IS -黄金の獣が歩く道- (屑霧島)
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ChapterⅠ

こんにちは、屑霧島と申すものです。
私の作品が皆様の暇つぶし程度になれば幸いです。
それでは、歌劇の幕を開きましょう。
よろしくお願いします。


とある城のとある大ホールではオーケストラの演奏が行われていた。

その光景は凡庸なオーケストラのコンサートとかけ離れたものだった。

そもそもからして、コンサートが行われている城が普通ではない。まるで墓場のごとく陰湿な雰囲気が漂っているが、それと同時に相反する神々しさも兼ね備えている。

また、そんな異様な城の大ホールで演奏する者たちは異質そのものだった。ある者は半身が焼けただれ、ある片目の無い者の眼からは噴水のごとく血が溢れだし、ある者は全身が切り刻まれ、ある者は両足を失っていた。

誰もが致命傷となりうるような怪我を受けているようにしか見えない。

常人なら死んでしまうだろう。だが、にも関わらず、演奏は続いている。

ハッキリ言って異様を越え、異次元だ。

そのようなコンサートが行われている大ホールには二人の観客が居た。

一人は黄金の鬣を靡かせる百獣の王のような男。もう一人は枯れそうな年老いた蛇のような黒いローブを羽織った男だ。二人とも、眠れる獣と蛇のようなそんな存在だったが、その魂から溢れ出る存在感は常人なら呼吸さえ儘ならないほどの圧倒的なものだった。

そんな二人は静かに演奏を楽しんでいた。演奏が終わると獣のような男は拍手を送る。

 

「さすが、我が爪牙。次の演奏会も楽しみにしているよ。」

 

黄金の男は席から立ち上がり、ホールから出ていく。

それに続く形で、黒いローブを被った男がついていく。

 

「獣殿、貴方に一つ提案がある。」

「なんだ?カール。卿が私に進言することはあっても、提案とは珍しいな。」

「何、貴方が飢えているのではないかと思ってのことだ。」

「ほう、何故にだ?」

「先刻の演奏会を聴いていた貴方は退屈しておられるように見えた。察するに、聖槍十三騎士団の多くがあなたの手元から離れ、我が息子に組した。それにより、オーケストラの規模が小さくなり、若干退屈なモノへとなり下がったことが原因ではないかと読んでいるのだが」

「………。」

 

まるで、鬼の首を取ったかのような表情で蛇のような男は、獅子のような男に質問を投げかける。そんな問いに対し、獅子のような男が反論できないのは、蛇のような男の言葉が己の深層心理を獲たからであったからだ。

 

「そうだな。カール。卿の言うとおり、私は己の既知感から解放されたにもかかわらず、先ほどの演奏は、私の飢えを満たしてくれるものではなかったよ。指揮者のマキナが、コントラバスのカインが、マラカスのヴァルキュリア、トライアングルのテレジアが、カスタネットのレオンハルトが、他にもクリストフ、マレウス、バビロン。シュピーネは登城以来一度も私と顔を会わせることなく、置手紙を置いて去ってしまった。今残っている騎士団の楽員は、ザミエル、シュライバー、ベイ、イザーク。楽団も騎士団も規模が小さくなり過ぎだ。」

 

城の主は聖槍十三騎士団という魔人の軍勢を率いていた。

盟友の代替に敗北し、ある者が座に就き、己はその者の守護者となった。

だが、その者の居る黄昏の浜辺より、己の渇望が作り出した城の方が過ごしやすいため、己は城に居た。

そこで、城の主である己は臣下に、座を守護するのであれば、好きなようにしろと、暇を与えた所、城の主に対し真に忠誠を誓っている者だけが残ったが、大半が友人の代替の男の元に行ってしまった。結果、元居た十三人が大幅に減り、今では聖槍十三騎士団に所属する者は、結成時の九人よりも少ない六人へとなってしまった。

現在の聖槍十三騎士団の空席はzwei、drei、fünf、sieben、acht、zehn、elf。

日本語で言うところの二、三、五、七、八、十、十一だ。

中でも、七が抜けた穴は大きい。

七は十進法において、十三の数字の前半にも後半にも属さないことから、天秤の支点とされ騎士団の首領並び副首領は重要視していた。そのため、黒騎士と呼ばれた大隊長ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンがこの数字を背負っていた。

また、三が抜けたことも痛い。

三もまた、七と同じく、十三と所縁のある数字だからだ。七進法であろうと、八進法であろうと、十進法であろうと、十六進法であろうと、如何なる数学的概念を用いても、十三という二ケタの数字からその概念数を差し引けば、三になるからである。

そのため、この数字を与えられていたヴァレリア・トリファは首領代行という責を背負っていた。

 

楽員と騎士団が大幅に減ったのは、城の主の完全な自業自得だが、それもまた一興だと彼らを憎むことは無かった。

なぜなら、彼は全てを愛している。

己に従う者も、己に刃を向ける者も、己に対し反旗を翻す者でさえも。

それが彼のあり方だったからだ。

 

「では、獣殿。貴方の騎士団を再び十三にするために、城から降り、英雄となりうる楽員を探すのは如何だろうか?」

「それは面白そうだが、カールよ。私がこの城から降りるのであれば、スワスチカを開かねばなるまい。だが、我ら騎士団は例外なくこの城か黄昏の浜辺に居り、スワスチカを開く戦力を持たん。であるならば、私はこの城から出られるまい。違うか?」

「確かに、貴方の言う通りだ。だが、なにも貴方自身が降りる必要はない。以前貴方は己の影を城から出させることを行ったはずだ。今回はそれに近いことをするだけだ。簡略して説明するのであれば、貴方の影に新たな生を与え、城から出させる。」

「仮に、そのようなことが出来たとしても、今の座は卿の女であり、卿ではない。あの者が成した理は輪廻転生だ。であるならば、私はラインハルト・ハイドリヒという人間としてこの城から降りるわけではない。違うか?」

「おや?貴方とあろう御方が未知を恐れておられるのか?」

「いや、私は確認しただけだ。再び生を謳歌するのであれば、あの時代のラインハルト・ハイドリヒでは詰まらぬ。それでは私は再び既知に悩まされてしまうであろう。私はそれを危惧しておるんだよ。」

「ご安心召されよ。獣殿。私が友情を裏切るようなことをしてきただろうか?」

「なるほど。だが、卿の女とツァラトゥストラが私を転生することを認めるのか?」

「すでに、女神には今の座を確固たるものにするための遠征だと伝えている。そして、そのことについて女神も我が息子も納得している。」

「そうか。あのツァラトゥストラを如何様に納得させたか問わぬが、面白い。卿の提案に乗るとしよう。」

「貴方が此処まで喜ぶとは、私直々に根回しをした甲斐があったというものだ。」

「だが、それだけか?」

「それだけとはどういうことですかな?獣殿。」

「卿が行う根回しというものは、あの女とツァラトゥストラを説得させただけではあるまい。私の知る卿なら、他にも何かしらの策謀を企て、何かをしたのだろう?」

「さすがは獣殿。聡いお方だ。私は己の知識の一部をある幼子に渡した。その者がどうするのか、何を思い、何を為すか、何を見て、何を感じるのかは私には予測できない。だが、貴方や私ほどではないが大業を為すだろう。故に、貴方の生は脚本の無い三流役者による混沌としたエチュードのようなものになると思うよ。それでも良いかな?」

「問題ない。むしろ、卿が関わった碌でもない世界こそ、私が下りるに相応しい。他には?」

「と、申しますと?」

「卿は先ほど言ったな。此度の座は輪廻転生だと。であるならば、私にはこの聖餐杯以外の肉体が用意されるはずだ。だが、私の影であろうと、肉体を持つと言うならば、それが聖餐杯以外に収まるとは到底思えん。で、あるならば、こちらの対策も卿は考えておるのだろう?」

「ご明察通り、貴方の影であろうと聖餐杯以外の肉体に入れば、数秒を経たずして、砕け散るでしょう。そして、砕け散れば、再び貴方はこの城に戻ってくる。そこで、私の術をもってして、貴方が使われる凡人の肉体を聖餐杯の贋作へと昇華させましょう。本来の性能には劣りますが、ある程度成長すれば、影の貴方が本気を出しても壊れますまい。」

「そうか。では、楽しみにしているよ。カール。」

「貴方の二度目の生が有意義であることを私は願っているよ。獣殿。」

 

蛇のような男は影狼のように消えさるように、その場から立ち去る。摩訶不思議な現象に常人なら驚くだろうが、獅子のような男、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒにとってはこのようなことなど既知であり、特筆して驚くようなことではない。

 

ラインハルトはその場で立ち尽くし、熟考にふける。

考えることはカールという名の唯一無二の友人のことだ。

カール・エルンスト・クラフトは面倒な男である。彼を一言で表すならば、詐欺師。

ただ、意訳仕様のない契約は違えぬあたりが普通の詐欺師とは異なるのだが、舞台の裏で糸を引き、他者を破滅させ、自分の目的を達成させるという点では相違ない。

そのような人間が再び舞台の裏に立とうとしている。

予測しがたい天災のような展開が待っているのは誰であろうと容易想像がつくだろう。

そして、そんな男が舞台を盤ごとひっくり返すようなことをするには彼なりの目的がある。たとえ思慮の深い者であろうと、一朝一夕で見破くことはできないほど、カール・クラフトの目的というものは複雑怪奇で豪く遠回しな場合もあれば、どんな愚者であろうと打ち取ることのできるようなシンプルな直球な時もある。故に、そんな男の思慮を唯一無二の友人であるラインハルト自身も汲み取ることはできない。仮に、汲み取れたと思ったところで、その実、カール・クラフトはその裏を読んでくる。

そして、そんなカール・クラフトのことをラインハルトは気に入っている。

読めぬ。深く、暗いからこそ、面白い。

ラインハルトがカール・クラフトの友人になった理由はそんなところだ。

と、するならば、カール・クラフトが自分を城から出させる目的として、自分の率いる聖槍十三騎士団の再生というものはありえないとしか思えない。

で、あるならば、別の目的があるのか、それとも突拍子もない気まぐれなのか、それとも、実は自分の読みは当たっており、自分の動揺を誘おうとしているのか。

 

「……楽しませてくれよ、カール。願わくば、再び全霊の境地に辿り着かんことを。」

 

ラインハルトは新しい玩具を見つけた赤子のごとく胸が高鳴っていた。

このような高揚は悠久と言っても過言ではないほどの時間味わっていなかった。

そして、ラインハルトの高ぶりは肉声となって、口から溢れ出る。

 

「ハーッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

ラインハルトは笑い声をあげながら、城の中を歩く。

城の主の声は響き渡る。ラインハルトの声は城と共鳴し、城全体が揺れる。

たとえどれだけ離れていても、ヴェヴェルスブルグ城の住人の耳へと届く。

誰もが理解した。城の主は歓喜に打ち震えていると。

 

 

 

十数年後、ドイツ。

 

一人の日本人の青年が首都ベルリンの観光名所ベルリン大聖堂の前を歩いていた。

青年は今朝ベルリン・ブランデンブルグ国際空港に到着し、空港の喫茶店で軽い朝食を済ませると、電車を乗り継ぎ、宿泊予定のホテルにチェックインし、荷物を置くと、観光に出かけていた。日本とドイツとでは八時間の時差があるにもかかわらず、青年は時差ボケを起こしておらず、足取りはしっかりしている。

 

ベルリンは日本人観光客が少ない。

西洋人にとって、ベルリンは人気のヨーロッパの都市であるが、日本人からすれば、パリのエッフェル塔や凱旋門、ロンドンの時計塔に比べて、ベルリン大聖堂などのベルリンの観光名所は知名度が低く、退屈してしまうのではないかと敬遠されがちだからだ。

そのせいなのか、空港に降り立ってから、今まで日本人を見かけたことがない。

どうやら、日本人の観光客だけではなく在住の日本人も少ないようだ。

そのためか、ベルリンは日本人が少ない都市によく起こり、たまにニュースで映し出される光景があった。どう見てもエセ和食しか出さないだろうとしか思えない看板を掲げた店がベルリンの道に軒を連ねている。だが、西洋人からすれば、日本も本場の料理からかけ離れている料理を出す店が多く存在する。一方的に、日本がベルリンに対し、腹を立てるのなら、両国共に同罪と青年は思っているため、静かにその光景を静観していた。

 

逆を言えば、そんなベルリンのドイツ人からすれば、日本人は珍しいのだ。

そのため、すれ違いざまに彼の姿を目で追うドイツ人は少なくなかった。

だが、ただ彼が日本人だからという理由で、道行く人は彼を見ていたわけではない。

その青年は耳が半分隠れるほどの長さの黒髪をしており、平均的なこの年の日本人より少し細身の長身で、とても整った顔立ちをしている。

年はまだ十代の後半にもなっていないが、大人じみた雰囲気を纏っていた。

日本でモデルや俳優をしていると彼が言っても、冗談には聞こえない。

そんな見栄えの良い容姿が人の眼を引き付けていた。

 

そんな日本人の青年が、日本人に人気があるとは言えないベルリンに何故居るのか、それにはこのベルリン郊外のデューッペラー・フォルストに建てられたIS競技用のアリーナで今日の夕刻に行われる第二回モンド・グロッソの決勝の観戦に来たからだ。

 

ISとは数年前に篠ノ之束という女性が開発したパワードスーツだ。

当初の目的は宇宙で作業を目的としたパワードスーツだったが、その圧倒的な能力から一時世界のバランスを崩そうとした兵器だ。

現在は条約により、スポーツとして扱われ、兵器転用を禁止されている。

そして、そんなISの大会の最高峰が前述の『モンド・グロッソ』である。

モンド・グロッソはオリンピックやサッカーワールドカップと同等の知名度を持つほどの有名なスポーツ大会である。世界中で放送される。

 

青年はその試合の観戦のために、日本から遠く、ベルリンへと来たのだ。

だが、此処に観戦に来たのは、彼が唯のISの熱狂的なファンだったからというわけではない。仮に、彼が唯のファンだったとしても、普通なら来られるはずがないのだ。

日本からベルリンまでの飛行機代並びに、宿泊費、そして、決勝戦のチケット代、これらの総合計は一般的なサラリーマンの月収を遥かに超える。

そんな大金を十代の後半にもならない彼が出せるはずがない。彼の年齢でこの金額を支払えるとすれば、それこそ金銭感覚の狂った大富豪の御曹司ぐらいであろう。

では、何故、彼がその決勝戦の観戦に行くことが出来るのか、それは、試合出場者の親族には特別に飛行機代、宿泊費、観戦チケットが配布されるという規則があり、彼の実姉がこのISの試合に出ており、これから行われる決勝戦に出るからである。

彼が決勝戦だけを見に来たのは、消化試合に興味が無かったからだ。実姉は優勝候補の筆頭であり、決勝戦の相手以外に彼女と試合と言えるような戦いが出来るほどの技量を持ち合わせている者が居なかったからだ。決勝戦の相手も彼の実姉と戦えることはできるが、実施相手では負けは必至と言われている。

要するに、彼の実姉の優勝は確実だと言うことだ。

故に、彼がベルリンに来た目的は、観戦しに来たと言うよりは、試合後に優勝を祝うためにベルリンに来たと言った方が正しいだろう。

だが、目的を果たすだけでは、せっかくの飛行機代や宿泊費が勿体ない。

そこで、彼は決勝が行われるまでの時間をベルリン観光に費やしている。

 

「この国も行雲流水のごとく変わってしまったか。あの時に比べ、些か落莫するが、此処で生を営む者の思想や、取り巻く時代が移り変わったのだ。仕方があるまい。」

 

青年はベルリン大聖堂と旧博物館前の広場の噴水に腰を掛け、感傷に浸っていた。

彼はこの生涯初めてベルリンに来た。だが、彼は彼である前に、このベルリンに来たことがあった。此処に居を構えていた時期があったのだから、『来た』よりも『住んでいた』という表現の方が適切であると思われる。

要するに、青年は己の前世を知っていて、前世はこのベルリンに住んでいたということだ。

故に、彼はその時のベルリンと、今のベルリンとを比較することが出来るのだ。

では、彼が彼である前は誰であったのか、それを知るのはこの世界において彼以外に誰も存在しないだろう。なぜなら、彼はそれを話す気はないからだ。

そして、誰にもそのことを話さないのは、自分は前世を知っているなどという与太話を誰も信じるとは到底思えなかったことより、彼の前世の業が深かったからだ。

彼自身、前世で間違った行いはしていないと思っているが、それを一般人に話せば、狂人を罵られ畏怖されるのが当然の反応だと知り、そんな素の自分を今は晒せ出す時ではないと心得ていたからだ。

 

彼は立ち上がると、広場から出ていく。

目的の場所はあらかた回りきり、残すところは此処から歩いて数分の名もなき広場だ。

青年はベルリン大聖堂の西を流れる川にかかる橋を渡り、目的の広場へと辿り着く。

広場は昔見た時より些か小さくなり、地面に敷かれた煉瓦の色も変わってしまっている。

だが、あの時に存在した噴水は残っており、当時と似た空気が流れていた。そのため、この時代のこの国の人間の肌に合わないのか、人通りが少ないように見える。

 

あの時とは、今よりはるか昔。1939年12月24日。

国家社会主義ドイツ労働者党いわゆるナチスがこの国の与党であり、アドルフ・ヒトラーという人物が覇権を握り、他国がこの国を第三帝国と呼んでいた時代だ。

そして、この日、前世の青年は幾千の戦場を共に駆け抜けるに相応しい者たちと出会い、ある者から新世界への扉の鍵を渡された。それがこの場所だった。

青年は久しく感じるその空気に帰郷のようなものを感じ取った。

 

そんな時だった。

一台の黒いワンボックスカーが青年の横に留まった。

すると、黒いスーツに身を包んだ男たちが車から数人降りてきた。

男達は鍛え上げているのか、逞しい体つきをしている。その肉体と服装からどこかの国の要人のシークレットサービスをしているのかと思われた。だが、彼らからは敵意が滲み出ている。どうやら、穏やかに話をしに来たわけでもなさそうだ。それに、ワンボックスカーにナンバープレートが無いことから、どうやら、堅気の者でもないらしい。

そして、その数人の男たちは青年に掴みかかってきた。武装をしていないことから、青年は自分を殺そうとしているのではなく、自分を捕縛しようとしているのだと察した。

それほど、青年は冷静だった。

こんな非日常に対し、彼がこれほどまでに入れたのは、前世で手に入れた彼の鉄のように固く揺るぎない精神によるものだろう。

 

そして、青年は何処の手の者か分析するが、心当たりがあり過ぎるため、特定ができない。

今の自分に対するなのか、青年の前世の業によるものなのかさえも。

今の自分に対するものであるならば、第一回モンド・グロッソの覇者である実姉に関わることだろう。弟という餌で姉を釣り、自分のものにする。そんなところだろう。

一方、前世の業によるものであるなら、自分の前世が他人に知られている。誰にも話していないが、彼の知る魔術でも使えば、青年の前世を見破ることもできるかもしれない。故に、前世の業ではないとは言い切れない。

だが、いずれにしても、表世界で堂々と大手を振って歩けるような人物ではないことだけは理解できた。故に、これは久々に戯れても問題の起きない相手だ。

 

「カールよ。あの時、この場所で、卿は言ったな。無聊の慰めになれば幸いだと。」

 

青年は右手を振り上げ、自分に掴みかかってきた最初の男の左腕を払う。

ただ、それだけの簡単な動作だった。だが、その動作には常人では出しえない力が込められていた。その圧倒的な力によって、黒服の男の剛腕は小枝のように軽く折れた。

腕を折られた黒服は突如予想だに出来なかった結果に、頭が回らない。最初は腕が折れた事実を認識できず、その痛みを感じ取ることが出来なかった。彼が自分の腕が折れたことを認識したのは、折れた左腕の手の甲が自分の左頬に触れた時だった。

認識したと同時に、堰が決壊した川の水のように激痛が自分の脳に襲い掛かってきた。

立ち止まり蹲りたくなるほどの痛みだったが、任務は完遂しなければならない。腕は二本ある。そのもう一本と仲間で、目的の青年を押さえつければ、どんなに力が強くとも問題ないと黒服の男は判断した。

男がそうまでして目的を遂行する理由を青年には知る由が無かった。だが、青年にとって、黒服の事情は己にとって些事であり、この脈動を止めるほどの障害にはならない。

 

「ふむ。やはり聖餐杯に比べれば劣化しているという事実は否定できんな。だが、上々。現状の私が本気の幾分の一を出しきるには十分だ。」

 

青年は右足で地面を蹴り、左手を前に突き出す。

それだけで、黒服の男はラケットで打たれたテニスボールのごとく飛ばされ、煉瓦の地面の上を転がり、黒のワンボックスカーのボディにめり込んだ。

ワンボックスカーに衝突した拍子に脳を揺さぶられ、男はそのまま意識を手放した。

めり込んだと言っても、車が大破するほどではない。車を大破させては騒ぎになり人の眼に着いてしまう恐れが大きい。そればかりか、相手の逃走方法を奪うことになってしまう。

そうなれば、お互い目立ってしまう。極力それは避けたかった。

だが、青年は目立つのは避けたいが、それでも手を抜きすぎる理由にはならない。

なぜなら、日本の観光客が屈強な男たちを空手で撃退しているというのが、この状況を見た普通の人の感想だからだ。空手がどのようなモノか少しでも知っている日本人ならあり得ないと思うだろうが、それが尤もらしい状況であるため、日本人であろうとドイツ人であろうとそう納得せざるをえない。そして、事実はそれに近似していた。

そのため、この状況を通行人に見られて大損をするのは黒服の男であり、青年ではない。

青年はそう判断したからこそ、手を抜きすぎることは無かった。

 

青年の二撃で仲間の男が沈む光景を目の当たりにした黒服の男たちは捕縛する目的の人間が並みの人間ではないと、初撃は偶然ではなかったのだと理解した。素手で押さえつけ、クロロホルムを嗅がせて、気絶させたところ拉致する予定だったが、予定変更と判断する。

すると、残った三人の黒服の男達は特殊警棒を取り出し、構え、青年を取り囲む。

その時、黒服の男は初めてこの青年の危険性に気が付いた。

優男にしか見えないが、先ほどまで油断していたが、人間の皮を被った獅子の類だ。

初めての経験だったが、恐れることは無かった。

彼らは任務を全うすることだけを考えるために、恐怖心を捨て去ったつもりだからだ。

玉砕覚悟で当たり、ねじ伏せ、手足でも捥いで、連れて目的地へと運ぶ。そうすれば、任務は達成だ。多少怪我させても問題ないと黒服の男たちの上層部から言われている。

これから、慢心は無い。手段は選ばない。

故に、この青年を捕縛できないはずがない。黒服の男たちはそう思っていた。

だが、何故か最初の一歩が踏み出せない。

 

「どうした?その警棒を使って、掛かってこぬのか?」

 

青年はドイツ語で挑発する。そして、その瞬間、青年の気迫が膨れ上がる。

黒服の男は捨て去ったはずの恐怖心が蘇えり、心を蝕んだ。先ほど足が動かなかったのは、人間の本能の一部が警戒を鳴らしていたからだと此処で理解できた。

頭が動かなければ、脊髄反射以外の行動を人間は取ることが出来ない。

そのため、黒服の男たちは指一本動かすことが出来なかった。

目の前の青年は獅子どころではない。人の皮を被った化け物だと知った。

そして、黒服の男たちはあることに気が付いた。

深い藍色だったはずの青年の瞳が黄金に輝いていることに。

 

「ならば、私が使ってやろう。」

 

青年は一人の黒服の男の右手を左手で握り、力を込める。男の右手から木の軋むような音が聞こえ、込める力が増せば増すほど、大きくなる。

その軋む音は、やがて木の割れるような音へと変わった。

握力にものを言わせて、青年は黒服の男の拳を握り潰し、骨を折っているのだ。

青年の凄まじい握力と、握っている警棒の反発力で拳は変形してしまっている。

あり得ない光景に、その男の何もかもが青年の行動に追い付けない。

残った二人は自分の恐怖心をねじ伏せ、青年を背後から襲うが、右足の後ろ回し蹴りで蹴り伏せられた。

青年はゆっくりと左手を開けると、原型の無い手から警棒が落ちた。

 

「如何だっただろうか?警棒の新しい使い方は?相手の手を壊すという結果は相違ないが、手段を考えれば、最も利便性の低い非効率なやり方ではある。だが、相手を壊すための方法の一つとして知っておいて損はないだろう。卿も覚えておくと良い。……それで、卿は何者だ?」

 

青年は黒服の男に問いかけるが、青年に対する恐怖心に支配された彼には反応する余裕どころか、青年の姿を見る余裕さえない。

生きた心地がせず、冷や汗が滝のように湧き出る。

俯き、歯をガチガチ鳴らす以外、彼が出来る行動は無かった。

 

「ふむ、まあ、良い。卿が何者であれ、私への無聊の慰めにはなった。私はそれだけで満足し、感謝したとしておこう。逃げたくば逃げるがいい。」

 

青年は踵を返し、その場から立ち去ると、この広場を埋め尽くしていた威圧感が消えた。

 

蛇の睨みから解放された鼠のように、黒服の男は仲間をワンボックスカーに乗せると、急発進し、このベルリンから出来るだけ離れようと、車を飛ばす。

 

「冗談じゃねーぞ。なんだよ。なにが、ジャップ一匹拉致ってこいだよ。ありゃ、化けモンじゃねーか!ふざけんなよ。なんであんなのがこの世に居るんだ!」

 

恐怖心に囚われ、片手が潰れた状態では、周りが見えず、判断力にかけ、ハンドル操作が上手く行かない。まともに、高速で疾走する車の運転をこの男が出来るはずがない。

結果、ワンボックスカーはカーブで曲がりきれず、ガードレールを突き破り、車は横転する。道路わきの坂道を車は転がり、川へと落ちた。

男は車から脱出を試みるが、川の水の水圧で扉は開かず、水で故障したため自動で窓を開けることが出来ない。助手席の横に置いてある窓割りを取ろうとするが、シートベルトが邪魔をして手が届かない。冷静に判断できれば、シートベルトを外せば良いと分るのだが、恐怖し焦っている彼がそんな合理的に物事を判断できる余裕がない。

そして、そのまま、車は深い川底へと沈む。

 

その車の後部座席に置かれた一台の携帯電話のディスプレイにはあるメールが表示されていた。

 

『織斑一夏という写真の男を拉致せよ』

 

メールに添付されていた写真は先ほど彼らをねじ伏せた青年の顔写真だった。



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ChapterⅡ

織斑一夏という人物は獅子のような男だと、誰も口を揃えて言うだろう。

何事にも真摯に取り組み、何事も熟す様は絵に描いたような文武両道の優等生だと、彼と付き合いの浅い皆は評価していた。

だが、彼の友人は皆、彼は飢えた眠れる獅子のような男だと口を揃えて言う。試験で高得点を取っても、市民マラソンで好成績を残しても、当然のような顔をする。普通の人間なら誰もが喜びそうな場面でもだ。故に、彼と深く関わり彼のことを友人として接するようになると、彼は飢えているようにしか友人の眼には映らなかった。友人には達成感を覚えたことのない彼は障害となりうるものに飢え、自らの本気を振り絞っていない眠れる獅子のように見えたのだ。

 

そんな一夏であったが、誰もが、一夏のことを評価しているわけではない。

出来過ぎる彼のことを気に食わない、面白くないと思っている不良達が一夏に手を出すことがあったが、悉く返り討ちを喰らい、惨敗をきしている。

また、そんな万能な彼が気味悪く思い、疎遠になる友人がほとんどだった。

だが、そんな一夏を友人だと思い続けている者が居る。

 

「一夏、ご飯行こう。」

 

一夏のクラスメイトで友人の凰鈴音…鈴が一夏を昼食に誘う。

名前で分かると思うが、彼女は純粋な日本人ではない。日本人と中国人のハーフだ。

少し前に、クラスの男子たちに鈴の父親が中国人であることを馬鹿にされ、虐められていた所に、一夏が現れ、指一本でクラスの男子をねじ伏せた。

両腕で頭を守り蹲って身を守っていた鈴に声をかけた一夏は、虐められていたことによりパニックに陥っていた鈴に顔面に正拳突きをされたというのはこの時の話である。

後に誤解がとけ、友人として付き合うようになったのだ。

飢えた眠れる獅子のような彼に対し、彼女は抵抗ない。

むしろ、人生薔薇色一色のはずがないのだから、飢えるのは当然だと思っている。

 

「一夏、鈴、悪いけど、購買行くから先行っててくれ。すぐ合流する」

 

そう言って、一夏と鈴を追いかけるのは五反田弾と御手洗数馬だ。

二人とも一夏の男の友人である。彼らが一夏を気味悪がらないのは、漫画の主人公のような一夏のチートっぷりが気に入ったらしい。

 

「今日の青椒肉絲(チンジャオロース)は会心の出来よ。」

「そうか。鈴の料理は至高ではないが、唯一であり、味がある。実に楽しみだ。」

「それって、馬鹿にしてんの?」

「いやいや、鈴。お前、3日前の餃子、皮が破けて具が出て、原型が無かっただろ。あの時、鈴なんて言ったか覚えているか?」

「最高の出来だったな。てか、弁当に餃子が入っているのはさすが、中華料理屋の娘って思うけどさ、実際のところ弁当に入っているのがご飯と餃子のみってのはどうよ?栄養偏り過ぎのような気がするぞ?」

「弾も数馬もうっさいわね!でも、美味しかったから良いでしょ!」

「まあ、それは否定できないが、餃子がご飯と混ざってできた餃子チャーハンとかいう謎料理をスプーンで掬って喰うのは新感覚だったぜ。」

「うぅ。……一夏、アンタはどうなのよ?」

「味は良かったが、数馬の言うとおり、些か形が悪かったのは否めない。だが、卿なら、前回の反省を繰り返すことはあるまい。次回の餃子を私は楽しみにしておるよ。」

 

一夏は鈴の頭を撫で、微笑みかける。

一夏の笑顔は同世代の女子から『ツン殺し』と言われており、どんな氷のようにツンな女子も、一瞬で溶けデレデレになるほど時めくと言われている。

当然一夏のことが好きな鈴は一夏の笑顔を見て時めいた。だが、鈴は不意に頭を撫でられるのは慣れていない。本当は一夏に頭を撫でられると鈴は落ち着き、安心するため、嫌いではないのだが、学校の廊下という衆人観衆が居る中で頭を撫でられるのは恥ずかしい。

そのため、照れ隠しで地団駄を踏みながら、一夏に中身のない敵意を向ける。

 

「ふにゃー!子ども扱いすんなぁ!頭撫でんなぁ!」

「だが、満更でもなさそうに見えるのは私の気のせいではないと思うのだが。」

「一夏のくせに、知った風な口を叩くにゃぁ!」

 

図星だったうえに、舌を噛んだ鈴は一夏を叩こうとするが、鈴の頭は一夏の片手で押さえられてしまう。鈴の腕は一夏の腕に比べて短いため、これでは一夏に手が届かない。

そんな鈴の相手をしている一夏は笑っている。羞恥心という火に油を注ぎこまれた鈴は力いっぱい腕を振るうが、それでも一夏の胸に自分の拳が届くことはなかった。

初見の者ならば、鈴は一夏の腕を叩けば良いと思われるが、以前それで鈴の腕が痺れ、数分の間箸さえ持つことができなくなったことがあり、それ以降一夏の腕を叩いたことはない。結果、一夏に頭を押さえられた鈴は、当たるかもと信じて、当たらないグルグルパンチを続ける他なかった。

そんな光景を傍で見ていた弾と数馬はため息交じりに、口を揃えて言った。

 

「「もうお前ら結婚しろ。」」

 

その言葉を聞き、耳まで熱した鉄のように赤くなった鈴は一夏を叩こうとすることを止め、弾に顎に跳び蹴りを、数馬には鳩尾に膝蹴りをかました。

鈴の決め技を受けた二人は糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた。

だが、これもいつもの光景で、弾も数馬も放っておいても大丈夫だと言うことを一夏も鈴も知っている。そこで、五反田弾という名前のたんぱく質の塊と、御手洗数馬という名前のたんぱく質の塊を階段の踊り場に放置し、一夏と鈴は校舎の屋上で昼食を取り始めた。

ただ、好きな男と黙々と食べるのも勿体ないと考えた鈴は一夏に話を振ってみた。

 

「ねぇ、モンド・グロッソどうだったの?」

「姉上の優勝が必然である以上、取り立てて騒ぐほどのことでもあるまい。故、私から卿に特に何も言うことはないよ。」

「アンタ、毎回思うけど、言い回しがくどいわよ。」

「そうか。だが、これが私だ。生来のモノゆえ、いまさら気を使い、変える気も起らん。」

 

一夏が敬遠される理由を万能すぎるからこそと言ったが、彼の話し方にも問題がある。

正直、普通の一般庶民ならば、一夏の言い回しが難しすぎて会話が成立しにくいのだ。

 

「そ。アンタが良いなら、それでいいけど。……で、アンタ、ドイツのお土産買ってきたでしょうね。」

「無論。」

「よっしゃー!で、何を買っ……って、待った!ネタバレになるから、貰ってからの楽しみにしておくわ。放課後、ウチ来なさいよね。そんとき貰うわ。良いわね!」

「了承した。」

「他には?ドイツで何か無かったの?」

「ベルリンの街を写真に収めていた。卿はこういった外国の風景が好きなのだろう?」

「うん!見せて見せて!」

 

一夏は胸ポケットからデジカメを取り出し、鈴に渡す。

鈴は箸を手から離し、デジカメを操作し、一夏が撮った写真を見ていく。

その写真を見た鈴はその一枚一枚に反応する。

エセ和食の店の看板の写真を見て『蒸し焼き江戸って何よ』と笑ったり、ベルリン大聖堂を見て綺麗と感動したり、モンド・グロッソで表彰されている一夏の実姉である千冬がアップで映っている写真を見て『ゲッ』と反応したり、忙しい。

一夏はこまめに写真を撮っている。それは、千冬に『今、この瞬間、自分が生きていることを形として残すために写真を撮っておいた方が良い。』と写真を勧められたからだ。

 

「相も変わらず、卿は姉上が苦手なようだな。いい加減慣れるということを知らんのか?」

「苦手なもんは苦手なのよ!仕方ないでしょ!アンタにだってそう言うの無いの?」

「ない。私は全てを愛しているからな。」

「出たわね。そのセリフ。前も言ったと思うけど、そんな全てを愛してるって言ってたらね、言葉の重みが減るでしょ。愛しているって言うのは誰かに限定しなさい。」

「それは前にも聞いた。だが、言ったであろう。」

「『これが私の在り方ゆえ、変える気などない』でしょ。」

「よく分っているではないか。」

「褒められても嬉しくないわよ。……あたしだけを愛しているとか言ってみなさいよ。」

「何か言ったか、鈴?」

「何でもないわよ!馬鹿!さっさと、あたしのチンジャオロース食べなさいよ!」

「ふむ。そうさせてもらおう。」

 

一夏は箸を持ち、青椒肉絲(チンジャオロース)を摘まむと、口に入れる。

その様子を鈴は隣で穴が開くほど、凝視している。気になるほど、顔が近いのだが、何度鈴に言っても、鈴は必ずこの状態になってしまうため、一夏はいい加減慣れてしまった。

 

「一夏、どう?」

「なるほど。会心の出来と言っても過言ではあるまい。私は中華の神髄というものを深く理解しているわけではないが、この味は私の舌によく馴染む。」

「ホント!嘘じゃないよね!?」

「この場で虚言を吐いて、何の意味がある?私は出来ぬことと嘘は言わんのが性分だ。」

「そ、そうよね。えへへ。」

 

鈴はイヤンイヤンと嬉しそうに、首を横に振りながら、喜んでいる。

そんな鈴の横で、一夏は黙々とチンジャオロースを食べている。

数分後、先ほど鈴に沈められた弾と数馬が復活し、4人で昼食となった。

 

「鈴、お前マジで手加減しろよな。ポケットに入れてたパンが、殴られて倒れた拍子に豪いことになってんじゃねーかよ。」

「自業自得よ。それに、殴ってないわ。蹴ったのよ。」

「どっちゃでもかわんねーだろ。ペッちゃんこになった挙句ジャムが漏れてる俺のジャムパン見ろよ。車に引かれたグッチャグチャのカタツムリみたいだぜ。」

「ちょ!食事中になんてスプラッタな表現してくれるのよ!食欲無くなるじゃない!」

「これぐらいの仕返しぐらい、俺のジャムパンに比べれば、軽い軽い。なんたって、お前の食欲が抑えられれば、お前はいつもみたいにドカ食いせずに済むんだろ?俺は被害しか受けてないのによ、お前の食事制限に一役買ってんだから、恨むどころか、むしろ、俺に感謝しろよな。」

「物は言い様ね。」

「俺のポジティブシンキング舐めんなよ。って、そんなことはどうでもよくて、結局のところ、お前、まだダイエットしてんだろ?」

「ま、…そうだけど。」

「やめとけ、やめとけ。一夏もそう思うだろ?」

「鈴、卿は一時ダイエットをしていたが、今では十分無駄のない体型を手に入れている。現段階で無駄がないのだから、その状態から何かを削るとなると、必然的に人としての生命維持に必要な部位を削ることとなり、健康を害し、美容が主目的のダイエットが達成されない。本末転倒も良い所だ。」

「だとよ。まあ、俺も同意見だわ。正直、お前は今のスタイルを維持していたら十分だ。これ以上痩せたら、お前、カピカピの干からびたミイラに成っちまうぜ。見たことあるか?ダイエットの境地、拒食症ってのを?」

「なにもあそこまでやる気はないわよ。でも、弾、あたしの食欲無くそうとしたでしょ。」

「確かにそうだが、ドカ食いして、ヒィヒィ言いながら体動かして体重をコントロールするぐらいだったら、適度に食べるぐらいにしといた方が、楽だろう?」

「確かに、そうね。毎朝一時間走るのしんどいし。」

「あれまだ続いていたのかよ、鈴。」

「それで、日曜日は公園の太極拳やってるんだろう?」

「えぇ、そうよ。」

「あの爺婆の集団に小っちゃい小学生とかが参加しているなら、おばあちゃんっ子とかおじいちゃんっ子って説明できっけど、中途半端にチンチクリンの鈴が紛れてるって、シュール過ぎんぞ。」

「うっさいわね。別に良いじゃない。」

 

そんな他愛のない話がいつも昼休みの屋上で繰り広げられていた。

織斑一夏とその周りの日常というのは要するに、普通の一般的な中学2年生のものと相違ないものであった。これがあのツァラトゥストラの望んだ永遠の刹那にしたい時間なのだと一夏は考えていた。悪くはないが、私の飢えを満たすものには程遠い。

 

「あ、そうそう。今日一夏がウチにドイツのお土産持って来て、そのついでに、晩御飯ウチで食べていくことになったから。今日の放課後は何もなしって方針で。」

 

要するに、今日は一夏とデートするから、邪魔をするなと弾と数馬に釘を刺している。

当然、二人とも鈴が言いたいことが、数度蹴られたおかげで身に染みて分かっている。

 

「おい、鈴。先月の約束忘れたのかよ?」

「何?約束って?」

「ほら、ISの企業があの東町の商店街近くの公民館に来るから、ISの適性を見ようとかっていう約束。アレ、お前から言いだしたんだぜ?せっかく予定合わせて、家のシフト組んでもらったのによ。」

「そういえば、今日だったわね。じゃあ、こうしましょう。皆でISの適性検査に行って、あたしが検査して、その場解散。オーケー?」

「はいはい。良いぜ。俺はIS見たかっただけだから、お前らがイチャイチャするのを、横で砂糖吐きながら見てるなんて趣味ないからな。」

「俺も弾と同意だ。」

「ちょ!誰がイチャイチャしてるですって!アンタたち何言ってんのよ!」

 

鈴はもう反論するが、弾と数馬は『ツンデレ乙』としか思えない。

放課後の予定が決まったところで、後数分で午後の授業が始まるという予鈴が鳴る。

一夏達は自分の教室へと戻り、席に着くと、チャイムが鳴り、授業が始まった。

優等生の一夏にとって、午後の授業は詰まらないものだった。というのも、日々、予習復習を怠っていないため、授業はあくまで予習の確認であり、片耳さえ教師の話に対し傾けていれば、事足りていたからだ。そのため、一夏は全く別のことを考えていた。

 

一夏の前世の友人、カール・クラフトのことである。

自分がこの世界に来る以前に彼が言った言葉が気になっていた。『この世界の幼子に自分の知識を与えた』という言葉だ。彼が何を思い、そのようなことに至ったのかは分からないが、この世界にはカール・クラフトの手が加わっている。それが何なのか考えるが、私が解答に至る手段を私は持ち合わせていない。まあ、良い。カールが私自身のために動いたと言うのだ。否応にもこの身にその禍は降ってくるだろう。今は流れに身を任せ、静観することに徹することにしよう。

 

放課後になり、一夏達はISの企業が来ている場所へと向かった。

ISに関連する職に就いている者は少ない。技術者はそこそこ集まるのだが、適性の高い操縦者は少ない。統計データによると、適性が「A」判定の女性は全体の0.001%にも満たない、つまり、十万人に一人と言われている。「S」判定に至っては0.0000001%以下であり、十億人に一人だと言われている。

そこで、ISの企業は各地を回り、ISの操縦者となりうる人材を探し回っているのだ。

 

「良かったな、空いてて、これだったら、すぐに適性テスト出来るな。」

 

さすがに、珍しいISが来るからと言っても、平日の昼下がりにくるような暇人は少ない。この時間帯に此処に来ているのは、本当に一夏達と同世代の中学生ぐらいだろう。

ISの適性だと言うにも関わらず、此処に来ているのは男女の比率は半々だ。

女子は純粋にISの適性を知りたいがために来ているのだろう。

だが、男子はロボットアニメ好きがこうじて興味本位で見に来たのだろう。

 

「あれが、打鉄ね。」

 

打鉄とは三年前に倉持技研が開発した第二世代型ISで機動性は低いが、防御力は高く、操縦者に対する安全性が高いことから、各国でも導入されているISだ。

世界第一位のシェアを持っており、IS操縦者操縦者用特殊国立高等学校、通称IS学園の実習でもよく使われている。ISに興味のある者ならば、誰もが知っている機体だ。

 

「この感じだと、一時間ぐらいかな?意外に人少ないし。」

「ねえ、賭けしない?」

「賭けか、面白い。して、内容は?」

「そうね。あたしが『C』を取れば、何でもしてあげるわ。」

「では、私は卿の実家の店で出している茅台酒(マオタイしゅ)を一本貰おう。姉上の酒の在庫が無くなりかけていてな、そろそろ買わねばなるまいと思っていたのだ。」

「まあ、良いわよ。ウチで出してるの安もんだし、最近、ジャンケンで勝ってるから、アンタたちからジュース奢られすぎて、財布が肥えているから、それぐらいなんとかなるわよ。…てか、アンタ、いつも千冬さんのこと考えているのね。で、弾と数馬は?」

「お前んちの中華料理屋でジュース一杯タダ。」

「んじゃ、俺は明日昼飯でジュース一本奢りな。で、『B』以上だったら?」

「そうね。三人でお金出し合って、駅前にできたケーキバイキングの店一回。」

「それぐらいならば、賭けが成立すると私は思うのだが、卿らはどうだ?弾、数馬」

「俺もオッケー。」

「俺も。だけど、お前から言いだすなんて珍しいな。」

「そりゃあ、勝算あるしね。」

「勝算?」

「この間、学校でISの簡易テストがあったの。あれで、『B+』が出てたから。」

「ちょ、マジか!うわぁ、やられた。てか。それ賭けとしてどう?」

「成立した後にゴチャゴチャ言うなんて男らしくないわよ。」

「でも、アレって多少の誤差があるって言ってなかったか?」

「あぁ、あの装置はあくまで簡易であり正確さに欠けると言う話は私も耳にしたことがある。だが、曲がりなりにもアレは簡易テストとされ、IS適性を図るための基準だと世間からある程度の信頼は受けている。信頼を得るには結果が残しているからだ。故、この賭けは大きく鈴に有利だと言うことは言うまでもあるまい。」

「そうわけよ。悪いわね。」

「マジか。っかぁ!ジャンケン8連敗中の俺に鞭打つなよ。この鬼畜米兵!」

「誰が鬼畜米兵よ!鬼畜米兵って悪口聞いたことないわよ!」

 

そんなことを話していると、鈴の番が訪れた。

鈴は簡易式の計測結果の紙を係りの者に見せると、さっそく測定に入ることとなった。

ここで、簡易式の測定結果が低ければ、計測を拒否されてしまう。計測に時間が掛かることから効率化を図るためとはいえ、ここまで来たにも関わらず計測を拒否された女子からすれば心穏やかではいられない。だが、企業からすれば、人材発掘が目的であり、ボランティアに来たわけではないため、仕方がないのだ。

普通の企業であるならば、企業の品位を下げかねない行為かもしれないが、IS企業では盆国共通であるため、誰も文句を言う者は居ない。

 

簡易式と今回鈴が行う測定方法が異なる。今回の測定では実際にISに乗り、反応速度やデータの処理速度の速さを専門の機械が測定し、適性を判定する方法だ。

鈴は簡易式の更衣室でISのスーツに着替え、打鉄に乗る。

ISスーツに着替えるのはISと操縦者との互換性を高めるためだ。

鈴の眼前には様々なウィンドウが開いたり、閉じたりしていく。

半時間ほどで、打鉄は鈴への最適化が終了したので、ISの簡単な操作に入る。

そして、計測が終わった。

鈴は服を着替え、一夏達と喋りながら、結果を待つ。

すると、四人が喋っているところに、一人のスーツ姿の女性が来た。

ISの企業の社員の人だ。どうやら、計測結果が出たらしい。

 

「おめでとうございます。凰鈴音さんのISの適性は『A』でした。」

 

それを聞いた瞬間、鈴はガッツポーズをする。賭けに負けた一夏や数馬は鈴の良い計測結果が出たことに拍手を送る。弾は『なんか嫌な予感がした』と地面に手をついている。

鈴が落ち着いたところで、女性社員は封筒を鈴に渡してきた。

 

「凰さんにはわが社のテストパイロットとして、わが社と契約して頂きたいのですが、ご両親とご相談して下さい。もし、ご両親の了承が頂けましたら、こちらの封筒に入っています書類に記入して、こちらに連絡して頂けませんか?」

 

そう言って、女性社員は胸ポケットから名刺を取り出し、鈴に渡した。

『A』の結果が出た鈴へのスカウトだ。

鈴は喜んで、その封筒を受け取る。両親に倉持技研との契約を話すつもりらしい。

その後、『A』判定を出した鈴は倉持技研の女性社員からISを触って良い時間を貰えた。

だが、鈴は自分だけが打鉄に触るのは一夏や弾、数馬に悪い気がしたので、倉持技研の社員から三人が打鉄を触る許可を得た。

だが、あくまで触る程度で、コックピットに乗る許可は貰っていない。

ISが故障した時に一番修理に金がかかるのがコックピットだからだ。

コックピットの修理だけで、高級車が一台買えるとさえ言われている。

弾と数馬は男子だから、ISが機動するはずがない。だから、コックピットに乗るぐらいでケチケチすんなと女性社員に言いたかったが、せっかく触らせてもらっているのだから、此処で文句を言うのはお門違いって奴だ。

 

「明日、クラスの奴らに自慢できるな。男でIS触ったってよ。」

「って言っても、触っただけで、動かしたわけじゃないだろ?」

「数馬、こまけーことはいいんだよ。皺が増えるぞ。それに、あれだ。男でISに触ったことのある奴なんてそうそういねーから、自慢にはなるぜ。将来、合コンの話になったり、履歴書にかけるんじゃねーのか?」

「前半には同意だが、後半は激しく理解不能だ。」

 

弾と数馬はそう話しながら、打鉄を触る。

二人は打鉄の感触を堪能する。まるで日本の甲冑のようなフォルムが気に入ったらしい。

 

「おい、一夏。お前は良いのか?」

「そうだな。では、」

 

そう言って、鈴と話していた一夏は打鉄の中心、胸当てを触った。

すると、沈黙していたはずの打鉄は突如輝きだし、幾つもの音が鳴り始めた。打鉄の各種に部位に光が灯り、数枚のウィンドウが打鉄のモニターに表示される。

誰がどう見ても、打鉄が一夏に反応しているとしか思えなかった。

 

「おい。」「マジかよ。」「……え」「嘘でしょ。」

 

隣の弾と数馬は驚きのあまり口が塞がらない。鈴も唖然としている。

倉持技研の女性社員の手から万年筆が零れ落ちる。

ISは女性にしか動かない。それは絶対の定理であるとされ、ISが開発されてから数年経つが、それが覆されたことがなかったからだ。故に、男にISが反応するなど、絶滅したはずの生物と遭遇するよりありえないと思っているものが多い。

女性は目の前の光景が仕事疲れによる幻覚か、夢を見ているのだろうと考えた。それが最も現実的であったからだ。だが、同じ倉持技研の社員も自分と同じことを言う。

どうやら、これはどうやら夢ではらしい。

 

打鉄を起動させた織斑一夏は誰にも聞こえないように、笑いながら、声を溢した。

 

「なるほど、ISとは……。」

 

たどり着けた、カールの縁に。

やっと理解した、これがどういうモノなのかを。

今この瞬間こそが、織斑一夏という人間の転換期だと。

もう近い、己の指揮する軍勢の再臨に、己の求めた楽団の再演に。

とうとう見つけた、私の飢えを満たしてくれるモノを。

 

「エイヴィヒカイトであったか。」



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ChapterⅢ

翌日、世界を揺るがす大ニュースが流れた。

ほとんどの先進国の新聞の見出しには『男のIS操縦者発見』と書かれ、日本の都市では号外が配られた。また、テレビ番組も組み直され、ほとんどがISに関連する番組であった。どこかの評論家は世界の軍事バランスが崩れ第三次世界大戦が始まると言い、どこかのオカルトマニアは世界終焉へのカウントダウンの始まりだったのだと言っている。

世間はそれほど騒いでいる。

 

そして、ある家では、家族会議が行われていた。

会議に出ているのは姉と弟の二人。彼らには両親が居ない。彼らが幼い時に、子供を置き去りに夜逃げしたのだ。故、この家の住人はこの姉弟の二人のみだ。

二人は食卓に向き合うように座り、コーヒーを片手にしている。

どこの家庭でもある家族会議の風景なのだが、内容とこの姉弟が別格であった。

なぜなら、この家の弟は先ほどの話題で世界中から最も注目されている男性の織斑一夏であり、その姉である織斑千冬は第一回モンド・グロッソ並びに第二回モンド・グロッソの覇者であり、世界で最も有名な女性だったからだ。

家族会議の話題は一夏がISを動かしたことによる今後のことだ。

 

「一夏。お前の今後だが、私としては当分の間倉持技研と契約を結んだ方が良いと思う。IS企業はセキリュティが万全だ。お前を守るには適しているだろう。それに、ISの操縦技術を身に着けるには最も適した所だと思う。と、言ってもお前の自由だ。間違いを犯さない限り、私としてはお前の意思を尊重したいのだが、お前はどう考えている?」

「IS学園は再来年の春に入学するとして、ISの操縦技術を私が身に着けるには最も適した地であろう。故に、私としても否は無い」

 

誘拐犯程度素手で撲殺するぐらいの余力を一夏は持っているが、面倒事を増やしたくないため、自分の安全の確保に対し他力を拝借することにした。そのうえ、ISの技術を学び、IS学園に入学することは自分にとって完全な未知である。

騎士団と楽員を集めるまでの暇つぶしにはなるだろうと一夏は考えていた。

千冬としても一夏がそのように考えてくれたことに対し安堵を覚えた。

というのも、一夏が此処で倉持技研に入ることを拒否すれば、一夏に監視が付く。だが、これはまだ精神的負担が軽い方だ。最悪、重要人保護プログラムにより離れ離れにさせられ、互いに連絡を取れなくなってしまう恐れがある。

だが、倉持技研が保護をすれば、一夏と連絡を取ることは出来る。

唯一の家族が一夏という千冬としては一夏を一人にしたくなかったのだ。

 

「当分の間、倉持技研の宿舎に入ることで、私の安全が確保されるとなった。となれば、此処で一つの問題が出てくる」

「問題?」

「私はこの家から当分の間離れることになるが、姉上は家事が出来るのか?」

「誰がお前を育てたと思っている。家事ぐらい私の手にかかれば、お茶の子さいさいだ。これでも私は世界最強の姉だぞ?」

「最強と家事の能力の因果関係について聞きたい。姉上の部屋には缶ビールが6本、日本酒の瓶が2本、脱いだ服が3日分も散乱しているのは何故かな?」

「缶ビールと日本酒はゴミの日待ちだ。別に放っておいているわけじゃない。服も溜まっているのではなく、溜めているのだ。一気に出した方が、洗濯機の水代と電気代の節約になるだろう」

「一か所に固まっていないが?」

「私の部屋という一か所に固まっている。って、私の家事能力などどうでも良い。」

「どうでもよくないと、私は思うのだが?」

「それに、私は来週よりドイツ軍に行く」

「ほう」

 

強引にかつ露骨に千冬は話題を変え、一方的に話し始めた。

千冬の話はこういうモノだった。

先日倉持技研はドイツのIS企業からの技術提供を受け、次世代のISの開発を始めた。一方、日本側は技術提供を受ける代わりに、千冬を一年ドイツにISの教官させに行かせることとなった。ISの研究と技術が先進国の中では若干遅れをとっている日本としても、操縦者の技術の低さが深刻な問題となっているドイツとしてもメリットのある契約だ。

 

「だから、軍の清掃員が私の部屋の清掃をしてくれる。家事が出来なくても問題はない。料理のスキルが無くとも、食堂がある。たとえ、私の家事能力が、一夏の家事能力の幾万分の一であろうと、生活維持は可能だ」

「卿が胸を張って言うことではないと私は思うのだが?」

「お前はいちいち五月蠅い」

 

織斑千冬は本気で空手チョップをするが、殴られた方の一夏はすました顔をしている。

逆に、千冬は一夏の頭が固すぎることによる痺れが襲いかかる。

 

「ふん。お前の頑丈さはどこから来ているのか、非常に気になるところだが、まあ、良い。……私は家の前のマスコミ共に話を付けてくる。お前は自分の部屋に居ろ」

 

千冬はそう言うと、一気にコーヒーを飲み、椅子から立ち上がり、スーツに着替えると、玄関から外に出て行った。一夏はそれを見送ると、千冬に言われた通り、二階の自室へと戻ることにした。

一夏はカーテンの隙間から、玄関を覗き見る。家の門の前には数十人のマスコミ関係者と思われる人が鮨詰め状態になっていた。だが、ちらほら白衣を着たものが見える。

ISの研究者ではないかと一夏は予測した。というのも、その白衣を着た者の内の一人の顔に見覚えがあったからだ。その研究者とは、今朝4時に突然アポなしで現れ、インターホンで一夏と千冬を叩き起こし『一夏を解剖させてくれ』とほざいた狂人だったからだ。

性懲りもなく、現れるその根性に一夏は感服したが、此処まで執拗に付きまとって来られると、問題がある。そのため、千冬が戻って来次第、警察に通報するつもりだ。

 

一夏は椅子に腰かけ、ISに関連する本を読もうとする。

本棚に手を伸ばした時、一夏は気が付いた。この家に自分以外の人が居ると。

普通の者ならば、不法侵入者だと騒ぐところだが、一夏はこの感じを知っている。

長らく感じたことのない気配であったが、親友の気配を一夏は間違えるはずが無かった。

 

「カールよ。久しいな」

 

直後、自室の扉が開き、一人の男性が入って来た。

初めてその男を見たものは単なる変質者か浮浪者としか思えないような恰好を男はしていた。普通の女性なら悲鳴を上げ逃げまどい、男性なら近くにある武器になりそうなものを構えるだろう。それほど、この男は気味が悪い存在だった。

だが、一夏はそんな存在を目の前にして動じることなく、椅子に座ったまま、男を見据えていた。なぜなら、その男は一夏にとって唯一無二の親友であったからだ。

 

「さすがは、獣殿。これでもそれなりに本気で気配を消しているつもりであったが、千里先さえ見通せる貴方の目を欺くことは出来なかったらしい。」

「確かに気配は消していたが、卿自身、隠れるつもりなどなかったであろう?魂の匂いが溢れ出おるよ。して、何用だ?」

「なに、貴方がISの真実に触れたと知り、こうしてグラズヘイムより馳せ参じた次第だ。説明は必要かな?」

「いらん。アレの真実を、卿が己の知識の一片を与えたものが誰であったのかを、理解したのでな」

「では、答え合わせと行きませんかな?獣殿?貴方は思慮深いが、読み違いがある。貴方の勘違いを正すのが私の役であろう」

「良いだろう。だが、そう急ぐことはあるまい。折角我が家に来たのだ。客である卿に茶の一つぐらい持ってきて来よう。そちらの椅子に座って待っているがいい」

「あの黄金の獣殿が私に茶を持ってくるとは、嘗てない未知だな」

「私もカールに茶を持ってくるなど、完全な未知だよ。そういった意味では卿の女に感謝せねばなるまいな」

 

一夏は微かに笑いながら、部屋から出て、階段を下りる。

冷蔵庫から緑茶の入ったポットを出し、グラスに冷えたお茶を注ぐ。

そして、キッチンの棚からお茶請けを見つけ、グラスと共にお盆に乗せた。

一夏の前世を知る者ならば、ほとんどの者が我が目を疑う光景だ。

ザミエルならば、主の手を汚したくないと言い、ヴァルキュリアを呼んできて、給仕をさせただろう。ベイならば、慌てふためき硬直しただろう。シュピーネならば、未知過ぎる光景から死刑執行前だと恐怖し逃走を図ったに違いない。

グラスと皿が2つずつ乗った盆を片手に一夏は自室へと戻る。

 

「カールよ。私の居ないグラズヘイムはどうだ?」

「獣殿が皆に断りなく城から降りたことにより、城の者らが狂じておるよ。マキナであろうと、今あの場に行って、無事に戻って来られるものではない。」

「ほう、そこまであの者らは狂ったか?」

「まずはザミエル。貴方が居られなくなったことで、己の渇望が満たされないと、全てを焼き払う勢いで昼夜問わず爆撃が行われているよ。貴方が城に居られない、今この時この瞬間こそが、彼女にとっての怒りの日のようだよ。次に、ベイだが、今の彼はいつ爆破してもおかしくない爆弾のようだよ。彼と目を合わせて無事だった者は居ない。すべて串刺しだよ。シュライバーは城の髑髏をサンドバックにして己の孤独感を誤魔化しているようだ。貴方を此処に送り込ませた黒幕である私が、今述べた三人のうちの誰かに見つかると、地の果てまで追いかけられそうだ。」

「そうか。だが、卿ならあの者らをあしらうことは容易かろう?」

「愚問。」

 

カール・クラフトは失笑する。

彼の魔術を持ってすれば、ベイから逃げ切ることなど、赤子の手を捻るより容易いからだ。ザミエルやシュライバーは創造を使われれば、面倒だが、逃げきれないはずがない。

 

「世間話というものもこれぐらいにして、先ほど言っていた答え合わせに移ろうではないか。私は貴方の答えが聞きたい故、問答形式で行うとしよう。」

「構わん。」

「では、初めの問いだ。ISとは如何なる物だろうか?」

「卿が私にかけた魔術であるエイヴィヒカイトと似て非なる類のモノであろう。」

「エイヴィヒカイトではなく、エイヴィヒカイトと似て非なるモノとは、どういうことだろうか?お聞かせ頂けないだろうか?」

「まず、この聖餐杯の贋作がISに共鳴した。これは初めての経験だったよ。もしやと思い、私なりにISとエイヴィヒカイトとの共通点を探してみた。そこで、思い当たったものがISの単一仕様能力だ。私が思うに、姉上の暮桜の単一仕様能力である『零落白夜』は、姉上の渇望である『己と私の絆を誰にも壊させない。』という求道によるものだと推測すれば、単一仕様能力は創造位階と類似するものだと考えられる。なぜなら、どちらも己の渇望を発端とする新たな世界法則の発現であることには変わりないからだ。また、ISを展開している時の操縦者たちの反射速度が、常時とは異なり過ぎている。聖遺物を携えた我らに迫るものがある。そこから逆算すれば、活動がISの展開に、形成が初期化ならびに最適化に、そして、創造が単一仕様能力に相当すると推測される。これが真実であれば、ISとエイヴィヒカイトは同一のものではないかと考えたわけだ。」

「なるほど。」

「だが、少々考えてみれば、この推論には幾つかの欠点がある。だが、別物というには些か類似点が多すぎる。故に、ISはエイヴィヒカイトの亜種ではないのかという推論に私は至った。」

「ほう。」

「最初の推論の大きな穴が『ISは女性にしか反応しない』ということだ。エイヴィヒカイトは聖遺物と術者との間には相性があるが、そこに男女差は無い。だが、ISの場合は術者を選んだうえに、男性相手には全く反応しない。ISがエイヴィヒカイトと同一でないという証拠だと私は考えた。」

「では、何故貴方にISが反応した?」

「その理由として、それは通信などに利用されるIS間の共鳴が関係しているのではないかと考えられる。この特性が私の聖遺物に対し、誤作動という形で共鳴し、作動した。故に、私はISを使える。無論、卿もだ。私の推論はこんなところだ。」

「さすが、獣殿。おおむね正解だ。」

「おおむねとは?足りないところがあるのか?」

「察しが良いな、獣殿。エイヴィヒカイトとISには『普通の男には反応しない。』以外にも異なる点が存在する。」

「それは?」

「エイヴィヒカイトは聖遺物が破壊されれば、内包する魂が四散し、術者は絶命する。だが、ISの核が破壊されても、術者が死ぬことはない。」

「なるほど。もしそれでISの操縦者が死ぬとすれば、スポーツとして国際的に認められるはずがないだろうな。では、何故IS操縦者は核が破壊されても死なん?」

「それは私がISの核と呼ばれているものを開発しようとした目的と関係している。」

「ほう。」

「ISの核とはエイヴィヒカイトの代替品として、私が考案したものだった。エイヴィヒカイトには聖遺物が必須であり、この世に存在する聖遺物は数少ない。故に、エイヴィヒカイトの数が限られてくる。そこで、量産が可能なエイヴィヒカイトの代替の発明ならびに研究を始めたわけだ。だが、やはり何度作っても、エイヴィヒカイトに類似するため聖遺物はそれらにとって必要となり、無くすことには至らなかった。だが、先ほども言った通り、聖遺物は絶対数が少なく、エイヴィヒカイトは一人につき一つが原則である。そこで、所有権の譲渡が可能となれば、複数の人間が扱えるため、量産化と同効果を生むのではないかと考えたわけだ。」

「なるほどな。」

「それには術者とISとの接続および切り離しを容易にできなければならない。そこで、術者が死亡してもISの核が破壊されなくするための術式を組み込んだ。その結果として、逆の『聖遺物が破壊されても術者が死なない』という事象が成立したというわけだ。だが、先ほども言ったが、女性にしか扱えないという欠陥を生んでしまい、エイヴィヒカイトの完璧な再現にはならなかった。さらに、創造の威力に関してはエイヴィヒカイトと同等の力を持っているが、流出の位階が確認されていない。故にアレはエイヴィヒカイトの代替ではなく、劣化品だよ。」

「しかし、エイヴィヒカイトがあるにも関わらず、どうして卿はエイヴィヒカイトの代替を求めたのだ?」

「アレが完璧に完成していれば、LDO48ができたはずだった。」

「……カールよ。私はな。渇望に飢えた私の爪牙足りうる騎士と楽員を求めているのだ。アイドルグループという見世物はいらんよ。」

「……獣殿、今のはほんのちょっとした……冗談だ。べつに、マルグリットを筆頭としたアイドルグループを作り、私がプロデューサーに成ろうなどとは断じて思っていない。」

「カールよ。卿には言いたいことが山のようにあるが、一つだけ言わせてくれ。卿は虚言を真実に変える力を持つ故、周りの者らには冗談が冗談として聞こえんのだ。卿の女が絡んでいると余計にな。ほどほどにしておいてくれ。」

「それは悪かった。それと、目的は今のところ話せんよ。」

 

カール・クラフトはそう言うと、茶を飲む。

縁側で日光浴をしている老人のように、一夏の眼に映ったのは此処だけの話である。

 

「だが、私としても意外だったよ。私が屑と断じた物を利用し、発展させISというパワードスーツにするとは、やはり私は良い人選を行ったようだ。」

「それほど、あの篠ノ之束という人物は面白いのか?」

「究極になればなるほど、それを説明する言葉陳腐になると私が言ったこと覚えておいでだろうか。アレもただ面白いという表現しかできないよ。それほど、彼女は逸材だ。彼女は道化の類だが、打算的だ。まるで、人であった頃の私を見ているようだよ。」

「カールがそれほど褒めるとは珍しいな。明日の天気は流星群か?」

「私自身そう思うよ。だが、マルグリットを超える女神は存在しないよ。」

「卿は変わらんな。」

「獣殿は短期間で私が劇的に変わると思っておられるのか?私がマルグリットの奴隷を止めると思っておられるのか?否!断じて否!未来永劫、輪廻の果てまで、私はマルグリットの物だよ。女神が望むのなら、私はどのようなモノも差し出そうではないか。足の裏も舐めよう。いや、舐めさせてくれ。私にご褒美をくれ。我が愛しの女神よ。」

 

カール・クラフトは椅子から立ち上がり、踊りながら、熱弁する。

一夏でなければ、カール・クラフトの鬱陶しさに耐えきれず、殴りかかっているだろう。

ヘルメス・トリスメギストス、カリオストロ、ノストラダムス、パラケルスス、クリスティアン・ローゼンクロイツ、ジェフティ等々、歴史上に数え切れないほどの多くの名をカール・クラフトは持ち、果てしなく長い時を彷徨っていた。

そのため、人を超越してしまった彼の思考に誰もついていけない。

超越した思考は常人には受け入れてもらえない。カール・クラフトが女神と言うマルグリットすら『カリオストロ超うぜぇぇ!』と罵るぐらいだ。

結果、彼の友人はラインハルト・ハイドリヒという狂人しかいない。

 

「……では、私から一つ問うても宜しいだろうか?」

「許可する。言ってみるがいい。」

「貴方は十数年前から織斑一夏として生を謳歌しているが、この十数年で、そんな貴方に真に忠誠を誓い、騎士団となりえる者は見つかっただろうか?」

「未だ見つからんよ。ベイが言っていたな、この国の人間は平和に慣れ過ぎて、飢えというものを忘れてしまっておる。魂をかけ、幾千幾万の戦場を私と共に歩もうとする者が居ない。」

「この国の風土上、それは仕方ありますまい。外敵もない。強国という後ろ盾を持てば誰でも争いごとに対し疎くなるというのが道理。故、この国で真に魂が飢えているのは貴方だけだろう。だが、二年後、貴方が入学するIS学園は貴方の飢えの一端を満たすだろう。特異な場所には特異な者らが集まるのはこの世の理だ。戦場には血に飢えた者らが、ホロコーストが行われる場には惨殺者らが、シャンバラには我々が集ったように。」

「そうだな。私は待ち遠しくて仕方がないよ。」

 

一夏は口元が緩み、歓喜が体から溢れ出る。

瞳は黄金に輝き、黒髪は黄金の髪となって逆立ち、圧倒的な威圧感が部屋の中を漂う。

その姿は若干若かったが、まごうことなき、聖槍十三騎士団黒円卓首領、黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒであった。

だが、常人なら呼吸さえできなくなるほどの一夏の、ラインハルト・ハイドリヒの存在感の中、カール・クラフトは涼しい顔をしていた。

 

「獣殿、嬉しいのは分りますが、些か喜び過ぎではありませんかな?髪の色が変わるほどの本気を短時間なら構いませんが、それを長時間出されては、聖餐杯の贋作が砕けてしまいます。少々控えたほうが良い。まだ十分にその体は成長しきっていない。」

「そうだな。それではこれまで積み重ねてきたものが水泡と化してしまう。だが、ISならば、この聖餐杯の贋作の補助をしてくれるのだろう?」

「おや、知っておられましたか。」

「無論。ISは操縦者の生命維持並びに回復機能が搭載されている。故に、私がISを纏っていれば、ある程度の本気を出しても、この体は砕けぬ。違うか?」

「左様。創造位階まで使用は可能だ。」

「それで十分だ。私に未知を見せてくれたこと、礼を言う。カールよ。」

「貴方からその言葉が聞けたのなら、根回しをした甲斐があったというものだ。では、最後に一つだけ。ご忠告を、我々聖槍十三騎士団は一部の者らからは世界の敵とされております。故に、行動は早急にかつ慎重になさることを心に留めておいていただきたい。」

 

カール・クラフトはそう言うと、立ち上がった。

すると、彼の輪郭がぼやけ、カール・クラフトは空間に溶け始める。

どうやら、カール・クラフトの用事は終わったらしく、此処から出ていくらしい。

数十秒後には完全にこの部屋から彼という存在が消失した。

 

「ではな、カール、卿との語らい、実に有意義だったよ。」

 

一夏はグラスを盆に載せ、一階に降りた。千冬はまだマスコミたちの相手をしているらしく、この場にはいない。湧いて出てきた友人に茶を出していたなどと、言い訳しなくて済むため、一夏は助かったと内心思った。

洗い物をし終わった一夏はISの勉強を行うために、自室へと戻る。これから、嫌でもIS業界に首を突っ込むことになるのだ。今の内に知識を詰め込んでおいて損はない。

 

その時だった。携帯が鳴り響く。

今日はどうやら私に勉強をさせない運命にあるらしい。

手に取った携帯のディスプレイには『凰鈴音』と表示されていた。

鈴から電話がかかってくることはそう珍しくない。

遊びに行こうと誘ってきたり、宿題が分からないから教えろだったり、暇つぶしの無駄話であったり、会話の内容は様々だ。だが、いつもどうしても長電話になる。

だが、鈴との長電話は嫌いではなかった。そのため、電話を拒否することは無かった。

一夏は通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「どうした、鈴?」

『ちょっと、声が聞きたくなって。』

 

携帯の向こうから少し曇った鈴の声が聞こえてくる。

注意深く聞かなければ、普段通りにしか聞こえないが、一夏はそれに気が付いた。

一夏はまどろっこしいことは嫌いであるため、単刀直入に聞く。

すると、鈴の声は次第に声が濁り出し、鈴は一方的に話し始めた。

 

泣きながら鈴が話した内容を要約すると、鈴の両親は離婚するらしい。

前々から、よく喧嘩をすると鈴から聞いていた。

殴り合いの喧嘩ではないが、よく口論をしていたらしい。よくある生活習慣の不一致によるものだ。そのため、大概の喧嘩の内容は他愛ないことだ。

だが、今回ばかりは違った。母親が浮気をしたうえに、借金まで作っていたらしい。

それを父親が知り、温厚なはずの父親の堪忍袋の緒が切れ、離婚となったわけだ。

 

『……嫌。一夏と…離れたくない。』

 

鈴が泣いている理由は親が離婚することではない。いずれ離婚するのではないかと思っていたことから、心の準備が出来ていたため、自然と涙は出てこなかった。

鈴が泣いている理由は一夏と離れ離れになってしまうことだった。

父親は中国人であるため、離婚となると、この国に居られなくなる。父親についていくとなると、鈴は父親と共に中国に戻ることとなってしまう。だが、その選択を取るとなると、一夏と離れ離れになってしまう。母親についていけば、此処に居られると思っていたが、母親は浮気相手のところに行くらしく、此処を離れるらしい。

そのため、どちらを選択しても、此処から離れることは回避できない。

であるなら、父親と母親のどちらを選ぶかで決めるしかない。

そして、鈴は父親を選んだ。

父親を選んだのは、単純に母親の浮気相手が嫌いだったからだ。

どうみても堅気の者ではない。そして、その男に騙されて母親が貢いでいることは目に見えて分かり、母親を説得することは不可能だと悟ったからだ。

 

『……一夏、約束して、頑張って、勉強してIS学園に絶対行くから、その時酢豚がおいしかったら、その……け』

「……。」

『け……け、けけけけっけ。』

「少し大きく深呼吸をして、心を落ち着かせよ。私には時間がある。卿が言いたいことを言いきるまで、待ってやる。」

 

一夏の携帯にゴトッと音がし、その後、スーハ―スーハ―と聞こえてくる。

どうやら、鈴は携帯をどこかに置き、深呼吸をしているようだ。

 

「鈴よ、落ち着いたか?」

『……なんとか、ありがとう。その……ね、酢豚がおいしかったら、……け…。』

「け?」

『蹴り殺してあげるから、元気にしてなさいよ!馬鹿!』

 

そう言うと、鈴は一方的に携帯の通話を切った。

本当なら、『結婚しなさい』と言うつもりの鈴だったが、直前で自分が恥ずかしくなってしまい、羞恥のあまり言いたいことが言えなくなってしまった。

だが、『け』で始まる適当な言葉が空回りしている頭では思いつかない。

そして、咄嗟に出てきた言葉がさっきの言葉だったというわけだ。だが、言いたいことが言えなかったため、電話を切った後、激しく後悔し、枕を殴っている。

 

「料理が上手かったら、私を蹴り殺すか……このような未知も興味深い。」

 

一方の一夏は鈴が何を言いたかったのか察することが出来なかった。

一夏の前世であるラインハルト・ハイドリヒは『病的な漁色家』と言われたほど非常に女癖が悪い。女癖の悪さから、軍法会議にかけられ、海軍を不名誉除隊させられた経歴を持つぐらいだ。といっても、大概は彼の容姿や性格に惹かれた女性が詰め寄られ、結果として多くの女性と関係を持ったというケースが多い。

それほど、女と関わりを持っているラインハルト・ハイドリヒだったが、彼自身は感情を直球で相手に伝える人間であるため、ツンデレの本心に全く気が付かない。忠義と己に言い聞かせて、主であるラインハルト・ハイドリヒを慕うザミエルの本心にラインハルト・ハイドリヒが気付けなかったのも、これによるものだ。

まあ、つまるところ、織斑一夏という人物に、ラインハルト・ハイドリヒという人物にツンデレという属性は鬼門であり、鈴やザミエルの一夏との相性は悪かったというわけだ。

一夏は笑いながら、電話を切り、ようやくISの勉強を始めた。

 



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ChapterⅣ

セリフの最後の句読点は不要であるというご指摘をいただきました。
よって、この話から句読点を無くしています。
1話から3話までは後日修正致します。


それから、一夏がISを起動させてから一年半という歳月はあっという間に経った。

あの日の三日後に、鈴が中国に帰り、一夏は倉持技研の寮に入り、千冬はドイツへと渡り、弾と数馬は二人寂しく公立中学校を過ごした。

そして、織斑一夏は高校一年生となった。

入学した高校は入学が決定されていたIS学園であった。

当然、織斑一夏という人物に興味を引かれた女性たちは一夏と知り合いになりたいとIS学園に入学しようとする。そういった行動は当然個人単位だけでなく、国単位でもなされていた。一夏との関係を作っておけば、国益となりうるのではないかと考えた各国の指導者たちは挙って、IS学園に代表候補生たちを入学させようとした。

そのため、一夏が入学する前年及び当年のIS学園の入学希望者は非常に多くなる。だが、入学希望者が多くなったからといって、IS学園は入学受け入れ人数のキャパシティを増やすわけにもいかない。IS学園の寮の部屋数や施設の規模には制限があり、容易に増やすことが出来ないからだ。

結果として、例年と比べて昨年の競争率は百倍に、今年の競争率は二百倍になった。

このような事態に対し、IS学園は一度の試験では入学者を決めることが困難であるとし、IS学園の試験制度がその二年だけ特例で変更されることとなった。

 

そんな難関な試験制度が設けられたIS学園だが、ただ三人だけ特別入学していた。

一人は前述の織斑一夏。

もう一人が一年前にフランスで見つかった二人目の男のIS操縦者シャルル・デュノアだ。彼は世界的に有名なISの企業であるデュノア社の社長の御曹司だ。

第三世代型ISの開発が遅れているデュノア社だったが、シャルルという二人目のIS操縦者の登場で、最近では世間から注目を浴びている。

そのため、警備が容易にするために、同じクラスとなっている。

 

一夏は入学初日である今日は要領を得ていない一年生が多いと考え、混雑を避けるために、早めに登校し、着席し、ジャンヌ・ダルクに関する本を読んでいた。

一夏はこういった様々な戦争や英雄、神話に関する本、それが駄作であれ秀作であれ、英雄が賢者であれ、愚者であれ、分別なく読み漁っていた。

英雄譚から人々が崇める英雄の形を鑑賞することが気に入っているからだ。

そして、一夏は原本が英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語で書かれているのなら、その原本を読んでいる。一夏がそんな外国語の本を読めるのは、前世のラインハルト・ハイドリヒが海軍将校時代に身に着けた言語力によるところが大きい。

何故、そこまで原本にこだわるのか、それは、その言語特有の言い回しがあるからだ。

だが、それ以外の言語となると、言語の勉強から始まるため、時間が掛かってしまう。

そこで、一夏は英語版もしくは日本語版を読んでいる。

そんな一夏のところに近づいてくる人物がいた。

 

「織斑君だよね?ごめんね。今ちょっといいかな?」

 

一夏は本を閉じ、自分に声をかけてきた人物を見る。

IS学園の男子の長袖長ズボンの制服に身を包んだ金髪の青年が立っていた。

身長は平均的な日本の男子高校生より低めの細身で、長髪を後ろで括っている。

 

「初めまして、僕はシャルル・デュノア。隣の席になったから、よろしくね」

「あぁ、どこかで見たことがあると思っていたが、卿がシャルル・デュノアか。私は織斑一夏だ。よろしく頼む。私のことは一夏と呼んで構わん。私には著名な姉上がいる故、その方が、こちらとしても助かる」

「う…うん。分かったよ。だったら、僕もシャルルって呼んでよ」

「分かった。これから、一年間よろしく頼む。シャルル」

「えぇーっと、僕ら寮で同じ部屋だから、三年間一緒だよ?」

「失礼した。そうであったな。今朝は自宅から直接登校した故、失念していた」

「誰にでもそう言うことあるよ」

 

シャルルはニッコリと微笑みながら、一夏の方を見ながら、自分の席に座る。

突然、シャルルは驚いた顔をした。なぜなら、一夏の持っていた本がフランス語で書かれたフランスの英雄の本であり、それを日本人である一夏が読んでいたからだ。

ジャンヌ・ダルクが好きなシャルルは一夏に話しかける。

 

「一夏はジャンヌ・ダルク好きなの?」

「どうだろうな?私はこれを初めて読む故、この者の結末は知っているが、仔細は知らん。私が今この場で好嫌や自分の思うところを卿に言うことは出来るが、それがはたして正しいか否かは責任を取れん」

「それでも聞きたいな。一夏から見て、ジャンヌ・ダルクはどう映っているの?」

「長年にわたって続いた戦争を終わらせた偉業は英雄と言うに相応しい存在だが、神という名の不遜な詐欺師に目を付けられ、身の丈に合わない手に余る物を貰い、絶命するまで振り回された哀れな小娘に過ぎないと思っている。だが、ジャンヌ・ダルク自身は祖国の安寧を望み、結果として死んだが、渇望は叶えられたので満足しているのではないのか。であるとするならば、私の批評など何の意味も持つまい」

「だったら、どうして、ジャンヌ・ダルクの本を読んでいるの?」

「今の私と卿の境遇が似ていると思えたから、私は今この本を手に取っている」

「僕と一夏がジャンヌ・ダルクと境遇が似ている?」

「然り。女性にしか使えないISというスポーツ道具にも兵器にもなり、女尊男卑の世界の均衡を崩しかねない物を私と卿は背負わされているのだ。一方のジャンヌ・ダルクは詐欺師の声が聞こえると言う理由から祖国の期待を背負わされた。時代や性別、背負わされた物の種類や程度に違いはあれど、私と卿は一人の女と似ているとは思わんか?」

 

高校一年の入学したての春に、同級生と話す内容ではないが、一夏の見解はやはりシャルルの予想を超え、興味深いものだったため、シャルルは一夏と話していたいと感じた。

一夏の意見についてシャルルは考え、自分の意見を言うことにした。

シャルルは一夏に対し嫌悪感を抱いていた顔も、唖然としている顔もしておらず、一夏という人物像に興味が湧いてきた。

 

「面白いことを言うね、一夏は。たしかに、そうかもしれない。僕たちが貰った物に比べて、背負された物が大きすぎるよ。……ほんとうに」

「だが、悲観するほどのことでもあるまい。世の中には相反する物が必ず存在する。そうでなければ、全てにおいて天秤は均衡をとれぬからな。私や卿に枷を背負い続けるように強いる者が居るのだから、その枷を共に背負うか、捨てる手助けをしてくれる者が居るのが道理というものだ。己を潰そうとする重責から逃げたいのであれば、後はその者の手を掴むことだ。それが神であるか、詐欺師であるか、悪魔であるか、私は知らんがな」

「う…うん」

 

日本語の難しい言い回しに混乱しているシャルルは、とりあえず一夏の言葉に頷き、頭の中で一夏が言った言葉を整理する。

そんな時だった。一人の生徒が教室に入って来た。

 

入試免除された最後の一人が篠ノ之箒だ。

彼女はISの開発者として世間を騒がしている篠ノ之束の実妹である。

箒が入学していれば、姉の束が何かしらのアプローチをかけてくる。

そのアプローチがIS学園にとって、益であれ、害であれ、ISの研究にとってはプラスになることは簡単に想像がつく。故に、篠ノ之箒という撒き餌を飼うにIS学園という囮は実に有用であるとして、日本の政府高官からIS学園は箒を押し付けられた。

そして、そんな篠ノ之箒は一夏の古い友人、つまるところ、幼馴染と言われる者だ。

 

一夏の幼馴染の箒だが、一夏のことを嫌っている。

というのも、箒が掲げる剣道の精神と一夏の在り方とが異なり過ぎているからである。

箒は己の行いの善悪に重きを置き、己の行いは善行であろうとし、明確な善なる理想が無ければ、己の行いは獣の所業も同然と言い、今まで全力で竹刀を振るってきた。故に、己の行いが蛮行であるならば、後悔することもある。対極に位置する一夏の力を箒は目的無き暴力であり、悪と断じた。故に、箒は一夏のことを嫌っている。

だが、一夏は箒と全く異なる物に重きを置いている。

それはラインハルト・ハイドリヒの渇望を知る者なら誰もが分かるだろう。

死を想い、全力を振り絞ることが生きている証明であり、己の目的が善行か否かは些細な問題であると断じ、力が無ければ、理想は叶えられず、絵空事で終わるのであって、それは負け犬の遠吠えであり、勝敗を見ずして、善悪だけを評するは愚行である言う。

真の弱者は目的の善悪より、飢えと乾きを満たすことが先ある。善悪に重きを置き、飢えや乾きを満たせぬのであれば、そのような善悪など腹の足しにもならない。

だが、勝者は、勝者であるからこそ、己を顧みることが出来る。

故に、己の愚行を恥じている箒を一夏は弱者でありながら勝者であると評価している。

両方とも、言い分は客観的に見れば、正しい。

両者の言い分が正しい。だが、己の価値観が異なるため、一方は他方を嫌ってしまう。

 

「……久しぶりだな。一夏」

「六年ぶりだが、卿は健勝そうでなりよりだ。箒よ」

「ふん」

 

真意が異なる故に、その表情も真逆であった。

片や敵意むき出しに、片やその敵意を愛するように、互いに言葉をかけている。

そのような者同士で会話が成立していることに周りは驚くに違いない。

それほど、二人の表情は異なっていたのだ。

箒は一夏の前を通り過ぎ、自席に着席する。

二人の会話を目の前で見せられたシャルルは喧嘩が起きないかと心配していた。

だが、シャルルの心配も杞憂に終わる。

なぜなら、一夏と箒の思惑は全く異なるが、両者ともに荒波は立てたくないという思いは一致する。箒は篠ノ之束という姉との関係が一夏以外のクラスメイトに露呈してほしくない。一方の一夏は自分の楽員を増やすために此処に居るため、今は穏便に進めたい。

それに、カール・クラフトの忠告も気になる。

 

箒は窓の外を眺めて時間を潰す。

一方の一夏は再びジャンヌ・ダルクの本を広げ、読み始めた。

そして、シャルルは次々に入ってくる女生徒たちの視線に晒され、落ち着かない様子だ。

女子率99%のIS学園に入学してくる男子は今年が初めてである。女子からすれば、一夏やシャルルは見世物パンダのようなものだ。そのため、シャルルの反応こそが正しい反応である。一夏が堂々としているのは前世のラインハルト・ハイドリヒは人前で演説することが多いため、衆目に晒されることなど日常茶飯事であったからだ。

ラインハルト・ハイドリヒがこれぐらいのことで肝を冷やすような小心者ならば、ゲシュタポの長官は務まらないし、聖槍十三騎士団を率いることもなかっただろう。

 

朝のホームルーム開始のチャイムが鳴った。

数分後、一人のスーツ姿の女性が入って来た。

深緑のショートヘアーをし、眼鏡をかけている。書類を持ち、IS学園の制服を着ていないことから、彼女は生徒ではなく、教員であると一夏は推測した。

その女性教員は教壇に上がり、教卓に書類を乗せると、入学生に入学の祝いの言葉をかけ、副担任の山田真耶だと名乗り、生徒たちに自己紹介をする。

だが、多くの生徒たちは全くの無反応どころか、教員を見ていない。

彼女らの視線の先に居た者は一夏とシャルルであった。

初日に話をしているにも関わらず、こちらを見ない生徒たちに不安に覚える。

教壇の上でほとんどの生徒に見られず一人で喋ることに耐えられなくなった真耶は生徒に自己紹介をさせることで、この場を切り抜けようとした。

苗字の五十音順、すなわち出席番号順に生徒は自己紹介していく。

織斑一夏という名前は『お』で始まるため、自己紹介の順番は早かった。

 

一夏は自分の番が来ると、立ち上がり、振り返る。

最前列であるため、前を向いていては、クラスメイトたちの顔が見えないからだ。

少し微笑んだ一夏は自己紹介をする。

 

「テレビや新聞で見た者もいると思うが、私の名は織斑一夏だ。見目麗しい乙女らと共に机を並べられて私は嬉しいよ。これから一年という短い期間だが、よろしく頼む」

 

見目麗しいと褒められたクラスメイトの大半がハートを撃ちぬかれた。

背中しか見ていない真耶ですら、声だけでドキドキしている。

だが、一夏のツン殺しに耐え、凌ぎ切った生徒が数名居た。

まずは、篠ノ之箒。彼女は一夏がどういう人物か知っているため、一夏が微笑んでも見た目は良いとは思ったが、心を許すに値しなかった。

そして、もう一人がイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットだ。

幼少期の家庭環境により、男という生き物は情けなく、低姿勢で、無様で、女を孕ませる為の家畜のようなものだという固定概念が彼女の中には存在している。

そのため、一夏の言葉も御世辞であり、真に受けるものではないとしていた。

セシリアのような女尊男卑の思考を持ったクラスメイトも同じだった。

だが、何故か、ハートを撃ちぬかれなかった者の中に一夏と同性であるはずのシャルル・デュノアが含まれていなかった。シャルルは俯き、頬を染めている。

 

その後、滞りなく自己紹介は終わってしまい、真耶は生徒たちの注目を集める方法を見つけ出すことが出来なかった。そのため、此処はもう開き直るしかなかった。

半分自棄になった真耶は生徒たちにIS学園の設備について説明していた。

そんな時だった。

教室の扉が急に開き、中に新たに一人の女性が入って来た。

 

「織斑先生、職員会議は良いんですか?」

「あぁ、もう終わった。ご苦労だったな、山田先生」

 

織斑千冬。世界で最も有名な女性であり、一夏と面識のある女性であった。

これにはさすがの一夏は驚いた。なぜなら、一年半前に姉はドイツに行くと言っていたため、まさかここに居るとは思っていなかったからだ。

何故、此処に千冬が居るのか、それは半年前にドイツ軍との契約が切れたため、日本に戻ってきてIS学園の教師へとなったからだ。このことを、千冬は一夏に話す気はさらさら無かったからだ。というのも、自分の家事能力は壊滅的だ。故に、日本の自宅に帰ってきたということが弟の耳に入れば、弟が倉持技研から通い妻状態になるかもしれない。弟に世話を焼かれることは嫌いではなかったが、一夏にとって大事な時期であるため、一夏の邪魔をしたくないと、千冬なりに気を使ったのだ。

一夏は千冬が此処に居る裏事情を知らなかったため、少し問い詰めたかったが、今は教員と生徒の関係である。問い詰めるのなら、放課後の教員の就業時間が過ぎてからにしておくことにした。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

千冬はそう自己紹介した。

このような高圧的な自己紹介を行ったのには千冬なりの思惑がある。

ISは条約ではスポーツとしての利用が規定され、戦術兵器としての使用を禁止している。だが、この条約が成立したのはそもそもISが世に氾濫し、戦術兵器として扱われたことにより、秩序を乱した過去がある。それはほんの一瞬の出来事ではあったが、その影響力は大きい。千冬はIS学園の生徒には無責任にISを使ってほしくないと考えていた。

故に、軍隊のような教育方法を取り入れることで、IS操縦者としての自覚を生徒たちに認識してもらおうという狙いがあった。

そのような狙いがあり、生徒には自分の狙いを汲み取ってほしかったのだが……。

 

「キャーーーーーーーーーー!千冬様!本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から」

 

という、黄色い声がIS学園一年一組の教室に木霊する。

他にも、『お姉様のためなら死ねます』やら、『もっと叱って、罵って』や『でも時には優しくして』や『そして、つけあがらないように躾をして~!』などの声が聞こえた。

一夏はため息を吐きながら、『この者らは卿の因子でも持っているのか?カールよ。』と内心呆れていた。一夏がそう思ったのには千冬の通り名が関係している。

モンド・グロッソの総合部門の優勝者をブリュンヒルデと言うのだが、大会連覇をしているため、モンド・グロッソの覇者の名前ではなく、千冬の通り名へとなっている。

ブリュンヒルデとはワルキューレの一人で、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』では、主神ヴォータンと知の女神エルダの娘とされ、女神と通じている。

そのため、女神を愛してやまない変態思考を持った友人と、女神の娘に憧れ頭に百合が咲いている少々危ない思考を持ったクラスメイトが重なってしまったのだ。

だが、カールのような女子が数十人も居ると考えれば、飽きることはないはずであるため、これは良い展開ではないかと一夏は思い至った。これを良い展開と考えるのは、カール・クラフトを友人と考えている一夏ならではことであり、常人なら発狂するような展開である。そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。

 

「諸君らにはこれから半年でISについての基礎知識を覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか?いいなら返事をしろ!良くなくても返事をしろ!」

 

千冬の言葉でIS学園初日のSHRと1限目のLHRは終わった。

その後、ISの座学やら、高校生としての通常授業が3コマ続き、昼休みとなった。

昼休みというのだから、大概の生徒は食堂で昼食を取るか、寮のキッチンで作った弁当を食べるのという行動を行うはずである。

にも、関わらず、数十人ほどのIS学園の生徒は昼食を取らずに、一年一組の教室前に来ていた。一夏とシャルルを一目見るためだ。そして、目的の人物である織斑一夏とシャルル・デュノアは教室で弁当を食べていた。

 

「ふむ。卿も料理をするのだな」

「うん。母子家庭だったから、病弱なお母さんの手伝いをしていたら、料理が出来るようになってね。フランスの家庭料理しかできないんだけどね」

 

そう言って、シャルルは弁当の蓋を開けた。

中には色鮮やかな野菜があり、弁当を魅せていた。だが、男子の割には少し量が少ない。

シャルルに続き、一夏も弁当の蓋を空ける。一夏の弁当は純和風だった。

 

一夏は少し料理が出来る。というのも、ラインハルト・ハイドリヒが黄昏の女神の守護者となり、グラズヘイムに戻ってから、正直暇で、やることと言えば、演奏会か殺し合いぐらいしかなかった。そのため、新たな自分の趣味というものを見つけようとした。

そして、見つけた趣味が日本料理だった。

というのも、グラズヘイムには料理が出来る者がシュライバーしかいなかったことが影響している。他の団員の料理スキルは壊滅的である。ベイは肉を串に刺して焼くしかできない。ザミエルはもっと酷い。何せ己の創造でご飯を炊こうとして消し炭にしてしまったという過去がある。騎士団の中で最も料理が出来るマレウスや、不毛な味の料理しか作ることが出来ないヴァルキュリアも居たのだが、ツラトゥストラの元に行ってしまったため居ない。シュライバーは料理をある程度は出来、料理自体は美味なのだが、どうもドイツ料理に偏ってしまう。そのため、食べる料理が既知感まみれだ。

故に、ラインハルトは食べたことのない料理を求めた。様々な国の料理が思い浮かんだが、シャンバラが日本であったことから、日本の料理というものに手を付けてみた。

一人では料理のスキルがなかなか上がらないため、城の髑髏から日本料理の知識を引出し、練習を始めた。最初は手加減し損ね、包丁でまな板を切ってしまうような失敗をしていたラインハルトだったが、今では生きている鯛を三枚おろしにし、舟盛りの活造りにし、残ったアラで赤だしを作れるほどの料理スキルを身に着けた。

 

「一夏の弁当も美味しそうだね」

「これぐらいなら、少し練習すれば誰でも出来る」

 

そして、一夏とシャルルは各々自分の弁当に箸を付けようとした。

だが、一夏とシャルルの手は止まった。一夏の携帯電話が鳴ったからだ。

ディスプレイを見ると、『凰鈴音』と表示されていた。

一夏は胸ポケットから電話を取り出すと通話ボタンを押し、右耳に当てる。

 

『一夏!今すぐ教室前のなんとかしなさいよ!アンタのところいけないでしょ!』

 

鈴の怒鳴り声が響く。右耳からは電話越しの鈴の声が、左耳からは二組に居ると思われる鈴の声が廊下を伝い直接聞こえてきた。そのため、一組の教室前に居た生徒たちは一瞬二組の方を見た。だが、一夏が席から立ち、廊下から出ていこうとすると、一組の教室前に居た女生徒達は視線を一夏に戻した。

 

「二組に用事がある。少々悪いが通してもらう」

 

一夏がそう言うと、廊下に居た女生徒達は左右に分かれ、一夏に道を譲る。

女生徒が分かれたことで出来た空間を一夏は悠々と歩き、二組へと向かった。

二組の教室の扉を開けると、IS学園の制服に身を包んだ鈴が立っていた。制服を自分で改造したらしく、肩が露出している。

 

「一夏、久しぶりね。積もる話をあると思うし、一緒にご飯食べよ」

「そうか。だが、生憎、弁当を教室に置いてきてな。それにもう一人の男のIS操縦者と食べている最中だ。私と昼を共にしたいのなら、卿が私のところに来るがいい」

「はいはい。じゃ、ちゃっちゃと行きましょう」

 

鈴は一夏を急かすように、背中を押しながら、廊下に出る。

そして、一夏の横を歩き、一組へと向かった。

そんな一夏と親しげで横を歩いている鈴を廊下に居た生徒たちは嫉妬の眼で見ていた。

鈴としては一夏との関係を見せ、他の女生徒と比べてアドバンテージがあることをライバル候補に示しているという思惑があったため、このような行動に出た。

 

「シャルルよ。待たせたな。紹介する、私の幼馴染の凰鈴音だ」

「アンタが二人目の男のIS操縦者ね」

「そうだ。彼がシャルル・デュノアだ。フランス出身の代表候補生だ」

「そうなの。ちなみにアタシも代表候補生だから、よろしくね。デュノア」

「よろしくね。ファンさん」

「『リン』で良いわよ。一夏のクラスメイトなんだし、苗字は余所余所しいから、名前で呼んでほしいんだけど、『リンイン』って発音面倒だし、日本語読みすると『すずね』でダサいから、そっちで読んで。アタシとしても呼ばれ慣れているから」

「じゃぁ、リン、僕もシャルルで良いよ」

「分かったわ。よろしくね、シャルル」

 

鈴はそう言うと、教壇に置かれていた椅子を取ってくると、シャルルの席の前に置き、椅子に座った。鈴としては、一夏と二人で食べたかったのだが、先約は向こうであるため、我儘を言うわけにはいかない。そして、シャルルの机の前に椅子を置いたのは、一夏の机の前には教卓があり、椅子を置くことが出来なかったからである。その代り、鈴は横向きに座り、一夏の方を見ながら昼食を取ることにした。

鈴は弁当の蓋を明ける。一段目はご飯で、二段目は酢豚であった。

 

「一夏、アンタのために作ってきたから食べなさいよ」

 

鈴は顔を真っ赤にさせて、弁当を差し出す。

一夏は酢豚を見た瞬間、一年半前の鈴との約束を思い出した。『酢豚が美味しかったら、蹴り殺してあげる。』というあの約束だ。鈴が自分を蹴り殺せるとは到底思えない。だが、鈴の蹴りは自分に痛みというものを与えてくれる渾身の一撃かもしれない。

鈴の蹴りを喰らってみる価値があるかもしれない。

そこで、鈴の酢豚を一口食べた一夏は鈴にこう言った。

 

「美味い」

「ほんと!」

「あぁ、故に、私を蹴り殺してみせろ。鈴」

 

黒歴史を思い出してしまった鈴は思わず一夏を本気で蹴ってしまうのだが、一夏の体が硬すぎるため、鈴は一時歩けなるほどの重度の捻挫をしてしまった。

そんな鈴をお姫様抱っこで保健室に連れて行こうとすると、鈴は途中で気絶していた。

一人残されたシャルルは一夏と鈴の会話が理解できず、頭を抱えていた。

 



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ChapterⅤ

作者は剣道のルールを知りませんので、ネットで知ったルールに基づいて剣道の描写があります。
ご了承ください。

屑霧島


放課後になると鈴の部活めぐりに付き合う。

どうせクラシックCDを聞くぐらいしかやることがないのだから、暇なのだろうと、鈴に拉致されたからだ。そして、なし崩しに、一夏と共にIS学園の施設を見学する約束をしていたシャルルもそれに付き合うことになった。

 

「一夏は何の部活見るの?」

「とりあえず、運動系の部活は網羅するつもりだ」

「アンタは相変わらずね。体験入部で暴れても良いけど、程々にしなさいよ。IS以外ではたぶん誰もアンタには勝てないんだからね」

「否、私と対峙するのなら、手心を加えないのが礼儀というものだ。女子供分別は無い。むしろ、わざと負けるなどという愚行は相手を見下す行為であって、無礼に当たる。だがな、それよりな、鈴。私は全霊の境地へと辿り着きたいのだよ」

「……はぁ、アンタに聞いた私が馬鹿だったよ。でも、アンタが荒らすのは勝手だけど、勧誘津波に会っても知らないわよ」

 

一夏に手加減するように説得しようとした鈴だったが、一年半経っても変わらない一夏の姿を見て、諦め、ため息を吐いた。

一夏は中学時代、帰宅部であった。

というのも、家庭の家計を支えるためにお花屋さんのバイトをしており、友人である鈴と弾、数馬以外と遊ぶ時間以外に暇な時間というモノが無かったからだ。

それに、一夏は全力を振り絞ることこそが己の目的であって、青春しようなどとは微塵も考えておらず、時間が拘束されることや誰かに指導されることを極端に嫌っていた。

ちなみに、鈴が言った『勧誘津波』とは鈴の造語で、大勢の運動系のクラブの部長たちが群れとなって一夏を入部させようと一夏の教室に詰めかける現象のことを言う。

 

「一夏って、運動できるの?」

「シャルル、一夏が運動できるっていうのは、普通に運動が出来るって次元の話じゃないのよ。一夏は運動が出来過ぎるのよ。」

「どういうこと?」

「中学一年の春にね、一夏、陸上部に体験入部したの。それで、二年生や三年生と100m走で勝負するってのがあったんだけど、……全国大会級の記録を出して、一夏の圧勝。その時に言った言葉が『足を速く動かしただけだ。特別な技術は何も身に着けておらん』よ」

「……一夏ってすごいね」

「まだあるわよ。……ボクシング部の体験入部なんて、部長に一発KO勝ち。その時に言ったのが『私は腕を振るっただけだ。卿らが騒ぐほどのことではない』よ」

「一夏って苦手な運動あるの?」

「私の苦手なモノか。加減が出来ぬ性分故、一部の球技ぐらいだな」

「え?どうして?」

「たとえば、私がサッカーをしたとする。私が本気でボールを蹴れば、ボールで人が宙を舞い、グラウンドにはクレーターが出来てしまう。故に、私が参加すれば、グラウンドは死屍累々となり、サッカーというゲームそのものが成立しないのだよ」

「……」

「これが織斑一夏よ、分かった?シャルル?」

「……うん、分かった。」

 

一夏が規格外すぎてシャルルは焦る。一夏の機嫌を損ねて本気の喧嘩になったら、ハンバーグかミートボールという結末しか見えなかったからだ。

一夏との会話には気を付けようと心掛けるシャルルだった。

その後、三人は様々な部活を周り、体験入部した。

ソフトボール部ではホームランを3打席連続で打ち、クレー射撃部では満点を出し、空手部では瓦割で二十枚割り、乗馬部では誰も乗れなかった荒馬を乗りこなした。

ラインハルト・ハイドリヒはアムステルダム五輪にフェンシングの部門で出場している。それ以外にも、乗馬やスキーや近代五種競技や飛行機の操縦を得意としていた。そのため、肉体が聖餐杯の贋作に劣化したといえども、専門で競技に励んでいるわけではない現役女子高生に劣るはずがない。故に、これぐらいのことは一夏にとって当然なのだ。

そんな優秀な運動神経を持つ生徒を部に入部させようと、それぞれの部の部長たちは必死になり、鈴が恐れていた勧誘津波が起きた。

宿題ノート見せるだの、三食昼寝用の膝枕付きだの、お背中を流す専属マネージャー付きだの、部長との混浴権だのと、一夏を物で釣ろうとする。

一夏はそれらを丁重に断るのだが、男に飢えているのか部長たちの勧誘は激しい。

そのため、一夏は鈴とシャルルを担いで、脱兎のごとく逃げる。

一夏に担がれた鈴は顔を真っ赤にし、一夏の肩の上で暴れている。

シャルルは借りてきた猫のように大人しくしていた。

そして、二人を担ぎながら、逃走する一夏は悪くないと笑っていた。

一夏の前世であるラインハルト・ハイドリヒは『全力で戦える機会が欲しい』という己の渇望を世界に流出させようとした男で、逃走というものを織斑一夏になるまで行ったことがなかったからだ。此処で全力で戦うことは容易いが、一夏以外で死傷者が出てもおかしくない。普段の彼ならばそんなことはお構いなしなのだが、英雄の卵かもしれない彼女らを傷つけることは今の一夏にとって不本意である。結果、彼は逃走という選択肢を取った。逃走という行為は一夏にとって未知に近かった。

 

十数分ほど全力で走り、校舎裏に逃げ込むことで、追って来る各部の部長たちを巻いた。

担がれ疲れたと鈴が言い、シャルルがそれに同意したため、近くの自販機でジュースを飲みながら、休憩をとる。

鈴は『黒ウーロン茶』を、シャルルは日本に来て初めて見るという『あたたかいコーンポタージュ』を、一夏は炭酸飲料の『スプlight』を飲んでいる。

 

「で、一夏とシャルルは部活決めた?」

「僕は部活に入るのやめておこうって考えているんだ。」

「どうして?」

「男子って僕と一夏だけだから、注目されて、肩身が狭くて、緊張しちゃうから、…ほら、此処の女の子ってその凄いから」

「あぁ、……確かに、シャルルってなんだか気弱そうだし、そういうの苦手そう」

「うぅ、反論できないから、辛いよ。鈴は?」

「あたし?ラクロス部。なんかあの棒がちょっと格好よかったから。それで、一夏は?」

「私が心躍るものは今のところなかったな。アレが毎日と思うと些か退屈だ。私の余興になるに値しない。」

「あんな暴れ馬相手にして、『些か退屈だ』なんて、どんだけチートなのよ」

「確かに、最初はロデオみたいだったね。僕が一夏だったら、絶対に振り落とされていたよ。一夏って本当に凄いね」

「なに、アレは誰でも出来る方法を使っただけだ。故に、私でなくとも容易にできる」

「そうなんだ。ちなみに、どうやったの?」

「馬の眼を見て、『私にひれ伏せ』と念じた。要するに、威嚇しただけだ」

「そう言うけどね。アンタの場合、その威嚇するときの念じ方が肉食獣じみてんのよ。そりゃぁ、背中に人の皮を被った恐竜がいたら、強気な性格でも根っこが草食動物の馬なら、普通怖くて言うこと聞くでしょ」

 

鈴はそう言うと、空になった缶をゴミ箱に向かって投げる。

空き缶は綺麗な放物線を描き、見事ゴミ箱の中にチップインした。

ガッツポーズをとりながら、鈴は立ち上がる。

 

「で、一夏、後、何か所回るの?」

「次で最後だ」

「ふーん、で、その栄えあるラストの部活は何?」

「剣道部」

 

一夏はメインディッシュを目の前にしたグルメのように笑った。

待っていたぞ。ようやく来たか。

私を唸らす料理であってくれと。私を楽しませてくれよと。

右手に持っていた空になっていたアルミ缶は音を立てて、縮んでいき、最後には団子ぐらいの大きさへとなった。一夏はそれをゴミ箱に投げた。

そんな様子を横に居たシャルルは開いた口が塞がらなくなった。

世界最強の姉を持つのだから、人間離れしているのは当たり前だろうと思っていたが、此処まで来ると、人間離れしすぎている。シャルルは、これからの三年間で多くの奇想天外なことが起こるんだろうなと覚悟し、こんな一夏みたいに自分も強くありたいと思い一夏のことを羨ましく思った。

 

「何をしている、シャルル、卿も来るのだろ?このままでは日が暮れてしまう。遅れるなら、置いていくぞ」

「うん、すぐ行くから、ちょっと待って」

 

シャルルは『あたたかいコーンポタージュ』を飲みきると、空き缶をゴミ箱に捨て、駆け足で一夏と鈴の後を追った。

 

道場へ向かう途中、一夏は終始笑顔だった。

朝の自己紹介の時の愛想笑いではない。純粋に歓喜に満ちている。

だが、今の一夏の歓喜は普通の歓喜とは大きく異なっているように他人からは見えるだろう。なぜなら、歓喜とは純度が上がれば上がるほど、ある異物が混じり始める。

狂喜という言葉を知っているのなら、分るだろう。

喜び過ぎて、タガが外れてしまい、合理的とは程遠い頂へと辿り着いてしまう。

故に、そう、狂気だ。

一夏は笑顔ではあるが、一夏の中から歓喜が溢れ出ているわけではないため、鈴もシャルルも一夏は笑っていることに気付いていたが、その歓喜は狂喜であり、その中に狂気が渦巻いているということに気付かない。

そんな笑顔の理由をなんとなく察した鈴は一夏に話しかける。

 

「一夏、アンタ、最後に剣道部選んだでしょ?」

「よく分ったな。鈴」

「何かアンタ嬉しそうだし。一応、その理由聞いて良い?」

「剣道部には箒が入部する筈だからだ」

「箒って、僕たちのクラスで、今朝一夏相手に喧嘩腰になっていた篠ノ之箒さん?」

「はぁ?アンタ、ケンカ売られたの?どんな猛者よ!って言うか、箒ってアンタのファースト幼馴染よね?」

「確かに、彼女は私からすればファースト幼馴染である。だが、彼女からすれば、私は切ったはずの腐れ縁であり仇のようなものだ」

「アンタ、箒って娘に何したのよ!まさか、セクハラしたんじゃないでしょうね?」

「私は何もしていない。私の渇望と彼女の理想が大きく異なっただけだ」

「それだけ?」

「あぁ、だが、意見の食い違いというものは衝突を起こすに十分すぎる。意見衝突が発端となった革命や戦争は少なくない。宗教なり、民族なり、私欲なり、国益なり、平等なり、自由なり。故に、箒が私を敵視するは必然」

「敵意向けられてよくもアンタ平気よね」

「無論。私は全てを愛している。箒も例外ではない。故に私は敵意も享受する」

「え?ええぇ!?一夏って、もしかして自分を蔑んだ目で見てくれる人のことが好きになの?でも、あれ?ふぇぇ?」

 

シャルルは顔を真っ赤にしながら、頭を抱え込んで座り込みだした。

そして、何かブツブツ呟いている。

 

「馬鹿一夏!それは言葉の重みが減るから言うなって言ってるでしょ!それに、シャルルが混乱してるじゃない!どうすんのよ!シャルル、変なこと妄想してるわよ!」

 

鈴は一夏の襟を掴み、グワングワンと力いっぱい揺すりながら、怒鳴る。

一夏はなされるがまま、シャルルが混乱しているさまを見て楽しんでいる。

そんな鈴と一夏の元に、シャルルが近寄ってきた。

そして、上目づかいで心配そうな目をしたシャルルはこう言った。

 

「あのね、一夏が鞭とか蝋燭とか好きな変態さんでも、僕は絶対に嫌いにならないからね。ずっと、友達だから、悩みとかあったら、男の僕に相談できることなら、相談してね。」

 

時が止まった。時間が停滞したわけではない。完全に停止した。

ツラトゥストラの『新世界へ語れ超越の物語』がシャルルから流れ出たかのような錯覚に一夏は陥った。事実、自分を揺すっていた鈴は固まっているし、己の思考もシャルルの言葉に追い付けない。聖餐杯の贋作であるこの体が一寸も動かなかった。

 

「フッハッハッハッハッハッハ!ハーッハッハッハッハッハッハッハ!私が変態か!カールよ!私はこれほどの未知を見たことないぞ!ハーッハッハッハッハッハッハ!」

 

だが、一夏は次の瞬間、大爆笑していた。

まさか自分が変態扱いされるとは露とも思っていなかったからだ。

一夏の身近には好きな女の足跡を時間軸から切り離して保存するような超が付くほどの、変態の境地へと辿り着いたようなド変態を超えるコズミック変質者が居る。

そんなカール・クラフトに比べれば、自分は普通の性癖だと思っている。

故に、自分は変態ではない。

それに、そもそも自分の真意がシャルルにちゃんとした形で伝わっていない。

そこで、一夏はシャルルに自分の愛の形について、説明する。

 

「シャルルよ、私はな。この世にあるすべての物を祝福し、受け入れ、存在を否定しないが故に、愛していると言っているのだ。卿が言ったような趣味趣向を私は持ち合わせておらんよ」

 

一夏は自分の本音の一部を隠し、シャルルに弁解した。

事実、この世にあるものは何かしらの意味を持って誕生していると考え、全てを慈しんでいる。だからこそ、一夏は全てを壊し、その灰燼と化するその様すらをも愛でる。自分に壊されるために誕生したものを、自分の障害になるために誕生したものを見つけるために。故に、彼の愛は破壊へと直結する。

だが、ここで、鈴とシャルルに愛するモノを破壊するとは言わない。

なぜなら、ここでその話をすれば、自分は狂人扱いされる。事実、ラインハルトは狂人だが、此処には自分の楽員と騎士団に加わるにふさわしい英雄を探しに来ているのだ。

故に、此処で狂人扱いされては、自分で立てた目的の障害を自分で立てることとなってしまう。今は穏便にことを進める必要がある。

それに一年半前の友人の忠告のこともある。

 

「そ、そうだよね。ごめんね、一夏、その……変態さんって言っちゃって」

「よい、私は気にしておらん」

「良かった。今思ったんだけど、『全てを愛している』って、一夏、牧師さんみたい」

「ほう、私が主に仕える聖職者か。卿は面白いことを言う」

「え?何かおかしかったかな?」

「いやなに、卿が当たらずとも遠からずな事を言ったのでな、少々驚いただけだ。私に逆鱗はない故、これからも卿の思うことがあれば、私に聞かせてくれ」

「「??」」

 

鈴とシャルルは首を傾げる。

だが、一夏に置いて行かれそうになった二人は慌てて、一夏を追った。

数分歩くと、剣道場にたどり着いた。

剣道場の前には多くの女生徒達が一夏を待っていた。

どうやら、部活荒らしの一夏が回った部活を片っ端から調べ上げ、まだ来ていない部活が此処であると分かり、此処に来ていたらしい。

鈴は見たことがある光景であるため、驚くことは無かったが、シャルルは驚きっぱなしだ。

一夏は堂々と剣道場に入り、入ってすぐのところに居た部員に尋ねた。

三年のリボンをしており、自分を待っていたように立っていたことから、一夏はこの部員がこの部の部長だと推測した。

 

「卿が剣道部の部長か?」

「如何にも」

 

一年生の一夏の圧倒的な存在感に負けないようにするために、剣道部の部長は偉そうに、一夏の質問を肯定する。

 

「すまんが、此処の部活の体験入部はどういった物をしているのか聞いても構わんか?」

「竹刀の素振り指導だけど、織斑君は竹刀を持ったことある?」

「数度、下手ではあるが、振り方も知っているつもりだ。」

「それじゃ、素振りの指導じゃ、織斑君は退屈しちゃうでしょ?とっておきのモノを用意しておいたよ」

「ほう」

 

一夏は靴を脱ぎ、剣道場に上がる。鈴とシャルルもそれに続く。

部長の案内で一夏は更衣室に入り、特大サイズの剣道着を着る。鈴とシャルルは一夏の友人として、試合場の前に設置された特設の席に座らされる。一夏の部活荒らしを見学しに来た女生徒達も剣道場のギャラリーに詰めかける。だが、全員入りきらなかったため、立ち見や剣道場の外から脚立を使って、窓から剣道場の中を覗きこんでいる生徒もいる。

数十人の剣道部員が出てくると、剣道部の部長はメガホンを取って喋りはじめた。

 

「レディース・エーーーンド・ジェトルメェン!さあ!やってまいりました。織斑君のための剣道部体験入部、『剣道部員勝ち抜き戦!』司会は私剣道部部長と解説は織斑千冬先生でお送りいたします」

 

すると、剣道場の奥からスーツ姿の織斑千冬が現れた。

鈴以外のギャラリーは拍手で迎える。千冬が着席すると、剣道部部長は試合のルールを説明し出した。一夏は面突きも胴突きもありで、いかなる方法でも相手に一本でも有効打を与えることが出来れば、勝ちとする。だが、剣道部員は通常のルールに乗っ取り一夏と試合をすることとなった。これで一夏が何人抜きをするのかということが見どころとされている。

 

「さぁ、では、最初の一戦です」

 

次の瞬間、審判である副部長の合図とともに、試合は始まるのだが、次の瞬間には勝敗が決していた。千冬が解説する暇もなかった。

一夏が行ったことは単純な事だった。

素早く脚を運び、素早く腕を振るい、素早く面を打った。

その一連の動作があまりにも早すぎただけだ。

まるで、西部劇のガンマンの決闘のように、始まったと同時に決着がついていた。

一夏の足を運ぶ音と、面を打つ時の声、竹刀が面に当たった音が同時に聞こえるほどに。

鈴やシャルルや、観客どころか、一夏の対戦相手である剣道部の部員も、審判の剣道部員ですら、最初は何が起きたのか、判断できなかった。一夏以外で何が起こったのか、すぐに理解できたのは、実姉の千冬と、幼馴染の箒だけであった。

千冬は唖然とする審判に代わり、勝敗を言う。

 

「勝者、織斑一夏。」

 

千冬の言葉で織斑一夏という人間は常人からかけ離れていると剣道部員は理解した。

だが、先ほどの試合を思い出した剣道部員は、一夏は素人であり、数度しか竹刀を握ったことのないという一夏の言葉は嘘でないと言うことも分かった。

事実、一夏の動きは剣道家が見れば、無駄だらけだろう。

フェンシングと剣道では勝手があまりにも異なっている。故に、踏込、足の運び方、竹刀の握り方など数えきれないほどのミスがある。

だが、一夏は持ち前の運動能力でそれらをカバーしきっている。

そのため、剣道部が使う剣術という術を力でねじ伏せる結果となった。

剣道部員は気を引き締める。舐めて掛かっては勝負が成立しない。

勝負が始まった瞬間に勝負を始めるには遅すぎる。戦う前から、勝負をしている気で居なければ、不意を突かれ、敗北を喫するは必然となってしまう。

剣道部員たちに緊張が走る。

だが、気を引き締めただけでどうにかできる実力差ではなかった。

剣道部員はこれまでの経験を生かし、ある者は勝負が始まったと同時に、間合いを取ろうと試みるが、一夏の圧倒的な跳躍力により、一夏の間合いに自分が入ってしまう。ある者は勝負が始まった瞬間、一夏に飛び込むが、それを上回る速さで一夏は面を取ってくる。数人ほど一夏の早業より早く攻撃が出来た者が居たが、振るった竹刀が一夏の竹刀に防がれてしまう。一夏の防ぎは強固であったため、肘を固いものにぶつけた時のような痺れが両腕に襲い掛かり、思わず竹刀を手放してしまう。

最初はこれで良いと剣道部員たちは判断していた。

様々な方法を試し、一夏の苦手な打ち方を探るつもりだったからだ。

だが、この方法は間違っていたということに気付き始める。

なぜなら、一夏は戦いの中で、効率的な竹刀の振り方を身に着け始めたのだ。

結果、剣道部員は一夏に有効な戦略を発見するどころか、一夏との実力差をさらに離されていってしまい、勝利する要素が完全に消失してしまった。

五十人近くの二年、三年を叩き伏せた所で、一夏の前にある一年生が立ちはだかった。

 

「一夏、私と戦え!」

 

その一年生とは箒だった。

箒は去年の全国剣道女子中学大会を圧倒的な実力で優勝しており、剣道の実力ではおそらく剣道部の部長より上である。

そのため、人一倍剣道には自信があり、人一倍剣道の在り方というモノを大切にしていた。だから、信念が全くなく、暴力的で、相手を狩るように振るわれている一夏の剣を許せるはずがなかった。自分が目指したのは誰かを守れるような活人剣だ。

力というモノは壊すためにあるのではない。守るためにあるのだ。

それこそが正しい力のあり方だ。それを一夏の敗北という形で教えてやる。

箒は一夏打倒に燃えていた。

 

「よかろう、箒。どこからでも掛かって来るがよい。」

 

一夏は箒の宣戦布告を受け取ると、竹刀を構えた。

その瞬間周りから歓声が起きる。

一夏のことを名前で呼んだことと、箒の声に覇気があったから、箒は一夏の知り合いだと観客と剣道部員たちは読み、因縁の対決のような試合が見られると感じ取ったからだ。

とくに剣道部員の盛り上がりは凄まじい。片や圧倒的な力で自分たち五十人をねじ伏せた男子で、片や圧倒的な技術で女子中学ではあるが全国制覇をした女子である。ゆえに、一夏の消化試合にならないのではと期待していたのだ。

 

審判の合図でそんな二人の試合は始まった。

試合開始の合図と同時に、箒は前に出る。電光石火の早業で相手が防御の姿勢を取る前に勝ちを取りに来たのだ。結果、箒は一夏より早く攻撃を仕掛けることが出来た。

それに対し、一夏は防御の姿勢を取らず、後ろに下がりながら、竹刀を振るう。

竹刀同士の衝突を狙っての行動だった。

当たれば、箒の手は痺れ、竹刀を手放してしまうほどの一撃だった。

だが、箒は咄嗟に腕を引き、竹刀との衝突を回避した。

箒は腕を引いたまま、一夏の懐に入り込む。

距離を取ろうとすれば、一夏は力技で自分を打ち取りにくると判断したからだ。

両者の腕と竹刀の柄がぶつかり、押し合いになる。

重心の低い箒は一夏を押し上げるような形で押せば、一夏の体勢は崩れるので、その瞬間に胴を放ち、打ち取ろうと試みる。

 

「!!」

 

だが、一夏の体が全く動かない。

勢いをつけて、押そうとしても、全く動かない。

目の前に居る一夏は地中に根を張った大木なのではないのかという錯覚に箒は陥った。

重機でも動かせるのかと疑ってしまうほどだ。

この瞬間、箒の中で勝敗は決してしまった。

なぜなら、押せないのだから、この場は退くという選択肢しか存在しない。

では、後退すればどうなるのか、考えられる結末は二つ。

退いた瞬間、一夏は攻撃を仕掛けてくるだろう。そこで、自分は竹刀で防ぐか避けるしかない。だが、人体というのは思いのほか大きい。一夏の速さと力を持ってすれば、竹刀で面や胴、籠手を打つには十分であり、外れるはずがない。

であるなら、防御すれば、窮地を脱することが出来るかと言えば、そうでもない。防御をすれば、さきほど一夏と試合をした上級生と同じ結末であるのは明白だ。一夏の渾身の力によって振るわれた竹刀は己の持つ竹刀に当たり、コンクリートを金属バットで渾身の力で叩いた時のような痺れが己の腕を駆け巡り、自分は竹刀を手放してしまうだろう。

結果、自分は詰むのだ。

だが、箒は自分から負けを宣言できるような諦めの良い人間ではない。

諦めが悪いからこそ、全国優勝を勝ち取ったのだ。此処で退いては自分が積みかねてきた物が崩れてしまう。自分が自分でなくなってしまうような気がした。

では、どうすればいい?自分はどうすれば、負けてもなお、篠ノ之箒で居られる?

 

「……違う」

 

そもそも自分が負けたわけではない。今はまだ試合中で、勝敗はこれから決まるのだ。

自分が諦めてどうする?こんな信念の無い暴力の塊に負けてどうする?

それこそ負ければ、自分が自分で居られなくなってしまう。箒は自分に言い聞かせる。

箒は覇気を振り絞り、渾身の力で一夏を押し崩そうと試みる。

だが、次の瞬間、箒の耳に一夏の声が飛び込んできた。

 

「恐れで私は斃せぬよ」

 

一夏はそう言うと、肘に力を入れ、箒を押し上げた。

自分が行おうとした戦術をまさか一夏もしてくるとは思っていなかった箒は簡単に押され、崩され、足が床から離れてしまう。そんな箒の眼には自分に迫りくる一夏が映った。

咄嗟に、箒は竹刀を前に出そうとするが、一夏相手ではあまりにも遅すぎた。

一夏は竹刀を振り下ろし、一夏の竹刀は箒の面を捕らえる。

結果、有効だと判定されてもおかしくないものを受けてしまった。

今のが、仮に有効でなかったとしても、自分は仰向けに倒れた衝撃で思わず竹刀を手放した上に、場外に出てしまったため、反則二つによる相手の一本となり、自分の負けだ。

負けた悔しさと、自分から敗北するという選択を取らずに済んだと安心したことに対する憤慨から、箒はその場から動けなかった。

 

「私の勝ちで構わんな?姉上?」

「あぁ。勝者、織斑一夏」

 

一夏の完全勝利宣言に観客たちは湧いた。

大声が剣道場の中で木霊する。

 



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ChapterⅥ

翌日の朝、IS学園一年一組。

一夏とシャルルは自席につき、鈴は教壇に座って、話をしていた。

話題は昨日の放課後の一夏の部活荒らしについてだ。

その三人を囲むようにしてクラスメイトが居る。他クラスの鈴が居ることに対し、何も誰も言わないのは、昨日の一夏の部活荒らしに、鈴が常に居たため、いつの間にか仲が良くなった生徒が多かったからである。

 

「織斑君、何かスポーツやってたの?」

「体鍛えていたりするの?」

「おりむ~、護身術みたいの教えて」

 

一夏は多くのクラスメイト達から質問攻めにあっている。

クラスメイトの質問に一つ一つ丁寧に答えていく。

今の質問の答えを簡潔に説明すると、以下のようになった。スポーツの経験はあることはあるが、ほんの遊び程度であり、極めようという気にはならない。一つのスポーツに対し、執着がないからだ。体は鍛えている。と言っても、主目的で体を鍛えているわけではなく、ついでに体が鍛えられてしまっただけのこと、遊びの一環として、農村を荒らす熊を撲殺したことなんかこれに相当する。一夏は力にものを言わせて相手をねじ伏せているわけであって、力のない者でも使える護身術と言われるものの一切を身に着けていないため、教えることは出来ない。

そんなやり取りを半時間ほどすると、朝のSHRを知らせる予鈴が鳴ったため、生徒たちは一夏とのおしゃべりを止め、自席へと向かっていった。

数分後、一年一組の教室に真耶と千冬が入ってきた。

入学して二日目で特別な行事は無いため、真耶は生徒たちに簡単な連絡事項を伝える。

このまま、SHRが終わりそうになった時だった。

千冬が手を上げた。真耶は千冬に立ち位置を譲る。

 

「これより、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める! クラス代表者とは、対抗戦だけでなく生徒会の会議や委員会の出席などの、まあ学級委員長的な役割と考えて良い。自薦他薦は問わないぞ、誰かいないか?」

 

千冬がそう言った直後、二人の女子が挙手し、こう言った。

 

「織斑君を推薦します」

「私はデュノア君を指名します」

 

その女子に続く形で次々とクラスメイト達が一夏とシャルルを推薦していく。

一夏はこのようなクラス代表に指名されること自体は少なくないため、クラス代表に任命されても苦にはならない。一方のシャルルはこういった経験が初めてなのか、戸惑っている。そのため、推薦された二人の態度は間反対だった。

一夏は静かに堂々と座っており、シャルルは目がキョロキョロとしていた。

どちらがクラス代表になるにしろ。私の目的は変わらん。そう思っていた。

だが、一年前の友人の言葉を一夏は思い出した。

 

“我々聖槍十三騎士団は一部の者らからは世界の敵とされております。故に、行動は早急にかつ慎重になさることを心に留めておいていただきたい。”

 

クラス代表になれば、目立つ可能性が非常に高い。

唯でさえ、世界的に注目を浴びている。部活荒らしをしてクラスや学園単位で有名になるには問題ないだろうが、世界的に目立つわけにはいかない。何故、クラス代表になることが世界的に目立つことに繋がるのか、それはIS学園の行事の試合はテレビ中継されるからである。そこで、自分と聖槍十三騎士団との繋がりが見つかれば、自分の抹殺命令が世界単位で動くかもしれない。となれば、最悪戦争だ。

自分が勝てば、この世界は焼け野原になってしまい、負ければ、グラズヘイムから再スタートとなり、今までの十数年の苦労が水の泡だ。

虎穴に入らずんば、虎児を得ずとは言うが、必要以上に衆目に晒されるという危険は回避したい。そこで、一夏はシャルルにクラス代表の座を押し付けてしまおうと考える。

この場で尤もらしい言い訳を考えるが、一夏は思いつかない。

そんな時だった。

 

「納得がいきませんわ!そのような選出は認められません。男がクラス代表なんて恥さらしですわ。このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!だいたい、文化としても後進的な国で暮らさなけれ……」

「クックックックックック……ハーッハッハッハッハッハ!」

「何を笑っていますの!」

「いや、失敬。私に敵意を向けたうえで、祖国の女こそが至高であると自己陶酔する女は身近に少なくてな。…それに」

「……なんですの?」

「この国が文化として後進的とは笑わせてくれる。卿の国のレストランは何軒、かの有名なミシュランガイドに載ったかな?私の記憶が正しければ、この国の10分の1の60にも満たないと思うのだが、私の記憶違いか?」

「私の国の料理を馬鹿にしておりますの!」

「卿に問いかけただけだよ、セシリア・オルコット。卿がどのように私の言葉を受け取るかなど、他人である私は責任を持てん。ところで、卿は言ったな?卿の国の料理を馬鹿にしているのかと、ならば、聞こう。卿の国の料理は自信が持てぬほど、不味なのか?それとも、卿の国の人間は美味な物を作れんほど味盲なのか?知りたいな?」

 

一夏は笑っている。一方のセシリアは堪忍袋の緒が切れる寸前だ。

 

「決闘ですわ!」

「よかろう」

 

一夏は歓喜していた。

相手は代表候補生であり、鈴と同様に入試の実技試験で教官を倒した相手。

どのような戦い方をセシリアがするのか一夏は全く知らないうえに、己の体が聖餐杯でないが、勝敗は期したもの同然であるため、相手の手札は気にしていない。

むしろ今知ってしまっては戦いの楽しみが減る。

 

「ところで、セシリア・オルコット。卿には何人友人がいる?」

「貴方、何を言っていますの?」

「私の真意は後で答えよう。故に、まずは答えてみよ」

「私は自分が認めるような人と出会ったことがありませんわ。だから、私が友人と認めるに足る人物など一人もいませんの」

「左様か。……では、私の友人の数に肖り、卿を五撃で沈めるとしよう。卿のISを破壊するための攻撃が四より少なく、六より多ければ、私の負けだ」

 

故に、一夏は勝敗の天秤がどちらに傾いてもおかしくないように更なる枷を自分に課すことにした。こうでもしなければ、余興にしては退屈すぎるからだ。

彼としては当然の措置だったのだが、セシリアからすれば、逆鱗に触れられたも同然だ。

だが、ここでこれ以上発狂しては英国淑女の名が泣くと考えたセシリアはゆっくり息を深く吐き、冷静さを取り戻していく。

 

「あら、私に勝てないから、自分が合理的に負けられる条件を作るなんて、自分が弱いと認めているのかしら?」

「ふむ。何とも捻くれた考えではあるが、間違いではない。では、私は卿の打倒を宣言し、賭けをしよう」

「賭けですって?」

「私は試合の勝敗云々を別として、私のISのシールドエネルギーが切れるまでに、卿のISを倒すことができなければ、私を奴隷にでもなんでもする権利をやろう。私は誰かに従うことを良しとしない故、私は手を抜けん。それでよいな?」

「どこまでも人を見下す方ですのね。…まぁ、良いですわ。後でその顔見っともなく歪まして差し上げますわ」

「それは楽しみだ。私に敗北を見せてくれ」

 

セシリアは青筋を立てながら、一夏の宣言を受け取った。

その後、クラス代表を決めるための試合について千冬が時間と場所を指定し、ルールは一夏が提案した五撃でセシリアを仕留められなかったら一夏の負けというモノを採用した。

その後、その勝者とシャルルが戦い勝った者が一年一組クラス代表になると決まった。

朝のショートホームルームは終わり、授業に入る。

 

授業の内容はISの適性についてだ。

ISの適性が高ければ高いほど、操縦者の特性がIS自身に反映されやすくなる。

故に、ISの適性が非常に高い人物は企業などからスカウトされやすい。今年度のIS学園の入試の判定基準にISの適性が含まれているというのは周知の事実である。

そんな真耶の授業を一夏は黙って聞いていた。

この当たりの話は一年前に友人の特別授業を受けていたため知っていた。

付け加えて言うのならば、ISの適性が高ければ高いほど、IS自身の性能を引出しやすい。エイヴィヒカイトの話に合わせるのならば、聖遺物の同調率がISの適性に近いと思われる。ベイと闇の賜物の相性は良かったため、十分な性能をベイは引出せたが、シュピーネと辺獄舎の絞殺縄の相性は良いと言えないため、シュピーネは性能を十分に引き出せなかった。

だが、さきほど、同一ではなく、近いという表現に留めたのは、相違点が存在するからだ。エイヴィヒカイトの場合、個々の聖遺物によって適性が異なるうえに、人としての領域を越えなければ、そもそも扱うことが出来ないのだが、ISの場合、これが存在しない。

この理由として、ISに所有権の譲渡という特性を持たせた結果によるものだとカール・クラフトは言う。エイヴィヒカイトは所有権を譲渡したところで、他人に適性が無ければ、内部の魂が漏れ出し、自壊してしまう。バビロンが死亡した時、カインが崩壊していくのはこれによるものだ。量産化を行ったとしても、適合せず、自壊しては元も子もない。

そこで、ISの核が崩壊しないようにした結果、付属的に、適合の簡易化ならびに魂の保管という性能をISは獲得した。

故に、ISは誰でも動かせるのだが、適性というものが存在している。

ただ、女性にしか反応しないという欠陥は解消されなかったらしい。

 

「ISの数は世界で467と一定数ということもあり、適性の高い人が重宝されます」

 

何故、ISの数が一定数なのか、それはISが内包する魂に関係している。

エイヴィヒカイトは喰らった魂を燃料に動いている。この点はISも同じだ。

だが、違う点は殺人衝動だ。

エイヴィヒカイトの場合、入手すれば慢性的な殺人衝動に駆られる。これはエイヴィヒカイトという車に魂というガソリンを入れて動かすため、魂が絶対に必要なのだ。ガソリンが切れれば、動かなくなるのだから、自然に欲する。

だが、ISの場合は魂を自動再生エネルギーとして動かしている。時間がたてば、再生し再び動くようになるのだから、エネルギーの保有量を求めない。故に、殺人衝動が弱く、理性で十分抑え込むことが出来る。

といっても、そのエネルギーがある程度なければ、ISの起動時間は短くなり、魂を集めるための殺人衝動が湧いてしまう。では、何故世に出回っているISを使用する操縦者たちは殺人衝動に駆られないのか、それはISが最初からある程度の魂を保有しているからである。理由は篠ノ之束だ。彼女がISの核を作り世に出回らせようとした前に、篠ノ之束はある程度の魂をIS核に入れたからだ。

篠ノ之束が何を思ってISを作り、普及させたのかは知らないが、無差別殺人兵器にはしたくなかったのだろうか。

つまるところ、ISの核製造には魂が必要である。

だが、篠ノ之束は世界中の多くの人間に追われており、逃げる手段を講じることに忙しい。そのため、ISの核に必要な聖遺物集めや魂狩りをしている余裕がないという裏事情があるのだが、多くの人間は知らない。

次の内容に入ろうとすると、チャイムが鳴り、授業が終わった。

 

「はぁ!アンタ、さすがにアホでしょ!」

 

昼時の食堂で鈴はラーメンを食べきるとそう言った。

完全に舐め腐っている一夏のハンデに鈴はブチ切れているのだとシャルルは推測した。

代表候補生というのは猛烈な競争相手をなぎ倒して勝ち上がってきた勝者なのだ。

故に、あそこまで挑発すれば、セシリアは激情して、一夏を瞬殺するかもしれない。

 

「なんで、アンタ一撃で倒すって言わなかったのよ!」

「……え?」

「だって、そうでしょ!?一夏はいつも最初から全力で行く奴よ。相手の代表候補生がどんなのか知らないけど、千冬さんじゃない限り、一夏の攻撃をまともに三発も受けて立ってられる奴なんて居ないわよ!これじゃ、一夏の負け決定じゃない!」

 

シャルルは唖然とした。

一夏が勝敗は別としてセシリアを倒すことに対して鈴は何の疑問を持っていない。

だが、良く考えれば分かることだ。

そもそも男が女に劣るというのはISを動かせるか否かである。であるならば、一夏とセシリアの勝敗の決定要因は技術、経験、本人の運動能力、ISの性能だ。

シャルルから見て、技術、経験は両者とも未知数だが、皆無というわけではない。

運動能力では一夏がセシリアを圧倒していると思われる。

以上のことから、一夏の勝利は限りになく必然に近い。

 

「ねぇ、一夏」

「なんだ?」

「一夏ってどんなIS使っているの?」

「打鉄だ」

「え?普通なら、一夏のデータ採取のために専用機とか貰いそうなのに」

「シャルルの言うとおり、私のデータを取るために専用機を貰ったよ。少し手を加えた打鉄をな。といっても、近接格闘型武器を一つ搭載し、それ以外の武器は全て除去、データを取るためにメモリーを大量に積んでいる故、専用機や訓練機という表現よりはデータ採取用実験機と言った方が近しいだろう」

 

ISの性能差では一夏よりセシリアの方が上だとシャルルは判断する。

以上のことから、一夏とセシリアの勝負の勝者がどちらになるのか、判断がつかない。

ここで、シャルルはあることに気が付いた。

もし、一夏がセシリアに勝てば、自分と当たることになる。セシリアとの戦いで一夏はハンデを背負っているが、自分との戦いではハンデがない。となると、負けるのは必至。

女子供でも容赦はしないというのが一夏の戦い方だ。

となれば、自分は惨敗をきすだろう。

 

「……ねぇ、一夏」

「なんだ?」

「……痛くしないでね」

 

一夏の時間は再び止まり、鈴は水を一夏に向かって吹いた。

そして、一部の腐女子が言った。

 

「一×シャル……夏コミはこれで決定ね」

 

 

校舎の屋上で篠ノ之箒は一人、弁当を食べていた。

自分以外に屋上には誰も居ないおかげで、落ち着く。

十歳から重要人物保護プログラムで政府の人間に保護と監視、尋問をされ続けたため、彼女は一人でいる時間が少なかった。だから、政府関係者の手の届かないIS学園に入学できたのは幸運だった。

だが、同時に不幸でもあった。織斑一夏が居たからだ。

箒はクラスの男子に虐められているところを一夏に助けられたことがある。最初は恩を感じた。『弱い者いじめは駄目だと思ったから助けた』、そう思ったからだ。

だが、現実は違った。

 

『下らん遊びで悦に入る者らに心躍る娯楽を教えようとした』

 

彼はそう言ったのだ。最初は何を言っているのか分からなかった。

だが、一夏は自分をいじめていた者たちに、強敵を倒すという快楽を教えるためで、結果として自分が助かっただけに過ぎないと知った瞬間箒は絶望した。彼は自分が望んだ力を持っているにも関わらず、正義のために使おうとしない。

正義の味方と思った人物は実は悪の怪人で、自分はその悪の怪人に助けられてしまった。

それ以降、箒は望んだ。自分は正しくあり、自分の力は正しいことのためだけに使いたいと。そして、嫌悪した。織斑一夏という人物を。

だが、箒は自分の望んだ道を真反対に突き進んでしまう。

重要人物保護プログラムは箒に精神的負担を与えてしまったことが原因だ。箒はこんな不自由な生活でも自分は正しくありたいと願い、剣道と向き合った。

精神的負担が増せば増すほど、箒は剣道にのめり込み、無心で竹刀を振るい続けた。

結果、活人剣の心得から遠ざかって行ってしまった。

それを自覚したのは去年の全国剣道女子中学大会だった。

決勝で倒した相手の涙を見て、箒は気付いた。自分は相手を倒すために、負かすために剣を取ったのではないと、誰かを守れる心得を身に着けたくて剣を取ったのだと。

では、この結果はなんだ。今の私はなんだ。活人剣の心得から程遠い。

 

その日の晩に見た夢は最悪だった。

自分は鏡と向かい合っている。鏡には自分の姿が映し出されていたのだが、鏡は歪み、映った自分の姿は別の人物……男に姿を変えた。

なんだ、これではまるで、…自分は……織斑一夏と同じとでも言いたいのか。

椅子に座った年少の一夏は自分に問いを投げかける。

 

『他者を喰らうことで飢えを満たし、生き血を啜ることで喉を潤すことの何が悪い?野生の動物なら誰もがしておろう?山羊は草を喰らい、獅子は山羊の血肉を貪る』

 

違う。私たちは人だ。力を手に入れたなら、誰かを守れるために、使わなくてはならない。他者を裁くことや、喰らうことなど以ての外だ!

