Fate/eternal rising [another saga] (Gヘッド)
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運命の日
今までの日常


はい!Gヘッドです!

初めての二次創作投稿です。

1話2話は主人公と周りの日常を書くつもりです。バトルは3話以降からの予定です。

(オリジナル聖杯戦争です。最初の方は結構グダグダで、バトルなんて全然ありません。後半になったらそこそこありますけど……。公式のサーヴァントと被っていたとしても別物として捉えてください。っていうか、今のところ一匹被ってます。作者は夜中に睡魔と闘いながら執筆している時もあります。崩壊しているかもしれません。字の間違い等を見つけた場合はご指摘をいただけると嬉しいです)

追記(3/29):この物語において、神とは絶対の存在であり、人間はおろかサーヴァントは絶対に勝てません。それ相応のことがない限り、絶対に勝つことなど不可能です。
また、魔力=生命力という解釈のもと話を進めます。そして、人それぞれ魔力が違います。血みたいなものです。その人なりの遺伝子が流れているみたいに、その人にはその人の魔力がございます。


  —————聖杯戦争。人々の願いを何でも叶えることができる万能の器。その聖杯を巡り、マスターと呼ばれる魔術師たちが殺し合いをした冬木市の聖杯戦争—————

 

  —————それはある一つの世界の話で起きた聖杯戦争である。しかし、その他の世界にも聖杯戦争は行われていた。これはそんな他世界(パラレルワールド)の物語—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとぉさん!おかぁさん‼︎」

 

 

  そう言いながら泣きじゃくったのを覚えている。

 

 

  幼い自分の小さな腕が母の足にへばりついた。母は俺の姿を目に焼き付けるようにじっと見つめ、目頭に涙を浮かべている。泣きながら抱き締め、歯を食いしばりながら俺の手を引き離した。父は後ろめたそうにして地を見ている。腰に携えた日本刀を手に母を待っていた。

 

 

  そして、二人は家に背を向けた。俺が二人のところへ行こうとしたけど爺ちゃんに止められてしまう。腕を伸ばしても、幼い頃の俺の小さな腕と手では二人に触れることもままならない。

 

 

  俺はただ泣きながら二人を見ていた。幼い子供の声が夜の街に響く。二人が俺の目の前から消えていくまでを何も出来ずに。その時の俺は無力であった。

 

 

  無力とは実に(むご)い。ただ、見ていることしか出来ないのだから。

 

 

  —————もう、何も出来ないのは嫌なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

  朝、俺はテーブルに座りながらテレビに流れてくるニュースを見ていた。天気予報を見ると降水確率は高いらしい。っていうか、もう降ってるし、雨。

 

「速報です。織丘(おりおか)市内でまた火災が発生しました。場所は◯◯◯の△△△にある□□□で、今年の冬に入ってからは織丘市周辺で数多くの火災が起きてしまっています。そのため、警察では連続放火魔の可能性もあると考え、事故と事件の両方で捜査を進めています」

 

 やだなぁ。世の中めっちゃ物騒になってるじゃん。放火なのかな。放火なら、俺の家だけは標的にしてほしくないわ。木造住宅住宅だし、簡単に燃えてしまいそう。まぁ、どうせ標的なんてされないでしょ。

 

  傘を持って学校に行きたくないなぁ〜、なんて思っていたら家のインターホンが鳴った。木張りの床の廊下にインターホンの音が響いている。

 

「ヨウ、今来たよ!」

 

  俺は時計を見た。7時15分。もう、そんな時間か。学校に行かないと。……憂鬱でしかないわ。

 

  俺はテーブルの上に置いてあったジイちゃん特製おにぎりを二個手に取って無理にカバンに詰め込んだ。そして、おにぎりの入った鞄を手に持って玄関の方に行き、(かかと)がへにゃへにゃになった黒い革靴を履く。コンコンと革靴を打ち付けて踵を平常に戻し、傘立てに置いてある柄の白いビニール傘を取ってドアを開けた。ドアの前に一人の男子が立っている。俺よりちょっと背の小さいメガネをかけ、同じ制服を着た男子。

 

「ごめん。待たせた?」

 

「ううん。今来たばっかだから」

 

  そう言うと彼は首を横に振った。

 

  この男は伊場(いば)正義(まさよし)。通称『セイギ』または『ジャスティス』。俺とは小さい頃からの幼なじみで、腐れ縁的な仲。実際、今現在、セイギと俺は同じ高校にいる。

 

 ちなみに、ジャスティスって呼んだら、彼の本気の飛び蹴りが鳩尾にやってくるから、俺はあんまりそう呼ばないけれど。

 

  家から学校までいつもは自転車で十五分くらいなんだけど、今日は生憎の雨。三十分くらいかけて学校に行く。

 

  俺とセイギは傘をさしながら学校への長い道のりをトボトボと歩いた。毎日の風景がいつもより遅く変わりゆく。視界には上から下に落ちる雨が数え切れないくらい映っていた。音は雨の音と車の音だけ。空から落ちてきた雨水が地面に当たって跳ねて、ズボンの裾が濡れてしまう。裾はペタンと俺の肌にくっつき、嫌な感覚である。

 

  セイギは不機嫌そうな俺の顔を見た。俺もセイギの顔を見た。セイギは俺とは違って嬉しそうな顔をしている。あんまり幼馴染の俺が見ないような満面の笑み。不機嫌な俺とは正反対と言えるほどにまで。

 

「嬉しそうだな」

 

  俺がそう言うとセイギは自分の顔を叩いた。それでも顔がニヤついている。

 

「金曜の夜にいいことがあったんだ」

 

「へぇ、どんなの?」

 

「秘密だよ!言うわけないじゃん!」

 

「女?」

 

「あ〜、うん。結構近い」

 

「は⁉︎マジかよ」

 

  いつものたわいない会話が(はず)む。雨の音に消されないように。それでも、雨は強く、地に跳ねた水が俺のズボンや靴下に()みてくる。

 

  それから二十分ほど。俺たちが通っている学校に着いた。

 

  織丘(おりおか)市立織丘高等学校。俺たちが住んでいる織丘市にある公立高等学校。交通機関はちゃんと近くにあるのだが、俺たちの住んでいる場所の近くには交通機関がない。だから、こんなにも歩かないといけないのだ。

 

  織丘市は海が近くにあり、かつ山も近くにある。またこの頃は交通機関もちゃんと通っているため市中央部の方は結構人気がある。しかし、俺たちの住んでいるところは市の外れ。(ゆえ)に、ここまで苦労している。だが、理由には他にもある。

 

「ヨウが歩くって言ったから歩いてるんだよ。大変すぎる」

 

「いや、電車を利用したくねーんだよ」

 

「何で?楽じゃん」

 

「いや、そうだけどさ……。色々あるんだよ。俺にも」

 

  理由を教えたくなどない。だから、セイギが俺に理由を教えろとせがんできたが、俺は「秘密」と言い返してやった。

 

  俺たちは上履きに履き替えて自分の教室へと向かう。俺とセイギは違うクラスであり、階も違う。俺はセイギと別れて自分の教室に行った。

 

  クラスにはまだ誰もいない。静かな教室。またそれがいいんだ。何をしてもいいし、何も言われない。好きなことを好きな分だけやれる。誰かが来ない限り。

 

  まぁ、俺は特にしたい事とかはないから寝るだけなんだけどね。宿題とかする気も無いし。

 

 俺は机の上に突っ伏して目を閉じた。腕と腕、そして机に密閉された空間に顔を埋めた。少しだけ光が腕の隙間から差し込み、俺の眠りを阻害してくる。そして、密閉された空間は息苦しい。

 

  …………。

 

  …………。

 

  …………。

 

  あああああっ‼︎誰も来ないから暇じゃねぇかッ‼︎俺はあれを待ってたんだよ‼︎クラスメートの誰かが教室に入ってきて「月城くん朝来るの早いねっ」って言う言葉をさぁ‼︎

 

  なんか、ただ寝て待っているのはつまらないので一発ギャグとかしてみた。

 

  右手を頭の上に左手を尻に置いて、窓に向かってこう言うのだ。

 

「—————ユゥッフォ(UFO)☆‼︎」

 

 俺がそう言った時教室の扉が開いた。クラスメートの雪方(ゆきかた)撫子(なでしこ)である。このクラスの委員長だが、何処(どこ)か近寄りがたい雰囲気を放つ彼女。そんな雪方が扉の所で立ち尽くしている。

 

「あっ、見、見てた?」

 

「う、うん……。あ、朝起きるのは、早いね……」

 

「え?あ、ああ。まぁね……」

 

  いやいや、気まず過ぎるからッ‼︎俺、こんな雰囲気全然望んでないからね!早朝から学校に来て、やっていることが一発芸とか洒落にならないから!

 

  全然嬉しくない褒め言葉を貰った俺はとりあえず寝たふりをする。トマトのように赤くなった俺の顔を見られたくなかったから。

 

  俺と雪方が二人っきりで教室にいた時間がすごく長く感じられた。スズメの鳴き声を何回聞いただろうか。雪方は宿題をしていた。今日提出の英語の宿題。時々俺を見てくる時の視線がすごく痛い。

 

  次に教室に入ってきたのはルーナ・フィンガルである。イギリスから留学してきた女の子。彼女の血の四分の一の血が日本人の血である。いわゆるクウォーターってやつ。

 

  ルーナは教室に入ってくると鞄の中からあるものを取り出す。彼女の指に嵌められた金色の指輪が美しく光を反射させている。彼女は俺にこんな事を訊いてきた。

 

「あのっ、陽香(ようか)さん!これ何でできているんですか?」

 

  ルーナは取り出したものを俺の前に出してきた。つーか、陽香って呼ぶなよ。女の子っぽいじゃねぇか。

 

  鞄の中から取り出したのはさきいかである。彼女はさきいかを美味しそうに噛んでいる。

 

「これは美味しいです!噛めば噛むほどUMAMIが出てきます!いつまでも噛んでいられます。で、何なんですか?これは」

 

「ああ、それはイカの乾燥したやつだよ」

 

  俺はルーナに教えたから一本さきいかを貰った。噛めば噛むほど味が出る。酒を飲んだことがない未成年が酒のつまみを理解しようとするときに、まず一番最初に食べるのはさきいかだろ。噛み過ぎると味は出尽(でつ)くしちゃうけど。

 

  その後、教室に人がゾロゾロと入ってきた。そして、朝のホームルームの時間にはほぼ全ての人が集まった。

 

「は〜い。起立〜!」

 

 

 

 

 

 

 つまらない日常、それが本当に素晴らしいと気づく日の朝であった。恙無い日々はもう俺の目の前から去りゆくことなどを俺はまだ知らない。




主人公は月城(つきしろ)陽香(ようか)くんです。

人物紹介は3話以降にします。


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忍びよる影

はい!Gヘッドです!

今回のラストぐらいからバトルっぽくなってきます。


 放課後、俺はセイギと一緒に、また同じ道を歩く。いつもの道が物凄くだるく思えた。

 

 雨はもう降ってはいない。それでも、俺は歩かねばならないのだ。朝、雨が降っていなければ自転車で帰れたのにと考えてしまう。道の上にある水たまりを避けながら通る道。向かいの道ではランドセルを背負った子供たちが水たまりで遊んでいる。子供たちの無作為で無邪気な笑顔が水たまりに映っていた。

 

 俺はそんな子供らを見ていて、少しだけ疑問を持った。俺にもあんなに無邪気に笑う時はあったのだろうかと。

 

 でも、俺は考えるのをやめた。自分の子供の頃の記憶はあまりにも少ない。何が起きたのか、自分は何をしていたのかというような記憶が全然ないのだ。

 

 ただ、一つだけ覚えている記憶がある。それは俺が唯一覚えている父さんと母さんの記憶。でも、それは父さんと母さんが俺から離れようとしている所である。俺が泣きじゃくって母さんにしがみついて、爺ちゃんはそんな俺を母さんから引き離す。母さんも涙を流していた。そして、父さんと母さんは何処かへ行ってしまった。—————俺の知らない何処か遠くへ。

 

 これが十数年前の(わず)かに覚えている記憶の断片(だんぺん)である。

 

 俺はあの時、何で泣いてたのかも覚えてない。けど、今なら推測はできる。

 

 父さんと母さんは『聖杯戦争』へ行ったんだ。と言っても聖杯戦争がどのようなものなのかも俺は詳しくは知らない。ただ、爺ちゃんが酒を飲んだ時にその言葉をぽろっと俺に言ってしまった。その時、俺は聖杯戦争の存在を知ったのだ。何でも、人の願いを何でも叶えられるものだとか。

 

 ……まぁ、どうせ空想上の存在だとしか思っていないし、本当にあるのかという真偽(しんぎ)(さだ)かではない。

 

 ただ、本当にあるとすれば、父さんと母さんに会いたいという願いを叶えたい。一度だけでいいから。

 

 俺たち二人はトボトボといつもの帰り道を4分の1倍速で歩いていると、何となくだけど視線を感じた。まるで、自分が獲物に狙われたような気がした。恐ろしいほど、一瞬の殺気を感じたのだ。

 

 すると、セイギがこんな事を言い出した。不気味にまで思えた殺気を打ち消すかのように。

 

「—————あっ、そういえば今日は用事があったんだ。だからさ、今日は僕はこっちで帰るから」

 

「え、あぁ………。そっちって赤日山の方じゃねぇの?」

 

「まぁまぁ、いいじゃん。じゃぁね〜」

 

 セイギの返事は少し曖昧(あいまい)だった。けど、俺の考えの中にはクエスチョンマークがつくことはなかった。いつものセイギとなんら変わりはない。だから、いつもの日常が少しずつ変わり始めているのに俺は気付かなかった。

 

 セイギと別れた後、俺は家への道を寄り道せずに帰る。寄り道などしても何にも面白いものなんてない。毎日が白と黒だけで表現できる。

 

 家に帰ると爺ちゃんがいた。爺ちゃんは竹刀(しない)を持って玄関の前に立っている。こりゃ、今日もなのか。

 

 爺ちゃんは険しい顔をして俺を見た。というより、不機嫌そうな顔。多分、また道場で何かあったな。

 

「おい!ヨウ‼︎どこへ行っていた⁉︎」

 

「いや、学校だよ……」

 

「遅いじゃないか!」

 

「だって雨降ってたんだから自転車で通学できなかったの!」

 

 俺がそう言うと爺ちゃんは竹刀を地面にパンッと叩きつけた。

 

「まったく、最近の若いもんはなぜこうもダラけておるのだ⁉︎日本男児としてあるまじき醜態(しゅうたい)じゃ‼︎」

 

「まぁ、俺は今現在の日本男児だからね」

 

 そんな事言われた爺ちゃんはまた決まり悪そうな顔をした。「けしからん‼︎」って言いながら庭の方に移動する。その隙に、俺は玄関から家に入って二階にある自分の部屋に行く。

 

 そこで俺はふぅと一息をついた。

 

 爺ちゃんは自分の道場を持っていて、そこで先生をやっている。それだけあって、爺ちゃんが竹刀を持ったら俺みたいな武道を本格的にしていない俺はまず勝てない。だから、俺は爺ちゃんの機嫌を(そこ)ねないように努力している。

 

 けど、この頃爺ちゃんの道場から辞める人が続出しているらしく爺ちゃんはいつも機嫌が悪い。なんでも、爺ちゃんが厳しすぎて嫌になる程だとか。

 

 爺ちゃんが機嫌を損ねてしまうと、つけは俺に回ってくる。そういう時こそ、『相手にしない』が役に立つ。実際に、この手の方法で何回か生き延びている。

 

 俺はまた爺ちゃんが何かグチグチ言わないうちに、夕食の用意と風呂の支度をした。さて、今日は何を作ろうか。

 

 いつもの日常。

 

 そんな日常は俺の目の前で過ぎていた。

 

 でも、そんな日常の中に非日常があって、その歯車も俺の目で見えない所で確かに回っている。

 

 俺は、多分その歯車に巻き込まれたんだ。

 

 日常が日常でなくなったのはここから7時間後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—————アーチャー、命令よ」

 

「何だ?またか?まったく、俺のマスターは人使いが荒いな。美人と言われても性格がこれじゃぁなぁ……。そんなに俺に命令をさせたいなら令呪でも使ってくれ」

 

「嫌よ。私、結構出し惜しみするタイプなの」

 

「…………はぁ、分かったよ。今回で最後だからな」

 

「ええ、今回あなたにやってきてもらうあの任務はもう最後よ」

 

「じゃぁ、他のサーヴァントはもう召喚されたのか?」

 

「ええ。だから、あなたには最後のサーヴァントの魔法陣を破壊してもらうわ。まぁ、できればサーヴァントを殺して欲しいのだけれど、あまり大事(おおごと)にはしたくないから」

 

「分かった。じゃぁ、決行の時刻は勝手に決めていいんだろ?」

 

「ええ。なるべく早くね。……この織丘は私の場所なの。だから、誰にも壊させないし、戦争なんて起こさない—————」

 



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アーチャーという男

はい!Gヘッドです!

今回からバトル始まりますね。




 今夜は下弦の月。その光は明るく幻想的だが、どこか暗く寂しいものである。

 

 十二時半、テレビを見ていた。爺ちゃんは早く寝ろと言っていたが、その爺ちゃんが寝てしまえば怖いもんはない。居間で横になりながらテレビを見ている。テレビでは酒蔵(さかぐら)の話をしていた。

 

 俺の家には蔵がある。庭の端っこにちょこんと建っている小さな蔵。爺ちゃんからは近づくなと小さい頃から言われていた。でも、なぜだかはわからない。なぜ近づいたらダメなのかがわからない。理由を尋ねても、爺ちゃんはまだ早いの一言で俺を一蹴する。

 

 理由を教えてもらうことがない。それは教育上一番やっちゃいけないことだと俺は考える。多分、知ってしまうと苦悩するから言わないのだろう。それでも、子供は、辛い現実を知ることにより、もっと強く、そして一回(ひとまわ)り成長すると俺は信じてる。だから、理由を教えないのは子供のためなんかじゃない。親の元から子供が巣立っていくのがが辛いだけなのではないのだろうか。

 

 俺がポ◯キーを寝そべりながら食ってたら事件は起きた。

 

 いきなりバンッと何かが爆発してガラガラと倒壊する音が聞こえた。その音は結構近い場所からだと俺は感じる。庭であろう。俺は現場に行こうか、爺ちゃんを起こしに行こうか迷ったが、現場に行くことにした。だって、爺ちゃんを叩き起こしたら絶対に明日は機嫌悪くなる。

 

 —————でも、後々になってわかる。明日の心配なんてしている暇はない。今、生きる事こそが精一杯だと。

 

 俺は庭に出た。町の外れに住む人が全然いないから地価がめちゃくちゃ安い大きな庭。だからこそ庭がこんなにも広いのだ。町外れに住んでいる人の特権である。

 

 そんな大きな庭に一人の男が立っていた。その男は倒壊した蔵を見ているのである。家の中の光に男は照らされ、白い髪が晩秋の風に揺らされている。蔵は原形をとどめていない。もう、木材とコンクリートの破片になってしまっており、もう瓦礫(がれき)の山になっていた。男はそんな瓦礫の山の中をいきなり(あさ)りだした。

 

 俺はその光景を見た瞬間、頭が真っ白になってしまった。謎の行動をしている男を見かけ、不法侵入されているということに驚きを隠せないでいる。俺は頭が真っ白になっていた時、つい口がこう動いてしまった。

 

「お、お前。な、何をやっているんだよ。誰だ?お前は」

 

 男は俺の声を聞くと俺をギョロッと見た。俺はその時、腰を抜かしてしまったのである。怖かった。あまりにも怖かった。殺されるんじゃないかってぐらい怖かった。そいつの目は鋭い針のように俺の心を突き刺し、彼から感じられる殺意が俺の身の毛をよだたせる。

 

 俺はそいつと目を合わせた瞬間、人生で一番ヤバいって思ってしまう。そして、俺は恐怖した。

 

 死が間近に感じてしまったのである。

 

 男は俺を目にすると、「やれやれ」と言いながら俺の方に近づいてきた。

 

 一歩、一歩と男が近づくごとに、俺の頭の中はこんがらがってくる。

 

 何なの?誰なの?何をしに来たの?何をするの?蔵は何で破壊されたの?破壊したのは誰なの?何で蔵を漁りだしたの?何で近づいているの?何でこんなにも怖いの?何で俺は怖気付(おじけづ)いているの?

 

 俺の頭の中には疑問がたくさん浮かんでいた。足が動かない。動けと思っても怖くて動きやしない。頭だけがぐるぐるとこんがらがりながらも動いてた。

 

 男は近づきながら俺にこう語りかけた。

 

「お前は不運だな。俺はお前を殺さなきゃいけなくなった。すまないな」

 

 俺はその言葉を聞いていたが、理解していなかった。出来なかったのである。いきなり殺すなんて言われて、理解など出来るはずもない。ただ、鵜呑みに出来ない今の目の前の現状をゆっくりと細く噛み砕きながら飲み込んでいく。それでも、時間が必要である。

 

「お前は見てはいけないものを見てしまったんだ。まぁ、人生不幸がつきものだ。それは俺も経験をしている。だから、お前の気持ちはよくわかる。だから、お前のさっきの問いに答えてやるぐらいのことはしてやろう。我が名はアーチャー。聖杯戦争の被害を縮小するために探し物をしている。まぁ、今答えられるのはそれだけだ。あとは、あっちの世でお前にあったら色々教えてやるよ」

 

 俺が彼の言葉を理解する間も無く、アーチャーと名乗る男は俺にそう言った。でも、その言葉も全然理解出来ない。

 

 彼は(クロスボウ)を手に持ち俺に向けた。その男の行為が俺を一瞬で冷静にさせたのである。

 

 今まで何がなんだかわからなかった。頭の中が疑問符で埋め尽くされていた。けど、ある言葉が俺の頭の中に浮かんでいた疑問符を掃除機のように全て吸い込んでいく。

 

『—————俺は殺される』

 

 殺される。そしたら何もかも終わりだ。考えていても意味がない。『なぜ?』よりも『どうすれば?』を考えて、実行しなければならなかった。そうしなければ、俺は死ぬだろう。

 

 クロスボウを向けられたこと自体にまず疑問符をつけることはできた。けど、しなかった。

 

 まずは俺の目の前にいるこの男から逃げなければならない。俺は冷静に考えた。

 

 男がクロスボウの引き金に指をかける。俺は床に手をついて、膝を曲げた。男が引き金をちょっと引く。その時、俺はクロスボウを(はた)いた。

 

 クロスボウの矢は俺に当たらず、地面へと突き刺さる。俺は男のクロスボウを叩いたらすぐに立ち、全力で回り込んだ。そして、人生の今までの中で一番といえるほど、右足に力を込める。

 

 俺の母さんは魔術師だった。だから、俺はほんの少しだけ魔術を使える。まぁ、使えるといっても『解析』と『強化』だけ。だけど、今はそんな使える使えないを考えている暇などなかった。とにかく、この場から逃げなければならなかったのだ。

 

 だから、俺は力をためた右足に魔術の『強化』の付与を付ける。

 

「—————我・身体強化(パワーエフェクト)‼︎吹っ飛べッ‼︎」

 

 俺は全力で男を蹴った。渾身(こんしん)の一撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のはず……だった……。

 

 けど、なぜか痛みは俺の方にあった。

 

 俺の右足に蹴れた感触がない。

 

 俺の腹に相手の足がめり込んでいた。

 

 蹴られたのは俺である。

 

 男は顔の表情を一切変えない。人を(あや)めることを躊躇(ちゅうちょ)していないように見える。

 

「ほう、魔術を使えるか。だが、魔術なら俺も使える。お前だけだと思うなよ」

 

 男が俺を蹴り飛ばした方向は残骸(ざんがい)となった蔵の方だった。俺は蔵のところまで蹴り飛ばされる。男はクロスボウの矢を装填(そうてん)しながら俺に近づいて来た。俺は反撃、または逃げようとしたけれど、蹴られたところが鳩尾(みぞおち)で、どうもすぐには立てそうにない。

 

 俺は手の届くところにあった木片を男に向かって投げるが、男はそれを簡単にかわす。

 

 男はまた俺にクロスボウを向けた。

 

「次こそは終わりだ。まぁ、自分の蔵と一緒に死んでくれ」

 

 男が俺に向けたクロスボウの矢はギラリと光る。狙うは俺の心臓であろう。

 

 俺は内心諦めていた。ヤバイと思いながらも、この状況を打破できないと思っていた。

 

 けど、死にたくない。その思いが強かった。

 

 俺は願った。

 

 死にたくない。

 

 男がクロスボウの引き金に指をかける。

 

 死にたくない。死にたくない。

 

 男が引き金をちょっと引く。

 

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 男が引き金を引く。

 

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 矢が俺に向かって飛び出した。

 

 

 

 死にたくない。

 

 

 

 

 

 その時である。俺は何処(どこ)からか声が聞こえた。

 

「—————あなたはまだ生きたいか?」

 

 女性の声。とても優しく、()き通るような声。

 

 その声に俺はこう答えた。

 

「生きたい」と—————。

 

 男が放ったクロスボウの矢が俺の心臓に向かって飛んでくる。

 

 俺は目をつぶった。

 

 

 —————ああ、死ぬんだ。

 

 

 

 

 

 何かが(はじ)ける音がした。金属の弾ける音である。

 

 俺の体に痛みはなかったし、死んでもいなかった。

 

 俺は生きていた。

 

 俺はゆっくりと目を開けた。すると、俺の目の前には金色の鎧を着た女性が立っている。その女性の手にあるのは剣であった。

 

 女はクロスボウを持った男にこう聞いた。

 

「私のマスターはあなたですか?」

 

 そう聞かれた男は少し笑った。

 

「私か?私ではない。私はお前と同じ(たぐい)だ」

 

 女はそれを聞くと、俺の方を向いた。

 

「では、あなたが私のマスターですか?」

 

 俺はその言葉に何も答えられなかった。ただ、俺の右手には赤い3本の線が浮かんでいるのであった。

 

 その時、俺は聖杯に手を伸ばすことになったのである。

 

 特に大きな望みもないまま、俺は聖杯戦争の舞台に降り立った。



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巻き添い

はい!Gヘッドです!

今回は特に言うことありません。


 俺の目の前に突如(とつじょ)として現れた女。剣を(たずさ)えていて、金色の鎧を着ているが、髪は黒髪でどこか可愛らしい女性。でも、何かとてつもない(オーラ)を感じる。

 

 女は剣を構えた。その女を見て、男は少しため息をつく。

 

「はぁ、失敗してしまった。これでは俺のマスターに怒られてしまう」

 

 男はやれやれと言いながらクロスボウを俺から女へと向けた。

 

「まぁ、その首を持っていけば別の話だが。すまないが私のために死んでくれ。俺はあまり犠牲が好きではないんだ。だから、その男を殺したくはない。死んではくれぬか?セイバーよ」

 

 アーチャーは女のことをセイバーと言った。女の名はセイバーと言うのだろうか。

 

 女は男に剣を向けた。

 

「すいませんが、私にそれはできません。私にはどうしても叶えたい願いがあります。それはサーヴァントであるあなたも同じでしょう?」

 

「いや、私は特に願いはないさ。私はなんとなく参加したのだ。面白そうだったからな」

 

 しかしどうしたことか、アーチャーはセイバーにクロスボウを向けていたが、彼はセイバーの目を見た。そして、青く透き通るような目、そして彼女から感じられるオーラを見て、何かを悟ったようにクロスボウを地面へと向ける。

 

「今、俺はお前と戦ってもいいが、そうしたら面白くないだろうな」

 

「面白くない?」

 

「ああ、そうだ。お前のマスターは今、戦闘不能状態だし、まず聖杯戦争を理解していない」

 

 聖杯戦争。その言葉が俺を震わせた。母さんと父さんが身を投げた聖杯戦争。なぜその名が今出てきたのかが俺には理解できなかった。

 

「だから、俺は今、お前らとは戦わない。お前のマスターが大変な目に巻き込まれたと自覚してなお俺の目の前に来た時、俺はお前の相手をしよう。それに、お前もその方がいいだろう?マスターが何にもわかっちゃいないんだからな」

 

 アーチャーはそう言うとセイバーに背中を見せた。

 

「私に背中を見せる事は侮辱(ぶじょく)として受け取っていいのですか?」

 

「どうぞご勝手に」

 

 アーチャーは怖気づいている俺を見る。そして、彼は俺の首に当たらないギリギリのところに矢を放った。

 

「—————おい、セイバーのマスターよ。今度、お前と会った時はその矢がお前の首に当たると思え。そして、お前はそれほどのことをされようとも動じてはならぬ。お前は今さっき聖杯戦争という地獄に足を踏み入れてしまった。それは偶然かもしれないが、それも運命だと思ってくれ。後、気になることがあればセイバーにでも聞くといい。今日からそのセイバーという女はお前の使い魔だ。生きるために使うといい」

 

 アーチャーはそう言い残して、どこかへ消えていった。満月の夜、月に照らされずに彼は俺たちの目の前から消えてしまったのである。

 

 アーチャーが消えるとセイバーが俺の体を起こした。

 

「大丈夫ですか?マスター」

 

 全然大丈夫じゃねぇよと思いながらも俺は「大丈夫だ」と返事をした。

 

「大した怪我ではないようです。立てますか?」

 

 セイバーは俺に手を差し伸べる。俺はその手を掴んだ。女の子に立たせられるのは少し男として恥ずかしく思えてしまう。そんな俺が下を向いていると彼女は俺の顔を覗き込んできた。

 

「どうしたのですか?」

 

 白い顔と綺麗な黒い髪が俺の顔の目の前にいきなり現れた。ビー玉みたいに青い目が俺を見つめてくる。

 

 が、別に俺が惚れたというわけではない。ただ、腹の一番キツイみぞおちを蹴られて痛かっただけ。断じて、可愛くて目をそらしたとかじゃない!

 

「ちょっと、腹がヤバイ‼︎マジで、息が苦しいわ」

 

「ええっ⁉︎そ、それは!ど、どうすればッ⁉︎」

 

 セイバーは俺の背中を優しくさする。吐き気を(もよお)した。

 

 そして数分後、俺はなんとか回復した。回復すると、今までシャットアウトしていた疑問がドバァッと勢いよく出てきた。

 

「君は誰?あいつは誰?君たちは何でここにいるの?何でいきなり目の前に君が現れたの?何で聖杯戦争の名があるの?何で命狙われたの?剣とか銃刀法違反じゃないの?」

 

 俺の頭の中に返り咲くクエスチョン。クエスチョンの曲がりのところが他のクエスチョンと(から)まって(いびつ)な形の花となる。

 

 俺のいきなりの問いにセイバーも戸惑う。俺が本当に何にも知らないポンクラ野郎だから、セイバーは何から話していいのかわからない。

 

 セイバーは剣を(さや)に収めた。金ピカの鎧はいつの間にか緑色の服になっていた。これは確かドイツの民族衣装だったような……。ディアンドル……だったっけ?

 

「—————私の名前はセイバー。剣士のサーヴァントです」

 

「サーヴァント?何それ?」

 

「えっ?それも知らないんですか?……はぁ、参りました。まさか、私のマスターがここまでこの聖杯戦争に無知だったとは」

 

 そりゃ、どうもすいませんね‼︎

 

 俺はそれから朝までずっとセイバーに聖杯戦争の事を教え込まれた。セイバーがなぜここにいるのか。なぜ俺はアーチャーに命を狙われたのか。聖杯とはどのようなものなのか。

 

 ただ、セイバーが答えられなかった質問が二つあった。一つはセイバーとは仮の名前だと言う。俺が名を聞こうとするとセイバーは口を割らなかった。そして、もう一つはなぜ俺が聖杯戦争に参加しなければならなかったのか。まだ俺は魔術なんか全然使えないし、魔術師としては半人前以下の存在。なのになぜ俺が聖杯戦争に参加してしまったのか。それが俺にはわからなかった。

 

 朝、日が昇りはじめる。すると、セイバーはすうっと俺の目の前から消えた。どうやら霊体になっているらしい。

 

「ヨウ、あなたには何か願いはないのですか?」

 

 俺は少し考えてみる。そしたらふっと頭の中に浮かんできた俺の願いがあった。

 

 父さんと母さんに逢いたい—————

 

 けど、俺はその答えを心の奥底にそっとしまった。

 

「まぁ、世の中ハーレムにすることとかかな?」

 

 セイバーは深いため息をついてこう言った。

 

「はぁ、心外です。なぜ私のマスターはこのような人なのか」

 

「いや、もう決まったことなんだし」

 

「まぁ……そうですね」

 

 俺は後ろを振り向いた。倒壊した蔵。俺がこの蔵の近くにいると責任を取るのは俺になるだろう。

 

 俺は爺ちゃんが起きる前にさっさと自分の部屋へと戻った。そして、俺は自分に自己暗示をする。俺は何も知らない。俺は何も関係ない。蔵のことなんて知らないと。

 

 そして、俺はベットに寝っ転がり、それから俺はなんだか、うとうとと眠くなったから目を閉じた。それからのことは覚えてない。

 




じゃぁ、人物紹介でも

月城(つきしろ)陽香(ようか)

身長:171センチ
体重:62キロ
座右の銘:一度手放したらもう二度と手に入れられない

一応本作の主人公であり、セイバーのマスター。今は父方の祖父と二人で暮らしている。

現在高校二年生。成績は中の上くらいで運動神経は結構いい。顔もなかなかなのだが、作中ナンバーワンのひねくれ者。そのため聖杯戦争に参加しているのにもかかわらず肝心のやる気は皆無。

人から物を盗むことが非常に上手く、『盗み』というスキルだけだったらサーヴァントでさえも(あざむ)くことができる。しかし、これは彼の癖であり、人ごみの中にいると無意識にしてしまう。そのため、彼自身が人ごみの中に行きたがらない。

彼の父親の家系は『月城流剣術』を編み出した武士の家系らしい。その剣術は折り紙つきで時代の変わり目にはいつも関わりがあったとか。主人公はその中でも天才と言われていたのだが、あることをきっかけに剣術をきっぱりとやめてしまった。

母の家系は代々神に仕える巫女など。それは魔術師となんら変わりはない儀式などを行う。しかし、母の家系の巫女は少し特別なんだとか。


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前哨戦
朝になって


はい!Gヘッドです!

今回は特に言うことはありません。


 一階にいる爺ちゃんがうるさい。まったく、なんでこんなにうるさいんだ。

 

 俺はそう思いながら目を開けた。そして、俺は今まで見ていた夢を思い出す。やけに鮮明な夢。寝起きだからこんなにも綺麗に覚えているのだろうか。

 

「あの夢は怖かったなぁ。命狙われたからな」

 

 俺はムクッと上半身を起こす。すると、椅子の上に誰かが座っていた。俺の背中がゾワッとした。

 

「おはようございます。ヨウ」

 

 椅子に座っている女は俺に挨拶をするから、俺も面識があるように「ん。おはよう」なんて言ってしまった。

 

 ……ん?こいつ誰?どこかで見たことがあるような顔。

 

 俺はその女の顔をまじまじと見る。黒い髪に、青い綺麗な瞳。服は緑色のドイツの民族衣装みたいな感じ。

 

「……き、君誰?」

 

 俺がそう聞くと女の人は「はぁぁっ⁉︎」と驚く。あんまりにもデカイ声だから下まで聞こえてしまうのではとも思った。まぁ、爺ちゃん耳悪いから聞こえないと思うけど。

 

 女は俺に熱心に語りかけた。

 

「いいですか?私の名前はセイバーです!」

 

「セイバー?ああ、そう言えば夢の中にもそんな奴いたな。お前とすごく似ていた……」

 

「は?夢?」

 

「いや、夢の中にいたんだよ。なんか俺が聖杯戦争ってのに参加しなくちゃいけなくなって……」

 

 セイバーは寝起きの俺に(あき)れる。そしてセイバーはため息をつきながら俺にこう言い聞かせた。

 

「あの、ヨウ。それは夢ではありませんよ」

 

 俺はまさかと思う。けど、夢でないことがすぐに判明した。セイバーが俺の目の前から姿を消して見せたのである。それでも、彼女とは話せた。それは夢の中と同じで、霊体化という現象と同じなのである。

 

 それだけではない。起きて顔を洗おうと一階へ降りた俺の目に飛び込んだのは崩壊した蔵。しかも、崩壊した形、現状が夢の中とほぼ一致。さらに、夢の中という可能性を打ち消した物があった。それは、矢である。矢が木片に刺さっていた。この矢はあのアーチャーとか言う男が使っていた矢と一緒のものである。俺は、その矢を爺ちゃんに見られないようにそっと回収した。あくまで人為的な事ではないと思わせるために。

 

 一旦(いったん)、俺はトイレの便座の上に座って頭の中を整理することにした。

 

 あれ?俺が夢だと思っていたことが現実だったのか?では、セイバーがあの時説明したことは全て本当のこと?俺は命をかけてでも聖杯戦争に参加しなくちゃいけないのか?

 

 ……マジか……。

 

 俺が絶望の(ふち)に立たされている時に、セイバーは俺の頭の中に話しかけてきた。

 

「これはサーヴァントが持つ意思疎通能力です。これはサーヴァントのマスターにしか使えない能力です」

 

「じゃぁ、思うだけで喋れるの?」

 

「ええ、そうです。では今からあなたにある事を教えます」

 

 セイバーは俺に(かつ)をいれた。

 

「これは全て現実なんです。ありえない事実かもしれませんが、これが聖杯戦争です」

 

 セイバーの言葉はキツかった。けれど、薄々、聖杯戦争とは人を殺してしまうほど危険なんだと勘付いていた。人の願いを何でも叶えるんじゃない。ただの殺し合いだってことに。

 

 でも、俺はそれを否定したかった。自分の両親が殺し合いに参加したなんて思いたくない。こんな危ない儀式に参加する必要なんかなかった。なのになぜ俺の両親は参加したのか。そこがすごい辛かった。

 

 俺は便座の上で頭を抱えた。これからどうしようか。だって殺し合いなのだろう?なら外に出てはいけないのではないのか?外に出たら本当に標的とされてしまうかもしれない。

 

 家から出ないとかでもいいかな?俺がそう思う。しかし、その考えはセイバーに丸わかり。

 

「ヨウ。それはダメです。不覚ですが、アーチャーにはこの場所を知られてしまいました。なので、今この場所に居続けるのは何かと不利です。それに、聖杯戦争に参加する者は朝に攻撃を仕掛けることはまずありません」

 

「何で?」

 

「朝は関係者以外の人に見られる確率が高いのです。私たちは一般人に見られてはいけない存在です。ただでさえ、今ここにいてはいけないのですから。なので、見られてはいけない。それが、聖杯戦争の全マスター共通のルールでもあります」

 

「じゃぁ俺が命を狙われたのは……」

 

「あなたが見てしまったから」

 

 じゃぁ、もし俺があの時アーチャーのことを見なかったら今、俺はこうして悩む必要もない。普通に学校に行っている時間だ。

 

 ……あっ、学校。学校に行かなきゃ。完璧、忘れてたわ。

 

 俺はトイレから出て急いで制服に着替える。食卓に無愛想(ぶあいそう)に置かれているトーストを口にくわえて家を出た。

 

 俺が急いで家から出て、玄関の近くに置いてある自転車に小さな鍵を挿してガチャッと回しロックを解く。俺の電動ママチャリの荷物入れに学校指定のカバンをドスッと入れた。口に入れたトーストを押し込んで飲み込む。自転車にまたいで学校への道のりを進もうとした。

 

 セイバーは学校を知らないらしい。彼女の時代には学校がなかったのだろうか。それとも彼女自身が学校に行けない身分だったのか。まぁ、昔のことは全然知らないから憶測(おくそく)でしかないのだけれど。

 

「学校ですか……。そこはどのくらい人がいるのですか?」

 

「全校生徒で500人弱。一つのクラスで30〜40人くらい」

 

「そこは面白いですか?」

 

「う〜ん、微妙。面白い所は面白いけど、つまらないところはとことんつまらん。まぁ、勉強とか、勉強とか、勉強とか」

 

「ほとんど勉強じゃないですか」

 

「現代の子は勉強いっぱいさせられてるの」

 

 俺がそういうとセイバーは何も言わなかった。俺のこの言葉は少しセイバーにはキツイ言葉だったであろうか?

 

 二人とも何も言わない。風の音とタイヤが回る音しか聞こえなかった。時代の差がそんな空気を作ってしまう。

 

 すると、セイバーがボソッとこう言った。

 

「時代が変わるとここまで世界は変わるのですね……少し、寂しい感じがします」

 

 セイバーは霊体になっているから姿は見えない。でも、顔をうつむけているのだとわかった。彼女は今、時が過ぎて変わり果てた世界にいる。何もかも新しい。懐かしさは微塵も感じないような見知らぬ場所で、いきなり過ごすのは辛いだろう。

 

「まぁ、変わんねぇもんもあるけどな」

 

「えっ……?あるんですか……」

 

「ああ。あるぞ。でも、教えてやんね。自分で探せよ」

 

 俺は自転車目的地に着いたので自転車をとめた。鍵をかけずに、道の端っこに置く。俺が来たのは学校ではない。今、俺の目の前にあるのはただの一軒家。

 

 セイバーは姿を見せた。そして物珍しそうにその一軒家を見る。

 

「これが学校ですか?」

 

「なわけねぇだろ。これが学校だったらどんだけ人がこの建物の中にいるんだよ」

 

「ち、違うのですか……。で、ではここは?」

 

「セイギの家。俺の友達の家。いつも一緒に学校に行っているけど、今日はそいつに会わなかったからここに来たんだ」

 

 セイギは遅れることはあっても来ないことなんて絶対にない。それに、今日は休むという連絡もセイギからは来ていない。セイギにしては珍しく寝坊であろうか?

 

 セイバーは友を心配する俺を見てプスッと笑った。

 

「ヨウみたいな人でも友達っているんですね」

 

「いや、俺みたいなのでも一人くらいはいるわ」

 

「一人だけなのでは?」

 

「うっせぇ、黙ってろ。これ以上喋ると令呪使うぞ」

 

「…………」

 

「いや、マジで黙んなよ。張り合いねぇだろ」

 

「そんなに友達が少ないんですか?私が友達になりましょうか?」

 

 嫌味ったらしいわ!なんかスゲェイラつく!

 

「ああッ‼︎もう、とにかく姿を消せ。関係者以外の人に見られるぞ!」

 

 俺がそう言うとセイバーは霊体になって姿を消した。それを確認した俺はセイギの家のインターホンを押す。

 

 すると、中からセイギの母さんが出てきた。

 

「あっ、ヨウちゃんじゃないの」

 

「おばさんこんにちは。その、正義はまだ家で寝てますか……?」

 

 俺がそう聞くとおばさんは目をキョトンとさせた。

 

「え?正義はヨウちゃんの家に寝泊まりしているんじゃないの?」

 

 ……え?何それ?セイギは俺の家に来てないぞ。

 

「じゃ、じゃぁ、家にはいない?」

 

「え、ええ。そうね」

 

 セイギがいない事をおばさんから聞いた俺はおばさんに嘘をついた。「夜遅くに用事があるから家に戻った。そして、早朝にどこかへ出かけた」と。普通、こんなことを信じる親はいない。けど、長年友達の関係である俺とセイギだからこそ、信じてもらえた。

 

 俺は少し嫌な予感がした。自転車の鍵を解除して、山に向かう。

 

 昨日、セイギは山に用事があると言っていた。もしかしたら、山で何かあったのではないのか。

 

 俺はペダルをなるべく早く()ぐ。

 

 何かあったのかもしれない。その焦燥感に俺は駆られた。

 



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狂戦士との対峙

はい!Gヘッドです!

今回は少し長いかもです。まぁ、バトルもありますよ。


 赤日(せきひ)山。海の近くにあるこの山は日が暮れる時に太陽の光が海に反射して赤く照らされることからこの名がついた。高さ50メートルくらいの小さな山。というより、もう見た感じ、山というよりも大きな森のような感じ。

 

 昨日、セイギはこの山に用があると言っていた。なら、セイギはこの山で何かあったのではないのか?そうとしか今の俺は思えなかった。夜中にあんな危ない目に()っている俺はそういうことしか考えらないのである。

 

 急いでペダルを()いで赤日山まで着くが、俺はどこらへんにセイギがいるか全然わからない。一応、自転車を止めてカバンを持って山の中に入る。山の中に通ってる道沿いに歩くが、セイギをどうやって見つければいいのかわからない。道はコンクリートで固められているが、左右はふかふかの土の上に葉が寒さで落ちた禿()げた木が連なっている。鳥のさえずる声しか聞こえない。

 

 さっきからセイギに電話をかけているが、セイギは電話に出ない。その現実が俺を(あせ)らせる。

 

 俺はただ歩いているだけなのかと思っているとセイバーが俺にこう告げた。

 

「ヨウ‼︎この山の裏側で火災が発生しているようです!」

 

「え?反対側で火災⁉︎」

 

「はい。どうやら木造の家が燃えているみたいです」

 

 俺はセイバーが言ったことを信じた。彼女はどうやら鼻がきくらしく、燃えている臭いを嗅ぎとったらしい。

 

 俺はセイバーと一緒に全力で小さな山を駆ける。禿げた木が流れるように俺の視界から出て行く。そして、先にまた禿げた木が現れる。

 

 今、俺はただ大切な友人を失いたくないの一心で走っている。セイバーはそんな俺を見て話しかけた。

 

「意外ですね。あなたはそっけない人だと思っていました。けど、ちゃんと人への思いはあるのですね」

 

「それはまるで『俺が最低野郎だと思ってました』って言いたげな言葉だな」

 

「まぁ、そうですね。私、あまり人のこと信用したくないので……でも、あなたなら信用できそうです」

 

 セイバーの過去を俺は知らない。けど、俺はこう聞いた時、知りたくないと思った。彼女はとても悲しい過去がある。そう俺は直感的に感じ取ってしまった。俺はそんな彼女のマスターとして知る義務がある。そして、そんな彼女を受け止めなければならない。俺は受け止められるほどの男であるだろうか?それほどの人であるだろうか?

 

 俺はセイバーにこう言い返した。

 

「俺は自分勝手な奴だよ。助けたいわけじゃない。俺のそばから離れられたくないからの一心で動いている。俺はお前が思っているほど優しい奴じゃないさ」

 

 俺とセイバーは確かに極度の『めんどくさがりや』と『真面目バカ』の相性の悪いコンビである。けど、俺たち二人にはどこか似たところを感じた。それが、二人の歩調を合わせた。

 

 俺たちは山の反対側まで来た。黒い煙がもくもくと空に上がり、山小屋らしきものが燃えている。俺はその時、もしかしたらと思ってしまった。

 

 俺は炎たちめくる山小屋に向かって俺は叫んだ。

 

「おい‼︎セイギ‼︎いるのか⁉︎」

 

 しかし、返事は聞こえてこない。聞こえてくるのは炎がメラメラと音を立てて、木を燃やす音のみ。そして、鳥がまたさえずる。

 

 俺はこの時、あるミスを犯した。この時、俺は声を出さなければよかったのだ。けど、俺は声を出してしまった。

 

「一般人か……。まぁ、見られちゃったかもしんない。殺してよ。バーサーカー」

 

 その声は背後から聞こえた。背後を振り返るとそこには小さな少年と黒い大男が立っている。大男の手には巨大な剣があった。大男が持っていても、剣の先は地面についている。それほどまでに大きい剣であった。

 

「ヨウ‼︎」

 

 セイバーは俺の前に立った。いや、俺を守ろうとした。それは、マスターとしてなのか、人としてなのか。

 

 少年の手には令呪が刻まれていた。俺はその時、少しだけ後ずさりしてしまった。こんな子供でさえも聖杯戦争に参加するのかと。そして、そんな少年が連れているのはサーヴァントであると。

 

「おい、セイバー。今、朝なんだけど‼︎」

 

「いや、別に朝なら来ないというわけではありません。一般人に見られればいいのです。それか、見られても消せばいいのです。外にこの聖杯戦争のことを漏らさなければ」

 

 山の中。俺たちは今、そこにいる。外からじゃ認識されもしない。山の中に登らないかぎり見られることは一切ない。それに、この山に登る人はまず少ない。こんな小さな山は観光名所というわけでもないし、地元の人だって全然来ないのである。

 

 それが(あだ)となってしまった。人が来なけりゃ闘いは起こるのだ。朝でも闘いが起きないってわけじゃない。

 

 少年が連れている肌の黒いサーヴァント。巨大な図体(ずうたい)から湯気が出ている。熱気が少し離れた俺にも伝わった。

 

「バーサーカー、あいつらは敵だ。殺せ」

 

 少年はバーサーカーに命令した。バーサーカーは剣を振り回しながら物凄い勢いで俺たちに突進してくる。最初、バーサーカーはセイバーに攻撃を仕掛けた。セイバーは光るレイピアを手にし、バーサーカーの前に立ちはだかる。

 

 セイバーのレイピアじゃ、バーサーカーの大剣を受け止めることはできない。剣が折れてしまう。セイバーは絶妙なタイミングと力加減で敵の攻撃を流していく。けれど、バーサーカーの身体能力は異常とも言えた。セイバーがバーサーカーの攻撃を流しても、次の攻撃までの隙がなく、攻撃の連撃である。その早さはセイバーの体力を削っていく。

 

 しかし、早さの差だけではセイバーはバテたりなんかしない。けど、セイバーは息を切らしていた。物凄い汗の量である。

 

「ぐっ、熱い!この熱気、何者?」

 

 セイバーは熱いと言った。そう言われれば辺りの気温が少し暖かいようにも思える。……おかしい。今の季節は秋の終わり頃。または冬の初めくらい。それなのに、この熱気は異常である。

 

 セイバーの目に汗が入る。セイバーは眼を閉じた。その隙をバーサーカーは見逃さない。バーサーカーはセイバーを一気にねじ伏せ、蹴り飛ばした。セイバーは英雄である。が、一人の女の子でもあるのだ。体は軽く、力は少し弱い。バーサーカーに蹴られたセイバーは遠くまで吹っ飛ばされる。

 

 しかし、バーサーカーの狙いはセイバーを倒すことじゃない。マスターを倒すこと、つまり俺を殺すことだ。英霊であるサーヴァントを殺すより、マスターを殺したほうが絶対に効率的だし、手っ取り早い。

 

 バーサーカーは剣を背の後ろまで持っていく。そして、全力で俺に向かって振り下ろした。俺はとっさにカバンの中に手を突っ込む。そして、あるものを取り出した。

 

 キンッ‼︎

 

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。俺はバーサーカーの振り下ろした時の爆風で吹き飛ばされる。けれども、体に傷はない。俺の右手には短剣があった。これはこの山に来る前にセイバーがもしものためにと、カバンの中に隠せる短剣を俺に与えていたものである。

 

 俺は剣術を少しだが、かじった事がある。俺が使ってたのは短剣ではないが、毎日夕食を作っているため、包丁(さば)きには少しだけ自信があるつもり。

 

「あっぶねぇ!セイバーが剣くれなかったら確実に死んでたわ‼︎」

 

「ええ、そのようです。我ながらいい選択であったと思います」

 

 俺とセイバーは立ち上がった。バーサーカーの後ろにいる少年は自分のシャツをめくる。すると、シャツの中から大量の紙が出きた。よく見てみると一枚一枚が同じ形である。あれは確か、陰陽師とかが使ってそうな人の形をした形代(かたしろ)という名の式神であっただろうか。

 

 その量は何となくヤバイ感じがした。まず、陰陽師で使う形代は俺も知っている。マジでやっかい!

 

 少年はその形代に魔力を込める。すると、形代が命をもらったかのように動き出した。宙に浮かび、ビームを発射する。そいつらが俺たちに向かってきた。

 

 さすがに、数も数である。

 

「おい、セイバー‼︎逃げるぞ!無理、勝てない!」

 

 俺は敵に背を向けたが、セイバーは敵に背を向けなかった。バーサーカーと大量の形代。それを一人で相手にしようとしている。

 

 俺はその時、ふと心の中で疑問を抱いた。なぜ逃げないの?勝ち目がないのになぜ逃げないのかが不思議だった。俺を守るため?いや、違う。あくまで俺はマスターであるが、それだけの関係である。

 

 俺はその時、セイバーの後ろ姿が少しかっこよく思えたのである。俺はいつでも流れに逆らおうとしなかった。嫌でも、流れに身を任せた。その結果、今でも後悔していることがある。でも、流れに逆らおうとすることが怖いからできないのだ。

 

 後悔するとわかっていても。

 

 でも、俺が恐れていたことをセイバーは俺の目の前で平然とやっている。そんな女の子に俺は守られているのだ。

 

 俺はなんてみすぼらしい男なんだろう。

 

 心の中で俺はこのままでいいのか?と思った。また、誰かが俺を守ろうとしている。けど、それで守ろうとしている人は不幸になるんだ。あの時は俺の手は小さいし、腕も長くない。届かなかった。引き止めることができなかった。でも、今ならできそうな気がする。守ることはできないかもしれない。でも、一緒に立つことならできるんじゃないか?

 

 俺の足は自然と動いていた。

 

「ヨウ?なぜ、私の隣にいるのですか?逃げてください。邪魔です」

 

「うるさいな。いいだろ、俺はあんたのマスターだ、離れていたら力を出せないんだろ?」

 

 俺はセイバーから借りた短剣を右手で持ち、左側にそえる。それをシャツで包んだ。自分のシャツを鞘の代わりとしての居合い切り。バーサーカーは俺に向かって剣を振るい、形代はセイバーに向かう。

 

 絶対絶命、勝てるはずのない無謀な闘い。普通なら諦めてる。けど、死にたくないから頑張るのである。それだけ。

 

 その時であった。木の陰から黒い影が現れたのである。その影はバーサーカーのマスターである少年に向かっていた。

 

 聞き慣れた声が聞こえた。

 

「僕の友達に手を出すなぁぁッ‼︎アサシン‼︎あいつを狩れ‼︎」

 

 それはセイギの声であった。そして、彼の手の甲にも赤い三画の令呪が刻まれていた。



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アサシンを連れた親友

はい!Gヘッドです!

私、一字下げの仕方をようやく知りましたよ。なので、一字下げを全ての話にしてみました。


 セイギの声。その声を聞いた俺はホッとした。生きていた、死んでいなかったっていう事実を知ることができたから。けど、それと同時にマジかとも思った。セイギは聖杯戦争に参加している。その事実はのちに俺がセイギと闘わないといけないっていう決定的、絶対的な未来があるのだ。つまり、俺たちのどちらかが死なない限り戦わないといけない。

 

 現実は俺を突き刺す。闘えと俺に言ってきた。闘わなければ死が訪れる。死にたくはない、けれども殺したくもない。

 

 現実が俺に突き刺さると、俺は力を抜いてしまった。本気の抜刀をするにはタイミングが悪すぎた。そんなんじゃ、ただでさえ強いバーサーカーに攻撃しても跳ね返される。そして、その挙句(あげく)には頭の中の脳みそに強い衝撃が加わり脳震盪(のうしんとう)とかだろう。

 

 ヤバイと気づいた時にはもう遅かった。左の腰側にそえていた剣はもう止めることはできなかったのだ。俺の腕はピンッと伸びていて、剣先は太陽に照らされて光りながら円の一部のような軌跡を描く。

 

 俺の短剣とバーサーカーの超重そうな大剣が(まじ)えそうになった時、少年はこう叫んだ。

 

「バーサーカー、僕を助けろ!」

 

 すると、バーサーカーは俺の目の前からすっと消えたのである。俺は少年の方を振り向く。そこにはバーサーカーがいた。バーサーカーは獣耳をつけた女性と対峙している。その横にはセイギが立っていた。セイギの手にも令呪があるので、多分あの女性もサーヴァントなのだろう。確か、セイギはその女性をアサシンと呼んでいた。

 

 アサシン。暗殺者であろう。多分、セイギはバーサーカーを俺たちの方に引き寄せた。そして、少年も大詰(おおづ)めと思い込み、自分の式神である形代を全て俺たちの方に仕向けた。そこをセイギは狙っていたのだろう。暗殺者であるサーヴァントを使い、無防備になっている少年を殺そうと(たくら)んだ。

 

 そんなことされた少年の生き残るための選択は一択しかなかった。令呪を使い、バーサーカーを自分のところに戻す。彼はこれを使ったんだ。だから、俺の目の前からバーサーカーは消えた。ギリギリ俺が殺される前に。

 

 俺はセイバーの方を振り向く。セイバーは手こずっていた。別に一つ一つはそれほど強いわけではない。けれども、数が流石に多すぎる。

 

 そこで俺は(ひらめ)いた。燃えている小屋の木片を手に取り、大量の形代に向けて投げたのである。すると、形代はみるみると燃えて落ちてゆく。多くあり過ぎるが故に、密集度が高まり火が燃え移りやすくなっていた。そこを上手く突いた。

 

「おい!セイバー、大丈夫か?」

 

「ええ、まぁ、怪我は特にしていません。ヨウは?」

 

「膝をすりむいたことと、背中を少し強く打ったことぐらい。別に大したことはない。……それより、なんでセイギが?」

 

 俺はセイギの方を向く。

 

「ヨウ、あの男の人がセイギと言う人なのですか?マスターのようですが……」

 

「ああ、俺も今結構戸惑ってる。けど、あれはセイギだ」

 

 セイギはアサシンのマスターであった。今、セイギは俺を守るために闘っている。本来、聖杯戦争では敵であるはずの俺に背中を見せているのだ。

 

 セイギは手のひらを空に向けた。

 

魔白の天導球(ホゥリィ・ボール)

 

 セイギがそう唱えると、彼の周りに白い光のような球体が浮かんだ。俺が使える数少ない魔術の一つ、解析(アナライズ)でその球を調べてみる。その球は魔力の塊であった。しかも、その魔力球を何個も何個も次々と作り出してゆく。

 

 少年はそれを見るとチッと舌打ちをし、バーサーカーの肩に乗った。

 

「バーサーカー、帰るよ」

 

 その時、俺は少年が恐ろしく現状理解に()けていると思わされた。今、少年はムキになって攻撃を仕掛けてきたら反撃されていただろう。だから、少年は冷静に考えたのだ。2対4というアウェーな状況をどうやって切り抜けられるのかと瞬時に判断した結果の決断であった。

 

 少年とバーサーカーが去ると急激に周りの気温が低くなり、冬の気温まで戻った。異常な暑さはバーサーカーのせいだったのだろうか?

 

 セイギはこっちの方を見た。アサシンは手に鎌を、セイバーも剣を構える。その時、俺は足がすくんでしまった。また、闘うのか?と思うと俺の体が駄々をこねる。もう動きたくないと俺に反抗してしまう。

 

 セイバーはもう一つの剣を取り出した。ほんの少し()びた剣。どこか使い古したような感じのする古剣。そしてレイピアを鞘へと戻す。

 

 両者の間に一定の沈黙ができる。もしかしたら、攻撃されるかもしれないという疑念が心に存在した。アサシンは鎖鎌を、セイバーは古びた剣を構え、出方を伺う。

 

 しかし、闘うことはなかった。セイギは自分の周りで浮遊している魔力球を消したのである。それには俺とセイバーだけでなくアサシンも驚いていた。

 

「セイギ、なぜ消すの?あっちは全然闘えないみたいだけど」

 

「いや、闘えないのは僕も同じだよ。少なくとも僕はヨウと闘う理由がない……」

 

 セイギはそう言うと俺たちに一人で近づいてきた。セイギは攻撃しようという気がないようにも思える。それでもセイバーは警戒を解かない。

 

 セイバーは攻撃されないことを知っている。けど、今なら確実にセイギを殺せるというのも分かってしまう。セイバーにはどうしても叶えたい夢がある。そのために無抵抗なセイギを殺すのか殺さないのかで迷っているのだろう。

 

 剣士は剣を持たぬ者を殺しても何の価値もない。剣士として一番やっちゃいけない事であり、剣士としての恥である。

 

 自分の願いを優先させるか、剣士としての誇りを優先させるか。

 

 セイギは一歩一歩近づいて来た。セイバーはセイギに剣先を向ける。けれどもその剣先がセイギを貫くことはなかった。結局、セイバーはセイギを殺さなかった。

 

 俺は内心ヒヤヒヤしていた。いつ、セイバーがセイギのことを殺そうとしてもおかしくない状況である。もし、セイバーが剣を振り下ろそうとしていたら、俺はこの令呪を一回使っていた。

 

 セイギは俺と話そうと言葉を探していた。けれども、言葉が出てこないように、彼は顔を俯ける。知られたくない事実を互いに知られてしまったのだ。気まずい雰囲気が二人の間にうまれる。

 

 すると、アサシンがその気まずい雰囲気を壊した。

 

「まぁ、人生そういうこともあるもんよ。二人の友情を分かつ試練‼︎ああ!なんて悲劇的なのッ‼︎」

 

 セイギはアサシンの腐った言動に頭を抱えた。

 

「ちょ、アサシン、今、黙ってて……」

 

「大丈夫。大丈夫。水を差すなんてことはしないから」

 

「いや、もう水差しまくってるから。それより本当に暗殺者なの?」

 

 アサシンは右手でセイギにグーサインをした。セイギはそんなアサシンを見て悔しそうな顔をする。

 

 俺はセイバーの方を見た。セイバーは警戒こそ解いたものの、今度は人を差別するかのような白い目で見ている。その姿を見ていた俺は召喚するのがセイバーであって良かったと心から思った。

 

 セイバーはアサシンに声をかけた。

 

「アサシン」

 

「ん?なぁに?」

 

「あ、あなたは娼婦のサーヴァントか何かですか?」

 

 それを聞いた俺とセイギは面白すぎて思わず吹き出してしまった。

 

「え?娼婦?私が?……あー、でもあながち間違いじゃないのかも」

 

 それを聞いた俺はセイギを羨ましく思い、少しセイギを憎む。だって、俺のサーヴァントは……。

 

「んなっ⁉︎は、は、はしたない‼︎し、尻軽女ですっ!」

 

「あらあら、セイバーちゃんったら可愛い〜。お顔が赤いよ。そういうのはあまり得意じゃないのかな?」

 

 セイバーは軽くアサシンにあしらわれた。セイバーは猫が爪を立てて引っ掻くようにアサシンに反抗するが、アサシンは上から頭を撫でているようである。

 

 若干(じゃっかん)アサシンの方が年上のようにも見える。まぁ、それはそれで大人の色気があっていいのだが。

 

 セイバーはアサシンと話していても(らち)があかないと思い霊体化した。その行動はセイギとアサシンが攻撃してこないとセイバーが信じたという結果の表れでもある。

 

 セイギはそれを見ると微笑んだ。

 

「良かった。信じてくれて。すごく怖かったんだけど、信じてほしかったからさ」

 

 セイギが笑ったのを見て俺も心が落ち着いた。バーサーカーに狙われて絶対絶命の状況だったけど、なんとか生き延びたこと。そしてセイギはやっぱりセイギであることに。

 

「そのさ、セイギ。俺、そのお前に色々と聞きたいことがあるんだけどさ……」

 

「ああ、それヨウも?」

 

 そりゃ、もちろん聞きたいことは山ほどある。

 

「(なぜセイギが聖杯戦争に参加しているのか。セイギと戦わねばならないのか?)」

 

「(なんでヨウが聖杯戦争に参加しているのか。ヨウと戦わないといけないのか?)」

 

 その相手を心配する問いが二人の中に生じていた。

 

 

 




今回は親友のセイギくんで。

伊場(いば) 正義(まさゆき)

身長:165センチ
体重:55キロ
座右の銘:智こそ最大の力なり

主人公の数少ない友達であり、幼なじみ。また家も近所で腐れ縁的な存在。そして今回の聖杯戦争に参加しているアサシンのマスター。父、母と三人暮らし。

主人公と同じ学校に通っているが、クラスは違う。身体能力はそこまでよくないが、勉強面では主人公よりかは上。

穏やかな性格だが、基本的に争いごとはあまり好まない。主人公のめんどくさいのは嫌いみたいなタイプではなく、争い自体が嫌いなタイプ。

使える魔術は多数あるが、そのほとんどが独学。また、その中でもダントツで魔力放出系の魔術は得意のようで、作中で彼が使う魔術はほとんどそれだけ。

今回の聖杯戦争には、(かたよ)った知識だけで参加してしまう。アサシンを召喚した後、アサシンから本当の事を告げられて愕然(がくぜん)とするというかわいそうな男の子。

最高の魔術師になるための知識などの魔術師としての叶えたい夢がある。

彼の家系は代々魔術師だったが、彼の親は魔術師になることを拒み、その結果ちゃんとした魔術教育を受けていない。小さい頃、赤日山の小屋によくいるある男に魔術を教えてもらっていた。ちなみに、その男、前回の聖杯戦争のアサシンのマスター。

アサシンを呼び出せた依り代は知りたいという知識欲。そして大量の暗器、そして魔術の師匠がアサシンのマスターであったという事実から。


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剥がれた顔

今回の前半はおふざけみたいな物です。暇つぶしにでも読んでください。後半からはちゃんとしてます。……一応。


 四人席。俺とセイバーが隣になるように座る。セイギとアサシンは向かい側。まだ、朝の9時。制服を着た高校生二人と、ドイツの民族衣装のコスプレをした人が一人と色っぽいお姉さんが一人。

 

 俺とセイギ、アサシンはテーブルの端にあるメニューを見ていた。が、セイバーはムスッとしたままである。何が気に食わないであろうか。特に問題はないと思うのだが……。

 

「なんで、このような場所で会議なのですか?人が多いです」

 

「今はちょうど人がいない時間だからいいの。それに、俺たち高校生にはファミレスはスゲェ神聖な地なんだから」

 

「神聖な地?神殿でもあるのですか?」

 

「いいや。お財布に優しいだけ」

 

 セイバーは周りを警戒する。誰かが見ていないか。誰かが狙っていないかなど。何もそこまでしなくてもどうせ攻撃されたりはしないよ。

 

 セイバーはメニューを全然見ようとしない。

 

「おい、飯は食わねぇのか?」

 

「別にいりません。私は霊体なんで食事は取らなくてもいいんです。それにもしお腹が空いたら木の実でも採って食べます」

 

「ふ〜ん。まぁ、いいけど」

 

 俺はメニューをセイバーに見せつけるようにして見た。セイバーはごくんと(つば)を飲みこんだ。セイバーの生きていた時代はこんな美味しそうなメニューはなかっただろう。セイバーはメニューに載せてある写真に目を注ぐ。どうやら見ているのはカルボナーラのようである。

 

 メニューを見てお腹を減らしていたセイバーに少し嫌がらせをするように俺はボソッと言った。

 

「あ〜、カルボナーラいいなぁ。すげぇ美味そう。でも、少し量多いんだよなぁ〜」

 

 俺がそう言うとセイバーは反応した。俺の方をチラッ、チラッと見ながらこう俺に助言した。

 

「あ、ヨウが食べられないなら、私が食べましょうか?」

 

 ヨシッ‼︎噛み付いてきた‼︎

 

「いやいや、大丈夫。ハーフサイズがあるから」

 

 セイバーは悔しそうな顔をする。目をギュッと閉じて、唇を噛む。ギュルルとお腹が鳴る音が聞こえた。

 

「あれ?今、誰かお腹鳴った?」

 

 俺は音源であるセイバーの方を振り向く。セイバーは顔を赤くしながらそっぽを向く。セイバーは反応がすごくわかりやすい。うん。いじくるのがすごく楽しい。

 

 すると、アサシンも俺の遊びの面白さに共感したようである。アサシンもセイバーをいじくり始めた。

 

「ごめん。今、お腹鳴らしたのは私。このメニューが美味しそうで……」

 

「ああ、お前だったのか。お前は何食いたい?」

 

「私はカルボナーラかなぁ」

 

 アサシンの意図ある発言にセイバーは気づかない。セイバーはよだれを垂らしながらアサシンを、俺を、メニューを見た。

 

 が、俺は鬼畜である。まだまだ遊ぶとしよう。

 

「セイバーは食べなくてもいいんだよね?」

 

「えっ⁉︎え、ええ。は、はい……」

 

 思わず泣きそうになってしまうセイバー。それを見て思わず不気味な笑みを浮かべてしまう俺とアサシン。

 

 すると、セイギが俺とアサシンを威圧するように眼光を鋭くする。そしてメニューをセイバーへと渡す。

 

「早くメニューを選んで」

 

 その言葉は他の言葉のようにも聞こえた。「早くメニューを選んで」が、「二人とも見苦しい」と聞こえたようなきがした。俺とアサシンの背筋がピンッと張る。

 

 セイバーは涙目になりながらもセイギが渡したメニューを見る。そしてすぐにメニューに載せてある美味しそうな写真を見て目を輝かせる。

 

「こ、これ、このカルボナーラという物を食べたいです‼︎」

 

 セイギは優しい目でセイバーに相槌を打つ。そして俺たちには何も言わない。何も言わないという行動が俺とアサシンに焦りをもたらす。セイバーは全然気づいてないが、今、この雰囲気はすごく重い。重力が通常の何倍かあるようである。

 

「ア、アサシン……。俺たちはド、ドリンクバーにしような……」

 

「え、ええ……」

 

 目はキラキラと光り、カルボナーラを今か今かと待ちわびるセイバー。セイギがキレるとすごく怖い。そのゾーンに入ってしまった俺とアサシンは身も心もカチンコチン。

 

 なんとかその場から脱退するために緊急避難用のドリンクバーという言葉を使い逃げようとする。

 

「あ、じゃぁ、お、俺はドリンクバーに……」

 

 すると、アサシンも席を立った。アサシンもドリンクバーらしい。まぁ、さっき頼んでたし……。

 

 が、しかしちょっと考えたらヤバくね?アサシンってサーヴァントでしょ?しかも暗殺者だから簡単に殺されそうなんだけど。

 

 ……えっ?まさか、セイギは俺を殺そうと……?

 

 アサシンは変に疑心を抱いている俺の肩をポンポンと叩いた。

 

「大丈夫。別に君を攻撃したりはしない。セイギのお友達だし。それに君はあまり殺しても意味がないと思うし……」

 

 殺しても意味がない?それはどういう意味なのだろうか。確かに俺は剣術なんて本気でやったことないし、戦いだって慣れちゃいない。この四人の中ではダントツでビリである。『剣神の申し子』なんて呼ばれたこともあるけど、俺はめんどいこと嫌いだから全然修行してない。

 

 殺しても意味がないとは俺が弱いということなのだろうか?別に(ののし)られる事に腹を立てているのではない。けれどもその言葉の意味が少し引っかかるのだ。

 

 俺はアサシンを見た。アサシンはすました顔で俺を見ている。一見ただの鎌を使う暗殺者。でも、少し、いやもっとヤバイって思った。

 

「ほら、ドリンク、取りに行きましょう」

 

「あ、ああ」

 

 アサシンは俺の手を取る。その時、あることに気付いた。

 

「お前ッ‼︎」

 

「ん?どうしたの?」

 

 アサシンは俺の方を振り向いた。その時、ペリッと顔の方で音がした。

 

 その顔、死人である。確かにサーヴァントは死者も含む。でも、そういう意味じゃない。アサシンの顔の一部が剥がれていた。皮が剥がれ、その中は筋肉と金属と土。そこに人為的な魔術回路が刻まれていた。人とかそんな問題じゃない。

 

 アサシンはすぐに自分の姿に気付いた。「あっ、剥がれちゃった」と言いながらセイギの顔に手を伸ばす。

 

 そして、次の瞬間、アサシンはセイギの唇にキスをした。しかも数秒間。

 

 チッッキッッショォォォォォォ‼︎セイギィィ‼︎女に飢えている俺の目の前でなにキスしとるんじゃぁぁ!

 

 が、問題はそこではない。悔しいが、驚くべきところはそこではない。アサシンがセイギとキスをすると、アサシンの剥がれていた顔がみるみると復元していく。そしてさっきよりも若々しく、ツヤツヤの肌になっている。しかし、セイギは何かを喪失(そうしつ)しているかのように元気がない。

 

「お、おい。セイギ。大丈夫か?」

 

「うん。大丈夫……」

 

 セイギはぐったりとしている。まるで精気を吸い取られたかのようである。

 

「な、なぁ、セイバー。サーヴァントであるお前もあんなことしないといけないのか?」

 

「え?いや、私たちサーヴァントはマスターの近くにいるだけで魔力供給が可能なはずです。というより、顔は剥がれないと思います……」

 

 アサシンは自分の顔を触った。そして、少し悲しそうな顔をする。でも、すぐに元のアサシンに戻った。アサシンは笑いながらその場をごまかした。

 

「これ私の体質なの。特殊だから……」

 

 でも俺には分かった。特殊とかなら比べることはできる。けれど、比べることもできやしない。だって、比べようにも人と彼女じゃ分類が違う。

 

 俺はセイギを見た。セイギは元気がないのに無理して笑っていた。そしてドリンクバーを取ってくるように俺を(うなが)した。

 

 それは多分、セイギがアサシンの全てを知っているからなのだろう。俺はセイバーの事を知らない。けれど、普通、マスターはサーヴァントの事を知る。

 

 サーヴァントの過去は時に辛く、地獄のようなものであろう。もし、俺がセイバーの過去を知った時、俺はその全てを受け入れてあげることはできるのだろうか?

 

 アサシンは「ドリンクバーを取りにいこう」と言って俺の手を取る。やっぱり、その手は少し冷たいものであった。人肌の温度ではない。




今回はセイバーちゃんです。パラメーターは後々載せます。

セイバー

身長:161センチ

体重:47キロ

スリーサイズ:81・56・78(上から順に)

セイバーのサーヴァントで主人公に召喚された。しかし、召喚の際、何が触媒となっているかは謎。

黒髪で目は少し青い。戦闘服は鎧だが、いつもはドイツの民族衣装を着用。

義や誠を重んじるタイプの女性だが、どこか少し幼い一面も見せる。また人と打ち解けるのがあまり得意ではらしい。そのため、結構(うたぐ)り深い性格で、警戒を解くことはマスターである主人公のみ。でも、主人公を魔術師(マスター)としては見ていない様子。

聖杯で叶えたい望みは過去に戻って全てをやり直すこと。

宝具は5つもあり、アーチャーみたいだが、3つはランクC以下のカスみたいな宝具。短剣と、レイピアと、古びた剣と、黄金の鎧と、青銅の兜である。本人(いわ)く、黄金の鎧と青銅の兜は一緒につけるとダサいため、一緒につけることはほぼ無い。

本名は???。???の???に出てくる???。このサーヴァントはライダー、バーサーカーとしても召喚可能。

生前に殺した人数は一人。しかし、見方を変えれば二人。


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マスターとして

はい!Gヘッドです!
いやぁ、アサシンはわかりにくいですかね?
まぁ、アサシンは作中のサーヴァントの中で一番わからないはずであると私も思っています。多分、キャスターは簡単にわかります。あと、セイバーとアーチャーはわかる人ならわかるかもしれません。
アサシンとランサーは絶対にわかりませんよ。



 店の奥から男の店員が出てきてこっちに向かってくる。右手にはセイバーが頼んだカルボナーラがある。セイバーは店員の手にあるカルボナーラを見ると、子供がおもちゃを買ってもらったような目をした。

 

「カルボナーラです」

 

 店員がカルボナーラをセイバーの目の前に置く。全ての注文が届いたので店員は伝票を机の端に置く。

 

 ドリンクバー2つとカルボナーラで1000円以下で済む。やっぱりファミレスは学生の聖地だね。

 

 セイバーは待ちに待ったカルボナーラにフォークを入れる。そして、フォークの間にパスタを挟み、皿に対して垂直に立てる。そしてフォークをクルクルクルと数回転してから持ち上げる。すると、パスタは見事にフォークに巻きついてまとまりができる。

 

 セイバーは星でも見るようにカルボナーラを眺める。

 

「わぁっ。カルボナーラという食べものはとても美しい料理ですね。麺が輝いています」

 

 昔の人が見るとそう思うのであろうか?俺はアサシンのほうを向く。アサシンは全力で腕を振り否定する。

 

 セイバーは大きく口を開けて巻いたカルボナーラを口の中へと入れる。そして舌にカルボナーラを置き、口を閉じる。ベーコンと生クリームの風味が口全体に広がる。そこに胡椒(こしょう)の辛味が効いてそれはまぁ絶品だろう。

 

「おいひぃれすぅ。ほっぺたが落ちちゃいますぅ」

 

 なんとエロい言葉なのだろうか。セイバーはほっぺたに手を置き満面の笑みである。唇にはクリームが少し付いている。それがまたエロい。

 

 あぁ、なんで俺、セイバーごときで興奮すんだろ。興奮するならアサシンみたいなエロティシズムなボディじゃないとな!

 

 セイギはセイバーを見る俺をジィッと見る。

 

「なんだよ」

 

「いや、仲がいいなって思っただけだよ」

 

「会ってからまだ半日も経ってないんだけど」

 

「半日⁉︎じゃぁ、今日の夜中とかに召喚したの?」

 

「いや、召喚っていうか……」

 

 俺がしたくて召喚したわけじゃない。ただ、アーチャーとあそこで出くわしてしまったばかりに俺は今、ここにいる。もし、俺があそこでアーチャーと合わなかったら俺は今頃学校にいるだろう。

 

 セイギにはアーチャーのことを話した方がいいのだろうか?確かに、セイギに話せばアーチャーの情報を知る。けれど、アーチャーは人質を所有している。それは『俺の情報』である。マスターである俺の顔を覚えられてしまったことだ。俺はアーチャーのマスターが誰だか知らないから不意打ちで殺されることもありうる。それだけじゃない。住所だってそうだ。もし、また俺の家に攻めてきたら関係のない爺ちゃんまで巻き添いを食らう。

 

 話せば得もあるけど損もある。

 

「ヨウ?どうしたの?」

 

「ん?ああ、いや、なんでもない。そ、それよりさ、お前はいつ召喚したんだ?」

 

 俺は結局話さなかった。話の流れを変えて、セイギには教えなかった。セイギに教えておけばよかったのかもしれない。けど、俺一人で物事を決めるのは苦手だから。

 

「僕は一週間前くらいかな。僕の師匠に言われたんだ。もうすぐ聖杯戦争が始まるからサーヴァントを召喚しろって」

 

「師匠って何の?」

 

「魔術のだよ。なんかね、前の聖杯戦争の時にいきなり僕の目の前から消えた人なんだ。だけど、その時、いきなり僕の目の前にふらっと現れたんだ。そして、僕がアサシンを召喚すると、師匠はまたどこかへ消えて行ったんだ」

 

 セイギはその師匠のことを笑いながら言っていた。でも、笑えることじゃない。だって前の聖杯戦争は数年前。その時にいきなり消えて、最近になっていきなり現れた?そしてまた消えた?どう考えたっておかしい話である。けど、セイギが嘘を言っているようには思えない。

 

「なぁ、セイギ。その師匠って前回の聖杯戦争で、マスターだったのか?」

 

「うん。そうだよ」

 

 俺の問いにセイギはサラッと答えた。その時、少しわだかまりのようなものが俺の心に生じたのを感じた。もしかしたら俺の父さんと母さんはセイギの師匠に殺されたかもしれない。確率も低いし、そうでないという可能性の方が断然高い。けれど、『そうかもしれない』っていう可能性があるのもまた確か。

 

 すると、アサシンはセイバーに話しかけた。

 

「ねぇ、もうすぐ食べ終わる?」

 

「ええ、それがどうしたのですか?」

 

「私と買い物にでも行かない?」

 

 そのアサシンの提案は俺だけでなく、マスターであるセイギも驚かせた。

 

「だって、服とか買っておいた方がよくない?今の服装なんかで街中歩いてたら目立っちゃうよ。そしたら、他のマスターにばれちゃうかもしれないし」

 

「じゃぁ、服なら俺がいけばいいだろ?俺はセイバーのマスターだ」

 

「それじゃダメよ。だってあなたは男なの。服とかは女の子が大事にしたいものなの。ある意味デリケートゾーン。ねっ?」

 

 アサシンはセイバーにそう応答を求めた。セイバーは「え、ええ。わかりました」とアサシンの案に乗った。

 

「じゃぁ、俺たちは?」

 

「あなたたち二人はここでお話でもしてなさいな。セイバーちゃんのマスターくんはまだ魔術師としては半人前以下だしね」

 

 え?俺はふと疑問に思った。俺は魔術をアサシンに見せたわけでもない。なのに、なぜアサシンは俺が半人前以下のマスターであると気づいたのであろうか。

 

 しかし、セイバーとアサシンを外に野放しにしたらどうなるかわからない。だから、俺たちは令呪を使うことにした。

 

「令呪を以って命ず。セイバー、正当防衛以外での戦闘は俺が許可しない限り禁止」

 

「令呪を以って命ず。アサシン、正当防衛以外での戦闘は僕が許可しない限り禁止」

 

 一応の措置である。もし、運悪く他のサーヴァントとの戦闘になった場合に備えて、正当防衛は有りにしている。また、俺たちとサーヴァントはそこまで離れることはできない。せいぜい200メートルぐらいであろう。だから、ちょうど近くにあるユニ○ロに服を買いに行くらしい。

 

 金は少しセイギから借りた。これでセイバーの服は買えるだろう。アサシンはセイバーと一緒に店外まで出た。

 

 セイギは二人が出て行ったのを確認し、俺の方を向いた。

 

「じゃぁ、ここからは親友としてではなく、マスターとして話をしよう。アサシンのマスターである僕と、セイバーのマスターであるヨウとして」

 

 その雰囲気は俺の知っているセイギではなかった。怖い感じとかはしなかったけど、少し寂しく思えた。



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時は無慈悲に通り過ぎて

はい!Gヘッドです!

えー、もしかしたら7月はもう更新できないかもしれません。が、できるかもしれません。分かりません。



 ファミレスを出て道路を渡りユニ◯ロに来たセイバーとアサシン。セイバーとアサシンは店内に入る。セイバーは大量の衣服の数に目を奪われる。セイバーの生きていた時代は衣服の大量生産ができなかった時代なのだろうか。時代の変化をつくづくと感じるセイバーは少し寂しく思ってしまった。

 

「時が変わるとは少し寂しいものです。ヨウは『人の心は変わらない』と言っていたが、現代人はこの衣服の量を見ても何も感じない。やはり、物のありがたみを分かっていないようです……」

 

 アサシンはセイバーの背中をポンっと押した。

 

「入口のど真ん中に突っ立ってないで奥へ進むよ。そんなにいちいち感動しない。そんなんに驚くより他の物に驚いた方がよっぽどましよ。ほら、外を見てみなさいな。あの車にでも驚いてなさい」

 

 セイバーはアサシンの言われた通り、道路を見てみた。道路には車が何台もある。

 

「あれは車と言うのですか。でも、あれのどこに驚くのか私には分からないのですが……」

 

「ええっ!あれが驚かないの?私はすごく驚いたんだけど……何?それともあなた車ができた時代に生まれた?」

 

「生まれたもなにも、あれは元々世界にあるのはずですが……。もしや、アサシン。あなたは馬を見たことがないのですか?」

 

「……え?何で馬が出てくるの?」

 

「なぜ?だってあれは馬車ではないのですか?」

 

 その言葉はアサシンの度肝を抜いた。車を馬車と考えるのは現代人では想定もつかない。が、車という概念がまずない時代ではありうるかもしれない。

 

(えっ?セイバーちゃん本気で言ってるの?……かなりの重症よ……)

 

 アサシンはセイバーが嘘を言っているのだと疑う。しかし、セイバーは純粋な目でアサシンを見る。その目は嘘をついている目ではない。つまり、本気で車は馬車であると信じているのだ。

 

 時と文化の違いは怖いものである。同じ人なのにここまで考え方が違うかとアサシンは学ぶ。

 

「あのね、セイバー。あれは馬車などではないの」

 

「……え?何を言っているのですか?馬車でないわけがないじゃないですか。馬車じゃなかったらどうやって荷物を運ぶと思っているのですか?」

 

 純粋な答えと純粋な問い。アサシンは否定する自分が少し大人気ないと思った。でも、セイバーの勘違い度は異常である。さすがに徹底して直さねばならない。

 

「あれは鉄の塊よ」

 

「鉄の塊?じゃぁなんで動いているのですか?」

 

 そりゃ、そうである。過去の人にしてみたらひとりでに動く鉄の塊なんかあるはずがない。少なくとも、魔術を使わないで勝手に物が動くことなんてない。ボタン一つで動くなんて誰も思わない。

 

 時は魔術を衰退させ、科学を発展させた。まるで科学が魔術を吸い込むかのように。現代人は魔術の恩恵を知らない。けれど、これだけは言える。科学も元は魔術の一つであった。

 

 その科学の変わりように過去から来たサーヴァントは驚くであろう。大地は同じであっても、時が変われば別世界。

 

 アサシンは『車』という物をセイバーに教えてあげる。でも、セイバーは全然分からない。分からないというよりも、素直に飲み込むことができないのだ。そんなわけがなかろうって思ってしまう。だから彼女の中にはクエスチョンしか浮かばない。アサシンが言っている言葉が別の言語に聞こえてくるはずである。

 

 自分が知らない世界。知っているはずなのに知らなかったら、人は受け入れるよりも否定する。

 

 セイバーはアサシンの話を聞いていると少し悲しい顔をした。自分が知っている世界はどこにあるのだろうか。自分はこの世界の迷子なんじゃないだろうかと思ってしまうだろう。

 

 その思いは心にがっぽりとした穴を開ける。

 

「ここまで変わるのですね……時というものはなんと無慈悲なのでしょう……」

 

 もう深い深い穴が開いている。元々あった穴に連結するかのようにーーー。

 

 でも、その時の穴を(ふさ)ぐことができる者がいる。

 

「大丈夫よ、私も初めはそうだった。まぁ、そこまでバカな答えは出せなかったけど」

 

 アサシンはニコッと笑った。その笑みは何かを共有するかのように笑う。そんなアサシンにつられてセイバーも笑う。過去から来た者として一緒に笑う。

 

 同じ戸惑いも二人で持てば少しは勇気も生まれるものだ。敵であるのにどこか仲間のようにも感じてしまう。それは辛いことである。どうせ最終的に闘わなければならないのは二人とも知っているから。

 

 敵でもあり味方でもある。そんなのは何もない虚言である。味方であると思いたいから思っているだけ。無慈悲なのは時だけでない。世界すべてが無慈悲に目の前を通る。彼女の愛が無慈悲に潰れているように。

 

 アサシンはセイバーの背中を押した。

 

「ほら、服買わないと」

 

「そうですね。で、でも……」

 

 セイバーはいきなり大きな壁にぶち当たる。まず、どこへ行けばいいのか。何を買えばいいのか。何が必要なのか。

 

「あの、アサシン。どれを買えば良いのですか?」

 

「ん〜、とりあえず一式全部。シャツとかボトムとか靴下、下着かな?あっ、でも下着は専門店の方がいいかも」

 

「別に専門店でなくてもいいかと……。誰にも見せないわけですし……」

 

「何言ってるの。どうせセイバーちゃんのマスターに見せるんでしょ?」

 

 アサシンが少しイジるとセイバーはすぐに顔を赤くする。

 

「なっ、何でいきなりヨウが出てくるのですか?ま、まずなぜ私がヨウに下着を見せるのですか?私とヨウはあくまでマスターとサーヴァントとの関係であり、それ以上はない‼︎」

 

「本当に?」

 

「本当です!」

 

「じゃぁ、何で顔が赤いの?」

 

「こ、これは別にヨウが好きだとかいう話ではありません!というより、ヨ、ヨウを好きになるわけがありません!マスターとして未熟で、敵と闘う度胸もない。マスターとしても人としても尊敬できません!」

 

「でも同じ剣を扱う者としては?どうせ気づいているんでしょう?彼、剣を扱ったことがあることぐらい」

 

「ま、まぁ、気づいてはいます。確かに、バーサーカーと対峙(たいじ)している時、ヨウの剣技のキレはとても素晴らしいものでした。常人ならたとえ剣を持っていたとしても、バーサーカーの一撃に耐えることはできない。それを彼は受け流していた。あれは剣を扱う者です」

 

 二人とも気づいていた。ヨウは剣士として天才であることに気づいている。お遊び程度でしか剣術を習ったことのないヨウがバーサーカーの攻撃を受け流すのは、ヨウが天才であるからとしか言いようがない。

 

 特に、同じ者だからこそ分かる事というのもある。セイバーは彼が剣を振った時にはもう気づいただろう。同じ者であると。

 

「で、ヨウくんのこと好きなの?」

 

「好きではありません!」

 

 セイバーはまた顔を真っ赤にする。そんな姿を見たアサシンはウズウズとしてしまう。

 

「ねぇ、セイバーちゃんって処女?」

 

「なっ⁉︎い、いきなり、何を、き、聞いてくるのですかッ⁉︎」

 

 アサシンの読み通り、セイバーは今までで一番の動揺を見せる。そんな姿を見せると、見せられたアサシンの行動もエスカレートになってしまう。

 

 その後、セイバーは散々可愛(かわい)がられた。

 

 




アサシンの紹介は次回で。


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女であって男でもあって

はい!Gヘッドです!

久しぶりの投稿です。


 手にはいっぱいの袋。持っていると袋が手に食い込んで少し痛い。歩くと袋と袋がぶつかって袋がちょっとグチャッとなってしまう。

 

 アサシンは手をぶらぶらと楽に動かしながら歩くのだが、肝心のセイバーの腕は下に向いたまま動かない。

 

「あの、アサシン。こんなに服を買ってもいいのでしょうか?」

 

「別に大丈夫。お金はちゃんともらってあるから」

 

「いや、そうなんですけど、そういうことではなくて……」

 

 セイバーは口をこもらせる。服を買うという行為に何か抵抗があるかのようで、顔を少し曲げる。

 

 アサシンはその姿を見ていた。けど、アサシンの足は止まりそうではない。というよりも、何処か他の店に行きそうな雰囲気である。

 

 そして、やっぱりアサシンはヨウたちの所には足を運ばない。どうやら次は女性用の下着を買いに専門店まで来たようだ。

 

「も、戻らないのですか?」

 

 未だに終わらない買い物に少し飽きてきたセイバー。アサシンはセイバーの手を引っ張るがその手が少し疲れてしまう。それでも無理やりセイバーを店内へと入れる。

 

 辺り一面がブラジャーとパンティーで埋め尽くされている。セイバーはそれを見ると少し顔を赤くした。

 

「なっ、なんて恥ずかしい格好を……。わ、私はこんな格好を大衆の目の前で晒すことになるのですか?」

 

 セイバーの質問は今の時代からすれば馬鹿げた質問である。けれど、何も知らないセイバーはこの時代で言えば、知識は子供並み、またはそれ以下である。

 

 もちろんアサシンだって最初からこの時代を知っていたわけではない。セイバーと似たような反応である。アサシンはセイバーの気持ちがよくわかる。だから、アサシンはセイバーを馬鹿にしたりはしない。

 

「あのね、今の時代はみんなこんな服を着ているの。その上にまた服を着るから見られはしない。大丈夫よ」

 

「でも、それをすることにどんなメリットがあるのですか?」

 

「胸の形をキレイにするの」

 

「でも、戦闘の時に邪魔になります。私はいりません」

 

 セイバーはブラジャーを着けることを拒否する。しかし、アサシンはセイバーにブラジャーを着けさせたい。もちろん、理由はセイバーの胸のサイズを測りたいためである。

 

「いや、セイバーちゃん。今の時代の女性はみんなしてるよ。郷に入れば郷に従えってこと。それに、胸の形をよくしたくないの?」

 

「胸の形なんてどうだっていいです」

 

「じゃぁ、化物みたいなおっぱいでも?」

 

「そ、それはちょっと困りますけど……」

 

 セイバーにとって服はあくまで肌を隠す物であり、女性が考えるファッションとしてではない。ダサすぎるのはダメだけど、相当ひどくなければ何でも着てしまう。

 

 アサシンはセイバーにこう問いかけた。

 

「貴方、女性?」

 

 アサシンの問いは別にふざけていたわけではない。でも、アサシンはある事が気にかかったのだ。セイバーの言動があまり女性的でない事に。

 

 別にセイバーのように男らしい女性は何万といる。けれど、英雄となるそのような者は数少ない。女性の英雄は圧倒的に少ない。だから、アサシンはセイバーを断定しようとしたのだ。

 

 セイバーは自分のマスターであるヨウにも本名を教えていない。そしてそのヨウは何を触媒としてセイバーを召喚したのか知らないから知る(よし)もない。

 

 つまり、セイバーは誰なのかが本人以外誰も知らない。武器の名を名乗らぬ限り特定なんてできない。

 

 けれど、車を馬車と言うような所からセイバーは過去の人と推測できる。そして、セイバーの言動や行動から人物を特定できるのではとアサシンは考えた。

 

 これは共に戦う『仲間』としてであり、背後の『敵』としてでもある。

 

 アサシンは情報主義の女性である。全ては情報であり、情報が戦いの全てを左右すると考えている。だから、彼女の頭の中には彼女が生きていた時代の膨大な量の知識と、この時代の知識が備わっている。知識欲の塊である。

 

 セイバーはアサシンの問いにこう答えた。

 

「女です。でも……男、でもある。私はそんな人間なんです」

 

 セイバーの顔は少し悲しみを帯びていた。悟られないように気さくに笑う。普通の人なら悲しそうな顔を見たとき、その言葉はセイバーの苦しい過去に触ると思い、何も聞かない。

 

 けれど、アサシンはそんな思いはわからなかった。

 

「身体の方は女性なの?」

 

 セイバーがあまり聞かれたくない過去にズシズシと踏み込んでいく。

 

 セイバーはアサシンの顔を見た。アサシンの顔は何一つ変わっていなかった。微動だにせず、ただジッとセイバーを見ていた。キョロキョロと辺りを見る様子もない。一切そらさずにセイバーを見ている様子は異様である。ロボットのように心がないかのようである。

 

 人間らしくないーーー。

 

 セイバーの頭の中にはそう思えてしまった。そう思ってしまったらセイバーはもうアサシンに心を許すことはできそうにもない。人間の顔をして、人間の体をして、人間の言葉を喋るのに、心がない。不気味以外の何者でもない。

 

 セイバーは一瞬にして強張(こわば)ってしまった。初めて見た人の皮を被ったロボット。感情が一切ない。

 

「ま、待って下さい、アサシン。普通、質問を一回したら今度は質問を一回されるのが常識です!」

 

 結局、セイバーは逃げた。嫌な反応をしたら普通はもう何もしてこないし、アサシンが狂った人とも思えない。普通な人でも、頭が狂った変な人でもなければ何なんだ?

 

 ファミレスで見たアサシンの行動。顔の皮が剥がれ、セイギから何かを奪うように自分の顔を修復させた。あれがさらにアサシンへの恐怖感を(あお)らせる。

 

「ええ、まぁそうね。セイバーちゃんも私に何か質問がある?」

 

 セイバーは逆にアサシンが何者かのかを調べようと考えた。けれど、もうアサシンに質問されたくない。つまり、質問は一回だけ。

 

 セイバーにした質問と同じくらいの代価の値を持つアサシンへの質問。

 

「アサシン、さっき貴方が自分のマスターに口づけした時、貴方の剥がれていた顔が戻りましたよね?あれは何なんですか?」

 

 セイバーの質問はアサシンにグサッと刺さる。

 

 はずだったーー。

 

 でも、なぜかアサシンは平然とした顔をしているのだ。

 

「ああ、あれはセイギから精力を奪ったの。私、(しかばね)だから誰かから精力を奪ないと動かなくなるの」

 

 この言葉にセイバーは多くの質問を投げつけたかった。

 

 精力とは魔力のことではないのか?なぜ、口づけをしなければならなかった?屍とは死体という意味か?なぜ動かなくなるのか?

 

 まだまだ質問は出てきた。けれどもやっぱり質問をされたくはなかった。だから、セイバーは何も言わなかった。

 

 アサシンがまた質問をしたが、セイバーはその質問を断ち切った。アサシンはもう無理だと分かったのかもう質問はしてこなかった。

 

 セイバーはアサシンを見た。その時の顔も何一つ変わりないものであった。



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そこに親友はいない

はい!Gヘッドです!

