再臨せし神の子 (銀紬)
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Prologue:終局の続き

えー、皆さんこんにちは。いつも産み落としては消え産み落としては消えの銀紬です。

しかしながら今回は終わりが明確に定まっていますし、書き溜めもそこそこあるのできっと完結する筈です!はい。乞うご期待ください。

まぁそんなことより、明日はついにサキエルが襲来しますね。
そんな訳で、リアル・タイムでお送りしましょう。
「終局の続き」どうぞ。


「うっ……うっ……」

 

少年は一人泣いている。

赤に包まれた世界で、ただ一人泣いている。

 

その腕の先には、少女が一人。少年は、少女の首を今にも締めようとしていた。

どうしてこんなことをしているのかは自分でも分からない。分からないが、こうしていないとならないような、そんな気がするのだ。

 

少女は、かつて惣流アスカ・ラングレーと言う存在として認知されていた。

しかし……全てが赤に包まれた今、この世界を客観的に見た際にその少女が誰であるか? という事が重要かどうかは、非常に微妙なところだ。

今、「少女」と呼べる存在はその少女しか居ないのだから、単に少女Aと定義してもそこまで差し支えはない。

もっとも、この少年にとってはこの少女が「アスカ」であることが何よりも重要だった。

それが故に、この少女は「惣流アスカ・ラングレー」という名前、そしてその定義を未だ失ってはいない。

 

 

「気持ち悪い……」

 

そう言い放たれると、ついに力が抜けてしまう少年。項垂れて、最早涙を流すのみ。

 

立ち上がるアスカ。

目の前の赤い海に飛び込んだと思うと、どこかへ泳ぎ去ってしまった。

少年に出来ることは、それをただただ眺めることだけだ。

 

拒絶されることを何より恐れた少年にとって、これほどに辛辣な言葉がかつてあっただろうか。

そしてその拒絶は、言葉通り実行された。

 

それは覚悟していたはずだった言葉。が、実際に相対すると現実、そして自分の認識の甘さを知る。

 

 

少年は後悔を募らせた。 

 

あの時ああしていればよかった。

この時こうしていればよかった。

そうしていれば。この少女は助かったかもしれない。

 

それだけではない。

学校で巡り合った様々な友達。

奇怪な運命の巡り会わせで出会った様々な大人たち。

そして……

 

 

「……父さん。母さん」

 

 

両親。

 

 

母は自分を遺して消えてゆき、父にはとことん拒まれた……いや、そう見えただけかもしれないが。

しかし最期、本当に最期にではあったが、父のことも僅かながら理解できた。

彼もまた、自分と似たように他人を恐れていただけだったのだ。

妻を失った悲しみを、物心ついていない自分よりも深く深く味わっていたのだ。

その恐怖、悲しみの矛先は、決して息子も例外ではない。

 

ならば。

もっと歩み寄るべきだったのだろうか。

前は分かろうとした、と考えた。でも、それも今となっては思い上がりだったように思えてしまう。

もっと歩み寄って、少しでも、少しでも普通の父子として生きればよかったのだろうか。

 

しかしそれを今悔やんでも、もう遅い。

 

 

少年は臆病であるとともに、お人好しでもあった。

そうでなければ、他人から拒絶される。

それを一番恐れるが故に、お人好しであった。

 

 

「…………」

 

 

少年は、静かに目の前の赤い海に沈んでみることとした。

 

赤い海の中で呼吸できることは少年の中では最早常識であったので、これが自害の意を持った行為なのかというとそうではないだろう。

けれど、別に死んでしまってもそれはそれで構わなかった。全ての溶け込んだ海に自分も交じり、一体になりたがった。

 

「(僕は……他人がいる世界を望んだ。でも、誰も戻ってこない。アスカもどこかへ消えてしまった。ならば、せめて溶けたい。溶けて、他人と共に居たい)」

 

そうしている少年の横に、一人の少年が歩いてきた。

銀髪に紅色の眼を持ち、静かに少年に向けている。

 

 

「……それが本当の望みだったんだね、シンジ君」

 

 

アスカの首を絞めた少年の名前はシンジと言う。

正確には碇シンジ。もう一人の少年という役者が現れた以上、少女とは違い客観的にも定義の必要な人間になった。

 

「そうだね……僕はただ、一人にしないで欲しかっただけなんだ。

だから、他の人たちが還ってくる世界を望んだ。でも、現実は甘くなかったんだね……。こうして待っていても、

戻ってきたのは、アスカ、そして君、カヲル君。二人だけだったんだから」

「僕は使徒だから、人間としては一人だけどね」

「あはは……どっちでもいいよ。人間もまた、リリンっていう使徒なんでしょ?」

 

くすりと笑う銀髪の少年の名は、カヲル。正確には渚カヲルという。

「最後のシ者」である彼は、シンジと二人、赤い海を漂った。

 

「ねえ……シンジ君」

「……なに?」

「君は、今、この世界の神であるのだという事に気付いているかい?」

 

唐突に発せられる妙な台詞に、きょとんとする。

 

「……相変わらず、君が何を言っているのか分からないよカヲル君」

「分からないのかい? 君はもう少し自分の価値というモノを分かった方がいい……」

「それ、前も言っていたね」

「事実だからねぇ。……僕はここでずっと浮いていることにするよ。

もし、なんとなく分かったら話してくれると良い。その時、答え合わせをしよう」

「? どういうこと?」

「大丈夫。この海はジオフロントのクレーターで出来ているから、精々半径5~10km程度の範囲で広がっているだけだ。

それに、君が気付きさえすれば例え全宇宙中を探すことになっても問題はない」

「いや、そうじゃなくて……」

 

その心配をしている訳ではないということを言いかけるが、カヲルは返事をしない。

ただ、いつも通りの笑みを浮かべた表情でそこを漂っている。

答え合わせとやらが出来るまでは応えないつもりなのか?

 

仕方があるまい。碇シンジは考えた。

 

神である……? 

僕が。

 

そんな高尚な存在なわけがないじゃないか。

僕は結局みんなを殺してしまったんだ。

いや、厳密にはすぐそこに魂と言えるものが赤くふわりと浮いている。浮いているし、事実「死んでしまった」訳ではない。溶けただけだ。

だが、「ヒト」としては死んでしまったようなものじゃないか?

何か喋りかけてくれるわけでもないし、人の形を微塵も取っていない。ただ液体であるのみ。

LCLはその組成上乾くことが無いので、

赤い世界にはところどころに海とは別にLCLの湖や沼と言えるものがあった。けどそれも、決して人の形を取ることはない。

魂はあっても、何一つ答えることの無いモノ。それを果たして生きていると言ってよいのか。

厳密に言えば、魂があっても何も答えてくれないならば死んでいるも同然、というのは、「植物は皆死んでいる」と「断言してしまう」程度の暴論ではある。

けれど、まだ十代も半ばに差し掛かる程度のシンジにとっては、そのことにまで気付くことはない。

 

ところで、今やこの世界に居るのはシンジ、そしてカヲルのみである。

厳密にはもう一人の少女……

綾波レイとかつて呼ばれ、リリスとも呼ばれる存在もあるのだが、今はその姿が見えない。

 

確かにカヲルは人類とは違った種。

人はかつて彼を、タブリスと呼んだ。また、ある者はアダムとも呼んだ。

 

カヲルは、人類より遥かに強大な力を持っている。これは確かなことだ。

だが、当のカヲル本人はシンジに楯突くどころか、シンジの決定を受け入れるつもりであった。

一度シンジを裏切ったことには少なからぬ罪悪感も覚えていたこともあるが、

何よりタブリス、アダムとしての本能が今こうしてサードインパクトが達成されたことで殆ど失われていたのもある。

今残っているのは、シンジへの好意と忠誠心のみだ。

 

そして、最後の時にゲンドウに諜反し、シンジの為に願いを叶えようとした恐らくレイもまた、シンジの決定を受け入れるであろう。

何より一度は受け入れたし、今後もそうするだろう。

 

いや、そうじゃない、それだけではない。

彼はひとり、いやかつては二人。惣流アスカと共にこの赤い世界という、「新世界」に二人、産み落とされたのだ。

 

ともすれば、そこから導かれる結論はただ一つ。

シンジは、実質的なこの世界の神である、ということである。

アダムとリリスたる存在を従えた今、彼は実質的に神以外の何物でもないのだ。

ある意味ではイヴとも呼べるアスカは今や自ら消えたことと、

アダムが二人になってしまっているということはあるが、もう一つのアダムは完全に従順なので、名前が同じだけの別の存在として捉えることが出来るだろう。

至極簡単な結論だ。

 

それでもシンジは百晩と百一日考え抜いた。

単純な結論ではあったのだが、悲しみに明け暮れながら考えたので思考力は過去よりずっと低下してしまっていた。

いや、思考が鈍っていたというよりは、余りにも悲観主義的になってしまっていたのだろう。そこに思い至るという発想がまず失われていたのだ。

 

それでもシンジは、ついには真理に辿り着いた。

 

ポチャリ、ポチャリと、LCLの音がする。血の匂いとかつての海の匂いとで交じり、奇怪な匂いではある。

しかし、不思議と不快でもない。

 

カヲルは本当にすぐそこに居た。

 

「……そっか、そういう事なんだね、カヲル君……でも、本当に僕に、アダムたる資格があるのかな?」

「そうさ、君は今……この世界でなんでも出来るんだ。その権利を、全て託されたのさ。

そして、僕は手伝えることなら何でもするつもりだよ。君の悲しむ顔は見たくない……そうだよね、レイ君。いや、リリス」

「……え?」

 

シンジが振り向くと、後ろにはかつての友であり……

恋い焦がれかけたその存在が居た。

 

「……いつから気付いていたの?」

 

かつてと変わらない無表情でカヲルに問うレイ。

 

「3日前からさ」

「そう」

「彼女もまた、君の為にこうして還ってきたんだよ。シンジ君」

「……綾波も、僕を助けてくれるの?」

「ええ。 碇君がもう……悲しまなくて、いいようにする」

「そうか……ありがとう」

 

もう拒絶されたくはない。

そんな一心で問うシンジに、一言で安堵感を与える。

 

「アダムである僕とリリスであるレイ君、そしてそれを従える、全世界の神となったシンジ君が願えば、

僕たちは何もせずとも最善の答えが導かれ、それが実行されるだろう。さあ、シンジ君、レイ君。手を繋いで」

「……今更かもしれないけど、僕に、出来るかな?」

 

希望の色が見えていたシンジではあったが、どうしても不安は残る。

 

「確かに、君ひとりでは無理かもしれない。でも、コレは僕たちの手で成し遂げるのさ。きっと上手くいくよ」

「そうね」

「……まあ、やってみないうちから諦めるのは良くないよね。……じゃあ、やろうか」

「うん」

「いつでもいいわ」

 

しっかりと手を繋ぎ合う3人。

 

直後、赤い海は輝き始める。煌めきは留まるところをしらない。

三人を球状に包むと、やがて膨張する。

そして、それは人の形を作り出し、やがて紫色に輝きだし、咆えた。

 

 

ウォオオオオオオオオオオオ……!!!!

 

 

世界の中心であいを叫ぶけもの。

紫色の鬼が、奇跡を今まさに起こさんとしている。

かつて緑色だった部分は紅に染まる。頭には天使を思わせる純白の円環が浮かび、やがて完全にシンジたちを包み込んだ。

 

 

「(そうか……君も、手伝ってくれるというのか?)」

 

 

ウォオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 

シンジにとって最も畏怖する存在であり、忌避したい存在であり……

そして、一方どこかで敬愛もしていたその鬼は、かつては人造人間エヴァンゲリオンと呼ばれた人造兵器のその初号機である。

シンジがこの赤い世界に送り込まれたその日、宇宙の彼方へ飛び去ってしまったと思われたが、

シンジ達を希望へ導く箱舟としての強力な「イメージ」が彼を再びここに生み出したのだ。

 

オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

シンジがその世界で聞いた音は、その咆哮が最後であった。

暗転し、終わる世界。




次回は予告通り明日の更新になります(もう既に予約投稿を行っております)。

やはり書き溜めの存在は大きいですねぇ。
まぁ、何か要望というかそういうのがあれば、小ネタ程度であれば取り入れようと思います。
大まかにストーリーが変わってしまうのはNGですが。

まぁ、所謂典型的な逆行スパシンモノになる予定ではあります。
新ジャンルを開拓するのも、20年も経って今更感もありますしw
何より思いつきませんし。

なお、今のところはその後もリアルタイム投稿……と思いますが、
サードインパクトが起こるのがどうも来年の今頃ぐらいみたいなんですよね。
他にも時期不確定の使徒も多いので、やや早く終わるかもしれません。


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第壱話 使徒、襲来

すぅ…………すぅ…………

 

 

寝息が聞こえているその部屋に、幾らか日差しが入り始めている。

朝だ。朝が来ている。

 

少年は目を覚ますと、ふわりとした笑みを浮かべた。

 

 

「……本当に、戻ってきたのか」

 

電子カレンダーは6月22日。来たるあの日を示している。

俄かには信じられないが、これは現実である。静かに喜びを噛みしめた。

 

『そうだね、シンジ君』

 

聞きなれた声がどこから聞こえてくる。

その声の主はシンジの友、渚カヲルの声である。

 

「…………カヲル君? どこにいるんだい?」

『君の中さ』

「……え?」

 

唐突に非現実なことを言われて狼狽えるシンジ。

しかし、言われてみれば確かに自分の中から聞こえてきているようだった。奇妙な感覚に思わず顔をしかめる。

 

『どうやら、ここに来る過程で君の中に魂が収まったみたいだ』

「……じゃあ、この世界に君はいないの?」

『いや、もう一人の僕はまた別にいるみたいだ。まだ目を覚ましていないけどね』

「別に……?」

『そう。今は月に居るよ。時が来たら降り立つ予定になっていたのさ』

「へえ……」

『そうだね……それまでの間、暫く君の目を通して、この世界を楽しんでみるよ。

破壊されていない第三新東京市を見るのは初めてだし、それなりに興味もあるからね』

「そっか……そういえば、綾波は僕の中に居ないのかな?」

 

そう。ここには綾波レイがいなかった。

共に力を行使した存在である以上、カヲル同様に戻ってきていてもおかしくはない筈なのだが……

 

『うーん……彼女はこちらの世界では僕より遥かに早く生まれたからね。もしかしたら、既に移っているのかもしれないし』

「そういうものなのかな?」

『仮説だけどね。でも、僕たちがこうして戻ってきたこと自体イレギュラーだから、そう考えるのも自然ではないかな?』

「……ま、とりあえずネルフに向かって、綾波の様子を見るのが先だね」

『そうだね』

 

どうやら、カヲルとはしばらくの間心の中で対話することになるらしい。

暇なことはなくなりそうだが、はてさて。

 

身支度を済ませると、やや早い時間ではあったが荷物を担ぎ手早く外へ出ることにした。

 

----

「……さて、ネルフ本部に行こうか」

 

この世界では特務機関ネルフと呼ばれる組織。そこへシンジたちは向かっている。

手元には『来い。ゲンドウ』とのみ乱雑な字で書かれた手紙が握られている。

 

ネルフはサードインパクトを回避するための組織と表向きでは謳われているが、現実は逆である。

そして、この組織の総司令である碇ゲンドウこそがシンジの父であるが、

最終的にはネルフの裏にあるゼーレと呼ばれる組織によって半ば利害の一致により利用されてもいた。

 

結論から言うと、シンジはゲンドウを赦そうと思っていた。

勿論ただで、すぐに赦すわけではない。

だが、恨みに恨んでも仕方がないのだ。

今からでも使徒の戦いを通じてアタックしていけば、きっと思い描く「普通の」家庭が得られるかもしれない。

そうなれば、自然と互いを受け入れられるかもしれない。そう思ってもいた。

 

『待ち合わせ場所の駅に行かなくてもいいのかい?』

「……」

『シンジ君?』

「……今回はちょっとミサトさんには反省してもらおう」

『どういうことだい?』

「だってあの人、とってもズボラなんだもん……」

 

ミサトさん。

この世界でも同じ人物、同じ名前ならば、その名は葛城ミサトという。

 

確かにミサトはシンジに一つのターニング・ポイントを与えた人物ではあった。

しかし、それ以上に彼女は、平均的な女性と比較してみると余りにも生活力が欠如していた。

その上とんでもない飲んだくれと来ている。

 

今回軽く不祥事扱いを起こして、せめて減酒くらいは出来るように、ちょっとした減俸を喰らわせることを目論んでいたのである。

 

「それに、あの人には加持さんも居るんだ。

でも、僕がそこへ行くと……きっと、どこかで迷うことになる。

年の差っていうのもそうだけど、心からあの二人は分かりあってるようだった。

僕も……今思えば求められなかったわけではないけれど、

僕では、あの人を加持さんほど幸せには出来ないと思う。

だから……距離を置かれなければならないと思うんだ」

『……そう。まあ、君がそう言うなら、きっとそうなのだろうね』

 

ミサトのことは決して嫌いではない。むしろ……好きな方だ。

異性としてどうか……と言うと一先ず置いておくとして、家族としては少なくともゲンドウよりよっぽどマシである。

 

しかし、それが故にシンジは距離を置くことを決意していた。彼女の、幸せのために。

勿論彼女だけではない。

候補は今のところ彼女のみだが――必要があれば、拒絶する人間はとことん拒絶するつもりであった。

それに……上手く行けば、レイやアスカ、そしてカヲルといったチルドレンに、友人たち、そして、父と母。

その他、ミサトも含む周りの大人たちも、一緒に幸せになれる時が来る。いや、来させてみせる。

それ故に、、今回シンジは彼女を「拒む」ことにしたのである。

ただ、まだその決意は少し脆いものだった。何かきっかけがあれば、崩れ去ってしまうかもしれない。

 

「まぁそれもそうだし、よく思い出せばあの人の作戦で死にかけてたしね。

今日だって、前の時は後20mも先に歩いていたら僕は今こうしてここに居ないよ。きっと使徒に踏まれるか、飛行機の爆発に巻き込まれてた……」

『……成る程』

 

また、シンジは彼女のむちゃくちゃな作戦には正直なところ辟易ともしていたのだ。

その為、出来る限りマシな方向に持って行けるようにしようという目論見もあった。

今ならさまざまな改善点が思いつくし、カヲルとの対話でより発展させることが出来るだろう。

彼女の気まぐれな指揮で何度も命を落としそうになったのも事実だ。

それはシンジだけではない。綾波レイ、そして惣流アスカ・ラングレーの二人もまた、被害者と言える。

 

「もう一つ、あの人は……復讐に生きていた。父親の敵討ちに生きていたんだ。

討ちたいという気持ちは分かるけど……あの人には、出来る限り普通の女性として人生を歩んでほしいと思うし」

『そうだね……』

 

それに、ミサトははっきり言ってかなりレベルの高い美人である。

使徒の復讐に生きずとも、充分幸せな人生を送ることは出来たはずだ。

 

先ほどシンジが述べていたように多少家事が出来ないのは気になるが、そこは加持がどうにかするだろう。

 

 

 

 

加持だけに。

 

 

 

『シンジ君』

「ん、どうしたの?」

『その……今のは、ちょっとばかり点数が低いかな』

「……あまりむやみに心を読むのはやめてほしいな」

『そうは言ってもダダ漏れだったんだもの』

----

 

ポーン。

 

厳重そうなゲートのロックが、カードを翳すとともにいとも簡単に解除される音がする。

再び、ネルフへやってきたのだ。そんな自覚がシンジに芽生える。

 

道中ではタクシーを足にした。まだ警戒令は出ていなかった上に通勤時間も上手く避けていたので、思っていたよりずっと早く到着した。

かつてのように無核爆雷ことNon Nuclear爆雷、通称爆雷の脅威に晒されることもなく、ミサトの爆走運転に巻き込まれることもない。

第3新東京市のタクシーは他の街より幾分か進んでおり、走り心地もかなり良い。

クーラーの効いた快適な陸の旅を楽しむこととなった。

『クーラーは良いねえ、リリンの生み出した機械の極みだよ』

というのはカヲルの弁だ。

セカンドインパクトで地軸がずれ、この日本という土地が年中夏である以上はシンジもそれに同意する。

 

到着したのは待ち合わせ予定時間の10分前位だろうか。

ネルフ本部から待ち合わせ地点まではおおよそ1時間程度は掛かるので、大分時間短縮になったと言えよう。

途中、見慣れた青いルノーがエンジン全開で走り去る姿が見えたが、まずは先を急ぐことにした。

 

この時シンジは学生服を着ていた。これから入学する第壱中学校指定のモノである。

指定と言っても、上が白いワイシャツやカッターシャツなど、下が黒っぽい長ズボンという無難なスタイルであれば多少のメーカーの違い等は黙認されている。

それ故、見慣れない学生服の少年に好奇の視線を当てる者もそれなりに居る。が、声は掛けない。

誰かも分からぬ、それでいて特に害も成さないであろう余所者に声を掛けるほどネルフの人員も暇ではないのだ。

シンジとしてもそれが好都合であった。

 

まず司令部に行くか、とも思ったが、もう一つシンジには行こうと考えているところがあった。

シンジはまずそこの扉を開けることにした。

 

「……失礼します」

「……あら? 誰かしら」

 

特務機関ネルフの技術開発部技術局第一課。シンジが開けた扉はそこである。

そこには、都合がいいというかなんというか、赤木リツコという人物のみが居た。

 

「初めまして、赤木リツコ博士。本日付けでサードチルドレンとしてやってきた碇シンジです」

「へぇ……貴方があのシンジ君ね」

「はい。宜しくお願いします」

 

当たり障りのない挨拶。これは成功だろうか。

 

「……そういえば、ミサトはどうしたのかしら? 確か貴方と一緒に来るはずだったと思うのだけど」

 

来た来た。この質問はきっと来るに違いない、というか来ないとおかしい。

そう考えていたので、シンジはカヲルと共にタクシー内で考えた言い訳を披露することにした。

 

「あー……それは伝え忘れてた僕も悪いんですけど。

よく考えてみれば、あの敵……今日呼び出されたのって、それと関係があるんですよね?」

「…………へえ、鋭いのね?」

 

リツコは怪訝な目でこちらを見てくるが、シンジは特に気にしない。

この位は想定の範囲内だ。

 

「まあ……父が僕を呼ぶなんてビッグイベント、戦争か何かがない限り起きないと思ってましたから」

 

咄嗟の言い訳だが、シンジにはこの言い訳は通るだろうという確固たる自信があった。

 

「…………それもそうかもしれないわね、続けて頂戴」

 

リツコは、シンジの父である碇ゲンドウと並々ならぬ関係があった。

それ故、シンジの父のことはある意味シンジ以上によく知っているともいえる。

それが故にこそ、適当に父親を免罪符に出しておけばコロリと騙されるだろうと踏んだのだ。

そして、それは的中したという訳である。

 

「で……まあ、ただただ黙って待ち合わせ場所で待っていたとしましょう。

でもあの父のことですから、多分クロロホルムか何かを嗅がせて拉致でもするんじゃないかと」

「…………」

 

きっぱりと否定しきれないリツコであった。

ゲンドウは目的の為ならば息子の友人すら使徒として「処理」しようとする、利己的かつ排他的な人間でもあったのだから。

 

「まあそんなわけで、自力で来てみたわけです。流石に見ず知らずの人たちに拉致されて実験動物にされるなんてオチ嫌ですもん。まあ、そういうオチはなかったようですが」

「……」

 

若干シンジから目線が外れる。

図星かリツコよ。内心でツッコまざるを得ない。

 

「……そうね。今は一刻を争う事態だから、今回のことは不問とします。それじゃあミサトに戻ってくるよう連絡付けないと……」

「あ、そのミサトさんって人なら多分今さっき出て行きましたよ?」

「えっ?」

「まあ、僕の見た青い車に乗っている人がそのミサトさんなら、の話ですけど」

 

勿論シンジはあの蒼いルノーを運転する人が誰かを知っている。勿論、敢えて声を掛けたりはしない。

そして、暫し頭を抱えた末に、リツコが口を開いた。

 

「……情報ありがとうシンジ君。 

あのバカ、こんな遅い時間に出ていってもしシンジ君が待ち合わせ通りの時間に来ていたらどうするつもりだったのかしら……」

「さぁ……」

 

ブツブツと言って電話機の前に立つリツコ。前史より多少口が悪いのは気のせいだろうか?

ここで出ていって司令部に行くのも良かったが、記憶によればシンジの父、ゲンドウが降りてくるのはもう少し後になってからだ。

なので、リツコの指示を待つことにした。

 

……が、どうも様子がおかしい。

 

「……繋がらないわね」

「どうしたんですか?」

「電話が繋がらないのよ。仕方ないから、私が司令部まで案内するわ」

 

一瞬マトリエル戦を彷彿としたが、特に電源は落ちていない。電波障害だろうか。

 

 

その頃、ネルフから数十キロ離れたあたりにて、

 

ブォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

物凄い爆音と共に青いルノーは突っ走る。

既に法規的許可は得られているのをいいことに、その速度メーターは時速200km/hを示していた。

 

「あ~もう! シンジ君どこにいるのよぉ~!!!」

 

プルルルル……プルルルル……

 

勿論、その際に生じる爆音でちっぽけな着信音などは聞こえてこない。

手元に気付くのは、それから30分してからのことである。

----

 

技術部第一課から司令部までは5分ほど掛かる。

施設内とは言えど、広大なジオフロント内の施設を回るにもなかなか時間が掛かるのだ。

シンジはカヲルと今後の方針について話し合っていた。

 

「(カヲル君、君は確かシンクロ率を自在に操れるんだよね?)」

『うん。

でも、弐号機はアダムから作られていたから操れたんだ。リリスから出来た初号機のシンクロ率をあれほど操れるかは僕にも分からない。ある程度は自由が利くとは思うけどね』

「(そっか)」

『まあ、出来るだけのことはするよ。シンクロ率を高めて、敵を手早く倒すんだね?』

「(いや……怪しまれない様に、敢えて50~60%程度に留めておきたい。

シンクロ率は深層心理が関わってくるから、今の僕が乗ってもきっとかなりのシンクロ率になってしまうだろうし)」

『なるほど』

 

「……」

 

こうしてカヲルと「対話」する時、シンジは無言になるものの少々神妙な顔つきになるのだが、

シンジはそのことに気付いてはいない。

しかしながら外部から見れば気付くもので、シンジの様子を不思議に思ったリツコが声を掛ける。

 

「シンジ君?」

「……あ、はい? もう着きましたか?」

「まぁ、確かにこのエレベータを上がれば司令部だけど……何かこう、どこか遠くを見ているというか、そんな顔つきだったから」

「ああ……気にしないでください。昔のことを思い出していたんです」

「昔のこと?」

「えぇ、父のことを、ちょっと」

「……そう」

 

チーン!

 

ウィーン。ガシャン。

 

 

エレベーターの扉が開く。そこには大きな扉がある。

この向こうに父が居るのだろう……シンジは直感的に感じた。

 

「司令部はここよ。私は技術部での仕事があるから戻るわね」

「はい」

 

引き返していくリツコ。

エレベーターの扉が再び閉まったことを確認すると、一息、深呼吸。

そして意を決して中へ入ることにする。

 

「失礼、します」

 

ガチャン、と扉が開く。

 

中には、ガラス越しに本部の様子を見ている碇ゲンドウ、そしてその助手ともいえる立場の冬月コウゾウの姿があった。

初めサキエルに対しては国連軍の攻撃が続いていたらしい。ともすれば、そろそろN2爆雷を投下する頃だろうか。

 

「……誰だ?」

「息子の姿も忘れたの? 僕だよ、シンジだよ」

「……シンジか……葛城一尉はどうした」

「葛城? あぁ……まあ色々あって、直接ここに来たんだ」

「……少しここで待っていろ」

 

感動の再会かと思いきや、相変わらず無愛想な態度である。

けれど、この態度を貫いたからこそ使徒は全て倒されてきたのかもしれない。ともすればそこは素直に手腕を褒め称えるべきではある。

その結果があの赤い海では洒落にならないのだが。

 

静かに目の前を見ていると、突然スクリーンがホワイトアウトする。恐らくN2爆雷が投下されたのだろう。

しかし、シンジは知っている。コレで終わる相手ではないという事を。

 

後々のことを考え、シンジは動いた。

 

「父さん」

「何だ」

「僕の記憶だと、父さんは何かロボットを作っていたよね。え、え、エ……エウアンゲリオンだっけ?」

「……!?」

 

正確にはエ「ヴァン」ゲリオンなのだが、敢えて原典っぽく僅かに間違えておく。

それでもゲンドウを動揺させるのには充分なようだ。暫し、無言になるゲンドウ。

 

「碇……どうやらシンジ君は覚えているようだぞ」

「……問題ない」

「もしかすればユイ君のことも覚えているかもしれないぞ?」

「…………」

 

ひっそりと耳打ちをするコウゾウ。もっとも、シンジにはどんな会話をしているのか大体想像はついたが。

 

 

『馬鹿な!』

 

 

その時、N2爆雷が通用していないことが判明した。

そろそろ降り時だろうか。

 

「碇君。私たち国連軍の兵力があの目標に通用しないのは認めよう。しかし、君になら勝てるのかね?」

「任せてください。その為の、ネルフです」

「……期待しているよ」

 

露骨に悔しさを滲ませた表情で告げられると、それ見たことかと小さな笑みを浮かべるゲンドウ。

国連軍の面々がやがていなくなっていく。

そして、司令部は完全にネルフのものとなった。

 

「フ……出撃」

「碇!? まさか初号機に乗せるというのかね」

「問題ない。シンジ、出撃だ」

「出撃? どうやって? 生身であんな化けものに勝てとでも?」

 

とぼけてみるシンジ。このような、ちょっとした駆け引きじみたやり取りも実は密かに憧れがあった。

 

「……お前の言う通り、この施設ではロボット……正確には人型汎用決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンを作っている。

そしてその初号機のパイロットはお前というわけだ」

「ふーん…………分かったよ。それに乗れということだね」

「そうだ」

「……イイよ、どうせ拒否権ないんでしょ? でも一つ条件がある」

「……言ってみろ」

「いざという時は独断で動くからそこは目を瞑ってほしいな」

「フン、構わん」

「即答だな、碇」

「特に何も問題はあるまい」

 

これがシンジにとって重要であった。

シンジの脳裏には、かつての親友、鈴原トウジの妹であるサクラをこの時傷付けてしまった記憶が蘇っている。

それが自分が暴走しているときかしていない時なのかも分からないので、少なくとも自分の手の施しようがない暴走は避けたいと考えていたのだ。

もしかしたら一悶着あるかもしれないと思ったが……ゲンドウとしてみれば駒がしっかり動いてくれればそれでよかった。

 

……実のところ、またしてもトウジに殴られるのは嫌だなぁ等と考えたがゆえの行動でもあったが。

 

「ならいいよ、その……初号機のところに案内してよ」

「……冬月先生。頼みます」

「……息子が来ても、面倒事を俺に押し付けるのは相変わらずか……まぁいいだろう。 シンジ君、ついてきたまえ」

 

コウゾウに言われるがままについていく。

最も既に道は覚えているのだが、これもまた怪しまれないための策である。

 

「……驚かないのだな、シンジ君。普通の少年ならば、何かしら拒絶はあると思ったが」

「内心、怖いですけど……アレをやらなければ皆が死んでしまうのでしょう? やってやりますよ」

「そうか……私としては内心不安でもあるがね、期待しているよ」

 

事務的な会話。

シンジとしては、この使徒に関しては勝算充分。恐怖も実際にはほぼ皆無である。

時が経って少しずつ怪しまれるならば想定の範囲内なのでいいが、最序盤から怪しまれていてはそこそこ阻害になってしまうだろうと考えたのだ。

----

 

「……へえ、これが初号機なんだね」

 

コウゾウの案内でケージに到着したシンジは、さっさと指示に従ってこの紫の鬼に搭乗した。ここで時間を喰うと、トウジの妹であるサクラが負傷する可能性がある。

シンジにとっては見慣れた姿であるが、一応初めて見るフリはしておいた。

 

 

【全回路、動力伝達問題なし。第二次コンタクトに入ります】

【A10神経接続、異常なし】

【LCL電化率は正常】

【思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし】

【双方向回線、開きます。シンクロ率……64.8%!】

「……仕組まれた子供たちの実力、訓練なしでこれほどとはね」

 

伊吹マヤと言う名のオペレータの報告を受け、素直に感心するリツコ。

これまでは起動率0.000000001%。

オーナイン・システムなどと言われていた機体が、目の前の一見何の変哲もない少年によって高い水準で動かされようとしている。

 

「(……ちょっとだけ高いかな?)」

『すまない、やはりリリスのものでは完全な制御は出来なかったよ』

「(カヲル君は気にしないでいいよ。 それに……いるんだろう? 『初号機』が)」

『うん。 この波動は……正しく、あの『初号機』そのものだ。

君の助けはすれど、君の不利益になることはしないはずさ。きっとこのシンクロ率が正解なんだよ』

 

そう。あの赤い世界がかつて今のように青い世界であった時の初号機もまた、目には見えないがここにいるというのだ。

シンジをはじめとする運命を仕組まれた子供たちのため、あの時からシンジの元へ駆けつけてきてくれたのである。

 

【ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません】

「いけるわ!」

「発進準備!」

【了解。エヴァ初号機、射出口へ】

「……チッ」

 

リツコが指示を出す。

その横に居るのは、ネルフ作戦部長こと葛城ミサトその人である。

 

ミサトはシンジの出迎えに遅刻し、あと一歩でN2爆雷の脅威に晒すところだったとしてこってり絞られていたのだ。

 

「(あんのクソガキ、可愛い顔してやってくれたじゃない……! 後でじっくり「教育」してやらなきゃねぇ……!)」

 

ミサトは黒い思惑を、誰にも見えないところで一人静かにたぎらせていた。

 

 

【エヴァンゲリヲン初号機、リフトオフ! シンジ君。今は歩くことだけを考えて】

「はいはい、歩く、歩く……っと」

 

ガシャン。

静かに歩きだす。

前回はミサトがそもそも遅刻してきたり、N2爆雷で吹き飛んだミサトの車を起こしたり、自分が乗るのを躊躇ったりで時間が大幅に遅れていた。

だが、今回は全ての時間を最高効率で進めているのでまだ夕日が見える程度の時刻。針は17時10分を指していた。

 

「(これで、サクラちゃんは大丈夫なはずだ。後は……目の前の敵を倒すのみだ)」

『そうだね。 上から見る訳じゃないけど、お手並み拝見させてもらうよ』

【歩いた……!】

 

リツコをはじめとする本部が驚嘆の声を上げる。

オーナインシステムと呼ばれたそれが動き出すのだから当然の反応と言えるだろう。

 

「歩く、歩く……と。転ばない様にしなきゃ」

 

シンジにはあくまでも余裕があった。

 

水の使徒サキエル。

確かに人類としては脅威であるが、既に人類を含め16体の使徒と戦いをこなしていたシンジにとってみれば下級クラスの使徒だった。

拒絶タイプの使徒としては明らかに後に現れる力の使徒ゼルエルには及ばないし、

そのゼルエルにもエネルギー切れという原因すらなければほぼ圧倒できていたのだから。

 

一方のサキエルはこちらを静かに見つめながら進んでくる。このままいけば正面衝突することになるだろう。

シンジは、一先ず指示を仰ぐことにする。

 

「次は、どうすればいいですか?」

【え?】

「次ですよ、次。歩いたら次はどうするんですか?」

 

こうしている間にも一歩ずつサキエルは近づいてくる。

ズシン、ズシンと歩みを止めることはない。

 

【そうね……応戦するのよ】

「応戦? どうするんです」

【応戦は応戦よ!】

 

それまでの苛立ちが勝り、思わず怒鳴り散らすミサト。

だが、その曖昧な指示はシンジにとって非常に好ましいものであった。

 

『……健闘を祈るよ、シンジ君』

「(ありがとう。 初号機も……頼むよ)」

 

シンジが初号機に呼びかけると、先ほどまで不透明さのあった手足の感覚が一気にクリアーになる感覚がする。

目の前では、ちょうどサキエルが迫ってきていた。

 

【目標内部に高エネルギー反応!】

【シ、シンジ君避けて!】

「えっ?」

 

突然のピンチに、目の前の苛立ちよりも作戦部長としての理性が勝ったミサトの声が飛ぶ。

直立していた初号機に、その目から強烈なビームをゼロ距離で放つサキエル。

猛烈な土煙が上がり、発令所からは既に何も見えない状態だ。

 

それを見た本部は騒然とする。

目の前で、希望であるエヴァが使徒の攻撃を超至近距離で受けたのだから。

通常兵器では粉々に砕け散るレベルの高火力ビームを受けたのである。いち早く動いたのは、やはりミサトだった。

 

【エヴァの状況早く!】

【はい! ……えっ!?】

【どうしたの!】

【……出所不明の高エネルギー反応が発生しています!】

【何ですって!?】

 

その騒々しさは増していく。初号機が既に臨界状態になってしまっているのではないかなどと考え、神に祈る者もいた。

しかしその怖れを取り除くように、目の前には次々と最大値まで振り切られたメーターが出現する。

 

【モニター、晴れます!】

 

「…………(やっぱり、最初はこんなものか)」

『一度は神になった君と初号機の力を持ってすれば、造作もないことさ』

 

目の前ではサキエルがこちらにその腕から強烈な紫色のレーザーを何度も放っている。

しかし、その度に初号機の掌から放たれているオレンジ色の壁がそれを容易く阻んでいた。

「出所不明の高エネルギー反応」の正体もこれである。

 

【ATフィールド!?】

【エヴァ初号機、全数値正常! 暴走及び損傷、ありません!】

【シンクロ率……99.89%まで上昇しています!】

【そんな、有り得ないわ!?】

 

オペレーターたち、そしてリツコの驚嘆の声が響いてくる。

けれども、シンジにとってそれはもうどうでもいい。

今は目の前の敵を撃滅することに集中する。

 

「初号機、一発とは言わない。二、三発で終わらせよう」

 

あの時はサキエルの自爆による甚大な被害が第三新東京を襲っていた。

なので、サキエルだけでなく、全体的に使徒の被害を極力小さな被害に抑えることもシンジの目的であった。

 

そんなシンジの呟きに、初号機は応えた。

 

【初号機内部から高エネルギー反応!】

【何をするつもりだというの?】

 

暴走状態ではないので無線は響いてくるが、シンジは最早免罪符を二つも持っている。

一つは碇ゲンドウとの契約、もう一つはミサトの「応戦」という非常にあいまいな指示。

ならば、とことん自由にやらせてもらおうではないか。

 

初号機は再度ATフィールドを展開した。しかし、今度は防壁としてそれを展開したのではない。

 

「(アラエルのようにやれば、攻撃への応用も出来るはずだよね)」

『物理的攻撃も可能なはずさ』

【初号機、手首より先にATフィールドを纏っています!】

【まさか!】

 

一応本部でのものと思われる声も聞こえてくるのだが、何か命令である訳でもないので特に気にしないことにした。

 

拳にATフィールドを纏ってみせると、接近していたサキエルのコア目掛けて殴りつける。

サキエルもATフィールドでそれを防ごうとするが、まるで意味をなすことはなかった。

まともにコアへその拳を叩きつけた。コアはその一撃のみでボロボロになっていた。

 

「おおおお!!!」

 

シンジの掛け声とともに、更にもう一撃。非情なまでに重い一撃がサキエルのコアに一点集中で襲い掛かる。

決して軽くないサキエルの体躯が、初号機の拳で先ほどのN2爆雷で更地になったあたりまで一気に吹き飛んでいく。

 

そしてその一撃で完全にコアは破壊されていたらしく、更地に落下するかしないかのタイミングでサキエルは爆発した。

 

余りにも綺麗に終わった戦闘に一同息を飲んでいる。

 

そんな中、司令席では。

 

「碇」

「…………ユイが、目覚めたようだな」

「アレがか? 俺にはシンジ君が自分の力で倒したようにしか見えんぞ。にわかには信じがたいがな」

「……問題ない」

「……少しは現実を見る努力をしたらどうだ? 叶う願いも叶わなくなるぞ」

「……【作戦終了。 総員、第一種警戒態勢に戻れ】」

 

目の前の息子の思わぬ強さを目の当たりにしたゲンドウとしても、行動終了の命を出すしかなかった。




パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

陽気なBGMとともに。

「はい、皆さん初めまして!「スリー・オペレーターズ」ことNERV本部技術開発部技術局一課所属の伊吹マヤですぅー」
「初めまして。NERV本部中央作戦司令部作戦局第一課所属、日向マコトです」
「初めまして。NERV本部中央作戦司令部情報局第二課、青葉シゲルです」

パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

陽気なBGMとともに。

伊「はい。『このコーナーではこの小説と原作の相違点、後たまに原作で感じるであろう疑問を後書きで解説するコーナーです』……と台本にはありますぅ」
青「マヤちゃん……台本バラしちゃダメだよ……」
日「いやシゲル……台本って言っちゃった時点でお前が一番ばらしてるって」
青「……」
日「……」
青「……」
伊「……細かいことはいいんですよ。
そういえば今回のアテレコ、実はコレで二回目なんですよね~」
青「ああ、なんでも最初は全部完成させてからゆっくり放送することにしていたみたいだけど、某サイトに永遠の更新停止をされたくないから」
日「急きょ未完成ながらもボチボチ放送することにしたみたいだな」
伊「みたいですねー。まあ、噂によると既に「破」の途中あたりまではおおむね終わっているみたいで」
日「でも、破って2作目なんだよなあ……」
青「……某監督みたいにQが終わると同時に声優やったり鬱になったりしなきゃいいんだけどな」
伊「……」
青「……」
日「……」
伊「……そ、そういえば、コーナーとは別にいつも疑問に思うんですけど今始まった時にBGMってなんていう名前なんでしょうかね?」
青「そういえば……結構有名なBGMだけど俺も知らないな、マコトはわかるか?」
日「うーん……俺も分からないなあ。
葛城さんの家でしょっちゅう流れてるくらいだし、「MISATO」って曲名だったりするんじゃないかなぁ」
青「いやーまさか、そんなはずはないでしょ」
伊「そんな単純な曲名な訳ないですよ……え?当たり?」
青「はえーそーなのかー」
日「……折角当てたのになんかスゲーアウェーなのは何でなんだい?」
伊「まぁ、いいではありませんか。それはそうと、このコーナーはどうも使徒が現れる度にやるみたいですよ?」
日「大体2~3話に1度、ってところなのかな?」
伊「でしょうね。恐らくこれも十回位はやることになるんじゃないでしょうか」
青「えーめんどくさいなあ……
こういう後付けの企画って某巨大掲示板なんかでは
「蛇足」だとか「くさい」だとか「中二病」だとかよく言われるみたいだし。
俺としてもあんまやりたくねえんだよなあ。大体、こんなことをやる位だったらギターを弾いてたいよ」
日「『まあ……仕方ないさ。小説では俺たちは出番少ないしな。マヤちゃんは割と多くなるみたいだけど』」
青「……やけに棒読みだな」
日「……察せよ」
伊「はい、そこの二人! そろそろ本題に入りますよ。
まず、シンジ君の圧倒的な戦闘力についてですね。コレは……」
青「うーん……はっきり言って、戻ってきたとは言っても強くなりすぎじゃないか?」
日「それは俺も思うな。 そりゃ、あんな過酷なことを経験したんならいくらか成長はするだろうけど、普通あそこまで強くなるか?」
伊「まあ……アスカもキョウコさんのことを認知してから量産機を単独で9体撃破しましたし、おかしくはない話だと思うんですけどね」
青「……キョウコさんって誰だ?」
日「さあ……キョウコさんって言われても、赤いポニーテールで、チャイナドレスみたいな服を着て槍を振ってる子位しか思いつかないけど。どうも青い髪の子が好きだそうだから、レイちゃんとも気が合いそうな人だよ」
伊「随分と具体的ですね……もしかして、日向君の好きな人ってそういう人なんですか? 葛城さんが聞いたらどう思うでしょうね……」
日「そんな冷ややかな目で見ないでくれよ……それに俺だって……諦めたくはなくても諦めなきゃいけないことがあること位わかってるさ。
葛城さんは、その諦めなきゃいけないことを教えてくれた」
青「マコト……」
伊「日向君……」
一同「……」

……


伊「……おほん。えー、Thanatosかhedgehog dilemmaあたりが流れかねないので次に入りましょう。
サキエルが水の天使というのはどういうことか、ということで」
青「急に雰囲気変わったな。どういうこと……って言ってもな。俺は無宗教者だしキリスト教のことはよくわからないよ」
日「俺も。それ、一応調べてはみたけど……「そういうもの」としか言えないよな」
伊「……そうですね。じゃあ、これはここまでにしておきましょうか。
じゃあ最後にもう一つ……ああ、基本的に一回の後書きにつき三~四個の疑問に答える形になるみたいですよ。
で、レイはどこへ行ったの?ということですか」
青「いきなり核心を突くな」
日「うーん……青葉、お前が一番知ってそうなものだけど」
青「な、何の話だよ」
日「知ってるぞ、皆が思い思いの人を思い浮かべる中でお前だけレイちゃんが迎えに来たんだろ?」
伊「ギターが沢山飛んでくると思ったんですけどね」
青「そ、それは……その……お、俺だってアレすっげー怖かったんだぞ!?」
日「……」
伊「……」
青「そんなジト目で見るなよ……特にマコト、お前がそんな目してもキモいだけだぞ」
日「いや、お前の変態度合いよりはマシだっての」
伊「はいはい、そこまで。私も青葉君が変態だってことはよ~く分かりましたから。
まあレイ……レイは、きっと身近なところに居るんじゃないでしょうかね?」
日「……なんかもう死んじゃったみたいな言い分だね」
青「そうだな……マヤちゃん、それ不吉な予感しかしねえよ……」
伊「そうはいっても……私にも今はそれしか言えませんもの。
それじゃあ今回はこの辺にして、葛城さんにバトンタッチします」
葛城「はーいはーい。それじゃ行くわよん♪
こほん……『圧倒される第三使徒、守られた第三新東京市。
少しずつ変わる運命に呼応するかのように動き出す時の歯車。
シンジはそれを見て何を思うのか。
次回、「見知らぬ、展開」さぁ~て、次回もぉ~?』」
全員『『『『サービスサービスゥ!』』』』


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第弐話 見知らぬ、展開

はい。みなさんこんばんは。
いよいよ第三使徒サキエルの襲来日。
第三新東京市では今頃初号機の雄叫びが響いているのでしょうか。

それでは、こちらも新話を投下したいと思います。
第弐話「見知らぬ、展開」どうぞ。


特務機関ネルフの医療施設に、赤木リツコは居た。

 

目の前の人間ドックから算出されるデータを一通りメモに加えていくが、

その数字はどれもこれもリツコから言わせれば「あり得ない」の五文字でしか言い表せないくらい………

 

 

 

 

 

正常、であった。

 

 

「……脳波、心拍数、血圧その他全て正常だとはね。マヤはどう思う?」

「わ、私ですか?」

「ええ。貴方は私の部下である以前に研究者でもあるわ。その一人と意見交換するのは何かおかしくて?」

「い、いえ……」

 

マヤはネルフ技術部でもナンバー2にあたる人間である。

すぐに顔を引き締め、考えに徹する。……が、余りにも超常的な数値には自分でも思い当たる節などはない。

 

「……正直、私にも分かりませんよ。センパイが分からないことで私に分かることなんて」

「……そう」

 

少し残念そうな顔をするリツコ。まあ、仕方ないことではあるのだが。

 

「マヤ、ドック戻して。シンジ君、上がっていいわよ」

「あ、はい」

 

人間ドックの奥から声が聞こえてくる。その声の持ち主は碇シンジであった。

寝かされているベッドが前に稼働し、やがてその顔が現れる。

 

「聞いての通り、全ての値は正常だったわ」

「そうですか、それは何よりです」

 

シンジは健康調査、と称して様々なチェックを受けていた。

というのも、つい数時間前に現れた使徒、サキエルを建造物への被害ほぼ0で、初号機や自身にも傷一つ付けず倒した。

厳密に言えば拳にはサキエルを殴った際に生じたかすり傷が多少あったが、エヴァの持つ驚異的な自己修復機能によってそれもほぼ完全に治っている。

つまるところ、初めての戦場で、ほぼ全ての面において完全な勝利を遂げたからであった。

 

「薄々気づいてはいるかもしれないけど……シンクロ率というのは深層心理に深い相関を持つものです。

勿論その日の気分とかも全く関わらない訳ではないけど。

初搭乗でシンクロ率65%弱、更に会敵で100%に限りなく近い値を出したというのは、私たちの目から見ればただ事ではないわ」

「はあ、そうなんですか?」

「…………」

 

とぼけて見せるシンジに、最早返す言葉を思いつかないリツコ。

リツコとて……いや、それどころかマヤであっても事情を知ればあのシンクロ率や戦闘力の高さも全て納得出来るだけの聡明さは持っているが、

目の前の一見何の変哲もない少年にそのような特殊な事情があるとは到底思えないのであった。

 

「まあ、いいわ。使徒は当分の間、やってくると考えられます。

押し付けるようで申し訳ないけど……貴方にはまた頑張ってもらわないといけないの」

「わかりました」

「……他にも幾つか質問はあるのだけど……今日はもう遅いから、休みなさい。

マヤ、簡単な自己紹介がてらシンジ君を案内してあげて」

「はい。私は伊吹マヤ。技術部で赤木センパイの助手をしています。よろしくね。

今日の宿泊施設に案内するね。ついてきてシンジ君」

「はい、よろしくお願いします」

 

実年齢よりもずっと若く見えるマヤ。制服を着せれば中高生でも通用するだろう。

敵意の一切籠っていないその瞳に、赤い世界になる前に何故自分から動けなかったのか、という罪悪感が少し芽生えた。

勿論碇シンジというただのちっぽけな中学生からしてみればどうしようもない状況ではあったのだが、そこで罪悪感を覚えるのは最早シンジの性格である。

 

「ここが貴方の部屋よ」

「ありがとうございます。それではおやすみなさい」

「えぇ、おやすみなさい」

 

今は一先ず、何も知らないふりをしておこう。それがシンジとカヲルの出した結論であった。

 

一方で、技術部第一課……エヴァと直接関わりを持つ、その組織の中でも最高責任者であるリツコには、

いずれそれなりの情報を開示する必要があるともシンジは考えていた。

開示しないのは、実際のところマヤもそこに居たからに尽きた。彼女が居なければ今ここである程度の事情を話してもよかった。

とはいってもマヤが嫌いだとかそういう話ではなく、単純に今現在シンジが一番信用している大人はリツコであった、ということである。

 

----

その翌日、ヒトマルマルマル時にシンジの元に一つ呼び出しがかかった。

シンジはそれが誰によるものなのか、なんとなく予想はついていた。きっとミサトによるものなのだろうと。

何せ、昨日は確かに作戦部長としてあるまじきあいまいな作戦指示を受けたが、勝手にネルフに乗り込んだのも事実だ。

つまり、自分にも非がある。

トウジの妹を救うためとはいえ、コレばかりは素直に謝っておこうとは思っていた。

 

カヲルもこれは恐らく葛城一尉の呼び出しだね、といつもの声色で言っている。

ここに彼の体があれば、きっとその顔にはいつも通りのアルカイックスマイルを浮かべているだろう。

 

結論から言うと、その予測は半分は当たり、半分は外れ、というものであった。

 

「……」

 

呼び出されたのは副司令室。つまるところコウゾウによる呼び出しであった。

既にミサトは副司令室に用意された座椅子に静かに座っているが、その表情は明らかに不満げな様子。

シンジが部屋に入るとあからさまに睨み付けてきたが、既にコウゾウが目の前に居るので特に何か言う事はなかった。

 

「……揃ったか。それでは本題に入るぞ」

 

冬月が静かに告げる。その厳かさに自然と顔がこわばる二人。

 

「まず、葛城一尉。……言いたいことは分かっているな?」

「……はい」

 

重々しく返事をするミサト。

 

「サードチルドレン確保の失敗、そして曖昧な作戦部長にあるまじき作戦指揮。どちらも一歩間違えばこのサードチルドレンの命を失いかねない行為だ」

「し、しかし副司令。後者の作戦指揮は認めますが、サードチルドレンの確保は明らかに待ち合わせた場所に居なかった彼に非があるかと」

「……そうだな、と言いたいところだが、赤木君から話は聞いたよ。君は待ち合わせ時間の僅か十分前にネルフを出たそうだな?」

「そ、それは……」

「分かっているとは思うが、ネルフからあの場所まで車でもふつう一時間は掛かるのだぞ?

つまり君はどの道出発後の五十分間、サードチルドレンを戦場のど真ん中に放置することになったのだよ。

これが何を意味しているか……分からない君でもなかろう」

「……」

 

コウゾウの言葉は全て正論である。ミサトは完全に口を閉ざしてしまった。

 

「……後者の作戦指揮についても、君は少なからぬ問題があったよ。

「応戦」等という曖昧な言葉で指揮官が務まるなら、はっきり言って君は必要ない」

「そんな……」

 

必要ない、という一言に敏感に反応するミサト。

軍事組織でのこの言葉は、よくて降格、酷ければそのまま除隊を意味することを知っていたからだ。

 

「サードチルドレンは……よくやってくれたよ。

初めて乗る未知の兵器、エヴァンゲリオンに己の危険を顧みず人類の為に乗り、

そして君の「応戦」という曖昧な指揮からやるべきことを一人ですべてこなす。

私はこれでも学者の端くれでもあった以上、安々と使いたい言葉ではないが……彼の戦いぶりは、正しく「完璧」の二文字だったよ。出来ることなら不問にしてやりたい位だ」

「……」

「まあいい。

今回はサードチルドレンが待ち合わせ通りに来なかったこと、及び君の発言が「たまたま」勝利に繋がった。

よって減給2ヶ月のみとする……が、もう一度このようなことがあった場合は覚悟しておけ。

以上だ。葛城一尉は下がりたまえ」

「……申し訳ありませんでした。失礼します」

 

ミサトは通りすがりにシンジのことを一瞬睨み付けていたが、シンジがそれに気づくことはなかった。

 

ガチャン、と扉が閉まると、コウゾウは再び口を開いた。

 

「シンジ君」

「は、はい。何でしょうか」

「君は今回よくやってくれた。俺だけではなくここのスタッフは皆そう思っているし、口には出さんが君の父親もそう思っているはずだ。だがな……」

 

言いよどむコウゾウ。

シンジの父ゲンドウとは違い、彼にはまだ人道的な心も充分に残されていた。それ故、これからシンジに言い渡すことばにも少なからぬ抵抗があった……

 

のだが、シンジにはその自覚があったようだ。

 

「……分かっていますよ」

「なら、良い。 このような軍事組織において、組織内の規律は守られなければならんのだ。

……君を半日の禁固処分とする。理不尽だとは思うが……分かってくれ」

「……はい」

「よし。連れて行け」

「はっ。行くぞ」

「はい」

 

コウゾウの一言で現れる諜報員。

これと言って抵抗することもしなかったので、事が荒げられることもなかった。

 

「やれやれ。碇、お前も少しは息子に目を向けたらどうなのだね……?」

 

扉が閉まると、ついこぼしてしまう。

 

 

こうしてシンジは久しぶりにネルフ独房へと入ることになった。

とはいえたったの12時間だし、所詮は体裁上のものなので、牢とは言っても中はほぼほぼ普通の部屋のような感じである。

 

そして半日投獄されたということは、裏を返せば半日「与えられた」のである。

 

これを機にシンジはカヲルとこれからの指針をブレインストーミングすることとした。とは言っても、文字に起こしたりすることはなく、完全に脳内におけるものである。

ネルフ独房では監視の他に録音も行われているので、思考のみで会話できるのはまたとないメリットであった。

 

ブレインストーミングの結果、幾つかのことが決まった。

 

まずレイがどこにいるのか、そして記憶を引き継いでいるのかを確認すること。

次に、来たる第四使徒シャムシエルとの戦いの後に、信頼できるネルフ関係者数人に幾つかの情報を与えること。

但し口頭では録音されている可能性もあるので、USBメモリによって開示することにした。

特にリツコへ伝えることは第五使徒ラミエルに対する被害をより軽微にするためにも必要であると考えた。

 

他にも日常で気を付けることを色々と考えあうが、まだまだ分からないことも多い。

起こりうる出来事をそれぞれシミュレートしていたら、あっという間に出る時間になってしまった。

 

独房内は非常に静かで、常に薄暗くされている。何か書いたりするのには不便だが、考え事を行うには最適なような気もする。

シンジは今後住んでいく住居にこの独房と似た環境の部屋を作ってもいいかもしれないな、と出るときになんとなく考えるのだった。

 

一方、独房には最初こそ外に見張りが付いていたものの、神妙な顔をして只管に正座している(ように見える)シンジの様子から逃げ出したりしようともしないだろうと判断され、出獄時間になると勝手に牢が開き、外には誰も居なかった……いや、居た。

 

すぐそばに見慣れた黒髪が居た。

あの一件で怒鳴りにでも来たのだろうか。

 

「……葛城、一尉ですか」

「ちょっち付き合いなさい。後、別にミサトで良いわよ」

「……分かりました。ミサト、さん」

 

そう言ってシンジの手を引くミサト。

どこへ連れていかれるのかはなんとなく想像がついていたし、

連れて行かれたのは結局想像通り例のあの高台であった。

このイベントは多少距離を離そうとする程度では定例的なものなのだろうか?

 

「やっぱり、寂しい街ですね」

「……そろそろ時間よ」

 

ミサトがそう言うや否や、現れてくる兵装ビル群。

 

「…………」

「…………」

 

続く沈黙。

先に口を開いたのは、ミサトの方である。

 

「……驚かないのね」

「……」

「第3新東京市。貴方が守った街なのよ、ここは」

「……実感が、ないんです」

「……そう」

 

それきり、再びミサトは口を閉ざした。

 

シンジに実感がなかったのは、先日のサキエル戦のことではなかった。

かつて、自分の躊躇い一つで滅びてしまった赤い世界。

例え今守り切ったとしても、あの赤い世界にしてしまえば意味がないのだから。

 

恐らく、あのXデー……来年に迫るあの日を越えるまで、その実感を得ることはないだろうと思っていた。

 

暫く、風景を見つめる二人。

その姿は、二人以外の第三者から見た時、どのように映るのだろうか。

 

次に口を開いたのは、やはりミサトであった。

 

「……シンジ君」

 

中学生一人でいないで、あたしの家に来なさい。

 

そう言いかけたが、シンジの表情を見て言うのを止めた。

シンジとしては、ただ静かに目の前の景色を眺めていただけではあった。が、無意識かもしれない。どこか、辛そうな面持ちであったのだ。

 

私が傍に居ることで、何か変えられるだろうか?

もしや、今こうして傍に居ることすらも彼にとって辛いことなのではないだろうか?

 

そうでないと分かった時、手を差し伸べてやればそれでいい。

 

 

結局、シンジはジオフロントにほど近いネルフ管轄下のアパートに住むこととなった。

 

「(カヲル君、頼むよ)」

『わかった…………五つほど仕掛けられているみたいだね。ここと、ここと、ここと、ここと、ここ』

 

シンジは、カヲルの力を借りて盗聴器や盗撮カメラといった状況把握の類の物を徹底的に洗い出すことにしていた。

盗聴器を破壊するのは容易い。家具の出し入れでのミスを装って簡単に破壊することが出来た。

しかしながら、カメラについてはいきなり物理的破壊に乗り出したりするとまず間違いない。

その為、視覚情報を極力与えない、に死角たりうる場所を算出することにしたのである。

 

視覚情報だけに、死角を探す。

 

『シンジ君』

「なんだいカヲル君」

 

もう盗聴器は全て破壊されているので、遠慮なくカヲルの名を口に出すシンジ。

 

『リリンは音楽については素晴らしい文化を持つようだけど、

シャレについては一考の余地があるようだね』

「……何が言いたいのさ」

『寒いってことさ』

「……」

 

 

最近、カヲルの性格は少し変わってきた気がする。

最も、元々は使徒であったため性格の変化はシンジにとってはよりヒトに近づくという事で喜ばしいことでもあったのだが。

 

こうして、第三使徒サキエルに関する一連の出来事は幕を閉じたのであった。

 

----

 

その一週間後くらいだろうか。

健康診断や体力測定を幾度となく受けたもののいずれも異常はなく(体力測定については非常に高い水準ではあったが)、

シンジは早くもここ第三新東京市の一角にある中学校、第壱中学校への転入を済ませることになった。

 

 

「第弐京都中学から転校してきた、碇シンジです。宜しくお願いします」

 

軽い挨拶を済ませると、教員に指示された席に着く。

 

好奇の目で見られながらもシンジが気にしていたのは……トウジがいるかどうか。

彼が居れば、その妹は無事であったと考えられるからだ。

ところが、彼は一向にやってこない。どうしたものだろうか……

 

と、心配していたがそれは数分後に徒労に終わることになった。

 

「すんません! 遅れました!」

「……鈴原君だね。事情は伺っているから、早く座りなさい」

「はあ、すんません」

 

後ろから聞こえてくる聞きなれた声は、まさしくトウジその人の声であった。

老教師―根府川という名前らしい―は、特に叱責することはなくトウジをクラスに迎え入れた。

 

しかし、事情とはなんだろうか?

少し気になったシンジは、昼休みにそれとなくトウジに聞いてみることにした。

やや都合のいいことに、いつも通りではあるがケンスケもトウジと一緒にいた。

 

「やあ、鈴原君……だったね」

「ん? おお……転校生か。 碇言うたな」

「うん。僕は碇シンジ」

「鈴原トウジや。んで、こっちが」

「相田ケンスケ。宜しくな、碇」

 

前回より多少社交性が身についているのか、結構会話はスムーズに行くものだった。

他愛のない話をした後、本題に入ることにする。

 

「ところで……此間の戦闘。 二人とも家族は大丈夫だった?」

「……あー、それがのぉ。親父が怪我してしもたんや」

「えっ…………」

 

まさか。

予期せぬ方向から運命に嘲笑われているような気がした。

やはり……妹でなくても、鈴原家には何らかの迷惑を掛けてしまうのだろうか。

 

シンジは早くも一撃殴られることを覚悟しはじめていた。

 

「……どないした、碇?」

「急にだんまりになったな」

 

突然無言になったシンジを心配そうに見ている二人。

 

「……あっ、と。 ごめん。で、お父さんは」

「あぁ。 足折ってもうたみたいやがの、まぁ意識もあるし、たいそうな骨を折った訳やないらしいから大丈夫やわ」

「そっか……やっぱり、戦闘に巻き込まれて?」

「え? んー……まあ、巻き込まれたと言えばそうかもしれへんけど……

なんでも、機材運んでる最中に警報が鳴りよって、急いで運んどったら階段で転んだらしくてのぉ。

で、機材に足を巻き込まれて骨折したんやと。まあ、ワシのオトン、ドジなとこあるからの」

「災難だったよな、トウジの親父さんも」

「……」

 

だんまりであるシンジであったが、内心少し安心していた。自分のミスによって怪我をする人は居なかったからだ。

勿論怪我をしたという事実はあるが、それでも毎日学校を休んでまで見舞いに行かなければいけない程でもない。

少しではあるが、良い方向に未来を進めることが出来たことを確信し、内心で小さくガッツポーズするのであった。

 

「…………碇?」

「自分大丈夫か? さっきからぼぅっとしとるが」

 

再び声を掛けられた。またもぼうっとしているように取られたようだ。

 

「ううん、なんでもない。

そうだ、放課後鈴原君のお父さんのお見舞いに行こうか」

「お、来てくれるんか?」

「勿論」

「よし。んならケンスケ、お前はどうする?」

「俺も行くよ。 碇には色々と聞いてみたいことがあるしな」

 

そういえば、ケンスケの父親はネルフ勤めであることを思い出した。

もう既にシンジの情報もキャッチしているのだろうか。

 

「おし。 そんなら放課後校門前集合や。

後碇……いやシンジ。 トウジでええで」

「俺のことも、ケンスケでいいぜ」

「ん、分かったよトウジ、ケンスケ」

 

こうして、シンジは前回で貴重な友人であった二人を今回も友人にすることに成功した。

 

放課後になると、ケンスケが何か情報を広めたのかクラスの大多数に質問攻めにあったのだが、それはまた別のお話。

 

----

 

ガシャーン……ガシャーン……

ゴーン……ゴーン……

 

遠くから、何か機械の動く音が聞こえてくる。

 

時刻は既に19時を回っていた。

先ほどまでトウジ達とネルフ直属の病院へ行き、その父親の見舞いへ行っていたのだ。

 

前回と少し違うのは、ケンスケが早くも自分をエヴァンゲリオンのパイロットであると見抜いていたことだった。

が、それが故にトウジに殴られたりというイベントも起きることはなく。

むしろ第三新東京市の被害を最小に食い止めたとして、トウジの父親と一緒に半ば英雄視すらされたほどであった。

トウジの父親は聞いたところネルフの技術部に居るらしく、もし兵装ビルが破壊された場合は真夏の陽気の中工事に乗り出さねばならないという。

これを聞いて、やはり被害は少なく留めねばならないと心で誓ったシンジである。

 

そんな二人と別れた後の帰り道、第三新東京市の外れの一角にある寂れた団地にて。

シンジにとってもう一人の大切な少女、綾波レイを訪れていた。

 

しかし、誰もいる気配はない。

もしやと思いドアを開けてみたものの、そのどこにもレイの姿は見当たらない。

 

「(……まだ、ネルフに居るのかな?)」

『そうみたいだね』

「(綾波の居場所が分かるの?)」

『直感的だけどね……僕自身のほかに、レイ君、そして初号機の所在は大体わかるよ。

力を分かち合ったからか、波動が伝わってくるのさ』

「(それなら言ってくれればよかったのに)」

『僕はレイ君の家を知らないから、場所を知っておきたかったのさ』

「(そんな回りくどいことしなくても普通に教えるから、ね?

……それはそうと、綾波は今回もやっぱり怪我をしてるの?)」

 

シンジが気になったのはそれだ。

レイは前の時は零号機の起動に失敗し、シンジが目の当たりにしたように大けがを負ってしまっていたのだ。

 

『……零号機の実験はやっぱり失敗してしまったらしい。ジオフロントの……病院なのかな、ある一角から動いていないみたいだ』

「(そっか……今みんなにとって僕は綾波を知らないことになっているから、お見舞いに行くのは難しいかな)」

『まあ、それとなく赤木博士に聴いてみたらいいんじゃないかい?』

「(それも怪しまれそうだけど……まあ、それが一番安牌かな。じゃあ、行こうか)」

 

意を決してネルフ本部へ向かおうと団地を出たその時であった。

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

シンジの携帯からアラートが鳴り響く。

それは、これまでの史実通りであれば使徒襲来、もしくはそれに準ずる緊急事態を示すものであった。

 

「何だ!?」

 

携帯を開くと、秘匿回線の電話がかかってきていた。

 

「はい。碇です」

【シンジ君だね? 僕は日向マコト。作戦部の一人だ。

手短に言うよ。今、第一種戦闘態勢が碇司令によって発令された。使徒がやってきたんだ】

「……えっ!?」

【すぐにネルフに来られる位置にいるかい?】

「……はい。数分もあれば辿り着けます」

【わかった。至急本部まで来てくれ】

 

「(……どういうことなんだろう?)」

『分からない……でもまぁ、君の今の力なら一先ず問題はないんじゃないかな。とりあえず今は急ぐべきだ』

「(……そうだね)」

 

史実と違う、余りにも早い第四の使徒の襲来。

一体何がどうなっているというのか? シンジには分からない。

少なくとも、今は行かねばならないのだろう。シンジはネルフ本部へと駆ける。

 

【ただいま、東海地方を中心とした、関東・中部の全域に、特別非常事態宣言が発令されました。速やかに指定のシェルターに避難してください。繰り返しお伝え致します…】

 

あの時と変わらぬ放送が、街中を鳴らした。

 

「見知らぬ展開だ……」

 

走りながら呟くシンジの声は、闇の中へ消える。




はい。如何でしょうか。
一先ずある程度のリアルタイム更新ということで、今日この小説の中で起こる事が入っている第弐話までは投下することになりました。

一応、第弐話は一気に一週間後まで飛び、
またシャムシエル戦も一週間後に行われることになっているので、本日より一週間後に第参話を投下する予定です。

それでは、第参話「変化と一致」、乞うご期待下さいませ。


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第参話 変化と一致

はい、皆さんこんにちは。
今日は一週間ぶりの更新……と言ってもリアルタイム重視でやっているだけで、原稿自体はもう完成しているのですが。

さて今回この小説を書いている訳ですが、一週間で早くも1000人のユニークアクセスがあったようです。
お気に入りに入れて下さった方もそこそこいらっしゃり、書き手としても有難いものです。
今後ともよろしくお願いします。

あ、ちなみに「後日」というのは大体7月上旬ごろになる予定です。

それでは第参話、「変化と一致」どうぞ。


ネルフ本部では、早すぎる新たな使徒襲来でてんてこ舞いになっていた。

 

「第四の使徒襲来……予想以上に早いわね」

「前は十五年のブランク、今回はたったの一週間ですからね」

「こっちの都合はお構い無しか。女性に嫌われるタイプね」

「国連より、エヴァンゲリオンの出動要請が来ています」

「言わなくても分かっているわよ……」

 

マコトと共に軽口を叩きながら、目の前の使徒を睨み付けるミサト。

第三の使徒戦における叱責は未だ記憶に新しく、この使徒で名誉挽回するという野望を剥き出しにしていた。

 

「不幸中の幸いは、兵装ビルなどをはじめとする施設の大半と初号機に被害が無いこと……位かしらね」

「零号機もレイも出撃できる状態ではありませんから……またシンジ君に頼ることになりますね」

「そうね……前回のように行けばいいのだけれど」

 

リツコとマヤは目の前のモニターを睨んでいた。

そこには、BloodType:Blueという文字があかあかと浮かんでいる。

 

「碇、これは余りにも早すぎはしないか」

「……問題ない。対使徒戦におけるすべての兵器、及びエヴァ初号機は無傷だ」

「そうは言うがな……死海文書には少なくとも後二週間先と記されているのだぞ?」

「死海文書には書いていない、イレギュラーも時には起こり得る。老人たちにそれを示すいい薬だよ」

「そうかね……シナリオの手直しも必要かもしれんぞ」

「……問題ない」

 

戸惑う冬月に対し、ゲンドウは一見して普段通りの振る舞いをしている。

そのサングラスの下には、何が映し出されているのだろうか。

 

「(……どういうことだろう? 前はもうちょっと後だったと思うんだけど)」

『分からない……ただ、幸いにして使徒そのものは前回と全く変わっていないようだ。

前回より強くなっている君なら、暗くなっていることを考慮しても充分勝てるはずさ』

 

シンジも動揺していた。

カヲル曰く前回の使徒と変わらぬシャムシエルのようだが、心配なのはそこではない。

前回と違う、イレギュラーな展開であること。

これが心配事であった。

 

S-DATが26番目の曲を奏で始めたところでズボンと共に脱ぎ捨てられる。

プラグスーツに着替え、ケージへと駆けた。

 

----

それは数日前にさかのぼる。

 

ネルフにおけるある一角。訓練施設とも呼ばれるそこにシンジは居た。

擬似エントリープラグに搭乗し、何かゴーグルのようなものを付けさせられた。

ミサトは前回はここに居た気もするが、今回は先日のサキエル戦における始末書を書いており、今ここにはいない。

 

暫くすると、リツコから声を掛けられた。

 

「それでは訓練を始めます。いいかしらシンジ君」

「はい」

「戦闘データは、前回の第3使徒のモノを使っています。

最も、あの使徒は貴方が圧倒してしまったからそこまで色々な行動を取る訳ではないけどね」

「……次からは苦戦して、パターン見た方がいいですかね?」

 

軽く皮肉を込めてみる。

が、そこは技術部も考えていたようだ。

 

「いえ、その必要はないわ。国連軍から提供されたデータを基に、考えられる行動パターンは全て叩き込んでおいたの。

その位はしないと貴方に無駄な時間を食わせるだけになりそうだしね」

「それは……どうも」

「貴方の平均シンクロ率は結局70%前後。データもそれに合わせてあるけど、±20%の範囲まで一通りやってもらうわ。シンクロ率はいつ変動するか分からないから……いいわね?」

「はい」

 

最もその70%もカヲルの力による制御の結果だった。

弐号機のシンクロを自在に変えられるのはやはり素体が同じだったお蔭らしく、

シンジもある程度干渉はしていたものの精々20%~30%程度が初号機で操れる限界であった。

 

勿論その制御を取ればいつでも99.89%までは持ち上げられることになるので、負の場合についてははっきり言って時間の無駄。

とはいえそこまで言うと怪しまれる可能性もあったので、そこは我慢して訓練することにした。

 

「まずは射撃訓練よ。貴方の格闘経験に目を見張るものはあるけど、射撃技術はもう少し伸びしろがあるから。

目標をセンターに入れてスイッチ、これを頭に叩き込んで。ついでに兵装ビルの配置も同じものを設定してあるから、同時に覚えて頂戴」

「はい」

 

目標をセンターに入れてスイッチ。懐かしい18文字である。

あの時は何も考えずにただ動いていたっけ。

 

でも今こうして対峙すると、何も考えなかったのではなく考える必要がまずなかったのだなと痛感する。

それ程までに目の前の擬似サキエルの手ごたえはなかった。射撃の的であることを意図しているからだろうか?

 

「……凄いですね、シンジ君」

「ええ……伸びしろがあると言っても、今のところ命中率8割5分以上。下手な軍人よりよっぽど上ね」

 

感心する声を上げつつ、データを採取する技術部のトップ2。

 

「でも、ここからが本番よ」

 

リツコが目の前のコンピュータにあるスイッチを押す。

そこには「strong version」という文字が浮かんでいる。

 

その時、サキエルを10体ほど倒すと、今度は青色のサキエルが登場した。

 

「……アレ? バグですか?」

「違うわ。 コレは強化体。これまではあまり動いていなかったけど、行動バリエーションは豊富にしてあるわ。

元々持っていた行動のほかに、技術部オリジナルの行動も加えてるの。それじゃあ始めて頂戴」

 

--

それから2時間後。あらゆる行動パターンを叩きこまれ、ステータスも大幅強化されたサキエルを100体ほど倒しただろうか。

 

最終的には擬似フィードバックシステムも付けられた超本格的な射撃訓練となったが、それでもシンジの命中率が下がることはなく、おおよそ85%程度をキープしていた。

 

「お疲れ様、シンジ君」

「お疲れ様」

「ああ、リツコさんにマヤさん。お疲れ様でした」

「貴方……格闘もそうだけど射撃もかなりデキるのね。どこで教わったのかしら?」

「あー……多分ゲームですよ。

最近のシューティングゲームって結構難しくて、普通の戦争では明らかに有りえないであろう弾幕が繰り広げられるゲームとかもあるんですよ」

「へえ……じゃあ、次は模擬体に弾幕を張らせてみようかしら?」

「いいかもしれませんね。 というか折角ですから、模擬体の姿もパターンを作ってはどうです?

もしかしたら……例えば、人と瓜二つの使徒などもあり得るかもしれないですし」

 

その言葉を聞いてカヲルが少し苦い表情をしていた……ような気がする。

 

「そうね……使徒は今後も現れるし、人間パターンも勿論、他のパターンも模索してみるわね」

「相手が美少女でついでに弾幕タイプの仮想敵だったら、一部男性オペレータのやる気も上がるかもしれませんね?」

「あら、それは貴方の要望ではなくて?」

「……ノーコメントで」

 

リツコに軽くからかわれる。が、自分への警戒も少しは薄れてきた証拠であろう。

 

そこで、リツコのコーヒーカップが空っぽになっているのを確認すると、ふと何かを思い立ったかのように立ち上がるシンジ。

 

「それでは、僕はこれで失礼します」

「ええ。お疲れ様」

 

カラン、と音が鳴る。

 

リツコがカップの中の異変に気付いたのは、シンジが出て3分ほど経った後であった。

 

----

 

「(……リツコさん気付いてくれてるといいんだけど)」

『まあ、大丈夫なんじゃない? 予知夢という事にしているからそこまで信憑性が高くは見えないだろう』

 

プラグ内で指示を待っていると、

 

ピーピーピーピー。

 

エヴァ内の無線が鳴る。モニターには[Concealment Line is connected]という英文が踊っていた。

 

「……?」

 

無線機を手に取る。相手はリツコだった。

いよいよもって気付いたのだろうか。

 

【シンジ君、聞こえるかしら】

「はい……どうしました?」

【USB、見たわよ。 あの情報の全てを信じる訳ではないけど、少なくともあの使徒に関しては貴方の言った情報と一致している……後で色々と話は聞かせてもらうわ】

「分かりました」

【それで……貴方の言ったとおり、プログ・ナイフは強化しておいたわ。

……本当はこの材料も、孫六剣という別の兵器に充てていたのだけどね】

 

少し皮肉めいていうリツコ。しかし同時に、無線を行っているこの少年の予言の当たり様に驚いても居た。

 

「ありがとうございます。 

恐らく……このやり方で倒すのがこの使徒は最善、そんな気がするんです」

【ふうん、なんかそういうデータあるのかしら?】

「……それも含めて、もう何週間かしたらお教えしますよ。今は……目の前の敵を倒さねばならないのでね」

【そうね。積もる話はともかく、今回もお願いするわ】

 

ピッ。

 

『問題なかったようだね』

 

これまたいつもの調子で語るカヲル。

 

「(ああ。 じゃあ、今回も宜しく頼むよ。カヲル君、初号機)」

 

【発進!!】

 

ミサトの声と共に、ケージ内から射出されるエヴァ初号機。

またパレット・ガンを撃たされ、自分のせいにされるのだろうか……等と思っていたが、その考えはいい意味で裏切られる。

 

【いいことシンジ君。 パレットガンは国連軍の兵器とそう威力も変わらない……そう、恐らく通用しないわ。

恐らくあの触手が武器だから、触手での攻撃を回避しつつ隙を見てプログ・ナイフでコアを破壊。 コレで行って頂戴】

「はい……ミサトさん」

 

目の前には、以前と比べてもそう大差のない

前回は失敗の目立ったミサトであったが、流石に今回もそういう訳ではなかった。

実は裏で今回の使徒をある程度「知っている」リツコと色々相談をしていたようだが、そうでなくとも他部署の意見も聞き、状況を把握し、その上で作戦を立てる。

本来これが作戦部長としてもあるべき姿とも言えよう。

 

シンジとしてもこの作戦に何ら異論はない。素直に従い、撃退に向かった。

 

「ほっ、ほっ!」

 

兵装ビルが明かりを灯してくれているので、実質昼とそこまで変わらない明度下で戦うことが出来た。

シャムシエルも能力や行動自体はそう変わらないのか、触手をただ振り回してくるだけだし、動きも鈍重である。

 

コレはいける。確信したシンジは、難なくシャムシエルに肉薄する。

そして、コアにプログ・ナイフを突き立てた――――

 

 

が、あるべき手ごたえはない。

 

 

「……アレは!」

 

 

前回では動くのみで殆ど機能すらしていなかった大量の脚が、今回では機能していたのだ。

プログナイフによる攻撃を、その脚を伸ばして受け止めている。

何とかコアに突き立てようとするが、力はどうも均衡状態にあるようだ。動く気配はない。

 

「(全く同じ、という訳ではないという訳か……)」

『そうだね……そもそもシャムシエルは昼の天使。こうして夜に現れること自体がタブーな気がするよ』

「(タブー……そういえばカヲル君の別名って)」

『シンジ君、今は君の洒落に付き合っている場合ではないと思うんだ』

「(……そうだね、今回もちょっとマジメにやらなきゃダメか)」

「ミサトさん、このままでは埒があきません。作戦を」

【そうね……まだATフィールドは張れそうかしら】

「持って……3分と言ったところなように感じますね」

【分かったわ……初号機、シンジ君。現場の判断を優先します】

 

ニヤリと笑みを浮かべるミサト。

シンジに対しては先日のこともあり、ちょっと反抗心もないわけではなかったのだ。

 

そこで、応戦という言葉は使わず「現場の判断を優先」という言葉で、シンジの状況把握能力を見極めることでもし彼に何か非があれば、そこに漬け込もうと考えていたのである。

とは言っても彼に何か害を与えようというよりは、むしろちょっとした悪戯心のようなものではあった。

 

そして、シンジからすればまたとなく有難い指示であった。

 

 

さて、シャムシエル戦で懸念される触手は初号機のATフィールドによって防がれてはいたが、そうずっと張っていられるものでもない。

暴走状態を引き起こせば恐らく圧勝は出来るし、シンジもどのようにすれば暴走に持って行けるかはあの赤い世界に溶け込む際に理解していた。

が、間違いなく怪しまれることになるだろう。ゲンドウのシナリオにこの使徒で暴走するというものはないのだから。

 

幸い、シャムシエルの脚の意識は完全にプログ・ナイフを抑えることに集中しており、コアそのものはがら空きであった。

触手も少しずつ侵食してきてはいるが、まだ抑え込む余力はある。

 

「(よし……行ける!!)」

 

シンジはプログナイフを片手で支えつつ、初号機に備わっているある「スイッチ」を押した。

そして、クラウチングスタートのような体制を取る。

 

【右脚部リミッター解除されていきます!】

【初号機、右脚に高エネルギー反応!】

 

報告するオペレーターの声にも驚嘆が混じる。彼らもこのような機能は知らなかったのだ。

 

シンジはプログ・ナイフを支点にし、脚を後方に捻る。

その間も初号機の脚部にはATフィールドを応用したエネルギーがバチバチと稲妻のように充填されていく。

 

やがて、その稲妻が一際輝くとともに、初号機は動いた。

 

「行っけぇえええええ!!!!」

 

その巨大な脚が、鋭い光を放ち前方へ放たれると、

 

ガキィイイイイン!!!!!!

 

シンジの咆哮と共に、手放されるプログナイフ。そして、初号機の強烈な蹴りがシャムシエルのがら空きのコアに突き刺さった。

 

ATフィールドによる膨大なエネルギー、そして位置エネルギーも加算され音速を越えた一撃により、ひび割れる暇すらもなくコアは打ち抜かれた。

 

【……勝ったわね】

【ええ……】

 

その様子を見ていた作戦部と技術部それぞれの長は、最早それ以外の言葉を失うのであった。

 

 

余談ではあるが、懸念されていたトウジとケンスケの防護シェルター脱出事件は夜間で上手く写真が取れないとして元凶であるケンスケ自身が諦めたことで起きなかったことが後日判明した。

実際はそこまで外の明度は変わらないのだが、これはこれで都合のいいことではあったのでシンジも特に気に留めてはいない。

----

 

「……お疲れさま、シンジ君」

「ミサトさん」

「ごめんなさい……正直に言うわ。今日は……貴方のこと試してた」

 

ミサトは深く頭を下げ、それを上げようとはしない。

彼女は罪悪感に苛まれてもいた。呆気なく倒された第四使徒……

いや、呆気なく倒せたからこそ、である。これがもしより強大な使徒であったら?

弱い相手にすらマトモに指揮を行えない自分を責めていたのだ。

 

「良いんですよ……勝ったんですから、頭を上げてください」

「でも……貴方をまた危険に晒すかもしれなかったのよ? あんな命令……判断を優先なんて聞こえはいいけど、貴方頼りにしてしまったところは前回と変わらないわ。幸い勝ったから良いものの……」

「……顔をあげてください。」

 

そう言うとやっとミサトは頭を上げたものの、目が泳いでしまっている。彼女は少なからぬ罪悪感を覚えていたのだ。

確かに、一番初めに彼女が打ち立てたプログナイフによる応戦作戦は確かに失敗と言っていい。

恐らくその点が気にかかっているのだろうが、自分としては気にしている訳でもない。

はてさて、どうしたものだろうか……

 

……そういえば。

 

 

シンジは簡単な突破口を見出した。

 

 

「……ラーメン」

「え?」

「ラーメン、奢ってくださいよ。あんまり高くなくて、美味しい店知ってるんです。今回はそれがお詫びってことで、一つどうです?」

 

ややぎこちなく微笑みを浮かべるシンジ。これしか思いつかなかった。

最早体感時間としては一年近く前になる、第十使徒サハクィエル迎撃時のやり取り。

当時食べたラーメンの味はシンジにとって忘れられない味でもあった。美味しさという意味でもそうだが、何かこう思い出じみたものもあったのだ。

 

「シンジ君……!」

「え? わっ!?」

 

抱擁するミサト。突然のことで、そこまで女に慣れているとは言えないシンジは慌てふためく。

けれど、この時はもう突き放そうとは最早思えなかった。

 

「……ありがとう」

 

……涙声で自分の胸に顔を埋める女性を、誰が突き放せるものか。

LCLで混じり合ったせいだろうか? 

拒絶する、という初めの自身の取り決めに反し、思い切り抱きしめてやろう、なんていうナンパ師のような思考すら持っている自分があることに気付き、苦笑する。

 

「……特別、ですよ」

 

ポツリと、声を掛けてやる。実質数分ではあったが、その時は永遠にすら感じた。

けれど、それ以上何かをしてやるつもりもまた、毛頭ない。

それをすると、再び彼女を迷わせてしまうことになるだろう。

 

 

今は、これでいい。

 

----

 

後日、シンジとミサトは研究棟の一角の小部屋に呼び出されていた。

そこではリツコが今回の使徒についてわかったことを一通り解説していた。要は、史実通りという訳である。

 

リツコ曰く、シャムシエルはコア以外の殆どの部位は健在。研究のサンプルに応用されることが決定した。

そして、使徒と人間の遺伝子配置の一致率も99.89%。これもまた全て史実通りの結果である。

 

規格外のエネルギーを込められた初号機右脚部にはそれなりの損害はあったが、前回のように触手の貫通があった訳でもなく、また前回のように引きずり回されることもなかったので兵装ビルの被害も無し。

サキエル戦ほどではないが、こちらは史実と違って質の高い勝利を収めていた。

 

「さて……シンジ君。色々と聞かせてくれるかしら」

「そうね~。 あたしもシンちゃんのこと色々知りたいわぁん」

 

リツコは淡々と、ミサトはいつもの通りおどけた口調。

 

しかし、今ここで口外するのは少し拙いと判断しているので、予知夢ということでどうにかその場を切り抜けることにした。

 

ミサトは若干考えた末納得したのか、「じゃ、あたしはちょっち用事あるからぁ~」と手をひらひらさせてどこかへ行ってしまった。

……後日、これはリツコの差し金であったことが分かったのだが。

 

ともあれ、今はリツコのみ。これは計算通りであった。

 

「……ミサト、居なくなったわよ。話してくれるわね?」

「はい……ここには父さんも居るようですし、場所を移しましょう」

「碇司令に知られると拙いのかしら?」

「……今は、そうですね。分かってください。エヴァ初号機の損害を少なくしたお礼だと思って、どうか」

「……しょうがないわね」

 

クスリと笑うと、リツコは自分の研究室へと案内した。

ドアには「リっちゃんのけんきゅうしつ」という可愛らしいネコ型のプレートが掛けられている。

 

「……お邪魔、します」

「あら、そんなに改まらなくてもいいのよ?」

 

プレートの可愛らしさと比例し、研究室の中にも可愛らしい小物が多い。

ネコ型のものが多いのは、恐らく彼女がネコ好きであるが故のことであろう。

正直、少し危ないマッド気味な研究者というイメージを持っていたシンジは彼女への印象を少し改めた……かもしれない。

 

「シンジ君、貴方何か失礼なこと考えてないかしら?」

「い、いいえ?」

「あら、そう?」

 

何故こうも自分の思考は読み取られるのだろうか。疑問に思いつつも、本題に入った。

 

「じゃあ、私から聞かせてもらうわね。単刀直入に聞くけど、貴方何者?」

「はあ?」

「惚けなくてもいいのよ? 貴方の知識が普通じゃないことは分かるもの。どうして初号機のリミッターの外し方を知っていたのかしら」

 

早速核心を突かれる。勿論、今はまだ明かすつもりはない。

まずは惚けてみることにする。

 

「へっ? リミッター?」

「……」

 

冷たい目線が突き刺さる……が、気にしないように努める。

 

「僕はただ強烈な蹴りを見舞ってやろうって思いまして。

サッカーの時なんかも、自分のところにボールが来そうになったら一度自分の右足の靴紐を占めるんです。

まぁ、要は癖なんです」

「ふぅん……」

 

とてもとても冷たい目線でこちらを見つめるリツコ。

非常に非情な冷たさを帯びたその視線はシンジをめった刺しにするが、それでもどうにか踏ん張る。

 

暫くの沈黙の末、口を開いたのはリツコだった。

 

「……まぁ、良いわ。今回の用はそれだけじゃないもの」

「ご理解感謝します……まずこちらが、今日お教えする情報です」

 

シンジがポケットから取り出したUSBの中身ををコンピュータで展開する。

 

そこには、第五使徒ラミエルについての情報……特に戦闘についての詳しい記述。

シンジはラミエルの加粒子砲で一度大きなダメージを受けており、それは個人的に何としても避けたかった。

それに、ヤシマ作戦では恐らくレイにも尋常ではない負荷がかかる。それもまた避けたい事象の一つであった。

 

「……なるほど、ねえ」

 

一通り資料を読むと、ため息をつくリツコ。

 

予知夢という前提があるとはいえ、前回の情報もそうだったが余りにも記述がよく出来ている。

具体的な使徒に対する戦法を、必要な武器類なども含めてこと細かく、それも考え得るあらゆる事態に応じて十数パターン、今回に至っては二十パターンもの場合分けがなされていたのだ。

それも行動確率別にパターンが仕分けされているので、より重要な情報は何なのかも一目で分かる。

 

その情報量はtxtファイルにも拘らず百キロバイトをゆうに超えていた。

 

更に、これほどの情報量であるのに、そこいらの研究論文よりよっぽど訴求力のある整然とした文章にただただ圧倒されるばかりだったのだ。

 

勿論これも簡単な工程ではない。

シンジが自分の体験を一通り洗い出し、二人でブレインストーミング。

それによって完成された理論をカヲルがより適切な文章に直していく作業により、完成されたものである。

 

「考えられる行動パターンは示している通り二十パターンに分かれています。

しかし、ここにある潜行ドリルの伸縮による中距離攻撃という1パターンを除けば、遠距離攻撃という事は一致しています」

 

潜行ドリルの伸縮。

前回のラミエルが行わなかった行動ではあるが、緩慢とはいえ確実に装甲版を抉るあの力を活用しない手はないとシンジは考えたのだ。カヲルもそれに反対することはなかった。

行動確率は最低ランクに分類されてはいたが、考慮に入れて損はない。

 

「勿論あくまで予知夢からはじき出してみた結論ではありますが……第3使徒は近接戦、第4使徒は近接に加え中距離の戦闘もありました。ならば、第5使徒は遠距離を使ってくる。間違った考え方でしょうか?」

「……そうね。貴方の言う情報はあくまでも予知夢。

でも、次に遠距離攻撃を仕掛ける使徒が出るというのは、実は私やミサトも予測してはいたの。

違います、って言われても本当は私たちの方が、そっち方面では詳しいと思うのだけど……貴方、かなりカンが鋭いのね?」

「はは……」

 

今は笑ってごまかしておく。最も、そのうち機を見てバラす予定ではあるが。

 

「……まあ、いいわ。遠距離攻撃を行う使徒に対する高火力武器。

戦略自衛隊が今極秘裏に『ポジトロン・スナイパーライフル』という陽電子を用いた武器を制作しているようだけど、それを参考にするのも良いかもしれないわね」

「極秘という割にはよくご存じなんですね」

「まあ『ポジトロン』という名前、スナイパーライフルという名前から推測すればこの位は分かるわよ。

……そうね、貴方も学生なら、意味の分からない言葉でも文脈から類推出来たり、

逆に意味の分からない文章や造語でも単語単語の意味から類推できるようにしておくと数年後役に立つわよ」

「あはは……肝に銘じておきますよ」

 

稀代の天才碇ユイの血を受け継いでいるおかげか、シンジも決して学業の成績は悪くない。

もう既にシンジはこの時期の授業を一度受けているので、授業中に暇つぶしに四次式の解の公式を自力で何も見ず証明してしまった。

他にもカヲルの手伝い付きではあるが明らかに中学を逸脱した知識を得つつある。

 

しかし、英語についてはどうも苦手な方であった。なので、このリツコの言葉もなかなか突き刺さってくるものがある。

 

「しかし……」

「どうしたの?」

「こんな、一抹の中学生の話をリツコさんもよく信じてくれますよね」

「あら、まるっきり信じてる訳ではないけど」

「そうですか?」

 

コレは本当にシンジも思うものである。

使徒については最前線の知識を持つと言っても良い科学者が、こんな一抹の中学生の与太話に真剣に耳を傾けているのだから。

 

「とは言っても、プログ・ナイフの使用用途だけは疑問が残るけど、外見的特徴や行動的特徴も一致していたんじゃある程度の信頼を置くほかないじゃない。

……本当は、これからどんな使徒が出てくるか知っているのではなくて?」

「……まさか。前回もたまたまですし、今回もこれだけですよ」

「まあ、今は目の前の敵を倒すことに集中しないとね……今日はありがとう」

「いえ、こちらこそ僕のたわいもない与太話を聞いていただきありがとうございます。

……ところで、綾波レイさんはどこに居ますか? お見舞いに行きたいのですが」

「レイ? レイならもう退院したんじゃないかしら。多分家にいると思うわよ」

「そうですか、ありがとうございます。それでは失礼しますね」

 

ガチャン。

 

ドアの閉まる音が鳴るとともに、この時聡明なリツコは推測から確信へと変えた。

 

シンジは、少なくとも「何か」を知っている、ということを。

綾波レイ、という名前をシンジの前で出したことはないし、どこで知ったのかは疑問だ。

いや、それ自体はミサトあたりから名前を聞いて知っているという可能性もある。

が、「家」だけではどこにいるのかは分かるまい。

 

リツコは今の質問でシンジを試していたのだった。

 

そして、目の前のシンジはそのような断片的な情報だけで―――――

 

 

ガチャン。

 

その時、再びドアが開く。

 

「……レイさんの家、ってどこです?」

「……はぁ」

 

再び推測に戻ってしまった。

「(……ウソつくのはやめて貰いたいけど、はてさてね)」

 

リツコはこの時は確信するのを諦めて、素直にレイの家を教えることにしたのだった。

ついでに、持たせ忘れたIDカードも持たせて。




伊「はい、皆さんおはようございます。伊吹マヤでーす」
日「おはようございます、日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「そういえば、なんでこういうところでは「おはようございます」なんでしょうね?」
日「さあ……まぁ、業界のしきたりっていう奴なのかな」
伊「そういえば日向君はあの時もどっちかというと昼なのにおはようございます、って言ってましたしね」
青「まあ、そこは物語と関係ないしどうでもいいだろ」
日「そんなことより、このラジオの視聴人数がついに1000人を越えたらしいな」
青「確か前回の放送から3~4日位で到達だろ? 結構上出来なんじゃないかな」
伊「まぁ、今後もその勢いを保てるように頑張りましょうということで、本題に入りましょうか。
「えー……まず、シャムシエルが昼の天使ってどういうこと? だそうですが」
青「……」
日「……」
伊「……」
青「……そういうものです、としか言いようがないよな」
日「……だな。今後は~の天使ってどういうこと? 系は廃止にしようぜ。俺たちの世界ではもう宗教も何もあったもんじゃないし」
伊「そうですね……変な宗教はあの老いぼれ共、ゼーレとか言う奴だけで充分ですぅ」
青「えっ」
日「えっ」

―ネルフ本部、司令室にて―

加持「えっ」
冬月「えっ」
ゲンドウ「えっ」

―静止した闇の中で―

キール「えっ」
「「「「「「「「「「えっ」」」」」」」」」」

―局内にて―

伊「……みなさんどうしました?」
青「い、いやなんでもないんだ」
伊「そうですかー。じゃあ、次行きましょうか。
シャムシエルの行動が変わっていたのはどういうこと? だそうですが」
日「うーん……これもそれなりに核心ついてきてるよなあ」
青「だなあ……まあ、それ抜きにしてあんまり深入り出来ないというかなんというか」
日「まぁ、次回になればわかると思うよ。特に逆行系のお話ではお決まりのネタなんだけどな。
たとえば俺の知ってる作品では黒髪ロングのクールな可愛い子が……」
伊「……その特徴、葛城さんとかなり一致してますよね」
青「……性的嗜好って次元問わないんだな」
日「いや、あの子はぺったんこだけど葛城さんは結構大きいからそれはないな。あーでも確かに銃器の扱いに優れてるのは共通点かな」
伊「……なんか日向君って、凄いですね」
青「てか、軍人でもないのに銃使うの上手いとかなかなかヤバい奴じゃねえか?」
日「……あの子はそんな子じゃない、好きな人の為に何百回と逆行して、ついにクレイジーサイコな愛に目覚める位の友達思いな良い子だ」
青「……」
伊「……」
日「なんだよ、そんな目で見るなよお前ら……」
伊「……チッ、これだから若い男は……!!」
青、日「……マヤちゃん?」
伊「……ま、コレ読んでる人だってどうせ言わなくてもなんで変わってるのかはここまで言えば想像出来るでしょうし、これ以上言うのはネタバレってレベルじゃありませんしこの辺にしておきましょうか」
青「そ、そうだな」
日「お、おう……最後の質問行こう」
伊「はいは~い。ええと……逆行前とそんなに変わらない筈なのに学力、特に数学が異常に良いのはどういうこと? だそうです」
青「……アレやっぱすげえよな、四次方程式の解の公式を自力で導出だなんて。ユイさんの血統だから出来るのか?」
日「だろうなぁ……ここだけの話、シンジ君って噂によると赤木博士から色々習ってるみたいだよ」
伊「せ、センパイが!?」
青「へぇー、あの赤木博士がねえ?」
日「うん、何でも使徒攻略の手助けになるように科学的素養を学ばせるとかなんとか……マヤちゃん?」
伊「ぶつぶつ……いいなぁ……私も手とり足とり……先輩に……」
日「え、どうしたのマヤちゃん」
伊「ぶつぶつ…」

ぽわぽわぽわ……

「せんぱぁい、あたしこのもんだいわかりませぇん」

マヤが手にA4サイズの大きさのプリントを手に、可愛らしい顔をくしゃくしゃにしながら涙目で訴えかける。
その目線の先には、マヤ憧れの先輩である赤木リツコの映える金髪があった。

「あら……貴方、コレは課題だったでしょう?」
「ごめんなさぁい……ぐすっ、さいころがいびつだなんていわれてもわからないですぅ」
「……しょうがない子ね」

リツコがどこかからペンを取り出すとさらさらさらさら、
幾ら悩んでもマヤが解けなかった問題がスラスラと解かれていく。

「わぁ……」

余りの手際の良さに目を輝かせるマヤ。しかしリツコはそれに反し、厳しい顔をしている。
凍てつくような視線は、マヤの表情をも見事にカチンコチンと凍らせる。

「あ、あぅ……」
「……いいことマヤ、コレは課題なのよ? 
本当は自力でやってこなきゃいけないの。お分かり?」
「ご、ごめんなさい……うぅ」

既に先ほどまでのきらめいた目はどこにもなく、再び涙目になるマヤ。

「……あら、泣き落とし? 課題が仕上がっていない上に、それを泣いてごまかそうとする悪い娘にはお仕置きをしないといけないわねぇ」
「え、え……? きゃぅっ!」

そういうとリツコは、突然現れた「りっちゃんのおへや」と可愛らしいネコ型のプレートが掛かった部屋にマヤを強引に連れ込んだ。

「せ、センパイ……何をむぐっ!?」


ふるふると震えつつもかすかな期待も帯びさせながら声を出すマヤの口を、強引にその唇でふさぐリツコ。
そうしながら、後ろにあるキーボードを器用に打ち込んで見せた。


「悪い子マヤ、貴方は私がじっくりと教育してあげるわ……覚悟なさい?」
「ふ、ふぇっ……?」


突然のことに思考が付いていかないマヤ。
リツコの言葉、行動を反芻する。

唇をふさがれる。
押し倒される。
教育してあげる。

全てを理解したマヤは、途端に顔を赤くする。
しかし、その紅潮はむしろ歓喜の色さえ帯びている。

「ふふ、わたしの可愛いマヤ……」
「センパイ…」
「I、need、you」
「……!」

マヤの耳元でそっと囁く。
意図を理解した途端ついには耳まで真っ赤になったマヤだが、
リツコはそれを意に介せず、手際よく部屋の片隅にあるベッドにマヤを押し倒し――――

ぽわぽわぽわ……

伊「キャー!! ……よい、全てはコレで良い……」
青「……マヤちゃん? おーいマヤちゃーん」
伊「センパイ……センパァイ……!」
日「……かえってこーい」
青「やめろマコト、これ下手したら別の意味で還っちゃうから」

数分後……

伊「えー……お騒がせしました」
青「なぁマコト」
日「ん?」
青「マヤちゃんもなかなか……なぁ?」
日「ああ……問題ない」
青「メガネが共通点だからってさらっと司令の物真似してんじゃねえよ俺には問題ありまくりなんだよ」
伊「何ぼそぼそ喋ってんですか」
青「い、いやなんでもないよマヤちゃん」
伊「そうですか……じゃあ、葛城さん。いつものアレお願いします」
葛「はいは~い♪
『第四使徒シャムシエルを倒し、第五使徒ラミエルについての情報を開示したシンジ。
提示される「ポジトロン・スナイパーライフル」による極限的作戦とは何なのか?
そして、これまでのレイの行方はどこなのか?
次回、「決戦、第三新東京市」 さぁ~て、次回も?』」
全員「サービスサービスゥ!」


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第四話 レイ、心のむこうに

「さて…………行こうか、カヲル君」

『そうだね。レイ君の所在もはっきりさせないと』

 

2015年7月16日。この日は零号機の起動実験が行われる日である。とどのつまり……ラミエルがやってくる可能性もあるのだった。

本当は1ヶ月早いのだが、シャムシエルが予定より早く来たことや、使徒と戦うたびに初号機に充てられるはずだったパーツがシンジの善戦により全て零号機に充てられることになった。よってここまで早まったのである。

 

確かに時期だけ見れば早すぎる襲来のように思えるが、シャムシエルがあれほど早く来たのだ。ラミエルが早く来てもおかしくはない。

 

 

この結論に達したのは、数日前に行われたブレインストーミングの結果である。

 

恐らく、トウジの妹が怪我をしなかったことや、サキエルを暴走抜きで倒したという事が、世界における一つの因果律に干渉したのだろう……という結論である。

その結果シャムシエルもより早く到達した、という訳である。

 

最も、実際にはそんなオカルトじみた理由だけではなく、きちんと裏もある。いや、裏があるからこそ、「因果」と呼べるのかもしれない。

シンジたちは最初に「サキエルが早く、暴走抜きで倒されたからその分早くシャムシエルも来たのではないか?」という仮定を立ててもいた。

 

そこからさまざまな仮説を立てた結果、

 

なぜサキエルが早く倒されたのか?

勿論、シンジが早く倒したからだ。

何故早く倒せたか? シンジがトウジの妹を救いたいと思い行動したからだ。

早く倒したことで何が起きたか? 暴走も起きなかった。

暴走したらどうなる? いつもより戦闘力も高くなる。

 

纏めると、

 

早く倒された=次である自分もすぐに出向かねばならない。

暴走しなかった=そこまで戦力が無い=戦力が無いうちに叩きのめしてしまおう。

 

という「世界の心理」により、シャムシエルが動いたという仮定を立てた。

事実はどうなのか分からないが、

 

『使徒にも少しは知恵、そしてこれまでの記憶を持ちこす性質があるからね』

 

これはカヲルの弁である。使徒である彼の意見により、大幅にその信憑性も増したのであった。

 

そして、その心理に行きつくには上に挙げたようにそれなりに色々な因果が絡んでいることになる。

故に、「世界における因果律に干渉した」という結論に達したのだ。

 

そして、恐らくこれからも別行動を起こせば起こすほど使徒の展開も変わってくるかもしれない。

が、シンジたちはあくまでも楽観的であった。

 

「(まあ、僕たちが来たという事が一番の因果律そのものに対する反逆だしね。

それでもサキエルは同じ日に来て、全く同じ行動を取ったじゃないか)」

 

これはシンジの弁である。カヲルとしてもこれはご尤もな意見であった。

 

----

ゴーン……ゴーン……

 

やはり何か機械が動く音が遠くから聞こえてくる。今は明るいから良いが、夜になったらかなり気味が悪いのではないだろうか。

ミサトかリツコ、あるいは自分と同居させることを検討しようかとも考えていた。

 

「綾波さーん」

 

まずはさん付けだった。いきなり呼び捨てすると、もし「あの」綾波じゃない時にかなり警戒されるだろう、という考えでのことであった。

声を掛けてみるが、案の定返事はない。

 

カチッ、カチッ。

 

試しに押してみるも、空鳴りするインターフォン。これまたあの時同様破損しているようだ。

 

「……入るよ?」

 

奇しくも科白は同じだが、あの時ほどの抵抗感はなかった。

もう既にシンジはレイのことをよーく知っているのだから、警戒するには至らなかった。

 

やはり、あの日のようにシャワーを浴びているのだろうか?

あの時は気恥ずかしさですぐ目を逸らしてしまったが……中学生とは思えないプロポーションであったことは覚えている。

警戒はなくとも、やはり目を逸らしちゃうだろうな、反射的に。いや、意外と助兵衛になっているかもしれない。

 

等と、過去に想いを馳せていると……

 

「……あなたは?」

 

奥から、仄かな青の籠った髪の少女が出てくる。

 

彼女こそが、綾波レイ本人である。

 

 

 

しかし、この様子からして―――残念なことに、覚えてはいないようであった。

 

考えてみれば残念でもなく当然で、シンジはリリン、つまるところリリスの子供である。

アダム一体に対してリリス、リリン。初号機も含めればもう一体リリスもいる……いや、確か初号機に関してはアダムだっただろうか?そこまでは覚えていない。

兎も角、神の化身と呼べる存在が同時に4体も時空間を移動したのである。

カヲルが体内意識に留まったように、あのレイは消えてしまったのだろうか。

 

けれども、それならそれで仕方がない。

一先ず、声は掛けることにする。

 

「僕は、碇シンジ」

「そう」

「このカード、リツコさんに頼まれて届けに来たんだ。新しいカードにしたんだって」

「そう……頂くわ」

 

そういうと、シンジからカードを受け取る。

心なしかその動作は前よりは優しめであった。

 

「(よく考えたらそうだよなあ……あの時の綾波にとって大事な人だった父さんの眼鏡を勝手に掛けた挙句、その……胸、触っちゃったし)」

『そう、らしいね』

 

前回の方がどちらかというと、因果応報であった。

 

「ネルフ、行くんでしょ? 僕も一緒に行くよ」

「……そう」

 

レイはあの時のように、静かにネルフへ向かっていく。

レイの家から本部まではそう遠くないので、シンジもそのまま着いていくことにした。

 

すたすたすた。

 

暫し、無言が続く。

 

レイは特に何か喋る気はないようだった。

シンジの方はというと、無言……厳密には、カヲルと脳内対話をしていた。

 

「(……どこに消えちゃったんだろう。綾波)」

『そうだね……いったいどこに行ってしまったのだろう』

「(消えてしまった、のかな?)」

『そこまでは僕にも分からないさ。全知全能ではないのだからね』

「(そうだけど……)」

『まぁ、それよりも今日は「あの」ヤシマ作戦の日だろう? あの雷の天使ラミエルを見事に落としたリリンの見事な作戦、是非生で拝ませて貰いたいものだね』

「(見事な、って言っても遠くからスナイプするだけだよ? 今回は普通に叩こうと思ってる)」

『そりゃ残念』

 

実はこのように思考の続くあまりシンジの歩行速度は少しずつ落ちていたのだが……目の前のレイはそんなことを気に留めずに歩いている。

最も後ろを向いて歩いている訳ではないので当然ではあるが。

 

数分程歩くと、そこはもうネルフ。

例のあのエスカレーターで、シンジはレイに引っ叩かれたことを思い出し苦笑していた。

 

「(あの時の綾波のビンタ、やっぱちょっと痛かったなあ)」

「……君?」

「(……でも、ちょっと目覚め……いや、なんてことを想像してるんだ)」

「碇君?」

「(まあ戻って来たし、まだチャンスはあるよね、ふふふ……)」

「碇君?

「わわっ!?」

 

気付くとレイが目の前でじーっとシンジのことを見つめている。

自然と顔が熱くなる。

 

「……何を笑っていたの?」

「あ、ああ綾波。いや、ちょっと懐かしい感じがしてね」

「懐かしい? ……わからないわ」

「え……あ、そ、そう」

「……?」

 

レイは不思議そうな面持ちである。

その無垢な目に思わずどきりとし、吃ってしまうシンジであった。

 

しかし、そんなことにも構っていられないことが起きた。

 

その三時間後、零号機の実験は終了した。

シンジはケージの近くにある自販機コーナーで、普段着の下にはプラグスーツを装着して待機していた。

理由は当然、この後に訪れるであろう第五使徒ラミエルを想定したものだ。

 

ここで、シンジは終了の正式なアナウンスを聞くとともに異変に気付いた。

 

そう、正式に「終了」したのである。かの実験が。

 

「そんな……馬鹿な?」

 

シンジは一人驚いていた。厳密には、内心のカヲルもだが。

 

『コレは……想定外だね』

「(うん……)」

 

何故彼は驚いているのだろうか? 

 

理由は単純だ。

第五使徒ラミエルは零号機の実験終了直後に訪れた。あの時は突然の襲来と言うこともあり、正式な終了アナウンスは流れていない。

結果、シンジは実験直後というあわただしい空気の中で射出され、あの加粒子砲を受けてしまったのである。

 

が、今回は違う。実験は無事終了し、レイは今更衣室の中だった。

ゲンドウやコウゾウも既に司令室に戻っている。

 

逆に言えば、慌ただしい雰囲気の中ラミエルが来ない可能性も浮上してきているのでシンジとしては喜ばしい筈なのだが……

 

「(……カヲル君。今は家に帰ろう。また考えを練り直すんだ)」

『そうだね。今は慌てても仕方がないさ。こういう時は……美味しいものでも食べて、落ち着こうよ』

「(……それってカヲル君が美味しいもの食べたいから言ってるだけなんじゃないの?)」

『……ふんふんふんふんふんふんふんふん♪ ふんふんふんふんふーんふふーん♪』

 

鼻歌で誤魔化された。しかもよりにもよって第九の鼻歌である。

もしやカヲルは第九以外の曲を知らないのだろうか? と思ったのはまた別の話。

 

----

 

宣言通り、シンジはスーパーマーケットに来ていた。

 

「……おや、アレは?」

 

今日はカレーの予定である。カヲルはどうもカレーが好きなようで、食べる度に『カレーは良いねえ、リリンの食文化の極みだよ』などと言っている。

シンジも特段嫌いな食べ物はないので、何となくカヲルに合わせてカレーをしばしば作るのであった。作り置きも出来る便利な料理である。

そんなシンジが見つけたのは、意外と言う程でもないがリツコにミサトという、ちょっと変わった組み合わせだった。

本人たちからすればお互いに友人関係ではあるが、

他のネルフ関係者からすれば作戦部と技術部は実のところエヴァによる作戦行動時を除いてそこまで接点はないのである。

 

「ミサトさんに、リツコさんじゃないですか」

「あら~シンちゃん奇遇ねえ」

「シンジ君はどうしたの?」

「カレーの材料を買いに。二人は?」

「それがね……ミサトもカレーを作る気らしいのだけど」

「え……?」

「んっふっふ~、シンちゃんもたべるぅ?」

「え……」

 

赤い海で体験した記憶によると、人知を超えた味であった。聞いた話ではこれを食べた加持は一週間ほど大学を休まざるを得ないことになっていた程の、相当なもの。

つまるところ、大変な凶器を生み出すことを意味していた。通称「ミサトカレー」。このままではリツコもそうだが、彼女の同居人(?)である、温泉ペンギンのペンペンの命運も風前の灯火である。

 

「リツコったら『アンタのカレーははっきり言ってヤバい味だから材料が大丈夫か確認する』だなんて言うのよ、酷い話よねぇ……シンちゃんなら分かってくれるわよね、ウッウッ」

「と、突然くっつかないで下さいよぉ……」

「あたしは事実を言ったまでよ」

 

 

シンジにしがみついてさめざめと泣きだすミサト。勿論嘘泣きなのはバレバレである。

 

とはいえ、いつラミエルが来るかわからない状況でリツコに倒れられるのも困る。そこで……

 

「……良ければ、僕が作りましょうか?」

「あら~、でも悪いわよぉ」

「どの口が言うのかしらミサト? シンジ君、いっそのことお願いするわ」

「ええ、構いませんよ」

 

意外な形で史実に近い食事をとることとなったのであった。

 

暫くして買い物を終えると、ミサト宅へ向かう。前史ではかなり荒っぽい運転だったが、今回は幾らかマシなようである。

夜の帳もそこそこに、やや静かなコンフォート17、ミサト宅でもあるマンションに到着した。

 

そういえば、ミサトの家と言えば――――

 

「たっだいま~」

「お邪魔するわ(します)」

 

ガチャン、と扉が開いたその時。

 

どささささささ。

クワァッー!!

 

どこからか凄まじい物音、そして鳴き声が響いている。

 

「あら、折角端っこに寄せたのに崩れ落ちてる~……また直さなきゃあ」

「ミサト……あんたいつになったら部屋をきれいにする習慣が付くのかしら」

「えへへぇ」

 

後頭部に手を当てて苦笑いするミサト。

 

「…………」

『……想像以上だね』

「(……そうだね)」

 

そんなミサトがしゃがんでいる目の前にある―――――ゴミ袋の山。

その麓には何やら人間とはまた違った生物の腕が見え隠れしている。ピクピクと動いており、救援を求めているのは火を見るよりも明らかであった。

 

「葛城さん、なんか蠢いてますよ、そこ」

「えっ? あらペンペン、これもしかして貴方が崩したのかしら?」

 

ぴくぴく。

 

返事をしようにもしようがない「ペンペン」と呼ばれる生物。唯一出ている片腕をブラブラと振る位しかこの窮地を脱出する術が残されていない。

 

「ミサト、助けてあげなさいよ」

「しょうがないわねぇ……ほら捕まりなさいな」

 

ズルズルと黒い塊が引っ張り出された。最早息も絶え絶えである。

引っ張り出された黒い塊は冷蔵庫の方へよろよろと歩いていくと、

「……クエッ」

と一声鳴いて扉も閉めずに冷蔵庫の中へ倒れ込み姿を消した。いや、下段部ということは冷凍庫だろうか。

 

「葛城さん……」

「あぁ、アレは温泉ペンギンの一種で、名前はペンペン。あたしの同居人よん」

「いや、そうじゃなくて……部屋、掃除しましょう?」

 

その夜はカレーを作る以前にミサトの家の大掃除に使われ、結局カレーは作られることなく簡単なデリバリーピザによる晩餐となるのであった。

 

『わけがわからないよ』とはカヲルの弁である。どれ程カレーが好きなのだろうか。

 

----

 

翌日。

 

碇シンジの朝は少しだけ早い。いつも通りの学校である。

昨晩の大掃除で痛む体を何とか起こして、軽い朝食を取る。

軽いとはいえ、程よくあぶったベーコンを含むBLTサンドに新鮮なバナナ、そしてキンキンに冷えた牛乳。

この牛乳を一気に飲み干すことで、冷たさの相乗効果と共に完全に覚醒するのが日常である。

 

「っはー、やっぱこの為に朝があるってもんだよね」

『シンジ君、何やら葛城一尉のようなことを言うねえ』

「(美味しいんだしいいじゃない)」

『まぁカレーにも合うしね』

 

ばしゃりばしゃりと顔を洗い、歯を磨くと制服に着替える。何時もの白いカッターシャツに黒いズボンである。

 

「じゃあ、行ってきますっと」

「よ~うセンセ、おはようさん」

「おはよう、碇」

「ああ二人とも。おはよう」

 

前史ではこの頃はまだ険悪な雰囲気だった気がするが、今回はそういうこともない。いたって良好な関係が続いている。

どういう訳かシンジが出てくるとこの二人が待機しているのだ。

いや、一応前史でもそうだっただろうか……まぁ、その時の二人の目当てはむしろシンジではなくミサトであったが。

 

「いや~残念だったなぁ…………」

「どうしたのケンスケ」

「コイツ、此間のドンパチを覗きに行こうとシェルター抜け出そうとしとったねん。まあいざ行ってみたら暗すぎてよう見えんから帰ってらしいけどな」

「もうちょっと近くに行けたら充分明るそうだったんだけどな……でも、大分距離があるんだぜ? あそこまで危険になるってこともそうそうないと思うんだけどな」

「いや、危ないよ。何が起こるか分からないからさ」

 

またしてもケンスケは脱出しようとしていたらしい……が、幸いにも暗かったらしく前回のようにエントリープラグに彼をぶち込むという事態は阻止されていた。

夜に現れてくれたシャムシエルに感謝感激である。まさか使徒に感謝する日が来るとはシンジも想定していなかった。

 

そんな風に他愛もない話をして歩いていると、学び舎こと第壱中学校が見え始める。

 

ここ第壱中学校では、意外と校則は緩かった。ぶっちゃけ白いシャツに黒いズボンであれば何も言われないどころか、トウジのように常時ジャージでも何も言われない。

 

そんな中学の校門をくぐった位の時に、シンジは見慣れた青い髪を目にした。

 

「あっ、綾波おはよう」

「……おはよう」

「えっ!?」

「ふぁっ!?」

 

このやり取りに驚いたのはトウジとケンスケ。そういえば、彼らはまだシンジとレイの間柄は良く知らない。

不思議そうな顔をするレイ。

 

「……なに?」

「どうしたの二人とも?」

「い、いや……綾波がまともにやり取りしてるの、初めて見たからさ」

「自分ら一体どないな関係なんやぁ?」

「あぁ、パイロットなんだよ綾波も」

「マジか」

 

好奇心をたぎらせた目を向けて聞いてくる二人であったが、特に気にせず淡々と返すことにするシンジ。

 

「でもあんまり騒ぎが大きくなるといろいろ拙いから出来るだけ内密にね」

「分かってるって」

「となると欠席が多かったのもロボット関連か、綾波も難儀やったのう」

「……そう? 分からない」

「あはは……まぁ、いつもはこうだけど仲良くしてあげてよ」

「お、おお」

 

なんて会話をしているうちにいよいよ校舎が目に入ってくる。

 

今日の一時間目は何だっただろうか、等と考えていたからシンジは気付かなかったが、

こちらに来て日の浅いことになっているシンジはともかく学校の2バカとして扱われていたトウジやケンスケと、無口なだけでかなりの美少女であるレイがともに登校しているという風景は結構異端なようであり、そこそこに視線が向けられていたらしいと言うことをケンスケから後ほど耳にすることになった。

 

一方で、そんな渦中の人物であるレイは一人、思考の海にダイビングしていた。

 

「(……懐かしさ。

昔の想いの痕跡……わたしの、昔の想い? 想いとは……何か、感情。どんな感情?

……分からない」

「(……感情。私が持っていないもの。いや、持っている……? 誰に対して……誰に? 碇司令? 副司令? 赤木博士? 葛城一尉? ……碇君?)」

「(……碇君、わたしと同じエヴァのパイロット。単なる同僚。

でも、不思議な感じがする。フワフワとしたような……でも、嫌いじゃない……これは何?)」

「(……分からない、でも、知らない人でも、ない? 何故?)」

 

レイの席は前回同様、窓際の一番後ろである。

居ない日の方が多く、その癖成績だけはどういう訳かかなり良いので教師も特に指そうという気にはならないらしい。

それをいいことに、レイの果てしない思考の海へのダイブは留まる事を知らなかった。

 

 

----

 

 

結局ラミエルが来ないまま、一ヶ月が経とうとしていた。

 

シンジやカヲルも警戒はしていたし、訓練は定期的にこなしていた。

しかし一方で夏休みも始まり、トウジやケンスケらと遊んだりもしていたりと楽しい日々を送るものなので、

どこかでこのままラミエルも来なければいいな、と願い始めてもいた。

 

ネルフ本部内でも段々とサキエル戦後、及びシャムシエル戦後ほどの緊張感がなくなってきている。

元々使徒殲滅を目的とした組織なので、使徒に関わる仕事が無ければ大多数の人間もまた暇になるのである。

国連直属組織なので仕事はなくとも給与は与えられるが、仮にも軍事組織がこうもだらりとしているのは如何なものかと思える程には緊張感が無くなりつつある。

 

もし、この現実が誰かによって描かれた物語であるならば――――

このままラミエルが来ないまま、めでたしめでたしとなって欲しいとすら考えてもいた。いや、そうしてください神様とも。

そうなればサードインパクトも起きることはなくなるだろうからだ。

 

そうしていよいよ史実と同じ日が来ようとしている8月15日、定期的なシンクロテストも終わり帰ろうとしていたシンジはリツコに呼び止められた。

 

「シンジ君」

「何ですか?」

「レイにこれを」

「手紙……ですか?」

 

郵便で出せばいいじゃないか、とも思ったが、

そこはきっと機密になり得ることが書いてあるのかもしれない。

 

「直接渡せばいいじゃないですか」

「そうしたかったのだけど、もう帰っちゃったみたいだから……明日でもいいからお願いできるかしら」

「ええ、構いませんよ」

「ただ、明日行くならレイは臨時シンクロテストがあるから……出来れば午前の10時までに届けてほしいところね」

「わかりました」

 

まあ、シンジとしても別に悪いことではない。

レイが記憶を取り戻せるよう色々と取り計ろうとしていたのだが、どうも上手くいかない。だが接触しないことにはどうしようもないので、とにかく接触の口実は欲しかったのだ。

 

しかし、この日は既に21時を回っていた。

シンジは諦めて次の日に渡すことにした。リツコも明日で良いと言っていたので、大義名分付きである。

 

 

翌日、何かと早く目の覚めたシンジはレイの家へ向かった。

言われた通り10時までには間に合いそうだ。

 

「綾波ー、入るよ?」

 

一ヶ月前のように綾波家に入り込むシンジ。

この夏休みである程度接触していたので、もう抵抗感は欠片もない。

 

「うーん……居ないなぁ」

 

中に入ってみるものの、目当ての人は居ない。

しかし靴はあるので、トイレかなにかに……と思ったその時である。

 

レイが一糸纏わぬ姿で風呂場から出てきた。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

突然の出来事に最早頭がついていけない。そして、やはりあの時のように目を瞑ってしまった。

しかし案の定というべきか、レイは裸を見られたことなど全く気にとめていない。

 

「……何?」

「いや、あの、その、この手紙を届けるように……リツコさんから」

「そう、ならそこにおいておいて」

 

シンジがおずおずと手紙を置くと、あくまでも淡々とした様子で手紙を手に取るレイ。

勿論、その間も衣服を着てはいない。整った肢体が眼に入るたびに申し訳なさげにしているしかなかった。

 

「……」

「あ、ちょっと!」

「……何?」

「ネルフ本部、行くんだろ? 僕も行くよ」

「そう」

 

暫く目を背けていたからか、気付くとレイが既に着替え終えネルフへ向かおうとしている。

慌ててレイについていくことになった。

 

手紙の内容は、リツコの言った通り臨時シンクロテストに関する物であった。

またも二人で例のエスカレーターに乗ることになったのだが、如何せん長いエスカレーターなので自ずと手持ち無沙汰になってくる。

そこで、なにか適当に話を持ちかけることにした。

 

「綾波は、どうしてエヴァに乗るの?」

 

前回と殆ど同じ質問である。

そして期待した通り、レイもあの時と同じ返事をした。

 

「絆だから」

「絆? 父さんとの?」

「そうよ。 貴方は、自分の父親との絆はないの?」

「……今の段階で、あの人とマトモな絆を持ってる人の方が凄いよ」

 

そう言うと、レイはあからさまに嫌な顔をしている。

シンジがああ、そういえば――と過去を思い出したかどうかのタイミングで、史実通りその頬に紅葉模様が付くこととなった。

 

 

その数分後、臨時シンクロテストが開始される。

一通りの準備が整い、レイのシンクロがスタートした。

 

……その時、である。

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。

 

「……やっと来たのか」

『そう、みたいだね』

 

二人の言葉を裏付けるように、映像モニターには記憶に深く刻まれている青い正八面体が泳いでいた。

 




ごめんなさい。前回予告の通りラミエル編をお送りする予定でしたが、よく考えたらこの話もあるんですよね。
ラミエル編と合わせるとあまりに長くなってしまうので、
第四話を「レイ、心のむこうに」第五話を「決戦、第三新東京市」としてお送りさせていただきます。

7月の終わりごろに五話を投下して、その後日時調整となります。
それでは、今回もご一読ありがとうございました。


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第五話 決戦、第三新東京市

調整が早めに済んだので、とりあえず投稿はしておこうと思います。

あ、ちなみに今のところ全体を26話とすると大体15話目くらいまで執筆が終わっています。
ちなみにこの回は大体6~7回目位になるでしょうか。原作よりは若干少なめの話数になる……かも。

…………きっとアニメ版エヴァみたいに宗教的Endになったりはしませんので、ご安心を。


赤木リツコは驚愕していた。 と、同時に漸く以って推測が確信に変わろうとしている。

 

あの少年、碇シンジは只者ではない。

一般常識でみれば既にシンジは人外の範疇なのだが、何分理論派であるリツコは確固たる証拠が欲しかったのだった。

 

少年が「予知夢」として教えた第五使徒の特徴は、目の前に居るそれと殆ど一致したものであった。

まずは外見。これはもう完全に一致している。

そして、次は内面。

エヴァンゲリオンを射出する前に、1/1バルーンダミーによる威嚇射撃、並びに自走臼砲の射出をミサトに提言した。

最初はエヴァでの強襲作戦を取る予定ではあったが、リツコと共に常々予想していた遠距離型使徒の可能性を指摘されると、「様子見作戦」はあっさり実行に移される運びになった。

 

その結果、

 

「……自走臼砲、ダミーバルーン、共に一瞬で蒸発。こりゃエヴァを射出してたら危なかったわね」

「国連軍や戦自からも事前情報なし、エヴァを破壊されていたら一巻の終わりだというのに何をやってるんでしょうねぇ、本当」

「現在敵はシールドを展開し、第2装甲板を貫通しようとしています」

 

内面もやはり、一致しているのだった。

ミサトとマコトが愚痴り合う中でシゲルの口から語られる実況も当時のものと大差ない。

 

接近しての攻撃はあまりにも危険なので唯一中距離攻撃として懸念される潜行ドリルでの攻撃そのものは確認できなかったが、ここまで長距離型ならそこまで考慮する必要もないだろう。

 

「……でも、これなら貴方の作戦も予定通り実現出来そうじゃない?」

「ええ。こういう時の為に練っておいた高性能射撃武器による超ロングレンジからの射撃、題してヤシマ作戦。

専用兵装はある程度出来ているんでしょうね?」

「勿論。幸い手を付けるのが早かったから、それなりに高出力且つ省エネルギーに仕上がったわよ」

「さっすがリツコ」

 

自走陽電磁砲ポジトロン・スナイパーライフル。通称PSRはリツコにより魔改造され、

多少の重力場などの変化によってその射線がコアを逸れても構成物質の50%以上が一撃で消滅、下手をすればそのままコアを打ち抜けるまでの威力にすら強化されていた。

そして、エネルギー効率もジオフロントの発電施設のみで最大充填が行えるまでに上がっていた。

 

前史では日本中から電力徴発を必要とするだけでなく、理想状態でどうにか撃破出来る程度の火力であった。

元々プロトタイプレベルの完成度だったということもあるが、相当な強化をもたらせたと言えよう。

 

これもひとえにシンジの「予知夢」という名のカンニングペーパーが成し得たことと言っていいだろう。

 

「問題は盾ね……一応それなりの物は用意したつもりではあるけど、あの加粒子砲に対する持続時間はせいぜい25秒前後と言ったところかしら。

初撃を外すか、あるいは耐えきられてしまうと余裕はないでしょうね」

 

盾の方もネルフ技術部の全力を挙げて制作はされていたものの、こちらは元々のSSTOの強度も超電磁コーディングによる強化もあってかなりのものだ。

よって、前史とそこまで差が付くことはなかった。

 

「……あまり頼りたくはないけれど、シンジ君の強力なATフィールドを用いても盾の代わりにはならないのかしら?」

「どうでしょうね。あのATフィールドの出力は計算上第五使徒と同等以上となってはいるけど……

何分あの加粒子砲の攻撃力もネルフのPSRと同等かそれ以上の火力だから確実ではないわ。

それに、一度貫かれれば例えエヴァの特殊装甲でも10秒と持たないでしょうね」

「つまり、アテには出来ないってことか……」

「はっきり言って、パイロットの射撃技術に頼るしかないわね」

 

リツコはコーヒーを一口含むと、ため息をついた。

 

「そうね……零号機の凍結解除もやむなしね。盾役が居ないもの」

「僕が一人二役しましょうか?」

「シンジ君!?」

 

唐突に声を掛けられて驚くミサト。

そこには、既にプラグスーツ姿のシンジが居た。

 

シンジとしては、はっきり言ってヤシマ作戦などやらなくても自前のATフィールドで強引に加粒子砲をカット、コアを叩き潰すといういつもの戦法で勝てると踏んでいた。

勿論、前史通りのラミエルであればそれで充分だろう。

 

しかし、シンジの事情を知らない他の人々にはそれを無謀にしか感じないのも無理はなかった。

 

「一人二役って……無茶にも程があるわよ」

「そうね。貴方のATフィールド出力はかなりのものだけど、あの加粒子砲に耐えきれるかは微妙よ」

「でも、やらないといけないんでしょう? やりますよ。やらなければ皆死んでしまいます」

「……貴方がそこまで気負う必要はないのよ?」

「ですが……」

 

とシンジが言ったところで、ミサトがペチン、とシンジにデコピンした。

 

「……何するんですか」

「あんたね……自分の力を過信しすぎ。少しは、人を頼るという事も覚えなさいよ」

「でも……」

「でもでもだってで物事は進まないわ。リツコ、あたし司令に直接作戦申し出してくるから」

 

走っていくミサトの後姿を見て、シンジはただただ呆然とするしかなかった。

リツコはそんな親友の姿を見て苦笑い、でもどこか清々しい顔をしている。

 

「……貴方が何を抱えているかは知らないけど、ミサトはああ見えて繊細だからね」

「……どういうことですか?」

「あら、意外と人の心には鈍感なのね」

 

シンジより人の心に敏感な人間もなかなか居ないとは思われるが、そのシンジですらこの真意は掴みかねる。

リツコはただ静かに微笑んでいるのみであった。

 

----

 

数時間後、ヤシマ作戦は決行されることになった。

変電所などに頼らなくてもよいので山を利用して加粒子砲をある程度遮蔽出来るのも強み。

件の加粒子砲や威嚇射撃により算出されたラミエルの戦闘能力に対し、マギシステムから算出された勝率も前回のきっかり10倍、87%という極めて高い数字が得られていた。

前史では条件付き賛成が一つあったが、今回は三者一致の賛成が並ぶこととなった。

 

今回も狙撃役はシンジ、盾役はレイになった。

前回はシンクロ率の高さが決め手になったが、今回はそれ以前に純粋な射撃訓練の成績でシンジが選ばれることになった。

 

【いいことシンジ君。 

訓練を思い出して、基本に忠実になって撃ってちょうだい。一撃命中すればそれで勝てる。けど、外したらその後はないと思って】

「……はい」

 

リツコから改めて言われてみると、流石に少し緊張感は走る。

最悪単独で乗り込めばいいし、前回程度のレーザーであればATフィールドで防ぎきれるだろう。

だが、そこまですることになった時点で零号機は、そして中のレイは既に死んでいることになるのだ。油断はできない。

 

そういえば、今日は何かとカヲルが静かだった。

気配がなくなってしまったとかそういう訳ではなく、探知は出来るが、先ほどから一向にモノを言わないのだ。

何か考えているのか、気になったので声を掛けてみる。

 

「(……どうしたの、カヲル君?)」

『……かい』

「(……え?)」

 

カヲルから返ってくるのは思わぬ返事であった。

 

『…………やめさせられないかい、この作戦? 嫌な予感がするんだ……』

「(えっ……?)」

『彼はきっと、まだ……!』

【ヤシマ作戦、開始!】

【撃鉄、起こせ!】

 

カヲルが何を言いかけていたのかは、アナウンスに阻まれて分からない。

ただ、嫌な予感がするという一言だけは聞こえていた。

 

しかし、もうここまで来てしまった以上後戻りすることは出来ないだろう。

いや、出来るだろうが、ここに来ていきなり一人暴走しては怪しまれるどころの話ではない。

カヲルには申し訳ないが、シンジにも作戦を決行するほか選択肢はなかった。

 

【最終安全装置解除! PSR、目標捕捉に入ります!】

「…………」

 

迫る時を前に、神経を研ぎ澄ますシンジ。

武器もバージョンアップこそしているが、やはり少しばかり照準が合うのに時間は掛かるようだった。

 

ピピピピピピピピピピ……という音が発射を焦らす―――――

 

 

 

 

ピーン!

