を奪われ思考を妨げてしまう。

 

「やれやれ、たしか戦闘用のコートが入っていたはず…」

 

ガサゴソとトランクのなかをあさり、中から赤い線の入ったロングコートを発見した。

だが、これは彼が前世のときのサイズだ。

 

「---」

 

着てみるが、ダボダボもいいところだった。

 

「仕方ない、たしか、布ならあったはずだよな?」

 

ガサゴソとさらにトランクの中をあさると、まるで血のように真っ赤な一反の布が出てきた。

それをみて、ニンマリと笑みを浮かべると、魔術回路を起動させる。

 

すると、バチバチと光を上げて、布はあっという間に彼のサイズにぴったりのコートへと形を変えていた。

 

「久しぶりの錬成だが、上手く言ったな」

 

―――《錬成》

それが、彼の得意とする魔術だ。

物体を把握し、分解、再構築する彼だけの魔術。戦闘にも、生活にも利用できる非常に汎用性のある魔術。ちなみに、彼自身の固有魔術でもなる。

 

材料さえあれば、コートを作ることくらいわけない。

 

ちなみに、錬成した材料は聖骸布。贋作だが、それでも十分な坑魔力はある。

 

「―――しかし、春にしては寒いな」

 

桜が咲いていることからの判断だが、いまは間違いだ。

しかし、いまの彼にそれを確かめる術はないため、仕方ないだろう。

 

「さて、市街地はどっちかな…?」

 

トランクを手に、歩き出そうとするが突然の出来事に足を止める。

 

「―――子供!?」

 

突然、背後から声がしたためだった。

振り向いてみると、そこには白と黒のシンプルな服装の上から、魔法使いが被るようなローブを纏った、彼と同じ金髪をツーサイドアップにした少女。

その蒼い瞳が、驚愕を湛えて、悠二を見ていた。

 

(コイツは…)

 

そして、その瞳に見た瞬間、悠二は長年の勘と経験から察した。

こんな目をしている奴は決まってそうだ。人の温かみやつながりを飢えている。

 

そんな存在だということが。

 

 

 

 

「んっ・・・」

 

悠二が眼を覚ました場所から、すこし離れた位置にそこだけ周囲に気はなく、あるのは主といわんばかりの巨大な枝垂桜。

そして、その太い根元には魔法使いのようなローブを纏った金髪の少女が幹に手を当てて、立っていた。

 

いや、彼女だけではない。

彼女のすこし横には六歳ほどの黒い髪の少年が少女を見上げるように立っている。

 

少女は少年を見て、顔を綻ばせると、すぐに眉を潜めて、顎に手を当てると何かを考える。

 

「はじめまして、う~んと・・」

 

しばらく唸っていると、やがて目を見開くと少年に言った。

 

「桜内、義之」

 

『桜内義之』

まるで、母親が自分の息子に名づけるように、彼女は少年にそう言った。

 

「???」

 

少年はわかっていないようで首をかしげる。

だが、少女は朗らかな笑みを浮かべたまま、母親のように言った。

 

「君の名前だよ♪」

 

「・・うん」

 

彼女が言うと、租借するように頷くとたしかに笑った。

その笑顔を見て、少女の胸が暖かくなるのを感じて、さらに笑みを深めた。

 

すると、突然驚愕を顔に浮かべ、辺りを見回した。

 

「―――ごめんね、ちょっと待っていてね」

 

「うん」

 

不意に、真剣な表情を浮かべて、少年にそういうと義之を待たせるように言って少女は駆ける。

顔には嫌な汗が光る。

 

「たしか、この辺・・・っ!?」

 

そして、少女は見つけた。

大きな枝垂桜の場所からすこし離れた位置にそれは感じた。そして、再び顔に驚愕を浮かべることになる。

 

「子供!?」

 

そう、そこにいたのは雪とは対照的な真っ赤なコートを来た六歳ほどの少年だったのだから。

髪は彼女と同じ金髪、瞳は蒼。来ているコートからは微かな魔力を感じる。

 

「…誰?」

 

不意に、彼はゆっくりと振り向くその蒼い瞳で彼女を見上げて聞いた。

それが芳乃さくらと彼のはじめての出会いだった。

 

―――これが、物語を大きく変えることになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変遷

物語の開始を告げる桜と雪の舞い散る深夜。

本来なら、ありえない遭遇はここに成立した。実に不自然な染め方の真っ赤なロングコートに身を包み、肩まで伸びる長い金の髪の少年と、黒と白の簡素な服にミニスカート。さらに、御伽噺に出てくる魔法使いが付けていそうな黒い外套を纏った少女。

 

本来なら、ありえることのない出会いは今宵、成り立ち世界は変遷していく。

 

「誰?」

 

市街地へと歩き出そうとしたところへ、出てきた少女を見上げつつ、少年は問うた。

すると、少女は僅かに戸惑いと驚きを顔に映しながらも、答える。

 

「僕は芳乃さくら。君は?」

 

「―――」

 

さくらと名乗った少女から、カウンターのように帰ってきた答えに、わずかに戸惑う。

決して、答えられないのではない。彼にだって親から付けられたわけではないが、名前はある。一瞬、偽名を名乗ろうかとも瞬巡するが、自分の中に生まれたそんな邪推を鼻で笑うと、しっかりと答えた。

 

「悠二。水無月悠二」

 

己の名前を。

水無月悠二…それが、彼を指す名前だ。先ほども言ったが、親がつけた名前ではなく、勝手に自分で名乗っているだけだ。

 

水無月とは旧暦で六月のこと。そして、名前は自分を拾って育てた師匠が名前がないと不便だなといって、適当に考え出した名前。

 

ーーーとはいえ、悠二はこの名前を気に入っていた。

 

「悠二くん?」

 