お前は人間じゃなくて、獣になったつもりか!

 

『人とて獣であろう。他者を喰らうことに何を躊躇う?卿は他者を喰らうことなど以ての外と言ったが、では、逆に聞きたい。人が人を喰らうことを悪とし、人が獣を喰らうことは善悪の審議に値しないと卿は言うのか?』

 

生存にかかわるのなら、仕方ないと言うしかない。……だが、お前が行っているのは単なる虐殺と変わりない。お前にとっての善悪はなんだ!一夏!

 

『私は善悪について深く考えたことがないが、私なりの言い分を言わせてもらおう。真に強き者が虐げられ、真に弱き者が他者の蜜を啜る。純然たる弱肉強食が成立しない世界こそが悪である。善とは真に強き者が勝利を手にすることが出来る世界こそが善である』

 

では、真に強い者とはなんだ

 

『簡単だ。魂を差出し、地獄に落ちてでも、永劫、渇望が満たされようと求め続ける者だ。その者らこそ最果ての勝利の価値を知っている。価値ある物は価値を知る者の下になければならない。弱き者は、価値も知らず、勝利を浅ましくも手にした愚者のことだ。故に私は卿を評価しているよ。強き者であり、勝者である卿をな』

 

私が……強いだと、……勝者だと

 

『卿は勝利という事実を求めず、安寧や正義を求め己を高める強き者だ。そして、己の行いが善行であったか否かを論ずることのできる勝者でもある』

 

私は正しさを手に入れていない。なにが勝者だ!私は何か守れたのか!ふざけるな!それに、敗者であろうと結果を振り返るだろう!

 

『では、聞くが、他者を下し、最も勝ちたいと思っていた剣道の大会で優勝した卿が勝者でなくて、何が勝者だ。それに、卿の言うとおり、敗者も結果を論ずるが、何故勝利できなったのかであって、その善悪を微塵も気にしていない。勝者のように腹をも満たさぬようなモノを論ずる余裕など敗者は持ち合わせておらんよ。最も勝ちたい者に勝てず、何故敗北したのかを考えている私もまた敗者に他ならない。故に、私は卿が羨ましいよ』

 

夢の中の一夏はそう言って、不気味に笑っていた。

次の瞬間、箒は目が覚めた。

 

その日以来、箒は竹刀を置き、煩悩を払い、心を水面のように静かにするために、座禅を行うようになった。座禅の効果もあり、箒は自分の在り方を見つめ直せるようになった。

そんな時だった。IS学園への入学が決まったのは。

ある程度は覚悟していた。姉がISの開発者なのだから、仕方がないと。

一夏とは同じ学校になるが、クラスまでは同じにはならないだろうと思っていた。

だが、初日の朝に自分の希望は崩れ去った。

一夏は同じクラスの一番前の中央の席で嫌でも目に入ってしまう。

それだけで憂鬱だと言うのに、一夏の傲慢な態度にはカリスマ性があるため、大半のクラスメイトが一夏のことを認めてしまっている。

昨日の段階では三分の一のクラスメイトは一夏のことを今は認めていなかったが、昨日の放課後の部活荒らしでその数は激減してしまったようだ。

だが、一夏の存在を認めている者の多くは一夏の本質を知らないのだが……。

 

「それとも、私が間違っているのだろうか」

 

正義とは時代や人によって変化する。

故に、自分の考えは、少数派の排斥される悪だと言うのだろうか?

 

そんな時だった。

屋上の扉が開き、一人のクラスメイトが入って来た。

セシリア・オルコットだ。彼女もまた自分と同じように一夏の存在を認めない人間だ。

箒はセシリアに話しかけてみることにした。

 

「オルコットさん」

「あら、篠ノ之さん、御機嫌よう」

「ご…ごきげんよう」

「私に何か用ですの?」

「あぁ、織斑のことについて少し話をしたいのだが、良いか?」

「少々好きではない話題ですが、己を知り敵を知れば百戦危うからずですわ」

「部活荒らしの話は知っているか?」

「勿論ですわ。最初は驚きましたが、私の踏み台なのですから、これぐらいのことをしてもらわなくては面白くありませんわ」

 

箒はこの時点で気が付いた。オルコットは一夏を見下している。

オルコットの考えは女尊男卑にありがちな思想だ。

ISは女にしか扱えない武器なのだから、男という生き物は女に劣るという考えだ。

おそらく一夏のことを認めていない女子の大半もそうだろう。

箒とセシリアの見ているところは全く違う。

だから、セシリアが一夏に敗北すれば、一夏の下に下ってしまうだろう。

だが、自分は違う。一夏を危険視しているが故に一夏を認めないのだ。



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ChapterⅦ

「一夏、頑張ってね」

「いつも通りにやったら、まずアンタが負けるなんてありえないから、油断して負けた、なんて止めてよ」

 

第三アリーナのピットでシャルルと鈴は一夏に勝ってこいと応援する。

一夏は打鉄を展開し、一夏専用の槍『黎明』を構える。

『黎明』とは無茶苦茶な力任せの使い方をする一夏が使っても砕けないことを目的で倉持技研が作った大身槍だ。強度は一夏の所有する聖約・運命の神槍より低い。比べる対象の次元が違うが、一夏はアレに慣れてしまっているせいで、乱暴な扱いかしかできない。故に、これまで何度も黎明は砕けており、今代で三代目だ。

だが、他の槍ではすぐに砕けてしまうので、これしかない。

『黎明』という名は一夏が名付けた。『黄昏』の守護者であるなら『黄昏』との類義語を名乗るのは烏滸がましいが、関係のない名というのも些か面白みに欠けると考えたからだ。

故に、『黄昏』の反義語である『黎明』を選んだ。

 

「では、私が倒すさまを見ておくがいい」

「勝つ気満々ね。だったら、賭けをしましょう」

「ほう。賭けとは久しいな。して、内容は?」

「アンタが負けたら、30分正座の静止」

「まぁ、いいだろう。では私が勝てば、これより一週間私の弁当を作ってもらおうか」

「良いわよ。その賭け乗ったわ!」

 

一夏はそう言うと、飛び立った。

鈴とシャルルは一夏を見送ると、アリーナのピットに設置されたモニターの方に目を移す。

試合まで時間があるため、二人はモニターを見ながら、話をする。

 

「鈴、一夏が居なくなってからすごいガッツポーズしてたけど、どうしたの?」

「一夏は、あたしとの賭けで勝ったことがないのよ。これはもうあたしの勝ち確定ね」

「なるほどね。でも、どうして一夏が負けたら、正座なの?」

「それは……」

「聞いちゃまずいことだったかな?良いよ、聞かなかったことにして」

「シャルルなら良いや。アンタ男だし……実はね、私…一夏が好きなの」

「そ、そうなんだ……それで?」

「それでね……一夏に膝枕してもらいたいな……って、ほら、正座したら、膝枕してもらえるから」

 

顔を真っ赤にした鈴は少し弱弱しく溢す。

鈴は同世代の同性の知り合いとあまり話をしたことがない。人当たりも面倒見も良いのだが、自分のことを他人に相談したことは少ない。恋愛に関しては全く話しことがない。

というのも、一夏自身がモテモテだというのもあるが、鈴自身がかなり奥手だからだ。

このIS学園はほとんどが女生徒で、一夏と誰かが付き合うことになってもおかしくない。一夏なんて物好きを誰かが好きなるとは思えないが、万が一のこともあり、そろそろ恋愛に本気になろうかと思っていた。

 

「だから、シャルル、アンタ、協力、する」

 

そこで、鈴は自分の恋愛の協力者がいれば自分の恋愛は上手く行くのではないかと考えた。だが、女生徒が99%のIS学園で、協力者が見つかるかどうか鈴は心配していた。だが、すぐに見つかった。一夏と同じ立場で友人にあるシャルル・デュノアだ。彼なら、自分の恋愛相談に乗ってくれそうだ。そう考えた鈴はシャルルに自分の想いを打ち明けようと思っていたのだが、なかなかシャルルと二人になれないため、この期を逃す手はないと思い立った。

だが、シャルルへの頼みごとが、あまりにも緊張していたため、鈴の言葉は上から目線の片言になってしまった。

普段勝気の鈴がしおらしくなった姿を見たシャルルは思わず抱きしめたくなる。

だが、男が女に抱きついたら、痴漢扱いされてしまうかもしれないため、シャルルは我慢する。

 

「良いよ。僕が出来ることはなんでもしてあげる」

「ホント!嘘じゃないわよね?」

「うん」

「ヤッター、シャルル、アンタ最高の友達よ」

 

鈴は飛んで喜んだ。

 

「鈴、一夏の試合始まるよ」

 

シャルルはモニターを指す。

モニターには二機のISが映し出されていた。

一夏の専用機打鉄と、セシリアの第三世代型専用機ブルー・ティアーズだ。

黎明を持った右手はだらりと垂れており、今すぐに攻撃できる態勢ではなかった。

一方のセシリアは両手で射撃兵器を持ち、何時でも一夏を撃てる状態になっていた。

二機のISはアリーナの中央の上空20mのところで向かい合っている。

両者間には10mの距離がある。

 

『貴方、そんな訓練機で私に勝とうという気なの?』

『無論。これが私の専用機なのでな』

『第二世代の訓練機が第三世代に勝てると思っていますの?』

『倒せぬと思っていたら、私は卿との勝負に枷を負わんかったよ』

『やはり私を舐めていますわね』

『さぁ、舐めているのはどちらだろうな?』

『そう?残念ですわ――それなら……お別れですわね!』

 

ブルー・ティアーズの射撃兵器であり主装備のスターライトmk.Ⅲから、ビームが発射された。一つの青白い光が一夏に襲い掛かる。

不意打ちにも近い一撃だが、試合開始の合図が鳴っている以上、セシリアの攻撃は反則でなく、速攻であり、ルールに乗っ取った先制攻撃だ。

 

だが、一夏はそれを急上昇で軽く避けた。

これには対戦相手のセシリアも驚く。なぜなら、打鉄は防御力を重視したISであり、機動性は現在普及している訓練機の中の下の中に当たる。打鉄は地上戦を想定して作られているため、空中戦では弱い。故に、空中の機動力において、第二世代と比較にならないほど機動性能の高い第三世代が打鉄ごときに負けるはずがない。それはIS関係者なら誰もがそう言うだろう。故に、そんな鈍重な打鉄がほぼ不意打ちに近いビーム射撃を避けられるはずがないとセシリアは腹をくくっていた。

だが、現実は違っていた。

これにはモニター越しに試合を観戦していた鈴もシャルルも驚いた。

 

「アレが打鉄の動き、僕のラファールと同じぐらいだよ」

「打鉄を倒すには機動力を生かせって、一夏以上の動きをしろってこと?無茶な注文言うわね……でも、まだあのドリル髪の方が有利ね」

 

鈴の言うことは間違っていない。

剣道三倍段という言葉がある。これはリーチが短く殺傷能力のある武器を持たない武術家は真剣を持った剣道家の三倍の段数がいるというための言葉である。

それほど、武器の威力とリーチというのは戦いを左右する。槍とビーム射撃兵器とでは、どちらのリーチが長いかなどというのは論ずるまでもなく、後者である。

当たらなければ、どのような攻撃も無意味だ。セシリアは退きながら、射撃兵器を使うだけでよい。しかも、セシリアの攻撃に当たる必要性はない。射撃が相手の進路妨害にさえなれば、一夏がシールドエネルギーの残量無視の特攻をかけないかぎり、自分との距離を詰めることが出来ないからだ。

だが、一夏は相手の攻撃を避けつつ、相手の距離を詰め、攻撃を当てなければならない。

二つの目的を同時に遂行することと、三つの目的を同時に遂行することの難易度は言うまでもなく、後者である。故に、射撃武器を持つセシリアの方が現段階では有利であると判断される。ISを知らなくとも何かしらのスポーツをしている者ならば、誰もが判断できることだ。

 

『さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!』

 

セシリアのビームはいまだに一夏に当たらないが、一夏の回避先を読み慣れてきたのか、徐々に一夏の近くを弾が通り過ぎるようになっていく。

そのため、セシリアの表情に余裕が生まれ始めた。

 

『私は聞くのが趣味でな。私を舞わせたいのなら、至高の相手と奏者、楽器、曲を持ってくるがいい。話はそれからだ』

 

不遜な態度を取ることで、一夏はセシリアを挑発する。

一方のセシリアは、一夏は自分を怒らすしか能がないのかと、嘲笑っている。

 

『あら?私の曲はお気に召しませんでしたかしら?』

『悪くはないが、良くもない。及第点は与えてやっても構わんが、私の心には響かず、私の知る最高の楽団の最高の葬送曲(レクイエム)には遠く及ばん。彼らの演奏に近づきたいのなら、卿は楽器の鳴かせ方をいうのを心得ておくべきだ。セシリア・オルコット』

『それは貴方の趣味が悪いからではないのかしら?』

『卿の演奏には深みや重みがない。それは誰が聴いても同じことを言うだろう』

『これを見ても、同じことが言えるかしら!』

 

セシリアは専用機の名の由来となったフィン状の射撃武器ブルー・ティアーズを展開する。この武器は一つ一つがセシリアの意思で移動、停止、射撃を行う。この射撃兵器により、ブルー・ティアーズは世界で初めてオールレンジ攻撃を実現した。

そんな射撃兵器ブルー・ティアーズ一夏を囲む。

一つ目を人の反応が鈍る頭上、二つ目を槍を持たない左側、三つ目を背後、四つ目を槍への牽制として右側にセシリアは配置させる。

 

『二十七分、初見でこうまで耐えたのは、貴方が初めてでしてよ』

 

まず襲い掛かってきたのは頭上だった。青白い光が落雷のように落ち、一夏に襲い掛かる。だが、一夏は前方に避けることでやり過ごしたため、落雷にあうことは無かった。

次にセシリアが攻撃を仕掛けてきたのは背後に配置していたものだ。

一夏が前に避けたのだから、昇順の修正をせず撃てば当たるか、一夏への牽制にはなる。

更に、他のブルー・ティアーズの配置の修正の時間も自分が後退する時間も稼げる。

セシリアは4つのブルー・ティアーズを巧みに使い、一夏を追い詰めようとする。

一方的に攻め続けるセシリアに、避けることしかしていない一夏。

この試合を見ていた観客のクラスメイトの大半が一夏の敗北を確信していた。

だが、モニターで試合を見ていた鈴とシャルルは違った。

 

「……アイツ、笑ってる」

 

モニターには満面の笑みで回避を続ける一夏が映し出されていた。

追い詰められて歪んだ悲痛の表情は微塵もない。

 

「ねえ、シャルル、アイツなんかおかしくない?」

「え?何が?」

「……なんていうんだろ」

 

鈴は頭を捻り、頭を抱え込んでも自分の覚えた違和感を言葉として表現できない。

もどかしい。なんだこれは、自分の脳裏に焼き付いている一夏も、自分の眼に映っているモニターの一夏も、同じ織斑一夏だ。だが、何故か違う人物に見えて仕方がない。

……眼。そうだ。目が違う気がする。

鈴は自分のポケットから携帯電話を取り出し、フォルダから一夏の写真を探し出した。

全画面で表示された一夏の写真とモニターの一夏を見比べる。

やはりそうだ。携帯電話に映し出された一夏は瑠璃色に近い深い藍色の瞳だった。

一方のモニターに映し出された一夏の瞳は黄金に輝いていた。

鈴はその事実をシャルルに話すと、シャルルも驚いた。

瞳孔が開くことで瞳全体が黒く見えたりするが、瞳の色は基本同じ色だ。瞳の色が変わることなどあり得ない。だが、一夏の瞳が黄金に輝いているのは事実であった。

 

『何故、当たりませんの!』

『愚問だな。私は卿の攻撃を避けた。ただそれだけだ』

『ですが、打鉄は鈍重で空中戦は苦手なはず。そのような動きはありえませんわ!』

『ISは操縦者本人の能力に応じて、最適化され、操縦者の力が高ければ高いほど、ISの出力は上がる。そんなことも忘れてしまったのかね?』

『貴方が打鉄で速く動けるのは、貴方の力量が高いからとでも言いたいのかしら?』

『そうだ。ISの試合はISで戦うわけではない。IS操縦者がISを用いて行う試合であろう?この試合はISの性能だけではなく、操縦者の力量によっても左右される。故に、卿は私に一度も攻撃を当てることが出来なかった』

『確かに今まで当てられなかったことは認めますが、これからはどうかしら?』

 

セシリアは再びブルー・ティアーズを操作し、一夏に撃つ。四方八方からの無数の光は一夏に射殺そうと襲い掛かる。先ほどの攻撃とは比べ物にならないほどの激しさであった。

ブルー・ティアーズは雫の域を超え、嵐となっていた。

一夏はその嵐の中心で狂喜しながら踊っていた。

 

『円舞曲だな。確かに舞うには丁度良い。だがな、怒りの日には程遠いな。だからかな、卿はか弱い』

『か弱いですって!』

『そうだ。卿はな、自分に降りかかる火の粉を振り払うことや、己のプライドを守ることしか考えていない。卿を動物で表すなら、甲羅を持った亀や角の生えた鹿だ。ある程度の敵から己を守り、追い返すことは出来ても、他の獣を仕留めることが出来ん』

『では、貴方は兎ですわね』

『ほう、私が兎か。して、何故なのか聞かせてもらっても構わんか?』

『反撃もせずに、飛んで跳ねて逃げることしか能がないからですわ!』

『フッハッハッハッハ!なるほど。故に、兎か、卿は面白いな。セシリア・オルコット』

 

一夏は思わず笑ってしまったがために、動きが止まり、セシリアの攻撃を被弾してしまう。攻撃を避ける側が一度体制を崩してしまえば、攻撃している側の連続攻撃は連続して当たる。結果、一夏の打鉄のシールドは大幅に削られてしまい、残りの残量が残り少なくなってしまった。

 

「馬鹿一夏!真面目に戦いなさいよね!笑っている場合じゃないでしょ!」

 

鈴はモニター越しに一夏に向かって吠える。

鈴やシャルルが居る所にはマイクがないため、鈴の声は届かない。そんなことなど知っているが、鈴は叫ばずにいられなかった。

シャルルは静かに一夏とセシリアの戦いを見守っていた。

 

『こんなふざけた勝利など嬉しくありませんが、そろそろ終曲ですわ!』

 

セシリアはブルー・ティアーズの内の一つを一夏の背後の左斜め上に配置させる。

この場所はセシリアが見つけた一夏が最も反応の鈍る位置だ。槍を持つ右手から遠く、頭上に近く、視覚の外であるせいだろうかとセシリアは推測した。

ブルー・ティアーズは光を放ち、一夏に迫る。

 

『そう焦るな。幕を引くにはまだ早い』

 

一夏は体を逸らすことで避け、一夏に向かってビ-ムを放ったブルー・ティアーズに近づき、黎明をブルー・ティアーズに向けて振るった。一連の一夏の行動が不意打ちに近い反撃であっため、セシリアはブルー・ティアーズを回避させることが出来なかった。

一夏によって粉砕されたブルー・ティアーズは黒煙を上げ、落ちて行った。

 

『な!』

 

一夏がこれまで以上の動きをしたことにセシリアは驚いた。

今の一夏の動作があまりにも速すぎた。先ほどとは、比べ物にならないほどだ。

瞬く間という言葉があるが、この言葉がシックリくるだろう。故にどのような方法を用いても、ブルー・ティアーズが破壊されるという運命は覆せなかっただろう。

 

『【急いては事をし損じる】というこの国の言葉を卿は聞いたことがあるか?簡単に説明するならば、勝利を早く手にしようと勝利の定石からかけ離れた打ち方をすると、逆に時間が掛かってしまい、場合によっては詰まされてしまうということだ。卿があのまま、遠隔射撃を繰り返していたのなら、私は敗北していただろう。』

『では、ここから貴方が勝つと?後一撃でも攻撃が当たれば私の勝利が決まるこの状況で?』

『無論。逆に問わせてもらうが……卿はもう勝ったつもりか?』

 

一夏から闘気が流れ出る。あまりにも闘気は濃く、対戦相手のセシリアは闘気を溢れ出させている一夏を直視できないほどだった。

胸が苦しくなる。息の吸い方を、吐き方を忘れてしまう。どうすれば体は動くのだろう。

セシリアの頭の中でサイレンが鳴り響く。

これは駄目だ。逃げろ。人間が獣に勝てるはずがない。

ISという世界最強の兵器を身に纏っているにもかかわらず、セシリアは恐怖した。

 

『どうやら、私は貴方の力量を見誤っていたようですわ……確かに、私は勝ったつもりはありませんわ。ですが、負けたつもりは毛頭ありませんのよ』

『となるなら、引き分けに持ち込むつもりか?』

『いいえ。これから勝たせていただきますの!』

 

そうだ。セシリアは負けるわけにはいかない。

自分は今までこうして、自分に降りかかる火の粉を振り払ってきた。母親から貰った貴族という地位も、名誉も、財産も、国家代表候補生という称号も守りぬいてきた。

これからも守っていくつもりだ。

そして、自分はIS操縦者としての最高峰であるブリュンヒルデの称号をこの手に掴み、最高の英国の貴族の淑女と評されるようになるのが夢だった。

だから、最初の一歩となるこんな試合で、扱けるわけにはいかない。

 

『織斑一夏。貴方を私の敵として障害として認めますわ。ですが、私の踏み台になってもらいますわ!』

 

セシリアはブルー・ティアーズを自分の真横に配置させ、スターライトmkⅢを構える。

この戦い方こそ、セシリアの一対一の試合での必勝の戦い方だ。相手を包囲するようにブルー・ティアーズを配備すると、操作に集中力が必要となってしまうため、自分は動くことが出来ない。だが、これなら、ブルー・ティアーズの操作が容易となり移動が出来る。スターライトmkⅢと同じ方向から撃つことになるため、単純にスターライトmkⅢが連射できるようになったのと同じ効果が得られる。今はブルー・ティアーズの数が3つであるため、スターライトmkⅢの連射速度が4倍になったことになる。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるという理論が成立する以上、正面切っての戦いでこれ以上の策は無い。

途切れることのない射撃は容赦なく一夏に襲い掛かる。

 

『私こそ卿を見誤っていたようだな。脆弱だがその殻と角の固さは目を見張るものがある。屑星と断じるは早計であったな。見事だと言わせてもらおう。セシリア・オルコット』

 

一夏は蛇行し、セシリアの連射を避けながら、間合いを詰めていく。

セシリアも後退することで、一夏との距離を取ろうとするが、前進と後退とではあまりにも速度が違う。故に、一夏はものの十数秒でセシリアとの距離を詰めた。

一夏は再び黎明を振るう。

この攻撃は避けなければならない。セシリアは直感的に感じ取った。

当たれば、負けると。一撃でISの試合が決するという話は織斑千冬の試合以外で聞いたことがない。だから、この攻撃で自分が負けるなどあり得ない。そう思っていた。

この試合を客観的にモニターで見ている人間もそういうに違いない。

だが、今この場で戦っている自分には分かる。一夏の攻撃を受けてはならない。

となると、防ぐか避けるしか方法は無い。だが、槍はあまりにも速すぎる。避ける余裕などない。そこで、セシリアは咄嗟にブルー・ティアーズの一つを一夏に特攻させることで、一夏のISへ直接攻撃を防ごうと試みる。

セシリアの思惑通り、一夏の黎明は凌ぎきった。だが、ブルー・ティアーズは黎明によって破壊され、一夏の打鉄のシールドエネルギーは削れなかった。

セシリアの捨て身の攻撃と回避は、回避だけ成功すると言う形で終わってしまった。

今セシリアが切り札はあと一つしかない。この切り札をいつ出すかなのだが。

そんなことを考えていると、再び黎明が襲い掛かってきた。

セシリアは再びブルー・ティアーズを犠牲にすることで回避する。

ブルー・ティアーズの残機は残り一機しかない。

早く、考えないと、何か、勝てるカードの切り方は。

妙案が出てこないまま、再び一夏の攻撃が来る。自分を飲み込もうとしている。

もう、後がない。なら、この切り札の使い方なら!

 

『時間差ですわ!』

 

先ほどと同様に、セシリアは回避と同時にブルー・ティアーズを一夏に向かって飛ばす。

そのうえで、最後の切り札であるミサイル型のブルー・ティアーズを時間差で打ち出した。

一夏が黎明を薙ぎ払いビーム兵器のブルー・ティアーズを破壊したのなら、ミサイル型のブルー・ティアーズが一夏に着弾する時、一夏は無防備だ。仮に、一夏が防御したとしても、棒状の槍が射撃の三点攻撃を防げるはずがない。

 

『悪くはない。だがな、その攻撃の対処などとうの昔から身に着けている』

 

セシリアの作戦の着目点は悪くなかった。

だが、セシリアの作戦には大きな穴があった。

それは一夏の槍の攻撃は薙ぎ払いしかないと言うことが前提にあった。

故に、一夏が薙ぎ払い以外の攻撃を行うと、セシリアの作戦は一気に崩れてしまう。

一夏は黎明を長めに持ち、刃と逆の先端である石突きでビーム兵器のブルー・ティアーズを破壊する。そこから、一夏は槍を払うことで、ミサイル型を破壊した。

ミサイルの爆風で一夏の打鉄のシールド・エネルギーは減ったが、空にはならなかった。

 

『惜しいですわね。本当の狙いはこれでしてよ!チェック・メイトですわ!』

 

セシリアは一夏の急接近し、槍の間合いの中に入り込み、一夏の胸にスターライトmkⅢの銃口を押し当てた。当たらなければ、当たる距離に移動して撃つ。

切り札であるミサイル型のブルー・ティアーズを囮にしての零距離射撃。

セシリアが咄嗟に思いついた作戦だった。

 

『なるほど。だがな、私は左手が空いているぞ』

 

一夏は左手を振るい、セシリアのスターライトmkⅢを横から殴った。

銃口は胸から外れ、あさっての方向を向いてしまうと同時に、セシリアの手からスターライトmkⅢが離れてしまう。

 

『では、宣言させていただこう。王手だ』

 

単なる槍の突き。一夏の攻撃はシンプルだった。

威力が高くればなるほど、攻撃は簡易になっていくからだ。

これこそが最も威力の出る必殺にして必中の最速攻撃である。

全てを貫こうとする槍はセシリアに迫る。

 

『インターセプター!』

 

セシリアは咄嗟に近接武器を取り出し、防御を試みる。一夏の槍を防ぎ、弾いた後に、一夏に突き刺すつもりだった。一夏の攻撃を弾けるとは思っていなかったが、可能性は0ではない。見っともなく足掻いても悪くはない。最後まで諦めたくない。

一夏の黎明はセシリアのインターセプターを突き破り、セシリアのIS本体を捕らえ、押切り、アリーナのシールドに叩きつけた。

この一夏の一撃でセシリアのブルー・ティアーズのシールドエネルギーは無くなり、アリーナのシールドに亀裂が入った。

 

≪勝者、織斑一夏≫

 

アリーナにアナウンスが響き渡る。

それと同時に、観客たちは歓声を上げ、立ち上がる。

 

『いや、勝者はセシリア・オルコットだ。』

 

一夏は判定に異議を言う。これには観客も審判も対戦相手のセシリアも戸惑う。

だが、鈴と千冬はため息をついていた。彼女は一夏の言っていることが理解できたからだ。ISのルールに乗っ取れば、一夏の勝利は確定だからだ。

 

『言ったであろう?私は五撃で倒すと。ビーム兵器のブルー・ティアーズの破壊に四撃、ミサイル型のブルー・ティアーズの破壊に一撃、更に、射撃武器に殴打の一撃。そして、セシリア本人への攻撃が一撃。故に、私の攻撃の総数は七であり、先日決めたルールに乗っ取れば、私の負けだ。違うかな?姉上?』

≪そうだったな。勝者、セシリア・オルコット≫

 

千冬はアナウンスで判定を修正した。

 



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ChapterⅧ

更新遅れてすみません。
インフルに罹ってしまい、死にかけました。
皆さんも気を付けてください。

屑霧島


「惜しかったね、一夏♪」

 

賭けに勝った嬉しさにより少し弾んだ声で鈴は一夏を向かえる。

敗者に対してそれは無いだろうと普通の人なら思うかもしれないが、一夏はそんな細かいことは気にしない。鈴も一夏がそういう人だと知っていてやっている。

 

「勝負には負けちゃったけど、第三世代型のシールドエネルギーを一撃で0にしちゃうなんて凄いよ。一夏!」

 

シャルルは少し興奮気味だ。

先ほどの試合は一夏の圧勝で終わったが、魅せてくれる試合であった。

故に、観客の一人であったシャルルが退屈する筈がない。観客席で一夏とセシリアの試合を見ていた観客のクラスメイト達の大半は同じ感想を抱いていた。

 

「そうか。卿ら観客の心が躍ったのなら、私の敗北も無価値ではなかったと言えよう。時に、シャルルよ。卿は試合の準備をしなくて良いのか?この後、セシリア・オルコットと試合であろう」

「オルコットとデュノアの試合は延期だ」

 

アリーナのピットに入って来た千冬は言った。

千冬曰く、ISには自己修復機能が搭載されているが、現在のブルー・ティアーズの能力と損壊の程度から完全に修復されるまでに三日はかかるらしい。今の状態でセシリアのブルー・ティアーズがシャルルのラファール相手に戦えば、セシリアの惨敗どころの話ではなく、単なる虐殺ショーのようなものへとなり下がってしまう。この試合に公平性を求めるのであれば、三日待ち、セシリアのブルー・ティアーズは完全に元の状態に戻す必要がある。これにはシャルルもセシリアも納得した。

決闘なら、後腐れ無いように、お互いベストの状態でなければならない。

それがISの試合の通常ルールだからだ。

 

「では、食堂でも行くとするか。鈴、シャルルよ」

「お待ちになって」

 

一夏が歩き出そうとすると、後ろから声が掛けられた。

声の主はセシリア・オルコットだった。

 

「貴方は何故そこまで強いのですか?」

 

圧倒的な力量差を見せつけられたセシリア・オルコットは一夏に聞く。

自分もあの時この強さを持っていたのなら、自分の守りたい物に集ろうとしたハエ達を自分の力だけで追い払うことが出来たはずだ。

 

「では、逆に卿に問う。何故、蛇は毒を持った?どうやって彼が毒を手に入れたかではなく、何故蛇は毒を持つように進化したのかだ。何故、彼らは現状良しと受け入れなかったか、卿らには分かるか?」

「……蛇が毒を持つ理由」

「今は蛇を比喩に出したが、これは別に蛇に拘った質問でない。別の動物で質問するのなら、亀は強固な甲羅を持ち、鹿は鋭利な角を持った?で良いだろう」

 

その場に居合わせた鈴とシャルルも考える。

進化の切っ掛けは何なのか?

 

「……毒を持つことを願ったからですわね?」

 

セシリアは答えた。

 

「そうだ。逃がした得物を恨みながらか、強敵に食われながらか、分らんが、蛇は願ったのだよ、獲物を仕留めたいと、身を守るための毒を持ちたいと。己の渇望を知り、己の飢えを満たすことに対し、真摯でありつづけた最果てに、彼らは己自身を変え、毒を手に入れたのだ。」

「己の渇望…。」

「卿の強くなる方法は己の渇望を知ることだ。セシリア・オルコット。その渇望が己自身を変えるモノでも、己以外のモノが変わってほしいというモノでも構わん。渇望を受け入れれば、卿の甲羅は強固になり、角は鋭利になるだろう。」

「そんな簡単に自分が変われますの?」

「容易だ。卿は人と話したいという渇望があったからこそ、言葉を操れるようになったのだろう?ISを誰よりもうまく操縦したいという渇望があったからこそ、ISの訓練に励み、卿は英国代表候補生の座を手に入れたのだろう?であるなら、卿が心の深奥の渇望を知れば、今まで以上の成長を遂げよう。」

 

一夏は踵を返し、鈴とシャルルと共に食堂へと向かった。

一夏の足取りは軽やかで、心は澄み渡った青空のごとく晴れていた。

彼は見つけたのだ。己の騎士団に加わる素質のある者を、楽員で楽器を奏でる者を。

この瞬間を彼は待ち続けたのだ。十五年も。

彼がこれまで生きてきた時間を考えれば、客観的に言えば刹那とも呼べる時間だったかもしれない。だが、彼の主観からすれば、この十五年は途方もない時間だった。

彼らの演奏を今以上に美しいモノにしたい。共に全霊の境地へ行軍する英雄が欲しい。

その最初の一歩を踏み出した、この瞬間を彼は待ち望んでいたのだ。

といっても、自分自身を良しとしなければ、一夏はセシリアを騎士団に入れるつもりはない。

 

一夏と鈴とシャルルは食堂で少し早目の夕食を取った。

食べ終わり雑談し休憩を取っている時に、鈴が言った。

 

「ねえ、一夏、罰ゲーム覚えているでしょうね?」

「無論。私は約束を違えん。卿の望む時に、何時でも正座をしてやろうではないか」

「そうね。二人っきりの時にでもしてもらおうと思ってるから、覚悟してなさいよ」

「二人の時か?構わんが、卿は私が正座して何か得するのか?……あぁ、なるほど、卿の望み分かったぞ。鈴よ」

 

一夏は何か納得し、頷き始めた。

一方の鈴は一夏に膝枕してもらいたいという狙いが通じたのだと、嬉しくなる。

 

「私が屈んだ方が、蹴りが入りやすいからだろう?」

「はぁ?」

 

一夏の発言が予想の斜め上を言ったせいで、鈴の眼は点になる。

蹴る?自分が?一夏を?ナニイッテルンデスカ?

一夏は何を言っているのか、鈴は必死に考えるが、思い至らない。

 

「卿が私を蹴り殺すという約束ようやく果たしてくれるのか。待ったぞ。鈴よ。さあ、卿の全力の蹴りを、卿の全霊の境地を私に見せてくれ!」

 

一夏の言っていることがようやく分かった鈴は『酢豚が美味かったら、蹴り殺してあげる』という黒歴史を思い出してしまう。鈴は金魚のように口をパクパクさせると、顔を真っ赤にして、一夏から逃げ去ってしまった。

鈴の行動の真意を読み切れなかった一夏は腕を組み、悩む。

 

「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思う時有るよね」

 

シャルルは乾いた笑い声しか出てこなかった。

一夏はいつまでこのネタを引っ張るんだろうと、シャルルは呆れていた。

そんな時だった。一夏とシャルルの視界の端に閃光が走った。

眼鏡をかけた二年生の女子が持ったカメラのシャッターだった。

 

「はいはーい、新聞部でーす」

 

名刺を渡してきたのは二年生の新聞部の副部長黛薫子だった。

どうやら先ほどのセシリアとの試合の取材に来たらしい。

本当は一年一組のクラス代表の記事を書くつもりだったのだが、セシリアとシャルルの試合が延期になったため、一夏とセシリアの試合が今回の記事になったらしい。

 

「かなりのハンデを自分から付けたって聞いたけど、何故自分からハンデを付けたのか教えてくれる?」

「ふむ。そうだな。私はな、セシリア・オルコットが毛を逆立て自分を大きく見せ、威嚇をするしか能のない飼われた猫にしか見えんかったのだ。猫ほどのか弱い生き物が相手ならば、私としては打倒するのは容易だが、見ている観客が退屈しよう。ISはスポーツ故、観客が飽くような試合をする選手は選手として三流である。故に、少しでも観客を魅せようと、思ってのことだった」

「ほうほう、相手が弱く見えたから、観客を楽しませるために、強気に出たと。では、次の質問、織斑君は攻撃の数を指定して勝負を決めるって言ったよね?クラスメイトから聞き取りで、友達の数って聞いたけど、どうして友達の数にしたのか教えてくれるかな?」

「私はな。ある者との戦いで、全霊をもってして、初めて敗北したのだよ。私は勝てると確信していたにもかかわらずだ。」

 

薫子は一夏が負けたという言葉に薫子は食いつく。

隣に居たシャルルも驚いている。

すべての運動系の部活の体験入部で圧倒的な力を見せつけた一夏が負けるとは思っていなかったからだ。薫子は一夏の言葉を一字一句メモ帳に書き取っていく。

 

「私を打倒した彼曰く、友人との繋がりを疎かにしたことが私の敗因だそうだ。それ以来、私は友人を大切にしている。故に、友人に関係する物に肖れば、勝てると思ったのだが、この戦いが私一人であった所為か、結果は知っての通りだ。いやはや、私は残念で仕方がないよ」

「なんか、RPGゲームで勇者に負けた魔王の敗因みたいだね」

「魔王のよう…か…面白い見解だな。私に相応しい敗因だと、真摯に受け止めておこう」

「次の質問、織斑君から見て、オルコットちゃんとの試合はどうだったかな?実際に戦ってみて思った以上に強かったとか?」

「序盤はつまらんかった。最初の宣言通り、五撃で沈められると思ったよ。だがな」

 

そこで、一夏はにやりと笑う。先刻の戦いを思い出し、胸が高鳴ったからだ。

あぁ、先ほどの戦いは至高には遠かったが、心躍る時間だった。彼にとって戦いとは真剣に他者と向き合い、自分の愛を相手に与え、破壊する時間なのだ。

故に、セシリアがどういう人物なのか一夏は感じ取ることが出来た。

 

「私の推測は浅はかだったよ。彼女は飼われた猫の類でなく、固い甲羅に持つ陸亀か、大きな角を持つ鹿などの獰猛な野生動物の類だったよ。彼女にどのような災難があったか私は知らんが、彼女はそれを乗り越え、強くなり、自尊心を持つようになったのだろう。能ある鷹は爪を隠すという言葉があるが、不意にかかって災難を払いのけ続けなければならない陸亀や鹿は己の甲羅や角を隠す必要はないからな。そんな彼女の自尊心である甲羅や角を、虚栄心と見誤っていた私にこそ敗因がある。」

「なるほどね。最後の質問ね。クラス代表になるのはオルコットちゃんかシャルル君か、どっちになると思う?」

「どうだろうな?どちらが勝ってもおかしくないと私は思うよ。『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉があるが、今の時勢において言うのであれば、これは男に限ったことではあるまい。オルコットとシャルルがこの三日で何を知るか、それで全て決まろう」

「お!意味深な言葉良いね。この三日間密着取材すれば、何かわかるかもってことだね。というわけで、シャルル君、明日から三日間『おはよう』のチューから『オヤスミ』のチューまでよろしくね」

「………えぇ!一夏、余計なこと言わないでよ。まだキスしたことないのに……怖いよ」

 

シャルルは涙目で薫子を見る。真正面の至近距離でシャルルの仕草を見てしまった薫子は数秒間ヴァルハラへ旅立ってしまう。横で見ていた一夏は呆気にとられ、唖然としている。離れた席に座っている女生徒がコソコソ話している。

 

「シャルル君の唇…欲しいな」「やっぱり時代は一シャルね」「『…怖いよ』シャルルは初めて知る未知の快感に戸惑っていた。『大丈夫だ。怖くないぞ』とシャルルの耳下で千冬は囁き、押し倒し……夏コミはこれで決まりね」「部屋に閉じ込めて、縄で縛ってシャルル君の全てを……っう!……ふぅ」「シャルル君のどんな味するんだろ?白子に近いのかな?」

 

感覚が鋭い一夏の耳には怪しい言葉が幾つも入って来るが、一夏は無視することにした。

 

「…っと、取材協力ありがとうね。明日には新聞張り出すから、よろしくね。それじゃ、バァーイ」

 

薫子は手を振りながら、去っていく。

一夏とシャルルも立ち上がり、盆を返却すると寮の自室へと向かった。

 

「ねぇ、一夏。さっきオルコットさんに自分の渇望を知ることって言っていたけど、一夏は自分の渇望を知っているの?」

「無論。シャルル、卿は己の渇望に気付いたか?」

「僕の?」

「あぁ、卿の魂も何かに飢えているだろう?」

「僕はそんなの今のところは無いよ。何不自由なく生きているからね」

「……そうか」

 

一夏はベッドの上で横になり、瞼を閉じた。数分後には寝息を立てている。

一方のシャルルは一夏から借りた本を読み時間を潰す。ジャンヌ・ダルクの本だった。

 

「僕も最後は処刑されちゃうんだよ。一夏」

 

 

一方その頃、セシリアは寮のベランダで紅茶を飲んでいた。

彼女の寮のベランダは西向きで、彼女の視線のはるか先に祖国であるイギリスがある。彼女はこれまでの自分を振り返る。一夏との試合を思い出していたからだ。

 

イギリスの貴族の母親の下に生まれ、両親が事故死するまで何不自由なく育ってきた。両親が死んでから、彼女は母の残した遺産や名誉を守るために、努力した。人生で最も鮮烈に走った時期は両親が死んでからISの代表候補生になり国からの保護を受けるようになるまでだろう。

あの時こそが人生で一番生きていると実感していた。故に、彼女はあの時の気持ちを思い出せば、自分の渇望が何なのかきづけると思った。あの時の自分の渇望は……

 

「………これが私の渇望なのでしょうか?」

 

もし、この仮説があっているのだとすれば、自分はどう変わるのだろうか?

先ほどの蛇の話なら、蛇は毒を持つという結果にたどり着いた。自分の場合は、どのように、自分の何が、世界の何が劇的に変わるのだろうか?

 

「しかし、あの織斑一夏の言葉は不思議ですわね。……魔性というのでしょうか?強く惹きつけられますわ。織斑さんが何を思っているのか私には分かりませんが、あの方なら、私を導いてくれそうな気がしますわ。もう少し早く会っていれば違った人生になったのかもしれませんわね」

 

 

三日という時間はあっという間に過ぎ去った。

秘密裏に行われていた『シャルル君VSセシリアちゃんのトトカルチョ』なるものが摘発されたり、薫子がプライバシーの侵害で謹慎処分にあったり、鈴が一夏に無言で何回も蹴ってきたりといろいろあった。

そして、三日目の放課後にブルー・ティアーズは完全に修復し、シールドエネルギーの容量が最大になったことを確認し、セシリアとシャルルの試合が始まる。

一夏と鈴は観客席で、二人の試合を見ていた。

 

「カスタム機って聞いてたけど、原型に無くなってるわね」

 

シャルルの専用機はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡという量産機ラファール・リヴァイヴのカスタム機だ。機体の色や武装の数などにおいて違いがあった。

武装の数が多ければ多いほど戦術の種類は広がるが、それだけ操縦者の技術が問われる。

故に、多種多様な武器を使うシャルルの技量は非常に高いと言えよう。

だが、セシリアの技量も高いため、二人の試合はほぼ五分五分で、どちらが勝ってもおかしくないような試合だった。

 

セシリアは後退し、相手との距離を取りながら、ブルー・ティアーズを巧みに操り、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドエネルギーを削っていく。一方のシャルルは多種多様な武器を使い分け、セシリアのブルー・ティアーズのシールドエネルギーを削っていく。それと同時に、シャルルは距離を詰めようと試みる。

シャルルが距離を詰めようとするのには理由がある。シャルルにはこの均衡状態を一気に覆すことのできる近接格闘武器を持っていたからだ。

 

灰色の鱗殻(グレー・スケール)

 

盾殺しと呼ばれるこの武器は様々なISの大会で逸話を残している。

これが当たれば、シャルルの勝利はもはや確実である。

だが、当たらなければ、シャルルの負けとなってしまう。なぜならば、シャルルの射撃武器は実弾兵器で、実弾兵器は弾が無くなれば射撃武器はお荷物になり下がってしまうからだ。拡張部位が広く、多く弾を載せているとはいえ、彼女のブルー・ティアーズのビームの容量に比べれば低く、先に弾切れを起こすのはシャルルであることは明確だったからだ。となると、このまま長期戦が続けば、シャルルに残るのは近接格闘武器のみとなり、セシリアのブルー・ティアーズが稼働している時間というのが出来てしまう。近接武器を振り回しながら、遠隔操作の遠距離射撃の武器を操るセシリアに接近するだけの技量をシャルルは持っていない。だが、セシリアの場合、弾が飛んでこなくなるのだから、回避行動を取らなくて済むため、射撃に集中でき、命中率が上がる。

このことは二人とも知っており、シャルルは射撃武器が使えるうちに接近したい。一方のセシリアは現状を維持し続けたい。

 

「当たって!」

 

シャルルは両手に持つサブマシンガンの銃口をセシリアの方に向ける。

十数発の弾が発射され、その内の数発がセシリアのブルー・ティアーズに着弾したことで、シールドエネルギーが極少量削られた。それだけなら、何の問題もなかった。

問題だったのは、その内の一発がスラスターに着弾したことだった。

スラスターは上空で体勢を保つには必要不可欠であり、鳥にとっての翼のようなものだ。故に、スラスターが破損すれば、空中で体勢を保つことは困難である。

翼を失った鳥は地に落ちる。セシリアは墜落の衝撃を頭に受けないように、損傷していないスラスターを使い、体勢を変えて、着陸する。

この損傷では、地面の上を滑走することは出来ても、この試合中に空は飛べない。セシリアが出来ることはブルー・ティアーズを操りシャルルを攻撃しながら、左右に蛇行しながら後退することだけだった。一方のシャルルはセシリアの回避先が読みやすくなったことで、距離を詰めやすくなり、攻撃も当りやすくなる。

 

「きゃぁ!」

 

シャルルのサブマシンガンの弾が再びスラスターに着弾し、ブルー・ティアーズのスラスターが黒煙を上げる。これにより、セシリアのブルー・ティアーズの機動力は大幅に低下し、徐々に距離を詰められる。

焦りからセシリアはブルー・ティアーズの操作をミスしてしまう。

不用意にシャルルに近づきすぎたのだ。

これをチャンスだと踏んだシャルルはレイン・オブ・サタディを放つ。ブルー・ティアーズの一つがこれにより不能なり、セシリアは攻撃の手数の低下を引き起こしてしまった。

これを好機だと判断したシャルルは右手のサブマシンガンを撃ちながら特攻する。それと同時に、左手に高速切替で、グレー・スケールを出す。特攻により、シールドエネルギーの減少は速いが、グレー・スケールを打ち込むには十分な残量だ。

セシリアが射撃武器でシャルルを倒すには距離と時間と速さが足りなかった。

ブルー・ティアーズが全機あったのならば、勝機はあったかもしれないが、もしらばの話をしても仕方がない。

セシリアは打開策を見いだせないまま、シャルルの接近を許してしまう。

 

「オルコットさん、悪いけど勝たせてもらうよ!」

 

シャルルはセシリアまで5mのところで、左手を振りかぶる。

この距離、この場所、この体勢においてセシリアはシャルルの攻撃を避けられない。

ブルー・ティアーズの訓練ばかりで、近接格闘武器の訓練を行っていなかった結果だった。

ミサイル型のブルー・ティアーズという迎撃手段も考えたのだが、この至近距離では自分も爆発の衝撃に巻き込まれてしまうため、このシールドエネルギーの残量では使えない。

これで勝敗は決まったと誰もがそう思った。

この試合を見ていた観客の全員が、試合の審判をしていた千冬も真耶でさえも。

試合を行っていたシャルルもセシリアも。

だが、セシリアはこの試合の流れを理解できても、納得できなかった。

また、自分は負けてしまう。

前の試合は一夏との実力差が圧倒的であったため納得できたが、この試合はどうだ。

あまりにも僅差であり、偶然によって自分が追い詰められ、敗北する。

そして、自分が積み上げてきた物が壊される。

セシリアはそれが納得できなかった。認めたくない。

 

自分のモノを壊そうとする者を射倒したい。

 

セシリアはそんな『渇』きが満たされることを『望』んだ。

 

「え?」「なんですの」

 

セシリアが左手に持ったブルー・ティアーズのスターライトmkⅢが突如青く光り、形を変え、ブルー・ティアーズの青を基調とした洋弓と一本の矢となった。

突然の出来事に、この試合を見ていたほとんどの観客、ブルー・ティアーズの操縦者であるセシリアでさえも驚いた。だが、驚いてばかりいられない。

セシリアは洋弓と化したスターライトmkⅢの弦につがえられた矢を引く。

 

当然、シャルルも驚いていたが、この振りかぶった手を下すことは出来ない。ここで決定打を打ち込まなければ、試合は長引き、長期戦へともつれこんでしまうからだ。長期戦になれば、シールドエネルギーを無視して行った特攻が無意味となってしまい、自分が不利な試合展開になる可能性が高い。それにこの至近距離で遠距離武器である弓はあまりにも場違いであり、使えたとしても狙いを定める時間は無い。今この体勢でセシリアが矢を放ったところで、当たると思われる場所は自分の肩であり、攻撃前に矢が飛んできたところで、避けるのは屈むだけでよいのだから容易であり、グレー・スケールの攻撃に支障をきたさない。セシリアはこの武器の出しどころを間違えた。

今こそが絶好の好機とシャルルは判断した。

 

「一か八かですわ!」

 

セシリアは矢を放った。

シャルルは屈み、矢をやり過ごそうとしたが、思いがけないことが起きた。

 

「…う……そ」

 

シャルルは我が目を疑った。

矢は本来直線に飛ぶものである。これは自明の理であり、周知の事実である。

だが、セシリアの放った矢は蛇行し、ありえない弾道を描き、グレー・スケールに深々と刺さった。これにより、グレー・スケールは損壊し、使用不能へと陥った。それと同時にシャルルのラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーは減り、体勢を崩してしまった。この隙に、セシリアはシャルルから距離を取り、ミサイル型のブルー・ティアーズを放った。

シャルルは迎撃しようとレイン・オブ・サタディを高速切替で呼び出したが、間に合わず、ミサイル型のブルー・ティアーズを被弾する。これにより、ラファール・リヴァイヴはシールドエネルギーを失い、戦闘続行不能となった。

 

「勝者、セシリア・オルコット」

 

審判の宣言により、試合は終わった。

大逆転により勝利したセシリアと代表候補生であるセシリアをあと一歩のところまで追いつめたシャルルに観客たちは拍手を送った。

 

「単一仕様能力なんてすごいね、オルコットさん」

「セシリアで構いませんわ。それに、デュノアさんこそ十分強かったですわ」

「そう?そう言ってもらえると嬉しいね。ありがとう。それと、僕もシャルルで良いよ」

 

二人は互いの健闘を称え、握手を交わした。

ブルー・ティアーズのモニターに表示されたウインドウにはこう書かれていた。

 

単一仕様能力 処女神の狩猟弓 (トクスォ・テーレウシス・アルテミス)

 




セシリアの単一仕様能力についてかなり悩みました。
最終的に、処女神の狩猟弓という形に収まったのですが、読み方をトクスォ・テーレウシス・アルテミスとギリシャ語にしました。
セシリアはイギリス人で英語にすべきかなと思ったのですが、英語じゃ中二病成分が少ないと思ったので、アルテミスという言葉がギリシャ語だったため、ギリシャ語にしました。中二病成分がそれなりにあるので、セーフということで一つ。
能力については……ザミエルとは類似しますが別物…とだけ今は言っておきます。


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ChapterⅨ

シャルルを迎えに行くために、一夏と鈴はアリーナのピットへと向かった。

すると、ピットではセシリアとシャルルが話していた。試合を交えて、互いの実力を認め合ったからだ。セシリアは一夏を見つけると声をかけてきた。

 

「織斑さん、的確なアドバイス感謝いたしますわ。おかげかどうか不明ですが、単一仕様能力を使うことが出来ましたわ。それと、先日は無礼なことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした」

「よい。それを言うのであれば、卿を過小評価し貶めた私も同罪だ。故に、アレは水に流そうではないか。それと、セシリア・オルコット。私のことを一夏と呼ぶがいい」

「それでは私のことはセシリアとお呼びくださいな」

「了承した。鈴、卿も挨拶なり宣戦布告なりしておけ。クラス対抗戦で戦うのであろう?」

「……そうね」

 

鈴はセシリアの正面に立つと、セシリアの目の前に鈴の専用機甲龍の近接格闘武器である双天牙月を向ける。突然現れたISの武器にシャルルは驚く。

部分展開。

IS操縦の初心者では到底できない技術だ。しかも、鈴はそれを素早く展開した。

この事実を見れば、鈴が技量の無い専用機持ちでないということに誰もが気付くだろう。

 

「中国代表候補生、凰鈴音よ。他の国の代表候補生には興味なかったけど、一夏に認められたアンタに少し興味が湧いたわ。試合、楽しみにしているわよ」

「イギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ。私の力、貴方に知らしめて差し上げますわ」

「一週間後が楽しみね」

「それはこっちの台詞ですわ」

 

二人は互いに笑い、試合が楽しみで仕方がないらしい。

その後、四人は親睦を深めるために、セシリアのクラス代表決定祝いパーティとなった。

ただ食堂の料理で祝うのも面白みに欠けると考えた鈴がそれぞれの国の料理を作り、皆で食べ比べをしようと提案した。

この提案にセシリアとシャルルが乗ったうえに、パーティを聞きつけた一年一組のクラスメイトも賛成したため、多数決で料理大会の開催が決定した。このことを耳にした新聞部が取材にやって来たため、個人のイベントが学校レベルのイベントと化していた。

調理室の一角を借り、四人は料理をした。シャルルがフランス料理を作り、鈴が中華料理を作り、一夏が日本料理を作った。

ここまではよかったのだが、…セシリアが何かを作ってしまった。

その何かを見てしまったクラスメイト達の額から冷や汗が大量に吹き出てきた。

 

「ねえ、セシリア。これ、なんて言う料理だっけ?僕ね、自分の国から出たことないから、他の国の料理について詳しくないんだ」

「シャルルさん、我が国の誇るイギリス料理フィッシュ・アンド・チップスですわ。今回は私流に、チョコレートとチーズ、獅子唐で味付けしましたの」

「……迷彩色の料理初めて見たわよ」

「あぁ!なるほどね!ねえねえ!こっちは?」

「愚問ですわ、シャルルさん、イギリスの肉料理ローストビーフですわ。こちらもオリジナルにブレンドした秘密の粉を使っていますの」

「……なんかアマゾンの奥地に住んでいるカエルでこの色見たことあるわよ……確か、警告色って言うのよね?この色……ヒィ、動いた」

「セシリアって凄いね!」

「……ある意味ね」

 

コメントに困りテンションがハイになっているシャルルも横で、鈴が呟く。

鈴の声が聞こえた数人のクラスメイトは鈴の言葉に頷く。セシリアという明確な敗者の排出により料理大会そのものは恙なく終わった。

だが、食べ比べは終わっていない。食べ比べという言葉は読んで字のごとく、互いの料理を食べることで比較することである。であるならば、全ての料理を食す必要がある。

当然、セシリアの料理を食す必要があるのだが…

 

これ食べられるの?

 

ほとんどの者の頭の中で警報が鳴り響いている。これは危ない。食品ではなく、劇物だ。

ある者はこの何かを毒の胞子を発するキノコだと表現した。

別の者はジャパニーズ・ジャイアント・ホーネットの巣であると表現した。

また、別の者はエーリアンの幼体であると表現した。

手を触れるどころか、箸で掴むことさえ危険だと、生物としての本能が告げている。

己が生物である以上、これに関わってはならない。

 

ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ

 

皆はセシリアの料理を恐れた。

 

だが、この男は違った。

一夏は箸で痙攣するように動く赤と青と黄色のローストビーフ摘まみ、口に入れた。

咄嗟の出来事に周りに居た女生徒達は一夏を止めることが出来なかった。美味な日本料理を作った一夏がまさかこんなゲテモノに手を出すとは思っていなかったからだ。

一夏はしっかりとローストビーフを噛みしめる。

 

「面白い味だ」

 

話は変わるが、味というものが複数存在するのには理由がある。

旨味は損壊しては再構成と成長を続ける生物の身体において必要不可欠である蛋白質を認識するためのシグナルである。再構成と成長の際に欲するようにできている。

甘味は人の体を動かすエネルギーであり、車にとってのガソリンのようなものである糖分を認識するためのシグナルである。疲労が蓄積した際に欲するようにできている。

故に、人は旨味と甘味を美味という形として求める。

だが、苦みは違う。苦みは毒物に対するシグナルである。毒も量を間違えなければ、薬となるため、少量は求めても苦痛にはならない。だが、多量となれば、人体にとって、有害であり、危険である。故に、拒絶するようにできている。

同様のことは酸味と塩味にも言える。必要な時に少量を求めるが、多めに摂取すれば、人体に影響がある。故に、酸味も塩味も苦みと同類ではある。

これらのものを適量に摂取できるように、味覚は出来ているのだ。

 

以上のことを踏まえたうえで、話を戻そう。

セシリアの料理は圧倒的な苦みと酸味と塩味、それらに追随するかのように襲ってくるエグ味、渋味、生臭さが後味という形で残り続ける不協和音だけの長時間演奏である。

噛めば噛むほど惨劇の調べや悪魔の悲鳴が聞こえてくるような感覚に襲われる。

なまじ硬度がある所為で、飲み込むには噛まざるを得ない。

吐き出したくても、舌がその物体を押し出そうとすることを拒絶している。料理から染み出る出汁とも呼べぬような汁が口の中を蹂躙していくからである。それに、口を開ければ、口から出る刺激臭が鼻を焦がし、目を焼いていく。噛み、飲み込む方がまだマシと言えよう。

故に、口から出させることは不可能である。

だが、飲み込んでから、後悔する。あぁ、無理をしてでも吐いておくべきだったと。

セシリアの料理は口や食道、胃に繋がる器官も汚染し始めるのだ。

吐き気はするし、涙は出る。鼻水は出るし、耳鳴りはする。頭痛はするし、悪寒が走る。震えは止まらないし、視点は定まらない。体は動かないし、正常な思考も働かない。

セシリアの料理はこれらを一夏にもたらした。

これを耐えきれたのは一夏の体が聖餐杯の贋作であり、彼の魂がラインハルト・ハイドリヒだからである。

これほどの効能だ。セシリアの料理は圧倒的な劇物と言って相違ない。

舌の上に乗せただけでも子供であれば卒倒もの、大人が食べても悶絶必至。

味盲という後遺症を残してもおかしくない代物だ。

 

では、何故一夏はセシリアの料理を不味いと言わずに面白い味と評したのか。それはセシリアの料理はただ単純な不味さによるものではなかったからだ。不味さと不味さが重なり合った結果、不味さの相乗効果を生んだということもあるのだが、濁った美味があったからだ。セシリアの料理には、圧倒的な最悪の後味があるが、風前の灯のようにわずかな肉の旨味が残っていた。また、一夏がセシリアの料理を飲み込んだ時に、達成感を覚えた時に分泌される脳内麻薬ドーパミンが劇物を飲み込んだという達成感を覚えた一夏の脳から分泌された。

これらの旨味とドーパミンが圧倒的な不協和音で濁されてしまっているため、濁った美味と評したのだ。つまり、セシリアの料理は圧倒的に不味く、体に悪いが、ほんの少し救いがある。故に、一夏は濁った旨味と圧倒的な不味さを合わせて、面白い味と言った。

 

面白い味と聞き、それがどういった物か一夏に聞きもせず、分らないまま、興味本位で口に含んだ生徒が数人居たが、その生徒らの末路は言うまでもないだろう。

ちなみに、セシリアは気絶寸前の鈴に食べさせられて、道連れにされた。

このパーティーをきっかけに、セシリアに料理をやらせるなという淑女協定がIS学園中に広がったのは有名な話であったりする。

 

多数の重傷者を出したことにより、一夏とシャルル、セシリアの料理を食べなかった数人の生徒で後片付けをし、セシリアのクラス代表就任パーティーは終わった。

 

「一夏は体大丈夫?しんどくない?」

 

片づけが終わり、寮の廊下を歩いていると、隣を歩くシャルルが聞いてきた。

セシリアの料理を食べて今立っていられるのは一夏だけだったからだ。

 

「問題ない。針で山を崩せないのと同じだ。あの程度で私を崩せるはずがない」

「一夏って胃袋も規格外なんだね」

「私としてはセシリア・オルコットの料理の方が規格外だと思ったがな。アレは既存の理屈を全く無視している。いや、彼女の場合、無知なのだろうな。料理という分野に対し無知であるにも関わらず、彼女は既知から逸脱した未知なる物を導き出した。これには感嘆するほかない。彼女のローストビーフは素晴らしかった」

「それって褒めてないよね?」

「いや、褒めている」

「どうして?」

「では、問うが、過去のトラウマにより水を嫌う泳げない少年を卿が一人で指導し、彼をこの島国から大陸まで海豚より速く泳がすにはどうすれば良い?」

「そんなの無理だよ。僕は心理学の専門家じゃないからトラウマの解消の仕方分らないし、そもそも人は日本から中国まで泳げないし、海豚より速く泳げないよ」

「そうだろうな。先ほどの問いに対する明確な答えを私も持ち合わせておらん。卿と同様に問いが常識から逸脱した未知であるが故に、私はその少年が人である限り、海豚より速く泳がせる方法など無いと思っている。だが、彼女はそれと同様の偉業を達成させたのだ。心理学やスポーツ科学、流体力学など一切使わずに、未知なる方法で、未知なる問いにし、未知なる答えを出したのだ。これを称えずにはいられまい」

 

自室に戻った一夏は渋めに入れたアッサム・ティーを飲む。

就寝前に濃い紅茶を飲むと目が覚めてしまい、寝れなくなってしまうが、未だに残るセシリアの料理の後味を消すには丁度いいぐらいだ。

本音を言えば、酒が良かったのだが、この身はIS学園に席を置く十五歳の日本人だ。

酒を買う機会もなければ、飲む機会もないし、そもそも飲むことすら許されていない。

姉の部屋行けば、盗むことは出来るであろうが、自分は盗人に落ちたつもりはない。

酒は好きだが、溺れ、依存しているわけではない。別になくても構わない。

 

「じゃあ、僕、さきにバスルーム使わせてもらうね」

「了承した。私はしばらく音楽でも聞きながら、茶でも楽しむとしよう」

 

シャルルはバスタオルと着替えを持つと、バスルームに入っていった。

数十秒後にはシャワーの音が聞こえてくる。

 

一夏はウォークマンで音楽を聴こうと、イヤホンを装着し、ウォークマンを操作した。

ランダム再生で選曲された結果出てきた曲はイギリスの作曲家でエドワード・エルガーの「威風堂々」だった。少々夜には合わない曲だったが、今日というセシリア・オルコットが試合で大勝した日において、これほど合っている曲はないだろう。

この作曲家もセシリアも同じイギリスの貴族なのだから。

 

「彼女の渇望がどのようなものか知らぬが、悪くはない。」

 

あの時、洋弓から放たれた矢は軌道を修正し、シャルルのグレー・スケールを貫いた。

何故、あのような奇怪なことが起こったのか、セシリアのブルー・ティアーズの単一仕様能力とはどのようなものなのか一夏は考える。

最初に閃いたものが、弾道操作であった。これなら、直線に飛ぶはずの矢が曲線を描いたのに納得しよう。だが、弾道操作が彼女の単一仕様能力の全貌であるなら、彼女は何故態々シャルルのグレー・スケールを狙ったのかという疑問が残る。シャルル自体を貫けば、セシリアはあの時点で勝っていたのだろうに、彼女は何故それをしなかった?

人を殺すかもしれないと恐怖したのか?という疑問が上がったが、ISを纏っている限り負傷はしても、死に至ることはそうそうない。

単一仕様能力に、人を狙えないという制約でもあるのだろうか?

 

「私一人で論じていても仕方あるまい。彼女が私の友人として、騎士団に加わり、楽器を奏でる臣下となりうるのなら、いずれ分かろう。仮に私に刃向かう障害となったとしても、十分に楽しめよう」

 

一夏はイヤホンを外し、席を立ち、台所へ向かいポットに湯を注ぐ。

砂時計を逆さまにし、湯が茶へと変貌を遂げる時を待つ。

二番煎じは少し味が薄くなるが、何処の喫茶店でもやっていることだ。今さら気にすることでもあるまい。二杯目は味を濃くするために、ミルクと多めの砂糖を入れる。

一夏はそれを持って席に戻り、再び音楽を聴きながら、茶を楽しむ。

 

「だが……やはり私の見込みは間違っていなかったな。彼女にはやはり英雄の資格がある。いずれ、彼女がどのような英雄になるか楽しみで仕方がないな」

 

夜は更けていく。

 

 

 

二日後、ISの実習が行われた。

初めてのISの実習ということもあり、基本的な歩行の練習から入るらしい。

実習の方針として、基本的なことを教師が生徒に教え込み、一か月後には飛行が出来るようになる等の数項目が千冬の建てた教育目標らしい。

例年と比べて些か高すぎではないかと職員会議の議題になったらしい。

出来る人間の事情に合わせるなというのが議題にした人間の言い分らしい。

だが、今年度の生徒の水準から考えれば、別段無理という話でもないだろうと千冬が言ったため、千冬のやりたいようにやらせると言うことで、会議は終わった。

というわけで、一部の教師から反感は買ったが、この授業方針となっている。

 

「織斑、デュノア。専用機を展開しろ」

 

千冬の指示で二人はISを素早く展開する。その後、飛行を実演させる。

本来なら、セシリアもこの実習で実演をすることになっていたのだが、二日前の夜に、謎の集団食中毒が発生し、一部の生徒がIS学園内の病棟で入院中である。

 

「織斑、デュノア、お前らが初めて飛行を行えたのは何時だ?」

 

千冬は上空の二人に質問した。この質問の意図するところを二人は察することが出来なかったが、とりあえず質問に答える。

 

「私は専用機を手にしたときには出来たな」

「僕は初めてISに乗ってから、国のIS機関で毎日練習した結果、十日後には1時間の飛行が出来るようになっていました」

「そうか。……諸君も聞こえた通りだ。ISの操縦において飛行はそう難しいものではない。故に、諸君が週に3度練習すれば、十分届く範囲だ。織斑、デュノア、急降下と急停止をやってみろ」

 

すると、シャルルは急降下し、地上スレスレのところで停止した。

だが、一夏は違った。急降下出来たのは良い。

以前の一夏は急降下からの急停止や着陸が出来なかった。これは空軍パイロットからIS操縦者に転職した人物にありがちなことだ。何せ飛行機は徐々に高度を下げてから着陸する。彼女らにとって、急降下からの着陸へのイメージが湧きにくいかららしい。

空軍パイロットの経験のあるラインハルト・ハイドリヒである一夏も同様の症状が出た。

故に、一夏は以前、急降下から急停止の代わりに、急落下から急停止を行っていた。

上空数十mで突如ISを解除し、自由落下に身を任せ、高度を下げていく。そして、衝突寸前、地面まで数mのところでISを展開し、急停止を行っていた。バンジージャンプに通ずるものがあるため、このやり方なら一夏でもイメージが湧くことが出来た。

だが、このやり方は非常に危険を伴うため、止めるように言われた。

そこで一夏が行った方法というのが…

 

「馬鹿者!槍の衝撃で急停止する者がどこに居る!」

 

君は走っていたとしよう。それも全速力の疾走だ。前に走ることしか考えられず、足の回転を急に止めることが出来なければ、方向転換などもってのほかだ。

君はそんな全力疾走中に目に砂ぼこりが入り、目を閉じてしまった。目を閉じているにもかかわらず、全力疾走を止めない。止められない。

なぜなら、君の足は走ることに集中しているからだ。

腕で目を拭い、目を開けると、君の前には電信柱が現れた。

さて、君はどうする?

考えられる答えは一つだろう。腕を前に出し、防御する。回避が出来ないのだから、これしか手段はないだろう。稚児であろうと取りそうな咄嗟の行動こそが正解だ。

もし、電柱が巨大な地面であり、走っているのではなく落下中であったとしても方法は変わらないだろう。ただ、落下の衝撃を生身の腕で受けきれるはずがない。

そこで、一夏は己の腕の代わりに、黎明を振るい、地面との衝突の衝撃を和らげた。

結果として、グラウンドに隕石が衝突したようなクレーターが出来てしまう。

 

「織斑、急降下と急停止の練習をしておけ。それと、クレーターを埋めておけ。良いな」

「了解した」

 

その後、武器の切り替えの実演を行なった。ここではシャルルの高速切替が他の生徒たちに受けた。一夏は黎明一本のみであるため、少々見どころが掛けてしまう。

その後、他のクラスメイト達の実演となった。

用意された打鉄は4台ある。

そこで、千冬、真耶、一夏、シャルルの4グループに分かれて行われた。

男子である一夏やシャルル、ブリュンヒルデである千冬に憧れていた生徒たちが真耶のグループに配属された時の落ち込み具合はまるでお通夜のようであった。

悲哀、絶望、落胆、苦悶がアリーナの一部を汚染する。

これに対し、真耶はどういう行動に出ればいいのか分からず、慌てふためいている。

 

「何やらあちらは哀愁漂っているが、まずは卿らの面倒を見よう。出席番号順でいくのであれば、最初は卿であったな。相川清香」

「…私の名前、フルネームで覚えていてくれたの?織斑君」

「無論、卿が私に自己紹介してくれた時から片時も忘れたことはないよ、清香」

「片時もって…、冗談上手いな、織斑君は。でも、私のことどこまで覚えてるかな?」

 

清香は頬を紅潮させながら、言う。

悲しい話だが、清川は自分が一夏にとってモブであると自覚している。

だから、自分のした自己紹介を一夏がそこまで覚えていないと清香は思っていたのだ。故に、忘れたことがないと言われた清香は少し期待してしまう。

 

「ならば、卿について知っていることを言ってやろうではないか。相川清香。出席番号一番、ハンドボール部所属、趣味はスポーツ観戦とジョギング、スリーサイズは上から…」

「ワー!ワー!ストップ!ストップ!織斑君!分かった!降参!私の負け!」

 

清香は顔を真っ赤にして、一夏の口を両手で塞ぐ。

傍から見れば、恋人の痴話喧嘩であった。しかも、その喧嘩を彼氏がリードしている。

この年頃の女子高生なら誰もが羨むような展開がそこにあった。

かつての臣下達が見れば、本当に織斑一夏が黄金の獣かと疑っていただろう。

おかげで遠目でこれを見ていた真耶のところの生徒たちのテンションがさらに下がったことは言うまでもない。

追い打ちをかけるように、一夏やシャルル、千冬にお姫様抱っこされている光景を見てしまい、ほとんどの者が立ったまま気絶していた。真耶は気絶する生徒を見て、教師としてやっていけるのかどうか不安になったという。なんとか全員にISの歩行を体験させると就業のチャイムが鳴り、ISの初の実習が終わった。

 

昼食の時間になると、一夏はシャルルを連れて、セシリアと鈴の病室に見舞いに行った。

二人は喧嘩できるほど、回復していた。

 

「それで、卿らは何を喧嘩している?」

 

一夏が二人に問いかけた所、二人はセシリアの料理は不味いか否かで喧嘩したのだと答えた。

セシリアは皆が自分の料理に感激して気を失ったのであって、皆が入院しているのはたまたま肉にちゃんと火が通っていなかったからであり、一夏はたまたま火の通ったところを食べたのだと自己弁護する。自分が食べた自分の料理に関しては美味すぎて天に上った所為で、記憶にないのだという。

だが、鈴は不味すぎて頭が情報を処理できずに、気と記憶を失ったのだという。一夏が倒れなかったのは、一夏が頑丈すぎるからであると言う。

 

シャルルは鈴の言い分が正しいと思ってはいるが、些か鈴は言い過ぎではないかと思っている。故に、仲裁が困難であり、困り果てていた。

一夏は終始傍観しているだけなので、手を貸してくれないだろう。彼の持論から言わせると、喧嘩は仲裁するものではない。特に、セシリアからすれば自分のプライドが掛かっている。止めるだけ無粋というモノあり、彼女が止まるとすれば、そのプライドが砕け散り、霧散した時だけだろう。仮に止まったとしても、尾を引いてしまう。

 

「アンタね。チーズはまだ分かるわよ。でもね。どこの料理本にフィッシュ・アンド・チップスを獅子唐とかチョコレートで味付けするように書いているのよ!」

「書いていないですわ。ですが、私の料理は固定概念にとらわれない自由な料理方法で、皆さんの予想外の美味しさで逆転するのがスタイルですわ」

「予想外の美味しさ?予想の斜め上の不味さの間違いでしょ!それに、料理に逆転って何よ!料理はプロレスのようなスポーツじゃないでしょ」

「あら、鈴さん。この国の漫画を読んだことないのかしら?…料理は勝負だ!」

「アンタ、中華料理の漫画という点では着眼点は悪くないけど、また凄い料理漫画読んだわね。でもね、アンタの料理は単なる生物兵器よ」

「そうですわ。私の料理は美味しさの固定概念を破壊する生物兵器ですわ」

「だぁ!なんで微妙に会話が合わないのよ!」

「何を言っているのかしら? 鈴さんは?」

「アンタが何言ってんのか私が分かんないわよ!」

 

最終的に、後日セシリアがもう一度料理をし、セシリアが責任を持って、それを食べ、その時の反応をビデオに収め、恍惚の笑みが映っているか、断末魔の泣き顔が映っているかで、セシリアの料理が上手いか否かをハッキリさせようと言うことになった。

 

この二人の喧嘩を見ていた一夏は納得した。

なるほど。ツァラトゥストラの渇望があのような形になったことも頷けよう。

だがな…やはり、私の愛とは破壊なのだよ。この座には納得しているがな。



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ChapterⅩ

時間は過ぎ去り、クラス代表戦の日となった。

第一戦目で、セシリアと鈴が衝突することとなった。一年一組と一年二組なのだから、このような展開になったのも道理と言えるのだろう。一夏とシャルルはセシリアの応援のために、アリーナのピットに居た。

 

「単一仕様能力がどういった力なのか未だに掴めていないため、この試合における戦略を立てられないのが、今の不安要素ですわ」

 

セシリアは将棋のように頭を使い戦うため、戦略を立てるのは彼女のスタンスである。故に、能力は優秀なのだが不明な動きしかしない駒を持ってしまったため、勝負ははもはや運任せである。

そして、そんなセシリアの相手である鈴のISは中国の甲龍で、燃費と安定性を第一に考えられ、設計された中距離を得意分野とするISである。

以上のことから考えて、両者ともに長期戦を得意としているため長期戦にもつれ込むか、逆に相手の苦手とすることをし、一気にケリを付けようと短期決戦になるか、いずれにせよ、極端な試合になることは容易に予想がついた。

 

一通り話が終わると、セシリアは試合のために、ピットから飛び立った。

 

「やっと来たわね。味覚音痴」

「安い挑発には乗りませんわ。ちんちく鈴さん」

「なんですって!アンタね!言っていいことと悪いことっていうのがあるでしょ!アンタ、それも分らないの!飯マズ!」

「先に挑発してきた貴方にだけは言われたくありませんわ。それと、味覚音痴と飯マズって同じ意味ですわよね?」

「うっさい!味盲貴族!」

「語彙を増やされてはいかがですか?貧乳さん」

「ひんにゅ!」

 

鈴は固まった。セシリアが鈴の逆鱗に触れてしまったからだ。

瞳から光を失った鈴は二本の双天牙月を構える。鈴から敵意ではなく、殺意が出ている。

 

「……よし…殺そう」

 

壊れたボイスレコーダーのような声で鈴はセシリアに宣言する。

鈴は昔から同年代の娘達に比べて少々小さい胸のことを気にしていた。最初は少し気にしていた程度だったのだが、弾と数馬が胸は大きい方が良いと言っていたことを聞いてしまい、もしかしたら、一夏も胸が大きい方が良いのかもしれないと思った。そこから、一夏も胸が大きい方が好きなのだと鈴は思い込んでしまい、胸が大きくなる運動をした。

だが、努力に対し結果は伴ってくれなかった。そればかりか、胸の大きくなる運動をすればするほど、小さくなってないかと不安を覚えたほどだ。

その後、鈴は胸なんか小さくても良いやと開き直ったが、あくまで表面上の話であって、内心は胸が大きくなってほしいと望むようになっていた。結果、やり場のない悩みはやがて彼女の中で禁句となり、他人に指摘されたくないコンプレックスとなった。

 

セシリアは挑発に成功したが、少々言い過ぎたと後悔する。

理性がぶっ飛び過ぎると、たいていの人間は碌な事をしないと知っていたからだ。

だが、今さら何を言っても鈴は止まらないだろうし、止めるためには無茶苦茶な要求を飲まなければならないかもしれない。それは英国騎士道精神が許さない。

吐いた唾は呑み込めないし、今の行いは自業自得だからだ。

 

「ミンチになりたい?それともひき肉が良い?やっぱり、すり身が良いのかな?ミンチだったら、水餃子よね。ひき肉だったら、揚げ餃子。すり身だったら、焼き餃子ね。セシリアはどれが好み?どれでも良いわよ。あたし、餃子は得意だし」

「どれもお断りですわ!」

 

瞬きせず、死んだ魚のような目をした鈴はセシリアに向かって急接近してくる。

鈴は理性が吹っ飛び、リミッターを越えたらしく、セシリアの思った以上の動きをする。身軽さと体の柔らかさを使うことで、鈴は非力を補っている。

そんな鈴に対し、少し萎縮するセシリアはスターライトmkⅢで応戦する。

 

「あ、そうか!セシリアはチャーハンが好きだったわね。だったら、みじん切りね!あたし得意だから安心して。その胸、切り刻んであげるわ!それと、脂が乗り過ぎているとギトギトになっちゃうから、ご飯と一緒に炒める前に、炙って余分な脂を飛ばしておいた方が良いわね。アハ!アハハハハハハハ!!」

 

奇声を発する鈴から距離を取ろうと、セシリアは後退する。

それと同時に、ブルー・ティアーズを横に展開し、鈴の迎撃を行う。無数のビームの雨が鈴に降り注ぐ。鈴は回避を試みる。回避できないものは双天牙月でガードし、シールドエネルギーの減少を抑えた。

理性を失っていても戦いに対する判断力まで鈴は失っていなかった。判断力を失っていない狂戦士ほどやっかいな敵はいない。相手は止まらないのだから。

セシリアと鈴の試合には変な緊張感があった。

 

「やっぱり、チャーハン以外のも作った方が良いわよね。何が良い?あたし作れる料理限られているんだ。麻婆豆腐でしょ、麻婆麺でしょ、春巻きでしょ、焼売でしょ、肉団子のあんかけでしょ、ミートボール酢豚でしょ、担担麺でしょ…それぐらいかな?ひき肉料理しか作れないのよ、あたし。…セシリアはどれになりたい?」

 

どの料理を食べたい?ではなく、どの料理になりたい?という質問はおかしい。

さっきから鈴の話す肉料理の話がなんとも怖い。試合中に選手同士がする話ではない。

千冬もISの選手としての経歴が長く、これまで様々な選手と戦ってきた。故に、様々な選手と試合中に話をしたことがある。IS操縦者になった経緯や家族の話などだ。

だが、さすがに料理の話をしながら戦う選手はこれまで見たことがなかった。

普通なら呆れかえるのだろうが、鈴の気迫を感じた限り、鈴にふざけている様子が微塵もないように千冬は感じた。これはアリーナの放送から聞こえてくるセシリアと鈴の会話を聞いていた観客席に居た生徒たちも同じことを思ったらしい。

同時に、鈴の前で胸の話は絶対にしてはならないと心に決めた。

 

セシリアはある程度鈴との距離を取ると、振り返り、スターライトmkⅢを撃つ。

数発撃つと、距離を詰められているので、再び距離を取ることに集中する。

ISの機動性においてブルー・ティアーズと甲龍との差はほとんどないが、空中戦での駆け引きの上手いセシリアは鈴との距離を開けることが出来る。

だが、鈴は必死にセシリアに食らいつこうとしているため、中々距離は開かない。

故に、セシリアと鈴の戦いは必然的に長期戦となる。

 

「アタシの部屋にねひき肉にする機械あるから使う?」

「お願いだから、ひき肉料理は勘弁してくださいな」

「どうして?イギリスでもハンバーグは食べるんでしょ?別に良いじゃない」

「普段でしたら、問題ないのですが、その無表情で言われると怖いですわ」

「何言ってるの?セシリア?あたしが怖いって傷つくわ…ね!」

 

鈴は双天牙月をセシリアに向かって投げる。

セシリアは鈴の投擲を避けることが出来ない。なぜなら、セシリアの決めていた進行方向の先に鈴が武器を投擲してきたからだ。頭で考え、理論的に動くセシリアにとって、イレギュラーは弱い。現実の出来事に回避のための思考が追い付かない。

だが、必ず鈴の攻撃を避けなければならないという決まりはない。

なぜなら、鈴の攻撃を迎撃してしまえば、セシリアの進行方向に障害は無くなるからである。

 

「処女神の狩猟弓 (トクスォ・テーレウシス・アルテミス)!」

 

セシリアのスターライトmkⅢは洋弓へと姿を変える。

己の渇望を力にする能力、単一仕様能力をセシリアは発動させた。

同時に、セシリアは素早く矢を引き、放った。セシリアの手から離れた矢は瞬時に方向を変える。物理法則から考えて、あり得ない動きである。

矢は大きな弧を描き、鈴の投擲した双天牙月の柄に命中し、破壊する。

 

「これで一気にケリを付けさせてもらいますわ!」

 

セシリアは弓を引き絞り、鈴を狙う。弾道が修正されるとはいえ、相手を狙っていると言うことを相手に見せつければ、牽制になると思ったからだ。

セシリアによって放たれた矢は直線に鈴に向かって飛ぶ。

弾速はブルー・ティアーズの放つビームに比べて遅いモノの。ISというパワードスーツの助力で放たれた矢は一般的なアーチェリーの矢とは比べ物にならないほど速い。

幾ら速くとも、機動が直線であれば、見切ることは困難ではない。

鈴は残っていた双天牙月でセシリアの放った矢を弾いた。

 

セシリアは自分の単一仕様能力によって放たれた矢が鈴の双天牙月を回避しなかったことに驚く。なぜなら、セシリアは自分の単一仕様能力を弾道修正による絶対必中だと思っていたからである。自分の仮説が正しいなら、どうして狙った筈の鈴に当たらない。

 

「いったい、どういうことですの?」

 

こういったことは試合前の練習の時に行って調べておくべきなのだが、練習の時に単一仕様能力が発動しなかったため、単一仕様能力の研究をセシリアは出来なかった。

故に、セシリアは試合本番中に単一仕様能力を使用し、研究するほか方法は無かった。

ここでセシリアが立てた仮説は「障害物は関係なく、矢を目的物に向かわせる」というモノだった。シャルルが矢を受けた理由も、双天牙月を破壊できた理由も、鈴が矢を防げた理由も納得いく。

 

「これが本当ならあまり使えた能力ではありませんわね」

 

セシリアは単一仕様能力を解除し、洋弓と化したスターライトmkⅢをライフル型に戻す。

弓よりライフル型の方が狙うのに慣れていると言うこともあるが、連射速度があまりにも違うからである。矢筒から矢を手に取り、弓を絞り、狙いを定めて、矢を放つことで初めて弓による攻撃となる。だが、ライフルは狙いを定めて引き金を引くだけで良いため、次の弾発射までの時間が短い。

故に、現状ではライフル型の方が好ましい。セシリアはそう判断した。

 

「ねえ、知ってる?セシリア?お肉の形状を変えて、火の通りを良くする方法はね、ひき肉にする以外にも方法があるのよ」

「また、料理の話ですの?貴方のひき肉料理の話は聞き飽きましたわ!」

 

距離を取ったセシリアは鈴を包囲するようにブルー・ティアーズを配置し、鈴を狙い撃ちにする。四方八方からのビーム射撃。

鈴はセシリアの攻撃を可能な限り回避しつつ、距離などを目視で図り、狙いを定める。

 

「答えはね……ミートハンマーで叩き潰すよ!」

 

鈴の甲龍の左右の非固定浮遊部位は突如変形し、何かを放った。

何かと表現したのは目に見えないものだったからである。

その2つの何かの内の片方はブルー・ティアーズの一つに命中する。

 

「一つだけか。二兎追う者は一兎も得ずね」

 

鈴が使った武器は龍砲という衝撃砲である。

空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す第三世代型の武器である。しかも、砲身も砲弾も眼に見えないという特徴がある。

その上、砲身斜角がほぼ制限なしで撃てるものだから、死角がない。

不意打ちにこそ、龍砲は真価を最も発揮する。見えない砲身と砲弾で相手を翻弄し、試合の流れを相手の流れから自分の流れに変えることのできる逆転のための武器である。

実際に、セシリアはブルー・ティアーズを破壊され、困惑している。

 

「肉はしっかり叩いておかないとね!」

 

鈴は数発セシリアに向かって龍砲を撃つ。

困惑していたセシリアに一つは命中するが、撃たれた衝撃で我に返ったセシリアは回避行動を取りながら、再び距離を取る。

 

「叩かれる前に、ハチの巣にして差し上げますわ」

 

セシリアはブルー・ティアーズを横並びに配置し、鈴を狙う。

 

「最近ね。一夏やシャルルから和食や洋食も教えてもらっているの。ロールキャベツ、ハンバーグ、つくね、ミートスパゲティ、グラタン、ピーマンの肉詰め、ミートローフ、鶏肉団子、ミートボール、コロッケ。ひき肉料理ならある程度はいけるわよ。さ、何が良い?」

 

鈴も左右の龍砲をセシリアに向ける。

 

「結局、ひき肉料理ですわね。ミートハンマーはどこに行ったのかしら?」

「ミートハンマーはステーキ焼くときに使うのよ。知らなかった?」

「えぇ、私、一度も使ったことありませんでしたからね。だいたい、お肉に火が通らないのなら、業火で焼き尽くせば問題ありませんわ!」

「そんなんだから、アンタは料理が下手なのよ!」

 

そこからはセシリアと鈴の罵り合いと射撃武器の打ち合いが続く。

武器の数においてセシリアが勝っていたが、鈴は連射によりこれをカバーする。

となれば、後は火力だ。

衝撃砲は空間に圧力をかけて砲弾が出来るため、遠距離になると威力が落ちる。

だが、ブルー・ティアーズのビーム兵器は距離に関係せず、威力は一定である。

セシリアはこれに早い段階で気づき、距離を取る。

逃げるセシリアに対し、鈴はセシリアを上空から追い込んでいく。

セシリアが鈴の行動の法則性を読み切るより先に、鈴がセシリアの動きをなんとなく察し、勘で追いかけたことがこの試合の流れを掴んだ理由である。

セシリアは次第に下へと追いやられていく。

 

「あは♪逃げても無駄よ。お肉はミートハンマーから逃げられない運命なのよ」

 

鈴はセシリアとその周囲に向けて衝撃砲を最大出力でかつ最速連射で放った。

セシリアのブルー・ティアーズはシールドエネルギーを失い、グラウンドの砂ぼこりで視界を奪われてしまう。センサーがあるとはいえ、この状況は不味い。

このまま、この場所に留まっていては、相手の居場所が分らないため、攻撃できない。

故に、セシリアは舞い上がる砂ぼこりの中から脱出しようと後退した。

 

「バッチリ、読み通りね」

 

上空には双天牙月を手にした鈴が居た。

鈴はセシリアが怯んでいる隙に、セシリアが逃げることを読み、その先に向かうことで距離を詰め、セシリアの真上を取ったのだ。

鈴は渾身の力で双天牙月を振るい、試合を決めようとする。

 

その時だった。頭上から大きな光が降ってきた。

光はアリーナのシールドを突き破り、グラウンドに着弾した。

爆音がアリーナ中に響き、着弾の衝撃でグラウンドにクレーターができ、焼夷弾でも落ちたかのように黒煙がグラウンドから上がる。

 

「何が起きましたの?」「何よ!」

 

セシリアと鈴は手を止め、爆心地を見る。

この状況を見て分かることは、テロに近い、悪い出来事ということだけだった。

もし、本当にテロならば、試合どころではない。アリーナ中に警戒のサイレンが鳴り響く。やはり、自分たちの予測は間違っていなかったようだ。

 

黒煙は次第に晴れ、見たことのないISが佇んでいた。

全身黒ずくめで、腕は長く、各所に無数の穴がある。手に得物はなく、装備に格闘武器は見えない。故に、セシリアと鈴はこの無数の穴が銃口であり、この所属不明のISは射撃戦闘に特化したISなのだと推測した。

ISのモニターに『ステージ中央に熱源 所属不明のISと断定 ロックされています』というウィンドウは現れた。所属不明と聞き、二人の間に緊張が走る。

この所属不明の黒いISが今の騒動の元凶であると推測した。

二人は武器を構え、所属不明のISへと狙いを定める。

 

『試合中止!オルコット!凰!すまないが、観客の避難が済み、教師部隊の到着まで足止めを頼まれてくれるか?』

「分かりましたわ!」「はい!」

『ヒット・アンド・アウェイを繰り返して、時間稼ぎをするだけで構わない。制圧する必要はない。くれぐれも無理するな。ISのシールドエネルギーの残量が危なくなれば、すぐにピットに戻れ。いいな?』

「了解しましたわ」

「はい…でも、アレ、倒しちゃっても構いませんよね?千冬さん」

『できるなら、やってみるが良い。だが、無茶をすれば厳罰だということだけは分っておけ。…それと、学校では織斑先生だ』

 

セシリアはスターライトmkⅢを、鈴は衝撃砲を襲撃に対し放つ。

襲撃者はスラスターを使い、横移動で二人の射撃を躱す。また、同時に両手を二人に向け、射撃を始める。威力はセシリアのブルー・ティアーズより高い。砲撃と言っても違和感のないモノだった。しかも、連射速度も鈴と同等の速さである。砲口の数が多いため、発射されるビームの数はセシリアや鈴の比ではなかった。

ビームは嵐となって、二人を飲み込もうとする。

 

「何者か知らないけど、向こうはやる気ね」

「そうでなければ、こちらもやる気が出ませんわ」

「それで、アンタ誰よ!」

 

鈴は襲撃者に質問をする。

だが、襲撃者は何も答えず、無言で攻撃をしてくる。

 

「腹立つわね!ミンチ!?ひき肉!?すり身!?どれがいいの!?」

 

鈴は龍砲を放ちながら、襲撃者に接近を試みる。

ちまちま遠くから攻撃するより、双天牙月で撲殺する方が速いと睨んだからだ。

なぜなら、相手は近接格闘の武器を持っていないため、格闘戦が苦手と判断したからだ。

そして、鈴の推測は間違っていなかった。

 

「また、ひき肉料理ですわね。ですが、同意ですわ。騎士の決闘に横やりに入れる無礼者に作法の一つを叩きこんで差し上げますわ!」

 

そんな鈴の援護射撃をするために、セシリアは距離を取り、ブルー・ティアーズとスターライトmkⅢで狙撃を行う。しかも、相手の命中率を下げさせるために、セシリアは鈴から離れる。即興にしては役割分担の出来た見事な連携だった。

そんな二人に対し、襲撃者は回避と射撃を繰り返すだけだった。

 

襲撃者の連射能力と機動力は思った以上に高く、鈴はなかなか距離を詰められない。

やきもきした鈴は少し強引に特攻をかけた。

「兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを睹ざるなり」という言葉がある。

これは孫子の兵法に書かれた有名な言葉である。要するに、同等の力を持つ相手に対し、長期戦になれば戦いは泥沼化していくため、少々強引でも短期決戦に持ち込んだ方が良い結果が得られる可能性が高いという言葉である。

鈴の行動は兵法上間違ったことはしていない。

事実、鈴は襲撃者の多くの攻撃を回避し、間合いを詰めることに成功している。

鈴は双天牙月を襲撃者に向かって、薙ぎ払う。

 

だが、先ほどの兵法の話はあくまで上手く行く可能性が高いと言うだけの話である。世の中、万事上手くいくはずがない。要するに、失敗する可能性とてあるということだ。

襲撃者は鈴の攻撃を避け、攻撃直後で隙の出来た鈴に掴みかかった。襲撃者に捕まえられた鈴は龍砲を放とうとするが、襲撃者は鈴を掴んだ掌の砲口を使い、零距離射撃を行う。

この衝撃をまともに受けてしまった鈴は脳震盪により意識を失いかける。

襲撃者は鈴を投げ捨てる。投げられた鈴は地面の上を転がり、地面に一本の溝を作った。

 

「やって……くれたわ…ね」

 

朦朧とする意識の中、鈴は最後の力を振り絞り、龍砲を放つが、狙いが定まっていないため、襲撃者に掠りもしない。その間に、襲撃者は鈴との距離を詰める。そして、襲撃者は右腕を鈴に向けると。手の甲にある方向が光り出した。

襲撃者は最大出力で砲撃を行い、絶対防御を突破し、鈴を倒そうとする。

セシリアはブルー・ティアーズとスターライトmkⅢで鈴にとどめを刺そうとする襲撃者に対して射撃する。そんなセシリアの攻撃を襲撃者は避けると、砲撃という名の反撃を始めた。手数と威力で勝る襲撃者の攻撃にセシリアはペースを乱し始めた。

 

「射殺して差し上げますわ!」

 

気持ち的に追い詰められてきたセシリアは逆転になればと単一仕様能力を発動させる。

単一仕様能力の発動が逆転のきっかけになればと思ったからだ。

セシリアは襲撃者の攻撃を避けながら、弓を絞り、狙いを定める。

放たれた矢は蛇行し、襲撃者の放ったビームを掻い潜り、襲撃者の砲口の一つに刺さった。

 

「…これは」

 

セシリアは驚く。なぜなら、鈴との試合中に立てた仮説が間違っていたものだと気づいたからだ。あの仮説が正しいのなら、自分の放った矢は襲撃者のビームによって迎撃されているはずだからだ。ならば、自分の単一仕様能力とは何か、セシリアは考える。

 

最初の使用の時はシャルルとの試合である。シャルルのグレー・スケールに攻撃されそうになった時に使った。結果は、矢は弾道を変え、グレースケールに命中し破壊した。

二度目は先ほどの鈴の試合中に鈴が投擲した双天牙月に放った時である。矢は双天牙月に命中し、双天牙月を破壊した。

三度目は鈴の甲龍を狙ったものである。だが、この時、矢は弾道を変えず、まっすぐに飛び、鈴の双天牙月に弾かれる結果となった。

そして、今の四度目は襲撃者のビーム砲撃に対する反撃。矢は弾道を変え、襲撃者のビームを全て避け、襲撃者の砲口に命中した。

セシリアは三度目とそれ以外の時の違いと、一度目、二度目、四度目の共通点を探す。

 

「分かりましたわ!」

 

セシリアは襲撃者の砲撃を避けながら、弓を構え、弓を引き絞った。

狙いは定めておらず、矢の先は何もない所を向いていた。だが、それでも構わない。なぜなら、この矢は絶対に狙ったところに当たるのだから。セシリアの手元から離れた矢は物理法則を無視したような動きをし、襲撃者へと飛んでいく。襲撃者は砲撃でこの矢を撃ち落とそうとするが、矢はこれをすり抜け、襲撃者の肩の砲口に刺さった。

 

「単一仕様能力で放たれた矢が当たった時のことを考えましたわ。共通点を二つ見つけましたわ。私が攻撃されているということと、相手の武器に命中すること。以上のことと、私の渇望の形を考えた結果分かりましたわ。『武器破壊による絶対迎撃』。これが私の処女神の狩猟弓の能力ですわ!」

 

『自分の大事な物を壊すものを射倒したい』という渇望を形にした能力だった。

敵本体を狙えない理由にセシリアは心当たりがあった。

これは両親から受け継ぐ財産の相続争いに関係している。セシリアを騙し、親族だと言って財産を奪おうとする者が居たが、これをセシリアは嘘だと見破り、証拠を相手に出し、詐欺で訴えると脅すと相手は逃げ帰った。

敵の牙や爪を折ることができれば、相手は戦意を喪失し、襲ってくることはない。逆に追い詰めすぎると窮鼠猫を噛むとなってしまうとセシリアは知っていた。

そのことが単一仕様能力に反映されたのだと推測している。

そして、三度目の発動で弾道修正されなかったのは、相手が攻撃していなかったからであると推測している。

 

セシリアは単一仕様能力を発動させたまま、ブルー・ティアーズを操り、一気に畳みかける。攻撃すれば絶対に武器を破壊されると分かった襲撃者は攻撃できず、ただ回避するしかなかった。

 

「アンタ、良いとこ持っていき過ぎなのよ!」

 

脳震盪から回復した鈴が龍砲を放つ。

ほとんど不意打ちに近かったため、半分以上が襲撃者に命中する。かなりの近距離で放つことが出来たため、襲撃者のISの装甲や砲口を幾つか破壊できた。

これで、一気に戦局はセシリアと鈴の有利へと変わった。

勝てる。セシリアと鈴は確信した。

 

その直後、アリーナ全体が闇に包まれ、空には禍々しい紅の満月が浮かんでいた。アリーナが夜に包まれたようだった。空を見ることの出来た誰もがこの状況の異質さに驚く。

襲撃者の能力だと判断したが、すぐに、違うと分かった。

空から大量の何かが降り注ぎ、地面と襲撃者に刺さったからだ。鈴はいち早く空から降って来る物に気付き、上空に龍砲を放ったため、セシリアと鈴は無傷だった。

地面と襲撃者に刺さったのは赤黒い杭だった。

 

「今度はなんですの!」

 

杭が地面に刺さってから数秒後、セシリアと鈴と襲撃者の間に何かが落ちてきた。

落下の衝撃でグラウンドに砂塵が舞い上がる。

砂塵は次第に晴れていき、落ちてきた物の正体を露わにした。

三人の間に落ちてきた物は漆黒の軍服に身を包んだ白髪白貌の青年だった。

 

「ヒーーーーヤッハーーーー!」



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ChapterⅩⅠ

修正しましたので、投稿します。
よろしくお願いします。

屑霧島


一夏とシャルルはアリーナ内の廊下をあるき、観客席に向かっていた。

セシリアへの激励が終わり、試合を観戦するためだ。

だが、二人は観客席に行くことが出来なかった。

 

「何…これ?」

 

なぜなら、シャルルは体を停止させられてしまったからだ。

顔は動くのだが、四肢が全く動かない。声は出るが、大声は出ない。

まるで縄で縛られ、磔にされたかのような錯覚にとらわれる。

どうやら、シャルルだけではないらしく、隣に居た一夏も動かないらしい。

あの怪力の一夏が動けない様を見て、シャルルは現状がかなり危険であると確信した。ISを展開させようとするのだが、ISは全く反応してくれない。

これはどういうこと?シャルルは焦っていると声をかけられた。

 

「初めまして、いきなりで悪いけど、自己紹介させてもらうね。私は夜都賀波岐の一人、マレウスよ。こっちはバビロン。よろしくね。織斑一夏君にシャルル・デュノア君♪」

 

自分たちの目の前に、二人の女性が立っていた。

マレウスと名乗った女性は自分より少し身長の低い赤毛で、青色の瞳の少女である。パッと見では、どこにでも居そうな女の子のように見える。

だが、このIS学園という異質な空間の中、軍服に身を包んでいる。

それだけで、このどこにでも居そうな少女が異質な魔女に見えてしまう。

バビロンは藍色の髪をして長身の女性なのだが、こちらも同じ理由から異質に見える。

 

「貴方たち、誰ですか?」

「誰って、マレウスよ?こっちはバビロンって紹介したでしょ?」

「外部の人は警備のため、警備員が付いているか、特別観客席に居るはずです。となれば、貴方たちは不法侵入者ですよね。でも、普通の人なら高度な警備がされているIS学園に侵入できるはずがありません。…もう一度聞きます。貴方たちは何者ですか?」

「でもね。夜都賀波岐のマレウスとバビロン以外に答えられないのよね。本名は別にあるし、他にも色々答えられることがあるんだけど、言っちゃダメーっていうのが私たちの大将の方針だから。ごめんね」

 

シャルルは敵意を向けながら、強気に質問するが、マレウスに軽くあしらわれてしまった。

 

「さっそくで悪いんだけど、そのIS、お姉さんに頂戴な♪…まあ、頷いたとしても、頷かなかったとしても、君たちが男なのにどうしてISを動かせるのか私たちの大将は知りたがっているから、連れて行くのは決定しているのよね。だから、答えても答えなくても、君たちがたどる道と結果は一緒なんだけどね♪」

 

マレウスはシャルルの体を弄り始めた。

 

「まぁ、連れて行く前に、ちょっと味見させてもらうね。私としてはシャルル君が好みかな?一夏君も悪くは無いんだけどね」

 

最初にマレウスが行ったことはシャルルの指を触ることだった。そこから指を絡ませ、マレウスはシャルルの体の感触を楽しんでいる。シャルルは抵抗を試みるが、体がまったく動かないため、反抗出来ない。

更に、マレウスは手を動かし、全身撫で始めた。

まるでかわいい人形を手に入れた少女が撫でているかのように。

 

「あら?貴方、もしかして?」

 

マレウスは更にベタベタとシャルルの体を撫でまわす。

体の隅から隅まで余すことなく、両の手で。特に胸と股間を執拗なまでに触る。

 

「……女ね」

「本当?マレウス?」

「えぇ。股間にアレがなかったわ。シュライバーみたいに引き千切られたのならって、最初は納得したのだけど、胸にはさらし撒いているみたいで妙に触り心地悪かったもの。まあ、シャルル君が女だったら、ISを操縦できるのも納得いくわね」

「!」

「それで、君はシャルルって名乗っているから、本名は…シャルロットかしら?」

「……」

「図星なようね。シャルロットちゃん」

 

まるで、鬼の首を取ったかのようにマレウスは得意げに言う。

一方のシャルルは隠していた秘密が一夏の前でばらされて青ざめている。

第二の男のIS操縦者ではなく、男装した女のIS操縦者というのがシャルロット・デュノアの真実だった。

 

「ま、女でも楽しみ方はあるから、別に構わないわ」

 

マレウスは少々上機嫌な感じなのか声が弾んでいる。

マレウスのサディスティックな言葉を聞いたシャルロットは我に返る。

一夏への謝罪や弁明などは逃げた後にする。今は逃げることを考えることが先決だ。シャルロットは必死にこの状況からの打開策を考える。だが、何も思いつかない。それでもなお冷静に考えなければならない。

 

「シャルロットちゃん、此処から逃げる方法考えているようだけど、無理よ。私の影を踏んだら最後、私が影をひっこめるまで、動けないのよ。だから、ここから如何にかして逃げ出そうなんて、無理な話、諦めなさい。その状態から逃げられるとしたら、あの五人くらいね」

 

マレウスの言葉を聞き、下を見ると、影が自分の足元に来ていた。

どこか影は不自然だとシャルルは思った。なぜなら、この廊下の明かりは天井の蛍光灯のみ、であるならば、影はその人物の真下にしかできないはずである。にも拘らず、影はまるで夕日の時のように伸びている。しかも、マレウスから延びる影は彼女の形をしていなかった。故に、マレウスの言っていることが間違っていると証明できる要素がない。

 

シャルルは本気で焦り出した。

でも、せめて一夏だけでも逃がしてあげたい。一夏に嘘をついていたという罪滅ぼしのために。シャルルは目を動かし、一夏の方を見る。

一夏を見たシャルロットは理解できなかった。

なぜなら、一夏は…

 

笑っていた。

 

「くっくっくっくっくっく」

「あらあら、どうしたの?バビロンの胸が大きすぎて頭可笑しくなっちゃった?」

「どうして私の胸なのよ、マレウス」

「えぇー?だって、そうでしょ?男の子は溢れんばかりの母性の象徴にむしゃぶりつきたい生き物なのよ。でもね、私が拘束しちゃっているものだから、バビロンに襲い掛かれなくて、発狂しちゃったのよ。ほら、自慰とかしてても、いけなかったら気分悪いでしょ?」

「本当にそうかしら?」

 

マレウスとバビロンが話をしていると、突如、アリーナ内で警報が鳴りだした。

それと同時に、今現在行われているセシリアと鈴の試合は中止、観客席に居る生徒は退避するようにと、アリーナ全体に避難の放送が流れる。どうやら、IS学園のアリーナにマレウスやバビロン以外の侵入者が現れたらしい。

 

「やっと来たわね。ほんと遅いのよ」

 

この事態をマレウスもバビロンは知っていたらしいが、予定より遅かったのか、文句を垂れている。一夏は笑うのを止め、そんなマレウスとバビロンに問いを投げかけた。

 

「卿らはまだ気づかないのか?私が誰であったのか?」

「誰って…織斑一夏でしょ」

「……そうか。あれより百年も経ち、私自身姿を変えていれば、私より離反した卿らには分からぬか。マレウスにバビロンよ。」

「貴方、……何を言っているの?」

 

私より離反した?……何を言っている、織斑一夏。いったい、お前は誰だと。

 

「『その男は墓に住み  あらゆる者も  あらゆる鎖も

  あらゆる総てをもってしても繋ぎ止めることが出来ない』」

 

一夏の瞳は青色から黄金に変色し、同時に、短かった黒髪も長い金髪へと変わる。

この世の黄金率を体現した黄金の獣がそこに居た。

同時に、一夏の体から息が出来なくなるほどの圧倒的ともいえる存在感が流れ出る。彼を中心に津波が押し寄せてくるような感覚にマレウスとバビロンとシャルロットは襲われる。

マレウスとバビロンはこの感覚を知っている。

1939年12月24日、ドイツ、ベルリン。

この感覚を初めて味わった時のことを、彼女らは忘れたことはない。

地獄への第一歩を踏んでしまった瞬間であり、忘れ去ってしまいたい時なのだから。

 

「…ハイドリヒ卿」

「マレウス、逃げるわよ!」

「『彼は縛鎖を千切り  枷を壊し  狂い泣き叫ぶ墓の主

  この世のありとあらゆるモノ総て  彼を抑える力を持たない』」

 

バビロンはマレウスの体から延びる影に飛び込み、逃走を図る。

だが、飛び込む直前で影に亀裂が入り、その亀裂は次第に大きくなり、ヒビは影全体に広がり、一夏の存在感により砕け散った。

シャルロットがどうあがいても抜け出せなかったあの影がいとも簡単にだ。

それと同時に、マレウスのこめかみから血が溢れ出る。

これにより、バビロンの逃走は失敗に終わる。

 

「『ゆえ神は問われた  貴様は何者か

  愚問なり  無知蒙昧  知らぬなら答えよう』」

 

ハイドリヒ化した一夏は電光石火のような速さでマレウスに接近する。何故こんなところにハイドリヒ卿が居るのかと唖然とし、流血で視界を失っていたため、マレウスは一夏の接近を許してしまう。回避しようと思った時には一夏はマレウスの目の前に居た。

一夏はマレウスの鳩尾に向けて、左拳を突き出した。

マレウスはまるでボールのように飛び、アリーナの廊下の壁に衝突し、固い素材でできたはずの壁を陥没させると、床に倒れ込み、咳き込む。

あまりの衝撃で正常な呼吸ができなくなり、激痛で体が動かない。

 

「カイン!」

 

バビロンの背後から突如巨人が現れた。動く死体トバルカインが黒円卓の聖槍を振るい、マレウスにとどめを刺そうとする一夏を止めようと試みる。

一夏はマレウスを相手にしていたため、背中ががら空きだった。

倒すことが出来なくとも、怯ませ、逃げる隙間を作れたら良い。

その間にマレウスと離脱すればいい。目的は果たせないが、仕方ない。

 

「やらせないよ!」

 

影から解放されたシャルロットは一夏から流れ出る気迫に息苦しさを感じ、悶絶しながらISを展開する。それと同時に、サブマシンガンを手にし、カインに向け、一夏の援護射撃をする。カインはまともに食らい体勢を崩したがために、攻撃は空振りに終わった。

一夏は目の前の二人と面識があるとシャルロットは分かり、一夏が何者であるのか不安に思ったが、一夏が何者であれ、彼は自分の友人だ。助けるに理由としては十分すぎる。

 

「『我が名はレギオン』」

 

突如一夏の左手に一本の槍が現れる。

ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの聖遺物である聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)だった。

彼の者を貫いた槍にふさわしい神々しさをその槍は放つ。

 

「『創造  至高天―黄金冠す第五宇宙』」

 

ゾーネンキントも居ないうえに、スワスチカも開いていない、黄金錬成の五色が揃っていない、さらに聖餐杯でない状態で、一夏は己の創造を使う。

故に、ヴェヴェルスブルグの城門は大きく開かない。グラズヘイムの大軍も大隊長であるシュライバーとザミエルを呼び寄せることは出来ない。

ヴェヴェルスブルグの門を通られるのは一般的な兵であればせいぜい数百人、もしくは騎士団の団員一人である。だが、一般的な兵の容姿は髑髏であるため、見てくれが悪く、騎士団の先駆けに相応しくない。

故に、此処に来るに最も適した人物は白貌の吸血鬼のみだ。

 

「これで向こう側も大丈夫であろう」

 

 

 

「あーぁ、真昼間に呼び出しとはあの人も無茶苦茶な命令をしてくれる。おかげで最初から創造を使うはめになっちまった。つーても、一番槍が欲しくば降りてこいなんてあの人に言われたら、誰だって降りてくるに決まってんだろうがよ。…ま、これがどういう状況か知らねぇし、アレが何なのか知らねぇが、あの人が俺を呼んだんだ。とりあえず、全部殺しときゃいいだろう。万事解決だろう」

 

立ち上がった白貌の男は余裕の表情で首を鳴らす。

セシリアと鈴はこの男が何者で、何を言っているのか、何をしたのか、どうやって現れたのか全く理解できなかったが、現状の元凶がこの男にあるということだけは分かった。

突然現れた夜。降ってきた大量の赤黒い杭。しかもこの状況で飛び込んできた軍服の部外者。元凶と判断するのは容易だった。

 

「聖槍十三騎士団・黒円卓・第四位、ヴィルヘルム=エーレンブルグ・カズィクル=ベイだ。んで、てめえら何者だ?名乗れよ。まさか、戦の作法も知らねえわけじゃねえよな?」

 

素手で三機のISの前に立つとは正気なのか?と常人なら思うだろう。

だが、セシリアと鈴はこの男が只者ではないとすぐに分かった。

男から血の匂いを彷彿とさせる死臭が漂っていたからだ。

では、いったいこの男は何者なのかと問われれば、答えがなかなか出てこない。無差別殺人者か?と質問されたら、二人は間違いなく首を横に振るだろう。なぜなら、彼の放つ死臭は常軌を逸し、人外の物であり、獣と成り果てていたからである。

では、彼はいったい何だ?と三度目の質問を二人にしたとしよう。すると、二人は間違いなく、すぐに迷わずこう答えるだろう。

夜とカズィクル=ベイ(串刺し公)という名前を聞けば誰もが分かるだろう。

 

夜の化け物……吸血鬼だと。

 

吸血鬼を前にした二人は史上最強兵器ISを身に纏ってもなお安心できなかった。

それほど、ヴィルヘルムの出す獣性は強烈だったのだ。故に、吸血鬼にISは効くのかと二人は疑ってしまう。それを知る術を二人は持っていなかったが、逃げるわけにはいかない。ここで止めなければ、IS学園が血の海と化してしまう。教師部隊が来ればなんとかなるのかもしれない。故に、二人が取った行動は刺激せずに、時間を稼ぐことである。

 

「イギリス代表候補生、セシリア=オルコットですわ」

「中国代表候補生、凰 鈴音よ」

「は!西と東の戦勝国様か。んで……そっちは?」

 

襲撃者は何も言わずにヴィルヘルムに向けて砲撃を行った。

襲撃者の放ったビームはアリーナの遮断シールドやグラウンドや壁を抉った。

常人なら回避する余裕すらなく、喰らえば跡形も残らない猛攻。故に、モニターからアリーナの様子を見ていた誰もがヴィルヘルムは死んだと思った。だが、セシリアと鈴は違った。まだ獣の匂いが消えていないからである。

 

「おいおい、名乗れと言ったはずだぜ。だが……十分楽しめそうだな。形成のマレウスといい勝負するだろうよ。ってなわけで、まずは…テメェだ」

 

ヴィルヘルムは無傷のまま黒煙と砂塵を突っ切り、飛び出してきた。人間ではありえない速度で地を走り、襲撃者に近づくと、跳躍した。襲撃者は始末したと思っていたため、防御を取ることが出来ない。無防備な襲撃者の顔面にヴィルヘルムは膝蹴りを入れた。

まるで大型トラックに衝突されたかのような衝撃をまともに受けた襲撃者はよろめく。襲撃者は体勢を崩しながらも、拳を振るい、ヴィルヘルムを払い除けようとする。空中に居たヴィルヘルムはこれを避けることが出来ず、襲撃者の拳を受けた。

だが、ヴィルヘルムは笑っていた。なぜなら、襲撃者の攻撃を、体から生える赤黒い杭で防いだからだ。しかも、この杭による防御は単なるガードではなかった。杭の先を襲撃者の拳に向けることで、襲撃者の拳を貫通させ、破壊した。

ヴィルヘルムは襲撃者の拳に刺さった杭を体から切り離し、地に足を付けると、襲撃者の腕を掴み、背負い投げをし、地面に叩きつけた。

 

「舐めてんのか?倒す気あんのか?ヤレルと思ってんのか?ちっとは気張れや!あぁん!」

 

異質な人間がISを蹂躙する常軌を逸した光景を遠くから見ていたセシリアと鈴は戸惑いを隠せない。人体から杭など生えるはずもないし、ISと同等の速度で人間が走れるはずがないし、ISの攻撃を生身の人間が避けられるはずがない。

そんな常軌を逸した吸血鬼が襲撃者のISのシールドエネルギーの残量を奪っていく。

 

「何よ、アイツ人間じゃない。本当に吸血鬼なの?何もかもが出鱈目すぎるわ」

「…鈴さん……ご自分のシールドエネルギーをご覧になってください」

「どうしたのよ…って、なにこれ?」

 

鈴は甲龍のシールドエネルギーの残量を見て、驚いた。

シールドエネルギーの残量が徐々に減少していっている。減少する速度は大したことがないのだが、長期戦になれば、減少する量が圧倒的な量になり、自分たちは更に不利になっていく。事実、ヴィルヘルムが現れてから、三分の二にまで減っている。

 

「これもアイツの仕業ね」

「おそらくはそうかと思われますわ。ヴィルヘルムと名乗ったあの暴れてる男性が来るまでは、こんなことが無かったのですから。鈴さん、このままあの戦いの決着がつくまで、私たちは待機しません?」

「どうして?今あの戦いに横槍を入れれば、二対一対一の混戦になって時間を稼げるかもしれないわよ?」

「ですが、その場合、一対一の掛ける二になれば、ヴィルヘルムと当たった方が真っ先にやられますわ。私たち、二人が掛かりでようやくあのISと相手できたのに、そのISを一人で圧倒している相手に一人で戦うのは建設的ではありませんわ」

「なるほど」

「それに……」

「それに?何よ」

「戦う前に名乗りを上げたのだから、それは騎士の決闘ですわ。要らない横槍を入れて、妨害しては英国淑女の名折れですわ」

「騎士道精神ね……よくわかんないけど、セシリアの言い分には一理あるわ」

 

セシリアと鈴は注意しながら、ヴィルヘルムと襲撃者の戦いを見ていた。

二人の戦いは戦いと呼べるものではなかった。なぜなら、戦いとは双方の戦力がある程度均衡に近くなければ、成立しないものだからである。故に、これはヴィルヘルムが一方的に襲撃者を蹂躙していく殺戮ショーだった。

ヴィルヘルムは徒手空拳と杭を使い、襲撃者を殴り、蹴り、投げ飛ばし、叩きつけ、踏みつけ、杭を放ち、串刺していく。襲撃者はこれに対し、砲撃と格闘で対抗を試みるが、全て防がれるか、回避され、反撃にあう。襲撃者はヴィルヘルムに攻撃されるたびに、シールドエネルギーの残量を減らし、装甲が削れ、砲口が破壊されていく。さらに、襲撃者のシールドエネルギーをヴィルヘルムは奪っているため、時間が経てば経つほど、襲撃者は窮地に追い込まれていく。

さきほどまで、自分たちが苦戦していた相手が圧倒的に押されている。

 

「はぁ、興ざめだわ。威力はシュピーネを越えてはいるが、馬鹿の一つ覚えみたいに撃つと殴るしかしねたぁ。テメェはそれ以下だ……もう、終わりにしようや」

 

ヴィルヘルムは勝利宣言をすると、襲撃者に向かって走り出し、体中に無数の杭を生やしていく。結果、ヴィルヘルムの体は杭に埋もれ、目以外に露出しているところが無くなってしまった。ヤマアラシのような姿をしたヴィルヘルムは襲撃者に向けて特攻する。

体当たりすることで、全身の杭で襲撃者を串刺しにするつもりだ。

襲撃者はヴィルヘルムを迎撃しようと、砲撃と回避を試みる。だが、アリーナのグラウンドから突如大量の杭が生え襲撃者の四肢を串刺しにしたことで、襲撃者は全ての行動を封じられてしまった。襲撃者に出来ることは死を待つことだけだった。

 

「オラァ!行くぜ!」

 

ヴィルヘルムは咆哮しながら、襲撃者に体当たりする。

四肢が破壊された状態で真正面からヴィルヘルムの体当たりを喰らった襲撃者はアリーナの壁際まで押されてしまう。全身が貫かれた結果、シールドエネルギーは底をつき、装甲の半分は崩れ、形を保っているのがやっとの状態だ。

そんな風前の灯の襲撃者に止めを刺すかのように、ヴィルヘルムと襲撃者付近のグラウンドとアリーナの壁から大量の杭が飛出し、襲撃者を貫く。

ISに乗っている操縦者の命は助からないだろう。

 

「Auf Wiederseh´n」

 

最後に、ヴィルヘルムはグラウンドを蹴ると、巨大な杭がグラウンドから生え、襲撃者を下から貫いた。襲撃者はこの衝撃に耐えきれず、装甲が木端微塵となり、粉塵と化した。アリーナの宙を襲撃者のISの破片が飛び散る。

 

「さて、次はテメェらだ」

 

ヴィルヘルムはセシリアと鈴に向かってゆっくり歩き出す。一方の二人は武器を構えた。そんな時だった。

 

ピリリリリピリリリリ

 

携帯電話の着信音がアリーナに木霊する。

セシリアと鈴はISの試合中であったため携帯電話を持っていない。故に、この着信を発している携帯電話の持ち主がヴィルヘルムであることはすぐに分かった。

ヴィルヘルムはポケットから80年前から生産されていないガラパゴス携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押した。

 

「あー、もしもし……………マジですか…いやぁ、異論はないんですがね……俺としては獲物を前に撤退ってのは少々消化不良と言いますか…あぁ、っつーても、俺は命令に従わない頭にカビの湧いた蛆虫とは違うんでね。従いますよ。……Jawohl ,Mein Herr」

 

ヴィルヘルムはそう言うと、携帯電話の電源ボタンを押す。

 

「上からの命令でな、撤退だ。だから、勝負は持越しだ。期待外れになってくれんなよ」

 

ヴィルヘルムはそう言うと、足の裏から杭を生やし、上昇していくと、襲撃者が空けたアリーナにシールドの穴から出て行った。

その後、教師部隊がヴィルヘルムの捜索を行ったが、発見できなかった。 



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ChapterⅩⅡ

「ふむ、逃げられたか。だが、この状態では仕方あるまい」

 

ISを展開せずに、成長しきっていない体での創造の使用は聖餐杯の贋作に大きな負担を強いることとなった。結果、一夏は最初に力尽き、その間にマレウスとバビロンに逃げられてしまった。

一夏は創造を使えば、こうなるであろうとある程度予測できていた。

では、創造を使わなければ、マレウスとバビロンは倒せない相手なのかといえば、それはあり得ない。もとの聖餐杯の体なら活動で二人をひれ伏せさせることができる。この体が聖餐杯の贋作の体といえども、あの二人なら形成で十分こと足りるはずだった。

それほど、聖約・運命の神槍は強力な聖遺物である。

だが、それでも一夏は創造を使用した。なぜか?確かに、マレウスとバビロン以外の襲撃者こともあった。セシリアと鈴で倒せる相手かどうか知らなかったが、あの場でベイを呼んでいれば、よほど相手との相性が悪くない限り、とりあえず負けることはない。

……だが、そんなことは彼にとって実はどうでもよい些事である。

彼は純粋に…心底…嬉しかったのだ。

嘗て自分の臣下であった者らが、己が誰であるのか知らなかったとはいえ、牙をむいてくれたのだ。彼が嬉しくないはずがない。そんな二人に対し、持てる力を最大限に出し、相手をするというのは彼なりの礼儀であり、愛情表現なのだ。

なぜなら、彼はすべてを愛しているのだから。

彼は愛する彼女らに、グラズヘイムという祝福を思い出してほしかった。

彼の愛は破壊の慕情なのだから。

 

「しかし、思った以上に、この体は重いな」

 

慣れない運動をした時のような疲労感と倦怠感が一夏の体を包む。

汗をかき、息切れをおこし、吐き気を催し、眩暈がする。

このような体験は、おそらく織斑一夏という人間になって初めてであろう。

それどころか、人外に成り果て以来、初めてかもしれない。

黄金の瞳は元の青色に戻り、黄金の鬣は黒髪に戻ってしまっている。

一夏は壁に寄り掛かろうとすると、シャルロットが一夏を支えた。

シャルロットに支えてもらっている状態で一夏は胸ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかけた。電話の相手は自分が呼び寄せたヴィルヘルム=エーレンブルグ。先ほどのアリーナの大きな揺れ以降静かになったため、勝敗が付いたと一夏は考えたからだ。

 

「久しいな、ベイ。突然だが、撤退だ。…異論でもあるのか?……そうか。だが、卿が嘆くのはまだ早い。どういう事情か知らぬが、マレウスとバビロンがさきほどまで此処に居た。今からの卿の獲物は彼女らだ。では、そこから脱出し、近辺にマレウスかバビロンが居ないか捜索せよ。見つけ次第、グラズヘイムに送ってやれ。それと、この学園での一切の殺人を禁止する。我が爪牙の卵が居るやもしれんからな。その芽を摘むのは惜しい」

 

一夏は言いたいことを言うと、携帯電話を切った。

そして、二人はゆっくりと歩きだし、アリーナの外へと避難する。

 

「ねぇ、一夏って何者なの?」

 

シャルロットの口から出てきた言葉はそんな陳腐なものだった。

確かに陳腐ではあるが、この場の現時点での問いとしては最も適切である。

彼女は一夏に聞きたいことが山ほどあった。何故一夏の目や髪の色が変わるのか。一夏の体から出てくる圧倒的なプレッシャーは何なのか。あのマレウスとバビロンと名乗った人たちとはどういう関係なのか。夜都賀波岐とはいったい何なのか。あの黄金に輝く槍は何なのか。何故マレウスは一夏のことを「ハイドヒリ卿」と呼んだのか。

だが、まず何から聞けばいいのかシャルロットは分からない。

故に、出てきた言葉すべての問いとなる言葉を選んだ。

 

「それについては後々話すとしよう。私としても卿に問いたいことがあるのでな」

「…分かったよ。まずは、保健室に行くね」

 

一夏はシャルロットの提案を断りたかったのだが、言ったところで少し頑固なシャルロットは首を縦に振らないだろう。それに、IS学園の襲撃事件の後だ。仮に自分がシャルロットの提案を拒否したところで、結局は自分が無事であることをIS学園の教職員に見せなければならないため、この醜態を見せなければならない。となると、結局は保健室行きだ。一夏は足を引き摺りながら、保健室へと向かった。

 

「一夏!」

 

正面から鈴が走って来る。鈴に続く形でセシリアも来た。二人は点呼の確認が取れなかった二人を心配し、教職員の許可を貰い、探しに来た。セシリアと鈴がすぐに二人を見つけることが出来たのはISの探知機能によるもものらしい。

鈴とセシリアが来たため、シャルロットは再びシャルルを演じる。

一夏に駆け寄る鈴の顔は真っ青だった。これまで自分の前で体調を崩したことのない一夏が他人の肩を借りて歩いている光景は、鈴にとってあまりにも衝撃的過ぎた。

付き合いの短いセシリアでも一夏が異常事態だということは理解できた。

鈴は一夏の右腕を自分の肩に回し、一夏の支えになる。

 

「アンタ、どうしたのよ!」

「単なる腹痛だ。卿が気にするようなことではない。と、今は言っておこう」

「気にするわよ!最強無敵のアンタが脂汗垂らして弱っているって!ありえないわよ!」

「鈴さん、一夏さんは『今は』と仰ったのですから…」

「…分かった。……でも、いつかはちゃんと話しなさいよ」

「無論。卿にはその資格と資質を秘めているのだからな」

 

鈴が一応納得したため、これ以上の追及は無しとなった。

一同は保健室へと向かおうとするが、鈴とセシリアは教職員に一夏たちについての報告義務がある。そこで、セシリアはここで別れ教職員の集まっている場所へと行き、一夏が腹痛であると伝えると言って、元来た道を戻っていく。

そして、一夏たちはゆっくりと保健室へと向かった。

道すがら、鈴はIS学園に来た襲撃者のことを一夏たちに話す。謎の黒いISが襲撃に来たと思ったら、軍服を纏った白貌の吸血鬼が現れ、ISを破壊すると、去って行ったらしい。

話し終わると、セシリアがこちらにやってきた。

 

「男子用の保健室?」

 

鈴はセシリアに聞き直した。

IS学園の生徒の99%は女子だ。故に、保健医は当然女性の先生を招いている。

だが、一夏とシャルルが入学したことで、この保健医の制度の見直しがなされた。男性のIS操縦者は貴重であるため、健康維持が重要である。そのために、男子が気兼ねなく相談できるようにと、男性の保健医を採用しようと話になったらしい。今年から男子用の保健室ができたらしく、そこへ行くようにセシリアは千冬から言われたらしい。

 

「IS学園で男の保健医って大丈夫なの?」

「どういうこと?鈴?」

「だって、IS学園の教職員ってIS操縦者が女しかいないからっていうのもあるけど、男女の間違いが起こらないように、女しか教職員になれないって誰かが話しているのを聞いたことあるのよ。先生の手を出した生徒がアタシたちみたいな留学生だったら、最悪国際問題になりかねないから、その予防だって」

「でも、それでしたら、男性の保健医が採用される理由と矛盾しませんかしら?」

「そうなのよ。だから、おかしいのよ」

「その保健医の先生に意中の相手がいれば、問題ないんじゃない?」

「どういうことよ?」

「今の鈴の話からすれば、男の保健医の先生が女生徒と関係を作ると駄目だから、男の職員が駄目だってことだよね?たとえば、奥さんにベタ惚れしているお医者さんとかだったら、問題ないんじゃないかな?」

「なるほど、それでしたら、納得ですわね」

「逆に、相当な変人かもしれないわよ」

「鈴さん。それはどういうことですの?」

「たとえば、二次元の女の子が大好きで現実の女の子に興味がないオタクの保健医とか」

「変に説得力がありますわね」

「逆に、ゲイとかありえそうね……一夏、シャルル、お尻気をつけなさいよ」

「う…うん」

 

まだ見ぬ男性の保健医について、鈴とシャルル、セシリアが話している。

一夏を心配しすぎても、鬱陶しがられるかもしれないと鈴が判断したからだ。

昨年新しくできた新校舎のエレベーターに乗り、三階の男子用保健室へと向かった。

男子用保健室はエレベーターから離れた一番奥にあった。何故こんな行きにくいところにあるのかと鈴たちは疑問に思ったが、利用者が少ないことと、男性職員に慣れていない生徒が多いからではないかとシャルルが言うとセシリアと鈴は納得した。

 

「此処ね」

 

鈴は扉を開け、四人は入室した。保健室は思った以上に、普通だった。

数台のベッドとカーテン、診察用の椅子とベッドがある。そして、様々なものが置かれた保健医が使っていそうな机と椅子もあった。どこの学校にでもある保健室が広がっていた。

 

「誰も居ないですわね?」

「確かに、保健医が保健室に居ないって…これじゃ誰か来ても仕事できないね」

「そうよ、これじゃ、一夏が!」

「鈴、落ち着いて、とりあえず、一夏をベッドに寝かせてあげよう。この体勢だと…」

「それも、そうね」

 

鈴とシャルルは一夏を寝かせるようとする。

だが、一夏は鈴とシャルルから離れ、ベッドに腰を下ろした。先ほどまで、脱力していた一夏が急に支えなしで立ったことに三人は驚く。特に、アリーナで襲撃された直後の一夏を知っているシャルルは戸惑っている。息切れが激しく、一夏は歩くことさえ困難だった。あんな疲労困憊の状態から、このような動作を軽くやるには十分ぐらい横になって休憩を取り、息を整える必要がある。だが、一夏が襲撃されてからここに来るまで支えがあったとはいえ、此処まで数分歩いてきた。ここまで回復するとは思えない。もしかして、一夏の疲労は演技だったのかとシャルルは考えるが、あの汗の量は演技で出るものではない。だったら、本当にあの状態から回復したのか?