 

 

【撃てぇ!】

【目標に高エネルギー反応!】

 

ほぼ同時に声が重なる。だが、前史でもこのことはあった。このままなら充分予想の範疇。

ラミエルが発射する前に攻撃が届くだろう。

 

思惑通りに直進するポジトロンビームは、ラミエルが加粒子砲を放つコンマ数秒前に到達した。

 

 

ズガアアアアアアアン!!!!!!!!

 

 

凄まじい閃光、轟音が鳴り響く。

 

余りの高出力にホワイトアウトするモニター。

 

息を呑む総員。

 

 

【映像、回復します!】

 

 

ここまでの高出力エネルギーを持ってすれば、流石の第五使徒のATフィールドを以ってしても一溜まりもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のは、前史のみの話であった。

 

 

そこには……

 

「……変形している!?」

【使徒損傷率55%、パターン青健在!】

 

前身がまるでウニのようにトゲだらけの姿に変形しているラミエルの姿があった。

恐らくこの形態をとることで火力を分散したのだろうか?

それでも良く見えるとその表面は大きく焼け落ちており、それなりのダメージは与えられたことが推定された。

 

しかし、まだラミエルは生きている。これは紛れもない事実だ。

何より前史では変形することはなかったし、バルーンダミーへの攻撃も全て変形なしで行われた。

もしや、第五使徒ラミエルにはまだ隠された力が残されているというのか?

 

【総員怯むな! 第二射】

 

準備開始、とミサトが言いかけたその時。

 

 

ガシャン!ガシャン!

 

ウニのような赤くただれ堕ちた姿を変化させ、今度はまるでヒトデのような形状を取るラミエル。

中心部は赤く染まり、凄まじい勢いで青に、そして完全な白に染まっていく。熱量が異常に上がっている証拠だった。

 

甲高い金属音にも似た、エネルギーを溜める音がそこら中に響き渡る。エネルギーを「放出」したと錯覚してもおかしくない程の、凄まじい音量。

 

そこから爆音が鳴り響くまでに時間は掛からなかった。

 

 

ドゴォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 

 

今度はそれほど待たずに、前史とは比べ物にならない破壊力の加粒子砲が牙を剝いた。

 

 

「うわぁっ!?」

 

驚いたのはシンジの方である。

これまでは史実と殆ど変わらない強さの使徒しか出てきていなかったのに、ここに来て使徒が大幅な強化を得たのだから。

 

最も、伏線が無かったわけではない。

第四使徒シャムシエルはプログナイフを器用に受け止めてみせていたのだから。

だが、よりにもよってラミエルがここまでの強さを得ていたのは想定外である。

 

ダメージの影響だろうか、加粒子砲はシンジたちの居るところからは僅かに逸れた隣の山の中腹部に突き刺さった……が、

 

【第二射、急いで!】

【状況は!?】

【初号機、零号機ともにダメージありません。ですが……あの出力となると盾が……!】

【計算上、10秒くらいが限界ね……拙いわ!】

 

ラミエルもまた、異常なまでの強化を遂げていたのである。

恐らく、レベルとしては前回の2倍以上の威力にはなっているだろう。

マギシステムの計算結果にもここに来てかなりの修正が加わり、今では勝利確率8.7%。奇しくも前史のヤシマ作戦と全く一致していた。

 

【目標に更なる高エネルギー反応!】

【なんですって!?】

 

再びヒトデ型に変形する使徒。

先ほど以上の強烈な音で喚き散らしながら、中心部を色めかせた。それは白一色と言ってもよく、エネルギーが極限まで高まっていることは容易に想像できる。

 

 

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 

先ほどと同等か、それ以上にすら見える凶悪な加粒子砲を放つラミエル。

 

「くそっ!」

 

ATフィールドを展開し、直撃に備えるシンジ。

しかし、そのATフィールドも長くはもたないだろう。ここに来ていよいよ多大なるダメージを覚悟した―――――

 

が、衝撃はこない。

 

「くっ…………ううう………!」

「綾波!?」

 

そう。前史通り、再び綾波が盾となり初号機を守っていたのだ。

作戦として定められているので、この行動自体に驚くべき点はない。

しかし、前回より頑強になったはずの盾は、それよりも更に強化されている加粒子砲の力により瞬く間に融解していく。

 

【盾が持たないわ! PSR充填まだなの!】

【後20秒! 先ほどの加粒子砲の衝撃で遅れています!】

「綾波ッ!」

 

リツコの指摘する通り、盾は最早5秒も持たないだろう。

そして、ついに恐れていた事態が起こる。

 

【盾、完全に融解! 加粒子砲、零号機に直撃します!】

「キャァアアアアア!!!!」

 

凄まじい勢いで零号機のATフィールドを侵食していく加粒子砲。

今ここで初号機がこれ以上巨大なATフィールドを張っても零号機は前方に吹き飛ばされるだけ。初号機の内に居ない以上、守り通すことは出来ない。

 

ATフィールドを張り続けてはいるのだろうが、それでも無情にも、零号機は徐々に削られてゆく。

 

【零号機、各部位耐性値オーバー! 臨界点到達まで、残り10秒!】

【レイ! 脱出しなさい! レイ!】

 

非情な現実が初号機エントリープラグ内を響き渡っている。

 

「綾波ィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

----

 

――――ここは、どこ?

 

気付くと、赤い海の中に再び綾波レイは居た。

 

シンジ達と手を繋いで、初号機に包まれて、どうなっただろうか?

 

 

ふと顔を上げたレイの目の前には、沢山の……わたし?

 

凍てつくような無表情を貫いていた、綾波、レイ。

小さな者から、大きな者、制服姿、プラグスーツ姿、いつだか誰だかに首を絞められた時の服、水着姿、完全な裸体……

 

 

―ここは、私たちの中よ。

 

貴方は……私?

 

―そうよ。貴方は私

 

わからない。このひとも、あのひとも、あのひとも、あのひとも、わたしも、皆わたし。

レイは、得体のしれないレイたちをじっと見つめていた。

 

わからない。わからない。

 

 

-わからないの? あなたは、わたしたちのなかでも、居るべきではない私。

 

……居るべきではない? なぜ?

 

―あなたはここの私じゃない。もうここに私たちはいる。だから、いらないの。

 

そんな……

 

-だから

 

-還りなさい?

 

制服姿のレイが。

 

-帰りなさい?

 

プラグスーツ姿のレイが。

 

-かえりなさい?

 

水着姿のレイが。

 

-かえりなさい

 

裸のレイが。

 

-……かえれ

 

小さなレイ。

 

-かえりなさい

 

大きなレイ。

 

-還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい

 

還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい

 

脳裏に響き渡る、無数の「自分」の声。

 

還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい

 

……ッ……

 

還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい

 

 

 

怨念のように響いてくる声。

次第に溶けてゆくレイ。指先から、徐々に。

微かに熱を帯びて溶けていく自らの指先を、ただただ見つめるほかはなかった。

 

 

……ダメなのね、もう……

 

抗おうにも、手足は全く言うことを聞いてくれない。

 

脳に響き渡る声を最後に、消えてしまうのだろうか?

 

 

 

 

還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい『ィ……!!』還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい『綾……!!!!』還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい『ィイイ……!!』還りなさい還りなさい還りなさい

 

 

…………?

 

 

還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還『波ィイイ……!!!!』りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りな『綾波ィ………!!!』さい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい還りなさい

 

 

 

『綾波ィイイイイイ!!!!!』

 

 

……いかり、くん?

 

 

 

 

 

 

『耐えてくれ、綾波、綾波ッ!』

 

 

……

 

ああ、貴方は、また―――

 

 

 

 

シンジの声を知覚したまさにその時、既に二の腕にまで届いていた溶解の波が止まる。

やがて手足は再生され、一方で沢山のレイたちのそれが代わりに消えかかりつつあった。

 

 

-なぜ? 貴方は……あってはならない存在。 なのに、なぜ、 求められているの?

 

 

……私は、いえ、私「が」碇君を『ここ』で守らなければいけないの。その為に戻ってきたのよ

 

 

―……なぜ?

 

……私は、守らなければいけない。

私は、碇君も。エヴァも。みんなも。碇君が望む人は、みんな。

 

それが、あの人の、

碇君の、望み。

 

 

その言葉を聞くと、レイの前に立っていた『レイ』たちは次々と消えていき、

やがて一人、まるで合わせ鏡のように同じ姿かたちをしたレイだけが残った。

 

 

 

-そう……そうなのね……本当に求められていたのは、貴方―――

 

……

 

約束を、したの。

 

1年前になるかしら。

 

あの時と同じ、暑い、それでいて冷え切っていた、夜に。

 

守るっていう、大切な。

 

 

―……約束?

 

 

―そうよ。だって、碇君は…………

 

 

 

暗転する、赤い世界。

 

 

 

----

 

「……私が、守るものッ!!」

 

エントリープラグ内で、レイの赤い瞳が青く煌めいた。

 

突如として零号機の深緑色の独眼が紅に染まる。

先ほどまで零号機を侵していた加粒子砲は完全に零号機の眼前で防がれている。

青色のATフィールドが見る見る間に加粒子砲の勢いを押し殺した。

 

【零号機、臨界点到達……い、いえ! 耐性値オールグリーン!? 突如強力なATフィールドを展開開始!】

【ぜ、零号機に何が起きているというの!?】

【分かりません……全メーター、振り切れています】

【何をしようというの、応答しなさい、レイ、レイ!】

 

突然の出来事に発令所は半ばパニック状態に陥っている……が、そのようなことは露知らず、レイの進撃は止まらない。

 

「あや……なみ?」

「碇君は……あの人だけは」

 

シンジも突然の展開についていけていない……が、戦局は凄まじいどんでん返しを迎えていた。

 

【零号機、ATフィールドで加粒子砲を押し返しています!】

 

「私が、護ってみせるッ!!!」

 

『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!』

パキィイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!

 

ネルフ本部で顛末を見守る人々及びシンジの目には信じがたい光景が写っていた。

 

臨界点に到達し融解せんとしていた零号機が巨大な咆哮と共にが掌に起こした巨大な青いATフィールドが、

何とラミエルの加粒子砲をその場でリフレク、撃ち返したのだ。

そのダメージはPSRを大きく上回っており、ラミエルに大打撃を与えた。

光線が突き刺さるとともに、

 

キャアアアアアアア!!!!!

 

呻き声を上げて再びヒトデ状になるラミエル。コア部分が輝いているのでまだ辛うじてエネルギーを溜める余力はあるようだが、かなりその光も鈍っている。

 

ピーン!

 

心地の良い電子音が、その時鳴り響いた。

 

【ぴ、PSR再充填完了!】

【撃ちなさいシンジ君!】

「は、はいッ……!!!!」

 

今度はもう逃さない。光線が、第五使徒ラミエルを穿つ。

 

ビシュウゥウウウウウウウウウウウウン………!!!

 

その光線は、一直線にコアに吸い込まれてゆく。

 

ラミエルをいつ貫いたのかは分からないが、光線がラミエルの向こう側の山で爆発してから数瞬後、ラミエルが炎を吹き上げた。

攻撃ではなく、体組織があまりの高エネルギーに自然発火を始めたのだ。

 

ズガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

それを観測したかどうかで、コアを貫いた時の音が飛び込んでくる。

 

アア……アア…………ア…………

 

 

ドシャアアァァ………

 

 

最後の断末魔を上げたと思うと、ヒトデ状の体を元に戻すことをしないまま、ラミエルは堕ちた。

 

----

 

ググググググ……!

 

「ぐうぅうううッ……! んんんんんん……ッ!!」

 

ガシャアア……

 

結局史実通りに零号機のプラグを抉じ開けようと奮闘するシンジ。

コツをつかんでいたのか、今回は前回よりは早く開いた。が、高温による手のやけどは結局負うことになった。

 

「綾波ッ! 大丈夫か綾波! 綾波!」

「…………」

「綾波ッ!! 起きろッ! 目を覚ませッ!」

「…………ん……」

 

一瞬、レイが死んでしまったのではないかと危惧したものの、幸いにも、レイは気を失うだけで済んだようだ。

胸をなでおろすシンジ。

 

「良かった……」

「……なに、泣いてるの?」

「……よかったッ……! 本当に……!」

 

黙りこくり、ただただ嗚咽を繰り返すシンジ。

以前は盾が融解してすぐにPSRを撃てたのでまだよかったが今回は違う。

完全に融解してから十秒以上は経過していたのだ。

よく無事だったものである。

 

「……ごめんなさい。こういう時……どういう顔をしたらいいのか…………」

 

前回と、変わらないレイ。

そうだ。レイは、あの時のレイと違うのだ。

 

それでもいい。また、一つずつ、教えて、教わって、前進していけば、それでもいい。

 

ただ、レイが生きているという事実だけがシンジの希望であるからだ。

 

今思えば、恐らく最も好きだったのかもしれない、前史のレイ。

しかし、ここに居るのも、前史のとは違えど、二人目のレイであることに、何ら変わりはない。

 

ならば、それならば―――――

 

その時、レイの顔がハッ、と何かに気付いたような顔になる。

 

「……そうだった、わね」

「……え?」

 

シンジがしゃくり上げながら顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたレイの姿があった。

シンジははっ、として目を見開いた。

 

 

 

『レイ』だ。

 

 

あの『レイだ』。

 

そのことに再び、喜びを覚え、涙を流す。

心からのそれが、頬から落ちようとしたその時、レイのか細い指がそれをすくった。

 

そしてレイはゆっくりとシンジの元に寄り添うと、静かに抱きしめた。

 

「……ただいま、碇君」

 

何も分からない人には、この声も淡々として聞こえるのだろうか?

しかし、シンジにとっては違う。とても暖かな眼差しと、微笑みが、確かに分かる。

 

この一言も、また心からのそれだ。

 

「…………おかえり。綾波」

「……ええ」

 

 

徐々に静まっていく戦場。

遠方には仄かにまだ炎が立ち込め、熱もまだところどころ冷めやらぬ。

 

だがその熱も、この二人には関係なかった。

 

完全に二人だけの静かな世界が、静かな祝福と共にその場を包む。

 

 

やがて――その二つの影は、静かに重なった。

 




伊「はい、皆さんおはようございます。伊吹マヤでーす」
日「おはようございます、日向マコトです」
青「……青葉シゲルです」


パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

伊「どうしたんですか青葉君? 元気少ないですね」
青「いや……今回っていうか原作でもそうなんだけど、俺あんまヤシマ作戦の出番ないんだよな」
日「確かに「撃鉄起こせ!」とかも俺のセリフだしな。シゲルの目立つセリフはそんなに多くはないというか……まぁ俺たち皆そうなんだけどさ。
まあヤシマ作戦自体が葛城さんの一存で決まった計画だからやむを得ないと思うけど」
伊「目標内部に高エネルギー反応!円周部を(以下略)も、最初から自走臼砲とか出してましたし、
今回は最初から葛城さんがヤシマ作戦を提案していたから地下室で作戦会議とかもありませんでしたからね。青葉君に限らず少ないと思いますよ」
青「うーん……台詞無いならギター弾いてまったりしてたいんだけどな、俺は」
日「そういう問題じゃないだろ……」
伊「『ま、本編で出番が少ない分ここでフォローするのがこのコーナーの存在意義らしいですしね』」
青「……やけに棒読みだね、マヤちゃん」
伊「細かいことはいいんですよ。さて……質問コーナー行きましょうか。
えー……まぁ一番気になることでもありますけど。
『ラミエルちゃんは結局なんだったの? なんで序仕様っぽいの?』ということですが」
青「本編の頭にも書いてあったし前回も示唆したけど、所謂因果律って奴なんじゃないの?」
日「だろうね、まあラミエルは倒せたから良いとして、俺が気になったのはレイちゃんの覚醒(?)だよね」
青「あー、そうだよなぁ。やけに破で覚醒した時のシンジ君っぽかったし。まぁシンクロ率は百パーセントだけ低かったけど、ぶっちゃけあのまま素手でラミエルに殴りかかっても余裕で勝てたと思うし」
伊「これもまた因果律の違いなんですかね」
青「というかこれから出てくるであろう質問全部「因果律の違い」の漢字込み六文字で説明出来ちゃいそうだよな。なんと便利な言葉か」
日「あんまり言いすぎるとネタバレになりかねないしな……結構難しいライン取りだよ」
伊「んー、まぁそれについて関連的な質問ですが、「なぜレイはあの時LCLに溶けなかったのか」ということですね」
青「単純にシンクロ率四百パーセントを越えてなかったからじゃね?」
日「シンクロ率が関係あるのかはわかんないけど……エヴァに取り込まれたというよりは自分自身と戦ってた、みたいな感じだったしな」
青「あー確かに」
伊「まぁ要するにシンジ君の時とは違うってことですね」
日「そういうことだな」
青「全然解決してないけどもうそれでいいんじゃないかな」
伊「んー……じゃ、最後の質問ですね。 おっとコレはちょっとメタな質問ですけど……「新劇の流れにするなら使徒は形象崩壊すんの?」ってことですが」
青「……さぁ?」
日「使徒に聞いてくれよそんなん」
青「てか新劇の流れつってもシャムシエルの時点で若干違っちゃってるし新劇の流れともいえないんじゃね?」
日「あー確かに。案外どっちともつかない倒され方になったりしてな」
伊「とりあえず今回のラミエルは旧劇とおんなじ感じになりましたけど、そのうち某狩りゲームみたいに一定時間が経過したら完全消滅とかありそうですね」
日「まあ、そこはご想像にお任せって感じだよな、進行にも大して関わらないし」
青「進行とか言うなよ、まぁ間違っちゃないけどさ」
伊「そういうわけですね。それじゃあ葛城さん、あとお願いします」
葛「はいは~い♪ お姉さんにお任せなさいな!
『第五使徒ラミエルを突破し、深まるレイとシンジの絆』
『近づいてゆくセカンドチルドレンとの邂逅の日』
『しかしそこでシンジは思わぬ人物と出会うこととなる』
『果たしてその人物とは誰なのか? 次回、「明日の日は歩いてこない」さぁ~て、次回もぉ~?』」

全『『『『サービスサービスゥ!』』』』


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第六話 明日の日は歩いてこない

第五使徒ラミエルとの決戦から一週間が経った。

 

レイは完全に記憶を取り戻し、ネルフや第壱中学校でもどことなくレイのことは噂になっていた。

 

が、どれも決して悪い噂というよりは、むしろ

 

『レイがジオフロントの花に水をやっていた』

『レイがにこやかに挨拶してくれた』

『レイがよく話すようになった』

 

などと「より人間らしい行動」が見られるようになった、というものであり、耳にするたびにシンジは安堵するのであった。

レイ自身も嫌な気はしない。 

かつて人形のように扱われていた過去を思い出せば、自分を人間扱いする周りの人間の反応はどれも嬉しい限りであった。

 

そんな、巷で噂の綾波レイはというと……

 

「ふー……よし、ここが綾波の部屋だよ」

「ありがとう」

 

シンジの家に居た。

かつての白く寂れたマンションからレイを連れ出すことに時間は掛からなかった。

色々と手は考えたが―――

 

----

プルルルルッ。プルルルルッ。

 

「もしもし」

「もしもし父さん?」

「シンジか……何の用だ」

「綾波の家。変えてあげることってできないの? あんなとこじゃ寂しそうなんだけど」

「……三日待っていろ。家はそちらで手配しておけ。葛城一尉に伝えておけ」

「え、うん」

「用はそれだけか? 切るぞ」

 

ガチャッ。

 

ツー、ツー、ツー。

 

----

 

意外なほどあっさりとシンジの希望は通ったのだった。

彼、碇ゲンドウのことだから何かと理屈を並べて許可しないと思っていただけに拍子抜けではある。が、これはこれで好都合だろう。

 

初めはシンジがレイのマンションに引っ越すことも考えていたのだが、シンジとしてもあのマンションは内心少し不安ではあったのでそこだけは父に感謝しておこうと思う。

 

「うーん、あそこから出られればどこでもいいかなって思ったけど、いざとなるとどこに住ませたものか……綾波はどこがいい?」

「碇君の家」

「へ?」

「碇君の家」

「へ?

「碇君の家」

「…………へっ?」

「そう……もう、ダメなのね」

「いや待ってまだ僕何も言ってないんだけど」

「じゃあ、構わないのね」

「……まぁ、いっか。カヲル君と二人だけじゃそろそろ暇だもん」

『酷いな、僕たちは一番の親友ではなかったのかい?』

「その親友に自分を殺させた口が何を言うのかしら、この銀髪天パホモ」

『言うじゃないか…………くぅ、欠点がなさ過ぎて何も言い返せない』

 

そんなこんなでシンジの現在の住居に向かう。

最近はセカンドインパクトの時の影響が少しずつ軽減されているらしく、旅路では太陽がさんさんと照り付けてこそいたがここ数年程の暑さではなかった。

 

「……それにしても、暇だねぇ……」

「……そうね」

『そうだねぇ』

 

レイの部屋はシンジの部屋の隣となった。

冷房設備は既に整っているので、毎日が真夏の第三新東京市でも快適に過ごすことが出来る。

 

余談ではあるが、シンジの家は結局コンフォート17、つまりミサトと同じマンションのある一部屋となった。

階層はだいぶ離れているが、第壱中学校にもネルフにもそれなりに近い立地にあるので便利であるし、何よりここにはほかにも多くの――末端職員も含めた――ネルフ職員が居る。

その為、木を隠すなら森という訳ではないが、シンジが今後ネルフ、もしくは国連、あるいはSEELEに造反したとしても、うかつに放火したりすることは出来ない。

そういう意味では、第三新東京市の中でもかなり安全な部屋でもあると判断したのである。

その上、実はミサトの部屋より一回り位大きい部屋だったりもする……が、これはミサトにはまだ内緒の話である。

 

しかし、本当に暇になったものだ。

ガギエルがやってくるのはラミエル戦から一月ほど先。アスカ来日のその日である。

勿論、シャムシエル戦の時期が変わったことを考えると全く同じ時期になると考えるのは少々早急ではあるが……

ともあれ、もう少し時間はあるだろう。

 

夏休みも少しまだあるし、時間は有り余るほど残されている。

 

なお、かつてのセカンドインパクト以前より少しばかり夏休みは長いらしい。そもそも暑いから学校を休ませるという理念を考えるとそれは理に適っていた。

もっとも、シンジたちパイロットにとっては休みの日はシンクロテスト等があるので、休みなんてあってないようなものだが。

そういう意味では、今日は完全な「休み」と言える日だったのだが……

 

「……綾波」

「……何?」

「……暇だね」

「……そうね」

「……」

「……」

 

冷房の効いた部屋の中、運び終えたベッドに倒れ込んでいる二人。

もう既に他の家具は運び終えているので、このまま眠ってしまうことも出来るし、遊びに行こうと思えば行ける。

 

「……碇君」

「……何?」

「……する?」

「……何を」

「……何を言わせるのよ」

 

ぽぽぽっとサクランボのように赤らむレイの頬。

 

「いや何をって綾波が言ったんだからね?」

「……ぷぅ」

「ぷぅって言葉で言う人初めて見たんだけど僕」

「私はヒトじゃないもの」

「いやそういう問題じゃなくてさぁ……」

「……あっ」

「へ? ってちょっと綾波、突然近づいてきてどうしたの――――」

 

レイは身を乗り出した。シンジはその突然の動作に咄嗟に動くこともままならなかった。

レイの顔が段々と大きくなっていく。

白い肌に目立つほんのり赤みを伴った頬、吸い込まれそうな瞳、少女特有の甘い匂い、確かに彼女が生きているとことを実感させる息遣い―――――

 

 

『…………ねえ、僕の存在、忘れられてはないよね?』

「(ねぇカヲル君、今はちょっと黙ってて? アヒルっぽいペット飼ってあげるから)」

『いや、ペットと言われてもねぇ……僕は本当に一緒に来るべきだったのだろうか』

「どうしたの碇君? 髪にゴミ、くっついてたから取ってあげようと思ったのだけど」

「あ、あ、ああそう……あははははは……」

 

----

 

「凄いですねシンジ君……もうかれこれ一週間目になりますか。強烈なハードトレーニングを積み重ねていますよ」

「そうね……あたしも手合せしてみちゃおうかしらあん」

「ああ見えて結構やり手みたいですよ」

「へぇ~……」

 

ミサトとマコトが談笑する先には、シンジがトレーナーを相手にして格闘訓練を行っていた。

スパー相手の方もかなりのベテランなのでシンジの攻撃の多くは見切られ、かわされる。

しかし、シンジはシンジで今のところ被弾は0。割と綺麗めなその顔には傷一つついていない。

 

そこはネルフのスーパートレーニングコーナー。

スーパーと銘打たれただけはあり、最新のあらゆるトレーニング器具や100mプール等、

また所謂「道場」のような部屋もところどころに散見されるし、弓道、クレー射撃、また長距離走用ジムカーナと一通りの施設は揃っていた。

ちなみにサンダルフォン戦でアスカたちと泳いでいたのはこことはまた別の遊戯用プールである。

 

そこの中の一角のボクシングのリングを彷彿とさせるそこで、訓練は行われている。

 

 

それは、遡ること六日前だった。

 

「(……僕は、強くならないといけない)」

 

シンジは決意していた。

もっともっと強くなって、どんな使徒が来ても圧倒できるようになろうと。

 

『そうだね。今のままでも君は強いけど、今回のようにイレギュラーな使徒はきっと今後も現れる。

いざという時は僕がATフィールドを張れるけど、その時は君そのものからパターン青が検出、きっとあの司令のことだからすぐさま君を殺しにかかるだろうね』

「(……仮に生き残っても、きっとたくさんの人が僕を異端視するだろうしね)」

 

強化された第五使徒ラミエルを相手に、レイを傷つけてしまったという後悔は大きかった。

どれ程の効果があるかはわからないが、人事を尽くして天命を待つという言葉もある。

まずはエヴァに頼らない、自分そのものを鍛え上げることから始めたのであった。

 

 

結果としては、御覧の通り。

 

「そ、そこまで!」

「……ふう。シンジ君、また腕を上げたじゃないか」

 

レフェリーが試合終了の旨を告げると、その手を放すシンジ。

その日の格闘訓練はネルフスタッフ対シンジ、結果は残念ながらまだ勝ちは取れていなかったものの、攻撃に当たることそのものは確実に減ってきており、最後に一本を取られるまではほぼ無傷であった。

元々は素人なので充分すぎる戦果ではないだろうか。

 

更に言えば、彼はこの訓練に臨む前に全速力で五百メートルを泳ぎ、三十キロ程度のペンチブレスを片手で上下させること四十分。

その他諸々、最新のスポーツ科学に精通したアドバイザーの元で最高効率の訓練を行っていたのだ。

流石は超法規的軍事機関というべきところなのだろうか、訓練についてはありとあらゆる施設が揃っている。

当然一般的中学生としてはかなりハードなものであるが、そこもまた計算されているのでそこまで大きな疲労にはなっていない。

 

ふと、横からスポーツドリンクが飛んできていることに気付く。

テケリ・スエットと書かれたラベルが照明に反射する。

その方向を見ると、微笑んでいるミサトが居た。

 

「お見事ねぇ~、シンちゃん」

「ミサトさん」

「精鋭揃いのこの男共を倒すなんて、あなた本当に何者?」

「うーん……ネルフからしたら、厄介者かもしれませんね」

「……」

 

苦笑するシンジ。が、ミサトはそれが笑えない冗談であることは分かっていた。

 

ネルフの大多数の人間はむしろシンジを支持しているくらいなのだが、上層部はそうでもない。

次々と現れる使徒の特徴を「予知夢」という便利な言葉で予言し完璧に当ててみせているのだ。

表向きに掲げている計画と裏で進む計画が正反対であるネルフの性質上、彼を厄介者扱いしている、あるいはそうだと考えるのも無理はなかった。

 

が、そんな上層部の一人でもあるミサトだけは例外である。シンジはそれをまだ知らないだろう。

純粋に目の前に居るこの少年に対し、「碇シンジ」という一人の少年として接そうと考えていた。

例えそれで無限に拒絶されたとしても、彼女は最期までそれを曲げる気はなかった。

 

 

「……シンジ君」

 

少し真剣な眼差しでシンジを見つめるミサト。

 

「どうしました?」

「貴方が何者かなんて、誰も知ったことではないけど……貴方が何者であっても、貴方は貴方。それは忘れないでね」

「……はあ」

 

意外な一言を言われ、少し戸惑う。

当たり障りない答えを返しはしたが、彼女の真意は見えない。

 

暫し続く静寂の末に口を開いたのも、ミサトであった。

 

「……よっし! それじゃー今からあたしと組手しよっか。本気で掛かってきなさ~い」

「え、ええ!?」

「葛城さん、応援してますよ。シンジ君も頑張ってくれ」

 

唐突にいつも羽織っている赤いベストを脱ぎ捨て、ミサトはシンジの立つリングに登った。

マコトもそれを止めようとはせず、むしろ面白がっている。

 

ちなみに結果はというと……善戦はしたものの、流石に一軍人であるミサトにはまだまだ及ぶものではない。

同様に五ラウンド

やったが、残念ながらどれも負けてしまう。

 

「いやはや……やっぱ僕じゃまだまだ勝てませんよ」

「でも、中学生にしては上々よ?」

「……お褒め頂きありがとうございます」

 

つい他人行儀になるシンジ。

が、それはミサトを少しでも拒絶しようとか、そういう考えではない。そんな考えはシャムシエル戦後のあの時にとっくに捨て去らざるを得なかった。

 

前回においては、ミサトの与える中途半端な優しさがシンジにとって何よりの苦痛であったが、シンジは今回強かった。

その為、先のバルディエル戦やアラエル戦、あるいはエヴァ量産機との戦いのあたりで見せられた「本当に助けてほしいとき」に助けてもらえない、という体験が無いと言うのもあるだろう。

もしかしたら、何か助けてくれるかもしれない。今や、そんな淡い期待すらあった。

やはり、一度やり直しているとはいえシンジはシンジ。根幹は変わらない優しい少年なのであった。

 

 

そんな優しい少年が異変に気付いたのはそれから更に二週間後のことである。

 

学校が始まり、シンジとレイの善戦もあってか疎開者も殆ど出ていないようで、前回より賑わっていることに胸を撫で下ろした始業式。

シンジは訓練ばかりで室内にずっといないので、他のクラスメイトと比べると如何せん白い。

が、3週間前からのハードトレーニングは早くも実を結び始めたようで、華奢な体つきは確実に引き締まっていた。

そんなことに気付きつつあった九月七日のことであった。

シンジは家で、ふとあることを思い出していた。

 

「……ねえ、カヲル君、綾波」

『なんだい?』

「何?」

 

自分の中と外から声が聞こえてくる妙な感覚にも既に慣れつつある。

 

「なんとかアローンっていうロボットはどうなったのかな?」

『何とかアローン?』

「……アローン。孤独を表す形容詞。そう、そのロボットは孤独なのね」

「ロボットだから、孤独という概念があるかどうかは分からないけど……前史だと昨日完成していて、僕やミサトさん、リツコさんと一緒に完成パーティーに行ってたんだ」

『それ程大がかりなら調べれば分かるんじゃないかい? 今の検索エンジンはなかなか高性能だから、アローンだけでも出てきそうだけど』

「そうかな? どれどれ……」

 

アローン、とキーボードに打ち付けるシンジ。

すると、その疑問はすぐに払拭された。[もしかして:ジェットアローン]という便利な推測検索機能が働いていたのだ。流石は科学万能の時代である。

 

ふと横を見ると、レイが興味津々で画面を見ている。

が、どちらかというとジェットアローンという検索結果よりは、つい最近公開された映画の方に興味があるようだった。

家で怪奇現象が色々と起こるホラー&ファニーな映画らしい。アローン繋がりで同時検索されたのだろうか。

そちらに気を回しても良いが、今はジェットアローンの方に集中した。

 

「そうだそうだ、ジェットアローンだ。へえ、完成はしているんだ。……でも、前史と変わらず暴走したのか」

「私はこれ、知らないわ」

「綾波はあの時いなかったからね。もしかしたら知らされすらしなかったんじゃないかな」

「……そうかもしれないわね」

 

赤い海に取り込まれても、望まないとその英知を得ることはままならない。

こちらの方面の知識を得ておこうとはシンジも特段考えてはいなかったようだ。

 

「うーん……まあ、招待されなかったって言うことは……どういうことなんだろ」

『きっとネルフ側、ひいてはエヴァにあまりにも過失が無さすぎた結果じゃないかな?』

「どういうこと?」

『前の時はとにかくエヴァが出撃する度に街が壊れたし、暴走もあった。

でも今回はシンジ君の初号機は一度も暴走していないし、街もラミエルの加粒子砲で少し溶けた以外は完全に無傷。

最大五分しか動かない、子供頼りになってしまうという点は共通だけど……逆に言えばそれ位しか叩く要素もないし、呼んだら却って痛い目を見ると踏んだのだろうね』

「そういや、加持さんが『大人は恥をかきたくないものさ』なんて言ってたしね」

『そういうことさ』

 

妙に納得したシンジはふと横見ると、レイが何が何だか分からない、という様子でこちらをぽかんと見ていることに気付いた。

しまった、すっかりほったらかしていた。

 

「あぁ、ごめんよ綾波。そうだな……映画、いつ行こうか?」

「……」

 

何も言わないが、それを聞いたとたんにぱぁっと表情が明るくなるレイ。

ここのところ更に人間らしさに磨きがかかっている。素直に良いことだと考えていた。

 

 

が、異変はコレだけにとどまらなかった。

 

恐らく、この異変はシンジにとってこれまででも最大の異変と言っても過言ではない。ラミエルなんて屁のツッパリに感じる位には。

 

----

 

九月二十日、史実通りシンジはミサトと共にオーバー・ザ・レインボーに搭乗していた。

目的はエヴァ弐号機の譲渡、及び使徒ガギエルとの戦闘……とシンジは考えていた。

前史通りにトウジやケンスケも乗っており、ミサトとのデート、と称された現在の状況に舞い上がっていた。特にケンスケについては、生の軍用機を間近で見られただけでなく搭乗も出来たことで感謝感激雨あられといった様子であった。

その喜びはヘリがオーバーザレインボーに近づいた時にもいかんなく発揮され、

 

「おおーっ! アレが噂の最新砲撃兵器、ネオサイクロンジェットアームストロングサイクロンジェット砲か! 完成度高けーなぁオイ」

「何でサイクロンジェット二回繰り返しとるねん」

「あいたっ」

 

とにかく大喜びで写真を撮りまくっていた。

 

 

だが、一方でシンジからしてみれば二つほど妙な点があった。

 

まず、オーバー・ザ・レインボーの位置が異常に第三新東京市に近いという事だ。前はヘリコプターでも一時間は掛かる距離だったが、今回は僅かに二十分程度。

これではそもそもオーバー・ザ・レインボーに自分たちで向かわなくてもよかったのではないかと思うが、ゲンドウはそれを確かに命じた。使徒との会敵を見越してミサトたちを送り出したのだろうか。

いや、そういえば前史ではアダムを加持が輸送していたのだった。だが、ここまで近いのならばもう既に輸送された後か、あるいはそもそもアダムを輸送していないかのどちらかになるだろう。

 

そしてもう一つ、最大の疑問点がある。

それは、

 

「えっ? この船弐号機が載っていないんですか?」

「えぇ。厳密には少し早目に輸送されたようだわ。しかし、そうなると何故私たちが派遣されたのやら……」

 

頭を抱えるミサト。

ネルフのメンバーが数人ヘリでやってくることは知らされていたので、船員に強制排除されるなどはなかった。

だが、それではこうしている意味などない筈なのだが、これは船員もシンジたちもさっぱり分からない。

 

結局、オーバー・ザ・レインボーは何事もなく新横須賀港に到着した……

そう思った矢先である。

 

『前方から接近中の敵を確認!』

「まさか……使徒!?」

 

一目散に甲板に駆け出すと、双眼鏡を覗くミサト。

が、双眼鏡を使うまでもなく肉眼でそれは確認できる。

確かに、そこに見慣れない生き物は居た。きっと使徒ではあるのだろう。

 

しかし、ガギエルのあの魚らしい見た目とはかけ離れている。

まず初めに、あの使徒は海を泳いでいないのだ。

海を移動しているのは確かなのだが、中を泳ぐのではなく上を悠然と歩いている。

一歩がそこそこ大きいので、陸地への接近を続けている。

 

更に見てくれも違う。

頭にはガギエルというよりはむしろサキエルの物に近い仮面のようなものが付いている。

言うなれば、水飲み鳥に近い外見である。他の部位も鉄塔のような見てくれであるし、生物としては若干無機的な印象も受ける。

 

「皆、車に急いで! 鈴原君と相田君はシェルターへ送るわ。シンジ君はその足で本部まで直行させます」

「ちょっ、うわぁ!?」

 

使徒襲来によってそのまま誰かによって港に放置された車を「借用」すると、ミサトは速攻でアクセルを全開にふかす。

唐突な加速でシンジたちは前に大きくつんのめる形となった。

 

道は暫く海沿いである。幸い使徒は先ほどまでの横須賀港沿いの迎撃施設に対してのみ攻撃を行っており、その様子はよく見えている。

ミサトはマコトと随時連絡を取り合っている。が、幾ら連絡を取り合っても零号機はまだ修復中、初号機は今こうしてパイロット輸送中である。つまり、いずれにせよ現段階で使徒に手は出せない。

初号機ならば無人でも勝手に暴走して使徒を倒してしまえるかもしれないが、そんな不確定要素をアテにすることは出来ない。何より危険すぎた。

 

「(……何が起こっているんだ?)」

『僕にもわからない……一応、感じられる波動からしてそこまで強い使徒ではないだろうけど』

 

使徒であるカヲルにも分からないのだ。シンジには分かるはずもなかった。

色々可能性は模索したが、これもまた一つの因果律の変化なのか。

 

「……ええ、ええ。こちらも肉眼で確認したわ。現在初号機パイロットを移送中。零号機優先のTASK-03を、直ちに発動させて」

「しかし、零号機はまだ修理中でして……え、なんだって!?」

「どうしたの日向君?」

「情報来ました、すでにTASK-02を実行中とのことです!」

「TASK-02……? まさか!」

 

その声を聴いたシンジ、そしてミサトが車を若干減速させて外に目をやると、そこにはかつて白い量産機を放ったエヴァ専用輸送機がある。

シンジはあの苦々しい光景を思い出したが、すぐにそれは払拭された。

 

 

そこには、ジェットパックと機銃を背にウインドキャリアーから自由落下していく……赤い巨影が見えたからだ。

 

 

「やはり、弐号機! ……成る程、あのウィングキャリアーを護衛させるためにあたし達を寄越したって腹積もりかしら?」

 

ミサトの声で確信した。

 

エヴァンゲリオン弐号機パイロット、かつては赤いプラグスーツを着た運命の子供の一人。

 

アスカだ。

 

あのアスカが戦っているのだ。

 

弐号機はパレットライフルを装備すると、弾丸を惜しみなく使徒へと撃ち付ける。

使徒もそれに負けじと弾幕を張り、その一部は確かに弐号機に被弾した。が、ほぼかすり傷も同然であり、その程度で弐号機が止まることはなかった。

 

やがて、数秒間の射撃戦の末ついにコアらしき部位を弐号機のパレットライフルが捉えた。

弾丸が貫通するや否や、崩壊していく使徒。倒せたのだろうか……

 

「凄い……」

「違う、デコイだわ!」

 

ミサトにそう言われて見直すと、

何と使徒は先ほどまでコアと思われていた部位と、先ほどまで下にしていた赤い球体と上下を入れ替えていた。

恐らくは、こちらが本物のコアなのだろう。

 

勿論、その程度の敵の変質に怯む弐号機ではない。

残された位置エネルギーと弐号機の踵に用意された鋭利な兵装をもって、使徒にそのまま飛び蹴りをお見舞いする。

その瞬間、巨大な黄色い正六角形が使徒の周りに展開された。明らかにATフィールドだ。その上どうも何層か重ねているらしい。弐号機が勝つか、使徒が勝つか。まさしく力勝負であった。

が、それは見るからに弐号機が優勢であった。徐々にATフィールドにその脚部が食い込み、何十層にも及ぶATフィールドをゆっくりと、しかし確実に破壊していく。

使徒のATフィールドの砕ける甲高い音が十回ほど聞こえただろうか、やがて完全に使徒と0距離になった。

 

その瞬間、ATフィールドを貫通する弐号機。それとほぼ同時にその脚部はきちんと球状のコアを打ち抜いていた。

 

コアは一度その形状を維持したまま膨れ上がると、たちまち破裂した。

それとほぼ同時に倒れ込む使徒。弐号機が少し離れた海に逆噴射を利用して静かに降り立つと同時に、コアに少し遅れる形で大爆発を起こす。こうして、完全に使徒は撃破されたのだった。

恐らく浅い場所なのだろう、弐号機はガギエルの時のように海深く沈むことなく、脚の一部を海に浸からせるにとどまっていた。

 

----

 

「ふー、一時はどうなるかと思ったわね~」

「そうですね……でも、何とかなって何よりですよ」

 

使徒が倒されたのを確認すると、一度新横須賀港にUターンした一行。

トウジ、ケンスケは共にミサトの荒々しい運転にすっかり酔わされたため、車の中で寝かされていた。

 

「でも、どうしてここに戻ったんですか? そのまま第三新東京に戻っても良かったのでは」

「うーん、そうも思ったんだけどね~。 折角シンちゃんもいることだしぃー、紹介はしておこうかなと思って」

「……弐号機パイロットですか?」

「そーよん。ちょっちじゃじゃ馬なトコはあるけど、仲良くしてあげてね?」

「ま、善処しますよ」

 

敢えて弐号機パイロットという表現をしておく。

今ここでアスカという名前を出したら絶対に怪しまれるだろうからだ。

 

しかし、ちょっちじゃじゃ馬、か。

 

ハッキリ言ってアスカはちょっちどころじゃないとんだじゃじゃ馬だった。

この印象は今でも変わらない。

でも、今はそのじゃじゃ馬である理由が分かっているのでそれもまた、一人の人としての姿であると受け入れることが出来ていた。

もちろん人間的にも性的にもとても魅力的な女であるし、余り争いが好きではないので言いたくはないが彼女は対使徒戦の戦力としても申し分ない。量産型九体を一度は単独で突破したのだから異存はない。

 

やがて、弐号機からひょいひょい、と降りてくる影が見える。

懐かしのご対面になるのだろうか。

 

「お~い、ミサトちゃ~ん?」

「はいはい、ちょっち待っててー」

 

……ん?

 

シンジは違和感を覚えた。

アスカはミサトのことを「ミサト」と呼び捨てにしていたはずだ。

しかし、聞こえてくる声はちゃん付けである。

 

それに、アスカの声にしては妙に……ハスキーな印象もある。記憶の中のアスカはこんな声だっただろうか?

 

「よっ、ほっ、すちゃっ」

 

いや、それはない。一年ほど共に歩んできた戦友にして、

そして一時は恋い焦がれすらした存在である。その声を聞き違えるほど薄情な付き合いをしていた覚えもない。

 

そんなことをシンジが考えている間にも、とん、その影はと軽く着地する。

日光で顔は見えないが、シルエットは浮かんでいる。

 

そのシルエットはアスカより若干背が高く、所謂ボンキュッボンというモノだろうか、体のラインも記憶にあるアスカのそれよりも一際目立っている。

またアスカには無いちょっと低めのツインテール。

 

そして、違和感はそれだけではない。

 

アスカのシンボルカラーである赤。だが、プラグスーツの色は、それとは違う桃色である。

更に眼鏡まで掛けているようだ。精々眼鏡が赤縁である、カラータイマーらしき胸部のボタン位しか赤と共通点が無い。

 

はてさて、これはいったい誰なのだろうか?

 

 

「紹介するわね、シンジ君。この子が弐号機パイロットの……」

「はいはーい! あたし、真希波マリ・イラストリアスだよん♪」

 

「……え?」

 

誰だ。

まず思ったのはそれだ。

アスカはどうしたのだろうか、という疑問もあるが、まずこの目の前に居る人物はいったい誰なのか。

 

真希波マリ・イラストリアス。

そんな人物はあの赤い海の記憶のどこにもなかったのだから。

 

「なーに口をパクパクさせてるの。金魚じゃないんだから」

「え、いや、あの、そのむぐっ!?」

 

無意識に口を開閉していたようだ。

ただただ唖然としていると、マリという少女に人差し指と親指でほっぺたをつままれた。

 

「ん~、さしずめ私のカワイサにイチコロ! ってとこかにゃ? かっわいぃ~」

「ほ、ほんなんひゃはいへふよ!」

「ふぅ~ん……ん?」

「……?」

 

唐突にシンジの両頬から手を放すマリ。

 

「じー……」

「?」

 

自分で「じー」だなんていう人は初めてだった。そういえばさっきも物音をわざわざ言葉で表現していた気がする。

が、そんなことを気にしている暇はすぐになくなった。突然、強襲するマリ。

唐突の出来事だったので、成すがままに地面に押し倒された。

同時に、少女特有の嫌いじゃない匂いが鼻腔を塞いだ。

 

「わわっ!?」

「くんくん……君、いい匂い……LCLの香りがする……それだけじゃない」

「……え?」

「……君、面白いね」

 

LCLの匂い。それは血の匂いにも近く、どちらかというと不快な匂いだ。

が、この少女はそれをいい匂いと表現した。

このことからも、彼女が少なくとも色々な面で普通の少女ではないのだという事は分かる。

それに「面白い」というのはどういうことだろうか?

 

「はい、マリ。そこまで。シンちゃんをからかわないの」

「はぁ~い」

 

ミサトに肩を掴まれると、猫なで声でシンジから離れるマリ。

立ち上がると、

 

「じゃ、宜しくね、ネルフのワンコくん♪」

 

そう言って、どこかへとてとてと走り去ってしまった。

ミサトもそれを追うことはしない。恐らく、この後ネルフへ行くことが決まっているのだろう。

 

シンジはゆっくりと起き上がると、彼女の走って行った方角をじっと見つめた。

ただ茫然として眺めていたつもりだったが、そこに居たミサトにとってはそうも見えなかったようである。

 

「あらシンちゃん、あーいう子が好みなの?」

「ち、違いますよっ」

「ま~気持ちは分かるわよ? 貴方と同い年の十四歳にしてボンキュッボン、うちのマヤちゃんより九歳年下なのにこっちの方が大人に見える位よ」

「だ、だからそういうつもりは……」

「まぁ~同い年の子だけで見てもレイとマリ、それから~……そうね、少なくとも三角関係になるのは待ったなしねぇ~。 シンジは誰とキッスをするぅ~?」

「からかわないで下さいよ、もう……」

 

またミサトのみぞ知るセカンドインパクト前の曲だろうか。

 

 

 

そんなシンジたちのやり取りを、遠巻きから眺めている二人が居る。

その目には一つのみが込められている。

殺気。その漢字二文字であった。

 

目で人を殺せるならシンジはとっくに死んでいるだろう。

 

その二人が、車の中で何かを口にしている。

 

 

ドアは閉じているので声は聞こえないが、どの声も恨みがましい声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いぃ~かぁ~りぃ~! アイツ、綾波というものがありながら他のオナゴにも手ぇだしよって!」

「イヤーンなカンジィ!」

 

勿論誤解ではあるのだが、車で第三新東京まで戻る数十分間、シンジはずっとこの二人からいじられ続けるのであった。




伊「はい、皆さんおはようございます。伊吹マヤでーす」
日「おはようございます、日向マコトです」
青「青葉シゲルです」


パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

伊「いやー皆さん一ヶ月ぶりですね」
日「タイムスケジュール的には本来こんな感じになるはずなんだけどな、たまーに二話構成だと一気に放送したりするんだけど」
青「ゼルエルとかは二話構成になるだろうからその時は一気に更新されるって感じだな、でもこの分だと存在を忘れられねーかすげー不安だわ」
日「まぁ、それでも読んでくれる人は読んでくれる筈さ。
そういえば、最近ついにこのラジオの視聴者数が5000人を越えたらしいな。定期聴者数も100人を越えたとか」
伊「あー、そうらしいですね。始めてからはや二ヶ月、ありがたい話ですぅ」
青「聴者の皆さんありがとうございました、これからも宜しくお願いします」
伊「しかし今回も相変わらず出番少なかったですねー」
日「めでたい話題からいきなりそんな話題かよ落差激しすぎ! いやまぁ、出番? 俺はもう諦めたよ……」
青「なんかもう気にしたら負けって感じだよな。この後書きも最近ほぼ毎回になってるし」
伊「まぁ使徒が出てきちゃいましたしね、仕方ないですよ」
日「『使徒と言えば、此間コレの使徒も含めた大まかな設定が決まったらしいぞ』」
青「出た棒読み」
伊「というか、もう実質七話目まで作っておいてまだ設定がちゃんと決まってなかったんですか。見切り発車もいいとこですね」
日「でも話数がまだ大きくないお蔭で全く矛盾なく説明できる設定を組めた、だからセーフとかなんとか」
青「うわすっげー言い訳じみてる」
伊「あ、そうなんですか……ま、所詮創生者に踊らされる人形に過ぎない私たちには関係ありませんね。では質問行きましょうか。えーと……

『真希波マリ・イラストリアスって誰』とのことですが」
日「誰……って」
青「言われてもなあ」
伊「……まぁ、もしかしたら新劇は観てない人もいるかもしれませんし?」
日「レイちゃん、アスカちゃん、シンジ君、トウジ君、カヲル君と来ているから……シクスチルドレンなのかな
伊「でも鈴原君はその世界線ではチルドレンしてませんし、フィフスなんじゃないですか?」
青「うーん、でも渚君の方がフィフスってイメージもあるしな、こりゃどうしたもんか」
伊「この世界線では今のところ便宜上セカンドってことになりますし、もうこれ分かりませんね」
日「まぁ順番は置いとくとして……でも実際謎多くないか? 
碇ユイ博士の後輩説もあるけど、アレ実質別世界線じゃん。同じに扱っていいのか?」
青「なんで裏コード知ってたのかっていう話もあるけど碇博士の後輩さんだったらそれも説明つくしなー。
とりあえずQでフォースインパクト止めようとしてたし、過去はともかく現時点ではゼーレ側ではないだろ」
伊「インパクトといえば新劇だと結局「ニア」サードインパクト、が引き起こされたとされていますが、じゃあニアの無い本物のサードインパクトはどこに行ったんでしょうかね?」
青「あー、どうもニアサード=サードインパクトとして処理されてる感はあるよな。
俺も初めて観た時はえっいつ本物起きたの?ってなったし」
日「見る限りぶっ壊されたのは第3新東京の周りくらいだし、そんな破壊が起きてもなんやかんや俺たち生き残ってたしな……」
伊「やっぱり空白の14年間で本物が引き起こされたんでしょうかね?
実は渚君が槍を投げたCパートがサードインパクトを回避した平行世界でした、という説もありますが」
青「でもフォースインパクトも結局ほぼ未完のまま防がれて、そのままファイナルインパクトとか言われてるからやっぱりニアサード=サード、っていう扱いなのかなぁ」
日「新作の制作ほったらかして声優やってる監督の考えてることはよくわからないな」
伊「んー……だいぶ脱線してきたので、この話はここまでにしておきましょうか。
それじゃあ次ですね。えーと……

『タグ:パロディの意味がよく分からない』ということですが」
青「何言ってんだこの質問者」
日「何が何だか……分からない……」
伊「『次回以降にそこは期待ということで。今回も少しは入れましたけど』」
青「出た、また出たよ棒読み、というかパロネタなんていろんなところで寒いって言われる元凶なのに期待する奴居ねえだろうよ」
日「ああそうそう、パロディと言えば此間面白いアニメ見つけたんだよ」
青「へぇ? どんなんよ」
日「『這い食え!ゼル子さん』っていうんだけどさ」
青「おいなんかすげーどっかで聞いたことあるタイトルなんだけど」
伊「絶対どっかから訴えられますよねそれ」
日「中身がもう8割型パロディの塊でな~。
ある夜歯磨き粉を買いに行った少年が帰りに化け物に襲われたんだけど、そこにいつもニコニコ使徒を這い食う初号機が這い寄って来て」
青「タイトルがそもそももうアウトだよ、というかその流れだとゼル子さんヒロインじゃなくて化け物側になっちゃってるよね、食われてんじゃねえのそれ」
日「まぁ実は俺が作ったんだけどなこのアニメ」
青「は?」
日「は? も何も、俺実は最近アニメ制作にハマっててな。言わなかったっけ? にこtubeに同人作品UPしてみたら沢山オファーが来るようになったんだよ~。一週間ほど前もちょっと三日ほど旧東京の方でイベントがあったからそっちにも出張ってた」
伊「ああ、だから此間姿が見えなかったんですか。出番少ないからって仕事サボっちゃダメですぅ」
青「……まぁ、程々にしとけよ? 今そういうの色々うるさいんだからさ」
日「大丈夫、いざ訴えられても製作元は「第三新東京マシュマロキャッチ機構」にしてあるから。あ、ちなみにオープニングタイトルは『ナオコ曰く死ねよ碇』、エンディングタイトルは『ずっと I need you』ね。今度リリースされるから買ってくれ」
伊「OPで上司の不穏な関係をちらつかせたのちにEDで皆溶けるんですか。発禁ってレベルじゃねえですね」
日「あぁそれと、ゲストキャラとしてお前も声優として参加させるつもりだぞシゲル」
青「えっマジ?」
日「俺たちネルフにおける最前線に立つオペレータという、いわば地球の未来を担う同志だろ? 当然お前の枠も用意してあるさ」
伊「私にはないんですね」
日「ごめん、流石にヒロイン枠が多すぎた」
青「危ないアニメとはいえ気を持ってくれたのは少し照れるな。どんなキャラなんだ?」
日「お前の名前青葉シゲルじゃん? 青葉が茂るわけじゃん?」
青「まあ、そうだな」
日「つまり青葉がボーボボな訳じゃん、なんか神拳使えそうじゃん中の人的に」
青「伊吹せんせーここにACCSに対する反逆者がいまーす」
日「反逆と言えば叛逆の物語編もあるぞ同志よ」
青「もういい黙れ、二度と俺たちを同志なんて呼び方するんじゃねぇ」
日「おいその台詞お前が言うと妙に怪しいぞ長杉ロング毛」
青「ねえなにそのあだ名!? ゴロ悪い上になんかスッゲー危険な香りがプンプンするんだけど二重の意味で!」
伊「ま、まぁ、現状よく分かりません! ということで。これ以上続いてたら本気で後書きが本編乗っ取りかねませんよ……じゃあ最後の質問ですねー。

『創作にありがちな、「逆行キャラのシンクロ率が軒並み高い現象」はなんで起きるの?』ということですが」
日「あー、確かに」
青「所謂スパシンっていうのかな、これでも起きてたし」
伊「これはしっかり根拠を持って説明できそうですよね。シンクロって訓練も少しは関わりますけど、結局エヴァに対する慣れっていうんですかね。その部分が大きいですから。シンジ君も最初は43%位でしたが最後の方は多分80%位は行ってた気がします」
日「筋トレみたいなものかな? 全く同じ筋肉量、体質の人が3日だけハードトレーニングした場合と1年それなりのトレーニングをした場合とではほぼ明らかに後者の方が筋肉があるみたいな理屈で」
青「深層的にエヴァと親しめているというか、そんな感じだろうな」
伊「まぁ、余り意図的にいじれる数字ではないでしょうね。
一度平均が上がればどんなに訓練しなくなっても数値はその高い平均のまま維持されると思いますよ。アスカみたいなことが無い限り」
日「あー……アレ、どうにかして助けてやれないのかな……」
青「アラエルなぁ。でも今回出てくるのか? 意外と因果律の違いっていう便利な言葉で居なかったことにされそうだけど」
伊「とりあえず後ほど精神汚染系の敵が出ることまでは決まっているとか決まっていないとか、でも変わるかもしれないとかなんとか」
青「精神汚染系と言っても今後も色々いるしな」
日「会敵することで精神汚染、あるいは精神に何らかの負担がって考えると……イロウルまではともかくレリエルから先は全部そうなんじゃないか?
渚君も間接的ではあるけどシンジ君の精神を壊すトリガーの一つには間違いないわけだし」
伊「まあ、あるいはオリジナル使徒を登場させるなら……? と言ったところでしょうかね」
青「そうは言っても前史の時点で大分使徒のバリエーションが豊富だと思うんだけど」
日「どう消化していくか見ものっちゃ見ものかもな、俺たちは書く側ではないので高みの見物ということで」
伊「まぁそれも次回以降のお楽しみという事になるでしょうね。
それじゃあ葛城さん、後はお願いします」
葛「はいは~い♪
『意外な形で現れ倒された第6使徒』
『アスカとは違う未知なるセカンドチルドレン、真希波マリ・イラストリアス』
『そして現れる第○使徒。藪が出るか蛇が出るか果たして』
『次回、「真理を描く者」。さ~て、次回も』」
「「「「サービスサービスゥ!」」」」


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第七話 真理を描くもの

九月二十一日。

 

目覚ましの音がリンリンと鳴り響き、外からは朝特有の眩しい光が差し込んでくる。

 

 

「ん、ん…………朝か」

 

ゆっくりと身を起こすシンジ。

 

碇シンジの朝は早い。

先日、未知の使徒が現れただけでなく、未知のセカンドチルドレンである真希波マリ・イラストリアスがやってきてかなりごたごたとしていた。

それ故多少の疲労は残っていたものの、それでも毎日のリズムを今日崩してしまう、ということもない。

 

いつもは弁当、朝食を作る為、及び課題を片付ける為に午前の六時頃には既にきっちり目覚めている。

今日はレイの分の弁当もあるので、多少早めの五時半ごろには目覚めて弁当の仕込みを行っている。

 

「ふんふんふふふん、ふんふんふん……♪」

 

今日は気分が良く、つい流行りの歌を口ずさんでしまう。今日のセレクトはご当地ソングだ。

名前は忘れたが、とある魚を使った鍋が美味しいらしいので今度作ってみようと考えている。

 

この気分の良さの理由。それには、予想以上に課題が手早く片付いていたからである。

この日の課題は数学だったのだが、何時もリツコの元で「軽い授業」を受けているので公立中程度の課題等は瞬殺出来てしまったのである。

リツコからすればあまりにも当然なことではあったが、そのような事実がないシンジからすれば素直に喜ばしいことである。

 

ちなみにリツコの方からも課題は出ているがそれはまだ片付いていない。

今回のは「猿の穴問題」と言う名前の確率における有名問題と、円周率が3.06より大きいことを示す問題、

そしてその周辺に関する典型的な例題をいくつか。

例題の方ならば速攻で解けるし例題の方さえ解けていれば一先ずはとやかく言われないので、特に解けないことが生活の足枷にはならない。

 

六時ほどになったところで手際よく一通りの弁当の準備が終了すると、次に朝食の準備に取り掛かる。

 

今日の朝食はハムエッグとパン、そして少々手の込んだチーズオムレツ。

簡素でこそあるが、簡素だからこそシンジは手を込める。一見してサッと卵を閉じているだけだが、その卵を閉じるという動作には実はそこそこテクニックも必要なのである。

赤い世界から戻ってくる前からシンジの料理の腕は一級レベルだっただけに、ここに立ち並ぶ料理達もまた素晴らしい出来となっていた。

 

その香ばしい匂いで、あちら側の部屋のドアが開く音がする。きっとレイが目を覚ましたのだろう。

レイは前日、遅くなった実験もありシンジの家に泊まっていたのだ。

やがてリビングのドアが開く。そこには見慣れた蒼髪と、

 

「おはよう、碇君」

「おはよう、綾波」

「おはよう、わんこ君」

「おはよう、真希波さん」

 

茶髪気味のツインテールが一つ。

 

 

……ん? 

 

ナチュラルに返したが、何かがおかしい。

今シンジの家に居るのは、シンジとレイ。 

後は、脳内のカヲルのみであるはずだ。

 

ところが今、確かに外部からカヲルの物でもないレイの物でもない声が聞こえてきた。

これは一体誰だろう、いや誰だろうも何も、他の誰でもない。

 

「な、なんで真希波さんがここに居るんですか!?」

「いやー、ミサトちゃんのごはんの不味さはあたしもよ~っく知ってるから、つい?」

「ついって……いやまぁ、葛城さんのアレは確かに化学兵器ですけどね」

「後わんこ君、あたしのことはマリで良いって言ってるじゃん~」

「いやでも、マリさんって明らかに年上じゃ……?」

「ん? あたしも14歳だよ? 失礼だなぁ~わんこ君」

「えっそうなんですか?」

「そうよ~? ほらコレネルフカード」

「本当だ……」 

 

確かにそこには2001/9/13という印があった。

ボディライン的に明らかに年上にしか見えないのだが……どうにも納得のいかないシンジである。

 

「あら、もしかしてあたし、お婆ちゃんにでも見えるかニャ?」

「……ばあさんは用済み。ここは「碇君とわたしの」家だから、出ていって」

「レイちゃんひっどい……よよよ」

「……綾波サン?」

 

マリはマリで泣き声をわざわざ口で喋るというおかしなことをしていたものの、

レイはレイで何やらおかしな妄言を吐いていた。

 

「そっれより、朝ごはん。冷めちゃうよ?」

「……良いですよ、食べててください。僕はおにぎりで済ませますから」

「いいの?悪いね~」

 

口では謝罪の言葉を出しつつも、悪びれる様子一つ見せずオムレツを頬張るマリ。

それなりの大きさで作ったつもりだったが、ほぼ一口で平らげてしまった。

 

「う~ん、こいつはゴージャス・デリシャス・ヤックデカルチャー♪ わんこ君、料理が出来る男はモテるぞぉ?」

「それは、どうも……」

「……ご馳走様」

 

マリにシンジが苦笑いで応対している一方でレイの方は、いつの間にやら全ての食事を終えていた。

凄まじい速さだ。これもまたリリスの力…………なのだろうか?

今はというと、既に制服に着替えている。時刻はまだまだ7時にもなっていないし、学校に行くまでかなりの余裕があった。

 

『おはよう、シンジ君』

「(あっ、おはようカヲル君)」

『今日はお握りかい?』

「(うん……ちょっと予定外でね)」

『そうかい……売り物のお握りでは正直物足りないんだけどな』

「(そうはいっても仕方ないよ。予定外だったし)」

 

カヲルは、シンジと味覚など五感も共有している。なので、シンジの飲み食いしたものがそのまま自分の味覚として現れてくるのだ。

また感覚を増減させることは出来るので、シンジが外部から衝撃を受けたり、不幸にもミサト製の「食べ物のような何か」を食べさせられたりした時には感覚を完全シャットアウト出来たりする。実に便利なものだ。

 

ちなみに、一見何事もなかったかのようだがカヲルも一応シンジの中で眠ったりはしているようだ。

一応規則的に寝起きしてはいるのでシンジも何も言わないことにしている。

 

「ごちそーさま、わんこ君。美味しかったにゃ~」

「お粗末様でした。 真希波さんはこれからどうするんですか?」

「ん~、やることないんだよねぇ……そっちの学校行ってもいいんだけど、あたしもう大学出てるし」

「そうなんですか?」

「うん、ドイツのミュンヘン工科大学、ってとこ。知ってる? こっちで言うTIT的な大学なんだけど」

「いえ……初耳ですね、というか後者も初めて聞きましたけど」

「あら意外、ツバメと鳥人間のほかに結構卑猥な略称としても有名だと聞いたんだけどな」

「そんなこと言ってると怒られますよ」

「ヅラァ! 今何キロォオオ! の元ネタだった気がするけど」

「それ多分違うトコですよ、それに確かヅラじゃないです、かつ」

「こまけぇこたーいいのよぉ」

 

マリもまた、アスカと同じように若くして大学を出ていた。

そういえばアスカはどの大学を出ていたのだろうか? ふと疑問に思う。

天才と自他ともに認められる彼女のことだ。きっと相応のところは出ているだろうが。

 

「ま、今となっては名前よりやってることが大事だからね~。一応あたしはパイロット兼技術部ってことでスカウトされたニャ」

「へぇ……じゃあ、これとか分かったりますか? いや、お門違いかもしれませんが」

 

シンジの手にはリツコの課題。途中までで解かれた形跡が残っている。

 

「あ~これリッちゃんの課題だね?」

「分かります? 例題はすぐなんですけどね」

「そりゃ~あたしもリっちゃんから教わってることもあったからねー。

じゃっ、ヒントだけね? あんまり教えちゃうとあたしが教えたってバレちゃうし」

 

そう言うとどこからかメモとペンを取り出すマリ。ブラから出てきたようにも見えるが、きっと気にしてはいけないのだろう。

このようにして、余裕ある朝の時間はアカデミックに流れることとなった。

 

----

 

「おーっす、碇に綾波」

「おはようさん」

「おはよう、二人とも」

「おはよう……」

 

ここ最近、レイがシンジと登校するのは割と日常茶飯事だ。

最初の方こそトウジやケンスケも冷やかしたが、こう毎日続くともう冷やかしにも飽きの色が見えていた。

 

「今日もマリさんは居ないのか?」

「うん、結局家でのんびりしてるんだってさ」

「羨ましいのぉ」

「まあ、ネルフの技術部も兼ねてるみたいだからね。昨日も遅かったし休みたいんじゃないかな」

「大変そうだな」

「本人は楽しそうだから、いいんじゃないかしら」

 

実際のところ、マリに疲労などは無い。単に面倒だから休んでいるだけだった。

既にマリは大学レベルの知識が揃っている上に、シンジのクラスでよく教えている根府川という教師はセカンドインパクトの話ばかりであるのも面倒に感じさせる一因であった。

 

このご時世では中学であっても教員不足が深刻な問題となっており、どの教員も教科を問わず一通り教えることになっている。その為、様々な教科で何かと根府川がセカンドインパクトの話をするのだ。

国語や数学や英語は勿論、理科や社会、果てには保健の授業でもセカンドインパクトに繋げられる話術はある意味天才的とも言えよう。

そんな天才・根府川の授業は残念ながら現在進行形で習っている中学生の人間のうち大半にとっては退屈な類に入ってしまっている。既に大学を出ている彼女の休みたくなる心情も理解できるというモノだ。

その上セカンドインパクトの真相は根府川の話すような巨大質量の落下などではない。真相を知っているシンジとしても実に退屈なものではあった。

 

 

一時間目、国語。

 

「え~、聞一以知十。コレを綾波さん訳してください」

「一を聞いて以って十を知る」

「はい、そうですね。この一節はとても有名な一節です。私もかつて若いころはこれを心がけていましたが、セカンドインパクトが起きて情報が錯そうしてからは……」

 

二時間目、社会。

 

「洞木さん、ワイマール憲法が出来たのは何時でしたっけ?」

「えっと……1919年ですね」

「素晴らしい、それではイクイクワイマール憲法と覚えてくださいね~」

「センセー卑猥ですぅ~」

 

どっ。

 

三時間目、数学。

 

「でもって、Θ=Πを代入しますと、eのi×Π=-1……という式が成り立ちます。

-1を左辺へ持って行くとe^(i×Π)+1=0…………これが有名なオイラーの公式です。

私も、若き頃は根府川の畔でオイラーについて研究していたのですが、あの大災害、セカンドインパクトが起きてからは……」

 

しーん。

 

四時間目、理科。

 

「それでは……はい……ドップラー効果の公式に当てはめまして……」

「Zzz……Zzz」

「ええ、ええ……そういえば波と言えば津波ですが……私たちの経験したセカンドインパクトでは根府川までその津波が押し寄せてですね……」

 

そして、昼休み。

 

「か~っ、終わった終わった~。トウジ、購買行こうぜ」

「あのじ~さん三時間もセカンドインパクトによう拘るのぉ。それより飯じゃ飯~。ほなシンジ、ワイらは購買行ってくらぁ」

「うん、行ってらっしゃい」

 

この日は土曜日、半ドンであった。

かつてはそもそも土曜日も休みだったらしいものの、今年は使徒襲来によって何日か休校になるということもザラにあった。それ故、その振替も兼ねて半ドン化が決定されていたのである。

 

一応もう帰宅できるのだが、何時もの習慣で購買に走るトウジとケンスケ。この二人は昼食を食べた後、何やら携帯ゲームを持ち寄って遊ぶらしい。

シンジは今日は特に予定もなく時間的余裕はあるので、彼らに合わせる形で残っていた。

 

勿論ただ残っていた訳ではなく、その暇な時間の中でカヲルとの対話も欠かさない。

 

「(……それにしても)」

『なんだい?』

「(使徒ガギエル、彼はどこへ行ってしまったんだろう?)」

『分からない……彼の波動は未だに見えない。此間の使徒、ハラリエルも全く新しい波動だった』

「(ハラリエル?)」

『そう、警告の天使さ。因果律に対する僕たちの干渉、その結果による新たなる使徒。過干渉に対する警戒の意味を込めたんだ。悪くないネーミングだろう?』

「(成る程……)」

『まあ名前はともかく……このイレギュラー、早急に手は打っておくべきかもしれない。今更ながら、今日の午後はそちらに注力すべきだろう』

「(そうだね……)」

 

こうして、この日の午後は第6の使徒、便宜的にハラリエルと呼ぶことにした使徒の襲来から3日。

久しぶりのブレインストーミング会議が開かれることになった。

 

----

 

「……と、いう訳なんです」

「それで、私の所に来たのね」

「ええ、『課題』の提出ついでに」

 

所変わってリツコの研究室。相変わらず可愛らしいネコのボードは変わらない。

シンジは二つのレポートを持ってきていた。一つは課題についてのレポート。

もう一つは、今後の使徒に関するレポートである。

 

「まあ、僕の予知夢とやらもアテにならないなあと思ったので」

「あら、そうでもないわよ? 此間の第5使徒の時も、貴方の提言が無ければ今頃人類は滅亡していたでしょうし」

「でも……もう綾波を危ない目に遭わせたくないですから」

「へぇ。もしかして? レイに惚れたのかしら」

「ち、違いますよ。ミサトさんみたいなこと言わないでください」

「あら、これでも私とミサトは同級生で同性なのよ? 不本意ながら似てしまう部分もあるわ」

「そんなもんですかね」

「そんなものよ。

それにしても、これを貴方一人が……よくもまあ思いつくこと。何かの才能、あるんじゃない?

今度の使徒戦ではレイとマリだけ前線に出して貴方に作戦部長やって貰おうかしら」

「そういう訳にも行きませんよ、どのような使徒が現れるかは分かりませんからいつでも全力で行かないと」

「ミサトの仕事もなくなっちゃうわね。じゃ、このメモ拝見するわよ」

「はい」

 

リツコの手元にはシンジの書いたレポートがある。

そこには、これからの使徒についてを「予測」という形で一通りまとめてあったのだ。

第7使徒イスラフェル、そして第10使徒サハクィエルから第16使徒アルミサエルまでの全ての使徒。どれもこれも少なからぬ苦戦や犠牲を伴った使徒たち……に、致命的にならない程度のアレンジを加えておいたものだ

そして8体では少しキリが悪かったので、プラス7体。申し訳程度に適当な使徒もでっち上げておいた。ダミーという奴だ。

スライム状の使徒やいかにもファンタジーな黒い龍型の使徒、アラエルとはまた違う飛行する鳥型の使徒等、いかにも少年が思いつきそうな範疇の姿かたちではあるが、

奇抜なのと素朴なのを半々にしたと言ったら思った以上にスッと理解してもらえた。

 

「どうですかね?」

「そうね……飛行型の使徒、ハッキング使徒、異世界に飲み込む使徒、分裂する使徒。これは想定しうる使徒のパターンとしては充分有りうるし、事前の対策が出来ていないと確かにキツいかもしれないわ。

他の使徒パターンも一考の余地はあるだろうけど……今すぐどうこうできるものではないというのが結論ね」

「そうですか」

「そういうとこ。コレで終わりかしら? それなら『課題』、拝見させてもらうわ」

「はい、どうぞ」

 

シンジがここに来た理由はもう一つある。

それは、先述したようにリツコから幾つかの「課題」を出されていたからだ。ついでに1日30分程度の簡単な講義も受けている。

 

ネルフでは比較的他人に干渉することの少ないリツコとしてはこのように教師代わりのことをやるのは珍しくも見えるがその理由はしっかりしており、

シンジの使徒の予知及び対策能力を買い、より科学的根拠に裏打ちされた綿密な対策を練らせようという魂胆であった。

勿論、それだけではない。毎日接触の機会を設けることで、何らかのアクションをそのうちシンジが引き起こすのではないかという、科学者としての好奇心もある……が、そちらの成果は芳しくなかった。

そんなリツコの思惑を知らぬシンジとしては、より現実的な目線からも使徒を検討することが出来るようになるのであれば特に異存はないし、

何より中学の授業は一度受けたもので退屈なのでこちらが自動的に捗ってしまうのだった。

何時だかのように、プールサイドで理科を勉強する羽目にはならないだろう。

 

 

一通りのことが済むと、シンジは今度はスーパートレーニングルームへと入っていく。

最早日課となっているのだが、最近は少し変わったことがある。

 

それは……

 

「おっかえりー、わんこ君」

「あ、こんにちはマリさん……って、またそんな格好して!」

「ん~?」

 

思わず顔を赤くして背けるシンジ。

マリはここ最近、このトレーニングルームに出入りしていた。

何時ものどこのなのかもよくわからない制服姿ではなく、作業員が来ているようなYシャツと、何やら工具が犇めく黒ズボン。

下はともかく、上は年不相応に出ているので思春期の碇シンジ少年にはかなり刺激が強い。

 

「だからその、ここ冷房効いてるんですしそんな格好してなくたって……」

「え~、ヤダよぉ。作業するとどうしても暑いニャ。今日はここの器具の修理を頼まれてね~」

「そんなぁ」

「ん~……じゃあアタシのことこれからマリ「さん」なんて呼ばないで、同年齢に話すノリでフレンドリーにっ!

でないとこの格好は止めない上に……こうしてくれるぞっ!」

「うわぁ!」

 

不意に抱き付かれ、押し倒されるシンジ。

シンジもここ数ヶ月でそこそこに鍛えてはいたが、まだまだ付け焼刃な状態である。「リリンにしては少し強い」というレベルだ。

そこに来ると、マリは違う。高い水準の教育を受ける傍ら、相当の訓練も受けているのだ。まともにぶつかっても互角にすらならないだろう。それが不意打ちでこう来ているのだから何もしようがなかった。

 

「(どうしようカヲル君……!)」

『うーん……僕は少し出かけてくるから頑張ってくれよ』

「(ええ!? というか出かけるってどうやって?)」

『最近、精神を離脱させてふわふわ浮いていられる技術を会得したのさ。

その行き先で知り合いも出来たんだよ。

僕にとても声が似ているんだけど、その知り合いに頼まれて此間シンジ君の言っていたペットとやらを預かっているんだ。いや、ペットはいいねぇ。リリンの文化の極みだよ』

「(いや、今はペットとかどうでもいいから! 僕がペッティングされちゃいそうだから!)」

『そのペットの名前はエリザベスっていうんだ、今度紹介するよ』

「(僕にペットの紹介じゃなくて僕のエイドに了解して!)」

『大丈夫、君が命の危険になったら真っ先に戻ってくるさ。これは絶対に絶対だよ』

「(そうじゃなくて~!)」

「くんくん……ん~。やっぱキミ、いい匂いするね……」

 

そんなマリのお目当ては、やはりシンジの「匂い」である。

シンジの思惑とは裏腹に、いろんなところを嗅がれている。所謂匂いフェチなのだろうかは定かでないが、この手の性癖に耐性がないシンジとしては只管顔を赤らめるほかはない。

ここ最近……というか日常的にずっと夏で汗ばんでいるのだが、目の前のこの女は男の汗の匂いが好きなのだろうか?

出会ったときに言っていたようにLCLの匂いがするにしてもアレは本来血に近い匂いなので、どちらにせよ余りいい匂いでもないはずだ。

どっちがわんこなんだろうと内心で突っ込むが、だからと言って状況が何か変わる訳でもない。

 

「ちょっ……! 離して下さい……」

「やー。分かっているとは思うケド、今はわんこ君の1時間のはずだから誰も来ない。

つまり君はどの道入室後の五十分間、私と一緒にこの部屋のど真ん中に放置されることになったのだよ?

これが何を意味しているか……分からない君でもなかろう」

「さりげなくデジャヴのある台詞で迫らないで下さいよ!?」

「ふふ……どう? わんこ君のわんこ君、お姉さんが元気にして――――」

「わわ……!」

 

マリがシンジの手を跳ね除ける。シンジの絶対境界線が打ち破られた瞬間である。

それを満足げに確認すると、マリはその触手を下方へ……

 

「あー……お盛んなところ悪いが、ちょっといいかい?」

 

背後から聞きなれた男の声が聞こえてきた。

 

それは、シンジとしてはだいぶ馴染み深い声だった。

そして、葛城ミサトにとっては態度に出さないだけで最も愛しい存在でもある。

後ろに長めの髪を結い、整った顔立ちに相変わらぬ無精髭。そして、精悍な体つき。

 

「……ちぇー、お邪魔が入ったか」

「悪いな、マリ。 俺はちょっとこのサードチルドレン……碇シンジ君とコレからデートの約束をしていてね」

「えー、男同士とか、流石に無いわー。あたしが言えたことじゃないけどー此間もマヤちゃんと第三新かぶき町に」

「なぁに、ちょっと借りるだけさ」

 

何気に物凄い発言をしていたマリを適当にあしらっておく。かなり姦しい会話のように思えたがそれをも飄々と聞き流せるのは、経験の成せる技ということか。

 

「は、はぁ……えっと、どちらさまでしょうか」

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名は加持リョウジ。まあ、ネルフでは特殊監査部なんてのをやっているよ」

「ああ……貴方が加持さんでしたか」

 

飽くまで知らぬフリは貫いておく。

 

「お、知っているのかい? 光栄なことだな。碇シンジ君」

「いえいえ、ジオフロントを散歩していたらでっかい畑があったものですから」

「あー、アレ加持が作った奴だったんだー」

「今は内密に頼むよ。まだ許可取ってないからさ」

「そういうことでしたら。あー……用事というのは、トレーニングが終わってからではダメですか?」

「いや、構わないよ。折角だから俺も空いてる器材でやらしてもらうけど、いいかな」

「ええ」

「ふーん。 ほんじゃアタシはお邪魔虫みたいだから、ばいなら~」

 

ひらひらと手を振り、どこかへ消えていくマリ。

 

「さて」

「なんですか?」

「どうして俺があの畑を作っていたと分かった?」

「え?」

「そりゃそうさ。俺はあの畑にまだ所有者プレートを立てていないんだぞ?」

 

一見平静を装えていたが、内心としては少し焦った。

完璧に知っていない風を装えていたと思っていただけに尚更である。加持はこの段階ではまだ所有者プレートを埋め込んでいなかったのだ。

さりげなく前回の史実とは少し違っている……らしい。実際に見に言っておくべきであっただろうか。

一先ず、最もらしい言い訳を組み立ててみる。

 

「……ミサトさんから。筒抜けですよ」

「ああ……葛城の奴か。そういうことなら、そうなんだろうな」

 

一応は納得させられただろうか。それでもやや訝しんでいるようにも思える目線が気にはなるが、それ以上の追及は無かったので、何事もなかったようにトレーニングに打ち込むことにする。

加持はその間何かをするわけでもなく、ジオフロント周辺などその辺りをただただ練り歩いていたようだ。

 

----

 

「……ふぅ」

「ご苦労さん、コイツは俺からの差し入れさ」

「……っとと。ありがとうございます」

 

トレーニング終了、シャワーを浴びて戻ってきた先で加持が投げてきたのはスポーツドリンク。

「キタエリアス」と書かれた容器が光を反射して輝いている。

100ml程度を飲み干すと、加持が再び話しかけてきた。

 

「で……シンジ君」

「分かっていますよ。どこに行きましょうか?」

「そうだな……俺の部屋に招待しよう」

「分かりました」

 

道中、とりとめもない話をしたりもした。

再びミサトの寝相の話なども聞いてきたが、ミサトと同居してはいない「ことになっている」ので、

特に何か変わった反応はしないように努めた。

 

そうして加持について行き、到着したのはコンフォート17の部屋の一角だった。

三足草鞋の人間であってもこのマンションの部屋は重宝するようだ。

 

「お邪魔します……」

「ああ、そんなに律儀にしなくてもいい。ところでコーヒー、飲めるかい?」

「ええ。ミルクや砂糖は結構です」

「おっ、意外と硬派なんだな?」

「加持さんが軟派なだけだと思いますよ?」

「ははは……そこまで『お見通し』、という訳か?」

 

苦笑すると、ダイニングに潜り込む加持。

数分もすると、たちまちコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。悪くない匂いだ。

 

「粗茶ならぬ粗コーヒーですが」

「いえいえ、美味しそうですよ」

「そう言いつつ口を付けないあたり、相当に警戒されてるみたいだな。大丈夫、特に何か仕込んではいないよ」

「いえ、ちょっと猫舌なもので」

「ふむ、そうか。で、本題に入るが……俺は君のことを知りたい」

「僕のことを? ……まさか、マリさんが言ってたように――」

「いやはやシンジ君、愛に性別は関係ないさ……」

「え、ちょ、ちょっと待っ……」

 

余りに意外すぎる反応に、動くことは出来なかった。

おもむろに目と目を合わせる加持とシンジ。

斜陽によって映し出されるその影は距離を縮め、やがて、二つは零距離に……

 

「……なんてな、単純な好奇心だよ。

最初の使徒、次の使徒と単独で完封、その次も少し苦戦はしたみたいだが、それでもきっちり倒したそうじゃないか」

「……え、ええまぁ、そうですけどね」

 

先ほどの妖しげな雰囲気とは一転し、再び何時もの男臭い、それでいて考えていることが何一つ見えてこないポーカーフェイス。

前史においては頼れる兄貴分であるという評価だったが、今では違う。この男、相当に厄介である。

 

「意外と自覚がないんだなぁ。俺たちの業界ではとんでもない功績だよ。君は自分の立場をもう少し知った方がいい」

「そんなもんですかね?」

「ああ」

 

かつての旧友、今となっては自身に埋まっている者と殆ど同じ発言に苦笑いしか浮かばない。

加持としては恐らくそういう意識は微塵もないのだろうが。

 

「さて、そんなわけで単刀直入に聞こう……君は、何者だ?」

「何者?」

「かつてオーナイン・システムと呼ばれたエヴァ初号機をシンクロ率65%で起動。

更に戦闘時にはほぼ100%のシンクロ率が実現している。これが果たして普通のヒトに出来得ることだろうか? ということだ。まぁ、選ばれた適格者ならば何でもアリだ、と言われたらそれまでだが」

「そんなこと言ったら、此間の綾波だってものすごいですよ」

「それもそうなんだが……今は君の話が聞きたい」

「そう言われても、僕には本当に何の意識もないんですよ。たまたまエヴァに乗ったら60%だとか90%だとかいう数値が出てきて、たまたま僕の戦い方で使徒が倒された。ただそれだけのことです」

 

シンジは、今はシラを通すことにしていた。

万が一彼も遡行者であるならばまた別の話だが、そうでもなければ話すのは少なくともサハクィエルを止めた後、遅くてもゼルエルを倒した後すぐになるだろう。

 

「たまたま、か……俄かには信じがたいがな」

「今は目の前の事実を受け止めて、それから考えて下さい。リツコさんも言っていた言葉です」

「なるほど……そいつは手厳しい」

「でも……」

「でも?」

「妙なことが、あります」

「ほう……妙とは?」

 

いきなり真実を話しても全てを受け止めてくれるかは微妙なところだ。

半端な信頼によって死なれて、またミサトが泣く事態になるのも嫌だ。

そこで、今後の自分の話に信憑性の箔を付けるべく若干仄めかしは加えておくことにした。

 

「単刀直入に言うと……予知夢という非常に不確実な手ではありますが、これからやってくる使徒が予測できたんです。『今までは』」

「へぇ……それは興味深いな。しかし、「今までは」ということは、今は出来ないのか?」

「出来ないという事はありません……が、最近になってそこそこ予知が外れているんですよ。

現に、マリさんの倒した使徒は僕が夢で見たやつと比べても海で行動しているくらいしか共通点がありません」

「そうか……次の使徒の予知夢は見たのかい?」

「一応、分裂する生物と、マグマの中で蠢いている生物の夢は見ましたが……正直これが使徒なのかどうかは」

「分裂に、溶岩で活動か……使徒の謎めいた生態パターンを考えればどちらもあり得るな。他には?」

「いえ……特には」

「そうか。もう少し裏があるんじゃないかと思ったんだがな」

「裏ですか?」

「そう。 例えば君が……未来人だとか。それならばいろいろ知っていることや、いきなりの高いシンクロ率、高い戦闘力。そして使徒の未来予知にも全て整合は付く」

「…………へぇ、面白い予想ですね」

「お、なかなかタメたな。案外図星だったりするのかな?」

「まさか。未来に行くだけならばともかく、時間遡行が出来ないというのはリツコさんに聞けば耳にタコができる位講義してくれると思いますよ」

「長い講義も美女のそれなら大歓迎だが、今はちょっと時間がないから勘弁してもらうか。つい最近、飛行機で過去から今年に車型タイムマシンでタイムスリップしてきた映画を観たもんだから、そういえばと思ったんだがな」

「そりゃあSF映画の世界ですよ」

「それもそうだな」

 

肩をすくめ、おどけて見せる加持。

しかしながらシンジはこの時、内心で非常に感心していた。加持の洞察力はシンジが思っていたよりもかなり高いようだったからだ。やはりこの男、侮れない。

あの碇ゲンドウが彼が三重スパイであることを認識しつつ、それでも泳がせていたという話もこの手腕があってこそ成り立つのだろう。

加持のこの発言は大当たり……なのだが、今それを晴らしてしまうのはやはり支障が出る可能性もある。

今はまだしらを通しておく……が、もう一つ示唆を与えておくことにした。

 

「まあ……何か分かったことがあったらその都度お話しますよ。加持さんはなかなか凄い方みたいですから」

「俺がか?」

「ええ。同時に複数のことをやるのはなかなか難しいですからね」

 

その言葉を聞いた瞬間、一瞬表情が強張る加持。だが、一瞬で普段の男臭い笑みを浮かべた表情に戻る。

 

「……はて、何のことかな」

「僕も分かりません。何となく言ってみただけですよ、つい最近そういうアニメを観たもんですから。……用事というのはコレだけですか?」

「あー……そうだな。うん。大した事でもないのに呼び止めて悪かったな」

「いえいえ……あ、そうだ。最後に、もう一つだけ」

「なんだい?」

「葛城さん……ミサトさんを泣かせるような真似だけは、しないでくださいね?」

 

この世界に来て、初めて彼女のことを下の名前で呼んだ瞬間である。

シンジには余り自覚はなかったが、加持としては結構そのことが意外なようだった。少なくともミサトから話を聞く限り、ある程度心を開いてはいるが決して一線を越えさせないということであったからだ。

加持も暫し考える素振りをした末、この場においては参った、という表情で口を開いた。

 

「……肝に銘じておこう」

「ええ。それでは……」

「ああ。今日はありがとう」

 

シンジは扉を閉めると、カヲルとの対話モードに入る。

どうやら魂を出入りできるのは本当らしく、呼び出したときに「それらしい」感覚はあった。

 

『いいのかい? 彼には結構な情報を与えてしまったようだけど』

「(良いんだ。加持さんにはこれからも何かと役に立ってもらわないといけないから)」

『そうかい……ま、君がそう言うなら僕は何も言うことはないよ』

「(分かってくれたならよかった。それより……)」

『ああ。そろそろ使徒の来るころだね。ガギエルが出るか、それともイスラフェルになるか、

はたまた別の使徒になるか……』

「(どの使徒が来るにしても、それなりに面倒な相手だ。慎重にいかないと)」

『そうだね』

 

ガチャン、と扉が閉まる。

 

「さて、と……かなり用心されてるみたいだな」

 

シンジを見送った加持は、残された一杯のコーヒーをちらりと見て呟いた。

その時、一通の電話が飛び込んできた。

 

「……ああ、もしもし。 ええ、ええ……はい。これと言って収穫はありませんよ。はい。俺は確かに接触し、その事実を確認しました。ハイ。」

「……そうですか、それはありがたい。お言葉に甘えさせていただきますよ。それでは」

 

その相手の主は、他でもない。

 

暗がりの部屋の中で、二人の男が佇んでいた。

一人は机上で手を組み座り、もう一人はその傍に立っている。

机の一人が電話を置くと、もう一人はどこか胸を撫で下ろしたような表情で口を出した。

 

「……シンジ君に、変わったことは特に何もないようだな?」

「……ああ」

「委員会に、どう報告したものだろうね」

「異常はなかった、今はそれで良い」

「あれ程の戦果を出しておいてその言い訳はなかなか苦しいと思うがな」

「問題ない」

「お前の根拠のない『問題ない』という発言程問題がある発言は俺は知らんぞ」

「…………いや、アレは本当に問題ない」

「……ほう。お前がそこまで言い切るとは珍しいこともあるものだな?」

 

怪訝な顔をする冬月。

ゲンドウはただ、その傍らでいつもの通りに手を組んで静かに座しているのみであった。

 

----

 

北極。

 

地球上でも非常に過酷な環境の代名詞ですらあったそこは、地軸の変わった今としてはそこまで寒いわけでもなく、かつてほど過酷ということはない。

感覚としては、日本の秋ぐらいの陽気だ。

 

少女は、そこに居た。

何かロボットのようなものに乗った少女は、オペレーターの通信が飛び交うコクピット内で待機していた。

 

少女の顔には緑色のバイザー状の機械が装着されている。そのバイザーには「EVANGELION-05」と刻まれている。

彼女は恐らく、パイロットなのだろう。

 

【Start entry sequence(エントリースタート)】

【Initializing LCL analyzation(LCL電荷を開始)】

【Plug depth stable at default setting(プラグ深度固定、初期設定を維持)】

【Terminate systems all go(自律システム問題なし)】

【Input voltage has cleared the threshould(始動電圧、臨界点をクリア)】

【Launch prerequisites tipped(全て正常位置)】

【Synchronization rate requirements are go(シンクロ率、規定値をクリア)】

【Pilot, Please specify linguistical options for cognitive functions(操縦者、思考言語固定を願います)】

「そうね……一先ず日本語でお願いするわ」

【Roger(了解)】

 

一呼吸おいてオペレーターに返答する少女。

 

「んー……やっぱ久々だと難しいわね……プラグスーツもまるで合わない……色も、着心地も、サイテー」

 

緑色のプラグスーツに不満を漏らす。

数分前からこのように文句を呟いていたが、オペレータは殆ど英語圏の人間である。日本語での呟きに気付く者は居ないだろう。

とはいえ、プラグスーツに対する文句以外には別に不満がある訳でもない。

このロボット……いや、人造人間。エヴァンゲリオン五号機に漸く搭乗することが出来たのだから。

 

「まぁいいわ。エヴァ五号機、起動!」

 

掛け声と共に、五号機が小さな咆哮を上げる。

地上に射出されると、目の前の移動物体を捉えた。

移動物体は巨大で白い体躯をしており、あたかも魚のような印象を受ける。

しかし、頭部には作り物のような顔がくっついており、やはり普通の生物でもないと言った様子だ。

 

「ふーんふーんふーんふふふーんふふ~ふふ~ふ~♪ 

……かつての敵国の歌なんて歌ってたら、粛清されちゃうかしら? ま、前のスクールの校歌だし仕方ないわよね」

 

ノリはあくまでも軽い。これから人類最大の敵の一つである存在と戦う、などという雰囲気は微塵もなかった。

エヴァの手にはナイフ状の武器が一つ。目の前の敵を穿たんと輝いている。

 

「さーて……行くわよ」

 

巨大魚に飛びかかるエヴァ五号機。

それに対して応戦する巨大魚。大口を開けると、五号機を完全に呑みこんでしまった。

 

しかし、全てはパイロットの策である。

 

「待ってました♪ どぅぉおりゃあああああああああああ!!!!!!」

 

『ウォオオオオオオ!!!!!』

 

その時、五号機とパイロットが共鳴した。大口を開け、その無機的な姿からは溢れんばかりの力を放出していた。

 

発せられた余りの力に思わず口を開く巨大魚。そしてそれが命取りとなった。

待ってましたとばかりに大量の魚雷が殺到、そして五号機の持っていたナイフも投擲される。

それらはすべて、口内の赤い球体……巨大魚の心臓部、コアを一撃で打ち抜いたのであった。

 

と、同時にパイロットが何かに気付いた。

先ほどまで自分のように動いていたエヴァが、今となってはピクリとも動かない。

残存電力にはまだ余裕がある……となると?

 

パイロットはこれが何を意味しているのか瞬時に把握した。

 

「まずっ! シンクロカット、脱出コード発動!」

 

宣言と共に暗転するコクピット内部。

それから数秒後、凄まじい衝撃がコクピット……エントリープラグとも呼ばれるそれを襲った。

プラグは爆発の数瞬前に五号機からの脱出を果たし、ブースターを吹かせながら彼方へ飛行を始めていた。直撃は免れたが、凄まじい衝撃がプラグを襲う。

それでも辛うじて原型を保ったプラグはそのまま北極海に着水した。

 

暫くして、プラグのハッチが開かれた。

 

「あいたたた……まさかこんなとこでパイロットの意思抜きに自爆するなんてどんだけ欠陥品だったのよ、アレは」

 

中から聞こえてくるのは少女の声。

頭部から血は流れているが、それ以外は大体無事なようだ。

 

「まあいいわ……生きてるし。さよなら、エヴァ五号機。久しぶりに楽しめたわね」

 

少女は先ほどまでの戦場を一瞥すると、自慢の長髪を翻した。




青「皆さんこんにちは。青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

…………

青「アレ? マコトは?」
伊「あれ、そういえばいませんね。何してるんでしょうか?」
青「今日はアイツが音楽鳴らすスイッチ持ってるんだから来ないと困るな」

タタタタタタ……


日「いやーすまんすまん、遅れてしまった。みなさんこんにちは、日向マコトです」

ジャンッ♪タタタタン、タタタタッタタトットトタッタタトットドルルルル♪
ジャンッ♪タタタタン、タタタタッタタトットトタッタタトットドルルルル♪

伊「あっ、今回はピアノなんですねーBGM。確か曲名は……シアトルマリナーズでしたっけ?」
日「違う違う、クアトロメインズだよ」
青「遅いぞ、何やってたんだよ」
日「あー。いや、ちょっと5年位前からやってたオンラインゲームが終わっちまうらしくて、最期を見届けていたらつい」
伊「全く……しょうがない人ですねぇ」
日「まあ、そういうなよお前ら。名前がSEから始まるこわい集団が始めたファンストがあいつ等自身の怠惰で終わっちまったんだから……」
青「おい、何だよその不穏なタイトルと集団名! 今そういうの煩いんだから止めとけって」
日「あーうるさいうるさい、今俺が喋ってんだよ。We Will Stop、OK?」
青「いやお前も止まるのかよ」
日「何を騒いでるのか知らんが、俺が言ってるのはゲーム会社だぞ? Service Gamersっていう会社なんだけど。
アイツらやべーよ、自分たちで定めて、パッケージ裏に深々と刻印したプロダクトコード有効期限もぶっちぎって半年早く終わらせちゃうんだもん、頭おかしいわアレ」
青「有効期限とかどうでもいいけどゲームスじゃなくてゲーマーズなの? それ作る側じゃなくて遊ぶ側じゃないの?」
日「フッ、説明しよう! 
ファンストとはファンタジーストライキポータブル2インフィニティ、まぁ数年前はそこそこ人気だったアクションゲームさ。
あ、実は俺もゲスト出演してるんだぜ? マコトを英訳したらライトにもなるからさ、日向・ライトっていう名前で出させてもらった」
青「もうさぁ、うん…………投げやりってレベルじゃねえな。タイトルとか色々もう隠す気無いよねうん」
伊「へぇ~。そうなんですか。すごいですね」
青「マヤちゃんスッゲー棒読み」
日「まぁ、それはそうと。

某サイトにこれが紹介されていたらしいな」
青「へー、何かスゲーなそれ」
伊「スタイルとしては全網羅するサイト様とのことですが、なかなか有難いものですね。願わくばそこから読んで下さる方も増えるとより嬉しいです」
日「だなー」
青「そういう訳で頼むからマコト、これ以上変な風に評価下げるの止めてくれよ? 此間も一人定期聴者層からいなくなっちゃったんだから」
日「変な風に評価を下げる? 何を言ってるんだ?」
伊「……まぁ……とりあえず、この辺で雑談はおしまいにしましょう。
さて。今回はいよいよ加持さんが登場した訳ですけども」
日「……まぁ順当な流れではあるよな」
青「ん、突然暗くなってどうしたマコト」
日「察してくれよ……」
伊「うーん……日向くん」
日「なんだいマヤちゃん……」
伊「世の中には2つの夢があると思うんです。叶わない夢と叶う夢」
青「止め刺さないでやれよマヤちゃん……」
伊「?」
日「」
青「あー……とりあえず進めようか」
伊「はーい。

さて、ひとつ目の質問……シンジ君が歌ってた『ご当地ソング』とやらに聞き覚えがあるということですが」
青「あーあれかぁ。確か」
日「『ボーイズ&フラワー』略してボーフラの劇中歌だよ」
青「唐突に復活したな、というか劇中歌だよって言われてもふんふん言ってるだけじゃ分かんねえよ!」
日「いや、ボーフラの監督実は俺だし。ふんふん言ってるだけでも余裕で分かるぞ」
伊「大人の事情なんですね分かります」
日「ボーフラはいいぞ、色んなことが見えてくるし分かってくる。楽しいこととかな」
伊「加持さんの真似すれば良いというものでもないと思います」
青「……で、なんなんだよボーフラって。まさかまた……」
日「説明しよう!
ボーイズ&フラワー、略してボーフラとは、
とある山奥の箱庭都市の一角に存在する『小汚男子学園』という所に東住みきおという少年がいてだな、
まぁそいつは花道の家元の生まれだったんだけど、花道やりたくなくて花道部のない高校に転校したんだ。
でも実は諸事情でその年からその高校では花道部を復活させることになっていて」
青「色々逆にすれば良いってもんじゃないだろ」

五分後……

日「というわけで、あのシンジ君が歌ってたご当地ソングは「げんどう音頭」っていう名前でな? 碇司令のポーズと衣装で踊るんだけど」
青「というかなんで碇司令を許可なくアニメに使ってるんだよ……ん? あ、貴方は!」
ゲンドウ「……」
日「実は最後に歌ってた「粛清される」とかいう曲も、実はそのアニメに……ん? どうしたシゲル」
青「……右、右」
日「……あっ」
ゲ「話は聞いたぞ日向二尉……なかなか面白い作り話ではないか」
日「え、いやそのあの」
ゲ「どうした? 続けたまえ日向ニ尉。君の監督作品なのだろう、その『ボーフラ』とやらは。これは命令だ」
日「……パンツァーふぉぉぉぉぉぉ」

更に数分後……

碇「日向二尉、三ヶ月間の減給だ」
日「」
碇「これに懲りたら馬鹿な創作は控えたまえ……」

どすどすどす……

伊「ま、自業自得ですね。あぁそういえば、日向君に触発された訳じゃないんですけど私も創作やってみたんですよ。映画なんですけどね」
青「へぇ? 映画を作るなんてやるなあ。どんなの作ったんだい?」
伊「えっと、タイトルは『ぱくりびと』です」
青「えっ」
伊「粗筋としては主人公のとあるデザイナーが国家の一大イベントを象徴するデザインにあたって別の方の作品を盗作したのがバレてですね」
青「だからなんでそうやって危ないネタで創作!? マヤちゃん確実にマコトに毒されてるよ!」
伊「えっなんですかそれは。よく分からないので次の質問にいきます。
青「うんもうやだこのラジオ。もうゴールしていい? チーズ蒸しパンになりたい」
伊「はいはい……。

えっと……加持さんはコンフォート17住まいじゃなくない? ということですが」
青「それもう因果律の違いでよくね?」
伊「えー、でも前史で加持さんってどこに住んでましたっけ」
青「そういや何処だろうな」
伊「確か三重スパイとかやってましたし、不定かもしれないですねこれ」
青「あー確かに」
伊「それに今回も、シンジ君をたまたまコンフォート17に呼んだだけかも」
青「あり得る」
伊「というわけでまぁ因果律の違いですね」
青「結局それかよ」
伊「やむを得ませんっ。はい。では最後の質問。

『旧劇のタイムスケジュールで更新するのはいいけど、公式でスケジュール決まってなくね?』ということですが」
青「あー。確かに……一応、ファン間では暫定的に「6/22にサキエルが襲来した」ことにはなっていて、
それに沿ったスケジュールがあるものの、綾波レイ補完計画などでは微妙に早いんだよな。5月くらいにサキエルがやってきたりしてたし?
しかも流れが微妙に旧劇と新劇が混ざってるから一概にどういう時系列になるかっていうのも微妙なところではあるけど……
とりあえず更新される日自体が気になる方は『エヴァ 時系列』とでもググってくれればいいんじゃないかな。飽くまでファンサイトだから公式のものじゃないけど、結構そういう時系列として捉えてる人が多いらしい。これもだいたいそれに沿って更新はされるはずだから」
伊「公式設定がない以上は純粋に4月1日から始めても良かった気はするんですが、まあそこは認知度という奴ですぅ」
青「唯一明確に日にちが分かっているのは今日、アスカちゃんが第壱中学校に転入してきたということ位。
後はイスラフェルが10月の頭に襲来するらしいが、どうもカレンダー的な辻褄が合わないらしい」
伊「10月は後サンダルフォンも来るらしいですからね、10月は更新が少し多くなるかもしれないということです」
青「どうせ何かにこじつけて1回で纏めたりしてな」
伊「まぁどうなるかはともかく、10月に少なくとも1回以上。11月に1回の更新。そして某サイト曰く、何とその次の更新は来年の2月になってしまうらしいですね」
青「え、スパン長すぎじゃね? 12月1月と冬休みシーズンなのに視聴者増やさないの? 死ぬの?」
伊「いやまぁ12月、1月とイベント尽くしですからクリスマス番外編とかやるんじゃないですかね? 後は司令サイドの描写が結構薄めなのでそこを補完してみたりとか」
青「まーそこはその時になってみて、だなー。……しかし、サハクィエルが落ちてくる日は酷いな」
伊「そうですか?」
青「だって2/23だよ? その2~3日後には全国のたくさんの高校3年生が葛城さん、赤木博士、碇博士あたりの後輩を目指して戦うんだから。そんな日によりによって「落ちて」くるなんてなあ」
伊「……ま、まぁ! 「落ちる」ものを撃破しました! 
ということでむしろ演技がいいんじゃないですか? きっとそうです、はい」
青「ま、ゲン担ぎも程々にしましょう、ってこったな」
ゲ「青葉二尉?」
青「? ……って、司令まだ居たんですか!? 違いますからね!
ゲン担ぎってそういう意味じゃないですから! ……そ、そういやマコトはどうしたんだ?」
伊「さぁ……」

日「…………もう既に10.5話まで放送完了してるからな……今からでもホームページ公開という形をとれば……いやにこtubeに……ぶつぶつ」

伊「……なんか自分の世界に入ってますぅ」
青「ほらマコト、もう時間だぞ? 葛城さん来るんだから少しはしゃんと……」
日「ぶつぶつ……最終的に白海刃と小汚学園の対決を……!!」
青「……マヤちゃん、ありゃもうダメな奴だわ」
伊「はい、終わらせましょっか。葛城さーん」
葛「はいはーい……あれ? 日向君は?」
青「なんか自分の世界入ってますから放っといてやってください」
葛「あらそう……ま、いいわ。じゃあいっくわよーん?
『加持との対面を終え帰路につく碇シンジ』
『間もなく現れる使徒サンダルフォン、しかしやはりどこか違ってゆく戦い』
『現れぬイスラフェル、変化するサンダルフォン。これが意味するものとは果たして』
『次回、【瞬間、マグマ、泳いで】』それじゃあこの次も~、」
「「「「サービスしちゃうわよん♪」」」」


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エヴァ二十周年記念番外編・奇跡の戦士エヴァンゲリオン

※かなり悪ふざけです。記念日なのもあり純粋なファンの方はご注意ください。


「パターン青、使徒です!」

 

オペレータの声が響く。

 

やがて、街には警報が掻き鳴らされる。

 

時は2015年。沈む夕日に照らされた街に一体の異形が現れた。

 

異形。

使徒と呼ばれたそれは、人類の絶対的な敵であるとされる。

そんな敵がこうして街に現れたということは即ち、人類に危機が訪れていることを意味していた。

 

勿論、人類とて決してそれを傍観する訳ではない。

一時は人類を滅亡寸前にまで追いやった大災害セカンド・インパクトを乗り越えた人類は、やがてやってくることが予見されていた使徒に対して人類の全ての英知を集結させ、世界最強の要塞都市を作り上げた。

それがここ、第三新東京市だ。

 

勿論、使徒の居ない間は普通の人間たちが生活を営む地である。

オフィス街ではサラリーマンがせわしなく働き、公園では子供たちが走り回り、スーパーでは主婦がバーゲンセールの対象品を取り合い、そして夜の街では男女が二人、また二人とネオンの中にに消えてゆく。

 

しかし、使徒が現れた今は違う。

街には通常は出現しない対使徒用の兵装ビルが現れ、夕日に照らされ一つのイリュージョンを醸し出している。

こうした街は当然、世界のどこを探してもここ、第三新東京市しかない。

 

今、ここ第三新東京市は全ての命が一つになっている。ここが落とされれば、それは即ち全ての命が消えるということであり、

逆に言えばここさえ落とされなければ全ての命が生き延びられる。……とも限らないのが辛いところではあるが、ともかく全ての命が一丸となり、この第三新東京市で戦っているのだ。

 

しかしながらも一見、戦闘員はともかく住んでいるだけの一般市民はただ避難しているだけではないかとも思うだろう。

だが、そんなことはない。ここに住む一般市民の殆どによってここ、第三新東京の財政などはコントロールされているのである

それに、ここに住む一般人はここ第三新東京市の中枢を担う国連直属の特務機関・ネルフの庇護下で生きているし、その一般人の殆どはネルフ関係者そのものやその家族であったり、恋人であったり、とにかくそこそこ深い関係にある者である。

それ故、ネルフ職員はもとより、その家族や恋人などもまた、その職員を支えるという意味で、影ながらもここ第三新東京市で戦うメンバーの一員なのである。

 

そしてそうでない者も、使徒が現れた時に使徒に対する恐怖でシェルター内で暴れまわる、などということもない。

 

ただ自分たちの勝利のみを信じて。

ここに住む誰もが使徒による迫りくる恐怖に対し、第三新東京市と共に戦っているのだ。

 

当然ながら、ただやみくもに勝利を信じている訳ではない。勝利を信じるだけの、根拠がこの街にはあるのだ。

勿論ここが人類の英知を集めた最大の戦う街であるという点もそうだが、

 

使徒が徐々に街に侵攻してくる。攻撃はまだしていないが、きっとすぐに凄惨な攻撃をここに仕掛けるのだろう。

だが、先ほども述べた通り黙ってやられる人類ではない。

そう。

ネルフによって運用される、夕日に染まるあのヴァイオレット。シェルターに潜っている一般市民にも絶大なる勇気を与えてくれる。

そしてそれが、一般市民の希望に変わるのだ。あのヴァイオレットこそが、最大にして最強の、人類の切り札だからだ。

 

 

リフトオフされるさなか、中のパイロットは恐らく発生しているであろう強烈なGに苛まれながら何を考えるのだろうか?

 

自分たちの勝利を疑わず、使徒に鋭い眼光を向けているのかもしれない。

あるいは底知れぬ恐怖に打ちひしがれているのかもしれない。

勿論どちらであっても、我々に出来ることは祈ることのみである。

なんとも歯がゆいものだが、それが彼らにとっても最善なことなのである。

 

ところで、もう既に彼らはネルフとの契約を結び、毎日を闘いに向けての努力に充て、そして今こうして戦地に出ているのだ。そうなっている以上、後には引けない運命を彼らは背負っている。

その運命に対し、彼らは何を思うのだろうか?

彼らは弱冠14歳の、少年・少女だ。そのような精神的にも不安定な彼らが挑む闘い。

なんと、辛辣な運命なのだろうか! 我々に残された道が祈るのみとは、なんと非力なのだ我々は!

 

しかし、結局のところ一般人である我々には何も闘いの事情は分からない。

 

分かるのは、今こうして、プログ・ナイフと呼ばれる専用兵器を握りしめ、使徒に向かっていることだ。

 

我々一般市民が出来る闘いは、先程も言った通りただ一つ。祈ることだ。勝利を信じて祈ること。

倒せ、敵を。

守れ、夢を、

 

そして、未来を!

 

プログ・ナイフが火花を散らす。対象は当然、使徒だ。

 

そして、使徒に喰らいつく。

使徒も応戦する。それでも、決してあきらめることはなく、戦う戦士。

 

倒せ! 行け! 

 

負けるな! そこだ!

 

「ウルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!」

 

やがて、初号機が雄叫びを挙げると、使徒のコアに突き刺さるナイフがいよいよもってコアを破壊する。

 

それと同時に、使徒は大爆発を起こした。

 

ドガアアアアアン…………………

 

倒した。我々の希望が、かの人類最大の敵を打ち破ったのだ!

 

既に夕日は沈みきり、今度は月の明かりがヴァイオレットを照らす。

やがて静かな街には喧騒が戻ってゆく。まるで、先ほどの闘いなど何もなかったかのように、第三新東京市は元の姿に戻ってゆく。

気付けばヴァイオレットも格納されてしまった。

 

だが、闘いはコレで終わりではないのだ。

 

まだまだ使徒は出てくるのだと言う。

 

 

ならばこれからも、愛の力で進めっ!

 

我々に希望を与えてくれる、奇跡の戦士、

 

 

その名は、

 

 

エヴァンゲリオン!!!

 

----

 

「パターン青、使徒です!」

 

再び第三新東京市に響く、オペレータの声。

 

遠くに煌めく夜明けの空。

 

現れたのは、三体のエヴァンゲリオン。当然、街には使徒が迫っており、兵装ビルも立ち並んでいる。

 

一般人であれば……きっと恐怖のあまり、逃げ出してしまうのだろう。

それでも、エヴァンゲリオンは逃げない。我々の希望は、その希望を希望たらしめる為に今日も戦うのだ。

 

そんな我々の希望になるエヴァンゲリオンを操縦する、いわば英雄たりうるパイロットの三人。

 

少年・少女の仲は本当のところ分からない。

でもきっと、どんな関係であっても本質的なところでは心と魂を誓い合わせているに違いない。

 

勝利のための、一致団結。

 

お互いに拳を交え、明後日の方向で咆哮する使徒に向かう。

 

戦うための、強い決意をきっとあの夜明け空に誓いあっているのだ。

我々には計り知れないほどの絆が、そこに垣間見える……

 

 

「わんこ君! 今日こそアタシが先行。分かったら返事するにゃ!」

「いや、そんなこと言われたって命令ですし……」

「命令ぃ!? 命令なんてものはね、前線に出たらあってないようなものなの! 分かる!? レイちゃんも何か言いなさいよ!」

「……命令なら、そうするわ」

「むむむむむむ……!!」

 

 

……多分。

 

ともかく、今回の作戦ではエヴァは三体同時展開だ。

パイロットたちの連携が問われるのだが、きっと三人のことだ。その心、一つになっているのだろう。

 

こうして傍から見ていても、エネルギーがとにかくあふれ出ていることがよく分かる。目に見える訳ではないが、気迫のようなものがエヴァから流れているのだ。

 

張り詰めた雰囲気。けれど、それは決して恐怖のみに支配されている訳ではない。

エヴァの中に漲るその力は、決して我々一般市民に歯向かうものではない。むしろ平和の為に使われるものだ。我々人類の平和のために、振るわれるその力こそが我々に希望を与えてくれるのである。

 

やがて、静寂に包まれた戦場に、

 

「初号機、発進!」

 

周囲にも伝わる程の放送で、ネルフの指令が飛ぶ。

 

次いで、零号機、弐号機も指令を受けて動き出す。

 

使徒に向かって、一歩も引かない。使徒もエヴァを睨み付けている。

 

そんな使徒にパレットガンを握りしめ、一歩、二歩、走る!

 

疾走する三機のエヴァが使徒に向かい突撃していくその様は、まさに我々に勝利の希望を与えてくれる何とも雄々しい姿である。

嗚呼、なんと勇ましいことか!

 

やがて使徒に充分に接近したエヴァが、一斉に射撃を開始する。

パレットガンによる射撃が、使徒へ突き刺さろうとする。

 

しかしその瞬間、

 

パキュィイイイイイイイイイイン!!!!

 

使徒に発生する正体不明の障壁、ATフィールドが射撃を防いだ。

強烈な光が発生し、弾丸を叩き落としていく。自らへのダメージを限りなくゼロに近づけているのだ。

 

しかし、その位はエヴァンゲリオンとそのパイロットだって分かっているはずだ。

 

その証拠に、初号機と弐号機がATフィールドの中和を試みている。どうやら自分たちの腕で強引に中和しようとしているらしい。

 

最初は余り変化がないように見えるが、段々と使徒に掛かる障壁が薄くなっているように感じる。

きっと中和に成功しつつあるのだろう。

 

そうだ! もっとだ!

 

思わず、この手を握る力も強くなる。

 

 

倒せ使徒を!

 

破れ、ATフィールド!

 

「グルルルルルッ……!!」

「グオオオオオオオ!!!!」

 

 

その、手でっ!

 

バキィイイイイン!!!!!!

 

いよいよATフィールドが破れた!

 

そこへ叩き込まれる、零号機によるパレットガンの射撃。

自らの盾を失った使徒は、今回は爆発することなく静かに崩れ落ちていった。

 

 

こうして、今回の闘いも無事に終わることとなった。

 

しかし! 前回の時も述べたように、まだまだ使徒は沢山現れるのだ。

 

 

ならばこれからも、愛の力で進んでくれ!

 

 

我々に希望を与えてくれる奇跡の戦士、

 

 

その名は、

 

 

エヴァンゲリオンだッ!!!

 

----

 

シャーッ。

 

ガガガガ……ピッ。

 

スクリーンに投射された映像が終わりを迎え、スタッフロールと共にエンディング・テーマが流れる。

エンディングテーマは映像の中で使われていたBGMの歌詞付きバージョンらしい。

 

「いやーどうだい、三人とも」

「いや~すっごいなこのドキュメンタリ! これなら優勝確定やでケンスケ」

「だろ~? これで次の学園祭のチャンプは俺たちのもんだ!」 

 

ただただ感心したという様子でケンスケを褒め称えるトウジに対し、ケンスケは得意げな様子で目を瞑っていた。

ところが、もう二人は難しい顔をしている。

 

「……ん? どうした、難しい顔して。碇と綾波はどう思う? コレ」

「うーん、いいと思うけど……大丈夫なのかな?」

「……多分、結構拙いと思う」

「え? どういうこと?」

 

ケンスケはシンジとレイの思わぬ発言に対し、ぽかんとした表情をしている。

どうやら状況が飲みこめていないようなので、二人は加えて説明をした。

 

「いや、エヴァとか使徒とかって、一応公表されてないって聞いたんだけど」

「そうね、後ATフィールドとかも……謀反を起こしたとして最悪しょっ引かれるかもしれないわね」

「またまた~。 単なる一般人の中学生がやる程度のことだぜ? 大事にはならねえよ大事には」

「……だそうですけど。 その辺どうなんですか? ミサトさん」

「え?」

 

シンジが部屋の奥の方に声を掛けると、どこから現れたのか黒髪ロングの女性が現れた。

 

容姿端麗、そしていわゆるボンキュッボン。

見る者が見れば、いや見る者でなくても彼女を美人を言わぬ者は居まい。

 

そんな女性、葛城ミサトがそこに居た。

 

思わぬ登場に、トウジとケンスケは頬を緩めた。

 

……が、すぐにその頬の緩みは再び強張ることになる。

 

「…………相田、ケンスケ君ね?」

「そのお声は葛城ミサト三尉ではありませんかっ! 毎日ご苦労様です!」

「……ありがと。でも……貴方はもう、何もしないで」

「……へっ? それは、どういう……」

「えっと……シンジ君にレイ、後鈴原君は帰りなさい。私は今夜はこの相田君と積もるお話があるから」

「はい」

「はい」

「あ……分かりました」

 

シンジとレイ、及びトウジは何となく「察した」。

この空気が、間違いなく普通でないことを。

特にトウジにとっては憧れのミサトが現れた直後に帰れと言われたので少し残念ではあったが、本能的に何かを察した。それが彼の男としての野心を消し去ったのであった。

 

トントントン、と三人分の靴音が鳴り、ガチャバタンとドアの音が響き渡る。

 

それを見送ったミサトは、再びケンスケに居直った。

その真剣な表情に、ケンスケは何かを勘違いしてしまったようだ。

 

「えっと、碇たちを外しての積もる話? 

……はっ! まさか僕をついにエヴァンゲリオンのパイロットにして下さるのですね!」

「パイロット? いいえ、相田君……もっと、気持ちいいことよ。

アタシと良いこと、話しましょう? それはとてもとても、気持ちいいことなのよ?」

「えっと……あっ分かりました! ついに僕の魅力に気付いて下さったのですね! いや、僕なんかでよろしければ……ぜ…………ひ……?」

 

ミサトはあくまでも笑顔だった。ただ、声は笑っていなかった。

 

その顔の厳しさに一瞬遅れて気付いたケンスケであったが、文字通りもう遅かった。

 

「あ~もしもしリツコぉ~? アンタの中で噂の自白剤と嘘発見器の実験台一人確保したわよぉ~。え? マヤちゃんも来るの? いいけど……大丈夫よ、幸いにしてダミーだったし。あーはいはい」

 

何やら不穏な電話が聞こえてくる。その雰囲気のおぞましさに漸く以って気付いたケンスケは恐る恐るミサトに声を掛けた。

 

「えっとミサトさん? 僕は一体」

「……あら、この期に及んでまだ自分が何をやったか分かっていないのかしら?」

「えっと…………」

 

よく聞こえなかったが、実験台という単語にケンスケは戦々恐々としていた。

まさか……最先端の投薬実験の実験台になるのでは!? ケンスケは自分の身に早くも命の危険を感じた。

何とか、何とか自分の生き残る道はないのか。そう考えた結果の苦渋の作戦が、こうして惚けることだった。

 

だが、ミサトにはその作戦は通じない。

 

「…………あのビデオ、どうやって作ったの?」

 

ダメだ。

ならば、次の手を取るしかない。プランB、セイイング・ライ。相田ケンスケ、実行に移ります。

 

「え、えっと、そ、それは……その……そう! 碇! 碇たちが俺に色々教えてくれたんです!」

「へぇ~、シンジ君たちが。へぇ~……ちょっちまってね? ……あ、もしもしシンちゃん? ああレイもまだいるのね、じゃあ聞くけど…………ああやっぱそうなのね~。ありがと、じゃ……相田ケンスケ君?」

「は、ハイ」

 

余裕でバレました。

 

「…………ウソついちゃーだめよぉ。あの動画、私たちが用意したダミー。つまり……ヤッちゃったんでしょ?

嘘吐くような悪いコは、お姉さんたちとイイコトしましょうね?」

 

笑顔。でも、物凄く怖い。

ハイと頷くしかないその気迫。

 

「…………ミサトさんとのイイコトなら、一生の、喜び、です…………」

 

ケンスケはるるるーと涙を流した。

 

明らかに絶望しかない自分の未来を。

 

 

やがて、再びドアを開ける音が聞こえてくる。

 

「! 碇!? 助けに来てくれたのか!」

「碇? ああ、シンジ君なら今はネルフで訓練しているわよ?」

「初めまして相田ケンスケ君。……ふふ、やっぱり。私の期待通り」

「あら、マヤちゃんってショタ属性だったのねぇ~」

「いいえ、メガネ属性なんですよ~。センパイの魅力の一つでもありますねっ」

 

そこに来たのは、現れることに一縷の期待を掛けていた少年ではなく、金髪の強気そうな女性とやや幼気な女性。

しかも何やら、物凄く姦しい話が聞こえてくる。なんだよ、なんだよショタ属性って、メガネ属性って。俺は知らないぞ。何も知らないぞ。

 

「ふふ……相田君、力を抜きなさい? お姉さんたちが優しくシ・テ・ア・ゲ・ル♪」

「ひ、ひぃっ!?」

 

相田少年もまた、一人の思春期の少年だ。こうして大人の女性に囲まれるというシチュエーションを妄想しないはずもないし、興奮しないはずもなかった。

 

ところが、今は違った。実際にそうなってみると、ただただ恐怖に苛まれている自分を知覚したのだ。

 

やがて、ガチャン、と音が鳴る。腕が、動かない。

再びガチャンと音が鳴る。足も、動かない。

 

もうだめだ。

 

金髪の女性が注射器を持ってこちらに迫ってくる。

その注射器は、自分の腕に、腕に、腕に……

 

 

 

「俺の未来も守ってくれよぉエヴァンゲリオォ~ン!!」

 

 

ケンスケの断末魔が、第三新東京市の一角に響いた。




日「こんばんは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

ジャーンジャーンジャージャージャ♪ジャッジャッジャッジャッジャジャッジャッ!
ジャーンジャーンジャージャージャ♪ジャッジャッジャッジャッジャーッジャッ!

日「おお! コレは……!」
青「蒼い風が胸のドアを叩きそうだな!」
伊「窓辺からやがて飛び立ちそうですね、主に日向君が」
日「ふぁっ!? なんでいきなりディスられんの!?」
伊「なんとなくですぅ」
青「てか今回別に使徒が出たって訳じゃないしやんなくてよくねコレ」
伊「ああ、そういえば確かにこれ使徒が出た時だけ放送するっていう奴でしたね。でもまあ……ビデオの中に使徒出てきちゃいましたし」
青「何それ、その解釈で行ったらアレだよね?
ゼーレ魂の座とか終わる世界とかも確か使徒は一瞬回想とか何かで登場するけど、その時も全部放送すんの? どんだけ細かいの?」
伊「あーもうめんどくさいですね。今になって質問が増えてるんですよ。じゃあ一つ目。

『これスパシンじゃなくね?』 とのことですが」
青「……」
日「……」
伊「……」
青「……まあ、確かにさあ。シンジ君最初の方はスパシンぽかったけどさ、最近はあんまり力を発揮できてないよな」
日「正直ラミエル以降実質単体で倒した使徒はレリエルとゼルエルくらいしか居ないし、やむを得ないんじゃね?」
伊「まあ、スパシン度合いが試されるのはそこですよねー。一応身体能力向上の速さとか頭脳とかは充分スパシンレベルに到達しつつあると思うんですが」
青「うーん……それにしたって無理あるよ」
日「まあ……スパシンだからって必ず神に匹敵する力持たないといけない訳じゃないし」
伊「でも再臨せし『神』の子ですよ? やっぱり神にならないとダメでしょう」
青「少年よ神話になれって言うしな」
日「神『話』だからそれはセーフ」
伊「まあ……総合的には充分スパシンの範疇になると思うので、今後に期待してください。
あ、今回は本編も短かったので質問も二つまでですね」
日「えっ何それ」
青「まあ別にいいケドさ、あんまりポリシー折らない方がよくね?」
伊「えーじゃあ分かりましたよ。強引に三つ目作りますよ……」
日「何かやけにあっさりだな、こういう決定事項はなかなか折れないと思ったんだが」
伊「……いや、実は作成時点で記念日の一時間前を切っているらしく」
青「へっ?」
伊「要は全く準備するのを忘れていたらしいです。いや存在は知ってたんですけど何をしようかと思っていたら前日になってしまったそうです」
日「えっじゃあつまり何時もよりやけに短いのも」
伊「そういうことらしいですぅ。まあ次回はその分長めにするらしいですけどね。なので決定も即時です」
青「やべえよこのラジオ突貫工事ってレベルじゃねえよ大丈夫なのかよコレ」
伊「セミ生放送ってことでいいじゃないですか! こういう媒体で生放送はセミとはいえ貴重ですよ貴重」
青「そういう問題なのか……?」
伊「そういう問題ですっ。 じゃあ次。

『根府川先生って誰?』ということですが」
青「ああ、あれは確か……シンジ君のクラスの教師だよな」
日「そういえば地味に新劇だと出てないんだよなああの人。いや、もしかしたら適当なカットのどこかに居るのかもしれないけど」
伊「そうでしたっけ?」
日「うん、確か……というか、出ていたかどうかが議論になる時点で相当影薄いのは確かだよな」
伊「確かに。 えーと、まあ根府川先生ってのは本編にも書いてありましたけど、いつも根府川とセカンドインパクトを繋げるのでそういうあだ名になっていたんですがいつのまにか半分その名前が公式設定になっていたらしく」
青「設定ガバガバってレベルじゃねえなオイ」
伊「文句は名探偵に言ってください。真実は一つじゃねえんですよってね、あの人いつもセカンドインパクトの作られた真実言ってますし、ネルフの中でも色々真実がどうとか言われてますけど本当は違いますし」
青「えっ」
日「えっ」
伊「え?」

~ネルフ・発令所~

ミサト「えっ」
加持「えっ」
ゲンドウ「えっ」
冬月「えっ」

~静止した闇の中で~

ゼーレ×12「えっ」

~スタジオ~

日「……マヤちゃん?」
青「……」
伊「え、え? え?」
日「いや……その」
青「何で作られた真実だって知ってるの……? 俺たちの情報レベルではまだそんなこと」
伊「えっと……あっ! えっとですね、赤木博士に教えてもらったんですぅ。 センパイはとっても物知りで……」
リツコ「…………」
青「いや、そりゃ俺は司令部直属だから知ってるけどさ、おい、まさかこれって」
日「あー……マヤちゃん、横、横」
伊「へっ? あ」
リ「……マヤ、貴方の妄想を現実にしてあげましょうか? ウフフフフフフ♪

…………きっと気持ちいいわよ?」
伊「……私は先輩を信じますっ!!」

青「……別にお仕置きにも何にもなりそうにないな、アレ」
日「ああ、全ては予定通りだ」
青「マコト?」

数分後……

伊「……アァ……センパイ……もっと、もっと……」
リ「このふざけたラジオが終わったら脱水症状になるまでサンプルを取るから覚悟することね」

すたすたすた……

青「なあマコト、これ全く意味をなしてないよな」
日「まあ……しゃあない。三つめの質問とかマヤちゃんが作る予定だったらしいし今日はコレでお開きだな」
青「うん、折角の二十周年なのになんという幕締め……」

ドガーン!!!