確認するように尋ねるさくら。そして、肯定を意味してうなずくと、すこし顔が綻ぶ。

とはいえ、警戒は解けていない。

 

「―――それで君はなんでここにいるの?」

 

そして、すぐさま質問が飛んでくる。

六歳の子供がこんな夜更けにこんな場所に居る。

 

それ自体が問題だ。

 

だが、さくらが尋ねていることはそのことを咎める様な意味ではないと思った。

 

「―――」

 

「ダンマリ?じゃあ、質問を変えるね?…なんで君から魔力を感じるの?」

 

その質問が、悠二の想像が正しかったと教えてくれる。

いま、悠二は魔力に対する一切の対策をしていない。

前世ならいざ知らず、いまは半分封印しているとはいえ、五百からなる魔術回路による莫大な魔力を持っているのだ。魔力殺しなどの対策をとらなければ、下手をすれば素人にすら関知されてしまう可能性だってあるのだ。

 

「―――理由はない、ただ歩いていただけ」

 

これ以上、だんまりを決め込む利点も無いため、悠二は口を開いた。

 

「ご両親は?」

 

「居ない。生憎、家族には嫌われているからな。」

 

六歳とは思えないしっかりとした口調と言葉で、さくらに返す悠二。

 

「―――アナタこそ、こんな時間にどうしたんですか?」

 

「うん、すこし用事があってね」

 

悠二が尋ねるとハハハと渇いた笑みを浮かべて、言葉を濁す。

だが、次の悠二の言葉にさくらは表情を強張らせた。

 

「霊脈にですか?」

 

「・・・っ」

 

その質問には息を呑み、ソレと同時にさくらの表情は瞬く間に戦闘者のソレとなんら謙遜無く険しいものへと変わった。

 

そして、その視線には殺気に近いものすら浮かんでいる。

 

そして、ソレが悠二の勘が正しいことの何よりの証明であった。

 

先ほどの錬成。それで偶然、この近くに霊脈の収束地があると分ったのだ。

 

「―――君の目的はなに?」

 

「さあ?とりあえず、この先にあるものですかね?」

 

「っ!!ルナ!!」

 

悠二がしてやったりと、笑みを浮かべて頷くと、彼の表情とは対照的に鬼気迫る表情へと変わり、胸元のネックレスを掴むと、ソレを起動させた。

 

『Yes,sir.Set up.』

 

彼女の意思に答え、ネックレスが電子音声で答える。

すると、わずかなタイムラグの魔方陣が足元に展開され眩いばかりの光に包まれると、さくらは服装を変えた。

 

「ごめんね、僕はどうしても桜を守らなくちゃいけないんだ」

 

手にした機械質の刀を構え、悠二に向ける。

 

(―――やはり、何かがあるのか)

 

霊脈から、カマをかけた悠二は確信する。

―――このさきには彼女が身命をかけてでも守りたいものがあるのだと。

 

だからこそ、悠二は捨て置くことが出来なかった。

 

「―――悪いが、それを聞いては黙っているわけにはいかない。王の財宝(Gate of Babylon)

 

「えっ!?」

 

真名を唱える。すると、悠二の背後の空間が歪み、数多の武具が刃を覗かせる。かつて、穢れた聖杯戦争にて争った黄金の英雄王の宝具。

武具一つ一つが宝具の原典、威力は並みではない。

 

悠二も、コレと相対したときは奥の手を抜きざる終えなかったほどのモノだ。

 

「くっ!?」

 

それに、気付いたさくらは僅かに体を強張らせ、手にする刀を振りぬくために、横に振りかぶる。

だが、それを黙って見過ごしてやるほど、悠二はやさしくは無い。

 

「ぐっ!?」

 

背後の空間から伸びた鎖がさくらの足を捕らえ、さらに手を捉えて、戦闘能力を一瞬にして剥ぎ取る。

一瞬にして勝敗が決し、絶望した面持ちのさくらだが、悠二には彼女が思っているようなことをする気は毛頭無かった。

 

「案内しろ。約束する、お前が思っているように悪いようにはしない」

 

「えっ!?」

 

「―――」

 

優しく、言葉をかけると、さくらを縛っていた鎖を解き、展開していた宝具を閉じる。

そして、彼女に背を向けると言った。

 

「―――いくぞ」

 

「う、うん」

 

年齢にそぐわない威圧感に押され、さくらはおずおずと歩き出した。

 

 

 

 

悠二が眼を覚ました場所からさほど遠くない場所に、ソレはあった。

辺りのさくらが一定の間隔を保ち、その中央に主とばかりに聳え立つ巨大な桜の樹。

 

彼を遥か上空から見下ろす樹をみて、悠二は驚きを隠せない。

 

「―――ここだよ」

 

「あ」

 

「御待たせ、ごめんね?」

 

彼女の言いつけを守り、待っていた義之の頭を撫でて、微笑みかける。

二人を通り過ぎて、巨大な桜の樹の幹に触れると、驚きを隠せない様子の悠二が呟いた。

 

「―――芳乃、これは・・・」

 

「うん」

 

悠二の尋ねたことを言う前に、さくらはその意を察して肯定する。

 

「―――不完全な願望機。こいつを植えるなんて、正気か?」

 

この巨大な桜は彼女の理想を叶えるために、彼女が禁じ手にまで手を出して叶えようとした理想そのものだ。

だが、不完全。

致命的なまでの欠点が存在した。それは、叶える願いを問わないという事。

 

これでは、彼女の理想は叶えられることは無い。

 

「―――」

 

顔を俯け、後悔が滲んだ暗い表情を浮かべているさくらをみて、悠二は親近感のようなものを覚えた。

そして、その正体にすぐ気付いて、思わず笑みを浮かべてしまった。

 

「―――フッ、別にアナタを咎めているわけじゃない」

 