 

「一夏、大丈夫なの?」

「深刻という表現が適切であろう」

「ちょっと!やばいじゃない!アンタの口から深刻なんて言葉初めて聞いたわよ!えぇーっと!救急車!それより保健医探した方が良いの!」

「鈴、この肉体を医師が診察したところで、外傷も内傷も見当たらん。故に、今の私に医師は不要だ」

「は!?アンタ何言ってんのよ!だったら、体のどこが悪いのよ!どうやったら、治るのよ!誰に頼ればいいのよ!」

 

一夏の言っていることが理解できない鈴はパニックに陥っている。同席していたセシリアやシャルルも反応に違いあれど、一夏の言っていることが理解できない。

体が不調なら、内傷なり、外傷があるのが当然だ。完治するか否かは別として、内傷があれば内科などの、外傷があれば、外科などの医師に掛かり、治療を受け、治るのが普通である。だが、身体の不調があるにも関わらず、内傷もなければ、外傷もない。となれば、医師は必要ない。理解はできるのだが、一つ疑問が浮かび上がる。

一夏が深刻と言うほどの不調とはいったいどのような物か、だ。

 

「それについては今晩中に万全とはいかないまでも、何とかする目途が立っている。故に、私の不調など今は些事である」

「些事って…一夏」

「完治は約束されている。ならば、些事と言う他あるまい」

「……」

「些事ということは、何か大事な事でもあるのでしょうか?」

「卿は察しが良いな。セシリア。話を進めやすい。今この場には私と卿ら四人しかおらん。盗聴器でも仕掛けていなければ、この話は他人に聞かれていないと考えるのが妥当だな」

 

一夏は真剣な目で三人を見る。

どことなく真剣さが一夏の口調にあったため、鈴は一夏の話に何かがあると察した。

鈴は一夏の方に向き直り、静かに頷く。セシリアとシャルルも同じだった。

 

「セシリアと鈴はベイの口から聞いたのであろう?……聖槍十三騎士団と」

 

一夏の口から予想もしない言葉が出てきた。ピクッと二人は反応してしまう。

聖槍十三騎士団

さきほど、セシリアと鈴が戦いかけた白貌の男、ヴィルヘルム=エーレンブルグが口にした言葉だ。彼が『カズィクル=ベイ』と名乗ったことから、おそらく一夏の言う『ベイ』とはヴィルヘルムのことだろうと二人は推測した。

 

「やはりか。騎士道を掲げるベイは戦う前に必ず名乗るとは聞いてはいたが」

「ちょっと!一夏!アイツを知っているの!」

「無論、ベイは私の臣下だ」

「……臣下って」

 

肉食獣をも超える獣性を自分たちに見せつけたヴィルヘルムを臣下と呼んだことにセシリアと鈴は言葉を失う。一夏の事をよく知らない人間なら信じられない言葉だが、鈴は一夏の言葉が真実だと知っている。一夏は嘘を絶対につかないからだ。そんな一夏が言うのだから、一夏はあのヴィルヘルムより立場が上なのだろう。だとすれば、自分の目の前にいる織斑一夏という人間は何者なのか、鈴は分からなくなってしまう。

 

「一夏……アンタ」

 

一夏に織斑一夏の真実を問いたいという衝動に鈴は駆られる。

だが、聞いてしまえば、今の自分と一夏との関係を壊しかねない。故に、言葉を口から出すことに躊躇ってしまう。そんな鈴を見た一夏は保健室のベッドから立ち上がる。

そして、圧倒的な存在感が一夏の中から溢れ出る。

青い瞳は魔性に輝く黄金の瞳へ、黒髪を黄金の鬣へ、姿を織斑一夏からラインハルト=ハイドリヒへと変える。

圧倒的な存在感を前に、三人は気圧されされてしまう。

ハイドリヒへと姿を完全に変え、名乗ろうとする。

 

「シャルルよ、卿は私に問うたな。私が何者なのか、……ならば、今一度名乗ろう。私は聖槍十三騎士団黒円卓……ん、誰か来たな。話は今晩私の部屋で行う。興味があるのなら、来るがよい。それまでこの話は他言無用だ」

 

だが、廊下から規則正しく連続的な足音が聞こえてきたことで、一夏は名乗りを止め、気を静める。髪は黒髪に、瞳は青色に戻し、一方的に話を打ち切る。

足音が聞こえ始めてから十数秒後、保健室の扉がノックされた。

一夏はベッドに横たわり、病人のふりをする。セシリアと鈴とシャルルは慌てて着席し、何も無かったかのように振る舞う。

 

「失礼」

 

保健室に入室してきたのは、一夏の姉である千冬だった。

入室してきた千冬は一夏が安静にしていたおかげで、落ち着いたと聞き、安心する。

 

「それは良かった……と言いたいが、そうも言ってられない事態に陥った」

「今日の出来事のことですか?」

「あぁ。話そうと思っていたことは今日の事件の話だ。オルコットと凰は知っての通り、襲撃者は謎のISとあの男。今後のお前たちを左右する重要な話だ。心して聞け。まずは、あのISについてお前たちに話そう」

 

最初の襲撃者である謎のIS。アレは無人機だったということが、アリーナに残っていたISの破片を集め解析した結果判明した。

だが、何処の誰が開発したISなのか、分からずじまいだった。

シャルルは千冬が話している謎のISを見ていないため、話しについて行けなかったが、話の腰を折ってはならないと思い、黙って聞くことにした。

千冬の話は大幅に簡略化されていた。このことから、千冬の話の本題はこの所属不明のISのことではないということが察せられた。

 

「今の話は前座のようなもの…次が本題。あの男…ヴィルヘルムついてだ」

 

千冬の表情が険しくなる。どうやら、先ほどの謎のISよりこちらの方が深刻な話らしい。

それから聞かされた話は衝撃的なものだった。

『聖槍十三騎士団』は第二次大戦のドイツ人が作り上げた魔人による十三人の騎士団。

十三人の団員すべての素性が割れているわけではないが、一人一人の力は軍隊を用いても倒せないほど強大だという。一人倒しただけでも最新式の戦車が一万台買えるほどの懸賞金が貰えるというのだから、騎士団の凶暴性が逸脱していることはわざわざ論ずるまでもないだろう。騎士団の目的は不明だが、騎士団の行ったことから察するに、碌なことを考えているわけではないということだけは確かだという。

だが、この存在を多くの人は知らない。なぜなら、第二次大戦の戦勝国は騎士団を抹殺しきれなかったという事実を恥じ、隠蔽したかったからだ。

第二次大戦から150年経った現在において、この騎士団の存在を知っているのも、一部の国の指導者か、裏社会に深く通ずる者だけらしい。

あのヴィルヘルムはその聖槍十三騎士団の一角であり、団員の中でも知名度が高い。

彼は世界各国の内乱や紛争が起こると、必ず現れ、目に映った兵士を全て殺すと言われている。

 

「ヴィルヘルムの犠牲者は数万人にも及ぶと言われている」

 

聖槍十三騎士団のことを知っていると千冬に言いたかったが、言ってしまえば最後、一夏の命令を受けたヴィルヘルムに殺されかねない。一夏の性格から考えれば、そのようなことなどありえないのだが、三人は一夏が狂人の軍団に入っているということを知ったため、疑心暗鬼になっていた。

そのため、三人は千冬にばれない様に視線を一夏に送る。

各々今まで見てきた織斑一夏という人物像が崩れ始め、一夏に何者だと問い詰めたかったからだ。だが、一夏は何も反応することなく、黙って千冬の話に耳を傾けていた。

 

「織斑先生は何故知っておられるのですか?一部の指導者と裏の世界に通じる人しか知らないって先生言いましたよね?」

「この学校の生徒の中で裏社会に通ずる者がいるからな。その者からの情報だ。…だが、そんなことはどうでもいい。問題はお前たちのことだ。あの男の目的は判明していないが、オルコットと凰はあの男に標的の宣言をされた。おそらく、地の果てまで追ってくるだろう。となると、此処で、お前たち三人が取る選択は二つだ。IS学園に残るか、母国に帰り母国の軍に保護されるかだ」

「織斑先生。ヴィルヘルムと面識のない僕もですか?」

「そうだ。仮に、あの男の目的が専用機だったらどうだ?」

「……僕もいずれ狙われるかもしれない」

 

マレウスとバビロンに狙われた時のことを思い出したシャルルは答えた。

 

「あぁ。あの男や聖槍十三騎士団の目的が何かは分からんが、何か対策をとっておいて損はないだろう?特に、お前と織斑は貴重なISの男の操縦者だ。手段を選ばないのなら、IS学園の地下核シェルターに隔離しておきたいところだが、お前たちは嫌だろう?」

 

最後に、IS学園にいる限りはあの男の好き勝手にはさせないと千冬は三人に言う。

千冬の話は終わり、千冬は部屋から出ていく。

IS学園の警備強化の話をしなければならないらしい。千冬本人としては不安になっている四人の傍にいた方が良いのではないかと考えたが、重い話を聞かされたのだから今は彼女らを静かにさせておいた方が彼女らのためになるのではないかと、自分を納得させた。

去り際に、千冬は四人に相談にはいつでも乗るし、授業に出たくないのなら、それを認めるとも言った。

 

「一夏、いったいどういうこと?」

「鈴、話は今晩私の部屋でと言ったはずだ」

 

一夏はベッドから起き上がり、軽く柔軟すると、保健室から出て行った。

悠々と保健室から出ていく一夏を三人は見ているしかなかった。

保健室に残された三人は今晩一夏の部屋に行くかどうするのかを考える。そして、結論に自分で辿り着くと、三人は保健室から出て行った。

その後、四人は思い思いに過ごした。といっても、やっていることは普段と変わらない。夕食をとり、宿題をし、シャワーを浴びた。何もすることがなければ、ルームメイトと何気ないことで話したり、本を読んだりして時間をつぶした。

 

五時間という時間はあっという間に過ぎる。

日付が変わる直前の織斑一夏とシャルル=デュノアの量の部屋には四つの人影があった。

織斑一夏、セシリア=オルコット、凰鈴音、シャルロット=デュノア。

シャルルは自分のベッドに腰掛け、セシリアはシャルルの勉強机の椅子に座り、鈴は一夏の勉強机の椅子に座っている。

一夏は台所でお茶の用意をし、盆に載せ、三人がいるところに来る。

 

「一夏、全て話してもらうわよ」

「鈴、話をしたいのだが、少々待ってもらいたい。役者も舞台も整っていない。これでは今宵のオペラを始められん」

「役者って、誰が足りないのよ」

「後、五人ほどだ。だが、呼ぶ必要のある役者は一人だ。我らが舞台に上がれば、残りの四人は自ずと会うことができる」

「じゃあ、その一人呼びなさいよ」

「すでに私の声が届くところには居る。そうであろう?ベイ」

 

ベランダの扉が突如開き、部屋の中に一人の男が入ってきた。ヴィルヘルム=エーレンブルグ。昼間にセシリアと鈴が見た男だ。そして、聖槍十三騎士団黒円卓第四位にして、一夏の臣下である。ベイは一夏に来ると、跪き、首を垂れる。

 

「卿も健勝そうでなりよりよりだ。ベイ」

「拝顔の栄誉承り、光栄の至りです。ハイドリヒ卿」

 

目の前の光景にセシリアと鈴は戸惑った。昼間見た時のベイからは獣性が滲み出ていた。だが、今はどうだ。一人の主に使える忠実な僕の様ではないか。一通りの挨拶が終わったベイは立ち上がり、ゆっくりと下がり、部屋の端に行くと、壁に背中を預けた。

このような光景を見せつけられた三人は一夏が何者なのか、恐怖や不安を感じる一方で、織斑一夏という人物は何者だと興味を抱いてしまう。

 

「此処で集うべき役者は揃った。後は我らが舞台に上がるだけだ」

「舞台って、どこかにこれから行くの?寮長の千冬さんに見つかったらヤバいわよ」

「心配は無用だ。鈴。この部屋から出ずに、この部屋とは別の場所に行く」

 

意味深な一夏の言葉にセシリア、鈴、シャルルは頭を捻る。一夏は何も言わずにベッドから立つと、自分のクローゼットへと向かった。三人は黙って一夏を見ていた。

 

「『その男は墓に住み  あらゆる者も  あらゆる鎖も

  あらゆる総てをもってしても繋ぎ止めることが出来ない』」

 

一夏がクローゼットの取っ手に手をかけた次の瞬間、頭の中に声が響く。

一夏とベイは平然としているが、セシリア、鈴、シャルロットは直接声が頭に響いてくるという初めての体験に戸惑いを隠せない。

この声が紡ぐ詩は警告のように感じられた。

だが、この声の主に感情がないのか、声に気持ちが入っておらず、無機質に感じられる。

まるで、言葉を紡ぐだけの作業を行っているような機械音にしか聞こえない。

 

「『彼は縛鎖を千切り  枷を壊し  狂い泣き叫ぶ墓の主

  この世のありとあらゆるモノ総て  彼を抑える力を持たない』」

 

耳を澄ましたセシリアは声の主が子供であるということに気づいた。

声色から判断した結果なのだが、やはりこの無機質な雰囲気から違和感を覚えてしまう。

故に、声の主が子供であると予想がついた所為で、余計に気味が悪かった。

 

「『ゆえ神は問われた  貴様は何者か

  愚問なり  無知蒙昧  知らぬなら答えよう』」

 

一夏の聖餐杯の贋作は現在深刻な傷を負っている。

次に創造を使えば、身が砕け散ってしまうほどの致命傷ともいえる傷だ。故に、彼は自分の力でグラズヘイムへと繋がる道を開くことはできない。

ならば、城の側から扉を開けばよいだけの話だ。

城を内部から開けられる者とは誰か。大隊長の一角は崩れているため、ザミエルとシュライバーだけでは城門を開けることは不可能である。

となれば、城門を開くことができる資格を持つ者は…

 

「『我が名はレギオン』」

 

グラズヘイムの心臓となった獣の血を引く子供、イザーク=アイン・ゾーネンキント。

マレウスとバビロンの襲撃について聖槍十三騎士団に話をしなければならないと一夏から連絡を受けたイザークがグラズヘイムへの扉を開ける役割を買って出た。

 

「『創造  至高天―黄金冠す第五宇宙』」

 

イザークの詠唱の完了と同時に、一夏はクローゼットの扉を開く。

クローゼットの扉の向こう側から来る強烈な光で、セシリアと鈴とシャルルの視界は白くなる。三人は眩しさのあまり目を閉じ、腕を目の前に翳し目に入る光を遮った。

光に慣れてきた三人は腕を下し、強光を放っていたクローゼットの扉の向こう側を見る。

 

「……」

 

三人は驚きのあまり言葉が出てこなかった。

その原因は二つ。一つ目はクローゼットの扉の向こう側にあった。

奥行きが数十センチしかないはずのクローゼットの扉の向こう側は廊下だった。

延々に続く赤い絨毯、彫刻が施された柱、絵の描かれた天井。どれをとっても、重要文化財に匹敵するほどの繊細にして豪勢な物であり、常軌を逸した建造物のものであることは容易に想像ができるほどの造りであった。これほどのものならば、一度は目にしたことがあるはずだ。だが、この建物を自分たちは一度も見たことがない。

自分の目の前に広がる壮麗な建物は何という建物なのか、三人の理解が追い付かず、放心状態になってしまう。

 

「我が城ヴェヴェルスブルグへ、ようこそ。我ら聖槍十三騎士団は卿等の登城、心より歓迎する。セシリア=オルコット、凰 鈴音、シャルロット=デュノア」

 

そして、一夏が立っていたはずのところに、金髪の男が立っていた。その金髪の男こそ織斑一夏の前世の姿であるラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒだった。

ヴェヴェルスブルグに入城したことで一夏はハイドリヒの姿に戻ったのだ。

 

「……一…夏?」

 

本名を呼ばれたことで、自分の目の前に居る男が一夏であることに気付いたシャルルは、自分の推論を確かめるように、一夏に問いかける。

シャルルの言葉にセシリアと鈴は驚く。ハイドリヒの姿は自分の知っている織斑一夏の姿とは遠くかけ離れた物だったからだ。

 

「卿らが私に問いたいことは山のようにあるだろう。今説明しても構わんが、立ち話で済ますことのできる量ではない。先ほども言ったが、役者がそろっていない。それに、このままでは、茶が濃くなりすぎてしまう。私は濃い茶は嫌いではないが、卿等には良い飲み方というものを知ってもらいたい。この先にある円卓で茶でも飲みながら話そうではないか」

 

一夏はクローゼットの扉を潜り、ヴェヴェルスブルグに足を踏み入れ、奥へと進んでいく。

ヴィルヘルムも一夏に続く形で、セシリアたちを押しのけ、入城する。

 

「ハイドリヒ卿、俺は先に行ってますよ」

「あぁ、イザークたちには円卓の席に座っておけと言ってある。卿もそちらに向かえ」

 

不敵な笑みを浮かべたヴィルヘルムは颯爽と走り、廊下の奥へと消えて行った。

ヴィルヘルムを見送った一夏は廊下の奥へと歩を進め、一夏に従うようにセシリア、鈴、シャルルも城の奥へと進む。

黄金の廊下を数分ほど歩いた先に、木目の美しい重厚な扉に辿り着いた。

一夏がその扉の前で立ち止まったことから、一夏の目的はこの扉の先にあるのだと三人は推測した。この推測が当たっていれば、この扉の向こう側にヴィルヘルムのような化け物が十二人いるはずだからだ。緊張のあまり三人は息をのむ。



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ChapterⅩⅢ

「セシリア、鈴、シャルロット、好きな席にかけたまえ」

 

長い廊下を歩いた先に辿り着いた扉の向こうには巨大な円卓があった。

扉から一番離れた席に行った一夏は机の上に盆を置くと、急須に入っていた緑茶を湯呑に淹れていく。目の前の光景をいまだに理解しきれていない三人だったが、一夏の言葉により、再び我に戻り自分が着席するための椅子を探し始めた三人はあることに気が付いた。

 

十三ある席のうち、人が座っている席は一夏を含め六席と少ない。

事前に千冬から聖槍十三騎士団の関する情報を聞かされていた彼女たちは十三席あると見た時に、満席であると覚悟していたため、首をかしげる。なぜなら、聖槍十三騎士団は十三人の魔人の騎士団と聞かれていた。十三人いるのならば、十三の席に空席ができることなどありえない。

違和感を覚えながら、三人は座っている六人を見る。

今この場で面識があるのは、一夏とヴィルヘルムの二人である。

それ以外に知らない人が四人いる。金髪の白装束の少年、顔面の半分が焼けケロイドになっている赤毛の女軍人、ヴィルヘルムと同じ白髪で右目に眼帯を着けた少年、そして、唯一軍服を着ていない黒髪の得体のしれない男の四人だった。

 

人の座っている席を見終わった三人は次に、自分はどの席に座るのが良いのだろうかと空席を見て、品定めをする。

まず、彼女らの目に入ったのは一夏の右隣の席だ。

その椅子の背もたれには角ばった小文字「n」のような文字が彫られていた。

あの席には選ばれた者しか座れない椅子であり、自分たちが座る席ではないと、三人は感じ取った。なぜなら、椅子全体からは腐敗臭のようなものが感じられる。

あれに座れば、自分たちは呪われてしまう。故に、この席に座ってはならない。

二つ目、その右隣であり、ヴィルヘルムの左隣にあたる席を見る。

その椅子の背もたれには大文字の「Y」と「I」を重ねたような文字が彫られていた。

一見普通に見える席だが、この席もやはり異質だ。黒い物を金メッキで覆い隠そうとしているようなものがこの椅子から感じられた。

三つ目、ヴィルヘルムの右隣であり、金髪の男の子の席の左隣の席を見る。

その椅子の背もたれには上向きの矢印が描かれていた。

この椅子は強い閃光を放っていた。雷の光なのか、烈火の光なのかは分からないが、この光は眩しい。この椅子に座っていた者は曲げぬことのできない信念があったのだろう。

この席が常人の目からはもっともまともに見えるかもしれない。だが、隣に座る金髪の少年があまりにも異質すぎる。故に、この席に座るには確固たる信念と恐怖に打ち勝つ勇気が必要だ。相当な覚悟がなければ、この椅子は座れないだろう。

四つ目、金髪の少年の右隣の席を見る。

その椅子の背もたれには大文字の「L」を上下逆にしたような文字が描かれていた。

この椅子はすべてが黒かった。座った者には先がない。最初に述べた腐っていく椅子に近いものが感じられる。相違点があるとすれば、それは他者の影響により腐るのではなく、自ら終焉へ向けて疾走しているのであって、終わりが他者による物か、己による物かの違いである。この椅子に座った者は断崖に向け疾走する自殺志願者に近いものがある。

五つ目、四つ目の席の右隣であり、赤毛の女性の左隣の席を見る。

その椅子の背もたれには大文字の「I」に右下がりの斜線を入れたような文字が描かれていた。この椅子からは嫉妬を感じた。欲しいものに手を伸ばしたい。だが、どうしてか、手が届かない。その手を伸ばし触ろうとしたものが離れて行ってしまう。誰にも追い付けない。そんな悔しさがこの椅子から感じられた。

六つ目、先ほどの赤毛の女性軍人の右隣の席を見る。

その椅子の背もたれには、角ばった大文字の「R」が少し歪んだ文字が刻まれていた。

陰湿なものを感じる。その陰湿さはどのようなものかは分からない。

七つ目、六つ目の席の右隣であり、白髪の少年の左隣の席だ。

その椅子の背もたれには角ばった大文字の「B」が描かれていた。その椅子からは母性を感じる。子供たちに安寧を与えてやりたいという思いが切実に伝わってくる。だが、この母性の方向性が理解不能である。どこの、誰に向いているのか分からない。

 

自分に相応しいと思われる席へと三人は向かい、着席する。

自分たちが着席したことを確認した一夏は席から立ち上がり、湯呑を全員の机に置いていく。まず、一夏の左隣の席に座る黒髪の男の前に湯呑を置き、そこから反時計周りに一夏は湯呑を配っていった。

湯呑を配り終えた一夏は自席に着席する。

 

「初対面の者らが多いだろう。各々自己紹介と参ろうか。まずは招待した側である我々から名乗るのが礼儀というものであろう。ベイ、卿から名乗るが良い」

 

一夏の命令で聖槍十三騎士団に席を置く者らが名乗りを上げていく。

最初に名乗った男は、セシリアと鈴は知っている白貌の吸血鬼である聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム=エーレンブルグ・カズィクル=ベイだった。

金髪の少年が第六位、イザーク=アイン・ゾーネンキント。赤毛の女軍人が第九位大隊長、エレオノーレ=フォン=ヴィッテンブルグ・ザミエル=ツェンタウァ。白髪の少年が第十二位大隊長、ウォルフガング=シュライバー・フローズヴィトニル。

 

彼らの名乗りを聞いていたセシリアはあることに気が付いた。

黒円卓の席順は順位によって決まっているということである。

第四位であるヴィルヘルムの二つ右隣に第六位のイザークが座っている。そして、そのイザークの三つ右隣に第九位のエレオノーレが座っている。そして、エレオノーレの三つ右隣に十二位のシュライバーが座っている。

この席が規則性のある数列順であるならば、シュライバーの横に座っている男は第十三位であり、一夏は第一位であるとしか考えられない。そして、同時に、第一位と第十三位はこの黒円卓にとって、重要な席なのであろうということも推測できた。何故なら、彼らが黒円卓に所属するだけの団員ならば、彼らが最初に名乗っていたと考えられるからだ。

 

「あぁ、なるほど。君たちは、飢えているのだな。だからこそ、君たちは彼を求め、彼は君達を引き付ける光となったのだな。……獣殿。やはり貴方は素晴らしい人材を集める素質をお持ちだ。異質な場所に異質な者らが集うと言えども、女神の治世にこのような者らを貴方が引き連れて来ると私は思えなかったよ」

 

一夏の隣である第十三位と思われる席に座る男は言った。

男の目は髪で半分隠れてしまっているが、その青い瞳は得体のしれない野望に満ちギラギラと輝いている。その眼は自分たちを覗き込み、見透かそうとする。

 

「カールよ。卿の戯言は一度始まると、燃料が切れるまで走り続ける車のように止まらん。時間が許すのなら、一度ゆっくり聞いてみたいと私は思うが、今からでは、夜が明ける。次回に回せ」

「確かに。……申し遅れた。獣殿の友人たちよ。私は聖槍十三騎士団黒円卓第十三位副首領、カール=エルンスト=クラフト・メルクリウスという名前で通っている。だが、ヘルメス=トリスメギストス、アレッサンドロ=ディ=カリオストロ、ノストラダムス、パラケルスス、クリスティアン=ローゼンクロイツ、ジェフティ。名前は星の数ほど持っている。故、私のことは好きなように呼ぶがよい」

 

カール=クラフトはまるで新しい玩具を見つけた赤子のように笑みを浮かべる。

一夏以外の聖槍十三騎士団に所属する者らはカール=クラフトの笑みを見てしまい、恐怖のあまり鳥肌が立つ。この男が笑ったときは大概碌なことがない。

彼が笑うということは何かを策謀しているということを意味するからだ。一夏はカール=クラフトに自重しておけと目配せするが、彼にとって、そんなことなどどこ吹く風だ。彼は誰かの助言を聞いたことがない。

カール=クラフトの無反応を確認した一夏は名乗りを上げる。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第一位首領、美しき破壊の君、ラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒ。愛すべからざる光(メフィストフェレス)とカールに祝福された者だ。今生では織斑一夏と名乗らせてもらっている。この城にいる限り、卿等の好きなように呼ぶがよい。だが、此処に居る者以外の者が居る場でラインハルトと呼ばれては都合が悪い。故に、人前では今まで通り一夏と呼んでくれると助かる」

 

一夏の名乗りに三人は唖然とした。世界の敵と聞かされている聖槍十三騎士団の頂点である男が転生を果たし、自分の友人となったと驚愕したからだ。

特に、セシリアとシャルロットの受けた衝撃は鈴の衝撃を超える物だった。

 

ラインハルト=ハイドリヒ。

表の歴史において、ラインハルト=ハイドリヒは、第二次大戦前のドイツの与党がナチス党であった頃、国家保安本部の事実上の長官であった有名な男である。

ユダヤ人問題の最終的解決計画の実質的な推進者であったとされている。

ドイツのナチス党に所属しながら、アドルフ=ヒトラーに対し忠誠を誓わず、常に国家のために手段を問わず尽力したと言われている。鉄と氷でできている言わせるほどの冷酷さを持つことから黄金の獣と連合国に恐れられていた。ヒトラーがラインハルトより早く死ねば、ドイツの覇権をこの男が握り、あの大戦でドイツが負けることはなかったであろうと評価されている。その圧倒的なカリスマを持つこの男を危惧したイギリスは暗殺部隊を差し向け、ラインハルト=ハイドリヒを暗殺した。

ナチス党ということもあり、特にヨーロッパでは名が通っている。セシリアとシャルロットが鈴以上に驚いた理由はそんな歴史認識の差が関係している。

一夏の正体がそんな危険な男だとセシリアとシャルロットは露とも思っていなかった。

 

「一夏の目的は何なの?」

「シャルロットよ。私はまずは互いに名乗りを上げよと言った。卿の疑問はそれからだ」

「たしかに、そうだね」

 

IS学園1年1組クラス代表、セシリア=オルコット。

IS学園1年2組クラス代表、凰 鈴音。

そして、IS学園1年1組、シャルロット=デュノア。

シャルロットは偽名ではなく、本当の名前を名乗った。先ほどから、シャルロットと一夏に呼ばれていたため、違和感を覚えていたセシリアと鈴だったが、気のせいではなかった。二人はシャルロットにどういうことかと問いかける。

シャルロットは自分が偽名を名乗っていた理由を話し始めた。

自分がデュノア社の社長の妾の子であり、母親が死んだことでデュノア社に引き取られた。デュノア社で高い適正があることが発覚し、テストパイロットとなった。そして、二年前に、織斑一夏という人物の登場と、デュノア社の経営危機という出来事が起きた。

デュノア社長は織斑一夏の存在こそがデュノア社を救ってくれる存在だと考え、織斑一夏に近づくことを計画する。そして、その方法というのがシャルロットを第2の男のIS操縦者であるとし、織斑一夏に近づくというものだった。

当然、一企業で成功させられる計画ではないため、フランス政府の高官も噛んでいる。

それでも十分失敗の可能性は考えられる。シャルロットが女であることがばれれば、デュノア社もフランス政府も立場が危うくなるため、正体が露見すれば殺される立場にある。

結果、シャルロットは使い捨てのスパイとしてIS学園に送り込まれ、現在に至る。

シャルロットは男だと信じていたセシリアと鈴は驚きのあまり言葉を失う。

 

シャルロットが此処で正体を晒したのは一夏には既に自分の正体がばれている。

故に、今さら隠したとしても、無駄であり、逆に嘘をつかない一夏の逆鱗に触れかねないと考えたからだ。此処で一夏と良い関係を結んでおけば、今の自分の立場を改善するきっかけになるかもしれない、ということもあるが、やはり初めて出来た友人に嘘をつきたくないというのがシャルロットの本音である。

 

「なるほど。卿にはそのような事情があったのか、良かろう。ならば、卿の望み通り、聖槍十三騎士団のこれまでを語ってやろう。少々長くなるが、構わんな?」

 

一夏の言葉にセシリア、鈴、シャルロットは頷く。一夏は三人に聖槍十三騎士団を創設した経緯を事細かに話した。1939年11月8日のアドルフ=ヒトラーの暗殺を目的とされる謎の爆破テロ事件によりカール=クラフトとラインハルト=ハイドリヒが会ったこと、その年のクリスマスに騎士団が結成されたこと、100年前の諏訪原でのカール=クラフトの代替のとの戦い、そして、ハイドリヒの敗北を。

100年前の戦いで一度死んだハイドリヒはカール・クラフトの術により復活し、マルグリットという女神の座の維持のために、グラズヘイムの主となった。だが、十数年前に、城でいつも同じ演奏者によって奏でられる曲に聞き飽きたハイドリヒは騎士団の再構築と楽員の補充という目的から、織斑一夏として転生し、現在に至る。

 

「一夏の率いる聖槍十三騎士団はその時の神様を神様の座から追い出そうと戦っていた。でも、その時の神様が目をつけていた女の人が神様になったから、女神様を守護するための軍団になったけれども、脅威となる存在がない。そこで、音楽聞いて暇をつぶししていたけど、演奏する人が少ないから、城から出て演奏者となりそうな人を探していた。そして、僕たちが演奏者に相応しいと思ったから誘ったってことかな?」

「端的に説明するのであれば、その解釈で良い」

「……そうなんだ」

 

訳の分からないことを言っている一夏の頭を心配するべきか、聖槍十三騎士団の目的が明確したことで安堵すべきかと三人は悩んだ。だが、一夏は嘘をつかない。この事実を思い出した三人は一夏の言葉を信じ、聖槍十三騎士団が無害となったと安堵する。

だが同時に、数百万人の魂を食らった魔人の軍団の頂点が、部員集めをする廃部寸前の軽音楽部の部長のようなことをやっていることに戸惑ってしまった。

 

「どうしてアタシたちを誘ったのか教えてくれない?」

「卿等の魂は希少な宝石にも勝る輝きを放っている。その輝きはまるで英雄の魂のように唯一無二の煌めきだ。セシリア、鈴、シャルロット、どの輝きも美しいぞ。あぁ、飽き果てるまでその魂を愛したい。だが、卿等は繊細すぎる。その柔肌を撫でただけで砕け散ってしまうだろう。私はその魂の輝きを愛で続けたいが、魂は砕けないでほしい。永劫愛し続けたいのだ。熟考の果て辿り着いた結果、愛とは演奏だった。波乱万丈の人生の歩んだ者等ならば、奏でる旋律もまた艶やかであると私は気付いたのだ。であるならば、卿等ほどの優美な魂を持った者らの演奏を聴きたい。故に、私は卿等を誘ったのだ」

 

男性に此処まで褒めちぎられ、求められたことのないセシリアと鈴とシャルロットは嘗てないほど照れてしまう。傍から聞いているだけでも恥ずかしくなるような歯の浮く言葉を一夏は真顔で言ったのだ。一夏の言葉が自分たちに向いているのだから、想像を絶するほど羞恥してしまうのは考えるまでもない。

これ以上、聖槍十三騎士団の首領である一夏の勧誘を聞いていては頭が沸騰してしまいそうなので、シャルロットは話を変えようとする。

 

「それじゃ、一夏は織斑先生が言うようなISの核を狙っているわけじゃないんだよね?」

「シャルロットよ。考えてもみよ。仮に私がISの核を狙っているとするならば、私は卿等に私の手の内を晒したりするか?」

 

確かに、一夏の言うとおりである。現在の一夏の立場でISの核を狙っているのならば、専用機持ちである三人に対し、自分の手の内を晒すなどありえない。聖槍十三騎士団が世界に干渉することのできる戦力は自分自身とベイだけであり、戦力が足りていない。

もし、自分が一夏ならば、打鉄の専用機を狙われている被害者を装っていながら、誰にも気づかれないように専用機持ちからISを強奪するための策を講じるはずである。

故に、ISの収集を講じているのならば、自分から手を晒すなどもっての外だ。

だが、此処で、シャルロットの中で一つ疑問が発生する。

 

「だったら、昼間に僕たちを襲ったマレウスとバビロンとはいったい何者なの?あの人たち、聖槍十三騎士団の人たちと同じ軍服着ていたよね?」

「ちょっと待って!何よその話」

 

アリーナでの謎のISの襲撃事件のみを知っていたセシリアと鈴はマレウスとバビロンの話を知らない。シャルロットは全員に昼間に体験したことを事細かに説明した。

夜都賀波岐と名乗り、ISの核を集め、男の操縦者である自分たちを誘拐しようとした。

 

「アンナにバビロンね。最後に会ったのが百年前とはいえ、ハイドリヒ卿の顔を忘れるなんて酷すぎだね」

「彼女らが私を見て私であることに気付かなかったなど些細なことだ、シュライバー。取り立てて騒ぐようなことではない。シャルロット、卿の問いに答えてやろう。マレウスとバビロンは元聖槍十三騎士団に所属していた私の臣下だ。席は今鈴の座っている席である第八位にマレウスが、セシリアの座っている席である第十一位にバビロンが座っていた」

「元?」

「あぁ、卿等も知ってのとおり、我ら聖槍十三騎士団は最大で十三人居た。だが、私がツァラトゥストラに敗れ、女神の座を維持に協力することを確約したときに、私のもとから離れ、彼のところに行った」

「どうして、一夏さんの元から去ったのですの?」

「さてな。彼らには彼らなりに思うことがあったのだろう。だが、彼とは志は同じではある。私もツァラトゥストラもカールも今の女神の座を維持するために存在する」

「ってことは、そのマレウスとバビロンの居る夜都賀波岐の首領がそのツァラトゥストラってことよね?」

「十中八九そうであろうな。そして、カールは真実を知っていたのだろう。違うか?」

「何故、貴方はそう思われますのかな?」

「十数年前、卿は私に『提案』をした。女神に関する事柄以外に興味を持たぬ卿が人員の補充を私に提案するなど、今考えればありえん話だ」

「えぇ、貴方の推論通り、私は知っている。そして、私は裏で糸を引いている。だが…」

「『人生は未知を既知に変える作業』である。初めにすべてを知れば、犯人、動機、トリックの分かっている推理小説を読むほどの興ざめを味わうこととなる。旧世界の我らが味わった苦しみのように既知感に悩まされる。故に、私に語ることは何もない。……卿はそう言いたいのであろう?」

「重畳。ならば、私の方からは夜都賀波岐について貴方に何も言うことはありますまい」

「そうか。これが今の我らだ。理解していただけたかな?セシリア、鈴、シャルロット」

 

三人は無言で頷いた。信じがたい事実ではあるが、一夏はやはり自分たちの友人であり、戦うことと音楽が好きなだけの少し?変わった人であると三人は理解でき、自分たちを狙っている者たちが夜都賀波岐であるということを知り、彼女らの疑心暗鬼は解消された。

黒円卓内部の団結力を高めるために、勧誘について強制力はなく、好きな時に入団でき、入団したとしても辞めたければ好きな時に辞められるということも三人は知った。

入団について後日返答しようとした。……セシリアと鈴は

だが、シャルロットは違った。

 

「一夏、僕が聖槍十三騎士団に入りたいって言えば、すぐに入団できる?」

「ほう、黒円卓に入りたいと、そういうことか? シャルロット」

「うん。僕にはもう後がない。IS学園に戻れば、帰国するように圧力をかけてくるか、刺客を送り込んでくると思う。でも、僕はそんな刺客に対し身を守る術を持っていない。だから、僕は自分の身を守れるぐらい強くなりたい。……もう、負けたくない。勝って僕は僕の決めた道を歩きたい。それに、肩書が無かったら、また誰かに利用されるかもしれない。だから、お願い、僕も仲間に入れて」

 

シャルロットは覚悟を決め、一夏に対し嘆願する。

これまでの自分の半生は誰かによって悲運に見舞われ続けた。母の死を境に、それは否定することのできないぐらいのものとなった。デュノア家の者らからは、妾の子ということから悪意の目を向けられ、虐待を受けた。デュノア社の社員からは、都合の良いテストパイロットとして一夏が現れるまで無茶な試作機に乗せられた。一夏が現れてからは自分を殺し、男を演じるように強制させられた。シャルロットにはこれしか生きる方法がないのだと反抗することを諦めていた。相手は大企業なのだ。一個人で立ち向かえる相手ではない。だが、もう嫌だ。こんな人生を歩み続けるなんて、耐えられない。

僕はシャルル=デュノアではなく、シャルロット=デュノアとして生きたい。

普通の女として、普通の友人と遊んで、好きな人と恋をして、満足して死にたい。

僕は僕の力で、奴隷ではなく人として接してくれる人の傍に居たい。

その思いをシャルロットは吐露した。

 

「だから、卿は我が聖槍十三騎士団に入団したいと」

「うん」

 

シャルロットは力強く頷いた。

ならば、これで空席の一つが埋まる。順位は今シャルロットの座っている席が良いだろう。

だが、聖槍十三騎士団黒円卓という肩書は公には使えないため、裏の肩書となる。

もし、誰かに奴隷のように利用されそうになれば、黒円卓に頼ればよいと一夏はシャルロットに伝えた。

 

「クッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

すると、その直後、カール=クラフトは声を上げて笑い出した。

突如カール=クラフトが笑い出したことに、セシリア、鈴、シャルロットは戸惑う。ベイ、ザミエル、シュライバーは嫌悪感のあまり鳥肌が立つ。何故、彼らが笑っているのか理解できなかったからだ。それは、親友である一夏も同じだった。

 

「カールよ、どうした?」

「ここまで似れば、道化の域を超えたと言えるのではないかと思っただけのこと」

 

カール=クラフトに此処まで言わせるほどだ。シャルロットはよほど誰かに似ているのだろうと一夏は考える。だが、いったいシャルロットは誰と似ているのだろう?

一夏はシャルロットが座っている席を確認する。

シャルロットが座っている席はベイの左隣であり、一夏の二つ右隣の席であり、順序から考えれば、この席は聖槍十三騎士団黒円卓第三位の為に用意された席だ。

そして、カール=クラフトの言う『似ている』とはこの席の前任者とシャルロットが似ているという意味なのだろうか?確かに、それなら納得がいくかもしれない。

 

「一夏、この席に座っていた人はどんな人だったのかな?」

「聖槍十三騎士団黒円卓第三位首領代行、ヴァレリアン=トリファ・クリストフ=ローエングリーン。なるほど、己が自ら望んでこちら側に足を踏み入れたという点において、卿はクリストフに似ていると言えよう。卿に相応しい席だ」

「ふーん」

「では、我が騎士団に入るのならば、次に済ましておかねばならないことがある」

「忠誠の誓いの儀式みたいなことするの?」

「……儀式か。確かに、かつては儀式という形で、我が騎士団に入った者はその身にエイヴィヒカイトという術を施していたが……今回は無しとしよう。私と卿との友情に亀裂を入れることはしたくないのでな。それに、卿にはISという力がある。故に、今は必要あるまい。それでも欲しいというのなら、卿が望むのなら、その身に施してやろう」

「じゃあ、何をするの?」

「カールが卿に呪いと魔名を送る」

 

セシリア、鈴、シャルロットに緊張が走る。

『呪い』という言葉の響きは誰が聞いても心地よいものではないからだ。

だが、カール=クラフトからの『呪い』とはその者の人生を通じて掛かっている宿業の正体を自覚させるための言葉であり、カール=クラフトに呪術を掛けられるわけではない。ベイの呪いである『望んだ相手を取り逃がす』という呪いはカール=クラフトとの邂逅より前に発生しているのはそのためだ。

一夏がカールから送られる呪いについて軽く説明すると、一夏の友人から直接変なことをされるわけではないと知り、シャルロットは安堵し、大きく息を吐いた。

では、魔名とは何か?呪いと同列扱いされていることや、言葉に『魔』という言葉がついていることを考えるのであれば、良い物ではないことを察知することは困難ではない。

 

「魔名…って何かな?」

「その者を表す通り名を我らは魔名と呼んでいる。私なら『愛すべからざる光(メフィストフェレス)』や『美しき破壊の君(ハガルヘルツォーク)』、ベイなら『串刺し公(カズィクル=ベイ)』、イザークなら『太陽の御子(ゾーネンキント)』、ザミエルなら『魔操砲兵(ザミエル=ツェンタウァ)』、シュライバーなら『悪名高き狼(フローズヴィトニル)』がそれだ。大概の者らは魔名で互いを呼び合っている。卿にもカールが魔名を授ける」

 

不覚にもちょっと格好いいとか思ってしまったシャルロットであった。

だが、魔名は一部の黒円卓の者らにとって、そのような生易しいものではない。その人物を思いっきり皮肉るものがほとんどであり、上手さ以上に厭味ったらしいネーミングばかりだ。故に、一部の団員にとって、己の魔名に対する言及は逆鱗に触れると同義である。

 

「君の魔名は『火刑台の少女(フィーユ=ドルレアンス)』であり、君の呪いは『歪んだ幸福にしか手が届かない』……だ。凡人が望むような平凡なありきたりの幸福は君のもとに訪れない。まるで、自分の人生という持物を国に差し出し、国の安寧を手に入れたジャンヌ=ダルクのようだね」

 

シャルロットはカール=クラフトの言葉に心当たりがあった。

『貧しい生活から脱却したい』と思った時、デュノア家に行くことでその願いは叶ったが、デュノア家での暮らしは窮屈であり、更には母を失ってしまった。

『父と食事がしたい』と思った時も、その願いも叶ったが、ほんの数秒しか同じ食卓に着けなかったし、養母から心無い罵声を浴びせられ、皿やフォークなどを投げつけられた。

『ISに乗って、自分を変えたい』と願った時も、非公式のデュノア社の専属テストパイロットという形で叶いはしたが、デュノア社の劣悪な試作品のテストを何度も行い、負った傷は数えきれない。

『デュノアの元から離れたい』と願った時も、IS学園への入学という形でかなったが、一夏のデータを盗んで来いと脅され、己の殺し、泥棒へと成り果ててしまった。

いずれの願いも叶ったが、自分にとって不本意な形であった。故に、このような願いなど叶ってほしくなかったと思ったことは数えきれないほどある。

あぁ、なるほど。これが僕の呪いなんだ。なんて、僕は罰当たりな娘なんだろう。

でも、これが僕の人生なんだ。

シャルロットは気が沈んでしまう。

 

「なるほど。卿の言うシャルロットに似た者とはジャンヌ=ダルクのことであったか」

「さて、どうでしょうかな?」

 

カール=クラフトは一夏の言葉を肯定も否定もしなかった。

唯々、カール=クラフトは静かに不気味な笑みを浮かべるだけであった。

親友の真意を読み取ることのできない一夏は眉を顰める。

 

「誰か話しておかねばらなんことはあるか?……無いのならば、此度の集いは閉幕とする。私はIS学園に戻り、ツァラトゥストラとカールの真意を探る。ベイ、卿は私と共に来い。イザークにザミエル、シュライバー、有事の時は万事任せる。以上だ…Sieg Heil」

「Sieg Heil!!」

 

ベイ、イザーク、シュライバーは立ち上がり、敬礼する。

団員の一夏に対する忠誠心を見せつけられた三人は言葉が出ない。

一夏は立ち上がり、セシリアと鈴、シャルロット、ベイを率いて退城した。

 

 

「セシリア、鈴、シャルロット、私の城、騎士団はどうだったかな? 感想を聞きたい」

 

ヴェヴェルスブルグの廊下を歩きながら、一夏は三人に問いかける。

 

「驚きすぎて、疲れたわよ」

「私もですわ。ですが、一夏さんが関わっていると思うと、どこか納得できてしまうのが、怖いところですわ」

「……」

「どうした?シャルロット?」

「副首領閣下の言ったことが…ちょっと……ね」

「そうか。だが、カールのあの言葉は真理をついている。私は軽々しくアレは戯言だなどと言うつもりはない。そのようなものは所詮敗者の傷の舐め合いであり、人の進歩の妨げである。そのように嘆く暇があれば、呪いという名の法則を打ち破るべく、己の魂を研磨し続ける方が建設的である」

「そうだね。……ありがとう、一夏」

「卿は何故私に感謝の意を示す?私は真実を言ったまでだ。」

「でも、一夏は僕のためを思って言葉を選んでくれた。それだけで十分だよ。一夏って優しいんだね。さすが、全てを愛しているって言うだけのことはあるよ」

「卿等が私を受け入れてくれたようで、何よりだ。だが、万人が卿等のように理解あるわけではない。それだけは頭に入れておいてほしい」

「分かった」「了解ですわ」

「うん。……それと、僕から皆にお願いなんだけど、できれば、僕が女であることは隠しておいてくれないかな?IS学園にはいつか自分から言うから、お願い」

「卿の決めたことだ。私が口を出すことではない」

「そうね」

「何か、私に手伝えることがありましたら、言ってくださいね。シャルロットさん」

「うん。ありが……とう、……みんな」

 

シャルロットは初めて感じた友人の温もりに感動し、涙腺が緩み、涙が溢れてくる。

こんなにも人って温かいんだ。初めてそう思った。此処に居る人以外には真実を隠し続けなければならないという代償の代わりに、僕は友情という幸福を手に入れたんだ。

歪んだ幸福かもしれないけど、これなら、僻むことなんか何もない。

声を上げて泣き、これまで溜め込んでいた気持ちと皆に対する感謝の気持ちを伝える。

数分間泣くと、シャルロットの胸の中に溜り燻っていた物が空っぽになった。

 




「君がハイドリヒ卿に敬礼をしないなんて珍しいね。ザミエル。いったいどうしたいんだい?」
「ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶」

ザミエルは手汗が手から溢れる程湯呑を握りしめながら、何度も呟いていた。

「あーぁ、ザミエルが壊れたレーザーディスクプレイヤーになっちゃったよ。……ま、いっか、フルートの練習しよう」 


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ChapterⅩⅣ

今回はギャグ成分多めです。
メルクリウス超ウゼェェェェェ!!


IS学園の休日の正午の食堂。昼食を取りながら、雑談をしている学生が四人居た。

セシリア=オルコット、凰 鈴音、シャルロット=デュノア、織斑一夏だ。

休日の学生の生活は自堕落なものというのはどの世界でもどの時代でも変わりはしない。

自堕落な休日を過ごすこともあり、学園の外へ出ている学生も多いため、IS学園で休日に昼食を取る学生は少ない。そのため、一時間当たり訪れる人は平日に比べて少ない。また、今は昼食をとるにしては遅い時間帯であることも相まっているため、時間をかけ昼食を取っても、周りから文句を言われることはない。

当然人が少ないため、大声が出ない限り、隅の方で話をしていても周りに聞かれることはない。故に、聖槍十三騎士団の話をしても、他人の耳には入らない。

 

「あのグラズヘイムが異界で、そこにある城がヴェヴェルスブルグっていうのは分かったけど、一夏がクローゼットから城までの道を作ったの?」

「それは可能だが、この体には限度ある。マレウスとバビロンの襲撃時に、ベイを召喚するためにあの日は一度使ってしまい、体力の消耗は激しかった。あの状態で私が門を開けば、この身は砕け散っていたであろう。故に、卿等を招待したときは、あちら側に居るイザークに城門の開門を携帯電話で要請した」

「ちょっと待って。どうして、異界で携帯が通じるのよ?」

「携帯だけではない。電気はどこかの発電所から、ガスはガス田から直接通っている。テレビもインターネットも完備だ。常時、この世界のどこの国の番組の閲覧が可能だ。LineやSkypeで交信も行える。すべては、科学や魔術に通ずるカールと、あの城の心臓であるイザークの尽力によるものだ」

「……一夏、グラズヘイムに何を求めているのよ」

「私が求めたのではない。カールが求め、自ら行動に出た結果だ。私はその恩恵を享受しているにすぎん」

「あのカール=クラフト副首領様が、どうして?」

「女神を観察し、女神の素晴らしさを世界中に知らしめるために、カールは盗撮した女神の写真を110年前より、自分のブログにアップしている」

「そ…そうなんだ」

「それだけなら、まだ良いのだが…」

 

『良いわけありませんわ!』『良いわけないでしょ!』『良くないよ!』というツッコミが三人の口から出かけたが、一夏の次に放った言葉によって押し込められてしまう。

 

「女神の持ち物や使用した物、触れた物を収集する趣味を持っていてな。彼女の使ったコップやら、浜辺に残った足跡やら、女神の抜けた髪の毛やら、一万品を超えているらしい。直接的な害が無いとはいえ、彼女は非常に迷惑していると聞いている」

 

口角が痙攣するように震える三人はかなり引いてしまっている。

見た目からしてカール=クラフトという人物は怪しいとは思っていた。何せ黒いローブを羽織っているだけの格好は彼女たちにとってとても印象的で一度見れば忘れられないようなものだったからだ。だが、まさかストーカーという名の変態とは思わなかった。

 

「私やツァラトゥストラとしてはカールの愚行を止めたいのだが、カールは女神の写真のバックアップを無数に持っている上に、カールのブログのホームページのガードも堅い。これまでに、我々聖槍十三騎士団黒円卓総員で何度グラズヘイムのカールのパソコンを破壊したことか、……ゲオルギウスにもネット経由でサイバー攻撃を行ってもらったが、我々の行動は全て無駄骨だったよ。カールの言う『マルグリット・コレクション』も時間軸から切り離し、グラズヘイムとは異なる異界に封印している故、手の打ちようがない」

 

副首領に一夏以外に友人はいるの?と問いたくなる。

余談ではあるが、このカール=クラフトのブログ『輪廻の果てまで 女神を追いかけて』というブログはインターネットが普及し始めた1990年代後半から現在まで続いている。

ブログは毎日更新されており、更新の度にマルグリット・コレクションが紹介される。

マリィを盗撮するためのカメラは最新鋭の高画質の物を用いている。さらに、妨害による破損に対処するべくカメラ自身に『マルグリットに壊されるという結末以外は認めない』という永劫回帰の術が掛けられた。結果、カール=クラフトの仕掛けた盗撮カメラは聖遺物と化しているため、完全に破壊することは困難を極める。

このサイトを見つけた警察は犯人逮捕を行おうとしたが、犯人を特定することが出来なかった。グラズヘイムに居るカール=クラフトが犯人であると特定し、逮捕する方法を日本の警察は持ち合わせていなかったからだ。

余談ではあるが、110年近く毎日更新されるため、カール=クラフトのブログは一部のオカルトファンの間で『ブログ主何歳?』や『マルグリットたん老けねぇwww』と有名なサイトである。ちなみに、純粋にマリィの愛らしさの虜になるファンもいる。

 

これ以上、カール=クラフトの話で自分の耳を汚染させたくない三人は話題を変えようと話題探しをする。こういう時は、相手に関する話題が良い。

相手が話す内容に苦労することはないし、自分も相手のことを知ることができる。

だが、今までの話の前後に多少の繋がりがなければ、会話は歪なものにしかならない。

ならば、カール=クラフトが出てこないように探りながら聖槍十三騎士団に関する話をすることが最良だろうと考えたシャルロットは様々な話題を振ってみた。

 

「ねえ、一夏、気になっていたんだけど、エイヴィヒカイトって何?」

「聖遺物という歴史を積み、民衆の信仰を集めた遺物を憑代に行うカールの魔術だ。この術を施された者等の身体能力は高まり、その者は人の領域を超えた魔人となる。当然黒円卓の首領である私の体にもこの術が施されている」

「ふーん、一夏が凄いのってそういう理由だったんだ。アタシ達もそのエイ…なんとかをしてもらったら強くなるの?」

「あぁ、卿等は英雄の器を持っている。エイヴィヒカイトは卿等に適合するだろう。ただ、この術の裏を知れば、卿等はエイヴィヒカイトを拒むだろう」

「裏とは何ですの?」

「エイヴィヒカイトを施された者らはその者しか扱えない特有の力を得る。その力の燃料は人の魂だ。ガソリン無くして、車は走らぬ。エイヴィヒカイトを施された者は人の魂と言うガソリンを求める必要がある。聖遺物自身がガソリンを求め、最も効率的な方法を術者に求める。結果、術者は慢性的な殺人衝動に陥る」

「……一夏も人を殺したの?」

 

普通の人なら、殺人実行者を差別するかもしれない。

だが、セシリア、鈴、シャルロットは一夏が行動の背景を知っているため、一夏を差別することはなかった。発展しない永劫回帰し続けるだけの決められた世界から抜けるには仕方のないことである。人が己の生を全うするためには、自分の足で道を決め、歩かねばならない。それでも、やはり友人の手が汚れることはしてほしくない。

そんな願いからシャルロットは一夏に尋ねる。

 

「あぁ、私の体の中の数百万の魂の大半は、1945年の燃えさかるベルリンで敗北し、勝利を望みながら死する者らだ。そのような者に、勝利を掴みたいのなら、私の鬣となってと共に永劫戦い続けるために魂を差し出せと言った。私の言葉を聞いた数百万の老若男女らは自ら自害し、私に魂を差し出したよ。私が直接手をかけたわけではないが、私の言葉が彼らを殺したのだ。放っておいたとしても、連合国軍に殺されていただろうから、彼らの運命は変わらなかったであろう。だが、彼らが居たからこそ、今の女神の治世がある」

「…今も魂集めをなされているのですか?」

「あぁ、だが、殺人罪に問われず、魂を集める効率的な方法を知った故、その方法で現在は魂の収集を行っている。織斑一夏として生を受けてから、殺人は行っておらんよ。それにこの国の警察の殺人犯の検挙率は九割九分と非常に優秀だ。上層の人間は利権争いで腐り果てているかもしれぬが、下の人間への教育だけは行き届いている。故に、この国において、殺人による魂集めは現代ではハイリスクローリターンだ」

「じゃあ、今はどうやって魂集めているの?」

「自殺の名所や心霊スポット巡りだ。この国は世界でも屈指の自殺大国。自殺の名所に行けば、魂の百や二百すぐに集まる。心霊スポットや事故現場の地縛霊狙いでは当たり外れがあるうえに収集できる魂の数も少ない。だが、自殺名所の場合、そこに居る者等は何かに飢え、それが達成できないから自ら生に幕を引いた。彼らは皆己の飢えを知っている。故に、並みの者より良質な魂を吸うことが私は出来る。私の体に一定の魂が供給されて以上、殺人衝動は湧かん」

「アンタ、どこのゴーストバスターよ!」

 

鈴は一夏にツッコミを入れてしまう。

セシリアとシャルロットは視線を一夏から外し、苦笑いする。

 

「では、ベイ中尉の方はいったいどのように魂集めをなさっているのですか?」

「この国の裏社会の人間を殺すことで、魂を集めている。我々はあまり表に出てはならぬという掟がある。これには聖遺物の捜索を困難なものにさせないという理由がある。それに、むやみに殺しては今代の座である女神が泣くであろう」

「今、ベイ中尉はどちらに?」

「知らん。だが、携帯で呼べばすぐにでも来るだろう」

「他の団員はこっちには来ないの?」

「イザークは城の心臓のような役割を果たしている故に、グラズヘイムから出られん。ザミエルとシュライバーはヴェヴェルスブルグの城門が訳あって完全に開かん故、こちら側に来れぬ」

 

大隊長が来れない理由はスワスチカが開いていないこと、ゾーネンキントが死を想っていないことがあげられる。だが、上記の二つの条件を満たしていなくとも、扉の開閉により城門の蝶番が緩めば、いずれは城から出てこられる。

 

「カールについては、何処に居るのかは知らぬ。あの者のことだ。そのうち呼んでいなくとも、呼びたくなくとも、ふらりと姿を現すだろう」

 

やはり、聖槍十三騎士団の話をするのならば、カール=クラフトは外せない。

カール=クラフトは一夏の親友と一夏から聞いているが、変態と聞かされているとなると、あまり関わりたくないというのが普通の人間の反応であり、本音である。

ならば、まったく違う話をしよう。三人がそう思った時だった。

 

「こちらの席は空いているかな?」

 

背後から一夏に声が掛けられた。

どうやら、話に夢中になりすぎて、周囲への警戒を怠っていたと反省する。ラインハルト=ハイドリヒも衰えたものだと嘆きながら、後ろに立つ者に返事をしようと振り向いた。

近づいてきた者に目をやった者は一夏だけではない。

セシリア、鈴、シャルロット全員である。彼女らが近づいてきた者に目をやった理由は単純に足音経てずに近づいてきた接近者に驚いたからだ。

だが、接近者の顔を見て彼女たちは更に驚愕した。

その接近者の顔に全員見覚えがあったからだ。

 

「……」「……」「……」

「カールよ。何故、卿が此処に居る?」

 

そう四人の前には先ほどまで話題に上がっていたカール=クラフトが居た。

だが、カール=クラフトは先日会った時に着用していた襤褸着ではなく、Yシャツを着てネクタイを締め、長い後ろ髪を括り、白衣を羽織っている。

身なりを整えている為、カール=クラフトはいつもより若く見えてしまう。

この格好だけを見れば、若手の医師か、研究者と好印象を受ける。だが、カール=クラフトの醸し出す雰囲気がドロドロとしている為、マッドサイエンティストにしか見えない。

 

「織斑一夏君、私はカール=クラフトなどという名前ではないよ」

「随分とまた手の込んだ上に、ふざけたことをしてくれる。偽名を名乗っているから、今はカール=クラフトではないとで言うのであろう。私の質問に答えよ」

「やはり御見通しでしたか、さすがは、わが友だ。ご推察の通り、今の私はIS学園の男子用保険医『水谷 銀二』と申します。以後お見知りおきを」

 

カール=クラフトは水谷銀二と名乗った。

偽名と職業を名乗るということは人前では名乗ったように呼んでほしいというのがカールからの願いであると一夏は悟った。だが、人前でなければ、いつも通りの呼び名で問題ないはずである。どうせ、カールのことだ。あまり人前に出ることはないだろう。

カールが人前に出るという異常事態の時だけ気を付けていればよい。

いや、そもそもカールがこの世界に一個人として現れるということ自体が異常事態である。故に、水谷銀二と言う皮を被ったカール=エルンスト=クラフトは今の一夏にとって一挙手一投足さえ見逃すことのできぬ存在だ。

 

カール=クラフトは一夏たちの隣の席に小さな紙袋と紙パックの牛乳を置く。

椅子を引き、座ると、小さな紙袋の中に手を入れる。どうやら、中にカール=クラフトの昼食が入っているらしい。紙袋から手を引き抜くと一つのパンが現れた。

 

「少し待て、カールよ」

「何かな、獣殿。私はこのパンの味を食すことに集中したいのだが……」

「今、卿の手にしている菓子パンのよう物は何だ?」

 

一夏はカール=クラフトの持つ菓子パンに視線を送る。

大きさは両手の手のひらと通常の菓子パンにしては少々大きく感じられる。焼く直前に卵の黄身を水で溶いたものを表面に塗ったのか、パンの表面に光沢がある。

その菓子パンの形状は普通の菓子パンに比べて薄かった。

一見して何のパンかは分からぬかもしれないが、光沢と厚みから考察すれば、多種多様な日本のパンを知っているなら、誰であろうとカール=クラフトの持っている菓子パンはクリームパンであると分かる。事実、日本での生活の長い一夏と鈴はすぐに分かった。

だが……

 

「私の目に映る物が真実であるなら、その菓子パンが女神の形をしているように私には見えるのだが、私の目は狂っているのか?」

「ご安心召されよ、獣殿、貴方の目は真実を隠さず有りの侭に映しております。貴方の見た通り、私が今手にしている菓子パンはただの菓子パンではない。私が毎朝丹精込め3時間かけ造形し、自室で焼いている自作のマルグリットクリームパンだよ」

「……左様か」

 

ツッコミどころが多すぎて呆れ果てている一夏は人生において何度目かわからぬ冷たい眼差しを親友に送る。

カールの奇行を監視するように、女神とツァラトゥストラからカール=クラフトの親友であるハイドリヒは頼まれていた。復活してから数度カール=クラフトと矛を交え、カールの変態力をある程度は抑え、マルグリット・コレクションの増加量も逓減したと思っていた。だからこそ、十数年前のカールの提案にハイドリヒは乗ったのだが、どうやらラインハルト=ハイドリヒは人生最悪の選択をしてしまった。

 

リバウンドという言葉がある。

この言葉を日本語に直訳すれば、『跳ね返り』という意味である。

多くの人がこの言葉を知っているだろう。

この言葉が現代日本で広く使われているのはこの言葉がダイエット用語だからだろう。

体に負担のかかるダイエットをすれば、精神的に圧迫され、ダイエットから解放された時に、ストレスを発散するかのように暴食に走り、体重が元に戻るという現象である。

リバウンドという現象はダイエットに限った話ではない。

当然、マルグリットとの関わりを削られたカール=クラフトにも発生した。

カール=クラフトはハイドリヒがヴェヴェルスブルグに居ない間に、好き勝手やり始めてしまい、結果最盛期を大きく上回る変態力をカール=クラフトは取り戻していた。

 

「なぜそのような物を作った?」

「獣殿、以前貴方が私に送った言葉を覚えておいでだろうか?」

「何?」

「『無いのであれば作れば良い。だが、作れぬのであれば模倣し昇華すれば良い』……確かに、発展の最短道あり真理だ。人は創造により発展を遂げる。だが、自ら想像できぬ者らは模倣し己の手にあった物へと昇華することで他国の発展を自国に根付かせることにより発展した。人の文明の発達とはまさにその通りだ。……あぁ、何故だ。何故数十年前の私は気づかなかったのか、自分の愚かしさには言葉もないよ。そう、マルグリットを直接見ることが出来ぬのであれば、マルグリットの姿を造れば良い。マルグリットの姿を作れぬのであれば、マルグリットの姿を模倣したものを作ればよい。こうして、行きついた頂が、このマルグリットの姿を模倣し作り上げたマルグリットクリームパンだよ」

「つまり、私の言葉が卿を奇行へ走らせたのか」

 

一夏は人生で初めて後悔というものを経験した。

なるほど、後になって、己の愚行を悔いる。故に、後悔と言うのだな。未知ではあるが、未知に対する感激が込み上げてこないという不思議な体験を一夏はする。

 

その間に、カール=クラフトはマルグリットクリームパンを数十分かけ視姦し、頬張る。

足先から食べ始め、三十分掛けたった一つのクリームパンを食す。

何度も何度もそのパンを噛みしめ、至福のひと時を堪能し尽くす。

マルグリットクリームパンを堪能したカール=クラフトはご満悦な表情を浮かべる。

カール=クラフトは普通に?笑っているだけなのだが、カール=クラフトの笑みを見てしまった女性三人は鳥肌を立てる。

その後、牛乳を飲むと、仕事があると言い、カール=クラフトは退席した。

 

カール=クラフトが立ち去った後の一夏たちの居るテーブルの空気は最悪だった。

先刻まで和気藹々と何処にでもいる日本の高校生の休日の昼時であった。だが、カール=クラフトの登場により、場の空気は一気に葬式のような空気へと落ちてしまった。

セシリアは初めて見た変態の奇行にショックを隠せないようだ。セシリアは瞳の光を失ってしまい、腕を抱いて震えている。

一方の鈴はセシリアに比べて軽傷だった。日本の変態の文化をある程度知っていたからだ。だが、それでも、カールの度を越えた変態っぷりに圧倒されたのか放心状態だ。

シャルロットが三人の中で最も軽傷だった。というのも、シャルロットは数年前インターネットで話題となった人気の日本のアニメを見ようとしたことがあった。結果として、そのアニメは見ることが出来たのだが、アニメをインターネットで探す過程で、触手もののAVを見てしまった経験があった。これもカール=クラフトに指摘された呪いだろうかと、今のシャルロットは振り返る。

そんなトラウマのあるシャルロットは変態に対する耐久力は非常に高い。

 

「すまぬ。セシリア、鈴、シャルロット。少々電話しても構わんか?」

「どうしましたの? 一夏さん」

「カールが非行に走ったとツァラトゥストラに一報を入れておかねばならん」

「いいわよ」

 

一夏は胸ポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛ける。

だが、電話の相手はツァラトゥストラではない。

ハイドリヒはツァラトゥストラのことを嫌っていない。むしろ脆弱だった者が力をつけ、自分を打倒したという小説の主人公のような偉業を成した為、むしろ好意的だった。だが、それとは別に、ツァラトゥストラに再戦したいという感情も一夏の心の中にはあった。

一方のツァラトゥストラはハイドリヒを好ましくは思っていない。マリィの座の維持に協力してくれていることは感謝している。だが、100年前に臣下を使い、自分の日常を壊したことは未だに許せないでいるからだ。他にも言いたいことが山ほどある。

二人がブレーキとなる第三者が居ない状態で会話すると、悲惨なことにしかならない。

余裕の表情でハイドリヒが挑発し、激情しやすいツァラトゥストラがブチ切れ、説教まがいの言葉を喚き散らす。だが、ツァラトゥストラの言葉は主観交じりの屁理屈であり、カール=クラフトと付き合いの長いハイドリヒに容易に論破してしまう。

涼しい顔をするハイドリヒとブチ切れのツァラトゥストラという構図が出来上がる。

最終的に、互いに流出を使う戦いに発展することは珍しくない。

電話の度に喧嘩をされてはたまったものではない。

そこで、一部の者たちがハイドリヒとツァラトゥストラの仲介役を決めることとなった。

どちら贔屓でもなく、ハイドリヒとツァラトゥストラと会話ができ、二人の仲介をやっても精神的なストレスをあまり感じそうにないマイペースな人物。

そんな人物は一人しかいない。

 

『もしもし、曾お祖父ちゃん、どうしたの? 電話してくるなんて珍しいね』

「香純よ、ツァラトゥストラに伝言を頼みたいのだが」

 

電話の向こうから綾瀬香純の元気良い声が聞こえてくる。

香純が大きな声を出すことを予見していた一夏は携帯電話を耳元から離していた。

あまりにも大きかったため、電話の香純の声は同じテーブルの三人にも聞こえる。

 

「……曾……お祖父ちゃん?」

 

 

補足説明:

『曾お祖父ちゃん』……曾孫娘である綾瀬香純が曾祖父であるラインハルト=ハイドリヒを呼ぶ時の呼称である。

                  引用元:グラズヘイム国語辞典

 

 

曾お祖父ちゃんという劇薬のような言葉を生れて初めて耳にした鈴は風前の灯だ。

意識を失った鈴は半分白目をむいた状態で数十秒ほど不気味な薄笑いをしていた。薄笑いが止まると、今度は酸欠のカニのように泡を噴出す。

15歳の乙女としてあるまじき醜態であるが、電話している一夏の視界に鈴の醜態がはいっていないのは、不幸中の幸いと言えよう。隣に居たシャルロットが自我崩壊寸前の状態である鈴に声を掛けるが、鈴の意識にシャルロットの言葉はまったく届かない。

一夏に見られる前に、鈴を起こさないと不味いと焦ったシャルロットは強硬手段に出る。

それほど鈴の今の姿は悲惨なものだったのだ。

 

皆さんは箪笥に足の小指をぶつけたことはあるだろうか?あるのならば、その時のことを回顧していただきたい。ぶつけたことのない人が居るのならば、突き指で良い。

何故アレは顔を歪ませるほどの苦痛を私たちに与えるのか、考えたことがあるか?

指には筋肉がなく、衝撃が直接骨に響き、神経へと伝わるからということある。

だが、主因はそれではない。その衝撃が不意に脳へ信号として襲来するからである。

意識と無意識とでは同じ衝撃でも痛みの感じ方が異なる。

そもそも痛みとは生物としての生存危機を知らせるためのシグナルであり、不意の危機の襲来を脳に必ず危機からの回避を認識させる必要がある。

故に、不意の危機である小指の衝突は激痛となって脳に伝わる。

もし、これが、止まっている物体にゆっくりと小指が衝突するのではなく、素早く動く物体が自ら小指に突撃してきたら、どうだろう?さきほどとは比べ物にならないほどの衝撃が小指に襲い掛かり、脳には激痛のシグナルが届くことは自明の理である。

もし、踵落としが小指に襲い掛かってきたのなら、人は正気を保つことはできないだろう。

しかも、それが不意打ちならなおのことだ。

だが、これしかない。これは鈴の意識を回復させるために仕方なく行う治療法だ。

シャルロットは自分に言い聞かせ、鈴の足の小指を踵で思いっきり踏みつけようとする。

狙いを定め、シャルロットは踵を振り下ろした。

 

「えい」

 

だが、シャルロットの踵が鈴の小指に着弾する直前で、鈴は忘我の果てから帰ってきた。

これまで幾多の困難に挫折しても乗り越えてきた鈴は精神的に打たれ弱くとも、立ち直りが早い。だが、精神的な回復力が高いからこそ、失敗を恐れないあまり、感情に任せ突っ走るという悪癖は治るどころか、悪化してしまっている。

その鈴の立ち直りの速さが今回は悪く働いた。

鈴は自我を取り戻した直後、一夏に『曾お祖父ちゃん』という言葉について問いただそうと、椅子を座りなおそうとした。シャルロットの踵が着弾したのはその時だ。

意識を取り戻すための行為が単なる意味のない踏みつけになってしまった。

しかも、シャルロットの踵が着弾したのは鈴の小指でなく、最も弱い薬指だった。

ゴシャッっと酷く鈍い音が食堂に響く。

 

「いったぁぁぁぁぁぁ!」

「ご、ごめん、鈴!」

 

鈴は痛さのあまり、床を転げまわる。シャルロットは良かれと思ってやったことだったのだが、結果として自分の目的は達成されたが、鈴にしたことは最悪である。

呪いは強固であるとシャルロットは痛感させられてしまった。




『うん、わかった。蓮に伝えておくね。それと、お願いなんだけど』
「なんだ?香純?」
『ちょっと遅いけど、十五年分のお年玉頂戴♪』
「……卿はその年になっても、欲しいのか?」
『もちろん。アタシ曾孫娘、貴方曾お祖父ちゃん、故に、ギブミーお年玉♪』
「……よかろう」
『本当!やったー!曾お祖父ちゃん大好き!』
「グラズヘイムの金庫の金をそちらに送ろう」
『はーい!』

後日、黄昏の浜辺

「おい、香純、なんだこりゃ?あの獣様からお前宛にこれ届いたぞ?」
「香純、お前いったいラインハルトに何を貰おうとんだ?」
「曾お祖父ちゃんからの十五年分のお年玉?」
「さすがは、安定のバ香純だな。俺には十五台の巨大なコンテナにしか見えないぞ。これをどこからどう見れば、年玉に見えるんだ?」
「知らないよ。アタシ、曾お祖父ちゃんに本当にお年玉頂戴しか言ってないもん」
「ハイドリヒ卿からは何か言われなかった?」
「……グラズヘイムのお金だって」
「まぁ、良い。とりあえず、開けてみようぜ」
「……ただの紙幣だな?」
「すごい、これ全部本当にお金?」
「お金だけど、これ、あんまり価値無いよ」
「知ってるのか?先輩?」
「これ見て、パピエルマルク。ドイツが第一次大戦のあとでハイパーインフレを起こした時の紙幣だよ。たぶん、この量でも、今の日本円に交換したら、十五万円ぐらいにしかならないね」
「……そんな」
「さすがはあの時代に生きた獣様だよ。私ならこんな真似できない。精々できて、ジンバブエドルだね。」
「先輩、それもハイパーインフレだから」
「ってか、黄昏の浜辺に金が必要か?」
「……うぐ…現世に行くときにあったら便利かも」
「それまで、どうするんだ?」
「……隅っこに」
「隅っこに誰が運ぶの、綾瀬さん?」
「……」
「……」「……」「……」
「ひ」
「ひ?」
「曾お祖父ちゃんのバカぁ!」


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ChapterⅩⅤ:

今回の話は、前回のギャグパートと全く違う雰囲気の話です。

前半はベイ中尉、後半はラウラです。


深夜、一人の男が港の倉庫が立ち並ぶ倉庫街を走っていた。

この男の表情をみれば、この男が減量目的にランニングしているのではないということは誰の目にも明らかである。全力疾走しているため、滝のように汗は流れ、息は荒い。

血走った目で身を潜めることの出来そうな場所を探している。

男は追われていたからだ。

だが、この男の手にはサブマシンガンがある。

現代日本において、このような武器があれば、相手が武器を携帯している警察や自衛隊、暴力団でない限り、逃走する必要などない。にも関わらず、この男は逃走している。

男の逃走の要因となった相手の戦力が強大であり、サブマシンガン程度でどうにかなるはずがないと男は自覚したからだ。

男がそれに気づいたのは、先ほどまで数十人いたはずの仲間が全滅したからである。

ある者は串刺しにされ、ある者は追跡者に桁外れの力で殴られ、頭部が吹き飛んだ。

幾ら銃を撃ってもほとんど当たらない上に、当たっても相手は負傷しない。

理解の範疇を超えた現状に対し、このような小さなサブマシンガンがたった一つで、打開できるはずがない。故に、男は逃走という選択肢を取った。

サブマシンガンを手放し、人通りの多い場所へ向かいたくとも、深夜の倉庫街から人の居るところは遠すぎる。追跡者から逃げるには身を隠し、自分を見失うことを待つことが最も生存率の高い選択であると男は経験則から察した。

だが、行けども行けども倉庫であり、身を隠す場所がない。所々障害物があるのだが、身を隠すという役割を果たすことが出来る程の大きさはない。

 

「神はまだ俺を見捨ててないようだな」

 

だが、幸運にも身を隠すことが出来そうな物を男は見つけることが出来た。

廃棄されたタイヤが平積みにされていたのだ。この大きさからしておそらくこのタイヤはダンプカーなどの特殊車両のタイヤなのだろう。大の男が1人入るには十分の大きさだ。

男はタイヤの中に隠れ、息を潜めることに専念する。呼吸音が漏れないように、全く別のことを考え、気持ちを落ち着かせ、息を整えようとする。

息を整えるには、ゆっくり大きく呼吸し、穏やかな光景を思い浮かべることが効果的だと師からの教えを男は思い出した。

ここから、逃げ切り、暗殺対象を殺せば、遠くの国に高飛びし、莫大な報酬でゆっくり余生を過ごすのが良いだろう。南の島の温かい島が良い。

男はそんなことを考え、息を整えた。だが、突如聞こえてきた声により、男は緊張し、落ち着き始めていた息と心臓が激しさを取り戻した。

 

「ハハッ、Versteckspielってか?確か、この国じゃ、かくれんぼっつーたか?」

 

追跡者の高ぶった声が男の耳に入ってきた。

どうやら追跡者はこのかくれんぼを楽しんでいるらしい。

男の耳に聞こえてくる追跡者の足音が次第に大きくなることから、男に追跡者が近づいてきていることを男は察し、息を止める。

……10m……5m……3mと、追跡者は男との距離を詰めた。

 

「確か、こっちの方に来たのは分かるが、……どこ行きやがった?」

 

だが、男からすればこのような生死を賭けたかくれんぼなど堪ったものではない。

辞められるものなら辞めたい。辞められるのなら、なんでもしよう。裏稼業で稼いだ金なら幾らでもある。一文無しになっても構わない。言われた額を絶対に払おう。

だから、俺を見つけないでくれ。殺さないでくれ。

何時間経ったか分からないほど、男はタイヤの中で必死に祈り続けた。

だから、祈り始めてからその声が聞こえるまで、数秒だったのか、数分だったのか、数時間だったのか男は分からない。

 

「……あーあ、止めだ止めだ。海風でこの服が汚れやがる。今さらあんな小物逃したところで、雑魚とはいえハイドリヒ卿が認めた後任共が殺されるなんてありえねぇ。まあ、殺されたら殺されたで、劣等が数匹くたばるだけだ。俺の知ったことじゃねぇ。俺に認められたいってのなら、俺と殺し合いができるぐらいになってもらわねぇとな……まあ、いい。こんな時はさっさと帰って、酒を飲むに限る」

 

追跡を諦めたのか、踵を返し始めた。

次第に足音は小さくなり、追跡者が遠ざかっていっていることが分かる。足音が聞こえなくなると、男はタイヤの中から、這い出て、この場から離脱しようとする。

九死に一生を得た感覚の男は極度の緊張感からの解放により、失禁する。

平時の大の男なら、濡れる下着の感触を嫌がるものだが、今のこの男はこの感触を味わえるのも生きている証拠だと感激している。

 

「と思ってるが、それでもハイドリヒ卿の命令は絶対なんだわ」

 

頭上から血に飢えた獣の声が聞こえてきた。

その声は追跡者の声だった。

声が聞こえてきた直後、男の目の前に何かが落ちてきた。

白貌の吸血鬼、ヴィルヘルム=エーレンブルグだ。

ベイの落下の衝撃により、目の前のアスファルトは陥没し、轟音が鳴り響く。男は腰を抜かし、その場に座り込み、どう足掻いても覆せない絶望感というものを初めて知った。

 

「こちとら、殺しを生業にしてんだ。俺がテメェら劣等ごときを一匹でも見失うとでも思ったか?目を瞑っていようが、耳塞がれようが、ぬるま湯につかって平和ボケしたテメェらを殺すことなんざ余裕すぎて、欠伸が出るぐらいだ」

「……」

「おい、なんとか言ってみろよ。劣等」

「……」

「あー駄目だ、こりゃ、気失ってんな」

 

ベイは放心状態の男の表情を見て、嬉しそうだ。

自分に銃を向け、殺そうと粋がっていた人間の表情が絶望に変わるこの瞬間がベイは好きだった。絶望に打ちひしがれる者の行動は様々であり、見ていて飽きないことが多い。

この男の場合は、一時的な自我崩壊だった。

 

「だったら、目覚ましのマッサージはどうだ?」

 

ベイは失神している男の足を踏みつけ、男の足の甲の骨を砕く。

車を壊すための粉砕機によって、紙細工が壊されるようだった。

踏みつけられた男の足は骨が粉状になるまで粉砕されたことにより、形を保てなくなってしまう。もはや人間の足の姿をしておらず、ゲル状になっていた。

更に、アスファルトで摩り下ろされた足からは夥しい量の血が溢れていた。

変形と大量出血により、男の足は元が足だったと分からないものになっていた。

耐えがたい激痛は男の脳に自我を取り戻させるために十分なショックを与えた。

 

「Guten Abend. 気持ち良すぎてイキかけてるところ悪いんだがよ、テメェにちぃと聞きたいことがあるんだわ。…あーっと、『1.何が暗殺対象だ?』だ」

 

ベイはポケットからクシャクシャになった紙を広げ、読み上げる。

この紙にはイザークが書いた暗殺実行犯に対する尋問表だった。

男の目の前にいるベイはやる気がなさそうだ。実際、ベイのやる気は微塵もない。ベイはベアトリスに『脳筋バトルジャンキー』と評されるほどの戦闘狂だ。

目標抹殺というシンプルな任務以外の任務をまともに熟せないベイは尋問の内容をよく忘れる。故に、複数の尋問をするときは、このように誰かに尋問表を持ち歩かされる。

今回ベイが持たされている尋問表は、イザークが臨機応変という言葉を知らないベイのために、分かりやすく樹形図化してある。

 

そんなベイの事情を知らない男だったが、ベイの機嫌を損ねるわけにはいかない。

ベイが怒れば、自分はあっさりと消されてしまう。

あっさり消されるのならまだ良い。最悪、拷問が始まるかもしれない。

あの圧倒的な腕力と得体のしれない杭の正体が何なのか分からないが、口を割らすための道具になりえるからだ。

故に、男の中には正直に答えるという選択肢しか存在していなかった。

 

「シャルル=デュノアだ!」

「こっから、こういって……『→シャルル=デュノアの場合:2.どうして狙う?』」

「電話の男に依頼されたんだ!目的なんか俺たちは知らない!」

「んで、此処に行くから……『→依頼の場合:3.依頼人はデュノア社か?』」

「知らない!俺たち殺し屋は情報が漏れないためにも、互いの素性を知ってはならない暗黙の掟があるんだ!本当だ!殺さないでくれ!」

「ワンキャン五月蠅ぇぞ。もう良い。死んどけ、餓鬼」

 

一気に機嫌が悪くなったベイは形成により体中から杭を出現させる。

唯でさえ、イザークの書いた紙が彼にとって複雑すぎてイライラしているのに、彼の言う劣等の耳障りな喚き声を聞かされたのだ。我慢の限界突破などすぐだ。

殺さないでくれという男の嘆願はベイの耳に入っていない。ベイにとって、生殺与奪は自分の気分次第であり、相手の事情など知ったことではない。

殺気を出すベイは右腕を振り上げ、拳に力を込める。

ベイの拳は岩をも砕く鋼鉄を超える強度を手に入れ、巨大で頑丈なハンマーとなった。

しかも、唯の巨大で頑丈なハンマーではない。このハンマーには指という鍵爪がある。まともに喰らえば致命傷は必至である。仮に直撃を免れたとしても、鍵爪が人体を抉り、体を内部から掴まれてしまう。最悪、そのままベイの拳が体を食い破るだろう。

ベイの拳は人を殺すために進化し、人の生き血を啜ってきた結果である。

こんな拳を喰らえば、誰であろうと、生命維持は不可能になることは自明の理だ。

ベイの殺気に恐怖した男はポケットの中から携帯電話を取り出し、ベイに差し出してきた。後数センチのところで男の頭に触れ、アスファルトに叩きつけ、殺しそうになった手をベイは止める。

 

「あん?」

「依頼人から送られてきた携帯電話です。この電話に唯一登録されているのが今回の依頼人です。依頼人が誰か知らないけど、これさえあれば、依頼人が分かるかもしれません」

「なるほどな。確かに、これをイザークに渡せば何とかなるだろう」

 

ベイは男から携帯電話をひったくるように受け取る。

 

「もう、テメェは用済みだ。じゃあな、Auf Wiedersehen.」

 

男の座っていた地面から数本の赤黒い杭が現れ、男の体を貫いた。

地面から生えた杭が男の血を啜ると、男の体は水気と生気を失っていく。最後に男の体は灰のようになり、宙へと舞っていった。これがベイに追われた男の結末だった。

その場には男の遺留品のみが残る。ベイはそれらを漁り、金になりそうなものをポケットに詰め込むと、余った遺留品を近くの海に投げ捨てた。

これで、遺体もなければ、遺留品もない。

万が一、この男の遺族が捜索願いを警察に提出したとしても、行方不明扱いになり、ベイに辿り着くことはないだろう。

 

「とりあえず、今日はんなもんか。今日の収穫は魂36……数は悪くねぇが、所詮は劣等だな、魂の重みがまるでねぇ」

 

それに比べて、先日のIS学園の戦闘で無人機のISを破壊したときに核から奪い取った魂はかなり良質だった。故に、ベイは今のところ殺人衝動は抑えられている。

 

「んで、金が……765万と…飛んで961円か。この国の暗殺者は相変わらず羽振りがいいねぇ。数が少ねぇし、ポリ公どもがダリィから、依頼料は高くなるんだろうが、手持ちでこの金額たぁ、依頼料はぼったくりだな。一人殺るのに、幾らとってんだ?」

 

金勘定をするために倉庫にもたれ掛かっていたベイは立ち上がると、歩き出した。

此処は近くの港からIS学園に様々な物資を搬入するために、建てられたIS学園近くの倉庫街であり、ベイの居城でもある。魂を食らうために網を張るには不向きな場所ではあるが、此処を離れるわけにいかない理由があった。

 

「ハイドリヒ卿の命令がなけりゃあな」

 

シャルロットは現在シャルルとして、IS学園に席を置いており、世間一般的には二人目の男のIS操縦者である。

だが、シャルロットの正体が一夏にばれたことがデュノア社に伝わってしまっているはずだ。なぜなら、デュノア社が一方的に、シャルロットの連絡を打ち切ってきたからだ。

真相は不明だが、幾つかその要因が考えられる。

一夏に正体がばれたシャルロットはIS学園を去るつもりであったため、その日のうちに盗聴器は撤去してしまった。他にもシャルロットの動きを監視するためのスパイがIS学園内部に紛れ込んでいる。など、様々な可能性が考えられる。

シャルロットからこれを聞かされた一夏は、シャルロットが正体を明かす前に証拠隠滅を図り、デュノア社は刺客を送り込んでくると考えた。

シャルロットを黒円卓の第三位に迎え入れた一夏からすれば、数十年かけて探し当てた英雄の卵が狙われるこの事態を見過ごすは毛頭ない。

デュノア社に消される前に、真実を公表し、デュノア社を潰すという手もあったが、シャルロットが今の自分の立場を維持し、その幕は自分で引きたいという願いを一夏は無碍にできない。

となれば、刺客を迎撃するしか方法はない。デュノア社を潰すということも考えたが、破滅しても、一部の者らが刺客を送り込んでくる可能性はないとは言い切れない。

他にも、夜都賀波岐のこともある。ツァラトゥストラと現在話をするつもりはない。

他者との対話によって真相を知っても何の面白味もないからだ。

真相を知るのは相手をねじ伏せ、口を割らす方が性に合っている。

そこで、一夏はベイにIS学園近辺にある倉庫街で堅気でない人間を尋問し抹殺せよという刺客一掃の命令を出した。

相手が堅気であるか否かはベイの勘任せだが、ベイの勘が外れたことがない。

人殺しが纏う独特の死臭を見つければいいだけだからだ。

ベイの本音としては『ヒャッハー!死にたい奴はどいつだ!』と叫びたいところだが、生を謳歌する表社会の者に対して襲撃を掛けるのはハイドリヒによって、固く禁じられている。人を戦うことしか頭のないベイだが、ハイドリヒへの忠誠心は揺るぎないものであり、ハイドリヒの命令を破るわけにはいかない。

破れば、自分はハイドリヒの騎士でなくなる。

故に、ベイは此処から食事と一夏への報告以外で離れることが出来ない。

 

「命令が無けりゃ、ジンバブエか…スーダンだな」

 

昼間はこの倉庫街にある西の廃倉庫の事務室で眠り、夜になると活動する。

幾ら廃倉庫と言えども、人が来ないとは言いきれないため、昔組んでいたマレウスから教え込まれた人避けの魔術を行使し、昼寝を邪魔される要因を排除する。

 

「まだ、続いていたのかチェチェンは」

 

根城に戻ってきたベイは新聞を読んでいた。

ベイは戦闘狂であり、これまで幾つもの紛争地帯で暴れてきた。こういった紛争地帯を見つけるのには世界情勢を知っておく必要がある。そして、世界のどこかの国の戦争のきっかけを探すことにおいて、メディアというツールは最も便利である。

戦争のきっかけを見つければ、後は持っているスマートフォンで深い情報を探す。

普段『ヒャッハー』と叫んでいる脳筋であるが、戦争とハイドリヒがらみとなると普段使わない脳みそが活性化する。むしろ、この時だけ脳を動かしすぎるからこそ、普段のベイの脳は休眠状態になり、『ヒャッハー』になっているのかもしれない。

一通り新聞に目を通したベイは立ち上がる。

 

「後はこれをハイドリヒ卿に送れば、今日のやることは終わりだな」

 

 

 

同時刻、ドイツ、ベルリン郊外

 

ドイツ国産の有名高級車に女性が乗っていた。

黒髪のボブカットの女性は運転席でハンドルを握っている。そして、その横の助手席には銀髪の長髪の女性が腕を組み座っていた。二人とも眼帯をし、軍服を着ていた。

運転席の女性より助手席に座っている女性の方が若干年下に見える。

 

「隊長、施設自体は2年前に閉鎖され、施設閉鎖後に研究員や職員が研究のデータを持ち出したという可能性もありますので、残っている情報は少ないと思われます。ご了承のほどよろしくお願いします。それと、現在、黒兎部隊の隊員が研究員や職員の足取りを追っています。索敵なら得意なのですが、情報収集を不得手とする者たちは多いので、研究員や職員の発見には時間がかかると思われます」

「しかし、良いのか? 下手をすれば、この国の暗部に狙われることになるぞ?」

「構いません。あの『ドイツの冷氷』と評された唯我独尊のラウラ=ボーデヴィッヒ隊長が『他者と繋がりを知りたい』と心を開き、私たちに頭を下げたのです。それだけで十分です……それに」

「それに?」

「それに、黒兎部隊の中には隊長と同じ施設出身の者もいます。私もその内の一人です。だから、貴方のお気持ちは分かりますよ。ラウラ=ボーデヴィッヒ隊長」

「そうか、迷惑をかける。これからも頼むぞ。クラリッサ」

 

二人はある場所に向かっていた。ベルリン郊外にある工場地帯の一角にある『白い一角獣(ヴァイス=アインホルン)』という研究機関の研究施設である。

この研究施設ではある物が研究され、生産されていた。

 

この研究機関で研究されていた物はドイツという国の事情に絡んでいた。

ここで、軽くドイツ近代史を話す必要がある。

数十年前、EUの国の中でドイツはかつて非常に優秀な国だった。国民は規律に厳しく守り勤労に勤しみ、税金を納め、国庫は潤っていた。だが、ドイツという国は転落した。

EUの複数の国の財政破綻が発生した。財政破綻した国の負債を補填するために、EUの同盟国のドイツの国庫が使われた。これだけなら、問題は内閣の支持率低下で話は済んだ。問題はドイツが消費拡大と労働力獲得のために行った移民政策が予測以上に進み、安い賃金で働く移民たちにドイツ国民が仕事を奪われたことだった。

何故、急激にドイツへの移民が急増したのか。それは財政破綻した他国から職を求めて安定していると思われるドイツに移住する者が急増したことが要因だった。

本来なら、国庫などを使いドイツ国民の所得を保証するのだが、国庫が他国の負債負担をしてしまったため、自国民の所得を完全に保証するほど残っていなかった。移民政策により、移民の納税が一部免除されていたため、移民からの国の収入は少なかった。

政府は移民政策を止めるが、ドイツ国内に出稼ぎという形で入国する他国民に対し入国拒否の権限をドイツ政府は持っていなかった。EUの規則で入国拒否の基準を定められていたからだ。結果、ドイツ国内から金が流出してしまい、ドイツ国民の経済は悪化した。

これにより、ドイツ国民の中で移民排斥運動が多発した。移民の企業が襲撃されるような暴動は無かったものの、一部の者たちによる移民への傷害事件は頻繁に起こった。

政府はこれに対する打開策を見つけることが出来ず、政治家を辞職する者が後を絶たず、国の政治経済は崩壊の危機に陥った。

そんなとき、一人の政治家がある提案をした。

 

『優秀なドイツ国民を育てれば、この国は安定するはずだ』

 

この提案は的を得ている。だが、この提案の実行案が異端だった。

優秀な人材を遺伝子組み換え技術により人工的に産み出し、高水準の教育を受けさせる。優秀な子どもは優秀な大人になり、国の指導者となって、国の立て直しを図るというものだった。その研究と人材の育成を国から委託されたのが、この機関だった。

そして、この機関で生まれたのが……

 

遺伝子強化試験体

 

当初は時間や予算が掛かり過ぎ、非人道的であることから世論の反対の意見は多かった。

だが、国はこの委託事業を強硬に推し進めた結果、三十五年でドイツ政治経済は回復した。

増えすぎた移民を国外退去させ、EU内で起きた財政破綻国の負債を見捨てた。

EU内部からは非難の声があったが、『国とは自国民のために存在するものであって、他国民のためにあるものではない』と毅然とした態度を取り、これ以上の他国の非難は内政干渉であり戯言だと切り捨てた。結果、EU内の他国はドイツを軽視することはなくなった。

ドイツ政府の委託事業は成功だと国内では称賛され、反対意見は減少した。

 

ラウラとクラリッサはこの『白い一角獣』機関の出身である。

ともに、ISの高い適正とISの好成績を収めたことから、IS配備特殊部隊に所属している。特に、ラウラは異例の出世をし、最年少で少佐に就任した。

 

「では、何故、『白い一角獣』という研究機関は消えた?」

「表向きでは、非人道的であると主張する人権保護団体による反対意見によるものだとされています。ですが、我々の調査の結果、『白い一角獣』機関を遡っていきますとある機関に辿り着きました。」

「なるほど、その機関に問題があり、公になってはドイツの立場がなくなる。だから、強引に閉鎖させたということだな?」

「その通りです」

「その機関の名前は?」

「生命の泉(レーベンスボルン)です」

「何だ、それは?」

「第二次世界大戦頃にドイツに存在した機関です。現代風にいうのでしたら、母性養護福祉機関です。ドイツ民族の人口増加とドイツ国民の純血性の確保を目的とした機関です」

「ナチス絡みか」

「はい。レーベンスボルンの一部が優生学の研究を始め、その一部が何度も組織名を変えて、脈々と繋がり、最終的に『白い一角獣』機関へとなったわけです。『白い一角獣』機関のおかげでドイツは復興しましたが、それがナチスと関わっていたとなると、諸外国から追及されかねません。ですから、露見する前に、ドイツ政府の手で潰す必要があったというわけです。『白い一角獣』機関の閉鎖が行われる数年前から、国営放送で『白い一角獣』機関の人道性について論議される番組が増えたのは、世論を操作するためだと考えられます。……到着しました」

 

クラリッサは白い建物のゲートの前で車を止めた。

研究機関は三年前に閉鎖された為か、敷地内の草木は荒れ放題だった。芝生は手入れされておらず、伸びきってしまっている。落ち葉も堪り過ぎて、ほとんどアスファルトが見えない。にもかかわらず、寂れた感じはしない。

ラウラとクラリッサは車から降りる。

 

「ラウラ=ボーデヴィッヒ隊長、お気づきですか?」

「あぁ、人が居るな」

 

研究施設の門の近くのアスファルトに出来た水たまりから濡れたタイヤが通った跡があった。昨日は雨だったことから、この水たまりは昨日できたと予測できる。

そして、水たまりから出来た真新しいタイヤ痕がついさっきできた物であると分かる。

ラウラとクラリッサは身を隠しながら、施設の周りを散策する。

すると、一台の黒塗りの最新の高級車が止まっていることを視認した。

しかも、この高級車はロケット弾を食らってもフロントガラスが割れないという頑丈さが売りの車だ。このような車を買うものなど、よほどの物好きか、誰かから狙われるようなことをしている者しかいない。

 

「クラリッサ、最悪の場合ISの使用を許可するが、今回の目的は情報収集だ。人が居れば、殺さず捕縛しろ。できるなら、先ほど渡した消音機付きのハンドガンで対処せよ。それと、これから私たちが乗り込むのは敵地だ。襲撃の可能性は十分ある。気を抜くな。」

「了解(ヤヴォール)」

 

銃を手にした二人は『白い一角獣』機関の研究施設の中へと突入した。

音を立てず、息を殺し、奥へと二人は進んでいく。

突入直前に施設の図面を見ていたため、迷うことなく、奥に進めた。

そして、何事もなく二人が目指す場所である地下の『資料室』へと辿り着けた。

目的の場所にすんなりと辿り着けた二人に緊張が走る。少しだけ資料室の扉が開いていたことから、資料室に誰かが居ると二人は推測したからだ。

だが、不可解な点が一つあった。資料室の扉の取っ手の埃が無いことから、最近誰かがこの取っ手を握ったと分かるのだが、資料室前に積もった埃に足跡がない。

此処に人が来たのなら、施設の玄関から此処まで足跡があるのが普通である。空中を移動することが出来ない限り、ありえない。侵入者はISを使っているのかと仮説を立てたが、ISで飛行するにはこの廊下は狭すぎる。この廊下に足跡を残さず進む方法は蜘蛛のように、壁や天井に張り付いて進んだとしか考えられない。

資料室の扉を開け、二人は銃を構えたまま、中を見て回る。

 

「隊長、こっちには誰もいません」

「……こっちもだ。クラリッサ、周囲を警戒したまま、資料を回収せよ」

「了解(ヤヴォール)」

 

ラウラとクラリッサは利き手に銃を持ったまま、資料室の本棚の本を虱潰しに探していく。二人の予想に反して、資料はほとんど残っていた。

普通、組織を解体するのならば、資料は研究員や職員が受け継ぐなり、廃棄する。

一般人に見られて不味いものであるならば、敷地内で焼却処分をするのが通常であり、資料を放置するなど普通に考えれば、ありえない。

では、何故ここまで資料が残っているのか?とラウラは考えていた。

そして、目的の資料である研究結果の概要と遺伝子強化試験体の交配一覧を見つけた。

ラウラは銃を置き、遺伝子強化試験体の交配一覧の中から、夢中になって自分を探し始めた。だから、背後に迫るそれが声を掛けてくるまで、ラウラは気付けなかった。

 

「おや、これは可愛らしいお嬢さんだ」

 

ラウラの首に数本の糸が触れた。



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ChapterⅩⅥ:

首に触れた糸が締まろうとした瞬間、ラウラは机の上に置いた銃を取ろうとする。

だが、ラウラの手は銃に届かなかった。

首に巻きついた数本の糸が自分を吊り上げたからだ。

頸動脈と気管を塞がれたラウラは必死に足掻くが、糸は緩まない。腰にあるナイフで糸の切断を試みるが、糸があまりにも頑丈すぎる。まるで鋼鉄のワイヤーのように硬い。

結果、逆にナイフが刃こぼれを起こしてしまい、使い物でなくなった。

ラウラは両腕の部分展開をし、ワイヤーを掴む。

 

「無駄ですよ。私の辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ=ゲットー)は貴女のIS如きでは切れません。織斑千冬の零落白夜でなければ話になりませんね」

 

さきほど聞こえた男の声がラウラに耳に入る。

どうやら、この声の主が自分を絞殺しようとする犯人らしい。となると、あの外に止めてある車はこの男の物なのだろう。やはり、襲撃に備えて、準備をして正解だった。だが、同時に疑問が発生する。何故、この男はこの部屋に居る?先ほど、自分たちは隈なくこの資料室を探索した。扉の開閉音や自分たち以外の足音は聞こえなかった。

であるならば、この男はこの部屋の何処に居た?

そんな疑問がラウラの頭を過るが、今はそれよりも自分の身に迫った危険が重要である。

ラウラは脚部の部分展開も行い、吊り輪の新体操の選手のようにワイヤーを掴んだ状態で逆立ちをし、天井を蹴り抜いた。結果、首に掛かっていたワイヤーは緩み、その間にラウラはワイヤーから離脱した。

 

「なるほど。自分を吊り上げる糸が固いのなら、糸を固定させている天井を破壊すれば、脱出できる。ベイ中尉のようにやり方は乱暴だが、頭は彼以上に回るようだ」

「隊長!どうしました!」

 

天井崩落の轟音により緊急事態だと判断したクラリッサはラウラのもとに駆けつける。

だが、電気が点いていない上に、埃が待っている。いくら軍用の強力な懐中電灯があるとはいえ、視界が悪く、状況の把握が困難であった。

 

「クラリッサ!襲撃だ!ISの使用を許可する!」

 

ラウラとクラリッサは専用機を完全に展開する。視界暗視モードを起動させ、周囲を見渡す。だが、幾ら周りを見渡しても敵が見つからない。

 

「このような暗い密室で部分展開ならまだしも、完全展開は良い手とは言えませんね」

「上か!」

 

ラウラとクラリッサは声が聞こえてきた頭上を見上げる。

そこには、縦横無尽に蜘蛛の巣のように天井に張られた糸の上に男が立っていた。

男の外見は細身の長身、目元にクマがあり、髪は灰色で七三分け、研究者なのか白衣を着ている。一度見たら忘れなさそうな容姿であった。

 

「やっと、私に気付きましたか」

「貴様、何者だ!」

「おや、そういえば、名乗るのを忘れていましたね。どうせ、貴方たちは死ぬので、此処で名乗るのは無駄でしょうが、私も研究者出身とはいえ、一時騎士団に席を置いた者だ。暗殺が失敗したのなら、名乗るのが礼儀というものでしょう。……元、聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート=シュピーネ。いや、貴方たちには、マルセル=シーボルトと名乗った方が良いかもしれませんね」

 

シュピーネという男が名乗ったマルセル=シーボルトという男はドイツ人なら誰もが知っている人物である。

マルセル=シーボルトの経歴に不明な点が多い。

生まれも、両親も、出身の大学も、元の職業も、証拠になるようなものが全くない。

マルセルは経済の立て直しを図るための政策と事業を掲げ、連邦議会選挙に立候補した。

そして、彼の掲げた事業がかの有名な『白い一角獣』機関への委託事業だった。

無名だったマルセルだったが、当時立候補者が少なかったため、容易に当選できた。

議員となったマルセルは議会に事業の提案を行い、事業は実行された。

だが……、

 

「マルセル=シーボルト……確かに似ているかもしれませんが、相手を騙したいのなら、もう少し信憑性のある嘘を言うべきでしたね、ロート=シュピーネ。マルセル=シーボルトは40年以上前の人間で、事故死したはずです。今生きているはずがありません」

「別に私は貴女達を騙すつもりなどありませんよ。此処で貴女達は死ぬのだから、嘘をつく必要がない」

「随分と自信家だな。それと単なる馬鹿か?こちらはIS、貴様はその強度が高いだけのワイヤーだ。付け加えていうのなら、二対一だ。どちらが有利かなど結果を見るよりも明らかだと思うが?」

「さて、それはどうでしょう?」

 

ニヤリと笑ったシュピーネは右手を振るう。

最初、ラウラとクラリッサはシュピーネがこちらに何かを仕掛けてきたということに気付いたのだが、具体的に何をしてきたのか分からなかった。ラウラ達が戦っている場所の資料室が暗かったため、天井に張り巡らされた無数のワイヤーの内の数本が動いたことに気付けなかったからである。

だが、ラウラはシュピーネの攻撃を的確にかわすことが出来た。シュピーネの攻撃に気付けたのはシュピーネから発せられた殺気と、ワイヤーが振るわれた時に聞こえた音の二つをラウラは感じることが出来たからである。

軍人として才能を発揮させ、黒兎部隊の隊長としての経験がラウラを救った。

ラウラは何とか避けられたが、クラリッサはシュピーネの攻撃には気付けたものの完全に回避できなかった。シュピーネのワイヤーが絡み、クラリッサのレールカノンは暴発させられてしまった。ISの武装がワイヤーに破壊されたことにラウラとクラリッサは驚く。

どうやら、この相手は一筋縄にはいかないらしい。

多少派手に暴れることになるが、この場から生還するには仕方のないらしい。

 

「そう暴れられては此処の大事な資料が駄目になってしまいます。私に大人しく殺されてくれませんかね?」

「御免蒙る。私としても此処の資料は重要だ。貴様こそさっさと死ね」

「隊長!尋問するのではないのですか!」

「この顔は生理的に無理だ」

 

ラウラはシュピーネに照準を合わせ、レールカノンを放った。だが、レールカノンの方向の角度から着弾点を予め予測していたシュピーネはワイヤーを伝い、素早く回避する。

狙いから外れたレールカノンの砲弾は天井に着弾し、天井板が崩落した。レールカノンを放った反動で資料室の本棚が倒れ、その衝撃で埃が舞い上がり、視界が更に悪化する。

 

「確かに、貴様の言うとおり、この位置は障害物が多すぎるな。……ならば!」

 

ラウラはPICで宙に浮くと、再びシュピーネに向かってレールカノンを放つ。

地に足を着ける生物は高低の距離感が狂いやすい。故に、頭上の目標への射撃は水平方向に居る目標への射撃より外れやすい。敵が頭上に居るのならば、ISで上昇すればよい。

天井付近にはワイヤーが張り巡らされているが、ISの出せる力は強い、ワイヤーは切れなくとも、ある程度払いのけることが出来る。だが、この蜘蛛の巣の中に飛び込むということは、シュピーネの間合いに入り込むことを意味している。シュピーネのワイヤーはISの武装を破壊することが出来る程の強度を持っている。故に、ラウラは相手に攻撃のチャンスを与えてはならない。そこで、ラウラがとった手段は簡単なものだった。

ただひたすら砲撃である。猛攻を続ければ、回避に集中せざるを得ないシュピーネは攻撃に転じることが出来ない。

 

「『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』という格言が東の国にはありますが、それは相手が避けないということが前提の話であり、私がこのように動き回っている現状においてこの格言は当てはまりません。むしろ『無駄な努力』と言えましょう。嘆かわしい」

 

攻撃に転じることが出来ないシュピーネだが、心の余裕がないわけではない。

このまま持久戦に持ち込み、ラウラの弾切れを待てば、攻撃に転じることは可能である。

 

「……こうも避け続けるだけなのも、面白みがない。そういえば、さきほど、貴女達は私に尋問すると言いましたね。…良いでしょう。冥土の土産に教えてあげますよ」

「随分余裕だな」

「えぇ、砲弾が切れれば、貴女の負けは必然。それまで私は貴女の攻撃を避け続ける自信がある。よって、現状において私に敗北をもたらすような要因はありません」

「そうか」

「さて、何から話しましょうか」

「貴様の目的はなんだ?」

「そちらから話題を振ってもらえるとは助かります。長く生きていると振れる話題が多すぎて、何から話そうか迷うものなのですよ。……それで、私の目的でしたね。簡単に言えば、『白い一角獣』機関の復活ですよ」

「復活させて何をするつもりだ?」

「私の私による私の為の黒円卓の結成ですよ」

「黒円卓?」

 

名乗りの時もシュピーネはその言葉を口にしていた。

ラウラのレールカノンを避けながら、シュピーネは片手間に話し始めた。

聖槍十三騎士団を、首領のラインハルト=ハイドリヒを、エイヴィヒカイトを。

そして、数十年前、ラインハルト=ハイドリヒの脅威から逃げた自分は彼の支配を受けない現世という名のヴァルハラをシュピーネは辿り着いた。

だが、黒円卓に属する者たちは自分以外にも十二人居る。

そして、何時かは自分が此処に居ることに気づき、自分という不忠者を粛清に黒円卓がやってくるかもしれない。だが、自分は黒円卓の中の非戦闘要員のイザークやテレジアにバビロンの三人を除けば、シュピーネは最弱であり、対抗する手段を持たない。

故に、シュピーネは彼らに対抗する戦力の確保に乗り出した。その戦力の確保は大資本とその戦力を確保する手段がなければ達成できない。シュピーネは数十年かけてその二つを手に入れた。そのうちの一つが『白い一角獣』機関である。

 

「さて、貴女の攻撃パターンは読めてきたので、そろそろこちらも反撃と参りましょう」

 

シュピーネは辺獄舎の絞殺縄を片手で操る。

辺獄舎の絞殺縄は束になり、編みこまれ、一つの槍へと変貌した。

ラウラはそれがただの槍ではないと見た瞬間感じ取った。

シュピーネが辺獄舎の絞殺縄で編み上げた槍は黒円卓に名を連ねる者なら誰もが知っているラインハルトの聖約・運命の神槍の姿をしていた。

保有する魂の数や聖遺物そのものが異なるため、聖約・運命の神槍と比べて威力は著しく低下しているが、現在シュピーネが出すことのできる最強の攻撃である。

だが、この攻撃には大きな欠点がある。この槍を放った直後、手元から大量の辺獄舎の絞殺縄が無くなるため、大きな隙が出来る。シュピーネがこのタイミングでこの攻撃を行ったことはラウラの行動のパターンを完全に読み切ったと自信があったからだ。

 

「これで貴女の胸を貫いてあげましょう!」

 

シュピーネは辺獄舎の絞殺縄で編み上げた聖約・運命の神槍を放った。槍はシュピーネとラウラの間にある障害物を貫き、ラウラへと疾走する。まともに喰らえば、たとえISを装備していてもただでは済まないだろう。にも関わらず、ラウラは回避行動をとろうとしない。シュピーネは勝利を確信した。

 

「クックックックックック」

「何を笑っておられるのです?」

「いや、教官の居られた国の格言である『棚から牡丹餅』というものがどういうものかやっと理解できてな」

「……何?」

 

ラウラは手を前に出す。

すると、聖約・運命の神槍化した辺獄舎の絞殺縄はラウラに着弾する直前で停止した。

 

「まさか、AIC!」

「ほう、これを知っているとは、さすが、ドイツの上院議員を名乗るだけはあるな」

「馬鹿な!あれは試作段階のはず!」

「すでに、実用化させた。これでチェック・メイトだ!」

 

レールカノンの発砲音や施設の壁や柱の破壊音で気付かなかったが、耳を澄ませば、研究施設全体から何かが軋む音が聞こえてくることにシュピーネは気が付いた。

それに、先ほどまで弛みのなかった辺獄舎の絞殺縄の張力も落ちている感触を覚えた。

まるで、ワイヤーを支えるこの施設の耐久度が落ちているような……

 

「まさか!この施設を崩壊させるつもりですか!」

 

確かに、ラウラはシュピーネを狙い砲撃を行っていた。シュピーネが砲撃をすべて回避することを予測していたラウラは当たればラッキーとぐらいにしか思っていなかった。

ラウラにはシュピーネを追い詰める別の方法を思いついていた。

そもそもシュピーネはこの天井に張り巡らされたワイヤーによって機動力を高め、砲弾を回避している。もし、ワイヤーが張り巡らされることの出来ない障害物のない平野での戦闘だったら、今よりもシュピーネの機動力は低いはずである。

この建物を破壊し、更地にしてしまえば、圧倒的にこちらが有利になる。だが、シュピーネにこちらの思惑を悟られてしまった場合、施設が壊れる前に、彼は施設から脱出し、近くの森林に逃げ込むだろう。そうなれば、シュピーネを取り逃がしてしまうことになる。黒円卓やラインハルト=ハイドリヒというものがどのような物か自分には分からないが、危険分子は此処で潰しておく必要がある。そこで、シュピーネを逃がさないように、ラウラはシュピーネを狙うと同時に施設の支柱も狙っていた。

レールカノンの砲弾を受けた数本の支柱の強度が著しく低下した。結果、施設は形を保つことが困難になり、倒壊し始めた。

 

「ロート=シュピーネ、貴様の敗因は私を考えなしだと評価をしてしまったことだ」

 

ラウラの勝利宣言の直後、頭上から無数の瓦礫が崩落する。

ISを展開しているクラリッサはワイヤーブレイドやプラズマ手刀などの近接格闘引きで頭をガードすることでコンクリートの雨から身を守った。ラウラもAICを発動させている状態で、クラリッサと同様のことをする。

一方のシュピーネも辺獄舎の絞殺縄で防御を試みる。だが、辺獄舎の絞殺縄は通常のワイヤーに比べて張力が著しく高いだけであり、己の身を守るには辺獄舎の絞殺縄を張る必要がある。付け加えて、辺獄舎の絞殺縄は聖約・運命の神槍化させ、ラウラの前でAICによって停止しており、手元にない。故に、現状シュピーネは防御することが不可能である。シュピーネは落下する無数のコンクリートの塊に対処する術を持っていなかった。

 

「ギャピィィィィィィィ!!!」

 

シュピーネは断末魔を上げながら、飲まれていった。

 

 

『白い一角獣』機関の施設の崩壊により、施設は瓦礫の山となった。

施設崩壊の数分後、そんな瓦礫の山の中から二機のISが現れた。

 

「隊長、ご無事ですか?」

「あぁ、負傷はしたが、治療のナノマシンがある。一週間で治るだろう。クラリッサは?」

「私も大丈夫です」

 

ラウラはバスロットからレールカノンの薬莢を取り出した。

薬莢の中にラウラは手を入れ、ある物を取り出した。

 

「隊長、それは?」

「先ほどの資料室で見つけた資料だ。最初に放ったレールカノンの薬莢に入れて、バスロットに入れておいた。薬莢の熱で焦げないかと心配したが、杞憂に終わったらしい」

 

施設の瓦礫に座ったラウラは資料を広げ、クラリッサはその資料を後ろから覗き込む。

本を読むときに後ろから覗き込まれることを好まないラウラだが、クラリッサも

ラウラは資料を開き、クラリッサと自分の検体番号を探していく。クラリッサの検体番号の頭文字は『B』であったことから、資料の最初の方に記載されていた。

 

「ありました!此処です!」

「父方:……」

「隊長、その資料を頂けないでしょうか?」

「分かった」

 

ラウラはファイルから、クラリッサに関する資料を抜き取り、クラリッサに渡した。

資料を受け取ったクラリッサは自分の両親を見ていく。

ラウラは再び自分に関する資料を探す。

そして、察しの半分を過ぎたところで自分の検体番号の頭である『C』を見つけた。

資料に記載された検体は番号順であったため、ラウラの検体番号である『C-0037』はすぐに見つけることが出来た。

 

「父方:……」

 

資料に記載されていたはずの父親の名前だけが消されていた。このことから人為的に名前だけが消されていることが分かる。一方、父親の経歴が残されていた。まるで、知っている者が後で確認できるかのように。

ラウラは資料に記載された父親の経歴に目を通す。

資料には父親が軍属であったことが書かれていた。

だが、どのような経緯で軍属となり、没年については記載されていなかった。

不明な点が多いのは仕方がない。何せ、この男が生きていたのはこの資料によれば、150年も前の話である。

だが、この資料について不明な点がある。

何故なら、当時の科学技術では細胞を長期間保存する技術がなかった。当時の技術の中で最も適切な技術を使ったとしても、もって数年であり、150年も遺伝情報が壊れないように保存することは不可能である。半永久的に細胞を壊さないように超低温保存する技術が誕生したのが120年も前の話である。この技術が誕生したときには父親は60歳を超えている。この年齢の人間から採取した細胞だと、老化が進行しすぎているため、たとえ現在の最高技術を使い、他人の細胞と掛け合わせたとしても遺伝子強化試験体は誕生できない。

故に、ラウラの父親がこの男というのはあり得ない話なのだ。

この男が不老不死でない限り。

ラウラは疑問を残しながら、母方を見てみる。

 

「母方:綾瀬 香純」

 

名前が漢字であることから中国、日本のいずれかにあたると目星をつけた。

更に、中国人の苗字は一文字が多く、二文字の名字は少ないと聞いたことがあることから、『綾瀬』という苗字から母方が日本人であるとラウラは予測した。

もっと詳しく父親と母親をいったい人生で両親は何を見てきたのか、知りたい。

ラウラはこれからのことを考えそうとした時だった。

 

「ピリリリリリピリリリリリ」

 

地下からの携帯電話の着信音に反応し、ラウラとクラリッサは再びISを展開する。

作戦行動中に自分の携帯電話の電源は入っていない。であるならば、この携帯電話の着信音は自分たち以外の物だと考えるのが妥当である。自分以外のこの場にいる人間は先ほど死闘を繰り広げたシュピーネ以外ありえない。

ラウラとクラリッサは近接格闘武器を駆使し、瓦礫の撤去をする。

 

「ヒィ!」

 

ラウラはワイヤーブレイドで片手片足を失ったシュピーネを吊し上げ、胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。

『白い一角獣』機関、自分の両親探しの手掛かりになるかもしれないからだ。

今からシュピーネに尋問するつもりだが、情報は多い方が良い。

まずは相手の出方を見ることにした。

 

『単刀直入に聞こう……卿がその携帯電話の持ち主か?』

 

この携帯電話にかけてきたのは声からして、若い男のようだ。

しかも、日本語ということはおそらく相手は日本人であろうとラウラは推測する。

さらに、開口一番に、向こうからこちらについて聞いてくるということは電話の男はシュピーネと繋がりが無いと考えられる。

嘗ての自分の教官から教わった日本語で電話の相手に対応する。

 

「いや、私の目の前に居る男だ。質問に答えてやったのだから、私の質問に答えろ。…お前は誰だ?」

『あぁ、失礼した。名乗るのが礼儀であったな。私は『しがない凡人』だ。卿も名乗ってくれんかね?』

「……なら、私は『どこかの小娘』とでも名乗っておこう」

『では、どこかの小娘よ。差支えなければ、卿の目の前にいる携帯電話の所有者の男の名を聞かせてくれんかな?』

「この男は複数名前を持っている。私が知っているのは、マルセル=シーボルトとロート=シュピーネだ。だが、どちらも偽名ではないかと思う」

『……』

 

電話の向こう側の男は黙ったのか、電話の向こう側から何も聞こえてこない。

電話の向こう側に居る男がマルセル=シーボルトという昔のヨーロッパの政治家を知っていて、こちらの回答に飽きれられてしまっているのかとラウラは推測した。となれば、こちらの頭がおかしいとでも向こう側に思われてしまったら、電話を切られるかもしれない。向こう側の男が手にしている携帯電話を偶然手にしただけの一般市民ならば、携帯電話が捨てられる可能性がある。男にとって携帯電話は無価値かもしれないが、『白い一角獣』機関やレーベンスボルンを追っているこちらには有益かもしれない。

ラウラは焦り、通話が切れないことを祈った。

 

『左様か……私はマルセル=シーボルトという男は知らぬ』

 

男の言葉だけを聞けば、気のない返事としか捉えることが出来ないかもしれない。

だが、電話の向こう側から聞こえてきた声は間違いなく歓喜に満ちていた。まるで、探していた宝物を発見した冒険家のように声が弾んでいた。

知っている。携帯電話の向こう側の男は間違いなくロート=シュピーネという男の正体を知っている。男はマルセル=シーボルトという男は知らないと言ったが、ロート=シュピーネという男を知らないと言っていない。

それもあるが、軍属として経験からの勘がそう告げているからだ。

ラウラは電話の向こう側の男にそれについて大胆な追及をすれば、男に電話を切られてしまう可能性がある。だから、ラウラは男が何故マルセル=シーボルトという男にだけついて知らないと答えたのか追及するのは止めた。

ラウラは別の質問を男にぶつけようと考えるが、電話を切られる可能性のない話など、今の話の展開上ありえない。一か八かの賭けをするしかなかった。

 

「……ならば、貴様は何故その携帯電話を持っている?」

 

この男が嘘をつかない男ならば、此処で『拾った』という返答はあり得ない。

もし、そのような返答が返ってきたのなら、それは先ほどの返答の時の反応から考えれば、嘘であることは明確だからである。そして、今のところ、男が嘘を言っていないと考えられるため、どのような返答が返ってくるのか、ラウラは全く予想できなった。

どこが『しがない凡人』と、ラウラは悪態をつける。

常人の日常会話とかけ離れた単語が男の口から出てくるのは予想が出来た。

 

『あぁ、この携帯電話は私の友人を暗殺しようとした者が所有していた物だ』

「そうか」

 

やはり推理通り、男は嘘をつかない人間のようだ。

 

『あぁ、故にそこの男は焼くなり、煮るなり好きにするが良い。シュピーネを制したほどのISの技量をもっているのならば、卿には如何様にもできよう。ではな』

「おい!貴様!何故私がIS操縦者だと分かった!」

 

ラウラは怒鳴るように問い詰めるが、電話は切られていた。

着信履歴からラウラは電話をかけてみるが、電源が切れているという音声が聞こえてくる。

 

「――形成」

 

ワイヤーブレイドで締め上げていたシュピーネが片手を上げる。

上げた片手の指先から辺獄舎の絞殺縄を出し不意打ちを仕掛けてきた。自身の体は負傷しているが、聖遺物自体が縄であったため、傷ついておらず、形成は可能だった。

 

「Sieg Heil! Viktoria! 」

 

数百本の絞殺縄がラウラに襲い掛かる。

携帯電話に集中していたラウラは完全に不意を突かれてしまった。今からAICを起動させようにも、コンマ数秒の差で攻撃を受けてしまう。だが、そう、今この場に居るのはラウラだけではない。クラリッサのAICによってシュピーネの絞殺縄は動きを封じられてしまった。

 

「副隊長というのは隊長を補佐するために存在するのですよ」

「ご苦労、クラリッサ。そういうわけだ。残念だったな。ロート=シュピーネ」

 

ラウラはレールカノンをシュピーネの顔面に照準を合わせる。

出力を最大にするべく、チャージを始める。

 

「待ちなさい!私を殺せば、他の『白い一角獣』機関の構成員が黙っていませんよ!」

「そうか。では、その者達から情報を得るとしよう」

「ですが!その者達は私の手下!私以上に情報は持っていませんよ!」

「そうだとしても、貴様とこれ以上話したくない。言っただろう。貴様の顔は生理的に無理だと……Auf Wiederseh´n」

「ぐっ!」

 

シュピーネはAICから逃れようとするが、強固な電子結界から出られるだけの力は無かった。

 

「私の―――勝ちだ」

 

ラウラはレールカノンを放つ。

最大出力で放たれた砲弾はシュピーネの首を食いちぎり、霧散させ、遥か彼方へと飛んで行った。シュピーネは首から上を失い、物言わぬ物体となり、振り上げていた手は力なく垂れた。

ラウラはシュピーネの遺体を投げ捨てようとした。だが、突如、シュピーネの遺体が金色に光だし、粒子となり浮遊する。ただ一つだけ、空へと消えて行くと、他 の多くの光の粒子はラウラとクラリッサのISに溶け込んでいった。光の粒子がISの中に溶け込んだ瞬間、ISが輝き、力が溢れる感覚を覚えた。

 

「終わりましたね」

「あぁ。……クラリッサ、私はしばらく日本に行こうと思う」

 

ラウラはクラリッサに先ほどの電話のことと、自分の母親の名前について話した。

電話の向こう側の男はシュピーネのことを知っているようであり、自分がIS操縦者であると告げていないにもかかわらず、IS操縦者であると言い当てた。

 

「なるほど」

「それに、先日軍の上層部が私にIS学園入学を進めてきた」

「どうしてですか?」

「今年のIS学園入学者にはEUの代表候補生が二人も入学したと聞いている。『このままでは他国が我が国の脅威となりかねない』と軍の上層部は危惧したらしい。これを口実に日本へ渡ろうと思うのだが、お前も来るか?クラリッサ」

「はい。私も両親の足跡を辿りたいので、同行します。よろしくお願いします」

「あぁ、では早速手続きを取るぞ。軍の上層部で『白い一角獣』機関に所属している者が居れば厄介だからな」

「分かりました。では、事務手続きは部下に任せ、私たちは先に日本に行きましょう」

「そうだな」

 

ラウラとクラリッサは日本へと飛んだ。

 




「ここが日本か」
「えぇ、とりあえず本場の寿司を食べましょうか」
「昨日、ドイツで食べただろう?」
「……隊長、貴方の好きなネタは確かウナギロールでしたね」
「それがどうかしたか?」
「……はぁ、嘆かわしい。実に嘆かわしい。あのような『スシ(笑)』を食べて満足とは……良いですか?隊長」
「あ……あぁ」
「日 本の『寿司』と我々西洋人の『スシ(笑)』とには大きな差があります。そもそも寿司というのは、東南アジアの焼畑民族の魚肉保存食が発祥だと言われていま す。そこから、様々な地域に伝来し、最終的に稲作文化と共に日本にも伝わりました。日本の平安時代には塩と米で魚を漬け込み、熟成させ、食べるときに米を除き食べたと記されています。このように、当初寿司というモノは魚を長期保存させるための発酵食品でした。その後、江戸時代に現代の握り寿司が出来たと言われています。その要因として、江戸のインフラ整備が当時世界で最も進んでおり、新鮮な魚が庶民の口に届くようになり、魚を長期保存する必要がなくなったことが要因だとされています。さらに、当時は狙った魚を大量に仕入れることが困難であったため、様々な魚で握り寿司が誕生しました。日本の『寿司』が確立したのはこの時期と言えましょう。つまり、寿司の発祥は東南アジアですが、握り寿司の発祥は日本と言えます。私の好きなシマアジの握り寿司もこの頃に生まれたのではないかと考えています。その後、明治時代になると移民政策で日本人は様々な国へと渡り、現地の人たちに寿司を出しました。当初、日本の『寿司』をそのまま外国に持ち込んだそうですが、魚を生で食べるという文化が無かった西洋人からすれば、寿司はゲテモノでした。ですが、戦後、生でなく、ボリュームのある大きな巻き寿司であれば、西洋人に受け入れられると考え、アメリカの『東京会館』という寿司バーでカリフォルニアロールというものが誕生しました。脂の好きな西洋人のためにアボカドと、魚の風味を出すことのできる蟹蒲鉾を入れ、黒い食材を不気味だという西洋人のためにノリを内側に巻き、アボカドの香りを中和するためにきゅうりやマヨネーズを入れたそうです。このカリフォルニアロールの発想を基に、様々な『スシ(笑)』が誕生しました。現在ではスシ(笑)を油であげ、イチゴを載せ、チョコソースやシロップをかけるゲテモノまであるそうです」
「う……うむ」
「私が思うに、現地の人に 受け入れられたのなら、それで良いと思います。ですが!あの職人の磨かれた技術によって握られる繊細な食卓の芸術と言える『寿司』と、寿司ではなくどちらかと言えばおにぎりに類似する巻いただけの『スシ(笑)』は区別されるべきです!インドカレーと日本カレーが区別されているように!」
「分かった。クラリッサ、お前の言いたいことは分かった」
「分かっていただけたのなら、幸いです。では、空港内にある『が○こ寿司』に行きましょう」
「ところで、クラリッサ」
「なんです、隊長?」
「何故私たちは大阪に居る?IS学園は東京に近いと聞いているぞ?」
「この後、京都アニメ観光ツアーを組んでいるからです」
「……そうか」


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ChapterⅩⅦ:

ISアニメ第弐期決定並びに第八巻発売おめでとうございます。
『神咒神威神楽 曙の光』発売おめでとうございます。
ISの第八巻の方は早速買い、読みました。とても面白かったです。
『神咒神威神楽 曙の光』はPC版を買うつもりで、発売を楽しみに待っています。

弓弦イズル様、CHOCO様や、オーバーラップ社、正田祟様、Gユウスケ様、light等々、関係者の方々のいっそうのご活躍を期待し、私の祝辞とさせていただきます。

                       屑霧島


「今日、転校生が来るんだって」

 

朝のSHR前に一夏の机の周りで雑談していると、布仏本音というクラスメイトが言った。

情報は知り合いの生徒会長からの物らしく、信用度は高い。だが、転校生がどのような人物であるのかという情報はない。そのため、一夏の席の周りに集まっていた生徒たちは未だ見ぬ転校生について議論している。

 

数分後、朝のSHRを知らせるチャイムが鳴り、生徒たちは着席する。

クラスメイトが全て着席すると同時に、担任の千冬と副担任の真耶が1人の少女を引き連れて入室してきた。どうやら、彼女が先ほどの話題となった転校生らしい。

銀髪の長髪に、赤い右の瞳、左目には眼帯をしている為、瞳の色は分からない。服の上からでもわかるほど引きしまった体をしている。アスリート以上の鍛え抜かれていることが分かる。それに、常人では出せぬ存在感がその小さな体から出ている。威嚇しているわけではないのは彼女の眼から分かる。つまり、この存在感は彼女の素なのだろう。

転校生はラウラ=ボーデヴィッヒと名乗った。千冬のことを教官と呼んでいることから、以前ドイツでISの教官をしていた時の教え子であると判断した。

 

「……既知だな」

 

一夏は誰にも聞かれないほどの小さな声で呟いた。

記憶喪失していない限り一夏はラウラと初対面のはずだ。故に、ラウラとの初対面という出来事自体には既知を感じないはずである。だが、一夏はこの者を知っている。

その要因は二つ。

まず、一つ目はラウラの声である。

この声は間違いなく、先日のシャルロットへの刺客の持っていた携帯電話に登録されていた携帯電話に掛けた時に出た相手の声である。もし、ラウラがあの時の電話の相手ならば、自分の声がラウラに聞かれた瞬間疑われる可能性は高い。だが、一夏はあの時、声の出し方を変えたため、相手は男であることには気づいているが、自分であることに気付くことはないだろう。一夏に不安要素はなかった。

そして、二つ目はラウラから溢れ出る存在感である。

眼帯をしているシュライバーと近いものを感じたのか、規律を重んじる軍人のような姿勢の良さからザミエルと近いものを感じたのか、それとも、はたまた別のものか……

ラウラが纏っている雰囲気の正体について一夏は熟考する。

一夏が頬杖を突きながら考えていると、目の前にラウラがやってきた。

 

「―――問おう、貴方が、私の嫁か」

 

ラウラはクラスメイト全員に聞こえるように、問いかけた。ある者は発狂し悲鳴を上げ、ある者はショックに耐え切れず気絶した。結果、IS学園一年一組は揺れた。

その振動は隣のクラスにも伝わった。当然、隣のクラスに所属する鈴の耳にも入った。

一夏を一人の男性として好いている鈴の心情が穏やかであるはずがない。鈴は甲龍を展開し、一年一組の教室の扉を破壊し、乗り込んできた。

 

「い~ち~か~」

 

光彩を失った鈴の二つの眼が一夏を捉え、双天牙月を片手に迫ってくる。

理性を失った野獣が獲物を見つけたかのように近づいてくる。

だが、このクラスに、そんな野獣を制することの出来る存在が二人もいた。

ハガルヘルツォークという黄金の獣と。

 

「凰、今はSHR中だ」

 

戦女神というブリュンヒルデの称号を持つ織斑千冬である千冬は鈴の首に手刀を叩き込み、鈴を気絶させる。気絶した鈴を千冬は真耶に渡し、保健室に連れて行かせた。

千冬は何事もなかったかのように、授業を開始した。

 

昼食の食堂、一夏とセシリア、シャルロット、ラウラは一つのテーブルで食事を取っていた。四人とも弁当を持っていないということもあるが、ラウラを敵視するクラスメイトから守るためということもある。

 

「つまり、卿は姉上の家族になりたいから、私と夫婦になると?」

「そうだ。私は教官を姉のように慕っている。もっと教官に近づきたい一心から、教官を『お姉さま』と呼んだところ、『私はお前の姉ではない』と一蹴されてしまった。だが、教官に弟君がいると聞き、その弟君と結婚すれば、教官とは義姉妹になれると私は考えた。これならば、合法的に教官を『お姉さま』と呼ぶことが出来る」

「なるほど」

 

ラウラの目的は千冬であって、一夏に対して興味はないということになる。

結婚というものに対しある程度の理想を抱いているシャルロットはラウラの発言で機嫌を悪くし、ラウラを若干敵視している。セシリアもシャルロットと同じ反応をしていた。セシリアは元々男は情けない生き物だと思っていたが、一夏との勝負に敗れて以降、男の中にも強い者がいるということを分かり、自分の考え方を改めたからだ。ラウラから求婚された一夏本人は、破壊こそが愛だと思っているため、ラウラの申し出などどこ吹く風だと、他人事のような反応をしていた。

 

「アタシは認めないわよ」

 

突如現れた鈴がラウラの求婚の邪魔をする。

どうやら、回復し、保健室から出てきたようだ。

 

「アンタは自分優先で、一夏の事なんとも思っていないじゃない」

「そうだが?」

「一夏の事を幸せにできない奴なんかに、一夏は渡さない」

「渡さない?貴様は弟君のなんだ?」

「アタシは……幼馴染よ!」

 

鈴は顔を紅潮させ、何かを誤魔化すように叫ぶ。

その後、鈴とラウラは口論を始めた。鈴は『自分は一夏の幼馴染だから、自分を納得させてみなさい』と怒鳴るように言い、ラウラは『幼馴染如きが何を言う。貴様は幼馴染が許可しなければ、結婚もできんのか』と涼しい顔をして反論する。

この口喧嘩は昼休み終了のチャイムがなるまで続いた。

 

「もう良いわ!IS操縦者なら、ISで決めましょう!アタシに試合中に『負けた』って言わせたら、アンタと一夏の結婚認めてあげるわ」

「良いだろう。ならば、貴様が勝ったら、弟君との結婚を諦めよう!」

 

鈴はラウラに対し、宣戦布告をした。

決闘は放課後の第三アリーナ、試合方式はISのシールドエネルギーが無くなるまで、介添人は一夏、セシリア、シャルロットの三人となった。織斑一夏の結婚という単語が飛び交った為、食堂に居た生徒の注目を浴びたことは言うまでもない。この鈴とラウラの喧嘩は織斑一夏の三角関係の縺れと噂され、わずか半日でIS学園中の生徒に広まった。幸い、教師陣の耳には入らなかったため、鈴とラウラの試合が中止されるような事態にはならなかった。

そして、何事もなかったかのように数時間が経ち、二人の決闘が始まる放課後になった。

放課後になると、鈴とラウラの試合が行われる第三アリーナに多くの生徒が来ていた。

観客席はほぼ満員となり、立見する生徒も居た。

観戦に来た生徒は織斑一夏という人物の将来が決まるこの一戦に興味があった。この勝敗については意見が真っ二つに分かれた。ある者は第二回のモンド・グロッソでドイツが中国より良い成績を収めたからであると考え、ある者は中国の方が人口が多いことから代表候補制の質が高いと考えたからだ。そのため、トトカルチョでは倍率がどちらも2に近かった。この倍率から判断するに、どちらが勝ってもおかしくない試合だったということは容易に判断できよう。

 

「賭け事を生徒会が主催して行うとは、生徒会長様はいったい何をお考えなのでしょう」

「ある程度の収拾をつけるために介入したんじゃないかな?」

「なるほど」

「一夏は賭けたの?」

「私は賭けておらんよ。どちらも私をめぐって戦っているのだ。賞品である私がどちらか一方の勝利を望むことは賭けられなかった者への冒涜であろう?」

「一夏はどっちが勝っても良いの?」

「そうだ。鈴が勝てば『幼馴染に婚姻を左右される』という未知を、ラウラが勝てば『姉上より早く結婚する』という未知を私は感じることが出来るのだ。既知ではない以上、どちらでも楽しめよう。……しかし、鈴は何故私の婚姻の妨害をしようとしているのだ?」

「一夏さんは少し乙女心というものを学ぶべきですわ」

「二人とも、鈴が来たよ」

 

シャルロットは一夏の言葉を遮り、アリーナの方を指さす。甲龍を纏い、双天牙月を構えた鈴が現れ、アリーナの中心へと飛行する。鈴は瞳の光彩を失い、薄ら笑みを浮かべている。クラス代表戦のセシリアとの戦いで見せた時の好戦的な鈴の姿がそこにあった。

あの時の戦いで狂戦士化とした鈴にセシリアは終始押されていた。

単一使用能力の有無によって、ISの戦局は大きく左右される。これは過去のISの公式の試合結果を見れば、誰であろうと分かることである。

だが、鈴は単一使用能力を用いずに、単一使用能力を持つセシリアに勝ちかけた。鈴がそのようなことをできそうになったのには、鈴の気迫が関係している。

ISはエイヴィヒカイトの代替であり、類似している点が非常に多いというカール=クラフトの話の中に、エイヴィヒカイトを操る術者が好戦的であればあるほど勝率が高まるという点はISでも同じことが言えるというものがあった。つまり、ISも操縦者の気持ちが昂れば高ぶるほど、力が発揮されるということである。故に、幾ら素晴らしい技術を持っていたとしても、気持ちが沈んでいれば、試合の成績は好ましいものにならない。だが、好戦的で気持ちが高まっていれば、技術が低くとも格上の相手に勝てる可能性が発生する。以上のことから、鈴の勝利の可能性は非常に高いといえる。

 

「……これだったら、鈴に賭けておけばよかったな」

「シャルロットさん、クラス代表として、クラスメイトが賭け事に手を出すことは承服しかねますわ。だいたい、この国にしろ、貴女の国にしろ、法律では未成年者の賭け事は禁止されているわけであって、そのような行為は禁止さているはずですわ。貴女は…」

「セシリアよ」

「なんですの、一夏さん、シャルロットさんにクラス代表として、クラスメイトの間違いを正そうと思っていますのに…」

「ボーデヴィッヒが現れた。シャルロットへの説教は後だ」

 

ラウラは漆黒の専用機を纏っていた。

その専用機は鈴の交流と同様に二つの非固定浮遊部位を持っていた。だが、唯の非固定浮遊部位ではないらしく、右側には大きな射撃武器が備え付けられていた。

シャルロットによると、あの射撃武器は大型レールカノンらしい。シャルロットがそれを知っているのは、ドイツのISにはこのレールカノンが必ず搭載されているからだそうだ。

 

「セシリアよ、卿はこの試合どう見る?」

「ボーデヴィッヒさんがこの時期にIS学園に入学してくるということがISの開発と関係あるのならば、おそらくボーデヴィッヒさんのISは第三世代型であり、あのレールカノン以外に特殊武装を兼ね備えていると考察するべきかと思われますわ。それと、正気を失っている鈴さんがボーデヴィッヒさんに更に挑発されて空回りしないかどうか、この二つがこの試合を大きく左右する要因かと推測されますわ」

「なるほど」

 

セシリアの着眼点と一夏の着眼点はほぼ同一であった。

だが、考察の内容が異なっていた。前者のラウラの第三世代型兵器については同じなのだが、後者の鈴の気迫については異なっていた。セシリアは鈴の気迫が空回りしないかどうかと心配していたが、一夏は鈴の気迫が必ず空回りすると結論付けていた。半日ラウラを考察した一夏が見て思ったことは、ラウラは冷静沈着であり、自分の中で自分なりのPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルが確立していることである。一夏が会って数時間でラウラがそのような人物であると見抜けたのはグラズヘイムに居る数百万の人間を見てきたからである。すぐに熱くなる鈴と、常に冷静沈着なラウラでは後者が前者を組み伏せることが出来るのは明らかである。

そして、その一夏の予想は試合が開始してたった数分で実現されてしまった。

 

「この程度か」

 

地に膝をつける鈴をラウラは見下す。

鈴は開始早々、双天牙月でラウラを切りつけようとするが、プラズマ手刀で防がれ、ワイヤーブレイドの反撃を喰らう。距離を取っても、ワイヤーブレイドが己を捉えようと追いかけてくる。龍砲で払おうとしても、ワイヤーブレイドは蛇のように見切ることの出来ない動きで龍砲の砲弾を回避し接近してくる。ラウラ本人を狙っても、ある程度の距離を取られてしまっている為、避けられてしまう。間合いを詰めて、龍砲を放とうにも、無傷で距離を詰める方法が見つからない。絶望的な状況に陥った鈴は忘我状態でなくなった。

鈴とラウラとの間には一朝一夕では覆すことが出来ないほどの圧倒的な実力差があった。

 

「貴様ら中国人はどの分野においても物量で主張を通そうとする。結果、低俗な物ばかりを集め、宝石の原石は埋もれ腐っていく。だから、気付かないのだ。屑はどれだけ研磨しても屑であり、そんな屑どもと同じように扱われた宝石の原石は至高の光を放つことが出来ない。だから、団栗の背比べとなって、井の中の蛙ばかりが生まれ、こうなる」

 

ラウラは鈴に向かってレールカノンを放つ。

鈴はギリギリのところで地面の上を転がることで、回避することが出来たが、手放してしまった双天牙月にレールカノンの砲弾が着弾する。まるで投石を受けた薄い窓ガラスのように、砲弾を受けた双天牙月は砕ける。双天牙月の一部であった無数の破片はアリーナのグラウンドの上に散った。目の前の光景に双天牙月の持ち主であった鈴が一番驚いた。

甲龍のパワーに耐えきれるように双天牙月が作られていたからである。

 

「……嘘…かなり頑丈に作られているはずなのに」

「頑丈?それは所詮貴様らの次元の話だろ。この程度の武器破壊など、我が国ならば代表候補生でなくとも容易にできる。言ったであろう?私の国と貴様の国とでは出来が違うのだ。IS操縦者の技術も、ISの性能もな」

 

双天牙月を失った鈴に使える武器は龍砲だけであった。

ラウラには龍砲の弾道を見切り、対処するだけの技量がある。ラウラの背後に回り込めば、命中率は上がるかもしれないが、この距離でラウラの背後を陣取ることは自分とラウラの機体性能から考えて不可能である。故に、この距離では龍砲は当たらない。

接近しようにも、ラウラが妨害をしてくるため、容易に近づけない。双天牙月があれば、それを盾に接近できかもしれないが、木端微塵となっている。この身を守るものが無い。

故に、鈴の選択肢は二つのみであった。玉砕覚悟の特攻か、降伏かである。

 

「……そんなの決まってるじゃない」

 

自分の大事なものはあまりにも眩しく、近くに居るつもりなのに、果てしなく遠くの存在だった。そんな大事なものの傍に居ようと、もっと近づこうと、障害物は全部乗り越えてきた。でも、そんな自分の望みに反して、その大事なものはまるで風のように自分の元から離れていく。自分は歩くのが遅いつもりはない。単純に自分の大事なものは歩くのが速く、もともといる場所が山の頂なのだ。

走り続けなければ、その大事なものを見失ってしまいそうになる。

 

「だから、アンタみたいなボッチの妄想シスコンもどきに負けてらんないのよ!」

 

それでも自分はそれに近づこうと必死で走り、それを掴もうと必死に手を伸ばした。

そして、これからも自分は走り、手を伸ばし続けるつもりだ。

だから、自分が掴み取ろうとしたものを、自分から諦められるはずがない。

 

鈴はラウラに向かって、龍砲を乱射しながら突撃する。

勝算はほとんど皆無であるが、この方法しか勝機を見いだせなかった。

それに、仮に、万が一…いや、億が一、自分が負けるような展開になった場合、千冬と義理姉妹になるための道具として一夏を利用されるのを黙って見ていられるほど、自分は冷血ではない。一発殴らないと気が済まない。

故に、鈴は捨て身の突撃という行動に出たのだ。

ラウラはそんな鈴の行動を下らないと一蹴する。

 

「特攻すれば何とかなるというその作戦とも呼べぬ愚行、無様だな。何故なら、貴様は特攻の意義を理解していない。特攻は本来援軍が容易に相手を制するために、相手の士気を下げることが目的である。必死の形相で命を捨ててくる凄みに敵軍は揺らぐからである。故に、この一対一の場面で、特攻という策は愚策である。貴様は最も取ってはならない策を取った」

 

ラウラは後退しながらワイヤーブレイドとレールカノンで鈴を迎撃する。

レールカノンの砲弾の一発が砲口に着弾した右の龍砲は暴発し、黒煙を上げる。鈴は龍砲の破壊状況を確認するが、ウインドウに使用不能の文字が表示される。攻撃の手段を次々と失っていく鈴は自分の立てた特攻という作戦が間違っているのかという迷いが頭を過る。そして、その迷いが鈴を更に追い込んでいく。迷いが鈴の動きを鈍らせてしまい、鈴の回避率が低下する。結果、ラウラのレールカノンを何発も受ける。

甲龍は装甲とシールドエネルギーが削がれていき、機動力を失っていく。後退するラウラから更なる距離を取られてしまう。

 

「貴様の敗北は結局覆らなかったが、その決着が着くまで諦めん貴様の姿勢だけは認めてやる。私に此処まで言わせたのだ。誇るが良い。」

 

このままでは終われない。大切なものから離されたくない。

だが、自分は足が遅いから追い付けないし、手も届かない。自分の大切なものが元から遥かなる高みに居るのは知っている。それでも自分はその頂へ登り詰めようとした。大事なものが放つ光が至高の黄金であったから、その光を見続けたいと彼女は願ったから。ただでさえ、大事なものは遠くにあるのに、此処で負ければ更に遠くに行ってしまう。