そういえばアサシンちゃんの紹介してなかったかな?今、考えているので、次くらいに人物紹介しときます。



 セイバーたちがお買い物に行っている頃、俺とセイギはそこらへんにありそうな店でマスターとしての話をしていた。

 

 親友同士のはずなのに、場は(なご)やかと言える雰囲気ではない。お互い、見られたくない光景を見られたくない相手に見られてしまったから。今は仲間としているからまだいい。けれど、今後セイギが俺の敵となることだって考えられるんだ。つまり、俺とセイギはいつでも殺し合う可能性がある。

 

 親友同士なのに。

 

 それに俺は魔術師として遥かにセイギより劣っている。俺が使える魔術は『強化』と『解析』の2つだけ。魔術師の半人前以下の俺がセイギと肩を並べられるのだろうか。体術なら確実にセイギに勝てる。けれども、それに魔術を入れてしまえばボロ負け確定コース。

 

 スタート地点はもともと同じはずだ。セイギだって魔術の師匠はいたけれど、そんなに長く教えてもらっていたってわけじゃない。けれど、セイギは魔術の修行を欠かさなかった。そこから俺とセイギの差がついてしまった。

 

 別に魔術に興味がないわけじゃなかった。けど、将来、こんなことに巻き込まれるなんて思ってもなかったからやって来なかっただけだ。やらなければ残るのは後悔だけ。やれば残るのは成果だけ。

 

 セイギは自分の水を飲んだ。その水が喉を通り、数秒後俺に一つ質問をした。その質問は俺以外の全マスターが、そして全サーヴァントが持っているものについてだった。

 

「ヨウはこの聖杯戦争では何をお願いするの?何を叶えたいの?」

 

 聖杯戦争では一つだけ叶えたい望みを叶えることができる。聞いている限りめちゃくちゃいいものだけど、使い方を間違えれば、人類滅亡なんか簡単にやってのけることもできる。それほど恐ろしいものに自分の夢を叶えて欲しくはない。

 

「俺は特に夢なんかないさ」

 

「いや、でもあるでしょ?一つぐらい」

 

「ねぇよ。それに、俺はこの聖杯戦争に参加したくて参加したわけじゃない。巻き込まれただけだ」

 

「そんなの戦っている意味がないじゃん」

 

 そのセイギの言葉は確かなことであった。俺には聖杯を得ても叶えたい望みなど一切ない。せめて言うなら今後普通に暮らしたいとかそんな望み。まぁ、でも、そんな望みは自分の手でなんとかできるから即却下。

 

 というより、今自分の望みは自分の手でやればできるようなことばっか。かっこよくなりたい。料理がもっと上手くなりたい。爺ちゃんに剣術でも勝てるようになりたい。

 

 あとは……、もう、大切な誰かを知らない何処かへ行かせたくない事ぐらいかな。

 

 だから、俺の望みは全部自分の手でなんとかできる事ばかり。俺の手でできないことならそれは多分『世界の(ことわり)』を破ることだと思う。それはやっちゃいけないんだ。何でだかは今の俺には詳しく説明できない。けれど、やっちゃったらそれは世界の歯車の一部を狂わせるんだ。その一部は日に日に大きな狂いとなり、いつか世界全てが狂うんだ。

 

「戦う意味は今の俺にはまだ何もない。聖杯に叶えてもらいたい望みもないし、誰かを阻止したいというものでもない。もしかしたら後々俺にも望みができるかもしれないけど、今の俺は降りかかる火の粉を払っているだけ。それだけだよ」

 

「でも、それだけじゃ、やられるだけじゃん」

 

「俺は正当防衛しか今の所しない」

 

 俺の綺麗事を聞くとセイギは少し俺を(にら)んだ。

 

「それってただいい言葉を並べてるだけだよね。自分にいい言葉をポンポンとただ言っているだけ」

 

「ああ、そうだ」

 

「それじゃ、何もできないよ。指をくわえて見ているだけだ。何も変われない。ねぇ、ヨウ。知っている?進化っていのは変わりたいって思うから変われるんだよ。変わろうと思わない限りいつまで経っても進化はしないさ」

 

 そう、その通りである。俺は何も言えなくなってしまった。全部当たってる。図星である。

 

 俺は結構な保守派である。というより、あまり物事の見方をコロコロと変えない。それは頑固とも言える。頑固な俺はどんなに自分が悪くても、どんなに自分が不利な状況になっても見栄と虚勢を張る。だから、俺は何も変われない。進化できない。

 

 俺は父と母が俺から離れていったあの時が未だに忘れることができない。あの時、俺が一歩踏み出していたらと思うが、俺が頑固だから今でも踏み出せないでいる。もうあの時から俺の時計の針は回ってはいない。体は変わっても心はまだあの時のままだ。

 

 足を踏み出せずに10年くらいずっとその場で立ちすくんでいる。

 

「ああ、俺は変われてねぇよ」

 

 俺もセイギを少し睨む。セイギはそんな俺の顔を見るとクスッと笑った。

 

「まただよ。僕がヨウに何と言おうと、ヨウは自分の考えを一向に変えてくれようとしない」

 

「そりゃどうもすいませんでした」

 

「『頑固』‼︎」

 

 おいおい、これじゃ普通に幼馴染としての会話になってるだろうが。二人になった意味がなくなっちまうだろ。

 

 その時のセイギの笑顔はいつも見慣れた笑顔だった。いつもの笑顔、それがすごく怖かった。そのいつもの笑顔をする人が殺し合いをする人だと思うと俺は怖くなる。たとえそれが親友であったとしても怖くなる。そして、親友を怖く思える自分が嫌いになる。

 

 俺は心の中で「いつものセイギの笑顔じゃないか」って言い聞かせてホッとする自分と足を引く自分がいる。だからまた悔しく思える。

 

「なぁ、セイギ」

 

「ん?何?」

 

「お前はさ、聖杯を手に入れたらどんな願いを叶えるんだ?」

 

 俺に質問したなら、質問を返してもいいだろうと思った。そんな俺はバカだった。

 

 俺の知っているセイギはここにはいない。俺の知っているセイギは『親友』としてのセイギであり、『魔術師(マスター)』としてのセイギじゃない。

 

 セイギはニタァっと笑ってこう言った。

 

「全ての魔術を会得し、最強の魔術師となる」

 

 俺の目の前にはセイギがいる。俺の知らないセイギがいる。俺は頑固だから自分の知らないセイギはセイギでないと思い込もうとする。けど、これはセイギなんだ。俺が今まで見てこなかったもう一人のセイギ。

 

 俺はセイギを見たとき、魔術が怖いと思った。魔術はここまで人の心を変えてしまうものなのかの思い知らされた気がした。

 

 俺は『親友』としてのセイギとしていてほしかった。だから、今、目の間開けにいるセイギは俺の知っているセイギだって思い込んで記憶をそう塗り替えている途中。

 

「なぁ、セイギ。お前の思う『最強の魔術師』って何だ?」

 

 セイギは俺の質問にまた笑った。

 

「面白い質問をするね。別に答えてもいいけど、そしたら僕もヨウに質問していいんだよね?」

 

 俺は首を縦にふる。

 

「じゃぁ、僕の思う『最強の魔術師』を教えてあげる。それはね……」

 

 また、セイギはくちびるの端を上げて、不気味な笑みを浮かべる。

 

「全ての人を服従させるような力を持つ魔術師だよ」

 

 力に溺れた者の笑みはとても不気味である。セイギはもしかしたらもう俺の手の届かない所までいるのかもしれない。目の前にいるはずのセイギに俺は手が届かない気がする。

 

「ヨウ」

 

「ん?」

 

「もし、ヨウにもどうしても叶えたい望みができて、その時、僕が死にそうだったとする。そしたらヨウはどうする?僕を助ける?それとも、僕を見捨てて望みを叶える?」

 

 その質問は少し(むご)いものだった。普通、セイギを助けるという。けれど、もしセイギの命以上に大切なものを手に入れられそうな時、俺はそれを捨ててセイギを助けることができるのだろうか?いいや、多分無理だ。俺はそういう人間だ。

 

 少なくとも自分のことは自分がよくわかっているつもりだ。

 

 けど、俺はこう言ってしまった。

 

「俺はお前を救って、そんでもって望みも叶える。それが俺の答えだ」

 

 できるはずもない答えを俺は言ってしまった。だから、すごく胸が痛い。

 

「ズルイよ。ヨウは両方だなんて。ちなみに僕は…………」

 

 セイギが言おうとした時、二人が帰ってきた。手には多くの袋。どれだけ買ってきたのだろうか?

 

「ごめんねぇ。遅くなった?」

 

「いや、別にそんなことはない」

 

「ちょっと、セイバーちゃんの下着を選ぶのに手間取っちゃって。セイバーちゃん、すごくワガママなの。この下着は嫌だの、他の下着は嫌だのと。選ぶのに苦労しちゃった。まぁ、でも、相当大きいものをお持ちだったし……」

 

 アサシンが余計なことを言うとセイバーは顔を赤くしながらアサシンを怒鳴る。なんだかんだ言って仲良くなっているようだ。

 

 セイギは二人が戻ってくると席を立った。

 

「さてと、それではこれでお開きとしましょうか。僕たちは少し助けてあげたし、ヨウからもアーチャーの情報を聞けたし。まぁ、これで僕は満足だよ」

 

 セイギはそう言うとレジの方まで行き、俺たちも含めた四人分のお金を払った。

 

「今回はおごりだよ」

 

「あっ、ああ。ありがとう」

 

 いつもなら嬉しすぎて発狂するはずなのに、なぜだかしなかった。ただ、セイギの姿がやっぱりいつものあいつじゃないように思えた。

 

 帰り際、セイギはあることを思い出したようである。何かを思い出すと、俺の耳元でこう(ささや)いた。

 

「僕は多分、ヨウか望みだったら、迷わず望みを取っちゃうな。まぁ、そうなった時は許してね」

 

 セイギはまた笑顔で俺たちに手を振った。セイバーはその時のセイギは変には見えなかったと言う。けれど、あの時のセイギはいつものセイギには見えなかった。



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サーヴァントと幽霊
幽霊と幽霊


はい!Gヘッドです!

今回は幽霊が出てきますね。サーヴァントじゃない幽霊が……。

あと、今回からセイバーちゃんを柔らかいキャラに変えていきたいと思います。


 正午、セイギたちと別れた俺とセイバーは街を歩いていた。といってもセイバーは霊体の状態である。

 

 まだ秋である。けれども、もう冬は目の前。外は少し肌寒い。

 

 平日の昼に制服姿の少年が一人、街の中を歩いていたらまず不自然である。しかも、俺がセイバーと話していても周りの人は、俺が独り言を言っているように見える。そうなると周りの人は俺を見てくるし、その視線が心に刺さる。

 

 普通、家に帰って大人しくしているのが得策なのだが、もし家に帰って爺ちゃんがいたら……。考えるだけでも恐ろしいことになる。だから、俺は行く場所なくフラフラしているだけだった。

 

 他にも行く場所には()てがある。海岸でブラブラするのもいいし、俺のバイト先でもいい。けれど、海岸までは遠いし、バイト先だと店長に学校をサボったとばれてしまう可能性がある。店長は優しい人だから何も言わないだろうけど、この時間の仕事は絶対にキツイ。

 

 俺が勤めてるバイト先は飲食店だから、この時間は行ったら疲労(ひろう)困憊(こんぱい)になるであろう。そうなったら、もし他のマスターから命を狙われても太刀打ちできない。

 

 赤日(せきひ)(やま)に逃げ込んでもいいけど、火事になっているから人が沢山いるはず。それこそ不審者扱いされてしまうかもしれないし、まだバーサーカーのマスターが潜んでいる可能性も考えられる。

 

 後は……神零(かんれい)(さん)か……。

 

 織丘市の南側には広く地平線まで続く海があり、赤日山は南東の部分、海の近くにある。そして、神零山は北東にそびえ立ち、西側は蛇龍(じゃり)川が海に向かって流れている。つまり、この織丘市は四方八方、海や山、川に囲まれていて、まさに『陸の孤島』。

 

 今、俺は東側にいるから、川の方まで行くのはダルい。とすると、やはり神零山しかないのだろうか。

 

 神零山。この織丘市にあるもう一つの山。赤日山と比べ、神零山はとても高く標高く237メートルの山。ここは一応ここの市のものであり、誰でも登ることはできるが登ろうと思う者は滅多にいない。

 

 この市に住む者は皆、神零山には立ち寄らない。小さい頃から神零山は恐ろしいと教わり続けて、その教えが何代も何代もされていて今でもその教えは続いている。また、この頃は怪奇現象の目撃者もいるらしく、教えの信憑(しんぴょう)性が高くなっている。

 

 といっても、別にそれは間違いではない。その山には本当に住み着いている。

 

 幽霊が。

 

「ゆ、ゆ、幽霊ッ⁉︎そ、そ、そんな所に今から行くのですか⁉︎」

 

「おい、セイバー。少し黙れ。うるさい!」

 

「よ、ヨウ⁉︎そんな所に行く意味なんてあるんですか?」

 

「あるよ。理由は一つ。そこにいると意外とおもろい」

 

「幽霊が面白い⁉︎ど、どこが?」

 

 いやいや、セイバー。お前も今、霊体だからな。幽霊だからな。幽霊にビビる前にお前にビビりたいわ。

 

 …………。

 

 ……ビビる?

 

「セイバー。お前、怖いのか?」

 

 俺がそう聞くと、セイバーは慌てふためく。そんなセイバーが面白いのでもう少しいじることにしてみた。

 

「えっ⁉︎英霊であるはずなのに?幽霊なんか恐れてんの?」

 

「お、恐れてませんよ……。べ、別に、ゆ、幽霊なんてねぇ……、い、いませんよ」

 

 いや、あなたがいる時点で幽霊はいます。あなたは一応幽霊ですから。

 

 セイバーの声が震えている。やっぱり怖いのだろうか?まぁ、確かに、初めて神零山で出てくる幽霊を見たときは本気でビビった。けど、慣れてしまえばさほど怖くはない。

 

 それよりも、俺はもっと恐ろしいことを聞いている気がする。

 

「ゆ、幽霊が出てきてしまえば、こ、この剣で突き刺してこ、殺してしまいましょう。そ、そうです。それがいい」

 

 セイバーの気が狂い始めて段々おかしな方向に向かってしまいそうなので、からかうのは止めて神零山に向かうことにした。

 

 自転車を漕いで神零山まで向かう。神零山に着くと、ふもとのところに自転車を止める。看板には『夜は近づかない』、『どんなことが起きても市は一切責任を取りません』なんで書いてある。そんなことを看板に載せれば近寄る人はさらに減っていく。

 

 誰一人として近づかないこの土地。周りには家はなく、荒れ果てた畑しかない。

 

 人一人(ひとり)ギリギリ通れるぐらいの道。そこがこの山の入り口である。市が人を寄せ付けないようにしているのが目に見える。未開発の土地、雑草が生い茂り、道にも花が生えている。俺はそれをまたぎながら上へと登る。

 

 少し歩けば、もう外からは見えない。俺はセイバーに実体化の許可をする。しかし、セイバーは実体化しようとはしない。

 

「なんだ?まだ怖気(おじけ)付いているのか?」

 

「だ、だって、もし実体化したら幽霊に呪われてしまう……」

 

「お前も幽霊だろ。もう死んでるから。それに、もうお前の後ろには……」

 

 セイバーは「きゃぁぁぁっ!」と悲鳴をあげる。もちろん、後ろには誰もいない。

 

「嘘だよ、嘘。いるわけないだろ?」

 

「そ、そうですよね……。ゆ、幽霊なんていませんよね……」

 

 俺は上へと登ろうと足を一歩踏み出した時、背中をポンポンと叩かれた。背中側が少し冷たい。

 

 俺は後ろを振り返る。すると、後ろにいたのは怖い顔をした髪の長い女性。角が突き出て、目は鬼のようにつり上がり、歯は牙のように尖っている。

 

「おばけはいるぞぉ」

 

 いきなりのことだったので驚いた。が、俺よりももっと驚いた奴もいた。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!お、オバケッ‼︎オバケ!オバケェ‼︎」

 

「おい、セイバー、少し黙れ」

 

「お、お、オバケですよ!正真正銘のオバケッ!」

 

「お前も正真正銘のオバケだからっ‼︎」

 

 セイバーは歯をガタガタと鳴らしている。自分も同じ存在なのになぜそこまで怖がるのだろうか?それに、彼女も一応英雄である。そんな彼女が霊ごときで怖がるのは幻滅である。最初会った時は凛々しい姿でかっこいいと思った俺がバカみたいに思えてきた。

 

 俺はため息をつきながら背後に現れた幽霊の顔を掴む。

 

「毎度毎度驚かせんな。鈴鹿(すずか)

 

 鈴鹿は般若面をつけていた。俺はその般若面を取る。その中は白い肌、さらりとした綺麗な髪、くっきりとした目鼻、上品なオーラを出すおしとやかな女性であった。

 

 その美しさにセイバーは何も言えなくなった。固唾を飲むほどの美しさである。そのあまりの美しさにセイバーは思わず「綺麗な人」と感嘆した。

 

「でも、それは外見だけだ。セイバー、騙されるなよ。この女は見た目ヤマトナデシコ、中身はうるさい女だ。見た目詐欺だよ」

 

 鈴鹿、初めて会った時、彼女は俺にそう名乗った。だから、俺は彼女をそう呼んでいる。セイギにも俺に言えない秘密を持っている。けれど、俺にも言えない秘密がある。それが、鈴鹿の事である。

 

 俺の剣術は『月城流』とは少し違う。理由は簡単である。俺は爺ちゃんからではなく、鈴鹿から剣術を教わっている。鈴鹿は幽霊ではあるものの、生前は剣士であった。といっても、俺は鈴鹿の事はこれぐらいしか知らない。

 

 鈴鹿はじいっと俺の方を見た。

 

「女?ヨウ、女の幽霊に取り憑かれてるぞ?」

 

 やはり霊はサーヴァントが霊体化しても見えるのだろうか?鈴鹿は背中に背負っている剣を引き抜く。

 

「安心しろっ!今からその幽霊倒してやる!」

 

 鈴鹿は人の話を聞かず、セイバーに刃を向けた。セイバーは怖がりながらも剣を持つ。

 

「おい、鈴鹿待て。そいつは悪い奴じゃない」

 

「嘘だ、信用できるか。だってヨウが幽霊を連れてきたことなんて一度でもあったか?」

 

「いや、理由があるんだよ。今回は」

 

「理由?結婚するのか?この幽霊とか?私という存在がいながら、まだ幽霊が恋しいか?」

 

「いや、違うから。つーか、お前ら一旦剣を納めろ!」

 

 俺が二人に言うが二人とも剣を納めてくれそうにない。鈴鹿はセイバーが剣を納めたら自分も納めると言う。だから、俺はセイバーに納めろと言うが、セイバーは何かをぶつぶつ言いながら、俺の言葉を聞いていない。

 

「相手は幽霊、相手は幽霊、相手は幽霊、相手は幽霊」

 

 セイバーの頭がショートしてしまったので、少し脅す。

 

「おい、セイバー。令呪使っちまうぞ‼︎」

 

 俺がそう言うとセイバーは我へとかえる。そして、セイバーは剣を納めた。

 

「おい、鈴鹿。納めろ、剣を」

 

 俺が強く言うと鈴鹿は渋々剣を納める。

 

 ほぼ放心状態に近いセイバーと、そのセイバーの首を狙う鈴鹿。……はぁ、こりゃ疲れそうだわ。

 




アサシン

年齢:24歳

体重:未詳

身長:171センチ



セイギに召喚された暗殺者のサーヴァント。

本来は冷静沈着で状況判断能力に長けているが、そんな自分自身を嫌い、自分を仮の姿で覆っている女性。
お姉さんみたいな性格になろうと努力しているものの、たまにその性格のせいでからぶってしまう。

彼女は自らを『屍』であると言う。セイギは召喚の際、彼女を召喚しようとしてしたのではなく、暗殺者のクラスのサーヴァントを召喚しようとしたため、召喚するまでは誰だか知らなかった。

聖杯で叶えたい望みは『自らが完全な人になること』

真の名は???。

宝具:
自我を押し殺して(プロテクティブ・カラー)」ランクC。能力は???

精気強奪の鎖鎌(スナッチ・フォース)」ランクB+
能力は???

生前に殺した人数は沢山。もう数え切れないくらい。


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嫌いだよ、何もかも

はい!Gヘッドです!

次回更新が17日まで更新できないかもしれません。


 道に落ちた葉を踏み、山を登る。葉は色々な音を立てながら俺の足によって砕かれて、土へと還る。

 

「ズボンが汚れるなぁ」

 

 あんまり俺は制服でこういう所に来たくはなかった。

 

 家の家事は何でもできる俺だが、別にしたくてしてるわけじゃない。ズボンが汚れた時洗うのは自分だし、アイロンがけも自分。ただ爺ちゃんはガサツなため、結局のところ俺が家事をしなければならないのだ。もし、爺ちゃんに家事を任せたらどうなることやら。

 

 俺は鈴鹿を見る。鈴鹿は変なところで『ヤマトナデシコ力』を発揮するから、そういう家事などの類はできるであろう。が、しかし彼女には問題が何点かある。

 

 一つは、彼女がこの山から出られないこと。彼女の遺骨はこの山の中にあるという。だからこの山から出ることはできない、いわば地縛霊である。

 

 小さい頃、彼女をこの山から出してあげようとこの山に埋まっているという遺骨を探したが、出て来なかった。鈴鹿によると、彼女が死んだのは1000年前のことだから遺骨は結構下の方にあるんだとか。もしかしたら、もう骨は砂となってしまったかもしれない。

 

 もう一つは彼女は現代人ではないということ。彼女は現代人じゃないから現代の家事なんて到底出来そうにもない。

 

「こりゃ、セイバーにお願いするしかないか」

 

「自分でやってください!それに、私が劣ってるみたいな言い方しないでください」

 

 いや、そう言われてもねぇ。外見的に、鈴鹿はヤマトナデシコだからなんでもできそうなんだよなぁ。そういう家事全般。それに対して、セイバーは剣しかできない女の子っぽそうだし。家事なんか一回もしたことないだろうし。

 

 はぁ、セイバーが家事をすることができたなら、生活が楽になるんだけどなぁ。多分、セイバーはお遣いもできないだろうし。

 

「ねぇ、セイバー。お遣いしたことある?」

 

「さすがにありますよ!それぐらい!主に鉄とか、動物の皮とか……」

 

「おい、どうした、セイバー。口が止まっているぞ。まさか、それだけ?」

 

「いっ、いや、待ってください。い、今言ったのはお金を使う方のお遣いです」

 

 お金を使う方のお遣い?何を言っているの、この子は?それ以外に何がある?

 

「さ、採取とか、狩猟とかはお手の物です!」

 

「何、そのサバイバルスキル。お前一人暮らしできるんじゃね?」

 

「いや、実際暮らしてましたし……」

 

「へぇ……」

 

 ……あれっ?待てよ。この流れって……。

 

 セイバーの名前聞きだせるパターンかっ⁉︎

 

 俺の心の中にあったモヤモヤ。セイバーの名前を聞きだせないから、気になって気になって。でも聞けないから心の中がモヤモヤし出す。そのモヤモヤを解消しようと巧妙な作戦を練ろうとした時、鈴鹿は「着いたぞ」と言った。バットタイミングである。もう少し時間があればセイバーの名前を聞き出せそうだったのに。

 

 俺たちが来た場所は一面木々が無く、山の中なのにそこだけ地面が傾いておらず、平らな土地。そこには小さな丸太が(ひも)で吊るされていたり、木がバラバラに切られて切り株がそこらかしこにある。

 

 その場所を初めて見るセイバーは「ここは?」と訊いてきた。

 

「ここは私とヨウの特訓場所だ。元々、ここはただ平らなだけだったが、特訓をしているうちに木を次々と切ってしまってな。気づいたらこのようになっていた」

 

「そゆこと」

 

 俺は鞄の中にあるセイバーから借りた剣を出す。

 

「ヨウ、それは真剣か?」

 

「ああ、セイバーから借りた」

 

 俺は鈴鹿にその剣を渡す。けれど、鈴鹿は幽霊なので触ることはできない。茶色い葉の上にポフッと落ちる。山の土が落ちた衝撃を吸収して、音は鳴らない。

 

「ああ、すまない。そういえば幽霊だったな。私は」

 

 鈴鹿はそう言うと自分の体を見る。悲しそうな顔で見るから、俺は目をそらした。心にヒビが入る音が聞こえた。

 

 たまに鈴鹿は自分が幽霊であることを忘れて物に触ろうとする。けれど、触れないから物を落とす。その度に彼女はぽろっと大事なものを落としているようにも感じる。幽霊は死なない。けれど、それは辛いことなんだ。人間として生きるよりも辛いという。多くの人に怖がられて、触りたいものには触れず、時は過ぎ周りの人は次々と死んでゆく。

 

 昔、夜中に家を飛び出してきたことがあった。爺ちゃんがあまりにもひどくて。そんな時に俺は神零山を寄った。俺は鈴鹿に会おうとここまで来た。その時、鈴鹿は泣いていた。ここで、なぜ幽霊なのかと泣いていた。俺はその時鈴鹿に「大丈夫」なんて言葉をかけた。けど、今思えばそれは無慈悲な言葉とも言えるのだ。何も知らぬ者が慰めの言葉をかけてもそれは邪魔でしかないだろう。

 

 だから、俺は鈴鹿に何も言わない。見てるのが辛くなるから目をそらす。それしかないのだ。

 

「あはは、私はバカだな。幽霊なのに」

 

 鈴鹿は笑いながらそんなことを言った。でも、それがふりだってことは俺には分かる。8年、9年くらいの付き合いである。セイギと同じくらい。だから、分かるんだ。どんなことを思ってるかぐらい。けれど、何もできないからそれが悔しい。

 

 俺は人間で鈴鹿は幽霊。別れている二つが共にいてはダメなことぐらい知っている。

 

 この聖杯戦争もそうだ。自らの望みのために血を流しあう。人と幽霊が一緒にいちゃいけないんだ。過去と現在の者が一緒にいることはできない。この世の理である。それを破るのはいけないことなんだ。

 

 風が吹く。けれど、もうざわざわと音を立てる葉はもうない。葉はもう地に落ちている。風が禿げた木々の間を通り抜けた。

 

 その風を向かい風とするかのようにセイバーは実体化し俺の前に立った。そして、レイピアのように細い剣を持つ。

 

「ヨウ、ここならあなたの腕を試すことができそうです」

 

 セイバーは俺を魔術師(マスター)としては見ていない。俺はセイバーと同じ剣士として見られている。けれど、俺は週一で鈴鹿のところに来て剣を学ぶ程度であって、剣を生業(なりわい)としてはいない。だから、セイバーと戦えるほどの腕を俺は持っていないのだ。

 

 それに、俺は勝てない戦いは絶対にしない主義。

 

「無理、勝てない」

 

 俺がセイバーの誘いを簡単に断るとセイバーは呆気(あっけ)にとられた。

 

 真剣の戦いに背を向ける者は剣士ではない。それは剣を遊びとして扱っているものの証である。剣を振るのがいくら上手くてもそれを誰かに向けることができなければ意味がない。人を斬ることができなければ意味がない。

 

 しかし、『真剣の戦い』・『人を斬る』といっても物理的に人を斬るということではない。相手と向き合い、その相手と自分の信念をぶつける。これは鈴鹿の教えも『月城流剣術』の教えにもあった信念である。

 

 

 

 剣、人の(たい)を斬るものべからず

 剣、人の(こころ)斬るものなり

 剣、打ち砕けし時は心(じゃく)にてあらん

 

 

 

 この信念は俺には合わないような気がする。心を斬った所で自分が斬られては意味がない。だから、俺はこの信念を信じてなんかない。でも、もしこの信念で言えば、今の俺は心が弱い者である。

 

「別にそれでいい。弱くったって別にいい。俺は剣の道を極める気は(はなは)だない」

 

 俺は腕を伸ばし剣先を地面へと向ける。鈴鹿は俺に「戦え」と言う。けれど俺がそれでも戦わない意思を見せるともう何も言わない。

 

 鈴鹿は俺にあまり強くものを言わない。何故かは知らないけどいつもそうだ。別に愚痴愚痴と物事を言って欲しいわけじゃない。ただ、たまになぜ言わないのかが気になってしまう。

 

 爺ちゃんは俺にしつこく物事を言い、よく(しか)る。それに対して、鈴鹿は正反対。何処と無く俺に甘い。だから、そんな鈴鹿が何も言わないのが気になって仕方がないのだ。

 

 セイバーは俺が戦う意思がないとわかっていても俺に剣先を向ける。多分、セイバーが一気に間合いを詰めて、その剣で一刺しすれば俺は死ぬ。けど、不思議と勇気がわくのだ。根拠もない暗示を自分にかける。

 

 俺は死なない。

 

 悪いクセである。自分に暗示をかけて大丈夫だと思い込もうとするのは。けど、そうしないと自分が折れてしまいそうで嫌なのだ。

 

 俺は俺。やる気ないオーラを出しながら日々を過ごす俺。なるべくめんどくさいことに首を突っ込みたくない俺。俺はそんな奴。だから、自分で決めた俺を誰かに折られたくない。今まで頑張って作った俺は誰かに折られるようなものではないと思いたい。

 

 もしかしたら俺にも信念はあるのかもしれない。『自分は自分である』という信念が。ただ、誰かに折られたくないから、折られそうな事を避けているのかもしれない。

 

 本当の事は分からない。ただ、自分にも分からない事は他人にも分からないはず。この世で誰も分からないことを考えても時間の無駄である。

 

 俺は自分のことを考えるのをやめた。心なんて、信念なんて考え詰めたところで答えは出ない。

 

 めんどくさいのは嫌いだ。だけど結果の出ないことの方がもっと嫌いだ。結果の出ないものは絶対にしたくない。

 

「負けて何になる?」

 

 俺はボソッと本音を吐いた。父さんと母さんが帰って来なかったのも、きっと聖杯戦争で負けたからだ。負けて残るのは『孤独』しかないじゃないか。

 

 めんどくさいのは嫌い。結果の出ないことは嫌い。一人残されるのも嫌い。

 

 全部、嫌いだ。

 

 



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狂者

はい!Gヘッドです。

自己紹介の所に、今までサーヴァントたちが殺した人数もプラスしておきました。


 小さい頃、初めて鈴鹿に会った時、鈴鹿は泣いていた。初対面なのに彼女は俺の前でボロボロと大粒の涙を流した。その涙は俺の体をすり抜けて心に入ってきた。

 

 幼い俺もそれでもらい泣きした。なんか分かんないけど、悲しくなったんだ。幼い頃だから感情のコントロールが下手っていうのもあるけど、それ以前に何処か懐かしいものが感じられたような気がする。

 

 その場に第三者がいたなら物凄い奇妙な光景である。小さな男の子と幽霊の女性が会ってすぐに泣き出しているのである。

 

 鈴鹿は幽霊だけど、俺には、彼女が人間の女性と変わらない、いやそれ以上の存在のような気がする。幽霊だから体はない。けれど彼女に抱かれた時にすごく恋しい温かさがあった。体には触っていない。けれど彼女の心に触れた。

 

 今思えば、彼女があの時何で泣いていたのかが疑問に思う。いきなりばったりと会って、彼女は涙を流し始めたのだから。

 

 それが鈴鹿と最初に出会った時の記憶であり、今覚えている中では一番古い記憶。

 

 彼女に会ってから、俺は神零山に寄るのが日課となってしまった。別に鈴鹿のことが好きなわけではない。ただ、彼女が俺を抱きしめた時のあの涙が未だに俺の心に残っているから。

 

「負けて何になる?」

 

 その言葉、鈴鹿が俺を抱き締めて、泣きながら呟いた言葉だった。彼女らしくない言葉がその時俺の心の中に落ちてきて、心の中に芽生えた。ふと鈴鹿の心の中からの一言が俺の中で生きている。

 

 

 

 

 セイバーは俺のやる気のない言葉に(かつ)を入れようとした。どうしても、俺と剣を交えたいらしい。その思いは目に見える。けど、俺はそれに(こた)えない。

 

「ヨウは『戦う』という事を知らないからそういうことが言えるんです」

 

 セイバーの言葉は本当に痛い言葉であった。俺は『戦う』という事を知らない。俺が知っているのは『戦う者の後ろにいる者』であり、当事者になったことはない。

 

「じゃぁ、お前は『戦う』って事を知ってんのか?」

 

「ええ、知っていますよ。少なくともヨウよりかは」

 

 セイバーは英霊の一人。だとしても、戦ったことのない英霊だってこの世にはたくんいる。セイバーは戦ったことがあると言った。けれど、もしかしたらセイバーは戦ったことはないのかもしれない。

 

  『真実』はいつも当事者の知らないところで決まるから。

 

  『真実』とは(おのれ)だ。己を見るのは辛いけど、それでも己を見る。それこそが本当の『戦う』ことだと思ってる。

 

「セイバー、お前は自分のことをどう思うよ?お前は己を見たことがあるのか?」

 

 俺は見たことがある。

 

 自分は『足を一歩踏み出せていない』。それが己だと思っている。足を一歩踏み出す勇気なく、一人ぼっちになってしまった者と思っている。一歩踏み出す恐怖に打ち勝てない。それが俺だと理解している。

 

 お前はどうなんだ?セイバー。

 

 俺はセイバーを鼻で笑っていた。どうせ己を知らぬ愚か者とばかり思っていた。けど、本当の愚か者はどちらなのか、思い知らされた。

 

「わ、私は……、知っています、自分を……」

 

 セイバーの返答は少し遅かった。歯で唇を噛み締めて、何かを(こら)えているかのような目をする。下を向き、俺から顔をそらす。持っていた剣はガタガタと揺れた。

 

 目の前にいる彼女のその姿が俺には意外でならなかった。ただ、正論をポンポンと並べているだけかと思っていた。

 

 けど、違った。

 

 彼女にも苦しいことはあるんだって思った。辛い思いが喉奥から爆発しそうなのに、それをぐっと耐えて飲み込んでいる。胸が張り裂けんばかりの苦しみを彼女は抱き続けているのかもしれない。

 

 辛いのは俺だけだと思ってた。けど、彼女も辛いことがあり、それを知らずに俺は全てを知った気でいた。そんな自分を今、少しだけ恥じる。

 

 小さい頃、両親がいないということを受け入れることができなかった俺の姿にセイバーは似ている。誰にも言わず、ただ喉の奥にしまいこんで何も言わない。けれど、心の中はドス黒い何かで飽和状態なのである。

 

「ごめん、言い過ぎた」

 

 俺は心の底からそう思った。そう思ったからセイバーにあわせる顔がないと思ってしまい、俺は後ろを向く。

 

 くそ、俺らしくない……。

 

 口喧嘩で負けるなんて久しぶりである。

 

 何となく、セイバーを昔の自分と見てしまったから、責めるのをためらった。半分懐かしく思い、半分同情してしまった。

 

 俺は自分の胸に手を置き、こう呟いた。

 

「クールに行こう、俺」

 

 静かな独り言は心の中に少しだけ余裕をもたせた。パンパンに破裂しそうな心の中に隙間を作った。心が破裂しないように。

 

 人の心はみんなパンパンに膨れ上がっている。色々なことを思い、色々なことを感じて、人の心というものは出来上がってゆく。だから、人の心は常に破裂寸前。そんな心にポッカリと隙間を作ったら、俺の心は小さくなる。

 

 胸が苦しくなった。また自分で自分に暗示をかけていることが恥ずかしい。ポッカリと空いた隙間が俺を悲しくする。

 

 心の隙間を埋めるものは何かないのか?と心が騒いでいる。心は破裂寸前まで膨れ上がることを望んでいる。

 

 でも、もう俺の心を埋めるものなんてない。いや、元々ないのかもしれない。辛いな、何にもないって……。

 

 突然鈴鹿は何かを察知したようで、鋭い眼光で辺りをざっと見回す。背に背負った剣の柄を握り、いつでも敵を切れる体勢である。

 

「誰かいるな。誰だ?姿を現せ」

 

 その声に俺とセイバーも辺りを警戒する。でも、素人の俺が辺りを警戒したところで人の気配を感じることはできやしない。感じるのは寒い冬の冷気である。

 

 木の後ろから人が出てきた。アーチャーである。アーチャーは両手を頭の高さまで上げて笑っている。

 

「ハッハ、ばれたか。ばれないと思ったんだがな」

 

「ッ⁉︎アーチャー?なぜ貴方がそこにいる?」

 

「ああ、何となく最弱コンビがどんな感じでやってるか見に来ただけだ」

 

 挑発であろうか、彼は俺たちのことを『最弱コンビ』と呼んだ。別にそれに対して怒りはないが、俺たちが最弱ということについては意外の一言である。

 

「そういえばお前ら喧嘩してたな。邪魔だったか?」

 

「いや、全然」

 

 俺がそう言うとアーチャーはポケットの中から写真を一枚ペラリと出した。そして、その写真を俺の足元に投げる。俺はその写真を見た。そこに写っていたのは人の腕である。胴体から引き裂かれた一本の腕が写真に写っている。その腕の手の甲には令呪が刻まれていた。でも、その令呪は血に濡れて見分けがつきにくい。

 

 アーチャーは俺にその写真を見せると、今度は手紙を俺に渡した。その手紙は手書きである。綺麗な字であった。多分、この字は書道とかそういう(たぐい)のことをやっている人の字。

 

 その手紙に書かれていた内容を要約してしまえばこうである。

 

『聖杯戦争を手っ取り早く終わらせるために手を貸してほしい』

 

 アーチャーが俺に渡した手紙の最後にはこう書かれていた。『私は望みなんかいらない』と。その言葉を少し疑った。望みがないのに聖杯戦争に参戦する意味があるのかと。

 

「すまないな。突然だが、俺のマスターはお前らと手を組む事を望んでいるんだ」

 

「手を組む?アーチャー、貴方の言っていることはおかしい。昨日はいきなり私たちのことを殺そうとしていたじゃないですか」

 

 セイバーの言っていることはもっともである。アーチャーはいきなり俺たちを殺そうとした。そして、一日経って、(てのひら)返して手を組もうとしても信用できやしない。

 

「ああ、あれは俺の勝手な判断だ。元々はセイバーが召喚される前に魔法陣を潰せと言われていたんだが、召喚されてしまった。だから、俺のマスターにバレないようにお前らを殺そうとしたんだ。まぁ、マスターの近くにいないから魔力供給はないし、ロクに戦えもしないから逃げたんだがな」

 

「じゃぁ、今回の判断はお前じゃなくてマスターの判断だと?」

 

「ああ、そうだ。俺はどことも組みたくはなかったんだが、マスターはこの聖杯戦争を早く終わらせたいらしくてな。だから、こうしてここに来た」

 

 このアーチャーの説明。聖杯戦争のことを何も知らない俺は簡単に飲み込んでしまったが、セイバーと鈴鹿は何かが気に食わないような顔をしている。

 

「アーチャーと言ったな?お前が言っていることで少し気になることがあるのだが……」

 

「ああ、特に差し(つか)えなければ聞くが、お前は誰だ?サーヴァントか?」

 

「いいや、私はサーヴァントなんかじゃない。ただの幽霊だ」

 

 鈴鹿はそう言うと少し顔を変えた。険しく、少しだけ辛そうな顔になった。

 

「お前のマスターはなぜ魔法陣の場所が分かったのだ?魔法陣の場所を特定するのは難しいと思うが。聖杯戦争のサーヴァントの魔法陣なんか相手にバレたくもないから特に見つかりにくいところに作成する。それに、この街の中からピンポイントに見つける事ができる魔術師など世界でも数えられるくらいしかいないはず」

 

 アーチャーは鈴鹿の鋭い洞察力には驚いているようである。しかし、何かを疑問に思ったのか、アーチャーは腰の後ろにつけているクロスボウを鈴鹿に向け放った。

 

 でも、鈴鹿はその攻撃に反応し、背負った三本の剣のうちの一本を瞬時に選びそれを引き抜いた。そして引き抜きながらアーチャーの放った矢を叩き落とした。鈴鹿の引き抜いた刀は鈍い金属光沢を放っている。

 

 その姿をアーチャーは見極めるかのように真剣な目で見ていた。そしてアーチャーは鈴鹿のことをこう言った。

 

「紛らわしいのはお前だな」

 

 そう言われた鈴鹿もアーチャーのことをジロッと見る。今まで見たことないほど殺気立った目つきである。

 

 場の空気が凍りつく。殺意がそこに渦巻いていた。けど、アーチャーは鋭い目つきをしながらも笑っていた。なぜ笑っていたのかは正直、今回の聖杯戦争のことを何も知らない俺は分からなかった。けど、アーチャーの笑みは彼を幸福そうに見せていた。

 

「ああ、その殺意ある目、好きだぞ。死闘って感じがする……」

 

 アーチャーはニタニタと笑う。その不気味さが(おぞ)ましい。鈴鹿は剣を(さや)に収める。そしてこう言った。

 

「鬼め」

 

 鬼が武器を納める。けど、俺とセイバーは警戒を解くことはできなかった。

 

 獣が獲物を見るような視線であった。

 

 だが、俺はそんな顔をするアーチャーの顔が一瞬、何か他の顔に見えた。

 




じゃぁ、今回はアーチャーさんで。

アーチャー

身長:185センチ

体重:75キロ

???に召喚されたアーチャーのサーヴァント。

人と関わりを持とうとしないタイプの人。だから、あまり人と話はしないし、気に入った人以外はみんな見下す。また、物にもあまり興味を示さない人で、言ってしまえば冷たい人。

強い人が好きで、強い人と対戦することを望む。そのため、今回の聖杯戦争への望みは専らサーヴァントとの死闘であり、それ以外は特に興味ない。

マスターがいつも自分の陣地から離れようとしないため、偵察はほぼ一人。あと、マスターは結構慎重な人なので、早く戦闘をしたいと思うアーチャーとはあまり合わない様子。でも、マスターの情報量はハンパないし、魔術師としても長けているので裏切りの可能性は今の所なし。

真名は???

宝具は???

今まで殺した人数は何万人もの人。


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疑する女と信ずる男

 アーチャーの発言の所々に疑問を持つ鈴鹿とセイバー。鈴鹿は剣を握ってはいないが、アーチャーを警戒している。アーチャーの目は恐ろしい。死闘になりそうになると彼の目は笑う。その目は不気味なピエロの如く、何を考えているか見当もつかない。

 

 鈴鹿とセイバーがアーチャーに質問をして良いか?と聞いた。アーチャーは問題のないことなら何でも答えてやると言う。つまり、聞かれたくないこともあるということである。

 

 セイバーはそれを承知の上か、アーチャーに質問をした。

 

「アーチャー、貴方がさっき見せたあの写真。あれは何ですか?」

 

「あれか?あれはキャスターのマスターの腕だ。キャスターは俺が討ち取った。だから、その写真があるんだろ」

 

「じゃ、じゃぁ、もうキャスターのマスターは……」

 

「殺した」

 

 アーチャーはサラッとその不吉な言葉を口にする。なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、顔一つ変えないアーチャーは本当に鬼のようであった。いや、鬼というよりも戦闘狂者。

 

「キャスターのマスターが、キャスターを召喚した時にちょうど出会(でくわ)してな。だから、殺したさ。いや、まさかキャスターがあそこまで弱いとは思わなかった。だから、少しだけ調子に乗ってしまってマスターまで殺した。写真はその証拠だ」

 

 そのアーチャーの人の心を持ってないような姿が俺には理解ができなかった。いや、持ってないというよりも、心はあるがそれが腐っている。賞味期限が半年前に切れた豚肉並みに腐ってやがる。

 

 ハエがプンプンと周りを飛んでいそうなその心に俺は聞いてみた。その心が思う命の価値を。

 

「マスターまで殺す必要ってあんのかよ」

 

「あるわけがないじゃないか」

 

「じゃぁ、何で殺したんだ?」

 

 俺がそう聞くとアーチャーは眉をピクッと動かした。

 

「何で殺した?それは愚問だな。今、俺たちは何をやっている?」

 

「…………聖杯……戦争」

 

「ああ、そうさ。その聖杯戦争は言ってしまえば殺し合いだ。自らの望みを叶えるために、邪魔な存在を排除する。それが聖杯戦争としの本当のあり方だ」

 

 アーチャーのその捻くれた考えに賛同する者はその場に誰一人としていなかった。ただ、アーチャーの狂った一人演説が行われているだけ。けど、アーチャーは堂々とそこに立っていた。

 

 アーチャーは俺たちの顔を覗き込むように見る。彼と目を合わせると背中がゾクゾクッとして、悪寒(おかん)がするのである。

 

「人殺しが怖いか?」

 

 セイバーと俺に聞いていた。

 

 この答えに”YES”と答えればこの聖杯戦争で生き残れない。けど、”NO”って答えたらそれは多分、人として踏み外しちゃいけないことを踏み外したんだと思う。

 

 俺とセイバーは怖くて何も言い返せなかった。ただ、何も言わずにアーチャーを見ていた。アーチャーはニタニタと不吉な笑みを見せながらそんな俺を見ていた。

 

 額から汗がアゴまで滑り落ち、ポトンと枯葉の上に落ちる。寒いはずなのに、暑い。

 

「だからお前らが最弱コンビなんだよ。人殺しができない奴らは論外だ。そんな奴らと俺は手を組みたくはない」

 

 その言葉はもっともであった。何も言えない。セイバーはそもそも、俺は聖杯戦争という殺し合いの舞台に迷い込んだ身。覚悟も何も決めないで何となくやってるだけ。他の参加者とは覚悟が違う。生半可、いやそれ以下の覚悟だ。

 

 その時、セイバーが小さな声でこう言った。

 

「じゃぁ、アーチャー、あなたは罪悪感などないのですか?」

 

 その質問にアーチャーは笑った。

 

「その質問も愚問だ。罪悪感など感じるか、感じないかの前に感じないようにしているのさ。そうしないと手元が狂うからな」

 

「感じないように?」

 

「ああ、俺が殺す者、全員悪党だと思い殺している。自己暗示って奴だ」

 

 アーチャーの回答にはクエスチョンマークしか浮かんでこない。頭の中で何個ものクエスチョンマークがポンポンと浮かんできてしまう。言っている言葉がわかる。けど、わからないのだ。

 

 アーチャーという一人の男がわからない。彼の人柄が、戦う思いがわからない。

 

 でも、俺も一歩間違えていればアーチャーのようになっていたかもしれない。自己暗示は俺のくせである。もし、俺がそんなことをしていたら……。そう考えると恐ろしい。身の毛がよだつ。

 

「血で染まった手が恐ろしいか?そんな風に思うガキは俺の前に頭を出せ。楽に殺してやる」

 

 アーチャーはギロッと俺を見た。怖かった。ただ、怖いの一言。それだけで十分だった。それ以外には何もない、純粋な恐怖。命持つもの全てが感じる『死への恐怖』。その前には全ての生き物が(ひざまずく)く。恐怖の根源であり、絶対的なものである。

 

「まぁ、ここら辺でいいだろう。後は何か聞きたいことでもあるのか?」

 

 アーチャーはそう聞いた。さっきまでセイバーは他にも聞こうとしていたのにもう何も聞こうとはしなかった。剣は握っているのに、もうその剣は飾りでしかなかった。像のように硬くなっている。

 

 そんな中、鈴鹿だけが平然としていた。それを見たアーチャーは鈴鹿に関心を持ったようで、話しかける。

 

「お前は怖気付かないのか」

 

「まぁ、過去にお前よりも恐ろしいモノを見てきたからな。それに比べたらお前なんかは怖くもない」

 

「ハハッ、それは頼り甲斐があるな。セイバーよりも全然な。本当、どっちがセイバーなのかと問いたくなるくらいに。交代したらどうだ?」

 

 アーチャーのケンカ腰は(しゃく)に触る。でも、何も言えない。それを実感するから、自分は弱いと思わされる。まだ、俺は弱いんだ。

 

「おっと、そうだった」

 

 アーチャーはさっき写真を出したのとは反対の方のポケットから懐中時計を取り出した。そして時間を見る。

 

 

「ああ、すまない。これ以上ここには長くいてはマスターに遅いと怒られてしまう。まぁ、目的の手紙(モノ)は渡したから私はもう帰らせてもらう。返事は一週間後の夜の二時に聞きに行く。声をかけても応答がなければ家を燃やすからな」

 

 アーチャーは俺たちに背を向け、落ち葉を踏み、山を出ようとした。

 

 その時、セイバーがアーチャーを呼び止めた。

 

「待って!」

 

「ん?どうした?」

 

「その、あなたの名を教えていただいてもよろしいか?」

 

 アーチャーはセイバーの目を見る。じいっと見ていた。セイバーもまっすぐな目でアーチャーを見ていた。アーチャーはそんなセイバーの目を見るのが辛くなったのか、ふと目線を逸らす。そして、軽く笑った。

 

「ああ、いいだろう。教えてやろう。しかし、今は教えられん。俺と死闘をする時、教えてやろう」

 

 アーチャーはセイバーにそう言い残すと木の上に飛び乗った。木の上から他の木の上へと飛び、彼は視界から消えた。

 

 アーチャーが消えると、足の力が一気に緩んだ。ドスッと地面に尻餅をつく。緊迫した場の雰囲気から逃れられた。苦しかった息が少しだけ楽になる。

 

 鈴鹿はそんな俺を見て「情けない」と声をかける。

 

「情けない。あんなのまだ序の口だ」

 

「あれが序の口?ふざけんなよ。こっちは死ぬかと思ったわ。何でお前はそんなに平気でいられるんだよ」

 

「ん?だって、あのアーチャーという男は私たちを殺そうとしていなかったからだ。お前たちに向けていた殺気はホンモノではない。遊んでいただけのものだ」

 

「は?じゃぁ、俺たちは遊ばれてたわけ?」

 

「ああ、そうだとも」

 

 鈴鹿は頷く。そんなことを知ったら、今までの緊張が無駄になったような気がしてならない。それに、アーチャーに遊ばれていたと思うとすごく悔しい。

 

「ホンモノの殺気とニセの殺気の区別ぐらいできないとな」

 

「うるせぇなぁ」

 

 鈴鹿と話すのが嫌になったから俺はセイバーの方を向く。セイバーは棒のように突っ立って、まだ剣を握っていた。

 

「…………なかった」

 

「ん?何?」

 

「何も、できなかった。私は、何もできなかった」

 

「いや、しょうがねえって。だってあれは」

 

 俺がセイバーを励まそうとすると、セイバーは大きい声を出した。

 

「何もわかってない!ヨウは、何もわかってない!」

 

「いや、どうしたんだよ。セイバー」

 

「どうかしているのはヨウです。もし、アーチャーがホントの殺気を持ってたら死闘となっていたんですよ?」

 

「ああ、その時はやばかったな」

 

「そしたら、誰かが死なないといけないんですよ?」

 

「ああ、そうだな」

 

「なら、知っているならなぜ、あなたはそう気を緩めることができるのですか?もしかしたら、他のマスターに接触して私たちの情報がバラされているかもしれないんですよ?」

 

「それはないだろ」

 

「じゃぁ、そうではないと信じられる確証はどこにあるのですか?」

 

「……いや、どこにもねぇけど……」

 

 セイバーはため息はつく。今日の味方は明日も味方とは言えないことだ。アーチャーが言っていた。聖杯戦争は殺し合いだと。

 

 殺し合いに生き残るためには手段を選ばない人だっているはず。セイバーの言っていることは多分すごく重要なことなんだと思うし、今の俺に一番必要なことなんだ。

 

「全てを疑えってことかよ」

 

「ええ、そうです」

 

 セイバーはそう俺に諭すと霊体へ戻ろうとした。でも、俺はそれを引き止めた。

 

「なぁ、セイバー」

 

「はい。何ですか?」

 

「それってさ、一人ぼっちになっちまうんじゃね。そんな風に生きてんのさ、恥ずかしくね?」

 

 俺はセイバーのその考えをわかりたくなかった。そんなことしたら俺はいつまで経っても前へ一歩踏み出す勇気がなくなっちまうんじゃねぇかって思ってしまう。

 

 まだ、会ったばかりだからこういうことが言える。お互いに相手の立場を知らないから言えること。

 

 セイバーは俺を鼻で笑う。

 

「ヨウは何も知らないからそんなことが言えるんですよ」

 

 その日、彼女はそう言ったきり姿を現さなかった。霊体へ戻り、俺には何も話しかけない。

 

 セイバーにあしらわれたのが少し気に食わなかった。心の中に(モヤ)がかかってむしゃくしゃする。相手にされなかったことが嫌なんだ。腹がたってるわけじゃないけど、ムカムカする。

 

「鈴鹿、俺、帰るわ」

 

「何だ?気が滅入ったのか?」

 

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ……」

 

 言葉が見当たらない。今、自分がどう思ってるのかを伝えようとしてるんだけど、色んな感情が混じってて。

 

 鈴鹿はそんな俺を見て、少しだけ悲しい顔をする。

 

「ああ、わかった」

 

「んじゃ。また、来る」

 

「ああ、待ってる」

 

 俺は山を降りた。トボトボと気力が残ってなかった。

 

 ……今日は早く寝ようかな。

 

 そう何かで紛らわそうとして。



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二人に空いた溝

 アーチャー陣営からの誘い。俺はまだ決断できないでいた。決断するまでの猶予(ゆうよ)は一週間。一週間だからと決断するのを先延ばしに、先延ばしにしていたら、もう残り二日となってしまった。

 

 俺は事あるごとにセイバーとぶつかる。セイバーの意見とぶち当たり、いつもそれは心の中にわだかまりを作る。口喧嘩をした後、セイバーはいつも霊体化に戻る。俺と顔を合わせたくないのだろうか。

 

 本当はちゃんとセイバーと話をしないといけない。彼女が誰なのかっていうこともそうだし、アーチャー陣営からの誘いをどうするかということもきちんと話さないと。

 

 でも、俺は彼女を見ているとすごくぶつかりたくなる。彼女が、昔の俺みたいに似ていていると、心の中でどこかそう思えてしまう。俺は大人になって客観的に昔の自分を見ているように思えてしまうし、そうなると「こんなの俺じゃない」って思ってしまうのが本音。でも、そんな私情をセイバーに話したくないから、それを塗り潰そうとしてセイバーを傷つけてしまっているのかもしれない。

 

 で、今日なんかは、全然話していない。というより、彼女はずっと霊体化している。彼女と俺は合わないのかと思う時もある。合わないと思いたい。そうすれば俺は悪くない。けど、やっぱりそう思えない。自分が強く当たっていて、合わなくしているだけなんだ。

 

 だから、今日は助っ人を呼んだ。

 

「ピンポーン」

 

 午後11時。家のインターホンが鳴る。居間にいた俺は玄関まで行く。

 

「よく来たな」

 

 そこにいるのはセイギとアサシンである。

 

「よく来たなって、そんな遠くないじゃん」

 

「いや、まぁ、そうだけどさ。こんな夜中によく来たなって意味でさ」

 

「そう?聖杯戦争はこの時間帯は普通だよ」

 

 セイギはそう言うと家の中に入る。アサシンも家の中に入ろうとした。そんなアサシンが何か変わったような気がした。

 

「お前、少し髪染めた?」

 

 アサシンの髪は少しだけ金髪がかっていた。ほんの()っすらとだが、前見た時よりは違うことに気付いた。

 

「あら?それは私を口説いているの?」

 

「いや、そうじゃないけどさ。何となく変わったなって思って。あと、なんか嗅ぎ慣れた匂いもするんだよ。なんか、お前から」

 

「やっぱり口説いてる?まぁ、セイギのお友達なら夜の愛人としてでも……」

 

「いや、嬉しいけど違うから‼︎」

 

 アサシンは俺を夜の誘惑に誘う。それに誘われそうになったけれど、何とか俺の理性がそれを阻止した。アサシンも靴を脱いで家の中に入る。

 

 その時、やっぱり嗅ぎ慣れた匂いが俺の前を通る。甘い洗剤のいい匂い。それに、アサシンの後ろ姿がスゲェ誰かに似ているように思えてしまう。この前会った時には気付かなかったのだが。でも、誰に似ているのかが思い出せない。

 

 セイギとアサシンは居間にいた。ソファに座ってテレビを見てる。人の家に来たのにくつろぎすぎだろ。少しは他人の家だってこと自覚しろよ。

 

「わぁ、ヨウの家のソファ、柔らか〜い。うちのよりも全っ然‼︎」

 

「そりゃ有難うございます」

 

「あっ、月城家秘伝の麦茶ね」

 

「秘伝じゃねぇよ!コンビニで買ってきた麦茶だわ。あと、俺を店員みたいに扱うな!」

 

 とまぁ、言ったものの、呼び出したのは俺だし仕方なく麦茶を入れてやる。で、二人の前にポンっと差し出す。

 

 俺はソファの後ろにある椅子に座り二人を見ていた。アサシンをじぃっと見てみる。その姿は確かに誰かに似ているのがわかる。が、誰だかの見当がつかない。誰だっけ?で終わってしまう。

 

「そう言えばさ、ヨウ」

 

「ん?どした?」

 

「おじさんは?」

 

「ああ、爺ちゃんなら今日は修行デーだよ。毎月ゼロのつく日は修行に行ってて帰ってこない」

 

「だから、こんな夜遅くに僕を呼べたのか」

 

「まぁな」

 

 セイギはテーブルの上に置いてあるミカンを勝手に取って食べる。まぁ、別にミカンはそこまで高価なものではないからいいのだけれど。

 

「このミカンおいしいね」

 

「了承も得ず、勝手にミカン食ってるお前は頭おかしいね」

 

「まぁまぁ、そう言わずにさ。そういえばセイバーは?いないみたいだけど」

 

「えっ?ああ、あいつなら今庭で素振りをしてる」

 

 俺の声が少しだけ暗かったのか、アサシンは疑問を感じた。アサシンはソファから立ち上がり、セイバーに会いに行くと言って庭へ向かう。

 

 庭では、セイバーが素振りをしていた。カカシを敵だと仮定して、竹刀を振っている。

 

 が、見ていてわかる。彼女は剣士としてあまり強くない。それは多分剣を振るったことのある俺だからこそわかることなのかもしれない。

 

 まず、彼女の剣の振りは大きすぎる。それではどこに当たるかわからないし、腕を振り下ろすまでに斬られてしまうかもしれない。

 

 また彼女はよく動く。それはステップをよく踏むということである。間合いが狭く、攻撃があまり届かない。だから、届かせようとするために敵の周りを動くのである。この戦法は一対一の時は強いかもしれないが、敵が複数、または味方が複数の時は不利である。それに、スタミナの消費が激しい。

 

 つまり、ムダな動きが多いということである。それは時に彼女が負ける原因の一つともなり得る。多分、彼女は人を殺すために剣を振っていたのではない。多分、あれは獲物を狩るための剣。すなわち彼女は人を殺すことに特化していない—————狩猟者(ハンター)である。

 

 図体(ずうたい)がデカイ敵なら、彼女は本気を出せるのかもしれない。または、パワーのないがスピードの速い敵などなら彼女は勝てる。彼女はパワーはないがスピードは結構速い。だからあとはスタミナがどうかという問題。

 

 でも、それでいいのかと言うとそういうわけではない。今のままではダメなのである。俺がさっきの述べたように図体のデカイ敵とパワーのない敵なら勝てるが、そんなのはまぁ多分ない。

 

 だって、今俺たちがやっていることは聖杯戦争。戦うのは魔術師と英霊である。英霊は人の中でも最高ランクに強い奴らである。つまり、そもそも剣術がそんなに上手くないセイバーは倒すことは難しいだろう。

 

 だから、今のセイバーだったら、他のサーヴァントの誰にも勝てない。

 

 アーチャーが俺たちのことを弱小コンビと言っていたが、それはあながち間違いではない。人を殺すことに躊躇(ちゅうちょ)して、ろくに魔術もできない俺。人を殺す技術を全然習得していないサーヴァント。このままでは、聖杯戦争に参加していても殺されるのがオチである。

 

 俺らは本当に弱い。多分、一番弱いんだ。今のままだと逃げ回るしか出来ないただのザコ。だから、アーチャーのマスターは俺たちを仲間にしようとしたんだ。

 

 簡単に切り捨てられる使い捨ての道具として。

 

 そんなに弱い俺たちがこの聖杯戦争で生き残るには強くなるしかない。なのに喧嘩なんかしてる。そんな場合じゃないということは考えてわかるけど、どうしてもそれを実行に移せなかった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 アサシンは庭でセイバーの剣技を見ていた。竹刀をカカシに当てている、ただそれだけに見えてしまう。アサシンの目からしてもそれが雑な剣技であるのがわかる。それにアサシンはセイバーがバーサーカーと闘うところを見ていた。それからしてみてもセイバーがどのような剣士であるかがわかっているのだ。

 

「雑ね、そんな剣技じゃ」

 

 アサシンはセイバーに話しかけた。セイバーはニコッと優しい笑顔を振りまくアサシンが皮を被っているように感じた。

 

「ああ、いらっしゃったのですか」

 

「ええ、見てたわよ。あなたの剣」

 

「は、恥ずかしいですね。誰かに剣を……」

「単刀直入に言うけど、下手くそね。本当にそれでも剣士(セイバー)なの?」

 

 アサシンは同情なんて一切しない。だから相手に合わせて言葉を選ぶこともない。けれど、それがセイバーにしては嬉しかった。セイバーも本当は気づいていた。だから、聖杯戦争に勝てるか不安だった。どうしても叶えたい望みがある。けど、このままいけば望みどころかマスターとサーヴァントの二人とも死んでしまう。

 

 その不安が、マスターであるヨウと溝を生むこととなってしまった。

 

 彼女も本当は謝りたい。けど、どう謝ればいいのかが分からない。セイバーだってヨウに対して酷いことを随分言った。悪いと思ってる。けど、謝れないでいる。

 

 他人と話したことはあまりない。生前の失態である。だから、誰かと話すときも、どう話せば良いのかが分からないでいるのだ。

 

 アサシンはセイバーを抱きしめた。セイバーはその出来事に驚いてしまった。彼女は生まれて初めて誰かに抱きしめられたのだから。それが、女性であり、まるで母のようにも感じた。けど、彼女は自分の母親を知らない。母の(ぬく)もりを知らないのだ。

 

 アサシンは不安そうなセイバーを見て思わず抱きしめてしまった。人のことを考えることができない彼女が、なぜかそんなことをしてしまった。それは母性本能でのことである。

 

 セイバーは泣き出した。アサシンを母親だと思ったのだろうか?今まで聖杯戦争に生き残れるかという不安から解放されてつい泣いてしまった。その涙がアサシンにも変化を与えた。

 

 渇ききった、水分が抜けてミイラとなった死体の心が潤されていくのであった。



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素直に仲直り

 アサシンとセイバー。二人は縁側に座って星を見ていた。晴天の空、雲ひとつない。星が輝き、人が星と星を結び、運命を作る。運命が数々の物語を生み、その物語が星に命を与える。星は北極星を中心に円を描いて動くらしいが、その動きは少しスロー過ぎて目が乾く。

 

「セイバーちゃんは仲直りしようとしたの?」

 

 アサシンはセイバーに優しく話しかける。でもセイバーはアサシンの顔を見ようとしない。

 

「まだ……していません」

 

「なら、仲直りしなさいな。ヨウ君だってきっと許してくれるから」

 

 アサシンはそう言ってくれるが、セイバーはそうだとは思えないのだ。ヨウがいい人だと知っている。けれど、自分はヨウに強く当たってしまったし、何より自分はヨウの身を守ることができないような弱いサーヴァントであると自覚している。だから、ヨウとはあまり顔を合わせたくないのだ。

 

 ヨウは自ら聖杯戦争に参戦したわけではない。だから、本当だったら、彼は聖杯戦争に参戦しない一般人だった。そんなヨウが自分をセイバーとして呼び出してくれた。それはセイバーにとって望みを叶えるチャンスである。なら、セイバーがすることは、ヨウを全力で守ること。それがセイバーのすることである。

 

 なのに、セイバーは何もできない。それが、すごく悔しかった。いくら剣を振ってもそれは人を守るための剣術でもなければ、人を殺すための剣技でもない。ヨウを守る剣には遠い存在であった。

 

 セイバーは自分が何もできないということが辛いのだ。だから、その辛さをヨウに与えてしまっている。悪いのはわかっている。全て自分が悪いと。

 

 アサシンはセイバーにこう助言した。

 

「あのね、セイバーちゃん。まずは身近な問題に対して真剣に向き合うの。そんな根本をどうしようとか考えたって無理な問題は無理なの。なら、まずは手の届くところから。そうすれば少しはすっきりするから」

 

「本当に上手くいくでしょうか……」

 

「さぁ、セイバーちゃん次第だから。まぁ、無理そうな時は股を開くしかないわね」

 

「んなっ⁉︎そ、そんな、け、結婚してもないのに‼︎」

 

「セイバーちゃんは奥手すぎよ〜。少しはガバッと積極的にいかないと」

 

「ア、アサシン!か!からかわないでください」

 

「うん。からかってる」

 

 アサシンはニコッと皮肉と言われてもいいような笑みである。でも、確かにセイバーは奥手すぎる。人と接するということをあまりしてこなかったからどう人と話せば良いのか分からない。それが枷になってしまっているとしても、今、彼女は変わらねばならない。そうしなければ、ヨウとの溝はさらに深まり、それが原因で命を落とす可能性だってある。

 

 聖杯戦争は一人でしているのではない。魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)の二人で一つである。聖杯戦争とは殺し合いかもしれない。それでも生き残る。それは一人だと寂しいから、そうではないのだろうか。辛い思いを二人で分け合えば、前に進むことができる。そういうものだとセイバーは感じた。

 

「あと、どんな時もヨウ君と一緒にいるといい。そうすれば彼のことがわかるから。彼は優しい。きっとあなたのこともわかってくれる」

 

 アサシンは居間に戻ろうとする。そんなアサシンにセイバーは一つ聞いた。

 

「私が、私が剣士(セイバー)などと名乗ってもいいのですか?」

 

「ん?さぁ、どうだろうね。まぁ、こっち的にはセイバーなんかじゃなくて、真名を教えて欲しいけど、それはフェアじゃない」

 

 アサシンは腕を組み考えた。が、特にいい答えが出てこないので、テキトーに答えた。

 

「半人前の剣士(セイバー)でいいんじゃない?」

 

 事は時に難しく考えるから難しくなる。なら、簡単に考えればカンタンになるんじゃないだろうか?

 

 セイバーは笑った。

 

「そうですね」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 一方、ヨウとセイギはリビングでぐうたらしていた。

 

「ねぇ、喧嘩?」

 

「……まぁ、そうだけど……」

 

 セイギは俺の顔を覗き込むように聞いてくる。ちょっとウザったい。けど、こんな事態を招いたのは俺のせいでもある。セイギとアサシンを呼んだのも俺。呼んだからには、俺は仲直りしなくちゃならない。

 

「ヨウは何でセイバーと喧嘩したの?」

 

「いや、なんかあいつ見てると、そのイライラするっていうか、なんというか……」

 

「それは恋だよ」

 

「お前はもうちょっと本気で考えてよ」

 

 セイギは笑う。もちろん、多分本気で考えてくれているんだ。ただ、ジョークを混ぜて俺を安心させてる。

 

 セイギはなんだかんだ言って最後は人のために何かをするタイプの人。だから、俺のこともちゃんと考えてくれている。ただ、それをヘラヘラした皮で覆っているだけ。何年も腐れ縁の仲だからわかってしまう。

 

 ……いや、でもこれは俺の問題である。セイギに頼ってばかりではいけないのだ。

 

「ヨウはさ、こんなこと知ってる?」

 

「ん?」

 

 セイギはミカンを俺に見せた。

 

「あのさ、ミカンってのは腐りやすいんだ。だから、出荷の際に一つでも腐ったミカンがあったら箱に入ったミカンは全部腐ってしまう。そしたら売れる売れないとかより前提の問題」

 

「それがなんだって言うんだよ」

 

「あのさ、今、ヨウは腐ってるんだよ。腐ってしまったら、それが周りの他の人にも迷惑をかけてしまう。その結果、全滅(ジ・エンド)もあり得るわけ」

 

「じゃぁ、その、俺、今迷惑かけてる?」

 

「あったりまえじゃーん。僕は夜の魔術の修行を(おこた)ってまでここに来たんだ。で、来てみたら仲直りの手助け?ハッ!小学生じゃないんだからさ、そこらへんは自分らでやってよ」

 

「いや、その……ごめん……」

 

 俺はセイギに頭を下げて謝った。セイギは剥いたミカンの皮を俺の頭に()せる。

 

「僕に謝らないでよ。謝るならセイバーに謝りなよ。セイバーはもっと迷惑がかかっているんだからさ」

 

「その……ごめん」

 

 俺は頭が上がらなかった。小さい頃から、俺は一人では何もできなかった。セイギがいたから問題を解決することができた。聖杯戦争でも、何もできない自分が悔しい。

 

 バーサーカーと対峙した時、セイバーは女の子なのに俺を守ろうとした。剣を持ち、俺の前に立った。俺にはない勇気があったんだ。

 

 自分一人じゃ何もできない。それが悔しい。

 

「まぁ、本当は僕も何もできないよ。言葉は並べることができても、結局僕は何もできない。アサシンがそういう問題ごとを起こさないようにしてるんだ。アサシンはいつも僕に合わせてくれるし、僕に従ってくれる。だから、本当は僕なんかのアドバイスをあてにしちゃダメなんだけどね」

 

「いや、ありがとう。自信ついた気がする」

 

 俺はセイギに笑ってグーサインを送る。セイギも笑ってグーサインを返す。

 

「じゃ、謝ってくるわ」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 で、俺が庭に向かおうとした時、セイバーとアサシンが戻ってきた。

 

 セイバーはもじもじしながら、俺の前に立った。彼女の顔は赤い。もちろん、分かってる。これ以上、俺とセイバーの溝を深くしてはならない。

 

「その……」

 

「あっ、は……」

 

 セイギとアサシンは俺たち二人を見る。すごく恥ずかしいけど、謝らないと。が、なんかアサシンの顔が少しだけニタニタしているような気がするのだが……。いや、まぁ、気のせいだ。

 

 俺とセイバーは同時にものを申した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、セイバーごめん。今まで強く当たって……」

 

 

「ヨ、ヨウ!わ、私を、は、伴侶にしてくださいッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ん?今、なんか聞こえなかったか?

 

 いや、気のせいだ。

 

 ……。

 

 おい、ちょっと待て。今なんて言った⁉︎

 

 下げた頭を勝手に上げて、セイバーを見る。見ると、彼女はまさに顔面夕照(せきしょう)。で、俺の頭は疑問の嵐が巻き起こる。

 

 俺はセイギを見た。が、セイギも目を点にして、硬直している。

 

 ……ああ、お前か。

 

「おい、アサシン。ちょっと待て、これはどういうことだ?説明してもらおうか」

 

「いや、簡単なことよ。二人仲良く夫婦になれば団結できるって。それに女は股を開けばナンボよ」

 

 何て変な事をセイバーに吹き込んだんだんダァァァァァ‼︎

 



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お願いだから変なの吹き込まないでッ‼︎

はい、Gヘッドです。

今回は作者のおふざけ回です。物語的に重要なことはラストらへんぐらいしか出てきません。暇つぶしにでもどうぞ。


「……おい、アサシン。お前、セイバーに何を教えた?」

 

「ん?特に変なこと教えてないわよ。それと、ヨウ、顔怖い☆」

 

 俺はセイバーを見る。セイバーは顔を真っ赤にして、全然俺の方を見ようとしない。耳の先まで赤いし、これは良くないことを吹き込んだに違いない。

 

「アサシン、お前、セイバーに何を教えた?」

 

「え?そりゃぁ、仲直りするのに一番手っ取り早い方法」

 

「それを説明してみよ」

 

「まぁ、まずは股を開くのよ」

 

 いきなりスゴい言葉が出てキタァァァァ‼︎一番最初に説明することが股を開く?痴女なのか?

 

「股を開いて、相手と密接にカラダとカラダを重ね合わせて、お互いを信用するのよ」

 

 もっともらしいことを言っているようだが、根本から違う!俺はそんなの望んでない!確かにセイバーは可愛いけどさ、そんな想いは一切持ってないから‼︎

 

「そして相手の身も心も染めちゃうのよ。そうすれば、二人とも気持ち良くなって、万事解決☆‼︎」

 

「解決してねぇよ‼︎むしろ悪化したわ‼︎つーか、この小説をR-18にすんな!」

 

「あら、いいじゃない。毎日毎日、セイバーちゃんと愛の育みの様子を書けば。楽じゃない?」

 

「楽じゃないから‼︎大変だから、毎回毎回、生々しい想像を連想させる言葉を考えるの大変だから‼︎ほら、セイギもなんか言ってくれよ」

 

 俺は話をセイギにふる。セイギは俺たちのくだらない言い争いを苦笑して見ている。で、セイギは返答に困ったので、セイバーにバトンタッチする。が、その行為は今一番やっちゃいけないことである。

 

 みんなの視線がセイバーに向けられてしまう。ただでさえ、頭が沸騰中でてんやわんやなのに、そんなの時に話をふられたら正常な返答が出来るはずがない。

 

「せ、セックス‼︎」

 

 一番言っちゃいけないこと言っちゃったよぉー‼︎この子やらかしちゃったよー‼︎アサシンに変な言葉を無理やり詰め込められたんだぁ!

 

「あら、セイバーが夫婦の営みをやりたいらしいよ。ほ、ヨウ。一発やって来なさい」

 

「一発屋みたいに言うなよ‼︎『一発ネタやってこい』みたいなノリで物凄いこと言うなよ‼︎」

 

「何?照れてるの?じゃぁ、お姉さんとヤル?」

 

「ケッコーでぇ〜す!」

 

「んもぅ、じゃぁ何が嫌なの?」

 

「お前の発想全てが嫌だ」

 

「何で?童貞捨てられるのよ」

 

「……ん?別にそれに関しては特に問題はない」

 

「何よ、その『僕、童貞じゃありませんよー』感は」

 

「え?だって俺、童貞じゃねぇもん」

 

「……え?」

 

「いや、俺童貞じゃねぇし」

 

「……⁉︎」

 

 俺のその一言がアサシンとセイギを一瞬にして固まらせた。その場に音という概念がなくなり、気温は氷河期ぐらいまで下がる。二人は口をぽかんと開け、目をずらすこともできない。あまりの驚きに二人の筋肉は硬直し、一種の金縛りにあう。

 

『まさか』その一言しか出てこない。だって、ヨウのその発言を予想していた人は誰一人としていない。降水確率マイナス100パーセントだったのに雨が降っているようなものである。

 

「いや、嘘つけよ」

 

 そう驚いた二人が移る次のステップは『疑う』である。人は人生を左右するような問題に突き当たった時、まず驚き、その次に疑う。何処かの学者が末期ガンの患者にガンの申告を受けた時の感情を聞いてみたら、多くの人は『疑う』という結果が出た。

 

 が、段々とヨウの顔がふざけた顔じゃないとわかり、真実として思い始める。これは本当なのか?と。

 

「え?ヨウ、童貞って知ってる?」

 

「いや、なめてんのか?知っとるわ。それに童貞じゃないから」

 

「あはは、冗談きついよー、(あご)外れるかと思ったわ」

 

「いや、冗談じゃないって……」

 

 ヨウの反応がガチだから、二人は段々と本当なのかもしれないと思いはじめる。思いたくもない現実、それが今、目の前にある。

 

 それは悲劇である。

 

「いやだぁぁぁぁぁ!こんなのヨウじゃない!」

 

「せ、セイギが、目の前の現実を受け入れるのが苦痛で、人格が崩壊したわッ‼︎」

 

「せ、セイギー‼︎」

 

「あああああああ‼︎」

 

 

 

 

 

 とまぁ、なるわけもなく、セイギとアサシンはただ驚いただけだった。……もう少し驚くと思ったんだがなぁ〜。

 

 二人は俺に対して特に興味はない。が、その問題に噛み付いてきたのは、もちろんあいつ。

 

「ヨウ‼︎あなた、私という存在がいながら、他の人といかがわしい行為をッ‼︎」

 

「おい、セイバー。お前、いつ俺の伴侶になった?俺が許したか?それに、その時お前いねぇし」

 

 セイギはまたミカンを勝手に食べてながら、俺に聞いてきた。

 

「誰とヤったの?」

 

「え?……言っていいのかな?」

 

「え?言わないの?ここまで言って、もう言わないとか生き殺しだよ?」

 

 いや、言っちゃったらその女の子がかわいそうでしょ。一応、プライバシーの権利を行使しよう。

 

「ほら、ヨウ。言わないと、伴侶さんが狂っちゃうよ」

 

 セイギはセイバーを指さす。セイバーはどうやら、アーチャー以上の狂人になってしまったようだ。

 

「私はヨウの愛人……愛人となって仲直り……ウフフッ‼︎」

 

 で、そのセイバーの耳元で何かをずっと囁いていたアサシンに飛び蹴りをする。アサシンは「あぁん!」というまるであの行為を彷彿(ほうふつ)させるような声を出す。

 

「セイバーに変なことを吹き込むな‼︎ただでさえ純粋なセイバーに、変なことを吹き込んではいけません!」

 

「あら?私の(あえ)ぎ声については何も触れないのね?」

 

「ああ、それはもう諦めた。できればお家に帰ってセイギと二人きりで濃厚な夜を過ごしてもらえると助かる」

 

 俺がそう言うとアサシンはそのことに関してガチでじっくり考え始めた。セイギはガタガタと震えている。恩を(あだ)でかえす。それが俺流である。

 

「それもいいかもね」

 

 アサシンは妙案を思いついたようで、いきなりセイギの首根っこをつかんで玄関へと向かう。セイギは「やめて〜、助けて〜」と叫んでいるが、俺の鼓膜はその声をキャッチできなかった。都合のいい鼓膜である。

 

 俺は玄関まで二人を送りに行く。というよりアサシンがただ帰りたくなったから帰るのである。理由は、まぁ、あれである。……うん。

 

「セイギ……お疲れ……」

 

「その目だけはやめてよ。(むな)しくなる」

 

「泣きたかったら、隣の彼女の胸に飛び込め」

 

「そうよ、セイギ。いつでも私の胸に飛び込んでいいわよ。あっ、下の方も準備万端だから」

 

「アサシン、その情報いらないから。そんなくだらないことに令呪使いたくないの」

 

「くだらなくないわよ!エロは人の生理欲求なの!くだらないことなんかじゃない!人が一番に考えなければならない命の問題なの!エロは世界を変える!私はそう信じている!」

 

 やべぇめちゃくちゃアサシンの真名が知りたい。そんなエロに人生を捧げた英雄が誰なのか知りたい。ヤバイヤバイ。腹がよじ切れそう。

 

「セイギ、よかったな。お前のサーヴァント、多分娼婦の英雄だ」

 

「うん。多分、暗殺者じゃないと思うんだ。僕もよく思うよ」

 

 セイギの顔は実に虚空の物であった。いや、もうこの先、どんなことになるかがわかるから、笑ってあげるしかない。

 

「セイギ、グットラック!」

 

「うん。絶対いつか痛い目見せてやる」

 

 アサシンがセイギを連行する。まぁ、多分、この後めちゃくちゃにされるんだろうなぁ。……明日、学校に来れるかなぁ、あいつ。

 

 俺が手を振っていたら、セイギが「そういえば忘れてたっ!」って言いながら走ってきた。

 

「ん?どうした?」

 

「そういえばさ、聞くの忘れてたんだけどさ、今日、ルーナさんいた?」

 

「え?ルーナって、俺のクラスのルーナ・フィンガル?」

 

「そう」

 

 その時のセイギの顔が少しだけいつもの笑みとは違った笑顔だった。でも、その時、俺は疑問に思うことが一つもなかった。

 

「いや、なんか今日は休みだったぞ。どうも、貧血で倒れたらしい。まぁ、噂によれば、夜中にあいつこの街を徘徊(はいかい)してるらしいから」

 

「へぇ、そうなんだぁ」

 

「ってからなんでこんなこと聞くの?……あっ、もしかしてお前、ルーナ狙い?」

 

 俺がそう言うと、セイギは愛想笑いぎみた笑い方をする。少し変だなって思った。

 

「いやぁ、実はそうなんだよ。あははは」

 

 セイギが話していると、後ろからアサシンが来る。アサシンはセイギをヘッドロックして、今度こそ強制的に家に連れて行こうとする。

 

 その時、ふと感じた。アサシンの後ろ姿がルーナに似ているように感じた。

 

「ルーナ?」

 

 思わずである。口に出してしまった。アサシンは俺の方を振り向いた。やっぱりルーナではない。アサシンである。知っていた。知っていたけど、何処か体がそうしてしまった。

 

「気の……せいだ。ありえん」

 

 そう心の中で念じて自らを律した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと、アサシンの催眠にかかってしまったセイバーを一日がかりで治した。まじで、もうすぐレイプされるところだった。

 

 危なかったァ〜。

 



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VSライダー
互いに知って……


もうすぐで、バトル回が来そう。


 今日、アーチャーが俺たちの決断を聞きに来る。誘いに乗るか、()るか。でも、まだ俺とセイバーは決めかねていた。

 

 昼休み、俺は屋上にいた。誰もいないことを確認して、ドアの鍵を閉めて、俺はセイバーを実体化させる。セイバーは実体化すると、まず周囲に誰もいないことを確認した。

 

 セイバーは俺の方を見た。けど、前までの目つきではない。何処か穏やかな、そしで何処か自分と同じ目を持っている。

 

 俺たち二人が仲直りをしてから、俺もセイバーも互いへの感情の向け方が以前と違うものになった。昨日、俺とセイバーの二人で話し合った。それは聖杯戦争に参加してしまった俺たちが生き残るために一番大切なこと。

 

『自分を相手に伝える』ことである。

 

 それは、言ってしまえば、俺もセイバーも思い出したくもない辛い過去を思い出さなければならないことであった。けど、二人の選択はこうだった。

 

『過去を踏みしめてこそ、今を向くことができる』

 

 だから、今の俺はセイバーの全てを知っているし、セイバーも俺の過去を知っている。互いを知る。それは多分、悪い選択じゃないと思う。互いを知るからこそ、この聖杯戦争を二人で頑張れる。そう思う。

 

 俺は自分で作った弁当を二つ持ってきている。一つは自分用。で、もう一つは……。

 

「ほい、セイバーの分」

 

「えっ?私はいいですよ。別に食べなくても魔力供給さえあれば……」

 

「いや、一応作ってきちゃったから。ほい」

 

 俺はセイバーの手にポンッと置く。で、俺は自分の弁当の包みを膝の上で開いて食べる。フタを開ける。今日はハンバーグ弁当。現代のメシを食ったことのないセイバーでも食べられるだろうと思ってこの弁当にした。

 

 箸でハンバーグを小さく分けて、その一個を口へと入れる。

 

 ……うん。美味い。お弁当だから冷めちゃうと思って柔らかめにしておいてよかったぜ。少し濃い目の味付けにしてるから、ご飯がよく合う。これぞ、ご飯がすすむってやつですな。

 

 俺は恐る恐るセイバーの方を見る。「マズイ!」なんて言われたらどうしようと内心ビクビクしながら彼女を見た。

 

 彼女はお弁当の包みを広げて、フタも開けている。が、足元には箸が落ちていた。

 

「え?どうやって食ってる?」

 

 彼女はお弁当の中に手を突っ込んで食べている。見てみれば右手はハンバーグソースでベチョベチョ。で、白米には一切手をつけていない。

 

「ああ‼︎そうだったぁぁぁぁ!こいつ……。……チッ‼︎」

 

 俺が舌打ちをつくと、セイバーは俺の顔色を(うかが)う。よく見てみると、唇にもべっとりと茶色いハンバーグソースが付いているではないか。しかも、服を汚している。結局、その服を選択するのは俺である。ハンバーグソースはガチで落ちにくい。しかも、今ここは学校である。さすがにセイバーに服を脱いでとなると、そりゃまた別の問題が発生してくる。時間が経てば経つほどハンバーグソースは落ちにくくなる。けど、どうしようもできない。

 

 イライライライライライライライラ。

 

 このイライラをセイバーに向けたいところだが、これはセイバーのせいではない(と思いたい)。文化の違い、そして時代の違いを考慮していなかった俺の責任である。箸ではなく、スプーンとフォーク。白米ではなく、パン。その他諸々(もろもろ)

 

 そう、これは彼女が臨機応変に対応すればよかった(全て俺の責任であるはずだ)と思いたい。俺は悪くない(俺が悪いんだ)。そう心の中で念を押した。

 

「わかった。セイバー。口を開けろ」

 

「何かいやらしい事でもするのですか?」

 

「お前、俺をどう見ている?」

 

「おっ……」

「そろそろ諦めろ」

 

 とにかく、これ以上セイバーの相手をしているのも面倒なので、俺の小分けにしたハンバーグを一個、彼女の口の中に入れる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「いや、いつまで口開けてんだよ。さっさと閉じて味わえ」

 

 この頃、セイバーは頭のネジが何本か抜けている人だと気付いた。最初、俺をアーチャーから助けてくれた印象が強いのであろうか。彼女は堅い人ではあるが、なんでも出来る人なんだなと思っていた。

 

 そう、思っているだけでおしまいである。本当は結構天然である。イカとタコ・塩と片栗粉を間違え、洗濯物を干せと言えば地面にペラって置いておくし、自分の剣も間違えるし。

 

 セイバーの方を見る。セイバーは幸福そうな顔をしている。

 

「おーい、セイバー」

 

「ウフフッ……」

 

「おい、セイバー」

 

「グフフフ……」

 

「セイバー……」

 

「ウフッ‼︎」

 

「セイバー‼︎」

 

「ハァァイッ⁉︎え、な、な、何ですか?」

 

「いや、話聞いてないから」

 

 セイバーは少し肩を狭くする。その姿を見ると、なんか自分がセイバーをいじめているように思えてしまう。というより、なんか少しだけ張り合いがない。それが物足りなく感じてしまう。

 

「それよりさ、どうする?」

 

「アーチャーとの件ですか?」

 

 俺は縦に首を振る。セイバーはアーチャーの提案には反対である。しかし、やはり手を組むということはメリットもある。だから、セイバーはそれほど強く反対しているというわけではない。

 

「やっぱりアーチャーは私たちの命を狙ってきました。それは一度であったとしても、狙われたことは事実。私は、そのような人を信用はできない」

 

「そうなんだよ……。そうなんだけどさぁ……、手を組んだらアーチャーたちから攻撃されないわけじゃん?」

 

「いや、そうとは限りません。裏切るという可能性もあります」

 

 セイバーは少し暗鬱(あんうつ)になる。それは無理もない、そう今なら思えた。俺とは少し似ている、だから、彼女の気持ちが分かる。

 

「人って、己のためならば……誰でも裏切れます。そんなものなんです……」

 

 場が少しだけ暗くなる。もちろん、そんなつもりはないんだろう。それに、そうなってしまっても仕方がない。二人とも互いのことを知っているから、相手に気を配ってしまう。気を配ってしまうからこそ、好き勝手言おうとは思わない。

 

「よ、ヨウは……、ヨウはおかしいと思いませんか?アーチャーのことについて」

 

「まぁ、思う。思うぞ、あいつは多分強い。なら、俺たちみたいな弱小と組んでも意味ない。なら、なぜアーチャーのマスターは俺たちと手を組もうとしたのか。そして、アーチャーのマスターは誰なのか……。それが、多分知らないといけないことなんだ……」

 

 俺とセイバーが話していたら、鍵を閉めた屋上のドアを誰かが叩いた。俺はセイバーを霊体化させ、そぉっとドアの鍵を開けた。そこにいたのはセイギである。

 

「やっぱりヨウ、ここにいたんだ」

 

「ああ、そうだけど……何?」

 

「いや、ヨウとセイバーの様子を見に来た」

 

「別に大丈夫だよ。上手くやってる」

 

「そう。それは良かった」

 

 セイギは屋上に出ると、緑色の金網(フェンス)に手をかけて、外を見る。そよ風が金網を抜けて、心地よい具合に体を()でる。

 

「ヨウ、ここ好きだね」

 

「まぁな」

 

「見渡せるから?」

 

「さぁ、何でだろうね。人が全然来ないからじゃない?」

 

「あはは、まぁ離れの棟だし人は来ないかもね」

 

 セイギは俺の弁当に入ってる食べ物を食べようとした。が、残念ながらハンバーグはもう食べ終わっている。それを知ると、少しだけ機嫌を損ねる。

 

「えぇ、食べられないの?」

 

「いや、俺のせいじゃないだろ、ここに来るのが遅いお前が悪い」

 

「えぇ〜」

 

「飯は食ったんだろ?」

 

「うん」

 

 じゃぁ、人から食い物を取ろうとするなよ。なんで、俺から食い物を取ろうとするんだよ。食い物の恨みは恐ろしいんだからな。

 

「そういえばさ、お前って師匠さんがこの前顔見せたんだろ?」

 

「うん。そうだよ。何年間も音信不通だったから、僕の目の前に現れた時は驚いちゃった」

 

「今、その人っている?話したいことがあるんだけどさ」

 

 俺は前回の聖杯戦争のことが聞きたかった。なら、前回の聖杯戦争に参加していたらしいセイギの師匠に聞けば、俺の親のことが少しならわかるかもしれない。そう思っていた。

 

 けど、セイギの顔は難しい顔であった。

 

「う〜ん。それがさ、また師匠、どっかに消えちゃったらしいんだ」

 

「また、消えたのか?」

 

「うん。勝手にまた目の前から消えた。そんな人じゃないんだけどね」

 

 セイギは頭をぽりぽりとかく。少し悔しそうに、その顔を笑みで補おうとしている。その笑みは少しだけ、見る人を切なくする。

 

 セイギは教室の方に戻ると言いだした。

 

「あと、言っておくけど、盗み聞きはよくないよ」

 

「え?」

 

 俺はその言葉の意味がよく分からずにいた。もちろん、それは俺に対して言った言葉ではない。でも、セイギの顔は聖杯戦争の時の顔であった。それが、何かやばいと俺を思わせた。

 

 



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その感情が聖杯戦争をスクロールする

はい!Gヘッドです!

さぁ、今回はちょっと強引にしてしまいましたが、そのおかげで次話はバトルになりそうです。それに、あと数話でセイバーちゃんの真名が……。


 やばいやばいやばいやばいやばい。

 

 とにかくやばい‼︎

 

 今日、アーチャーが俺たちの答えを聞きに来る日だとばかり思っていたから忘れていた。来週、テストある!二学期の期末試験が来週から始まるんじゃん。聖杯戦争のせいで忘れていた。

 

 試験期間一週間前から宿題が出されている。が、しかし宿題なんてもちろんやってるわけがない。宿題?やるわけないじゃん。んなめんどいの。

 

「おい!月城!宿題をやれ!」

 

 数学担任の白葉(しらば)先生が俺にすごく強く怒る。まぁ、確かにさ、クラスの中で宿題をやってないのは俺だけだけどさ……。

 

 また、職員室で言われるのは勘弁である。他の先生にも俺が宿題をやっていないということがばれてしまう。それは後々面倒くさくなりそうで嫌だ。

 

 ……別に宿題なんて……。

 

 そうだよ!宿題なんて!

 

「おい、月城、何を考えている?」

 

「やだなぁ〜、そんな悪しきことなんて微塵も考えておりませ〜ん」

 

「そうか、なら……」

 

 白葉は自分の机からプリントを十枚ほど取って俺に渡す。で、俺はそのプリントを受け取ってしまう。

 

「よし、じゃぁ、お前、これをやれ」

 

「……は?」

 

「プリント全部ちゃんと解いてこい」

 

 白葉がそう言うので、俺はプリントをパラパラと見てみた。そしたら、なんと驚くべきことに、めちゃくちゃ難しいではないか。それに、答えが入っていない!

 

「その、先生?お、お答えはどちらにあるんでしょうか?」

 

「は?答えなどいらん。私が採点してやる。これは試験の範囲だ。今日中に、放課後を使って仕上げろ。わかったな?」

 

「……ウィッス」

 

 

 

 

 

 ということで、今現在、教室で軟禁状態にあっている。数学の教科書を広げ、ページの少ない方にペンケースを置く。シャーペンと消しゴムを出してはいるのだが、どうも勉強できない。というより、したくない。

 

 俺は窓の外をぼぉっと眺めていた。一人きりの教室、シャーペンをクルクルと回しながら、物思いにふける。セイバーには話しかけないでくれ、そう言った。勉強をする気はないが、椅子には座っていた。

 

 数式の文字列を見て、吐きそうになる。何で、こんなことをするのか。人生で、これが必要なのか?そう思えてしまう。そう思ってしまい、やってもいい意味がないと考えてしまう。大学に行く進学するための道具でしかないのに、何で勉強をしないといけないのか。素朴な疑問である。

 

 勉強がしたくない、する気がないというよりも、する気が起きないのである。ましてや、いい大学に入った方が人生幸せかとも思う時がある。それ以前に、いい大学って何なのかがわからない。

 

 わからないから、先が見えないから俺は勉強できない。多分、これは屁理屈(へりくつ)と言われてしまえば、そうなるかもしれない。けど、そう感じてしまう。こんな年で、何で人生を決めさせられなきゃいけないのか。反抗心の塊、それがこの年の特徴なのかもしれない。

 

 俺が時計の秒針の回りを見ていたら、ドアがガラガラと開いた。そこにいたのは雪方(ゆきかた)である。雪方は重そうな荷物を持っていた。

 

 俺と雪方は目があった瞬間、二人で「あっ」と声を上げてしまった。そう、これにはいろいろな事情があるのである。

 

「重そうだな、持とうか?」

 

「いや、大丈夫……。これぐらい持てる……」

 

 彼女は頑張って重そうな荷物を教卓の上に置く。彼女は荷物を置くと、チラッと俺の方を見た。

 

「なんだよ……」

 

「いや……その……何でもない」

 

 俺は彼女のことをじいっと見つめる。が、彼女は俺と目を合わせようとしない。嫌われてしまったのだろうか?

 

 彼女は荷物の中から学級日誌を取り出した。そういえば、今日は彼女が日直である。

 

「なぁ、俺のこと、避けてる?」

 

「い、いや……そんなこと、無い……から」

 

 雪方はそう言うけれども、俺には思い当たる(ふし)がある。だから、少しだけ彼女に対して俺は敏感なのである。

 

「……本当に?」

 

「う、うん……」

 

 でも、彼女は俺と目を合わそうとしてくれない。それどころか、顔も上げようとしない。これは、多分全面的な拒否、拒絶だろう。

 

 俺は静かに勉強をしようと思った。感じる罪悪感を勉強へのやる気に変換しようとする。無心だったけど、彼女が来てからシャーペンが動いた。

 

 人が無心である時、無心ではない。常に下心満載の動物である。罪悪感から逃げようという下心によってシャーペンが動いているのである。

 

 が、やっぱりそんなに頭の出来が良くない俺にはわからない問題がいくつか出てくる。白葉にわからないと言えば、自分で考えろと追い返されるだろう。

 

 雪方を見た。そしたら、雪方は俺の方を見ていた。俺が彼女に視線を向けた瞬間、何事もなかったかのように視線をそらす。

 

「おい、どうした?」

 

「いや、べ、別に……何にもない」

 

「まぁ、いいや。それよりさ、これ、教えてくんね?わかんないんだよ」

 

 俺は雪方に問題を見せる。成績優秀な雪方ならこんな問題、簡単に解いてしまうだろう。

 

 雪方は俺のお願いに、首を縦に振った。彼女の長い後ろ髪が少し揺れる。ゆっくりと近づいてきて、俺の前の席に座った。俺と雪方は机を挟むように座る。夕方の日の光が机の上に()し込む。

 

 頬杖(ほおづえ)をついていた俺と雪方との顔の距離は自然と近い。ある感情が湧くことを察する二人は、何もなかったかのように顔を背け合う。

 

 俺はセイバーの過去を知っているが、セイバーは俺の過去を隅々まで詳しくは知らない。過去に俺がどんなことにあったのか、それを俺は詳しく教えてないからこの時間のことなんて理解できない。理解できないからこそ、彼女には辛い。

 

 ある感情を知らぬ者はその感情をどうすればいいのかを知らない。ましてや、それが何なのかも知らない。ただ、胸を焼き焦がす何か熱いもの、そうとしか感じないだろう。知らないその感情が関係をこじらせ全てを壊す。その先にあるのは何であろうか?

 

 —————人は、その感情を—と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪方は教えるのが上手かった。何にもわからない俺でも勉強がスラスラと解けた。白葉から出されていたプリントは全て終わった。

 

 白葉にプリントを出しに行くと、白葉は少しだけ驚いていた。が、俺の後ろに雪方がいるのを見ると、合点がいくようで、笑いながらもため息を吐いた。

 

 けど、やっぱり俺に勉強を教えるのは時間がかかった。もう六時半である。校内には下校の時刻だと言うアナウンスが放送されている。もう冬だから、空は暗い。少しばかりだが、星が見える。

 

 学校を出て少し経った。

 

 暗い中街灯が照らす下に、自転車のチェーンの音が聞こえる。自転車を押す俺の後ろには雪方がいる。お互い並ばず、一歩離れて歩いていた。

 

「ごめん、帰るの引き止めて」

 

「いやいや、そんな謝られるほどじゃないよ。ほら、来週テストだし、いい見直しになったよ」

 

「そうは言ってもさ……その……ごめん」

 

 その言葉っきり、俺たちはあまり喋らない。別に喋りたくないわけじゃない。ただ、少し照れくさい。過去には色々なことがあるから、だから、それを思い出すと照れくさくなる。

 

 でも、やっぱりその雰囲気が嫌だから、何か話そうと話そうと話題を探る。

 

「そのさ、なんか、この頃いいことあった?」

 

「……いや、ないよ。ヨウは?」

 

「俺か?俺は……ない……かな。……あっ、いや、一個だけあるわ」

 

「えっ?」

 

「仲間に、会えた」

 

「仲間?」

 

 俺は雪方に笑顔を見せた。すると、彼女は少し悲しい顔をする。その顔がなぜそうなったのか俺にはわからなかった。ただ、その時の彼女は少しだけ様子がおかしいのである。下を向き、歯を食いしばり、手を握りしめて、何かを堪えているように見えた。

 

「ヨウはさ、間違ってるよ……そんなの……」

 

「……えっ?どうしたんだよ」

 

 雪方は俺から急に離れようとする。その時、俺は彼女の手を引き止めた。どうしたのだと問いながら。その手の甲のあるものを見てしまった。

 

 見てしまったのだ。

 

「危ない!ヨウ‼︎避けて‼︎」

 

 セイバーの声が聞こえた。大声である。その焦ったような声は俺をとっさに動かした。雪方を握る手を緩め、俺は後ろに回避行動をとる。

 

 上から影のようなものが見えた。セイバーは俺の目の前で実体化する。俺はその現実をとっさに理解できてしまった。

 

 —————雪方の手の甲にある令呪を見て。

 

 黒い影はセイバーに向かって大きく何かを振り回した。セイバーは剣でその攻撃を受ける。しかし、その影がふり回すものが大きい。だから、彼女は弾かれてしまう。

 

 それでも、身の動きはサーヴァントである。吹き飛ばされたと思えば、軽やかな身のこなしでまたすぐに体勢を立て直し、剣を構える。

 

 街灯の光の下に来た影の姿がはっきりと見えた。金髪で目つきが悪くて、まるで原作のギルガメッシュみたいな顔をしてやがる‼︎

 

 そのギルガメッシュみたいな顔の奴はトンファーを握っている。が、トンファーと言っても、短くて細い棒ではない。一メートルよりも少し大きくて、めちゃくちゃ図太い棒。丸太を半分で割ったような感じで、もう棒というよりもすごく大きい木片。その木片を全力で振ったから、地面には大きな凹み(へこみ)ができていた。

 

 雪方はギルガメッシュ似の男にこう言った。

 

「ライダー、ヨウは、ヨウは殺さないで……お願いだから」

 

 



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マスターとサーヴァント

はい!Gヘッドです!