青「爆発か!?」
日「なんだ!?」

ドガーンドガーン!
ウーッ! ウーッ!

青「拙いぞ! スタジオが崩れる!」
日「マヤちゃんも余韻に浸ってないで早く逃げて……あっ!」
青「おい、コレ……エヴァ初号機じゃねえか!? なんでこんなところに!?」
日「それだけじゃねえよ、零号機、弐号機、参号機、四号機、Mark4、量産型、五号機、Mark6、八号機、Mark9、弐+八号機、十三号機がそろい踏みじゃねえか!」
青「あそこにいるのは……シンジ君か!」

シンジ「……皆さん。エヴァはまだ、終わっていません。まだ残すところ、後一作品残っています。
それがどうなるのかは、分かりません。No Ryojiなんて書かれていたので加持さんは死んでいるかもしれません。
でも、時は確実に進んでいます。エヴァは、あの、始まりの日からは、二十年が経っているのです。 
今日が記念すべき、二十年目なんです。少年の象徴であったエヴァが、こうして二十年経って。人間で言えば、つまり大人になったということです。
そんな記念日が、今日なんです。 
皆、今日が、その日なんだ! 僕たちがここに居てもいいと宣言された、その日なんだ!」

ワァーッ!

ブラボォーッ!!



青「これは……二十六話のあのシンジ君が壁をぶち破った世界……そうか、そういうことか!」
日「なるほど、空気を読めということだな!」


ミサト「おめでとう!」
アスカ「おめでとう!」
レイ「おめでとう……」
リ「おめでとう!」
加持「おめでとう!」
ヒカリ「おめでとう!」
ケンスケ「めでたいなぁ!」
トウジ「おめでとさん!」
ペンペン「クックックワァクッ!」
日「おめでとう!」
青「おめでとう!」
伊「お……おめ……で……ひょぉ……」
冬月「おめでとう」
碇夫妻「おめでとう」

シンジ「おめでとう……!」


『ウルゥウウォオオオオオオオオン!!!!!』


庵野監督に、ありがとう

漫画版に、さようなら

そして、エヴァンゲリオン二十周年、おめでとう

----




青「…………何これ」

end


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第八話 瞬間、マグマ、泳いで

「えぇー! 行っちゃダメなの!?」

 

マリの悲痛な声が響く。

 

「そうよーん、貴方たちパイロットはここで待機。使徒はいつ来るか分からないから」

「ちぇー、折角わんこ君を新作の水着で悩殺しちゃおうかにゃーって思ってたのにぃ……

わんこ君にレイちゃんは良いの? 沖縄」

「……内心反対したかったけど、真希波さんの今の発言のせいでその気が失せました」

「……別に」

「えぇ~……つれないなあ二人とも」

 

先の加持との密会から概ね二週間ほど経ったあたりだろうか。

 

学校生活の目玉、修学旅行における沖縄行きは今史でもミサトに却下された。

もっとも、前回もそうだったし今回もそうであっておかしくはない。

 

そしてアスカと取り変わる形で今ここにマリが居るのだが、騒がしい娘であるという点は変わらなかった。

よって、今回こうして騒ぎ出すのもある意味予定調和と言える。

シンジとしても、マリの発言に関係なく今回もネルフに留まるつもりではあった。

 

しかし同時にシンジは疑問も抱いていた。

サンダルフォンの前に訪れるべき使徒、イスラフェルの存在だ。

この頃の使徒は精密な日時までは覚えていなかったのだが、修学旅行でアスカが騒ぎ出したあたりで使徒がやってきていた、ということは確かに覚えていた。

ところが今回はどうだ。まるでイスラフェルが現れないままに修学旅行を迎えていた。

 

実際には、前史より今史では二週間ほど修学旅行の日程は早まっていたのだ。

言うまでもなくシンジの善戦が裏にあるのだが、流石にそこまでは気づいていない。

 

ただ、シンジもここ最近の様々なイレギュラーの中で共通項も見出してはいた。

 

この二体の使徒は偶然にも、どちらも惣流アスカ・ラングレーと「二人」で倒した使徒であるということだ。

勿論ネルフのバックアップもあるが、本当の意味で戦闘に携わったという意味ではシンジとアスカ、この二人である。

ならば、やはり今史でもそういう因果の元彼らは存在しているのだろう。

 

ところがこの世に惣流アスカ・ラングレーという存在が見当たらない今、その因果は確実に崩壊を迎えていると言える。

厳密にいうと、サンダルフォンについては一応シンジはナイフを投げる、及び弐号機を引き上げるという形で援護とまではいかないものの、主に「二人」で倒した使徒であることは間違いない。

 

ということはもしかしたら、自分とアスカの共闘によって倒されるという因果を得ていた使徒たちは、

今回ではアスカの因果が見当たらない以上は存在することが出来ないのではないか?と予想した。

あるいは、全く別の形で現れるか。

ともかく、イスラフェル及びサンダルフォンに関しては前史のような戦いは余り期待することが出来ないだろう、ということだ。

 

更にこの論理で行けば、先に待ち構えるアラエル戦もアスカ・レイの共闘となる為、

もしかしたら戦わなくて済むのかもしれない、という期待も出来る。

 

しかし、この理論で行くと少々不安な点も生じる。

アスカが居ないという前史と変更された因果により、これ以降の使徒戦において人類が有利に立つことが出来なくなるのではないかという危惧である。

ガギエルが現れないということでイロウルやタブリス、アルミサエルを除いた全ての使徒が現れないという可能性も考えたが、その可能性もまたすぐに否定された。

真希波マリ・イラストリアスと共に現れた全く新しい使徒の存在がその否定の証明であるのと、

やはりアスカと自分との二人の因果のみで構成されるならともかく、自分とレイの二人の因果が生き残るガギエル及びイスラフェルよりも先の使徒に関しては何らかの形で出没しておかしくない。

無論これまでに登場した使徒ならば初号機とのタッグによる戦闘力で難なく撃破出来るだろうが、何分前回のように全く新しい使徒が出る可能性も大いにある。

分からない未来というものは不安要素を孕むものだ。

 

もっともその答え合わせは、これからの数日間で判断すればいいだろうとも考えていた。

修学旅行の正確な日時はあまり重要ではなく、むしろ修学旅行の時期になったということは、何らかの使徒が現れるやも知れないということが何よりも重要であった。

それがサンダルフォンなのか、また別の使徒なのか、そもそも現れないのかはまだ分からないが、今はまだ慌てる時期でもない。

 

それ故、シンジとしては暫しの平和を楽しむことにしたのであった。

 

「……そだ! じゃあネルフ内のプール行こうプール。あるでしょ? 二人とも、あたしの美貌でハートを打ち抜いてやるにゃ~」

「はぁ……良いですけど」

「私、一応女よ」

「フフッ、お姉さんオトコノコもいいけど、オンナノコも行けないクチじゃないニャ」

「……!? 碇君……」

 

本当のネコのように舌なめずりするマリを見て、あからさまにビクッとするレイ。

本能的な恐怖に対し思わずシンジの影に隠れてしまう。

 

「……真希波さん、綾波が何だか妙に怯えているからこの位にしてあげて」

「……碇君、あのひとこわい」

「本当、今日は二人ともつれないにゃあ……」

 

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結局、これまた史実通りプール行きになることとなった。

雲一つない空の中空港からやがて飛び立つクラスメートたちを空港から送り出すや否や、自分で買ったという車を超高速で飛ばすマリ。免許は大丈夫なのだろうか。

しかしそんな些細な心配は露知らず、あっという間にプールに到着した。

 

プールに到着するや否や、ざんぶと飛び込んで潜行するマリ。何故かプールは前回よりだいぶ大きく、あっという間に見えなくなってしまう。

一方でレイは只管にぷかぷかと浮かんでいる。これは前史通りだっただろうか。

 

前回はアスカやレイが泳いでいるのを傍目に理科を勉強していたが、今回は特に知識には困っていないので今史では特に勉強はしていない。

が……それとは別に、シンジはプールに入ろうとしない。

それには理由があった。

 

「あれ~、わんこ君泳がないのかにゃ?」

「はい。課題がありましてね」

「リっちゃんの?」

「はい。この凄くいびつなサイコロを一の目が出る確率が六分の一以上であることを示すんだそうです」

 

マリがプールから声を掛けた時、シンジはあの時と同様にPCと睨めっこしている。

目の前には明らかに立方体ではない歪な形をしたサイコロの図と幾つかの数式が打ち込まれている。

しかし、本当の目的は問題を解くことではない。

 

実はシンジは泳げない。

理由は恐らく、幼少期の記憶にあるのだろう。が、それも定かではない。

 

兎も角一つ言えることは、シンジは泳げないという事実である。

こうして今回もプールサイドで真面目にやっているのは、それをカモフラージュするための手段であった。

 

「ふーん、でも楽しむときには楽しまないと……ね?」

「え、いやでも……」

「ちょっと手を貸すにゃ」

「?」

 

言われるがままに手を貸すシンジ。いつの間にプールを上がったのか……と思うと同時に、

 

ぷにっ。

 

何かとってもとっても柔らかい感覚がする。

それでいてなんだか暖かいような気がする。

 

なんだこれ?

なんだこれ?

なんだこれ。

 

その弾力は高速道路上を百何十キロで飛ばしている車から手をまっすぐに開いた時の風圧にもよく似ており、

でもどこか特有の硬さも共存していた。

 

この柔らかさと硬さの独特な調和と、この生暖かい感覚。何処かで覚えがある。

 

不思議に思ったシンジが横を向くと、そこにはなんと、紐状のハイレッグな水着でシンジの手を自らの胸に押し付けるマリの姿がある。

 

ああ、そういえばこれ、前史でもヤシマ作戦の前に―――

 

「ちょちょっ、ちょっと待って真希波さん! なにやってるんですか!?」

「ふふっ、コレで既成事実は出来たにゃ、さあ責任を取るため泳ごうわんこ君!」

「責任って、真希波さんが無理やり押し付けたんじゃないですか!」

「あら……お姉さんに手を掛けといてそんな言いぐさをするなんて……よよよ」

「えええ!? なんで僕が悪いことになってるんですか!? ハメられたの? ハメられたの僕!?」

 

さめざめと崩れ落ちるマリ。勿論演技なのだが、女に疎いシンジにはそれが見抜けない。

気付くとレイもこちらの方をじっと見つめている。何となく怒気を孕んでいる目線なのは気のせいか……?

 

「ぼ、僕は泳ぎませんよ!」

「えーわんこ君のいっけずぅ~。それとも……ぱいおつだけじゃ足りないかにゃ?」

「そういう問題じゃ……!」

「大丈夫、真美は合法、マリも合法」

 

再びシンジの手を掴みなおすマリ。

手を振りほどこうとするが、思いのほか強い力で掴まれたその手は離れるという三文字を持たせては貰えなかった。

秒速五センチメートル、ゆっくりとシンジの手は下方に向かってゆく。目指すは少女の秘められしデルタ地帯。

 

「あわわわわわわ……」

 

距離にして曖昧三センチ、いよいよもって「ソコ」に接触しかけたまさにその時である。

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

同時に鳴り響く、使者の来訪を知らせるアラート。

 

「ちっ……残念」

「た、助かった……」

 

そのアラートは人類にとっては終焉の危機を告げるいわば警鐘のはずだが、シンジにすれば救済の福音となるのであった。

 

----

 

漆黒、いやそれ以上の深淵ともいえるような闇の中に、十二体のモノリスは並ぶ。

碇ゲンドウはモノリスと対峙していた。

 

「A-17、現時点での資産凍結だと?」

「碇君、こちらから打って出ようというのかね」

「はい……使徒の生きたサンプルを手に入れるまたとない機会。逃すほど私も愚かではないという事です」

 

前史通り、第八使徒の捕獲作戦の許可を得ようとしていたのだ。

やはり前史通り多大な反発もあった。が、

 

「ダメだ! 危険すぎる!」

「十五年前を忘れたとは言わんぞ、碇」

「然様! 失敗は即ち人類の破滅を意味するのだぞ!」

「分かっております。しかし、生きた使徒を捕獲するまたとないチャンスなのです。その重要性は貴殿らもお分かりでしょう」

 

ゲンドウはあくまでも毅然とした態度で臨む。

 

すると、SEELE:Number-01と書かれたモノリスがゲンドウに向かう。

 

「碇」

「はい」

「確かに……貴様の意見、一理ある。我々としてもその意見を飲みたくない訳ではない。だが、シナリオは既に変遷を遂げている……死海文書は最早参考文献程度にしかならぬ、いや既に紙切れも同然やもしれん」

「……」

「しかし、そのシナリオ。全くもって不測ではない。いや、むしろもう一つの方向に駒を進めつつある」

「……成る程。そういうことですか、議長。そういうことであれば構いません。殲滅の方向で進めていきましょう」

 

議長と呼ばれたその男の一言に、何かを察するゲンドウ。そして、自身の意見を反転させたのだった。

 

「ならば、よい。……そして、ここに正式に告げよう。死海文書は既に過去の遺物に過ぎぬ。既に新たなるシナリオ『神・死海文書』がここに幕を開けた……以上だ」

 

その言葉を聞いた周りのモノリス達も、その声を聴くとやがて口々に声をそろえた。

 

『全てはゼーレのシナリオ通りに』

 

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八番目の使徒は、前史同様に浅間山の奥深くに眠っていた。

今回は「上の報告」曰く発見がやや遅くなったらしく、最初から殲滅作戦を取る方針になった。

A-17による資産凍結もなくなり、ネルフは政治面において前史よりは有利になった……のかもしれない。

そもそもシンジにとっては、前史でも何故A-17をわざわざ発令させたのかはイマイチ不透明であったのだが、まあ並々ならぬ事情があったのだろうと適当に納得していた。

 

今回も史実通り、耐熱仕様のD型装備で溶岩にトライする弐号機。

その主が惣流アスカ・ラングレーではなく真希波マリ・イラストリアスであるという事実を除いて、その構図は前回と全く変わらない。

どうやら、今回はそのまんまサンダルフォンらしい。ならば多少のアクシデントはあれ、撃破は可能だろうとシンジ及びカヲルは踏んだ。

 

前史ではぶくぶくに膨れ上がるD型装備を嫌がっていたアスカだが、マリに関してはこのD型装備を面白がっているようである。

なんでも丸っこいのがとてもかわいいらしい。やはりどこか抜けた少女である。

 

そんなことをシンジが考えている間にも、弐号機は順調に溶岩に潜り続ける。

そこそこの深度にいることはもう分かっているので、全員に緊張感はあれどそこまで慌てている訳ではない。

 

「深度千四百八十、観測地点より百八十m深くなっています。D型装備の設計限界深度まで後百m程ですね」

「事前に強化しておいたのが効いたわね、少し前までならD型装備ではここまでが限界だったはずよ」

 

リツコがマヤの報告を聞いて、やはり備えあれば憂いなしということを痛感する。

 

「マリ、どう?」

【うーん、……全ッ然見えない。というか暑すぎぃ! 逝く逝く逝く】

「だーいじょうぶよ、どんなに暑くなっても人間が生きていられるギリギリの暑さで保たれるようになってるから」

【本当にぃ?】

「ええ」

【ふーん……。それにしても汗で全身じっとりするぅ……わんこ君がわんこ君になっちゃわないか心配にゃ】

「大丈夫よぉ、多少フェロモンをむんむんにしてもシンちゃんにそんな度胸ないし」

【ミサトちゃんはそういうけどね、あの子実はかなりのテクニシャンよぉ】

「あら、それじゃあこれが終わったら私も試してみようかしら」

【ダメダメ、ミサトちゃんに手を出されたら間違いなく一週間は再起不能になるわよ】

「何それどういう意味よ」

 

表面上はそこそこキツそうだったが、ミサトたちと姦しい冗談を叩きあっていることからかなり余裕があるようだった。

 

やがて深度が千五百を回ったところで、マリの視界に突如異形の生物が入ってくる。

 

【……居た】

 

マリからの通信が聞こえてきた。

使徒は弐号機の接近に対してまだ目覚める気配こそないが、前回より幾分大きく育っている。

あるいは、もう少しで覚醒するのだろうか。

 

「いいことマリ、改めて確認しておくけど。四番のコードから冷却液を使徒に注入。覚醒しないうちに熱膨張を利用して殲滅する……それが今回の作戦よ」

【あいよ、分かってるよミサトちゃん】

「ならいいわ……作戦開始」

 

ゆっくりと使徒に近づいていくマリ。まだ目覚めない。

 

【四番コード、注入します】

「行けるわね……」

 

しかし、シンジは油断をしない。ここからが正念場なのだ。

プログ・ナイフの投擲準備を行っておくようにと前もってリツコに告げた甲斐あって、今こうしてマグマの中にナイフを投げ込まんとする体制でいられている。

 

恐らく次にコードを建てつけるくらいのタイミングで使徒は目覚めるはず……というのが予想だった。

 

 

結果から言うと、その予想自体は当たった。

 

【ミサトちゃん、許可を】

「許可します。 撃てぇ!」

【待ってました!】

 

放たれる冷却弾。

その一撃は使徒を真っ二つに切り裂いていく。ATフィールドによる防壁の展開すら許さず、散っていく使徒。

 

「よし!」

 

ガッツポーズを取るミサト。シンジも安堵する。

これからも使徒は来るようだが、一先ず今回は無事に終わった……

 

 

 

と思っていたその思い込みと安堵は、レイの小さな一声で打ち砕かれる。

 

「パターン青、まだ残っているわ」

「何ですって?」

「パターン青、健在……これは……まさか!」

 

驚嘆の声を上げるマコト。目の前にはBloodPattern:Blueの文字が小躍りしているコンピュータの画面がある。

しかし、驚いたのはそこにではない…………対象数だ。

先ほどまで「target:1」と表示されていたのに、いつの間にやら「2」に変わっている。

 

「対象、二体!? 二体に分裂した模様です!」

「ぬぁんてインチキ!?」

 

観測所に響き渡るミサトの怒声。

溶岩内で真っ二つに切り裂かれた使徒は、何とその極限状態下で二体に分裂したのであった。

 

 

弐号機に牙を剝く使徒。ほぼ同時に向けられる冷却器コード。

 

それぞれがぶつかり合うと同時に、巨大な三影が火山の外に飛び出していった。

 

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【……作戦の結果、弐号機は小破。マグマや熱による劣化はなし、使徒による若干の外傷のみ。同パイロットも心身ともに異常はなし】

【第八使徒は、衝突直前に受けた冷却液の影響で火口からの脱出と共に構成物質の四十パーセントが損傷、現在自己修復中と見られる】

 

「……倒せたのかにゃ?」

「足止めに過ぎないわ」

「ふーん。まあ、あの環境から生きて帰ってこれただけでも儲けものよ」

 

飽くまでも冷静に見るリツコとマリ。

 

スクリーンに投影される使徒の姿。

溶岩に潜っていたとはいえ、その姿はまさしく。

 

「(……第七使徒、イスラフェル?)」

『いや、合成したのだから、そうだね……イスラフォンとでも呼ぶべきかな。まさか、使徒が融合を起こすとはね』

「(どうだろう、彼は強いのかな)」

『マグマの中を泳ぎ回れる耐圧性に耐熱性、外殻の強度は間違いなく他の使徒の比ではないと思う。そしてコアの修復機能……きっと手ごわいだろう』

 

前史のモノと比べて若干サンダルフォンのように錆びついたような色をしてはいること、及び腕が若干ヒレ型をしているという点を除いて、身体的特徴は殆どイスラフェルのそれと一致していた。

 

「それにしても、シンジ君の助言を聞いておいてよかったわ。D型装備の改良がかなり進んでいたから、あそこまで極限的な状況でも小破で済んだのよ」

「いや、僕としてもまさか役に立つとは……」

「おーわんこ君がアレの強化を頼んどいてたのかい? ありがたやありがたや……」

「あ、あはは」

 

勿論D型装備の改良が進んでいたのも偶然などではなく、先日シンジが提出した使徒の予測レポートを元に改良がなされていたのだ。

結果、従来のD型装備の倍近い耐久性を得、今回事なきを得たのである。

 

「まあ生きて帰って来たので今は良しとして……これからどうしましょうか?」

「あらシンジ君、此間分裂使徒の意見も出したのは貴方じゃなくて?」

「そうですけど、溶岩から出てきたのでは外殻もかなり固そうですし。まさか二つの特徴を持った使徒が合体……と言っていいのかは分かりませんけど、似たようなことをするだなんて」

「そうね。……やはり貴方にとっても今回の事態ばかりはイレギュラーだったのかしら」

「どういうことです?」

「……何でもないわ。それより、今は目の前の敵よ。貴方の提唱していた荷重攻撃計画……二体ではとても貫通できないでしょうね」

「ですよね。作戦を練り直さないと」

 

想定していたよりも大きなイレギュラーに、シンジは内心非常に動揺していた。

 

第七使徒イスラフェルが、存在していたということ。

いや、厳密にこれをイスラフェルと定義していいのかは分からない。

ただその特徴からして、イスラフェルとサンダルフォン、どちらもの因果を有してしまっている。

マリの存在は、予想以上に因果律に対する干渉を行っていたようだ。

 

更に言うと、アスカが居ないという事実はやはり少なからぬ危険すら孕んでいたということである。

 

幸いなことに今回、エヴァ初号機と碇シンジのコンビは見ての通り圧倒的な強さを誇っている。

しかしながら、狂い始めた運命の歯車に流されない程の強さがあるのか、というと、自信は持てない。

最悪の場合は前史におけるゼルエル戦で一度だけ発生した、シンクロ率四百パーセントの覚醒状態であれば……

そうでなくともサキエル戦の時に見せた暴走状態程度でも恐らく目の前の使徒もすぐに倒すことは出来るだろうし、

何より初号機はこの世界の殆どの人物が想定している初号機ではない。前史であらゆる使徒を叩き潰し、

シンジとの親和性も想定より遥かに高い「あの」初号機なのである。

戦闘力としても想定された数値よりもはるかに高いはずである。

 

が、そのような力を発揮して怪しまれないかと言ったら流石にかなり厳しい。今更感もあるが、余り大きなアクションを起こしすぎる訳にもいかない。

 

どうしたものだろうか……と思ったが、その解決の糸口は意外にもすぐそこにあった。

 

「あら、私は二体では貫通できない、と言っただけよ?」

「え?」

 

一瞬、どういうことかと訝しむシンジ。しかし、その論は驚くほど単純であった。

 

「二体でダメなら三体、という訳よ。

零号機、初号機、弐号機の三体のエヴァによるコアへの荷重攻撃ならば外殻を貫通、コアを破壊できる。マギも全会一致でこの作戦を推しているわ」

「……三体、ですか」

「ええ。勿論、タイミングは合わせないと瞬く間にコアは復活するでしょうね……でも、成功率三十三テン四パーセント、今のところは最も高い数字が出ているわ。

ミサトにもこの作戦は既に伝えてあるから、正式な伝達があるはずよ」

「……分かりました」

「恐らく、使徒が完全に回復するまで十日ほど掛かると予想されるわ。体壊さないようにね」

「はい」

 

前回と同じ使徒であれば、勝率は九割以上であっただろう。

しかし……前回と同じ使徒の要素があったとしても、それが融合しただけで半分未満にまで落ちる……

 

この世界に来て、ラミエル戦終盤とも似た一縷の不安が浮かび始めたシンジであった。

 

 

その頃、本部にて突如その力を発現した第八の使徒に対する作戦会議を行っていたミサトは頭を抱えていた。

無論、目の前に現れた強敵に対して、ということもあるが……

 

 

「……ぬぁんでリツコの方が速く確実な戦術を思い浮かぶのよぉおおお! 

予約してた温泉も結局無駄になっちゃったしぃ……」

 

どうやら、前史同様に温泉も確保していたらしい。

が、サンダルフォン、もといイスラフォンの襲撃により、予約していた温泉施設近辺の街が一部壊滅した。

文字通り灰燼に帰してしまったということである。

 

「まあまあ葛城、そういうこともあるさ。作戦を考えるのは作戦部の仕事ではあるが、他の部署がやってはいけないということもない。今回は認めていいじゃないか」

「うぐぅ~…………

 

って加持君? 貴方をこの作戦会議室に招待した覚えはないわよ?」

「おっと」

 

ネルフにおいては、各部署における情報というのは公式なもの以外は基本的にその部署内でのみ扱い、特に会議の情報などは他には極力漏えいさせないようにしておく。

特務機関ならではのいわばルールのようなものが存在していた。

その為、リツコやミサトなど余程立場のある人間でない限りは、こうして他部署の人間が会議室に入り込むのは禁止とまではいかずとも半ばタブーに近い。

もっとも作戦部については作戦案をとにかく考えるのが仕事なので、作戦案自体がボツになったらそこで終わり。情報自体としての価値は消失する。

が、そこは日本の組織である。効率などよりも形式を重んずるセカンドインパクト以前の日本の風潮はこういうところに活きていたのだった。

 

となれば、当然ここに加持が居るのは形式としては拙い事態でもあった。一応立場はミサトたちと殆ど同等だが、飽くまで形式上の物である。普段は別のところで働いているのだから、二人ほど良い目で見られるという訳ではない。

捕縛されたりするほどのことではないが、評価としては下がりかねなかった。

コレが普通の職員などならばともかく、葛城ミサトという本命をキープしつつ様々な方面にも魔の手を出すプレイ・ボーイたる加持にしてみると他部署で自分の評価が下がるのは少しいただけない。

 

「……参った。ビール二本で手を打とう」

「……五本」

「……三本」

「五本」

「……太るぞ?」

「五本」

「……」

「……」

「……分かった、俺の負けだよ葛城」

「へへっ、やーりぃ! じゃあついでにもう三本!」

「もう何本でもいいよ、うん」

 

やれやれ、と言わんばかりに首を振る加持。

ただ、この緊急時に似合わぬ可愛らしい笑顔を浮かべるミサトの顔を見て財布のひもを緩めてやろうという気にもなった。

 

ネルフにおいては、このようなことが起きた場合はそこの隊の長に何らかの「恩返し」をするのが通例であった。

作戦部の場合は、このように部長のミサトに酒を奢ることでそうした事態を回避するのが定石になっているのであった。

 

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所変わって葛城邸。

シンジがネルフを出て十分位したところでミサトに呼び出されたので行ってみると、既にレイ、マリはそこに居た。

 

そういえば、ミサト宅に来るのはこの史ではこれが二回目だった。

二回目、なのだが……やはりと言うべきか、凄まじい部屋というのが率直な感想だ。

一応三ヶ月ほど前に行ったときに大掃除をしたものの、それから今日まででまたも魔窟に戻ってしまっていたらしい。

 

そこらじゅうにゴミ袋が散乱しており、ビールの空き缶もテーブルの上で放置されている。

果たして彼女の同居人の一人、いや一匹である温泉ペンギンのペンペンは無事だろうか。時折黒い塊が冷蔵庫付近を蠢いている姿が見えるが、果たして彼はペンペンなのだろうか? それともペンペンだった何かになってしまっているのか。

時々「グェー、クワワンゴォ……」などとペンギンの物とは思えない呻き声が聞こえてくる。

仮に彼がペンペンだとして、彼の明日はどっちだろうか。

 

「それでは、先のユニゾン攻撃に備え、シンちゃん、レイ、マリの三人でこの部屋で一緒に暮らしてもらいます。何か質問はあるかしら?」

「はい! ミサト先生!」

「なーに?」

「こんな小汚い部屋に住みたくありません! 大体ミサトちゃん、もう三十路なのにこんな汚部屋とか加持君に嫌われちゃいひゃいいひゃいみひゃとひゃんわはひははうはっはへふ」

「よ・け・い・な・こ・と・は・言・わ・な・い!」

「ほへんははいほへんははい!」

 

開口一番ミサトの提案にはっきりと文句をくれてやるマリだったが、ミサトに思いっきりうにゅーっと頬っぺたをつねられて完全になにを言っているのか分からなくなる。

謝っているということはどうにか伝わったらしく、ミサトはパッと手を離すと再びこちらに向いた。

 

「全く……シンちゃんやレイは、何かないかしら?」

「僕は特に何も……綾波は?」

「私も特に問題はないわ」

 

内心では二人ともこのとんでもない汚部屋に住むのは勘弁願いたかったのだが、これ以上何か言ってミサトの闘争心に火をつけるのは単なる自爆行為だ。

 

「よーし。それじゃあ三人とも。これが今回の作戦で使用する曲よん♪

これ聞いたことない? 結構有名なクラシック曲なんだけども」

 

ガチャ、っと旧世代的な音と共にCDプレイヤーから音が流れ出す。

前回と全く同じあの曲である。

 

マリとレイの二人は普通に聞いている風であったが、シンジとしては内心この曲に感動してもいた。

 

嗚呼、なんと懐かしいことだろうか!

 

あの時はアスカと踊ったのだった。

 

殴られたり蹴とばされたり踏まれたり抓られたり叩かれたりしたけど、あの一週間で確実に自分とアスカの距離は縮まったように思う。

全体的に見れば悪いことの方が多かった気もしないではないが、

何となく惣流アスカ・ラングレーという一人の少女の姿が垣間見えた、そんな一週間でもあった。

 

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ペアルックで踊る、二人。

最初のうちはてんでダメだった。

 

でも、あの日。皆が家に来たあの日。

 

「い~ぃかああありぃ~君! 追いかけて!」

 

洞木ヒカリの言ったあの一言が、確実に彼女との関係のターニング・ポイントになったと思う。

 

 

追いかけた先のアスカは、意外にも気丈な少女のままだった。

 

 

「なあに甘いこと言ってんのよ、男のくせに! 傷付けられた、プライドは、じゅ~う倍にして返してやるのよッ!」

 

サンドウィッチを頬張り、それをコーヒーで流しながら、夕日に照らされて語る彼女。

 

何とも彼女らしい態度だったと、今でも思う。

そして、その横顔に得も知れぬ感情を覚えていたことは、今でも忘れない。

 

 

それからの数日間で、距離はグンと近づいた気がする。結局喧嘩ばっかりだった気もするけれど、それでも。本質的なところでどこか近づいたような感覚はした。

 

 

特に忘れられぬ、最後の日。

 

特に思うところがあったわけではないが、何となく消灯してからもS-DATで音楽を流していた。明日は決戦。それは分かっているのだが、いや分かっているからこそ何時もの通りの過ごし方になってしまう。

 

でも、その夜はやっぱり何かが違っていた。

 

「これは決して崩れることのないジェリコの壁! この壁をちょっとでも超えたら死刑よ!」

 

そんなふうにして、拒否してきたくせに。

 

有り得ないことだと思っていたが、後ろの方で、何か物音がする。ドサッと。

振り向かなくても分かる。この家に居るのは、他に一人。いや厳密にはもう一匹いるが、流石にこの時間に起きているということはほぼあるまい。

 

ともすれば、やっぱり。

 

いる。

 

微かに香る、少女特有の芳しい匂い。

流れるような長髪。

目の前の潤んだ唇。

胸元がはだけにはだけた、あまりにもラフな寝間着。

 

アスカが、居る。

 

思わず指に力が入り、S-DATを再起動してしまう。逆再生を繰り返し、奇妙な音が耳の中に鳴り響いていた。

 

それよりも。

 

彼女は……僕のことが嫌いではなかったのか?

寝ぼけてトイレに行くほど隙のある女だとも思えないし、寝ぼけていたとしてもわざわざ自分のところで眠りこけるなどということがある筈がない。

 

じゃあ、一体どうして、僕の後ろに居るのか?

 

ジェリコの壁。いわばATフィールドを言い換えたような、そんな壁を確かに作っていた彼女が、何故こうしてここまで無防備な姿を僕の前にさらけ出しているのか。

 

何か間違いがあっても、確実に勝てるから? 

そうかもしれない。軍人上がりの彼女なら、素人の僕など性別の壁は悠々と超えて蹴散らせるだろう。

 

でも、彼女のプライドがそれを許すだろうか。

これまでは雑魚寝だったのに、ミサトさんが居ないという理由だけで別の部屋に行って、びしっと扉まで閉めて。そんな風に僕を拒絶したアスカが、こうして僕のすぐ目の前で、無防備に寝ている?

 

有り得ない。

 

じゃあ、どうして?

 

分からない。

分からない。

分からない。

 

 

気付くと僕の視線は、彼女の唇にあった。

 

呼吸に合わせて、周期的に動くソレ。

 

何時もは何かと僕の悪口を紡ぐ憎たらしい唇が、今こうして隙だらけで。

完全に、ただ寝ているだけの普通の女の子のそれになっている。

でも生気は決して失っておらず、扇情的な柔和さを保っている。

 

きっと、彼女のプライドの高さから、誰もまだこの唇を奪ってはいないのだろう。

でも、それが今無防備に目の前に存在している。どういうことかは分からない。でも、僕はもう止まることはなかった。

 

しっとりと、

 

ぷるりと、

 

やわらかな、

 

アスカの、

 

くちびる。

 

 

ゆっくりと、距離が狭まってゆく感覚。迫ってくる、彼女そのもの。

心臓が早鐘を打っていることにも気づかない。

突かれたら一瞬で張り裂けてしまいそうなほど、その間隔は狭い。けど、気付かない。

 

それ以上に、目の間の彼女に対する、異常なまでの興奮と背徳感が僕を包んでいた。

 

じっとりと、汗が流れ落ちる感覚。当たり始める彼女の吐息。

 

 

いよいよ以って、その距離が零になる。その柔らかな感覚、その暖かさ……

 

 

「……マ……マ……」

 

 

----

 

「……ん? シンちゃん?」

「わんこ君、わんこ君?」

「へ? あ、はい?」

「どうしたの、ぼうっとしちゃって」

「あ、いえ……気にしないでください」

 

シンジはつい、思い出に耽ってしまっていたようであった。

 

「そう? ……で、どうだった、BGMは」

「……悪くはないにゃ」

「それはよかった。シンジ君とレイは、どう?」

「いいと思いますよ」

「僕もそう思います」

「なら良かったわ。じゃあ、その曲でちょっと頑張ってちょうだいねん? 

作戦開始は十日後だから、それまでしっかりね。じゃ、あたしはネルフに戻るから」

 

そう言って手をひらひらとさせながらミサトはそこを出た。

 

「さて……ミサトちゃんも行ったし」

「やりましょうか」

「ええ」

 

前史同様に、ユニゾン攻撃の訓練が始まる―――――

 

 

「掃除。始めよっか」

「そうね」

「はい」

 

のは、数時間後のことであった。

 

片付けの最中、唐突に脳内に声が響き渡る。

 

『……シンジ君』

「(あ、カヲル君。何?)

『その……さっきの。君って意外と、スケベなんだね。好意に値するよ』

「(えっ?)」

『だってユニゾンの一週間は他にも色々とあったじゃないか。なんであのシーンだけ六十二秒という限られた時間内であそこまで鮮明に……』

「(……君が何を言ってるのか分からないよカヲル君!)」




日「こんにちは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

チャン♪チャンチャチャンチャンチャンチャンチャン、チャン♪
チャン♪チャンチャチャンチャンチャンチャンチャン、チャン♪

青「えっと……アレだな、コレオープニング向けじゃなくね? サードインパクト起きかけてるけど」
伊「翼が……十五年前と同じ」
日「ドンドンドコドンドンドンドコドン……」
青「どうしたマコト、急にブツブツ言いだして……あ、アレ? 貴方は確か今日はシンクロテストでは」
日「ん?」
伊「あーあ」
日「えっ何々」
青「後ろ、後ろ」
リツコ「……日向君? 聞こえているわよ」
日「……ハイ」
リ「……本日フタマルマルマル、実験室においでなさいな。『とっておき』あげるわよ」
日「…………フルボッコだドォオオン」

数分後

日「」
リ「……マヤ、そこの眼鏡スタンドにフタマルマルマルから投薬実験、やるわよ」
伊「はーい♪」
リ「ああそうそう、此間言った実験も今日やるから。水分はたくさん取っといてね」
伊「! は、はいぃ……」ポー
青「…………うん。アレだな、色々。なんか前回の訳の分からない茶番の時からマヤちゃんが変な方向に目覚めてる気がする」
伊「え~気のせいですよぉ♪」
青「……というかおいマコト、流石に始まったばかりだからいつまでも死んでないで起きろ」
伊「まぁ、ほっといても起きるから大丈夫でしょう」
日「そういえば、ついに一万人を超えたらしいな、視聴者数」
伊「ほら起きた。まぁそうですね、一万人超えは有難いことですぅ」
青「そーだなぁ。これからも宜しくお願いします」
伊「まぁ、登竜門は超えたということで次は十万人を目指しましょう!

それじゃあ一つ目の質問。

まず『青葉君の葛城さんの呼び方って「ミサトさん」じゃないですか?』ということですが」
青「えっそうなの!?」
日「いや知らねえよ、お前しか知らねえだろそんな事情」
伊「色んな意味でセカンドインプレッションですねホントに」
青「うーん……いや、そうなの? ふつーに「葛城さん」って呼んでたんだけど。ミサトさんって呼ぶほど親しくなった記憶ないんだけど。てか、え? ってことは赤木博士も実はリツコさんって呼んでたりするの?」
伊「その呼び名でセンパイのことを呼んだら青葉君のふぐりの残存電力をゼロにして予備も動かなくしますよ」
青「ま……マヤちゃん? 最近なんかすさんでない? 疲れてるの?」
伊「ああ、ごめんなさい。本当はあのメガネスタンドがいつもラジオで面倒くさくてついイラついてました」
青「あ、ああそう……」
日「え、なんかさり気なくディスられたんだけど」
伊「まぁ、知らない人からすればどーでもいいでしょうね。じゃあ次行きましょっか?
えー……

『魂のルフランの間奏のコーラスで「碇シンジ」って聞こえないですかね?』とのことですが」
青「ああ確かに」
日「そう言われればそう聞こえなくもない」
伊「ですね」
青「……」
日「……」
伊「……」
青「…………いや、これ魂のルフランの作曲者に聞かないと分からなくね?」
日「うん、というか「碇氏」って言ってるようにも聞こえるから司令のことかもしれないし」
伊「まぁ……俗的な質問をされても困りますよ!ということですね。

それでは最後の質問ですね。え~と……『マリが痴女すぎる気がする』とのことですが」
青「……」
日「……」
伊「……」
青「……って! 今日もう二回目じゃねえかよこの沈黙! 黙ればいいってもんじゃねえだろ!」
伊「いや、完全に沈黙してからの暴走・覚醒ってよくある話じゃないですか」
青「何それ!? 何、マリちゃんの痴女っぷりでマコトが暴走するとかそういう話!? 使徒襲来ならぬマコト襲来なの!?」
日「いや待てシゲル、なんで俺が暴走することになっている。むしろお前の方が今暴走しているように見えるんだけど」
青「いやだっていつものことじゃんねぇ」
日「いや、いつも暴走はしてないけどな」
青「いやしてるからね? 前回のマヤちゃんなんて比べ物にならない暴走行為してるからね?」
日「えーそうかなぁ」
青「……まぁ、今回は確かに暴走していないな、うん。それは認めるよ」
伊「いいことですぅ」
日「全く、暴走とかなんだか何の話か知らんが……ああそうそう。そういえば最近も新しいアニメ作ったんだ、「小物使徒!いろうるちゃん」って言うんだけどさ」
青「ああもういい、もう喋るなお前。言ってる傍から暴走始めてるよ!
最近お前の暴走のせいでこのラジオめっちゃ時間伸びてんだよ? たまには短く済ませないと色々拙いだろ!
マヤちゃん、とっとと次回予告に移ってくれコイツの暴走が本格的になる前に、サキエル倒す前に早く」
伊「そうですね~。葛城さぁんお願いします」
葛「はいは~い♪
『始まった三荷重攻撃の為のシンジ・レイ・マリによるユニゾン訓練は順調に進んでいた』
『しかし、使徒の回復力は三荷重攻撃で想定される破壊力をも越えんとするものがあった』
『そこで提唱される真希波マリ・イラストリアス直伝の「拳法」とは一体なんなのか』
『次回、「ネオンジェネ・エヴァンゲリカルテット」さぁ~て次回もぉ?』」
「「「「サービスサービスゥ!」」」」


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第九話 ネオンジェネ・エヴァンゲリカルテット

「……なるほど、少し拙いわね」

 

コンピュータ画面と睨めっこしながら呟くのは赤木リツコ。

使徒の修復能力の解析を行うにあたり、少々拙い事態が起こっていることが分かったようだった。

 

「ん? 何が?」

 

それを見ていた葛城ミサト作戦部長が、何のことなのかとリツコに問う。

彼女は作戦立案も含めた軍人としての能力こそ既に一流レベルではあったが、

生憎ながらリツコが今まさにやっているような小難しい解析のことは畑違いである。

当然の疑問でもあった。

 

「使徒のことよ。ダメージを与えたは良いものの、回復能力がかなり高いことが分かったの。

現時点で此間の襲来時点の一テン五倍の硬度を持っていると推測されるわ。ATフィールドこそ回復中で張れないようだけど、ここまでくれば最早ATフィールドなんて必要ないのかもしれない」

「え……それ、大丈夫なの……?」

「まだ大丈夫よ。二倍を超えたらかなり厳しくなってくるけど……まああの時は羽化したてということもあって、外殻が固まり切っていなかったとか、色々要因は考えられるわね」

「あるいは作戦変更も考えないといけないかしら」

「どうでしょうね」

「……例えば、動かないのをいいことにPSRで一気にカタを付けるのはどう? アレ、まだ改良進めてるんでしょ?」

 

リツコから提示された戦況を元に、頭の中で作戦を色々と組み上げていく。

そのうち最も成功率が高いと考えられるものが、こうして原案として口に出される。

 

今回の作戦においては、やはり今のところ使徒が現段階では全く動かないというのがキモになるだろう。そのおかげでユニゾン作戦の訓練が十日間行えるのだから。

今後の使徒ではどうなるか分からないが、今回の使徒については自己修復にあたりかなりの時間を要しているのだ。

ならば、その修復中にでもヤシマ作戦で扱われた巨大迎撃兵器、ポジトロンスナイパーライフルを用いればそのまま跡形もなく消し飛ばせるのではないかという結論に至った。ATフィールドも検出されていない今がまたとないチャンスでもあるだろうと判断したのだ。

 

即興で考えたにしては、悪くない戦法ではある。

 

ただ勿論、言葉にされた条件が全てではない、ということも往々に起こるのが戦場である。

 

「悪くはない作戦だと思うけど……倒せなかった時が大変よ?

修復能力が現れるほど硬化が進むとすれば、倒せない攻撃をするほどこちらが窮地に立たされることを意味するわ」

「あら、そう……じゃあ、この作戦はちょっち厳しいわね。

となると……今は三人のユニゾンを待つしかない、か」

 

ミサトは至極残念そうな顔をして、再びモニターに目を向けた。

 

結局のところ、ユニゾン訓練の成果を待つしかなさそうである、というのが結論になった。

使徒は確実に硬化し始めているが、かといって自分たちで今何とかできる相手ではない。

 

全てはエヴァンゲリオンパイロットの三人に託されることとなったのであった。

 

----

 

ところで、訓練開始から四日後のこと。

 

葛城ミサトと加持リョウジはシンジたちの様子を伺いにやってきた。

 

初めは加持が普通にデートに誘っていたのだが、のらりくらりと身を躱すミサト。

ならばとチルドレンの様子を見るという名目を出した結果、渋々ながら外に連れ出すことが出来た次第だ。

 

「さぁ~て、シンちゃんたちは上手くやってるかしらね~」

「なぁに、アイツならともかくあの三人だ、そこまで仲も悪くないだろうし心配することは……ん?」

 

かつてのしがらみは一先ずどこかに置いてきたかのように和気あいあいと雑談しつつ進む中、加持が何かを聞いたようだ。

すっ、と耳を立てる。

 

『……あっ……』

『んん……』

 

聞こえるのは、やや異なる二人の少女の控えめな嬌声である。

一人は鈴の鳴るようなか細い声、もう一人はややハスキーを含んだ声。

どちらも声の質は違えど並々ならぬ熱気を孕んでおり、非常に扇情的な雰囲気を醸し出していた。

 

そして何より二人に違和感を与えたのは、その声が妙に聞き覚えのある二人の声であった、ということだ。

 

「……なんか妙な声が聞こえるな」

「……まさかね?」

 

恐る恐る、ドアを開ける。

 

 

「んん……ッ、わんこ君、地味にドSにゃぁ………痛い……でも気持ちイイかも……」

「あっ……もうちょっと…………優しく」

「そんなこと言われたって……僕だって無理だよ、もうこれ以上は……ッ!」

 

声の持ち主は、予測したとおり。年不相応に甘美な声を漏らす二人。

そして、やけに切羽詰まったような少年の声。

聞こえてくる声を額面通りに読み取れば、つまり「そういうこと」をしているに他ならない。

 

嫌な予感が、的中したのだろうか?

 

一瞬顔を見合わせて、頷きあう二人。躊躇という言葉はもうなかった。

 

「昼間から何やってんじゃあオノレらはアアアアア!?」

 

ドガーン。

バサバサバサバサッ。

 

けたたましい音に驚き、青葉を咥えた鳥たちが飛び去っていった。

 

比喩でもなくまさしく自宅のドアを蹴破り、部屋に侵入するミサト。その表情はすっかり憤怒に燃えた鬼の如き形相だ。

まさかまさか、前々からどこか普通ではない少年だと思っていたが、隙を与えてみたらとんだプレイボーイも居たものだ。此間のマリのテクニシャン発言は冗談ではなかったのか?まるで隣の男のようである。

 

しかし、威勢よく突入したミサトの意に反した光景がそこには広がっていた。

 

「あー……わんこ君、そこもうちょっと左……」

「……私はこれでイイ」

「…………トホホ」

 

そこには、寝転がっている二人の背中を器用に、且つ何か諦めたような顔でマッサージしているシンジの姿があったのだ。

一方の二人は確かに恍惚とした表情を浮かべるものの、決して先ほどまでミサトが想像していたようなものではなく、むしろ純粋に心地が良い、ということを表している柔らかな表情でもあった。

 

ミサトは呆気にとられた顔をし、その後ろでは加持が肩をすくめている。

 

「あれ……え、えっと……」

「あれ? ミサトさんじゃないですか。どうしたんですか?」

「いらっしゃいミサトちゃん」

「……こんにちは、葛城一尉」

「あ、二人ともコンニチハ……えーと、加持と様子見に来たんだけど……」

「そうでしたか、今お茶をお出しするので待っててくださいね」

 

とてとて、とダイニングに向かうシンジ。

 

「……あたしったらなんてこと想像してたのかしら」

「うーん……そうだ、もしかして溜まってるんじゃないのか? 俺で良ければ相手するぜ、葛城」

「その必要はないわ」

「やれやれ……つれないなぁ。そうだ、マリ、レイちゃん、どうだい訓練の方は」

「ん~、完成度八十パーセントってところにゃ(よ)」

「おっ、そいつぁほぼ息ピッタリってことじゃないか。こいつは頼もしい」

「そうねぇ、エヴァさえ直っていれば今すぐにでも出撃させたいけど」

「ま、時間があるのはいいことだ」

 

等と話していると、シンジが人数分の茶を配膳してきた。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

「すまないな……シンジ君の調子はどうだい?」

「まぁ、真希波さん達が言ってたように大体八割程度の完成度ですよ」

「そうか」

「一回通しで見せてもらえるかしら?」

「分かりました。真希波さん、綾波、やろう」

「分かった(ニャ)」

 

ラジカセのスイッチが押されると、BGMが流れてくる。

躍動感あふれるBGMをバックに、三人の肢体が宙を舞う。

 

一見、八割の出来というのが謙遜に見えるほどの見事なまでのユニゾンであった……あったのだが、

 

「……悪くは、ないな」

「ええ……でも」

 

二人の歯切れはどうも宜しくない。

その気配を察知したシンジは訝しむような顔をしつつも、目の前のユニゾンに集中した。

 

やがて、一通りBGMが終わる。同時に、華麗に舞っていた三対の肢体もピタリと動きを止めた。

 

「……どうでしたか?」

「悪くない出来だったと思うにゃ」

「えぇ、悪くはなかったわ」

「そうだな」

「悪くはない……良いわけでもないということ。

……何か問題でも?」

 

ミサトの言葉に少し反抗心を見せるレイ。いつもの無表情さは変わらないが、どこか怒りもはらんでいるように見えなくはない。

それについて、加持が代わりに返答した。

 

「そうだな……君たちは、あまりに「無難すぎる」」

「どういうことですか?」

「君たち、今の自分の年齢と性別を考えてみろ?

まだ齢は十四かもしれんが、既に子供の歳じゃないのも確かだ。そして君たちは仮にも異性同士のハズだ。

俺も舞踊に詳しいわけではないから分からんが……こう、何か違和感がある。特に、思春期の少年少女、として見ればな」

「つまり…………どういうことです?」

「本来は時間を掛けて君たちが気付くべきことだが、生憎その時間もない。だから端的に言えば……思春期特有の『揺らぎ』が欲しい、という訳だ。

……そうだろ? 葛城」

「まぁ、そういうことよね。

勿論普段は幾らでも安定していていいんだけど、今回は違う。貴方たちもあの使徒の外殻の硬度は分かっているはず。

恐らく単調な同威力の攻撃だけで破れる可能性は低いのよ。勿論、揺らぎに頼って低周波の一撃を与えちゃってもそれはそれで勝てないんだけどね」

 

揺らぎ……なんとも不確定な言葉だろう。そんなものに頼らなければ、あの使徒は普通に倒すことは出来ないというのか。

シンジの中の不安はうなぎ登りであった。

 

「でも、その単調な攻撃がめちゃめちゃ強かったらそれでいいんじゃないかにゃ?」

「それはもう願ったり叶ったりだが、そう上手くも行かないだろう?

リッちゃんがあの使徒の詳細なデータをある程度入手できたらしいが、硬度が体組織の回復と共に日増しで上がっているとのことだ。今のところまだ三体の荷重攻撃で討伐できるレベルではあるようだが、このペースで行くと非常に雲行きは怪しいらしい」

「つまり、かなりギリギリ……ってことですね」

「そういうことだ。だから、万一の場合に備えられる、いわば底力的なものが欲しい……だが」

「……今のあたしたちにはそれがないってこと?」

「まぁ、飽くまでも推測だ。君たちの力を信用していない、と言う訳では決してないがな。

……俺と葛城はそろそろ本部に戻る。この答え、よければ出来る限り探求してみてくれ」

「そうね……仕事が残っているから、このあたりで失礼するわ」

 

言うだけ言って、二人はサッと立ち去ってしまった。

 

「……揺らぎ、って言われてもなぁ」

「困ったにゃあ……」

「どうしましょうかね」

 

もうユニゾン自体は一通り完成しているので、長考する時間はあった。

 

『いざという時は初号機を覚醒とまではいかずとも準覚醒状態、所謂暴走状態にすることも止む無しかもしれないねぇ』

「(最終手段としては、そうなるね……)」

『後は……』

 

しかし、ウン時間頭をひねっても一向に解決策は出てこない。三人居れば文殊の知恵、厳密に言えば四人居るのだが、三人も四人もそこまで変わるわけではない。

 

……そんな状況を打破したのはマリの一言であった。

 

「んー……BGM、変えてみるかにゃ?」

「えっ?」

「このBGM、悪くはないけどね、何かこう、緩急が足りないというかね? 

そう! 確かに揺らぎが足りない! というか、根本的な勢いが足りないッ!

これじゃあちょっとやそっと揺らいでも勝てる訳がないにゃ」

「それはまぁ、勢いが少ないのは何となく分かりますけど……」

「やってみましょう。このままでは埒もあかないわ」

「レイちゃんは話が早いね、わんこ君は?」

「や、特に反対はしませんけど……勝手にBGM変えたらやっぱ怒られるんじゃ?」

「もう! 日本人は何でそんなに保守的かなぁ……だから大阪高層ビルだか大阪徒競走だかなんだかもぜんぜん通らないにゃ!」

「でも……」

「でももへちまもないわ。あたしのとっておきのこの曲でいこっ!」

 

そう言って、マリはどこからか取り出したS-DATから音楽を流し始めた。

 

----

 

そこは、静止した闇の中。

 

巨大なスクリーンに投影された映像が、老獪な男の操るリモコンによってブツリと途絶える。

 

男は、隣に座っている少女に目を向けてみる。

少女は子供特有の興味津々と言った様子で画面に喰らいついていた。

 

「……お気に召したかな。元パイロット君?」

「……面白い」

「そうか、その様子からしてそうなのだろうな」

「誰も今の私には勝てなかった。

でも、それはただ私の周りの人間が弱すぎただけということもはっきり分かったわ。

……アイツなら、きっと楽しませてくれるハズよ」

 

満足げに頷く少女。

 

「……見る限り貴様には有り余る戦闘への執着があるようだな。

しかし、如何せん無差別に闘いの火の粉を浴びせるには僅かに力が足りぬだろう……

貴様をいずれ必要とすることになるやもしれぬ我々にとっても、貴様の力不足は懸念されるのだ」

「へぇ……じゃあ、アンタらがそのアタシに足りない力とやらをくれるっていうワケ?」

 

何故、目の前の老獪な翁が自分の力を欲するのか。そう、妙な印象は持った。

だが、別にそれ程の違和感もなく、それ自体はすんなりと受け入れられる。

 

「そうだ。貴様にとっても悪い話ではなかろう?

幼くして母を亡くし、父はそもそも存在していない、真に貴様を愛する者が現状では一人たりともいない今、力と金が必要ではないかね」

 

確かにそうだった。

少女の記憶の中の母は、幼い頃の自分を遺して消えた。父親の姿はそもそも覚えていない。

 

確かに、独りだった。

 

が、それを表に出すことはしない。飽くまで、笑顔を絶やさない。

この年代の少女特有の、あどけない笑顔。

けれども、その底はどこまで行っても見える気配はない。

 

「まぁ……そうね。

いい加減今の退屈な、縛られた生活にも飽き飽きしていたもん。矮小なガキ共の相手はそろそろ御免被りたいわね。いいわ、話に乗りましょう」

「ならば……契約は成立だ。明朝九時、指定した場所に来たまえ。貴様に最強の力を授けることをここに誓おう」

「その代わりに、明日以降「任務」を遂行していけば良いわけね。私は一向に構わないわ。

……金ももらえて力も貰えて、暇も潰せて。

こんなに私にメリットしかない契約をするだなんて、本気?」

「我々は己の計画の為ならば如何なる計画でもする覚悟でいる、ただそれだけの話だ」

「そう……じゃあ、契約は成立ね」

「……今後の働きに期待しているぞ」

 

老人はほくそ笑みながら姿を消す。

老人は実体ではなかった。飽くまでも、ホログラムとして少女の前に現れていたのだ。

 

 

そこに残された少女もまた、妖しく笑みを浮かべている。

 

「相変わらず、臆病な爺さん達ね。所詮は自分の命が可愛いということか。

 

……さてと。久しぶりに、明日は『踊りましょう』か?」

 

----

 

加持とミサトが様子を見に来てから、更に六日後。

ついに決戦の日が訪れた。

 

パイロットの三人は既にエヴァで待機している。

既に準備は万端、と言った様子の、自信に満ちた面をしていた。

 

その一方、本部の空気は重たいものであった。

ミサトとリツコ、そしてマコトが資料を読み合っているが、どの声もやはり重い。

そう、目の前にはどれも絶望的な数字が並んでいたのだ。

 

「ダメね……このままでは三荷重でもあの外殻を破り切れない可能性があるわ。まさか修復するだけでなく進化するとはね」

「リツコ、そんなにヤバいの?」

「ええ。試算した結果、先週焼却を試みた時の硬度の約三倍」

「……それって、かなりヤバくない?」

「そ。二倍までならどうにか誤差の範囲だったけれども」

「三人ともとても安定してはいるけど、それが故にそれ以上の火力を出せるかは怪しいところね……」

「白旗でも、上げますか?」

「ナイスアイディア! とも行かないのが辛いところね」

 

日向の軽口にミサトが応えていると、

 

『『『やってみなきゃわからないですよ(ないわ)(ないニャ)』』』

「君たち……」

『『『百二秒で、ケリを付けます』』』

 

完全にユニゾンした声色が、幾分か本部の空気から重みを取り除く。

子供たちはあんなに自信満々だというのに、自分たちは何をしているのか。そんな思いが、本部人員を突き動かした。

 

「そうね、今は貴方たちに全てを賭けるわ。ミサト」

「三人とも、やれることの全力を尽くしなさい。私から言えることは、それだけよ。それじゃあ……ロックボルト、解除。エヴァンゲリオン初号機及び弐号機及び零号機、はっし……」

『『『エヴァ、発進!』』』

「え! ちょっと、三人とも!? 無許可での発進は……」

「無理です、もう止められません! シークエンスすべて完了しています!」

「なんてことを……」

 

ミサトの発進命令を待たずに射出口を飛び出す三体のエヴァンゲリオン。

黄、紫、赤が息ピッタリで動いている。ユニゾン自体はあらかた完成していたようだ。

 

「BGMも何者かによって変更されています!」

「えぇ!?」

「これは……一体何の曲なんですかね?」

「わ、分からないわよ……」

 

突然バックから流れ出す、自分の選曲とは百八十度近く異なる奇妙な曲に困惑するミサト。

彼女の選んだ曲は所謂クラシックじみたものであったが、これではまるで……

 

「確認されました。えー、これは……?

…………テレビ第三新東京にて深夜帯に放送されている……アニメ・ソングですね」

「へっ?」

 

日向の報告に、ミサトは場には似合わぬ間抜けな声を出すしかなかった。

 

イレギュラーが起こっていた発令所とは反して、戦局はいたって良好であった。

三体が射出されたのは使徒の丁度真上。

それに気づいた使徒は真っ先に応戦しようとするが、単体対三体には流石に対応しきれないようだ。

すぐさま分裂を試みると、一体は初号機、もう一体は零号機と弐号機についた。

しかし、既に三日前には完璧に揃っていたユニゾン動作によって、結局殆ど常時殆ど平行線に使徒が並ぶことになる。

 

『還るぞ、溶けるぞー! あ・な・た・の?』

 

BGMから流れる声と共に。

 

『『『人形じゃなーい!』』』

 

三本の拳が、それぞれの担当のコアにアッパーとして突き刺さる。

初号機単体に対し零号機及び弐号機の出力単体では及ばないが、初号機と零・弐号機に分担することでほぼ同じ負荷を同時に与えることに成功したのだった。

これにより荷重攻撃程の威力ではなかったが、使徒のコアにヒビを入れることには成功した。

 

「使徒、損傷率四十パーセント!」

「凄い……これなら行けるかもしれないわ」

「い、一体何が起きているのかしら……?」

「ミサト、これは現実よ。目を覚ましなさい」

『使徒のコアに亀裂発生!』

『各機体、現在のところ損傷はありません』

『残存電力、残り五十秒!』

 

リツコがミサトを目覚めさせる間にも飛び交うオペレータたちの声。

 

「いけないいけない……迎撃システム担当、及びUN軍に通達、ミサイルによる援護を!」

 

残存電力まで聞いてから正気に戻ったミサトが告げると、瞬く間にイスラフォンに向かうミサイル。

コアに強烈なダメージを受け動きの鈍くなったところに突き刺さるが、どれもはその硬い外殻、及びATフィールドによって阻まれる。

むしろそのエネルギーをATフィールドの応用で三体への攻撃に転用した。

 

迫りくるビーム。それをもエヴァ三機は各々軽やかに避けてみせる。

攻撃が少し通りにくいだけで、エヴァの戦闘力は圧倒的なものであった。

 

何より目を見張るのは、その闘いぶりのなんと美しきことか。

三体のエヴァが、使徒の周りを華麗に舞う。

一体のエヴァが囮になり、後ろから使徒に追撃を加える。

使徒が二体に迫ると、今度は一体が使徒に一撃を喰らわせる。

 

その動きは、まるで三人が思考が完全に一致した一人の人間かのようで、それを三体が行っているという事実がその場に美しさを生み出していた。

 

そしてついに、人類の待望せしその時は訪れた。

 

前史同様、一直線上に使徒が並ぶ。

それと同時に、使徒が完全に一体化する。

 

「今よ、決めなさいッ!」

 

ミサトの声が飛ぶ。それとほぼ同時に飛び上がる三つの巨体。

 

『必殺! 私たちのッ!』

『福音拳法、AtoZ!』

『このあたし、真希波マリイラストリアス直伝ッ!!』

「え、えっ!?」

 

突然ことさらに妙なことを口走り出した三人に思わず怯むミサト。

一方の三人はいたって真面目であり、その目線は使徒のみに向いていた。

三体は真上に飛び上がると、まさしく一体化する。

 

そして利き足を前に突き出すと、らせん状に回転を始める。凝縮された三体のATフィールドがやがて黄金に光り輝いた。

 

『一つにして全!』シンジ。

『全にして一つ!』マリ。

『死は、君たちに与えよう』レイ。

『『『カム・スウィート・デスッ!!!!』』』

 

殲滅対象へ音速もかくやという速度で吸い込まれてゆく黄金の塊。周囲には強大なソニックブームが生成された。

やがて最高速度に到達するのとほぼ同時に、赤・紫・黄がイスラフォンを一直線に貫いた。

 

寸分のズレもない一撃はイスラフォンを貫いただけでなく、イスラフォンを遥か遠くの山間部まで吹き飛ばしてみせる。

既にヒビの入ったコアにそれほどの一撃を受け切る強度は残されておらず、やがて爆発四散した。

 

ピーッ。

 

それを見届けたところで、三機の内部電源が尽きたことを示す甲高い電子音が鳴り響く。

三体の福音は縺れるようにして倒れた。

 

暫し、しんとする発令所。

 

全員がそのモニターに暫くの間釘づけになる。

 

その静寂を打ち破り、ミサトがシゲルに戦況を問うた。

 

「……青葉君、状況は?」

「…………は、はい。パターン青……消失! 勝ちました!」

 

ミサトに促されてハッとなった青葉が、自分のコンピュータの画面に映る「PatternBlue:Vanishing」という文字を見て、見る間に笑顔になりながら報告する。

 

それとほぼ同時に、発令所も歓喜の声で埋まった。

 

ワァアーッ!!!!

ブラボーッ!!!!

 

「三人とも、よくぞやってくれた……!」

 

冬月から始まり、

 

「おめでとう!」

「よくやったな!」

「おめでとう!」

「おめでとうっ!」

「おめでとう!」

「めでたいなぁ!」

「おめっとさん!」

「クワッ!クワッ!クワァアック!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

 

飛び交うオペレータたちの声。普段はこんなことはないのだが、何分勝率が絶望的数値だったのである。この反応も全く無理がないものであった。

 

その後方では、賛辞の声の代わりにため息をつくミサトの姿もあった。

 

「はぁあ……」

「あら、勝ったというのに貴方らしくないのね?」

「そうだな、いつもだったら今夜はパーッと行きましょう、とか言いそうなもんだが」

「いや、どーもBGM書き換えたりしたのもあの子たちみたいだからね……後で何とか言ってあげなきゃ」

「ま、程々にしておきなさいよ? あの子たちにはこれからも頼らねばならないのだから」

 

このように、一部上層部が苦渋の表情をしていることなどは露知らず。

発令所の歓喜は暫くの間続いた。

 

『『『ありがとう(ございます)(ニャッ!)』』』

 

祝福された三人も、やがてモニター越しに微笑んだ。

 

----

 

「真希波マリ」

「碇シンジ」

「綾波レイ」

「「ただいま戻りましたっ!」」

 

 

二人の少女の声がユニゾンする。

 

 

……………………

 

「わんこ君?」

「は、恥ずかしかった……」

「くぉらあわんこ! 最後まであたしたちに合わせなさいッ!」

「そう……これがKYという奴なのね」

「いひゃいひゃいやめひぇくらひゃいまひひゃひひゃん」

 

エヴァを降り本部近くの広場に戻ると、早くも何時もの雰囲気に戻る三人。

何時だかにミサトがマリにやったように、マリがシンジの頬っぺたをうにゅーっと伸ばす。

その光景を見て、和やかな雰囲気が現場を包んだ。

 

そこには先ほどまで、当然と言うべきかなんというべきか、怒りを露わにするミサトの姿もあった。

あったのだが、この三人の余りの息の合い様に毒気を抜かれたようだった。

 

「お疲れさま」

「はぁ……みんな、お疲れさま」

「どうしたんですかミサトさん? リツコさんと比べてなんかとても疲れてそうですけど」

「いや、あんた達のせいだからね……? どうして勝手な行動をしたのよ、BGMも勝手に変えて」

「それは……えっと、真希波さんが……」

 

~~~~

 

「BGM、変えよっか!」

「す、凄い曲……でもいやですよ、なんで今更なんですかっ!」

「いいじゃ~ん、這いよる異形を倒すにはピッタリな曲だと思うにゃ」

「何でも良いわ、私は黙って敵たちを蹴散らすだけよ」

 

早くもシュッシュッとシャドーするレイ。果たしてその目線の先には何が見えているのか?

 

「ほらワンコくん。レイちゃんなんて早くも歌詞をサラッと会話に取り入れてる!!」

「ええ~……」

「ついでにあたしがオリジナル拳法教えたげる。『福音拳法』っていうんだけどね、これで使徒もイチコロよ!」

「む、無理ですよ……そんなの見たことも聞いたこともない拳法、出来っこないですよっ!」

「だーいじょうぶ、あのオペレータの青葉君がやってたロン毛神拳よりはましだから。

アレやってる青葉君は何だか一位から十位までの人気投票ランキング全部自分にしてそうなナルシストっぷりだったようん」

「嘘ですよね? それ絶対その場ごしらえの嘘ですよね?」

「もー煩いなあ、細かいことばっか言ってちゃあレイちゃんに嫌われるよ?

なぁに、福音拳法の中でも易しめな一つのワザを極めるだけニャ」

「いや、そうはいっても……」

「ワンコくん、逃げちゃダメよ。拳法から、何よりも自分から」

「分かってますよ、でも、短期間じゃ出来る訳ないですよぉ!」

 

ふと気になるのは一連の会話である。物凄く、物凄くデジャヴを感じるのだ。

あの時マリはあの場に居なかったはずであるが、どういうことなのだろうか。本当にただの偶然なのか。

 

「ほーん……じゃあ、イイのかにゃ? あのこと、バラしちゃっても」

「あのコトってなんですか!?」

「あのコトはあのコトにゃ。レディーには秘密の一個や百個はあるものぜよ進時ィ」

「いや、僕知りませんからね?……というか、僕の名前何かおかしくないですかそれ」

「で、曲を変えるか、バラされるか。どっちがいいかにゃ……?」

 

じっ、とシンジの目を見据えるマリ。

その目の輝きは、魔眼という表現が最もよく似合っていた。

拒否権を与えない、肯定のみを許したその視線に勝つほどの度胸は生憎持ち合わせていなかった。

 

皮肉にも、あの時と全く同じセリフで。

 

「……分かりましたよ。やります。僕もやります」

 

肯定するハメに、なったのである。

 

~~~~

 

「っていう訳なんです」

「ミサトちゃんたちが無難すぎるって言ったから、こっちから打って出ただけニャ。でもおかげで、揺らぎなんかに頼らなくても行けたからまぁ、多少はね?」

「……言わなきゃよかったかしらね」

 

頭を抱えるミサトの横に、一人の影が立った。

 

「いや、俺はよくやったと思うぞ? 葛城」

「ゲッ、加持ぃ! なんでアンタここに居るのよぉ」

「何だよ、俺だってネルフの人間なんだからここにいたって不思議じゃないだろ? というかずっと居たんだけどな……」

「確かに居たわね」

「そ、そうだっけ?」

「いや、さっきも話しかけてたんだけど……」

「ゴミン、素で気付かなかったわ」

「……無様ね」

「おいおい、マジかよ……」

 

前史でもそうだが、実は加持がネルフ本部で戦闘を見ていた数少ない使徒戦の一つがイスラフェル戦である。

だが、戦いに夢中でわざわざ意識まではしていなかったのである。

少し悲しそうな目になってしまった。

 

「ま、それより三人とも。よくやったな。

お上はこの通り多少煩いかもしれんが、君たちは自分で考えて動いた。それだけでも賞賛に値するよ」

「「「ありがとうございます(ニャ)」」」

「だ~れが煩いって?」

「さぁてな。さ、三人とも今日は疲れたろう、葛城にリッちゃんもな。今日は奮発して、何か奢るよ。ちょっとした副収入が手に入ったからな」

 

スッと、何やらカードを取り出す加持。

ざっと見ただけで数十万以上の凄まじい額が入っていることが伺えた。

こうなるともう人は遠慮を忘れるものである。

 

「じゃああたし、娘々行きたい! スペシャルメドレーコースがすっごく美味しそうニャ」

「私も娘々でらぁめんが食べたいです。カラメニンニクラーメンヤサイマシマシアブラマシマシチャーシュー抜きで」

「んじゃあたしはどこでもい~から加持君ビール十本奢ってねぇ~」

「じゃあ私は……まぁ、見てから決めましょう。レポートを書かないといけないから少し遅れるわ」

「僕は皆さんに任せます」

「んじゃ、娘々に行こうか。あそこなら何でもあるぞ?

 

……葛城はあくまで八本までな」

「えぇ~」

「本当に太るぞ?」

「煩いわねぇ、別にアンタに関係ないでしょ」

「あるんだなこれが」

「…………しょうがないわね、五本で手打ちにしてやるわ」

 

ちら、と顔を見るとニッ、と何時もの笑みを浮かべたポーカーフェイス。

思わずそっぽを向いて少し顔を赤らめてしまった。

 

「ほらほら二人とも、アツアツになってないで早くいこーよー」

「おっと悪いな、ほら行くぞ? 葛城。リっちゃんも、根を詰めるのも良いが程々で来いよ」

「アンタに手を引かれなくても立つってーの」

 

加持に手を差し伸べられるが、その手を握らずすぐに立ち上がる。

やれやれ、と言いたげな顔をしながら、

子供たちを先導させ自分は最後尾を担い、加持は歩き出した。

 

一方、一人残されたリツコは口では行くと言ったものの、一つ疑念を抱いてもいた。

恐らく食事には向かえないだろうとも思った。

 

「使徒殲滅寸前にエヴァンゲリオン三体に観測された外部からの超高エネルギー反応。アレは一体何だったのかしら……?」

 

そう。

確かに闘いぶりはとても美しく華麗なものであった。

だがそれは見てくれの話であり、実用性はまた別の話だ。あの三体集中荷重攻撃は、実はMAGIの計算では飛び上がった段階ではほぼ殲滅不能という計算が出ていたのだ。

 

ところが現実はどうだろうか?

リツコもその時は気付かなかったが、MAGIのログによるとキックを決める直前にエヴァの出力が急上昇したのだ。

そしてその少し前に、ジオフロント近辺で謎の高エネルギー反応が見られたのだった。

ところが高エネルギー反応が見られた、というだけで、何がどうやってそのエネルギーを放出したのか。そこまでの観測は出来ていなかった。

 

謎の高エネルギー反応。

この単語に、リツコの科学者としての探求心が燃え上がる。

五人を見届けると、すたすたと自分の研究室に潜っていった。

 

 

そして、五人を見送るのはリツコだけではなかった。

一人の少女もまた、それを見送る。

少女はネルフ本部ピラミッドの頂点部分に座っていた。しかし、ネルフのレーダーはどういう訳かそれを探知することはない。

 

「あーあ……っと。

退屈な仕事だったわね、ホント。あの爺さんはこんな仕事をやらせるためにアタシを呼んだの?

仕事だからやったけど、これからは面白くない仕事なんて御免だわ。

初めての能力行使、ってことを考慮してくれたのかもしれないけどさ?

明日からは何をさせられるのかしらね」

 

欠伸をしながら、立ち上がる少女。頂点部分なのでかなり足場は狭いが、少女には関係なかった。

ゆっくりと「降下する」少女は、やがて接地するとジオフロントの広場に立つ。

 

そこにあったのは広大なスイカ畑だった。そのうちの一つを頂戴すると、一突きを加える。

するとどうだろう。スイカはぱっくりと綺麗に割れた。

そのうちの一つに喰らいつくと、少女はジオフロント内に収納された兵装ビル群を見上げた。

 




日「皆さんこんにちは、日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

デデデデデデデドゥルルルルル……ジャージャジャッジャッジャッジャッ♪
ジャージャジャッジャッジャッジャッ♪ ジャッジャッジャッジャンッ♪

日「おお、コレアレじゃん! ええとなんだっけ? 偽りの再生じゃなくて」
青「名前忘れたけどほらアレだよ、アスカちゃんとシンジ君の荷重攻撃の時の」
伊「……偽りの再生、アレ地味にトラウマBGMなんですよねぇ。
なんか序盤とかでアーアー言ってるのが本当は喜びじゃなくて今後のシーンを見越したただの悲鳴を表しているんじゃないかって。というかあのシーンの後に……うっ」
青「ああマヤちゃん、無理しないで。あのシーンはエヴァでもワンツー争うグロシーンだから無理に思い出そうとはしない方がいいよ」
伊「ああ……アスカ……アスカ……」
青「ほらマヤちゃん……落ち着けって」
日「そうそう、俺みたいに何が合ってもビシッと復活! コレは大事だぞ」
青「お前は事情が事情だからビシッと復活して当たり前だろボケが! ほらマヤちゃん、気を確かに」
伊「……ああ、ごめんなさい。何とか大丈夫です、青葉君ありがと」ニカッ
青「おっ、おぅ……どうってことないって」
日「なーにデレデレしてんだよバカヤロー」
青「してねえから!」
伊「? 二人とも何を騒いでいるんですか。時間食っちゃいましたしやりましょう。
え~と、まず初めの質問。

『イスラフォン戦に使われたアニソンってなんですか?』とのことですが」

青「…………」
日「……えっと」
伊「……我々?」
日「うー?」
伊「寄れ寄れ?」
日「にムグッ!?」
青「止めろマコト、それをお前が言うと完全にキモいだけだ」
伊「これが世界の闇ですね、はい。静止した闇もびっくりです」
日「そ、それを知ってるマヤちゃんもマヤちゃん……」
青「バッカかわいいは正義なんだよ察せよ」
日「えええ……」
伊「はいはいそこの二人、喧嘩するのは程々にしておいてくださいね? まぁ、要はやっと最後のタグが補完され始めたということですよ」
青「もうとっくに補完されまくってるように思うのは俺だけじゃないよな」
日「お前の声の時点でパロディ補完されまくってるわアオバーガボーボボ」
青「何そのあだ名! お前一回偉い人にしばかれてこいよ! というか今気づいたんだけど今日アレじゃん、マグマダイバー。お前もマグマダイブする? ジャイアントストロングエントリー決める?」
伊「ま、まぁ……マリちゃんはそういうネタ要員にも使いやすいですからね、いろいろと。はい。今回の選曲もきっとそういうことなんですよ、きっと。それじゃあ次行きましょう!

『これはLRSなんですか? LMSなんですか? それとも……?』ということですが」
青「地味に死語らしいな「ラブラブ〇〇&△△」っていうカップリングの表記法」
日「というかエヴァのFFとかSSでしか見たことないけどね、L○△って」
伊「まあ他にもあるのかもしれませんが、確かに言い回しが古いっちゃあ古いですよねぇ~」
青「まあ言い回しの古さとかはさておき、今のところ一応LRS……っぽいのか?」
日「いや、まだ分からんぞ? シンジ君の前回の回想を見たか? ありゃー片思いLASだよ、ラングレーアスカ惣流だよ」
伊「LMSは……多分なさそうですね。シンジ君は積極的なタイプはそこまで得意でもなさそうですし……
LMSと言えば、一部の腐った方の中にはここに居るメガネスタンドとシンジ君のカップリングとか想像する人が居るんでしょうが」
日「……正直女装姿ならアリかなと思ってる」
青「うわー」
伊「ひくわー」
ペ「クワワー」
日「なんでお前までいるんだよペンペン、というか青葉お前はあの姿を見たことがないのか? 
ヤバいぞアレ、マジでユイさんだよアレ。幾らなんでも可愛すぎるぞ」
青「……あーそういえば、LMSって言えば葛城さんとシンジ君かもしれねーなぁ」
伊「あ~。確かにイニシャルMですもんね。まあかくいう私もMですけど。ラブラブマヤ・シンジ……うーん、確かにシンジ君は結構イイ人になりそうだけど」
青「……マヤちゃんの場合、Mなのはイニシャルだけじゃなさそうだよね」
伊「ラジオで何言ってんですかっ! ……あ、そういえば青葉君もシゲルだからSですね」
青「あー確かに。じゃあLMSって言ったら……」
伊「あっ……」

…………

伊「…………」ジー
青「…………」ジー

…………

日「……おい、ナチュラルに俺を無視して何見つめ合ってんだよ?
微妙に微妙な雰囲気になってんだよお前ら、目が合った瞬間好きだと気付いたってか? 
というか放送中に何垂れ流してんの? 俺への当てつけなの?」
伊「やだー、そんな訳ないじゃないですかぁ。私には一万二千枚のセンパイの写真とっ! ALフィールドがあるんですからぁ!」
青「……敢えてALフィールドの略は聞かないでおくよ」
日「…………シゲル、ざm……んねんだったな、うん」
青「ダダ漏れなんだよデコ助野郎」
伊「はい、それじゃー次行きましょうか。まあ次と言っても今日は最後ですけどねっ。おや、ちょっと長い質問ですね……

『シンジが破で覚醒した時に「世界がどうなったっていい」って言ってますけど、
アレ冷静に考えてみるとおかしくないですか? 
あの発言をしたということは、
シンジは「自分が覚醒することで世界がどうにかなる可能性があることを知っていた」ことになりますよね。だとすればどこでそんなこと知ってたんですか?』とのことですが」
青「……あ、確かに。幾ら切羽詰まってる状況だったとしてもそのことを知ってないとあのセリフが自然に出るのはちょっと厳しい気はする」
日「「僕がどうなってもいい」は「人に戻れなくなる」っていう赤木博士のセリフに呼応したものだからまだ自然……いや、エヴァの中に居るのに何であんな地上の人間の声が聞こえるの? って言ったら終わりだけどさ。
「世界がどうなったっていい」ってのは、ありゃなんなんだろうな? まあ単に自分の決意を強調する例え話なのかもしれないけどさ」
青「案外、よく肯定されたり否定されたりするループ説をそのまま適用してシンジ君があの世界線に逆行したとかそんな感じだったりしてな?
別の世界線で何らかの理由でレイちゃんを失った後にやり直す力を得たシンジ君が、vs第十の使徒戦のエントリープラグ内まで逆行したと。だから「綾波を……返せ!」っていう台詞が出たんだろうな」
日「あの出血量だし一発で死んでもおかしくないからなぁ。死体の中に再び入り込めば一つの体に一つの魂、キャパの問題はクリアだな」
伊「まさかの公式逆行説ですねぇ。某バトルミッションでもやってましたけど。
しかもそうであると仮定すれば、初号機を擬似シン化第一形態まで持っていくほどの力がありますから公式逆行スパシン説も……」
日「だとしたらスッゲーワクワクするよな」
伊「まぁ、結局のところどれも仮説の域を出ませんよ。
ただ少し気になるのが、新劇場版って明らかに分岐点っぽいシーンで暗転したりするんですよね。
もしアレが選択肢の存在を意味するなら、3号機のシーンでの暗転はアスカちゃんの生死」
日「ふむふむ」
伊「初号機覚醒での暗転はシンジ君の生死」
青「なるほど」
伊「そしてよく言われる、サードが起こったかどうかの分岐点として例のCパート、渚君のカシウスをシンジ君に挿したシーンが」
青「……マヤちゃん?」
伊「?」
青「いや、何か凄い今妖しい言い方しなかった?」
伊「へっ? 何の話ですか?」
青「……なんでもないです、ハイ」
日「ま、それはともかく資料集とか出てこないと……それっぽいのを書いたらしいけど、結局のところ全部仮説だよ」
伊「まぁ結論から言って、質問の答えは「分かりません!」 ということですね、はい。
それじゃあ最後の質問も終わりましたから、葛城さーん。


……あれ? 葛城さん?」

加持「ああ、すまない。葛城なら作中にもあった通りビールをしこたま飲んでな、今頃は家で寝てるよ」
伊「あぁ、そうなんですか……それなら仕方ないですね」
青「いや、それより加持さん何処から現れたんですか?」
加「それは企業秘密と言う奴さ。That said, gotta run♪」ダッ
日「あ、行っちゃった……
というかあのセリフってことは近所で仮設五号機が爆発するとかないよね? 大丈夫だよね?」
伊「ま、まぁ大丈夫でしょう、この辺では流石に実験やってませんし……しかし、どうしたもんですかねぇ。私たちだけで次回予告をやるのも余り味気ないですし……」

碇ゲンドウ「……わたしが引き受けよう」

「「「碇司令!?」」」
碇「……どうした」
伊「い、いえ……」
青「い、一体どちらから?」
碇「……企業秘密だ」
日「ええ……」
碇「それよりも……次回予告を行う人物が居ないと聞いた。私が代役を受けもとう」
伊「え、いやでも碇司令のお手を煩わせるわけには……」
碇「フッ……問題ない。
これでも私は毎週ナレーションの仕事などもやっているのだ、次回予告位どうということはない……」
青&日「えっ」
碇「……それではやるぞ。
『第八の使徒を辛くも撃退したレイ、マリ、シンジ』
『しかし早くも、その双肩には新たな敵との運命という使命が重く伸し掛かる』
『降臨する使徒、個人の憎悪で他者を苦しめる者は現れるのか』
『次回、「エンジェル・アタック」』……ユイ、俺は今……真っ直ぐと立ててるか? 
それでは次回も、サービス、サービス」
「「「さ、サービス、サービスゥ!」」」

日「やべぇよ、完全にプロの技だよアレは……」
青「言い回しもさることながら、最後のセリフ何? 何時もの予告よりものすごく様になってない? どっかで聞いた名ゼリフっぽいけど」
伊「……次回からたまに別の人に次回予告やって貰うのも面白そうですね」


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第拾話 エンジェル・アタック

イスラフォン殲滅から、更に数週間ほどが経過した。

 

現在殲滅された使徒はサキエルからラミエル、イスラフェル及びサンダルフォンことイスラフォンである。

シンジ達は、順番的にはマトリエル、もしくはサハクィエルあたりが来るだろうかと予想していた。

 

勿論、ゼルエルやアルミサエル等後半の強力な使徒が今やってくる可能性も否めない……が、

それはそれで有難いかもしれない。

今のところどうも使徒が徐々に強くなっていくスタイルらしいので、ただでさえ強かった彼らが後半に戦うことになればなるほど厳しい状況になることは確か。

ならば前半のうちに出てきてあっさり退場していただいた方がありがたいというものだ。

 

けれども、それは戦いの時に気にすればよい話。

 

今はつかの間の日常であり、それを享受しない手はなかった。

 

その時、第壱中学校は昼休み。

何時ものように黒いジャージ姿の少年がシンジの下に歩み寄る。

 

「おっセンセいいトコに居たなぁ、これ教えてクレメンス」

「……またやってこなかったの? てかなにその喋り方」

「気にしたらアカンで、ほらそれよりコレコレ」

「最近僕の宿題アテにしてない?」

「硬いこと言わんと早ぉ見せてえや」

「しょうがないなぁ……」

 

目の前の黒色ジャージを着た少年、鈴原トウジが手に持っているのは今日の宿題である。

四時間目に数学がある土曜日の休み時間になると、シンジの元にこうして課題を持ってくるのが既に常態化しつつあった。

 

「はい、こんな感じでやれば解けるからさ」

「おおきに! お礼にこれやるで」

「いや、別にいいよ……」

「なんや、つれないなぁ」

 

満面の笑みで食いかけのサンドウィッチを手渡してくるトウジ。

しかしながらシンジとしては、男の食いかけは申し訳ないがノーグッドであった。

苦笑いを浮かべて拒否しておく。

 

「そういえば碇、知ってるか?」

「ん? 何を」

「噂なんだけど、そっちの方で新しいエヴァンゲリオンが出来るって聞いたんだけど……」

「えっ?」

「そらほんまかいな、てかそんなことここで不用意に言って消されるんとちゃうか自分」

 

またケンスケがコンピュータクラックしたのだろうか、最新の情報が入ってくる。

コード707だったか、そのようなクラスなので不用意に言っても余程のことを暴露しなければ何事もなかったりはするが。

 

「大丈夫だよ、単なる噂さ」

「どこで聞いたの?」

「ま、いろいろとな……黒い機体だって聞いたけど」

「ふーん……でも、僕は分かんないや。パイロットだからってなんでもかんでも伝わるって訳じゃないし」

「ま、それもそうか」

 

黒い機体ということは、恐らくは参号機のことなのだろう。

 

ともすれば、第十三使徒、バルディエルがここでやってくる……ということなのだろうか?

聊か早すぎる気もするが、最早使徒の出現性にはまるで秩序がなくなってきている以上は有り得ない話ではない。

 

そして、バルディエルと言えば……目の前にいる浅黒い肌の少年のことを思い出すものだった。

思い出すも何も目の前に居るのだが、そちらではない……

 

----

 

恐らく、自分で戦うことは出来たのだろう。

 

首を絞める力は確かに強かったが、動ける余裕は僅かにあった。恐らく、全力で挑めば力押しできるだろう。

しかし、自分と同じくらいの齢であろう少年を手に掛けることは出来なかった。その覚悟はなかったのだ。

助けなければという心、何ならこのまま自分が死んでしまっても構わない……それが力押しすることを拒んだ。

 

そこで自分の父が取った行動は、あの時こそ非難したし、今もその気持ちは変わらない。

だがそれは、自分の気持ちによる主観的なもので、客観的事実に基づけばあるいは正しいものだったのかもしれない。

 

首への圧迫感から突然に解放されたと思うと、突然奥底で動き出す「何か」。

一つ分かったのは、それまで操っていたそれが自分の意思とは全く関係なく動いていたということだ。

 

紫の鬼は血にも似た赤に瞳を濁らせると、

 

『ウヴヴヴヴヴ……!!』

 

くぐもった声をあげ、目の前の黒いソレを、倒す、いや殺す、いや「壊す」。

それだけの意思を持って、ゆっくりと腕を振り上げる。

 

力関係は完全に逆転した。先ほどまで自分が倒れ込んでいた地面に別れを告げ、目の前にある敵をゆっくりと。

 

まずは首を締め上げる。暫く残っていた抵抗力も、やがて完全に失われた。

 

『グルォオオオン…………』

 

小さな断末魔を上げる黒鬼。

先ほどまで自分の首を締め付けていたその腕はだらりと垂れ、最早反抗するという意思すらも感じられなくなった。

それをよしとすると、自分はその腕を、脚を、装甲を、肉体を、乱暴に、無慈悲に、かつ圧倒的に蹂躙する。

 

 

ググググ……

 

バキィイン!

 

ブチッ。ドゴォッ。グシャッ。グシャッ。

 

プチッ。ブシュゥゥーッ。ブシャッ。ビチャッ。

 

ベキィッ! ドシャァア……

 

ピチャ……ピチャ……

 

 

ただ「倒す」にしては余りにも不自然で、不快で、残虐な。

 

肉が千切れ、血は滴り、骨格が砕けていく音が聞こえてくる。

そう、正しく「壊して」いるのだ。

 

『やめてよ! 父さん! こんなの、止めてよ!』

 

いや、止まらない。

そもそも最初から「止める」という行動概念が、自分を突き動かしている原動力には存在していなかったのだろう。

完全に壊すことに特化した偽りの魂は、それを止めることを拒否していたのではなく、拒否の仕方をそもそも持っていなかったのである。

 

ただ一つ少年に分かるのは、自分が動かしていたそれが「壊す」というただ一つの本能を以ってして動いているという事実のみであった。

 

『クソ、止まれよ! 止まれ……! 止まれ、止まれ、止まれ止まれ……!!!』

 

感覚はないが、音を初めとする振動は確実に伝わってきていた。

 

硬いものを潰す音、柔らかいものを噛み千切る音、何かを強引に貪る音、

 

……目の前に広がる赤く染まった情景がその感覚の正しさを証明していた。

 

操縦桿を一心不乱に振るう。それでも、原型を留めぬ対象への攻撃を止めようとはしない。

 

 

……どれ程に、壊し続けただろうか?

ふと、何かを握る感覚がする。一際硬い、棒状のそれ。

 

……棒状? ソレに棒状の器官なんて……

あった。一つだけ。思い当たるものが、一つだけ。

 

『グウウウウ……!』

 

拳に渾身の力を込める。

最後の骨の髄まで残すことなく、徹底した破壊と滅亡のみを相手に叩き込むことのみ。

 

例え、己の拳大に過ぎぬそれが相手でも容赦はしない。

悪魔の如き圧力が、全てその器官にのみ集中した。

 

『やめろぉ!!!!!』

 

魂からの声、それでも止まらない。止めることは、出来ない。

 

 

 

グシャア!

 

 

 

 

 

『止めろオオオオアアアアアアアアーーーーーッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 

自分の乗っていたそれは、全てを破壊しつくしたという事実のみを、自分の心身に打ち付けてみせた。

 

 

その後、一縷の希望は与えられることとなる……

 

『エントリープラグ回収班より報告、パイロットの生存を確認』

『……生きてた!?』

 

幸いにして、白いそれに入っていた者は助かっていた。

そのことを聞いて安堵し、喜んだ……のもつかの間の話である。

 

一縷の希望など、初めからなかったのだ。

 

飛び込んでくる、震える声。

 

『シンジ君……あの、参号機のパイロットは……』

『フォース・チルドレンは……』

 

目をやると……そこには。

 

自分がついさっきまで死んでも護りたかった、「彼」がそこに……

 

 

 

 

え?

 

 

 

どうして?

 

 

 

どうして?

 

 

 

なぜ?

 

 

 

なぜ、君が?

 

 

 

彼が? ここに、あそこに、いるの?

 

 

 

僕の……僕は……アイツを……この手で、殺し……かけ―――――?

 

 

 

 

『すまんなぁ転校生、お前のことを殴らなイカン。殴らな、気がすまんのや』

 

 

 

 

『碇のことゴチャゴチャ抜かす奴が居ってみい! ワイがバチキかましたる!』

 

 

 

 

『よっしゃ! 地球の平和はお前に任せた。だから、ミサトさんはわしらに任せろ!』

 

 

 

 

『これがデートかいな!』

 

 

 

 

『めーん! 真面目にやらんかい!』

 

 

 

 

『はー!いっただっきまーす!』

 

 

 

 

『ほんま、変わったなぁ。』

 

 

 

 

……トウジ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウワァァァあああああアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああアアアアああああああああああああああああ

----

 

「…………おい、センセ、どうしたんや」

「碇、おい、碇?」

「…………んっ?」

「どうしたんや、顔、真っ青やで」

「も、もしかして俺があんなこと言ったのが、拙かったのか……?」

「い、いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだ……ちょっと昔のことをね」

「ほーん……まぁ、具合が悪いなら無理は禁物やぞ」

「そ~だな、パイロットは体が資本だろ?」

「うん、ありがとう……」

 

ふと気付くと、二人が心配そうな面持ちでこちらを見ていた。

どれ程の時間思いにふけっていたのだろう?

調子が悪いのではないし、ここに来て「あのこと」も乗り越えた……つもりだったが、

やはりバルディエルはどうしてもトラウマとして心の奥底に穿たれていた。

 

「(忘れることなんて……出来ないよ)」

『……それもまた、君の優しさというものだ。好意に値するよ』

「(……ありがとう、カヲル君)」

 

「せや! 今日はあのCDが発売なんちゃうか!?」

 

ふと思い出したようにトウジが身を乗り出してきた。

 

「お、おおそうだ! 乙ちゃんの新曲の発売日やんけ!」

「乙ちゃん?」

「なんや~知らんのか碇ぃ」

「碇、お前まさか『お前の父ちゃんヒゲヒゲ』を知らないのか!? 今流行りのアニメのエンディングでもあるのに……」

「え、何それ」

「はぁ……パイロットは大変なんやろうがこれほどまでに浮世離れするハメになるとはのう。センセも辛いな。いいか? お前の父ちゃんヒゲヒゲ言うのはなあ……」

 

ポンポンとトウジに肩を叩かれながら、丁重な解説を受けるシンジ。同情してくれるのは有難いが、そうはいっても事情が事情なだけにどうしようもないことではある。

 

そんな平和な休み時間が終わろうとしていた時であった。

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

シンジの携帯に、いつもと違う着信が届いた。

非常通信用のそれは、瞬く間にシンジの気を引き締めさせた。

それは顔にも表れていたようで、ガヤガヤと騒いでいたトウジとケンスケの口が瞬く間に閉じた。

 

「もしもし?」

『シンジ君、俺だ』

「加持さん? どうしたんですか」

『使徒が超高高度から接近中とのことだ、至急、本部まで来てくれ』

「は、はい!」

 

ピッ。

 

シンジは先程より更に緊張味を帯び、やや顔をしかめながら電話を終えた。

何か重大なことがあったのだろうかと、恐る恐る聞いてみることにする。

 

「どないしたんや?」

「……トウジ、ケンスケ、直に使徒がやってくる。 まだ警報は出てないけど、今からでも逃げておいてくれ。クラスの皆にも伝えておいて」

「ホンマか!? でも自分、明らかに調子悪そうやけど……」

 

シンジの顔は、トウジの言う通り確かに少し青かった。

 

「碇、今回もお前に任せることになってしまうな。

……でも、無理はするなよ」

「分かってる……でも、僕たちがやらなきゃ皆死んじゃうから。それじゃあ、行ってくるよ」

 

けれども、決意に揺らぐ目は確かに生きていた。

それを強く引き止めたりすることなど、誰にもできることではない。

 

「頑張れよ!」

「無事に帰ったらサーティースリーフォー奢ったるで!」

 

背中に激励の声を浴びながら、思う。

そう、今回は、今回こそは、「戦わねばならない」。

自分の手で、いや、自分たちでもいい。

前回のような惨劇は避けねばならないのだ。

シンジは堅く拳を握りながら、外に待つ車に向かい駆けてゆく。

 

それに何より……

 

 

 

 

 

 

「(今回こそはステーキかなんか奢ってもらわなきゃ。すっごい美味しいの)」

『おっ、今回は珍しく図太いんだね?』

「(……いやなことを思い出したときは沢山食ってさっさと寝るのが一番だって加持さんが言ってたからさ)」

『それ、確か寝るだけだったと思うんだけど……』

 

----

 

「えっ! 手で受け止めるんですか?」

 

大げさに驚いて見せるシンジ。

いつもの全面ガラスで張られたミーティング・ルームに集められたパイロット三人は、ミサトからの作戦説明を受けていた。これもまた、ほぼ前史通りの流れである。

 

強いて前史から変わっているのは、先ほどの発言をアスカではなくシンジがしたということくらいだ。

 

「そうよー、かの使徒は恐らく次の次の侵攻でココに落ちてくるわ。誇張抜きでギガトン級の膨大なエネルギーと一緒にね。だいたい残り一時間半と言ったところかしら。……何か質問は?」

「はいっ! 先生!」

 

仰々しくマリが声をあげる。

 

「はいマリ、どうぞ」

「この配置の根拠は何ですかっ?」

 

マリが画面を指さすと、そこには青・赤・紫の点が灯っている。前史での作戦を踏まえれば、恐らくこれは初期位置なのだろう。

一見何の造作もない。前回もこの根拠は確か……

 

「女の勘よ」

「カン!? じゃあ……成功確率は?」

「神のみぞ知る、ってとこね……」

「何たるアバウト……こりゃあたし達本格的に終わったかもしれないにゃ~」

 

よよよ、とよろけて崩れ落ちるマリ。

ところがそれは飽くまで演技なのだと誰の目からしても分かるくらい演技じみていた。

いつも通りのヘラヘラ口調にくしゃっとした笑みを浮かべている。

 

「まぁ、そうね……だから、無理強いはしない。当作戦に関しては辞退することもできるわ」

「あのねぇミサトちゃん、そんなつもり微塵もあったらこんなとこ来ないニャ」

「そうですよ」

「そうね」

 

そしてそれは、レイとシンジとて違わない。絶対に勝つという意思がそこにはあった。

最も前史でも同じ作戦で勝利しているので、そこからくる自信の方が大きかったと言えばそうなるが。

 

「貴方達…………ふふ、そうね。

よっし分かったわ、この作戦が終わった暁には、ステーキ屋行きましょ! とーっても美味しいところ、知ってるんだから!」

「マジ!?」

「大マジよぉ」

「私、肉嫌い」

「あ~ら、じゃあ高級な回らないお寿司でもいいわよ? 新腕強乱気流腕強寿司っていう、私も時々行くすっごい美味しい店があるのよ」

「寿司、なら行く」

「肉じゃないと分かった途端ゲンキンだねぇ~、まぁあたしは美味しければどっちでもいいけど……ん、わんこ君?」

 

今回違っていたのは、シンジが特に何の声もあげないということだ。前は適当に「わーい」等と言っておいたものの、今回は違う。

 

何せ、今回はとっておきの策があったからだ。

 

「どしたの黙って」

「ん? あらシンジ君どうかした?」

「あ、いえ……」

 

ミサトとマリが、物言わぬシンジに声を掛けてくる。

ここまで全ては計画通りである。

そして、話が振られた今こそチャンスである。シンジは一つ、提案をすることにした。

 

「あの、ミサトさん」

「ん?」

「質問なんですけど」

「ええ、いいわよ」

「どうしても受け止めて倒さなきゃいけないんですか? 使徒」

「ええ………………………………えっ?」

 

思わぬ質問に毒気を少し抜かれたミサトであったが、気にせずシンジは続ける。

 

「どゆことーわんこ君?」

「いや、そもそもあの使徒ってどうやって攻撃してくるんでしたっけ」

「……そりゃあーた、さっきも説明したし、そんなんなくても見れば分かるでしょう? 高高度からの落下エネルギーとATフィールドを主体としてジオフロントまでまっさらに……」

「いや、要は落下エネルギーを小さくできれば落ちてきてもジオフロントまでは届かないんですよね? 他の攻撃方法も観測されていないんですよね?」

「……ええ、まあ、そうね」

 

どうやらこの点は前史と同じなようだ。安心してシンジは更に続けた。

 

「じゃあ、ちょっとだけATフィールドで動きを止めてから速攻で離脱、完全に地に落ちたところを総攻撃……ってのはダメなんですか?

見た感じ落ちてくる以外のなんも出来なさそうですけど……要は、使徒を受け止めきらないといけないから可能性が低いってだけでしょ?」

 

ちなみにこの作戦は、実はシンジが完全なる独断で思いついた作戦であった。

ただ、単純明快故に、もうとっくにシミュレートしてはいるのかもしれないが―――

 

「あっ」

「あっ」

「あっ」

『あっ』

 

そうではなかったらしい。

ついでにシンジの思考をそれなりに共有するカヲルすらも驚きの声を上げている。これは演技なのだろうか。

 

「…………ちょっち待ってねシンジ君。……もしもしリツコ? ……うん、そう、で……こうなんだけど……」

 

後ろを向いて、リツコに何やら連絡を取っている。

初めこそ先ほどまでの緊張感を伴った声色だったが、段々とその気は抜けていく。

 

「あ……そ……分かったわ」

 

次に振り返った時、彼女は物凄く疲れ切った表情をしていた。心なしか、整った黒髪もぼさついているように見える。

 

「……八十五パーセントだそうよ」

「えっ?」

「……その作戦の、成功率。あーなんであたし達もこんな単純なことに気付かなかったのかしら……年かしらねトホホ」

「わんこ君、もしかして天才?」

「い、いや何となく思った疑問をぶつけただけなんですけど……」

「ふーん……ま、これなら安心して出撃できそうだねー」

「まあいいわ……成功率がどんなでも、気を付けるのよ。それじゃあ一時間後、格納庫に再集合。良いわね」

「「「はい」」」

 

そう言ってパイロットたちの気を引き締めさせようとするミサトであったが、もう全員が完全に緊張ムードから解き放たれてしまっている。

サキエル戦では確率オーナイン、ラミエル戦では確率九パーセント弱を経験してそれでも勝っているだけに、八割半という数値は緊張を緩めるのに十分すぎた。

 

緩みに緩んだ空気の中、ふとマリから懐かしい話題が提示された。

 

「あ、ねぇわんこ君にレイちゃん」

「なんですか?」

「……ふと気になったんだけどさ。

 

キミはどうしてエヴァに乗ってるの?」

「へっ?」

 

それは意外な質問であった。

いや、意外ではない。思い返してみれば、大体この位の時期にそんな話題が出ていた。アスカがマリに変わったと言うだけで、特段このあたりの世界の流れは変わらないということか。

 

前史でのシンジは、父であるゲンドウに褒められたい。そうでなくても、誰かに認められたい。

そんな理由を持っていた。自分の存在意義が欲しかったのだ。

 

僕はここに居てもいいのか?

幾度となく問い続けた赤い世界での自分対自分、全人類対自分の押し問答は未だ記憶に新しい。

 

「いや~、当然こうして、今回はまあ確率めっちゃ低いけど、死ぬ可能性もある訳じゃん。

確かに地位はそこいらのおっちゃんよりずっと上になるけど……それでも死んじゃったら何もならないじゃん? 

じゃあどうしてエヴァに乗るのかな~…………ってね」

「ああ……成る程」

「あ、別にふか~く考えなくてもいいのよ? 何だったらLCLの匂いをその身に思いっきり塗してあたしに襲われるためとかでも」

「それは……ないです」

「ないわね」

『ないね』

「ええ~……そりゃないよ皆」

「じゃあ、マリさんはなぜエヴァに乗るんですか?」

「え? そんなん決まってるじゃないの」

 

「今を精一杯に楽しむ為よ」

 

マリはふふん、と何時もの自信ありげな表情をすると、満面の笑みで言い放った。

 

----

 

それから話題はうやむやになり、ついに作戦開始時刻が訪れることになった。

 

『それじゃあ用意はいいかしら、三人とも?』

「「「はい」」」

 

どうにかして緊張感を取り戻したミサトは、三人に最後の確認をする。

三人も先ほどまでの緩い雰囲気を少しだけ拭い去り、少し緊張感を含んだ表情をしている。

作戦成功率こそかなり高い数字が出ているものの、それはかつてのラミエル戦も同じだった。対峙した瞬間未知の攻撃を繰り出してくる可能性も否定できないし、それを理由に勝率がガタ落ちするという経験をまさにしてきたではないか。

MAGIの予測データがアテにならない、とまでは言わないものの、飽くまでもデータはデータでしかないのだ。

 

が、そのような事態を今から恐れていても仕方がない。使徒は確かに現れるのだから。

 

「(そう……どんな使徒が来たとしても、負ける訳には行かないんだ)」

 

三機がクラウチングスタートの体勢を取る。

エヴァの巨体でその体勢を三機並んでとっているのはかなり壮観な景色であった。

きっとケンスケあたりが大喜びするのだろうが、今ごろ彼はシェルターの中であるはずである。

 

『使徒、距離二万五千!』

『おいでなすったわね。エヴァ全機、スタート位置!

目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。よって、MAGIが距離一万までは誘導します。その後は各自の判断で行動して。あなたたちにすべて任せるわ。』

『マギによる軌道計算式の構築が完了しました。いつでもいけます!』

『分かったわ。三人とも、発し』

 

ん、と言ったかどうかのタイミングで、

 

ダダダンッ!

 

猪突猛進に駆け抜けていく三人。

前回の使徒でのトリプルユニゾンの成功もあり、息ピッタリのクラウチングスタートに成功した。

 

そしてその加速も、トップスピードも、前史よりもずっと、速い。

 

落ちてくる使徒を視認する。前史とあまり姿が変わらない様に見える。これまたかつてのラミエルまでと同じように、そこまで大差ない使徒だろうか。

で、あればいいのだが……

 

『シンジ君。少し、僕の力を貸そう。作戦が良くてもサハクィエルの厄介さ自体は変わらないからね』

「(でも、それは拙くないか?)」

『大丈夫。火事場の馬鹿力と説明すれば何とかなる程度にするさ』

「(……慎重にね)」

『うん』

 

カヲルの感覚がフッと体から消え失せると同時に、体中に力が漲る感じがする。

先ほどまで全速全開であったと思われたスピードであるがまだまだ余裕が出てきた。

 

「もっと!! もっと、速くッ!」

 

……グゥルオオオオォォーー!!!!

 

小さな雄叫びを上げ、更に目を見張る速度で駆け抜ける初号機。

 

ヤシマ作戦で使った山を登り、

かつて友と買い食いをして、夕暮れの中語り合った公園を飛び越え、

イスラフェル戦を切り抜けた山を下り、

かつて家出して辿り着いた野原のあたりを踏み抜いて、

まるでクモの糸のように絡み合う電線を飛び抜ける。

 

全力で、跳ぶ。駆ける。蹴りつける。

 

シンジは今、初号機と共に一つの疾風となっていた。

シンクロ率は百パーセントに到達しており、正しく一心同体の状態である。

 

身体が軽い。まだ、余力はある。

 

そう……

もっとだ。

もっと、早く。

もっと速く。

もっと、疾く!

 

初号機の加速は終わらない。

そこから発生するソニックブームは瞬く間に周囲の物体を吹き飛ばし、後には風となった初号機の痕跡のみが、地面を深々と穿つのみ。

 

 

『距離、一万二千……しょ、初号機、目標地点到達!』

『なんて速さ……』

 

最終的に音速の倍以上の速度で使徒と仰角三十度付近に到達すると同時に、何とか急停止を試みる初号機。

そして……

 

 

 

「A.Tフィールド、全開!」

 

 

 

大きく手を広げ、使徒の落下に備える。

 

手には普段より強力なATフィールドを展開した。それは正しく結界となり、上方向に関しては初号機以外の侵入を許さない。

前史での第十七使徒タブリスの光波・粒子・電磁波全てを完全に遮断するほどのフィールドが、

今まさに初号機を、

シンジを、

第三新東京市を、

日本を、

そして、全人類を守ろうとしていた。

 

『初号機より、視認可能な超高エネルギーATフィールドが観測されています!』

『作戦通りですね。使徒の落下速度、毎秒六キロメートルで減速中。後数秒で初号機と接触しますが、その時点で落下衝撃は当初予測値の一億分の一まで減衰の見込みです』

 

それ程のATフィールドでも完全に使徒の落下が止まる訳ではないだろうが、それも織り込み済み。

もう十数秒もやってくる二人の為にその十数秒を耐え凌ぐ。それが今回のミッションだった。

 

やがて、使徒とATフィールドとが、接触する。

 

パキュィイイイイイイイイン!!!

 

力と力のぶつかり合い。使徒の猛然たる質量がその双肩にのしかかった。

調整が必要なためにその力の片鱗のみしか出ていないとはいえ、カヲルの力を間借りしたその力でも負荷を完全にゼロにするには至らず、徐々に初号機は地に沈みはじめる。

が、

 

「……負けるかッ!!」

 

カヲルのそれに加え、初号機から発せられる更に強力なATフィールドと、使徒のATフィールドおよび落下エネルギーが干渉。

視覚可能なほどに強く巨大な紫色の電磁波を生み出している。

 

『初号機、更に強力なATフィールドを展開! 押し戻していきます!』

『凄い!』

 

少しずつではあるが、落ちる力が弱まったように感じる。

 

もうすぐ、弐号機や零号機が到着するだろう。そうすれば、後は全員でひっくり返してタコ殴りにするのみ…………

と、誰もが思ったその瞬間である。

 

使徒のその巨大かつグロテスクな目玉から『何か』が飛び出した。

 

人の様にも見えるそれは腕を突きだし、やがて初号機の手を握りにかかる。

と言っても握手というような生易しいものではない。その握力は初号機の逃げ場を完全に失わせた。

それを確認した後、その手を巨大な槍に変え、初号機の特殊装甲で覆われた掌を安々と貫いて見せた。

 

「うわあああああああああああああ!!!!!!!!」

『シンジ君!』

 

シンクロ率が百パーセントになっているそのフィードバックによるダメージは非常に大きい。

突然の強烈な激痛に絶叫するシンジ。

初号機の腕部からは体液が滝の様に吹き出し、槍は腕部に徐々に食い込んでいった。

 

「あううう…………ッ!」

 

槍だけではなかった。全身をしびれるような「熱さ」が襲う。

使徒は、その巨大な瞳からオレンジ色の「液体」を垂らしていた。

それはATフィールドを緩やかに貫通し、初号機の全身に少しずつ降りかかっており、降りかかった部位からは怪しげな紫色の煙が上がっている。

 

『これは……マトリエルか!』

 

そう、使徒はマトリエルと融合していたのだ。前史ではあっさりとケリが付いたマトリエルだが、今回においては少しずつ肉体を侵すその液体により純粋な脅威と化している。

やがて弱まり始める初号機のATフィールド、それと同時に再び使徒が落下活動を再開し始める。

これではひっくり返すどころか食い止めることも大分難しくなってくる。

 

「わんこ君っ! 作戦変更よ、そのまま離すなっ!」

「弐号機の人、貴方の方が近いわ、急いで!」

「分かってるわよっ! どぅおりゃああああ!!!」

 

弐号機はそのコアにナイフを突き立てようとした……が、それはコアを外れ別の部位に刺さるのみであった。

 

「外した!?」

 

マリがコアを見上げると、そこにはめまぐるしく回転運動する赤いコアの姿があった。

 

一方で、やや遅れて到達した零号機が、全力で二機のバックアップに回り、初号機とは別の位置に力を掛ける。

それにより再び使徒の落下活動は均衡状態に戻った。

 

「碇君、少しだけそのまま耐えきって頂戴!」

「え……うぐッ! 二人とも、やるなら急い……でッ!」

「いいぞわんこ、そのまま噛みついてろ!」

 

槍が深く突き刺さり痛みを増す腕部と、全身を襲うしびれるような痛みがどうしようもなく、返事をするより呻く方が先になってしまう。

それでも、決して力は抜かない。今は二人を信じて、耐えるのみ。

 

「ぐっ……!!」

 

レイがコアを固定する。が、コアはそれでも回転しようとエネルギーを力任せに放出している。

見る間に消耗していく零号機の掌。が、それでもコアを離そうとはしない。

猛烈な摩擦熱のフィードバックがレイの掌を襲うが、

この痛みと引き換えに使徒が倒せるのであればこれに耐えるのは安い代償である。

 

「よっしゃあ! 虎の子よん♪」

 

使徒のATフィールドを突き破り、コアにナイフを突き立てる弐号機。

大きくコアにヒビが入るが、まだ使徒の落下行動は止まらない。

そして一方で、マリの猛攻も止まらない。

 

「もういっちょぉおおおおおおおーー!!! ぬぅんっ!」

 

その突き立てたナイフを支柱に、弐号機の鋭利な膝をコアに叩き込む。

 

直撃と共に、ひび割れる使徒のコア。こうこうと輝いていたソレから一切の生気が失われてゆく。

初号機に突き刺さっていた鋭利な槍も砕け散り、初号機の掌をそのまますり抜けて行った。

 

ドォオオオオオ…………

 

焼き尽くさんと輝く光と膨大な熱量を発し、崩れ落ちていく使徒。奇しくも、前史と同じ倒され方で今回は終幕となるのであった。

 

 

「使徒、殲滅を確認」

「皆……よくやってくれたわね。一時はどうなるかと思ったけれど」

『まぁ、あたしたちに掛かればこんなもんだニャ~』

「そうだったみたいね」

『はぁ……はぁ……』

「……お疲れさま、シンジ君。さぞや痛かったでしょう」

『……まぁ、こういうこともあります』

「でも、よくやってくれたわ。有難う」

『いえ……任務、ですから』

 

各々にねぎらいの言葉を掛けるミサト。

レイに声を掛けようとしたところで、今度は横に居たオペレータの一人に声を掛けられた。

 

「葛城三佐、碇司令と通信が繋がっています」

「お繋ぎして。……ハイ、葛城です。私の独断で初号機を中破してしまいました。全ての責任は私にあります」

 

前史ではほぼ全機が大破状態だったような気がするが、今回はどうにか初号機が中破になる程度で済んだらしい。

そして今回もゲンドウとの対話イベントがありそうだが、どうせ期待をしても無駄であろう。

今回は適当に流すつもりにしていた。

 

『構わん。むしろその程度の被害で済んだのは幸運と言える……』

『そうだな。よくやった葛城三佐』

「ありがとうございます」

『サード・チルドレンに繋いでくれ』

「分かりました」

 

『……シンジ』

『……はい?』

『明日、ヒトマルサンマルに、ユイの墓に来い』

『……え?』

『……返事はどうした?』

『は、はい』

『……以上だ。ご苦労だった葛城三佐』

「ハッ」

 

ブツン、と通信が消える。

 

「(……どういうことだ?)」

『さぁ……ま、世界の平和を担っているサード・チルドレンをいきなり抹殺なんてこともないだろうし、そこは安心していいんじゃない?』

「(そうだと良いけど)」

 

違和感を覚えない訳ではない。

ただ、この時の父との会合は、間違いなく自分の中で一つのターニング・ポイントを迎えることに違いない。

少なくとも前史においては、今振り返ってみるとそうだったのだから。

 

使徒を無事殲滅し、緊張の緩んだネルフ。

 

しかし……

 

「お疲れさま、レイ。貴方のコア固定あっての勝利よ。本当によくやってくれたわ」

『ありがとうございます、葛城一尉…………お寿司、楽しみにしてます』

「! げっ……!」

『あっそうだったニャ! 成功率上がっても約束は約束だぞ?』

「そ、そりは……成功率が低かったから、出来たらご褒美ね、っていう意味で……」

『ミサトさん』

「……あによ」

『……大人ってズルい生き物ですね』

「……シンちゃんまで……あたしの今月のお金がぁ~~」

 

シンジが白い目で告げてやると突然、だばーっとコメディの如く大粒の涙を流すミサト。

 

実のところ、ネルフにおいて給与関連などはかなりホワイトであった。

 

MAGIの裏に「碇のバカヤロー」などと落書きされてはいるが、アレはネルフ草創期におけるドタバタの中で書かれた物であり、組織として安定している現在あのような落書きが成される状況ではない。

 

ただでさえ国家公務員扱いなのでそれなりの給与が約束されている上、使徒殲滅に一回成功する度貢献度に合わせて相当なボーナス付加も約束されてはいた。

末端の技術者でもかなり裕福な生活を送れる上、作戦部長レベルともなれば一回成功する度に回らない超高級寿司を五年間三食たらふく食べ続けてもお釣りが来るくらいのボーナスは来ることになっている。

なお使徒殲滅は既にサキエル、シャムシエル、ラミエル、ハラリエル、イスラフォンの五体を達成しており、現時点で既に一生遊んで暮らせる程度にはなっているのだ。

 

……のだが、

日ごろ家を整理しないので通帳を家のどこかに無くしており、

必要最低限の金額しか下ろせないミサトはそのことを知る由もない。

 

この日も彼女の理論上存在する通帳は、本人の知らぬところでゼロが一つ右端に増えたのであった。

 

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ところ変わって、レイが元々住んでいた部屋。

初号機の中破を除いて被害自体は極めて小さかったので、パイロットに関しては一時間ほどの簡単な検査のみで帰宅という形になった。

 

数時間後にはミサトの奢りで高級な回らない寿司を頂けることもあり、レイとシンジ、そして感覚を共有するカヲルはご満悦の様子である。

 

なお、このレイの部屋。

ただでさえ過疎地域だというのに、レイが居なくなったとなればいよいよもって監視の手も届かなかったので密会をするにはうってつけの場所であった。

勿論ネルフとて無能ではない。GPSはきっちりネルフIDカードに仕組まれてはいる。

が、無難な程度に信号を弄っておけばどうとでもなる程度のものでもあった。

 

そんなわけで、ここ最近では今後の方針立てをしに集まるのが半分日課になりつつもあった。

 

「今回の使徒……想像以上に僕たちの世界への介入の影響は大きかった、ということかな」

『あるいは、揺り戻しを働きかけているのかもしれない』

「まだ私たちの力なら抑えつけられる範疇だけど、これ以上に何かがあると少し厄介ね」

「悩みすぎても仕方ないっちゃ仕方がないけどね」

『厄介な使徒たちはコレからやってくるからね。対策は色々練っておかないと……』

 

何時になく真剣な面持ちで面を突き合わせる二人と、それっぽい声色で話す一人。

シンジがどこからともなく紙を取り出した。

 

「そうだね。まず整理しよう。

イロウルは何とも言えないけど、レリエルについては僕が直接対峙した使徒だから何か変わっている可能性は高いだろう。順番的にも次に来る可能性は低くないから警戒度は高めにしておこう。バルディエル、ゼルエル、アラエル、アルミサエル、後は……」

 

ここまで未確認の使徒を挙げたところでシンジは俯き淀んだ。

 

使徒は、前史においては彼の言う使徒たちに加え、あと一体。リリンも含めれば二体だがヒト以外の異形という意味ではあと一体存在する。

その一体……それこそが、最後の使者にして、自分の大切な親友にして……自分の手で殺めたモノ。

 

そう。

今まさにここに、いやシンジの中に居る――――

 

「ホモね」

『ホモじゃない、カヲルだ』

「綾波、最後のシ者はホモなんて名前じゃなくてタブリスだよ」

『シンジ君、突っ込むところはそこなの? というか名前しか否定しないの? 

言っておくけれども僕は決してそこらの見境なく男を好むんじゃなくて、シンジ君だけが好きなだけだよ。性別という世界を越えているんだよ僕たちは』

「黙りなさい銀髪天パホモ」

『これは天パじゃないよ、そんな白っぽい死んだ目をした夜叉みたいな呼び名はやめてもらえるかな』

「そうね、中の人的にはそのパッツンパッツンした不自然な髪型はヅラだったりするのかしら」

『中の人? って誰だい? それと僕はヅラではなくて……』

 

やんややんや。

 

この時に限らず、レイが戻ってきてからというもの作戦会議を始めようと言った数分後にはいつもこのようにグダグダとした空気になっていた。

 

「あははは……」

 

収拾のつかない口論に苦笑いを浮かべるシンジ。

 

ただ、シンジとしてはこのような空気も嫌いではなくなっていた。

 

かつて赤い海に溶け込んだとき、全ての人々と混じり合う感覚。そこには、根底的な人々の考えが垣間見えた。

それ以来、昔は苦手だった人付き合いにもどこか明るさが見え始めていたのだ。

 

願わくば、使徒襲来等と緊迫した話題ではなくもっと楽しい……旅行プランだとか、ショッピングだとか。

そういう話題でこのような柔らかな雰囲気を味わえる平和な日々が来てほしいものであった。

 

ふと時計を見ると、約束の時間まであと三十分。

ネルフまでは大体二十分ほどなので、丁度いい頃合いだろう。

 

『レイ君、今の発言は頂けないな。僕のことを言うならまだしも、エリザペスのことについてまで突っ込むだなんて』

「そんな畜生はんぺん色生物、略して畜ぺんなんて飼っているのが悪いのよ」

『……幾らなんでもその呼び名はこじつけすぎやしないか? なんでか分からないけどツバメに謝った方がいいと思うんだ』

「ツバメ? スパコンに謝る義理なんて私にはないわ」

『いや、全く違うよレイ君……動物の方だよ』

「……二人とも、その、そろそろ約束の時間だよ? そろそろ出ないと」

『おっとそうだね、さあ行くよ。おいで、リリスの分身、そして碇シンジ君』

「……碇君」

「何?」

「渚君といると、いらいらする」

「あ、あはは……とにかく、行こうか」

 

ここ最近、カヲルとレイの掛け合いの後、どちらかに話題を振られ、状況がよくわからないシンジとしてはとにかく苦笑いを浮かべるしかないという状況が続いていた。

 

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日が高く昇っていた時間から数時間ほど経過した頃だろうか。

既に周囲は傾いた西日の作りだす橙色に染まりつつあり、気温も少しずつ下がってきていた。

 

その中を、西日に映える色の長髪が一つ抜けてゆく。一人の少女が、ある場所を目指しゆっくりと歩いていた。

 

少女は今、小さな一軒家の前に立っていた。周りには殆ど家がなく、遠くには山々が立ち並んでいる。

全くもって家屋がないわけではないが、その数は疎らだった。むしろ周辺は大部分が田畑による草木で覆われている。

所謂「田園風景」とはこのことを言うのだろう。

 

聞こえてくるのはそよ風が密かに吹く音と草木の擦れる音のみで、とても静かな空間である。

背に浴びる西日と合わさり、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

 

「やれやれ。『力添え』の次は狂信者たちの説得か。あの爺さんたちも趣味が悪いわね。

こんなの私にやらせる意味がある訳?

……まぁ確かに、説得できない場合には処分する、という仕事は私くらいしか出来ないんでしょうけどね」

 

少女の気分は余り良いものではなかった。

客観的にはどうあれ、少女の主観としては間違いなくつまらない仕事を二回連続で受けさせられていた為だ。

得られた強大な力の代償とはいえ、少しは不満も募るというものである。

 

まあ、よい。

その不満は、説得に応じなかった時に晴らすとしよう。

 

少女は飽くまでも軽いノリで、小さな一軒家のドアを開いた。

 

……傍から見るとそれは簡単な動作であるが、その扉には確かに厳重なロックが五重に掛かっていた。

 

しかし、その程度の障害は少女にはないも同然であった。

結果として、客観的に見れば少女の行動は飽くまで鍵の付いていないただの扉を開くのと同じものになった。

 

勿論、そうして開かれた扉がいつまでも沈黙を続けているほど狂信者の意識も低くはなかったようだ。

 

「何者だ!?」

「あぁ、怪しいもんじゃあないわよ。ある筋から頼まれてね、あんた等の活動を今すぐ止めるようにって」

「はあ?」

「えー、文言読みます。

『あんたらがやっているのは妄信的かつ一方的な価値観の元に定められた歪んだ行動に過ぎないから表立った活動は控えるように』

だってさ」

「何だと!?」

「アタシに怒鳴られても困るわよ。あ、出来ないってんならその時は……」

「おいおい、まるで電脳世界の中でしか粋がれないような憐れな奴らが吐くようなセリフをノコノコ一人で吐きに来たとはな、しかもお前みたいなガキが。笑える話だ!」

「メッセンジャーのつもりで来たんだろうが、相手が悪かったな」

「そうだな、俺たちのやってることは崇高すぎて所詮一般ピーポーには理解出来ねえんだよ。

あの組織のせいで国民がどれ程経済的な負担を負っているか? 巨大生物だか何だか知らないが、あんな組織は潰れるべきだ!」

「そうだ! そうだ!」

 

ガヤガヤと騒ぎ出す、「組織」の人間たち。

 

少女は議論などにおいて、その物事を知らないということに関して馬鹿と言うのは滑稽な行為であると考えていた。

知識がないだけなのだから、それを頭に入っているかの差に過ぎないからである。

 

敢えて言うならば何も知らないのに議論に首を突っ込むという行為が馬鹿なのであり、目の前の下衆共はまさにそれであるように少女の目には写った。

真実や事実を知らないから馬鹿なのではない。

知らないのにああだこうだと、個人的、及び希望的観測でモノを語り口やかましくなるという行為をしようという考えに至るのが馬鹿なのだ。

少なくとも少女はそう考えていたし、そういう意味で目の前の大衆を心の奥底から見下すことになった。

 

しかもそこから口々に発せられる「平和」という言葉とは裏腹に、その強い口調や手に持つ獲物は余りにも非平和的なものである。

実に皮肉だと、痛感する。

 

かといって、少女も一応、仕事をしない訳ではない。

馬鹿相手だからこそ成り立つ商売もあるのであり、そのことを心得てもいた。

 

「止めておいた方が身の為よ? 止めないと処分するそうだから」

「うるせぇ、小娘が!」

 

勿論心を込めて言ったわけではない、が。

 

「あんたらが大人しくなれば、あんた達も普通の生活に無事に戻れるんだから。破格の条件だとは思わない?」

「帰れ! 帰れ!」

 

色々と説得の言葉は並べてみたつもりだ。

 

しかし少女の言葉に耳を貸すものは皆無であった。

段々と人数が増えてゆくのみであり、自分たちの主張をえんえんと繰り返している。時に暴言も聞こえてきた。

ヒートアップしていくその場の雰囲気に、少女は何か恐れを抱くとか、そういうことはしない。

ただ冷静に、その景色をまるで珍獣を見るが如く観察する。

 

やがて、平和主義を名乗る者たちの織りなす余りに皮肉なこの状況を見て、

少女も思わず嘲笑を浮かべてしまった。

 

「あらあら、人の話を聞かない連中ねぇ。噂通りの大バカ。アイツ以上かもね」

 

しかし、自分たちへの批判は許さないらしい。

 

「おい今何つった?」

「あ、聞いてたんだ。とーっても意外ね。

都合の悪い話は聞かないで自分の都合のいい意見ばかりを言い放つ連中だと聞いていたからサ」

「は? 何抜かしてんだお前」

「おいおい聞いたかお前ら! コイツ我々を侮辱したぞ!」

「お嬢さん、悪いことは言わないからお家に帰りなさい。今ならおじさん達も精々一人一発で赦してあげますよ」

「だからお前は甘いんだよ、こういう世間を知らないガキは芦ノ湖にでも沈めときゃいいんだこのロリコン」

「ロリコンではないと何時も言っているでしょう。フェミニストですよ、私は」

「なるほど。どうせ説得しても聞く訳がないからアタシが呼ばれた訳か。漸く理解したわ」

 

少女はすっかり多勢に囲まれていた。

数えることは出来ないが、概ね三百人程度だろうか。

組織全員ではないが、ここは組織そのものである。老人の情報を信じるならば、少なくとも幹部クラスは全員揃っているだろう。

 

ならば、組織を潰すのもきっと今が絶好の機会ということなのか。

少女は漸く、理解した。この仕事を何故受け持たされたのかを。

 

「さて、帰る気がない……ということは、お前はその覚悟をしているということだな。

……おい! 一番前のお前から行け」

「はーい! てめぇ、下手なこと口走ったこと、こ」

 

こ?

 

『後悔させてやるよ』とでも言いたかったのだろうか?

 

それは分からない。

 

何故なら、言い終えるか終えないかのうちにその「一番前のお前」の首が転がっていたからだ。

ナイフを勢いよく振り上げた右腕はだらりと垂れさがり、やがて体ごと後ろに倒れ込んだ。

 

後にはカツーン、とナイフが落ちる音だけが響き、暫く静寂が周りを包んだ。

 

 

その静寂を破ったのは、少女だった。

 

「……あら、ごめんなさい? レディに汚い手で触ってくるからつい払いのけちゃったの」

 

「てめぇ……やってくれるじゃないか。

俺たちの崇高な考えに反対しただけでなく、その崇高な俺達の仲間を殺すとはなぁ……

……総員掛かれ! 何としてもそのクソアマを生かして帰すな!」

『おおおおー!!!!』

 

「一対多数なんて、趣味じゃないんだけどなぁ……。ま、生きる為には仕方ないわね」

 

十人ほどの男たちが、ナイフや刀を担いで一斉に少女の方に突進してくる。

けれど、少女はあくまで余裕だった。

 

ひょい、と男たちの頭を超えて後方に跳躍する。

すると、勢い余って男たちは自分の仲間たちに自分の獲物を突き刺すことになった。

 

「ぐああああああ!!!!」

「ぎゃあああああ!!!!」

「ぎぇえええええ!!!!」

 

一部はそのまま息絶えたが、当たり所がよくまだ生きている者もいた。

 

「ちっくしょうめがぁああ!!」

十人の攻撃をかわしたと言っても、他にもまだ数百人ほどの人間が男女問わずにそこに居る。

 

けれど、何人居てもそれは変わらない。

彼女が右手を突きだすと、一閃。

 

パキュィイイイイイイイイン!!!

 

少女が生み出した巨大な「障壁」が愚者たちを丸呑みにする。

そのまま建物の壁に高速で叩きつけられる。

 

その衝撃で動けなくなった多くの愚者たちは障壁と壁とに挟み撃ちされ、瞬く間にミンチと化した。

その間、僅か三秒。断末魔の叫びすら上げることなく、全体の三分の一程の勢力を一撃で消滅させた。

 

やがて、

 

「皮肉なもんよね。自称とはいえ平和主義者が自分の信仰の為にこうして脅迫したり」

「るっせぇんだよクソアマ!!!!」

 

ダダダダダダッ!!!!

 

ある者はマシンガンを。

 

「暴言を吐いたり」

「いい加減に黙れぁ!!!!!」

 

バシュゥウウッ!!!!

 

ある者はライフルを。

 

「暴力に訴えてくるなんてサ」

「うるせぇんだよぉおおおお!!!!!」

 

ドガァァァアン!!!!