此処でアタシが負ければ、一夏は初対面の相手の一方的な言葉によって、アタシの気持ちや都合とは関係なく、結婚させられてしまう。

アタシは自分の気持ちをまだ一夏に伝えていない。それなのに、一夏は目に映らないほど遠くに行ってしまう。目に映らなければ、大切なものに届かないのは手だけではない。体をどんなに伸ばしても届かない。

 

また、アタシはアタシの大事なものから逃げられてしまうのか。

……そんな事実をアタシは認めない。

 

「え」「なっ」

 

そんな時だった。鈴の目の前の光景が突如変わった。

前方の遥か遠くに居たはずのラウラが、瞬きすると自分の目の前に居た。

ワイヤーブレイドの懐に入り込み、レールカノンの弾道上から大きく外れたところ、つまりラウラの懐に鈴は居る状態に気が付けばなっていた。

鈴の周りの景色が大きく変わり、ラウラにとって不利な状況になっていることから、ラウラが一瞬で自分の近くに来たのではなく、鈴が一瞬でラウラの懐に飛び込んでいたのだと鈴はなんとか理解できた。

この現状を理解できても、このような状況になった理由が理解できない。

なぜなら、ラウラのレールカノンを受けた甲龍のスラスターは全壊寸前であり、鈴はあのラウラの猛攻を掻い潜り懐に接近できる技術は無い。

さらに、鈴とラウラとの間には数十mの距離があった。たとえISであろうと、一瞬でこれを数十㎝にまで縮めることは不可能である。

以上のことから、この現状の変化はあり得ないのだ。

故に、この試合の観客どころか、鈴とラウラすらも驚嘆している。

だが、セシリアとシャルロットはこの状況を第三者という立場から見ていたため、冷静に戦局を分析でき、鈴が何をしたのか理解できた。同様にこの状況を理解できていた一夏は頬杖をついたまま笑っていた。

 

「あれが鈴の単一使用能力か」

「瞬間移動といったところでしょうか」

「……でも」

 

そう、この戦況において距離を不意に詰めることが出来たからといって、戦局を覆せるほどの切り札とはなりえない。

なぜなら、此処で龍砲を放ったところで、自分に掛かる砲撃の反動や、ラウラに与える被弾の衝撃によって、距離は再び開くからだ。距離が開けば、再びラウラの猛攻が自分を襲うだろう。そして、現在自分はその猛攻を凌ぎきるだけの術を先ほどの瞬間移動以外に持たない。その瞬間移動ですら、自分の思い通りのところに跳べるかどうか不確定である。仮に、何度も自分の思い通りにラウラの懐に入り込めることが出来たとしても、いずれラウラは自分の瞬間移動と攻撃に対応してくるはずだ。

また、自分とラウラの専用機のシールドエネルギーの残量に圧倒的な差があり、たとえ何度でも瞬間移動を行えたとしてもこの戦局を覆せないことは明白であった。

故に、鈴の敗北は確定していた。そして、それは鈴も理解していた。

 

だから、鈴はラウラの顔にグーパンチを叩き込んだ。

 

他人が自分のものを掻っ攫っていく泥棒のようなラウラの蛮行を、一夏に恋い焦がれる鈴は許せなかった。無防備なラウラを前にした鈴の怒りは爆発し、一撃でもラウラに叩き込まなくてはどうにかなりそうだった。龍砲を放っても良かったのだが、龍砲は発射命令を出すだけであり、自分の憤怒を載せることが出来ない。

故に、鈴は龍砲より威力の低いグーパンチをラウラに叩き込んだ。龍砲を放ってくるであろうと予測していたラウラは鈴の拳を喰らい、目を点にする。怯んだラウラを見た鈴は反対側の拳を振り上げ、ラウラにもう一発グーパンチを叩き込もうとする。

 

だが、鈴の拳は宙で止まった。

ドイツの第三世代型兵器、AICによるものだった。

幾ら体に力を入れても、鎖で縛りあげられたかのように、体が動かない。

こうなれば、鈴に打つ手はない。

AICによって動きを止められた鈴にラウラはレールカノンの零距離砲撃を放ち、甲龍の装甲を半壊させ、ISのシールドエネルギーを奪った。

 

鈴とラウラの試合は鈴の敗北という形で終わった。

 

「ボッチだの、妄想シスコンもどきだの、意味は分からんが、散々言ってくれたな、凰鈴音。貴様にはまだまだ言ってやらねばならないことがある。だが、これで私と弟君と結婚することに異議は無いな」

「あるわよ、何言ってんの!アタシは試合中に『負けた』なんて言っていない。だから、次のアンタとの戦いに持越しよ。その時にに絶対アンタに『負けた』って言わしてやる」

「はぁ?」

「アタシが言ったこと覚えてる?『アタシに試合中に『負けた』って言わせたら、アンタと一夏の結婚認めてあげるわ』よ。だから、この試合でアタシは負けたけど、アンタと一夏の結婚は認めないわ!」

「な!そのようなものは詭弁だ!」

「頭の回転が良いと言いなさい!だから、首を…洗って……」

 

鈴は其処まで言うと満足そうな笑みを浮かべ、力尽き、気を失った。

一方の勝者であるラウラは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。千冬と義理姉妹になることに対し異議をいう者等を黙らせるために、この試合に乗ったつもりだった。

鈴の言葉は子供の言い訳のようだったが、一応まかり通る言い訳であり、無視できない。仮に、鈴の言葉を無視して強引に婚姻をしようにも、一夏は応じないだろう。一夏は子供の言い訳じみた言葉であろうと、理屈が通っている以上、婚姻に応じない。千冬から聞いていた一夏の情報と、会って数時間で感じた一夏の印象からラウラはそう感じていた。

 

試合に負けたが、一夏の婚姻を妨害するという点において、鈴はラウラに勝っていた。

 

 

 

 

 

「一夏、アタシ、負けちゃった」

 

力の籠っていない声で鈴は見舞いに来た一夏に報告した。

ラウラの突拍子もない言葉に鈴は驚き、喧嘩をラウラに売った。勝つと思っていた。たった一年で代表候補生になる実力があり、その実力に基づく自信があったからだ。

だが、ラウラに負けてしまい、自信を喪失してしまった。

一夏の婚姻を邪魔できたのも、自分がたまたま言った言葉に助けられただけに過ぎない。

 

「アイツ、無茶苦茶強くて、今のアタシじゃ勝てなさそう。でも、負けたくなくて……」

 

次にどのような言葉を口に出そうかと悩み、鈴は沈黙する。

『強くなりたい』と言えば、一夏は自分を鍛えてくれるかもしれない。強くなれば、一夏は自分のことを見てくれるかもしれない。故に、此処でその言葉を口に出すべきかもしれない。だが、自分の弱いところを、好いている一夏に見せたくないという気持ちもある。

そんな鈴の心情を察した者が居た。

 

「ねえ、一夏、僕強くなりたい」

「急にどうした?シャルロットよ」

「今日のボーデヴィッヒさんの試合を見て思ったんだけど、あれほどの実力だったら、僕はたぶん勝てない。経験の積み重ね、勝負の駆け引き、みたいなところが僕たちに足りてないと思うんだ。だから、経験豊富な一夏に教えてほしい。」

 

数日前の戦いにおいて、ラウラがシュピーネを倒したというのならば、シュピーネとの戦いが接戦にしろ、消化試合のようなものであったにしろ、自分との試合において戦いというものが成立しうる可能性がある。それほどの力をラウラは持っている。

それはラウラ自身が持っている技量ということもあるが、ラウラの専用機がシュピーネの聖遺物の魂を吸い取ったと思われるからである。

その証拠として、ラウラの専用機は通常のISに比べて様々な面において勝っている。

現段階のセシリアやシャルロットが戦っても勝てそうにない。

 

シュピーネという言葉で思い出したが、シャルロットに刺客を差し向けていた件の全容をまだ把握していない。

ベイが先日手に入れた携帯電話に登録されていたアドレスに電話したところ、その登録されていた携帯電話の持ち主がシュピーネであり、シャルロットに刺客を差し向けていた人間だということは判明しているが、シャルロットの抹殺を企む首謀者であると断定されたわけではない。

現在グラズヘイムに居るシュピーネ本人に問い詰めるつもりだが、シュピーネが首謀者であったと分かったとしても、シュピーネなき今、シャルロットに刺客を向けてくる者が必ず無くなるという保証はない。何故なら、シャルロットが女であるとバレることで一番損害を受けるのはフランスの政治家とデュノア社の関係者だからである。

仮に、シュピーネがフランスの政治家でもありながら、デュノア社の関係者であり、シャルロットがIS学園に入学できるように、全て行動していたというのであれば、シュピーネ以外にこの機密に触れている者は居ないため、刺客がもう来ることが無いと言える。

だが、戸籍の偽造、パスポートの偽造、シャルロットの教育などそれらをすべてシュピーネが出来るはずがない。故に協力者がいることは分かり切っている。

 

「セシリアと鈴はどう?」

「たしかに、シャルロットさんの言うとおりですわね。一夏さん、私もお願いします」

「じゃぁ、…アタシも」

「二人はやる気みたいだけど、良いかな?一夏」

「良かろう。セシリア、鈴、シャルロット、卿等を更なる高みへと導こう。だが、難敵に勝つだけの力を蓄えるということは容易ではない。覚悟しておくがよい。私とともにその魂を研磨しようではないか」

 

一夏の弾んでいる声を聴いたセシリア、鈴、シャルロットは『死亡フラグ建った?』と若干困惑気味である。一夏が笑うということは常人の理解の範疇から超えた何かが起こるというサインだからである。

 

「と、言いたいが、先日嘗て黒円卓に席を置いていた者が我が城に帰ってきた。私はその者に尋問しなければならない故、卿等三人の鍛錬の相手が出来ん。黒円卓の中から卿等それぞれに指導者をつけるつもりだ。セシリアと鈴は決まったのだが、シャルロットの鍛錬につける者に迷っていてな」

「獣殿、その大役、私が果たしましょう」

 

一夏の背後から聞きたくない声をセシリア、鈴、シャルロットの三人は聞いてしまった。

声の主はIS学園の保健医であり、襤褸着を纏った黒円卓の副首領カール=クラフトだった。相変わらず、心臓に悪い登場の仕方をする、と三人は心の中で悪態をつける。

カール=クラフトのこのような登場に慣れてしまっている一夏は三人とは別のことを考えていた。一夏が考えていたことはカールの目的についてだ。

カールが動くときはマルグリットが絡んでいる。となれば、シャルロットを鍛えることが、マルグリットの座を強固なものにすることに直接的もしくは間接的に結びつき、座の守護者の戦力は上がると考えられる。だが、シャルロットはエイヴィヒカイトの術を施されていない。少なくとも数十年以内には黒円卓の第三位の席は空き、戦力は低下する。

普通に考えれば、カールがシャルロットに関わるなどありえない。

故に、カールがシャルロットを鍛えることがカールの中でかなりの重要事項であるように一夏は感じられた。

 

「どうしたの、一夏?」

「いや、なんでもない」

 

カールの目的は未だに不明であるが、結果としてカールはいつも自分を楽しませてくれる。マルグリットに奇行をしないかぎり、放っておいても問題はない。

 

「シャルロット=デュノア、獣殿の了承も得たことだ。五分でも空いている時間があれば、私に声を掛けてくるがよい」

 

カールは一方的に告げると、病室から消えた。

 

「相変わらず、心臓に悪いお方ですわね」

「一夏しか友人がいないのも納得」

「……一夏、……セシリア、……鈴……助けて」

「幻聴が聞こえますわね」

「ワタシ、ニホンゴ、ワカラナイアル」

「そう悲観するな。シャルロット、カールは変質者で、ストーカーで、どうしようもないクソニートではあるが、彼の興味は常にマルグリットに向いている。故に、卿に直接的な被害は無い……はずだ。どのような内容かは知らんが、単なる鍛錬のみであろう」

「一夏、『直接的な被害は無いはず』って、本当に大丈夫なの?」

「消灯時間だ。セシリア、シャルロット、鬼が来る前に、自室に戻った方が良いだろう」

「一夏、目を逸らさないで!逃げないで!間接的な被害ってあるの!一夏、副首領様とは友達なんだよね?はっきり大丈夫って言ってよ!ね!」

「あら……もう、織斑先生の巡回時間ですのね。それでは失礼しますわ。お大事に、鈴さん」

「はいはーい、おやすみ」

「では、また明日に会おう」

 

 

 

 

 

「……パトラッシュ、僕はもう疲れたよ」




鈴の単一使用能力が発動しましたね。
彼女の単一使用能力は『○ャッ○○○○ですの!』を参考にしました。理由はツインテはテレポーターという公式がこのキャラによって自分の中で確立したからです。



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ChapterⅩⅧ:

「というわけだ。今度の学年別トーナメントはより本格的な実践を経験させるために二対二の試合形式とする。出場し、好成績を収めれば、それだけ、成績に反映される。できるだけ参加するように。クラス全体への報告は以上だ。これが終われば、オルコットとデュノアは職員室に来い」

「分かりましたわ」「……はい」

 

セシリアはいつも通りの返事を返すが、シャルロットの返事は力がない。

二人とも、昨日と今の二人のテンションの差があまりにも激しい。セシリアは昨日より若干高めだが、シャルロットは世界の終りのような顔をしている。

また、二人とも機能と姿が違う。セシリアはすり傷や切り傷のような外傷が多く、顔に数枚ほどバンドエイドが張られており、制服で見えないがガーゼが何カ所かに張られていた。一方のシャルロットも外傷が多いが、打撲のようなの怪我の方が多いのか、全身から湿布の匂いがする。その上に、服の隙間からテーピングが見えている。

二人とも傷が痛むのか、動きがぎこちない。黒円卓に席を置く者達による特訓で風前の灯となっていたからなのだが、そのような裏事情を知らないクラスメイト達は純粋に二人を心配していた。二人を気にかけていたのは生徒だけでなく、二人の担任である千冬もであった。そこで、千冬は二人が負傷している理由を探ろうとした。国家を代表する代表候補生が原因不明で負傷しては日本国との国際問題になりかねないからだ。

放課後、職員室に来たセシリアとシャルロットに千冬は負傷の原因について聞く。

 

「なるほど、ボーデヴィッヒと凰の試合に触発されて、猛特訓した結果、負傷したと」

「はい」

「はぁ…、程々にしておけ。もう行っても良いぞ」

「それでは失礼しました」

「失礼しました」

 

千冬との話が終わった二人は職員室から退室し、寮の一夏の部屋へと向かう。

ヴェヴェルスブルグ城で特訓するためだ。千冬にほどほどにしておけと言われたが、特訓の指導者が黒円卓である限り言ったところで聞いてもらえるわけがない。

なぜなら、黒円卓の人間は用いる術エイヴィヒカイトは自分理論を貫くことによって威力を発揮する。故に、黒円卓の人間は基本自分が正しいと思っているため、上官の言葉以外に聞く耳を持たない。

自分から言い出した特訓とはいえ、正直此処まで激しいものだとは思っていなかった。

 

「シャルロットさんはどのような特訓をなさっているのかしら?」

「……」

「シャルロットさん?」

「……蛇って怖いね」

「はい?」

「大きいし、白いし、大きな口を開けて追いかけて来るし、鱗が固いし、倒しても倒しても復活するし、負けたらやり直しだし……」

「シャルロットさん、顔色が良くありませんわ。保健室に行かれますか?」

「ごめん、セシリア、僕保健室だけは行きたくないよ」

 

諦めの境地に入ったシャルロットはボソボソと意味不明な言葉を呟く。特訓がトラウマになってしまっているのか、遠くを見ている。

セシリアはそんなシャルロットを落ち着かせようと、背中を摩りながら声を掛ける。

 

シャルロットが受けているカール=クラフトの特訓は苛烈を極めた。

通常、ISの訓練は専用のアリーナで行われるのだが、一保険医がISのアリーナの貸し出し申請をするなど、あまりにも不自然であり、自分が目立ってしまう。ヴェヴェルスブルグ城のアリーナで特訓を行っても良かったのだが、そうなると、セシリアの特訓場が無くなってしまう。そこで、カール=クラフトはシャルロットの訓練場所を保健室にした。あんな狭い場所でISの特訓など普通ならできない。そう、『普通』ならばだ。

カール=クラフトの特訓はシャルロットを催眠術によって眠らせ、ある夢を見させ、その夢の中で五分間ISのシールドエネルギーを0にしないことだとシャルロットはカール=クラフトから聞かされていた。

特訓の内容を聞かされたシャルロットはその程度?と拍子抜けしていた。

だが、いざ夢の中の世界に入ってみると、シャルロットは自分の認識は甘かったのだと認識させられてしまう。

 

 

 

カール=クラフトに催眠術を掛けられたシャルロットは気が付けば自分は大きな飼育ケースのような物の中で立っていた。左右の端は見えないが、天井の高さは二十mも程度で、地面には腐葉土が敷かれており、草木が生えていた。

そこまでは特に驚くことはなかった。少々現実味のある夢なのだと納得できたからだ。

だが、そこに現れたある生き物を見たシャルロットは一瞬で青ざめる。

 

その生物とは全長百mもありそうな大きな二匹の白蛇だった。

 

その二匹の大きな白蛇は口を開けて、シャルロットに襲い掛かってくる。

蛇の眼に映っていたのは一人の人間でなく、生きた餌だ。白蛇がシャルロットに襲い掛かった理由は二匹の白蛇が食欲に従ったからである。故に、二匹の白蛇はシャルロットが逃げようとしても、執拗に追いかけてきた。蛇に追い付かれそうになったシャルロットは重火器で応戦するが、蛇の鱗は固く、弾丸が通らない。シャルロットは弾丸が効かないのだと焦り、パニックになり、数十秒でISのシールドエネルギーが0になってしまった。

シールドエネルギーが0になると、目の前が一瞬暗くなる。

視界が元の明るさを取り戻すと、ISのシールドエネルギーは満タンになり、再び大きな二匹の白蛇が襲い掛かってきた。再び、シールドエネルギーが0になれば、また同じことが起き、この蛇の地獄が何度も繰り返される。

白蛇の目にシールドスピアーを叩き込むことで、なんとか倒すことが何度かあったが、瞬時に白蛇の傷は癒え、再び襲い掛かってくる。

この状況において、勝つよりも、一定時間生き残ることのほうが困難であった。

これがカール=クラフトによるシャルロットの特訓である。

 

 

 

「それは身の毛も弥立つ気持ち悪さですわね」

 

お嬢様のセシリアは農村暮らしのシャルロットより爬虫類などの野生動物が苦手である。

セシリアはシャルロットの話を聞いただけで鳥肌を立て、顔は青ざめていた。

 

「でしたら、その怪我は?」

「これはね……その夢の中があまりにも現実に近かったから、その感覚が現実にも反映されちゃって、マイナスのプラシーボ効果っていうのかな?その怪我していないのに、痛く感じるんだ。それで、シップとテーピング」

「そうでしたの」

「セシリアはどんな特訓をしているの?」

「私はヴィルヘルムさんですわ」

「あーぁ、あの戦うのが大好きな吸血鬼の中尉さん?」

「えぇ、シャルロットさんはヴィルヘルムさんの戦いを見たことが無いのでしたね」

「うん」

「ヴィルヘルムさんの戦い方は基本蹴る殴るの徒手空拳なのですが、形成を行うと体中から生えてくる杭を飛ばして攻撃してきますの。創造を使うと、ヴィルヘルムさんの周囲一帯が夜となり、四方八方から杭を飛ばします。ヴィルヘルムさんは先日の襲撃者の事件で現れた所属不明の無人機を圧倒しましたの。まるで、アレは公開処刑でしたわ」

「ISの公開処刑ってそんな、まさか」

「えぇ、私も最初は我が目を疑いましたわ。体中から杭を撃ちだし、最後は地中から杭を出して無数の杭が針山になって、無人機は木端微塵でしたわ」

「凄い倒し方だね」

「そんなヴィルヘルムさんとマンツーマンの試合形式の特訓ですわ」

 

セシリアの受けた特訓はヴェヴェルスブルグ城でベイを相手に戦うというものだった。

ベイがセシリアの担当となったのには重要な理由がある。ブルー・ティアーズのビットの操作にセシリアはかなりの集中力を使っている。そして、ビットの操作に集中力を使うが故に、射撃以外が疎かとなってしまう傾向にある。そこで、セシリアの担当は連続的な攻撃を可能とする者が好ましい。すると、おおざっぱな戦い方をし、大火力戦を好むザミエルは除外される。となれば、二丁拳銃で攻撃をするシュライバーか無限に杭を飛ばし続けるベイに限られる。ベイの戦い方ならオールレンジ攻撃のセシリアのブルー・ティアーズの参考になるかもしれないということや、鈴の単一使用能力の特訓でシュライバーとの鬼ごっこを考えているため、自動的にセシリアの担当はベイとなったわけだ。

 

 

 

クラス代表戦でベイの強さを目の当たりにしていたセシリアは特訓前から憂鬱であった。

言動は汚いうえに、素行が悪い。騎士というには程遠いような気がしていたからだ。

そして、実際戦ってみた結果、無数の罵声を浴びせられた。

“阿婆擦れ”だの、“ケツを振って誘ってんのか?”だの、“ライミー”だの、“飯マズ”だの、“乳に栄養が行き過ぎて頭がおかしくなったか?”だのと、セシリアはベイにボロカスに言われた。なんとか特訓が終わり、ベイに心身ともにボロボロにされ、疲れ果て、ヴェヴェルスブルグ城のアリーナの壁にもたれ掛かり息を整えていたところ、ベイが現れた。

 

『悲しいな。こんな貧弱共に俺たちは150年前に負けたのか。無様過ぎて笑えて来るぜ。まあ、食べて寝るしか頭にねぇウォップ共と、物が無いくせに根性さえあればどんな敵で倒せるなんて根性論で戦ってきたジャップと同盟だったのだから、まあ仕方がねぇか』

 

紙パックのトマトジュースを自分に放り投げてきた。

ベイは人種差別主義者だと聞かされていたセシリアは、英国人である自分をベイは嫌っているものだと思っていたため、戸惑いを隠せなかった。だが、ベイは自分とハイドリヒが認めた存在であるならば、普段なら忌み嫌う劣等人種であろうと敬意を表す。

 

『どうして私に施しを?』

『テメェがハイドリヒ卿の認めたバビロンの後任候補だ。同僚になるかもしれないガキの面倒を年上が見るのが当たり前だろう』

『私がガキとは言ってくれますね……』

『そりゃぁ、180過ぎたジジィからすれば、テメェなんぜションベン臭いガキだ。そんなことも分からねぇのか?頭が湧いてんのか、テメェは?』

『…文句を言いたいですが、事実がある程度含まれている上に、訓練でも貴方に惨敗している以上、所詮は負け犬の遠吠えですわ。貴方に勝って悪口言って差し上げますわ』

『おぉ、何百年先か分からねぇが、気長くして待たせてもらうぜ』

 

ヴィルヘルムは鼻で笑っている。

生を受けてからこれまで、自分の牙を懸命に研ぎ続けてきた。すべては自分こそがラインハルト=ハイドリヒの爪牙であり、白騎士に相応しいと自負しているからであり、十数年ソコソコしか生きていない小娘に負けるとは思っていなかったからだ。

彼の自負心は黒円卓に名を置くようになってからあったが、特に最近の彼の自負心は嘗てのシャンバラの時以上である。それには理由があった。1945年のベルリンでシュライバーやベアトリスとの勝負はついていない。100年前のシャンバラで遊佐司狼との勝負もシュライバーの乱入により、決着が着いていない。結果、自分は黒円卓の騎士として大した功績を収めていない。それもこれもすべて自分の呪いが関係している。

ベイはそのことでイラつき、実績を上げようと焦っていた。実績を上げるには力が必要である。ヴェヴェルスブルグに来てから、毎日のように鍛え、嘗て自分と比較できないほどなどの実力を身につけた。故に、彼には今ならシュライバーにも、ベアトリスにも、遊佐司狼にも後れを取らないと自信があった。

 

『っち、もう予定の時間か。今日の訓練はもう終わりだ。ガキはさっさと帰って寝ろ』

『まだ、やれますわ!』

『やる気は認めてやるが、ガクガク震えて生まれたての小鹿が吠えたところで、説得力は皆無だ。それに、適当に遊んでやったら終わると思ったんだが、変にこっちのスイッチが入ってな。こちとら不完全燃焼でイラついてんだ。……あんま俺を舐めてると吸い殺すぞ』

 

ベイの体から無数の赤黒い杭が生えると同時に、ヴェヴェルスブルグ城のアリーナが闇に包まれた。ベイの創造である死森の薔薇騎士だ。

戦闘意欲をセシリアに向けているが、殺気は無い。というのも、ハイドリヒ卿から殺すなという指示を受けているため、九割九分九厘殺しをしようと考えたからである。

そんなベイの気配から相当イラついていることを察したセシリアは素直にベイに従うことにし、早々とアリーナから立ち去った。

後日、一夏からあの晩にザミエルとシュライバーがやり合っている所にベイは嬉々として笑いながら突っ込んでいき、焦げたミンチになったことをセシリアは聞かされた。

 

 

 

「本当にあの方は歩く爆薬庫、逆鱗しかないドラゴン、ブレーキのない暴走列車ですわ」

「そっちも大変そうだね」

「はい。代表候補生になることの方があの訓練で生き残るより簡単な気がしてきますわ」

「そうだね。でも、なんか充実している気がするよ。僕は自分の呪いを知って、これから僕がどうしたいのか、どうありたいのか、何を掴み取りたいのか分かったから。」

「そうですわね」

「ところで、セシリアは自分の呪いに心当たりはある?」

「え?」

「黒円卓の皆は黒円卓に入団するときに、カール=クラフトから呪われたんじゃなくて、呪いを指摘されただけなんだよ。だから、黒円卓に名を連ねる資格を持った人たちは最初から何かの呪いを受けているんだと僕は思うんだけど……」

「その仮説が正しいなら、私も鈴さんも呪いを?」

「たぶん」

「……私の呪い、心当たりはありますが、口に出せば、それが本当のことになってしまいそうで怖いですわ」

「ご、ごめんね。セシリア。あ!一夏だ…おーい、一夏!」

 

話題を変えようと考えていたシャルロットの目の前に一夏が現れたのは救いだった。

一人で廊下を一夏は歩いていた。後姿であり顔は見えないが間違いなく一夏であった。というのも、IS学園の長ズボンの制服を着用しているのは一夏と男装しているシャルロット以外に居ないからだ。それにあの髪型は女子にしてはショートカット過ぎる。

そんな一夏は誰かを探しているのかキョロキョロと様々なところに視線を向けている。

だが、二人の気配を感じ取ったのか、向こうもこちら側に気付いたらしく、近づいてきた。表情が変わり、小走りでこちらに向かってやってくることから、どうやら自分たちを探していたのではないかとセシリアとシャルロットは推測する。

 

「セシリアにシャルロット、探したぞ」

「どうしたの、一夏?」

「卿等は学年別トーナメントどうするつもりだ?」

「もちろん、出ますわ」

「僕も出るよ」

「左様か。では、卿等に頼みごとがあるのだが」

「何?」

「学年別トーナメントで私を倒せば、私の恋人になれるという噂を流してもらいたい」

 

二人は最初、一夏の言っていることが理解できなかった。

言葉の意味を理解するまでに数十秒も彼女らは要した。

 

「いったいどうしたの?」

「卿等とは放課後の鍛錬で戦ったことがある故、その実力を私は知っているが、他の者らの実力を全く分からん。なぜならば、そのような機会は無かったからだ。だが、今度の学年別トーナメントなら、多くの生徒たちと戦うことが出来る。そこで、多くの生徒らが大会に参加したくなるような要因を私自ら作れば、参加者は増えるというわけだ。この年頃の乙女らが求める物はどの時代も甘いものか男と決まっている。どの程度の者が私に興味があるのか知らんが、まったく居ないというわけではあるまい」

「理解できたけど、……一夏を倒すって正直無理過ぎる気がするんだけど」

「そうですわね」

 

一夏は無論手を抜き、負けるつもりは毛頭ないので、自分に恋人ができるなどと思っていない。織斑一夏…ラインハルト=ハイドリヒにとって、誰が自分に恋しているかなど興味が無かったからだ。ザミエルと鈴が不憫で仕方がないとセシリアとシャルロットは思う。

 

「……それで、卿等は私の頼み事は聞いてくれるのか?」

「僕は良いよ」

「私も構いませんわ。布仏本音さんあたりに言えば、三時間で学園中に広がるでしょうし」

「では、頼んだ。代わりにといってはなんだが、鈴が以前よく行っていた私の自宅の近くのケーキバイキングに招待しよう。味は私が保証する」

「ん、ありがとう。楽しみにしているからね」

「私も日本のスウィーツには興味がありましたので、楽しみにしていますわ」

「では、私はこれからカールと茶会の約束がある故、失礼する」

 

一夏は保健室へと向かい、一夏と別れたセシリアとシャルロットが本音に一夏から頼まれた噂を流すように頼みに行くと、本音はすぐにその伝言をツイッターで呟き、クラスメイトに口頭で噂を流し始めた。布仏の発信能力と噂の内容から、一夏が流そうと考えていた噂は三時間で同学年の間だけでなく、全校生徒に伝わった。

同学年の間の反応は良く、学年別トーナメントの参加届を教員に提出し、一夏に勝利するべく特訓を始める学生が増えた。だが、一夏と別の学年の生徒たちの反応は悪い。学園別トーナメントでは学園の枠を超えた対戦が行えないため、一夏の彼女の座を欲していた女学生たちは一夏の無敗を祈るのみであった。

 

 

 

当然、ラウラの耳にもこの噂は届いている。一夏の恋人になれるという噂は、転校初日で行った一夏は私の嫁宣言と矛盾しており、この噂はラウラと関係のないところで進んでいると考えたあるクラスメイトが直接ラウラに話したからだ。

この噂を耳にしたラウラは、激怒する。この噂を流した人間は自分の立てた人生設計を無茶苦茶にしかねない石を投げたのだ。ラウラが憤怒に飲まれるのに時間は掛からなかった。

ラウラは噂の真相を確かめようと、IS学園中を走り回る。

 

「ボーデヴィッヒ、廊下は走るな」

「すみません、教官」

 

一年の寮の付近を走っていたラウラは聞きなれた人から声を掛けられた。その人物とは千冬だった。千冬から声を掛けられたラウラは思わず反射的に敬礼をしてしまう。

 

「此処はドイツの軍の施設ではない。敬礼は不要だ。それと、此処では教官ではなく、先生と呼べと言ったはずだ」

「すみません、教官」

「……何かあったのか?」

「はい?」

「お前が注意した直後に同じ過ちを犯すなど、相当動揺している証拠だ。だから、何かあったのかと、担任教員である私に相談したことはあるかと聞いている」

「いえ、個人的な事ですので、織斑先生の手を煩わす必要はありません」

「そうか。……これは年上としての助言だが、発言の際は良く考えることを勧める。この世界は自分だけではない。世の中は意外に敵が多く、自分に悪意を向けて来る者は少なくない。誰かしら自分に敵意を向けてくるだろう。だから、私には弟が居て、弟と私の生活を守るために戦ってきた。だから、私のように強くなりたいのなら、周りをよく見ろと、私は以前言ったはずだ」

「はい」

「お前は確かに以前より周りを見るようになった。先日隣の二組の副担任になったクラリッサがお前のことを褒めちぎっていたぐらいだからな。だが、お前はあくまで自分の周りに居る数少ない認めた人間しか見ていない。それ以外はどこ吹く風と興味が無い。違うか?」

 

図星だったラウラは千冬の言葉を言い返すことが出来なった。

 

「世界は思った以上に広く、複雑だ。自分の知る世界以外にも少しは触れてみろ。その広さと複雑さは意外に面白く、自分が本当にどうありたいのか見えてくる。そうすれば、何が障害となってくるのか、見えてくる。何を口にしていいのか、自ずと分かってくる。お前は行動する前によく考えろ。無用な敵を生むことになるぞ。良いな」

「はい。ですが、自分は負けるつもりはありません。ですから、どれだけ敵が来ようが、全て叩きのめして見せます」

「ほう、ならば、私がお前の敵となったとしても倒せると?」

「いえ、それは」

「『人は自滅や失敗を恐れず、成長を求める。合理的な理由が無くとも、訳も分からずそれに惹きつけられる。更なる飛躍を求める生物としての進化の渇望だ。そして、そのような渇望の権化は、成長を幾度となく繰り返しても必ず、意識せずとも近くに存在する。それが自分の超えるべき壁となるか、単なる成長促進剤となるかは知らないがね』……保険医の水谷の言葉を借りるなら、そんなところだ。とにかく、身近に自分より上の存在が居る。今いなくとも、いずれそれは寄ってきて、自分の障害となる可能性がある。お前にとっての成長の渇望の権化の一つは私なのかもな」

「……教官にもそのような存在が居るのですか?」

「さあな。気付いていないだけで、私より上の存在は近くに居るかもしれん」

「織斑先生!」

「あぁ、山田先生」

「もうすぐ、職員会議の時間ですよ」

「あぁ、そうだったな、ではな、ボーデヴィッヒ」

 

千冬は真耶と共に、職員室へと向かっていった。

二人を見送ったラウラはさきほど千冬から言われた通り、現状についてよく考えてみることにした。周りに人が居ない所為か音が耳に届かないため、熟考するに最適である。

かといって、此処で立ったままでは、何時人が通るか分からない。あと一時間もすれば部活動を終えた生徒達が此処を通るかもしれない。となると、廊下のど真ん中で考えていては人の声が頭の中に入ってきて、思考の邪魔をする恐れがある。ラウラは一度外に出て、近くの茂みの中で息をひそめ、考えることにした。遮蔽物に身を隠すのは軍人の性の様だ。

 

「何故、このような噂が流れた?」

 

噂を流して得をする人間とどのような得をするのかの特定を始める。

こういった特定の狭い範囲で流れる噂は誰かが意図して流し、流した者にとって何か得になるような事態が発生する可能性が非常に高いということである。得になりそうな人間は一夏に勝つほどの実力を持った一年ということになる。だが、クラスメイトの話では一夏は代表候補生に勝利している。このことから、よほどの実力者と考えられる。

 

となると、一夏に勝つほどの実力者というのはそうとうな実力者であり、入試の成績はセシリアや一夏を超える結果を残しているはずである。

クラスメイトから聞いた話では入試で教員に勝っているのはセシリア、鈴、シャルル、一夏の四人である。

セシリアは一夏に圧倒的な実力差を見せつけられる敗北しているため、一夏に勝利する可能性は本人も知っているはずだ。故に、セシリアはあり得ない。

次に、鈴だが、自分に負け、ISの破損状況が悪いため、今回のトーナメントに出ることが出来ないと聞いている。故に、鈴という線は無い。

シャルルだが、彼は男であるため、彼が勝ったところで、ホモでない限り彼自身得はしない。故に、シャルルという線もない。

以上のことから、この噂を流して得をする女生徒は居ない。

 

だが、一夏本人はどうだろう?と考える。

仮に、織斑一夏という人物が結婚したくないという考えの持ち主ならば、どうだろう。この前提を踏まえたうえで、一夏が学園別トーナメントで優勝すれば、一夏に恋人はできない。結果、一夏は得をするということになる。だが、一夏が結婚というものに興味が無いという情報は無いため、これはあくまで仮説にすぎない。

他に考えられる仮説は、織斑一夏が自分との対戦を望んでいるという可能性である。

今回の学年別トーナメントの参加は任意である。故に、ラウラは出場するかどうか悩んでいた。鈴を圧倒するほどの実力があったのだから、他の生徒の実力はお遊びレベルであり、相手にするに相応しくないと考えていたからである。だが、一夏の恋人というものが賞品とされているならば、一夏を自分の嫁と豪語している以上、このような事態は見過ごすわけにはいかず、出場することとなる。自分の実力ではおそらくどこかの試合で一夏と対戦することとなるだろう。となれば、一夏が自分との対戦を望んでいるのならば、このような噂を流して得をするといえる。

 

一年以外の生徒となると、全員がこの噂を流して得をする人間だといえる。

一夏を自分の嫁だと宣言した自分を疎ましく思う上級生が一夏の実力を見込んでラウラを一夏の恋人の座から引きずり下ろそうと考えていると考えられるからである。

 

以上のことから、この噂を流して得をする人間は一夏本人と他学年の生徒であるということが判明したが、特定することはできなかった。

 

「この噂を誰が流したにせよ。私がやることは変わりない。学年別トーナメントで優勝する。それだけだ」

 

ラウラは立ち上がると、寮の自室へと向かった。



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ChapterⅩⅨ:

ちょこちょこ他のゲームからの小ネタが入っていますが、分からなくても心配いりません。ですが、小ネタが分かると面白いかもしれません。

屑霧島


学園別トーナメントの参加者は過去最多数となり、一日かけて一年の試合が行われることとなり、二・三年の試合は後日となった。一年の学年別トーナメントには第三世代型ISを専用機としたイギリス・ドイツの代表候補生ならびに、篠ノ之束の妹である篠ノ之箒、世界で唯二人しかいない男性のIS操縦者である織斑一夏とシャルル・デュノアが出場しているということもあり、外部から見学に来るIS関連企業や著名人、報道関係者の数はこれまでにないほどの人数となった。

一夏に勝てば恋人になれるという噂を聞いた鈴は、負傷しながらも出場申請を提出したが、専用機の破損が著しいことから、担任によって却下された。だが、鈴はそれほど悔しくなかった。というのも、鈴は一夏が誰かに負けるなどと微塵も思っていない。一夏が敗北するなど、それこそ一夏から聞かされたツァラトゥストラぐらいしかありえないだろうと鈴は考えている。

 

「それで、アンタは誰と組んだのよ?」

「シャルロットだ」

「ふーん、まぁ、シャルロットの表の顔がシャルル・デュノアなんだから、それが自然でしょうね。下手に誰か女子と手を組んだら、噂の真偽性が疑われちゃうしね」

「僕としても一夏と組むことが出来たから、鈴やセシリア以外の女子に正体を知られる可能性を潰せたからすごく助かったよ」

「なるほど。アンタ達どっちも手を組んだ方が都合がよかったと。セシリアは誰と組むの」

「私は相川さんですわ」

「近距離戦闘を得意とした相川さんを前衛にして、セシリアが後衛で援護射撃。でも、相川さんはセシリアの戦い方に合わせられるの?」

「ご心配無用ですわ。シャルロットさん、此処数日ヴィルヘルムさんとの特訓を休ませてもらい、相川さんとの連携の練習に時間を割きましたの。専用機持ち以外のタッグに遅れを取るはずがありませんわ」

「ほう、随分と自信があるな。セシリア」

「えぇ、ですから、一夏さん!今日こそ貴方に土の味を教えて差し上げますわ!」

 

セシリアの宣言にその場の一同は反応に戸惑う。

一夏はその身にISと同等の力を宿しており、保有する魂の数が百万を超えているため、元の体でなくとも、生身でISを制圧するほど実力を持っている。そんな人間がISを持てば相乗効果により手におえない怪物と化しているのは黒円卓の関係者間では周知の事実である。一度、セシリア・シャルロット・鈴の三人が組んでヴェヴェルスブルグ城のアリーナで一夏に挑んだことがあったが、結果は惨敗であり、一夏の打鉄のシールドエネルギーは半分も減っていなかった。傍から見れば、代表候補生などこの程度かと三人を過小評価してしまいがちだが、ヴェヴェルスブルグ城で100年近く暇つぶしに戦い続け力をつけた男相手にしては善戦という他ない。故に、あの惨敗より訓練を重ねたセシリアであろうと、瞬殺されるのは自明の理であり、セシリアの目標は高過ぎる。

 

「フッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

予期せぬセシリアの宣言に一夏は大爆笑する。

彼は純粋に嬉しかった。この世は総じて繊細すぎる。柔肌を撫でただけで壊れ、砕け散る。全力を出す前に破滅を恐れた万物は彼を恐れ、跪く。故に、彼にとって障害となりうる存在は少なかった。だが、セシリアはそんな一夏に勝ってみせると吠えた。

 

「やはり、卿は英雄の器に相違ない。英雄の望みとは遥かな高みへと誘うものでなくてはならん。低い志で妥協できるような望みであれば、その者は凡人である。あぁ、楽しみにしているぞ、セシリア・オルコット。卿の渇望、力、豪勇、全てを私に見せてくれ」

 

興奮のあまりラインハルトに姿を変えた一夏はセシリアの宣戦布告に返事を返す。

ラインハルトの圧倒的な存在感に気押されたセシリアだが、ラインハルト化した一夏を前にするのはこれまで何度もあり、少しずつ慣れてきたため、膝を付かず、闘志が消えることはなかった。

セシリアの反応に満足した一夏はラインハルトの姿から元の状態に戻り、満面の笑みを浮かべたままでシャルロットを連れてISスーツに着替えるために、更衣室へと向かった。

 

「セシリア、アンタ死んだね」

「一夏さんなら、死なない程度に何とか……」

「『我が愛とは破壊の慕情。愛でるために先ずは壊そう。壊れ果てるまで愛させてくれ。私は全てを愛している』なんていう破壊大好きの人格破綻者が手加減すると思う?」

「鈴さん、自分の好きな異性を人格破綻者とは言いますわね」

「ちょっと!今はそれ関係ないでしょ!ふざけたことばっか言ってると、一夏に頼んでシャルロットの特訓に参加させるわよ!」

「だったら、鈴さんの特訓中にヴィルヘルムさんを突貫させますわよ!」

 

それより数分間歩きながら口喧嘩をする二人の女学生が見られた。

 

 

 

「さて、私の初戦は誰となるか」

 

更衣室の長椅子に座り、足を組みトーナメント表を見ながら一夏は呟く。そんな対戦表を心待ちにしている一夏のもとにISスーツを着用したシャルロットが現れる。

 

「一夏はボーデヴィッヒさん以外に注目している選手は居るの?」

「ベイが直接特訓にあたったセシリアは言うまでもないだろう。それと箒。そして、ラウラ・ボーデヴィッヒだな」

「四組の専用機持ちは?」

「代表候補生の座に就くほどだ。実力はあるかもしれないが、遠目で見て思ったことだが、彼女は英雄の器を持つ人間が発す覇気を持っていない。彼女は私の臣下に相応しくない」

「えーっと、僕たちとどう違うの?」

「目は口よりも雄弁に感情を語る。卿とセシリアに初めて会った時、すでに何かに飢えていて、その飢えを満たしたいと卿等の目は語っていた。中学時代、自国の学校に転校する時の鈴の目も同じであった。だが、彼女は違った。飢えというものを認識しておきながら、その飢えが満たされないと断じ、己の障害から目を背けたのだ」

「一夏と最初に会った頃の、最後は殺されるって思っていた僕と同じじゃないの?」

「違うな、シャルロット。卿はそれでもなお心の奥底で嘆いていた。故に違う」

「そんなに、助かりたいって僕の目は言っていたの?」

「常人には察することが出来ぬ程度であったが、数百万人の飢えている人間を見てきた私の心の奥底に響くには充分であった」

「……ありがとう、一夏、僕の悲鳴に気付いてくれて」

 

シャルロットは一夏を後ろから抱きしめる。

 

「礼を言う必要はない。あの時は口に出さなかったが、黒円卓に席を置けば卿の身を保証すると、私は卿に黒円卓に下れと迫った。すべては黒円卓の再興、女神の座の維持のためだ。卿の事情など私の算段に含まれていなかった」

「それでも……ありがとう」

 

自分の気持ちを伝えるために、シャルロットは一夏を抱きしめる腕に力を込める。

貴方はこんなにも報われない呪われた人生を歩んできた僕に初めて手を差し伸べてくれた。貴方の言葉を悪魔の囁きだと断ずる人は居るかもしれないし、僕の立場から考えれば他に選択肢はなく此処に来ることを貴方は僕に強要したと断ずる人も居るかもしれない。

だが、貴方が僕に居場所をくれたから、僕を認めてくれたから、僕は貴方に導かれ、僕の渇きを満たせる場所へと辿り着けた。たとえ、その場所がヴァルハラという名の地獄の真ん中であり、戦い続けなければならない修羅道の世界だとしても、僕は後悔しない。

だから、僕は生きていると感じることができたのだ。

こうして今空気を吸うことが出来る。自分の体温が分かる。貴方の体温が分かる。

すべて貴方が僕に与えた賜物である。その賜物を貰って僕は初めてこの世界が輝いて見えた。だから、僕は初めての抱擁を貴方に送りたい。

僕が此処に居るのは貴方のおかげだという感謝の意を示すために。

 

「シャルロットよ、此処が男子更衣室故に今は私を抱きしめても構わんが、他でしては卿が男色家と勘違いされるぞ」

「抱きしめることぐらい、前世がヨーロッパ出身の一夏なら、同性間で抱擁することはおかしくないって知っているよね?」

「確かに、そうだが、あくまでその話は欧米にのみ通用する話である。此処は卿の国からみれば、遠く離れた極東の日本であり、日本にはそのような習慣が無い。精々握手程度だ」

「……」

「だが、落胆することはない。卿の抱擁、悪くはなかったぞ。次は異性を好きになった時の為に取っておくがよい」

「うん」

 

異性という言葉を耳にしたことで、自分の行為が異性を意識したものだとシャルロットは自覚し、羞恥のあまり顔が火照り、一夏を直視することが出来なくなってしまう。だが、一方の一夏はシャルロットのことよりもトーナメントの組み合わせが気になるのか、更衣室にあるモニターを見ている。抱きつかれたことを全く気にしていない一夏を見たシャルロットは一人気にしていることがあほらしくなる。

鈴には悪いけど、一夏の事を一人の異性として見ることができない。向こうが自分のことを一人の異性として気にしていない以上、たとえどんなに親しくなろうと、自分と一夏の関係は友達止まりであるとシャルロットは認識した。

 

「ほう、箒がラウラと組んだか。私を倒すという目的だけを考えれば、彼女らが利害の一致により手を組んだことは何もおかしくないと言えよう」

 

シャルロットは一夏の見ているトーナメント表を見る。

 

「初戦の相手がボーデヴィッヒさんと篠ノ之さん?」

「左様。こういった誰もが注目するような組み合わせは本来準決勝や決勝のために取っておくべきものであって、初戦で行うべきではないが、教師陣の決定なら従う他あるまい。彼らがこのIS学園の法である以上はな。では、ゆくぞ、シャルロット。これは我々新生した黒円卓の初陣である。心せよ」

「Jawohl」

 

一夏とシャルロットはアリーナへと向かった。

 

 

 

一方、ヴェヴェルスブルグ城。

黄金が率いる軍勢で編み上げられたヴァルハラという名の地獄の城。この黄金の城主には彼を警護する近衛が嘗て三人存在した。

白騎士、赤騎士、そして、黒円卓から離脱した黒騎士。

彼らはその渇望によりそれぞれ世界を持っていた。白騎士は轍という名の死体が積み上げられた世界の死世界を、黒騎士は人との決闘を願い作り上げた人世界を、そして、赤騎士は黄金によって身を焼かれてできる焼け野原の焦熱世界を。

そして、城主無きこのヴェヴェルスブルグ城は赤騎士によって、焼け野原になろうとしていた。というのも、赤騎士である彼女の渇望が溢れ出ようとしていたからだ。

 

「えぇーい!いい加減テレビは映らんのか!シュピーネ!」

 

赤騎士であるザミエルは嘗ての臣下であり、監督対象に対し怒鳴り散らす。

敬愛するハイドリヒが出場なされるIS学園内の公式のISの試合がテレビで放映される。ザミエル卿はこの試合を生で拝聴し、かつ録画することで、何度も見返すつもりなのだが、テレビが壊れてしまっているらしく、視聴どころか録画すらもできないため、臣下に命令し修理させていたのだが、思って以上に早く直らないため、怒り狂っていた。

本来なら、城の心臓であるイザークに頼めば、すぐに直せるのだが、イザークがここ最近創造を使い過ぎていたため、疲労が蓄積していた。というのも、ハイドリヒが新たに黒円卓に加えようとしている者たちの内の一人を訓練でこのヴェヴェルスブルグ城に来させるために、イザークがこの城の城門をよく開いていたためだ。

それにイザークという異端児を恐れぬものは黒円卓の双首領ぐらいであり、面と向かって話すことがザミエルは苦手であった。故に、彼女は臣下にテレビの修理をさせていた。

 

「ヒィ!お…お待ちください!ザミエル卿!」

 

彼は元・聖槍十三騎士団黒円卓第十位、ロート・シュピーネである。

シュピーネは現在このシアタールームの98インチの超大型薄型テレビの修理をしていた。

ドイツでのラウラ・ボーデヴィッヒの戦いで敗北した彼は、ヴェヴェルスブルグ城に連れ戻された。その後、尋問を受け、ザミエルの管理下になり、ここ数週間牢屋で過ごしていたのだが、数時間前に牢屋からザミエルに出されると、テレビの修理を命ぜられた。

自分は科学者であり、テレビの修理などやったことがないため、断りたかったのだが、それを言えば、瞬時に骨の髄まで焼き尽くされ、最後には従わされることになる。おまけに、試合が始まるまでに修理できなければ、根性を叩き直すと言って八つ当たりしてくるのだから、結局のところ最初から従っておいた方が身の為である。

シュピーネは頭をフル回転させ、テレビの修理に集中する。だが、シュピーネは焦っていた。テレビの故障の原因を突き止めることが出来ない。このままではIS学園の学年別トーナメントの試合の番組が始まる後五分で完全に修理が出来るはずがないと思っていた。そこで、配線が不具合を起こしていることがテレビの映らない原因であると賭け、液晶や基盤が故障したという可能性を捨て、配線の不具合を確かめていく。

番組放送まで後数分となった時だった。

シュピーネは一本のコードが接触不良を起こしていることに気が付いた。そのコードは液晶に電気を供給するコードらしく、これが切れていてはどうやってもテレビに電源が入らない。これが原因だと気付いたシュピーネは辺獄舎の絞殺縄を形成し、接触不良のコードがあった位置に設置する。これで、己の聖遺物が電気供給のコードの代わりになってくれれば、テレビに電気という名の命が吹き込まれるはずだ。

シュピーネはテレビの電源スウィッチを押す。

 

「点いた!」

『アイドルによるスペシャルドキュメント!「神室町の駆け込み寺」という異名を持つ謎多き消費者金融業「スカイファイナンス」社長であり、キャバクラ「エリーゼ」のオーナー、謎に包まれた男、秋山駿!彼の波乱万丈の人生に迫る!司会は私、天海春香と……』

 

テレビにカオスな番組が映し出された。

平日の真昼間に消費者金融業者のドキュメンタリー番組の放映をして誰が見るのだろう?

ゴールデンで放送しそうな番組の放送時間を間違えていないだろうか?

アイドルが司会の番組でテーマが消費者金融業者とはカオスすぎるのではないだろうか?

……など、様々な疑問がシュピーネの頭を過る。

 

「どけ!シュピーネ!貴様が邪魔でチャンネルが変えられん!」

 

ザミエルはリモコンを操作し、チャンネルを回そうと、チャンネルを変えるボタンを連打していく。だが、リモコンの電波がテレビに届かない所為か、それとも、リモコンが接触不良を起こしている所為なのか、テレビのチャンネルは彼女の思うように変わらない。

なかなかチャンネルが変わらないことに業を煮やし、ザミエルの怒りのボルテージが上がっていき、同時にリモコンを持つ手に力が籠っていく。だが、万物を破壊するために生まれた術であるエイヴィヒカイトが施されたザミエルの握力に耐えるだけの力をテレビのリモコンは持っていない。たとえ、この城の一部であるこのテレビのリモコンが髑髏でできていたとしてもだ。

テレビのリモコンはミシミシと悲鳴を上げる。その音はまるで、上官の冷静を取り戻させるための部下の魂の叫びだったのかもしれない。だが、懸命な彼らの叫びがザミエルの耳に届かぬほど、ザミエルは苛立ちに身を任せ右手に力を込めていた。結果、リモコンは無残にも断末魔のような砕け散る音を上げて、粉々となった。

リモコンが壊れても、テレビ本体にチャンネルを変えるためのボタンが普通のテレビにはある。それを思い出したザミエルは瞬時にテレビに近づき、チャンネルのボタンを連打する。だが、やはりこちらも同じだった。ザミエルの連打速度と指圧について行けないテレビのスウィッチは打ち砕かれ、スウィッチのあったところはクレーターとなった。

 

『現世の夜に、夢と幻想、陰謀と欲望が渦巻く魔の街、神室町、そこに女子高生アイドル天海春香が降り立った』

 

相変わらず、テレビの番組はアイドル司会の消費者金融のドキュメンタリー番組が流れており、ザミエルの求めている番組は映っていない。

テレビのチャンネルを変える手段を失ったザミエルは震えていた。

その震えは悲壮や絶望からくるものではない。彼女の中で膨らむ憤怒の業火によるものだ。

ザミエルは立ち上がり、笑い出した。負の感情が高ぶり過ぎた結果だ。シュピーネは笑うザミエルに恐怖し、体が動かなかった。ひとしきり笑い終えたザミエルは詩を詠い始めた。

 

「この世で狩に勝る楽しみなどない

 狩人にこそ 生命の杯はあわだちあふれん」

 

それと同時に、ヴェヴェルスブルグ城のシアタールームの室温が上がっていく。

温度が上がっていくのは室温だけではない。シアタールームにあったありとあらゆるものの温度が上がっていく。花瓶の花は発火し、グラスに入った飲み物は蒸発していく。

シュピーネの触っていたテレビも気が付けば、触っていられないほどの高熱になる。液晶が変色し、溶け始める。

 

「角笛の響きを聞いて緑に身を横たえ

 藪を抜け 池をこえ 鹿を追う」

 

テレビ内部に潜り込ませていた辺獄舎の絞殺縄を手元に戻し、逃走を試みる。

だが、溶け始めたテレビが絞殺縄に掛かり、なかなか引き抜けない。

シュピーネは死を覚悟した。

 

「王者の喜び」

 

思えばこの人生は常人とはかけ離れた波乱万丈であった。

約150年も前に、魔人の軍勢の円卓騎士団の末席に身を置き、紅蜘蛛…ロート・シュピーネなどという副首領から受けた魔名を名乗り、更に正体を隠すために、他にも様々な名を名乗った。偽名を150年近く名乗っていたため、気が付けば、自分の名を忘れていた。

今思い出せば、自分が本名を名乗っていたころは楽しかった。自分のしたい研究をしたいように、したい時にできた。あぁ、自分の自由を奪われたのは、この黒円卓の双首領に目を着けられてからだろう。あれが、自分の転落人生の始まりだった。

収容所で最高責任者だった自分は気が付けば、情報収集のためのパシリになってこき使われ、100年前のシャンバラでは聖餐杯にうまく利用されて、始末され、この地獄に来た。地獄に来てからも無論最悪の人生だった。基本無視されるのに、気が付けば、何かに巻き込まれている。逃げても逃げても、結局自分に災難が降りかかってくる。何もかも『いらないものまで手にいれてしまう』という自分の呪いによるものだ。

 

「若人のあこがれ」

 

瞳から光彩を失ったザミエルは淡々と詠唱を続ける。

あぁ、私は黄金という炎でこの身を焼かれ続けたい。貴方と幾千の戦場を共に駆け抜けたい。貴方への忠義を永劫貫き通したい。

故に、貴方に私の勝利を捧げる為に、私は全てを燃やし尽くす。

 

全て焼け野原となれ。

 

「燃え尽k」

「ザミエルー、テレビが壊れたって聞いたけど、僕のところで見るかい?」

 

ザミエルの前に黒円卓の白騎士が現れた。

黒円卓の多くの者から狂獣と恐れられた白騎士がザミエルには今は天使に見えた。

詠唱を止め、創造を中断し、速足でシュライバーを近づき、腕をつかむとシュライバーを引きずり、シュライバーの自室へと向かった。ザミエルのシアタールームに残ったシュピーネは泡を吹いて、白目を剥いて、失神していた。

 




小ネタが何なのか、分かったでしょうか?
「THE IDOLM@ASTER」と「龍が如く」です。

今回、「THE IDOLM@STER」をネタに入れた理由としてしまして、

『ヴィルヘルム「765プロだぁ?」シュピーネ「はい」』
http://animarusokuho.doorblog.jp/archives/17167136.html

という「Dies irae」と「THE IDOLM@STER」のクロスオーバーの二次創作作品を見つけ、読み気に入ったからです。


「龍が如く」をネタに入れたのも「THE IDOLM@STER」と「龍が如く」のクロスオーバーの二次創作作品

桐生「L・O・V・E・ラブリー伊織!」遥「」
http://morikinoko.com/archives/51831027.html

を見つけたからです。
良かったら、読んでみてください。

今回、このような小ネタを入れましたが、皆様の反応が悪ければ、こういった小ネタは止めるつもりですし、今構想を練っている「Dies irae」と「インフィニット・ストラトス」、「THE IDOLM@STER」の多重クロスオーバー作品を番外編として出すのも止めようかと考えています(誰得?)。ですので、今回の小ネタは良かったや、悪かったなどの意見があれば、感想に書いていただけると助かります。
よろしくお願いします。

屑霧島


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ChapterⅩⅩ:

前の話でザミエルの詠唱と創造についてご意見を頂きましたので、作者なりに検討しました。
ザミエルの魔弾の射手の詠唱は最新版では形成と創造の間の扱いとなっています。
これを創造に近いものと作者は解釈し、シュライバーのように二種類の創造をザミエルは持っていると考えていました。ですが、某ルートの時は詠唱していなかったということが判明したので、認識を改め、修正しました。
(2013/5/23 01:00)

屑霧島


IS学園の誰もが注目する一戦が今行われていようとした。男性IS操縦者である織斑一夏とシャルル・デュノアのペアがドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒとISの開発者篠ノ之束の妹である篠ノ之箒のペアとの戦いである。観客者が注目する理由は二つ。一つ目はどちらも優勝候補であること、そして、二つ目は一夏が負ければ一夏を倒した人間が一夏の恋人となることである。故に、一夏の恋人になりたがっている女生徒にとってこの試合は見逃せない試合であった。

 

「織斑一夏、貴様の恋人の座に興味はないが、今日こそお前を倒し、私の確固たる姿を今こそ貴様の目に焼き付けてくれる」

 

リベンジのチャンスが早々に訪れたことで、箒は積年の怒りを露わにする。

熱くなりやすい箒は冷静さを取り戻す気は毛頭なかった。あの体験入部の時に初めて一夏と戦った剣道の試合で惨敗を期した自分はこれまで剣道の腕を鍛え続けた。飢えを満たすために戦い勝利することが人間の本質だと言うこの男に勝つために、そして、誰かを守ることこそが理性を持つ人間のあるべき姿だということを証明するために。

箒は打鉄の標準装備である刀を両手で構え、一夏を睨みつける。

 

「そうか、箒にラウラ・ボーデヴィッヒよ。卿等の全てを私に見せてくれ」

 

露骨な敵意を箒が自分に向けていることに気付いている一夏は涼しい表情をしている。裏社会やオカルト団体から目を着けられている黒円卓にとって敵意を向けられるなど日常茶飯事であったということもあるが、敵対するものですら愛する一夏にとって騒ぐほどのことではないからだ。

 

「貴様は私の嫁であることは決定事項であり、異論は認めん」

 

ラウラは一夏の只ならぬ気迫を感じ取り、気を引き締める。千冬との家族関係を築くための駒であり、この男自身は取るに足らない存在であると思っていた存在がその実檻の中に閉じ込められた獅子の類であり、今まで自分が見ていたのはかりそめの姿であったということに敵対した時に、ようやく気が付いた。軍属である彼女は怪物のような男を前にして、驚きはしたが、幾多の死線を潜り抜けてきたため恐れはしなった。

 

「一夏にサポートは必要ないかもしれないけど、一夏の背中は僕に任せて。そうじゃないと、僕の出番なくなっちゃうから」

 

そして、最後の一人であるシャルロットは強敵を目の前にことで緊張していた。この試合は黒円卓の初陣であると仰々しいことを一夏から言われたからだ。だが、同時にシャルロットの心は少し高ぶっていた。というのも、特訓の成果を示すことの出来る喜びと、純粋にISをスポーツとして楽しもうと心得ていたからだ。

 

「そうか、ならば、箒を任せるとしよう。卿ならば十二分に制することが出来よう。本来ならばボーデヴィッヒを相手にしたいであろうが、武装の相性から考えるに、この組み合わせが我らにとって好ましいであろう」

「対戦相手にも聞こえるような作戦会議とはずいぶん舐めてくれるな」

「作戦は相手に聞かれても構わん場合というものが存在する」

「知っていても対処できない場合だな」

「左様。やはり軍属である卿は聡いな」

「だが、貴様は愚かだ。織斑一夏。貴様が只ならぬ猛者であることは分かっているが、私たちを圧倒的に劣っていると判断した。だが、私が思うに、この程度なら私の力と策で幾らでも覆せる。それを今から証明してやろう。……私の勝利でな!」

 

試合開始の合図と同時に、ラウラは一夏に向けてレールカノンを放った。

一夏はレールカノンが発射される寸前のラウラからにじみ出ていた敵意からラウラの行動を読み取り、レールカノンの方針の角度からラウラのレールカノンの弾道を予測し、体を捻ることで迫りくる砲弾を余裕の表情で回避する。

 

「一夏ぁ!」

 

箒は雄たけびをあげながら、抜刀の構えで一夏に接近する。

抜刀の構えこそが、もっとも刀を速く抜き、最高の威力が出る。箒の作戦は最初の渾身の一撃で一夏を沈めるという短期決戦だった。

だが、片刃の刀を使った最大威力の抜刀術には大きな欠点がある。それは抜刀直後に大きな隙が出来るということである。避けられてしまえば、その後の相手の反撃に対処する手段がない。故に、この攻撃をするときは相手が無防備な状態を晒している状況下でなければ、意味が無い。

だが、回避直後の体勢ならば、バランスを取るために両手が塞がってしまう。仮に、何かしらの武道に精通する者ならば、バランスを取るのに手は必要ないだろう。仮に手が空いていたとしても、その相手の攻撃に反応が出来なければ、手が空いていないのと同じだからだ。回避行動の直後であり、こちらの攻撃を認識し反応される直前でもある一瞬なら攻撃を入れることは難しくないはずだ。

箒は渾身の力をもってして、左下に構えた刀を振るう。

一流の剣道家でさえ、目を見張る彼女の技術をもってすれば、ISを纏っていなくとも、飛翔する燕や、固い鉄さえも斬ることができる。故に、回避行動直後認識直前の隙を突くことが出来ないはずがない。だが、それはあくまで相手が……

 

「な!」

 

凡人であったならば…の話である。

 

「何故卿は驚いている?私がこの程度で荼毘に伏すような三流であったならば、今卿の前に立ちはだかることはなかったであろう?違うか?」

 

一夏は黎明の柄を箒の刃先に当てることで、箒の居合いの勢いを殺し、刀を止めた。

箒の攻撃に一夏が反応できたのには二つの大きな理由があった。

まず、一つ目は一夏の回避行動は体を捻っただけであり、両手は自由であった。凡人ならば人外の領域に足を踏み入れた魔人の軍勢を率いる黄金の獣が凡人の領域に居るはずがない。バランスはたとえ腕が無くとも、目を閉じていても取ることは一夏にとって容易である。

二つ目はラウラの砲撃を発射される直前に見切っていたため、一夏の意識はラウラの次の手と箒の行動、シャルロットの援護に意識がいっており、箒の奇襲は箒の最初の一歩ですでに一夏に気づかれていた。故に、回避行動直後に攻撃されても、隙を突かれたという表現は彼にとって正しいものではなかった。

 

「そうだったな。確かにこの程度で終わるような奴ではなかったな!」

 

刀の刃を裏返すように箒は刀を半回転させ、一夏の持つ黎明の上を滑走させ、一夏に一太刀浴びせようと試みる。峰打ちとなってしまうため、威力は落ちてしまうが、それでも箒の腕力や技術、ISの能力をもってすれば、威力が絶大であることにかわりない。

だが、この試合は二対二の試合である。最初から誰にも狙われていないシャルロットが一夏に箒のことを任されたにもかかわらず、呆然と立って見ているだけであるはずがない。

シャルロットは箒に五五口径アサルトライフルのヴェントの照準を合わせ、引き金を引く。

銃口から放たれる弾丸の雨が箒に降り注ぐ。一夏しか目に入っていなかった箒はシャルロットの射撃をまともに喰らい、一夏への攻撃が途切れてしまう。

シャルロットは間髪入れずに、高速切替でブレッド・スライサーを展開し、そのまま箒に向かって側面から体当たりする。体当たりをまともに受けた箒は飛ばされ、一砂埃を上げて、アリーナの上を転がる。そんな箒に対し、シャルロットはショットガンのレイン・オブ・サタディで追い打ちをかける。箒はシャルロットのショットガンを見るや否や、体勢を整え、シャルロットから距離を取る。ショットガンが散弾銃と言われる。

故に、ショットガンは近づけば近づくほど大量の弾を着弾させることができるため、威力が上がるという性質を理解しての行動だった。ショットガンの特性は当然持ち主であるシャルロットも理解している。シャルロットはすぐにヴェントに切り替え、箒の周りを旋廻しながら、ヴェントを撃ち続ける。

 

「くっ、射撃武装を取り外したのがシャルルには凶と出たか」

 

箒は剣道を得意とするため、武装はこの刀一本に絞っていた。なぜなら、射撃武器は未だに使い慣れないうえに、無駄に武器を載せれば、唯でさえ鈍重な打鉄が更に鈍くなる。確かに、打鉄の使いやすさ、応用力、防御力は第二世代型ISのなかでは群を抜いて高い。だが、それだけでは一夏に勝てないと、箒はそう判断したからこその行動だった。

ただ、それはあくまで箒がとった一夏対策であり、シャルロットに対応しているわけではない。故に、射撃武器を得意とするシャルロットとの相性は最悪だった。

 

「ごめんね、一夏じゃなくて」

「馬鹿にするな!」

「気合があるのは良いけど、それで勝てるの?」

 

シャルロットは慣れない悪役を演じることで、激情しやすい箒を挑発することで箒の意識を一夏から引き離そうとする。自分の大根役者顔負けの拙い演技で箒が釣れるのか、シャルロットは心配であったが、杞憂だったようだ。箒は怒りを露わにし、打鉄の刀を振り上げ、シャルロットに向かって突撃をかけてきた。予想以上の箒の反応に、挑発した側のシャルロットは若干困惑してしまう。だが、シャルロットはすぐに冷静さを取り戻し、距離をとりながら、アサルトライフルで箒を撃つ。

シャルロットが箒との距離を取るのには理由があった。シャルロットの攻撃手段は射撃主体であり、中遠距離を得意としているからである。もっとも近接格闘が全くできないというわけではない。シャルロットはCQCを習得しているため、ある程度の近接格闘戦には対処できる。ブレッド・スライサ―やレイン・オブ・サタディといった近接戦用武器があるため、平均的な同学年とは渡り合えることはできる。だが、剣道に精通し近接格闘を得意とする箒相手には後れを取ってしまう可能性が高いのではないかとシャルロットは予測していた。事実はシャルロットの予測と異なるかもしれないが、シャルロットの独断で危ない橋は渡れない。この試合は二対二であり、自分が負ければ、一夏の負担となる。付け加えて、一夏から指示を受けており、自分は独断で動くことはできない。シャルロットは得意な距離を維持し続けることに徹した。

一方の箒はシャルロットの射撃武器を刀で防ぎながら様子を見て、距離を詰める算段を考える。距離さえ詰めることが出来れば、この戦局を覆すことが可能であると彼女は確信していた。

こうして、相反する特性を持った箒とシャルロットの戦いが始まった。

 

「さて、予想された混戦が回避され、箒とシャルルの対戦が成立した以上、こちらから横やりを入れるのは無粋と思うのだが、卿はどう思う?ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「私としてもこの展開は好ましい。お前を倒し、教官の義妹の座を手に入れるためには、勝敗が誰の目にも明らかでなければならないからな」

「卿は私に勝つと、そう言うのか?」

「あぁ、私は勝つ。でなければ、私は次に進めない」

 

ラウラは一夏に向かって、四本のワイヤーブレイドを走らせる。攻撃目標が悟られぬようにラウラはワイヤーブレイドを蛇行させる。ラウラのこのワイヤーブレイドの動きを見切れた者は嘗ての教官だった千冬の身であり、千冬以外の相手なら誰にでも通じた手法である。故に、余程の相手でない限り、この攻撃は通じるというラウラは考えていた。そして、そのうえで、プラズマ手刀を起動させ、構える。普段のラウラなら、必中と自信のあるワイヤーブレイド攻撃中に、さらに武器を展開するようなことはしない。では、なぜラウラは武器を二つも展開したのか、その理由は一夏にあった。対戦相手として一夏と相対し圧倒的な存在感から、初めて一夏が強敵ということにラウラは気付き、慢心は敗北をもたらすとラウラは考え、慎重な策を取ったからだ。

高速で詰め寄る四本のワイヤーブレイドに対し、一夏は回避行動をとることなく、ただ立っているだけであった。傍から見ればラウラの攻撃の絶好のチャンスである。だが、織斑一夏という人間をよく知る者は一夏がラウラに隙を見せてしまったのではなく、わざと隙を見せているということにすぐに気付いた。一夏が迫りくる攻撃に対して無防備なままであるはずがないと知っているからということもあるが、なにより一夏が余裕の表情を崩さなかったことに気付いたからである。

 

「それが卿の全力か?」

 

自分の周りを飛ぶハエを払うかのように、一夏は黎明を軽く振るう。

軽く振るっているつもりの一夏だが、彼の軽い力というものは頑丈な鉄筋が“く”の字に折れ曲がるほどの、油圧を利用した重機でなければ出しえないような力である。黎明が衝突したワイヤーブレイドの刃はまるで繊細なガラス細工のように割れた。ワイヤーブレイドを一夏は弾くか回避すると予測していたラウラはワイヤーブレイドを破壊れたことで驚愕し動きを止めてしまう。ワイヤーブレイドは鋼鉄で作られており、いくらISを使っているとはいえ、片手で振るった槍によって壊れることなどありえないからだ。ラウラの動作が停止している間に、一夏はさらに黎明を振るいながら、接近しワイヤーを細切れになるまで斬っていく。数秒間驚愕のあまり放心状態にあったラウラは我に返り、ワイヤーブレイドを引き寄せながら、後退する。

 

「いや、あくまでこれは小手調べだ」

「そうか。私相手に小手調べと…今日は私にとって吉日だな。実に愉快だ。……これを愉快と言わずして、何と言う。あぁ、楽しいぞ。ならば、卿の評価を私は聞きたい。私は卿の目にどう映った?」

 

一夏は妖艶な笑みを浮かべ、ラウラに問いかける。

180年生きてきた中で、自分に面を切って勝つと宣言した者はこれまでに三人居た。ツァラトゥストラに数十分前のセシリア、そして、今目の前に居るラウラ。特に、ラウラは一夏を脅威と知りつつ、最初から全力で当たるのではなく、小手調べから始めた。ラウラの行動は一夏にとって未知であった。

なぜなら、エイヴィヒカイトによって、魔人化して以降、自分と敵対し戦ったツァラトゥストラさえ、最初から全力で戦ったからだ。ラウラが己に対し小手調べを行った理由が、ラウラの目には自分との力量の差がそんなに離れていないように見えたからなのか、力量の差が不明であると見えたからなのか、それとも、実力差が分かっていない愚者なのか…、また、そんな面白い女が自分をどう評価するのか興味があったからだ。

 

「平和というぬるま湯に浸かっていた割には、なかなかの強者と言える。だが」

「なかなかの高評価だな」

「だが、幾つか小手調べをすれば、貴様を打倒するための算段は付く」

「ほう」

「己の知り相手を知れば、百戦危うからずという言葉を貴様は知っているか?」

「無論。だが、今は試合の最中であり、情報収集に集中するべき時ではないと凡人は思うのだが?」

「いや、戦いの最中でも、情報というものは重要である。なぜならば、ある程度の犠牲を払ってでも、相手の力量を測り、相手を知れば、勝利への活路は見えてくるからだ。策を弄することで、容易に相手を崩せるのであれば、最初から全力で当たることは愚行であり、労力を無駄にしている蛮行と言えるはずだ」

「なるほど」

「何が『なるほどだ』白々しい。『凡人は』と言っている時点で、貴様は私の思惑に気付いていたのだろう?惚けるのも大概にしろ」

「勇ましいだけでなく、聡いな。英雄になくてはならんものを卿は三つの内二つは備えているか。ならば、最後に“強い”か否か試させてもらうぞ」

 

一夏は瞬時加速でラウラとの距離を詰める。

瞬く間に、数十mあった両者の間の距離が、2m弱に縮まる。正面から接近したにも関わらず、一夏の瞬時加速があまりにも速かったため、不意打ちに近い攻撃をラウラは受けることとなった。だが、一夏が槍を振るう寸前のところで、ラウラは一夏の接近を認識し、咄嗟にAICを作動させ、一夏は動きを封じこめる。

動きさえ止めることができたならば、照準を合わせることは容易い。ラウラはレールカノンを起動させ、最大威力で砲弾を放つために、充電を開始する。この距離でレールカノンを最大出力で放てば、ほぼ零距離射撃と同じ威力があるため、打鉄のシールドエネルギーの八割を削ることが出来る。AICで動きを封じることが出来ているのならば、連続で放つことは容易である。この時点でラウラは勝利を確信し、笑みを浮かべる。

だが、次の瞬間、ラウラは聞き馴れ合い音を聞き、彼女の顔から笑みが消える。ラウラにとってその音は初めて聞く音だったが、何かが軋む音だということと、その音源が自分の専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンであるということだけは理解できた。

 

「これがAICというものか、確かに強力と言えよう。鈴が敗北したのも頷ける。だがな、そのような小細工が私に通ずると思っているのか?」

 

ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのモニターにウィンドウが表示された。

ウィンドウには『AICに過負荷あり』と書かれていた。ラウラが聞いた軋む音の音源はAICであるということに気が付いた。だが、AICの整備は先日の白い一角獣施設の襲撃以前に行った。こんな短期間で不調になるなどありえない。となれば、一夏がAIC抑制装置を持っているのかと言えば、それはあり得ない。一夏の打鉄の装備が黎明一本であることはIS業界では常識だからだ。では、何故、AICは不調を訴えている?ラウラは疑問に思った。だが、一夏の言葉によって、ラウラはその原因を知ることとなる。

 

「この程度の結界破壊するに手間取ることはない。なぜなら、私にとって、AICとやら物は紙素材の檻に等しい。引きちぎり、食い破れないはずが無かろう」

 

力で強引にAICを一夏が破ろうとしていた。

ラウラのシュヴァルツァ・レーゲンのAICは一夏を抑えることが出来ず、AIC本体内部で電流を逆流させられたような負荷がかかり、軋むような音を発したのだ。結果、不可に耐えきれず、シュヴァルツェア・レーゲンが警告を発していたわけだ。

 

「馬鹿な、ドイツの科学の結晶であるAICが!ありえん!」

「だが、事実こうして私に破られようとしている」

「くっ!ならば!」

 

ラウラはAICが破られることを察し、充電が完全でない状態ではあるが、レールカノンを一夏に向かって放つ。今砲弾を放っておけば、シールドエネルギーの大半とまではいかないにしろ、半分近く削ることができると考えたからだ。

だが、発射された砲弾が一夏に着弾する直前で、一夏はAICを破り、レールカノンの砲弾を躱し、黎明による渾身の突きをラウラに向ける。ラウラは構えていたプラズマ手刀を胸の前で交差させることで、一夏の攻撃を防いだ。

だが、一夏の攻撃の衝撃がラウラの体に伝わる。ラウラは吹き飛ばされる。

 

「…何者だ、……貴様は」

 

嘗てラインハルト・ハイドリヒは同じ問いを投げかけられたことがある。

1939年、ドイツ帝都ベルリン、ベルリン大聖堂前で繰り広げられたシュライバーとザミエル、ヴァルキュリアとベイ、あの四人の死闘に割り込んだ時のことだ。

懐かしさのあまり、思わず笑みが毀れる。やはり、今日は吉日だ。

一夏はあの時と同様の答えとこの場に相応しい問いを目の前のラウラに投げかける。

 

「何者でもない。私は単なる織斑一夏と言う男だ。…ならば、貴様は何だ?己の何を知り、私の何を知っている?」

 

一夏はさらに瞬時加速でラウラに近づき、追い打ちをかける。

ラウラはレールカノンを放ったうえで、AICを作動させることで、一夏の瞬時加速の勢いを殺す。さらに、プラズマ手刀を胸の前で交差させることで防御の姿勢を取った。結果、一夏の攻撃は受けたが、衝撃は半減され、ラウラが突き飛ばされることはなかった。

ラウラはプラズマ手刀で止めた一夏の黎明にワイヤーブレイドを四本絡ませ、AICを一夏の腕に集中させることで、一夏を止めるための出力を上げる。一夏の黎明は完全に止まったが、あくまで一夏の黎明だけであり、一夏の攻撃手段をすべて完全に封じることができたわけではない。

蹴りがくるかもしれない。この状態で瞬時加速し、アリーナの壁に自分を叩き付けるかもしれない。いや、そもそも、AICで抑えているのは自分の勘違いであり、また力技でAICを破り、もう一度槍で仕掛けてくるかもしれない。勝機が全く見えてこないことに、ラウラは焦りを感じる。

 

「ほう、防いだか。何が卿をそこまで駆り立てる?何故、卿は私の妻となって、姉上をお姉さまと呼びたいのだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ?」

 

ラウラに対し一夏は問いを投げかけてきた。ラウラは一夏との会話をしている余裕などなかったが、返答できぬということは余裕が無いと相手に知られてしまうし、自分の気持ちも死んでいきそうになる。これでは、弱者であることを認めたのと変わらない。自分のこれまでの人生は苦難の連続であり、楽な人生でなかったと自負している。故に、自分は弱者であると認めるわけにはいかなかった。

 

「私は……」

 

ラウラは言葉に詰まった。何故なら、今この場で何のために戦っているのか、ラウラは相応しい答えを見つけられなかったからだ。いったい自分は何のために戦っているのだろう。

自分はこんな私利私欲のために戦ったことは初めてである。

これまで、こんな己の為に戦ったことは……一度だけある。先日の白い一角獣機関での戦いだ。あの時シュピーネと戦ったのは、自分の親を知りたいという願望からだ。

あの戦いで勝って、自分の親を知り、会って、話をしてみたい。

真実を求める探究心による物だ。そこまでは、分かった。

だが、何故、私は教官をお姉さまと呼びたいのだろう?その理由がラウラには分からなかった。

 

「私が答えてやろうか?」

 

いや、違う。分からないのではない。

なぜなら、その問いに対する解を私はとうに得ている。だが、私はその解を受け入れられないが故に、私は分からないフリをしてきたのだ。だから、他人であるお前からその解を聞かされたなら、私はおそらく言い返すことができないだろう。

そして、自分の心の奥底にある物が溢れ出てしまうだろう。それは、兵士として持ってはならない感情なのだ。だから、答えを言うな。織斑一夏。

 

「卿はな……」

 

言うな!その先を言うな!織斑一夏!

認めたくない。こんな答えなんか、軍人である私は認めたくない。認められないのだ。

これまで、兵士としてあり続けた。だから、このような感情を持つことは許されない。ゆえに、この感情が私の心の奥から溢れ出るなどあってはならないのだ。もし、心からこの感情が溢れ出てしまえば、兵士として欠陥品であるとされ、再び私を塵屑のように誰もが軽蔑視してくるだろう。

だから、此処で負ける以上に、一夏に問いの解を言われてはならない。

 

「あああああああ!」

 

ラウラは組み合った状態のまま、スラスターの出力を最大にし一夏を押し切り、一夏をアリーナの壁に叩き付ける。そして、レールカノンを起動させ、一夏に向けて、零距離射撃する。

だが、ラウラの手は焦りのあまり震え、うまく照準が一夏に合わない。ラウラは一夏の口を封じることはできなかったため、一夏に言われたくなかった言葉を言われることとなってしまった。

 

 

 

「寂しいのだよ」

 

 

 

一夏の言葉はラウラの胸に重く、そして、鋭く、突き刺さった。

ラウラは動揺のあまり、砲撃の手を止めてしまう。必死に一夏の言葉を否定する理論を頭の中で展開しようとするが、幾らどのように考えても、その解を否定する材料が微塵も出てこない。動揺しきっているラウラに一夏は更なる言葉の追い打ちをかける。

 

「卿は生まれの境遇から、父母という存在を知らなかった。生まれながらして、国から優秀な軍人であることを求められ、道具として完璧を求められたからだ。完ぺきな兵士と言う道具を求められるが故に、卿は孤独を感じているという己の欠点をさらけ出すことができない。自分の中で感情を押し殺し、兵士としての完璧を目指した」

 

一夏の言葉は次々と的確にラウラの心の奥深くにまで刺さる。

相手を力で全てをねじ伏せる一夏だが、元々はゲシュタポの実質的な長官であり、部下の操ることに長けている。部下を操ることに長けているということは相手の力量と心情を見抜くということに長けていなければならない。一夏の相手を見抜く力はもともと非常に高かった。グラズヘイムに来てからも様々な人間を見たため、人を見抜く力は人間だったときとは比べ物にならないほど成長した。故に、一夏の言葉による精神攻撃は効果絶大である。一夏以外に言葉で相手を精神崩壊寸前まで追い詰めていくことが出来るのは、人の声が聞こえるクリストフかカール・クラフトぐらいであろう。

 

「その後、ISが登場し、卿はISの操縦者として完璧であることを求められた。ISの操縦技術が他の者より劣り、国から見捨てられそうになった卿の元に現れ、卿にISの操縦技術の指導をした姉上はまるで卿にとって母親だったのだろう。卿が姉上を“お姉さま”と親愛を込めて呼びたかったのは姉上に母性を感じたからだ。卿の抱いた姉上に対する気持ちがIS操縦の技術に憧れただけならば、教官と呼び続けるだけでも満たされるはずだからだ」

 

ラウラの自我は、支柱を失った巨大な建物のように、崩壊していく。

あと一言でラウラは完全に精神崩壊しそうになった時だった。

 

「だが、恥じることはない。道具のように扱われようとも、卿は間違いなく人間だ。たった100年で生涯に幕を引き、群れを成さねば刹那も生きていけぬ繊細な生き物だ。ならば、孤独感に苛まれ、母性や父性に飢え、憧れることは必然である」

 

突如、一夏はラウラの擁護を始めた。

 

「卿は己の欲に対し、理論づけて彼是言って、己の欲を否定しようとする。確かに、欲を禁じられることが求められることは十分にある。人の集合体に身を置く以上、欲ばかりに走ってはいられない。だが、人は生物である以上、欲というものから逃げられない。食欲、睡眠欲、性欲……欲求が常に付きまとう。人の欲とは理論に基づくものではなく、頭で考えて完全に抑制できるものでない。故に、孤独を感じることは恥じることではない」

 

否定したかった自分の恥ずべく感情を一夏は肯定した。

人間である以上、欲求は絶えない。だから、飢えることは当然であり、足りないと嘆くのは当たり前である。だが、満たされないまま生きていくことは成長を止めた同義である。

飽いていれば良い。飢えていればよい。それらの言葉は死人の言葉だ。

故に、人は生きている限り、己の飢えが満たされるために、魂を磨き続ける。

これが一夏の…ラインハルト・ハイドリヒの持論である。

 

「では、もう一度聞くぞ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

質問をした直後、悪魔のような笑みを浮かべた一夏に腕力でラウラは突き飛ばされた。スラスターの出力が全開であるにもかかわらず、ラウラはまるでボールのように投げ飛ばされ、地面に叩き付けられた。アリーナの砂がラウラの口に入る。

ラウラを突き飛ばした一夏はゆっくりと歩き、ラウラに近づく。

彼の笑みは、試合という名の演目の役者であるラウラに対する期待の表れである。

さあ、私を楽しませてくれ。今日は私のために用意された演目が演じられる日なのだろう。

私を落胆させないでくれ。つまらない喜劇にしないでくれ。このまま幕を引かないでくれ。

未知にあふれた結末であってくれ。ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)はいらない。万人が嘆かわしいと評するような結末でもよい。唯々未知にあふれた名作の歌劇であってくれ。私を失望させないでくれと願うように一夏はラウラに問いかけた。

 

「卿の飢えとは何だ?」

 

一夏の問いを聞いたラウラはその時走馬灯を見た。

生まれてから今まで歩んだ人生の全てを見た。その走馬灯の中には様々な人物が居た。

うっすらと覚えている白い一角獣機関の研究員や、軍の指揮官、黒兎部隊の副官のクラリッサ・ハルフォーフや黒兎部隊の面々、織斑千冬教官。自分と深い関係のあった人物は黒兎部隊の面々とクラリッサ、千冬ぐらいだろう。数えてみれば、両手両足の指で事足りる程の人数だ。ラウラは彼女らの関係について深く考えた。誰もが友人以下であり、家族ではない。軍部において、部隊の人間は家族と思えと言うが、家族と思うだけであり、実質的な家族ではない。誰も自分に無償の愛を与えてくれないからだ。

ラウラは一夏の言葉と走馬灯を見て分かった。自分には家族が居ないから、どんな手段を使ってでも、私は家族が欲しいと願っていることを。

ラウラは心の奥底に封じた正直な気持ちを一夏に伝える。

 

「家族が欲しい。母親でも、父親でも、姉でも、嫁でも良い。それが私の願いだ」

 

ラウラは恥じることなく、宣言する。

 

「だから、此処で勝って、貴様を嫁にし、教官を姉上にしてくれる!」

「結論は変わらぬのだな」

「あぁ、むしろ、この気持ちがどういったものなのか理解したからこそ、家族が欲しくなった。私は試合で勝利し、家族を手に入れるのだ!」

 

ラウラはレールカノンを一夏に向けて放つ。

数度見たことで完全にラウラのレールカノンの弾道を見切った一夏は軽く避けた。ラウラは試合直後の箒のように、回避行動直後の一夏を叩こうと、突撃を掛ける。初手で見切られている以上、望みは薄いが、真正面から突撃をかけるより、勝率はあるだろうと考えての行動だった。一夏は箒の時と同様に黎明でラウラのプラズマ手刀を防ぐ。

 

「それで良い。卿の力を持ってして、卿の想い続けた幻想という絵具で現実という紙を染め上げるがいい!卿の障害たる私さえも塗りつぶすが良い!」

「だったら、黙ってやられてろ!」

 

一夏はラウラを右足で蹴り飛ばそうとするが、寸前でラウラは後退し回避する。ラウラは四つのワイヤーブレイドで一夏に仕掛ける。蹴りという隙の大きな動作の直後のならば、攻撃が入る可能性があると考えたからだ。だが、一夏の力を考慮すれば、攻撃が当たる可能性はワイヤーブレイドを破壊される可能性より低いだろう。だが、それでいい。なぜなら、一夏をその場に居させるための時間を稼ぐことが目的だったからだ。焦りが無く、相手が止まっているなら、レールカノンを命中させる自信がラウラにはあったからだ。

ラウラはレールカノンの充電を開始する。

 

「断る。私の飢えとは勝利だからだ」

 

一夏は瞬時加速でラウラのワイヤーブレイドを潜り抜け、急接近する。

懐に入り込まれたラウラは、一夏を迎撃する手段を持っておらず、一夏に無防備を晒してしまう。一夏はレールカノンの側面に渾身の蹴りを入れる。一夏の蹴りの衝撃に耐えきれなかったレールカノンの電気系統は液漏れを起こし、それがきっかけとなって、レールカノンは暴発を起こす。蹴りの衝撃で外部から、暴発によって内部から破壊されたレールカノンは原型を保てなくなり、崩れ落ちる。また、一夏の蹴りと暴発の衝撃でシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは大幅に失われてしまう。

ISにこのようなダメージを追わせたのだ。その操縦者であるラウラが無事であるはずがない。一夏の蹴りと暴発の衝撃でラウラの脳は揺さぶられ、平衡感覚を保てなくなったラウラは立っていられなくなり、膝を地面につける。

風前の灯のラウラに止めを刺すように、一夏は黎明を振るう。一夏の黎明は鋼鉄製であるにも関わらず、剛腕によって振るわれたため、まるで竹のように大きく撓った。この撓りがただでさえ大きな一夏の力を更に大きくする。防御の姿勢を取ることを許されなかったラウラは一夏の攻撃をまともに喰らい、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲をまき散らしながら、遠くへ飛ばされた。

 

「負けたくない。私は負けるわけにはいかないんだ!」

 

砂埃に塗れたラウラは再び立ち上がろうとする。だが、ラウラは満身創痍で体が思ったように動かない。一夏とラウラの試合を見ていた観客が同一の感想を抱いた。皆の目には獰猛な獅子が弱り切った兎を狩ろうとする光景にしか映らなかった。

二人の力量の差は歴然であり、此処から覆せるはずがない。

一夏と向かい合っているラウラですらそれに気が付いた。だが、それでも戦って勝たねばならない。「私は家族が欲しい」のだから。ラウラの闘志の簡単に消せるものではなかった。

だから、敗北寸前のラウラの耳に聞こえた悪魔の囁きは天の声に聞こえてしまった。

 

『願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか?』

 

「寄越せ!力を!私が持っている物を力に変えられるのならば、全て使っていい。力が得られるのならば、この試合で勝利できるのならば、私の飢えを満たせるのならば!どんな手段を使っても構わらない!私を勝たせろ!」

 

ラウラが吠えた直後、シュヴァルツェア・レーゲンは液状化し、形を失い、操縦者のラウラを飲み込んでいく。現在確認されているISの形状変化は『初期操縦者適応』と『形態移行』、そして、『二次移行』の三つであり、今起こっているシュヴァルツェア・レーゲンの変化はどれにも当てはまらない。ラウラにはそれが分かった。

溶けたシュヴァルツェア・レーゲンはとても冷たく、とても黒く、甘ったるく、それらがラウラの意識を蝕んでいったからだ。飲み込まれそうになるラウラはあまりの嫌悪感に吐き気を催す。力を手に入れるには代償が必要であることは分かっている。そう簡単に力は入らないとラウラは知っているからだ。

 

だが、これは違う。

単体では存在できないから宿主を糧とし、操縦者の体を使い、存在を証明する存在。

まるで寄生虫だ。

宿主のラウラは自分の体のコントロールを失い、ISの所有権すら、得体のしれない“なにか”に奪われてしまった。

 

溶けだしたシュヴァルツェア・レーゲンに完全にラウラを飲み込み、まるでアメーバのように形を変えながら、膨張し始めた。その“なにか”はある程度の大きさになると、ある形へと姿を変えていく。その“なにか”の色は、まるで工業廃水で腐敗したドブ川のような黒だった。あまりにもその“なにか”の色が印象的であったため、形を成した瞬間は気づかなかったが、その“なにか”の形はよく知られたある物と姿が酷似していると多くの者が気付いた。“なにか”が右手に持った武器は世界的に有名な刀であったからだ。

 

「雪片か」

 

その“なにか“が成した形とは世界最強の女織斑千冬と、彼女の専用機暮桜だった。

 

千冬はアリーナの放送を使い、IS学園の教員たちに指示を出す。非戦闘教員に試合の観戦に来ていた各国の要人やIS学園の生徒を退避させるように誘導を、戦闘教員にISを武装しラウラの制圧に向かえと、ラウラと対峙する一夏に退却を千冬は指示を出した。

千冬はこれを異常事態であると認識できたからだ。

 

『……V.T.systemか』

「姉上、それは何だ?」

「Valkyrie Trace System。過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムだ。操縦者の能力以上のものを出させるため、当然操縦者への負担が大きい。以前V.T.systemを搭載した試作機に搭乗した操縦者が廃人になったほどだ。今ではIS条約であらゆる企業・国家での開発が禁止されている」

「……」

「あとは、私たち教員に任せて退却しろ」

 

千冬の判断は的確であった。モンド・グロッソの優勝者の動きが再現されているのであれば、IS学園の生徒の、しかも一年の技量では到底勝てる相手でないということは自明の理である。

 

箒は千冬の指示に従い、アリーナのピットへと向かおうとするが、一夏のパートナーであるシャルロットがピットに戻らず一夏を待っている光景を見て立ち止まった。箒はシャルロットが待っている一夏に視線を送る。一夏はラウラの前で立っていた。

 

「……一夏?」

「勝利を掴むことこそが、生きることである。だが、他力で得た勝利は己の勝利ではない。故に、他人の勝利など己の生の証明とはならない。なぜなら、勝利とは絶え間なく注ぎ込み続けた己の努力によって得られるからである。そして、私が全力で戦い勝利を求めるのは、そのような魂の研磨の果てに勝利の美酒という達成感があると信じているからだ。今のことを踏まえたうえで、聞かせてくれ。ラウラ・ボーデヴィッヒよ」

 

V.T.systemによって異形と化したシュヴァルツェア・レーゲンを見る一夏の瞳には怒気があった。怒気などという言葉の枠に収まるような次元ではないことは今の一夏を見た者ならば、誰もが感じ取れたであろう。ラインハルト化していないが、一夏の瞳から黄金の輝きが放たれている。

シャルロットは一夏の間近にいたが、ラインハルト化した一夏を何度も見てきたため、なんとか自我を保つことが出来た。だが、同じアリーナにいた箒は一夏から溢れる怒気と存在感を初めて感じ取り、圧倒され、呼吸が乱れる。アリーナの管制室で様子を見ていた教員たちもモニター越しにも関わらず、恐怖を感じた。初めて弟の怒った姿を見た千冬は一瞬戸惑ったが、IS学園の教員として責任感から冷静な判断力を失わなかった

 

「卿の力がこの場において存在しないのならば、……ラウラ・ボーデヴィッヒは何処に居る?」

 

一夏から発せられる存在感はさらに増す。

遅れてやってきた教員部隊の多くは一夏の存在感に当てられ、息の仕方を忘れる。そして、多くの教員がその場で気絶した。一夏が暴れれば巻き込まれると判断した箒は一夏から距離を取る。そして、異形と化したシュヴァルツェア・レーゲンは一夏を脅威と判断したのか、雪片を両手で持ち構えると、一夏に攻撃を仕掛ける。

“なにか”の攻撃は抜刀術を基にした千冬の得意の斬撃そのものだった。圧倒的な速度と重さ、鋭さを兼ね備えた攻撃で一夏を捉えようとする。ISのシールドエネルギーを一撃で全て奪いそうな勢いある攻撃を、一夏は片手で持った黎明で攻撃を防いでいく。攻撃を防がれた“なにか”は太刀筋を変え、持っているデータで再現できたあらゆる攻撃を一夏に叩き付けようとする。

 

斬る。突く。薙ぐ。振るう。叩く。斬り刻む。斬り打つ。突き打つ。突き斬る。連続斬り。斬りつつ突く。斬り打ち斬る。斬り打ち突く。連続突き。突き斬り刻む。突き斬り打つ。突き打ち斬る。斬りつける。斬刻み斬打つ。斬刻み突斬る。斬刻み突打つ。斬打ち斬刻む。斬り打ち連撃。斬打ち突斬る。斬打ち突打つ。連続の突き。突斬り斬刻む。突き斬り連撃。突斬り突打つ。突打ち斬打つ。突打ち斬刻む。突打ち斬打つ。突打ち突斬る。突き刺す。突き払う。薙ぎ払う。薙ぎ突く。連続刺突。突き刺し払う。突き払い刺す。突き薙ぎ払う。連続で薙ぐ。薙ぎ突き刺す。薙ぎ突き払う。薙ぎ払い刺す。突刺し突払う。突き払い連撃。突払い薙突く。突払い薙払う。薙ぎ突き連撃。薙突き薙払う。振り斬り倒す。振り斬り回す。振り回し斬る。叩き斬る。叩き通す。叩き斬り突く。叩き突き通す。叩き割り斬り突く。叩き割り突き通す。

 

攻撃の種類は数えきれないほど豊富であり、達人でなければ、見切れぬ華麗な技であった。攻撃と攻撃は全て繋がっており、反撃の隙はない。それでいて、威力は衰えることはなかった。刀と黎明の衝撃で火花が何度も辺りに飛び散り、まるで、一夏とラウラの間で花火が発生しているように見えた。

 

「姉上の力を模倣するだけでは私は倒せん」

 

防御してばかりであった一夏は、目が慣れてきたのか、体が思考に追い付いてきたのか、防御ばかりでなく、“なにか”の攻撃の迎撃を始める。なにかは剣戟の速度を上げるが、動きが同じである以上、一夏に容易に見切られてしまい、攻守が逆転した。

攻撃の流れを完全に奪われた“なにか”は、黎明の薙ぎ払いを受け、横転する。

一夏の武器による攻撃の威力は高波にも匹敵する威力があったからだ。

この状況に千冬は驚いた。一夏が強いのは知っていたが、自分の模倣品以上の実力を持っているとは思っていなかったからだ。

 

『……一夏、お前は本当に何者なんだ?』

「あぁ、そういえば、姉上には言っていなかったな。だが、取り立てて卿が心配するほどのことではない。卿の不利になるようなことはしないし、時期が来れば話そうではないか。故に、安心するが良い」

『これまで嘘を言ったことのないお前の言葉信じるぞ。だから、お前がこれから何をしようが、見なかったことにしてやる。そのかわり、ラウラは絶対に救え』

「了解したよ、姉上。私は全ての誓い、全ての契約、全ての愛を裏切ったことが無いのだから安心して、そこで傍観しているがよい」

 

一夏は黎明の柄を左手で持ち、刃に右手を添える。

この構えこそ、ラインハルト・ハイドリヒが聖約・運命の神槍を放つ時の構えだ。シャルロットは一夏が本気の片鱗を出すことを悟り、巻き込まれることを恐れ、箒を連れて遠くへ離脱する。

 

「ヴァルキリーとは本来『戦死者を選定する女』であり、女性が名乗るべきなのだが、私の眼前で汚名を着せられるような事態を私は見過ごせないのでな。その名が放つ輝きを卿の瞳に焼き付けるために、あえて私が名乗らせてもらう」

 

一夏の体の周りに青白い光の筋が数本出現しては消える。一夏の周りの光の筋は次第に数を増やし、光の筋も次第に大きくなり、音を出すようになった。その独特の音からこの光の筋が先駆放電であることに多くの者は気づいた。だが、天気は良好であり、湿度は高くない。アリーナの環境は制御されているため、このようなことが起きるはずがない。無論、打鉄にはこのような機能は搭載されていないため、この先駆放電の発生原因が理解できない者は少なくなかった。

 

「同胞の道を照らし続けたい。同胞と共に歩み続けたい」

 

一夏は詩を詠う。その詩は黒円卓の初期の団員でありながら、己に反旗を翻した戦乙女の勇ましさに心打たれた彼が捧げた詩であった。

 

「汝らが悲嘆せぬよう、迷わぬよう、我は閃光となりて光を放ち疾走し続けるのだ」

 

このヴァルキュリアはお前(ヴァルキリー)と違う。ヴァルキュリアとは傀儡ではなく、誰かを導こうとする英雄であると知っている。だから、ヴァルキュリアと同義でありながら、このような無様な醜態を晒すヴァルキリーという存在を一夏は許せなかった。絶望に満ちた戦場であっても希望を失わない彼女こそ強かった。如何なる難敵にも刃を向けた彼女こそ勇ましかった。

 

「あぁ、光を見失わず、道を見誤らず我を追うが良い――我こそは勝利をもたらす戦場の死神」

 

同胞であり、己と敵対したからこそ分かる。彼女こそグラズヘイムの死神である。

 

「我が槍を恐れるならば、この炎を越すこと許さぬ――」

 

極光を放つ雷となった一夏はなにかの懐に飛び込む。瞬時加速以上の速度に達した一夏の体は青白く光っていた。なにかは瞬時加速によって後退し、一夏から距離を取ろうとする。だが、いくら瞬時加速が速くとも、光速に達した雷からは逃げられない。一夏は雷の槍となって、何かを貫く。

 

「雷速剣舞・戦姫変生」

 

アリーナ全体に落雷の轟音が響きわたる。アリーナのグラウンドに雷が駆け抜けた後が刻まれた。地面が抉られ、摩擦熱によって土が焦げ、煙が立ち上っている。一夏の攻撃を真正面から受けたなにかはボロボロと風を受けた砂の像のように崩れ、形を失っていく。そして、その中からラウラが姿を現した。

一夏は打鉄を解除し、“なにか”から零れ落ちそうになったラウラを抱きとめる。

ラウラの呼吸は乱れていたが、意識ははっきりしていた。

 

「目は覚めたか?」

「…あの中にいた時も、意識はあった」

「そういうことを言っているのではない。他力本願の悪夢から目が覚めたかと聞いている」

「あぁ、覚めた。線路の上を走り続けさせられている電車のような気分が延々に続く悪夢は御免蒙る。唯々、傍観しているだけで、生きている心地がしなかった」

「ならば、これから、卿は何を失ってはならぬのか、理解したな?」

「自分で歩いていく力だ。だが、力に溺れてはならない。力に溺れれば、夢を失い、孤独になる。だから、ここで、私は宣言する。いつか、お前の知るヴァルキュリアという女のように強い女になって、貴様に勝って、貴様を嫁にして、教官をお姉さまにして、温かい家庭を築いてくれる。覚悟しておけ」

 

笑みを浮かべ、ラウラは気を失った。



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ChapterⅩⅩⅠ:

ラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンの暴走により、学年別トーナメントは中止となり、一夏の彼女の座についての話はなかったことになった。試合に出られなかった鈴は一夏が負けるはずがないとは思っていたが、それでもホッとした。だが、ラウラが一夏を嫁にすることに関してはまだ諦めていないので、注意が必要であるとし、これからもラウラの行動を監視し続けるらしい。ラウラは相も変わらず一夏に猛烈なアタックを掛ける。事あるごとに一夏を嫁と呼び、一緒に食事をしようや日本の文化を教えろとフラグ建設に余念がない。それ対し、ラウラと出かける日に一夏を拉致し妨害しようとしてくる。

結果、鈴とラウラは結構な頻度で喧嘩をしていた。

彼女らを放っておけば、ISの試合となり、勝ち目のない鈴が倒れるまで続けられる。そこで、鈴にも勝機を持たせるために、ISの試合の代わりに、指相撲をさせている。当初二人とも納得しなかったが、一夏が指相撲で勝った方の要求に答えるというルールを付けたことで二人の目の色が変わった。平均して日に一度のペースで彼女らは指相撲をしている。

 

「それで、二人は今どういう理由で指相撲しているの?」

 

学年別トーナメント後土曜日の正午の食堂で鈴とラウラが熾烈な指相撲を行っていた。

鈴もラウラも真剣であるため、シャルロットの声が届いていない。そのため、鈴とラウラの指相撲を見ていた一夏が事情を話す。

 

「ラウラは今度の母親を探す旅に付き合ってくれとの要求だ。鈴は私とラウラが二人で母親探しすることを認めないと言っている」

「ふーん」

「シャルロットよ、鈴は何故私に拘るのだ?」

「はい?」

「ラウラが私に構ってくるのは姉上との関係を親密にするために外堀から埋めようとしているからであると理解できる。だが、鈴は私に拘る?」

「えぇーっと、ちょっと待ってね、一夏」

 

シャルロットは食堂のテーブルに両肘を載せて、頭を抱えた。一夏の言っている言葉にツッコミどころが多く、一夏に何を言えばいいのか悩んだからである。

まず、ラウラが一夏にアプローチを掛けているのは、千冬の義妹になるためということもあるが、それより一夏に心を奪われたからという理由の方が大きい。シャルロットはそれに気づいていた。なぜなら、ラウラの目が完全に恋する乙女の眼であったからである。自分の弱いところを認め、肯定してくれたのだ。相手のことを異性として好きになる切っ掛けになるには充分だった。そして、鈴はライバル出現に焦りを感じての行動であることは明白である。だが、これらのことを一夏に言ったところで意味が無い。恋愛を進めるのは恋している本人であり、他人のすることではない。シャルロットは知らないふりをするのが吉だと判断した。

 

「ごめんね。ちょっと軽い頭痛だったから、気にしないでね。鈴が一夏に拘る理由なんだけど、幼馴染だから、一夏に構ってほしいんじゃない?」

「そうか」

「それで、どうして、一夏はボーデヴィッヒさんの実の母親探しの手伝いを頼まれたの?」

「日本で人探しをしたくとも、彼女は日本の社会の仕組みを知らん。そこで、私と共に母親探しを行う仮定で、私から様々な事を学ぶつもりらしい」

 

ラウラは自称日本通の副官クラリッサから日本のことを教えてもらっていたが、どうも情報が偏っているような気がしたため、クラリッサ以外の者からも日本のことを教えてもらおうと考え、フラグ建設のことも考えて一夏に教えてもらうことにしたのだ。

 

「ボーデヴィッヒさんは黒円卓に誘うの?」

「今は保留だ」

「保留?」

「ラウラの望みは家族との絆を知ることであると私は睨んでいる。ならば、彼女が家族をしれば、どうなる?次なる強烈な飢えが彼女の中で芽生えない限り、彼女の英雄としての素質が枯れてしまう。私が求めている者は英雄の器を持ち、更なる高みへと飛翔し続ける者等だ」

「つまり、ボーデヴィッヒさんの飢えは簡単に満たせてしまうから見合わせているってこと?」

「そうだ。あの時、セシリアは英雄の素質を開花させ、己の飢えを力へと変えた。鈴と卿は素質があり、新たな力を手に入れるのは近かった。故に、卿等を私は招き、ラウラに関しては観察中である」

「なるほどね。話変わるけど、良い?」

「なんだ?」

「今の話を聞いて思ったんだけど、僕も単一使用能力に目覚めるのも近いってこと?」

「左様」

「どうやったら、単一使用能力目覚めることが出来るのかな?」

「エイヴィヒカイトとISは類似している点が多く、“創造”と“単一使用能力”はともに渇望を力に変えているという点からそれに至るまでの過程も同様であると仮定してのはなしになるが、それでも構わんか?」

「うん」

「エイヴィヒカイトの場合、創造に至るには方法は三つ存在する。一つ目の方法は魂を喰らい、エイヴィヒカイトの出力を上げるというものである。二つ目はエイヴィヒカイトを何度も使用し、聖遺物との同調率を高めることである。大概の者らは一つ目と二つ目の併用により開花する。そして、三つ目が己の渇望と、渇望を力に変える手段を知ることである。だが、創造位階に達する一番の近道は三つ目である。にも関わらず、三つ目の方法を取らぬ者が多いのか、それは飢えが深層心理にあり気づけないでいるか、認めたくない渇望であるか、当たり前すぎて逆に飢えとは何かという問いに答えられなくなっているからである。これらの事実がISにも通ずるならば、自ずと卿のするべきことが見えてこよう」

「練習しながら、自己分析するのが良いってこと?」

「そうだ。自己分析も一人であれこれ考えるのではなく、他人と接し、いつもと異なる社会に触れてみる方が効率的だといえよう」

「勝者は鈴さんですわ」

「やったー!」

「っく、児戯とはいえ、ドイツ軍人の私が負けるとは」

 

どうやら、二人の指相撲の決着はついたようだ。鈴が勝利したらしい。鈴は高々とガッツポーズをし、ラウラは膝を床に着け悔しがっている。事情を知らない者からすれば、昼間の食堂で指相撲をして何を一喜一憂しているのかと二人の神経を疑うだろう。だが、一夏を狙う者として譲れない戦いであり、敗北するわけにはいかなかった。

 

「それで、鈴よ。明日の私の予定を決めてくれ」

「うーんっと、じゃぁ、一夏、アタシ、セシリアに、シャルル、ラウラの五人でラウラの母親探しをするってことで」

「よかろう。皆もそれで構わんか?」

「私も明日の予定は特にないので、構いませんわ」

「僕も大丈夫だよ」

「本当は嫁と二人になる口実になるとクラリッサに教えてもらったのだが、母親探しを主目的と置くのならば、五人の方が効率的だろう。一夏、鈴、セシリア、シャルル、協力感謝する」

 

ラウラは感謝の意から四人に敬礼する。その後、集合場所と集合時間について決めると、始業のチャイムが鳴り、明日に会おうと別れを告げた。

 

 

 

翌日。九時半の食堂に一年の専用機持ちが五人集まっていた。

これから、ラウラの母親探しを行うためだ。闇雲に走り回って探すのはとてつもなく非効率的であるため、まずは情報整理が必要と考えたからだ。

 

「さて、これからラウラの母親探しとなるのだが、ラウラよ、一つ卿に聞いておかねばならんことがあるのだが、構わんか?」

「何でも聞くが良いぞ。嫁」

「卿が母親を探しに日本に来たという事実は聞いたが、何故日本なのかという理由を聞いていない。そこを話してくれんか?」

「分かった。では、少し長くなるが……」

 

ラウラは自分の生い立ちとある極秘ファイルを入手したことを四人に話した。聖槍十三騎士団について触れていないのは一夏たちが聖槍十三騎士団の団員だと知らないラウラが、無用な争いから一夏たちを守るためにも余計な事を話さないほうが吉だと考えたからだ。手に入れた遺伝子強化試験体の遺伝子提供者の名簿の自分の母親の欄に日本人と思しき名前が記載されていたため、ラウラは副官のクラリッサと共に日本に来た。

父方については、生年月日などの個人情報は分かっているのだが、名前が分からない。150年近く前の軍部の資料をハッキングして、生年月日の情報を基に調べようとしたのだが、資料が古い為か、データベース化されておらず、名前を知ることが出来なかったらしい。

 

「それで、この『綾瀬香純』という人物が私の母親らしい」

 

ラウラは四人に自分の両親について書かれた紙を見せる。だが、名前だけしか書かれていないため、どのような経歴を持っていた人物なのか分からない。

 

「有名な人かもしれないから、ネットで調べてみたら?白い一角獣機関の目的って『凄い人間を作って国の舵取り任せて、この国なんとかしてもらおうよ』なんでしょう?頭の良さは子供に遺伝するってテレビで聞いたことあるし、アンタの母親も何かしらの分野で活躍していた人じゃないの?」

「なるほど。確かにそれは一理ありますわね」

「そうだな。では、情報処理室へ行くとしよう」

「ラウラ、私は少々トイレに行く故、先に行っておいてくれ」

「分かった」

 

ラウラは立ち上がると、早歩きで食堂から出て行き、セシリアと鈴はラウラに続く。一夏はトイレに行くことなく、深くため息を吐き、背もたれにもたれ掛かる。一夏と同室のシャルロットは一夏の様子が少しおかしいことに気が付き、一夏と一緒に食堂に居た。

 

「どうしたの、一夏?」

「あぁ、聖槍十三騎士団黒円卓首領代行である卿に言っておかねばならんことがある」

「何?」

 

自分の知らない間に、重要そうな役職に就けられていたことに戸惑いつつも、一夏が心配であるため、自分のことより一夏の事を優先する。

 

「香純という人名をどこかで聞いたことが無いか?」

「うーん、もしかして……電話越しに一夏の事を『曾お祖父ちゃん』って言ってた人って?」

「その通りだ」

「じゃぁ、ボーデヴィッヒさんって……」

「私の玄孫、つまり、孫の孫というわけだな」

「…へー、だから、一夏はビックリして、いつもと様子が少し違ったんだ」

「顔に出ていたか?」

「うん、ほんのちょっとだけ。一夏の事をよく観察していないと分からない程度だけどね。たぶん鈴も気付いているよ」

「鈴がか?」

「うん。鈴は一夏の変化に気付いたから、場所を移動する提案をしたんだと思う」

「なるほどな、後で鈴に礼を言っておくか。それと、もう一つ、父方だが……」

「父方も僕の知っている人?」

「左様。誰だか分かるか?」

 

シャルロットはまずラウラの顔を思い浮かべ、黒円卓の面々を思い出し、似ているか否かを考察することにした。自分が知っている人物で自分より先に黒円卓に入団した人は6人。首領の一夏、

副首領のカリオストロ、

ヴェヴェルスヴルグ城の心臓イザーク、

大隊長の赤騎士ザミエル卿、

同じく大隊長の白騎士シュライバー卿。

この中においてラウラに似ている人物が二人居た。近寄りがたい空気を纏うイザークと、白髪のシュライバー卿である。だが、今上げた二人以上に、ラウラに似ている人物が居たことにシャルロットは気づく。その人物とラウラには幾つかの共通点があった。

 

白髪に、赤い瞳、考える前にすぐに手が出る喧嘩っ早さ

 

「もしかして、ベイ中尉?」

 

シャルロットの言葉に一夏は頷く。

一夏は初めてラウラに会った時、どこか既知感を覚えた。永劫回帰から抜け出たにも関わらずだ。初対面であるにもかかわらず、既知というのには何かしらの理由があると一夏は考え、その原因を探っていた。だから、ラウラが自分を嫁にすると言ったときは、ラウラの個人情報やラウラが現在持っているシャルロット暗殺計画に関する情報の収集が容易になると喜んでいた。だが、ラウラのガードは思った以上に固く、ラウラの個人情報はあまり入手できなかった。しかし、数度ラウラと会っているうちに、一夏はラウラがベイに似ていることに気づき、ラウラの親類がベイなのでは?と睨んでいた。

そして、一夏の推測は先ほど確信に変わった。1917年7月10日生まれ、1940年オスカー・ディルレワンガー隊入隊、最終の階級は中尉と来たとなれば、一夏の知っている限りこれに当てはまる人物はベイのみしかいなかった。

 

「じゃあ、ボーデヴィッヒさんに会わせてあげようよ」

 

シャルロットはラウラの願いがこんなに早く片付くとは思っていなかったため、若干興奮気味である。

 

「香純に関しては経歴が伏せられているため、矛盾のない人物設定を造り、黒円卓のことを知らぬように口裏を合わせておけば、会っても問題ないだろう。ただ、ベイに関しては問題がある」

「ベイ中尉の経歴のこと?」

「たしかに、それもある。ベイの経歴が約150年前の経歴である以上、二人が会えば、ラウラがベイに対して不信感を抱くだろう。そして、ベイのことが姉上に伝われば、芋づる式に我ら黒円卓のことが姉上の耳に入る可能性は十分ある。理解のある姉上でも、黒円卓について誤認している以上、下手に私がラインハルト・ハイドリヒであることを明かせば、衝突しかねない。下手をすれば、我らと姉上が戦争をするかもしれん。故に、機は慎重に選ぶ必要がある。」

「大げさと言いたいけど、世界最強のIS操縦者と国家代表候補生三人を形成で倒す黄金の獣が戦うとなると、戦争に発展しそうで怖いね。……じゃあ、一夏にとって何が問題なの?」

「ベイの性格だ」

 

ベイは根っからの人種差別主義者であり、純粋なドイツ人であることを誇りに思っており、ラインハルト・ハイドリヒに忠誠を誓っていると思われる人間以外は心底どうでもいいと考えている。そんな歪んだ思想のベイと日本人の香純との間に娘がいるということをベイが聞けば発狂し、混血のラウラを殺しかねない。

 

「と、なると、ボーデヴィッヒさんがベイ中尉に会う前に、ベイ中尉の性格の問題をなんとかして、織斑先生に聖槍十三騎士団の話をして理解してもらわないといけないわけだね」

「そうだ。私は姉上について考えておく。ベイの性格の矯正は卿に任せる」

「……え?」

「何を驚いている?シャルロット、聖槍十三騎士団黒円卓首領代行とはそのような地位にある。卿の前任者は良くやってくれたのでな、私は卿の働きに期待している」

 

シャルロットは自分の前任者であるヴァレリアン・トリファという人物がいかに大変だったか、気付かされた。シャルロットはそんなプレッシャーを感じつつも、気合が入っていた。なぜなら、一夏は初めて自分を駒として使うのではなく、自分を一人の人間として求めてくれた。シャルル・デュノアを使うのではなく、シャルロット・デュノアを求めてくれた。

だから、一夏の期待に応えたいとシャルロットは奮起した。

 

「まずは現状を完全に把握する必要があるね。一夏、幾つか質問しても良い?」

「私の答えられる範囲ならば、なんでも答えよう」

「じゃあ、まず一つ目、ベイ中尉は人種差別主義者だけど、今日本人である一夏に関してはどう思っているんだろう?」

「私の体の中身、つまり私の魂がラインハルト・ハイドリヒである以上、私に対して何かしらの偏見は持っていないと聞いている」

「ふーん、じゃあ、二つ目の質問。一夏が日本人であることから、それにつられて、日本人に対する差別意識は以前に比べて改善されたってことは?」

「それはないな。ベイは私に忠誠を誓った騎士である。強者や、私に忠誠を誓った者に対してはある程度の敬意を示すが、そうでない者に対しては相変わらず見下している。事実、私に忠誠を誓っておらず、日本人であったレオンハルトをベイは嫌っていた」

「なるほどね。ベイ中尉を認めさせるには、力もしくは忠誠を示す必要があると。三つ目、ベイ中尉は僕の指示に従ってくれるかな?」

「首領代行の権限は、現世に居る黒円卓の団員にあらゆる指示を強制させることが出来る。それに、私も現世に居る。故に、卿の言葉は聞いてくれるはずだ」

「四つ目、綾瀬香純さんとベイ中尉は一夏が呼んだら、すぐに来る?」

「二人とも電話一本で来るだろう」

 

自分のした質問と一夏の答えを頭の中で何度も復唱し、ベイの性格をなんとかするための方法をシャルロットは考える。アレコレ考え始めて数分後、シャルロットの表情が変わった。名案がシャルロットの頭の中で思い浮かんだらしく、シャルロットは香純とベイの趣味や服の好みなどの個人情報について幾つかの質問を一夏にする。ヴェヴェルスヴルグ城で一夏と100年ほど共に過ごしたベイの情報はある程度集まったが、香純の情報はあまり集まらなかった。

 

「一回、僕は綾瀬さんに会う必要があるね。一夏、綾瀬さんに会いたいって電話してもらっていいかな?」

「構わんが、卿が香純に会うのか?」

「うん。僕が二人の性格を知っておけば、二人のデートプラン組みやすいかなって?」

「……デートプラン?……シャルロットよ、卿が何をしようとしているのか、何を成そうとしているのか、非常に興味がある。私に聞かせてくれないか?」

 

卿はやはり面白いぞ。私がこの件について卿に一任したのは間違いではなかったらしい。先ほどまで難しい表情をしていた一夏が笑みを浮かべ、シャルロットの話に耳を傾ける。

シャルロットの案とは、シャルロットが香純とベイの仲を持ち、二人を仲良くさせる物だった。ベイの戦闘狂はどうやっても治らない。ヒャッハー中尉は死んでもおそらくヒャッハー中尉だろう。もし、輪廻転生し生まれ変わった姿がヒャッハーでなかったとしたら、それはベイの皮を被った別のなにかである。シャルロットはそう思っている。そして、それはベイを除く黒円卓と夜都賀波岐の総意でもあった。

故に、ベイ中尉の性格を矯正することは不可能とシャルロットは判断した。

となると、強者や一夏に忠誠を誓った者達に対するベイの特別視を利用し、綾瀬香純という人物をベイが認め、敵視しないようになれば、自分と香純と間の娘であるラウラのことも認める可能性があるとシャルロットは考えた。

 

「なるほど。二人を会わせ、親密にさせるために、デートプランを組むと」

「このデートには一夏にも参加してほしいんだけど、良いかな?」

「私も参加するのか?」

「だって、ベイ中尉と綾瀬さんが会う前に、綾瀬さんに会っておくけど、一夏が居ないと、ベイ中尉はイライラして、綾瀬さんも気を使うはずだよ。それに、一夏がいた方がベイ中尉も言うこと聞いてくれると思う。」

「なるほど。確かにそれはあるな。では、私も卿の考えたデートに参加しようではないか。男女の逢引きを私がサポートすることになるとは……ッフッフッフ…未知だぞ。では、さっそく電話するとしよう」

 

一夏は胸ポケットから携帯電話を取り出し、曾孫娘である香純に電話を掛けた。余程暇なのか、たった数コールで香純は電話に出た。一夏はラウラのことは話さず、今度の日曜日暇しているから、遊びに来いとだけ伝えておいた。香純は蓮と喧嘩中らしく、黄昏の浜辺に居づらいため、逃げる口実が出来たと喜んでいた。だが、一夏が喧嘩の原因を香純に聞いたら、突如、香純が“お年玉”という言葉を連呼しながら怒り出したので、適当に相槌を打って香純の罵詈雑言を聞き流した。

香純の怒りが収まったところで、一夏は集合場所と時間を伝えると電話を切った。

 

「じゃあ、話は纏まったし、ボーデヴィッヒさんのところに行こうか」

「そうだな。トイレが長過ぎると電話が掛かってくるかもしれんからな」

 

こうして、シャルロット主導で『ヒャッハー中尉と一夏の曾孫娘くっつけちゃおーぜ作戦』が動き出した。




黄昏の浜辺

「蓮」
「なんだ?年玉もらい過ぎて俺を奴隷のように働かせた綾瀬香純様」
「それは謝ったでしょ!」
「誠意が足りない」
「……何時までもズルズル男らしくない」
「そうかよ。で、なんだ?お前が俺に謝りに来たってわけじゃないんなら、いったい俺に何の用だ?」
「曾お祖父ちゃんのところに遊びに行ってくる」
「はぁ!ラインハルトのところに遊びに行ってくる!?お前馬鹿だろ!アイツが諏訪原で何したか分かってんのか!?忘れたわけじゃねぇだろ!」
「蓮ってホント意地っ張りだよね。『自分は主人公で、アイツはジャンル違いの敵役だから、和解なんてありえない』って100年も言い続けてるだもんね。いい加減歩み寄るって言葉を覚えたら?そんなんだから、友達少ないのよ。アタシみたいに相手のことを知ろうとかちょっとでも考えてみなよ」
「ラインハルトのことを知りたいからラインハルトに会いに行くっていうのか?」
「そういうこと。今考えてみたら、アタシ、曾お祖父ちゃんのことよく知らないしね」
「だが、あんな奴のところに行ったら、人質になるのは目に見えている。止めとけ」
「えぇ?そうかな?曾お祖父ちゃんって頭で考えて小細工するの苦手そうだから、そんなことするはずないよ」
「確かにそうかもしれないな。黒円卓で頭使うのはカール・クラフトか神父さんぐらいだろうし」
「そういうこと。それと、コンテナの金は数枚持って行って、お金のコレクターに高く売りつけて活動資金にするから、ちょっとは減るからね。じゃあ、アタシ行ってくるね。当分帰ってこないつもりだから、ヨロシク」

香純はそう言うとコンテナの方へと走って行った。

「……量から考えれば、減ったって言わないだろ」
「蓮、どうした?」
「あぁ、司狼か。香純が出かけるそうだ」
「バ香純のことだから、お前と仲直りできなくて、気まずいから逃げたんだろ。お前すぐヘソ曲げるし、顔に出やすいしな」
「……それより、お前らはどうだったんだ?」
「あ、逃げた」
「篠ノ之束には同盟破棄の旨を伝えた。それと、ブリュンヒルデと戦闘になった」
「どうだった、ミハエル?」
「今回は勝てた」
「今回は…か」
「あぁ、アレが今の黒円卓に入団すれば、大隊長の座に就くだろう」
「そうか。ありがとう。司狼、ミハエル、当分は何か起きて、他の連中に任せるから、休んでいてくれ」


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ChapterⅩⅩⅡ:

一夏たちがラウラの母親探しを手伝うことになった日の夕方、V.T.systemについて、IS学園は国際IS委員会に報告することがIS学園の会議で決定した。だが、千冬はそれだけでは不十分だと考えていた。馬鹿は痛い目でも合わない限り死んでも馬鹿であり、何処まで行っても馬鹿は治らないと知っているということもあるが、自分を義姉と慕っているラウラが被害を受けたからだ。

 

「そういうわけだ。束」

『はいはーい、ようするに、馬鹿は一回すっごーい痛い目にあった方が良いし、ムカつくから成敗してやるって話だね』

「話が速くて助かる。それと、束、私がドイツのISの研究所を襲撃したという事実は隠せるか」

『天才の束さんにはそれぐらい朝飯前だよ♪じゃぁ、ちーちゃん、後10分でそっちに迎えに行くから、準備しておいてね。よろしく』

 

千冬は通話を切り、IS学園の格納庫から打鉄を一体拝借し、自分用に最適化を始める。

最適化が終了すると、格納庫を漁り、武器選びを始める。千冬が選ぶ武器は比較的軽くて小型のものが多い。なぜなら、千冬はISの教本に掛かれていないような無茶苦茶な使いかたをするため、すぐに壊れてしまう。此処にある武器は千冬の求める雪片並みの頑丈さを実現できていないため、どれも同じである。故に、一つでも多く持てるように軽量化された物やサイズの小さなものを選んでいた。千冬が装備した打鉄用の刀は数十本にも及んだ。打鉄を待機状態にし、屋外に出る。

 

「なんだあれは?」

 

千冬の目の前に、空からピンクの機械の兎が降ってきた。空から降ってきた兎は車ほどの大きさがあり、兎は仰け反っており、兎の腹からプロペラのような物が生えており、プロペラが回転していた。どうやら、一風変わった形のヘリコプターらしい。

着陸から数秒後、兎の口から篠ノ之束が現れた。

兎の口から人が出てくる光景はあまりにもシュールすぎる。この話を聞いただけなら、束が乗っていた乗り物を想像しにくいだろう。だが、口では先ほどのようにしか説明のしようがない。それほど、常軌を逸した異形な乗り物だった。そんな束の乗ってきた乗り物に対しツッコミどころが多すぎて千冬は困惑すると同時に、昔から束は他人など無視して全て自分のペースで物事を進めるということが、数年経ってもそれは変わらないかと再確認した。唖然とする千冬に束は声を掛ける。

 

「ハロハロ、ちーちゃん、こうして会うのは久しぶりだね」

「……あぁ」

「準備は良い?」

「大丈夫だ」

「本当に?」

「問題ない」

「今日のパンツの色は?」

「くr…って!貴様は何を質問している!」

 

千冬は束の顔面を掴み、アイアンクローで握りつぶそうとする。熟す前の堅いリンゴすら握力で握りつぶせる千冬の手によって束の頭は軋む。

 

「おぉ、ちーちゃんが元に戻った。でも、愛が痛いよ、ちーちゃん」

 

束が乗って現れたこの謎の乗り物は長距離高速移動ヘリコプター『因幡ウアーのピンク兎』というらしい。ステルスであるためレーダーには映りこまない上に、光学迷彩が搭載されているため、光学迷彩を起動させている間は視認されにくい。ドイツに密入国するに最適な装備を持っていた。

千冬は因幡ウアーのピンク兎という名前が因幡の白兎とイナバウアーを掛けていることに気が付いたが、それを彼女に言えば、どんな反応が返ってくるのか予想できたため、あえて気付かないふりをする。

このようなじゃれ合いが数分続いた後、二人はドイツへと向かうことになった。

IS並みの速度で飛行できる因幡ウアーのピンク兎をもってすれば、IS学園からドイツまで5時間程度らしい。兎が仰け反ったようにしか見えないこの謎のヘリコプターにそのような速さが出せるとは思えないが、束は嘘や冗談の類を言える人間ではないため、事実なのだろう。千冬は因幡ウアーのピンク兎の口から搭乗し、ドイツへと向かった。

 

 

 

5時間後―ドイツ上空―

 

「ちーちゃん、この真下だよ」

「そうか。此処から降下すればドイツの機密施設だな。行ってくる」

 

千冬は操縦席の横にある助手席から立ち上がると、降下の準備を始めようとした。

 

「待って、ちーちゃん!こっち来て!」

 

そんな千冬に束は声を荒げて呼び戻す。束の予想外の事態が発生したのだと千冬は悟った。

千冬は束の指さすモニターを見た。

モニターにはこれから強襲に向かうはずだった施設が映っていた。それだけなら、問題は無かったのだが、その施設の中にあった50m四方の空き地で異常な光景があった。

その光景とは空き地の真ん中に居た二人の男に向けて、数十人の軍人が機関銃で掃射しているというものだった。左袖の無い左右非対称の赤いロングコートを着た金髪の煙草をくわえた青年と、黒い軍服に袖を通した黒髪のくせ毛の大男だった。そして、この男の着ている軍服が先日IS学園に現れた聖槍十三騎士団のヴィルヘルムと軍服が同じであることから、この男も聖槍十三騎士団の人間であると千冬は推測した。

前者の金髪の青年は機関銃の弾丸をすべて踊るように躱し、後者の黒髪の大男は数百発の銃弾を受けながら立っていた。前者の回避能力も後者の頑丈さも人の領域でないことは明白である。千冬は我が目を疑った。ISを装備している千冬ならば、回避や防御は無理にしても、自分に向かってくる銃弾をすべてISの刀で弾くことは可能である。だが、彼らは生身で銃弾の嵐に対処している。何時まで経っても倒れない二人に、銃を撃っている軍人たちは彼らに恐怖を感じ始めた。あまりの恐怖に耐えきれなかったのか、数人の兵士が逃げ始めた。

銃弾の嵐が小雨になったことで金髪の青年の回避に余裕が出てきたのか、二人が会話を始めた。そのことに千冬は気づき、束に彼らの会話を拾うように指示する。

 

『撤退はあり得るけどよ、ビビッて逃げるって、そこんとこ同じ軍人としてどう思うよ?』

『恐れは恥ずべき感情ではない。だが、恐れ逃げ惑う兵士は兵士として失格だ』

『あぁ、根暗ちゃんはそう思うわけね。ま、俺も概ねそれには賛成なんだけどな。違うところがあるとすれば、俺の場合は男のくせに怖くて逃げるってキン●マ持つ資格ねえと思うってとこだな』

 

金髪の青年は懐からデザートイーグルを取り出し、構えると一人の兵士に向けて発砲した。

回避行動を取りながらの射撃は困難であるにも関わらず、金髪の少年の銃口から発射された銃弾は全て兵士の眉間を撃ちぬいた。

 

『どうした?』

『デジャヴるんだよ。やっと既知の世界から逃げ切れたのによ。それとも、アレか?似た経験したことあるから、デジャヴっているような気がするだけなのか?』

『ゲオルギウス、お前は銃弾の雨を浴びたことがあるのか?』

『あー、あることはあるが、ルガーとモーゼルの二丁拳銃だ』

『なるほど。シュライバーか』

『そういうこと』

 

ゲオルギウスというのは金髪の青年の名前らしい。金髪ではあるが、その顔立ちと流暢な日本語の発音から日本人だと目星を千冬はつけていた。だから、今聞こえたゲオルギウスという名前は偽名なのだろうと推測した。だが、容姿さえわかれば、後は調べることは可能である。千冬は束に施設で起きている戦闘を撮影させる。

ゲオルギウスという青年が射殺した兵士が十を超えようとした時だった。一人の兵士が盾で防御されながら、ある武器を持ってきて、二人に向けて発射した。

 

『げ、RPGかよ』

 

ゲオルギウスは空中から鎖を出現させ、その鎖で隣に居た軍服の男を引き寄せ、自分の前に引っ張り出させる。RPGは軍服の男に着弾し、爆発した。RPGの弾が爆発したときに上げる爆炎が晴れてくる。そこには軍服の男が右の拳を前に出して立っていた。

 

『なんのつもりだ?』

『いやぁ、俺の聖遺物ってルサルカと共有してるうえに、今はエリーを形成しているからよ、エイヴィヒカイトの体の頑丈さが普通の奴に比べて半分以下な訳。そんな状態でアレ喰らえば、さすがの俺でも怪我する。まあ、言っても打撲程度なんだがよ。それでも痛いのは好きになれねーよ。痛いのが好きになれるほど、俺は人間辞めたつもりねーしな』

『だから、保有する魂が多く、頑丈な俺を盾にしたというわけか』

『そういうこと。避けようと思ってもよ。あのコースだったら、避けようがねぇ。それだったら、お前がマッキーパンチでRPGの弾を壊せば問題なしだろ?』

『そうか。なら文句は言わん』

『さすがは、根暗ちゃん、話せば分かる奴でほんと助かるわ。これがバ香純だったら、ワンワンキャンキャンってチワワみたいにいつまで文句垂れるから……な!』

 

ゲオルギウスは盾の隙間に弾丸を通し、RPGを持っていた兵士の眉間を撃ちぬく。

RPGを持っていた兵士がやられた直後、兵士たちは撤退を始め、入れ替わるようにして一機のドイツの第二世代型のIS訓練機が現れた。ISの操縦者は黒兎部隊の隊員で千冬の知り合いであるイレーネ・ノイシュテッターだ。格闘分野の成績は悪いが、ISの射撃に関しては、黒兎部隊の中でラウラに次ぐナンバー2である。

 

『おぉ、あれが噂の世界最強の兵器ISかよ』

『それほど、此処は重要な施設なのだろう』

『だったら、早く、この敷地にマッキーパンチ打てよ。全部それで終わりじゃねぇか』

『戦場とは無関係の者を巻き込むことは俺の矜持に反する』

『あー、まぁ、俺も関係ねぇ奴殺すのは気が引けるけどよ、此処に居る時点でこの国のブラックな所と関係あるから、あながち無関係ってわけでもねぇんじゃねぇの?』

『それでもだ』

『偽善だねぇ』

『何とでも言え』

 

二人の会話を遮るように、イレーネは機銃掃射で一掃しようとする。だが、ゲオルギウスは全て回避し、軍服の男は両腕を前でクロスさせ防ぎきる。ISをもってしても、生身の人間を倒せない。そんな光景を目の当たりにしたことで、先日のクラス代表戦で黒円卓のヴィルヘルムが無人機を一蹴したことを千冬は思い出し、並大抵の人間で相手に出来るような生易しい敵ではないと認識した。

千冬は飛び降り、黒兎部隊の隊員の助成に向かった。上空10000mからの連続瞬時加速による急降下。一つ間違えれば大惨事になりかねない危険な行動だが、千冬は自分の力量を過信しているわけではない。

 

「間に合ってくれ」

 

千冬は加速を続ける。五度目の瞬時加速で、音速を超え、音の壁を突き破り、急降下を初めて四秒で地上の様子が見えてきた。

軍服の男が腕で防御しながら、イレーネめがけて走りだした。隊員は後退しようとするが、ゲオルギウスが持った鎖が彼女の足に絡まっており、その場から動けないでいた。動きを封じ込められた彼女はゲオルギウスの凄まじい力に驚嘆し、思考が止まってしまった。その数秒間、隊員の思考が停止している間に、距離を詰めた軍服の男が右の拳で隊員の持っていた機関銃を殴り壊した。さらに、追い打ちを掛けるように、軍服の男は左手を振り上げる。ISの装備を一発で殴り壊すような拳をまともに受ければ、軽傷では済まない。たとえISの絶対防御があろうとも、骨の一、二本は折れるだろう。当たり所が悪ければ、重傷を負うことになる。

千冬は一本の刀を軍服の男に向けて、投擲した。一瞬でもいい、軍服の男の気を逸らすことが出来れば、あの鎖を切り、隊員を連れて軍服の男から距離を取ることができる。千冬の目論見通り、軍服の男は千冬の敵意に気付いたのか、後方に跳び、投擲された刀を回避した。その間に、千冬は刀でゲオルギウスの鎖を切り、イレーネを助けた。

攻撃の邪魔をされた二人の男は身構えた。

 

「織斑教官!どうして此処へ!」

「話は後だ。それより、あの男たちは何者だ」

「分かりません。私も侵入者を排除せよとしか、命令を受けていませんから」

「そうか」

 

千冬は鎖を切ったことで刃こぼれを起こした刀を捨て、新しい刀を出す。

一方、鎖を切られたゲオルギウスは空中から有刺鉄線を出し、手に取った。どういった仕掛けで、何もない空中から有刺鉄線が出てくるのか千冬は分からなかったが、そのようなことは彼女にとってどうでもよく、目の前に居る男二人が予想以上の難敵であると感じたことと、この男たちの正体の方が問題であった。

千冬は刀を中段に構えたまま二人に問いかける。

 

「お前たちは聖槍十三騎士団の人間か」

「……答えはNOだ。俺らはあんな傍迷惑なもんじゃねぇよ。俺らは一部の一般人と黒円卓の面々で『夜都賀波岐』って名乗らせてもらっている。俺的には『遊佐司狼と愉快な仲間たち』ってのが良かったんだがねぇ。ま、とりあえず、聖槍十三騎士団とは別の団体と思ってくれてかまわねぇよ」

「すんなりと答えるんだな」

「アンタの質問でアンタの今の立場が見えてきたから、ギブ・アンド・テイクってわけだ」

「私の立場?」

「あぁ、アンタ、アレの傍に居るのに、何も知らねぇってことが分かった。アレから事情を聞かされてんなら、俺らが黒円卓じゃなくて何者か知っているはずだもんな?……そんなアンタに先人として忠告しておくぜ。たとえアンタが名高いブリュンヒルデだとしても蚊帳の外に居るんだから、変に自分から首を突っ込まないほうが身のためだ。人間辞めたくないだろう?それに俺たちは黒円卓と違ってあんまり人を巻き込んで、他人に迷惑かけるようなことは極力したくねぇんだわ」

 

ゲオルギウスは持っていたデザートイーグルを回転させながら、まるで友達と駄弁るように軽いノリで喋っている。だが、ゲオルギウスから警戒心が解けたわけではない。なぜなら、彼の持つデザートイーグルはセイフティーが外れたままだったからだ。