今回はいつもよりも少しだけ長いです。5000文字……。


 雪方はライダーのマスターである。それは突然知ることとなった。多分、俺が雪方の令呪を見てしまったからだろう。だから、ライダーは俺たちに襲いかかった。

 

 ……いや、でも、それだと一つだけ疑問がある。なぜ、令呪を見たら襲いかかる?だって、令呪を見たのが普通の人だったのなら、令呪なんかただのアザに思えてしまう。つまり、攻撃してくるということは、俺がマスターであると知っていたということになる。

 

「……一体、いつから?いつからだ?」

 

 情報が漏れているのだろうか?確かに、なんだかんだ言って、アーチャーとバーサーカーの陣営には顔を知られてしまっている。考えたくはないが、アサシンが、セイギが漏らしたという可能性だってある。

 

 しかし、漏れたということは誰かと繋がっていたということになる。つまり、アーチャーか、バーサーカーか、アサシンか。もし、アーチャーだったら、今夜の誘いは罠として捉えるのが妥当(だとう)となる。

 

 わかんない。わかんないけど、俺は今、すごく怖い。同級生相手に、殺し合いをしないといけないから。

 

 アーチャーの言っていた言葉を思い出す。

 

『聖杯戦争は殺し合いだ』

 

 その言葉が嫌だから、嫌だから、俺は逃げようとする。覚悟も決めていない弱虫(チキン)な俺は今、その最悪の状況を避けようとばかり努力する。

 

「なぁ、何で殺し合わないといけないんだよ。雪方」

 

 俺の弱々しい言葉は雪方には届かず、彼女は「ごめん」と呟くだけだった。辛かった。知り合い、いや友達と殺し合いなんてしたくない、なのにしないといけない。それが胸を抉るような痛みを生じさせる。

 

「ヨウ‼︎しっかり前を向いて‼︎」

 

 セイバーはライダーと交戦していた。それを俺はただ見ていただけだった。ぼぉっとセイバーが押されているのを見ていた。

 

 例え、彼女の剣技はセイバーのクラスの恩恵があったとしても、人に向けるために剣を磨いたのではない。だから、俺にも遅れをとっている。生まれてから少ししか剣を振ったことのない俺に遅れをとっているのである。

 

 このままではセイバーは負ける。それは明白な事実であった。それはセイバーもわかっていた。だから、セイバーは俺に助けを求めた。この時、初めて彼女に求められた。

 

 でも、俺は抱いてはならない邪念を抱いていた。もし、このままセイバーが倒されれば、俺は聖杯戦争とは無関係の人となる。そうすれば、もう殺し合いをしなくていいし、辛い現実から目を(そむ)けたまま生きていける。そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲間に出会えた……」

 

 自分で言った言葉が俺の頭の中を駆け巡る。友達と殺し合いをしたくないから、仲間を裏切る?

 

 

 

 

 

 

 

 自然と足は動いた。大声を出し、学校の通学カバンを大きく振り回して、ライダーに向かっていた。

 

 ライダーは驚いたように俺を見る。その時、ライダーの視線は俺の方に向かっていた。予想外のことだったのだろうか?ライダーは丸太みたいなトンファーを俺に向ける。

 

 が、全てが予想通りである。

 

「セイバー!剣を!」

 

 剣を持ってなどいない。なら、セイバーから借りるまでである。ライダーの視線は俺に向いていたため、セイバーは死角にいた。ライダーは死角にいるセイバーを攻撃する。この時セイバーが攻撃しようとしていたら、彼女の剣が届く前に彼女の脇腹にトンファーが当たっている。だから、前へ詰め寄らずに、剣を俺に投げた。

 

 セイバーが投げた剣を俺が掴んだ。ライダーは俺たちに攻撃を仕掛けるが、俺たちは後方に回避する。

 

「ごめん、セイバー。遅くなった」

 

 俺はセイバーに謝った。けど、セイバーは笑ったのである。ニコッとした笑み。そんな彼女の笑みを見たのも初めてだった。

 

「嬉しいです。本当は、もう来てくれないんじゃないかと思ってしまいました。この聖杯戦争に巻き込まれたのですから、抜けるのも自由です。それでも、私を助けてくれたたことが嬉しいです」

 

 その笑顔はとても恋しいものであった。ああ、そんな笑顔、失いたくない。そう思ってしまう。(はかな)く消えた彼女の笑顔が、今、目の前で笑っている。俺がセイギや鈴鹿に会った時のように、彼女にとって俺は笑顔の種でありたい。そうふと願ってしまった。

 

「さぁ、聖杯戦争をはじめようか」

 

 俺はライダーと雪方の方を向いた。めちゃめちゃカッコよく決めたつもりだった。背景にキラキラをつけたいぐらい。

 

 が、ライダーの様子がおかしい。ライダーは頭をぽりぽりとかいて、困った顔をする。

 

「う〜ん、やっぱり倒さないとダメかな?」

 

「ダメよ!私だって覚悟したの。倒すのはセイバーだけでいいの」

 

「でもなぁ〜、サーヴァントだとしても、人の形をしていることに変わりはないからなぁ〜。殺せないよ〜」

 

 ライダーは俺たちと戦うことを躊躇(ちゅうちょ)している。それは多分、俺たちが強いというわけではない。アーチャーからも言われた通り、俺たちは最弱コンビである。

 

 今、俺たちの目の前にいるライダーのサーヴァントはあまり戦闘を好むような人じゃないらしい。多分、アーチャーとは反対の人。

 

「ライダー!セイバーだけでいいの。相手のマスターは攻撃しなくていいから」

 

「ん?マスター、何で相手のマスターを(かば)うのかい?」

 

「べ、別にいいじゃない……」

 

「好きなのかい?」

 

「な、なわけないじゃない……」

 

 ライダーは特に悪心(あくしん)を抱いて、雪方にそう言ったわけではないのだろう。が、その言葉は結構エグい。年頃の少年少女たちはそのような事に敏感なのである。

 

 少女は顔を赤らめ、少年は下を向く。騎士は剣を強く握る。

 

「ライダー、戦いなさい。さもないと、令呪を使うから」

 

「ええっ?嘘?それはあまりお勧めしないんだよなぁ」

 

「じゃぁ、セイバーを倒して」

 

 ライダーは「やれやれ」と言うと、力を抜く。目を閉じ、深呼吸する。そして、彼は目を開けた。その時の目は覇気を帯びており、少し怖気付いてしまった。ライダーはセイバーには持っていない何かを持っていた。

 

 バンッ‼︎ライダーのコンクリートの地面を踏みしめる音が響いた。

 

 ライダーはたった一歩。たった一歩でセイバーとの間合いを一気に詰めた。トンファーは間合いを詰めて戦う、だから(ふところ)に入られたら、多分剣は不利。しかも、対人用の剣技を習得してないセイバーにとってこの状況は絶対絶命である。

 

 ライダーはセイバーの方しか向いていなかった。だから、俺は攻撃を仕掛けやすかった。ライダーに向かって俺は縦に剣を振った。

 

「何ッ⁉︎」

 

 剣は見事にライダーの懐に入った。ライダーは俺が攻撃をしないと思っていたらしい。

 

 決まった。そう思っていた。

 

 けど、俺の振った剣はよくしなることに気づいた。その剣は両方に刃のない突くということに特化した剣、レイピア。

 

 もちろん、その時、何でライダーの体が傷つかないのか、俺は全然わからなかった。いや、それは俺だけじゃない。セイバーも、ライダーも、雪方も。その場の全員がわからなかった。

 

 が、よく考えてみたらあることに気づいた。そのことについて聞き出したかった。なので、ライダーと交戦中であるセイバーに話しかけた。

 

「おい、セイバー」

 

「何ッ、ですかっ?今、話せないんですッ!」

 

 そうだよな。そう思って、俺は彼女に話しかけるのをやめる。そうである。さすがに、ドジで天然なセイバーであっても、自身の剣ぐらいは間違えるはずがない。

 

 そう心の中で念じて、剣を見る。

 

 変わらず、レイピアである。

 

「セイバァァァァ‼︎なんで自分の剣、間違えとんじゃぁぁぁ‼︎」

 

 一応、俺が使う剣は短剣、セイバーが使う剣はレイピアと古びた剣という風に決めていた。だから、俺に短剣を渡してくれればよかったものの、セイバーはそれを間違えた。

 

 しかも、セイバーのレイピアは刃のないタイプのレイピア。完全に突くという攻撃に特化しているものであり、軽量ではあるものの、突くという攻撃技術をあまり取らないのが月城流剣術、並びに鈴鹿の剣術。

 

 つまり、簡単に言えば、セイバーはやっちゃいけないことを大事な時にやらかしてくれたのである。本当に、セイバー様様(さまさま)である。

 

 最初、セイバーは俺の言っていることがまったくと言っていいほどわかっていなかったが、言っていることがわかると彼女は俺に笑いかけてこう言う。

 

「まぁ、それで頑張ってください」

 

 できないから言っているんでしょうがぁぁ!何なの?俺、人生で初めてレイピア触ったんだから!初めてで、サーヴァントを倒す?無理無理!

 

 俺とセイバーが困った顔をしていると、ライダーの手が止まった。そして、セイバーの肩をポンポンと叩いて、心配そうな顔でこう言う。

 

「大丈夫ですか……?」

 

 あんたが心配してどうするッ⁉︎お前は敵だよ‼︎心配するなよ‼︎攻撃しろよ‼︎優しすぎて、やる気失せるわ‼︎

 

「ライダー、攻撃して‼︎」

 

 そうだ、そうだ。攻撃しろ!調子狂うだろ!

 

「えー、だって困ってる人のこと放っておけないよ」

 

 お前が一番困らせてんだよ!一番俺たちを困らせてんのはお前みたいな存在だよ‼︎攻撃しずらいわ!雪方の言ってることが悪いように聞こえるけど、彼女の言っていることが正論である。

 

 ……えっ?これって本当に殺し合い?

 

 聖杯戦争って殺し合いじゃないの?なんか俺の覚悟が無駄なようにも思えるんだけど。

 

 そう思っていたら、雪方が「準備完了」と(つぶや)いた。その言葉を俺は見逃さなかった。

 

 セイバーはライダーの方しか見ていなかった。雪方はノーマークである。雪方はスタンガンを俺たちの方に向けていた。ヤバイ予感がした。

 

「ライダー!逃げて!」

「セイバー!気をつけろ!」

 

 みんなが雪方の方を向いた。雪方はスタンガンを前に向けて、ポチッとボタンを押した。

 

暴走電圧機(バースト)‼︎‼︎」

 

 その瞬間、前に向けて電撃が目にも留まらぬ速さで俺たちを襲う。稲妻が横から来るかの如く、(まばゆ)い光を残して扇型に広がる。

 

 反射神経である。反射神経で、受け止めようと左手を前に伸ばした。

 

 ビヂンッ‼︎

 

 一瞬だが、体に激痛がはしる。痛い。痛い。けど、なぜか気絶しなかった。痛いだけである。謎である。けど、今そんなのはどうだっていい。まだ、剣を振れる。それに越した事はない。

 

 セイバーを見た。すると、セイバーは剣を構えたまま動いていない。

 

 が、しかし、彼女は前に倒れていく。その光景が俺にはスローモーションに見えた。

 

 セイバーは防御体勢をとるのが遅かった。だから、電撃の速さに負けたのだろう。

 

 倒れ行くセイバー、その姿を見たとき俺は呆然とした。時が止まったかのように思えて、(まばた)きなんてできやしなかった。

 

 誰もがセイバーは負けた。そう思った。

 

 が、彼女は倒れ行く最後の時に、地面にバンッと手をついた。根性である。剣を地面に突き刺し、歯を食いしばり、立とうとする。が、しかし立つことはできない。死ぬことはなくとも、痺れていてまともに動けなかった。

 

 雪方はしょうがない。そう思ったのだろう。右手を天に向けた。自ら手を下す、誰かを傷つけることを嫌うライダーにセイバーを片付けさせるためにはこの手しかない。

 

「令呪をもって命ず!ライダー、セイバーを今すぐ殺しなさい!」

 

 雪方のその判断は実に正しかった。セイバーは動けないし、俺は使い慣れてない武器で戦うことになる。ライダーは令呪の力のせいで、容赦なくセイバーに攻撃する。まぁ、この状況だったら、確実にセイバーを殺せる。

 

 ライダーは嫌そうは顔をしながらも、体はセイバーを殺しにいく。彼専用のトンファーを振りかざし、セイバーに向ける。セイバーは歯を食いしばりながらも、まだ動くことさえできやしない。

 

 セイバーは死んだと思った。もう、自分は願いを叶えることができないのだと。自分が人殺しの剣術を知らないばかりになってしまった結末。悔しく思った。

 

 さっき言ったように、雪方の判断は正しかった。素晴らしいものである。

 

 が、しかし彼女はあることを頭の中に入れていないのである。

 

 彼女はサーヴァントを元人間だと思っていても、人間とは思っていなくて、あくまで幽霊だと考えている。それに、彼女はサーヴァントのことを軽く見すぎていた。だから、ライダーの考えを一方的に令呪で潰した。だから、彼女にはわからないことがある。

 

 俺にはそれが何だか知っている。

 

 それはサーヴァントが心を持つということ。そしてサーヴァントは使役するものではない。共に肩を並べて生きるものであると、彼女は知らない。

 

 誤算である。

 

「我・身体強化(パワーエフェクト)‼︎」

 

 俺は地面がへこむほど強く、強く蹴った。ライダーのトンファーがセイバーに当たるよりも早く俺がセイバーに着く。

 

 鈍い金属音が町中に響いた。

 

 俺の持っていたレイピアと、セイバーが地面に刺した短剣を手にライダーの攻撃を受け止めた。腕の筋肉が盛り上がる。力強い一撃を防げた。重い衝撃は骨に響く。

 

「言ったろ……。仲間に、出会えたんだッ‼︎初めて、似た境遇のヤツと一緒にいられる。嬉しいんだよ‼︎だから、ここでくたばってもらってもなんの意味もねぇじゃねぇか‼︎」



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なぜ、お前はそこまでするんだ?

 ライダーの一撃を退けた。ライダーは数歩後ろに下がって、雪方と並ぶ。雪方はスタンガンを構えて魔力を蓄えている。けど、魔力を蓄える時間はゆっくりとしていた。バーサーカーのマスターの少年は紙の形代(かたしろ)であっても大量に使役していた。一瞬で魔術を成立させたあの少年と比べると、雪方は魔術師としてはまだまだである。

 

 多分、あの技は魔術の基本的な超初歩技術である『強化』。その強化を極めた、それが彼女の技である。

 

 が、やはり雪方の技をまともに食らってしまうと、セイバーみたいになってしまう。いや、セイバーは彼女の忍耐的強さあって痺れるだけで済んでいるが、本当だったら死んでる。あれはもう雷だ。

 

 俺は地面に這いつくばっているセイバーを見た。セイバーはまだ身体中が痺れているみたいで、立てない。頑張って立とうとしているけど、体に力が入らない。四肢が彼女の言うことに従おうとしないのに、彼女の頑張る姿がそこにあった。

 

「おい、セイバー。少し休んでろ。今は無理だ。ライダーは俺がやる。だから、見てろ」

 

 俺はセイバーに背を向けた。すると、セイバーは(うめ)き声を上げる。

 

「ア◾︎◾︎アァ◾︎ヴヴヴ◾︎◾︎◾︎◾︎グガァァァ◾︎◾︎‼︎」

 

 セイバーはまだ痺れて全然動かないはずの腕を地面に垂直に立てて、顔を真っ赤にして、血眼のような目をして、立ち上がろうとしている。彼女は涙を目に浮かべながらも、コンクリートの道路を握りしめて、膝を立てようと剣を握っている。その姿、まるで命をかけているかのように、いや、それ以上の何か大きな(かせ)が彼女に繋がっているのである。その枷が彼女を動かす。

 

 セイバーのその行動は異常としか言いようがなかった。その行動には雪方も、ライダーも目を疑う。普通、こうなってしまったら、死を認めるのにそれでも彼女は諦めない。諦めないからこそ、彼女は血を、涙を流し、苦しみ、悲しみ、(みにく)く成り果てる。

 

「グア◾︎◾︎◾︎ヴヴアァア◾︎ァアヴ◾︎◾︎ァ◾︎ァァ‼︎」

 

 ここでリタイアしても、次の聖杯戦争を待てばいい。なのに、彼女は呻き(なげ)(もだ)えながら、さっき俺が使った短剣を手に取る。その剣を地面に突き刺して、立とうとするのだ。

 

(なぁ、セイバー。お前の望みって、お前をそんな姿にさせるほどのものなのかよ。お前、おかしいよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とセイバーは仲直りをした次の日。夜の零時のことであった。爺ちゃんも寝て、その日は面白い深夜番組もやってないから早く寝ようとベットの上に寝っ転がった。携帯でみんなと連絡をとって、いざ寝ようという時に、セイバーは実体化した。

 

「おいおい、今、実体化すんなよ。約束だろ?爺ちゃんが家にいる時は実体化しないって」

 

「いや、そうなんですけど……その……私、ヨウ、あなたに話さなければならないことがあるのです」

 

 セイバーは真剣な表情で俺の前に現れる。俺はそんなセイバーを茶化したが、セイバーはそんな俺を白い目で見る。その様子から、彼女はガチの大事なことを話そうとしていることを察した。

 

 セイバーは床に正座している。だから、俺も床にあぐらをかく。あくまで俺はサーヴァントを人として見ようと考えていた。対等な立場で、対等な目線で見ようと決心していた。

 

「で、俺に用って何だ?」

 

「その、望み……についてです」

 

 望み。ほぼ全員のマスター、サーヴァントが望みを叶えたいがために聖杯戦争に参加する。巻き込まれてしまった俺には今の所、聖杯に叶えて欲しい望みなんてない。けれど、セイバーは自ら聖杯戦争に参加することを決心してここにいるわけだ。つまり、彼女は望みがある。そう考えてもよい。

 

「この先、何があってもわからない。もしかしたら、今日、襲われて殺されるかもしれない。だから、今、ここで腹を割って話し合ったほうがいい。そう思うのです」

 

 セイバーは素直に俺に願い出た。手を下につけて、頭を下げた。どこの人でも、願い出る時は自分を低く見せるために頭を下げるのだ。そう思ってしまった。

 

「やだね」

 

 俺はセイバーにそう言った。セイバーはなんでなのかと反論した。

 

 なんでなのか。別に、互いに自らの望みを話し合い、本当の自分を腹を割って語る。それもいいかもしれない。いや、多分それは聖杯戦争で生き残るために一番大事なことなのかもしれない。英霊(パートナー)のことを知る。それはどのマスターもすることなのかもしれない。

 

「でも、セイバー。俺はこの聖杯戦争に望んで参戦したわけじゃないし、望みもない。だから、お前が話しても俺がお前に話すことなんて何にもない」

 

 俺はあくまで対等であることを願う。サーヴァントは使役する式神みたいなものでもなければ、奴隷でもない。元々、人であったけど、人じゃないっていう考え方にも賛成できない。

 

 サーヴァントも人である。笑い、泣き、苦しみ、楽しみ、怒り、驚嘆し、そして今を生きている。彼女たちは自分で脚を持っていて、自分で歩ける。それは、人であり、それ以外の何者でもない。

 

「何で、お前が頭を下げんだ。自分で選ぶのはいいけれど、俺といる時だけは頭を上げろ。対等でいろ」

 

 セイバーは頭を上げた。そして、笑いかけた。

 

「私は、あなたがマスターで良かったのかもしれません。人を殺すために剣を振ってはこなかった。だから、人殺しのために磨かれた剣技ではないので、この聖杯戦争では最弱のサーヴァント。そう呼ばれても仕方がない。そんな私は、言ってしまえばお荷物でしかない。普通、そんなサーヴァントは盾としてしか使えないでしょう。でも、あなたは、そんな私に対等でいろと言うのです。ありがとう」

 

「……媚びへつらうなよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「照れてますか?」

 

「照れてねぇよ!」

 

 あぁ、もう何でだろうか。いつもセイギとか雪方とかなら言い返せるのに、セイバーにそんなこと言われると言い返すことができん。普段そんなこと言われないから、なんか恥ずかしい。

 

「ま、まぁ、ともかく、望みだ。望み。俺の望みはもう知ってるだろ?」

 

「ええ、知ってるも何も、元々(はなから)望みなんてないじゃないですか」

 

「いや、あるぞ。俺にも望み」

 

「えっ⁉︎でも、さっき、望みがないって言ったじゃないですか!」

 

「いや、あれはないようで、あるんだよ」

 

「意味わかりませんよ!」

 

 セイバーはプンスカプンスカ怒っている。と言っても、別に本気で怒ってるわけじゃない。からかわれていることにムスッとしているけど、別に喧嘩ってほどじゃない。ただ、段々とセイバーは『人と話す』ってことを覚えつつある。今までそっけない返答しかなかった。多分、それは過去に関係があるはずだと思う。

 

 セイバーは三つの剣と黄金の鎧、青銅の兜を取り出した。そして、それを俺の目の前に置いた。三つの剣はレイピアと短剣、そして古びた大きな剣。多分、この大きな剣はグラディウスソードか、それに近いタイプのやつだと思う。

 

 セイバーは少しだけ嫌そうな顔をした。何かを思い出してしまったのだろう。それは彼女にとっての悲しい、悲惨な出来事。だと思う。

 

 けど、英雄なんて大体の人は英雄なんて言われながらも結局死んでしまうか、悲しい思いをするのである。いい話だけの英雄なんて百文字で語れるくらいの英雄(たん)だろう。

 

 つまり、言ってしまえば彼女は何か辛いことがあった。そう言えるわけだ。

 

「辛かったら話さなくてもいい。別に今じゃなくてもいい。気持ちを落ち着かせろ」

 

「……でも、それじゃ、ダメなんです」

 

「ん?ダメ?何でだ?」

 

 俺がそう聞くと、セイバーは自分の胸ぐらを掴む。いや、それは彼女の心を掴んでいた。

 

「その、心が苦しくなるんです。何ででしょうか」

 

「いや、俺にお前のこと聞かれても分からねぇよ。まぁ、どうせアレだろ?喋りたいっていう思いだろ?ほら、あるじゃん。自分の方が優越な立場に立ってる時、なんか言いふらしたいよな。けど、そういう時って、本当は自分の方が下なんだよな」

 

「いや、そういう事じゃないんです」

 

「じゃぁ、どういう事だよ」

 

「……わかりません」

 

 セイバーに謝られた俺は頭を抱える。単語力に(とぼ)しい、いや表現の力が全然ないのである。話しているのに、話せているのかわからなくなる時もある。それぐらいである。

 

「まぁ、とにかく、そんなことを考えていたってキリがありません」

 

 そりゃ、単語力ゼロのお前の言葉なんて聞いてたら矛盾してしまうわ。

 

「では、話します。私の過去を————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————昔々(むかしむかし)あるところに……」

 

 

 そんな感じで始めんのかい‼︎



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嘘か真か、全てを疑い全てを信じよ《前編》

—————これはある英雄譚である—————

 

 

 

 

 

 

 まだ文明というものがあまりなく、科学も、ましてや魔術もあまり発展していない時代。その時、ある王国がありました。

 

 その王国はとても戦で強く、負けという言葉を知らぬ王国でした。そこには王と(きさき)がいて、二人はとても愛しあっていました。しかし、ある日、戦で王は大敗を記したのです。それはつまり王国の崩壊にも繋がります。敵の軍が王国を襲いました。

 

 妃は追っ手が来る前に森へと逃げました。その頃、王と妃の間には子が生まれていました。なので、妃はその子を抱えて逃げていました。が、しかしその子を抱えて逃げていたら追っ手に追いつかれてしまいます。なので、妃はある提案を思いつきました。

 

 森の中でひっそりと鍛冶屋をしている男の所へ訪ねたのです。その男はとても武芸に(ひい)でていて、すごい人でありながらもひっそりと森の中で暮らしている。そんな人でした。

 

 そんな人に妃は自分の子を預けたのです。妃はその男にこれまでの事情を話し、その子を託すことにしました。そして、妃はまた森の中に消えました。

 

 男の腕の中にいる生まれて間もない子は可愛い女の子でした。男は女の子を大切に育てよう。そう心に誓いました。

 

 しかし、少し日が経ち、ある話をその男は聞きました。妃が消えたと。妃の行方が分からないと。男はその瞬間、あることを考えました。妃は自分に子を託し、敵に殺されたのではないかと。

 

 その時から、子を女の子として育てようとしませんでした。男は、女の子を男の子として育てようとしたのです。いつか、国の王に立ってもらうためにも、男の子として生きてもらわねばと思ったのです。

 

 男はその女の子を見ました。女の子はその男の顔を見て笑いました。何とも恋しい笑顔なのでしょうか。男は胸が痛くなりました。女の子なのに男の子として育てるという行為に対して。

 

「ごめんな。私は君をそうよくは育てられない。それでも、君はいつか王国を救う。そんな存在になってくれ。あぁ、君の未来にどんなことがあろうと、私は君を(とが)めない—————私の可愛い養子(こども)よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから年月が経ち、その女の子はとても勇ましく成長しました。一人で森の動物を狩猟し、食べられる植物を採取し、川の魚を釣り、木は一人で切り倒せる。それほど成長していました。その頃には男は年老いて、鍛冶屋としての仕事しかできませんでした。食料の調達は主に女の子がしていたのです。

 

 しかし、女の子は鍛冶ができないわけではありません。いや、むしろ鍛冶の仕事の方ができるのです。剣の扱いはあまり得意ではなく、狩猟など専用の剣の振るいでしたが、鍛冶の腕前はとても素晴らしいものでした。しかし男は女の子に鍛冶の仕事をやらせませんでした。いつか、国の頂点に立つ者は剣を鍛え上げるよりも、剣を振る方が大事だと考えていたからです。

 

 男は女の子に剣の扱いを教えていましたが、女の子はそれほど扱いは上手くありませんでした。男は落胆しながらも、特に不自由なく過ごしていました。

 

 表面上は。

 

 やはり、女の子を男の子として育てるのには無理がありました。女の子は男の子だと言われ続けていましたが、だんだんとその発言を疑うようになりました。男と女の身体的違いは明らかであるのに、男だと言われ続ける。やがて、それが疑心というものを生みました。

 

 女の子は仕事の合間、狩猟の最中に街に降りるようになりました。目的は本でした。その頃、本は珍しいものでした。が、その国は時代にしては文明が栄えている方で、本が少しばかりあったのです。

 

 女の子は自分が何なのかをよく本で調べていました。それから色々なことを知りました。少しばかりの魔術を覚え、いい狩猟方法も知りました。

 

 それから、女の子はまるで本に、勉強というものに恋をしたように本を探しに行きました。が、しかしそれが男にバレないわけがありません。男は女の子が街に降りていることをしり、遊びに行っているのだと勘違いをしてしまいました。

 

 男は女の子に言いました。

 

「遊びに行くのか?まだ仕事があるぞ」

 

 男は険しい顔で女の子にそう言いました。女の子はすぐさま反論しました。

 

「遊びに行くのではありません。私は自分が何なのかを知りたいのです。男なのか、女なのか」

 

 女の子は必死でした。自分のことですから、知りたいに決まっています。もちろん、男も必死でした。今、本当のことを言うべきか、そうでないか迷いました。本当のことを言ってしまったら王国はどうなってしまうのか。嘘を言ったら彼女に嫌われてしまうのではないかと。

 

 しかし結局、男は嘘をつきました。女の子に、お前は男だと言ったのです。けれど、女の子はそれが嘘だとわかりました。男の悔しそうな顔を見たら、分からないわけがありません。本当のことを言えずにすまないと、表情からその言葉が浮かんでいたのです。

 

 女の子は自分が男ではないと悟りました。けど、それを心の中の隅っこの方に押しのけて見ないふりをしていました。知らない、私は知らないと無視をし続けていました。

 

 けれども、やはりそんなもの無視し続けることなんてできません。なので、女の子は街へ出かけ、服を編むということを知りました。街の女性たちの服が羨ましかったのです。

 

 それは、いつの時代も同じ事です。周りがみんなしているのに、自分はしていないとしたくなる。そんなものです。

 

 そして彼女は何度も街の服屋に通いつめて、女性ような服を得ました。そして、女性は剣を振らないと知りました。

 

 彼女は自分が女性であると知りながら、男の言われた通り男の行動をする。それがおかしく思えてきました。もちろん、まだ彼女はなぜ男の行動をさせられているのかなんて知りません。自分が王族の血を継ぐ者だとは思ってもしないでしょう。

 

 彼女は言いたいことはきっぱりと言うような性格の人でした。だから、男に面と向かって言ってしまったのです。

 

「なぜ、私は男として生きていかなければならないのか?」

 

 男は女の子に何度もお前は男だと言い聞かせましたが、もう女の子が折れることはありませんでした。芯の強い彼女は折れなかった。そんな彼女を見て男はため息をつきました。

 

「お前は王族の血を継ぐ者だ。王となるためなら、お前は男として生きていかなければならない」

 

 しかし、女の子はそんなことをいきなり言われても、意味がさっぱりわかりませんでした。自分が王族の血を継いでいると言われて、すぐにでも信用できるでしょうか。いいや、そんな人は誰一人としておりません。

 

 彼女もそうでした。男が本当のことを話しているのは彼女にも分かることでした。顔からして本当なのだと理解できました。でも、やっぱりそんなわけがないと思ってしまうのです。私はあなたの子であり、王族の血を継いではいないと。

 

 だから、男は本当のことを彼女に話してしまいました。なぜ、彼女がここにいるのか。彼女が何なのか。そして、自分は女の子に嘘をついていたのだと。

 

 女の子にはその言葉全てを信じることはできませんでした。(ひとみ)から流れた一粒の涙は心を穿(うが)ちました。嘘だと心の底から思いました。しかし、男の顔は、表情は本気そのものでした。だからこそ、嘘だと思いたかったのです。でも、やっぱり嘘ではない。そう心から認めざるを得なくなりました。

 

 まだ16歳ぐらいの彼女にとってその真実はあまりにも辛すぎるものでした。現実が彼女を突き刺すのです。今までの男との家族としての愛がまるで嘘であるかのように思えてきてしまうのです。私を育てていたのは、私への愛情は国のためだったのか。彼女はそう思ってしまいました。

 

 そして、この事実がたとえ、嘘でも(まこと)であっても、彼女を英雄へとするのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————悲劇の英雄へと。



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嘘か真か、全てを疑い全てを信じよ《中編》

はい!Gヘッドです。

このほぼ説明文みたいなやつは三部構成で、今回は中間ですね。ちなみに、この説明文みたいな話はセイバーちゃんが語っているわけではないっす。


 女の子はもう自分の育ての親である男を信じることは無理でした。今までずっと自分の父親だと思って接してきましたが、彼は本当の父親ではなかった。だから、親として接しにくくなってしまいました。

 

 彼女はこう考えておりました。男は金や名誉目当てで自分のことを育てていたんだと。愛情だと思っていたものが、本当は愛情でも何でもなかったのだと。

 

 段々と二人の関係は悪化していきました。しかし、それは誰しもが予想のつくことでした。本当の親子ではないのに、親子であると(いつわ)っていたのですから。もちろん、それは女の子ではなく男の責任。

 

 男はそれでもまだ、女の子を王にすることを諦めてはおりませんでした。どうすれば女の子が王に、元の王国を統べる者になれるかを真剣に考えていました。

 

 その頃、王国は先の戦いで前国王に勝った敵に占領されていて、多額の借金も持っていました。王国にいるものは皆、貧困に困っていました。

 

 そこに男は目をつけたのです。多額のお金を使いみんなを解放することで、みんなの信頼度を上げ、さらに血の繋がりさえあれば彼女が王になれると考えました。だから、男は女の子にある提案を持ちかけたのです

 

「龍を倒してはみないか?」

 

 男が言った龍は財宝を持っているらしいのです。多額の金になる財宝です。

 

 しかし、いきなりそう言われても、女の子は何のことだかさっぱりわかりません。いきなり龍討伐の話を持ちかけられてもどうすればいいのかまったくもって知りません。それに、彼女は何で龍を殺さなければならないのかという根本が知りたくなりました。

 

 彼女は男に訊きました。なぜ私は龍を殺さねばならないのだと。男は迷いました。今一度、真実を嘘で塗り固めるか、本心を言うかです。嘘をついたことがばれてしまえば、もう父親と見てくれないことでしょう。しかし、本当の事を言えば彼女は龍を殺しに行くでしょうか。王になろうとするでしょうか。

 

 迷いました。男は黙って迷いました。迷いました。迷った(すえ)に男は女の子に何も言うことはできませんでした。下を向いて、無言を貫くだけでした。その姿を見た女の子は何かを察したのでしょうか、「考えさせてくれないか」と言い残し、外へと出てゆきました。

 

 女の子は空を見上げました。空はどこまでも(あお)く、どこまでも遠い。どんなところでも上にあるのは広大な空でした。空に(たけ)の短い剣を突き刺しました

 

 彼女は男が言いたいことぐらい分かっていました。どうせ、王になるために龍を倒せと言っているのだろう。龍を倒し、財宝を得て、財宝を民のために使えと、そういうことなのだろうと考えました。

 

 その時、女の子はぶるっと震えました。鳥肌がたちました。もしかしたら、と思ってしまったのです。

 

 もしかしたら、男はその財宝を得て私を見捨てるのでは?

 

 女の子はまさかと思いました。まさか、自分をここまで育ててくれた男がそんなことするはずがないと。そう思いたかったのです。けれど、もし今までの話が全て嘘だったら?そうも思い始めてしまいました。

 

 今までの話が全て嘘、というのもあり得る話です。全て、私を龍討伐に行かせるための罠だったらと。王の子ということも嘘だとしたら合点がいくのです。

 

 男に対して彼女は疑心暗鬼でした。男の言うこと全てが信じられなくなってきてしまったのです。今まで、十数年間も一緒にいたのに、男の一言で全てがひっくり返されたのですから。

 

 でも、それでも男のことを家族として見ておりました。愛しておりました。だから、また信じようと誓うのです。壊れかけの心に自分でまた釘を打つのでした。

 

 そうでもしないと彼女は狂ってしまいます。今までの人生を全て否定されることを一言で表現することはできないほど、悲痛なものですから。

 

 彼女は森の中へ入って行きました。茂みの中を進み、倒れた朽木を(また)ぎ、小鳥のさえずりを聞きながら森を歩く。

 

 そして、 森の中にある泉の所まで来ました。彼女は近くにあった岩に腰掛けてまた空を眺めました。空を眺めて、(むな)しい気持ちになりました。

 

 晴天の空。でも雨が降り始めました。数滴の雨がぽろぽろと岩に落ちるのです。木の葉の間をくぐり抜ける風のように声を出しました。彼女の潰れてしまいそうな心は森に無視され、森はいつものようにただ平然としています。

 

 彼女は泉の水面に自分の顔を映すように下を向きました。そして、自分の顔を見て彼女はこう言いました。

 

「醜い顔だ」

 

 風が吹きました。その風が泉に波をつくり、彼女の顔がぐにゃぐにゃと曲がりました。手を水の中に入れて、水を手で(すく)い、自分の顔を洗うと、彼女はこう叫びました。

 

「よし!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は森から戻ってきました。森から戻ってきた彼女は男にこう言ったのです。

 

「私は龍を殺しに行く」

 

 女の子はもう一度だけ男を信じてみようと決めました。もう一度だけ男を信じようと決めて、男に笑いかけたました。男も彼女に笑いかけたました。

 

 男はただ単に嬉しかったのです。自分のことを信じてくれている。それがただ単純に嬉しかったのです。

 

 女の子は龍を殺そうと覚悟を決めました。しかし、龍は硬い(うろこ)を持っており、並大抵の剣では傷をつけることすらできません。だから男は蔵からあるものを持ってきました。

 

 折れた剣です。しかも、剣は()び、見苦しいほど古びた剣。その剣を男は鍛えなおしたのでした。

 

 その剣は何も、神様がくださった物凄い剣だそうで、その剣は女の子の父である前の王からもらったものでした。前の王はその剣で幾多(いくた)の戦場を駆け抜けたのです。その剣を女の子に渡すために男はその剣を鍛えたのでした。

 

 そして、剣はその男の手により直されました。が、しかし鍛冶の技術が全然発展していない時代だったので、男には剣を繋げることだけで精一杯でした。それでも、錆びは少ししか残っておらず、これなら十分斬ることは可能でした。

 

 そして女の子はその古びた剣と愛用の短剣を手に家のドアを閉めました。龍を殺しに、男の願いを叶えに————



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嘘か真か、全てを疑い全てを信じよ《後編》

はい!Gヘッドです!

今回で、長い長い説明文が終わります。もちろん、今回、真名が……。

あと、文字数の関係で最後のところは少しだけ強引かもしれません。


 女の子は龍を殺すために旅に出ました。龍を殺し、財宝を奪うためです。女の子はその龍が住むという洞窟へと向かいました。

 

 しかし、なぜ男は龍を殺せと言い出したのでしょうか。だってそんな財宝を龍が持っているなんて普通知らないはずです。だって、そんな物があると知ってしまったら、強者共はみんな寄ってたかってその財宝を取りに来ることでしょう。でも、財宝は取られていない。あまりにも龍が強いのでしょうか。そしたら、女の子を龍の所には行かせません。そんなことは愛している女の子を殺しているようなものです。

 

 

 ───────本当に愛していれば。

 

 

 女の子は龍の住むという洞窟に着きました。女の子は恐る恐る中へと足を踏み入れます。不安定な岩場で足元を見て前へと進みました。静かな洞窟の中で息を殺して、ゆっくりと前へ進みました。

 

 すると、彼女はふと胸がぎゅっと苦しくなりました。右手で胸を抑えたのですが、胸の鼓動はますます高鳴ります。苦しく、その胸の高鳴りは嫌なことの予兆のように思えてきました。

 

 風の音が聞こえ、小鳥の鳴き声も、葉が他の葉と擦れ合う音も聞こえてきました。しかし、それらの音とは違う胸の高鳴りは彼女の心を強く揺らします。

 

 しかし、ここまで来たのです。今さら引き返すわけにはいきませんでした。彼女はそう思い、胸の苦しさを無視して先に進もうとしました。

 

 その時です。奥の方から音が聞こえてきたのです。風の音とは違い、鼻息のような音でした。音は洞窟の岩にあたり反射して色々な方向から聞こえてきます。

 

 女の子は物音を立てないように、そっと先に進みました、抜き足差し足で辺りを警戒しながら息をひそめます。

 

 少し進むと、そこには青空が見える吹き抜けがありました。そこから空気が通っているのです。上を見上げれば木が生い茂っていて、まるで森の中にある大きな穴に落ちたような気分でした。

 

 女の子は空を見た時、ホッとしました。気が(ゆる)んだのです。その時でした。

 

「貴様!何者だ‼︎」

 

 後ろで大声がしたので、女の子は驚きました。が、すぐに後ろを向き臨戦体勢をとりました。

 

 そこにいたのは龍でした。蛇のように細長い龍が、女の子を睨みつけているのです。巨大であり、50メートルぐらい、いやそれ以上の図体。それほど大きく、恐ろしい体でした。牙が剥き出していて、大きな鱗を持っています。

 

 女の子の手は震えておりました。古びた剣をその龍に向けていましたが、多分襲われても彼女は剣を一振りもできないでしょう。しょうがないことです。見た目恐ろしい龍に剣を向けて、立ち向かおうとしているのですから。

 

 龍はその姿を見て(あざけ)笑いました。今まで何人もの強者たちが龍を殺しに来ました。その強者たちは散りはしたものの、怯えたりなどは一切しませんでした。それは腹をくくった身であったから。しかし、彼女はその覚悟が足りませんでした。その覚悟を龍は馬鹿にしたのです。

 

「なぜ、ここへ来た?」

 

「私は、父のためにここへ来ました」

 

「ほう、父のためと……」

 

「はい。父が望んでいるのです。この私が王になるために」

 

 龍はまた笑いました。女の子の言っていることがたわいもないただの夢物語だと思ったからです。仮に、父がそう願っていたとしてもなれるわけがない。王とはそんなに簡単になれるものではないので、無理な夢だ。そう思ったのです。

 

 でも、夢が現実となる時もあります。

 

 女の子は自分が先代の王の子を継いでいると言いました。そして、自分のことを育ててくれた父親の名前を言いました。父親の名前を言うと、その龍は血相を変えたのです。

 

「お前、本当か?その話、本当なのか?」

 

 龍はまるで嬉しいかのように涙を流しました。女の子にはそれがまったく持って意味がわかりませんでした。いきなり父のことを聞くと泣き出した龍。それを誰が普通に受け入れられるでしょうか。

 

 龍は彼女を横目で見て、一旦洞窟のさらに奥深くに入っていって、そしてすぐさま戻ってきた。その龍は女の子の前に大量の財宝を差し出しました。

 

「おい、お主一つ交渉をしないか?」

 

「交渉?」

 

「ああ、そうだ。もしこの交渉を受けるなら財宝は何でも全て持っていってよい。だが、もし交渉を断るなら……」

 

 龍は尖った牙を見せつけます。剣をまともに振れない女の子にとってこれは一択しかありませんでした。

 

「わ、分かった。交渉は受けよう、でも交渉とは何なのだ?」

 

「私を殺せ」

 

「え?今、何と……」

 

「もう一度言ってやる。私を殺せ。その剣で私を刺せ」

 

 その言葉を聞いた時、女の子は一体何がなんなのかがわかりませんでした。だって、何で龍は私を殺さずに、自分を殺せと言うのでしょうか。それが全然わかりませんでした。

 

 女の子は自分が生きるために、父のためだと思い古びた剣を力強く握ります。いつもの狩りのように剣で獲物を切りつければいいだけのことです。そう自分で暗示をかけました。動物は自らが生きるために殺し慣れているとそう思いながら。

 

 そして、彼女は剣を天高く上げ、その剣を振り下ろしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永劫の赫怒(グラム)‼︎異の世の刃創(ドレーパ・ドレーカ)‼︎‼︎」

 

 彼女がそう叫ぶと同時に龍は彼女にこう(つぶや)きました。

 

「ああ、やっと私も死ねる。ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は振り下ろしました、魔剣を。

 

 しかし、何故でしょうか。龍の死の姿が笑って見えたのは。龍は幸せそうな笑顔で斬られたのです。

 

 龍は倒れました。それでもまだ息はしておりました。苦しそうで、喉の傷から吸った空気がピューと音を立てて出ておらます。女の子はその悲惨な姿に怖気(おじけ)づいてしまいました。

 

 龍は苦しく、女の子に(かす)かな声でこう言うのです。

 

「ああ、苦しい。早く、私の心臓を突き刺し殺してはくれないか」

 

 まだ二十歳にもなっていない女の子にはその龍の凄惨(せいさん)な姿は衝撃的であったでしょう。自分が振った剣がこれほどの強さを秘めていたと知り、驚いたことでしょう。しかし、女の子はその剣を凄いとは思いませんでした。たった一振りでここまで(むご)たらしい切り傷を与えるこの剣が恐ろしいと思えたのです。

 

 女の子はその剣を握る力がありませんでした。剣は地面へと落下し、龍は早く殺してくれと(もだ)えながらその言葉を()うばかり、女の子はその龍の姿を見て、もう一思(ひとおも)いに殺してあげよう。そう思いました。

 

 彼女は古びた剣でなく、短い剣を龍の胸に突き刺しました。その瞬間、龍の苦しみ悶える声は聞こえなくなりました。ただ、風が洞窟をかける音しか聞こえませんで差た。

 

 胸の突き刺さった部分から勢いよく大量の血が噴き出して、その血が彼女の口の中に入ってしまったのてます、

 

 龍が地に大きな音を立てながら倒れました。女の子の手は血濡(ちぬ)れていて、その血は彼女の手から一生拭えないものとなりました。

 

 女の子は恐ろしく思えてきました。だから、財宝を取れるだけ取って、洞窟からすぐに逃げ出してきたのです。荷台に財宝を乗せて、そこから逃げ出しました。殺した、その事実に変わりがないことが彼女には恐ろしいことでした。

 

 彼女の胸の中では龍を殺すその映像が何度も何度も流れました。帰る時、ずっとその映像が頭の中から離れず恐怖に怯えておりました。

 

 いつもなら狩りで動物を殺していました。だから普通だと思っていたのです。自分でもできると思っていたのです。けれど、龍が人のようだった。人であるように、悲しみ、喜び、苦しみ、楽になるために死んでゆく。人というものを龍から教わったような気がしました。それほどまでに彼女の中から龍は消えなかったのです。

 

 彼女は龍から得た財宝の中から金色の指輪を見つけました。その指輪は人を魅了するかのように、美しい指輪でした。彼女は気を紛らわすために、その指輪をつけて、気が滅入(めい)る度にその指輪を見て元気を出しました、

 

 その指輪が彼女の全てを破滅へと(いざな)う運命の輪だとも知らずに—————

 

 洞窟から家に帰るまであと数日という時、彼女はある異変に気付きました。何処からか声が聞こえるのです。それは自分を笑うような声。そして、聞いたことのない声なのに、聞いたことのあるような声でした

 

 その声の正体は鳥でした。女の子は龍の血を口の中から取り入れてしまったので、その龍の力が彼女に宿り、彼女は鳥の言葉を理解できるようになってしまっていたのです。彼女は鳥を見ました、鳥は木の枝に居座っております。鳥は彼女のことを知っていたようです。彼女の父親は養父であることも、龍を殺したことも。

 

「お前は不幸な子だ。かわいそうに」

 

 鳥は彼女にそう言いました、彼女はその意味がわかりませんでした。だから、鳥は彼女にその意味がわかるように説明しました。

 

「お前の父親は嘘つきだ。お前に本当のことを話してはいない」

 

「それはどういうことですか?」

 

「お前の父親はその龍と兄弟なんだよ。黄金に目がくらみ二人で自分たちの父親を殺したのさ」

 

「えっ⁉︎」

 

「いいや、それだけじゃない。お前の父親と龍は黄金を得たものの、龍がその黄金を独り占めにしたのさ」

 

 その事実は彼女を失意のどん底まで叩き落としました。しかし、鳥の言ったことはまぎれもない事実でした。女の子の父親の名はレギン。龍の名はファーブニルと言います。その二人は昔、親の持つ金に目がくらみ親を殺したことがあります。しかし、ファーブニルはレギンのことを考えずに金を独占してしまい、龍の姿になってしまいました。

 

 その時、彼女の疑心の心が目覚めたのです。もしかしたら、この財宝は私を王にするためではないのかもと彼女は思い始めてしまいました。

 

 彼女はその鳥から父親の本当のことを聞いた後、記憶がないのです。ただ、目の前の思いもよらない最悪の事態で、頭が真っ白になっておりました。

 

 ただ、父親を信じたいという気持ちと、父親を信じることができないという気持ちが交錯しているのです。

 

 目の前が真っ白になっておりました。それでも、前へと歩こうとしていました…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくともう彼女は家に着いていました。しかし、まだ彼女は気持ちが晴れておりません。

 

(もしかしたら、この財宝を独り占めにするのかも……、いいや、そんなことはないはず)

 

 それでも彼女は不安でした。だから、彼女はまず家の裏に財宝を乗せた荷車を置いて、自分一人だけで父親に会いに行きました。父親は彼女を見ると、無事帰ってきて嬉しいと言いました。その言葉を聞いて彼女はすごく嬉しく思いました。

 

 だから、彼女は大丈夫だと思ってしまったのです。そして、浅はかな考えだけで父親に財宝を見せてしまったのです。彼女の指にはめられた指輪がギラリと光ります。

 

 すると、父親はどうでしょうか。

 

 なんと、父親はその黄金の山に魅入られるように財宝へと近づいてゆくのです。父親はその財宝を女の子のために使うつもりでした。が、しかし、父親である男は心に決めたその思いが目の前の黄金により揺れてしまったのです。

 

 本当だったら、その財宝の半分は彼に行くはずでした。長年、その悔しさを我慢していたが、今半分どころかほぼ全部が目の前にあるのです。

 

 男は愛する娘の前でその金に囚われている姿を見せてしまったのです。それは、男にとっての失態でした。

 

 それに、疑っていた女の子はそのことに対して過敏(かびん)になっておりました。そのため、女の子は逆上(ぎゃくじょう)してしまったのです。

 

 自分が怖い思いをしてまで、この財宝を得たのです。それは父親である男を信頼していたから。なのに、男は信頼を裏切りました。それに、十数年間も彼女を騙していたのです。王の血を継ぐ者であったこと、龍は彼の兄弟であること、そして彼女が王を継ぐという計画が嘘であったこと。

 

 今まで、女の子と男が暮らしてきた時間全てが、女の子には(むな)しく感じられるものとなってしまった。裏切られたという事実を痛切に感じました。今までの全てが、嘘であったと知った時、彼女の怒りはもう限界を越えておりました。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「どうしたんだじゃない!私はあなたを信じていた!信じていた、なのに、あなたが言うこと全てが嘘だった!何故だ?」

 

「いや、これは嘘じゃない!ほら、お前はもうすぐで王になれる」

 

「王なんてどうだっていい!私はあなたが好きだから、あなたが喜ぶようにと思っていただけだ!なのに、あなたは、あなたは……」

 

 その時です。彼女の腰についていた古びた剣が光りだしました。(まばゆ)い光を出しながら、徐々(じょじょ)に光が強くなるのです。龍に剣撃を与えた時よりも強く光り出します、

 

 その剣は『怒り』の剣であり、怒りによりその剣の真価が発揮されるのというものてました。しかし、怒りとは無尽蔵な人の感情の一つ。つまり、怒りが尽きることはなく、怒りはどこまでも大きくなるものですり

 つまり、人が怒れば怒るほどその剣は強くなり、その限界は無いということ。

 

 そして、彼女は今までの人生の全てを否定されたのです。

 

 

 

 

 

 

 剣が彼女に問います。

 

『—————その怒りはいかほどか』

 

 

 

 

 

 

 彼女は大声を出しながら泣きました。(かせ)が外れたように泣き出したのです。

 

 しかし、それは嬉しくて泣いたわけでもないし、悲しくて泣いたわけでもありません。

 

 怒りや恨みの涙でした。

 

 彼女の思いは強すぎました。その強すぎる思いは剣を暴走させたのです。剣は彼女にこう語りかけました。

 

 

 

 

 

 

 

『面白い!今までの誰よりも面白い!良かろう!我、永劫の赫怒(グラム)の担い手はお前だ‼︎シグルド—————‼︎』

 

 その魔剣が女の子を担い手と選びました。その瞬間、辺り一面が光に包まれてしまいました。

 

 そして、光が消えた後、森はズッタズッタに斬られていました。魔剣の暴走により、男も女の子も無数の剣による切り傷を受けておりました。

 

 そのまま、二人はピクリとも動きませんでした。もう、彼らは息絶えておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が朦朧(もうろう)とする中、誰かが彼女にこう囁きました。

 

「汝、願いはあるか?」

 

 女の子はその声に(すが)るように言いました。

 

「ええ、あります」

 

 人生をやり直すために彼女はその聖杯というものに渇望しましたり

 

 そしてその声に導かれるまま彼女は歩き出しました。そして、歩き出したその先にいたのは—————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが私のマスターか?」

 

 

 

 

 —————これはシグルドという女の子の悲しい英雄譚である。

 



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仲間だと思えるから

はい!Gヘッドです!

まぁ、大体、第一ルートの話の進みの大まかな内容は決まりましたね。まさか、あいつがラスボスだとは……。


 セイバーの長い長い昔話が終わったけれど、正直途中から寝てた。うん。完璧にセイバーが誰だかわかんないや。

 

 ……まぁ、いっか。

 

「だから、私はこの聖杯にある望みがあるのです。もう、分かりますよね?」

 

「ん?あ、ああ。うん。そうだね。わかるわかる。あれだろ?あー、うん。まぁ、色々」

 

「……ヨウ?聞いて……」

「聞いてるわけねぇじゃん」

 

 セイバーはその一言にすごく怒る。言葉はちゃんと選んでから言わないといけないということを感じる。ほんのちょっとだけ。

 

 セイバーは古びた剣(グラム)の刃をちらつかせた。殺意に満ちた目をしている。

 

「今、この剣の恐ろしさをヨウの身に刻んでやろうかと思いましたよ」

 

「いやん♡刻まれるぅ〜」

 

 堪忍袋の緒(かんにんぶくろのお)が切れる音が(じか)に聞こえてしまった。ブチッって。やばい。人ってこんなにも怒ると怖いんだね。

 

「はぁ、まぁ、あなたの性格は別に分かってますし、予想の範疇です。一応聞きます。寝てましたか?」

 

「そりゃ、さすがに寝るわ。昔話とか子守唄にしか聞こえない」

 

 セイバーはそんな俺の返答に頭を悩ませる。が、やはりそれも彼女の予想通りだったようである。

 

「ちなみに、ヨウはどこまで私の話を聞いていました?」

 

「結構聞いてるつもりだぞ。確か……龍を倒したところぐらいまでだな」

 

「あっ、意外と聞いてましたね……なら、もう分かるんじゃないんですか?」

 

「何が?」

 

「真名ですよ。私の」

 

「いや、すまん。全くもってわからん」

 

 またその言葉にセイバーはまたブチギレる。今の時代にはネットワークという便利なものがあると最近知ったセイバーは、俺にネットで調べろと()かす。一応、言われた通り、ネットで今までの話の要点を打ち込んで探してみた。

 

「ジークフリート……。お前、ジークフリートか?」

 

 その時の俺は何か変なことを言ったであろうか。セイバーはそのジークフリートという言葉を聞くと、また顔を赤くして怒るのである。

 

「ジークフリート?違いますよ!それは私ではない、別の誰かです‼︎少なくとも、私はジークフリートなんて言う名前じゃありません‼︎なんで、みんな間違えるんですか?コンプレックスなんですよ!私の!」

 

 いや、そんなの知らないから!ってか、どんだけそのことについて気に病んでんだよ。何?そんなに嫌なの?過去にそれでイジメられた?

 

 ……いや、イジメられるも何もないか。だって、友達なんて誰一人いないし、ましてや、あまり人とも会わなかったんだよな。

 

「あの、ヨウ。さっさと調べてくれませんか?あと、その(あわ)れむような目はやめてください」

 

「……なぁ、俺、友達になってやろうか?悩みは俺に打ち明けてもいいんだぞ」

 

「さっさとしてください‼︎」

 

 今日はセイバーがよく怒る。なぜだろうか?

 

「もしや、生理か?……いや、お前男だしな……」

 

「そ、そんなことありませんよ!わ、私は、立派な女の子で……その、せ、生理ぐらい……ふ、普通に……って何言わせるんですか‼︎」

 

 セイバーは俺のことをバンバンと容赦なく叩いてくる。待って、今の俺は悪くない。うん。絶対にそうだ。

 

「それより、早くしてくださいよ」

 

「いや、それなんだけどさ。調べたよ。けど、ネットには載ってねえんだよ」

 

 それを聞いたセイバーは少し驚く。まぁ、無理もない。聖杯戦争では英霊が召喚される。もちろん、英霊と言われるから、その英霊には一人一人の物語がある。けれど、それが昔の話であるほど、また語りで現世まである話だと、今の時代のものとは大きく変わっている場合もある。多分、セイバーはその内の一人だ。今現在の彼女の物語と本当の物語は違うのである。

 

「で、わかんねぇから教えてよ」

 

「まぁ、そうなると、流石にしょうがないです。……私の名前はシグルドです」

 

「え?ジグルド?」

 

「『ジ』ではありません!『シ』です!」

 

「『死』⁉︎俺に死ねと言うのか?」

 

「そ、そんなこと言ってません!」

 

「ひどい……、俺はどうせ使い捨てなんだろ?使えなくなったら他のマスターに乗り換えるんだろ?」

 

「そんなことしませーん‼︎」

 

 とまぁ、セイバーをいじるのはこの頃の俺の日課となりつつあるわけだが、一旦それは置いといて。

 

「で、どうせ過去を話しておしまいってわけじゃねーだろ?そんなバカみたいに無駄なことはしない」

 

「ええ、そうです。私は、やり直したいんです」

 

「それは、人生をか?」

 

「はい。そうです。今度は王とかにならなくてもいい。英雄などにならなくてもいい。男でも女でもいい。だから、せめて普通に、大きな偽りのない人生を過ごしたいのです」

 

 そう言いながらもセイバーは何処か別の場所を見ているような気がした。もちろん、それが彼女の望みなんだろう。でも、その望みは本当に望みとして価値があるのだろうか。

 

「なぁ、それってさ、今のことじゃね?」

 

「いや、こういうのじゃないんです。確かに、今、私はまた生まれてきたといっても過言ではない。けれど、私は人としてここにいるのではなく、英雄という存在でここにいる。殺し合いなんて……したくもありません」

 

 それは俺も同じである。俺だって、殺し合いなんてしないで普通に人生を生きてゆくつもりだった。特に変わったことのない普通の平凡な暮らし、それだけで十分なのである。高望みはしない。それが俺のスタイルだ。高望みして、高いところに登った後、そこから足を踏み外して奈落の底に落ちるのは勘弁である。だから、聖杯には何も望まない。過去はやり直したいし、両親に真実を聞きたい。でも、それで俺に、そして誰かに迷惑はかけたくない。

 

 一言で言えば、めんどくさいから。

 

 でも、俺もセイバーも元は一緒なのである。本当の親をあまり知らず、親への不信感。そこが俺とセイバーの一番大きな共通点。ただ、そこからセイバーはその親を望む。仮の親であったとしてもだ。それに対して俺は親を望まない。

 

「どうして、違うんだろうな……」

 

 この聖杯戦争で、サーヴァントを召喚する時には触媒というものが必要らしい。この前、セイギに聞いた。俺はセイバーを知らずのうちに召喚してしまったわけだけど、それでも触媒というものがあるらしい。もしかしたら、俺とセイバーの繋がりは『親への不信感』ではないのだろうか。

 

 けど、それでも道は(たが)えた。同じところから出発したのにどうしてこうも彼女は俺と違うのだろうか。その時の俺にはまだわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーは立てそうもないのに、なのに彼女は立とうとしている。その姿を見た雪方もライダーも怖気付(おじけっ)く。それほどまでに彼女の姿は恐ろしく、(みにく)く見えた。聖杯の望みを叶えるという言葉に誘われる彼女は、周りが何も見えていないではないか。

 

 だから、もう見るのが辛くなった。涙を流しながらも、それでも勝とうとするその気持ちが俺には理解できないのである。

 

「セイバー、もう諦めてろ」

 

「イヤ……ッです、何で、何で……可能性があ……るのに、手を伸ばしちゃいけないんですか……‼︎」

 

 彼女は苦しく、痛いのに、目に涙を浮かばせているのにそれでも立ち上がろうとするのだ。

 

 彼女と俺の違い、それは周りの人がいたかいないかの違いなのである。俺は両親がいなくなってしまっても、爺ちゃんがいたし、セイギがいた。それに鈴鹿もいた。だから、俺は今に満足している。けれど、彼女はその男以外に誰もいなかったのだ。だから、その男を疑ってしまった瞬間、もう彼女は一人ぼっちなのである。

 

 一人だから、一人だから彼女は誰かを必要とするのである。隣に居続ける誰かを……。

 

 そんな彼女を見ていて俺は心動かされた。もしかしたら、俺も彼女のようになっていたのかもしれない。そしたら俺は今頃どうなっていただろうか?だから、彼女を可哀想だと思い、守ってあげたい。そう心から思えたのである。

 

「別に、諦めろって言ったわけじゃない。ただ、お前は一人じゃないんだ。一人で頑張るな。頑張るなら、二人で一人分頑張ろーぜ。そっちの方が楽じゃん?」

 

 誰もいないセイバーは一人で寂しかったんだろう。一人は寂しいよな。でも、一人が二人集まりゃ、一人ぼっちじゃなくなるさ。

 

 だからもう悲しそうな顔は見せるなよ。頑張るなよ。もう、一人で泣くことはないんだから。

 

「少し休んでろよ、な?」

 

 俺だって、腐っても男の(はし)くれだ。後ろに女の子いる時は、死守すんのが男の役目だろ。

 

「月城陽香、我が背にいる愛すべき友を守るべく、我(やいば)向けん!」

 

 聖杯に望みなんて何もないさ。あるとすれば、セイバーが納得のいく人生をもう一度だけ過ごすことができればそれでいい。

 

 俺はレイピアをライダーに向ける。

 

 俺はセイバーと昔の俺を重ね合わせる。誰も信じることのできなかった自分に信じる事のできる人ができた時、見ていた世界がガラリと変わる。だから、俺はセイバーにそうあってほしい。どうせ、自分なんか生きている意味がないとか思っているんだろうけど、その考えを間違いにしてやる。

 

 今、彼女は生きている。だから、もう悲しい思いはしてほしくない。俺がみんなに手を差し伸べられたように、彼女にも手を差し伸ばす。

 

「めんどくさいけどさ、守りたいもんは誰にでもあんのよ。ドゥー ユー アンダスターンド?」



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災厄の雨

はい!Gヘッドです!

ちなみに、ライダーさんは能力と宝具の名前は出ますが、真名は第2ルートで出ます。


 で、どうしよっか。ライダーと雪方を相手にして、サーヴァントでない俺が戦うなんて無謀過ぎる。多分、正攻法で戦ったら確実に勝てない。雪方はさっきからまた魔力をスタンガンに注入してる。見たところ、あの技は連続では使えないらしい。

 

 一旦、逃げようか。逃げて、アーチャーに会って助けを求めればいいのでは?……いや、彼が確実に助けてくれる保証はどこにもない。それに、セイバーを(かつ)いでライダーから逃げられるのか?騎兵と呼ばれているのだから、多分スピードは速いはず。

 

 正攻法で戦ってもダメ、逃げてもダメ。それに、雪方がマスターであったとセイギたちに教えたら、セイギたちは雪方を殺すだろう。よって、セイギたちに助けを求めるのもダメ。

 

 なら、戦うしかない。もちろん、奇策で戦わなければならない。けど、今、ライダーと雪方を倒す策なんて思いつかないし、時間がほしい。かと言って、セイバーはまだ動けまい。

 

 ……最ッ悪の状況じゃねーか‼︎

 

 けど、うだうだしてても何も始まらない。まずは、セイバーが動けるようになるまで時間を稼がないと。

 

 敵の武器はめちゃくちゃ図太くて大きな木製のトンファーとスタンガン。全部かどうかはわからないけど、とりあえずはそんな感じ。セイバーの武器は三つ。古びた剣(グラム)と短剣、レイピア。古びた剣は俺では使うことができないだろう。短剣はいいかもしれない。レイピアと違い斬るという攻撃方法もある。

 

 でも、俺はレイピアを選んだ。レイピアは細身であるが、それゆえに、よくしなる。ライダーの攻撃一つ一つは威力が高いし、連続で殴りにくるだろう。短剣は硬いからその攻撃を(じか)に受けて力を逃せない。しかし、レイピアだったらその力を受け流すことができる。

 

 今は勝つことよりも時間を稼ぐのが目的である。

 

 俺は深呼吸した。鼻から空気をいっぱい吸って、口から吐く。横隔膜の動きがわかるくらい大きく深呼吸する。冷静であれ。クールであれ。焦りは禁物、怖気は禁物、下心は禁物……いや、考えよう。

 

 よし、いっちょやってやりますか。

 

 足に自分の魔力を溜める。俺はろくに魔術の修行をしてこなかったから、魔術を発動するには少し時間がかかる。今までの(おこた)りを少し悔いた。悔いても今がどうにかなるわけじゃない。けど、身に()みた。

 

 ライダーはもちろんその(すき)を見逃すわけがない。連続でトンファーを頭めがけて振ってくる。その時の恐怖は絶対強者に命を狙われている時のようであった。けど、あることに気づいた。

 

(このライダー、戦ったことないな)

 

 日本武術の裏の総本山とまで(うた)われた事のある月城家。今では衰退したものの、昔はすごかったんだとか(全然信じてないけどね)。でも、日本武術を影から支え、全てに通ずる元となったのは月城家の武術道。

 

 (いにしえ)の血か?相手の行動が読める。というより、わかるのである。相手の攻撃方法が。体が熱くなるのが感じた。

 

「血が湧くぜ!ゴラァッ‼︎」

 

 レイピアだから突くという攻撃方法しかない。けれど、それでもいける。体の中から何かが(はじ)けるような感覚がするのである。昔、爺ちゃんに言われたことを思い出した。

 

「体が熱くなるのは武士(もののふ)としての運命(さだめ)よ!それでも、人を殺す剣に成り下がるな。剣とは人を殺すものではない。敵の戦意を殺し、敵の攻撃を殺し、敵の命を尊べ!それこそが月城の剣であり、(まこと)の武の剣である!」

 

 その時、俺はゲームをしながら話を聞いていて、爺ちゃんがマジギレしてそのゲームを真っ二つ(まっぷたつ)に折られたんだっけ?確かそうだったような気がする……。ああ、そうだ。確かそうだ。……思い出しただけで()えてきた。

 

「萎え萎えMAX‼︎」

 

 レイピアでライダーのトンファーを受け流す。すごくしなる、いや、萎えてる!

 

 やっぱりレイピアを選択したのは間違いではない。けど、やっぱりサーヴァントの攻撃を受け続けるのは並大抵のことではない。もう息がきれてきた。

 

 その時、ライダーがボソッとこう呟いた。

 

「頃合いかな……」

 

 ライダーは俺との間合いを空けた。俺はライダーと間合いを詰めようとした、そしたら横から雪方の声が聞こえた。振り返ると雪方がいかにもさっきの電撃を放ちそうな体勢である。

 

 雪方はスタンガンのボタンを押した。その瞬間、また龍のような稲妻(いなずま)が俺を襲う。しかも、今度の電撃はさっきよりも光が濃く、早く、そして喰らい尽くすように俺を襲う。俺はレイピアでそれを受けるのである。しかし、レイピアは金属製で体に電気を通してしまった。

 

「痛ッ!」

 

 常人だったら死に至るかもしれない。少なくとも、体が痺れてろくに動けないのは当たり前。俺は体に電気を通してしまったのだから。

 

 けど、動けた。おかしいのである。体が痺れないし、耐えることができる。なぜだろうか。別に電気を逃すような力は働いてはいないと思う。では、なぜ?

 

 いや、今考えているのは時間の無駄である。とにかく今はこの事実を勝利へのピースとして受け取らなければならない。まぁ、まだピースのうちの一つである。あと何個集めればいいのやら。

 

 それでも電気を通したのは事実である。手に痛みが伝わっても、体は痺れない。俺はふぅと息を吐いた。これは簡単に物事が済むってわけじゃなさそうだ。

 

 俺が息を整えていると、冷たい感覚がした。腕に何かがついている。

 

「雨?」

 

 空を見た。さっきまで雲なんて全然なかったのに、今は黒い雲が空を覆っている。それは俺の頭の中をさらにぐちゃぐちゃにした。まず、一言で言えば『ありえない』。その一言しか思い浮かばないのである。おかしい、そうとしか言えないのである。だってさっきまで疎らだが星も見えていた。なのに、数分でここまで黒い空に覆われるか?いや、そんなことはありえない。雨がこんなに突然振ってくるなんておかしい。それも霧雨や小雨などではない。段々とだが土砂降りの雨になってゆくのだ。

 

 まぁ、別に所詮は雨である。そう誰もが思うだろう。けれど、今の俺の武器は金属である。そんなことしたら……。

 

 ()びちまうだろ‼︎‼︎

 

 まぁ、それは冗談。ただ、雨が降ると地面が濡れてろくに走れない。コケると痛そうだし走りたくはない。それに雨が降っている状態で戦ったら……。

 

 靴下がグッチョグッチョになっちゃうだろ‼︎‼︎

 

 それはマジで嫌だ。そんな状況で戦いたくなんかないし、足が気持ち悪すぎて嫌だ。足、臭くなりそう。

 

 雨か……。

 

 その時、ふと嫌な組み合わせを考えついてしまった。雨……電撃……。

 

 まさかッ!

 

 俺は雪方の方を向く。雪方はまたすぐにスタンガンに魔力を注いでいる。雨が降ってる中でそんな電撃を出されたらさらにヤバいんじゃないの?

 

 雪方を倒さなければならない。せめてそのスタンガンを壊さないと、これはヤバい。

 

「すまん!雪方‼︎」

 

 俺は雪方にレイピアを振った。刃のないレイピアだから切ることはない。その雪方の手からスタンガンを離す、それだけでいいのだ。また足に魔力を注いで雪方まで全力ダッシュである。

 

「そうはさせないよ」

 

 ライダーが俺を阻止する。雪方の前に立ち塞がって、俺と対立する。俺はライダーに剣を向け、素早くに剣を突き刺した。

 

 その時である。ライダーは目にも見えぬ速さで俺の前から姿を消した。俺が剣で突き刺す瞬間に。また、訳がわからないことが起きた。さっきまで目で追えたのに、いきなりスピードが段違いに早くなっているのである。突き刺した感覚もない。空を突き刺したということだけが分かった。

 

「遅い‼︎」

 

 後ろから声がする。俺はとっさに後ろを振り返る。でも、もう遅かった。ライダーはトンファーを俺の顔面めがけて殴ってくる。なんとかその攻撃を剣で受け流す。それでも、吹き飛ばされた。力もさっきとは段違いにアップしている。

 

 しかし、それで終わりではなかった。ライダーは吹き飛ばされた俺を戦闘不能にしようと攻撃してきた。もちろん、俺の目では追うことのできないくらいの速さで。

 

 ライダーのトンファーが俺の左腕に当たった。そのまま、左腕を通して衝動波は俺をまた吹き飛ばす。

 

 理解した。瞬間的に理解した。ライダーの本気であると、サーヴァントの本気であると。サーヴァントの本気がここまで強く恐ろしいと思い知らされた。力も、速さも、全てが俺より何段階も上である。さっきまでのライダーは本気を出していなかったのだ。

 

 勝てる。そう思った自分が浅ましい。

 

 口から血が出た。マジかよ。ここまで強いのかよ。勝てんのかよ。このままじゃ、死んじまうじゃん。

 

 ライダーは俺の脳天に打撃を直接打ち込もうとする。

 

 あっ、ヤバい。これ、死んだかも。

 

 そう悟った。

 

 で、目をつぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシャァァ……。

 

 その音が聞こえた。頭に痛みがなかった。死ぬってこんな感じなんだ。痛みってないんだ。そう思いながら目を開けた。

 

 そこにはセイバーが立っていた。セイバーは短剣を手にしていた。よく見ると、彼女の足元には木屑(きくず)がドッサリと積もっている。そして、ライダーのトンファーが一個無くなっていた。

 

「よく見ればただの木じゃないですか。それなら簡単です。切ればいいんです。森の中で十数年生きていた者を舐めないでください。木なんて屑にすることは簡単ですよ」

 

 俺はセイバーを見た。セイバーはもう痺れが切れたようである。よかった。九死に一生である。

 

 そして……。

 

「何それ、ダッサ。木を切れるサーヴァントとか需要なさすぎだろ」

 

「よ、ヨウは静かにしていてください!い、いいでしょう。あなたを助けたのだから」

 

「うん。感謝してる。死ぬかと思った」

 

「それはお互い様のようですね。私も時間稼ぎしてもらわないと死んでましたから」

 

 痛ててて……。さっきのライダーの衝撃波は結構体にキテる。でも、もう一人じゃない。何となく、今ならやれそう。

 

 武器を一つ失ったライダーは連続攻撃ができなくなる。これは言ってしまえば形勢逆転なのではないのかな?それに、もう一個の方で攻撃しても、またセイバーに木屑にされてしまう。

 

 ライダーは俺たちを見て、少しだけ本気の顔になった。

 

「いや、思ったより、君たち強いね。あははは、やっぱり僕も本気出さないといけないのかな?」

 

 ライダーは黒き雨雲広がる空に手を伸ばした。すると、空から落ちてくる雨水が、コンクリートの地面を覆う水が彼の体の周りに集まり、彼を取り巻き始めた。また、ある水は彼の失ったトンファーの形になる。ライダーはそのトンファーの形をした水の塊を手で掴む。

 

 またである。ありえないことが俺の目の前で起きているのである。しかも、これは偶然なんかでは説明できない。水が彼の周りに集まっていくのである。

 

 彼の手には木製のトンファーと水で作ったトンファーの二つが握られている。彼はこう呟いた。

 

無慈悲な我が主の罰は(カタストロートゥディフィーム)

 

 また、土砂降りの雨が降って来た。雨滴りて、心を少しづつ穿(うが)つのである。

 



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己のために、誰のため

はい!Gヘッドです!

今回に、雪方ちゃんの過去を暗示させるような文章が出ますが、その言葉の意味がわかるのは第2ルートまでお預けとなります。すいません。出来れば、謎や疑問あっても、飲み込んでいただけたら幸いです。


 『無慈悲な我が主の罰は(カタストロートゥディフィーム)』。彼がそう呟くと、空に雨雲が何処から湧いてくる。そして、天から降る断罪の雨を彼は自由自在に操ることができる。また、彼は雨を液体ではなく、物質のように触れることもできる。

 

 もう一つの彼の宝具『平和と残酷を隔てた壁(イートキーヅキーボゥト)』は彼の逸話から具現された宝具である。トンファーのような武器だが、セイバーに一つ破壊されてしまった。しかし、水をトンファーの形にして握ることにより破壊された武器の代わりを作り出した。

 

 これは、言ってしまえばセイバーのトンファーの破壊が無意味であるという証明でもある。武器が破壊されても、雨水で武器を作り出す。

 

 また、『無慈悲な我が主の罰は(カタストロートゥディフィーム)』の能力はそれだけでない。雨が降ることにより、足はぬかるみ、行動も遅くなる。しかし、彼はその雨の影響を受けず、むしろより速く行動をすることができるのだ。いや、それだけではなく、彼の基本的身体能力が一気に底上げされるのである。

 

 さっき、いきなり目で追えなくなってしまったのはそれが原因だった。あまりのスピード、騎兵の本気を垣間見た。

 

 そう、彼は雨の時だけ騎兵になる。つまり、彼が雨を降らせた時、それは彼が本気を出すという合図である。

 

 でも雨を降らせるのには少しばかり魔力がいる。そして、その魔力供給はマスターからであり、彼のマスターである雪方は残念ながらあまり魔力が多くない。ライダーがその状態を保つことができる時間は十分から二十分ほどであろう。

 

 土砂降りの雨の中、俺はライダーの水で作ったトンファーを見た。トンファーの外側は強い水圧をかけている。多分、その水圧で木と同じくらいの威力はあるだろう。が、別にそこは問題なのではない。問題は、身体能力である。

 

 あまりにも速い。目で追えないほどである。しかも、速さだけではなく、力も強くなっているのである。さらに、追い打ちをかけるように彼女のスタンガンから出る高圧力の電撃が俺たちを逃がそうとはしない。さながら檻の中に入れられたようだ。

 

 完璧に、俺たちは彼らの術中にはまってしまった。

 

「さて、どうする?」

 

「どうするもこうもないでしょう。まずは一旦、逃げるのが先決かと思いますけど……」

 

「あの電撃が俺たちのことをそう簡単に逃がしてくれそうもないね」

 

 でも、何もしないで負けるのは嫌だ。セイバーの望みを叶えてあげたい。『親への思い』が似た俺たちだからこそ、わかることである。未だ、いい事一つもなしのセイバーに、いい思いをさせてあげたい。そう思えるのである。昔の俺のようなセイバーを救ってあげたいのである。

 

 俺の望みがセイバーの望みを叶えること。なら、今セイバーを失うわけにはいかない。雪方は俺を殺すなと言ったけれど、その言葉はセイバーを殺せという意味。つまり、そうさせないためには雪方を、ライダーを倒さなければならない。

 

「俺は逃げないから」

 

 覚悟を決めた。セイバーはそんな俺を見ると、口元を緩めた。セイバーも剣把(けんぱ)をぎゅっと力強く握る。

 

「同じく、私も逃げません」

 

「珍しく気が合ったな」

 

「ええ、珍しく」

 

 二人の剣の先は敵である。敵を倒す、二人の思いが合わさった。

 

 俺は雪方にレイピアを振った。彼女に嫌われようと、どうなろうと、もうどうでもいい。俺はセイバーの望みを叶えてあげるんだ。その一言を胸の中に抱きながら。

 

「そうはさせるか!」

 

 ライダーは水のトンファーで俺を横から殴ろうとした。魔力の供給元である雪方が倒されてしまっては、自分も(あや)うい。そう感じたのだろう。

 

 でも、俺はライダーの方を振り向かなかった。攻撃が来るとは分かっていたが、振り向く必要はないのである。

 

 だって、信じているから。仲間を、セイバーを。

 

 ライダーは俺に向かってトンファーで殴ろうとしたが、セイバーに止められた。

 

「あなたの相手は私です」

 

「う〜ん。困ったなぁ、これじゃぁ、やられちゃうなぁ。僕」

 

「そんなの、知りませんッ‼︎」

 

 セイバーとライダー、交戦スタートである。

 

 ライダーはトンファーを振るい、セイバーを潰そうとするが、セイバーはその攻撃を難なく()わす。例え、死闘というものを今まで一回もしたことのないセイバーであっても、彼女は山の中で育ってきた。野生の勘で、彼女はライダーと戦っている。次にどう攻撃が来るかなどは考えていない。それでも、彼女の身のこなしは一流である。王の血を継ぐ者の片鱗を見せた。

 

「へぇ、あいつもやるじゃん」

 

 俺はセイバーを見て、そう呟いた。俺は雪方と対峙する。同級生と、昔からの知り合いと、でもって俺の初恋の人とやりあうのは少し気が引ける。けど、別に殺す気はないし、特に反抗しなければ傷つける気もない。

 

 まぁ、この状況で反抗しない人なんていないと思うけど。

 

「……ヨウ」

 

 雪方は俺のことをじっと見つめる。スタンガンを俺に向けているものの、手は震えている。戦いたくはない。そんなん俺だって一緒である。俺の手だって震えている。けど、爪を手に食い込ませてその震えを抑えている。

 

 決めたんだ、覚悟を。俺は引かない。

 

「そんな目すんなよ。俺が悪者みたいじゃん」

 

 悪者みたいな俺。悪者の気持ちが今なら分かる気がした。自分の信念を突き通すというその覚悟は、少し憧れてしまう。ただ、手段を選ばないのはどうかと思うけれど。

 

 雪方を傷つけるつもりはない。気絶させるだけでいい。それだけでいいのだが、それがどうも簡単にはいかなそうだ。

 

 俺は刃のないレイピアを彼女に振るう。彼女はそれを必死に交わすのである。さっきまでライダーを相手に剣を振っていたが、相手がただの人だと攻撃するのは容易(たやす)い。ライダーには攻撃が当たる気配が一切なかったが、雪方には当たりそうである。だからこそ、そんな自分が少しだけ憎く思える。少しでも躊躇できない自分が醜く思えるのである。

 

 サーヴァントとマスターはなんだかんだ言って、結構似ているところがあるのかもしれない。それももしかしたら触媒なのかもしれない。電撃に痺れていたセイバーは、望みのために何でもしようとした。その姿が醜かった。今、俺も醜い。セイバーのために、好きだった人に剣を振るう。その姿はどんなに見苦しい姿であろうことか。

 

 ごめん。

 

 ごめん。

 

 ゴメン。

 

 ゴメン。

 

 ごめん。

 

 ごめん。

 

 ごめん。

 

 御免。

 

 ゴメン。

 

 御免。

 

 ごめん。

 

 ごめん。

 

 ごめん。剣を向けて。俺、今日おかしいんだ、狂ってんだ。女の子に暴力だなんて。

 

 ごめん。ごめん。それでも、やらなければならないんだ。

 

 そう、懺悔(ざんげ)の言葉を言いながら彼女に剣を振るう。人の命を奪う剣には成り下がっちゃいない。でも、自分の欲望のために振るう剣に成り下がった。俺は剣を扱う者としては最悪の者である。それでもいい。そう思えた。

 

 誰かになんと言われようと、それでもいい。別にいい。というより、むしろ言われていたい。誰かに非難されていたい。そうじゃないと、俺がおかしくなりそうになる。

 

 ただ、ごめん。そう思っている。

 

 俺の攻撃は隙だらけだった。粗い攻撃、それは無駄な剣の振りを意味する。そんなこと、本当はしない。なのに、俺はしていた。心のどこかで雪方に止めてほしい。そんな思いがあったのかもしれない。でも、止まらない。

 

 セイバーを守りたいって思いは、セイバーの望みを叶えてあげたいって思いは止まらない。

 

 —————加速するこの思いは。

 

 雪方もその俺の攻撃の隙を突いてきた。スタンガンを直接、俺の体につけた。本来の使い方で、電撃なんか飛ばさないで、俺の体にスタンガンをつけてボタンを押すのである。

 

 俺の首元の所にスタンガンをつけた。その瞬間、気を失いそうになった。

 

 グラッ。

 

 俺の視界に移る夜空の星が回った。雪方は死なないし、後遺症も残らないギリギリで、さっきの電撃の何倍もの電圧を直接俺に流し込んだ。

 

 バンッ‼︎

 

 でも、俺の足は地面と垂直に立った。気を失って倒れそうになった。けど、根性でまだ立ち続けた。頭がくらくらする。それでも負ける気にはなれないのである。

 

 普通なら即気絶のはずである。が、俺はそれでも立っていた。そんな理由、俺には知る(よし)もない。もう一つの血が騒ぐ。俺の令呪には聖杯の魔力が少しだけ入っている。その聖杯の魔力が俺の隠された力を覚醒させようとしているのである。

 

 雪方は倒れない俺を見て、(おび)える。その怯えは、もう策が尽きたという表れでもある。俺は剣を振り上げた。

 

 その時、雪方は今まで聞いたこともないような声を出した。

 

「イヤァァァァァァァ‼︎」

 

 粗い息。恐怖に(さいな)まれている。その時、彼女が思い出さないようにしてきた嫌な過去が彼女を取り込もうとしているのが俺には見えた。誰にでも嫌な過去があるが、彼女のはその中でもダントツに暗い過去。最悪の過去と、目の前に俺が剣を振り上げて立っているこの状況が合致して過去を連想させてしまったのである。

 

 それでも、俺はためらわなかった。

 

「ごめん。少しの間だけ、眠っててくれ」

 

 俺は剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けど、彼女はその剣を交わした。恐怖のあまり正常な判断ができなくなっていた彼女は俺に向けて電撃を放った。とにかく俺がその過去と見えていたのだろう。過去を倒そうと、俺に電撃を放つ。

 

 でも、俺もその攻撃をギリギリ交わした。まさか、来るとは思わなかったけど。

 

 その電撃は直線的に飛んで行く。俺の後ろにはライダーがいた。雪方は恐怖のあまり、適切な判断ができなかった。その結果、ライダーの方に電撃を飛ばしてしまった。

 

 ライダーはその電撃に気づくと、セイバーの攻撃を木のトンファーで受け、電撃を水のトンファーで受けた。

 

 その時である。彼は電撃を受け止めたはず、なのに一瞬動きが止まった。それは紛れもなく、電撃による痺れである。セイバーの痺れた姿を見たから分かる。今のライダーの一瞬のフリーズは、電撃による痺れ。

 

 ……ん?待てよ?ってことは……。

 

 俺はセイバーとライダーの二人の間に間合いができるように、ライダーに剣を振るう。ライダーが一歩後ろへ下がると、俺はセイバーと固まる。

 

「ヨウ、マスターの女性はあなたに任せたはずですが……」

 

「ああ、そのことなんだけどさ。ちょっといいか?いいこと思いついたような気がするんだよ」

 



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ピンチとは最大のチャンスなり

 セイバーに俺の考えを提案してみる。セイバーはその考えを少し疑った。

 

「本当にうまくいきますか?」

 

「いや、別にうまくいくって確証はない。けどさ、もしここでやらなかったら、俺たちが死んでしまうかもしれねーんだぞ。やるなら、早めに手を打ってくに越したこたねぇよ」

 

 セイバーは「はぁ」とため息をついた。そして、俺の案に乗った。

 

「乗りましょう、その賭けに。でも、もし失敗したら……」

 

「失敗したことは考えるな。まず、成功率を上げる方法を取れ」

 

 俺はレイピアを握る。俺はまた雪方に向かって剣を振る。ライダーは俺に攻撃しようと間合いを一気に詰める。俺はわざと木のトンファーの方に身体を移動させる。

 

 木のトンファーの攻撃を待っているかのように。

 

 予想通り、木のトンファーを俺に降ってきた。大振りで、俺を潰すような力。撲撃(ぼくげき)というシンプルな攻撃は一番めんどくさい敵である。人が一番最初に得た攻撃技術は何かで殴りつけること。決して、切るということではない。つまり、元に戻った武器、それは人にとって扱いやすい武器であることを示す。

 

 でも、その敵の行動を誘導させていたなら別の話である。

 

「セイバー!今だ!」

 

 俺の掛け声と同時に、セイバーはライダーとの間合いを一気に詰め、逆に俺はライダーとの間合いを広げた。セイバーはライダーの死角から近づき、短剣を振るう。ライダーは自分の身に危険が及ぶと思い、身体を雨水の水圧の鎧でガードした。

 

 が、しかしこれも計算の内。別にライダーを倒すことを狙っているわけじゃない。狙っているのは……。

 

 ドサァ……。

 

 木屑がまた地面に落ちる音が聞こえた。セイバーはライダーの残りの一つである木のトンファーを切り刻んだのである。

 

 そう、俺の案通りにうまくいっている。

 

 ライダーは雨を降らすために多くの魔力を必要としているはず。しかも、その魔力供給源は雪方である。つまり、ライダーにとって雪方がやられることはあってはならないのである。だから、雪方に攻撃をしようとすると、ライダーはその攻撃を阻止していた。それは彼の雨を降らせるという能力を使うことができなくなってしまうからである。

 

 俺は逆にそこを突いた。俺が雪方を攻撃しようとすれば、ライダーは俺に攻撃を仕掛けてくる。しかし、セイバーが死角から近づけば彼の木のトンファーを壊せるのじゃないかと。

 

 もちろん、命を奪えばいいのではという考えもある。けど、相手はサーヴァント。しかも、サーヴァントの基本的身体能力に、雨天時の時の身体能力補正もかかり、簡単には殺せないだろう。いや、殺せないだけならいい方である。一番高い可能性は反撃を受けることである。それは一番避けたい。

 

 まぁ、とにかく、今、一番いい方法はライダーの木のトンファーを破壊すること。そうすれば、彼は水のトンファーで戦うことを余儀なくされる。

 

 そして、ライダーは俺の予想通りに木のトンファーが破壊されると、彼は能力を使って水のトンファーを作り上げた。

 

 ここまではいい。ここまでならできることである。

 

 ライダーは俺の方を見て、何かを察したようである。ライダーは水のトンファーを元の雨水へと戻し、ポケットからナイフを取り出した。

 

(ゲッ、ナイフ?マジかよ……)

 

 ライダーのポケットの中にナイフが混じっているのは予想外であった。ライダーは何か緊急事態用にナイフを隠しておいたのだ。

 

「言っておくけど、サーヴァントは自分の武器しか持たないわけじゃない。現代の武器だって使えたら使うよ」

 

 刃渡り10センチほどのバタフライナイフ。カッコよくイケメンに刃を出した。その時点でわかることがある。

 

 こいつ、バタフライナイフ使い慣れているな。

 

 多分、生前ナイフを使っていたか、この世に召喚されてから習得したか。俺の予想だと後者の方。だって、刃の出し方がプロっぽかった。バタフライナイフは俺でも扱えない。ちょっと難しい。というより、刃が当たりそうで怖い。

 

 まさか、収納タイプのナイフを隠し持っていたとは。予想外であり、まさかの事態である。そしたら、俺がトドメをさせないじゃないか。

 

 …………。

 

 俺はセイバーの方を見た。

 

「なぁ、セイバー」

 

「何ですか?まさか、さっきライダーが出したナイフのせいで、さっきの案が潰れたと言いたいのですか?怒りますよ?」

 

「いや、違うんだ。そのさ……お前、サーヴァント倒せる?」

 

「……えっ?」

 

「いや、そのさ、お前、サーヴァントを倒せるかなぁって思ってさ……」

 

「サーヴァントを……倒す……」

 

「ああ、そうだ。サーヴァントを倒してほしいんだ。お前の剣で。できるだろ?」

 

 サーヴァントを倒す。それはつまり、剣でサーヴァントを斬る、または刺すということである。サーヴァントを殺す。そうも言いかえることができる。

 

 セイバーの望みを叶えるため。彼女は自らの望みを叶えたい。そう思っている。だから、彼女は望みのために、気持ちを押しつぶした。

 

「……ええ、できますよ。人を斬ることなんて—————たやすいことです」

 

 彼女が押しつぶした気持ちは何なのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————本当の彼女の望みは何なのか。まだ、誰も知らない。そして、彼女もまだ気づいちゃいない。

 

 俺はセイバーの言うことを信じた。セイバーは雪方に攻撃を仕掛ける。ライダーはセイバーを止めるために、水でできた障壁を二人の間に張る。高水圧の壁は、下手に触ると体が削がれるほどだった。セイバーは水の障壁を剣で突破しようとするが、斬れるわけがない。だって、水だもん。

 

 俺はそんなセイバーをバカだなって思いながらライダーに攻撃を仕掛ける。ライダーは俺の足元の水で、水の鉄砲を俺に放つ。もちろん、あの指で放つ水鉄砲などではない。ガチの鉄砲の速さで俺を狙ってくる。

 

「俺を殺さないんじゃないの?」

 

「殺さない程度に倒すだけさ」

 

 なんか、全然手を抜いてくれないライダーが段々と酷い人に思えてきた。目と手に魔力を集め、何とかギリギリで銃弾の速さかそれ以上の速さの水の弾丸を剣で弾く。

 

 見えなくはない。けど、速すぎる。弾丸を弾くことだけで精一杯で、他に手が回らない。近づいたらナイフで応戦、離れたら水鉄砲。

 

 クソッ‼︎

 

 これ以上、この水の弾丸の対処をするのは無理だと感じた俺はセイバーの方に向かう。そして、水の壁に苦戦しているセイバーに向かってこう叫んだ。

 

「宝具で、全身を覆え!セイバー」

 

 セイバーは俺の言われた通り、ランクD相当の宝具、『黄金の鎧』とランクC相当の宝具、『恐れ戦く海神の兜』で全身を防具系の宝具で覆う。セイバーの体が安全だと知った上で、俺はセイバーの後ろに来た。

 

「……えっ?まさか……」

 

「おう、その重さで乗っかったら死なない程度に気絶するでしょ」

 

 俺はセイバーの背中に足をつけて、足に魔力を注いで、思いっきり蹴飛ばした。水の障壁越しの、向こう側にいる雪方めがけて。方向は合っているはずである。障壁を通して、ぼやけた彼女の姿が映し出されている。

 

 俺には確信があった。

 

 大丈夫。宝具なんだから、水の水圧ぐらいじゃ負けないでしょ。

 

「ギャァァァァッ‼︎当たる!」

 

「よし、セイバー!突っ込め!」

 

 俺の超荒技で、セイバーが障壁をぶち抜ける。

 

「おっ、障壁通り抜けたようで」

 

 セイバーは俺にめちゃくちゃ怒る。

 

「何してんですか!死ぬかもしれなかったんですよ?」

 

「大丈夫大丈夫。全身、宝具で覆ってるから」

 

「もしものことがあったらどうするんですか?」

 

「そん時はそん時だ」

 

「もうッ‼︎今度という今度は許しませんからね‼︎」

 

 俺とセイバーが戦闘中であるのにもかかわらず楽しくお話しをしている。それは相手への侮辱行為。そりゃ、相手も怒って攻撃してくる。

 

 ライダーはまた水のトンファーを作り上げ、俺を上から下に叩きつける。俺はそれを横に転がって交わす。ライダーが叩きつけたところは、へこんでる。ガチで、そんな攻撃には当たりたくない。っていうより、俺のこと、殺すつもりできてない?

 

 俺はライダーを前にして、一旦深呼吸した。気持ちを落ち着かせる。ライダーとの一対一、セイバーが雪方を倒してくれるまで耐えれば俺たちの勝ちである。

 

 そう、安心していた。けど、違った。安心できる状況ではなかった。セイバーの声が聞こえた。俺は障壁の方を向いた。

 

「ヨウ!こちらにはライダーのマスターいませんよ!」

 

「は?どう言うことだ?だって、俺は雪方のいる方にお前を蹴ったぞ。しかも、水の障壁がある中で。あいつがこっちに来れるわけがない‼︎」

 

 ナゼだ?ナゼ、雪方がセイバーの方にいない?俺はちゃんと、セイバーを雪方の方へ蹴り飛ばしたはずなのに。そうだ。俺はちゃんと雪方があっちにいると認識して、俺はセイバーを蹴ったんだ。

 

 ……。

 

 ……認識した?