「え…?」

 

「ただ、君は少し、優しすぎただけさ」

 

自嘲の笑みを浮かべて、悠二は言った。だが、声が小さかったために、さくらには聞こえることは無い。

幹に手を翳して、魔術回路に意識を持っていくと、再び解析の魔術を発動させる。

 

「―――ッ!?」

 

瞬間、悠二はすぐに顔をしかめる。

 

(なんつう、量の人の意識だ…)

 

桜の樹。その内部へと解析のために、意識を軽く潜らせる。

 

―――それだけだというのに、凄まじいまでの意識の暴風にさらされ、普通の人間なら瞬く間に意識が持っていかれそうになるほど。

それもそのはず、この桜は島中に咲き乱れている桜の花弁。それを媒介に、人の夢を集めている。

 

島の住人は優に一万以上はいるだろう。

 

それだけの意識の中枢なのだから、これは当然だろう。

 

(だが…)

 

だがと、悠二は笑う。

悠二にとって、この程度(・・・・)の意識の暴風、微風にも等しいものだ。

 

(これをこうしてっと…)

 

意識の暴風を物ともせずに、中枢へと辿りついた悠二は、すぐさま解析し、構造を把握しようとする。

だが、悠二はその見積もりが甘かったことを思い知らされる。

 

(ふ、複雑すぎる…)

 

彼の予想を遥かに上回る構造の複雑さに、思わず呻いてしまう。

こうなっては、後にも引けないと悠二は必死に解析を続け、体感時間で三十分ほどだろうか?

 

それぐらいたった頃に、ようやく概要を把握することに成功した。

 

(―――ふう)

 

内心で、安堵の溜息を漏らしつつ、回路の一部を弄り、回路を書き換えていく。

慎重に、慎重に。余計な回路を一つでも弄れば、この樹は暴走を始めてしまう。

 

そうなっては、どうしようもない。

 

(―――よし)

 

糸を針に通すような凄まじい集中力で一連の作業を終了させると、意識を肉体へと戻していく。

 

「―――凄い…」

 

完全に、肉体に意識が戻ったとき、さくらが信じられないものを見るような顔をしていた。それをみて、悠二はまるで悪巧みが成功したような幼稚な達成感に満たされた子供のような顔で笑う。

 

さくらは分ったのだ。

 

樹に流れ込み、指向性を持って樹から逆流する霊脈。それの変化に。

 

悠二が、人目で気付いたほどにまで淀んでいたソレは、完全にとは行かないまでも、かなり澄み通っていた。

それだけでも、さくらは驚愕を隠せなかった。

 

「どうだ?」

 

ニヤニヤと人の悪そうな笑みを隠そうともしない悠二がさくらに尋ねた。

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

「それはよかった」

 

僅かにどもりながら答えるさくらの声を聞いて、悠二は自然とその笑みを深める。

まるで、『してやったり』とばかりに。

そんなとき、ふと、さくらはとあることに気づいた。

 

「悠二君っ!?その目はどうしたの!?」

 

目の前の少年の瞳に赤く巴模様が浮かんでいることに。

そして、それは悠二本人も気付いていなかったのか、すこし驚いたようで

 

「ん…?」

 

悠二も、少し驚いているのか手を見てみたり、辺りを見回してみると『ああ』と納得したように頷いた。

そして、自然に眼球へと流れていた魔力を封鎖する。

 

すると、巴模様を浮かべていた赤い瞳も、元の青い瞳に戻った。

 

「―――僕の能力の一つだ」

 

「―――魔眼の類?」

 

魔道に深い見識を持つさくらは一瞬にして、導き出した。

 

「まあ、そうだな」

 

悠二も隠すこともしないで頷くと、肯定する。

まあ、厳密に言えば写輪眼とは違うかもしれないが、魔眼にカテゴライズするなら、紛うことなき一級品だろう。

 

「写輪眼、僕はそう呼んでいる」

 

「先天的な魔眼なんて、珍しいね」

 

先天的な魔眼の所持者は少ない。後天的に、魔術を刻印して眼球を魔眼へと変えることも出来るが、それと先天的なソレはレベルが違いすぎる。

 

「---良いことなんてないがな」

 

自嘲気味な笑みを浮かべた悠二をみて、さくらは地雷を踏んだ・・・と思った。

なぜなら、魔術師の家系ならいざ知らず、一般家庭に生まれた存在なら、疎まれ、忌み嫌われるのは自明の理。

 

人は未知を嫌い、異端を排斥しようとするものだ。

 

「---ごめんね、悠二君はその目のせいで・・・?」

 

申し訳なさそうに、尋ねるさくらだが、悠二は特に気分を害した様子も無く、フッと笑うと、事も無げに答えた。

 

「まあ、な。まあ、この目だけのせいじゃないがな」

 

まるで、洒落でもいうようにさくらへと言うと桜の幹から手を離し、太い根に腰を下ろすと、疲れたように溜息を吐き出す。

あの程度の暴風とはいえ、今の悠二には流石に堪えていたのだ。

 

「人間、色々(・・)あるんだよ」

 

はぐらかす様に、そういうとトランクの外側のポケットから、ガムを取り出すと口に投げ込む。

人工的な甘みが口に広がっていく中、悠二は1人、思考する。

 

(さくらから感じるコレは…)

 

―――やがて、結論をつけると、パチンと指を鳴らし、ガムを粉末状に分解すると唾と一緒に明後日の方向に吐き出す。

 

「さて、行くか」

 

不意に立ち上がり、さくらと一緒に、ここに来たときに持ってきたトランクの持ち手を掴むと、歩き出そうとする。

そして、それをさくらは少し慌てた様子で呼び止める。

 

「え!?…どこ行くの?」

「決まってんだろ?今晩の宿探しだ」

 