故に、彼の言う“アレ”について、千冬は考える余裕が無かった。

 

「つーわけで、そっちのお嬢ちゃん連れて帰ってくんない?」

「断る」

「は?なんで?」

「私は守りたいものを守れるのならば、人間を辞めてもいいと思っている。だから、害悪となりかねないお前たちの真意を聞くまでは引き下がれない」

「つまり俺たちの目的を知りたいと?知って、無害だと分かれば、手を引くと」

「そうだ」

「あー、こっちもそうしたいんだがねぇ。言ったところで信用されねぇし、お前らの為にも俺らの為にも、お前らを俺たちの領域に引き入れたくねぇから、言わねぇ」

 

ゲオルギウスは飄々とした表情で答える。

 

「交渉決裂だな。ならば力づくで聞かせてもらう」

「いいねぇ、俺、お前みたいな正義に燃えながらも喧嘩っ早い奴結構好きだぜ。……夜都賀波岐が一柱、遊佐司狼、ゲオルギウスだ」

「同じく夜都賀波岐が一柱、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。皆は俺を“マキナ”と呼んでいるが、戦友が呼んでくれるこの名前を俺は大事にしている。だから、俺の前に立つお前らに俺の名前を教えてやる。……ミハエル・ヴィットマンだ」

 

金髪の青年の名前は遊佐司狼であることから、どうやら、日本人らしい。ゲオルギウスというのはおそらく通り名だろうと目星をつけた。

司狼に続き、ミハエルが名乗りを上げると、イレーネの様子が変わり、彼女が動揺していることが千冬には分かった。だが、次の瞬間には彼女の表情は元に戻り、彼女はサブマシンガンを展開した。どうやら、彼女はミハエルという男を知っているらしい。ナチスの軍服を着ていること、名前を聞いて驚いていることから、おそらくドイツでは有名なナチスの兵士なのだろう。千冬も気を引き締める。

 

「おいおい、俺らの名前を聞いて、ビビるのは良いけどよ。戦うからには、そっちも名乗れよ。お互い名前を知ってても戦う前に名乗る。それが決闘ってもんだろ?」

 

司狼は相変わらず余裕の表情だ。先ほどの反応から、相手はISを初見であるようだが、知識はあるらしい。それでも、余裕の表情を崩さないのは自信の表れだろう。

 

「織斑千冬、通り名はブリュンヒルデだ」

「IS配備特殊部隊・黒兎部隊隊員、イレーネ・ノイシュテッター伍長、通り名はありません」

 

名乗った直後、イレーネはミハエルに向けてサブマシンガンを放ち、千冬は司狼に向けて瞬時加速で切りかかる。徒手空拳のミハエルに対し射撃武装がメインのイレーネをぶつけるのは、たとえ二人の間に大きな実力差があっても問題なかった。なぜなら、徒手空拳と機銃では圧倒的にリーチに差があったからだ。

そして、イレーネより圧倒的に実力のある千冬が司狼の相手をする。相手の実力が読めないが彼女たちの組み合わせはとても合理的であったといえる。

 

だが、司狼とミハエルはその組み合わせが不満だった。司狼は近接格闘武器を使う相手より射撃武器を使う相手と戦った数が多い。故に、射撃武器を持ったイレーネの方が慣れていたため、この組み合わせは彼にとって面倒であった。ミハエルは“アレ”の関係者と戦ってみたいと思っていたため、イレーネ相手では不満だった。

ミハエルに向かって射撃するイレーネに、司狼は銃を撃ち、司狼に仕掛けようとする千冬に向かってミハエルは攻撃を仕掛ける。結果、対戦相手と攻撃がかみ合わない乱闘となった。乱闘となれば、実力差が勝敗に関係しにくくなる。自分に攻撃を仕掛けてくる相手に気付くことが乱闘において重要だからである。となれば、後は彼らの注意力と運と策が勝敗を決定する要因となる。

 

だから、奇策を用意していた司狼はこの均衡を崩すことが出来た。

 

司狼が右手の指でパチンと鳴らすと、その直後イレーネの真上に無数の棘が生えた一辺が50mもある正方形の巨大な岩盤が現れ、落下してきた。更に、前後から大きな鉄製の車輪が転がり、自分に迫ってくる。瞬時に展開させた散弾銃で前方の車輪を破壊することはできたが、車輪を破壊するのに思った以上に時間をかけてしまい、イレーネは頭上からの攻撃を避けることが出来なかった。イレーネのISは岩盤の棘をまともに喰らってしまい、ISのシールドエネルギーが削られた。

イレーネへの攻撃に成功した司狼だが、イレーネへの攻撃に思った以上に集中してしまった。ISの機動力が思った以上であったため、絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けなければ、イレーネの逃げ道を作ってしまうからだ。攻撃に集中した結果、司狼は迫りくる千冬の攻撃を避ける余裕が無かった。

千冬は司狼が攻撃に集中している一瞬の隙を突き、打鉄の刀の柄で司狼の鳩尾を殴った。瞬時加速とISのパワーによって、聖遺物共有により防御力が低下した司狼の肋骨の数本が折れる。折れた肋骨は司狼の内臓に刺さり、血が彼の食道を通り、口から出てくる。口から血を吐きだしながら、司狼自身は吹き飛ばされた。吹き飛ばされた司狼はコンクリートでできた武器庫の壁に衝突し、大きなクレーターを作る。

 

「ゴフッ、マジ…イッテェー、……だが、これで、王手だ」

 

千冬は後ろに振り返ると、先ほどまで遠く離れていたはずのミハエルが目の前に居た。

司狼は千冬からの攻撃の回避とイレーネへの射撃と同時に、這い上がる粉塵や障害物に隠れるようにして有刺鉄線を地面に配置させていた。

そして、司狼が指を鳴らすと同時に、ミハエルは有刺鉄線を足に絡ませる。イレーネは自分に襲い掛かる拷問器具に集中しているため、この時のミハエルの様子を把握していなかった。また、千冬はミハエルから離れており、司狼が隙を作ったことを好機と考え、司狼への攻撃に集中していたため、ミハエルのことを見ていなかった。

そして、司狼は千冬によって殴り飛ばされた勢いを利用し、有刺鉄線に絡まったミハエルを手繰り寄せ、ミハエルを千冬に接近させた。

 

「死よ 死の幕引きこそ唯一の救い」

 

ミハエルの接近が司狼の策によるものだと気付いた千冬は、このミハエルの一撃を喰らうことは不味いと判断し、回避を試みる。生身でISと数分も戦い抜いた司狼が自分を犠牲にまでして当てようとした攻撃だ。常軌を逸した代物であることは明白であった。

だが、急降下時に連続で瞬時加速を使い、司狼に攻撃をする際にも瞬時加速を使ったせいで、打鉄のスラスターが熱を持ちすぎてしまい、この場で瞬時加速が使えなかった。

ミハエルに攻撃される前に、ミハエルを迎撃してしまえばということも考えたが、千冬の右手は司狼を攻撃した刀を逆手で持った状態で肘が伸びているため、左斜め後ろに居るミハエルへの攻撃の迎撃に間に合わない。そして、左手は関節の向きからして攻撃が届かない。体を捻れば、攻撃することはできるかもしれないが、それはミハエルの動きが止まっていたらの話である。今ここで体を捻って攻撃しようとしても、先にミハエルの攻撃が自分にあたるだろう。

故に、千冬には防御という選択肢しかなかった。千冬は打鉄の刀を左手で逆手に持ち、頭部を防御する。また、ミハエルの攻撃を耐えきった直後に、右手に持った刀で反撃できるように千冬は右手の刀を持ち直す。

 

「この 毒に穢れ 蝕まれた心臓が動きを止め 忌まわしき 毒も 傷も 跡形もなく消え去るように」

 

ミハエルの右手から黒い瘴気が溢れてくる。ミハエルの右手から溢れ出た瘴気が彼の右腕の肘から先を包むと、瘴気は重厚な造りの黒い手甲へと姿を変えた。黒い手甲には、手の甲から肘にかけて赤い光を放つ模様が現れ、手甲全体が淡い紫色に光り出す。

 

「この開いた傷口 癒えぬ病巣を見るがいい」

 

ミハエルの手甲から圧倒的な力と威圧感を千冬は感じた。

彼の腕は物を壊すために存在する兵器のようだった。

 

「滴り落ちる血の雫を 全身に巡る呪詛の毒を 武器を執れ 剣を突き刺せ 深く 深く 柄まで通れと」

 

ミハエルの言葉に重みを千冬は感じた。この男は壮絶な世界に生きている。それが天国なのか地獄なのかは分からないが、言葉で言い表せないほど波乱万丈な人生を送ったのだろう。だから、この男の声は心の奥に響く。

 

「さあ 騎士達よ 罪人に その苦悩もろとも止めを刺せば 至高の光はおのずから その上に照り輝いて降りるだろう」

 

ミハエルの拳は更に大きな禍々しい光を放つ。

 

「創造」

 

ミハエルは千冬に向けて右手の拳を前に突き出す。ミハエルが拳を突きだす速さは、千冬にとって速いと言えるものではなかった。だが、だからと言って、遅いわけでもない。万全の状態であったなら、回避は可能な速度であった。ISを纏っているからこそ躱せる速度であり、ミハエルの拳速は人の領域を超えた速さにある。

 

「人世界・終焉変生」

 

その言葉をミハエルが口にした直後、ミハエルの右の拳が千冬の刀に直撃する。

ミハエルの攻撃を受けた打鉄の刀は跡形もなく消え去った。打鉄の刀は破壊されたのではなく、まるでその存在を否定されたかのように崩れていった。千冬の防御を突破したミハエルの拳は千冬が纏った打鉄に届く。千冬の打鉄に触れただけであるにもかかわらず、シールドエネルギーの残量が0となり、刀と同じように装甲も壊れていく。

打鉄が分解されながらも、千冬は右手に持った刀を突きだし、ミハエルに反撃を試みる。

ミハエルはそれを躱そうとするが、千冬はミハエルの回避行動を読み切ったうえで、回避先に打鉄の刀を伸ばす。だが、ミハエルの拳の衝撃によって千冬は殴られたことで距離を離されてしまい、ミハエルにかすり傷程度しか負わせることが出来なかった。

ミハエルの拳の衝撃をまともに受けた千冬は仰向けに倒れる。千冬は立ち上がろうとするが、何故か全身に力が入らないため、立てない。

 

「これが俺のデウス・エクス・マキナだ」

 

ミハエルは千冬に勝利宣言をする。

 

『唯一無二の終焉を持って自らの生を終わらせたい』それが彼の渇望であった。あの無限に同じ死を繰り返す永劫回帰と、死んでも死んでも戦い続けなければならない過酷な修羅道を知っているからこそ、彼は安寧なる終焉を望み、修羅となって戦い続けた。

そして、女神の治世が花開き、黄金の獣が軍勢を解散すると言った時、彼は望み通り、彼の生を終わらせることが出来た。だが、彼は安寧なる終焉を選ばず、戦友と共に歩み、この黄昏を守ることを選んだ。戦友がこの黄昏を守りたいと言い、己を求め名前を呼んでくれたからだ。だから、己の渇望など叶わなくても良いと彼は思った。

渇望を友の為にと彼自身で否定したことにより、彼の中で新たな渇望が生まれた。

『この黄昏を壊そうとする者を認めない』

徹頭徹尾自分のためと願った彼の求道が、戦友のためと願う求道へと変貌した。渇望が己の終焉から他人の終焉へと変わったことで、彼の力そのものは変化しなかったが、威力はあのシャンバラの時以上の物となった。結果、千冬の装備していた打鉄の刀、打鉄のシールドエネルギー、装甲、千冬の残存する体力に、たった一撃の攻撃で幕を引かせた。

これが今の彼の全てに幕を引かせるご都合主義の鉄拳である。

 

「教官!」

 

イレーネは銃を乱射しながら、千冬を助けようと特攻をかける。

だが、それは叶わなかった。

 

「悪性腫瘍・自滅因子」

 

イレーネの手が千冬に届く直前で、イレーネのISは解除され、イレーネは地面の上に投げ出され、地面の上を転がる。突然のISの待機状態への移行にイレーネは戸惑いを隠せないでいた。ISのシールドエネルギーは十分にあった。ISの点検も整備もつい最近行ったばかりだ。だから、このような不具合が自分のISに自然に発生するなどありえない。イレーネはISを再び起動させようとするが、まったく反応してくれない。

ISの不具合の原因が自分にない以上、原因は司狼が言った謎の言葉だろうとイレーネは目星をつけた。イレーネは司狼を睨みつける。

 

「ゲオルギウス、何故最初からそれを使わなかった?」

「いやー、これがISに効く確証が無くてな。ドンパチやっている最中に、切り札としてブツケ本番で使って、効果無かったらダサいじゃん?それに俺の能力は人が多いと発揮しにくい。だから、勝敗が分かりきったところで、使えば、勝敗に影響しないだろう?」

「……単に暴れたかっただけなのではないのか?」

「あんなヴァンピーと一緒にするなよ。……信じろよ」

「あぁ、お前は信じられないが、お前を信じる戦友を俺は信じている」

「そうかい。……ってな、わけで、俺らの勝ちで良いか?ブリュンヒルデに、ノイシュテッターちゃん?」

 

司狼は千冬とイレーネに勝利宣言を叩き付ける。打鉄もイレーネのISも使用不能である以上、戦闘続行は不可能である。千冬は悔しかったが、敗北を認めざるを得なかった。

 

「はいはい、男連中、格好つけるの良いけど、アタシの仕事終わったから、帰るよ」

「おせーぞ、エリー」

「仕方ないでしょ?今の時代のセキュリティって、100年前と違うのよ。この端子の使える端末が無かったら、作戦失敗だったのよ」

 

千冬の背後から声が聞こえてきた。千冬が振り向くと、そこには煙草を咥え、白のTシャツを着た高校生ぐらいの女子が立っており、その手にUSBフラッシュメモリーがあった。

エリーと呼ばれた女性は司狼の方へ歩いて行く。どうやら、司狼とミハエルは囮であり、本命のエリーが施設内部に潜り込んでいたらしい。そして、どのようなデータがあのUSBメモリーに入っているのか分からないが、データを使って、施設内部で何かをしたらしい。

 

「ってことは、仕事はできたのか?」

「モチのロン。此処のV.T.systemのデータは全部改ざんして、全く別のものにしてウイルスを入れてやったわ。もちろん、バックアップを取っているデータバンクにもウイルス送ってる」

「どんなウイルスだ?」

「感染した端末は電源が切れていても、ネットが繋がっていて、アダプターが刺さっていたら、無限にエロサイトにアクセスして、課金されまくって持ち主を自己破産に追い込ませるウイルス。ちなみに初期化しても消えないというオプション付き」

「うわー、お前……悪魔だ」

「いやー、やるなら徹底的にヤバい方が面白いでしょ?」

「ま、それはそうだな。オッケー、じゃ、帰るか」

 

司狼達の襲撃の目的はV.T.systemの情報の消滅だったらしい。幸い今回の自分の目的と同じだったが、彼らの根本的な目的が分かっていない以上、この男を野放しには出来ない。

だが、かといって、現状を打破できる手段は……

 

「ちょっと待ちなよ」

 

明らかに不機嫌そうな束の声が千冬の背後から聞こえてくる。千冬は力を振り絞り、声のする方を見ると、そこには眉間に皺を寄せ敵意むき出しの束がいた。

束が機嫌悪そうな表情をしていることに千冬は驚く。なぜなら、どんなに罵倒されても束は“アレは頭が悪いから罵倒するしか能が無いんだよ”と罵倒した者を見下し、あの薄気味悪い笑みを崩したことが無かったからだ。そんな束が自分に見せたことのない表情を浮かべている。

 

「いったい、これはどういうこと?」

「あん?」

「君たちとは同盟を組んでいて、君たちは勝手なことはしないって約束だったよね?」

「あぁ、そうだったな。……でもな、俺らもお前に、俺らの領域に足を踏み込むなって言ったはずだぜ」

「なんのこと?」

「とぼけやがって、俺らの同類は匂いで分かる。いくら小細工働かして隠したところで俺らにはバレバレだ……そういうわけで、お前との同盟は破棄だ。次会ったら、ミンチにしてやるから覚悟しやがれ」

「へぇ、今ここで仕掛けたりしないんだ」

「ウチの大将がうるさいからな。それに、俺らもテメェだけには負ける気しないしな。……アバヨ」

 

司狼は何かを放り投げた。それは数度バウンドをすると、大きな音と強烈な光を放った。

音によって聴覚と平衡感覚を、光によって視覚を千冬とイレーネは奪われた。数十後、二人の感覚が戻ったころには、司狼、ミハエル、エリー、束の姿はなく、二人の目の前には破壊された建物、無数の薬莢、十数人の死体、延々と続く血溜りが広がっていた。

 

「逃げられたか……いや、この場合、撤退したおかげで私たちが助かったと喜ぶべきか」

 

聖槍十三騎士団、夜都賀波岐、ナチス、遊佐司狼、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン、人世界終焉変生、悪性腫瘍・自滅因子、V.T.system、同盟破棄、同類。

千冬にとって、この日、この場所で起きたことは理解の範疇を超えていた。

 

「束、お前は何をしようとしているんだ?」

 

千冬は幼馴染の束のことを何も知らないのだと再び痛感させられた。




前の話の伏線を回収しました。
ということで、次回は一夏とシャルロットが香純に会います。



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ChapterⅩⅩⅢ:

綾瀬香純という少女はある時まで何処にでもいる凡人であった。趣味は剣道で、高校では剣道部の部長をしていた。料理はそれなりに出来るので、毎朝、幼馴染の部屋に作りに言っていた。変わっているところがあるとすれば、二つぐらい。一つ目は父親と死別していることであり、二つ目はコミ障の幼馴染”藤井蓮”とバイク好きの幼馴染”遊佐司狼”の二人がいることであった。

だが、平凡な彼女の日常は崩れる。

 

聖槍十三騎士団による諏訪原市での黄金錬成。

 

彼女と友人たちはそれに巻き込まれ、様々な物を失った。だが、世界の理は無限の回帰より脱却し、万人に優しい世界へと変貌した。幼馴染や友人は女神を守るための守護者となった。人であった自分も幼馴染と一緒に黄昏の浜辺に居たい。非日常へと足を踏み入れた友人たちの日常の象徴になりたい。そんな願いから自分も人の領域から外れた。ある刀を聖遺物として、体にエイヴィヒカイトという術を聖槍十三騎士団黒円卓の副首領に埋め込んでもらったのだ。

こうして、彼女は百年間友人たちと共に平凡に過ごした。

しかし、今香純は黄昏の浜辺に居ない。何故なら、先日幼馴染と些細なことで喧嘩をしてしまい黄昏の浜辺に居ずらくなってしまった。どうやって、和解しようかと悩んでいるときに、曾祖父から電話があった。要件はよく分からないが、とりあえずこっちに来いとのことらしい。香純は曾祖父に会うべく、現代日本に一週間前に来た。

曾祖父に会うまで時間はあったが、この時代の常識に慣れておく必要があったからだ。だが、100年という月日が流れようとも、その国の人間の慣習は細かいところは変化しても、根本的なものは変化しない。故に、香純がこの時代の社会に溶け込むことはさほど難しいことではなかった。

 

「100年経てば、景色ぐらいは変わるよね」

 

曾祖父との待ち合わせの時間より早く、待ち合わせ場所に来た香純は軽い観光をしていた。

嘗て来たことがある場所だったが、当時とは全く異なった姿をしていた。昔と変わっていないのは人と車の多さ、道路、それと歴史的建造物ぐらいだろう。香純は少し感傷に浸る。

だが、悲しむべきことではない。時代は進んでいく。何かが変わるのは当たり前なのだ。その証拠かどうか分からないが、以前より空気が良くなっている。技術発展によるものか、人が意識しはじめるようになったからなのか、理由は分からないが、良いことであるのに違いは無い。

 

「っと、もう時間だ」

 

楽しいときは時間の流れが早い。気が付けば、もう待ち合わせ時間の三分前になっていた。待ち合わせ場所からそう遠くない所に居るため、すぐに行けるが、少し早めについている方が良いと考え、小走りで待ち合わせ場所へと香純は向かった。

待ち合わせ場所の駅前のあるモニュメントの前に、写メで見た曾祖父が立っていた。

 

「やっほー、曾お祖父ちゃん、ひさしぶり」

 

香純は手を振りながら、曾祖父の方へ走っていく。

女子高生ぐらいの女の子が高校生ぐらいの男子に『曾お祖父ちゃん』と呼ぶのは少々シュールな光景であるが、周りの人間は一瞬振り向くだけで、すぐに興味を失った。

曾祖父は同じ年ぐらいの金髪の男の子と一緒に居た。風貌から見て、日本人ではなさそうだ。曾祖父と一緒に居ることから考えて、自分に会うと言っていた曾祖父の友人とは彼のことなのだろうと香純は推測する。

 

「えぇーっと、曾お祖父ちゃんの友達で良いのかな?」

「綾瀬香純さんですね!は!はじめまして、シャルロット・デュノアです!」

 

一夏の友人はかなり緊張しているらしい。妙に姿勢が良過ぎる。

香純はシャルロットの緊張をほぐすために、笑顔で対応する。香純の人物像がシャルロットの思っていたようなものでなかったため、シャルロットは一安心する。

 

「今日は天気が良く、気温は夏日並みになるらしい。このまま此処で立ち話というのは少々身に堪える。適当な喫茶店にでも入らんか」

「んー、一夏君、どこか、良い店知らない?」

「この近辺だと、サンバツクカフェが近い。卿等はそれで構わんか?」

「アタシは良いよ」

「僕も良いよ」

 

一夏は二人を連れて、近くのサンバツクカフェに入る。サンバツクカフェは全国展開している喫茶店であり、クロワッサンが美味しいことで人気がある。休日の昼間はいつも混雑する。一夏たちが入店したのが混み始める直前だったため、席に着けるのは早かった。一夏たちの席は店の奥の方で、誰かに話を聞かれる可能性の低い場所だ。此処でなら、シャルロットが女性であることや、聖槍十三騎士団について話しても問題ない。それに気が付いたシャルロットは香純に改めて自己紹介をし、自分が男装している理由と聖槍十三騎士団に席をおいていることについて軽く話した。

 

「へー、じゃあ、シャルロットちゃんは神父様の後任なんだ」

「神父様って、ヴァレリアン・トリファさんのことですか?」

「そうだよ。アレでも一応聖職者だったからね」

「一応?」

「えぇーっとね、頭は良いし、基本は優しい人なんだけど、優しさのベクトルがおかしかったり、奇行に走ったりするから……残念臭が」

「……そうなんですか」

 

香純は普通に話しかけているのだが、一夏の曾孫である所為か、シャルロットは相変わらず緊張している。まあ、すごく年上で初対面だから仕方がないのだが……。シャルロットを緊張から解放する方法を思いついた香純はシャルロットにあることを提案した。

 

「ねえ、シャルロットちゃん、アタシたち見た目年齢近いんだし、敬語使わなくていいよ。呼び方も“香純”って名前で呼んでくれた方が嬉しいな」

「確かに見た目だけで言えば、少し香純の方が年上に見える気がするぐらいで、大差ないように見える。実年齢は100年ほど離れているがな」

「む、曾お祖父ちゃん、女性の年齢について細かいこと言うなんてデリカシーがないよ」

「そうだよ。一夏」

 

香純とシャルロットは一夏を睨む。一夏が予想していた以上に早く二人の距離は縮められたようだ。その要因として、人当たりの良い香純の性格が大きいと一夏は考える。となれば、二人の距離を縮める計画は思った以上に可能性は低くないのかもしれない。

 

「ところで、曾お祖父ちゃんはどうして私に会いたいって電話してきたの?もしかして、黒円卓関係?」

 

一夏の頭の中で考えていたことについて、香純に尋ねられる。この件をシャルロットに一任しており、あくまで自分はシャルロットと香純の仲介人に過ぎないと香純に伝える。

 

「遠まわしに言ったところで結果は変わらないので、率直に言います。香純さん」

 

嘗てナチスの高官で今は黒円卓の首領である曾祖父は、部下の才能を見抜き、手綱を握り、指揮することに長けていることを香純は知っている。自分の目で見たことはないのだが、少し考えれば、分かる。曾祖父に才能が無かったのならば、あの戦闘集団をまとめることは出来なかっただろう。そんな一夏が首領代行としてシャルロットを置き、自分とのことを任せた。どうでも良いことならば、曾祖父本人が力技でなんとかするはずであり、このような話す場など設けるはずがない。となると、重要な案件なのだろう。

香純は一度大きく深呼吸し、身構えた。

 

「貴女には娘がいます」

 

香純はシャルロットの言っていることが理解できなかった。

 

「……ごめんね、聞き違いをしたのかもしれないからもう一回言ってくれるかな?」

「ですから、綾瀬香純さんに娘がいます」

 

香純は聞き違いでなかったことは認めたが、“娘”という言葉を理解することができなかった。香純は数十秒ほど呆然としていたが、その後突如高速で瞬きをし、グラスを持ち、水を飲んで落ち着こうとする。だが、動揺のあまり腕が震えてしまい、グラスから大量の水が零れる。コップの中の水が無くなったおかげで、香純はまったく水を飲むことが出来なかった。さらに、零れた水によって、喫茶店のテーブルに水たまりが無数にでき、服まで濡れてしまった。シャルロットは自分に何か話しかけているようだが、まったく頭に入ってこない。香純の頭の中で訳の分からない思考が繰り返される。

香純は混乱しながら思考に耽ってしまったため、息を吐くことを止めてしまう。結果、目の前が揺れ始め、倒れそうになる。

 

「ッツゥゥゥゥ!」

 

香純の額に強烈な鈍痛が走る。目の前には曾祖父の右手があり、中指の先が自分の額にあたっていた。どうやら、曾祖父は自分にデコピンをしたらしい。煉瓦すら貫きかねない一夏のデコピンの痛みに、香純は悶える。エイヴィヒカイトで強化された体であるにもかかわらず、この痛みだ。この体が普通の人間だったら、頭が吹っ飛んでいたか、首の骨が折れていただろう。香純は曾祖父のデコピンを受けた額を抑える。

 

「香純よ、息を吐け」

 

猛烈なデコピンを喰らい涙目になりながらも、香純は我に返る。

 

「事情を聴く前に、彼是考えても仕方なかろう?」

「そ…そうだね。シャルロットちゃん、アタシに娘ってどういうことかな?」

「実は……」

 

シャルロットは香純にラウラが試験管ベイビーであり、母方の遺伝子提供者が香純であることを説明した。そして、父方がベイ中尉であることも。

ドイツとはいえ、遺伝子バンクに自分やベイ中尉があることに疑問を感じた香純はシャルロットに尋ねる。あまり事情を把握していなかったシャルロットに代わって、シュピーネから尋問した一夏が香純に補足説明をする。嘗て聖槍十三騎士団の第十位であったシュピーネがこの世界に来て、レーベンスボルンの関係機関を牛耳り、彼がドイツ国家の立て直しという建前で彼の為による魔人の集団を作ろうとしており、その集団を作るのに、聖槍十三騎士団や夜都賀波岐の面々の細胞が使われた。

シャルロットと一夏から事情を聞かされた香純は自分の知らない間に自分の娘が出来たことに戸惑ってしまう。娘だから愛してあげたいのだが、お腹を痛めて産んだわけじゃないから、ラウラのことを自分は好きになれるかどうか心配だった。

そんな胸の内を香純は一夏とシャルロットに伝える。

 

「香純、心配することはない。卿が相手を愛したいと思っているのならば、卿の中でそれは好意に繋がるはずだ。そして、ラウラが母親である卿を求めている以上、拒絶は無いだろう。気に病むことはない」

「そ……うだよね。ありがとう、曾お祖父ちゃん」

 

香純は太陽のような温かみのある明るい笑みを浮かべる。香純の笑みを見て一夏はツァラトゥストラの永遠に続いてほしいと願った日常の原点がこの笑みなのだと理解した。

 

「香純さん、ボーデヴィッヒさんに会いたい?」

「うん、会いたいな」

「分かったよ。じゃあ、メールアドレスを教えてもらってもいいかな?裏工作をして、僕たちの関係が不自然でなくなるような状況を作り上げたら、連絡するよ。会って、自己紹介するなら、それから」

「裏工作?」

「今、僕たちが香純さんをボーデヴィッヒさんに会わせたら、ボーデヴィッヒさんは一夏と僕と香純さんの三人の関係を疑うかもしれない。シュピーネさんがこの件に関わっているということをボーデヴィッヒさんは知っているからね。最悪聖槍十三騎士団のことが公になって、一夏の立場が悪くなる恐れがある。だから、僕たちはFacenoteかなんかで知り合ったってことにしようと思っているんだ」

「なるほどね。分かった。曾お祖父ちゃんに迷惑かけたくないから良いよ。ちょっと前に、Facenoteに登録しているから、ちょうど良いし」

「本当?ちょっと前に、“綾瀬香純さんという人を探しています”というのを書いたから、数日後、この記事に書き込みをしてくれると助かるな」

「分かった」

 

香純とシャルロットはスマートフォンを弄り、facenoteの画面をお互いに見せ合いながら、今後の流れや綾瀬香純という人物像について話しあっている。二人の会話に耳を傾け、一夏は二人の言っていることに矛盾がないか探している。だが、一夏の心配は杞憂にすんだ。

シャルロットは今後の流れや香純の人物像の設定についてこの一週間で考え、ノートに記し彼女なりに矛盾点を探していた。更に、事実関係の構築が容易な人物像の設定を幾つも考えていた。人物像の設定を幾つも用意することで、香純が演じやすい人物像を選択できるようにしていた。難なくラウラに会うための段取りが決まったことで、香純は無理なくラウラに会えそうだと安心したとシャルロットに伝える。

 

「ありがとうね、シャルロットちゃん」

「え?」

「だって、曾お祖父ちゃんに言われてしたことかもしれないし、ラウラちゃんのためにやったのかもしれないけど、アタシの知らない間に出来ていたアタシの娘に会える為に色々してくれたんだもん。お礼を言うのは当たり前でしょ?」

「……」

「ちょ!え!シャルロットちゃん!」

 

香純は普通の感謝の言葉を口にしただけだったが、シャルロットの両目から滴が溢れる。シャルロットにとって香純の何気ない言葉は衝撃的であったからだ。周りに振り回され利用されシャルル・デュノアであることを強要され続けられた彼女は、母親以外の人間からシャルロット・デュノアという女の子として接することが無かった。

一夏も鈴やセシリアも、プライベートの時は自分のことをシャルロットとして扱ってくれるが、周りの目がある所為で、シャルロットでいれる時間は限られており、シャルルとして接する時がどうしても発生してしまう。これはIS学園にいる以上仕方がない。

だが、香純は人懐っこく、自分に対し敬語を止めてと言い、まるで友人のように接してくれる。そして、自分のことを一度もシャルルと呼ばずに、シャルロットと呼んでくれる。

シャルロットと呼んでくれるただそれだけでも彼女は嬉しかった。

 

自分が他人であることを完全に強要しない相手に対する感謝と、そんな相手と会えた感激。シャルロットはその二つの感情に歓喜していた。

母親が送ってくれた大事な名前を呼ばれることは普通であるかもしれないが、自分にとっては至高であった。僕は僕でありたい。他人になりたくない。普通の女の子でありたい。もっと多くの人に自分の名前を呼んでほしい。そして、本当の自分で、自分以外の人と触れあいたい。そんなシャルロットの渇望の一端は今香純の感謝の言葉によって叶えられた。

今の彼女に嬉し涙を止めることなどできるはずがない。

 

シャルロットは数分ほどむせび泣き続けた。

 

「ごめんね。一夏、香純さん」

「アタシは気にしていないよ。それに、シャルロットちゃんの置かれた状況が悪かっただけで、シャルロットちゃんが気に病むことはないよ。だから、謝らないで」

「私も香澄と同じく卿の謝罪など求めておらんよ」

「ありがとうね、二人とも」

 

シャルロットは涙を浮かべながら、二人に礼を言った。

 

「香純にシャルロットよ」

「ん?」「どうしたの?一夏?」

「この席が奥で目立ちにくいとはいえ、失神しかけたり、泣かれては注目が集まる。話している内容が他言無用な内容である以上、別のところで話した方が良い。移動せんか?」

 

香純とシャルロットは辺りを見回す。すると、サンバツクカフェに居た客たちは一斉に視線を一夏たちの席から外す。一夏の言うとおり、周りの客は自分たちを見ていたようだ。

一夏は周りの客を見ていないが、気配から注目を浴びていることに気が付いていたらしい。一夏自身はそういった周りの反応などに対し無関心であるが、此処に居る三人には事情があるため、話している内容を周りの人間に聞かれたくなかった。だが、人に見られることに慣れていないシャルロットと綾瀬にとっては、話の内容より注目されていることの方が苦手であり、この場から逃げ出したかった。

 

「うん、それに、買い物があるしね」

 

シャルロットは立ち上がり、シャルロットに続く形で香純も立ち上がる。一夏もカップに入っていたコーヒーを飲みきり、伝票を持って立ち上がる。香純とシャルロットは割り勘にしようと言うが、ベイが暗殺者を殺した際に巻き上げた金を、ベイから一夏は貰っていたため、香純やシャルロットより一夏は金を持っている。そのため、遠慮するなと言って、二人の財布をカバンの中に押し込める。

一夏たちは店から出て、近くのショッピングモールへと向かった。来週の臨海学校のための準備をするためにだ。ちなみに、香純もついてきている。どうせ此処で別れて、住込みで働いているバイト先に帰っても、部屋の掃除をするぐらいしかやることがない。それだったら、曾祖父と一緒に買い物をしている方が楽しい。

 

「ちょっと待って、一夏に香純さん」

「どうしたの?」

「このままスポーツ用品店行ったらまずいから、今は違う店行った方が良いよ」

「何か、あるのか?」

「ボーデヴィッヒさんたちがいる」

 

一夏たちがこれから行こうとしていたスポーツ用品店に向かって、一夏たちの前方十数m先に居た鈴、セシリア、ラウラの三人が歩いているのをシャルロットは発見した。臨海学校に向けて女子同士で買い物に行くと鈴が言っていたことを一夏とシャルロットは思い出す。このショッピングモールがIS学園から近いため、遭遇することは十分ある。香純は二人に何があったのか聞く。勘の鋭い香純に嘘をついてもすぐにばれる。それに、自分をシャルロットとしか呼ばない相手に嘘をつくのは気が引ける。そう考えたシャルロットは素直に香純に話すことにした。

 

「じゃあ、あの銀髪の女の子がアタシの娘ってことか」

「……はい」

「……会って話したいけど、仕方ないよね」

「近くでたまたま会話を耳にしている通行人を装って、話しかけられても自分の正体を明かさないんだったら、黒円卓に繋がる手掛かりが無いとから会いに行って良いよ」

「本当!ありがとう、シャルロットちゃん、じゃあ、行ってくるね」

 

香純はラウラたちが入店したスポーツ用品店に入っていった。

意気揚々と入店する香純を見たシャルロットには不安しかなかった。

香純は頭で考える前に思ったことをすぐに口に出すタイプである。故に、香純がすぐにラウラにボロを見せてしまいそうで怖かった。シャルロットはスポーツ用品店から離れた物陰に隠れると、ISの部分展開で志向性集音機だけを起動させ、香純とラウラを監視することにした。シャルロットと共に隠れた一夏も、母と娘の会話に興味があったため、シャルロットの拾った音声をISの機能で共有する。

一夏がISを部分展開すると、セシリア、鈴、ラウラの三人の声が聞こえてきた。

 

『ラウラ、アンタ、水着決まった?』

『私には学園指定の水着がある。今ここで水着を買う必要ない』

『ラウラさん、もしかして、あのスクール水着で臨海学校に行かれるのですか?』

『不味いのか?』

『アンタがそれで良いなら良いけど、じゃあ一夏はアタシが貰ったも同然ね』

『???……どういうことだ?』

『私は男性の知り合いが一夏さんしかいないので、よく分かりませんが、男性は女性の水着姿に魅かれるそうです』

『何故だ?』

『私が思うに、普段の服装より露出が多いことが関係しているのではないかと思います。ですので、少々色気に欠ける水着を着ては意中の男性に振り向いてもらえませんわ。それだけなら、まだ良いですが……最悪嫌われる場合も』

『水着姿で嫌われるのか?』

『えぇ、水着は布の面積が少ないため、センスが問われる服装ですわ。ですので、ミスマッチな水着を選べば、最悪のパターンもあり得るかと…』

『ならば、買っておかねば……だが、選択基準が私には分からない。……どうすれば?』

『私たちがラウラさんの水着選びを手伝ってあげますわ。鈴さんも宜しいですわね?』

『仕方ないわね。腑抜けたライバルに勝っても嬉しくないから、今回だけ手伝ってあげる。言っとくけど、今回だけよ!今回だけ!』

『これがツンデレか』

『アタシはツンデレじゃない!それでアタシの助けはいるの!いらないの!』

『あ…あぁ、では、頼む。セシリア、鈴』

 

その後、数十分ほど、ラウラたちはラウラの水着探しに奮闘するが、難航する。セシリアが店員の意見を聞こうと提案するが、店内に居る店員のほとんどがレジ打ちをしているか、接客をしているため手が離せないようだ。三人はどうしようかと途方に暮れていた。

 

『どうしました?お客様?』

 

店員のフリをした香純がラウラたちに声を掛けた。バイトで客の対応に慣れているのか言葉遣いが丁寧である。鈴は香純に『店員の名札が無いけど、アンタ店員なの?』と聞かれ、『今日はオフでたまたま店に寄っただけ』と説明した。香純の言葉に納得した三人は香純にラウラの水着について相談する。

 

『そうですね。お客様でしたら、こちらの黒のフリルビキニは如何でしょう?肌の白さを強調できますし、眼帯と色も一致していますから、自然な色使いだと思われます。それにお客様は綺麗系というより可愛い系ですので、アクセントとしてフリルは良いと思われます。ですので、可愛さをアピールするために、そちらのお客様のように髪を括ってみてはどうでしょう?』

『髪をか?だが、それでは妖怪キャラ被りになるとクラリッサが……』

『でしたら、髪留めを違うものにすれば、印象はガラリと変わります。私の見立てでは黒めの色の小さな花のついた髪留めか、普通の髪留め用のゴムでも良いと思われます』

『なるほどね。やっぱり店員に聞いて正解だったわね。アタシもそれが良いと思うわ』

『では、これにする』

『それでは、あちらのレジへどうぞ』

 

ラウラたちはレジの前の列に並ぶ。ラウラたちが香純から一瞬目を離した隙に、香純は店から離脱し一夏たちのところへ戻ってきた。向こうから小走りで走ってくる笑顔の香純を確認したシャルロットと一夏はISを待機モードにする。

 

「お待たせ、曾お祖父ちゃん、シャルロットちゃん」

「嬉しそうだね」

「そりゃあ、まあ、アタシの娘があんなに可愛いんだもん。曾お祖父ちゃんとシャルロットちゃんが許すなら、ラウラちゃんを抱きしめて、頬ずりして、頭撫でまわして、添寝したかったな」

「香純さん、僕と一夏の事情が片付けば、母親だと名乗れる機会を絶対に来ます。そして、その時はそんなに遠くありません」

「分かった。それまで楽しみに待ってるね」

「では、今度はベイのところに行くとするか」

「う……うん」

 

香純の返事は鈍い。何故なら、香純はベイに会う心の準備が出来ていなかった。

初恋の相手である蓮をボコった挙句、幼馴染の司狼を殺しかけた相手だ。たとえ、その出来事が100年前でも会うのに気が引けてしまうのは当然だろう。そのような出来事が無かったとしても、ベイの女受けしない脳筋バトルジャンキーな性格を知っている者ならば、ベイに会うことに躊躇う者がほとんどだろう。事実、新旧の黒円卓でベイを苦手としていない者は近衛の三人と双首領ぐらいである。

それを察したシャルロットは助け船を出す。

 

「一夏、僕らも買い物をしないと不味いから、香純さんとベイ中尉を合わせるのはまた今度にしない?」

「確かに、卿の言うとおりだな。私はどうやら此処に来た目的を忘れていたようだ。香純よ、ベイに会わせるのはまた今度で構わんか?」

「うん」

 

ラウラ達が店から出て行ったのを確認した一夏とシャルロットは店に入り、シャルロットが女であることがばれない様に、男物の競泳用の上半身まで隠せる水着を購入した。その後もラウラたちの行動に注意を払いながら、ショッピングモールで臨海学校に向けて買い物をした。




「やあやあ!久しぶりだね!ずっとずーーっと待ってたよ!うんうん。要件は分かっているよ。欲しいんだよね?君だけのオンリーワン、箒ちゃんの専用機が。モチロン用意しているよ。最高性能にして規格外仕様。その期待の名前は―――紅椿」

ピッ

「蓮タン、絶対に束さんは今の理を崩してみせるよ」


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ChapterⅩⅩⅣ:

『臨海学校』

 

日本の義務教育である小・中学校並びに高等学校において夏に行われる学校行事で、海を身近に体験することを目的とし、2泊3日から1週間程度の日程で、臨海部に宿舎を設定し、学校が海へ出かける形で実施される。また、普段の学園生活で学習できないことを学生たちが集団生活を通じて学ぶ意図もある。現在の学習指導要領においては特別活動の学校行事として「旅行・集団宿泊的行事」に位置づけられ、同様な行事に林間学校、修学旅行などがある。

 

IS学園にも臨海学校という行事はあり、遊びと学習の二つが予定されている。

一日目は遊びがメインで海水浴が予定されている。二日目はISの実習が予定されている。臨海学校に来てまでISの実習とはどうかと思うという生徒の意見があるが、アリーナは環境が一定であり、実戦的ではない。実戦を考えるのならば、整備されていない環境でもISを自由に操るだけの技量が必要である。そして、その技量を身に着けるにはこういった校外学習で行うことが最も良いとされている。

臨海学校の宿泊先の旅館まではバスで移動になっている。1クラスに1台のバスが用意されているため、一夏はセシリア、シャルロット、ラウラと同じバスに乗り、鈴とは別のバスになる。鈴という邪魔者が居ないため、ラウラは一夏の隣を陣取ることが出来ると喜んでいたが、こういうときは男女別々に座るのが通例であり、この通例に従えば、一夏の横はシャルロットになる。一夏の横に座れなかったラウラはションボリするが、セシリアが一夏の前の席を取っていたため、一夏の傍に居れることが分かったラウラの機嫌は少し良くなった。

 

「トランプでもしようかなって思ったけど、一夏寝ちゃってるし、どうする?」

 

ここ最近の一夏はシュピーネの尋問で聞きだした情報の確認作業をイザークと行っていたため、睡眠時間が短かった。

このような雑事など首領代行であり事件の当事者であるシャルロットに任せるべきであるとザミエルは進言したが、情報の確認において最も恐ろしいものは主観性が入ることである。調査する本人が事件の当事者であるならば、希望的な憶測が入ってしまうことを一夏は懸念していた。故に、今回の件は一夏とイザークが行っていた。

そして、その調査は昨晩終了し、結果をシャルロットに伝えた。

 

ハイドリヒの敗戦後、シュピーネはグラズヘイムから脱出し、現世に降り立った。現世でシュピーネは無数の偽名を名乗り、生を謳歌していたが、同時に、黒円卓の再来を危惧していた。そこで、黒円卓に匹敵する戦力の保持を企んだ。戦力の保持には当然金がかかる。そこで、大資本を手にする方法をシュピーネは考えた。そして、シュピーネはフランスに渡り、デュノア社を設立した。

シュピーネが社長であった頃のデュノア社は、様々な分野で活躍し、業績を上げていった。デュノア社が急成長したのには、シュピーネの『獲得』のルーンが大きく関係している。いつまでもデュノア社の社長の席に居座っては不審に思われると考えたシュピーネは自分の手駒である養子を社長にさせると、ドイツに渡った。元十位の立場を生かして、シュピーネはドイツで黒円卓の残党の調査を行い、レーベンスボルンの残党に辿り着いた。

そのレーベンスボルンの残党の拠点に、黒円卓の強さの解析のために嘗て自分が集めた黒円卓に名を連ねた者達の細胞が保存されていた。シュピーネはこれを使い、自分の為の黒円卓を造ろうとする。その後、ISという兵器が登場したため、シュピーネはISをシュピーネの保有する戦力に加えるために、デュノア社の手駒にIS産業への参入を指示する。

デュノア社がIS産業に参入して数年後、織斑一夏という青年がISを動かしたというニュースを耳にしたシュピーネは一夏を利用しようと思いつき、養子の子供であるシャルロットをIS学園に潜入させようとする。だが、IS学園の寮に設置した盗聴器から一夏が自分の最も恐れていた相手だと知ったシュピーネは、シャルロットから情報が漏れることを恐れ、デュノア社を捨て、シャルロットを抹殺し、白い一角獣機関の情報を手に逃亡を図ろうとする。だが、白い一角獣機関の施設に情報を取りに行ったところで、ラウラに殺され、グラズヘイムに戻ってきた。

これが、グラズヘイムからの脱出以降、現在までのシュピーネの行動だった。

 

これらの事実を知ったシャルロットは自分のために色々してくれた一夏に礼を言うと、黒円卓の為に尽くすことを誓った。シュピーネがデュノア社から離れ、グラズヘイムに居るといえども、デュノア社にとって、シャルル・デュノアの正体が明かされることは回避したいに違いない。この件について、フランス政府が関わっているのならば、今後も刺客は送り込まれてくると予想される。

シャルロットが正体を明かすことで、どの国家にも介入されないIS学園の保護を受け、フランスに対する制裁によってシャルロットを守るという手段がある。だが、当然シャルロットの事情を話す過程で黒円卓のことも相手に知られる可能性があるため、今はこの手を使えない。それに、現状、ベイが外部からの敵に対する防波堤になっているため、今のところ現状を維持していても問題ない。

そのため、いまだにシャルロットはシャルルとして在籍している。

 

「ありがとうね、一夏」

「どうした?シャルル?」

「なんでもないよ」

「そうか。ならば、私は嫁の寝顔でも眺めて楽しんでおくことにしよう」

 

ラウラは後ろに座っている一夏をずっと眺めていた。手持ち沙汰のセシリアとシャルロットは着くまでの間、他の生徒達と同様に喋って旅館に到着するまでの二時間を過ごした。

 

臨海学校の宿泊先に着くと、夕食まで自由時間が与えられ、多くの者は水着に着替え、海水浴を楽しんでいた。一夏も旅館の自室で水着に着替え、浜辺へと向かった。一夏と同室になったシャルロットも風呂場で水着に着替え、途中でセシリアと鈴と合流する。

 

「シャルロット、アンタ、それでいくの?」

「仕方ないよ。今の僕はシャルル・デュノアだもん」

 

シャルロットの水着は男性用の黒の競泳用上下水着で、胸の部分にさらしを巻くことで、女であることを隠している。海水浴をしないのが、正体がばれるリスクが最も小さいのだが、そこまでやれば、逆に不審に思われてしまう。ゆえに、この選択が最良であった。

 

「……あれは何ですの?」

 

浜辺で多くの水着姿の女生徒たちが一カ所に集まり、屯していた。

 

「アレね」

「何か知ってるの?鈴」

「二人は一夏の上半身見たことある?」

「ありませんわ」「無いよ」

「でしょうね。っていうか、見たことあるんだったら、問題なんだけど……まあ、いいや。それでね。一夏の体型ってさ、服の上からでも分かると思うけど良いでしょ?だから、上半身裸の水着姿になったらさ、女の視線を釘づけして、逆ナンパされまくるの」

「そんなに凄いの?」

「中学校の時プールに泳ぎに行って、モデルにならないかってスカウトの人に言われたことがあったの。だから、一夏に惚れたら絶対に許さないから」

「僕は大丈夫だよ。一夏は僕のことをシャルロット・デュノアとして見てくれるけど、ひとりの女の子として見てくれないから、一夏とは友人としてはやっていけるけど、恋人としてはやっていく自信ないよ」

「私は男性をあまり知りませんから何とも言えないのですが、少々口数の少ない哀愁溢れる渋い年上の力強い殿方の方が私の好みで……」

「……だったら、良いけど」

「遅かったではないか、セシリア、鈴、シャルル」

 

水着姿の一夏がIS学園の女生徒の垣根から出てきて、三人に声を掛けてきた。

露出している一夏の上半身は引き締まった体をしており、一切の無駄が無い。胸板は厚く、くびれがあり、肩幅が広い。第二次成長期になりながら、この筋肉質な体を持つのは相応難しい。鍛えすぎては、筋肉によって骨の伸びが阻害されるため身長は伸びないが、逆に、鍛えなさすぎては単なる細身の体になるだけで、此処まで筋肉質にはならない。故に、十五才でありながら、この肉体を持つことは至難の業である。

人体の黄金律が存在するのならば、一夏の肉体がそれに当てはまるだろう。それほど、調和のとれた肉体美が一夏の体で再現されていた。

IS学園の生徒の多くはお嬢様学校出身であり、男性の引き締まった肉体を見慣れていない。故に、何人かの女生徒は一夏の背中を見て、興奮のあまり鼻血を出してしまう。

 

「セシリアはブルー・ティアーズの青を基調としたビキニか。長いパレオによって優婉さを演出させている。なるほど、貴族の出である卿を見事に表した美しい水着と言えよう。鈴はスポーティーなタンキニタイプか。そのオレンジと白のストライプの柄は見事に卿の明るく可愛らしさを表現したものと言えよう。卿らの水着似合っているぞ」

「お褒めの言葉ありがとうございますわ」

「そ、そう、それはありがとうね」

 

一夏はこの調子で全員の水着を褒めていく。一人一人かける一夏の言葉が違うことから、一夏が真剣に女子の水着姿を評価していることに皆は感心する。相手を褒めるスキルはラインハルト時代に社交の場で身に着けた技術である。一通り褒め終わると、多くの女子から一緒に遊ぼうと誘われる。あまりにも多くの女生徒から誘われたため、一夏は何をしようか悩む。そんな時だった

 

「よ…嫁」

 

か細い声が一夏の耳に入ってきた。

一夏は声のする方を見ると、浜辺に立った海の家の壁から顔を出すタオルのお化けが居た。

声色と頭部から生える二本の銀髪から考えてこのタオルのお化けがラウラであると一夏は理解できたが、何故彼女がこのような格好をしているのかは理解できなかった。

一夏はラウラに声を掛けようとするが、ラウラが逃げる。だが、ラウラが逃げた先にセシリアは回り込み、ラウラを捕まえ、一夏の前に連れて行く。ラウラは抵抗するが、全身をタオルで覆っている所為か、うまく抵抗できない。

 

「ラウラさん、せっかく良い水着を選んだのですから、一夏さんに見てもらわないと勿体ないですわ」

「分かってはいる。だが、今は準備運動中で、タイミングは未だだ」

「早くしなければ、多くの方から誘いを受けていますので、一夏さんはどこかに行ってしまいますわ」

「それは困る……えぇい!」

 

ラウラは身に纏っていたタオルを剥ぎ取り、水着姿になる。

 

「ほう……」

「へん…じゃ…ないか?」

「肌の白を引き立たせる黒の水着か、眼帯とISとも一致し、違和感が無い。普段凛々しい姿を見せている卿の恥らう姿……ギャップ萌えというのか?……あぁ、愛らしいぞ」

「あい…ら……」

「ラウラ?」

「気絶してますわね。……私が木陰に連れて行きますわ」

「頼んだぞ。セシリア。さて、我々は何をしようか?」

「じゃあ、一夏で移動監視塔ごっこ」

 

鈴は一夏をよじ登り、一夏の頭にしがみ付く。普通ならば嫌がるだろうが、一夏は慣れているのか、全くの無反応である。一夏に登れるのが羨ましいのか周りの人間は自分も登りたいと一夏に言う。

 

「そういえば、鈴よ」

「何?」

「この移動監視塔ごっこにはある特典がついていたことを卿は覚えているか?」

「特典って……もしかして」

 

以前に一夏の言う特典を体験したことがあった鈴は当然青ざめた顔をし、一夏の頭から飛び降りようとする。だが、地面に着地する寸前のところで、一夏に捕まってしまう。鈴は暴れるが、彼女が暴れた程度で一夏から逃げられるはずがない。一夏は鈴を片手で持ち、槍投げの構えをする。

 

「そうだ。“神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士ごっこ”だ」

「一夏、それだけは無理無理!」

「着水の衝撃に備えておけよ、鈴」

「だから、無理無理無理無理!!」

「案ずるな、ブイより向こう側には投げん」

「それでも、無理無理無理無理無理無理!!」

「安心せよ、ISには生体維持機能がついている顔面から着水しても無傷だ」

「絶対無理、ありえないから無理、痛いから無理、怖いから無理、恐ろしいから無理!」

「これが卿の望んだヴァルハラだ!」

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!」

 

一夏は海に向かって鈴を放り投げた。鈴はまるでオリンピックの選手に投擲された槍のように、きれいな放物線を描きながら、大海原へと飛んで行く。重さが数十キロもある鈴が此処まで遠くに飛べるのは一夏の腕力と彼の投擲の技術力の高さにある。

滑空という言葉はエンジンを停止した航空機が飛行しているさまを表す言葉である。自ら推進力や揚力を発生させることの出来ないという点を鑑みれば、まさに今の鈴は滑空していると言える。滑空中に鈴は着水に備え、伸ばした腕を頭上で合わせることで飛び込みの姿勢を取る。この姿勢で手から着水すれば、着水時の衝撃を最小にすることができるからである。そうすれば、顔面強打せずにすみ、体への負担も少ない。

鈴がこのような行動を取れたのは、生物としての生存本能が目覚めたからである。

そして、投擲されてから数秒後、一夏の宣言通り、鈴は海岸から数十m先のブイの直前のところに着水した。鈴の姿勢が良かったのか、着水時に大きな水飛沫は上がらなかった。

絶対必中の投擲であるが故の、“神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士ごっこ”である。

 

傍から見ていた女生徒たちは人間が数十mも飛ぶんだなあと感心していた。

 

「さて、次に、“神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士ごっこ”をしたい者は誰だ?」

「……」

「いないか、となれば、次は何をしようか?」

「それだったら、ビーチバレーしようよ」

 

清香が一夏の腕を引っ張り、本音が一夏の背中を押し、ビーチバレーのコートに連れて行こうとする。だが、シャルロットが清香たちを止めようとする。体験入部荒らしで、一夏の身体能力の高さをIS学園の生徒なら誰もが知っている。だが、球技においての一夏の危険度を知っている者は居ない。だが、一夏が本気でビーチバレーをすれば、戦場跡になると鈴から聞かされていたからだ。シャルロットは鈴から聞いた話をすることで、清香たちを止めようとするが、信じてもらえない。

そこで、清香はとりあえず、ワンセットやってみて、一夏の力を見ることとなった。

 

「7月のサマーデビルと言われた私の実力を……見よ」

「癒子よ、卿の全力を見せてくれ。私も舞台に立った以上、手心は加えん。全霊をもってして相手しよう」

「ちょっと待ってよ!一夏!本気出したら、試合にならないよ!」

「それもそうだな。では、適度に手加減しよう」

「ほっほー、手加減して私に勝つと、面白いこと言うね、織斑君」

 

一夏は悪魔のような笑みを浮かべながら、準備運動の屈伸を始める。シャルロットは一夏の顔を見た瞬間、惨劇の結末を容易に想像できた。だが、相手が試合を勧め、一夏が舞台に立ってしまった以上、今の自分たちが一夏を止めることは不可能であるため、一夏を止めることを諦め、一夏と同じチームになる。

癒子のサーブを一人のクラスメイトがレシーブし、シャルロットのトスでボールを上にあげる。此処までは普通の高校生がするバレーボールの試合だった。だが、その光景が一夏によって一変する。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

二つの黄金の瞳を輝かせた一夏はシャルロットが上げたバレーボールに向かって大きく跳躍する。下が砂地であるにもかかわらず、一夏は垂直跳びで5mほどの高さに達した。人間離れしている一夏の垂直跳びの高さに驚いた清香、癒子、本音の三人は唖然としてしまう。三人が呆けている間に、一夏は力を込めた右手に体重を乗せ渾身の力でバレーボールを打った。

 

一夏のアタックによって、バレーボールは地面に向かって流星のような速度で落下する。

一夏の放ったバレーボールにほとんどの生徒は反応できなかった。なぜなら、落下してくるバレーボールが彼女たちには爆弾に見えてしまったからだ。アレに触れれば、唯では済まないと直感で感じ取ったからだ。

仮に、あのバレーボールに反応できたとしても、巨大な隕石のように膨大な運動エネルギーを持ったそれを、普通の女子高生と大差ないIS学園の女子高生たちが怪我をせずに止めることなどできるはずがない。

女生徒たちはボールが落下していく様を見ていることしかできなかった。

爆弾の破裂音のようなバレーボール落下の音が海岸中に響き渡り、砂浜の砂が舞い上がりきのこ雲のようなものができる。轟音ときのこ雲を見た女生徒たちは、圧倒された。この光景だけを遠くから見ていた者ならば、戦争でも起きたのかと慌てるだろう。

それほど、バレーボールの落下音ときのこ雲は大きかった。

きのこ雲が晴れると、清香と癒子の間のバレーボールが落下した場所に大きなクレーターが出来ており、クレーターの最深にはバレーボールの下半分が埋まっていた。その埋まっているボールの表面は空気摩擦で焦げていた。

目の前で起きたことをようやく理解した清香、癒子、本音は涙目になって震える。試合の観戦をしていた生徒達のほとんどは放心しているか、失神か、腰を抜かしている。

 

「馬鹿一夏!手加減しなさいって、言ったでしょうが!」

 

海から戻ってきた海藻塗れの鈴が一夏に怒鳴る。

 

「手加減ならしたぞ」

「何処がよ!」

「ボールが割れては試合が出来ないであろう?故に、ボールが破裂しない程度に手加減をした」

「そこじゃない!相手をビビらすほどの力出したら、試合が続かないでしょうが!」

「その程度で恐れおののく様では私と戦う資格はない」

「此処は女子高生と水着姿で楽しくバレーボールをするところでしょうが!アンタの相手出来るの居ないのに、戦意むき出しで戦ってどうするのよ!」

「だが、私にこれ以上の手加減というものはできん」

「だったら、私が相手ならば問題ないな」

「千冬さん!」「織斑先生」

 

ビーチバレーのコートから出て行こうとする一夏たちを千冬は宣戦布告で呼び止める。

姉である千冬とまともにぶつかったことのない一夏は姉との対決の機会が舞い込んできたことに喜び、笑みを浮かべ、ビーチバレーのコートに戻った。

世界最強のIS操縦者とその弟の姉弟対決が興味深かったのか、千冬の水着姿を見て興奮したのか、先ほどの一夏に恐怖していた女生徒たちの顔色は元に戻り、多くの生徒たちは湧きあがる。だが、一度普通に戻った彼女たちの顔は再び恐怖に染まった。

一夏と千冬のビーチバレーを見た者達は皆口を揃えてこう言った。

 

「人間の領域を超えた織斑姉弟のビーチバレーはバレーボールを使った砲撃戦だった」

 

数時間後―

臨海学校の自由時間も終わり、入浴時間となった。

日常生活ならば、風呂の先に夕食であるが、海水浴で傷んだ髪を先に洗った方が良いと考えた教員たちの配慮により、先に入浴となった。IS学園の生徒の大半は女性であるため、男湯は一夏とシャルルとして席を置いているシャルロットの二人の貸切状態となった。男湯が貸切であるため、入浴時間を二つに区切り、一夏とシャルロットが別々に入浴しようと一夏は提案したが、日ごろ世話になっている礼として一夏の背中を流したいというので、密かに持ってきていた女用の水着を着てシャルロットは一夏と入浴することとなった。日本の温泉の入浴のマナーを知らないシャルロットに一夏はマナーを教えながら、入浴する。

造山帯があるため、ヨーロッパの方にも温泉は多く存在する。だが、娯楽目的でも使われているが、主な利用目的が日本とは少し違う。ヨーロッパでは、専門医を配置した温泉病院や医療施設が核をなしている。特に、フランスにおいては19世紀以降、 温泉医療の先進国ドイツやイタリアにならって急速に開発が進められたため、温泉の歴史は浅い。さきほど述べたようにヨーロッパの温泉は医療目的であるため、日本の温泉のように高温でない。そのため、プール感覚で入っている者が多く、日本の温泉を苦手する者は多い。そのため、シャルロットはすぐにのぼせてしまい、早々と温泉から上がった。一夏は長湯し、温泉を堪能する。

一夏が温泉から上がる頃には夕食の時間となっていたため、一夏は浴衣を羽織り、シャルロットと宴会場へと向かった。

 

「一夏、アンタの席取っておいたわよ」

 

宴会場に着くと、鈴に声を掛けられたため、一夏は鈴の方へと向かう。

鈴は一夏とシャルロットの席を取っていたらしく、鈴の右隣とその正面に空席があった。鈴の右隣の席の右横にラウラが座っていることから、一夏は自分の席が二人の間であり、その正面にシャルロットの席があると認識した。他にも一夏とシャルロットの席を用意している女生徒がいるが、一夏としては知り合いと同席した方が気が楽であるため、鈴とラウラの間の席に座る。シャルロットも一夏から離れた席だと色々な厄介ごとに巻き込まれそうであるため、一夏の正面に座る。

一夏のために席を用意していた他の女生徒たちは悔しさから溜息を吐くが、一夏がどこに座っても結果が同じであることもあるが、彼女たちが何故自分の席を取っていたのか理解できなかったため、一夏は軽くスルーする。一方のシャルロットは他の子たちに悪いことをしてしまったと罪悪感に苛まれていた。

 

「嫁よ、どうもこの箸という道具は使いにくいのだが……」

「ならば、スプーンとフォークを仲居に用意させようか?」

「この国には“郷に入っては郷に従え”という言葉があると聞いている。日本の旅館で和食を食しているのだから、箸で食するのが道理だ。だが、使いこなしたくとも、今の私にはこの箸という道具を使いこなすだけの技量が無い。だから、私にこの箸の使い方を教えてくれ」

 

一夏はラウラの願いを聞き入れ、ラウラに箸の握り方を教えるために、ラウラの手を握る。

突然手を握られたラウラは顔を紅潮させ、フリーズする。固まっているラウラに一夏は優しく声を掛けるが、ヴァルハラへ逝ってしまっているラウラに一夏の声は届かない。

その様子を見ていた鈴は15歳の少女にあるまじき顔で歯ぎしりをしていた。

その後、ヴァルハラから帰ってきたラウラに一夏は箸の使い方を教えると、自分の夕食に戻ろうとする。だが、左に居た鈴がそれを遮った。

 

「ちょっと、一夏、アタシにも箸の使い方教えなさいよ!」

「何故だ?昔から卿は箸を使っていたであろう?」

「そうだけど、アタシの箸の持ち方って変でしょ?」

「さきほど見た時は普通であったが?」

「……」

「鈴よ、黙っていては卿の真意私に伝わらんぞ?」

「織斑君、私に正しい箸の持ち方教えてくれないかな?」

「抜け駆け禁止!私にも教えて」

 

一夏の周りの席に居た女生徒たちは一夏に箸の使い方を教えてと一夏に言う。箸の使い方を知りたいのではなく、一夏に手を握られたいがための行動であるのは言うまでもないだろう。だが、千冬に騒ぐなと怒られたため、女生徒たちは大人しく夕食を取った。

 

 

 

「篠ノ之」

 

夕食が終わり、就寝まで時間があったため、星空を眺めていた箒に千冬は声を掛けた。

箒は千冬の方を向き、姿勢を正す。

 

「そんなに畏まらなくてもいい。今はお前の姉の幼馴染織斑千冬だ。IS学園教員織斑千冬ではない」

「はぁ…」

「実はお前に聞きたいことが二つほどある」

「はい」

「まず一つ目だが、夜都賀波岐、遊佐司狼、ミハエル・ヴィットマン、エリー、これらの言葉に聞き覚えはあるか?」

「……いえ」

 

箒の態度を見る限り、どうやら知らないようだ。

箒は嘘をつくときや、何かを誤魔化すときは必ず相手の目を見ない。意識して目を逸らさないようにしても必ず目を逸らす。だが、今の問答において、箒は目を逸らさなかった。故に、箒は夜都賀波岐の件に現段階では関わりが無いと考えられる。

これだけでも、一つ収穫があったと言える。

 

「二つ目だ。どうして、お前は専用機を求めた?」

「……姉さんから聞いたのですか?」

「あぁ、先日少し会ってな」

「そうですか」

「お前の現在の実力ならば、訓練機で十分実力が出せている。それに、専用機を手に入れればこれまで以上にお前の嫌いな監視の目が強まることなどお前も分かっているだろう?私がお前の立場ならば、間違いなく専用機は求めなかった。だから、お前が専用機を求めた理由が理解できない」

「正直な所自分でも分からなくなっているんです」

「分からない?」

「……私が一夏を嫌っているのは知っていますよね?」

「あぁ、お前の求めているものがアイツの欲しているものと正反対だと、お前は何年か前に言っていたな」

「えぇ、そうです。嫌っています。力とは守るために使うべきだと考え、破壊が愛だという一夏の考えていることを私は理解できません。だからこそ分からないのです」

「どういうことだ?」

「考えが不一致するならば、私は一夏から遠ざかり、関わらなければいい。普通に考えれば、そのような結論に辿り着くはずなのです。ですが、私は一夏を叩きのめしたくて仕方がないのです。そして、私自身私が一夏を負かしたい理由が分からない」

「……」

「千冬さん……私は何がしたいんでしょう?」

 

自分自身に理解できない。

自分の内から湧き出る理解できない衝動に箒は恐怖し泣いていた。



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ChapterⅩⅩⅤ:

臨海学校二日目はISの演習に丸一日使われる。IS学園の1年において、アリーナ外での実戦に近い形での演習はこの臨海学校の時しかないため、専用機持ちは各種装備試験運用とデータ取りもしなければならない。そのため、専用機持ち組と訓練機使用組とに分かれて演習が行われる。

専用機持ち組には一夏、シャルロット、鈴、セシリア、ラウラ、箒の六人がいた。4組にも専用機持ちがいるらしいが、彼女の専用機は現在制作中であるため、専用機持ち組が行う演習に参加できないため、今回は訓練機使用組側で参加するとのことらしい。

 

「織斑先生、何故箒はこちら側で参加なんですか?」

「あぁ、実はな」

「ちーちゃ~~~~ん!!」

 

一人の女性が砂煙をあげながら、崖を下ってくる。30度以上の急斜面で足場が不安定であるにもかかわらず、その女性はこけることなく、坂を下ってくると、千冬に抱き着こうとした。だが、寸前のところで千冬がアイアンクローでその女性を掴み、止める。

おとぎ話に出てきそうなヒラヒラ服を着て、兎耳を着けている彼女こそ、ISの開発者、篠ノ之束である。

 

「やあ!」

「……どうも」

「えへへ!久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。大きくなったね、箒ちゃん、特におっぱいが」

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ」

 

箒はグーパンチで実の姉を殴る。殴った時の音から考えて、あまり手加減をしていないようだ。篠ノ之姉妹のやり取りをセシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、真耶はぽかんと眺めていた。その後、千冬が束に自己紹介をしろと言ったため、束は簡単な自己紹介をする。

真耶は臨海学校はIS学園の関係者以外立ち入り禁止と束に伝えるが、IS学園の関係者にISの開発者である自分が関係ないはずがないと自分理論で論破し、真耶を黙らせる。

相変わらずのマイペースっぷりに、千冬はため息をつく。

その後、束は箒専用の第四世代型IS『紅椿』を出し、箒に渡すと、最適化を始める。

近くに居た訓練機使用組の生徒達も何があったのかと、こちらを見ている。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……?身内ってだけで」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

束は紅椿の最適化を行いながら、女生徒に言い返す。喋りながらも作業する手を止めないのはやはり彼女がISの申し子である証明であるといえよう。紅椿の初期設定を終えた束は、箒に後は自動処理に任せておいて問題ないと伝える。

初期設定を終えた束にセシリアはISを見てもらえないかと頼むが、今は実妹の箒と幼馴染の千冬の再会シーンに水を差すなと束の冷たい言葉に一蹴される。セシリアは食い下がろうとするが、次に聞かされた明確な拒絶の言葉に引き下がるしかなかった。

 

「他人は図々しくて嫌いだよ。やっぱり友達と家族はさいこ―だね。本当にどうでも良いよ、箒ちゃんとちーちゃん以外は」

「あと、おじさんとおばさんもだろ?」

「ん? んー……まあ、そうだね」

 

千冬の言葉を束は何となく肯定する。昔から天才の自分を気味悪がっている両親など内心どうでも良いと思っている。天才ならば、評価されるのが当然であると思っていたため、そのような扱いをする両親を束は快く思っていなかった。だが、自立できるまで育ててくれたということもあるので、一応は恩のようなものは感じている。それに、ここで千冬の言葉を否定すれば、自分の言った言葉が矛盾してしまう。故に、束は一応肯定したのだ。

 

「一応、聞いておくが、一夏はどうなんだ?」

 

千冬は何気なく思ったことを束に聞いてみた。束と一夏が会話している記憶が千冬には全くなかったため、束が弟のことをどう思っているのか気になったからだ。

 

「気持ち悪い」

 

憎悪に満ちた表情で束は吐き捨てるように言った。

さきほど束に話しかけたセシリアに対応する時とは比べ物にならないほど顔が歪んでいた。

 

「全てを愛している?どうして他人や自分の所有物以外の物にそこまでの感情が抱けるのか束さんは理解できないよ。他人は他人、自分の物じゃないものなんかどうでも良いに決まっているでしょ。そこらへんに落ちている石ころに誰が気を留めるの?訳分かんないよ。織斑一夏、君の頭は湧いてるの?」

 

過去の偉人が、“好意の反対は拒絶ではなく無関心である”という明言を残した。彼女曰く、無関心であること、苦しむ者に関わりを持たずに傍観者であることが、愛の対極にあるというかららしい。分かりやすく説明するならば、“好意”という言葉は“興味”や“関心”の類義語であるからであると説明すれば容易に理解できるだろう。

だが、それは束の場合当てはまらない。束は頭脳明晰で全てを理解し、そのうえで無関心になる。だから、自分の関心のある物以外から何か言われても論破できる。仮に、彼女の理解の範疇を超えた思考回路の持ち主がいた場合、どうなるだろう? 束はその者の思考の矛盾点を見つけることはできても、その者の思考を理解することはできない。故に、その者から発せられた言葉を束は論破出来ない。矛盾塗れの思考や、突拍子もない訳の分からない思考は彼女の中に嫌悪感を与える。故に、その者は束にとって憎悪の対象となる。そして、その者というのが束にとって一夏であった。

 

「ほんと、そんな思考の人間がこの世に居るだけで吐き気がするよ」

「そうか。卿は必死に足掻き、この世の根底を覆したその偉業を成した。それだけで、私は卿に好感を覚えるぞ。誇るが良い。私は篠ノ之束という女が好きだぞ」

「黙れ」

「憎悪で顔に皺が出来ているぞ。それでは老けて見える。端麗な容姿をしているのだから、それを崩すのはもったいない」

「息をするな」

「私も随分嫌われたものだな」

 

束は一夏を殺意のこもった眼で睨みつけ、一夏は束に礼讃に満ちた笑みで微笑んでいる。その異様な光景に、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、真耶は呆然とする。だが、千冬は一人困惑しながら、あることを思い出した。千冬がそれを思い出したのは、今の束の顔が先日のドイツで司狼とミハエルと対峙した時の顔と同じように見えたからである。

 

『アンタ、アレの傍に居るのに、何も知らねぇ』

 

そうだ。自分は一夏と束の関係を全く知らない。束が一夏を憎んでいること、一夏が束を評価していること、これら二つのことを今知ったのが証拠だ。

考えたくなかったが、黒円卓がIS学園に現れたこともあるため、避けて通れない。

あの時司狼が言っていたアレとは束か一夏の事なのかと千冬は推測した。自分と深く関わりを持っていて、何を考えているのか分からない人間とはこの二人しかいない。特に、一夏は束以上に付き合いが長いうえに、傍に居る時間が長い。事実確認はしていないが、束はあの司狼やミハエルたちの夜都賀波岐と組んでいた節があった。更に、夜都賀波岐の面子は黒円卓から抜けた者達によって構成されている。そのうえ、司狼は黒円卓を傍迷惑な連中と断じていた。となると、彼らは黒円卓と協力関係になく、束は黒円卓に通じていないと考えるのが道理である。

以上のことから、『司狼の言っていたアレとは一夏であり、一夏は黒円卓に関わりを持っている』という考えたくもない結論に千冬の思考は辿り着いてしまった。

千冬は自分が抱いてしまった疑念を払拭しようと、一夏に問いかけようとした。

 

「一k」

「たっ、た、大変です! 織斑先生っ!」

 

いきなりの真耶の声に、千冬の声は止められてしまう。

真耶は普段から動揺しやすいが、慌てることは少ない。そんな真耶がここまで慌てることは珍しい。尋常ではない事態あることを察した千冬は一夏に聞きたいことを後回しにし、真耶から差し出された小型端末を見る。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし……」

 

千冬は小型端末を見て、任務の詳細を見ていく。任務の内容を真耶は言いそうになるが、機密事項が含まれているため、生徒に聞かせるわけにはいかないため、真耶を黙らせる。

任務内容は教員だけでは達成できないものであると判断した千冬はこの場に居る専用機持ちの手を借りなければならないと判断した。千冬は演習を中断させ、訓練機使用組を旅館の部屋で待機させ、専用機持ち組を呼び寄せた。

 

「では、現状を確認する」

 

千冬は旅館の宴会場に機材を運び込み、簡易な作戦室を作る。その作戦室に教師陣と専用機持ちを集めた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった。衛星による追跡の結果、福音はここから2kmの空域を通過することがわかった。時間にして55分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態を対処することとなった。教員は訓練機を使用して周辺空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

教師陣が空域及び海域の封鎖を担当させるのは仕方のないことだった。教師陣の方が専用機持ちたちより実力は上だが、訓練機では銀の福音と接触するのに必要な機動力が訓練機にはない。訓練機に高機動パッケージをインストールすれば、機動力は上がるが今からやっても55分後の福音の通過に間に合わない。結果、専用機持ちによる銀の福音の撃破となった。

 

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

 

作戦会議が始まると、最初にセシリアが挙手した。

セシリアはまず相手の戦力が分からなければ、具体的な作戦を考えることが出来ないと考えたからだ。千冬は銀の福音には極秘事項が多く含まれているため、銀の福音に関する情報を他言すればISの査問委員会による裁判と監視が付くと釘を刺しておく。セシリアはそれを了承した。

 

銀の福音は広域殲滅を目的とした特殊射撃型であり、射撃能力と機動力に特化された機体だった。オールレンジ攻撃を可能とし、機動力だけで言えば、他の第三世代型ISの中ではずば抜けていた。それを可能にしたのが銀の福音の主力射撃武器である銀の鐘である。銀の鐘は36の砲口をもつ大型のウィングスラスターで、広域射撃武器を融合させた新型システムである。射撃武器として使えば、高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位へ射出することが可能であり、スラスターとして使えば、常時瞬時加速と同程度の急加速が行える。ただ、機動力と射撃能力に特化しすぎたため、装甲は堅くないという欠点を持っている。

 

「相手が超音速飛行で移動しているとなると、チャンスは一回。……一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

真耶の言葉を聞いた者は一斉に一夏を見る。一夏はセシリア戦でセシリアを、学年別トーナメントでV.T.systemに飲まれたラウラを倒している。特に、ラウラを倒した時に見せた雷速剣舞・戦姫変生は機動力、攻撃力ともに申し分が無い。

 

「……」

 

千冬はあの時の一夏を思い出し、顔を顰める。

あの雷速剣舞・戦姫変生という技は、不可解な点が多すぎたからだ。

まず一つ目が、技名だ。あの技が一夏の技ならば、名前に『姫』という文字が入るのはあり得ない。本当に、あの技が一夏の物ならば、“戦姫変生”ではなく“戦神変生”の方がしっくりくる。そのため、本来の技の使用者が一夏ではなく別人のように感じてしまう。

二つ目が、雷速剣舞・戦姫変生を使った時のISがおかしかった。単一使用能力の使用時、ISは全体が光り輝く。だが、あの時の一夏の打鉄本体は光っていなかった。あの時、光を放っていたのは打鉄ではなく、一夏本人だけであった。

司狼の言っていた“アレ”の正体が一夏であるという千冬の当たってほしくない推論は確信へと姿を変えようとしている。千冬は頭から司狼の言葉とそれに関する思考を排除し、銀の福音を撃破することに集中し、一夏に雷速剣舞・戦姫変生のことについて聞く。

 

「織斑、あの雷速剣舞・戦姫変生の使用回数は?」

「あの時が初回であり、以降一度も使用したことはない」

「使える技が増えたのならば、練習しておけ」

「だが、使いこなせないわけではない。アレがどのような物かは一度使っただけで理解できた」

「では、銀の福音を撃墜する自信はあると」

「無論」

「ならば、一人は決まったな。後は銀の福音が現れる場所まで誰が一夏を運ぶかだが…」

 

予測される場所に一夏が待ち伏せしておくという策も千冬は思いついていた。

だが、この策にはある不安要素があった。銀の福音がこちら側に気付き迂回する可能性がある。それに、銀の福音の行動目的や移動先が判明しない以上、そもそもその待ち伏せ場所に現れない可能性も十分にありえる。となると、予測されるポイントで一夏を配置させた場合の任務の成功確率は非常に低いと考えられる。

故に、一夏を銀の福音が通過する場所に届ける役が必要である。

千冬は以前ラウラ戦で鈴が発動させた単一使用能力と思われる空間転移に目を着けた。千冬は鈴に単一使用能力について聞く。だが、鈴はあれ以降使えたことがないと答えた。

他に、誰か一夏の運搬役を務めることの出来る者は居ないか千冬は聞く。すると、セシリアが挙手した。セシリアのブルー・ティアーズには強襲用高機動パッケージがあり、セシリアは二十時間以上使用している。このぐらいの使用時間があるのならば、安心できる。

千冬はこの作戦を一夏とセシリアに任せようとした。

 

「待った待―った。その作戦はちょっと待ったなんだよ」

 

束が乱入し、千冬の決定に異を唱える。束が言うには箒の専用機紅椿は展開装甲があるため、セシリアのブルー・ティアーズより機動力が高いうえに、千冬の暮桜の雪片の零落白夜と同じ技術が使われているため近接格闘の攻撃力は第三世代非常に高いと豪語する。

更に、紅椿に搭載された二本の刀は射撃能力もあるため、有能であると付け加える。

 

「此処まで強いんだから、箒ちゃんに任せるのが一番だよ」

「なるほど。あとは本人のやる気だな。…篠ノ之、やれるか?」

 

千冬は箒に強気の口調で質問する。専用機の性能から考えれば、箒の紅椿はこの場に居る誰よりも勝っている。だが、箒は今日専用機を貰ったばかりで、碌な練習もしていない。専用機の経験という点では他の誰よりも劣っている。この事実が箒の自信に悪い影響を当たるのならば、任務の成功確率は著しく低下する。そこで、箒の気力を計るために、あえて、千冬は強気の口調で質問した。もし、これで箒の口調が弱くなるならば、一夏とセシリアに任せた方が良いと千冬は考えた。

 

「はい」

 

箒は千冬の目を見て、力強く頷いた。瞳に迷いや恐れは一切見えない。これなら、箒に任せても構わないと千冬は判断する。客観的な実力から考えて、一夏に任せるべきなのかもしれないが、今の千冬は一夏に対して不信感を持ってしまっているため、銀の福音の撃墜を任せることができなかった。

 

「では、篠ノ之、今すぐ準備を始めろ。束も手伝え。織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒはこの部屋で待機だ。山田先生には銀の福音の衛星からの監視を続けてもらう」

 

千冬の指示を受けた箒は立ち上がり、スキップして作戦室から出ていく束について行く。紅椿の詳細な設定があるらしい。千冬は紅椿の設定が終わるまでに、一夏に黒円卓と関わっているのかどうか聞こうか悩んだが、緊急時に出撃するかもしれないセシリアたちの動揺を引き起こすような真似を千冬は出来なかった。

 

そして、数分で設定が終了した紅椿が銀の福音撃墜作戦のために出撃した。

モニター越しに見た紅椿の性能は追随を許さぬ圧倒的な物だった。離陸してから数秒で音速を越える。他のISと速さを競ったところで、勝負として成立しないような圧倒的な速さだった。まるで、これまで生まれたISが紙屑だと、そう思えてしまうほどの圧倒的な性能だった。そんな紅椿の性能をまざまざと見せつけられた専用機持ちたちは脱帽する。

 

「驚異的な速さだ」

『衛星とのリンクを確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認、目標との接触まであと十秒です。一気に行きます』

 

衛星から紅椿に送られてきた情報から箒は銀の福音の詳細な位置情報を見る。どうやら、予測されたポイントに向かって跳んでいるようだ。この速度を維持していれば、銀の福音との接触は情報の確認が終了してから10秒後だった。

箒は紅椿をさらに加速させ、雨月と空裂を展開し構える。

 

『ここで決める!』

 

箒は瞬時加速をし、一気に銀の福音との距離を詰める。初回で箒が瞬時加速を使えたのは、束が箒用に様々な設定を施したからである。瞬時加速によって加速したまま、渾身の一撃で仕留めようと強襲を掛ける。銀の福音がまだこちら側に気付いていないため、不意打ちを掛ければ倒せると考えたからだ。

箒は空裂の斬撃を銀の福音の主力武器でありスラスターの銀の鐘に向けて放った。

束から聞いた情報によると空裂の攻撃力は近接格闘武器の中ではトップクラスであり、たとえシールドエネルギーがあっても、装甲や装備を破壊する威力はあるらしい。

 

『La―――』

 

空裂の斬撃が銀の福音に当たろうとした時だった。箒に背を向けていた銀の福音は翻り、紅椿の攻撃を回避すると、箒に向けて銀の鐘が火を噴いた。銀の鐘から発射された数十発のエネルギー弾が箒に襲い掛かる。箒は向かってくるエネルギー弾を回避するが、幾つかは回避しきれないため、空裂と雨月で弾く。箒がエネルギー弾を弾いている間に、銀の福音は箒の背後に回り込み、再び砲撃を開始した。

36の砲門による砲撃をたった二本の刀で捌ききるのはたとえ箒でも至難の業だった。雨月と空裂だけで銀の福音の攻撃を凌ぎきれないと判断した箒は二機のビットを飛ばし、銀の福音の砲撃の妨害をする。銀の福音は銀の鐘でビットを撃ち落とそうとする。

 

箒は出せる力をすべて使うが、使い慣れていないためか、二機の力は拮抗していた。紅椿と銀の福音との一進一退の攻防が続く。そんな時だった。ある物が箒の目に映った。

 

『なんだ。あの船は』

 

箒はISの望遠機能で海上に浮かぶ一艘の船を見る。船の甲板には数人ほどの乗組員が見える。船の後方に大きなクレーンがあり、そこから網が下りていく様が見える。どうやら、密漁船の様だ。近くの港及び海路は教員たちによって封鎖されている。当然この周辺の海域で漁船にも通達が行っているはずだ。にも拘らず、此処に船が侵入し操業を行っているということは、通達が届いていない無許可で操業している密漁船だろう。

 

このままではあの密漁船に被害が出てしまう。

たとえ、法を犯したものであろうと、人命は尊重されなければならない。故に、犯罪者だからという理由で今自分が見捨てるわけにはいかない。

 

なぜなら、私は誰かを支えられる人になりたいのだ。

 

そうありたいと願い、剣を振るってきたのだ。自分がどういう人間か、なんてどうでも良い。他の人の思惑なんかどうでも良い。私は多くの人をたくさんの人を救いたい。

自分の過ちと同じことをして自分と同じように苦しんで欲しくないから。

私は過ちと苦痛を見たくないから。

だから、この場において強者である私が弱者であるあの密漁船を守らなければならない。

それが強くなった者の責務だから。

 

『La――』

 

銀の福音は再び砲撃を箒向けて砲撃を開始した。

箒は密漁船を背にし、瞬時加速で銀の福音へと向かう。攻撃を受け、シールドエネルギーと装甲を失いながら、捨て身で特攻をかける。今ここで銀の福音の攻撃を避ければ、銀の鐘から放たれた砲弾が密漁船に当たってしまう。エネルギー弾を空裂と雨月で弾き、弾道を逸らす。二つの刀で捌ききれないものは当たるが、密漁船のことを考えれば仕方がない。

猛攻を受けながらも、自分のあり方に確信を持てた箒は銀の福音に勝てると確信していた。

 

箒と銀の福音との距離が残り数mになると、銀の福音は箒の紅椿を脅威と判断したのか、この場からの離脱を試みようとする。だが、銀の福音の回避先には紅椿のビットがあり、銀の福音の行く手を阻む。砲撃を止め離脱しようと箒に背を見せた銀の福音のスラスターを箒は空裂で斬りつける。紅椿の展開装甲で片翼を切断された銀の福音は体勢を維持できず、墜落し、海に落ちた。

 

『……や…った』

 

銀の福音が海に落ちたのを確認した箒は千冬に銀の福音の撃墜成功を告げ、銀の福音の操縦者の救助を要請する。箒からの連絡を受けた千冬は教師陣にすぐさま救援ボートを出させ、救助に向かうように指示を出す。教師陣への指示を終えた千冬は箒に作戦を完遂させた礼を言う。

 

「よくやった、篠ノ之、帰還してゆっくり休め」

『ありがとうございます』

 

作戦成功の喜びに打ち震えていた箒は拳を握り喜びを露わにする。

箒の笑みを見た作戦室にいた教員や専用機持ちたちは喜びから湧き上がる。ポーカーフェイスの千冬も珍しく微笑んでいる。

 

 

 

だから、箒に迫りくる一筋の雷と一塊の猛火に、モニターを見ていた一夏以外、誰もが気づかなかった。

 

 

 

『雷速剣舞・戦姫変生』

『爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之』

 

 

 

雷は紅椿を貫き、紅椿の残っていたシールドエネルギーの大半を奪う。絶対防御を突破した高圧電流が操縦者である箒全身に流れる。生体電気を掻き乱された箒は一瞬体の制御を奪われ、彼女の意識は朦朧とする。そんな箒に間髪入れずに猛火が襲い掛かる。箒を飲み込んだ炎は海へと落下し、海面に箒を叩き付けた。箒は突然のことで一瞬混乱するが、すぐに上昇し、体勢を整え、再び襲い掛かってくる雷撃に備えて防御の姿勢を取る。

 

『ぐっ!』

 

だが、機械であるISが防御の姿勢を取ったところで、雷撃を防げるはずがなかった。

二度の高圧電流を浴びたことで、現段階で自力だけでは現状を打破できないと判断した箒は離脱を試みる。だが、音速を越えたところで、雷速の雷から逃げられるはずがない。

逃げ切れないと判断した箒はこの不可解な雷と猛火を迎撃しようとする。

 

『ふん!』

 

空裂で雷と斬り、雨月で猛火を突き破ろうとする。

二本の刀による攻撃は雷と猛火の両方に命中するが、二つとも箒の攻撃に怯むことはなかった。数秒後には再び箒に襲い掛かってくる。

 

そんな光景をモニターで見ていた千冬は銀の福音の操縦者の救援指示を取消し、訓練機で封鎖に当たっていた教師陣に箒の助成に向かうように伝えるように作戦室に居た教員に指示する。千冬の指示を受けた教師陣はすぐに封鎖を行っている教師陣と連絡を取り、箒の助成に向かうように指示を送る。

教師陣がここまで迅速に動くのには箒を襲った襲撃者の服に理由があった。雷の中心には真耶より少し若い金髪のポニーテールの女性が、猛火の中心には金髪の女性と同い年ぐらいの黒髪の女性がいた。二人ともナチスSSの軍服を着ていた。この軍服を見た者達は瞬時に、クラス代表戦で現れISを素手で殴り壊したベイを思い出した。ベイ一人であの無人機を無力化させたのだ。それが二人も居て、箒を襲撃しているのだから、事の重大さには誰でも気付けた。

 

「織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、お前たちも行けるなら、篠ノ之のところへ向かえ、だが、篠ノ之を回収すれば、すぐに離脱しろ。何があっても戦うな」

 

千冬は念を押すように5人に言う。

返事をすると5人は立ち上がり、作戦室から出て行こうとする。

だが、扉を開き作戦室から一歩外に出た瞬間、一夏は何かで殴り飛ばされ、作戦室の中に戻された。一夏を飛ばした正体はSSの軍服を着た青年だった。一夏を殴り飛ばしたのは彼の持つ漆黒の人の背丈ほどある大きな剣だろう。

突然の出来事に、その場に居た者は思わず動きを止めてしまう。

 

「悪いけど、此処から動かないでくれないかな。こちらの言うことを聞いていただけるのなら、君たちに危害は加えないと約束しよう。僕も人の腐臭は嫌いだからね」

 

千冬の頭には最悪という言葉が浮かんだ。

箒を帰還させる作戦本部を潰されては、帰投先もなければ、指揮系統がないため、箒の助成の成功条件が不明になってしまう。これでは失敗したのも同然である。それに、此処は作戦本部であると同時に、IS学園の生徒の宿泊施設でもある。此処でこの男が暴れて人質でもとられては不味い。千冬はこの最悪な現状を打破するための策を考える。

その最悪な状況下で更に最悪な言葉を千冬は聞いてしまう。

 

「創造」

 

正面に立つ青年の声で呪いの言葉が紡がれた。

 

「許許太久禍穢速佐須良比給千座置座」




「リザ、カインの改造でもしたの?」
「えぇ、今回の出撃でヴァルキュリアとレオンハルトが行くって言ったでしょ?だから、カインの中から戒君を切り離して、黒円卓の聖槍の真打を持たせたの」
「へぇ、だから、ちょっと小さくなったんだ。それと、その燃えカスとそぼろみたいなのは何?」
「あぁ、これ?…遊佐君の提案で今回の出撃をビーチバレーで決めようってなったのは知ってるよね?」
「うん」
「それで、ヴァルキュリアとレオンハルトがヴァレリアとビーチバレーを戦うことになったのよ。でも、今のヴァレリアは聖餐杯でないでしょ?だから、”あ、手が滑った”って言って二人から出された雷と炎にこんがり。後は、顔面にバレーボール受けてね。倒れて動かなくなったところ、何度も渾身のアタックで受けてね」
「此処で積年の恨み晴らされたか、でも、まぁ、自業自得だから仕方がないね」
「まあ、マレウスが治療しているから大丈夫だろうけど」


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ChapterⅩⅩⅥ:

「夜都賀波岐が一柱、櫻井戒と言います」

 

作戦室に乱入してきた男は名乗りを上げた。

同じタイミングで襲撃を掛けているということから、箒に襲撃を掛けている二人の女も夜都賀波岐であると千冬は推測する。

いきなり一夏を殴り飛ばしたが、戒と名乗った男の纏う雰囲気から、問答無用で誰彼かまわず喧嘩を売ろうとするベイに比べて話が通じる相手であると判断した。だが、箒が襲撃にあっている今、この男と箒を襲っている女たちの関係を聞きだし、襲撃の目的を聞き、この男を説得する時間はない。説得は不可能と千冬は判断する。

 

となれば、千冬がとれる選択肢は二つ。

箒を見捨てるか、被害が出る前にこの男を倒すかだ。

一つ目の選択肢はあり得ない。短期的な被害を考えれば、最小であるかもしれない。だが、長期的に考えれば、被害の規模は大きくなる可能性は大いにある。何故なら、箒の持つ第四世代型ISが目的も分からない謎の魔人集団の手に渡れば、悪用されることは目に見えている。最悪世界中の人間を巻き込んだ世界大戦に発展しかねない。

故に、此処でこの男を倒し、専用機持ちを箒の元に向かわせるしかなかった。

千冬は打鉄の刀を持ち、戒に斬りかかる。

 

「人の身でありながら、その領域に達するとは、さすがは噂に名高いブリュンヒルデだね。君がこちら側に来れば、僕たちの戦力になったんだろう」

 

戒は両手で黒円卓の聖槍を持ち千冬の斬撃を防ぐ。千冬は渾身の力で押し切ろうとするが、戒はビクともしない。千冬は死ぬほど鍛錬を積み、人間離れしていると評されるほどの力を手に入れた。だから、千冬は大抵の男なら喧嘩しても容易に勝つことが出来る。そんな千冬が細身の男に押し負けている事実に、千冬本人が驚愕する。

千冬の驚きはそれだけではなかった。

曇りない銀色に磨かれた打鉄の刀が突然赤黒くなりだした。まるで、錆びたかのようだった。金属の劣化はこんな短期間で急速に起きる物ではない。酸化防止がなされているISの武器ならなおさらありえない。だが、千冬の目の前で起きている現象は錆び以外の何物でもない。だからこそ、千冬は驚きを隠せなかった。

錆びによって強度が落ちていけば、押し合いは成立しない。千冬は後ろに跳びながら、錆びによって使い物にならなくなった打鉄の刀を戒に向かって投げつける。戒に当たった打鉄の刀は急速に錆びていき、形が崩れ、粉塵と化した。同時に、戒の周辺の旅館の梁や障子が融け始め、当たりに強烈な腐敗臭が漂う。

 

「ミハエル、遊佐、お前と戦って分かったことだが、お前たちの『創造』には何かしらの能力が付与されている。そして、貴様の『創造』の能力は“腐敗”だな」

「ご名答。僕自身が物を腐らせる原因となる。有機物であろうと、無機物であろうと全て腐る。だから、君たちは僕に勝てない」

 

千冬は再び打鉄の刀を持ち、戒に斬りかかる。触れたことで刀が腐っていくのならば、刀が腐り耐久性が落ち切る前に人体の急所を貫くことが出来れば、倒せるかもしれないと睨んだからだ。そして、千冬が狙いを定めた人体の急所は眼球だった。体は鍛えれば、頑丈にすることが出来るが、眼球は鍛えようがないため、弱点である。

 

「無駄だよ」

 

だが、打鉄の刀は戒に振れた瞬間、先ほど以上の速さで腐っていった。

触れた物を瞬時に腐らせるという戒の能力に今の千冬はなす術がなかった。

 

「その太刀筋から死ぬほどの鍛錬を積んだのは分かる。剣術の技術面で見れば、君は僕に勝っている。たぶん君はIS操縦者の頂点に立つことが出来たのは、その剣術に起因するところが大きいんだろう。でもね。ISを使っていない生身の人間である君ではエイヴィヒカイトを持つ魔人である僕に勝てないんだよ。だから、諦めなよ」

 

戒は千冬に向け跳躍し、黒円卓の聖槍で千冬を薙ぎ払う。千冬は打鉄の刀で防御をするが、戒に力負けし、飛ばされる。作戦室にあった機材に直撃した千冬は咄嗟に受け身を取ったことで、受けたダメージは最小に抑えられた。それでも、絶大な力を誇るエイヴィヒカイトの力を生身で受けたと千冬は立つことが出来なかった。

技術や策で覆すことの出来ない状況であったが、それでも千冬は体に鞭を撃ち立ち上がる。

だが、カインから受けた攻撃のダメージは深刻であったため、今の千冬は立ち上がるのが精いっぱいであった。

 

「だが、私はお前たちが今殺そうとしている娘をお前たちから守らなければならない。アイツは私の生徒だからな」

「そうか。君は良い先生だね。でも、あの子は諦めた方が良い。彼女を生かしていることで、君たちは後で後悔することになる」

「……後悔だと」

「いずれ君も知ることになる、篠ノ之束がこちらの領域に足を踏み入れたことで、世界が大きく変わる。だから、僕たちもなりふり構っていられなくなった」

 

戒は千冬にそう言うと、吹き飛ばされ仰向けに倒れている一夏の方を見ると、一夏に向かって歩き出した。千冬は戒を止めようとするが、足に力が入らない。

そして、一夏の目の前で歩を止めると戒は衝撃の言葉を口にした。

 

「そういうわけですので、女神の治世のために、こちらの指示に従ってください。ハイドリヒ卿」

 

一夏が黒円卓と何かしらの繋がりを持っているという推論を立てていた。どういった経緯で黒円卓との繋がりを作ったのかは不明だが、黒円卓の構成員であると予想していた。

だから、一夏がハイドリヒと呼ばれた時、千冬は戒の言葉を理解できなかった。

 

「一夏が……ハイドリヒ」

 

ありえない。自分は弟と十数年前に両親に見捨てられ、幾多の苦難を乗り越えてきた。一夏に金銭面で苦労させまいと死ぬ気で働いて家計を支えた。同時に、自分は一夏に色んな面で助けてもらった。二日酔いすれば、看病してくれた。そんな優しい弟が国連から指名手配されるような狂人の軍団の首領であるはずがない。私の弟は織斑一夏であって、ラインハルト・ハイドリヒではない。千冬はそう思いたかった。

それは、シュピーネから黒円卓の事情を聞かされていたラウラも同じだった。

 

「卿が私に命令するか」

「従っていただけないのでしたら、周りの人を人質にさせていただきます」

「なるほど。さらに、こうして私の正体を明かすことで、こちらの居場所を壊し、私の選択肢を狭めさせ、卿の指示に従わせようとするか。よく練られた賢い戦略だ。クリストフかバビロン…いや、それとも卿の考えた策か?」

「誰であろうと貴方は気にしないはずだ。貴方はそういう人でしょう」

 

戒は一夏の首筋に黒円卓の聖槍を突き付け一夏の動きを封じ、動くなと一夏を睨みつける。

 

「…女神の治世のためか」

 

先ほど戒が口にした“女神の治世のため”という言葉を一夏は静かに唱えた。

この言葉は一夏に対して抑止力になるのか、一夏は珍しく大人しい。

 

「はい。守護者たる貴方ならば、僕たちの邪魔はしないでいただけますね?」

「断る」

「な!」

「無論。今の治世を維持することに嫌はない」

「ならば!」

「だがな、ラインハルト・ハイドリヒは誰かに命令されることが最も嫌いなのだよ。それにな。今の私の前に立ちはだかる卿という障害がいる。障害は全てねじ伏せる。それが私、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒであろう」

 

だが、一夏は首筋に黒円卓の聖槍を当てられたまま、立ち上がる。

戒は腐敗の出力を最大にし、一夏の首を切り落とそうと力を込める。腐敗の出力が最大になったことで、作戦室が一気に変色し、腐り果てていく。腐っていく作戦室から専用機持ちとIS学園の教員は退避する。動けない千冬は真耶が連れ出す。作戦室内部の腐敗の進行は酷く、とても立っていられるような環境ではない。しかも、一夏は黒円卓の聖槍を直に受けている。これが常人ならば、人として原型を残さないほど腐ってしまっているはずである。だが、IS学園の制服が腐り落ちただけで、中に着込んでいたISスーツは腐らなかった。というのも、ISスーツは黒円卓の軍服に近い素材でできていたからだ。そして、黄金の瞳を輝かせた一夏本人は無傷で、その場から一歩も動かなかった。

創造を使用している戒は驚きを隠せなかった。

 

「何を驚いている、カインよ。黄金は腐らぬから、錆びぬから、朽ちぬから黄金であろう」

 

一夏は戒の顔面に拳を叩き込む。部分的なハイドリヒ化によって腕力が上がったことにより、一夏は先ほどとは比べ物にならないほどの力を持つ。一夏の拳を喰らった戒は作戦室の外へと殴り飛ばされた。戒はすぐに起き上がり反撃を試みるが、起き上がった直後に、二発目の拳を喰らい、吹き飛ばされ、旅館の庭園にあった岩に衝突する。戒が当たった岩は砕け散った。千冬を力で制した戒を容易にねじ伏せる一夏の姿にその場にいたIS学園の関係者は唖然とし、織斑一夏という人間に恐怖した。

 

「シャルロット、鈴、セシリア、箒の助成に向かえ」

「分かった」

「させない!」

 

戒は鈴に斬りかかろうとする。だが、戒は一歩も動くことが出来なかった。

この足を掴まれたような感覚を戒は知っていた。戒は視線を下に落とす。すると、戒の足元には一夏から伸びた黒い影があった。

 

「拷問城の食人影」

 

元聖槍十三騎士団黒円卓第八位のマレウスの創造を一夏は軍勢変生の力で使用し、戒の足を引っ張ることで足止めをした。

 

「馬…鹿な……形成すら…いや、詠唱を」

 

詠唱破棄。言葉通り、発動前に紡がれる詩を省略しての創造の発動である。詠唱を省略したことで、発動までの時間を極端に省略することを可能にしたが、代わりに極端に威力が下がっている。だが、流出位階に届いていないカイン一人を足止めするには充分の威力があった。

 

「カインよ。この身は確かに弱体化した。ただの丈夫な人間へと成り果てた。……だがな。私が嘗てシャンバラでツァラトゥストラに敗れてから何年あったと思っている?……百年だぞ。赤子も土に帰っているか足腰立たぬ老人になるほどの月日だ。そのような悠久とも呼べる時間が流れている間に、修羅である私が進歩しないはずがなかろう?ならば、進歩を遂げた私が弱体化した程度で……」

 

一夏の悠々と歩くその姿は修羅の世界グラズヘイムの王であった。

黒髪は風にたなびく長い金髪へと変わり、圧倒的な存在感が一夏から流れ出す。

久しぶりに感じたハイドリヒの存在感に戒は息苦しさを感じる。

 

「卿に負けるとでも思ったか?」

 

戒はハイドリヒ化した一夏を目にし、一夏からの言葉を聞き、ようやく自分が戦いを挑んだ相手が弱体化したところで、数百年経とうと敵う相手ではないということを理解した。被食者である草食動物は捕食者である肉食獣に抗えないことを思い知った。

そして、一夏の言葉を聞き、一夏の右手に現れた物を見た戒は自身の終りを悟った。

 

「形成――聖約・運命の神槍」

 

一夏の右手から一本の黄金の槍が出現する。一夏は史上初の男性IS操縦であるため、研究のために膨大な量のデータを取る必要があり、データ取りの機材を搭載した結果、専用機である打鉄に搭載で来た装備は銀の槍「黎明」だけであった。

故に、部分展開のようにして現れた黄金の槍は、一夏の打鉄の事情を知っているものからすれば、ハッキリ言ってありえない存在であった。

 

「我は終焉を望む者。死の極点を目指す者

唯一無二の終わりこそを求めるゆえに、

鋼の求道に曇りなし――幕引きの鉄拳」

 

一夏の手にした槍から黒い瘴気が溢れ出る。この光景を見ていた者はただ漠然と一夏の手にする槍の危険性を感じ取ることしかできなかった。だが、その場にいた者のほとんどは逃げることすらできなかった。V.T.systemで暴走したラウラを相手にした時以上の一夏の圧倒的なプレッシャーに押しつぶされ、体が重く、視界が黒くなっていたからだ。

ただ一人、先日マキナと戦った千冬は違った。今一夏の手にしている槍から出ている瘴気がマキナの手甲から発せられていた瘴気と類似…いや、同じであるということに気が付く。

 

「砕け散るがいい――」

 

一夏の手から聖約・運命の神槍による幕引きの一撃が戒の胸に向かって放たれる。

その一撃は人智を超えていた。槍を放った衝撃によって、弾道ミサイルを発射させた時のような爆風が発生した。爆風は地を抉り、岩を飛ばし、木々をなぎ倒す。打鉄を展開せずに、渾身の一撃を放った結果、一夏の来ていたISスーツは衝撃によって上半身が破ける。

爆風を受けたIS学園の関係者は立っていられなかった。ハイドリヒを知っているシャルロット、鈴、セシリアはISを展開し、爆風に備える。エイヴィヒカイトを一度体験していたラウラもISを再び展開し、千冬と真耶の前に立ち、爆風から二人を守る。

一夏は攻撃を全力で放つために、直前で拷問城の食人影を一夏は解除する。この一瞬の間に、戒は黒円卓の聖槍で防御することができた。だが、戒は防御の姿勢を取ることはなかった。ご都合主義の塊であるこの技に防御は通じないと知っていたからだ。仮に回避行動を取ったとしても、今の一夏から逃げ切ることは不可能である。“死世界・凶獣変生”を使われたのならば、どれだけ速く逃げても無意味なのだから。

 

「人世界・終焉変生」

 

一夏の“人世界・終焉変生”を受けた戒の体に亀裂が走る。

真正面から一夏の攻撃を受けた戒は後数秒でその身は消え、魂は一夏に吸収され、グラズヘイムへと落ちるだろう。風前の灯であったが、戒の表情に曇りはなかった。

確かに、完全に一夏とその仲間を足止めすることはできなかった。だが、人間織斑一夏の居場所を奪うことには成功した。今のハイドリヒ化した一夏が相手ならば、足止めできなかったとしても、それだけでも成功と言える。

 

「さて、私はこの場をどうにかするか」

 

IS学園の職員たちは戸惑いながらも、一夏に敵意を向ける。一夏は戒という危機を排除したが、戒と一夏が知り合いであったことが彼女たちに敵意を持たせている。千冬とラウラは一夏との新密度が大きい故に、動揺も大きかった。

 

一夏から指示を受けたシャルロットは鈴とセシリアを連れて、箒への元へと向かおうとする。多くの教員たちは一夏のプレッシャーに飲まれてしまっていたため、三人を見逃してしまう。だが、他の教員に比べて少し冷静であった千冬は三人を止めようとすることが出来たが、目の前に居る圧倒的なプレッシャーを放つ金髪の一夏が自分たちの前に立ちはだかっているため、動くことが出来なかった。

 

「……一夏…お前は……ラインハルト・ハイドリヒなのか」

 

千冬はすでに答えの出ている問いを投げかける。

不敵な笑みを浮かべ、千冬に一歩ずつ近づきながら一夏は答える。

一方、千冬は残っていた打鉄の刀を構え、念のためにと数人の教員に生徒を避難させるように指示する。残されたラウラはプラズマ手刀を構える。

これ以上近づけば容赦しないというIS学園の関係者たちの様子を感じ取った一夏は、歩を止める。一夏が本気を出すことができれば、この程度問題ない。だが、軍勢変生による嘗ての臣下の創造の連続使用により、顔に出ていないが、一夏は疲弊していた。無論無理をすれば、倒せなくもないが、聖餐杯の贋作は砕けるだろう。今ここで生き残らなければ、ツァラトゥストラの真意を知ることが出来ないため、此処は千冬に敵対しないことが得策と考えた。随分と無様な醜態を晒しているなと一夏は自身に悪態をつける。

 

「左様。聖槍十三騎士団黒円卓の首領ラインハルト・ハイドリヒとは私のことである」

 

 

 

高速で雲をかき分け、三機のISが最高速度で疾走していた。空気抵抗を軽減するために、三機は隊列を組み飛んでいる。そのISの操縦者は一夏の指示で箒の助成に向かったシャルロット、鈴、セシリアだった。

 

「シャルロットさん、篠ノ之さんの戦っている場所は?」

 

シャルロットの後ろを飛ぶことで、風よけをしているセシリアは前方のシャルロットに尋ねる。衛星から得た自分たちの位置と箒の位置の情報から、自分たちの居るところから箒の居るところまでの距離をシャルロットは計算する。

 

「此処から約20km先」

「この調子では篠ノ之さんに助けに行く前に…」

 

作戦室で見た箒とベアトリス、螢の強さ、今の自分たちの専用機の速度から考えて、自分たちが辿り着く前に箒は撃墜されてしまう。このままでは、一夏からの任務を成功できない。シャルロットは何か策がないかと考える。

 

「シャルロット、この方向の20km先よね?」

「うん」

「二人とも、私に捕まって」

「え?」

「良いから」

 

飛行しながらシャルロットとセシリアは鈴の甲龍の腕を掴む。

直後、鈴の甲龍は紫色に光り出した。

 

「力抜山兮気蓋世 時不利兮騅不逝

騅不逝兮可奈何 虞兮虞兮奈若何」

 

彼女は願った。愛しい人と永劫歩み続けると。

自分の最も好きな人のために自分は悪魔にだって魂は売れる。その人が勝利するためならば、自分はどんな犠牲だって払える。勝利というヴァルハラへ、その人が走り続けるのならば自分は犠牲になっても構わない。だから……人じゃなくなっても良い。

敗北への加速装置にしか成れないと思っていた私を貴方は必要としてくれた。

大事なものが遠くへ行ってしまい、負けることしか知らない呪われた私に、貴方は生きる価値を、勝利の価値を教えてくれた。私は貴方の勝利の糧になるのだ。

 

「漢兵己略地 四方楚歌声

大王意気尽 賤妾何聊生」

 

貴方の糧となるために、私は何処までも何処までも、遠くへ、遠くへ、走り続ける力が…跳び続ける力が欲しい。私が壊れたっていい。一人で生きることの出来ない欠陥人間だって罵られたっていい。勝利を見続け、自分を全く見ない男に依存する哀れな女だと馬鹿にされたって構わない。

だって、私は彼が敗北する姿を見たくない。

私は彼の力となるために、彼の傍に居たいのだから。

鈴は無意識にそれを願った。

 

「単一使用能力発動」

 

鈴はラウラ戦以降、ISの力だけで単一使用能力を発動させ、空間跳躍を成功させたことがない。というのも彼女自身、自分の渇望に気付いていなかったからだ。

そこで、鈴はエイヴィヒカイトの術式を体に施しISとの相性を高め、更に創造位階の詠唱を用いることで、単一使用能力の発動を可能にした。

 

「暴君の傍の虞美人(ヨウメイレンシンユーシー)」

 

鈴がそう唱えた直後、シャルロットとセシリアの目の前の光景が変わった。海上であるため、見ていた景色の変化に気付きにくいが、さっきまで見ていた雲の形が違う。

シャルロットはISの位置情報を確認すると、自分は一瞬にして2kmという距離を進んだという事実を知った。更に、次の瞬間、再び風景が変わった。もう一度シャルロットは位置を確認すると、更に2km先に進んでいた。

数秒後には箒がベアトリスと螢相手に戦っている光景が見えてきた。

 

「これで、ラスト!」

 

最後の空間跳躍で鈴は箒に襲い掛かるヴァルキュリアの前に現れると、龍砲を放った。

龍砲の衝撃でヴァルキュリアの特攻による雷撃が逸れる。

 

「篠ノ之さん、大丈夫?」

「デュノア……凰にオルコット、すまない。助かった」

 

箒は何故三人が此処に居るのか、何故自分が襲撃されたのか理解できなかったが、三人に助けられたことだけは理解できたため、礼を言った。

 

「良いよ。僕は指示されて動いただけだから」

「そうか。だが、私はお前たちに結果として助けられたのだ。礼は言わせてくれ。……ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして。……篠ノ之さんって義理堅いんだね」

「私は武士だからな。…それより、助けてもらってなんだが、あの二人、何者か分からないが、かなり出来る。それに、どうやら目的は私らしい。だから、三人とも退いてくれ」

「勝てるの?」

「勝つ」

「今の篠ノ之さんを見れば、根性で勝てるような相手じゃないのは僕でも分かるよ。負けそうになってて悔しいのは分かるけど、一回冷静になって」

「…すまない。だが、私は……」

 

ヴァルキュリアとレオンハルトの攻撃を受け、苦痛で顔を歪めながら、箒は言った。

 

「こんなところで死ぬ気がしない。いや、死ぬはずがない」

 

満身創痍の箒は迷いのない口調でシャルロットに告げた。

シャルロットは困惑した。箒の紅椿のシールドエネルギーの残量は残り少ないし、ベアトリスも螢も無傷だ。客観的にこの状況を分析すれば、この状態で箒が負けるはずがないと言えるはずがない。

 

「…えぇーっと、何を根拠に?」

「分からない。だが、願望ではなく、確信に近い。そんな気がするのだ」

「……」

 

思わぬ乱入者に登場により、ベアトリスと螢は攻撃の手を止める。

ベアトリスは積乱雲に自身の雷をぶつけ、積乱雲が持つ雷に自身の雷を絡め浮遊する。螢は自身の熱で海水を蒸発させることで上昇気流を発生させ、海面に立つ。体を質量がほとんどない雷や炎に変化させることが出来るが故の芸当だった。

 

「……ベアトリス」

「大丈夫、絶対に戒は大丈夫だから」

 

IS学園の他の専用機持ちは戒が抑えているはずだ。

此処でIS学園からの増援が現れるということは戒が負けたとしか考えられない。戒を負かすことが出来る人物はあの場にはハイドリヒである一夏かブリュンヒルデである千冬しかいない。だが、一夏は女神の守護者であり、“女神”というワードを出せば、此処での居場所を奪われたとしても敵になるはずがない。また、千冬には現在専用機がないため、戦力に圧倒的な差がある。故に、戒が負けるはずがない。だが、実際は予想に反して、此処に足止めしたはずのIS学園の専用機持ちがいる。となれば、一夏が何かしらの理由で戒を倒し…いや、戒が倒れたところ見たわけじゃない。まだ、生き残っている可能性はある。ベアトリスは自分に言い聞かせる。ただ、何故一夏が戒に牙を向けたのかが分からない。

他にも、ベアトリスにとって分からないことがあった。それは乱入者の真意である。千冬が聖槍十三騎士団の存在を知っている以上、IS学園側はハイドリヒを危険視するはずである。勝機の有無は別として、傍に居る専用機持ちにハイドリヒを撃破させ、海上を封鎖させているISを纏った教師に自分たちを任せるはずである。なぜなら、それが彼らが考えるはずの彼らにとって最も合理的な戦略であるはずだからだ。にもかかわらず、専用機持ちが3人も此処に居るという現状はあり得ない。いくつか考えられるパターンの中で最も確率が高そうなパターンは、この専用機持ちがハイドリヒの臣下であるということである。次に、シャルロットが自分たちの魔名を口にしたため、ベアトリスの推論は正しかったと証明された。

 

「一夏…ハイドリヒ卿の命により篠ノ之箒はこちらで保護させていただきます。退いてくれますね。ヴァルキュリアさん、レオンハルトさん」

 

ハイドリヒに忠誠を誓わず、一度造反したことのあるベアトリスにとって、黒円卓という存在は嫌悪の対象であった。それは、螢も同じだった。二人はシャルロットに敵意を向ける。シャルロットは実戦の敵意に緊張するが、ハイドリヒ化した一夏のプレッシャーに比べれば、どうと言うことはない。

 

「篠ノ之箒は渡せないと、そう言いましたね。それは貴方の判断ですか?」

 

シャルロットに対し螢は露骨な敵意を見せる。

 

「一夏の……ハイドリヒ卿の命令で、僕は上官の命令に従っただけです」

 

シャルロットの言葉を聞いた螢は、黒円卓に利用されていた時の見っとも無い自分を見ているような気がしたため、シャルロットに対し嫌悪感を抱く。螢は怒りを緋々色金に乗せる。緋々色金の炎は更に燃え上がる。

螢が激情したことにより、シャルロット、鈴、セシリアはそれぞれ武器を構える。現黒円卓の三人が武器を構えたため、ベアトリスも戦雷の聖剣を構えた。

事情を把握しきれていないため、専用機持ち立ちから事情を聴きたかったが、向こう側がそうさせてくれないと判断し、箒もまた空裂と雨月を構える。

 

「交渉は決裂ですね」

「私も戒の安否が気になるので、すぐにケリを付けて、篠ノ之箒を殺し、ハイドリヒ卿のところへ行かせてもらいます」

「カインなら、もう一夏にやられたわよ」

「……な」

「何?」

「兄さんを、腐った死体と一緒にするな!」

 

螢は地獄で燃えている業火の塊となって飛翔した。

 

「夜都賀波岐が一柱、櫻井螢、獅子心剣(レオンハルト・アウグスト)。兄さんをその名前で呼んだことを後悔させてやる!」

「同じく、ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン、戦乙女(ヴァルキュリア)。二対四と、数だけ見れば不利に見えるかもしれないけど、今の私たちを四人程度に止められるかしら?」

 

猛進しながらベアトリスと螢が名乗りを上げたため、それに四人は答える。

 

「IS学園、一年一組、篠ノ之箒。押して参る!」

「聖槍十三騎士団黒円卓第三位首領代行、シャルロット・デュノア、火刑台の少女(フィーユ・ドルレアンス)貴女達に篠ノ之さんを殺させないし、一夏のもとにも行かせない」

「同じく第八位、凰鈴音、虞美人(ユーメイレン)。アタシはもう負けるわけにはいかないのよ!」

「同じく第十一位、セシリア・オルコット、狩猟を行う女弓兵(オリュンポス・アルテミス)。私、故人を思うのはもう飽きましたわ!」

 

夜都賀波岐とISが衝突した。




”拷問城の食人影”からの”人世界・終焉変生”
どこかで見たことがある気がする人……見間違いじゃありませんw


臨海学校編も次回で終わらせるつもりです。
ここまで、長かったぁ~。

屑霧島


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ChapterⅩⅩⅦ:

ベアトリスは機動力を生かし、本命である箒を狙う。彼女さえ倒すことが出来れば、後は離脱すれば良いと考えたからだ。ベアトリスと螢の目的が箒であることをシャルロットは知っていたため、鈴に箒と組まさせ、ベアトリスの相手をさせる。空間跳躍を使用すれば、ベアトリスの雷速剣舞・戦姫変生を回避できると考えたからだ。それに、螢は自分の兄をカインと呼ばれたことで怒り心頭の様だ。螢の様子からシャルロットは螢が激情しやすいと判断し、鈴と戦うことの出来ないというフラストレーションが螢の中で蓄積されれば倒すことは容易かもしれないと考えたからだ。シャルロット本人はセシリアと組み、螢の相手をしている。ベアトリスと螢とでは機動力に差があり過ぎたため、シャルロットの臨んだ展開になった。だが、数的に有利であり、臨んだ戦いの展開になったとしても、シャルロットたちが有利になったわけではない。

箒や黒円卓のISによる攻撃は雷と化したベアトリスや炎と化した螢相手に透過してしまい、二人を負傷させることが出来ない。一方の、ベアトリスの雷撃が鈴と箒に当たる直前で、鈴が箒と共に空間跳躍を行うため、攻撃が当たらない。また、螢は跳躍力がない上に、攻撃が直線的であるため、遠距離射撃のセシリアにも、冷静に戦況を判断するシャルロットに当たらない。

 

「貴女達もハイドリヒ卿も、今の黒円卓は本当に何もわかっていないのね。篠ノ之箒を今生かしていると後でどうなるのか」

「さっきから、ハイドリヒ卿に、黒円卓、お前たちは何を言っているんだ?」

「篠ノ之箒、特に貴女は渦中に居ながら、何も知らない。本当に哀れ」

 

ベアトリスは数十度目の雷撃を鈴に向かって放つが、鈴は空間跳躍でベアトリスの背後に跳ぶことで回避する。ベアトリスの雷撃に対処しきれるだけの威力を連続で龍砲を放つことが出来ないからだ。

だが、跳躍した先に雷撃が来た。数十度の攻撃の間にベアトリスが鈴の行動パターンを読み、鈴の回避先を予測し、回避先に雷を放っていたからだ。鈴は空間跳躍をし、ベアトリスの雷を何とか回避する。コンマ一秒でも遅れていたら、ベアトリスの雷撃は二人に直撃していたであろう。

 

「やるわね。さすが、元聖槍十三騎士団黒円卓第五位なだけあるわね」

「凰、答えてくれ。私は何に巻き込まれているんだ?」

「さぁ?」

「…さぁって、お前はその何とか騎士団の者なのだろう?事情を知っているのではないのか?」

「アイツの言うとおり、アタシは何も知らない。ただ命令に従って、アンタを助けようとしているだけ。アレコレ考えるのはアタシの得意分野じゃないの、よっと」

 

鈴は空間跳躍でベアトリスの雷撃を回避する。

 

「千冬さんの命令か?」

「いんや、えぇーっと、裏事情知らないアンタに分かるように言えば、一夏」

「……裏事情とは何だ?」

「あぁ~あ゛~~、一から説明するの面倒だから、終わった後で、一夏が全部教えてくれるわよ。なんで、アンタが襲われているのかはアイツも知らないみたいだけど。今はあの雷女をどうにかすることを考えるわよ」

「どうにかとは?」

「どうにかよ。逃げきるか倒すか、どっちか?アンタ、何か良い案ない?」

「良い案と言われても、相手の攻撃は雷のように速い。お前の単一仕様能力で回避は何とかなっているが、逃走するのは無理だ。すぐに追いつかれる」

「でしょうね。じゃあ、倒す?」

「それしかないだろう」

「倒す算段は?」

「そんなものはない」

「手詰まりじゃない」

「だが、負ける気はしない」

「……アタシも大概ぶっ飛んでるって自覚しているけど、アンタも相当ね」

「私はぶっ飛んでいない。気合と根性があれば、勝てる」

「それをぶっ飛んでるって言うのよ」

「そうやって、奇跡が起きるのは確定事項で、勝利を信じて疑わない。それで、守りたいという願い、本当に誰かみたい」

 

ベアトリスは積乱雲の雷を利用し、複数の雷撃を鈴に向かって放つ。

鈴は空間跳躍で回避するが、回避先にも雷撃が来たため、さらに、空間跳躍する。

 

嘗て誰かを助けたいと願ったベアトリスだからこそ、目を見れば同属が分かる。

自分の捨ててでも誰かを助けられる人間になりたいという人種が。

 

「…でも、彼とは違う。彼と貴女では願いが違い過ぎる。貴方の願いは脆い」

「私の願いが…脆いだと?」

「貴方の願いは具体性がない。貴方は誰かを守るって言うけれど、貴方は誰を守るの?…友達、…家族、…兄弟。貴方にはそれがない。具体的な自分の飢えの満たし方を知らない。だから、すぐに迷う」

 

ベアトリスの言葉を聞いた箒はそんな馬鹿なと思いながら、自分の守りたい人間を思い浮かべようとする。だが、誰も箒の頭に思い浮かばない。

姉はどうだ?いや、あの人はいつも自分勝手で、自分の手に届くところに居ない。だから、あの人が仮に危機に陥ったとしても助けに行けない。そもそも、自分は姉を助けたいと思うのか?日本各地を転々としたため、友と呼べる人が出来なかった。自分のコミュニケーション能力の低さも原因であるが、姉がISを開発したからだ。友達が欲しいだから、姉さえいなければと思ったことは何度もある。姉以外の知り合いは…姉の友人であった千冬さんは強く、自分が守るような存在ではない。自分が千冬を守るなんて言ったところで、逆に足手まといになってしまうだろう。では、一夏は?…論外だ。

……だったら……他には?

誰も思い浮かばない。自分は何のために戦っていたんだ?

どうやったら、誰かを守る戦いをしたと言える?