 

「まさか⁉︎」

 

 俺はライダーの方を向いた。すると、そこにいたのはライダーだけでなく、雪方もいるのである。

 

「まさか、俺たちを騙したと?」

 

「騙したつもりはないよ。ただ、君たちが勝手に障壁の向こう側にいると思い込んだだけだよ。別にナデシコは障壁の向こう側にいたわけじゃない」

 

「水で映し出した幻影か?」

 

「ああ、そうさ。水の障壁はダミーだよ。水の障壁があるから、彼女はぼやけて見えると思うだろう?だから、ぼやけて見えても、偽者なんて思わなかった。そうだろう?」

 

 悔しいけど、言い返す言葉がない。

 

 ……策にはまったのは俺たちである。

 

 

 †数分後†

 

 

 セイバーは水の障壁に囲まれてしまい、そこから出るのに苦戦中。俺は戦闘中である。

 

 どうも、やばい気しかしないのである。セイバーが水の障壁に囲まれてしまった。彼女が自ら出るのは時間の問題である。

 

 絶対絶命の大ピンチ。

 

 しかし、ピンチとはチャンスでもある。

 

 相手の隙を突く。

 

 俺はとにかくライダーの攻撃を受け流す。受け流して、受け流して、受け流して。まともにやりあっても勝てない。勝てる戦いを、死んでしまっては元も子もない。

 

 そして、俺はわざと雪方に背中を見せた。そしたら、雪方は俺に電撃を放つのである。その電撃は俺をかすめて、後ろの方へと飛んで行く。

 

 俺はわざと雪方の技に当たりに行った。少し試したいことがあったのである。そして、彼女の電撃を浴びて、俺は『コレだ‼︎』そう思い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 いける。未来を知らない若者は心を強くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はこの先知らない。この先に何かが起こることを。



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チェックメイト

 雪方はスタンガンにまた魔力を注入し始めた。ライダーはナイフや、トンファーなどで俺に間髪入れずに攻撃してくる。俺に休む暇を与えないということなのだろうか。ライダーの隙のない攻撃に対応しつつ、雪方の動きに注意した。

 

 俺はセイバーを見た。セイバーは……うん。大丈夫そうだ。

 

 後は、雪方を待つだけだ。それまで、ライダーの攻撃を交わし続けるだけである。ライダーはまた水に向かって何かを呟いた。すると、俺の足元の水、周りにある水が高水圧水鉄砲になって俺に向かって飛んでくる。

 

「もう、いや‼︎本当、この攻撃キライ‼︎」

 

 時速110キロほどの速さで飛んでくる水鉄砲を弾くのはめんどくさいのである。少々手間がいる。しかも、さっきからライダーの攻撃を受け流してはいるものの、やっぱり俺の体の節々が悲鳴をあげている。関節が痛い。やることはわかっている。どうすればいいのかもわかる。けど、それに体がついていかない。それほどサーヴァントとは強く、普通の人間が相手にしてはいけない存在なのだ。

 

 もし、俺がこの聖杯戦争に参加していなかったのならと、何回考えたことか。聖杯戦争に参加していなかったら、試験一週間前なので、大人しく家で勉強をしている。

 

 ……あっ、今の訂正。ゲームだわ、多分。

 

 まぁ、とにかく今更(いまさら)グチグチと物事を言う気はないけれど、もしもを考えてしまうのはしょうがない。それが人の(さが)なのだから。

 

 希望を追い、追えなくとも心の中、想像の中で希望を作り、夢を遂げ、そして新たな夢を作る。この一貫の繋がりがループしている。それを人は無意識のうちにしてしまう。

 

 そう、聖杯とはその一貫した繋がりを簡単に省略したモノ。これはどんなことをしても実現できない夢さえも叶えられる。簡単に、殺し合うことで夢を手に入れられる。

 

 これを、殺し合いだけと考えられれば楽なのかも知れないけれど、そんなこと、俺にはできない。

 

 俺は雪方の動向を気にする。気にしないと、この戦いには勝てない。確かに、水で虚影を作るっていう策に嵌ったが、それでも何とかなりそうである。というより、その策を逆に用いれば勝てる。まぁ、用いることができれば……の話である。

 

 ライダーはバタフライナイフをちらつかせる。ナイフの刃はギラリと町の街灯の光を反射した。後ろの方から高水圧水鉄砲が飛んでくる。俺がその水鉄砲を弾くと、ライダーは俺にナイフを投げる。

 

「あぶねっ‼︎」

 

 俺は投げつけられたナイフも交わすけど、隙ができた。ライダーは水のトンファーで俺を叩きつける。俺は利き手じゃない左腕でそのトンファーを無理にでも受け止めようとする。

 

 俺はまた吹っ飛ばされた。左腕は多分折れた。明らかに変な方向に曲がってる。それでも俺はこれでいいんだと思った。まだ、利き手である右腕が残っている。足も特に大きな負傷はしていない。

 

 そして俺は時を待った。

 

 雪方とライダーが俺の警戒を解くために、わざと攻撃を受けて、気絶したように演技した。人生で一番本気で演技をしたと思う。

 

 ライダーは水のトンファーを作り上げる。ライダーは俺を殺す気はない。けど、聖杯戦争にも勝ち残りたいので、必然的にセイバーを殺す必要があった。ライダーはまた何かを呟きはじめた。

 

 これである。これが、ライダーの隙なのである。多分、ライダーは水を自由自在に扱うためには何かを呟かなければならない。その時だけは、あまり動くことができないのだ。

 

 俺はその隙を突いた。ライダーめがけて、全力で走り、剣を直線的に引いた。その時の俺は本気でライダーを殺す気だった。その殺意は、ライダーも察知した。ライダーすぐに口を止めて、俺への臨戦体勢をとる。

 

 そう、それでいい。

 

 俺はライダーに剣を突き刺そうとする。

 

 ライダーもそれに応じて、近づく俺を撃退しようとした。

 

 しかし、これも予想通りである。殺せるなら殺し、殺せないなら次の行動に移るのみ。

 

「なんてねっ☆‼︎」

 

 俺は、ライダーに剣を突き刺そうとする素振りを見せて、足の方向をくるっと変えた。ライダーは俺の攻撃がフェイクだとは気づかなかった。後ろからいきなり近づいて来られたから、そこまで判断する余裕がなかった。

 

 俺の剣の先の方向は雪方であった。俺は雪方に剣を向ける。もちろん、彼女もライダーへの攻撃がフェイクだとは思わなかった。彼女は全然戦いなんてしたことのない人だから、俺のそんなに上手くないフェイクでも騙せた。

 

 ライダーは雪方に向かう俺を止めようとする。けど、俺は本気のダッシュであり、水を操るために呟いていたら雪方は刺されてしまうだろう。水を操る時間などなく、かといって雪方を見殺しにできない。すると、ライダーは俺を追いかけるしかない。俺はそのライダーの前を走る。例え、身体能力がアップしているライダーでも、魔術でスピードをアップしている俺には簡単に追いつくということはない。

 

 雪方は多分、剣についてあまりいい思い出を持たないようである。だから、その思い出も利用させてもらう。俺がレイピアの剣先を雪方に見せると、雪方は怖気付く。剣が脅威だと思っている雪方は、何とかしてでもその脅威を退(しりぞ)けようとする。だから、スタンガンを前へ向けて、俺の方に向けて、電撃を放つ。

 

 それも予想通りであった。

 

 今、ここで言えることは一つ。

 

 —————俺は勝てる。そう確信したこと。

 

 雪方の攻撃である、何十万ボルト、いやそれ以上に達する稲妻が俺に届くギリギリまで俺は二人の間に立った。そして、雪方が俺に向けて放とうとした。その時、俺はレイピアを地面へと突き刺したのだ。

 

 思いっきりそのレイピアをしならせて、俺は地面を蹴った。

 

「飛べェェッ‼︎」

 

 一か八かである。

 

 棒高跳。それは陸上競技の一種で、棒を使ってどれ程高く飛べるかを競う競技である。棒にはよくしなり、強度の高いものが用いられる。地面に垂直に立てて、体の筋肉を使い高く高く飛ぶのである。

 

 俺が棒として用いたのはレイピアだった。競技用の棒ではないし、棒としてはとても短い。けれど、一応宝具である。サーヴァントとしての加護もあろうし、俺が強化の魔術で耐久性などを少し底上げした。つまり、競技用の棒と同じくらいと考えてもいいだろう。

 

 競技者はプロでなくても、2・3メートルは飛べる。俺は凡人であるから、そんなには飛べない。けれど、別にそんなに飛ぶ必要が俺にはない。俺は雪方の身長分だけ飛べればいいのである。

 

 雪方は女性であるし、女性の中では少しだけ背が小さい方である。1メートル50センチほど。それを競技用の棒並みにしたレイピアで飛ぶのは、凡人でもできなくはない。

 

 そして、さらに成功率を上げるために、足にも強化の魔術を少しだけ付与した。レイピアの方に結構な魔力を注いでいるから、そんなにちゃんとした強化は行えないけれど、やらないよりはマシ。

 

 俺は雪方の頭の上を飛んだ。雪方は俺が彼女の上を飛ぶとは予想もつかない。それはライダーも同じだった。ライダーは俺が空へ飛び、雪方と鉢合わせした瞬間、ヤバイと即座に感じた。しかし、時既に遅し。鉢合わせした時はもう稲妻は彼の方に放たれていた。

 

 そして、その雷撃はライダーに喰らい付く。

 

「グァッ‼︎」

 

 ライダーはその電撃をまともに受けた。ライダーは手先が痺れて、満足に動けなさそうだ。本当だったら失神ぐらいして欲しかったのだが、それでも、彼は電撃が当たる直前に水の障壁を張って、電撃の威力を軽減させた。だから、逃げるくらいの力はまだ彼にはあった。もし、ここで逃げられてしまっては、もうライダーを仕留めるチャンスはない。

 

 俺は飛んでもレイピアを手離さなかった。つまり、レイピアを持ったまま宙を飛んでいるということ。ライダーたちがこのままだと逃げるかもしれないというのと、仕留めるチャンスはこの一回しかないことを悟っていた。

 

 つまり、この瞬間、ライダーを殺さなければならないのである。俺は手離さずに持っていたレイピアをライダーに投げつけた。

 

「剣よ‼︎貫け‼︎月城流、投擲の型『点剣(てんけん):(きっさき)刖罪(げつざい)』‼︎」

 

 月城の歴史には何人もの武術者がいる。その中で、13代目月城流師範のおっさんは、なんかやたらに投擲術がスゴくて月城の歴史の中でもトップに出るほどの投擲術の天才で投擲の一時代を築いたほどらしい。

 

 この技はその人が考案した技の一つである。剣とは本来投げるものではないが、戦いにおいて例外や非常事態は(つね)に存在する。そんな時のために考えた技である。

 

 月城の武術とは敵を殺すことではない。敵の武を(くじ)き、無力化することである。この技はその意思を受け継いだ技であり、人の胸には刺さない。あえて、ほかの部位に刺すのである。

 

 刖罪とは足を斬る刑罰のこと。この技は相手の足を狙うのである。敵を歩けなくさせて、無力化させるのである。

 

 俺が放った剣は見事にライダーのふくらはぎを貫いて、コンクリートの地面へと突き刺さった。

 

 しかし、それだけで終わりではない。殺さなければならないのである。ライダーを。でも、月城の者である俺は人をむやみに殺してはならない。なら、殺すとすれば……、

 

「セイバー‼︎今だ‼︎」

 

 俺の掛け声とともにセイバーが出てきた。セイバーは物の陰から出てきたのである。そのまさかの事態に、ライダーと雪方は驚きを隠せないでいる。

 

「ナゼだ⁉︎セイバーは、確かに水の檻の中にいたはずだ!」

 

 そう、ここから見ても水の檻の中は黄金の色が輝いて見えるのである。

 

 でも、見えるだけである。

 

 さっき、ライダーたちは水の障壁を使って俺たちを策に嵌めた。水でボケて見える。それに、生きるか死ぬかの聖杯戦争はまともな判断も出来なくさせてしまう。だから、俺たちはまんまと罠に引っかかった。

 

 なので、今度は俺たちがその策を応用した。確かに、さっき俺は罠だとも知らずにセイバーを蹴飛ばした。つまり、セイバーは水の障壁によって一人にされていた。だからできたのである。

 

 水の障壁で区切られた空間で、セイバーは防具を脱いだ。黄金の鎧を脱ぎ、青銅色の兜をその上に乗せた。もちろん普通に見れば、脱ぎ捨てられた防具である。しかし、障壁越しに見ると、それがぼやけて見えるのだ。しかも、黄金色は眩しく、さらに見分けにくくする。

 

「なぜだ⁉︎例え、防具を置き去りにしていたとしても、障壁で区切られた空間からどうやって出れる⁉︎」

 

 ライダーは防具を置き去りにしたのは分かった。けれど、もう一つのトリックには気付けてはいないようである。まぁ、それもしょうがないのかもしれない。ライダーが科学という概念が存在していない時代の人なら、このトリックには気付かない。

 

 でも、ライダーのマスターである雪方は気付いた。

 

「電気……分解?」

 

「お見事‼︎そうだ。電気分解を使わせてもらったわ。お前の電撃を利用してな」

 

 水の電気分解。水とは化学記号で言うと『H₂O』。水素原子が2つと酸素原子が1つが結合してあり、常温時では液体状である。その水に電圧を通すことで、水素と酸素に分けることができるのである。

 

 さっき俺がライダーと雪方からリンチにあっていた際、雪方の攻撃を交わした。その時、後ろには障壁があった。その電撃が水の障壁を分解して、セイバーは出ることができたのだ。後は、セイバーが隠れて、反撃のチャンスを待つのみである。

 

「じゃぁ、まさか……」

 

「そう。チェックメイトだ!」

 

 セイバーは古びた剣を空高く振り上げる。身動きできないライダーの目の前で。雪方はさっき電撃を放ったばかりで、攻撃手段はない。だから、もう剣を振り下ろす、ただそれだけなのである。

 

 剣を振り下ろす。それだけで命は(はかな)く散る。

 

「いけぇ‼︎セイバァァァー‼︎」

 

 俺はそう叫んだ。もう、勝利を確信したからである。いや、もう誰もが俺たちの勝利だと思った。俺は目前の確定した勝利に若干の安堵を抱き、雪方は聖杯戦争で勝てなかったという悔しさを感じ、ライダーは終わりが来たと悟った。セイバーは剣を強く握り、歯を食いしばり、剣を振り下ろした。

 

「—————永劫の赫怒(グラム)‼︎‼︎」

 

 その時、剣が光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 そう心の中から声が出た。それは、俺が目の前の状況を理解できないでいるからである。

 

「……セイバー、お前……」

 

 見ると、セイバーは固まっていた。剣を振り下ろせずに、ただライダーの前で立っていた。見ると、彼女の手は震えている。歯を食いしばり、あとちょっと剣を振り下ろせばライダーを倒せた。

 

 けど、彼女には無理だった。

 

 彼女は人を殺すことなんてまだ無理なのである。彼女の目には未だに映るあの光景。龍が笑いながら死に、養父を憎んで殺した。彼女にとって『死』というものは理解できないものである。そして、人を、命を奪うという行為は彼女を(さいな)ませる。彼女の手にはたった二人分の血しかついていない。けれど、その血は彼女にとってはとてつもないほどの重荷なのである。

 

 その重荷が邪魔をした。

 

 セイバーはライダーを殺せないと分かると、自分でもどうすればいいのかが分からなかった。せっかく、自分のパートナーが命がけで与えてくれたチャンスを台無しにしたのだから。

 

 彼女はもう剣も握れなくなってしまった。そして、その古びた剣(グラム)を地面へと落とした。

 

 コンッ‼︎

 

 コンクリートの道路に剣が落ちた。金属音が響く。その時、剣からある声が聞こえた。

 

「つまらん‼︎それでも、我の担い手か‼︎⁉︎」

 

 その声はセイバーだけではない。俺にも、ライダーにも雪方にも聞こえた。声はとても低く何かとてつもなく恐ろしく聞こえた。

 

 セイバーの落とした剣から何やら黒い瘴気(しょうき)のようなものが出ている。とてつもなく禍々(まがまが)しく、暗い何かがそこから湧き出ていた。その黒い瘴気が無尽蔵に果てしなく剣一つに詰まっているのは、直感的に感じた。それがヤバイということも感じ取ることができた。

 

 そして、黒い瘴気が段々と立ち込めて、やがてその瘴気が人の形となった。その剣は四肢のついた人の形をとる。しかも、黒髪のもう一人のセイバーの形で現れた。でも、そのセイバーの形をした剣はまるで血に飢えた猛獣のような目をしていた。

 

「おい、セイバー、あれは……って……えっ⁉︎」

 

 俺はセイバーの方を見た。そしたら、なんとセイバーが、セイバーじゃ無くなっていた。

 

 セイバーの髪は黒かったはず。

 

 なのに、セイバーの髪はキレイに光っているのである。白銀の髪が風になびく。セイバーの髪はさっきまで黒色であったのに、変わっていたのだ。

 

「……どういうことだ?」



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永遠の虚ろな花畑

 魔剣グラムが禍々しい力でセイバーと瓜二(うりふた)つの黒髪の人の形になった。そして、セイバーは黒髪から白髪へと変わっていた。

 

 セイバーはその様子には全然気づいていないようで、俺は驚いたが、セイバーは俺の発言を理解していない。

 

「セイバー、お前の髪って何色だ?」

 

「えっ⁉︎何でそんなこと……」

 

 彼女はそう言いながらも何かに気づいたようで、自分の結んでいた髪を(ほど)いて見た。で、彼女は自分の白い髪を見てこう言った。

 

「戻っている……」

 

 俺にとってはあまりにも謎の光景だった。グラムが人として現れた瞬間から彼女の黒い髪は色素が抜けていくように白くなっていくのだから。その上、彼女の言った『戻っている』という言葉。つまり、元々白い髪だったということ。……だとすると、なぜ黒い髪になっていたのか。

 

 なんか、今、謎が一気に波のように押し寄せてきている。グラムが人の形になったこと、セイバーの髪が戻ったこと。この二つがあまりにも大きすぎて、でもって理解不能すぎて何が何だかわからない。

 

 とにかく、髪のことはもういい。それは後になっても話せる。それより今はグラムのことについてである。なぜグラムが人の、しかもセイバーと瓜二つの形をしているのか。しかもそのセイバーはさっきまで俺の隣にいた黒髪のセイバーである。

 

 でも、似ていたのは見た目だけであった。

 

 グラムは現界してすぐにしたことは八つ当たりであった。グラムはライダーをジロリと見てにたりと笑った。

 

荒ぶる怒りの神の気紛れ(レーギンヴォンチュイーエット)‼︎」

 

 そうグラムは天に向かって叫んだ。すると、空に幾つもの光が現れて、そこから剣が降ってきた。何十、何百、いや何千もの剣が空から一気にライダーに向かって降り注ぐ。

 

 金属と金属がぶつかる音が聞こえ、骨を潰し、身を断つ音が聞こえた。残酷な旋律である。

 

 動けないライダーの体が何千もの剣に串刺しにされているのが目に見えた。悲惨な光景がそこに存在していた。血が池のように溜まり、ライダーはピクリとも動かない。

 

 俺もセイバーも雪方もその光景に物怖じをしてしまう。ライダーが、サーヴァントがいとも容易くやられるという事実、そして幾千(いくせん)もの剣が降り注ぐというその攻撃は恐怖に(おび)えるしかなかった。もし、自分がやられたら。そう考えてしまうのである。

 

 ただ、目の前に起きていることが恐怖。そうとしか言いようがないのである。

 

 グラムはライダーの流れ出た血を見た。そして、その血をぺちゃぺちゃと手につけた。その血を空へとかざしてまた高揚に笑った。

 

「あははは!ライダーが死んだぁ!」

 

 グラムはイかれていた。ガチで頭がイかれている野郎である。見た目はセイバーと瓜二つだが、中身はまるで別人のような感じだった。セイバーとだったら俺は理解し合うことができるが、グラムとは無理だ。そう直感的に感じた。

 

 少しばかりの間、グラムはただ高らかに笑っていたが、ふとその笑いをピタリと止めて、俺たち3人の方を振り向いた。

 

「何だ?シグルド、どうした?そんなおっかない顔をして。お前は私の担い手だろう?何故、人を殺すことを怖がる?」

 

「私は、あなたのことなんか知らない。あなたは、誰だ?」

 

「……それは本当に言っているのか?」

 

 グラムはパチンと指を鳴らした。すると、彼女の周りにまた光が現れて、そこから剣が何本も飛び出る。その剣は彼女の周りで宙をふわふわと浮く。よく見てみると、その剣は全て同じものであり、全部古びた剣(グラム)であった。傷とかは個々によって変わるが、形状の特徴はどれも全て同じなのである。それを黒髪のセイバー(グラム)は自由に操っているのである。

 

「私の名前はグラム。赫怒の剣であり、神の剣。そして、平行世界の全ての自分(グラム)()べし赫怒の神(グラム)

 

 ……何を言っているんだ?俺にはわからない。アイキャントアンダスターンド。

 

「あなたがグラムだと言うのですか?でも、剣の形をしていないじゃないですか」

 

「それはしょうがないことだ。元々は剣だったが、今は違う。あのクソ男が私を人殺しの道具として使ったから。それに、お前が私に龍の生き血を吸わせたから、命持たないはずの私が命を持つことになった」

 

 グラムは剣であった。命を持たない無機質の鋼の塊であった。でも、セイバー(シグルド)の父であるシグムンドがその剣を命あるものに変えてしまった。その剣で多くの人を殺し何千という怨念(おんねん)が詰まった武器である。そして、運悪く龍の生き血を浴びた。その他にもまだグラムが人の形をとった理由はあるが、まだそれを語るべきではないだろう。

 

 セイバーは未だに父のことを人から聞いたことがなかった。まず、父の名さえ知らなかった。知っていたとすれば父が王であったという事実だけ。

 

 つまり、目の前にいる黒髪のもう一人の自分は父のことを知っているのである。セイバーは知りたいと思ってしまったのだ。自分の父親がどのような人であったのかを。

 

「教えてく……」

「イヤに決まっているだろう。お前に教えることなど何もない。だって、お前はもう私の担い手ではないからな」

 

「担い手ではない?」

 

「そうだ!私がお前を担い手として選んだのだから、私から担い手として解雇することもできるに決まっている。だって私は意思を持つ剣なんだから」

 

「なぜ?なぜ、私が担い手ではないのですか?」

 

「そりゃぁ、あれだ。お前といるとつまらないからな。まぁ、言ってしまえば怒りが足りないってことだ」

 

 グラムは怒りを糧として、その怒りの量で強くもなれば弱くもなる。怒りとは無尽蔵の感情であり、その感情に限りはない。グラムは最初、セイバーの底知れない怒りに惚れて彼女の担い手となった。が、しかし今、彼女に怒りの感情はない。

 

 俺と日々を過ごした。そのことが強く影響しているからだろうか。

 

 だから、グラムは彼女を担い手として認識しなくなってしまったのだ。

 

「あれ?分からないか?まぁ、とにかく『死ね』ってことだ」

 

 グラムはそう言うと、手で宙に何かを描くような動きをした。黒い髪がゆらりと揺れる。彼女の周りにある(グラム)がセイバーに剣先を向ける。いや、それだけじゃない。また光から幾つもの剣が現れて、その剣もセイバーに向く。

 

「シグルドよ。壊れてしまえ」

 

 彼女(グラム)の周りにあった無数の剣のうちの一つがセイバーに放たれた。

 

 放たれる眩い光。その光が瞬時に俺の頭にあることを想像させた。

 

 その時、俺は何を思ったのだろうか。さっきまで立ちすくんでいた足が、自然と動いた。セイバーの肩を強く押して、彼女を押し倒す。だが、時は止まらず、眩い光は俺に目掛けて飛んできた。

 

「ヨウ‼︎」

 

 ドスッ‼︎

 

 熱い、自分の腹部が熱い。しかし、目の前にいるセイバーに傷はない。涙を流しながら叫んでいるけれど、俺にその声は聞こえなかった。何と言っているのか聞きたかったが、それでも別に良いかと思えてきた。

 

 彼女を守れたらそれでいいかな。

 

 ドスッ‼︎

 

 また、強い衝撃が俺にきた。

 

 まぶたが重い。熱いし、もう何が何だか分かんない。でも、目の前に守れたという現実がある。その現実に安堵した、

 

 —————疲れたから、少しだけ眠ろうか。

 

 そして、俺は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたら、目の前は一面、花畑だった。色とりどりの花が咲き乱れ、そよ風が吹くと吹く方向に向かって花は揺れて花びらが散る。太陽はないのに、それでも明るいのだ。だからだろうか、少しだけ寒い気もする。

 

「寂しい場所だ……」

 

 そこは道なき花畑で、どこへ行っても地平線まで永遠に花畑が咲き続けている。逆に言ってしまえばそれ以外は何もない。海も、山も、建物も、木も何もない。それどころか、誰もいない。花畑なのに虫が一匹もいない。

 

 不思議な空間である。

 

 ここがどこなのかもわからない。もしかしたら、俺は死んだのかもしれない。いや、つーか死んでいるわ。多分、俺は輪廻転生の中で次の命を得るまで、ここで待っているんだろう。俺はそう感じた。

 

 風が吹いた。花が(ささや)く。

 

 すると、目の前に人影が現れた。俺はその人影を見た時、(なつ)かしいと思ってしまった。誰だかわからなかった。顔もよく見えなかったけど、でもなんだか知っている人だとわかった。

 

 その人影は俺にこう言った。

 

「ここは夢幻(いつまでもはるかにつづく)神言ノ世(かみごとのよ)。あなたが来るにはまだ早いわ。ヨウ」

 

 その人影は俺の名前を知っていた。俺はその人影の声を聞いたことがあるような気がする。けれど、やっぱり誰だかわからない。夢幻神言ノ世というこの場所にいる俺の知っている誰か。

 

 誰なんだ?

 

 俺はその人影にこう聞いた。

 

「あなたは誰ですか?」

 

 人影は優しい笑顔を見せた。その笑顔を見た俺は、直感的に俺は誰だかわかった。

 

「あんた……まさか……。いや、そんなわけない。嘘だ……」

 

 涙がこぼれた。涙は花に落ちる。目の前の景色、それは夢幻のものだと思った。でも、目の前にある。

 

 人影は俺の涙を見て、そっと俺を抱擁した。抱きしめた。

 

「ごめんなさいね。悲しい思いをさせて」

 

 温かい、前にもこのぬくもりを感じたことがある。

 

 その人影は俺を優しく抱きしめて、俺にあることを耳元で聞いた。

 

「空はまだ青い?海はしょっぱい?大地はまだある?地球は丸い?世界は広い?」

 

 そう言うと、その人影は俺を突き離した。

 

「あなたはまだここに来るべきではないのよ。さぁ、お戻りなさい。ヨウ」

 

 そう人影は言う。人影が背中を俺に向けると、その花畑の世界が俺から遠のいていく。

 

 —————一瞬だけ聖杯戦争の裏を俺は垣間見(かいまみ)た。

 



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アーチャーの頼み事と白髪の彼女の涙

はい!Gヘッドです!

今回はボリューム満点です。伏線回、能力説明、ヨウくんがグラムにやられてからのその後、物語の進行のこの4つを詰め込んでおりますのでいつもより少しだけ長い?

後書きにはセイバーちゃんの人物紹介です。


 目を覚ますと、そこには天井があった。匂い、散らばった学校で使う教科書、無駄にキレイに整理されたマンガから見慣れた場所に自分はいるのだと理解した。

 

 俺の部屋だ。俺が住んでいる家の二階にある自分の部屋。

 

 俺はさっき見ていたものを思い出す。……夢か?『夢幻(いつまでもはるかにつづく)神言ノ世(かみごとのよ)』とは一体何だったのだろうか。そして、あそこにいた人は本当にあの人なのだろうか。

 

 ……いや、あれは全部夢だ。そう夢でしかない。そう思って、夢のことを考えることはやめにした。

 

 俺は布団の上で横たわっていた。起き上がろうとすると、腹部の方に痛みが走る。

 

「痛ッて……」

 

 俺は服をめくって腹部を確認する。見てみると、腹部には新しい包帯がしてある。その包帯を見て、俺はグラムにやられた傷だとわかった。グラムにあの時、セイバーを守る時やられた傷だと……。

 

「……セイバーは⁉︎」

 

 俺は声を上げた。その時、声が聞こえた。

 

「うるさいぞ。起きたと思えば、大声を出しおって」

 

 俺は声の方を振り返る。そこにいたのはアーチャーであった。白装束を着ていたアーチャー。彼は俺の椅子に座って、俺の部屋に置いてある本を読んでいた。足を組み、机の上にはコーヒーがある。コーヒーの存在に気づくと、なんかコーヒーの匂いが強く感じられる。

 

「何で、お前がここに?」

 

「ん?今日はお前たちに協力の返答を聞きに来る日だっただろう?何だ?記憶を失くしたのか?痛みでぶっ飛んだか?」

 

 そういえばそうだった。なんか、色々とあって忘れていた。確かに、今日はアーチャーが俺たちに返答を聞きに来る日だった。

 

 アーチャーはため息をつきながら、コーヒーを口に含む。コーヒーの独特な匂いが俺の鼻をつく。あまり、俺はコーヒーが好きじゃないし、匂い自体があまり好きではない。俺が少し嫌そうな顔をしていると、アーチャーはまたため息を吐いて、コーヒーをごくんと飲み干した。

 

「お前の知りたいことだけ話しておこう。セイバーは元気だ。傷ひとつない。同じく雪方というライダーのマスターもだ」

 

「ライダーは?」

 

死亡(リタイア)だ」

 

 アーチャーは声を顔色も何も変えずにそのことを言った。荒ぶる様子はない。コーヒーの匂いがまだ部屋の中に残っている。新月の今日は、町の街灯だけが光を灯す。

 

「おい、セイバーのマスター。あのアサシンの少年にはあまり近づかない方がいい」

 

「は?何で?ってか、何で俺がアサシンのマスターと関わりあるって知ってんの?」

 

「まぁ、こちらの事情的に知ることができる」

 

 アーチャーは本を1ページめくる。足を組み、椅子の背もたれに寄りかかって、実にくつろいでいる。他人の部屋なんだから少しは遠慮してほしい。

 

「この前、ランサーがやられた」

 

「ランサーがやられた……って言われても俺、ランサー知らねぇし」

 

「まぁ、それはしょうがない。それは巡り逢わなかったという運命に文句を言ってくれ。……あの少年はな、ランサーを倒し、ランサーのマスターを負傷させた」

 

「それが?何だって言うんだよ」

 

 アーチャーはさっきまで本にずっと目がいっていたが、その時初めて俺の目を見た。アーチャーの青い目は誰かに似ているように感じた。誰だろうか。

 

「お前、怖くないのか?」

 

「……いや、怖くないってわけじゃねぇよ。確かに、お前の言う通り、セイギがランサーを倒したのかもしれないし、ランサーのマスターを負傷させたのかもしれない。それに、その理由が聖杯戦争だからってだけで終わらせられるのが一番怖い。そしたら、何でも許されちまうからさ」

 

「親友に裏切られるのが怖いのか?」

 

「まぁ、それもある。セイギに裏切られたら、俺、多分俺じゃなくなるかもしんない。怖い。怖い。怖い……けど、それでも俺には見てみたいもんがあんだよ」

 

 俺は届かぬ天井に思いっきり手を伸ばした。届かない、けどそれでも俺の見ている世界の中ではもうすぐで届きそうな手。

 

「昔の俺が、今の俺が叶えたい望み。それをセイバーが見せてくれそうなんだ。俺が諦めた望みを、セイバーはまだ心の中に抱いてる。俺はその望みが成就した時、俺もそこに居合わせたい。嬉しそうなセイバーの顔を見たら、俺の諦めた望みも成就されそうなんだ。俺の望みはセイバーを望みを叶えてやること。だから、俺は今、聖杯戦争をやってるんだ。今の俺には目的がある」

 

 セイギが裏切ろうと、俺には叶えたい望みがある。親友を傷つけることは俺にはできないけれど、でも望みがある。身勝手かもしれない。最低な男と言われるかもしれない。でも、俺の剣を振るこの手は、もうすぐで天井に届きそうだから。目的を得た手が求めるのは掴むもの。掴むものを求めて、俺は聖杯戦争に今、立つんだ。

 

 俺は立ち上がろうとしたけれど、やっぱり腹部が痛い。俺が腹部を抱えると、アーチャーはそれを見てこんなことを話した。

 

「よかったな。刺されたのが赫怒の剣(グラム)で。お前の望みにはあまり支障はきたさないだろう」

 

「ん?それはどういうことだ?」

 

 アーチャーは俺の部屋の窓を開けた。風が部屋に舞い込んでくる。彼が羽織っていたマントがなびき、腰につけていた一つの剣に目が止まった。折れた剣。それはグラムに似ていた。けど、別物である。

 

「グラムは人を殺すことが下手くそなんだ。あの剣は初めて人の形をとった。だから、殺すのが上手くない。ただ、ライダーはお前たちを守るために死んだよ」

 

「えっ?ライダーが俺たちを守るために?」

 

「おおっと、話はそこまでだ。これ以上、話していたらマスターにまた叱られてしまうからな」

 

 アーチャーはそう言うと、持っていた小説を俺の机に置く。彼はその時、俺にふっと笑いかけたような気がした。気のせいだろうか。ただ、彼はある一筋の希望を見つけたような顔をしていた。晴れ晴れとした顔。

 

「じゃぁ、さよならだ」

 

「えっ?ああ、うん」

 

 アーチャーは彼らしくないような、重い言葉でこう俺に告げる。重苦しい言葉。何かあったのか?

 

「ああ、最後に一つ。一つだけ願いを聞いてほしい」

 

「えっ⁉︎なんで、俺なんかに?」

 

「いや、お前にしかできないことなんだ」

 

「……まぁ、いいけど。めんどくさいのは嫌だよ」

 

 アーチャーは俺に頭を下げた。白装束を見た俺は少し嫌な気がした。

 

「—————セイバーを、守ってやってはくれないか?」

 

「……えっ?」

 

 アーチャーはそう言うと、俺の目の前から姿を消した。俺の部屋の窓から外へ出て行った。俺にはその時、何が何だか分からなかったけど、アーチャーが少しだけおかしいことに俺は気づいていた。白いカーテンが部屋になびく。

 

「あれ?そういえばなんでグラムのことなんかアーチャーが知ってんだろ?聞いてたのかな?それに、俺は敵なのに……まぁ、いっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチャーが出て行ってすぐに、白い髪をしたセイバーが入ってきた。包帯を持って、暗い顔をしながら入ってきたが、起きていた俺を見て、彼女の暗い顔が崩れた。

 

「ヨウ‼︎」

 

 セイバーは俺の元気そうな姿を見て、涙をこぼした。多分、今さっきまで寝たきりだったのだろう。で、嬉しすぎるあまり俺に抱きついてきやがった。

 

「痛い!痛いから!」

 

「えっ?ああ、す、すいません……」

 

 セイバーはそう謝るけれども、やっぱりどこか嬉しそうな顔をする。笑顔をやめようとしても、顔がちょっとにやけている。

 

 セイバーは英雄と謳われようとも、本当はただの女の子なんだ。そう実感させられる。確かに、身体能力は他のサーヴァントと変わりはないけれど、心は女の子。

 

 俺はアーチャーが言った言葉を守ろうと思った。戦えないサーヴァント。そんなの、最弱の英霊だ。でも、俺はそれでも最弱の英霊のちっぽけで壮大な夢を見てみたい。だから、俺はセイバーを守ろうと思った。

 

 今、俺の目の前で、っていうか(ふところ)のなかで絶賛大号泣中のセイバーの夢、セイバーと俺を照らし合わせてみて、俺は夢を叶えよう。俺の夢は、セイバーの夢。そう思えば、俺はいくらでも彼女を守ろうと思える。

 

「なぁ、セイバー。傷はないか?」

 

「えっ?いや、特にありませんけど……、でもヨウが……」

 

「大丈夫だよ。こんなの」

 

 セイバーは守れた。それを知れただけで今の俺は満足である。

 

 俺がそう言うと、ドアがバーンと開いた。

 

「そうよ!大丈夫。私が治療してあげたんだもの!」

 

 そこにいたのはアサシンとセイギである。もう少し丁寧にドアを開けてほしいものだ。壊れてしまいそうなほど強く開けていた。よく見てみると、アサシンの顔の皮が少し剥がれているのがわかった。また皮が剥がれていて、土のような茶色い何かがその隙間から(のぞ)いている。

 

「治療した?お前が?アサシンだろ?」

 

「アサシンでも治療はできるんですー」

 

 アサシンは俺の首の後ろを手で持って、顔を近づける。彼女の吐息が(じか)に当たり、妖艶な唇が近づきすぎて俺の視界から入らなくなる。

 

 えっ?まさか?

 

 そう、そのまさかである。俺の唇に柔らかいものが触る。ぷるっとした何か温かいものが押し付けられているようである。俺の舌に彼女の吐息が当たり、ぬるっとしたものが絡みつく。

 

 これって接吻(キス)じゃねぇぇかッ‼︎‼︎しかも、唇と唇を合わせる『チュッ』ていう接吻じゃない‼︎ねっとりとした、ガチのエロい接吻‼︎

 

 ディープキスだろぉぉぉ‼︎やばい‼︎このままいけば犯されるッ‼︎

 

 そう俺の中で『〜であったらいいのになぁ』っていう妄想を考えていたら、俺の体に異変が起きた。

 

 体の中から、力がみなぎってくるのである。体が熱く感じる。

 

 精力的な意味じゃないけど。あくまで魔力的な意味で。

 

 アサシンは十分、俺の口内を舐め回すと唇を離した。なんか、大人の階段を一歩上ったような気がする。

 

「どう?体、元気になったでしょう?」

 

 下の方がビンビンです☆‼︎

 

 まぁ、下ネタはいいとして、俺は腹部を見た。そしたら、何と血が完璧に止まり、傷口が接合しかけている。さっきまで、包帯がないと血を止めていられなかったのに。

 

「これはね、私の能力なの。溜めていた魔力を接吻した相手に注ぎ込むことができる」

 

「相手に注ぎ込む⁉︎」

 

 魔力を注ぎ込む。それはそう簡単にはできない。なぜなら、魔術師の魔術回路は使う魔術によって異なり、またその同じ魔術同士の中でも少しずつ違うところがある。つまり、同じ魔術回路を持つものなど、基本的にまずいない。

 

 相手の体に直接魔力を注ぎ込むということは、相手の体に負荷がかかり、相手の体がどうなるかもわからない。相手の魔術回路を無視して魔力を注ぎ込んだら魔術回路が壊れることもありえるし、最悪死に至ることも。

 

 また魔力を誰かに注ぎ込むというのは自分にとってもリスクが高い。それは言ってしまえば自分の魔力を与えるということである。魔力とは生命力であり、その生命力を与えるということは死に近づくことを意味する。

 

 つまり、やる人もやられる人もリスクが高い。それでも、アサシンはそれをやってのけることができる。それが彼女の体であり、宝具であるから。

 

「私の体自身が宝具なの。改造されたこの体は魔力を与えるということに特化しすぎている。まぁ、でもなんでなのかは私も知らない。私が改造したわけじゃないし」

 

「えっ?それって誰かに改造されたってことかよ」

 

「ええ。そうよ。無意識の内に改造されてたの。…………いや、無意識というより、無になっていた時にかな」

 

 (うつむ)いた彼女の顔。俺にはその言葉の意味が終始わからなかった。けれど、その言葉をセイバーとセイギは理解していた。俺はアサシンの顔を見た。そしたら、新たにアサシンの顔にヒビが入っていて、少し欠けていた。多分、俺と接吻をして、それが原因で顔にヒビが入り、欠けたのだろう。それをアサシンは俺に気づかれまいと隠していたが、見えてしまった。

 

 アサシンは俺たちに自分のことを説明した。それはもしかしたら敵であったかもしれない、そしてこれから敵になるかもしれない俺たちにである。

 

「……何で、そんなこと教えてくれるんだ?」

 

 アサシンはその質問を愚問だと思ったのだろうか。少し鼻で笑った。

 

「それはセイギが決めたの。私、セイバーちゃんの真名聞いちゃったのよ。あの時」

 

 あの時。それは俺がグラムにやられた時のことであろうか。確かに、セイバーがライダーを倒そうとして宝具の真名を解放していた。その時であろう。

 

「だから、おあいこみたいなもんよ。それだけ」

 

「そう……か」

 

 少し何かが気になった。何かわからないけど、また俺に疑問ができたのがわかった。それでも、俺はそれを見ないようにした。

 

 セイギは時計を見た。11時である。セイギたちはもう帰らないといけないと言う。

 

「そのさ、セイギ。今日、夜中、まだ起きててくんね?電話したい」

 

「何?話すことなら今言ってよ」

 

「いや、電話越しに話したい」

 

 セイギは俺をじっと見る。俺は冷や汗が出た。セイギはしばらく俺をじっと見つめていたが、ふと何かを思い出したようにそれをやめて、笑顔になった。

 

「うん。オッケー」

 

 セイギはそう言うとアサシンを連れて家から出て行く。そして、部屋の中には俺とセイバーの二人だけになった。セイバーは俺のことを睨むように見てくる。青い目が、俺を映す。

 

「なんだよ、睨んで」

 

「いや、嬉しそうでしたね」

 

「は?嬉しい?何が?」

 

「アサシンに接吻された時です……」

 

 セイバーはふてくされている。というより、嫉妬している。まぁ、嫉妬される気持ちもわからなくはない。俺だってセイバーの立場だったら嫉妬してしまうだろう。

 

 一人だけ勝手に浮かれやがってと思う。

 

 セイバーは一人だけ浮かれていた俺に対して嫉妬しているんだ。そう思い込んで、俺はセイバーをなだめた。

 

「……」

 

「いや、だからそう睨むなって」

 

「睨みますよ。そりゃぁ、どうせ私なんか青臭い少女といるより、大人の気品溢れる女性の方がいいに決まってますよ」

 

 セイバーは独り言ぐらいの声の小ささで文句を俺に言う。が、そんな小さな声では返答もできない。頬を膨らませて、俺に目を合わせようとしない。怒っている。

 

「悪かったって、そりゃ、しょうがねぇだろ。お前は女の子、俺は男。わかるか?これは性としてしょうがないの」

 

「……でも……」

 

「でもじゃない!ガキか!」

 

「……」

 

 セイバーは黙ってしまう。あまり人のこう話したことがあまりないセイバーにとって人と話すことはど下手くそに等しい。相手の呼吸のリズムを計り、表情を知り、些細(ささい)なところも見逃さず、癖を見つける。簡単なことなのに、それさえもできないセイバーは、いわば言葉の単語力だけ高い子供のようである。

 

 ああ、もう本当に何でこういうところはお子様みたいな性格なんだよ!

 

 まぁ、お子様みたいな性格だからわかりやすいというところもある。

 

 俺は腕を広げる。

 

「ほれ」

 

 俺が腕を広げると、セイバーは段々と俺に近づいてきて、抱きついてきた。そして、俺の胸の中で泣いた。俺の胸ぐらがセイバーの涙で濡れる。それでも、セイバーは俺の服のことなんか知らんぷりでまだまだ泣くのである。狭い俺の部屋に彼女の泣き声が響く。アーチャーが窓を開けっ放しにしており、そこから彼女の泣き声が街全体に聞こえた。それほどまでに色々な感情が詰まっていた。悲しみ、安堵、怒り、恐怖、嬉しみ。感情が混じりすぎて、彼女自身もどんな感情を抱いているのかわからないくらい泣いた。それに、少しプライドが高くて、アサシンやセイギの前では泣かまいと決めていたのだろう。だから、俺たち二人だけになった瞬間、子供のように泣くことしかできない。

 

 いや、泣きたいのだろう。今まで全ての苦しみを全部吐き出したいのかもしれない。

 

 その涙はとてもとても俺にとって重いものだった。それでも俺は受け止めようと思った。過去の俺と彼女を重ね合わせたこと、そしてアーチャーから頼まれたからである。

 

 アーチャーの頼みごと。これは何かイヤな予感しか俺に印象を与えなかった。でも、なんでアーチャーがセイバーのことを気にするのかがわからない。けど、それはやろうと思う。

 

 面倒くさいことはしない主義。でも、俺も相手も利益を得るのなら、俺は別にしてもいいと思う。で、今回、そのアーチャーの頼みごとはその基準に入った。そう俺は理由をつけている。

 

 セイバーはまだ俺の胸のところに顔を押し付けている。俺はそんな彼女の頭をポンポンと撫でてやる。

 

「よしよし」

 

 それが俺だったらと思うと、彼女の苦しさは嫌でもわかる。

 

「—————辛かったよな」

 

 例え、優しさが彼女にとって毒であっても、俺はそれを彼女に言った。少しは気を休んでもいいんだと。肩の荷を下ろしたらどうだと。

 

 辛いこと続きの彼女に俺は声をかけた。その声は泣き声で消されてしまった。

 

 

 




はい!ではセイバーちゃんの人物紹介です。ちなみに、ライダーは次くらいに人物紹介します。


セイバー

身長:161センチ

体重:47キロ

スリーサイズ:81・56・78(上から順に)

パラメーター(グラム不所持時):筋力C・耐久D・敏捷B・魔力E・幸運B・宝具C

パラメーター(グラム所持時):筋力B・耐久C・敏捷B・魔力D・幸運E・宝具A+

スキル:対魔力D・騎乗B・直感C・呪われし指輪-・鍛錬A・龍殺しC

呪われし指輪-このスキルを所持するサーヴァントは全て幸運がEとなる。
鍛錬-武具、宝具を新たに鍛え上げるスキル。また、形状変化させることも可能。


セイバーのサーヴァントで主人公に召喚された。しかし、召喚の際、何が触媒となっているかは謎。本編では『親への不信感・裏切りの被害』などが挙げられているが、本当かどうかは不明。

本当の彼女は白髪で目は少し青い。なぜ、黒かったかというと、グラムの持つ黒い瘴気のせいで髪が黒かった。戦闘服は鎧だが、いつもはドイツの民族衣装を着用。

義や誠を重んじるタイプの女性だが、どこか少し幼い一面も見せる。しかし、少しプライドが高いため、そこを見せようとしないが、主人公はそこを見抜いている。また生前、誰かと関わりを持ったことが極端に少ないためか、人と打ち解けるのがあまり得意ではらしい。

また、たった一人の親であり養父である男から裏切られたことにより、結構(うたぐ)り深い性格になった。同じような経験を持つ主人公には出会ってすぐにそれを察し、どこか親近感を持っていた様子。

それでも最初は、主人公を魔術師(マスター)としては見ていない様子だったが、グラムからの攻撃を命がけで守ってくれた主人公を見直し、ある思いを抱いていることに気づき始めた……かもしれない。

聖杯で叶えたい望みは過去に戻って全てをやり直すこと。

宝具は5つもあり、アーチャーみたいだが、3つはランクC以下のカスみたいな宝具。理由は、彼女が戦う者としての戦闘経験不足、人を殺せないという事態を聖杯が知っていての特別措置である。弱い彼女だから5個も宝具がある。

短剣である『磔心刳剔の剣(リジン)』(ランクBの対人宝具・レンジ1)。能力は良く切れる。

レイピアである『突き刺す刀錐(フロッティ)』(ランクEの対人宝具・レンジ3)能力は良くしなる。

古びた剣である『永劫の赫怒(グラム)』。ランクはA+〜の大軍宝具・レンジ100〜500である。これは使用者の怒りの感情により、左右されるためである。ゆえにプラスが無限につけられる。能力は平行世界にある無数の世界のグラムをこの世界に呼び出して、全ての剣が敵を切り刻むというチート的な能力である。担い手でもない人が使っても、千本くらいのグラムは簡単に呼び寄せることができる。担い手なら、億は軽く超える。第二魔法をガッツリ使っており、理由があるとすればそれは『オーディーンの力が宿っているから』としか言いようがない。また、この武器は出血多量という方法でしか殺せず、血が出ない敵などだと絶対に殺せない。痛みつけさせるという目的の武器である。主人公が死ななかった理由もこの能力があったからである。

黄金の鎧(ランクDの対人宝具・レンジー)。ピカピカしている。

青銅の兜(ランクCの対人宝具・レンジー)。海神エーギルの兜。これをつけていると、雑魚は恐怖感を与え、雑魚は一切の攻撃をすることもできない。しかし、この聖杯戦争で雑魚はある一体しかいないためほぼお箱入り。

本人(いわ)く、黄金の鎧と青銅の兜は一緒につけるとダサいため、一緒につけることはほぼ無い。

本名はシグルド。『ヴォルスンガ・サガ』に出てくる龍殺しの英雄。しかし、これは本当は名ばかりであり、英雄としても剣士としても半人前以下。親に裏切られるという悲しき運命を辿った。このサーヴァントはライダー、バーサーカーとしても召喚可能。

生前に殺した人数は一人。しかし、見方を変えれば二人。


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あの時、私たちは……

はい!Gヘッドです!

今回は途中、セイバーちゃんが一人称になるところがありますね。まぁ、わかりやすくしているんで、大丈夫だと思います。



 アサシンの熱いディープキスのおかげで傷口は塞がった。俺は体を起こし、セイバーに話しかける。

 

「なぁ、セイバー。俺が倒れた後のことを教えてくれねぇか?」

 

「ええ、分かりました。どこから話せばよいでしょうか。そうですね。まぁ、ヨウが私を守ってくれたところから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 目の前にはヨウがいた。彼の腹部には赤く、血まみれの剣の先が覗いていた。彼の目の焦点はぶれ始め、段々と力なくなったように下を見る。その時、もう一つの(グラム)がまた彼を刺す。彼は私の目の前で倒れた。彼の下には大量の血。

 

 私はその時、過去のことを思い出した。龍を殺した時のことを。血を流し、目の前に倒れたあの龍を。それでもその龍は笑っていたのだ。この()まわしき世、全てから解き放たれてそれを望んでいたのだから。

 

 ヨウも、ヨウも笑っていた。私の目の前で、笑顔で私を見た。刺されたのに、それでも笑顔だった。その笑顔は、私から離れていってしまうように思わせた。それがすごく怖かった。

 

 今まで、悲しみに明け暮れていた。本当は今までずっと一人で、これからも一人だと。この聖杯戦争でも私は一人で戦わないといけないし、誰も信用しない。使えるものは使っておいて、使えなくなったらすぐに捨てようと思っていた。ヨウもその一人だった。私からしてみれば、魔力の供給源というだけのものであり、私がいるための道具として見ていた。確かに親類の匂いはした。それでも信用したわけじゃなかった。

 

 一人でいい。そう思っていた。

 

 けど、彼は私を一人にさせようとはしなかった。私とは最初、ぶつかってばっかりだったけれど、私のことを心配してくれた、私はあなたに強く当たっていたけれど、それでもあなたはそんな私を認めようと努力していた。道具であるはずのあなたが、なぜそう私に優しくするのかがわからない。私は嫌われていたいのに、彼は私に同情しようとする。

 

 邪魔なのに。邪魔なのに。邪魔なのに、なのに私は彼を突き放すことができなかった。

 

 彼は私を一人にしようとしない、それが、本当は嬉しくて嬉しくて仕方がない。一人ぼっちだった私に手を差し伸べてくれたのだ。信用しないと決めていた私を、信用させた。

 

 そんな彼が、私の大事な人が、目の前から消えようとしている。また私を一人ぼっちにしようとしている。ヨウの手をとって、アサシンともセイギとも知り合えた。一人ぼっちじゃないのに、また一人ぼっちになるかもしれない。

 

 大事な人であるヨウが私の目の前で笑いながら消えていくのがどれほど辛いことか。

 

 怖かった。怖かった。その恐怖が怒りへと変わった。

 

「ウァァァァァァッ‼︎グラムゥ‼︎」

 

 怒りに任せてただ(リジン)を振った。グラムを斬ろうとは思ってはいない。でも私の血走った目はグラムが斬られた光景を見ることしか望んではいなかった。私のたった一つの繋がりを、大事な人を目の前で……。

 

 怨み、苦しみ、悲しみ、怒り。

 

 グラムは笑いながらその剣を軽々と交わしていく。まるで歴戦の戦士のように軽やかで無駄のない動き。私の父親が幾度(いくたび)も戦いでこの剣を振るったと言われている。そのせいであろう。この剣はその頃にはもう意識を持っていて剣の振り方も身のこなし方も嫌というほど見てきた。だから戦う者として一流の動きができる。

 

 そして、色々な感情が簡単にいとも容易(たやす)く交わされていくのは屈辱のほかならなかった。風を切る音しか聞こえない。その現実がさらに私を追い込ませた。

 

 最初はグラムも面白半分に笑いながら交わしていた。が、段々とつまらなくなってきたみたいで、笑顔が消えてきた。そして、もう私を殺そうと思ったのか、攻撃の隙に私を蹴り飛ばした。

 

「もう、邪魔だからさ、消えろ。私の担い手(マスター)

 

 グラムはまた(くう)を切り裂き、何かを描くように手を動かす。すると、今度は何百もの(グラム)が私を襲う。その、剣を前に私は何もできない。

 

 また、私は一人ぼっちのまま死んでしまうのか。もう、嫌だ。怖いよ。嫌だよ。

 

 —————一人ぼっちは悲しいよ……。

 

 無数の剣が私めがけて飛んでくる。私は目をつぶった。

 

 その時、声が聞こえた。

 

「遅れた、すまない。セイバーよ」

 

 私は目を開けた。そこに立っていたのはアーチャーである。アーチャーは腰のベルトに刺した折れた剣で、グラムの放った剣勢を全て退(しりぞ)いた。何百もの剣全てを、彼の手に持つ折れた剣で弾き返した。そのスピードはまさに担い手としての本物の姿。折れた剣を彼は完璧に使いこなして、私を守りきった。

 

 アーチャーは無傷だった。涼しげな顔をして彼はそこに立っている。グラムはそんな彼を見てこう言い放つ。

 

「貴様、なぜ私に嫌な思いばかりさせるッ⁉︎」

 

 アーチャーは剣を腰のベルトに刺し、クロスボウに持ち変える。

 

「はて、何のことか?私にはお前に嫌な思いをさせた記憶など一切ないのだが」

 

「貴様ァッ‼︎」

 

「おしゃべりが過ぎるぞ。黙っていろ。剣風情(ふぜい)が」

 

 アーチャーはそう言うとクロスボウの矢を放つ。その時の彼はとても悲しそうな顔をしていた。それでも放たれた矢はグラムの心臓を確実に狙っていた。

 

 二人には何か因縁のようなものがあるように感じられた。遠く、無惨で、涙に駆られた何かがある。

 

 クロスボウの矢がグラムの間合いに入る。グラムはその矢を振り払うが、その時にはもう何本もの矢が降り注がれていた。グラムはその矢すらも無限に出現させることができる剣で振り払う。グラムは上から私を殺そうと剣を落とすが、アーチャーはそれを折れた剣で防ぐ。

 

 両者とも攻撃を放ちつつ、放たれた敵の攻撃を剣で振り払う。しかし、それでは雌雄は決することはない。グラムは短気であるから、段々とこの変わりない二人の攻防に嫌気がさし、さらに剣を増やした。

 

 剣が増え、グラムの視界はたちまち剣だらけになる。

 

 アーチャーはそれを狙っていた。

 

「どうやら目で認識できないと剣を振れないようだな。グラムよ」

 

 アーチャーは勝ち誇ったように笑う。アーチャーは何本も矢を放っていたが、その内の数本をグラムの後ろに忍ばせておいた。グラムはその存在に気づいたが、もうその時には矢はグラムの心臓向けて飛んでいる。グラムは矢をどうにか周りの剣で振り払って防いだが、アーチャーには背を向けていた。

 

「敵に背を向けるとは言語道断だな!」

 

 アーチャーはグラムとの間合いを一気に詰める。彼女(グラム)はアーチャーに背を向けていた。アーチャーはそのグラムを遠くに蹴り飛ばした。アーチャーはその時、ある者に向かって叫んだ。

 

「今だ!ライダー‼︎」

 

 その時である。ライダーはさっきまで死人のようにピクリとも動かなかったのに、アーチャーのその言葉を聞いた瞬間、起き上がった。グラムは完全にライダーを仕留めていたと思っていたが、それは誤算であった。

 

 サーヴァントとは霊体であり、本当にリタイアの時は姿が見えなくなる。しかし、まだライダーは剣の串刺しになっていたままであった。アーチャーはそれを知っていて、ライダーがまだ生きているとも分かっていた。

 

 ライダーはとても物分りが良く、彼は自分の非を認めることができる人だ。さっき、もし私がグラムを振り下ろしていればライダーは負けていた。だから、ライダーはもう降伏しているのである。

 

「すまないね、僕はもう負けたんだ。あの時、本当なら僕はセイバーに負けていた。セイバーは僕を倒していた。なら、僕に勝った人にはさ、僕の思いも背負って勝ち続けて欲しいと思わないかい?」

 

 負けを認めた。私とヨウが勝ちだと彼は言う。だから、私とヨウが死ぬよりも、自分が死ぬといっているのである。その心構えはまさに英雄として素晴らしいものである。

 

 ライダーは時を見ていた。いつ、どのような時であれば、みんなを無事に逃がすことができるかを。しかし、そのみんなの中にライダー自身は入っていない。

 

 アーチャーがグラムを遠くへ蹴り飛ばしたこの時こそ、みんなを逃がすには絶好のチャンスである。ライダーは叫んだ。雨水を操るための言葉を。

 

「我が主の(つね)に命は入っておられるか」

 

 ライダーは最後の魔力を振り絞って、空から降り注いだ雨水を津波のようにして、ヨウ・ライダーのマスター・アーチャー・私をグラムから引き離したのである。流されてゆく私たち。ライダーはもうすぐ死ぬ。それでも、ライダーは手に武器を握り、グラムに抵抗している。少しでも私たちを逃がす事ができるように。

 

 流されてゆく濁流の中、ライダーのマスターは自らの英霊にこう言う。弱々しい声で、何かを求めるように。

 

「嘘を……つくのッ⁉︎」

 

 ライダーはマスターに微笑みかけながらこう言っていたのが聞こえた。

 

「目の前に死にそうな人たちを見て助けられないのはもう嫌なんだ。目の前の人を助けられずして、何が聖人だろうか?」

 

 水が街を流れる音が聞こえる。人通りの少ない道を水が流れる。グラムとライダーの戦闘の音も段々と聞こえなくなっていく。そのまま濁流はライダーが見えないところまで私たちを流す。しかし、いつかその濁流の勢いはなくなってきた。それはライダーの死亡(リタイア)を意味していた。

 

 私たちはヨウの家に逃げ込んだ。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「それからはヨウが知っている通りです。私たちが流されている時、アサシンとセイギにも会いました。二人とも戦闘を見ていたそうです」

 

「ああ、それは知ってる。それで、ついでに俺の家に来て俺の傷を治したってことか?」

 

 セイバーはこくんと首を縦に振る。

 

 今のセイバーの話には少しだけ疑問に思う点がある。別に、決してセイバーが信用できないというわけではない。ただ、アーチャーの行動が俺にはどうにも理解できない点がある。

 

 なんで、アーチャーはいきなり俺たちのことを助けようと思ったのだろうか。たまたま通り過ぎたから?いや、そんなわけがない。たまたま通り過ぎたとしても、俺たちをアーチャーが助ける義務は一切ない。むしろ、危険になるかもしれないのだ。つまり、その危険を承知でグラムと戦ったということである。俺たちとアーチャーに繋がりはないように見える。

 

 俺とセイバーが話していると、セイバーがあることに気づいた。

 

「そう言えば、アーチャーは?」

 

「ん?ああ、さっき出て行ったよ。なんか、めっちゃカッケェこと言ってたわ」

 

「カッコイイこと?」

 

「そう。まぁ、そこは同じ男として、あんまり人には言えないけどさ。とにかくカッコイイこと」

 

 俺がそう言うと、セイバーは何やら全然違うことを考えているようである。

 

「俺はお前のことが好きだぜッ‼︎みたいなことですか?」

 

「いやいや、そしたらヤバイだろ。アーチャーが俺に好きって言ったら、アーチャーが同じ男の俺に気があるみたいになるだろ」

 

「えっ?そうなんですか?」

 

「いや、ちげぇよ!お前がめんどくさいこと言ったんだろ。つーか、多分俺にもあいつにもそう言う考えはないわ」

 

 俺はこう言った後、セイバーの方を見た。もしかしたら、セイバーは腐女子なのか⁉︎俺の知らぬ間に腐女子になっていたのか⁉︎

 

「えっ?セイバー、まさかそう言う男の人のラブラブを見て、胸の方がキュンキュンとかする?」

 

「はい?何を言っているんですか?そんなのするわけないじゃないですか。そんなの見て、何の得がありますか?少なくとも、私は得をしませんよ」

 

 よかったぁぁぁぁぁぁ。セイバーは腐女子じゃなくてよかったぁ。セイバーが腐女子だったら、俺はどう責任を取ればいいのかと、不安だった。

 

「そう言えば、セイバー。お前、アーチャーに用か?」

 

「えっ?ああ、何となく、聞いてみたいことがあったのです。それに、協力の件に関してです」

 

「ああ、そういや、協力の件の答えをアーチャーは聞かずに出て行ったな」

 

 セイバーは俺の目の前で、少しかしこまって俺にお願いをした。

 

「協力しませんか?」

 

 俺はそのセイバーの答えを聞いた時、少し驚いた。誰も信用しないような人だったセイバーが、誰かを信用した。それは言ってしまえば、彼女としては大きな一歩であり、大きく変わっている。

 

「それは何でだ?」

 

「……その、気になるんです。何で、私をあの時助けたのか。あの時、私たちを見捨ててもよかったのに、何で彼は私たちを助けたのかが……」

 

「ああ、それは俺も気になってた。確かに、俺たちは敵同士だし、助ける道理はない。……が、それだけじゃ理由にはならないな。もっとちゃんとした理由を教えろ」

 

 気になる。その一言だけで、この聖杯戦争で生き残れるかどうかが変わる。絶対にそんな簡単な一言だけで決めたくはない。それはセイバーも同じである。

 

「あのアーチャーの背中が私のまぶたの裏にまだいるんです。あの時、私はアーチャーに守ってもらった。その背中は、まるで私に何か大切なことを語りかけているような気がするんです。それに少しあの背中が大きく感じた」

 

 俺はそのセイバーの言葉に、何となく茶化してみる。

 

「それ、恋じゃね?」

 

「いや、流石にそれは違いますよ。それぐらいはわかります」

 

 と、セイバーから意外とちゃんとした返答をもらう。真顔でセイバーに言われたものだから、何となくイラッとくる。

 

 まぁ、それはいいとして、俺もアーチャーに協力しようと思っていたところである。アーチャーは色々な情報を知っている。仲間にすれば、その情報を教えてくれるだろう。それに、アーチャーは俺も少し気になっていた。

 

 けど、それだけじゃない。一番の理由は、セイバーが人を信用したということ。疑り深いセイバーが信用した人を、俺が信用しないと、彼女が裏切られた時にまた一人になってしまう。一人にしないように、彼女を守らないと。だから、どんな選択もセイバーが信じた道を俺も行かねばならない。

 

 いや、それは言い過ぎか。もし、セイバーが自分の破滅を選ぶ道をとろうとした場合、俺はどうすればいいのか。本人の意思を尊重するのか、侮辱するのか。

 

 ……俺はどうするんであろうか。

 

 俺はセイバーにアーチャーと協力することを教えた。けれど、次にアーチャーが来る日はわからない。

 

 俺はセイバーに早く寝ろ。そう伝えた。まだまだ俺たちには明日がある。明日がある限り、戦わなければならないのだ。

 

 ……あっ、そう言えば期末試験前ももうすぐあるわ。

 

 ……憂鬱でしかないわ。

 

 

 




じゃぁ、今回はライダーを。パラメーターなどは真名が出た時に明かします。


ライダー

年齢:不詳

体重:75キロ

身長:183センチ

属性:秩序・中庸


ライダーのサーヴァント。雪方(ゆきかた)撫子(なでしこ)に召還された。

ギルガメッシュみたいな見た目の人で、金髪の若いお兄さん。服は特に決まりなく着る。

優しい人。とにかく優しい人。あまり人のことを傷つけることを好まず、人を欺くようなことを良しとしない。誠実な人であり、誰かを守ることを自分の使命のように思っている。

戦いの際、主人公と戦っていた時も相手の心配ばかりしていたし、令呪の力がなければ人を傷つけることができない。しかし、それには彼の過去と信念に深く関わりが……。

聖杯戦争の望みは、世の中が誰もが救われる世の中になること。

本名は???。???に出てくるあの人。


宝具は二つ。

平和と残酷を隔てた壁(イートキーヅキーボゥト)』。ランクはC・対人〜対軍宝具・レンジ1〜100。
大きくて、図太い丸太みたいなトンファー。第一ルートではセイバーに壊されたけれど、それはセイバーが木材に対しての熟練の技であり、本当はそんなことできない。

無慈悲な我が主の罰は(カタストロートゥディフィーム)』。ランクはA+・対軍宝具・レンジ1〜1000。
ライダーの存在そのものが宝具である。雨を降らして、その雨水や、その雨水が混じった水を操ることができる。また、使用者であるライダーは自分の操る水を液体ではなく、個体として触れることができる。つまり、水を持てる。しかし、この宝具の発動には条件があり、「我が主の(つね)に命は入っておられるか」と言わなければならず、タイムロスが出る。


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並ぶ影

 学校から下校する。俺は靴音をたてながら、朝通った道を歩いている。長い長い登下校の時間。

 

 いつもなら自転車で登下校しているのだが、その自転車はこの前のライダーとの戦いにて使い物にならなくなってしまった。ライダーの攻撃により、ぺちゃんこに潰されて、グラムの剣勢に当たり、そしてライダーがみんなを逃がすための濁流に押し流された。あの後、道の真ん中で見つかったらしいのだが、もう乗れるような原形をとどめていなかったらしい。

 

 大変である。いつも自転車で通っている道を徒歩で行くとなると、道のりがとても長く感じる。

 

 俺がとぼとぼ歩いていると、セイバーは周りに誰もいないのを確認してから実体化する。服は現代風で、一見普通の人でありサーヴァントと分かることもないだろう。セイバーはウキウキしながら歩く。快い気持ちでスキップの音を刻む。まるで遊園地に行く子供のようである。それに対して俺の吐く息からはどよどよとしたマイナスな気分がうかがえる。とぼとぼと革靴の音が低い音を出す。

 

「今日は街へお買い物〜♪お買い物〜♪」

 

 セイバーは鼻歌を歌いながら、いかにも幸せそうな顔をしている。やっぱり男のように育てられても、根は女の子である。いや、というよりすごく可愛らしい。車に目を輝かせ、スマホのタッチパネルに驚くというように、彼女とこの世界との間には文明のギャップが非常に大きい。だから、彼女はこの世界では普通のことが、彼女にとっては楽しくて楽しくてしょうがないのだ。それに、生前もあまり森から出たことはなかったから、街というものに興味があるらしい。

 

 殺し合いのために召還されたサーヴァント。それが今、俺の目の前で天真爛漫(てんしんらんまん)にスキップをしているのだから驚きだ。男のように育てられても、女の子のように笑い、女の子のような素振りを見せる。先日、ライダー・グラムと死闘を繰り広げた後とは到底思えない。

 

 まぁ、たまにはこういうのもいいんじゃないか。セイバーは女の子だし、女の子らしいことをしてほしい。戦いなんかよりも、もっと他のことを。

 

「おい、セイバー。わかっているな?買い物の一番の目的は俺の自転車を買うことと、今日の夕食の食材だからな」

 

「わかってますよ〜」

 

 セイバーはクルクルと回り、陽気である。街へ向かう道のりが、彼女を楽しくさせている。はしゃぎ過ぎである。彼女は笑いながら俺にこう言った。

 

「ほら、ヨウ!行きましょう!早く街へ!」

 

「こらこら、勝手に行くなよ。迷子になるだろ?お前にはここの土地勘なんてないんだから」

 

 俺がそう言っている間にも、彼女はウキウキとした足踏みで前へ進む。俺との距離が大きく開いてしまう。

 

「あっ、おい!勝手に行くなって……」

 

「先に行ってますよ〜」

 

 セイバーは俺に手を振った。まったく、手のかかる人である。

 

 ……やれやれ。

 

 俺は彼女に駆け寄った。革靴の軽快な音が響いた。

 

 それから少し歩いたところに商店街みたいなところがある。俺とセイバーはそこに行った。セイバーは辺り一面を見回して感動である。

 

「スゴい!お魚屋さんに、お肉屋さん、八百屋さんもある!ここにいれば、何でも買えますね!」

 

「全部メシじゃねぇか!」

 

 俺はヨダレを垂らしまくってるセイバーの後ろ襟を掴んで、自転車屋のところまで引きずる。自転車屋の前のベンチに座らせて、そこら辺で買って来た、たい焼きを3つセイバーに渡しておく。

 

「おい、お前にそれやるからちょっと待ってろ」

 

 俺はセイバーにたい焼き3つを渡すと、店の中に入る。店の中は多くの自転車があった。ロードバイクにマウンテンバイクもある。色んな色の車体があり、部品も数多く兼ね備えている。そんな中、俺は迷わず店員にこう言った。

 

「あの、すいません。ママチャリはありますか?」

 

ーー30分後ーー

 

 俺はそこら辺にありそうなごく普通の自転車を買った。シルバー色の荷物がいっぱい入りそうなママチャリ。結構な出費である。今日のお夕食は少し少なめ、またはオール特価品になるかであろう。

 

 俺は店を出て、ベンチを見た。ベンチのところにはセイバーが座っていた。目を(つぶ)り、動かない。寝ているのだろう。俺はそんなセイバーのおでこに指を当てた。

 

 パチンッ‼︎

 

 俺はセイバーのおでこの真ん中にデコピンのめっちゃ痛いのを食らわせた。その瞬間、セイバーは両手でその箇所を覆い苦い顔をしながら悶絶している。

 

「ひどい‼︎なんてことするんですか!」

 

 泣きべそをかいて、俺の方を向く。俺は終始知らんぷりである。彼女の手にはたい焼きがない。まぁ、夕食前によく3つも食べられるものである。

 

 俺は買ったばっかりのママチャリのネットに学校のカバンを入れる。そして、スーパーに向かってそのママチャリを押す。

 

「おい、セイバー。メシ買いに行くぞ」

 

 セイバーはまだおでこを両手でおさえている。それでも、セイバーはトコトコと付いてくる。涙目になりながら、いじけていても、メシという言葉に誘われたのであろう。が、やはり俺を睨んでくる。

 

「そう怒んなって」

 

「怒りますよ。私なんにもしてないのに」

 

「出来心だから。なっ?」

 

「痛かったんですよ!結構!」

 

 と、俺に文句を散々言い続けても、俺に付いてくる。まぁ、軽いいたずらだとはセイバーもわかっていると思う。

 

「許すってこともさ、時には大事だろ?」

 

 その俺の言葉は少し彼女には棘のあるものであった。彼女はまだ自分の養父を許してはいない。許しを与えないと、彼女もその報復のために何かをしてしまう。けど、それはセイバーにとっての幸福じゃない。セイバーの幸福はもっと他のものだ。

 

 セイバーは歩きながら、こんなことを聞いてきた。

 

「ヨウも親に裏切られたと言っていましたね。私と少しだけ似ている。……ヨウはご両親を恨んではないのですか?」

 

 俺はセイバーに許すことは大切だと言った。なら、言った本人がそれをできてないといけない。

 

 俺は多分、許しているとか許していないとか関係なく、もう諦めている。もう俺の両親は死んでいるだろう。死んでいるから、許そうが、許さまいが、特にそれでどうなるってわけでもない。だから、俺は諦めている。恨んじゃないない。

 

 けど、やっぱり納得はしていない。納得できない。理由なく、俺の目の前から消えた両親を俺は許せない。せめて、理由でも何か遺書みたいなのに書いてくれればよかったのだが、そんなのは10年以上探しても見つからなかった。

 

 セイバーは俺を見て笑った。

 

「同じ、同じじゃないですか」

 

 俺もそんな彼女に微笑みかけた。

 

 俺は新しく買った自転車を前へと押す。買い物かごは大きい。色々ものが入りそうである。

 

「さて、夕食の準備のために食材を買いに行くぞ」

 

 二人の影は並んで歩く。



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そこには確かに愛がある
あんた、俺を騙したのか?


 夜、俺は台所で食器を洗っていた。夕食の時に汚れた皿を、丁寧に洗剤で汚れを落とし、それを水でゆすぐ。洗った皿は水切りして、俺は別の皿をまた洗う。冬場なので、水は温水である。手に温かみが伝わり、気持ちいい。

 

 俺が台所で皿を洗っている時、セイバーは庭で剣を振っていた。爺ちゃんが道場で使っている木刀をかっぱらって使っている。目の前に敵がいると思い込み、目に映る架空の敵をその木刀で斬り倒していた。

 

 彼女の剣術はこの聖杯戦争に参戦していて、少しだけ成長したようである。殺し合いである聖杯戦争に生き残るためには、強くあることが第一であり、彼女は日々着実に強くなっている。それでも、やはり今目の前にいる架空の敵がホンモノになった時は勝てるかどうかはわからない。いや、負けてしまうかもしれない。

 

 そしたら、彼女は今度こそ本当に……。

 

 俺は食器を洗い終えて、セイバーの所に行く。セイバーは身軽な動きをしている。ステップを踏み、剣を振る。その戦い方は少し独特だ。多分、森の中で暮らしてきた彼女にとって、足場がいっぱいあるような場所が彼女の戦いのスペースなのである。だから、ただ平らな場所だと彼女は本領を発揮できないのではないのか。まぁ、人を殺せるほどの勇気を持ったらの話であるが。

 

 セイバーは俺が来たのを知ると、俺に木刀を一本渡す。そして、セイバーは俺に木刀を向ける。

 

「ヨウ!手合わせ願いたい!」

 

 セイバーは真っ直ぐ俺を見ている。多分、人を斬ることができない木刀だからこそこんなことが言えるのだろう。確か、前にもこんなことがあったような。まぁ、でも答えは決まっている。

 

「絶対にイヤ」

 

 俺がそう言うと、セイバーは驚く。

 

「普通、私と戦いませんか?」

 

「いや、戦わねぇだろ」

 

「戦いますよ!ヨウだって剣士でしょう?」

 

「んな、ダルいのはイヤだね〜。それに、剣士じゃねぇし。武士だし。剣術だけじゃねぇし」

 

 俺は逃げる。戦うのが怖いとか、負けるかもしれないとかそんなことを考えてるわけじゃない。特に戦ったってデメリットもない。けど、今の俺は多分セイバーに本気を出せない。

 

 セイバーは可憐な花である。血と死しかないこの聖杯戦争に場所を間違えてしまった花である。そんな花は血と死しか栄養とできない。そんなのはあんまりである。だから、俺は彼女をこの凄惨な聖杯戦争から出してあげたい。花である彼女を鍛えたところで、何にも変わらない。いや、むしろ彼女はこの聖杯戦争に執着する。強くなり、大地に根を張り、引っこ抜くのには力がいるし、最悪花を傷つけてしまう。だから、彼女は何もしなくていいんだ。

 

 花は俺が守るから、花は綺麗に咲いていればいいんだ。

 

 俺がセイバーの誘いを蹴ると、屋根の方から聞き慣れた声が聞こえた。

 

「そうだ。ヨウは別に剣だけではない。弓だって、槍だって少しできるぞ。もちろん、その他の武器も一通りな。ただ、ヨウは剣が少しだけ他のに比べて秀でているだけだ」

 

 俺たちは屋根の方を振り向いた。そこにいたのは鈴鹿であった。

 

「鈴鹿⁉︎何でここにいる?」

 

 俺の頭の中にはクエスチョンマークが何十個も浮かんできた。鈴鹿は神零山から出られないはずである。なのに、なぜ鈴鹿がここにいるのか。

 

 という疑問もあるが、そんなことよりも、何で俺が他の武器も扱えると鈴鹿が言うのか。扱えるっちゃぁ、扱えるけど、凡人よりも少しだけ上手な程度である。上手いと言われるほどのものでもないし、ハードルを上げられると少し困る。

 

「いや、俺、そこまで上手くないよ。剣の扱いはまぁまぁだけど、他はそんなにねぇ……」

 

 なんか、自分で自分のことをバカにしているみたいで悲しくなってきた。……そうですよ、俺は家事と剣以外はそんなに秀でたことはありませんよ。武士としては失格ですよ〜。

 

「なっ⁉︎そ、そこは、私の話に合わせろ!ヨウ!」

 

 鈴鹿も鈴鹿で、堂々と俺のことを言っておきながら、その当の本人に否定されて赤面している。これは恥ずかしい。セイバーは笑みを浮かべて勝ち誇ったような顔をする。

 

「あら?結局剣しかできないんですか?じゃぁ、剣しかできない武士ですね」

 

 うっぜぇぇぇぇ‼︎これが俗に言うドヤ顔かっ‼︎あのセイバーに見下されているっ‼︎すげぇ、屈辱‼︎

 

 ……いや、待て待て。クールにいこう。こんなの俺じゃない。鎮まれ、鎮まれ。今、言葉を向けるのはセイバーじゃない。鈴鹿だ。鈴鹿。

 

 俺は目をシリアスモード用にキリッとさせる。二重まぶたにする。

 

「おい、鈴鹿。お前、なんでここにいる?あの山から出られないんじゃなかったのか?」

 

「ん?ああ、その件か。—————あれは嘘だが」

 

「えっ?」

 

「なんだ?気づいていなかったのか?私はてっきり気づいていたと思ったんだが」

 

「いや、待ってくれよ。……嘘、ついてたのか?」

 

「ああ、そうだ。今まで話したことも全部嘘だぞ。山から出られないことも、私が幽霊ではないことも全部嘘だ。……まさか、本当だとでも思ったのか?」

 

 え?なんだよ、それ。今まで俺に嘘をついてたみたいな言い方は。山から出られないのは本当じゃなかったのか?今まで俺に嘘をついてきたのか?俺への笑顔は偽りなのか?俺は今までずっと信用してきたのに、信用できる奴だと思っていたのに。

 

 鈴鹿は少しやつれていた。辛そうである。というより、消えそうなのだ。体が少しだけ透けている。ホログラムのようであり、いつもよりも存在が薄い。悲しそうな目で俺を見ている。まるで俺を(あわ)れんでいるみたいに。

 

「……なんで、俺に嘘を吐いた?」

 

 俺はいきなりの事態にあまり対応できていない。ただ、怒りだけが湧き上がってくるのを感じた。今までずっと俺の信用を影で笑っていたであろう鈴鹿に対しての怒りは膨大であった。

 

 今、目の前にいるのは鈴鹿自身だが、いつもの彼女ではないと分かる。それは鈴鹿が変わったのではない。俺が鈴鹿を見る目が変わった。

 

 鈴鹿の一言で今、俺は鈴鹿に怒りを持った。今までずっと俺に優しくしていてくれた鈴鹿が憎く思えた。鈴鹿が何を思っているのかは知らないけれど、なんで嘘をついたのか知りたかった。孤独であった俺に手を差し伸べてくれた人である鈴鹿が、今までずっと俺を騙していた。そして、それに気づかなかったという自分に怒りが湧いた。

 

「—————あんた、俺を騙したのか?」

 

 俺はその時ある音を聞いた。ブチッと何かが切れる音が聞こえた。まるで目に見えない、何か温かくて大事なものが切れた。俺と鈴鹿を繋いでいるものが切れた。

 

 セイバーは俺に声をかけた。彼女は俺を過去の自分と照らし合わせた。鈴鹿への目が変わっていた俺がそのままではいけないと彼女は思った。自分と同じ運命(みち)をたどるかもしれないと彼女は悟った。

 

「ヨウ、少し落ち着いて」

 

 セイバーの声は俺には聞こえなかった。鈴鹿だけを見ていた。俺に嘘をついた鈴鹿だけをじっと見ていた。まるで何かに取り憑かれたように、怒りだけに任せていた。さっきセイバーに渡された木刀を握りしめた。

 

「なぁ、鈴鹿。あんた、何しに来た?まさか、これだけ言うためにいたわけじゃねぇだろ?」

 

「まぁな。それだけのために、お前に会いには来ないからな。それだけのためなら、お前がまた来た時に教えてやればいいからな」

 

 鈴鹿はそう言うと蔵の方を見た。蔵の方はまだアーチャーが爆破させた残骸が残っている。まだ、片付けはしていないからである。俺は面倒くさがって片付けなかったし、爺ちゃんも理由があるらしく蔵の残骸を片付けなかった。

 

 鈴鹿はそんな蔵に向かってため息をついた。

 

「この蔵のせい……か」

 

 彼女は背中に背負ってある3本の剣のうちの一本を選ぶ。彼女の剣はどれも大振りの剣であり、一本しか持てない。彼女はその剣を両手で握り、その蔵に剣を振ろうとした。

 

「おい、何してんだ?」

 

「何って、瓦礫を片付けるだけだが」

 

「ちょっと待てよ、普通俺の方が……」

「うるさい」

 

 俺の話を断ち切る鈴鹿。鈴鹿は俺のことを一切見ようとしない。蔵の瓦礫の山を見ている。少しだけ急いでいるようである。何か、やらなければいけないことをするために来たとでも言うような面構えであった。やつれた横顔が見える。何かに耐えている彼女。そんな彼女に俺は怒りを見せていた。

 

 彼女は一振りの刀を両手で持って、その刀を横に振った。軽やかに、止まることなく、スッと風を切る音が聞こえた。

 

「振り払え、大通連(だいとうれん)

 

 彼女の持つ刀が(くう)を切り裂く。すると、彼女が空で描いた剣先の軌道が繋がり、そして瓦礫の山に向かって飛んで行く。

 

 斬撃が、物理法則を無視して瓦礫の山に当たった。その時、瓦礫が真っ二つに斬られたのである。全ての瓦礫が、その斬撃によって断たれた。

 

 彼女の名は鈴鹿御前。『天女』、『鬼女』と呼ばれ、伝説化された女武士である。

 

 悲しき女武士(たれ)のために嘘をつく?涙がほろりと頰を伝う。

 



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ここは全ての始まり

※ 今回は(かたな)(やいば)という紛らわしい言葉が多々出てきます。


 鈴鹿御前。それが鈴鹿の真名である。別に隠すつもりもなければ、ばらすつもりもなかった。彼女にとって真名などはどうでもいいのである。

 

 実際、俺は彼女が鈴鹿御前であることは前々から予想付いていた。剣捌きが達人並みに上手く、そして女性である。また、鈴鹿と名乗るので、大方予想はついていた。

 

 鈴鹿御前は切り崩した瓦礫をどかそうとした。が、しかし彼女はあくまでも霊体である。人に見えたとしても、物に触れることは許されてはいなかった。彼女は瓦礫に触れられず、通り抜けてしまった。

 

 また、彼女は少しだけ悲しい顔をする。その顔はやめてほしいものである。俺だって見たくない顔だ。彼女は俺の方を振り向いた。長年の付き合いで、俺は鈴鹿御前が何をしろなど等の命令は言われなくとも理解できた。さっきまで怒っていたはずの俺は、さっきの彼女の顔を見て少しだけ思いが変わっていた。俺はため息をつきながらも、瓦礫を退()け始めた。

 

「なんで、瓦礫を退けないといけないんだ?」

 

「まぁ、見てろ」

 

 見てろと言われても、瓦礫を退けるのは俺なんだが……。

 

 怒り半分興味半分で、興味が勝った。俺は鈴鹿の言われた通り、瓦礫を退ける。鈴鹿が瓦礫を切ったため、少なからず運びやすい。ただ、冬の時期にかじかんだ手で、力仕事をするのは辛いものである。途中からは足も使って瓦礫を動かす。師走の上旬の夜中には、もう白い息がでる。汗が額に出てきた、背中に服がくっつく。

 

 作業を始めてから10分くらい経った。俺はまた瓦礫を持ち上げる。すると、そこの下には大きな穴があった。下へと行ける階段が、瓦礫の下に隠れていた。

 

「なんだ?これ」

 

 俺がその空洞を見つけると、鈴鹿はその空洞に向かって、何やら鋭い目つきをする。俺は瓦礫を邪魔にならないところに置く。そして、鈴鹿にこれはなんなのかと聞くが、鈴鹿は気になるなら来いと言うのである。

 

 そりゃ、気になってしまう。何かわからないけれど、鈴鹿がなんで今、ここに来たのかとかが知ることができるかもしれない。それに、多分、この穴が色々なこと全てに繋がっているような気がする。根拠はないけれど、そう思うのである。

 

 鈴鹿はその空洞を降りてゆく。俺も覚悟を決めた。足を前へと進めるのである。セイバーも、俺についていくようにその穴の中へと入ってゆく。

 

 穴の中は少しだけ暗かった。通路みたいだった。鈴鹿はその先へと進む。俺とセイバーも鈴鹿に続いて、穴の奥へと進む。

 

 暗い。明かりがないから、少しだけ怖い。鈴鹿とセイバーがいるけれど、さすがにこの暗さは恐怖心を覚える。セイバーは俺の腕にぴったりとくっついて歩くのである。

 

 歩いていたら、鈴鹿がいきなりピタリと止まった。

 

「ヨウ、横にあるスイッチを入れてくれ」

 

 暗闇の中、スイッチなんか見つかるかよと思っていたが、手を伸ばして手探りで何かのスイッチ的なのを見つけた。俺はそのスイッチをつけた。

 

 すると、上に光が灯された。電球が上に取り付けてあった。少しだけ頭の部分が暖かく感じる。電球の出す熱が伝わる。昔の頃の電球であった。

 

 俺は暗闇だったのに、いきなり明るくなるから目が(くら)んでしまった。一旦、目を閉じた。そして、もう一度、ゆっくりと目を開ける。すると、そこにあるのは刀であった。刀が大切に飾られていたのだ。

 

 いや、刀だけではない。槍に弓に扇子、兜に鎧、古書に巻物などがそこにはあった。見栄えが良い置き方である。飾ってあるのだろうか。

 

「ここは?」

 

 俺がそう聞くのは必然的であった。今まで十何年もこの家に住んでいるのに、こんな場所があるということを一切知らなかった。今までずっと近くにいたのに気づかなかった。驚きである。

 

「ここは、歴史的物品が飾られてある場所だ。ヨウ、お前のお爺さんは蔵によく出入りしていなかったのか?」

 

「よく出入りしてたけど……。頻繁に」

 

「それで気づかなかったのか?少しは何があるかぐらい気にならないのか?」

 

 全ッ然気にならなかった。というより、普通に蔵の存在自体を忘れている時だってあったわ。

 

「月城家が今まで集めた、歴史的物品なんだ。特に、お前のお爺さんはこういう骨董には目がないようだからな」

 

 は⁉︎何だと?骨董⁉︎

 

 俺はその事実を知って辺り一面を見回す。これ一つ一つが物凄いお値段なんだろう。と、すると、爺ちゃんはその物凄いお金を骨董に費やしていたということか?

 

 ……許さん!貴重な生活費を骨董なんぞに使いおって!今、俺、鈴鹿への怒りよりも爺ちゃんへの怒りの方が断然デカイかも。今までの生活費のやりくりをしていた俺の苦労が儚いものであったと思えてきた。

 

 しかし、骨董といっても、あまり芸術的な物はない。ほぼ武器や、軍需的な物である。まぁ、そこら辺は武士としての家系的に集める物を、そういうものだけに限定していたのだろう。

 

 鈴鹿はある箱に近づいた。そしてその箱のフタを開けようとしたが、触ることができない。なので、俺を呼び、この箱のフタを開けろと命じた。俺は言われた通り、箱のフタを開ける。そこに入っていたのは刃であった。刀の刃であり、その刃には血抜きがあった。その血抜きはまるで妖々しい緑色の光を放っている。俺はその刃を触ろうとした時、鈴鹿が大声を出した。

 

「やめろ、ヨウ!触るな!」

 

 俺がその刃に触る前に、彼女は大声でそう言うのである。その時の彼女の声はまるで今まで聞いたことのないような声であった。大げさに大声を出して、俺の心臓が止まってしまうかと思うくらいびっくりさせた。

 

 その妖々しい光を放つ刃は綺麗なものであった。刃がちゃんと手入れされていた。素晴らしい刀であったのだろう。

 

「おい、なんで触っちゃダメなんだ?」

 

「別に触ってもいいぞ。ただ、お前の命は無くなるがな」

 

「えっ?」

 

「それは顕明連(けんみょうれん)の刃だ。命を吸い取る貪欲な刃」

 

 顕明連とは、鈴鹿御前が生前使っていた宝剣の中の一つ。生前、彼女がこの宝剣を手に負うことができずに自ら刃を折ったのである。その理由は彼女の言う通り、命を吸い取る貪欲な刃で、この刃が生命体に触れた瞬間、その生命体の命という概念そのものを斬る。つまり、この宝剣は魂を斬ることができる剣であり、恐ろしい力を秘めている。

 

 鈴鹿はその宝剣の担い手とされるが、実際彼女でさえも扱いきれなかったのである。だから、彼女は自らの刀を折り、刀として殺そうとした。しかし、その刃は未だに妖々しい光を放ち続けている。

 

 鈴鹿はセイバーの方を向いた。

 

「確か、真名はシグルドと言ったな?」

 

「え、ええ」

 

「なら、鍛治は出来るかな?」

 

 鈴鹿はそう言うと、背中に背負ってある3本の中の1本を抜いた。その、刀を抜いている姿は俺も見たことがないので、前まではどんな刀だろうと思っていた。けど、今なら分かる気がする。

 

 彼女が抜いた刀は(つか)しかなかった。しかし、その柄に少しだけ残っている刀身と、妖々しい光を放つ刃の割れ目の形が同じである。つまり、その刃は鈴鹿御前が生前所持していた顕明連の刃であるのだ。

 

 つまり、今、鈴鹿はセイバーに顕明連の修復を依頼しているのだ。命という概念そのものを切る顕明連という禍々しい力を持つこの剣を。

 

 しかし、俺には幾つか疑問があった。

 

「おい、待ってくれよ、訳わかんねぇよ。なんで鈴鹿がここにいるんだ?それに、なんで鈴鹿がここの場所の事を知ってるんだよ。あと、セイバーに修復してもらおうにも、その柄はあんたと一緒でこの世には存在しない!だってあんたは—————幽霊だろ?」

 

 俺の言っていることはもっともな事であった。俺は別に間違ったことは一切言っていない。全て、鈴鹿の言われたことを信用して言っているだけであって……。

 

 ……信用?

 

 俺はさっき、蔵の前で鈴鹿に言ったことを思い出す。

 

「あんた、俺を騙したのか?」

 

 騙した?

 

 確かに彼女は言っていた。全て嘘だと。なら、もしかして……。

 

「—————鈴鹿、お前、幽霊なのか?」

 

 核心につく一言であった。俺はある可能性を思いついてしまったのである。

 

 俺の親は聖杯戦争に参加していた。彼女はここの場所を知っていた。セイバーはここから召喚された。ここには聖遺物となるものが多数ある。そして、アーチャーが蔵を、いや蔵にある何かを破壊しようとしていた。その理由は聖杯戦争の被害を小さくするため。

 

 まさか‼︎

 

 俺はこの部屋の中で、あるものを探した。必死になって、息を切らして、俺のもしかしたらの仮説を証明させるために探した。部屋の中のものをどかして、箱の中のものをいちいち確認した。

 

 すると、ある箱の中に見つけてしまったのである。

 

「……これか?」

 

 それは黄金色に輝く指輪であった。俺はその指輪をセイバーに見せた。そしたら、セイバーは驚いていた。彼女はその指輪を見て不快な表情に変わった。

 

 確か、シグルドの伝説には指輪があった。物語を破滅へと導く指輪があった。これが聖遺物としていたのなら、この近くにあるはずである。

 

 俺はその箱の周りを(くま)なく探した。見逃しがないように、かつ素早く。血眼で、聖遺物の近くにあるものを探した。

 

「……あった」

 

 箱の近くに、床に描かれていた赤い魔法陣。その魔法陣が、俺には何を意味しているのかが分かった。

 

「こいつの仕業なのか?全ては」

 

 この魔法陣は、サーヴァントを召喚するためのものである。それは、ここから俺の聖杯戦争が始まったことを意味し、もしかしたら、前回の俺の両親が参加した聖杯戦争もここから始まったのかもしれない。

 

—————ここは全ての始まりの場所である。




はい!Gヘッドです!今回は色々とすごいことがわかりましたね。はい、これは多分全てのルートに繋がる大事な回です。ちなみに、ヨウくんのお父さんとお母さんの聖杯戦争は、今のところ書く気はありません。回想ぐらいです。

多分、次の回には鈴鹿が大暴露しちゃいます。まぁ、でも第一ルートの最大の驚きはそんなところじゃありませんけどね……( ̄▽ ̄)。という期待をばら撒いておきます。( ̄ー ̄)



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もう答えは出ていた

はい!Gヘッドです!

今回は少し短め。でも、次の回は長くするつもりです。


 今、俺がいるこの現状を作る原因となった部屋に俺はいると確信したけれど、自然と怒りは起きなかった。別に、この部屋はいい場所だとは思っていない。けど、怒りは起きない。

 

 鈴鹿はセイバーに自分の持っている顕明連を渡そうとした。

 

「おい、それ、セイバーは触れないんじゃないか?だって、それも霊体なんだろう?」

 

 昔、俺はある疑問を抱いた。『何故、鈴鹿の持つ刀も霊体なのか?』と。そしたら、鈴鹿はこう答えた。

 

「この刀は私の体の一部でもあるくらい馴染んでいる。刀に血脈が通っているのだ。だからこの刀は私と同じで霊体なんだ」

 

 その話からいけば、俺がそう考えるのは別におかしくはなかった。(げん)に、彼女は物に触れようとしても彼女は触れることができず、刀が物質であったのなら、そもそも彼女がその物質である刀に触れる事ができること自体がまずおかしい。だとすると、彼女は霊体であり、その刀も霊体であると考えることができ、それぐらいしか考えは思い浮かばない。

 

 けれど、彼女はさっきこう言った。全て、嘘をついていたと。これも嘘ならば、どういうことであろうか?

 

 鈴鹿はセイバーに手袋をはめさせた。顕明連は(じか)に触れていなければ大丈夫だという。そして、セイバーは手のひらを上に向けた。鈴鹿はセイバーの手のひらの上に(つか)のついた方の折れた顕明連を置いた。その顕明連は何事もないかのように、セイバーの手のひらに乗った。それは、乗るはずがないと考えていた俺への否定となり、鈴鹿が言っていたことが段々とぐちゃぐちゃになってきた。何が何だか分からない。素直に言えば、それが今、俺の頭の中の状況である。

 

 鈴鹿は俺にこう聞いてきた。

 

「ヨウ、確かこの家には刀を鍛え直す蔵もあったはずだが……どこだ?」

 

「ああ、ここにはねぇよ。この家から100メートル離れたところに、この家が所有してる蔵がある」

 

 月城家は代々、日本の猛者(もさ)ともなる武士(もののふ)を育ててきた。ならば、必然的に刀を使うものも出てくるし、刀は刃に(ほころ)びができたら戦うことさえできやしない。だから、刀を鍛え直す場所を所有している。今日は0のつく日であり、爺ちゃんは修行に行っているから、勝手に使ってもバレやしないだろうし、爺ちゃんは鍛冶なんてできない。だから、まぁ、大丈夫だろう。

 

 ……けど、何故鈴鹿は月城が鍛冶の蔵を持っているということを知っているのだろうか?

 

 鈴鹿は俺にそこまで連れて行けと言う。しかし、今、現在夜中である。もし外に出た時、あのバーサーカーみたいなのに会ったらどうするんだよ!

 

 いや、大丈夫か。今は鈴鹿がいるし。

 

 いやいや!でもダメだ!だって夜中だろう?夜中に鉄を伸ばすために出る打つ音なんて近所迷惑でしかないから!それに、今までセイバーは『西洋の剣』を鍛冶してきたが、『日本の刀』は初めてであろう?そんなことができるわけがないじゃないか!

 

 が、一応なのでセイバーに聞いてみた。そしたら、頼もしい返答が返ってきた。

 

「ああ、私の手にかかれば、音を出さずとも接合くらいは簡単にできますよ。それに、刀だからどうとかっていうのはありませんら。基本的に剣、刀、槍、またその他の大抵の武器は簡単にできますよ」

 

 その時のセイバーはまるで後光がさしているように、とても神々しかった。戦いとなると、怖気(おじけ)付いて何もできない彼女にまさかこんな特技があったなんて!

 

 俺はセイバーの話を信じて、俺たち3人は鍛冶をすることができる蔵まで移動する。街の街灯が光を灯し、その街灯には蛾が群がる。夜のこの街には静寂が広がり、時々流れる冬の風は鼻と耳を赤くさせる。歩く足音は静寂の街には似合わない。無音の中に響く音は敵を呼び寄せるかもしれない。首を回して視界を広げた。たった100メートル弱の距離でも、敵が襲ってくるかもしれないという恐怖がある。

 

 鍛冶場に着いた。俺は木でできた蔵の扉を開ける。木が擦れる音が響く。扉を開けると、夜の街の(かす)かな光が真っ暗な蔵の中に差し込んだ。蔵の中は(ほこり)くさくて、人が手入れしていなかったことが一目瞭然であった。俺の父さんは鍛冶をすることができたらしい。だから、多分父さんが死んでから、今までずっとここは使われていなかった。10年前のままである。

 

 蔵に明かりを灯す。俺は蔵の中を見渡した。鍛冶の道具には埃がかぶり、隅にはクモの巣が張ってある。虫が地面を這う。

 

「きったねぇ〜」

 

「まぁ、そうですね。虫はどうってことないのですが、埃はイヤですね」

 

 セイバーは鈴鹿の刀を鍛え直すのに使えそうな道具をそこら辺から集めてきた。トングや金槌に砥石。そんな拾い集めみたいな道具で大丈夫なのだろうか。

 

 セイバーは早速、刀を鍛え直すために、窯に火をつけた。木材を投下して温度が上がるのを待つ。いきなり、本格的な鍛冶なんて無理だろうけれど、それでも時間をかければ何とかなるだろう。まぁ、そこはセイバーを信用するしか他にない。

 

 俺はふとあるものを見つけた。それは入り口の棚のところに置いてあった写真である。俺はその写真を手にする。そこには俺が映り込んでいた。俺と母さんと父さんの3人が映っていた。みんな笑顔で、幸せそうである。俺はこの10年でこの笑顔を失ってしまったのだろう。

 

 鈴鹿はその写真を見て、顔を暗くした。その写真から目を背けた。まるでこの幸せな光景を映したこの写真に後ろめたい気持ちを持っているかのようだった。

 

「ヨウ、少しいいか?」

 

 鈴鹿は扉を開けた。その行為は彼女が今、霊体ではないという証拠である。けど、霊体でもある。そんな二つの存在になれるなんて……。

 

 もう答えは出ていた。彼女が俺の方を振り向いた。三日月の光は彼女を悲しさで包み込んだ。

 

 

 

 



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その距離は近く、そして遠い

はい!Gヘッドです!

すいません。前回、いっぱい書くとか言っておきながら、そんなに多く書けませんでした。前回と同じくらいです。


 セイバーの邪魔にならないように、鈴鹿は外で話したいらしい。別に外でも中でも寒いことに変わりはないから、別にどっちでも良かった。けれど、鈴鹿の表情からして、多分俺と鈴鹿の問題であるような気がした。2人の問題にセイバーは立ち入ってほしくないのだろう。

 

 蔵の外で、彼女は壁に寄っかかった。そして夜空を(あお)いだ。そして、決心したのか、ふぅと息を吐いた。

 

「ヨウ、今まで悪かった」

 

 鈴鹿は俺に頭を下げた。俺の目の前で、俺の師ともあろう鈴鹿が頭を下げている姿は実に滑稽(こっけい)で、やめてほしかった。俺に頭を下げるような人になってほしくなかった。()()り返って、偉そうにしていてほしかった。偉そうにしているのに強い鈴鹿が俺の中での鈴鹿であり、今目の前にいるのは鈴鹿じゃないような気がした。

 

「なんだよ、嘘をついてきたことか?」

 

 さっきまで俺は嘘をついてた鈴鹿に対して怒りを持っていた。けれど、鈴鹿と接していると自然と怒りはどこかへ消えていった。いつもの鈴鹿だ。いつもの鈴鹿じゃないけれど、いつもの鈴鹿である。俺の知らない鈴鹿と知っている鈴鹿がそこにいたから、俺の怒りは怒りではなくなった。

 

 鈴鹿は目を閉じた。そしてゆっくりとうなづいた。彼女の長い後ろ髪に当たる光が少しだけ動いて戻る。

 

「お前には話す必要がある。そう思うんだ」

 

 今日の彼女の口調は少し淡々としていた。いつもなら俺に対して、少し元気よく馬鹿っぽく俺に話しかけるのに、今の俺に彼女は大人のように重苦しい声で俺に語りかける。

 

 そんな彼女を見ていると苦しい。まるで何かを我慢しているかのようである。それは俺も同じで、俺も我慢していた。二人とも我慢しているってことは知っているけど、それをさらけ出せるほど俺たちは器用じゃない。

 

 俺が我慢していること。それはこの聖杯戦争に巻き込まれたということである。命の危険が伴う聖杯戦争という階段を上っている俺。その階段は柵のない高い階段で、落ちたら重症、または即死。そんな辛いところに俺は立たされていることを我慢している。

 

 なんで俺だけ?

 

 よく考える。多分、セイギや雪方は自らこの危ない階段わ上ろうとしたけれど、俺は違う。だから、その運命を恨んでいた。けれど、この頃少しだけそう思わなくなってきた。俺はその運命を受け入れてきているのだと思っている。それだけの器量を持ったのだと。だから、悲しみに暮れるよりも、悲しみの中から幸せを見つけるようになった。

 

 蔵の中から金属を叩く音がした。

 

「おい!セイバー!音、聞こえてんぞ!」

 

「ちょっと腕、鈍っちゃったみたいです!」

 

 はぁ、まったく。セイバーが音を出さずに鍛冶できると言っていたから信じたのに……。とんだ食わせ物である。

 

 俺とセイバーの言い合いを見ていた鈴鹿はクスッと笑う。

 

「面白いな。お前たちは」

 

 面白いことをしようとしたわけじゃない。なんかすげぇイラッときた。ちょっと一発ぶん殴ろうか。……いや、殴る前に斬られそうな気が……。

 

 鈴鹿は俺の持っていた写真を見る。懐かしそうに見るその目は俺の両親を知っているんだろうと、直感で分かってしまった。

 

「あの2人も、お前たちみたいにこういつも騒いでいたな」

 

「それって俺の両親か?」

 

「ああ、そうだ」

 

「……そう。ふ〜ん」

 

 俺の呆気(あっけ)ない返事に鈴鹿は少し驚いた。

 

「もう少し驚くと思っていたのだが」

 

「いや、驚いてるよ、内心は。でも、それ、予想してたし。お前が俺の両親を知っているってことぐらいは、何となく予想できた」

 

 俺は他のサーヴァント(主にあのバーサーカー)に襲われた時のために持っておいた木刀の先を鈴鹿の首筋へと伸ばした。

 

「で、どうですか?今回の聖杯戦争は。お前の時よりも悲惨か?—————前回の聖杯戦争のセイバーさんよぉ」

 

「……」

 

 俺と鈴鹿の間に静寂という無の時間が流れた。彼女は一瞬、目をパッと開いたが、またすぐ目を閉じた。彼女の唇がゆっくりと開く。

 

 とその時、

 

「えぇぇぇぇぇぇッ⁉︎鈴鹿さんって前回のサーヴァントだったんですか⁉︎私の先輩だったの⁉︎嘘〜⁉︎」

 

 セイバーが蔵の中で大声を出して驚いている。金属を打ち付ける音も一緒である。外からでもバリバリ聞こえた。

 

「おい!うっせぇぞ!なんでお前がここで入ってくんだよ!折角、カッコよくキマッたと思ったのに……。台無しじゃねぇか!」

 

「えー、私のせいですか?私はただ驚いただけですよ〜。それより、さっきのはなんですか?なんか、少しダサかったんですけど。……あっ、あれってもしかして決めゼリフでした?」

 

 セイバーはまるで俺を舐めているかのような口調で俺と話す。俺が決めたちょっとカッコイイシーンを台無しにしやがった。

 

 チッキショー‼︎‼︎セイバーめ、あいつのせいで俺のカッコイイシーンをどうしてくれるんだよ!普通、ああいう時は黙ってるんだよ!っていうか、さっきからガンガンと金属音が聞こえるし、絶対アウトだからね。これ、敵に絶対に見つかってるわ。本当、もう最悪としか言いようがないよ。

 

 壁越しにまた喧嘩している俺とセイバーを見て、また鈴鹿は笑った。

 

「やっぱり、お前たちは似ているな」

「似てねぇよ!」

 

 俺が必死に反論すると、鈴鹿はそんな俺を見てまた笑った。そんな笑顔は初めて見たし、そんな風に笑えるんだなって思えた。でも、初めてだからこその笑顔がどういうものであるかも何となく推測できたし、その推測の結果を俺は見て見ぬフリをした。

 

「何故、私が前回の聖杯戦争のサーヴァントだとわかった?」

 

「……別に、わかったっていうか、そう感づいたっていうか……」

 

 わかっていたわけじゃない。そうかもしれないと思っただけである。ただ、そのそうかもしれないという可能性が確定したのが、セイバーに刀を渡した時と、蔵の扉を開けた時である。あの時に、ああそうなんだと思った。

 

 お前が俺の目の前に現れたのは偶然ではなく、必然なんだと。

 

 お前は俺の両親のサーヴァントなんだろ?