 

ある者は携帯用バズーカを。

 

たった一人の年端も行かぬ少女に向けるモノとは思えない「兵器」で彼女を潰しにかかる。

 

けれど、その弾々が少女に当たることはなかった。

 

ここにいるものは皆、恐怖を覚えながら消えていく。

 

一発撃ち込んだその瞬間に、背中にぞっとする感覚が走るのだ。

凡そ、常人には理解できない感覚。速さ。力。

 

「さよなら」

 

いつの間に後ろにいたのか。

今さっきまで目の前に

 

ベキィッ!!

 

 

思考する暇すら碌に与えられず、

 

ある者は、首がへし折られる。

ある者は、四肢が全て失われる。

ある者は、心臓を精密に破裂させられる。

ある者は、性器を破壊される。

ある者は、首から上がなくなる。

ある者は、胴体が綺麗に消滅する。

 

そのすべての動作は一瞬で、その瞬間には血飛沫すら上げない。

余りにも残酷で、しかし余りにも綺麗なその闘いぶりはもはや一つの芸術作品としての機能を果たしつつあった。

更に、返り血は一筋も浴びることはない。返り血が吹き上がるころには、彼女は既に二人以上に手を掛けているからだ。

少女の衣服に吸収されることなく床面に溜まる血は、まるで赤い海のようにとっぷりと増えてゆく。

 

その景色は、正直好きではない。苦々しい過去を思い出すようで。

けれど、嫌いでもなかった。

 

「こ、これ以上近づいたら撃つわよ!!!」

 

まだ生き残っていた数十人のうちの一人の女が、ゆっくりと前進してくる少女に向かい震える手で銃口を向ける。

恐怖の余り、ズボンには凡そ年には似合わない水気の多い染みが出来ていた。

 

けれど、少女の辞書に命乞いという言葉はなく、その行動もただ女の隙であるとのみ認識された。

 

「あらあら。年甲斐もないのね、アンタ。同じ女として軽蔑するわ」

「ッ!!」

 

一瞬で距離をゼロにする少女。何とか少女が近づいてきたことには気づき銃に手を掛ける女。

だがその銃が少女に弾丸を発することはなかった。寸でのところで銃が折り曲げられ、中で火薬が暴発する。その衝撃で女の上半身は完全にずたずたの肉片と化し、吹き飛んでいった。

後には判別不能な液体でグジョグジョに濡れた下半身のみがその場に残り、やがて重力に従って倒れた。

 

それからも一方的な「演舞」は続く。

三百人の人間と一人の年端もいかぬ少女。この組み合わせでどちらかが殺戮されているといえば、常人ならば当然少女の方が死んでいるのだろうと考えるだろうが、この場ではそうではなかった。

 

一人の少女が命を刈り取ってゆく。一人、一人、また一人。

 

死角から少女を射殺しようと試みる者もいたが、全ては謎の障壁で跳弾。運が悪いとそのまま自分に跳ね返り死ぬ者も居た。

 

戦闘開始から一分も経過しないうちに、残り一人の男だけが残った。

 

命令を下していた男であり、恐らく幹部とかそのあたりなのだろうとは思う。が、幹部かどうかなどは少女の興味の対象ではない。

少女は一方的な殺戮に既に飽きを感じていた。

初めは湧き上がる未知の力に興奮し色々な殺戮を試みたが、流石に数百人ともなればひとまず思いついた限りの方法は一通り試してしまったのである。

 

「お、お、お、お前、こんなことを選ばれし俺達にやってただで済むとでも」

「思ってるわよ?」

「うぐぉお……ッ!?」

 

ドスゥ。

 

腹部に、一突き。

本気ではやらない。やってはいないが、それでもかなりの衝撃音は鳴り響いた。

 

どうせ最後の一人なのだから、少しだけいたぶってみようと思った。

 

「……あらあら。か弱い乙女のちょっとした突きでこーんなに蹲っちゃうなんて。あんた本当に男?」

「て、てめぇ……」

「あぁもう、女に負ける弱い男には男たる資格はないの、よっと」

「ぐぇっ」

 

今度は男の「ソレ」を、思い切りけりつけてやる。

グニュリとした感覚がつま先に響く。男は呻き声を上げ、息も既に絶え絶えになってしまう。

 

それを確認した少女は、男「だった者」への興味を一気に喪失する。

 

なんだ、男だ女だ、って。

所詮、こんなものか。

 

一思いに終わらせてやることにした。

 

「……そうねぇ。冥土の土産に聞かせてあげるわ」

 

少女が手を伸ばす。

その腕は余りにも早く、男が何か言葉を紡ぐ前に頭部より上はキレイな切断面を残して「消滅」した。

 

 

「あたしの名前は……朱雀。力の使者よ」

 

 

それから少しの後、周囲は閃光に包まれる。

 

 

その頃少女の姿は、既にずっと彼方へと雲隠れしていた。

 

----

 

とある日、夜の帳が少しずつ周りに降り始めたころ。

 

日本のある田園地帯で一瞬だけ超高エネルギー反応が発生するのを、ネルフの誇る東方の三賢者の名を与えられしスーパーコンピューター・MAGIが捉えた。

 

そしてそれから、一週間ほど経った頃だろうか。

史実通りであれば第九使徒マトリエルが襲来するその日。

 

シンジたちはネルフ本部を訪れていた。

マトリエルが恐らくはサハクィエルと共に倒されたと推定されるとはいえ、マトリエル以外の使徒が何か訪れないという理由もない。

 

「そういえば、今日はマトリエルの襲来予定日だね」

「そうね」

『此間の使徒がマトリエルも交えていたとはいえ、停電や新たな使徒の襲来が起こらない保証はない。一応行ってみようか』

「ホモもたまにはまともなことを言うのね」

『だからホモじゃない、カヲルだ』

「そう、よかったわね」

 

しかし、シンジ達の心配は杞憂に終わる。

 

新たな使徒が来ることもなければ、停電が起こることもなく。

特務機関ネルフは終日、通常通りに稼働することとなったのだった。

 

重要度の違いもあり、使徒は結局サハクィエルがマトリエルと同化していたのだと結論づけたが、

何故停電が起きずに済んだのかはシンジ達の間では当分闇の中に放り込まれることとなった。

 

一方で、停電とは別の意味で緊急事態が別のところでも起きていた。

それは、ネルフ内のエレベーターにて。

 

「お~い、ちょっと待ってくれー!」

 

扉が開いていたエレベーターを見つけた加持は、中に居る者に声を掛ける。

その人はミサトだった。しかし、前史とは違い締め出そうと思うことはなく、むしろ快く彼をエレベーター内に招き入れた。

 

当然、その行動に裏がなかったと言えば、嘘である。

当然な話ではあるが、エレベーターは、動かなければそのまま扉が閉まるだけだ。

ミサトが居たフロアはそれなりに高い地位の者のみが立ち入る場所であり、他の者がこの階で入ってくるということは滅多に無い。

それこそ、目の前に居る諜報部部長の加持か、あるいは技術部部長のリツコか、顔も知らない経理部の部長あたり、もしくは事実上のツートップであるゲンドウ及びコウゾウ位しかいない。

 

そしてこの時間リツコはエヴァの実験を行っており、それ以外の者は先日の使徒戦の事務処理を行っているため殆どエレベーターに乗ることすらない。

ゲンドウとコウゾウは飽くまで司令室から動く用事もなく、いつもの配置で佇んでいた。

 

そう、エレベーターの扉は、この階から動かない限りは開くことがないのだ。

男女二人だけの密室の完成である。

 

ミサトは、若干潤みを含んだ瞳で加持を見上げる。

加持はどういうことかと訝しみつつ、現在の状況を把握して満更でもない気持ちになる。

 

「……ねぇ、加持君」

「ん? どうした」

 

おもむろに顔を近づけるミサト。

加持はいつもの微笑みを欠かさぬポーカーフェイス。が、臨戦態勢は既に整っていた。

 

静かに、その腰に手を回す。

しかし、いつもと違いミサトはそれを拒むことはしない。

 

ゆっくりと、二人の距離が縮まってゆく――――――

 

やがてもうすぐその距離がゼロになろうかという時、ミサトが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……お金貸して。出来れば四十万円くらい」

「……少し遅めだが、お泊り付きハロウィンデートで手を打とう。新渋谷あたりでどうだい?」

「分かったわ、帰り際にゴミと一緒に捨ててあげる」

「ゴミを放置して帰るのはマナー違反だぞ? 最近も問題になってる」

「あら、貴方自分がゴミだって自覚があるのね」

「」

 

別に言う程に加持が嫌いなわけではないが、今はそういう気分にはなれなかった。加持を完全に沈黙させたところで、エレベーターは動き出した。

 

加持に見込みがないと感じたミサトは、先週から引き続く自分の財布の中の緊急事態をなんとしても補完すべく自分の信頼する部下・日向マコトの元へ向かうのであった。

 




伊「はい、皆さんおはようございます。伊吹マヤでーす」
青「青葉シゲルです」
日「」

パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

伊「あ、久しぶりにこのBGMですね」
青「……アレ? マコトまたいないの? 声が聞こえないんだけど」
伊「いえ、そこにいますよ」
日「」
青「……えっどうしたのコイツ」
伊「いや、何かよくわからないんですけど、十日前くらいから完全に沈黙して予備も動かないんです」
青「えっ何予備って」
伊「何か時々「みうみうぅうううう」とか「這いよる混沌はここに居ますよおおおお」とか何とかボソボソ言ってますけどねぇ」
青「ああ……なるほど、そう言うことか……それはうん、そっとしといてやれ。
ほらマコト、今は仕事だから。今は何とか持ち直せ」
日「……ん、んん……」
青「……あ、起きた」
伊「そうですね。まあ想定内ですけど」
日「……えっと、ここはどこですか?」
青「は?」
伊「へ?」
日「いや、えっと……」ペラッ
青「おい何微妙にズボンめくり上げてんだよ男のとか誰得だよ」
日「あぁ、はい、成る程。そういうことでしたか。あ、皆さん。実は僕は一晩眠ると記憶がなくなってしまうんです」
青「ねえマヤちゃん何これ」
伊「うーん……ああ、思い出しましたよ。確かコレ、最近ドラマでやってる」
日「……そう! やっとお前ら気付いたか! 実は最近、俺が描いた小説がドラマ化してな、その宣伝なんだ。
その名も『惣流キョウコの備忘録』と言ってな」
伊「日向君、いい加減アウトっていう概念が貴方の中にあるのか私、気になります」
日「推薦状、挑戦状、遺言書と他のシリーズもあってな。まあ簡単に言うと、一度眠ると記憶を無くしてしまう謎の体質を持った通称:忘却探偵ツェッペリンこと惣流キョウコさんが名推理で数々の事件を解決していくんだ」
青「流石に人物名そのまま作品に使うのはまずくねえ……? こっちの世界では惣流キョウコさんは実在する訳だし」
伊「通称が微妙にカッコいいから騙されそうになりますがアウトですね。アスカがこれ聞いてたらなんて言うでしょうか」
日「大丈夫だよ、話の世界線にはいないことになってるから」
青「そういう問題なのか……?」
伊「まあ、何かあった時は日向君が……え? あっ、そういえばここのスタジオは世界線関係ないのでいますよね」
青「あっホントだ」
日「え?」

アスカ「ママ! そこに居たのね! ママ!」
弐号機「」ドガーンドガーン

伊「アスカー、ママはこっちよー」
青「俺何も知らないし見てない。弐号機がスタジオぶっ壊して乗り込んで来ようとマコトを潰そうと俺は何も見てない」
ア「コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテ」
日「……へっ?」


グサグサグサグサグサグサッ


----

日「……っていう夢を見たんだ」
青「いや何それ! 今明らかに途中まで現実世界だったよね? いつからお前の夢になったの!?」
日「いや俺に聞かれても困るわ」
伊「所謂虚言癖って奴でしょうか。確かに辛いでしょうが立ち直っていかないと」
日「ああ……まぁ、そうだな。俺たちの中に彼女はきっと生きていてくれるさ」
青「マコト……」
伊「……はい、なんかまたThanatosとか流れそうな雰囲気なのでこの辺で。そういえば、あまりにも期間が空いてしまうので十二月も色々やるみたいですね」
青「そういやアスカちゃんの誕生日もあるし、クリスマス、大晦日……まあイベント盛りだくさんだもんな」
日「何をやるかは知らないけど楽しみだな」
伊「そうですね~♪ 私も、センパイの誕生日についに家に招待されたんですぅ。時期がクリスマスシーズンどなのもあってとっても楽しみで……」
青「……これ間違いなくアレだよな、その日一日セイ夜になっちゃうよな」
日「セイヤ? ああ、一世を風靡したセピアなあの曲……でもアレはソイヤだからな。まあでも太鼓叩いてるし赤木博士の日としてはうってつけ……ぐふぉっ!?」
伊「……日向君?」ニコニコ
日「マヤチャン……イキナリハスゴクイタイ」
伊「」ケリケリケリケリ
青「止めてあげてマヤちゃん、それ以上はマコトが男に戻れなくなる」
伊「日向君がどうなったっていい、日向君の日向君がどうなったっていい。だけどセンパイは、せめてセンパイのことだけは……絶対許さぬッ!」
日「!!!!!!」\15000/
青「……うん、茶番はここまでにしよう。ね? ダメージ的にも倒せてる訳だし」
日「」
伊「しょうがないですねぇ。後でセンパイのドラッグでキルユーベイベーな目に遭わせておきます」
青「……そ、それはそうと。今回は記念すべき第十回目だな」
伊「ああ、そうですね。実はそのことについてなんですけど、今回は長さが何時もの二倍になるみたいです」
青「え?」
伊「ですから、二倍なんですよ。これの尺も二倍、まあ大体文字に起こして七千文字くらいは余裕持ってます」
青「は、はあ……」
伊「いつもは文字に起こすと三~四千文字くらいですからね。質問も今回は一つ多く応えられるみたいです」
青「なるほど」
伊「まあそういうことで、じゃあまず一つ目の質問。

『いつまで合成使徒やるの? 手抜き?』ということですが」

青「ああ……まあ、コレは正直手抜きと言われても仕方ないと言えば仕方ないっちゃ仕方ない」
伊「此間も言ったんですけど、これに関してはほかに色々やりたいことがあるので少し尺を短くするというメタ的な一面もあるみたいで」
日「そのほかに色々やりたいことっていうのが最後の方の痴話喧嘩とかだったら世話ないな」
青「そういやあの後どうなったんだ?」
伊「そういえばさっき葛城さんが凄いウキウキした顔で「これで今月のえびちゅも安定だわ!」とか何とかすっごい良い笑顔して言ってましたね」
青「あー……これは」
日「…………葛城さんの為なら十万だろうが百万だろうがタダ同然さ」
伊「……相当毟られたみたいですね。これは素直にドンマイと言っておきましょう」
青「まあ、ドンマイ」
日「……シゲル」
青「ん?」
日「……お金貸して、出来れば八十万円くらい」ウルウル
青「いやお前が再現しても気味悪いだけだから! てかなんで倍になってんだよ!」
日「お願いマジで、このままだと対使徒戦賭博に手を出さないといけなくなる」
青「何それ!? 使徒戦って賭博対象なの!? ……まぁ、十万位ならいいよ、うん。なんか気の毒だし」
日「!」パァァ
伊「良かったですね日向君。という訳で次の質問です。

『トウジやケンスケが言っていた『お前の父ちゃんヒゲヒゲ』だの『最近流行りのアニメ』ってなんですか?』 とのことですが」
青「あーそこ突っ込んじゃうのか…………」
日「あぁそれ俺が作ったんだ」ムクリ
青「ほら。もうこれお決まりのパターンだよね、そろそろなんか新しいの考えないと死ぬぞ、というか立ち直りはえーなおい。流石にお前のアレも形象崩壊したかと思ったけど」
日「ちなみに『チョメ司令なんざクソ喰らえ』っていう曲もあるぞ」
青「ねえ、そのヒゲとか司令ってのは俺の知ってる人じゃないよね? 大丈夫なんだよね?」
日「何、大丈夫だよ。今回はちょっと少年向けにしててな、週刊少年ジャンボに原作があるんだけど」
伊「……とりあえず、話だけは聞きましょう」
日「よぉし、説明しよう! 今回僕が作ったアニメは『忍魂GANT郎』って言ってな」
青「アウトだよてめぇ此間のより33.4倍くらいアウトだよもう色々ゴチャゴチャだよ! というかこのノリ今回二回目だよね? 流石にそろそろ自重しよう? ね?」
日「まぁ時代設定は今とあんまり変わらないんだけどな、第三新江戸っていう街が「星人」っていう真夜中にひっそりと暴れてた化けモンたちに強引に鎖国を解除されたんだよ。
で、その星人に対抗するために黒い球体「忍魂」によって集められたかつて死んだはずの忍者たちがいろいろ活躍したりバカやったりする、笑いあり涙ありの時代劇ギャクコメディさ」
伊「タイトルを律儀に回収してさり気なく三つも仕込んでますよこのメガネスタンド。委員会に売り飛ばしますよ」
日「更に今回は、登場人物名も凝ってみたぞ! 長谷川玄道とか志村新二とか薫小太郎とか!
特に薫や玄道は声もそっくり、後者はヒゲにグラサンまで完備とまさにその人!
ああ後シゲル、声がお前っぽい奴も居るぞ? 高杉茂助って言ってな」
青「…………それ、本人に許可取ってるの? 俺は今初めて聞いたんだけど」
伊「またいつぞやみたいなことになりそうですね……って、まさかあの曲ってやっぱり」
日「そう! あの『お前の父ちゃんヒゲヒゲ』のモチーフなんだよ! 新二はその曲を歌っている乙ちゃんにめっちゃ夢中っていう設定なんだ。ちなみにオープニングタイトルは「シンクロ率100%」でな」
伊「オープニングタイトルまでもアレな上に妙に適当ですね……って、あっ」
碇×2「……」
青「……どんどん突っ込む気も失せてくるな……って貴方たちは!」
伊「あーあー、もう私知らないアル。シゲハルー一緒に帰るアルよー」
青「シゲハルじゃないよシゲルだよ……というか誰だよシゲハルって俺そんな犬っぽい名前じゃないよ」
日「……お前ら、もしかしてその口調、本当は観てくれていたのか!? 知り合いの中ではチルドレン組ぐらいしか観てくれていなさげだというのに……嬉しい、俺は嬉しいゾウリムシ!」
青「……誰の真似かは知らんがマコト、後ろ、後ろ」
日「え?」

ゲンドウ「ほほう……また面白い作品を作ったものだな」デーンデーンデーンデーンドンドン
シンジ「うん。こりゃトウジやケンスケたちがハマるのも分かるなあ。あっこの人父さんにそっくり」
ゲ「何を言っている。俺はこんな赤い服を着た解雇され妻にも逃げられたまるでダメな男である覚えはない……」デーンデーンデーンデーンドンドンデーンデーンデーンデーンドンドン
シ「解雇はされてないけど妻には逃げられたよね」
ゲ「……全ては心の中だ、今はそれでいい。……それより日向二尉」デーンデーンデーンデーンドンドン
日「ハヒ」
カヲル「漫画はいいねぇ、リリンの文化の極みだよ。そう思わないかい?日向マコト君」
日「アッ、ソッスネ」
ゲ「……そういえば、今日は第九使徒、マトリエルがやってくる日だったな。
シンジ……惣流大尉を盾にするのは忍びなかろう。良い盾が見つかった、「これ」を使って戦うがいい」ニヤリ
シ「分かったよ父さん。おーいアスカー今回盾にならなくていいってさー」
アスカ「本当!? 日向さんありがとう、この借りはさっきの含めて後で十倍にして返して頂戴ね!」
シ「アスカ、それ逆だよ」

日「……碇司令かよォォォォォォォ」
青「というかさっきのってアレ現実だったのかよ」

五分位後……

シ「ふう、今回も簡単に倒せたね」
ア「ママのことは許さないけど、このことは日向さんに感謝しないとね。あたしも戦いで疲れたし帰りましょう」
レイ「……ユニーク」
ゲ「日向二尉、三ヶ月の減俸とする。それとキサマの今月の昼食はオール酢昆布だ」
日「」シュウウウウウ
青「うっわドロッドロになってる。スライムもびっくりだよこれ」
シ「でも父さんもアレだよね、父親としてはまさにダメダメな親父、略してマダ」
ゲ「シンジ……お前には失望した」
カ「それじゃあ、失礼するよ」

どすどすどす……
すたすたすた……

伊「……えー、じゃあ日向君はほっといて次行きましょうか。

『仮にサハクィエルが前史と変わらなければひっくり返すだけで勝てたの?』ということですが」
青「まぁ言われてみればっていう戦法だとは思うけどな、要は落下エネルギーを殺せれば被害でない訳だし」
伊「でもATフィールドとかの不思議な力でそこはぶち破られちゃうんじゃないですかね」
青「いやそれは19話でゼルエルが初号機のコアをわざわざツンツンして倒そうとしたのと同じくらいご都合主義でいけるんじゃね?
アレだってコア剥き出しになった後ビーム3発くらいぶち込めばおしまいだったじゃん」
伊「こまけえこたぁいいんですよこまけぇこたぁ」
青「ええええ……」
伊「ああそうそう、ATフィールドと言えば人間も肉体を維持できる程度のものは持っているらしいですね」
青「らしいね、だからあの時皆溶けたんだよな。アンチATフィールドでドパーッと」
伊「そうそう、どことなく赤くて鉄の匂いがするドロっとした液体が」
青「おいやめろ何か凄く表現が生々しい! ってか明らかにサラッサラだよねドロッとしてないよね」
伊「やだなー、ただのLCLですよLCL。アレ、意外とどろーっとしてるんですよ」
青「そうなの!? フツーの液体に見えるんだけど」
伊「ええ、そういえば青葉君はLCL触ったことないでしょうから知らないんでしょうが、実はそうなんですよ。
乗り込んだ時『最低だ……私って』って感じになれる生臭いぬちょっとした液体が」
青「いや、絶対LCLじゃないよねそれ? 最後のLしか共通点ないでしょ!」
伊「でもそういう液体なお蔭でアスカやレイは毎月どんな時も気にしなくていいから楽だって言ってくれますよ」
青「……マヤちゃんもうやめて、本当に終了しちゃうから。R18タグないんだよコレ」
伊「あっそうですね、今回どこぞのクソメガネのせいで長くなってしまったのでとっとと最後の質問行きましょっか」
青「……マヤちゃん、なんか変わったね」
伊「私……変われてるかな?」
青「あぁ、うん、変わったよ凄く……最後の質問もう俺が読むね。うん。なんか今のマヤちゃんに読ませたら大変なことになりそうだし。

『本編の時系列って最後の方どうなってたの』ってことらしいけど」
伊「あー。そういえばなんかいろいろありましたよねー。こんにちはありがとうおめでとうさようならとかあんたがあたしのものにならないならあたし何も要らないとか」
青「いやセリフだけで言われてもよく分かんないからねマヤちゃん」
伊「まぁ色々説はあると思いますけど、恐らく『Air』→『終わる世界』→『まごころを君へ前半』→『世界の中心でアイを叫んだけもの』→『まごころ後半』、って感じなんじゃないですかね、強引に組み立てるとですが」
青「具体的には『Air』でグチャグチャの弐号機をシンジ君が見た時にいろいろとあって、
『まごころ前半』で完全に精神世界、つまり「終わる世界」にぶち込まれて、そこから『世界の中心でアイを叫ぶけもの』で『僕はここに居たい!』っていうのでおめでとうになって」
伊「でもって水音のシーンからまたまごころが始まるって感じですかね? 水音シーン始まるところから突然シンジ君悟り開いてましたし」
青「葛城さんの死も精神世界の時点で明らかになってたみたいだし、大体そうかもね」
伊「『まあ、わたしが考えた想像の案なんですけどね』」
青「いやだから突然棒読みになるの止めよう? 頭のなかに餡子が詰まった一頭身キャラになっちゃうよ」
伊「棒読みで行けって台本に書いてあるから仕方ないんですよ、やむを得ない事情です」
青「やむを得ないって……せめて言い訳にはもっと説得力をつけようよ」
伊「いや、そうは言われてもこのセリフも全部台本ですし」
青「それを言ったらおしまいだよマヤちゃん……」
伊「まあ、いいじゃないですか。それより、そろそろ七千文字に到達しそうですから予告編に移りましょうか」
青「ん? 後四百文字くらい余裕あるけど」
伊「今回の余裕を次回以降に使うんですよ、貯金です貯金。じゃあ葛城さーん、そういう訳で巻きでお願いします」
葛「はいは~い♪
『サハクィエル+マトリエルを撃破。順当に使徒との闘いを勝ち進んでいく子供たち』
『その一方、人類補完計画を裏で操る秘密結社ゼーレ。彼らにより、ネルフの過去と現在が碇と共に検証されていく』
『使徒の襲来、かつての死海文書とは大きく異なったシナリオ、しかし不敵に笑うキール・ローレンツ』
『この笑みの意味するところは何なのか。あるいは、人々の願いさえも予定されたものに過ぎないのか。
次回、「ゼーレ、魂の座」』。さーて、この次もぉ~?」
全員『『『『サービスサービスゥ!』』』』



伊「……葛城さん、巻きでお願いしますって言ったじゃないですか」
葛「えへへ~……ゴミンゴミン。
それより見て見て~、さっき『偶然』手に入れた副収入でいつものチャイナドレス風味の服を新調したの♪ 
今回はオレンジ色にしてみたんだけど……どーお?」
日「……はっ! カグラさん、じゃなくて葛城さん!? よく似合ってますよすっごく!
後は髪をオレンジ色に染めてお団子くっつけて語尾を中華っぽくして戦闘力はもう十分高いので後は紫色の傘を持ってそれからそれから」ドロドロドロドロ

青「……見た目も言動も何もかも」

伊「気持ち悪い」

終劇


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アスカ誕生日記念特別編 明日の日を夢見て

碇シンジ少年の朝は早い。

 

時には世界を守る戦士となり、

最新兵器にして汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンに搭乗し、

強大な未知なる敵と見えない明日を賭けた闘いを繰り広げ、幾多の死線を乗り越えている。

 

とはいえそれは、飽くまで「時には」の話でもある。

特に何も起きていないのであれば、ごく一般的な中学生としての日常を送ってもいる。

そういう訳でシンジは今日も今日とていつもと変わらない日常を送るべく、午前六時という部活をやっていない中学生にしては早めの起床を毎日行っているのである。

 

ところが、この日はどうもいつもとは少し違う日常が待っていたようだ。

 

いつも通りに朝食の仕込みを行おうと、キッチンに向かう。

昼食は先日既に作り終え、冷蔵庫の中から取り出されるその瞬間を今か今かと待ちわびていた。

 

この日の朝食はベーコンエッグにクロワッサン、そしてサラダといった、洋食仕立てのメニューである。

そうはいってもクロワッサンは既製品、サラダやベーコンエッグはサラッと作れてしまうので、手間は限りなくゼロに近い。

 

まずは湯を沸かすことにする。

ガスを付け、換気扇を回す。仄かに立ち込めた妙な甘みを含んだガスの匂いは、たちまち消え失せることになる。

湯が沸くまでの間に、せっせと箪笥の中から黒く、そして鈍い独特の芳香を放つコーヒーの豆を必要量取り出すと、手際よくそれを挽きにかかる。

この挽きという作業に関しては、既に体が覚えている。中細に挽き、コーヒーメーカーに詰め込む。

 

湯が沸くまでの間は、暫くの間は静かな時間のみがその場を支配することになる。

時たまこの時点で同居人の一人が目覚めるのだが、今朝はまだ眠たい時間帯らしい。

 

この日の豆は、カツーラ。

何分保存が効くので、エヴァンゲリオンの訓練で変則的な生活になりがちなパイロットにとっても特に安心して飲用できる品種、ということらしい。

身近な珈琲愛好家の一人である金髪の博士、赤木リツコがそう言っていたので、きっと間違いないのだろう。

 

などと思っていると、

 

『おはよう、シンジ君』

「おはよう、カヲル君」

『何だか間違った名前で呼ばれたような気がするけど、気のせいかな』

「??? 君が何を言っているのか分からないよカヲル君」

『ふむ、そうかい』

 

カヲルが目覚めたらしい。

それと同時に覚えのない質問をされたシンジは少し戸惑う。寝ぼけているのだろうか、と疑問を抱くのも無理ないことだろう。

 

現在、碇家において目覚めの一杯のコーヒーは最早日課の一つと化している。

アイスでもホットでも、勿論コーヒー以外でも基本的に美味しく頂けるものだが、

眠気覚ましや体温上昇の効果を鑑みると何となくホットコーヒーの方が適していると考え、いつもこうしてホットコーヒーにしているのである。

 

やがて、湯の沸騰する音が聞こえてくる。

心持ち外部にも熱を発したポットから、既に臨湯状態を迎えた珈琲豆に湯が熱を知らせる水蒸気を上げながらゆっくりと流れ落ちる。

そしてメーカーが湯で満たされれば満たされる程、香りはキッチンに対して全面的な自己主張を強めてゆくのだ。

そうしてついに必要量で満たされたメーカーからは、

世の幸福の凝縮体からのモノなのではないかと錯覚するような止まることのない深い芳香が漂っており、

それは碇家のキッチンをわが物にしようという静かな支配力をありありと見せつけていた。

 

この芳香に包まれた朝の数分間が、一日のうちでも特にたまらなく愛おしい数分間といっても過言ではあるまい。

 

そうして香りを享受していると、それにつられてもう一人の同居人も目を覚ましたようだ。

 

「……ふぁ」

「あ、おはよう綾波」

「……おはよう。今日も良い匂いね」

「ありがと。もうすぐご飯も出来るから、少し待っててね」

「ええ」

 

促されたレイはソファにゆったりと座ると、TVのリモコンに手を伸ばした。

まだ登校まで時間はあるので、観たい番組でもあるのかもしれない。

暫くカチャカチャとリモコンを弄っていたかと思うと、再びその指を止めた。それからというもの満足げにTV画面を見つめているので、きっと観たい番組を見つけたのだろう。

 

一方でシンジは、ベーコンエッグに手を掛けていた。

一見単純な料理ではあるが、シンジとしては焼き加減に拘りを持っている。

普段は、そして今日も、予めフライパンに火を通しておき、時間短縮を図っておいている。

 

ベーコンの縁に微妙な焦げ目が付いたその時が、拘りの瞬間。

ジューシーな香りが先ほどまでの目の覚めるような珈琲の匂いを掻き消し始めたその瞬間と寸分のズレなく、皿への盛り付けを行うのだ。

その様相は正に、香りの政権交代の瞬間を捉えていると言ってもよい。

あまり時間がある訳でもないので市販のものに手を加えた簡素なものではあるが、簡素なりに立ち込めている芳醇な香りは確かなものであり、

それはいよいよもってキッチンを珈琲の支配から解き放ち、

代わりに若干スパイシーさを伴った肉の匂いを以ってキッチンに対し新たなる侵略を開始していた。

 

その匂いから上手く行ったことを悟ったシンジは、卵をフライパンにぶちまける。

黄身と白身の平衡が崩れぬよう、先ほどのベーコンよりは慎重に取り扱う。

自らに埋まった体内時計と卵の焼き加減を瞬時に対応させ、己の感覚がカチッとハマったその瞬間に皿へと盛り付けるのだ。ベーコンと組み合わさることで「ベーコンエッグ」という料理としてはほぼ完成。

見栄えもグッと高まってきた。

 

そこで、箸で虹彩にあたる部分をつつくと、

忽ち中からマグマ溜まりのようにジュクジュクと完熟までは至らぬ黄身が細い湯気を上げながらあふれ出始める。

そこに一筋のソースをサッ、と掛ければ、碇シンジ流・ベーコンエッグの完成だ。

 

同様の手順で自分の分、レイの分と完成させ、後はサラダを盛り付けて完成。

この日のサラダはシーザーサラダである。

キャベツ、キュウリ、シーチキン、ニンジンの入ったボウルの中に、予め作成しておいたシーザーソースをベンゼン状に散りばめてゆく。

一見せずとも何の変哲もないサラダではあることは自明だが、見栄えと栄養分を整える確かなアクセントとして食卓に君臨していた。

 

「はい、出来たよ」

「……頂きます」

「召し上がれ」

 

テーブルに並んだ料理のうち、まずはベーコンに手を付ける。

料理人にとって食べ手の反応は気になるところである。

微妙な緊張感が走る。どうだ。美味いのか。それとも、不味いのか。

 

「……美味しい」

「そう? なら、良かった」

「碇君の料理はいつも美味しいから、もっと自信を持っていいと思うわ」

「そ、そうかな」

「ええ」

 

レイの反応に安心したシンジは、自分も食事を開始することにする。

 

『うん、なかなかイケてるよ』

「(ならよかった)」

「そう、よかったわね」

『まずこのベーコン。ジューシーさ、絶妙な焦げ加減、絶妙な塩加減』

「……そしてこの卵。絶妙な焼き加減、見栄えの良さ、ソース加減」

『そしてこのサラダ。シーザーソースの出来栄え、ベーコンの塩味と合う絶妙な野菜の選択、一見して区別のつかない市販物の中から特に歯ごたえの良いものを選び抜いたシンジ君の確かな観察眼』

「『洋食系朝食の三大献立の三大必須要素、トリプルスリーを抑えられている最高の朝食さ(よ)』」

「いや、全く意味は分からないけど……なんか照れるな」

 

思わず照れ笑いを浮かべてしまう。かなり上等な仕上がりになっていたらしい。

朝の時間は今日も平和にゆったりと過ぎてゆく。

 

しかしここで朝食を食べ終え、粗方の片付けも済ませたシンジが少しだけ面持ちを変えてレイに向かう。

 

「綾波」

「何?」

「今日は……悪いけど、僕は学校を休ませてもらうよ」

「……? 司令との墓参りは、もう済んだはずよ」

「そうじゃない、そうじゃないんだ……もっと大事な日だからね、今日は」

 

自分の方を向いていながら、何処か遠くを見つめているかのようなシンジにレイは少しだけ怪訝な表情を浮かべる。

だが、その表情もすぐに元に戻る。

事情は分からないが、どうしてもやらなければいけない何があるのだろう。そう思い、特に何か咎めたりするということもしないことにした。

 

「…………そう、分かったわ。皆には風邪だと言えばいいのね」

「ま、まぁ……何でもいいけど」

 

ここ最近、レイの中には何か妙なセンスが生まれてきているらしい。

 

『……只ならぬ用事のようだけど、僕はどうするべきだい?』

 

一方でカヲルも一応問うてはおく。

もしプライベートな事情だというのなら、無理にまで干渉しようというつもりはないからだ。

 

「……出来れば少し離れていて欲しいかな」

『分かったよ。それじゃあ僕も今日はエリサベスの世話に行ってくるとしよう』

「今日は、と言っているけど、貴方はいつも碇君が学校にいる間そうしているわ」

『失礼な。これでも世話をしながら何時もシンジ君に何もないかどうかをしっかりと見ているんだ。四六時中ビー ウィズ シンジ君でね』

「やっぱりホモね」

『そういう意味じゃない』

 

いつもと変わらない二人に、シンジはただ苦笑いを浮かべるのみであった。

同時に、どことなく察してくれた二人に感謝の念も抱いた。

 

----

 

「……着いた」

 

何時もながらに、セミの叫び声と真夏の太陽を背に浴びながら。

シンジは、市内病院にやってきていた。

かつて自分が何時も担ぎ込まれていた、ネルフ直属で運営されている病院である。

一般市民の入院も当然可能ではあるが、ネルフの支援が受けられるかどうかは別になっている。

 

そんな病院に来た理由は二つある。

 

一つは、トウジの妹・サクラの見舞である。

実はここ最近、一種のインフルエンザに罹ったのだという。

従来型のインフルエンザは高温多湿に弱い。

ところが彼女が掛かったのはセカンドインパクト以後に生じた発症例の少ない、高温多湿に耐えうる新型ということであり、大事を取って入院という措置を取られていた。

幸いにして感染力自体は大きくないらしく、第三者が見舞うことも可能なのだという。

 

当のトウジこそ気にせんでええ、とにこやかに言ってくれているのだが、それを真に受けて行かないということはシンジには出来なかった。

かつての自分の、罪滅ぼしになれば。

ここの世界では何一つ関係はないのかもしれないが、自分がそうしたいのだから、そうしているのである。

 

病院に入ると、外の無駄な暑さが嘘のようになくなり、清涼な風と消毒液風の独特な匂いが代わりに自分を包んだ。若干肌寒さを感じなくもないが、外の暑さと比較すればどこか天界に迷い込んだかの如き心地よさを禁じ得ない。

セミの声はまだ微かに聞こえるものの、外界と自動ドアで隔てられたことにより生じた、静けさという音にかき消されつつあった。

 

受付を終え、病室に向かう。

いつもは大抵先客としてトウジが居るのだが、平日ということもあり今日は静かだった。

それどころか、いつも休日ならばそれなりに人の騒めきで包まれているはずの病院は、まるで異世に迷い込んでしまったのではないかと勘違いしてしまう程には閑静なものであった。

 

少々違和感は覚えない訳でもないが、然程気になるものでもない。ネームプレート「鈴原」の病室に辿り着くと、

穏やかなトーンで二度戸を叩く。

そのトーンは独特な物であり、

 

「はーい」

 

その戸の先に居る彼女も、兄でないことを悟ってか多少他人行儀気味な声色になってもいた。

戸を開けるといよいよ微かなセミの声も聞こえなくなる。

外界とのつながりが限りなくゼロに近づきつつある半ば閉じた世界に、シンジは躊躇いなく進入した。

 

「こんにちは」

「こんにちは。……あぁ、碇さんじゃないですか。何時もわざわざ見舞いに来てくださって、ありがとうございます」

「ううん、気にしないで。はいこれ」

「わぁ、私の大好きな桜餅! わざわざ持ってきてくださったんですか!」

「何も持ってこないで来るのも気が引けたからさ。良ければ食べてよ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

午後の半ばになると、かなり遅い時間まで兄ことトウジが居るので、寂しさを感じるということはない。

それでも、それまでは定期的にやってくる看護師しかここに来る人はいない。

幾ら病気という止むを得ぬ事象とはいえ、外と分けられたこの世界で平気で居られるには少し若すぎた。

このため、思わぬ来訪者に頬を緩めずにはいられなかった。

 

「体調はどう?」

「一時はどうなるかと思いましたけど、お蔭様で大分治ってはきましたよ」

「そっか、それなら良かった」

 

他愛のない、ごく自然な会話。つかの間の平和を享受出来ることには、喜びがない訳ではない。

けれど、まだすべてが終わったとはとても言い難い。待ち受ける残り十体弱の使徒に勝ち、人類の未来を切り開くまでは、平和などという二文字は訪れようもないのだから。

 

そしてもう一つ。今回病院に来たのは、サクラの見舞いがメインの目的ではなかった。

一通りの「それらしい」会話を交わしたのち、早々に別れを済ませた。

 

今回の目的は、サクラの病室より更に五階ほど下にある、とある病室。

三○三号室、精神科特A級隔離室。

特A級とこそ名付けられてはいるが、患者が居ない際は普段は開放され、普通の病室である体を装っている。

今が丁度、その時であった。

 

閑散としたその病室は、ドアが開いているせいもあり、

明度、音、匂いといった雰囲気を司る要素はそれまでに居た廊下と何ら変わりはないようであった。

微かに聞こえてくるセミの声、さんさんと降り注ぐ陽光は、現実とこの病室との繋ぎ目を確かに示していた。

この部屋の有り様は一つの現実として、他のいくつもの現実と並行して存在している。

 

けれど、それは第三者から見た時の話である。

 

もしもこの病室に、何らかの思い入れがあるヒトがこの病室を見たら、果たしてそのヒトは何を思うだろうか?

 

例えば昔、この病室にかつての、……仲間が、横たえられていたのだとしたら。

 

「……殆ど、変わらないな」

 

かつての機器類は並んでおらず、音も殆どない。

代わりに、持ち主の居ない、一切の汚れやシワが見えない白いベッドと、そのシーツだけがそこにある。

けれど、それは見てくれに過ぎない。

もしそのベッドの何たるかを語るとして、それは殆ど意味を成すことはない。

 

「違うのは、君が居ないことだけ……」

 

よくよく見れば、どこかに糸のほつれはあるし、柱も少し痛んでいるように見えなくもない。

これが、このベッドの本当の姿。一見綺麗な見てくれも、よく見れば必ずボロがあるものだ。

でもそれは誰のせいでもないし、それ自体が悪かというとそんなことは微塵もない。

 

「どうして、君だけはいないんだ? 僕がまだ、見つけていないだけなのか?」

 

世の中において、絶対、あるいは完璧等と呼ばれるものは、言葉としては存在していても、決して事象として存在しえないからである。

それは例え時を遡ったとして、決して例外ではない。

正に、それを噛みしめる瞬間が、今。

 

「もし、本当に居ないのだとすれば、きっとそれは、僕を恨んだからかもしれない」

 

目の前に居ない彼女が、完璧という言葉が事象として成立しえないことを証明していた。

数々の友や仲間、身近な大人たち、知り合い、その全てを何としてでもあの未来から救う。

それはまさしく完璧という言葉で形容しうる一つのものであるが、それが実現するかどうか。

 

「赦してくれ、だなんて、言う権利は、ないのかもしれない」

 

けれどそれが仮に、全員では出来ないとしても、

一人くらいなら、救えるのではないか? 

そうでなければ、一人くらい救えないのならば、全員などはまず無理だからだ。

 

「だけど……せめて、居てほしいよ。そうじゃなきゃ、寂しすぎるじゃないか……」

 

だから、希望を持ちたい。その一人を救いたい。

その一人を、何としてでも、あの未来から遠ざけてあげたい。

それは人として、決して間違った主張ではないと思う。そう、思いたい。

 

「そうだろ……?」

 

あの時、溶けあった瞬間に、思ったから。

他人は確かに怖い。けれども、それ以上に、他人と一緒に居たい。他人の居る世界が、いい。

ましてや、彼女なら。彼女と一緒に居たい。それが叶わぬのなら、せめて彼女の居る世界が、いい。

 

 

 

夏のあの日。

赤い世界に飛び込む、ほんの数日前の話だった。

 

助けを求め、体を揺さぶる。

知り得るもの皆が、怖かった。怖くないかもしれないのは、目の前に横たわる少女ただ一人。

 

少しでも、誰かが、隣に居てほしい。

そばに居てほしい。

そばに居て、今の自分を助けてほしい。

 

最愛の友を殺して、他人から逃げている。怖いから。その恐怖から、助けてほしい。

 

助けてほしい。

 

助けてほしい。

 

助けて。

 

助けてよ。

 

僕を助けてよ。

 

お願いだから、僕を助けてよ!

 

何時もみたいに、僕を馬鹿にしてよ!

 

ねえ!

 

 

ガシャン!

 

必死になっていると、繋げられていたコードはぶちりと引きちぎられる。

その瞬間、コードと絡み合っていた彼女の衣服もコードの張力に任せて引き剥がされた。

 

露わになる、自分たちとは違う、もう一つのヒトの血の混じった彼女のカラダ。

 

瞬時に、脳内に居るヒトと比較した総評会が始まる。

青さの抜けぬう黒髪のあの人、冷えた金髪のあの人、透き通った髪をしたあの人、雀斑の映えるあの人、悪友たちと読んだ雑誌に描かれたあられもない姿のあの人、道行くあの人、この人、その人……

誰もが皆、独特な輝きを持っていることは年特有の想像力を持ってすれば容易く心に描ける。

けれど、それ以上に目の前の彼女は、ヒトの姿で極めうる最大の美と、深淵の誘惑を抱いているかのようにしか思えなかった。

実際にはただ、動けないそれが、自分にとって劣情をぶつける対象として最大に都合がよかったからに過ぎなかったとしても。

 

彼女を見つめる。見つめると、いや、見つめたその瞬間から。

 

普段は指先で触ることすらままならない、長くきめ細やかな茶髪。

一粒の面皰や雀斑もなく、あらゆるパーツがこれでもかと整えられた顔面。

細く、けれどそのどこにも一つの歪みもなく、爪先まで隙の無い指先。

普段の気の強さなどは微塵も感じさせない、少女らしい華奢さもある腕。

考え得るあらゆる無駄を見せることもなく、艶やかに円弧を描いた腋。

全てにおいて美しいその肉体を裏切らない、確かな主張を見せる乳房。

一切の贅肉はなく、代わりに縦にすらりと伸びた筋を現した腹部。

その完全な肉体の中心に、完全な画竜点睛の一手として投じられた臍。

全く無駄のないその体を強く引き立てる、鮮やかな括れを伴った腰。

布越しにその守りが透過されることで存在が示唆される、自分とは違う秘部。

多少の柔らかさも残しつつ、婀娜やかな引き締まりを忘れていない太腿。

すらりと伸び隙を一切見せないまめやかさのある、眩さすら伴っている脚部。

 

彼女を包む白とは対称的な、ありとあらゆる色に塗れた膨大な情報がやってくる。

自分にとってあまりの濃艶さを伴っているように見えた彼女のカラダは、閉塞しつつある自分の感覚に対し暴力的なまでの美を叩き付けてくる。

外界とのつながりを示す扉はこの時完全に閉じられており、あらゆる状況が少年の肉欲を強く掻きたてるのに最高の条件を指示していた。

その瞬間から、時間は掛からない。

微小な時間すら、なかった。

他人の怖れのないこの空間で、少年は自分の全てを曝け出し、目の前の物言わぬ少女にその全てをぶつける。

 

にじみ出る汗。漏れ出る呻き声。

 

少年の脳内で思うがままに蹂躙されてゆく彼女。

記憶から想起される、少女の喜怒哀楽に塗れた表情。声。肉体。

 

嗚呼、目の前のなんと、美しきことか!

 

 

しかしこの時、他の誰でもない、彼女に対する微かな恐怖。それが最後の一手は留まらせていた。

寝息を立て微動だにしない彼女にすら示した恐怖は、果たして何を意味していたのか。それは分からない。

 

ただ一つ事実として起こったことは……、その代償として、彼女の奥底に本来示されなければならない筈のいわば超自然的なモノは、空虚に少年の手を覆ったことのみである。

 

 

最低だ―――俺って。

 

 

思い出されてくる、同年代の常人では聊か有り得ない程の淫慾に包まれた記憶。

とめどない罪悪感、後悔、懺悔、自分への憎悪、負の感情が一手に迫りきては、心を侵食し、やがて立ち去ったかと思うと、再び迫りくる。

 

それでも少年は彼女の名前を呼ぶ。

例え彼女がそれを望んでいなくても、本当の気持ちに嘘を吐くことは出来ないから。

 

その声自体は、この空間において完全に無意味で、

発された瞬間見る間もなくか細い無力な波となり、やがて消滅する。

そんなことは分かっている。

 

それでも呼ばずにはいられない、かつて狂おしく求めた彼女の名を。

 

「……アスカ」

 

惣流・アスカ・ラングレーの名を。

 

----

 

病院を後にし、最寄りのファストフード店でフライドチキンを貪る。

 

多少の胡椒によりそれなりに味は引き立っているが、何かが物足りないような気がしてならない。

それが空腹に由来したものなのか、居るべきもう一人の存在の欠如によるものなのかは、分からない。

ただ、そんな出所不明の寂寥感にも似た何かを感じつつあった。

 

この日にあの病院に行ったのは、彼女を知る自分にならば意味のある行為である。

彼女が世に生まれ落ちたその日を偲ぶ。

例えそれが自己満足であったのだとしても、自分がしなければ果たして、誰がするのだろうか?

 

今は近くに居ないだけで、確かに彼女は、自分の近くに、目の届く範囲に、いた。

 

こうしてこの日に、この病室に訪れることは、果たして少しでもその証明になるのだろうか。

 

答えは出ない。出ないままに、無心で目の前の肉を頬張った。

 

清涼感に包まれた店内を出ると、再び蒸し暑さが自らの体を卑しく貪ってくる。

蝉たちによる合唱祭もいよいよクライマックスを迎えており、より一層の暑苦しさを与えていた。

 

あてもなく、ふらりふらりと彷徨う。

予想より早く出てきてしまったのでわざわざ学校を休むまでもなかったかもしれないが、流石にもう昼間ということもあり今から行こうという気にはならない。

 

大通りを進むと、やがて交差点に突きあたる。

そこは奇遇にも、かつてアラエル戦の後に彼女が蹲っていた場所のほぼ目の前であった。

 

かつて彼女が、全てを否定したあの場所である。

立ち入り禁止のテープ柵が、彼女の否定を正しく露わにしていた。今は、何もない。

 

信号から発される誘導音は、人気の疎らな道路に蟲たちの歌唱以外の数少ない音源を提供していた。

皮肉にもあの時と同じ、青空。

 

その最中を歩いていると、一台の自動車のエンジン音が聞こえてくる。

 

それは少しずつ自分に近づいてきているようであった。

まさかと思い振り向いてみたが、どうもそれは杞憂であったらしい。

確かに近づいてきてはいたが、それは減速を伴ってのものであった。白いやや小型のオープンカーということもあり、相手の出で立ちも明らかなものであった。

青いYシャツにベージュのネクタイという、やや形式ばった服装ながらも飄々さを忘れていないその男は、

サングラス越しにでもシンジにとってはまさしくその人であると確信させるに充分であった。

やがて信号沿いに止められた車から、手をひらひらとさせていた。

 

「シンジ君じゃないか」

「加持さん。何しているんですか、こんなところで」

「それはこっちの台詞だよ。何してるんだ、こんなところで」

 

何時だかにも、こんな会話があった気がする。

ただ今とは明確に違うシチュエーションでもあったはずだ。

 

「……少し、風に当たりたくなりまして」

「それは、学校を休んでまで、か?」

「……まぁ、はい」

これが普通の間柄であれば、なんてことのない普通の会話だ。

ところが、普通の間柄ではない。

 

一方は世界を守るため活躍するエースパイロット、

一方は真実を追うため暗躍するトリプル・スパイ。

 

これ程までに不思議な間柄というのは、きっと世界でも類を見ないのではないだろうか。

 

しかも、普段の行動や言動からして、スパイはパイロットに少なくない疑念を抱いている。

加持としては、今のシンジの発言にも、猜疑の目を向けない理由はなかった。

 

 

が、それだけだ。

 

 

「…………ま、君ぐらいの歳なら、そういうことの一度や二度、あってもおかしくないだろうな。

丁度良かった。手持無沙汰だったもんだからね。風に当たりたいなら隣、どうだい」

「……」

「何も、取って食う訳じゃないさ。さ、乗った乗った」

「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

聞きたいことこそ山ほどあるが、別に目の前に居る少年に私怨やその他何らかの因縁があるという訳でもない。加持がシンジに少なからぬ疑念を抱くのも、純粋に真実を追い求めるうちの一環に過ぎない。

何より、飽くまでもかつてシンジと同じように少年時代を生きた一人の大人として、迷える成長期の少年に手を差し伸べてやる。

この行為を客観的に見た時、何ら不自然さ、不合理さといった物は感じないといえよう。

 

「よし。交通量も少ないし、少し飛ばすぞ」

「いや、流石にまずいですよ?」

「風に当たりたいんだろ? 何、特務機関の車だから融通は効くさ」

「はぁ……僕は知りませんよ」

 

そうして、やや渋々といった様子で助手席に乗り込む。

それでもその様子に満足げに頷いた加持は、シンジが座り込んだところでアクセルを踏み下ろす。

 

それなりに高性能なのだろうか、十数秒ほどで法定速度を軽く突破していた。加速能力は高いらしい。

が、その運転にはミサトのような荒々しさがなく、飽くまでもきめ細やかさも兼ねたものであり命の危険を感じることはなかった。

 

暫し他愛もない世間話などをする。学校のこと、ネルフのこと、家のこと、自分たちのこと。

どれも本当に他愛ないという言葉が似合っており、核心に至るものは一つたりともなかった。

 

が、それも時間の問題である。小一時間ほど車を走らせたあたりで、いよいよ話題のベクトルは核心へと向き始めた。

 

「……で、だ。どうしてまた、あんなところに?」

「まぁ……色々と」

「色々、か……分かった、当てて見せよう」」

「……?」

「さては、恋人が出来たんだろう」

「……」

 

黙秘を貫く。

肯定とも否定ともつかぬその様子に加持は暫し考え込むと、少し探りを入れてみることにした。

 

「あれ、おかしいなぁ。これでも自信はあったんだけど」

「恋人、という訳ではありませんよ」

「まぁ、それもそうか。君にはマリにレイちゃんが居るんだからな。

両手に華で、更にもう一人となればそれはもう大変。女も三人集えば姦しいとは上手いことを言ったもんだ」

「は、はぁ……」

 

おどけて見せたが、シンジの様子は余り変わらない。

つかみどころのない少年だと改めて実感していると、その少年がおもむろに口を開いた。

 

「……まぁ、恋人ではないですが、女の子なのは、確かです」

「ほう? 

君ぐらいの歳で、恋人でもない女を気に掛ける、か……やるじゃないか」

「そ、そういう意味じゃなくて……えっと、まぁその……仲間、といえばいいんでしょうか」

「仲間、ねぇ。」

「はい。大事な仲間でした。僕と違って、とても明るくて、気が強くて、聡明で……まぁ確かに、恋人に出来たなら、とても幸せかと思いますが」

「なるほど。ネルフに似たようなタイプの女性は居るか?」

「……居ませんね。明確に誰にも一致しない人です」

「へぇ」

「でも、きっと他の誰にも負けない魅力がある人でした。それは間違いないです」

「そうかそうか。それで、その子がどうかしたのか?」

「えっと……今日は、彼女の誕生日だったんです」

「ほう。今日が誕生日、だった、ということは……」

「あ、別に死んでる訳ではない筈なんです。ただ、どこにいるのかが分からないだけで……」

「イマイチ、要領を得ないな」

「無理はないと思います。恐らく加持さんも、会ったことはないでしょうから。

ただ、だからこそ。

他の人が誰も知らないからこそ、唯一かもしれない彼女を知っている僕だけでも、誕生日を祝いたかったんです」

「なるほどな……居るかも分からない女の子の誕生日を祝う。

人によりけりだろうが、少なくとも俺はそういうのは嫌いじゃない」

「あ、ありがとうございます」

「しかし、そうなると……やはり、その子の行方は気になるんじゃないか? 何だったら俺も捜そうか」

「……その気持ちは感謝します。でも、やっぱりこれは僕がケジメを付けるべきことですから……」

「別に遠慮はいらないぞ?」

「遠慮とかじゃないんです」

 

少し迷ったが、思い切って話してみることにする。

 

「……僕はかつて、彼女に対して酷いことをしたんです。勿論彼女からも色々されたことはありますけど、そんな比じゃない……今思えば、だから彼女は僕の目の前に現れないのかもしれない」

「……」

「そうだとしたら、僕が彼女を見つけ出さないといけないんじゃないか……そう、思うんです。

永遠に彼女からは許されないとしても、誰にも頼らず、この手で見つけて、一言謝りたいんです」

「……そうか。そこまでの決心があるなら俺は止めない」

「そうですか、なら……」

 

シンジが再び話し始めたところで、

 

「ただ」

「ただ?」

 

加持が挟む。

 

「それならば、一つ言っておくよ。闇雲に突き進んでも、決していい結果は得られない……ということさ」

「……はあ」

「勿論、今の君はそう安易に四方八方に暴走する人間ではないのかもしれない。

が、それでも少なからずその歳に見合った失敗などは重ねるはずだからな。

己の力のみで道を切り開くのは男としては最高に格好いい行動だが、同時に明けない闇の中を彷徨うリスクもある」

 

自分の弁に、シンジが黙って聞いているのを確認して、ゆっくりと続けた。

 

「俺もかつて君のように、闇雲に突き進んだ時代があった。

丁度君と同じくらいの歳で、あれは丁度セカンドインパクトの混迷の中だった」

「そうだった……んですか?」

「あぁ、今丁度二十九だからな。

……荒れ果てた街の何もない中を、何かを求めて必死に突き進んだものさ。

求めたものが何だったのかは、正直今でもよく分からない。明日への希望だったのかもしれないし、あるいは昨日までの絶望すらどこかで望んでいたのかもしれない。

けれども、その先に何かが見つかることは決してなかった。齢十五のガキの力なんて、当時の混乱の前には全く以ってゼロに等しかったのさ。

幸いにして、それでも何とかこうして生きてくること自体は出来たが」

「……なるほど」

「今の君の境遇も、それに近いんじゃないか?

居るのか居ないのか分からない存在の女の子を偲んで、行動する。

その「居るのか居ないのか」の線引きこそ君にしか分からないことだろうが、

少なくとも第三者から見れば、その行動はかなり大きな力に立ち向かっているようにすら見える」

「はぁ……そういうものでしょうか?」

「ああ。きっと今の君は、当時の俺よりも凄い能力を持っているんだろう。

だから、もしかしたら何かを見つけられるのかもしれないな。

……ただそれでも、限界はある」

「限界……」

「そう。年相応に設定された限界。

あるいは、個人ではどうしても超えることが不可能な、限界領域。

こういうものがあるのは、君にも分かるだろう?

人は頭脳に特化した分生物でも特に脆弱な存在だから、尚更のことなのさ」

「そうかも、しれませんが」

「勿論、己の道を突き進むのは是非頑張ってほしいし、それは俺としても全力で応援する。

君になら、ある程度の領域に到達することも容易いことなんだろうな。

だが、いざという時は別の路もある。それだけは覚えておくべきことだ」

 

己の、限界……

 

その言葉を聞いたシンジが想起するのは、数ヶ月前のラミエル戦。

 

自分の力の、過信……

過信、であった。

 

変形するラミエルは、あの時のミサトの言葉をまさしく裏付けしていたではないか。

 

そして見る間に強くなってゆく使徒たち。

本当に、過信ではないのだろうか?

 

けれど、アスカのことについては、それとはまた違う話でもある。

恐らく命の危険までは伴わないことである。

 

でも、……困難なのは、確かだ。

 

それでも、自分の力で見つけるのが、最低限のケジメではないのか?

 

二律背反する己の中の、理性と感情。

 

暫くの間、車内の空間は沈黙が支配していた。

やはり肯定とも否定とも言えぬ雰囲気をシンジは醸し出していた。

簡単に答えの出る結論でもないことは、加持としても重々承知している。それは自分の願望でもあるのかもしれないが、同時に目の前に居る少年は少し考える時間も必要なのだろう。

 

そういうこととして、少し別の話題を切り出してみる。

 

「……そうだ。参考程度に聞いておきたいんだが、その女の子の名前、なんて言うんだい?」

「え?」

「何、別にナンパしようという訳じゃないよ。俺には本命が居るのでね」

「いや、ナンパしたらロリコンですよ加持さん。僕と同い年ですから」

「あのなぁ……ただ、ネルフのエースパイロットが他の二人の女パイロットそっちのけで気に掛ける程の人間とはどういう人物なのか? という単純な好奇心だよ。何、苗字が嫌なら下の名前だけでも構わない」

「まぁ、良いですけど……えっと、『アスカ』っていうんです」

「アスカ、か……そうかそうか」

「どうかしましたか?」

「いや、良い名前じゃないか。俺も、君の恋路が成就することを祈っているよ」

「だから恋人じゃないですって」

「ははは……お、この辺りは君の家の近くじゃないか。どうする?」

 

加持の言葉に促され周りを見てみると、確かに自宅の近所にやってきていることが分かった。

 

「ああ、じゃあ……この辺で失礼します」

「分かった。色々と頑張れよ」

「はい、ありがとうございました」

 

シンジを降ろすと、オープンカーは再びどこかへと走り去っていく。

 

加持は暫くオープンカーを走らせると、ある街の一角で停車させる。

 

取り出したのは小型パソコンで、おもむろにキータッチを開始する。

暫しの作業の末その指を止め、映し出された画面を興味深く眺めた。

画面をスクロールさせると、最後の下限のある表記に目を止めた。

 

そこに映し出された文章は英文にして数行と短いものであったが、加持の好奇心を跳ね上げるのに十二分な効果を買って出ていた。

同時に、それに酷く驚きもした様子であり、普段の微笑みをたたえたポーカーフェイスが多少歪むことになった。

 

「…………シンジ君。君は、……何故なんだ?」

 

余りある結果に漏れ出す呟きは、既に日の傾きつつある喧騒とした街に消えてゆく。

 

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家に帰りつき時計を見ると、既に時間は十六時を過ぎていた。

先ほどまでの猛暑も少しずつ陰りが見え始めている。

 

日照時間は多少伸びてこそいるが、流石に十二月になっただけはある。

高々と登っていたお天道さまもこの時間帯からは徐々に白から橙赤色へと色染まり始めていた。

 

夕陽に包まれつつある自宅の一室。オレンジ色の眩い輝きがさんさんと降り注ぎ、幻想的な雰囲気を醸し出しつつある。

 

シンジは、おもむろにクローゼットを抉じ開ける。そして、ソレを取り出した。

そう多くの物を入れている訳ではないので、目当ての物を取り出すのにも苦労はなかった。

 

かつて、何の意味もなく、それでも何となく続けていた、チェロ。

持ちだしてからというもの触れる機会もなかったので、多少埃をかぶってはいた。

けれど、テーブルセットのイスに腰掛けると、感覚に任せて多少の調弦を行ったのち、弓を引いた。

音としての強さは弱かったが、かつての弦楽器特有の透明な音色は未だに健在であったようだ。

 

楽器としての機能を果たしていることが分かったので、改めて弓を握る。

 

チェロの旧約聖書ともいわれるその曲は、一般には非常に高度な技能を求められているとされている。

しかしながら、そのようなことはシンジには足枷にならない。

 

指板上では彼の操る五人のダンサーが、緩急に富んだ鮮やかな演舞を見せる。

同時に弦上では、弓という名の指揮者によりリズムを得た歌手がダンサーたちの踊りに触発され、

天性の歌声を絶え間なく響き渡らせることで、至高の音色でこの空間を包み込んだ。

 

その音色は徐々に沈みゆく太陽を背に、一つ、また一つと紡がれては消えてゆく。

 

消えゆく運命にある音色たちは、初めのうちは生まれ落ちた歓喜に満ち満ちていた。

けれどやがて定められた時がやってくると、その場にどことない哀愁を遺し、世界を後にする。

 

 

偶然とはいえ、初めて心から仲間だと思える女性に聴かせた、その音色。

 

あの時と同じ斜陽に包まれながら、一音一音に祈願を込める。

 

この瞬間、彼女が少しでも幸運でありますように。

そしてこれからも、彼女が少しでも安寧に包まれていますように。

そして、彼女に何時か、再び会いまみえる日を……

 

最後の音符に辿り着き、存分に響き渡らせる。

大きく伸びてゆく音色は、やがて空間に全て吸い込まれた。

 

 

パチパチパチパチ。

 

 

その時、後ろから奏者への敬意を示す拍手の音が聞こえてくる。

聴衆の居ない筈のこのコンサート会場であったが、確かに今、一人、いや二人の客人が居たのだった。

 

「……とても、上手かったわ」

「綾波……」

『凄いじゃないか。……音楽は、いいね』

「カヲル君……」

「もしかして、今日休んでいたのも、この為?」

「あ、それは……」

 

この場に関しては、一つ二枚舌を使うことにする。

 

「うん。そういうこと……だよ」

「そう……」

『何故休んだか、なんでのは、些細なことだ。これほどの才能あるリリンが近くにいただなんて感動の極みだよ』

「そ、そうかな?」

「それもそうね。

……そうだわ碇君。今度の文化祭、デュエットしましょう。貴方はチェロ、私は……」

 

暫し考え込むレイ。

口に出したはいいが、肝心の扱える楽器が実はない、というオチだろうか?

 

が、それは意外な形で破られることになった。レイは何かを閃いた顔をしたかと思うと、おもむろに口を開いた。

 

「ユーフォニアムを吹くわ」

「え、綾波ユーフォニアム吹けるの? 凄いじゃないか」

「ええ。体育館中に響かせてみせるわ」

 

得意げな顔をして、吹奏楽器を吹くジェスチャーをするレイ。

真偽はともかくジェスチャー自体の完成度は極めて高く、シンジにとって吹奏楽器は、名前は聞いたことがあるもののどれも扱ったことがないといった存在で、例え吹けることが嘘でも完璧に騙される程のものであった。

そうしてシンジが感心していると、カヲルが何時ものように茶々を入れ始める。

 

『やめておくんだレイ君。

仮にも女性である君があの楽器を吹いたら、一部の人たちが変な連想が出来るだの、卑猥だのと文句を言うに違いない。

ここはやっぱり僕がシンジ君のユーフォニアムを、じゃなかったシンジ君とユーフォニアムを』

「黙りなさいホモ・タブリス。実体のない貴方では無理よ」

『なんだいその現人類みたいなノリは』

 

二人としてはいたって真剣なのかもしれないが、シンジとしてはまーた始まった、といつも通りに苦笑を浮かべるしかなかった。

チェロを元に戻し、さて今日の夜ご飯はどうしようかと考えている間にも二人の論争は続く。

 

『それに実体がないと言っても、君は大事なことを忘れているよ。僕とシンジ君は、本当の意味で心身一体だということを』

「本当に心身一体なら尚更デュエットは無理よ。どうしてもというなら精々ネルフから私の素体を奪ってくることね。

最も奪った瞬間警報が鳴り響き、魂もろとも身体も破壊されるでしょうけど」

『くっ、その手があったかと思ったのに……だったらそうだ、鈴原君あたりの肉体を間借りすれば』

「迂闊だったわ……何も言わなければ勝手に自爆してくれそうだったのに」

『何か言ったかい、義星に生きるレイ君』

「何でもないわよ声だけ攘夷志士」

『ジョーイ? 幾ら最近お気に入りが発売されたとはいえ、ゲームのやりすぎじゃないかい?』

「大丈夫よ、捕まえにくいのは蟹だけ。リリスの力を以ってすれば貴方の捕獲位どうということはないわ」

 

やんややんや。

鳴りやまぬ論争に、どうにも夕飯の構想も固まらない。

放っておいてもよかったが、少し手を入れることにしてみる。

 

「……あの、二人とも……そろそろ抑えて、ね? 今晩のメニュー、考えないと」

『……シンジ君がそう言うなら、仕方ない』

「碇君が、そう言うのなら」

 

幸いにして、二人の論争は終わったかのように見えた、が……

 

『……ふふ、命拾いしたねレイ君。僕に実体さえあれば三日後にリリスの首から体中の血という血を吹き上げさせるというのに』

「……今私の願いが叶うならば翼が欲しいわ、さすれば貴方を悲しみのない自由な空へ翼はためかせて逝かせてあげるのに」

 

また少しずつ火花が散り始めた。

こうなったら、自分の手で鎮めるしかない。使いたくはなかったが、人間の根本的欲求に立ち返った方法を試みることにした。

 

「……二人とも、静かにしないと今晩のご飯をニンニクラーメンチャーシュー入りにするよ」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

「謝るなら最初から静かにしようよ、ね?」

 

効果は抜群だった。

レイが肉嫌いなのは知っていたのでまずはレイから、と思っていたのだが、

どうやらカヲルも肉か、あるいはニンニクが嫌いらしい。

前に自分と一緒に食べたカレーは美味しい美味しいと言っていたので、ニンニクが苦手なのだろうか。

 

静かになったのをいいことに、ぼうっとメニューを考える。

冷蔵庫の中身、スーパーの特売一覧、栄養素、気分……様々な要素が複雑に絡み合う中で、レイが一声を掛けた。

 

「……碇君」

「ん?」

「私、今日食べたいものがあるの」

「そうなの?」

『ああ、実は僕もあってね』

「カヲル君まで。じゃあ、それを作ろうかな。何が食べたいの?」

 

特にリクエストがない日は何となく気分で料理を作ってしまうこともあるのだが、二人からリクエストがあるというのならば話は別だ。

やはり料理をするからには、食べたいものを食べてもらいたいし、そうすることで食べ手に最も大きな喜びを与えられるからだ。

何を頼まれるのか、と思慮していると、レイが再び口を開いた。

 

「今日は、ドイツ料理が食べたいわ」

「え?」

『そりゃ奇遇だな、僕もそう思っていたところなんだよ』

「二人とも、どうしたの」

 

二人の口から出てきたのは、奇遇にも全く同じものであった。

いつもそこまで仲が良いとは思えない二人の意見が全く合致するなどというシーンがシンジには想像が出来なかっただけに、大変意外なものであった。

 

けれど、この日の自分の行動理念に立ち昇ってみれば、ごくごく自然な欲求でもあった。

 

「私たちも、忘れていないわ。

……今日はあの人の、誕生日だもの」

『彼女を知る僕たちが祝わないで、誰が祝うんだい?』

 

微笑を浮かべる。

カヲルの場合は、恐らく前のような微笑を浮かべているのだろうという推測ではあるが、語調はとても柔らかなものであった。

 

シンジは暫く呆気にとられたような表情を隠せなかったが、やがて静かに微笑んだ。

 

----

 

第三新東京市に夜の帳が落ちたころ。

 

長い髪を靡かせ夜を往く。

既にクリスマス・ムードに包まれた街の中、歩みを進め。

 

二人と一人の魂は、湯気を上げる豪勢な料理を目の前にして。

 

唄う。

 

「ハッピィバースディ、トゥー、ユー」

「ハッピィバースディ、トゥー、ユー」

「ハッピバースディ、ディア」

 

 

「アスカ」




はい、皆さんこんばんは。

今回は久しぶりに「アレ」はありません。使徒がいませんからね!
毎回毎回やってるからもうルール忘れたんじゃないかと思われがちですが、
使徒が出てこない回はやらないんですよ、はい。ルール忘れてません。
休みのはずの日までやったら流石にブラックになっちゃいますからね。
ブラック大賞に選ばれて企業苛めならぬ作品苛めだとかなったらまぁ、

…………誰も死なないからまぁいいか。

え? カヲルはタブリスなんだからカヲルが居る時点で毎回やることになるのでは、と?
いやまぁ、使徒として覚醒した状態ではないので大目に見て下さい。


さて今回は一応アスカの誕生日を記念した回で、特別編という色合いが強めです。
原作では特に触れられていませんでしたからね。
こういう記念日に合わせて何か書いてみるのも「やりたいこと」の一つでして。
そういうことですから、書きました。
ただ特別篇という形ではあるんですが、もしかしたら微小レベルで本編と関わる、かもしれませんが。


え? 記念日と言えば、ミサトさんとトウジの誕生日が目前に迫っているって?

…………



あ、あんまり短期間で特別編入れすぎてもどうかと思うんですよね……(逃避)


まぁそういうわけでした。

次回はふつーにゼーレ魂の座をやるか、もしかしたらもう一回くらいお正月あたりで何か挟むやももしれません。
丁度おあつらえむきなネタもありますからね。

それではご一読ありがとうございました。


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正月記念短編集 碇シンジ年末計画

ということで予告通り? 
シンジ君の年末を少し書こうと思います。

ただ単に再臨せし神の子の設定で書いてる、「再臨せし神の子」の二次創作、
エヴァから見れば三次創作ものだと思って読んでください。本編とは関係ありません。
イメージとしては某ギャグアニメにエヴァかぶせた感じになってます。

何故こうして前置きをするかというとキャラ崩壊が物凄いからです。
苦手な方はこの時点でブラウザバックしてください。

一応時間軸的には本編中の時間軸を採用……ということにはなりますが、本編とは一切関わらないようにしています。
強いていえば、別の特別篇で思い出描写程度に描くことはあるでしょうが、
本編には関わらせません絶対。
なのでキャラ崩壊とかパロディが嫌いな方は読み飛ばしていただいてもストーリーは追えます。ご安心を。


12/24

 

聖夜/かどまつを、君に

 

 

「それでは……今学期のHRはこれで終いです。皆さん良いお年をお過ごしください……洞木さん」

「はい。気を付け、礼」

 

委員長こと洞木ヒカリが今年最後のホームルームのトリを務めると、クラス全員が申し訳程度に頭を下げた。

形式上のものなので、特にそこに敬意を込める生徒も居なければ、教師もそれを求めるということはしない。

礼を確認すると足早に教師は教室を立ち去る。ここからは、子供たちの時間だった。

 

「よっし、やっと今学期も終わったぁ」

「ジュン、貴方今日の午後は空いてるのかしら」

「ん? えっと、確か……」

「カナの初詣は彼氏のエスコート付き? 妬けるわね~」

「ダメよ、カナは今年のクリスマスこそ私の家で卵焼きを……」

 

思い思いに年末年始の予定を語らう子供たち。

 

この日はクリスマス・イヴでもある。

ある者は家族と。ある者は友人と。ある者は恋人と。ある者は一人で。

十人十色の過ごし方があり、そこに何か優劣が生じるということもない。

 

今はただ、一つの呪縛から一時的に解き放たれたことだけを素直に喜ぶ姿が殆どであった。

 

それは彼らとて例外ではない。

 

「終わったね」

「そうね」

 

少し上機嫌な様子で話しかけると、レイもやはり上機嫌な様子で返してくる。

前史では希薄な感情のままに過ごしてきたレイであったが、

今でも人並みには少し至らないとはいえ、絶対零度もかくやといえる程に冷たく乏しい感情しか持ち合わせていなかったその時と今とを比べれば、明瞭にその差が表れている。

何も知らない人が見ればまだ無表情に近いが、シンジとしてもこれは良い傾向とみていた。

 

そのようなレイの様子に心温めていると、後ろからも友人たちの声が聞こえてくる。

 

「おっつーシンジぃ」

「おっつー。お前はどないするんや? 年末」

「ああ、トウジ、それにケンスケ。特に予定はないけど、どうかした?」

「おっしゃあ、そないならワシらと初日の出を……」

「トウジ、トウジ。横見てみろって」

 

ケンスケが指さした方向はシンジの真横。丁度レイが立っているその場所である。

いつものように薄めの感情をその整った面に湛えているようにみえるが、どこか不満げな様子がシンジにも伝わってきた。

 

「ん? 綾波がどないしたんか?」

「綾波、どうしたの?」

「……何でもないわよ」

 

口ではそう言ってみせているが、やはりどこか不服さを纏っていることには変わりない。

心なしか先ほどよりもそれが強くなっているように感じられた。

 

「あー……なるほど。ネルフの方かぁ」

「どういうことや?」

「トウジ……そういうこと、だよ」

「……あっ……なるほどなぁ。そりゃあ難儀やのー。ワシらもちぃとばかしプランはありよったけど、

シンジがあかんならしゃーない」

「え、どうしたの?」

「シンジ、年末は忙しいんだろ?」

「えっ、いやさっきも言ったけど、特に予定は……」

「綾波、一瞬シンジ借りるで」

「え、ちょ、わっ」

 

有無を言う間なく教室の隅に思いっきり引っ張られると、二人の友人が密やかに、そしてどこか怒りも交えつつそれでもなお声量を絞りシンジに囁く。

 

「ドアホぅ! どうして綾波が不機嫌そうにしとるか分からんのかいなお前は」

「俺たちは分かっている、この年末お前が俺達より一足早く大人の階段を登ることを!」

「え、え?」

「いやーまさか、シンジが一番先になるとはのぅ。チェリーボーイの脱却」

「どれほど欲求が身を包んだとしても無暗にパイロット候補を増やすなよ? 俺だってエヴァ乗りたいんだから」

「なっなな、何言ってんだよ!」

「と!に!か!く! お前はこの年末は忙しい。ええな!」

「そういうことだ。ほら綾波、碇を返すよ」

「うわわっ」

「ワシらは退散するで。ほなまたな! ええお年を!」

 

再び雁首を引っ張りシンジを先程の元の位置に戻すと、瞬く間に教室を立ち去ってしまった。

一方、レイの表情はあまり変わらないが、今度は先ほどまでの不承さがみられず、むしろどこか嬉々とすらしているようにすら思えた。

 

「な、何だってんだろう?」

『さぁ……』

「……帰りましょう、私たちをあったかハイムが待っているわ」

「え、う、うん」

 

終始状況の飲みこめないシンジであったが、レイの様子が上向きになったのをみて特に気にしないことにした。

 

 

校門を抜けると、どこかから北風が吹きこんでくる。

十五年前の影響で常夏の日本とはいえど、その風はどこか寒さすら纏っていた。

 

「そういえば、もうすぐクリスマスが今年もやってくるね」

「……私は正月の方が気になるわ」

「正月? あぁ、綾波はやったことないの?」

「ええ。だって私は多分、二人目だもの」

『いやそれは多分みんな知ってることだと思うけどね』

「んー……まぁ簡単に言えば、年の初めをお祝いするんだよ」

「初めを?」

「うん。知らない? 家の外には門松を立てて、家の中には鏡餅を飾る」

「鏡餅? 美味しいのかしら」

「あ、いや、鏡ってついてるだけで実際はただの餅だから綾波が餅を好きかどうかによると思うけど……」

で、その後に新年のあいさつに回ったり、お節料理を食べたりするんだ」

「お節料理?」

「ああ、正月に食べる特別な料理だよ。ちょっと待ってて……ほら、こういう重箱の中に入ってるんだ」

 

手持ちの携帯電話をネットに接続すると、お節の検索を始める。

つい二十年ほど前はまともなパソコンを使ってもそれなりに時間が掛かったものらしいが、

今ではこのように手の平サイズの端末でサッと画像を表示できるとあり、最近の科学技術は本当に進んだと実感させられる。

 

十数秒ほどでお節料理の画像一覧が開き始めた。

端末の画面の中には色鮮やかに盛りつけられた重箱が幾つも立ち並んでいる。

特に上手く映っている画像においては平面の画像なのに立体感すら感じさせられ、一種の臨場感を味わえる程のものもあった。

 

「……美味しそうね」

「じゃあ、今年は買っておこうかな」

「碇君は作れないの?」

「作れない訳ではないけど……結構手間も掛かるし材料費もね。買った方が安上がりになりやすいんだよ」

『……さっきから気になっていたのだけど、レイ君は食べ物にしか興味がないのかい?』

「………………そんなことはないわ」

『何今の間』

「さ、さっき言ってた門松なども気になるわよ」

『へぇ、そうかい』

「あっ、そういえばこの家には門松がないんだよな……どうしようか」

「作りましょう」

「え?」

「作るのよ、門松」

「い、いいけど……でも門松って個人で作るものなのかな」

「心配ないわ。その為のネットよ」

 

帰宅すると、レイはすぐさま自室に潜った。

三十分ほど経過するとどこかへ出て行き、更にもう三十分すると何やら大荷物を抱えて自室に再び戻っていった。

それからしばらくの間、何かを打ちつけたり切りつけたりと奇妙な音が聞こえた後に、

 

「出来たわ」

「えっもう!? ……あ、本当だ」

 

レイが再び自室に籠って三時間少々。

 

そこには確かに見事な門松が完成をみていた。

ビジュアルとして目立ちやすい竹は勿論のこと、竹の根元の若松も忘れずに配置されている。

 

「うん、売ってるのと全然褪色ないよ。やっぱ綾波って凄いや」

「六本の松に携わった女に不可能はないわ」

「いや、六本あるの竹だけどね。松は根元にあるだけだよ」

「……そうなの?」

「今作ってたじゃないか」

『折角見栄えは結構よかったのに……肝心の知識はお粗末なようだね』

「碇君の家の、門の門松よ……ふふっ。

折角だから一本一本名付けましょう。この竹がイチで、これがジュウシで、これがカラで、」

『……レイ君、それは違うと思うんだけれど』

「貴方、イヤミばっかり言うのは止めた方が良いわよ。……碇君。この門松、来年からもこの家で使っていいわ」

「え、あ、ありがとう」

 

カヲルに対するいつもの毒舌こそ変わらないが、やはり自分で作ったという達成感からだろうか。その声色は明るいものがある。

経緯はともかくとして、悪い傾向ではない。

 

「カヲル君、珍しく綾波が笑ってるからこれでいいんだと思うよ」

『いや、そういうものなのかなシンジ君……僕、こんな時どんな顔したらいいのかわからないよ』

「笑えばいいと思うわ」

『シンジ君の名ゼリフを奪ったか……レイ君、君はついに僕を敵に回したようだね』

「貴方も私の台詞を奪ったのは棚に上げるのかしら、このポルノ作家」

『なっ……あ、あれは違うよレイ君。彼の苗字は私屋で』

「わたしやで? 何で関西弁なのか知らないけれど認めているんじゃない。この人でなし」

『いや確かに僕ヒトじゃないけどさ、でも君も人間じゃないよね。リリスではあるけど、だからってリリンではないよね。というか僕はまだ誰も殺していないし』

「……碇君」

「な、なに?」

「貴方の監視を解いたわ。今なら誰にも見つからず槍のところまで来られる。ロンギヌスの槍の秘密、知りたくない?」

「え、え?」

『待つんだレイ君、シンジ君も一緒に消すつもりかい』

「碇君。これは私の心? 渚君と離れたい、私の心……」

『シンジ君、レイ君がご乱心だ、なんとか……』

 

レイが明るさを見せていることに少しほっこりとしていたらすぐこの有様である。

いつもがいつものことなので鳴れるかと思いきや、どうにも慣れない。発言に突っ込みどころも多すぎるし声量だってそれなりのものだ。

 

「父さん……母さん……僕、これからどうしたらいい?」

 

このように現実逃避するのも客観的に何らおかしなことはない。

少なくともシンジはそのように信じたかった。

というより、信じないと何かが壊れてしまうような気がしてならなかった。

 

『ほらレイ君、シンジ君が困って死にそうじゃないか! この人でなし!』

「あら。二回も同じネタを使うだなんて。それに碇君は死んでいないからまだ人でなしではないわ。私が守るもの」

『……ふふ、いいのかいレイ君。僕は知っているんだぞ、君があの組織を裏切ってることを』

「確かにネルフは真っ黒な組織だからあながち間違っていないわね。それがどうかしたの?」

『何だったらMAGIに情報をリークしてもいいんだ。

そうなれば仮に君が生き残れたとして、小さくなる薬を飲む羽目になる……そうなれば今のようにシンジ君と暮らすことは出来なくなるよ』

「その時は碇君と探偵団を組むわ。

……そうね、セカンドの母親も探偵のようだからセカンドの家に転がり込もうかしら」

「おやおや。眠ったら最後記憶を失ってしまうのに眠らせることを前提とした探偵団を組むだなんて……君も酔狂なものだねレイ君」

 

収拾がつく気配は何一つとしてみられない。

 

しかし、一方のシンジは現実と戦う準備を着々と行っており、

いよいよもって終わらないこの日の論争に終止符を打つ準備が出来た。

現実から、逃げちゃダメだ。そう言い聞かせ毅然として今日も声を上げる。

 

「……綾波、今日の晩御飯は折角のクリスマスイヴだからチキンにしようか。

ああそうだ、風味付けにガーリックたっぷりのソースなんてどうかなカヲル君」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

 

レイにはニクが有効らしいが、カヲルにはニンニクが有効らしい。

普段の喧しい二人をピタッと止める有効なニクを得たことに内心ほくそ笑むシンジであった。

 

が、

 

「……あ、でも碇君」

「ん?」

「実は私しっかり味付けを整えたクリスマスチキンくらいなら食べられるわ」

「え、そうなの!?」

「ええ。昔、グラサン掛け機に食わされたステーキがレア過ぎたのと脂っこすぎたのに加えて、ステーキソースもあまり口に合わなくて、それ以降肉がダメだったの」

「ねぇグラサン掛け機って誰? もしかして父さんのこと?」

「でもこっちにやってきた時にオペレータの眼鏡掛け機に貰ったポークジャーキーが意外と美味しくて、それ以降平気よ。牛肉はまだしっかり焼いていないと厳しいけど」

「ねぇ眼鏡掛け機ってもしかして日向さ」

「だから肉が有効な手段と思わない方がいいわ」

「……う、うん……」

 

予想だにしていなかった。いつの間に彼女は一部とはいえ肉を克服していたのだろうか。

しかも先日提案したニンニクラーメンチャーシュー入りも実は食べられたらしい。いよいよ打つ手なしと頭を抱える日々が続くのかと内心今後に怖れを抱きつつあった。

 

『おやおや、まさかシンジ君に歯向かおうというのかい君は?』

「そういう訳ではないわ。ただビフテキが食べたくないだけよ」

『なるほど。しかし高カロリーな肉料理を自らOKするとは……

君は容姿についていえばそれなりにレベルが高いが、その容姿も無駄肉で崩れてしまうよ?』

「そう……貴方はつまりそういうヒト、いえシトだったのね……この声だけ蛾泥棒」

「それはエーミールの間違いじゃないかい。正しいのは葛城一尉が高校生の時に通っていた予備校の方だよ。

長音符の有無は差がないようで深淵の闇よりも深い差があることを忘れてはいけない」

「じゃあ三河屋をやるといいわ、精々カエル型エイリアンに桃源郷までゲットバックされないように覚えておけば? グッドラックトゥーユー」

『それはさぶろう違いだろうレイ君。そういう君こそ背後には気を付けるんだね……こちらには君をいつでも性転換させられる手段があることを忘れてはいけない』

「お湯に入ってもLCLに浸かっても何も起きていない時点で問題ないわよ、このホモ」

『ネタがなくなったからってついに直球の悪口に出た! この人でなし!』

 

皮肉にもニクが憎み合いを再開してしまったようである。

とはいえ……抑えられないニクがない訳ではないようだ。

それは先ほどのレイの言葉からも明らかであり、良いヒントを得ることが出来た。

 

今度こそ終いである。

 

「よし。分かったよ二人とも。今晩の夕食はビーフステーキのガーリックソース&ガーリックチップ和えにしようか」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

 

----

 

クリスマス・イブであるこの日も夕食を終えた。

 

結局のところ夕食は一般に想定されるクリスマス料理が立ち並んだ。

ビフテキ・レアはレイの嘆願により、ガーリックソースはカヲルの嘆願によりどうにか回避されたのであった。

 

といっても、何時もシンジの料理はそれなりに豪華なので、クリスマスだからと言って何か特別になっているようには見えない。

チキンがあったりケーキが出てきたりするだけで、それ以外にクリスマス要素は特に無い。

 

『それじゃあちょっと、エリザベスとその飼い主にも会ってくるよ。今日は宴会のようだからね、少し遅くなるかもしれない』

 

カヲルがどこかにス、と抜けていく感覚がする。それから忽ち、家の中は静かになった。

 

 

 

窓際のソファにちょこんと座り、何か本を読むレイ。

 

その一方で夕食の片付けとして、先ほどまで料理が盛り付けられていた皿を洗うシンジ。

 

 

ページを捲る音と、時計の音と、流水音だけが場を包んでいる。

まるで他には何もないかのようだ。

 

コンフォート17。

そこ自体はふつうのマンションであるし、それなりに外からも車の音が聞こえてきたりする。

ところが今夜はどうだろう。全くと言ってそれが聞こえてこない。

 

とても静かな夜だった。

まるで街の住民全員が聖なる夜を粛々と祝福するキリシタンになったかのようにすら錯覚する。

 

皿を洗い終えたシンジは、ふとレイの横に座った。

 

「……ん、何を読んでるの?」

「……小説よ」

「へぇ、小説か……なんていうの?」

「夏目漱石の……吾輩は猫である、よ」

「あぁ、アレかぁ。結構有名な作品だけど僕はまだ読んだことないんだ。

……そういえば、前の時も綾波は学校で何時も本を読んでたね」

「あの時は、……特にやることもなかったから読んでいたわ。

だけど今は、純粋にヒトとして知識を得たい。その為に読んでいるの」

「そっか」

「ええ」

 

それから、再び静かになる。

時刻は、九時を回ろうとしていた。

 

 

時計の針が

 

かち。

 

こち。

 

かち。

 

こち。

 

本に使われた紙が、

 

ぺらり。

 

ぺらり。

 

ぺらり。

 

ぺらり。

 

そしてレイが、

 

「碇君」

「何?」

「……外、見てみて」

 

 

ぽつり。

 

 

「……え?」

 

シンジがふと外を見てみると、そこには太陽という障害物から解放され、満ち足りた光を地表に湛える月があった。

しかしくもりガラスによりその光は分散してしまっている。

 

「本当だ……そうだ、少し窓を開けてみようか」

「……ええ」

 

くもりガラスで出来た窓を開けると、その月光はより一層明るみを増した。

幾つか家の明かりもあるが、車などが通る音はやはり聞こえてこない。

 

常夏であった日本であったがここ最近は季節感が戻りつつあるらしく、

肌寒さもあり、それを感じさせる北風も静かに吹きこんでくる。

 

けれど、その静かな冷たさが、今はどこかいとおしくすら感じられる。

 

想起させられるのだ。

 

かつての

 

自分の

彼女の

 

ことを。

 

 

ふと、腕に暖かい感触が走る。

見てみると、レイが手を握っていた。

 

「……碇君」

「……あ、寒かったかな?」

「いえ……碇君の手、とても、ぽかぽかする」

「そう、かな?」

「ええ……」

 

 

それから先ほどのように、静かになる。

 

先程のように、冷たい風が止む気配はない。

けれど、二人はその手に、確かな暖かみを感じ合う。

 

「ねぇ、碇君……」

「……ん?」

「…………」

「……?」

 

呼びかけておいて、返事がない。

どういうことなのかと訝しみ、レイの方を振り向くと、

 

「……月が、綺麗ね」

 

そう言われるが否や、一瞬顔の前が何かで覆われる。

それと同時に手だけでない。全身が温もりに包まれた。

とても柔らかな暖かみ。

 

手は勿論、腕も、脚も、胸も、腹も、

 

そして、

 

 

唇も。

 

 

それはとても不慣れで、初心で。

表面だけで、絡み合うことは決してない。

 

まるで、絡みあわずとも充分だと言わんばかりに。

 

 

暫くして、少し距離が置かれる。

ゆっくりと、名残を惜しむように。けれどそれは唇だけで、他の全身は変わらない暖かさに包まれている。

 

「……あ、綾波……」

 

突然の出来事に、状況の把握が今一つ上手く行かない。

一つだけ分かるのは、己の心臓がこれまでの半生でも経験がない程の……いや、一つだけあった。

 

かつて、ここにはいない彼女と二人きりで衣食住を共にしたあの時。

寝言で我に返ったあの時。

 

それ程までの早鐘を打っているということだけだった。

 

 

「ねぇ、碇君」

「……?」

「……私、今とても、暖かい。碇君と一緒に居ると、ぽかぽかする。

どうしてかは分からない。分からないけど……碇君にも、ぽかぽかしてほしい」

「う、うん……?」

「だから、私が今から、碇君を……ぽかぽかさせてあげる」

「え……―――!?」

 

ソファにゆっくりと引き倒されると、再び唇が重なり合う。

今度は先ほどのような、浅いキスではない。一方の舌がもう一方の舌を追いかける。

 

初めは戸惑っていた男の舌も、やがて女の舌に追いつかれると、静かに籠絡される。

 

そして……貪り合う。

 

風の音と時計の音と、……舌の絡み合う音。

ねっとりとした、妖艶な水音が、場を包んでいる。

 

やがて……息が続かなくなると、男と女は喰い合いを止める。

 

「……綾波」

「……碇君……いえ、…………シンジ、君…………

 

 

今だけは……レイ、って呼んで」

 

 

そう言うが否や、再びシンジにゆったりと襲い掛かる。

 

 

「………………」

 

ガチャッ。

 

レイ。

 

 

 

 

……ガチャッ?

 

 

 

 

「シンちゃあ~ん今みんな来てるから宴会どお~? 

……うぉわっ!?」

 

 

 

扉の開く音が、レイを呼ぶ声と見事に重なる。

そしてあと数センチで二つの唇が再び融合を果たそうとしていたそこへ、独りの来訪者が訪れたのだ。

 

ただ驚いた顔をして、二人の姿をまじまじと見つめるミサト。

一方、ぽかんとした表情でミサトを見つめる二人。

無意識のうちにレイ主導のマウントスタイルから一転、先ほどまでの座り姿勢に戻っていた。

 

再びつかの間の静寂が場を包む。

 

 

二人をしばらく見、悟ったミサトはやがてにやりと笑みを浮かべると、

 

 

「……ごめんなさい。ごゆっくりぃ!!」

 

 

バタンと思い切り扉を閉め、どこかに走り去ってしまった。

 

「……」

「……」

 

その時、再びス、と何かが入り込む感覚がする。

 

『何があったんだい、二人とも?』

 

もう一人の住人も帰ってきたようである。

ミサトの乱入から続き、既に先ほどまでの何とも言えぬ妖艶な雰囲気は消え去ってしまっていた。

 

「何でもないわよ。…………碇君」

「……な、何?」

「……葛城一尉の家に行くわよ」

「えっ!?」

「バレたものは仕方ないわ、あとは公認になるだけよ。さぁ行きましょう」

「綾波さン!? それは幾らなんでも――――」

「……酷い。私とは遊びだったのね」

「い、いやその、っていうか綾波から来たんじゃないか!」

「あら、男のくせに言いがかりを付ける気?」

「り、理不尽です……」

 

ぐいと体を引っ張られるが、一方で逆ベクトルにぐいと体が引っ張られる感覚がする。

 

『シンジ君。ちょっと君とはじっくり話をしないといけないようだね。

レイ君その手を離すんだ、今宵は僕とシンジ君の聖夜だよ』

「いいえ私のせい夜よ」

『いいや聖闘士の星矢だよ』

「いいえ関東平野よ」

『いいや飛竜のレイアだよ』

「いいえ私はさそり座の女」

 

口論に夢中になったのか、双方向に掛かっていた力が抜ける。

それをいいことに一足先に退散することにした。

 

「……おやすみ、二人とも」

 

ガチャリ。

外界との繋がりを閉ざす。扉という名の厚いATフィールドを張り終えると、ベッドに潜り込んだ。

 

『あっちょっとシンジ君!? 鍵を閉めるなんてずるいよ!』

「……私とは遊びだったのね、碇君」

『ようしこうなったらレイ君、君に色々と話を聞こう。僕のシンジ君に一体何をした』

「僕の? 何を言っているの、貴方には同じしんじでもマギーの方がお似合いよ」

『そういう君こそ……!』

「貴方こそ……!」

 

外からは再び喧騒が聞こえてくる。

 

それから何とか逃れんとシンジは照明を消し布団に丸まりながら呪詛のように呟き続ける。

 

「……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……」

 

しかし眠れる気配はない。

思い出すのだ。先ほどの感触を。

 

暖かく柔らかな身体、そして唇。

再び心臓は早鐘を打ち始めている。

 

しかしそれと同時に、

 

「……言うじゃないデコピカ、ここまで言えたご褒美にかつらあげるわよ」

『かつらじゃない、カヲルだ』

 

終わらない論争。先ほどまでの静寂は何だったのだろうか?

 

そう叫びたくなる。

 

 

「誰か僕を助けてよ……綾波もカヲル君も怖いんだ……だから、助けてよ……お願いだから、ねえ……!」

 

 

こうして碇家のイヴは幕を閉じる。

 

色々変わったことはあったが、結局碇家は碇家のままであった。

 

--------

 

12/29 決戦、第八十九同人祭

 

十二月二十八日。

夕食を終えるとレイが話を切り出してきた。

 

「そうそう碇君、私明日は留守にするわ」

「ん、分かった。どこかに行くの?」

「ええ。……女の戦いよ」

「……はい?」

『これは解せないな。折角の休日に君がシンジ君と一緒にいる時間を放棄してまで……』

「その時間の分くっつくから問題ないわ」

「綾波さン?」

 

少し前から気になっていたが、ここ最近のレイはやっぱり何かがおかしい気がする。

本を読んでいると言っていたが、何か悪い知識でも書いてあるのではないだろうかと心配になる。

そうでなければ、レイがイヴの夜のようになるとは思えないからだった。

 

無論それは、シンジの思い込みに過ぎない。

が、そのような関係はレイとはそこまで望めるものでもないだろうという前提的な観念が潜在的に植え付いていたので、その心配をせずにはいられない。

 

とはいえその心配をよそに、レイは物凄くウキウキとした表情をしている。

心配ではあるが、止めるのもやはり無粋というものだろう。

 

結局、シンジはレイの主張を肯定してやることにした。

 

使徒との戦いが終われば、レイは立派な一人のヒトとして生きるのだから。

 

楽しいこともまた、人並み以上に経験させてやるのが筋というものだろう。

 

 

----

 

その翌日の目覚ましになったのは、携帯から鳴り響く警報音だった。

 

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

 

けたたましい、警報音だった。

 

即座に体に緊張が走り、瞬間的に覚醒する。

もはや体がそのアラートを聞く度、臨戦状態になるようになってすらいたのだ。

 

「もしもし!」

【もしもし、聞こえるかシンジ君! 日向だ、第一種戦闘態勢が敷かれた。

新国際展示場付近でATフィールド反応が確認されたんだ。至急ネルフに来てくれ】

「なっ! ……分かりました、すぐに行きます」

 

電話を切ると、急いでネルフに向かおうとする。

すると早くも黒服たちがコンフォート17のふもとに迎えに来ており、車であっという間に移動することが出来たのだった。

 

『馬鹿な……この時期に使徒はいなかったはずだけれど』

「いや、この世界に来てから変わったことはたくさんあった……今回もその一環なんだろう)」

『それにしても、こうも時期がずれるだなんて……』

「(考察は後だよ。今は戦いをどうすべきかに集中しなければ)」

『……そうだね』

 

黒服たちが安全かつ迅速にネルフ本部まで送る。

シンジとしてもその迅速な対応を無駄にしようとすることなく、早急にプラグスーツを着こむ。

発令所に向かえと言う指示であったのでその足で発令所に向かう。

 

ここまで家を出てから十五分。

それでもネルフの主要メンバーは粗方揃っており、モニターの動きを凝視し続けていた。

 

ところが、その表情にはどことなく覇気のなさを感じられなくもなかった。

それでもケージに直行したシンジからすればそんなことは露知らず、真剣な面持ちでエヴァへの搭乗を終える。

 

「ミサトさん、到着しました」

【シンジ君。エヴァにはもう搭乗したわね?】

「はい」

【そう……それじゃあそのまま、暫く待機よ】

「……待機?」

【ええ。非常に強力なATフィールドが、数時間前に一瞬だけではあるけどさっき観測されたわ。

場所は……最近再開発された第二新台場の東部の、新国際展示場付近よ。

でも、それ以降全く気配を見せない……一体どういうことなのか、まだこちらでも実態をつかめていないの。

第六使徒の一例もあるし、迂闊にエヴァを地上に出すことは出来ないわ】

「……分かりました」

 

事態は思っていた以上に深刻らしい。

横をちらと向くと、弐号機もしっかりセッティングが完了している。どうやらマリもいるようだ。

しかし、やはりと言うべきかこんな状況でも彼女は軽口を叩いている。

 

「ミサトちゃん。こちらから打って出たらどうかニャ。

今すぐにでも此間あたしが調整したネオサイクロンジェットアームストロングサイクロンジェット砲で」

【ダメよ、今日の国際展示場にはあまりにも人が多い……避難にも時間が掛かるわ】

「……そういえば、レイちゃんは? わんこ君」

「出かける、って言ってましたけど……」

【どこへ向かったの?】

「いや、よく分からないのですが……『女の戦い』だのどうのこうの」

【……へっ? 何それ……いやシンジ君に聞いても仕方ないわね。レイの行方を追って、早く!】

 

発令所のコンピューターが一斉に動き出す。

 

しかし、やはりどことなく覇気はない。早朝に叩き起こされたが故だろうか。

しかも今の今まで完全な膠着状態と来ているので、集中力も少しずつ切れ始めているのだろう。

 

 

【シンジ君……やっぱり覚えはない?】

「ええ、僕も昨日聞いたばかりなので何が何だか……」

【そう……今日、何か特別なことがあるというのかしら】

 

そんなシンジ達の会話に一人の女が割って入った。

 

「ふふん葛城さん、余計な口を挟んですいませんが私はもう分かりましたよ」

「あらマヤちゃん、心当たりがあるの?」

「ええ。ほらアレですよ、ヒントは股を使って男女が何かする、ほら年末のあの日」

「……へっ?」

「いやですからほら、股を使って男女が何かする、ほら年末のあの日」

「いや何そのヒント!? 一体どんな正解に辿り着く訳!?」

 

最初に口を開いたのはマヤだった。どことなく口調がおかしかったのだが、一刻も早くレイの情報を知りたいミサトはそんなことに構う暇はない。

しかし、その構わなかったことで余計なエネルギーを使う羽目になった。

 

しかしへこたれてはいけない。すかさずマリに聞いてみることにする。

 

【……マリ、貴方は何か心当たりは? 貴方色々詳しそうだし】

「うーん……いや、最近の女子事情には疎くてねぇ……」

「ミサト、この子に聞いても無駄よ。歌いながらエヴァのメンテナンスしまくる子なんて初めて見たわ。

おかげで私は魔改造しないか見張っている毎日よ。お蔭で年末でもこうしていち早く発令所に駆けつけられたわ」

「あ、あらそうなの……」

 

とんだ無駄骨であった。

何か少し力を抜かれたところで、

 

「葛城ィ、俺は分かったぜ」

 

後ろから囁くような男の声が聞こえてくる。

そこに居たのは、かつてのボーイフレンド加持リョウジであった。

 

「……何よネルフの面食い。冷やかしなら帰って頂戴」

「いいや、冷やかしじゃないさ……葛城」

「な、何よ……レイの居所が分かるの?」

「いや、そういう訳じゃない。ただ……」

「……ただ?」

 

神妙な面持ちで加持が一度言いよどむ。

余程の情報なのだろうか。そう思わせる迫力を目の前の男から感じざるを得ない。

ミサトとしても加持の仕事の実力について評価しない訳ではない。信憑性を持つ一意見として真摯に聞き入れることにした。

 

やがて、加持がその重い腰を上げ、ゆっくりと語り出す――――

 

 

 

「俺が食いたいのはツラじゃない、葛だ」

「……は?」

「だから言ってるだろう、ツラじゃない、葛だ」

「……アンタこの緊急事態に何しにきたの!? もしかしてそれ言うためだけに出てきた訳? 

というか誰よ葛って! あたし葛城なんですけどォ!?」

 

どういうことなのだろう。

思わず勢いづいてツッコミを入れてしまったが、思えばおかしい。何時も仕事は真面目にやるマヤや加持がこうも腑抜けになってしまっている。

 

……まさか、これが使徒の能力なのだろうか。

あるいは、精神汚染……

 

絡んでくる加持を軽くあしらうと、あらゆる可能性を脳内でシミュレートする。

その時ミサトに話しかける一人の男の姿があった。

 

「ミサトさんミサトさん」

「青葉君。……というかその顔大丈夫なの?」

「えぇ、問題ありませんよ」

「そ、そう……で、どうしたの? もしかしてレイの居場所が?」

 

次に立候補したのはシゲルだった。

服装はいつものオペレータ服だったが、何故か左目には包帯を巻いており、

髪も長めではあるが、いつもよりも丸っぽくまとめてある。

先程までの騒動で転んだりでもしたのだろうか?

 

「えぇ、分かるんですよぉ……俺も、モテない奴らの苦しみが。

あの日に街ゆくカップルを見るとですねぇ、疼くんです。

俺の中でも、未だ黒い獣がのたうち回っている物でしてね……仲間の仇を! 奴らに同じ苦しみを! 

殺せぇ!! 殺せぇ!! と、耳元で四六時中……!」

「…………」

「ねぇ葛城さん……貴方は聞こえないんですか? いやぁ、聞こえる訳ないですよねぇ……加持さんいますし」

「……青葉君……貴方……大丈夫なの? …………まさか、使徒にやられたりしたんじゃないでしょうね?

 

シゲルについてはもう今すぐ精神病棟に連れて行くしかない。そんな心配を本気でせざるを得ず、

思わず引き気味の声になる。

しかしそんなミサトをよそにシゲルは続けた。

 

「……俺はただ壊したいだけなんですよ、この腐った世界を!」

「……うんもういいわ、緊急事態だけど貴方は帰って寝てなさい」

「いずれリア充、ふざけたイケメン共、……いや、世界のカップルの首引っ提げてそっちに行きますから……先生によろしくお伝えください」

「いや先生って誰よ、というか貴方の発言高すぎなのよ危険度が! 精神的な意味でももっと他の意味でも!」

 

おかしいのはマヤと加持だけではなかったらしい。

もしや、今この場にいる健常者は自分とリツコ、そしてパイロットの二人しかいないのだろうか……

いや、あるいは自分がむしろおかしくなっているのか? そんな疑問すら感じざるを得ない。

 

けれど、今は一刻を争う事態である……次に再び聞こえてきた幼気さの抜けない女の声も聞き入れざるを得ない。

 

「ふふん葛城さん、余計な口を挟んですいません私はもう分かりましたよ」

「……貴女、今度はマトモなんでしょうね」

「ほら今日は、夜になったら片方がもう片方に乗って、お互いに恥部を露出しあう言い訳になる日」

「だから絶対に違うでしょう!? 貴女、かわいい顔して頭の中そればっかりな訳!? ……というか青葉君もマヤちゃんもそれ明らかに五日くらい前の話よね。

というかクリぼっち如きで見苦しいから貴方たち付き合っちゃいなさいよ!」

 

そうだ。どうしてこの二人は同じ職場で、異性で、しかも互いに聖夜の独り身を嘆いているというのにくっつかないのだろうか。

なんだか少しずつおかしな感覚になりつつあるが、職場の余りの混沌めいた状況に最早それに気づくことすらままならない。

 

「そうですね、俺にはマヤちゃ……」

「いえ、私には赤木センパイが居ますから。……ん? 青葉君何か言った?」

「……」

 

どちらかに問題があるのだろうかと一瞬考え込むが、今までの言動から察するにどちらにも問題があるのは明らかであった。

 

そんな時、一縷の光が指してきた。

その光源は、見慣れた眼鏡のオペレータ、日向マコトであった。

既に時間は十一時半近くを回っており、早朝に叩き起こされ厳戒態勢を取っていたならば気力の限界もまた見えてくるというものであっただけあり、それはより輝いてすら見えた。

 

「あぁ、僕は分かりましたよ葛城さん」

「……期待してないけど一応聞かせて、日向君」

「いや、この二人とは違い僕のは正解な筈です。というか僕も行きましたし。あれですよ……」

 

マコトが真剣な面持ちで口を開こうとする。

ミサトもその真剣さに再び先ほどまでの緊張感を取り戻し、息を呑んだ。

 

しかしその次の瞬間、それまでの問題は一瞬で解決することとなった。

 

ある一人の少女の声が、

 

「そこから先を言う必要はないわ」

 

高らかに響き渡ったのだから。

 

「綾波!」

【遅くなってごめんなさい】

 

そう、肝心の綾波レイが帰って来たのだ。

その表情はやけに晴れ晴れとしており、背中には何やらリュックサックを背負っている。

 

【れ、レイ! 貴女一体どこへ……】

【それより、用事とは何でしょうか?】

【あ、えっと、新国際展示場付近で強力なATフィールドが観測されたわ。

ここ数時間はもう反応が出ていないけれど……そういう訳で、厳戒態勢を取っているわ】

【その必要はないわ。私が片づけたもの】

「……へっ?」

【……碇君、帰りましょう】

「あ、綾波? 片付けたって……」

【言葉の通りよ。ATフィールドを装ってネルフにクラッキングしようとした人物がいたので太平洋に沈めました】

 

レイから告げられた衝撃の真実。

ATフィールドの根源を断ち切ったとは一体どういうことなのだろうか。

まさかリリスの力で強制的に叩き落としたとでもいうのだろうか?

 

しかしそれでは説明がつかない。使徒のとは別にレイのATフィールドも検出されるはずだからだ。

状況的に全てが否定され、ざわめきが走る発令所。

それとは裏腹に、レイには緊張感の一欠けらも持っていない。恍惚とした表情で居るばかりだ。

 

【は、はぁ……!? って、ATフィールドを模造してのクラッキング!? リツコ、そんなことって……】

【……ネルフに所属する人間の犯行なら、あるいは。

しかし、現段階でそういう手段を取ってクラックするメリットは微妙なところ……レイ、本当にその人物は沈めてしまったの?】

【はい。本来であれば連行すべき対象であったと思われますが、幸い相手は身体能力に欠けていたようなので迅速な判断を優先しました】

【…………】

【…………】

 

再び晴れ晴れとした様子で報告するレイ。

暫く呆然としているミサトとリツコであった。

 

が、

 

【……赤木博士、赤木博士】

【ん? どうしたの日向君…………え? ああ、そう……】

【…………】

【……分かったわ、レイ。このことは不問とします。

今回はサイバーテロを未然に防いだ功労、技術部を代表してお礼を言うに留めます】

【……ご理解感謝します。それじゃあ碇君、帰りましょう】

「あ、う、うん……」

 

マコトに耳打ちされると、リツコはすっかり納得した様子だった。

むしろ「仕方がないわね」といった様子で、彼女もまたどこか晴れやかそうな顔でレイたちを見送った。

まるで帰り道に挨拶してくる後輩を微笑ましく見送るような、そんな気分すらした。

 

レイがシンジを連れ帰り、それを見届けたところで今度はミサトがリツコに耳打ちした。

 

「ちょっとリツコ、何があったって訳?」

「……レイの言った通りよ。彼女は『女の戦い』をしに行っていた。ただそれだけよ」

「は、はぁ?」

「そういう訳だから。……碇司令、宜しいですね?」

「…………構わん」

「司令?」

「構うな、葛城一尉。これは予測された事態だ。第一種戦闘態勢を解除する。いいな」

「は、はぁ……分かりました」

 

やや納得いかないという様子であるミサトとは対照的に、リツコは微笑みを浮かべながら煙草に煙を付けた。

 

「……明日は、私が行くのだからね」

 

----

 

ネルフからの帰り道。

丁度昼食時の時間になっていたので、外食としてレストランに向かう。

 

ネルフを出て暫くしたところで、シンジは素朴な疑問をレイに向けることにした。

 

「綾波……どこ行ってたの?」

「……今日は三日目。晋魂、Back!、ごち松さん、うたのプリンセスさま、白子のバスケ……どうしても勝ち取らなければいけないものばかり」

「……?」

『シンジ君、理解しようとしなくても大丈夫。彼女は少し腐ってしまったんだ、色々とね』

「? 腐る、って……?」

「違うわ。腐っているのではなく夢を見ているのよ。そこの区別が出来ていない人が多いから困るわ」

『いや似たようなものだと思うのだけれど……そういえばレイ君』

「何?」

『今日のATフィールド、やけに君のものに似ていたのは気のせいかな。というか、君のと全く同じ波動を感じたのだけれど』

 

カヲルが発言した瞬間、レイが明後日の方向を見上げる。

それは丁度、シンジが顔を向けている方と逆方向であった。

 

「……気のせいよ」

「……そうなの、カヲル君?」

『あぁ、彼女とも長く居るからね。これくらいはすぐに分かる』

「……気のせいよ」

「……綾波?」

「……」

「……」

『……』

「……綾波? こっち見てよ」

「……」

「……」

『……』

「……私、今日始発で行ったの。徹夜は本来禁止されているから。

そうしたら始発組の中では一番前に並べたのに、案の定徹夜組が物凄く並んでいたの。それを見ていたら居ても経ってもいられなくて……」

「……それで?」

「……排除したわ」

「……え?」

「スタッフに苦情を言っても苦笑いされるばかりで対処する気配がなかったから、私がスタッフを装って対処したわ」

 

この人は一体何を言っているんだろう。

 

シンジは初めて、レイにそのような感情を抱くことになった。

するとすかさずカヲルが解説を始める。

 

『……要するにアレだろう。

君いわく人が使徒を装って擬似のATフィールドを使ってネルフにクラッキングしていたとのことだが、

実際には使徒が人を装って本物のATフィールドを使って寝ぬ腐にアタッキングしていたってことかい?』

「ホモの割にはカンがいいのね。でも一つ間違っているわ。寝ぬ腐だけじゃなくて寝ぬ夢も居たわ」

『いやそういう問題じゃないよね?』

「よく分からないけど……綾波?」

「……何?」

「……今度から人に迷惑かけるようなことしちゃダメだよ? 気持ちは分かるけど」

「……でも、彼女たちも規則を守る人たちや近隣の方々に迷惑を掛けていたわ」

「いや、ATフィールド使って大騒ぎにしたのも充分迷惑だから。お蔭でネルフの皆の貴重な午前が全部潰れたから」

「けれど、一度お灸をすえるのは必要よ。人は身体で理解できないと改善できない生き物だもの」

 

レイは飽くまでも開き直るつもりらしい。

 

レイは確かに感情なども豊かになってきてはいてそれは喜ばしいものの、

一方で今一つ常識に欠けるところもあると最近のシンジは懸念してもいた。

 

それに対する対処方法は、結局のところ子供を育てるのと変わらない。

しっかり躾けてやればそれでよいのだ。常識さえ身に着けてくれれば、彼女の場合外面も内面もレベルは高いのでこれからもこの世界で生きていけるだろう。

 

そう、しっかり躾けてやればよいのだ。

 

「……そうだね。お灸をすえるのは必要だね」

「……分かればいいのよ」

「うんうん。それじゃあ綾波、今日の夜ご飯はおでんにしようかと思ったけどやっぱりローストビーフにするから。

焼き加減はとびっきりのレアにしようね」

「ごめんなさいせめてミディアムにしてください」

「ダメだよ、今日使う炎はお灸を熱するためのものだから」

「もうそれは私がさっき使ったわ」

「じゃあどっちみちレアしかないね、使える炎がないもの。

そういえばローストビーフ用霜降り牛が今日は安かったっけ、脂がとろけてとっても美味しいんだ」

「ごめんなさい許してください碇君」

 

--------

 

12/31~1/1

 

日本の中心で明けを叫ぶはがね

 

「そういう訳でもう大晦日だね」

「早いわね」

『そうだね』

 

シンジ達は普段のテーブルを片付け、この時は炬燵の中に潜り込んでいた。

暖房にもよくあたりより暖かい方にレイを座らせ、玄関側の多少冷える方に自分は座る。

かつては異性とこのような空間に居るだけでオドオドしてしまっていたシンジも、この位の気遣いであれば無意識に出来るようになっていた。

炬燵の上にはみかんが律儀に乗っており、あとは猫が居れば完璧であったが、残念ながら今はいない。

それをレイも気にしたのだろうか?

 

「碇君」

「何?」

「……日本の冬と言えば、炬燵、みかん」

「うん」

「……でも、一つ足りないわね」

「ん?」

「……猫よ」

「……ああ、猫か。確かに猫は可愛いし、居てもいいかもしれないけど……欲しいの?」

「いえ、猫自体は欲しくないわ」

「そうなの?」

「ええ、世話が大変だもの」

『確かにレイ君がネコを飼おうものなら間違えて玉ねぎやチョコを餌にしそうだね』

「流石にそれはないわ」

「あ、あはは……じゃあ、猫がどうかしたの?」

「猫は欲しくないけど、膝の上で猫のように丸くなる存在が必要よね」

「え? うーん……そうなの……かな?」

『いや、猫以外に猫の真似は出来ないと思うけど……あの肉球の質感は』

「だから少し黙っていてくれないかしらエセ攘夷志士。

そう、だから提案があるの」

「提案?」

 

いつものように淡々と話してくるレイ。しかしその声色はどことなく楽しそうでもあった。

良い傾向なので、素直に話を聞き続けることにした。

 

「……そう。私が碇君のネコになる」

「…………えっと、綾波さン?」

 

そういうと、立ち上がるレイ。

シンジの居る方に向かうと、再び炬燵に入り込んだ。

 

「碇君。……いいかしら」

「……えっと、何が……? というか、こっち側少し寒いよ?」

『ついに壊れたのかいレイ君?』

「……碇君はタチやってもいいわ」

「えっと綾波……? ネコとかタチとか、……あぁそうか、此間発売されたゲームの話?」

 

突然レイの口から発せられる謎の単語に困惑させられる。

オドオドとしていると、そこに横やりが入ってくる。

 

『シンジ君、君は何も言わなくて大丈夫。……レイ君。君は一体何を言っているんだ』

「そのままの意味よ。私は猫になって碇君の膝の上で寝る。碇君はタチやってネコを操る」

『レイ君……まさか、君は!』

「……ふふ、そうよ。実体化した私だけの権利。この家にもう、猫が居なくてもいいようにする。だから……!」

『いや、だから君では猫の代用にはならないだろう。大体身体が大きすぎてシンジ君の膝に負担が掛かってしまうよ』

「大丈夫よ、私の体重力は五十三キロだから」

『いや何体重力って。 てか意外と重いんだね華奢に見えるけど』

「ふふ、私も成長しているのよ。主に女として必要なところが」

『いやだから君がさっきから何を言っているのか……ほら、シンジ君がめちゃくちゃ困ってるじゃないか! この人でなし!』

「渚君。そのネタはこないだも使っていたわ。いつまでも使い古されたネタにしがみ付くなんて……まるでダサいし面白くない、略してマダオね」

 

普段通り口論を始めるレイとカヲルがいる一方で、先程のレイの言葉からいらぬ想像をして顔を赤らめるシンジ。

一度見たことはある上触ったこともあったが、同年代のものとしては平均以上であったと思う。あれからさらに成長していたら……

炬燵の暖かさとはまた別の熱を帯びないこともなかったが、ここはそういう雰囲気ではない。理性を以って、レイにしっかり忠告をしておくことにする。

 

「あ、綾波……その、女として……そういうことは、あんまり言わない方が良いというか……」

「……そうなの?」

「うん。女の人は余り体重をバラしたりしないものだよ」

「そう……勉強になるわ」

「ま、まぁそれはともかくとして……今日の夜ご飯は年越しそばでいいかな?」

「年越しそば?」

「うん。大みそかにはそばを食べるんだ。そばは他の麺類より切れやすいだろ?

だから、今年あった悪い物事との縁を切ろう、っていう狙いがあるんだよ」

「なるほど……」

『博識だね。流石シンジ君だ』

「ええ。流石碇君ね。いいわ。年越しそばを食べましょう碇君」

『僕も賛成だ』

「分かったよ。それじゃあ早速作りに入るね」

「ええ」

『うん』

 

二人からの同意も得ると、シンジはキッチンへ向かう。

この日の為にちゃんとそばも用意しておいたし、天ぷらにするテンプレート的食材も一通り用意してある。

揚げ物は高熱下での作業になるので焼き物や煮物より少し苦手ではあるが、それでも何とか完成させ良い締めくくりを終えようと気合も入れ始めた。

 

しかし、その気合が緩み始めるのにもそう時間は掛からなかった。

 

「……ふふ。良いことを聞いたわ。悪い物事との縁を切る……」

『……どうしたんだいレイ君、こっちを見て?』

「貴方こそこっちを見ているんじゃないの?」

『そんなことはないさ……僕は君の後ろのテレビを見ているんだよ』

「そう……私も碇君を見ているだけで決して貴方のことなんて見ていないわ」

『……』

「……」

『……』

「……」

『……シンジ君。僕は大盛りでお願いするよ。一刻も早く縁を切れるようにしないとね』

「……碇君、私のも大盛りでお願いするわ。切れる悪縁は多い方が良いもの」

『……』

「……」

「…………分かったよ。二人とも」

 

そんなやり取りをみて、やれやれといつも思う。

本来リリスとアダムというのは、アダムがイヴとはまた別に禁断の愛を得た関係のはずである。

ところが、どうにもここに居るリリスとアダムは仲が異常に悪い。

いや、妙なところでウマが合うので所謂喧嘩する程仲がいいという奴なのかもしれない。あるいは夫婦喧嘩なのか。

どちらなのかはともかく……一つだけ確実なことがある。

あまり大騒ぎされてしまうと、目の前の調理に集中できない、ということであった。

 

その為、この日もシンジは心を鬼にする。それでも笑顔は絶やさない。

 

「……綾波にはレアステーキ大盛り、カヲル君には……といっても僕と感覚を共有する訳だから、僕のにはニンニク大盛り。これでいいね」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

 

----

 

それからも紆余曲折あったが、割と滞りなく調理は進んでいく。

そして時刻が七時頃を回ったあたりで、天ぷらも一通り完成した。

予め温めておいた蕎麦の上に盛り付け、完成。

出来立ての天ぷらからは食材そのものの香りと揚げたての食材特有の上質な匂い、そして微かなしょうゆベースのツユの芳醇な匂いとが絡み合い、只管に食欲をくすぐってくる。

 

「出来たよ、二人とも」

「……凄いわ。とても、いい香り……」

『そうだね……それじゃあ、早速頂くとしようよ』

「うん。それじゃあ、いただきます」

「……いただきます」

 

パンッ。パンッ。

 

手を合わせる音が響いた後は一切の会話がなく、

目の前のそばを食べる物音と、テレビの歌番組の音声だけが、碇家を包む。

 

ピチャッ……ピチャッ……

 

ズズッ、ズーッ。

 

「ん、んっ……」

 

【アアアアイイイッ!!!! それは強くゥウウウ!!】

 

ピチャッ……ピチャッ……

 

「……っく」

 

【はい、キャプテン・カットゥーラさんは退場でーす。それじゃあ次、キングコンガの皆さんよろしくー】

 

ズズッ。ズッ。クチュッ。

 

「んふっ……おいひっ……」

 

【キェェェェェイイ!?!?!?】

 

ズズッ。 ズッ……ズッ……

 

「んん……碇君の……おいひぃ……んくっ……」

 

ズズッ。ズーッ。 ピチャッ……ピチャッ……

 

 

…………

 

 

「……綾波? そば食べ慣れてないなら無理に感想言おうとしなくてもいいからね? 

なんかすっごい変な感じになってるからね?」

「……らっへ……おいひいもの……碇君の……汁ですっかり染まって……程好い硬さと……程好い太さ……」

「それ!! いいですか綾波さンンンン!? 「碇君の」で止めるのやめてくれない!? 

せめて「碇君の作ったお蕎麦」までちゃんと言ってよ!? なんかすっごい変な意味で聞こえるから!」

「変な意味? 違うわ。私は繋がっているだけ。……碇君の……と」

「だーかーらぁぁあぁ!!! それが怪しいって言ってんじゃん!?」

『うん……っ、シンジ君の、とっても……イイよ……』

「カーヲールくゥーん!?!? 君が何を言ってるのか分からないよ!」

『やめてくれよシンジ君。君の口からナニだのなんて聞きたくない』

「何の話だよ!?」

「……やめなさいホモ。碇君が困っているわ」

『元はといえば君が諸悪の根源だろう』

「仕方ないじゃない、碇君のお蕎麦が美味しいんだもの」

『それは全面的に同意するよ』

「そうでしょう?」

『あはははははははははは』

「……おほほほほほほほほほほ」

 

年の終わりに来ていよいよこの二人も疲れがどっぷりと出ているのだろうか?

いや、自分もかなり疲れているのかもしれない。

何時もは平常心で何とか場を収めるのだが、今晩についてはどうにも上手く行かない。

 

だが、それにきちんと気付くことが出来れば話は早い。

何時もの通り、平常心で対処するまでだ。

 

「……あ、もしもしリツコさんですか? おお、丁度良かったです。

実は先ほど予知夢を見まして……ええ。はい。使徒をスピンスピンスピン出来る槍が見つかった夢を。

……あ、もう父さんたちが持ってきてるんですか? 分かりました。

それじゃあちょっと実験したいことがあるので。ええ、まずは人間くらいのサイズから試そうかなと。スピンスピンスピンさせてやろうかと」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

「……二人とも、年の最後位仲良くしようよ……あ、リツコさん。ごめんなさいさっきのはやっぱりなしで。はい。ごめんなさい本当に。それじゃあ良いお年を」

 

----

 

それからはシンジの脅迫が効いたのか、今度こそ蕎麦をすする音、そしてテレビの音しか聞こえなくなった。

 

実に静かなものであった。

蕎麦の落ち着いた味が染みる。調理者であるシンジからしても、我ながらよくできたものだと思う。

天ぷらの揚げ具合も丁度良く、一噛みする度に素材の味と天ぷら特有のパリパリ感が口の中を愉しませる。

 

思わず夢中で蕎麦を口に運んでしまうし、時間も忘れる。

気付けば、目の前の蕎麦は既になくなってしまっていた。

 

そしてそれはレイも同じらしく、名残惜しそうな声で「ご馳走様」を告げた。

 

【えーそれでは次のニュースです。

新発見された元素の命名権が日本に渡りました……候補としては……エヴァンゲリウム、スペシウム、パンデモニウムなどが……】

「……へぇ、凄いね」

「……ええ」

「……」

「……」

 

空気はすっかり充足感に包まれている。

時刻は九時を回っており、テレビの年末特別番組もクライマックスを迎えつつある。

 

「……」

「……」

『……』

「……静かね」

「……そうだね」

『うん』

「……少しゲームでもしましょうか」

「ゲーム?」

「ええ」

「いいけど、何をやるの?」

 

レイから意外な提案がされる。

確かに充足感を得てはいたが、同時に少し退屈感もないではなかった。

年末の番組も既に一度観た内容であるので、テレビから何か面白味を感じることもない。

それはレイも同様であったらしい。

その為、ゲームという提案自体は合理的であった。

 

しかし、その後もやはり何かがおかしくなってはいた。

 

「……使徒ゲームをやりましょうか」

「……何それ?」

「正式名称はまあるい使徒ゲームよ。渚君と一緒に考えたの」

「そうなの? カヲル君」

『ああ、暇な時に出来る遊びをと考えたことがあってね。お手本を見せるよ。レイ君やろうか』

「ええ。……しーと、しーと、まあるいしーと。まあるいしーとはだあれ、しーとは渚君?」

『ちーがーう。僕はタブリス、まぁるいしーとはタブリスじゃない、しーとはレイ君?』

「ちーがーう。私はリリス、まぁるいしーとはアダムの分身、しーとは渚君?」

『ちーがーう。僕はタブリス、まぁるいしーとはATフィールド張れ』

「……ちょっと待って二人とも。それ使徒である二人ならいいけど僕出来ないんだけど」

「……何を言っているの。人類もまた第十八使徒リリンじゃない」

「あ、確かに……」

『よしそれじゃあ続きだ。しーとはシンジ君?』

「ちーがーう、僕はリリン、まぁるいしーとは……って、だからこのゲームやめよう? なんか凄い嫌な予感がするから辞めよう?」

「……しょうがないわね」

 

レイはとても不満そうではあったが、誰でもないシンジの言うことなので渋々頷くことにした。

しかし、懲りることなくもう一つ提案をしてきた。

 

「じゃあ……シートーゲームをしましょうか」

「え? 何それ」

 

また妙なゲームの提案をなされた。

やはりこれも十五年とプラスアルファ生きてきたシンジであったが一度も聞いたことのないゲームである。

このまま行っても退屈なので一応耳は貸すが、いやな予感しかしない。

 

「簡単よ。真剣勝負の暁にはもうどうしたって勝つしかないゲームよ」

「いや知らないからね? 僕なんだかよく分からないけど忘れかけてた正義感が蘇ってきたよ?」

「本音建前焼き尽くしていい? 二人とも勧善懲悪するよ!?」

「知ってるかしら碇君。使徒は厚顔無恥なスタイルで居間に蔓延るのよ」

『これもまた。使徒の定めさ』

「それ使徒じゃなくて宇宙人なんじゃないの? マジお前ら桃源郷にゲットバックするよ!?」

「碇君、それこないだも私が使ったわ」

「知らないよこのスットコドッコイ!?」

『シンジ君、それあぶ……アウトだよ』

「おい今なに言い掛けた俺の中にいる黒い獣」

「碇君……怖い……」

「僕にとっては君たちが今一番怖いからね!? 僕はやらないから! シートーもシーソーもやらないから!」

 

なんてったってこんなよりにもよって年末にこの二人はボケボケになっているのだろうか。

先程漸く収めた喧騒が再び戻ってきてしまったではないか。

 

しかも二人のテンションに乗せられて自分でも訳の分からないことばかり口から出てきてしまう。

もう今夜は捨てるべきなのだろうか。人としての何か大切なものを捨てるべきなのだろうか。

 

「……わがままな碇君は月に変わって葛城一尉にお仕置きをしてもらいましょうか。

もしもし葛城一尉、碇君が月に変わってお仕置きしてほしいと」

「やめて!? こんな空気でミサトさんまでいたら僕もう死んじゃう! ついていけなくて死んじゃう!」

「月に変わってお仕置きよん♪」

「ミサトさんンンンンン!!?? 早すぎィ!?」

「いや~、つい暇しちゃってねぇ~。ってか、この部屋私の部屋より広いじゃない、生意気ねぇ」

「……葛城一尉、私も住んでいるのですから当然です」

「あぁ~そうだったわね♪ それは邪魔しちゃったわぁ、シンちゃんとレイの姫納めと姫初めの邪魔しちゃいけないわね♪」

「ミサトさん!? ミサトさんまで一体何を言っているんですか!?」

「……そういうことです、ご理解感謝します」

「なんでだー!? やめて!? 直属の上司それもめっちゃ口軽い人に流すとかやめて!? 僕が死ぬから! 年明け早々ひそひそ話されたりするのいやだよ!?」

「あたしがそんなに無粋な女だと思ってるのかしら~シンジ君は? 