 

「アンタ!しっかりしなさいよ!」

 

箒の隣で鈴が叫んでいるが、箒の心に鈴の声は届かない。

 

「これで終わらせます」

「何言ってんのよ?今までアタシに攻撃を当てられなかったのに、アタシに勝つ?冗談も程々にしておきなさいよ」

「私が闇雲に貴女達に雷を放っていたと思っているのですか?」

 

鈴は周りを見渡す。鈴の視界には箒、ベアトリスが映っているだけで他には何もない。鈴の下には海面が広がり、上に左右、前後は積乱雲が埋め尽くしている。甲龍と紅椿のスラスター音とベアトリスの体を構成する雷と積乱雲の雷の轟く音しか聞こえてこない。

 

「たとえば、此処から半径数kmにある積乱雲が持つ遊離電子を私の雷で刺激し、此処一帯を数秒間、超高電圧を帯びた空間にすることが出来たら、どうなると思います?」

 

鈴はベアトリスの言葉で自分がベアトリスに誘導されたことに気が付いた。

甲龍の単一仕様能力は空間跳躍であり、時間を跳躍することが出来ない。そして、空間も2km以上跳ぶことが出来ない。となれば、此処からどんなに遠くに跳んでも、その先は超高圧の電気が流れている。ベアトリスの雷撃はISの絶対防御を突破するため、無傷は無理だ。雷に撃たれ意識が朦朧とすれば、後はベアトリスの独壇場だ。

 

「篠ノ之箒を渡すか、一緒に雷に撃たれるか、どちらか選びなさい」

「そんなの決まっているでしょ。アタシはアイツを裏切ることはしたくないから、コイツをアンタに渡すなんて死んでもお断り」

「そうですか。では、最後に聞かせてもらいます。どうして、貴方はそこまでハイドリヒ卿に盲信できるの?」

「アタシの持論だけど、生きるっていうのはね、選択と戦いの繰り返しだって思うの。選択は想いをぶちまけて選択肢を選べば良いんだから、簡単。でも戦うのは、選択に比べて遥かに難しい。だって、力を持っていない人は戦えないもん。だから、戦えない人は逃げるしかないって、アタシはそう思っていた」

 

鈴は中国人の子供と言うことで幼いころ差別を受けていた。自分が何を言っても、誰も信じてもらえない。反撃しても向こうの方が人数が多い。だから、何か言われても聞かなかったことにして、暴力を振るわれても、逃げることだけを考えていた。

 

「でも、それは間違いだって気付いた。戦えないからって逃げてたら、最後は袋小路に追い詰められるのよ。そんなとき手を差し伸べてくれる人間なんてごく少数。自分にまで被害が及ぶって思うから、たいていの人は見捨てる。だから、結果的に服従するか、戦うことを強要される。でも、戦えないんだから、服従するしかない」

 

無視すればするほど、逃げれば逃げる程、自分をいじめていた人間の行動はエスカレートしていった。誰も手を差し伸べてくれない。白馬に載った王子様なんて本当に夢物語の空想上の存在で、実在しない。仮にいたなら、最初に暴力を振るわれた時に助けてくれたはずだ。自分をいじめていた人間は絶対的な強者で勝つことはできない。敗者である自分はこの国では差別される中国人とのハーフで、勝者である彼らは日本人である。

だから、人生は二種類あって、生まれながらしてどっちの人生を歩むか決められていると思った。……選択して勝つ人生か。選択して負ける人生か。

 

「でも、それも間違いって気付いた」

 

そう、あの時現れた一夏は勝つ人生を歩んでいたアイツらを一瞬でねじ伏せた。

その光景は当時の鈴にとって目を疑うような衝撃的な物だった。生まれながらして勝者であったはずの人が地面に伏している。それだけなら、鈴は勝者をねじ伏せる更なる勝者がいると思っただろう。その後に、もう一つ鈴にとって驚くべき光景があった。勝者であるはず一夏が自分に寄ってきた。一夏も鈴からすれば勝者である日本人であったため、パニックになり、あの時は正拳突きをしてしまった。とっさに取った自分の行動に鈴は驚く。

何故なら、自分は戦えない人間だと思っていた鈴が拳を突きだしたからだ。

 

「戦えない人間なんていない。人は何かしらの力を持っている。それが、受験勉強、スポーツの大会、会社の売り上げ争い、何処で役に立つかはわからないけど、どこかでは役に立つ。だから、無力じゃない。それをアタシはアイツに教えてもらった。だから、生きる意味と勝利の価値を教えてくれたアイツが好き。あんたの上官も……ザミエル卿もそう思ったんじゃない?」

 

“エレオノーレ”という逆鱗に触れられたベアトリスの心は穏やかではなかった。

怒りによって、ベアトリスの電圧が上がったのか、雷の筋が何本もできる。そして、ベアトリスの雷撃に触発された積乱雲の電子が轟き始める。

 

「Auf Wiederseh´n」

 

 

 

「当てっているのに、ダメージを負わせることが出来ないとは、もどかしいですわね」

 

セシリアは延々とスターライトmk.Ⅲとブルー・ティアーズによる射撃を行う。だが、セシリアの攻撃は透き通るため、螢を負傷させるに至らない。それは、シャルロットも同様だった。幾ら弾丸の雨を降らせようと、螢は回避行動を取っているように見えない。それどころか、攻撃に自ら飛び込み、すり抜けて、上昇気流を利用し、シャルロットとの距離を詰めようとするが、セシリアの遠距離射撃によって螢の炎が乱されるため、機動力が低下してしまい、シャルロットに近づけない。そんな攻防が数分間続く。

進展しない戦いに普通は諦めてしまうかもしれない。

それでも、シャルロットは勝機があると信じて戦っていた。何が勝機の手掛かりになるか分からないが、まったく勝機が無いわけではないとシャルロットは知っていた。何故なら、螢はかつてザミエルと戦って後の一歩で負けるところまで追いつめられたことをシャルロットは一夏から聞かされていたからだ。ザミエルが螢を追い詰めた要因が分かるまで、戦うことを諦めるのは早い。シャルロットはそう考えた。

 

「ヴェントは効かないか」

 

弾切れになったヴェントをしまい、次に使えそうな武器を拡張領域の中から螢に有効な物を探そうとしている。

ベイ中尉はその渇望から吸血鬼の性質を持っている。彼は火や銀を苦手とし、日の光を照っている間は好戦的でなく、十字架を嫌っている。もし、このような性質を螢も持っているとしたら? シャルロットはそう考え、様々な武器を試している。

 

「次はこれ!」

 

シャルロットは次に62口径連装ショットガン、レイン・オブ・サタディを展開し、螢に銃口を向ける。ショットガンは銃口と目標との距離が短ければ短いほど、威力が上がる。シャルロットは螢を十分引き付ける。効果があれば、威力は絶大だろうが、効果がなければ、瞬時加速で後退し、逃げればいい。仮にシャルロットの瞬時加速が失敗して攻撃を受けISのシールドエネルギーを削られたとしても、シールドエネルギーの残量から考えて、螢の一撃程度なら、受けても支障はないだろうと判断した。炎塊と化した螢は緋々色金を下段に構え、シャルロットへ接近する。銃口から螢までの距離が数mになると、シャルロットはレイン・オブ・サタディの引き金を引いた。

無数の鉛玉が銃口から螢に向けて発射される。

 

「ぐっ」

 

散弾を受けた螢は後ろに吹き飛ばされ、緋々色金が宙を舞う。

螢に攻撃が効いた。

遠くから援護射撃をしていたセシリアはもちろん、レイン・オブ・サタディを放ったシャルロットもこれには驚いた。

 

「シャルロットさん、何をしたのですか?」

「ショットガンを使っただけ……もしかして」

「何か分かったのですか?」

「レオンハルトは完全に炎になっていないのかも」

「どういうことですの?」

「たぶん、レオンハルトは火の使い手である前に、剣術家なんだと思う。僕も剣を使うから分かるけど、剣を持つ手はしっかりしていないと鋭い斬撃は生み出せない。だから、刀をしっかり持つ手と彼女の聖遺物であるあの刀は透過できない。そして、他にも透過できないところはあると思う」

「では、さきほどまで、攻撃が効かなかったのは?」

「たぶん、銃口の向きとかから自分に被弾する場所が分かっていて、透過できる箇所だから、飛んできた銃弾を無視していたんだと思う。さっきの攻撃が効いたのは、たぶん僕の武器が散弾銃だと知らなかったからと、銃口からレオンハルトまでの距離が短かったから、散弾を見切ることができなかったからだと思う」

 

螢は右手を庇うようにして、立ち上がると、落ちてきた緋々色金のほうへと飛び、掴み取った。緋々色金を掴んだ螢の右手からは血が流れていた。シャルロットの推論を裏付ける証拠だった。シャルロットは螢の右手に向けて射撃を行うが、

 

「ショットガンまであるとは…いや、それほど武器があると分かっていたのだから、対策を立てておくべきだったわ」

「だったら、どうするの?レオンハルト、貴方の攻撃は僕たちに一度も当たっていない。でも、僕たちは貴方に攻撃を当てる方法を見つけた。勝敗は決まったと思うけど?」

「……」

「大人しく君たちが篠ノ之さんを狙っている理由を教えてくれれば…」

「私は二度と負けないと誓ったのよ」

 

螢から溢れる闘気が増すのと同時に、彼女の体を構成する炎の勢いが増す。

彼女の炎の熱で周りの海水が急激に蒸発しているのか、水蒸気によって周りの景色が歪んで見える。

 

「ごめんなさいね。さっきまでの私は腑抜けていたわ。別に貴方たちのことを過小評価して手を抜いていたわけじゃない。飢えていなかったから、走り方を少し忘れていた」

 

螢の両の眼から涙が流れていた。

彼女は大切な物を奪われた時の苦しみを知っている。突然死んでしまった大事な“兄さん”と“ベアトリス”に会いたいという一心から、幼い身でありながら、戦いに全てを掛けた。

“情熱を絶やすことなく燃やし続けたい”という想いを秘めて。

100年前の座の交代によって、“兄さん”や“ベアトリス”に会えたことで、自分の願いの根底にあるものが叶えられた。それに伴い、自分の中で燃えていた炎は弱くなっていた。

だが、今戒が一夏に敗北し、自分まで負けようとしている。

グラズヘイムと言う地獄に落ちたくないし、“兄さん”をそこに居させたくない。

だから、再びその胸に情熱という炎を彼女は灯し、勝つことを自分に誓った。

 

「だから、私は今から本気を出す」

 

さきほどとは比べ物にならないほどの気迫が溢れ出ている螢を見れば、彼女の言っている言葉がハッタリでないことは明白であった。

 

「はぁぁぁ!」

 

螢はシャルロットに向けて疾走する。シャルロットはレイン・オブ・サタディを螢に向け、発砲する。シャルロットは螢を先ほどより引き付けたため、当たるのは分かっていた。それは螢も同じだった。螢はレイン・オブ・サタディの散弾を受ける。

“だが、だからどうした?”それが螢の言い分だった。

撃たれながらも螢は前に進み、シャルロットに斬撃を浴びせる。シャルロットは慌てて後退しながら、レイン・オブ・サタディを螢に向けて発砲する。それでもシャルロットに喰らいつこうと、螢は接近してくる。螢が数発被弾し、シャルロットが数回切りつけられたところで、ISの機動力の高さによって、螢はシャルロットから離されてしまう。

 

「これで、こっちの攻撃も当たったわね。で、さっき貴方は私になんて言っていたのか、もう一度聞かせてくれない?」

 

ラファールのISのシールドエネルギーの残量は半分を切った。

それに対し、螢の炎は衰えておらず、平然と立っている。右手の出血の量は先ほどより少ない。エイヴィヒカイトの術者は代謝を自分でコントロールできる。それを応用すれば、酒に酔うこともないし、毒を食っても死ぬことはなく、負傷しても出血の量を減らすことが出来る。螢のダメージはシャルロットの受けた損害より遥かに少なかったと言える。

 

「私の炎はその程度で消えたりしない。私を止めたというのなら、ハイドリヒ卿かカール・クラフトを連れてきなさい」

 

シャルロットとセシリアにとって状況は極めて不利である。

先ほどの攻防を繰り返せば、螢にダメージを与えられるが、ラファールのシールドエネルギーは底をつく。リスクとベネフィットを考慮すれば、明らかリスクの方が大きすぎる。

故に、この戦略を取ることはできない。

遠距離からのセシリアの援護射撃も螢に見切られてしまうため、当たらない。射撃専門のセシリアに近接戦闘をさせれば、近接戦闘を専門とした螢に速攻で負けるだろう。そうなれば、こちらが不利になるのは明白である。かといって、逃げるわけにはいかない。

だから、シャルロットに打てる手はこれしか無かった。

 

「形成―― 戦うからこそ、主は勝利を与えてくださる」

 

シャルロットはカール・クラフトの手によってエイヴィヒカイトの術を施された。忠誠の証というのもあるが、一夏との切っても切れない関係の具現が欲しかったからという彼女の願いからでもある。彼女のエイヴィヒカイト使用した聖遺物は、フランスのとある教会で眠っていたジャンヌ・ダルクを火刑したときに出来た灰で。体内に聖遺物を埋め込んだため、ベイの形成発現形態と同類の人器融合型である。ただ、形成をしても彼女の本人の外見は全く変わらないという特殊な形成であった。

そして、その形成における能力は……

 

「櫻井螢、1989年4月22日生まれ、物心つくころまでに両親と死別し、たった一人の肉親である兄、櫻井戒と兄の剣の指南役であったヴァルキュリアに育てられる。1995年の12月24日に兄とヴァルキュリアを失い、僕の前任者に育てられる……か。貴方も僕と似たような境遇にあったんだね」

「!」

「“何故それを?”か…簡単に言えばね。これが僕の形成の能力。僕の前任者の言葉を借りるなら、今の僕には人間が本に見える。木や石がラジオに感じる」

「サイコメトラー」

「僕の前任者は元々この力を持っていて、忌み嫌ったらしいね。確かに、これがずっと続くなら、地獄かもしれない。でも、僕は弱くて臆病だから、この力を手に入れた時は嬉しかったよ。ただ、こんな能力に頼っている自分が情けないって、自己嫌悪もしたけどね」

 

シャルロットは自分が弱いと認めている。

自分を嫌っていた存在も、自分を救ってくれた存在も強大であった。圧倒的に後者の方が強くはあったが、どちらも自分より強いことに変わりはない。そんな相手を前にすれば、一個人など風の前の塵に同じである。

故に、この能力を受け入れ、理解し、物にするのは早かった。

 

「私の心を読めることが出来るから何?そんなことで私に勝てるとでも思ったの?だったら、教えてあげるわ。形成位階と創造位階では天と地ほどの差がある」

 

螢の言っていることは間違いではなかった。形成位階にまでしかたどり着けなかったシュピーネとバビロンは黒円卓の中では非戦闘員扱いされていた。それは形成と創造とではあまりにも力の威力に差があり過ぎるからだ。嘗ての黒円卓の戦闘要員の中でも最も経験が浅く最弱であった螢ですら、シュピーネに勝つことが出来たほどだ。

 

「そうだね。それに、そもそも僕の形成は戦い向きじゃない。ISが無かったら、戦闘において役に立ちにくい能力だと思う」

 

シュピーネが螢に勝つことが出来ないのは、シャルロットの言うとおり、能力がそもそも戦闘に向いていないというのもある。

 

「だけど、レオンハルト、貴方は一つ勘違いをしている」

「……勘違い?」

「僕が創造位階に達していないっていつ言った?」

 

螢はシャルロットへと疾走する。創造の能力が判明していない以上、シャルロットの詠唱が完了し創造を使用する前に、倒しておかなければ、勝率が下がると判断したからだ。

シャルロットは後退しながら、創造を発動させるための詩を紡ぐ。

 

「誰も私たちの絆を壊せない」

 

シャルロット・デュノアは誰かに対して絆というものを感じたことがなかった。

常に、良いように利用され、自分に見返りがない。生まれが人口の少ない農村だったということもあり、打算的な考えのない友人や恋人という関係に彼女は憧れた。

 

「都を離れ、共に夜明けを眺めよう」

 

織斑一夏…ラインハルト・ハイドリヒに必要にされてからも、いつか嫌われ、捨てられるのではないかと心配し続けていた。無論、一夏は英雄の素質のあるシャルロットを見捨てるつもりは毛頭ない。だが、それでも彼女は心配だった。

 

「これまで歩んだ私たちの苦難の日々が全て報われる」

 

言葉だけでは彼を信じることが出来なかった。本当に自分を必要としているのか、それとも、いつか自分を見限る算段を付けていて表面だけの付き合いをしているのか、悪いように彼女は考えてしまう。だが、人の考えやその人の行動を知ることが出来れば、納得できるのに、と彼女はそう考えた。

 

「私は失った物を取り戻し、貴方は私の全てとなり、光となってほしい」

 

そんな彼女が抱いた渇望は“人の胸の奥を知りたい”という求道型の渇望だった。

人の心の奥底を聞くだけならば、シャルロットの形成と変わりがないように聞こえるかもしれない。だが、彼女の創造の能力はそれを発展させたものだった。

 

「未来は私たちに祝福をもたらすことになるだろう」

 

人は体験した経験に基づいて現状を分析することによって未来を予測し、最適な行動を取る。空が曇っていれば、雨が降るという可能性があると経験によって知っているから傘を持って外出をする。熱した金属は熱いと経験によって知っているから触れないようにする。

人は過去と法則から逃れられない。シャルロットはそれを知っていた。

 

「創造――」

 

ならば、人の思考や過去、この世界の法則を読み解くことが出来たならば、その人間が取ろうとする未来の行動を予測できるはずであると考え、シャルロットは万物の行動を予測する能力を創造した。

 

「道を踏み外した聖少女の聴力(オーディオンス・ラ・トラヴィアータ)」

 

予測された5秒先の未来は視覚情報となって、シャルロットの目に映る。

予測された未来の風景は自分の予想と反したものだった。自分の右側から大量のエネルギー弾が飛んできていた。これがどういう物なのか分からなかったが、威力が高いことだけは分かった。危険を感じたシャルロットは瞬時加速で急上昇し、数秒後に右側から飛んでくるエネルギー弾に備える。自分から後退するシャルロットに追い打ちを掛けようと螢はシャルロットに向かって跳ぶが、突如左後ろから飛んできた大量のエネルギー弾に対処できず、喰らってしまう。炎にと化し透過している所だけにしか被弾しなかったのならば、問題はなかったが、完全に透過できていなかった所に被弾してしまい、被弾した衝撃で螢は空中でバランスを崩し、海に落ちる。

 

「シャルロット、セシリア!大丈夫?」

 

背後からシャルロットの知っている声が聞こえてきた。

 

「鈴、どうして此処に?」

「逃げてきたのよ。冗談じゃないわよ。ヴァルキュリア一人ですら苦しいってのに」

「何から逃げてきたの?」

「今の流れ弾を撃ったのが誰だか、アンタ分かってんじゃないの?」

 

確かに、シャルロットは今のエネルギー弾に心当たりがあった。

 

「…篠ノ之さんが撃墜したはずじゃ」

「なんでか知らないけど、第二形態移行して復活したみたい。ま、おかげでヴァルキュリアに止めさされるところだったから、助かったんだけど、今からヴァルキュリアにレオンハルト、パワーアップした銀の福音って思うと、正直な所、助かっていないとしか思えないんだけど」

「……鈴」

「何よ?」

「鈴の単一仕様能力に人数制限ってある?」

「自分を除いて二人まで」

「だったら、篠ノ之さんとセシリアを連れて、出来るだけ遠くに跳んで!」

 

シャルロットはエネルギー弾が飛んできた方向を見て、数秒先の未来を鈴に伝える。

シャルロットの見た数秒先の未来の光景は大量の銀の福音のエネルギー弾に覆われていた。

鈴は単一仕様能力で箒とセシリアの手を取り、空間跳躍する。残ったシャルロットは創造の未来予測で銀の鐘を回避しようとする。

だが、未来が読めたところで、回避先がなければ、避けようがない。

銀の鐘というエネルギー弾の雨を浴びせられ、数発のエネルギー弾を喰らった結果、ラファール・リヴァイヴのシールドの残量は10%を切った。

 

「でも、まだ0%になったわけじゃ」

 

シャルロットは気力を振り絞り、顔を上げると、数秒後の未来を読む。

その数秒後の未来を読んだシャルロットは諦めた。

 

「ゴメンね、一夏」

 

銀の福音がシャルロットに急接近し、三対の高エネルギーでできた翼をシャルロットに叩き付けようとした。それはシャルロットが見た未来と全く同じだった。

 

「……期待に応えられなかったよ」

 

シャルロットの創造にはある欠点があった。彼女の創造の能力は万物の法則や思考・過去を読むことで未来を予測するというものである。故に、心を読み切れない人間がいたとしたら、彼女はその者の動きを予測できないのだ。

シャルロットが心を読むことが出来ない人間が二人ほど存在する。

 

 

その内の一人は

 

 

「一度退場した役者が再び舞台に立つなど無粋の極み。一人のオペラの脚本家として看過できぬ事態と言えよう。故に、荒事は苦手だが、此処は私が舞台に立つしかないね」

 

 

カール・エルンスト・クラフト。

 



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ChapterⅩⅩⅧ:

『IS -僕は屑だ-』の読者様に謝罪します。
執筆がうまくいかないため、次話の投稿が遅れます。
更識姉妹戦は書き終わったのですが、次話で速攻ラウラ戦というのもいかがな物かと思い、現在推敲しております。
大変申し訳ありません。

屑霧島



シャルロット・デュノアは自分の置かれた状況に戸惑いを隠せなかった。

その理由は幾つかある。

まず、一つ目、シールドエネルギーの残量が残り少なかったため、銀の福音の一撃で沈められると思っていた。自分の見た未来における銀の福音の攻撃は強大であり、死んでいてもおかしくない代物だったからだ。にもかかわらず、自分は生きている。意識もあるし、目も見えている。どこも痛くないし、自分の拍動が感じられる。

要するに、自身が無傷であることに、驚いているということだ。

次に、何故、此処に自分の師であり、一夏の友人であるカール・クラフトが居るのかと言うことである。男子専用の保健医であるため、臨海学校に同行しているのは知っていた。だが、銀の福音の撃墜命令が出てからは、旅館で待機しているはずだ。だから、こんなところに居るのはおかしい。

三つ目はカール・クラフトの服装が襤褸切れ一枚であり、傍から見れば、完全変質者の格好をしていたからである。

四つ目はISを使わずに、カール・クラフトが宙に浮いていることである。だが、彼が一夏の友人であることを考えれば、取り立てて騒ぐほどのことでもないと納得する。

そして、シャルロットが一番動揺したのは、カール・クラフトに抱きかかえられていることである。首の後ろに左腕を、膝の裏に右腕を回し、自分を支えている。カール・クラフトの顔は近く、手を伸ばせば届く距離だ。

要するに、一般的な女性が憧れるお姫様抱っこというものだ。

誰よりも胡散臭そうに見えたこの男の顔が、今のシャルロットからはいつもより格好良く見えてしまった。カール・クラフトが格好良く見えるなんてありえない。吊り橋効果による一時の心の迷いだと、シャルロットは自分に言い聞かせる。

 

「カール……クラフト」

 

自分たちより遥か下からベアトリスの声が聞こえてくる。

ベアトリスは負傷した螢を抱えている。

 

「やぁ、久しぶりだね。ヴァルキュリア。そちらは君の後任だったレオンハルトか」

「……貴方は誰の味方ですか?」

「誰のとは……愚問。私は誰の味方でもない。マルグリットの為につくすマルグリットの奴隷だよ。獣殿は私の友人であり、ツァラトゥストラは私の愚息であるだけで、それ以上でもそれ以下でもない」

「では、何が目的ですか?」

「それは追々話そうではないか。まずは……」

 

銀の福音がカール・クラフトとシャルロットに向けて銀の鐘を放つ。

シャルロットは創造の力で未来予知を行うが、完全に回避できる道がない。ラファールの専用防御パッケージであるガーデン・カーテンを使用しても防ぎきれないほどの数のエネルギー弾にいつものシャルロットなら焦っただろう。

 

「用済みの役者には退場願おう」

 

だが、今の自分にはカール・クラフトがいる。彼の真意は分からないが、状況から判断して、彼はどうやら自分を助けてくれたらしい。この場は彼に任せるのが得策だとシャルロットは判断した。策士であるカール・クラフトはあまり表だって戦うことはないが、実力は折り紙つきだと一夏から聞かされていた。

彼ならば、この現状を打破できるかもしれない。シャルロットはそう考えた。

 

「Noli me tangere.」

 

カール・クラフトは何処かの国の言葉で呪いのような詩を唱える。彼が行ったのはそれだけで、迫りくるエネルギー弾に防御や回避行動を取ることはなかった。なぜなら、防御や回避は必要なかったからだ。カール・クラフトとシャルロットを飲み込もうとするエネルギー弾は二人に当たる直前で弾道が変わり、逸れていく。

目標に攻撃が着弾しなかったことを確認した銀の福音は再び銀の鐘を放つが、結果は同じであった。

射撃が効かないと判断した銀の福音はカール・クラフトへ接近し、格闘を挑もうとする。

 

「Cornu bos capitur, voce ligatur homo.」

 

カール・クラフトまで後10mのところで、銀の福音は急停止した。

銀の福音は停止したのではなく、縛られ停止させられたかのようだ。だが、銀の福音が何によって縛られたのかは全く分からない。

スラスターの出力を上げ、更に前に進もうとするが、見えない何かによって縛られているため全く前に進まない。前進以前に、この異様な摩訶不思議な束縛から逃れなければならないと判断した銀の福音は、この束縛から逃れようと機体を振るい、もがくが、全く動かない。この束縛の力は圧倒的だった。

銀の福音の力と束縛の力は赤子と重機ほどの差があった。

この束縛の圧力は次第に増していく。束縛の圧力で銀の福音の機体は軋み始めた。銀の福音は悲鳴のような声を上げる。

 

「Veritas liberabit vos.」

 

銀の福音のシールドエネルギーは急激に減り、0となった。

見えない束縛から逃れようともがいていた銀の福音の悲鳴は止まり、青白い光を放っていた光の翼は閉じられ、銀の福音は強制的に待機状態へとさせられた。銀の福音の操縦者であるナターシャ・ファイルスはカール・クラフトの魔術によって、空中を浮遊する。

 

たった数秒で銀の福音が沈黙させられたことにシャルロットは言葉を失った。

カール・クラフトは師であり、一夏が実力を認めたほどだ。故に、圧倒的に自分より格上の銀の福音を赤子の手を捻るかのように無力化させるのは出来て当然である。頭ではこのような事態になるのは分かっていたが、実際に目にすると圧倒されるというものである。

 

「シャルロット・デュノア、君は銀の福音の操縦者を連れて、虞美人と合流し、獣殿のところへと向かうが良い。私は彼女らに話がある」

 

カール・クラフトに睨まれたベアトリスは思わず強張ってしまう。カール・クラフトと初対面であった螢は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。

カール・クラフトのお姫様抱っこから解放されたシャルロットはナターシャを受け取ると、合流するために鈴と連絡を取ろうとウィンドウを開くと、呼び出し音が鳴った。

シャルロットは自分を呼びだそうとしている人物を確認すると、呼び出しに応じた。

 

『カールの力を察知したが、何かあったか?シャルロット』

 

ラファールのウィンドウにハイドリヒ化していた姿を元に戻した一夏が映っていた。更に、新しくウィンドウが開く。そのウィンドウにはISを部分展開したラウラと千冬が映っていた。どうやら、IS学園側の人間を納得させるために、会話に参加させているようだ。

 

「カリオストロの介入で第二次形態移行した銀の福音を撃墜、ヴァルキュリアとレオンハルトも何とかなりそう」

『そちらにカールとヴァルキュリアにレオンハルトは居るのか?』

「うん」

『結構。ならば、そちらに居る全員に聞こえるようにしてくれ』

「分かった。鈴たちも呼び出すね」

 

シャルロットは鈴を呼び出し、会話に参加させる。

だが、ISのオープンチャンネルで会話をするより、直接会って話をした方が良いと判断したシャルロットは鈴に単一仕様能力でこちらに向かうように伝え、通話を切る。

数秒後、単一仕様能力でシャルロットの元に鈴は箒とセシリアを連れて現れた。

 

『久しいな、ヴァルキュリアにレオンハルト。何十年ぶりになるのか、私は忘れてしまったが、卿等の顔を見ることが出来てうれしいぞ』

「貴方は相変わらず変わっていませんね。ハイドリヒ卿」

『私は私だ。幾年の月日が経とうと、私が変わるはずがなかろう。…と、無駄話を長々としていては日が暮れてしまう。さっそくだが、ヴァルキュリア、カインはすぐにでも卿らの元に送り返そう』

 

自分たちを黒円卓から離れることを許可したことがあったため、一夏の言葉はある程度予測できたが、まさかこんなにも早く解放すると言ってくるとは思っていなかったため、ベアトリスも螢も驚く。

 

『卿等がツァラトゥストラを連れてくればの話だが』

「藤井君に何の用ですか?」

『事態が単純ならば、カインを人質にツァラトゥストラを呼び出してツァラトゥストラ相手に再戦していた。だが、思った以上に我らの置かれた状況というのは複雑らしい。ツァラトゥストラが認知しているもの、私が認知しているもの、カールの認知しているものに大きな差が生じているようだ。一度我ら三人で話し合う必要があろう』

 

戒をグラズヘイムから解放する条件としてはベアトリスにはあまりにも良すぎる。話し合いをして一夏にとって何の得があるのか、ベアトリスはそれが分からなかった。

 

「ハイドリヒ卿、貴方の目的は何ですか?」

『無論。女神の守護者としての責務を果たすためだ』

「だったら、何故戒を殺したのですか?」

『私の前に障害として立ちはだかったからだ。私の障害として立ったのならば、私が破壊するのが、愛であろう?守護者の責務どうこうは関係ない』

 

ベアトリスは改めて思い知った。

そうだ。これがヴェヴェルスブルグの城主、ラインハルト・ハイドリヒだ。

頭は斬れ、冷静な判断で臣下を指揮する。それでいて、約束を違えぬ義理堅さがある。

だが、自分の障害となる物や壊すべきものを見つければ、破壊の限りを尽くす。

彼の行動の根幹は彼が全てを愛しているが故にだ。全てを全力で愛する。愛でるべきものを愛で過ぎた結果、繊細に出来ていたそれが砕け散り壊れてしまったとしても、その物の存在価値を貴ぶことが出来たのならば、それで良い。それがハイドリヒの全てである。

 

無論、ベアトリスは今回の篠ノ之箒強襲計画の立案の時には分かっていた。

だから、一夏に対し、人質という手を使い、彼の行動を制限させるという策に出た。彼の行動を制限させ、IS学園側を混乱させれば、一夏はIS学園側の指示で篠ノ之箒の救助には来ることはないだろうとベアトリスは考えていた。そして、狙い通り、IS学園側が混乱し、一夏本人が篠ノ之箒強襲作戦の本命に直接的に介入してくることはなかった。

だが、この策は一夏に障害…いわゆる破壊するべき対象というものを与えてしまい、戒を一夏に奪われてしまった。戒を一夏に奪われたのは、作戦を立案した自分の責任だ。

 

「分かりました。藤井君を貴方との対話の席に連れてきます。だから…」

『安心しろ。あの者を私は一度破壊しつくした。再びカインに危害を加えるようなことをしたところで既知感しか残らぬ。それでは私にとって、何の娯楽にもならん』

「……そうですか」

『無論。カールにも出席してもらう。否は言わせんよ』

「私としても、これ以上脚本通りに事が進まぬことに苛立ちを感じておりました故、卓に着くことに異論はない」

『決定だな。他にも、篠ノ之箒、我が姉上も参加してもらうとしよう。我らの目的を知ってもらわねば、こちらとしては何かと都合が悪い。だが、我々の存在は大多数の凡人からすれば到底認められるものではないだろう。全面戦争をしても構わんが、そちらとしても不本意であろう。故に、我々を認めてもらうが、他言は禁ずる。当然、我々と会談するという事実もだ。だが、姉上に我らのことを伝えた者には許可する』

『お前たちが何をしようとしているのか見定めるために卓に着くのは理解できるが、何故、篠ノ之も出なければならない?』

『それについてはその時に話そう』

『良いのか?篠ノ之?』

 

話について行けず戸惑いの色を隠せない箒に千冬は尋ねる。無論千冬も黒円卓の正確な事情を知らないため、一夏たちの話についていけていなかったのは同じだ。

だから、千冬は一夏達の話合いに参加し、黒円卓が更識楯無から聞いたようなこの世界に害のある存在なのか確かめるために、話を聞く必要があった。

 

「……」

『無論、出なくても構わん。卿が己の真実を知る機会を与えようとしているだけ故、私が損をするわけではない』

「……私の真実だと」

『左様。卿の知らぬ卿を私は知っている。そして、それ以上に、カールは卿のことを知っているだろう』

「おやおや、気付いて居られましたか」

『たとえ、この身が脆弱な身であろうと流石に気付く』

 

自分の知らない自分を誰かが知っているだと?ありえない。箒は自身にそう言い聞かせようとするが、やはり一夏の言葉が耳から離れない。

箒は一夏とカール・クラフトを交互に見る。

好意をまったく抱けない野獣のような男である一夏は破壊に溺れた嫌悪の対象。

だが、それ以上に、カール・クラフトという男から箒は目が離せなかった。

 

カール・クラフトは襤褸を纏い、虜囚や浮浪者のようにみすぼらしい風貌をしていた。だが、箒の見たことのある炉修や浮浪者のように絶望に満ちた表情を彼はしておらず、満たされた表情をしていた。

 

「……」

 

そんな彼に箒は釘付けになった。無論、彼の襤褸や表情が箒の目を引いた一因とはなっているが、主因ではなかった。

大空のように澄みきった青い瞳と、少し癖があり漆器のように艶のある黒髪。

この二つが彼女の目を引いた主因だった。

何故なら、箒は鏡の前に立った時にこの二つを見ることができたからだ。

 

「良いだろう。そこまで言うのならば、私が何者なのか証明して見せろ」

『決まりだな。では、明日の晩、日付が変わるときにIS学園の第一アリーナで再び会い見えよう』

 

一夏はそう言うと、通信を切った。ベアトリスと螢は何処かへと跳び、姿を消した。気が付けば、カール・クラフトは居ない。

 

「話も終わりましたし、旅館の方へと向かいましょうか」

「鈴、篠ノ之さんと銀の福音の操縦者を連れて単一仕様能力で先に戻ってくれないかな?僕はセシリアとゆっくり戻るから」

「そうね。外傷なさそうに見えるけど、万が一ということもあるしね。ほら、アンタ行くわよ」

「あぁ、分かったが、私の名前は篠ノ之箒だ。アンタという名前ではない」

「はいはい、んじゃ行くわよ、箒」

 

鈴はシャルロットからナターシャを預かると、詠唱し、単一仕様能力を発動させた。

数回単一仕様能力を使うと、臨海学校の宿泊先である旅館に辿り着く。

腐敗した旅館を見た箒は唖然とした。だが、それ以上に中庭の光景は衝撃的だった。

中庭には一夏と千冬、ラウラに数人の教師が待っていた。ラウラと数人の教師はISを展開している。どうやら、黒円卓の首領である一夏を警戒しているようだ。無論、黒円卓に席を置く自分も警戒されていることに鈴は気づく。

一方の一夏は旅館の中庭にあった岩に腰掛け、くつろいでいる。ISの武器を向けられても余裕があるように見えるが、ハイドリヒ化により余裕がないことを鈴は知っていた。

故に、鈴はISを展開したまま、千冬たちを警戒している。

ただ一人、状況が全く把握できていない箒は戸惑いを隠せなかった。

箒が口を開き、この場の状況を知ろうとするが、千冬の言葉によって遮られた。

 

「凰、お前も聖槍十三騎士団なのか?」

「はい」

「……分かった。ボーデヴィッヒ、ISを解除しろ」

「ですが、教官、彼らはナチスの残党です」

「お前の言い分は分かる。今のお前たちの国ではナチスは自国の過去の恥部であり、存在してはならないのは重々承知している」

「だったら!」

「だが、一夏と凰と話して分かった。聖槍十三騎士団というのは私の思っていたような虐殺を目的としているテロリストのような連中ではないらしい」

「何故、そう言えるのですか?」

「そもそも、一夏は嘘をつかない。それに、凰に聖槍十三騎士団に入っているのかを聞いた。答えは肯定だった。もし、黒円卓がロクデナシ集団ならば、凰は否定しただろう。だが、凰は肯定した。肯定は黒円卓に席を置くことを誇りにしていると意思の表れだ」

 

十数年人生を共にした弟を千冬は熟知し、そして、信頼している。

この時に千冬を騙すためだけに、今まで嘘をつかなかった。そして、今この瞬間一夏は嘘をついている。そんな疑念を千冬は抱いたが、一夏の性格を考えれば、そのような回りくどく、曲がったことをするはずがない。

 

「……分かりました」

 

ラウラはISを待機状態にする。それにつられて、教師陣もISを解除する。脅威がなくなったと判断した鈴もISを待機状態にする。鈴がISを解除したことで、千冬は闘気を収め、箒は紅椿を待機状態にした。

鈴は千冬にナターシャを引き渡す。ナターシャに目立った外傷はなく、呼吸も安定していたが、念のためにと近くの病院へと搬送された。

そして、ナターシャを載せた救急車が旅館を去った直後に、セシリアとシャルロットが旅館に到着した。

 

「ご苦労だったな、シャルロット。卿は首領代行の職務を全うした。明日の夜まで安息を与える。体力と生気を養っておけ」

「……僕たちはヴァルキュリアとレオンハルトに負けそうになったんだよ。それでも職務を全うしたって言えるのかな?」

「卿は思い違いをしているようだな。私は篠ノ之箒を助けろと命じたのであって、彼女らに勝てとは言っていないはずだ」

「っ」

 

自分がベアトリスと螢に勝てると一夏に思われていなかったことがシャルロットは悔しかった。

 

「卿の心の内に忸怩たる思いがあるのならば、次に勝てばよい。これでも私は卿に期待している。首領代行の地位に座らせたのはその証だ。卿が凡夫であったならば、この場にはおらぬ。違うか?」

「……違わ…ない」

「ならば、卿は己の剣を研磨しておけ。いつか必ず卿の力を必要とする時が来る。そのときに、私を失望させないでくれ」

 

一夏に期待されている。自分という存在を認めてくれる。求めてくれる。その事実だけでシャルロットは歓喜に打ち震えた。一夏はセシリアと鈴にも労いの言葉を掛ける。

 

こうして、銀の福音、夜都賀波岐の強襲、聖槍十三騎士団の露呈問題は解決した。

 

その後、戒の腐敗毒によって倒壊寸前の旅館の一部の掃除を行うこととなった。

だが、旅館を支える支柱が腐っていたため、意図的に取り壊し、立て直すしかないと判断した。腐った部分に人が立ち入らないように立て看板を設置し、後は専門の業者に任せることとなった。

 

旅館の後片付けが終わると、日が暮れていたため、夕食となった。夕食は騒動解決の褒美なのか、贅沢な物だった。6人の専用機持ちは一つの机につき、共に夕食を取る。

一夏はいつも通りの雰囲気で食べているが、箒とラウラは一夏を睨んでいる。

箒は先ほどまでまったく事情を全く知らなかったが、千冬から聖槍十三騎士団についていろいろ聞かされた。ナチスの残党ではあるが、目的がナチスとは関係ないようだと釘を刺しておいたが、それでもナチスという言葉には良い印象を持てない。そのため、箒は一夏に対して敵意を露わにする。

このような張りつめた空気の中、セシリアも、鈴も、シャルロットも箸が止まることはなかった。なぜなら、三人とも人間失格者ともいえる師に散々振り回され、慣れてきたからだ。敵意むき出しの箒とラウラを出来るだけスルーしながら、夕食を取る。

 

 

 

一方、その頃、旅館近くの海岸にある崖に一人の女性が座り、モニターを見ていた。

その女性こそ、今世界で一番有名なISの専門家、篠ノ之束だ。

彼女のモニターにはベアトリスと螢相手に苦戦を強いられた箒と紅椿が映っていた。

そんな束の後ろから足音が聞こえてくることに束は気づき、振り向く。

 

「やあ、ちーちゃん」

 

束に近づいてきた者は千冬だった。

 

「ちーちゃんは、今の世界は楽しい?」

 

千冬にとって今までの人生は波乱万丈だった。

両親が行方不明になり、弟と二人となった。ISが誕生してからはISに乗って日本に来たミサイルを迎撃したり、ISの大会に出場してIS操縦者の頂点に立った。

その後はISの教官をやり、金を稼ぎ、弟を養っていた。金を稼ぐためとはいえ、半分弟を放置していた。だが、弟は捻くれることなく育ってくれた。

今年度になってからは、聖槍十三騎士団や夜都賀波岐、無人ISの襲撃や銀の福音事件と騒ぎは多く、平凡な日常を送ってきたとは言い難い。だが、このような騒動だらけの人生を彼女は心底嫌っているわけではなかった。なぜなら、彼女は何かを失ったわけではなかったからだ。故に、千冬の答えはこうだった。

 

「……そこそこにな」

「そうなんだ」

「お前はどうなんだ?」

「私?」

「あぁ、貴様は今の世界は楽しいか?」

「楽しくないね」

「そうだろうな。だから、貴様は世界の根底をひっくり返すような何かを企んでいる。……束、私はこれでもお前の友人のつもりだ。だから、お前が悩んでいるのなら、お前の悩みを聞いてやることができる」

「悩みを聞いたところで、ちーちゃんには束さんの悩みを解決する力を持たないよ」

「何故、そう言える?」

「だって、私は世界の理を塗り替えるには、神になる資格がいるからね。神になる資格を持たないちーちゃんに話したところで協力なんか出来っこないからね」

「神だと……馬鹿馬鹿しい。そんなありもしないようなものに信じ込んでお前は何をしようとしている?」

「言ったはずだよ。世界の理…いわば、法則を塗り替える」

「神の次は、世界の法則と来たか、まるで御伽話みたいだな」

「おとぎ話みたいな話だけど、神は実在して、その神が作った法則が存在する。束さんはそれを壊して、束さんの理を世界に流れ出させる」

「……何のために?」

「世の中って争い事が多すぎると思わない?」

「ま、そうかもしれんな」

「束さんはその無駄な争いの根底を断ち切りたい。でも、それをするには一度世界をひっくり返さなければならない。」

「……」

「次会うとき、ちーちゃんは束さんの敵になっている。いや、ちょっと前から、ちーちゃんは束さんを警戒していたから、束さんのことを敵だと思っていたのかもしれない。だから、ちーちゃんが友人って言ってくれて嬉しかったな」

「親に捨てられた直後孤独感に苛まれていた私に良くしてくれたのは、お前が私に対し友情を感じていたからだろう?だったら、私はその友情に答えなければならない。私たちは友人なのだから」

「ありがとう。嬉しいよ、ちーちゃん」

 

束は崖から飛び降りた。千冬は走って崖の淵まで行くが、何かが落下する音も、何かが衝突する音も聞こえなかった。だが、おそらく、友人は無事だろうと千冬は判断する。

自分が本気で殴っても痛がらなかったのは弟と今飛び降りた友人しかいないのだから。

 



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ChapterⅩⅩⅨ:

お待たせしました。この話で、伏線の大半を一気に回収します。


翌日、臨海学校は当初の予定通り終了となった。

旅館からバスに乗り、一行はIS学園と戻る。IS学園に到着したのは昼前で、軽い連絡事項を終わらせると、そのまま終業式を行い、一学期は終わりとなった。終業式が終了し、夏休みに突入したことで、多くの者が旅行や帰国でIS学園から出て行った。

結果、IS学園に居る生徒はいつもの半分以下となった。

そして、夜中の十一時を過ぎれば、校内を歩き回る生徒など数えるほどしかいない。

その数少ない生徒の中に一夏たちは含まれていた。

 

一夏を先頭に、首領代行であるシャルロットが続き、その後ろにセシリアと鈴が続く。一夏たちは千冬たちとの会談場所である第一アリーナへと向かっていた。

アリーナへと向かう一夏たちの服装はいつもと異なっていた。

一夏は白いSSの制服に、黒円卓の黒のコートを羽織り、黄色のストールを肩にかけている。正直傍から見れば真夏に着る服装ではないのだが、黒円卓として出る以上、一夏にとって、この服装は外せないらしい。そして、セシリア、鈴、シャルロットは黒円卓の所属を表す黒円卓の赤い腕章を左腕に付けているだけで、普段通りIS学園の制服を着ている。

 

「一夏、なんで、アリーナで話するの?話するだけなら、食堂かどっかでいいじゃない」

「話をするだけならばな」

「え?話だけじゃないの?」

「……」

「ちょっと、アンタちゃんと説明しなさいよ!不安になるじゃない!蹴るわよ!」

「もう既に蹴っているが?」

 

蹴られた一夏は淡々と事実を述べる。

一方の鈴は堅い一夏の肉体を蹴ったため、足首を捻った。エイヴィヒカイトの術式を埋め込んでいても、内包している魂の数が少なく、エイヴィヒカイトを使用したことがないため、同調率が低く、エイヴィヒカイトを何度も使用し、何度も魂集めをしているシャルロット程、身体能力は向上していない。

 

「鈴、大丈夫?」

「何とかね、ほんとエイヴィヒカイトさまさまね。前なら、本気で蹴ったら、立てなくなるぐらい痛かったのに」

「鈴もそろそろ魂集めした方が良いよ」

「そうね。殺人衝動湧いて人殺しで逮捕って洒落なんないし……シャルロットはどうやって魂集めしているの?」

「僕はこの近くの処刑場跡地とか空襲の慰霊碑とか行っているよ」

「そうなんだ。一応、夏休み中に戦場跡地巡りでもしようかなって考えているんだけど」

「よかったら、僕も一緒に行っていいかな?」

「良いわよ」

「良ければ、私も同行してかまわないでしょうか?」

「モーマンタイ」

 

一夏の後ろで、シャルロットたちは夏休みの予定を話し合っている。

だが、一夏が歩を止めたことで、彼女らの会話は止まった。

 

「私があと一歩でも踏み出せば、その先は姉上、カール、ツァラトゥストラとの会談の場だ。気配から察するに、まだ姉上と数人の連れしか来ておらぬようだが、気を引き締めよ」

「了解ですわ」「はいはい」「うん」

 

三人の返事を聞いた一夏はアリーナの土に右足を着けた。その瞬間、一夏はハイドリヒ化する。黒円卓として対話するのだから、というのもあるが、一夏の姿のまま現れれば、千冬が一夏贔屓な判断を下してしまうのを避けるためだった。

 

ハイドリヒ化した一夏はアリーナの中心に置かれた6つの椅子へと歩を進めた。

6つの席の内、既に三つは埋まっていた。一夏が腰掛けようとする椅子の正面には千冬が、千冬の右隣に箒が、左隣に青髪の一夏より年上の女性が座っていた。千冬の背後にラウラが控えている。青髪の女性の服装から、女性はこの学園の二年であり、初対面であることから千冬に黒円卓の情報を与えたのが彼女だと判断した。

一夏はアリーナ観客席から数人の気配を感じ取っていた。おそらく千冬が、何か問題が発生したときのためにと、対黒円卓用に戦闘教員を配備させているのだろう。戦力差が歴然であるのは彼女自身分かっているとは思うが、無いよりかは良いと考えているのだろう。

 

そして、一夏が椅子に腰かけた瞬間だった。

その場にいた全員の体が金縛りにあったかのように圧力がかかり、身動きが取りにくくなる。まるで、時間の流れが遅くなったかのようで、セシリア、鈴、シャルロット、千冬、箒、青髪の女性にとって未知なる体験だった。だが、そんな中、相変わらず一夏は寛いでいる。まるで、これを一度体験したことがあるかのように。

 

「久しいな、卿と再会できて嬉しいぞ。ツァラトゥストラ」

「俺はその面二度と見たくなかったけどな、ラインハルト」

 

声のする方に視線を送ると、そこには黒髪の成人前の高校生ぐらいの青年が立っていた。

何処にでも居そうな極一般的な風貌をしていた。ただ、この暑い真夏日にマフラーをしているのが、千冬たちは気になった。

一夏にツァラトゥストラと呼ばれた青年は一夏の右隣の椅子に座る。

ツァラトゥストラが着席すると、時間の流れが正常になったのか、体への圧力が消えた。

 

「さて、これで役者は揃いましたな」

 

ツァラトゥストラが椅子に座った直後、一夏の左隣の席から水谷…カール・クラフトの声が聞こえてきた。カール・クラフトは銀の福音を撃墜させた時と同じ格好をしていた。

 

「では、まずは各々自己紹介と行こうか。存じているとは思うが、名乗りというものは重要だ。我こそは聖槍十三騎士団黒円卓第一位首領、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒである」

「同じく、第十三位副首領、カール・エルンスト・クラフト」

「更識家第十七代当主、IS学園生徒会長、更識楯無」

「IS学園教員、織斑千冬」

「IS学園生徒、篠ノ之箒」

「夜都賀波岐が主柱、藤井蓮」

 

それぞれ名乗りを上げると、沈黙がアリーナを包む。

この話合いには司会進行役が居ないため、沈黙を打開するには己の言いたいことを速く言った者が勝ちである。そして、この勝者は蓮だった。

 

「ラインハルト、まずは約束通り戒を返してもらう」

 

蓮にとって、この会談は蛇と獣の真意を測る以外に、グラズヘイムに落ちた櫻井戒を連れ戻すという目的もあった。

 

「よかろう」

 

一夏は携帯電話を取り出すと、イザークに電話を掛け、グラズヘイムから戒を追い出す用意命令すると一方的に電話を切った。数秒後、蓮の背後の景色に陽炎が発生する。

陽炎はゆっくりと色づき、形を成していく。そして、最後には櫻井戒の形にとなった。

 

「すまない、藤井君」

「いや、アンタが謝ることじゃない。篠ノ之箒を殺せと言ったのは俺なのだから、むしろ俺が謝るべきだ。弱体化したラインハルトの実力を見誤り、お前たちに迷惑をかけてしまった。正直すまなかったと思っている」

「そうかい、分かったよ。此処で僕が謝れば、謝罪が繰り返されるだけで何も進まないから、此処でお終いにしよう。じゃあ、僕は先に帰ってていいかな?」

「あぁ、ベアトリスに櫻井が心配している。会いに行ってやってくれ」

「うん」

 

戒は早々とアリーナから立ち去ろうとしたため、千冬は戒を止めようとする。戒の所為で百人以上の生徒が危険に晒されたのだ。謝罪の一つを聞かずして返すわけにはいかない。

 

「戒に責任追及するなら、まず俺に通してくれ。アイツは俺の指示に従っただけにすぎない」

「そうか、ならば、IS学園側に謝罪の一つでもしてもらおうか」

「そうだな。お前たちに迷惑をかけたという事実は認識している。だが、この状態が続くのなら、俺たちはあの時のことを間違った行動だと改めるつもりはないし、篠ノ之姉妹の殺害を止めるつもりはない」

 

蓮は箒を見る。蓮に仕掛けられると判断した箒は立ち上がり紅椿を展開した。

その瞬間、楯無や千冬の後ろに控えていたラウラもISを展開し、それに吊られる形で観客席に居た戦闘教員もISを展開した。

 

「俺はこの状態が続くのならと言ったはずだ。そして、この状態を解消するために、今この話合いの場に来ている。この話合いで何も収穫が得られないと分かるまで俺から手は出さない。それは約束しよう」

「そういうことだ。篠ノ之、更識、ボーデヴィッヒ、ISをしまえ」

「分かりました」「はい」「了解です」

 

箒と楯無は座っていた椅子に再び腰掛ける。

アリーナが静かになったのを確認した千冬は蓮に質問をした。

 

「何故、貴様は篠ノ之姉妹を殺そうとしている?」

「女神の治世のためだ」

「……またか。少しは人にわかりやすく話をしようという気はないのか?」

 

元より蓮は千冬に分かってもらうつもりこの話合いに参加しているわけではない。

蓮にとって、この話合いに参加したのは、あくまでカール・クラフトとラインハルトの思惑を知ることを目的としていたからだ。故に、他人に自分を理解してもらおうなどと微塵も思っていない。

 

「すまないな、千冬。我が愚息は社会不適応者でね、俗にいうコミュ障という精神病にかかっている。代わりに私が君たちに教授しよう」

 

先ほどまで黙っていたカール・クラフトが口を開いた。千冬は思わぬ助け舟が出たことと、ツァラトゥストラを愚息と呼んだことに驚きを隠せなかった。“愚息”という言葉について後で聞くことにした千冬は黙ってカール・クラフトの話に耳を傾けた。

 

この宇宙には“座”と呼ばれるシステムが存在している。

“座”はその宇宙を支配する神の坐する場所で、単純な徒歩や飛翔で辿り着ける場所ではなく、一種の超次元空間であり、言語で説明できない極点である。ものすごく大雑把に言えば、どんな願いでも叶えられるシステムであり、全能の神になれるシステムといった所らしい。

 

「……神だと」

 

千冬は思わずそう洩らした。

自分が神だという奴ほど碌なやつは居ないと千冬は考えていた。何故なら、総じて己こそが神だという者は他者を跪かせ、己を崇め奉らせる。自己顕示欲の塊で、金もうけをしようと考えていると思っていたからだ。

事実、選民思想や宗教観念から生まれる神について、人は様々な争いをした。

そんな歴史を知っていたからこそ、千冬は神など実在するはずがないと考えていた。

故に、“座”というシステムの存在を千冬は疑った。

 

「そんな物があるとは到底思えないが?」

「probatio diabolica」

「……悪魔の証明か」

「左様、無いという事実を君たちは完全に証明できない以上、“座”が存在するかもしれないという可能性はゼロではない。ですので、今、この場において、“座”というシステムがあったと仮定して話を聞いてもらいたい」

「ふん、続けろ」

「何度も代替わりしたこの座には現在一人の少女が座っており、戦えぬ女神に変わり、彼女を我ら三人が守護している」

「女神の治世に、守護者。これらの言葉の意味はそういうことか」

 

なるほど、これまで一夏や夜都賀波岐の言っていた言葉に合点がいった。

 

「そして、篠ノ之束と篠ノ之箒は今の座を奪おうとする存在というわけだな」

 

夜都賀波岐が箒を殺そうとした理由を千冬は推論し、口にする。

何らかの理由で夜都賀波岐の主柱である蓮は束の存在を知り、女神の座の脅威となる可能性を蓮は懸念し、束と一時的に組み、束の心の内を探った。そして、その結果、束が座を奪おうとしていることを夜都賀波岐は知ったため、同盟を切った。

千冬はそう推論した。

 

「残念だが、半分正解で半分不正解だ。座への直接的な脅威は篠ノ之束だけだ」

 

先ほどカール・クラフトが話したが、この座について者は全知全能の神となる。真に神が全知全能であるならば、座に就く者は一人で十分であるはずだ。なら、座を奪おうとする者が複数発生することはあっても、それらが協力し、座の奪取を考える。

 

「では、何故夜都賀波岐は私を殺そうとした?」

 

箒の疑問は必然である。

座を奪うものでないにもかかわらず、座の守護者たる夜都賀波岐に殺されるいわれはない。

 

「それは君が篠ノ之束の成長因子だからだよ」

 

座の脅威となる存在の成長因子を放っておけば、女神の治世を危険に晒すことになる。なぜなら、この成長因子が強ければ強いほど、成長を促す対象である篠ノ之束が強大になる。束を座に着かせるために、束の成長因子である箒は、幾ら頭で否定しようとも、本能的に力を求め、守護者の一角であった一夏に対し殺意があったのはこれが理由である」。

 

そして、この成長因子である箒が専用機である紅椿を手に入れ、更なる力を手に入れる前に消えてしまえば、篠ノ之束の脅威は格段と下がると考え、女神の恋人である蓮を主柱とした夜都賀波岐は篠ノ之箒の抹殺を企んでいた。

 

「だが、私としては、成長因子としての役目を十二分に全うすると期待していたからね。故に、私は君がヴァルキュリアとレオンハルトに殺されるのを止めた」

 

一夏はカール・クラフトの言葉に眉をひそめた。

守護者たる彼が座の脅威に対し期待を抱くことがあまりにも不可解だったからだ。

 

「女神の守護者である卿が、座の脅威となる篠ノ之束の成長因子が増長することに期待しただと?」

「さきほども申しましたが、女神が自衛の意思を持たぬ故に、我ら守護者が着いている。本来一人しか座れぬ席に四人も居座っているということが、座というシステムそのものに対し、負荷をかけている」

 

蓄積された負荷は今はスズメの涙ほどではあるが、悠久の時が流れれば、その負荷は更に蓄積され、結果、膨大な負荷となる。もし、このような負荷を抱えた中で、座の脅威が生じたならば、座のシステムの負荷を受けた守護者たちは弱体化し、脅威に対し無力であるかもしれない。

それに気づいたカール・クラフトは、すぐに座のシステムの負荷の対応に乗り出した。

 

カール・クラフトの選択肢は二つだった。

守護者をすべて排除するか、座というシステムそのものを改変するかだ。

前者の選択肢は彼にとってはあり得なかった。女神の讃美歌を永遠に宇宙に響き聞かせることが目的であるため、自衛の力を持たぬ彼女を一人にすることを、彼は許さなかった。

となれば、彼の取ることのできる選択肢は後者しかない。

そして、座というシステムを改変する手法は突拍子もないものだった。

 

「覇道神の衝突」

 

座の世代交代時、またはそれに類似する現象が発生したときに、座のシステムは一時的に大きな負荷を受け、新たな覇道神を迎え入れるために成長してきた。

そこで、カール・クラフトはそれを利用することを考えた。

守護者同士戦うことで、覇道神の衝突を発生させることも考えたが、その衝突によって守護者が掛けるような事態が発生しては、女神の守護に支障を来してしまう。

そこで、カール・クラフトは自らの手で女神の脅威となる存在と、その成長を促す存在を生み出し、その存在が大きくなるように、束と箒にそれぞれ力を与えた。

再び覇道神の流出の大衝突を発生させるためだけに。

 

「全ては卿の企みというわけか」

 

座の脅威となる篠ノ之束という存在も、

その脅威を成長させる成長因子篠ノ之箒という存在も、

箒を成長させるために、嫌悪の対象となるラインハルトを現界させたことも、

全て、座のシステムを強固にするためのカール・クラフトの脚本によるものだった。

彼にとっての誤算は、ツァラトゥストラが座の現状とカール・クラフトの策略を中途半端に知り、女神を守るためという一心から束を打倒しようと動いたことだった。

だが、篠ノ之箒が殺されていないという事実を鑑みれば、概ねこれまでカール・クラフトの脚本通りであるため、満足している。

 

「ふざけるな!」

 

箒は紅椿を展開し、カール・クラフトに向けて、数発の雨月の刺突レーザー攻撃と空裂のエネルギー刃を放つ。紅椿の攻撃によって、カール・クラフトが座っていた場所はまるで爆撃されたかのように、衝撃波が発生し、轟音が鳴り響き、粉塵が上がる。

カール・クラフトが座っていた場所に常人が座っていたのならば、木端微塵になっていただろう。それほど、箒の怒りの攻撃は凄まじかった。

カール・クラフトの隣に座っていた一夏の後ろに控えていたシャルロットたちが箒の攻撃の衝撃波に耐えるために、ISを展開したほどだった。

 

「私はお前たちの駒なんかじゃない!お前の良いようにされてたまるか!」

 

未来は自分で切り開いていくものであって、最初から運命などというもので決められているはずがない。それが箒の持論だった。

 

「だが、君が幾ら吠えようが、その事実は覆せない」

 

箒の背後からカール・クラフトの声が聞こえてきた。

ありえない。確かに、自分の攻撃は当たったはずだ。ほんのコンマ数秒ほどの出来事だったが、確かに、自分の攻撃はカール・クラフトに当たり、彼と彼の座っていた椅子は吹き飛ばされたはずだった。

 

「なぜなら、それが私の愛娘…篠ノ之箒という人間の真実なのだから」

 

箒はカール・クラフトの言葉に動揺してしまい、体が硬直し、動けなかった。

 

「……娘だと」

「さきほど言ったではないか、君達を私が作ったのだと」

「私の父は篠ノ之柳韻であって、貴様ではない」

「ほう、ならば聞くが、君は君が両親だと信じる存在の目合ひや、自身が実母の股から生まれる光景を見たのかね?違うだろう。ただ、篠ノ之柳韻が実父だと、本人から聞かされただけで、その言葉を生を受けてから十数年信じ続けただけに過ぎない」

「……ならば、貴様が私の父であるという証拠は」

「私は君達姉妹に力を与えたと言ったのは覚えているだろう。篠ノ之束にはISの開発に必要な一部の基礎知識と高い思考能力、私の因子を彼女に与えた。そして、君には私の因子と英雄の力を与えた」

 

カール・クラフトは先ほどまで座っていた場所に歩いて戻ると、地面に手を翳す。すると、砕け散った椅子の破片が宙を飛び、椅子のあった場所に集まり、元の椅子の形へと戻った。

理解の範疇を超えた光景に千冬たちは言葉を失う。

 

「これまで君は他人とは違うと違和感を覚えたことがないかな?人を追いかければすぐに追いつける。力比べをすれば、ほんの少し本気を出すだけで相手を組み伏せることが出来る。武術を学べば誰よりも早くその奥義を身に着けた。……などなど。君にそんなことが起きなかっただろうか?」

「……」

 

箒の口から言葉が出なかった。

なぜなら、カール・クラフトの言葉は全て自分に当てはまっていたからだ。

 

「なぜなら、君はツァラトゥストラに似せて作った私の二つ目の聖遺物なのだから」

 

そう、篠ノ之箒の正体は、カール・クラフトの悲願のために生み出された聖遺物であった。

故に、箒はカール・クラフトや蓮と顔立ちが似ており、蓮と同様に稀に既知感を覚えることがあったし、一夏を嫌うという性格も蓮と類似しているのはそのせいだった。

箒はカール・クラフトの言っている言葉を完全に理解できたわけではないが、それでも、自分に衝撃的な事実を突き付けられたということだけは理解できた。

 

「カール・クラフト。お前にとって、女神はそんなにも守る価値のある物なのか?」

 

千冬の率直な疑問は何もおかしなことではなかった。自分の知らない女の為に自分の友人やその妹を犠牲にされる。自分たちを巻き込んでまで、守り抜く価値があるのかと。

千冬はカール・クラフトが守ろうとする女神の価値を知りたかった。

 

「では、ブリュンヒルデ。君はどの宇宙が良い?」

 

無限に回帰し続け既知感に苛まれる鳥かごの世界。永劫回帰。

無限に戦い続けさせられる死という断崖を超えた戦奴の世界。修羅道至高天。

無限に時間が停滞し、夜明けの来ない常闇の世界。無間大紅蓮地獄。

どれも人が住むべき宇宙ではない。千冬は首を横に振り続けた。

 

「残りは二つ。まずは、篠ノ之束が流れださせようとしている理についてだが……見当はついているがそれが推測の域を出ない。……ブリュンヒルデ、君は彼女から何か聞いていないかな?」

 

千冬は先日の臨海学校の夜に束とした会話を思い出す。

 

「『無駄な争いの根底を断ち切りたい』」

 

あの夜、束が口にした言葉を千冬は言った。

千冬の言葉を聞いたカール・クラフトは笑みを浮かべた。

 

「フフフフフ、フッハッハッハッハッハッハ!そうか。なるほど、これで納得がいったよ。さすがは、私の因子を受けた者だ。あぁ、篠ノ之束、やはり君は面白いな」

 

カール・クラフトは束が流れださせようとしている理を皆に説明し始めた。

束の理の根源は“条理”。彼女は果てしなく合理主義者であり、評価されるべきものは評価されなければならないと信じていた。だが、この世の行き過ぎた感情によって、公平な評価が下されることが阻害されることが多々ある。

 

人としての才能が高くとも生まれた地が悪いという理由だけで受ける迫害。

天才と呼ばれる人間があまりにも出来過ぎるからという理由で受ける差別。

素晴らしい旋律を奏でる演奏者が白痴という理由で貶められる。

 

あまりにも不条理だ。能力だけを見れば、その者が評価されるのは当たり前だというのに。

束はこの世の不条理に対し、怒りを覚えていた。

 

世界最強の兵器であるISを公表した時、万人から酷評を受けた彼女だからこそ、その想いは強かった。

 

だが、束は個我や闘争をすべからく排除したいわけではなかった。悲愴を無くすために、快楽を増やすために、人は一歩ずつ進歩を遂げる。故に、世界の進歩の活力となる個我や闘争を無くしてはならない。束はそう考えていた。

その点において、カール・クラフトの前任者と異なる。

 

一方で、強すぎる個我…盲信による無用な闘争や不条理な評価が世の中にあり過ぎると感じている点では同じである。だが、それに対するアプローチが異なっていた。

カール・クラフトの前任者は個我と争いを無くすことで世界に安寧をもたらしたが、彼女はそんな強すぎる個我に無くすのではなく、罰を与え矯正させることで、無用な争いを無くそうとしている。

 

「力ある者にその才が開花できる場が齎され、才もなく玉座に居座る愚者を切り捨て、不条理な出来事の一切合財を排除し、他者を想い善行をした者には徳を与え、盲信により悪行を働いた者には罰を下す。森羅万象合理的であり、内なる才を発揮でき、正しく評価される世界」

 

この理が流れ出た世界において、不条理で無用な勝者や争いはない。

無能な国の為政者はおらず、過激な動物愛護団体も居ない。過剰な民族意識による民族浄化は無く、狂信者による宗教戦争もない。

適度な感情を持ちながら皆がそれぞれ合理的な判断を下すため、多少の争いはあるが、それが世界の進歩と勝者を生み出す。

更に、生産行動を行わず、消費行動しか行えないような、世界の発展に貢献できぬ存在には、生産活動を促すような矯正をするが、それでもなお、改善の余地がなければ、存在を否定する。

 

「賞罰の兎……因果応報。……それが篠ノ之束の咒と理だね」

 

とても合理的な不条理のない理である。

一見すれば、良き心を持つ者に救いのある宇宙だといえる。

 

「この理は世界の成長を促すことに特化している。故に、この理には世界に貢献できぬ才無き弱者に救いがないという大きな欠点がある」

 

良き心を持っていたとしても、誰からも評価されないような者が居たとすれば、その者は他者を立てる為にしか存在できず、永遠にその者は評価されないまま報われない人生しか歩めない。そして、その人生が終われば、その先に救いがない。

回帰するわけでも、転生するわけでも、死の先があるわけでもないのだから。

そして、そもそも彼女はそのような何にも貢献できないような能力のない塵芥を救いたいなどと思っていない。宝石の原石ならその輝きを認めるが、そこらへんに転がっているような石ころに関して特別な感情を抱かない。石ころは石ころであり、石ころ以上の存在にはなれない。なってはならない。それは宝石の輝きを貶めることなのだから。

故に、全てを愛しているという黄金の獣の礼讃を束は気味悪がっていた。

何故貴様は石ころまで愛せるのだと。

 

束の理を聞かされた千冬は首を縦に振れなかった。

 

「最後の理は、我らが守護せし理、黄昏の女神、輪廻転生」

 

女神の理の根源は人と触れあいたいというものだった。

彼女はただそれだけを望み、その望みは来世で果たされると願い、その理を流れ出させた。

この理において、救われない者は存在しない。

 

「なるほど。それが本当ならば、確かに、お前たちが守るというのも納得できる」

 

なんと慈愛に満ちた神なのだろう。守護者と千冬を除く全員が感嘆のあまり言葉を失った。

アリーナを静寂が包む。

 

「カールよ、卿がそこまで脚本通り進めてきたのならば、我らと篠ノ之束との衝突はいつになるのかも分かっているのだろう?」

 

一夏レベルの人間が四人も力を使って、衝突を起こすとなると、それ相応の準備が必要である。となれば、覇道神の衝突の時期を知り、場合によっては今すぐにでも準備を始めなければならないと一夏は考えた。

 

「すでに、篠ノ之束の流出は始まっており、その進行具合から考えておそらく…」

「待て、今、流出は始まっていると卿は言ったな?」

「あぁ、獣殿の今の肉体は聖餐杯の贋作故に気付いておられませんでしたか。ならば、教えましょう。10年前の白騎士事件。あの事件により、“ISこそが最強の兵器”という脆弱な理が、この宇宙に流れ出ました」

 

“ISこそが最強の兵器”という理は輪廻転生の理と併存で来た。

なぜなら、輪廻転生の理自体は現象であるが、束の“ISこそが最強の兵器”という理は人の意識の中の理であって、現象ではないからだ。

 

「彼女はこの己の理で世界を覆い、完全に覆ったところで、因果応報の理に変換させることで、彼女は座に着こうとしております。……疑問は解消されましたかな?」

「一応は納得した」

「ならば、さきほどの獣殿の問いに答えましょう。彼女の“ISこそが最強の兵器”という理が完全に世界を包み、流出の変換を行うのは、今年の12月24日。おそらく彼女も新世界の神の誕生に最適な日になるようにしたのでしょう」

「フッフッフッフッフ、怒りの日、再びか」

 

再び訪れる怒りの日を待ち焦がれた一夏は悪魔のような笑みを浮かべた。そんな一夏に対し、平和主義者であり事なかれ主義者である蓮は冷たい眼差しを一夏に送る。

 

一夏の笑い声が止んだところで、千冬はカール・クラフトに尋ねた。

 

「カール・クラフト、私自身の目で女神を見極めたい。会うことはできるか?」

「今はツァラトゥストラと共にいる。私に聞くのではなく。彼に聞いてくれ」

「どうだ?藤井」

「構わない」

 

蓮は千冬の申し出を断ることはしなかった。

なぜなら、座の争いで万が一女神が座から一時的に追いやられるような事態が発生したときの為に、女神を守ることの出来る強い協力者が必要だ。

協力者を得るには直接女神を協力者に会わせる必要があると蓮は考えていた。

 

「だが、一つ条件がある」

「なんだ?」

「マリィが安全にこの学校に来ることが出来るかどうかを確かめたい」

 

女神自身が黄昏の浜辺に居り、離れられない。そこで、女神の影をこの世界に落とし、会わせることが可能だが、もし影でも傷つけば、座に悪影響を及ぼす可能性がある。

そのような可能性を蓮は排除しておきたかった。

 

「方法については、後にこちらから伝える」

「分かった」

 

この会話によって、この場に居た人間の言いたいことは全て出尽くした。

それを察したカール・クラフトは閉会の言葉を紡ぐ。

 

「では、これにてこの会談は終了としましょう」

 

 

 

 

 

「そうだ、ツァラトゥストラ。これを卿に渡し忘れるところだった」

 

一夏は蓮に一枚の紙を渡した。

紙の大きさはA4用紙で、その紙に書かれていた内容を蓮は読み上げる。

 

「……請求書……当旅館の施設の一部を倒壊させた原因である貴殿に対し、倒壊した旅館の撤去作業費、宴会場のある建物・宴会場にあった旅館の備品・中庭の修繕費として以下の金額を請求します…………いち…じゅう…ひゃく…せん……」

「二億五千万だ」

「……」

「私がカインに攻撃した際に破壊した中庭の石や松の弁償は済ませてある。私は払ったのだ。卿の臣下が壊した物の弁償ぐらいするのだろう?」

 

シャルロットを暗殺しようとした刺客の死体からベイが抜き取った金は、ベイの生活費を引いて、黒円卓の資金として一夏に譲渡されていた。この金を一夏はシュピーネに与え、ブラックマーケットで先物取引をさせ、二十億にまでした。そして、この莫大な資金の一部を中庭の一部の修繕費として、旅館経営側に送っている。

 

「……」

「いや、失敬。黄昏の守護者であり女神の恋人である卿が、支払わないなどという愚行によって、女神の品格を貶めるようなことをするはずもなかったな」

 

ハイドリヒは笑みを浮かべ、蓮を見送る。

請求書を受け取った蓮は滝のように汗を流しながら、アリーナを後にした。

 




伏線を一気に回収しました。
分かりやすく簡単に纏めて箇条書きにしますと、

・束さんは黄昏を因果応報で塗り替えようとしていた。
・白騎士事件は”ISこそが最強の兵器”という理を流れ出させる一種の流出だった。
・箒が人間離れしていたのはカール・クラフトの聖遺物で、蓮の妹だったから。
・蓮が箒を殺そうとしていたのは、束の流出を防ぐため。

・んで、上三つは、全部カール・クラフトの脚本通り

以上の理由から、タグに、『メルクリウス超ウゼェェェェェ!!』を入れさせていただきました。

伏線回収って大変でした。
まだ、残っている伏線がありますが、それは追々分かります。


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ChapterⅩⅩⅩ:

「嫁」

 

守護者とIS学園の会談終了後、蓮とカール・クラフト、更識楯無が退場したアリーナの真ん中で、椅子から立ち上がろうとした一夏をラウラは呼ぶ。

 

「……すまなかった。どうも“ナチス”という言葉を聞くと、あまりいいイメージが無くてな…その」

「かまわん。あの時のドイツが極悪非道の冷血狂人集団であると今の世論が言うのならば、卿がそれに流されるのは仕方のないことだ。事実、選民思想の先に待つ結末など碌な物が無い。私もそう考えている」

「……そうか。何にせよ、嫁がろくでなしでないと分かって私は嬉しかった」

「さて、それはどうかな」

「……どういうことだ?」

「今に分かる」

 

一夏の言葉の直後、千冬の携帯電話に電話が掛かってきた。

千冬はその電話を取る。

 

「私だ」

『織斑先生!侵入者です!』

 

電話の向こうからは今晩IS学園の管理室に居るはずの真耶からだった。

真耶の声から千冬は焦りを感じ取った。元日本の代表候補生だった真耶の焦りぐあいから、侵入者が並みのものではないのだと千冬はすぐに感じ取った。

 

「では、今すぐアリーナに居る戦闘教員部隊をむかw」

「侵入者は男女の二人であろう?」

 

千冬と真耶の通話に一夏が割り込む。

IS学園には多くのIS関連の重要人物が居るため、外部からの侵入やテロ攻撃の対策は十分に練られている。故に、その対策を掻い潜り侵入してくるような輩が居れば、一大事であるのは明確である。普段ならば、千冬の言うとおり戦闘教員部隊が迎撃に向かうのだが、そんな連中の対応を一夏は必要ないと言った。

なぜなら、一夏はその侵入者を知っていたからだ。

 

『え?…えぇ』

「ならば、必要ない。……喜べ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。今、卿の宿願は果たされる」

 

次の瞬間、アリーナのグラウンドに入るための扉がこちらに向かって飛んできた。

アリーナで行われるISの試合で破損しないようにと重厚に作られているため、そう簡単に壊されるはずのない代物であるにも関わらずだ。

ラウラは瞬時にISを起動させ、AICで飛んできた扉を止める。

 

「Guten Abend ハイドリヒ卿」

 

白髪のSSの軍服を着た男がアリーナのグラウンドを歩きながら、一夏に挨拶をする。

その男は以前クラス代表戦に乱入し、無人ISを完膚なきまでに叩き潰したヴィルヘルム・エーレンブルグだった。

今が夜の所為か、ヴィルヘルムから溢れ出る獣性は前回とは桁違いだ。

下手に刺激すれば、襲い掛かってきそうな猛獣そのものだ。

観客席で待機していた教員部隊はISを展開し、ヴィルヘルムに銃口を向ける。

 

「Guten Abend ベイ中尉」

 

そんな獣のようなヴィルヘルムに対し、一夏はいつもと変わらない態度で答える。

何故なら、ヴァレリアやシャルロットのように首領代行という権限などが無くとも、その猛獣を力で飼いならした唯一の主こそが、織斑一夏であり、ラインハルト・ハイドリヒなのだから。

 

「もう、置いて行かないでよね。ヴィル」

 

そして、そんなベイの後を追うようにして、一人の女性が走ってアリーナに入ってきた。

その女性はどこにでもいる今どきの若者が着る私服姿をしていた。

先ほどまでこの世界の理について話していた場で、大量殺人鬼が現れた今において、彼女はあまりにも場違いだった。あまりにも彼女は日常を具現化したような空気を纏っていたからだ。そんな彼女だからこそ……綾瀬香純は“太陽”と形容されたのだろう。

 

「曾お祖父ちゃん、シャルロットちゃん、鈴ちゃんに、セシリアちゃんも、こんばんは」

「健勝そうでなによりだ。香純。どうやら、ベイとも上手くいっているようだな」

「そりゃ、もちろん♪ 天才剣道美少女高校生、綾瀬香純ちゃんに掛かれば、落とせない男は居ないんだよ♬」

「……」

「何か言ってよね! 自分で言ってて恥ずかしいだから!」

「ならば、言わなければよかろう」

 

香純がベイと上手くいっている理由は複数ある。

その理由の一つ目が香純のノリだった。彼女は幼いころから剣道をしていたため、体育会系のノリで生きてきたため、気合や根性論と言った物に慣れていた。さらに、剣道を通じて武士道精神を知っていたため、騎士道精神を持つヴィルヘルム忠義について、それなりに理解できた。

そして、最大の理由が二人の相性である。そう、創造(ヴィルヘルム)相手に、形成(香純)は勝つことが出来ないが、吸血鬼(ヴィルヘルム)は太陽(香純)を滅ぼすことが出来ない。

 

「俺を落としただぁ? ふざけんのも大概にしろよ、香純。俺がテメェを追い返さないのはな、何十回追い返してもテメェが俺の住処に押しかけ女房してくるから諦めただけでテメェに惚れるはずがねぇだろうが! ハイドリヒ卿の曾孫だからって好き放題しやがってよ! テメェが頭の湧いたパンピーだったら、ブッ殺してるところだぞ! アァン!」

「とか言いながら、アタシの味噌汁褒めるヴィルってツンデレだよね」

「言ってねよ。テメェ喧嘩売ってんのか?」

「えぇ~、『テメェら日本人ってのは、アレだな、刀とミソスープ作ることだけは上手いよな。これなら毎日飲んでも良い』って言ってたじゃん。ほらほら~、素直になった方が可愛いよ」

 

香純はヴィルヘルムの頬っぺたを指でつつく。ヴィルヘルムは鬱陶しがり、腕で香純の手を払うが、香純はヴィルヘルムの頬をつつくのをやめない。

そんな光景に一夏は少々驚いた。

普段のヴィルヘルムなら、こういった手合いに対して、速攻で形成し、串刺しにしている。にも関わらず、未だに香純はヴィルヘルムからエイヴィヒカイトによる攻撃を受けていない。これはヴィルヘルムが香純を認めているという証拠に他ならない。

 

「……ヴィルヘルム・エーレンブルグ」

 

突如、現れたヴィルヘルムに千冬は言葉を漏らした。

黒円卓の目的が単なる虐殺ではなく、この世界の理を守る物だということは理解できた。だが、黒円卓が一度も虐殺を行っていないというわけではない。特に、このヴィルヘルムの所業だけを見れば、それこそテロリストそのものであり、黄昏を守るための所業とはほど遠い。

さきほど、前代の理から今の理に変わるためには魂集めは仕方がなかったとカール・クラフトから聞かされてはいるが、先ほどから感じる獣性を考慮すれば、ヴィルヘルムがいやいや人を殺しているようなまともな人間でないことはすぐに分かる。

 

「ハイドリヒ卿の姉君、ブリュンヒルデと……あんだ、てめぇ?」

 

ヴィルヘルムはラウラを見ると、敵意を露わにする。

さきほどまで少し上機嫌だったその表情が険しくなった。

まるで、縄張りに入ってきた侵入者に対して威嚇する獣のようだった。

ヴィルヘルムが敵意を露わにしたのには理由があった。

彼の宿敵であるウォルガング・シュライバーとラウラは見た目で類似する点が多かった。

白髪の長髪、低身長、男か女か分からないような凹凸のない体型、そして、眼帯。これらの特徴がヴィルヘルムの逆鱗に触れることとなった。

軍部で育てられたラウラは敵意や殺意と言った物には敏感であったため、ヴィルヘルムの底知れないほど圧倒的な敵意を感じ取れないはずがなかった。ヴィルヘルムが千冬から聞いた通りの危険人物だということが分かり、ラウラは身構える。

 

「テメェが何もんなんかはどうでも良い。とりあえず、逝っとけ、ガキ」

 

ヴィルヘルムの腕から一本の大きな赤黒い杭が生え、ヴィルヘルムが腕を振るうと、杭はラウラへと飛んでいく。現状を把握できていなかったラウラだったが、自身が危機に瀕しているということは理解できたため、AICを起動させ、飛んでくる杭を止めようとした。

さらに、レールカノンを起動させ、反撃の準備をする。

そんなヴィルヘルムとラウラの間に香純は割って入り、ラウラへと飛んでいく杭を刀で斬った。斬られたヴィルヘルムの杭はその場に落ちる。

 

「形成――童子切安綱」

 

その刀は純白の柄巻に、鬼瓦が組み合わさったような楕円の鍔をしていた。

酒呑童子の首を斬ったとされる名刀。それが綾瀬香純の聖遺物である。

 

「何やってんのよ!ヴィル!」

 

ラウラを背にした香純はヴィルヘルムを睨む。

その姿は我が子を守るために捕食者に立ち向かう動物そのものだった。

 

「害虫駆除だ」

「害虫ってアンタね」

 

ラウラは困惑した。

自分の前に背を向けて立つ女性にラウラは身に覚えがあった。先日臨海学校用の水着を買いに行ったときに自分に真摯にアドバイスしてくれた店員が彼女だったからだ。

更に、その女性が先月部下と共に戦った相手ロート・シュピーネと類似する力を使った。これまでの体験と先ほどの会談の話を総合させると、エイヴィヒカイトと呼ばれるこの力は黄昏の女神の守護者しか持っていないらしい。では、何故、この女性は持っている?

しかも、自分を守ってくれたこの女性は“香純”とヴィルヘルムに呼ばれていた。もしかして目の前に居る女性が母親なのではないかとラウラは期待すると同時に、その女性が一夏の事を“曾お祖父ちゃん”と呼んだことに困惑してしまう。

だが、香純が口にした言葉を聞いたラウラは更に驚くこととなる。

 

「離れ離れだった三人が初めて会う感動のシーンなんだから、娘を抱きしめるのが親の役目でしょうが! なんでジャンル違いのトチ狂った血祭パーティーなシーンにしようとしてんのよ! 馬鹿!」

 

…娘?…親?…今私に攻撃してきた男と私を守ってくれた女が私の親?

ロート・シュピーネが言っていた彼だけの彼の為の黒円卓。それを生み出すことが白い一角獣機関の目的だった。それに、自分とヴィルヘルムは見た目で類似している点が多い。故に、黒円卓に名を連ねる者達が素体になっていてもおかしくはないし、ヴィルヘルムが親だと聞かされても納得できた。だが、何故、親である彼が私に手を上げるのか、ラウラはそれが分からなかった。ラウラはヴィルヘルムや香純に聞きたいことがあり過ぎて、何を言おうかと悩み、言葉が詰まってしまう。

 

「そんなものは知らねぇな、香純。俺はな、気に食わねぇなら、たとえそれが仲間だろうが、兄弟だろうが、親だろうが殺す。俺はずっとそうして生きてきた。そんな俺の前にあの野郎のパクリが現れた。だったら、駆逐するのが当たり前だろうが」

 

再び、ヴィルヘルムの体中から数本の杭が現れる。

ヴィルヘルムはキレながら、笑っていた。

何故なら、退屈で死にそうだった自分の目の前には玩具(獲物)が居る。しかも、その獲物の片方は敬愛するハイドリヒ卿の血を受けたエイヴィヒカイトの術者であり、もう一人はシュピーネを倒したISの操縦者だ。彼が上機嫌にならないはずがない。

 

「あぁ、もう! シャルロットちゃんの言うとおりになっちゃったじゃない」

 

シャルロットは一夏の命令通り、ヴィルヘルムの性格の矯正をしようとした。

だが、ヒャッハー中尉はどう矯正しようとしても、彼の根底にあるシュライバー卿に対する敵意と喧嘩っ早さは消えなかった。

結果、打つ手なしと分かったため、策を弄することなく二人を会わせてみることとなったのだが、やはり親子喧嘩は避けられないとシャルロットは予測していた。

 

「……ラウラちゃん、後で全部教えてあげるから、今はお父さんぶっ飛ばすよ」

 

香純は童子切安綱を構え、ラウラはAICを起動させ何時でも作動できるようにする。

また観客席に居た教員もラウラを取り巻く事情を知らないし、理解していなかったが、ヴィルヘルムがラウラに牙を向こうとしていることだけは理解できた。ヴィルヘルムの強さを知っているIS学園の教員は、IS学園の生徒であるラウラを守ろうと、ヴィルヘルムに向けて援護射撃をしようとする。

 

だが、彼女らは援護射撃することができなかった。

なぜなら、観客席に居た教員の元に、ある物が飛んできたからだ。

それは大きさ15cmほどの成形炸薬弾頭だった。IS学園の教員たちは飛んできた弾頭を、ある教員は撃ち落とし、別の教員は回避した。

 

「IS学園の教員たちよ、これは私の家庭の問題だ。卿等の出る幕ではない」

 

一夏の周りには数機のパンツァーファウストが展開されていた。

IS学園の教員たちはハイドリヒ化した一夏から出る威圧感に気圧されてしまう。誰もが一夏とヴィルヘルムを止められない中、千冬が一歩前に出た。

 

「だったら、私は介入しても問題は無いな。私はラインハルト・ハイドリヒの縁者ではないが、織斑一夏の姉だ。お前の家庭環境に口出しする権利ぐらいはあるはずだ」

「なるほど。ならば、好きにしてみるがよい。……もとより、私が何と言おうと卿は卿の好きにするつもりだったのだろう?」

 

千冬は一夏の返事を聞くと、右手首に左手を重ね、目を閉じた。

次の瞬間、右手首は淡い白い光を放ちだした。光り出した時は小さく弱い光だったが、それは瞬く間に極光となった。その光が収束した時、千冬はISを纏っていた。

 

純白。それが千冬の纏ったISに対する誰もが抱いた感想だった。

巨大な雲のような圧倒的な存在感を放ち、雪山の吹雪のような荒々しく、刀の反射光のように鋭く、真珠のように美しく、儚い霧のように幻想的であった。

何者にも染まらない。何色にも染め上げることが出来ない。

それを表した穢れも汚れを知らない完全無欠の白だった。

 

「白騎士?」

 

純白のISを纏った千冬に対し、ラウラは言葉を溢した。

 

「いや、これは第三世代型IS、白式だ」

 

本来、これは一夏の専用機になる予定だった。

だが、開発が遅れ、一夏のIS学園の入学に間に合わなかったため、白式の使い手に十分な力量を持った者が現れるまで、一時的に千冬の専用機となっていた。

 

「そういうわけだ。ヴィルヘルム、私が貴様の相手をさせてもらう。異議は認めん」

 

ISを展開した千冬は白式の唯一の武器である雪片弐型をヴィルヘルムに向ける。

 

「IS学園教員、織斑千冬、ブリュンヒルデ。それが私の名前だ」

「はっ、フハハハハハ!クハハハ、ヒャーッハッハッハッハッハッハッハ!さすがは、ブリュンヒルデ、戦の作法を弁えてやがる。良いぜ、良い気分だぜ」

 

その直後、ヴィルヘルムの目の色が変わった。

 

「……日の光は要らねぇ」

 

ならば夜こそ我が世界

 

「俺の血が汚ねえなら」

 

無限に入れ替えて、新生し続けるものになりたい

 

「この、薔薇の夜が無敵であるため」

 

愛しい恋人よ………枯れ落ちろ

 

「それが俺の創造(渇望)だ。………死森の薔薇騎士」

 

アリーナの上空に浮かぶ半月は欠けた半身を手に入れて満ちていく。

やがて月は半月から満月となり、まるで血溜のように紅く、赤く、朱く染まっていった。

不可解な現象に観客席に居た教員たちは、夢を見ているのかと我が目を疑った。それと同時に、まるで全速力で長距離を疾走した直後のような息苦しさが襲い掛かってきた。そして、その息苦しさは自覚すればするほど、時間が経てば経つほど重くなっていく。ISのシールドは作動しているのかと思ったある教員はシールドに関するウィンドウを開き確認すると、ISのシールドエネルギーの残量が減少していることに気が付いた。

教員たちはこの不可解な現象の原因がヴィルヘルムにあると考えた。だが、ヴィルヘルムに手を出そうにも、一夏に邪魔をされる。だが、このまま黙って見ていては、ISのシールドエネルギーは無くなり、この息苦しさが直に自分に掛かってくる。

そこで、教員たちはアリーナから離脱し始めた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ、串刺し公(カズィクル・ベイ)。俺の相手はブリュンヒルデ、テメェだけじゃねぇ、俺に刃向かう全員だ。香純にクソガキ、テメェらも名乗れよ」

「聖槍十三騎士団黒円卓第六位補佐、綾瀬香純、ゾーネンキント。アタシ達が勝ったら、言うこと聞いてもらうわよ、ヴィル!」

「IS学園ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「俺が勝ったら、テメェをグチャグチャのトマトにしてやらぁ!」

 

ヴィルヘルムは体中から杭を放った。

千冬は杭を雪片弐型で弾きながらヴィルヘルムに接近する。香純はその場で立ったままでは、ヴィルヘルムの放つ杭をすべて対処しきれないため、ゆっくり後退しながら、杭を弾いて行く。ラウラはAICで全ての杭を止めることで対処すると同時にレールカノンによる砲撃をヴィルヘルムに浴びせようとするが、嵐のように降りかかってくる杭の対処のためにAICに集中し、レールカノンの操作が片手間になりヴィルヘルムに照準を合わせることが出来ない。

そして、一夏は打鉄の黎明を部分展開で呼び出し、自分に向かって降り注いできた杭を弾き、シャルロットはセシリアと鈴の前に立ち、ガーデン・カーテンを展開し杭を防ぎ、箒は紅椿を展開し、雨月と空裂で杭を弾く。

ヴィルヘルムは周りが見えなくなるほど、この戦いに集中していた。故に、黒円卓の首領である一夏や首領代行のシャルロット、同僚の鈴やセシリアを巻き込んでいる。だが、ヴィルヘルムは一夏たちに対して申し訳ない気持ちは微塵もなかった。なぜなら、この程度で一夏が倒れるとは思っていなかったし、一夏がこの程度の攻撃を黒円卓への不忠の証と自分に罰を下すはずがないと知っていたからである。そして、この程度の攻撃でシャルロットたちがくたばる様だったら、所詮そいつ等はその程度だったと鼻で笑うつもりだった。

 

「二人とも大丈夫?」

「うん、シャルロットのおかげで、セシリアは?」

「えぇ、私も大丈夫ですわ。それより……ここは危険すぎますわ。早く離脱をしなければ」

「離脱は許可するが、ベイと姉上・香純・ラウラの戦いは見届けろ」

「どうして?」

「まあ、見ておけ」

 

一夏は打鉄を完全に展開すると、アリーナの観客席へと向かった。

シャルロット、鈴、セシリアは観客席を通り、アリーナから離脱し、ISの望遠機能でヴィルヘルムと千冬・香純・ラウラの戦いを見ていた。

 

三対一の戦いは乱戦のようにならなかった。

何故なら、ヴィルヘルムの杭の雨を完全に対処しきっていたのは千冬だけだったからだ。香純は相変わらず押されている。彼女の聖遺物に内包されている魂の量が少ないため、身体能力があまり向上していない。故に、ヴィルヘルムの杭の雨に苦戦していた。

 

だから、足元にあった石に香純は気づけなかった。

香純は石を踏み外し、仰向けに倒れた。すぐに起き上がろうとするが、目の前にはヴィルヘルムから放たれた杭が迫ってきた。

 

そんな香純を見たラウラはスラスターを全開にし、香純に飛びつき、杭から守り、盾となる。数発の杭を受けながら、ラウラは立ち上がると、AICを起動させ、その後にヴィルヘルムの杭を止める。

 

「ラウラちゃん」

「無事か? その…えっと……無事か」

「ありがとう。ラウラちゃんのおかげでね。ごめんね。ラウラちゃんを守るつもりだったのに、助けられちゃって」

「う…あ、貴方が無事なら、それで…良い」

「ごめんね、ラウラちゃん、本当は貴方と一緒に戦ってヴィルに勝って、貴女を認めさせたかったけど、アタシじゃ足を引っ張って……」

「どうして、そこまで、ヴィルヘルムを?」

「ヴィルだけじゃないよ。アタシが助けたいのは黒円卓の皆」

 

黒円卓には報われない人生を送った者は多かった。

ヴィルヘルムは近親相姦によって産まれたため忌子として父から虐待を受けた。シュライバーは両親の求めた性を受けることが出来ず、両親から虐待を受け、片目を失った。シャルロットは父親から都合の良い道具扱いを受けた。セシリアは幼い時に事故によって両親と死別し一人で両親が残してくれたものを守ろうと戦ってきた。

他にも、黒円卓に席を置く者の多くは暗い過去を持っている。故に、彼らは何かを求め、永劫戦い続けることをラインハルトに誓った。だから、ラインハルトは相手を壊し勝利することが愛だと言っているが、黒円卓の全員がそう思っているわけではない。

そんな昔の黒円卓や今の黒円卓を香純は見て思ったことがあった。ラインハルトの圧倒的な強さに感化された新旧の黒円卓は勝利だけを見ていて、勝利の先を忘れてしまっているのではないのかと。

想いが届いてしまったら、その先は?

手に入れたいものを手に入れてしまったら、その先は?

誰かに愛されてしまったのなら、その先は?

普通の幸せを手に入れてしまったら、その先は?

自分に害をなす者が居なくなってしまったら、その先は?

全霊の境地に辿り着き、勝利を掴み取ったのなら、その先は?

もし、そうなのだとしたら、あまりにも黒円卓は哀れだ。

 

「だから、皆が勝利の先を忘れないように、アタシが皆に日常を与えたい。それがアタシの願い(渇望)なんだから。まずは、ヴィルに血の繋がった優しい家族というものを手に入れてほしい」

 

香純は体に鞭を打ち、力を振り絞って立ち上がり、童子切安綱を構える。

だが、満身創痍の香純は刀を持つ手が震えており、戦えるような状態ではなかった。

 

「貴女は……私の日常にもなってくれるのか?」

「もちろん。だって……家族じゃない」

 

ラウラの瞳から一筋の涙が零れた。

彼女の流した涙はほんの数滴だったが、ラウラは母性というものが尊いものだと知った。

温かく、優しい。そして、自分に力を与えてくれる。本当に母とは太陽のようだ。

 

「…は…母よ、私は貴女の想いに答えたい」

 

ラウラは恥ずかしそうにその言葉を吐いた。前に一度しか会ったことのない女性に、人生で初めてその言葉を言うのは、彼女にとって一世一代の大きな出来事だった。

一方の香純は、腹を痛めて産んだわけではないが、血の繋がった娘に、“母”と呼んでもらえた喜びに打ち震えていた。あぁ、アタシはこの子のためならば頑張れる。

絶対にこの子に優しい家庭を与えたい。

 

「だから、後は私に任せて、ゆっくり休んでいてください」

 

ラウラは香純の首に手刀を叩き込み、香純を気絶させる。

気を失った香純を抱えると、AICでヴィルヘルムの杭を止めながら、急上昇し、ヴィルヘルムの死森の薔薇騎士の結界の外へと出る。そして、索敵機能でセシリアを見つけると、セシリアの方へと飛んで行った。

 

「セシリア、すまないが、少しの間、母を預かってくれ」

 

ラウラは一方的に香純をセシリアに押し付けると、急降下し、ヴィルヘルムと千冬が戦っている場所へと向かう。急降下中にもヴィルヘルムの体から杭が飛んでくるため、AICで杭を止める。

 

死森の薔薇騎士の結界の中に入ったラウラは戦況を見極める。

ヴィルヘルムの杭の雨脚は強くなっている。にもかかわらず、いまだにヴィルヘルムの攻撃は千冬には一度も当たっていない。すべて千冬が雪片弐型で弾くか、回避しているからである。千冬がヴィルヘルムの攻撃をすべて対処できたのは、彼女が白騎士事件時に大量のミサイルと砲撃に対処した経験があったからだ。

死森の薔薇騎士の能力によりISのシールドエネルギーは奪われてはいるが、確実に千冬はヴィルヘルムの攻撃の法則性の一端を理解し始めたのか回避行動の最適化が進んでいる。その結果、ヴィルヘルムとの距離を確実に縮めていた。今受けているダメージの量で言えば、千冬の方が大きいが、戦いの流れは確実に千冬に向いてきている。故に、総合的に判断するならば、千冬が押しているといえるとラウラは判断した。

 

「面白れぇ。ならこれはどうだ!」

 

ヴィルヘルムが笑うと、アリーナ全体から元のアリーナの全体像が見えなくなるほどの数のヴィルヘルムの杭が生えてきた。どれも禍々しく、たとえISを装備していたとしても当たれば、無傷では済まないほどの必殺の杭だった。

そして、そんな必殺の杭が千冬とラウラに向かって発射された。

 

ラウラはAICを全方向に向けて作動させる。だが、全方向から来る攻撃を完全にめることは不可能であるため、ワイヤーブレイドでAICの効果が薄い部分をカバーする。

そんな上下左右前後から襲い掛かってくる杭だったが、先ほどに比べて、ラウラに襲い掛かる杭の数は少ない。ヴィルヘルムの今の目標は千冬であるため、ヴィルヘルムは攻撃を千冬に集中させていた。その結果、ラウラには流れ弾程度しか来なかったからだ。

 

これを好機と考えたラウラはある程度のダメージを覚悟し、AICにかける集中力を削ぎ、ワイヤーブレイドで防御しながら、ヴィルヘルムへ砲撃するために照準を合わせることに集中しようとする。だが、ヴィルヘルムの杭による攻撃は激しく、杭を喰らった時の衝撃でISが揺れてしまい、なかなか照準が正確に合わない。ラウラは照準が正確に合う時まで待とうと考えたが、ISのシールドエネルギーの残量を見て、考えを改めた。このまま、照準が正確に合うのを待っていては何時になるか分からない。もし、照準が正確に合うのが大分先の話ならば、それまでにシールドエネルギーの残量が底を尽きてしまう。

 

「一か八か!」

 

そこで、ラウラが取った作戦は“下手な鉄砲数撃ちゃ当たる”だった。

威力は落ちるが、連続で放てば少なくとも一発はヴィルヘルムの近くに着弾するはずだ。

そして、ラウラの予測通り、放った三発のレールカノンの一発がヴィルヘルムの近辺に着弾した。ヴィルヘルムの近くに着弾するまでにアリーナ中から発射された杭に衝突したため威力は落ちていたが、一瞬だけヴィルヘルムの意識を千冬から逸らすことに成功した。

一瞬だったが、この一瞬は千冬にとって大きかった。

ラウラの砲撃で砂埃が舞い上がったことにより、視界を奪われたヴィルヘルムは砂煙の中から脱出し、攻撃を再開しようとする。そのため、この一瞬の間だけヴィルヘルムの攻撃が止んだ。

この攻撃が止んだ一瞬の間に、千冬は連続瞬時加速でヴィルヘルムとの距離を一気に詰める。折角教え子が作ってくれたチャンスを無駄にしたくない。

 

「零落白夜発動」

 

嘗ての自分の専用機暮桜と同じ、白式の単一仕様能力を発動させる。

雪片弐型は形を変え、エネルギーの刃を形成する。相手のエネルギー兵器による攻撃を無効化したり、シールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えられるなど非常に高い攻撃能力を有している。一方で、自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもある。だが、このチャンスをものにし、確実に仕留めると考えていたため、万が一避けられた後のことやヴィルヘルムのカウンターは考えていない。

 

そして、最後の瞬時加速を行ったコンマ数秒後、ヴィルヘルムの右胸筋に雪片弐型のエネルギー刃が深々と刺さり、貫通した刃先がヴィルヘルムの背中から姿を現す。

 

「くそがぁ!!」

 

ヴィルヘルムは口から血を吐きながら、吠える。

千冬の攻撃は相手に重傷を負わせるには充分だったが、ヴィルヘルムを止めるには不十分だった。ヴィルヘルムはこの程度で終われるかと、この程度で負けていられるかと反撃を試みる。左腕から杭を生やし、千冬の側頭部目掛けてフックを叩き込もうとする。

だが、ヴィルヘルムの左拳と杭は千冬に届かなかった。

先ほどのヴィルヘルムの杭の雨が止まったことで、ラウラはヴィルヘルムにレールカノンの照準を正確に合わせることが出来たのでレールカノンを放った。ラウラの放った砲弾はヴィルヘルムの左腕に着弾し、吹き飛ばしたからだ。

攻撃しようとした腕がなければ、当たらないのは当たり前だ。

 

腕を失ったヴィルヘルムは体中から杭を生やし、放とうとする。

だが、ヴィルヘルムの目を見て、戦意が消えていないことを知った千冬は雪片弐型をヴィルヘルムから引き抜き、ヴィルヘルムを蹴とばした。蹴り飛ばされたヴィルヘルムは大量の血をまき散らしながら吹き飛び、アリーナの壁に衝突した。ヴィルヘルムが衝突した白い壁ヴィルヘルムの血によって赤く染め上げられた。致死量を超える失血により、常人ならば死んでもおかしくないほどの深手だった。だが、ハイドリヒ以外の人間に負けるはずがないと信じてやまない黒円卓の第四位であるこの男がそれでも倒れることはなかった。

 

「クハ、フッハ、ヒヒヒ・・・ヒーッハッハッハッハッハッハ!」

 

ヴィルヘルムは右胸と左腕、口から血を溢しながら、高らかに笑う。

 

「平和ボケしたこの温い時代に、相手の命を奪う度胸のある奴がいるとはな。あー、良いぜ。認めてやるよ。テメェらは強いな。織斑千冬、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「ほう、負けたにも関わらず、よくそんなことが言えたもんだな。ヴィルヘルム」

「あぁん?俺が負けただ?寝言は寝てから言えよ」

 

ヴィルヘルムは再び両腕から杭を生やす。

この光景に千冬とラウラは驚いた。レールカノンの砲撃によって間違いなく吹き飛んだはずの左腕が無傷の状態であったからだ。このような驚くべき現象は左腕だけではなかった。貫かれたはずの右胸筋も傷口が塞がっている。更に、口から血は垂れていない。

この時になって、ヴィルヘルムの創造である死森の薔薇騎士の能力が吸収であることを二人は初めて理解した。

 

「だが、今回は俺の負けで良い。ラウラ・ボーデヴィッヒも殺さないでおいてやる。まあ、本気を出していなかったってのもあるが、……ブリュンヒルデ」

 

そう言って、ヴィルヘルムは紅椿を纏い、呼吸が早くなった箒を指さした。

 

「テメェがアレを庇っていたから本気じゃなかったのは分かってる。これじゃ、対等な真剣勝負とはいえねぇ。次やるときはサシの枷無しでやらせてもらう。だから、今回の勝ちはテメェらで良い」

 

ヴィルヘルムは死森の薔薇騎士と形成を解いた。




一方、その頃、黄昏の浜辺

「おう、帰ったか、蓮。蛇と獣様との話し合いは収穫があったか?」
「あぁ、あの糞ニートから色々聞けたし、ラインハルトから有難いものを貰ったおかげさまで今後の俺たちの方針もある程度決まった」
「あぁん?あの獣様が、プレゼントだ?」
「これだ」
「うわぁー、これどうすんの?」
「それをどうにする方法もある程度決まった」
「へぇ、聞かせてくれよ。この二億五千万、どうやって捻出するんだ?」
「それは―――」
「何とも、変な所で真面目なお前らしいな。俺としては賛成だ。だが、―――ってのはどうだ?」
「おい、司狼、それは」
「いや、元々二億五千万とかお前が言った方法じゃ、キツイから効率的に金を稼ぐ方法をアドバイスしてやってんだぜ?」
「……」
「だから、なあ、蓮、大丈夫さ。きっと全部上手くいく。信じてみろよ。楽勝だぜ。俺は何時だってお前の先を行ってたろ?」


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ChapterⅩⅩⅩⅠ:

アリーナから見える月が鮮血の満月から黄色の半月に戻る。

観客席に居た一夏は跳躍でアリーナの地面に降り、上空に居たシャルロット、鈴、セシリアはアリーナへと下降し、着陸し、ISを待機状態にする。箒とラウラは三人と同じように着陸し、ISを待機状態にする。だが、始終死森の薔薇騎士の結界の中に居たため、疲労困憊で地面に倒れこんだ。必死に起き上がろうとするが、立てない。だが、箒やラウラと同様に死森の薔薇騎士の結界の中に居た千冬は凛と立っていた。やはりモンド・グロッソの覇者は高校生とは鍛え方が違うようだ。死森の薔薇騎士の結界を張ったヴィルヘルムもまた何事もなかったかのように佇んでいた。

 

「ベイよ。姉上やボーデヴィッヒを殺さんとは卿にしては珍しいな」

「ハイドリヒ卿、俺に出した“この学園での一切の殺人を禁止する”って命令俺は忘れたことがありませんよ?……ま、それに、この温い時代に俺を此処まで楽しませた野郎は久しぶりだ。まだまだ伸びると考えると、今度殺し合った時は俺をもっと楽しませてくれるはずだ。だとすれば、今ここで殺すのは惜しい。今水っぽいウイスキーを飲むのか、今は寝かせて後で熟成したウイスキーを飲むのとじゃ、後を選ぶってもんでしょ?」

「そうか……さて、香純よ、起きるがよい」

 

一夏は香純の頬をペチペチと叩く。

 

「んん?」

「香純よ、目は覚めたか?」

「曾お祖父ちゃん? セシリアちゃん? ……ヴィルとラウラちゃんは!?」

「勝負はベイの負けで終わった。ベイもラウラも無事だ」

 

セシリアの腕から降りた香純はヴィルヘルムとラウラの無事を確認すると、その場にヘタレこんだ。安心した結果、足腰に力が入らなくなったからだ。そんな香純にヴィルヘルムは近づき、香純の首根っこを掴んで持ち上げると、まるで大工が土嚢を運ぶかのようにして香純を右肩に乗せると歩き出す。

 

「ヴィル、ちょっと待って!」

「あぁん?」

 

ヴィルヘルムの右肩に担がれた香純は手と足をジタバタさせ、ヴィルヘルムに訴えかける。

 

「ラウラちゃんと千冬ちゃんの二人と勝負する前にアタシが“アタシ達が勝ったら、言うこと聞いてもらうわよ”って言ったの覚えているわよね?」

「知らねぇな。訳わかんねぇことほざいてんじゃねぇよ」

「確かに言った! そしたら、ヴィルがラウラちゃんに向かって“テメェをグチャグチャのトマトにしてやらぁ!”って言ったじゃない」

「は?そんなこと言ってるはずがn」

「言った」「言ったな」「言いましたわね」「言ったわよね」「言ったね」「確かに言った」

「ぐっ、ハイドリヒ卿がそう言うなら……んで、テメェらは俺に何をしたい?」

「アタシからは後で言うとして、千冬ちゃんは?」

「私も別に何もいらん……しかし、私の呼び名が何故“千冬ちゃん”なんだ?」

「香純が私の…ラインハルト・ハイドリヒの曾孫娘で、御年百j」

「ワーワー!もう、曾お祖父ちゃん、女の人の年を他の人にバラしちゃダメでしょ!」

「その…なんだ。すまん」

「千冬ちゃんも傷つくから謝らないで!」

「ワンワンキャンキャン、うるせぇぞ! 香純」

「ごめん、ヴィル。それで、ラウラちゃんは?」

「……私か?」

「うん、ヴィルお父さんに何かしてほしいことないかな?」

「私は…その……今日は帰らないでほしい」

 

亀居、俗に言う女の子座りしているラウラは羞恥のあまり視線が下がり俯きながら言うが、言葉の最後が尻すぼみになっていく。

そんなラウラの愛らしい行動を見た香純は心を奪われてしまう。

 

「ラウラちゃん、可愛い!!ヤッベー!なに、この可愛さ異常なんですけど!すっごい抱きしめたオベ!」

「うるせぇ、黙れ、静かにしろ」

「だからって、落とさなくても良いじゃん。本当にヴィルって女の人の扱い分かってないよね。そんなんだから、“非モテ駄目中尉”とか“女に恵まれない上にたまによってくる女は全部変な女のベイ”って言われるんだよ」

「じゃ、テメェはその変な女だな」

 

ヴィルヘルムと香純の口喧嘩が始まる。傍から見れば、二人の口喧嘩は夫婦の痴話喧嘩というよりかは異性の友人のじゃれ合いに近いものがあった。

口喧嘩が終わると、一夏は素朴な疑問を二人にぶつけてみた。

 

「先ほどから気になっていたのだが、卿等は名前で呼び合っているのか?」

「そうだよ。何か変?」

「いや。香純、卿が異性を名前で呼ぶのはおかしくない。卿の友人であるツァラトゥストラやゲオルギウスを卿は名前で呼んでいたからな。だが、ベイが香純を名前で呼ぶのに少々違和感を覚えてな」

「アタシとしてはやっぱり娘がいるんだから仲の良い夫婦でありたいなーって、だから、名前で呼ばないと“トマトジュース捨てるわよ”って脅してるの」

 

再びヴィルヘルムと香純が口げんかを始めた。このまま放っておいては夜が明けてしまうと判断した一夏は、ヴィルヘルムに香純とラウラをラウラの寮の部屋に送れと命令したため、ヴィルヘルムは香純とラウラを肩に乗せて、アリーナから出ていく。

だが、ナチスの軍服を着た不審者がIS学園の寮をウロウロしている所を誰かに見られては大騒ぎになる。それを危惧した千冬はヴィルヘルムを止め、ラウラを連れて帰り、明日の朝にはIS学園に帰すように言う。一夏も千冬の意見に賛成したため、ヴィルヘルムはラウラと香純を担いで塒へと帰って行った。

 

「さて、今まで放っておいた問題だが、デュノア」

「は、はい」

「お前は女ということで良いのか?」

「はい」

「了解した」

「え?」

「どうした?」

「いえ、性別を偽って入学した罰とか、無いのかと……」

「ほう、罰が欲しいのか?」

「いえ!そういうわけじゃ」

「冗談だ。大方デュノア社の広告塔として役割を持ちながら、男のIS操縦者である織斑の情報を引き出すために接近するように命令されて潜り込まされたのだろう?」

「どうしてそれを?」

「インターネットや新聞でIS企業の情報を集めるのが趣味でな。最近のデュノア社の収支報告書から経営が危ないと目を着けていた。にもかかわらず、二人目のIS操縦者が現れてから宣伝費用が異常に高いことに知っていたからな。お前が女だと知って、適当に言ってみただけだ」

「そうですか」

「お前が望むのなら、シャルロット・デュノアとして通学できるように手配するが?」

「でも、そうすると、関係のないデュノア社の社員たちが……」

「お前はお人好し過ぎるな。お前がそれでいいのなら、私から何も言わん。好きにしろ。ただ、今の経営ではいつかはデュノア社は倒産する。お前のウソがバレなくともだ」

「……」

「それと、私はお前の担任だ。一夏に相談できないことがあれば、私にしてきても構わん。分かったな?」

「はい! ありがとうございます」

 

千冬は一夏に後日ヴィルヘルムが壊したアリーナの修理費用を請求すると伝えると、背を向け、一夏やシャルロットに手を振りながら、アリーナから出ていく。

今晩の会談の警護に当たった教員たちに事情を話さなければならないからだ。教員たちは観客席から会談の場で不審な動きが無かったかどうかを見ていただけであるため、会話の内容までは聞いていない。故に、幾らでも誤魔化しは効くと千冬は言う。

大分回復した箒も立ち上がり、千冬と共にアリーナから出ていく。

 

アリーナに残った一夏達も解散ということになり、一夏はハイドリヒ化を解き、元の織斑一夏の姿になる。聖約・運命の神槍を使っていなかったということもあるが、数度目のハイドリヒ化ということもあり、今日の一夏は足取りもしっかりしていた。一夏はシャルロットと鈴、セシリアを連れて寮へと帰ることとなった。

 

「先ほどの戦い、卿等の目にはどう映った?」

「どうって?」

「卿等はISの試合や実践を体験したことがあるだろう。だが、先刻の戦いは間違いなく殺し合いであった。卿等もあの場に立たされたならば、卿等は引き金を引けるか?」

 

一夏からの命令があったが、遊び心ややる気はあったためヴィルヘルムはラウラや千冬に向けて半殺しにするつもりで杭を放っていた。そして、ヴィルヘルムに寸前で体をずらされたため致命傷にはならなかったが、千冬はラウラと箒を守るためにヴィルヘルムを殺すつもりで心臓に零落白夜を叩き込もうとした。

 

「僕は……引けると思う」

 

シャルロットはデュノア社のテストパイロット時代に劣悪な試作品のテストを行っていた。命の危険を感じることはなかった。だが、自分はISの適性が高かったため、貴重であることから、生傷は絶えなかったが、まだ優しい方だった。

デュノア社が裏で行っていた人身売買で連れてこられたような人たちはシャルロットが使っているISの何倍の危険なものの実験をさせられていた。このような無茶な実験により、デュノア社は量産機ISのシェア世界第三位の座を獲得したというのは表には出ない話だ。

だが、シャルロットはこの人体実験を知っていた。会社に刃向かえば、こうなるとデュノア社の社長に見せつけられた。シャルロットにとって、先ほどの殺し合いは初めての光景ではなかったため、セシリアや鈴ほど精神的なダメージは受けていない。そして、三人の中で命を奪われるという言葉の意味をよく理解していた。

だから、彼女は敗北の恐怖から逃れるために自分の脅威となる存在に対し、引き金を引く覚悟があった。

 

「そして、僕が魂集めにそれほど抵抗を感じていないのも、この実験がきっかけ」

 

体の一部が欠けグロテスクな姿になっていても救いを求めて嘆きながらその場に居続ける魂に、実験で死んでしまった被験者の姿を重ね、戦う場を与えるという方法で救済したいと思ったからだ。

シャルロットはあくまで既に死んでいる魂を集めることはできても、ベイたちのように生きている者を殺して魂を啜ろうとは考えていない。清廉潔白の生者の血で自分の手を染めることは、あの研究員たちと同じところに落ちてしまうと考えていたからだ。

 

「私は……」「……」

 

だが、セシリアや鈴は凄惨な光景を見たのは初めてでショックだった。

先日の銀の福音・夜都賀波岐戦ではこのような事態にはならなかった。銀の福音にはISの絶対防御があり、夜都賀波岐にはエイヴィヒカイトという強力な力があったからだ。それを事前知っていたため、実戦だと聞かされていたが、セシリアと鈴は彼女らを撃っても死にはしないし、自分もISの絶対防御があるため死ぬはずがないと頭のどこかで思っていた。だが、先ほどの戦いではどちらが死んでもおかしくない命のやり取りだった。

二人は立ち止まり、顔を青くし、口調がはっきりしない。

 

「今一度、己と向き合うが良い。己の勝利とは何か、勝利のために何が出来るのか。……私からの夏長期休暇の課題だ」

 

鈴とセシリアを置いて、一夏は先に寮の自室へシャルロットと戻った。

 

 

 

翌日、トボトボと一人IS学園の外を散歩している生徒が居た。

彼女の名前はセシリア・オルコット。

一夏から突き付けられた言葉が彼女の心に重く圧し掛かっていた。セシリアは気分転換にと外出届を出し、学園の外に出たのだが、一夏から出された問いばかりを考えてしまい、気分転換になっていなかった。数十分ほど歩いたセシリアはサンバツクカフェに入り紅茶を飲むが、それでも、気分転換にならない。

 

「どうした、顔が暗いぞ、セシリア」

 

声を掛けられたセシリアは自分を呼ぶ声の方を見る。すると、そこにはクラスメイトであるラウラ・ボーデヴィッヒと、その母親である綾瀬香純が居た。

何故二人が此処に居るのかと、セシリアはラウラに尋ねた。ラウラ曰く、初めて会った親子が互いを知るために、二人で外出しているらしい。ラウラの父であるヴィルヘルムが此処に居ないのは、太陽の光が苦手であるため、日中の外出はできないかららしい。

 

「それで、何故貴様はどうして一人でいるのだ?」

「それは……」

 

セシリアは昨日のことをラウラと香純に話した。

何故戦うのか、勝利を得るために相手を殺す銃の引き金を引けるのかと。

 

「私は特殊な環境で生まれ育ったから、貴様の求めている答えとは違う場合が大きい。だが、一応私なりの答えを言っておく」

 

ラウラは遺伝子強化試験体としてこの世に生を受けてから、只管ドイツ国家のために戦い、生き残った。だが、ラウラと同様に遺伝子強化試験体としてこの世に生を受け戦い命を落とした者も居た。その者達の中にはラウラの知り合いも居た。

だから、ラウラの知り合いが死んだ時、ラウラは死の重さを知り、思いっきり泣いた。

 

「あの時の友人の死に顔は悔しそうだった。あんな顔を今生きている私の部隊の者たちにしてほしくないと私は思っている。だから、これまで私は何度も、私の部隊の者たちを守るために躊躇なく引き金を引いてきた。そして、これからも引くつもりだ」

 

シャルロットの話もラウラの話も、悲惨な過去の体験談があった。そして、二人とも耐えがたい敗北の味を知っており、そんな敗北の味を二度と味わいたくない。ただ、そのために、彼女たちは引き金を引けるという。

頭では理解できる。ただ、自分はシャルロットやラウラの言うような絶望的な敗北の味を知らない。だから、自分や仲間の命の危機に瀕した時に、引き金を引けるかどうか分からなかった。

 

「セシリアちゃんはどうして、黒円卓に入ったの?」

「私は“自分の呪い”を解きたくて」

 

黒円卓に席を置く者はハイドリヒに対し忠誠を誓ったか、無くしたものを取り戻すためか、自分に掛かった呪いを解くために入団している。

それを聞いたセシリアは自分の呪いを解くために、黒円卓に席を置くことにした。

 

「セシリアちゃんの呪いか。どんな呪いか聞いても良いかな?」

「死者しか想えない。副首領閣下はそう仰いました」

「なるほどね。十一位に座っただけのことはあるね。……よし、セシリアちゃん、今からプールに行こう!」

「え?」

 

香純は立ち上がると、ラウラとセシリアの腕を掴み、店から出ていき、電車でちょっといった所にある野外プールへと向かった。プールの入り口で三人分の入場券と水着を買う。二人は香純のペースに完全に流されてしまい呆然としていると、気が付けば更衣室に居たので、此処まで来て何もしないというのは如何なものと考え、着替える。

着替えが終わった香純はセシリアとラウラを連れて、プールサイドへと向かった。

プールサイドにはそれなりに人が居た。多くの公立の学校が夏休みになったこともあり、友達で来ている十代の若者が非常に多いが、平日ということもあり家族連れは少ないようだ。若者をターゲットとしているため、プールは非常に大きく、遊具類が充実している。

数十年ぶりにこういった施設に来た香純は目を輝かせている。

 

「さて、何から遊ぼうかな?」

「ラウラさんのお母様、一つお聞きしてよろしいですか?」

「うん?」

「その、どうしてプールへ?」

「娯楽施設って死者からはとても離れた場所で、生きている人の笑顔が溢れてるじゃない? もしかしたら、セシリアちゃんの守りたいものとか欲しいものが見つかるんじゃないのかなって、思って連れてきた」

「母よ、朝から『あじー、プール行きたい』と言っていたから、来たのではないのか?」

「ほらほら、ラウラちゃん、飴上げるから黙っててね」

「……」

「セシリアちゃん、アタシのこと見つめちゃイヤぁん」

「はぁ、そう言うことにしておきますわ」

 

セシリアは思わず、ため息を吐いてしまう。

綾瀬香純という人間はセシリアにとってよく分からないタイプの人間だった。

彼女は行き当たりばったりの気分屋で、それでいて周りを巻き込むタイプである。それでありながら、母性があり、包容力があり、とても優しい。

 

「ラウラちゃん! あっちのウォータースライダー、凄い大きいよ!」

「母よ! 待ってくれ! セシリアも行くぞ。母は放っておくと、迷子になりそうな気がする」

「私もそのような気がしますわ」

 

セシリアとラウラは香純を追いかける。その後、数回ウォータースライダーを満喫し、流れるプールや波のプールを香純は楽しんだ。高所恐怖症の香純は飛び込み台だけは無理だった。一方のラウラやセシリアは育った環境が特異であったため、こういった娯楽施設に来たことがなかった。そのため、どの遊具も彼女たちにとって新鮮であり、退屈させることはなかった。三人ともテンションがマックスの時だった。

 

「ね、ラウラちゃん、セシリアちゃん、アレ参加してみない?」

 

香純はある物を見つけ、ラウラに声を掛ける。そのある物とは『第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レース』と書かれた幟だった。幟の奥を覗いてみると、大きなドーナツ型のプールがあり、プールの外側からプールの中央にある島に向かって円を描くように道があり、道中に様々な場外物がある。どうやら、この障害物を二人で乗り越えるという競技らしい。ただ、一度プールに落ちれば、水位の高いうえに、水の上に浮かんでいる浮遊物が不安定であることから、一度落ちれば上がれない仕組みとなっている。さらに、中央の島まで水中からショートカットが出来ないように、柵が設けられていた。つまり、落ちれば、最初からというわけだ。

香純はこのレースに出場するつもりだ。というのも、これで優勝すれば、商品が貰えたからだ。その商品というのが、三人で行く沖縄五泊六日旅行だったからだ。

香純はこれを手に入れ、家族三人で沖縄に行くつもりだった。

 

「受け付けは十二時までだから、まだ間に合うよね。よし、四人登録するわよ」

「四人?」

 

セシリアとラウラは首を傾げる。今この場に居るのは綾瀬香純、ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコットの三人であって、四人ではないからだ。

 

「先に登録だけしておいて、レース開始の一時まで呼べたら、問題ないよね」

 

そういうと、香純は受付に行き、出場者の登録を済ませると、携帯電話をカバンから取出し、電話を掛ける。セシリアとラウラからは香純の声しか聞こえないため、会話の詳細は分からないが、電話の相手は最初渋っていたが、香純が賞品のことを話すと少し乗り気になったのか、参加するつもりらしい。

香純が呼んだ人は此処から遠くに居るため、到着するのに時間がかかる。このまま遊んで待っているのも良かったが、レース前に体力を使い果たしてはならないとラウラが提案したため、軽い昼食を取りながら駄弁って時間を潰すことにした。

 

「もう、本当に可愛かったのよ、昨日のラウラちゃん」

「あらあら、普段の凛としたラウラさんからは想像できませんわ」

「母よ、これ以上はセシリアに話さないでくれ」

「こうやって、恥ずかしがるのも可愛すぎ、反則、ヤバ、あ、来た来た。おーい櫻井さ~ん、こっちこっち!」

「偉くご機嫌ね、綾瀬さん」

 

香純の視線の先には黒髪の香純ぐらいの年頃の女性が立っていた。目は少し鋭く、口調からは冷たさを感じる。香純の知り合いでそんな特徴的な人物は一人しかいない。

 

「…レオンハルト」

「貴女はあの時の子ね。名前は…アルテミスで良かったかしら?」

 

セシリアは先日の襲撃事件を思い出し、敵意を螢に向ける。だが、螢は他人から敵意を向けられることに慣れていたため、軽くあしらう。スルーされたセシリアは更に険しい表情になる。

 

「それで、綾瀬さん、私は貴方と組んで、その何とかってレースに勝ったら良いのね」

「アタシそんなこと言ってないよ」

「え?」

「アタシはラウラちゃんと組むから、櫻井さんはセシリアちゃんと組んでよ」

「はあ!? え、ちょっと待って、綾瀬さん、私がなんでアルテミスと組まなくちゃいけないのよ!?」

「だって、アタシだって商品貰って家族三人で沖縄旅行行きたいもん。それは櫻井さんも一緒でしょ?」

「ま、私も兄さんとベアトリスの三人で沖縄行ってみたいけど……」

「じゃあ、アタシたち敵同士になるしか無いじゃん」

「だったら、私はそっちの子と」

「駄目、ラウラちゃんはアタシの娘だから!」

「ムスメ?」

「あれ?言ってなかったけ?」

「聞いてないわよ! 初耳よ!」

「そういえば、アタシ誰にも言ってなかったね」

 

香純はラウラと螢に互いを紹介する。ラウラはドイツの白い一角獣機関で生まれた試験管ベイビーで、素体として香純とベイが使われたため、自分の娘だと螢に伝える。ラウラに螢を夜都賀波岐の一人で、先日の襲撃で旅館に来た櫻井戒の妹と紹介する。

螢はジロジロと香純の膝の上に座るラウラを観察する。

 

「確かに言われてみれば、ベイの面影はあるけど……言われるまで、本当に分からないわね。それに、その……ごめんなさい。綾瀬さんとベイとの間の娘って……想像できなくて」

「可愛いでしょ?」

「まぁ、可愛いわね。悔しいけど」

「母よ、……ナデナデは……止めてくれ」

「とか言いながら無抵抗だよね。ラウラちゃん、ウリウリ♪ そういうことだから、櫻井さんはセシリアちゃんと組んでね」

 

昨日の敵が今日の味方、昨日の味方が今日の敵になっていることなど、あの時のシャンバラでは日常茶飯事だった。そのため、つい先日まで注意していた黒円卓と夜都賀波岐が手を結んだことに、螢は抵抗が無かった。

だが、先日の戦いで螢とドンパチしたセシリアは螢に対する敵意を拭うことが出来なかった。それには彼女の半生が関係している。彼女のこれまでの人生において、和解したことのある人間は織斑一夏ただ一人であった。では、一夏以外にセシリアに対し敵対したことのある人物はどうなったのか?彼らはセシリアと和解せず、断絶している。そもそも、彼らがセシリアに敵意を向けたのはセシリアの両親が死んだことにより、オルコット家の財産を狙ったことが原因だ。だが、最終的にセシリアは国の代表候補生になり、国からの保護を受け、財産を守り切った。国家の代表候補生になってからは、オルコット系の遺産を狙うことを諦めセシリアのご機嫌を取ろうとする者が居たが、己の利益のために掌を返す見っとも無さを持つ者と知り合いになりたくないとセシリアはその者達を拒絶している。

そのような背景があるため、和解慣れしていないセシリアは螢に対して敵意を抱いたままだった。

セシリアと螢のペアは最悪の関係のまま、開始時刻を迎えることとなった。

 

司会と実況による挨拶が行われ、軽いルール説明が行われた。ルールは特にこれというものはなく、とりあえず中央の島にあるフラッグを取った者が優勝ということらしい。

つまり、妨害をしても反則負けにならないということである。

ただ、セシリア、香純、螢はエイヴィヒカイトの術を埋め込んでいるため、全力で妨害すれば、悲惨なことになるため、エイヴィヒカイトの力は使わないと互いの中でルールを決めた。

ルール説明が終わり、参加者がスタートラインに着き準備が終わると、司会による競技用のピストルが鳴らされ、レースがスタートした。

 

「母よ! 脇目も振らずただ全力前進だ!」

「了解よ! ラウラちゃん!」

 

ラウラと香純がスタートダッシュでトップに出ようとする。当然二人を邪魔しようと妨害する者がいたが、ラウラは軍隊で覚えた格闘技によって妨害してくる者をすべてプールに落とし、香純は妨害者の水着の紐を瞬時に解き、裸体を晒させる。妨害者の中には香純やラウラの水着の紐を解こうとする者がいたが、彼女たちの水着の紐は簡単に解けない様にするために固結びされており、二人の水着は解けなかった。

 

『トップに躍り出たのは綾瀬香純、ラウラ・ボーデヴィッヒ・綾瀬の親子ペアだ! ……って、母ちゃん若ぇぇぇ! 何歳だ! 若さの秘訣、アタイにも教えろぉ!!』

「母よ、いつのまに私の名前に“綾瀬”が着いたのだ?」

「ラウラちゃんは娘だって証が欲しかったから、さっき、アタシが付けた」

「そ、そうか」

「ラウラちゃん、しっかり前見て!」

「え? ひゃ!」

『ラウラ選手、温められた白いネタネタのローションのマットの上で転倒! そして、ラウラ選手に巻き込まれる形で香純選手まで転倒!白いローション塗れですが、両選手大丈夫でしょうか?』

「ネバネバして熱いぞ」

「んく、飲んじゃった。…にがい……しかも、喉に引っかかる…ゲホッ」

 

水着で白いローション塗れになり、抱き合うようにして座っている二人は呟く。

二人はなんとか前に進もうとするが、柔らかい素材でできたマットとローションの所為でなかなか前に進むことが出来ない。そんな白いローション塗れの二人の言葉を聞いた会場に居た男は股間を抑え、前のめりの中腰になる。

 

「失礼するわね」

 

そこに、螢がスライティングして突っ込んできた。

助走をつけて、突っ込んできたため、止まることなく、ローションのマットを通過した。それをみたセシリアも同じように助走をつけて、ローションマットを通過しようとする。

 

「させるか!」

 

スライディングしてきたセシリアの前にラウラは出て、妨害をしようとする。

だが、香純と抱き合っている体勢にあったラウラは上手く動けず、セシリアを見送ってしまう。そればかりか、ラウラと香純がもがいた所為で二人はマットの隅の方に動いてしまい、水平を保つことが出来なくなったマットは傾き、ラウラと香純はプールに落ちた。

 

「ご愁傷様」

「プールで足を洗ったら、次行くわよ」

『ここでトップに躍り出たのはセシリア・オルコット、櫻井螢の信頼度0ペアだ! って、よくそんな関係でペア組んだわね』

 

螢は次に進もうとする。だが、セシリアはその場から動かない。

どうしたのかと螢はセシリアに聞くと、セシリアは自分の考えた作戦を螢に伝えた。

 

「良いわね。それで行きましょう」

「それでは、レオンハルトさん、ご武運を」

「えぇ、じゃあ、私は行くわね」

『おっと、此処でセシリア・螢ペア二手に分かれました。セシリア選手はローションのマットを超えたすぐのところで止まり、螢選手は先に進みます。いったいどういうことなのでしょう? ……そんなセシリア選手に追い付こうと、木崎・岸本の金メダリストペアが迫ってきました!』

 

木崎・岸本ペアは螢やセシリアが行ったように、助走をつけスライディングで突破しようとする。二人がローションのマットの中間地点をスライディングで通過した時だった。

セシリアはローションのマットの隅を持ち上げることで、ローションのマットを捻った。

ローションのマットが捻じれたことで、木崎。岸本ペアはプールに落ちる。

セシリアがローションのマットで後続を足止めしている間に、螢が障害物をクリアーしていく。これが、セシリアの策だった。

だが、そんなセシリアの策はあるペアによって破られてしまう。

 

『おっと!セシリア選手、疲労からかマットを持ち上げられない。その間に、二人がローションマットを突破!』

「体が動きませんの」

 

セシリアの体はまるで縛られたかのように動かくなっていた。

そんなセシリアの横を二人の女性が悠々と通過する。

 

「ゴメンね。アルテミスちゃん、アタシたち、勝たなくちゃいけないのよ」

「誰ですの?」

『今、ローションのマットをクリアーしたのは、ドイツからお越しのリザ・ブレンナー選手とアンナ・シュヴェーゲリン選手の巨乳貧乳ペアだ! つーか、アレデカい! マジデカい! アタイ女だけど揉んでみてぇ!』

「バビロン! マレウスまで!」

 

思わぬ二人の登場に螢は焦り、急ぎ始める。

二対一ではあまりにも分が悪すぎると判断したからだ。

 

「まさか、レオンハルトが居るなんてね。此処からまともにやっちゃ追い付けないし、最終手段行くわよ。バビロン」

「本当にやるの?」

「もちろん、着地頑張ってね」

 

アンナはゴール地点である中央の島に背を向け、腰を落とし、指を絡まして自分の両手を繋ぎ、掌を上に向け片足が乗るような足場を作る。リザは助走をつけ、アンナに向かって走り、アンナの掌の上に足を載せる。

アンナはリザが足を載せた瞬間に立ち上がり、リザを持ち上げる。そして、アンナに合わせてリザはジャンプし、中央の島へと飛んでいく。

二人の業は究極のショートカットだった。

 

『アンナ選手見事リザ選手を飛ばした! って、アンナ選手の何処にそんな力が!』

「ロリパワーよ」

『ドイツのロリは世界一ィィィィィ!』

 

実況が叫び終わると、リザの着地は成功し、中央の島にあるフラッグをリザは手にした。

だが、リザの着地時に、水着の肩紐に乳の負荷がかかってしまい、切れてしまう。

モデル並みにスタイルの良い綺麗なリザのポロリを見てしまった男の観客は鼻血を流し、倒れる。司会側は慌てて、救急車を呼び、倒れた男の観客の対処を行った。56人が近くの病院に搬送され、内13人が輸血をするほどの重体となり、7組のカップルが破局した。

 

こうして、鮮血の第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レースは幕を閉じた。

 

エロい姿を見られたことで、プールに居ずらくなった香純たちはプールから出て解散ということになった。香純たちは更衣室で着替えをする。その時、ふと気になったことをセシリアは螢に聞いてみた。

 

「レオンハルトさん」

「何?」

「あなたはどうして戦う道を選んだのか聞かせてもらっても構わないかしら?」

「私が戦う道を選んだ理由?」

「えぇ」

「私は年端もいかない小娘だったときに、私にとって親のような存在の人を無くした。その二人に会うために私はロクデナシ集団に足を突っ込んで、戦う道を選んだ。ただ、それだけ。今も剣を持ち続けているのは、彼らに会わせてくれた藤井君の恋人に感謝しているから、その恩返しをしているだけよ」




千冬&ラウラVSヴィルヘルム戦後と原作4巻の話に該当するところをキャラを代えて、書いてみました。シリアスやら、ギャグやら、エロやら、色んなモノがゴチャゴチャになってしまった回となってしまいましたが、後悔はしていません。
次回はシャルロットと鈴の夏休みの一コマとなっています。
それでまた、次にお会いしましょう。


屑霧島


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ChapterⅩⅩⅩⅡ:

IS学園、聖槍十三騎士団、夜都賀波岐の会談から数日が経った。

凰鈴音は人の命を喰らうことの重さに押し潰されそうになっていた。一夏の軍勢変性に加われば、死を越えた戦奴となる。魂を喰らったところで、その者の存在が消えるわけではない。だから、あの時、ベイが殺されたとしても、再びグラズヘイムに戻るだけだ。それは分っている。だが……千冬とラウラがヴィルヘルムと戦った時の光景は戦争そのものであり、鈴にとって恐ろしいものだった。

鈴はあれから数日間寮の自室に籠っていた。部屋から出るのはトイレと食事の時だけだったため、誰とも接触することがなかった。籠り始めてから一週後までは。

部屋に籠り始めてから一週間後の夜中、トイレのために部屋を出ると、廊下でシャルロットと鉢合わせた。

 

「鈴……だよね? どうしたの?その顔?」

「アタシ、何かおかしい?」

「凄いクマだよ。夜は寝れてるの?」

「寝ても嫌な夢しか見ないから、寝れない」

「嫌な夢?」

「人が死ぬところを何度も見せられる夢」

「……鈴」

「アタシらしくないのは分ってる。アタシがナイーブってあり得ないわよ」

「仕方ないよ。あんなのを見せられたら、気が滅入っちゃう。普通の思考ならそう思う筈だから、鈴はおかしくないよ。狂っているのは壊すことと愛することが一緒の一夏だから」

「でも、アタシも一夏に追い付けるなら壊されたって良いって思ってる。シャルロットはそれでもアタシがおかしくないって言えるの!?」

「それは」

「……怒鳴っちゃってゴメン。前向きに強気に考えるのがアタシの取り柄なのに……」

「鈴、ずっと一人でいたから悪い考えしかできなくなっちゃってたんだよ。僕もそうだったから分かる。今日は一夏が外泊だからね、今日は一緒に寝ようよ」

「ありがとう。シャルロット」

 

鈴はシャルロットに即され、シャルロットの寮の部屋に行く。

シャルロットは未だにシャルルという男のIS操縦者で名が通っているので、今まで通り一夏と相部屋である。一部の者が女であると気づいたことにより、一夏とシャルロットの部屋を分ければ、シャルロットの正体に気付いていない者達への説明が面倒になる。千冬は一夏が間違いを犯さないと信じ、シャルロットを一夏の部屋に居させている。

 

シャルロットは鈴を部屋に連れて来ると、自分のベッドに寝かせる。そして、自分も同じベッドに潜り込み、鈴の手を握った。昔母親にしてもらったようにすれば、鈴は安心するとシャルロットは考えたからだ。友人に手を握ってもらった鈴は久しぶりに深い眠りにつくことが出来た。

 

 

 

翌日、昨日の晩よりかは顔色が良くなった鈴が居た。そんな鈴を見ることが出来たシャルロットは一安心する。このまま、外に連れ出し、日の光を浴びて、外の空気を吸わせれば、回復しやすくなるのではないかと考えたシャルロットは自分と鈴の外出届をIS学園の事務に提出し、シャワーを浴び、私服に着替えると、鈴を外に連れ出した。

 

外に出たのは良いのだが、学園の外に鈴を出すことが目的であったため、これといった行く当てが決まっているわけではないため、何処に行くかシャルロットは迷った。

シャルロットは鈴に何処か行きたいところはないかと聞くが、鈴も特にこれといって行きたいところが無いらしい。そこでシャルロットは近くのショッピングモールに行き、買い物に行こうと、鈴に提案する。夏の私服でこれといったものを持っていなかった鈴はシャルロットの提案を受け入れた。

 

数時間かけ、十数件の服屋を回り、鈴は数着の服を買った。鈴の買った服はどれも明るい色をしており、半分はボーイッシュな感じの服、もう半分は可愛い系の服でギャップを狙っているらしい。一方、シャルロットは所持金が少ないため、服は買っていない。というのも、デュノア社と断絶した結果、仕送りは全く送られていない。聖槍十三騎士団の資金を渡そうかと一夏は言ったが、そこまで世話になるわけにはいかないとシャルロットは一夏の申し出を断っている。そのため、シャルロットは贅沢が出来ないのだ。そんなシャルロットに鈴は昨日世話になったからと、一着服をプレゼントした。

 

二人は買った服に着替えて、再びショッピングモールを散策する。この時の鈴はいつもの元気な明るい表情を浮かべていた。鈴が明るくなったことで、シャルロットも笑顔になる。数件の雑貨屋を周ったところで、二人とも小腹が空いてきたため、二人は昼食を取ることのできる店を探していた。そんな時だった。

 

「あれ、鈴じゃん、久しぶり」

「ん?弾! どうしたの?こんなところで?ってか、その格好何?」

「バイト。で、そちらの別嬪ちゃんは、知り合い?」

「別嬪ちゃんって……紹介するわ。IS学園のアタシの友達、シャルロット・デュノア。色々事情があって、IS学園ではシャルルで通っているから、IS学園ではシャルル、それ以外ではシャルロットって呼んであげて」

「シャルロット・デュノアです」

「んで、こっちがアタシと一夏の中学の時の友人五反田弾。何処にでもいる普通の男子高校生よ」

「五反田弾です。いつもちんちく鈴がお世話になっています」

「ちんちく鈴、言うな!」

「いて! お前! 蹴るな! 痛い! 折れる!」

「アンタがくだらないあだ名で呼ぶからでしょ!」

「ワリィワリィ。つい、昔のノリでな」

「それより、アンタ、バイトって?」

「あぁ、ネットアイドル喫茶“@クルーズ”の列整理やってんだ」

「しかし、オープン前にしちゃ、随分並んでるわね」

「ま、此処数日で有名になったネットアイドルが店員だからな」

「こら、弾君、ちゃんと仕事しなきゃバイト代減らしますよ」

「すみません。ベアトリスさん、ちょっと、ダチが通ったので、宣伝をしていたんですよ」

「そうなの?…はじめま……」

「……」「……」

 

シャルロットと鈴は開いた口が塞がらなかった。

何故なら、目の前には先日臨海学校に強襲を掛けてきた夜都賀波岐のベアトリスがヒラヒラのメイド服を着て、フリルの付いたカチューシャを着け、愛想笑いをしていたからだ。一方のベアトリスも思わぬ人物との遭遇で固まっている。そんな三人の様子を見た弾はこの三人の間に何か深い事情があるということだけは察することができた。

 

アイドル喫茶“@クルーズ”は夜都賀波岐が運営する喫茶店である。バイトである弾ともう一人を除き、関係者は全員夜都賀波岐であり、彼らのほとんどが“ぬこぬこ動画”でネットアイドルとして活動している。

 

彼らが何故ネットアイドルをしているのか?