こともなげに答える悠二。

こんな時間に入れてもらえる宿があるのか、心底不安であったので最悪野宿を覚悟していた。

彼は野宿は苦手ではない…ができれば屋根のある普通の部屋で寝たい。彼は成人ではなく六歳という未熟も甚だしい体だからだ。

体調面も考えて、できれば野宿は勘弁してほしかった。

 

だが、現状では望み薄だろう。

 

「こんな時間に?」

 

「―――まあ、なんとまるだろう」

 

不安を、噛み殺し不敵な笑みを浮かべて、言ったが、さくらは訝しげな表情で見ると、その不安を突いた。

 

「まさか、魔眼での暗示でなんとかしようなんて思ってないよね?」

 

ギクッとアニメのように固まってしまう悠二。

考えを当てられ、思わず硬直する。

 

「はあ、図星みたいだね・・・」

 

手を腰に当てて、呆れたように溜息を吐き出す。

不意に、誰かが悠二の真っ赤なコートの裾を引っ張られる。

 

顔を向けてみると、義之が悠二のソレを引っ張っていたのだ。

義之の黒曜石のような黒い瞳が悠二を見上げて、言った。

 

「ねえ、お兄ちゃん。一緒に行こう?」

 

「---うれしいことを言ってくれるな」

 

自分より、明らかな少年の優しい気遣いに、悠二は顔を綻ばせる。

 

「でもな。どこの誰とも知らない僕にそんなことを言ったらだめだぞ」

 

「う、うん」

 

義之に目線を合わせるように僅かに屈み、目を合わせてやさしく諭すようにいう。

その仕草は実に手馴れていて、とても六歳ほどの少年には見えないだろう。

 

「悠二くん……よかったらさ、うちにこない?」

 

そして、僅かな沈黙の後、さくらは悠二にそんなことを提案した。

すると、僅かに目を見開き、呆れを多分に含んだ言葉で言った。

 

「―――正気か?」

 

「酷いよ!……それとも悠二くん、ボクたちと暮らすのが…イヤ?」

 

信じられないようなモノをみる顔でみる悠二に頬を膨らませて、さくらは抗議する。

だが、とてもじゃないがコレを見て怖いとは思えない。

 

むしろ、小動物的な可愛さすらある。

「お兄ちゃん」

 

心配そうに尋ねる義之だが、彼の心配は的外れだ。

彼は決して、嫌なわけではない。

 

「―――そうではない」

 

むしろ、内心涙を流せるほどに喜んでいる。

 

「申し出はうれしい。だが…」

 

だが、それを億尾を出さずに感情を殺したような無表情を貼り付けて、悠二は二人に言う。

 

「僕はお前らと暮らせるような大層な人間じゃないんだ」

 

とても、六歳の少年とは思えない笑みとは感じられない表情だけの笑みを讃えて、悠二は自嘲した。

 

『自分に暮らす資格はないんだ』と…

 

「そんなこと関係ないよ!」

 

だが、それは逆にさくらを刺激する結果になってしまったのは、彼の誤算だろう。

悠二はさくらの性格を自分のもの先で図ったつもりでいた。

 

だが、ソレは誤算。

 

「君がどんな子でも、僕にとっては僕を救ってくれた優しい子にしか見えないよ」

 

彼女…芳乃さくらはいままで彼が会った事のないソレこそ呆れる程のレベルの『お人よし』なのだから。

 

「―――僕は悠二くんがスラム出身者でも、忌み子でも、畜生児でも、僕には関係ないよ。だから、一緒に行こう?」

 

言葉も、意味も違うが、なぜか悠二は自分に『幸せになれ』といってくれた少女と、目の前のさくらの顔が被る。

そして、どこかであの少女が見ているような気がした。

 

「―――」

 

「僕だって、もう『普通』じゃないんだから…ね?」

 

魔道に関わっているというのに、ここまで明るく笑える少女に、悠二は自分の心が和んでいることに気付く。

いつのまにか、自分は柄にも無く興奮しているようだ。

 

―――その感情の名前は『歓喜』

 

「―――わかったわかった。僕の負けだ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」

 

だから、悠二は降参することにした。

久しく、感じることの無かった感情にしたがってみることにしたのだ。

 

それを聞いたさくらは、満面の笑みを浮かべて、悠二の手を握って、歩き出す。

 

桜と雪が舞い散る、不思議な島の道を…

 




早速の感想、ありがとうございます。

これからも、この作品を宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

家族

桜の舞い散る島初音島。

そこで、さくらという魔法使いの少女に出会った悠二は、彼女に説得され、いま、花びらの舞う桜の街道を歩いていた。

時間はすでに深夜といっても差し支えないものとなり、道行く人は全くいない。

 

街灯が照らす中、三人の少年少女は歩いていた。

 

1人は、黒と白の簡素な服装にミニスカート。そして、魔法使いがつけているような黒い外套を纏った少女…芳乃さくら

そして、彼女と並ぶように歩いている黒いシャツに身を包んだ瞳も髪も黒い六歳ほどの少年は桜内義之。

 

最後に、二人と少し距離を寄るようにして歩いている赤いコートを着て、身に合わない大きなトランクを持っている金髪の少年…水無月悠二。

 

「ねえ、悠二君」

 

不意に、器用に歩きながら後ろを向いたさくらは悠二に一つのことを尋ねた。

 

「悠くんって、呼んでもいい?」

 

「?」

 

さくらの奇妙な提案に、すこし顔をかしげる悠二。

理由がわからないのだろう。

 

そんな表情を察したのか、さくらは笑いながら言った。

 

「だって、悠二君じゃなんか余所余所しい感じがするんだもん♪」

 

語尾に音符をつけて、外見相応な笑みを浮かべて言う。

実際はそうでもないが、彼女の心境だろうか?