まぁ大丈夫よ、安心してなさい! それじゃあね~♪」

 

 

バタン。

 

 

…………

 

 

突如襲来したミサトが扉が閉める音がすると、漸く以って静かになった。

 

しかし幸か不幸か、ここまでのやりとりでそれなりに時間は潰せたらしい。

どういう時間の経過をたどったのかも定かではないが、気付いたら十一時を迎えつつあった。

 

「……はぁ。二人とも、どうしちゃったのさ」

「……ごめんなさい。つい、浮かれちゃって」

「ああ、でもそうだよね……綾波って、確か年末年始とかやったことなかったからね。後、カヲル君も」

『そうだね……一応、知識としては知っているけど』

「うん……まぁ、さっきまでのはやり過ぎだけどね」

「……そうね。それじゃあ今から、本当に正しい年末年始の過ごし方をしましょう。

でも、どうやればいいの?」

「そうだね……この時間からだと、……初詣とかどうかな?」

「初詣?」

「うん。本当は明日の朝明るくなってからでもよかったんだけど、それだと込むからね。

だから、ちょっと早いけど神社に行ってみようか。大体歩いて一時間くらいだし」

「分かったわ」

『そうだね』

「他にも、お正月の夜は除夜の鐘が鳴るんだ。それを聞いてみるのもいいよ」

「除夜の鐘?」

「うん。日付が変わったら百八回鐘を鳴らすんだよ」

「鐘……」

「そう。鐘。この辺りだと丁度第三新東京市の外れにあるんだけど、そこでお坊さんが鳴らすんだ。生で見てみるのも、いい経験なんじゃないかな」

『なるほど、悪くない。確かあそこの名前は……迫霊神社だっけね』

「そうそう迫霊……って違うよ? そんな名前じゃないよ?」

「そうよ渚君、漢字が間違っているわ。正しいのは白レイ神社よ」

「綾波も違うから。うまいこと言ったつもりなんだろうけど違うから」

『思い出した、博れ』

「……カヲル君やめてそれは本当に死んじゃうから。不思議な力で消されるから。まぁ、名前は忘れたけど、とにかく神社があってそこに鐘もあるから」

「なるほど……それじゃあ善は急げね。早速行ってみましょう」

「そうだね。じゃあ支度して、行こうか」

 

厚めの上着を羽織り、宵闇の中に己を晒す。

 

外は、普段が常夏だとは思えない程に涼しかった。いや、最早寒かったとすら言えるだろう。

何故なら……

 

「……これは!?」

「…………」

『……凄い……』

「珍しいね……通りで、凄い寒い訳だよ……綾波は寒くない?」

「ええ、ちゃんと着こんできたもの」

「ならよかった。それじゃあ、行こうか。」

 

ゆっくりと歩みを進める。

 

辺りからは時折テレビの音が聞こえてくるが、物音はそれと、自分たちの足音と。

 

やがて少し住宅街ではないところを離れると、テレビの音は消える。

その代わりに、雪が地面に突き刺さる僅かな音すら聞こえてくる。それ程にまで、周囲は静かであった。

 

息を吐くと、目の前に白みがかる。

物珍しさからか、レイは自分の手に息をふーふーと吹きかけては不思議そうな目で自らの吐息を見つめていた。そんな様子もまた微笑ましかった。

 

「ねぇ碇君」

「なに?」

……ふふ、綺麗ね」

「うん……とても、綺麗だ……」

「…………どっちが……」

「?」

「……なんでもないわ」

「そう?」

「ええ」

 

さく。さく。さく。

 

どうやら結構前から降っていたらしく、少し積もっているようだ。

踏まれ、砕け散ることで自らを主張するその姿は儚さすら覚える。

 

「……」

「……」

『……』

 

無言で、歩みを進める。

その場の雰囲気を噛みしめるように。

 

今は、静かに吹き下ろす冷たい北風にすらいとおしさを感じられる。

 

そんななんとも言えないノスタルジックな雰囲気を愉しんでいれば、例え一時間だろうとあっという間に過ぎてしまうものだった。

 

気付くと神社の鳥居が目の前にあった。

 

初詣目当てなのか人はいたが、それもまばら。先ほどよりはそうでないが、やはり静かだった。

 

「着いたね」

「ええ」

『そうだね。……おや? アレはもしかしてお坊さんではないかい?』

「本当だ。もう始まるんだ……時間的にも、あと三十秒を切ってる」

「そう……年が明けるのね」

『世界の中心で、年明けを叫ぶ鐘。なんだかとても、……美しさを、感じるよ』

「そうだね……あっ、あと十秒」

「……九」

『八』

「七」

「……六」

『五』

「四」

「……三」

『二』

「一」

「『「ゼロ」』」

 

 

 

ほぼ同時に、鐘が鳴り響く。

 

重厚な音はあちらこちら中に深く響き渡り、五臓六腑にもその振動が深く刺さる。

 

その音を聞いた者たちは、様々な反応を示す。

 

 

ある者は笑い、

ある者は喜び、

ある者は悲しみ、

ある者は怒る。

 

 

そのどれもが形は違えど、等しく尊いものであるのは自明であった。

 

 

そしてこの三人も、そのうちの一人。

 

三人は、鐘の音を聞き、

 

 

 

一斉に、「祝う」。

 

 

「あけまして」

「おめでとう」

『今年も』

『「「よろしくお願いします」」』




はい、いかがでしたか。

まぁ……なんというか、キャラたちを年末のノリで暴れさせました。

冒頭で述べた通り本編とは一切関係ありません。
まぁもしかしたら別の特別篇でちょっとだけ思い出回想として出す可能性はありますが、
本編では絶対出しません。
ここまで書かないと不満に感じる人もいるでしょうからねぇ。

あーちなみに、某ギャグマンガにエヴァ被せたような感じということですがもう明らかでしょう。
いや、ハマっちゃったんでどうしてもこういうのも書いてみたかったんですよね。はい。

ちなみに一つ目でレイとシンジが明らかに一線を超えかけていますが、予告したとおり本編とは一切関係ない奴です。
本編でもアスカとキスしたりしましたけど、確かにアスカと赤い世界に二人だったからってLAS完全肯定って訳じゃなかったですよね?
気持ち悪い、という明確な拒絶があった訳ですし。

まぁ、そこは今後にこうご期待ということで。

それでは皆さんあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

銀袖紬


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第十一話 ゼーレ、魂の座

電車にはいい思い出はない。

 

まず、初めて電車に乗った時。……覚えている限りでの、「初めて」であるが、

 

それは結局、母との、ある種の永遠の別れを招いていった。

 

 

次の電車はすぐだった。

 

それは結局、父との、ある種の永遠の別れを招いていった。

 

 

それから幾度となく電車に乗る機会はあったが、その度に何かいい思い出があったかというと、一向に思い出せる気配はなかった。

 

 

その次の電車は、新天地に自分を運んでいった。

 

それは結局、友との、ある種の永遠の別れを招いていった。

 

 

他にも、ことあるごとに斜陽に照らされた車内で、自分を責める声が聞こえてくるのだ。

ある時は自分に、ある時は友に、ある時は女に。

 

 

そして、今。

 

これまでの電車の記憶とはまるで異なった、綺麗な青が空というキャンバスにこれでもかとぶちまけられている。

そんな青を作り出している陽光はさんさんと降り注ぎ、ガラガラの電車の中を照らしている。

それは、かつての自分を責める斜陽とは違った、暖かなものだった。

 

移り行く景色。

初めは灰色のビル街が立ち並んでいたかと思うと、段々と外は住宅地になる。

そして山々が立ち並んだと思うと、とびとびのトンネルで車内が陽光で照らされたり、備え付けられた電灯で照らされたりと二種類の光を交互に織りなしていた。

 

それなりの距離ではあったが、過ぎ去ってしまうと呆気ないものである。

やがて最後のトンネルを抜けると、そこは一面の砂景色であった。

そこは終点。

しかし、このような荒野に用がある人間もそうはいないらしい。最早自分以外に誰一人、その電車に乗ってなどはいなかった。

 

ゆっくりと静止した列車が、ドアを開く。それなりに強い風が吹き込んできた。

 

切符を通し外に出ると、目の前には自転車一台すら通らぬ道路と、申し訳程度に信号の備え付けられた横断歩道。

 

信号は赤だったが、車の一台すらまるで通らぬそこで、律儀に規則を守るのもなんとなく面倒さを感じ、特に気にせず横断した。

 

その先には、十字架が只管に立ち並んでいた。

 

その途方もなく広がる十字架だったが、少年はどの十字架が目当てか直ぐに理解した。

そこには先客がいたから。

 

 

 

「……シンジか」

「父さん」

 

親子はあたかも他人かのように軽く会釈をすると、横に立った。

 

時は数ヶ月ほど、遡る。

サハクィエルとマトリエルの融合した使徒を殲滅した翌日、親子は女の墓の前に立っていた。

 

墓といっても、墓という言葉で連想されるような、大理石で出来た人身大の、荘厳さすら感じるようなそれではない。

風が吹き荒れるのみの一面の荒野には十字架が四方八方に規則正しく立ち並び、それはあたかも地平線まで並んでいるかのようだった。

 

女の墓もまた、そんな十字架の一つに過ぎなかった。

申し訳程度に花が横たえてある以外、何一つ他の墓と変わりはなかった。

 

「……」

「……」

 

親子に会話はない。

親子の代わりに吹きすさぶ風のみが音を立てている。

 

彼らが何を想いそこに立つのか?

それは、彼ら自身にしか分かるまい。いや、彼らですら自覚しているかは定かでない。

悲哀でもなければ慈愛でもない、ただ真っ直ぐな目で十字架を見つめるのみだからだ。

 

その沈黙を破ったのは父の方だった。それはきっと偶然なのだろうか。

 

「シンジ」

「何?」

「……単刀直入に一つだけ聞く。お前は『使徒』というものを知っているのか?」

 

父からの質問。

思えば、これは初めて自分に投げかけられた、父からの問いである気がする。

とあればきっと、少しは歓喜もあってよかったはずだった。

 

その問いが非日常でさえなければ、の話だが。

 

「……どういうこと? 父さん」

「使徒を知っているのか、と聞いている」

「何を言っているの? 意味が分からないよ」

「そのままの意味だ」

「…………僕には、分からないよ。ただ、時折不思議な夢を見て、それがたまたま使徒に当てはまっている。それだけだよ」

「……そうか」

「話、っていうのは、そのこと?」

「…………」

「……」

 

ゲンドウがシンジの問いに答えることはなかった。

そうして、再び静けさが帰ってくることになった。

 

 

暫く先ほどのように十字架を見つめていると、遠くからプロペラ音が聞こえてくる。

恐らく前史と同様、VTOLが父を迎えに来たのだろう。

 

振り返った矢先に視界に入ったコックピット内は、操縦者以外は不在であるようだった。

前の時にはそこにあった青は、今は父の下には居ない。

 

やがて最接近し、プロペラから生じる風で荒野の砂をあちらこちらに四散させる。

 

それと共に、手向けられた花が風に靡き、茎は強く折れ曲がる。

その様子は、まるで自分と父との軋轢のようでもある。いや、あるいは自分と、他人。

 

ゴウゴウと音を立てる風は容赦なく花にも襲い掛かっている。

 

けれど、花は幾ら折れ曲がれど、

 

 

「戻るぞ」

「え?」

「乗るなら早くしろ。でなければ……帰れ」

「わ、分かったよ」

 

 

完全に折れてしまう気配はなかった。

 

 

----

 

 

時に、2015年。

 

第4使徒サキエル、襲来。

使徒に対する通常兵器の効果は認められず国連軍は作戦の続行を断念。

全指揮権を特務機関『ネルフ』へ委譲。

 

同夕刻、使徒、ネルフ直上へ到達。

当日、接収された3人目の適格者、碇シンジ。

搭乗を、承諾。エヴァンゲリオン初号機初出撃。

 

ネルフ、初の実戦を経験。

第一次直上会戦。

 

 

「目標内部に高エネルギー反応!」

「シ、シンジ君避けて!」

「えっ?」

 

 

ズドォオオオオオン…………

 

 

エヴァ初号機、使徒による高エネルギー攻撃を超至近距離で受ける。

 

 

 

 

 

が、

 

 

「ATフィールド!?」

「エヴァ初号機、全数値正常! 暴走及び損傷、ありません!」

「シンクロ率……99.89%まで上昇しています!」

「そんな、有り得ないわ!?」

 

 

無傷。

 

 

『その結果としてわれの損害も極めて小さく、未知の目標に対し経験ゼロのはずの少年が初陣に挑み、これを完遂せしめた事実。碇シンジ君の功績は特筆に値するものである。

ただし作戦課としては、更なる問題点を浮き彫りにし、多々の反省点を残す、苦汁の戦闘であった。』

 

 

そして使徒サキエルを、圧倒的戦闘力で殲滅。

 

ネルフ、全施設及び、エヴァに損傷ゼロ。

 

 

「碇君。君の息子は非常に力を持っているようだ。

エヴァはともかく、これほどの施設維持費は不要ではないのかね?」

「左様、我々の財源とてけして無限ではないのだぞ」

「……確かに、これだけを見ればそう感じられるのも無理はありません。

しかし、財源に関することは全ての使徒会敵状況を照合した後にお話ししましょう」

「……よかろう。続けたまえ」

 

 

『わしの妹は小学2年生です。逃げ遅れかけていたんですが、あのロボットのパイロットがはよう敵をぶっとばしてくれたんで、助かりました』

『アイツにはほかにも、いろんなことで世話になっとるんです。ホンマ、感謝してもしきれまへん』

 

 

一週間後、第五使徒シャムシエル、襲来。

 

迎撃システム稼働率100%、エヴァンゲリオン初号機も完全状態で出撃。

 

一時は圧倒するものの、シャムシエルによりプログ・ナイフを受け止められる

 

が、

 

 

「右脚部リミッター解除されていきます!」

「初号機、右脚に高エネルギー反応!」

 

 

ナイフを支柱としてのコアへの蹴脚により、殲滅。

 

 

『私にはよくわからないけど、碇君は良くやってくれていると思います』

『学校でも真面目だし、いい人だなっていうのが私たちクラスメートの印象です』

 

 

第六使徒ラミエル、襲来。

 

事前調査により、ネルフは敵戦力を確認。難攻不落と思われた目標に葛城一尉、ヤシマ作戦を提唱、承認される。

 

初めは強大な対使徒兵器ポジトロンスナイパーライフル、及びエヴァンゲリヲンに用いられる特殊装甲による盾で高い成功確率を見出されていた。

 

砲撃は命中、勝利は確実と思われた。

 

その時、

 

 

「……変形している!?」

「使徒損傷率55%、パターン青健在!」

 

 

目標は、更なる力を解放。

 

 

ギュィイイイイイ…………!!!!

 

 

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 

エヴァ零号機を大破寸前まで加粒子砲を照射しつづけた。

 

 

「綾波ィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

完全に破壊されると思われた零号機

 

 

「碇君は……私が、守るものッ!!」

 

 

突如、

 

 

「零号機、臨界点到達……い、いえ! 耐性値オールグリーン!? 突如強力なATフィールドを展開開始!」

「ぜ、零号機に何が起きているというの!?」

「分かりません……全メーター、振り切れています」

「何をしようというの、応答しなさい、レイ、レイ!」

 

 

暴走。

 

シンクロ率300%に突入し全機能を想定能力の数倍まで跳ね上げ、

 

 

「零号機、ATフィールドで加粒子砲を押し返しています!」

 

「碇君は……あの人だけは……私が、護ってみせるッ!!!」

『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!』

 

パキィイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!

 

 

加粒子砲を反射。

その結果対抗力を失ったラミエルに対し、初号機及びパイロットの手によって。

 

 

ズガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

 

ヤシマ作戦は完遂された。

 

『碇は何も言わないけど……あいつ、もしかしたら何か裏があるのかもしれない』

『いや、そう確信する。その理由は一つ、綾波だ。碇がやってきて、あの作戦の後から綾波は急に色気づき始めたんだ。それも、特に碇の前でだけ。まぁ、僕達のようなクラスメートにも結構愛想はよくなったけど』

『生半可なものではない何かを、彼は既に持っていると思う。同じ14歳とは思えぬ、何かを』

 

 

第七使徒、襲来。名称不定。

 

「ここからか……シナリオが切り替わったのは」

「はい。ですが、思えば第四使徒の時点で予兆はあったと言えるやもしれません」

『左様……予算の件は納得したが、それでも君の息子の力の強大さはまさにそれに値しうる』

 

新横須賀港沖合に襲来した使徒は、護衛艦を襲来。

エヴァンゲリオン弐号機を搭載したウイングキャリアーは、事前に一度護衛艦を脱出。

 

 

「情報来ました、すでにTASK-02を実行中とのことです!」

「TASK-02……? まさか!」

 

 

後に高高度から使徒へ弐号機を射出した。

 

後、弐号機、及びエヴァ弐号機専属パイロットである真希波マリ・イラストリアスにより、使徒殲滅。

 

『碇の奴、いい奴やなぁと思ってたら、またあんなオナゴに手ぇ出しよってたんです』

『俺を裏切ったんだ、アイツは! トウジと同じで裏切ったんだ!』

『ま、センセはええ奴でもあるので分からないことはないんですけどね』

 

 

第三使徒ガギエル、北極に襲来。

 

 

当初における「死海文書」に遺されていたガギエルに酷似した特徴を有していることから、便宜的にガギエルと命名。

 

「……シナリオとは少し外れた事件だな?」

「誤差の範囲内です、修正は効きます」

 

 

「待ってました♪ どぅぉおりゃあああああああああああ!!!!!!」

『ウォオオオオオオ!!!!!』

 

エヴァ五号機、及びパイロット、ニア・フォースチルドレン「朱雀」により会敵。

 

苦戦を強いられるも、エヴァ五号機、自爆シークエンスを作動。

 

そして、自爆。使徒の殲滅も確認。パイロットの脱出は確認された。

 

エヴァ五号機の自爆と共に北極圏周辺の施設もほぼ全壊しており、

コメント・データも皆無。

 

 

第八使徒、サンダルフォン+イスラフェル、襲来。

 

予告されていた使徒二体が融合、当初は電磁柵による捕獲作戦が取られたものの、

 

 

「パターン青、まだ残っているわ」

「何ですって?」

「パターン青、健在……これは……まさか!」

 

 

失敗。

 

 

エヴァ弐号機に対し甚大な被害を与えたものの、幸いにして中破に留まる。

 

初の分離能力、溶岩における超高温・高圧下に耐えうる外殻、及びATフィールドを有しており、

撃破は極めて不可能に近いと推定された。

 

しかし、エヴァ三機による初の同時展開、及び同時荷重攻撃により、

 

 

「一つにして全」

「全にして一つ」

「死は、君に与えよう」

「「「トライデント・エヴァンゲルッッ!!!!」」」

 

 

使徒、殲滅。

 

『突然訳の分からないBGMが流れてきて、びっくりしました』

『でも、どうにか倒すことが出来てほっとしてます』

『コレで私もセンパイからリツコの夜のさんすう教室を開講してもらえますぅ』

 

第九使徒、サハクィエル+マトリエル、襲来。

 

先述の第八使徒同様、予定されていた二体の融合せし使徒。

当初は飛来する使徒の落下エネルギーを打ち消し、隙をついて殲滅するという作戦を取り、

 

 

「初号機、更に強力なATフィールドを展開! 押し戻していきます!」

「凄い!」

 

 

成功は確実と思われた。

 

が、

 

 

「うあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

使徒が腕部を具現し初号機を掌握、及びマトリエルの能力と思われる溶解液を射出。

 

後に、初号機を囮として残り二体のエヴァがコアに直接攻撃、

 

 

「もういっちょぉおおおおおおおーー!!! ぬぅんっ!」

 

 

使徒殲滅。

その二十八時間後、別所で微弱なATフィールドの発現を確認するも、即消滅。

 

それからも不定期に微弱なATフィールドの発現が確認されているが、いずれも詳細不明である。

 

 

ヴン……

 

目の前に映し出されていたスクリーンが消える。

 

「なるほど……使徒は力を付けてきているということだな」

「左様。シナリオは第七使徒の時点で変更、新たなる道を進んでいるようだ」

 

各国の代表たちが口々に意見を述べるが、やがてそれをキールが制止する。

 

「碇よ」

「はい」

「貴様の息子は、予言されし『神の子』である。

そしておそらく、ファースト、セカンドも。これは間違いないとみてよさそうだな?」

「……ええ。あれがどこであのような力を手に入れたのかは計りかねますが、時期的にも間違いはなさそうです」

「そうか。私たちの方でも既に駒の方はいくつか動かしてある……あのような者が真にこの世に存在するとはな、この齢にして驚かされたものだ」

 

普段は冷徹に裏の社会を牛耳るキール・ローレンツも、ネルフのここまでの活躍には驚かされていた。

予想より進捗を見せている計画、予想より遥かに少ない被害。どちらもキールでなくとも驚きに値するものであった。

 

「……さすれば、トリガーは既に揃ったことになる。そして神・死海文書の記述によると、残る使徒はあと六体」

「あるいは、新たな使徒の出現もありうるかもしれません。そしてそうでなくとも、残りの使徒以上にがこれまで以上の純粋に強大な力を付けてくることは明らかです」

「……何が言いたい?」

「記述が正しければ使徒は知恵も付け始めています。残された時間は……」

「……あとわずか、ということか。なるほど。予算の件も一考しておこう。くれぐれも、抜かることのないようにな」

 

----

 

 

「そう、この角を用いた内積の式から、点光源の存在条件を評価する。そう、その式を変形することで目当ての領域の条件を得る」

「うんうん……」

「……コレで球体が特定の光源から与える射影の存在領域が求められるわ。

使徒は生物だから完璧な形ではないとは思うけど、恐らくは球に極めて近い……」

『あるいは、地球。宇宙に浮かぶ地球そのものを模しているのか』

「そうね、ともかく真球に限りなく近い形状よ。あの影や球体に対してダメージがなかったことを鑑みると……あるいはその光源と言える場所に使徒の本体があるかもしれない」

「なるほど……綾波はやっぱりすごいや」

 

碇シンジ宅にて、未だに続いていた対使徒討議。

 

レリエルについてはレイの提案により数学的に概的な対策案が取られた。後は計算式に則り光源を算出。

後はそこに直接攻撃を加えればよいという結論に至った。

 

ただ、問題は次にレリエルがどこに出現するかということである。

それが判明すればすぐに計算出来るのだが、レリエルがどこに現れたかという正確な座標までは前史の記録には残念ながら残されていなかった。

 

『後は破壊方法か……全く光源への対策がないとも考えにくい。

前回では特定地点におけるエネルギー反応も全く見られなかったらしいから、ある程度の特定は出来ても正確なアタックまでは出来ないかもしれない』

「それと、多少強固なATフィールドは覚悟しておく必要がありそうだね。前回は初号機の暴走によって殲滅したらしいから、僕としても完璧な対策は練れそうにない。他にもいろいろと保険を考えておかないといけないかもしれないね」

「いざという時は槍を使えばいいわよ」

「うーん、軽く言うけど凄く難しい解決方法だと思うよ? 流石に今使ったら色々ゼーレに怪しまれるよ」

『槍は出来ればアラエルまではとっておきたいからね』

「……ぷぅ」

「いや可愛い子ぶっても意味ないからね、もうとっくに可愛いから」

「……何を言うのよ」

「あっ、いやその、そう言葉のあやで」

 

ぷくっと膨れながら顔を赤らめるレイ。言葉のあやでとは言ったものの普通に可憐である。

 

『ああでも、アレは宇宙空間に投げてしまったから……ね? 地上で使う分にはセーフかもしれないよ』

「そうよね、分かってるじゃない銀髪天パホモ」

「ホモじゃない、カヲルだ」

「まぁまぁ二人とも……地上光源の破壊なら虚数空間に放り込まれるよりはどっちにしてもカンタンだろうから、多少はね? 

……とりあえず。レリエル対策はこんなところじゃないかな」

『少し疲れたから、一休みしてテレビでも観よっか?』

「……そうね、まずは4チャンネルから」

 

硬い椅子から離れ、リモコン片手にフローリングさえた床に転がる2人+1人。

特に観たい番組のあてもなかったが、手当たり次第に付けてみることにした。

 

ピッ。

 

【昨夜未明、第二新東京市の住所不定無職の男性、長谷川鯛造さん三十八歳が行方不明に……】

 

適当につけてみたチャンネルではニュースが放送されていた。

勿論ニュースなど観ていても余り面白くはないので、適当にチャンネルを回してみる。が、悉く面白そうな番組はやっていない体たらくであった。

 

仕方ないので、レイのリクエストによって映画のDVDを観ることになった。

ジェットアローンのことを調べていた際に発見した映画がお気に入りらしく、3本続けて観ることになった。

最後の方にもなるとレイは疲れたのかすっかり眠っていたが、これもまた平和な一日ならではの光景だとシンジ・カヲルは互いに和みながらその日の午後は過ぎていった。

 

----

 

そして、翌日。

 

「いっや~凄かったなぁ! 乙ちゃんとリェシル・オームちゃんの合同ライブ!」

「行ってきてたの?」

「ああ、昨日な。新曲の『南極飛行』『チョメ髭なんざクソくらえ』、更に合同新曲『ガノスアングラー』は最高だったなぁ~」

「そ、そう……」

「いや~センセも大変やなぁ、エヴァの訓練であのコンサートに行けへんなんて」

 

休み明けの学校で、久々にトウジやケンスケと取り止めのない会話を交わしていた。

さしずめつかの間の休息、と言ったところだろうか。後数ヶ月もしないうちにどうなるか分からない。

 

今回は、先日に行われたアイドルコンサートについての話題が三人の中で扱われていた。

完全に鼻の息を荒くしているトウジとケンスケにシンジは思わず引き笑いになる。

 

「まぁ俺としてはリンカちゃんはサブでメインは乙ちゃんだけどね~。ココだけの話、俺乙ちゃん親衛隊の副隊長やってるんだよ」

「いや~これだからケンスケはアカンわ。あんなチョメチクリンな体系のオナゴはよりリェシルさんみたいな姉御肌の子の方が何十倍もええやないか~」

「ふん、乳なんて有っても無くても乙ちゃんの魅力は変わらん! それにトウジはただ巨乳のお姉さんが好きなだけじゃないのか?」

「ちゃうわぁ! ふん、そないなこと言うたらケンスケ、お前もミサトさんにもうつつ抜かしてたやないけ」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「あ、チャイム鳴ったよ二人とも」

「それはトウジもじゃないか!」

「なんやとぉ?」

「あのな、乙ちゃんとミサトさんとでは美的ベクトルが根本から異なるんだからどちらを好きになっても、

それはお菓子の味を語る中で、オイケヤのポテチとパッキーが好きだというようなもの!」

「ちゃうわ! リェシルさんとミサトさんをそんな菓子と一緒にすんなボケ!」

「これはモノの例えさ。全く別ジャンルの好みは同時に成立するということのね。

それを何だお前は、リェシルさんは姉御肌と最高のボディ、ミサトさんも全く同じベクトルじゃないか! 

お菓子で言えばたけのこの山ときのこの里どっちも好きだというくらいの禁忌……ッ!

碇さん、浮気ですよっ! 浮気ッ!」

 

自分も浮気しているようなものなのだが、それでもとんでもない暴論をぶつけてくるケンスケ。

だがトウジも負けてはいない。

 

「ほぉうケンスケ言うやないか……

だがのぅ、ミサトさんとリェシルさんには根本的な違いがあるんやでぇ?

リェシルさんはアイドル、憧れはすれど、手に届くのは難しい……しかし! ミサトさんはどや! ここに居る碇シンジ君に頼みこめばいつでも会える! そう、「会えるアイドル」なんやで!」

「トウジ、ミサトさんは別にアイドルでもなんでもないけど」

「あーあかんわシンジぃ。そないなこと言うたらお前お月様に替わってお仕置きされてしまうで」

「いつでも会えるアイドルに価値などあるものか! 高嶺の花だからこそのアイドルだ!」

「……ほほぅ。お前とは一度じっくり話し合う必要があるのぉ? ケンスケ」

 

浮気性という意味で。

 

「望むところだ……これは男の戦いだ!」

「あ、あの、二人とも……チャイム……」

「「シンジは黙っとれ!」」

「いや、その……チャイム……」

「そもそもケンスケ。リェシルさんとミサトさんとでは、まず髪の色が全く違うじゃないか! ミサトさんの紺混じりの黒、リェシルさんのパツキン!

それをどうだケンスケ。 乙ちゃんはミサトさんと全く同じような髪色やないか!」

「アレは紫色だ! 藍色じゃない!」

「ちょ、ちょっと二人とも……」

「もうよい、碇……」

「え……貴方は!」

 

シンジが二人を止めようとしたその時、何やら渋めの声に呼び止められる。

そちらを振り向くと、そこには……

 

「鈴原トウジ、相田ケンスケ」

「なんじゃあ!」

「これは男同士の闘いなんだ、誰だか知らんが邪魔しないでくれ!」

「ほう……その闘い、私も入っていいかな」

「おお!? 望むとこ……ろ……」

「なんだトウジ、余所者を介入させて戦況を乱そうったってそうはいか……な……」

 

窓から吹き込む風に茶色い長髪をなびかせた、黄色い布のような着物を着た若い男がそこに立っていた。

若干顔が蒼めに見えるが大丈夫なのだろうか。

その目はトウジとケンスケの両者を確かに鋭く見据えており、その冷徹なまでの鋭利さは二人の未来をも予見させるものであった。

 

「二人とも。教師の判決を言い渡す」

「……えっと」

「……は、蓮田先生……その、俺たちは」

「……甘き死だ」

「え、ちょ、先生、生徒に死って……!」

「し、シンジ! ワシら友達だよな? ダチ公だよな? だったらワイらに救いの手も一つ……」

 

突如襲来した、トウジとケンスケの学校生活における最大にして最強の敵、教師。

その強大な力に対抗すべく、友人たるシンジも闘いの助けを求められた。

ただ、シンジとしては特に助ける道理もないので……

 

「……あ、先生。授業始めてください」

 

他のクラスメイトの都合も考え、二人を売り渡すことにした。

 

「そんな殺生なぁ~!!」

「碇ぃ~! この裏切り者ォ~!」

 

…………

 

数分後。

暫く聞こえてきていたトウジとケンスケの悲鳴、そして最後に一際大きな断末魔と思しき声が響いたと思うと、教師・蓮田は教室に何事もなかったかのように帰ってきた。

 

「ふぅ……それでは諸君。教科書を開きなさい。今日の授業は風の操り方についての講義を行う」

「先生、この時間は国語の時間のハズです」

「ハズじゃない蓮田だ」

 

 

その次の時間、トウジとケンスケが何故か物凄くボロボロの状態で戻ってきた。

 

----

 

【どう、レイ? 初めて乗った初号機は】

「碇君の匂いがします……とっても……いい匂い」

【………………シンクロ率は、ほぼ零号機のときと変わらないわね】

 

チルドレンたちには放課後はシンクロテストの予定が入っていた。

最後の方に聞こえたレイの妙な声は全員無視しておくことにしたそうだ。

 

「パーソナルパターンも酷似してますからね。零号機と初号機」

「だからこそ、シンクロ可能なのよ」

「誤差、プラスマイナス0.03。ハーモニクスは正常です」

「レイと初号機の互換性に問題点は検出されず……では、テスト終了。レイ、あがっていいわよ」

 

……

 

一向にプラグが出てくる気配はなかった。

初めはエヴァ側に不具合が生じているかと思われたが、少しチェックしてみた結果どこも異常はなく……

 

 

【レイ?】

「……はぁはぁ、碇君の匂いがする。この匂いは誰? 

これは碇君。私は誰? 碇君の何? 私の何? 碇君は私の?」

【……シンクロカット。強制射出】

【ダメです、パイロット側からプラグがロックされています】

【……綾波、もう終わったよ】

「え? あ、そう……」

 

オペレータたちが呼び掛けても一向に意にしないレイにシンジが呼び掛けると、何やらとても残念そうな顔をしてレイが出てきた。

その様子にオペレータ達も苦笑いを浮かべるほかなかった。

 

【弐号機のデータバンク、終了。ハーモニクス、すべて正常値】

【パイロット、異常無し】

「あったりまえよぉ。このあたしが毎日メンテナンスしてるんだから」

【そのメンテナンスで魔改造施さないかヒヤヒヤしてるんだけど?】

「えへへ、ごめんねリッちゃん」

 

レイの次は、マリがテストすることになった。

ただ、前史のアスカ同様にマリも問題なくテストを終わらせたようで、早速シンジの出番が回ってきた。

 

【零号機のパーソナルデータはどう?】

【書き換えはすでに終了しています。現在、再確認中】

【被験者は?】

【若干の緊張が見られますが、神経パターンに問題なし】

【初めての零号機。ほかのエヴァですもの。無理ないわよ】

【わんこ君も思春期だからねぇ、身近な女の子のパーソナルスペースに入ったらそりゃわんこ君の一つも興奮させちゃうニャ】

【あら~、そういうこと~。シンちゃんも隅に置けないわねぇ】

【これは、レイとの同居許可は早まりすぎたかしらね?】

 

実験そのものは非常に綿密に行われており、一つ一つの行程も万全を期して行わねばならない。

ところがそこから聞こえてくる会話内容は少し油断すれば一気に一般的な女子会のそれにまでランクが落ちる。これがエリート達の余裕というモノなのだろうか?

 

それどころか、前史よりもデリカシーの無い発言すら聞こえてきている。この場に男がシンジしかいないのをいい事に好き放題である。

 

「……皆さん、なんか意味深に言わないでください」

【それが抑えられない子にゃ、シンジ君は】

【知ってるわよん】

「ちょっと待って、セリフ入れ替わってるような気がするんだけど二人とも」

【ふふふ~ん……ところであの二人の機体交換テスト、私は参加しなくていいの?】

【どうせマリは、弐号機以外乗る気ないでしょ】

【ん~、わんこ君の匂いなら大歓迎だけどねぇ。初号機はレイちゃんとわんこ君以外だとちょっと誤作動起こす可能性があるから乗りたくても無理】

【あら、そうなの?】

【ま~詳しくは赤木博士に許可貰わないと言えないけどネ、そういうことだから】

【リツコ、これ本当?】

【……ええ。前提となる知識から話さないといけないから数十時間位要するけど……聞きたい?】

【い、いえ結構ですぅ赤木博士……】

【全く、作戦部長なんだから最低限の機密事項位は覚えておきなさい】

 

リツコの眼鏡の奥がギラリと光るのを見るや否や、明後日の方角を向きながらぴゅーぴゅーと口笛を吹き鳴らすミサト。

しかしながら、何と気の抜けた会話だろうとシンジは思う。

これが特務機関の最先端の実験における会話の実態と世間に知れたらどうなるか。

ただでさえ金食い虫のネルフである。大バッシングどころかクーデターすら起こりかねない。

もしやこのようなやり取りをするためだけにネルフは超法規的な力を有しているのだろうか、とすら錯覚してしまう。

 

【じゃ、シンジ君実験を始めるわよ】

「あ、はい。何時でもどうぞ」

 

それはそうと、今回シンジは久々に零号機に乗っていた。

 

そういえば、何やら妙な違和感を先ほどから感じる。

 

なんだろう、匂い。匂いが違う。

 

何時ものLCLの匂いも確かにそこに存在しているのだが、それに混じって、どことなく甘いような、けして不快ではない何か不思議な匂いがする。

ああ、これ、そういえば……

 

【どう、シンジ君】

「…………綾波の匂いがします」

【あっら~わんこ君、ついに嗅覚もわんこになっちゃったかぁ】

「な、何言ってるんですか」

【あたしの弐号機に乗ってみるぅ? わんこ君が乗るならそれは支障ないし~。

やっぱりわんこ君も思春期のオットコノコだから違う女の匂いも嗅いでみたいんじゃあないかにゃ?】

「そそそそんなわけないじゃないですか!?」

【あらあら? 私はわんこ君が私のあんなところやこんなところの匂いを嗅いできたことを知らないようで知っているるすするめめだかかずのここえだめめだか】

【……それほんと? マリ】

【……不潔】

「違いますからね、違いますからね二人とも。なんかさっきからモニター越しからでも僕のこと異常者扱いしている視線が刺さってくるんですけど」

【冗談よぉ~、コーフンしないでよわんこ君】

「おちょくらないで下さいよもう……。いや、その……匂いっていうか、雰囲気っていうか……」

【成る程成る程。

わんこ君は自分の傍にいる一人のいたいけな少女の匂いに包まれてその勢いで心理グラフが反……て…………って、ちょっと! ほんとに反転してる!?】

「え?」

【……!!……!!!】

「……?」

 

 

その瞬間、シンジにとっての外部の音声が途切れた。

 

突如ブラックアウトした目の前に、一つの何かが居る。巨大な、白い何か。

 

これはなんだろう。何だ?

 

君は誰だ?

 

シンジがそう問いかけた時、それは突如目を開いた。

 

 

白い小人、白い巨人、次々に、大きくなる、大きくなる、おおきくなる、おおきくなる、おおきくなる、おおきくなる

 

ぼくはしだいにちいさくなる ちいさくなる ちいさくなる

 

 

思い出す。色々なこと。青い世界。赤い世界。白い世界。黒い世界。燈色の世界。

 

あおいろのせかい

 

世界の中心で

 

愛を

Iを

哀を

逢を

挨を

 

 

アイを

 

take care of yourself.

 

 

叫ぶ。

 

ぼくはここにいてもいいんだ!

 

 

獣。

 

怪物。

 

仮者。

 

 

けもの

 

黒を壊した、夕焼けに染まり歩くル、ル、ル、ルババババ××××ル

 

赤をこわした、雨空に浮かぶル、ル、ル、××××。アアアアアア亜亜ア××ル

 

白をこわした、白と、女、ア、ア、ア、アアアアアアアアアアアアア○○○○○

 

 

銀を握り消した紫、い、い、い、イイイイイイイ○○○○○

 

 

碇シンジ。

 

ぼく。

 

僕だ。

 

うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

包み込まれる。白い手に。

あたたかな白い肌に。ふわり。ふわり。

大きな影。包み込まれる。黒い影。

 

もう、いいのね。

 

そう、よかったわね。

 

暖かい。冷たい。冷たい。暖かい。暖かい。冷たい。暖かい? 冷たい? いいえ、生暖かい?

 

いや?

 

 

血の、匂い。

 

 

なにもない。なにもないよ

ここにはないよ

 

 

ここにあるのはね

 

あなたはだあれ?

 

わたしはだあれ?

 

あなたは?

 

わたしは?

 

あなたは?

 

わたしは?

 

 

れい?

 

ぜろ。ここには何もない。

 

 

はい。 はい? そうですか? はい。ほんとうに? はい? そうですか。はい。

 

いいえ。 いいえ? ちがいます。ちがいますか? はい。そうですか。 はい。

 

 

私は。

 

僕は。

 

君は。

 

貴方は。

 

 

 

だれ?

 

 

 

 

「……綾波、レイ?」

 

 

ウフフフフ

 

ウフフフフ

 

ウフフフフフフフフフフフフ

 

 

ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ

 

 

甲高い笑い声が反響する。

 

終わる世界。世界は赤く染まり、やがて全てが無へと還る。

 

 

黒すらない、完全な。

 

 

 

 

----

 

 

「……はっ」

 

 

シンジがふと気が付くと、どこか見覚えのある天井が視界に入っていた。

 

「…………知ってる天井だ」

 

ゆっくりと起き上がると、手元の電子時計で日時を確認する。どうやら察するに、あの実験から四日も経過していたらしい。

シンジは、脳裏に響く笑い声を最後に記憶がなかった。

 

『漸く起きたね、シンジ君』

「(……また暴走したの? 零号機)」

『あぁ、お蔭で技術部はてんてこ舞いらしい。僕もあまりに突然のことだったから対処が出来なかったよ。

使徒もそうだけど、こういった不慮のことにもこれからは気を回していかないとね。

今回は前史通りだったからいいけど、イレギュラーは何時起きるか分からないから』

「(そうだね……)」

 

心配そうに語りかけるカヲルとの対話を一度傍に置いて、窓から差し込む外の景色を確認する。

 

外ではジーワ、ジーワ、とけたたましくセミが鳴いており、

それに負けじと太陽も地面をジリジリと焦がす。

 

その風景は、セカンドインパクト以後の常夏の日本を象徴するものだ。

 

自分は三日三晩と眠り落ちていたはずなのだが、そうだと信じるにはあまりにも外の情景が変化していない。

 

実にいつも通りの第三新東京市のビル群が、陽光を照らし返していた。

 

 

 

ところがただ一点、その陽光が照り返されず、あたかもブラックホールのように黒を示していた。

 

窓の外に佇むビルの奥に浮かぶ、縞模様の球体。

 

 

ただ一つ、今までの時間の流れを表す「異端」。

 

 

【総員、第一種戦闘配置。繰り返す。総員、第一種戦闘配置】

 

 

シンジがその目線の先に禍々しい球体を見出すのと、部屋に使徒襲来のアラートが鳴り響くのはほぼ同時であった。




ふう。お久しぶりです。

まぁ実は19日もミサト昇進があったんですが、忘れていました。ハイ。ごめんなさい。

という訳でレリエル編はそれに合わせて大体3日後くらいにUPしようと思います。


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第十二話 死に至る病、そして

少なくとも、日本ではない場所にある薄暗い空の倉庫でのことである。

 

「はい、おしまい」

 

細身の拳が一閃、対象の顔面を穿つ。

腕の細さに反して、あまりに太い一撃であった。

 

「グオォ……」

 

場所の空気に似合わぬ若々しい声の主がそこに立ち続けたのに対し、

場に似合った太い呻き声を上げながら一人の見るからに屈強そうな男が倒れ込む。

まだ意識は残っているようだが、息も絶え絶え。既に起き上がる気力は失われていた。

 

その周囲には、数十人ものごろつき風の男たちが、老若問わず血塗れとなって倒れていた。

床に散らばっている男たちが持っていたのであろう拳銃は殆ど原型をとどめておらず、ナイフは全て持ち主の心臓を抉っていた。

 

たった今倒れた男の前には、目立ちそうな赤い髪を後ろに纏めた少女が一人、退屈そうに溜め息をついていた。

細い目をしており、一見可憐な笑みを浮かべているかのように見える。

いや、実際に笑みを浮かべていた。見る者が見ればたいそうな値が付くほどの笑みだ。

ただ、その笑みはあくまでも貼りつけられた表情である。

 

「……ここにも居ないのね、アタシとマトモにやり合える、強い奴……つまらないなぁ。

此間の使徒以来、誰もがちっともアタシをワクワクさせてくれない」

 

少女は退屈していた。余りに弱い、弱すぎるこの人類という生き物に失望すらしつつあった。

その笑顔が貼りついたものであるとは、そういうことだ。退屈だが、いや退屈な故に笑っている。

 

笑い門には福来たるとはいったものだが、笑っていればいつか「楽しいこと」が訪れるのではないか。

それが彼女の信条であった……が、彼女が待ち望むそれがやってくる気配はまだ見えていない。

 

「……というか、コイツら、んでアンタも男でしょ。立派なモンぶら下げてこのザマですか?

力無き者は持つべきものを持つ資格も無いのよ」

 

退屈さの頂点を迎えた彼女は、今さっき倒した男の股間を、彼女にとってはふんわりとした力で。

男の知り得る程度の力にとっては全力で踏み抜いてやった。

 

「あ…………アッ…………」

 

グシャリと生々しい感覚が彼女の純白の足裏に響く。その感覚は男の生物としての機能を完全に失ったことを無言で物語っていた。

男は呻き声と共にピクリと一度震えたと思うと、そのまま動かなくなった。

男の顔に溜まっていた唾を吐き捨て、薄暗い倉庫の扉を開く少女。

先ほどまで倉庫を照らしていた月は沈みかけており、代わりに眩いばかりの日光が倉庫の中の彼女を出迎えた。

 

「ヨーロレイヒ~でレーリレイホ~……社畜及び学畜の皆さん朝ですよー? このアタシが起こしてやるんだから感謝しなよ」

 

彼女は周囲で倒れている者に声を掛けるが、誰一人として起き上がる気配はない。

その様を見た彼女は再び笑みを貼りつけた退屈そうな表情に戻った。

私を満たす人はこの世の中には居ないのだろうか。ああ、つまらない。面白くない。楽しくない。

 

その目にはもう何も映ってはいない。ただ、とてつもない欲求不満のみが彼女を蝕んでいた。

 

「……つまんないの。じゃ、何時までも寝ている怠け者のアンタ達とは違ってアタシは勤勉なので仕事に戻ります」

 

倉庫の中に球状の物体を放り投げると、彼女は倉庫を後にした。

軽やかな足取りで、死んだ笑みを貼りつけたまま、彼女は歩く。

 

「……アンタならアタシの飢えを満たしてくれるのかしら? 記憶の中にうすーく残ってる、アンタなら」

 

 

彼女の脳裏では、白いカッターシャツを着た一人の少年が自分を殺していた。

憎悪とも、悲哀とも付かぬ目で、どこか見慣れた部屋の中でただ静かに彼女を殺していた。

 

そして、気付けば浜辺で。

 

殺していた。

 

 

物思いに耽っていると、誰かに肩を叩かれる感覚がする。

 

「おっと……少し待ちなお嬢さん。すぐに去っちまうのはちょいと早すぎやしませんか」

「……アンタ、誰?」

「なぁに、通りすがりの自由主義者です」

「何それ?」

 

後ろを振り向いてみると、赤眼鏡の少女が一人。

目の前に居る少女は、自分より少し背が高かった。

そして、スタイルもそれ相応に自分より上だ。同い年か、若干年上と言ったところだろうか?

 

しかし、彼女の興味は目の前の少女の見た目ではなかった。

別に、自分より巨乳だとか、自分より背が高いとか、そういうことには今の彼女の興味の対象ではない。

 

では何が興味かと言えば、この自分に気配ひとつ察させることなく背後を取れるその技量だ。

無論、雑魚狩りを終え、既に誰もいないことを確認してからのことだ。多少なりとも隙はあったのだろう……が、それを抜きにしても、自分の背後を取れる者は恐らくそう多くはない。

 

先ほどまで指先で転がしていた男共とは、また別の雰囲気がする。

記憶の中の少年とはまた違う、だが間違いなく毎日相手にしているようなゴロツキのような弱そうな雰囲気でもない。

 

この女……人類の割には出来るのだろうか?

 

だとすれば面白い。実に面白い……彼女なら今の退屈な私を少しは満たせるかもしれない。

彼女は再び笑みを浮かべた。

 

「まずアタシさぁ、とっても……退屈なんだけど……戦ってかない?」

 

今度は貼り付けられた偽りの笑みではない。心からの笑顔であった。

 

----

 

「西区の住民避難、後5分かかります」

「目標は微速で進行中。毎時2.5キロ」

 

第三新東京市に突如現れた巨大な白黒マーブル模様の球状生物。

オペレータたちは、目の前に次々と映し出される物体のデータを忙しく読み上げ続けていた。

 

同時にそこに居た金髪の女は一人苛立ちを隠せないでいた。本来その場に居るべき者が三人も居ないからだ。

 

そうして苛立ちながらも正体不明のマーブル模様の球状生物を前に様々な対処法を考えている点から見るに、

彼女の仕事と機嫌の切り離し方の上手さといった、有能さの一つの指標にもなる能力は約束されている。

ともあれ様々な可能性を思索していると、女は居るべき人間の一人の今更な来訪に気が付いた。

 

「遅いわよ……ミサト」

 

その人間の一人であるミサトは自分の学生時代からの友人ではあるが、

このような事態に遅れるとなればそのような相手であってもその目に冷徹さを帯びさせずにはいられない。

 

「ごめん……、で、状況どうなってんの? 富士の電波観測所は?」

「探知してません、直上にいきなり現れました」

「パターンオレンジ、A.T.フィールド反応無し」

 

初めてのパターン「オレンジ」という聞きなれない反応にミサトは耳を疑った。

 

いや、知識としては頭にある。ヒトでもなくシトでもない正体不明を表すコード、パターンオレンジ。

目の前に浮かんでいる球状の生物、いや生物かも定かではないが、ともかくそれが少なくとも人類の知り得る存在ではないということ。

その事実に耳を疑ったのだ。

 

「どういうこと?」

「分からないけれど、恐らくは新種の使徒と推測されるわね。前回の使徒から3ヶ月以上経過しているし、時期的にもそろそろやってきてもおかしいことではないけど」

「MAGIも判断を保留しています……が、本来であれば少なくとも地球上に存在しない何かであるのは間違いないようです」

「もう、こんな時に碇司令はいないのよねー。あんな怪しい球体使徒以外の何があるってのよ……子供たちは?」

「ファースト、サードは既に本部に到着したとの報告を受けています。セカンドは……ロストしている模様」

「はあ? ロスト?」

「はい、ロストです」

 

思わぬ不在に頓狂な声を上げるミサトに対し、オペレータは飽くまで淡々と返した。

ここでウダウダ言っていても埒が明かないので、ミサトはすぐに頭を切り替えて次の指令を下すことにする。

 

「全くどこ行ったのかしら……至急捜索隊を出して。

戦力も同時展開するわ。全機出撃準備。初号機及び零号機を優先して出して頂戴」

「はい」

 

ミサトから命じられると、その通りにきびきび動く現場。

不在のマリはともかくとして、レイとシンジであればこの分ならすぐに準備は整うだろう。

 

ともすれば一先ずこの二人が出た後のことを考えねばなるまい。

 

もしかしたら何時もの様に思わぬ戦法をどちらかが言い出すかもしれない。

しかしその保証はないので、まずは現状の目の前の敵のデータを一通り脳内のメモに纏め、有効な作戦を捻りだそうとした。

 

「兵装ビル一班、対象に数発のミサイルを撃ち込んで。威嚇射撃ではなくしっかり命中させて」

 

まずは敵戦力の調査だ。第六使徒の例に倣えば決して無駄ではないだろうと判断してのことだった。

 

一応、兵装ビル一班は最もネルフから離れた兵装ビルを扱っているので、いざ何かとんでもない攻撃が飛んできてもこちらへの被害も最小レベルに出来ると踏んだのだ。

 

そして、結果はすぐに出た。

 

結論から言えば、前史におけるレリエル戦同様のことが起こったのだ。

攻撃を加えた兵装ビルの周辺に移動する球体がそこに巨大な円状の『影』を発生させ、

周囲の建造物諸共兵装ビルを音もなく丸ごと飲み込んでしまったのだ。

 

それとほぼ同時に、目の前のモニターには「BloodPattern:Blue」の文字が浮かび上がる。

 

ビルを飲み込み終えると再びパターンオレンジに戻るが、その行動からパターンオレンジは仮初の姿に過ぎなかったことを現場の全員が知ることとなった。

 

「やはり、使徒のようね。次、航空機による爆撃。急いで」

 

ミサトの指示が飛ぶと、滞空していた戦闘機が影に向けて数発のミサイルを発射した。

ミサイルは勢いよく影に飲み込まれたと思うと、何事もなかったかのように消滅してしまった。

しかし空中までその影を伸ばすことは出来ないのか、目の前の使徒は何か行動を起こそうとはしていなかった。

内部でATフィールドを展開したのだろうか、数秒だけパターン青が検出されるが、やはりすぐに元に戻った。

 

「成る程ね……」

「葛城三佐。ファースト、及びサードが到着した模様です」

「一刻も早く搭乗させて。……何か知恵があれば、それも聞きだしておいて頂戴」

 

この時点で彼女の脳内に構築された作戦は三つあった。

 

まず一つ目。ポジトロンスナイパーライフルで目標のATフィールドごと影を空中から破壊する。

流石に空中まで影は伸びないらしいので初撃としてのリスクが小さいが、どこまで効果があるかは疑問である。

外向きのATフィールドが観測されていない、つまるところ外部を守る必要性がないほど外部の守りは硬い……外部からの攻撃がそもそも無効であるのではないかという懸念すら抱いていた。

そして何より、なまじ有効であったと仮定しても、空中でのPSRの使用自体が困難である。

例え改良が成された今回のPSRであっても、ネルフを数時間稼働させられるレベルの発電は未だに必要である。

 

二つ目は、影に対し何らかの形で直接陽動、殲滅するというものであった。

影が出てきたと同時にパターン青が出たということは、恐らくは影に本体の秘密があるのだろうと踏んでのことだった。

但し、極めてリスキーな方法であるのも事実。下手に行動すればかの影に取り込まれてしまうかもしれないし、もしネルフの位置を感付かれたら一巻の終わりである。

そして一つ目の作戦でも懸念したように、外部からの攻撃が無効である可能性すらある。

 

そして三つ目は、エヴァを潜り込ませて内側から破壊するという作戦。最も危険だが、同時に最も可能性があるのではないかと考えられた。

攻撃した時の使徒の行動から察するに外向きのATフィールドはどうやら持ち合わせていない。

つまり内向きのATフィールドをかの使徒は持ち合わせている、という推論に基づいたものだ。

ならばそれを中和してやれば殲滅できる可能性はある。もし実現出来れば他二つより確実であろう。

 

ただ、普段エヴァに繋いでいる電源が影の中まで伸びる保証はどこにもない。消えてしまった物が引き上げられないように、その電源もどこかに消えてしまうという推定だ。

そうなれば五分間、あるいはフルパワーの一分間で完全に殲滅しなければならないし、もし殲滅出来なければそれは人類の完全な敗北すら意味している。

 

なまじこの方法で殲滅出来たとしても、方法が方法だ。

恐らくこの場合の殲滅方法としては内向きのATフィールドの中和で使徒を内部から崩壊させることになるだろうが、

もしあの影の中がこの世界とは全く違う、例えば『使徒の世界』とでも仮称すべき場所であれば……殲滅と同時に、その出入口が崩壊する可能性を否定することはできない。

つまり、永遠にエヴァがあの影から出られない可能性がある。

 

どれも微妙な作戦故に、頭を抱えていたのである。

そこに、いつも使徒に何らかの有効な知恵を思いついたりするチルドレン達の意見があれば、場合によっては取り入れてみるのも選択肢としては充分なものであった。

 

 

一方でネルフの最前線の二大重鎮たる赤木博士はミサトの命に応じ、出撃前にシンジにいろいろと策を聞いてみていた。

 

「……ということなんだけど、シンジ君はどう見る?」

「はぁ、そうですね……」

 

シンジはしばし長考するフリをした。この方が、いま思いついた感を出せるかなと判断しての行動である。

が、リツコの視線に耐えかね、一分少々で顔を上げてしまった。

 

「……アレ、見た感じ多分ただ単に太陽で映し出された影とかじゃないと思うんですよ」

「そうね、恐らく使徒によって作られたものだけど。それが何?」

「僕としてもまだ完全な判断はついてないんですが……影を地面、地球に投射しているならば、その影をどこかに投射している物体……あの丸いのを照らしてる光源のようなものがどこかに用意されてるんじゃないかと思うんですよね。

もしそれが、使徒をこの世界に実体化させているのだとすれば……」

「……成る程。光源を絶てば、影が出現しなくなる、というワケ?」

「はい。厳密に殲滅したことにはならないと思いますが、要はあの影が危ないんですよね?

それさえなくなってしまえば事実上の殲滅で良いのではないでしょうか」

 

事前にレイ、カヲルと立てておいた計画をほぼそのまま伝えてみる。

 

「…………ホント、突拍子もないことばっかり思いつくわね。また例の「予知夢」かしら?」

「うーん、予知夢も一部あるんですけど、今回はあまり参考にならないというか。でもほら。影があそこだけ違うんですよ」

 

シンジが指した先には、使徒の影が見えた。

兵装ビルなどの影と比較して、使徒の影だけは妙に濃かった。というより、他の影は若干青みがかっているのに対し、こちらはほぼ完全な黒といってもよかった。

 

確かに、他と見比べれば異質な影であることは一目瞭然である。

 

「……確かに。影の色は光の強さ・種類などの特性によっても左右されるし、あそこだけ妙に色が違う。

けれど、それは単に使徒の特性なのだと考えられなくもないわね。影を操るのだから、単純に独自の影を持っているのかもしれない」

「そう、実際に光源の力によって実体化しているのかは分かりません。

しかし幸いにしてこれまでの使徒のように突然に動き出す気配はありませんし、もしあの場所にあの大きさの影が出来るとしたら、どこに光源が存在していなければならないのか……」

「算出できる、という訳ね。いいわ、MAGIにやらせれば数分で終わるから」

「あ、そうですか? 一応大まかな予想も立てたんですが」

「幾ら貴方が天才の血を引いているからって流石に機械の正確さには負けるでしょう? ここはより確実な選択肢を取ります」

「まぁ、そういうことなら……」

 

実際にどうであるかはさておき、余りに筋の通った作戦提示に、最早苦笑いするしかない。この少年は一体どこまで使徒のことを知っているのだろうか?

 

だが、今はそのような知的好奇心を発揮する時ではない。

まずは目の前の使徒の殲滅を優先させるべく、再び話を切り出した。

 

「……まずはその光源の破壊を目指しましょう。まだ午前十時前、夜までアレを放置するのはリスキーだもの。その上、それだけで倒せるならばエヴァを失うリスクもなくなる……聞こえたミサト? そういうワケだから、エヴァ射出は一時見送り。まずは光源の特定を急ぐわよ」

 

本来ならばこの年の少年の意見一つで作戦全体が変わるというのはほぼ起こり得ない。

しかし、シンジの積み上げてきた確かな実績は容易にネルフの作戦に関する意向を動かしたのであった。

 

そしてその結果として、光源は発見された……いや、厳密には発見された訳ではない。

発信地は第三新東京市にほど近い、若干高めの兵装ビルのある地点に「取り付けられて」いたようであった。

レリエルを現実世界に「投射」しているのは特殊な光線か何かであるようで、そこからは特別なエネルギーの類が観測されることはなかったのだ。故に、光源が発見された訳ではなかった。

 

恐らく使徒が存在すると推測された虚数空間上、あるいは四次元以上の空間上ならば観測できるエネルギーだったのだろうが、人類にそうしたエネルギーを特定する技術はまだなかった。

 

だが結論から言えば、使徒・レリエルは簡単に殲滅された。

 

いや、殲滅されたという表現が正しいかはともかく、確かにパターン青は消滅した。

ではどのような方法を取ったのか、というと、

 

【シンジ君、用意はいい? 

いつものように、ポジトロンスナイパーライフルによる超長距離からの遠距離射撃。

今回は陽電子による誤差修正は必要ないけど、一撃で破壊するためにあの時同様のモニターを付けたわ。目標と標準が一致したらボタンを押す。後は機械がやってくれるわ】

「了解」

 

試しに計算結果から算出された座標にあるビルそのものを破壊したのだ。

兵装ビルは一層建てるだけでもでもかなりの値が張るが、

例え周囲の建物が一部巻き添えになったとしてもレリエルのようなあまりにも不可解な使徒を殲滅する対価としてはあまりに安いものであった。

 

ミサトら作戦部が作戦提示をした際にはゲンドウもあっさりとそれを許可したので、作業開始は迅速であった。

 

無論その作業こそ慎重である。一撃で破壊出来ないと光源が移動してしまう可能性も考えられたので、超長距離からエヴァに最大出力でポジトロンスナイパーライフルを撃たせ、一瞬で対象のビルを破壊。

 

いや「消滅」させたのであった。

 

その結果使徒の実体は見る見るうちに消滅していき、実体が消滅するとともにパターンオレンジ・青もともに消滅。

これほどまでに呆気なく決着がついたのは恐らくシャムシエル以来であろう。ネルフの人員としても、仕事が減り有難いものであった。

が、シンジとカヲルとしては何だかんだで非常に厄介であったレリエルの消滅は、安堵するとともに複雑な心境でもあった。

 

「(とても呆気ないね)」

『前回は暴走したのに今回はただ撃つだけで終了したね。こうあっさりと終わるならば出来れば何か別の使徒と融合していて欲しいものだけど……』

「(でももしそうだとしたら、ちょっと予想がつかないね。

バルディエルやアルミサエルあたりとなら融合できそうだけど、内部に入った訳じゃないから特定は無理だ……次にどの使徒が来るかの予想が少し難しくなってしまった)」

『そうだね……まぁ、レリエルはシンジ君のお母さんが覚醒する、即ち半ば運で勝った部分もあったようだから、厄介な使徒が簡単に露払い出来たのは素直に喜ぶべきなのだろうけど』

「(まぁ、それもそうだね)」

 

 

やがて、午前中のうちに一般市民に対する警報も完全に解除され、今回の作戦は完全に終了したのであった。

シンジ達も帰路に付き、この日の昼食及び夕食の買い物に出た。

 

 

……が、その平穏はネルフ内においてはすぐに失われた。

 

既に使徒対策モードを離れたMAGIはネルフ各支部の管理モードに移っていたのだが、

 

その時ある一つの支部において『Vanished』という表示を浮かばせた。

その瞬間、本部では警告アラートが鳴り響いた。モニターは赤く染まっている。

 

「なんだ!?」

「第一支部の状況は、無事なんだな!? いいんだよ! 計算式やデータ誤差はMAGIに判断させる!」

「数秒前に内部において膨大なエネルギー波が確認されています。恐らく、このエネルギー波が干渉したものかと……詳しい計算に時間は掛かりそうです」

 

様々な声が飛び交い、本部の緊張感が再び先ほどまでの戦局同様にうなぎ登りになる。

やがて、一つの結論が出た。

 

「消滅!? 確かに第二支部が消滅したんだな!?」

「はい、全て確認しました。消滅です」

 

第二支部。アメリカ・ネバダ州の第二支部の消滅。

普段冷静沈着な冬月が上げている明らかな焦りを伴った声色に、現場の緊張感は最頂点を迎えていた。

 

シチュエーションは前史同様、S2機関の実験中の事故である。

事故の原因は不明だが、前史同様二の十五乗通りの可能性があった。

 

実のところ、一応後日談的にシンジもこのことは前史で知っていたので、一応可能なら防ごう、防げなくても人員は守ろうくらいには考えていた。

 

しかし前史においてはレリエル戦から少し経ってからこの事故は発生していたためまさかこの日に起こるとはつゆほども思っていなかった上、

自分たちの使徒が予想の斜め上をゆく変貌ぶりを見せる昨今、対岸の火事に構っていられるほど暇でもなかったのだ。

 

チルドレンたちは既に帰宅を済ませていたので第二支部の消滅はまだ知らなかった。

前史でも彼らはそのことをこの時点では知らない。

今回も知ることになるかどうかは分からないが、恐らくはまた後日談的に何らかの方法で知らされることになるのだろうか。

 

 

----

 

使徒レリエルが殲滅される十分ほど前。

 

赤髪と赤眼鏡の彼女らは依然として戦いを続けていた。既に三時間ほどは経過しているのだが、未だに両者疲弊を見せない。

 

 

「あんた……何時まで逃げるつもり? もうそろそろお腹すいたんだけど」

「逃げる? ねえねえお姫様、アタシは可憐なるお姫様から逃げる気なんて毛頭なくてよ」

 

弾丸の如く、雨の如く迫りくる赤い少女の拳や蹴脚を一発一発丁寧に受け流す眼鏡の少女。

先手を決めたのは赤い少女。しかし、その初撃以来彼女はずっと攻撃をただただ受け流され続けている。

攻撃を受け止め、前後左右にステップを繰り返すのみ。スパーリングのような状況である。

 

こうした行動は赤髪の少女にとって逃げそのものでしかないように思えた。

このメガネ女、戦う気がないのか? 赤い少女に少しばかり、苛立ちが募る。

 

「じゃあ、逃げる暇を与えなければいいのね」

「へぇ?」

「まさか、生身の人間相手に少しばかりとはいえ力を解放させることになるとはね……このアタシに少しでも本気にさせたこと、冥土の土産にするといいわよ。アンタ」

 

少女の拳が止まる。

 

いや、止まったのではなかった。あたかも止まったかのように見えるだけだ。

その余りの速さに、拳は最早ただの残像となっていた。

手の動きよりコンマ数秒遅れて、凄まじい破壊力が眼鏡の少女に迫る。その力はもはや人間のそれを凌駕していたと言えるだろう。

場には小さなソニックブームが生まれ、周囲を土煙で覆ってしまう。

 

更に数瞬遅れて、その小さな手に目には見えずとも確かな手ごたえを、確実に相手のボディを抉った特有の手応えを赤毛の少女は感じた。

拳に抗力として突き刺さる、柔らかい内臓独特の感触が、確かにその拳に伝わったのだ。

再び失望の目に戻りつつある少女の顔。その時点で彼女は既に勝敗はついたモノと確信していた。

 

「……少しは出来る奴と思ったけど、やっぱり逃げてただけ、か。つまらないの」

 

土煙がもうもうと上がっており目視は出来ないが、恐らくこの煙が晴れたら血みどろの少女が一人倒れているのであろうか。

 

いや、最早原型すらも留めていないかもしれない。

 

……が。

その割にはやけに離れない。

感覚が。

既に戻したはずの拳から、殴った時の感覚がそのまま抜け落ちない。

 

生き血を纏った、あの生暖かい感じが抜けないのだ。

 

 

気になった少女が自分の拳を眺める。

 

「……あら」

 

拳からは、一本の赤い筋が流れ落ちていた。これまで何百人もの男を砕いてきた自分の拳がいとも簡単に砕けていたのだ。

 

「危ない危ない……お姫様ダメですよ、こんなところでオイタしては」

 

眼鏡の少女が手を翳したその先には、非常に薄い赤いバリアーのようなものが展開されていた。

それは一見薄いようにも見えたが、少女の拳を止める程度には充分の硬度であった。

 

少女が本当に本気を出していればこの程度の障壁など余裕を持って砕いただろう。

が、相手をただの素人と侮ったのが悪く、壊れることのない堅い壁を殴った位の衝撃が上手いこと響き、少女の拳は砕けたのだ。

 

ただ……赤い少女が本当の本気を出して戦っていたとしても、それはそれで拳は砕けていたかもしれない。

眼鏡の少女からしても、この程度の薄いバリアーは本気など微塵も出していなかったのだから。

 

「はぁ。逃げる一つとってもアンタ、そこらの奴らとは比較にはならなそうね……つまんない毎日だったけど、久々に楽しめそうよ」

「そいつは何よりです、お姫様。でも私がやりたいのは戦いじゃない……話にきたのよ。コーヒー奢るから、この後の都合が良ければおいでなさいませ?」

「えー、アタシもっとアンタと遊びたいんだけど」

「今日はお互い万全じゃないでしょ、こっちだって結構眠いのよ、早起きしてきたんだから……やるならお互い最高の状態でやり合うのが面白いんじゃない?」

「今日初めて出会ったけど確実に言えることがあるわ。アンタってホント逃げに関しては天才的。

…………ま、アンタの言うことも一理ありそうね。人類史上初、アタシの拳を砕いた褒賞に付き合ってあげるわ。朝ごはん」

「有難き幸せでさぁ」

 

相手の実力を一定量見極められたことに満足した赤髪の少女はその拳を下ろした。

もっと戦ってもみたかったが、少女としては久々にやりがいのある相手を得ただけでも、目の前の女には付き合いを持つ価値があると見做したのである。

 

「ああそうそう、アタシ、コーヒーよりカフェラテの方が好きだから。それと後パンね、とびっきりのを用意しておいてよ」

「お金も時間もあるからそう慌てなさんな、御姫様」

「じゃああたしの行きつけの店行きましょ。こっからは少し遠いけど……結構美味しいんだから、あたしに殺される前にあんたにも食べさせてあげる」

「それはご光栄です、御姫様。殺されないけど」

「あっそ。…………てか、そのお姫様、っての、なんかむず痒いからやめてくれる? 職業柄色々通り名があるのよあたし。アンタも知ってるでしょ? せめてそのうちのどれかで呼んでもらえるかしら」

 

赤髪の少女は頭を掻きながらそう言った。なんというか、漫画的反応をする少女であった。

ところが、眼鏡の少女は彼女の存在は知っていたが通り名は殆ど知らなかった。なので、適当に呼んでみることにした。

 

「あ、そう? じゃあ……ヒメちゃんで」

「……いやどっから来たのよヒメちゃん」

「だって「ヒメ」って感じだし」

「……」

「……」

「……もしかしてアンタ、アタシのことあまり知らない?」

「うん」

「うん、って……よくそんなんでここまで来れたわね」

「まぁ足に関しては色々と自信があってね」

 

眼鏡の少女は、デニムを捲ると自慢のむっちりとした脚をパンパンと叩き、誇らしげにする。

 

「……そんなことされてもアタシ別にビアンじゃないから靡かないわよ」

「アタシはビアンだけどね」

「嘘っ!?」

「嘘でーすっ。きゃはは姫可愛い~」

「……殴っていい?」

「暴力的なのはいかんねキミィ。えーっと、で、貴方の通り名は?」 

「……、朱ざ」

「可愛げないからやだー」

「あのさ、まだ全部言ってないんだけど。

それに、そう言われても皆あたしのことをそう呼ぶんだもの。あんたもそうじゃないと何か違和感あるし」

「しょうがないにゃあ……じゃあ、朱雀お姫様で」

「だから、御姫様ってのはやめなさいよ。てかやっぱり通り名知ってるんじゃない」

「じゃあ……姫で!」

「アンタ、何言っても聞かないタイプでしょ。もう好きになさい」

「えへへへ~……あら? 何やら向こうから煙が見えるわね」

「あらホントね」

「まぁあたし等には関係なさそうだし、早く行きましょ」

 

この日赤髪の少女は、この世界で初めての友と言える存在を得た……のやもしれない。

二つの影は、朝日に向かいながら、少女の知る行きつけの店へとも足を向けたのだった。




伊「はい、皆さんおはようございます。伊吹マヤでーす」
日「おはようございます、日向マコトです」
青「青葉シゲルです」

デンデデデデデデデン! デデデデデデデン! 
デデデデデデデン! デデデデデデデン!
デーデーデデデーデデーデーデー! デーデーデデーデデーデーデー!

日「おお! コレ勝利確定フラグBGMだからなかなか燃えるよなあ」
青「正直初号機が強すぎる気がする」
伊「まあ勝利確定したところで、今日もいつも通りやっていきましょう」
青「いつも通りだとまーたカオスになっちまうから出来れば穏便に行きたいけどな」
日「そんな時にいきなりだけど三日後に更新するとか言って四日後になったらしいな」
伊「い、一応原本は半年近く前に完成してたんですけどね? ちょっと投稿ボタンを押し忘れただけで」
青「そんなこと言われても誰も分かんないしもう素直に遅れたことにした方がマシだろ。ごめんなさい」
伊「ごめんなさい」
日「ごぺんなさい」
青「……ん?」
伊「……へんなの混ざってましたけど、とりあえずいつも通り質問コーナーに入りましょうかね。えーと……

「レリエルの倒し方が結局よく分からない」ということですが」
伊「確かに、今回は久々の出番&レリエル編ということでしたが……」
日「……呆気なかったな」
青「うん」
伊「ですね。いや、出来るだけ科学的にレリエルを討伐しようとしたんですけど結局よく分からなくなってしまったというのが事の真相のようですが、
要約して解説すると、
『ある球体が作っているある特定の影は、どこからその球体を照らせば出来るのか』
を求めた後、その照らしている場所を破壊する、という手法ですね。
レリエルの本体は人類から視覚的に見えるあの球体というよりはその「影」なので、
「影」を作り出せないようにすれば人類にとっては殲滅も同然の状況に至るという訳です」
日「それ根本的な解決にはなってないような」
伊「ですから本編でもシンジ君も『厳密には殲滅とは言えない』と言っていますね」
青「とはいえ、あの丸いのも照らされなくなるわけだし視覚的にも居なくなるからなぁ。
その辺をふわふわしてたとしてもまず弊害はなさそうだし」
伊「そう、ですから殲滅も同然というわけですね。
ちなみに球体の影の存在範囲は高校レベルでも求められるようなので興味があれば調べてみてください。それでは次ですね。

『最近特別編多くね?』ということですが」
日「いやそう言われてもなぁ」
青「現実のイベントが多すぎるんだよな色々と。
去年なんてエヴァの年だったし、それで放送開始20周年記念、そこから間髪入れずにクリスマス、正月と来て」
伊「ぶっちゃけ今年も舞台になっているという意味ではエヴァイヤーですからね。というか、「まごころを君へ」が放映された1997年まではほぼエヴァイヤーってことでいいんじゃないですかね」
日「スゲー適当だなオイ」
伊「でもエヴァ新幹線だってそれを見越してか来年の今頃くらいまで走っていてくれてるみたいですよ。折角なので今度乗ることにしました」
青「へぇ~」
日「俺も乗ってみようとは思うんだけどなかなかチケットがな。一日一本しか走ってないからなかなか難しいよ」
青「そうなんだ。じゃあ俺も折角だし購入にチャレンジしてみよっかな。その時はマヤちゃんも一緒に」
伊「……もしもしセンパイですか? ……えっ、予定が空いた!? やったぁ、それじゃあ二人分のチケットがあるので一緒に行きましょうね。それでは失礼します」ガチャッ
「……ん? 青葉君何か言いました?」
青「……いいえなんでも」
日「……どんまい」
伊「??? よく分かりませんね。それじゃあ最後の質問に行くことにしましょう。

『朱雀』って何者? ということですが」

青「ふむ」
日「確かに」
伊「誰なんでしょうねぇ」
日「ひとまず、設定上はかなりの美少女らしいけど。赤と金色が混じった長髪……ブロンドっていうのかな? に少し釣り目」
青「ほうほう」
日「強気な性格で、自分なりの信念があって、人類離れした強さを持っていて、シンジ君たちと大体同じくらいの年齢に見える、と」
伊「ふむふむ。なかなか凄いキャラみたいですね」
日「そう。そして凄いのは人物像だけではないんだよ」
青「へぇ? 何か凄い秘密でもあるのか」
日「ふふふ……」
伊「なんですか、そんなもったいぶるくらい凄いことなんですか?」
日「そりゃあそうさ。なんせ……
…………年の割にはスリーサイズがそれなりにあって、葛城さんには負けるけど少なくともマヤちゃんよりはおうぐふっ!?」
伊「…………それで?」
日「」
青「何の躊躇もなくマコトの子孫を殺しに行ったよこの子」
伊「……ったく。まぁともかく、神秘のベールに包まれてるってことですねー」
青「ま、まぁそうだな。一部の読者には看破されていそうな気がするけど」
伊「いーんですよ。どうせエヴァの二次創作に辿り着くような人たちって大抵勘は鋭いですから。どうカモフラージュしてもバレるもんはバレます」
青「そういう問題かよ……」
日「世阿弥とTatshの関係のようなもんだな」むくり
青「誰それ。ってか相変わらず復帰はえーなお前」
日「そりゃまぁ。葛城さんの酒乱っぷりにいつもつき合わされてついでにおうふぅっ?!」
青「えっ」
伊「あたしは何もしてないですぅ」
葛「……あっごめんねぇ~放送中に。ちょっちシンちゃん達が此間やってたカム・スウィート・デスの練習してたら日向君に突き刺さっちゃった」テヘペロ
青「あの葛城さん。正直こんな奴の子孫はどうでもいいんですけど頭を攻撃するのはオペレータ業的にまずいというか。それもハイヒールで破壊力倍増と来てます」
葛「えへへ、起きたら伝えといて。『てめぇの代わりは幾らでも居る』って。それじゃあ予告まで待ってるねん♪」
伊「……いやもう予告なんですけどね。三つ終わりましたし」
青「今回はマコトもそんなに暴走してなかったのに結局殲滅されてるな」
伊「まぁ静かでいいことですよ。葛城さーん、戻ったばっかでなんですけど予告お願いします」
葛「はいは~い、そう思ってスタジオ裏でずっとスタンバってましたっ☆
『無事にレリエルを無力化した数日後、第一中学校にやってきた未知の少女』
『少女と碇シンジ達の親交が深まる一方、相次ぐ不審な事件、見え隠れする別組織の介入』
『そして降臨する暴風に三機のエヴァはどう立ち向かうのか』」
「次回、『咲き乱れし彼岸花』さぁ~て次回も?」

「「「サービスサービスゥ!」」」



日「……ふぅ」むくり
青「ようやく目を覚ましたか」
日「ん? もしかしてもう終わったのか?」
青「うん」
日「そっかそりゃ残念だ。折角新アニメを作ったのに。『最弱無敗の人造人間』と言ってな」
青「無理やりネタ引っ張り出さなくていいから」


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第十三話 咲き乱れる彼岸花

はい。イロウル襲来が実は三月二日ということに全く気付かず、
結局一応骨格は完成していたとはいえ、何とか突貫工事でギリギリに仕上げました。




その日の朝は、雲一つない晴れであった。

この日はネルフの訓練なども特になく、普通に学校に通う日である。

 

「おはよう碇ぃ、綾波」

「おはよーさん」

「おはよう、碇君に綾波さん」

「ああ、皆」

「おはよう……」

 

聞きなれた三人の声がレイとシンジの登校を迎える。

 

今日は珍しく、トウジ・ケンスケ・それに加え、ヒカリまでもがここに居た。

そういえば、前史ではヒカリはトウジを想っていたはずである。それは一体今史ではどうなっているだろうか?

尤も栓無きことではあるが、なんとなく気になるのは人の性だろう。

 

ただ、気にしている暇もない。結構のんびりしているようにも見えるが、これでも始業ギリギリに近いのである。

とっとと教室に入り込み、荷物を一通りまとめたところでチャイムが鳴った。

それから約三分ほど遅れたあたりで根府川が入ってくる。

 

「ええ、おはようございます…………今朝の当直は、鹿目さん、暁美さんの二人ですね。

では、今日の予定について……」

 

何の取りとめもない、いたって平凡な一日。

十五年前の大災害もどこ吹く風の綺麗な青空が広がっており、窓から入るそよ風は常夏を感じさせない。

 

シンジは窓の外を、ふと見る。

 

なんて、綺麗な青。かの赤の世界とは、真逆の、澄み切った綺麗な世界。

この青い空を再び赤にするわけにはゆかない。

 

 

そんな正義感にあふれた思いに耽っていると、やがて根府川の口から聞きなれない単語が聞こえてくる。

 

「それでは、今日から皆さんと一緒に勉学に励む転校生を紹介いたします……どうぞ」

 

……転校生?

 

この時期、丁度サハクィエルを倒したこの時期に誰か転校してきていただろうか。

ふとレイに目をやる。すると、ゆっくりと首を横に振った。レイも分からないらしい。

ケンスケたちの方を見ると、やはり特に何も情報を仕入れたりはしていなかったらしく、意外そうな表情をしている。

 

入ってきたのは、黒髪ロングの眼鏡娘。

 

どことなくマリに似ているようにも見える……が、きっと気のせいなのだろう。

 

「短い間だと思いますけど、よろしくお願いします」

 

やはり、知らない、人物だった。

一見地味そうな姿のその少女は軽くお辞儀をすると、再び根府川の方を向いた。

 

「席は……そうだね、洞木さんの隣が空いているかな」

「よろしく、洞木さん」

「よろしく」

 

根府川が指さした方向は、シンジ達とは少し離れた席であった。

 

イレギュラーだからと言って、同じくイレギュラーたる自分たちに引き寄せられるとも限らないらしい。

そして、特徴もそこまで多い訳ではない。勿論、全く警戒を怠ってしまったわけではないが、それでもかつてのマリほどではなかった。

 

彼女はイレギュラーと呼ぶには、あまりにも普通過ぎたのだ。

 

どこにでもいる、ごく一般的な中学生の少女と呼ばざるを得ない。

それもとても大人しい。マリとはまるで正反対だ。

イレギュラーということで色眼鏡で見たはよかったが、似ているのは眼鏡だけであった。

 

休み時間になると、彼女の周りに人だかりが出来てはいた。

この時期としては珍しい転校生ということもあり、クラスの誰もが彼女に興味津々だった。

 

彼女は一応微笑んで対応してはいるが、どことなくぎこちない。

やはり大人しめな見た目に見合った性格なのだろうか?

 

結局のところ、放課後に至り、帰宅時の号令が掛かるまで一切これと言って変わったことはなかった。

 

トウジ・ケンスケを見送り、そしてこの日はレイも先に帰すことにした。

少し不満げな顔こそしていたが、理由を説明したら納得してもらえたらしい。

その代わりとして、今日の夕食がラーメンになるところまで確定した。

 

そんな放課後にシンジがやってきていたのは図書室だった。

この日の課題として簡単な調べ学習を出されたので、とりあえずこの昼休み中に迅速に済ませておこうという魂胆だった。

レイにも一緒にやろうと持ち掛けたが、彼女は彼女で家でやりたいことが色々あるらしい。

 

ともあれ最近は様々な面で多少大胆になったところはあれど、碇シンジという少年自体は前史と変わらぬ真面目な生徒でもあった。それがこうして行動に出ているのである。

 

立ち並ぶ本棚の中から、目当ての本を探す。

一人ではなかなか見つからないことも多いが、

 

「んー……っと。この辺りにあるかな」

『こっちの方にそれらしき本があったよ』

「(ん、ありがとう)」

 

二人であるというのは何気にこういう時にも役に立つものである。

 

目当ての本を見つけると、早速カウンタ―へ向かう。

ここでレポートを書きあげてもよかったのだが、この日も家では同居人が腹を空かせて待っているのである。早いところ夕飯の支度を終えたりして、家でじっくり取り組もうという計画であった。

 

「こちらの三冊ですね……返却期間は一ヶ月後となりますので遅れないように注意してください」

「はい」

 

図書委員から本を受け取ると、図書室を出ようと扉へ足を向けた。今晩のラーメンはどうすべきかと考えながら振り向いたその時、

 

ドサッ。

 

ちょっとした衝撃と小さな痛みと共にその音は聞こえてきた。

目の前には、眼鏡を掛けた気弱そうな少女が一人、しりもちをついてしまっていた。

長い黒髪が床にぺたんとくっついている。

少女のものだろうか、本があちこちに散らばってしまっている。

恐らくこの少女とぶつかってしまったのだろうか。

 

「あぁっ、ごめんなさいっ」

「あっ、大丈夫?」

「はい。あの、貴方は……?」

「ん、僕は平気だけど」

「ならよかった。……本当にごめんなさい。私、ぼうっとしてて」

 

彼女は、本当に良かった、と言わんばかりの安堵の微笑みを浮かべていた。

その顔を見た時にその少女に見覚えがあることに気付いた。いや、見覚えどころではない。

突然に現れたイレギュラーガール、山岸マユミその人だったからだ。

 

「ん? あれ、君は」

「ああ、確か同じクラスの……」

「碇シンジ。山岸マユミさんだよね? 本拾うの、手伝うよ」

「あぁ、いいんです。私のせいですから」

「ううん。一人だと、大変そうだから」

「……ごめんなさい、本当に」

「あぁいいよ、そんなに謝らなくても」

 

本当に見た目通りの大人しい、内気な少女と言った様子だ。本を拾う間にもずっと申し訳なさげな顔をしている。

そうして本を拾う手伝いをしていると、ふとお互いの手が一つの本に向かい、そして触れ合った。

 

「あっ……。ごめんなさい」

「いやっ、えっと、その……」

 

綾波レイのものでもない、惣流アスカ・ラングレーのものでもない、真希波マリ・イラストリアスのものでもない、全く新しい少女の手。

一瞬の触れ合いではあったが、ふと新鮮な感覚に陥る……なんとなく、気まずい雰囲気にもなりながら。

しかしこのままだんまりというのもそれはそれで気まずいので、適当に話題を振ってみることにする。

 

「これだけの本、一人で読むの?」

「はい、本が好きなんです。だって……」

「……だって?」

 

少し思いつめた様子の表情をして、少女は俯いてしまう。

どうしたのだろうか、と思っていると再び口を開いてきた。

 

「……いえ、なんでもありません。本当に、すみませんでした」

「また、謝ってる」

「すいません。謝るの癖みたいで」

「ふうん……」

「それじゃ」

 

そう言うと、拾った本を抱えてマユミはどこかへ足早に立ち去ってしまった。

そんな少女の後に流れる髪を静かに見送り、シンジも図書室を後にした。

 

そういやまた謝っていたな、と思う一方、ふと彼女の姿にデジャヴを感じないこともなかった。

 

何かとすぐに謝ってどうにかしようとする事なかれ主義。かつて、そこにいた少女・アスカに指摘された己の性格。

彼女もまた、そんな性格を持っているかのように思えてならない。これで内気さも備えていれば……いや、きっと備えているのだろう。

自分とかなり似た、いや、自分をそのまま女にしたかのような、そんな存在ですらある気がしてきてならない。

イレギュラー同士引かれあうことはなくとも、それなりに似ている部分というのもあるのだろうか。

 

----

 

「……それで、一体何なのかしらあの女狐は」

「女狐って、綾波……」

「隠しても無駄よ、そこのホモから聞いたもの」

『僕はシンジ君に近寄る女がどんななのかありありと伝えただけさ』

「カヲル君も、そういう言い方はまずいよ……それに、そういうことは話すって事前に言ってくれよ」

『聞かれなかったからね』

 

ところ変わって、碇宅。

 

言うまでもないことだが、「山岸マユミ」という人物は前史にはいなかった。

いや、居たのかもしれないが少なくとも第一中学校にやってくることはなかった。

 

そう、言うなれば「因果律の相違点」が再び生じている。

しかしながら原因ははっきりとするものではない。これまでは使徒の変化ということで、単純に自分たちが違う戦法を取ったりしてきたから使徒も変わったのだ、という見解を得た。

 

いや、不可解な人物が介入してきたのは今回に始まったことではない。真希波マリ・イラストリアスの存在だ。

既に前史で言うところのアスカ並に馴染んできつつあるので忘れがちだが、彼女もまたイレギュラーな存在なのは間違いない。

 

が、彼女については一応「アスカのいない分を埋める」という理由で存在していると言えなくもない。

その点マユミはどうだろうか?

 

本来どこにも存在できる余地のない存在……なのだろうか?

だが、学校で出会った少女は紛れなく現実のものだ。ともすれば、どこかに存在できる余地がある筈であった。

 

けれども、

 

「何せ碇君ってばあの狐の手を取っていたもの」

「あ、あれは事故で……」

「…………」

「…………というか、なんで綾波に山岸さんのことで色々言われないといけないの?」

「知らないわ」

「えええ……」

 

そんなことよりも、今は目の前の同居人こと綾波レイの誤解を解くことが先決らしかった。

 

『はいはい、二人ともそこまで。しかし本当に不可解なものだね。彼女の存在からして』

「……そうね」

「真希波さんのように前回居なかったけど、山岸さんは誰かの代わりに入ってきたという訳でもないからね」

「一先ず、様子見と言ったところかしら」

『それしかないだろうね。仮に何か裏にあったとしてもすぐに何か行動を起こすという訳でもないだろうが……まぁ、何事にもイレギュラーはあるさ』

 

 

突然のイレギュラーに対し、人は弱いものだ。

例え未来が分かっている者であっても、いや分かっている者であればこそ尚更のものだ。

 

そのためか、生産的な会話はいまいち生まれない。

強いていうならば、マユミが一体何者なのか……という話題にこそなれど、

何者だったところでどのように対処すればよいのか。

 

仮にもしゼーレの使者として何らかの活動を行う工作員などだったとしても、

現段階でゼーレが何か悪事をやった等という情報が何か出回っている訳ではない。

むしろ、ネルフに資金援助を行っているただの慈善団体ですらあり、現段階で敵対するのはあまりに危険である。

それ故に先んじて行動するということも迂闊には出来ないし、

何よりなまじゼーレがそのあくどさの尻尾を出したとして、マユミがゼーレの使者であるというその確信も一切ないのだから。

 

ふとテレビを点けてみることにする。何気ない日常の変化から何らかのヒントが得られるかもしれないからだ。

 

『一ヶ月ほど前に発見された長谷川鯛造さん三十八歳無職ですが、再び行方不明になっていることが明らかになりました。

その他、長谷川さんと交友関係にある桂小次郎さん、坂本拓馬さん、志村新一さんを初めとする十数名が行方不明になっているとの報告があり、警察により捜索が……』

 

が、何か特別な番組がやっているという訳でもない。

刑事などであれば行方不明事件なども色々参考に出来る点はあるのだろうが、

生憎エヴァンゲリオンに乗れて未来を多少知っているという以外は殆ど中学生として生きているのだから。

 

その後もぼうっとテレビを観たりはしてみたものの、やはり手掛かりなどはなく。

何事もなくこの日一日の終わりを迎えることになるのであった。

 

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結局のところ山岸マユミについてなんらいい情報を得られることがないまま、一週間ほどの時が経過した。

初めは好奇心からマユミに話しかける者も多かったが、彼女の大人しげかつ内気な性格もあってか今では彼女に話しかける者は精々委員長であり席が隣り合っている洞木ヒカリくらいのものであった。

 

また彼女は身体が弱いのか、三日に一度は学校を休んだりもしていた。

 

この状況は、どことなくかつての自分を彷彿とさせた。

しかしお互いそれなりにウマが合うのか、何となく楽しげに話している姿も時折見かけられる。

 

この日も何か特別なイベントがあるでもなく、普段通りの学校生活を送っていた。

風邪が流行っているのだろうか、若干ながら教室の人数が減ってこそいるが、それ以外は概ねそのままだった。

 

昼休みを迎えると、ふとシンジのもとにトウジとケンスケがやってきた。

 

「なぁシンジ、この昼休み空いとるか?」

「うん、どうしたの?」

「再来週、文化発表会があるだろ? 俺たちも出し物を決めなくっちゃな」

「発表会……」

 

そう言われてみると、去年も確かこの時期にそんなイベントがあったような記憶はある。

しかしながら使徒レリエルの襲来により街が半壊、やむなく中止になったという記憶もあった。

 

そして今回。流星のごとく現れたイレギュラーガール、山岸マユミの存在もそうだし、そうでなくとも使徒戦で色々と作戦を立てるなどしていたのでそれと無関係なことは大分頭から抜けてしまっていたのだ。

 

「何や、忘れとったんか?」

「まぁ無理もないか。ネルフの用事も忙しいだろうしな」

「あはは……でも、何をやるつもりなの?」

「んー……いや、実はもう大体やることは決まっとるねん。後はシンジさえよければって感じやなぁ」

「そうそう」

「ふぅん……で、やることってのは?」

「バンド」

「ば、バンドぉ?」

「せやっ。学園生活の醍醐味、バンドをやろうと思ってるねん」

「会場内を所狭しと反響するギター、ドラム、ベース……くぅーっ、まさにロマンの塊だよ!」

 

どうやら既にやること自体は決まっているらしい。もっともシンジとしてはやりたいことが何かある訳でもないので、従うことに異存はない。

しかしながら、なんでまた突拍子もなくバンドになったのだろう。ロマンの塊とは言うがそこまでのモノには思えない。

いや、ただ自分がそう思えないだけでふつうはそういう価値観なのかもしれないが、ともあれシンジには否定する理由こそなけれど、何故そうするのかというのもイマイチ腑に落ちないところではあった。

 

「まぁ、僕はいいけど」

「よっしゃ流石は碇シンジ君! 男のロマンをよーく分かってる!」

「……でもバンドって三人で出来るものだっけ?」

「そう、そこや……ワシらが今直面しているのは人数不足や」

「必要なのはギター、ドラム、ベース、キーボード、ボーカルの五人。いや一応ボーカルはギターかベースあたりと兼任でもいいから最低でも四人は必要になるんだ。

あっ、そういやシンジってどの楽器出来るとかあるか? 俺は生憎ドラムぐらいしか出来ないけど」

「ワシはギター担当や。これでも一応小学校の頃にやっとったからな」

「うーん。チェロはやっていたから、……ベースとかかな。後はキーボードも多少は」

「おおっ、ええなぁ。それじゃあ後はどっちかが出来る奴をもう一人連れて来れればええねんけど……」

 

そう、まさにそのもう一人が問題なのである。

なまじベースもしくはキーボード、このどちらかの奏者が居たとして、別の出し物に出演する可能性も大いにあった。

暫し考え込む三人。

 

「問題はやっぱりボーカルだよ。ここはやっぱり女の子を連れてこよう。女の子が居ないなんて、クリームを入れないコーヒーみたいなもんだよ」

「せやからワシは男らしいバンド目指したい言うたやないか」

「ナンセンスだね。美人で活かす可愛いコちゃんのボーカリストはメジャーなバンドの必須条件さ」

「ほんじゃどないすんねん」

「今から用意するんだよ」

「おおっ、心当たりがあるんか?」

「いや、俺自身にはない。しかしだ、心当たりを持っていそうな奴がここに居るじゃないか。お前だよ、シンジ」

「僕?」

「そういやネルフにもぎょうさん美人おるけぇのぅ。それ抜きにしたってわりかし女の知り合いもおるやろ」

「う、うーん……そう言われてもなぁ」

 

確かにシンジには、目の前の男二人よりも女の知り合いは多い。

更に言えば、その全員がとびっきりの美人。まるで漫画の世界のようによく出来た人間関係である。

その中にベースかキーボードのいずれかが出来る人がいれば、ほぼ間違いなく即決だろう。

 

「例えば綾波とかどうだよ。あの透き通った声、ボーカル担当させたら絶対俺たちが最優秀賞間違いなしだよ!」

「後は真希波はんもええなぁ。どういう訳か滅多に学校来ぃへんけど、あの美貌は学年中の噂やで」

「なんだったらゲストでミサトさんとか。後……伊吹?さんって人もなかなか可愛いじゃないか」

「ウヒョー! ワシ何だかワクワクしてきたわ!」

「……いや、来るかわからないけどね?」

「そんなもん声かけてみんと分からんやろ! ほな、灯台下暗しとも言うしまずはこのクラスの女に色々声かけーや自分」

「はぁ……分かったよ」

 

レイに頼めば、ボーカルは恐らく問題ないだろう。己惚れる訳ではないが、OKを出してくれるだろうという思い込みもなんとなくあった。

しかしながらボーカルは今は必要条件ではなく、キーボードないしはベースを弾ける女生徒が最優先である。

レイ以外の女生徒と話す機会はそうあるものではないので、誰が楽器を出来るかという情報もいまいち不鮮明である。

が、悩んでばかりいても仕方がない。まずはレイに声を掛けてみることにした。

 

「綾波」

「何?」

「えっと……実は今度、トウジやケンスケとバンドをすることになったんだ。それで、人員が足りないんだけど……綾波って何か楽器弾けたりする?」

「……」

 

暫し、熟考する。出来るか出来ないかなので熟考する必要がない気もするが、そこは綾波レイという人格である。普通の人間とはまた少し違うのだろう。

 

「……無理ね。歌うだけならともかく」

「そっか……他に何か弾けそうな女の子知ってたりする?」

「いいえ。知る必要がないもの」

「そ、そう……」

 

綾波レイとは、そういう人間だ。

 

次に当たったのは委員長ことヒカリ。

一応上下に姉妹が居るらしいので、そのどちらかがピアノか何かを弾いているようであれば可能性はある。が……

 

「ごめんね、私もちょっと」

「そっか。他に出来そうな人は知ってる?」

「そうねぇ……ちょっと分からない」

 

確かに彼女はそれなりに根がしっかりしているせいか、悪盛りの中学生としてはそこまで交友も広くはない様子だった。その為、あまり知る由もないのだろう。

シンジが学校内で交流がある女子は思いのほか少ない。神聖視している女子も影ながら居たりはするが、大抵シンジはトウジ&ケンスケというどちらかというと女好みではない男子か、自分とはまた一つ次元の異なる美少女・綾波レイのどちらかとしかつるんでいないからだ。

いよいよネルフの誰かにあたらないと駄目か、とあきらめの気持ちを早くも持ち始めていた。

 

ところが、意外にもあっさりと人材は見つかることになった。

 

 

「あの…………私、ベースなら出来ますけど」

 

 

洞木ヒカリの隣にいる黒髪ロングの文学少女、山岸マユミがまさに合致する形で立候補したからだ。

 

「よかった。丁度ベースが足りなかったんだ。ありがとう山岸さん。それじゃあ早速放課後から練習するみたいだから音楽室に……」

「私も行くわ」

「綾波?」

「ベースが丁度そろったということは、ギター、ドラム、キーボードは既に揃っているのでしょう?

ならば私がボーカルをやるわ」

「え、でも」

「やるわ」

 

突然妙なモチベーションを出し始めたレイ。

ヒトの心は如何なる数式でも表すことが出来ていないとされるが、それはレイについても例外ではないようだった。全く以って予測不可能。

 

「わ、分かったよ……じゃあ二人とも放課後ね」

 

レイの勢いに押される形で了承し、放課後の練習の旨を告げたところでチャイムが鳴った。

 

----

 

結局のところ、バンドのメンバーは役割も含めて概ね完成した。

 

ギターはトウジ、ベースはマユミ、ドラムはケンスケ、キーボードはシンジ、そしてボーカルがレイ。

 

マユミもどちらかといえば美少女に入るルックスを持つだけあり、トウジやケンスケからも大絶賛だった。

 

「しっかし、まさか山岸はんがベース出来るとはのぉ。おなごも見かけによらんわあ」

「トウジ、失礼だろ。……しかし、なかなか上手いよなぁ」

「そ、そうですかね?」

「あぁ、お蔭でドラムも合わせやすいってものさ」

「相田君の、その、ドラムも悪くないと思います」

「ん、ありがと」

 

マユミは話を聞くに、小学校低学年の頃からベースを弾いていたらしく、これまでにも何度か賞を取ったりもしたことがあったらしい。

ところがその内気な性格から、あまりバンドに参加したりはしていなかったというのだ。

 

「シンジの方はどうなっとるんや?」

「あぁ、大丈夫。綾波も大体歌詞は覚えたみたい」

「……もう大丈夫よ」

「おお、悪くないね。……んじゃ、トウジは?」

「えぇっと、その……れ、練習は気張っとるんやけど……」

「ギターやってるんじゃなかったのかよ」

「いやー、やっとったの小学校以来でなかなかなぁ」

「どうしたものかなぁ……シンジ、知り合いに誰かギター上手い人居たりしないか?」

「え?」

「トウジのコーチになって貰うんだよ」

「うーん……ギターが……上手い人……」

 

暫し考え込むが、自分の周りにギターが得意そうな人物など果たしていただろうか。

脳内で検索をかけてみるが、その結果はいずれも芳しいものではなかった。

 

うーん、と悩んでいると、

 

「……碇君、一人いるわよ」

「えっ、本当?」

「えぇ」

「うーん、誰?」

「……オペレータのロン毛よ」

「……あのさ綾波、その呼び方ってどうなのかな」

「知らないわ。でも必要な時くらいは役に立って貰いましょう」

「……はぁ」

「どうした、シンジ?」

「いや、何でもない。それより、ネルフに一人上手い人が居るみたいだからその人に頼んでみるよ」

「おっそっかぁ。よかったなトウジ」

「お~頼むで」

 

レイに言葉でなじられた「ロン毛のオペレータ」に心の中で合掌しつつ、この日の予定を頭の中で少しずつ組み立て始めることにした。

 

 

それから暫く練習をこなした後、ネルフへと向かう。理由は勿論「ロン毛のオペレータ」こと青葉シゲルにコーチングの依頼に向かうからだ。

無論、この日もネルフは稼働している。二十四時間ほぼ厳戒態勢で、昼間組と夜間組に分かれているという方が正しい。

 

一応使徒も人間に限りなく近いというデータは出ていたこととこれまでの戦闘データから昼間の方が使徒出没率は高いだろう、という結論に至っているので、重要なメンバーはどちらかというと昼間に集められている。

今は丁度夕方なので、まだギリギリ人員入れ替えの時間ではない。

 

そしてそういう職業柄、基本的にはいつも同じ場所で仕事をしていることが殆どである。

そして、この日も。いつも通りというべきか、発令所の中央のデスクの、左側に彼は座っていた。

 

「あの、青葉さんいますか?」

「ん? ……あっ、シンジ君じゃないか。どうしたんだい?」

「実は一つお願いがありまして。青葉さんって、ギターが出来るんですよね?」

「あぁ、一応これでもプロ入り直前までは行ったんだぜ」

「ならよかった。実は今度、学校の文化祭でバンドをやることになったんですが、ギターの担当がなかなか手こずっていて。よければコーチについてもらえたらな、と」

「うーん。仕事もあるから、日にちは割と限られるけどそれでもいいなら」

「本当ですか?」

「ああ。教えるのはやったことないけど、俺でいいなら幾らでも力を貸すよ。いつもはシンジ君たちに助けられているんだ。こういう機会に少しでも恩を返せないとね」

 

割と上手くいった。

 

「それじゃあこの金曜日と、その次の火曜日。前日の調整日は少し忙しいけど、なんとか行けるように計らってみるよ」

「ありがとうございます!」

「いいってことよ。要件はそれだけかい?」

「はい」

「そうか。そんじゃ、気を付けて帰るんだぞ」

「そうだな。最近は行方不明事件が多発しているらしいんだ」

「日向さん。そうなんですか?」

「あぁ、ニュース、観てないのかい? ここ最近増えているんだよ。それもこの第三新東京市を中心に」

「そりゃまた、どうして……第三って実質的にはネルフの管轄なんですよね?」

「そう、だから使徒戦関連の仕事とは別に俺たちオペレータも暇を見つけては捜索にあたっているんだが……成果は芳しくない。

何者の仕業かは分からないが、MAGIのチェックをもすり抜けられるなんて相当な力を持った何かであるのは確かだ。気を付けて帰ってくれ」

「分かりました」

 

そういえば、この間も行方不明に関するニュースが取り扱われていた気はする。

しかし、だからと言ってシンジがどうこうできるという話でもないだろう。

MAGIのチェックをもすり抜けるのならば尚更だった。

一応、シンジが遡行者として使えるカヲルを媒介とした能力はATフィールド関連について幾つかある。

しかしそれを扱うということは己の身体からATフィールドが発現することを意味しており、エヴァンゲリオンに搭乗していない時にそれを行うのは今のところ極めて危険である。

 

そこでカヲル関連の能力を省いてみると、

シンジはエヴァンゲリオンに乗っていなければ、大体常人より少しばかり強い人間程度に留まり、頭脳に関しても自分に加えカヲルの知恵があると言っても、まだそれを活かしきれている訳ではない。

ラミエル戦以降にハード・トレーニングを始めてから既に早くも半年ほどが経過しているが、まだまだ伸びしろは余りに余っているし、赤木博士から出される課題も今一つ解けないこともしばしばある。

 

そう、確かに前史よりずっと優れたステータスは持っているが、それでもまだ「足らない」部分がごまんと存在しているのだ。

少なくとも、MAGIをすり抜ける能力の持ち主を暴いてそのまま解決できるほどの実力には至っていない。

 

ともかく、この日は何か思い立つこともなく。

一応警戒はしておいたが、特に何が起こるでもなく……無事に家に帰宅することに成功した。

 

そして家の中でも、いつもの同居人・綾波レイが夕食を今か今かと待ちわびていた。

街で多少の異変が起きているとはとても思えない、いつもの日常であった。

 

 

----

 

そこは薄暗い海の上。

東にはあと一時間もあればその光が海面を満たすであろう太陽のオレンジが僅かに見て取れる。

 

 

ふと目が覚めると、そこに横たえられさせていることに気付いた。

 

 

……ここは?

 

波は浅く、揺れも小さい。

それは船だった。小さすぎず、大きすぎずの、船と言われて想像しうる船。

 

そこに一人、何かに縛られたりしている訳でもなく、生まれた時の姿そのままでただ横にさせられていたのだ。

 

誰か居るのだろうか、と思い周りを見渡すも、船には誰もいる気配がない。照明も全て切られている。

 

しかし、潮風特有のべっとりとした感じが、自分のまだ幼気な身体を妖しく弄んでいるような気がして、ぞわぞわとした気恥ずかしさを覚えた。

 

船のカギは開いていた。

一先ず布に身を包もう。そう思い、船内のテーブルクロスをベールのように纏う。

身が覆われたことで多少安堵を覚えたのか、船内を少しばかり散策してみることにする。

 

すると散策を始めてから間もなく、先ほどまで自分がいたあたりから一縷の光が出ていることに気付く。

 

これは一体何なのだろう?

 

素朴な疑問を覚え、その光に触れたその時。

 

 

その身は、光に包まれてゆく。

 

 

先ほどまで浅かった風は、その光を中心に見る間に強くなる。東の太陽は隠れ、波も次第に荒れ始めていった。

 

 

----

 

第三新東京市に朝日が差し込んでくる。

 

東の方にはやや大きな暗雲が立ち込め、やや強い風こそ吹いていたが、暦上の春を目前に控え温度が真夏並みに上がり始めている今の日本にとって、強い風は割とありがたいものでもあった。

 

学校には若干名の欠席者が見られた。遠方からの登校者もそれなりにいるので、地域によっては風で電車が止まっているのかもしれない。

 

「シンジに綾波、おはようさん」

「おはよう碇、綾波」

「ん、おはよう二人とも」

「……おはよう」

「今日も山岸さんは休みか……」

「彼女は上手いし音源も録音しておいてあるから練習は出来るけど、そうなると今度は身体の方が心配になるよな」

「ほなら今日はお見舞いにでも行ったるか?」

「まぁそこは放課後までに決めるとして、だ。シンジ、どうだった? ネルフの人」

「うん。快くOKしてくれたよ」

「良かったあ~。な、トウジ」

「せやな。おおきに」

 

マユミこそ欠席だったが……それ以外は、特に何の変哲もない、いつもの一日。

そうなると思っていることは、いや、そうなってほしいと思うことに、何ら罪はないはずだ。

 

 

ただ、仮にそうならなかったとして、それを責めたりする権利はない、というだけで。

 

 

強風が一層強まり、窓ガラスにガンガンと叩き付け始めたその時、シンジとレイの携帯が鳴り響く。

これこそが、非日常のお知らせである。

 

いつものように、黒服に連れられ、車でネルフ本部まで直行するパイロットたち。

プラグスーツを着て、何時でも出撃が可能な状態にする。ここまではいつも通りだった。

 

そして、

 

「何だ……コイツは!?」

 

 

パターン青の報告を受けネルフに到着したシンジがモニターを見たとき、開口一番叫んだのがその言葉であった。

そこには、確かに巨大な使徒と思しき生物は存在した。が、これまでの使徒とは決定的に違ったものであった。

 

まず、その姿。

これまでも異形であったり、サキエルやゼルエル、イスラフェルのようにどことなく人を彷彿とさせる姿の使徒も居なかったわけではない。

だが、これはそれとはまた根本的に違う。

下半身部分がふっくらとした西洋風のドレスを身に着けており、その胸部からは白い谷間が見え隠れしている。

頭からは長い黒髪がすらりと伸びており、シルエットのみで言えば完全なる『ヒト』そのものであった。

そしてその肝心の顔の部分は……

 

 

マーブル模様。

 

 

つい先日討伐したばかりの、レリエルのものだった。

 

 

長い黒髪を翻した少女のような佇まいのその顔を埋める球体は、見る者を何かとても不安定な気分にせずにはいられない。

 

本来あるべき場所にない、顔。そこにレリエルの毒々しいマーブルが飾られているのだ。

 

 

そして姿そのものは使徒自体が異形なのでそこまで違和感はないのだが、奇妙なのがその体勢だ。

人で例えるならば頭部にあたるところが地面側に来ており、脚部にあたるところが空側に来ている。

逆立ち状態で浮遊していたのだ。

 

「対象、猛烈な風を発生しています! 風速出ました、……七十メートル毎秒!」

「太平洋沖、第三新東京市から四百キロ離れた地点に現在います。進行速度から推察して、半日以内にはネルフ本部に到達するものと思われます」

 

発令所では使徒に関する様々な情報が飛び交っていた。

そのどれもは非現実的な数値で、この使徒の異端さを物語っていた。

 

「……まさか日本でスーパー・セルを拝めるとはね」

「あら、条件次第では日本でも起きるわよ? 言葉としては滅多に使われないけれど、竜巻とかね」

「流石赤木博士、詳しいのね」

「まぁ、ここまでのものは滅多に無いわよ……さしずめ彼、いや彼女は風の使者と言ったところかしら?」

「彼女? 使徒に性別があるとでもいうの?」

「さぁね? でもあんな姿をしているのよ。便宜上でも彼女と呼んだ方がなんとなく違和感もないでしょう」

「まぁ、どうでもいいけど。……それより、あの顔。まるで前回のものと全く同じね」

「前回の方法ではダメだった、という訳ね。光源破壊を行うだけでは使徒の現実世界への接触は止められなかった。むしろ、使徒に学習能力があるとすれば」

「なるほど、今回は光源もなし、か。

それで堂々とあんな姿でお出ましになったという訳ね……で、日向君。エヴァの状況はどう?」

「零号機から弐号機まで、全て整備は完了しています。兵器についてもN2指向性ミサイル五百発、抗ATフィールドコーディングミサイル百発、その他通常兵器各千発の整備も完了」

「では、後はシンジ君以外のパイロットの到着を待つのみだけど、どうするの葛城作戦部長? 

あの風ではエヴァでも接近できるかは分からないわよ」

「……まずは様子見ね、いつぞやの四角い使徒みたいにレーザー撃ってきたら溜まったもんじゃないもの……

N2ミサイル及びUACMを三十発打ち込み用意! 目標は使徒の各部位、撃てぇ!」

 

ミサイルが使徒に向かってゆく映像がモニター画面に映る。

使徒の纏う凄まじい暴風も流石に音速を越える上一本一本が数トンにも及ぶ重量であるミサイルの運動エネルギーを殺すには余りにも圧力が足りないのか、ミサイルは簡単に使徒に吸い込まれていった。

 

やがて、凄まじい光量がモニターに映し出される。使徒の各部位を的確にミサイルは抉った……

 

「……どうかしら」

「コレで終わっていればいいのだけど……少なくとも全くの無傷とはいかない火力の筈よ」

「映像、回復します」

 

 

が、

 

 

「……全く効いていなさげね」

「厳密には使徒損傷率ゼロ以上一パーセント未満、スカート部分が一部焼却されました」

 

 

人間で言えば、切り傷が数ヶ所入った程度である。使徒との戦いにおいては事実上の無傷と言ってよい。

しかし前回のレリエルと違うのは、虚数空間を開いたりしている訳ではないということだった。完全に自らの身体だけで火力を受け止めていたのだ。

 

 

「こりゃーあるいはネルフ始まって以来の脅威かもしれないわね?」

「前回の使徒も相当なものだったけど、今回はそんな生ぬるいものじゃ済まなそうね……本部自爆によるエネルギーはおよそN2指向性ミサイル五千発程度。

これまでの使徒であれば一応確実に撃破可能だろうけど、抗ATフィールド性はない以上彼女には殲滅に必要なダメージの七割程度のしか与えられないと見ていいわね。あるいは、それ以下」

「ATフィールドさえ破れればギリギリ、って範囲ね。……日向君、パイロットは?」

「シンジ君は既に支度が整っています。マリちゃんやレイちゃんも先ほど保安部隊が車に乗せたようなのであと十数分で到着するでしょう」

「そう。結局ビームは来そうにないし……PSRで狙撃はどうかしら」

「余りにも遠すぎるわよ。せめて百キロ圏内に入らないとエネルギー減衰もいいとこ」

「そう……現状では打つ手なし、か……シンジ君?」

「あ、はい」

「この使徒、どう見る?」

 

どう見る、か。

 

いつの間にやら信頼度が大きく上がっているようだった。

しかしながら今回の使徒は本当に初見だった。

 

いや、厳密には初見ではない。

顔の部分のマーブル模様。アレは間違いなくレリエルのものだ。

 

しかし、その位しか分からない。どういう使徒なのかが検討も付かない。

 

「頭部以外は初めて見ましたよ。未知数ってレベルじゃないです」

「そう。他に何か気付いたことは?」

「……ありません」

「そっか……分かったわ。それじゃあ……まだこちらに侵攻するまでには少し猶予がありそうね。何時でも動けるように待機していて。レイも。いいわね」

「「はい」」

「よろしい。……ところで、マリ知らない?」

「真希波さんですか?」

「ええ。前回の使徒戦からずっと来ていないのだけれど」

「それは……分かりませんが……」

 

シンジは使徒戦の対策こそある程度立てられても、流石に探し人をする能力に長けている訳ではないので、こればかりは何とも言えなかった。

 

ところが、そんな心配もすぐに無用のものになった。

 

 

「お呼びでしょうか~?」

「マリ!?」

 

探し人こと真希波マリが気の抜けた声と共に発令所に入ってきたからだった。

 

「どこに行ってたの」

「ごみん、ちょっち野暮用でね~。それより使徒でしょ? アタシも出るわ」

「……やる気があるのは結構なことだけど、作戦決行は今から五時間後よ。色々聞きたいことはあるけど今は備えておきなさい」

「はぁ~い」

 

やっぱり気の抜けた声は変わらない。目の前の異形を見てもなおこのスタンスなあたり、相当に肝が据わっているのだろう。

とはいえ、肝が据わっていなかったとしてもどの道五時間後まで何も出来ないのだから、マリのスタンスは割と正しいのかもしれない。

 

その後五時間も厳戒態勢が続いたが、使徒は第三新東京市に向かいゆっくりと移動するだけで特に何か行動をすることはなかったらしい。

そして何事もなく五時間ほどの待機時間が終わると、シンジたちはエヴァに搭乗した。

流石に長い待機時間を見かねたミサトによりある程度の仮眠の許可も降りたので、全員の体調はほぼ万全に整っている。

 

【パターンブルー……及び、オレンジと周期的に変わっております。これは……前回の使徒と全く同じ波形パターン!?】

 

驚嘆を一切隠さない声で半ば叫ぶように実況する日向の眼前には、青・橙・赤の三色が煌々と輝く画面がある。

その検出源は日向の言う通り、かの使徒に向かっていた。

 

【! パターンレッドも確認! これは……人間です! 百人相当の反応が確認されています】

 

「(ここ最近の行方不明者の人数とほぼ完全に一致している……もしかして、コイツが取りこんだのか?)」

『……恐らくは。どうやってかは分からないけど……ただ一つ言えるのは……一筋縄ではいかないだろう、ということだね。風もジオフロントに吹き降ろされるまで強くなってきている、気を付けて行こう』

「エヴァンゲリオン各機、発進!」

 

「あれか……」

『まずはシンジ君、PSRを撃ち込んで。

今回は例の青い使徒のようなレーザーによる反撃は確認されていないから存分に撃って構わない……

けど、一応レイとマリにはバックアップをお願いするわ』

「はーい」

「はい」

 

【PSR充填率百パーセント、いつでも発射可能です】

【撃ちなさい】

「はいっ」

 

ポジトロンスナイパーライフルの射線が使徒に突き刺さる。

巨大な壁のようなもの、ATフィールドが使徒の前方に発生し光線を防ごうと試みたが、こちらの技術力も負けてはいない。

ラミエル戦からはや数ヶ月、イスラフォンの外殻データを参考にそれをも上回るエネルギーが発生するよう強化されていたのだ。

使徒のATフィールドをやすやすと貫き、使徒の外殻と呼べるところを貫いた。

少しすると、こちらからは数キロほど離れているのに煙が見えるほどの大爆発が起きた。

 

【……どう?】

【ATフィールド自体は貫通成功しました。但し表面の強固さは先の第八使徒のデータの数倍と見られ、ダメージとしては恐らく耐久率の十パーセントにも到達していません】

【……かなり頑丈なようね。三人ともいい? 陸上と大差ない行動が行える沖合二キロ前後に到達次第、攻撃を開始して】

「「「はい」」」

【攻撃開始カウントダウン。日向君、お願いするわ。十秒前】

【九】

【八】

【七】

【六】

{5}【五】

 

『ん? アレは……数字か?』

「(みたいだね……しかし、一体どうして?)」

 

五秒前に差し掛かったとたんに使徒から映し出される文字は、まさしく人間の使う算用数字であった。

ATフィールドにも似た、結界模様の囲いで修飾されている。

 

その後も、マコトのカウントに合わせる形で使徒のカウントも進んでいく。

 

{4}【四】

{3}【三】

{2}【二】

{1}【一】

{0}【零】

 

【作戦、開始】

{attack start}

 

カウントダウン終了とともに、先ほどまでとは非常に強力な風を吹かせはじめる使徒。

その強風は木々をなぎ倒し、そこらじゅうでは大小関わらず車や設置物が弾丸のように飛び交っていた。

 

【各自ATフィールドで身を護ってちょうだい。木や小型車程度ならまだしも、大型トラックや重機に当たれば少なくないダメージを受けるでしょうから】

「「「了解」」」

 

ATフィールドを身に纏わせると、それとほぼ同時に遠くから巨大なトラックが飛んできた。

それがエヴァに直撃することはなく、ATフィールドに弾かれどこかに消える。その数秒後に爆発音が聞こえてきた。

 

ATフィールドの強度はパイロットのシンクロ率及び操縦能力に大きく依存するが、

少なくともこの三人の操るATフィールドであればこの程度の衝撃は受け流せる。

 

が、問題はその余りの風力にエヴァの蛮力でもそうやすやすと近づくことは出来ないということだった。

 

「風力源を何とか叩ければいいけど……今のままでは多分近づくことは出来ない」

「ん~、いっそフルパワーモードでサクッと行っちゃう? 一分しか持たないけど。博打踊りって感じで嫌いじゃないニャ」

「ダメ、まだ敵との距離自体はかなりあるわ」

「もう少しばかり様子を見ようか?」

「いえ、来るわ」

 

レイがそう言ったかどうかのタイミングで、使徒は暴風を纏いながらこちらへの接近を開始した。

一見鈍重な動きをしているが巨体であるが故か侵攻もとても早い。

つい数分前までは二キロほど先に居たにも拘わらず既に一キロ圏内に侵入している。もはや突進とも言えるスピードだ。

 

【外殻の硬度は貴方たちにも聞こえていた通りよ。此間のユニゾンの要領で撹乱しつつATフィールドを中和、三体での迎撃を試みて】

「「「了解ッ」」」

 

接近する使徒を前にして動かないという愚かなことはしない。

まずは使徒の突進を寸でのところで身躱すと、背中に向け小型ポジトロン・ライフルで中和を行いつつの射撃撃破を試みる。

赤・紫・黄の三色が放った一撃は全て使徒の背中を正確に捉えた。

 

が、

 

「効いてない……」

 

 

無傷。

使徒はその攻撃に対し振り向いてATフィールドを展開しようとすることもなく、背中のみで中和込みの射撃を全て弾き返して見せた。

その堅牢さには発令所も息を呑んだ。

 

「射撃は効果なし、と」

「困りものね」

 

使徒はゆっくりとこちらを振り向く。

が、特に何かしようという気配は見えない。

 

「よっしゃ、これはもう接近戦しかないっしょ~。行くよ二人ともッ!」

「行くって、まさかまた『アレ』やるんですか!?」

「妙案もないわ。やりましょう」

「ううーん……分かったよ」

 

散開する三機。

それを気にすることなく、使徒は達観するのみにも見えた。

 

 

『アレ』。

そう、アレとは、恐らく、シンジの予想が正しければ、アレのことだ。

イスラフォン戦で行った、例のアレ。

 

そう、

 

 

「一つにして全!」

「全にして一つッ!」

「……死は、君たちに与えよう」

「「「カム・スウィート・デスッ!!!!」」」

 

三機のエヴァンゲリオンが使徒のコアと思しき部位に向かい、一丸となって向かってゆく。

その速度は音速を越え、エネルギーはもはや使徒のATフィールドを完全に「無視」出来るレベルに突入した。

 

凄まじいエネルギーに周囲に砂塵がもうもうと立ち込め、その周辺の視界を完全に零にした。

 

【やったか!?】

【モニター視認不能。エネルギー反応は…………】

 

 

モニターの状況を真剣な表情で読み上げるマヤ。

だが、それはもう報告するまでもなかった。

 

 

ドガァァアアアアアンッッ!!!

 

 

強烈な爆音と共に、

 

三機のエヴァが瞬く間に吹き飛ばされ、

 

 

【…………四体。使徒、ほぼ完全に】

 

 

逆立ちの様相であったその姿を反転させ、

 

 

【無傷、です……】

 

 

直立の状態となった、使徒が居たのだから。

 

 




はい。いかがでしたでしょうか。
マユミ登場編、つまるところセカンドインプレッション編ですね。
次回はマユミ編後半です。


※今回の使徒ですが、どこかでデジャヴを感じた方もいると思いますし、何よりレリエル要素があるということで完全なオリジナルではありません。
そしてお察しの通り割と有名な元ネタが存在します。


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第十四話 神への叛逆

色々と用事が立て込んだりしていて0時投稿からは若干遅れましたが、一応二十七日投稿ということで投稿させていただきます。

それでは今回はマユミ回が完結です。最後の方少し駆け足になっている感もありますが……


あのイスラフォンを突き破った攻撃にもかかわらず、それですらも対処不可能なレベルの超硬度を見せつけているかの使徒に、発令所にいる人間の驚きは隠せない。

 

 

【今ので無傷だというの!? マヤちゃん、解析して】

【はい……厳密には、構成物質五十パーセント程度の破壊は認められています……が、驚異的な回復力で既に殆どダメージはゼロパーセントと言っても過言ではありません。一方の使徒の風力は先ほどより二十メートル毎秒向上していますから、先ほどより強化された可能性も……】

【そう……だそうよ? ミサト】

 

一方のリツコはそこまで驚いている様子でもなかった。

イスラフォンを殲滅したのは、あの攻撃ではない。

あの攻撃の威力に加算された謎の高エネルギーこそが、イスラフォンを殲滅するに至るパワーの源だったからだ。

それがないのならば、別に空中でロケット噴射をしたりしたわけではない以上、中和しているとは言っても単にエヴァ三体の質量を重力加速度で上乗せした攻撃に過ぎない。

無論それだけでも前史の使徒程度のATフィールドであれば余裕で突き破るのだが、

流石にN2航空爆雷や抗ATフィールドミサイルを何百発と打ち込む破壊力にはまるで及ばないエネルギーである。

 

【日向君……エヴァの状況は?】

【直接的な攻撃を受けたわけではないので、ダメージ自体は軽微なものです】

【そう……三人とも、大丈夫?】

「まぁ、何とか……」

「私達は大丈夫です。でも……」

「今のが効かないって、結構人類ヤバいんじゃないかにゃあ。心なしか風もめっちゃ強くなってるし、今のでむしろ本気にさせちゃったかも」

【……幸いエヴァ自体の損害は軽微だわ。使徒もメチャメチャ強い風を起こしてるだけで侵攻する気配は――】

「いえ、来るわね」

 

レイが再びその言葉を発したかどうかの時、使徒から青く煌めいた触手のようなものが超高速で差し迫ってくる。

 

辛うじて躱しきるエヴァ三体。しかし、その一撃だけでは終わらない。

 

その触手は五体ほどに分裂したかと思うと、エヴァより若干背の低い「何か」に変質した。

それは表面上の色こそ違うが、形そのものはまるで、

 

【これは……パターンレッド、複数出現! 波長そのものは完全に人間と一致!】

【なっ……】

 

ヒト、そのもの。

 

それは一度地面に降り立つと、やがてエヴァに突撃を開始する。

 

【……構わん。戦闘を続けろ】

【司令!? しかし、あのパターン・レッドは恐らく……!】

【フン。元が人だろうと、今は人類に仇なす存在だ……やれるな、パイロット三名】

「「「……はい」」」

 

元が人なだけに、気は進まない。

 

気は進まないが、人の形を成しているだけで細かい造形まで人と同じでないだけマシだったかもしれない。

それを破壊するのに、躊躇はしなかった。

 

人型の「ソレ」自体は大した強さではなかった。

一撃か二撃与えれば、簡単に消滅する。被弾してもやはりそこまで大きな痛みのフィードバックもない。

やはり元が人だからなのか? それは敵としてカウントするにはあまりに脆弱なものだった。

 

しかし問題は、それが何体も何体も現れることだった。

弱いとは言っても、エヴァの八割くらいの大きさの存在が大量に犇めいているとなると話は少し変わってくる。

少しずつではあるが、確実にエヴァの装甲にも傷が入り始めていた。

 

そして何より厄介な事実が、使徒はどうやら取り込んだ人間をコピーして発現させているらしいことだった。

その証拠に、既に百を大きく超える、使徒の使役するいわば「使い魔」のような存在が倒されているが、未だにその使い魔が途切れる気配はない。

不幸中の幸いとして、この場合取り込んだ人間そのものを殺したことにはならないのでこの使徒を倒せば取り込まれた人々が助かる可能性はある。が……

 

「ダメだ、倒しても倒してもキリがない……」

 

それを絶たない限り、この圧倒的な劣勢が崩れることもまた、ない。

 

「……現在、使徒は第三新東京市直上を時速十キロ程度で進行中。ジオフロントに接近及び離脱を繰り返しています。明確にジオフロントに降りようという意思はまだないようです」

「とはいえ、必ずしも時間はあるとは言えないわね。さて、どうしたものか……」

 

ミサトとマコトの目の前のスクリーンに映る使徒は相変わらず暴風を纏い、直立姿勢を見せていた。

何か行動に移す気配がないのは、顔面に乗り移ったレリエルの性質の表れなのだろうか。

 

「これまでの兵器がまるで歯も立たないなんて……」

「あら、意外と合理的よ。

いつも何らかの物理攻撃で倒されてしまうのならば、いっそのことその物理攻撃を一切通さなくなれば負ける要素も多分に減るもの」

「リツコ、ドヤ顔で語るのはいいけどこれ人類の危機なのよね」

「そういえば、どうやってもプレイヤーにすぐ倒されるからといっそ攻撃が通らない敵を作ってしまったというゲームもありますね」

「うわ、性格悪ッ……」

「一応救済措置はあるにはありましたけどね、特定のアイテムを使うと解除できたりして」

「……でもこの世は生憎ゲームじゃないから、そういう救済措置がある筈もないわけよ日向君」

「そ、そうですね……でもシンジ君とかならもしかすれば」

「子供たちに頼ってばかりではどうしようもないわ。ここにいる全員の力が必要よ」

 

大量のN2ミサイルでもダメ、ATフィールド中和込みでの三体荷重攻撃も効果なし。

その現実にネルフ本部内の士気もこれまでになく落ち込んでいた。

 

その落ち込みようたるや、それこそ前史でのレリエル戦をも上回る勢いである。

 

そしてこの時、誰も口にこそしないが一つ確実に言えることがあった。

 

現段階でかの使徒を倒せるだけの戦力は……

 

 

人類には、ない。

 

----

 

少女が気が付くと、その身は先程同様に生まれたままの姿でそこにあった。

しかし不思議と今度は不快感はなかった。

 

……ここは?

 

少女の長い黒髪が、ゆらりゆらりとそこを漂っていた。ただ白い、果てしなく白い空間であった。

 

いや……白、なのか?

 

わからない。

 

いやそもそも、色という概念が果たしてこの空間に存在するのだろうか?

 

暖かい? 寒い? 

 

わからない。

 

いやそもそも、温度という概念が果たしてこの空間に存在するのだろうか?

 

そして何より不思議だったのが、これ程までに広い空間にも拘らず、人は勿論他の生命、何もかもいないということ。

 

いやそもそも、生命という概念が果たしてこの空間に存在するのだろうか?

 

もはや、何が存在して、何が存在しないのかも分からない。

 

いやそもそも、「存在する」という概念が果たしてこの空間に存在するのだろうか?

 

 

なにも、わからない。

 

いや、

 

なにも、ない。

 

 

あるいは、「すべて」あるのだろうか?