それには先日一夏から渡された請求書が関係している。

夜都賀波岐の面子のほとんどは商才が無く、金を儲ける手段を持たない。黒円卓の首でも国連に持っていけば、一瞬で完済できるのだが、仲間想いの蓮には出来ない。かといって、何か金になりそうな物は夜都賀波岐にない。そのため、夜都賀波岐に二億五千万という巨額の借金を払う術は無かった。そこで、利益率の高いメイド喫茶店でもして地道に金を稼ぎながら、巨額を手にするチャンスを狙うということになった。

これに対し、司狼は蓮の意見に概ね認めながら、修正案を提案した。

それがネットアイドルによる喫茶店だった。

情報化社会においてネットというものは、情報収集ならびに、情報を拡散させるのに最も効率の良いツールである。ネットで喫茶店が良い意味で有名になれば、喫茶店の集客効果がある。だが、料理が美味いや、店の雰囲気が良いという情報を流したところで、似たような店はこのご時世ごまんとあるため、他店との差別化が難しい。

全国に幾千のメイド喫茶のある萌え大国日本ならなおさらだ。

そこで、店員の格好よさや可愛さを売りにすれば、儲かる可能性が高いのではないのかと司狼は考え、店の料理や雰囲気で勝負するのではなく、店員のレベルで他店と勝負することにした。幸い、夜都賀波岐のほとんどは美男美女で、運動神経はずば抜けている。

そして、司狼の考えた店員の可愛さをネット上で広めるための手法というのがネットアイドルだった。

司狼は蓮にアイドル喫茶の方が儲かると色々合理的に説明しているが、蓮は司狼が面白そうだからやりたいと思っていることに気が付いている。だが、言った所で、司狼の言うアイドル喫茶以上に儲ける手段を蓮は知らないため何も言わない。

結果、蓮が考えたメイド喫茶は、司狼によってアイドル喫茶になった。

 

司狼は立地条件が良いが経営者の能力の低さによって潰れかけの店を見つけ、店の運営者に話をつけ、店をタダ同然の金で借りて、数日で改装し、二日前にオープンにこぎ着けた。

元々の店の運営者は赤字経営の喫茶店が黒字のテナント経営に変わったので、喜んでいるらしい。

 

現在、複数のグループがネットアイドルとして活動している。

螢、恵梨衣、玲愛の三人で構成された“Zuneigung”。

蓮、司狼と戒の男三人グループ“apoptosis”

ダンスや歌唱力、演出のレベル高さが評価され、どのグループもネットアイドル界では有名である。動画をアップするたびに百近くのコメントが書き込まれ、マイリス登録がされている。

本来ならば、ベアトリスやリザやアンナもアイドルとして活動させたかったのだが、一応国連に指名手配されているため大々的に活動することはできない。だが、ベアトリスは愛想が良いので接客業には向いており、リザとアンナは料理ができるため、キッチンスタッフとして働いている。

マリィも司狼の中では本来アイドルとしてデビューしホールスタッフとして働く予定だったのだが、蓮が店の警備に納得しなかった上に、カール・クラフトのあのホームページのこともありオカルトファンが喫茶店に来ないようにするためにも、当分の間はアイドルとしてもスタッフとしても働くつもりはないらしい。

ちなみに、ヴァレリアンは別件で基本この店には居ないが、ネットアイドルの活動動画を撮影するときは機材の運搬係としてパシリをさせられている。

 

そんな話を二人は店の奥で、ベアトリスから聞かされた。

 

「ま、そういうわけなんですよ」

「弾はどういう経緯で知り合ったの?」

「夜都賀波岐だけでは人が足りない。でも、私たちにこの時代の人間の知り合いはいないから、ハイドリヒ卿にバイトしたがっている人は居ないか、香純ちゃんに聞いてもらったんですよ。そしたら、彼を紹介してもらいました」

「それは分かったわ。それは分かったんだけど、どうしてアンタが居んのよ!」

 

鈴が指したのはベアトリスの隣に居たIS学園1年2組の副担任であるクッリッサ・ハルフォーフだ。クラリッサも此処の店員らしく、メイド服を着ている。

しかも、黒兎部隊を意識しているのか、黒いウサ耳まで着けている。

 

「私は弾君と違い、夜都賀波岐と縁がありましたから」

「は!?」

 

クラリッサもラウラと同じく、白い一角獣機関で作られた試験管ベイビーである。ラウラの両親が一夏によって見つかったということを知ったクラリッサは先日の会談後に細胞提供者の情報が書かれた紙を一夏に見せた。すると、一夏はクラリッサの素体が誰なのか分かったため、香澄経由で蓮と連絡を取り、クラリッサを数日前に両親に会わせた。

そして、クラリッサが此処でメイド服を着ているのには深い理由があると本人は言う。なんでも、秋葉原でフィギュアを買い過ぎたらしくこのままでは三か月先までもやし生活になってしまうため、そのままこの喫茶店で休暇の間仕事をすることとなったらしい。深い事情じゃないじゃんと鈴はツッコミを入れたかったが、ツッコミを入れたら最後、長時間の熱弁が始まることを知っていたため、スルーするようにシャルロットにアイコンタクトをする。

 

「で、その両親ってのは誰よ?」

「私と戒がクラリッサの両親なんですよ! えへへ」

 

ベアトリスは戒の腕に抱きつき、頬ずりをする。ベアトリスに抱き着かれた戒は抵抗しているが、その抵抗というのも形だけで本当は嫌がっていないというのは誰にでも分かった。二人の娘であるクラリッサは腕を組み、“なるほど、これがバカップルですか”と頷いている。そして、戒の妹である螢はまたいつものが始まったかと少々呆れていた。

ベアトリスはあまり知られていないが、元々ツンデレ属性があった。シャンバラの十一年前に戒に対し、素直に自分の気持ちを伝えなかったのだが、その表れである。だが、黄昏の浜辺に来てから、蓮とマリィのイチャイチャっぷりに素直になることが重要だといち早く気づき、戒に対し自分の素直な気持ちを見せるようになった。

このまま、放っておいては終わらないと考えたシャルロットと鈴と螢は咳払いをし、ジト目をする。三人の様子を察しベアトリスは戒から離れ、ソファに座る。

 

「それで、相談なんですけど、今日バイトしてくれませんか?」

 

ベアトリス曰く、今日は予想以上に@クルーズに客が来たため、今の人員では対処しきれないらしい。キッチンはリザとアンナに料理の出来る戒の三人で何とかできると考えているのだが、ホールはベアトリス、螢、恵梨衣、玲愛、司狼、クラリッサと六人しかいないため足りない。蓮は外すことの出来ない用事あるらしくこの場にはいない。ヴァレリアンも別件で此処に居ないが、仮に居たとしても料理の出来ないマダオに出来る喫茶店の仕事はないため、役に立たない。もしろ、居たら店の広さが人一人分狭くなる上に、玲愛の写真撮影ばかりしそうなため、居ない方が良いとベアトリスは言う。

自分の前任者がボロカスに言われているシャルロットは、今後首領代行としてやっていけるのかと不安になり、苦笑いする。

 

「シャルロット、アンタはどうする?」

「え?」

「だって、アンタ、お金ないんでしょ?」

「そうだけど……バイト代ってどれぐらい出るんですか?」

「クラリッサと弾君には時給これぐらい上げていますので、貴女達も同額ですね」

「鈴、これって高いの?」

「普通のバイトの倍近くあるわね」

「……今日だけで良いなら、一回やってみます」

「じゃ、アタシもやってみようかな?暇だし。それになんか面白そうだし」

「決まりですね。それでは、デュノアさんはこっちを、凰さんはこっちを着てください」

 

ベアトリスは二人に紙袋を渡す。二人は紙袋の中身を軽く見ると、折りたたまれた黒い服が入っていた。どうやら、これが二人の制服らしい。ベアトリスは二人を更衣室に案内した。二人は更衣室でベアトリスから渡された制服に着替えたのだが……

 

「どうして、僕は執事服なんですか?」

 

更衣室から出てきたシャルロットの第一声はそれだった。

実は内心“メイド服を制服とした喫茶店でバイトをしてみたい”とシャルロットは思っていた。だから鈴がメイド服を手にした時は自分も可愛いメイド服を着ることができると思っていたのだが、ベアトリスからシャルロットに渡されたのは執事服だった。

ベアトリス曰く、今日はホールの男のスタッフが司狼一人であるため、男のホールのスタッフが追加で一人は欲しかったらしい。弾にホールをやらせても良かったのだが、弾と司狼のビジュアルが近いため、司狼とキャラが全く異なるシャルロットに執事服を着せて男のホールのスタッフとして働かせるたほうが良いとクラリッサがベアトリスに助言したらしい。ここでも自分の呪いかとシャルロットはため息を吐く。

ちなみに、この喫茶店はアイドル喫茶であり、メイド喫茶ではない。そのため、制服はメイド服と決まっているわけではない。日によって制服は変わる。水着の日もあれば、白衣とナース服の日もあるし、高校の制服という時もある。そして、今日はたまたま執事服とメイド服の日であった。服は古着屋で調達し、裁縫の得意なリザが手を加えている。

 

その後、ベアトリスからホールスタッフのバイト内容について説明を受けることとなった。まずは、ホールスタッフの仕事の具体的な内容について説明を受けた。机の配置や伝票の書き方など様々な事を聞かされた二人は七割がた理解できたらしい。代表候補生ともなれば、これぐらいのことは彼女たちにとって朝飯前らしい。

次に、キャラ作りについて話し合った。この話にはオタク文化にドップリ浸かっているクラリッサが中心となって進められた。クラリッサ曰く、キャラ作りはアイドル喫茶では重要らしい。キャラが被ると同じ層の客を店員同士で取り合いになってしまい、自分というキャラが弱くなってしまうと彼女は言う。だが、シャルロットも鈴も素のままで良いということになった。何故なら、今日の男性ホールスタッフは俺様不良キャラの司狼だけでシャルロットの素とは異なる。シャルロットの素は戒に近いため、戒を見に来た客にある程度対応できる。一方の女性ホールスタッフは電波の玲愛、クーデレの螢、ワンコ系のベアトリス、ダウン系ギャルの恵梨衣であり、王道なツンデレの鈴とは被っていないとクラリッサは分析している。

 

「ちょっと待ちなさいよ! なんでアタシがツンデレなのよ!」

「ハイドリヒ卿が好きなんでしょ?」

「ば! バッカじゃないの! は! アンタ何言ってんのよ!あんな、朴念仁なんか好き…なん…かじゃ」

「クラリッサ、これがツンデレなのかい?」

「はい。ツンデレの定義に関して様々な学説があるため、これがツンデレという定義はありませんが、表面ではツンとして内心ではデレていることをツンデレとするのならば、これは王道のツンデレです」

「なるほど」

「何勝手に納得してんのよ!」

 

オタク文化に疎いベアトリスや戒は初めてツンデレというものを理解した。

だが、ツンデレの代名詞扱いされたことに鈴は納得がいかないようだ。お冠の鈴をシャルロットは諌めようとしている。

 

鈴が落ち着いたところで、シャルロットと鈴はベアトリスに連れられてホールへと向かう。

開店前のテーブルのチェックをしている司狼に声を掛けた。司狼は執事服をかなり着崩しており、燕の尾のような裾がなかったら、執事だとは気付かないだろう。

 

「司狼君、なんとかホールスタッフ確保できましたよ」

「その二人が助っ人か。まさか新しい黒円卓の助けを借りるとはね」

「僕たちのこと知ってるの?」

「神父の後任と足引きババァの後任だろ? 蓮から聞いてるぜ。仕事しっかり頼むぜ。っと、それから、ベーやんさん、開店前チェックオッケーだ」

「そのべーやんさんっていうの何時になったら、止めてくれるんですか?」

「だったら、なんて呼んでほしいわけ?」

「ベアトリスお姉さんって」

「ないわー」

「じゃあ、なんで戒は戒兄さんなんですか?」

「そりゃあ、あの人は真面目で頭良い自分の意見を言いながら話せば分かる人で料理も上手いからな。此処のロクデナシ連中の中では比較的に人として色々できてんだよ。アンタと戒兄さんは別格なんだよ。ってことで、アンタはベーやんさん決定っと。エリー、開店頼むわ」

「はいはーい。お客さん来るから入り口で整列ね」

 

こうして、@クルーズは開店する。

ホールスタッフは客を誘導し、席に着ける。ネットアイドルとして活動している夜都賀波岐は指名を受けあっちこっちの席へと忙しい。そのため、指名の無い席にはネットアイドルをしていない三人が当たる。女性客の席にはシャルロットが、男性客の席には鈴とクラリッサが向かう。

 

「こんにちは、お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」

「は? ドリンクだけ? このメイドご褒美パフェ頼みなさいよ。何のためにアンタ此処来てんのよ」

「ケッチャップでこのキャラの顔を描いてほしい?……フッ、全身でなくて良いのですか?」

 

ホールスタッフは淡々と仕事をこなしていく。

仕事をこなしている内に、周りの客が今日初めてバイトをしているシャルロットや鈴の属性に客体達が気付き始めた。シャルロットは年上の女性から受けがいい。一人称が僕であることや細身で男性にしては身長が低いことから弟属性を年上の女性は感じたらしい。一方の鈴は口で罵倒されるのが好きなドMの男性客に受けている。螢と客層が近いが、螢を指名する客は覚めた目で見られるのが好きらしい。クラリッサはアイドルオタクでありながらアニメオタクである客の受けがいい。その結果、彼女たちを指名した客の注文が増える。この店には最も多くの注文を取ってきたホールスタッフが三時間に一回ライブを行うという決まりがあるため、Zuneigungやapoptosisのファンは司狼や螢、恵梨衣、玲愛に追加注文を頼む。

 

「シャルロットちゃん、“僕は葛餅セット”三番さんに」

「“永遠のせツナパスタ”また一つ追加!? アレ手間掛かるのよ! 注文するなっての!」

「このままじゃ“電(デン)パフェ”の材料切れちゃうわね」

 

予想以上の追加注文に、キッチンスタッフは注文を捌ききれていない。材料が切れそうになると、列整理をしている弾に近くのスーパーで材料を調達してきてもらう。燕尾服を着たまま弾はママチャリに乗り、ショッピングモール内の食料品売り場に向かう。帰ってくる頃には前籠と後ろの荷台が一杯になっている。弾は頼まれた物をキッチンに運ぶと、列整理に戻る。

 

そんな混雑が二時間ほど続き、疲れの色が出始めたためシャルロットと鈴に司狼が休憩を言おうとした時、その事件は起きた。

 

「全員、動くんじゃねえ!」

 

店の中に目だし帽を被った男が三人店の中に雪崩れ込み、怒号を上げる。

怒号を上げた男は拳銃を天井に向けて、引き金を引いた。男の持った拳銃の発砲音が店内に響いたことにより、店の客は悲鳴を上げる。騒ぐ客に対しイラついた男は『静かに大人しくしろ』と怒鳴りながら、天井に向けて再度発砲する。二度目の発砲音を聞いた客は静かにしないと撃たれると思い、席に座る。

外で列整理をしていた弾は発砲音に気付き、すぐに、並んでいた客の避難を行う。

外に居た客の非難が終わると、警察と機動隊が到着し、店を包囲する。

 

「どうしましょう、兄貴!」

「うろたえるんじゃねぇ! こっちには人質がいるんだ」

「へ、へへ、そうですよね。俺たちには高い金払って手に入れたコイツがあるし」

 

店に入ってきた男たちは三人。

ボスと思われる男は拳銃を持ち、下っ端である一人はショットガンを、もう一人の下っ端はアサルトライフルを持っている。拳銃は真新しいモノだが、ショットガンやアサルトライフルは昔テロリストが好んで使ったニコイチ銃だ。

下っ端二人は銃以外に大きな膨れたカバンを持っている。包囲した警察の言動から、どうやら、どこかの銀行で強盗し、金をあの鞄に入れているようだ。

しかも、『平和な国ほど犯罪を犯しやすい』という口ぶりから、この国の人間ではないということにシャルロットは気づいた。

シャルロットは強盗を観察しながら、客を逃がすための作戦を考えていた。

 

「おいおい、兄さん方、此処の客はティータイムを楽しみに来てるんだぜ。そんな物騒な物を出すなよな」

 

だから、ヘラヘラ笑みを浮かべながら強盗に近づく司狼を見た時、シャルロットはぎょっとした。エイヴィヒカイトの術式を体に埋め込んだ者は拳銃程度で傷を負わない。だが、この店に来ている客は普通の人間で、銃で撃たれれば死ぬ。

 

「とまれ! 撃つぞ!」

「あぁん? 人に撃つ根性無いくせに撃てんのか?」

「五月蠅い! 止まれ! 撃つぞ!」

「手震えてんのに、できんのかね?」

 

司狼は強盗を鼻で笑う。司狼の態度にブチ切れた強盗団のボスは司狼の胸に銃口を当てる。

それを見たシャルロットはそこで、司狼の真意気付いた。

司狼は強盗の注目を自分に集めることで、強盗を人質から気を逸らそうとしている。此処で、シャルロットが下手に動けば、再び強盗の目が人質に行きかねない。シャルロットは黙って傍観することにした。

 

「ほらよ、心臓は此処だ…ぜっ!」

 

司狼は次の瞬間、強盗団のボスが持っていた拳銃のスライドを上から左手で掴み、ボスの手首に向かって押し込む。スライドが後ろに下がったことで、拳銃は発砲することができなくなった。更に、司狼は右手でマガジンキャッチのボタンを押し、銃から弾倉を抜き取る。今度はテイクダウンレバーを押しながら、スライドを引き抜くことで銃を分解した。

銃を完全に分解した司狼はボスを蹴り飛ばす。

蹴られたボスは後頭部を壁にぶつけ、失神する。

 

「テメェ!ブチ殺されたいのか!」

 

ボスがやられて怒り心頭の下っ端の一人はショットガンを司狼に向ける。

だが、もう一人は司狼が暴れない様に、人質の一人の女性に銃を向けた。

人質に銃を向けられたことで自分の作戦が失敗したと司狼は一瞬焦るが、店の奥から現れたある人物を見て、すぐに元のヘラヘラとした表情に戻る。

 

「お兄さん方、知ってるかい?うちの店には厳つい警備員が居るってこと」

「はっ!厳つい警備員?この国の警備員ってのは大概ジジイだろうが」

「だったら、そっち見てみろよ」

「あん?」

 

司狼にショットガンを向けていた下っ端は司狼の指さす方を見た。そこには筋骨隆々とした体に無精髭を生やした黒い警備員の服を着た巨漢が立っていた。下っ端が想像していた弱そうな警備員と真逆だったため、下っ端は思わず呆気に取られてしまう。

 

その警備員こそ、夜都賀波岐の一柱、ミハエル・ヴィットマンだった。

ミハエルはゆっくりと右の拳を後ろに引く。

下っ端はミハエルから出る気迫に圧倒され、身動きが取れなかった。そのため、逃げることも防御することも叫ぶことも銃を構えることもできず、恐怖のあまり奥歯のガタガタ言わすことしか出来なった。

 

「人世界・終焉変生」

 

ミハエルの拳が下っ端の顔面を捉えた。顔面を殴られた下っ端は殴り飛ばされ、もう一人の下っ端にぶつかる。そのまま、二人は店の窓ガラスを割り、店の外へと飛ばされた。幕引きの鉄拳を受けた下っ端は”普通の顔の形”に幕を引かされることとなった。

 

「迷惑な客には退店願おう」

 

そう言い残すと、ミハエルは何事も無かったかのように、店の奥へと引っ込んだ。

強盗犯が三人とも気絶したことを確認した警察は店の中に突入し、店の中でのびていた強盗団のボスを逮捕した。強盗団は店の中に居た客と店員に対し発砲することができなかったため、誰一人怪我することはなかった。

 

事件が無事解決したため、警察による簡単な事情聴取が行われたが、一時間程度で終わったため、喫茶店は営業再開となった。営業が再開してからは何事も無く、閉店時間を迎えた。閉店後の仕事も十数分程度で終わると、司狼がシャルロットと鈴に今日のバイト代の入った封筒を渡す。

 

「ところで、どうだったよ? 俺の活躍は? だが、俺に惚れんなよ」

「大丈夫よ。この子たち好きな人が居るみたいだし」

「そんなことわかんのか、エリー?」

「分かるわよ。恋する乙女は放つオーラが違うのよ」

「は!? シャルロット、アンタまさか一夏のこと!」

「違うよ!一夏は黒円卓の首領で、友達だけど、好きな異性なんかじゃないよ」

「本当でしょうね」

「本当だよ」

「エリー、お前の見立てでは誰だと思う?」

「うーん、この恋するオーラは古くも無ければ、新しくもないしね~。ちょっと前に初めて会った蓮君とかは…違うかな。だとすれば、鈴ちゃん、何か心当たりない?」

「ヴィルヘルム」

「違うね。名前が出た瞬間顔が変わった」

「だとすると……カール・クラフト?」

「いや、それはないだろ?」

「そそそそそそ、そうだよ!僕がお姫様抱っこされたぐらいでカリオストロのことが気になんかなったりするはずなんかないよ!」

 

顔を真っ赤にしたシャルロットの叫びが@クルーズに木霊する。シャルロットの言葉を聞いた夜都賀波岐と鈴は驚きのあまり、思わず手に持っていたモノを落としてしまう。

 

「………嘘(でしょ)(だろ)」




シャルロットと鈴の夏休み編を書かせていただきました。
次回は一応、箒の夏休み偏ということで原作をベースにしつつ、一夏は出てこないようにし、Dies勢を介入させるというもので考えております。

シャルロットがカール・クラフトに惚れるなんてありえないという感想が予想されるため、此処で予め言っておきます。これにはある理由があり、後々明らかになります。


       屑霧島


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ChapterⅩⅩⅩⅢ:

IS学園の夏休みが始まって一週間が経とうとした日の朝。

袴姿でランニングをする一人の女生徒が居た。

篠ノ之箒である。

一時間近く走っているのか、汗まみれで呼吸も速い。常人ならば、疲労で倒れているほどだ。にも関わらず、彼女が倒れないのは彼女自身がエイヴィヒカイトだからである。だが、保有する魂の数が少ないため、汗はかくし、呼吸も速くなるが、体が動けなくなるような事態にはならない。疲労で倒れない自分に箒は苛立ちを感じる。

倒れてしまえば何も考えなくて良いと彼女は思っていたからだ。

 

「だが、所詮それは現実逃避だな」

 

自分の中に湧いて出た苛立ちを振り払い、鍛錬に励む。それでも鍛錬に身が入らない。カール・クラフトの言葉が頭の中で響くせいで、彼女は自分の在り方が分からなり、自分が鍛錬する理由を見失ってしまっていたからだ。

だが、かといって、何処かで籠っていては嫌な考えしか頭に思い浮かばない。

だから、箒は鍛錬に励むしかなかった。

 

「此処は?」

 

箒は気が付けば、森の中に居た。初めて見る光景に箒は戸惑いを隠せなかった。

だが、IS学園の地図を思い出した箒は此処がIS学園内にある教会の周りにある森だということに気が付いた。IS学園には様々な国から学生が来る。そのため、その学生が信仰する宗教に合わせ、教会やモスクや寺がIS学園の敷地内に建てられている。だが、教会とモスクや寺がパッと見で隣り合っていては景観を損ねてしまうため不味いと考え、森の中にこれらの宗教関連の施設を建てた。

箒は自分の救いがどこかの教えにないのかと思い、試しに覗いてみることにした。それに、篠ノ之神社の巫女の経験のある箒としては他の宗教の施設がどのようになっているのか興味があり、是非とも見学してみたいと考えた。十m先にあった道標を見て近くの宗教関連の施設を回っていく。

 

モスクで六信五行を教わり、寺では説法を聞かされた。宣教師たちは一生懸命に説明してくれるのだが、どれも箒の中では腑に落ちなかった。というのも、彼女が多神教である神道を信仰しているため、一神教の宗教の教えに対し拒絶はないが、想像しにくいらしい。

 

宣教師たちが必死に箒に教えを説明するのには理由があった。

海外から来る生徒はIS学園に入学するために日本に来ると、多神教の日本人に感化され、宗教の観念が変わってしまうらしく、戒律を疎かにしてしまいがちになる傾向にあるらしい。おかげで、トンカツや豚骨ラーメンや梅酒が大好きなムスリムや、クリスマスを楽しむ仏教徒や、初詣をするキリスト教徒が大量に生産されてしまう。

そのせいか、日本が宗教の治外法権が認められる唯一の国と他国から言われているし、『ここが日本だから』という言葉が免罪符になるらしい。

信仰心の深い教徒が減ってしまい、宣教師たちの仕事が無くなってしまったらしい。そのため、教徒を増やそうと足を運んでくれた人に対し、必死に教えを解くらしい。

 

そして、最後の教会へと足を運んだ。

 

箒が見た教会は寂れており、蔦が建物を這っている。

教会の周りも高い草が生えており、あまり手入れされていないのが分かる。

もしかして、この教会には神父が居ないのかと箒は思ったが、教会内部を隈なく見て回ったわけではないため、無人である証拠がない。教会内部が無人であるかどうか確かめるために、教会の重い木の扉を押し開ける。

 

「おや、こんなところに生徒が来るとは珍しいですね」

 

教会の奥から枯れた声が聞こえてきた。

声の主はカソックを着ていることから、箒はこの教会の神父と判断した。神父は初老の細身の男で、くせ毛の茶髪と目の下のクマが印象的だった。

 

「すみません。この教会に着任して日が浅いものですから、整理ができていないため、今掃除中でして、大変お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「いえ、お気になさらないでください」

「そうですか。ありがとうございます。ところで、当教会にはどういったご用件で?」

「いや、近くを走っていたら、たまたま森に着いてしまったので、一度キリスト教の教義を聞いてみたく思い立ち寄りました」

「そうですか。では、お一つお聞きしてもよろしいですか?」

「何でしょう?」

「何故、キリスト教の教義を聞いてみたいと?」

「私は神社の娘でして、宗教というものに少し興味がありまして…」

「いや、違いますね」

 

神父は箒の言葉を否定する。突然自分の言葉を否定された箒は驚きのあまり言葉を失った。

険しい顔をした神父は続ける。

 

「貴方は何かに悩み、ご自身の救いの切欠が己の知らない教えにないかと思い、此処に来た。違いますか?」

「どうしてそうだと?」

「私は仮にも神父です。懺悔に来る信仰者の顔ぐらい熟知していますよ」

「……。貴方の言うとおり、私は悩みがあります。聞いてくれますか?」

「構いませんよ。神を信じる者に救いの手を差し伸べる。それが我々聖職者の職務なのですから」

 

ニッコリと笑みを神父は笑みを浮かべる。

それから、箒は自分が抱えている悩みを神父に話した。聖槍十三騎士団や夜都賀波岐の部分を話しても信じてもらえないと思ったので、一部を歪曲し、矛盾が無いように話す。

自分の運命は決まっており、ある物を壊す存在を成長させるための存在であり、それ以外のモノになることができないとある人から言われた。自分はそんなはずはないと否定したのだが、その人物の言葉が重く圧し掛かている。

 

「なるほど。ならば、答えは簡単です」

 

神父は笑顔でそう言った。

 

「貴方は姉を“ある日に起きる出来事”の為に成長させる駒だとその人に言われたのでしょう?ならば、その“ある日”の先の貴方は、貴方の姉やその人とは関係が無いはずだ。貴方は“ある日”の先を手に入れるために努力すればいい」

 

カール・クラフトからは怒りのクリスマスを壮大なモノにさせるために産まれた篠ノ之束の成長因子だと言われた。そして、それ以上の存在にもそれ以下の存在にもなれないとも。

ならば、その怒りのクリスマスを超えた先に自分が存在したとするならば、それは篠ノ之束の成長因子を超えた何者かになった証とは言えないだろうか?だとするならば、自分自身がカール・クラフトの駒にしかなれないという言葉の否定が出来る。

 

「なるほど。ありがとうございます、神父殿。また相談事があったら来ても構いませんか?」

「えぇ。悩める若人に助言するのは老人の義務だ。また何か会ったらこの寂れた教会に来てください。私はいつでもお待ちしております。それと、殿というのは慣れないので無しにしていただけると助かります」

「では、お名前を窺っても宜しいですか?」

「ヴァレリア・トリファと申します」

「トリファ神父、貴方の言葉を聞いて救われました。お礼として、この教会の清掃の手伝いをしたいのですが、構いませんか?」

「それは助かります。では、礼拝場の掃除をお願いしても構いませんか?」

 

こうして、箒はヴァレリアと教会の掃除を始める。

先日までこの教会には年老いた神父が居たらしい。だが、この年老いた神父は体力がかなり落ちていたため、礼拝堂の簡単な掃除は出来ても、隅々まで丁寧にすることができなかったらしい。そんな年老いた神父は今年の三月に死ぬ前に祖国に帰りたいと退職した。だが、なかなか後任が見つからなかったため、三か月近くこの教会は無人となっていた。おかげで、礼拝堂は所々に埃が溜まっており、外は雑草が生い茂っている状態となっていた。

ヴァレリアはこの状態を改善するために朝からずっと掃除をしていたらしい。

 

一時間ほど箒はヴァレリアと掃除をした結果、礼拝場は綺麗になった。このまま箒は外の草引きもやるとヴァレリアに言ったが、そこまでしてもらうのは悪いと言いやんわり断った。そして、箒が教会から出ていこうとした時だった。

 

「神父さん、入るぞ」

 

突如、教会の扉が開き、中に白いサマーマフラーを巻いた黒髪の青年が入ってきた。

青年の方は予想外の人物が居ることに少々驚き、ヴァレリアは会ってはならない二人が会ってしまったかと焦っている。そして、箒は目の前に立つ青年に対し、敵意を露わにし、いつでもISを展開できるように構えた。

 

何故なら、その青年は夜都賀波岐の主柱、藤井蓮だったからだ。

夜都賀波岐や黒円卓などの守護者の事情は分かったが、勝手に巻き込まれ命を狙われた箒からすれば、憎悪の対象になってしまうのは仕方がない。殺されかけたのだから、和解したからといって、そんな簡単に割り切り、気持ちを切り替えることなどできるはずがない。

 

「トリファ神父、貴方も夜都賀波岐なのか?」

「えぇ」

「……私を騙したのか?」

「騙したとは人聞きが悪い。聞かれなかったので、答えなかっただけですよ」

「だったら、さっきの私の問いにはお前たちに都合の良いように答えたのか?」

「いいえ、あの答えは間違いなく私個人としての応答で、夜都賀波岐や黒円卓とは関係ない」

「その言葉を信じろと?」

「私は貴方の気持ちが分かるので、親身に答えたのですよ。ですから、信じてもらいたい」

「気持ちが分かる? 軽々しくそんなことが言えたものだな」

「えぇ。では、私の身の上話でも少ししましょうか」

 

ヴァレリアは黒円卓に所属していた頃の話をした。

彼は黒円卓の双首領の恐ろしさを知り、黒円卓から逃げたことがあった。だが、ヴァレリアが逃げた先にハイドリヒ卿と近衛の三騎士が現れ、黒円卓の白騎士に当時劣等と迫害されていた子供を十人殺すように命令した。ヴァレリアは黒円卓に戻り首領代行となり、黄金錬成をもってして白騎士によって殺された子供をグラズヘイムから救おうとする。

だが、ヴァレリアの企みは三騎士に見破られ、黒騎士によって幕引きとなり、グラズヘイムへと落ちて行った。

 

「つまり、私は藤井さんのところに行くまで、ハイドリヒ卿の駒だったのですよ。黒円卓に抗おうとすればするほど私の近しい人は死んでいき、私は己の目的から遠ざかっていき、ハイドリヒ卿に利用され、償わなければならない罪を償えない」

「……」

「だから、私は副首領閣下の駒と言われた貴方に共感を覚えた。そして、同時に、私と同じように踊らされている貴方を見たくない。かつての私を見せられているようで心苦しい。そう思いましたよ」

 

私は永劫この罪を償い続けることを受け入れたが、この苦行を他の誰かが味わっているのを見ているのは辛すぎる。ヴァレリアはそう付け加えた。

悲愴感漂うヴァレリアを見た箒は彼が歩んだ重い人生の一端を垣間見た気がした。

 

「トリファ神父、貴方の忠告心に留めておきます」

「貴方が駒でないということが証明されることを私は祈っていますよ」

 

箒の言葉を聞いたヴァレリアは少し嬉しそうな表情を浮かべていた。

彼の穏やかな表情を目にした箒は少し夜都賀波岐に対する印象が良くなった。といっても、この程度で完全に気を許すほどになったわけではない。

 

箒は教会から出ていこうとする。

ヴァレリアからの助言を受けたため、此処にもう用事はないと判断したからだ。それに、藤井蓮という無愛想な自分と似た男の顔を見ているのはあまり好きになれない。

蓮の横を通り過ぎ、教会の扉の取っ手に手を掛けた時だった。

ヴァレリアは箒を呼び止めた。

 

「篠ノ之箒さん、藤井さんに鍛えてもらいなさい」

 

ヴァレリアの提案に箒は驚いた。

ヴァレリアが言うには、これまで数回座が変わるときに覇道神が衝突したことがあったが、今年のクリスマスに起こる覇道神の衝突はこれまでのものとは比べ物にならないほどの最大のものになるらしい。二人以上の覇道神が衝突するようなことがこれまでなかったからだ。覇道神の衝突に巻き込まれた者は多くの者が無事では済まない。

ヴァレリアは嘗てシャンバラでこの覇道神の衝突を知略をもってしてコントロールし黄金錬成による死者蘇生をしようとしたが、黒円卓の三騎士の前では知略など無に等しかった。もう少し私が強ければ、力があればと嘆いたことなど数えきれない。そして、黒円卓の三騎士を超える者がハイドリヒであり、カール・クラフトであり、藤井蓮である。

そんな三人の戦である覇道神の衝突は宇宙規模での災害の領域である。人並みの努力で乗り越えられるような甘いものではない。だから、覇道神の衝突を乗り越えるためには今の箒に戦い方を教えることの出来る師が必要であるとヴァレリアは言う。

 

「止めておけ。お前はカール・クラフトから篠ノ之束を成長させるだけの力しか与えられていない。所詮お前はラスボスを引き立てるための力を持たない脇役だ。鍛えたところで、俺たちの戦いに飛び込んでも誰かの盾になって燃えカスになるのが関の山だ」

「な!」

 

腕を組み、教会の扉の横の壁にもたれ掛かっている蓮はそう言う。

声色からして不機嫌そうなのは誰の目からも明らかである。それほど蓮の態度は露骨だった。悪態をつける蓮に対し、箒は怒りを露わにし、ヴァレリアはため息を吐く。

 

「藤井さん、女神さんと喧嘩したからといって、ご自身の妹さんにきつく当たるのは如何なものかと思いますよ」

「…コイツとは関係ない」

「はぁ、……では、後で御二人の喧嘩の仲裁に入ってあげますから、篠ノ之さんの面倒を見て上げてください」

「……仕方ない。それで喧嘩が終わるなら安いもんだ」

 

蓮はヴァレリアの提案を受け入れた。

実は、数日前に蓮と彼女は喧嘩をした。彼女の友人たちがネットアイドルをしたり、喫茶店で働いているのは彼女には羨ましく、やってみたいと思っていた。だが、蓮が駄目だと言って彼女の行動を制限したことに彼女が怒ったらしい。

蓮は友人たちと彼女を説得しようとするが、友人は誰も説得に手を貸してくれない。蓮の独占欲に呆れた夜都賀波岐全員が蓮が悪いと責めたからだ。そのため、司狼もアホらしいとお手上げ状態だ。蓮は彼女との関係改善のために、蓮は@クルーズに居ないヴァレリアに相談しにきた。蓮がこの教会に来たのにはそんな裏事情がある。

そんな裏事情を聞かされた箒は少し蓮に対し人間味を感じた。

 

「俺たちのことは自分で何とかするから、お前は関係ない。それで、俺たち夜都賀波岐にはグラズヘイムのような戦う場所は無いからな。俺に修行を付けてもらいたいなら、誰にも見られない場所をお前が用意しろ。それと、俺には仕事があるから、普段は夜中12時以降の夜が明けるまで限定だが、今日は仕事をサボったから、今からでも構わないぞ」

「いや、今日はこの後実家の神社で行われる祭りで舞を披露しなければならないので、実家に帰らなければならない。すまないが、また今度で良いだろうか?」

「「祭り?」」

 

箒の実家の篠ノ之神社では今日祭りが行われる。

近隣住民が神社の敷地内に屋台を出し、巫女が鎮魂の舞をし、最後に花火が上がる。

篠ノ之束が世界的に有名になったことで、束のゆかりの地である篠ノ之神社を一目見ようと最近は外国からの観光客が増えたため、近年の祭りは結構賑わっていると箒は話す。

 

「藤井さん、篠ノ之さんの神社に彼女と行かれては如何でしょうか?」

「え?」

「え?ではありませんよ。彼女は貴方に過保護にされ過ぎて機嫌が悪いのですから、少し華やかな所に藤井さんと出かけることができたならば、機嫌を良くされるはずです」

「とはいっても、夏祭りは人が多…」

「貴方は女神を守るための騎士なのでしょう? だったら、問題はないはずだ」

「考えておく」

 

頭を掻きながら蓮は答えた。

エイヴィヒカイトを扱う者は徹底して自分理論を貫く。それが自分の力を維持するためであるからだ。彼らは渇望が満たされる方法を力にする。故に、彼らの根幹である渇望が揺らぐような者はエイヴィヒカイトの力を全て出すことができない。

要するに、エイヴィヒカイトの術者は総じて頭が固い。

だが、仲間との楽しい刹那を永遠に味わい尽くしたいという渇望を持つ蓮が夜都賀波岐全員から総スカンを受ければ、考え方が少しは変わる。

仲直りする方法ではなく、恋人に何と言って夏祭りに連れ出そうか、蓮は考えながら教会から出て行った。

 

「篠ノ之さん、もし藤井さんと彼女の仲が悪そうに見えたら、フォローしていただけませんか? 私が言うのは何ですが、藤井さんは口下手ですから、お願いしますね」

 

ヴァレリアの言葉を聞きながら、箒は教会から出て行った。

 

 

 

篠ノ之神社に着くと、箒は夏祭りの準備を始める。花火の前の鎮魂の舞の予行練習や、毎に使う道具の確認などだ。だが、道具の確認はほとんど叔母である雪子がしていたため、舞の確認だけだった。舞の最終確認が終えると箒は巫女服に着替え、夏祭りに来たついでにお守りを買っていく客の為に販売の手伝いをする。

お守りの販売の手伝いといっても、夏祭りの本番は夜であるため、真昼間に神社に来てお守りを買っていく人はほとんどいない。半時間に一人いるかいないかである。この時間帯ならば、此処に居るのは一人で十分である。

 

そんな箒の元に、巫女服姿の雪子が現れた。雪子は舞の本番に向けて鋭気を養うために、本番の30分前まで休憩してはどうかと箒に提案した。せっかくの雪子の提案だったが、箒は断りたかった。というのも、自分は6年ぐらい前にこの地を離れており、知人と呼べるような人を知らない。休憩を貰っても、会いたい人も居ないため、一人ボーっとしているしかなかった。

 

「すみません。家内安全と商売繁盛のお守り二つください」

「はい。色は青と白と赤の三つが……」

「両方白で」

 

家内安全のお守りを買いに来た白いサマーマフラーを巻いた青年は懐から財布を取出す。

 

「どうして此処に居る?」

「行くかもしれないと伝えたはずだが?二つで800円だったな」

「だが、こんな早く来るとは聞いていないぞ。釣りの200円だ」

「言っていなかったからな」

「あら、箒ちゃん、知り合い?」

「えぇ、まあ…」

「そっちの外人さんも?」

「いえ、初対面です」

 

雪子の視線の先にはゴシック&ロリータファッションの金髪の女性が居た。女性は後ろで髪を括っている。括り方からしてかなりの長髪のようだ。少し頬を膨らませて不機嫌そうな表情を浮かべた普通の女性にしか見えないのだが、彼女の変わった格好や髪型の所為か、彼女の纏う空気は何処か普通の人とは違う感じすることに箒は気づいた。

蓮が言うには彼女が蓮の恋人のマルグリット・ブルイユだという。

つまり、彼女こそが輪廻転生の理を流れ出させた黄昏の女神である。

箒は女神から悪意のようなものを全く感じなかった。そのため、箒は自分を巻き込んだ原因であるこの女性を憎むことができなかった。

 

「悪いが、篠ノ之、マリィにこの浴衣を着せてやってくれないか?」

 

そう言って、蓮は箒に紙袋を差し出す。

中を見ると、一着の着物が入っていた。蓮は浴衣の着付けが出来ないため、着付けの出来そうな箒に着付けを頼むため、わざわざこれを持って篠ノ之神社に来たらしい。

箒としては自分勝手な蓮の頼みごとを断ろうかと思ったが、蓮と恋人の関係をヴァレリアンに頼まれたこともあるので、断るわけにもいかない。

箒は雪子から社務所の一室を借り、その部屋にマリィを連れて行く。蓮の話だとマリィにはある呪いが掛かっているため、自分が認知できる位置より遠くに行くことができないと言い、部屋の前までついて行った。箒はマリィの着付けをする。

 

「“マリィさん”と呼べば良いのだろうか?」

「うん、私はなんてあなたを呼べば良いの?」

「私は篠ノ之箒だ。私は姉がいるから、箒と呼んでくれ」

「うん、よろしくね。ホウキ」

「少し発音が違う気がするが、よろしく頼む。それと、藤井の束縛が原因で喧嘩したと聞いているが、騎士というものは古来より守るべき者の為に戦う存在だ。それは騎士にとって何よりもそれが大事なものだからだ。そして、そんな騎士の気持ちを理解するのが、騎士に惚れた女が持つべき技量だと私は思っている。だから、少しは藤井の気持ちを組んでやってくれないか?」

「分かった。レンが私を大事にしてくれているのは知っている。だって、何時でも私たちは抱きしめあえるんだもの。私もレンが嫌いになったわけじゃないよ」

「そうか。…これで完成だ」

「ありがとうね。ホウキ」

 

白地に赤い薔薇の刺繍のある浴衣を着て、淡い桃色の帯を締めたマリィは初めて浴衣を着れて嬉しのか曇りない無邪気な笑みを浮かべ走って部屋から出ていこうとする。初めて浴衣を着て嬉しいようだ。先ほどまで不機嫌だったのが嘘のようだ。

箒はマリィの背中を見ていた。

 

「皆を抱きしめたいか。…確かに、あの者ならそんな願いを抱いてもおかしくないだろう」

「そうだ! ホウキ、行こうよ」

「私もか?」

「だって、皆一緒の方が楽しいよ」

「そうかもしれないが、マリィさんは藤井とデートに来たのだろう?」

「そうだけど、ホウキがいちゃダメって決まってないから良いよ」

「だが……」

「ホウキも早く着替えて」

「うっ、分かったから少し待ってくれ」

 

箒は押入れから浴衣を出してきて、着替える。深みのある紅を基調とし桜の刺繍の浴衣に、紫色の帯という箒のお気に入りの組み合わせを箒は着る。

箒はマリィのようなタイプの人間が苦手だった。悪意が無く、無邪気で自分のしたことや夢を語り、場の空気を掻き乱していくマイペースな人間に自分は弱い。

何故苦手かといえば、自分の姉がそんなタイプの人間だったからだ。

着替えを終えた箒とマリィは蓮の待つ廊下に出る。

 

「お待たせ、レン。どうかな?」

「まあ、その、似合ってるよ。マリィ」

「むー、目を見ていってほしいな」

「マリィさん、藤井は照れ屋というやつで、貴方が綺麗だから、まっすぐ貴方を見ることができないんですよ」

「知っているけど、それでも目を見ていってほしいの」

「……マリィ、浴衣似合っているよ」

「えへへ、ホウキは?」

「まぁ、悪くはない」

「それってレン語で“良いよ”って意味だよね?」

「は? 何言ってるんだ、マリィ。そもそもレン語ってなんだ?」

「スナオになれないヒネくれたレンの言葉だって、シロウが言ってたよ」

「あの馬鹿、何マリィに吹き込んでんだ」

「私の浴衣姿が良いだと?」

「おい、篠ノ之箒、俺はそんなこと言ってn」

「自分の女の前で他の女を…しかも、自分の妹のような者を口説くとは良い度胸だ。その破廉恥な貴様の性根を私が叩き直してやる!」

「は! ちょ、おま、その刀、何処から出してきた!?」

「天誅!」

「美麗刹那・序曲」

 

その後、半時間ほど刀を持った浴衣姿の娘が同じ年頃の男を追いかけまわしている光景が見られた。




というわけで、箒の夏休みを書かせていただきました。
ISの原作の一夏的な人物(ISのヒロインに追いかけられるような存在)が居なかったので、今回この話で蓮が担当することになりました。
蘭ちゃんゴメン、出番なかったよ。
ですが、近々出す予定はあります。

次回もギャグが多めで、メインキャラはシャルロットと香純でお送りいたします。
それでは、また次回にお会いしましょう。


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ChapterⅩⅩⅩⅣ:

今回は量が少なめです。はい



    屑霧島


シャルロット・デュノアと綾瀬香純はグラズヘイムのある部屋に居た。この部屋は音響機器が充実している。一夏曰く、音楽の録音や編集を行えるらしい。そんな部屋の中にある小部屋にシャルロットと香純はヘッドフォンを付けて、椅子に座って向かい合っていた。彼女たちの口元にはマイクがあり、手元には台本と書かれた冊子があった。小部屋に付けられたガラス窓の向こう側に居る鈴が隣に居るシュライバーに怯えながら指でカウントを始めた。カウントが始まった以上、もう止めることができない。二人は腹を括った。

 

5…4…3…2…1…

 

「「グラズヘイム・ヴァルハRADIO!!」」

 

シャルロットと香純はやけくそになり叫んだ。

 

「グラズヘイムの皆様、お疲れ様です。シャルロット・デュノアです」

「綾瀬香純です」

「さあ、始まりました。“グラズヘイム・ヴァルハRADIO” この番組は一夏もとい、ハイドリヒ卿の“この城の髑髏たちにも楽しめる娯楽を提供するのも私の責務であり、私の愛だ”という言葉によって企画されたラジオです」

「この城、黒円卓以外に娯楽が無いからね」

「パーソナリティーは聖槍十三騎士団黒円卓第三位首領代行の僕シャルロット・デュノアと」

「第六位補佐のアタシ、綾瀬香純でお送りいたします」

「「勝利のために……Sieg Heil!!」」

「この番組は黒円卓の提供でお送りいたします」

 

彼女たちが何故こんなことをしているのか。

それは今シャルロットが言った通りである。ヴェヴェルスブルグ城を構成するのは全て死体の髑髏である。彼らは来る怒りの日にこの城から出陣するためにも、人の形を取り戻そうと同じ城の髑髏たちと戦っている。勝つことを宿願としている彼らにとってそれは本望なのだが、戦ってばかりでは疲労の所為で怒りの日に本気を出すことができないかもしれない。そのため、彼らに休息を与える切欠として、一夏はこのラジオを企画した。

 

「記念すべき第一回目ということでたくさんゲストが来てくれました!」

「まずは一人目! 命中率百%! 狙った獲物は全て焼き尽くす! 歩いた後は焼け野原! 魔操砲兵、ザミエル卿です!」

「……」

「ワーワー!!、ドンドンドン!!、パチパチパチ!!」

「続いて二人目! 公式戦では無敗! IS学園の皆のお姉さまで、黄金の獣のお姉さま! ブリュンヒルデ・織斑千冬先生!」

「……」

「ヒャッフーイ!!良いぞ良いぞ!!もっとやれ!!」

「そして、最後は…魔性の言葉で英雄を引き連れ、戦場を駆け抜ける至高天! 髑髏でできたヴェヴェルスブルグの城主! 黄金の獣! 世界唯一の男性IS操縦者、織斑一夏! ラインハルト・ハイドリヒ卿です!」

「よろしく頼むぞ。我が爪牙よ」

「本日はこの三人のゲストを迎えてお送りしたいと思います」

 

エレオノーレと千冬は何故か睨み合っており、二人の間で火花が散っている。エレオノーレからすれば、千冬は織斑一夏として生活しているハイドリヒを知っている存在であるため、気に食わなかった。エレオノーレからの敵意に対し、千冬は同じく敵意で返している。いつもの千冬ならば無視するのだが、相手が弱くないため、無視するわけにもいかない。そして、こういった手前は和解が不可能であるとも千冬は知っていた。

香純の横に座っているハイドリヒ化した一夏は椅子の肘置きで頬杖をついたままだ。

そして、シャルロットと香純は、初っ端の放送事故のせいで冷や汗が滝のように流れている。だが、此処で黙ってしまってはそれこそ放送事故である。シャルロットは台本通りにラジオを進める。

 

「まず、最初は皆様から送られてきたお便りにお答えしていきたいと思います」

「最初のお葉書はこれ!」

 

香純は箱の中に手を入れて、ハガキを一枚引き、ハガキに書かれた内容を読み上げる。

 

「ラジオネーム、“幼馴染が人間じゃなくなったので自分だけ老けた”さんからです」

「「ありがとございます」」

「『先日、ベアトリスさんがフリルのメイド服を着てアイドル喫茶という喫茶店のウェイトレスをやっているという情報をキャッチしました。そこで、ザミエル卿にお聞きします』」

「私か」

「『ザミエル卿がアイドルになるならどういうアイドルになりたいですか?』ということで、……ザミエル卿」

「……ドルレアンス、そのハガキを寄越せ」

「え?」

「いいから、寄越せ」

 

エレオノーレはシャルロットに高圧的な態度を取り、シャルロットから手紙を受け取ると、手紙をビリビリに引き裂いた。その光景にシャルロットと香純は唖然とする。

 

「私は黄金の鬣であり、爪であり、牙である。そのような腑抜けた媚を売る雌犬集団になるはずがなかろう。この手紙の主に告げる。その根性叩き直してやる。待っt」

「ザミエル」

 

立ち上がろうとするエレオノーレに一夏は声を掛けた。

ザミエル以上に威圧的な一夏の声に千冬を除く全員が息苦しさを覚えた。

 

「これは私がシャルロットと香純に司会をさせている私の番組であり、我が爪牙である視聴者を楽しませるための番組だ。そして、このコーナーは我が爪牙の質問に答えるコーナーだ。ならば、卿はどうするべきか分かるな?」

「ですが、この内容は」

「私は答えろと言っている。二度言わせるな」

「…私は……わた…わたし…は」

 

エレオノーレは座ったまま気絶した。彼女はヒラヒラな服を着て舞台の上で踊りながら歌っている自分を想像してしまった。英雄へと身を窶した自分にそのような普通の何処にでもいるような少女の所業は似合わなさすぎると激しい嫌悪感を催したからだ。

 

「えぇーっと、ザミエル卿が気絶したため、次のお葉書に、ラジオネーム“ゴスロリはアルフレートの趣味”さんからです」

「「ありがとうございます」」

「『織斑千冬さんに質問です。織斑一夏君の弱点は何ですか?』」

「……一夏の弱点か」

 

千冬は頬杖をついて考える。パーソナリティーであるシャルロットと香純は“一夏(曾お祖父ちゃん)に弱点なんかあるはずないだろう”と思っていたのだが、千冬は一夏の弱点を思い出したのか、表情が変わった。

 

「“いーちかーー!”、一夏を従わせる言葉だ。ある意味弱点と言えるだろう」

 

“いーちかーー!”と呼び、そのあとに言葉を繋げれば、一夏は何でもしてくれると千冬はいう。“いーちかーー!ビール!”と言えば、冷蔵庫から冷えたビールを一夏は持ってくる。“いーちかーー!おつまみー!”と言えば、何かしらのお摘みを作ってくれる。“いーちかーー!掃除機!”と言えば、掃除機をかけてくれるらしい。

だが、これには一夏なりの言い分がある。

千冬が冷蔵庫から勝手にビールを取ろうとすると、冷蔵庫の中のモノの配置を変える上に、賞味期限の早い冷えたビールがあるにもかかわらず賞味期限の遅いビールを持っていこうとする。さらに、千冬がお摘みを作れば、味付けが甘くなるため糖分の過剰摂取になりかねない。掃除機をかければ掃除機か家具のどちらかがかなりの確率で壊れる。

 

「要するに、姉上は家事能力が壊滅的なのだ。結果、私が動かざるを得なかった。だが、今考えれば、姉上の家事能力を向上させるために、あえて突き放すべきだったのかもしれんな。……姉上」

「なんだ?」

「今より“いーちかーー!”の使用回数を一週間に2回までという制限を課す」

「そっちがそう来るなら、ISの講義ではお前しか当てないから覚悟しろ」

 

“職権乱用だ!”とシャルロットと香純は叫びたかったが、叫べば放送事故であると思いとどまった。開始からたった数分で何発も放送事故が発生しているため、今さら叫んだところで放送事故扱いされないのではないかといつもの彼女たちなら気付くのだが、一夏、エレオノーレ、千冬のマイペースに乗せられた所為で、彼女たちは自分のペースを乱し、まともな思考能力が無くなっていた。

彼女たちに残された思考は二つ。ツッコミを入れたいが、ツッコミを入れると放送事故になってしまうという思考と、さっさとこのラジオを終わらせようという思考だけだった。

 

「では、次のお葉書、ラジオネーム“アンナたんペロペロ”さんです」

「「ありがとうございます」」

「『アンナたんの靴下の匂いを嗅ぎt』」

 

シャルロットはハガキをビリビリに破いて、無かったことにする。

香純も良い判断をしたとサムズアップする。

 

「次のおハガキです。ラジオネーム“脱走蜘蛛”さんからです」

「「ありがとうございます」」

「『ある人の部屋でテレビを修理していたら、聖遺物に溶けたテレビが絡まってしまい、聖遺物が抜けなくなりました。無理に引き抜けば、部屋の家具を壊しかねません。この部屋の主はとても強いため、家具を壊したことがバレテしまっては、殺されてしまいます。ですが、それ以外に私にはテレビから聖遺物を切り離す方法が思いつきません。どうしたら、良いでしょう?』」

「では、この質問を曾お祖父ちゃんに!」

「諦めろ」

「え?」

「諦めて殺されればよい。幸いこの城には死による終幕は存在しない。殺されたところで次があるのだ。問題はあるまい」

「ということで、“脱走蜘蛛”さん、諦めてください」

 

シャルロットは次のこーなに移るために、テーブルの上に乗っていたハガキの入った箱を下し、台本のページをめくる。エレオノーレは気絶したままだが、シャルロットも香純もさっさとこのラジオを終わらせたかったため、起こす時間さえ惜しい。

 

「続いてのコーナーは…」

「「私は――今生きているッ!」」

 

このコーナーは、ゲストやパーソナリティーに視聴者から送られてきたハガキに書かれたことに全力で挑戦してもらい、生きている実感を味わってもらおうというコーナーだ。挑戦者が本気で取り組めるように、挑戦者以外の人がその挑戦が成功したかどうかを判定し、成功したと認めてもらえたならば、挑戦者はご褒美にケーキを貰うことができる。

 

「では、最初の挑戦はこちら!ラジオネーム“私この戦いが終わったら喫茶店をするんだ”さんからのリクエストで、『ハイドリヒ卿にウエイターに挑戦してもらう』です」

「一夏が、ウエイターさんか。一夏はウエイターの経験はあるの?」

「全くない」

「自信のほどは?」

「さてな。だが、執事の本懐とは主を導き、客人を持成すということあると考えれば、この城の城主である私に出来ないはずがないと確信している」

「ほっほー、良い返事だね。…ということで、曾お祖父ちゃんにはウエイターの格好に着替えてもらいましょう」

 

一夏は小部屋から出ていき、セシリアの家の執事に期させている執事服に着替えるために、別室に移る。

一夏が着替えて戻ってくるまでの間、シャルロットと香純と千冬とエレオノーレの四人でフリートークという予定なのだが、相変わらず約一名気絶していたため、三人でフリートークとなる。フリートークの話題は最近黒円卓に入団し首領代行の地位を一夏から任命されたシャルロットのこととなった。

 

本名はシャルロット・デュノア。フランスのIS企業デュノア社の社長の愛人の娘なのだが、シャルロットの母親の死後、デュノア社に引き取られ、デュノア社の非公式のテストパイロットとなり、男のふりをしてIS学園に入学したが、夜都賀波岐の襲撃で一夏に正体がバレ、シャルロットとして受け入れてくれた恩返しと自分の拠り所を手に入れて、自分の呪いを解くために黒円卓に入団している。

趣味は料理で、得意料理は母から教わったフランスの家庭料理ブフ・ブルギニョンだ。

たまに問題発言するため、未知を好む一夏から気に入られている。最近の問題発言は『駄目ニート変態ストーカーのカリオストロのことが気になるはずなんかないよ!』である。

 

「シャルロットちゃん、あの人だけは止めた方が良いよ」

「だから、ちょっと気になっているだけで…別に好きとかじゃ…」

「デュノア、百歩譲ってお前が水谷のことを異性として意識していないとしよう。だが、気にはなっているとお前は言ったな。ならば、どういう意味で気になっている?」

「ううー……」

「言っちまいな。言っちまった方が楽になるぜ。シャルロットちゃん」

「それは……あ!一夏が来たから、“私は――今生きているッ!”のコーナー再開だよね」

「っち」

「ふー」

「次回に綾瀬に追及してもらうから、よろしく頼むぞ。デュノア」

「そんなー」

 

シャルロットはがっくりと肩を落とし、落ち込む。

普通の男女の関係ならば、のろけ話をするだけで良いので、恥ずかしがることはあっても消極的になることはない。だが、意中の相手が息をするように碌でもないことをするクズニートであるため、気後れしてしまう。

ため息を吐いていると、執事服の一夏がラジオの収録が行われている小部屋に入ってきた。

一夏の着ている執事服はとてもオーソドックスな物だった。白のワイシャツに黒のネクタイ、灰色のベストの上から黒のジャケットを着ており、白の手袋を填め、伊達メガネを掛け、黄金の鬣の後ろで括っている。

人体の黄金律を体現したハイドリヒに似合わない服装はないため、着こなせていないというわけではない。ただ、彼から溢れ出る存在感が王者のモノであるため、誰かに従うような役職である執事の服装とは外見的に似合っても、本質的に似合わない。そのため、一部の者は少々違和感を覚えてしまったが、大半の者たちの感想は“似合っている”だった。シャルロットも香純も同じ感想であったため、そう言おうとした時だった。

今まで気を失っていたエレオノーレが目を覚ます。

 

「うぅ、私は…」

「目を覚まされたか。お嬢様」

「……ハイドリヒ卿?」

「いや、今の私はお嬢様に仕える執事ラインハルトだ。さあ、何なりと私に命令するがよい。お嬢様の望み、叶えて御覧に入れよう」

「……」

「お嬢様?」

「夢だ。……そうだ。これは夢に違いない」

 

薄ら笑いをしながら、エレオノーレは俯きながら呟きだした。

シャルロットはエレオノーレが何を言っているのか聞くために、エレオノーレに近づき、彼女の口元に耳を近づける。

 

「皆逃げて!」

 

シャルロットは慌てて部屋から出ようとする。香純や小部屋の外から収録風景を見ていた鈴やセシリアは状況を把握できなかったが、シャルロットの慌て具合からただ事ではないと察し、部屋の外へと出る。

 

「……燃やし尽くす者となる」

 

エレオノーレは夢の中では頬を抓っても痛くないという話を聞いたことがあった。だが、その身はエイヴィヒカイトの術式によって体が強固なものになり、激痛でない限り痛みを感じなくなってしまっていた。そのため、頬を本気で抓った程度でも普段から痛みを感じない。そこで、エレオノーレは自分自身に聖遺物による攻撃を当てれば、痛みを感じとり、夢であるかどうかを認識できるのではないかと考えた。

 

「創造――焦熱世界・激痛の剣」

 

シャルロット、香純、鈴、セシリアが出て行った直後、ラジオの収録が行われていた部屋の中から轟音が鳴り響いた。扉は爆風によって遠くへと飛んで行き、赤い爆炎と熱風が部屋の中から溢れ出る。爆炎の勢いは激しく、向かい側の部屋すら焼き尽くす。

シャルロットたちの脱出があと数秒遅れていたら、彼女たちは灰の塊になっていただろう。

エレオノーレの創造の力を目の当たりにした瞬間だった。

 

「ね、一夏と織斑先生は?」

 

四人は辺りを見渡し、近くに二人が居ないか探す。

すると、収録が行われていた部屋の向かい側から、フラフラと千冬が姿を現した。

エレオノーレの創造の爆風によって向かい側の部屋に吹き飛ばされたらしい。

千冬はミハエルと同等の力を持つと言われているエレオノーレの創造を見ようと、白式を展開し、収録部屋に残っていた。エレオノーレの創造によって砲身による結界が出来た時に、千冬はエレオノーレの創造の能力が“必中”であることに気付いた。このままでは、焼かれると感じ取った千冬は零落白夜によって砲身を斬り、砲身の結界からの脱出を試みた。

だが、すでに砲撃は始まっていたため、彼女の聖遺物であるドーラ列車砲の砲身が破壊された程度で攻撃が止まることはなかった。結果、エレオノーレの砲撃による爆風は千冬を飲み込み、向かい側の部屋に千冬は吹き飛ばされた。

ISの絶対防御が機能し、幸い彼女自身に致命傷を負うことはなかったが、軽傷は負っていた。

 

「さすが、ブリュンヒルデ。ほとんど相討ちだったけど、ザミエルを倒すとはさすがだね」

 

五人の背後からシュライバーの声が聞こえてくる。触られることを嫌悪する彼は誰よりも早くエレオノーレの創造の発動に気付き、部屋から出ていた。あれが発動すれば、自分がどれだけ速くとも回避は不可能だと彼は知っていたからだ。

 

「いつか、君と戦ってみたいな」

「私はお前たちのように戦闘狂ではないから、断らせてもらう」

「嘘はイケないよ、ブリュンヒルデ」

「嘘だと?」

「うん、君は嘘をついている」

「何を根拠に?」

「僕は黒円卓の中で最も人を殺した。老若男女問わず、色んな人種を殺した。だから、色んな人間を見てきたから、どういうタイプの人間がどういう時に、どんな行動を取るのか僕には分かるんだよ。だから、君は猫の皮を被った狼のようなタイプの人間で、欲を理性で押さえつけることができるタイプでもあるって、僕には分かる。本当は戦いたいんだけど、興味本位で戦うのは主義に反するから、嘘をついている。…違うかい?」

「もし、それが本当だとして、私はお前と戦って、どんな欲が満たされる?」

「そうだね。たとえば、黒円卓の白騎士とISの白騎士、どっちが強いんだろうって気になって仕方がないとか?」

「……」

 

千冬は黙り、シュライバーはニヤニヤと笑いながらモーゼルに手を掛ける。

このままでは千冬かシュライバーかどちらかが仕掛けかねない。だが、四人に二人を止める力量がない。止めに入った瞬間、惨殺されてしまった挙句、戦いの引き金を引いてしまうのが目に見えていた。四人はこのまま静観する他なかった。

 

「でも、スワスチカを開く時に君と遊ぶつもりだから、今は我慢させてもらうね」

 

シュライバーはモーゼルから手を放す。

戦意を失ったシュライバーを見て、一同は安心し、緊張感から解放される。

 

「そうだ。一夏!」

 

鈴は甲龍を展開し、黒煙で充満している部屋の中に入ろうとする。

 

「ん? ザミエルが本気を出してもハイドリヒ卿が負傷するはずないよ。ほら」

 

シュライバーはラジオの収録が行われていた部屋を指す。

すると、部屋の中から、無傷のハイドリヒ化した一夏が現れた。怪我はなく、服すら汚れていない。一夏がエレオノーレより格上だということは分かっている。だが、自分だったら、あの猛火の中にいて無事であるはずがないと思っていたため、無傷で現れた一夏にシュライバーと千冬を除いた四人は驚く。

 

「ラジオとは実に愉快な物だ。…あぁ、心躍る一時を我が爪牙に与えることができただろう。次回も楽しみにしているぞ。シャルロット、香純」

 

シャルロットと香純は二度とエレオノーレがゲストとして出ないことを願った。

 

 

 

 

 

その頃、更識簪は京都の北、嵐山にある実家の屋敷に居た。

日本列島を猛暑から逃れるために、避暑に来ていた。

岩に腰掛け、清流に足を付ける。山の中を吹き抜ける風が髪を優しく撫でる。風によって木々が揺れ、葉鳴りが森中に響き渡る。そんな穏やかな空気に浸っていた。

だが、そんな穏やかな空間に異質な存在が居た。

 

「君が更識簪ちゃんだね」

「……篠ノ之束」

「そう、世界が認める天才IS博士篠ノ之束さんだよ」

「どうして此処に?」

「君の手を借りたいんだ」

 

束は笑みを浮かべ、簪に手を出した。

 

「何が目的?」

 

簪はその笑みが作り物でありることに簪は気づく。彼女は華族である更識家の出身である。故に、このように自分に取り入ろうとするような連中の顔を彼女は見慣れていた。

 

「君は皆から正当に評価されたくない?」



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ChapterⅩⅩⅩⅤ:

更新が遅くなりまして、大変申し訳ありません。
二学期から文化祭までの間の話を膨らまそうとしたのですが、4000字が限界でした。
ので、この話の中で、二学期から一気に文化祭まで時間が流れます。
ご了承のほどよろしくお願いします。

誤字が多かったので修正しました。2013/10/12


屑霧島


9月に入ったことで、IS学園の長い夏季休暇も終わり、二学期が始まる。

朝のホームルームが始まるまでの間、IS学園の生徒たちは夏休みの思い出を語り合い、お土産を交換し合っていた。

一夏は夏休み中は何処にも行かず、グラズヘイムで音楽鑑賞やラジオ収録や黒円卓の特訓に付き合っていたため、お土産を買っていない。そのためお土産の交換に参加できないので、自作のコーヒーゼリーを振る舞うということでIS学園の生徒達からお土産を受け取っていた。一夏のコーヒーゼリーを食べられる機会を得て、一夏と親密になろうとする女学生が多くいたため、一夏は大量にお土産を受け取り、ロッカーがお土産で溢れかえっていた。

一夏と同じ男子生徒であるシャルルとして学校に通っているシャルロットも、プレゼントを渡すことで好感度を上げようとする女生徒たちから、一夏と同じぐらいお土産を受け取っていた。シャルロットは騙しているようで気が引けたが、女生徒たちの押しが思った以上に激しかったため、断りきれなかった。向こうが渡してきたとはいえ、何も返さないというのは失礼だと思ったシャルロットは簡単なお菓子を作って渡すことにした。すると、その話を聞きつけた他の女生徒たちがすごい勢いでシャルロットに押しかけて来るものだから、シャルロットのロッカーもお土産で溢れかえていた。

 

「どうしよう。こんなに貰ったら、作るのが簡単なクッキーでも、作るの大変だよ。でも返さないのも相手の子たちに悪い気がするし……一夏はどうするの?」

「今週末にコーヒー豆を大量に仕入れに行き、グラズヘイムのキッチンで作るつもりだ」

「調理器具足りるかな?」

「イザークに命じれば、調理器具ぐらい幾らでも用意できる。問題はない」

 

一夏の言葉を聞いたシャルロットはなんとかなりそうな気がしてきたと安心する。

後は、お礼のお菓子の材料費だが……夏季休暇中に貯めたバイト代を使うしかないようだ。

 

二学期最初の授業はLHRだった。

LHRでは二学期に行われる文化祭の出し物について、意見を出し合った。

大半の生徒の意見は男性IS操縦者と触れあえるような企画が良いと言った。具体的には『織斑一夏とシャルル・デュノアのホストクラブ』や『織斑一夏とシャルル・デュノアのツイスターゲーム』や『織斑一夏とシャルル・デュノアのポッキーゲーム遊び』や『織斑一夏とシャルル・デュノアと王様ゲーム』などだった。

だが、彼女たちの案では、見目麗しい女生徒が表舞台に出ないのはもったいないと一夏が言ったため、褒められて嬉しかった女生徒は一夏の異議を却下しなかった。

では、他の案があるかと言えば、一夏自身これをやってみたいというものがない。

 

「喫茶店はどうだろう?」

 

ラウラが手を挙げて、提案した。ラウラが言うにはそれなり需要はあり、ただ、他のクラスと内容が被ってしまっては客の取り合いになる可能性があるため、他のクラスの動向を調査してから、喫茶店のテーマを決める必要があると付け加える。

その後の話し合いで、ラウラの意見に対する賛成が多かったため、クラスの出し物は喫茶店に決まった。

 

今出た喫茶店のテーマの候補は4つ。IS学園の国際色を生かした、民族衣装を使った喫茶店というのが1つ目。2つ目は、王道な女生徒はメイドで男生徒は執事の喫茶店。そして、3つ目が、一夏とシャルルがメイドに女装するメイド喫茶。4つ目が、逆に、女生徒が執事になり、男生徒がメイドをする。男女逆転メイド執事喫茶店であった。

他のクラスの動向を見ながら、来週のLHRで決めるということになった。

 

一時間目のLHRが終わってからは通常授業が行われ、数時間で昼休みとなった。一夏はセシリアと鈴とシャルロットを連れ、昼食を取るために屋上に向かう。ラウラも行きたそうにしていたが、食堂のおばちゃんとしてIS学園で仕事を始めた香純を見に行くという目的があったため、どうしても食堂に行かなければならないと言って、ラウラは一夏の誘いを断った。

 

「シャルロット、セシリア、鈴よ、卿等は文化祭の招待券を渡す相手を決めたのか?」

 

IS学園の文化祭には外部からの人間を受け入れている。

というのも、IS学園はその機密保持や生徒の安全を重視するため、外部の人間を普段は受け入れていない。当然、外部の人間には生徒の保護者達も含まれる。IS学園の生徒の保護者たちが学園の環境や生徒の交友関係を見ることができないのはあまりにも不憫ではないかと考えたIS学園の経営陣は、IS学園の文化祭にだけ外部の一般人の受け入れを条件付きで認めた。その制限が招待制度である。

 

「僕はチケットを渡す人が居ないから、捨てるつもりだったんだけど」

「アタシも、パパは中国だから、こっちに来れないから。シャルロットと同じよ」

「私も両親が亡くなっていますので」

「ならば、私が貰っても問題はないな」

「誰か呼びたい人でも居るの?」

「弾と蘭の二人。それと…」

 

その後、四人は他愛もないことで駄弁りながら、昼食を取る。皆の昼食が空になるとのほぼ同時に午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。そして、その数時間後に終業のチャイムが鳴り、一夏たちは寮に帰ろうとした時だった。

 

『ピンポーン、パンポーン、一年一組織斑一夏君とシャルル・デュノア君、一位年一組の織斑一夏君とシャルル・デュノア君。至急、生徒会室に来てください。……繰り返します。一年一組織斑一夏君とシャルル・デュノア君、一位年一組の織斑一夏君とシャルル・デュノア君。至急、生徒会室に来てください。ピンポーン、パンポーン』

 

放送で聞こえてきた声に二人は聞き覚えがあった。その声の主はこの学園の生徒会長であり、あの守護者とIS学園の会談で現れた更識家の当主でもある更識楯無であった。

彼女の立場から考えると、一夏たちを呼び出した用事がIS学園関係のモノなのか、黒円卓関係のモノなのか判断が付きにくい。何の呼び出しだろうと思いながら、一夏とシャルロットは生徒会室へと向かった。

 

「失礼する」

 

生徒会室の中は大企業の社長室や大富豪の書斎のようになっていた。

IS学園の生徒会長に就任するには非常に難しい課題をクリアしなければならない上に、I生徒会長という役職の仕事は激務だと言われているため、このような待遇が学園側から認められているとシャルロットは聞いたことがあったが、此処まで豪勢な家具でできた生徒会室だとは思っていなかった。

 

「いらっしゃい。シャルロットちゃんに、織斑君。…いや、ラインハルト・ハイドリヒって言った方が良いのかしら?」

 

生徒会室の奥に置かれた大きな机用の皮の椅子から楯無は立ち上がる。

机の上に置かれた書類の山やハンコや万年筆から、どうやら彼女はIS学園の書類整理に追われた居たのだと推測できる。

楯無は部屋の中央の応接用のソファーに座るように二人を勧め、自分も座る。そして、生徒会室にいた他の生徒にお茶を持ってくるように頼んだ。

シャルロットは黒円卓の情報を一般生徒に漏らしているのかと楯無に聞いたが、今の生徒は楯無と昔から深く関わりのある人間で、自分と同様に裏社会に通じており、彼女以外の他の生徒に黒円卓の情報は流していないと楯無は弁明した。

シャルロットは楯無の言い分に納得はした。今の楯無に黒円卓の情報を流すことによって得られるベネフィットが無い。それどころか、黒円卓に命に狙われかねないというリスクを抱えてしまうからだ。だが、油断はできないとシャルロットは警戒しておくことにした。

 

「前置きは抜きにしろ。いったい私に何の用だ?」

「私を黒円卓に入れなさい」

 

楯無の言葉にシャルロットは驚くが、一夏はある程度予想がついていたのか無反応だった。

夏季休暇直前のあの会談以降、楯無は黒円卓の情報を集めていた。だが、黒円卓が活動を行っていた時期がかなり昔であったため、集まった情報は少なかった。

手に入った資料は黒円卓が資金稼ぎのために行ったヴィルヘルムやマレウスの傭兵としての活動を記録したモノだった。どの資料も彼らの作戦実行能力の高さと悪名が記載されていた。弾丸の雨の中を掻い潜り、数千の敵兵士を殺していく。邪魔ならば味方さえ容赦なく殺す。戦争を行っているどちらの勢力にも雇われていなかったら、魂狩りと称してどちらの勢力も狩っていく。そのため、黒円卓に関する資料の考察に、黒円卓は災害であり、彼らが牙を向けばただ通り過ぎるのを祈るしかないと記されていた。

 

そんな黒円卓が戦争すると言う。しかも、相手は世界で唯一ISの核を作り、世界中が血眼になって探しても見つからない天才であり天災である篠ノ之束だ。

戦争の規模が過去に類を見ないモノになるのは明確だ。そんな大災害に世界中が巻き込まれる。しかも、彼らの居を構えている場所がこのIS学園ならば、楯無の宝物がこの戦いの中心に居ることになる。ならば、宝物を守るために黒円卓に潜入し、彼らの動向を知り予防線を張ることで、自分の宝物に降りかかる災いを最小にしようと楯無は考えた。

 

「理由を聞かせろ」

「黒円卓からIS学園の生徒を守るためよ」

「IS学園には手を出さないという命令をベイに出してある。生徒らの人命が我らの手によって奪われることはない」

「私が言っているのは直接的な被害じゃなくて、間接的なもの。貴方がちょっと戯れただけで噂になる。もし、貴方が本気を出したら、学園は大パニックになるのは目に見えているわ。私は学園の生徒会長としての立場と更識家の立場を利用して生徒たちを表と裏から守るつもりよ」

「なるほど。黒円卓に入れば、我らの動向を知ることができるため、事前に手を打つことができる。そうすれば、学園をコントロールできるということか」

「そういうこと」

「我らとしては非常に魅力的な提案であるが、断らせてもらう」

「……どうして?」

「私は絆を感じられる黒円卓の再興を望んでいる。故に、私に対し友情に類似する感情や私に対し忠誠を持たぬ者を取り込むつもりはない。だが、代わりの案として、卿等IS学園生徒会と我ら黒円卓と同盟を提案しよう」

 

基本は楯無側と黒円卓側とは互いに干渉しないが、IS学園で何かしらの行動を行う時楯無側に連絡し、楯無側は隠蔽工作を行う。これだけでは楯無側が黒円卓に良いように使われているだけである。そこで、一夏がIS学園生徒会の副会長に就任し、シャルロットも生徒会に入ることとなった。これにならば、黒円卓の動向を知ることが用意であるため、楯無側にも利得がある。

 

「分かったわ。明日の全校集会で発表させてもらうからよろしくね」

 

楯無との話を終えた二人は生徒会室から出て、保健室へ向かう。久しぶりに、シャルロットはカール・クラフトとの訓練をするためで、一夏はカールと茶会をするためだ。

シャルロットは正直な所、白い大蛇に追いかけまわされる訓練は好きではない。創造位階に達したことで大蛇の動きをある程度読めるようになった。だが、未来が読めても、行動が追い付かなければ、意味がない。この訓練がエイヴィヒカイトの力にISの技能を追い付かせるためのモノだ。訓練時間から考えれば、IS技能の向上のための訓練の方が長く、力の付く速度が同じなら、ISの技量の方がエイヴィヒカイトのそれを遥かに凌駕しているはずである。だが、エイヴィヒカイトの力とは聖遺物と己の相性、己の渇望を力に代える物であるため、加速度的に向上する。そのため、エイヴィヒカイトの術者の力の関係が逆転することは珍しくない。

シャルロットは今回の訓練では生き残ってみせると頭の中でシミュレーションをしていた。

 

「シャルロット、あの楯無の動向に気を付けろ」

「どういうこと?」

「あの者は英雄たる力を持っているが、彼女の気質は英雄から程遠く、嘗ての卿のような隠者に通ずるものがある。そのような者が『IS学園の生徒を守る』という目的で我々に近づこうとしたとは考えられにくい」

「何かの別の目的があるっていうこと?」

「おそらく」

「でも、何かおかしいよ」

「おかしい?」

「うん、あの人から悪意は感じられなかった」

 

シャルロットはこれまで碌な人生を送っていない。多くの者が自分勝手な思惑を抱き、シャルロットを利用していた。多くの悪意に触れたことで、シャルロットは自分に降りかかる人の悪意に対し敏感になっていた。

だからこそ、解せない。楯無が黒円卓の内部に入り、黒円卓の崩壊を狙っているのなら、悪意があってもおかしくない。もし、そのような悪意があったのならば、シャルロットは気づいていたはずだ。

 

「そうか。ならば楯無側については卿に万事任せるとしよう」

 

爆弾発言を投下した一夏は保健室に入っていく。

面倒事を頼まれたとため息を吐きながら、シャルロットは一夏を追うようにして保健室に入ると、蛇に追いかけまわされる悪夢の世界へと旅立った。

 

 

 

月日はあっという間に過ぎ、文化祭の当日を迎えた。

先日の楯無との話し合いの次の日に行われた全校集会で、来場者数が最も多かった出し物を行った団体に一夏とシャルルを所属させることを認めると楯無が言ったことで、多くの部が文化祭の出し物に本気になった。

一夏とシャルルを所属させようと躍起になる部のおかげで、多くのクラスの出し物が手抜きとなった。それは一夏たちのクラスも同じで、最終的に出し物はコスプレ喫茶となった。衣装や道具はシャルロットの伝手を使い、パンフレットを配るなどのPR活動をするということを条件に夜都賀波岐の@クルーズから無料でレンタルすることとなった。

 

一夏は当初楯無の思惑が分からなかったが、生徒会も文化祭の出し物であるステージでシャルロットを起用するということを知り、一応生徒にも機会を与えているといえるため、楯無の目的が生徒をある程度納得させる形で一夏とシャルルを生徒会に引き込もうとしていることであると推測できた。

ステージの参加は強制ではないため、シャルロットが参加しても生徒会側の陰謀と言われてもでっち上げであると誤魔化すことができる。

 

「それより、一夏。校門前に行かなくていいの? そろそろ時間だよ」

「そうだったな」

 

シャルロットは@クルーズから借りている執事服を着て接客を始めた。一方の一夏は前半が休みであるため、教室から出て校門へと向かった。

天下のIS学園の文化祭なだけあって訪れる人は非常に多い。一日で訪れる人は万を超えると言う。もし、来場者の制限がなければ、今頃IS学園は身動きが取れなくなるぐらいの状態になっていただろう。人ごみを掻き分け、数分掛けて校門前に着くと、目的の人物が居た。五反田弾と、その妹である蘭だ。

 

「あ、一夏さん、こんにちは。文化祭の招待券ありがとうございます」

「礼など良い。私は是非とも卿に来てもらいたく、私の都合で卿に招待券を送ったに過ぎない。弾よ。卿の来園もまた心より歓迎するぞ」

「あぁ」

「弾よ、上の空のようだが、どうかしたのか?」

 

一夏が此処に到着する数分前に、弾と蘭に声を掛けてきた者がいたらしい。

二人に声を掛けてきた女性のことを蘭から詳しく聞かされた一夏は、その女性が誰だか分かった。蘭がその女性の特徴を事細かに自分に伝えてくれたこともあるが、その女性が二人の招待券を確認したことが一夏の推測を確信に変えた主因となった。

 

「その者ならば、生徒会の者だな」

「知り合いか?」

「いや、面識はあるが、知人に分類されるような間柄ではない」

「そうか」

 

弾は少し残念そうな表情を浮かべる。

とは、言っても、IS学園の生徒数は非常に多いため、面識はあるが知り合いではない人が多くなるのは仕方がないと弾は分かっていた。それに、知り合いだからといって、こちらから会いたいと猛烈なアピールをしても逆に印象を悪くしてしまうかもしれない。また逢えたら良いぐらいであったため、弾はそこまで落ち込むことはなかった。

 

「ほら、はやく行きましょう! 一夏さん」

 

蘭は一夏の手を引いて校門をくぐり、弾は数秒後我に返り、一夏と蘭を追った。

IS学園の文化祭に来る人間は非常に多い。織斑一夏の一般的な認知度は非常に高いため、一夏の姿を写メに取ろうと携帯を向けたり、知り合いになろうと声を掛ける者が後を絶たない。結果、多くの人が一夏たちの周りに群がり、一時身動きが取れなりそうになったが、一夏が姿をそのままに力の一端を解放したことで、多くの人が一夏をビビり、近寄らなくなった。弾と蘭は一夏の圧倒的な存在感の一部を何度か感じたことがあったため、一夏に対して恐怖を感じることはなかった。

一夏に詰め寄るのは一般人だけではない。IS企業の関係者もスカウトやISの武器の売り込みの為に来ている。そのため、スーツ姿の営業マンが学生たちに話しかけている光景があちらこちらで見受けられる。当然、世界でただ二人の男のIS操縦者である一夏に声を掛けない営業マンがいないはずがない。一夏の存在感に負けず、多くの営業マンが一夏に声を掛けるが、一夏は全て覇気の籠った『断る』の一言で退けさせた。

三人は部の露店を周り、イベントにも参加した。

露店やイベントは集客効果だけを考え、大赤字覚悟の経営をしている。彼女らにとって、織斑一夏は喉から手が出る程入部させたい存在らしい。

ある程度の露店とイベントを網羅した一行はIS学園の施設の見学を始めた。蘭の進学先がIS学園ということもあって五反田兄妹はIS学園の施設に興味があり、一夏の説明に耳を傾けていた。

そして、三人がIS学園の門を潜ってから二時間が経とうとした時だった。

 

「弾、蘭。私は今からシャルルのステージを見に行く約束を友としているのだが、卿らも来るか?」

 

生徒会の出し物による集客数を伸ばすために、シャルロットは生徒会主催のステージに立つことになった。

だが、ステージで出し物をしたことのないシャルロットは何をすれば観客が楽しめるのか、自分の力量では何ができるのか分からなかったため、友人や黒円卓の人間に相談した。

一夏に相談したところ、グラズヘイムの演奏会に向けて練習中のサックスを披露すればどうだろうと提案したが、サックスの独奏をしても観客は楽しめないとシャルロットは一夏の提案を断った。それに、シャルロットの腕前はお世辞にも上手いと言えない。こんな腕前で一夏の前で演奏すれば、最悪城の髑髏にされかねない。

他にも、鈴、セシリア、ラウラ、ヴィルヘルム、香純に相談したのだが、あまり良い意見は聞けなかった。

そして、最後のカール・クラフトに相談したところ、三日間指導すれば、たとえ、幼児でも魔術を用いたタネが無茶苦茶な手品までもできるようになるとカール・クラフトが言ったため、夜都賀波岐のアイドル活動に憧れていたシャルロットは歌とダンスをカール・クラフトの元で指導を受け、ステージで披露することとなった。

 

「シャルルって…シャルル・デュノア君ですか!」

 

蘭はシャルルにも憧れていた。シャルルの風貌は男性のアイドルのようであるため、女子中学生や女子高生の間では一夏より中性的なシャルルの方が人気があり、友人の間で話すISの話題は一夏よりシャルルの方が多い。シャルルのステージを見ることができたら、友人に話すことができるため、蘭は是非ともシャルルのステージを見に行きたかった。

 

「やっぱり、男性IS操縦者同士知り合いなんですね。良いな。お兄ぃもシャルル君と知り合いだったらな」

「弾よ。蘭には話していないのか?」

「あぁ、蘭は誰かさん一筋だからな。言う必要がないと思ってな」

「え? 何?」

「俺もシャルルと知り合いだぞってことだ」

「ちょ! お兄ぃ、何処で知りあったの!」

「バイト先で知り合ってな。それと素が出てるぞ」

「はっ! えぇ、えぇーっと……その」

「置いて行くぞ」

 

五反田兄妹漫才には見飽きていた一夏は二人を置いてステージが行われている体育館へと向かおうとしていたため、慌てて二人は一夏の後を追いかける。

体育館に近づくにつれ、人ごみは激しくなり、体育館の入り口は人の渋滞が発生していた。その原因はシャルル・デュノアの舞台を一目見ようと来場者やIS学園の生徒が体育館に押しかけてきたからだ。おかげで、体育館内部は満員で立ち見スペースも埋め尽くされているため、中に入れなかった客が体育館の入り口から中を覗いている。

体育館の外にまで溢れかえった大勢の客のせいで三人は立ち往生し、体育館内部に入れないどころか、ステージを見ることすらできない。

このままではシャルルのステージを見ることができないと蘭は焦りを覚えた。

弾も蘭にシャルルのステージを見せてやりたいが、体育館内部に入り込む方法が無いかと辺りを見渡すが、体育館に入れそうな道はないため、諦めかけていた。

 

「これはこれは、獣殿。貴方も舞台のご観覧に?」

「あぁ、友人とな」

「それはそれは」

 

笑いを堪えるカール・クラフトの質問に一夏は答える。

黄金の獣と呼ばれた男が凡人の友人を持っている信じられなかったからだ。

五反田兄妹は突如現れた男に戸惑いを隠せなかった。

 

「一夏さん、こちらの人は?」

「私の最も古い友人、水谷だ」

 

初めて会った一回り年上の一夏の友人は左手を胸に当て、自分たちに対し頭を下げたので、五反田兄妹も戸惑いながらも、カール・クラフトに対し頭を下げた。

カール・クラフトの浮世離れした振る舞いから、彼が相当変わった人物であると五反田兄妹は理解した。超人を体現したような一夏のことだ。友人の内の一人にこのような変わった男が居ても不思議ではないと思えてくる。

 

「このまま立ち往生していても好転せん。場所を移すとしよう」

「何処か良いところでも?」

「私が生徒会長の名前を出せば、関係者しか入れぬところに立ち入ることができる」

「それって、私たちも行って良いんですか?職権乱用な気が…」

「私の客だと言えば問題ない」

 

一夏は方向転換し、体育館の裏へと向かう。

五反田兄妹もそれに続き、その後ろにはカール・クラフトがひかえている。

一つ目の裏口はステージの機材の搬入や準備で多くの人が行き来しているため、利用できないが、二つ目の裏口は避難経路として確保されていたため、すんなり入ることができた。

だが、やはり体育館内部は混雑しており、一階や二階の客席からステージを見ることはできない。そこで、一夏は体育館のステージの裏側の梯子を上り、ステージを照らすためのスポットライトの置かれた一回と二階の間へと向かった。スポットライトの置かれた場所周辺は機材が置かれているため、人が四人も立ってステージを見ることのできるスペースはないが、その奥の空きスペースならば、人がいない上に、ステージを見ることができる。

ただ欠点を上げるのならば、ステージから遠のいてしまうため、ステージに立った人がほんの少し小さく見えてしまうことであるが、見られないよりかは遥かに良い。

一夏に案内された三人が予定の場所に辿り着くと、アナウンスが流れた。

 

『次は男性IS操縦者にしてフランスの代表候補生シャルル・デュノア君と友人による歌のステージです』

 

シャルロットの名が読み上げられた瞬間、観客は興奮し、歓声を挙げる。観客の多くはこのステージを楽しみにしていたからである。だが、演目の紹介が終わり、伴奏が始まると、一気に歓声は止んだが、どよめきが上がった。前のステージで演奏されたロックとは真逆の曲調であったため観客は戸惑いを隠せなかったからだ。

 

「「い~ま ここにめざめた しんくのかげを~ たたえよう」」

 

音響を通じて体育館に響き渡る澄んだ声は二つ。その二つの声と、声を引き立てる演奏がステージを見ていた観客たちの心を奪っていく。体育館に居たすべての観客が言葉を失い、先ほどまで体育館を包んでいた観客の戸惑いの声は収まる。

五反田兄妹もステージに魅了され、瞬きを忘れてしまっている。

 

「「け~いやくはかわされ~ よろこび きょうき むしばむ~」」

 

スポットライトの白に近い黄色の光によってステージの中央が限りなく照らされる。

照らされたのはステージの中央に立っていたのは髪を解き白い襤褸を纏ったのシャルロット・デュノアと、全く同じ姿のマルグリット・ブルイユだった。

舞台衣装に身を包んだ二人は、左右が入れ替わっただけの全く同じ動きのダンスを踊る。

神秘的な二人の舞に五反田兄妹はもちろん、観客全てが釘づけだった。

 

「「そう きみのてで~ すべてよ~ かえれ~」」

 

シャルロットの右の掌とマリィの左の掌が合わさる。

二人の重なった掌にズレは無く、一寸の狂いもなかった。

手だけではない。シャルロットは胸に当てていた左手をゆっくりと観客席に向かって伸ばす。それと同じタイミングでマリィは胸に当てていた右手をゆっくりと観客席に向かって伸ばした。腕の動作だけではない。他にも、立ち位置、足の開き方、腕の曲げ具、体や顔の向きまでもが一致している。ただ違うのは瞳の色と、左右が逆であることだけだ。

まるで、二人の間に鏡があるようだった。

 

「なるほど。合点がいった」

 

一夏は以前から疑問に思っていたことが複数あった。

まずは、シャルロットが何故カール・クラフトを“カリオストロ”と呼び、彼を慕うのか。

カール・クラフトの名乗った偽名の一つに“カリオストロ”があり、彼がその名で呼ばれたことは珍しくない。だが、現在その名で呼ばれることはまずありえない。そのうえで、彼を慕うなど夜都賀波岐や黒円卓の面子からすれば絶対にありえない。

二つ目は、カール・クラフトが何故シャルロットの指南役を自ら申し出たのか、そして、何故銀の福音に殺されそうになっていたシャルロットを救ったのか。

カール・クラフトからすれば、女神と友人である獣と愚息以外は有象無象の屑星と断じており、三者以外の人間の面倒を見ることはない。

三つ目が、カール・クラフトは“シャルロットは似ている”と言ったが、誰に似たのか。

一夏はクリストフやジャンヌ・ダルクと思っていたが、それが合っていると彼は言っていない。

だが、これが答えならば、全てを説明することができる。

 

「シャルロット・デュノアは女神の成長因子というわけか」



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ChapterⅩⅩⅩⅥ:

女神であるマリィとその因子を受けたシャルロットのステージから観客の目が外れることはなかった。二人の鏡に映ったような左右逆のダンスから感じられる奇抜さや、二人の歌唱力の高さや、一瞬のズレも無い二人のダンスの完成度に魅せられた者も多かったが、それ以上に二人から溢れ出る歌に対する気持ち…表現力に魅せられた者が非常に多かった。

 

人の感性は無数にあり、それぞれの表現が完全に一致することは非常に少ない。

赤いリンゴを見て、“丸い”と答える人間もいれば、“赤い”と答える人間もいる。故に、複数の人間が気持ちを込めたステージにおいて演者間で表現の差が出てしまう。

だが、マリィとシャルロットはこの歌で表現しようとしたものが完全に一致していた。

では、何故彼女たちの気持ちが重なったのか。

それはステージに立つ前日のカール・クラフトの言葉によるものだった。

 

『道具や技法など使われた物に違いはあれど、芸術作品には悲愴、憤怒、歓喜、愛情など…それぞれ創作者、演者、奏者の感情が込められている』

 

ただ踊るだけで観客が満足する舞台ならば、機械にやらせておけばよい。

ただ演奏するだけで観客が満足する舞台ならば、音楽再生機で音楽を流しておけばよい。

だが、一流の観客はそれだけでは満足しない。

 

『君は君の想いを載せ、踊るが良い。たとえ拙い舞でも観客が一流の観客ならその想いを余さず掬い取って見せるだろう』

 

どんな気持ちを表現すればいいのだろうか。彼女たちは悩んだ。

結果、彼女たちがステージで表現しようとしたものは、自分の中にある最も強い…

 

“抱きしめたい”という気持ちだった。

 

シャルロットの渇望の根源はマリィと同じく他者との触れ合いにある。

シャルロットの半生は不幸に染まり、他者の悪意に満ちていた。故に、シャルロットは他者と触れ合いたくとも、相手の中にある自分に対する害悪の有無を知ることができないから、触れ合うことを諦めていた。故に、彼女は“人の胸の奥を知りたい”と渇望した。

アプローチは違えど、同じ渇望の根源を持った二人が同調しないはずがない。

 

表現したいと思ったものが、自分の中にある最も強い想いで、尚且つそれが完全に一致したのならば、このステージが失敗するはずがない。

 

「見事。さすがは、女神とシャルロット。まさに至高の組み合わせだ。私は卿等に惜しみない賛辞を呈しよう」

 

シャルロットとマリィのステージが終わると、椅子に座っていた観客は立ち上がり拍手を送っている。演奏を聴いたすべての観客が二人のステージに感激し、感歎し、称賛した。

素晴らしいステージをまだ見ていたいと思った観客がアンコールをする。

それにつられて、他の観客たちまで声を上げて、再演を求める。次第に、声は大きくなり、気が付けば、一夏とカール・クラフトの隣に居た五反田兄妹まで声を上げている。

結果、体育館はアンコールの嵐に包まれた。

鼓膜が破れる程の拍手とアンコールを受けたシャルロットとマリィは戸惑いながらも、嬉しかった。出来るなら、もう一度歌いたい。二人はそう思った。だが、シャルロットもマリィも練習した歌はこの一曲で、アンコールで歌う歌がないため、観客の要望に応える術を持っていなかった。二人は口惜しそうにステージを後にする。

そんな二人を察した司会者が観客に対し、謝罪の言葉を述べると、観客の声は止んだ。

 

「弾、蘭、私はシャルルたちに用がある故、これにて失礼する」

「そっか。んじゃ、俺はもうちょっとステージ見ていくわ」

「今日は誘っていただいて、本当にありがとうございました」

 

弾は軽く手を挙げ、蘭は頭を下げて別れの挨拶をする。

一夏はカール・クラフトと共に関係者しか立ち入ることの出来ない出演者の控室に向かう。

控室の前に辿り着くと、控室の前には蓮が居た。彼が此処に居るのは一夏からIS学園の文化祭の招待券を貰ったからだ。当初蓮は久しぶりに学校の文化祭を見に行くことを渋っていた。というのも、やはり嘗ての宿敵である一夏に招待されたというのは気に食わなかったからだ。だが、マリィがどうしても行きたいとせがんだ為、蓮は折れて、二人でIS学園に来ている。

そして、ステージの出演者であるマリィの知り合いだと関係者に話した為、此処に通してもらったらしい。そんな事情を聴き終わると、ちょうどシャルロットとマリィが現れた。

 

「蓮、どうだった?」

 

無邪気な笑みを浮かべたマリィは蓮を見つけると走りだし、蓮に抱きつき、先ほどのステージの出来栄えを聞いた。

まるで親に褒めてほしくて甘えてくる子供のようなマリィの無邪気な態度に蓮は少々戸惑う。マリィの魅力を再認識したことで、改めてマリィに対する想いが強くなったため、そんな想いをどう表現し彼女に伝えたらた良いのか彼自身困惑していたからだ。

 

「綺麗だよ。マリィ」

「えへへへ」

 

誰もいない方向を向きながら、ぶっきら棒に蓮は答える。

蓮はつれない態度を取っているが、実は照れているのだと知っているマリィはご機嫌だ。

だが、マリィと一緒に控室に戻ってきたシャルロットは、一夏の後ろに隠れながら頬を染めカール・クラフトを睨んでいる。彼女がカール・クラフトを睨んでいるのは、舞台衣装を用意したのが彼で、その舞台衣装を身に纏った自分を見られたからだ。

舞台衣装であると割り切ってしまえば、一般人から見られても何とも思わなかったが、想い人が見るとなると舞台衣装でも露出度を気にするのは当然だろう。

 

「カリオストロのエッチ」

 

シャルロットはそう小さな声で言うと、走って控室へと逃げ込んだ。シャルロットの爆弾発言と逃走に各々異なった反応をする。蓮は呆気を取られ、一夏は感心し、マリィは首をかしげ、カール・クラフトは気色悪い笑みを浮かべながら放心していた。

シャルロットの罵倒を受けたカール・クラフトが快感のあまり昇天していることに蓮と一夏は気が付いた。蓮はマリィに控室に入って着替えるように言うと、控室に押し込めた。これ以上変態の奇行を見ていてはマリィの精神衛生的によろしくないと考えたからだ。マリィを控室に押し込めると蓮は無言でカール・クラフトに殴りかかる。だが、蓮の拳はカール・クラフトの顔面を捉えることはできず、空を切ってしまう。誰が見ても吐き気を催すほどの気味の悪い笑みを浮かべたままカール・クラフトは空間転移していた。

 

「私の法悦に浸る時間の邪魔をするとは……そんなことだから、空気の読めないコミュ障と言われるのだよ」

「俺からすれば、変質者に比べれば、数千倍マシだ」

「だが、私からすれば、場の空気を掻き乱すより、女神に罵られたいのだよ」

「それでマリィが迷惑しているっていい加減気付けよ。糞親父」

 

殺意に満ちた蓮は右腕からギロチンの刃を生やす。

それと同時にカール・クラフトの周りに無数の魔方陣が浮かび上がる。

一触即発の状態の二人の間に一夏は割り込み、二人に掌を向け、停止せよと意思表示する。

 

「此処は学び舎で、今は学生の手によって開かれた祭りだ。卿等部外者が染め上げてよい場所でも時でもない。双方矛を収めよ」

 

せっかくシャルロットと女神が魅せた美しいステージの後だ。ステージの魅せられた後なのだから、余韻を楽しむというのが道理である。ただ、単に気が合わないという理由でこの場所と時に互いの食い合わぬ主張で争うのはそれこそ無粋にもほどがある。

“お前がそれを言うか”と宿敵に言われたことが気に食わなかったが、刹那を永遠に味わい尽くすことを渇望した彼が日常の象徴たるこの場所と時を血で染め上げるのは不本意である。蓮は嫌々ながらも形成を解いた。自衛の意思しかなかったカール・クラフトは蓮が形成を解いたのを見ると己の魔方陣も閉まった。

 

数分後、シャルロットとマリィが着替えて出てくると、五人は体育館から出て、解散となりかけたが、一夏とシャルロットが喫茶店の給仕をやると聞くと、マリィがお腹減ったと言うので一同は一年一組の喫茶店へと向かった。

一夏とシャルロットを一目見ようと来た客により、教室の前は長蛇の列ができていた。マリィは走って列の最後尾に並び、蓮を手招きする。彼女にとって列を並ぶとことが人生初めての体験であるため、普通の人にとって苦行かもしれないようなことに楽しさを見出している。蓮とカール・クラフトはマリィと共に列に並び、一夏とシャルロットは従業員用の入り口から入り、中で着替えをすると、ホールスタッフとして働く。

一夏とシャルロットのシフトを店の出入り口に掲示したためか、いの一番に二人を見ようと彼らの仕事を始める時間に合わせて入店している客でごった返していた。

燕尾服姿の一夏とシャルロットがホールに入ると客は一斉にカメラを向け、シャッターを切る。数秒ほどフラッシュの嵐で教室が眩しくなる。

その光景はまるで来日した大物俳優が空港のロビーに着いた時のような光景だった。

フラッシュが光り続けている中、一人の女性が手を挙げた。

一夏はその女性の方へゆっくり歩いて行く。

 

「すみません。この店員さんに食べさせてもらえるサービスお願いします」

「良かろう」

 

一夏は女性の卓に置かれていたスプーンを手に取り、パフェを掬う。

 

「口を開けるが良い。あーん」

「あーん」

「如何かな?」

「すごく美味しいです」

 

温泉に入ってのぼせた顔をした女性は満足そうに感想を述べた。

一夏は持っていたスプーンをそっとパフェの皿の上に置く。

その次の瞬間、次々と手が上がる。一夏とシャルロットは次々と客のリクエストに応えていく。それに合わせて、喫茶店の看板メニューのパフェが次々と売れていく。キッチンスタッフは忙しさのあまり倒れそうになっている。

そして、二人が仕事を始めてから数分後、ある女性が手を挙げ、店員を呼ぶ。

 

「テラジャンボデラックスパフェスペシャル一つ」

 

その言葉を聞いた女生徒店員は驚きのあまり伝票を落としてしまう。

何故なら、女性の注文したテラジャンボデラックスパフェスペシャルとは一夏が考えた無茶苦茶な量のパフェで、クラス全員から一食でも売れなかったら、一人一つずつお願い事を聞くという賭けをしていたからだ。

女生徒店員は少々落ち込みながら、同席していた客の注文を聞く。

 

「俺は足引きババロアと紅茶のセット」

「では、私はこの“執事ご褒美セット”を頼むとしよう」

「え?」

 

パフェを注文した客と同席していた髪の長い男性の注文に再度店員は驚き、またも伝票を落としてしまい、立ったまま気を失いそうになる。

というのも、この男性の注文した“執事ご褒美セット”というのはウェイターである一夏かシャルロットを同席させ、一夏かシャルロットにケーキセットを食べさせることで十分間卓を同じくすることができるという女性向けのかなり高額なサービスであった。故に、男性客が注文するとは露とは思っていなかった。

一夏は気絶した女生徒の肩を叩き、代わると伝える。

 

「では、注文を繰り返す。女神はテラジャンボデラックスパフェスペシャル、ツァラトゥストラは足引きババロアと紅茶のセット、カールは“執事ご褒美セット”だな。少しの間待たれよ」

 

一夏は厨房に行き、テラジャンボデラックスパフェスペシャルの調理に取り掛かる。

無地の特盛用ラーメン鉢に角切りにしたホットケーキやコーヒーゼリー、生クリームなどを敷き詰め、その上にティラミスを載せ、更にその上に巨大プリンが載せられ、プリンの周りを果物で飾り付けする。

蓮の頼んだティガーナチョコと紅茶と、カール・クラフトの頼んだ“執事ご褒美セット”のケーキは@クルーズで作られた既製品であるため、冷蔵庫から出すだけで良いため、すぐに用意ができる。

 

「こちらが注文のテラジャンボデラックスパフェスペシャルだ」

 

マリィは一夏からパフェを受け取ると、一心不乱にパフェを食べ始めた。

テーブルマナーなど完全無視であるため非常に行儀が悪い。口の周りに大量のクリームが着いている。そのうえ、机に食べ物を溢している。まるで子供のようだった。

普通なら、行儀が悪いと注意するべきところなのかもしれないが、パフェを食べて幸せそうな笑みを浮かべる彼女を止めるのに躊躇してしまった。

 

「こちらが足引きババロアと紅茶のセットだ。“執事ご褒美セット”は私を指名で構わんな?」

「えぇ。こうして守護者と女神が揃ったのです。我々の時間からすれば、本当に刹那のような短い時間ではありますが、共にするというのも一興と言えましょう」

「卿を嫌っている者も居るがな」

 

一夏はそう言うとマリィとカール・クラフトの間の席に着く。男性IS操縦者である織斑一夏と、さきほどの体育館で行われたステージで噂となっている謎の美少女が同席しているためか、周りの客や一夏のクラスメイトたちは一夏たちの卓を注目していた。『一夏とあの“女神”と呼ばれた美少女はいったいどういう関係なのだろう』や『“ツァラトゥストラ”や“カール”と呼ばれた男性二人はいったい誰なのだろう』などと興味が尽きない。

一部の客は携帯電話で隠し撮りをしたり、ネットに書き込みを行っている。

 

「そういえば、私は自分の注文を忘れてしまったな。追加を頼みたいのだが…」

「店の回転率を上げるために、当店に追加注文制度は無い。卿は水でも飲んでおけ。シャルル、こちらのお客様にお冷を差し上げろ」

「う、うん」

 

執事服姿のシャルロットは奥からコップと水の入ったピッチャーを持ってくる。

カール・クラフトの前でコップに水を入れると、シャルロットはいそいそと次の卓へと向かった。先ほどのステージを見られた恥ずかしさを思い出してしまったらしい。

そんなシャルロットと入れ替わるように、千冬が一夏たちの卓に現れる。

 

「相席させてもらうぞ」

 

一夏や蓮たちの了承を取ることなく、あまっていた椅子を一夏たちの卓に持って来た千冬は、一夏とカール・クラフトの間に置き、座った。

千冬は椅子に座ると、女生徒店員に“愛が足リンゴタルト”を注文する。

ブリュンヒルデと名高い千冬が突然現れ一夏たちの卓に着いたことで、更に注目される。

 

「一夏、彼女が?」

「あぁ、その通りだ」

「……」

「私の顔に何かついてるの?」

「あぁ、生クリームが口の周りにベットリな」

 

マリィは慌てて机に置かれた紙ナプキンで口の周りを拭くと、再びパフェを食べ始めた。

そんなマリィに対する千冬の初見の感想としては、彼女から悪意を全くと言って良いほど感じなかったことである。

 

神や王になるとか言った世迷言を言う人間は古今東西真面な思考を持ち合わせていない。凡人では達せぬ領域の話をしているのだから、奇人変人扱いされるのはいつの世も変わらない。そのような奇人変人の中でも有言実行し見事な治世を行った王はこの世に幾らでも居る。彼らは変人奇人と評されるが、最終的に見れば、彼らは善人と評価される。だが、有言実行した奇人変人の中には暴君と恐れられ後世において悪人と評されるようなた者も少なくない。知名度の高い自分も様々な事情によりこのような暴君と会うこともある。彼らと何度も会っている内に千冬は彼らに共通する特徴に気が付いた。

 

それが、目が濁っていることである。

普通の濁り方ではない。腐ったヘドロの溜り底から発酵してできた異臭を放つ気泡が何度も浮かんでくるようなドブ川のような目をしている。

人を見抜く力を持つ常人なら吐き気を催すような、そのような目つきをしている。

 

千冬は一夏達守護者の言う女神がこの目を持っているか否かを見るために、女神と会うことを希望していた。そして、会った感想は先ほどの通りで、暴君からは果てしなく遠い存在であった。だが、賢人の目をしているわけでもない。

 

評するなら、彼女の眼は力を持たぬ純粋無垢な赤子そのものだ。

その瞳の奥に何が映っているのか、千冬は確かめる術を持たないが、悪意を持って悪行を行うつもりはないということだけは分かる。ただ、善意を持って悪行をなす可能性もあったが、思考が破綻しているかもしれないが愚者ではない守護者がつけば、その可能性は潰されるだろう。

 

「ふう」

 

千冬は紅茶のカップを置く。ともかく、女神と守護者が悪意に満ちた悪政を行っているわけではないということだけは理解できた。

 

 

 

同時刻、IS学園の校舎の裏手には五人の女性が立っていた。

 

「時間通り、五人全員そろったな」

 

彼女らは初対面の人もいるため、互いにコードネームだけを伝える。

 

スコール、オータム、M、ガイド、クウ

 

彼女らは今回の目的を達成するために同盟を組んだだけの同志ではあるが、全員が同所属というわけではないからだ。

ただ、スコール、オータム、Mの三人の所属は同じである。彼女らは“亡国企業”と呼ばれる第二次大戦頃に結成された秘密結社に所属しており、現在の表世界ではほとんど知られていないが、裏社会では知らない者は居ないとされている。

 

「さすがのIS学園も内部に敵が居ては分からないか。おかげで、潜入も楽に出来た」

「違うわよ、オータム。私たちは聖槍十三騎士団と夜都賀波岐の敵であって、IS学園の敵じゃない。だから、一般市民に対して攻撃してはないらない。分かってるわよね?」

「分かっているさ。スコール。それで、更識簪」

「私のコードネームは“ガイド”と言ったはず」

「あぁ、悪い。それで、ガイド。ターゲットはどうだ?」

 

簪は胸ポケットから小型のモニターを取り出し、その場にいた全員に見せる。

モニターの半分にはIS学園の地図が表示されており、残り半分には三つ監視カメラの映像が映し出されていた。一つには一夏、蓮、カール・クラフト、マリィが、もう一つには鈴が、最後の一つにはラウラが映っていた。

 

「ターゲット①は②、③並びにサブターゲット(イ)、(ロ)、(ニ)と同じ教室、サブターゲット(ハ)はメインターゲットのグループの隣の教室、サブターゲット(ホ)は食堂、それと……」

 

新たにモニターに映像が映し出される。

その映像には体育館から出てきた五反田兄妹が映し出されていた。

 

「新たなサブターゲット(ヘ)と(ト)は戦力を持っていない状態で孤立」

「こいつらは何でサブターゲットなんだ?」

「先ほどまでターゲット①、③と一緒に居たうえに、会話の内容から①とは友人関係以上だと予測されたから。それと、このURLにあるアプリをダウンロードしておいて、IS学園の監視カメラと連動してターゲットを発見し、何処に居るのかを分かるから。万が一ターゲットを見失ったときに便利」

「M、聖遺物は?」

「これだ」

 

Mと呼ばれた私服の女性は霧箱を取出し、蓋を開ける。

中には奇妙な形の錆びた金属が入っていた。オータムはMに金属片の正体を尋ねる。

 

「ヒンドゥー教の最高神にして破壊神シヴァが持っていたとされるトリシューラの刃先だ」

「ふーん」

「クウ、篠ノ之博士からの増援は?」

「予定通り、十五分後に到着します。作戦開始後は私もスコール様の指揮官の下で動くように指示されています」

「了解。では、今から作戦を開始する」

 

五人は一斉にそれぞれ別の方向へと移動を開始した。IS学園の北の端にスコールが、西の端にオータムが、南西の端にMが、南東の端に簪が、そして、東の端にクウが向かった。十分後、四人は持ち場に着いたことをスコールに連絡した。

 

「目的達成のためとはいえ、私が魔術なんてオカルトものに手を染めるなんてね」

 

スコールの言う目的とは亡国企業の成り立ちと関係している。

亡国企業とは第二次大戦時に作られた連合国軍による裏社会の集団だった。

当時、裏社会は完全に無法地帯となっていたため、裏社会が表社会に介入することが非常に多かった。このままでは、裏社会に表社会が乗っ取られることを危惧した連合国は、表社会と裏社会を分断させるためならば、汚い仕事も熟す団体の設立を考えた。

それが亡国企業の起源である。

結果、国際連合が表社会を、亡国企業が裏社会を、秩序を作ることで牛耳るようになった。

だが、その秩序から逸脱した裏社会の目的不明の無法者の集団が居た。

それが聖槍十三騎士団である。

彼らの行動はありとあらゆる秩序や軍事力を持ってしても抑えることができない。このままでは彼らが裏社会を牛耳るようになり、表と裏の社会が崩壊すると国際連合と亡国企業は危惧していた。だが、百年前聖槍十三騎士団は日本の諏訪原である儀式に失敗し、姿を消した。これで世界の平和が救われたと誰もが思っていた。

 

『カール・クラフトはハイドリヒを復活させ、世界の転覆を企んでいる』

 

ある日亡国企業の本部に現れた篠ノ之束は、銀の福音事件でハイドリヒ化した一夏と彼の眷属となったIS操縦の代表候補生三人が名乗りを上げている動画を見せて証言した。

この動画を見た亡国企業の上層部は直ちに、秘密裏に聖槍十三騎士団の討伐に乗り出す。

黒円卓の討伐の任を受けたのがスコールとオータム、Mだった。

彼女らならば、表社会から譲渡されたISを操ることができる。しかも、裏社会の秩序を犯した者達への粛清を行ってきたという実戦経験がある。彼女ら以上に適任は無かった。

スコールはこの任を喜んで受けた。彼女は戦争孤児裏社会に保護されたという経緯があり、今の裏社会の恩恵を受けていた。故に、裏社会の秩序を破壊する脅威と言われている黒円卓はスコールにとって看過できない存在だった。

 

任を受けたスコールは黒円卓の情報を集め出した。

集まった情報はスズメの涙ほどだったが、有意義な情報があった。

それは黒円卓の戦力を削ぐことができた魔術が記載された本だった。

この術式には五人の術者と聖遺物と呼ばれる人の信仰を集めた遺物を必要とする術式だった。魔法使いでなくとも、この術式は作動させることができる為、自分でも使えることが分かった。効果については半信半疑だったが、一度試した結果、ISの絶対防御を無効化させることができる効果があることを発見した。黒円卓が使用するISの絶対防御を無効化できるならば、十分勝機はある。スコールはこの魔術を使用することにした。

 

「始めるわよ」

 

スコールは自分の前に、Mから受け取ったトリシューラの刃先を突き刺す。

力を込めて突き刺した刃先は半分以上地中に埋まる。スコールはトリシューラを右手で掴んだまま、詠唱を開始した。

 

「フリストス・アネステ・エク・エクローン……ファナト・ファナトン・バーチサス」

 

地面に突き刺さったトリシューラの刃先は淡い紫色の光を放つ。

 

「我ら死を以って死を滅ぼし、墓の王に定命の理を与える者なり」

 

無線機越しに聞こえてきたスコールの声に続き、Mが詠唱を続ける。

Mはスコールのように裏社会の秩序維持の為にこの任を受けたわけではない。彼女の体には爆弾が仕込まれているため、亡国企業に逆らうことができないということもあるが、それ以上に、織斑一夏に対し殺意があった。彼女にあるのは私怨だけである。

そのために、任を受けてからは織斑一夏を殺すために、死ぬ気でISの訓練に打ち込んだ。

そして、その私怨が今果たされる。そう思うとMの胸は高鳴っていた。

 

「ケティス・エンティス・マシ・ゾイン……ファナト・ファナトン・ハリサメノス」

 

次に詠唱を行ったのは西側にいるクウ。彼女は篠ノ之束の助手である。篠ノ之束が望んだ世界を望むが故に、この任に着きたいと束に申し出た。

 

「来たれ、ハリストスの前に伏し拝まん 我が魂よ、何ぞ悶え泣き叫ぶや」

 

クウに続いて詠唱を行うのはオータム。

彼女もスコールと同じ過去を背負った者だった。故に、秩序の維持に積極的だった。だが、彼女が今回の任に積極的であるのはそれとは別の理由があった。その別の理由というものが、スコールを好いている。故に、彼女だけに危険な目にあってほしくない。

その一心で彼女はこの任に着いている。

 

「我らを攻むる者 我らに楽しみを求めて言えり。今こそ、我が為に—―」

 

最後に詠唱を行うのは更識簪。彼女は夏休みに会った束から世界の秘密を知った。

彼女は今の世界が優しい世界だと思ったが、同時に今の自分には残酷な世界だとも思った。自分には姉という雲の上のような存在が居た。だから、自分はいつも比べられ劣悪品などと揶揄された。だが、束の思い描く世界によって、正しく評価されたならば、この劣等感は消える。簪はそれを願い、この戦いに身を投じた。

 

「シオンの歌を歌えよ、アリルイヤ!」

 

五人の声によって五芒星の魔方陣は起動し、術式が完成する。

スコールはISを展開し、絶対防御がエラーになっていることを確認することで、術式が正常に稼働していることを確認した。

 

「さあ、獣と蛇を狩るわよ」




お待たせしました。
文化祭編後半と、亡国企業襲来編です。
原作の文化祭にあったシンデレラを無くし、更に、オータムの奇襲と専用機限定タッグマッチのゴーレムⅢ襲撃を織り込んでみました。

屑霧島


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ChapterⅩⅩⅩⅦ:

おひさしぶりです。
最近何かと忙しく、なかなか投稿できませんでした。
まだまだこの忙しさは続きそうなので、投稿ペースはこれぐらいになりますので、ご了承お願いします。

   屑霧島


「これは…」

 

術の発動に最初に気付いたのはカール・クラフトだった。女神の最初の守護者である彼は常に女神に対し危害を加える要因が無いかを常に気を這っていたからだ。

だが、気付いたと言っても、ただ漠然とこの場所の空気の流れが変わったというものだった。カール・クラフトは周りに気付かれないように魔術を行使し、どのような術式が発動したのかを調べていく。いつもの彼ならば、瞬時に特定するのだが、空気の淀みにより感覚が狂っているような気がしたからである。

このIS学園を範囲とした術式の概要の一部がカール・クラフトの数十秒の解析によって判明した。場の空気の流れを変えることで、特定の対象者に対して何かしらの影響を与える術式であり、この術式に該当するものが三百はある。更に、星の位置や術式の発動効果とそれによる影響や術者の配置などから発動されたと思われる術式の絞り込みを行う。

結果、一つの術式が候補に挙がった。

カール・クラフトはこの術式が発動したことを確認するために、隣の席に座っている千冬から左手でフォークを奪うと自分の右の掌に突き刺した。

女神の守護者としての彼の自負があるが故の行為。女神に対する危険要因が取り除かれるのならば、自らの負傷など風の前の塵に同じだと彼は考えている。

フォークは深々と刺さり、手の甲から先が見え隠れしている。フォークを抜いていないことにより傷口が閉じているため極少量ではあるが、血が流れ、腕を伝い、彼の服を染めていく。軽傷とは言いづらいような傷を負ったにも関わらず、彼の顔が苦痛で歪むことはなかった。負傷と無痛が彼の推測を確固たるものへと変える。

 

「おい、水谷!」

 

フォークを取られた挙句自分の掌に刺すという奇行を見せられた千冬は立ち上がり、声を上げる。千冬は彼が何故そのような奇行に走ったのかは理解できなかったが、彼の傷が深いことだけは理解できた。千冬は紙ナプキンで彼の傷口を抑えようとする。

 

「何かな、織斑教員?」

「お前、その傷…」

「この程度のこと今から起きることに比べれば、些事に過ぎない」

「何?」

 

その直後、IS学園中に警報が鳴り出す。

これにはさすがの千冬も一瞬動揺した。というのも、前学期の襲撃とヴィルヘルムと香純の侵入でIS学園の警戒令ベルは常に最大の状態を維持されていた。警戒レベルが最大の状態では、登録されていないISがIS学園付近を航行しただけでも警報が鳴るように設定されている。だが、今鳴り響いている警報は近くをISが航行したときに発せされる警報ではなく、武装したISがIS学園内に侵入したときの警報である。警報音の種類を聞き分けることの出来る千冬からすれば、現状があまりにも不可解過ぎた。

鳴り響く警報にIS学園の多くの生徒並びにIS学園に訪れた来賓は慌てだす。当然、一年一組の教室でもパニックが起きていた。カール・クラフトの言葉が気になるが、IS学園の専用機を持たない一般生徒と来賓の避難が最優先事項であり、彼から話を聞くのは避難が終わってからだ。

 

「避難指示をする!」

 

千冬は教員間との緊急用の連絡用端末に電源を入れると、大声を上げる。

避難指示という言葉を聞いた生徒と来賓は瞬時に静まった。千冬の指示を聞き逃してはならないと判断したからだ。

千冬は管制室から何が起きたのかをまずは聞いた。管制室からの報告によれば、同機種の所属不明の無人のISが複数IS学園内に侵入したらしい。千冬が手にした端末にはフルスキンの見たことのないISが数機飛行していた。謎のISの現在地点から千冬は避難経路を割り出し、適切な避難方法を各教員に伝える。

 

「戦闘教員は格納庫の訓練機で迎撃に当たれ。一年の専用機持ちは侵入者に警戒しながら、逃げ遅れた来賓の方々が居ないか確かめろ。それが終われば、戦える者は教員の援護に回れ。二年の更識、二年のサファイア、三年のケイシーは無人機の迎撃に当たれ。万が一、一人でいるときに敵と接触した場合、敵わないと判断したら、逃げても構わない。無茶はするな」

 

千冬は端末の通話終了ボタンを切ると、真耶に一年生とこの近辺の来場者の避難誘導を任せる。世界大会の優勝者である千冬が避難誘導の指示を取っている光景を見たことにより、生徒や来賓の心に余裕が生まれる。真耶の指示に従い、避難を始めた。

箒は千冬の指示に従い、ラウラと合流するべく、紅椿を展開し、ラウラの元へと向かった。

 

「避難指示に従ってくれますか?」

 

真耶は蓮とカール・クラフトに恐る恐る尋ねる。彼女は二人のことを少し知っていた。

何故なら、銀の福音事件後の守護者とIS学園側の会談の監視を行っていたからだ。

あの会談の内容はあまり聞いていなかったため、彼が何者なのかは分からなかったが、銀の福音事件で旅館を襲撃した夜都賀波岐の戒という男と知り合いであることから少し危険な人物であるということだけは分かっていた。

 

「俺は結構。自分の身は自分で守れる。俺のことは無視してくれて構わない」

「えーっと、水谷先生?」

「私も保護は無用だ。それは銀の福音事件に関わっている貴方ならば、分かるだろう?」

 

カール・クラフトは二次移行した銀の福音を撃墜している。彼が何をやったのか分からなかったが、彼がISを越える力を持っているということは理解できた。

真耶は一夏たちを残し生徒と来賓の避難誘導を始める。

教室から一般生徒と来賓が全て退去したと同時に鈴が一組に現れた。

 

「シャルロット、卿は黒円卓の陣頭指揮を取れ」

 

本来ならば一夏が先頭に立ち指揮を執るのだが、それだけでは首領代行としてのシャルロットの資質を伸ばすことができないと考えた一夏は経験を積ますために指揮権をシャルロットに一時的に預けることにした。

 

「一夏は?」

「姉上と無人機の迎撃に行く。目的が我らの首級であるとするならば、侵入者は何かしらの行動に出よう」

 

現在の戦力から考えて、無人機相手に戦えるのはIS学園の戦闘教員と専用機持ちに蓮とカール・クラフト。これだけを見れば、負ける要素がまるでない。だが、聖槍十三騎士団や夜都賀波岐を露呈させないことを考えると、表立って万全を期し無人機IS相手に戦うことができるのはIS学園の戦闘教員とエイヴィヒカイトの術式を施していない専用機持ちだけである。聖槍十三騎士団に属する専用機持ちも戦えないわけではないが、エイヴィヒカイトの使用が制限されてしまう。エイヴィヒカイトの使用によって黒円卓の所属がばれてしまうかもしれないからだ。エイヴィヒカイトが制限されるとなると、ISだけでヴィルヘルムと渡り合うだけの力量を求められる。だが、当然セシリア、鈴、シャルロットにそれだけの力はない。故に、一夏は彼女らに裏方に徹するように命令した。

だが、一夏は違う。エイヴィヒカイトの力を制限されたとしても、ハイドリヒ化ができなくとも、ヴィルヘルムと渡り合うだけの力を彼は持っている。

 

「IS学園を覆う魔術がどのような物なのかはカールから聞いておけ」

「一夏は聞かないの?」

「知り、対策を立ててしまえば、興が冷める。だが、無知ならば、相手が何を仕掛けてきたのか、推理し楽しむという娯楽が生まれる」

 

これから訪れる脅威を恋い焦がれる一夏は至高の笑みを浮かべていた。

旧世界において既知の呪いを受けていた彼だからこそ、まだ見ぬ敵が既知であってはならないと知っている。それでは趣がない。

 

「では、参ろうか」

「あぁ、どちらが先に一機落とすか勝負しないか、一夏」

「それは座興の一環としては楽しめそうだな、姉上」

 

一夏と千冬は窓枠に足を掛け、外に向かって飛ぶと、次の瞬間にはISを展開し、無人機が侵入してきた方角へと瞬時加速で飛んで行った。

墓の王である黄金の獣と、世界最強のIS操縦者。

この二人が組んだ時点でこちら側が負けるはずがない。IS学園で今何が起きているのかは分からないが、覇道神同士の衝突ではない。カール・クラフトが虚言を吐いたことはない。となれば、それ以下の脅威であると考えられる。

セシリアたちはIS学園に侵入してきた無人機を哀れんだ。

 

「俺は香純と神父さんを回収しに行く」

 

相変わらずマイペースの蓮は自分が守るべき刹那を救いに、独自に行動を開始した。

扉を開け教室から出ていく蓮をマリィは追う。

教室に残されたのは、カール・クラフトとセシリア、鈴、シャルロットの四人だ。

 

「カリオストロ、今IS学園で何が起こっているの? どうして貴方は怪我してるの?」

「あぁ、そういえば、私は負傷していたな」

 

カール・クラフトの右手から滴り落ちる血によって、床に小さな血溜ができていた。シャルロットの指摘によって自分が負傷したままだということに気が付いたカール・クラフトは右手に刺さったフォークを引き抜く。傷口を栓してしたものが抜けたことにより血が一気に溢れ出る。あまりにも出た血の量が多かった。だが、カール・クラフトが傷口を撫でると出血した血は消え、傷口は塞がっていた。

相変わらずの意味不明っぷりにセシリアと鈴は言葉を失う。カール・クラフトの元でエイヴィヒカイトとISの訓練を行ってきたシャルロットは彼がこれぐらいのことをやってのけても何も驚きはしない。

 

「では、このIS学園を覆う魔術、危機感破壊の概要を君たちに教授しよう」

 

 

 

ヴァレリアン・トリファはIS学園の森の奥にある教会にではなく、IS学園の敷地内に居た。彼は助けを求める悲痛な叫びを聞いた為、森の奥の教会から出てきた。此処は天下のIS学園、唯の助けなら、ヴァレリアンは出ていくつもりはなかった。だが、誰かに助けを求める者の心の声を聞いたことにより、彼らの救助にヴァレリアンは向かった。

 

罪の象徴である聖槍十三騎士団黒円卓の首領であるラインハルト・ハイドリヒ。

彼を呼び寄せ殺すために、子供が人質となったと彼らは言う。

遠くから聞こえてくる声の方へと走り続ける。

 

「誰だか知りませんが、危機感破壊を使うとは我らを本気で狩るつもりのようだ」

 

この魔術をヴァレリアンは知っていた。

エイヴィヒカイトの術者に対して圧倒的な効果のある魔術。

効果は魔術の名前そのものだ。エイヴィヒカイトの術者から危機感を奪う。危機感が無くなれば、ありとあらゆる攻撃に対して恐怖心を抱くなくなる。これは攻撃の面ではいいかもしれない。だが、危機感を失うということは回避や防御といった己の身を守る行動を取りにくくさせてしまう。更には、危機感を失ったまま、エイヴィヒカイトの力で攻撃を行えば、攻撃の負荷に自分の体が耐え切れなくなってしまい、負傷する可能性がある。

それでも、鎧を失い弱体化したと言えども魔人と人間の距離は埋まることはなく、圧倒的勝利を黒円卓は収めた。

 

「しかし、此度の戦では前回のようにはいかない」

 

そう、あの時、黒円卓を襲った双頭の鷲という東方正教会の裏機関の武装は剣や銃や幼稚な魔術程度であり、相手にほんの一瞬でも脅威と言わせるほどの武器を双頭の鷲は持っていなかった。

 

「今の時代はISという武器がある」

 

この武器はエイヴィヒカイトの類似品や劣等品などと揶揄する者も居るが、シュピーネがラウラに敗れたことや、螢がシャルロットに敗北しそうになったことを考慮すれば、十分脅威と言える代物だとヴァレリアンは考えている。ISとエイヴィヒカイトの間に差がないのなら、術者の力量と精神力次第で戦況はどちらが有利になることは十二分にあり得る。

特に、聖餐杯を失った自分からすれば、ISは脅威というには十分すぎる。

 

「今現在エイヴィヒカイトの鎧を失った状態でISと真正面から戦って何秒以内殺されるのか、黒円卓と夜都賀波岐の面子で競えば、私が最も短い記録を叩きだすことができる自信がある」

 

単なる黒円卓や夜都賀波岐絡みならば、新しく黒円卓に入ったIS操縦者に任せればいいかもしれない。だが、それでもヴァレリアンはどうしても人質を助けに行かなければなかった。何故なら、人質は子供だったからだ。

ヴァレリアン・トリファを語るにあたって“子供”というキーワードは欠くことはできない。彼は子供救うために、子供を殺し、その殺した子供を救うために、もっと多くの子供を殺してきた。彼の所業は邪道であるが、彼の子供を救いたいという気持ちは揺るがない。

そのためなら、彼は永劫罪を償い、罰を受け続ける覚悟すらある。

 

「見つけた」

 

IS学園の北西にある校門から少し外れた校舎の裏手に一人の女性が青年を羽交い絞めにしていた。青年の傍には、青年と容姿が近い一人の少女が座り込んでいる。そんな青年と少女にもう一人の女性が拳銃を握り、銃口を彼らに向けられていた。

ヴァレリアンには羽交い絞めされている青年の見覚えがあった。

 

「名前は五反田弾さんでしたね」

 

弾は@クルーズで働いていたため、ヴァレリアンは彼のことを知っていた。

となれば、地面に座り込んでいる少女が彼の話していた妹であると推理した。

弾には黒円卓や夜都賀波岐の話はしていないし、蓮の方針で一般人である彼らを座の争いに巻き込むようなことはしないとなっている。

以上のことから、彼らがラインハルト・ハイドリヒを知っているはずがない。だが、弾はラインハルトを呼び出すための人質となっていると心の声で叫んでいた。

となれば、弾を羽交い絞めにしている女性と拳銃を持っている女性が今回の襲撃者の内の二人であるとヴァレリアンは推理した。

 

「速攻でやられる自身はありますが、私が人質を解放させることの出来る唯一の人間だ」

 

ヴァレリアンは身を隠すのを止め、増援を待つことなく、弾の方へと歩き出した。

すると、ヴァレリアンの足音に気付いた女性二人が彼の方を向く。

 

「まずは獣の眷属が一匹釣れたな」

 

オータムは左手に持っていた拳銃の照準を弾からヴァレリアンに移す。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第三位首領代行、ヴァレリアン・トリファ、クリストフ・ローエングリーンだな」

「半分は正解と言っておきましょうか」

「半分?」

「肩書の頭に元と付けていただきたい」

「はあ?」

「ですから、私は黒円卓を抜けた身だと言っているのですよ」

「嘘貫かしんてんじゃねぇぞ。ジジィ」

 

オータムは引き金を引く。

拳銃の銃口から発射された小型の銃弾はヴァレリアンの右肩に命中し、体内へと侵入した。

ヴァレリアンの体内に入った銃弾は骨に当たり、銃弾の軌道がずれる。高速で動く物ほど抵抗や横からの圧力によって簡単に軌道が変わるからだ。軌道の逸れた銃弾はヴァレリアンの二の腕を抉り、貫通した。

ヴァレリアンの肩と腕の傷口から多量の血が溢れ出る。この出血の量から、大きな動脈が傷つけられ、死ぬ恐れがあるとヴァレリアンは判断した。だが、危機感破壊の術により、痛みも死に対する恐怖も全く感じない。ヴァレリアンは血が出ていることを気にせず、歩を止めずスコールとオータムへと近づこうとする。

だが、オータムは彼の歩みを止めるために、右膝と左足首に銃弾を与えた。

左右の異なったカ所に銃弾を浴びせたことにより、立つことが困難になったヴァレリアンは地面に倒れこむ。

 

「国連の裏HPやら、篠ノ之束博士からの証言は取れている。騙せると思ったか?」

 

地面に倒れこんだヴァレリアンの左手の甲に四発目の銃弾を喰らわせる。

オータムとスコールはどうやら事実と異なった情報を束から与えられているようだとヴァレリアンは推測した。自分は夜都賀波岐に所属しており、それを束は知っているはずだからである。大方、世界征服を企む聖槍十三騎士団の一員を討伐するという大義名分を立てて、彼女たちを利用しているのだろう。

一度敵視されては、彼女らの警戒を解くのは至難の業だ。説得は不可能。かといって、戦闘すれば瞬殺されるのは目に見えている。とにかく今は時間を稼ぎながら、ある条件を満たさなければならない。

ヴァレリアンは体に力が入らず、バランスをうまく取れない体に鞭を打ち、無理やり立ち上がり、オータムとスコールの元へと向かう。歩行のリハビリを行っている負傷者のようにフラフラとヴァレリアンは歩く。そんなヴァレリアンには向かってオータムは再度銃弾を浴びせる。だが、ヴァレリアンはこの程度で止まらない。一歩一歩確実に歩を進める。

 

「トリファさん、どういうことなんですか!?」

 

目の前で起きている光景を全く理解できていない弾は叫んだ。

 

「……」

「君は何も知らないようだね。だったら、教えてあげよう。彼は世界征服を企んだ第二次大戦時のドイツ軍の残党にして、ベルリンの市民を大量虐殺し、魔術を使い半不老不死になった十三人の魔人の騎士団、聖槍十三騎士団の生き残りだ」

「世界征服?虐殺?……おいおい、なんかの冗談だろ?この人はただの草臥れたおっさんだぞ! アンタ達何言ってんだ!」

「いいえ、五反田さん、彼女たちの言っていることは事実ですよ」

「へえ、さっきまでは黒円卓に居ることを否定していたのに、今になって認めたか」

「違いますよ。過去に居たことは認めますが、今居るとは認めていない」

「そうかい。……まあ、いいや。そろそろ殺さねぇと次が面倒だ。死んどけよ。ジジィ」

 

オータムはヴァレリアンの左目に向かって銃を撃つ。

頭部の半分が消し飛ぶ。弾丸で抉られた彼の頭部の左側は粉みじんとなり、脳漿と血が辺り一帯に飛び散る。残った右目が裏返り、白目になると、ヴァレリアンは仰向けに倒れ、ピクリとも動かなくなった。

ショッキングな光景を見せられた五反田兄妹は気を失った。

 

「まずは一人か」

「スコール、こいつらはどうする?」

「先ほどの彼らの反応から考えて、どうやら一般人のようね。だったら?」

「“一般人は殺さない”……とりあえず、そこの校舎に寝かせるとするか」

「お願いするわね」

 

オータムはアラクネを展開し、五反田兄妹を担ぎ上げ、近くの校舎に運び、ソッと下す。

亡国企業が手を下すのは、裏社会で裏社会のルールに反した者に限るという鉄の掟がある。表社会に手を出せば、国際連合との境界が崩壊し、表と裏が混じりかねないからだ。

 

「んじゃ、後はコイツを餌にして、他の黒円t」

「私は二度と、私の愛を失わない」

 

ヴァレリアンは左腕で自分の頭から零れ落ちそうになる脳漿を抑えながら立ち上がった。

頭部の半分を失い、全身血に染まり、それでもなお立ち上がり、血走った眼でこちらを睨んでくるその姿は、ホラー映画に出てくるゾンビそのものだった。

痛みを感じないからこそ、彼は立ち上がることができた。

血を吐きながら、彼は己の誓いと決意の言葉を唱える。

 

「私は負けぬ。私は死ねぬ。私は永遠に歩き続ける……止まりなどしない!」

「コイツ、まだ……生きてやがったか」

 

ヴァレリアンは右の掌をスコールとオータムに向ける。オータムは何度もヴァレリアンに向かって数発発砲するが、彼の腕は下りず、言葉は止まらない。

 

「永劫償い続けるのだ。都合の良い安息(終わり)などいらない!」

 

嘗ての己の愚行に対する贖罪をすることを、彼らに許しを請い続けることを、ヴァレリアン・トリファは誓った。故に、生き続け、苦しみ続けなければ、彼らは私を許してくれない。許してくれたとしても、私が私を許せない。彼らの受けた無慈悲な天災による苦痛はこんなものでなかったはずなのだから。だから、こんな場所で立ち止まるわけにはいかない。それが、ヴァレリアン・トリファが自分に課した罰だった。

 

「創造……」

 

スコールが裏社会の様々な情報筋から入手した事前情報の中に、聖槍十三騎士団の能力についてというものがあった。黒円卓に所属する者のほとんどが使用できる能力で必殺技といって構わないものある。それが創造であり、ISの単一仕様能力に相当するものだと彼女は解釈していた。

ヴァレリアンはどのような力を使うのかは知らないが、間違いないなく今の自分たちにとって脅威であるに違いないと判断し、ISを展開し、防御態勢をとる。

回避行動を取ろうとしないのはクラス代表戦で見せたセシリアの単一仕様能力に近しい能力だったら、回避行動は無意味だと推測したからだ。束から聞かされたミハエルのような能力だったら防御も無意味なのだが、距離が離れている上に、ヴァレリアンの体勢から考えて近接格闘のようなものでないとも推測し、結果、彼女は防御姿勢を取った。

 

「神世界へ  翔けよ黄金化する白鳥の騎士」

 

ヴァレリアンは渾身の力で叫んだ。

 

「……」

「……」

 

だが、何も起こらなかった。ヴァレリアンはラインハルトの体、いわゆる聖餐杯を失ったため、嘗ての創造を使用することができなくなってしまった。

 

「ハッタリかよ!クソが!」

 

オータムはアラクネの装甲脚でヴァレリアンを叩き潰そうとする。エイヴィヒカイトの鎧を失い、致命傷を負い、立つのがやっとの彼にとって、それは死を免れない一撃であった。

だが、ヴァレリアンは笑っていた。

 

「条件は満たし、時間は稼げた」

 

アラクネの装甲脚がヴァレリアンの左耳を掠めた。

貧弱にして動かない的。絶対に外すことのない距離。

そして、絶対防御が効かないだけで他は異常の無いオータムの専用機。

誰の目にも、彼女の攻撃が急所を外すような要因があるようには見えなかった。

にも関わらず、彼女の攻撃は急所に当たらず、外してしまった。

では、何故彼女は攻撃を外してしまったのか。

 

「ぐぅっ!」

 

これまで経験したことのない激しい頭痛に襲われたからだ。堅いものに叩き付けられた鈍い痛みと、刃物で刺されたような鋭い痛みが同時に襲い掛かってくる激しい頭痛。

そんな激しい頭痛の直後、高い周波数の大音量のモスキート音が頭の中で響きわたる。あまりの煩さに吐き気がし、眩暈がし、重力方向が分からなくなるほどだった。

オータムは立ち上がろうとするが、目の前の景色はまるで曇りがらず越しに見ているような光景で歪んで見えてしまい、頭痛により頭が重く感じてしまい起き上がれない。だが、視界の端で蹲り頭を抱えているスコールを見たオータムは、何が起きたか分からないが、彼女も自分と同じように激しい頭痛に襲われていることだけは理解できた。大事な彼女を保護しなければと、自分に鞭を打ち、起き上がる。

 

「これを受けて立つことができるとは恐れ入った」

「テメェの……仕業か」

「えぇ」

 

オータムは装甲脚を振るいヴァレリアンを殺そうとするが、外れる。

今の彼女には、ヴァレリアンが今どこに居るのか、自分とどれだけの距離があるのか、どういう姿勢でいるのか全く分からなかった。

 

「“サイコメトラー”とマレウスは言っていましたね」

 

ヴァレリアン・トリファはただの草臥れた老人である。

そんな彼が黒円卓に席を置くことができたのは、彼が超能力を持っていたからだ。

人や物体の声を聞くことができる。そして、そのものに同調することができる。

それが彼の持つ超能力だった。

ヴァレリアンはその超能力を使い、オータムとスコールに同調を試みた。

聖餐杯や神槍を持たぬ自分が、敵を無力化する手段はこれぐらいしかなかったからだ。

先ほどまで標的である二人の近くに、五反田兄妹がいたため、この力を使うことができなかったが、自分が一度死んだふりをしたことで、彼女たちは五反田兄妹を解放したため、ヴァレリアンはこの力を使うことができた。だが、完全に同調するには時間が掛かる。そこで、彼は“神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士”のハッタリをかまし、時間を稼いだ。

 

同調を受けたオータムとスコールは普段ヴァレリアンが感じているものを体感した。

アンナの言葉を借りるなら、縦横無尽にある止められない大音量のラジオがある状態。

常人の感覚に慣れていた彼女らにとってそれは苦痛以外の何物でもなかった。

のた打ち回るほどの苦痛を受け顔を歪めながらも、オータムは何処に居るのか分からないヴァレリアンに向かって装甲脚を振るい続けた。

喚きながら無駄な攻撃を続ける混乱したオータムを止めようとスコールは立ち上がろうとする。だが、片肘が地面から離れた瞬間、頭に響く音の音量が増した。

ヴァレリアンの同調の程度が増したからだ。

 

「血 血 血 血が欲しい ギロチンに注ごう 飲み物を ギロチンの渇きを癒すため

欲しいのは 血 血 血」

 

ヴァレリアンとは違った男の声が聞こえてきた。

増援だと判断したスコールは迎撃するために、力を振り絞り、立ち上がろとする。だが、更に同調が増した為、身動きを取ることができなくなった。

聞こえてきた男の声を聞き分け、男が居る方向を推測した。

相変わらず、視界は不良で、男がどういう風貌しているのかは分からない。

数歩男は歩き、自分の前に立つと、右腕から生えている何かを自分の首に当ててきた。

冷たい感触から、それが刃物だと理解したスコールは地面を転がりさきほどまで自分がいた場所から離れると、ISのPICで逃走を試みる。

 

「俺のギロチンは処刑道具だ。逃げることも防ぐこともできない」

 

その言葉を耳にしたスコールは、ギロチンによって首を刈り飛ばされた。



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ChapterⅩⅩⅩⅧ:

二機のISがIS学園の上空を音速で飛行していた。

一機は第二世代型ISの訓練機として流通している打鉄。

そして、もう一機は第三世代型ISの白式である。

打鉄を操縦するのは専用機とする織斑一夏、白式を操縦するのは一夏の姉である千冬だ。

千冬の乗る白式の方が打鉄より機体の性能が高く、彼女のISの技能が一夏のそれを凌駕している。結果、千冬の乗る白式が一夏の乗る打鉄の前方を疾走していた。

 

「アレが侵入者か?」

「あぁ」

 

千冬は更に連続瞬時加速を行うことで、白式の飛行速度を上げる。

瞬時加速の感覚を狭めることで、夏休み直前のヴィルヘルム戦の時の連続瞬時加速とは比べ物にならないほどのスピードが出た。急な加速によりかなりの空気抵抗が生じる。国家代表候補生レベルの技量をもってしても、バランスが取れなくなり墜落するほどの空気抵抗を千冬はものともしていない。千冬は連続瞬時加速を行いながら、雪片二型を出し、零落白夜を発動させる。このまま一気に、最初の無人機を狩るつもりだった。

一夏も同様に瞬時加速を試みるが、それでも千冬の連続瞬時加速には追い付けない。

死世界・狂獣変生を使えば、楽に追いつくことができるが、聖餐杯でない上にエイヴィヒカイトの鎧を失った今の体では加速によるGに耐えきれない。今の体が崩れれば、戦いどころではない。だが、このままでは千冬に追い付くことができず、千冬との勝負に負けてしまう。誰よりも勝利を望むこの男がそれを許すはずがなかった。

 

一夏は黎明を展開し構えると、ISの望遠機能で標的を凝視し、狙いを定める。

ただまっすぐ目標に向かって槍を投擲すれば、必ず当たる。彼はそう確信していた。風速や風向、空気抵抗や距離や重力などを一夏は一切考えない。彼から言わせてみれば、風や空気抵抗や重力によって投擲が影響されるのは環境が悪いのではなく、非力が原因である。圧倒的な力を持ってすれば、外的要因など無に等しいはずである。

 

「これで勝たせてもらうぞ。姉上」

 

黄金に輝く瞳をした一夏は黎明を投擲する。

だが、今の一夏の器は聖餐杯ではなく、それを模した偽りの器。どれだけ似せても所詮15歳の未発達な肉体であり、その器は一夏の全力に耐えきれない。

黎明を投擲した一夏の打鉄の右腕の装甲は、投擲時の衝撃によって完全に剥がれ落ち、彼自身の右腕も肘から先は無くなり、二の腕も半分は無くなり、残った腕も骨のみとなっている。更に、肩や胸筋や背筋も千切れ、かなり出血している。黒円卓の制服に使われている布を使ったISスーツを彼が着ていなかったら、彼の右上半身は完全になくなっていただろう。出血量は多いが、一夏はそれを全くと言って良いほど気にしてなかった。危機感破壊の影響力もあるが、それ以上に、彼には己に対する絶対的な自信があったからだ。

一方、一夏の限りなく全力に近い力によって投擲された黎明は全ての外的要因を無視し、誰も視認できないぐらいの速さで黎明は空中を駆け抜ける。

音速を越え、光速の域に達したことで膨大なエネルギーを得た黎明から逃れられる方法はない。数秒先の未来で見るであろう無残な無人機の姿を一夏は容易に想像できた。

 

千冬の連続瞬時加速の数倍速さで飛ぶ黎明は、コンマ数秒で前方百メートル先に居る千冬に追い付こうとしていた。後ろから迫りくるモノに気が付いた千冬は更に連続瞬時加速の間隔を狭める。操縦者と機体への負荷を完全に無視した連続瞬時加速により、千冬の体と白式の装甲は悲鳴を上げるが、此処で悲鳴を聞き入れれば、自分は一夏に負けてしまう。

更に、これだけではいずれ後ろから迫りくる一夏の攻撃に追い越されてしまうと考えた千冬は連続瞬時加速を行いながら、標的に向けて零落白夜を発動させた雪片二型を投げた。

手首を素早く返したことで、雪片二型は高速回転し威力が増すが、力加減をしなかった結果、代償として彼女の右手首の関節は外れ、重度の脱臼を負うこととなった。

 

零落白夜の発動により切れ味が増した雪片二型は無人機の首を切断した。ISの本体である核からセンサー類を切り離したことで、ISの核が破損したことによるISの暴走を完全に抑えた。そして、それと全く同時に、一夏の投擲した黎明が無人機の胸部に突き刺さり、貫通し、無人機のはるか後方へと飛んでいき、打鉄から離れすぎたことで粒子化した。センサーとの接続を切断された上にISの各自身も破壊されたことで、無人機はあらゆる状況判断要素を知ることができなくなり、思考能力を失い、完全に沈黙した。

更に、無人機の背部に備え付けられた射撃用の増設エネルギータンクをも黎明が貫いた衝撃によって、タンク内部のエネルギーが暴走を起こし、無人機は爆散した。

 

「引き分けだな」

 

脱臼によって外れた右手首を千冬は力技ではめ込むと、手を開いたり閉じたり、手首を曲げたりして、手首の感触を確かめる。若干の違和感が残るが、無人機の性能や残機から考えれば、今の千冬にとって問題にならない。

むしろこれぐらいのハンデがある方が楽しめそうだと彼女は笑みを浮かべる。

 

「残念ながらな。では、どちらがより多く敵を倒すことができるのかというのは如何かな?」

 

一夏は左手で無人機の胴体を殴る。

ISの力だけでも十分な破壊力を発揮することができるが、部分的なラインハルト化したことで一夏の攻撃を防ぐことの出来るものはこの世に存在しなくなる。ISを纏った今の彼にとって、自分の出す力に耐えることはできないが、己の体に対する負担を考慮しなければ、厚さ数センチの特殊装甲版ですら、紙に等しい。

一夏の圧倒的な力を受けた無人機の胸部が砕ける。壊れた箇所に一夏は腕を入れると、無人機の機体内部でヴィルヘルムの闇の賜物の形成を行う。一夏の腕から生えた血の杭はISの核を破壊すると同時に、核に含まれる魂を奪う。

 

「二機目」

「私もだ」

 

一夏が千冬の方を見ると、首腕脚が切断され胴体だけとなったISが刺さった零落白夜の発動している雪片二型を片手に持った千冬が居た。

瞬時加速で一機の無人機に接近し、すれ違いざまに首を刎ね、背後に着けると雪片二型で両腕と両足を斬り、胸を突いた。この一連の動作を瞬く間に行うことができるからこそ、彼女は世界一の称号を手にすることができた。