 

特に、気にすることも無い悠二は『やれやれ』といった感じに肩を竦めると

 

「好きにしろ」

 

諦観にも似た表情で、言った。

 

だが、さくらは嬉しそうなのでそれもそれでいいかと知らず知らずの内に笑みを浮かべた。

 

「―――どこにむかってるの?」

 

それから、しばらく沈黙を保ったまま、歩いていると手を握り、隣を歩くさくらを見上げるようにして尋ねた。

 

すると、さくらはすぐに笑顔を浮かべて、ソコを思い浮かべるようにして言った。

 

「いいところだよ。暖かくて賑やかでご飯がいっぱい食べられるところ」

 

ふと、誰かの腹の虫がなった。

 

 

そして、それと前後して恥ずかしそうに顔をうつむかせる義之。恥ずかしさからか、顔も若干、赤みがかっている。

その様子に、悠二は少し笑みを零すと、トランクのポケットから、何かを取り出すと、彼の前に差し出した。

 

「え…?」

 

「ガムと飴玉。どっちかやるよ。噛んでいれば幾らかマシになるだろう」

 

彼の言うとおり、手に乗っていたのは包み紙にはいった飴玉とガムだった。

 

「あ、ありがとう。お兄ちゃん」

 

「気にするな」

 

おずおずと言った様子でガムを取ると、丁寧に包み紙を剥ぎ取り、ガムを口に放る。

悠二も、義之が取らなかった飴玉を口にほうる。

 

「甘くて美味しいね!」

 

「だろ?」

 

義之の反応に、笑みを浮かべて応える。

外見の年齢は同じくらいという原因で、二人は中の良い兄弟のような印象を受けた。

 

それをみて、さくらが幸せそうに笑う。

 

「―――えっと、あの、その……」

 

なにかを言おうとして、思いつかないようで、しどろもどろになってしまう義之。

それをみて、なにをいうとしているのか察したようで、さくらは自分の名前を教えた。

 

「さくらだよ。芳乃さくら」

 

さくらは義之の顔をまっすぐに、そしてじっと覗き込むけれどよしゆきは恥ずかしさのあまりに目を反らす。

でも、さくらはそれを別の意味ととったらしく、顔にすこし影が差すそれを見た義之は「しまった」と後悔したような顔をしてします。

 

子供は純粋だ。よくも悪くも人の感情に機敏に反応する

 

「……さくらさん」

 

気恥ずかしさもたぶんにあったろうに・・でも、義之はそういった

けっして、大きな声とはいえない。むしろ、小さな声だ。

 

でも、これだけ接近していれば嫌でも聞こえるというものだ。

 

「うん♪」

 

そして、笑顔が弾けた。

名前を呼ぶ・・ただそれだけのこと・・のはずなのに、この人はそんなことでさえ・・ここ数年はなかったのだろう。

 

「じゃ、行こっか」

 

「うん」

 

超ご機嫌なさくらの言葉に頷き、二人は再び歩き出した。

それを、少し離れた後方で見た悠二はすこし複雑な笑みを浮かべるのだった。

 

そんな二人の様子に親子を感じてしまい、すこしの寂寥を覚える。

彼は家族というものは知らなかった。

 

だから、時折、それがほしくなる。手に入らないものと分っているからこそ

 

「ほら、悠くんもいくよ♪」

 

(手に入ったのかな?僕にも、家族って奴がさ・・・)

 

そうやって。強引に悠二の手を握り隣を歩かせるさくら。そんなこそばゆい光景に悠二はまた心中でつぶやくのだった

 

 

 

 

「今日からここがキミのお家だよ」

 

それから、三人はしばらく歩くと目的のその家へと辿りついた。

平均より、少し大きめな今風の一軒家。そんなに新しくもないし古くもない、良くも悪くも普通の家。

 

だが、それはあくまで一般論

 

(結界…)

 

魔術師(悠二)からみれば、まさに魔道に連なる家だと一目瞭然だ。

なぜなら、家を囲むように結界が張られているからだ。

 

とはいえ、進入を拒むような類のものではなく、害意をもって近づけば知らせる…程度のものではある。

普通の魔術師としてみれば、異端だろう。

 

魔術師にとって、家とは即ち工房だ。

己の研究成果などを秘匿するために、できる限りの防御策をするのが常識。

 

それを考えると、先ほどもいった異端と言う表現がぴったりだ。

 

だが、それ故悠二は笑みを零す。

 

「ボクのお兄ちゃんの家なんだけどね。みんないい人だよ」

 

――――ピンポーン

 

嬉しそうなさくらがインターホンを押すと、ぱたぱたと家の中から足音が聞こえてくる。

誰かが降りてきているようだ。

 

そして、しばらくするとガチャリと音を立てて玄関が少しだけ開き

 

「…………」

 

薄い茶髪の少女がそこから三人を覗き込む。

大きな緑色の瞳が三人を写す。

 

「…………」

 

「じー」

 

「え、あ、えっと」

 

「じーーーーー」

 

「あ、あの」

 

「じーーーーーーーーーー」

 

訂正、彼女の瞳は好奇心を宿し、義之を見つめていた。

 

「さ、さくらさん?・・・お兄ちゃん!?」

 

興味津々な少女に戸惑い、傍らにたつ二人に助けを請うが

 

「にゃはは、こんばんは由夢ちゃん」

 

さくらは知らん振りを決め込み、少女…由夢へと挨拶する。

ちょっと大人気ないんじゃないか?などと思いながらも、静観する悠二。こういうときは当事者だけの方がいいのだ。

 

「こんばんは」

 

視線を義之に向けたまま、さくらに挨拶する由夢。

 

「この子が義之くん。この前お話した子ね、でこの子が悠二君」

 