 

「なぁ、鈴鹿。お前さ、俺を守るために俺の目の前に現れたのか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 俺はその鈴鹿の言葉を聞いた時、少し心の奥底で絶望した。俺は今まで鈴鹿は本当に信用できる奴で、俺の数少ない支えの一人だった。だから、肯定ではなく、否定してほしかった。俺と出会ったのは偶然であり、俺と鈴鹿との長い関係は誰かからの指示で作られたものではないと。

 

 今、俺と鈴鹿との間には刀一本分の間があった。二人の間の(へだ)たりは近いか?遠いか?

 

 



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ああ、守らねば。

はい!Gヘッドです!

今回は鈴鹿さんの過去をざっくりと簡単に、そして次のお話に続くようにしております。一人称は鈴鹿さんですね。


 10年ほど前のことであろうか。私はある魔術師によって召還された。

 

 名は(なつめ)日和(ひより)。彼女は優秀な魔術師であった。『凶祓(まがばら)いの巫女』、それが彼女の一族の別称であり、彼女はその一族の中でもとても優れた魔術師として名を()せていた。

 

 そんな彼女には二人の家族がいた。夫と子供であった。夫は武士の武家の師範であり、剣術や剣技だけならその男の方が高かった。その上、弓矢、乗馬、槍、体術と何をとっても出来る男であり、サーヴァントである私よりも一段と強かった。

 

 しかし、その夫は平和的な男であり、武を振るうことを良しとはしなかった。宝の持ち腐れであり、そんな男を私のマスターは愛していた。

 

 子は月城陽香という男の子であった。しかし、私はその子については何も知らなかった。私は聖杯戦争の間は彼と直接会ったことはなかったのだ。私のマスターは自分の子には聖杯戦争な参戦してほしくないという理由で、令呪の最初の一画を使い私と子を会わせなくさせた。

 

「たった一人の子供のためだけに、令呪を使うとは」

 

 その頃、私は貴重な令呪をバカなことに使うマスターだと罵った。しかし、彼女は笑いながら私を(さと)すようにこう言った。

 

「あなたにも、愛する子ができたらわかるわ」

 

 私はその言葉を嘲笑った。その言葉は私にとって無用な言葉であったのだ。もう私は死んだ者であり、また愛する子を産むわけでもない。また、そのようなことを聖杯に望んでもいない。私はただ、自らの技がどこまで他の英雄たちに通じるかを知りたかっただけなのだ。

 

 だから、私はその言葉の意味を一生理解できないと思っていた。

 

 そう。聖杯戦争さえ終わってしまえば、私という存在はこの世から消えてなくなるものだと思っていた。

 

 でも、私は消えなかった。今もなお、10年も経つのに私は今、その子の前にいる。

 

 いや、正確に言うと消えなかったというより、消えさせてもらえなかった。私のマスターはとある事情で、聖杯の半分を私の体の中に埋め込んだ。そして、彼女はもう半分を持って何処か別の場所に消えていった。

 

 他のサーヴァント7人分の魔力のうちの4人分の膨大な魔力が私の中には埋め込まれており、私の体は聖杯の魔力(ナカミ)である。だから、私は10年間、マスターがいないのに現界し続けることができた。

 

 私のマスターは聖杯の半分と一緒に何処かへ消えてしまう際、私に最後の令呪を使ってこう託した。

 

「私の可愛いあの子を、どうかよろしく。お願い、鈴鹿‼︎」

 

 今もなおその光景が鮮明に思い出せる。涙を流しながら、私に全てを託した彼女はどこまでも尊敬できる人であったと私は思えた。

 

 それでも、最初は子供の世話なんかする気なんてなかった。聖杯戦争が終わってもなお、聖杯の膨大な魔力を持っていた私は、サーヴァントであるにも関わらず現界し続けていたが、令呪の効果はもう私にかかってはいなかった。それは私とマスターとの間の関係が切れたことを意味した。だから、私は静かに山の中で暮らそうと思った。また、生前のように山に篭り、ただ刀の技を磨くだけでよいと思っていた。私に与えられたサーヴァント3人分の魔力が尽きるまで、気ままに生きていこうと思った。前回の聖杯戦争のような面倒事に巻き込まれるのは御免だった。

 

 しかし、お前は来た。私が一人、人気のない山の中で刀を振っていたら、泣きべそをかきながら私のところに来た。そして、お前は私を見て、目を輝かせてこう言った。

 

「おばけぇっ!」

 

 私はヨウの顔を知っていたが、ヨウは私のことは何一つ知らなかった。私のせいで両親は何処かへ行ってしまったのに、そんな私を見てヨウは無邪気な笑顔を見せた。

 

 子供は苦手である。あまりにも唐突に笑い、唐突に泣く。その上、何を考えているのかわからないし、実に怖い。生前、人との関わりはあまりなかったし、子供との関わりなんて一切なかった。だから、私はヨウがまともに話した初めての子供であった。

 

 第一印象は、予想通り『面倒くさい』という言葉しか思い浮かばなかった。馬鹿みたいに元気が有り余っていて、サーヴァントである私でさえも振り回された。それに、幽霊である私に物怖じせずに、むしろ私と遊んで笑うのである。

 

 本当に面倒くさかった。けど、楽しかった。まるでその姿はマスターのように思えた。でも、やっぱり子供で、少し私も彼といたいと思ってしまった。

 

 でも、時は待ってはくれないのだ。ヨウが家に帰る時、彼の後ろ姿はとても(もろ)く見えた。

 

「ぼくね、おとーさんとおかーさんがいないの」

 

 彼のその言葉は私にはとても痛かった。全ての元凶は私であるとも考えることはできるのだ。彼は泣いてはいないものの、すごく寂しそうな顔をした。胸が苦しくなった。まだ大人の言っていることが理解できない子供に対して、私は許しを()いたかった。

 

 小さな子供のお父さんとお母さんを奪ってしまった罪はとてつもなく大きく、それは大人の私には計り知れないことだとわかった。

 

 だから、私は悲しく帰るヨウにこう言った。

 

「いつでもここに来ていいぞ」

 

 その時、私は彼女の言っていた言葉を思い出した。私にも愛する子ができたらわかる……か。

 

 子供とはとても純粋なんだな。

 

 それが自らの子であるなら、なおさら守りたくなるだろう。

 

 彼女の言葉がわかった時、私は後悔した。前回起きた、聖杯戦争という名の惨劇を私はもう忘れない。そして、聖杯の魔力(ナカミ)となった私は、いわば聖杯自身である。もう、あんな惨劇は起こさない。

 

 こんな子供の未来を潰すなんて、私にはもうできない。たった二人でも、この子にとっては大きな存在だった。

 

「私は、私は、なんてことをしてしまったんだッ‼︎」

 

 私がもっと強ければ彼女たちは死なずに済んだのかもしれない。私が死んでも、彼女たちを守れれば良かった。それさえもできない自分を憎み、自分が愚かに思えた。

 

 私はあるたった二人の命でさえも守れなかった。

 

「人の命守れずして、何が英雄だ!」

 

 自らを侮辱した。

 

 この街は守られても、一人の子供を孤独にはしたくない。

 

 私は誓った。

 

 その誓いはもしかしたら令呪が働いたのかもしれない。令呪の仕業なのかもしれない。

 

 ああ、私はこの子を守ろうと。

 

 聖杯は私だ。聖杯がこの子を守ろう。

 

 聖杯はたった一人の小さな男の子を守ろうと誓った。

 

 —————守れなかった男の子の両親への償いとして。

 

 その償いは今、集大成を迎える。




はい!鈴鹿さん。まさか、聖杯の魔力は鈴鹿さんなんですよ。なので、約10年後でも聖杯戦争ができたんですねぇ〜。

じゃぁ、なんで今、鈴鹿さんがその話をするのか、そして鈴鹿は何を考えているのかが謎ですねぇ〜。

次回くらいには鈴鹿の自己紹介を致します。


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手合わせ願いたい

はい!Gヘッドです!

はい。本格的に3タイトルの小説を書き始めました。が、結構時間の割り振りが大変ですね。




「で、何なんだよ。今さら、何語るんだよ。もう今となっては意味ねぇよ」

 

「ああ、そうかもな」

 

 三日月の夜空の下で、鈴鹿に全てを告白された。だからって別に俺は鈴鹿を憎むわけじゃない。真実を教えてくれた。それだけで、今の俺は満足である。長年知らなかったことを教えてくれたことは、俺にとって思いもよらないことだった。

 

 確かに、それを聞いたときは俺もビックリした。本当のことであるのだろうか。嘘はついていないのかと思った。でも、彼女の目は本気の目だから、俺はすぐに信用した。

 

 それに、俺の両親を守れなかっただの、鈴鹿が聖杯だの、そんなことは今の俺にはどうだっていい。

 

「鈴鹿は鈴鹿だろ。鈴鹿が俺を守ろうって思ってくれて、今までずっと近くにいてくれたこと。そこんとこ、マジリスペクト。そんでもって、それに気づけなかったオレ。マジクソだわ」

 

「いや、悪いのは私だ。私は嘘をついた。言わなかったという罪はある」

 

「でも、恩だってある。お前は俺を見守っててくれた。それは令呪とかそんなん関係なしに。贖罪だとしても、俺にとってはかけがえのない恩になった。俺の剣技があるのも、全部お前の恩だよ」

 

 確かに嘘つかれたのは少し傷ついたけど、それも俺をこの聖杯戦争から遠ざけるためのことであるなら、彼女の行為は嬉しいものとして受け取ろう。

 

 まぁ、()しくも俺は聖杯戦争に参戦するはめになってしまったのだが。

 

 ……ん?ちょっと待てよ。

 

「なぁ、鈴鹿って聖杯なんだろ?なら、望みを叶えてよ」

 

「そんなに簡単に望みを叶えられるなら、とっくのとうに叶えている。でもできないんだ。今はまだサーヴァント3騎と私の魂の分。つまり、4騎分しか聖杯にたまっていないんだ。それに、その魔力を放出できるのは生きる者のみであり、我々サーヴァントはそう簡単に望みを叶えられない」

 

 聖杯はあくまで魔術師が魔術師のために作ったものであり、使い魔として召還されたサーヴァントたちに聖杯を自ら使わせないようにされている。魔術師は魔術のために情を捨てる。だから、聖杯のシステムからは魔術師たちの傲慢さが伺える。

 

 俺は写真を見ながら、鈴鹿にこう問いかけた。

 

「俺の母さんってさ、魔術師としてどうだった?」

 

「最悪だったよ。あんな魔術師は魔術師ではない。魔術師としての威厳も何もない。いくら、素晴らしい魔術を覚えていても、お前のお母さんには魔術師という人として尊敬に値するところはなかったよ。まぁ、でも、人として彼女は優れていた。お前のお母さんもお父さんも優れた魔術師・武士であると言われているが、私はそうは思わない。素晴らしい人であり、素晴らしい両親だと私は思う」

 

「そう……。そう言われたなら、嬉しいな。俺も」

 

 父さんも母さんもなんで死んでしまったのかはわからない。それでも、俺はその束縛から解放されたような気がするのである。今まで、俺を一人ぼっちにさせたという恨みが晴らせないでいたが、今ならそんな両親を尊敬できる。

 

 もちろん、鈴鹿も。

 

「なぁ、鈴鹿。俺の両親の話でもしてくんないか?セイバーが刀を鍛え直すまででいい。母さんと父さんの話を。お前から聞きたいんだ」

 

 鈴鹿は微笑みながら頷いた。

 

「ああ、私であれば喜んで。愛する子(ヨウ)

 

 彼女の髪の毛の毛先が段々と薄くなっていくのを俺は気付かなかった。それでも、彼女と今話しておかないと、絶対に後悔しそうな感じがした。

 

 もう夜の3時である。金属音が蔵から聞こえ、冬の風が吹き抜ける。俺と鈴鹿は会話が弾む。別にいつもしていたはずの会話なのに、その会話が恋しい。俺を小さい頃からずっと支えてくれた人である彼女には、感謝の思いでいっぱいだった。

 

 後悔はない。彼女はそう心の中で呟いた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「はぁ、まったく。起きて〜、起きてくださぁ〜い!」

 

 遠くからそう声が聞こえた。

 

 俺が目を覚ますと、目の前にはセイバーがいた。手を腰に置き、俺の方を見てくる。彼女は俺が目を覚ましているのに気づいていないらしく、ニヤリと不吉な笑みを浮かべて蔵へと戻って行く。

 

 俺は顔を上げた。蔵の外に置いてあったベンチにちょこんと座っていた。まぶたが重い。どうやら、話をしていたら寝てしまったのだろうか。あんまり、記憶がない。

 

 手のひらを天高く上げ、俺は口を大きく開いてあくびをする。太陽は蔵の反対側から登っていたため、俺は朝日を浴びなかった。太陽が登っているといっても、まだ6時半。もう少し寝ていたいものだ。

 

 写真は俺の手に握られたままだった。俺はその写真を元々あった場所に戻そうと思い、そのベンチから立った。ずっと座っていたからか、少し腰が固いような気がする。

 

 小さな歩幅で俺は蔵の扉まで歩く。そして扉に手をかけ、その扉を左から右へとずらす。

 

 俺が蔵の中に入ろうとすると、目の前にはセイバーがいた。

 

「あっ、セイバー」

 

 俺はそう独り言のように呟いた。セイバーは俺を見ると、少し気まずそうな顔をした。

 

「ん?どうした?」

 

 俺は彼女にそう問いかけたが、彼女は特にないも答えない。というより、あやふやで曖昧な返事だけであった。俺の方を見ていない。彼女は両手を後ろで組んでいて、何かを持っているように見えた。

 

「何か隠してないか?」

 

 俺はセイバーにそう聞くと、セイバーは一瞬嫌そうな顔をして俺に持っているものを見せようとはしなかった。しかし、彼女はふと何かを(ひら)いたように、突然態度を変えて俺にその物を見せてくれた。

 

「これです」

 

 セイバーは俺の前に手を出した。手のひらは真っ黒であった。真っ黒の粉が彼女の手のひらに乗っかっていた。なんであろうか?これは……(すす)?煤であろうか。でも、少し埃臭いように匂いもするしなぁ。

 

「煤か?」

 

「はい。煤です」

 

 ……煤。なんで、セイバーは煤なんかを持っているのだろうか。

 

 その時である。セイバーはニヤリと怪しい笑顔を浮かべた。その笑顔を俺は見逃さなかった。

 

 セイバーは勢いよくその煤が乗っている手を俺の方に振り上げたのである。俺はその時彼女が何をしたかったのかが十分わかった。

 

 さっき、俺がセイバーの怪しい笑顔を見ていなかったら、きっと俺の顔は真っ黒になっていただろう。しかし、その笑顔を見ていたから、とっさに対応することができた。俺は急いで数歩後ろへ急いで下がる。その時、足がつっかえてしまった。俺はドンッと尻餅をつく。

 

「イッタッ!」

 

 俺は打った尻を右手で触る。ぐぬぬぬ。めちゃめちゃ痛い。悶絶し、地面をのたうち回り、苦渋に満ちた顔をする。

 セイバーはそんな俺を見て、フフフと笑う。

 

 煤こそ顔につかなかったが、すごく悔しい。敗北感がある。なんか、無性にイラついてきた。

 

 そのあと、蔵の周りを数分間死に物狂いで追いかけっこをした。俺が鬼で、セイバーが逃げる人。捕まったらできること。『復讐』。

 

「オラァァァァ!マテェェ!」

 

「きゃぁぁぁ!」

 

 俺がセイバーを全速力で追いかけていたら、鈴鹿が刀の鞘で俺の頭をポンッと叩く。

 

「ヨウ、こんな朝早い時間に女の子の叫び声はアウトだろう」

 

「……いや、そうなんだけどさ……。なんか、その……」

 

「出来心か?」

 

「な訳ないじゃん。冗談キツイよ」

 

 俺がきっちり言い返すと、鈴鹿は俺を見て笑う。そして、俺の頭をポンポンと触る。さっきは叩いて、次は触る。

 

 鈴鹿は俺に注意すると、蔵の中に戻ろうと彼女は背中を見せた。その時、あることに気づいた。

 

 足音がないのである。不思議に思った俺は鈴鹿の足を見る。すると、彼女は足が透けていた。

 

「……あっ、そういやさ、鈴鹿。今、気になったことがあるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「そのさ、お前って幽霊だって宣言していた時さ、どうやって透けてたの?」

 

「ん?ああ、あれは簡単なことだ。霊体化と実体化の中間状態をキープするだけだ。意外と楽だぞ」

 

「へぇ、じゃぁ、その魔力節約術で、今まで現界することができたんだ」

 

 鈴鹿はその俺の考えに難色を示した。そして決まり悪そうな顔をする。

 

 俺の見立ては間違っていた。いや、間違っていたと言うより、本質を貫いてはいない。俺はあくまで、その周りを射抜いただけであり、本質を見抜くことはできなかった。

 

 俺の中の鈴鹿は、現実とは全然違う。俺の中では彼女は俺を支えてくれた存在であった。しかし、現実の彼女はとてつもないバケモノなのである。

 

「いや、それは違う。私は少し禁忌を犯した」

 

 そう彼女は禁忌を犯していた。やってはいけないこと。それは世界という(ことわり)を敵にすること。彼女は二つの禁忌を犯していた。

 

 彼女はサーヴァントの身でありながら、現世界に干渉した。まず、聖杯戦争は一般人に知られてはならない。知られてしまっては願望機の存在が明らかになり、魔術協会の存在も明らかになってしまう。サーヴァントである鈴鹿は俺だけでなく、山に立ち入った他のものを脅かしていた。聖杯戦争に深い関係のない人たちに知られてはならないのに、彼女はそれを無視した。

 

 しかし、別にそんなことはまだ修正が効く。聖杯戦争を知ってしまった一般人を秘密裏に処理すればいいだけのこと。別にそんなに大きな問題ではない。

 

 しかし、もう一つの禁忌を犯した彼女は世界を敵にした。

 

 彼女は俺の母親から聖杯の中身の半分を得た。それによって彼女は聖杯という存在そのものにアクセスすることができるようになった。彼女はその聖杯から大量の魔力を吸い取り受肉していた。

 

 聖杯は神零山にある。だから、彼女は神零山から動くことができなくなったのだ。アクセスの可能範囲はその山の中でしか行えない。だから、彼女はずっと山に篭っていた。

 

 サーヴァントは受肉をしてはならない。死んだはずの魂が、また新しく生を受けるのは世界の理に反している。しかし、それを犯してまでも彼女は俺を守らねばと思っていた。それは俺の両親を救えなかったからか、令呪通りに彼女は動こうとしているのか。いかなる理由であれ、彼女はもう人でも英霊でもない存在になってしまった。バケモノとなってしまった。

 

 しかし、なぜ今、彼女は山を出たのだろうか?今まで、約10年間山から下りたことはなかった。聖杯とアクセスできなくなってしまうからである。なのに、彼女は山から出てきて、今俺の目の前にいる。その目的は何か?

 

 俺と鈴鹿が話していると、セイバーがひょこっと顔を出す。

 

「なんだか、和やかですね」

 

「うっせぇ。つーか、お前、マジでふざけんなよ」

 

「あれぐらいで怒っているんですか?男としてみすぼらしいですよ」

 

「んだと⁉︎」

 

「まぁまぁ、二人とも。落ち着け」

 

 俺とセイバーの間に再び火花が散る。その間に立つ鈴鹿は迷惑そうである。

 

 鈴鹿は俺とセイバーの争いを無視して、蔵の中に入ってゆく。彼女は蔵に入って、セイバーが鍛え直した刀を見た。

 

「これは素晴らしい」

 

 その声を聞いて、俺とセイバーも蔵に入る。鈴鹿は窯の前にいた。刀を手に持ち、その刀身をまじまじと見ている。

 

「素晴らしいな。継ぎ接ぎの跡が一つも見当たらない。さすが、鍛冶のスキルが高いだけはある」

 

 鈴鹿がセイバーの腕を褒めた。それは決してお世辞とかなどではない。セイバーの刀鍛冶の腕が非常に立っている。彼女はセイバーである。それは剣を扱う者ではなく、剣を鍛える者である。剣の技量はセイバーのクラスでは最弱と言っても過言ではない。それでも、彼女の個性は秀でている。

 

 折れた刀を元通り、いやそれ以上の代物にするという技術は彼女の力である。

 

「鍛冶は昔から得意だったんです!」

 

 セイバーの養父であるレギンから受け継いだ鍛冶の技術は神代の技術である。彼女はその技術を幼くしてマスターした。

 

 戦えぬサーヴァントではない。それが目の前で証明された。

 

 セイバーが鼻を高くしていると、鈴鹿はそっと柔らかい笑顔を俺に見せた。そして、こう彼女は俺に願い出た。

 

「ヨウ、一つだけ頼んでもいいか?」

 

「別に、めんどくさいの以外なら」

 

「そうか…」

 

 彼女はその刀『顕明連(けんみょうれん)』の刃を俺に向けた。その刃は窓から差し込む朝日の微かな光を浴びて、妖々と光を放つ。

 

 剣士は剣でしか語れない。

 

(なんじ)に請う。死ぬ前に、一度手合わせ願いたい」

 

 予期せぬその言葉は、また俺を深く悩ませた。頭の中で巡る彼女の言葉。疑問が減ったと思ったら、新たにまた大きな疑問が俺の頭の中に入り込んできた。

 

 その言葉に何の意味があるのか。

 

 その意味はこの聖杯戦争を大きく変える、

 

 

 鈴鹿が向けた刃。それは俺の首を狙うものであった。その刀筋(かたなすじ)からして、彼女は本気であった。その言葉は俺に決闘を願い出た。

 

 いつもの俺ならそんな願い出は考えることなく蹴っている。面倒くさいことには巻き込まれたくないし、怪我だってしたくない。痛いのは嫌いだし、疲れるのも嫌い。ましてや、死ぬかもしれないことなんて俺は絶対にイヤだ。

 

 けど、今回ばかりは少しだけ違った。俺には鈴鹿の願い出を拒否するという選択肢がなかった。 別に誰かに強制されたわけではない。ただ、自分からその拒否するという選択肢を排除した。

 

 彼女が俺に刀を向けた時、彼女がさっきこう言った。

(なんじ)に請う。死ぬ前に、一度手合わせ願いたい」

 

 死ぬ前。俺はその言葉を簡単に飲み込むことができなかった。死ぬ前とは、つまりこの後鈴鹿は死ぬといっているようなものである。しかし、彼女はそんな不確定なことを堂々と言うような人じゃない。

 

 だから、俺にはその言葉は確定事項だと思えた。100パーセント絶対である。

 

 なぜ、死ぬと言ったのかはわからない。けど、俺は彼女が死ぬ前に、一度俺と刀と刀で語り合いたいのだと理解した。彼女は女であっても武士であり、三振りの宝剣の所持者、(けん)英雄である。彼女のプライドとして、俺と戦いたいのだろう。

 

「一応聞いておく。『死ぬ前に』とはどういうことだ?」

 

 俺がそう聞くと、鈴鹿は刀の刃をちらつかせた。彼女の目は変わらない。堂々と俺を見ている。

 

「……口で語るな、刀剣を振るえ。それで語れってか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「オーケー、わかった。受けて立つ。けど、今、この時間、この場所はダメだ。建物を傷つけてしまうし、迷惑だ。それに今はもう日が昇っている。今日の夜中だ。それならいい……」

「いや、それはダメだ!」

 

 鈴鹿は俺の提案を即刻却下した。その様子は少し焦りが見えた。彼女には時間がないのだろう。彼女がこの世から、俺の目の前から消えるまでの時間が、もうあと少しなんだ。

 

 それを察した俺は少し物寂しくなった。今まで、いることが普通であった鈴鹿が、もうすぐ会えなくなるのは辛く感じた。今まで、両親のいない俺に優しく接してくれて、今の俺がいるのも彼女のおかげなのに。

 

 鳥肌がたった。周りにあるものがなくなって、少し外気にさらされて寒いのだ。

 

 考えすぎなだけであろうか。鈴鹿はどこにも行かないし、死ぬわけではないのかもしれない。そうであれば別にいい。今までの何も変わらない彼女を見れるなら、俺はそれだけで満足である。

 

 けど、いつまでもずっと一緒なんて綺麗事はこの世には存在しない。そんな綺麗事は神様がなくしていて、時は無慈悲に通り過ぎてゆくのだから。

 

 鈴鹿は俺の成長を見たいのだ。剣士である彼女が今までずっと我が子のように愛してきた俺を感じるには剣しかない。

 

 なら、せめて最高の場所で語り合おうじゃないか。

 

「山にしよう。神零山で」

 

 俺はそう提案した。鈴鹿は頷いた。

 

 埃臭い蔵の中、朝日が東側から差し込んだ。蔵から出るとき、俺は写真を見た。俺と両親が映り込んだこの写真。いい笑顔だな。

 

 本気の笑顔、作らないとな。

 

 強張った顔を俺は両手で叩く。

 

 俺は蔵の外へ出た。蔵の中が埃臭かったせいか、冷たい空気が少し気持ちよく感じる。それでも冬の空気は俺の吐いた息を白くする。俺は神零山に向かって、足を運んだ。

 

 




鈴鹿さんの自己紹介は進行度的に次回に先延ばしにさせていただきます。


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殺ってやる!

後で、鈴鹿さんの自己紹介は載せておきます。


俺は手をポケットの中に入れていた。銀色の光がポケットの中で輝く。

 

俺たちは神零山まで来た。禿げた木々が地面に張り付き、虫や動物が一切見当たらない。澄んだ空気はひんやりと、冬の気温は手をかじかませる。俺は手袋をしているが、二人は裸の手。寒くはないのだろうか。

 

いつもの場所に来た。ここだけ土地が平らで、運動するにはもってこいの場所。俺と鈴鹿が、ここで剣術の練習をしてたから、周りの木は全て切り株くらいの高さになってしまってる。

 

「いやぁ、久しぶりだな。ヨウと戦うなんてな。何年ぶりだ?」

 

「五年ぶり」

 

俺は五年前までは鈴鹿には本気で頑張れば勝てると思ってた。けど、何度やっても勝てないと分かった俺は、その時から諦めた。多分、俺がこういう無気力で面倒くさがり屋になった原因は鈴鹿にあるのかもしれない。

 

五年ぶり。その言葉は相手の実力を(くら)ませる。どのくらい前とは変わっているのかもわからないし、もしかしたら剣術のクセも変わっているのかもしれない。曖昧な過去の記憶と現在の技術を無理やり一緒にしようとして、かえってダメになる。

 

ここは初心にかえるのが一番だが、まぁ、そんなことは後ででいっか。

 

セイバーは審判として、俺と鈴鹿の決闘のルールに違反していないかをジャッジする。しかし、俺も鈴鹿もルールを自ら違反するようなことはしないだろう。

 

「おい、鈴鹿。ルールはどうするよ?」

 

「別にそんなものはいらない。隠れても、背を向けても、奇襲しても何をしても良い」

 

「自信満々だな。いいぜ、それでいい。ああ、でもセイバーは攻撃するなよ?」

 

「分かっている。私はヨウしか、ヨウは私しか攻撃してはならない。そうであろう?」

 

俺は頷いた。セイバーを人質にとるとか、そんな卑劣な方法を鈴鹿がするわけないが、一応のためにルールとして決めておく。

 

「あっ、そう言えば、両者の武器の数とかはどうするんですか?」

 

ああ、そう言えばそうだな。鈴鹿が三振りの宝剣全てを使ったら、俺は絶対に勝てない。それだけは確信できる。それに、顕明連(けんみょうれん)なんか使われたら俺は死んでしまう。それだけは阻止したい。

 

……あれ?っていうか、俺の武器は?俺の武器をどうしようか。

 

自分の武器がないことに気づいてちょっと焦る。そして、俺はセイバーに慈悲を分け与えてくれと目で訴える。しかし、彼女は気づかない。俺って意外と影薄い?

 

すると、鈴鹿はそんな俺の様子に気づいて、俺の目の前に三振りの宝剣を差し出した。

 

「ヨウ、どれを使う?」

 

「えっ?いいの?」

 

「いいも何も、武器を持っていないのでは話にならない。さぁ、選べ」

 

彼女は俺に三振りの宝剣を前に出すが、俺にとってこの刀全てチート級に強いので、どれを取ろうにも気が引ける。特に、顕明連なんかは取ったら、俺が鈴鹿のことを殺す気だと思われてしまう。それだけは避けたい。

 

「……じゃぁ、これで」

 

俺は大通連(だいとうれん)を選んだ。この宝剣は空間を切り裂き、その剣撃が遠くへ飛ぶというもの。言わば、刀が(くう)を切り裂く時の力が遠くへ放出するのである。

 

この宝剣は鈴鹿がよく使っているから、俺も何となく使い方が分かる。多分、一番扱いやすいのはこの宝剣だろう。そう思ってこの刀を選んだ。

 

「ヨウ、何なら私も刀は一本にするが?」

 

「はっ、舐めんな。一本だろうが二本だろうが変わんねぇよ」

 

俺は虚勢を張る。実力は確実に鈴鹿の方が上だし、闘いの流儀とかもちゃんと知っているはずである。

なぜなら、俺とセイバーが今、苦しみながらも歩んでいる聖杯戦争という道を彼女は既に踏破しているのだから。

 

剣術も志も、何もかも彼女に数段劣るけれど、それでも俺は勝とうではないか。

 

『死ぬ前に』。彼女が言ったその言葉、本当だとしたら、もう会えなくなるかもしれない。そんなのは嫌である。

それでも、彼女には彼女の運命がある。それは俺が決めてよいものでもないし、割り込んでもならない。だから、俺は自分が心残りのないようにしたい。

 

—————人知れず、俺の心の中には寂しさがあった。寂しさを断ち切ることは剣ではできない。それでも剣は心を示すためにあるんだ。

 

剣と剣で戦うことは、心を示しあうこと。悲しくても、寂しくても、辛くても、その心を示せれば前へと進める。違った方向を二人が指していても、合わさりあい新たな道へ進める。

 

だから、戦うんだ。

 

くだらない綺麗事の論理を頭の中に作って物事を正当化させる。クールにいこう。その俺のモットーは、俺の感情を押し殺した。

 

孤独を論理で塗り替えて、それを俺のモットーでなかったことにする。

 

俺と鈴鹿は向かい合う。間は10メートルほど。その真ん中にセイバーは立つ。

 

「両者、剣を構えてください」

 

セイバーがそう言うと、俺と鈴鹿も剣把を握る。俺は刀を鞘に入れたまま、彼女は刀身を出していた。俺は少し体を(かが)め、右足を前に出す。

 

「おい、セイバー。もう少し離れていてくれないか?巻き添い喰らうぞ」

 

俺はセイバーにそう告げる。その言葉は俺の初手を明かしているも同然だった。俺の持つ刀は大通連(だいとうれん)で、剣撃を出す。鞘に収めたままの状態ということは居合いを狙っているということである。

 

剣術も戦闘技術も何もかもが俺より上の鈴鹿に勝つには一撃で終わらせなければならない。

 

鈴鹿は俺の発言に気づく。そして、口角が上がりふっと笑う。

 

「面白い、やれるものならやってみろ。ヨウ」

 

そして時が訪れた。

 

「始めッ‼︎」

 

セイバーが声を上げた。冬の乾いた空気の中にその言葉の震度が俺たちに届く。その瞬間、俺たちは互いの本気を確認し合う。

 

俺は刀を鞘から引き抜こうとした。しかし、鈴鹿はその間に俺と彼女との長く空いた距離を一瞬にして詰めた。セイバーの声が聞こえたと同時に、彼女の足は間合いを詰め、剣が届かない距離を届かせた。

大通連は中距離に一番の力を発揮する。しかし、至近戦になるとただの刀となんら変わりはない。だから、彼女はわざと至近戦に持ち込もうとしていた。

 

「距離が近づいては鞘から刀も抜けまい‼︎」

 

容赦なかった。セイバーの声が聞こえたかと思えば、もう目の前には鈴鹿がいるんだから。それほど彼女が本気なのは分かってた。だからってこんなに本気出されたら、強いだなんて知ったら……。

 

やる気になっちゃうだろ。

 

「バ〜カ」

 

俺は刀を鞘から出さずに彼女の腹を突いた。刀の鞘を手で持って、(つか)の部分で彼女を突いた。それは彼女の不意をつく攻撃であり、彼女に思考の余裕を与える一撃であった。

 

俺は最初(はな)から抜刀で鈴鹿を倒せるなんて思ってもなかったし、そんなんで倒しても面白くない。だから、俺は本気で勝ちにいく。

 

彼女が本気で来いと言った。なら、俺は本気で倒しに行く。無理だと分かっていても、やるんだ。どんな手を使ってでも。ルール違反じゃないしね。

 

「どうよ、俺の本気の不意打ちは」

 

「ああ、少し予想外だった。けど、お前らしい」

 

鈴鹿は特にそんなに苦しんでなさそうだ。ダメージを与えることが出来なかった。みぞおちをちゃんと狙ったはずだったんだけど、多分俺の攻撃を後ろへのステップで交わしたのだろうか。……いや、流石だわ。本当に。あの一瞬でよく見極めたな。

 

俺も鞘から刀を取り出す。やっぱり(つば)迫り合いは避けられないか。

 

二人は互いの距離をキープする。攻撃を仕掛けることはできないが、仕掛けられない距離。けれど、大通連なら遠く離れていなければ距離なんて関係ない。刀身が届かぬとも、その剣撃は放出され相手を斬りつける。

 

本気だから、いきなり最初から全力で技を仕掛けた。

 

「無心乱刃!文殊青蓮華(もんじゅしょうれんげ)

 

俺は刀を振り回す。刀をただただひたすら振り回すだけの技である。無心で刀を振り回し、振り回せば振り回すほど剣の斬撃は蓮華の如く綺麗に咲くのである。

 

これは鈴鹿の技である。俺が初めて見た、初めての剣豪の技。そりゃぁ、もうバカなほど練習したよ。出せない斬撃を無理に出そうとして、肉刺(まめ)ができるほど木刀を振った。

 

少しくらい、上手くできたんじゃない?数年ぶりに。

 

俺が放つ斬撃は鈴鹿の方に飛んでゆく。しかし、鈴鹿は逃げようとしない。

 

「なんだ、そんなものか?勝手に人の技を盗んでおいて、完成度はイマイチだな。失礼だぞ」

 

鈴鹿は小通連(しょうとうれん)を選ぶ。彼女は宝剣を手にし、剣先を天に向けた。大きく振りかぶり、その刀を地面に向けた。刃を垂直に立てて力一杯彼女はその刀を振る。

 

「大地を壊せ、小通連。智崩金剛杵(ちほうこんごうしょ)

 

小通連が大地に当たる。すると、大地が刀の当たった部分を中心としてズドンと一気にへこんだ。まるで隕石が落ちたかのようである。大地はヒビ割れて亀裂が走る。刀が地面に当たった衝撃波は俺の放った斬撃をたった一撃で全て打ち消した。

 

小通連。この剣は自由自在に重量を変化させることができる。振り回す時は少し軽くしたり、叩きつけたり鍔迫り合いの時なんかは重くする。地味な能力だけど、すごく強い。いつも大通連の陰にいるから、あまりスポットライトを浴びないけれど本当は結構強い。変な能力とかではなく、シンプルな能力だからこそ嫌なのである。

 

日本刀とは本来あまり重量とかに任せて戦うようなものではない。どちらかっていうと力よりも技量で戦う。だから、同じ日本刀だとしても、その刀は刀殺しの刀である。もし、俺が顕明連を選んでいたら、彼女に折られていたところである。

 

鈴鹿は俺の攻撃を全て無効化し、大地につま先をトントンと当てる。

 

「また随分と派手にやってしまったな。あまりこの刀の調整は得意ではなくてな」

 

セイバーは俺と鈴鹿との決闘に見入っていた。彼女は剣士(セイバー)なのに俺に負けてしまうほど弱い。そんな彼女の目はいわば素人も同然。素人にはこの戦いがどのように見えているのだろうか。

 

「あの、ヨウ。私に攻撃をしないっていうルールを忘れてません?バリバリこっちにも斬撃が来てたんですけど……。反則負けにさせますよ?」

 

「あっ、はい。すいません」

 

あれ?今のムード的に二人が軽く技を出して、『二人とも互角だ‼︎』みたいな雰囲気を作ってたけど……。ダメだった?俺、即座に負けたほうが良かった?

 

俺は鈴鹿の方を振り向いた。が、鈴鹿がそこにはいない。

 

「よそ見をするな、バカ者!」

 

背後から恐ろしいほどの殺気を感じる。俺は急いで振り返る。するとそこには鈴鹿が刀を構えていた。そして彼女はまた小通連の重量をマックスに重くしながら俺に刃を向ける。

 

「あぶねっ!」

 

ギリギリ交わすけどその攻撃には隙がない。俺の体勢が良かったとしても、今の攻撃の後に彼女に刀を振るのは代償が大きすぎる。多分、振ったら片腕を持っていかれる。

 

しかし、別にそんなことには対応できる。隙がなかったら隙を作ればいいだけのこと。なんら難しいことはない。

 

けれど、振り向いたときに、彼女の姿を見たら、少しやる気を失せてしまった、

 

「おい、それってありか?」

 

「別にいいだろう?ルール違反ではないしな」

 

彼女の両手には二振りの刀が握られていた。顕明連と小通連の刀の刃が俺に向けられる。二刀流で俺に刀を振る彼女の姿は俺にとっては新鮮なものであった。今まで彼女が二刀流で刀を扱っていたところなんて見たことがない。初めてである。

 

さっきまでは俺は今まで見てきた鈴鹿だから対処できた。けれど、今俺の目の前には新しい鈴鹿がいる。それは対策法がないということ。

 

「二刀流、お前には初めてだな」

 

「へぇ。鈴鹿、二刀流出来たんだ」

 

「まぁそこそこな。なんだ、やる気失せたか?」

 

「いいや、全然。むしろやる気出てきちゃった☆」

 

俺も刀を構えた。鈴鹿は両手に刀を持ち腰を入れる。

 

「いくぞ、ヨウ!」

 

「おうよ、来やがれ!」

 

—————()ってやる。

 




すいません。遅れました。鈴鹿さんの紹介です。

鈴鹿御前

パラメーター:(マスター所在時)筋力C・耐久D・敏捷B・魔力E・幸運A・宝具A+

(マスター不在時)筋力D・耐久D・敏捷C・魔力E・幸運A・宝具A

スキル:対魔力A・騎乗C・縮地A・単独行動B・三振りの宝剣ー。

三振りの宝剣……彼女が持つ三本の宝剣を同時に自由自在に操ることができるというチートなスキル。しかし、今現在、彼女のマスターは不在なのでそのスキルが使えない。

前回の聖杯戦争のセイバーのサーヴァント。ヨウの母である棗日和によって召還された。触媒は自ら折った顕明連の刃。

容姿端麗で見た目からしてヤマトナデシコのようにおしとやかそうなタイプの人。しかし、実際はガサツで、男勝りで、男口調で、芯のしっかりしている……っていうかもうほぼ男。おっぱいのついたイケメンって感じ。

一応、ヨウが子供の頃からヨウのことを知っているが、彼自身が彼女の存在を知ったのはもう少し後で、小学生低学年くらい。ヨウに剣術を教えた張本人であり、捻くれた性格を作ってしまった元?の人。

剣術のことに関しては絶対の嘘を許さず、剣術のことだけには人一倍の強い思いがある。だが、やっぱり、その剣術よりもヨウのことの方が大事だった模様。

生前、山に祀られている神様へのお供え物として、身寄りのいなかった彼女が選ばれた。そして、彼女の意志関係なく、勝手に巫女として決められて、山から一生出てはならなかった。しかし、ある時、三振りの宝剣をゲットして、そこから独学で剣術を学ぶが、ずっと山の中で過ごしていたため、特に戦いや殺しなどはしてこなかった。

聖杯には望みはなく、ただ自分の技量を見比べたいという望みを持って聖杯戦争に参戦。

彼女自身が聖杯の魔力、つまり中身であり彼女には(前回の聖杯戦争の時のサーヴァント三体分の魂+彼女の魂)4体分の魂がある。そのため、第一ルートで、彼女がヨウに全てを打ち明けた時には聖杯の中身はもうすでに七つの魂が揃っていた。しかし、彼女自身は望みを叶えられず、また器がない。また、ヨウがいるこの現実から消滅することを恐れているために彼女はずっと現界している。

ちなみに、現界方法は、魔力がたくさんある神零山の土地から魔力を吸い取っていた。

宝具:大通連・ランクB+・対人宝具・レンジ5・斬撃を作る。

小通連・ランクB+・対人宝具・レンジ3・重量を変化させる。数ミリグラムから、トンの値まで変化させることができる。

顕明連・ランクA・対人宝具・レンジ1・刀身に触れた者の魂を根こそぎ奪い取るというチートな能力を持つ刀。しかし、見るからにして妖々しい緑色の光を放つので、ソッコー見破られる。



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そんなの、いらねぇよ

 地からはみ出た根っこ。葉が落ち、裸になった木の間をくぐり抜けて吹く風。茶色い土に細かく粉砕された枯葉。靴の側面は土色に汚れ、俺の手は赤くかじかむ。荒い息、その息が空気にあたり白くなる。両手に二振りの刀を持った彼女の髪が風に吹かれて揺れる。大地を踏みしめる時、土の擦れる音が静かな森の中でそっと聞こえた。

 

 彼女の持った顕明連の緑色の光が妖々しく光を放ち、その刀を振るとゆらりと怪しい光が動く。その瞬間、何かを打ちつけているかのような高い金属音が森の中に聞こえる。ぶっそうなその音と共に、俺の腕には重いものが乗っかってきたかのような衝撃がくる。膝を曲げると、さらに力が重くなる。その力から逃げるために、後ろへとステップを踏む。

 

 鈴鹿の二刀流とお付き合いしてから、はや数分。もう俺の体は悲鳴をあげていた。息が続かないし、目が乾く。

 

「なぁ、鈴鹿、ちょっと休憩にしない?疲れたんだけど」

 

「バカか」

 

 もう内心、さっさとこの勝負を終わらせたい。さっきまで『やってやるよ!』みたいな勢いで言ってたけど、あれ、実際はただのノリ。マジでもう無理。疲れた。死にそう。もうヤダ。やってられない。辛いのイヤだし、痛いのイヤだし、死ぬのはもう一番イヤだ。

 

 っていうか二刀流とかセコくね?小通連は重さを軽くすることもできるから、多分それで二刀流が出来るんだろう。……あ〜あ、小通連を鈴鹿から借りてれば良かったかなぁ。

 

 鈴鹿は息切れ一つしてない。別に余裕そうっていうわけでもないけれど、息切れ一つしていない彼女を見ると、すごく自分の弱さを直視しているようで辛い。

 

 最初から飛ばしすぎた。もう少し慎重にしていれば、まだ体力切れとかはなかったのかもしれない。とにかく辛い。もうイヤだ。

 

 と思いながらも、俺は刀を構える。鈴鹿の俺への殺気が尋常じゃないから、刀を構えなかったら死ぬ。確実に殺されちゃう。

 

「行くぞ、ヨウ!」

 

「お願いだからもうやめて!」

 

 俺の悲痛な叫び声は聞こえず、彼女は二振りの刀の刃を全力で俺に斬りこもうとしてくる。本当は俺に対しての思いは殺意の塊しかないんじゃないかってぐらいすごい連続攻撃をしてくる。俺は刀一本。しかも、近距離専門の刀じゃないから受け切れるわけがない。俺は何とか間合いを取ろうとするが、彼女の縮足は俺の開けた間合いを(ことごと)く潰してくる。

 

 彼女は俺と刀を交えるのが楽しいらしいが、俺は実際、楽しいなんて思ってない。むしろ、恐ろしいとしか思えない。彼女は楽しすぎて、満面の笑みで俺に斬りかかってくるから、その笑顔が俺にとっては恐怖そのものである。できるならば、交えるのは刀よりもアッチの方が……ウフフ。

 

「こら!何、変なことを想像してる⁉︎」

 

 彼女はまた小通連の重量を何トンもの重さにして俺に叩きつけてくる。俺はそれをギリギリ交わす。俺がギリギリ交わすと、小通連の刃は地面へと刺さり、地面にヒビが入る。

 

 これに当たったら、俺の体はどうなってしまうんだろうか。見た目詐欺なヤマトナデシコの鈴鹿はちゃんと俺に対して手加減するとかなさそうだしな。

 

 ……いや、待てよ。俺ってそう思うと凄くない?ここまで鈴鹿の本気をほぼ無傷で耐えているんでしょ?それって凄くない?サーヴァントを常人が数分間も相手しててこれだよ?

 

 俺は目を輝かせた。すると、鈴鹿は胸を張る。

 

「そうか、私の剣術がそんなに凄いか?」

 

「お前のこと褒めてねぇよ。いや、褒めてるけどさ、褒めてない!」

 

「よく分からんぞ!分かりやすく言え!」

 

「つまり俺が凄いってこと!」

 

「分からん!」

 

 食い違っていない二人の話を見て、セイバーは徹底的に傍観者に尽くそうと心に決める。そして、冷たい目で見守ろうとする。

 

 だが、そんな彼女でもこの決闘を見て学べるものは幾つもあった。圧倒的な力を誇るサーヴァントと、強化の魔術の補正しかない一般人。それでもここまでほぼ無傷でいることができる。負けというものは確実でも、その負けを引き延ばすという力がなくてはならない。弱いからそこでおしまいではない。弱いからこそ抗う力が必要なのだ。

 

 セイバーの悲しき伝説は呪いの指輪により悲劇に変えられた。その呪いは絶大な力を持ち、彼女の絶望は絶対的なものであった。それでも、何かに抗い絶望をしないその力さえあれば、彼女の人生はもう少しマシなものになっていたのではないか。

 

 バカみたいにどうでもいい話をしている俺を、彼女は見習うことが聖杯戦争で勝ち抜くには一番なのである。弱き者は弱き者としての戦い方を得て、初めて強くなれる。弱さを自覚する。そして、強き者に勝つよりも、時を稼ぐのだ。時を稼いで、絶対の強敵を削ればいい。

 

 —————そうすれば、絶対という言葉も揺らぐから。

 

 鈴鹿の攻撃はとてつもなく重い。小通連とかの能力とかを省いても鬼畜なほどである。だからって、彼女は無限ではない。彼女は英霊、つまり少なからず人であるのだ。神ではない。ならば疲れも出るだろうし、彼女の攻撃はいつまでも最高の攻撃を出せるというわけではない。彼女は俺に本気で刀を振ると言った。体力の消耗は激しい。彼女の力は弱くなってくる。それはもう段々と俺の目にも見えるようになっていた。

 

 ズル賢く、卑怯なやり方でいかせてもらう。そんな方法でしか勝てないし、それが俺だから。その知恵も全て俺の力。

 

 耐える。今はそれだけでいい。

 

 俺はまた歯を食いしばり、彼女の刀を受け切る。俺は力に押され、地面の土には俺の足跡が長くつく。俺の息は荒い。けれど、鈴鹿もそれは同じことだった。

 

 鈴鹿は楽しそうに笑うけれど、彼女はなぜ笑っていられるのか。単に、俺と戦うのが楽しいからっていう理由だけで笑えるなんてあり得るはずがない。彼女の笑みはどこから生まれるのか。キツイはずなのに、ツライはずなのに、苦しいはずなのに。

 

 そういうところは敏感なんだって、一応自負している。だから、分かる。目の前にいる鈴鹿は本当であり、本当ではない。それでも、俺はそれを告げなかった。もう少しだけ、彼女といたいから。

 

 —————まるで彼女がいなくなってしまうかのように思えるんだ。

 

 俺は鈴鹿から離れて、大通連の斬撃を放つ。けれど、鈴鹿には軽々と交わされてしまう。

 

「ヨウ!そんな甘い攻撃では私に勝てないぞ!」

 

 彼女はまた刀を縦に振る。俺はその攻撃から逃げようとしたが、俺は転けてしまった。木の根っこに引っかかった。今日二度目の尻餅をついてしまった。俺は立ち上がろうと手を地面につけた。

 

 でも、もう遅かった。彼女は顕明連を振り下ろす。

 

「クソッ!」

 

 彼女の刀を振り下ろすスピードと、俺が刀でガードするスピード、どちらが速かっただろうか。

 

 刀とは重い。それを重力に従うのと、逆らうのではとうに結果が見えていた。

 

 それでも俺は諦めなかった。例え負けるのだとしても、彼女の本気に付き合う気である。それは彼女が望んだことであり、俺が望んだことでもある。

 

 俺は彼女と本気で戦ってみたかった。だから、彼女が本気で俺に刃を向けるのが少しだけ嬉しかった。

 

 彼女は本気だ。

 

 そう思っていた。

 

 その時、彼女から悲しそうな顔が漏れた。まるでこの終わりを望んでいなかったかのように。

 

 素人から見れば分からなくても、俺には分かった。振り下ろすのが遅かった。

 

 その時、全てを察した。

 

 俺はポケットからあるものを取り出して、彼女の振る刀の前に取り出した。銀色に輝くその刃物で俺は彼女の刀を受け流した。彼女は驚きと安心が混じったような顔をする。目を点にしながらも、笑みを浮かべる。

 

 俺の手に握られた銀色の刃物。その刃物を見てセイバーはこう言った。

 

「バタフライナイフ⁉︎」

 

 そう。俺の手に握られていた刃物はライダーからこっそり盗み取っていたバタフライナイフであった。盗むことが得意な俺にとって、それくらいのことは容易いことであった。その刃物を何かあった時のために持ち歩いていた。

 

 銀色の刃を回転させ、彼女の振り下ろした刀を受け流す。上手く交わすと、俺はすぐさま体勢を立て直そうと彼女を魔術で強化した足で蹴り飛ばした。しかし、俺の蹴りを彼女は刀で受け止める。俺は握っていた大通連を彼女に向かって振り、彼女に斬撃を当てた。

 

 空気を切り裂きながら鈴鹿に向かって斬撃が飛んで行く。彼女はその斬撃さえも弾いた。俺は地面に手をつけて立ち上がる。

 

 俺が立ち上がると、鈴鹿はまたどこか嬉しそうな顔をする。その顔を見て、俺は理解した。そして、その顔が(しゃく)にさわる。

 

「おい、これは情か?」

 

 静かな怒りが俺の中から溢れ出た。情けをかけられたのか、彼女の言葉が嘘なのか、彼女の覚悟が甘かったのかは分からない。けれど、俺は彼女のその弱さのせいで倒されなかった。

 

 さっき、彼女は本気で俺に刀を振っていれば倒せたはずである。俺を殺すことができたはずである。殺すことはなくても、戦闘不能まで持ち込むことは簡単なことであった。

 

 では、なぜ彼女の刀を振り下ろすテンポが少し遅れた?

 

 疲れていたから?疲れていたなら、最後だと思える時ならなおさら頑張って終わらせようとはしないか?

 

 彼女は俺を倒すことを躊躇(ためら)ったのだ。俺に勝つことを拒んだ。それは彼女の言っていることと反している。彼女は正々堂々と本気で戦うと言ったが、今の彼女は本気で戦っているのか?本気で戦っていたら、そんな振り下ろすのを遅くするか?

 

 俺が負けると彼女は思い、彼女は俺に慈悲を与えたのか?それなら、なおさら殺意が湧く。俺はどんなに(ひね)くれた考えを持っていたとしても、一人の男である。一度決めたことは最後までやり通すし、これは俺の本気と彼女の本気のぶつかり合いのはずである。なのに、彼女はそこから逃げた。

 

 憤慨である。まるで自分が見下されて、敵に慈悲を与えられたかのようで、今ここにいるのが恥ずかしくて苦しくてたまらない。

 

 本気で戦わなければ意味がない。

 

「お前、なんであの時、スピードを緩めた?」

 

 俺はただ怒りだけがそこにあった。侮辱されたかのようである。

 

 そして、なおかつ一番腹立たしいことは、鈴鹿が鈴鹿らしくないことである。

 

 刀のことに関しては嘘なんてつかないし、決闘などの果たし合いなどのことには誠実な人であった。全てにおいて真剣で、全てにおいて全力でやる人だった。だから、俺にとって彼女はそう言う人なのだ。

 

 だから、今の行動は理解がし難い。

 

「見損なったぞ。鈴鹿!」

 

 俺のその怒りの顔は彼女の手を震わせた。刀を握っていた手が震え、少しゆらゆらと光が揺れる。

 

「迷いのある刀で手合わせをするのは失礼であり、愚の骨頂だって言ったのは誰だよ?お前だろ?鈴鹿」

 

 彼女の刀には迷いがあった。俺を斬ろうか、そうしないのか。もちろん俺は斬られたくはない。痛いのはイヤだから。だけど、だからって彼女には迷いなんて断ち切って欲しかった。

 

 彼女は迷いがありながらも俺に戦いを挑んだ。本気の目に見えたのは、その時だけの演技であったのだろうか。そして、目の前にいる鈴鹿に失望する。

 

「……違うんだ。これは、その……」

 

「違う?何がだ?どうせ勝つ気もないくせに俺に戦いを挑んだんだろ?……ふざけんなよ」

 

 俺はそんな彼女を見て、殺意しかなかった。刀を軽んじた彼女に軽蔑の目を使う。鈴鹿ではない鈴鹿が許せなかった。そして、なおかつそんな鈴鹿があんな事を考えているなんて思わなかった。

 

 セイバーはそんな俺に事を申すが、俺はそれを聞き入れなかった。

 

 これは俺と鈴鹿の二人の問題である。

 

 俺は早急に山を出た。そこに居合わせたくはなかった。

 

「……俺は帰るから」

 

「ちょっと待ってください。ヨウ、鈴鹿さんの話を聞いてあげてください」

 

 セイバーは鈴鹿を(かば)おうとする。しかし、それを鈴鹿が断った。

 

「……いや、いいんだ」

 

 彼女はそう言っていたが、彼女の顔はそんな風には思っていなかった。深刻そうに何かを考え、何かに悩んでいた。セイバーはそんな鈴鹿を見て、こう俺に言った。

 

「ヨウ。私、ここに残ります」

 

 俺は彼女を見た。彼女は俺の目を見返した。動じなさそうな目をしていた。

 

「……勝手にしろよ」

 

 俺は、まだ知らなかった。彼女がどう思っているかなんて。彼女がどれほど悩み苦しんでいたかなんて、知る(よし)もなかった。

 



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愛が聖杯戦争を動かす

はい!Gヘッドです!

なんか、今回の題名、アツいっすね。

さて、もうすぐでやっと第一ルートの半分くらいに行くかな?っていうところです。ちなみに、第一ルートは80〜120話ほどで終わります。意外とガッチリとしてます。

で、一応、ヨウくんと鈴鹿さんの出来事が終わったら、一旦、人物紹介回をしたいと思います。


 ‡セイバーサイド‡

 

 鈴鹿は木の幹に寄りかかった。ヨウとの戦闘で相当な体力が削がれていた。息は荒く、汗が吹き出ていた。彼女の吐く息が白くなり、額から湯気のようなものまで出ていた。

 

 けれど、その姿は異常としか言いようがなかった。さっきまで、鈴鹿はヨウに気づかれないように、強く堂々とした『鈴鹿御前』という一人の剣豪を演じていた。しかし、彼女はサーヴァントである。例え、マスターがいなくてもあれだけの戦闘でここまで体力を削がれるのはおかしいのである。しかも、彼女は日本の歴史上、女性剣士の中では五本の指に入るほどの剣豪で、前回の聖杯戦争でも生き残ることができたサーヴァント。

 

 それほどの者があれだけの戦闘でヘトヘトになるまで体力を消耗することなんてまずないのである。

 

 セイバーはそれを見抜いた。ヨウが置いていった大通連を拾い上げて、鈴鹿の前に差し出した。

 

「なぜ、そんなに疲れているんですか?」

 

 胸を前後に動かす。物凄い量の汗をかいて、首は濡れていた。鈴鹿はセイバーに対して無理にでも笑顔を作ろうと思ったが、辛すぎてできなかった。彼女はセイバーから大通連を受け取る。しかし、今の彼女には刀一振りでも重く感じた。手を鉛直にしながら、彼女はこう聞いた。

 

「……グラム。そうあの剣は言うのだな?」

 

「えっ?」

 

「あの剣だ。お前から出た黒い瘴気を帯びた剣のことだ。無限に平行世界から自分(グラム)を呼び出すあの剣だ」

 

 鈴鹿はグラムのことを知っていた。

 

 けど、なぜ今グラムの話が出てきた?

 

 鈴鹿は苦し紛れに笑う。笑うための声を発した。ツンとさす冷たい空気の中にその振動は伝わり遠くへと響いた。そして、セイバーにこう伝える。

 

「私はな……もうすぐ、消える」

 

 その彼女の言葉はとても重かった。彼女は悔しい顔をしながら空を仰ぐ。それでも、どこか安堵の色も見せた。これでよかったという彼女の思いがそこにあった。

 

「グラム、あの剣はな聖杯を(けが)そうとしている。あの黒い瘴気を吸い込んだあの剣は、聖杯の力でこの世に傷をつけようとしているんだ」

 

 グラム。彼女は生前のセイバーが得た呪いの指輪の影響によるものである。

 

 生前にセイバーが得た呪いはセイバーのスキルとして搭載されていた。その呪いはセイバーが現界されるときに、その呪いも聖杯により再現されてしまったのである。そして、グラムはセイバーを所有者として見限った時、セイバーからこの呪いを引き剥がし、我が物としたのである。そして、その呪いのあまりに強大な力により、人の形をしているのだ。

 

 グラムは怒りの剣である。この世全てを怒り憎しむことだってありえることであった。

 

 グラムという負の剣は、セイバーの父であるシグムンドという男によって生まれてしまったものである。シグムンドが多くの戦場でその剣を振るい、多くの人の命を奪ってきた。その人々の怨みや、主神オーディーンによる神の加護や、セイバーが倒したドラゴンの生き血など色々な出来事が重なって生まれた剣である。多くの命を奪い過ぎた剣は、新たな殺戮を求めているのである。

 

「その殺戮というグラムの理想に、私の呪いの力が惹かれてしまったということですか?鈴鹿さん」

 

 鈴鹿は頷いた。そして、彼女はまた辛そうに木の幹に寄りかかるのである。しかし、立つのが辛くなってきて座り込んでしまった。それでも、彼女は立ち上がろうと刀を地面に刺す。体重を刀にかけて膝を伸ばそうとするが、太ももの筋肉があまりの辛さに悲鳴をあげる。

 

 その姿はサーヴァントには見えないほど衰弱していた。サーヴァントとは英霊である。しかし、今の彼女にその名は似合わない。

 

 足掻いて、足掻いて、それでも目的の場所(ゴール)にたどり着けないような人であった。

 

 その時、セイバーは鈴鹿の真実を知ってしまった。鈴鹿がなぜヨウとセイバーの前にいきなり現れたか。鈴鹿がなぜヨウに早く決闘をすることを望んだのか。鈴鹿がなぜヨウにトドメを刺さなかったか。鈴鹿がなぜこんなにも衰弱しているのか。

 

 鈴鹿の手が透けていた。その手はサーヴァントの霊体化の状態に似ていた。けど、似ているだけで全くの別だった。エーテルで構成されサーヴァントの体のエーテルが、崩壊を少しづつ起こしているように見える。

 

 セイバーはサーヴァントだから分かる。段々と気配すらそこから消えていくような感じがするのである。鈴鹿という一人の女性が目の前から消えてゆきそうなのである。

 

 サーヴァントの消滅である。

 

 鈴鹿は自らが消滅しそうなのを知っていた。知っていて、彼女はヨウとセイバーの目の前に突然来て、ヨウに戦いを挑んだ。それは、本当のことを早く伝えなければならないため、そして最期は自らの子供のように見てきたヨウに一思いに殺してほしかった。だから、彼女が勝ってしまうと思うと、自分の望んだ結末ではないことに悲しんだ。

 

 彼女はヨウと本気で勝負をする気なんて毛頭なかった。ただ、ヨウにトドメを刺してほしかったのだ。

 

 ヨウはそこに違和感を感じていた。それでも、本気で彼女と戦うために決闘をしようとした。

 

 そして、意識の違いを感じた。

 

 ヨウはこのことを知っていたのだろうか。いや、知っているはずがないのである。鈴鹿は彼の目の前ではあえて強い剣豪の姿を演じていたのだから。

 

 では、なぜ鈴鹿は消滅する?今まで約10年間、特に問題なしに生きて来れたではないか。

 

「……グラム、グラムが原因なんですか?グラムが原因で、鈴鹿さんは消えないといけないんですか?」

 

 鈴鹿は笑顔で頷いた。その笑顔がどのような笑顔かなんて、すぐに分かった。

 

 彼女はその時、自分が一番この場にいてはならないような気がした。そして、自分の存在がとても恥ずかしく思えた。

 

 グラムを呼び寄せてしまったのはセイバー、そう彼女自身なのである。彼女がこの世界に召還されなければ、鈴鹿はまだ生きていることができたし、ヨウに迷惑を掛けることもなかった。

 

 鈴鹿はセイバーが悪いのではない。そう笑顔で伝えるけれど、彼女はその優しさが辛く思えた。優しいと、逆にその自分の非力さを実感させられるからである。

 

 セイバーはぎゅっと握り拳をつくる。爪が手のひらに食い込むほど強く握った。鈴鹿はグラムが今、していることを伝えた。

 

「グラムはな、今、聖杯に直接アクセスしている。そのアクセスから、グラムは聖杯ごと乗っ取る気なんだ。聖杯を乗っ取り、この世を地獄と化すことが、あの剣の望みなんだ」

 

 彼女は嘘なく話した。ただ、彼女が知っていること全てをセイバーに話したのだ。

 

 グラムはもう聖杯のほぼ全てを手に入れていた。けれど、一つだけ手に入れていないものがあったのだ。

 

 それこそが鈴鹿という一人のサーヴァントである。そして、グラムはその鈴鹿というサーヴァントを聖杯の器からこぼそうとしていた。

 

 鈴鹿も含め、今聖杯には7騎のサーヴァントの魂がある。それを使えば殺戮を行うことができる。しかし、その中身である鈴鹿はその望みを拒否したのだ。そう、グラムはもう聖杯のほぼ全てを乗っ取っており、グラム自身が聖杯の器である。そして、鈴鹿が聖杯の中身なのである。聖杯の器は殺戮という望みを叶えたいが、その望みを中身が拒否していた。

 

 そして、器はその望みを叶えるために、自分に反抗する中身をこぼすことにした。つまり、鈴鹿を消滅させ彼女の魂を聖杯から消すことにより反抗はなくなり、殺戮ができるのである。

 

 鈴鹿というサーヴァントが消える。そうすれば、グラムは聖杯の全てを手に入れてしまう。

 

「だから、グラムはこの数日間、ずっと姿を現さなかった。聖杯そのものになるために」

 

 グラムはこの数日間、ずっと自らを聖杯とするために、中身である鈴鹿と戦っていた。魂の戦いをしていた。そして、鈴鹿はグラムに負けた。

 

 消滅しそうな鈴鹿は悲しそうに涙を流した。

 

 ヨウを怒らせてしまった。最後に見るヨウの顔が怒りに満ちた顔だなんて彼女は思いたくなかった。

 

 

 

 その時、彼女は思ってしまった。

 

 

 

 

 今まで、聖杯への望みなんて一つもなかった。私が聖杯戦争に参加する理由は自らの腕前を知るためであった。だから、望みなんてなかった。

 

 私を召還したマスターを嘲笑(あざけわら)った。息子のために令呪を使うなんてバカな魔術師だと。

 

 けれど、今になって私は理解できた。10年もかかって理解できた。やっと理解できた。

 

 彼女は魔術師としてはどうしようもないバカである。

 

 けれど、母親として、愛する子供を持つ者として素晴らしい人であったと。

 

 私は敬意を表した。

 

 薄れゆく景色がそこにある。青い空が白く見えた。

 

 望みなんてないはずなのに、今ではどうしても叶えたい大きな望みがここにある。

 

 自分の胸の中にあるのだ。

 

 自分の子ではない。自らのマスターの子であるはずなのに、どうしてこんなにもあの子が恋しいのだろうか。

 

 ああ、死ぬ前に一度だけでも逢いたい。

 

 嘲笑った私なんかがそんな望みなんて抱いてはいけない。

 

 それでも、心が壊れてしまいそうなほど、胸が痛いのである。涙が頬を伝うのが分かる。

 

 なぜ?

 

 そんなこと、もうどうでもよかった。

 

 ただ、これだけを思って泣いた。

 

 大好きだから。

 

 ヨウが、ヨウのことが大好きだから。

 

 気づけば我が息子のように愛していたから。

 

 私の息子は本当の息子ではない。

 

 それでも、ダメだろうか?

 

 私は母親としていれたであろうか?

 

 彼を怒らせてしまったが、それでも母親として見てもらえるだろうか?

 

 私は今でも固有結界の中にいる自分のマスターにこう聞いた。

 

 これで私は役目を果たしたよな?

 

 そして、胸に溜まっていて、溜まりすぎて張り裂けそうな思いを声に出した。

 

「もう一度、もう一度だけでいいから……。ヨウに、ヨウに会いたい……。会いたいよ……」

 

 泣き叫んだ。冬の空に向かって泣き叫んだ。

 

 冬は冷たい。何にも答えてはくれない。

 

 涙が視界をぼかす。そして、段々と目の前も見えなくなってしまった。

 

 死ぬ。死ぬのである。

 

 死ぬのは二回目のはず。なのに、なぜこんなにも死ぬのが恐ろしいのだろうか。悲しいのだろうか。怖いのだろうか。

 

 ああ、もう一度だけ、会いたいよ……。

 

 ヨゥ……。

 

 

 

 

 

 

 彼女は段々と眠気を感じた。見える視界が段々と狭くなってきた。彼女は声も出せなくなってきた。意識が段々と遠のいて行く。目の前にいるセイバーが声をかけても、彼女は何も聞こえなかった。

 

 セイバーはそんな彼女を見て、めっちゃパニックになってた。このままでは鈴鹿は消滅してしまう。

 

 その時、彼女は一つだけ方法を考えついた。まるで、神様がその方法を頭の中にポッと出現させたかのようである。

 

 が、その方法をためらった。どうしようか、本当にそれでいいのだろうか。いや、その方法が適切であったとしても、セイバーの生理的に無理な話。

 

 彼女はそう思いながら鈴鹿を見た。鈴鹿はもう今にでも消えそうなほど弱体化している。目の焦点がブレ始め、唇が青い。肌は冷たく、手の先からサーヴァントを構成するエーテルの結合が崩壊してきている。

 

 見るからにもう打つ手はない。

 

 どうする?やる?やらない?

 

 成功できる保証はない。というより、多分成功しない。いや、わからない。成功するかもしれない。

 

 セイバーがどうこう考えている間にも、鈴鹿は消滅しようとしていた。

 

「あぁ‼︎もう‼︎」

 

 セイバーはやけくそで、その方法を試した。

 

 チュッ。

 

 唇と唇が合わさり、舌と舌が交わる。ぷるっとしたやわらか唇が当たる。相手の吐息が口の中に感じる。セイバーは鈴鹿の口の中を舐め回す。互いの唾液が混じり合う。

 

 —————そう、セイバーは鈴鹿にキスをした。

 

 すると、どうであろうか。エーテルの崩壊の速度が格段に遅くなったのである。

 

 サーヴァントは魂喰いという行為を行うことができる。魂を喰らうことにより、サーヴァントが使用する魔力を補うというものである。

 

 今、鈴鹿はその魔力がなかった。現界するために必要な魔力がなかったのだ。聖杯の器と6騎分の魔力をグラムに奪われてしまい、彼女は魔力を補給する方法がなく、消滅しようとしていた。

 

 だから、セイバーが鈴鹿にその魂を喰らわせた。これはアサシンを参考にしたものである。アサシンは魔力を蓄えやすく、また魔力を他人に流したりすることができる能力を有する。

 

 魔力を他人に流すという行為はとてつもなく危険な行為。流された側と流した側の魔力の質や魔術回路の違いで、流された側は死に至ることもあるからだ。

 

 でも、セイバーはそんな悠長に方法を選ぶ暇などなかった。しかし、その結果は成功であった。同じ聖杯から作られた、同じセイバーというクラスであるなどの共通点があったことなどから、成功する結果となった。

 

 今、この状況では最善の策と言えた。けれど、やはり与えた魔力量はそれほど多くない。セイバーもマスターであるヨウが近くにいないため、魔力供給を行うことができないのである。

 

 ただ、もう贅沢は言えない。動ける。それだけで鈴鹿は満足であった。

 

 意識が戻った鈴鹿は、ふらつきながらも立ち上がった。

 

「鈴鹿さん……。まだ、体が……」

 

「いいや、大丈夫だ……」

 

 彼女はそう言うけれども、やっぱり弱っている。それでも、彼女はヨウの家へと向かうのだ。何がそんなにも彼女を動かすのか。それはセイバーにも思い当たる人はいるはずである。

 

 会いたい。

 

 鈴鹿の悲痛な叫びを聞いたセイバーはそんな鈴鹿を放ってはおけなかった。彼女は鈴鹿に肩を貸す。

 

「……羨ましいです。そんな風に愛する人がいて、愛される人がいて……」

 

 裏切りの人生しか送れなかったセイバーにとって鈴鹿の思いは素晴らしく、自分の理想であった。だから、鈴鹿を自分と重ね合わせて見ることによって、少しの間だけ自分も温かな気持ちになれるのではないかと思った。それに、単にこう思っただけなのかもしれない。

 

 愛のために生きる女性はカッコよく、美しいと。そんな女性に彼女はなりたいと思ったのかもしれない。

 

 鈴鹿はセイバーにまた笑いかけた。涙を流しながら、ありがとうと伝えた。

 

「行きましょう。ヨウの所へ」

 

 



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理由を知った

はい!Gヘッドです!

今回と次回は『ヨウと鈴鹿の愛』的な言葉がよく出ます。
が、もちろんこれは親子愛的な愛情でございます。


 ‡ヨウサイド‡

 

 俺は家に帰って来て縁側に座っていた。まだ爺ちゃんは帰ってきてない。まぁ、あの人の放浪癖にはもう慣れてる。

 

 昼食の支度をしないと。

 

 そう思いながらも体が動かなかった。頭と体は違うみたいに感じた。

 

 いつもならこのぐらいの時間に、セイバーがお腹空いたと俺に言い、飯を作らせようとするのだが、今はそのセイバーがいない。

 

 まだお腹は空いてない。冷蔵庫には昨日の残りもあるし、今日は昼食を作らなくてもいいかなと考えた。

 

 庭の方をじいっと見ていた。特に何にも変わりはない庭をただじいっと見ていた。疲れが出て行くわけじゃないけど、俺の視線が庭から離れなかった。庭の中にある壊れかけた蔵の地面から穴が見えた。その穴の中は暗くて遠くからじゃ、よく見えないけれど、そこからセイバーと鈴鹿はこの世に現界したんだ。実感はわかない。でも、それが本当のことであろうことが俺には分かった。

 

 鈴鹿は何に嘘をついたのだろうか。彼女は決闘など、真剣な試合に関してはそんなことはしないような人である。なのに、さっき、俺に彼女は刃を向けたのに、それを振り下ろすことはなかった。

 

 まぁ、彼女と鍔迫り合いをしている時だって、何となく違和感を感じていた。彼女は本気ではない。というより、本気を出せないんだと。彼女が本気なら、俺なんか即倒されているのがオチなのである。なのに、彼女の息は少し乱れていた。俺に見せないようにしていたのだろうが、気付いてしまった。そりゃ、何年も鈴鹿の技量を見ているんだから、異常には気付いた。

 

 でも、鈴鹿がどんな理由であれ、俺は鈴鹿と戦いたかった。本気で戦って、そんで鈴鹿の本気を受け止めて、俺は鈴鹿に認めてほしいんだ。

 

 一人前な一人の人間として、認めてほしい。今までずっと俺のことをガキ扱いしてきた鈴鹿に俺は見せつけたかった。

 

「もうオツムするようなガキじゃねーんだよ」

 

 成長したってことを俺は鈴鹿に見せてやりたかった。悔いのないように。

 

 やっぱり息遣いとか手の動きからしていつもの鈴鹿でないのは分かった。いつもの鈴鹿ならもっと強い。だから、さっきまで俺の目の前にいた鈴鹿は俺の知っている鈴鹿でないし、そんな鈴鹿には用はないのである。いつもの鈴鹿に見てほしいのだ。笑いながら、あったかい空気で俺は鈴鹿と話し合って、語り合って、認められたい。

 

 だからって、俺は鈴鹿との決闘を簡単にポイッてする必要は俺にはなかった。どうせ、あれこれと言い訳を言ったって、負けから逃げたことに変わりはないし、それを否定する気は毛頭ない。

 

 俺はポケットに入っているバタフライナイフを取り出した。クルクルと光を反射しながら刃は現れる。俺はナイフの刃の所を見た。刃にはヒビが入り、少し欠けている。鈴鹿の顕明連のたった一撃を防いだだけでこんなにも刃がボロボロになってしまっているのである。

 

 もし、俺がこのナイフで守っていなかったら、鈴鹿は俺に刀を振っていただろうか。顕明連は確か当たったら即死だったような気がする。だとすると、俺に刀を振れば剣士としての自分を貫き、俺の命も貫く。振らなければ剣士としての自分を捨てて、俺の願いも捨てる。難しい採択である。俺だったら、そんなすぐには答えられない。

 

 けれど、彼女が刀を振るのは遅かった。だから、俺はナイフで防ぐことができた。俺の命、未来を大事にしたのだろう。そう考えれば嬉しいとも思える。

 

 俺はバタフライナイフを振った。風を切り裂く音が聞こえた。庭を見ながら、ナイフを特に意思なく振っていた。曇り空、()の光が地には当たらない。だからだろうか、少しだけ肌寒く感じた。手袋をつけて、また何を思ってか庭をボーッと見る。

 

 縁側に座ってしまったのが悪いのだろうか。尻と縁側が引っ付いて離れない。ゆえに、俺は立ち上がることができないのである。俺は庭の方を見ていた。

 

「なぁ、どう思う?」

 

 俺はそう聞いた。俺の後ろにいる男にそう聞いた。男は壁に寄っかかりながら俺を見ていた。

 

「さぁな。別に前回の聖杯戦争のセイバーがどうのこうのは関係ない。私が話したいのは今の聖杯戦争のことだ。過去のことはどうだっていいだろう?」

 

 男はずっと俺と鈴鹿の決闘を見ていた。山の中で決闘している時に、俺は気付いた。そのあと、俺が鈴鹿やセイバーと別れた時、その男は俺に着いて来た。

 

「お前は俺のストーカーか?アーチャー」

 

 アーチャーは俺の冗談に言った質問にクスリと笑う。

 

「すまないが俺は妻子持ちだ。それに男に興味はないのでな」

 

「いや、俺だって男好きじゃねぇし……。冗談だよ、冗談」

 

 妻子持ちか。こんな奴でも結婚って案外出来るものなのかな。結婚って意外とチョロい?いや、でも昔だから男性の方が権力あるのか。

 

 ……って、俺、なんでこんなこと考えてんだ?違う違う。そんなこと考えるべきじゃない。

 

「知っているか?セイバーはな、俺の娘だ」

 

「えっ⁉︎そうなの⁉︎」

 

「嘘だ」

 

 何っだよ‼︎イラつくわ‼︎一々どうでもいい嘘ばかりつきやがって‼︎

 

「……って、そうじゃなぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ!そんなこと考えてる場合じゃないんだよ!分かる、アーチャー⁉︎」

 

「あ?」

 

 アーチャーは耳の穴をほじりながら曖昧な返事しかしない。多分、俺の考えていることなど全然心配してない。

 

 めっちゃイラつく!

 

 ……まぁ、いい。無視しよう。

 

「なぁ、今、俺が置かれてる状況をさ、分かってる?」

 

「義理の母親とも言えるべき人に酷いことを言ったことだろう?」

 

「そう!それよ!……いや、でも、鈴鹿はそこまでじゃ……」

 

「はぁ、全くもって判断力のない奴だな」

 

 俺が考えていると、アーチャーはつまらなそうに俺を見る。その目がとてつもなく憎たらしい!

 

「ったく!うっせぇなぁ!つーか、何なんだよ!さっきから俺のことばっかり見やがって!やっぱり……」

「いや、それだけは断じてない。心に誓ってそれはあり得ないと断言する」

 

「じゃぁ、なんだよ?」

 

 俺は彼の青い目を見た。彼はそんな俺を見た。何かを見定めるようにジッと見て、そして視線をずらす。

 

「まぁ、約束を守っているのかと気になって来た。それだけだ」

 

「ふ〜ん。あっそ」

 

 俺はそう言いながらアーチャーに背を向け、また庭の方を見る。俺が呆気ない返事をすると、アーチャーはまた俺の方を見る。

 

「呆気ない返事だな」

 

「それが俺ですから」

 

「ほう、そうか。やはり面白いな。敵のサーヴァントである俺に背を向けるとは。お前、変わり者だな」

 

「お前に言われたくねぇよ。似非(エセ)の狂者さん」

 

 アーチャーはその言葉を聞くと、目尻が少しだけピクッと動いた。さっきまで俺のことを舐めた目で見ていたが、その一言を聞いた瞬間、目が本気になった。背中の後ろから感じる殺気はとてつもないものだった。

 

「ははは。なぜ、そう思った?」

 

「いや、だってさ、普通に考えればそう思うぜ。だって、自ら自分のことを狂者っていう人がセイバーなんかのことを気にするのか?なんで、セイバーをグラムから助けた?」

 

「まぁ、戦場に咲いてしまった弱き花を守りたいと思ったのでな」

 

「じゃぁ、なんであんたは俺を撃たない?あんたのお得意のクロスボウで俺を殺すことだってできるだろう?」

 

 セイバーを殺したくなくとも、アーチャーには叶えたい望みがある。なら、俺を殺すのが妥当なはず。アーチャーが狂者だったのなら、その行動を間違いなく起こしているはずである。

 

 アーチャーは俺の横を通って庭へと出た。その時に気付いた。

 

「おい、アーチャー!てめぇ、なんで土足で家ん中入ってんだよ!マジ死ね!」

 

 アーチャーが俺の横を通る時、家の中にいたはずのアーチャーの足に靴が履かれているのを見て、俺はキレた。結局、掃除するのは俺であり、その掃除する俺の身にもなってほしいものだ!

 

 アーチャーは笑いながらすまないと言うが、俺は許せなかった。だって、後で雑巾で拭かねばならないのである。冬場の掃除は辛く、雑巾なんかは水に浸す時、手がかじかんでしまう。だから、あまり掃除したくはないのだが……。

 

 俺はアーチャーを見た。アーチャーを見てると殴りたくなってきた。殴りかかろうとする右手を、俺の理性を司る左手で押さえていると、アーチャーは話し出した。

 

「俺はお前たちの決闘を最初から見ていた。だが、やはりあれは手を抜いていたか、力を出せないのかのどちらかだろう」

 

「じゃぁ、手を抜いていたとか?……いや、それはないな。わざと手を抜くような奴じゃないしな。……じゃぁ、まさか……⁉︎」

 

「ああ、そうだ。彼女は力を出せなかったんだ。それに、もうすぐあの女は死ぬだろう」

 

 俺はアーチャーの言葉に耳を疑った。けれど、アーチャーが嘘を言っているようには思えなかった。それに、俺自身、何となくそんなことを薄っすらと感じ取っていた。だから、驚きはするけれど、否定はしない。

 

 それに、もうすぐ鈴鹿が死ぬなら色々と説明がつく。俺の目の前に現れたことも、戦いを願い出たことも、俺にトドメを刺そうとしなかったことも。

 

「……やっぱ、鈴鹿、本気で戦う気なんかなかったんだな」

 

 俺はバタフライナイフを庭へと投げた。何となくムシャクシャしてた気持ちを八つ当たりとして投げた。理由が分かったからこそ、またイラつく。そうだったのかという理解をして、何でそうなったんだっていう怒りが生じてしまう。

 

「……だから来たのか?アーチャー」

 

「んな訳ないだろう。俺はお前が約束を守っているかを見に来ただけだ。……まぁ、教えてやらんこともない」

 

 アーチャーは腕を組んだ。そして、少し深刻そうな顔をしながら語り出した。

 

「グラムだ。セイバーにかけられていた強大な呪いの力をグラムが引き剥がしたのだ。その強大な呪いの力のせいで、グラムはサーヴァント以上の力をつけてしまった。そして、グラムはあろうことか聖杯にまで手を出してきた。鈴鹿はその聖杯を守ろうとしたが、やられてしまったのだ」

 

 グラムの強大な力は確かに俺もこの目で見た。あれは鈴鹿でも相手にするのは困難であろう。主神オーディーンの力を宿している剣であり、それに妖精がかけた最強の呪いの力も所持しているという現状が、恐ろしいことであると嫌でも理解した。

 

 俺は冬の空気を握りしめた。手のひらには爪の跡が残り、少しだけ痛い。舌打ちをした。何にも知らずに鈴鹿との決闘を放棄した自分に対して。

 

 鈴鹿は俺の知らない所で必死に戦っていた。死ぬかもしれないのに、それでも戦っていた。なのに、俺はそんな鈴鹿を侮辱してしまった。

 

 最低なことをしてしまったのである。

 

 



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伝えたい、この思い

余談:実は白葉先生、前回の聖杯戦争参加者だったりする。(今回の聖杯戦争には絶対に関わりたくないらしい)


 アーチャーは俺の方を向いてこう尋ねた。お前は何であの決闘から逃げたのかと。俺は答えられなかった。自分のプライドとか欲求のために、鈴鹿の最後の望みをぶち壊した自分が惨めで醜い存在に思えてしまったから。だから、俺はそんな自分のクソみたいな理由を口にしたくなどなかった。

 

「俺ってさ、最低なことしたよな……?」

 

 そう俺はアーチャーに問いかけた。

 

「あのな、俺の質問に答えずに、自分の質問には答えてもらえると思うなよ」

 

 アーチャーは俺を見たが、俺はだんまりと口を閉じていた。答える気がないのを見ると彼はため息をつく。

 

「はぁ、これだから若者は面倒くさい。まぁ、いい。質問に答えてやる」

 

「それで、どう思う?」

 

「まぁ、俺からして見れば、別に最低なことをしたとは思わないが」

 

 俺はアーチャーのその質問の答えに驚きを隠せなかった。別に嬉しいわけじゃない。ただ、俺の思っていた答えと違う答えに俺は動揺したのだ。

 

「俺には子供がいた。もちろん血の繋がった子供だ。だから親という立場上、鈴鹿というあの女の苦い気持ちも辛辣に分かる。俺がもしあの立場だったら、俺は自分の子に罵倒された方が逆に気が楽になるな」

 

「……えっ?それって、Mってこと?お前、ドM?」

 

「バカか、殺すぞ。……まぁ、でもその時は罵倒された方がいいんだ。相手に嫌われて、そうすれば自分も少しは相手のことが嫌いになるかもしれない。そうすれば、死ぬときに相手のことなんて思わずに死ねるかもしれないだろう?」

 

「は?そうなの?」

 

「ああ、そうだ。それに、罵倒して、子が自分のことを嫌いになってくれればそれでいい。そうすれば、子は自分なんか振り返らずに前を向いて歩いてくれる。親は自分のことなんか見てほしいとは思わない。子が前へと進む姿を見ていたいのだ」

 

 ……親ってそんなものなのか?

 

 俺はそう思いながら三人の俺の親を頭の中に引っ張り出してきた。俺の両親と鈴鹿。俺はずっとこの両親を少しだけ恨んでたし、鈴鹿にだって直接酷い言葉を言った。それで、三人は救われたのだろうか。

 

 俺が悩んでいると、アーチャーは空を見上げる。曇り空のその先を見ていた。そして、彼は少しだけ悲しい顔をしながらこう語る。

 

「でも、そう考えてしまう時点でまず無理なんだ。その考え自体が子を愛している証拠。そんな考えは幻想なんだ」

 

「幻想?」

 

「ああ、悲しき幻想。そんなこと、有り得るわけない。本気で愛した自らの子供をそう簡単に嫌いになれるか?いや、なれるわけがない。だから、親は子のために命を投げ出し、子を全力で守れる。鈴鹿だってお前たちのためにしたんだ。世界のためじゃない。お前のためだ。ヨウ」

 

 俺のために命を投げ出す。そんなに俺には価値があるのか?俺は英霊じゃない。英霊じゃない俺は英霊である鈴鹿以上の価値なんてない。俺はただの一般高校生。そんな俺は彼女の価値以上の存在にはなれやしない。

 

「……あのな、お前はあの鈴鹿という女にとって子に等しい。彼女にとって、お前は誰よりも守りたい存在で、誰よりも尊い。自分を悲観するな、バカが」

 

「でも、俺はあいつ以上に価値があるのかよ?俺は英霊じゃない!あいつは英霊だ!俺とあいつは違う‼︎」

 

「だからどうした。人であることに変わりはないだろう。それ以外に比べることはない。命ある人、それ以外に何がある?英霊?ふざけるな。英霊などというそんな名は後世の馬鹿どもが勝手に名付けたものだ。俺たちは英霊である前に人だ。人だから、愛がある。英霊の名に溺れる者など英霊などではない。ただのクズだ。英霊なんて枷は俺たちにはいらない!英霊呼ばわりするよりも、人して認識しろ。それをしないことこそ、英霊にとって最大の罵倒だ!」

 

 アーチャーは少しだけ熱が入ったように語る。冬の寒い空気の中に熱い彼がいた。何か、そのことに悲しい過去を思わせるような言葉を暗い空の中に残す。

 

 少しだけ無言の時が流れ、アーチャーはまた口を開いた。

 

「お前だって同じだ。鈴鹿のことが好きだからこうやって鈴鹿のことを考えているのだろう。嫌いになれないから、いつまでもそこで座り込んで考えている。親が子を思うのなら、子は親を思う。いつの時代もそれだけは絶対に変わらん」

 

 そりゃぁ、俺が鈴鹿のことを嫌いなんて思ったことない。……じゃぁ、俺は鈴鹿のこと好きなのかな。

 

 俺は頭の中で俺と鈴鹿の思い出を思い出してみた。すると、いっぱい今までの記憶がフラッシュバックされる。それを実感すると、悔しく思えた。いっぱいあるってことは、俺の脳みそが鈴鹿との記憶を欲しがっていたからである。そして、それを大切に保管していた。

 

 なぜ?それは考えなくとも分かるから。鈴鹿のことが好きだから。そして、鈴鹿がいつもいてくれたから、鈴鹿のことなんて今まで全然考えなかった。

 

 今まで、近くに鈴鹿がいることは普通のことであった。普通のことであったからこそ、鈴鹿への恩も、愛も何も感じない。ただ、いるだけの存在としか感じなかった。

 

 だけど、今、俺はなぜこんなにも鈴鹿のことを考える?鈴鹿がいないというこの現実を俺はどう受け止めている?

 

 悲観している。鈴鹿っていう近くにいたはずの人がいないから、支えてくれないから、俺は折れてしまいそうなほど寂しい。

 

 失って、初めて自分が愛されていたことを知った。

 

 失って、初めて自分が支えられていたことを知った。

 

 失って、初めて自分が弱いことを知った。

 

 失って、初めて自分が幸せだったことを知った。

 

 失って、初めて鈴鹿が恋しい存在だと知った。

 

 似非(エセ)師は俺の顔を見てこう言う。

 

「情けない面をするな。同情を誘っているのか?」

 

「……ちげーよ」

 

 同情を誘ってなんかない。でも、俺は今、気持ちを全面に剥き出してもいいのではないのか?俺がしでかしたことは鈴鹿に対して最高の侮辱であり、これ以上の顔に泥を塗る行為などない。罵倒されて楽になったとしても、俺が俺を許せないのは目に見えていた。

 

 ここまで自分を憎いとは思ったことがない。それぐらいにまで憎い。俺はあの時、鈴鹿になんて言葉をかけたのか。今、俺は彼女を『見損なった』となんて思っていない。本当はそんなことなんて微塵も感じていないのに。

 

 心にあった本当の言葉を見ることなく、心にもない言葉を口にした。俺はその行為の罪深さを知った。そして、胸が死ぬほど苦しい。

 

 マジで悔しい。鈴鹿が俺に与えてくれた愛情が悔しいほど嬉しくてたまらないのである。そして、その本当の気持ちを剥き出しにして伝えたい。

 

 —————伝えたい、この思い。

 

 俺がそう思った時、アーチャーは俺の膝を軽く蹴った。

 

「答えは決まったか?なら、さっさと行け。今、俺の使い魔をあの二人の所に寄越している。場所は……」

「二人⁉︎二人ってことは、鈴鹿もいるのか?」

 

 俺のまるで何かを願うような顔を見て、アーチャーは少しだけ口角を上げた。

 

「ああ、この近くにある公園に二人を誘導した。この時間帯だが、俺の結界で他の人には彼女らの姿は見えない。大丈夫だ。行け」

 

 俺はその言葉を信じた。敵のサーヴァントだけど、俺はこの時のアーチャーがとても偉大な人に見えたような気がする。

 

「ありがとう。恩にきる」

 

 俺はそう言うと立ち上がった。さっきまで重くて縁側に引っ付いていた腰が簡単に上がったのには少しだけ驚かされる。俺は死に物狂いでその公園に向かって走り出した。

 

 —————アーチャーを俺の家の庭に残して。

 

 

 

 

 

 俺が家を急いで出たあと、アーチャーは家の中にいるのは一人だと確認した。そして、ボソッとこう呟いた。

 

「まったく、世話のかかるガキだ。……あのガキ、本当に気づかなかったのか?私は弓兵であり、魔術師ではない。だから、今の状況はおかしいと。嘘ばかりの男と分かったのなら、少しは疑わないのか?まぁ、使い魔を使っているのも本当だし、結界を張っているのも本当だが、そんなの弓兵のクラスで呼ばれたサーヴァントができるわけなかろう。ヒントは与えたつもりだったんだがなぁ〜」

 

 彼はそう言いながら崩壊した蔵の方に歩み寄る。蔵からは穴が見えた。鈴鹿やセイバーが召還された場所へと通じる穴がある。彼はその穴を見て、フッと笑った。

 

「二人が会うのを手伝ってやったのだ。サービスだ!サービス。人生において大事な分岐点を失敗しないようにしてやったのだ。だから、少しぐらいモノを頂戴しても文句はないだろう」

 

 彼は蔵の穴の中へと入った。

 

「—————俺の望みのために、お前の家の家宝、使わせてもらうぞ。ヨウ」

 

 

 

 俺とセイバーはまだ知らない。この聖杯戦争はもう泥沼で、俺たちはその泥沼に巻き込まれていた。

 

 聖杯を掴むために泥沼を作る者、聖杯を掴むために泥沼を排除する者がいた。

 

 そんなこと、まだ知らなかった。




えっ⁉︎アーチャー⁉︎な、何をしでかすつもりなんだー⁉︎



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写し鏡の固有結界

余談:この織丘市の聖杯戦争には、一回につき一騎は絶対に日本人サーヴァントがいる。


 俺は近くにある公園まで走っていた。道には結界のようなものが張られており、どうやら俺を聖杯戦争に関係のない一般人が視認することができないような結界のようである。その結界は公園の方までずっと伸びていた。

 

「アーチャー、あいつこんな器用なことも出来んだなぁ」

 

 俺は感心していた。魔術を使えることが、英霊にとって当たり前のことなのかはよく分からないが、この結界は現代の魔術師のスゴイ人でも早々簡単に出来ないんじゃないのかな。あいつ、もしかしたら弓兵じゃなくて魔術師のサーヴァントなんじゃねぇのかってぐらいスゴイ。

 

 俺は全然魔術なんか出来ないけど、魔術を少しは知っているつもりである。こんなすごくデカくて、精密に作られている結界はまず無い。

 

 街のすれ違う人全員、俺のことを一時(ひととき)も見なかった。俺が死に物狂いの必死な形相で走っているのに、誰も俺に視線をチラッと与えてはくれないのが少しだけ寂しさを感じさせる。

 

 俺は結界の中を通って、公園まで走った。

 

 冬の空気は冷たいのに、俺の体からは汗が出る。肌と服の間の空気が熱く湿度が高い。額と首が濡れて、靴下の中の指の間が湿ってきた。

 

 公園まではそんなに時間はかからない。家から公園までは一つも信号がないから比較的早く行けたが、ちょっと疲れる。ただ、やっぱり街中にいても、誰にも気付かれないのは少しだけ不気味に思えた。そして、それほどまでにスゴイ結界を張ることができるアーチャーの行動が何処か腑に落ちない。けれど、今はそんなこと考えている場合ではないので、それを無視して飲み込んだ。

 

 公園の中に入る。公園って言っても少しだけ広くて、そこら辺のおっさんとかが散歩することが出来るくらいの広さ。俺はそんな公園の中に鈴鹿とセイバーがいるんだと思って足を踏み入れた。

 

 すると、足を踏み入れたその瞬間、俺の目の前の景色がガラリと変わってしまったのである。

 

 たったゼロコンマ数秒の出来事。俺が公園へ入ろうと一歩足を踏み入れたその瞬間に世界が変わった。目の前に見える世界が、今自分がいる世界が変わったのである。

 

「何処だ?ここは」

 

 俺は目の前の世界に見覚えがなかった。さっきまで砂利の地面に、木でできたベンチ、滑り台という鉄の塊があったはずの公園が知らない場所に様変わりしたのである。

 

 目の前には木や草が生い茂り、土は茶色く、空は雲が一切ない快晴の空。気温も少しだけ暖かい。冬の気温、風景ではない。見るからにここは森林だろうか、山の中だろうか。何であろうと、この目の前にある世界が現実のものではないと理解できた。

 

「これも結界か……?」

 

 俺がそう呟いた。すると、頭の中から声がした。アーチャーの声である。

 

「ああ、そうだ。この街全体に俺の固有結界を敷いた」

 

 固有結界。これは彼の宝具の一つである。使用者の心象風景をそのまま映し出し、現実世界を塗り替えるという結界。

 

 しかし、アーチャーの固有結界は少し別物である。

 

「これは鈴鹿の心象風景だ」

 

「えっ?鈴鹿の?」

 

「ああ、俺の固有結界はある特定の人物の心象風景を映し出す。俺が今映し出している心象風景は鈴鹿御前というサーヴァントのものだ」

 

 アーチャー。彼は生前、ある神から力を盗み取った。その神はある物語に登場する大きな神である。そして、盗み取ったその力は『相手の心を読むことができる』というものであった。

 

 彼はその力を使って全てのサーヴァントの真名を知っている。セイバーがシグルドであることなど、出会ってすぐに見破った。それほどまでに強大な力なのである。

 

 彼は今、鈴鹿という一人のサーヴァントの心の中を読み、そしてその心象風景を映し出した。

 

 自分ではなく、相手の心象風景を映し出す固有結界を持つのは彼のみである。汚れなき鏡になれる彼はその結界を扱えた。

 

「まぁ、大丈夫だ。さっきの一般人に認識されないという結界があるだろう?その結界とこの固有結界を二重に重ねている。だから、一般人にはこの固有結界さえも認識されん」

 

 アーチャーはそうテレパシーのような魔術で俺にそう遠くから教えた。でも、俺はアーチャーから情報を貰うたびに、逆に分からなくなっていく。

 

 アーチャーという人の存在自体が矛盾の存在であるのだ。

 

 まず、結界を二つも同時に敷けること自体がまずおかしい。しかも街一面に結界を張るのには相当な技量が必要である。なのに彼はアーチャーであり、キャスターではない。そして、例え出来たとしても、するための魔力量は膨大である。

 

 俺はアーチャーに一つ疑問を抱いた。

 

 お前はアーチャーか?

 

 しかし、そう抱いた疑問は彼には筒抜けであった。彼は俺の心の中も読んでいたのだ。

 

「バーカ、俺はアーチャーだ。ただ、少しだけ特殊なだけのアーチャーだよ、俺は」

 

 けど、俺はそんなこと考えている場合ではない。俺は鈴鹿に合わねばならないのである。

 

「おい!鈴鹿に会わせろ!どうすれば会えるんだ⁉︎」

 

 俺は目の前にアーチャーがいないのにアーチャーにそう声を出して聞いた。アーチャーは俺のその必死さを笑うかのような口調をする。

 

「まぁ、そこで待っていろ。もうすぐ二人は来る」

 

「来る?」

 

「ああ。今、使い魔で追っかけ回しているところだ」

 

 アーチャーは遠距離から使い魔も操っていた。その使い魔で彼女たちを俺のいる所に連れて来ようという思惑らしい。

 

 つまり、今の俺な二人が来ることを待つことしかできないのである。じゃぁ、何で俺を家から離した?別に家で俺が鈴鹿とセイバーに会っても何も悪いことはない。なのに何で公園に場所を移動した?