 

「すべて」があるのならば、「なにもない」という状況もまた、「すべて」に包含される。

一見矛盾しているようだが、それもまた些細な問題。

「すべて」が存在するならば、「矛盾」もまたそこに存在して然るべきなのだ。

 

そんなニュートラルな空間に、少女は浮かんでいたのだった。

 

 

そういえば、昔お伽噺で似たような状況を読んだことがあった。

 

何もない、己のみがそこに存在する精神世界。

そこは自分と、いるとすれば絶対の神のみがその存在を許された空間。

 

そうでありながらも、自分の知る限りの「すべて」がそこにあるのだ。

 

 

一度目を閉ざすと、視界が晴れた気がする。

 

見慣れた細い黒縁が視界の端にあった。

 

身体にはいつもの服、いや違う。これは、純白のドレス。

 

歩こうとすると、浮遊感はなくなり、代わりに地面を確かに踏みしめる感触があった。

 

 

少女は駆け出した。

 

ここは何処か分からないが、どこまでも走ってゆけそうなそんな感覚がする。

 

身体の弱かった自分としては信じられない感覚だった。そのスタミナは無尽蔵にあふれ出し、駆ける速度は次第に速くなる。

 

いや、本当に速くなっているのかは分からない。けれど、自分の足が地を蹴る速度は確かに上がり続けていたのだ。

 

ふと、ふわりと身体が浮かぶ。ついに、空を飛んだのだろうか。

 

するとそこには一面の青い空が生まれる。地を駆けることをやめ、只管に青い空を羽ばたくのだ。

 

いや、羽ばたきすら要らない。只管に青い空を突き進んでいく。

 

 

やがて明るかった空は次第に黒に染まる。大気圏を超え始めたのだろうか。

 

突き進んでゆくとその黒は深まり、やがて目の前は完全な黒へと染まるのだった。

 

 

しかし、そこは宇宙ではなかった。太陽はおろか、輝く星はどこにもない。

 

どす黒い世界。先程とは違い、ひんやりとしている。

 

自分の髪色のような、自分の心の闇を映しているかのような。

 

次第に縛られてゆく。すべてがあるが故に、束縛もまたその空間に包含された。

 

 

やがて少女の身体は、見えない何かに完全に束縛された。

救いの手を求めるが、誰もそれを救おうとはしなかった。

 

締め上げる力はやがて少しずつ加わっていく。先程までの自由な空間とは打って変わり、苦しい。

 

だが、救いは来ない。

むしろ救いを求める程に皆が離れて行ってしまうような、そんな感覚。

見る間に孤独になっていく感覚がする。けれど、全くいなくなるわけでもない。

むしろ増えているような、そんな感じもする。でも同時に、いなくなっている感覚もする。

 

けれど不思議と混乱はしなかった。なんとなく客観的にそれを見ている感覚もまた、するのだ。

 

 

----

 

使徒は依然として暴風をまき散らしていた。

 

今日この日までエヴァンゲリオンによって殆ど無事に保たれてきた兵装ビル群は大部分が破壊され、見る影もない。

もはや前史で言うところのアルミサエル戦後にも近い被害状況となっており、修復には暫く時間が掛かることだろう。

 

とはいえ問題はそこではない。

こうして被害を許しているのも、この使徒への対抗手段が全くと言っていいほどないという、最大にして不落の問題があるからだ。

 

突然の窮地に立たされたネルフ本部のムードも依然として最低値を更新し続けていた。

これまでにもラミエルなどそれなりに危機に瀕したことはあったものの、それでも前史ほど緊迫感があるものではなかった。

そこへ来て今回のレリエル、いやそれが変異した「何か」。

 

シンジ達としては、前史でもゼルエルは殆どの物理攻撃が通らず、エヴァ初号機の覚醒で辛勝という状態だったのでこうした物理耐性のある使徒も全く経験がない訳ではない。

 

問題はその物理耐性の高さだ。

一応覚醒していない初号機であっても、前史においてゼルエルを半ば圧倒していた。

フルパワーモードになっていたためすぐに電源が落ちてしまったものの、それでもエヴァ三機があればゼルエルに関して言えば覚醒抜きでも勝算がない使徒ではない。

 

ところが今回はどうだろうか。三位一体の中和攻撃もまるで通用していない。

覚醒したエヴァの戦闘力は未知数だが、それでも先程の攻撃を大きく上回る威力を叩きだせるのかというと疑問は残るところである。

しかも直接攻撃を加えようにも、未だ収まらぬ使い魔たちの援軍がそれを阻む。

 

一度戦線を退き、まだ無事な兵装ビル群の傍で使徒の出方を見る……が、それで何か状況が変わるという訳でもなく。

 

「こりゃーにっちもさっちもいかないねぇ。どうしよっかわんこ君にレイちゃん?」

「どうしましょうっても……この状況では」

「……」

「やっぱりキミ達でもこればっかりはお手上げかぁ」

 

二人にも未だ、これと言った打開策がある訳でもなかった。

カヲルも、これと言って何か策を発言することはなかった。

ネルフも、かの敵に有効な妙案が浮かんだりはしなかった。

 

が、一人だけ策を持っている者もまた、いた。

 

「……よっし。しゃあない、それじゃちょっと試してみっか。リッちゃん、アレやるから」

【ちょっとマリ? アレって……まさか!】

 

マリの言う「アレ」を状況から推察するが、それは余りにも危険すぎた。

命すら削り得るそれを、安々と許可するのは難しい。

 

ところがマリの言う通り、実行せねば間違いなく人類も滅びてしまうだろう。それが故に。

 

【リツコ。何か知らないけど、今は手段を選んでいる場合ではないわ……作戦部長としてそれを実行することを求めます】

 

それを否定する理由もまた、ないのだ。

 

【…………分かったわ。但し保証はないわよ】

「さっすがミサトちゃん、話が分かるね。それじゃあ行くよ二人とも」

「へ? 真希波さん?」

「……何をするの?」

「ま~見てなさいって。レイちゃんは援護、わんこ君は突撃ね。何、ちょ~っち本気、出すだけだからさッ」

 

突然声を掛けられた二人はきょとんとした様子だったが、マリは既に臨戦状態だった。

ビルの陰から使徒の方向を向く、そこから攻撃に向かえばまず間違いなく使徒に直接攻撃を加えられるのだろうが、それを阻むかのように使い魔もまた大量に蠢いている。

ビルの陰から出てきた弐号機に気付いたのか、ゆらりゆらりと使い魔の群れたちがこちらへと向かってくる。

侵攻は遅いが、一分足らずでこちらまで到達するだろう。

 

が、それも全ては彼女の予定調和。

 

「モード反転・裏コード、ザ・ビースト」

 

マリのコード提唱と共に、その場で悶えだす弐号機。

いや、それは違った。

全身に溢れんばかりの力を解放し、ぐっと全身にその力を滾らせている姿があたかも悶えだしているかのように錯覚する様相だったのである。

 

背中からは次々と青緑色のギアパーツが発現する。左右五本ずつ、計十本のそれはシュウシュウと白煙を上げていた。

やがて弐号機の赤い装甲からは、より血の乾いた後の色にも近い、弐号機の素体と呼べるものが露呈し始めていた。

 

一方のプラグ内において、マリもまた苦悶の様相であった。

しかし、それは弐号機同様に違う。溢れんばかりの力が弐号機とのシンクロを通じ、流入してくる感覚。

苦痛と共に、漲ってゆく強大な力を全身で味わっていたのだ。

 

「うぐっ……やっぱキッつい。でも、ここで負けたら、皆死んじゃうからさ。

……我慢してね弐号機。あたしも……我慢するッ!」

 

自分の中に強大な力が漲る感覚に、身体を襲う苦痛とは反して笑みすら浮かべている。

その赤みを伴った瞳はやがて、弐号機同様の狂乱に満ちた黄緑色の輝きを得ていく。

 

その時、何かに打ちひしがれるかのようにややふら付きながらも地を掻く弐号機。

やがてその体勢は四足歩行動物のようになると、少し安定したのかその地に自らの爪を穿ち、クラウチングスタートのような体勢を取っていた。

 

翠色に煌めく四眼は既に眼前に迫った使い魔の群れ群衆、ただその一点のみを見つめている。

 

得られる限りの力を得たマリは、苦痛と歓喜との混じった人の物とは思えぬ妖しい笑みを浮かべ、弐号機同様に使い魔を睨み付けた。

兵装ビルに繋がれていたアンビリカルケーブルが外され、弐号機内のタイマーが五分からのカウントダウンを開始する。その光すら、目の色と同じ妖しげな黄緑色であった。

 

「身を捨ててこそ……浮かぶ瀬も……あれッ!!!」

 

その距離、僅かに十メートル。いよいよ使い魔たちが弐号機に手を掛けるその時、炸裂した。

 

一際その瞳を輝かせた弐号機が、手を伸ばした使い魔をもれなく引き裂き、使徒に向かいがっぷり四つ牙を剥く。

その度に使い魔たちがその行く手を阻むが、その度にそれは全て引き裂かれる。

 

「……凄い」

「レイちゃんは援護よろしく! わんこ君。道は私たちが開く、あの化けモン食って来い!」

「……は、はい!」

 

マリの宣言通り、道は開いた。

初号機に手を伸ばす使い魔は悉く牙を剥く弐号機に引き裂かれ、噛み千切られ、弾き飛ばされた。

もしくは零号機の遠距離射撃により、やはり撃破されてゆくのだ。

 

とは言っても、初号機単騎で撃破できるほど、かの使徒はやわではない筈だ。使徒への直接攻撃が可能になっただけで、止めを刺せるわけではない。

 

しかし、外部からの攻撃がダメなら、内部から……ではどうだろうか?

 

それを悟ったシンジの行動は早かった。かの使徒は未知ではあるが、同時にレリエルの性質も持ち合わせているのだから。

使徒へ向かい一直線に突き進む。向かうのは使徒の顔面、レリエルのマーブル模様が映し出されたその場所だった。

 

「! これなら……行けるかもしれない……!」

 

空高く飛び上がる初号機は、使徒の顔面に強烈なフライングキックを叩きこむ。

するとシンジの思惑通り、初号機の身体は勢いよくその中に沈んでいった。

 

【!! 初号機の反応、消失!?】

【何ですって!?】

 

突如初号機が使徒に飲み込まれたことにネルフ本部内はてんやわんやになる。

しかし、一方のパイロットは落ち着いたものだった。

 

「よし。アタシたちの役目はここまでね……レイちゃん、退却よ」

「でも……碇君が」

「流石にこれ以上乗り込むのは敵が多すぎて無理だしね。それにあの子あれで結構カンは鋭い方みたいだから大丈夫よ」

「…………そうね」

 

それでもレイは少し腑に落ちない様子ではあったが、マリが余りに自信たっぷりに言うので思わず少し同調した。

迫りくる四方の使い魔を一通り振り払うと、残された二体のエヴァは指示を待つことなくネルフへと戻った。

 

 

格納されるエヴァンゲリオンを傍目に、マリとレイの前にミサトとリツコが何かメモのようなものを手に現れた。

 

先程のザ・ビーストからの内部進入は完全に命令を無視した行動であり、恐らくはそれによる何らかの処分が言い渡されるのか、と思われた。

 

が、

 

「……で、外部からの攻撃が効かないと判断したシンジ君は内部からの攻撃に臨んだ、と」

「そーゆーコト」

「いや、ノリ軽過ぎだから……完全に命令無視してたわよね」

「でもやっちまっていいって言ったのはミサトちゃんじゃない」

「そうだけど、使徒内部に侵入するなんての聞いてないわよ……」

「まぁ、許可を出したのはミサトだしね。今回はどの道なすすべがなかったのだから不問でいいでしょう」

「そうもいかないわよ。勝手に使徒の内部に潜入するなんて。帰ってきたら叱ってやらなくちゃ」

 

そう言いながらではあったが、ミサトには、いやこの場にいる全員が少しだけ希望を持ち始めていたのも確かだった。

シンジの意図したとおり、確かに内部からの攻撃の効能はまるで未知数だからだ。

 

更に幸運なことにそれからというもの、使徒の起こす風や使い魔といった類は不思議なことに全て発生しなくなっており、異形のものがそこに立つのみとなっていた。

現状維持のままであれば危機に陥ることもないということで、こうして一連の事情の聞き込みを行うことすらできていた。

 

「それにあのザ・ビーストってのは何なのよ?」

「まぁアタシが言ってもいいけど、リッちゃんに聞くのが早いかなっていうかアタシじゃ言っていい範囲とか分かんないし」

「だそうだけど」

「……ま、簡単に言えばエヴァの強化モードね。まだ試作段階だけれど、フルパワーモードにならず……

つまり電力消費は従来通りにしたまま、擬似的にエヴァンゲリオンの潜在能力を理論値、いえその数倍にまで向上させることが出来る。

単純な戦闘力で言えば軍隊一つじゃ足りないでしょうね……それこそこれまでやってきた使徒でも二、三体くらいまとめてお相手出来るんじゃないかしら?」

 

突然振られたリツコがやや気だるげに答える。

 

「そんなものがあるなら、初めから……」

「言ったでしょう? まだ試作段階。

エヴァの根本的なシステムにアクセス、シンクロシステムも従来のものとは大幅に変更しています。

その結果として、現状の開発段階では機体への負荷もこれまでの数倍ではきかないし、勿論身体への負荷も尋常ではない……何故かこの子はぴんぴんしてるけども」

「へへっ」

「なるほどね。で、なんで試作段階のものをもう積んでたのよ」

「……本当はパイロットそのものを自立させるシステムが計画されていたけど、技術的な問題で中止になりました。

そこでこの強化コード、「ザ・ビースト」を投入して、現存するパイロットを最大限に強化する計画が立った……前々回の使徒のように、圧倒的硬度を誇る使徒は現れるかもしれないし、現に今来ているでしょう?

だから、少し早いけど近いうちにパイロットを乗せての実験を検討していたのよ。

そして何より決め手なのが、弐号機は零、初号機よりも優れた制式タイプのエヴァンゲリオン。

実験段階ではあるけど、弐号機でなら辛うじて実戦配備も可能なレベルになっているわ。だから、いざという時の隠し玉として載せておいたのよ」

「……筋は通っているわね。分かったわ、より詳しい話は後日聞きます」

 

勿論、詳しいシステム面が話された訳でもないく、ミサトもまだ少し納得がいかない、という表情こそしていた。

が、かといってリツコの話にこれといった矛盾点がある訳でもなく、あったとして実に巧妙なものであろう。

詳しい詮索よりも戦場における状況の把握などを優先したのだろう、モニターをにらむマコトの傍にその足を向け始めていた。

 

『なるほど、ダミープラグの代用品といったところか』

「(恐らくダミーの元になる私がネルフにいないから、その埋め合わせで強化モードが作られたのでしょうね)」

 

リツコの言っている、「パイロットそのものの自立システム」がダミープラグ計画に相当するものだったのだろうか。

 

「(……というかなんで貴方はここにいるの。碇君は?)」

『なんでって言われてもシンジ君があの中に入った時に何故かはじき出されちゃったんだ』

「(折角だしそのまま消滅してもよかったのに)」

『今は知恵が多い程いいだろう。このノリはシンジ君が帰ってきてからでも遅くはない』

「(…………それもそうね)」

 

使徒から弾きだされたカヲルは、もう一人自分の声が聞こえるレイに代わりに憑依していた。

レイもまた少し納得がいかない顔をしていたが、やはり状況が状況なだけにそれ以上の追及はしないことにした。

 

そんなことよりも、内部へと侵入したシンジのことが不安だったから。

 

「(……碇君。大丈夫かしら)」

『大丈夫……いざという時は、僕が弐号機を動かす』

「(出来るの?)」

『まぁ、その位はね。……あの使徒を倒すに至るかは分からないけど、大きなダメージを与える位はきっとできる筈さ』

「(……私としてはそれでいいけど、今はダメ。碇君の為に貴方はまだ生きていなさい)」

『……やれやれ。死ねと言ったり生きろと言ったり君は本当に忙しいね。これがいわゆるツンデレという奴かい?』

「(碇君が帰ってきたら覚悟することね)」

『そうだね、その未来が来ることを望むことが、今僕達に出来ることだろうさ』

「(……)」

 

カヲルの尤もな発言に、レイも沈黙を守ることにした。

 

--

 

エヴァンゲリオンで使徒の中に突入して間もなく、シンジはふわっとした浮遊感に襲われた。

 

真っ白な空間? 適温? いや、違う。

 

「なにもない」。

 

その中は正にそうとしか形容できないものであった。先程まで乗っていたはずのコクピットの感覚は今やなくなっていた。

 

「ここは……?」

 

フワフワとした感覚。まるでいつだったか、そうゼルエルの時に身も心も初号機に溶けたような、そんな感覚にも近い気がする。

 

「あれ、カヲル君? ……居ないみたいだ」

 

進入時に弾き飛ばされたのだろうか? カヲルの気配は消滅していた。

強いていえば仄かな暖かみを持っているそのなにもない空間は、まるで無限の彼方へと続いているのではないかと思う程に広い。

しかし、自分がどうやら前に進んでいるらしいという感覚ものこってはいた。

大地を踏みしめる感覚はないし、風を切る感覚もない。だがそれでも、何となく漠然と、進んでいるのだということが分かる。

仮に時間が意識を持つ存在だとしたら、こんな感覚なのだろうか?

 

やがて暫く進んでいくと、明確な「有」を感じられる空間になり始めた。

周りは次第に灰色から黒へと変わってゆき、そして完全な闇になるのだ。闇というものが有るのだ。

先ほどまで感じられた仄かな暖かみも、どこかうすら寒いものに変質する。

 

 

更に奥へと向かうと、何らかの小部屋に繋がっているかのような扉が一つ、目の前に現れる。

鍵は掛かっていないのか。いや、最初から開くことが予定されていたかのように、それは開かれた。

 

そこには、見覚えのある少女が一人、鎖に繋がれていた。

 

「……山岸、さん?」

 

その少女の名は山岸マユミ。つい先日転校してきたばかりの内気な少女。

その彼女が、鎖に繋がれていたのだ。

 

どうして彼女がそこにいるのかという疑問はあったが、それよりまず彼女を呼ぶ声が先に出た。

 

「……あ。碇……君?」

 

マユミに呼びかけられてふと気が付くと、先程まではなかったはずの地面を足で踏みしめる感覚が今は確かにする。

 

「どうして、こんなところに?」

「……分かりません。……でも、そう。貴方のことは、分かる」

「えっ?」

「でっかいロボット……そう、エヴァンゲリオン、っていうのね……それで、使徒、っていう怪物を倒すために、ここまでやってきたのね?」

 

突然妙なことを口走り出したマユミに、きょとんとした表情をするほかなかった。

ところが、エヴァンゲリオン、使徒、という名前が出たとたんに驚きの表情へと変わる。

ネルフの人間及びケンスケなど一部のモノ好きを除いてそれらの名前を知る者は居ない筈だからだ。

 

ところがマユミはそれを知っている……いや、知っているというよりは、今シンジを見た瞬間知ったかのような様子だった。

怪訝そうな様子をしていると、それをすぐに察したのかマユミがくすりと笑った。

 

「……驚いた? ふふ、でもここはどうやら「私」の空間らしいんです」

「どういうこと?」

「どういうわけかは私もまだ分からないけど……私の意のままに……好きなことが出来るんです。

草花生い茂る大地を駆け巡ることも、晴天の下で羽を広げて優雅に飛ぶことも」

「そうなんだ……え、待って? ということはそうして鎖で繋がれてるのも……」

「あ、いやその……、こっ、これは違うんです。な、何故かとつぜんへんなくさりがあらわれて」

「……」

「……コホン。ともかくそれで、どうやって碇君がここにやってきたんだろう? って思ったら、パッとその時の映像のようなものが頭の中に」

「……なるほど」

 

いまいち腑に落ちないが、どうもそういうことらしいと受け入れる他もないように感じた。

 

 

暫く手持無沙汰になったところで、マユミがにこにこと微笑んだまま再び口を開く。

 

今度は、それ以上に信じがたい言葉を紡ぎながら。

 

「……でも、こうして碇君のことを見て一つはっきりしたことがあります」

「というと?」

「私が恐らく、碇君がエヴァンゲリオンで倒そうとした使徒の……そう、コアになっているということですよ」

「……へっ!?」

「恐らく時間にして数時間ほど前に、目が覚めたら変なところ……海の上に浮かぶ船に居たんです。本当に、全くどこなのかわからない……そこで光っていた何かに触れてから…………それからの記憶がなくて、気が付いたらここで色々出来るようになっていたんですもしかしたら気付かないうちに船が沈んでて死んじゃったのかな、って思ったんですが、あまりに感覚はリアルで……それから碇君がやってきたことで、私はまだ生きているんだな、ってことが分かったんです。

そして同時に……恐らくあの光は、碇君たちが戦っている「使徒」っていう化け物の……そう、種のようなものだったのかもしれませんね」

「……そ、そんなまさか……人間がコアになるだなんて、有りえないよ」

「私だっていまだにこんな状況は信じがたいですが……貴方の記憶を読み取る限り。ほら、見てくださいよこの服装」

「それは……使徒、の……」

 

純白を基調にしたドレス。それは、使徒のものと全く同じカラーリング。

勿論、それだけでは詭弁になる……が、それまでのマユミの発言一つ一つからして、これもまた一つの裏付けになっているようにしか思えなかった。

 

「そうです。貴方が見てきた使徒。それに、…………成る程。碇君…………そっか。貴方は、そうなんですね。道理で「有りえない」と言えるはずです」

「……?」

「貴方は、そう遠くない未来……サード・インパクトと呼ばれる、三度目の災害から時間遡行をしてここにいる……隠したって無駄です。ここは全て私の思うがままの空間なんですから」

 

ずばり、ずばりと真実を告げる。ここまで暴かれているのならば……最早隠す必要そのものはないだろう。

 

「……そう。僕は確かに、サードを止める為に時を戻した」

「やはりそうなのですね。それでは……やることは一つですね」

 

微笑みを絶やさないまま、マユミがこちらに促す。どういうことなのだろうか。

 

もしも本当にマユミが使徒と同化していたとすれば。

恐らく正しいのだろうが、この空間が本当にマユミの思うがままの空間なのだとしたら。

恐らくこのマユミに、自分は跡形もなく消されるのではないだろうか。

 

少なくともそう考えるのが自然だし、それはシンジも同じくそう思っていた……

 

そう、思っていた。

 

 

「さぁ、私を殺してください碇君」

「……へっ?」

 

あまりに衝撃的な内容に、頓狂な声が出る。

しかし、マユミは微笑みをやはり崩さないままだ。

 

「いいんです……私。この世界、全く面白みを感じなかったから。

本……そう、本。本さえあればそれでよかった。時にはヒトの理想が、時には非情な現実がつらつらと無機質に描かれ、私たち読み手に無限の想像を促す本さえあれば。

……そんな私にも一つだけ望みがあるとすれば、誰でもいい。誰か一人の、完璧な自伝。

生い立ちから、ここまで生きてきていたその証。誰でも良かった。その人の自伝が読みたかったのです。

それこそが理想も、現実も、何もかもを包含しているから。

そして……その願いは今、叶いました。碇君の記憶を、余さず読むという形で」

 

今までにまして、その表情が慈愛にすら満ちた。

 

「そ、そんな……でも、出来ないよ。突然殺せって言われて、殺すなんて」

「ふふ、そうですか? でも言ったでしょう。この世界は私の思うがまま……そう、他人さえも自由に動かすことが出来る……こんな風に」

 

微笑みを絶やさないマユミ。

 

シンジの腕が……脚が……ゆっくりと前へ向かう……意に反して、ゆっくりと。

 

「な、何を……」

「ふふ、決まっていますよ。貴方に殺してもらうんです」

 

マユミの宣言通り、進行方向は確かにマユミの方向。

 

そして腕は、徐々に上がりつつある。

 

「や、止めるんだ……、こんなこと、僕はしたくない」

「あら。一度貴方、友達を殺しているじゃない。渚、カヲル君っていうヒトを、いえシトを」

「それは……」

「あの時と同じよ。私を殺さないと、人類は滅びてしまう。そうでしょう? 

貴方には私を殺すか、私が世界を滅ぼすかの選択肢しか残されていない。そう、今に限らず、人生は選択肢の連続だもの……。

けれど私は既にこの世界は興味がないし、かといって別に壊したいとも思えない。ならば、選択肢は必然的に一つに定まりますよね?」

「……だったら……そうだ。もしここが君の思い通りになる空間だというのなら、使徒を内側から打ち滅ぼして、僕と初号機と一緒に元の世界に帰ろう。それでいいじゃないか」

「ダメです……そう思って先ほどからそういうことをしようとしていますが、まるで反応がない。どうやら自殺願望については受け入れられないようです」

「そんな……」

 

思いつく言葉を、なんとか目の前の少女と共に生還する方法を考えてはぶつける。

しかしその全てが否定される。

 

そして否定されている間にも、足は一歩ずつ、繋がれた少女へと向かう。

手は次第に上に挙がり、ついには少女の首の位置へ。

 

「……そうですね。最期に一つだけ。貴方って……私にとってもよく似ていますね。どうやら貴方も、薄々感じていたようですが」

「そんなこと、どうだっていいじゃないか……だから、これを止めてよ……!」

「碇君の記憶を見て、貴方がどういう人なのか。内気で、内罰的で、事なかれ主義。でも、きっと貴方の優しさがそれを生み出していたのでしょうね。

私は貴方のような人、嫌いじゃありませんよ。むしろ、好意に値します」

「君が……君は、一体何を言っているんだよ、山岸さん」

「ふふ、好き、ってことですよ。

たった二週間足らずで何を言っているのか、とお思いになるかもしれませんが、私はここに碇君がやってきてからで碇君のこれまでが全て分かりました。

そして、ある程度は人間性も……それこそ、永遠の時間に等しく愛し合ったとしても恐らくは足りない程に」

「な……じゃ、じゃあ、僕にこんなことをさせるのを止めてよ!」

 

受容の言葉に返されるは拒否の言葉。

でも、聞き入れられることはない。その証拠に、首の位置に、シンジの両掌が。そして、ついに首に触れたのだから

生暖かな感覚。生きているその証が、ありありと感じられる。人が生きている、その証。

 

「それは出来ません……好きだからこそ、生きていてほしいから。碇君。貴方には、生きていてほしいから」

「そんな……」

「それに……似たもの同士って、結ばれない運命にある、とよく言いますからね。

こうしてお別れになってしまうのもまた、予定調和というものなのでしょう」

「……お別れだなんて、そんなこと言うなよ……嫌だよ、こんなの嫌だよ!」

「ふふ……最後のとても、楽しい思い出でしたよ。本の中に生きた私が、生まれて初めて現実で生きた心地のした数日間……あの人たちにはお礼を言っておいてください。鈴原君、相田君、洞木さん、綾波さん。

……さ、遺言タイムはここまで。さようなら、碇君。貴方のこと、生まれ変わってもきっと忘れないわ」

「な……あ…………! 止めろ、止め……うわあああああああッ……!」

 

マユミがそう言った矢先、首を締める感覚がする。

 

拒否をしようとすればするほど、どんどん力は増していく。

夢じゃない、現実のまさにその感覚。ゆっくりと、ゆっくりと……

 

微笑みを絶やさない少女。自分の意に反して強まっていく腕の力……

 

ギュウ、と締め上げるごとに、首越しに響く鼓動。

 

 

いや、これは、マユミのモノなのか?

 

 

ドクンッ。

 

「畜生……止まれ、止まれ止まれとまれ止まれ……ッ……!」

 

叫び

 

 

「もう嫌なんだよ。折角、折角仲間になれた人たちを、友達になれた人を、殺すのはもう嫌なんだよ!」

 

 

慟哭

 

 

ドクンッ……

 

 

「だから……止まってよぉっ……!!!!」

 

 

鼓動

 

 

ドクンッ…………

 

 

最後の鼓動が聞こえたその時突然、シンジの視界は完全にブラックアウトを遂げた。

 

--

 

「初号機潜入から、既に十六時間が経過しています」

「……」

「生存優先モードに切り替えていればまだ生きてはいるでしょうが……それでももうそろそろ、デッドゾーンに突入しますね」

 

悲痛な面持ちで自らの仕事を全うするマコトの声は、最早耳に入らない。

画面を睨み付けたまま、一同は固まっていた。

 

「(……碇君)」

『大丈夫……前回ときっと同じようにいくさ。そう、大丈夫だ。シンジ君はきっと帰ってくるよ』

 

レイの表情もあからさまに不安げな様子だった。

表情としては薄いが、それでもどことなくしかめ面をしているな、程度の表情変化は見て取れた。

その落ち着かなさをカヲルが何とかなだめる、というのが今の図式である。

 

一方のマリは、モニターを睨み付けたまま何時ものおちゃらけた雰囲気を抜いていない。

あたかも完全に初号機がこちらに戻ってくるということを分かっているかのようだった。

いや、初号機ではなく、正確にはシンジが、だろうか?

 

 

使徒の姿は、先程と特に変わらない。が、エヴァ三機で戦っていた時ともう一つ違いはあった。

 

それは、やはり風の存在だろう。

空は暴風の影響を今更受けたのかすっかり雲が吹き飛ばされており、もうすぐそこに朝日を湛えつつあった。

 

風がなくなり充分な時間も確保されていたので、ネルフもまた行動に出ていた。

といっても作戦は前史と全く同じだ。

 

恐らくではあるが、流石に十六時間も経過していては初号機での攻撃は失敗に終わってしまった可能性が高い。

そこで千分の一秒だけ敵ATフィールドに干渉し、零及び弐号機で中和しつつ初号機の救出を行うという算段になっていた。

 

尤も、それはあくまでも前史でのみ通用した、いや前史ですら通用したかは分からない戦法だ。

今回のようなあまりにも高い防御力では、N2兵器程度では微塵も傷がつかないのではないかという嫌な予感は、ネルフ本部内に充満していた。

けれども、ほんの僅かでも、可能性がゼロでないならば、それに全てを賭ける。人類にはもはやそれしか手はないのだ。

 

 

 

攻撃開始まで、残り五分を数えた。

 

依然として使徒に変化は見られない。

 

 

攻撃開始まで、残り四分を迎えた。

 

依然として使徒に変化は見られない。

 

 

攻撃開始まで、残り三分を見た。

 

依然として使徒に変化は見られない。

 

 

攻撃開始まで、残り二分を読み上げた。

 

依然として使徒に変化は見られない。

 

 

攻撃開始まで、残り一分を切った。

 

依然として使徒に変化は見られない。

 

 

五十。

 

四十。

 

三十。

 

二十。

 

 

 

そのとき、使徒の身体に、一瞬ひび割れが入ったように見えた。

 

 

十。

 

九。

 

八。

 

七。

 

六。

 

 

バキン!!!

 

 

七、八、九、十、二十、三十、四十、

 

 

グシャッ!!!

 

百の、千の、万の、

 

ベキベキベキベキッ!!

 

 

ヒビが、入る。

 

 

グググッ……

 

ついには鮮血が吹き上がる。それは朝日に照らされ、虹を描いていた。

その液体と共に出てくるのは、

 

指、

 

手、

 

腕、

 

 

「ウルォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!」

 

 

大地を裂く、咆哮だった。

 

 

そう、帰って来たのだ。

 

エヴァンゲリオン初号機が、自力でこの現実世界へと帰って来たのだ。

 

 

「パターンEVA-01、間違いありません。初号機、です……!!」

 

誰もが待望したその瞬間。

けれどそこにあるのは歓喜の声ではなく、マヤの報告に始まる畏怖の声であった。

 

シトはシトの膝を折り、やがて地にひれ伏す。

ヒトはシトの首を折り、やがて天を仰ぐ。

 

「グルルルルルッ……ウワォオオオオオオオオオオオオッッッ……!!!!!」

 

最後の一掻きと共に、紫の鬼が声高に勝利の雄叫びを上げ続ける。

既に動くことを永劫禁じられた、足元のソレを無慈悲に踏みしめ、猛り続けるのだ。

 

「シンクロ率……四百パーセントを超えています」

「その他全パラメータ振り切られています、計測不能……!」

 

 

空には朝日がすっかり昇り、空は青一色に染まる。

 

その青と引き換えに、パターン青は消えたのだった。

 

 

しかし、目の前のあまりに衝撃的過ぎる、血塗られた光景。

 

圧倒的なグロデスクとそれに似合わぬ眩しい陽光、麗しき青空を湛えたその景色に圧倒されたネルフの人間が、

パターン青の消失に気づくのは大分後のことだった。




日「皆さんこんにちは、日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

パーパラッパッパパーラパッパー♪
パーパラッパッパパーラパッパー♪

日「ん? 何か微妙に違う?」
青「BGMは一応同じな筈だが」
伊「ちょっとしたアレンジバージョンですかね? まぁそんなことはどうでもいいんですけど」
日「そういや本当は本史で言うレリエル襲来、これの更新日って本当は三月の二十三日だったんだろ?」
青「うんうん。でも何かの手違いでこの日になっちまったんだよなぁ」
伊「ダメダメですねぇ……次は四月二十日でしたっけ、そちらはちゃんとして貰いたいですね」
日「あ、そういえば今日は八年前くらいに発売された大ヒットゲームの八歳の誕生日だな」
青「えっそうなの? って言われても正直凄くどうでもいいんだが」
伊「どうせ日向君のことだからまたろくでもないゲームでしょうしね」
日「失礼だな、その時発売されたゲームの名前は『エンジェルハンターポータブル2ndG』と言って」
伊「いやもういいですから今回ほんと尺ないですから」
青「えっそうなの? これは割と気になる」
伊「ええ、色々と諸事情で余り時間がないので、今回は質問も二つでおしまいです。
それでは早速……
『シンジ達の学校の授業少しおかしくね?』ということですが」
日「そういえばなんか此間も等比数列とかやったってシンジ君が言ってたな」
青「それについては俺が説明しよう。
この世界では実はセカンドインパクトの混乱から未だに脱せていない国々も多いので、比較的被害の少ない日本などが主体になり、未来への人材を育て、復旧を目指していかないといけない。
そこで本来の義務教育プログラムを大きく変更、高校三年までを義務教育にした上で従来の大学レベル……といってもより実用的な分野に限るけど、兎も角そこまでの教育を行うっていう方針になってるんだ」
伊「へぇーっ。詳しいんですね青葉君」
青「一応バンドやってた時代に色々資格も取ったからね。教員免許も取ってその時に色々教わったんだよ。バンドだけで食っていける程セカンドインパクト後の混迷の時代は甘くなかったし」
日「えっそんな話初めて聞いたんだけど」
青「聞かれなかったからな」
伊「……というか余りにも出来すぎてていま思いつきました臭が凄いんですけど……?」
青「……と、とりあえずだ。そういうことだから俺達からするとシンジ君の学校も色々と進度が少しおかしく見えたりするって訳だな」
伊「ふーん……まぁ、そういう事にしておきましょう、時間もありませんし。それじゃあ次ですね。
『なんかこの使徒どっかで見たことがあるんだけど』とのことですが」
日「……」
青「……」
伊「……」
日「待ってなんでそこで俺の方を見るの二人とも。今回は何もないよ? ほんとに」
伊「……じとーっ」
日「いや口でじとーっなんて言う子初めて見たんだけど。ほんとに何もないから! 魔法少女アニメ作ろうとしたけど頓挫したから!」
青「結果的に何もないだけで何か作ろうとはしてんじゃねえか!」
日「作ろうとするぐらいいいだろ……いや、その名も「技術少女マヤか☆MAGIか」と言ってぐぼろぐぼろっ?!」
伊「……日向君。道理で最近技術部の近くをうろちょろしていたと思ったらそういうことだったんですね?」ニコニコ
青「……モノスゲー綺麗に顔面ストレート決まったなというかマヤちゃん割とマジでボクサーの才能あるんじゃないのこれ」
日「……こうなると思って頓挫させたので許してください」ボロォ
伊「……まぁ、これ以上はないみたいだから今回は見逃しましょう。でももしまた此間みたいに邪魔するようでしたら……殺しちゃうぞ?」
日「ハイ」
青「……マヤちゃんってホントたまに暴走するよね」
伊「何か?」
青「いえ」
伊「そうですか。それじゃあ巻き巻きで行くのでもう葛城さん呼んじゃいますね。葛城さぁン?」
葛「はいは~い♪ 今回はあのBGM付きで行くわよん♪」
チャーチャラーチャラーチャラララーチャララチャーチャチャーラチャー♪

『マユミを殺したという自責の念から第三新東京市より姿をくらました碇シンジ』
『そんな第三新東京市にはエヴァンゲリオン参号機が満を持してアメリカから輸送されてきた』
『同時期に再び姿をくらますマリ、少しずつ明かされる謎の少女・朱雀の素性は如何に』
『次回、「雨、逃げ出した後」さぁ~て、次回もぉ~?』」

「「「「サービスサービスゥ!」」」」

チャーチャチャーチャチャーチャチャーチャテーテン♪


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第十五話 雨、逃げ出した後

今回は何とか間に合いましたね。
それでは十五話、どうぞ。


春。

 

かつて暦の上ではこの時期はそう呼ばれる季節であった。

桜という花が一面に咲き乱れ、指先の感覚が失われるかのような寒さがある訳でもなければ、

汗だくになるような暑さがある訳でもない、適温の心地よい風があたりを優しく包んでいたのだと言う。

 

が、セカンドインパクト以来、地軸の傾きが変動。結果として四季を失ってしまった日本ではそれは関係ない。

この日も朝からけたたましく蝉達がラブコールを意図した歌を叫んでおり、

太陽は依然としてその熱視線を背ける気はないようだった。

 

「おーっす、ケンスケ」

「よお、トウジ」

「ん。いやー今日も朝から暑くてかなわんなぁ」

「だな。室内は正に天国そのものだよ」

 

ケンスケの言う通り、教室内は外とは一転した、人工的かつ涼しげな空気に包まれていた。

外の余りの暑さにしかめられていたトウジの表情も徐々に和らぎ、その浅黒い額についた大粒の汗も見る間に引いていく。

 

とりとめもない日常会話がしばし続いたが、ここ数日間はいつもある話題に帰結している。

 

「にしても……」

「ああ……」

 

さんさんと日差しが降り注ぎ、鈍くその光を反射する一つの机。

そこには普段の主の姿は見当たらない。

 

そんな一見何の変哲もない机を、二人は見つめるのだ。

 

「どうしちまったんだろうな、碇の奴」

「せやなぁ。あの日から既に一週間……か」

「山岸さんも転校しちまったし、これじゃバンドも出来ないだろうな……」

 

この机こそが、その話題の根源であったから。

 

二人がその机を見つめながらため息を吐いたところで、チャイムが鳴る。

この日は珍しいことにすぐに先生がやってきていた。その後ろからは見慣れぬ金髪の若い女性が入ってきた。

 

「はい、それでは本日の授業を始めます。えー……今日の英語の授業にはELTの先生としてあのエデン先生をお招きしております……」

 

普段の二人であれば歓喜の声を挙げたのだろうが、今日に関しては別であった。

馬鹿話を共にする友が居ない。その事実こそが、彼らの元気をも奪っていたのだ。

 

この日の授業は普段通り午後までであったが、珍しくこの日は二人の声が昼休み中に教室で響いたりするということもなかったという。

 

----

 

「マヤ、ごくろうさま。初号機はどうかしら」

「一切の異常は見られません」

「そう。ならいいわ」

 

格納庫には巨大な紫色の顔が一つ。エヴァンゲリオン初号機のものだ。

鋭い目つきに額に生えた一本の角からあたかも鬼のようなその様相、常人であれば見ただけで圧倒されそうな光景だが、ここに居る二人の女はまるで慣れた様子だ。

それもそのはず、彼女らはこのエヴァンゲリオンを毎日嫌という程見ているのだから。

 

「……センパイ。先日の初号機は、一体」

「そういえばマヤにはまだ話していなかったわね。あの状態はいわば……」

「その話……今日は詳しく聞かせてくれるわね?」

 

少し不安げな顔をしたマヤの一方で、後ろからもう一人女が現れた。整備音に掻き消されていたのか、二人とも彼女の来訪にはこの瞬間まで気づいてはいなかった。

そしてその声色は普段のものとは違う真面目なものであった。

 

「あらミサト。此間の戦闘に関する詳細データだったら貴女のデータベースに一通り送っておいたけど」

「そこまで詳しいデータはいいわよ、私としては作戦運用上のメリット・デメリットだけ分かっておけば充分だもの。それに……」

「それに?」

「データベースのパスワード忘れちったのよね」

「はぁ……」

 

先程までの真面目な声色とは一転し、まるでおちゃらけたような声に戻る。

ミサトのコロコロと変わるその態度にリツコは呆れをその顔に表すことを抑えられない。

とはいえ、仕事は仕事として割り切っている。手元のコーヒーを口に含むと、二人の方を再び向きなおしその口を開いた。

 

「……この際だからミサトにも説明しておきましょう。

まず、先週の戦いにおいて初号機は……暴走」

「暴走? あのエヴァ初号機が?」

「ええ」

「にわかには信じられないわね……」

「勿論、断定はしていないわよ……それこそ、シンジ君が使徒の中でザ・ビーストを発動させた可能性もゼロではないわ」

「あぁ、確かに彼の異常なまでに正確な予知能力を持ってすれば……あるいは、彼の頭脳を持ってすれば有り得ない話ではないわね? だったら」

「それにしても、初号機に搭載しているのはまだテストタイプ。

理論上発動は可能だけど、マリのように開発に携わっていないと下手すればシステムがダウン、本部でちゃんとメンテナンスを行わないと再起動不可能なんて事態になってもおかしくはなかった。

可能性はあっても、ゼロではないというだけ。確率にして一パーセントもない。

そうなると、先日の状況を説明できるのは……」

「貴女の言う、暴走状態ということね」

「そういうことよ。技術部としても今後、正式にあの事象は「暴走」と称します」

 

一通り話終えると、再びコーヒーを口に含む。

そのマグカップが口紅が光照り返す艶やかな唇を離れたタイミングで、再びミサトが口を開いた。

 

「事情は分かったわ。で、暴走状態ってのは結局なんなワケ?」

「暴走状態について思い出してほしいのは、エヴァンゲリオンはただのロボットではない。人造人間であるということよ」

「人造人間……もしや、生存本能が働いたとでも?」

「貴女にしては勘が鋭いわね。勿論人間といってもあくまで人造、通常の生物の定義に収めるのは難しい点もある……けれど、一種の生存本能のようなものが身についていてもおかしくはないということよ」

「はぁ……」

 

そう、エヴァンゲリオンはそもそも、アダム、ないしはリリスの肉体のコピーである。

このことを現時点でまだ知らないミサトとしては、本当に生き物の片鱗があると言われてもいまいちピンと来ない様子であった。

そんなミサトを尻目にリツコは説明を続ける。

 

「そしてあの暴走状態は、理論上は相当な火力を叩きだせる……それこそ、下手な軍隊では束になっても敵わないか、もしかしたら人類に抑えつける手段はないかも」

「そんなもんを私たちが三機も。……世界征服も夢じゃないわね」

「やってみる?」

「そのうちね」

「その時はうっすら期待してるわ……で、あの時マリが発動させた獣化第二形態、通称ザ・ビーストはこの「暴走」を応用、制御したもの」

「本能を制御って……人類の科学サマサマねぇ」

「尤も現状では恐らく暴走の十分の一にも満たない戦闘力だけど、それでも見ての通り大幅な戦闘力向上は期待していいわね」

「そのようね」

 

二人の脳裏には、先日のマリと弐号機の獅子奮迅の戦いぶりが再生されていた。

圧倒的な発生能力を更に圧倒的なその戦闘力で抑えつけ、初号機を使徒の元に送り出したその光景。

 

「でも、此間も言ったことだけど、その対価も大きい。

エヴァンゲリオンを人為的とはいえ暴走状態に至らせる以上、パイロットへの負荷も通常の比にはならない。

……本来なら何故かぴんぴんしてるマリをとっ捕まえて検査したいところだけど、特に何も異常がないって言い張るものだから」

「そりゃアンタの検査だしねぇ」

「何か?」

「いーえ」

「ま、いいけど……あっマヤ、コーヒーのおかわり淹れて貰える?」

「あっはい、只今」

 

二人の話を後方で静かに聴いていたマヤは突然声を掛けられたことで一瞬驚いた様子だったが、すぐに言われた通りに近くに設置されたコーヒーメーカーを起動する。

芳醇な香りが格納庫の一角に少しずつ立ち込め始める。

 

「ちなみに、他にも幾つか裏コードあるけど……聞きたい?」

「あら、リツコにしては大分素直に教えてくれるのね」

「ザ・ビーストの存在が表沙汰になってしまった以上、ある程度のことは貴女にも知る権利があるから」

「そう……まぁ今は、それどころじゃないからまた後日でいいわ」

「あら、ミサトにしては大分素直に引いてくれるのね」

「そりゃあ気にならない訳じゃないけど、それ以上に重要な問題があるもの」

 

先ほどまで初号機の方を向いていたミサトの目は、方向こそ同じであれど、先程より明確に遠くの方向を見つめてもいた。

 

「……まだ見つからない訳? 彼」

「ええ、監視の目も振り切ってるみたい。昨日なんて、わざわざ相田君と鈴原君……シンジ君の友達が私の家まで押しかけてきたわよ。一応「訓練」ってことで追い返したけど、この分じゃ何時までも隠し通せるものではないわよ」

「本当何者なのかしらね、彼」

「そんなの私が知りたいわよ……一刻も早く、見つけ出さなきゃ」

 

此方でもまた、シンジの不在が話題になっていた。

ミサトの言うように、ここ数日間で

 

「……一応忠告しておくけど、彼の精神状態は最後に観察した時はそれなりの衰弱状態にあったわ。あまり手荒な真似はしない方が吉ね」

「分かってる……私だってそこまで馬鹿じゃないわよ。

……とはいえ彼、あれでも十四歳だもんね……人類の滅亡を背負わせるのは、今更ながら酷よね」

「でも私たちはエヴァの操縦を、その十四歳の子供達に委ねざるを得ないのよ」

「分かってる」

「……勿論、貴方の方に連絡もないのよね?」

「無いわね……最悪な話、彼、もう戻らないかもしれない」

「まさか。本当に彼がその気なら、ネルフIDの抹消くらい一人でやりかねないわよ」

「だといいけど……」

 

再び、重い沈黙が走る……が、

 

「コーヒー入りましたっ」

 

参つのコーヒーカップを乗せたトレイを、微笑みを携え運んでくるマヤの姿がそれを断ち切った。

 

「あらありがとう」

「あんがとマヤちゃん。コーヒーを入れられる可愛い後輩がこういう時に居るのは助かるわね」

「か、可愛いって……葛城さん」

「ん、そんなに困ることはないよマヤちゃん。

君も勿論可愛いし、此間の葛城もなかなか可愛かった」

「そうねぇマヤちゃん可愛いよねぇ加持ぃ~……って、加持ぃ!?」

「あら、加持君」

「こんにちは」

「よっ、三人とも変わらずお美しい」

「アンタは変わらずおしゃらくさい」

 

相変わらずののろけた雰囲気で、やはり突然に背後から現れたのはほかでもない加持リョウジだ。

その姿を見るや否や、ミサトはその瞳を鋭くして、まるで親の敵とでも言わんばかりの視線を彼の顔面に全力で叩きつけてやるのだが、

一方のリョウジはそんなものは意にも介さずいつもの微笑みを浮かべたポーカーフェイスをしている。

 

「それにアンタ、なんでここに居るのよ」

「その科白そっくりそのままさっきの貴女に返すわよミサト」

「そう迫るなよ葛城。俺がここに来たのは、何もここでお前をたぶらかす為だけじゃない」

「たぶらかす目的は否定しないのね。……あぁリツコ、コイツがさっき可愛かったとか言ってたのは妄言だから。八年前以来一切合切何も起きてないから」

「おいおい、俺は否定しなかったのにお前は否定するのか、酷い話だ。

……他でもない、シンジ君のことだよ。広報部、諜報部ともに動かしているが依然として見つかってはいない」

「そんなん私も分かっているわよ。そんなしょーもないこと言いに来た訳?」

「いや、そうじゃない」

 

ポーカーフェイスを作り出すパーツの一つである瞳が、一瞬少しだけ鋭いものを持つ。

こういう時の彼は、本気だ。リツコは勿論、既に長い付き合いになるミサトからすれば、尚更よく分かる。

マヤは全く分からないが、二人が黙りこくったのを見て只ならぬ雰囲気を感じたのか、同様に何も言うことはない。

 

やがて三人の視線が向けられたところで、リョウジはゆっくりと口を開いた。

 

「……俺に幾つか、アテがあるという話さ」

 

----

 

それは数日前のこと。

 

パイロット、碇シンジは使徒との闘いから目を覚ますのに時間こそかかったが、目覚めてみるとこれといった支障をきたすでもなく普通に起き上がった。

 

立ち上がれたし、歩ける。

 

ヒトとしてのまともな受け答えも出来た。

 

見てくれだけで言えば、まるで使徒戦など、初めからなかったかのようだった。

 

 

それでも数日程寝たきりであったのは確かなので、健康上の配慮として最低限の食事を摂った後に、リツコの部屋に呼び出され診察を受けていた。

 

相変わらぬ研究室独特の厳かな雰囲気に反したネームプレート:「りっちゃんのおへや」はある意味異彩を放っているともいえ、シンジが数日ぶりにここに辿り着くのにも迷うことはなかった。

 

 

「安心して頂戴。少々疲労が残っているという以外、身体的な異常は一切見られなかったわ」

「……そうですか」

 

白と青のコントラストのプラグスーツに先ほどまで身を包んでおり、今はいつものカッターシャツに黒ズボンを身に纏う少年、碇シンジは、先程初号機が出てきたときにはプラグ内で眠っていた。

気絶していたのではなく、本当にただ眠っていただけだったのである。

ペチペチと頬を叩くと、うっすらと目を開いた。しかしそれからまた、すぐに深淵の眠りへと落ちてしまった。

 

が、診察の結果としてもやはり、特に異常はない。少なくとも身体の面では。

 

では、心はどうか。

 

彼は俯いたまま、自分とはまるで対照的な金髪の女性の前にちんまりと座っている。

 

「……」

「……」

「……やっぱり、あの中で起きたことは話してくれないのかしら?」

「……先ほどから言っている通りです。僕は……僕は……ヒトを。この手で、殺した」

「貴方が殺したのはヒトではなく使徒よ」

「……」

「……そう……分かった。今日は検査も長時間に渡ったことだし疲れているでしょう。家に帰って休みなさい」

「……はい」

 

シンジがそこを去るとともに、診察室の扉がゆっくりと閉まる音が聞こえる。そして、部屋のオートロックが掛かった。

 

「身体にはまるで外傷無し、けれど、いつもの彼の精神状態とは見るからに違っているわね。

そういえば、彼はここに来る前は大分内気な子みたいだったけど……まさかね」

 

手慣れた手つきでさらさらとカルテに必要事項を書き込んでいくと、手元にあるコーヒーを一口。

すでにぬるま湯になっていたそれは、軽く顔をしかめさせた。

 

 

一方で、シンジがネルフから遠ざかっていくのにも時間は掛からなかった。

 

ネルフから逃げるように出て第三新東京市を彷徨い始めると、

それを狙ったかのように、いつもの声が脳裏に響いてきた。

 

『おかえり、シンジ君。待っていたよ』

「(……カヲル君か)」

『無事に戻ってきたようで何よりだよ』

「(……)」

『事情はレイ君からそれとなく聞いているよ。彼女、意外と聞き耳を立てるのが上手いようでね』

「(……)」

 

カヲルの語調は普段とそう大差ない。かつての整ったアルカイックスマイルを満面に湛えながら言っている姿が容易く想像できるというものだった。

それが果たして素なのか、それともシンジを気遣ってのことなのかは、カヲル当人以外は分かりかねる。

 

しかし少なくとも、それはシンジにあまり効果があるという訳でもないようであった。

彼は口を頑なに開かず……いや、開こうとすらせず、只管黙りこくって歩き続けたからだ。

 

 

朝焼けは雨の前兆と言われるが、この日は正にその通りの様であった。

 

朝には雲一つない晴天だったのが今や一転し、灰色の分厚い雲が空を覆い、

初めはぽつぽつ、やがてざあざあという音と共に大地を濡らし始めたのだ。

 

先ほどまで周辺を歩いていた人々は忽ち傘を取り出してやや早足になるか、

そうでなければ手に持った鞄を頭上に掲げ、その水から身を守るべく走り出すのだ。

 

そう、普通の日常を謳歌している、普通のヒトたちならば誰でも。

 

一方、傘を忘れ手荷物もなく飛び出した少年にその水々をはじく術はない。

だからと言って、どこか建物の中に入ったりするという訳でもない。ただ、ただ歩みを進めていく。

 

白いカッターシャツは透け、下着で覆われていない肩から先は素肌がまるで透けてしまっている。

が、だからとそれを気に止めるでもなく。

 

灰色のビル街の中を、一歩、また一歩。ぱしゃり、ぱしゃりと音を立ててゆっくりと進むのだ。

 

その様子を好奇の視線を以って見る者も居ない訳ではなかったが、かといって何か接触したりするということもなく、

降り注ぐ雨から己の身を護ること考えて足早にその場を去るのみ。

 

雨だれは髪を伝い、頬の上を一滴一滴、雫となって流れてゆく。

それは確かに雨なのだが、あたかも少年の心の様子をありありと映し出しているようですらあった。

 

静かだった。とても、とても静か。

 

雨音や生活音はあった。いや、そういう物音の方ではない。

 

 

その静けさを、一つの声が再び破った。

 

『……レリエルが討伐されてから次の使徒、バルディエルが現れるまでにはまだ少し猶予があるはずだ。

……丁度いい、君には少し、時間が必要かもしれないからね』

「(……)」

『君が何をやってしまったのか、僕には分からない……けれど、一つだけ言えることがあるよ』

「(……?)」

『償えない罪はない。希望は残っているよ。どんな時にもね』

「(…………)」

 

少年がその答えに応えることはなかった。

そして声の主もそれだけ伝えると、再び口を開くことをやめた。

 

 

また、静かになった。

 

雨が止む気配はない。

 

 

けれど、歩みを止める気配もない。

 

気づけば灰色のビル群は見当たらなくなり、代わりに自然に満ち満ちた緑が見えるようになりつつある。

 

何時だかも見たような山々。

そういえば、前史でここに来たばかりの頃もそうだった。こうして雨が降る代わりに夕焼け空だったが、それ以外は全く同じ。

ただあてもなく彷徨い続ける。気付くと自分がどこにいるのかもよく分からなくなってくるが、それでも構わずに歩みを進めていくのだ。

道を進み、山を進み、草原を進み。

 

すると……唐突に、後ろから声が掛かってくるのだ。

 

尤も、ここからが少し面倒になりそうでもあった。

 

 

「…………碇、シンジだな。大人しく手を上げて、……そのまま、此方を向け」

 

 

カチャリ、という金属音は、今回が初めてだったから。

 

---

 

「そういう訳で、わんこ君が消えちゃいました」

「そういうワケってどういうワケよ」

 

ところ変わって、そこは日本国内のとあるホテル。

外はすっかり暗くなっており、雨音のみが静かに響き渡っている。

一方で、部屋の中ではテレビからバラエティ番組特有の騒がしさがそこにあり、電気も付いているとあり外とはまるで対照的な空間であった。

 

一仕事終えたという様子の二人の少女は、裸眼の方、朱雀がタンクトップ、眼鏡の方、マリがキャミソール。

そして二人とも、朱雀は赤、マリは青のホットパンツを身に付けたラフなスタイルでツインベッドに寝転んでいた。

この光景たるや、観る者が観れば相当な値打ちものだろう。

 

「いやだから、さっきから言ってるじゃあん。なんか使徒戦でやらかしてショック受けてるみたいだって」

「それは分かったわよ。そうじゃなくて、私が聞きたいのはそのやらかした「なんか」なんだけど」

「そんなのわんこ君のみぞ知るって感じよ。まぁ、当人以外の人類からすれば使徒殲滅って結果がついてくれば充分なんだけどねぇ」

「たまにいるのよ、そういうナイーブな男。

……しかしまぁあの子、今んとこ全ての使徒戦で一番活躍してるっていうし、

他のことでも結構やり手みたいだから気にはなってたんだけど……少しだけ的外れだったかしら?」

「あれっ姫、やけに詳しいのね」

「ま、ちょっとね」

「ふぅ~ん……姫にもそんなオットコノコと一緒にいる時代がねぇ?」

「殺すわよ」

「姫になら本望にゃ」

「じゃあそこに直りなさい、お望み通りその首掻っ攫ってあげるわよ」

「えーひっどい、冗談に決まってるじゃん冗談」

 

おどけてみせるマリに対してため息ひとつ。

 

「で? これからどうなるのよ。初号機なき今のネルフは」

「姫、また仕事の話ぃ? 緊張感ありすぎると男にモテないぞ~」

「大丈夫よ、現状で十二分にモテてるもの。いい加減面倒くさいわ」

「そうね~、全く歯ごたえがない連中ばっかりだったみたいだし」

「厳密には二人居たけどね」

「そうなの?」

「ええ……一人はオッサン、もう一人は赤い髪。晴れなのに傘持ってた奇妙な二人組よ。

オッサンは知らないけど赤い髪の方は結構イケてたし、何より強い……私と対等に立ち回ってくれたわ。

此間の使徒騒ぎで途中中断喰らったけどね」

「へぇー、姫とタイマン張れる奴が居たんだ」

「私も意外だったわよ。でもま、あいつみたいなのになら言い寄られてもいいんだけどねぇ」

「おや、姫にしては珍しく惚気るね?」

「姫にしては、って何よ」

「べっつにぃ~? ああ、ちなみにその人の名前とか知らないの? 名前知ってればまた会えるかもよ」

「あぁそれもそうね、名前は確か……神咒? とか言ってたかしら」

「姫のハートも丸かじりされちゃったってかぁ? うりうり」

「殺しちゃうわよアンタ」

「おおこわいこわい」

 

言葉こそ怒りの混じりうるそれだが、二人に関してはこれが日常。

特に声を荒らげるでもなく、語調は平然としている。

 

それからしばらくは静かになった。二人ともベッドに転がり、適当に自前の携帯端末にアクセスしている。

 

『先月から行方不明になっていた住所不定無職の長谷川鯛造さん三十八歳が今朝、公園のダンボールにくるまっているところを発見され……』

 

その部屋にはテレビのニュース音声のみが流れていた。

やがて「パタン」という音と共にマリがややアナログ気味な携帯端末を折りたたむと、朱雀の寝転んでいるベッドに転がり込んだ。

 

 

「ひーめー。ひーまー。」

「密着しないで暑いから。そういやさっきの話はどうなったのよ」

「なに、私が姫を狂おしいほど愛してるって話?」

「本当だったら付き合いを変えないといけないわね」

「本当だったら?」

「とりあえず部屋は今後は別ね、特に金に困ってる訳でもないし」

「なんでよー」

「襲われたらたまったもんじゃないわよ」

「それじゃあ暇だしどうかにゃ? たまにはデートでも」

「……私女よ?」

「ノー・プロブレム。愛に性別は関係ないさ」

「えっ? あ、あんた、ちょっと……!?」

 

マリが寝転んでいる朱雀の方に向き直ると、その細い左腕を背中に回す。

そうして抱き寄せると、少女二人の顔の距離が、やがてゼロに限りなく近づいていく。

 

ここまでの所要時間、コンマ数秒。

突如眼前に迫るマリに、流石の朱雀も避ける間もなく……

 

いや、避けた。

 

「……ひゃっ!?」

「おぉ~? 姫もやっぱりヒトだねぇ~。ここ弱いんだぁ」

 

のではなく、マリがわざと外した。

 

その代わり、マリは朱雀の左腋を人差し指と親指とで器用に刺激した。

近寄ってくるマリにのみ精神が集中していたところへの擽りは正に不意打ちそのもの。

 

タンクトップ姿ということもあり完全に露出しており、その刺激は直に神経に伝わってゆく。

まさに、弱点が肉眼で確認できる状態であり、それを逃さないマリではなかったということだった。

 

その指が一揉み、また一揉みと窪みをゆっくりと蠢くごとに朱雀の身体がびくん、びくんと跳ねる。

表情は初めこそ強張っていたが、徐々に目じりは下がり、口角が半ば強制的に上がりつつある。

 

「ちょっ……くくっ、や、やめなさっ……ふふふっ」

「え~やだ暇だし姫可愛いもん。それにここんとこあんまり姫が笑ってる顔見てないもの」

「だからって……ひひひひっ……っ!?」

「ほれほれ~、姫の可愛いとこもっと見せなさい♪」

「あんたね……ッ! ……あッ! あはははっ!?」

「もうへたばったのかニャ? 給料分は働いてもらうぞぉ~」

「給料ってなんのことよっあはははははははっ!」

 

戦闘面では現在無敗、赤髪の男と引き分けたのみという朱雀であっても、痛みとはまた別の次元の刺激には見た目通りの少女らしい反応を見せてくれる。

目じりには早くも涙の粒を溜め、顔は紅潮し始めていた。

何とか振りほどこうにも、先ほどから左腋を介して断続的に伝わる奇怪な感触がそれを許さない。

 

その反応の良さに気をよくしたマリの責めは更に加速する―――

 

 

そう思われた全く同時のタイミングで、

 

 

バチンッ!

 

 

高周波の音が一瞬だけ部屋を支配した。

その高周波の音は朱雀の悩ましい笑い声と引き換えに、マリの頬にあかあかとした紅葉模様を作り出した。

 

「いったぁ~!」

「こ、殺さなかっただけ、か、感謝しなさい……っ」

 

マリはやれやれ、といいたげな顔で、赤くなったほほを手のひらでさすりさすり、自分のベッドに戻った。

 

一方の朱雀もまた、マリとはまた違った顔の赤みを帯びていた。

左腋を襲う不慣れな感覚。何年ぶりかは分からないが、何年たっても慣れてはいなかったようだ。

攻めから解放されても、暫くの間呼吸が不規則になってしまう。

 

やっとのことで呼吸を整えたところで再び口を開いた。

 

「ったく……私の質問に答えないで変なことばっかりするアンタが悪いのよ」

「質問~? なんかしてたっけ」

「だーかーら、これからどうなるのよネルフは」

「あ~、その話ぃ? 私もイマイチよく分からないんだけど」

「分かる範囲でいいわよ」

「んー……そうね、このまんまわんこ君が戻って来なかったら、順当にいけばアメリカからアレが来るよねぇ。今んところ誰も初号機は動かせないし」

 

先ほどまでの妖しげな雰囲気とは一転して、再び普段の語調に戻り行く二人。

 

「アレ……あぁ、そうだったわね。確か」

「うん、エヴァンゲリオン参号機。制式タイプになった弐号機の量産テストタイプで、稼働が上手く行けばもっとエヴァを量産できるらしいわ」

「ふーん。しかし……よく分からないタイミングよねぇ。四号機・五号機ともに蒸発してるってのに今になって三号機だなんて。アンタ技術部でしょ? なんか知らないの」

「それなら、四も五も三号機とはまた違うタイプの量産テストタイプだったから」

「なるほどねぇ……五号機、四号機の順で消えちゃってるんだから、このノリで行くと三号機も消えちゃいそうね」

「そいつは神のみぞ知る、ってところねぇ……おっ姫、このホテル色々アイス用意されてるよ」

「そう? じゃあ一本貰おうかしら」

 

マリがあけた冷凍庫の中には、確かにそこそこたくさんの種類のアイスが用意されていた。

一口にアイスといってもよく市販されているようなカップアイス、子供たちがよく食べているようなアイスキャンデー、コーン付きの所謂普通のアイスクリーム、最中に包まれたタイプなどさまざまである。

 

「何がいい? 色々あるけど」

「なんでもいいけど……強いていえばオレンジ味がいいわね」

「それじゃあ姫と一緒にコリオリ君のソーダ味で!」

「人の話聞いてる?」

「聞いてたら多分とっくに姫に殺されてる」

「……あっそ」

 

水色のアイスキャンデーを頬張る少女二人。シャクシャク、というアイスキャンデー特有の食感と共に、どこか懐かしさを感じられる適度な清涼感がたまらない。

マリが自分の言うことを半分しか聞かないのは普段のことなので、リクエストしたオレンジ味ではないことには特に突っ込まない。

 

「そういや、五号機まで消えちゃったのはいいけど六号機とかってあったりするのかしらね」

「あ~、私も詳しくは知らないんだけどどっかで極秘裏に作ってるみたいな話は聞いたよ? 人目に付かないトコ」

「へぇ~。最近はあの赤髪の奴以外はてんでつまらない男ばっかだから、退屈してるのよね。六号機とかあれば大暴れ出来るわね。作ってるとこ分かれば強奪するのに」

「もし月とかだったら?」

「人類にそんな科学力があったら使徒なんて一瞬でしょ」

「それもそーかもねぇ。……あっ、私あたりぃ!」

「当たり? そんなんあるの」

「おやおや、その様子では姫はどうやら外れのようですなぁ」

 

何も書かれていない棒を見て不思議そうな顔をする朱雀に対してにやけるマリ。

マリの食べかけのアイスのその棒には確かに「当たり」に続けて細かな文字が色々と掘られていた。

 

「あっ、それじゃ私当たり棒交換しに下降りるねー」

「じゃあ鍵は閉めとくわね、寝てる間に襲われたらたまらないし」

「姫が寝込み襲われたところで余裕で返り討ちじゃない?」

「あんたに襲われることを想定してんのよ」

「え~、そんなに信用ならない? というかそれ今夜一晩締め出すってことよね、ひっどーい」

「隙あればちょっかい出してくるじゃない」

「さっきが初めてだけど」

「嘘ばっかし。初めてなのは擽るのがでしょ? 此間なんて寝てる隙に唇奪おうとしたくせに」

「えっもしかしてバレてたかにゃ?」

「ひっどい、冗談で言ったのにホントだったの? キスしたのね?」

「えへへ、姫の寝言と寝相が悪かったのが悪いにゃ」

「ホントあんた近いうちにぶっ殺すから」

「冗談よ~姫ってばあ」

「……」

「つれないにゃあ……」

 

冗談、という言葉も先ほどの一連の出来事からいまいち信憑性が薄れてしまっているのだろうか、今度は特に返事が返ってくるわけでもなかった。

 

今度ため息交じりだったのはマリだった。

 

少しつまらなさげな顔をして寝返りを打ったところで、携帯端末が再びテレビしか音源がなくなったその空間で鳴り響く。

 

今度の携帯端末の持ち主は、マリだった。

 

「ん? もしもし~。あぁリッちゃん。……え~、分かった。ほいじゃ~ねぇ」

 

気の抜けた応対を一通り済ませると、先刻ぶりに朱雀から口を開いた。

 

「どったの」

「リッちゃんから。なんでも数週間後に三号機の実験やることが決まったみたい」

「へぇ~。でもパイロットが居ないんじゃない?」

「ん~そこはあたしか零号機の子が代わりじゃない? あるいは……」

「あっ…………ふふ、そうね。そっちの線もあるわね……」

 

朱雀は何かを察した様子になるやいなや、少しだけその語調が変わり始めた。

 

「んー姫、そんなに楽しみ? まぁ私もちょっとは興味あるけど」

「そりゃあ楽しみよ。

だって……もしかしたら、あの碇シンジ、それと此間の赤髪の他にもいるかもしれないじゃない。強い奴。ましてや……」

 

 

先ほどまで背中を向けていた、マリの方に向き直る。

 

その表情は、笑顔。マリと出会う前の貼り付けられた笑顔でもなく、マリの指で強制的に貼り付けられた笑顔でもなく。

 

 

マリに出会ったとき同様の、本心からの、妖しげな笑み。

 

 

外では相変わらず、雨がざあざあと降り注ぐ。

 

宵闇の中、地面に己を叩きつけることでのみ、その存在を轟かせることが出来る、夜の雨粒がそこにある。

 

そして、

 

 

「四人目の適格者だってんなら、尚更ね」

 

 

戦場の中、強者を己で叩きのめすことでのみ、その存在を轟かせることが好きな、赤い少女がそこにいる。




如何でしょうか。

今回はまぁ、……どんな回というべきでしょうね?

原作の「雨、逃げ出した後」をある程度踏襲もしつつ、
アレンジ要素多め、オリジナルも多数といった様子です。

……って、これでは説明にもなんにもなってませんが、まぁそのうち執筆意図の方でちょっと触れるかもしれませんね。



それでは次回、第十六話「静粛なる偽りの適格」。
さぁ~て次回も? サービスサービス。


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第十六話 静粛なる偽りの適格者

カチャリ、と撃鉄の上がる音が聞こえた。

 

その感触は、味わったことがない訳ではない。それどころか、最も忌まわしき記憶のうちの一つに入っている。

冷たい鉄の筒が、己の頭に密着するその感覚。

 

銃口だ―――

 

「碇シンジだな……大人しく、手を上げろ」

「な、何を……」

「動くな!」

「いや、だから……」

 

けれど、シンジは特にそれに抵抗しようとするつもりはなかった。

何故ならば、その声には聞き覚えがあったから。

 

雨の降り注ぐ中ではあったが、それは忘れるはずもない声だった。

 

「……何してんのさ、ケンスケ」

「あっちゃ~、やっぱりバレたか」

「声でバレバレだよ……」

 

そう、相田ケンスケ。学校での友人。

前史でも何かと世話になった彼は、普段の彼と様子は変わらない。

手に持ったモデルガンをポケットに収めると、モデルガンの代わりに、今度は持っていた傘をシンジの方に向けた。

 

「びしょ濡れじゃないか……。そうだ、近くでキャンプやってるんだ、来なよ」

「え、ちょっ」

 

ケンスケに手を引かれるがままに、草むらの中、道なき道を進んでゆくと、

ザッザッ、と雨に濡れた草が、一歩踏みしめる度にその存在を音で示してくる。

 

そういえば、前史でもこのような草むらでケンスケと出会ったような記憶がある。

あの時は確か、ごっこ遊びをしていたはずだ。

今回もこんなところで、それも逃走中に巡り合うとは、とんだ偶然である。

いや、果たして偶然なのだろうか?

 

それは分からない。

 

ただ一つ今の状況で分かるのは、どうやらケンスケの言う「キャンプ」に到着したらしいということだ。

そこには確かにキャンプと言われて想定されるものがあった。

入り口には灰色の屋根とやや透け気味の布の壁付きの食事スペースと思しき空間があり、その奥に白色の、所謂テントがある。

 

「ちょっと待ってな」と言うや否や、テントの奥の方に潜り込むケンスケ。

再び戻ってきたときは、その腕の中に深緑色の少し変わった布の塊が入っていた。

 

「とりあえず、冷えちゃってるだろうから風呂入って来ようぜ。服はこれで我慢してくれよな」

「……何これ?」

「見ての通り、迷彩服だよ。服は別のところに干しておくからこの袋に纏めといて」

「なんか、ごめん」

「いいってことよ。じゃ、着いて来いよ」

 

再びケンスケの案内を元に、今度は風呂場へと向かう。相変わらず雨は止まない一方で、明るかった空が少しずつ暗くなり始めていることに気が付いた。

もうそろそろ六時を回る頃だろうか。

 

風呂場は意外と大きなロッジにあった。浴槽もそれに合わせて割と大きなサイズだ。

用意がいいのか、既に適温の湯がそこに張られている。

 

二人とも服を脱ぎ捨てると、ドアを開く。すると忽ち湯けむりが中から放出され、生暖かな空気が肌を包み込んだ。

 

それから、暫く無言で身を洗う。響くのは外の雨音と内の水音のみである。

 

初めに洗い終えたのはケンスケらしい。シンジがボディソープを落とそうとした時には既に背後からバシャン、と音が聞こえてきた。

やがてシンジも身体を流し終えると、静かに湯船に浸かった。そこそこ広く、密着するということはない。

さながら修学旅行のような雰囲気すら感じられた。

 

 

「いやはや、まさかシンジと一緒に風呂に入る日が来るなんてな。しかし……風呂はいいねぇ。人の生み出した文化の極みだ。そう思わないかい? 碇シンジ君」

「そ、そうかな」

「そうさ。風呂は命の洗濯だって、父ちゃんも言ってたけど。今はその意味も理解できるってもんだよ」

「……」

 

奇遇にも自分がとてもよく知っている二人の人物の発言を、思いがけずケンスケが発言したことにシンジは少し苦笑いを浮かべた。

今回はミサトにそう言われる機会もなかったのだが、結局は誰かにそう言われる運命だったのだろうか。

 

想えば、放浪中に草むらでケンスケと出会うのも、やはり前史でも起こったことだ。

前史で起こったことは、ある程度の範疇ではあるが何らかの形で今史でも起こるということなのだろうか。

 

そんなことを考えていると、ケンスケが再び口を開いた。

その話題は、至極当然なもので、予想も容易いものだ。

 

「……それより、一体何があったんだよここ数日は」

「……? ここ数日?」

「あの日、例の化け物がやってきたのを境にお前が来なくなった。そして、山岸さんは転校してしまった。」

「……」

「……何か、あったんだろ?」

「……何も、ないよ」

 

ケンスケの鋭い指摘に、そう返し俯くしかなかった。

そしてシンジのいつもとはまた少し違うその態度に、ケンスケもやはり違和感を覚えたようである。

 

「……なぁ、シンジ」

「……何?」

「お前って、隠し事。下手だよな」

「……」

「へへ。シンジって結構超人! って感じあったけど、やっぱり完璧って訳でもないんだな。少し安心した。

……分かるんだよ。こう、人が何か、隠してるの。

うちの両親もそうだったからな……隠し事があると、本人は平然としているつもりで居ても、第三者から見れば微妙に雰囲気が変わるんだ。隠し事の大小は問わず、ね。

……シンジが何を隠しているのか、俺には分からない。想像は幾らでも出来るけど、結局それは想像に過ぎないから真実は分からない。そして、その真実も知る権利すらあるか怪しいと思う」

「それは……」

 

もしかすると横にいる彼は、ある程度感付いているのかもしれない。

彼の呟いた客観的に見たシンジの状況、そして彼の妙に長けている観察眼、そうした要素からそれを感じさせる。

けれど、ケンスケは続けた。その表情は、真剣なものがあった。

 

友人、いやそれ以上の、親友に向ける視線。

 

「でもな。お前が何を隠していても、そのことについて別にお前を責めるとか、そういうつもりもない。これも本当だよ。

感謝こそすれど、文句を言おうなんて俺は思わない。

それはトウジもそうだし、委員長だってそうだし、他のクラスの皆だって、ひいてはこの第三新東京市に居る人間全員が、いや人類全員がそれは同じはずだ。

……そうじゃない奴が居たとしたら、俺もトウジもそいつを許さないさ」

「……」

「……いつものようにさ」

「?」

「いつものように……でっかい化け物を、エヴァンゲリオンに乗ってやっつけてくれたんだろ? 

ドカーン! バコーン! ズガーン! 状況終了! すごく、凄くかっこいいじゃないか!」

 

先ほどから一転して、再び何時ものテンションに戻る。

エヴァンゲリオンでの戦いに、あこがれを抱く少年。前史から彼は、変わらない。

そんな彼の様子に、シンジは驚きすら抱く。あくまで一人の友人として、自分に接してくれる彼を。

 

いや、自分がやってしまったことが分からないから、こうなのか?

けれど、そのテンションは長く持つことはなかった。

ケンスケ自身、それを長く持たせる気はなかったようだ。

 

「そう、だから……お前に何があったかは分からないけど俺たちは、

いつでもお前が、シンジが戻ってくるまで待ってるからさ。

俺たちとふざけてるシンジも。何かとモテモテなシンジも。パイロットとしてのシンジも。どのシンジも、俺たちが味方になる」

「……ケンスケ」

「だからさ……な。元気、出せよな」

 

ケンスケの、やや消え入るような声を聴いて……そして、その目を見て。

 

少しだけ、ハッとさせられる。

 

目を見て人を知るほどに成長できたわけではないが、その目にはきっと、濁りはなかったのだろう。

本能的に、そう感じられた。

 

もし、ケンスケが自分の業を知っていた、もしくは感付いていたとしても、彼は変わらず、接してくれるのかもしれない。

あるいは、そう勤めようとしてくれるのかもしれない。

 

身の回りの大人でもなければ、レイやカヲルといったほぼ全面的に味方してくれる者でもない。

相田ケンスケという、一人の友人。

その間に特別な条件の課されていない「全く対等な存在」が、自分を受け入れてくれているのだ。

 

その事実は……少しだけ。

少しだけだが、シンジの救いになった。

 

「ごめんな。月並みなことしか言えなくて」

「……いいんだ。ありがとう」

「……」

「……」

 

再び、無言になる。

外からは、先ほどまでの雨音は聞こえなくなっていた。

 

湯の暖かみが、じわじわと自分の体温を取り戻している感覚がする。

 

あたたかい。

とても、あたたかい。

 

その暖かみを享受していると、

 

「……そうだ! もう、こんな時間だ」

「あ、本当だ……もう、七時になるのか」

 

風呂の中に設置された時計は、既に七時に針を進めていたらしい。

入ったのは、六時を少し回ったころだっただろうか。無言であった時間は短いようでそこそこ長かったようだ。

 

「丁度いい。シンジ、良かったらここ、泊まってけよ」

「え、でも」

「いいからいいから。飯だって食ってないだろ? メッチャクチャ美味いカレー、作ってやるからさ!」

「え、あ、う、うん」

 

風呂から上がり、テントへ戻ると気付いたらケンスケは消失していた。

どこに行ってしまったのだろうかと思いつつも待つこと数十分。大鍋を持って彼は戻ってきた。

大鍋は蓋こそ閉じていたが、その隙間からは黄土色のルーが見え隠れしていた。

忽ちスパイシーな匂いも漂い始め、食欲を煽り始める。

 

そういえば、昼食を食べていなかったのだった。

カレーの匂いが漂い出すと同時に、シンジの腹もそのことを思い出したかのように主張を始めた。

 

ケンスケから上手く白と黄の分かれたその器を受け取ると、半ばがっつくように喰らいつく。

 

ホカホカと暖かな白飯と、スパイシーさの内に旨味を存分に秘めたルーが口の中で絡み合い、カレー独特の絶妙なハーモニーを生み出していく。

客観的に見ればその出来は「普通」なのだが、抱く絶望の闇に光を差すには先ほどのやり取りも相まって十二分な力があった。

 

「……おいしい」

「そっか、そりゃよかった。……こういうの、あこがれだったんだよなぁ。月の下で同じ釜の飯を食っている友と語らう夜!」

「そ、そうなんだ?」

「ああ」

「というか、月って……あ、本当だ。さっきまで降ってたのに」

 

気付けば確かに、雨は既に止んでいる。

雲は少しずつ切れ始め、その合間からは確かに月が煌々と輝き始めていたのだった。

 

----

 

「じゃ、俺は学校に行ってくるから。……気が向いたら、来てくれよ」

「うん」

「じゃ、また後でな」

 

雨の日にケンスケと出会ってから、数日が経過した。

あの晩からは特に込み入った話をするでもなかった。なんとなく、ケンスケのキャンプで寝泊まりしている状況が数日間続いていたのだ。

ここ最近は特に、割と早く眠りに落ちてしまったような気もしている。

 

目覚めると、既にケンスケは朝支度を整えていた。

いつもはややシンジの方が早く目覚めてはいたので、寝坊してしまったのかと思った。

ところが時計の針はまだ割と早朝であることを示していた。

いわく、最新のモデルガンの試し撃ちも兼ねて早出するのだという。

 

ケンスケの後姿を見送ると、踵を返しテントの中へ戻ろうとした。

その時、

 

「友達との会話は済んだか、碇シンジ君」

 

後ろから男の声が聞こえてきた。

しかし今回は何か撃鉄の動く気配もない。

そして何より、今回もまた聞きなれた声だった。

 

警戒を解いて後ろを振り向くと、予想通りの人物がそこにいる。

 

「……加持さんですか」

「よっ、数日ぶりだな」

「よく、ここが分かりましたね」

「そこは企業秘密だ。強いていうなら、大人をそう侮るなってことかな」

 

加持の声色や表情は、いつもと違わなかった。

突然いなくなった自分に対して怒りの感情を伴うだとか、そういうこともない。

 

飽くまで、普段通り。彼としては普通にやっていることが、彼からすれば少し意外であった。

 

「……やっぱり僕は、連れ戻されますか?」

「さてな。俺も最初はそのつもりで来たんだが、その様子を見るともう大丈夫みたいだしなぁ」

「……」

「いや、そうだんまりにならなくても分かるさ。さっきの子、相田君って言ったか。彼、友達だろ? 

勿論まだ完全ではないにしても、友達と会話が出来るなら充分だよ」

「はあ……」

「一応リッちゃん達からは経過観察の義務もあるから連れ戻せーって言われていたんだが、

君のこの様子を見るにそこまで憂慮する事態でもないのかもしれん。

何より朝の起き抜けであの二人に会うのも、なかなかしんどいだろ? そこで、だ……」

 

加持は先ほど以上に飄々とした様子で、どちらかというと女性に対して何か口説くような態度にすら変化した。

その声色もむしろ、少しばかり男の色気を孕みつつある。

無言を貫いていたシンジも少しばかりそれにたじろぐ。

 

「どうだい、デートでも」

「……僕、男ですよ」

「ノー・プロブレム。愛に性別は関係ないさ……」

「え、ちょっ、待っ……あぁぁぁ!?」

 

シンジの拒否をまるで聞かないでその顔の距離を狭める……が、その顔の距離が零になることはなかった。

すっ、と側面を掠めて、今度は耳元で囁く。

 

「冗談だよ」

 

何か弄ばれたような気がして、少し気に食わない。

シンジは少しだけむくれるが、特に気にしない様子で加持は続けた。

 

「そんだけ元気なら、やっぱり大丈夫だな。すぐそこに車を止めてある。ちょっと息抜きにドライブでもどうだ?」

「……ドライブ?」

「ああ。心配するな、ネルフに連れ戻そうとかそういうつもりはない。

実は最近、ある場所とコネが出来てな。心が疲れた時は、ああいうところに行くのが一番いい」

 

加持リョウジという人物の、この根拠のない自信は果たしてどこから来るのか、と思わないではないが、しかし一方で騙すつもりもまた、毛頭ないのだろう。

少し腑に落ちないところはあったが、シンジはゆっくりと頷いてみせた。

 

「よし、決まりだ。相田君の方には俺のツテで連絡させて貰うよ。書き置きだけしておいで」

 

----

 

「どうだ?」

「えっと……ここは、水族館ですよね?」

 

連れてこられたのは、第三新東京市を少し離れたところにある水族館である。

シンジは水族館の存在こそ知っていたが、セカンドインパクト以降少なくとも日本国内で生き残っている水族館はほんの僅かであったこともあり、実物を見るのはこれが初めてだった。

 

「そう。セカンドインパクト以前の南極近海からオーストラリア近海、生命の失われた海域の生き物たちがここに集められ保護されている」

「なるほど」

「セカンドインパクト以降、海の環境も大きく変化しているからな。

残念ながら彼らは、ここでしか生きることを許されていない。他の海……そうだな、東京湾にでもぶち込めば、たちまち全滅してしまうだろうね」

 

いつもと変わらない飄々とした口調から放たれる、おどろおどろしい事実。

けれどそれは抗えるものでもない、淡々とした無慈悲な事実にすぎない。少なくとも加持はそういうスタンスなのだろう。

 

やがて二人は、魚たちの一つのパラダイスが形成されたその水槽を静かに見つめ続けた。

 

目の前を泳ぐ、見慣れない魚たち。

野生であれば脅威となる、サメもシャチもクジラもいない、そして彼らを漁獲する人間もいない。

 

何者にも脅かされることなく、悠々と泳ぎ続けている。

 

いや、本当に脅かされていないのだろうか? 脅かされていないのは、あるいはヒトのエゴか。

 

その答えの主は何も語らない。

右往左往に泳ぎ回ることで口から発生する気泡が、唯一彼らの生を物語るのみであった。

 

そんな魚たちを暫く観察していると、加持が口を開いた。

 

「で……だ。単刀直入に聴くが、一体何があったんだ?」

「……?」

「あの使徒の中で、何かが起こったというのは明白だ。大丈夫、リッちゃん達には話さない……男同士の密談と行こうじゃないか」

 

迷いは生じた。

 

しかし、目の前の男なら、何か解決策を持っているのではないか。彼はそういう男だということを、シンジは知っている。

 

 

藁をも掴む思い。

シンジが再び頷くのに、時間は掛からなかった。

 

「分かり、ました」

 

内部で起きたことを、ぽつりぽつりと無理のない範囲で話し始める。

 

使徒の中に、マユミが居たこと。

 

使徒の主が、マユミであったこと。

 

マユミを倒すか、人類が滅びるかの二択であったこと。その二択を迫られたこと。

 

そして……

 

マユミを、殺してしまったのではないか、ということ。

 

 

加持はそれを遮るでもなく、黙ってその全てを聞きとおした。

 

と言っても、起こったこと自体は客観的に見れば、そう複雑なものではない。

時間にして十分も経たぬうちに、その全てを語り終えた。

 

「なるほど、な……」

 

加持は暫く考え込んだ風を見せると、改めてシンジに向き直った。

 

「シンジ君」

「はい」

「まず、悔やむ気持ちは分かる……クラスメイトの、それも仲良くなった女の子だというじゃないか」

「……」

「しかしだ、俺たちは、その君のお蔭で救われている。その君にこの結果を悔やまれたら、俺たちはどうすればいい?

額面としてみれば、人類と山岸さんを天秤にかけて、そして君は人類を選んだ。

しかし君がこの態度、

ということは……人類を滅ぼす選択肢もまた、君にとっても存在しない選択肢ではなかったということじゃないか? あるいは世界がどうなってでも山岸さんを助けたかった、とすら取れる。

山岸さんはいいだろうが……俺たち残り二十億人あまりの人類はどうなる?」

「そ、それは……」

「すまない。責めよう、というつもりはないんだ。ただ、そういう見方も出来うる、ということは忘れないでほしい」

「はあ……」

 

現実を突き付けつつも、加持の語り口調に大きな変化はない。

しかしそれだからこそ、シンジにはうなだれるということしかできない。

 

加持はシンジの様子を見るでもなく、あくまでも淡々と続けた。

あくまでも言い聞かせるように、続けた。

 

「それに、その山岸さんが、君にこんな風になっていてほしいと思っているだろうか?」

「……」

「君の話が事実であるとすれば、山岸さんはシンジ君にシンジ君や俺たち人類を託した。そう考えるのが、自然じゃないか?」

「……それは、そうかもしれませんが」

「だったら、君は生きなくてはならないんじゃないかな。

生きると言っても、今のように塞ぎ込んで生きるんじゃない。

あの魚たちのように、閉ざされた世界で生きるんじゃないんだ。

山岸さんが俺たちに残してくれた、楽しいこと、つらいこと、嬉しいこと、悲しいこと、そして、素晴らしいこと。あらゆる事物に満ち満ちた世界で生きられるんだ。

君はあの魚たちのように制限されていない、自由な生き方が約束されているんだ」

「自由な、生き方……」

「そうだ。今でこそ、君にはまだエヴァンゲリオンのパイロットという使命がある。

使徒がいつまでやってくるのかは分からない。終わりがあるのかもしれないし、ないのかもしれない。

あるいは終わりがなかったとしても、次にやってくるのはずっと何百年も先かもしれない。

終わりがあったとしても、もしかしたら残りの使徒が今にでも総勢で乗り込んでくるかもしれない。

しかし、いずれにせよ君はいずれエヴァンゲリオンを降りる日がやってくる。

その時に君が出来る生き方は、自由なんだ。山岸さんはその命を以って君に自由を与えてくれたんだ。

その自由……君は享受する「義務」もあるんじゃないかな」

「義務……」

「辛い気持ちは分かる。だが、進むべき道がそこに用意されている以上は、それを歩むのがいいと俺は思う。

進むべき道すら見えていない人間も、この世には山ほど居るからな」

 

加持の双眸は、どこか遠くを見つめていた。

 

表情こそいつもと変わらないが、それでも何か違う。

それが何なのか、シンジにはまだ分からない。分かるほど、成長出来ていないのかもしれない。

 

だが、それでも時の流れは進んでいくのだ。それを示すかのように、加持の話も進んでいく。

 

「それに、君は一人じゃない。君はエヴァンゲリオンのパイロットである以前に一人の中学生……いや、一人の人間でしかない。

単純な個人の能力としては君は確かに凄い面がある。それは認める。

でもな、君は一人なんだ。

人間は単体で攻めてくる使徒とは違って、群れを成して生きていく生物だ。

個人の生き方としてみるならば最低限のつながりで生きていくという選択肢もあるが、

完全に誰とも関わらずに生きていくのは不可能。仲間と辛さを共有して、乗り越えていくことも大事なファクターではないかな」

 

先日ぶりに、ハッとさせられる。

 

「あんたね……自分の力を過信しすぎ。少しは、人を頼るという事も覚えなさいよ」

 

かつてのラミエル戦の前に、ミサトに言われたその言葉。

 

気付くと再び、自分だけでなんとかしようとしている。

 

けれど、その度にどうだったか。

 

 

ラミエル戦では、レイに助けられた。

イスラフォン戦では、マリとレイに助けられた。

レリエル戦では、マユミに助けられた。

そして何より、カヲルにも日常的に助けられた。

 

 

そして今、ケンスケと加持、この二人によって再び、自分は助けられようとしている。

 

 

そう……結局自分一人で出来ていることは、微々たるものだった。

 

自分一人の殻にこもっても、結局いいことはなかった。

一人になってもなにもいいことはなかった。赤い世界でも自覚したその事実を、再び忘れかけてしまっていたのだ。

 

皆のいる、世界を望む。

 

 

何のために戦うのか?

 

今、それを思い出した。

 

 

「……加持さん」

「何だい」

「僕は……僕は……その、まだ、自分が、何を出来るかは……分かりません。

でも、……頑張って、みようと思います。山岸さんが、残してくれたこの世界。俯いているだけでなく、前を向いて。生きていければ……いいのかも、しれない」

「……そうか。それじゃあシンジ君……最後に一つだけ。君に、ヒントをあげよう」

「え?」

「君が少しでも何か足掻こうとしなければ、言うつもりはなかった。けど今の君は……足掻こうとしている。その位は、俺にも分かる。だから君にヒントをやろう」

 

加持の表情や雰囲気は、既に今日出会った時のそれと同じだった。

普段通りのポーカーフェイス。けれどもどこか、柔らかさも感じられた。

 

「……テレビのニュースだ」

「え?」

「行方不明者関連のニュースを洗い出してみろ。そうすれば……君は一つ、希望というものを持って生きていけるかもしれない」

「と、……言うと?」

「そいつは俺からの宿題だ。なぁに、難しくはないよ。それじゃあ俺はちょいと館長に用事があるから少しだけ魚を見て暇潰ししていてくれ」

 

そう言い残すと、加持は再び飄々とした様子で何処かへと消えてしまった。

その後ろ姿を見て、何か感じるものがある訳ではなかった。

 

ただ一つ、口から自然と出る言葉は、誰に届くでもなく消えていく。

 

でもそれで、よいのかもしれない。加持もまた、それが届くことを望んだわけではないだろうから。

 

 

「……ありがとう、ございました」

 

 

----

 

「じゃあシンジ君は無事で、ある程度は回復の兆しもあると。そ、ありがと。じゃあまたね」

 

手持ちの携帯端末を放り捨てたところで、見慣れた黒髪が翻るのをリツコは目にした。

 

「リツコ」

「あらミサト、またそんなところにいたの。そんなに愛しのシンジ君が心配?」

「アンタねぇ……」

「はいはい分かってるわよ。加持君の話によると、健康状態は勿論精神状態も悪くはないみたいね」

「ホント?」

「ええ」

「ならよかった……」

 

心底安心した様子を見せるミサト。

 

「本当よかったわね、ここ数日の貴女はとにかく本部内をウロウロウロウロ、何があったかと思えばシンジ君は何処、って。一部ではショタコン疑惑が立ってたわよ?」

「流石に自分の半分の年齢の男の子にホの字なんて。犯罪じゃないの」

「あら、その言い方ではまるで犯罪じゃなかったら手を出すかのようね」

「え? ええっと、それはその……って、出さないからね? 私少なくとも同年代以上がいいからね?」

「はいはい。まぁそれはそれとして」

「違うからね」

「分かってるわよ。……シンジ君は暫く療養ね。

使徒がやってきたら止むを得ないけど、ある程度の期間休学。訓練も休止。

……まぁ彼の実力ならもはや中学どころか高校すら行かなくても大丈夫なんじゃないかと思うし訓練も自発的にやってるから、あまり気にしなくてもいいかもしれないけど」

「そうも行かないわよー。あの子、一人で突っ走る癖があるもの。ブレーキになる人間は必要だわ。出来れば明日からでも」

「そうも言ってられない事情があるのよ。……もうすぐ、来るのよ。アレ」

「へ? 来るって……まさか」

「そう、そのまさかよ」

 

リツコの表情が先ほどより少し真剣さを帯びたものになる。

その目を見て、ミサトはハッとした。

 

そうだ。これは。

 

 

「……リツコ」

「……何?」

「もしかして本当はアンタの方がシンジ君狙ってるんじゃなくって?」

「は?」

「だって……もうすぐ来るアレって言ったら、アレしかないじゃない。作るもん作って駆け落ちしようと」

「はぁ? ……あぁ。あのね、シンジ君より貴女の方が精神汚染されてるんじゃなくて?」

 

ミサトの言わんとしたいことが一瞬飲み込めなかったが、MAGIと毎日睨めっこしている明晰な頭脳は瞬く間に答えを導きだした。

しかしそれは大外れであったようで、リツコの冷たい視線がミサトに突き刺さる。

ミサトもふざけすぎた、と少しだけ小さくなった。

 

「ま、おふざけもここまでにして……

アレ、ってのは、かねてから噂されていたエヴァンゲリオン三号機。ついにアメリカからご到着だそうよ」

「あら。三号機と四号機はあっちが建造権を主張して強引に作っていたんじゃない。いまさら危ないところだけうちに押し付けるなんて、虫のいい話ね」

「命が惜しいのは人間誰もが同じってことよ。あの惨劇の後じゃ誰だって弱気になるわ……開発費は全部あっち持ち、それだけでも儲けものよ」

「なるほどね……じゃあ事情、ってのはもしかして、三号機にシンジ君を?」

「いいえ。三号機に乗せられるのは事実上マリだけよ。

レイは特性上零号機以外はほぼ乗れないし、シンジ君はもってのほか。今の精神状態で彼を新しいエヴァに乗せて暴走でもされたら危険すぎるわ」

「なるほど、テストパイロットはマリな訳ね。じゃあ、どうしてシンジ君を?」

「三号機は新型とはいえ、今回が初の実戦テストよ。マリが乗るとなれば、三号機が暴走か何か引き起こしたときに頼りになるのは初号機と零号機しかないの。

本当は新たにフォースチルドレンを見つけられるのが一番良いけど、生憎ながらまだ適格者が見つかっていない」

「待機役って訳?」

「有り体に言えばそうなるわね」

「……まぁ、やむを得ないか」

 

少し腑に落ちないところはあるが、それでも理由は明白だし、

それを頭ごなしに否定してしまう程ミサトも子供ではなかった。

 

話に一段落がついたところで、コーヒーを口に含む二人。待ちわびた無事の報告で聊か浮足立っていた心が、そのほろ苦さによって少しずつクールダウンされていく。

 

 

 

その頃、とある名もなき場所の雷鳴轟く黒雲を、一機の巨大なウイングキャリアーが突っ切っていた。

 

目的地はまだ遠い。が、目覚めの時は刻一刻と迫っている。

ウイングキャリアーに搭載されたソレの目が、一瞬だけ赤色に輝いた……が、それに気づく者は、何一つとなかった。

 




はい、如何でしょうか。

今回は一応シンジ復帰編というか、本編で言えば「雨、逃げ出した後」の後編と言ったところでしょうか。
但し時系列としては前回とそこまで時間は変わらず。

次回からは前回からも匂わされていたようにいよいよ「あの話」に入っていきます。
ただ、流れ的に少し短くなる予定です。というかここまでのんびりとレリエル編前後の時系列を流していた反動……ではありませんが、割と一気に話が進みます。

ただ……実は今日は5/12ということですが、5/8、5/13も本当は色々とイベントがあるんですよね。
しかしながら時系列的にはレリエルになってしまっておりズレも大きいので、次回更新は7月4日。
但し、バルディエル辺の時系列通りに進んでいくので連日更新を予定します。

それでは次回「選ばれた者」。
さぁ~て次回も、サービスサービス。


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第十七話 選択された者

「今回の事件の唯一の当事者である初号機パイロットの直接尋問を拒否したそうだな、葛城三佐」

「はい。彼の情緒は大変不安定です。今ここに立つことが良策とは思えません」

 

それは、使徒レリエル、それを退けてから更に数週間程度経った後である。

前史同様に、シンジの代理人としてミサトが人類補完委員会の尋問に立つこととなった。

 

暗く閉ざされ、光は委員会メンバーの席からしか認められない世界。

ミサトにとってこの暗闇は、いまいち好きになれないものだった。

 

いや、暗闇そのものが、得意ではなかった。

セカンドインパクト。間近でその惨劇を見た時に、彼女は多くの時間を暗闇の中で過ごしていたのだから。

それでもその声色には苦手さを感じさせない。あくまでも、毅然とした態度でそこへ臨む。

 

「では聞こう、代理人、葛城三佐。先の事件、使徒がわれわれ人類にコンタクトを試みたのではないのかね」

「被験者の報告からはそれを感じ取れません。イレギュラーな事件だと推定されます」

「初号機パイロットの記憶が正しいとすればな……あるいは、君たちの証言に偽りがなければ、の話だ」

「彼の記憶における外的操作は認められません。そして……我々の偽証もありません。MAGIのログを確認していただくなどしても構いません」

「しかし、エヴァのACレコーダーは作動していなかった。MAGIのログだって君たちなら簡単に操作を行える」

「……」

 

委員会のメンバーの一人に対する反論を行うには、少しばかり難しいものがある。どちらかと言えば、リツコの方がこの尋問には適しているように思われた。

答えに一瞬窮してしまうが、黙っていても尋問が終わる訳ではない。なんとか言葉を、言葉を紡ごうとする。

 

「……それは」

「……まあ、よい。それは今の時点では些細なことだ。使徒は人間の精神、心に興味を持ったのかね?」

 

ミサトが沈黙を貫いていたのは、思いのほか長い時間だったらしい。

彼女が口を開くのと大体同じタイミングで、見かねた補完委員会委員長、キール・ローレンツがそのバイザーの下に見せる口を開いた。

しかし、これまた難しい質問であることに変わりはない。使徒が人の精神に関心を抱くかどうか。そんなものは使徒に聞いてみないと分かる筈もない。

 

そもそも、使徒は何かモノを考えることがあるのだろうか?

これまでの戦闘からして、学習能力があるというところまでは何となくミサトも感付いてはいる。感付いてはいるが、それは人に近いココロを持つが故のものなのか? 本能とは、違うものなのか?

 

「……その返答はできかねます。

果たして使徒に、心の概念があるのか、人間の思考が理解できるのか。まったく不明ですから」

「今回の事件には、初号機からの能動的なものであったとはいえ、使徒がエヴァを取り込もうとしたという新たな要素がある。これが予測されうる第十三使徒以降とリンクする可能性はどうだ?」

「これまでのパターンから、使徒同士の組織的なつながりは否定されます」

「左様。単独行動であることは明らかだ。……これまではな」

「それは、どういうことなのでしょうか」

「君の質問は許されていない」

「はい」

「以上だ。下がりたまえ」

「はい」

 

ミサトはそのことを知る由がないが、今回の彼女の尋問は概ね前史と同じように終えることとなった。

彼女の姿と引き換えに、尋問の場に現れたのは碇ゲンドウ、彼だった。

 

「どう思うかね、碇君」

「使徒の知恵は以前よりも強化されていると見て間違いないでしょう」

「来たる時はそう遠くはないということか。神の覚醒……」

「使徒の強大さに反して、予想以上の好戦果を挙げているとも聞く。願わくば、約束の時までこれまで通り安泰に頼むぞ」

 

キールが最後の言葉をゲンドウに振りかける。

ネルフの戦果は主に被害状況の面で予想以上によいものであった。シンジというイレギュラーが存在する以上半ば当然のことでもあるのだが、特に滞りのなく進んでゆく己が計画に対する不満も前史より圧倒的に小さいものだった。

 

そしてゲンドウはその言葉がやってくると、半ば形骸化すらしているようにも思える普段の科白を返す。

 

「わかっております。すべてはゼーレのシナリオ通りに」

 

暗黒の空間からは全てのモノリスが消え去り、やがて何の変哲もない部屋へと変貌した。

その傍らには何時もの通り冬月が立っている。

 

「どうだね」

「老人たちは自分たちの思うがままに計画が進んでいると考えているようだ」

「ほう。今回もお咎めなしだったか」

 

冬月は安堵と共に感心したようだった。

自分たちは委員会とはまた違う腹積もりを持っている。

だが、まだネルフよりはゼーレの方が力が強い。そこに何か警戒心を抱かれる可能性を危惧していたのだ。

 

「我々が動き始めるのはもう少し後だ。老人たちにはもう少しだけ慢心していてもらうとしよう」

「ぞう上手く行くと良いが……」

「……問題ない」

 

普段のように手を顔の前で組むゲンドウ。

そのサングラス越しの視線の先に映るのは、果たして部屋の壁だけなのか。

長年彼の下で動いてきた冬月ではあったが、未だに読めないところの多い男だと感じられた。

 

--

 

闇から解放された次に気付くと、自宅のごく近くの建物だった。

見覚えがある周辺の景色に小さな安堵を覚えると、足早に建物を去り、自宅へと足を向ける。

 

既に太陽は沈み、先ほどの闇にも似たような暗さがあった。

しかし近くには街、そして空には月明かり。その分の明るさもあった。

人の手で作られた光と、自然が織りなす光がそれぞれ平等に彼女を照らしていたのだ。

 

「彼ら、何者なのかしらね……人類補完委員会」

 

ミサトの独り言は、虚空へと消えていく。

思い出されるのは先ほどまで尋問を繰り返していた老人たちの姿。

彼女が彼らの姿を見るのはこれが初めてのことだったが、背後に潜む大きすぎる影のインパクトは彼女の記憶に生き続け、決して彼らの姿を忘れることはないのだろう。そう彼女に確信を持たせるに十分なものだった。

 

ネルフの前身たるゲヒルン及び人口進化研究所にも並々ならぬ影響を与えたという彼ら。

恐らくは、ネルフの創立にも大きく関わっており、ひいてはエヴァ、使徒、そして……セカンドインパクトについても。

自分たちの知り得ぬ何らかの情報を持っていると見て間違いない。

 

「でも……」

 

しかし、気になるのは委員会の老人たちだけではない。

むしろ、委員会の老人は結局のところ自分とはかけ離れた位置に存在する上位組織である。確かに情報は計り知れぬものがあるのだろう。

 

だが、どこか考えすぎても致し方ないと、感じる部分もあった。

老人たちよりも、己の思考のキャパシティを注いでいきたい事柄は他にもある。老人たちに注ぐ量を一とすれば、そちらに関しては百でも二百でも注いでいられる。

 

「碇……シンジ君。……何者か、と言えば、やっぱりこの子よ」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、白いカッターシャツと黒い長ズボンを身に纏った少年。

短めの黒髪に、幸薄そうな顔で微笑むその姿はミステリアスの塊そのものだった。

 

 

思い返してみると、奇妙な点があまりにも多い。

 

 

そもそも初めの報告書に描かれていた彼の人物像は、どこにでもいるような内気な少年。

内気という性格自体も特段珍しい訳ではないのだから、総じて彼は凡庸な少年のはずだった。

しかし蓋を開けてみれば、少なくともそのような内気さは感じられない。特別に陽気という印象を抱くわけでもなかったが、内気ともまたかけ離れている。内気というにはあまりにも度胸がある。

いや、無鉄砲とでも言うべきなのだろうか。

ところがその戦果。一見して無鉄砲なだけのようにも見える彼を、そうではないと裏付けるのがそれだ。どういう訳か結果だけは必ずついてくる。

それも一度や二度ではない。これまでの使徒戦の半分は彼の功績が大きい。

その事象の一つ一つたるや、不思議という言葉では片付けられない。

幾度か彼を引き留めたり、作戦を言い渡すこともあったし、彼もそれに従ったりすることもあった。

けれど基本的には彼の言う通りの作戦か、そうでなくとも彼の動いた結果で概ね使徒に勝っている、それが現状だ。

ピタリピタリと、使徒の特性に合致する。

功績だけを考慮すれば、明らかに作戦部長たる自分よりも作戦面における貢献も果たしていると言えよう。

 

その状況はその作戦部長である人間からすれば本来憂慮すべきはずなのだが、不思議と悔しさや嫉妬等といった感情は生まれてこない。

初めこそ彼に対して思うところはあったが、あまりにも出来すぎたこの現状を見ると、最早全ては彼の掌の中で動いているかのようにすら感じられ、気が付けばそのような感情が生まれることはなくなっていたのだ。

そのような感情を覚えるだけ馬鹿らしい。そうとも思えた。

 

 

勿論嫉妬等が生まれてこなくとも、疑問そのものがなくなることはない。

何故、これ程までに的確に作戦が出せるのか、そして動けるのか。彼は中学生離れした頭脳を持っているとも聞く。リツコに英才教育を仕込まれているという噂すらも聞く。そして、普段行っているというトレーニング。あれも徐々に中学生離れを始めている。

報告書には一切記入されていないそれらの特徴。特筆に充分すぎるほどに値する事項であるはずだ。

作戦立案にしても、彼のアイデアの源は予知夢であるという話はリツコから聞いている。

 

 

そしてそれは……あまりにも出来すぎた話ではないだろうか。それもまた疑問の一つだ。

 

 

まず、彼の言う「予知夢」は本当に辞書的な意味の「予知夢」なのか? 

実際のところ予知夢などではなく、彼は使徒について何か知っているのではないだろうか? 

 

人類の誰もが知り得ない使徒に関する情報を、あるいはその正体すらも、弱冠十五歳の少年がどういう訳か知っている。

これが一般的な少年について述べた事柄であれば失笑を買うのみだが、碇シンジというあまりにも特異な存在を考慮に入れるならば話は別になる。

 

では、どこからそんな情報を得ているというのか?

思い当たる節としては先ほどまで尋問を受けていた人類補完委員会、彼らなら何か知っているかもしれない。

だがシンジと補完委員会との接触は明らかに認められていないし、そもそもシンジは補完委員会の存在そのものを知り様がないだろう。

あるいは補完委員会と直接通じ、かつ父親であるゲンドウを媒介として聞くという手も考えられなくはない。

だがそんな都合よく「使徒についての情報」があるというのならば、わざわざシンジを媒介にしてそのような面倒な手続きを踏んで伝える必要はない。

直々に使徒の情報を作戦部長である自分とエヴァの管理を務める技術部長であるリツコに通達、それに沿った対策を練らせるはずだ。

そちらの方が効率が良い筈であり、何よりシンジとゲンドウの仲は普段のふるまいからして良いとは言い難い。

 

ミサトの中に、その結論は出ない。

彼が近未来からの使者であるという発想がなければ、それは仕方のないことではあるし、そのような発想はその事実を知らない限りは余りにも突飛なものであり、発想に至る方がむしろ不自然とすらいえる。

 

と、八方塞がりになるか、あるいはもう一つの可能性を考える。

 

 

それこそ……彼が、神の使い。

 

使徒、と呼べる存在でなければそのような芸当は不可能なのではないか?

 

 

裏を返せば、彼が使徒であると仮定すれば、その疑問の全てに説明は付く。

 

中学生として考えるには明らかに卓越した知識量、技術、そして使徒戦の予知。

彼が使徒であり今後の使徒についても知識を持っているというのならば、その説明は容易だ。

 

仮に今この場で使徒襲来の速報が入ってネルフ本部へと駆けつけてみたら、シンジがセントラルドグマに潜り込んでリリスに接触しようとしていた。

そんな未来があっても、かつて仲間だった少年を殲滅することに対し少なくない抵抗こそ覚えるだろうが、そのことに対する疑問それ自体は抱かないだろう。

そしてそれは恐らく自分だけではなく、他の者からしてもそうであるはずだ。

不思議なところのある少年だったが、使徒であるならばその超人類的な能力にも説明が付く。

 

とはいえ現実として、彼からパターン青の反応が出たことなど一切ない。それもまた事実だ。

それに仮に彼が使徒であったとして。そのことについて彼を問い詰められる理由がどこにあるだろうか? パターン青など一切出ていないし、遺伝子パターンも人間のものと百パーセント一致している。使徒であれば説明できる事項が存在しながらも、使徒であることが説明出来ない。二律背反の状況に陥るのだ。

 

ましてや彼は、人類の窮地を幾度となく救ってきているのだ。

その人類の中には自分もまた、含まれている。

それでも彼を使徒と言うのか。

使徒ではないと証明する証拠も山ほどあるのだし、何より自分がそうであることを認めたくない。

 

 

では、使徒ではないとすれば何だというのか。

 

 

あるいは、彼はもはや使徒という存在をも超越し、神そのものであるとでもいうのか?

 

 

このような疑問は、何も今に始まったことではない。

第三使徒からそれは始まり、第四使徒、そして第五使徒。秘密裏に処理されたとされる第六使徒はともかくとして、第七使徒、第八使徒、……

彼が勝ち星をつけるごとに強まっていくのだ。

 

家へ帰りビールを飲み明かすときも、ペンペンを抱いて眠るときも、少し高く感じるヒールを履いて出勤をする時も。

一日一度はふと疑問を覚え、強まっていく。

 

彼の無限大にすら感じられるその力は、どこから湧いてくるのだろうか?

先の使徒を倒したときの精神状態の乱れも、気付けば見る間に回復を遂げている。

並々ならぬ事情があったように思われるのだが、何故ここまでの短期間でこれ程の回復が出来るのか。

その回復力、ひいては碇シンジの行動の根源となる力とは一体なんなのか?

 

 

それこそ……「神」と呼べるような存在であってこその、事象なのではないか?

 

 

その疑問を考える程に思考の谷底の、更にその先の深淵の闇へと己の感情を誘っていくが、いつも最終的には彼のどこか哀しげな笑みへと収束していく。

シンジ自身は気付いていないのだろうか。使徒に勝利し、こちらへ戻ってきてその度に浮かべる笑みに、少なくない影を灯しているのを。

 

ミサトは気付いていた。自分の持つ闇にも、どことなく似たそれを感付いていた。

そして彼女はそれを自覚すると、たちまち他人とはまた少し違うようにも感じられる。一種の親近感とでも言うべきなのだろうか。

いや、違う。どこか、どこか他人ではない。だが、だからと言って何なのか分からない。

違和感はあるのだ。でもそれが何なのかは、分からない。

けれど他人ではない、ということだけは、なんとなく分かる。本能的な部分で、分かるのだ。

ではその本能は何なのか? 

 

上司と部下としての感情なのか?

それともそうした上下関係のない仲間としての意識か?

あるいは、それをも超えた友人として?

それすらも超えて、恋愛感情?

いや、それとも……?

 

分からない。

ただ、他人ではないという感情だけが確かにある。

 

では、分からないなりに、一先ず「他人ではない誰か」という意識を基底とすれば……一つの結論へと帰着する。

これも、いつものことだった。

 

少なくとも彼は、「神」等という大それた存在ではなく、仮にそうであったとしても、自分たちにそれを認識することは出来ないのだろう。それが神であるが故に。

 

そして、自分たちの目から見れば、彼もまた、自分たちと同様の一人の人間にすぎない。

他「人」ではないと感じるのだから、恐らく、彼は「ヒト」であるのだろう。

であるからして、彼はやはり、どこにでもいるような人間の少年の一人であり、それ以上でも、それ以下でもない。

 

「……当たり前よね」

 

そう、当たり前。

当たり前のはずの結論なのだが、ことあるごとに考えてしまう命題。

 

碇シンジとは、何者なのか。

 

幾ら結論付けてもなお考えてしまうとは、その結論に、自分は納得がいかないのだろうか。

それは論理の破綻がどこかに気付かぬ間に生じているからのか。何らかの前提がおかしいのか。

 

そして気が付けば、目の前には見慣れたドア。自分の苗字が書かれたネームプレート。

玄関の明かりを点けるといつも通り、同居人が餌を求めてクワクワとせがんでいる。

それは彼女、葛城ミサトを、思考の世界から現実へと戻すトリガーの一つであった。

 

彼女の夜は、これから更けようとしている。

 

--

 

碇シンジの放浪から、一ヶ月半が過ぎようとしていた。

 

この一月半で一時期的な精神の落ち込みからも少しずつ復帰しつつあった。

バルディエルまでの期間が前史でそれなりに空いたように、今史でもレリエルとバルディエルはそれなりに間隔があるらしい。

 

そしてこの日は、様々なチェックを受けた三号機が、漸くもって日本にやってこようとしていたまさにその日のことでもあった。

 

ケンスケは放浪中に出会ったことを特に誰かに喋った訳でもないらしい。学校には病気と伝えられたようでもあるので心配する声すらあった。

そうして実際に蓋を開けてみると、体調こそ普段通りのように思われた。

しかし、普段より落ち込み気味なシンジの態度に少し驚く者も居れば、事情は分からなくともそれをよしとする者、逆に不安がる者、腹の中に隠した本心は様々だった。

しかし表向きにそのこころが出るということはなく、結果としてシンジの復帰は滞りなく進んでいた。

この日も学校の帰り道、いつもの二人と帰路を歩むシンジの姿があった。

 

「いや~一時期はホンマどうしてもうたかと思うたわ~」

「ごめんね、心配かけて」

「まぁ、元気ならええんやで? ……おう、また外れよった」

「トウジ、もう諦めろよ。それ三本目だろ」

「やかましいわい、コリオリ君のコーラ味はアタリ目当て抜きでも美味いから何本食ってもええねん」

 

日本がセカンドインパクト以降地軸の関係上常夏となっているのは、既にこの世界の人間の常識となっている。

今や暦の上でももう間もなくすれば初夏を迎えるかという時期であり、正に夏日という形容が相応しくなりつつある。

真夏の刺すような日差しから僅かに逃れた木陰のベンチで、三人は外の温度とは対照的なひんやりとしたアイスキャンデーを頬張っていた。

頭上ではけたたましくセミが鳴いている。この時期であろうとセミの鳴き声が聞こえることが日常茶飯事である日本ではそこまで気になることはない。

また、近くにはそのアイスを購入した駄菓子屋があった。

風向き次第だが、時折清涼さを孕んだ風鈴の涼しげな音色が微かに三人の耳に届けられている。

 

「そういや、シンジは高校とかどうするんだ?」

「え? 高校?」

「え? って、今年俺たち受験……あぁ、シンジはもしかして受験、ないのか?」

「うーん……そうだね。ネルフの監視とかの都合で、行く高校も決められちゃってるらしいんだ」

「くぅ~っ、羨ましいやっちゃなぁ!」

「でもトウジだって半ば決まってるようなもんだろ。俺だけだぜ、本気で受験に取り組まなきゃいけないのは」

「そうなの?」

「コイツはどっちに転んでも道があってさ。もし受験ダメだったら家業を継ぐ予定らしいよ」

「せや。言うてなかったかもしれへんけどウチのオトン、元はお好み焼き屋やってたさかいに。今はオカンが切り盛りしとってなぁ、それ手伝お思うとるねん」

「へぇ~……」

 

そういえば、前史ではこうした話をすることはなかったように思う。

それもそのはずで、バルディエルとの戦いでトウジは入院。

被害状況がいよいよ増していったゼルエル、アラエル、アルミサエルとの戦いの間は殆ど休校同然の状態で、シンジは殆ど学校に行けることはなかった。

恐らく最後に登校できた明確な記憶があるのは、、バルディエルとの戦いの前日だっただろうか。

 

その日からも何度かケンスケから連絡もあったし、スケジュール的にも、健康状態的にも登校は可能であったはずだ。

 

しかしながら、トウジを負傷させてしまったという自責の念から、不登校気味になってしまったのだ。それもまた何となく覚えていた。

何度か登校することこそあったのだろうが、それは数える程の日数であろう。恐らく、トウジやケンスケと友人関係になる前の自分と全く同じ、空虚な毎日が続いていた。

そうしてアスカの離脱、二番目のレイの戦死、カヲルとの遭遇、殺害。

そして……あれよあれよという間にサードインパクトの日は訪れたのだ。

 

こうして考えてみると、トウジやケンスケとの明確な絡みがあったのはそう長い時間ではないだろう。

一方でアスカはどうやら、ヒカリの家に転がり込んでいたらしい。どこまで行っても自分とは対極にあると痛感する。

性別から始まり、見た目、性格、好み、考え方……どれをとっても、まるで対極。

けど一方で、根本的なところにある欲求。承認欲求とも呼ばれるそれだけは、まるで一致したものだったようにも思われる。……少なくとも、今は。

 

ともかく、こうしたやり取りはそんなシンジにとって新鮮味すら感じられた。当然だろう、初めての展開なのだから。

そしてなにも、こうした新鮮味溢れる

 

そして二人にも進路があるという今更の気付き。正直なところ、驚かされていた。

驚かされたと言ってもそれに何か後ろめたい意味がある訳ではなく、

本来はこうして世界が続いていけばサードインパクトが起きた時代以降にも自分たちは生きていくのだという自覚が、今更になって少し芽生えてきたということだった。

少しずつではあるが、確実に世界は崩壊から逃れる道を歩んでいるのかもしれない。そんな自覚を、改めて実感したのだ。

 

「ちなみにシンジ、お前どこの高校行くんや?」

「そういやそうだな。やっぱりネルフ指定の高校ってことは、お前自身も勉強はかなり出来る方だから相当いいとこだとは思うんだけど」

「うーん……ミサトさんに聞いても「ネルフの高校、通称N高校よん」としか教えてくれないんだ。

調べてもそんなイニシャルの高校近くにないし、でもネルフに行かなきゃならないことを考えるとこの近くじゃないとおかしいし」

「そっかぁ、もし分かったら俺はシンジの高校目指そうと思ったんだけどな」

「ワシも……と思ったけど、センセが行くとこは多分ごっつい高校やろからなぁ。この三人も中学出たら解散やな」

「イニシャルNでスゲーところかぁ……そういや関西にそんな感じの高校があったような、トウジ、どこだっけ?」

「んー……ワシは大阪の堺に住んでたさかいに、聞いたことあらへんわ」

「……」

「……」

「……」

「……トウジ」

「な、なんや」

「無理はしなくていいんだぞ」

「やかましいわ、自分パチキかましたろか。……というか、何の話しとったんやっけワシら」

「シンジがどこの高校かってことだろ」

「そやそや。どこに行きよるかは知らんけど、寂しくなるのう」

「そんなことないよ。第三新東京市に居る限り会えるって」

「ほならええんやけどなぁ……じゃあワシもケンスケと同じとこを目指してもええかもなぁ」

「そうだな、もしその高校がシンジのとことバッティングしたらまた三人でつるめるよ」

「仮に違ってても、家自体はそう遠くないから」

「せえやな。ほな、高校上がったらよ。地球防衛バンドのリベンジと行こうや」

「おっ、いいね」

「楽しみにしてる」

「二人とも練習ぎょうさんやっとくんやでぇ?」

「その言葉そっくりお返しするよ」

「こればかりは僕も同感」

「おのれら……」

 

話に一区切りついたところで、残ったアイスに齧り付いた。

シャクッ、と音がすると、まずは心地よい冷たさが口内に広がり、それからすぐに特有の甘みと香りが己の舌を満足させてくれる。

アイスキャンデーとは、そういう食べ物だった。

 

やがて最後の冷たさが口内を包んだのと同時に、ゴウンゴウンと轟音が頭上から響いてくる。

セミの鳴き声などではない人工的なその音は三人に空を仰がせるに十分なものだった。

しかし頭上には、かすかに小さな黒点と化した飛行機が一機、北北西の方角に向かっていくのが見えるのみ。特に何の変哲もなく非日常感も一切ないそれには、シンジ以外の二人が再び目線を元に戻すまでに時間を掛けさせることもなかった。

 

逆に言えば、シンジはそれをじっと見つめていた。

 

「おーい、シンジ。何やってるんだ」

「置いてくでー」

「あぁ。ごめん、ごめん……」

 

シンジがそのウイングキャリアーを見つめる理由はただ一つ。

黒い巨人、エヴァンゲリオン三号機が日本の地に降り立つ、その日であったからだ。

 

かつて、隣にいる浅黒い少年を乗せることとなった三号機。

そうではなくなったことに、今はただ安堵する。

 

----

 

ところで、もう間もなく三号機が日本にやってくる、という情報を掴んだのは、今史もまたケンスケ由来だった。

どういうツテで情報を得たのかは知らないが、それは大きな問題ではない。

むしろ問題なのは、三号機がやってくるのならばバルディエルとの戦いも近いのは確かだということだ。

バルディエル自体はエヴァの戦闘能力プラスアルファなので、レリエルやイスラフォンほど厳しい戦いにはならないだろう。同じく菌状のイロウルや侵食能力を持つアルミサエルと融合などが起きていればともかく、前者は既に撃破されている。後者との融合であれば流石に考えることは色々出来てくるが、それでも事前にパイロットを乗せないなどの対策は可能である。

そこで、リツコには一先ずバルディエルの存在だけ仄めかすことにしておいた。

 

「今回の使徒はエヴァに寄生している可能性がある。そう言いたいのね」

「はい」

「本当、突拍子もないわね。貴方の発想」

「僕はただ夢に従っているだけですよ」

「今はそういうことにしておいてあげるわ。かの数学者、ラマヌジャンも夢のお告げで数々の定理を示したと言われるしね。……もしかして。貴方は使徒学者にでもなるのかしら?」

「それは分かりませんけど……」

「とはいえ、四号機の吹っ飛んだ今。実験を行わないとならないのは貴方も分かっているでしょう。

これまでの貴方の予言の的中率からしてそれを行うのは少々リスキーな気もするけど」

「へえ、リツコさんって結構予言とかのオカルトじみたことは信じない人だと思ってました」

「人類からしたら使徒の存在自体がオカルトよ」

「……なるほど」

 

リツコの言うことにも一理あった。

本来人類が知る由もなかったアブソリュート・テラー・フィールドを纏った使徒という生命体は、

人類がホモ・サピエンスに進化して数万年、その歴史に一切名を残さないまさしくイレギュラーな存在であった。

そんな存在がよりにもよってここ一年弱の間に突発的にかつかなりの短期間の間に複数個体がやってきているというのだから、その天文学的な確率たるやオカルトの領域に入っていると言っても過言ではない。

リツコとしては本当ならお前も充分オカルトな存在だと言ってやりたいところだったが、まだ精神的に病み上がりな彼に下手な言葉は使わぬようその言葉を飲み込んだ。

 

「しかし、どうしたものでしょうか。三号機の実験はやらなきゃいけない。でも、中に使徒がいるかもしれない」

「一応、碇司令には代わりのパイロットを探すことを近日中に伝えるつもりではあったわ。

とはいえそういう話を聞くと、まったくもって無視は出来ないわね」

「……出来ないんですか? 無人起動とか」

「出来たら苦労しないわよ。本当は可能になるかもしれなかったけど、頓挫したわ」

「(……間違いなくダミーだよねこれ)」

『レイ君を連れ出したツケはここに来たか……』

「(これに関してだけ言えば別に対策を練っておかないとね。ダミー)」

 

シンジ、そしてカヲルの予想は当たっている。

ダミー計画はエヴァ開発当初から少しずつ進行しており、

実のところ立つ、座る、歩く、走る、投擲するなどといった基本的動作は既にかなり前の段階から行えるようになっていた。

ところがサキエル、シャムシエル、ラミエルと引き続き実戦データを取り入れ、所々見られるエラーコードを修正する。開発段階の大詰めとも言えるところで肝心のレイが使えなくなり、いよいよ頓挫したのだ。

 

「ところで、パイロットは誰になる筈だったんですか?」

「あぁ、それなら……特に問題がなければマリになる、予定だったわ」

「真希波さんですか?」

「ええ。先の四号機の事故からしてもそうだけど、仮に今回の三号機に使徒が潜むなら、最も戦闘能力の高い初号機はいざという時に取っておきたい。レイは今のところ零号機か初号機しか動かせないから、消去法的には零号機専属になる。そうなるとマリ以外には居ないのよ。

あの子、どういう訳か零号機から弐号機まで全部それなりのシンクロ率で動かせるのよね。だから恐らく三号機にも互換性はある」

「互換性、って……そんな」

「言葉の綾よ、気にしないで」

 

取り繕ったものの、恐らくは思わず口に出てしまった本音だったのだろう。思わずシンジは顔をしかめていた。

人類が少しでも生き延びる為ならば、多少人を道具として見ることもいとわない。ヒトに備わる感情というものを完璧に度外視してしまえば、それは間違った選択であるとまでは言えない。

 

しかし、

 

「あたしは大丈夫だよ?」

 

そこへまたもや聞きなれた声が一つ。マリのものだった。

彼女は感情こそあっても、普通の人間とはまたどこか離れた部分があるように思える。

合理性を重視しているのか、単に感性の違いにすぎないということなのか。

 

「マリ? 貴女一体今までどこに」

「だからリッちゃん野暮用だって言ってるじゃん。それよりわんこ君。話は聞いたよ。いるんでしょ、使徒」

「……確定はしていませんけどね」

「キミの言うことはリッちゃんから色々聞いてるからさ、割と信頼はしてるよ。それに、使徒居たとしても大丈夫。大船に乗った気持ちで居てくれて構わないから」

「不安しかないんですけど」

「あら、そんなにあたしを信頼できない? 身体の隅々まで見ないとわかんにゃい? しょうがないにゃあ」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「まー任せときなって。死にはしないから」

 

マリが何の根拠でこう言っているのかは、誰にも分かる術はない。

分かるのは、彼女のみである。

いつもの軽い調子で、いともたやすく無理難題をクリアしてやろうと彼女は言っているのだ。

 

彼女がエヴァの調整などの知識を有しているのは確かである。三号機起動実験はおいそれと中断できるような実験でもないので、リツコとしては彼女の発言には乗っておきたいところでもあった。

しかし知識を有しているからといって、三号機をどうにか出来るかどうかはまた別問題である。

流石に命が掛かっているとあり、念は押してみることにする。

 

「本当に、やれるのね?」

「うん任せといてー。三号機に異常があったら……ま、二十四時間以内には報告出せると思うよ?」

「分かりました。二十四時間以内に報告がなかったら死亡処理するからそのつもりで」

「あっそれはそれで楽しそうだし敢えて二十四時間経ってから更に十秒後くらいに報告出そうかなぁ」

「貴女ねぇ……」

「あっ万が一ダメだったら私十階級特進でよろぴく」

「貴女が司令になったらネルフは終わりね」

 

自身の命が懸念されかねない大仕事だということを念押したにもかかわらず、彼女は依然として呑気な様子だった。

まるで自分の内に失敗する要素はまるで存在しないとでも言いたいかのような、自信の表れとも言えるその様子。しかし、これ自体は普段の彼女とそう剥離した行動でもない。

それが故、シンジたちも彼女のこの提案に何か特別な疑問を抱くということは、この時はなかった。

 

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そして、翌日を迎えた。

 

制式タイプの二号機のボディを流用した、三号機の厳つい眼光がそこを見下ろしていた。

起動していないのでこの時動くこともないのだが、その黒い体躯には禍々しささえ感じられる。

 

だが、この禍々しさは見た目だけではない。三号機には見た目だけではない、確かな禍々しさが潜んでいるのだから。

それ故、実験場にはマリ以外は誰もいなかった。

エントリープラグ挿入から三十分経過、実験場内の全員がそこから遠く離れ、松代から南東に凡そ三十キロの位置にある浅間山の観測施設へと潜り込んでいた。

かつてイスラフォンの襲来により破壊されていたそこはネルフによって修繕されると共に、

使徒襲来後の経過観察施設としてネルフ傘下に置かれ、そして現在のように三号機実験における連携も取れるようになっていたのだ。

実験メンバーは技術部が大部分を占めており、エヴァ三号機の稼働能力を見るということで作戦部のミサトを初めとする数名が参加するという形になっている。

 

エヴァに使徒が侵食している可能性がある、というのはリツコとシンジ、そしてレイ・カヲル以外は知らないはずだった。

己の腹心であるマヤも、友であるミサトも、上司であるゲンドウすらもそれを知ることはない。

しかし先の四号機の二の舞とならないように遠く離れた施設で実験を行うと説明したらすんなりとことは運んだ。不謹慎ではあったが、この時ばかりは四号機と数多くの人材の消失に感謝するほかないように思えた。

 

万一のことを考慮しそこから更に数km程離れた地点の地下には、零号機・初号機・弐号機がそれぞれ配備されていた。

そしてシンジ達パイロットも、浅間山観測所へと連れてこられていた。エヴァ三号機の暴走を食い止める為のメンバーだ。

此方も先の事件を考慮して、ということであっさりと承諾された。未来を知る者としてはこの上ない状態だ。

 

技術部は基本的に条件調整に追われていた。

その技術部のトップたるリツコとてそれは例外ではない……のだが、

 

「あら……守秘回線。誰かしら」

 

妙なタイミングで通信も入ってきたものだ。

この忙しい時に誰か、と思ったら聞こえてきたのはいつもの気の抜けた声。

 

「やあやあリッちゃん」

「マリ。どうしたのよ本番前に」

「いや~何だかリッちゃんと二人で話がしたくなってさ」

「……忙しいから切るわよ」

「いやいやちょっとそんなあ、一緒に話そうよ~女同士のヒ・メ・ゴ・ト」

「そんなもん幾らでも付き合ってあげるわよ、投薬実験と一緒に」

「やだあリッちゃんったら。投薬って新しいエッチな薬でも開発したの? 

自分に使ってみなよ経過観察してあげるからさ、ほら激しく色んな汁分泌させたら月の向こうまで」

「本当に切るわよ」

「ヤダヒドイサビシイ」

 

あまりにふざけた語調に対し本当に切ってやろうとも思ったが、

考えてみれば丁度もうそろそろパイロットへの最終確認を取る時間でもあったので我慢して切らないことにする。

生還後の経過観察を密かに楽しみにしつつ、会話は続けた。

 

「……まぁ、丁度貴女にも確認は取ろうと思っていたところだから。

出来るのね? 使徒の能力でエヴァンゲリオン三号機を侵食されたら。科学の力でエヴァと繋がってる、貴女まで侵食されかねないのよ」

「大丈夫、死なないわよ私は。私が今ここで倒れたら、わんこ君たちとの約束はどうなっちゃうの?

三号機の電源はまだ残ってる。ここを耐えれば、私たちは使徒に勝てるんだから。 

次回『真希波マリ、死す』、なーんてことにはならないから安心してエヴァ・スタンバイ!」

「…………」

「……ん、どうしたリッちゃん突然静かになって。あっもしかして心配してくれてるの? やだなあリッちゃん可愛いんだから」

「……呆れてただけよ。どうせ貴女のことだから何か魔法でも使って出てくるんでしょ」

「リッちゃんっていつの間にやらオカルト信じるようになったよねぇ。ちょっち前とは大違い」

「使徒やエヴァもそうだけど、それ以上に貴方達チルドレンの存在がオカルトすぎるのよ。シンジ君然りレイ然り、貴方然り。もはや、信じない方が非合理的よ」

「確かにわんこ君やレイちゃんもなかなか凄いよね。でもそれ以上にもう一人のじゃじゃ馬姫も忘れちゃダメよ。この世界は私の知らない面白いことで満ち満ちているのねぇ」

「私としては貴女もその面白いことの一つなんだけど」

「でもね、その子可愛いとこもあるんだよ?