「うん」

 

嬉しそうな笑顔でうなずく。彼女としても、家族が増えるのは嬉しいことだった。

そして、さくらは由夢の後ろへと目を向けると、声をかけた。

 

「音姫ちゃんもおいで」

 

すると

 

「…………」

 

小さく漏れる息と共に、ドアの隙間からもうひとつの顔が飛び出す。

由夢とよく似た、少女だった。由夢が髪をお団子に結んでいるのに対し、彼女は大きな桜模様のリボンで、ポニーテールに結んでいる。

 

だが、それが彼女に良く似合っていると悠二は思った。

 

「ほら、由夢。ちゃんと外にでて」

 

「はーい」

 

音姫と呼ばれた少女のほうが姉なのだろう、由夢に出るように促し、二人は扉を完全に開き、姿を現す。

由夢はピンク色の音符のワンポイントが子供らしく可愛いデザインの服に赤いミニスカート。

そして、由夢の服装とは対照的に黒と白のさくらのソレとよく似た大人びた服を音姫は着ている。

 

二人とも、よく似合っている。

 

「ボクはお兄ちゃんに話があるから、後は適当にやってね。ちゃーんと仲良くするんだよー♪」

 

そして、二人が完全に出たのを見るとさくらはそういって、さっさと家の中に入ってしまう。

 

―――若い子は若い子でね♪

 

そんな言葉が悠二には聞こえるようで、思わず手で顔を覆ってしまう。

 

そして、取り残された少年少女4人

義之は相変わらずどうしたらいいのかわかりかねている様子だが、こういう場面には慣れている悠二は一歩、前に出ると自分でも、不思議になるほどの笑顔を浮かべて、自己紹介をする。

 

「とりあえず、僕は水無月悠二・・よろしくな」

 

「「う、うん」

 

元々、それなりに整っていた悠二の顔は金髪碧眼へと変わったことによって、印象を変えていた。

そのまじりっけのない笑顔を直視した二人は顔を赤くしてしまう。

 

そして、先手を言った悠二に習うように義之が動いた。

 

「桜内義之です。よろしく」

 

握手をと、手をさす出すがその手に触れるものはなく、ぶらぶらと宙に浮いたまま。

 

「あ、あはははは」

 

そして、誤魔化すような渇いた笑みを貼り付けた義之が諦めて、手を戻そうとした時

 

「あ・・・」

 

ぎゅっと温かい感触が右手を包み込む。

 

「ゆめ」

 

「へ?」

 

突然、由夢からかけられた言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする義之。

 

「朝倉由夢」

 

そう言って由夢はにーっと笑った。

 

「あーっと、名前?」

 

そこで、ようやく、名前だと気付く義之。

 

そして、確認すると由夢はまさに花が咲いたような笑みで頷く。

 

「うん」

 

「そっか、由夢って言うんだ」

 

噛み締めるように呟く義之。

 

「そう、よろしくね……お……」

 

「お?」

 

「お……おにいちゃん達」

 

恥ずかしさで、顔を真っ赤にしながら由夢は言った。

 

「音姫」

 

ポツリと一言、自分の名前を告げる。

それだけ言うと、音姫は家へと入ろうとしてしまう

 

だが、悠二はそれを赦さなかった。

 

「音姫ちゃんでいいのか?」

 

「うん」

 

「ほい」

 

悠二がそれをさえぎると、トランクから取り出した飴を音姉の前に差し出す。

義之に渡したモノと同じものだ。

 

「これ・・私に?」

 

「ああ」

 

「じーーーーー」

 

それをみて、猛烈な視線が一つ

 

―――由夢だ

どうやら、彼女もほしいらしい。そんな様子に悠二は苦笑を浮かべながらトランクから同じものを取り出す。

 

「ほれ」

 

そして、由夢へと渡した。

 

「ありがとう!」

 

それを嬉しそうに由夢は受け取った。。

 

「まあ、お近づきの印ってやつだ」

 

前世のときのように声に出して笑う。

 

「「あ、ありがとう」」

 

「ああ、どうしたしまして」

 

至近距離での悠二の笑顔に顔を真っ赤に知る朝倉姉妹。

 

「そ、それよりも、はやく中に入ろう?かぜひいちゃうよ」

 

そそいて、それを誤魔化すように由夢は義之を引っ張って、そして、悠二はトランクを持ってそれに続くように家のなかに入っていく。

―――家に入ると温かい空気、そしておいしそうな匂いが漂ってきた

 

そんなごく普通である感覚に、悠二は不意に涙ぐみそうにすらなる。

 

だが、それを押さえ、先に進む。

 

下駄箱のところでつい、義之は戸惑ってしまう。

 

「あ、え、えっと、おじゃまします」

 

「ちがうよ」

 

由夢が義之の言った言葉を否定する。

 

「え?」

 

そして、それに戸惑う義之。

 

「ただいま」

 

「ん?」

 

「だから、ただいま、だよ」

 

由夢が屈託のない純粋な笑みで言う

 

「今日からおにいちゃんのおうちだもん」

 

「うん・・・」

 

由夢につられて、義之も笑みを浮かべた。

 

(家族・・・か)

 

そんな思いを抱きながら、悠二も二人に続くのだった。

口の端を、嬉しそうに吊り上げながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

音姫

あれから、数ヶ月の月日がたったある日。

冬から、春になろうという時期に初音島を駆ける存在があった。

赤い聖骸布の外套(コート)を纏い、普通の人間では目視できないほどの速度でとても人間とは思えない速度で走っていた。

 

桜が舞う桜並木をその存在…悠二は必死に走る。

 

「ハァ、ハァ」

 

桜が舞う桜並木を悠二は必死に走る。

 

(畜生・・・!!畜生!!)