 

 俺はそれをアーチャーに聞いたが、アーチャーは口を紡いで教える気がないようである。ただ、俺たちに悪いようにはしない、その一言だけで事を貫こうとしていた。

 

「じゃぁ、何で固有結界なんかを発動させた?」

 

「そりゃぁ、いい雰囲気になると思ったからだ。彼女にとってとても印象深い事柄が心象風景を作る。彼女にとっては涙を流すほど思い出の深いものだろう。まぁこの心象風景がどのようなものなのかは俺にもわからない。知りたかったら直接本人に聞け」

 

 彼はその言葉の後に「もう話すのはおしまいだ。時を有効に使ってこい」と俺に言ってテレパシーのような魔術を止める。まるで、自分はすることができなかったからというフレーズが聞こえたかのようだった。

 

 しばらくすると、彼女たちは本当に来た。セイバーが鈴鹿に肩を貸していて、鈴鹿は一人で歩くのも困難なように見える。

 

「まったく、何なんですか?いきなり歩いてたら使い魔に追われて、結界まで張られて……。これ、罠じゃないんですか?鈴鹿さん」

 

「いや、それでも進まねば……。ヨウに会うためなら、私は罠にもわざとかかってやる。そうでもしないと、ヨウには会えん。それに、この風景、どこか似ているような……」

 

 彼女たちは俺を探しているようであった。体力がなくなっている。もう消えるまで時間がないのだろうか。

 

 俺は彼女たちに声をかけた。

 

「セイバー!鈴鹿!」

 

 俺が声をかけると、彼女たちは俺の方を振り向く。そして、彼女たちの視界に俺が入ると、彼女たちは瞳孔を大きくした。

 

「ヨウ!」

 

 鈴鹿は俺に駆け寄った。手を広げ、嬉しさを前面的に表現して。彼女は俺に抱きついた。俺の首の後ろまで腕を回し、ほおを俺のほおに擦り付ける。涙を流しながら、彼女は「ごめん」の一言をずっと言っていた。

 

「おい、鈴鹿……、恥ずかしいって。セイバーが見てるからさ、離れてよ……」

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ。もうヨウと離れたくない。もう悲しい思いなんてしたくない。怖い思いなんてしたくない……」

 

 涙ながらに彼女はそう言って俺から離れようとはしなかった。彼女の涙が俺の肩に流れ、少し温かい。震える彼女の手は俺のほおを触り、また一層強く俺を抱きしめた。

 

 離れたくない。そんな彼女の強い思いが感じられた。

 

 初めてである。こんなに弱い鈴鹿を見たのは。彼女の涙も、彼女の弱さも、彼女の本当の思いにも初めて俺は触れた。彼女のことを理解していたつもりだったけど、俺は理解など出来ていなかった。

 

 俺は幸せ者である。こんなにも鈴鹿に大事にされていたなんて初めて知った。

 

 俺の中での鈴鹿とは強い人だった。迷いのない太刀筋と男勝りな性格。親というよりかは、師匠という感じがした。そして少し近づきにくかったのである。強くて、聡明で、そんな彼女が本当の彼女だとばかり思っていた。だから、自分のことは自分で守れというような、放任主義の人、そんな格付けでいた。

 

 けど、違ったんだ。

 

 鈴鹿は俺のことをいつも気にかけていて、誰よりも俺のことを心配してくれて、母性的で、親しみやすい人。それが本当の彼女であった。

 

 こんなにも近くにいたのになぜ気づかなかったのか。

 

 幸せは近くにあるから気付かないんだ。遠くにあるから、手の届かないところに幸せが行ってしまった時に初めて幸せを認識して、日常という俺の幸せを愛せるようになった。

 

 俺は彼女が今まで与えてくれた愛の全てに感謝した。感謝しても感謝しても感謝しきれないほど大きいその愛がすごく嬉しい。

 

 俺だって怖かった。もう会えなくなるんじゃないかって思ってしまうと、焦燥感に駆られてしまっていた。だから、今、彼女が俺の目の前にいるっていう幸せを噛み締める。そして、俺も彼女を抱きしめた。

 

「ごめん……ごめん」

 

 何て言おうか迷っていたが、言葉が見当たらなかった。ただ、この言葉だけが俺の口の中から出てきた。他にも言う言葉があったんじゃないかって思う。だけど、俺はその言葉を言うしかなかった。

 

 他の自分の気持ちを言ってしまうと泣きそうになってしまうから。だから、この言葉だけを伝えようと思った。一言だけなら泣かずに済むだろうと。鈴鹿とセイバーの前で泣きたくはない。

 

 だけど、なんだか視界がぼやけてくるのである。目頭が熱くなり、鼻の筋に何かが通っていくのを感じた。声は震え、息が少しだけ引きつる。

 

 たった一言の言葉に、俺が鈴鹿に感じる思いが詰まっているのである。そんな重たい言葉を言っていたら、その言葉に詰まっている全ての思いを実感してしまい、胸いっぱいになってくるのでくる。

 

 たった一言でも、俺は伝えたい思い全てを彼女に伝えた。

 

 —————寂しいから、逝かないで。

 

 いつにもなく、俺は弱音を吐いた。本当だったら、見せなかったはずの俺。昔のことを、また再現してしまうのかと思うと、俺は幼くなってしまった。

 

 

 




アーチャーの素性が段々と露わになってきました。

ちなみに、前回の聖杯戦争に参戦していたサーヴァントは全員決まりました。次回からそのサーヴァントのこともざっくりと述べていきます。


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私を殺してくれないか?

余談:今回の聖杯戦争で、前回と一切関係のないマスターはキャスターのマスターのみ。


 ここの場所は『鈴鹿御前』という一人の女性が生まれた場所であると彼女は言った。とても似ているらしい。ここは彼女が捨てられた場所にすごく似ていると、本人がそう言うのだ。

 

 彼女は元々何処にでもある小さな集落の子供であった。しかし、彼女には家族という存在はいなかった。だから、貢ぎ物とするにはとても都合が良かった。

 

 その集落ではある神のことを信じていた。山の神様であり、その神様を崇めていれば豊作になるといった言い伝えのようなものである。

 

 ある年、その集落では神様への巫女を選定しなければならなかった。その巫女は神様がいるとされる山に残され、一生山の中から出てはならなかったのである。そして、その年、彼女はその巫女として選ばれた。身寄りのいない彼女を助けてくれる人など誰もいなく、彼女は山で一生を過ごすことになってしまった。

 

 そこの山は鈴鹿にとってはあまりいい過去とは言えない。だから、あまり彼女にとって思い出したくない記憶の一つであった。嫌な過去であり、彼女はその過去を嫌っている。でも、そんな彼女の心象風景はそんな思いとは裏腹に、彼女の心象風景はその山と一緒であった。

 

 山巫女『鈴鹿御前』はこの地に何を思っているのだろうか。始まりの地に何を思って彼女は俺の前にいるのだろうか。

 

「なぁ、お前、俺に殺してほしいのか?」

 

 俺は何かを求めるように彼女に聞く。そんなことないと言ってほしかったのだが、彼女の返答はそんなに簡単なものではなかった。

 

「ああ、そうだ。お前に一思いに殺されたい」

 

 彼女はいつも俺に見せる笑顔を崩さずに静かな声で俺にそう告げた。彼女は俺に笑いかけてくるのだが、どこか悲しそうな顔をしている。俺だって浮かない表情をしていることぐらい自分で分かった。

 

「ここは……」

 

「アーチャーの固有結界の中であろう?」

 

「知ってたのか?」

 

「ああ、これでも聖杯の元中身だ。サーヴァントの基本的な情報ぐらいは知っている。私の心の中を映し出しているのだろう?」

 

 彼女はアーチャーの固有結界の中にいるということぐらい分かっていた。分かっていたけど、これが自らの心の中だと認めたくないのだろうか、彼女はその話を打ち止める。少しだけ現実から目を背けるように、何処か遠い場所を見るような目をする。

 

「死んじゃうんだよな……?」

 

「ああ、死ぬ」

 

「…………嘘じゃ……」

「嘘じゃない」

 

 その重苦しい話は二人の空気を悪くした。別に怒りや憎しみなどの感情があるわけではない。ただ、苦しいのだ。アーチャーから聞いたことが嘘だって思いたい。だけど、それが嘘ではないと分かると胸が苦しくなるのだ。

 

 俺と鈴鹿は全然目を合わせようとはしなかった。目を合わせて鈴鹿の方を向くと、その現実を目に入れてしまう。それが物凄く苦しくて辛い。

 

 俺はズボンのポケットに手を突っ込んだ。冬の空気に触れていないから、少しだけ温かく感じる。そのポケットの中で、握り拳を作り、皮膚に爪を食い込ませた。痛みがあるならそれでいい。痛みがないと、心の痛みを感じそうなのである。

 

「何で、教えてくれなかった?」

 

 まるで鈴鹿に尋問のように俺は問い詰める。責めているわけじゃない。だけど、真実を知りたいって思いがそのような形としてなっていた。

 

「……言えなかったんだ」

 

 鈴鹿は何度も俺に真実を教えようと思っていた。だけど、彼女は俺に真実を教えることが出来ず、現在まで引き伸ばしてしまっている。そのせいで、俺は色々と覚悟とか、心の準備とか出来てない。

 

 教えてくれたのなら最後の時まで一緒にいたかった。最後まで、俺は彼女に感謝の意も告げないでいるのは胸糞悪い。

 

 時間がないのはもう俺にでも分かっていた。無慈悲に時は刻一刻と迫り、ゲームオーバーのように彼女は消滅してしまうのだろう。

 

 そんなの嫌だ。

 

 現実に反抗したけれど、今の俺にはどうすることもできないような小さな反抗。そして、反抗は他の力で押し潰されてしまう。

 

 鈴鹿は曇りのない空を仰いだ。空は青く、そして高い。その空の中に燦々と太陽が光り輝いているのである。

 

「怖かったんだ」

 

 彼女から『怖い』なんて言葉を聞きなくなかった。いつまでも強い人であり続けてほしい。俺の認識上の鈴鹿は俺のことなんかそんなに大事に思っていないような人。それでいい。それでいいのだ。

 

「ヨウが裏切られたと思うかもしれないから怖かった。ヨウに嫌われてしまうかもしれないから怖かった」

 

 女性が泣くように彼女も泣いた。しくしくと涙を流し、過去の事象に対して悲しみを抱いていたのだ。

 

 止めてくれ!

 

「辛かった。ヨウがまた笑わなくなってしまうのが怖くて、それを思うと辛かったんだ」

 

 止めてくれ!

 

「私はヨウのことを愛しているから!」

 

「止めてくれよ!」

 

 俺は心から叫んだ。

 

 そんな結末、望んでなんかない。

 

 そう思いながら叫んだ。

 

「そんなこと、言うなよ。そんな風に、言わないでくれよ!お前は、もっと強い奴じゃなかったのか⁉︎日本最強の女剣豪、鈴鹿御前だろ⁉︎そんな風に言わないでくれよ!別れを惜しむみたいに言わないでくれよ!お前は、お前は……」

 

 思い思いの言葉を鈴鹿に向かって叫んだ。叫んで、俺は鈴鹿に自分の思いを伝える。そんなつもりでいた。

 

 だけど、なぜかその後の言葉が続かなかった。その後、俺は何と彼女に言えばいいのか、何を言葉にすればいいのかが分からず、口に出せなかった。

 

『お前は』、その後の言葉が俺の心の中にないのだ。

 

「ヨウ‼︎」

 

 俺が言葉に詰まっていた時、彼女は俺の名を呼んだ。

 

「私は鈴鹿さんをそうは思いません。鈴鹿さんは確かに剣術でとても秀でた技術をお持ちです。彼女は英霊として、剣士として素晴らしい。でも、それだけじゃない!彼女は英霊である前に一人の女性なんです!」

 

 まるで、アーチャーが俺に説いたように、彼女も俺に事を説く。アーチャーが目の前にいるかのように思えた。ただ、セイバーは自分の思うことをただ俺に言っているのだろう。だけど、性格の違う二人にまで同じことを言われたことは凄く屈辱的に思えてしまった。

 

 だから、俺は反抗するんだ。

 

「でも、英霊と俺たち庶民は違うんだよ!だから、第二の人生を与えられてるんだろ⁉︎俺たちはそんなものない!人生は一度きりだ!お前たちと俺は違う!俺は人だ‼︎」

 

「私たちも人です‼︎意思ある人だ‼︎」

 

「違う‼︎お前たちは幽霊だ‼︎また、新たに聖杯戦争に呼ばれるかもしれない!新たな人生があるかもしれない!だから、人生を軽く見てる‼︎」

 

「そんなことない!鈴鹿さんは死ぬことを怖がっている!それはあなたと離れたくないからだ!それのどこが、軽く見てるんですか⁉︎あなたは、どうしてそう、いつも自分の気持ちに気付かない⁉︎何で、現実と向き合わない⁉︎」

 

 セイバーは何かに取り憑かれたように、物凄い形相で俺を見る。

 

「楽なことなんて人生に一度もありはしない‼︎」

 

 彼女は多分、俺たちの誰よりも大きなものを失った。だから、彼女は凄く過敏に反応した。

 

 しかし、それだけではない。彼女は同じ剣士(セイバー)のサーヴァントとして鈴鹿をとても尊敬していた。だから、そんな鈴鹿を侮辱されたのが気に食わなかったのだ。

 

 そして、失った者として、自分のような悲しい経験を他の人にさせたくないから彼女は俺に異議を唱えている。彼女自身、自分と同じような人をもう見たくないと思っているから。大事な人を失う辛さを知っているからである。

 

「ヨウ、あなたは両親を失ったんですよね?その辛さをもう一度、味わいたいかッ⁉︎」

 

「鈴鹿は俺の親じゃねぇよ‼︎」

 

「嘘だ‼︎じゃぁ、なぜ、あなたはここにいる⁉︎なぜ、あなたは彼女の前に現れた⁉︎それは、彼女があなたにとって大事な人だという証だからではないのかッ⁉︎」

 

 その言葉に、ついに俺は何も言えなくなった。頭の中から言葉を絞り出そうとしても、出せる言葉はゴミ屑ばかり。

 

「彼女のことを心の底から愛しているからここに来たんでしょう⁉︎あなたはそのことに関しても嘘をつくほど、落ちぶれた人間かァッ⁉︎」

 

 俺は鈴鹿を愛しているのか。本当に?

 

 鈴鹿に関する記憶を掘り起こす。嫌な記憶ばかりである。鈴鹿と俺の笑顔が眩しく映るほど、嫌な記憶なのである。

 

「あなたは彼女のことを愛しているから、愛しているからこそ、嫌いになろうとした。嫌いになって、辛さや苦しみから逃げようとした。そうすればあなたは悲しまなくて済む」

 

 アーチャーに言われたことと似ていた。愛する人を嫌いになろうとしていた。きっぱりと別れをして、鈴鹿のことをもう見ないために、俺は鈴鹿に酷い言葉を吐いた。

 

 けど、やっぱり無理なのである。何度鈴鹿を罵倒しようと、俺は鈴鹿に背を向けることなんて出来ない。

 

 なぜ?

 

 それは、俺が鈴鹿のことを愛しているから。

 

 嫌われて、楽になろうと思ったけど、心にもない言葉を何個も言えるわけがない。

 

 離れてほしくない。その心は未だに俺の心の中にあり続けているのである。

 

 鈴鹿は俺の目の前に刀を投げる。刀はカランッと音を立てて地面に落ちた。その刀は顕明連であった。彼女は朗らかな笑顔を俺に見せた。そして、その笑顔に似つかわしくない言葉を彼女は口にする。

 

「私を殺してくれないか」

 

 泣き崩れそうな顔を無理して整えた彼女の顔は現実を直視する羽目になる。俺は彼女から目を背けようと、地面を向いた。それでも地面には刀があるんだ。現実はもう目の前に迫っていた。

 

 俺は刀に手を伸ばした。

 

 




はい!じゃぁ、前回の聖杯戦争のサーヴァントを、ざっくりと。詳しいのは次回で。

セイバー:鈴鹿・最強の女剣豪
ランサー:前田慶次・戦馬鹿
アサシン:マシューホプキンス・残忍な人殺し
ライダー:スキールニル・忠実な僕、楽観者
キャスター:人魚(怨霊(ゴースト))・姉御肌
バーサーカー:クリームヒルト・病んでる
アーチャー:ベリサリウス・悲観的

こいつら全員狂ってる。


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いつまでも愛している

余談:実はランサー、バーサーカー、アサシンはあるゲームから引っ張ってきた。ランサーとバーサーカーはそのゲームの姿のまま登場!アサシンはちょっと違うけど……。


 鞘と柄を握り、ゆっくりと刀身を鞘から引き抜いた。妖々と怪しく光る緑色の刀。(おもむろ)に刀を持ち上げた。若干、重たい。鈴鹿が目の前にいるからなのだろうか、俺の手は震えていた。冬の外気に触れ、現実の現状に触れた手は、震えてもなお刀を持ち上げてしまう。

 

 鈴鹿は俺が刀を手に取るのを見て、嬉しそうに微笑んだ。

 

 セイバーはそれをただ見つめていた。もう、彼女はどうすることも出来ないし、どうにかする気もない。今、この状況から二人を助け出すにしても、彼女の力では力不足だし、この状況から抜け出せるのなら彼女はすぐさまにしている。

 

 でも、残念ながら彼女にはその力はない。悔しいほどに無力なのである。それを彼女は(つくづく)この聖杯戦争で感じていた。もし自分にもっと力があるのなら、今のこの状況を一変させたことは出来たかもしれない。あの時、グラムを倒していれば、この鈴鹿の親としての思いはもう少し続いていたかもしれない。

 

 自分が無力なばかりに、他の人まで自分と同じように親を殺すという羽目にあってしまうのか。彼女はそう感じていた。

 

 今、俺がいる状況は少しばかりか昔のセイバー自身に類似していると彼女は感じていた。

 彼女は自分の育ての親を自らの手で葬った。しかし、今になって考えれば、親は血の繋がりのない親であったとしても、本当に彼女を愛していたのである。自分の軽率な行いを非常に憎んだ。

 

 俺は彼女を昔の俺と見ているように、彼女は俺のことを昔の自分だと見ていた。親を不本意に殺すという点から、彼女は俺を昔の自分と照らし合わせていた。

 

 彼女は親を殺して後悔した。絶望に打ちひしがれ、それでも彼女は今、希望を求めている。それが出来るのは、彼女のマスターが彼女の側にいたからである。なら、彼女は、今度は自分が側にいてあげようと決心した。それこそ、鈴鹿の思いを踏みにじらず、最大限尊重した結果であり、彼女はその方法しかする気がなかった。

 

 言ってしまえば、セイバーは部外者である。だから、彼女は眺めていることしかできない。二人の行方を。

 

 刀を手に取った俺は、鈴鹿の方へと向けた。刀の延長線上には彼女の胸がある。俺はゆっくりと、ゆっくりと一歩ずつ彼女に近づいた。

 

 近づくに連れて、俺は何で鈴鹿を殺さねばならないのかを考えた。

 

 グラムがこの世にやって来たから。それがそもそもの諸悪の根源であると考えられた。グラムが聖杯を奪い、殺戮を極めようとするばかりに、鈴鹿をころさなければならないのである。

 

 けど、俺はすぐさまその考えを否定した。だって、その考えを否定しなかったら、セイバーがこの世にいるってことも否定しなきゃならなくなる。セイバーがグラムを出現させた大元なのだから。

 

 セイバーは悪くない。けど、悪い。その矛盾が俺の心の中でグルグルと渦を巻く。結局、俺はセイバーは悪くない。そう無理矢理にでも思い込んだ。無理矢理にでも思い込まないと、俺はセイバーに怒りを向けてしまうかもしれない。それに、それを鈴鹿は許さない。二人の問題だからっていう理由で、関係のないセイバーに怒りを向けた俺を彼女は許さないだろう。

 

 鈴鹿を殺すことに何か意味を見出そうとした。意味を見出せば、俺はしょうがないと思えて彼女を殺すことが出来るかもしれない。俺も彼女も苦しむことなく終わらせられるのである。

 

 でも、意味なんて見出せなかった。彼女を殺して何の意味があるのかなんてわからなかった。グラムの野望を阻止できるとしても、それは一時的なものであり、その一時的なもののためだけに鈴鹿一人の命がなくなるというこのことが俺は非常に気に食わない。

 

 それは、俺が彼女に対して、最大の敬意を表してだからである。鈴鹿という一人の女剣豪が、俺にとっては人生を変えるほどの出会いであったはずである。だから、俺はそんな彼女の命を軽く扱えなかった。

 

 彼女は尊い存在であり、そんな彼女の胸にこの刀を突き刺すことなんて出来ないのである。

 

「……殺せねぇよ」

 

 俺はその一言に今までの鈴鹿への思い全てを詰め込めた。十重二十重(とえはたえ)の幾多の感情がその言葉に潜んでいた。とても重く、俺が発した言葉の何よりも重く切ない言葉。

 

 俺の答えは決まってしまったのである。彼女に刀を刺すなんて、もう無理なことになってしまった。

 

「無理なんだ。鈴鹿を殺すなんて、俺には無理だ。鈴鹿が俺に教えてくれたこと、色々あんじゃん。剣術に、支えられることの安心さ、親がいるっていうこの感情も、何もかもあんたから教わったんだ。その恩も返さずに殺すなんて、俺には無理だよ」

 

 俺は刀の先を地面へと向けた。俺は下を向き、自分の足元を見た。

 

「例え、意気地無しとでも、チキンとでも呼ばれてもいい。でも、俺には殺すことなんて無理なんだ!怖いんだよ!鈴鹿がいなくなるっていうのが……。だから、死なないでくれよ……」

 

 無理な願いである。死にそうな人に対して、死なないでくれと言って、それが実現できるほど世界は優しく作られてはいない。無理と嘆いても、世界は一つも変わらない。それでも、どうにもすることのない俺は、どんなに訴えてもビクともしない世界に向かって悲痛の言葉を叫ぶのみ。

 

 無理だとは知っている。それでも、そう自分の思いを声に出していたかった。だから、俺は無理を口にした。

 

 俺の鈴鹿への思いを言葉で時という文書に綴り上げてゆく。自分の思いは止まらなかった。ありのまま、自分の思いを彼女に見せた。

 

 俺は奇跡なんて信じるような(たち)じゃない。信じて叶わないよりも、信じないで叶わない方がマシだと思い、俺は奇跡なんて信じない。その方が、心に残る傷は狭く浅い。だから、俺は奇跡なんて一生信じるかなんて思っていた。

 

 だけれども、今、俺はその奇跡を信じた。信じたかった。手のひらを返してでも、この現状を変えたいと思い、夢に(すが)った。

 

 少年漫画とか何処ぞの王道ストーリーみたいに、俺は何かに助けてほしいと思っていた。

 

 —————この辛い現実から俺は逃げたくなった。

 

「死んでほしくないんだ」

 

 それでも俺の声は段々と弱々しくなってくる、現実から逃げられないと知り、俺の理想は(ことごと)く潰された。

 

 理想の残骸だけが残り、その上に立つ俺の足の裏は残骸が刺さり血だらけであった。

 

 痛い。

 

 鈴鹿への思いが心の痛みさえも(もたら)してきた。それがまた、段々と俺の声を弱くした。

 

 鈴鹿は俺を見て一瞬悲しそうな目をする。そして、その目が翻り、何かを覚悟したかのように、俺を見た。そして、ゆっくりと口を動かし、こう俺に聞いてきた。

 

「—————お前は、聖杯戦争をどう思っている?」

 

 聖杯戦争をどう思っている?

 

 俺の心には二つの思いがあった。感謝と憎悪である。

 

 俺は聖杯戦争で過去のことを知った。それも前回の聖杯戦争で作られていて、今の俺がいるのは聖杯戦争が深く関わっているからである。だから、俺はセイバーや鈴鹿と出会えた。それは紛れもない事実なのである。

 

 でも、聖杯戦争があるから、俺は失うんだ。得たものも、元からあったものも失ってしまう。

 

 プラスとマイナスの感情が心の中で渦巻いて、訳がわかんなくなっていた。その内、俺は考えるのを止めて、見ようともしなくなるだろう。

 

「わかんない」

 

 それが俺の答えだった。答えられるほど、俺の答えはまとまっちゃいない。だから、いつもみたいに抽象的で大雑把な答えしか言えなかった。何事にも目を()らして本気で物事を見ようとしない。嫌なほど俺らしい。

 

 俺らしい返答を待っていたのだろうか、彼女はその答えを聞くと清々しい限りの笑顔を見せた。それは鈴鹿の中での俺の存在を遠回しに証明するものであり、少しだけ俺は言葉を詰まらせた。

 

「何、そう嫌がることはない。お前らしいじゃないか。それでいいんだ」

 

「嫌じゃねぇよ……。その、なんつーか、嫌っていうか……」

 

 言葉で表現できない俺の気持ちが心の中に生じて、どうすればいいのかが分からない。人は言葉で事象を理解するからこそ、言葉を分からなければ俺はその心の中での事象を理解できなかった。

 

「なぁ、お前はどう思ってるんだよ。この聖杯戦争を」

 

 鈴鹿に問い返した。俺には聞いておきながら自分で答えないのは少しズルい。鈴鹿は俺の質問を聞き、口を閉じて、少しだけしんみりとする。何を考えていたのか、その場の空気が硬く重くなる。

 

 口を開けたのはそれから数秒後、白い歯を見せた。揚々に語り出す。

 

「私はこの聖杯戦争が好きだ。大ッ好きだ!確かにこの聖杯戦争はお前たちが考えるように嫌なことばかりが起きる。現実から目を背けたくなるほどに辛い。でも、得たものもある。私はお前と出会えた。それは、過去のどんな経験よりも、喜びよりも得難いものだ。その出会いは、私の中の世界を変え、私自身を変えた。聖杯戦争は殺し合いだ。だからと言って、それから逃げようとはするな。絶対に得るものがある。私がお前から得た義母としての愛(大切なもの)のように……」

 

 彼女の笑みは嫌になるほど燦々(さんさん)としていて、美しい。聖杯戦争で得るものもあるのなら、俺はこの聖杯戦争でその笑顔を失うんだ。

 

 彼女と俺の矛盾が歯がゆい。歯がゆいのに、俺は彼女にそれを言えなかった。それを言ったら、俺は彼女の全てを否定することになってしまうから。

 

 いや、もしかしたら俺の考えが矛盾しているのかもしれない。

 

 探れば探るほど、俺の心は深くへと潜り込んでしまい、真実が見えなくなっていく。

 

 彼女は少しづつ、俺に歩み寄る。まるで自分から俺の刀の餌食となりに行くように。

 

「この森は私の原点だ。鈴鹿御前という一人の女剣豪が生まれた場所。始まりの場所で終えることができるなんて思ってもないことだ」

 

 彼女が歩くと、地に落ちた葉がパリッと砕ける。

 

「私はお前を誇りに思うぞ。こんなに優秀な弟子に育て上げることができたのだからな。師として、嬉しいばかりだ」

 

 彼女の後ろ髪が揺れる。

 

「師として……いや、親としてだな。親として、子の成長を凄く実感した。まぁ、でも少しだけ大きくなってしまってあの頃のあどけなさが恋しいが……」

 

 彼女は俺の目の前に来た。そして、俺の手にある顕明連の刃を手で握った。

 

「それでも、お前は私の子であり、私はお前の親である。その愛は年が経つにつれ、もっと大きくなってしまった。皮肉だな。子守なんて嫌がっていたはずなのに、今じゃもっとしたいと思える」

 

 彼女の刃を握る手から、赤い血が流れる。そして、その傷口から段々と体が消滅していった。それでも彼女は握るのを止めようとはせず、その手を自らの胸の方まで持ってきた。刀の先が彼女の胸の前にある。

 

「—————私はお前に殺されたいんだ。お前の手で、全てを終わらせてくれ」

 

 彼女はそう言うと前へと歩いたのだ。胸の前に刀が垂直にあるのに、彼女は自ら刺されるように体を動かした。そして、手を伸ばし俺にまた抱きつく。

 

「ハハハハ、なんだろうな。二回目の死はすんなりと受け入れてしまった。ああ、久しく忘れていた。この感覚は……あまり良くないな。怖い……」

 

 彼女は生前、山に置き去りにされる記憶を思い出した。誰かに捨てられ、もう誰とも会えなくなるという寂しさがあったが、小さい頃の彼女はそれを表現できなかった。

 

 今、彼女は誰に会えないから怖いのだろうか。

 

 いや、それは考えるまでもなかった。

 

 俺の握っている刀から、彼女の血が流れ出て、顕明連の力なのか、サーヴァントの体を構成するエーテルが崩壊していくように見える。刺されたところを中心とし、彼女の体は崩壊を始めた。

 

「ヨウ、忘れるなよ。私のことを忘れないでくれ。私はお前のことを忘れない。何回、生き返っても、絶対に忘れるものか」

 

 彼女の声が涙声へと変わった。彼女の手の震えが俺にも伝わる。けど、それは俺も同じで、刀を握る手が小刻みに震えているのだ。

 

 皮肉なことに、俺が倒した初めてのサーヴァントが鈴鹿であるという事実を受け入れることが辛くてたまらない。そればかりか、彼女の涙につられて、俺の目頭が熱くなった。

 

 彼女は強く俺を抱きしめた。そして、最後の一言を心の底から絞り出すように叫んだ。

 

「—————私は、お前のことをいつまでも愛しているからな—————」

 

 小さな叫びで。最後の力を振り絞っても 、小さな声にしかならなかった。彼女の声は俺にしか聞こえないほど、弱いものとなってしまった。それでも、彼女のその言葉は俺の心に刻まれるには十分すぎるほどであった。

 

 その言葉を発した後、彼女の体を構成していたエーテルは風に流されてしまったかのように、ふわりと何処かへ飛んで行く。俺の目の前には誰もいない。俺がただ刀を垂直に持っているのだった。

 

 —————その瞬間、俺の手に握られていた刀は彼女の形見となった。

 

 俺は地面に尻餅をついて、今さっきまで起こっていた事実を頭の中で巻き返した。ありえないことが目の前で起きていたのだから。

 

 それでも、俺の見ていた光景が本当の出来事だと証明されると、俺は手のひらを顔に押し付けた。そして、ただ泣きたいように泣き、叫びたいように叫んだ。生憎、その場所はアーチャーの固有結界の中であり、聞かれるのはセイバーくらいしかいなかった。

 

 だから、俺は大声を出して声を上げ、慟哭(どうこく)した。

 

 それでも、空は憎たらしいほど広く、そして、碧かった。

 

 彼女の声がまた心の中で響き渡る。

 

「お前だけじゃねぇよ……」

 

 その時、俺は俺の心を理解した。

 

 そして、温もりは何処かへ消えた。

 

 俺の腕の中にいた人はもういない。

 

 冬の冷たい空気を抱きしめて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「—————日和よ、聞こえるか。お前の子供は大きく育ったぞ。元気な奴だ。まったく、お前が発動した令呪のせいで、とんだ酷い目にあわされた。拘束力のない令呪とは、(いささ)か怖いものだな。もう、あんな思いは御免だ。心が辛くなるからな。……なぁ、もう私は死んでもいいよな?私はもう生きるのに疲れてしまった。だから、少しだけ寝かせてもらう。何、大丈夫だ。あの子はもう大丈夫。私なんかいなくともな。もう、一人で歩いて行けるさ。だから、空から見守ろうじゃないか。母親としてな」




鈴鹿ぁぁぁぁぁッ‼︎

ということで、鈴鹿さんは没しました。約10話かけて鈴鹿さんの死をお話しにしたので、嬲り殺しにした気分です(笑)。次に没するのは誰なのかが楽しみですね。

ちなみに、ヨウくんの握っている顕明連は触媒として用いられたものなので、鈴鹿が消滅しても限界しています。

次の回は紹介回です。ちなみに、雪方ちゃんとライダーはもう出てきませんので、載せておりません。あと、アーチャーのパラメーターに皆さんの目は飛び出てしまうほど驚くかと思いますが、それは本当です。
次回は明日投稿いたしますので、是非楽しみに待っていてください。


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人物紹介(バラッパッパッパ〜)その1
『人物紹介』Part.1


はい!Gヘッドです!

今回は息抜きということで、人物紹介を。

もし、アーチャーやバーサーカーなどの真名がわかっても心の中にとどめておいてください。そうでないと面白みにかけてしまいます。どうしてもという人は個人的にメッセージをいただけたら幸いです。

パラメーターは最高出力の時。


月城陽香:

身長: 171ぐらい

体重: 62キロほど

魔術:強化、解析、???

特技: 家事全般、人からものを盗むこと

天敵: 第二ルートで登場する日本刀を携えた男の剣士(第一ルートでは出てこない)

好きなもの: 楽なこと

嫌いなもの: 面倒くさいこと

座右の銘:: 面倒くさいことは絶対にやらない・クールにいこう

髪型: 特に決めていない。本文中では彼の髪に関する話は一切出ないため、ご想像にお任せします。……と言っても、高校二年生らしい普通の髪型で。

目の色: 目の色も髪と同様で、彼の目の色に関する話は一切でない。強いて言うなら、彼の目の色は読者の皆さんが想像するこの人物の髪の色と一緒。

スタイル: デブでもなければガリでもない。見た目は普通の体型。実際は見た目より少しだけ運動能力はある。

身体的特徴: 彼の手が無意識に人のものを盗むという謎の特技?を持っている。ちなみに、その特技はちょいちょいこの作品で使われる。

性格: 根っからのクソ野郎。面倒くさいことは一切しないし、痛いこと・辛いこと・キツイことは大っ嫌い。人のことをいじくるのが好きで、性格がめっちゃ悪い。

が、本当は心の底からみんなのことを気にかけているんだけど、恥ずかしくて何にも言えないいい奴。そのことを知っている人は彼に対していい態度をとる。(例・セイギなど)

余談: 彼の家系は武士の家系であるが、別に剣術だけに特化した家系ではない。弓や槍、馬術など武に関すること全てが得意。だけど、彼は今のところ、剣術と弓術、柔術ぐらいしかやっていない。

 

セイバー

パラメーター(グラム不所持時):筋力C・耐久D・敏捷B・魔力E・幸運B・宝具C

パラメーター(グラム所持時):筋力B・耐久C・敏捷B・魔力D・幸運E・宝具A+

スキル:対魔力D・騎乗B・呪われし指輪-・鍛冶A・龍殺しD

容姿のモデル: 『アルスラーン戦記』のアルスラーンで、作者がもしアルスラーンが女だったらという想像の元。

特技: 鍛冶

天敵: キャスター以外のサーヴァント全員

身長: 161センチ

体重: 47キロ

スリーサイズ: 83・60・80

好きなもの: 美味しい食べ物

嫌いなもの: 信用、信頼

座右の銘: もう誰も信じない

髪型: グラム所持時は真っ黒な髪型。不所持時は白髪。

目の色: 透き通るような青。

スタイル: めっちゃいい。服はユニ◯ロの服を着用中。

身体的特徴: 手のひらの皮が硬い。生前、毎日のように鍛冶の仕事に取り組んでいたため。見たことあるものならほぼどんな武器でも修復可能。

性格: 人のことを信用しない疑り深い性格。しかし、一度でも信用してしまえば馴れ馴れしく接する。

余談: セイバーのクラスのくせに、作中の剣を扱う者の中では最弱

 

 

セイギ

容姿のモデル: 『青の祓魔師』の雪男

特技: 勉強

天敵: 魔術が効かないセイバー・アーチャー・ランサー

身長: 165と少し小さい?

体重: 55キロ

魔術:魔力放出系(彼の家系の魔術の属性は『強奪』。まぁ、魔術協会の力のせいで約100年前に途絶えたけど……)

好きなもの: 努力、知識

嫌いなもの: 無策、やる気のない奴

座右の銘: 智こそ最大の力なり

髪型: 特に規定なし。本文でも彼の髪型についての話はなし。一応、高校生で、勉強ばっかりしてそうなやつの髪型。

目の色: 髪の色と同じ。

スタイル: 細身で、運動してなさそうな体つき。

身体的特徴: メガネ着用しているが、本文ではあまり話には出ない。体中に多くの線のような跡があるが……?

性格: インテリ。基本的に根拠のないことは絶対に言わないし、物事は絶対に筋道を立てながら考える。固っ苦しい奴だが、ヨウなどに対しては例外的にそんな風にはならない。

余談: 成績優秀で勉強ができる奴。魔術師の家系としては少し前に途絶えたが、叔父が魔術師として一族復興をしていた。その時に叔父から魔術を教わった。ちなみに、この叔父は前回の聖杯戦争参戦者。

 

 

アサシン

パラメーター:筋力D・耐久C・敏捷B・魔力B+・幸運E・宝具B

スキル:気配遮断B・肉体改造A・無辜の怪物D(このせいで獣耳がある)・魔性の女A

容姿のモデル: 『ワンパンマン』のフブキ

特技: どんなことでもエロに繋げることができる

天敵: アーチャー・キャスターのマスター・ライダー

身長: 171センチ

体重: 未詳。スリムな体型なのに、異常なほど重い。

スリーサイズ: 90・59・85

好きなもの: エロ

嫌いなもの: 差別、自分

座右の銘: 人の命って儚いの

髪型: そんなに長くない。肩にかかるぐらい。髪の色は特に規定なし。ただ、彼女の設定上のある理由により、色や雰囲気などがその場その場によって多少変わる。

目の色: 黒

スタイル: エロスティックなお姉さん。いつも着ている服がピチピチ過ぎて、結構胸の方が主張されている。正直言って、めちゃくちゃエロい。

身体的特徴: 魔力不足の時、身体の皮が剥がれ落ちることがある。相手に自らの魔力を流し、相手の傷を癒すなどの芸当を持つ。吸血種であり、???(これは言えない)

性格: 本作のエロ要員。というより、性のことに関する知識が作中でダントツトップ独走中!優しいお姉さんで、エロい。交わり(エロ)に関する抵抗が一切ない。しかし、たまに暗殺者としての残忍性を見せつける。

余談:一応、セイギと肉体関係アリ。

 

鈴鹿

パラメーター:(マスター所在時)筋力C・耐久D・敏捷B・魔力E・幸運A・宝具A+

(マスター不在時)筋力D・耐久D・敏捷C・魔力E・幸運A・宝具A

スキル:対魔力A・騎乗C・縮地D・単独行動D・三振りの宝剣ー。

容姿のモデル: 『妖怪百姫たん!』の鈴鹿御前

特技: 剣術

天敵: ヨウのお父さん(もうすでに故人)・バーサーカー(前回も今回も)

身長: 167センチ

体重: 52キロ

スリーサイズ: 85・56・60

好きなもの: 剣術

嫌いなもの: 戒め、古い戒律

座右の銘: 一に修行、二に修行、三に修行

髪型: 上記のモデルと一緒

目の色: 上記のモデルと一緒

スタイル: 上記のモデルと一緒

身体的特徴: ……特になし。

性格: 剣豪の名にふさわしいほど、剣や刀に関しては嘘をつかない。というより、基本嘘はつかない。が、しかしおふざけモードになると、ガチでめんどくさいし、主人公のヨウも手に負えないほど。感情的である。

余談: なんだかんだ言って、ヨウに気づかれないように山を出ていた。もちろん目的はヨウの見守りのため。そのため、ヨウのことに関してだけは気配遮断スキルがあるのかも?

 

アーチャー

パラメーター:筋力EX・耐久EX・敏捷EX・魔力EX・幸運EX・宝具EX

スキル:???(スキルは一つのみ。そのスキルのせいで、こいつのパラメーターはサーヴァント最強。ちなみに、このスキルは自分のやりたいようにスキルを付け替えたりすることも可能。スキルというより権能)

容姿のモデル: staynightの英霊『エミヤ』

特技: 嘘、交渉、暗躍

天敵: セイバー・ランサー

身長: 185センチ

体重: 75キロ

好きなもの: 家族、嘘

嫌いなもの: 神、戦

座右の銘: 嘘とは真実の写し鏡である・愛のために嘘をつけ

髪型: 白髪

目の色: 青色

スタイル: 男性のモデル並みで、筋肉質。こいつも背筋がすごい。

身体的特徴: 浅黒い肌の色を持つ。

性格: 狂者であったり、ヨウやセイバーのことを見放さなかったりと色々謎が多い人物。言葉と行動に矛盾が生じることもしばしば。それにも理由がある。

余談: 彼の宝具は多分、神と互角に戦えるぐらい。fateのサーヴァント史上最強のサーヴァント。

 

グラム

パラメーター:筋力C・耐久B・敏捷E・魔力B・幸運E・宝具A++

スキル:・呪われし指輪ー・神性D・投擲(グラム)A++・戦闘続行D

特技: グロい映画を何本でも見れる

天敵: アーチャー・ランサー

好きなもの: 殺戮、血、人の死

嫌いなもの: 友情、奇跡、慈悲

座右の銘: 痛みつけろ、今までの私の苦しみを

容姿はセイバーと全くもって同じ。ただし、彼女は髪の毛が黒く、服装はドイツの民族衣装ディアンドルの黒色をベースとした感じの服。

性格: 残忍、凶暴、人を傷つけることで幸福を感じる。しかし、どこか子供っぽい一面もある。

余談:セイバーと正反対なので、エロに関する知識は豊富であったり、抵抗がなさそうだが、そこだけはちゃんとセイバーと一緒で、エロに関しては疎い。

 

バーサーカー

パラメーター:筋力A・耐久D・敏捷C・魔力D・幸運C・宝具B+

スキル:狂化B・神性E・焼焉の身体B・破壊者D・世界の終わりEX

容姿のモデル: これも言ったら即バレしちゃう

特技: 破壊、地球温暖化に貢献すること

天敵: アーチャー・キャスターのマスター

身長: 291センチ

体重: 473キロ

好きなもの: イチゴ、チョコマフィン

嫌いなもの: ピーマン

座右の銘: 破壊こそ愛なりぃぃぃぃ!

髪型: まず、髪がない。スキンヘッド

目の色: 通常時は赤色。狂化時は黒色で目の白いところも全部が真っ黒になる。

スタイル: とにかくデカイ。バーサーカーの顔を見てると首が痛くなるくらいデカイ。で、めっちゃムッキムキ。

身体的特徴: 肌の色は真っ黒。あと、体自体がめっちゃ熱い。じかに触れられるのはマスターの少年のみで、それ以外の人は熱く感じる。彼の近くはほぼ灼熱。

性格: 破壊こそ愛なりぃぃぃぃ‼︎(狂化中だから、聖杯戦争ではこの性格は全然でない)

余談: 意外に少食。

 

バーサーカーのマスターの少年

身長: 125センチ

体重: 31キロ

魔術:魔物を使役する

特技: 折り紙

天敵: バーサーカー、ヨウ、キャスター

好きなもの: 孤独

嫌いなもの: 全部

座右の銘: 全部壊れちゃえばいいんだ

髪型: そこら辺にいそうな子供の髪型

スタイル: そこら辺にいる子供の体型(ちょっと背が小さい)

目の色:黒色

身体的特徴: 痣がよく見当たる

性格: 残虐的で、やりたいようにやっている。子供の破壊衝動という簡単な一言では片付けられないほど、やばい。

余談: 孤児院の子




はい。アーチャーのパラメーターやスキルが色々と謎な部分がありますね。

まぁ、それももうすぐでわかると思います(多分)



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しがない英雄の背中はあまりにも
俺とセイバー


余談:今回のルートでは、もうほぼヨウくんのカッコイイシーンはほぼ出ない。ヨウくんが輝くのは第2ルートと第3ルート。第1ルートはセイバーちゃんにお任せ。


 学校の屋上に俺はいた。風が吹き抜け、冬にあまり外に出る気は無いのに、なんか今日は空を仰いでいたかった。曇り空だけど、灰色の雲だけじゃなく青い空も見える。そんな屋上に仰向けで寝ていた。

 

「寒くないんですか?」

 

 セイバーは実体化をしながら俺に問いかけてきた。何処か彼女は俺を心配するような優しい目で俺を見る。

 

「別に」

 

 そんなセイバーに俺が返すのは素っ気ない返事。セイバーは俺の返事を聞いて不満だったのか、俺の隣に正座で座る。そして、上から俺の顔を覆い被さるようにして目をじっと見てきた。

 

「なんだよ」

 

「いや、少しヨウらしくないなと思っただけです」

 

「……そうか?」

 

 そう言われた俺はセイバーの方に寝返りをうつ。

 

「あっ、セイバーのパンツ見えてる。ピンクゥ〜」

 

「えっ⁉︎ど、何処見てるんですかッ‼︎」

 

 いつものようにセイバーにちょっかいを出しながら、今度はセイバーに背を向けた。セイバーはそんな俺にまた懸念する。

 

 いつものように平静を装っているのもバレているのは俺もなんとなく実感してた。セイバーは人の感情の揺らぎにはすごく敏感であり、俺の心がまだ揺らいでいるのを彼女は悟っていた。

 

「おい、ピンク。気遣うほどのことじゃねぇーよ。ほれ、お前はもっとエロいのを履いてこい」

 

「んなッ⁉︎よ、余計なお世話です‼︎エロくなくったっていいんです‼︎女の子は可愛さでいいんです‼︎それと、ピンクじゃありません‼︎」

 

「いや、エロは必要だよ。エロがあるから、世界があるんだよ。エロがないと、異性への興奮もないし、お前なんか生まれて来なかったんだよ?お前がいるのはエロのおかげだよ。それに、可愛いなんてものも、どうせ性的な意味を込めてんだよ。だから……」

「ああぁぁ‼︎もう、もう、いいです‼︎そ、そうですね!エロは必要ですね!」

 

「おう、そうだ。だから、エロいランジェリーでも履いてこい。ピンク!」

 

「ピンクじゃありません!」

 

 いつものたわいない会話が今日は新鮮に感じる。嫌なことが少しだけ忘れるような感じもするが、それはどうせ幻想にすぎない。

 

 人と話すという行為は人にとって麻薬のようなものなのかもしれない。人と話すと、心の隙間を埋めることができる。だから、人は隙間ができると人と話してその隙間を埋めようとする。だから、その人に(すが)り、その人がいなくなると虚無感が自らを襲う。

 

 セイバーはサーヴァントである。幽霊であっても、俺の目の前にいても、心があったとしても、どうせ聖杯戦争が終われば彼女はこの世から儚く消えてしまう。

 

 鈴鹿のように消えてしまうのだろう。

 

 悲しみを大きくしてまでも仲良くなりたいと思わない。

 

「何で、俺が辛い思いをしないといけないんだ」

 

 泣き言を吐いた。それはセイバーにも聞こえるように言っていた。セイバーもそのことを痛切に感じていた。彼女だって俺と似たような経験をしたことがあるのだから、彼女は俺の気持ちを痛いほど分かる。

 

 親を殺した。そんな変な繋がりが俺とセイバーにはあった。そんな繋がりは負の中で得た産物であり、嬉しくもなんともないけれど、いないよりかはマシ。というより、少しだけいてほしい存在である。同じという立場であるから、俺にとって心強くて頼りになる。そんでもって、心の支えともなっている。

 

 前までこいつと口喧嘩ばっかりしてたけど、俺にとってこいつは側にいて当然の存在となってしまった。

 

 それがどこか怖い。いつか来る別れに恐怖を抱いた。

 

「ヨウは鈴鹿さんを殺した時、どんな感触でした?どんな感覚でした?目の前はどのように映りました?心の中に何を思いましたか?」

 

 セイバーはふと俺にこう質問をした。普通、悲しみに明け暮れている俺にかける言葉ではない。だけれど、それがセイバーだから少しだけ許せた。彼女も自分と同じ経験をしたのだから、彼女は興味本位だけではないということが分かっていた。

 

 まぁ、それでも話す気にはなれるわけがなく、俺は彼女に背中を向けて質問を一蹴した。

 

「何で、俺がお前にそんなこと話さなくちゃいけねぇんだよ。ヤダ。メンドイ。嫌なことは思い出したくな〜い」

 

 俺が撥ねつけると、彼女はそんな俺に微笑みかけた。まるで俺がそんな彼女の質問を拒絶するのを知っているかのようであった。何でも見透かされているのが少し嬉しかった。そんなに俺は考えなくてもいい。それが過去を見る必要がないと思わせた。

 

 過去を見たくはない。その思いが段々と顕著になりつつある。その事態に俺は目を伏せた。

 

「私は……」

 

「別に気にしないほうがいいって言いたいんだろ?」

 

 俺に先を越されたセイバーは決まり悪い表情を浮かべた。緑色の屋上のフェンスを通って吹く風を遮るように、彼女はフェンスに寄りかかる。

 

「私の場合、憎しみで親を殺しました。それは全て私の独断であり殺意があった。けれど、あなたの場合は違う。しょうがなかったんです。事の成り行きですから、あなたは何も悪くない」

 

「……どうせそんなこと言うんだろうと思ってた」

 

 嘘を吐き並べる。どうでもいい嘘を吐いたのは己の見栄のためなのか、虚弱な心のためなのかは分からない。ただ、心から出た言葉が嘘だった。

 

 嘘を平然と言って、彼女の言葉から目をそらしているのだろう。目をそらして受け流して、それで彼女の言葉をちゃんと聞かない。そうすれば、自分はそのことに関して考えることはない。

 

 今はまだそのことについて考えたくないのだ。

 

 嘘とは便利だからこそ怖い。嘘に縋りそうになる自分の弱さが怖い。

 

 嘘に縋りたくないから、俺はセイバーと本心で話す。すると、俺の心の弱さを見つめてしまうし、慇懃を重ねると彼女が俺の目の前から離れて行くのが辛くなってしまう。

 

 彼女も空を見上げた。晴天じゃない。曇り空である。なのに、彼女は嬉々としているのが視界の端に見えた。

 

「今、私とヨウの見ている空はほぼ同じです。たった数歩の距離しか違わない。……私たちはここまで近づいたんです」

 

 彼女はそう思いを言葉にしながら俺の方を振り向いた。俺はそんな彼女とは反対の方に目を向ける。例え、見ている空が同じでも、やっぱり心の距離は遠いのではないのだろうか。

 

 そう思いながらも、俺はそれを言葉にしない。なぜだか、俺はその言葉をセイバーに向かって堂々と言うことができなかった。

 

 セイバーは何か言いたげな俺を見て、唇を少し緩めた。

 

「空には暗き場所もあり、光も現れる。それは時とともに揺れ動く。人の心もそんなものだと思うのです。私もヨウも心は空であり、曇天であったとしても、いつかは輝く太陽が雲の隙間から顔を出す」

 

「俺とセイバーの空は違うけどな」

 

「そうです。でも、似た空を見ている。エヘヘ」

 

 何故彼女は嬉しそうに笑うのだろうか。疑問が俺の頭の中から離れない。

 

 前まで、俺とセイバーは喧嘩ばかりしていたのに、今の俺たちは前とは何処か違う。まるで二人の尖ったところが互いにぶつかり合いながら、馴染んできたようである。

 

 前までとは違う彼女の対応に俺は少し戸惑いを覚える。

 

「ヨウは悪くないですよ」

 

 彼女はそうボソッと呟きながら俯いた。暗鬱な心が俺にも伝わった。それが自然に起きてしまったのだから怖い。馴染んできた証拠でもある。

 

 彼女の言った言葉は自虐的である。まるで自分を責めるかのような言葉を発し、自分の価値を貶めている。

 

 鈴鹿が俺の手によって殺される原因となったのはグラムとセイバーにかかっていた呪いのせいであり、それがこの世に生まれてきたのはセイバーのせいである。そう彼女は考えていた。自分がこの世にいるから鈴鹿は死んだのだと。

 

 いや、まぁ、否定はしない。確かに俺の下心はそんなことも考えていた。それは今でもそうである。正直言って、セイバーが現界しなければ、鈴鹿は死ななかったのではないのか?俺は聖杯戦争に参加してはいないのではないのか?

 

 何回考えたことだろうか。今でも考えているほどである。

 

 セイバーがいるから俺は不幸になるといってもいいかもしれない。だけど、それを俺は否定する。セイバーがいるから俺は成長できた。

 

 そう考えている。いや、俺はそう考えるようにしている。

 

 そうでないと、俺もセイバーのことを責めてしまいそうである。けれど、俺はそんなセイバーを責めたくはない。彼女は俺であり、俺は彼女である。自分に似ている相手を自分として見てしまっている以上、そんなことは嫌だ。

 

 そう矛盾してそうな俺の自論を理にかなっているかのようにこじつけている。

 

 俺とセイバーの関係は実に脆い。そうでもしていないとやっていけない。それは俺だけではなくセイバーも実感していることである。別に性格とか、そういう相性は別に悪くはないんだけれど、やっぱり起きてしまったという過去の出来事からしてみれば相性が悪いのである。

 

 だから、俺は彼女にこう言うのだ。

 

「お前だって悪くねぇよ」

 

 その言葉を彼女に、そして自分の心に言い聞かせる。そうすれば俺の気持ちは収まる。セイバーは悪くない。運命が悪かったんだ。運命のせいにして、彼女のせいにしない。

 

 けど、彼女はそれでも納得できていないようであった。スカートを握り締めて、自分自身の遣る瀬無い気持ちを何処にぶつけてよいのかも分からずに悔やんでいた。スカートが少し上がり、彼女の白い肌が少し見えた。

 

「ごめんなさい……」

 

 引け目に感じている。彼女は自分のことをもうずっと罵っている。自分が事全てを起こしたと思っている。

 

 鈴鹿が消えてからだ。彼女は自分の価値を考え出した。価値を考えて、いつもその価値は低い。生きてはならないとまで言わしめんばかりの価値の低さ。

 

「そんな風に言うなよ。お前だって悪くねぇよ」

 

「……」

 

 彼女は黙り込んでしまった。黙らせるつもりも責めるつもりもないのだけれど、器用じゃないからそこら辺の調節ができない。何て言えばいいのか分からないし、彼女の心も何もわからない。どう思うのか分からないから、危険を回避しようとして俺も言葉が出なくなる。

 

 クールに行こう。その言葉は臆病者の言葉である。別に俺は自分自身が臆病者でもいいと思っているけれど、何が起こるのか分からないからってだけで面倒くさいことに足を突っ込まない自分が少し嫌い。嫌いだけれど、直そうにも直せないから諦めている。

 

 今だって、何にも声をかけてあげられない自分は心の中で諦めているんだ。彼女に声をかければいいのかもしれないけれど、俺は怖いから足を一歩踏み出す勇気が湧かない。

 

 ああ、俺、カッコ悪りぃ。

 

 俺とセイバーが黙り込んでいたら、屋上のドアが勢いよく大きな音を立てて開いた。俺とセイバーは驚いてドアの方を見る。すると、そこにいたのはアサシンとセイギあった。二人は俺たちの会話を聞いていたようで、ニタニタといやらしい笑みを浮かべている。

 

「あれ?お二人とも、もう倦怠期⁉︎体の相性が合わないの⁉︎」

 

 アサシンは相変わらずの変態トークをかましてくる。まったく、少しは場の雰囲気を考慮するということぐらい出来ないものだろうか?

 

 いや、出来るわけがないか……。

 

 俺はセイギの方を見る。セイギは俺と目を合わせると何かを謀っているような目で俺を見る。

 

「おい、何処から聞いてた?」

 

「ん〜、セイバーのパンツがピンクっていうのは聞いてた」

 

 随分と最初の方からじゃねぇか‼︎

 

「わ、私のパンツはピンクじゃ、ありません‼︎」

 




ということで、今回は前回のランサーを。(パラメーター、スキルはまだ作ってない)

前田慶次

クラスはランサー。マスターは高校生時代の白葉ちゃん。二人揃って前回の聖杯戦争の主役みたいなもの。(別にセイバー陣営が主役だなんて言ってない。あと、主役の陣営はもう一つある)

モデルは『戦国無双』の前田慶次

聖杯への望みは特になく、ただ戦いをしたいだけ。

宝具『天地傾乱堂々の華』ランクA+・結界または対界宝具・レンジー
前田慶次の傾者としての数々の逸話が宝具となったもの。言っちゃえば、何にも囚われない男の生き様の集大成。
能力は『この世の理から傾く』。彼から半径10メートルの間は彼の世界である。
例えば、アーチャーが遠くから彼に向かって矢を放ち、彼の心臓を射抜くはずなのに、その間合いに入った時、彼の意思で触れずともその矢の方向を傾ける。傾ける方向は自由自在であり、また重力・浮力・質量・電力・密度・速度などの数値を正常の値から傾けることも可能。物体を傾けることも可能。
まぁ、その空間内はランサーの無双地帯。

性格は戦バカで、戦いのことに目がない。魔術協会の言いなりであった白葉を独り立ちさせる原因となった人であり、白葉にとっては人生の転換期にいる人。今の彼女がいるのも彼のおかげであり、彼は前回のサーヴァントの中で一番いい奴かもしれない。と言うより、コンビとしては一番いい凹凸コンビ。

太くて大きな槍を扱う。通常の槍の二倍の太さで、とても重い。そんな槍を片手で持ったりして戦っている。セイバー(鈴鹿御前)との共闘の時は、セイバーの三本の刀の内から一本を勝手に借りて、一刀一槍で戦うというように、戦い方においても傾いている。ランサーなのに、刀使っちゃってるし……。

非常に大柄であり、声のトーンが常にデカイ。

男としては、素晴らしい。文句のつけようがなく、女子供を守るためなら、命も捨てるくらい。

戦いが好きで、誰かの戦いの邪魔をする者を嫌う。因みに、1対6でも、彼は嬉しいらしく、彼曰く「血が滾る」らしい。

彼が言いそうな発言『戦じゃ、戦‼︎戦を始めるぞ、我が主よ‼︎面白そうだぁ‼︎』


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あぁ〜、わっかんねぇー

余談:マスターとサーヴァントの相性の良さ一番はキャスター陣営。魔術の相性の良さ一番はアサシンorキャスター陣営。


「ねぇ、セイバーちゃん。ヨウくんさ、エロいランジェリーが好きみたいだから、私の持ってるやつあげようか?」

 

「そ、そんなもの、私が着けるわけないじゃないですか!」

 

「ん〜?本当は〜?」

 

「つ、着けませんからね!」

 

「ヨウくん喜ばせたいんでしょー?」

 

「そ、それは……」

 

 セイバーとアサシンが何やら馬鹿な談話をしているのが聞こえる。ランジェリーの話で盛り上がっているみたいである。

 

 ランジェリーか……。俺は好きだな。ランジェリー。

 

 って、そんなこと考えている場合じゃない!俺はセイギに大事な話をしないといけないのである。まぁ、そのエロい話に入りたいっちゃ入りたいけど、流石にどうでもいい話と聖杯戦争の話だったら優先するのは必然的に決まってしまう。

 

 俺がセイギに話を持ちかけようとした時、彼が少し深刻そうな顔をした。その口から出てくる言葉は聖杯戦争関連。別に俺がしたい話もそれなのだけれど、やっぱり少しだけ抵抗はある。幼馴染……というか腐れ縁のセイギが聖杯戦争の話をしているというこの現実には馴染めない。

 

「前回のセイバー、鈴鹿御前。まさか本当に生き残っていたとはね」

 

 彼はまるで鈴鹿のことを伝説であったかのように言う。10年の時があったのに、彼女は一度としてその姿を見せなかった。そこまでして彼女は隠れる必要はなかったのではないか。

 

 今なら分かる。彼女が隠れた原因が。

 

 俺に彼女がサーヴァントであると知られたくなかったからだろう。サーヴァントであったのなら、俺の両親のことを知っているし、なにより俺と彼女の仲が聖杯戦争でできたと証明してしまう。

 

「なぁ、セイギ。お前ってさ、前回の聖杯戦争の事、知ってる?」

 

 俺がそう彼に聞いた時、彼は一瞬何か後ろめたいことがあるように暗い顔をした。けれど、それを隠すように顔を直して、笑顔でこう答えた。

 

「ごめん。何にも知らないや」

 

 俺はその時、セイギになんて言葉を言えばいいのか迷った。今の彼の後ろめたそうな顔を糺したら、今後の俺とセイギの仲がどうなるか分からない。もしかしたら、不仲となってしまうかもしれない。

 

 だから、俺はそんなセイギに笑顔を返した。

 

「そっか」

 

 何にも言えなかった。臆病者の俺には彼に問い詰めるなんて事は出来なかったのだ。

 

 他の話に変えよう。少しだけこの話は今の俺には拒絶反応がある。それに丁度いいネタもあるから。こいつには聞いておかないと。

 

「なぁ、セイギ。お前さ、ランサーを倒したって本当?」

 

 その言葉に彼は反応した。まるで聞いてほしくなかったかのようである。

 

 俺には聞いてほしくないことがある。主に鈴鹿のことに関してである。しかし、それは俺だけの話ではない。人には誰だって聞いてほしくない話ぐらいあるものだ。

 

 それはセイギにも言えること。彼にも教えたくないことがあるのだ。ただ、今回はたまたま俺がジャストミートしてしまっただけ。

 

 彼の暗い顔を悟った俺は質問を変えようとした時、彼はそんな俺を止めた。

 

「いや、いいよ。僕に気を使わなくても。大丈夫だから」

 

「えっ?でも……」

 

 彼は首を横に振る。その時、そんな彼を見ていて、自分が惨めに思えてきた。俺は彼に無理をすることを強要しているように思え、自分が自分の心に釘を刺しているかのように苦しく思えた。

 

「ランサーか……手強かった」

 

「それって……」

 

「うん。確かに倒したよ。ランサーは、僕たち二人で」

 

平静を装うように俺にそう答えた。もちろん、そんな彼の表情の細かな動きを察知した俺は何も言えなくなってしまった。

 

 アサシンとセイギの二人でランサーを倒した。アーチャーから聞いたことは本当のことであったのだ。その事実の中にいるセイギはどんなセイギなのだろうか。残忍な奴なのか、慈悲深い奴なのか。

 

 じゃぁ、やっぱり今、聖杯には六騎のサーヴァントの魔力が溜まっており、あと少しで満杯になる。前回の分の三騎と、今回のライダー、ランサー、キャスターが聖杯にある。鈴鹿の分の魂は顕明連が斬り捨てた。だから、災害が起きるには至っていないが、このままグジグジしていられない。

 

 グラムを倒さなければならない。いや、グラムを倒さなくても、とにかく聖杯をグラムに与えてはならないのである。

 

 ランサーが倒されているという決定的な事実は、グラムを倒さねばならないという行動を急かす。そして、セイギがランサーを倒したということは、殺したということである。

 

 セイギのサーヴァントはアサシンであり、マスターを殺すことに長けている。なら、普通考えられるのは『ランサーのマスターをアサシンが殺した』ということではなかろうか。バーサーカーとの戦い方を見ている限り、セイギたちの戦い方はそうとしか思えない。セイギたちは迷うことなくバーサーカーのマスターである少年を狙っていた。そこからするに、ランサーのマスターを殺したという可能性が高い。

 

 つまり、殺したのである。この聖杯戦争という状況下において、ランサーのマスターを殺したのである。

 

 もちろん、これは憶測であり、根拠はない。だけど、そう思えてしまう。そして、友達であるのにそんなことを考えてしまった俺がどうかしている。

 

 本当に聖杯戦争はどうかしている。人殺しを簡単に行ってしまうのだから。そして友達を簡単に疑ってしまうのだから。

 

 セイギはそのランサーの話に少しだけある疑問を持ったようで、顔を顰めがら俺にこう聞いた。

 

「ねぇ、それってアーチャーから聞いたの?」

 

 彼の推測はズバリ的中していた。ランサーの話はアーチャーから聞いた話である。

 

 俺が頷くと、彼は忠告のようにボソッと小言で話した。

 

「アーチャーは、危ないよ。何を考えているのかが僕にはわからない」

 

 俺もそれは実感していた。アーチャーは何を考えているのかが全くと言っていいほど分からない。多分、彼にとってみれば理に適っているのだろうが、その彼の理念や理屈を俺たちは分からない。だから、彼がどのような意図で行動しているのかも分からないし、彼が何をしたいのかも分からない。

 

 まぁ、そこを掘り下げてしまえば、彼の聖杯に叶えて欲しい願望まで行き着く。そしたら、必然的に彼の真の名が分かるのではないだろうか?分かりたいとは思わないけれど、彼の意味不明な行動の真意を知りたいとは思う。

 

 嘘なのか、嘘じゃないのかが分からない。今回のランサーの事は本当であったけれど、彼は狂人であると嘘をついた。

 

 分からない。彼という存在が分からない。

 

「なぁ、アーチャーのマスターって誰だか知ってるか?」

 

 俺はセイギにそう聞いた。案外身の回りに他のマスターはいるのかもしれない。セイギや雪方がマスターであったように、アーチャーのマスターは俺の知り合いかもしれない。

 

「ごめん。僕も分からないや」

 

「ああ、そう」

 

 俺はセイギの呆気ない返事に少しため息を吐いた。何か有益な情報が出てくるかと思ったのだが、そうでもなかった。

 

 ……いや、待てよ。そう言えば、アーチャーが前にこんな事を言っていた。

 

 マスターが魔法陣を特定していると。

 

「なぁ、セイギ。魔術について詳しいだろ?」

 

「えっ?まぁ、ヨウよりかは……」

 

「そのさ、魔法陣を特定できる魔術って何だ?」

 

「えっ?魔法陣を特定できる魔術⁉︎う〜ん。……あっ、召還や使役の魔術を使用する人とか?」

 

 使役の魔術⁉︎

 

 俺は頭の中にバーサーカーの少年を思い出す。あいつがアーチャーのマスターなの⁉︎

 

「ヨウが考えてそうなことは大体分かるけど、あの少年はアーチャーのマスターじゃないよ。だって、魔法陣だけで居場所を特定するなんて、まずそうできないよ。その道のスペシャリストだよ。あんな少年が出来るとは思えない」

 

「じゃぁ、誰だ?」

 

「さぁ、分からない。ただ、アーチャーのマスターも少年のような魔術を使うことが考えられる。まぁ、あくまで予想だし、あの少年の何倍も魔術はすごいと思うよ」

 

 つまり、アーチャーと彼のマスターはすごいコンビだということか。

 

 ……うわっ、お腹痛くなってきた。

 

 そんな奴が聖杯戦争に参戦しているのは多分ごく普通のことなんだ。命を賭した殺し合いに身を投じるなんて、ちゃんと魔術の腕を上げてからではないとやりたくなんてない。奇しくも、俺は聖杯戦争に参戦してしまったが、今回の聖杯戦争はある意味さほど強敵はいないのかもしれない。

 

 だって、俺やセイギ、雪方に少年はまだ未成年であり、ちゃんとした魔術の修行も得ていないはず。だから、勝ち残れる可能性は多分低くはないだろう。

 

 そう言って俺は油断した。ダメである。油断大敵、誰がいつ俺を殺しに来るかもわからない。もしかしたら、セイギだって俺を殺すかもしれないのだから……。

 

 油断はしないで行かねばならない。そうしないと、願望機には到底辿り着けない。願望機に辿り着き、セイバーの願いを叶えるためにも俺は聖杯戦争で勝ち抜かねばならないのだ。セイバーの願いは俺の願いであるのだから。

 

 とりあえず俺はそう心の中で念じる。それが俺の本当の願いをであるとかどうとか関係なく、俺が聖杯戦争に参戦する意味を作っておく。そうでないと、俺が聖杯戦争に参戦する意味がなくなってしまい、俺は聖杯戦争に参戦する気にもならない。

 

 いわば、今の状態は俺が無理やり願いがあると思い込んでいるのである。本当に願いがあるかと言われてしまえば、俺は何も言えなくなってしまう。だから、セイバーの願いを借りているだけだ。

 

「ねぇ、ヨウはグラムをどうする気だい?」

 

 セイバーから生まれた殺人マシーンのグラム。彼女をどうにかして倒さねばならない。というより、セイバーがグラムを倒さねばならないと言っていた。だから、俺は今、そう思っている。

 

 ほとんど、今の俺はセイバーの受け売りで聖杯戦争の舞台に立っている。それは聖杯戦争の舞台に立つ理由にしてはあまりにも脆い。自分で何かやりたいことを決めねばならないのに、俺は決められずにいる。

 

 確かに鈴鹿が死んでしまったというグラムに対しての怒りはある。でも、だからと言ってグラムをただ叩くのはどうかとも思う。確かに彼女のしようとしている行為は非人道的であるが、そんな彼女が出来る原因は彼女にはない。グラムという魔剣が、数々の辛い思いをしてできた結果が彼女である。そう思うと、感情移入をしてしまい、そう憎むこともできないのだ。

 

 俺が難しい顔をしていると、彼はそんな俺を見て笑った。

 

「ヨウは優しいね。うん。ヨウはそのまんまでいいと思う。それが、ヨウだから」

 

 セイギは俺を優しいという。けれど、俺はどんな奴なのだろうか。

 

 俺は俺という存在がわからないでいた。




はい!Gヘッドです!

今回は人物紹介のための技名などを考えていなかったため、紹介は次回に。

なので、この作品でボツになったサーヴァント候補を……。


コンモドゥス
スキピオ・アフリカヌス
オジェ・ル・ダノワ
ルノー・ド・モントーバン
アルフレッド大王
エイリーク・ハーコナルソン
フードリヒ大王
アレクサンドル・スヴォーロフ
ユダ・マカバイ
ゴトフロワ・ド・ブイヨン
モーガン・ル・フェイ
オリヴィエ
アマディス・デ・ガウラ
エル・シッド
ドン・キホーテ

いや〜、いいですねぇ。こいつらのも作ってみたい( ̄▽ ̄)


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理の数式

余談:アーチャーだけが嘘つきとは言っていない。


 放課後、教室の掃除当番の生徒たちがワイワイと楽しく話しながらモップを床に擦り付け、箒で埃を掃いていた。そんな生徒たちを教卓の前のイスに座りながら見ていた白葉は日々の仕事の疲れを吐き出すように欠伸をし、生徒たちに早く掃除をするように促す。

 

 学校が終わり、多くの生徒が家に帰っている。なのに、白葉はこれから大変な作業をしなければならない。試験は今日までであり、これから大変な解答の丸つけ作業が残っている。首から肩にかけて、また鋼のように硬くなってしまうのが目に見えていて、何故こんな面倒くさい職に就いてしまったのかと自分を恨む。

 

 教師になりたかったわけではない。若者と戯れるのも別に好きではない。ただ、自分の得意な数学を活かしたかったからである。

 

 魔術でもう人を不幸にしない。10年前にそう心の中で誓い、それから魔術の世界には立ち入らなかった。だから、もう魔術師としての運命から逃げることができたとそう思っていたのに、何故こんな時に来るのであろうか。

 

 白葉はまた深いため息を吐く。それは試験の丸つけという地獄のようなデスクワークに対してのため息でもあれば、魔術という嫌な現象の事でもあった。

 

「ほら、お前たちー、早よ帰れ。私は丸つけで忙しいんだ」

 

 彼女がだらけた声で生徒に教室から出て行くよう指示する。生徒はそんな白葉を笑いながらも言うことに従う。一応の信頼関係は築けているらしいが、彼女はそんな信頼関係を特にどうとも思っていない。そんな自分に彼女は言い聞かせるように呟いた。

 

「まだまだダメだな、私は」

 

 彼女は教卓の上に置いてあった書類を整えるように、両端を軽く持って自分の太ももに落とした。紙の束が太ももに当たり少しだけ揺れる。そんな彼女の目線は教室の端の窓側の席の後ろに向いていた。

 

 白葉以外誰もいないはずの教室。教室の中には白葉しかいないし、視認することは出来なかったが、彼女はその誰もいない空間に話しかけた。

 

「おい、何時までそこで突っ立っている気だ?」

 

 白葉のその行動は奇妙極まりないことであった。誰もいないのに、誰かがいるように話しかけたのだ。その白葉の姿を誰も見てはいないものの、そんなことは気違いじみている。それほどまでに変な光景であった。

 

 しかし、その光景の中に一人の男が現れた。それは教室の端の窓側の席の後ろにいきなりと言っていいほど、突然姿を現したのである。白い髪に浅黒い肌をした男、それは紛れも無いアーチャー本人であった。

 

 白葉はアーチャーが霊体化してそこに存在しているのを見抜いていたのだ。一般人には見えないはずのサーヴァントの霊体化が白葉には認識されていた。その事態は白葉が一般人ではないことを示していた。

 

「やれやれ、まさか気付かれていたとはな」

 

「気付かれるさ。むしろ見つけてくださいと言うような気配だったぞ」

 

 彼女は悩み事ができてしまったかのように額に手を当ててため息をついた。

 

「全く、何で私の目の前に現れる?私は今回の聖杯戦争に関わる気など一切ないぞ。帰ってくれ」

 

 そう言い残し、彼女は教室から出ようとドアの所まで歩き出す。そんな姿をアーチャーはジッと見ていた。

 

 そして、アーチャーは腰の所からクロスボウを瞬時に取り出し、白葉に向けて矢を射た。殺気も出さずに彼は白葉を殺そうとしたのだ。

 

「全く、そんな武器(おもちゃ)で私を殺す気か?」

 

 彼女はアーチャーを睨み返した。その様子はまるでアーチャーが白葉に向けて矢を射ることが分かっていたようである。

 

理の数式(ドゥーム)展開(エクスパンド)

 

 彼女がそう唱えると、彼女の周りの空間が他の空間と区切られる。そこは彼女の絶対無双地帯。その中に入り込んだもののあらゆる数値が彼女の支配下に置かれる。もちろんアーチャーが放った一本の矢も例外ではない。空間に突っ込んだ瞬間、その矢は空中で止まったのだ。進むことも無く、落ちることも無い。物理的現象を全て無視した魔術の無双地帯の中ではアーチャーの矢は虫ケラも同然であった。

 

曲がれ(クロキッド)

 

 止まっていた矢はベクトルの方向を変えるかのようにアーチャーの方を向く。金属の鏃がギラリと光り、狙いは白葉のこめかみから、アーチャーの胸の中にある命の源に変わっていた。

 

解除(ディサァーム)

 

 彼女の魔術が解けた。すると、矢はさっきと同じスピードでアーチャーの心臓に向かって進み出した。アーチャーは白葉の魔術に感心しながら、折れた剣を取り出して、矢をはたき落とす。

 

 白葉は淡然とした顔でアーチャーを見る。アーチャーは容易く矢を返し、悠々とした白葉を見て口角を上げた。

 

「流石、魔術の展開が速い。前回の聖杯戦争を生き残ったことだけはあるな。元ランサーのマスターよ」

 

 アーチャーにそう言われると、白葉は表情を変えた。少しだけ人情味のある顔を彼女は作り、何か過去の、10年前の凄惨な殺し合いを記憶の底から探し出した。彼女にとってその記憶が嫌な思い出なのか良い思い出なのかが定かではない。ただ過去を振り向くのが辛い彼女はここ最近記憶を掘り起こすようなことはしていなかったため、少しだけ心が揺れたのである。

 

「……何故お前のようなものが知っている?」

 

「少し俺のマスターがその手のことに詳しいからな」

 

 アーチャーは武器をしまう。それは白葉に対しての攻撃の意思がないことを示していた。しかし、白葉はそんなことをとっくに分かっていた。

 

「アーチャー、お前のクロスボウはそれだけか?」

 

「ん?ああ、そうだが……」

 

「そうか、アーチャーなのにアーチャーとしての武器がおもちゃなのはどういう事だ?」

 

 白葉の質問は鋭かった。あの数秒の時間でそこまで見抜いていたのだ。白葉のその洞察力にアーチャーは嘘をつくことは出来まいと感じ取ったのか、彼は嘘をつかなかった。

 

「そのまんまの意味だ」

 

 アーチャーは腕を広げて見せた。腰に備えてあるクロスボウと折れた剣が姿を見せる。その姿を見て、白葉は何かを悟ったようである。

 

「……ほう、そう言うことか。アーチャーならざるアーチャー。まぁ、今回はそう言うところから考えてみると色々と興味深いな。人殺しのできないサーヴァントが多い点から見ても面白い」

 

 彼女は書類を机の上に置いて、アーチャーの目の前まで来た。そして、彼女は質問を投げかけた。

 

「私のところに来たのだ。用があるのだろう?」

 

 白葉はアーチャーにそう聞くと、アーチャーは一瞬呆気にとられたように拍子抜けた顔をするが、その後に彼はフッと笑った。

 

 彼は彼女に小さな袋を投げ渡した。白葉は片手で投げられた袋をキャッチした。硬い感触が袋の布地を通して伝わった。彼女は袋の口を開き、中身を袋から出した。

 

 赤や青、多種多様な石ころが7、8個袋の中から出てきた。中には透き通るほど美しいものがあり、その石の煌きは美しいものであった。

 

「宝石か?何故こんなものを私に渡す?」

 

 白葉はアーチャーから宝石を渡されたことが疑問であった。何故、宝石なんかを彼女に渡すのか。

 

「魔力をその宝石に込めてくれ」

 

 彼女はアーチャーにそう言われた時、彼の考えていることが少しだけピンと来た。宝石に白葉の魔力を蓄え、白葉の魔術をアーチャーが使おうというものであった。言わば宝石魔術の一種である。

 

 アーチャーは白葉の魔術がどうしても必要だった。だけれど、彼には時間がないのである。今から白葉の魔術を習得なんて出来るわけがない。だから、彼は彼女の魔力を宝石魔術として行使しようとしていた。

 

 が、アーチャーは魔術師などではない。魔術のことなんて名前を知っているくらいであり、彼は彼の持つ固有結界以外の魔術なんて本来は使えない。だから宝石魔術のことも一切知らない。

 

「おい、アーチャー。まさかこれを今日中に終わらせろと言うのか?それだったら諦めてくれ。宝石魔術とは長い時間をかけて、質の良い魔力を徐々に溜めるものだ。濁りのないようにだ。そうでないと、使う時に威力のダウンに繋がってしまう。特に私の魔術の場合、宝石に魔力を溜めることなんて向いていない。つまり、今日中には宝石に魔力を溜めることなんて無理だ」

 

 魔術のことなど一切知らないアーチャーはそんなことも知らなかった。なのに、彼は宝石魔術をしようとしている。それが白葉には不思議でならなかった。だが、彼女はその質問を投げかけなかった。アーチャーの青い澄んだ目が覚悟を決めていることを見せており、そんな目をする者に話すことではないと彼女は自分を抑制したのだった。

 

「何故そう同じ目をするのだ……?」

 

 彼女はボソッと独り言のように呟いた。アーチャーの目が、10年前に見た馬鹿な男の目と凄く似ていたように見えた。何か大切なものを守るためにする時の目であり、その目に偽りはない。一番近くで彼を見ていたから分かる。この男も何かを守り抜く覚悟があるのだと。

 

 彼女はアーチャーから与えられた宝石を眺めた。魔術に使う宝石としては上物である。サーヴァントがよくこれだけの宝石を集めたものだ。

 

 白葉は頭を悩ませたが、結局最後はため息を吐くだけであった。

 

「……はぁ、全く、これだからサーヴァントは嫌なんだ。生前の悔いややり残したことをこの世に来てやろうとする。それで他の者に迷惑をかける。何でサーヴァントはみんなこうなのだ?」

 

 白葉は皮肉混じりにアーチャーに質問をした。内心ではそんなことを思ってなどいないのに、口ではそう嫌味ったらしく言う。アーチャーの覚悟を見定めようという気である。

 

 白葉の皮肉混じりの言葉を受け取ったアーチャーは頭を下げた。

 

「それでもやってはくれまいか?お願いだ。お前しかいないんだ」

 

 アーチャーの頭の方向にいる白葉は宝石をじっと見つめた。質の良い宝石だから、1、2個なら今日中に魔力をストックさせることが出来るはずである。まぁ、それでも相当な魔力量を注がねばならず、魔力量の全快までなるには1日はかかるであろう。疲れる仕事であるのは目に見えていた。それでも彼女はアーチャーの依頼を断ることができなかった。

 

「おい、アーチャー。多分今日中に完成する宝石は1個、運が良くて2個だろう。残りの宝石は置いていけ。高く売れるだろう。依頼の駄賃は安いが……、まぁ、残りはお前が戦いに勝った時に請求するとでもしよう。不満はあるか?」

 

「いや、宝石に魔力を溜めてくれるだけで有難く思う。この恩、いつか必ず返す」

 

 アーチャーのその言葉を聞いた時、少しだけ白葉は何かを感じ取ったように思えた。彼女はアーチャーの方を振り向くが、目の前にいるのは白髪の青い目をした浅黒い肌を持つアーチャーであり、彼女が感じ取った人と違う。勘違いだと分かっているのに、彼女は反応してしまった。そんな自分が非常に愚かだと感じ靉靆たる表情を見せる。

 

「じゃぁ、今から8時間後、ちょうど12時頃に私の工房に来い。どうせその場所も知っているのだろう?」

 

「分かった。では、失礼する」

 

 アーチャーはそう言葉を残し、姿を消した。アーチャーが姿を消してから、彼女は教室の窓の外を眺める。冬の4時頃にはもう日が落ち始めている。

 

「『いつか必ず恩を返す』……か。まだ私はあいつに恩を返してもらっていないな。あの言葉は嫌いだ。約束なんて、破られるためにあるのだから……」

 

 彼女の瞳の奥が潤う。彼女の手に握られていた宝石が落ち行く日の光に当たり命を燃やすように美しく耀いていた。

 

 prrrrr……prrrrr……

 

 白葉の携帯がブルブルと揺れながら音を鳴らしていた。誰かからの着信である。彼女はその携帯の画面を見た。

 

 ウルファンス・ハルパー。そう名前が表示されていた。彼女はその名前を見ると、チッと舌打ちをして着信を拒否し、携帯をポケットの中に入れた。

 

「新しい監督役に採用されおって……。まぁ、この戦いももうすぐ終盤と言ったところだし、あの男は来なくてもいいのだが……。それにどうせ、あの男、この街による気もないのだろう……」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「……あっ、電話切られた。嫌われるようなこと、したか?まぁ、いっか」

 

 ハルパーは少し大きなキャリーケースを引きながら空港を出た。そして、大きく息を吸って吐いた。

 

「10年ぶりだな。日本の地を踏んだのは……」

 

 この男、新しく監督役に任命された魔術師である。

 

「まっ、どうせすぐ終わるだろうし、俺は日本観光して、時計塔にとんぼ返りでもするか」

 

 が、この男は白葉の予想通り織丘の聖杯戦争には現れなかった。




はい!今回は丁度話に出てきた謎の人物から。

ハルパー・ウルファンス

白葉と同い年の27歳。白葉が時計塔にいた頃からの同級生であり、前回の聖杯戦争のキャスターのマスター。前回の聖杯戦争で、主人公が白葉だったら、彼は裏の主人公。

性格は陰気で空気も薄くて、長年一緒のクラスにいた人でも存在にさえ気づかれないほど。趣味は一人で観光とクラシック音楽を聞くこと。

由緒正しい魔術師の家系に生まれたお坊っちゃまであり、唯一の跡継ぎ。その為、小さい頃から家の魔術に合った英才教育を受けたが、何故かどうも魔術の腕がちっとも良くならない。そのせいか、一族の恥、出来損ないなど言われ続けたため、彼自身が物事に無関心になってしまい、中身が何にもないようなほど面白くない人間に育つ。

時計塔に入ってからもその能力は開花することなく、周りと格差が生まれていくばかり。運良く、その時には影が薄かったので注目やいじめなどは受けないが、彼自身の心の中はもうズタボロ。

その為、彼は魔術師の家系を継ぐために聖杯戦争に参戦。三騎士の召還を夢見ていたのだが、何と運悪くキャスターが召還されてしまった。キャスターと自分の魔術の出来なさを改めて見つめることで、魔術師としての生き甲斐をなくす。

が、実は彼は結構特殊な魔術回路の持ち主であり、家系の魔術師とは相性が悪かったのである。それをキャスターに見出され、才能がぐんぐんと開花。しかし、聖杯戦争には敗北してしまう。その時、キャスターとの押し問答によって今現在も織丘市は—————となっている。

そのあと、時計塔に戻り、『こんな奴いたっけ⁉︎』ってぐらい有名になり、今現在は時計塔で非常勤講師をしている。大抵のことは教えられるらしいが、研究に没頭して授業どころじゃない。階位は祭位(フェス)

家族のみんなに彼の魔術回路のことを話したら納得されたみたいで、今現在は無事に当主ともなっている。

魔術は『残留』の魔術である。これは彼のみが使える能力であり、封印指定の候補にもなっている(本当だったら封印指定なのだが、非常勤講師ということで時計塔の監視下にあるようなものなので、許してもらっている)。魔術をその空間に留めておくという魔術であり、戦闘では専らサポート。しかし、まぁ、前回のキャスターとコンビを組むとチート級。
それにプラスで、ハルパー家の魔術である強化の反対バージョンの『弱化』も使えるが、それほど上手くはない。

今回、聖杯戦争の監督役として抜擢されたのは、封印指定をさせないためである。なんらかの理由で教会の方が監督役を出せるような状況でなかったため、教会とも縁のあった彼が抜擢された。抜擢された理由は、前回の聖杯戦争に参戦しているため他の者よりも詳しく知っていることである。彼自身乗り気ではなかったのだが、封印指定を自分に今後一切しないことを条件取って引き受けた。が、このルートではサボり中。

ちなみに、このルートではもう多分出てこない。


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謎の男女

余談:物語を投稿し始めの頃、アーチャーの真名はヴィルヘルムド・テルだった。けど、インパクトとか色々な繋がりに欠けるため、面白くないから他の人に変えた。


 学校からの帰り道の真ん中で、俺は悲しみに明け暮れていた。この前買った新しい自転車を押して家へと向かう。

 

「はぁ〜」

 

 この自転車を押してると毎度毎度悲しみが押し寄せてくる。カラカラと音を鳴らしながら回るホイールの音が嫌になる。それほどまでに悲しい出来事。

 

「マジで、前の自転車壊れたとか本当に、ないわ。一生恨んでやる」

 

 未だに俺にはあの自転車が壊れたという衝撃的な事実を受け止める余裕はなかった。ライダーとの戦いの時、俺の自転車一号はライダーの丸太ぐらいの大きさのトンファーみたいな宝具の一撃をまともに喰らってしまいお陀仏になってしまった。いや、別にそれ自体は別にそこまで悲しむポイントではないのだ。

 

「3万が俺の財布から飛び立ったのはガチで萎える」

 

「まだその事を気にしていたんですか?いつまで引きずっているつもりですか?」

 

 お金に対して繊細な感情を抱く俺のことを全然理解していないセイバーはガミガミと横からものを言ってくる。まったく、誰に飯を食べさせてもらってると思っているんだ。

 

 いやぁ〜、本当に今日は萎えることばっかりである。

 

 さっき俺は雪方の家に行ってみたのだ。インフルだとかなんだとかで学校を休んでいる雪方に差し入れでもしてきたらどうだと白葉から背中を押されてしまい行くこととなったのである。白葉は一般人であるから、聖杯戦争のことなんて知るはずもないだろうが、一週間ほど前に俺は雪方と死闘をした。なので、とてつもなく彼女と会いたくなかったのだ。なのに、白葉に色々と頼まれてしまったせいで断れなくなってしまった。

 

 で、結果俺は雪方の家に行って来た。もちろん右手にはプリンの差し入れ、左手には学校のプリント等、俺の頭の中には聖杯戦争についての質問を持って。しかし、雪方は俺と会いたくないとかで、俺が会ったのは彼女の母親である。結局、俺は右手と左手のものだけ渡して、頭の中の質問はまだここにある。

 

 彼女に聞きたいことは色々あった。聖杯戦争参戦の経緯やライダーのこと。彼女が話したくないんじゃ、話してもらえなさそうだけど、それでも俺は聞きたかった。他のみんなはどんな経緯で聖杯戦争に参戦しているのか。俺みたいな成り行きで参戦した奴とは違い、どんな思いを抱いて戦うのかが聞きたかった。

 

 不完全燃焼な俺の頭の疑問が俺の気分を害す。嫌な気分にさせてくれるのである。セイバーはそんな俺の顔をじっと見ている。

 

「なんか、少し浮かない顔をしていますね」

 

 浮かない顔をしていると言われた。そう言われると、何気なく自分の顔を触ってしまう。ほっぺたを上にあげてみて口角を上げようと努力するが、セイバーが可愛らしい笑顔を見せるだけで終わってしまいモヤっとした何かが胸の奥に溜まる。

 

 グラムのことについて考えていた。セイギに質問されてから俺の頭の中はグラムのことで埋め尽くされていた。吸盤のように一度くっ付いたら離れないのである。

 

 俺は彼女をどうすればいいのかが分からない。彼女は殺戮をすると言っているらしいが、俺にはどうも彼女が悪い奴のようには思えない。彼女は確かに俺に剣をグサっと刺した奴だけれど、どうしても俺は彼女が根っからの悪者には思えない。殺戮とかそういうのは、道徳的にアウトだが、だからと言って彼女を殺しても良いのだろうか?聖杯戦争だからという理由で簡単に殺しに行くのは間違っているのではないだろうか?

 

 まぁ、殺す殺さないの前にまず勝てないと意味はないのだが……。

 

「—————なぁ、セイバー。お前はグラムをどう思う?」

 

 俺はセイバーに質問を振る。やっぱりセイバーのマスターであったとしても、俺だけで話を進めてしまうのはどうかと思うし、一応グラムは意志を持っていてもセイバーのものであることに変わりはない。だから、今後の方針はセイバーに決めてもらったほうが良いと思う。

 

 セイバーは俺の質問に戸惑いの表情を見せる。突然グラムの話を切り出したのである。しかも彼女にとってはあまり触れてほしくない話。そりゃぁ、困惑するのも仕方がない。

 

 彼女は頭の中から何か言葉を紡ぎ出そうと、精一杯自分の表現したい言葉を探すのだが、どうにも見つかりそうにない。

 

 まだ、セイバーと話すには早すぎた。そう俺は察した。

 

「あぁ……、いや、別に今すぐってわけじゃないから。夜までに考えておいてよ」

 

 セイバーはそう言われると、陰々滅々とした暗い笑顔を俺に見せて「すいません」と謝った。彼女は分かっている。俺がセイバーに気を遣っていることを。

 

 彼女はどちらの意味で誤ったのだろうか。質問の答えをすぐに出せそうもないことになのか、それとも俺に気を遣わせたことなのか。

 

 謝ってほしくはなかった。別に彼女に非があるとはあまり思えない。グラムを生み出す原因となったのは彼女かもしれないが、彼女が悪気あってグラムを生み出したわけではない。

 

 運命がそう決めたんだからしょうがない。

 

 その言葉で片付けるしか方法がない。だから、俺は仕方なくその言葉で心の中にある雑念を片付けた。

 

 そこから俺とセイバーの間に言葉が生まれなかった。なんか話しづらいのである。

 

 自転車のホイールの回る音だけしか聞こえない。決まった周期の同じリズムでなる単調な音の羅列。段差を通るときだけガタンと少し大きな音を立てる。

 

 俺とセイバーが何も喋らずに歩道を歩いていたら、向かい側の歩道に二人の人影が見えた。俺たちと同い年ぐらいの女の子と、少し歳上くらいの優しそうな男の人。女の子が腕を大きく広げ、まるで子供みたいにはしゃぎながら走り回っていた。そんな女の子を追いかけるように男の人は駆け足で走っている。

 

「ソージー!駆けっこしましょう!駆けっこ!」

 

 女の子は何やら元気が有り余っている様であり、とてつもなく外で遊びたいらしい。が、さすがに歳も歳だし、何故駆けっこ何だ?少し幼稚すぎないか?

 

 男の人は執拗に駆けっこを強要されている。凄く困った顔をしていてやりたくなさそうなのだが、女の子がガミガミと根気よく男の人に頼んでいたら、男の人はついに折れた。これまでの色々な苦労が伺えるような深いため息を吐いた。

 

「じゃぁ、鬼は私!私が鬼をやります!」

 

 女の子は話し合いもせずに、勝手に役を決めてしまった。なんて横暴な女の子なのだろうか。男の人はもう半分聞き流すように返事だけをしている。

 

 って言うか、それって駆けっこじゃなくて、鬼ごっこじゃないのか?

 

 そして、女の子は自分のやりたいように、勝手に「ハイ!今から始め!」なんて言い出した。いきなり至近距離にいる男の人に手を伸ばす。

 

 ……なんて自由奔放で横暴なんだ。

 

「ええっ⁉︎ズルイよ〜」

 

 突然の鬼ごっこに男の人は女々しい声を上げながらも、軽い身のこなしで女の子の手をするりと避ける。足の軽やかな動きと動体視力が優れているようで、彼女の不意打ちが来ることが分かっていたかのようである。

 

 女の子は不意打ちを交わされると、少しムキになる。至近距離から男の人の体を触ろうと手を振るのだが、男の人はその彼女の手の振り全てを見透かしているのだ。全てを至近距離にいながら避け続けていた。セイバーはそんな二人に気づいていないようだったが、俺の目線はその二人、特に男の人に釘付けだった。

 

 不規則に無心で手を振る女の子の手に一回も触れてないのである。全部、ギリギリのところで上手く交わしている。しかも、めちゃくちゃ余裕そうな顔をしながら。

 

 女の子は顔を赤くするまで頑張って男の人に手を触れようと頑張って振るのだが、どうしても当たらない。そのせいか、いじけてしまった。

 

「もう!何で創慈に当たらないのですか⁉︎ズルイ!」

 

 いや、お前がズルいわッ‼︎と思わず心の中で俺はツッコミを入れてしまうほど、女の子の発言がボケていた。マジかって思うくらい、理不尽なことばっかり言っている。勝手に鬼ごっこを始めて、勝手に鬼を選んで、勝手に遊びを始めているのである。どう考えたってズルイのは女の子の方である。

 

 何とも理不尽な女の子は歯が立たないことを悟ると、頬をぷっくりとまん丸に膨らませて精一杯の怒りの表現をする。まるで、その男の人に自分の怒りを見せつけているかのようである。

 

 ちなみに、俺はそう言うタイプの女の子は好みではないが……。

 

 男の人は我儘な女の子が機嫌を損ねたのを見て、また息衝く。そして、男の人はやれやれと面倒くさそうに彼女の前に立ち、腕を広げた。

 

「はい。どうぞ」

 

 男の人が腕を広げると、女の子は待ってましたと言わんばかりに、男の人に肩タックルする。

 

「ふん!やっぱり、私、強い!そうでしょう、創慈?」

 

「うん。そうだね……」

 

 まるで男の人は女の子の質問を聞き流すかのように曖昧な返答しかしなかった。そんな二人を見ていた俺は凄く男の人に同情した。俺みたいな根っからのクソ野郎でさえも同情させるあの女の子が凄い。なんて、身勝手なんだろうか。

 

 女の子は男の人に曖昧な返事しかしてもらえず、またいじけた。

 

「もう!何なんですか⁉︎そんなに嫌なら、もう創慈と遊んであげませんから‼︎」

 

 女の子は男にそう言うと、また可愛らしく頬を膨らませてそっぽを向いた。そして、時折ちらちらと男の人の方を見てある返答を待っているかのようである。

 

 うっわ、めんどくせー。俺だったら、面倒くさくて、そこに置き去りにしていくわ。

 

 しかし、男の人はなんて優しいのだろうか、そんな女の子を無視せずに対応してあげた。

 

「ごめんね。ほら、帰ったら冷凍庫にあるガリガリさま(アイス)を二本食べていいから」

 

 まるで、お母さんが聞き分けの悪い子供をあやすかのように優しい口調で男の人はそう言うのだ。

 

 が、しかしおかしなことに気付かないだろうか?何故、こんな冬にアイス何だ?普通食べないだろ。

 

 そう思っていたのだが、何と女の子は男の人の言葉に満更でもない様子であり、ソワソワとしている。

 

「まぁ、それなら、ゆ、許してあげます……」

 

 いや、いいんかいッ‼︎この真冬にアイス食べんのかいッ‼︎

 

 思わず、道の向かい側の人たちのやり取りに俺は手をペシッと動かして全力でツッコミを入れる。すると、ずっと下を向いて俯いていたセイバーが俺の様子に気付いたらしい。

 

「どうしたんですか?ヨウ」

 

 俺よりも先を行くセイバーは振り返りながら俺にそう聞いた。さすがに向かい側の歩道にいる男女二人組にツッコミをしてるとも言えない。返答に困っていたら、セイバーは「変なヨウ」と言い残して、また歩き出す。

 

 俺はもう一度あの二人を見た。二人は温かい笑顔を互いに見せ合っている。女の子の笑顔が眩しく、それにつられて男の人も自然と明るいのだ。太陽と月のようである。

 

「いいなぁ」

 

 つい口から言葉が出た。俺は自分でも何でそんな言葉が出てきたのかが分からなかった。何が良いと思ったのか。

 

 俺がただ突っ立っていると、セイバーがまた俺の方を振り向いた。

 

「ヨウ〜、本当に先に行っちゃいますよ〜」

 

 彼女の白い髪が揺れて、西日を浴びる。綺麗な茜色の髪に見えた。

 

 セイバーと会ってから2週間ぐらい経つが、俺は未だにセイバーに全力の笑顔なんて見してあげれただろうか。心の底から嬉しさ全開の眩しすぎる笑顔を見せれただろうか。

 

 俺はセイバーに見せようと全力の笑顔をしてみた。

 

「何ですか?それ。何か、怖いですよ」

 

 彼女は完璧、ドン引きしながら俺を見る。俺はさっき彼女に笑顔を見せようとした自分を恨み、心底悔しく思った。

 

「ほら、ヨウ。行きましょう。まだ雪方さんに拒否されたことを根に持っているんですか〜?」

 

「ちげーよ」

 

 俺は自転車にまたがった。俺よりも前にいるセイバーを追い越す勢いで自転車を漕いだ。

 

「あっ、ズルい‼︎私も乗せて下さいよ」

 

「日本では自転車の二人乗りは許されてませーん!誰がお前なんか乗せるか。バーカ」

 

「バカとは何ですか⁉︎」

 

 セイバーが全力で自転車に乗っている俺を追いかけてくる。俺はそんなセイバーを見るように後ろを振り返った。その時、あの二人の姿が見えた。やっぱり、いい笑顔をしている。

 

 聖杯戦争なんてなくとも、眩しすぎるってくらいの笑顔を作ることはできるのかもしれない。俺はその実現を目にした。

 

 俺には出来るのだろうか。いや、しなければならない。セイバーの願いが俺の願いである以上、俺はセイバーを笑顔にしてやらなければならない。出来るか出来ないかの問題じゃないのだ。やらねばならない。

 

 俺は口籠るように呟いた。

 

「—————あの弓兵め、もうあのクソ野郎の言うことなんて信じるかっつーの。悪い嘘ばっかじゃねぇじゃねぇか。良い嘘までつくんじゃねぇよ。嘘つきめ」

 

 マスターにはサーヴァントの情報を見ただけで認知することができる。先日、俺はその方法をセイギから教えてもらった。すると、今まで見えていなかったサーヴァントの基本的な数値が目に見えた。今の所セイバーとアサシンの数値を俺は見ていた。だから、分かる。もう人か幽霊(サーヴァント)かなんて分かるのである。

 

 

 

 

 だけど、あの時、俺は自分の目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————何故、あの女の子を見たとき、俺の脳裏に数値が浮かんだのだろうか。

 

 あの男がこの聖杯戦争を過去の舞台へと引きずり込んでいる。

 

 何がしたいんだ?お前は何者なんだ?