此間もちょっと後ろから脇腹突っつてみたらビクッとしたから、そのまま背中を指でつぅ~ってしてあげたら顔真っ赤にしてプルプルしてるの。可愛いでしょ」

「……他人事みたいに言ってるけど。あなた自身が一番の規格外なんじゃないかしら」

「そんなことないってぇ。それじゃあかるーく行ってくるから」

「精々死なない様に祈っておくわね。規格外さん」

「リッちゃん達も逃げ遅れないようにねー」

「そこから何キロ離れて通信してると思ってるの。大丈夫よ」

 

通信から戻ると、ミサトが不満げな顔でこちらを見つめてきた。

 

「何してたのよ~リツコぉ」

「パイロットの最終確認よ。貴女こそ、そろそろ実験開始するんだから配置に付いときなさいな。

それとマヤ。三号機はもう動かせるのね」

「はい。エントリープラグ挿入を確認。パイロットの状態にも異常ありません。何時でも行えます」

「宜しい。それじゃあエントリースタート」

 

リツコの発令と共に、いよいよ以って起動実験は開始される。

この後に起こることなどは誰も知る由もなく。

 

『L.C.L.電荷。圧力、正常』

『第一次接続開始、プラグセンサー問題なし』

『検査数値は誤差範囲内』

「了解。作業をフェーズ・ツーへ移行。第二次接続開始」

 

一方のマリは、実験開始前とは思えぬ緊張感のなさだった。

あるいはそれが彼女の強みなのだろうか、全ては計画通りという顔でコクピットに細工を行っていた。

そしてその全ての工程が終わったところで、起動実験開始のアナウンスが聞こえてきた。

 

「よーっしそれじゃあ私はここで退却っと。三号機君と使徒君、後は任せたよ」

 

マリがエントリープラグ上部に手をかざすと、エントリープラグ上部の蓋が強引に開いた。

どういう仕組みかマリのエントリー判定自体はそのままであるようで、特にエラーも起きない。

仮設ケージにマリが降り立ったところで、三号機がゆっくりと動き出す。

その目にはエヴァのモノではない怪しげな光がゆらりと煌めく。が、その頃にはもうケージ内にマリの姿は見えなかった。

 

一方の浅間山では、エヴァ三号機の見せた異常な挙動に対し、普段の実験には決してない緊張感が稲妻のように駆け巡り始めていた。

それに比例して、解析グラフの数値も目に見えて振動を始めている。普段では見られないような関数の挙動がこの異常事態をまざまざと示していた。

 

「プラグ深度、百をオーバー。精神汚染濃度も危険域に突入!」

 

オペレーターの一人がミサトとリツコに報告する。

 

「なぜ急に!?」

 

突然の出来事にまず焦りを見せたのはミサトだった。

何も知らされてなどいなかったのだから、当然の反応とも言えよう。

 

「パイロット、安全深度を超えます!」

「引き止めて! このままでは搭乗員が!」

 

まさか本当に使徒が訪れるとは、と驚きのあまり怒号を飛ばすリツコ。

本当に脱出に成功できたとは思えぬほど突然の出来事だったので、マリの脱出が成功したか否かは頭から消え去っていた。

 

「実験中止、回路切断!」

「ダメです!体内に高エネルギー反応!」

 

オペレータの叫ぶような報告とほぼ同時に、

 

「まさか……使徒!?」

 

ミサトが叫ぶ。

 

EVA-03という文字を示すパネルの下部には、識別信号とも言えるBlood・Patternの表記が煌々と輝いている。

「Green」から「Blue」に変わるまでに、時間はそう掛からない。

 

それとほぼ同時に、見える程に巨大な光が観測された。

使徒の覚醒は、実験場周辺百メートル四方を更地へと変える大爆発と共に行われたのだった。

 

 

使徒覚醒という事実は瞬く間に本部にも伝えられることとなった。

作戦部・技術部共にトップが不在である中でてんてこ舞いになるネルフ本部内。

 

待機中のパイロットにこのことが告げられ、エヴァの配備が完了するまでは三十分。

 

エヴァ三号機の移動速度からして問題ない時間ではある。

 

 

が、その三十分があれば、彼女には充分だった。

 

「うーっ、寒い寒い。今、戦いを求めて全力疾走している私はごく普通の女の子。

強いて違うところを挙げるとすれば……この子に興味があるってことネ―――それじゃ、行くわよ」

 

弐号機プラグ内に潜む彼女が妖しく微笑んだところで、弐号機もまた、エントリー完了を示す緑色の眼光を灯す。

獲物が来るのを、今か今かと待ちわびる獣のように。

 

「「アタシの」弐号機」

 




はい。十七話です。今回は予定通りの投稿になります。

一応明日、十八話を投稿予定ではあります。ハイ。乞うご期待(?)


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第十八話 四人目の適格者

「それで、真希波さんは」

「ついさっき連絡があってね。……無事、らしいわ。

はあ~本当あの子よく分からないわよねぇ。そうだシンちゃん今度こっそり聞いてきてよ」

「機会があればですけどね」

 

エヴァ三号機の暴走開始から十分後、即座にシンジとレイの二人は浅間山から迎撃地点への移動が開始された。

現地へのパイロット輸送は何故かミサトが行っている。作戦部長なのに大丈夫なのか、などという疑問はシンジ達の中にもあり真意も不明だが、恐らく車を暴走させる腕に関しては間違いなくネルフでも断トツだからだろうか。

荒っぽい運転ではあるが、黒服が運転するよりもずっと早く迎撃拠点への移動が完了しそうでもあった。

遠方には既に移動するエヴァ三号機の姿が見えている。見た感じ、特に前史と代わり映えがあるようにも見えない。

前傾姿勢でズンズンと進んでいく姿には使徒特有の無機質さが感じられるが、一方で前史での戦いを経験しているシンジとレイからすると少しばかり安心もする。

バルディエル自体は初見であればなかなか強敵ではあるが、その高い出力の存在を知っていれば所詮はエヴァ+αの稼働能力。そこまで苦戦することなく撃退可能だろう。

ただし相手は紛れもない使徒である。ミサトを始め、各々の緊張も少しずつ上がってはきている。

 

「……ええ。こちらも肉眼で確認したわ、三号機。

現在初号機及び零号機パイロットを移送中。TASK-01、そう、マリが来る前のパターンよ。手続きは任せたわ」

『分かりました。認証開始します……おや?』

「どうしたの日向君?」

『そ、その……』

 

ミサトと通信を取っていたマコトの驚く声はシンジやレイの方にまで聞こえてきた。

一体何が起こったのか、と後部座席から思わず身を乗り出す。

 

そこから聞こえてくるのは、その時点では考えられない事象だった。

 

『た、TASK-02が、既に実行されているようです』

「TASK-02……? まさか、弐号機が?」

「えっ!?」

「シンジ君? どうしたの」

「あ、いえ……誰が、動かしてるのかなって」

「……」

 

驚きのあまり、思わず声を上げてしまうシンジ。

 

マリが居ない中、思わぬタイミングでの弐号機の降臨。

あるいは、ついでにマリが乗り込んで撃退に掛かったと考えられなくもないが……

しかしその一方で、ミサトは思いのほか取り乱していないようにも見えた。

突然の出来事に身体が付いていってないだけ、あるいは単に彼女の使徒戦に対する姿勢の現れ、などという可能性もない訳ではないが。

 

「マリは?」

『位置情報不明、しかし弐号機近辺に弐号機パイロットらしき反応は認められません』

 

この時のマコトの声でマリが動かしているという選択肢は失われてしまった。

ともすれば、一体誰が弐号機を操るのか。

シンジ、レイ、そしてマリ。誰も操ることが出来ないこの状況。

 

前史ではどうだったか。

確か、自分も知らない間に鈴原トウジがパイロット候補になっており、結局瀕死の重傷を負わせるに至ってしまっていた。

 

では、一体誰が操っているのか?

まさか、今度はケンスケあたりが動かしているのか。それとも、洞木ヒカリあたりだろうか。

それとも、普段はあまり話さないクラスメイト、もしくは他のクラスの少年少女、学年、学校……様々に可能性はある。

 

しかしその可能性はいずれにせよ極めて低いだろう。そもそも、なぜ彼らが弐号機の操り方を知っているというのか。

初めてネルフにやってきてエヴァを操るのはほぼ不可能であるのは前史の自分が文字通り痛い程経験している。

多少の才能による差こそあれど、今度はエヴァをどのように発進させるかという疑問点も挙げられる。

当然ながら発進手順に関する少なからぬ知識が必要であり、エヴァを発進に至らせることは不可能だろう。

既に様々な選択肢が変わってきてしまっている今、完全にその可能性を否定することこそ不可能だ。

不可能だが、そうなる理由が思いつかないのだから、どうしてもその可能性は思考の彼方へと吹き飛んでいく。

 

「弐号機との通信は?」

『相互リンクがカットされています。こちらからは……』

「そう……一人でやりたい、ってことかしら」

 

遠目に見える三号機。山道を飛ばす車はやがて山頂付近に到達する……と共に、戦場の全貌が露わになる。

 

そこには確かに、あった。弐号機の、赤い体躯が。

 

「本当に、動かしてるとはね」

『……どう、しますか?』

「いいわ、日向君。どの道弐号機は動かせない、暫く様子見で行きましょう」

『で、ですが』 

「どの道もう発進しちゃったなら現段階で止める術はないでしょ。シンジ君たちももうすぐで到着するから反旗を翻すようならその時に対処すればいいわ」

『はあ……分かりました』

 

やや納得の行かない様子の日向の声が聞こえてくるが、ミサトの言うことにも一理ある。

どの道シンジもレイもこの瞬間から戦闘に参加は出来ない。そうなれば、今は弐号機に迎撃して貰う方が都合が良い。

 

弐号機はじりじりとバルディエルの方に歩み寄っていく。

バルディエルもそれを察してか、若干方向を転換し弐号機の方に歩み出していた。

弐号機は人が乗っているからか背筋がある程度真っ直ぐしており、人らしさも感じられる歩み方だった。

その一方、バルディエルはフラフラとした猫背のまま。両腕はダラリと下がっており、人とはまた違う不気味な歩みを進めている。

ある意味対照的とも言えた。ヒトと、ヒトならざるもの。

 

大きく離れているように見えた距離だが、エヴァからすれば既に人間でいう数十m程度の距離なのだろう。

瞬く間にその距離は縮まっていく。

車の中も、交戦している訳でもないのに緊張感が漂い出しており、無言が続く。

 

そして黒と赤が一定の距離となったところで、バルディエルは静止した。

 

……始まる。

 

前史の時も、このようにして一度静止したのだ。そして、

 

「……ォォオオオオオン!!!」

 

やはりこれも前史通りで、先に手を出したのはバルディエルだった。

 

----

 

弐号機を操る少女は、夕陽をバックにゆっくりと近づいてくる敵を目の前に不敵に笑う。

 

「ふふふ……使徒。使徒よ。久しぶりの……私の好敵手」

 

歓喜の声。己の欲求、剛きを求める欲求を満たしてくれる数少ない存在。

ヒトとの戦いには既に飽き飽きしていた。時には骨のある者もいたが、それはごく少数。

何より、今目の前にいるシトほどに強い者がどれ程いるというのか。

 

彼女の欲求を満たす存在は、今のところ三つ。

 

北極で討伐した、あるいは、今対峙している存在。使徒。

少し前に会敵した、傘を差した男。

そして……。

 

「もう少しで、もう少しで会えるのね。ネルフのエースさんにも。でも、今はコイツとの戦いを楽しみましょうか」

 

弐号機は複眼をギラリと輝かせながら、やはりバルディエルへと向かっていく。

 

 

やがて。弐つの巨体はお互いを見合う。

 

 

「ォォオオオオオン!!!」

 

先に手を出したのは、バルディエルの方だった。

 

バルディエルはくぐもったような咆哮をあげると、その身を低くする。

そして高く跳躍すると一回転し、そのまま弐号機の方へと飛び蹴りをかましたのだ。

 

この攻め方は、前史で初号機への初撃と全く同じものだった。初号機はこれを避けられぬまま被弾し、そのまま一気に追い詰められてしまうこととなった。

 

それでは、弐号機はどうか?

 

その巨体は見る間に弐号機に迫る。が、弐号機はまるで避ける気配がない。

まるで前回のシンジの乗った初号機のように、なす術無し、といった様子であるかのように見える。

そのままその脚が弐号機に直撃すると思われた。前史の初号機同様であれば、そうなのだろう。

 

 

だが、弐号機はバルディエル同様に身を屈めると三号機の飛び蹴りを命中寸前で避けきって見せた。

 

「甘いわ」

 

勿論、使徒は一撃を躱された程度で怯むような存在ではない。バルディエルは止まることなく弐号機への攻撃を続行した。

飛び蹴りから着地すると、その慣性を上手く利用してもう少し前に飛び跳ね、そのまま蹴り込みのバックステップを弐号機にお見舞いする。

 

しかし、それも弐号機は見事に躱して見せた。やはり寸分で見切り、バルディエルの着地点をあたかも予測しているかのように横へステップしたのだ。

 

バルディエルはそれで着地すると、今度は左裏拳での攻撃を試みた。

バルディエルのリーチは圧倒的だ。エヴァンゲリオンの装甲の特性を変化させどこまでも伸びるその腕での攻撃は、普通に回避しようとするのでは被弾を免れない。

が、それでも見切られて回避される。そのまま右の拳でもストレートを決めようとするが、それもやはり避けられてしまう。

 

「そんなトロい攻撃では当たらないってーの」

 

一方の弐号機は回避こそ鮮やかだったが、バルディエルに攻撃を加える気配はない。

それからもバルディエルの猛攻は続いたが、まるで歯牙にもかけずひらりひらりと避けてしまう。が、攻撃は、しない。

 

バルディエルの攻撃は、彼女にとって単調そのものだった。近接戦闘の範疇で考えれば無限に等しいリーチも、彼女からすれば所詮対人戦の延長にすぎない。

 

「……つっまんないわねぇ。コイツ、前のより弱い」

 

バルディエルがエヴァに寄生したのは、今回に関しては誤りだったようだ。相手が悪すぎる。

対人戦闘のエキスパートたる彼女。相手が人類の範疇を多少超えたところで、大部分の攻撃が人類と同じであればそれはもう対人戦闘の実力が如実に表れる。

 

いよいよ退屈へ陥った彼女は、途中で飛んできた蹴りを、片手で受け止めた。

かわせなかったのではなく、敢えて受け止めたのだ。敵の力量を確かめるために。

 

「案の定威力も、そこまでではないか」

 

すると、バルディエルがもう片足で攻撃をしてくるのが見える。しかしそれを反射的に捉えると、その片脚をも受け止める。

 

「終わりにしましょうか」

 

弐号機の手中に収まったバルディエルの足首は、一瞬にして砕かれた。

 

---

 

 

「……なるほどねぇ」

 

そしてその様子を見て、ミサトは何かに感付いたらしい。

 

「避けているけれど、このままじゃ……!」

「……大丈夫よ。多分」

「どういう、ことですか?」

「見てりゃ分かるわよ」

「……?」

 

ミサトは既に負けはないと確信しているようだった。先ほどからの落ち着きようも、どうやらそれに起因していたらしい。

しかしそれは何故か? シンジには勿論、レイにもカヲルにもその見当はつかない。つかないし、つく暇もない。

そうして思考を巡らせる間にも、バルディエルと弐号機の戦いは続いているのだから。

 

やがてシンジの懸念が当たったのだろうか。

 

「あっ……!」

『捕らえられたね……』

「……ええ、でも」

 

いよいよ以ってバルディエルの蹴りが弐号機を捕らえた。

いや、疑念は、当たった訳ではないように思われた。少なくとも、綾波レイにはそう見えた。

ごく一瞬のことであったので確信はなかったが、あたかも弐号機が蹴りを「わざと」受け止めたかのように見えた。

しかしそれが故意のものであったにせよそうでなかったにせよ、漸く捕捉出来た相手をバルディエルが逃すはずもない。

受け止められたところで、その脚を軸として弐号機へもう片方の脚で蹴りをお見舞いする。

 

だがそれが、弐号機の仕掛けた「罠」であることは、使徒である彼には予知できなかった。

飛んできたもう片方の脚もいとも簡単に受け止め、一握りでそれをペシャンコに砕いてしまう。

それは前史での、サキエル戦における初号機の暴走を彷彿とさせた。

 

レイの見方は当たっていたのだ。

 

そのままバルディエルを蹴り飛ばすと、そのまま先ほどの三号機を遥かに上回るスピードで三号機への突撃を図る。

流石のバルディエルもその速度には追い付かなかったのか、その突撃ももろに受ける形になった。

地面を大きくえぐり、やがて絡み合った両機は摩擦の影響を受け田畑の一角で静止する。

 

馬乗りになった弐号機は、バルディエルの、そして三号機のでもあるコアにその拳を突き立てる。

そして、その一撃が防がれることはなく、ガラス玉の叩き割れるような音が響き渡る。

その音から三号機は全く以って動かなくなった。だが、それでもしばらくの間追撃は続いた。

 

そして、既に動くことのないない三号機の両腕、両足を引き千切り投げ捨てる。完全に行動不能へと持ち込もうとした結果なのだろう。

弐号機は立ち上がり、それまで戦場としていたその大地を踏みしめて元の格納庫へと戻っていった。

 

 

『報告します。パターン青、消失……』

 

 

それとほぼ同時に、日向の震えたような声が、ミサトたちの乗るルノーの中に響いた。

 

「終わり……ましたね」

「そうね」

「……ミサトさん」

「なぁに?」

「弐号機。誰が乗ってるか、知ってるんですか?」

「ま、……確証はないけどね。大きすぎる心当たりが一つあるのよ」

 

ミサトの言う、大きすぎる心当たり。しかしシンジにその心当たりは……

 

いや? まさか。

しかし、一人心当たりはある。

それこそ、ミサトの思うよりもずっと大きな心当たり。むしろ、弐号機の出撃であるからして、その心当たりを疑わない方がおかしい。

 

そもそも、よく考えてみればリツコの発言の時点で疑問はあった。

 

「三号機テストパイロットはマリになる予定だった」

 

前史では、レイ、シンジ、アスカ。三人で、三号機のためのパイロットが一人足りていない。そこへ鈴原トウジが割り振られたのだ。

ところが今回はレイ、シンジ、マリ。三人しか居ないにも拘らず、パイロットはマリが選ばれた。

 

これはどういうことを意味するのか? 

それは単純で、既に四人目の適格者があの時点で存在しており、そのことは既にリツコ達も知っていたであろうということだ。

では、その四人目の適格者として考えられるのは一体誰なのか?

 

 

条件は一つ。

 

 

マリ以外で、弐号機に適合可能な人物。

 

 

この世の中に存在するとすれば、その候補はただ一人。

 

 

レイもその考えに至ったようで、思わず顔を見合わせた。

 

それと同時に、迎撃拠点へと到着したようだ。

ブレーキに伴う弱い慣性を身体で感じ取ると同時に、ミサトがハンドルから手を離した。

 

「喜べシンちゃん」

「え?」

「もしあたしの心当たりが当たれば、その子と~っても可愛い子だから。ここも、シンちゃんたち位の女の子の平均よりはずっとあるわよん?」

 

ミサトは自身の胸の獲物をぶるん、と一振りして見せる。

何気に久々に見たような気のする平均より明らかに大ぶりなそれに、思わず顔を赤らめてしまう。

……マリよりも一回り以上大きいように見える。

 

「あらっ、慌てちゃってぇ~。もしかして意外とウブなのかしら」

「そ、そんなんじゃないですから」

「ふふふふ~。まぁほら、ちょっちおてんばなとこあるけど、割とシンちゃん好み……あっでもシンちゃんにはレイが居るしねぇ~」

「なっえっ」

「それじゃ、ちょっち連れてくるわねぇ」

 

人をひとしきりからかうとルノーを降り、どこかへと消えるミサト。

数分もするとミサトが戻ってきて、更にそれから数分後くらいに彼女の言う「可愛い子」がやってきた。

 

思った通りの、女がやってきた。

 

 

「ヘロー、ミサト! 久しぶりね」

 

その姿は、エヴァンゲリオン弐号機と同じ色のプラグスーツ。

 

赤いプラグスーツに調和する赤みの混じった茶髪。

 

マリほどではないが、確かな女らしさを感じさせる曲線的な身体。

 

 

「久しぶり。少し、背ぇ伸びたんじゃない?」

「そ。他のところもたーんと女らしくなってるわよ」

「そうね。あっシンちゃんにレイ。紹介するわ」

 

そう。

 

「エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット。式波アスカ・ラングレー大尉よ」

 

アスカ、だ。

 

「……!!」

「ん? どったのシンちゃん」

「……あ、あ……」

 

思わず、声が吃ってしまう。

 

どういう訳なのか、苗字は違うようだ。しかし、その姿、名前からして、明らかにアスカそのものだった。

 

 

なんと、懐かしいことか……!

シンジの脳裏では、彼女との日々が稲妻のように記憶を駆け抜けていく。

 

初めて出会った、オーバー・ザ・レインボーでの初会戦。

黄色いワンピース姿の眩しい、あまりに衝撃的だった彼女。

自分と何もかもが違う、対照的だった彼女。

そんな彼女とエヴァ弐号機に二人乗りして殲滅した第六使徒、ガギエル。

ネルフ以外で会うことがないと思っていたら、中学校も同じだった彼女。

そして、第七使徒イスラフェル。

一週間にわたるユニゾン訓練生活。彼女の思わぬ弱みを知ったあの日。けれど、最終的には殲滅に至ることが出来た。

修学旅行に行けないが為の、プールの貸し切り。健康的な肉体に映える、眩しすぎる水着。

第八使徒サンダルフォン。気が付いた時には、溶岩に飛び込んでいた。

温泉旅行。熱膨張。聞こえてくる、あまりに重みのある話。

ネルフの停電。彼女らしくリーダーになりたがる。結局ダメだったけど、それもまた彼女らしい。

第九使徒マトリエル。彼女らしさの溢れる行動。使徒とは何か。意味もなく問うたあの時。

第十使徒サハクィエル。ミサトに対する欺瞞を笑いあった。自分がエヴァに乗る理由。笑われた。

でも、それも彼女の表れ。

第十一使徒イロウル。何が何だかよく分からないうちに終わっていて、苦笑しあった記憶がある。

第十二使徒レリエル。とびきりの心配を、掛けてしまっただろう。

病室から退室するレイの陰に密かに見えた彼女の影を忘れるはずはない。

そしてある夜。あれは恐らく、ファーストキス。

……

 

「なに? 黙っちゃったけど、どうしたのこの子」

「分かんないわよ。もしかしてアスカの美貌に一目ぼれしたんじゃない」

「上手いコト言っても何も出ないわよ」

「挨拶の一声ぐらい出してあげたら」

「そうね。宜しく二人とも」

「……あ、うん。宜しく」

「……宜しく」

「ねーミサトぉ。二人とも静かな子ねえ」

「まぁ貴女に比べたらね」

「ところでミサト。こっちが綾波レイ、で、この子が碇シンジね?」

「ん? そうだけど、どうかした?」

「そ。……碇シンジ。ちょっと来なさい」

「え? ちょ、わっ」

 

声を掛けられたと思うと突然、腕を引かれる。一見してその光景は小説的なものだ。

思わずバランスを崩しかけながらも何とかついていく。

そして暫く腕を引かれた後、先ほどの場所とは少し離れた空き倉庫に辿り着いた。暗がりになっており、昼間ではあるが向こう側の壁はとても見えない。

 

辿り着いて暫くの間、お互いに無言になる。微かに風音が聞こえる中、先に口を開いたのはアスカだった。

 

「貴方。本当に「碇シンジ」?」

「え?」

「え? じゃないわよ。アンタみたいな冴えない男が、本当に噂のサードチルドレン、碇シンジなのかどうかを聞いているのよ」

「は、はあ……そうだけど」

「……ふーん」

「それが何?」

「……あんたバカぁ? こんな時にいなかっただなんて、何て無自覚」

 

やはり……全くもって、変わらない。記憶こそないように見えるが、それでも彼女の本質的なところは変わっていなかったのだ。

減らず口を叩くのは、何も今に始まったことではない。むしろ、前史の時もそうだった。出会い頭に浴びせられる矢のような罵倒。彼女らしい行動だ。

 

あまり彼女を知らない者からすれば、そう、例えば鈴原トウジだとか、そのあたりの人物が見れば、なつかしさすら覚えるだろうそのやり取り。

シンジも表情こそ取り繕っているが、内心では感激していた。ついに、ついにこの世界でも会うことが出来たのだと。

 

 

しかし……それからの行動は、幾ら彼女に横暴な一面があるからと、まるで予測不可能。

普段、ミサトと自分と共に同居していたからこそ分かる、少し違っているその様子。

 

彼女の目は、段々と違う輝きを浮かべ始めていた。

かつての彼女の目は、悪態をつきながらも純粋さもある輝きがあった。

ところが、今はどうか。

目は次第にらんらんと不気味に輝き始めたかのように思われ、やがて開き切った瞳孔は彼女の異常性を何よりも物語る。

 

そして……加速する。

 

「……おまけに無警戒。所詮、親の七光りかしら」

 

その速度についていけないシンジに、耳元でささやいてやった。

そのささやきが届いたその瞬間、

 

「……ぐっ!?」

 

腹部への鉄拳。その攻撃を知覚したとほぼ同時に、シンジの軽い身体は、悲鳴を上げることも許さず向こう側へまで吹き飛ばされた。

暗がりになった倉庫で、後ろに積まれていたと思われる何かがドサドサと崩れ落ちる音が聞こえる。

普段のトレーニングの甲斐あってか、辛うじて受け身を取ることは出来た。しかしあまりに重い一撃に、立ちあがることが出来ない。

 

「……何、するんだよ!」

「何って、決まってるじゃない」

「えっ……」

「闘いよ」

 

更に急接近するアスカ。そしてその手は、今度は首を捕らえていた。

 

「……!」

「こんなものかしら……ネルフのエースとやらは」

 

その握力はどんどん上昇していき、首を絞めていく。

脳が空気を欲して首を絞める腕に手を動かすのだが、それでも彼女の手が外れる気配はなかった。

 

一体何が起きたというのか。

闘いだと? 何故彼女と闘わなくてはならないのか。自分が彼女に一体何をしたというのか。

 

少なくとも今史では会うことは初めてなのだから……心当たりが、まるでない。

しかし、自分の心当たりがないだけでアスカには紛れもなくその動機があるようだった。仮に彼女が前の通りだとしたら、動機のない暴行は……全くないとは言えないが、今回のように明らかな殺意すら感じる暴行はまず、加えない。

 

「あ、アス……か……」

「……そうね。一思いにラクにしてあげるわ。昔のヨシミでね」

「ど、どうして……」

「本当に無自覚なのね……呆れた」

 

アスカの目は最早かつての自分を見る目ではなかった。何か汚物を見るかのような、見下しきった視線がそこにある。

 

『大丈夫かい?』

「(か……カヲル、く……)」

『……済まないシンジ君。一瞬だけ我慢してくれ』

「(……え?)」

『このままでは君が持たない。だから』

 

カヲルが既に意識も遠のきかけているシンジに呼びかけると、シンジはあっさりとその身体から意識を手放した。

 

いや、意識自体は残っていた。

 

残っていたのだが、身体が完全に言うことを聞かなくなったのだ。

 

しかし身体に入った力が抜けることはないようにも感じられ、むしろ前史のダミーを搭載した初号機の如くアスカの腕を掴み返すと、ゆっくりとその腕を押し戻しにかかる。

体感だけで言えば、まさにダミープラグが動き出したかのような感覚であった。自分の力を使っている感覚はないが、感触は残っていた。

 

一方のアスカは突然の反抗に少しだけ驚いた様子を見せる。

が、やっと目の前の少年が戦う意思を持ったのだと判断し、一度素直に引いた。

 

「……あら。少しは本気になったかしら」

「……」

「そうよ。そうじゃなきゃ面白くないわ……いいわ、来なよ」

 

勿論、シンジ本人が本気になった訳ではない。本気になっているのは身体の主導権を握っているモノ。

 

「(カヲル君……? 何を)」

『彼女は尋常じゃない……説明は後だ、今は僕にこの身体を委ねてくれ』

「(尋常じゃない、って)」

『……使徒だよ』

「(え?)」

『彼女は恐らく、使徒だ……もしくは、それに近い何かだ』

「(……そんな、何を言ってるんだよカヲル君)」

『……話はあとにしよう』

 

そう、カヲルこそが、シンジの身体のコントロールを奪ったのである。

使徒であるからと片付けるにしてもなかなかでたらめのように感じないこともないが、少なくともカヲルに関しては、前史で弐号機を動かしたのと同様に操れてしまうのだろう。

 

だが、それより気になるのはカヲルの言ったことだ。

アスカが、使徒?

 

カヲルは、一体何を言っているんだ。

 

「よそ見してちゃダメダメよ?」

「……!」

「あら、避けたのね。それじゃあこれはどうかしら?」

 

辛うじて裏拳を避けたところに飛んでくるのは、正拳突き。先ほどバルディエルが行ったのと全く同じものだ。

人のものとは思えぬ凄まじいスピードで飛んでくる拳。

いや、仮にカヲルが言った通りに使徒なのだとすれば、当たり前となる速度とも言えるが。

 

そしてそれは、シンジの身体から発せられた、いや、カヲルが発した薄い壁にそれは防がれ、甲高い音を立てる。

それは薄いながらも決して破れる気配がない。

 

電磁波や光波を一切防ぎきったタブリスの強力なATフィールドは、今史でも健在の強さであったのだ。

 

「……っ!」

 

そして突き放すように、ATフィールドをを向こう側にその華奢な身体ごと叩きつけた。

少しの間彼女は座り込んでいたが、大きな音を立ててヒビの入る壁で、アスカはゆっくりと立ち上がる。

 

「いったいなぁ……でも、やっぱりアンタもそうなのね。得体の知れない何かを内に宿している」

「……君は一体?」

「そりゃこっちの質問ね」

 

シンジ、いや、意識としてはカヲルの問いかけにアスカは応える気は無いようだった。

 

「……でもまぁ、今は止めておきましょうか。あんた今出したでしょ、ATフィールド。これ以上やりあったらミサトたちに怪しまれるから」

「……」

 

アスカがこちらに進む途中で、壁は崩れ落ちたようだ。

崩れ落ちた部分は暗くてよく見えないが、音と土煙がもうもうと上がるのが分かる。

 

「ほら、噂をすれば」

 

やがてこちらに戻ったアスカが顔を向けた方向には、走り込んでくるミサトの姿が見えた。

明らかに必死の形相だ。それもそうだろう。恐らくは使徒が復活したとでもいう情報を受け取ったのだろうから。

 

それを見てか見ないでか、カヲルは再びシンジへと身体のコントロールを明け渡した。突然のことだったので一瞬ふらついてしまう。

 

「シンジ君! それにアスカ! パターン青が再び確認されて……」

「は?」

「パターン青よ。まだ生きてたのよ、使徒が」

「有りえないわよ。今私が倒してたの、忘れたの?」

「分かっているわ、でも確かに今……あら? もしもし日向君……」

 

アスカがそういったとほぼ同時に携帯端末に通知が入る。先ほど同様にマコトとの通信のようだ。

ところがマコトとの通信においてアスカが言った通りのことが起こっていると分かってか、端末をしまうと少し混乱した様子になっていた。

 

「おっかしいわねぇ……」

「そそっかしいわねぇミサトぉ。こちとらエースパイロット同士親睦を深めてたところなんだから邪魔しないでよ」

「あ、あらそう。そりゃごみんねぇ。それじゃあたしは色々手続きあるからもう少しだけ待っててね」

 

アスカに諭されると、再び慌ただしくどこかに走り去っていってしまった。

ぽかんとして見ていると、横からアスカが声を掛けてくる。

 

「……ねえ」

「……何?」

「今回は貸しよ」

「え?」

「ミサト誤魔化した貸し。ちゃんと返しなさいよね。それまでは見逃しておいてあげる」

「み、見逃すって……」

「最初はクソザコのナメクジかと思ってたけど。本気出せば少しは出来るようだからね。万全な時にじっくり痛めつけてあげる、と言ってるのよ。それに私には、個人的にアンタに恨みもあるのよ」

「う、恨み?」

「……ほんとに馬鹿ね」

 

自覚出来ないシンジに対し、科白を吐き捨ててどこかへと歩き出し始めるアスカ。

 

「どこ行くのさ」

「女の子にそれ聞く?」

 

初めはなるほど、と思っていたが、やがてミサトが戻ってきて、それから第三新東京市に戻るまででアスカと再び会うことはなかった。

 

恨み。

 

個人的な、恨み?

 

今史では、与えていない……筈だ。

 

 

それではまさか、彼女も。彼女もまた、前史から遡行出来ていた、というのか。

 

----

 

バルディエルとの会敵を終えた翌日。

シンジ達は数ヶ月ぶりとなる三人でのブレインストーミングをしていた。

PCに睨めっこするのはレイ、その様子を横から見るのはシンジ。そしてカヲル。

 

やがて一つの画面に行きついたところでレイがその手を止めた。

そこには見慣れた顔の画像を含んだ、プロフィールが映っていた。

 

「情報、出たわ。式波アスカ・ラングレー大尉。T・セカンドチルドレン。コードネーム:朱雀」

「知ってるのか綾波?」

「ええ。裏社会で大暴れしている女戦闘狂としてインターネット上で噂になっているわ」

「お、女戦闘狂……ある意味、らしいかも。」

 

レイの報告を聞きながら過去の彼女とのやり取りを思い出し、思わず苦笑いを浮かべるシンジ。

既に一年近くが経とうとするが、それでも彼女の横柄な態度は未だに記憶に新しい。何せ、一年近くは同棲していたのだから当然だろう。

そこに例えミサトという第三者の厳しい目での監視があったとしても、その余りに近い距離は少年と少女が互いをある程度知るには充分なものであった。

 

「この、Tというのはなんだろう」

「分からないわ。でも、同じくセカンドチルドレンとして登録されている真希波さんには付いていない」

『この際それは重要ではないと思う。むしろ彼女がどんなことをやってきて、何を企んでいるのかが分からないと』

「実力は確からしいわね。ソースはないけれど、今回マトリエルの時期にネルフが停電にならなかったのは彼女がたまたま反ネルフ組織を潰していたから、という噂が立っているわ」

『現在ではあくまでもネルフに協力する腹積もり、という訳かな』

「そういえば……心なしかミサトさんが愚痴る回数が減ってるような気がする」

「確かにそうね」

「使徒襲来以外に目立った事件もないし、裏社会で暗躍って言うと響き悪いけど、実は意外と悪いことばっかじゃないのかもね」

「それはどうかしらね。何時だかのホモみたいに反旗を翻す可能性もあるわ」

『そうだね、何時だかのリリスみたいに補完計画の要になっているかもしれない』

「……」

『……』

「いやあの二人とも。今そういう喧嘩するところじゃないからね? 分かるでしょ?」

 

いつものノリで二人の奇妙な対立が生じるまでが、この知恵合わせのテンプレート。

それは例え前回から数ヶ月が経ったとして変わることはなかったようだ。

 

しかしながら、だ。全くもって前と同じという訳でもない。

やがていつもの揉め合いは普段より早く収束を見せる。そういうことを論じている場合では今はない、ということを理解したのか、はたまた単純にお馴染みのノリに飽きているだけなのか。

 

「でも反旗を翻す可能性があるのは事実よ。そうでしょ」

『ああ。対峙したあの時感じたのは僅かながらも確かに使徒の波動だ。裏で朱雀と呼ばれる彼女の強さも使徒の力を宿しているならば説明は付く』

「……じゃあ、いつかはアスカも、リリスを目指すかもしれないってこと?」

『あるいは、彼女自身は使徒ではない可能性もある。僕達や先の山岸さんのように、その内に使徒を秘めているのかも……』

 

それは決して有り得ない事象とは言えなかった。

前史からカヲルを内に秘めレイを連れたシンジのみならず、山岸マユミ、彼女もまた、その内に使徒を秘めていたのだ。

前史からのシンジだけであればともかく、もう一人新たな例が生まれている。とすれば、もう一人や二人、そうした人物がいるとして何ら不思議なことでもない。

人類的に言えばどちらも不可思議にも程のある事象ではあるが、逆に事情を知る者からすればその不可思議さという霧は晴れ考察する上での障害もなくなるのだ。

 

そしてアスカは、微かではあるが、前史の記憶を持っている可能性がある。

 

恨み。

 

恨み?

 

もしも前史でシンジが首を絞めたりした、あるいは量産機戦で助けに出なかった。その時などの恨みだとすれば、説明は付かないこともない。

 

その時の影響が、使徒をその内にもたらしたのか。はたまた彼女を使徒たらしめたのか。

そこまで考えを至らせることは流石に難しい。

一度晴れた霧は再び周囲を覆い、やがては再び事態の展望を闇へ葬ってしまう。

 

そして何より、シンジ達の懸念はアスカのことだけではなかった。

 

「けれど、もう一人怪しいヒトが現れたわ」

「ああ……真希波さん。彼女は一体何者なのか。普通に考えて……エヴァ三号機からの脱出なんて不可能だよ」

「でも彼女、ものの見事にぴんぴんしてたわよ。此間も……こないだ……も……」

「何かあったの?」

「な、何でもないわよ……というか、何を言わせるのよ」

「いや、僕何も知らないけど」

「……」

「黙って顔真っ赤にされても何も分かんないからね?」

 

真希波マリ・イラストリアス。

彼女の存在もまた、ここに来て再び考察の対象たりえるものになった。

シンジの述べた通り、バルディエルに完全に乗っ取られたエヴァンゲリオン三号機からの、完璧なまでの脱出を成し遂げて見せたのだ。

そのようなことが仮に現代の人類の科学レベルで可能だというのならば、そもそも前史でもそれは出来たはずで、トウジも重傷を負わずに済んだはずだ。

 

『一つだけ、彼女が何者なのか、という矛盾を解決する回答はない訳ではないよ』

「カヲル君」

『彼女もまた、使徒と何らかの関連を持っている……それどころか、彼女自体が、使徒であるかもしれない。可能性としてはそれ位だろう』

「……真希波さんも、使徒?」

『仮に彼女もまた使徒ならば、かつての僕のように、遠距離からシンクロシステムに介入することは可能だからね。君だって見ていただろうし、あれなら三号機にエントリーしなくても三号機は動かせる。矛盾は起きない』

「……そう、そうか……」

「……碇君」

 

あまり信じたくはない話だった。仮にマリまでもそうした使徒と呼べるような存在であるとすれば。

あるいはカヲルのように、手に掛けねばならない可能性があるから。

 

『……実は、朱雀、もといセカンドには奇妙な噂があるんだ』

「噂?」

『それまでは一人で行動していたのに、ここ最近になってもう一人の相棒らしき人物を連れているらしい。

それもまた女らしいが……赤い眼鏡を、掛けているそうだよ』

「それって……!」

『確証はない。ないけれど、彼女がネルフから不自然に姿をくらましていた時期と、セカンドの朱雀としての活動時期を照らし合わせて、辻褄が合ってしまえば』

「仮にセカンドが朱雀で確定だとすれば、現状のセカンドについていける普通の人間はまず存在しないでしょう。存在するとしたらそれは使徒を内に宿して使徒の力を得た人間か、使徒そのものよ」

『ま、いずれにせよ彼女たちには注意が必要だね。僕らという第三者の厳しい目が必要だろう』

「そうね。別荘だのプラグスーツだの色々と目を付けておかないといずれ逃げられるわ」

「多分別荘持ってないし逃げる意味はないと思うんだけど……」

 

進捗は芳しいとは言えない。一つ分かったのは、アスカもマリも、並々ならぬ事情を抱えている、ということ。

そしておそらく、朱雀として暗躍する彼女の強さも偽りのものではないのだろう。

 

それは今回の一連の出来事で痛感することとなった。




日「こんにちは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

パーパラッパッパパーラパッパー♪
パーパラッパッパパーラパッパー♪

日「さて、だいたい四ヶ月ぶりくらいだな
青「そうだな。いやー長い休日だったよ」
伊「ですねぇ。今日バルディエルの為に号令掛けられたのが久々の仕事ですし」
日「でも不思議と給料は入ってるんだなコレが」
青「正直俺たちの仕事は使徒迎撃が七割だからなぁ」
伊「体裁上は国家公務員ですからね。お給料を払わない訳にもいかないということでしょう」
日「正直葛城さんに出会えたことよりこれ程に優良な福利厚生の方が嬉しいかもしれない」
青「んだな。第三新東京市でも此間市長が別荘とか買ってて文句言われまくってたけど、この現状バレたらネルフが文句言われるんじゃないかっていうレベルだよ」
伊「……あ、そういえばこのラジオって一応全国区ですよね」
日「あっ」
青「あっ」

…………

伊「……まぁでも普段の私たちの適当っぷりからして少なからず予想はされていたでしょう」
日「そ、そうだよ。それにどうせ第三新東京市はネルフ関連者しかいないしな」
青「そーそー。何かあってもネルフが何とかしてくれるって。それに俺たちのせいじゃねーし。次の出演だって大体一月とかそこらくらいでしょ。
それじゃあマヤちゃん、いつもの」
伊「はーい。

『コリオリ君ってなんですか』とのことですが」

日「出ましたズバッとコリオリ君」
青「ネルフでズバッとコリオリ君」
伊「一本ズバッと七十円」
日「ガリッとズバッともう一本」
青「コリオリ君」
伊「コリオリ君」
日「コリオリ君」

日「ありがとうございましたー」
青「ありがとうございましたー」
伊「ありがとうございましたー」

日「……」
青「……」
伊「……」

青「いや、何だよコレ」
日「何だよって言われてもなあ」
伊「ズバッと言ったじゃないですか今まさに」
青「そ、そういうもんなのか……?」
日「シゲル。これ以上突っ込んだらポカスカにされるぞ」
青「突っ込んだらヤバいものを突っ込むのがおかしいだろ」
伊「いや、既に数分前に相当ヤバいこと公共電波に流しましたしもう今更じゃないですかねえ」
日「そういうこと」
青「…………」
伊「はい。青葉君も納得したようなので次に行きます。

『結局、朱雀=アスカってことでFA?』とのことですが」
青「うーん」
日「イエスでありノーである」
伊「いや今さら隠しようがないと思うんですがね日向君。まぁ、一応そういうことですよね。まぁ、結構看破されていた方は居ると思うんですが」
青「ここだけの話名義だけでも別になっててもよかった気がするんだけどな。因果律のうんたらで」
日「ああ、例えば見た目も中身もアスカなのに名前だけ霧島マナ、とか面白かったかもな」
伊「それ結構困るんじゃないですか? 鋼鉄のガールフレンド編出来なくなっちゃいますよ」
青「あーそうだな。あるいは浦波アヤ・ヴィルヘルミナちゃんとか」
日「上条サヤカ・ゼッケンドルフちゃんとか」
伊「あの今凄く際どいのが紛れてるような気がしたんですが」
日「気のせいだろ。それに仮に際どいとしてもだ、お前らこんな格言を知ってるか?『疑わしきは罰せず』」
青「おーいどっから出したその紅茶。色んな意味で謝った方がいい気がする中繋がり的な意味でも。何故かフォークが飛んできそうな気がする物凄く」
日「中? フォーク? 何言ってんだコイツ。……ん? ってかちょっと待て」
青「今度はどうした。フォークにつられて触手でも来たか」
日「確かさ、マリちゃん言ってたよね。『色々悪戯すると可愛い反応する』って」
青「……ああ言ってたな」
日「ってことはだ。実は描かれていない裏で、二人の間にあんなことやこんなことが……?」
伊「……ほほう?」
青「マヤちゃん食いつくね」
伊「ちょっと今度色々聞いてこようかしら……その、先輩との参考に……」
青「具体的に誰かは述べずとりあえず先輩って言っておけば隠せてるって思ってるだろうけどアウトだからね」
伊「いえ、限りなくアウトに近いセーフなのでセーフですよ」
青「ゼロと小数点の後に延々と九を並べ続ければやがて一になるのと同じだからね。限りなくアウトに近いというのはそれ即ちアウトと同じだからね」
日「まぁマヤちゃん、そのあたりの話はまた後日、プライベートでということで」

「今でもいいよ」
日「ん?」
青「あれ?」
伊「え」

マリ「だから。今でもいいよ? 聞くの」
伊「ま、マリ? 今放送中……」
マ「ほら遠慮しないで聞いてみなよ」
伊「あ、え、えっと」
マ「可愛いなぁ~……ねぇそこオペレータ二人」
日「はい?」
青「なんすか?」
マ「ラジオ終わったらこの子持ち帰っていい?」
日「あ、どぞ」
青「はい」
マ「やったーマヤちゃん、許可でたから一緒にお話ししようね?」 
伊「お、お話、って何かしら? それに私たち、大人と子供よ? そんな如何わしい話なんて」
マ「その子供に色々な部分で負けてる大人がなんだって?」
伊「お、大きさは関係ないでしょっ」
青「そもそも同性同士であることに疑問はないのか」
日「これ映像なら絵になるからセーフだけど、これラジオなのよね」
マ「……なんだったら、後で、実体験。させてあげるから。どうかにゃ?」ボソッ
伊「……!」クラッ
マ「……ふふっ。女は度胸。なんでも試してみるものよ」
伊「ぁぅ……」カァァ

青「あっ堕ちた」
日「堕ちたな」
マ「それじゃ皆さん、このことは内密に。じゃねっ」
青「いや内密も何も全国ネットでこのやり取りの音声流れたからね」
日「……や、なかなかインパクト強いなあの子も。まさしく規格外」
伊「……だ、大丈夫です。ゼルエルとか弐号機とかの捕食シーンとか明らかにR-18Gですもん。そういう描写がある作品なんですからタグなくてもR-15くらいは皆さん覚悟されている筈で」
青「まぁそれを見越してR-15くらいは入れてるけどさ、露骨なR18はまずいでしょ! どこぞの深夜四十二時を真似なくていいんだぞ」
日「深夜だからセーフ」
青「どうみてもアウトだからな」
伊「……き、気を取り直して最後の質問に行きましょう。

『物語進むの遅くね? というかもう明らかに時系列無視になってきてるよね』ということなんですが」
日「いやほら。次第に壊れてゆく碇シンジの物語とかよく言うでしょ」
伊「公式ですもんねそれ」
青「でも時系列が遅れてるのは事実だろ、今バルディエルだから……あ、でも一応ゼルエルとバルディエル自体はそんなに離れてないんだっけ。だったら何とか巻き返せるんじゃ」
伊「そもそも次がゼルエルなのかどうかってところから始まる訳ですが」
日「確かに。またバルディエルが実は生きてましたーとかなったらそれこそまーたバルディエルな訳だろ?
あと、ゼルエルを終えたら某所の日程表も日時一切不明とかになっちゃうしなぁ。もう割と適当な間隔でもいいんじゃないか」
青「一応前回から一月と少しは経っている設定だろ? あの時は三月後半で、今五月上旬って感じか。設定的なズレ自体はそこまでないよな」
伊「じゃあ描ける時系列は追いつこうと思えば追いつけると」
日「でもこっちの時系列がどんどんぶっ壊れてるし、本編の方もさっき言ったようによく分からなくなってるからな」
青「あるいは事前にこの日らへんに進みますよってのをある程度伝えるか、とにかく時系列が壊れるのは仕方ないから矛盾だけはないように願いたいもんだ」
伊「ですね。あっと、そろそろ葛城さんを呼びましょうか……」
日「……」
青「……」
伊「……」
日「……こないな」
青「うん」
伊「ええ」
日「……よし分かった! 今日は俺がやろう」
青「えっ出来るのかよお前」
伊「不安ですねえ」
日「いーから任せろ。何、いつも通りにやればいいんだろ?
ささ、いつものミュージックスタート!」

チャーチャラーチャラーチャラララーチャララチャーチャチャーラチャー♪

『使徒との戦闘を終え、家路に向かうシンジ達』
『疲れからか、不幸にも戦略自衛隊の戦車に追突してしまう』
『全ての責任を負った青葉に対し、車の主、自衛隊員たn』

青「おいちょっと待て」
日「んだよ折角ノッてたのに。残るは『次回、戦自脅迫! パイロットたちの逆襲』と続けるだけだったのに」
青「続かねえよ! だいたいなんで俺が全ての責任を負うんだよおかしいだろ」
日「ほら、部下の尻ぬぐいは上司の役目だろ?」
青「俺司令部直属なんだけど、シンジ君たちと直接上下関係ないんだけど。というかこの流れで尻ぬぐいって別の意味にしか聞こえねえよ」
伊「青葉君、突っ込むところ多分そこじゃないと思うんですけど」
日「マヤちゃん。女が突っ込むとか言うもんじゃないぞはしたない」
伊「なんの話ですか。
あーもう神様私は死んでもいいのでこの二人地獄送りにしてください、いっつもこんなグダグダ」
青「二人って俺も含まれるのかよ」
日「先生によろしくな」
青「お前も死ぬんだぞ」
葛「はいは~い、遅くなってごめんなさい……アレ? なんかもめてる?」
伊「あっ葛城さん漸く来ましたか。いつものことなので早く予告やってください」
葛「ほーい。
『唐突に現れたアスカはシンジに並々ならぬ感情を抱いていた』
『そこへ降り立つのは最強の使徒、ではない新たなるイレギュラー』
『飛来する彼を倒す術は如何なるものか』
『次回、「せめて、人間らしく」。さ~て、次回もぉ?』」

「「「「サービスサービスゥ!」」」」


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第十九話 せめて、ヒトらしく

真夏特有の灼熱の光が第三新東京市を覆うここ数ヶ月。この日も例外でなく猛暑日であった。

 

しかし一方で、ただ暑い一日というだけの普通の日でもある。

ここ一年程にわたり第三新東京市を、いや日本を、いや世界すらも脅かす神の使い、使徒。かの者が襲来していない時点で、この日一日は相対的に悪いものにはならないことが予想された。

 

「パッと数値を見た感じでは、概ね正常値ね」

「そうですか」

「ええ。ここ最近は暑いから熱中症にだけは気を付けること。パイロットは身体が資本だからね。それじゃあ、今日はここまで。お疲れ様」

「ありがとうございました」

 

少なくともその使徒と最前線で戦うメンバーのうちの一人にとっては、尚更のことだった。

 

中学校は既に終業式を終え、夏休み。

先の第十二使徒との戦いもあって、健康診断という名目での経過観察が月に一度義務付けられていた。今日はちょうどその日であったということだ。

 

時間は、丁度昼休みの頃合い。日差しの強さもピークに達する時間帯だ。

それに反して人は思いのほか多い。飲食店を求め彷徨うサラリーマンに、どこかしら遊びに行く学生、親子連れ。その顔触れは様々なものであった。人口密度が高く、暑さを5割増しにしているようにも感じられる。

 

しかし、そんなうんざりするような真夏の日差しも、暑さにも関わらず絶えることのない人ごみも、戦いがない日となればいとおしさすら感じられた。

使徒がやってきたとなれば、次の日はこの暑さすら感じられないかもしれないのだから。

 

ふと、部屋を出る前にリツコの首元が光っていたことに気付いた。

 

「……あれ? 今日はネックレスつけてますね。珍しい」

「ええ、今日は友人の結婚式に呼ばれてるの」

「そうだったんですか」

「その歳にしては観察眼もあるのね。このままいけば女の子にもてるわよ」

 

そういえば、前史でもリツコたちは結婚式に行っていたんだったか、とふと思い出す。

あの時はミサトの家でチェロを弾いていると、不意にアスカが帰ってきたのだった。

 

そして、それから。その日から―――何かが、変わった気がする。

けれど、それが何かまではよくわからない。

 

そんな真夏の昼下がり。交差点に差し掛かり、この日の夕食は何にしようか、いやその前に自分の昼食はどうしようか、などと考えていると、音が鳴った。

気付くと目線は先ほどの半分ほどの高さになっていた。

 

横からの衝撃だった。突然のことに、声らしい声が出ることもなかった。

何があったかと衝撃の方向を振り向く。

 

そこには自分と同じようにして尻餅をつく少女の姿がそこにあった。

 

少しでもこの暑さを和らげようという意図もあってか、少女の服は白く薄いワンピース。

やや赤みの入った髪はどこかアスカにも似た印象を受けたが、一方で顔のパーツなどは一見してレイのそれにもよく似ている。二人を足して二で割った、という形容が最も近いように思われる。

お互いに考え事をしていたのだろうか、衝撃の強さがそこまで強くない割にお互いの身体は力の作用に抗うことなく地面へと吸い込まれていたようだ。

家路についていたシンジは暑さからか、不注意にも目の前の白服の少女に追突してしまったらしいこと、つまり自分に非があるのはこの様子からも明らかだった。

手を伸ばし、少女が立ちあがる手助けをしてやる。

 

「大丈夫ですか?」

「うん……ごめんなさい。前、ちゃんと見てなくて」

「こちらこそ」

 

少女を立ちあがらせたのはよかったが、ふと見ると彼女の小さな鞄からはギリギリ入るかどうかの大きさのファイルや、数冊の本も一部飛び出ていた。

本はタイトルからして参考書などの類。どうやら塾か何かの夏期講習の帰りだったものと推測された。

腰を屈めてそれらをひとまとめにして拾うと、目の前の少女に手渡した。

 

「どうぞ」

「ありがとう、わざわざ拾ってもらって」

「いいんですよ、僕だって悪かったし。それじゃあ」

「あ、待って。貴方も落とし物してる」

「え?」

 

少女が手渡したのは、自分の顔写真付きの何か。

……明らかにネルフのカードであった。

 

「これ。多分、貴方の保険証」

「わっ。ありがとうございます。危ない危ない……」

「碇君、っていうのね」

「はい。シンジ。碇シンジと言います」

「そっか。私は……」

 

恐らくシンジの名前が分かったということで、自分の名前も紹介するつもりだったのだろう。

 

「おーい! こっちこっちー」

「あっ、今行くー! それじゃあまたね、シンジ君」

 

ところが、それは叶わなかった。少女は手をひらひらとさせると、もう一人の少女のところへと走り去ってしまったのだった。

 

「ねぇ、今の誰? 彼氏? それとも彼ぴっぴ?」

「違うよ、たまたま道端でぶつかっちゃって」

「でも悪くないツラだったじゃん。お似合いだと思うよ~?」

「からかわないでよ、もう」

 

折角なので名前くらいは訊いておきたかったが、人ごみに紛れた彼女は見る間に大衆に吸い込まれ、やがて見えなくなってしまった。

見渡せば、他にもいくらでも似たような外見の少女は見受けられる。特に何か面識がある訳でもなければ、その一人一人の見分けもつくことはない。

 

「……またね、か」

 

既に遠い昔のようにすら感じられる、あの日をふと思い出す。

遠い昔のようだが、決して忘れないあの日。

遠い昔のように感じるのは、年月にして既に三年も前の出来事になるからという、ただそれだけの話だろう。

 

「さよなら」と言われたあの日。

「またね」と同じ別れのあいさつでありながら、そこに再び会いまみえようという意思は含まれ得ない、一種の拒絶すら含んだことば。

 

哀しい言葉だった。

けれど、あの日あの時あの場所で死を覚悟していたならば、ひょっとして適切な言葉だったのかもしれない。

 

もっとも、それと今回とはまるで状況が違う。人にぶつかるということ自体はありふれた事象だ。精々ちょっとしたアクシデント。

この出来事はやがて脳の奥底へとしまわれるだろう。

 

少女の今回の「またね」も別に深い意味などはなく、やがてただの別れの挨拶としてのみ作用するのだろう。

それを裏付けるかのように、シンジの思考は少女に関する事項から離れてゆく。

その代わりに今晩の夕食をどうすべきか、などといった至極日常的なモノに移り変わるのだ。

そしてついにこの日、少女を思い出すことはなかった。

 

----

 

闇の中を、その場の雰囲気には明らかに似合わぬ少女二人が進んでいる。異様な光景だ。

ただ、それは事情を知らない者からしての感想であろう。

 

「この程度の警備システムじゃ、また敵が来た時に困るんじゃないかにゃ」

「そうねぇ」

 

二人の少女が曲がり角に差し掛かったところで、片方が何かに気が付いた。

 

「……あっ」

「よぉ」

 

目の前にいるのは、男だった。

普段通りの飄々とした軽装は、実に彼らしい。

 

「加持じゃん」

「よかったのかい、ホイホイドグマなんかに侵入して。俺と……やらないか」

「何をやるっていうのよ」

「殺し合いじゃない? 勝負だよ」

「残念ながらそういう訳じゃないんだなぁ。二人とも、こんなとこまで何しにきた?」

「あ、話し合いか。別にあたしらがここに居たって何ら不思議ではないでしょ?」

「そりゃあ、君たち程摩訶不思議な女の子はいないな」

「十四歳目のマカフシギ~♪」

「君たちはここには初めてか? それとも」

「そうね、私は初めて」

「それはそれは、姫のバージン奪っちゃったね。赤飯炊かなきゃ」

「ウザメガネ、アンタそういうのイチイチ言わないと死ぬ生物なの?」

「あっ丁度良かった。加持君、赤飯用にその辺の赤い液体使っていーい?」

「大丈夫だろうがこれ全部LCLだぜ」

「作ってもいいけど食わせたら殺すわよ」

「そんなこと言っていつも殺せてないじゃん」

 

本来であれば、互いに緊急事態のはずである。

 

二人からすれば、誰にも見つからないに越したことはない。それに普通の研究員だとかであればまだしも、目の前にいるのは諜報のプロ。

例えここでその命を奪うにしても、まず間違いなく面倒な事態になりうる。

 

加持からしても、この二人が潜んでいる可能性は全く考えていなかったわけではないものの、かといってそれはいつでも有り得ることであり、それを警戒していてもどうしようもないことだった。

ブッキングが起きたら起きた時、と考えてこそいたが、実際にブッキングした時の対応ははっきり言って未知であった。

 

「おやおや~、いいのかな姫。此間のことバラしちゃうよ」

「何のことよ」

「ふふ、加持君聞いてよ。姫ったらね、実はアレに弱いの」

「アレ?」

「うん。とっても簡単なことだよ、特別な薬も要らないの。両手両指があれば――もごもご」

「分かった。分かったからそれ言うのだけは止めて」

「んんん、んー。んー、んー、んー、ん、んー。んんん、んー、んん。んー、んー、ん」

「余程都合が悪いのかな」

「幾ら加持さんでも教えられないこと位はあるわよ」

「そりゃあ残念」

「んー、ん。んー、ん」

「……そろそろ離してやったらどうだ?」

「んー、んー。んー、ん、んー」

「そうね。物言いには気を付けなさいよ」

「んー、んー。……ふぅ。姫ったら酷いなぁ全く」

 

加持に諭されることでやっと手を離すアスカ。

漸く手放されたことで、マリは肺からなくなりかけていた空気をなんとか補充する。

 

「でまぁ、目的ってことだけど……確認だよ」

「確認?」

「うん。槍、まだあるのかなって」

「槍……胸に刺さってたアレか」

「あるんだね?」

「おいおい、お前たちも来るのか」

「だって加持君、後ろ。こわあいお姉さんが睨んでるわよ。おっかないもんぶら下げて。帰ってもよかったけど、これ帰る雰囲気じゃないでしょ」

 

確かにその後ろには、睨みを効かせるミサトの姿があった。

その銃口は加持の後頭部にしっかりと向けられており、何かよからぬ動きをすれば即刻それを止めることが可能である。

だが、そのような抑止力としての利用がそれを用いる真の目的ではない。

 

「やあ。葛城か。昨日の酔いは冷めたか?」

「お蔭様でね」

「そりゃよかった」

「これは貴方の本当の仕事? それとも……アルバイト?」

「どっちかな」

「ネルフを甘く見ないで」

「誰が君を差し向けたのかな」

「独断よ。これ以上は……貴方、死ぬわ」

「俺の身を心配してくれるとは御光栄なことだ」

「ふざけないで」

「今はまだ俺は司令に利用されてるんでね。けれど、葛城に隠し事をしてたのは、謝る」

「……いつぞやの作戦のお礼に、チャラにするわ」

「そりゃどうも。だがな、碇司令もお前に隠し事をしている。そこの二人は知っていたようだが……それが、これさ」

 

懐から通常のネルフスタッフのものとは異なる仕様となっているカードを取り出す。

それをスキャナーに通すことで、目の前に立ちふさがる鉄の扉は静かにあちら側の世界へと一行を誘っていった。

 

そこにあったのは、白い巨人。顔面には不気味な覆面、心臓部に突き刺さる赤黒く光る槍状の物体。

禍々しい、という形容詞を具現化せよ、という問いかけを成された時の解答例としては充分すぎるものだろう。

 

「これは、エヴァ? いえ、違う……まさか」

「槍の方はともかく、そのまさかだ。セカンドインパクトの全ての要であり、始まりでもある……アダムだ」

「これが、アダム……」

 

それきり、言葉を失うミサト。記憶の中で蘇る巨人の姿とよく合致しており、自分の中の本能的な何かもそれがアダムであると告げていた。

一方で加持の表情は普段ほど明るさの伴うものではないが、それでも巨人を見上げる横顔からその思惑を読み取ることは出来なかった。

 

「すごく……大きいわねぇ」

「大きいのは分かるんだけどさぁ。あの赤黒さといい太さといい、刺さってる奴って実はシン・アームストロング槍じゃないの? 完成度たけぇニャおい」

 

二人の少女はかたや一度見たことがあるからなのか、そこまで驚いた様子はない。それどころかのんびりと会話までしている始末だった。

 

「……お前たちは、驚かないんだな?」

「まぁ、驚かない訳じゃないけどね」

「そうは見えないが」

「ネルフは私たちが考えてる程甘くはない。そうでしょ? 加持さん」

「なるほどなぁ」

 

アスカの一言に妙に納得した様子を見せた。

 

----

 

パターン青。最早お馴染みとなったそのシグナルは今日もまた、第三新東京市を震撼させる。

 

モニターに映るのは、前回の戦いがバルディエルとくれば、恐らくは予想された彼。

ずんぐりむっくりとしたその体躯からは想像もつかない、恐るべき破壊力を持つ彼。力の天使、ゼルエル……

 

 

では、なかった。

 

 

光り輝く巨大な鳥型の使徒が、突如として衛星軌道上に現れたのだ。

一見してそれは前史で言うアラエルの姿とほぼ一致している。全く以って動きを見せないのもやはり彼らしい特徴であった。

 

「(このタイミングで、アラエルか……?)」

『一応ロンギヌスの槍はあるようだから、負けるということはないだろうけど』

「(ゼルエルはどこに消えたのだろう? ……サハクィエルの時みたいに、アラエルとの融合か?)」

『どうだろうね。しかしゼルエルとアラエルの攻撃方法はまるで対極的だ。接近戦を得意とするゼルエルに対し、超遠距離戦を得意とするアラエルが融合するのは厳しいのではないかな』

「(……どうかしらね。地上に降りてきてゼルエルのように攻撃するかもしれないわ)」

「(いずれにせよ、イレギュラーな事態なのは間違いない。慎重にいかないと)」

 

格納庫で二人、アイコンタクトを交わすレイとシンジ。

傍から見ると何をやっているかは分からないそれも、ここまでの数々の使徒戦からして既にお馴染みの出来事となっており咎める者もない。

せいぜい、同じパイロット同士気合を入れる儀式か何かだとでも思われているのだろう。

そんな儀式を行っている三人に、二人の少女が近づいてくる。一人は完全に私服。もう一人はレイ、シンジ同様のプラグ・スーツ姿をしている。

 

「それにしても、今回は惜しい時期に来たわね」

「惜しい時期?」

「ええ。だってこんな時期に来られたらいけないもの。第三新台場」

「そんなところに何しに行くのさ」

「九十回目のお祭りよ」

「お祭り……?」

 

レイから発せられる言葉はたまに不可解なものがある。

今回はまさにそれで、シンジは怪訝な顔をする羽目になる。

 

そうしていると、後ろから足音が聞こえてくる。

 

「なーにやってんの二人とも。出撃だよ」

「真希波さん……と、アスカ」

「あら。無敵のシンジ様にお名前を憶えていただけただなんて御光栄の極みですわねぇ」

「あ、当たり前だろ。パイロットなんだから」

「姫、戦う対象は今はこっちじゃなくてあっち」

 

前史の頃を彷彿とさせる「口撃」を早速シンジに喰らわせる。

普段ならマリも茶化すところだが、流石に使徒が接近中ということで目の前の戦いに目を向けさせようとしている。

 

「あ、珍しく真希波さんがツッコミ入れてる」

「こりゃ明日はロンギヌスの槍でも降ってくるのかしら」

「弐号機の人、貴女がそれを言うとシャレにならないわよ」

「聞こえてるよ三人とも。後で覚悟しといてね」

 

すると、またしても背後に何か気配を感じる。

 

「ほら遊んでないで話を聞きなさい」

 

お馴染みの長い黒髪に、赤いジャケット姿。葛城ミサト女史のご到着である。

 

「あっミサトさん。居たんですね」

「気付かなかったわ」

「居たのですね三佐」

「いるならいるって言って欲しいにゃ」

「聞こえてるわよ四人とも。後で覚悟しといてね」

 

それからミサトはオホン、とわざとらしく咳ばらいをすると、気を改めて作戦概要の説明をし始めた。

 

「今回の作戦はこうよ。改良型PSRで先の使徒に射撃。以上」

「ちょっとミサトぉ。それ作戦って言えるの?」

「言えないわね……でも現状はこれしか手はない」

「葛城三佐。下手に刺激すると危険なのでは」

「そりゃあ勿論リスクがないとは言えないわよ。でも何もしないことには始まらないでしょう」

「降りてくるまで待つとかはダメなんですか」

「使徒の攻撃方法が分からない以上それはそれで危険よ。先の使徒のように、自由落下による攻撃を始めるかもしれない。そうなったら手遅れ」

 

双方の言い分は平行線である。しかしいずれにせよ使徒とは刃交えねばならない以上、黙認し続ける訳にもいかない。

ここで、マリが一つの質問を繰り出した。

 

「ねぇミサトちゃん」

「何?」

「本当にないの? 手」

「あったら使ってるわよ」

「本当に?」

「……何が言いたいのかは知らないけど、私はないと思うわよ。むしろマリ。貴女の方が何か知っていそうだけど」

「私は知らないよ。何かないのかなって思ってさ」

「ふぅん……ま、いいわ。他に意見は。……ないなら、実行に移します。今回の弐号機パイロットは」

「私が乗るわ」

「そう。じゃあ、支度を急いで」

 

ミサトはやや早足で本部に戻っていく。

早鐘を打つ心臓かのようなテンポで打ち鳴らされるヒールの音は、パイロット各員を引き締めるのに充分な効果だった。

 

「アスカ」

「あによ」

「……相手は、アイツだ」

「だから何よ。どんな使徒でも倒す、それが今やるべきことでしょう?」

「そうだけどさ」

「精々足を引っ張らないで頂戴ね」

 

アスカとのやり取りは、まるで前史の使徒戦直前におけるそれと変わらない。

少なくとも、表向きは。

 

アスカはどうも、話を聞く限り前史の記憶はそこまで多くはないようだった。

最期の瞬間を初めとした特に印象深い幾つかの記憶はあるようなのだが、少なくともこの使徒との戦いは印象に残っていない……

あるいは余りのショックに、脳が思い出すことを拒否しているのだろうか?

 

----

 

「……凄い」

『貴方の予知夢を信用して、作らせたのよ。オカルトにしては余りにも当たりすぎているから』

「碇君はオカルトじゃないわ、どこにでもいる人よ」

『レイ。……そうね、語弊があったわね』

 

技術部が用意していたのは、屋内からのポジトロンスナイパーライフル射撃装置。

相手にこちらの存在を勘付かせないことで、精神汚染攻撃を未然に防ごうという試みである。

初号機はこの中で射撃体勢に入っていた。

 

そして他の二体は補佐として、この施設から少し離れた外部において待機している。

PSRの砲身は既に使徒の方角を向いており、あとは本当に撃つのみである。ラミエルの時とは異なり、切羽詰まった状況ではないので狙いは充分なものだった。

 

『シンジ君。頼んだわよ』

「いつでも行けます。カウント、どうぞ」

『PSR発射まで……3,2,1,0』

「行けっ!」

 

その時、PSRから轟音が響き渡ったかと思うと、使徒の方角へと真っ直ぐな淡い青色の光線が走った。

前史でもレイが行った攻撃だが、前史と異なるのはその破壊力だ。

ラミエル戦以来更なる改良を重ね、既に数倍の出力の攻撃を可能としている。

そしてそのステータスを実証するかのように、通信音声が続々と響き渡る。

 

『光線、届きます!』

『使徒、光線に対しATフィールドを展開。……直撃! 

エネルギーは減衰しましたが使徒への明確なダメージが確認されました!』

 

モニターには確かに、ATフィールドを貫通して使徒へと突き刺さる光線が映し出されていた。

コアは破壊されることこそなかったが、それなりに損傷を与えることには成功したようだ。

クローズアップされた映像において、若干ヒビの入ったコアが確認できる。

 

「ミサトぉ。これじゃあ私たちの出る幕はないんじゃないの? 無敵のシンジ様にお任せしましょうよ」

『使徒はまだ殲滅できていないわ。油断しないで』

「へいへい……」

 

ポジトロンスナイパーライフルの充填は、まだ三分少々は掛かる。再充填までの間、ピリリと緊張感が走る。

このまま何事もなく二発目を当てられれば使徒は今度こそそのコアを砕かれ、その命を失うことになるだろう。

 

しかし、そう上手くいくほどこの使徒は甘い存在だろうか。

前作ではロンギヌスの槍によって殲滅が行われた。

それ程の使徒が、ここまで呆気ない終わりを迎えるのだろうか?

 

シンジは穿つことをやめない。例えどれ程有利な状況下でも、勝利を確信するまでは。

 

『使徒、下降開始! 猛スピードで第三新東京市を目指しています!』

 

このように、沈黙を保っていた使徒がまるでコンコルドのように此方への突撃を開始することもあるのだから。

 

その速度は並大抵のものではない。

使徒自身の推進力に加え重力も働き、着地予想時刻がPSR充電完了に間に合うかどうかになるスピードだ。

 

『アスカ、レイ! 食い止めて!』

「待ってました!」

「ポジトロンライフル、使用します」

 

二機のエヴァが急接近する使徒に対し、砲身を向ける。そして、大量の陽電子が使徒に向かって放出された。

ところが、使徒はその全てをATフィールドと恐るべき位置エネルギーとで完全に防ぎきり、微塵も減速する気配を見せない。

 

そして、突撃しながら展開する。

 

例の「光」を。

 

それは、PSRを打ち込んできたその施設を、丸ごと包み込んだ。

 

----

 

「結んで 開いて 手を打って 結んで」

 

どこかで見たことのあるような砂場。

どこかで聞いたことのあるような歌。

 

「また開いて 手を打って その手を 上に」

 

夕暮れの中で、砂場の中にいる。

たくさんの、友人。

友人は、一緒に砂場で遊んでいた。砂場にはやがて、イビツな城のようなものが築き上げられる。

 

「結んで 開いて 手を打って 結んで」

 

イビツな城は今の自分たちから見ればとても大きく、強固なモノだった。絶対に崩されることのないと、確信を持てた。

何の根拠もなく、そう確信を持てた。

 

翌日になってみると、外はザンザンと窓越しにも聞こえる程の大雨になっていた。

昨日はあれ程晴れていたのに、どうして突然にこれ程の大雨になるのか。

この理由は神にしか分からないのだろう。

天候とは、そういうものだから。いつも、気まぐれだ。

突然の雨で遊べなくなってしまったことを不満に思いつつも、別の玩具でこの日は遊ぶ。

 

神の悪戯は、雨の降った翌日になっても爪痕を残した。

 

懸命に造った砂場の城は、いとも簡単に崩れ去ってしまっていた。

 

崩れないだろうという想定は、所詮思い上がりに過ぎなかったのだ。

辛うじて、城を作った場所だけちょっと盛り上がっている、というのが分かる程度。原型はとどめていない。

 

それでも新しく子供たちは城を建てる。今度は、崩れないように。

 

「結んで 開いて 手を打って 結んで」

 

斜陽の光が自分たちを照らすまで、楽しんで、でも真剣に。

時折別の遊びを挟みながら。

 

次の日は風が吹いた。

 

太陽は出ていたので、遊んだ。城はもうできていたし、まだ崩れている訳でもない。

 

この日は、別の遊び。とても、楽しい一日。

 

しかしその風は思いのほか強かったらしく、次の日に公園に行ってみると、二日前に造った城はボロボロになってしまっていた。

 

ある日雪が積もれば、かまくらを作る。

ある日ブロックが与えられれば、ブロックで城を作る。

ある日海に行けば、そこでも砂の城を作る。

ある日粘土が与えられれば、粘土でもっと凝ったものを作ってみる。

 

けど、その命はどれも永遠ではない。どれもやがていつかは、崩れ去る。

どれ程苦労をしたとしても、やがては元に戻ってしまうのだ。

 

こうして子供たちは、少しずつ学習する。

 

この世に、完全という概念はないのだということを。

どれ程の万全を期そうと、崩れるときは崩れるのだと。

 

少なくとも、子供たちがそれを認められるようになるまでは。

 

----

 

次に気付いた時は、電車の中。

 

斜陽の光が差し込んできている。

どこかで見たことがある。いや、最早記憶にも新しい。

 

目の前に座っているのは、やっぱり幼い自分だった。

 

暫く、無言で目が合う時間が続く。自分がどんな表情なのかは分からない。けれど、そこにいる幼い自分は余りにも無表情だった。

 

「違和感を感じない?」

「違和感」

「そう、違和感。どうして、ここまで上手くことが運ぶの」

「変えようとしてきたからだ」

「本当に、変わった?」

「え?」

「確かに、一見して様々なことは変わったのかもしれない。けど」

「けど?」

 

目の前の少年は、ただひたすら淡々と、自分自身に対する疑問をぶつけてくる。

 

「薄々、気付いているんじゃないの」

「何に」

「僕は、此間も一度逃げ出した。山岸さんを殺したかもしれないという事実から」

「……」

「これまでは結果的にたまたま上手く行っていたから、何もせず済んだだけ。

でも結局、何かあったら逃げ出す。昔から何も変わっていないんじゃないの」

 

それは疑問であり、指摘でもある。

 

「カヲル君と、綾波。二人のおかげで僕はここまでやってこれた」

「それは分かってる」

「でもそれは、僕自身が何か変わっている訳ではない何よりの証拠だ」

「時間がまだ経っていないからね。でも僕だって、多少は」

「身体能力だとか、頭脳だとかが?」

「そうだよ。あの赤い世界はもう嫌なんだ。だから……出来ることを頑張らなくちゃ」

「それ自体は駄目じゃない。でも、怖いことから必ず逃げ出そうとする、本質的なところは変わっていない」

「本質」

「自分の本質すら微塵も変えられていないのに、世界の結末も変えられると思うの?」

「前の時より、街も皆も被害が少ない。トウジだって、三号機に乗らなくて済んだ。世界は変わりつつある」

「それは世界の結末とは関係があるのかな?」

 

幼い自分自身から投げかけられる、思いもよらない疑問。

当然だと思っていた、世界を変えられていると思う確固たる証拠。

 

「前だって、カヲル君の死から立ち直れるほどの強さがあればアスカも酷い目に合わずに済んだかもしれないし、量産型エヴァも倒せたかもしれない」

「……仕方ないじゃないか。あの時は、初号機がベークライトで固められてて」

「あんな地下でウジウジしてないで待機していれば、初号機が固められる前にアスカと共闘出来たかもしれない」

「それは、そうだけど」

「トウジのこともそうだ。しっかりと戦っていれば、使徒だけ倒してトウジは無事だったかもしれない」

「……でももう、終わってしまったことじゃないか。過ぎたことは、変えられないんだ」

「そう、もう終わったこと。でも僕は、その終わってしまったはずのことをもう一度やり直そうとしているんだ」

「それが強さとどう関係あるんだよ」

「まだ分からないの?」

「分からない」

 

それは疑問であり、欺瞞。

 

「嘘だね」

「違う」

「分からないんじゃない。分かろうとしないんだ。怖いから」

「違う」

「それが分かってしまうと、今までのことは無駄になってしまうから」

「違う!」

「そうやっていつも、嫌なことから逃げ出しているのね」

「綾波!?」

 

突然にして聞こえてくる、見知った少女の声。しかし、その少女の姿はどこにも見当たらない。

 

「今のは、誰のものでもない声。今の僕には、綾波の声のように聞こえたんだ」

「……」

「やっぱり本当は気付いているんだ。ただ怖いから、事実から目を背けているんだよ」

「どうして、逃げてるだなんて分かるのさ」

「綾波の声……いや、誰の声で聞こえてくるかは関係ないね。他人の声で聞こえてくることが重要なんだ」

「……」

「自分では分かろうとしない。他人からの指摘で、初めて気付いたふりをしようとしている。

自分は気付かなかった、知らなかった。知らなかったことを免罪符にしようとしている」

「……!」

「自分自身は変わっていない可能性を、分かっていない。分かろうとしない。

都合のいい虚構の世界だけ信じていることを。本当はまだ、赤い世界から脱する力なんて――」

 

その時、突然余りにも眩しく、全てを白としか形容できない世界が二人を包んだ。

 

----

 

『初号機、シンクログラフ反転。パルス、逆流していきます』

『あの光は何なの? シンジ君は!?』

『ATフィールドに近い構成です、詳細不明!』

『心理グラフ、大きく乱れています。精神攻撃の一種ではないかと推測されます』

 

発令所はてんやわんやの事態へ陥っていた。

急速に下降、いや最早落下とすら言える行為を行う使徒。そして、その使徒が放つ詳細不明の光。

精神攻撃という未知の攻撃に対し、現在のネルフが、更に正確に言えば、人類が持つ術はないのだから。

 

『使徒、接地まであと十秒を切りました』

『シンジ君! 応答して、シンジ君!』

 

必死に呼びかけるミサトの声だったが、シンジが応答することはない。

その表情は、使徒が接近する程にどんどん無へと近づいていく。

光線は当然至近距離になるほど凶悪な効果になる筈なのに、である。

その証拠に心理グラフの周期性はみるみる失われ、まるで子供のラクガキのようにぐちゃぐちゃとした線の集合になる。そして端っこから徐々に、再び一定のラインを保つようになる。

 

そのラインは、ゼロとして定められた値。

 

それは、前史でのアスカとはまるで対照的であった。精神を開かれる程に、犯されていく程に、その表情は能面の如く冷たい、無へと収束していくのだ。

まるで過ぎ去ったあの日、射撃訓練を行っていた時の自分のように。

 

「……」

『シンジ君。戻ってくるんだ、シンジ君!』

「…………」

 

カヲルの呼びかけにも、応えない。

やがてその表情が、完全に無になったその時。

 

 

「―――――」

 

 

PSRの充電完了を知らせる電子音が鳴り響いた。

その音とほぼ同時に、シンジの指はトリガーを引く。

 

使徒は、高度数百メートルにまで迫った地点でそのコアを撃ち抜かれた。

超至近距離になっていたこと及び、それまでの落下エネルギーが相対的に作用したのもあって、コアは一瞬で木端微塵になる。

使徒は純白の輝きを失い、絶命した。

 

しかしあくまで使徒が絶命したというだけであり、その巨体のそれまでの落下エネルギーがなくなることはない。

使徒の死骸は撃ち抜かれた衝撃で幾つかの欠片になり、巨大隕石と同等の質量および速度をもって地表へと衝突しようとしていた。

 

『アスカ、レイ。残骸を打ち落として』

「もうやってるわよ!」

 

アスカの言葉通り、その残骸の欠片の多くは零及び弐号機で処理された。

特に弐号機の活躍はめざましい。アスカの人類離れした身体能力からして、余程零号機に近い破片以外は全て彼女によって叩き落とされた。

 

しかし、最も巨大な塊が初号機の方へと落ちてきていた。

使徒の面影を最も残したソレは、そのまま落下を認めればサハクィエルの時に予想されたのと同等の被害をもたらすことだろう。

不幸にもそれは弐号機が飛び込んだ方向と真逆の場に落ちてきており、アスカであっても追いつくことは極めて困難であることが予想される。

 

「ち、あの距離は間に合わない……シンジ! アンタいつまで寝てんのよ!」

 

そのアスカの声がシンジに届いたのかは、定かではない。

 

ただ、

 

「分かってるよ。君に、言われなくたって」

 

独り言かのようにそう呟くと、シンジの目は一瞬だけ赤色に染まった。充血などではなく、文字通り赤くなっていたのだ。

 

その「一瞬」において初号機は施設の屋根を破壊して外部へ出ると、その両手を広げる。

ATフィールドを示す淡く赤い光が発生したかと思うと、落ちてくる使徒の死骸を、粉々に破壊してみせた。

 

『使徒残骸、全破壊を確認。戦況オールグリーン』

『パターン青も消滅。状況終了』

 

淡々と声が挙がる。

使徒の脅威から救われたことに胸をなで下ろす者、もしも殲滅できなかったらと震えあがる者、発令所の人間の反応は様々だった。

 

そんな中で、ミサトの表情は険しい。

ある程度の周期性を取り戻した心理グラフを睨み付け、佇み続けていた。

初号機の方から聞こえてくる声に、耳を傾けながら。

 




日「こんにちは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

パーパラッパッパパーラパッパー♪
パーパラッパッパパーラパッパー♪

日「いやぁいい夏休みだった」
青「そうだなぁ、いやまぁ発令所の椅子に座ってなきゃいけないってのは面倒だったけど、作業そんなに多くないし」
伊「実質休みでしたもんね」
日「漫画やラノベの読破が捗る」
青「エアギターの練習も捗る」
伊「センパイとの妄想も捗る」
日「いや、本当にいい休みだったよ。マヤちゃんのはよく分からないけど」
青「って思ったら使徒戦、それも精神汚染だろ? なかなかガツンと目を覚ましてくれたよなぁ」
伊「そうですねぇ……平和ボケが一発で治りましたよ」
日「それはさておき、今日は休み明けだし」
青「さぞや質問もたくさん来ていそうだけど、どう?」
伊「うーん……まぁ、それなりの数ですねぇ。それじゃあ一つ目から書いてみましょうか。

『葛城三佐が真実にガンガン近づいてるんじゃないか』ということですか」
日「流石葛城さん! って言ったところだよな、美しさに頭脳が備わって最強に見える」
青「それは多分お前がミサトさん贔屓なだけだと思うんだが」
日「何言ってるんだ。あの女性を贔屓しない理由がないだろ?」
青「まぁ、確かに才色兼備という四字熟語がよく似合う人だけどさ」
伊「私からしたら仕事は出来るけどだらしない人に思うんですよね」
日「そりゃ同性だしそうなるよ」
伊「同性とか抜きですよ。同じ同性でも、そこに来るとセンパイは……」
日「出たな」
青「ああ」
日「まぁマヤちゃんだし」
伊「それでですね。あの時のセンパイと来たら。突然押し倒してきて『マヤ、貴女こんなにびしょびしょになっちゃって。私がしっかりケアしてあげるわね』って」
日「やめてマヤちゃんこれ以上はいけない」
青「てかマヤちゃん殆どの時間発令所でデスクワークかなんかしてたよね、そんなことになる暇なかったよね」
赤木「そうねぇ。……マヤ?」
伊「はい? あ、センパイ。もしや婚い……あ」
赤「あの時は貴女ただゲリラ豪雨に見舞われてびしょぬれになってただけでしょ?」
伊「あ、えぅ、その」
赤「オーケー、そうね。パイロットたちに支給しようと思ってた薬のモルモットが丁度不足していたところなのよ……」
伊「あっあっあっあっ」
赤「覚悟しておくことね……」スタスタ
伊「は、はひ……」ポォー
日「あーこれ早くも今回のラジオ終わりかな」
青「仕事終わりかあ。お疲れーっす」
伊「い、いえ……なんとかやってみせますよ。それでは二つ目の質問です。

『これ何時からスパシンになるんだよ』ということですが」
青「えっ」
日「いやスパシンじゃん、脳内に渚君がいて、ATフィールドも使えるし?」
伊「リリスの力を使おうと思えば使えるレイもいて」
青「これのどこがスパシンじゃないのっていうお話なんだが……とはいえ分かりにくくはあるな」
日「確かに。バンカーバスター撃たれたらその反撃としてエヴァの口やら背中やらからあちらこちらに紫色のビーム発射して使徒を焼き払う訳じゃないしな」
伊「なんの話ですかね……」
日「大丈夫だろ、観てなきゃ分からん」
青「そうだな、指摘されなければ分かんないってそういう問題じゃねえだろ」
伊「あ、この流れ、もしかして……」
青「……」
伊「……」
日「……いやなんだよお前ら。その異常な目つきは」
伊「いや、ねぇ……」
青「マコトがそういうネタを使ってくるときって決まってなんか作ってんじゃん」
日「いやいやお前ら、俺がいつまでもそんな危ない橋を渡る訳ないだろ」
青「そ、そうか?」
日「ああ、危ないものは作ってないよ。ただ作ったもの自体はあるんだ」
伊「へぇ、日向君が危ないことをしないなんて気になりますね」
日「ふふふ、気になるか。説明しよう! 今回作ったのは『霧の中』と言ってな」
青「うん、パッと見怪しくはない。怪しくはないけど……駄目だやっぱスゲー怪しい!」
伊「普通の時期ならともかくこの時期に出すのに悪意しか感じませんよね」
日「何を言っているんだよ……それじゃあおしまいまで話を聞いてくれ。これはサードインパクトの話でな。タイトル通り、シンジ君が迷い込んでいた霧の中のような世界から始まるんだ」
青「ほほう?」
日「それでな。ある女子高生が、補完されてゆく中で全く知らない男子高校生になるという補完内容になってな」
伊「版権アタック!!」ドグシャ
日「あべしっ!!!」
伊「よし。危険因子は排除したので最後の質問に行きましょう。


『そんな不定期更新で大丈夫か?』とのことですが」
日「大丈夫だ、問題ない」
青「不定期と言ってもそうだな、大体月一くらいで労働日を設けると予定してるつもりらしいが」
伊「おかげで今日からまた一月ほど遊べますぅ」
日「ネルフ入っておいてよかった……!」
青「だなぁ。そうだ。よかったらそこの貴方もネルフへの就職を考えてみてはいかがでしょう。
重役以外は基本的に繁忙期は月一回のみ! それ以外の日は四、五時間程度の簡単なデスクワークのみ! まぁ今月は二回になりそうだが」
日「完全週休二日制なんていうバカげた言葉もないしな。完全も何も週に二日ずつ休むって一般的な国民として当たり前だよなぁ?」
伊「人によっては土日働いて平日遊んでますがそれでも二日は確約されてますよね、少なくともネルフでは」
青「てか思ったんだけどさ、俺たちもミサトさんやリツコさんよりは地位が低いってだけで普通にそれなりの重役なんじゃね?」
日「確かに。じゃあもう重役も繁忙期月一なんじゃね? 出世し放題だな」
伊「今なら十段階特進して速攻で司令になる方法もありますからねぇ」
日「まぁ殉職しなきゃならんがな」
青「ショックな話だよ」
伊「ジョークはおいといて次回予告行きましょうか。葛城さーん」
葛「はいはーい。

『二回目の精神汚染を受けた碇シンジ』
『重い足取りで歩くシンジは少女と再開しその関係を深めてゆく』
『一方、第三新東京市には新たなる使徒が迫りつつあった』
『次回、『鋼鉄の意思』さぁ~て、次回も?』」
「「「「サービスサービスゥ!!!」」」」


葛「あ。マヤちゃんは後で覚悟しておいてね~?」
伊「え? 何の話ですか?」
葛「さっきの話、聞こえてたからね」
伊「あっ」


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第二十話 鋼鉄の意思

教室とは不思議なものだ。

自分にとって憂鬱な日であっても、余程の何かが起きている訳でなければ不思議なことにその雰囲気ががらりと変わる、ということはない。

いつも騒いでる面子は騒いでいて、静かな面子は静か。

厳密に言えば一人一人の内面その時々で違うのかもしれない。

ただ、クラスメイトたちという集団を、この集団に限らず人々が形成するあらゆる集団の全体から俯瞰してみると、人数的に考えてみるとそれ程変わりはなく、結果的にどの日であっても雰囲気の平衡が取れているということなのだろう。

 

「素晴らしかったよトウジ。『ダンディハンプティ』で此方の盤面を完全に処理するとは……」

「へっ、どんなもんじゃ」

「でもそれも無意味だったな。『月面都市王・輝夜姫』召喚。ここで死んでいただこうか」

「なにぃっ!? クソッ、『吸血騎士・ヴァイト』出番や! 動きを止めたれ!」

「遅ェっ! 『アレクサンドロス』でヴァイトとその取り巻き撃破! 一斉攻撃でジ・エンド」

「くぅ~っ! 速さが足りひんか……」

 

この二人とて例外ではない。相変わらず元気な様子だった。

 

「おはよう、シンジ」

「おっす」

「ん、おはよう」

 

他愛もない挨拶。

 

「シンジもどうだ? 面白いぜ」

「ううん、いいや」

「なんや、最近ノリ悪いの」

 

この二人からはノリが悪いように見えているのだろうか?

普段と同じようにふるまっているつもりだったのだが、どうにもそうは見えないらしい。

 

「……よっしゃ、もう一回や!」

「いいぞ、何回でも掛かって来い!」

「おい、そこの二人。鈴原、相田。カードゲームは校則違反だぞ」

「どうだっ! 『皇帝のマンモス』召喚。自軍デッキをデストルドーデッキに!」

「鈴原、相田」

「なんややかましい!」

「黙ってろ、今俺たちは男の決闘を……あっ」

「あっ」

 

気付くとチャイムは鳴っていて、教壇にはあの老教師が立っている。

その頭と眼は普段通りの輝きを放っていた。

 

「校則違反はそこまでじゃ」

「ああっ、俺たちのカードが……」

「一日没収とする。それでは今日の授業を始めます……」

 

普段通りの青空を見せるこの一日。

普段通りの授業を行うこの老教師。

普段通りの騒めきを伴うこの教室。

普段通りに笑顔を見せるこの友人。

 

では、一体何が普段通りではないのだろうか?

「神のみぞ知る」とはこの状況によく合致した形容詞であろう。

 

----

 

「前回の精神異常から復帰してまだ間もないところに、今度は使徒からの精神攻撃……幾ら短時間だったとはいえ至近距離で喰らっていた」

「状況は芳しくないわね」

「彼の回復能力に期待するしかないわね。常人だったらまず廃人になっているのだから、会話できただけでも儲けものよ。これ、精神鑑定のログよ」

 

コンピュータの前に、今日も二人。淹れたてのコーヒーを片手に神妙な面持ちでいる。

技術部と作戦部、エヴァンゲリオンでの作戦遂行にあたって最重要となる部門を担う二人は、そのエヴァンゲリオンのパイロットである碇シンジについて、処置を考えあぐねているところであった。

リツコが入力したのは、碇シンジとの対談の一部始終を録音したデータであった。

 

『こんにちは』

『こんにちは』

『私のことは分かるかしら』

『リツコさんですよね』

『じゃあこの写真の娘は何か分かるかしら』

『ミサトさん』

『この男の人は?』

『加持さん』

『これは?』

『初号機』

『このおじいさんは?』

『副指令』

『このおじさまは?』

『グラサンね』

『レイ。今はシンジ君に聞いているのよ』

『グラサンです』

『……あ、そう』

『他には何か?』

『……そうね。記憶には問題なし、と。じゃあこれは何か分かるかしら』

『ペンです』

『これは?』

『ペンペンです』

『これは?』

『ペンペンペンです』

『碇君、現実を見て。これは明らかに薬と拘束具よ』

『……認識能力には問題あり、と』

『これを持ち出すリツコさんに問題があると思います』

 

……

 

「ねぇリツコ、これ精神汚染者のログとして有効なの?」

「問題ないわよ。意思疎通が出来るかどうか、これがまずは重要だから」

「そ、そう……」

 

明らかに問題があると思うのだが、当事者のリツコが問題ないというのだからそれ以上反論が出来ない。

もう暫く精神鑑定のログが流れたところで数回のノックの後に、

 

「よぅ、麗しきお嬢さん方。調子はどうだい」

「あら」

「誰かと思えば……何しに来たのよ」

「働き詰めで疲れてるだろ? 差し入れだよ」

 

差し入れと称してポテトチップスをいくつか手にして現れたのは加持リョウジ。

何を考えているのかの真意が読み取れない、微笑みを貼りつけたその面持ちは相変わらずだった。

 

「よりにもよってポテトチップってアンタ。コンピュータの隙間に入り込みでもしたらどうすんの」

「コンピュータだって腹は減るもんだ」

「意味分かんないんだけど」

「まあまあミサト。働き詰めで食べる時間もろくにないから、簡単にカロリーが取れるのは今は有難いわ」

「いいこと言うねぇリッちゃん」

「で、それだけ?」

「ダメか?」

「当たり前でしょう。仕事の邪魔をするならとっとと帰って頂戴」

「しょうがねぇなぁ。……これを見てみろ」

「何よコレ」

「前回と同じ轍を踏むようなことはしないってことだ」

 

加持の手には、トランシーバーのようなものが握られている。その画面には赤い点一つと幾つかの青い点が輝いていた。

 

「GPS……ということでいいのかしら」

「色合いとしても材質としても目立たない特別仕様、そう簡単にバレないし外れない。何時また行方をくらましてもこれで何とかなる」

「どうかしらね。あの子のことだから気付いてもおかしくない」

「そん時はそん時だ」

「適当ねぇ」

「前回と違ってちゃんと家から学校に通えている。前回よりはダメージの浅い証拠だよ」

「少なくとも日常生活の範疇では、ね。シンクロ率ゼロパーセント、本当に浅いかは大いに疑問ね」

「ほう? ゼロパーセントか」

「エヴァ初号機の運用も現状では不可能、彼自身にとってはともかく人類にとっては大ダメージよ」

「気落ちしているかな、位で見た目はそう大差ないのにね」

「それが精神汚染の恐ろしいところ。外に現れない形でヒトに多大なダメージを与えるのよ」

「原因はともかく、何らかのモチベーション不足にすぎないという可能性とかはないのか?」

「シンクロ率はその場その場で変更できるような代物ではないわ。彼が人間である限りはね」

「なるほどな……」

「それに、原理的にシンクロ率が完全なゼロになるのはありえないのよ」

「どういうこと?」

「エヴァの適性がないというのは単純な話、シンクロ率が起動可能水準に届かないというだけの現象に過ぎないの。小数点以下になるというだけで、全くのゼロではない」

「じゃあ、シンジ君の状況は」

「単純なように見えて、相当なイレギュラー。エヴァという存在そのものを深層的な部分から拒んでいるか、あるいはその逆」

「初号機が彼を拒んでいる?」

「可能性の一端だけどね。使徒は勿論、エヴァにもまだまだ分からないことがあるのよ」

「ブラックボックスの塊ねぇ。今更だけど兵器としての信頼性がないも同然よね」

「でもそのブラックボックスを使わないと、人類は生き延びることすら出来ない」

「ある意味俺達にとっての空気のような存在だな」

 

言うが否や加持はミサトにウインクして見せる。

 

「俺にとっての葛城と同じだ」

「……私はあんなに厳つくないわよ」

 

その様子を見てしまえば、ああまた始まったと第三者は呆れ顔になるしかなくて。

 

「惚気るなら他所でやって頂戴」

 

苦言を呈すのが、その場でできる唯一のことであった。

 

---

 

シンジの精神鑑定が一段落した後、レイは待機指示を出されていた。

誰もいないラウンジ。外からは陽光が差し込んでおり、その静けさや時間帯とありたいていの者はうつらうつらと眠気を誘われることだろう。

 

「で……どうして貴方がここに居るの」

『シンジ君は僕をシャットアウトしてしまったらしい』

「無様ね」

『幾らでも言うといい。それで君の気が済むのなら』

 

ラウンジの隅の席に静かに佇むかのように見えるレイに思念上で話しかけられたカヲルは、半ば投げやりといった様子だった。

とはいえレイの言う通りシンジを守るに至ることが出来なかったのは事実だし、そのことについて何も言い訳する気はなかった。

 

「貴方は私より碇君に干渉出来たはず。なぜしなかったの」

『あの場でATフィールドを張ったら間違いなく初号機からパターン青が出たけど』

「碇君の状態には代えられないわ」

『いや。シンジ君の命には代えられるさ。あそこでパターン青が出現して使徒として殲滅されてしまっては一環の終わりだ』

「でも、今回のことで命すら失っていたかもしれないわ」

『かもしれない、と、確定事項。この二つは天と地ほどの差がある。それに、シンジ君は結局生きているじゃないか。まだマシだよ』

「でも、攻撃の緩衝材になるくらいはできたはず。なぜあなたは精神汚染を受けていないの?」

『受けていてほしかったのかい?』

「……ウジウジしている貴方は普段より鬱陶しそうだからまだマシかもね」

 

この状況でも、まだ互いに憎まれ口を叩きあう。ある意味、喧嘩仲間のような関係だろうか。

 

「赤木博士、相当怪しんでいたわね」

『一瞬だけ覚醒したエヴァ初号機。前史からの意思を継いでいるとすれば、いやそうじゃなくても、きっとシンジ君を守ろうとしたのだろう』

「エヴァの中には碇君の母親がいるわ。母性本能の発揮という結論に持ち運べば」

『レリエルの時の覚醒状態でシンジ君は意識がなかった』

「今回は意識があった中で覚醒状態になったわね」

『そこがネックだ。意図的に暴走を起こせるとでも思われたら』

「ネルフに利用されるかもね」

 

口にする一言一言は、とても棘があって、けれど現実を向いたものだった。

そしてその棘に反して、彼らの表情はそこまで曇る様子はない。

 

『……思ったほど、落ち着いているんだね?』

「貴方こそ」

『前であれば何やかんやと大騒ぎしただろうけど』

「だって彼、無事だもの」

『信頼か。意外ではあるけど、まるで子離れだね』

「碇君と私の本当の関係、知らない訳ではないでしょ。元から恋沙汰などにはなりようがないわ」

『そういえばそうだったね。君は僕と同じだ』

「使徒という点において。でしょう?」

『いや、その他の点でも同じ部分はあるよ』

 

カヲルは、あくまで語る姿勢を変えることがない。

それを妙に思ったレイだが、カヲルの言葉を反芻するうちにその真意が少しずつ分かってくる。

 

「……貴方、それって」

『おや、漸く気付いたのかい? タブリスがヒトの形をしていたのは決して偶然ではない』

「碇君を想う心は、それが元だったのかしら。あの人、思いのほか碇君のことを気にかけていたようだし」

『どうだろう。ただ一つ言えるのは、彼は好意に値する人間だった。これがタブリスとしての本能からなのか、引き継いだからなのかは分からない。

けど、赤い世界でリリン達が溶け合ううちに偶然生い立ちを知った時に全てを知ったよ』

「お互い様だったのね」

『子供が大人になれば親は子離れを始める。同様にして、子供も大人になるにつれてじきに親離れを始める。今回のことは、その一端なのかな。その割には僕はまだシンジ君が心配でならないけど』

「私もそれは同じ。でも、過剰な心配は今の碇君には逆効果ね」

 

ふと外を見つめると、いつもと変わらぬ太陽煌く青空がそこにある。

 

「……でも、今は少し時期尚早ね」

『そうだね。まだ、使徒戦は終わっていないのだから』

「今のところ、全ては碇君の意思に懸かっているわね」

『シンジ君は使徒の攻撃を受けたんだよ』

「いえ、碇君はもう「強さ」を持っている。あとはそれが開花するのを待つだけ」

『……なるほど。子を信じる力は母のほうが強いのだね』

 

この青空がこの日からどれだけの期間保たれ続けるかは、この二人にすら計り知れない。

 

---

 

ふらふらと街の中を彷徨う影が一人。

 

真夏の日差しの中で、ぼうっと歩いている。精神鑑定を終えた碇シンジがその正体だった。

特に何か目的がある訳でもなく、ただ彷徨い続けている。

 

何故こうして彷徨い続けているのだろうか?

自分でもよく分からない。分からないなりにとりあえず歩いている。

 

奇妙な喪失感。今まで何をやってきたのかと考える、いわば時間の無駄を感じているのだろうか?

いや、時間については元々経っていた時間をやり直しているだけなのだからロスも何もない。

 

客観的に見れば明らかにやれてきたことは多い筈だった。

 

トウジの妹も、本人も助かった。

街への被害も、前ほどのものではない。

自身のスペックも、前より明らかに向上はしている。

 

だが、それだけなのも事実だった。

 

今回は、逃げ出した訳ではなかった。

でも、マユミの時に逃げ出した、それは確かな事実だった。

心の中に潜むもう一人の自分との対話……いや、アレは本当に自分だったのだろうか?

 

しかし、本当に自分だったかは正直なところ些細なことで。

この世界にやってきても結局逃げ出してしまう。その事実は確かに自分に叩きつけられたのだから。

 

「あれ? シンジ君?」

 

不意に呼ばれたその声の主は、

 

「……貴女は?」

「お久しぶり。って言っても、大体二週間ぶりくらいかな」

 

どこかで見たことのある少女だった。

二週間前……ああ、そういえば。使徒との戦いの数日前のことだったか。

 

「……どうも」

「元気ないのね、何かあったの? また誰かとぶつかった?」

「そういう訳じゃ、ないですけど」

「ふーん」

 

じいっと、シンジを見つめる少女。

 

「……そうだ。ここで会ったのも何かの縁。お茶でもしましょ?」

「いや、別に……悪いですし」

「拒否権はないよ。シンジ君とは今一度お話したかったし」

「……はあ」

「あっ、また溜め息ついてる。 罰ゲームとして強制連行ね」

「えっ、ちょっ」

 

少女に手を引かれるがままに動く。思いのほか力は強く、唐突なこともあり抗うには厳しい。

 

その行く先は、街外れにある小洒落たカフェだった。

木製のドアを開けるとカランカラン、と乾いた金属の音が鳴り響き、外とは対照的な清涼感を帯びた空気を全身に浴びた。

中では覚えのあるクラシックが耳を癒し、ほんのりとした甘い香りが鼻孔を誘惑する。

 

注文を取り終えたウェイトレスが下がると、再び少女は話し始めた。

 

「あっ、そうだ。此間自己紹介するの忘れてたわね。私はね、マナ。霧島マナ、って云うの。宜しくね」

「そう、ですか。宜しくお願いします。えっと……霧島、さん?」

「マナでいいわよ」

「いや、でも……」

「内気なのね」

「ごめんなさい」

「なんで謝るのよ。むしろ私、いや私たちこそシンジ君には感謝してもしきれないくらいなのに」

「どうして?」

「シンジ君。エヴァのパイロットだもんね」

「知ってたんですか」

「ほめてくれる?」

「え、あ、うーん、はい」

 

意外な真実をサラッと言ってのけるマナだったが、今のシンジは言う程喜怒哀楽がある訳でもなかった。

 

「私ね。自分が生き残った人間なのに、何も出来ないのが悔しい。シンジ君のこと、結構羨ましいんだ」

「そんなもんですかね」

「うん。でも、今はちょっと心配」

「え?」

「前見た時はもっとこう……芯がある人に見えたけど、今はなんだか、魂が抜けちゃったみたい」

「はあ……そう言われても」

「やっぱり、何かあったのね。話してみる気はない?」

「ごめんなさい……今は、まだちょっと」

「そっか」

 

話そうとしないシンジに対して、特に何か咎める様子はなかった。

シンジとしては正直なところ、その態度だけでも大分安心させられるものがあった。

 

ただ、それから続いた若干の沈黙に気まずさを覚えはじめる。けれど、

 

「お待たせしました」

 

こうしてよいタイミングで注文したコーヒーとケーキが運ばれてくる。これは偶然なのか、はたまたマナの店舗選びの審美眼なのか。

 

値段の割にかなり上等なものであるようで、漂う匂いが無音でそれを証明していた。

この少女、カフェなどの店を選ぶ一定のセンスがあると見て間違いない。ある意味、女の子らしいとも言える。

 

「どう。美味しいでしょ?」

「……」

「もう、何か言わなくちゃ分からないよ」

「……美味しい、です」

「ならよし」

 

その後も、他愛のない話は続いた。

生年月日、趣味、出てきたコーヒーの感想、身辺で起きた馬鹿話、これからの予定、その他さまざまだ。

初めのうちはシンジから口を出すことはなく、マナが只管話題を投げかける。よくもまぁ話題が枯渇しないものだと感心すら覚える。

 

感心を覚えたし、疑問をも覚える。

 

もう少しで出ようかという雰囲気になったところで、その疑問を投げかけてみることにした。

 

「あの」

「ん?」

「どうして、僕にこうも……その、気にかけてくれるんですか?」

「どうして……うーん。どうしてだろ?」

「ええ……」

 

質問に質問で返されてシンジは困り顔になる。

一方でマナはその質問になんらかの答えを要求していた訳ではなかったらしく、更に続けた。

 

「気になったから、かなっ」

「はあ」

「うん。それだけ?」

「はい」

「そっか。んじゃあ出よっかぁ……ほら、もう陽が傾いてる」

「……本当だ」

 

マナの言う通り、既に斜陽のオレンジ色の光が周りを囲んでいた。

セカンドインパクトの影響上、まだまだ気温自体は高い。

だが、暦の上では既に秋に差し掛かっている。夏程の日差しの長さではなくなっているのだ。

店内の柱時計もまた、日々の照射時間が短縮されつつあることを無言ながらも訴えていた。

 

----

 

夜が明け、普段通りに学校に向かう。

シンジとレイ、二人の面持ちは、一見してそこまでは変わらない。

 

教室に入ればやはり普段通りの二人が出迎えた。

 

「おはよう、シンジに綾波」

「おはようさん」

「二人とも。おはよう」

「……おはよう」

 

挨拶を交わして席に着くと、トウジとケンスケが二人揃ってシンジの方へと向かってくる。

 

「ん、どうしたの?」

「いや……センセ最近、綾波の奴と喧嘩でもしたんか?」

「どうして?」

「どうしてって。今までめっちゃアツアツだったやんか」

「そ、そんなことないよ」

「はぁ~、これだから無自覚な奴は」

「そう言われても。別に、前から変わらないし」

「そのことに胸なで下ろす女子も多いみたいだけどね」

「なんで?」

「……おい、ケンスケ」

「うん」

 

向き合って頷くと、両手を上げてやれやれと無言で訴える。

その直後バシンとシンジの背中を叩いて、

 

「地球の平和はお前に任せる」

「だからオナゴどもはワシ達に任せい!」

 

大声で宣言。

状況の掴めないシンジはきょとんとした顔をする他なく、その顔を見たトウジとケンスケがまたしてもやれやれ、分かってないと言いたげの様子になる。

そこでチャイムが鳴り、ほぼ同時にいつもの老教師が教壇へと登った。

 

普段の通り、出席を取り、一通りの連絡を行う。しかし、一つだけ普段と違う連絡もあった。

 

「あー、今日は転校生を紹介します」

 

突然の報告に色めき立つ教室。

男か女か、美形かどうか、色々な憶測によるざわめきが忽ち教室を埋め尽くした。

 

「どないな奴やろなぁ」

「可愛ければいいけどなぁ」

 

シンジの二人の友もその例外ではなかった。

一方でシンジはいつも通り、そこまで関心を示しているわけではなかった。誰が来るんだろうな、程度の面持ちでいた。

 

「それじゃあ入って、どうぞ」

 

転校生の姿を、見るまでは。

 

「第二東京から越してきました、……霧島マナ、と言います。宜しくお願いします!」

 

思わず目を見開いた。

 

老教師に促されて入ってきたのは、何と例の赤髪少女、霧島マナ。

シンジからすれば奇妙な少女という印象なのだが、他のクラスメイトからすれば彼女は単に容姿端麗、性格も明るいと絵に描いた理想の少女かのように映っている。

 

朝のホームルームが終わると、このクラスにやってきた転校生の例に漏れず質問攻めになるマナ。

その一つ一つに笑顔で返す姿はまさしく普通の少女。

離れた席のグループも彼女の話題で持ち切りで、シンジ達のグループも例外ではない。

 

「いやあエライ別嬪さんが来たのう」

「だなぁ~。綾波の対抗馬がついに来たかぁ」

「そんなもんかなぁ」

「やっぱわかっとらんのぉシンジは」

「ほっとけよ、こういうことには無神経なんだろ……」

 

どちらかというと、冷めている方ではあったかもしれない。

というより、知っていることが割れてもそれはそれで面倒なことになりそうだったので、表向きは冷めているように見せかけていた。

 

しかし、そうしただんまり作戦の効果が見えていたのも、

 

「シーンジ君♪」

 

と、声をかけられるまでの話で。

 

「!?」

「!?」

「あ、どうも」

「も~、今日も辛気臭いんだからぁ」

「シンジィ! お前どういうことや!?」

「まさか転校してくるのを知っていて俺たちを裏で嘲笑って……!?」

「い、いや。まさか転校してくるなんて僕も知らないよ」

「そりゃ教えなかったもの。驚かせたかったから。実際驚いてたもんね。目をこーんなにおっきくして」

 

嫉妬の炎を上げ続けるトウジとケンスケを他所に、親指と人差し指で丸を作りながら屈託のない笑顔でシンジの方を見つめている。

一般的な男子中学生ほど女に興味のないシンジとしても、その眩しさに思わず顔を赤らめてしまう。

 

その様子を見て満足げに女生徒のほうへと戻っていくマナ。

 

「ねぇ、碇君とどんな関係なの?」

「うーんと……カレカノ!」

「ええ~っ!」

「えへへ~」

 

大きな疑念を生み出す言葉を、誰にでも聞こえるような声で発するとともに。

 

「成る程、そういう訳やなぁ?」

「綾波との不仲は霧島とのただならぬ関係のせいだったかあ」

「美少女二人よりどりみどり、いいご身分やなぁ。のおセンセ?」

「だ、だから綾波とはそういうんじゃないって。ねぇ、あやな……」

 

同意を求めて振り向くその先には、見るからに睨み付けているレイの姿。

 

「元奥様はお怒りみたいだな」

「いい気味や」

「ねぇ綾波、なんでそういう目で見つめてくるかな」

「……これが悪戯心なのね」

「綾波……」

 

本人は悪戯と言っているが、疑惑の目が強まる真似は止めて欲しいと心から思う。

 

「貴女、シンジ君とどんな関係?」

「私はフィアンセよ」

「へぇ~? 貴女が……」

「……」

「……素材は悪くなさそうね。ま、悪いけど私のものだから」

「そう、よかったわね」

「センセ、まさか」

「二股か」

「ち、違うよ」

 

胃が痛くなる一方で、久々に少し感情を露にした気もする。

そんなシンジを少し意外そうに見つめる二人だったが、すぐに三度顔を合わせ、

 

「ま、ワシらは干渉はせえへんで」

「そうだな。シンジがモテるのは今に始まったことじゃないし、彼氏彼女の事情に付き合ってたら馬に蹴られちまう」

 

嫌味を吐いてやると、やれやれとため息をついた。

やれやれと言いたいのはシンジの方だったが、そんなことは誰も露知らず。

 

 

それからの数日。

霧島マナはその社交性に富んだ性格に整った外面と交友を広げるのに障害となる要素は皆無と言ってよかった。

瞬く間に友人関係を広げていったらしく、毎日のように親しげにクラスメイトと過ごしている姿が見られた。

 

しかしそれ以上に話題となったのは、やはり碇シンジとの関連性に他なるまい。

突然転校してきた美少女が、転校早々に世界の平和を担うパイロットのことを「フィアンセ」と公言してみせる。まるで小説のようなこの展開、いくら事実は小説より奇なりと言えど色めき立つ生徒は後を絶たなかった。

 

しかも、それはほかの者からすれば決して噂に見えるものではなく。

 

ある朝は、

 

「シンジ君、今度一緒に「俺の名は」観に行かない?」

 

ある昼は、

 

「そうだ、此間できたショッピングモール行こ?」

 

ある放課後は、

 

「ねぇねぇ、何して遊ぶの?」

 

このような具合で一日一度、必ずシンジを遊びに誘う言葉が彼女の口から飛び出してくる。

彼女の真意は掴み難い。なぜここまでして接近してくるのか。

こうした発言を受けるその度に突き刺さる羨望と嫉妬の入り混じった視線に頭を抱える羽目になるのだ、正直なところ少し面倒でもあった。

 

ただ一方で、満更でもないな、という感覚も共存はしていた。

理由は分からなくとも、今のシンジにとって自分を認めてくれる他者の存在ほど心地よく感じないものはなかった。

 

初めのうちこそぎこちない反応を返していた。けれど、それでもマナの根気は折れなかったし、その接し方には温かみを感じた。

結果としてその緊張が解けるのも時間の問題で。口調からも次第に敬語は失われて、

 

「いいよ」

 

一週間もすれば、この三文字が彼の返す常套句と化していた。

そして、外出先にはネルフ関連のことを除いて、大半がマナ絡みになりつつあった。

 

----

 

そんなある日もまた、

 

『今日もデートかい?』

「カヲル君。デートなんてもんじゃないけど……」

「ついに碇君も私離れを始めたのね」

「綾波さん?」

 

いつも一緒の二人にも茶化される始末。

二人がこれなのだから、事情を知らぬ周りの者からすれば、たいそう愉快なカップルに見えていたことだろう。

 

シンジの律義な性格は、約束よりもかなり早く目的地に到着させていた。それ故、大抵の場合はマナのほうが遅くやってくる。

 

「ごめん、お待たせっ! 行こ?」

「うん」

 

この日は映画館からの、ショッピング。

 

流行には今一つ無頓着なシンジは、最近の流行りは映画も含め今一つ分かっていなかった。

しかし、マナのシンジとは対極に近い流行りに対するリサーチ力がそれを大いにカバーする。

映画を観れば外れはないし、服を選べば必ずその姿が一割増で端正になるし、食事をとれば安く舌も腹も満足するし、音楽を聴けば抵抗なくスッと耳に通っていく。

 

結果として、毎回の「外出」は常に充実を極める形になっていた。

それは今回も然りで、気付けばメインイベントがすべて終わり、また「いつもの」カフェで談笑することとなった。

 

「シンジって、最近ネルフに行く頻度が減ったよね」

「そうかな?」

「うん」

「だとしたら、そうかもね」

「どうして?」

「乗れなくなったんだ。エヴァ」

「そうなんだ。……あっ、それ私に言っちゃってよかったの?」

「え?」

「ほら、守秘義務とか」

「あっ……」

「まぁ、私なら大丈夫だけど。……じゃあ、どうして乗れなくなっちゃったの?」

「どうして……うーん、どうしてだろう。そういうものだから、としか言えないけど」

「どうしてだろうね?」

「守秘義務だからこれ以上はダメだよ」

「言うじゃない」

 

シンジとしても、女子とはいえこの数々の「外出」が功を奏したかマナに対してはある程度フランクに対応出来るようになっていた。冗談を言うのも朝飯前。

女子に対するフランクさは、前史におけるアスカとも割といい勝負かもしれない。

 

「でも、やっぱりカッコいいよね」

「ん?」

「パイロットよ。世界の平和を守るなんて、私には出来ないもの」

「そうはいっても、僕も成り行きでなったようなもんだし」

「でもパイロットはしようと思えば辞退も出来るんじゃないの? 軍隊じゃないし。それでも逃げないのは、やっぱりかっこいいと思うな」

「そんなもんかな」

「そうよ。前も言ったかもしれないけど、貴方は自分を過小評価しすぎ」

「よく、わからないや」

「謙虚なのは悪くないけど、シンジは自信を持ってもいいとは思うよ。この私が保証するわ」

 

ふふん、と言葉通り自信満々の表情で、マナは自分の手に胸を当てた。

 

「僕としては、そんなことよりもマナが不思議だよ」

「私?」

「うん。どうして見ず知らずの僕にあんなに親しくしてくれて、それが今でも続いているのか」

「ダメ?」

「いや、ダメじゃないけどさ」

「ならいいじゃない。それとも……理由がほしい?」

「あ、いや……」

 

会話の主導権は、今に限らず常にマナが握っているに近しい。かといって、シンジの発言を遮るわけではない。

シンジがそこまで発言しないので、結果としてマナのほうが話す量が多くなっている。ただ、それだけだ。

 

けれど、今は少し沈黙があって、それから、

 

「……そうだ。この後、時間ある?」

「え?」

「この辺りでもうすぐ花火やるんだ。一緒に行かない?」

「僕は構わないけど」

「じゃあ決まり」

 

帰りに適当なスナック菓子等をつまみとして購入し連れてこられたのは、近所の公園や広場などのような花火大会にうってつけの場所……ではなく。

 

「いらっしゃい~♪」

「お、お邪魔します……」

「自分の家と思ってくつろいでくれていいからね?」

 

まさかの、マナの自宅だった。

 

入ってみると、いつぞやに入っていった綾波レイの家とはまるで対極だった。

いわゆる、「女の子らしい」家、というべきだろうか。

 

「私ね、まだ一人暮らしなんだ。あとひと月くらいしたら、お父さんとお母さんもこっちに来るはずなんだけど」

「そうなんだ」

「だから今夜は泊まっていっていいよ?」

「そんな。悪いよ」

「冗談よぉ。んー……結構ギリギリに着いたのね。ベランダに出ましょ。灯り、消しといて」

 

言われたとおりに灯りを消しておく。すると、それとほとんど同時に一発目の花火が打ちあがった。

 

それから立て続けに二発、三発と鳴り響く。

その傍らで、マナがふとため息のように呟いた。

 

「花火って、綺麗よね」

「そうだね」

「それに、優しいのよ」

「優しい?」

「そうよ。だって、私たちの為だけに煌びやかなその瞬間を魅せてくれるのよ?」

「そういう見方もあるのか」

「シンジ程じゃないけど」

「僕は、別に」

「謙虚なのね」

 

マナのその言葉から、暫くの間二人は無言であり続ける。

代わりに、花火たちは己をアピールし続けていた。

ドカン、ドカンという爆音とともに、七色、いやそれ以上の種類の色が乱れ交わり、複合する。

その色々は、灯りを消した部屋の中に、音とともに響き渡る。

部屋の中の静寂と絡み合った幻想的なその空間は、感受性の高い思春期の二人の記憶にひとつ、またひとつと刻まれていく。

あるいは二人はその幻想性に沈黙させられていた、とも言えた。

 

しかし、幻想性が生み出すのは沈黙だけではない。

 

「それにしても、綺麗だなぁ」

「そうね」

 

感嘆の声も上げさせる。

 

「シンジ。知ってる? 花火が綺麗なのは、当たり前だってことに」

「どういうこと?」

「人間は八十年生きるけど、花火は精々十秒少ししか見られない。でもその十秒少しの全てが綺麗なんだから、花火の方が人間より綺麗でいられる時間は、一生の割合からすれば何十倍も長い」

「そう言われてみると、そうだね」

「割合的には、人間より何十倍も綺麗なのよ。美しさを求めて作られたんだから」

「なんだか哲学的だ」

「でも相対的にはともかく、絶対的に見れば人間の方が何十倍も綺麗でいられるのよね」

「……今日のマナ、なんだか普段と雰囲気が違うね?」

「シンジこそ」

「僕は普段通りさ」

「じゃあ、私を見て?」

「え?」

「ほら、こっち向く」

 

強引に横を向かさせられる。

マナの姿は、花火の光に照らされ、普段の端正な姿が一層に輝いていた。

けれど、それだけじゃない。それとは別に、感覚的な違いを感じさせられる。微笑みから感じる、ほのかな妖しさと、煌びやかな何か。

 

「どう?」

「……え、あ、その」

「綺麗でしょ」

「う、うん」

「そう言ってもらえてよかった」

 

思わず出会ったばかりのように吃ってしまう。

 

単なるクラスメートに過ぎないと思うには、あまりにも綺麗だったから。

 

「今、あっちに上がった花火。一生のほぼ全てを綺麗でいることは出来たけど、ヒトはこうして花火が上がって、見えなくなって、そして花火より何十倍も、何百倍もこの世界にいる。

ヒトが一生ずっと綺麗で居られる保証はないけど、綺麗でいられる時間は一発の花火より私の方がずっと長いのよ」

 

「ならば、私は少しでも長い時間、美しくいたい。好きな人の、隣で」

 

ラストの一発が、空に上がる。シンジの目線はその音量もあって、完全にそちらへと奪われていた。

その音によって、

 

「……鈍感なのね」

 

少女の呟きはどこかへとかき消されていく。

 

----

 

そんな花火の日から、更に数日程経過したその日。

例年世間が、お祭り騒ぎになっているはずのその日。ハロウィーンとも呼ばれるその日。

碇シンジは、街を歩いていた。

 

この日もまた「外出」の日。

 

「外出」は普段通りの生活のうち、一つのルーティンに組み込まれようとしていた。

けれど、普段通りのことばかりが起きるのは、きっと今のこの世界では有り得ない。

 

 

聞きなれたアラートが、街中を駆け巡る。

 

 

碇シンジの耳にそれが入るのも、時間の問題だった。

 

 

「使徒、か」

 

 

シンジの呟きは、避難を促すアラート音にかき消された。

 

しかし少年は今、使命を果たす力を持っていないと感じていた。

 

そのことに無力感を覚え、アラートを無視して再び静かに歩きだしていた。




はい。遅ればせながらの投稿となります。
次回投稿は一応十一月末を予定していますが、微妙に多忙になりつつあるので保証は出来ません。
方針は決まっているので、年明けくらいになったらある程度定期的な更新が再び見込めるとは思っています。

今回は一応「鋼鉄のガールフレンド」的な構成を予定してはいたのですが、野暮ったさや投稿期間の遅延などを考慮してシンジとマナが親睦を深めていくシーンは大幅にカットしました。

なので、マナのセリフに説得力がなくなっています(ここは反省点)。
後日時間があれば、外伝としてそうしたデート模様なども追加していくつもりです。

それでは次回、第二十一話「男の戦い(予定)」となります。
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第二十一話 男の戦い

こんばんは。大変遅ればせながら二十一話、投稿となります


暗闇の、部屋の中。

 

「それでは……第112回定例会を開始する」

 

八つのモノリスの影。そしてもうひとつ、生身の男の影もあった。この厳粛な雰囲気は常人であれば実に居心地悪く感じることだろう。

 

「それでは碇君。前回以降の使徒の報告を改めて、この場で願おう」

「分かりました」

 

ゲンドウが返事をすると同時のタイミングで、天井から一枚のスクリーンが下りてくる。

そこには雲ひとつない澄んだ青空、そしてビル街。そして、そうした風景に溶け込む要素がまるで皆無である不気味なマーブル模様の球体が映し出された。

 

 

――――第十使徒レリエル、襲来。

 

当初はパターンオレンジが観測されたものの、先制攻撃によりパターン青を確認。

サードチルドレンの提言により、遠距離射撃によって消滅。

 

その後、復活。

 

「復活、というにはいささか語弊があるのではないかね」

「左様。確かに頭部こそ酷似しておるが、それ以外はまるで別物だ」

「殲滅に至ったかどうかすら不明であった状況下でこれが現れました。死海文書の記述通りであれば、第十一使徒であるバルディエルも現れたのですから復活で間違いありません」

 

強大な力を得て復活した使徒に苦戦を強いられるも、

 

弐号機に使用された

 

「モード反転。裏コード、ザ・ビースト」

 

そして、

 

「グルルルルルッ……ウワォオオオオオオオオオオオオッッッ……!!!!!」

「シンクロ率……四百パーセントを超えています」

「その他全パラメータ振り切られています、計測不能……!」

 

初号機の、暴走。

 

これらにより使徒は殲滅された。

 

 

「これは……危険だったな」

「一歩踏み外せば早すぎる覚醒を迎えるところだった」

「だが結果はそうなっていない。この点には目を瞑るとしよう」

 

この後もこのように補完委員会の者々が何かと戦績に難癖を付けることになるが、ゲンドウはその全てを意ともせずにビデオ再生を続けた。

 

 

第十一使徒、バルディエル。

 

松代での三号機のシンクロ実験中、

 

「実験中止、回路切断!」

「ダメです!体内に高エネルギー反応!」

「まさか……使徒!?」

 

浅間山観測所から見える程に巨大な光が観測された。

実験場周辺百メートル四方を更地へと変える大爆発と共に、覚醒。

 

搭乗パイロットは脱出に成功、詳細不明。

 

 

「またしても、真希波マリか」

「今はまだ、我々の手駒。しかし……」

「彼女にもそろそろ鈴が必要な頃合いかな」

 

 

第十二使徒、アラエル。

 

衛星軌道上に突如、出現。

 

葛城三佐の提言によるポジトロンスナイパーライフルによる狙撃により、

 

『光線、届きます!』

『使徒、光線に対しATフィールドを展開。……直撃! エネルギーは減衰しましたが使徒への明確なダメージが確認されました!』

 

コアにダメージを与えることに成功。

 

しかしその直後、使徒、下降開始。

 

正体不明のATフィールドに近い可視光を初号機に照射。

精神汚染などの影響が疑われたものの、地上到達寸前で撃破。

 

初号機パイロットの精神汚染状態などの詳細データは不明。

 

 

……ここまでで、全ての映像が終了した。

 

スクリーンが天井へ再び巻き戻されたところで、一つのモノリスが口を開き、そこからさらに連鎖してゆく。

声色や語調こそ異なるが、中身は全員一致している。碇ゲンドウに対する、ここぞとばかりの口撃が始まっていた。

 

「パイロット以上に気になるのは初号機だな」

「然様。見た限りでは精神攻撃を受けた状態のパイロットが初号機を動かせたとは思えぬのだが」

「それとも、覚醒を遂げたのかね? であるとすればこれは計画外の出来事だ」

「覚醒の兆候は未だ見られていません」

「この一連の行動そのものが、既に覚醒を済ませているシグナル……ということはないのかね。碇君」

「計りかねます。そうであるとすれば、それこそ我々人類には知り得ぬ事態ですから」

 

碇は弁明を図るが、議員達の厳しい表情が揺らぐことはなかった。

彼らはその貌のままそこに続いてと順に碇を問いただしていくが、

 

「……諸君、無用な詮索はやめよ。時は無限ではない」

 

それを見かねてか、この影たちの長、キールが静かに声を上げた。それと同時に、各々の影は再び静まり返った。

 

「ご理解いただけて幸いです、キール議長。まず第九の使徒までに関しては、前回確認した通りです」

「ガギエル、サキエル、シャムシエル、ラミエル、アンノウン、イスラフェル、サハクィエル。そして、レリエルに、バルディエル。そして、アラエル、ゼルエル、アルミサエル」

「残された使徒はあと僅かのはず」

「……本当に計画通りに事が進んでいるのならば、な」

「我々ネルフは計画通りに事を運んでいます。あるとすれば、それは使徒自身が策を変えたということ。即ち我々には如何ともしがたい事態です」

「まあ、よい。すべては計画が実行されさえすれば詮無き事だ」

「度々のご理解、恐縮致します」

「だが分かっているな。君が新たな計画を作る必要はない」

「分かっております。全ては……ゼーレのシナリオ通りに」

 

碇のその一言と共に、老人達は消滅した。

 

老人たちが消えた後の部屋には、また別の老人、冬月の姿があった。

 

「我々の計画も進行しているだけあって、流石に彼らの疑惑も少し強まっているようだな」

「問題ない。幾ら彼らが疑惑を強めたところで彼らにはどうすることも出来んよ」

「だが……」

「以前であればここで多少は安全牌を切るところだろうが、今は違う。冬月、それが分かっていてもなお心配か?」

「……その強気がお前自身の過信でないことを祈っているよ」

 

冬月が碇の自信ぶりにやれやれとばかりに肩を下ろしたところで、

 

『緊急事態発生。パターン青を確認。各員持ち場へ戻れ。繰り返す。緊急事態発生……』

 

非日常を告げるアナウンスが響き渡ってきた。

 

「お出ましのようだな」

「ああ」

「初号機はどうするつもりだ」

「……問題ない」

「またしてもいやに自信たっぷりだな。ダミープラグの計画はレイの有様からして頓挫しているんだぞ」

「フォースを乗せる」

「ただでさえマークされている真希波マリを、初号機にか? 委員会が何を言うやら……」

「委員会にとっては初号機もまたエヴァの一機に過ぎん。サードチルドレンの手によってたまたま功を得ているだけの、計画を完遂するための機械人形だとな。……冬月。少し頼む」

「初めから俺に丸投げか。そろそろ司令を名乗ってもいいか?」

 

----

 

「後十五分でそっちに着くわ。エヴァ零号機、弐号機は発進。そうね、初号機は碇司令の指示に。じゃ」

 

戦線から数キロ程離れた場所からでも、その様子はよく見える。

 

「使徒を肉眼で確認、か」

 

自前の青いルノーで本部へと急行しつつ、ミサトは気だるげに呟いた。

その目線の先では白く輪状になった使徒が、雲一つない青空の下で神々しく、人類にとっては忌々しく輝いている。街中を浮遊する使徒、最早緘口令などはなんの意味も持つまい。

 

そこから本部までは、凡そ十キロほどの距離であった。

人間からすればちょっとしたマラソンが出来る程の距離だが、使徒からすれば些細な距離である。

 

『弐号機、第8ゲートへ。出現位置決定次第、発進せよ』

『目標接近、強羅絶対防衛線を通過』

「今日のはそれなりに強そうね」

「それなりで済めばいいわね」

 

軽口を叩き合う二人の少女はそれぞれエヴァンゲリオン零号機、弐号機のパイロット。

その目線の先には、青空、ほぼ無傷の第三東京市、そして……迎え撃つ敵の姿があった。

 

それは第十六使徒、アルミサエルに酷似した姿であった。

かつての時のようにその身を発光させ、ぐるぐると周期的に空中を旋回している。その姿は、時折天使の輪を彷彿とさせる。

使徒はそのような輪状を維持しつつ、確実にジオフロント直上へ接近しつつあった。目標は言うまでもなく、ジオフロント地下に眠るリリスであるのだろう。

 

『綾波レイ。分かっているね? あの使徒は強敵だ』

「(大丈夫よ。それに……今回はセカンドだっているもの)」

『シンジ君の為だ、頼んだよ』

 

この時点において、ここ数回の使徒戦の例を鑑みて敵の戦闘力は未知数。

もしくは例え前史通りであったとしても、それはそれで大変な強敵であることを意味していた。しかし、せめて口でくらいその勝利を予告せねば、それ以外に勝利を語れる場はないかもしれない。それ程までに、目の前の敵は強い。前史での戦いの結果が何よりの証拠である。

 

「まだかしら、私の相手は」

 

綾波レイが黙々と戦いに備える一方、矢継ぎ早にコクピットへと入る使徒の情報を聞き流しながら、好敵手を求め笑みを浮かべるのは弐号機のパイロットたる式波アスカである。

はっきり言って、使徒の情報などよりも開戦の知らせの方が今の彼女にとっては福音となりえた。心なしか、この日は一段と気分が高揚していた。あたかもこの好敵手に巡り合うということを身体が予知していたかのように。

コクピットの中にいてもなお感じられる、使徒特有の禍々しい波動ともいえるものが彼女の第六感をビンビンと刺激していたのだろう。

 

「目標は、大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています。A.T.フィールドも健在」

 

使徒は暫く空中を漂うのみで、破壊活動などをする気配はなかった。

距離もまだそれなりにある。いわゆる、膠着状態。

 

その時緊張感がピークに達しつつある本部に、漸くミサトが走ってきた。それを見たリツコは、この状況下で遅れてくる女を視線で冷たく咎め、言葉で迎えた。

 

「何やってたの」

「言い訳はしないわ、状況は」

 

ミサトはその冷たい視線を流して、即座に思考を戦闘モードに切り替える。この時の彼女には、使徒を肉眼で確認したというだけで、使徒の特徴や戦闘力といったデータが何より必要だった。

 

「膠着状態が続いています」

 

状況報告の命を受け、まずはマコトが外見上の報告を、

 

「パターン青からオレンジへ、周期的に変化しています」

 

そしてシゲルが使徒内部の報告を、

 

「どういう事」

「MAGIは回答を保留しています」

 

そしてマヤがMAGIによる分析報告をそれぞれ行う。このように各々の仕事が綺麗に分担された、恐らく世界でもそう多くない優秀なチーム。そして、優秀なコンピュータであるMAGI。

しかしそれらを以ってしても、

 

「答えを導くには、データ不足ね」

 

使徒という生物はまるで解析出来ない。

 

「ただあの形が固定形態でない事は確かだわ」

「先に手は出せないか…」

 

更に人類にとって都合が悪いことに、使徒という生物は気まぐれである。そして、強い。いついかなる時も、人類を蹂躙する手段に事欠かないのである。

 

仮にそれを行わないとすれば、たまたまその瞬間において、その手段をとらないだけ。

戦略的な理由か、それとも、――例えば、破壊活動を終えた後など――取る必要すらない状況なのか。

使徒という生物がかなりの高精度で解析できていればそれも明らかになるのだろうが、生憎そうではないのが経った今のやり取りで実証済みだ。

 

しかし、それを行わない理由は分からなくても、行おうとするその瞬間が分かる者ならいる。

それも、

 

「いえ、来るわ」

 

直感という、まるで精度のない形で、である。

 

それはあまりにも不確かな情報なはず。しかし綾波レイはこの時、それが分かる者であった。

戦場に出ている者特有の勘。それは時として、一般的な科学常識程度であれば超えることもあるのだ。理論的ではないという反論もあろうが、理論を超えた直感。これはこの戦場において確かに存在していた。

 

「Gehen!」

 

そしていち早く飛び出した式波アスカもまた、それが分かる者の一人であった。

相手の動きを二手三手と読む、そして怖気づくことなく相手を叩くことが出来る。

これは相手が人であっても使徒であってもけしてぶれることのない、彼女特有の強みである。

 

その一方で使徒は、零号機の方へ向かってその細長い体躯を伸ばしてきた。それは前史におけるアルミサエルを彷彿とさせる動きであった。

前史通りであれば、此方のエヴァに物理的接触を行った後、侵食を試みるはず。そして今のパイロット二人はどちらもそれを知っている。

 

一通りの攻撃を避ける零号機と弐号機だったが、一方で兵装の一部は使徒に瞬く間に破壊されてしまった。

 

一見、不利に見えた状況。ただ、それでも一人、この状況を純粋に楽しむ者も居る。それもまた、式波アスカだった。

 

「ふん、鈍いわ」

 

ウネウネと襲い来る使徒の攻撃を瞬間的に回避する弐号機。

弐号機の身体は彼女の動きたいように舞い、使徒の身体をその両手を以ってとらえた。不利に見えた状況も、この瞬間に逆転した。

 

そして、その身体を握りしめる。

 

今回の戦い。前史と異なるのは、弐号機の存在。より正確に言えばそのパイロット、式波アスカ・ラングレーがその身に潜ませる圧倒的な戦闘力。

彼女の能力は先天的にも後天的にも人類の範疇で果たして説明がつくのだろうか。そう疑ってかかりたくなるほどの凶悪な力だった。あるいは、全人類、いや全生物の中でも最強。即ち、地上最強と言える圧倒的な力。

しかしそれがこの場において発揮されるのであれば、人類にとってそれ以上にない頼みの綱でもあった。

 

さらにさらに、この闘いで仮に彼女が戦闘不能となってしまったとしても弐号機さえ動けば、これまた未知数の能力を持つ真希波マリ・イラストリアスが後続に潜む。

彼女はこの世で数少ない今のアスカに比肩しうる一人である。

前史では零号機しかまともな戦力がなかったので、仮に相手があのアルミサエルであっても自爆なしでも勝つ可能性は充分にある。

 

その期待に沿うように、使徒の身体が上下からくるその圧力で悲鳴を上げ始める。

ATフィールドが辛うじて働いているが、それ以上の出力で潰されようとしている。

 

初めはATフィールドの干渉音にとどまっていたのが、次第に物体が引きちぎられるとき特有の音が響きはじめる。

最初はただ握られただけだと高を括っていたのだろうか、初めは握られた部分に何ら抵抗を示さなかった使徒だが、こうも破壊が進むと事情は違う。さも慌てたかのようにATフィールドを掌握されている部分に展開しようとする……が、

 

「遅い」

 

それによって妨げられる前に、プラグ内においてなお分かる程の音量の鈍い音と共にその体の一部が完全に押しつぶされた。蛇のように長い体躯をだらりとさせ、まるで動かなくなる使徒。

 

「どうかしら、ファースト。戦いは常に無駄なく強く、よ」

 

動かなくなった使徒を、そのまま地へと叩き付けてやる。その衝撃で、潰された部分から使徒は二つに分断されてしまった。

大通りに打ち付けられた使徒の体躯は乗り捨てられた車両などを破壊し、その衝撃で更に傷を増していった。

 

 

非常に呆気なく、勝った。

 

 

……その瞬間は誰もがそう思ったことだろう。だが使徒は人々が思っているほど脆弱なものではなかった。

 

「まだ、動いてるわよ」

「へえ?」

 

レイの言う通り、まだパターン青の消失は確認されていなかった。それを裏付けるかのように、使徒は再び動き出す。

初めはピクピク、と痙攣していた。例えば殺されてすぐの生物が、直前まで動いていた筋肉の動きが止まることなく、それが震えとして現れる……そんなように。

だが、それから更に少しすると、何事もなかったかのように使徒はそのまま再び活動を開始した。二つに分裂した状態、そのままで。

それはまるでイスラフェルのような特徴であったが、今回はイスラフェルとは異なり、純粋に分裂したという様相だった。

しかしそれを聞いたアスカは戦くどころかむしろ歓喜する。自分を昂らせる存在がまだまだ戦えることに。

 

『ぬゎんてインチキ!』

『いつぞやの使徒にソックリね。体型的にもプラナリアあたりを模したのかしら』

『感心している場合じゃないでしょ……アスカ! レイ! 一対一で対応して』

 

二つに分裂した使徒に対峙する二機。

弐号機は元々のスペックの高さもあり依然として圧倒的な立ち回りを見せているものの、零号機は途端に少し厳しい戦いを強いられ始めていた。

何分厄介なのは、スピードなどの基本的な能力は全く変わらないというところであった。分裂しただけ全長がちょっと短くなったようではあったが、襲撃スピード、そしてその威力にはなんら影響がなかった。

 

であれば、レイには少し荷が重い。しかしリリスの力を解放する訳にもいかない。

 

「へぇ、分裂も出来るのね。面白いじゃない。ファースト、キツいならあたしに二体とも任せなさい」

「まだ行けるわ」

「そう。足手まといにはならないでよね?」

 

急変する戦況の中でも変わらずに軽口を叩き合う二人の少女は、再び目の前の敵へと斬りかかった。

 

---

 

一方、戦闘から数時間前のことである。

 

緊急避難に励む住民の流れを一人逆らい、歩みを進める少年。それが碇シンジであった。

 

「おいっ、逃げ遅れるぞ!」

「そっちは逆だぞ!」

 

時折このように、呼びかけてくる人々もいた。けれどシンジはその全てを黙殺し、逆側に歩みを進めていたのだ。

その方向に何があるのかはシンジ自身よくわかっていない。

 

この時の意識はふわふわとしていた。眠いような、そうでないような、ただ不思議と欠伸は出てこない。

 

もうすぐ使徒がやってくる。下手をすれば、あと数時間もしないうちに人類は滅亡する。

自分が行けば、滅亡しない確率はそれなりに上昇するかもしれない。

 

と、あれば。行くのが筋か。

 

しかし、シンジは無力感を覚えてもいた。

 

客観的に判断すれば、けして彼は無力ではない。

それどころかネルフの戦力としては総合的な観点からして―――レイは言うまでもないとして、アスカは強いが命令に背きかねない、マリに至ってはその場にいないことも多々――ということで、ほぼトップと言っても過言ではなかった。

 

だがそれでも、シンジは無力を覚えていた。

 

頭ではわかっている。所詮はこの思いが使徒によるまやかしに過ぎないことを。しかし、心がこれを赦さないのだ。

起こる出来事を知っていてもなお防げなかった幾つかの不幸。未来を知っていてなお自分が変わってなどいないという指摘。

 

何時までも気に病んでいることではないということに気付かないのもまた、成長なき証ということか?