 

心のなかで、自分を罵倒しながら。

 

話は、一週間前にさかのぼる。

ある日、突然として音姫や、由夢の母親・・・朝倉由姫が倒れた。

 

すぐさま、病院に搬送され、検査を受けた結果

 

―――出された結論は『原因不明』

由姫の病気は不治の病どころか、症例すら少ないらしい

 

病院の医者の会話を盗聴しての情報だった

 

そして、ある日

 

「悠二くん」

 

深夜。悠二がひっそりと病院に進入した日。

気付かれないようにしていたはずなのに、不意に由姫は悠二に話しかけた。

 

「……なんですか?」

 

「……悠二くん、ありがとう」

 

帰ってきた言葉は感謝。

 

「……感謝されるような事は何ひとつしてませんよ」

 

双呟くと、由姫は可笑しそうに笑い

 

「貴方は私を直そうとしてくれた」

 

そういった。

 

「……なんのことですか?」

 

当然、悠二は白を切るが

 

「隠さなくてもいいわよ、貴方の事はさくらさんから聞いてるわ」

 

まるで、すべてを見透かしたような言葉に諦めざる終えなかった

 

(…あのお喋りめ)

 

その原因がさくらにあるときき内心毒づく。

 

「すいません…ぼくの力不足で」

 

「いいのよ。私はもう、十分に生きたわ」

 

はなしながら、悠二は由姫の体に手を触れ解析の魔術を走らせると状態を確認する。

 

―――危険。体内の無数の腫瘍を確認。

―――原因不明

―――対処法、不明

 

結果、良くなってはいないが、悪化もしていない。

 

「どう?私のからだの調子は」

 

「ッ!?」

 

悠二はよほど、驚いていたんだろう

 

逆に由姫がすこし驚いたように「これでも正義の魔法使いなんだから♪」と微笑む

それは音姫や由夢と同じで綺麗…というより、可愛い笑顔だった。とても、不治の病を抱えた人には見えない。

 

それから、しばらく他愛もない雑談に花を咲かせていると不意に、由姫は表情を引き締め、悠二の名を呼んだ。

 

「悠二くん」

 

「はい」

 

「あの子達……音姫と由夢をよろしくね」

 

そういって、また微笑む。先ほどもいったが、とても、病人には見えない。

 

「大丈夫ですよ。あの二人は強い、ぼくの助けなんて要りませんよ」

 

「ええ。たしかに二人は強いわ。でも…」

 

『とても脆いの』と悲しげな表情で続ける由姫。ガラスのように、一つのショックを受けたら容易く折れてしまうのだと、由姫は悲しげに悠二に話す。

 

「……」

 

それは、悠二も薄々と感じていることだった。

だから、否定できない。

 

「もし、二人がくじけそうになったとき、二人をお願いしてもいいかしら?」

 

まるで、答えは決まっている問いを確認するように聞く。

すると、悠二はフッと顔に笑みを浮かべて肩を竦めると答えた。

 

「ああ、僕に出来る事なら…な」

 

「そう。どうせなら、恋人になってくれてもいいわよ?」

 

悠二の答えに満足そうに笑みを浮かべると、由姫は爆弾を投下した。

だが、悠二は焦るわけでも、動揺するわけでもなく笑みを浮かべたまま、答えた

 

「馬鹿な事、言わないで下さい。二人にはいずれ相応しい彼氏が見つかりますよ」

 

……その翌日

 

悠二が用事で居ないとき、由姫は息を引き取った。なぜか、死に顔は何とも安らかだったそうだ。

それから、迅速に葬儀は終わり、由夢はまるで滝のように涙を流し、音姫は妹に涙を見せまいと冷たい仮面で涙を隠した

 

悠二は涙すら流すことはできなかった。

彼としては分っていたことだった。

 

だが

 

(―――)

 

そんな自分に憤りを隠せなかった。

 

それからだった、音姫が変わってしまったのは。

なにを話しかけても「興味ない」「だからなに?」と冷たくあしらわれ、家の誰とも距離を置くようになってしまった

 

無論、悠二からも

誰もがその原因が痛いほどわかるため、なにも出来ないでいた。そんな今日、音姉が家出したのだ。

幸い、今日が日曜であったために悠二や義之はもちろん、普段「かったるい」と言って動きたがらない彼女らの祖父・・・純一まで加わり、朝一で捜索をはじめた

 

防寒に聖骸布のコートを纏い、朝からずっと、走り回っていた。

ただ1人の家族をさがして。

 

だが、彼のその努力を嘲笑うかのように彼女の姿は見つからない。

 

そして、いま彼が屋根を伝って、むかっているのは桜公園。

なぜか知らないが、そこに音姫は居ると、確信できた。

 

(―――見つけたぞ、音姫…)

 

予想通り、目的の少女は桜公園の一角に設置されているベンチに姿勢よく座っていた

その少女・・・音姫の顔には喜怒哀楽…一切の感情を感じられない

 

その姿は、まるで人形のようだと、悠二は思った。

近くの民家から人気のない路地へと着地し、ゆっくりとした歩調で音姫の座っているベンチへと歩み寄っていく。

 

「音姉…」

 

言葉をかけるが、音姫は振り向くどころか、反応すらしない。まるで、聞こえていないかのように。

 

「…」

 

孤独と絶望

いまの彼女を占めている負の感情

このままでは、その感情に飲まれてしまう、そんな危機感が悠二をさらに焦らせる。

 

「音姉!聴こえてんなら返事をしてくれ」

 

声を大にして叫ぶ。

すると、僅かに表情を買え、ようやく悠二を法をむくと、子供とは思えない悲しい仮面のような顔をして、答えた。

 

「聞こえてるよ…」

 

抑揚のない、感情を押し殺したような声音。

それが、どうしようもなく悠二の胸を抉る。

 