 

犠牲を顧みずにIS学園に在籍する黒円卓と夜都賀波岐と女神を始末するようにという束の命令を受けていた無人機だったが、圧倒的な力を目にしたことで、無人機の思考に撤退の二文字が浮かび上がる。更に、IS学園側の増援である二年と三年の専用機持ちが現れたことで、無人機側の状況は更に悪くなる。

結果、無人機の下した決断は散開だった。

個々の戦力は非常に高い上に、織斑姉弟の連携は目を見張るものがある。こちらは連携を取ることができないが、数は多い。故に、戦力を分散させ、追われなかった無人機で目的を果たそうと判断した。

 

「サファイアはケイシーと、更識は織斑と行動しろ」

 

千冬も生徒に対し指示を飛ばす。

本来ならば、イージスというコンビネーションを組んでいるフォルテとダリルだけを組ませて、一夏と楯無は好きにさせるのが王道である。今の一夏は先ほどの勝負でムキになり本気を出した結果、片腕を失っている。出血量は尋常でなく、命の危険があるが、危機感破壊の効果によるものか、一夏自身は何も感じておらず、止血すら行っていない。放置は不味いと感じた千冬は楯無と組ませ、楯無の専用機のナノマシンで止血をさせることにした。

 

「何かあったら、連絡しろ」

 

千冬はそう言い残すと連続瞬時加速で無人機を追った。やる気のなかったイージスコンビも内申点に響きそうだからという理由で無人機を追うことにした。

千冬から一夏の右半身の治療を任された楯無は治療に専念する。傷口をナノマシンで覆い、浸透圧と水圧を利用し、出血を抑える。危機感破壊によって回復力が落ちており、血が完全に止まらない。このまま、完全に放置していては不味いが、術式が解除されるまでの応急処置としては十分だろう。危機感破壊が終われば、後はカール・クラフトにでも見せれば、すぐに治る。

 

「織斑君、私に似た女の子見てないかしら?」

「……あれではないのか?」

「え?」

 

一夏が左手の人差し指で指した方向には楯無と瓜二つの女子が現れる。

髪のカールの剥き方や、眼鏡をかけていること、彼女自身から出ている雰囲気など差はあるが、パッと見では差が分からないほど似ていた。

手を後ろに回した状態で、真正面から二人の方へと歩く。

 

「簪ちゃん、今まで何処に居たの?心配したのよ」

「……」

「簪ちゃん?」

「……発射」

 

簪は山嵐を展開し、一夏に向けてミサイルを射出する。

彼女が手を後ろで組んでいたのは、山嵐のマルチロックオン・システムに環境情報を入力するのを一夏と楯無に見られないようにするためだった。山嵐のマルチロックオン・システムに入力する環境情報は大型の端末に行わなければならないのだが、あらかじめ大まかな環境情報を打ち込んでいたため、この時に必要だったデータの入力は小型の端末で十分に行うことができた。

普段ならものともしないような48発のミサイルは、自滅により負傷しISを待機状態にし危機感破壊によりエイヴィヒカイトの鎧を失った一夏にとって、十分な脅威であった。

48発のミサイルは全弾一夏に命中し、爆発による爆風と炎が辺りを襲う。地面のタイルは剥がれ、校舎の窓ガラスは割れ、校庭に植えられていた木が燃えだす。

一夏が立っていた場所は爆発による黒煙で見えないため、一夏がどうなっているのか分からない。そして、6基のブルー・ティアーズが一夏の立っていた場所を取り囲むように配置に着くと、一斉射撃を開始した。

一夏の傍に居た楯無はISを展開していたため、何とか防御を取ることができたが、何故妹このような行動に出たのか理解できなかったため、唖然としていた。

ただ、分かるのは、妹は一夏を殺そうとしていたことと、妹に加勢しているISは先日イギリスで強奪されたサイレント・ゼフィルスであることだけだった。

あまりにも想定外で、最も転んでほしくない展開になったことに、楯無は自分の中から湧き出る焦りというものを感じていた。だが、すぐに楯無は冷静を取り戻す。焦りは判断ミスを起こし、最悪の結末へと転がっていく。冷静を取り戻した楯無は、妹を連れて、この場からの離脱を試みることにした。

手負いの相手に反撃を許さないほどの攻撃を浴びせている現状において、逃走など普通に考えれば、ありえない。だが、楯無は山嵐の爆発の寸前に見てしまったのだ。

 

棚引く金髪の鬣を

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒはシュヴァルツェア・レーゲンを展開し、母である綾瀬香純を抱いた状態で、逃げ遅れた来場者が居ないかチェックを行っていた。捜索開始数分後、箒を見つけ合流し、再び来場者が居ないか見て回っていた。途中、セシリアからISを展開した侵入者と交戦に入り、シャルロットが相手を殺したという連絡があった。

 

「アレは」

 

ラウラが指す先には右腕から黒い刃のギロチンを生やした蓮が立ち、彼の手には女性の生首があり、彼の足元にはその女性の物と思われる体が横たわっていた。彼の右腕から生えるギロチンの刃の一部が血と思われる液体で紅く染まっていることから、蓮が彼女の首を切ったのだと箒とラウラは推測した。

さらに、蓮の傍には頭部を半分失い倒れている黒いカソックを身に纏った男と、ISを展開した黒髪の女性が頭を抱えた状態で立っていた。

 

「箒、母よ。藤井以外の者に見覚えは?」

「……神父さん」

「知っているのか?」

「夜都賀波岐のヴァレリアン・トリファだ」

「箒も知り合いか。……普通に考えれば、トリファという男が倒され、その敵であるあの女を藤井が殺したといったところか?」

「おそらく」

「ラウラちゃん、神父さんを早く助けないと」

「母の願いとあらばと答えたいところだが……あれは致命傷だ」

「そんな」

 

その直後、恋人であるスコールを殺されたことで我を忘れたオータムは、蓮に向けてマシンガンを乱射する。激情と頭痛の影響で、オータムの射撃は精密さを欠いてしまい、何処に当たるか自分ですら分からない乱射となっていた。相手が精密射撃をして来るなら、相手の視線などから弾道を知り、回避しながら距離を詰めることは可能だが、乱射であるならば完全に弾道を見切ることは困難である。なぜなら、相手の照準と意思が一致しないからだ。

創造の発動にはある程度の集中力を要するため回避しながら、照準が十分逸れたと判断した瞬間に、美麗刹那・序曲を発動させ、蓮は一気に間合いを詰めることにした。

 

「美麗刹那・序曲!」

 

エイヴィヒカイトの脚力で十分相手の照準から離れた瞬間、蓮は己の創造を発動させた。

美麗刹那・序曲の発動により、蓮の見える世界が遅くなっていく。

オータムの放つ銃弾はまるで掴み取れる程遅くなったように、蓮は感じていた。今なら倒せるそう考えた蓮は足に力を入れ、一気に距離を詰めようと足に力を入れた。

だが、蓮の目の前に突然壁が現れた。突然現れた壁に戸惑いながらも、蓮は方向転換し、別の方向に跳び、オータムへの接近を試みようとするが、目の前の景色が変わらない。いや、それどころか、目の前の壁が次第に近づいて行く。そこで、蓮は初めて気が付いた。

自分の目の前にあるのは壁ではなく、地面であることに。

跳躍しようとした瞬間、蓮の足は折れてしまったのだ。

危機感破壊により鎧を失った結果、通常の人間の肉体程度の耐久しかなくなった。その結果、一夏と同じように、自分の力に自分の器が耐え切れないという現象が起きてしまった。

蓮は美麗刹那・序曲を発動させたまま地面の上を転がり、オータムの乱射を回避する。

 

「まさか自滅とは……司狼が聞いたら、大爆笑もんだな」

 

美麗刹那・序曲の発動により、相手の動きや銃弾の動きが遅く感じられるため、蓮は地面の上を転がるだけで、オータムの乱射を回避することができていた。

加速する時の中で蓮はオータムに近づくことは出来るが、無傷とはいかない。

蓮はオータムのマシンガンが弾切れを起こすまで、回避に徹することにした。

悲しみのあまり忘我し乱射するオータムと蓮との間にラウラは割って入る。そして、AICを起動させ、オータムのマシンガンから発せされる銃弾を全て止めていた。ラウラが銃弾を止めている間に香純は蓮を担ぎ、逃走を図ろうとする。

 

「退け!餓鬼!」

 

AICにマシンガンは相性が悪いと判断したオータムは上空に向かってクラスター爆弾を放った。空中でクラスター爆弾は分解し、無数の小型の爆弾がラウラに向かって降り注ぐ。

正面からの乱射と上空からのクラスター爆弾の雨、多方向からの攻撃にAICは対処しきれないため、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは削られてしまう。

ラウラの危機を救おうと、箒は上空からオータムに向けて攻撃を行う。箒の空裂の攻撃が届く寸前でオータムは後退し、攻撃をかわすと、箒に向けても射撃を行う。

 

「香純、お前何のつもりだ」

「何のつもりって、アンタを連れて逃げるつもりよ」

「そうじゃない。俺はお前に日常であり続けてほしいって言ったよな。だったら、なんでこんなところに足突っ込んでやがる」

「勝手に意地張るな!かっこつけるな!どれだけアタシが心配しているのか知ってるの!?いつも邪魔者扱いされてアタシがどれだけ悔しかったか知ってるの!?いつも一人で勝手に重荷背負って、自分で何でも解決しようとして!」

 

香純は蓮の頬を抓る。蓮は香純に対して文句を垂れるが、頬を抓られた状態では何を言っているのか香純に伝わることはなかった。香純は一通り文句を言い終えると蓮を担ぎ、その場から逃げようとする。だが、蓮はそんな香純を突き飛ばした。

 

「知ってる。でも、俺はそれでもお前にはこっち側に来てほしくないって言ったよな? 俺の自分勝手な願いだけど、俺はお前には笑っていてほしいって言ったよな? 俺に自分勝手だって香純は言うけどな、俺からすれば、お前も自分勝手なんだよ」

「蓮?」

 

その時になって、蓮は己の渇望を思い出した。蓮の渇望が日常という儚い刹那を永遠に味わうだけではなく、永遠にして守り続けることもだと。であるならば、求められることは己の変化ではなく世界の変化であり、求道ではなく覇道でなければならない。自分がどれだけ速くとも、今という時間は様々な外部要因によって変わっていってしまうから。

それを理解した彼は己の渇望が満たされるルールを新たに創造する。

 

「日は古より変わらず星と競い

定められた道を雷鳴の如く疾走する」

 

蓮の創造の力の一端の発動により、香純は蓮に向かって手を伸ばした状態で停止する。

誰よりも蓮の傍に居たが故の結果だった。

 

「そして速く 何より速く

永劫の円環を駆け抜けよう 」

 

彼の覇道は彼の放つ瘴気と共に、一気に彼の周りを飲み込んでいく。

蓮と香純を守ろうとしたラウラ、オータムが飲み込まれていく。ラウラに加勢していた箒も彼の覇道に飲まれそうになったが、彼女の性質上、蓮の覇道の効果は薄かった。だが、箒への効果が皆無というわけでもなかった。

 

「光となって破壊しろ

その一撃で燃やしつくせ 」

 

彼の覇道に犯されていくのは人だけではない。舞い上がった砂埃や、木に燃え移りそうになる炎や、ラウラに向かって飛来する銃弾や立ち上る煙すら動きが鈍り始める。

 

「そは誰も知らず  届かぬ  至高の創造

我が渇望こそが原初の荘厳」

 

彼の願いこそ……

 

『Disce libens』

 

“時よ 止まれ”

 

「創造――涅槃寂静・終曲」

 

蓮の右腕から生えていたギロチンは消え、代わりに背中より死神の大鎌を彷彿とさせる黒いブレードが4対生える。背中から刃が生えた結果、上半身の服は刃によって切り刻まれ、布きれとなり、地に落ちる。それと同時に、肌は死人のように黒くなり、両の眼と髪は血のように赤くなり、左の目から血涙が垂れ、腹に水銀の汚染を主張するかのようにカドゥケウスの紋章が浮かび上がる。

 

「ぐっ」

 

変貌した蓮を目の当たりにしたオータムは直感的に危機を感じ取り、逃走を図る。

だが、彼女は気づくのが遅かった。すでに、蓮の覇道に犯されていたため、彼女の動きは自覚できる程遅くなっていた。PICを作動させ、急上昇し、方向転換を行い、瞬時加速でこの場から離れるという数秒あればできる動作を実行することが彼女はできなかった。

頭でどれだけ命令を送っても、体とISがそれを実行してくれない。

地面を這いずりながら、蓮はオータムに近づく。蓮の速度は四つん這いの赤子より遅くなっていたが、時間の停滞が強くなっているため、誰であろうと今の蓮から逃げられない。

迫りくる危機に対し、オータムはなす術が無かった。

 

「俺の刹那を塗り替えるなど誰であろうと許さない」

 

吠える蓮の姿を見た箒は感嘆のあまり、言葉を失った。最初はただ何が起きたのか理解できなかったからだった。夏休み直前の会談で、蓮の理が時間の停滞だと聞かされていたことを思い出しため、すぐに、自分が今まさに体験しているものがそれだと理解できた。だが、それでもなお、彼女は言葉を失ったままだった。蓮の外見の禍々しさに恐れおののいたのではない。だが、好感触を抱いたわけでもない。彼の願いが具現化したことで、このような渇望が許されるのなら、己の願いも抱くことはおかしくないのだと、己の思考に安堵したのだ。

 

そして、時間の停滞が始まってから数十秒後、蓮はオータムの足元に辿り着き、見上げると、背中に生える4対のブレードの刃先をオータムに向けた。

相手は重傷であるにもかかわらず、自分が追い詰められている。

相手が地に伏しているにもかかわらず、自分が遥かなる高みから見下ろされている。

こんな奴に…スコールが…私が…

 

「どうして負ける?とでも聞きたそうだな。だったら、教えてやるよ。……この世界を一つの小説と考えてみろ。ジャンルはお前の好きなように思い描くといい。お前はその小説の登場人物で、お前が見ている光景こそがその小説の一端だとする。そこで質問……お前は何役だ?」

 

オータムは自分の人生を振り返った。普通の人とは言い難い人生を送ってきた。何度も死にかけたことはあるし、何度も人を救ったこともあれば、人を殺したこともある。

自分を客観的に見て、自分は正義のヒーローとは言い難いが、悪役でもないだろう。自分は裏社会の人間で、裏社会の法を司るような立場に居た。だったら……

 

「どこにでも居そうな血圧の高い厚化粧のおばさんだな」

 

蓮の言葉を聞いた直後、オータムは視界がぼやけ、風切り音が無数に数秒間聞いた。更に、体の中を何かが通り抜ける感覚が無数にあった。だが、途中からオータムは何も感じることができなくなる。

オータムが感じていたのは、ギロチンの処刑。

視界がぼやけたのは、眼球を通る形で頭部を切断されたため。途中まで聞こえていた聞こえていた風切り音が聞こえなくなったのは、聴神経が切断されたため。体の中を通り抜けたものはギロチンの刃だったため。そして、途中から何も感じることができなくなり、何も考えられなくなったのは時間停滞の拘束力がオータムの精神に影響したためでもあり、ギロチンがオータムの頭部を細切れになるまで斬殺したからである。

 

「なんでかって?あえて言うなら……顔だな」

 

涅槃寂静・終曲を解除した蓮の声はオータムには届かなかった。

 

 

 

 

 

4つ目のスワスチカが開く。

一つ目は、数か月前、クラス代表戦現れたベイが無人機を破壊することで開き、

二つ目は、本日、一夏と千冬が無人機を破壊したことで開き、

三つ目は、本日、シャルロットがクゥを殺害し、彼女の専用機の核を破壊したことで開き、

四つ目は、今、ヴァレリアン、スコール、オータムが死に、二人の専用機の核が破壊されたことで開く。

黒円卓第6位補佐であり、ゾーネンキントの資質を持った香純が、四つ目のスワスチカが開く現場を見たことで、死を想った。

 

 

 

 

 

楯無の耳に入ってきたのは爆音のエンジン音だった。

IS学園はバイクを所持していない。そして、IS学園の関係者もバイクや車を所持していない。となれば、バイクか車の主が外部の人間となるのが同然なのだが、外部の人間は現在全員避難しており、この場に居るはずがない。

楯無はバイクか車のエンジン音の聞こえる方を見ようとするが、振り向く直前に突風が楯無のすぐ真横を吹いたため、楯無は吹き飛ばされた。吹きぬける時に起きた衝撃はもはや風の次元を超えている。だが、突如起きた風である以上、突風以外に言い表すことの出来る言葉はない。

ミステリアス・レイディのPICを使い、楯無は空中で体制を整える。

 

「今のは?」

 

楯無はISの索敵機能でエンジン音を発するモノと風の正体を探し出そうとする。

エンジン音を発するモノと風の正体は同じであるということが何とか分かったが、それがあまりにも速く縦横無尽に動いているため、自動の補足機能では正体を見極めることができない。更に、銃声が数発聞こえてきた。ISの銃ではなく一般的な拳銃の銃声であり、現状から拳銃を持つ者がエンジン音を発するモノであるとに気付いた。そして、ミステリアス・レイディに損傷が無い上に、サイレント・ゼフィルスのブルー・ティアーズが爆散したことから、狙っている物が自分でないことも理解した。

 

「見ぃつけた♪……あれが…僕の獲物か」

 

銃を撃っていたものがようやく止まった。

第二次大戦以前に生産されていたドイツの軍用バイクに跨っていた人物は自分より年下に見える中性的で、白髪で右目に眼帯をつけ、ナチスの軍服を着た特徴的な少年だ。とても楽しそうに嬉しそうな口調で少年は喋る。だが、そんな少年からは人間とは思えないほどの獣性が感じられた。

少年の視線の先には屋上で狙撃退性に入っているサイレント・ゼフィルスが居た。バイクは急発進し、少しの坂を利用し、飛翔する。少年が操作するバイクの駆け抜けた衝撃でサイレント・ゼフィルスの居た建物は崩壊し、大きな更地が出来る。

 

「何だ、もうおしまい?…でもなさそうだね」

 

瓦礫の中から、満身創痍のサイレント・ゼフィルスが現れる。

少年の駆け抜けた衝撃でシールドエネルギーと装甲の一部を失ったからだ。

すでに、勝敗は明らかだった。

 

続いて聞こえてきた音は、砲撃による轟音。襲い掛かってきたもの、は猛火と熱風。

全てを焼き払うかのような炎が簪の横を掠め、IS学園の校舎を融かした。

 

「やっと、来たね。ザミエル、遅いよ」

 

少年は目の前のサイレント・ゼフィルスから視線を逸らし、楯無の後ろに視線を送る。

そこには、赤毛の顔が半分焼けただれた女軍人が立っていた。

 

「貴様が速いだけだろうが……それで、ハイドリヒ卿に銃口を向けた愚かしい賊は貴様らだな。喜べ、劣等。私が貴様らの児戯につきあってやる。私とハイドリヒ卿を楽しませろよ……聖槍十三騎士団黒円卓第九位大隊長、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、ザミエル・ツェンタウァ」

「同じく、第十二位大隊長、ウォルフガング・シュライバー、フローズヴィトニル」

 

楯無は自分を犠牲にしてでも、妹である簪を逃がす算段を立てようとする。簪を逃がすなら、黒円卓の大隊長が本気を出す前しかない。どのタイミングで、どのように逃がすか、楯無は無数のシミュレーションを行った。結果、30通りの逃走方法が可能であると分かった。シミュレーションの結果は悪くはない。大隊長の能力が未知であるということは考慮しているし、一夏がいつ手を出してくるか分からないため大隊長と共闘する可能性も考慮している。だが、シミュレーションを行う際の前提条件を立てる段階で楯無は致命的なミスを犯してしまった。……それは

 

「「創造――」」

 

大隊長がいきなり本気を出すはずがないという前提条件を無意識に立ててしまったことである。

 

「焦熱世界・激痛の剣」

「死世界・狂獣変生」




ぶっちゃけますと、ひたすら本気を出した結果、獣殿と蓮が自滅するだけの話でした。
そうでもしなければ、唯でさえ、獣殿&蓮無双カールキモ話なので、ちょっと作者なりに裏切ってみました。これが皆様にとって好評だったのなら、幸いです。

大隊長のお二方が格好良く、城から出てきました。
エレ姉さんがネタキャラという汚名を返上できると嬉しいです。

それでは、また次回に


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ChapterⅩⅩⅩⅨ:

大隊長の創造の発動により、学び舎は一瞬にして戦場跡地となった。

中庭を囲むように建っていた4つの校舎は全て瓦礫の山へとなり、中庭に植えられていた木々は極炎を灯すための燃料となり、平らに整備されていた地面は所々大きくえぐられている。煙が上がり、物が焼ける匂いが充満していた。

 

「出し惜しみも、手加減もしていない。私が今出すことの出来る全力で持って貴様に当たった」

 

この光景を作り出したエレオノーレは焼け野原の中を悠々と歩く。

100年前のシャンバラでエレオノーレは格下の螢と戦った。勝てる負けるはずがないと確信していた。だが、負けた。蓮の流出が発動した際に女神の斬首の呪いの力が増したことで、一瞬の隙が生じてしまい、その隙に首を突かれ、敗北した。この事実を彼女は受け止め、一切の慢心を捨て、全ての敵に対し全力で当たることを己に課した。

如何なる脆弱な相手でも、己の牙を使うことを。

 

「名乗れよ、小娘。スワスチカが半分ほどしか開いていないとはいえ、私の砲撃に耐え、それを守り切った貴様にはその資格がある」

 

エレオノーレは目の前には倒れている楯無に問いかける。

スワスチカが4つまでしか開いていない現状において、エレオノーレは完全な力を発揮することができない。精々出せても本気の3割だろう。だが、それでも、彼女の激痛の剣は脆弱な物であるとは言えない。それは辺り一帯の光景が示している。

エレオノーレはヴィルヘルムと同様にIS学園の生徒を殺すなという命令を受けていたが、IS学園の生徒であろうと相手が敬愛する君主に対し敵対する者であるならば、容赦しない。命令違反だと粛清されたとしても、相手を倒すことができたのならば、主君を守ることができたのならば、構わないと彼女は納得している。

激痛の剣を正面から受けた楯無は重度の火傷を負い、肌が焼けただれていた。皮膚の下の肉は露出し、空気に触れることで楯無の体中に激痛が走る。

一方の簪は比較的に軽傷であった。簪が軽傷であったのは、理由がある。エレオノーレは簪を標的として、創造を発動させた。だが、結界が完全に簪を取り込む直前で楯無が結界内部に飛び込み、楯無が簪を守るために、自ら盾となり、ISのシールドエネルギーを全て妹の為に使ったからだ。楯無は自分のことを顧みず、妹を守れば、自分はただでは済まないということを理解していた。だが、それでも楯無は自分の大切な妹を見殺しにすることはできなかった。

 

「更しき…楯な……し」

「サラシキタテナシ。その勇ましさ、称賛に値する。敵ながら見事だ」

 

エレオノーレは楯無の横を通り過ぎ、簪に近づき、簪を見下ろす。

値踏みするかのようなエレオノーレの視線に、簪は息苦しさを感じていた。呼吸は早くなり、指先が痙攣したかのように細かく震えている。

嘘だ。こんな威圧感のある人間が居るはずがない。

 

「……だが、何故貴様はこんなものを守ろうとしていたのか甚だ疑問だ」

 

エレオノーレは指揮者のように腕を振るうと、無数のパンツァーファウストが現れ、砲弾を放つ。最初に放った砲弾の数はたったの十発だったが、撃ち終ると、次々とパンツァーファウストを出し、砲弾を放つ。

殺されると感じ取った簪は打鉄二式を展開し、春雷でパンツァーファウストの砲弾を打ち落としながら、後退する。だが、簪の春雷による迎撃が追い付かない。春雷が連射型とはいえ、搭載された数はたったの二つであり、エレオノーレが使うパンツァーファウストは無数であった。簪はそれら全てを打ち落とさなければならない。上空に逃げるという手もあったのだが、一瞬でも手を止めたら、パンツァーファウストの餌食になってしまうことに、簪は気づいていた。

 

「存外にしぶとい」

 

エレオノーレが再び腕を振るうと、パンツァーファウストとシュマイザーを同時に出し、一斉射撃を開始する。パンツァーファウストの迎撃だけでやっとであったため、簪はシュマイザーの小さな銃弾を対処できなかった。シュマイザーは対人用の短機関銃であるため。ISへのダメージは少ない。だが、それは銃弾一発一発の話であり、数千発も受ければ、支障は出てくる。数千発のシュマイザーを受けた簪は春雷を操る手元が狂ってしまい、パンツァーファウストの迎撃が出来なくなってしまう。

そこから先、数秒間は、エレオノーレの銃撃と砲撃による蹂躙だった。たった、数秒。だが、その間に簪の打鉄二式に叩き込まれた砲弾と銃弾の総数は一万発を越えていた。一万発のパンツァーファウストとシュマイザーを受けた打鉄二式は原型をとどめていなかった。そして、止めを刺すかのように、エレオノーレは満身創痍の簪を全力で蹴った。

打鉄弐式を纏った簪はまるでボールのように、蹴り飛ばされ、地面の上を転がる。

砲撃と射撃、そして、蹴りによって、打鉄弐式の損傷レベルが限界を超え、打鉄弐式は自動で解除される。

エレオノーレは左手で簪の胸倉を掴むと、片手で持ち上げる。苦しさのあまり、簪はもがこうとするが、恐怖のあまり体が思ったように動かない。

エレオノーレの左手に力が籠る。まるで万力のような力で締め上げられた簪は自分の喉を掴んでいるエレオノーレの手を掴み、爪を立て、逃れようとする。だが、簪がどれだけ力を籠め、反撃を行っても、エレオノーレの憤怒に満ちた表情が変わることは無かった。

 

駄目だ。こんな相手、勝ってこない。

 

「有利な時にしか剣を抜かず、圧倒的なものを目の前にした瞬間に心が折れる。貴様は戦士ではなく、唯の臆病者だ」

「違…う」

「ならば、何故貴様は戦うことを放棄し、私に屈服している?本物の兵士ならば、本物の騎士ならば、己の胸に掲げた誇りという名の炎を燃やし続ける。何があろうとだ。だが、貴様はこうして屈伏している。本気で守ろうとする誇りや自負が微塵もないからだ。飢えていることは自覚しているが、その起因を内的要因では外的要因だと決めつけ、他者の所為にし、戦わず他者を憎むことしかしない。……だから、貴様は地を這う虫にすら劣る家畜だ。汚らわしい」

 

エレオノーレが右手を振るうと、彼女の背後に無数のシュマイザーが現れる。銃口は全て簪に向いている。いつでもエレオノーレは自分を殺すことができると分かり、簪は己の死を覚悟した。

 

「あぁぁぁぁあ゛ああ゛あ゛あ゛!」

 

咆哮の主は瀕死の重傷を負った楯無だった。簪の危機を察知し、体に鞭を打って、ISを動かす。意識が朦朧としているため、操作は正確ではないうえに、数秒ほどしかISを操作できない。簪を救うなら特攻しかないと判断した楯無は最大の技であるミストルテインの槍でエレオノーレに襲い掛かる。

ミステリアス・レイディの装甲表面を覆うアクア・ナノマシンを一点に集中させ、特攻する楯無のミステリアス・レイディの最大最強の大技。

それがミストルテインの槍である。

 

「まだ、動けたか」

 

楯無のミストルテインの槍に対し、エレオノーレは形成で答える。

創造の発動には時間が掛かるため、対処できないということもあったが、相手の状況と技、そして、相手との距離を考えた結果、外すはずがないという結論になったからだ。

 

「極大火砲・狩猟の魔王」

 

ミストルテインの槍は小型気化爆弾4発並みの威力を持っている。これは現存するIS兵器の中においてトップクラスの威力である。だが、エレオノーレの砲撃の火力はその上を行った。10年弱ISの操縦訓練を行った楯無の出す最大の技が100年以上只管砲撃の火力を上げ続ける鍛錬を積んだエレオノーレの獄炎に勝てるはずが無かった。

圧倒的な獄炎が楯無を飲み込む。この炎から逃げることは不可能と判断した楯無はそのまま獄炎の中を突っ切ろうとするが、高熱を受けたアクア・ナノマシンは蒸発し、楯無の身を守る物が無くなり、彼女の体とISは燃え尽きてしまった。

楯無が消滅したことを確認したエレオノーレは形成を解き、簪を睨みつけると、手を放した。

 

「貴様のような不純物をグラズヘイムに混ぜるわけにはいかない。それ以前に、貴様は殺す価値すらない。さっさと、私の視界から失せろ」

 

エレオノーレは胸ポケットから煙草を取出し、手を翳し、煙草に火をつける。大きく息を吸い、煙草の味を堪能すると踵を返し、主である黄金の獣の元へと向かった。

 

 

 

死の旋風を受けたマドカは遠くに飛ばされ仰向けに倒れていた。意識はあったが、朦朧としている。壊れた瓦礫などで頭を強打したことで、唯一聴覚だけが機能したが、それ以外の五感が麻痺していた。更に、下半身を失うという完全な致命傷を負ったため、己の死は回避できない状況にあった。半身を食われたことで、夥しい量の血が大地を濡らしていく。

死に直面したからか、走馬灯のようなものをマドカは無数に見た。

何処かで聞いた話だが、走馬灯は生物の生存本能によるものらしい。似たような状況におかれた過去の自分はどうやって生き残ったのか思い出し、その時と同じ行動をしようとする現象だとか、なんとか。

過去の自分を見たマドカは笑っていた。そういえば、あんなことがあったなと懐かしんでいたからというのもあったが、恋愛小説であったような普通の人生とは程遠い人生を送った自分に呆れていたからというのもあったからだ。だが、時間が経つにつれ、マドカの表情は曇り始める。

 

「……死にたくない」

 

碌でもない人生だった。自分のアイデンティティは必要とされない。誰かに操られ続けるだけの機械のような人生だった。機械のような人生から逃れようと、自由を手に入れようと何度も足掻いたが、無駄だった。結局最後は誰かの手によって捕まり、再び機械の人生が始まる。そして、人間であるはずの自分が機械のような人生しか送れなかったことに納得できなかった。

 

「へぇ、面白いね」

 

自分に致命傷を与えた存在であるシュライバーはマドカを見下ろしていた。

シュライバーは形成を行わず、拳銃すら手にしていない。誰よりも速いという自負がある彼にとって、無防備な状態で敵の前に現れることはごく自然な事であった。

 

「死ぬのが怖いから死にたくないって言っているわけじゃない、こんな自分の幕引きを認めたくないから死にたくない。外見からしてブリュンヒルデと似ているから興味があったけど、……すっごい興味湧いたよ。良いね、すっごく良いよ。このまま君が終わっちゃうのはもったいないな」

 

シュライバーはルガーを抜くと、マドカの額に銃口を当てる。接触を嫌うシュライバーがここまで相手に接近するのはマドカが致命傷を負っていたからだ。接触は聖者からの暴力だと考えているシュライバーにとって、死者との触れることは接触とならない。

 

「君、名前は?」

「織斑…マド……カ」

「織斑マドカ、君はこのままじゃ終われないそう言った。だったら、納得できるまで勝利を手に入れるまで戦い続ける覚悟はあるかい?」

「私は……勝てるの…か?」

「さあね。結局のところ勝利なんて相手の力量を自分の力量上回らないと駄目だから、君の努力次第と心の強さでしか言いようが無い。途中で“もう駄目だ”“勝ってっこない”なんて思っちゃえば、その瞬間から永遠にソイツに勝利なんて訪れない。そうだろう?……何度でも戦うことのできる力があったとしたら、そんな力が君の目の前に落ちていたとしたら、君は手に入れたいかい?僕は君にそう聞いているんだ」

 

シュライバーの言葉は悪魔の囁きだった。

自分殺した相手が手を差し伸べようとしている。どういう裏があるのか分からなくとも、相手の考えていることが碌でもないのは少し考えれば、分かることである。

だが、今のマドカには悪魔の言葉が神からの祝福のように感じられた。

 

「欲し…い。……わだ…は……のい……ま…が欲じぃぃぃ!」

 

マドカは最後の力を振り絞り、シュライバーに触れようと手を伸ばす。

その姿は天から降りてきた蜘蛛の糸に救いを求めて縋る罪人のようだった。

だが、手が届く直前でマドカは眉間をルガーで撃ち抜かれた。

 

「Bis bal……また会おうね、織斑マドカ」

 

マドカの腕は支える力を失い、地に落ちると、動かなくなった。やがて、脳波は止まり、心臓も動かなくなる。こうして、織斑マドカという人間の人生は終わった。だが、マドカとサイレント・ゼフィルスの核の魂はグラズヘイムに落ち、幾千の戦場を駆け抜けるハイドリヒの戦奴となった。

 

 

 

「幾分か窮屈ではあるが、この姿は心地よい」

 

ハイドリヒ化した一夏はため息をつくが、直後嬉しそうな表情を浮かべた。

エイヴィヒカイトの鎧がなくとも、元々ハイドリヒは強固な肉体を持っている。それは術を施される以前に外道であったシュライバーやヴィルヘルムを一蹴できた事実によって証明されている。故に、危機感破壊でエイヴィヒカイトの鎧を失っていたとしても、ハイドリヒ化により聖餐杯の贋作の耐久性を上げれば、単一仕様能力ならまだしも、通常のISの攻撃など彼にとって無意味である。無論、ハイドリヒ化は攻撃の余波に対しても有効である。彼が攻撃を受ける前後でハイドリヒ化していたのにはそのような理由があった。

 

「だが、これ以上、この状態は維持できぬか」

 

黒煙が晴れると同時に、一夏はハイドリヒ化を解き、織斑一夏の姿に戻る。亡国企業の大半が死亡したことにより危機感破壊の術式は解除されたため、エイヴィヒカイトの術式の機能は復活した。術式の復活により回復力は元に戻り、一夏の右腕は元に戻っていた。

戻った右腕の感触を確かめていると、煙草を咥えたザミエルが現れた。

 

「ザミエル、城の外に出るのは久々であろう。卿の目には今の世はどう映る?」

「今の段階では何とも。英雄の資質を持つ者と戦うこと忘れた劣等を同時に見せられては判断しかねます。ですが、副首領閣下が手引きをなさっているのでしたら、我々の戦場(舞台)に立つに相応しい役者が現れるはずです」

「そうだな。ならば、我らはその役者を絶たせるための舞台を作らねばなるまい。行くぞ。ザミエル。我らの怒りの日はすぐそこだ」

「Jawohl. 」

 

一夏はエレオノーレを引き連れ、IS学園の森の中の教会へと向かう。ナチスのSSの軍服を着た人間と居るところを見られては面倒であるため、姿を隠す必要があったからだ。この場は瓦礫の山となっているため、現在人気は無いが、騒ぎを聞きつけ、教員部隊が訪れる可能性があるため、この場から離れる必要がある。寮の自室は部屋の中に入ってしまえば、問題はないが、そこに辿り着くまでに生徒と遭遇する可能性があり、人気のない場所に行かなければならなかった。IS学園で人があまり来ない場所、それば森に囲まれた教会だった。一夏は教会に向かって歩きながら、シャルロットたちと連絡を取り、歩いて森の教会に向かうように指示をした。ISを使い上空から教会に向かうことはできるが、誰かに見られる心配がある。シャルロットたちが見られること自体は問題ではないが、連鎖的にザミエルやシュライバーの存在を悟られることを回避したかったからだ。

 

森に向かう途中で一夏たちは蓮たちを見つける。

蓮は久々の、それも覇道型創造をしようしたことにより疲労していたが、一人で立って歩くことは出来そうだったため、マリィに手を貸してもらい何とか立ち上がった。危機感破壊の術式によって、回復能力が低下しており、傷の治りが悪い。歩く速さは遅いが、なんとか歩けるらしい。その場に居た香純や箒、ラウラもついてくる。

 

「お前にこんな醜態に見られるとはな。末代までの恥だ」

「気にすることはあるまい。誰にだって、不調はある。私にだって無論ある」

「曾お祖父ちゃんが不調ね……どんな時?」

「スワスチカが開いていない現状はまさに不調そのものだ」

 

そして、歩き始めて数分後だった。突然、一夏の打鉄にプライベート・チャンネルで呼び出しがかかった。一夏は打鉄を部分展開し、呼び出しに応じる。

 

『一夏、今手元にテレビか携帯電話ある?』

「携帯電話ならあるが?」

『今すぐワンセグでテレビを見て! 大変なことになってる!』




文字数が少なくて、すみません。
もう少し頑張って書こうと思ったのですが、これ以上掛けませんでした。
次の話は既に一部書いており、今回の話に入れることは可能なのですが、区切りが悪くなってしまうため、ここで終わらさせていただきます。



屑霧島


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ChapterⅩⅩⅩⅩ:

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


一夏は左手で携帯電話を操作し、テレビを見る。

まず映し出されたのは篠ノ之束だった。不思議の国のアリスに出てくるような格好で、薄気味悪い笑みを浮かべている。他のチャンネルに変えても、同じ映像が流れている。イザークと連絡を取ったところ、世界中のテレビのチャンネルが束によって電波ジャックされたことが判明した。

 

『はいは~い、天才篠ノ之束さんだよ~♪実は、世界の皆に知ってほしいことがあって、ちょっとテレビを乗っ取っちゃった。まずはこれを見て、VTRスタート!ポチッとな♬』

 

すると、突如、画面が白黒に変わる。鉄十字勲章を左胸に着け、右手を高らかに上げナチスの敬礼をしながらゲシュタポの本部前を歩く160年以上前の自分の姿だった。

あの老いぼれの下で働いていた頃の自分を見た一夏は思わず苦笑いをしてしまう。

白黒の嘗ての自分の映像に束のナレーションが入る。

 

『戦前のドイツ、秘密国家警察の長官、ラインハルト・ハイドリヒ。アレが今もなお生きていて、世界征服を企んでいる。その証拠を手に入れたから、全世界に教えるね』

 

白黒の映像は変わり、色のある映像となった。画面にはある旅館の中庭が映し出されていた。その旅館に一夏は見覚えがあった。IS学園の臨海学校で泊まったあの旅館だ。そして、その映像の中央にはハイドリヒ化した自分の姿が映っていた。他にも、黒円卓の聖槍を持ちIS学園を襲撃したカイン、リザ、アンナ、無人機を殴り倒したヴィルヘルム、ドイツの基地を襲撃した司狼、エリー、ミハエル、そして、箒を襲撃したベアトリスと螢と戒、黒円卓所属だと名乗ったシャルロット、鈴、セシリア、銀の福音を無力化させたカール・クラフト、楯無を一蹴したエレオノーレ、Mに銃を突きつけるシュライバー、負傷しながらも敵を一時的に行動不能状態にしたヴァレリアン、背中からギロチンの刃を生やした禍々しい姿をした蓮が次々と映し出される。

 

『本当に悪魔みたいな男だよ。束さんは何年も前からこれを知っていたから、ラインハルト・ハイドリヒを倒すために、ISを開発したんだよね。そんな訳で、開発者としては黒円卓に名を連ねる19人の動きが活発になる前に殺して欲しいんだ。特に重要な、織斑一夏、藤井蓮、カール・クラフトの内の誰かを殺すことができた人には……豪華なプレゼント、ISの核百個もあげちゃうよ♪詳しいことは此処にアクセス♬じゃー、頑張ってね~』

 

こうして、動画は終わった。

一夏は薄ら笑いをしている。今回の襲撃の首謀者が束であると、この映像から推測した。

一夏の考えは推測であったが、限りなく確信に近かった。なぜならば、現状において、IS学園を襲撃して得をする者は座に着こうとする束にしかいないからだ。

過去において、IS学園は何度か奇襲を受けている。ISの核をIS学園は多数保有しているからだ。だが、全て失敗に終わっているため、どの国も秘密裏に襲撃することはしなくなった。襲撃の失敗が確定事項である以上、誰もするはずがないのだ。

故に、襲撃の首謀者が束以外に考えられなかった。

そして、束が何を考えて襲撃したのかも一夏は分かっていた。

襲撃の実行犯を捨て駒にし、黒円卓と夜都賀波岐の存在を知らしめるための道具を揃える。彼女の真の目的がそれである以上、黒円卓と夜都賀波岐は今回負けたと言えよう。

 

「敵ながら、見事だ。目的達成ならばと、駒すら捨てる。その冷酷さ、かつての私ならば、持ち合わせていたであろうが、……それには愛がない。今の私には愚かしく見えるよ」

 

愛の無い戦いを許容しない一夏は激情し、手加減を誤り、携帯電話を握りつぶしてしまう。

一夏は少し考えると、踵を返し、教会に向かわず、寮の自室へと向かおうとする。

衆目に晒された以上、今さら隠れたところで追及される。ならば、堂々と姿を見せつけた方が自分には余裕があると誇示できるため、相手への牽制にもなると常人ならば考えるのだが、一夏はそんなことを考えていない。純粋にISが幾ら束になって掛かってこようとも負ける気が無かったからだ。

 

「俺は@クルーズの店じまいをして、身を隠せさせてもらう。余計な問題を起こすなよ。俺たちまで無用な戦いに巻き込まれたくない」

「案ずるな。問題など必然と我らの元に舞い込んでくる」

「お前の場合、それを増やそうとするから問題なんだよ」

「ならば、全て叩き潰してしまえばいい」

「……本当に、お前らしいな」

 

蓮は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべると、携帯電話を操作し、司狼に電話を掛けながら、どこかに行ってしまった。香純はヴィルヘルムの元に戻ると言って、立ち去った。ラウラは香純の後を追う。襲撃直後で警備が緩くなっているため、すんなりと変えることができるだろう。箒は紅椿を展開し、IS学園の職員室へと向かった。

その後、一夏はシャルロットたちと合流し、IS学園の寮へと戻った。

幸い、IS学園の避難警報は解除された直後であったため、誰とも遭遇することは無かった。

一夏は自室に戻ると、お茶を入れて寛いでいる。シャルロットとセシリアとエレオノーレもお茶を飲みながら今後の方針について話し合い、シュライバーはソファーの上で寝転がり、鈴は弾と蘭の面倒を見ながら、一夏の話を聞いている。

今後の方針は、今は静観。事態が変われば、臨機応変に対処するというものだった。

話合いが終わった瞬間、シャルロットの携帯電話の着信音が鳴り響く。ディスプレイには姉の名前が映し出されていた。

 

「どうしかしましたか、織斑先生?」

『一夏と連絡が取れないのだが、一夏は傍に居るか?』

「いますよ。代わりましょうか?」

『待て、デュノア、お前にも要件はある』

「なんでしょう?」

『お前、凰、オルコットの携帯電話に首脳から電話は無かったか?』

「ありました」

『どんな電話だった?』

「代表候補除籍とISの核返還命令と帰国命令でしたが、散々僕を利用してきた国に僕は従うつもりはないと伝え、電話を切りました」

『そうか。お前への要件はそれだけだ。織斑に代わってくれ……一夏、携帯は?』

「さきほど、つい握りつぶしてしまった」

『またか……まあ、いい。いつものことだ。別件は先ほどの電波ジャックだが…見たか?』

「あぁ、篠ノ之束の番組だな?」

『どうするつもりだ?』

「こちらからは何も」

『それが黒円卓の方針か?』

「そうだ」

『あの放送で世界中がお前たちの敵になったことを認知したうえでの決定だな?』

「無論。我ら黒円卓が誕生した時から、世界の全てから敵視されている。故に、認知されたところで、これまで通りだ。今さら騒ぐことではない」

『だが、今の時代にはISがある。お前たちの永劫破壊に比べれば、質は落ちるかもしれないが、それでも数が違い過ぎる。……窓から外を見てみろ。ISを展開した教員が常に5人以上常駐し、お前たちの監視にあたっている。有事の際は30機のISがそちらに向かう手はずになっている。更に、数時間もすれば、世界各国の国家代表や専用機持ちが来る手筈になっている』

「私を抹殺する。IS学園の方針はそれか?」

『あぁ、更識姉が殺されたことで、お前たちの存在を危険視することになった。実際には更識妹がお前たちにふっかけてきたというのにな。もう一度聞くぞ。お前たちは20足らず、だが、ISが400以上。その上、束は密かにISの核を作り、無人機を量産しているだろう。……それでも、問題ないと?』

「諄いぞ。姉上。針が何本あろうが」

『山は崩せない。お前の常套句だったな。ならいい。……それと、一つだけ、頼みがある。……束を止めてくれ。束の理は流れ出てはならない』

「ほう?」

『黄昏の女神の理を理解し、守りたいということもあるが、それを引いたとしても束の理で染まることがあってはならない。因果応報。善人は得をえ、悪人は罰を受ける。淘汰により世界は発展するかもしれないが、束が決めた基準で善人と悪人の査定が成されるのなら、それは束による一人遊びだ。世界の理にしてはならない。だから、絶対に止めてくれ』

「殺しても構わんな?」

『殺せるものなら殺してみろ。だが、お前に束は殺せない』

「その根拠は?」

『私は誰よりもアイツを知っている。お前に敗北を叩きつけられたとしても、絶対に、生き残るはずだ。アイツは逃げ足だけは速いからな。脱兎のごとくというだろう?』

 

千冬が終了ボタンを押したことで、二人の通話は終わる。

 

「姉上、卿は確かに篠ノ之束のことは分かっているが、私のことは分かっていない。まだ、私は獅子の爪も牙も使っていないということを」

 

一夏はシャルロットに携帯電話を返すと、黒円卓の会議は終了となった。

会議が終了したことで、解散となり、別室のセシリアは自室へと戻ったが荷物を持って一夏の部屋に来た。現状において、一夏のもとから離れての単独行動は危険だと考えたからだ。エレオノーレは壁にもたれ掛かり一夏の持っていた本を読み、シュライバーは相変わらずゴロゴロしている。シャルロットは会議で決まったことをヴィルヘルムに連絡しようとしたが、ヴィルヘルムと連絡が取れないため、やきもきしていた。

 

「…ん……此処は?…鈴?」

「弾、気が付いたんだ。此処はIS学園の学生寮の一夏の部屋よ」

 

鈴は一夏の方に視線を送ると、弾も同じように一夏の方を見た。

 

「そうか。確か、俺は……ん!」

 

気絶する直前に見てしまった瀕死のヴァレリアンを思い出した弾は思わず吐きそうになる。

鈴は弾をトイレに誘導し、便座に前に座らせ、弾の顔を便器に持ってくる。すると、弾の顔が便器の真上に来た瞬間、弾は胃の内容物をぶちまけた。鈴は弾の背中を摩る。弾の嘔吐が落ち着いたところで、鈴は水をコップに入れ、弾に持って行った。

鈴から水を受け取った弾は胃液で気持ち悪くなった口内を水で濯いだ。

 

「サンキュー、鈴。ちょいスッキリした」

「それは良かった」

「なあ、鈴、……何があったんだ?」

「それは……」

「弾よ。卿と話をせねばならん。今すぐこちらに来い」

「あいよ」

「弾、大丈夫?」

「あぁ、一通り吐いたから、いける」

 

弾はトイレの手すりに捕まり立ち上がると、フラフラと歩き出す。少し弾のことが心配だった鈴は弾を支えながら、一夏のベッドへ連れて行き、弾をベッドに座らせた。

 

「まずは、助けてくれて、サンキューな、一夏」

「卿を保護したのは、私だが、卿を人質に取った襲撃者を倒した者は私ではない。卿のバイト先の店長だ」

「藤井さんが?……いったいどうやって?……それに俺や蘭のことで話ってなんなんだ?」

「テレビを見れば、ある程度のことは分かる。ザミエル」

 

エレオノーレは机の上のリモコンを取り、電源ボタンを押した。

テレビに映し出されたのは、『復活したナチスの残党の特集』という報道番組だった。

報道番組であるにも関わらず、政治評論家や歴史学者やオカルトマニアや芸能人が討論をしている。織斑一夏の正体であるラインハルト・ハイドリヒが危険な存在であり、政府は他の先進国と協力し一夏を抹殺すべきだと、出演していた政治家に出演者は言っていた。

だが、政治家はISの条約が…や、他国との連携が…と言葉が詰まっている。

放送事故になると判断した司会者は、束の言う黒円卓に名を連ねる者達の紹介を始めた。

そこには、弾の知っている鈴やシャルロット、@クルーズの店員たちが出てきていた。

 

「状況は把握できたな」

「聞きたいことは山ほどあるけどよ……とりあえず、お前らが世界中から狙われているってことだけは理解できた」

「左様か」

「でもな、このテレビ番組、どこまで本当のこと言ってるんだ?」

「仔細は着色も甚だしいが、大まかな内容は的を射ている」

「大まかなってのは、お前が世界の転覆を狙っていることか?」

「いや、私がラインハルト・ハイドリヒであり、鈴とシャルロットは黒円卓に属していることだ」

「そうか」

「弾よ、これらのことを踏まえて、卿に聞く。それで卿はどうするつもりだ?」

 

弾は腕を組んで、現状の把握とこれからのことについて考え始めた。

友人がナチスの高官の生まれ変わりで、それが世界規模で騒ぎになっている。そして、そんな友人を抹殺しろという世論が高まっている。テレビの情報からは一夏抹殺に関する情報を見ることはできなかったが、近々動きがあるのは明確だ。

となれば、その関係者に何らかの影響が出るだろう。

弾と一夏の関係を知る誰かに弾が捕まり人質にされる。なんていうのは容易に想像できる。自分だけならまだ良いが、蘭まで巻き込まれるのは絶対に避けたいと弾は考えている。となれば、何処か信用できる団体に保護してもらうのが、最も良いだろう。かといって、一夏に保護してくれと頼みこんだところで、攻撃的な彼は何かを守るなんてのは柄じゃない。蓮の団体に保護されるという選択肢もあったが、一夏曰く、蓮の動向は今のところ掴めていないらしい。黒円卓以外の団体に保護を求めるのならば、人質として利用される可能性もある。だから、慎重に保護される団体は選ばなければならない。

となれば、保護を申し出る団体は一つしかなかった。

 

「だから、俺はIS学園に投降するわ。あそこなら、千冬さんも居るし、悪いようにはしないだろう」

「だが、IS学園の保護を受けたところで、卿等の身が安泰であるという保証はないぞ」

「分かってる。だけど、これ以外に良い選択肢がねぇ。蘭が起きたら、お前たちと一緒に居たいとかって言うだろうから、もう行くな。……一夏、いつかまた俺んちゲームしようぜ」

「あぁ」

 

弾は立ち上がると、蘭を背負い、部屋から出て行った。

一夏は鈴に千冬と連絡を取るように指示し、弾をIS学園が保護するように嘆願させた。数分後、鈴は窓から外を見ると、ISを纏った教員に弾が保護されるのが見え、安心した。

 

 

 

遮光カーテンを閉じたIS学園の視聴覚室は、日が差し込んで来ないため、暗い。だが、モニターの光があったため、何も見えないわけではない。千冬はそんな薄暗い視聴覚室の中央に置かれた椅子に座り、教室の前に置かれたモニターとWebカメラを見ていた。モニターには百人にも及ぶ人の顔が映し出されていた。どの人物も国の舵取りに加担するほどの重要人物であった。千冬は彼女たちと電話会談をしていた。主要人物のほとんどが女性なのは、女尊男卑という風潮によるものだ。電話会談の目的は聖槍十三騎士団への対処についてだ。

 

『IS委員会による緊急会議が行われ、ラインハルト・ハイドリヒ、カール・クラフト、藤井蓮の討伐が決まりました。委員会が指揮を取り、各国の代表と代表候補生ならびにIS学園の教師に実行してもらいます』

 

IS委員会の議長である彼女は数分前に行われた会議での決定事項を千冬に伝えていく。

本来ならば、千冬もこの会議に出席するつもりだったのだが、襲撃を受けたIS学園の指揮でそれどころでなかったため、決定事項を聞くという形となった。

連絡だけなら彼女一人で済むのだが、現在IS学園で指揮を執っている千冬に聞きたいことのある者達が居たため、千冬との電話会談に複数の者たちが参加していた。

 

『…それと、織斑千冬、IS学園からの生徒と職員の避難は非常に迅速かつ的確でした。ですが、一つだけ気になるのですが、何故IS学園への電気や水道、ガスの供給を止めないのですか?』

「生活に必需なそれらを止めてしまえば、黒円卓はそれらを求めて移動するはずです。彼らが移動すれば、監視の手間が増えてしまいます」

『なるほど。そこまで考えての行動でしたか』

 

モニターの中央に映し出されていた女性は納得したのか、頷いている。

次に、画面の右端に移っている女性が話し始めた。

 

『しかし、戦力の過剰投入ではありませんか?たかが、IS操縦者が数人と魔術とやらいうものを使う者数人。合わせても20人以下です。その程度の人数相手にこれほどの人員を投入する必要性を私は感じません。確か、会議が始まる事前に委員会にこの提案をしたのは貴方でしたね、ブリュンヒルデ。もし徒労に終わったら、貴方どう責任を取るんですか?』

「貴方は篠ノ之束の番組を見られましたか?」

『えぇ、見ましたよ。そのうえでの感想です』

「だとしたら、ラインハルト・ハイドリヒを過小評価しているとしか私は思えません」

『それこそ、過大評価ではないのですか?ISは世界最強の兵器なのですよ?』

「では、その世界最強の兵器を倒している彼らはIS以上の戦力を保持していると言えますね」

『あ…あれは、たまたまISの調子が悪く、黒円卓たちの調子が良かっただけかもしれない。えぇ、そうでしょう!』

「仮に、そうだとして、相手側が不調の際の戦力が討伐側の戦力に勝っていないという事実はありません。それに、ISを倒したという事実はある。討伐側は万全を期して戦力を整えておく必要があるのではないでしょうか?それに織斑一夏は魔術もISも使えるとなると危険視するのは当然かと思います」

『うぅ』

 

千冬の指揮に対し異議を唱えた女性は千冬の返答に言いよどんでしまう。

彼女はラインハルトを倒すために戦うのではなく、討伐の際に束から得られるISの核しか目に入っていなかった。自国がラインハルトを討伐する機会を得ることしか考えていなかったため、他国の人間がラインハルトを討伐する機会を得る妨害を考えていた。そのため、多数の他国が結託し、黒円卓の討伐を行う現状を良しとしていなかった。

彼女のように、ラインハルト討伐より束から与えられるISの核のことばかりを気にしている者は多かった。

自国の保有するISの核百個追加は国防の戦力強化において十分すぎる。大量のISの核の獲得は国防の強化だけでなく、外交力強化やIS委員会における発言力強化にも繋がる。

このように、利権が絡むような外交の場というのは大概殺伐としている。

特に、日本に対して良い国交関係にない国出身の彼女には、日本人である千冬が現場で指揮を執っている現状に気に食わなかったという個人的な感情もあった。

こういった感情論に基づいて話す相手の対処法は二つ。

徹底して論破して黙らせるか、完全に無視するかの二つだ。後者の方が容易だが、他者を無視するという行為は傍から見れば、悪い印象を与えてしまうため、千冬は前者の手法を用いて、彼女を黙らせていく。

千冬は彼女以外の質問に対し論理的な回答や反論をしていく。

電話会談は日付が変わろうとする頃にようやく終わった。

 

「ふー」

 

大きく息を吐きながら、千冬は立ち上がり、屈伸し、体を何度か捻る。

千冬はこういった話し合いの場は苦手ではないが、好きではない。体を動かしている方が性に合っている千冬にとって、長時間動か座に椅子に座るというのがどうも慣れない。

 

「お疲れ様です。織斑先生、コーヒーです」

 

伸びを終えた千冬に真耶はコーヒーを持ってくる。

このような長時間の会談の後に千冬は必ずコーヒーを飲むと知っていたからだ。

 

「あぁ、すまない、山田先生」

「大変なことになりましたね」

「大変なんて、次元ですめば良いがな」

「どうして、こんなことになってしまったんでしょうね」

「……」

「織斑先生は織斑君から事情は聴いているんですよね?」

「あぁ、知っている。これからアイツがどうするつもりなのかもだ」

「それは……私たちには話せない内容なのですか?」

「話せなくはない。だが、おとぎ話の主人公ですら驚いて腰を抜かすような内容だ。私は織斑が嘘をつかないということを知っているから、すんなり信じることができたが、お前たちに話したところで、納得できるとは思えない」

「皆さんはどうか分かりませんが、少なくとも私は織斑先生の言葉を信じますよ。だから、話してくれませんか?」

「話を聞いて、納得できないからという理由で委員会からの決定事項に背けば、どうなるか分からないお前じゃないはずだ」

 

IS委員会による決定事項は非常に強い拘束力を持っている。特に今回は命令という形で委員会からIS学園に降りてきている。委員会からの命令は国連の決定事項と同等の拘束力を持つとされている。故に、IS学園に籍を置く者は絶対にこの命令に従わなくてはならない。従わなければ、それ相応の罰が下る。

 

「納得いかないまま生徒を殺して後で後悔するより、納得して罰を受ける方が私は良いです」

 

我は強いが、品行方正、文武両道、成績優秀。絵に描いたような優等生である。何かしらの闇を抱えていることは知っていたが、そんな生徒が篠ノ之束からナチスの残党と言われたことで、世界の敵として討伐されるのが彼女は納得できなかった。

真耶が命令に対して疑問を抱いたのは他にも理由がある。その理由は、世間で言われているほど黒円卓は極悪非道な集団とは思えなかったというものである。

真耶は織斑一夏のクラスの副担任をし、ヴィルヘルム襲撃事件や銀の福音事件を間近で見ていたため、一夏が黒円卓と何かしらの繋がりを持っていたのは知っている。もし、黒円卓が世間で言われているほど極悪非道な集団ならば、千冬が玉砕覚悟で討伐しているはずである。にも関わらず、このような事態になるまで、千冬は放置していた。

だからこそ、真耶は委員会からの命令に対して疑問を持ってしまった。

 

「はぁー……わかった。IS学園教員と繋げろ」

 

真耶は急いで椅子に座ると、パソコンを操作し、教員の非常連絡用の通信回線を使い、全教員と通話状態にする。幸い、一夏たちに動きがない為か、黒円卓の監視組とも連絡を取ることができた。

視聴覚室のモニターにIS学園の教員の顔が表示される。

 

「織斑先生、全教員に繋がりました」

「ご苦労…全教員に通達する。先ほどIS委員会から連絡があった。IS委員会は正式にIS学園生徒織斑一夏、IS学園保険医水谷銀二ならびに藤井蓮の三名の討伐を決定した。IS学園は委員会からの命令に従い、各国の代表、代表候補生と結託し、討伐を行わなければならない」

 

千冬は淡々と委員会からの命令の内容を各教員に伝えていく。

織斑一夏の討伐が決まったこと。

各国から国家代表や代表候補生といった専用機持ちがIS学園に来ること。

IS学園は国家代表らと協力し、一夏を討伐するようにという命令が出たこと。

千冬からの通達を聞いた者達の一部に眉を顰め、いかにも納得できないという表情を浮かべる者がいた。彼女らは銀の福音襲撃事件や夏休み直前のIS学園で行われた会談で黒円卓の存在と首領が一夏であることを知った者達である。

 

「IS学園教員に話さなければならない事項は以上だ」

「待ってください。織斑先生!私は委員会からの決定に納得できません!」

「あぁ、分かっている。さきほど、山田先生からも同じことを言われた。私が知る織斑の事情を全て話そうと思う。聞く必要がないと思う者は今すぐ通話を切ってくれ。それと織斑の事情を知ったからといって何かしらの制約を課すつもりもない。私にそのような権限はない。」

「「……」」

「そして、今から話す内容を立証する術を持たない。だから、私の話を聞いた者達は判断材料として、私からの情報を使ってもらって構わないし、委員会に告げ口しても構わない」

 

千冬はそう言って数分待った。

だが、誰も通信を切ることはなかった。

 

「全員残ったか。……まず改めて、自己紹介をしよう。私の名前は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第五位、織斑千冬、戦女神(ブリュンヒルデ)だ」



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ChapterⅩⅩⅩⅩⅠ:

篠ノ之束が黒円卓の情報を世界中に流してから一か月が経った。

たった一ヶ月であったが、この一か月で世界情勢は著しく変化した。

日本政府はナチスの残党を復活させたとして、第二次大戦における日本からの被害国から激しい追及を受けている。日本政府は知らぬ存ぜぬと否定している。他にも、中国、フランス、イギリスへの追及も激しい。鈴、シャルロット、セシリアが代表候補生を務めている上に、彼女らが専用機を持っているからだ。ナチスを生み出したドイツも他国から追及を受けている。ドイツ政府はラウラを国に呼び戻し、事態の収拾を図ろうとしたが、ラウラは行方不明となってしまったため、ドイツ政府はなす術がなかった。

IS学園の状況も著しく変化した。IS学園は閉鎖となり、IS学園の生徒は専用機持ちを除き帰国となった。IS学園の生徒と入れ替わるようにして、400人以上の国家代表や代表候補生、専用機持ちがIS学園入りした。IS学園の受け入れ態勢はものの数日で完成した。仮設住宅の建設や仮設住宅用の電気、水道、ガス供給設備の設置など、他国では数週間かかる作業を数日で終わらせることができたのは、震災大国の日本が万が一のために備蓄している資材が十二分にあったからだ。

IS学園入りしたのはIS操縦者だけではない。日本の陸上自衛隊だ。黒円卓が籠城しているIS学園の学生寮を囲むように常に陸上自衛隊が常駐し、黒円卓を常に監視している。自衛隊だけでは黒円卓に動きがあった時に対処できない為、交代でIS操縦者も監視にあたっている。更に、太平洋日本海に多国籍の軍の艦隊が鎮座し、有事に備えている。

行方不明のカール・クラフトと蓮も高額の賞金首と指定された。世界中の人間が血眼になって探しているが、今のところ見つかっていない。

 

「黒円卓に動きがあるまで待機……と言われて待機すること一か月。暇過ぎて死にそうね」

 

日付が変わってまだ数分も経っていないような真夜中、仮設住宅近くの監視地点に置かれた椅子に座っているとある国のIS操縦国家代表の女性はモニターを見ながら、紅茶を片手にぼやいている。モニターにはIS学園の学生寮を監視しているカメラからの映像が映っていた。モニターに映っている映像は一か月近く変化がない。

眠い上に、暇ともなれば、ぼやきたくなるのも当然だろう。

 

「どうして、こっちから攻めないの?」

 

女性は隣に座り、紅茶を飲みながら本を読んでいる自国の代表候補生に尋ねる。国家代表である彼女の質問に答えるために、代表候補生は本から視線を外し、国家代表を見る。

 

「一般的な兵法書には籠城する敵を討つには相手の三倍以上の戦力を要すると書かれています。相手の戦力が不明である以上、玉砕覚悟で突っ込むのはリスクが高すぎます。孫子の兵法書には“兵は拙速を聞くも、いまだ巧久なるを睹ず”という言葉もありますが、それは長期戦による消耗が同等であるというのが前提です。ですので、此処は相手の出方を見るのが正解ですね」

「へぇ、博識ね」

「貴方はもう少し本を読んだほうが良いですよ。……ですが、やはり腑に落ちませんね」

「何が?」

「相手の出方を見るにしては、いささか消極的過ぎな気がします」

「どういうこと?」

「長期戦において、表舞台の戦いは少ないですが、裏舞台での戦いは熾烈を極めます。情報戦、破壊工作、暗殺などなど。ですが、そのような作戦は一度も出されていません。唯々、静観するだけ。これでは単なるにらみ合いにしか過ぎません」

「なるほどね。貴方だったら、どうするの?」

「そうですね。私が指揮官なら、まず情報収集ですね。情報収集をして何も得られなかったのなら、洋上からミサイルを学生寮に叩き込みます。それで黒円卓が倒れればよし。学生寮から出てきたのならば戦力を分断させて黒円卓の双首領並びに大隊長以外を撃破した後、全戦力を投入し織斑一夏の討伐。といった所でしょうか」

「ふーん、全戦力を投入して織斑一夏に勝てなかったら?」

「撤退した後。体制を整え、再度討伐でしょうか」

「漠然とした作戦ね」

「黒円卓の情報が少なすぎますからね。動きの分からない駒相手にチェスはできないでしょ?」

「確かに」

「ですから、情報収集は重要です」

「今分かっている情報は?」

 

国家代表と代表候補生は今黒円卓討伐側が知っている情報を整理する。

聖槍十三騎士団の黒円卓には19人の騎士が居る。

首領のラインハルト・ハイドリヒである織斑一夏、副首領のカール・クラフトの二人が黒円卓の主要人物である。彼らと同列に扱われている謎の男藤井蓮が居る。その下に大隊長と言われている三人の騎士が居る。白騎士シュライバー、赤騎士エレオノーレ、黒騎士マキナだ。そして、彼ら三人の下に13人の騎士が居る。そして、彼らはエイヴィヒカイトという魔術を使う。一部の騎士のエイヴィヒカイトの能力は判明しているが、双首領並びに藤井蓮の能力は不明であり、実力も未知数とされている。

 

「雷になったり、炎になったり、物を腐らせたり、瞬間移動したり、能力も個々によって大きく差があります」

「ふーん。双首領と藤井蓮の情報は全くと言って良いほど無いけど、大分情報が集まっているじゃない」

「はい。ですが、何かが引っ掛かります」

「どういうこと?」

「黒円卓は先の大戦から存在すると聞いています。世界征服の定義についての議論は置いておきますが、巨大な戦力を抱えた組織が150年以上も存在するにも関わらず、いまだに世界征服が出来ていない。それが何か引っかかります」

「確かにそうね。それで、情報が足りないと?」

「えぇ」

 

黒円卓討伐側の情報源は大戦中にドイツや戦勝国によって作られた黒円卓の資料、ヴィルヘルム襲撃事件や銀の福音戦の記録、篠ノ之束からの情報だけである。これらの情報の大半は事実と一致しているのだが、篠ノ之束からの情報は一部に嘘が含まれている。

黒円卓の存在意義や、女神の存在、黄金錬成の術式などがそれに該当する。余計な情報を与えては黒円卓討伐の妨げになりかねないと束が判断したからだ。

そして、黒円卓側も討伐側に対してこれといった声明は出していない。なぜなら、残り4つのスワスチカが開けば良いのだから、気にする必要はないと考えたからだ。

そのような事情を知らない討伐側は黒円卓に対し不気味さを感じてしまう。

 

「もしかして、私達は…」

『こちら、IS学園東監視組D地点、東監視組A地点応答願います!』

 

A地点で監視を行っていた彼女たちに、D地点で監視を行っていた自衛隊から無線連絡が入る。国家代表の彼女は数十回の見張り番をやってきたが、このような連絡は一度も入ってきたことがない。そのうえ、自衛隊員の声から焦りが感じられる。

異常事態なのは誰の目にも明らかだった。

国家代表は椅子から立ち上がり、無線機の受話器を取る。同時に、本を読みながら先ほどまで話をしていた代表候補生も本を机の上に置き、椅子から立ち上がる。

 

「こちらA地点。D地点、どうした?」

『IS学園への鉄橋上に不審人物を発見!』

「人物の特定はできますか?」

『……ヴィルヘルム……聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグです!』

「D地点の監視モニターの映像、此処のモニターに映せる?」

「やってみます」

 

代表候補生はモニターの装置を操作する。

数秒後、国家代表の目の前のモニターの映像は鉄橋が映っているものに変わった。

鉄橋の中央を一人の男が悠々と歩いているのは分かる。最新式の高感度カメラの使用により、真夜中でも長距離先の人物の特徴を捉えることができた。

中央分けされた男にして長めの白髪に、返り血の付いた黒いSSの軍服。鮮血のように赤く染まった瞳、獲物を見つけたか獣のようにニヤついている。

束の放送を見ていた彼女はこの男がヴィルヘルムだと断定できた。

 

「……トラップは?」

『対人地雷を164、対戦車地雷を28、センサー起爆式のC4を68、リモート起爆式のC4を12設置しています。すべてが連動していますので、どれか一つでも起爆すれば、鉄橋は全壊し、崩落するようになっています』

「隙はないわね?」

『えぇ、相手が空でも飛ばない限り、必ずセンサーに反応し爆発します』

「了解したわ。貴方達は相手を監視していなさい。IS学園上層部に連絡したら、私も至急そちらに向かうわ。…行くわよ」

 

国家代表の彼女は無線機の受話器を置くと、走ってD地点へと向かおうとする。

 

「IS学園上層部に連絡は?」

「しなくていいわよ」

「どうして?」

「祖国からの命令は忘れたの?」

「……もしかして、『日本より良い戦果を出せ』という命令のことですか?」

「そうよ。こんなところで日本政府が運営するIS学園に連絡なんか入れてみなさい。打算的な日本人よ、良い所だけ掻っ攫っていくに違いないわ。今こそ戦果を挙げるチャンスで、祖国に大量のISの核をもたらすチャンスよ」

「ですが…」

「ヴィルヘルムの能力は分かっているのでしょう?だったら、相手の…チェスの駒の動き方は分かるわよね。倒せる可能性があるでしょ?」

「確かに、ありますが、勝てる保証は…」

「勝てるわよ。広い盤上に敵の駒は一つ。私たちの駒は二つある上に、トラップが無数にある。これで勝てないはずがないでしょう。それとも何?上官の私の命令が聞けないの?それとも鉛玉が欲しいの?」

 

国家代表の彼女は高速切替で射撃武器を展開すると、代表候補生の頭部に照準を合わせる。

展開された射撃武器は安全装置がすでに外さされており、いつでも撃つことのできる状態にあった。自分の技量では引き金を引かれてから弾が自分の頭部に着弾するまでの間にISを展開することができないと代表候補生は悟った。

ISの武器を突き付けられた代表候補生は従うしか選択肢は無かった。

 

「…了解しました」

 

代表候補生は国家代表を案内するように、D地点へと向かう。代表候補生を先に行かせたのは、国家代表の彼女が代表候補生を監視するためである。

D地点に到着すると、陸上自衛隊の現場指揮官が二人を出迎えた。D地点の現場指揮官が言うにはヴィルヘルムは未だ鉄橋の上を歩いているという。国家代表の彼女がモニターで確認したところ、橋の中央を歩くヴィルヘルムが映っていた。

 

「敵はヴィルヘルム一人?」

「はい。周囲を確認しましたが、不審な人影やISは見当たりません」

「ふざけているにもほどがあるわね」

「えぇ、数千人が厳重体勢で注意を払っているIS学園に単騎で乗り込もうとしているとはなめきっているとしか思えませんね」

「そこじゃないわよ」

「と、いいますと?」

「アンタにいった所で理解できないわよ」

 

素手でしかも単騎で男が厳重に警戒されたIS学園に乗り込もうとする目の前の光景に、国家代表の彼女は怒りを覚える。祖国の女性こそが世界で最も選ばれた人種だと信じてやまない彼女にとってそれは耐えきれるものではなかった。

頭に血が上った彼女を御する言葉はこの世に存在しない。

 

「どちらへ?」

「アイツ、ぶっ殺してくるわ」

 

自衛隊員に吐き捨てるように言うと、D地点に設置されたテントから出ると鉄橋へと向かおうとする。現場指揮官は引き留め、ISと自衛隊との連携について相談しようとするが、国家代表の彼女の耳には入ってこない。

代わりに、代表候補生が対応するが、巻き添えの可能性を理由に、自衛隊との連携を断り、自衛隊に鉄橋付近から撤退するように進言した。代表候補生は自衛隊にこう言ったが、日本より良い戦果を上げなければ、国家代表に殺されかねないと判断したからだ。幸い、鉄橋付近に配備された自衛隊員は少なかったため、鉄橋からの撤退はすぐに完了した。

自衛隊の撤退を見届けた代表候補生は、国家代表である彼女の元へと向かった。

 

「遅かったわね」

 

鉄橋付近の川岸で、国家代表の彼女はISを展開し、狙撃体勢に入っていた。

国家代表の専用機は、第二世代型IS『巨鯨』だ。

この機体にはあらゆる射撃武器と大量の弾薬が搭載されている。搭載された射撃武器の数は超々弩級戦艦と並び、弾薬に至っては5隻分に相当する。ここまで射撃に特化したISは過去に存在しない。更に、同時に多数の射撃武器の展開を実現し、射撃の反動に耐えられるように装甲を堅くした超重量型でもある。超重量型にしたことで、モデルであるクアッド・ファランクスが装備されたラファール・リヴァイブを上回る性能を持つ機体となった。結果、移動は可能となったが、機体の大きさはモデルの二回りほどのものとなった。更に、機動力は他のISに比べて著しく低くなった。

ただ、使用する重火器が増えれば増える程、反動は増すため、機体の性能を生かすにはかなりの実力と訓練が必要である。国家代表である彼女ですら、最初はこの機体を乗りこなすことができなかったほどだ。故に、第二回モンド・グロッソでは機体性能を十分に発揮できず入賞を逃したものの、ブリュンヒルデと戦っても遅れは取らないと自負するほどの実力を手に入れた彼女は次回のモンド・グロッソの射撃部門での優勝候補として注目されている。

 

「標的が鉄橋の中央に来たら、撃つわよ」

 

右前腕に備え付けられた巨鯨の主砲である50センチ二連砲の砲門を、国家代表の彼女は鉄橋に向けている。彼女が展開している銃器は主砲だけでない。主砲以外にも3種類の重火器を展開している。これらが一斉に火を噴けば、鉄橋は備え付けられた爆弾が起爆するよりも早く、跡形も無く崩れ去るだろう。

代表候補生も専用機を展開し、射撃体勢に入る。

 

「カウントするわよ。5……4……」

 

射撃体勢に入った代表候補生の手からは緊張のあまり手汗が滲み出ていた。

相手は幾つもの戦場を渡り歩き、数万人という人を殺した化け物。緊張しない人間は居るとしたら、それはかなりの強者か、愚か者のどちらかだ。

 

「1……撃てぇ!!」

 

国家代表と代表候補生の砲撃が開始される。

十数秒間砲口から次々と砲弾が発射されていく。砲弾の大きさに大小の差はあるが、どれも人を殺すには十分すぎるほどの威力を持っていた。それらの砲弾は全て鉄橋と鉄橋の上にあった物体を破壊した。当然その中には鉄橋に仕掛けられた爆弾も含まれている。砲弾が着弾した衝撃と炎で次々と爆弾は起爆した。

連鎖爆発の衝撃により、轟音と共に大量の水が飛沫となって舞い上がり、鉄橋が崩れていく。爆発により足を失った鉄橋はその身を支えることができなくなったことで、崩れていき、水の中に落ちていく。鉄橋があった一帯はコンクリートが砕けたことによる砂塵が立ち込め、大量のコンクリート片の着水音と鉄橋を支えていたワイヤーの断絶音が辺りに鳴り響いた。更に、コンクリート片の着水による衝撃が波となって陸地に打ち寄せる。

 

「フー。……さすが、私の巨鯨。やるわね」

 

国家代表の彼女は自分の砲撃に満足気に息を吐くと、射撃武器を閉まっていく。

だが、代表候補生がISを何時まで経っても閉じなかったため、不審に思った国家代表の彼女は代表候補生の見ている先を見た。

すると、そこには、一機の漆黒のISが宙に浮かんでいた。

 

「形成――いや、展開って言った方が良いのか?」

 

殺気に満ち掠れたヴィルヘルムの低い声が二人に聞こえた。

上半身裸のヴィルヘルムの纏ったISは行方不明になったラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンだった。初期設定を終えていることから、展開したのが初めてであり、まぐれでないということを二人は知った。

 

「シュヴァルツェア・レーゲン!代表候補生の専用機が…貴様何処でそれを!」

「あぁ、これには深い訳があるんだぜ。あの女、素質があるもんだから放っておけば、俺を楽しませるほど強くなるのかと思いきや、何時まで経っても雑魚だ。まるで成長しねぇ。弱いままじゃ、俺を楽しませる役になれるわけがねえ。だから、俺が貰った」

「元の持ち主は?」

「吸い殺しちまったな。……つーか、誰だ、てめえ、名乗れよ。これから、殺し合いをよしみだ。名乗るのが礼儀だろう」

「私を知らないだと! ふざけるな!」

 

国家代表の彼女は再び射撃武器を展開し、ヴィルヘルムに向かって一斉砲火を浴びせようとする。コンマ数秒で十数ある重火器の照準を合わせ、引き金を引いた。

だが、砲弾はシュヴァルツェア・レーゲンに着弾することなく、着弾直前で停止した。二人は何事かと最初は驚いたが、シュヴァルツェア・レーゲンにはAICが搭載されていることを思い出した。このことに気が付くのに二人は数秒という時間を要した。一般的に、AICを作動させるには予備動作やかなりの集中力を要するため、一般的には対象に向かって手を翳すとされている。だが、ヴィルヘルムは指一本動かしていないため、AIC使用したと考えることができなかったからだ。

 

「あぁ、知らねえな。だが、一つだけ知っていることがある。お前が戦の作法も知らねえ劣等だってことだ!」

 

ヴィルヘルムはレールカノン、通称ブリッツを展開すると、国家代表に向けて砲撃を行った。だが、ヴィルヘルムは狙いを外してしまう。狙いから外れた砲弾は川岸に着弾し、大きく土を抉る。着弾の衝撃で大漁の土が飛び散ったため、国家代表と代表候補生のISを汚すこととなった。

 

「っち、射撃は今後の課題だな。だが、まあいい。所詮こんなもの玩具だ」

「玩具ですって?」

「あぁ、玩具だ。本物を真似ようとした出来損ないの失敗作なんざ、所詮玩具だ」

「へー、そんな玩具に貴方助けられたって言うの?」

「いんや、俺はこんな玩具ごときでいい気になってる女の過信を壊すために、あえて、テメェらの玩具の土俵に立ってやってんだ。だから、俺は俺の力はつかわねぇ。感謝しろよ」

「……過信です…って……貴方こそ過信しているでしょう!男の分際で!」

 

国家代表は砲弾を止められているにも関わらず、砲撃を続ける。

砲撃を続けるのには理由がある。AICの作動にはかなりの集中力を要することを知っていた彼女は絶え間なく砲撃を続けることでヴィルヘルムの精神力を削ろうと考えていた。

だが、数十秒続く砲弾の雨を前にしても、魔人となったことで驚異的な精神力を得たヴィルヘルムの顔に焦りの色が浮かぶことはなかったため、彼女の目論見はあまりにも見当違いだったと言える。

 

「この程度で俺をどうにかできると思っている時点で劣等なんだよ!」

 

ヴィルヘルムはシュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンによる砲撃を数度行う。

最初の数発は巨鯨に当たるどころか、かすりもしなかったが、十発目の砲弾は巨鯨に命中する弾道を取ることを知った国家代表は移動し、回避した。

 

「まぐれよ。物量を増やせば、まぐれなんて起きない」

 

国家代表の彼女は新たに射撃武器を幾つか展開し、砲撃を開始する。砲撃の激しさが増したことで、ヴィルヘルムはAICの操作に今まで以上の集中力を使うようになった。

 

「アイツの周囲を回りながら攻撃しなさい」

「了解」

 

シュヴァルツェア・レーゲンのAICは一方向にしか作用しないという情報を得ていた国家代表の彼女は部下の代表候補生と多方向からの攻撃を試みる。代表候補生は円状制御飛翔でヴィルヘルムの周りを旋廻しながら、射撃を始める。

 

「雑魚の分際でうぜぇ」

 

ヴィルヘルムは4機のワイヤーブレイドを代表候補生に向かって飛ばす。

ISでの戦闘は初めてであったヴィルヘルムだが、セシリアの訓練で、どのような事態にどのような行動をIS操縦者が取るのか、理屈ではなく、体で熟知していた。故に、ヴィルヘルムは国家代表の動きをある程度予測することができた。ヴィルヘルムはワイヤーブレイドを巧みに操り、代表候補生を追いこもうとする。

一方の代表候補生は射撃と回避を同時に行うことで、ヴィルヘルムの操るワイヤーブレイドを対処していた。代表候補生はワイヤーブレイドを完全に迎撃できていたが、ワイヤーブレイドが休む間もなく執拗に攻めてくるため、なかなか攻撃に転じることができない。迎撃をせずに、攻撃することも可能だが、次の瞬間ワイヤーブレイドに捕縛され、引き寄せられるのが目に見えていたからだ。

攻撃に転じることの出来ない現状に、代表候補生はもどかしさを感じていた。

 

「うぜぇ」

 

だが、それは、ヴィルヘルムも同じだった。

元来より近接戦闘を得意とする彼にとって射撃戦闘は苦手中の苦手だった。銃殺は相手を殺した感触がない。殴殺ならば、相手の体の弾力や血の暖かさを感じることができるが、即死すれば、相手は悲鳴すら上げない。相手を殺した時の感触が無いのなら、それはつまらない作業でしかなく、面白みのかけらもない。面白くないことは基本しないヴィルヘルムは射撃の練習をしなかったため、彼の射撃の腕はド素人と変わらない。

ヴィルヘルムは射撃戦ではなく、相手に接近し殴り合いを望んでいた。ヴィルヘルムはAICを作動させ巨鯨の砲撃を止めながら、スラスターを操作し、代表候補生に近づこうとする。先に国家代表を選ばなかったのは、蠅のようにまわりを飛んでいるのが単純に鬱陶しかったからであり、深い意味はなかった。

無論、代表候補生はそれを望んでいない。射撃が苦手だと知ったことで、距離を取り、射撃による持久戦に持ち込もうとしていたからだ。

 

「もう良いわ」

 

ヴィルヘルムはワイヤーブレイドを引っ込めた。

 

「あら、お手上げ? 黒円卓も大したことないのね? 所詮オカルトのおままごとだったわけね。これだったら、ラインハルトも弱そうだし、すぐに倒せそうね」

 

国家代表の彼女は鬼の首を取ったかのような笑みを浮かべる。

 

「あぁん?……テメェなんつうた?」

「弱いって言ったのよ。貴方もラインハルトも」

「あの人が弱いだ?……あの人が弱かったら、俺はこんな最高な気分で此処に立っているはずがねえ。とおの昔にくたばってる筈だ。あの人が圧倒的に強かったからこそ、俺はあの人に膝を折って此処に居る。……そんなあの人だからこそ、俺に勝てる。……いや、あの人しか、俺に勝てねえ」

「……じゃあ、何貴方何がしたいの?」

「最高の切り札で……テメエら瞬殺してやるって言ってんだよ!」

 

ヴィルヘルムの表情が変わった。全身から滲み出る殺気は到底人の出せるものではなく、人外の化け物のように濃く、重く、冷たかった。ヴィルヘルムの殺気に当てられた二人は一瞬、背筋が凍る。だが、自分たちにはISがあることを思い出したことで、我に返ることができた。ヴィルヘルムの奥の手が何かは分からないが、当てられた殺気からかなりの代物だと察することができた。ジョーカーが切られる前に、潰した方が賢明だと判断した二人は展開できるすべての武器を展開し、ヴィルヘルムに向かって一斉砲撃を行った。

AICによってどちらかの砲弾は止められてしまうだろうが、言い換えてみれば、少なくともどちらかの砲弾は当たる。攻撃が当たれば、ISシールドを大幅に削れる。運よく行けば、奥の手を出される前に、殺せる。

だが、ヴィルヘルムに二人の放った砲弾全てが当たった。砲弾が全て当たったことに、二人は驚きの表情を隠せなかった。仮に、奥の手の使用にかなりの集中力を要するため、AICを使用できなかったとすれば、もっと自分たちに分かりにくいように奥の手を使うはずである。二人はヴィルヘルムの意図が読めなかった。

何はともあれ、シュヴァルツェア・レーゲンのISシールドは0になった。シールドエネルギーが切れたところに更に砲弾を叩き込んだのだから、ヴィルヘルムは死んだだろうと二人は思った。

 

「切り札切るんだ。これぐらいのハンデはやらねえとな」

 

爆煙の中から弾んだ声が聞こえてきた。

二人は空耳だと思った。生身の人間が砲撃を受けて生きているはずがないからだ。

 

「恋人よ 枯れ落ちろ ――死骸を晒せ」

 

コンクリートの色をしている鉄橋の瓦礫が赤く染まり出す。

赤黒く染まった瓦礫に赤黒い突起物が生まれた。その突起物は最初何か分からなかったが、葉が出たことで、それが植物の芽だということに二人は気づいた。赤黒い植物の芽はわずかな月光を糧とし、周囲の養分を吸い、あちらこちらへと枝を生やした。その姿は蔓薔薇そのものだった。蔓薔薇の背丈がたった数十秒で人の背丈に達すると無数の蕾が誕生する。一斉に蕾はゆっくりと開かれ、怪しい魅力を放つ美しい赤薔薇へと変わる。満開になった花の数は数万に達していた。倒壊した鉄橋はシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったヴィルヘルムを中心とした巨大な深紅の薔薇園となった。

 

 

 

 

「単一仕様能力発動―――死森の薔薇騎士」




こんばんは、屑霧島です。
今回、ヴィルヘルムの戦った相手の名前や所属する国名を出しませんでしたが、出せば作者がある国に対して否定的な感情があるのでは思われてしまい、その国の出身の読者に不快感を与えてしまうと思ったがための配慮です。
読みにくかったとは思いますが、ご了承のほどよろしくお願いします。


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ChapterⅩⅩⅩⅩⅡ:

「単一仕様能力ですって!」

 

単一仕様能力はISにある意識と自分の意識が非常に高い同調しない限り発現しないというのはIS操縦者なら誰もが知っていることである。シュヴァルツェア・レーゲンがヴィルヘルムの手に渡ってから長くても一か月、そんな短期間で専用機が操縦者を主と認めるという前例はない。自分ですら単一仕様能力の発現には数年かかった。

取得が非常に困難な単一仕様能力だが、時間をかけて取得するだけの価値はある。それだけ単一仕様能力には絶対な力がある。単一仕様能力が使える使えないでは雲泥の差がある。それは彼女自身、身を持って知っていた。

 

「代表、一気に攻めましょう」

 

ヴィルヘルムがIS学園に襲撃を掛けた時に、ISのシールドエネルギーが減少するという現象が起きていたという報告があった。この現象がヴィルヘルムによるものであり、ヴィルヘルムが吸血鬼を名乗っていることを考慮すれば、エネルギーは減少したのではなく、ヴィルヘルムに吸収されたのだと代表候補生は考えていた。そして、この現象はヴィルヘルム固有の能力だとも考えていた。

だが、実際に戦った結果、シールドエネルギーが減少するような現象は今のところ発生していない。そこから、ヴィルヘルム固有の吸収能力は単一仕様能力かそれに類似する能力であると代表候補生は目星を付けていた。そう考えていた代表候補生は、ヴィルヘルムが単一仕様能力を発動させた時、これからシールドエネルギー減少現象が起こると考えた。ただシールドエネルギーが減少するのではなく、相手に吸収されるとなると、戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になる。故に、短期決戦で終わらせることが吉だと代表候補生は考えた。

 

「分かったわ。一気に終わらせるわよ」

 

国家代表の彼女は大きく息を吸い、ゆっくり吐くと巨鯨の無数の武器を一気に展開する。

一般的な常識では、単なる砲撃はAICで止めることが可能であるとされている。

だが、それはあくまで一般的な常識であって、事実とは異なる。AICは物理的な力で破ることができる。その証拠に、織斑一夏は力技でラウラのAICを破っている。ラインハルト・ハイドリヒの研究の一環で織斑一夏の出場した試合を研究していた彼女たちはそれを知った。そこで、力技でAICを破りヴィルヘルムを倒すという作戦に出た。

数十ある射撃武器を一度に展開し、照準を合わせるのにはかなりの集中力が必要である。

この一斉砲撃が可能なのは彼女が長い年月を費やしてきたからだ。

 

「ってえ!!」

 

国家代表の掛け声で二人の砲撃が開始され、砲弾が一斉にヴィルヘルムに襲い掛かる。

砲弾間に発射されたタイミングや、弾道、威力は違えど、人を殺すには十分な威力を持っていた。たとえ、ヴィルヘルムがISで防御したとしても、AICを使用したとしても、シールドエネルギーが無いため、爆発の衝撃波や熱風による影響を受ける。防御しているヴィルヘルムを殺せないにしても、負傷もしくは防御を崩すことは可能である。相手の攻撃を崩すことができたなら、物量にものをいわせて砲撃を行い、ヴィルヘルムを殺すことは可能であった。それはヴィルヘルムも承知していた。

だが、己の危機を前にしてもヴィルヘルムが笑みを崩すことはなかった。

 

「力技で押し切る戦い方、俺は嫌いじゃない。けどな、テメエ、その程度で、本気で、俺をやれるとでも思ってんのか?」

 

ヴィルヘルムの周囲に生えていた蔓薔薇が急激に成長する。

その成長速度は植物のものと思えないほどの速さだった。たったコンマ数秒間で蔓薔薇は数十メートル四方の防壁となったのだ。壁となった蔓薔薇は飛来してきた砲弾からヴィルヘルムを守る。砲撃による衝撃や熱を防ぐことができているが、砲撃を受けるたびに薔薇は千切れ、焼かれていく。だが、新たに薔薇が成長し壁を形成し、ヴィルヘルムを守る。

 

「何?それが貴方の単一仕様能力?薔薇を操って自分を守るだけなの?防ぐばっかりで攻撃に転じることができない。だとしたら、とんだお笑い草ね」

 

国家代表の彼女は新たな武器を展開し、砲撃を仕掛ける。先ほどまでの砲撃を雨と例えるのなら、今行われている砲撃は暴風雨に相当する。放たれた砲弾の衝撃波や熱の総和はシールドエネルギーが飽和状態にあるIS5機を墜落させるほどのものとなっていた。

物量にものを言わせた砲撃によって蔓薔薇の壁は次第に小さくなっていく。蔓薔薇の成長が追い付かなくなってきたからだ。

壁が薄くなってきたところで、国家代表はある武器を展開した。

巨鯨の唯一の近接武器、大型二蓮パイルバンカー荒波である。

荒波は最新の重機に搭載されている油圧機の技術とPICの技術を併用したことで、圧倒的な破壊力を実現したパイルバンカーである。威力に重点を置き、開発を行ったため、威力はラファールの灰色の鱗殻を上回る破壊力を出すことができた。だが、一発の威力が大きくなるということは、その負担も大きくなる。負担により、荒波は5分に一度しか使用できないという欠点を抱えてしまった。巨鯨は重量型の射撃ISであり、小回りが利きにく、近接戦闘に向かない。荒波を放った直後大きな隙が出来てしまうため、万が一荒波が外れてしまった場合、相手にチャンスを与えてしまうことになってしまう。

だが、彼女が巨鯨を専用機としてから経った月日は三年になる。この三年の間で彼女は巨鯨を乗りこなし、荒波を完全にものにしている。そのため、ここ一年彼女が荒波を外したことはなかった。

 

「くたばれ、ジジイ!」

 

国家代表は蔓薔薇の壁に急接近すると、荒波を装備した右腕を振りかぶる。そして、荒波を放つ動きに転じようとした時、代表候補生の援護射撃によって、蔓薔薇の壁は完全に消滅した。蔓薔薇が消滅した瞬間、国家代表は荒波を放つと同時に瞬時加速した。絶妙のタイミングで放たれた最大威力を発揮させた荒波がヴィルヘルムに襲い掛かる。

ヴィルヘルムは咄嗟にワイヤーブレイドとプラズマ手刀を展開し、荒波を防ぐ。

だが、荒波の威力はヴィルヘルムの予想をはるかに超えていた。

四本のワイヤーブレイドの刃先は割れ、ワイヤーも千切れてしまい、使い物にならなくなってしまった。プラズマ手刀も左腕の装甲が破損したため、作動しなくなった。荒波を受け流そうとしたことで、左肩の装甲が割れてしまい、左腕が露出した。そして、荒波を完全に受け流すことができなかったヴィルヘルムは数十メートル吹き飛ばされ、水面に叩き付けられ、対岸の川岸に衝突したことでようやく止まった。

 

「ハッ、良いね、意外に楽しませてくれるじゃねえか。そうだよ、そうなんだよ。せっかくの怒りの日なんだ。前座でもこれぐらい楽しめるものじゃねえとな。舞台全体の盛り上がりがいまいちになっちまうだろう」

 

ヴィルヘルムは狂気に満ちた笑みを浮かべ、立ち上がる。

地面を蹴ると、ヴィルヘルムの周囲の地面から蔓薔薇の芽が出始めた。

倒壊した鉄橋だけでなく、対岸の川岸も薔薇園となったことで、薔薇の量が先ほどの倍となった。さきほど薔薇が根を張っている鉄橋を代表候補生が焼き払ったが、何度でも芽を出すため、現段階で蔓薔薇を減らす方法を彼女たちは持っていない。

 

「薔薇が増えたとなると、先ほどの戦い方では、対処しきれないかと」

「だったら、こっちも武器の数を増やすまでよ!」

 

国家代表は新たに武器を展開し、照準をヴィルヘルムに合わせる。

再び、物量に物を言わせた一斉砲撃を開始した。

砲撃は苛烈を極める。ヴィルヘルムの立っていた対岸は砲撃によって地形が変わり、岸付近を流れる川の水は熱風によって蒸発すし、岸に生えていた植物が燃える。

だが、ヴィルヘルムを負傷させるに至らない。対岸の面積が広いため、鉄橋に出来た薔薇園の数倍の広さの薔薇園が出来た。薔薇園が広くなったことで、ヴィルヘルムを守る薔薇の数も増えたため、こちらの砲撃に完全に対応出来た。

国家代表は砲撃にかなりの集中力を使っているため、消耗が激しい。一方のヴィルヘルムは相変わらず笑みを浮かべている。その笑みが余裕を意味しているのか、それとも単に戦いを楽しんでいる笑みなのか、それとも両方を含んでいるのか、彼女たちは分からない。だが、ヴィルヘルムの不敵な笑みに国家代表の彼女は怒りのあまり理性が飛びそうになっていた。

 

「アレを使うわよ」

「正気ですかと問いたいですが、それ以外打開策はなさそうですね」

 

国家代表の彼女は全ての武器を展開し、照準を合わせる。

全ての武器の使用はかなりの集中力を使うため、集中力が切れてしまい、一斉砲撃が終了した直後は大きな隙が出来てしまう。そのため、ここぞという時にしか使用しない。

だが、この攻撃を受けて、立っていた相手はこれまで一人もいない。故に、この大技は必殺の集中砲火と彼女の国で伝説となっていた。

念には念をと、伝説の大技を彼女は神業へと昇華させる。

 

「単一仕様能力発動――不倶戴天!」

 

彼女の単一仕様能力の不倶戴天は『相手への憎悪が強ければ強いほど威力を増す』という攻撃的な能力である。そして、この能力の元となった彼女の渇望は『憎い相手の全て滅ぼしたい』という求道の渇望だった。

彼女の渇望が覇道ではなく、求道であるのは、渇望の元が彼女の中にある憎しみであるからだ。憎しみを解消するのに他者の手を借りてはならない。怒りを爆発させ、相手を徹底的に叩きのめすことで、己の中の憎しみを解消しなければならない。故い、彼女の渇望は正確には『憎い相手の全てを滅ぼす力が欲しい』である。

 

ある女の話をしよう。

普通の両親に、普通の家に、普通の収入、これといった問題を抱えていないそんな普通を絵に描いたような普通な家庭に彼女は生まれ、普通の生活を送っていた。

だが、そんな普通の生活を一変する。家庭を激変させたものは、強盗や交通事故などといった小説にありがちな物でなかった。父親がある裁判で有罪判決を受けたことだった。だが、父親は誰かを傷つけたわけでも、嘘をついて金を騙し取ったわけでもない。

ただ、隣国の人間と握手をしただけだった。

その握手が隣国の人間と親密な関係を築いている証拠であり、国家安泰の脅威になると判断された。国家の脅威と見なされた家庭は私財の全てを国に没収された。そして、国家の脅威と判断された両親は裁判の傍聴をした一般市民にリンチされ、殺されてしまった。両親を殺した市民は殺人罪で訴えられるどころか、国の平和を守った英雄だと尊敬されている。私財と両親を失った娘はホームレスとなった。ここから、娘が自国の政府と人間を憎み、犯罪に走ったのならば、よくある光景である。

だが、この国のこの娘は違った。

 

自分が私財と両親を奪った悪は、自国の政府でも、市民でもない。

隣国こそが絶対悪である。

悪の権化である隣国が父親を誑かしたことが悪行だと。

悪に染まりかけた父親を裁いたのは当然の所業であり、政府も市民も悪くはない。

娘はそう判断した。

 

彼女がそのような結論に至った理由はその国の隣国を批判する教育にあった。教育によって洗脳された彼女は自国民を憎むという思考を持ち合わせていなかった。

ホームレスとなった娘は国に対しあらゆる奉仕活動を行い、隣国をパッシングする活動に積極的に参加した。更に、隣国の人間を見つけては、暴行を働き、金銭を強奪していた。それらの活動を通じて知り合った人間から娘は資金援助を受け、ホームレスから抜け出すことができた。

それから、娘は隣国を貶める手段について考えながら、文武に励んだ。

そして、十年前、自分の人生を変える大きな出来事が起きた。

それが白騎士事件だ。

白騎士事件により、ISは世界中から注目されるようになった。ISに大きな可能性を見出した彼女はISの操縦者になり、ISを使って隣国の全てを滅ぼそうと考え始める。

明確な目的を得た娘は憎しみを糧に、IS操縦者としての実力を上げて行った。

故に、数年後、娘が国家代表の座に着いたのは当然の結果だったと言える。

憎悪を原動力とした彼女だからこそ、渇望も憎悪に満ちていた。

 

「殺して、地獄に送ってあげるわ!」

 

濃紫色の光を発する巨鯨から発射された音速を越えた砲弾は薔薇の壁を食い破っていく。

再び、薔薇の再生能力が砲撃を完全に遮ることができなくなってしまい、形勢が逆転した。

巨鯨の放った砲弾の内の一つがヴィルヘルムの左腕に着弾した。砲弾を受けたヴィルヘルムの腕は跡形も無くなり、左腕の傷口から大量の血が流れ出した。

 

「この一気に押し切るわよ!」

 

ヴィルヘルムの負った傷は常人ならば致命傷と言えるほどの傷だ。

傷を負えば、激痛で集中力が低下し、防御の手が遅れる。このまま砲撃を続ければ、ヴィルヘルムを倒せる。国家代表はそう思っていた。

 

「いえ、どうやら、そう上手くいかなそうですよ」

 

代表候補生は下を指したため、国家代表の彼女は下を見る。水は赤く染まっていることに気が付いた。それに気が付いた次の瞬間、水面から、蔓薔薇の芽が自分たちに襲い掛かってきた。

 

「薔薇が水の中から」

「どうやら、対岸から枝を伸ばしてきたようです。一度引いて薔薇の届かない範囲に!」

 

国家代表の彼女はPICを使い急上昇し、蔓薔薇から逃れようとする。通常の植物なら高さに限界があるため、蔓薔薇が届かなくなる高さまで逃げれば、蔓薔薇の攻撃は無くなると考えたからだ。だが、上空百メートルに達しても蔓薔薇は追いかけてくる。

 

「単一仕様能力で生まれた植物だから高さに限界が無いってことかしら?冗談じゃないわね」

「確かにそうですが、あのままあの場に留まっていては、確実に薔薇に飲み込まれている所でした。」

 

回避行動を取りながらも、蔓薔薇の迎撃とヴィルヘルムへの砲撃を同時に行うことができるのは、国家代表の彼女がかなりの実力者である証明に他ならない。

ヴィルヘルムが操っていると思われる蔓薔薇の反撃が始まってから数分間は二人とも完全に対処できていたが、やがてヴィルヘルムへの砲撃の手が止まり、二人を飲み込もうと迫りくる蔓薔薇の対処に二人は集中するようになってきた。二人に迫りくる蔓薔薇の枝が時間が経つにつれ、増してきたからだ。

蔓薔薇の枝が増したのは二人の迎撃に原因があった。二人は襲い掛かる蔓薔薇を砲撃によって焼き払っているつもりなのだが、薔薇にとって彼女らの行為は剪定と同義であった。剪定を受けた薔薇は一つの枝に複数の新しい芽を生やし、新たに生えた芽が枝となって二人に襲い掛かる。そして、新たに襲い掛かってきた枝を焼き払うと、残った部分から新たに芽が出る。鼠算方式で襲い掛かってくる蔓薔薇の枝が増えていく。つまり、彼女たちは自分で自分を追い込んでいたのだ。そのことに気が付いたのは、代表候補生が完全に対処しきれなくなるほど薔薇の枝が増えた時だった。

 

「ひっ!」

 

代表候補生の専用機の右足に蔓薔薇が絡みつく。

絡みついてきた蔓薔薇は紅く、人の体温のような温かさを持ち、小さく確かに脈を打っていた。蔓薔薇の薄気味悪さに代表候補生は恐怖を感じた。慌てて射撃で蔓薔薇を絶ち脱出を試みるが、銃口を薔薇に当てようとした瞬間、蔓薔薇の枝が両腕に絡みついてきた。代表候補生はPICを全開にし必死にもがくが、蔓薔薇の枝は非常に硬く、力で引きちぎれるものではなかった。代表候補生に絡みついた蔓薔薇の枝の数は増えていき、数秒で代表候補生とISの姿が蔓薔薇で埋め尽くされてしまい、見えなった。

代表候補生に絡みついた蔓薔薇の枝が太くなっていく。枝が太くなったことで、蔓薔薇に巻きつかれた代表候補生とISは締め上げられていく。

ISの軋む音と代表候補生の断末魔が周りに響く。

 

「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」

 

国家代表の彼女は自分に襲い掛かる蔓薔薇の隙をみて、代表候補生に絡みついた蔓薔薇の枝の塊を焼夷弾で砲撃する。焼夷弾の炎が蔓薔薇の枝の塊に着火し、蔓薔薇の枝を燃やす。

国家代表は蔓薔薇の枝から解放され地に落ちそうになった代表候補生を抱き留めた。

だが、代表候補生はすでに冷たい肉塊になっていた。

死んだ直後であるにも関わらず、まったく体温を感じない上に、血の気がない。頬はこけ、肌は皺まみれとなり、眼球が今にも飛び出そうになっている。その姿は、大昔の古代遺跡から発掘されたミイラのようだった。たった数秒でこの姿に変わり果ててしまったのは、全身の血液を抜かれたからだ。

 

「血……もしかして!」

 

ヴィルヘルムが吸血鬼と自称していることを国家代表は思い出した。

国家代表はヴィルヘルムに視線を送る。彼が吸血鬼で、この蔓薔薇が彼の物だとすれば、彼はこの蔓薔薇を使って代表候補生の血を吸ったと考えられる。そして、本当に血を吸ったならば、ヴィルヘルムに何かしらの変化があるはずだ。そう考えた国家代表はヴィルヘルムに視線を送った。

無くなっていたはずの左腕は完治しており、血の一滴も流れていなった。

 

「薔薇で吸血して、自分を回復させるなんて、趣味の悪い単一仕様能力ね」

「そうかい。だが、ハイドリヒ卿に言わせてみれば、俺もお前もどっちもどっちだ。俺の真の死森の薔薇騎士は敵を弱体化させる能力で、あの人の渇望である全霊を賭して全力で敵を倒すことの阻害になる。んで、怒りを糧にするテメエの不倶戴天は、喜びに満ちた戦いを好むあの人から言わせて見れば、凡人のつまんねー能力だ」

「私が凡人か。だったら、お前は救いの無い愚か者だな!」

「救いがない?ハーッハッハッハッハハ!そんなもん生まれてこのかたただの一片も感じたことはありゃしねえよ。欲しいものは手に入らねえし、いつも取り逃がしている。俺は一度も満たされたことがないから、いつだって飢えている。今さら、救いがないと言われても、どうってことはねえよ。だが、俺に言わせてみれば、テメエの方が救いがねえわ。凡人の女如きが、黒円卓に関わったんだからな。俺らに銃口を向けた時点でテメエの死の確定事項なんだよ。十分楽しんだし、もう死んどけ、餓鬼」

「なら、さっさと貴様が死ね!」

 

国家代表の彼女は更に憎悪の炎を燃やし、砲撃を再開した。

憎悪によって強化された砲弾は国家代表を四方八方から襲い掛かってくる蔓薔薇を全て迎撃していく。だが、蔓薔薇が増えすぎた上に、蔓薔薇の標的が自分一人になってしまったため、迎撃が精一杯になり、ヴィルヘルムへの攻撃どころでは無くなった。

切羽詰まった状況であるにもかかわらず、彼女の憎悪の炎が増したのは、男であるヴィルヘルムにIS操縦におけるエリートであるはずの代表候補生が殺されたことによる代表候補生の不甲斐なさに対する怒りと、自分が何時まで経っても攻撃に転じることの出来ない展開にもどかしさを感じたからである。

 

「……う…そ」

 

だが、国家代表の怒りはある瞬間に絶望に転換した。

国家代表の彼女は何度も発射の引き金を引くが、砲弾は一発も発射されない。弾薬の残量を確認して彼女は初めて、巨鯨に積まれていた弾薬が底をついたことに気が付いた。

弾薬がなくなり、援護する者がいなくなったことで、彼女の敗北は確定事項となった。荒波を放ちたくとも蔓薔薇が行く手を阻むため、意味がない。

 

「この私が…負けた。全部出しきったのに……万全の状態だったのに……負けた」

 

巨鯨の砲撃が止むと同時に、彼女に直接襲い掛かろうとしていた蔓薔薇は止まり、方向転換すると彼女を包囲するように伸び始めた。伸びた蔓薔薇は薔薇同士複雑に絡み合い、形になっていく。やがて、蔓薔薇はISという鳥を隔離するための鳥かごとなった。

蔓薔薇の鳥かごにISが通れるほどの隙間はない。

 

「あれだけ、ボコスカ撃ちまくったんだ。弾切れは当然だろ。いや、むしろあれだけ撃ちまくって今まで弾薬が尽きなかったことに驚きだわ。これでテメエの負けは確定だな」

「……」

「殺す前に一つ教えてやる。……テメエは一つ勘違いをしている」

「何?」

「俺が、一度でも、俺の単一仕様能力が吸血の薔薇って言ったか?」

 

国家代表の彼女の肩が数度叩かれる。

肩を叩かれるという行為を受けた彼女は心拍が止まるほど、驚いた。

彼女は地上から数十メートルにおり、さきほどまで砲撃を行っていた。この場に居るのは自分とヴィルヘルムだけであり、ヴィルヘルムは正面に居る。だから、自分の肩を叩けるような存在は今この場においていないはずである。

国家代表の彼女は恐る恐る振り向いた。

 

「……貴方ね」

 

すると、そこには白いワンピースを着た赤い大きな目の少女が立っていた。少女の着ていた白いワンピースは数カ所穴が開いており、血に染まっている。その姿はホラー映画に出てくるゾンビのようだった。

この少女こそ、ヴィルヘルムの母であり、姉であるヘルガ・エーレンブルグだ。

国家代表の彼女は右手でヘルガを振り払おうとするが、右手が捕まれた。

右手を見ると、巨鯨の右腕の装甲に白魚のような細い指が掛かっていた。ISの動きを止める程のバカげた握力に国家代表は我が目を疑った。

 

「お前だな」

 

国家代表は自分の動きを止めた者のほうを見る。その者は、紅い瞳に、長い白髪、改造されたIS学園の制服を着たラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「行方不明になっていたドイツの代表候補生が…どうして…殺されたんじゃ」

 

ヴィルヘルムの渇望は『夜に無敵になる吸血鬼になりたい』である。

だが、この時、この場において、夜は既にあり、自分は既に吸血鬼である。昼間だとしても、エイヴィヒカイトの創造を使えば、夜はすぐに訪れる。故に、彼は夜における無敵の吸血鬼として完結していた。

だが、吸血鬼であるにもかからず、ヴィルヘルムには吸血鬼らしからぬところがあった。

それは吸血鬼の眷属、グールの存在だ。グールは吸血鬼の吸血行為を効率的に行うため、独自に人の血を啜り、主の吸血鬼に血を譲渡する使い魔である。

これまで殺してきた人間をグールとして召喚する。

それがヴィルヘルムのシュヴァルツェア・レーゲンの単一仕様能力の正体だった。

 

「「……よくも」」

 

では、吸血の蔓薔薇はいったい何なのか、という疑問が浮かび上がるだろう。

蔓薔薇の正体はラウラの創造だった。

ラウラはカール・クラフトからエイヴィヒカイトの術式を施されていない。だが、長時間、ヴィルヘルムの体内に居たことで、ヴィルヘルムの体質に彼女が適応し、ヴィルヘルムの体質に近いものとなった。これにより、ラウラは自然にエイヴィヒカイトの術者となった。ラウラが魔人となる際に使用された聖遺物は戦場の伝説となったヴィルヘルムの血だった。

ラウラの体質がヴィルヘルムに似た物になったことと、ラウラの渇望が『親とのつながりを感じたい』という求道であったことで、ヴィルヘルムの吸血鬼の特性に類似した創造の能力となった。

 

「「私のヴィルヘルム(父)に……手を挙げたな!!」」

 

正面からヘルガの貫手が首に、背後からラウラのナイフが背中に深々と刺さる。

ISの絶対防御など、吸血鬼の眷属であるグールと化した彼女らにとって、エネルギーの源であるため餌であり、防御としての役割を果たしていなかった。ヘルガとラウラが国家代表をめった刺しにしたため、国家代表の体は人型をしていないかった。

もはや元がどのような形をしていたのか分からなくなるほど、めった刺しにされた国家代表の体は最後には体液を全て吸われたことで、灰になり、消えて行った。

 

「ヒーッハッハッハッハッハッハ!ハハハハハ…ヒャッヒャッヒャッヒャ、無様だな、劣等の糞女、所詮粋がった女じゃ、俺には勝てねえ。……聞こえているか、知らねえが、最後に名乗っておいてやる。聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ、串刺し公(カズィクル・ベイ)、それがテメエを殺した騎士の名前だ」

 

ヴィルヘルムの勝利の歓喜の声が第5のスワスチカに響き渡っていた。




オリジナルIS巨鯨にはモデルがあります。
BALDRSKYという戯画の作品に出てくるトランキライザーがモデルとなっております。
巨鯨の想像が難しい方は、グーグル画像検索で調べてみてください。


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ChapterⅩⅩⅩⅩⅢ:

久しぶりの投稿となりました。
この作品と別の作品の同時並行をしたら、どっち着かずになり、どっちも中途半端な状態になってしまい、時間が掛かりました。


「東監視組D地点から通信です。繋げます」

 

IS学園全体を監視できる管制室に真耶の声が響く。IS学園全体を監視し始めてから1か月の間静寂に包まれていた管制室が慌ただしくなる。この一か月間、現地で監視を行っている自衛隊やIS操縦者からこのような通信が無かったからだ。

 

『こちら、東監視組。本部応答願います!』

「IS学園監視本部管制室です。何かありましたか!?」

『ヴィルヘルムに押されています。増援は送っていただけないのですか!?』

「どういうことですか?」

『待ってください。東監視組A地点のIS操縦者から連絡は来ていないのですか?』

「真耶、東監視組D地点付近の映像を映し出せるか?」

 

真耶の操作によって、管制室のモニターの映像が切り替わる。

モニターには、シュヴァルツェア・レーゲンに乗るヴィルヘルムと不可解な深紅の蔓薔薇、そして、二人のIS操縦者が映っていた。千冬はこの二人の内の片方に見覚えがあった。

第一回モンド・グロッソで千冬に『IS開発国に取り入られるために、審判がお前に有利な判断をした』と因縁を付けてきた人物だ。彼女の暴論そのものが印象的であったが、無視したら殴りかかってきたので、反撃したらワンパンで終わったという拍子抜けしたエピソードが、千冬にとって印象的だった。

 

「なるほど。おそらく手柄欲しさに先走ったようだな。……D地点、すまない。こちらの配置ミスだ。君たちは撤退してくれ」

『見捨てるというのですか!』

「そうだ。此度の戦いで集まったIS操縦者は、国益や私益のために、野心を抱えIS学園や他国を出し抜こうとする者が多いだろう。だが、それでは連携を取れない烏合の衆の我々はラインハルト・ハイドリヒに敗北するだろう。故に、IS操縦者に此処で黒円卓が強大な敵であると認識させる必要がある。だからこそ、彼女たちを見捨てる必要がある。それに、彼女はもう助からない」

『何故です?』

「IS操縦者を動かすとなると、現場の到着に今から十分近くかかる。戦況から見て、後数分以内にヴィルヘルムは二人を仕留めるだろう。IS操縦者たちが到着したときには既に彼女たちは死んでいる。そして、その時、ヴィルヘルムの体力が温存されていたら、こちらへの被害は更に拡大する。後手に回るのは癪だが、此処は被害を最小にすることを優先しろ」

『はっ!』

 

通信機の向こう側で敬礼をしているであろう自衛官は通信機を切る。現場の部下に指示を飛ばしているのだろう。千冬とその場に居たIS学園の教員たちはモニターに映るヴィルヘルムと国家代表と代表候補生の殺し合いを見る。ヴィルヘルムの周辺一帯から伸びる蔓薔薇が作り出すヴィルヘルムの世界に一同は恐怖しながらも、魅入られてしまう。蔓薔薇というヴィルヘルムの世界は広がり、夜に染まっていた空を赤く染めていく。

空が侵食されたことで、空を飛びまわるISは行き場を失う。そして、一機が蔓薔薇に絡め取られ、締め上げられていく。その姿は虫を喰らう食虫植物に見えた。

その後、国家代表のISの弾薬が尽きたため、国家代表の敗北が確定した。そこへ一同の見覚えのある人物が現れた。

 

「ボーデヴィッヒさん?」

 

ラウラは地上から数十メートルの高さにまで伸びた蔓薔薇に立っていた。

眼孔は鋭く、まるで怨敵を見るような瞳でヴィルヘルムの敵である国家代表を睨んでいた。モニター越しだったが、教員の何人かは恐怖のあまり生きた心地がしなかった。そして、そんなラウラと同じ表情を浮かべた背の低い少しの幼さを持った少女と共に、ラウラは国家代表に致命傷を与えた。絶命した国家代表は乾いたミイラのような姿となる。

ヴィルヘルムの圧倒的な強さに一同は言葉を失う。だが、その次のヴィルヘルムの行動に更に驚かされることとなる。

 

『あー、やっぱり駄目だわ。所詮こんなもの俺から言わせてみれば、玩具だわ。肉の感触、血の暖かさ、そんなものは一切伝わってこねぇ。使い方に寄っちゃあ強いかもしれんが、正直つまんねーわ。すぐに飽きる。つーわけで、テメェに返してやる』

 

ヴィルヘルムはISを待機状態にすると、ゴミを投げ捨てるかのように、ラウラに放った。ISを解除したことで、ヴィルヘルムは元の黒円卓の軍服がきている状態になった。

ラウラはISをキャッチすると、脚に装着し、最適化を始める。

ヴィルヘルムのシュヴァルツェア・レーゲンによる単一仕様能力はグールを召喚することであり、グールと化した人物が望まない限り、グールとして存在し続ける。

故に、ヴィルヘルムがISを手放しても、ラウラは存在することができた。一方のヘルガはヴィルヘルムの中の方が居心地良いのか、ヴィルヘルムがISを閉じた時に消えている。

 

『おい、さっさとしろ。ハイドリヒ卿がお待ちなんだ』

『はい』

 

ヴィルヘルムはイラついているのか、低い声で後ろに居るラウラに恐喝する。ラウラは走ってヴィルヘルムに追い付くと、ヴィルヘルムの横を歩きながら、ISの最適化を始める。

 

『父よ。怒りの日はまだ先です。我々がこの地に踏み入れるには少し早くはありませんか?我々は追われる身です。此処は身を隠すべきかと…』

『あぁん?なんこと知るかよ。ハイドリヒ卿が俺を必要としている。俺が此処に来るにはそれで十分だ。文句あんのか?』

『いえ、そのつもりはありません。ただ、私は我々が堂々と姿を隠さずに此処に入った理由が分からないのです』

『一つはパシリだ』

『え?……買い物を頼まれたのですか?』

『あぁ』

『ですが、荷物など…』

『テメェのISのバスロット?…見てみろ』

 

ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンのバスロットに入っているものを次々と取り出していく。バスロットから出てきた物を見たラウラやIS学園の教員たちは驚きを隠せなかった。それはISの兵器とはかけ離れた物だったからだ。

 

紙パックのオレンジジュース1ダース

チリ産の輸入赤ワイン3本

日本の煙草一カートン

ブラジル産の業務用鶏肉5kg

玉ねぎの入った段ボール一箱

タバスコ業務用5本

 

『一か月の籠城生活で同じ物食い過ぎて飽きたとのことだ。まあ、気持ちは分かる。引き籠もりは飯ぐらいしか楽しみがねーもんな。だがな、シュライバーの言ってきた物には納得いかねー。……濃縮還元じゃないストレートオレンジジュース?このご時世で見つけんのが大変か知ってんのかって話だ。あと、アルテミスの注文も意味不明だ』

『だが、しっかり買い物しに行くあたり、父らしいと思うぞ』

『当たり前だ。……悔しいが、階級はシュライバーやザミエル……ついでに、ドルレアンスの方が上だ。テメェも軍属なら分かんだろ?……上官の命令は?』

『絶対』

『だったら、今は従っておくのが軍隊のあり方ってもんだ。いずれぶち殺して、俺が白騎士の椅子に座ってやるつもりだがな。んで、もう一つの理由だが、陽動だ』

 

ヴィルヘルムが現れたことで、IS操縦者たちはヴィルヘルムを討伐しにくると一夏は考えていた。黒円卓全員を一度に相手にするよりかは一人を相手にした方がIS操縦者の勝率が向上するからだ。その間に一夏は別の目的を果たそうと考えていた。

 

『だが、この惨状を見る限り、陽動には失敗しているようだな』

 

一部のIS操縦者が抜け駆けをしたことで、ヴィルヘルムの陽動作戦は失敗となった。故に、ヴィルヘルムに落ち度はない。だが、先ほど戦った相手の抜け駆けが原因だとということをヴィルヘルムは知らない。

 

『だったら、いっそのこと皆殺しにすればいいんじゃねえのかねと俺は思う。全部殺しゃ―、誰もハイドリヒ卿の邪魔はしねえからな』

 

ヴィルヘルムの殺気が再び露わになる。

モニター越しでも伝わってくる気迫にIS学園の教師たちは気圧されてしまう。檻の向こう側に居る猛獣に怯える子供などいないのだから、彼女たちを臆病者と揶揄する者がいるかもしれない。だが、相手は猛獣ですら怯え逃げ出すような存在だ。モニター越しに恐怖を覚えてしまうのは仕方のないことである。

恐怖を感じながらIS学園の教師たちはほんの少し安堵していた。あの場に居たなら、気を失い、下手をすれば殺されていたかもしれないからだ。

 

『だが、それをする必要はない』

『どうしてですか?』

『この展開をドルレアンスは読んでいた。そして、この展開に陥った時、向こう側で対処すると言っていた。だから、俺らは当初の目的通り、IS学園の学生寮に行けば良い』

 

ヴィルヘルムは足の裏に杭を生やし、颯爽とその場から去る。

疾走するヴィルヘルムを追うために、ラウラは最適化が途中のシュヴァルツェア・レーゲンを展開すると、飛翔し、IS学園の学生寮へと向かう。

 

「織斑先生、監視カメラを切り替えて、ヴィルヘルムとボーデヴィッヒさんを追います」

「いや、その必要はない。彼らの目的は分かっているからな。真耶、それより今すぐ学生寮の監視カメラの映像から、黒円卓を探せ」

「はい」

「手の空いている教員たちは、IS学園の外側を監視している自衛隊と連絡を取り、監視を強化するように連絡しろ。ヴィルヘルムの言う“陽動”が気になる」

「「「はい」」」

 

モニターを操作できる教員たちは監視カメラの映像から一夏たちを探し出す。

千冬が学生寮の監視映像から一夏たちを探すように指示を出したのは、一夏たちが学生寮から出たという学生寮周辺に展開した自衛隊やIS学園の教員から連絡がないからだ。

学生寮の玄関、談話室、食堂、大浴場、屋上など一夏の部屋から遠い所から捜索範囲を狭めていく。この方法なら、一夏たちを見落とすことがないからだ。

数十秒後、一人の教員が声を上げた。

 

「見つかりました!」

 

その教師が操作するモニターを見ると、一夏を先頭に、それに続く形で三人が続いていた。

一人目は黒円卓の白騎士、ウォルフガング・シュライバー。

二人目は赤騎士、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。

三人目は黒い襤褸着を纏い、その襤褸着の下には黒円卓の軍服が見え隠れしている。フードを深くかぶっている上に、監視カメラの位置が天井であるため、この人物の顔が見えない。顔が見えない為、この人物の正体が分からない。背丈は高くも無く、低くも無い。シュライバーとエレオノーレの間ぐらいの背丈の人物であった。体系は細くも無く、太くも無い。鍛え抜かれた肉体をしていることが分かる。そして、胸の膨らみから、この人物が女だということも分かった。

一人が白騎士、二人目が赤騎士と来ていることから、この三人目が空席だった黒騎士になった人物であろうと千冬は目星を付ける。

このタイミングでの黒円卓の首領と三騎士の出動は先ほどヴィルヘルムの言っていた陽動と関連しているとしか思えない。

 

「織斑先生、如何いたしましょう」

 

真耶が千冬に指示を求めてくる。千冬の指示を求めているのは真耶だけではない。この場に居るIS学園の教員全員だ。この部屋に居る千冬以外全員が千冬に救いを求めるかのように、千冬の言葉を求める。

千冬は彼女らに掛ける言葉を考える。自分の言葉が、自分を信じて着いてきてくれた彼女の人生を左右するからだ。

 

「それは、私が聖槍十三騎士団黒円卓第五位と分かっての質問か?」

「はい。ですが、織斑先生はIS学園の教員でもあります」

「そうだな。おかげさまで板挟みだ。黄昏の女神の為と思って動けば、黒円卓との繋がりを持っているのでは各国の首脳から不信感を持たれてしまう。だが、女神の座を守るためにも、首脳たちの言う通りに動くわけにもいかない。仮に、首脳たちの言われるがままに動いたところで、一夏にも水谷にも勝てない。我々の惨敗は目に見えている」

「織斑先生でも勝てないのですか?」

「アイツに勝つにはいったい私が何万人必要なのだろうな」

 

苦笑いの千冬は立ち上がると、手にしていたマグカップを置く。

千冬が笑ってしまったのは、自分が世界最強という評価を受けているにもかかわらず、自分の弟に勝てないという事実が滑稽に思えた。

 

「それでも、私が一夏に挑まなければならない」

 

千冬は黄昏の女神の座を維持することに対して異論はない。だが、今回の黒円卓と束の戦争に千冬は極力人を巻き込みたくないと考えている。一方のカール・クラフトは座を安定させるためなら、様々な人間を巻き込んでも構わない、むしろ積極的に巻き込んでいこうと考えている。そして、一夏は舞台を盛り上げるならば、どうなっても構わないと考えている。だが、同じ守護者でも蓮は、幻想になった自分は現実を精一杯生きる人間に干渉しすぎてはならないと、人を巻き込まない様に考えている。

 

人への被害を最小限にしようとする千冬。

人を巻き込んで覇道神の衝突を盛り上げようとする一夏。

この思考の相反する二人が衝突しないはずがない。

 

「真耶、行ってくる。後のことは頼んだ」

「待ってください。織斑せゴフッ」

 

千冬は自分を止めようとする真耶の鳩尾に正拳突きを放つ。

手加減したとはいえ、激痛を与え、呼吸のペースを乱すには充分の威力だった。激痛により、呼吸のペースを戻せなくなった真耶はやがて過呼吸になり意識が朦朧となる。最後には立っていられなくなり、真耶は倒れた。

 

「すまない」

 

それが、真耶の聞いた最後の言葉だった。

千冬は自分を止めようとする教員たちをなぎ倒し、謝罪しながら部屋から出て行った。

廊下に出た千冬は屋上に向かう。廊下では誰にもすれ違わなかった。IS学園に残っている関係者は先ほどの部屋に居た教員だけだったからだ。

屋上への扉を押すと、冷たい風が体を押し戻そうとする。だが、その向かい風は弱いため、誰でも無視しできる。千冬は何食わぬ顔で歩き、屋上の中央に立つ。

見上げると空は夜の闇に包まれており、遮る雲が一片も無い。ISで空を飛ぶに適した天候である。さらに、空気が澄んでいるため、空から地上の人間を探すのに適している。

つまり、今夜はIS操縦者にとって最高の気象条件ということだ。

 

「織斑千冬・ブリュンヒルデ、押して参る」

 

二次移行した白式を展開した千冬は空へ舞いあがる。

千冬は瞬時加速を使用し、ISを展開してからわずか十数秒で学生寮の真上に到着する。上空は強風が吹いているおり、推進力がないため、停止し姿勢の維持はIS操縦の初心者において困難である。だが、ブリュンヒルデの彼女にとって、空中停止は目を閉じていてもできる。千冬は真下を見下ろし、一夏たちを捜索する。すると、IS学園の学生寮前が慌ただしくなっていることに気付いた。

十数台の装甲車と戦車が学生寮の付近に集合し、数台の巨大なスポットライトが着き学生寮を照らす。アサルトライフルを持った自衛官たちが隊列をなして、慌ただしく走り、装甲車や物陰に隠れて、銃を構え、銃口を学生寮の入り口に向けている。自衛官たちの見つめる先、スポットライトを浴びた学生寮の入り口はまるで昼間のように明るかった。

自衛隊も一夏の動きを知り、独自の判断で警戒態勢に入ったらしい。千冬の元に情報が来ていないのは、千冬が管制室にいたIS学園の教員全員の意識を刈り取ったため、通信が出来なかったからだ。千冬はIS学園の教員を気絶させるのではなく、単に手足を少し動かせる程度に無力化させておくべきだったと悔やむ。

 

「不味い!手を出さないでくれ」

 

千冬は急降下する直前、三騎士を引き連れた一夏が学生寮前に姿を現した。

一夏が自衛隊に手を出す前ましくは自衛隊が一夏に手を出す前に、両者の間に立たなければ、一夏と三騎士による蹂躙が開始されるだろう。千冬は連続瞬時加速で急降下し、一夏の方を向き、一夏と自衛隊の間に着陸する。

 

「これはこれは、姉上」

 

ハイドリヒ化していない一夏は両手を広げ、嬉しそうに千冬に近づく。

まるで長らくあっていなかった旧友に会ったかのような、そんな表情を浮かべていた。無謀な一夏に対し、千冬は雪片二型の刃先を向ける。

実の姉から敵意を向けられた一夏は一瞬驚くが、今度は悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「姉上、それでは私と姉弟喧嘩をしてみたいと捉えてしまうぞ」

「それで構わん」

 

一夏は打鉄を部分展開し、黎明を左手で持つ。最初からエイヴィヒカイトを使わないのは、黎明で構えを取らないのは、一夏の余裕の表れである。

 

「聡明なる卿ならば、私と戦うことで卿自身の得られる物が無いと気付いているはずだ。私たちの衝突に人を巻き込みたくないのであれば、徹底して私を危険視し、私から遠ざかればよい。卿は逃げた方がその願いが成就されるはずだ。触らぬ神に祟りなしと言うであろう。だからこそ、分からん。卿は何故私に剣を向ける?」

「確かに、お前と戦った所で、私は何か得るわけではない。だがな、私が逃げれば、勝手に誰かがお前に立ち向かうかもしれない。そして、お前はその者達を蹂躙し、グラズヘイムに落とすのだろう。だったら、私がお前と全力で戦い負けることで、人は誰もお前に勝つことができないという事実を世界中に示すことができる。それに成功すれば、人への被害は最小に収まるはずだ。違うか?」

「なるほど。確かに卿の言い分は正しい。だが、それを達成するには卿が私に殺されるという事実が必要だな。卿はそれも辞さないと?」

「黒円卓の第五位は総じてそういう席なのだろう?」

「自分を犠牲にしてでも道を示す。ヴァルキュリアもレオンハルトも……そして、ブリュンヒルデの卿もそういう人物だったな。……だが、それに付き合う義理など私には無い。二代目マキナ、卿が相手しろ」

「Jawohl」

 

フードを深くかぶる『二代目マキナ』と一夏に呼ばれた女が前に出る。

武器を出すことなく自分の前に立ったことから、千冬はこの女もエイヴィヒカイトの術式を施された魔人なのだろうと推測する。

 

「だが、やることは変わらん」

 

エイヴィヒカイトの術者との戦いで千冬は知った。彼らは技の出し惜しみをする。使用回数に制限があるのか、出しどころが決まっているのか、単なる慢心からなのか、理由は分からないが、そのような傾向にある。だから、千冬は最初から全力を持ってして叩けば、倒せるのではないかと考えていた。

 

千冬は零落白夜を発動させ、二代目マキナに斬りかかる。

千冬の使った技は、取得した剣技において最強にして最速の技である抜刀術だ。

たとえ鈍を使用したとしても、人を殺すには充分の威力がこの技にはある。そんな技をISの武器で使えば、この技はISのシールドエネルギーを全て奪い、操縦者に重傷を負わせ戦闘不能にするだけの威力を持つ。故に、たとえエイヴィヒカイトの術者でも致命傷を負わせるだけの自信が千冬にはあった。そんな必殺技を千冬は瞬時加速を併用することで究極の抜刀術に昇華させた。

雪片二型は二代目マキナの右腕を肘から切断し、右わき腹と左肩を通り両断した。腕が落ち、上半身が下半身からズレ崩れ落ちそうになる。念には念をと、千冬は雪片二型で二代目マキナの首を切断する。二代目マキナの首、胸、腕から夥しい量の血が出て、白いタイルの地面と白式を赤くしていく。そして、ゆっくりと首と上半身が落ち、下半身も倒れた。下半身が倒れたことで、ひっくり返したバケツのように一気に血が流れていく。

 

千冬にとって、これが初めての殺人だったが、千冬は惨殺死体に対して何も感じなかった。

それは、ISが人の魂を吸収し燃料にするからということもあるが、千冬は人を守るという使命感を持っていたからだ。その使命感が罪悪感を消し飛ばした。

 

「見事、二代目マキナを斬るとは、さすがは私の姉上」

 

一夏は千冬に賛辞の拍手を送る。

千冬は一夏を睨む。

一夏の後ろにひかえるザミエルとシュライバーは無反応だった。

 

「だが、それで本当に終わったのか?」

 

 

 

「聞くが良い。愚かな女よ

私は飢えた孤児のお前を道で拾ってやった

お前に名前を与え、熱く狂おしいほどの愛を送った

だが、情愛は失い欲望に染まったお前は私の愛を裏切った

私はお前と同じ愚か者だが、道化ではない

この顔は恥と復讐のために白く染まったが、

私はお前の血で恥辱を流し、尊厳を取り戻すのだ」

 

「創造――霧世界・混沌変生(ヨートゥンヘイム・エチューデン)」

 

 

 

その言葉の直後、千冬の背後に鈍重な衝撃が襲い掛かってきた。

ISシールドエネルギーが削られ、千冬はよろめきながら、振り向いた。

 

「龍砲だと?」

 

千冬はすぐに体制を立て直し、雪片二型を構え、振り向いた。

二代目マキナと呼ばれていた女の死体があった場所には、死体は無く、液状の黒い物体と龍砲の砲身があった。黒い物体はやがてアメーバのように姿形を変え、ある人物になる。

 

「更識?」

 

それは先日の無人機の襲撃でザミエルに殺された更識楯無だった。

誰がどう見てもその姿は間違いなく楯無だった。

楯無の形をしたそれは、ミステリアス・レイディの装備である蛇腹剣ラスティー・ネイルを展開すると、千冬に向けて振るった。蛇腹剣は特殊な構造をしているため、剣でありながらしなりがあり、弾くことができない。そこで、千冬は後退し、距離を取る。

首を刎ねても死なない上に他人のISを使う能力を持つ相手を千冬は分析する。

この能力を使う人物だが、セシリア、鈴、シャルロットでないことは分かる。鈴の単一仕様能力は暴君の傍の虞美人であり、単一仕様能力は創造に類似するならば、鈴の創造がこのようなものであるはずがないからだ。とするならば、自分の知る限りでは、この能力を使う可能性を持つ人間は楯無に絞られる。だが、自分の知らない人物が黒騎士になっている可能性は十分にある。

そして、この能力の正体だが、現状において分析しようにも情報がない。

 

「もういい、考えるのはコイツを倒してからでいいだろう。策がどうだの、相手の正体がどうだの、能力がどうだの……勝ってから知ればいい。真に強い者は能力や策という小細工などに頼る必要はない。真の猛者は気がついたら敵を倒しているのだからな」

 

千冬は楯無の姿をしたなにかとの距離をつめ、零落白夜の突きを放つ。だが、楯無の姿をしていたなにかの顔が突然歪み、シャルロットの顔に変化する。シャルロットの姿をしたなにかは左腕を胸の前に置くと、ある武器を部分展開し、千冬の突きを防ごうとする。それは、シャルロットのラファールに装備されたガーデン・カーテンだった。

 

「今度はデュノアか」

 

だが、ISによって増長された千冬の力によって、ガーデンカーテンのエネルギーシールドは突き破られ霧散し、実体シールドに刃先が刺さりひびが入る。千冬は雪片二型を引き抜き、横の一閃で実体シールドを両断しようとする。だが、自分の体が動かない。千冬はこの感覚を知っていた。

 

「AICもか」

 

シャルロットの姿をしていたなにかはラウラの姿に変化していた。

ラウラの姿をしているなにかは右肩にレールカノン・ブリッツを展開すると、千冬に照準を合わせる。AICで相手の動きを止め、ブリッツで仕留める。一対一におけるラウラの常套戦術だ。ブリッツが起動してから電気が完全に供給されるコンマ数秒の間に千冬は力づくでAICから逃れることで、ブリッツの砲撃を避けた。

ブリッツの砲撃の直後は大きな隙が出来てしまうことを知っている千冬は雪羅で砲撃し相手の怯ませることで、大きな隙を更に大きな隙へと変えた。

 

「これなら!」

 

無防備ななにかに向けて、千冬は零落白夜の突きを再び放つ。今度の突きは瞬時加速も付けられていたため、威力が倍どころの話ではない。しかも、千冬の狙いは、なにかの脳である。たとえ不死身だとしても思考能力を失えば、再生などできないだろうと千冬は睨んだからだ。千冬は必中のタイミングで、必殺の技を使い、絶命させることのできる場所に叩き込む。念には念をと、更に、千冬はなにかの頭に突き刺さった雪片二型を振りおろし、何かを一刀両断した。体の中心を通ったため、脊髄や内臓、背骨へのダメージはあるはずだ。たとえ不死身だとしても反撃はできないはずである。

 

「『それでは』『私を』『『倒せない』』」

 

だが、そんな千冬の期待は裏切られた。両断され千冬の左右のなにかの塊からラウラの声が聞こえてくる。もし、この状況で、この左右のなにかが姿を変え、自分に挟み撃ちをしてきては危険だと判断した千冬は瞬時に後退する。

両断されたことで二つになったなにかは、黒いアメーバのような姿になり、一つになった。そして、一つになったそれは最初の深くフードをかぶった女となった。

 

「どうかな、姉上、私の二代目マキナは?」

 

ハイドリヒ化した一夏は二代目マキナの左肩に手を置く。

その姿はまるで子供を自慢する親のようだった。

 

「二代目マキナ。名乗りを上げ、卿の存在を高らかに示せ」

 

二代目マキナと呼ばれた女は黒円卓の軍服の上に羽織った襤褸着を脱ぎ捨てる。

襤褸着を脱ぎ捨てた女性は千冬と瓜二つの姿をしていた。

背丈、体型、肌の色、髪型、髪の色、筋肉量から瞳の色まで同じだった。二代目マキナの能力で自分に姿を変えているのかと思うほど、誰もが見間違えるほど一致していた。ただ違うのは、服装と仮面を被っているかの二つだけだった。

 

「私は私というモノを持たない。だから、名乗りに意味はないのだろうが、ハイドリヒ卿の命令であり、折角だ。…名乗っておこう」

 

二代目マキナの付けている仮面は、古びたただの白い仮面だった。

鼻、頬、両額を覆いながら、目と口元を隠さない中世のヨーロッパの仮面舞踏会で使われていたと思われる物だった。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第七位、大隊長……黒円卓の連中からは『二代目マキナ』と呼ばれている。この席にはマキナという男が居たからだろう。だが、それは与えられた名前だ。便宜上の物であり、私にとってその名は無価値だ。だからこそ、私と貴方だけに価値のある名前を名乗ろう。私の名前は」

 

 

 

 

 

「織斑マドカだ」

 




黒騎士マドカ、参上!

ということで、少しだけ二代目マキナこと織斑マドカの霧世界・混沌変生の詠唱についてお話させていただきます。これは『道化師』というオペラから、ある人物の台詞を少しいじり、自分なりに語呂を合わせて使わさせていただきました。

道化師というオペラのあらすじですが、
簡潔に言えば、ヤンデレ男が芝居中に発狂してマジで好きだった女殺して、その恋人も殺したってお話です。


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