 

シンジの歩むその道は今のところ少なくともネルフとは北西に八十度ほどずれた位置を進んでいた。

なので、彼はけしてネルフに向かっているという訳でもなかった。

 

ともすれば、これもきっと恐らくは運命の悪戯という奴なのだろう。

もう既にどれ程進んだだろうか。気付けばビルよりも山が目立つようになり、人も殆どいなくなったところで、

 

「シンジ君じゃない」

「マナ。どうしてこんなところに」

「それはこっちの台詞よ。何しているの、こんなところで」

「……僕はもう、誰も助けられないから」

「……」

 

霧島マナに遭遇することも。

 

マナはシンジの様子を見て、少し考える素振りを見せた。だがすぐにいつもの柔らかな表情に戻ると、シンジの手を引いた。

 

「ちょっと、散歩しよっか」

「え?」

「散歩よ。これだけ離れた場所なら、すぐに危険にはならない筈よ」

「あ……うん」

 

マナにそう言われてみると、確かに距離はともかくとして、ここは使徒の先ほどまでの進路上であった。

サードインパクトが起きたりすれば話は別だが、わざわざここまで使徒が戻ってくる、ということはすぐには起こりにくいだろう。

 

マナとシンジは、暫くの間空っぽの道を歩いた。時折遠方から戦闘に伴う爆音も聞こえてくるが、非日常に慣れているシンジは勿論、どういう訳かマナも然程気にしている風には見えない。

 

「一度やってみたかったんだ、戦場デート」

「何それ?」

「戦場……といってもそこから少し離れた場所でだけどね、こうして一緒に散歩したり、開いてる店で買い物したりするのよ」

「へえ、そんなものがあるんだ」

「うん。戦場がすぐそばにある以上危険なのは変わりないけど、リスキーな分吊り橋効果よりも効果は大きいのよ。どう、ドキドキする?」

「それ程でもないかな」

「私は結構してるんだけどな。確かめてみる?」

「い、いいよ。マナって刹那的なんだね」

「それ程でもないよ」

 

二人の雰囲気は然程普段と変わらなかった。マナがおどけてみせて、シンジが苦笑いでそれを流す。けど、たまに悪ノリもしたりして。

普段より何十倍も命の危機にさらされているにもかかわらず、二人の様子はその辺りで見かけられるカップルと相違ない。

 

けれど、それも長くは続かない。

 

暫く歩くうちに二人は、驚嘆すべき瞬間を目の当たりにした。

 

それは前史でも異常なまでの硬度を誇っていたほどの使徒がいともたやすく、弐号機の手によって両断された瞬間である。

握られている間は抵抗すべく暴れまわっていた使徒も、その瞬間電流が走り回ったかのように動きを止めてしまう。

 

「やったの?」

「……」

「シンジ?」

 

マナの声色が一瞬安堵の物に代わるが、シンジの目は鋭いままだった。それを見て、この戦いがこうも容易く終わるものではないことをマナは本能的に察した。

それとほぼ同じタイミングで、使徒が活動を再開するまでもをその目で見届けることとなった。

 

「まだやられない、ってわかったの?」

「ううん。ただ、油断出来ない相手なのは間違いないからね」

「そう。……一筋縄では、いかないのね」

「でも、赤いエヴァのパイロットは、とても強いから。きっと大丈夫」

「シンジよりも?」

「多分ね」

「その人を知らないから何とも言えないけど、私はシンジのほうが強いと思うな」

「マナは僕を買いすぎだよ」

「そうかな、まだやられないのを見抜いていた貴方なら、動きが止まっていた今さっきにとどめを刺していたはず」

 

二人の様子もまた驚くほど落ち着いていた。

幾らここが前線でないとはいえ、零号機が前史のように自爆してしまえばここもただでは済まない。特にシンジはそれが分かっているはずなのだが、それでも二人は落ち着いていた。

 

ところで、戦況はいつまでも膠着状態ではなかった。分裂した使徒は、分裂前と全く同じ動きを二体同時に仕掛けてくるのだから。

 

弐号機はそれでも善戦するが、零号機は少し怪しくなっている。

当然ながらこれほどの状況ともなると、弐号機もいつまで持つか保証出来るものではない。

 

「……」

「マナ?」

 

じっと戦いを見つめていたマナが、ゆっくりとシンジに向き合う。

戦いに見入っていたために突然に現れたように見え、少し驚いてしまう。

 

劣勢になりつつある闘い。それを見てか、その目は意を決していた色をしていた。

 

「シンジ。本当に、……本当に、乗りたくないだけ、じゃないのね」

「その、筈だよ。僕は確かに乗れなくなった」

「そっか。もし……少しでも、心当たりがあるなら……今からでも、行った方がいいと思って」

 

マナの目は、シンジの方を真っ直ぐと見据えている。

 

「そうだね、でも」

「でも、何?」

「マナ……」

「ごめんね。強要できることじゃないのは分かってる。これがシンジにとって決して簡単な選択肢じゃないってのも、シンジの様子を見ていたら分かるわよ」

 

マナがゆっくりと語る間にも、兵装ビルは次々と破壊され続ける。エヴァ二機の攻撃も、ATフィールドによって阻まれつつある。

下手に動くと挟撃が待っている。それが自然と二機の動きをがんらがじめにしているのだ。

 

「それに、私としてはこのまま世界の終わりをシンジと……大切な人と一緒に見届けられるのも、それはそれで一つの在り方だと思ってるの」

「……」

 

世界の終わり、という一言にシンジは目を丸めた。

 

幾らなんでもあの弐号機がいるのだから、そのまま終わるということはないように思う。しかしマナのその言葉には、何か確信めいたものを感じられる。

 

人類がここで使徒に敗北し、世界が、終わる。

 

ここまで想定以上にとんとん拍子で進んでいたこともあり、思い至ることすらなかったその一言。

 

 

世界が、終わる。

 

前史では、そんな自覚はなく。そして今は、どこか潜んでいた慢心によって現実味がなく、結局としてその重みを感じることのなかった言葉。しかし言われてみればその通りである。

 

幾度となく聞こえてくるある程度の距離があってもなお声を阻む強烈な音。それでもマナは何度でもその言葉を言い直した。

 

「でもね、シンジがそれでいいと思っているのかは私には分からない。このままでいいと思うならそうすればいいと思う」

 

もし、本当に世界が終わってしまうならば。

 

このままでいい訳が、ない。

 

 

ふと気づくと右手に感じる、しっとりとした暖かさ。

 

「でも、もし後悔が……そうでなくても、心当たりが少しでもあるようなら……」

 

マナの左手は、いつの間にかシンジの右手をとっていた。

 

「私は例え嫌われてでもネルフに連れていく」

 

いつも通りに見える彼女の決心は、覚悟は、大変に強固だった。

それは、繋がった手から確かに伝わってくる。身体に、冷え切った心に、確かに伝わってくる。

 

 

その時シンジは、不敵に笑った。

 

『誰も君に強要はしない。自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか』

『ま、後悔のないようにな』

 

まさか。まさか、自分に一筋の光を差そうとする言葉が、全く同じようなタイミングで、同じような言葉だったとは。

もしや、これも全て予定調和のうちだったというのか。

なんて皮肉なことなのだろうか。全ては予定調和だった。

 

この瞬間の為に用意された、世界の運命。

 

けれど、それなら。それならなおのこと、今ここで立ち上がらないわけにはいかないではないか。

エヴァは心で動くのだ。だったら……だったら今からでも、動かせるかもしれない。

 

シンジはこの時、初めて真に立ち直った。

 

使徒の攻撃やそれに伴い度重なる不安。その全てが茨となり薔薇となり、それをはぐくむ土となり水となり陽光となり、ついには闇となりシンジの心を塞いでいた。

だがその塞がりかけた心に少女の心からの行動によって一転、光が注がれ始めたのだ。

 

「シンジ?」

「マナ。……ありがとう」

 

シンジはマナの手を優しく解くと、一直線へ走り出した。

 

その両脚が目指すはネルフ。

 

辿り着けるか辿り着けないかではない。

辿り着いてみせるのだ。

 

ネルフへと、そして自分が元々目指していたはずの未来へと。

 

「やっぱり、そういう人か。私の見る目に間違いはなかったということね」

 

目の前にある、消えかけた一筋の光を追いかけた想い人。

その背中を見届けたマナの足は、ふらりと後を追うように歩みだした。

 

----

 

「そう、そうよ……もっと、もっと私を楽しませなさい……!」

 

使徒が二体に分かれたのちも弐号機の猛襲はまるで衰える気配を見せない。

それどころか弐号機は歓喜ともとれる雄叫びをあげ、数の差を感じさせない迅速な動きで動いている。

 

一方の零号機は近接戦闘は弐号機に任せ、後方からの射撃で弐号機を支援している。

一見して非常に有利な状況が展開されてこそいたが、同時にまったく倒されない使徒に発令所の一同は不気味さを感じ始めていた。

 

「戦況は一見して圧倒的。弐号機、零号機共に損傷はほぼなし。だけど……何故あの使徒は倒れないの?」

 

ミサトの口走ったその一言は、本部の雰囲気を次第に不安の一色に染め始めた。それに一瞬遅れて気付いたミサトは自分の呟きを悔やむことにになる。

 

だが、たとえミサトがここで呟いていなかったとしても、恐らく誰もがやがてこの状態の違和感に気づくはずである。

 

そう、異常。それがこの状況を形容できる二文字である。

 

そしてそれは、戦線に立つ彼女たちが気付かぬはずもなく。

 

「(おかしいわ。前の時より明らかに耐久力があがっている)」

『妙だな……動きはそのままだというのに。何故だ?』

 

レイもまた不審に思っていた。何故あの弐号機が最早破壊ともいえる猛攻を続けているにもかかわらず、使徒は殲滅されないのか?

そしてそれはアスカも例外ではなかった……尤も彼女の場合、増えるだけで単調な戦闘に飽きを感じ始めていたというのもあったが。

 

そして、

 

「おかしい……使徒のダメージ量が明らかに変動していません」

 

マコトのその報告がパイロットたちの疑念を確信へと変えた。

この場合のダメージ量とは、使徒が実際に負っているダメージというよりも単純な見た目の損傷率に過ぎず、本当にそのダメージを使徒が負っているかは定かでない。

だが、見た目にすら変化が表れていないということ自体は、殆どの攻撃が効いていない証拠になる。

 

「通りで埒が明かないわけねぇ。……ファースト。聞こえる?」

「何、セカンド」

「少しだけ時間を作りなさい」

「なぜ」

「いいから!」

 

金属のぶつかり合いのような音が響くと共に、弐号機は一度後退した。

弐号機を追いかける使徒は突然の後退に対応できず正面衝突した。それが音の正体だった。

レイは少し釈然としないところもあったが、その隙を逃さない。使徒の集う地点に射撃を集中させ、弐号機への襲撃を阻む。

 

「アスカ。何をする気?」

「……心配しなさんな、ミサト。この戦い、終わらせるだけよ」

 

アスカの一声と共に、弐号機の背中から煙が立ち込める。

たちまち筋繊維は膨れ上がり、普段は紅い装甲の下に眠っている赤黒い素体が見え始める。

 

その時、分裂したうちの一体が零号機の集中射撃の魔の手をついに逃れ、動きを止めていた弐号機の方に差し迫る。

が、それは強力なATフィールドによっていとも簡単にはじき返されてしまった。

 

その様子をみて、

 

「……何故、そのコードを?」

 

驚愕の声を上げたのはリツコだ。

 

弐号機に乗っているのがマリならば、技術部兼任である以上はこのコードを何らかの拍子で知った可能性は無きにしも非ずだが、アスカがこれを知っているのは本来はありえない。

 

あるいは、マリがそのコードを伝えた?

 

可能性自体は、多分にある。だがこのコードは、本来であれば門外不出。

 

しかし、そのありえない事象が今確かに起きている。であれば、それは現実として受け止めるしかないのである。

 

弐号機に、翼が生じる。その超常現象に、見る者すべてが言葉を失った。

赤黒い体躯、鋭利な角、橙赤色の光によって構成された翼。その姿はまさしく悪魔のようだった。

 

本部にて、その様子を見て息を飲む一同。

 

冷静に考えてみれば「あの」アスカだ。

 

普通の少女であればこの疑問も浮かびうるだろうが、そこにいるのは言ってしまえば得体のしれない少女の皮を被った何かといってもいい。

 

誰もがそれを口にしないだけ。暗黙の了解ともいえるその事実。

 

であれば、如何なる機密を知っていてもそれ自体は何らおかしくはないのではないだろうか。

そうとまで考えて、リツコは少しだけ平静を取り戻した。

 

「……死に至る可能性すらも厭わないとはね」

「死に……?」

「その名の通り、敵対した者をその圧倒的な力を以ってして確実に殲滅しうるコード。

けれど、その代償はパイロットの命といっても過言ではない。本来はSSS級、司令、副司令、もしくは私しか知らない最重要機密コードよ。パイロットが知り得ることは想定外だった」

「じゃあ、アスカはこれが終わったら……?」

「どうかしらね。この状況下で無事という、「いつもの」オカルトを見せてくれるんじゃないかしら」

「そんな呑気な……」

「ここまでオカルト続きですもの。それに、使徒だってこれまでの個体より遥かに強い……人類では、届かないのではないかと思うほどに。であれば私たちに出来るのは、子供たちを信じることくらいのものだわ」

 

リツコがそこまで言ったタイミングで、弐号機「だったもの」が、「悪魔」に変質しようとするその瞬間を再び注視し始めた。

 

「聞こえてるわよ、ミサト。私が勝機のないことをやるとでも思ってるワケ? 私の策を信じなさい」

「アスカ……貴女」

 

咆哮をあげる弐号機。いよいよ戦意のボルテージが、最高潮まで上り詰める。

その間も使徒は弐号機への接触を試みるが、その全ては強大なATフィールドによって弾かれていた。

彼女を止められる者は、もはやどこにも存在してはいなかった。

 

そして、その一方で。

 

「……?」

 

その時、異変に最も早く気付いたのはレイだった。

弐号機が変異し続けるのと同時に、弐号機に潜むエネルギーが急速に変質していることが、使徒たるその身体では確かに感じ取れたのだ。

 

いや、厳密に言えば違った。

 

普段は弐号機から感じ取れることのない気配。いや、普段どころか、原理的には起こり得ないはずの気配。

 

それが変質しつつあるエネルギーの正体であった。

 

そしてそれは、カヲルもほぼ同時に感じ取ったことだった。

 

『何だ? あのエネルギーは』

「あれは…………まさか」

『! そうか。セカンドのあの力も、これが原因だったとすれば全ては説明がつく』

 

レイのただならぬ様子に自分の感覚の正しさを改めて再確認するとともに、カヲルの頭脳は一つの答えに辿り着いた。

そしてそれは、レイも全く同時であった。

 

「…………ダメ、それ以上はいけないわ。弐号機パイロット、それを止めて」

「あんた馬鹿ぁ? あいつは私が、この手で倒す。そう、倒すのよ……」

 

それ以降、ついに弐号機との通信は切断されてしまう。

そしてアスカ自身は、その変質したエネルギーに気付くことはなかった。

 

「……駄目!」

 

レイのその叫びは零号機のエントリープラグ内をむなしくこだまするだけであった。既に通信が断絶された弐号機のエントリープラグ内で一人笑みを浮かべるアスカへと届くことはなかった。

 

変質し続ける弐号機に対しても、恐れるという感情を知らぬ使徒は攻撃を試みる。

 

使徒の攻撃が届くかどうかのタイミングと、

 

「Komm, Verzweiflung」

 

アスカがそう呟くとともに、弐号機が先ほどとは比べ物にならないほどの凄まじい咆哮を上げるタイミングはほぼ同時。

 

その時凄まじいエネルギー量が、光となり音となり、そして爆風となり戦場を覆った。

 

その光は、暫くの間留まる気配がなかった。零号機、及びネルフ本部のモニターが再生できる最大の光量を維持し続け、それでもなお足りない程の凄まじいものであった。

 

 

本部は固唾を飲んで見守るのみであった中、レイとカヲルは冷静にこの状況を見ていた。

 

二人はこの状況を、完全に把握できていた。

尤も、把握できていたからと言ってこれといった対処方法がないのもまた事実ではあったが。

 

「遅かったわね……」

『どういう経緯かは知らないが、彼女はその身の内に孕んでいたというわけか』

 

やがて光が晴れるとともに、爆心部に佇むは影二つ。いずれも人型をしていた。

 

まず確認できたのは、無傷のまま、しかし変質前の姿でゆっくりと倒れ込む弐号機の姿。見慣れた装甲とあり、その正体を看破するのは簡単だった。

 

そして、もう一つ。レイも、ここにはいないシンジもかつて目にしたことのある姿。

 

かつて人類を滅亡の危機へと陥らせた、最強の天使。

 

『……力の天使の因子を、ね』

 

 

第十四使徒、ゼルエル。

 

そのものの、姿があった。

 

 

----

 

マナと分かれたのちのシンジは、どれ程の距離を走り抜けただろうか。

 

爆音に次ぐ爆音の音量は戦地に近づけば近づくほど大きくなっていく。時折飛んでくる砂埃が煩わしいことこの上なかった。

幸いにしてシンジが目指していたネルフへの入り口は戦場とは真逆の方であり、入るのは難しくなかった。

 

一度入ってしまえば後はエレベーターで格納庫まで真っ先に急行できる。

ネルフのエレベーターは他のビルなどに設置されているエレベーターよりひときわ早い最新鋭のものでこそあったが、それでも一秒一秒が惜しく、もどかしかった。

 

目的のフロアに辿り着くや否や入り口を飛び出し、格納庫へと急行した。そこには、前史でのサキエルやゼルエルの時同様、ゲンドウの姿があった。

 

「乗せてください!」

 

走り抜け、息も絶え絶えになりながら精一杯の声を張り上げる。その声は確かにゲンドウに聞こえたようで、ゲンドウはシンジの方を振り向いた。

ただし、ゲンドウの表情は変わることはない。あたかもシンジがこうしてやってくることが予定調和であったかのように、落ち着きを見せている。

 

「……シンジか。エヴァに乗れぬ者に用はない、帰れ」

 

やってきたシンジに対する応答も、普段通り淡々としたものだ。それこそが碇ゲンドウという人物たる所以である。そこに大きな自信があるからこそ、このような態度なのだ。

 

シンジの表情は、前史のあの時を彷彿とさせた。ゼルエルの猛攻をわき目にジオフロントを走り抜け、一度は決別したゲンドウに対して再び向かったあの時。

 

「何故なら僕は……僕は、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジだからです」

「……」

 

自信はここにきて確信となる。

 

「乗るなら早くしろ。出撃の準備だ」

 

思うがままに動いた息子を見て、ゲンドウは内心でほくそ笑んだ。

 

----

 

使徒はゼルエルのほかにも、アルミサエルの片鱗もまだ残していた。かつてマトリエルとサハクィエルが融合したように、である。

その証拠にまず、かつて黒かった部分は頭部の一部を除いてアルミサエルを彷彿とさせる白を基調としていた。その他、ゼルエル特有のゆったりとした動きはそのままであったが、腕部から伸びるのはかたやカッター状の腕、かたやアルミサエルの体躯。それを交互に、あるいは同時に発現させていた。

 

『弐号機パイロットの異常なまでの闘争心が、ついにゼルエルの力を解放するトリガーとなったのか』

「(分析は後よ……戦いに集中して)」

 

しかし弐号機が動かなくなった今、戦闘力の差は歴然たるものがあった。レイの奮闘もむなしく零号機は追い詰められていく。

レーザーを避ける先には、触手が飛んでくる。触手を避ける先には、レーザーが飛んでくる。防戦一方とはまさに今の状況を示しているのだろう。

そしてついには腕部から顕在したアルミサエルの部分が零号機を貫き、前史同様に零号機への侵食を始めた。

 

「目標、零号機と物理的接触!」

「零号機のA.T.フィールドは?」

「展開中、しかし、使徒に侵蝕されています!」

「使徒が一次的接触を試みている……とでもいうの?」

「危険です!零号機の生体部品が侵されていきます!」

 

結局戦況は前史と同じになってしまった。となれば、残される道は敗北しかない。

一方で、

 

「初号機起動完了。シンクロ率、42.1%。起動指数到達しました」

「普段より低いけど……でも、なりふり構っていられないわね。初号機にレイの救出と援護をさせて」

 

初号機の準備も整いつつあった。

復帰したてだからか大分シンクロ率は落ちていたが、ある程度戦うだけならばどうにか支障はない。

しかし状況は初号機の準備を進める間にも悪化しており、

 

「目標、さらに侵蝕!」

「危険ね、すでに5%以上が生体融合されているわ」

 

既に機能を停止した弐号機はよそに、使徒はアルミサエル状の腕によって零号機への侵食を続けていた。

 

しかし前回とは異なるのが、使徒が精神へ入ってくる気配はないということである。力の使徒の因子の原因なのかは定かではないが、使徒は人類との接触というより、今はただ人に対する攻撃のみを旨としているように思えた。この侵蝕もあるいは単に力を求めての行動のように思えた。

 

だが精神への侵蝕をしてこようとこまいと、この現状が非常に危険な状態であることは言うまでもなかった。

このままでは間違いなく人類は敗北、サードインパクトも免れないだろう。

 

この状況に対し苦肉の策でこそあったが、レイは一つの決断を下した。

 

「(このままでは全滅ね……ねえ、渚君)」

『なんだい』

「(碇君は、どっちが嫌かしら?)」

『分からないけど、比較対象によるんじゃないかな』

「(そうね……今比較しているのは、私一人と、世界全てなのだけど)」

『それはやらないと決めていただろう』

「(そうね。けど、このままでは、いずれにせよ私は死ぬ運命。だったら)」

『……レイ君』

 

徐々に使徒に侵食されながらも、息絶え絶えになりながらも、言葉を紡いでいくレイ。

 

レイの考えるそれは本来、最終手段として用意されたものである。

 

『止める気はないんだね』

「(ええ……碇君に伝えておいて。人の心を、有難う、と)」

『人の心を……』

「ええ……こんな時に漸く、自覚したわ。本を読み続けていたのはこの時の為だったのね」

『なるほど、君は確かに人の心を手にしたようだ。使徒である僕にはまるでその思考が分からない』

 

己の命と引き換えに、世界を救う可能性を秘めたそのトリガーとなるスイッチが今引かれた。

皮肉なことに、それから僅かに遅れたタイミングで、初号機が射出されてくるのが視界に入る。

 

「(ほら。碇君が丁度やってきたわ。行って渚君。このまま私と共にいては貴方も消えてしまうかも)」

『こんな時になってようやくまともな呼ばれ方をされるとは』

「(早く愛しの碇君のところに行きなさい……このホモ)」

『やれやれ。最期まで憎まれ口を叩かれるとは。君はいつまでも君らしいね。少しだけ好意を抱いたよ』

「(……最期まで気持ち悪いとは。貴方もいつまでも貴方らしいようね)」

 

零号機が使徒の身体から伸びている触手を少しずつ、取り込んでゆく。それはまるで、前史においてアルミサエルが零号機の体内へと格納されていったように。

 

『リリスの力を解放すれば、助かるかもしれないよ』

「(いいえ、ダメよ。ここでリリスの力を解放しても怪しまれるのは碇君だもの)」

 

カヲルの提言も、レイの決心を揺るがせることはなかった。

結局これもまた仕組まれた運命だとでもいうのだろうか? だが、言葉でしか干渉できない以上、他に打つ手はなかった。

シンジが居れば、他の手を打ったのだろうか? いや恐らく、この状況であればシンジが居ても同じ選択を取ったのだろう。

 

『そうかい。……君の決心は分かった。さよならだね』

「(さよならなんて、悲しいことを言うものじゃないわ)」

『そう言われても、こういう時にどんな顔をして何を言えばいいのかな』

「(そう。私は知っているわよ、だって私はかしこいもの)」

『それでは、教えておくれ』

 

言われるや否や二コリ、と微笑むレイ。

 

「(こういう時は……笑えば、いいのよ)」

 

 

その微笑みはほんの一瞬。しかし、カヲルは確かにそれを記憶に焼き付けていた。

微笑みが、内側からの白い光によって照らされていき、

 

 

爆音に包まれるその瞬間を。

 

 

『覚えて、おくとしよう……』

 

 

----

 

静止もままならず、自爆した零号機。

 

もうもうと立ち込める煙は、莫大な犠牲と共にこの戦いの終わりを予見させた……

 

 

というのは、

 

 

「あや……なみ」

 

 

ひとびとの都合のよい妄想であった。

 

シンジの呟きは、虚空へと消える。絶望の色が、含まれていた。

 

そこには、全身が焼け落ちながらも確かにコアの輝きを保つ使徒の姿があった。

 

 

零号機の自爆をも耐え抜いた使徒は、その姿を更に異形なものに変えていた。

 

確かに、零号機の自爆は使徒をひとつ破壊させるに至ったようで、爆発の衝撃でアルミサエルの因子は殆ど消えてしまったようにみえた。アルミサエルの面影は腕部からもなくなり、元よりゼルエルも一部に有していた白い体色を除き殆ど残っていなかった。

代わりに容貌が第十四の使徒、ゼルエルのそれに限りなく近づきつつあった。焼け爛れた表面さえ元に戻ろうものなら、恐らくその姿は寸分違わずゼルエルであったのだろう。

 

恐らく彼の者は、ゼルエルとアルミサエル、何れも単純な戦闘において勝利することの適わなかった二体が融合した最強の使徒。アルミサエルの因子がなくなったとしても、そこにはまだゼルエルが存在する。

だが、首から下の姿はゼルエルとはまた別の姿であった。つい数日前まで目にしていた筈の……プラグスーツ姿を着たレイのような姿をしていたのだ。

 

シンジは暫し放心状態であった。

結局、前史通りにレイを死なせてしまった?

 

やがて爆煙が晴れ、使徒の姿がより鮮明に視認できるようになると……何かが腹の中で煮えくり返る感覚がしてくる。

初号機のシンクロ率もこの煮えたぎりに呼応するかのようにこの時確実に42.1%から上昇しつつあった。

 

使徒は、焼け落ちた第三新東京市の瓦礫とともに足元に転がる弐号機を無視して立ち上がると、己の力を確かめるようにビームを放った。

ビームを放たれた先にあったのは、二十近くにわたる装甲板。シンジ達の活躍によって無傷であり続けたジオフロントは、ついにその爪痕を使徒に残されることになった。それも地上の街々がほぼ全壊になった状態というおまけ付きである。

 

「二十もの装甲を、一撃で……!」

 

マコトの呟きには明らかな恐怖の色が伴っていた。

前史であればジオフロントには弐号機が待機していたが、今回は違う。

零号機は自爆、使徒の因子を奪われたアスカと弐号機は目に見える傷こそ少ないものの、アポカリプスモードの反動もあって完全に沈黙していた。

 

しかし、人類に一つだけ希望は残っていた。

 

「初号機、使徒の空けた侵入経路から使徒を追撃中!」

 

地上からジオフロントへとゆっくりと降下していく使徒を追いかけ、そして重力任せの自由落下と共に殴りかかる初号機である。見る間にシンクロ率を回復させ、その動きは以前までのそれとまるで褪色ないどころか、それ以上ですらあるように思われた。

突然の背後からの一撃に流石の使徒もまるで反応できず、そのままジオフロントの地面に叩き付けられた。

 

そのまま動けなくなる使徒と、そこにマウントポジションを掛ける初号機。形勢は圧倒的に初号機が有利であった。

 

「畜生……畜生!!」

 

シンジは使徒のコアに、感情をぶつけ続けていた。

 

その感情はどこに向かっているのか?

見た通りに、使徒に向かっているのか? 

綾波レイを死に至らしめた使徒に向かっているのか?

 

それもあるのかもしれないが、この時のシンジは死に至らしめる羽目になった、自分の弱さに何より怒りを覚えていた。

 

それとも、そもそもこれは怒りなのだろうか。怒りでないとすれば、何の衝動か。

 

その正体はともかくとして、シンジのこの湧き上がる感情は人類にとってこの状況を少しずつ好ましい戦況へと向かわせ始めていた。初めは傷一つ入ることのなかった頑丈なコアも、少しずつヒビが入る。

頭部を抑えつけられた使徒はビームを放つことすら許されず、初号機のなすがままのように見えた。

 

勝てる。その確信が、今のシンジを突き動かしていた。

 

そして……その確信は、実のところ百パーセントに近いレベルで本当のものであった。

レイの命と引き換えにアルミサエルの因子が取り払われた今、あるのはゼルエルの因子のみ。厄介な使徒であることには違いないが、今史のシンジと初号機であれば平常時であれば概ね完封に近い勝利が出来た筈である。

 

だが、その盤石に近いはずであった勝利。それは、揺れ動く感情によって盤石ではなくなってしまっていた――頭に血が上り切ったことで存在を完全に忘れられていたのか、使徒の両腕は未だ自由に動かせる状態である。

コアは既に崩壊寸前の状態であったが、それでもなお初号機の胴体をその腕部で包み込むと、そのまま投げ飛ばして思い切りジオフロントの向こう側へと叩き付けてみせた。

 

「ぐ……っ」

 

突然の強烈な衝撃がフィードバックされる。LCLが緩衝材となり叩きつけられた時の衝撃そのものは大分吸収されたが、それでも肺から大量の空気が吐き出される。たちまち全身が軋み、すぐに立ち上がることは困難であった。

 

相手が人であれば、あるいはここで勝負ありとみて手を止めたのかもしれない。しかし、相手は残念ながら人に限りなく近く、しかし人とは限りなくかけ離れた存在、使徒である。

 

そこに追い打ちを掛けるように口から強烈なビームを放つのも、やはり人ならざる者であるが所以であろう。

 

発令所から出てきた一同が見たのは、そのビームが初号機に直撃するまさしくその瞬間であった。

強烈な爆音と共に装甲は爆ぜ、焼き爛れる。奇しくも前史のように、そのコアは完全に露出した。

 

腕はだらりと下がり、装甲の輝きは失われる。起き上がる気配は既にどこにもなかった。

そのことを、裏付けるように、

 

「……機能中枢破損。戦闘不能」

 

マヤの口から、震える声と共にその絶望は明らかとなった。

 

もう間もなく人類が滅亡するという、シンプルかつ余りにも残酷な絶望、である。

 

 

だが、それだけならば……人智を超えたエヴァの力。客観的視点からすればここからでも勝てる可能性はゼロとはいえない。

 

真の絶望は、別に一つあった。

 

 

「パイロットの生体反応……ありません」

 

 

そう、最後の希望であるエヴァンゲリオンを操縦するパイロット……碇シンジすらも、人類の手から失われたという絶望である。

 

 

----

 

「……ん?」

 

シンジが次に気が付いたのは、真っ暗などこか空間の中だった。

 

そこは、かつて使徒にとらわれたマユミの居る空間にもよく似ていた。

どういう理屈なのか、歩こうと思えば歩けるし、飛ぼうと思えば飛べる。風はなく、暑くもなく寒くもない。そんな、不思議な空間であった。

 

「僕は……確か、使徒に挑んで、それから……」

 

それまでに起きていた出来事を回顧するその時であっても、他に物音はしない。強いて物音があるとすれば、シンジ自身の呼吸と心音くらいのものであろう。

 

「ここは、一体何処なんだろう」

 

至極全うな疑問を口にしてみるが、それに答える者は誰一人としていない。

 

あるいは夢を見ているのだろうか。

 

確か、前史でもサキエルにやられたとき似たような現象が起きた。完全に死ぬ、そう思った瞬間に初号機が暴走して、気付けばベッドの上。ただ、斜陽の差す電車内で子供の頃の姿をした自分と対話した、そんな夢を見た。

いや、あれ自体は夢ではないのかもしれない。しかしいずれにせよ、自分が危機に陥っていて、気付けば不思議な経験をしている「夢のようなもの」を見ていて、また気付けばベッドの上。

 

であれば、次に目覚めるときもまたベッドの上だろうか。今頃初号機は元の世界で暴走ないしは覚醒して、今の自分は何れまたベッドの上で目を覚ますことが出来る……?

 

だが、どうしてかその確信は出来なかった。

早く戻らねばならない、そんな予感が気持ちを焦らせていた。

 

しかし、どうやって戻るのか。そもそもここがどこなのか、これがわからない。

何もないという点でこそ一致するが、レリエルの展開した虚数空間とはまた違う場所のようである。あの場所はどことない明るさがあったが、ここにはまるで光一つないように思えた。

 

「とにかく早く、早く戻らないと……」

 

思わず口からすらはやる気持ちが零れてくるが、それに反して脱出の手がかりはまるで掴めない。

辺りを見渡してみるが、やはり何も……いや、一つだけ「何か」があった。

 

確かに一点の赤みを含んだ光が、かなり遠くではあるようだがそこに見えた。

 

その光をシンジが視認したその瞬間、その光はシンジの方に向かってきた。

近付いてきて分かったのが、どうも球状の物体であるということ。それは胸元まで自然とやってきて、そのまま動かなくなった。

 

「何これ?」

 

自分に向かってきた、りんご程の大きさの謎の玉、これは当然ながら初見の物体である。

強いていうなら、赤みがかった球状ということでどこか使徒のコアに似たような印象を受けないこともない。

 

手をかざしてみると、仄かな暖かみ……そして、妙な懐かしさを感じた。

何も手掛かりがない現状、これが唯一この世界における元の世界に戻るヒントであるのだろうか。

 

藁をもつかむ思いでそれに触れてみると、一瞬だけ暖かみが増した……そして、

 

 

プラグ内で、目を覚ました。

 

 

「! 戻った、のか」

 

一体何があったのかは分からない。ただ、突然に襲ってくるLCL特有の血生臭い匂いが元の世界に戻ってきたことを証明していた。

 

「……でも、駄目みたいだ」

 

シンジの言葉通り。プラグ内には、絶望が映し出されていた。

 

前史においてゼルエルにやられたときは、「残存電力が0である」ということを示す活動限界表示はまだ生きていた。

けれど今回は、いよいよそれも起動していなかった。

それはエネルギー切れなどではなく、初号機の機能自体が、完全に失われていることを意味していた。

 

「形はどうあれ、世界は終わる……というわけか」

 

シンジの目には、もう絶望はなかった。あるとすれば、失望か。

 

どうにか戻ってこられたはいいが、肝心のエヴァは最早動くことすらままならないようだった。

 

『それは違うよ』

 

そして突然聞こえてくる、第三者からの異論。思えばこの声も久々に聞いたかもしれない。

 

「カヲル君……か。今までどこへ?」

『レイ君のところだよ。今まで君が締め出していたんじゃないか』

「そうだったっけ?」

『そうさ。こうして君がエヴァ初号機に乗って……そして君が帰ってくる今まで、ずっとね』

「そっか、ごめん」

『今君がやることは……謝ることじゃないだろう?』

「カヲル君は、優しいね。こんな時でも僕を励ましてくれる」

『僕は望みのないことはしない主義だよ。それに……約束したじゃないか。君を助ける、と』

「……じゃあ、この状況をもひっくり返せてしまうというのかい? エヴァも動かせない今、この僕が?」

『ああ』

「カヲル君。悪いけど、僕を買い過ぎだよ」

『いやいや、そんなことはないさ。幸いなことに、この初号機は、ただの初号機じゃない』

「……」

『もう一度……もう一度、立ち上がってみないかい? レイ君の為にも』

「綾波は……関係ないんじゃないか」

『いや、関係あるよ。レイ君は、君の為にその命を以って使徒に大きなダメージを与えた』

「……!」

『彼女は無駄死にしたわけじゃない。君にこの世を託したのさ。あの使徒は確かに強いが、レイ君と引き換えに弱体化したと思われる。大体……使徒一体分くらいかな』

「そう……なの?」

『それでも君が諦めるなら、僕は止めはしない……けれど君は今度こそ、あの暗黒の世界から帰ってくることは出来なくなるよ』

「! カヲル君はあの世界を……知ってるの?」

『知っているも何も……ま、君がまたここで立ち上がるのなら関係ない話さ』

「そっか……」

 

カヲルの態度からして、けして自分を激励するためのその場任せの言葉に過ぎない訳ではないことは心で理解できた。

ただ……後もうひと押し。もうひと押しだけ欲しかった。だから、最後の一押しを友に求めた。そして、

 

「……これ以上、誰かが死ぬのは嫌だ。でも……出来るのかな、この僕に」

『君がそう願うなら、きっと出来るさ』

 

それを友は、答えてくれた。それによって、漸く心は決まった。

 

これ以上、逃げたくはなかった。逃げ出してしまえば、……世界は、終わる。

仮に終わらなかったとしても、これまでと変わらない、逃げ続ける自分を脱することは出来ない。

 

半開きだったシンジの目は、活力を取り戻した。

 

「分かった……僕は、君の言葉を信じる。行こう、初号機……母さん」

 

シンジは静かに、プラグ内で初号機……そして、中にいるであろう母に呼び掛けた。恐らく、今史では初めてのことだろう。

いや、恐らく前史を含めても初のことだ。

 

 

そして初号機は、それに鼓動で応えた。

 

 

シンジが呼びかけると同時に、熱いリズムを奏でる心音。

 

煌めきを取り戻す初号機の双眸。

 

 

それは、使徒が初号機に興味を失い、ビームを放ち地を穿つことでセントラルドグマに潜ろうとしたその時であった。

 

----

 

発令所内で、固唾を飲んで初号機と使徒の様子を見守る一同はその事実に驚嘆した。

 

「初号機、再起動」

「そんな、動ける筈がないのに……」

 

そう、前史のように電力不足ではない。

 

機能中枢がやられた、即ちたとえエネルギーがあったとしても物理的に動けるはずがない初号機が、今再び起き上がったのだ。

 

何故、立ち上がれたのだろうか。

 

あるいは、機能中枢がやられたかどうかの基準も所詮は人が勝手に決めたものに過ぎなかったのかもしれない。ゆっくりと立ち上がるエヴァ初号機自身がその証明である。

 

それだけではない。普段緑色に輝いているはずの装甲部分が、今は赤色に輝いていた。

内なる力の解放。それが普段とは違う輝きを見せているのだ。

 

「パイロットの生存を確認!」

「シンジ君が生きているの!?」

「間違いありません。パターン、サードチルドレンです」

 

突然立ち上がった初号機と共に確認された三番目の子供の無事は、その場にいた人々に一縷の希望の光を差し始めた。

 

だが、その希望以上に初号機の人智を超えた禍々しさが彼らの心を鷲掴みにしていた。

 

初号機はあたかもたった今目覚めたヒトのように、胸を張り両腕を背の後ろに伸ばす。それはまさに人が目覚めた時の「伸び」と同様のものであった。

そして欠伸をするかのように、赤く染まった口を開いた。

 

そう……その様子は、目覚めたヒトと全く同じ。初号機もまた「目覚めた」のだ。

 

「信じられません……シンクロ率、四百パーセントを超えています」

 

マヤの操るコンピュータでは、シンクロ率の他にも振り切れたグラフが多数映し出されていた。

通常の初号機であれば絶対にありえないパラメータである。即ち、この初号機が通常ではない、ということが人の目だけでなく機械によっても証明されることになった。

 

すでに倒したはずの初号機の復活に気が付いたのか、セントラルドグマに降下しようとしていた使徒は再び初号機のほうに首だけ捻ると、その口から非常に高出力なレーザーを放った。

エヴァの特殊装甲をも簡単に打ち破る筈のその青白いレーザー。しかし初号機が片腕で展開したATフィールドはそのレーザーを完全に凌ぎきってみせた。

 

それが気に入らなかったのか、今度は使徒が自分から初号機へ急接近する。

人間目線で見れば一キロ近い距離に及ぶ距離も、使徒ほどのサイズであればまるでアリの一歩の如き短距離であった。瞬く間に使徒は初号機の眼前に立ち塞がる……が、それ以上の接近、即ち初号機との接触はかなわなかった。

初号機との距離実に十メートルを切ったところで、初号機の展開する強靭なATフィールドによって侵入が阻まれたのだ。

 

赤色に染まったATフィールドは、その距離から繰り出される使徒のビームや、カッター状の腕による攻撃をすべて無力化していた。

 

まるで初号機には効果のないように見えたが、それでも使徒は己の行える限りの攻撃を続ける。これもまた使徒と人との差異なのかもしれない。全ての能力が攻撃に向かっている以上、効かない攻撃はすべて隙の様なものだ。人であれば己の攻撃が効かない以上は別の攻撃を試みるか、あるいは諦めて撤退を図るところであるが、使徒はまるでそうしようとはしない。例え命を失おうと、本能のままに突き進む。

 

一方の初号機は、結果的にそんな使徒とは対照的であった。

押している相手に対しては基本的に攻めてそのまま押し切るという戦法。初号機がそれを意図しているのかはさておき、それが実現しているのがこの戦況であった。

 

「ウォオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

この世の生物のそれを逸脱したエネルギーを秘めた咆哮とともに初号機がやってのけたのは、右手によるATフィールドの投擲。

その一閃は使徒のATフィールドを一瞬で血塗れのものとし、使徒自身はついさっき初号機が攻撃を受けた時のようにジオフロントの奥まで吹き飛ばされた。

それでもまだ余力があるのか、攻撃を受けた後に使徒はふらふらと起き上がると再びビームを照射する。その輝きは弱っている使徒本体とは裏腹に先ほどと遜色ない威力であったが、それでなお初号機のATフィールドを貫くには適わなかったようだ。ビームが反射された分だけそのエネルギーは大気を震わせ、初号機の周りの木々は瞬く間に灰燼と化していった。

 

「……決めたんだよ。今度こそ……今度こそ、逃げないでみせる、って……!!」

 

シンジのその決意を固める発言に呼応してか、今度は初号機がその目からビームを発射してみせた。

 

一口にビームとはいってもその威力は使徒とは比べ物にならない破壊力を有しており、使徒の多重展開されたATフィールドのすべてを簡単に貫いてしまう。そこでまたしても吹き飛ばされる。

 

「エヴァに、こんな力が……」

 

そんなミサトの呟きも、圧倒的戦況差に掻き消される。今度の攻撃は、ほぼ完全なトドメとなったのだ。

まだ目の輝きこそ失われてはいなかったが、大地を踏みしめ確実に距離を狭めてくる初号機に対し何らかの反抗を示す意思があるようには見えなかった。

 

瞬く間に使徒の元に辿り着いた初号機は、使徒の顔面を完全に叩き潰す。これにより、先ほどまで人類滅亡の危機をその体躯で実現しようとしていた使徒の眼光は永遠に失われることとなった。

 

しかしそれでも、使徒の命を奪うだけで初号機は止まらない。両腕をコア側面に突き刺すと、コアだけを綺麗に取り出してみせた。

そして、ひとくちでその全てを喰らいつくした。

 

「……S2機関を、自ら取り入れているというの? エヴァ初号機が」

 

リツコが呟いたその瞬間、初号機の頭上に円環が現れる。天使の円環を彷彿とさせるそれは、今の初号機が有している圧倒的な力を証明するかのように光り輝いていた。

不完全なS2機関を外部からの摂取という形で完全なものとしたエヴァのその目は、いよいよ白光を携えて爛々と輝き、赤から紫へと変色した強大なエネルギーがそこら中を満たし始めた。

 

 

ひとびとは、目の前の現象に息を呑む。もはやひとの手では止められないことは本能的に理解できた。

 

 

「S2機関を体内に取り込み、本来の力を解放していく。ああなったエヴァは、もう誰にも止めることは出来ない……」

 

リツコの声色には、驚嘆と絶望が入り混じっていた。

当然ながらその一声でこの現象が止まるということはない。初号機は発光を続けながら、再び雄たけびを上げた。

 

「これほどのドグマとの近さでは……起きかねないわね。エヴァ初号機による……セカンドインパクトを超えた、人類史上二度目の、そして最期ともいえる最悪の事態」

「まさか。十五年前と同じ……」

 

発令所において指揮を執り戦線をサポートしていたネルフスタッフたちの、そしてミサトの目は、光の中心で雄々しく叫ぶ初号機を見据えながらも、リツコの一言で実感を伴わぬ絶望を覚え始めていく。

 

「サード・インパクト。世界が……終わるのよ」

 

そのときの人々の思惑は、様々だった。

普段通りの世界が失われることにすら、喜びと悲しみ、そのどちらもが存在する。

 

けれど、誰が如何なる思惑を持っていたとしても、これだけは変わらない。

終焉が今まさに世界中へと広がろうとしているという事実だけは。決して変わらない。

だがそれでもなお誰もが、これを言ったリツコでさえ感情をあらわにしたりしないのは、これに現実味がないからである。

 

 

突如その身に突き付けられた滅亡、これを誰が納得できるだろうか?

 

 

丁度その時普段は司令室として扱われている場所では、三人の男がその様子を静観していた。

 

「始まったな」

「これは始まりにすぎん。全てはこれからだよ」

「しかし、初号機の早すぎる覚醒と解放……ゼーレが黙っちゃいませんよ」

「問題ない。現段階において、老人達の計画との相違点はないのだからな」

 

この三人は滅亡に対して肯定的であった。あるいは滅亡に対して肯定的というよりもむしろ、この事態によって起こり得る未来に対して肯定的とみるべきか。

即ち滅亡を望んでいるか、そもそも滅亡など起きないことを分かっているのか。

 

何れにせよ、こういう人類もいる。

 

一方でそこから少し離れた場所では、一人の少女が静かにその様子を見つめていた。

そこに絶望の色はなく、むしろ祝福するかのような微笑を浮かべながら。

 

「やれたのね、シンジ。私は、これでいいと思う。ほかの誰でもない、貴方の決めたことだもの」

 

彼女は己の命は勿論、それ以外のすべてが消え去る事態すら自らの想い人の意思と天秤にかけ、そしてその意志を尊重出来ていた。

 

こういう人類もいる。

 

そう、目の前のこの事象に対する反応は十人十色。或る人は何を想い、喜ぶのか。あるいは、悲しむのだろうか?

 

 

いずれにせよサードインパクトの炎は、最早人類の眼前へと迫りつつあった――。

 

 

----

 

 

そこは、本来人の立ち入ることのない暗黒の世界。

 

だが今は、赤い光が外から差し込んでいる。禍々しい終焉の光だ。

その光は、黒い巨人をあかあかと照らし出していた。

 

巨人の手には、巨大な槍。外の紅さに負けない、禍々しい赤色。

その巨人を携えるは、一人の少女。適格者でありながら、唯一この戦いに参加することのなかった者。

 

「やっぱり始まったか……まぁ、どの道世界が終わっちゃうかもしれないならこっちのほうがマシね」

 

巨人の目を介して外の状況を確認した少女は、にやりと笑みを浮かべる。

槍を持った腕をゆっくりと引く。外界を赤で染めようとする紫の巨人に狙いをつけて。

 

「せーの……やってやるにゃん!」

 

巨人の腕から解き放たれた槍は、目にもとまらぬ速さで初号機を穿った。

 

その瞬間、周辺の赤色は忽ち消え去る。その時間帯にあるべき月光が再びジオフロントを照らし始めていた。

 

少女と巨人によって突如守られた世界の均衡。

元より世界の崩壊を導きつつあることに実感のなかった多くの者は、その様子を唖然として見ているほかなかった。

 

「……止まった、の?」

「あれは……ロンギヌスの槍」

 

ミサトやリツコの記憶には、確かにインプットされているその大槍。

 

確かに強大すぎるほどの力を持っているという知識はあったが、まさかこの状態の初号機をも止めうるとは、それもまた予想外であるといった様子だった。

 

 

その一方で、

 

「悪いね、さすがにまだ世界に終わってほしくはなかったから。ちょっと痛かっただろうけど……まぁひと月あればなんとかなるでしょ」

 

黒い巨人の中で少女・真希波マリは一人、悪びれた様子もなくそう呟いた。




日「こんにちは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

パーパラッパッパパーラパッパー♪
パーパラッパッパパーラパッパー♪

日「……いつぶりの出勤だ?」
青「さあなあ……何もしないで遊んでいても金が入る日々。ここまで続くと最早罪悪感を感じるよ」
伊「ある意味理想的な生活のはずなんですが、不思議ですねぇ」
日「ま、働かざる者食うべからずという言葉は伊達じゃないってことだろ、ヒトとしての集合的な意識がそうさせているのさ」
青「やけに哲学的なことを言うな」
日「って冬月副指令が言ってた」
伊「ただの眼鏡君じゃないんだなってちょっと見直しかけましたが損しました」
日「なんだそりゃ」
青「お前の場合は普段が普段だからなぁ。とりあえずマヤちゃん、いつもの」
伊「はいはい、それじゃあ質問行きますよっと。

『どうしてここまで時間が掛かっているの?』ということですが」

日「……」
青「……」
伊「……」
日「まあ、一言でいえば」
青「怠慢だよな」
伊「ですねえ」
日「だって半年だぜ、半年。いやもっとか? 幾ら分量的には普段の二倍以上とはいえ」
青「これじゃあ先行きが怪しいってもんじゃないよな。折角使徒戦に関しては終盤に近付いてきてるし、全体的にもそろそろ大詰めなのに勿体ない」
伊「時系列的にはそろそろただのロボット大戦が終わって、哲学的内容になり始めるところですしね」
日「そこの詰めの部分で時間が掛かるならいざ知らず、ロボット大戦の時点でこの体たらくだしな」
青「あんまり期待はしない方がいいだろうな。一応ここからゴールラインまでの見通しはあるんだろうけど」
伊「時系列的には二十一話以降が分かっていないのでギリギリ無理は通せますけど、流石に限度ってものがありますよね」
日「シンとどっちが早いかなあ、あれも最近また動き出したんだろ?」
青「らしいけど……まあ流石に負けないんじゃね? もう終盤に突入しかけてるぞ?」
伊「逆に言うとどっちも終盤に突入しかけているという点では私たちが漸くスタートラインなんですけどね」
日「まさかとは思うが放映日と同時に終わるってことはないよな」
伊&青「「まっさかー」」
日「まさかな」
青「……」
伊「……」
日「……いや、なんで黙るの。幾らなんでもそれはないだろ」
伊「ないといいですね……それでは次。

『結局ここでの「使徒」と、前史の「使徒」って何が違うの』ということですが」

日「そういや新劇場版でもビジュアル的に明らかにサキエルやシャムシエル、ラミエルでも「第四~第六使徒」としか記載されてないよな」
青「まあサハクィエルあたりから見た目が全然違うしなー。もしかしてそのあたりでただのリメイクから方針転換したのかね?」
伊「確かにここで運命が変わった、みたいな暗転がちらちらありますからね」
日「まあそれはそれとして、単純に前史と全く同じサキエルやラミエル、あるいはゼルエルとかであることが断定できないから使徒、って呼称されているだけだろうぜ」
青「一応お偉いさんの認識としては前史と同じみたいだし、そう呼称しちゃってもいいとは思うんだけどね」
伊「何はともあれ今のところは特に意味はないという訳ですね。それでは本日最後の質問です。

『マナが出てきたけどムサシやケイタはいないの?』ということですが」

日「そういや見かけないな」
青「元々は戦略自衛隊の少年兵だしなぁ……出てこないならつまりあのロボットに乗ることもないわけじゃん? それに越したことはないと思うんだが」
伊「単純に男キャラだから出ないって可能性もありますよね」
日「まあこれ以上男キャラ増えてもむさ苦しいだけだしな」
青「うんうん。まあちょいと女の子の供給過多感はあるけど」
伊「大丈夫ですよ。どこぞの芸人が男は世の中に三十五億人いるって言ってましたけど、それなら裏を返せば女も同じくらいいるってことです。なら多少第三新東京に女の子が固まったところで」
日「まぁ本当のところ、多分存在はしているんだろうな。ただ出番がないってだけで」
青「マナちゃんも完全にシンジ君にゾッコンって感じだしなぁ。もしかしたらマナちゃんと出会ってすらないんじゃないか」
伊「女の子が多い分には私は構わないので」ツヤツヤ
日「マヤちゃんがそれでいいなら何も言うことはない」
伊「いやほら、人の恋路を邪魔する奴は某所一足の速い馬に蹴とばされるっていうじゃないですか。だからシンジ君とマナちゃんを邪魔する輩が現れるのはですね……」ブツブツ
日「マヤちゃんの妄執も今は忘れるとして」
青「突然現れた某所、これが分からない」
伊「ま、まあそろそろ時間ですし、葛城さんお願いします」ダッダッダダダダッ! コーン
伊「あっ音響さん、BGM間違えてますよー! それじゃあ改めて葛城さんお願いします」
葛「ほい、それじゃ行くわよー!

『前史同様に高シンクロ率の影響で初号機に溶け込んだ碇シンジ。使者の手引きによって彼のサルベージ作業は無事成功した』
『目覚めたシンジの前に現れたのは驚愕の二名。しかしそれを除けば平穏の日々が再び戻ってきたこととなる』
『そんなある日、実験中に異変が起きた。次回、「甘き日々よ、来たれ」』。
さぁ~て次回も?」

「「「「サービスサービスゥ!」」」


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第二十ニ話 甘き日々よ、来たれ

お待たせしました。ギリギリ年内なのでセーフ。超セーフ。

かなり急いでてチェックも甘いので一部誤字脱字等あるかもしれませんが、ご容赦ください。


使徒が第三新東京に残した傷跡は、これまでのものと一線を画していた。

 

それまではネルフのエヴァの活躍により大した被害もなく守られてきた第三新東京市。

ところが今回は、予想を大きく超えた使徒の実力によって壊滅的な被害を受けた。まるで大規模な空襲を受けたかのように家屋は焼け落ち、ビルからは鉄骨が剥き出しになっていた。

人々らがこれまで守り、継いできた住処、物品、そしてそれらによってもたらされる彼らの拠り所は、使徒によってその八割以上が破壊されたといってもいい。

 

だが不幸中の幸いとして、人々は生きていた。ネルフによって建てられた物理的なシェルターが彼らの命だけは守ったのだ。

 

既にモノはない。しかし人がいれば、新たに造りだせるモノはある。人々もそれを分かっていた。

目の前の惨状を見て、呆然とするもの。嗚咽を上げ泣くもの。一方で、ごく少数ながらほくそ笑むものもいる。

反応はやはり、人の数だけあることだろう。そしてそれだけに、新たな可能性もまた人の数だけあることになる。

第十三の使徒、彼が初号機に倒されてから一週間。この日も人々は明日を求めて勤しむ。

 

そして。そうして明日の日を夢見るのは一般人だけに限ったことではない。

 

 

「……生きてる?」

 

 

惣流アスカがネルフ内の病室で目覚めたのは、あの戦いから二日後のことだった。

 

あの使徒に、勇んで突撃したのは覚えている。

そして自分の中にそれまであった、まるで自分ではない何かが消え去るのを感じるとともに、意識がなくなったことまで覚えていた。

 

ところが……その記憶の一つ一つは、どうも不鮮明だった。いつ、どのタイミングで何をどうしたのかは殆ど覚えていない。ただ、事実だけをなんとなく覚えている……というのが、今のアスカの現状だった。

 

ともかく、アスカが目覚めたという情報はすぐさま医療スタッフへと回され、三十分もしない内にリツコの代理代表者であるマヤが訪れた。

 

「アスカ。調子はどう?」

「……あぁ、マヤ」

 

アスカはぶっきらぼうな態度だったが、そんな普段通りのアスカを見れたマヤは歳不相応に幼さを残した顔を綻ばせた。

 

「その様子だと、大丈夫みたいね」

「ええ。でも、おかしな点はあるわね」

「おかしな点?」

「そ。どうも、記憶が……」

「記憶が?」

「分からない。ただ、ここ一年間、戦ってきた記憶の殆どがとてもあいまい」

「記憶障害、か」

 

そしてこれは、使徒戦に限ったことではなかった。ここ一年半ほどの記憶の大半が曖昧なものだった。

厳密に言えば、エヴァ及び生身を問わず、戦闘していた時の記憶がかなり薄れているのだ。それ以外の記憶は概ね保持されているというのもまたイレギュラー性を示している。

 

「比較的覚えてるのは……例えば今こうしてマヤと話してるときとかそういう、日常的なことだけ。それも多少曖昧なところはあるけど」

「なるほど……」

「後は、ちょっと前よりも……なんというのかしらね。渇きがないわ」

「渇き?」

「ええ。少し前までの私は、心の奥底で何かを渇望していた気がするの。だけど、今はそれがない」

「何か……その心当たりは?」

「ないわね。ただ、あの使徒戦で、その不快な渇望感が消えうせたっていうのは分かるわ。まるで私ではない何かに支配されていたような感覚。それがなくなった」

「うーん……どういうことなのかしら」

 

アスカの話は、客観的に見れば大変現実離れしているといえるだろう。

渇きと言われても、一般人が連想する渇きというのは喉の渇きとかそういうものだ。アスカの感じていた「渇き」とは、そうした一般的な渇きとは明らかに異質なもの。マヤとしてもその渇きを理解することはないだろう。

しかしマヤはそれを頭ごなしに否定することはなく、時折相槌を打ちながらメモを取り続けている。

やがてアスカの話が一通り終わると、マヤは再び綻ばせた顔を上げた。

 

「よし……と。ありがとうアスカ、寝起きなのに悪かったわね」

「いいわよ、その代わり今度アイス奢ってね」

「ふふふ。あぁそうだ。マリも見舞いに来てるのよ」

「げっ……」

 

日常時の記憶があれば、当然マリの記憶も残っている。その上このマリとの記憶と来たら、戦闘時を除けば何かと身体的接触がやけに多い。突然撫でられたリ、つつかれたりは序の口で……思い出すのも恥ずかしいくらいのことも数多ある。

 

そして今も、

 

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいめぇぇえええええええええええええーーーーーーっ!!!!!」

「ちょ」

 

病室に入るや否や、ベッドに飛び込んだマリはぎゅううううううう、とアスカを抱きしめる。

アスカにとってこの光景にはデジャヴがあった。大分前に見たアニメで、盗みをやる主人公がまさにこのように愛しのハニーに飛びかかる、まさにそのシーンの再現と言えた。

 

アスカが何とか脱出しようと暴れるのだが、マリの力の方が強く全く外れない。頭の辺りに感じる、同い年くらいとは思えない柔らかさがやや煩わしく感じたりもしたが、数十秒もすれば呼吸器が塞がれたことによる空気の足りなさの方が苦しく感じられてきた。

一分ほど抱きしめられたところで漸く離されたと思うと、マリの先ほどまでの熱い抱擁がウソのように穏やかなテンションに戻っていた。

 

「無事だったのね、よかったよかった」

「はぁ……はぁ……アンタの所為で死にそうなんだけど」

 

アスカはなんとか呼吸を整えながら、思い切り皮肉をぶつけてやった。マリはそれにも涼しい顔だ。

 

「いや~姫がやられたって聞いてあたしゃ吃驚したよ。まさかあの姫に勝てる相手が居るとは」

「……アンタ、アタシのことなんだと思ってるのよ」

「んん~~……可愛い女の子?」

「可愛いのは否定しないけどアンタに言われるとなんかムカつくわ」

「酷いなぁ~、私は姫のことこんなにも愛してるのにっ」

「へっ? ちょ、なっなにくっついてっひきゃはははははっ!!」

「うりうりぃ~ここ最近姫の笑顔見てなかったから姫ニウムの摂取しないとなぁ~」

「ちょっとはなっ、ひっやははははははっ! 手っ放しっんひゃはははははははははっ!!!!」

「やだぁ~姫LCLのいい匂いするんだもん~」

「いっいい加減にぃぃぃっ!! んひひひひひひっ、いい加減にしなさいっ!」

 

幸い腕は自由だったので、アスカは襲い来る耐えがたい擽ったさにマリの脳天に思い切り肘鉄をかましてやる。

 

「いったぁああああ!!!」

「はーっ……はーっ……アンタさぁ、ほんっっと懲りないわよね。なんなの? 変態なのは知ってるけど」

「いや~、姫の笑顔を見れるわ熱を帯びた顔を見れるわ匂いを嗅げるわレアな笑い声を聞けるわ直々に殴って貰えるわでこれ以上に姫を楽しめるコンテンツって他になかなかなくてね」

「……もーいい。アンタちょっとあっちに行ってなさい。私これでも病み上がりなの」

「知ってるよ~。ま、私はそろそろ別の仕事あるから行くけど、寂しくなったらいつでもナースコールするんだぞ? 私が飛んでいくから」

「そうね……アンタがネルフから離れたらナースコールすることに……するわ……」

 

アスカは息も絶え絶えに悪態をついてやるが、一方でマリはあたかもそこまでがテンプレートであるかのようにケロッとしていた。

アスカがある程度息を整えたところで、それで、とマリは続けた。

 

「ん?」

「どうすんの、これから」

「どうすんの、って?」

「これからのことよ」

「これから、か」

「あの力は……状況を整理すれば、全て使徒の力でしょうね。それも使徒の中でも最強の、力の使徒ゼルエルの力」

「……やっぱりか」

「あ、知ってた?」

 

言葉とは裏腹に、マリの表情は意外でもなんでもなさそうではあった。

 

「不思議よね、かつて倒すべき敵だった使徒がよりにもよって自分の中にいた。でも不思議と、私本人も拒絶しようとは思わなかった」

 

アスカの雰囲気は、どことなく自嘲の色を含んでいた。

 

「力の使徒によってうごかされていた殺戮本能。

貴女を「朱雀」として裏世界を舞わせたそれは恐らく今後起こることがないわ。でも……姫があの子に抱いてた殺意。それは力の使徒のでも誰のでもない、研ぎ澄まされた姫自身の殺意よ」

「……あー。そういえばそんな頃もあったわね」

「もしかして黒歴史扱い?」

「……いやだってさ、明らかにヤバイ奴じゃない。しかも実際に殺してる。正直いつ警察やらが来るんじゃないかと、今になってヒヤヒヤしてるわよ」

「それについては……ま、全て終わったら考えればいいんじゃない? 

姫が潰してるのは特A級の裏組織ばかり。証拠は私がある程度は消したし、当分バレることはないと思うよ」

「そんなことしてたの」

「モチ。姫が捕まったらつまんないもん」

 

そんな自嘲に充ちつつあったアスカを、マリは軽く笑い飛ばした。

 

 

一方で、ところ変わって格納庫内。

 

「シンジ君の生命反応はどう?」

「問題ありません。プラグ内で形状を維持しています」

「そう……BM1、BM2の様子は?」

「健康状態、精神状態ともに異常は見られません」

「アスカの様子はどうかしら」

「記憶などに多少の障害は発生しているようですが、それ以外にこれといった問題は見受けられません」

「それならよし。現状維持でよろしく」

 

厳めしい紫の鬼の前にて、少々厳しい顔を浮かべるリツコに現状の報告を行うマヤ。リツコの表情に伴って、自然とマヤの表情も硬くなっていた。

 

初号機、そしてそれを操るパイロットであり、戦績的にもエースパイロットといえるシンジの復活は今のネルフにとって死活問題であった。

というのも、他のメンバーが問題だ。

アスカは一応ある程度の回復こそしている。だがまだ精神面での混乱が見られ、弐号機に乗って戦えるほど万全とは言い難い。……というのが、表向きのアスカの現状ということになっている。

何より、弐号機本体もテストすら行われていなかったアポカリプスモードを強引に発動させられたことで素体に大きな負担がかかっている。その修復にも少なからぬ時間が掛かるだろう。

そしてレイは……零号機もろとも消滅している。あの戦いの後、リツコ率いる調査隊は零号機のエントリープラグの残骸を調査した。ところがそこにあるべきレイの残骸……例えば体細胞や血液、及び特有の炭素反応などといった、そこに人間が居たとすればまず出るであろう反応はまるでみられなかったのだ。

 

それすら残さぬほどに蒸発してしまったとすればそれらがないことに合点はつくが、それ程の高温に晒されたとすればエントリープラグは原型すら留めない、更に酷い有様になっていた筈である。

リツコは零号機に関する一切を極秘事項とし、エントリープラグは高レベルの研究棟へ移されることになった。

 

こうなると唯一エヴァ本体・パイロットともにすぐ動けるのは「表向き」マリだけ、それが今のネルフの現状である。

言うまでもなく今のネルフの状態は万全ではなかった。

 

だがそんなことは使徒にとってはどこ吹く風。いつ如何なる時も、

 

ビーッ!! ビーッ!!

 

例え今だとしても。

 

「まだ一週間しか経っていないというのに……!」

 

ネルフの作戦部長であるミサトは本部へ早足で向かいつつ、苦虫を食い潰したような表情をしていた。今ネルフには、使徒とまっとうに戦えるメンバーがマリしかいないことになっている。

防御システムもまだ三分の一程度しか回復していない。頼れるのは、たった一人の腕っぷしのみ。

 

唯一の幸いは、特に奇をてらった使徒ではなさそうなことであった。

事前にある程度の攻撃偵察などを行った結果、この世界にきちんと実体はあるし、宇宙空間にいる訳でもなければ、ウイルスのような微生物でもない。

 

そこにあったのは、紫色をしたひも状の使徒。それまでの使徒とはやはり一線を画す見た目ではあるが、コア自体は剥き身のまま。

 

「大丈夫よミサトちゃん、『もう一人』いるでしょ?」

「あの子か……」

「アイツのこと、まだ信じられないの?」

「……あの子には悪いけど、ね」

「個人の感情よりも今は目の前の敵をどうにかしないと、だよー」

「分かってるわよ! 日向君、フィフスに連絡を」

「あ、それなんですが……」

「何よ」

 

口を一瞬濁したマコトにミサトが一瞬キョトンとしていると、通信が切り替わった。

 

『もう搭乗完了していますよ、葛城三佐。このMark6であの使徒を倒せばいいのでしょう?』

 

相変わらずの、どこか人間離れした……いや、人間離れしていることは分かっているのだが、それでも、見た目とのギャップを感じさせる雰囲気。

 

「いつからそこに?」

「十秒前から」

「そう。……まぁ、いいわ。作戦開始よ」

「了解」

 

キザな銀髪。それが、ミサトにとっての『渚カヲル』に対する第一印象であった。

 

----

 

目が覚めると、そこはよく見た天井のように見える。

 

見慣れた、天井だ。

 

シンジが最初に抱いた感想はそれだった。

初めての戦いのとき、検査の時も麻酔を使ったりしたときはここで目覚めたし、他にも意識を失ったときはまずこの天井を見上げたものだ。

今史に至ってからも既に数回、検査などから復帰する際はこの天井を目にしている。慣れたくはないが、すでに慣れてしまった自分がいる。

 

突如目に入る陽光に顔をしかめつつ起き上がり周りを見渡すと、一人の少女が壁を背に腕を組んでいる姿が映る。

 

見慣れた制服姿に、茶髪。彼女を一度でも見たことがあれば、きっと一発で誰だか看破できるだろう。

「ようやくお目覚めね、バカシンジ」と、ここまで来れば役満確定だ。アスカの姿がそこにある。

 

「アスカ。無事だったの」

「私がそんなにヤワなわけないでしょ。それよりアンタ。一生起き上がらないつもりなのかと思ってたけど、思いのほか早かったわね」

「え?」

「あれから一月。前の時と全く同じように出てくるなんてね」

「ひと月……いてっ」

 

おぼろげになっている記憶を探ろうとすると、背中に覚えのない痛みが走った。

何かが突き刺さっていたかのような、そんな鋭利な痛み。

 

「背中、まだ痛む? もうあれから一月よ」

「まだも何も、僕としては今起きたばっかりなんだけど」

「まっ、背中を貫かれたんですもんね。仕方ないか」

「なんの話?」

「……本当に何も覚えてないの?」

「覚えていないも何も……一体アスカが何の話をしてるのかわからないよ」

 

きょとんとした顔でアスカのほうを見上げると、あきれた様子でアスカがため息を吐いた。

 

「……前の使徒との戦いは覚えてるかしら」

「確か僕は使徒と戦っていて、それから一度は初号機が止まっちゃったんだけど……また初号機が動き出して……」

「うん」

「それで、使徒を倒した」

「そこまでは覚えてるのね」

「そこまでは、って。何があったの?」

 

アスカの話しぶりからして、少なくとも「何かあった」のは間違いないらしい。

だが、自分には身に覚えが全くなかった。そもそも身に覚えがあるも何も、今の今までエヴァの中に溶けてしまっていたようだからだ。

 

「あの後……初号機が起こしかけたのよ。サードインパクトを」

「……はあ? 初号機が? サードインパクトを?」

「そ」

「えぇっ……?」

 

唐突にアスカから淡々と告げられる衝撃の事実。

恐るべき大災害であるサードインパクトを、止めようとしていた自分自身が起こそうとした……?

 

「大丈夫よ、未遂だから」

 

はっとして外を見る。そこにはいつも通りのジオフロントがあった。

考えてみれば、本当にインパクトが起きていればきっとここで目覚めることもなかっただろう。

命を落としてしまっているか、なまじ生き残ったとして、目覚めと共に一面の紅世界が目に飛び込んできていただろう。

そうした状況からして、少なくともアスカの言うようにサードインパクト自体は起こっていないらしい。それを見て少なからず安堵を覚え、思わずため息をついた。

 

だがあくまでこのいつも通りに見える世界を「未遂」と表現するアスカ。だが嘘を吐いているそぶりも見えない。

そしてそのうえで更に奇妙なのは、それが真実であるとすれば……起こしたのは初号機であったとしても、それを動かしていたシンジを多少なりとも責めるような目線がアスカから感じられてもおかしくはないはずだった。

それに、アスカの様子が妙である。これまでであればどういう訳かやたらと好戦的であったはずなのだが、今はそうではない。

やたらと衝突してくるのは今史に始まったことではないものの、かつてのような異様な攻撃性は既にないように思えた。

 

「そのあたりもよく話を聞いておくことね。……あっもしもしミサト? 目を覚ましたわよ。は? 決まってるじゃない、バカシンジよ」

 

そういえば……このバカシンジ、という呼び方をされるのも久しぶりな気がする。

電話を終え、外に目を向けたアスカを呼びかけてみると、

 

「な、なによ」

 

と少しだけ戸惑った様子で返事が帰ってくる。

 

「いや、雰囲気変わったなって」

「……ああ」

「……」

「イメチェンよ」

「……イメチェン?」

「あんた、もしかして何も知らないの?」

「? うん」

「そう……じゃあ、いいわ」

 

そう言ってアスカは、再び窓の方へと視線を戻した。

 

 

 

ことはシンジが思っている以上に順調に進んだ。目覚めてから僅かに三日で全ての手続きが終わり、無事退院することになった。

 

アスカ以外に見舞いに来た人々は、シンジのことを今までよりも気遣っているようだった。

これまで眠り続けていたこともあるが、何より……綾波レイがいなくなってしまったこと。もう戻ってこない可能性すらあること。

 

唯一そうしたことを気にしなかったのは霧島マナだけだった。というより、綾波レイの存在自体が彼女にとって取るに足らないものだったのか。

実に普段通りな接し方だった。

 

可能性といってもそれはほぼ確定的であるらしく、人々の大半も希望を抱かせるような残酷なことはしなかった。

 

 

ただ、シンジとしては別だった。あの時確かに、綾波レイを喪ってしまったのだろうが、それでも希望は。僅かな希望はあったのだった。

 

ひとまずその希望を追って、シンジは外へ出てみることにした。一ヶ月ぶりの外出である。

 

 

しかし、外はシンジが思っている以上の惨状だった。

 

「……酷いな」

 

思わずそう呟いてしまう。

 

シンジが目覚めた時点ではそれでも大分復興は進んでいたが、それでも見渡してみると痛々しく焼け落ちた建物がところどころ見受けられた。高層ビルであってもお構いなしに破壊されており、視界は大きく開けている。

あちらこちらに赤茶けた瓦礫がまとめられており、更によく見てみれば瓦礫を運ぶ作業員も散見された。

 

侵攻こそされたが、破壊された範囲は小さかったネルフ。そして、ジオフロント。

リハビリ中の散歩をしていた時には、一部の施設を改修しているくらいで殆どの緑が戻っていた。

それと比較してしまうと……それまで破壊を許していなかったこともあり、ある種の新鮮さすら感じられた。

 

そんな街を、こうして散歩してみているシンジ。一月の間に何が起きたのかはリツコから聞いた。だが、自分の目でないと確かめられないこともある。

どれ程に、街が変貌してしまったのか。

 

そして、レイはどうなったのか。

 

常識的に考えてみれば、あの爆発だ。レイが生きているという考えにはまず至らないだろう。

 

それでも、シンジは希望を捨てきれていなかった。

レイはまだ生きているかもしれないという、希望を持たせるには余りにも残酷な確率の、しかし、絶望するには余りにも縋りたくなるような光。

それはシンジの歩みを進める方向が何より証明している。

 

シンジはこの時、爆心地へと向かっていた。爆心地付近は立ち入り禁止にこそなっていたが、警備の人間は殆どいなかったので侵入は容易かった。

 

周りには、只管に焼け落ちた廃墟ばかり。それも中心に向かうと、だんだんと廃墟そのものの大きさが小さくなっていた。

これは、爆発エネルギーの大きさを雄弁に示していた。奥に進むにつれて、外壁は粉々に、鉄骨はより剥き身に、ガラスがあったと思しき箇所は、恐らくは熱による蒸発をもって完全な空洞になっていた。

歩みを進めれば進める程、状況が絶望的なものであることが分かってくる。それでもなお、歩みは止まらない。

 

やがて、シンジは巨大な湖に突き当たった。そこには既に建物の影すらなく、満々と水が湛えられるのみ……いや、幾つかの人工物が浮いていた。

 

それはシンジにとって見慣れたものだった。巨大な腕、脚。

……どれも、かつて零号機のものだったそれだ。

 

色こそ赤茶けてしまっているが、エヴァを護る一万二千枚の特殊装甲の強度は一枚一枚が並大抵のものではない。それが、腕部、脚部の原型を残させていたのだ。

 

しかし、肝心要の胴体部分。レイが居るはずのエントリープラグ。それらは見当たらなかった。

ネルフに回収された? それとも……。いずれにしてもシンジの心理状態にとって、現状は好ましいものではなかった。

 

 

波打ち際に腰を下ろしてみる。

 

 

……とても静かだった。波の音だけが鼓膜を静かに震わせる。

 

 

 

 

『……ダメだ、離れてる』

「!」

 

その声は、波の音にしては余りにも言葉じみたノイズだった。

 

『旋回してくれ、八時。十時の方向……戻して、一時』

「……」

『微調整、左。そのまま直進。そう、もっと右。もう少し。そう、そっち。あと、一マイル。波が来る、微調整右。左、少しだけ……そう。方向を保って』

「……」

『シンジ君、見えた。制服を確認』

 

シンジが声に従う気になったのは、その声に聞きおぼえがあったからだった。それも、一度や二度ではない頻度で聴いた覚えがある。

 

「ゲームはいいねえ。リリンの文化の極みだよ」

 

そこに居たのは、やはり見覚えのある銀髪に、今の自分と同じような白のカッターシャツと黒のスラックス姿。

 

その姿を見るやいなやシンジが「カヲル君!」と叫んだ通り、彼は確かに渚カヲルであった。

 

「どうしてここに?」

「どうして、と言われてもなぁ……」

 

カヲルは、かつてと変わらないアルカイックなスマイルを浮かべていた。

 

「話せば長くなるけど、結論から言えば、僕は君の知っている渚カヲルとそんなに違わない」

「そうなの?」

「うん。どこか場所を移したいけど……そうだ。君の家に連れて行ってくれないかな。久しぶりに君の作ったカレーが食べたいんだ」

「分かったよ」

 

----

 

「はい、できたよ」

「おっ、相変わらず美味しそうだね。戴きます」

「いただきます」

 

嬉しそうな顔でシンジお手製のカレーを頬張るカヲル。

口の中に広がるカレー特有のスパイシーさが、彼の表情をより一層豊かにした。

カレーを頬張り屈託のない笑みを浮かべるこの少年が、元……いや、もしかしたら今も使徒であるかもしれないというのは、誰にも信じがたいことであろう。

 

『続きはこれまで通りに話そうか』

「! 直接脳内に……?」

『うん。でも、怪しまれないようにカレーはお互い食べ続けよう。……あ、このカレー美味しいよ。ありがとうね』

「え、うん」

 

突然脳内に飛び込んでくるカヲルの声にシンジは戸惑いを覚えた。だが帰宅時恒例の盗聴器破壊をまだ行えていないので、素直にカヲルに従った。

 

『ちなみにこのテレパシー的な能力はATフィールドを応用してる。流石に実体化している僕が一緒に盗聴器を破壊したりするのは怪しすぎるからね……これからはこの能力で君に干渉することもあるかもしれないことはことわっておくよ』

「そ、そう……」

『じゃあ話を戻そう。一ヶ月前、エヴァ初号機が覚醒した。そして君は前の時と同じくして、エヴァの中に溶けた。ここまでは知っているかい?』

「うん」

『その時、僕の魂は君という器を失い行き場も失った。その時たまたま、覚醒する寸前のこの肉体をこの魂が捕らえた。そして、僕は肉体に宿っていた未熟な魂と融合して、この身体を得たんだ』

「……なんというか、SF漫画みたいだ」

『何をいまさら。僕が生まれたのはドイツの支部らしい。周りはみんなドイツ語を使っていたからね。使徒の力自体は既にあったから、脱出してここまで来るのは難しくなかったよ』

「そうなると、君は追われていることに」

『そこはまぁ、大丈夫だろう。僕の前の使徒が倒された今、僕が覚醒していること自体は何ら不自然ではないから。裏も取ってある』

「そっか」

『で、今は新造されたエヴァMark6に搭乗する、レイ君、セカンド、君、真希波さんと来てのフィフスチルドレン。それが今の僕というわけだよ。

実は君が眠っている間にも使徒を一匹撃破したんだけどね』

「使徒を?」

『ああ。どうやら前史には存在しない使徒だったね。そこまで強くはなかったから苦戦もしなかったけど』

 

カヲルの話を一通り聞くと、なんとなく状況を掴んだシンジ。

色々と気になる点はあるが、ひとまず今重要なのは、今カヲルがこうして現実の世界に実体を持って生まれたことだ。

こうして現実に実体があるかどうか、というのは、行動にも大きく影響する。

 

だが、そうなると……シンジには、気にかかることが一つあった。

 

「ねぇ、カヲル君」

『なんだい?』

「君に何が起きたかは分かったよ。でもさ、君がその姿でこうして、使徒として立っている。と、いうことは……」

 

そう、カヲルは今、現実に存在する「使徒」なのだ。幾ら意思疎通が可能とはいえ――

 

「……僕はまた君を……殺さなくちゃいけないの?」

 

蘇る生々しい記憶。エヴァという媒体越しになお感じる、生温かな柔らかいものを握りつぶした感覚。

最期まで安らかな笑顔をした、目の前の少年と同じ姿をした彼を。

 

けれど、カヲルはシンジにとって安心する答えを用意していた。

 

『いや、大丈夫だよ』

「そうなの?」

『あの時は、君の存在があってなおアダムに辿り着かんとする生存本能があった。でも今は、不思議とそんな欲求が微塵も湧いてこない』

「そうなのか……なら、よかったよ」

『うん。僕としても君を悲しませてしまうのは心苦しいからね。それとあと二つ、君にはいいニュースがある』

「何?」

『まず一つ僕が動かない限り、次の使徒は現れない』

「どうしてそう言い切れるの?」

『使徒とはそういうものだからさ』

「……って言われてもなぁ」

『そしてその僕に動く意思がない。そうなると、この世にもう使徒は現れないことになる』

 

カヲルから通告される唐突の「平和宣言」。それはあまりにも突然過ぎて、この時のシンジには全く現実味がなかった。

 

『君を騙しても僕にメリットはない、これはウソじゃないよ。

というわけで君への好意を届けるためにも、僕はこれからも出来る限り手取り腰取り君を助けてみたい』

「それは嬉しいんだけど、なんか微妙に目が輝いているようなきがするのは僕の気のせいかな」

『気のせいさ。ともかく、使徒はもう現れない。現れるとしたら……それは人間ということになるだろうね』

「……ゼーレ、って奴らか」

 

ゼーレという言葉を聞いてから、シンジの脳裏には、飛行する白い機体がフィードバックされていた。

人造とはいえ人間と称するにはおぞましすぎる彼らはネルフ本部の周りをグルグルと飛行し、そして地上には……それ以上は、記憶にブレーキがかかっていた。

 

『まあ、ゼーレ自体は問題ない。問題なのはやはり、量産型エヴァになるだろう』

「この世界でも、やはり量産型は作られている?」

『そうみたいだ。軽く研究所に侵入してみたけど……前回よりは遅いながら、確実に研究は進んでいるね』

「そっか……じゃあ、いずれは戦うことになるのかな」

『いや、それはない。使徒が現れない以上、研究の大義名分はやがて失われる。

遠くない未来に量産型計画は頓挫し、ゼーレや委員会が裏でどれほど大きな影響力を持っていたとしても人為的なサードインパクトを起こすことはできなくなるだろう』

「そっか……」

『……でも、君は、いや僕たちは結果的に彼らと戦わざるを得なくなるかもしれない。それは君次第でもある』

「どういうこと?」

『それは、次のいいニュースにも関わることなんだ』

 

二人の表情はここまで殆ど動いていない。テレビ番組を観ながら黙々とカレーを食べる二人。それが今、監視カメラが存在していれば映されている光景だろう。

 

だが、カヲルの「君次第」という言葉を受けて、シンジの眉が少しだけ動いた。

 

「そういやいいニュース、二つあるんだったね。もう一つは?」

『ああ……そうだね。結論から言おう。綾波レイは、まだ生きている』

 

その瞬間、一瞬だけ二人の間の時は止まった。対話を続けながらも相変わらずスプーンはカレーと口内とを行ったり来たりしていたシンジの手は、その瞬間だけ止まった。

 

「……本当!?」

『ああ。ただ、条件付きだ。そういう意味では、死んでしまっているとも言える』

「……?」

 

謎掛けのような言葉を掛けられ、不思議な表情をしながらもシンジは再びじゃがいもを頬張った。

 

『シンジ君、君にとっての「人の死」とはなんだろう?』

「また唐突だね」

『人とはつまりリリンのことだが、それが死ぬとはどういうことかな』

「うーん。例えば……息をしなくなるとか、心臓が止まるとか……そういうこと?」

『なるほど。それは医学的な死の定義と言える。人間の立場での解答としては正解だよ』

「医学的じゃないって言うと……例えば、コミュニケーションが取れなくなるとか」

『例えばそういうことさ。綾波レイは、医学的には死んでいる。けど、そうでない意味ではまだ死んでいない』

「……?????」

『ガフの扉を知っているね?』

「……? 知らないけど」

『おかしいな。あの赤い世界で一通りの記憶を……そうか、記憶媒体はシンジ君のもののままだから抜けているのか……』

「???」

『や、分からないならいいよ。ガフの扉っていうのは……リリンで言うところの「三途の川」のようものだね。

その奥にガフの部屋というのがあるんだけど、まあこれはリリンで言うところの天国。綾波レイの魂はまだガフの扉を通っていないんだ』

「つまり?」

『いわゆる地縛霊のような状態で綾波レイは「そこにいる」。魂はまだこっち側に戻れる状態にあるんだ』

「なるほど……」

『でも一つ問題があってね。魂の器がどこにも存在しないんだ』

「(どういうこと?)」

『魂はそこにあるけど、その魂の入れ物になる身体がどこにもないんだよ。あの戦いで身体は跡形もなく消え去ってしまったからね。だから医学的には死んでいる、これは間違いない』

「(じゃあ何故綾波の魂が生きていることが分かるの?)」

『ちょっと前の君と僕のような状態になってるんだよ。とはいえ僕もアダムよりの使徒だから、リリスそのものといえる彼女との親和性はお世辞にも高くない。故に普段は長く留まれないが……必要があれば意志疎通くらいは出来るのさ』

「……なるほどね。綾波はまだ、生きている」

『僕の素体ならまだ幾らでもあるのだけどね。アダム由来の肉体では親和性も悪いし、何より彼女自身が僕と同じ肉体であることを拒んでいるんだ』

「確かに君たち仲悪いもんね」

『お世辞にも良いとは言えないねぇ。そこで……近いうちにネルフの地下に潜ってみるつもりだったんだ』

「地下に?」

『あそこには綾波レイの肉体そのものが大量に眠っているからね』

「ああ……」

 

またも思い出される過去の記憶。

 

ケンスケの持っているようなおもちゃではない、実弾の入った本物の銃。

 

大量の「綾波レイ」。

それはおぞましさを超えて、ある種の神々しさすら感じられた。

きっと彼女たちもこの地に降り立つことを夢見て、だからこそあのような薄ら寒さを感じる笑顔を浮かべ続けていられたのだろう。

恐らくは初めて、そして見ることもない冷静沈着な女の流した涙。

 

『隙を見て彼女を接触させる。上手く行けば、「三人目」として彼女を復活させる』

「そっか……でも、うまくいくかな」

『だから、「だった」んだ。地下に潜るつもりだった。だが、君が接触していないだけですでに三人目は居るみたいなんだ』

「もう復活してるのか……」

『正直僕もリリンの技術をすべて知っているわけではないから、驚いたよ。使徒に関する知識ならたとえ赤木博士にも負ける気はしないけど』

 

そりゃ君は使徒だからね、と苦笑を浮かべるシンジ。

 

『ともかく、直接の接触は難しくなってしまった。下手を打つと今の三人目とかつてのレイ君のどちらの自我も崩壊し、綾波レイという存在が消滅する可能性すらある』

「じゃあ、どうすれば……四人目を待つ?」

『……いや、もう使徒は訪れない以上四人目を待つのは絶望的だろう。

その上、あの肉体は長くは持つようにできていないらしい。通常の人間の十倍の速度で寿命が進んでいく……仮に綾波レイをあの肉体に据え置けても、長くて十年後には滅んでしまうだろうね。

「じゃあ……素体を保存すれば」

『素体の保存もダメだ。恐らくネルフは使徒が現れなくなったという事実をそう遠くないうちに得ることになる。死海文書にもそのことは記されているはずだからね。

ゼーレを倒せようがそうでなかろうが、使徒が現れなくなったなら、ゼーレと同時にネルフの存在意義も消滅する。そうなればあんなホムンクルスまがいのものを保存しようなんて研究機関もない以上、素体は破棄されるだろうし……僕だってアレを保管する技術を保持しているわけじゃない』

「……じゃあ、どうしたらいいのさ」

 

カヲルは皿とスプーンとの軽快な衝突音でカレーが空になったことを察すると無言で台所へ立ち、

おかわりのカレーをよそいながら、シンジにとって絶望的な事実を淡々と突きつけていく。

 

『チェックメイト。綾波レイを戻す手段は……現状では存在しない』

「そんな……」

 

シンジのスプーンは、すでにずっと止まっていた。その視線がテレビに向いていなければ、きっと怪しまれたかもしれない。

表情はあまり変わっていないが、心なしか絶望の影がにじみ出つつあった。そんなシンジを見かねてか、カヲルはだからね、と話を再開した。

 

『……そこで、僕達は選択を迫られているんだ』

「……?」

『さっきも言っただろう? ゼーレとは「結果的に」戦うことになるかもしれない、と』

「ああ」

『サードインパクトがどういうものだったかを覚えているかい?』

「??? 急にどうしたの」

『いいから』

「……うろ覚えだけどね。確か……皆が戻ってくることを、祈った気がする。一人じゃない、誰かがそこにいる世界を望んだ気がする。そうしたら、アスカが戻ってきた」

『そうだね』

「それが、ゼーレとの戦いになんの関係があるの?」

『分からないかい? 君の願いは、確かに届いたんだ。その結果、セカンドチルドレンは確かにあの世界に還ってきた』

「でも他の人たちは? 確かにアスカが戻ってきたことがわかった時は嬉しかった。でも、他の人達は最後までこっちに戻ってこなかった……現実の厳しさを痛感した」

『そうだったね。じゃあ、この世界はどうだい?』

「?」

『この世界自体が、あのサードインパクトの君の願いを反映した世界だとしたら?』

 

カヲルの一言は、この時のシンジにとっては青天の霹靂というべきか、コロンブスの卵というべきか。

ともかく、強い衝撃を与えるものであった。

 

そう、確かにそう考えれば……全てに納得は行く。シンジははっとした表情で固まってしまった。

 

『というか、忘れてしまったのかい? あの世界では、君は確かに神といえる存在に等しかったと言うのに』

「そういえばそうだったっけ。だから僕は、君たちとこの時間へかえってこられた」

『それも厳密に言えば異なるんだけど……ま、その話は後でいい。

重要なのはそう、サードインパクトには……いや、正確には『インパクト』という現象には、依代となった人物が願った世界を実現する可能性があるということだ』

「……じゃあ、つまり」

『そう。あのレイ君がいる世界……いや、それだけじゃない。

使徒たちや、それを囲むネルフ、ゼーレのような組織も存在しない、本来リリンたちが歩むはずだった平和な世界。外に出かける時、当たり前のように両親に見送られる世界。

それを、本当の意味で実現できる可能性もあるということなんだよ』

 

カヲルの言っていることは、全てあまりにも突拍子のないことだった。

全てを破壊するはずのインパクトで、全てを救った世界を創ることができる……この推測は、それこそインパクトの大きなものとしてシンジの思考を支配していった。

 

『だから、この手段を取る場合ゼーレには近いうちに戦いを挑むことになる。

そして彼らの引き起こす人為的なインパクトを利用し、君の望む世界を構築する……これが、僕達が「あの」レイ君を取り戻すことのできる唯一の手段といえるだろう』

「なるほど……」

『だが当然、リスクもある。わかるね?』

「そうだね……ゼーレには負けなくてはいけないし、まずその時点で命を失うかもしれない」

『だから、君には選択肢がある。レイ君は死んだままだし、他にも色々と傷跡は残る代わりにそれ以外は全て平和なままであることが確定したこの世界で一生を暮らすか。

それか、世界滅亡のリスクを背負いながらもレイ君が生きていて、その他の君を含めた人々ネルフや使徒に関わる全ての傷跡からも解放される世界を勝ち取るか……いずれにせよ、君はその世界の神の子として、前の世界に次いで再び降臨……再臨することになる。

そしていずれの選択肢を取ったとしても、君が願った祈りは完遂されるだろう』

 

カヲルが提示した選択肢は、どちらもとても甘美で完備なものだった。

誰にとっても、正解のない選択肢。だが、誰もがどちらかを取りうる選択肢。

 

 

シンジは、すぐにはそれを決められなかった。

 

 

確かに、レイが戻ってくればそれに越したことはない。

 

だが……レイのあの犠牲のお陰で、望んだ平和な世界は確かにやってきている。それに話を聞く限り。レイもそれを望んだと言うではないか。

 

自分だけでない。レイもまた、自分の命を賭した。そして、今のこの、平和が確定した世界を紡いだのだから。

 

この世界は、レイの命のおかげであるのだ。シンジが、レイを取り戻したいという理由だけでリスクを取るのは、それはエゴでしかないのではないのか?

 

シンジの中では、様々な相反する思いが衝突を繰り返していた。

 

 

そんなシンジを再度見かねたカヲルは、やはり再度フォローを加えることにした。

 

 

『ま、無理に今決めることはない。猶予はもう少しだけあるからね』

 

 

そう言って、スプーンの止まったシンジをよそに三杯目のカレーを盛りに台所へと歩き出したのだった。

 

----

 

唐突に与えられた「完全な」日常。

 

使徒がいないことが当たり前の「日常」。

 

それはカヲルの指摘通り……シンジにとっては待ち焦がれた甘美な日々といっていい。

 

 

まず変化が起きたのは、ネルフだった。二度と使徒が襲来しないという事実は、カヲルの指摘通りネルフのトップ層ではある程度把握されつつあるようだった。

そしてそれは、少なくとも組織としては大きな制約を抱くことになる。細かなものまで一つ一つ挙げればキリがないが、明確にシンジたちに関わる事項が一つあった。

 

それは、ネルフへのチルドレンの出入り制限だった。

万が一の非常事態宣言や事前に予約された面会など特別な事情でない限り、エヴァのパイロットになった際に手渡されたIDカードは許可を取らない限り無効となる。

 

やや原始的な方法ではあるが、これは、子供達がいよいよ特務機関ネルフと物理的に距離を置ける環境が整いだしたことを意味していた。

政治的な力を持たない子供達にとって、ネルフとの間の物理的遮断はそのまま戦いの日々との別れを意味していた。

 

 

そう。

 

 

学校に行けば、

 

「おっシンジか。おはようさん」

「シンジ。聞いてくれよ、トウジの奴がさ……」

「お前! それは言わん約束やったろ!」

「ほらふたりとも邪魔よ!」

「ぐはぁっ!!」

「いてぇっ!」

「シーンジ君っ! おはよ」

「何すんじゃ! って誰かと思ったらおんどれか霧島ァ!」

「あら、誰かと思ったら鈴原の旦那じゃないですかァ。なんか用かしら?」

「なんか用ちゃうわ! こちとらお前のせいで何度腕を捻ったかと」

「あぁ、最新型のカメラが……」

 

友達と朝の挨拶が出来る。

 

「私の若いころは根府川沿いでボランティアをしていましたが、あの大災害・セカンドインパクトが起きてからは……」

「私の地元にある根府川温泉は炭酸泉として知られていたのですが、セカンドインパクトの影響で枯渇してしまい……」

「私の地元である根府川の沖にも遺跡があるという話がありましたが、あのセカンド・インパクトによって……」

「先生、さっきから全部同じ話です」

「違いますよ鹿目さん、これだからヨカタの方はいけません。もっとよく聞いてください」

 

何事もなく授業を受けられる。

 

「そういえばシンジ、お前ロシアヒカリダケって知ってるか?」

「何それ? 聞いたことないなぁ」

「此間テレビで見たんだけどな、どうも光る茸らしいんだ」

「ふーん……」

「不思議なキノコもあるもんやなぁ。で、味は?」

「トウジ? 何を言って……」

「味」

 

取るに足らない談笑も出来る。

 

「じゃあ、僕は掃除当番だから」

「おう、またなセンセ」

「また明日な、シンジ」

「よっし! シンジくん一緒にかーえろっ」

 

そしてこんなふうに、放課後の別れの挨拶も出来る。

 

これがあたかも大昔から当たり前であったかのように、決してこわれることなく毎日続いていく。

 

そんな生活が、シンジたちを唐突に出迎えたのである。

 

 

そんな放課後、ふと人気がなくなったころに耳をすませば、音楽室からどこからともなく音が聴こえてくる。

これもまた、普段の学校生活に時折起こるイベントかもしれない―――。

 

その演奏は見事なものだった。シンジにとって、クラシックはそれなりに造詣があるつもりだった。

かつて習っていたチェロの影響で、弾いたことがある曲は勿論、チェロ以外の楽器の曲も目ぼしいところは一通り知っている。

けれど、そんなシンジでも聞いたことがない曲が、上の階から聞こえてくる。

 

奏者の指は、鍵盤の上で歓喜を知った。自分で自分を表現できる歓喜を。

それは余りにも原始的な動作ばかりだった。その場で飛び跳ね、転げまわり、走り回る。誰に教わらずとも行われる行為を以って、声を持たない彼は歓喜を示してみせたのだ。

暫く跳ね回ったのち、暫しの休息。それから、今度はゆったりと軽やかな舞いをし始める。その舞いには力強さが徐々に加わっていき、やがて再び先ほど跳ねまわったように激しい踊りになった。

このようなことを二度ほど繰り返し、そして歓喜の絶頂を覚えた彼はより一層に大きく飛び、跳ね回ったのち、鍵盤にその身を任せたのだった。

 

シンジは気になった。これほどの奏者がこの中学に居たのか……と。

気付けば脚は階段を登り、手は音楽室の戸を開けていた。

 

すると、ドアを開けた音に気付いたのか。ツインテールの少女が此方を向いた。その姿にはうんざりするほど見覚えがある。

 

「おやおや? そこにおわすはわんこくんではありませんか」とシンジを出迎えるのはマリである。

 

「真希波さん」

「他人行儀だねぇキミも、マリって呼んでくれてもいいのよ?」

「いやもう、慣れちゃいましたし……」

「まぁいいけど」

 

いつの間に背後に回ったのか、声が耳元で聞こえてきたかと思ったら、両腕が両肩に掛かる。

吐息が耳に掛かり、そこはかとないこそばゆさを感じる。とても扇情的な行為だと思えなくはないのだが、

 

「相変わらずさり気なく引っ付くのやめてもらえませんかね」

「キミのLCLの匂いがたまらなくてねぇ。一次的接触にも少しは慣れた方がいいよ?」

「そうやって抱き着いてくる人そうそういませんからね?」

「そう思うならそうなんだろう、お前の中ではな」

 

シンジはもうそんなマリの大胆な行動にも大分慣れていた。

流石にマリがどれほどナイスバディでも、年がら年中出会う度にひっつかれては慣れてきてしまうというものだった。

マリも「つまんないの」と呆れ顔こそするが、既に茶飯事になっているのでこのシンジの反応は慣れていた。シンジの肩に乗せた腕を離すと、シンジの前に立ち両手を後ろで組みいつものどや混じりの顔でシンジを見つめてくる。

 

「上手なんですね、ピアノ」

「ありがと。練習すればわんこくんにも弾けるよ」

「いえいえ無理ですよ、チェロならともかく」

「生きていくなら新しいことを始める変化も大切だよ?」

 

さあおいで、と、マリはシンジの手を引くと、強引にピアノの椅子に座らせた。

戸惑うシンジの両手を鍵盤の上に添えさせると、自分もピアノの椅子に座る。

そのきめ細やかな右手の五指を鍵盤の上に乗せ、そのまま鍵盤の上を滑らせた。それに合わせて、シンジもなんとなく適当にジャン、ジャンと和音を叩いてみる。

 

「そう。キミはこっちで鍵盤を叩いてくれるだけでいい」

 

マリが更に右手の指を動かすと、更にピアノは旋律を奏でた。それに合わせて、シンジも和音を叩く。

 

シンジにピアノの知識は殆ど無い。だが、マリが演奏するメロディがガイドとなって、乱雑だった和音は気付けば自然なリズムの伴奏に成りつつあった。

 

「……こ、こうですか?」

「うんっ、いいよ……そう、もっと強く……」

 

マリの強く、という言葉を信じて、シンジは更に一歩踏み込んだ強さで鍵盤を叩いてみる。

するとマリの手は階段を登るかのように低音域から高音域へと、するりするり鍵盤を弾いた。それを合図に、マリの指の動きは一層に激しさを増した。

シンジもそれに合わせようと、それらしく和音を叩こうとしてみる。するとマリが合わせているのか、シンジが合わせるようにマリが仕向けているのか、本当にメロディに合った和音となって奏でられる。

 

 

「いいよっ……いいよっ、キミとの音……」

 

気付けば、先ほどの演奏がそこに再現されていた。新たにシンジという二人目の奏者が現れたことにより、演奏は更に力強さを増した。

先ほどまで一人で歓喜の舞をしていた彼女は、ついに歓喜を分かち合う「仲間」を見つけたのだ。

さながら庭園を駆け回り共に笑い合うアダムとイヴのように、二人は空想上の五線譜を舞う。

煌びやかなデュエットは、シンジの一見ただ適当に和音を叩いているだけのおぼつかない伴奏にすら歴史に残る名ピアニストのそれを想起させることとなった。

 

そのうち、愉快になってきたシンジの口からも「アハッ、楽しいね」と思わず呟きが出て来る。

 

「おっ、初めて敬語以外で私に喋ったね」

「そうだっけ……?」

「うん。これからもそれでいいからね」

 

マリの表情も穏やかだった。

 

時を忘れ、同じメロディを延々と繰り返す。

シンジにとってこんな感覚は初めてだった。音楽なんて、所詮ただ惰性で続ける程度の関心しかなかった。それが今こうして、初めて「楽しい」と思える音楽を演奏できている。

 

 

そこは完全な、二人だけの世界。

 

 

やがて指がへとへとになって、初めて演奏を止める。気付けば外からは斜陽の光が差しており、夕焼けが音楽室中を照らしていた。

いい加減時間も押してきていたので、二人は校門の前までさっさと足を運んだ。

 

「今日は有難う」

「私もだよ~。またやろうねっ」

 

にしし、と満面の笑みをするマリ。幾ら普段から過剰気味なスキンシップを取られるとは言え、いや、だからこそ、こういう普通の笑みに眩しさを感じられる。

控えめに言ってもマリは相当な美人の部類に入る。変人でさえなければまず間違いなくモテるだろう……いや、変人の今でもなおモテるくらいだ。そんな女が屈託のない笑みを浮かべていて、可愛い、とか、綺麗、とかそんな印象を思い浮かばない男は居ない。

シンジもそれは例外でなくて、次に出てきた「え、ネルフとかは大丈夫なの?」というセリフも、明後日を向いてのものであった。

 

「細かいことは気にするな若人よ、何のためにリッちゃんやマヤちゃんがネルフに居ると思ってるのさ」

「さいですか……」

「あーまた敬語に戻ってるよ」

「別に友達同士でも敬語使うことはあるでしょ」

「そらそーだけどさ。……友達同士、か」

「?」

「いや、なんでもない。それじゃあね」

 

手をひらひらとさせ、先程とは一転して追い返すように別れを切り出したマリ。

少し不思議な顔をしつつ、シンジは「うん、じゃあね」とその場を後にした。

 

----

 

「よぉ、シンジ君じゃないか」

「あっ、加持さん。おはようございます」

「おはよう。なんか久しぶりだなぁ」

 

シンジと加持が出会うのは確かに久しぶりだった。何ヶ月ぶりだろうか、とふと考えていると、「どうだ、体調の方は」と加持が話題を持ちかけてくる。

 

「大丈夫です、あれからもう三ヶ月近く経ちますから」

「そいつは良かった。ネルフはここ三ヶ月少しずつ変わりつつあるが、使徒が来ない保証はどこにもない。エースパイロット様には元気で居て貰わないとな」

「出来ることなら、元気じゃなくても良くなるといいんですけどね」

「エヴァの適性を考えると……あと十年は掛かるかもな」

 

加持の告げた十年という年数に、シンジはそうですね、と苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、君も変わったな」

「え?」

「初対面の時は、どことなく尖った印象があった。どこか、人間離れすらしたような……」

「ああ……」

「けど、今はどうだ。君の振る舞いはどこにでもいるような少年そのものに見える」

「だとしたら、変わったんだと思います。男子三日会わざれば括目して見よ、というじゃないですか」

 

シンジはこの世界に来てからの加持との初対面を思い出し、苦笑いした。

彼が日本政府、ゼーレ、そしてネルフのトリプルクロスであるという事実は、今の段階でも恐らくごく一部の者しか知らないのだろう。

 

「けれどそんな君の人格が変わってなお……一つ不可解なことはある」

「?」

「その前に……ここから先は君を信用して話そう。これで俺が死ぬとすれば時は、それは俺の責任だ。君が気に病むことはない。いいな」

「は、はい?」

 

加持は突然神妙な面持ちになると、

 

「……どうして俺がトリプルクロスになることが分かった?」

「え?」

 

シンジの耳元で、そう囁いてみせた。

 

「あの時点では俺はまだダブルクロスだった。もし俺が不覚を取って君に何か通信を見られていた……という可能性もあるから、それを指摘したならまだわかる。だが君は「トリプルクロス」を言い当てた」

「それは……たまたまでは」

「どうかな。俺はつい最近、再びダブルクロスに戻った。

色々訳ありでな、ある方面に関してスパイする必要はなくなったんだよ。

だが……トリプルクロス最後の日。拉致された冬月副指令を連れ戻すようにという任務が下った」

「!」

「ほう、このことも知っていたという顔だな。まぁ、当然だ。あのまま行けば俺は確かに死んでしまったのだろう。

そして君は言った。葛城を苦しめるな、と。

己惚れる訳ではないが、俺が死ねば確かに葛城は動揺するだろうし、下手をすれば一生苦しむ可能性もあるだろうな」

「それは……その、加持さん、どことなくナンパ好きっぽかったから……」

「ふむ、だがあの時の君とは殆ど初対面だったはずだな。

何故俺が女好きだと分かった? そして、君は使徒をある程度予知する能力も持っているらしいじゃないか。

多少のズレはあれど、外見の特徴、攻撃方法は概ね合致していたと聞く。……君は、一体何を知っている? 俺に、俺達に何を隠している?」

 

シンジは明らかに動揺していた。そしてその動揺は隠し通せたものではなかった。以前はカヲルが中に居たのである程度精神状態も維持できていたのだが、今はそういう緩衝材もなく、ただ「碇シンジ」という一人の人間を、「加持リョウジ」という一人の人間に試されている状態である。

そうなれば、シンジにはもう利は薄い。

 

無意識に口をもごもごとさせてしまうシンジだったが、加持はその様子を見て再び笑みを戻すと、シンジの肩をぽんと叩いた。

 

「すまない、君を追い詰めるつもりはなかった。

単純な好奇心だと思ってくれていい、並々ならぬ事情があるんだろう?」

「……ごめんなさい。どうしても、お話しすることは出来ません。今はまだ」

「そうか。なら、いい。

話せるときになったら……それこそ君がエヴァを降りたときにでも、酒の席でこっそり教えてくれよ。どんな夢物語でも信じてやるからさ」

「……ありがとうございます」

 

加持はどこまで感づいているのか、シンジにはまだ分からない。

だが、昔からずっと変わらない大人の余裕を持った彼の言葉には、急速に強い安心感を覚えていった。気付くと、表情は緩み笑みを浮かべていた。

 

そんなシンジを横目に、加持はポケットの中の煙草に火をともしていた。

 

「……煙草、吸うんですね」

「意外か」

「はい」

「大人になると色々あってな。俺もガキの頃は吸うまいと思ってたけどね、高いし。でもネルフってのは意外と高給取りになれてな、案外余裕があるんだよ。

どうだ、君も吸ってみるか?」

「えっ」

「冗談だよ。まあ吸うって言うなら止めないつもりだったが」

「そこはウソでも止めなきゃダメですよ」

 

シンジが呆れ顔に鳴ると、「はっは、お手厳しい」と加持は手を軽くホールドアップした。

 

「シンジ君。人ってのは、煙草みたいなもんだと思わないか?」

「はい?」

「誰がどうやっても、一度火が付いたら燃え続ける。

どれ程に隠したとしても、そこにあるという痕跡は隠しきることは出来ない。

それにモノが燃えるには空気がいる。そう……周りの環境も必要不可欠になる。

誰もが、周りの人間に頼って生きてる」

「……そういうものでしょうか」

 

暫く黙ってからのシンジの一言に、「そうさ。君とてそれは例外じゃない」諭すように、加持はそう続けた。

それからふぅ、っと煙を吐ききると、短くなったタバコを灰皿に押し付けた。

 

「煙草とヒトと共通する宿命として――確実にいつか終わりはやってくる。

煙草が燃え尽きるという現象自体は周りの空気を使わない。

孤独に、たった一人燃え尽きるんだ。既に中身のない吸殻と、僅かな塵と残り香を置いて燃え尽きる。

そしてどれほど上質な煙草としても記憶は風化し、いつかは忘れ去られるだろう」

「確かに……」

「考えてみると本当によく似てるよ、煙草と人は。

こいつは俺の考えだが、一部の人が煙草を好む理由のひとつはそのせつなさにあるのかもしれないな。

色々と理由はつけるが、結局のところ本能的に欲してるんだよ」

「そんなもんですかね」

「そうさ。だからこそ、必要以上に嫌悪する人も居る。煙たいだとか、そういう理由も多分にあるだろうが。同族嫌悪、ってやつだな」

「僕は煙草は嫌いじゃありません。好きでもないですけど」

「そう、君のようにどちらでもない人もいる。だからこそ人は面白い。そして、女も」

「女、って。やっぱり軟派じゃないですか」

「レイのこと、まだ追ってるんだろ?」

「……そりゃあ、追ってないと言えば……嘘になりますけど」

「いいじゃないか。君もまだ若いんだから、やりたいようにやってみるといい」

「……ありがとうございます」

 

加持のどこか忠告も含んだ激励の後、暫くの間二人は無言になった。

ただ、そこに気まずさを感じることはなく……安心の伴った無言であった。

 

やがて煙の香りがしなくなった頃になると加持は立ち上がり、どこからかスイカを取り出しシンジに見せつけた。

 

「……よし! 辛気臭い話は終わりだ。ところでこのスイカを見てくれ、コイツをどう思う?」

「すごく……大きいです」

「大きいのは分かったからさ、このままじゃ倉庫の収まりがつかないんだよな。よかったらお土産に持ってってくれ」

 

----

 

「いやぁ此間のニュース見たかいわんこくん」

「ん、何か面白いニュースでも?」

 

シンジとマリは、この日も音楽室でピアノを弾いていた。

 

今日は土曜日。半ドンの日ではあるが、なんとなく音楽室に立ち寄ったら、やはりマリがいたのだ。

それからはもう、ひたすらにピアノに明け暮れた。

鍵盤をひと押しする度に包まれる音のシャワーに、シンジはすっかり虜になっていた。

 

これは、今日に限ったことではない。あの放課後以来、なんとなく音楽室に立ち寄っては、二人でピアノを弾いてみたりする機会が増えていた。

マリ曰く「デート」らしく、それを説明する度にトウジやケンスケに強い詮索を受けるのが若干悩みのタネだったりもした。

 

だが奇妙だったのが、マナの様子だった。あれほどシンジに執着していた様子だったのが、今ではただの友人のように振る舞っていた。以前のようであれば、マリのこの「デート」を許容はしなかっただろう。

 

あの時何をしたかとかはなんとなく覚えているらしいのだが、「一時の気の迷い」というのがマナの言葉だ。

もっとも「まぁ、シンジはアリかな」とも付け加えられたので、それもちょっとだけ心のうちで燻っていたりしないわけでもなかったのだが。

 

「んー、私の好きなアニメの監督が変わっちゃってさ」

「アニメ、観るの?」

「そりゃもう……文化の一つとしてアニメは押さえておかないとっ」

 

今日弾いていたのは、マリ曰くその「好きなアニメ」のオープニングらしい。

 

「しかしまぁよくやるよ、人気に火が付いた要因の一つはこの監督の努力のたまものだってのに、その監督をのけものにするなんて」

「そんなにすごい人なの」

「二十一世紀でも現状、三本の指に入る位にはすごいんじゃないかな?

すごいんだよ、超低予算で作ったのに何百億も売り上げちゃってね。しかも所謂ステルスマーケティングとかじゃなくて、きちんと実力で面白い」

「へぇ……」

「そんな監督を降板させるとはカナガワも落ちたもんね、あっカナガワってのはそのアニメを作る親会社みたいなもんなんだけど。だってそうじゃない? 監督とか特に変えずにこのまま行けばコケちゃっても前作からのファンが金を落とすけどさ、こんな風に突然下ろされちゃったらその金も落ちないと思うんだよ」

「そういうもんかなぁ」

「そういうもんなの。……ま、私にはもうじき関係なくなるけどね……」

 

マリの呟きは、シンジには届くことがなく。

ただ、違和感を覚えなくもない。普段は自分と同じくらいな背中が、その時だけ幾分か小さくなったように感じられたのだ。

 

「……?」

「んーん。さっ、次はどの曲がいいかな」

 

ただ、シンジがその違和感に首を傾げたときには既に、マリの後ろ姿はいつものものに戻っていた。

 

そしてその違和感は、それからも続いた心地よさに飲まれ、すぐに消滅していくのだった。

 

 

やがて指に疲労感を覚え、その日の演奏会が終わると、時刻は午後四時。まだ少し早い印象もあるが、帰るにもいい時間ではある。

 

「さて、わんこ君」

「はい?」

「……今日はさ、本当に「デート」しない?」

「??」

「だから、デート。しない?」

 

マリの台詞を、2,3秒ほど咀嚼してから、

 

「……えっ!?」

 

シンジは驚きの声を上げた。

 

「いやだから、デートだって」

「でっでも、僕なんかと?」

「君だからいいのよ」

「そ、そうですか……」

「うむ。分かったら、返事は?」

「……まあ、放課後も予定ないし……いいけどさ」

「おっ? そうかい。意外と断らないのね」

 

ここ数日の演奏会で、マリとシンジはすっかり打ち解けてもいた。だが、こうして改めてデート、と言われると言葉も尻すぼみになってしまうというものだ。

 

「でもボディタッチはしないでくださいね」

「いけずぅ」

「するつもりだったんですか」

「あたり前田のクラッカー」

「いや意味が分かりませんからね」

「分からなくて結構。行くならほれ、はよ行こう!」

 

そう言ってマリは鞄を右手に持つと、余った左手で未だ鍵盤の上にあったシンジの手を引いた。シンジは突然手を引かれ、わわ、と声を上げながらなんとか鞄を拾い上げマリへついていった。

 

 

「デート」といっても、中学生の身分では行けるところは多くはない。

 

だが、それでも細やかながら、ゲームセンターに行ってみたり、レストランに行ってみたり、なんとなく季節のイルミネーションを見てみたりして、とやれることは多いものだ。

 

実際にシンジたちはそのどれもを実現した。

ゲームセンターではマリがパンチングマシンをぶっ壊したり、ホッケーを一人でやり出したりとシンジがとにかく圧倒される出来事が多数起こったり、

レストランではマリが異常な大きさのパフェを食べてシンジの財布がだいぶ軽くなったりと主にシンジの負担がだいぶ大きかったりもしたが、

 

「ね、見て」

「ん」

「綺麗ね」

「……そうだね」

 

光輝くイルミネーションを受けて眩しくなる笑顔を見ると、なんとなくどうでもよくなった。

 

「ね、わんこ君」

「?」

「人間って、すごいね」

「何を唐突に」

「歌だってそうだし、歌のない音楽も、ゲームも、映画も、テレビ番組も、絵も、そしてこんな飾りも。

何もかもが、すごく綺麗。こんなものを作り出せちゃうんだから、人間ってすごいよ」

「まあ、たしかにね」

「でも、こんなきれいなものを創る人もいれば、争う人もいる。不思議だよね、人間」

「……そうだね」

「私ね、思うんだ」

「?」

「みんな幸せになってほしいなって」

「??? まぁ、そうなれば確かにいいことだけどさ、みんなが幸せってのも難しいかもね。

……というか、今日の真希波、なんか変だよ?」

「あはは、ごめんねぇ。特に何ってわけでもないんだけどさ……焼き付けておきたくてね。この思い出を」

「……変なの」

 

マリの言動はいつも奇妙だが、今日はいつにもまして不思議だった。それはまるで、かの友渚カヲルを彷彿とさせるような。

そんな、不思議な雰囲気を感じ取らないこともなかった。

 

「さて、そろそろ私はいこうかな」

「ん、もうこんな時間か」

「うん。……あっ、そうだ」

「ん?」

 

帰ろうとしたマリは突然何かを思い出したように、シンジの方を振り向いた。

肩を持つと、シンジの瞳をじっと見つめる。

 

ねぇ、シンジ。マリは神妙な面持ちでシンジに顔を近づける。

 

「は、はい?」

 

普段と違う雰囲気の彼女に、思わず昔のように敬語に戻る。

 

「キス、しよっか」

「え」

 

そういってマリは、顔を近づけていく。シンジは突然のことに身体を固まらせた。

 

何より、このシチュエーション。どこかで覚えがある。思い出した。アスカとも、なんとなく適当なノリでキスをしたのを思い出した。

 

しかも、奇しくも全く同じセリフで。

 

身体は固まったままだったが、徐々に近づいてくるマリの吐息と、ゆっくりと預けられる体重にマリの本気を錯覚した。

それで思わず、目を瞑り……

 

 

それから、三十秒が経過する。

一向に待ち構えていた感覚が来ないことを怪訝に思ったシンジが目を開けると、マリが大笑いしそうになるのを堪えながらぶるぶると震えていた。

 

「……あははっ! 本気にした? ねぇ本気にしたかにゃ??」

 

どうやら遊びだったらしい。ほんのちょっと脱力感と、弄ばれたことに対するやり場のない怒りのようなものがふつふつと湧き上がってくる。

 

「ねぇ真希波、僕って実は仏じゃないんだよ。仏の顔も三度までって言うけど僕の顔の回数は知らないでしょ」

「え? じゃあどうする? キスする? それとも君とならその先までヤッちゃってもいいけど、する?」

「う」

「ほーら、返事に詰まった。可愛い」

 

強気に出ようとしたが、ダメだ。やっぱりマリにはかなわない。

ツン、と唇を人差し指で一突きされ、シンジはそれを確信する。

 

マリはまた後ろを向くと、再び歩き出した。今度はもう、こっちには戻ってくる様子はない。

 

「バイバイ。……楽しかったよ」

 

そう言ってひらひらと手を振りながら、マリはイルミネーションの中に消えていった。

 

シンジにはその様子が、なんだかとても儚げに見えた。

 

ただ、それだけだった。

きっと数ヶ月前なら、不審にすら思ったのだろう。だが平和になったという錯覚は、彼の察知能力をだいぶ鈍らせていて。

 

気付くとシンジの思考は、明日に待ち構える日曜日をどう過ごそうか、という至って平凡な話題へと移行しつつあった。

 

 

----

 

時刻は、午後十時。

シンジとマリが『デート』を終えて、別れた直後のことだ。

 

 

そこに居るはずのないチルドレンが、エヴァを前にしている。それは奇しくも、否、必然として白いワンピースを着用していた。

 

チルドレンは、マリは、誰もいない格納庫の中で赤いエヴァ、エヴァ弐号機を見上げている。

 

それは彼女にとって眩しい赤色だった。かつて一時を共にした惣流アスカのトレードカラー。

 

「んっふっふ。姫驚くだろうなぁ~。きっと私を罵倒するだろうなぁ~。『私の弐号機になんてことするのよ!』なんて。でも姫の罵倒はプラチナ物だからね、冥土の土産にゃ丁度いいかにゃ」

 

彼女は、あくまでも淡々としていた。死を前にしてなお、軽口を叩き口角は上がる。

 

彼女の目に、迷いはなく。涙もまた一粒もなく。

 

「でも、百合ってなかなか成就しないのねぇ。

リリンたちはいつもそう。愛をありのままに伝えても、同じ性別ってだけで決まって同じ反応をする。

わけがわからないにゃ。どうして人間はそんなに性別にこだわるのやら。

……マナちゃんを頼ってもそれを知ることが出来なかったのだけはちょっと残念か。まっ、仕方ない」

 

最後の一服、とばかりに戯言を呟き、溜め息を一つ。マリは宙へ浮いた。

それは、ジャンプしたりしたわけでもない。何か力を入れた様子もない。ただ、当たり前のようにそのまま浮遊し、そして弐号機へと近づいた。

 

「さてと、リッちゃんやマヤちゃんに見つかると厄介だからね……さぁ行くよ。おいで、アダムの分身。そして……碇シンジ君」

 

弐号機はマリに呼応し、咆哮を上げた。

 

 

その時、非常事態宣言は発された――――。




はい、第二十ニ話いかがでしたでしょうか。

これを皮切りに物語は終局へと向かいます。もう少しだけお付き合いください。

次回、第二十三話「最後の使者」。それでは次回も、サービス、サービス。


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