「こんな所に居ると風邪、引いちまうぜ?」

 

「いいの…」

 

「良い訳無いだろうが。純一さんだって、由夢だって義之だって……それに僕だって心配してんだからさ」

 

まるで、家出した娘を諭すような優しい口調で語りかけるが、音姫は反応を示さない。

 

「……」

 

「だからさ、帰ろうぜ?……ぼく達の家にさ」

 

「いや……だよ」

 

不意に、音姫の表情が揺れる。

仮面に皹が入るように。

 

「いやだよ!!だって……お母さんがいないんだもん……」

 

そして、まるでダムが決壊したように感情が溢れ出す

 

……涙

 

音姫にとって由姫の存在は特別だったのだ

魔法のことをしる唯一の家族

 

魔法……それが、音姫と由姫を繋いでいた特別な繋がり

例え、それが断ち切られたなら繋げば良い。その方法を、悠二は知っているのだから。

 

「このまま、病気に成れば……そうすればお母さんに会えるんだもん!!」

 

まるで、なにかを振り払うように悲痛な叫びを上げる音姫。

 

「なら、もし由姫さんにあったら、音姉はなんていうんだ?」

 

「え!?」

 

問いかけを聞いて、キョトンとする音姫。

 

「…あの人にあったら、お前はどうはなすんだ?」

 

「えっと…、私は・・・??」

 

しどろもどろになりながら焦る音姫。

 

「あの人は・・笑って逝った。なら、音姉ももし由姫さんにあったら笑って話させるように生きないとな」

 

「・・・君に何がわかるの?」

 

「―――音姉は1つ、誤解してることがある」

 

人差し指をあげて、そう言った。

 

「誤解?」

 

「ああ」

 

「この世界にはさ、割りと多いんだぜ?……魔法使いって人種はさ」

 

パチンと、指を鳴らすと地面が隆起し、壁が出来上がる。

彼の十八番『錬成』だ。

 

「えええええぇぇ!?」

 

それをみた音姫は浮かび始めていた涙も吹っ飛び、驚愕へと代わった。

 

「これ……魔法?」

 

「まあ、その様なもんだ。僕は既存の物質を解析して、分解、再構築することができるんだ」

 

「再構築…?」

 

さすがに、再構築という言葉は音姫には難しかったようだ。

悠二はそんな様子に少し苦笑すると、分りやすいように噛み砕いていった。

 

「まあ、作り替えるんだ。この壁は地面のコンクリートを組み替えて、無理やり壁にしたんだ」

 

「へえ~」

 

「そうだ、由夢や義之には秘密だぜ?」

 

コートから、なにか巻物のようなものを取り出すと、シュルリと広げる。

そこには、墨で描かれたような魔法陣が描かれていた。

 

「これって、転移の魔方陣?」

 

「お、詳しいね。さすが由姫の娘だな」

 

音姫が描かれた術式を理解すると、まるで我が子を褒めるように頭を撫でる悠二。

年齢は、音姫が三つ上なのだが、こうみると兄と妹に見えるから不思議だ。

 

音姫もそれを跳ね除けずに目を細めて幸せそうに頬を緩める。

 

音姫から手を放すと巻物を地面に置く。

そして、左手をそこに添えるとそこに、魔力を流す。すると。魔方陣は黒く輝き、なにかがそこに転送された。

 

「これ、ネックレス?」

 

「ご名答」

 

それは、銀で作られ、中央にルビーの飾られた手の込んだ高価そうなネックレスであった。

しかも、錆びないように『固定化』され、尚且つ『強化』されているため強度も上がっている。

 

そして、それを悠二は持つと、音姫に差し出した。

 

「これ、私に?」

 

「ああ」

 

「きれい・・」

 

見とれたように、自分の手にあるネックレスを見やる音姫。

その様子に、悠二も満足そうに微笑む。

 

「気に入ってもらえて何よりだ」

 

そして、自分でネックレスをつけると、なにかを思いついたように微笑む。

 

「―――じゃあ、御返ししなくちゃね♪」

 

不意に、そう可愛く微笑み手を握り込んだ。

 

「ん…?」

 

わけが分らない悠二は頭の上で疑問符を浮かべていると、音姫が握っていた手を開いた。

 

すると、そこにはなんとも美味しそうな大福が乗っていた。

 

「はいっ♪」

 

悠二に差し出した。

 

「―――驚いたな…」

 

まさか、和菓子が出てくるなんて思ってもいなかった悠二が目を見開いて言う。

 

「フフ、和菓子は嫌いだった?」

 

なにき憑き物がとれたような明るい笑みで、そう言う。

 

すると、それを見た悠二も安心したように笑うと

 

「・・嫌いじゃないさ」

 

一口に、放り込んだ。

 

「どう?」

 

「美味しいな、うん」

 

率直な感想を言うとそうだった。これほどの和菓子を彼は食べたことがなかった。

―――というより、彼がこの手の嗜好品に疎いのもあるかもしれない。

 

「あ、ありがと…」

 

顔を赤くしながら、礼を言う音姫。

 

「―――ねえ、君に聞いて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」

 

渡された大福を租借し終えたところで、不意に話を切り出す音姫。

その表情はどこか、由姫を思わせた。

 

「ん…、いいよ」

 

「あのね、私はね。―――正義の魔法使いなんだよ」

 

小さく、胸を張って宣言した。

 

「正義…ね」

 

自分以外に聞こえないような小声で、悠二は呟くのだった。

結果から言えば、これを切欠に音姫は明るくなった。

 

由姫のことも、自分のなかで踏ん切りがつけられたのだろう。

 

だが

 

「―――」

 

―――『正義の魔法使い』

このときに、音姫が言ったこの言葉に、悠二はどこか、羨望に似た感情を覚えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。