 アーチャー—————。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

『今宵、過去の全てを壊しにいく』

『俺が培ってきた恨みや苦しみ、悲しみ全てを受け入れよう』

『俺はしがない英雄。国を守るために戦い、愛する民を、家族を道ずれにした。くそったれな天命を全うした俺が、今また戦いの地に訪れる』

『敗北は許されない』

『勝て、勝て、勝て。勝たずして、何を掴める?掴めるのは死と、残してしまった者への遣る瀬無い悔しさのみだ』

『進め、進め、進め。俺の全てを賭してでも、俺は勝利を掴み取る』

『この時代に現界して奇跡を見たのだ。なら、俺はその奇跡に答えねばならん』

『これが最後の戦だ。悔いを残すな、この人生に。新しくできた俺の願いを叶えるために』

『我が名はアーチャー。剣士のサーヴァント—————』




さぁ、アーチャーの化けの皮が段々と剥がれつつあります。では、今回は前回のアーチャーを。

ベリサリウス

好きなもの・子供
嫌いなもの・大人

前回のアーチャーのサーヴァント。ある魔術師によって召喚される。弓を携えた少し不健康そうな目の下にくまのある男。

東ローマ帝国の超天才的な将軍。数々の戦を寡兵で持って勝利を収めてきたカリスマ。軍事についてはガチで凄すぎる。戦略とかなら世界史の五本の指に入るぐらい。だけど、なぜかあんまり有名じゃないのが玉にキズ。

物静かな男性。貧血みたいな感じで、常に目の下にクマがある。すごくいい人なのだが、自らをクズだと思い込み、自虐的、そして悲観的な性格。たまに錯乱状態に陥る。

生前の若い頃は優しい人柄で、非常に正義感に溢れ、人望があった人だった。しかし、地位が高くなり彼の天賦の才が発揮されてくると、人からの嫉妬や裏切り欲望に直に触れてしまう。そのため、彼は欲まみれな人間に絶望し、この世の全てに絶望した。

聖杯への望みはローマの人々に認められること。


寡兵を持って勝利を収めん(アド・ミーニンムン・ビンチェレ)』ランクC+・対人〜大軍宝具・レンジ100
アーチャーの生前の戦術が宝具となったもの。
この宝具は弓であり、矢を高速で二回射る。それはサーヴァントにもわからないほどの高速であり、普通のサーヴァントなら一回射ったようにしか見えない。最初に射った矢は誰でも視認することが出来るような速さであり、矢にしてみれば遅い。しかし、これこそがこの宝具の最大の強みである。二回目に射った矢は威力こそ落ちるが、敵の死角から現れるのてある。二度目の矢は自由自在に空を切ることができる。そのため、一度目の矢を囮だと分からず、二度目の矢を受けてしまう。また、この矢は数を少なくすれば少なくするほど、威力が上がる。しかし、一度しかこの技は通用しない。

我は勝利のための道具である(ゼラートゥセーストゥ・ディグラーチア)』ランクA・対城宝具・レンジ100
アーチャーが生前、戦いに勝利した時に王から無視された逸話と、不必要になった時に目玉をくり抜かれた二つの逸話が混合した宝具。
宝具と言うより、技の名。彼が自らの目を一つ犠牲にすることによって発動する。目を犠牲にすることにより、敵サーヴァントを絶対に確実にどんなことがあっても射ることができるという技。それが例え、どんなに硬いダイヤモンドの壁があっても、アイアスの盾が100枚重なろうとも絶対に敵を射ることができる。しかし、部位は決まっているわけではないので、もしかしたら髪の毛かもしれない。
アーチャーにとって、目とは非常に大切なものであり一つ失うだけでも宝具一つ失うことに等しい。だからこそ、目には大量の魔力が込められている。その目を射る矢で潰すことにより、その矢に大量の魔力が注ぎ込まれ、相手の体に当たるとその矢は爆発を起こす。言わば、『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』の応用。その単純な爆発がこの宝具を対城宝具にしているので、チョー強い。
あまりにもリスクが大きすぎて、しかも賭けのような攻撃なのでまず使わない。最終兵器であり、切り札。

アーチャーが言いそうなこと

「何故だ⁉︎何故、私はそんなにも阻害されねばならない?私が悪いことをしたか?私が生きてはならないか?ただ、私は愛する市民を、王を、ローマを守ろうとしただけではないか‼︎絶望しかない!この世は絶望の塊だ‼︎人の心は欲で汚れ、金に女に名誉に取り憑かれている!嫉妬ばかりの人なんて、絶望の塊でしかない‼︎私はただ愛に生きる武人として生きてはダメなのか?人は何故醜いのだ……」


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不測の事態

余談:雪方は主人公の元カノ。


 俺は目を覚ました。仮眠をとっていた俺はベッドの上から起き上がり、すぐそばに置いてある目覚まし時計を見る。夜の11時、そろそろ起きなければ。ベッドの上から降りた俺は足元に布団を敷いて寝て入るセイバーを起こす。

 

「おい、セイバー。起きろ。11時だ」

 

「んぐふふふ……、大福天国だぁ〜」

 

 幸せそうな寝顔を浮かべながら理性の抑制が外れた謎の言葉を呟く。よだれが唇の端から布団に垂れている。きったねぇ。

 

 大福天国。どのような夢なのであろうか。あたり一面が大福だらけで、モッチモチな世界が広がっているのだろうか。地面、建物、雲までもが大福なのだろうか。

 

「わぁ……大福なヨウだぁ〜」

 

 おい、俺を大福にするなよ。っていうか、大福な俺ってどんな俺だよ。何だ、頭が大福なのか?それとも、ウルトラマンみたいに胸に大福がくっついてんのか?まぁ、どちらにせよ、歩くたびに大福の粉がボロボロと落ちて服が汚れそう。

 

 俺は布団の上で幸せそうに寝息を立てているセイバーを見ていたら、突然セイバーは苦しそうな顔をする。

 

「うぅ〜、や、やめてください。ヨウ〜、私のヨモギ大福を食べないでぇ〜、あー、ヨモギ大福がぁ〜」

 

 彼女が目を瞑りながら呻き声を上げているので、俺はそっと彼女の耳元で、大声でこう叫んだ。

 

「俺は苺大福派だ‼︎」

 

 声ががセイバーの耳殻のすぐ近くで発生し、大きな振動が彼女の鼓膜を震わせる。

 

「ふぁぁぁッ‼︎⁉︎」

 

 すると、彼女は心臓が止まるかというぐらいの形相を浮かべながら、飛び上がった。その後、すぐにセイバーは事態の収拾をしようと辺りを見回し、記憶を遡る。そして、なんとなく現在の状況を把握し、怒りを露わにしながら俺の方を向く。

 

「もう!何てことするんですかッ⁉︎」

 

「いや、つい弄りたくなっちゃって」

 

「ついじゃないですよ!ビックリしたんですから!気持ちよく寝てたら、いきなり大きな声を出すんですもん!」

 

「いや、だって時間だから。ほら、支度しろ」

 

 セイバーは何処にもぶつけることの出来ない怒りを抱える。そこが彼女らしい。別にこういう場合は俺に怒りをぶつけても咎まれることはない。まぁ、起きなかったという彼女も悪いが、俺だって悪いところもある。

 

 こういう曖昧な線の上にある時、彼女はむしゃくしゃしながらも事態を鵜呑みにする。彼女の悪い癖である。嫌なことを全て鵜呑みにして、ストレスが溜まり続ける。少しはその心の中に溜まったストレスなんかを発散することはしないのだろうか。

 

 彼女は少しだけそういうところが危うい。ストレスを溜め込みやすい性格で、その上そのストレスの発散がド下手くそ。俺だってたまに彼女にしたことで悪かったなって思うことがあるんだから、そういう時は発散してくれたって構わない。そうじゃないと彼女がパンクする。

 

 まぁ、今回のは、俺、悪くない(笑)。

 

「ヨウ、何時に集合でしたっけ?」

 

「ん?あぁ、12時に公園に集合」

 

 俺とセイバーの話題はこの後のことであった。俺たちはセイギたちとある約束をした。そのため、この後セイギたちと会わねばならない。まぁ、今、爺ちゃんは帰ってきてないから容易に家を抜け出すことは可能。そこから少し歩いて公園に行く。公園でセイギたちと合流するのだ。

 

 目的は夜の街の散策である。聖杯戦争とは本来夜に行われる。夜の誰にも見られないようなひっそりとした街の中、聖杯戦争が行われるのだ。一般人に見られないように戦う場所も制限されているらしいし、夜は魔術を行使して聖杯戦争の情報漏れを阻止しているらしい。魔術で魔術の情報漏れを止めているのだ。まぁ、詳しいことは分からないけど。

 

 つまり、簡潔に言えば聖杯戦争のちゃんとした土俵に俺たちは立つのである。そんでもって戦いに行く。

 

 確かに俺たちはライダーと戦った。だから、土俵に立つのが初めてではない。だけれども、自ら土俵に立ちに行くのは初めてである。

 

「なぁ、セイバー。どうだ?」

 

「どうって何がですか?」

 

「何がって、あれだよ。体調とか」

 

「あぁ……。まぁ、そこそこですかね」

 

 嬉しくもないはずなのに笑顔を浮かばせる。偽物だってすぐに見抜けたけれど、俺はそのことについて言及することはなかった。

 

「まぁ、勝てるっしょ」

 

 彼女を元気付けようと口から出た言葉なのに、そんな言葉が返って俺を不安にする。本当に大丈夫だろうかという気持ちを心の中に生じさせてしまう。それは俺だけでなくセイバーだってそうだ。彼女は生っ粋の武人でもなければ、英雄らしい英雄でもない。いや、むしろ英雄でさえもない。人々の言い伝えにより、千パーセントも割増され、現実とは程遠いほどにまで美化された英雄の本来の姿。人よりも少し剣を扱えるだけの女の子にすぎない。そんな女の子が死地に向かうのだ。自らの腕に自信も持っていないし、多分どの英霊よりも格段に弱い。

 

 戦えない英霊が戦いに行くのだ。最悪、数秒で殺されることもあり得なくはない。

 

 彼女の作り物の笑みを見た時、俺はそんな彼女を守らねばと思わされる。男の本能とでも言うのだろうか。か弱い女の子がいると守りたくなるというのは。

 

「セイバー、準備できたか?」

 

 彼女は首を縦に振る。俺はそれを見て、自分も持ち物をチェックする。財布よし、家の鍵よし、ライダーから奪ったナイフよし、その他諸々ちゃんとある。自分の部屋を出て玄関の方まで歩いて行く。家の電源もちゃんと切ってある事を視認し、玄関の所で靴を履いた。靴紐を結び、俺はいざ戦いに行くぞという意気込みで家のドアを開けた。

 

 すると、俺はその場で硬直した。それは実体化していたセイバーも同じことであり、足を一歩も動かすことができない事態に陥った。

 

 まさかの事態である。こんなことになるなんて俺もセイバーも思わなかった。ツメが甘かったのだろうか。

 

「何をしているんじゃ?ヨウ?」

 

 (しわが)れた声が聞こえた。その声は俺にとって聞き馴染みのある声で、その声の主が目の前にいた。まじか、そうとしか思えないような状況下。一般人には秘匿とされるべき聖杯戦争は一般人に見られた場合、その一般人を排除しなければならない。その対象ができてしまった。

 

「爺……ちゃん?」

 

 そこにいたのは爺ちゃんである。爺ちゃんはきょとんとした目で俺とセイバーを見ている。そして、俺の足元を見た。俺の靴紐がきちんと結んであることが外に出る証拠である。それに、家の廊下の電気も消えてあった。

 

 不測の事態である。一般人である爺ちゃんにセイバーの姿を見られてしまった。いや、それだけではない。これから夜の織丘市に出かけようとするところも見られてしまったのである。

 

 やばい。実にやばい。

 

 俺の頭の中でグルグルと脳の思考がフル回転し、この不測の事態からどう免れようかと考える。

 

 もう、靴と家の電気のことはどうだっていい。矛盾してでも説得させれば何とかなる。

 

 だが、セイバーだけはどう説明すればいいのかが分からない。セイバーの姿を見られてしまったのは弁解のしようがない。

 

「あっ、いや、これは……その……」

 

 考えても答えが出なかった。だから、考えるよりも先に行動せよ的な考えで、俺は言葉を出そうとしたが、なんと言えばいいのか分からない。対処法だけでなく、言葉さえも出ないのだ。それはセイバーもである。彼女もこの不測の事態に対処出来ずにいた。

 

 言葉が見つからない……。

 

 その時であった。困惑している俺たちを前に、爺ちゃんはふと笑い出した。

 

「フハハッ、なんだ、そんな顔をして」

 

 爺ちゃんが笑った。俺にはその事実が衝撃的だった。全然笑ったことのない爺ちゃんの笑い声を聞いたのだ。俺が今まで聞いてきた爺ちゃんの笑い声なんて数えられるくらいしかないのに。

 

 爺ちゃんは笑うと、そのまま俺のセイバーを素通りして家の中に入った。

 

「えっ?」

 

 俺とセイバーはその爺ちゃんの行動に新たな困惑を持った。何故、爺ちゃんは俺たちに疑問の一つも生じないのか。

 

 俺たちの疑問を他所に、爺ちゃんは履いていた下駄を玄関に置くと、家の中へ上がる。そして、後ろ向き様に俺たちにこう聞いた。

 

「別に儂はお前たちには何も言わん。お前たちがどうしようがお前たちが決めることじゃ。だが、親の代わり(●●●●●)として一応(●●)聞こう。何処へ行く?」

 

「えっ?今、なんて?」

 

「何処へ行くのかと聞いたのじゃ」

 

「それは……せ、せ……」

 

 俺は爺ちゃんになんて言えばいいのかが分からなかった。聖杯戦争と言ってしまえば、その時点で爺ちゃんは処分の対象になる。だけど、俺は爺ちゃんを殺せない。ただでさえ、人を殺すのに抵抗がある俺は、また周りの人を殺したくないのだ。

 

 だけども、嘘をつくのも嫌だった。爺ちゃんに嘘はつきたくない。

 

 そんな時、俺はナイスな言い訳を頭の中から見つけ出した。それは真夜中に俺たちが外に出ることや、セイバーがここにいることも説明できることだった。

 

「セックス」

 

「は?」

 

「セックスだよ。こいつ、俺の彼女で、今からラブホ行くの」

 

「え?」

 

 もちろんこの言い訳は嘘八百。俺ぐらいの歳の男子の頭の中にポッと現れた用語であり、その言葉が今の状況に意外と使えたため、何となく使ってみた。そんなことを知らないセイバーと爺ちゃんは頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えた。俺の言葉を理解するのに時間がかかるようである。

 

 先に理解したのはセイバーだった。セイバーは俺の言っている言葉を理解すると、一瞬にして顔を真っ赤にかえて全否定する。ただでさえエロには耐性がないセイバーが、堂々と人前で俺と嘘のいかがわしい関係を暴露されたら、彼女はさぞや恥ずかしいだろう。

 

 が、しかし、よもや躊躇にそんな手段を選んでいる暇などない。爺ちゃんを殺したくないがため、セイバーの面目を丸潰れにさせるつもりである。

 

 そして、爺ちゃんも理解したようで、何やら険しい顔を俺に向ける。

 

「避妊具は持ったか?」

 

「バッチグー」

 

 親指を立てて大丈夫であると示すと、爺ちゃんはまた俺たちに背を向ける。

 

「まぁ、楽しんでこい」

 

 その言葉を残し、爺ちゃんは家の奥の方に進んでいった。ゆっくりと木の床を歩き、歩く度にヒシヒシと床が音を鳴らしていた。

 

「……よし、セイバー。行くか!」

 

「行くかじゃありませんよ!どうするんですか⁉︎嘘ついちゃいましたよ⁉︎というより、私の面目丸潰れじゃないですか!」

 

「まぁ、そう嘆くな。元々面目なんてないんだから」

 

「ありますよ!これでも英霊ですからね!私」

 

「『これでも』な」

 

「ぐぬぅ〜」

 

 セイバーは何にも俺にものを言い返せない俺に怒りをぶつけられずにいる。心の中のモヤモヤがさらに増えている。それに、実際俺のあの嘘がなかったら、最悪殺さなければならなかったから、俺の嘘はあながち悪くはない。だからこそ、怒りをさらにぶつけられなくなる。

 

 いや、それよりも何か他の思いもあるように思える。セイバーが俺に向けての思いも。それは多分、俺にもある。俺がセイバーに向けている思いの一種かもしれない。

 

 色々な感情が詰まったモヤモヤを俺たちは抱えたまま、織丘市の夜の聖杯戦争に足を踏み出した。死地に赴くのである。

 

「ちなみに、何処のラブホ行く?」

 

「ラブホなんて行きません‼︎」



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夜の街

余談:今現在、聖杯には過去の3騎分の魂があるが、鈴鹿の魂は聖杯には入ってはいない。顕明連で鈴鹿の魂を斬ったため、鈴鹿の魂は聖杯に戻らずして消滅した。


 夜の街は静かである。特にこの市は聖杯戦争を秘匿するために魔術が何らかの作用を及ぼしている。そのため、一般人は家に帰るか、この市から人が離れるようになっている。それも全て聖杯戦争を潤滑に行うため。

 

 足音一つが響く。街灯が俺たちの道を照らすが、俺の知らない街の静けさが、返って俺を不安にした。

 

 セイバーは何かを考え込むように暗い顔をする。彼女のゆっくりとした靴音のリズムが俺の心臓の鼓動と合わさり、彼女の不安を共有するように何故か俺も不安になった。

 

「なんか、胸がざわざわするんです……」

 

 思いつめたように彼女にしては低調な声のトーン。冷たいはずの手をポケットから出して、ぶらんと垂れ下げる。

 

 何か良くないことが差し迫っているように感じると彼女は言う。それを聞いて、俺は彼女の前では笑っていたが、内心ではその言葉に不安を抱いた。

 

 嫌なことか。起きなければいいのだけれど。

 

 俺とセイバーは公園に着いた。が、もちろん公園にも誰もいない。歩くと砂利を踏む音や風邪が俺の耳を冷やしビュウと風の吹く音が聞こえる。それでも幽霊とかが出てくるんじゃないかってぐらい静かで怖い。

 

「ヨウ」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえた。俺は声の方を振り返ると、そこにいるのはセイギとアサシン。二人ともラフな格好でいる。その二人の格好に俺は少し驚かされた。

 

 これから聖杯戦争の本命であるサーヴァントとサーヴァントの戦いが始まるかもしれないというのに何故そんな呑気な格好でいられるのか。もしかしたら、自分が負けてしまうかもしれないのに。

 

 ……いや、それだからいいのかもしれない。負ける気がしない。そういうことなのだろう。だから、二人は堂々とそんな姿でいられる。ビビリな俺とセイバーにはそんなことは無理なのだ。根本的に違う。

 

 そこが俺たちとセイギたち、もっと極端に言えばセイバーとアサシンの差なのだろう。セイバーは正直言ってサーヴァントとしては最弱の部類に入る。例えどんなに有名で上位の英霊だとしても質が伴わない。それに比べればアサシンはいい方なのだろう。俺はアサシンの真名を知らないが、多分きっとすごい英霊のはず。もし、俺のサーヴァントがセイバーではなくアサシンであったのなら、俺の行動も少しは変わっていただろう。

 

 セイバーは弱い。英霊として弱すぎる。勝つなんてまず無理である。

 

 でも、勝たねばならない。セイバーと共に勝利を掴まねばならない。どうやって勝てるのか。それを考えなければ、俺らに勝利はやってこないだろう。

 

 アサシンは俺のところに寄って、ペロッと俺の上着をめくる。どうやら、この前のグラムから受けた傷を見るようであり、彼女のお陰でほぼ完璧に直った傷を見ると彼女は俺にこう言った。

 

「うん。まぁ、もう傷は塞がっているね。でも、やっぱり、あんまり動かないようにね。もしかしたら傷がまた開いちゃうかもしれないから」

 

「お、おう。お前、なんだか詳しいな」

 

 エロいことしか考えてなさそうなアサシンが意外にも的確な対応をしてくれたので、俺は少し動揺しまった。こんな奴にもギャップはあるものだな。人は見かけによらないということなのだろう?

 

 セイギは俺とセイバーがいることを確認すると、彼は何やら詠唱を始めた。アサシンはそんなセイギにべっとりと少しいやらしい感じにくっつく。すると、アサシンとセイギの魔術回路が一瞬浮き出たように見えた。そして、詠唱の途中でアサシンはセイギから離れる。

 

魔白と妖殺の暗隠性(ホゥリィ・アンノッティスド)

 

 彼が最後にそう呟くと、俺たち四人を取り囲むように円状の白い魔法陣が形成される。魔法陣は光ったが、特に何にも変わったことは起きなかった。そしてその数秒後、魔法陣は消えた。俺は自分の手や足など変わったところがないかを見てみるが、特にそんな様子も見られない。

 

 俺がキョロキョロとセイギに何をされたかを見つけようと探していたが、どうも変化が見当たらない。そんな俺を見てセイギは笑った。

 

「はっはっ、今の術の変化を探しているの?」

 

 彼は俺を笑う。だが、魔術を少し使えるぐらいの俺が、魔術に精通しているセイギの魔術を分かるわけがない。俺は魔術が使えるだけであり、魔術師などでは決してない。

 

 セイギは俺たちにかけた魔術の効果を説明しようと歩き出した。しかし、特に彼は何にもする様子がなく、ただ歩いているだけだった。公園も静かで、何にも音が鳴らない。それでも、何か違和感があった。

 

「……足音か?」

 

「そう。正確!」

 

 この公園は地面に砂利が引いている。なのに彼が歩いた音が何一つ聞こえない。

 

「アサシンの能力の応用だよ」

 

 アサシンの能力、それは他人に自らの魔力を流したりすることができる能力。アサシンとセイギの間にはマスターとサーヴァントの契約のパイプが繋がっていて、セイギはそこからアサシンに現界のための魔力を与えている。その魔力はアサシンの力となり、その魔力がないと彼女は現界することが出来ない。

 

 アサシンのクラススキルは『気配遮断』。その名の通り、自身の気配を消す能力である。そして、アサシンとしての隠密的な行動を可能にする。

 

 アサシンから魔力を逆流しにすることができるのなら、セイギはそのアサシンとしての能力を人ながらにして得ることができるのである。つまり、サーヴァントではないのに、サーヴァントの恩恵を得るということ。それは普通の人なら一生かかっても無理なくらいのもの。そして、セイギはアサシンから逆流しにされた魔力を使って俺たちにもその恩恵を与えた。この効果は半日も持つらしく、隠密な活動には持って来いだとか。

 

 魔術師であるセイギと、アサシンの特異な体質だからこそ出来る技。それは誰にも出来ない、彼らにしか出来ないこと。

 

「これから敵を見つけるかもしれない。そうなった時のためだよ。敵に見つかることなく、敵を見つける。まずはそれを一番に心がけないと。戦うよりも相手を知る。勝てない戦いはしたくないからね」

 

 セイギはまるで俺に自分の凄さを見せつけるように笑う。巷で言うドヤ顔というやつだ。

 

 でも、今の俺はそんなセイギにものも言えない。セイギは誇れるだけの男だ。彼は俺よりもちゃんと魔術と向き合ってきて、自らの魔術を高めるためにコツコツと修行していた。それが彼にとっての努力の賜物であり、それは揺るぎない彼の力である。

 

「スゲェじゃん」

 

 俺がそう褒めると彼は照れる。けど、それと同時に少し暗い顔をした。何かが頭の中でふと生じたようであった。顔は俺の方を向いているが、彼の目は下を向いて意気消沈としている。

 

「いや、そんなことないよ」

 

 鋭い棘のような言葉を彼は俺に吐いた。無意識でわざとではないのだろうが、彼は何やら戸惑いのようなものを感じているみたいで、きゅっと唇を噛む。そんなセイギを見ていたアサシンは心を潰されたように感じた。そして、彼女は俺の目をセイギから逸らすようにこう言った。

 

「じゃぁ、行こうか。夜の街の巡回に」

 

 彼女は俺とセイバーをセイギから引き離すように俺たちを先導する。セイギはその後ろを影みたいに離れず付いてくる。俺たち四人の足音は全くと言っていいほど聞こえない。静かな夜である。

 

 夜の塵の積もった道を自然と靴音を殺してながら歩いていた。冬の乾いた寒い空気が俺たちの吐く息を白くさせるが、敵に狙われるかもしれないという強い恐怖感に囚われている俺とセイバーは周りを警戒していてそれどころではなかった。キョロキョロと辺りを見回して、風が木々を動かす音に動揺する。

 

 夜の街は怖い。聖杯戦争の戦場は夜の街だから、いつここが戦場と化してもおかしくはない。ましてや、夜だから敵が何処にいるのかも分からないし、敵が狙っているのかも分からない。

 

 常に緊迫していて、休めることなんて何もない。ただ、俺とセイバーは最悪の事態に備えるために慎重に慎重に一歩一歩歩いていた。

 

 のだが、10分後には俺とセイバーは普通に歩いていた。

 

「いや、全然敵来ねぇじゃん」

 

 なんか敵と遭遇しない。遭遇どころか、そんな気配もない。遭遇もすれ違いも無いのである。

 

 俺とセイバーの予想ではバンバン敵が現れて、まるで本当にこの街が戦場と化すのかと思っていたが、平和である。物音が壊れたりする音も聞こえなければ、戦闘のような金属がぶつかり合う音も聞こえない。

 

「想像とは違って、戦闘三昧というわけではないんですね」

 

 セイバーはその事実にホッと胸を撫で下ろす。彼女にとって戦闘に勝つことなんて無理であり、生き残ることを最優先に考えねばならない。だが、幸運にも戦闘が次々と起こるというようなことはなく、むしろ他の陣営も慎重に負けないように動いているため、あまり変化はない。そんな事実に救われる。

 

 しかし、セイギとアサシンは巡回の足を止めない。俺とセイバーは敵が見当たらないし、もう来ないだろうと安心しきっているが、二人はそれでも警戒している。

 

「まだ、敵がいないって決まったわけじゃない。いくらアサシンの力を使っても、バレてしまうものはバレてしまう。だから、いつどんな時でも警戒を怠ってはいけない」

 

 セイギは俺たちに聖杯戦争のノウハウをまるで普通であるかのように語る。しかし、まず命を狙われるなんて事態に普通の人はそう遭わない。なので、ガチのサバイバルを初めて経験する俺たちにとって、こんな行為は現実とは遠い体験のようなものに思える。

 

 それでも命を落としかねないことに変わりはないのだが……。

 

 それから5分ほど街を散策してみたものの、サーヴァントどころか人一人として見つけられない。これも聖杯戦争を円滑に行うための街にかけられた魔術の作用なのであろうか。

 

 セイギとアサシンは街に誰も人がいないと断定し、これ以上探しても意味がないと考えた。

 

「ねぇ、どうやらもうここを散策してても意味ないようだね。サーヴァントとか使い魔はいないみたい。何処か他の場所に行こう」

 

 何処か別の場所へ行く。でも、何処に行けばいいのだ?俺は出来ればサーヴァントがいない場所に行きたい。やっぱり死の危険から回避できるなら、それに越したことはない。

 

「廃工場……とかどうだ?」

 

 廃工場。神零山の麓の所にある廃れた工場のことである。この工場は機械の部品を作っていたらしいのだが、数十年前にこの工場主は死に、従業員も何処かに行ってしまったそうだ。そして、今では周りが雑草で囲まれた森の中にある廃工場のようになってしまっている。神零山が鈴鹿のせいで誰も寄り付かなくなってしまったから、そんなことを知っているのは俺などの地元住民ぐらい。

 

 セイギはもう神零山の幽霊の正体が誰であるかを知っている。だから、彼にとって神零山に行くのは苦ではない。

 

「廃工場か……。うん。行ってみる価値はあるね。ただでさえ誰も寄り付かない神零山なんだから、誰かが拠点にしているっていうのもあり得る」

 

 俺たち四人は廃工場に向かうことに決めた。廃れた廃工場に誰もいないことを信じて。

 

 だけど、現実はそうはいかない。

 

 セイバーの感じた嫌な予感が段々と、一歩一歩近づいてくる足音が聞こえたように感じた。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 殺風景な部屋の中に通された。本棚はあるが、別に魔術師らしく何冊も魔道書を置いてあるというわけではない。魔道書は数冊程度であり、他は日記や小説、教師としての指導書などである。後は観葉植物らしきものも植えてあるが、何処かその植物は生きている感じがしない。後は綺麗に飾られている鉄の欠片ぐらい。本当に何も無い部屋である。

 

 白髪の男は許可なく勝手に人の日記を手にとり開いた。その日記は十年前のあの聖杯戦争のことが綴られていた。綺麗な字がその日記に書き記されていたのだが、時に乱雑に、時に紙の一部が皺になっていたり、字が上から水が落ちたように霞んでいたりしている。

 

 女教師は自分の日記を見られると知るとこう言った。

 

「あまり、勝手に見ないでくれ。それは大事なものなんだ」

 

 男は女教師にそう言われると、ふっと笑う。そして、綺麗に飾られている鉄の欠片を指差した。

 

「大事なのはこんな字よりももっと他のものだろう?」

 

 男にそう言われた女教師は凛とした表情を崩さない。

 

「勝手にほざいていろ」

 

 女教師は男の前のテーブルに紅茶と宝石を二個置いた。フルーティーなよい香りがその紅茶からする。赤い紅茶は部屋の明かりを反射して男の目に映す。その横にある青い宝石。その宝石からは物凄く大きな魔力が感じられる。

 

「言われた通り、宝石に魔力を込めたぞ。高純度の魔力をそこに込めた。私の魔術がお前でも使えるだろう」

 

 宝石魔術を行おうとしている男にとって、その宝石に蓄えられた魔力の量と質は申し分のないほど素晴らしいものであった。それを僅か8時間で二個も精製したのだ。彼女にとって魔力消費は相当なものであろう。それでも、女教師は平然としている。

 

 しかし、男の目は誤魔化せなかった。男は女教師を見て、口元を緩めた。

 

「平静を装っているな」

 

「そう見えるか?」

 

「ああ、そう見える。俺の経験上、平静を装う者は何人も見た。『大丈夫です。まだ戦えます』と俺に言い、翌日に屍として帰ってきた者を何人もな」

 

 男の口元は緩んでいたものの、表情が浮かない。過去を振り返り、まるで自分の失敗を悔やむかのようである。

 

 男は宝石を手にし、部屋の明かりに透かして宝石を見る。純度の高い魔力を込めたその宝石は濁ることなく明かりの光を通す。

 

「これはどれぐらいの時間使用できるのだ?」

 

 男にそう聞かれた女教師は決まり悪そうに少し顔色を変える。

 

「一個につき約五分間だ。少ないか?少ないなら……」

 

「いや、充分だ」

 

 男の予想外の返答に女教師は少し拍子抜けをする。五分間というのは戦闘にとっては長い時間かもしれないが、それでも本当の宝石魔術であったのなら十分ほどまで延長出来たはず。しかし、早急に作ったもののため、そんなに長時間使用することが出来ない。

 

 男は宝石を巾着に入れてからズボンのポケットにしまう。そして、彼は女教師が用意した紅茶を飲むことなく玄関の方へ向かう。

 

「紅茶は飲まないのか?」

 

 女教師の質問に男は足を止めた。そして、女教師に向かってまた頭を下げた。今日で二度目である。

 

「すまない、用意してもらって。しかし、その紅茶はアップルティーだろう?生憎、俺はアップルティーは嫌いでな」

 

 男はそう言うと外へ出た。そして、倒さなければならない敵へと歩き出した。

 

 女教師はティーカップを手に夜空を眺めていた。星がちらほらと暗い空に美しさを与えている。その空を見ながらティーカップに注がれたアップルティーを啜る。閑雅でありながらも、少しクセのある味。口の中の温度を少し温かくしながら喉を通る。喉に通ると喉にその温かさが伝わり、口の中の甘い香りが鼻を通り抜けた。そんな美味しいお茶の入ったティーカップを軽く揺らす。

 

「林檎とは知恵の実であり人が食べてはいけない禁断の実。禁断の実から知恵を得たものは神により没落させられる。そういう運命だ。あの男もまたその運命に翻弄された人物の一人だろう」



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厄災の徴

余談:今年の更新はこれが最後。



 俺たちは廃工場に向かった。夜の街を歩き抜けて神零山まで向かう。誰かに見られていないかを用心しながら俺たちは足を運んだ。

 

 幸い、敵に出会すこともなく俺たちは神零山の麓まで来ることが出来た。そしたら、セイギが先頭になって一列で山を登り始める。

 

 冬の山に登るのは久しぶりであった。鈴鹿がいなくなってから一回も俺はこの山に登らなかったが、今この山を登っているのである。多分、俺はこの山に登る理由がちゃんとあるから登れるのだと思う。鈴鹿とはあまり関係のないことだからこそ登れているのだ。それに、俺たちが向かう廃工場はいつも鈴鹿と修行していた所とは反対の方なので、そのような理由が重なっている。そうでなかったら、俺は今でもこの山のにいた一人の女性のことを忘れまいとしながらも、この山に訪れなかっただろう。まだ、気持ちの整理がついていないのが現状であるから。

 

 セイギが先頭になって歩いていると、セイバーが胸のところに手を当てて下を向く。そしてその場で立ち竦んだ。

 

「おい、どうした?」

 

 セイバーの後ろを歩いていた俺は立ち竦んだセイバーにそう声をかけた。セイバーは少し辛そうに胸を右手で抑えている。

 

「やっぱり止めましょう。何故か分からないんですけど、嫌なことが起こりそうなんです。すごく恐ろしい何かが起こる気がするんです」

 

「……でもそれは勘だろ?お前の勘」

 

「はい。そうです。私の勘です。でも、前にもこういうことが起きたんです。これは私がまだ生きていた時、そして龍を倒す直前に起きたことなんです。胸がぎゅっと苦しくなるんです。まるで不吉な何かがこれから起こるっていう予兆のような」

 

 彼女はそう俺たち三人に訴えかける。俺たちは()()に及んで何を言い出すのかと半分呆れていた。だけど、彼女の真剣な表情と恐れるような震え声が俺たちの心を半分動かしていた。セイバーは嘘を吐けるようなほど器用ではないのは俺がよく知っている。

 

 セイギとアサシンは俺の方を向いた。これから先のこと、つまり進むか戻るかは俺が決めろということなのだろう。一番セイバーのことを知っている俺が。参ったな。何故、俺がこんなに大事な選択をしないといけないのだろうか。あまり、責任は持ちたくないタイプの人なのだが……。

 

 セイバーはここから引き返そうと主張している。それは根も葉もない根拠から言われたただの勘。だけど、それを言う彼女が本気で言っているのだから、信じれるほどのものである。セイギとアサシンは先に進もうと主張している。先に進み、この聖杯戦争に勝ち残るために必要なこと。この聖杯戦争でいつまでも戦いから逃げていてはダメなんだ。

 

 先に進むか、戻るのか。

 

「—————進もう」

 

 俺の口から出た苦悩混じりの言葉。セイバーの意見も俺は認める価値はあるが、それでセイギとアサシンに迷惑をかけたくなかった。セイバーは俺のサーヴァントであるから、そこだけは言うことを聞いてほしい。

 

 俺がそう言うと、セイギとアサシンは表情を変えずに頷くだけだった。セイバーは手を自分自身の胸に押し当てて、目を閉じて心臓の鼓動を感じるように息を整える。そして、彼女は目を開けた。その一瞬、暗い何かが彼女の目に映る。俺と初めて会った時のように、誰も信じない目が一瞬彼女に蘇っていた。

 

 そんな彼女の悲しそうな目を見てしまうと、俺はまた悩まなければならなくなってしまった。俺は頭をポリポリと掻き、さっきの言葉にもう一つプラスをした。

 

「だけど、そこでなんかあっても何もなくても、今日はここまでだ。廃工場で最後。それでいいか?」

 

 セイバーは少し目を細くし眩い光を見るかのように期待を抱いた目で俺を見た。俺のその付け足しを聞いた彼女はまた下を俯いて心の中で何かを問いかける。そして、また俺の方を向いて、笑顔を見せた。

 

「ありがとうございます」

 

 そんな彼女の笑顔が俺には眩く見えた。そんな彼女の頭をポンポンと触り、セイギとアサシンの方を向く。二人は大筋合意といったところのようである。

 

 セイギは四人の意見がまとまるのを確認し、また山を歩き出した。

 

 セイバーがこれから何か起きるかもしれないと言うので、俺たち四人は周囲への警戒が少し過敏になっていた。風が木の葉を揺らすだけで俺たちは音のする方向を振り返り、それから周りを見渡す。そして、また誰もいないことを確認すると、一歩一歩落ちた茶色い葉を踏みしめるように廃工場へと進む。

 

 それから15分ほどして廃工場へと着いた。廃工場の周りは冬の寒さに負けている枯れた雑草や、あまり日当たりの良くない所にキノコが生えていた。長い間管理もされずに放置されていた廃工場。朱茶色になったトタン屋根がすごく古臭くて、汚らしい雰囲気を醸し出している。

 

 俺たち四人はその廃工場にそっと足音を立てないように近づいた。息を潜め、抜き足差し足忍び足を守りながら近づく。そして、俺たちは廃工場の中へと入った。

 

 中には誰もいなかった。いや、誰もというよりも、何も無かった。機械や部品など何もかもがそこには無かった。ただコンクリートの床が見えるだけで、そこが工場であった痕跡などはもう何処にもない。雨風を凌げる屋根のある小屋のようである。

 

 俺たちは工場に入り周りを見渡す。しかし、そこには人影らしきものもなければ、人がいたという感じもない。幽霊とかも出ないほど、人がいそうには見えない。

 

 けれど、ここは闘いの場所として選ぶには最適であろう。特に邪魔なものも無く、聖杯戦争に関係のない一般人がここを通ることもないし、被害などが出ても一般人の人は気付かないくらいのものであろう。

 

 ここを闘いの場所として選んでいる敵ももしかしたらいるのかもしれない。そうである可能性はゼロではない。確かにここは地元民しか知らないような場所であるけれど、別に見つけにくいというわけでもない。

 

 なら、ここにいることが、もしかしたら命取りになるのかもしれない。そう思い俺はセイギにここから早く出ることを進言した。

 

 その時であった。入口の方から声が聞こえた。それは何度か聞いたことのある男の声。

 

「—————何故ここにいる⁉︎」

 

 男が俺たちを見て声を発した。それもそのはず、だって俺たちかここに来ることなんて彼は知らなかったし、ここに来てほしくないような理由もあった。

 

「アーチャー⁉︎」

 

 俺たち四人はまさかの事態に周章狼狽であった。それはアーチャーとは別の理由で驚いていた。聖杯戦争中の夜にサーヴァントと出会すということは、戦闘になると言っても過言ではないのである。そして、今目の前にはサーヴァントがいるのだ。

 

 つまり、今から戦闘になるということを意味していた。もちろん、戦う覚悟を決めて来なかったわけではない。ただ、元々俺たちは偵察のために街に出たのであり、戦闘をするためではない。

 

 セイギたちは直ちに臨戦体勢へと切り替える。いつでもアーチャーと殺り合えるように。

 

 しかし、アーチャーも驚いていたことに変わりはなかった。何故、四人がここにいるのか、それが彼には疑問でしかなかった。

 

 いや、それよりも、彼が一番嫌なことが目の前で起きていた。

 

「待て!今は武器を収めろ!俺は戦う気なぞない!」

 

 アーチャーは俺たちに向かって叫んだ。それは今までのアーチャーではあり得ないように本心を曝け出した一言。ただ、その一言が俺たちの彼への目を変えた。

 

 彼にとってその一言はあり得ない。何を考えているのかを悟らせないようにしていた彼にとって、その一言はまずあり得ないのである。つまり、今、俺たちに姿を見られたことは思わぬ事態であり、見られたくない理由がある。

 

「……戦わない?どういうこと?」

 

 セイギはアーチャーに疑問を呈した。聖杯戦争でサーヴァントでありながら、戦わないなどということはまずあり得ない話である。他のサーヴァントと戦うことが目的でない限り、ほぼ全てのサーヴァントが叶えたい願いを持ち合わせており、そうなるとやっぱり、その願いのために聖杯戦争という名の殺し合いが行われてしまう。だから、アーチャーの言うことは少し疑問が残る。

 

 ただ、アーチャーが嘘をついているのかそうでないかは誰も疑問には思わなかった。それはもう誰しもが分かっていたからである。

 

 アーチャーは本当に俺たちと戦う気など持ち合わせていない。だって彼ほど平然と嘘を吐く男が、今になって気を取り乱す様なことをするだろうか。そうである。そんなはずない。

 

「アーチャー。取り敢えず、戦意が無いのは分かった。だから……」

「取り敢えずじゃない‼︎さっさとここから出て行け‼︎」

 

 何か彼には特別な理由があるのだろうか。まるで時間がないかのように急いでいる。刻一刻と迫る時に彼は急かされていた。

 

「何故お前たちを見つけるまで、俺はお前たちに気付かなかったのだ⁉︎」

 

 彼はこの状況になってしまったことを苦しみ、そしてその罪を自分のせいにした。しかし、気付かないのも当然である。俺たち四人はアサシンの気配遮断の能力を一時的に会得しているのだから。

 

 しかし、そんなことを知らないアーチャーはこれ以上ないというほど忸怩し、そして頭を抱えた。今、俺たちと鉢合わせるのは彼にとって最悪の状況なのであった。でも、その理由を知らない俺たちはただ首を傾げるしか出来ない。

 

 暗い夜の森の中にある廃工場で頼りになるのは月と星と懐中電灯の光だけ。それでも、屋根の中に入ってしまえば月と星の光は全然入ってこないから、彼の手元がどうなっているのかなんて気づくこともなかった。ただ、何故か水滴がポタポタと滴り落ちる音が不気味に、そして不吉に聞こえた。

 

 アーチャーが頭を抱え、俺たちはそんな彼にどう声をかけたらよいか分からずに沈黙が続いていた時であった。突然、アーチャーは何かを察知したようであり、彼は悔しそうにチッと舌打ちをした。

 

「まったく、何でこうも不運が俺に降りかかる?最悪だ。タイミングが悪すぎるぞ」

 

 彼はそう怒鳴り散らしながらセイバーとアサシンの腕をふいに掴み、そしてそのまま二人を窓の外に投げ飛ばした。その時、アサシンは違和感を感じた。

 

(—————何故、サーヴァント二人の腕を簡単に掴めた?)

 

 セイバーとアサシンはサーヴァントであり、英雄である。セイバーはともかく、アサシンは歴とした英雄であり、暗殺者のクラスでありながらもサーヴァントと戦えるほどの戦闘実力を持っている。

 

 そんな彼女に彼は危機感持たせずして普通に肌に触れた。殺気こそ無かったものの、それでもサーヴァントである彼女なら少しは警戒したり抵抗したりするはず。なのに、出来なかった。

 

 いや、抵抗などする間もなかった。いつの間にか彼女の腕を掴んでいたのだ。抵抗する間など与えず、自然に彼女の警戒網から外れた。

 

 サーヴァントにそんな芸当をやってのけるサーヴァントなどそう多くいるはすがない。アサシンは英雄であるからこそ分かった。アーチャーは英雄離れした英雄。

 

 神霊?それほどまでに逸脱していた。

 

「おい、 マスター共。お前らに忠告しておく。今すぐこの山から降りろ。何故かは分からんが、お前たちは気配遮断のスキルの補助を得ているようだ。これから先は、俺的にあまり見られては困る……」

 

 彼はそう俺たちに伝えると、俺たち二人も窓の外に投げ飛ばされた。窓のガラスがパリンと割れ、破片が月やら星やらの光を浴びて儚くも美しく輝く。セイバーとアサシンは飛ばされた俺とセイギを空中でキャッチした。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、うん。セイバーのおっぱい(クッション)に当たって衝撃は和らいだ」

 

「……相変わらずですね」

 

 彼女は俺に呆れながらため息をつき下を向く。その時、俺の腕を見て、彼女は目を疑った。その腕はさっき俺がアーチャーに掴まれた腕の方。その腕は月の光を浴びて美しい色を放っていた。

 

「—————ヨウ……その腕は⁉︎」

 

 セイバーに言われて、俺もその腕を見る。そして、俺も事態の重大さに気づいた。そして、最悪の状況に俺は足を突っ込んでいたのを知る。

 

 血が付いていた。しかし、俺は痛くも痒くも無い。俺の血ではない誰かの血が俺の腕にべっとりと付いているのである。それはもう誰の血だかは分かった。

 

 アーチャーの血である。その血は俺だけではなく他のみんなも付いていた。

 

 工場の中は暗くてしっかりと彼を見ることは出来なかったが、彼は血を流している。しかも両腕。

 

 その事実を目にした俺はアーチャーに大声を出して声をかけようとしたその時、アサシンが俺の口を全力で塞ぐ。

 

「なんだよ⁉︎」

 

「ちょっと静かにしてて。ほら、耳を澄まして。何か聞こえない?」

 

 そこにいた全員が謎の音を聞こうと耳を澄ます。すると、そこにいる誰もが聞こえた。それはまるで金属と金属が擦れたり打ちつけたりする音。その音は以前にも聞いたことのある嫌な音。

 

 工場の入り口に人影が見えた。その髪型はセイバーとまったく一緒で、その後ろには幾万もの剣が宙に浮いていた。見たことある姿だった。ライダーとの戦いの最中に突如として現れた殺戮者(スレイヤー)

 

「—————グラムッ⁉︎」

 

 そうグラムである。グラムが工場に現れたのだ。

 

 彼女はアーチャーを見ると、ニタリといやらしい笑顔を浮かべ、手を翳した。すると、彼女の後ろにある幾万もの剣が一斉に剣先の方向をアーチャーへと変える。

 

 アーチャーは悔しそうな顔をしたが、最終的に彼も笑った。折れた剣を手に持ち臨戦態勢に入る。

 

「少しぐらい休ませてほしかったものだが……」

 

「休ませたじゃない」

 

「出来れば一日欲しいものだが……」

 

「そう?じゃぁ、死という永遠の休みをあげるわ。死になさい。命を乞いながらね」

 

 

 

 

 

 

 

 過去に残した忌まわしき遺物を彼は回収しに来たわけではない。

 

 でも、理由が変わった。

 

 今、彼がすべきことは英雄としてではない。

 

 ある一人の男としてなさねばならないことがある。

 

 望みはもう彼にはない。

 

 あるとすれば、平穏を作ること。

 

 誰のために?

 

 そんなの決まっている。

 

 彼のエゴだ。

 

 ただ、今一度彼は運命に逆らおうとする。

 

 逆らい、そして掴み取るのだ。

 

 勝利を。

 

 生前の彼が願ったことは国の平和。

 

 今の願いは—————




はい!Gヘッドです!

いやぁ〜、今年までに第一ルート終わらせたかったんですけど、無理でした。全然無理ですね。まぁ、来年の6月くらいまでには絶対に終わりますけど。

えー、年末年始は色々あって更新するのが大変ですので、今年の更新はこれが最後となります。次に更新するのは新年の7〜8日ぐらいです。

今回はいやらしいところで終わりましたが、次回からはちゃんとバトルがあります。

……ルート名を変えようかなぁと思っているこの頃。


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しがない英雄は

はい。実はルート名を変えました。話的にこっちの方がいいかと思ったので、変更致しました。


 アーチャーは一尺ほどの短い折れた剣を握り、敵の情報を瞬時に把握して、やれやれと難しそうな顔を浮かべる。アーチャーから見て剣の数は右に二百、左に三百、中央に百五十と言ったところであろうか。

 

 どう見たってその現状は死を表している。絶望的としか言いようのない剣の群れ。それを前にして諦めない者などいるはずもないのに、彼はそれと真っ向から渡り合おうとしている。

 

 無理な話だ。窓の外からこっそりと覗いている俺たちにそう思わせた。

 

 それもそのはず。筋力C・耐久D・敏捷C・魔力B・幸運E・宝具Cのパラメーターを持っている彼がグラムなんかに勝てるわけがない。だって、アーチャーより少し高いパラメーターを持つライダーが瞬殺されてしまったのだから、彼だってきっと同じだろう。しかも、アーチャーというクラス上、接近戦は苦手のはず。

 

 しかし、彼は臆さなかった。銷魂、失意の果てに自暴自棄になったのであろうか。彼は折れた剣を右手で握り、ただグラムの放つ無数の金属からどの様に凌ぐかをずっと考えていた。周りにある剣をざっと一瞥し作戦を立てる。戦闘の少しの間に、即座に、正確に、確実に相手を倒せる戦略を頭の中で組み立てた。

 

 その時、彼に一筋の光の道が見えた。剣と剣の間を通る光の筋が見えた。彼はその筋を見逃さない。左手で腰につけたクロスボウを握り、無数の剣の中に向けた。

 

 だが、そのクロスボウには矢がセットされていない。それでも彼はそのクロスボウの弦に右手の指をかけ、自らの方に引いた。そして、目を一旦閉じる。

 

「俺は俺を偽証する。俺は強い。

 歴戦の英雄よりも、神よりも、気高く、至高、そして孤高。

 偽証せよ、偽証せよ、偽証せよ。

 自らを偽り、全てを偽り、神を欺き、世界を欺き、自らを欺く。

 今一度、偽証せん!」

 

 彼が叫んだ。雄叫びを上げ、クロスボウを最大限まで引いた。彼の目に宿るは限りなき力への欲望。

 

 その時、俺とセイギの目にはありえないことが起こった。

 

「嘘だろ⁉︎」

 

 本当にありえないと言いたいくらいのことが目の前に起きた。マスターである俺たちにはアーチャーがありえない姿に映った。あまりの事態に目を擦ってもう一度見たが、それでも現状は変わらない。目の霞などでも、見間違いなどでもない。

 

「パラメーターオールEX⁉︎」

 

 そんなのこの世界ではありえない、サーヴァントでも数えるほどしかいないその数値。測定不能。秤に掛けるものがないというEXを全てに満たすだなんて、英雄というただでさえおかしい規格をさらに超えている。規格外のさらに規格外。

 

 いや、もう英雄なんて枠組みには収まらない。サーヴァント、ハイサーヴァント、それ以上の存在。もしかしたら、神をも卓犖するかのような超絶で、何処か脆弱なその力。

 

 その力にはセイバーもアサシンさえもたじろいだ。英霊である彼女たちにとっても彼は勝てるような顕現ではない。格が違い過ぎる。圧倒的な力の差をただ彼女たちの眼に映るだけで実感させた。到底敵わないというその敗北感を戦わずして与え、戦意そのものをボロボロに挫いた。立ち上がれないほどにまで、細かく英霊としてのプライドを砕いた。

 

 戦ってもないのに、まだ彼の宝具を見ていないのに、俺たちは勝てないと思ってしまう。いや、勝てないというよりも、自分の目を疑うような現実への不条理を感じる。パラメーターが乏しいはずのアーチャーのサーヴァントが、なぜそこまでして強くなれるのかが分からない。

 

 ただ、グラムはそんなアーチャーを目の前にしても怖気付くことなく彼の前で仁王立ちをする。彼女が掲げるは怒りの権化となり、世界の全てを彼女の怒りの八つ当たりに使うこと。これもまた不条理なほどに他の追随を許さないほどに強大な力を有する。主神オーディーンが与えた平行世界から幾億もの同じグラムを呼び出すという第二魔法を軽々と使いこなすその力。神の力。

 

 だが、今まさにその神の力が敗北する時なのかもしれない。

 

 アーチャーは引いていた弦を勢い良く離した。すると、その瞬間、魔術のようなもので精製した光る矢が具現し、クロスボウの弦によって飛ばされた。

 

 光の矢はアーチャーに見えた一筋の道を寸分違わずに通り抜ける。一瞬の狂いも躊躇も許されない状況で、彼は正確にその筋に矢を射たのだ。矢は幾つも重なる剣の群れを通り、ただ狙うはグラムの胸の心の臓のみ。何百もある剣の群れに矢は飛び込みながらも、剣に一度も当たることなく矢は弧を描く。

 

「言っただろう?認識出来ないとお前は剣をどの様に振れば良いのかが分からないと」

 

 アーチャーの言う通り、グラムの弱点、それは司令塔である彼女が目で認識することのできないという点が挙げられる。司令塔という役割上、敵の攻撃には目を配らないといけないのだが、それはグラムの能力的に無理な話である。グラムは数で押しきる様な戦術を取り、それは彼女の能力的に一番効率よく確実に敵を倒せるが、そうなると司令塔であるグラム自身は自分の剣で敵を認識することが出来ないのだ。

 

 必ずと言ってもいいほど、最強と呼ばれるものにも何かしらの弱点がある。そうでなかったら、それこそ神の域。

 

 そして、英霊として召還されているアーチャーも、神でないということは何かしらの弱点があるのだ。絶大な力を持っていても、神になれないその決定的な弱点があるはずである。

 

 もちろん、例外はあるが……。

 

 グラムはアーチャーの矢をその位置から認識することなんて出来なかった。まず、アーチャーの尋常じゃない膂力により引かれた弦で飛ばした光の矢を視認することなんてまず不可能。その上、剣と剣の小さな隙間から高速の矢を見ることなど無理なのである。

 

 しかし、彼女は自身の周りに剣を呼び出し、その剣をまるで壁のように構築した。剣で出来た金属の壁。でこぼこで、硬い強固な壁を作り上げたのだ。

 

 アーチャーから飛ばされた光の矢は硬い壁に当たり、呆気なく地面へと落ちて、その後、すぐに消滅した。だが、もしその矢がグラムに当たっていたなら、矢は確実にグラムの心臓を射抜いていたほど正確な位置であった。およそ二十メートルほどの少し遠い距離、そして大量の剣の群れがある中で、正確に打てるアーチャーの弓の技量は英霊としても申し分ない。

 

 だが、何故だろうか。俺には彼がまだ本気を出しているようには思えない。パラメーターオールEXまでもの英霊のあの一撃が本気だったなんて言われたら期待外れである。本当はもっと、強い力があるのではないのか。そう考えさせられた。

 

 グラムはアーチャーの矢から容易に身を守ると、アーチャーを見ようと中央に滞空しているグラムを左右に寄せるように移動させる。すると、アーチャーの姿が見えた。

 

 まだクロスボウを構えてグラムを狙っているアーチャーが。

 

 アーチャーの持つクロスボウはまたもや正確にグラムの額を狙っていた。アーチャーはグラムが気を緩ませるのを見計らって、クロスボウを構えていた。

 

 そして、中央に滞空していた剣が左右に分かれた時、アーチャーはグラムの額に向けて矢をまた射た。だが、グラムはまたも安々と矢を剣で薙ぎ払った。

 

「チッ‼︎そんな簡単に倒れてはくれないか」

 

 アーチャーはクロスボウを構えて、グラムを狙う。しかし、グラムはそんな彼をまるで軽蔑するかのように彼を見下した。

 

「アーチャー、貴様は英霊である誇りがないのか?そんな遊び道具ごときで私の首を取ろうというのか?確かにさっきの攻撃は隙を突かれたけれど、そんな攻撃では私を殺せない」

 

「……そうか?俺にはこの宝具が使い易くてたまらないんだが……」

 

「宝具⁉︎はったりを抜かすな!そんな弩が貴様の宝具だとでも言うのか⁉︎私と対等に戦え‼︎宝具を出せ‼︎」

 

 まるでアーチャーの持つクロスボウがただの武器であるかのようにグラムは嘯く。だが、それはどういうことなのろうか。

 

 見ている俺たちには分からなかった。グラムは凄惨な世界を作り出すことを目的としているはずなのに、今、俺たちの目の前にいるグラムは辛い現実を目にして悲しみ嘆くようである。

 

 俺の固定観念では、グラムという存在は非人道的で、嗜虐的な存在。なのに、俺の固定観念が変わろうとしていた。

 

 何かを求めるように叫んでいる。心の奥底から。

 

 そして、それが何処か初めて会ったときのセイバーに似ているような気がしてならない。

 

 グラムは滞空させていた他の剣をアーチャーへと放った。

 

全剣一斉発射、破壊せよ(アーリダッザ・サチューホング)!」

 

 空中に浮いていた何百もの剣が一斉にアーチャーに向かって降り注いだ。鉄の雨の如く、アーチャーを串刺しにしようと剣を放出したグラムはただじっと彼の手を見ていた。クロスボウを放る時を。

 

「お前は何なんだ?殺戮をし始めると言いだしたり、宝具を出せと言いだしたり……。何がしたいんだ?」

 

 彼は独り言のようにそう呟くと、手に持ったクロスボウを投げ捨てた。そして、空いた手で何やら武器を取り出した。古びた剣を取り出した。その剣は柊の葉のように所々が尖っており、扁平な形状。その形状の剣は何処かで見たことがあるような気がする。

 

「お望み通り、正真正銘俺の宝具を使ってやるよ。だからちっと手を抜いてくれ。今度は俺がお前を折ってやるから」

 

 何百もの剣の群れを、彼は二本の剣だけで凌ごうとしていた。折れた剣と少し古びた剣を手に持ち、腕に力を入れる。そして、グラムが放った剣が彼の剣の間合いに入った瞬間、目にも留まらぬ速さで飛んできた剣を振り落とす。次から次へとただひたすら剣を振り落とし、彼の持つ剣に当たった剣は瞬時に砕かれた。

 

 砕かれた剣はパラパラとコンクリートの床にばらけ散る。どうやら砕かれた剣をグラムは操ることは出来ないようで、どんどんと剣の残骸がアーチャーの周りに生じる。

 

 何十、何百もの剣がアーチャーに飛ばされている。剣が廃工場のコンクリートを削り、屋根に穴を開けてしまうほどにまで激しい攻撃だった。なのに、アーチャーはおかしなことにまだ存命である。彼は休みなく発射される剣を、彼の持つ二つの宝具のみで凌いでいるのだ。彼の宝具は壊れることなく、飛ばされた剣のみが呆気なく砕け散る。

 

 そして、アーチャーはグラムが飛ばした剣全てを砕いた。もちろん無傷とは言わないが、大した傷はしていない。軽い切り傷程度の怪我であり、戦闘には支障はないだろう。

 

 アーチャーは新しく取り出した柊の葉のような扁平な形状の剣を眺めた。グラムは呑気な顔をして剣を眺めている彼を見て、顔色を変えた。

 

「何故、他の武器まで使う?私が殺したいのは本当の宝具を持つお前だけだ」

 

 グラムはアーチャーに相手にしてもらえないようである。子供が大人に本気で突っかかる時みたいに、グラムは本気なのだろう。だけれども、アーチャーはまだ本気なんて出してはいない。

 

 アーチャーが本気を出すのを躊躇しているようにも思える。

 

 アーチャーはグラムに扁平な剣を捨てろと言われるが、彼は言う通りにしない。

 

「おい、グラム。この剣の名前、知ってるか?」

 

「……」

 

「無言か……。まぁ、一応教えておくが、この剣は神代のジャパンソード」

 

「それがなんだ?」

 

 彼は扁平な剣を自らの指に当てた。そして、スッと剣を引くと、指から少量の血が出る。すると、どうであろうか。その血が剣につくと、剣についた血は跡形もなく蒸発して消えてしまったのだ。

 

「この剣の元の形は日本では名の知れた剣の二代目らしい。その剣の名は草薙の剣。なんか、日本の頭が8個ある巨大な蛇の中から出てきた剣そうだ。邪を祓う聖剣であり、邪の力を持つ魔剣、そしてこの国の王になることができる選定の剣。これはな、その剣の欠片を含有している日本の剣だ。ヨウの家の蔵の中から勝手に持ち出した」

 

 アーチャーはその剣をグラムに向ける。

 

「この剣でお前の呪いを解いてやる。これは俺の八つ当たりであり、お前への慈悲だ。有難く受け取れ」

 

 アーチャーはそう告げると、グラムへと向かって刃を向けた。俺たちにはさっきのほんの僅かな攻防でさえも、遥かに遠い次元のように感じる。俺たちとはあまりにも違う二人の力量。神の力を持つ魔剣と、謎の英雄アーチャーの戦いはまだ始まったばかりであった。

 

 しかし、彼がまだその志のままでは本気を出すことなんて出来ない。

 

 実は彼にはグラムに本気を出せない理由がもう一つあるのだが、その理由を知る者はまだ誰一人としていない。




今回の人物紹介は前回の聖杯戦争のバーサーカー

クリームヒルト

ある錬金術師によって召還されたバーサーカー。黒い喪服のようなドレスを着飾り、いつもニタニタと不気味な笑みを浮かべている。バーサーカーというクラス上、彼女のマスターは魔力消費量が膨大だが、彼女のマスターはバーサーカーのクラスとは相性が良い魔術であり、魔力切れで敗退はしなかった。

彼女は狂化スキルがEXであり、普通なら理性などないはずなのだが、彼女は精神汚染のスキルA+も持ち合わせており、そのためマイナスとマイナスを掛ければプラスになるように、理性もあり意思疎通もできる。が、やっぱり狂ってるため、意思疎通は困難。

戦闘スタイルは夫であり英雄のジークフリートの武器『バルムンク』を使う。バルムンクを振り回し、あわよくば敵の首を落とそうとするものである。生前、戦闘そのものをしたことはないため、バーサーカーでパラメーターを底上げしても戦闘は強くはないものの、バーサーカーとしては珍しい戦略や策で敵を落とす。

生前の彼女は正直言ってどの英霊よりも頭がずば抜けているほど狂っており、他のバーサーカーの追随を許さない。最初の頃の彼女は狂っているわけではなく、普通の女の人だった。しかし、ジークフリートと結婚し、夫であるジークフリートを溺愛し、異常と言えるほどにまで愛を抱いた。が、彼は彼女の方を振り向くことはなかった。
それでも、彼女はジークフリートの隣にいるだけで良いと思っていたのだが、ジークフリートはハーゲンに殺されてしまう。
ここから、彼女は尋常じゃないほど狂ってゆく。ハーゲンはジークフリートから頼まれて殺めたということをクリームヒルトは知っていてもなお、ハーゲンを斬首の刑に処した。しかも、その時の剣はバルムンクであり、剣を振り下ろしたのは彼女自身。
それから、彼女は愛する夫がいない世界に絶望し、世界が無価値であると考えた。
そして、彼女は無価値な世界を壊そうとした。それから、彼女はただ誰かが苦しみ嘆き果てるのをニタニタと不吉な笑みを浮かべながら見ていた。それは親類であったとしても、血の繋がった家族であっても—————
しかし、彼女の喉の渇きが潤されることはなかった。
『やっぱり、あの人がいなければ意味がない』
それは死した今でもずっと抱き続けている。歪み狂いまくったジークフリートへの愛情。
その愛情はジークフリートへの殺意と同義であることを彼女は心嬉しく思いながら、聖杯戦争に参戦した。


歪愛大剣・炎邪崩壊(バルムンク)』ランクB+・対城宝具
夫の愛剣であり龍殺しの剣。しかし、彼女が持つと惨殺剣となる。彼女が真名解放すると、彼女の歪んだ愛の分だけ炎が世界を焼き尽くすが如く放出される。しかし、使い手が戦闘を得意としないし、バーサーカーであってもパラメーターが低いためランクがB+にまで下がってしまっている。

聖杯への望みは『ジークフリートといつまでもずっと二人きりで暮らすこと』。ジークフリートが何処にも行かないように手錠を掛けてでも、手足をもいででも彼を隣に居させるつもり。ちなみに、愛しすぎて、殺したいほどらしく、ジークフリートは背中以外なら何回でも殺せるようなので、ズッタズタに切り刻みたいらしい。これも愛の形と彼女は自負しているが、もうここまでくるとドン引きの一言。

彼女が言いそうなこと:
「私はもうあの人以外、何にも要らないの。私はあの人が欲しい。いつまでも、永遠にあの人が隣に居て欲しいし、あの人は私を見ているだけで良いの!それだけが望みなの。だから、あの人が他のものを見なくなるように、他のもの全てを私が壊すの!壊して、壊して、私だけを見てくれればいいの‼︎これが愛よ!これが恋よ!人の心は破壊をもたらすのッ‼︎それが、人である証なのッ‼︎あははははッ‼︎死になさい—————『歪愛大剣・炎邪崩壊(バルムンク)』!」


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神智濁りなき水鏡

はい!Gヘッドです!
私の予想ですと、この回からアーチャーの好感度がググッとアップするはずです。
何故かですか?
そりゃぁ、もう……。

アーチャーさん、イケメンです。本当に、この作品一の男としての姿が男から見てもカッコイイ。

だって、アーチャーは……。


 草薙の剣。この剣の有名なエピソードとしては、スサノオがヤマタノオロチを酒で酔わせてから倒した時にヤマタノオロチの尾の部分から出てきたという逸話や、ヤマトタケルが焼け野原の中から生き延びるために炎をぶった切ったという逸話が有名である。そのことから、草薙の剣は邪から生まれし剣であり、そして邪を祓う聖剣と呼ばれていた。

 

 アーチャーがどんな理由あってグラムの呪いを解こうとしているのかは分からないが、彼はその草薙の剣でグラムにコベリ付いている黒い呪いの力を祓おうという気である。

 

 グラムに付着した黒い呪いは小人アンドヴァリによってかけられた不幸、破滅を呼ぶ呪い。その呪いはかけられた者を幾度となく殺してきた。セイバーもこの一人である。

 

 アーチャーには何かその呪いに恨みがあるように思える。同じ妖精に嫌なことをされたからセイバーに同情しているのだろうか。それとも、彼自身も呪いのような類で辛苦な人生を送った英雄なのか。

 

 ……。

 

 っていうか、マジでそんな説明はどうでもいい。

 

 は⁉︎何⁉︎今さっきアーチャーなんて言ってた?俺の家の蔵から勝手に持ち出した?

 

 は?勝手にドロボーしてんじゃねーよ‼︎何処ぞの英雄か知らねぇけど、ドロボーとかやめてもらえます?フツーにダメでしょ。やっちゃいけないことと、やっていいことの区別出来んの?

 

 許可取れよ‼︎

 

 俺は物凄く大声で叫びたかったが、叫んでしまったらここにいる四人全員がグラムに見つかって即刻殺されてしまうので、心の中で叫んだ。

 

 イラつきの心情を前面に顔に出していた俺の肩をセイギはちょんちょんと突ついた。セイギは悪ガキみたいに面白そうなものを見つけたような表情をしていて、その顔を見た俺はさらに苛立ちが湧いた。

 

「ねぇ、盗まれたらしいね。しかも、家宝が」

 

「家宝じゃねぇよ。爺ちゃんが勝手に集めた骨董品だ」

 

「じゃぁ、ヨウはその剣のことを知ってた?」

 

「知ってるわけねぇだろ。だって、今さっきまで家にそんなものがあったなんてことも知らなかったんだから」

 

 俺が戦闘中の二人に聞こえない程度のガミガミとした荒々しい声でセイギの質問に答えていると、質問の所々にセイギから「怒ってる?」って聞かれることもあった。その度に俺は「怒ってねぇよ」とまるで怒っている声で質問に答えた。実際、怒っていたけど。

 

 アーチャーはその草薙の剣と折れた剣の二刀流で構えをとる。いつでも相手の行動に対応出来るような体勢で、その体勢からは戦いに関しての熟練さが窺える。どれほどまでに命を賭けた死闘をしてきたのかと言えるくらいにまで余分な動作がなく、洗練されていた。アーチャーという一人の英霊が生前に作り上げた武としての完成系であり、どんな相手であろうとも簡単に倒せないであろうその立ち姿。偉大な姿である。

 

 グラムはまた手を掲げた。滞空する剣の先はアーチャーであり、アーチャーにただ剣を投擲して刺し穿とうという考えであろう。

 

 それから両者一歩も動かない。相手の出方を窺うように相手の動きに目を凝らしていた。先手必勝なのか、相手の行動に対応して攻撃した方が良いのかという考えを頭の中で張り巡らせている。

 

 死闘の前の覚悟を決めるためなのだろうか、一時の間、不思議と静けさが二人の間に流れる。

 

 最初に動いたのはグラムだった。アーチャーの持つ草薙の剣を見て、彼女は怒りに駆られた。妬みや嫉み、僻みがグラムの顔に浮かぶ。そして、グラムが剣を投擲しようとした。彼女が平行世界から引き出せる限りのあらゆる自ら(グラム)を以ってして、草薙の剣を壊そうとした。

 

全剣一斉発射、破壊せよ(アーリダッザ・サチューホング)荒ぶる怒りの神の気紛れ(レーギンヴォンチュイーエット)‼︎」

 

 彼女は持っている全ての剣を使ってでも、草薙の剣を壊そうとする。その彼女の顔に残酷さなどそんなものではない感情が浮き彫りになっていた。

 

 限りなき赫怒の剣という宿命とはまた別の何か。

 

 —————カランッ

 

 グラムが剣を投擲して、投げられた剣がアーチャーに届きそうな時だった。アーチャーの足元から音がした。彼の足元で海のように青く美しい宝石が彼の手から塵混じりのコンクリートの床にコロンと落ちたのだ。宝石は向こう側が透けて見えそうなほど透き通っているが、所々に濁りのような部分もある。

 

 宝石を落としたアーチャーはニタリとほくそ笑んだ。そして、自分の勝利を確信したかのように笑みを浮かべながら、何故か目には涙を浮かべる。苦しみを紛らわすように不吉な笑みを浮かべた。

 

「—————宝石魔術、『理の数式(ドゥーム)展開(エクスパンド)

 

 彼がそう呟くと、宝石が砕けた。そして、宝石の残骸から魔力がすうっと広がり、彼から半径10メートルほどの範囲が丸い球体の様なもので覆われた。グラムによって放たれた剣は一直線にアーチャーを蜂の巣にするために空間に容赦無く入り込む。すると、剣は空間に入り込んだ途端、時が止まったかのように動かなくなった。アーチャーの方に剣先を向けたまま、音も立てず、空も切らない。

 

「……なんだ?魔術……か?」

 

 グラムはアーチャーの宝石魔術を見てピンと来ないように物珍しそうな顔をする。魔術という存在は知りつつも、その魔術を間近で感じたことがないように、彼女は魔術を全然知らない。アンドヴァリの呪いで生を受けてから、まだ十日程しか経っていないのだから、魔術を事細かく知る由はなく、動揺する姿を見せるしかなかった。

 

 今、彼女はアーチャーの行った魔術を見極めることもできなければ、彼が次にする行動の予測も立てられず、どう行動すればいいのかの見当がつかない。

 

 その魔術からはアーチャーとは別の魔力が感じることができた。アーチャーの魔力は途轍もなく膨大で尋常じゃない程の凄みを帯びた魔力だが、その魔力が嘘であるかのように何処か空っぽなのである。それと相対し、空間を包む魔力は力強く冴えていた。その上、アーチャーのように空っぽではなく、ちゃんとした基盤があり、それこそ魔術師としての魔力というような感じ。

 

 だけど、そんなことをグラムは分かるはずがない。自分が平行世界から呼び出した剣がアーチャーの謎の魔術で止められたという事実しか飲み込めず、その魔術に身の毛をよだたせた。

 

 グラムの攻撃方法は一つだけだった。それは投擲というごく簡単な攻撃。敵に向けてほぼ無限に引き出せる平行世界の自分と同じ剣を放ち穿つ事だけ。剣を滞空させたり、集め重ね合わせて壁にすることも出来るけど、主力となる攻撃方法はこれしかない。

 

 その攻撃が止められたなら、彼女は何をすればいいのかが分からなかった。

 

「可哀想な剣だ。戦うことを呪いに強制させられ、それにも気付かずに怖気付くしかないとは」

 

 アーチャーはそう言うと、また彼の目頭がキラリと光り、その光は頬を伝う。グラムの攻撃で穴が空いた屋根から月の光がアーチャーを照らし出していた。

 

 一瞬、彼の表情が何とも温かい表情に変わる。軽蔑でもなければ怒りでもない。同情のようである。そして、彼は苦しそうにこう言い放った。

 

「—————いや、最初に戦うこと、殺しを強いたのは俺だよな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、グラムは激昂した。さっきまでの怯えが怒りの感情の起伏に払拭されたかのように顔を赤くした。まるで不安定な台にいるかのような彼女の感情は起伏が激しいというよりかは、情緒不安定でまるで心の軸が定まっていないかのように思える。

 

 そして、心が揺れたのはグラム一人ではなかった。俺の隣にいたセイバーは茫然自失で言葉を失った。ただ、アーチャーの方を見ていた。

 

「貴様に何が分かるッ⁉︎私の悲しみが分かるのかッ⁉︎」

 

 グラムが怒りに任せて、また平行世界から呼び寄せた剣をアーチャーに放つ。アーチャーは飛ばされた剣が空間内に侵入した瞬間に止め、悉く粉砕した。一歩一歩、グラムの方に歩み寄りながら、彼は人とは思えないほど冷徹な目と人の優しさが詰まったような暖かい目をしながらグラムを見た。目頭は涙が溜まりながら。

 

「分からないさ。生前、俺は国の民、そして何より家族のために命を尽くすことを誓った男だ。だから、剣の気持ちなぞ分かるわけがない。それに、お前は元々心なんて持ってなどいない。呪いを受け入れることで、一時的に肉体を得て、心を得ているだけだ。動揺しているのだろう?ただ、目の前のことを考えなくてはならぬ肉体という枷に囚われて」

 

「そんなことない!動揺などしているわけがない!私はお前を殺すことだけが目的であり、そのことに動揺などしていない‼︎」

 

 グラムはさらに多くの剣を平行世界から呼び出した。そして、その全てをアーチャーに向かって放つ。しかし、それでもアーチャーはその剣の雨を凌いだ。

 

「じゃぁ、私を殺した後はどうする?」

 

 二つの剣を振りながら歩み寄るアーチャーがグラムにそう問いた。

 

「お前は何をするんだ?聖杯を奪ったお前は殺戮を始めるのか?それとも神の力を持つお前は元々の主人であるオーディーンの元へ帰るか?」

 

「……そ、それは……。うる、うるさいッ‼︎」

 

 グラムは返答が出来なかった。俺の目の前に現れた時の余裕そうな表情は一切そこには無く、怒りや憎しみ、戸惑いがあった。

 

「お前は何も出来ないさ」

 

 アーチャーがグラムに言った言葉はあまりにも予想外な言葉だった。赫怒の権化たるグラムが何もしないわけがない。そう俺は思わされた。

 

「何も出来ない⁉︎嘘をほざくな!私はお前を殺した後、人々を殺し尽くしてやる‼︎私をこんなにもしたのはお前らだろう⁉︎なら、私はその望み通り、人殺しの剣になってやる‼︎」

 

「そうか。まぁ、別に俺はこの時代の人間ではないからな。やりたきゃ勝手にやってくれ。どうせ、その内お前を止める誰かが出てくるだろ」

 

 他人任せなその言葉。人々を救い、憧れの対象となる英雄とは何とも対照的だ。だけど、彼からはそんな雰囲気は微塵も感じられない。

 

 嘘つきな英雄のどの言葉が本当で、どの言葉が嘘なのかを全て知ることなんて出来ないかもしれない。

 

 だけど、これだけは言える。

 

 彼は他の英雄たちとは違った英雄で、だけれど本質的には一緒なんだ。人を守る存在であり、人を導く存在。

 

 そして、人を救う存在なんだ。

 

「だけど、お前をそんな風にしてしまったのは正真正銘、俺だ。グラムを魔剣に仕立て上げたのも、セイバーを生前男の真似をさせなきゃならなかったのも、英霊にしてしまったのも—————全て俺の責任だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーはアーチャーを見て、涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ。途切れたと思っていたのに。会うことの出来ない存在だと思っていたのに——————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は無き亡国の王であるこの俺は過去の自分の罪滅ぼしのために、民のために、そして愛する娘のためにこの身を賭してでも、グラム、いやアンドヴァリの呪いを打ち払おうぞ。グラム、せめてもの手向けだ。あの戦場でお前を殺してやろう。終わりの場所でな」

 

 彼の身体中を巡る魔力が解き放たれた。光が俺たちを襲い視界が眩しくなり、そこにいる者は皆、目を閉じた。

 

 そして、目を開くとそこには人々の死体が辺り一面に広がっていた。広大な平原に矢の刺さった死体や腹部を真っ二つに斬られた死体、転がる肉片に血の池。壊された鎧、割られた兜に血塗られた剣。空も、空に浮かぶ雲も血で染められたかのように赤黒い。あまりにも衝撃的で、あまりにも心を痛みつけられる光景である。

 

 生前、アーチャーとグラムが戦場で殺した人がこの荒野に死体として転がっている。グラムの心に刻まれた彼女の心象風景は何とも無惨な光景なのだろうか。

 

「———固有結界『神智濁りなき水鏡(バルンストック)』。これが、俺の持つ神の力。そしてグラム、この光景は俺とお前が培ってきた世界だ」

 

「お前が単に私に押し付けただけの世界だ‼︎」

 

「ああ、俺の愛する者のためにお前に全てを押し付けた。だから、責任は俺が取る。お前を殺すのは俺だ。お前に俺が終止符を打つ」

 

「身勝手なッ!」

 

「身勝手だとも。愛する国と民と家族のために国の先頭に立ち、正しく導くために嘘をついてきた俺は、この世で一番身勝手な英霊だ。だから、笑いたければ大いに笑え」

 

 アーチャーは腰を落とし、次の攻撃のモーションに入るため、右腕を下げて左腕を肩の後ろまで動かした。初めてのはずの二刀流に戸惑うことなく順応する姿はまさに武の極み。

 

 まるで獅子をも脅すかの如く、獲物を見るような眼でグラムを睨んだ。

 

「だがな、娘だけは笑うな。そんなお前は、死に処してやろう。選定の王、シグムンドの名にかけて」

 

 

 

 国と民と家族のためだけに命を捧げて世界を欺き続けたことにより命を落とし、国を滅ぼす原因となった王。魔剣であり、選定の剣グラムを最初に手にした大英雄。

 

 ————彼の名はシグムンド。セイバーと血の繋がった実の父である。




アーチャーの人物紹介はまた今度、行います。


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同じ運命にありながら

 英雄シグムンド。その英雄は一国の王であり、数々の武勇伝を持つ。手足使えぬ状態で狼に襲われた時は、狼の舌を咬みちぎったり、どんなに強い毒であっても毒に対する耐性は強くて、大量の毒入りの酒を何杯も飲んでもビンビンとしていたり。まぁ、生まれつき酒は弱いそうで、すぐに酔っ払ったりしたんだけど。

 

 まぁ、そんな逸話は色物であり、一番に有名な話は『魔剣グラムの最初の所有者』であること。魔剣グラムは主神オーディーンが林檎の木バルンストックにぶっ刺した剣。オーディーンはこの剣を抜いたものこそ、将来スゲェー人になるとか何だとか言ってその場を去った。つまり、選定の剣であり、その剣を見事に引き抜いたのがシグムンドその人である。

 

 それからシグムンドは選定の剣を引き抜いた者として色々と面倒くさい事に巻き込まれるけど、何とか国の王になる。そして、王になって、ある女性と結婚してシグルドが生まれる。だけど、それから間もなく、彼は主神オーディーンに何故だか分からないけど、殺されてしまう。

 

 俺がセイバーの名前を知った時、正直言ってシグルドとか言う英雄の名前なんてさっぱり分からなかった。なのでウィキで調べた時にふと彼女の父親の情報も一通り目を通していた。

 

 つまり、これらのことはその時に俺が知った知識であり、全て現代に残っているシグムンドの英雄譚。

 

 しかし、これが本当の話とは限らない。少なくとも、セイバーのような前例がある。英雄の武勇伝は時に面白おかしく改編されて事実とは異なるものとなることがある。だから、これらのシグムンドの話は何処が本当で、何処が嘘なのか分からない。

 

 だけど、一つだけ分かることがある。紛れもなく、アーチャー、彼はセイバーの父親であるということだった。

 

 いや、逆に何故今まで気付かなかったのだろうか。そんな自分がバカに思えてきた。だって、セイバーの本当の髪が白髪ならアーチャーと髪の色は一緒だし、目の色だって一緒。それにアーチャーがセイバーを殺さない訳だって理由が付く。

 

 アーチャーは幾度となくセイバーを殺すことができる機会に巡り会ってきた。まず、最初にセイバーが召喚された時。もう、あの時すでにアーチャーはセイバーが自らの愛すべき娘であることに気付いていたのだろう。だから、向けたのは矢ではなく、細やかな愛だった。

 

 鈴鹿と一緒にいた俺たちの目の前に現れた時もそうだ。自分を「狂者だ」と言い張り、嘘をついていた。実際、彼が戦闘を楽しんでいるようにも見えないし、彼が戦う理由は一貫しているようにも見える。

 

 そして、アーチャーは俺に言った。「セイバーを守ってやってはくれまいか」と。愛する娘を守りたいと思うのなら、セイバーの一番近くにいる俺にそう頼むのも納得である。もしもの時、彼は娘を守れないかもしれないから、彼は俺に頼んだ。

 

 全てのことが繋がった。彼の意味不明な言動も、俺たちに妙に接触を試みるのも。全て、彼の行動の主軸となっていたのはセイバーなのである。

 

 ……っていうか、一回、彼が俺に「俺はセイバーの父親だ」なんてほざいてなかったっけ?あの時は、彼がその後に「嘘だ」などと言っていたけれど、嘘つきアーチャーにしてみれば、嘘だと言ったことが嘘なのであろう。

 

 セイバーはそんなアーチャーを見ていて涙を流していた。

 

「……嘘だ。そんな、そんな……」

 

 彼女はまるで目の前のアーチャーの姿に唖然とするかの如く、声が失っていた。そりゃぁ、無理もない。だって、彼女は今までずっと孤独でいた。確かに、俺やセイギにアサシンとか話し合える仲の人はいただろうけれど、彼女は血の繋がった人もいなかった。

 

 彼女は今まで一度も血の繋がりのあるひとを目にしたことがなかった。両親でさえも。

 

 心にずっと重りが乗っかっていて、今にでも底が抜けてしまいそうなほど彼女の心は脆かった。心を許すことができた存在がいなかったから、重りを一人で持つしかなかった。

 

 養父を殺してしまった彼女はもう甘える相手がいなかった彼女は求めていたのだ。自分の心の穴塞いでくれるような存在も、自分の犯した罪を許してくれる存在も、自分を本当に愛してくれる存在も。

 

 だけれども、それは近くに居たんだ。セイバーが気付かなかっただけで、本当はもっと近くに居た。ずっと遠くから彼女の安全をずっと見守って、危険があればすぐにでもすっ飛んでくるような存在がいた。

 

 初めてみる父親の姿に涙を流すしか出来なかった。それは気付かなかった自分への悔しさと、自分をずっと影から見守ってくれていた愛する父親への溢れる感謝の感情だけであった。

 

 彼女は涙を流すが、声を押し殺した。今、ここで声を上げてしまったら、いくらアサシンのスキルを一時的に習得しているからとてグラムに居場所をバレてしまう。それは俺たちをわざわざと窓の外まで投げ飛ばしたアーチャーが一番望んでいない結末。グラムに居場所をバレてしまったら、最後、グラムは俺たちを認識してすぐに串刺しにするだろう。アーチャーであっても、一人で四人も守ることなんて出来やしない。

 

 アーチャーは固有結界を展開してすぐに俺たちがグラムにバレないように魔術を行使した。俺たちのいる空間を壁のようなもので区切り、外にいる者からは認識出来ないようにしたのだ。それでも、音による振動は壁越しに伝わるようで、セイバーは初めて見る父(アーチャー)の手を煩わせないように声を押し殺した。

 

 アーチャーはセイバーが気付いたことを察したようで、ふと口角を上げた。

 

「娘の願いを邪魔すんな。グラム」

 

 アーチャーはそう言うと、グラムに向かって走り出した。足元に横たわる鎧を着た戦士の死体を乗り越え、矢を跨ぎ、血が染み込んだ大地を踏みしめて。彼はグラムの首を刎ねようと剣を握りしめる。

 

「嫌な固有結界だッ‼︎」

 

 グラムはまた平行世界から剣を呼び出して、それを間髪なくアーチャーに叩き込む。剣は大地の無残な光景と不吉なほどまで赤い空を映した。

 

 叩き込まれた剣は呆気なくアーチャーの持つ二つの剣によって粉々にされてゆく。またこの骸が群がる平原に新たな骸が次々と美しい金属片となって地へと落ちる。

 

 アーチャーの持つ折れた剣がほぼ同じ形の剣を次々と欠片にしてゆくのである。同じ剣のはずなのに、その剣は砕ける事なく、彼の手の中に健在であった。

 

 あれは多分、アーチャーが持っているからなんだろう。アーチャーの宝具である折れた剣(グラム)は、アーチャーの謎の能力により宝具のランクをEXまで引き上げられている。グラム一本の威力はランクCくらいしかないただの剣だから、傷一つ付けることも無理なんだろう。

 

 アーチャーはグラムが平行世界より引き寄せた剣全てを粉砕して、彼女の元へ駆け寄り、扁平な形の草薙の剣で斬りかかった。

 

「クソッ!」

 

 グラムは手元に一つの武器を具現化させた。それはアーチャーに投げられた剣と同じ形をした剣。グラムだ。その剣でアーチャーの鉛のように重い一撃を受けた。もちろん、グラムは筋力など高くないので、アーチャーの一撃を受け止められるわけもなく払い飛ばされてしまった。しかし、吹き飛ばされた彼女は眼球をだらんと落としている兵士の骸をクッションとするかのように飛ばされたため、グラムは大きな傷一つ負うことはなく、平然と立ち上がる。そして、また空に剣を呼び出した。

 

 彼女の握っていた剣はアーチャーの本気の一撃を受けても折れていない。その様子にアーチャーは少し顔を顰めた。

 

「剣が折れないとは。あの様子からして、その剣は平行世界から呼び出した剣ではなく、セイバーの宝具としての(グラム)。つまり、お前の本体と見た。呪いで強度を上げているのだろう?」

 

「それがどうした?」

 

「いや、少し妙だなと思ってな。このジャパンソード、魔を祓うんじゃなかったのか?」

 

 アーチャーは少し不思議そうに草薙の剣を見つめた。

 

 もちろん、草薙の剣とは魔を祓う剣である。が、しかし、今、彼が握りしめているのは草薙の剣の二代目。。初代の草薙の剣はスサノオとかヤマトタケルとかが持っていた剣であり、この剣は初代の草薙の剣の欠片が混じっているというものである。

 

 初代の草薙の剣は砕かれ、色々な二代目の草薙の剣が作られた。つまり、目の前にある草薙の剣は初代の欠片が入っているだけである。もちろん、欠片だけでも大きな力を有するのだが、初代には遠く及ばない。

 

 普通の呪いなら容易く祓えるだろうが、グラムの持つ呪いは魔法を使えるドワーフの呪い。それこそ、神の力とも言えるくらいの。だから、剣が当たっただけでは呪いが祓われることなんてあり得ない。

 

 突き刺したりして、確実に中から潰すしかないのだ。

 

 と、俺は物凄くアーチャーに言いたかったのだが、声を出すことが出来ないこの状況で、言えるわけもない。

 

 だが、アーチャーは一回使ってみただけで、何となく理由は理解したようで、彼はグラムの首を見た。

 

「つまり、剣に当てるだけじゃダメなのか。息の根を止めろと……」

 

 アーチャーはチッと舌打ちをした。

 

 そりゃぁ、使いづらくてどうもすいませんでしたね‼︎

 

 心の中でアーチャーに向かって叫んだ。すると、アーチャーはまるで俺の心の声が分かったかのように、俺たちにも充分聞こえるような声でグラムに勘づかれないよう応答した。

 

「この剣、使いづらッ‼︎ジャパンソードとかカスだな!」

 

 えええええぇッ⁉︎何で⁉︎何で、アーチャーに俺の心の声が聞こえたの⁉︎えっ⁉︎何で?

 

 俺も声を出さないように口を塞いだ。が、やっぱり動揺を隠せない。何故か、俺は声も出してないのに、彼に筒抜けだったのだ。

 

 が、考えずとも自ずと答えはすぐに出た。それは目の前に広がるあまりにも刺激の強いほどにグロテスクな光景が物語る。

 

 アーチャーの能力の一つ。それはアーチャーが認識した相手の心の中を読むことである。

 

 ここからは俺の推測になるが、アーチャーは生前にバルンストックという林檎の木から選定の剣グラムを引き抜いた。林檎の実は古来から禁断の実として知られ、その実を食べたものは知恵を得る代わりに、いつしか結局、神から叩き落されるのがオチと決めつけられてしまう。アダムとイブが楽園から地上に叩き落されたように。

 

 だから、アーチャーは選定の剣を引き抜いた瞬間に叩き落されることがもう決定付いていたんだろう。一度は王として民を率いて民に讃えられるも、神に殺されるという運命が。

 

 まぁ、本題に戻るが、アーチャーのその能力はバルンストックからグラムを引き抜いた時に知恵として与えられたものなのだろう。彼がこの固有結界を展開する時も、バルンストックと言っていたから、多分相手の心の中を読むという能力はバルンストックから得た知恵であり、固有結界の副産物なのだ。

 

 そして、その固有結界の副産物はどうやら常時発動しているようで、他人の心の中をバンバン読み取っているのだろう。

 

 ……ってことは、今まで俺の心の中をバンバン読まれていたわけ?いや、俺だけじゃなく、セイバーも?

 

 俺はアーチャーの顔を見た。アーチャーは俺の心の中を今も覗いているらしく、俺の今さっきまでの推測も聞いていたかのようである。彼はニタリと笑い、グラムに向かってこう言った。

 

「俺の前では心を無にしないと恥ずかしい所見られるぞ!」

 

「は?そんなこと、とうにしっている!」

 

 グラムはアーチャーの言葉が自分に向けられた言葉だと思い返答したが、彼が言葉を向けたのは俺だろう。

 

 ……なんか、悔しくなってきた。俺だけ心の中を覗かれて、あいつは平然としていられるのってズルくない?

 

 俺だって嘘つき野郎(アーチャー)の心の中を拝みたいわ。どうせ、娘のことを思ってて、『I love シグルド』とか思ってるんだろ?それで、娘のためなら命張れるみたいな自分を『ちょっとオレ、カッコよくね?』って思ってるんだろ⁉︎俺は知ってるぞ!

 

 俺が心の中でそう叫んだら、戦闘中のアーチャーはいきなり顔に熱湯でもかけられたかのように赤くさせた。そして、恥ずかしさを誤魔化すように舌をペロッと出した。

 

 いや、図星⁉︎図星ですか⁉︎いや、最初の方は当たってても良いけど!マジで⁉︎自意識過剰ですか⁉︎

 

 っていうか、男の恥ずかしがっている場面とか誰得?需要ねぇよ!お前は戦闘に集中してろ!

 

 ……何故だろうか。俺は戦闘をただ見ているだけなのに、何でこんなにもカロリーを消費しているのか。動いているわけでもなければ、大声で叫んでいるわけでもないのに。戦闘がもう人間のスケールを超えているからだろうか?確かに二人の戦闘は、多分、一生俺が死ぬほど体を鍛えても追いつけないけれど、それと俺のカロリー消費の異常さは別な気がする。

 

 とにかく、今、俺がアーチャーに言いたいことは一言だけ。

 

 お前は戦闘だけに集中してろ。

 

「んなこった、分かってる‼︎」

 

 アーチャーは俺の心の声に応答するかのように、戦闘へと目線を戻す。足をバネのように曲げ、そして空に届いてしまうくらい高く飛んだ。彼とその周囲の空間を囲う膜が少しゆらりと揺れた。グラムは飛びかかってきたアーチャーに対応するかのように、浮遊させていた剣をアーチャーに放つ。

 

 アーチャーは飛んできた剣を、またさっきと同様に叩き落としてゆく。空間に入った剣はベクトルの向きを変更させて体に当たらないようにし、彼の剣の間合いがグラムに届きそうな時、グラムは本体のグラムを具現化させて呪いを付着させる。またアーチャーの重い攻撃に耐えようとしているのだ。だが、アーチャーは二度も同じ手には引っかからない。一撃がダメなら二撃、二撃がダメなら三撃と増やそうと考えている。

 

 そして、飛びかかっているアーチャーの剣の間合いにグラムが入った時だった。

 

 彼と彼の周りの空間を囲っていた膜のようなものがブレ始めてきたのだ。最初はゆらりと揺れていただけなのに、段々と膜の形自体がブレてきた。

 

 グラムはその事態を見逃さず、即座にアーチャーの横腹に剣の一本を叩き込んだ。

 

 剣は不安定な空間内に侵入した。さっきまでなら、アーチャーの身体に当たらないように進路変更をするはずなのに、どういうことか、剣はそのままアーチャーの横腹に直線的に進んでいく。アーチャーは結構、理の数式(ドゥーム)っていう魔術に頼っていたようで、その事態に少しだけ動揺を隠せなかった。

 

 アーチャーは咄嗟に持っていた二つの剣を重ね合わせるようにして防御体勢をとった。その防御体勢はこの戦闘で、いや、彼が初めて見せた一方的な防御体勢。

 

 横から飛んできた剣のスピードはそれこそ速く、グラムがアーチャーの間合いの外に出てしまうまで彼は飛ばされた。

 

 アーチャーにとってさっきの魔術が切れることは不測の事態だったようで、少しだけ顔が青ざめていた。

 

「まだ二分半ぐらいしか使ってねーぞ。タイムリミットは五分じゃなかったのか?」

 

 彼は自問したが、その後、少し考えたら納得のゆく答えが出たようで、難しそうな表情を見せた。

 

「こんな時でも世界は気を緩ませてはくれぬと言うのか」

 

「どうやら、世界からの修正力が働いたらしいな」

 

 グラムもアーチャーが陥った不測の事態を理解したようである。一気に形勢逆転とでもなったかのように、また余裕の笑みを見せた。

 

 そして、俺も何となくだけど、アーチャーの宝具、そしてアーチャーのスキルのメカニズムについて理由付けることが出来た。

 

 嘘つきなアーチャーの嘘だろと言いたいほどまでにぶっ飛んだその能力が、薄っすらとだけど理解できた気がする。

 

 神を、そして世界を相手にしているアーチャーは、俺の思っていた英雄とは一風変わり、けれどとても勇ましい姿をした英雄なんだ。



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二人は平凡を望む

さぁ、段々と戦いも激化してまいります。ヨウとセイバーとアサシン、セイギはただただ傍観しており、何とも主人公のカッコよさがないなぁ。
……しょうがないか。


 —————彼は嘘をついている。それは周りにいる人に対しても、世界に対しても、そして自分に対しても。

 

 彼は自らを偽っているんだ。本当は彼のパラメーターはオールEXなんて事はあり得ない。だけれども、彼は自らを騙くらかす事によって、パラメーターを偽装している。

 

 オールEXではないのに、オールEXだと彼が勝手に設定しているのだ。それは生前の自らを否定している事と同義でもある。

 

 サーヴァントのパラメーターは生前にそのサーヴァントが培ってきた努力や才能などが関係している。そしてそれは英霊であるサーヴァントとしての誇りであり、そんなものを変えようとするのはセイバーのように自分に自信の無いものか、自分を嫌悪している存在ぐらいしかいないだろう。

 

 だが、彼はその英霊の誇りなどを捨てていた。英霊の誇りを捨ててまでも、自らを偽り強くしているのだ。法外とも言える手段。

 

 そして、それは実に危険な行為である。世界を騙したとしても、いつかはその嘘がバレてしまう。そしたら、その嘘をついた分だけ、世界から修正力がかかってくるのは目に見えた話。

 

 嘘とは虚空。世界を相手取っても、その虚空はアーチャーが娘を想うことへの慈悲もなく潰されてしまう。アーチャーは嘘の鎧を纏った英霊。そして、例え英霊であっても、世界には勝てないのだ。

 

 もし世界が本気で修正力をかけてきたら、アーチャーはどうなってしまうだろうか。

 

 それはもう答えに出ている。

 

 即消滅(リタイア)する。パラメーターをオールEXにするだなんて、神にもできないほどの力。それをするなら、神が耐えられないほどの修正力が来ることもまた然り。

 

 —————嘘つきなアーチャーは、嘘というものが最大の武器なんだ。そして、最大の弱点なんだ。

 

 どうやら、もうアーチャーの嘘に世界は気付いてきたらしい。生前、魔術師でもなかったアーチャーは、無理矢理魔術を使えるように嘘をついた。そして、今、その嘘がバレかけている。世界は修正力をアーチャーにかけて、彼の魔術の質が格段に落ちた。それもまだ本気の修正力ではないだろう。

 

 ただ、彼にとって修正力がかかってくるタイミングが実にアンラッキーすぎる。まるで、災難が降りかかることが当然であるかのように。

 

 いや、それももしかしたら運命の定めによって決められていたのかもしれない。バルンストックからグラムを引き抜いた時点で、彼は破滅の未来が絶対となっていた。それはもう一度サーヴァントとして召還されることで、一時的に生を得たとしても。

 

 だから、決まりきっていた最悪のはずの聖杯戦争で愛する娘に会えたことだけでもこの上ないほどの喜びだったのだろう。それこそ、絶望の淵に見えた希望が目の前にセイバーという形を伴って存在しているのだから。

 

 嘘つきはずっと愛娘(セイバー)のためだけにこの聖杯戦争を暗躍していた。自らが聖杯を取るためでもなければ、仇を討つためでもない。

 

「父親としていられるのなら、それこそ本望だ。英雄なんぞ謳われなくともよい。一人の愛する娘に父親として認められればそれでよい。だから—————」

 

 アーチャーは凛々しくそこに聳え立つ。

 

「—————娘の望みを叶えること、それこそ我が望み」

 

 王としてではなく、英雄としてでもなく、人として、そして父として、アーチャーは戦場に立つのだ。

 

 その生き様はスゲェカッケェ。富よりも名声よりも娘が彼にとって、一番大事。そんなことを命張りながら語れる男は、男として尊敬の意に値する。

 

 アーチャーから出た本気の語り口をグラムは女の子の嫉妬のような目で見つめていた。自分だけが疎外され、自分だけが苦しい想いをし、自分だけが『魔剣』などと望みもしない呼び名を付けられた。そんな彼女にとって、アーチャーの言葉は絵本に出てくるようなとてつもなく現実味のない綺麗事。

 

 アーチャーは決して相手(グラム)を見ない。見ているのは愛する愛娘(セイバー)だけ。

 

 グラムは歯痒いほどこの事態が気に食わない。アーチャーは敵である私を見ていないと思い込んでしまう。

 

「私をこんな剣にしたのは誰だと思っているッ—————‼︎⁉︎」

 

 忸怩たる思いが彼女を包み込んだ。グラムは自分が魔剣になることなど望んではいなかった。そして、人を傷つけ殺すことは以ての外。それをアーチャーの剣として生まれてしまったがために、その行為を強制された。戦場に立つアーチャーの手に握られるは血みどろの剣として、トラウマとなるほど人を殺めた。

 

 グラムは剣でありながらも、優し過ぎる。命を奪うためだけの一介の道具に過ぎないはずなのに、命を奪うことに否定的。だから、血と肉片と内臓転がる平原の光景がいつまで経っても離れない。

 

「私は—————命なんて、奪いたくなかった—————」

 

 グラムは心の底にある想いをアーチャーにぶつけた。恨み混じりの本音を鉄の雨に乗せて。冷たい金属が少しだけ温かみを増している。

 

 だが、アーチャーはそのグラムの必死の想いには応えなかった。

 

「じゃぁ、剣が、尖った鉄が何を出来た?剣を振るえば、誰かが笑顔になるのか⁉︎」

 

 彼の言うことも真っ当極まりない。彼の言葉は真実である。今、まさに、アーチャーが剣を振るい、その姿を見ているセイバーが笑顔になれているだろうか。いや、そんなはずはない。やっと出会えた本当の父親が死ぬかもしれない戦いに身を投じているのを見ているだけしかできない自分に嫌気がさしているだろう。そして、父親が死ぬという可能性に不安を煽られている。

 

 剣を振るっても笑顔なんて作れない。剣士のサーヴァントの存在意義そのものを否定する言葉。だが、そんなアーチャーも剣士のサーヴァントであろうことに変わりはない。

 

「剣が出来るのは人のことを守ることだけだ。そして、守るために、誰かを斬り捨てる。—————それこそが剣だ」

 

 アーチャーはその理念の下、戦場で剣を振るい続けてきた。彼の手は血に濡れ、剣は赤黒く輝いてゆく。それでも、いつか、彼の国の民が幸せで笑顔になれると信じて、剣で人を殺めた。

 

 そして、神に裏切られた。

 

 アーチャーの結論は彼の人生だからこそのものである。

 

 本当は人を殺めることを良しとしていない剣の目の前で、彼はその剣の出来ることを決めつけた。剣は人殺ししか出来ないのだと。

 

 もちろん、グラムだって嫌でもそれを知っている。彼女は剣なのだから。命を奪うためにある道具。

 

 それでも、グラムはその運命に抗おうとしている。アーチャーは破滅の未来を決定付けられて、グラムは人殺しの未来を決定付けられている。その運命に、グラムは抗おうとしているのだ。

 

 アーチャーは運命に抗おうとしていない。運命に勝てないと分かっているから、その運命の中で幸せを見出そうとしているのだ。その幸せこそが、セイバーの望みの成就。

 

 しかし、グラムは抗い、人殺しから、そして剣という道具から離れようとしているのだ。

 

 昔は二人で同じ運命(みち)を歩み、二人ともオーディーンに殺された。そして、今、二人は運命に抗うか抗わないかで戦うのである。

 

「私は、人殺しなんてもう嫌だ‼︎破滅の運命からの脱却、そのためには、アーチャー、お前が邪魔だ!」

 

「そうか、それは俺も同じだ。別に俺は不幸に見舞われても良い。ただ、娘の望み(オレののぞみ)を叶えることができるのなら。そのためには、グラム、お前が邪魔だ!」

 

 何故だろうか。二人が死骸だらけの平原の上で対峙しているのを見ているが、何故二人ともこんなにも悲しそうなのだろう。

 

 苦しい決断なのだろうか。

 

 前回のサーヴァント三騎分の魂が元から溜まっているとして、セイギが倒したランサー、アーチャーが倒したと自負しているキャスター、そしてグラムがトドメを刺したライダーの魂が溜まっているはず。そして、アーチャーの魂が今ここで聖杯へと戻るとき、グラムが本当の願いを叶えることが出来る。

 

 彼女は殺戮なんてことを望むと言っていたが、本当はもしかしたら、剣としての自分の存在をなくすのかもしれない。魔剣としての自分、人殺しとしての自分を捨てるのかもしれない。

 

 それこそ、本当の彼女の願いなのかも。

 

 彼女は殺戮をすると断言しているが、それこそ嘘の可能性もある。だって、剣である彼女が人の形で目の前に現れてから誰かが殺害されたなんて話を耳にしていない。ライダーを殺したのも、セイバーを殺そうとしたのもアーチャーを呼び出すためなのかもしれない。

 

 だが、アーチャーを呼び出したのは何のためだ?アーチャーを殺そうとするのは分かる。だが、何故だ?アーチャーを殺したら、破滅の運命から脱却出来る保証が何処にある?

 

 他のサーヴァントを殺しても良いんじゃないか?聖杯が目的なら、セイバーを殺した方がよっぽど楽だし効率的。なのに、何故だ?何故、アーチャーを殺すことにそこまでこだわる?

 

 人殺しの魔剣にされた憂さ晴らしだろうか。

 

 分からない。俺はアーチャーじゃないから、グラムの心の中なんて覗けない。分かるのは、人殺しをした剣である自分を悔いる彼女と生々しい死体が転がる平原の光景のことだけ。

 

 グラムは怒りの剣である。アーチャーへの限りない憤怒は俺たちの想像を絶するほどのものなのは確かだ。

 

 アーチャーは永遠と鉄の雨に当たらないように両腕を鞭の如くしなやかに伸ばし、両手の剣で弾いている。グラムはアーチャーに近付かれたら一歩足を退き、また間合いを取ろうとしている。流石のアーチャーも、間合いを直ぐに詰めることは不可能らしく、一歩一歩と徐々に詰めるしかなかった。

 

 だけど、アーチャーにはもうそんな時間がないのではないか。そう感じた。彼は今も、世界からの修正力の負担がかかっている。それに彼の近くに彼のマスターらしき人陰はいない。つまり、彼はマスターからの魔力供給も受けられないのである。

 

 アーチャーの能力はあまりにもハイリスク過ぎる。そして、そのハイリスクを賭してでもグラムの首を落とすことが出来ないように思える。グラムを押してはいるものの、彼女は持久戦にも強いだろう。だが、アーチャーはその点で言うと壊滅的である。持久戦にもならないくらい、彼は段々と衰弱していく。

 

 俺の脳裏には彼のパラメーターが嫌でも浮かんでくる。彼のパラメーターが突然オールEXになってから四〜五分経って、今の彼のパラメーターは平均的にAになっている。まだ、全然強いが、さっきのパラメーターと比べたら弱く見えてしまう。

 

 そして、時は訪れてしまった。

 

 グラムの後背から姿を現した剣がアーチャーに向かって突き進んだ。アーチャーはその飛んできた剣への対応が遅れてしまい、剣が彼の頭をかすった。

 

 グラムはアーチャーの頭を、額のど真ん中を狙っていた。そして、アーチャーの頭に傷をつけることに成功した。額に突き刺すことこそ失敗したものの、アーチャーに遂に傷をつけたという目の前の現状はグラムに自信を持たせた。

 

 それは敗北という可能性がゼロになったと告げる勝利の報せ。勝利することが決まったかのようである。

 

 でも、戦闘で敵に傷を与えるということは勝てるかもしれないという思いを齎す。その結果、不安がなくなり、戦いの時にミスがなくなるという点がある。

 

 アンラッキーの連続である。セイバーといいアーチャーといい、何故この一族の話は不幸が途絶えないのか。もう、呪いとかよりも宿命のようなものである。ただでさえ、アーチャーが弱くなってきたのに、グラムが心に余裕を持ってしまってはアーチャーに支障が出かねない。

 

 グラムは自身の魔力をほんの少し使ってアーチャーを攻めているが、アーチャーのエネルギー消費量は膨大だろう。ただでさえ何百もの飛んできた剣を一心不乱に破壊しているのに、理の数式(ドゥーム)という魔術まで切れてしまっては分が悪い。

 

 サーヴァントにしか出来ないだろう激しい戦闘、世界からかかる修正力、そして魔力供給もないという三つの不幸が同時に彼を襲い、彼の流す汗は不条理の塊と化していた。吐く息は段々と荒く、回数が増えてきた。

 

 彼の持つ草薙の剣と折れた剣(グラム)も切れ味が悪くなってきたようである。飛んでくる剣を打ち払っているのだから、剣の刃は綻びていた。

 

「クッ……!」

 

 辛さ苦しさが混じった彼の息だった。だがそれでも彼は諦めようとはせず、目には闘志が滾っていた。その姿を見ている俺には彼が弱い存在とは思えない。

 

 だって、負けることが誰の目にも見えているのだから。

 

 だから、カッコイイと思える。負ける闘いに身を投じていた彼は誰のためなのか。

 

 アーチャー自身のため、セイバーのため。でも、それだけじゃないように思えるのは俺だけなのだろうか。

 

 何故、少し嬉しそうなのだ?彼は、娘の目の前で負けるかもしれないのに。それこそ、彼にとっては恥ではないのか?剣に負けるのは、剣を愚弄する彼の流儀に反するのではないのか?

 

 不気味なほどに、今の彼の表情は朗らかに見えた。まるで、何かから解放されたかのように。

 

 そして、彼は驚くべき行動に出た。

 

「クソ……。しょうがねぇか」

 

 彼はそう言うと、草薙の剣を投げ捨てた。折れた剣を右手で持ち、左手には何も無かった。

 

 片手であの剣の雨を相手しようと言うのであろうか。片手は二刀流に比べて身軽になった分、手数が劣る。確かに、アーチャーは元々二刀流ではなかったが、今、手数が必要なこの状況で手数を減らすのは愚策であった。もちろん、アーチャーにも考えはあるのだろうが、それでも彼のとった行動は理解しがたいものだった。

 

 その行動にグラムは顔を顰めた。そして、少しだけ嬉しそうな表情を見せる。

 

「どうした?血迷ったのか?」

 

「まぁ、そんなもんだ。というか、お前、散々この剣だけで勝負しろって言ってたんだから、もう少し嬉しそうな顔をしてほしいが」

 

 彼は剣を逆手で持った。折れている分、剣の尺が短いが軽いため扱いやすいのだろう。溢れた刃が月の光を反射している。

 

 若干前かがみの姿勢になり、右腕を曲げ、左腕は捨てられたようにだらんと力が抜けていた。

 

 彼はゆっくりと目を閉じた。目の前の儚い血みどろの平原に立つ五体満足の自身の体とグラムを瞼の裏に焼き付けるように。そして、またゆっくりと目を開いた。一瞬、ためらいの色を見せたが、覚悟を決めたようで、また真っ直ぐにグラムを見つめる。

 

 グラムは剣を放った。アーチャーもそれに反応し、また次々と剣を剣で叩き落す。しかし、やはり手数がさっきまでとは圧倒的に違っていた。それでも、彼の目は負けたと語ってなどいない。

 

 勝利が目先に見えてきた。手を伸ばせば届きそうな所まで。




アーチャーの自己紹介を致します。
が、今回は少しずつ分けて自己紹介してゆきます。

アーチャー

本当のパラメーター:筋力C・耐久D・敏捷C・魔力B・幸運E・宝具C
スキル:嘘EX

このスキルはチョー特殊なスキル。自分にのみ関することを嘘で塗り固め、その嘘を一定時間だけ本当のことにしてしまう能力である。
作中で、アーチャーのパラメーターがオールEXになったのもこのせいである。『自分のパラメーターはオールEXである』と強制的に仮定を真実へとしたのである。しかし、それは世界の理に反することであり、嘘が段々とバレるに連れて、効果が薄れてきて修正力がかかってくる。
修正力の強さはまちまちだが、ほぼ大抵は吐いた嘘と同等ほどの修正力がかかる。

実は彼自身にアーチャーとしての適性はなく、本来ならセイバーかアヴェンジャーのクラスとして召還されるはず。しかし、アーチャーのマスターが、アーチャーを召還しようとした時、特定の人物をアーチャーとして召還できるような触媒を使用していた。
しかし、アーチャーが自分の真名を偽り聖杯に召還させようとし、彼はアーチャーとして召還された。
だが、やはりアーチャーとしての適性がないためか、クラススキルはない。また、聖杯にもこの嘘がバレかけてきたため、耐毒などのスキルも剥奪されている。

ちなみに、彼の持っているクロスボウは彼以外の全ての人を、自分がアーチャーでると思い込ませるための道具であり宝具ではない。現代に召還された際にお店で買ったもの。


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壊れた幻想の中に

 徒手空拳な左手と折れた剣を持つ右手が不釣り合いである。流石のアーチャーでも剣一本だけとなると、グラムの大量に、そして広範囲に飛んでくる剣に対処しきれそうにない。

 

 だが、アーチャーの目は不思議と勝利が目に見えているように瑞々しい。

 

 それでも、剣の雨は一向に止まず、アーチャーを穿つまで降り続ける。アーチャーも段々とグラムの猛攻に押されてきて、そろそろ致命傷を与えられると思わされたその時だった。

 

 彼は今さっきまで何にも仕事のしていない左手で飛んできた剣の柄を掴んだ。そして、掴んだ剣を剣の群れの中に投げ飛ばしたのである。

 

「—————壊れた幻想(ブロークンファンタズム)—————!」

 

 彼の咆哮と共に、左手で投げられた剣は爆発した。爆発の衝撃は他の剣を吹き飛ばし、辺りを一掃した。彼に今、降り注がんとする剣の雨がそこには無くなっていたのだ。それは遠く離れていた俺たちにも感じられた。アーチャーが投げた剣が爆発すると、その衝撃が空気を媒質として、こっちまで来た。空気が揺れ、一瞬高い魔力を感知した。

 

 アーチャーは予想通りの展開にほくそ微笑み、グラムは動揺の色を隠せない。それもそうである。どう見たって、さっきまではアーチャーが負けてしまうように見えていて、グラムの勝ちが決定的に思えた。

 

 だが、その決定的を覆された時の動揺はあまりにも大きい。事態の把握には時間がかかり、精神的な苦痛が非常に大きい。ただでさえ、目の前に広がる固有結界の景色がグラムの精神を削るのに、それに負荷が足されてしまったのだから。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』。この技はどうやらサーヴァントの宝具を壊すことにより、詰められた大量の魔力を瞬間的に爆発のように放出する技なのだろう。宝具は英霊の全てである。どのサーヴァントであろうとも宝具は大量の魔力を費やすことで形を保っている。それこそ、サーヴァントが戦闘機一機分の力を持つとまで言われている理由の一つ。しかも、英霊によってはそれ以上の力を有している者もザラにいる。

 

 爆発した剣も平行世界から呼び出したグラムであり、大量の魔力で構成された宝具である。

 

「お前が俺に放つ剣も全てグラムだ。そして、お前も、お前が放つ剣も、そしてこの折れた剣も全てが俺の宝具(グラム)であることに変わりはない。だって、グラムの本当の能力(ちから)はただ一つしかないこの世に何本も自らを存在させることができることなのだからな。————なら、いつ壊すかも俺の勝手であろう————?」

 

 そう、彼とグラムとの戦闘中に出てきた剣はグラムと草薙の剣のみ。そして、草薙の剣は廃工場のコンクリートの床でお寝んね中。つまり、彼とグラムの間にある剣全てが彼の宝具(グラム)なのだ。

 

 人の形をしたグラムも、元はセイバーの宝具。そして、セイバーの宝具はアーチャーの宝具なのだから、アーチャーがどんな状況になったとしても宝具を破壊する権限はある。それこそ、今のセイバーみたいに宝具の所有権を失ってしまえば別の話なのだが。

 

 だが、それでもアーチャーの『壊れた幻想』を使うにはあるハンデがあるように見える。

 

 グラム全てが彼の宝具なら、今まで戦っていた意味が無い。だって、人の形をした司令塔ともなるグラムと戦闘に及ばなくても、出会ってすぐにその技を使えば良いのだ。その技を使えば、彼がグラムに負ける可能性などゼロパーセントに等しい。

 

 グラムに彼女自身の心象風景の凄惨さを『神智濁りなき水鏡(バルンストック)』で見せてあげたかったから使わなかった、なんてこともあり得ないだろう。そんなことをするにしても、彼が世界からの修正力を受けることを覚悟する必要がない。嘘をついてまででもパラメーターをオールEXにした意味がなくなってしまう。

 

 多分、彼は触らねばならないのであろう。さっき、彼は飛んできた一本の剣を掴み、投げ返した。そして爆発が起こった。

 

 これまで、何だかんだしておきながらも、アーチャーは敵のグラムに触れていない。それこそ、傷をつけられたことはあるが、傷をつけられたとしても破壊させていた。触るということをしなかったのは、グラムに主導権の変更を悟られないようにするためであろう。

 

 まぁ、簡単に言ってしまえば、アーチャーがグラムに触れてしまえば主導権はアーチャーのもの。そうすれば『壊れた幻想』を使うことだって出来る。

 

 グラムは吹き飛ばされた剣をすぐさまこの世界に呼び出した。しかし、彼女は呼び出した剣で攻撃をすることを躊躇っているように見える。

 

 さっきまでなら、迷わずにアーチャーに剣を向けてはいたが、今となっては状況が違う。例え、アーチャーに剣を放って攻撃しようとも、その攻撃は彼が攻撃の手段として利用できる。攻撃を与えるはずなのに、相手に反撃の可能性を与えてしまうのだ。

 

 しかも、威力が格段に違う。飛んできた剣を一本一本折り破壊するのとは違い、たった一本の剣を爆発させることにより、少なくとも十は潰せる。

 

 また、アーチャーにとって剣を破壊する行為は何の負担もない。だって、この世に剣を呼び出したのはアーチャーではなくグラムなので、魔力を消費するのはグラムだけ。

 

 グラムにとって、一つしかない絶対的な勝利を齎す攻撃が、今や、ハイリスクローリターンとしてしかなっていないのだ。

 

 そんなまさかの事態に彼女は怯み困惑するしか為す術がなかった。一つしかない攻撃方法が自分に不利を招く場合のことを彼女は想定していなかった。神の力を持つ自らの強さに慢心し溺れていたのか、彼女はもしもの時の対策をとっていなかったのだろう。

 

 彼女はあくまで宝具。だから、いくら人の形をしているからといって、そのことを頭の片隅には入れておかねばならなかった。

 

 戦う者として、戦いで負ける可能性を潰すことこそが勝ちにつながる。勝つことも大事だが、負けないことも大事である。

 

 そこの点で言うのであれば、アーチャーはもう最低の目標は果たしている。セイバーに真実を教えるということはクリアしているのだから。

 

「なら、こうすればいい‼︎」

 

 彼女は滞空させた剣でアーチャーを囲うようにした。360度、剣の先がアーチャーを取り巻く。尖った先端は彼の行動を阻むかのようである。

 

「半球体の中にいるみてぇだな」

 

「そうだ!それでお前はもう何にも出来ない!ヘタに攻撃なんてしない。動けなくすればいいのだ!どうせ、お前は修正力に殺されるのだから!」

 

 そうである。アーチャーは世界に大嘘をついた責任があるのだから、彼はリタイアすることが決定的付けられている。グラムが殺さなくとも、アーチャーにはタイムリミットがあり、それを経過してしまうと死ぬのである。

 

「時間がない……か」

 

「そうだ!だからお前はここで大人しく死………………」

 

 アーチャーはグラムの言うことを聞いていないようで、平然とした顔を浮かべていたら、突然彼は行く手を阻む剣に向かって歩き出した。そして、自分に尖った先端を向ける剣の前に立つと、いきなり剣身を素手で掴んだ。掴めば痛いと誰でも分かるようなことを、躊躇せずに強く握ったのだ。手からは赤い血が滲むように出て、コンクリートの床に雫が滴り落ちる。

 

「…………ね……?」

 

「大人しく死ね?そんな簡単に死ぬものか。どうせ死ぬのなら道連れよぉ」

 

 そして彼は手から出た血を振り撒くように手を素早く回した。すると、彼の血が周りにある剣にも付着した。彼は剣の近くにいながらも、また叫ぶ。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)!」

 

 彼の周りに爆発が起こる。血がついても触ったという認識になるのであろうか、彼の血がついた剣は全て爆発した。行く手を阻むために滞空していた剣が粉々になって、煙で彼の姿は見えない。

 

「—————お父さんッ……」

 

 セイバーは小さく心の声を漏らした。やっと見つけた繋がりのある人物であり、自分のために戦っている父を想う心の声がついに彼女の口から出たのだ。運良く、グラムはアーチャーとの戦闘に集中していたため、聞かれなかったのだが、それでも危ない行動に違いはない。セイバーはまた声を出さないように口を閉じたものの、彼女の心に溜まるは父を想う感情である。

 

 だが、彼はアーチャーという偽の(クラス)に居たとしても、サーヴァントであることに変わりはない。通常なら、セイバーかアヴェンジャーとして召還されるにしても、大英雄としての存在は確かなもの。どんなに強い毒でも耐えられるほどに頑丈な体をした彼の体はこれほどの爆発で潰えることなどあり得ない。

 

 剣の煌めく金属片と爆発の中からその男はやはり現れた。傷はある。 赤々とした血が頭から流れている。それでも、彼は何事もなかったかのようにグラムを見つめ、彼女に向かって歩き出している。そんな彼の娘を想う狂気の沙汰にグラムはまた一歩と足を後ろに引いた。

 

 グラムは絶対的な勝利を謳う神の力を持ちながらも、この戦闘で負けを期すだろう。だが、今の彼女の恐れは敗北の恐れなどではない。怒りの権化としてここにいる魔剣が、アーチャーのセイバーへの愛という綺麗事を目の当たりにして、自分の不遇さと現実に恐れをなした。

 

 彼女はどうせ人殺しのために造られた剣にすぎない。その剣が主人には愛されず、こうして瓜二つの姿をしたセイバーを愛している。

 

 アーチャーに相棒として認めて欲しいんじゃない。だが、それでも、剣はただの道具であることを否定したかった。

 

 そして、現実を見て、彼女は否定出来ないと悟ってしまったのだ—————。

 

 人を殺したくない。それだから、剣であることを否定しようとし、人の姿をする。だが、それでも剣であることに変わりはなく、人殺しも同然なのだ。どんなに頑張っても、彼女が剣であることを否定することなんて出来やしない。人を殺す運命なのだ。

 

「所詮、お前は剣だ、グラム。命を奪うか、折られるかのどちらかの運命だ」

 

 アーチャーは止めを刺すようにグラムに現実を突きつけた。変えたい現実、そして動かす現実を。

 

 それでも、現実から逃避するようにグラムは大声を出してアーチャーの言うことを否定する。

 

「違う‼︎そんなことない‼︎私の運命は私が決めるんだ!」

 

 彼女がそう叫んだ時、アーチャーの足が止まった。すると、目の前に広がる血みどろの平原に波紋が広がる。まるで美しく波紋が一つとして立たない湖畔に何やら揺らぎが生じて、ぐらりと俺たちの見ている世界が一瞬だけ変わったよう。

 

 固有結界にほんの僅かなブレができた。

 

 アーチャーは彼女の訴えかけるような必死の抵抗に感銘を受けたように止まってしまった。グラムの涙ながらの声が彼には途方も無い夢物語に聞こえたのに、何故か同情してしまったのだ。

 

 今は闘っていながらも、昔は二人で同じ運命(みち)を辿った相棒の関係だった相手の気持ちが嫌なほど分かる。アーチャーにとって、彼女もまた眩しい存在なのではないのだろうか。

 

 彼は運命に抗うことを諦めたが、グラムは諦めておらず、そこが彼にとっては眩しく見えるのではないか。

 

 だから、倒すことを躊躇した————。

 

 もしかしたら、彼も彼女と同じ『運命からの脱却』という望み(ユメ)を抱いていたかもしれないのだ。もう一人の自分と重ね合わせ、グラムの姿と一致してしまうのだ。

 

「やっぱり現実はキビシイな。倒したくない相手も倒さねばならないからな」

 

 彼はそれでもグラムに向かって歩き出した。グラムを殺す想いと反する想いが競り合いながらも足が動く。

 

 今、聖杯に溜まっているサーヴァントの魂が六つならばアーチャーさえ倒せば願いは成就される。それなのに、あと一歩のところで願いを叶えられないのかと思ったグラムは悔しみに駆られた。

 

 むしゃくしゃになって、ただありったけの剣をアーチャーに投下する。それでも、アーチャーに触れられた瞬間に粉塵と化す剣の群れ。

 

 もうアーチャーはタイムリミットも多くない。だからなのか、左腕はもう捨てていた。世界からの修正力の負担のせいで交わしきれない攻撃は左腕を盾にするようにして受けていた。左腕には数本の剣が刺さり、彼には激痛が走る。

 

 だが、その痛みさえも、望みを叶えられるのならば屁でもない。何度でも受けていられる。

 

「—————俺だって、娘に『お父さん』って呼ばれたいね。英雄なんて称号なんぞ捨ててやる。出来ることなら駆け寄りながら抱き締められて、俺も抱き締めてやりたいさ。お前が平凡を望む前から、俺は平凡を望んでんだ。お前だけが辛いんじゃねぇよ—————」

 

 娘のために—————。その言葉で、彼は何度も頑張れる。

 

 例え、左手を剣が貫通し、腕が痛みさえも感じなくなってきて、血が止まらずに吹き出し、ただの肉塊になり、挙げ句の果てに左腕が地に落ちても、娘のためなら戦える。

 

 グラムの最後の抵抗、数本の剣が彼女を守るようにアーチャーに剣先を向ける。アーチャーはそれを見ると、左腕に刺さった剣の一本を抜き取り、その剣をグラムの目の前に投げた。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)!」

 

 もう彼の幻想など、林檎の木から剣を引き抜いた時点でとっくのとうに壊れている。元々、彼の幻想は壊れた破片でしかない。でも、それでいい。壊れた幻想の中からでも、彼はまた幻想(まもるもの)を見つけ出したのだから。

 

 グラムの目の前でアーチャーの放った剣が爆発した。グラムを守護するかのように周りに浮いていた剣は悉く無慈悲に鉄屑へと姿を変えた。そして、裸になったグラムの首を狙うかの如く、彼の右手にある折れた剣の刃がぎらつく。

 

 グラムはもう抵抗などしなかった。ただアーチャーを見つめ、彼が右手を振るのを待つだけ。それまで彼女は自分の行いを振り返り、胸が苦しくなった。

 

 アーチャーは娘のために聖杯へと成り上がってしまったグラムを殺そうと、彼の宝具である折れた剣を横に振りかざす。例え折れていても、嘘でできた畏敬としても、彼が英雄であるという存在を証明するかのように凛々しい立ち姿。

 

「変わらぬ運命に従い、その中で幸福を導く。それは実に難しいことなのだな。どちらかを救うために、どちらかを捨てよなどと考える俺は英霊なんぞではない。だが、許せ。剣であろうと、相棒であることに変わりはない。せめて、嘘の中で真実を抱き、安らかに眠れ」

 

 彼はグラムを殺めることの覚悟を決めたようで、大きく息を吐いた。そして、彼女の女性的な首筋を見て、その首を横に切断することを考える。なるべく、苦も無く楽に逝かせようと、アーチャーの他者を想う気持ちが現れていた。

 

 全ては林檎の木から剣を引いてしまった自分の責任なのだと、自分を罵り、周りの人を不幸にした罪を彼は未だに背負い続けるだろう。だから、娘の笑う姿だけでも見たい。

 

 不幸な英霊は、当たり前の幸福を懇願する。

 

「—————摧破の赫怒(グラム)!!」

 

 彼がそう雄叫びを上げ、剣を振り下ろそうとした。娘のためにグラムを殺すことが想像出来た。そして、その数分後、彼も世界の修正力によって命絶えるのだろう。

 

 折れた剣は光ることなく、ただ相手の首を狙う。

 

 グラムは涙を流した。目の前に広がる死体だらけの平原に自分も転がるのかと思うと苦しい。最後に見る景色が、こんな残酷な景色なんて嫌なんだ。

 

 彼女もただ平凡を求めていただけなのに。なのに、死なねばならない。運命に抗ったがために。

 

 悪いのは私なのかと自問し、彼女は答えが出なかった。

 

 答えが出なかったから、理解出来ず、この世の不条理さを嘆じた。

 

「私が何をしたというんだ……!」

 

 何もしてなどいない。だが、運が悪かったから、彼女は死ぬ。

 

 アーチャーは彼女の言葉に同情はしたものの、剣を振る速度を落とすことはしなかった。

 

 そして、剣が首筋に入ろうとした。

 

 その時である。現実世界とは一時的に隔離されたはずの固有結界の一部にまるで溶かされたような穴が開いた。そして、そこからバーサーカーを引き連れた少年が入り込んできた。

 

 少年は左手の甲にある三画の令呪を掲げた。それは、俺が前に見た少年の令呪とは別物。それは、バーサーカーの令呪ではないことを意味した。

 

「—————令呪を以って命ず。アーチャー、自害せよ!」

 

 そして、その言葉通り、アーチャーの右手に握られた折れた剣は彼の胴体を突き刺していた。心の臓を潰し、彼の運命の終わりは突然として近くにやって来た。死の足音が聞こえてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまらぬ理想は追い求めるな。つまらぬ想いは身を焦がす。

 

 運命は時に人を救い、時に人を貶める。それが、絶対的なものだとしたら、それは受け入れるしかないのだ。

 

 運命は人知れず、忍びのように足音立てず首を鎌で切り落とすだろう。

 

 男が追い求めた理想は運命に砕かれることは絶対的な未来なのだ。

 

 彼の運命に光などない。見えたとしても掴めない。それが絶対的な未来として定められている。

 

 そして、彼の娘もまた然り。

 

 破滅の未来は変わらない—————。




ちょっと、今回は自己紹介お休み致します。


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過去と過去は人を結びつけるのだと

はい!Gヘッドです!

ヤバイです。案外、6月までにおわんないかもです。次からの3話が曲者で……。

まぁ、頑張ることに変わりはないのですが。

作者の戯言には耳を傾けなくても結構です。勝手にベッドの上でのたうち回りながら執筆しておりますゆえ。

では、作者の戯言は無視して、本編をお楽しみくださいませ。



 —————ドスッ‼︎

 

 骨が砕けた音が聞こえた。二つの握り拳が胸の前で重なり、そこから血が大量に噴き出している。彼の手に握られているのは折れた剣。折れたと言っても、六十センチほどの長さをしており彼の厚い胸板も優に貫いていた。背中から顔を出す剣の折れた断面は血塗られていて、剣として人の命を奪うという役目をこなしてしまっている。微かにするアーチャーの息と、その息と一緒に口から血が出た。血だらけの平原で、血を流しながら膝をつくのは彼のみである。

 

 突然だった。アーチャーがグラムを殺める、その時にこの固有結界の中に少年は侵入して来て令呪を使用した。傍にはバーサーカーを従えた状態であり、使用した令呪はバーサーカーの令呪とは別のもの。それは少年がアーチャーのマスターであったという決定的な証拠である。

 

 だが、アーチャーもグラムもその事態を把握し理解することなどできていない。目の前で何が起こったのか、何故グラムの首が飛んでいないのか、何故アーチャーのマスターが少年なのかと色々なことが頭の中を駆け巡り、訳がわからない。

 

 理解出来ることと言えば、アーチャーが負けたということである。いや、本当なら勝っていた。アーチャーが剣を振り、その剣がグラムの白い首筋を撥ね飛ばす。グラムの血でアーチャーの剣が赤く染まり、彼の顔には返り血が付いていたことだろう。

 

 だが、現実はそうではない。グラムの首筋が斬りつけられそうとなった時に、令呪が発動されて、刃は方向転換した。狙うはグラムの首ではなく、アーチャーの心臓。そのままアーチャーの剣は彼の皮を千切り、筋肉を破り、肋骨を砕き、心臓を貫いた。血が口と傷口から滴り、また平原に血が降り注ぐ。

 

 それでも何故か、紅い空は染み込んだ血が抜けていくかのように碧く風変わりし、喪失感が固有結界を包み込む。

 

 アーチャーは動揺するグラムに目を向け、彼女も予知していなかった事態だと理解した。すると、視線を少年の方に移す。

 

「—————何故、俺の令呪を持っている?」

 

 声を出すのがやっとの様に一言一言の言葉が重く間隔が空いていた。尋常じゃない痛みと、それを遥かに越す恥が彼を襲う。まるで少年が自身のマスターであることを不審に思うかのような言葉。だが、その不審は自分が令呪によって自害するという結果を見てから生まれたものであり、少年がマスターであるという過程を知らないからである。

 

 少年は元々、彼のマスターではない。なのに、アーチャーのマスターとしての権利を得たということだ。

 

「君のマスターからこの令呪をもらったんだよ—————」

 

 背の低い少年は膝を地につけたアーチャーを蔑むように見下す。少年の左手にある令呪と思わしき紅い二画の痣。

 

 少年はアーチャーのマスターが誰だか知っている。そして、そのマスターから少年はアーチャーのマスターとしての権利を得た。それは殺して奪ったのか、脅迫か、それとも相手の合意の上なのか。

 

 アーチャーはその言葉を聞いて、弱々しく笑い声を上げた。広大な何処までも平坦な土地が続いていそうな平原で、アーチャーの声は響き渡る。決して大きい声ではなかったが、それでも俺たちの心の中には響くような声だった。

 

「は……はっ。まさか、死ぬのが俺だなんてなぁ。グラム、お前を倒せると思ったんだがな……。やはり、破滅の運命か」

 

 アーチャーの運命は破滅であり、それは絶対である。そして、彼はあまりにも不幸過ぎる。その不幸を頭の念頭に入れておいたとしても、彼に災厄が降り注ぐことに変わりはない。

 

 グラムはアーチャーの目を見つめる。その目は今さっき、自分を殺そうとしていた目であったはず。それでも、その目は途轍もなく憐れな目をしている。そう思えた。

 

「やっぱり、俺は—————何も出来ねぇんだな」

 

 憐れな目からほろりと涙が零れ落ちた。現実の辛さを目の当たりにしたかのように、そしてその現実と言う名の、不幸の未来が決定された地獄に潰されたようである。

 

 彼はたった一つの願いを叶えたかった。それは世界征服よりも、根源に至るよりも、受肉よりも叶えたく、彼にとって輝いて見えた望みだった。自分のせいで英霊になってしまったと言っても過言ではない、英雄シグルドの夢を叶えること、ただそれだけの小さな望み。

 

 彼はその望みのためなら命など何回でも捨てられる。何回も自分が殺されてもよい。何回も拷問を受けても良い。だから、彼女の本当の幸せそうな笑顔がどうしても見たい。

 

 彼はそのために戦っていた。

 

 —————どうせ負けると分かっていても。

 

 グラムは運命に抗い、アーチャーは運命に従うと言ったが、本当はそうではないのかもしれない。アーチャーも運命に抗い、勝利を手に掴まなければならなかった。聖杯を手に入れなければならないのだから。

 

 彼だって、夢を見ていた。グラムと同じように、この地獄のような不幸続きの運命から脱却する方法を。そして、彼が考えた運命の脱却の方法は、セイバーを脱却させることだった。自分ではなく、愛する娘を不幸にさせないために、彼は動いていた。

 

 今はアンドヴァリの呪いがグラムに付着しているが、また元に戻る可能性だってないわけじゃない。だから、そうならないためにグラムを倒さなければならないのだ。理由は幾つも有る。アーチャーとグラムの妙な繋がりは切っても切れないようなものなのだから。

 

 だけど、セイバーのために動くアーチャーが、彼女の前で負けた姿を晒したくはなかった。盛大に娘のためにと言っていたのに、今ではこのザマである。見るに堪えない惨めな姿をしている。簡単に膝を地につけ、自害しようと胸に剣を突き刺しているのだから。プライドなんて糞もない。あるのは虚しさだけ。

 

 セイバーはそんなアーチャーを見ているのが辛かった。自分のために戦ってくれている父親の姿がカッコよく、その姿が自分のせいで死に絶えようとしている。やっと見つけた本当の父親とまともに話したことなどない。だから、戦う父親の家族として彼女は話したかったのだ。全てを知りたい。そして、自分が悪くなかったのだと思いたい。

 

 彼女の視線はアーチャーのみを見ていた。アーチャーが令呪によって自らの腹に剣を刺したところを、まるで事細かく記憶するように見ている。愛する父親の死ぬかもしれないという現場に彼女は小刻みに震えているだけだった。

 

 今、声を叫んでアーチャーの所へ行ってしまっては、彼女が少年に殺されてしまうから。

 

 グラムもアーチャーを複雑そうな目で見る。彼女も、こんな終わり方など望んでなどいない。本当は人殺しをしたくないような心優しい彼女が、同じ境遇にいた目の前の男を助けたかった。

 

 同じ運命を共に歩み、袖を分かったような二人も同じ結末を望んでいた。だが、何故殺し合わねばならないのか。何故、勝利があり、敗北があるのか—————。

 

 グラムは当然に疑問を抱き始めた。自分が殺そうと思っていた人が、今、目の前でもうじきに死ぬような状況で、彼女は何故こんなにも心苦しいのだろうか。

 

 剣が人の姿をしたから、冷たい金属の胴体が温かくなったから、人の心を持ち、その心に翻弄されている。グラグラと自分の目的とは逆に方向が向いてしまう。

 

 アーチャーはそんなグラムの心情を読みとった。心を読める彼にとって、グラム一人の心の中を読むことは造作も無きこと。彼女が何を思い、そしてまた、彼女がどの様な人物かも知っている。

 

 そんな彼は苦し紛れに笑った。そして、夜空を仰ぐ。

 

「まだ、死ねない—————」

 

 息を吐くのと同時にそう呟いた。

 

 心臓を貫かれてもなお、彼はまた存命している。命の灯火は格段と弱くなったが、消えたわけではない。

 

 生きている。彼はまだ生きているのだ。

 

 なら、まだしなければならないことがある。それはグラムを倒すことよりも大事なこと。

 

 伝えなければならない。セイバーに、自分の過去を、彼女の母のことを、彼女に関わる全てのことを。

 

 一人ではないのだと伝えるのだ。悲劇の英雄は一人ではない。お前は一人ぼっちではないのだと。

 

「すまんが、俺はしぶといヤツでな。まだ死ねないらしい。だから、ここで一つ、語らせてくれ。俺の半生を—————」

 

 アーチャーはその言葉を少年に向かって言った。だが、どうだろうか。その言葉は少年に向かっての言葉とは思えなかった。

 

「ふ〜ん。面白い話?」

 

「まぁ、聞く人によっちゃぁ、この上なく面白いだろうな」

 

 少年は少し黙って考えていた。アーチャーの命は少年の手の中にあるようなもので、少年はアーチャーを殺すことを少しだけ躊躇した。だが、それは決して人として人を殺すことに躊躇したのではない。面白い話をしてくれるかもしれないから、少年は躊躇した。

 

 それでも、そんな心内をアーチャーは覗くことが出来る。そして、アーチャーは少年の心を覗けるからこそ、彼のことも知り、彼からどうすれば一分一秒と時間を稼げるかも分かる。

 

 別にもう彼に生き残る道はない。もう心臓を貫かれていることだし、世界からの修正力の負荷もある。サーヴァントだからと言っても五分も持てばいいほうだろう。

 

 その時間全てをセイバーに伝える時間に費やす。

 

 それはセイバーに前を向いて生きてほしいから。その想いだけなのである。

 

 少年はふっと笑った。

 

「いいよ。殺すのは止めた。どうせ、僕が殺らなくても、勝手に死ぬでしょ?でも、話は聞かない。面白そうじゃないし」

 

 少年はそう答えると、バーサーカーの肩に乗る。バーサーカーは少年を肩に乗せたまま歩き、持っていた剣を振り回した。すると、固有結界が熱によって溶かされるように穴ができた。バーサーカーはその穴を潜り抜け、その場を後にする。

 

「行ったか……、同じだと思ったんだがな。違ったか……」

 

 アーチャーは自らの胸に刺さった剣を抜き取り、投げ捨てた。平原の地の土の上に落とされた剣が鈍い金属音をたてた。そして、彼は自らの傷口を手で塞ぐが、やはりそれでも血は一滴一滴と流れる。

 

 グラムは少年が出て行くと、我に戻ったかのようになり、アーチャーを殺そうと他の剣をまた呼び出した。安心など出来ない。やはり、アーチャーはサーヴァントであり、英雄であることは確か。そんな奴なら死に際に一矢報いることも出来なくもない。警戒すべきである。

 

「お前、何をする気だッ⁉︎」

 

「待て待て、何もしない。そう焦るな。俺はただ、昔話をするだけだ」

 

 グラムは滞空させた剣を放とうとはしない。もう彼女が手を下さなくとも、警戒さえしていれば彼は勝手に命果てる。

 

 なら、少しだけ彼女は聞いていようと思った。

 

 それは彼女の昔話でもある。

 

 セイバーに聞かせたい昔話はグラムと共有している昔話。

 

 しかし、その昔話をグラムは嫌う。自分の過去の存在を抹消したいと思っている。もちろん、そんなことは聖杯への望みでない。聖杯への望みは破滅の未来からの脱却であり、過去のことは二の次である。

 

 だが、変えたいと思うことに変わりはない。そして、そう思えば思うほどに、その過去への嫌悪が強くなってゆく。

 

「—————一人で思い出すのが辛いのなら、二人で思い出せばいい。そうだろう?」

 

 彼はそう言いながら、グラムに優しく微笑みかけた。その微笑みは前にも一度見たことがある。

 

「—————お前は本当に嫌なことを思い出させるな……」

 

 彼女は自分の胸を掴む。苦しくなった。前にも見たあの笑顔を見ると、過去のことを思い出して、心が棘に刺されたように痛い。

 

 戻らないあの頃は、どうだったのだろうかと。

 

「昔、俺がまだ成人もしていなかった時の話だ—————」

 

 

 

 

 

 これは一人の青年と一本の剣が織り成す悲劇の物語(another saga)—————。




今回はアーチャーの第一宝具である『バルンストック』を。

神智濁りなき水鏡(バルンストック)

ランク:C
種別:対心宝具。時に対神宝具となる。
レンジ:1〜99
最大捕捉:固有結界内に入れることの出来る人数は500人。心象風景を映し出すことのできる人数は一回につき1人。

アーチャーの固有結界。由来は彼がグラムを引き抜いた林檎の名前。林檎とは昔から禁断の実を実らす消えとして有名で、その実を食べたものは色々な知恵を得る代わりに破滅へと叩き落される。そんな林檎の木の幹からアーチャーはグラムを引き抜いたので、アーチャーはそれなりに林檎の知恵の能力を得たのである。
幹とは(知恵)を支えるものであり、(知恵)を作る養分を通す管である。そのため、何となく作者が話を展開しやすいからという理由でこの固有結界の効果が決まってしまった。

固有結界の能力は『相手の心象風景を映し出す』という能力である。そのため、どのような固有結界になっても、決してアーチャー自身に有効な固有結界とは限らず、またアーチャーにとって不利な場合もある。

また固有結界としての攻撃能力や防御能力などは一切なく戦闘には何の意味もない。

だが、この固有結界の副作用のようなもので、アーチャーは人の心を読むことが出来る。そのため、サーヴァントを見た瞬間、彼の頭のデータベースの中に入っている英霊であれば真名看破を行えるという利が彼にはある。しかし、未来から来た英霊や英霊の名前に該当する霊などの類は真名看破を行えない。

実を言うと、この固有結界は()()()()()()()()()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()()ものである。というのも、この固有結界はアーチャーの心象風景『水鏡』であり、その水鏡が相手の心象風景を映し出すのである。
だから、映し出された本人は自らの固有結界として扱うことが出来ない。



え〜、次から3話ほどアーチャーの過去編を致します。
が、実を言うと、めちゃくちゃ作者が苦戦しております。10日以内には投稿致しますので、それまで暫しのお待ちを。


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栄枯盛衰と怒りの源流《序編》

はい。Gヘッドです。

アーチャーの過去、3万字は軽く越しますね。そんな過去編を三回に分けて投稿します。
そのため、いつもより少しだけ投稿までの期間が長くなってしまいました。

正直言って、長いです。サラッと読んでいただければそれだけで嬉しいです。


 俺はフン族の国を束ねる国王の息子として生を受けた。そして、負けを知らぬ生粋の武人だった父と、心優しき母にシグルドという名を授けられることとなる。

 

 俺は兄弟の中でも最年長であり長男として、いつかはこの国を俺が担い、そしていつまでも永遠に続く国として育て上げるのだとそう思っていた。そして、兄弟たちと手を組み、国を豊かにするのだと。それが当然であるとばかりに。

 

 俺たちの国は然程大きい国ではなかったが、強国としては名を馳せていた。空はこれ以上とないほどに蒼く、その空の下にある森の木々はざわめき、その木々の間を通る風は街を駆け抜け、その風を受ける人々には笑顔があり、輝きのある国。それが、俺たちの国だった。

 

 そして、ある時、他の国からある申し出を受けた。それは、俺の双子の妹であるシグニューを妃として迎い入れたいという申し出である。妹のシグニューは辨天な女性として、他国にも噂が広がるほどだった。その噂を聞きつけた他国の王シゲイルが彼女と結婚したいと言うのだ。

 

 だが、どうであろうか。まだ二人は一度しか顔を合わせたことがない。

 

 その時、俺もそこにいたが、他国の王シゲイルは何とも下賎な輩で、俺たちが国王の子であると知っていて近寄っているようにも見えた。下心を隠そうとも隠しきれぬ、そんな男と妹を結婚させることに俺は反対であった。

 

 申し出の反対をする者は俺以外にも大勢いて、兄弟たちもそうだ。そして、当の本人であるシグニュー自身もその結婚には難色を示した。

 

 他国の王シゲイルはシグニューの辨天さ、そしてフン族の国の物欲しさに結婚を申し出たのだ。節操のない輩に妹を嫁がせる気にもならない。そんな男の結婚の申し出には応じないという意見が俺たち兄弟の間からは上がっていた。

 

 だが、国王である父は俺たちの意見を聞こうとはしなかった。父は来る者拒まずというような性格であり、例えそれが自分を陥れようという陰謀であったとしても、必ず前へと進む人。だから、父はシゲイルの申し出を断ることなく、シグニューは結婚させられる羽目となってしまったのである。

 

 そのせいで彼女は自らの存在意義に疑問を持ってしまう。好きでもない男で、自分を育んだ国を滅ぼしかねない男を何故愛さなければならないのか。例え偽りの愛だとしても、愛を与えることに変わりはなく、夫婦の契りを結ばねばならない。人として、一人の女性として苦悩してしまった。

 

 だがしかし、シグニューはその後、事態をポジティブに考えようとした。シゲイルは彼女に惚れているのだから、彼女がシゲイルを思うように動かせば、我らが国のためになる。彼女が嫁ぐことにより、民は笑うのだ。

 

 そう理想を持つしか方法はなかった。女性が権力の低い時代なのだから、女性は父や夫などの命令に従わねばならない。シグニューにとってその結婚は望むべきものでないとしても、その結婚に何か価値を見出さねば、それこそ彼女自身が自己の存在を自問し疑ってしまう。

 

 だから、彼女はそう考え、そう考えることしか出来ないように頭の中で自分を縛り付けた。自らの結婚を父の国のためとして身を捧げることを目的とする。そうすれば、幾分かは楽になったことだろう。

 

 だが、俺はとても彼女のことが心配でならなかった。同じ双子の妹だからか、他の人たちよりも、何か違う想いがあった。母の子宮から一緒に生まれてきたという接点が、俺に心配の余念を残すのである。

 

 結婚式の前の日の晩。彼女は俺に苦悩を全て打ち明けており、俺は俺なりに彼女を助けてあげようと思った。それは、やはりシゲイルと結婚せねばならないという望んでもいない未来のこと。俺は真剣に彼女の話を聞いていた。何にもしてやれない俺が、一国の王子ではなく兄として、そして一人の人間として彼女の苦しみを分かってあげようとしていた。

 

 それでも、未来は変わらない。彼女が結婚するということはもう決まってしまったことであり、苦しみを分かったとしても、それだけで終いである。半分の苦しみは彼女に背負わせたままなのだ。

 

 そんな彼女はもう諦めていた。理想に縋りながらも、覚悟を決めていた。そして、俺はそんな脆い彼女をさらに心配してしまう。

 

「お兄様がいてくれて、私は何よりです。粉骨砕身、御国の為に身を捧げて参ります」

 

「ああ、分かっているとも。お前なら、大丈夫だ」

 

 そう俺は言いながらも、不安の気持ちを隠せてはいなかった。彼女の兄として、やっぱり敵国に彼女を嫁として嫁がせるわけにもいかない。いや、敵国でなくとも、彼女の望んでなどいない結婚などさせたくないのだ。

 

「————本当に大丈夫なのか?」

 

 俺はそう彼女に聞いてみてしまった。どうも嫌な予感がするのだ。彼女を行かせてはならないと。

 

 すると、彼女は涙ながらに笑みを見せた。目頭がとうに熱くなっているだろうに、顔の形を一切変えないように彼女は笑う。

 

「心配しないで下さい!これでも、私、一国の王女なんですから!御国の為に尽くせるのなら」

 

「いや、でも、俺は兄としてだな……。お前一人に重荷を背負わせるというのは、あまり快く思わないんだ。第一、お前の望んだ相手と結婚出来ていないじゃないか。そんなの、あまりにも可哀想でならない」

 

 彼女は俺の言葉を聞くと、まるで一瞬、悦楽に浸るかのような女性的な顔を見せた。今まで見たことがないと思うほど、艶美な姿が夜空に浮かぶ月の光に照らされて。その姿に少しだけたじろいでしまった自分がそこにいる。

 

 彼女は目の淵の涙を手で拭き取った。その拭かれた涙が細い女性的な指に付き、目は赤く擦れている。

 

「もう、お兄様は心配症なんだから。でも、もう本当に悔いは無いのです。だって、私の想い人とは夫婦の契りを結べることなど、無いのですから。この先、ずっと、ずっと—————」

 

 その時、俺はその侘びしい言葉が何を意味しているのか分からなかった。だから、きっと彼女には想い人がいて、その人と結婚出来ないから涙を流しているんだろうと思った。詳しく彼女の言葉の真意を聞くこともなく、理解しようともせず、俺からの視点で、俺なりに彼女の心を読んだ。

 

 見ているわけでも聞いているわけでもないのに、俺は知った気になっていた。

 

 確実なものではないその行為は人々がいつでもする行為。相手の顔を見て、相手の感情を主観的に見てきめつけるあまりにも身勝手なことが、自らの考えの視野を狭めていることに気付きやしない。

 

 視野から外れているか、嘘をついて視野の中にいることを隠しているか。

 

 —————気付かないとは、何とも不幸なことだ。

 

 気付いてやれれば、少しは楽なのかもしれない。俺にとっても、相手にとっても。

 

 知らない俺が悪いのだ—————。

 

 結婚式当日、式場には多くの人がそこにいた。自国や相手国、そして他の国のお偉いさん方が剣を腰に備えて参加していた。そのお偉いさん方を守る護衛兵に、この機会にお偉いさん方を婿にしようと出会いの場として活用している下級貴族の娘たち。多種多様な空気が上手く混ざり合わず、張り詰めたものとなっていた。

 

 その中で一際輝く衣装を着飾っていたのは嫁として嫁ぐシグニューである。華やかなドレスが胸から彼女の肌を隠し、透けるようなレースが彼女の頭を覆っていた。式場の前方中央に居座り、その隣にいるのは 花婿であるシゲイル。国王であるシゲイルは、彼の国で作られる最高級のマントや服、そして代々伝わる王冠を頭に乗せていた。その姿は見た感じからして、豚に真珠。マントや服、王冠は素晴らしいものの、主軸となるものがあまりにもなっていない。衣服を作った職人に失礼極まりない格好だ。

 

 彼は彼の元に頭を下げ挨拶する各国の重鎮たちと握手をし、偶にふといやらしい横目でシグニューをチラリと見るのである。そして、その事にシグニューは気付いているようで、不機嫌な顔を薄っすらと浮かべるのだが、みんなの前で語弊不満など言ってしまったら、それこそ自国の顔が立たない。だから、彼女は誰かに助けを求めることなく、ただ男の性的視線に体を舐められていた。

 

 その姿を、まだ一国の王子である俺がどうこう言う権限などもない。だから、可愛い妹があの男にそのような下卑な目で見られているのが悔しかった。そして、そんな彼女を助けてやれない自分の弱さを痛切に実感する。歯を食いしばり、俺に助けてほしいと懇願する彼女。彼女をただ遠くから見ていることしか出来なかった俺。

 

 世界はなんとも不条理で、世界はなんとも無慈悲なのか。弱き者を助けようともせず、力ある者が弱き者を自分の思い通りに動かす。

 

 別に強き者が優しさと厳粛さを併せ持つ男ならまだしも、この男の性欲のような欲望を持つ強き者は弱き者を傷つけるだけなのだ。その点では、父も憎むべき人に入る。彼も自分の信念のために誰かを巻き込んでいるのだから、それは弱き者を助けてなどいない。そんなの誰も望んでなんかいない。なのに、世界はそんな人を生かし、弱き者を地に這い蹲らせる。

 

 俺はその時、何も出来ない『本当の自分』を憎み、力あるのに慈悲の手を差し伸べない『横暴な権力者』を憎んだ。そして、その憎しみが心の中に入り込み怒りへと変わる。

 

「—————力が欲しい」

 

 俺はそう小さく呟いた。別に言葉として言うつもりもなかったのだが、ふと心からの声が無意識に漏れてしまっていた。

 

 俺はもう妹の助けに出られるような男ではない。なのに、彼女は俺のことを諦めずにずっと見てくるのだ。そんな彼女の視線が針のように俺に突き刺さり、目を合わせられなくなった。顔をしたに向けても、彼女の視線を感じる。

 

 俺を見ないでくれ—————。

 

 そう思い、俺は彼女に背を向けた。そして、式場のドアの外へと向かって足を動かしてしまった。彼女がどのような顔をするのかも分かっていたのに。兄である俺は妹を守れなかったのだ。

 

 式場の外は眩しかった。太陽の光が大地に満遍なく降り注ぎ、その光は草木をさらに碧くする。そんな太陽の光が入り込まない建物の中はとても陰湿で、居心地が悪い。

 

「外にいるか」

 

 外にいるのが好きなわけではないのだが、今は中に居たくなかった。己の欲のために悪知恵を働かせるようなあの空気に私は似合わないと思ったからだ。

 

 式場に戻りたくなかった。結婚の話も一時的に頭から離しておきたい。だから、少し式場の外を歩こうと決めた。

 

 それから三十分ほど式場の周りをぶらぶらと歩いていた。なるべく無心で、心を空にして、頭を冷やそうとしていた。だが、それでもやはりシグニューのことを考えてしまい、その都度、俺は苦悶の表情を浮かべてしまう。それでも、式場にいないということで開放感があり、少しだけ気が楽になれた。

 

 それから俺は陰湿な式場に戻ろうとした。そろそろ戻らないと、花嫁の兄がいなくなったと騒ぎになってしまうかもしれない。

 

 式場までとぼとぼと半歩で歩く。着きたくないという気持ちが現れていたが、それでも段々と式場が近づいてきて、ついに目の前にまで来てしまった。深いため息を吐く。そして俺は式場の門をくぐろうとした。

 

 その時だった。一人の老人が俺の隣を通り過ぎて行った。式場を後にするように歩くその老人は俺の見知らぬ人。

 

 洗っていないような白髪の髪に、古びた緑色の帽子、皺のついた手に握られた少し長い棒をコツコツと地面に立てて歩く。もう一方の手で四本の手綱を握り、肩には二匹のカラスが乗っていた。

 

 俺はその老人の隣を通り過ぎた際、ただならぬ威圧感を感じた。その威圧感は不気味極まりない。見た目はただの老人であり、強いて言うならば背筋が老人の割には伸びているということだけである。足腰が弱そうというわけではなさそうで、生気が感じられないというわけでもない。ただ、見た目が老人のように見えた。

 

 顔はよく見えなかった。緑色の帽子で顔が隠れており、また通り過ぎただけなので、相手の顔など確認できない。

 

 その老人の威圧感は存在感であり、存在しているということだけで身の毛がよだってしまう。並ならぬような圧迫感を感じさせ、まるでその通り過ぎた一瞬だけでも自分がちっぽけな存在だと認識させられる。

 

 俺は後ろを振り返った。誰だろうか、名のある武人なのだろうかと気になってしまう。

 

 だが、後ろを振り向いてもそこには誰も居ない。その老人の姿がそこにはなく、見えるのは今さっき俺が通った式場の門とその外だけ。

 

「幻か……?」

 

 自らの目を疑う。あのただならぬ威圧感を感じた老人は幻で、妹の望まない結婚というストレスが幻を見せたのだと。あの老人はここにはいない、いつか見た一介の老人の記憶が目の前の景色と合わさったに過ぎない。

 

 そう思わざる終えなかった。じゃないと、不可解な現象過ぎて鳥肌が立つ。あの一瞬で俺の前から姿を消したなど、あり得ない。物音を立てずに、俺に気付かれないようにすることなど普通の人間には不可能。走れば地面と靴底が擦れる音が聞こえ、また老人ならそんなに早くは動けまい。それに棒を杖としてついていたのだから、足腰が悪いに決まって……。

 

 あれ?でも、足腰が悪そうに見えなかったぞ。

 

 ……不思議だ。だが、これもきっと俺の目がまやかしを見ていたに違いない。そうだ。やっぱり、きっとそうだ。

 

 そうでないと、説明が出来ない。

 

「難しそうな顔をしておるのぅ」

 

 突然、首の後ろから声が聞こえた。野太い声が俺の鼓膜を揺らし、凄まじいほどの威圧感が俺を襲う。首筋にまるで冷たいものを当てられたかのようにゾワッと身震いをしてしまった。

 

 ゆっくりと振り返り、式場の方を向く。すると、そこにいたのはさっき俺の隣を通り過ぎた老人である。老人は俺の目の前に居て、薄気味悪い佇まいをしていた。庇の長い帽子のため顔の上半分は隠れており、口元が見える程度。その老人の口は子供がおもちゃを見つけたように純粋な興味心が溢れ伝わってきた。

 

 身の危険を即座に感じてしまう。それは考えることなどを排除した直感からヤバイと感じた。俺の方から老人の目は見えないが老人からは俺のことが見えているようで、嫌な視線が当てられている。

 

(この爺さん、誰だか知らないけどヤバイ)

 

 そう思い、俺は一歩足を退く。今まで俺は父のおまけとして戦に何度か連れて行って貰ったこともあるし、何人か有名な武人たちも見てきた。その人たちは見た感じ強そうだなぁと感じるような人たちだった。

 

 だが、この老人はそんな生半可なものじゃない。見た感じとか、そんなんじゃない。見なくても分かる。そこにいると認識するだけで、いや、認識しなくともヤバイと感じ取ってしまう。人より生物として生きるために刷り込まれた生への欲求がブザーを鳴らし、身の危険を感じてしまった。

 

 他の人たちとは何か根本的なものが違うのだ。それはもう人智を超えたもののような—————。

 

「何、そんな怖気付かなくともいいわ。ただの老人に過ぎぬ。強張る必要も気を尖らせる必要もない」

 

 老人はそう言い、口元を緩ませた。

 

「まぁ、お主、良くこの儂の目の前でも怖気付くことなく立っていられるな」

 

「いや、それは嘘だ。実際、死ぬかもしれないという結果が思考回路の計算で弾き出されて、内心怯えていた」

 

 怯えていた、ではない。怯えている。過去形ではなく現在進行形。柔らかい口元を老人は見せるが、その姿も含めて俺には恐怖感しかなかった。

 

「フッフッフ。なんじゃ、本当のことを言うのか?面白いと思ったんじゃがのう」

 

 老人はそう言うと、また俺の隣を通り過ぎた。そして、俺はその老人を目で追う。今度は、老人が消えることなくそこにいた。

 

 老人は立ち止まり、俺に尋ねた。

 

「—————お主、力がほしいか?」

 

「力?何だ?何故そんなことを聞く?」

 

 力がほしいかと聞く老人に俺はただならぬ不信感を覚える。まず、顔も合わせたことのない老人にそんなことを馴れ馴れしく聞かれたら気味悪い。

 

 だが、力とは何のことだろうか。筋力か?権力か?努力か?精神力か?

 

 分からない。俺には分からなかった。老人が言っていることが。

 

「何と言うのか?そんなの簡単じゃ。全部じゃよ、全部」

 

「全……部?」

 

「ああ、全部だとも」

 

 本当に分からない。この老人は何を言っている?全部の力がほしいかだと?

 

 俺はそう聞いた時、ふと妹のことが頭に浮かんでしまった。彼女の望まない結婚を俺は許せない。だが、それでも俺に力がないせいで、彼女が悲しむ姿を見ていることしか出来ないでいる。

 

 それは全て俺に力がないせいだ。

 

 そう、俺は欲しているはずだ。

 

「欲しいさ。全部の力を—————」

 

 俺がそう答えると、老人はまた陽気に笑う。

 

「そうか、やはり力が欲しいと申したのはお主か」

 

「え?」

 

 確かに俺はそう言った。式場でシグニューを助けられない力のない自分が嫌になり、そう言った。だが、何故ただの老人がそれを知っている?だってあの時、俺の近くにこの老人は居なかったし、そもそもあの呟きは小さな声だった。老人どころか、人っ子一人聞こえやしないはず。

 

 —————不思議な人だ。存在も、行動も、何もかも。

 

 そろそろ戻らないと、一国の王子である俺が居ないということで騒ぎになってしまう。俺は老人に背を向け、式場の方を向き、歩き出した。去り際、老人はこんな事を言う。

 

「儂が式場の真ん中に林檎の木を生やしておいた。その林檎の木の幹に剣が刺さっておる。もし、お主に力を得る気があるのなら、その剣を引き抜くといい。儂の力の一部をやろう。そしたら、お主にはあるものが見えてくるぞ。見たくもない景色が」

 

「だが、力が手に入るのだろう?なら、俺は引き抜こう。もう見たくない景色は見たつもりだ」

 

 俺はもう見たくもない。守りたい、守らなきゃいけない人を守れないなんて絶対に嫌だ。それこそ、見たくもない景色だ。

 

「本当に良いのか?例え————破滅の未来が待っていたとしてもか————?」

 

「……ッ⁉︎」

 

 俺は反応出来なかった。だが、もう老人はその言葉を残して何処かへ消えているのだと分かった。老人の威圧感も存在感もしない。ただ、そこにはもう老人はいないのだと悟った。

 

 俺は門から式場までを歩く。その時もずっと老人に言われたことを考えていた。例え破滅の未来が待っていたとしても。その言葉に俺は怖気付いてしまった。妹を守ることよりも自分の身の心配をしてしまう自分がいる。

 

 兄は妹を守らなきゃいけないんだ。そう心に暗示をかけていたら、式場に着いた。

 

 式場ではちょっとした騒ぎが起こっていた。それは何やら式場の真ん中でいきなり林檎の木が生えたというのである。何とも奇天烈な話、だが、その話は老人から聞いていた。俺にとってそんなに驚くような話などではない。

 

 俺は式場中央に向かって集まる人混みを掻き分けて前へと進む。林檎の木に段々と近づくにつれて林檎の木は段々と大きく見えてくる。林檎の木は大体式場の天井に届いてしまうのではないかというくらい大きくそこに生えていた。大人が四人分くらいの高さで、幹だって図太い。幹の周りの長さだって二メートルあるかないかというくらいだ。とにかく大きな木である。

 

 俺は人混みの最前列にまで来た。すると、一人の男が林檎の木のところで何かをしている。男の顔は真っ赤になり、踏ん張っているように見えるが、何をしているのかは分からない。だが、それから数秒後、男はもう無理だと言い、そこから離れた。

 

 俺は林檎の木の幹を凝視した。そしたら、林檎の木に何かが引っかかっているのが見える。何であろうか。剣の柄なのか?

 

「お兄様!」

 

 シグニューの声が聞こえた。音源は林檎の木の近くで俺は彼女の所へと駆け寄る。彼女は俺に摩訶不思議な顔を見せつけてきた。

 

「お兄様、何処に行かれてたのですか?心配したのですよ」

 

「ああ、すまない。ちょっと散歩に出ていた。それより、この林檎の木は?」

 

「ええ、それなのですが、お兄様が返ってくる十五分ほど前にある方がここに来られたのです!」

 

「ある方……?誰だ?」

 

「主神、オーディーン神ですよ?」

 

 主神オーディーンが?

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間、ある人が脳裏をよぎった。それはさっき式場の門のところでばったりと出会った老人である。確かに、言われてみれば、あの老人こそがオーディーンであろう可能性は実に高い。

 

「ほう、主神オーディーンか。で、それがどうしたのだ?それとこの林檎の木はどんな関係があるんだ?」

 

「それが、オーディーン神がいきなりここに林檎の木を生やしたのです。『この結婚式に面白い飾り物を付け加えてやろう』って」

 

 飾り物か。だが、今見た感じ、人は結婚式よりもこの林檎の木に夢中になってしまい、飾り物が主役の座を奪っているように思えるのだが。

 

 俺は林檎の木の幹に刺された剣を見た。剣の刀身は林檎の木の幹にがっつりと刺さっている。

 

「あの剣は何なのだ?」

 

「そうなんです!そこなんです!オーディーン神は林檎の木の幹に剣を突き刺して、『この剣を引き抜く者は民を先導する大いなる王になるだろう』とお言葉を残して去っていったのです。それで、多くの力自慢の男がこの剣を引き抜こうと試したのです」

 

「だが、誰もこの剣を引き抜く者はいなかったと?」

 

「はい。そうです。シゲイルも、父上も、国一番の力持ち抜くことは出来ませんでした。何人がかりでもビクともしなかったのです」

 

 欲深き男たちが今でも剣を引き抜こうと踏ん張っている。しかし、それでも彼らは剣を引き抜く事が出来ない。

 

 彼らは何のために剣を引き抜こうとしているのだろうか。それはもう考えなくとも分かる。みんな王になりたいのだ。王になり、権力を振り回し、思うがままに人生を過ごしたいのだ。それか、自分の力を衒い、必要以上に誇示したいだけ。

 

 つまり、結局は自らの自己満足のためだけにこの男たちは剣を抜こうとしているのだ。

 

 何と惨めなことだろうか。愚の骨頂である。そのためだけに王の地位を欲しがるというのは。

 

 俺はそんな奴らを見ていて、非常に腹立たしかった。苦しんでいる者のために、悲しんでいる者のために、辛い思いをさせないために、涙を流さないように剣を握る奴らが誰一人としていないということが。

 

「……ちょっと、行ってくる」

 

「えっ⁉︎ちょっと、お兄様⁉︎」

 

 俺は林檎の木の前に立った。もう、式場にいる男たちは一通りこの剣を引き抜こうと試したようであるが、誰も歯が立たなかったらしい。そんな中、ただの一国の王子であり、まだ青年でしかない俺が引き抜こうとする。そんな光景を誰もがゲラゲラと下品な声を上げて笑った。ただの餓鬼に何が出来るとみんなの目つきが変わっており、俺を見る目は冷たく尖って俺に刺さった。

 

「どうせ無理だ」

 

「さっさと諦めろ」

 

 剣に触れる前からそんなことを言われていた。俺はそんな野次を無視する。

 

 剣に触れよう、そう思っていたら、老人の言葉を思い出してしまった。

 

「『破滅の未来』……か。そりゃぁ、嫌だな。力はほしいが、未来まで破滅にしたくはない」

 

 俺は剣に触れるのを躊躇ってしまった。そうすると、さらに野次が五月蝿くなってくる。さっさとしろだの、邪魔だだの、好き勝手言いたい放題。

 

 その時だった。シグニューが大声でこう叫んだのだ。

 

「お兄様、頑張って‼︎」

 

 その言葉は式場に響き渡った。決して大きな声ではなかったけれど、それでも俺には覚悟を決めるには充分な言葉。

 

 そうである。例え、破滅の未来が待っているとしても、それで目の前にいる人を救えないで見捨てるのは嫌だ。それに、破滅の未来なんて俺がぶち壊してやるんだと心で叫んだ。

 

 俺は妹に柔らかい笑顔を見せた。

 

「—————ありがとう」

 

 そして、俺は剣に手を触れた。両手で剣を握り、一気に引き抜こうとした。

 

 すると、声が聞こえた。

 

「—————お主にこの剣を引き抜く覚悟はあるのか?」

 

「ああ、あるとも。守らなきゃいけないものを守れないなんて一番嫌だからな。なら、俺は覚悟決めて、守りたいもんを守らねぇと」

 

「そうか。では、お主に力を授けよう。オーディーンの力により生やされた林檎の木『バルンストック』の知恵の力。そして、この選定の剣『グラム』を—————」

 

 その瞬間、野次馬となっていた人混みがいきなりしーんと静まり返った。人々は驚き、目と口がずっと開いている。みんなの視線が俺に集まり、俺は手に握られた剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 —————これが英雄シグムンドが初めて王たる資質を万人の前で見せつけた時である。この時、俺は喜びに耽っていた。自らが王になるのだと。

 

 もちろんそれは嘘ではなく、実際王になる。だが、ここから俺の人生は転落の一本道となって行く。長い年月をかけ、俺は落ちて行くのだった—————。




約1万文字、大変です。

後、二回投稿してゆきますが、『数万字も読んでられねーよ!』という方はwikiなどで調べるだけでよろしいかと思います。
話の細かいところは変えてはいるものの、大筋を変えては御座いません。

まぁ、そうなると何故書く?って話になりますが、たった2千文字ほどで終わる文のために長い長い話を書いております。

作者のワガママにお付き合いいただけたら嬉しいです。

次の投稿は10日後でございます。


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栄枯盛衰と怒りの源流《前編》

はい!Gヘッドです!

えー、ここで皆様には二つのお知らせがございます。

まず一つはこの小説の題名をそろそろ変えようかなぁ〜なんて思っております。前からずっと変えようかなぁなんて思ってはいたのですが、特に本気では考えてなどおりませんでした。
が、よくよく考えてみたら『文法的に間違ってね?』という意見が友達から出てしまいました。(正しくはbelieve in myself)
なので、今月中に変更いたします。新しい名前の候補は小説の情報のところに書いております。

もう一つのお知らせは後書きにてお知らせいたします。


 あれから俺には変なものが見えるようになった。人の体に文字が張り付いて見えるのである。顔や腕、手や足に文字が浮かんでいるように見えてしまう。

 

 それは多分あの老人、オーディーン神が授けると言っていた知恵のことだろう。要らぬ知恵を俺に授けたものである。お陰で俺はこんなにも見たくもない景色を見なければならないとは思わなかった。

 

 この文字はきっと人の心だ。人の心が体の表面に浮かび上がっているように見える。今のところ見た限りでは金、女、酒に飯、権力が大体を占めており、人の心が窺い知れる。父に長年の忠臣として有名な男も、武勇のある騎士団長も、俺の身の周りの世話をする世話係も、兄弟でさえも、みんな自己のための欲求を持っていて、その欲求は何とも醜い欲求なのかと思ってしまう。

 

 だが、俺はこの欲求のことを誰にも言うことはなかった。少なくとも、俺が王になるまでは親しい者にも言わない。もう守らねばならない者を救えないなど、そんなことは一切あってはならないのだ。

 

 まぁ、そのために王になろうということも、俺の欲求ではあり、他の者との変わりはないのだが。

 

「国王様!もうすぐでございます!」

 

 父の近くにいた案内役がそう言った。揺れる船の上、波飛沫が船と水面部の境界線部で飛び散る。帆は風に当たり、追い風が船を進める。

 

 俺たちはある国へと向かっていた。そこはシグニューが嫁いだシゲイルが治める国である。シゲイルは俺たちを宴に招待していた。

 

 いや、宴などではない。罠である。

 

 先日の結婚式の時、俺が得たこの選定の剣グラムをあの卑しい王様は欲しいと懇願してきた。シゲイルはグラムの重さの三倍の金を代わりに与えると言ったが、どうも彼のその言い方が上から目線だった。それに、シゲイルは俺から妹を奪った存在であり、そんな男にやすやすとまた何かをくれてやるのも嫌だった。だから、俺は彼の要求を蹴ってやったのだ。その俺の姿に妹は微笑み、兄弟たちは一泡吹かせたと喜び、父は当然だと俺の行為を正当化して説いた。俺が得たのだから、俺の所有物であり、それを手放す権利は俺にしかないと。

 

 式場で、自らが祝われるはずだったのに、俺たちに人々の面前で馬鹿にされたことを恨んでいるはずである。だから、俺たちを誘った宴では何かしらの復讐をしてくるだろうとは誰もが予想出来た。だが、父は来るもの拒まずで、その誘いを罠だと知った上で足を運ぶのである。そして、その誘いには俺たち兄弟も同席させられることが決まってしまった。

 

 船はシゲイルの国の舟置き場に着いた。そして、船上にいる使用人や家臣たちがあたふたと着陸の用意をしている時、聞きなれた声が陸の方から聞こえた。

 

「お兄様!」

 

 シグニューである。

 

「ああ、シグニューか。どうした?」

 

 俺が呑気な雰囲気でいると、妹は俺とは正反対の緊迫した表情をしている。

 

「帰ってください!今すぐ、帰ってください!」

 

 彼女は俺たちに帰れとそう命じている。だが、俺にはもうその理由が分かっている。彼女の心はもう俺の目には丸見えなのだ。彼女の顔に文字が浮かび上がっている。

 

「罠なんだろ?」

 

 俺が彼女の考えていることを的中させてみせると、彼女は目を点にさせて驚いていた。だが、まぁ、それは彼女の心を覗かなくとも察しがついており、俺たちはそれを知っていてここへ来たのだ。

 

 いや、本当は来たくもない。だが、権力の大きい父がそう言うのだから、俺たち子はそれに従わねばならない。

 

 未だに俺は力を持ててはいない。あの老人がオーディーン神であったのなら、俺はいつ力を得られるのだろうか。確かに、人の心は覗けるようにはなったが、それよりも力がほしい。

 

 シグニューは俺にそう変わらぬ未来を告げられると、「でも」と声を出そうとしたが、押し留めた。女性が権力などない時代に父の行動に胃を唱えるなど言語道断。例え一国の妃であっても、女性はやはり弱い。

 

 俺は彼女の心を覗いて罠の内容を探ろうと試みたが、彼女は罠の内容については一切知らなかった。多分、人からの噂か、盗み聞きで罠のことを知ったのであろう。

 

 心配そうな表情をする彼女に俺は「大丈夫だ」と声をかけ、微笑みを見せた。しかし、彼女の顔は曇ったままである。彼女は助けられない自らの権力の弱さに遣る瀬無い気持ちを抱き、スカートの裾をギュッと握った。

 

 それから俺たちは宴に参加した。豪華な食事が振る舞われ、踊り子が舞を披露する。酒は食事を進めて俺たちを良い気分にさせた後、気分は最悪に塗り替えられることとなる。シグニューの警告通り、罠が俺たち一族を襲う。シゲイルが当てつけを俺たちに擦りつけて、スタンバイさせていた大人数の兵たちが宴の場に現れて俺たちを拘束しようとした。しかし、武人の父はそれに抵抗する。そして、それにつられて兄弟たちも抵抗したのである。

 

 だが、やはり敵の数は多すぎた。敵の陣地に少人数でいるのだから、勝てるわけがない。そして、シグニューを除いた俺の一族の男たちは捕まってしまったのである。

 

 俺たちはシゲイルの国で処刑されることとなった。だが、それをなんとか阻止したいと思うシグニューは国王であり、今回の罠の首謀者であるシゲイルに懇願した。せめて処刑は止めるようにと。すると、彼女の望みが通り、俺たちは処刑されないこととなった。その代わり、俺たちは手足を枷で嵌められ森に放置されてしまうことになってしまう。

 

 その森には凶暴な狼が住んでいた。その狼は一夜ごとに森に放置された俺たち一族の誰か一人を食い散らかしてゆくのであった。俺たち一族はそこから逃げようにも、手足を枷で嵌められており、逃げることが出来なかった。夜の森には恐怖と憎悪と絶望が渦巻き、その全てを暗闇が吸収する。毎晩毎晩、誰か一人が殺されてゆくのである。腹を空かせた狼が、腹を満たそうと俺たちを、肉を食べてゆく。日に日に俺の知っている人が一人減り、その人がいたはずの場所には赤い血が地面に染み付き、肉がついた骨が散乱している。月は人が一人いなくなるごとに、その人の分だけ満ちてゆく。

 

 そして、十日が経った。最後に俺だけが残った。父も兄弟たちも狼に食べられてしまったのである。

 

 今日は俺が食べられる日。多分、あの狼はシゲイルの国のペットのようなもので、俺を最後に残すように命令されていたのだろう。シゲイルは俺に散々な目に遭わされたのだから、俺に復讐するつもりなのだ。最後に迫る死を俺に鮮烈に味合わせ、死の恐怖を誰よりも与え、許しを乞う姿を見ようというのだろう。そして、許しを乞われた上で、俺を殺すのであろう。希望を見せておいて、絶望に叩き落すなどタチが悪い。

 

 だが、こればかりは俺がどうしようにもどうにもならない。手足を枷で嵌められている状況で何か出来るだろうか。その上、俺のグラムは奪われてしまった。本当にどうしようもないのである。

 

 ただ、迫り来る死を待つしかなかった。しかし、その死は怖いというものではなかった。悔しく思えた。俺がしたことにより、父と兄弟は殺されてしまった。守れなかったのである。目の前にいながらも、彼らを誰一人として守れなかった。

 

 そして、時が訪れた。月と星が夜空を彩り、その光は森に薄っすらと降り注ぐが、森の中からではその光はなんとも弱い光にしか見えない。暗い森の中で狼の鳴き声が聞こえた。ああ、これから俺は死ぬのだろう。

 

 そう思っていた時だった。ふと誰かの気配がした。誰だか分からないが、それは人の気配だった。暗闇の中、その者の姿は見えないが、そこにははっきりと人がいた。

 

「誰だ?」

 

 俺は狼に聞こえないように小さな声でそう聞いた。狼はあと数分で来るというのに、俺に何の用であろうか。もしや、俺に命乞いを聞きに来たのではと不信感を持ってその者の返答を待つ。

 

 すると、その者はこう語った。

 

「私はシグニュー様の使用人にて御座います。シグニュー様の命にて、ここに参上仕りました—————」

 

 女性の声だった。

 

「……俺を助けようというのか?」

 

「はい」

 

 彼女は潔くそう答えた。だが、それはこの国家の王であるシゲイルの意向に背くということ。つまり、犯罪者となるということであり、それをシグニューの使用人はしようというのである。

 

「お前は罪を犯しているのだぞ。それでも良いのか?」

 

 俺が使用人に尋ねると、彼女はふふっ、と笑う。

 

「何故笑う?」

 

「すいません。つい、似ていると思えて嬉しく思えたのです」

 

「似ていると?誰とだ?」

 

「シグニュー様とで御座います」

 

「それはそうであろう。俺とあいつは兄妹なのだからな」

 

「ええ、だからで御座います。貴方も心お優しい方だ。民のことを考える、王として素晴らしいお方だ」

 

「—————俺が王として素晴らしいと?」

 

 俺は彼女の言葉の真意を知りたかった。今、俺は大切なものを何一つとして守れずにここにいるのだ。

 

 そんな愚鈍で何も守れない者が王として正しいと—————?

 

 ならば、シゲイルのように自己の利益や満足のためだけに国を動かした方がまだマシだ。守ろうとして守れないのなら、守ろうとも思わずに守らない方が余程気が楽なことだろう。

 

 それでも、使用人はこう言うのだ。

 

「ええ、貴方も民のことを考えておられる。殺される国の国民である私を、貴方は自分の命よりも先に考えた。命乞いよりも先に、私にこの行動の覚悟を確かめた。それは王になる糧となるでしょう。私はこの国の民ですが、この国は貧富の差が大きく、私は貧しい庶民でした。父は戦で死に、母も娼婦を営み、女手一つで私を育ててはくれていたのですが、母も病気で死んでしまいました。職も無く、一文無しな私は路頭で物乞いをしているしか他ありませんでした。道を通る者は汚らしいと罵り、私は死さえ考えていた。だが、シグニュー様はそんな私を見かけてパンと金貨を数枚与えて下さった。この国で生まれていないシグニュー様は上流層の者からは嫌われてはいるのにも関わらず、彼女はその視線を無視して私に生きる義務をお与えなさった。嬉しかった。彼女のような心優しい人に巡り会えるなんて。だから、私は恩返しをしようと使用人を致しております」

 

「それでお前はここにいるのか?罪人を助けるために」

 

「はい。私はあの時シグニュー様に命を救っていただいた。なら、今度は私が彼女が出来ないことをするまでのこと。私が仕えるのは国ではなく、妃でもない。シグニュー様という一人の女性で御座います。彼女が貴方の死を望まない。なら、私は助けるまでのこと」

 

 すると、彼女は手に持っていた刷毛で俺の顔に何かを塗り始めた。彼女が塗っているものが口に入ったので舐めてみる。何とも甘い味がした。蜂蜜である。

 

 彼女は俺の顔に蜂蜜を塗り終えると、夜の森の暗闇の中に消えていった。

 

 その後、狼は最後の餌である俺を殺しにやって来た。だが、狼は俺の顔に塗られた蜂蜜の匂いに釣られ、俺の顔をペロペロと舐め始めた。そして、その狼の舌が俺の口に入った時、俺は狼の舌を噛み切った。狼は悶絶し、そのまま死に絶えた。

 

 そして、俺が狼を倒したのを知ると、シグニューは俺を地下室で匿った。その地下室は彼女が助けた貧民が彼女の力になりたいと言い、急遽作った地下室なのだと言う。シグニューは俺に復讐をしてくれと頼んだ。それは父と兄弟たちがシゲイルに殺されたからである。

 

 心優しい人はその分だけ残酷さを内に秘めている。ひらりとそれを垣間見た。たが、俺はその頼みを断ることはしなかった。その彼女の頼みは俺も思っていたことで、俺もシゲイルに復讐してやろうと決めていた。そして、俺はグラムを取り戻すのだと。

 

 地下室には明かりが無かった。陽の光は入るようには設計されていたものの、夜には明かり一つなく蝋燭も無かった。だが、それでも助けてもらった俺はどうこう口を出すこともなく、復讐の機会を窺っていた。

 

 そして、ある日の夜、魔術師が現れた。それは俺にとっては最悪の事態だった。復讐が出来なくなるかもしれないのだ。すると、魔術師は俺にこんな交渉を持ちかけた。

 

 私と交わらないかと—————。

 

 別にその交渉は俺にとっても不利益ではなかった。復讐のためには少なくとも人員が必要だった。魔術師は年老いた老女というわけでもなさそうで、子を産むには支障の無い年程に見えた。それにその女は姿をローブで隠し、顔も見えなかったが、何処と無く知っている感じがした。

 

 そして、彼女と交えた。夜、姿こそ見えなかったが、やはり彼女の匂いや声、雰囲気などを俺は知っているのだ。だが、誰なのかはさっぱり出てこない。

 

 それから、十ヶ月の時が経ち、またその魔術師は俺の前に現れた。腕に抱えるは小さな嬰児。魔術師はその子を俺の息子だと言った。そして、彼女はその子を育てられないから俺に育ててくれと託した。

 

 だが、俺には復讐心がある。その子を俺に託せば、復讐の道具となってしまうだろう。そのように魔術師に俺は話したが、彼女は俺が育てるのだと、一点張りであった。そのため、俺はその子を引き取ることにした。

 

 子をシンフィヨトリと名付け、俺は子を復讐のために育てることにした。

 

 しかし、普通はそんなことは親としてしてはならないことであり、例え俺が復讐を望んでいたとしても、それを子まで強要してはならないのである。だが、その時の俺は不思議とそれをしようと思えた。年齢などが若く、まだ赤児に対しての親心が無いからだろうか。

 

 若い俺に子育てをしろと言われても、まだ二十歳にもなってなどいない。そんな俺が復讐のために子育てをするのだ。子育てのノウハウも知らずに、思うがままに、自らの得となるように。赤児自身ではなく、自らに対して。

 

「—————お前の人生、血塗れのものとなるかもしれない。だが、私にはどうすることも出来そうにない。すまない。俺は俺の子さえも血塗れにしてしまうかもしれないのだ。許してくれまいか?」

 

 まだ言葉も発せない子に難しい事を問う。まだ生まれて間もない子がこれから何十年もの人生を考えられるわけもない。

 

 嬰児は喚き叫ぶ。だが、その叫び声さえも俺にはどうすることも出来ない。母ではないのだから、母の鼓動も聞かせてはやれず、俺は息子を血に染める覚悟を決めた。

 

 それから十五年が経った。シンフィヨトリは人一倍成長し、逞しいほど筋肉が骨に付き、剣や弓の扱いも一人前となっていた。俺たち親子は地下室ではなく、森の中に住んでいた。森の中で山賊紛いなことをやって生活をしていた。馬車を襲い、民家から物を盗み、それを生活の足しにして、俺は息子に復讐のための全てを教えた。息子の人生を俺の勝手な選択で復讐に染め上げているのだ。

 

 だが、それも息子には分からないだろう。いや、復讐をするということは分かるだろうが、それの何がいけないかを教えてなどいないのだ。まるで洗脳のように、復讐のためだけに作られた兵器のように俺は息子を育てていた。

 

 それは王とか皇族とかそんな話の前に、人間として最低な事だとは分かっていて、百も承知である。それでも、俺は私情を挟まずにはいられない。俺の美徳という名の理性が、復讐というなの破壊欲求に負けているのである。

 

 息子は森にいたうさぎを殺し、それを食べている。それで空腹の苦痛から逃れ、腹を満たそうとしている。そして、俺はそんな息子の人生を食べている。食べて、自らのものとし、他者の命を自分の欲望のために使っているのだ。

 

 —————俺は優しくなんかない。酷い人間だ。

 

 そう思えば思う毎に、俺は疑問を抱く。王として、名君として君臨せしむためには無慈悲さも時に必要なのではないのかと。

 

 理由付けて、自分の意見を正当化して、自分の罪を無いものだと見做して、それで万人が納得出来るのだろうか。

 

 それを納得させる人こそ、王として正しい。

 

 そして、俺は正しくなどない。

 

 俺自身がそんな俺に納得出来てなどいないのだから—————。

 

 それでも、俺は復讐の怒りに負けて、その怒りで大切であるはずの人も傷つけている。

 

「なぁ、シンフィヨトリ。父さんは間違っているか————?」

 

 何も知らぬ子にそう聞いた。

 

「何言ってるのさ。父さんは何も間違ってないって。だって、復讐が正義なんでしょ?まだ見たことないけど、悪いことした奴に復讐したい気持ちはみんな持ってるんだから、それをしようとすること自体が悪いわけないじゃん!」

 

 息子の言葉は道徳的なものが欠けていた。そう育てたのは正しく自分なのだが、なんと罪深いことなのだろうか。

 

 それでも、子の言葉に救われた気もする。自分の復讐の思いは当然なんだと誰かに言ってもらうことで、少しだけ心が楽になった気がした。

 

 道徳的感情と復讐の怒りが俺を矛盾の渦に落とす。いつまでも続くこの矛盾は俺に答えなど与えなかった。

 

 そして、俺たちはシゲイルに復讐をするために夜の王の館に忍び込んだ。衛兵に気付かれないように裏口から回り込み、邪魔な衛兵は叫ばれないように背後から一瞬かつ一振りで首を切り落とし殺した。物音を立てぬよう猫のように慎重、迅速に侵入する。

 

 静かな夜である。館の窓からは部屋の光が外に漏れ、外の光よりも温かい。

 

 一階を虱潰しに探した。食卓、キッチンなどがあったものの、シゲイルはここにはいないようだった。だから、俺たちは二階へと上がる。そしてまた虱潰しにあの男を探そうとした時だった。

 

「誰だ⁉︎お前たちは」

 

 背後から声がした。それはシゲイルがいないだろうと推測し、探りを飛ばした子供部屋の方からだった。そう、見つかってしまったのだ。その瞬間、背筋がゾワッとした。もしここで大声を上げさけばれたら、俺とシンフィヨトリは確実に衛兵に見つかってしまう。だから、相手が誰かよりかを確認するかよりも先に、俺はその声の主を持っていた剣で一刺しした。そして、すぐに後ろを振り返った俺は刺した人物を目にする。

 

「子供……?」

 

 俺が殺したのはシンフィヨトリよりも少し幼い子供であった。そして横たわる子供の死骸の隣には同じくらいの歳の子供がもう一人いた。彼は横たわる死骸を見て、大声を出して泣き出した。俺は急いでもう一人の子を殺した。だが、もう手遅れだった。衛兵たちが一斉に俺たちのいる所まで押し寄せて来てしまった。衛兵たちは横たわる二つの死骸を見て驚嘆する。

 

「若が、殺されたぞ!」

 

 先頭にいる衛兵がそう叫んだ。すると、衛兵たちは俺たちに槍の穂先を向ける。そうなると俺とシンフィヨトリは死ぬのかもしれないという恐怖に襲われた。

 

 俺たちはすぐに逃げるために応戦した。何人もの衛兵を撫で斬りにしてゆく。だが、数の差的に俺たちは圧倒的な不利。多勢に無勢で、俺たちは段々と大量を消耗し、そして敵に捕らえられた。

 

 それから少しして、シゲイルが到着した。到着するのが少しだけ遅かった。俺が子を殺してから、シゲイルがここに到着するまでには大きなラグがあったのた。それは、シゲイルとシグニューの寝室は三階の最上階にあったようで、二階には子供達しかいなかったのだ。

 

 シゲイルは自らの子が殺されたのを見て涙を流した。その姿が俺には意外でしかならなかった。極悪非道、非情だと思っていた彼が俺たちの前でこうも泣き崩れるだなんて思ってもいなかった。

 

 —————俺とは違う。そう思い知らされた。俺は多分、シンフィヨトリがそんな風に死んでもそう涙を流さない。悲しく思うし、悔しくも思うが、俺は涙を流せないのだ。

 

 シゲイルとの決定的な違いを直視してしまった。それは、もしかしたら俺が間違えているのではないのかと薄々実感させるかのような衝撃だった。

 

 王としては多分俺の方が相応しいと自負している。だが、人として、俺はこの極悪非道な王に勝てるのだろうか。

 

 答えはもう出ていた。問題はその答えとちゃんと向き合うかということだ。だが、その時間はもうないのかもしれない。

 

 俺たちはその日、すぐに処刑されることとなった。刑罰は生き埋めによる死刑であり。俺たちは森で土の中に埋められ、しかも、下から足掻いて地上に出ることがないように、俺たちは岩の箱に入れられた。一枚の岩の隔たりが俺とシンフィヨトリを分かち、塚から脱出しようにも、岩の壁が硬すぎて外へ出ることが出来ない。

 

 だが、それでも俺はシンフィヨトリと一緒に地上へと出ることが出来た。

 

 俺とシンフィヨトリを苦しめるために敢えて少量の食料が塚の中に配備されてあった。窒息死も良し、餓死で殺すことも良し、日の当たらない暗い土の中で死ぬまでの猶予を与え、俺たちを恐怖のどん底で孤独を叫ばそうというのだろう。だが、シグニューはその食料の中にグラムを隠し入れていたのだ。シゲイルのものとなっていたこの剣をシグニューは奪ってきたのだ。

 

 俺はその剣で硬い岩も難無く斬ることが出来た。そして、シンフィヨトリと一緒に土の中から這い上がり、シゲイルがいる王の館に行った。木の枝に動物性の油を塗り、そこに火をつけて矢として何本も飛ばした。その日は風が少し吹いていたため、丁度良い具合に風が火を大きくしてゆく。

 

 火事を草木茂る庭の方で起こした。すると、衛兵たちが水をかけて、火を消そうとしているが、もうその水さえも火の糧となり肥大化していく。その混乱に乗じて俺たちはまた館に侵入した。そして、中からも火事を起こしてやった。混乱の中さらに混乱させることで、人があたふたとしてしまう。

 

 どうやら、シゲイルは三階にいるようで、もう二階に火をつけてしまえばシゲイルへの復讐は達成される。だが、俺はその時、二階に火をつけるようなことはしなかった。

 

 そう、三階にはシグニューもいるのである。俺はシゲイルを殺さないといけないと同時に、シグニューをシゲイルの手から救わないといけないのだ。その上、シゲイルは俺がこの手で殺さないと気が済まない。父と兄弟を殺したシゲイルはどうしてもこのグラムで斬りたかった。

 

 三階まで上がった。三階はまだ火の手は届いていないが、それも時間の問題である。一階はもう火の海であり、二階も所々火がついていた。この様子では数十分もすれば三階まで火が来る。そうすれば、シグニューの命の保証も出来なくなってしまう。

 

 さっさとシゲイルを殺して、シグニューをここから連れ出さなければ—————。

 

 その思いを持って、俺はシゲイルの部屋を探した。そして、シゲイルの部屋を見つけると、ノックも無しに部屋に入った。剣を握った状態で、俺はシゲイルをいつでも殺せるように。

 

 だが、もう遅かった。シゲイルは自室で倒れていた。彼の胸の辺りには短剣が一刺しされていた。そして、目を開けたままピクリとも動かないシゲイルの隣にはシグニューがいた。彼女の手は赤く血塗られており、その手は炎よりも赤く見えた。

 

 シグニューは俺がドアの近くにいることを知ると、彼女は悲しそうに目頭には涙を溜めながらも、俺に微笑んで見せた。

 

「お兄様、私、私、人を殺してしまいました—————」

 

 無理にでも俺に微笑みかけようと頑張って笑顔を作ろうとしているのが分かった。庭の火が段々と大きくなって窓から入る火の光が彼女を照らし、血飛沫を浴びた姿を露わにしていた。その姿を見た俺は心がぐらりと傾いた。

 

 シグニューは夫であるシゲイルを殺していた。俺よりも先に、彼女は刃を彼の体に突き立てたのだ。

 

 彼女が人の道を外れた瞬間は何とも言い表し難いほど美しく、俺を震え上がらせた。人を殺した時、俺はあんな顔をしたであろうかと心の中で疑問を抱いた。

 

 俺は今までシゲイルを殺すために、彼の周りの彼に加担する人を殺してきた。何人殺したかも分からないほどに。だが、俺はその時、人の道を外れた時にそんな苦しそうな笑顔を浮かべていたのだろうか。

 

 いや、浮かべてなどいないだろう。ただ、ある目的のために人殺しを表情一つ変えずしてきたのだ。人を殺すのに情は必要などないと思っていたが、その情が何故人を美しく見せるのか。分からない。だから、さらに美しく見えるのだ。分からないと認識するほど、その人の道から外れたくなくても外れてしまった行為が美しいのだ。

 

 —————そんなもの、俺には一切持ち合わせてなどいない。

 

 また、その光景を見て、俺は大きな後悔と僅かばかりの安堵を覚えてしまった。

 

 俺がシゲイルを殺せなかったという後悔がある。大切な家族を目の前で殺されて、その上俺も絶望にたたき落として殺そうとしたということへの恨みを晴らしたかった。そして、その復讐を果たす役目を大切な妹のシグニューに押し付けてしまったことである。それが俺の感じた後悔の姿。

 

 僅かばかりの安堵、それはシゲイルが死んだということ。彼が死んでいい気味である。

 

 でも、俺は快い気持ちなど持てるわけもない。目の前にある自らが殺した夫の屍体を見て、自らのした行為を悔やみ、そして人を殺したという罪の意識に囚われている妹がいるのだから。

 

 シグニューは初めて人を殺した。心優しい彼女が人を殺したという汚点は、例え周りの人々が咎めなくとも彼女は自分自身をずっと咎め続けるだろう。

 

 だから、俺は言葉を選んだ。ただ、その時の俺も状況がよく分からなかったため、その状況だけでも教えてくれと頼んだ。

 

「何があったんだ?」

 

 なんと馬鹿なのだろうか、俺は。状況説明をさせるということは、彼女の目に映った主要な出来事を思い出させ、声に出させるというもの。言葉を選んでも、俺の口から出てきた言葉は彼女にとっては棘だった。

 

 だが、彼女は俺の言葉を聞いて、気を取り戻した。人を殺したということで錯乱状態になっていたのだろうが、まともに話せる程度ではあるようだった。彼女は重い口を開き、辿々しい言葉でこう答えた。

 

「私、殺してしまいました」

 

「ああ、知っている。だが、何故だ?」

 

「何故……ですか?それは……」

 

 彼女は俺の隣にいたシンフィヨトリをちらりと向いた。

 

「告白したんです。本当のことを」

 

「本当のこと?何のことだ?」

 

 彼女は俺とシンフィヨトリの顔を窺い、まるで何かを隠しているようだった。

 

「何を隠しているのだ?」

 

「……言えません。それだけは、絶対に……」

 

 反抗的な態度だった。そんなシグニューの姿は俺も初めて見た。初めて反抗的な態度を取られ、彼女の隠していることが重要なことなのだと知り得た。

 

 俺はなるべく彼女を傷つけないように問い糺す。

 

「教えてくれ。双子の兄である俺に。何があったのだ?」

 

 彼女は口籠った。別に彼女を責め立てる気はないが、真実を知りたかった。そして、人を殺すという未来から彼女を守れなかった俺の責任を消したかった。

 

「理由を聞いたら、お兄様は私のことを嫌いになるでしょう」

 

「そんなことあるわけなかろう。お前は俺の大切な妹だ。お前を嫌いになるわけがない」

 

 俺は彼女の目を見た。真っ直ぐに、愚直と言われるほどに—————。

 

 彼女は俺の目を見なかった。視線を逸らし、俺の顔をあわせる事を避けているようである。

 

「—————そんな貴方だからいけないのです」

 

「え?」

 

「そんな貴方だからいけないのです!貴方がそう、優しいからッ‼︎だから、私は人を殺した—————‼︎」

 

 俺にはさっぱりと彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。だって、俺の優しさが彼女に人殺しをさせたなんて、有り得るわけがない。まず、俺は優しくなどないし、仮に優しかったとしてもその優しさでどうやって彼女を人殺しにさせるのであろうか。

 

 だが、嘘を言っているようにも見えない。彼女はいたって本気で、そう口にしている。人殺しをさせたのは俺なのだと。

 

 彼女はシンフィヨトリに近付きこう告げた。

 

「—————貴方は私の子なのです。シンフィヨトリ、貴方は私とお兄様の子なのです」

 

「……は?何を言っているの?叔母さん。だって、叔母さんは父さんの妹じゃないのかい?」

 

「ええ、でも、私とお兄様は体を重ねたの」

 

 何を言っているのだろうか。確かにシンフィヨトリは俺の子で、ある魔術師と同衾して生まれた子だが……。

 

「お前、あの時の魔術師か?」

 

「はい。私は貴方と不貞を働きました。お兄様」

 

 そうか、あの時知っていると感じたのは気のせいなどではなかったのか。あれはシグニューであり、俺はシグニューの交わっていたということなのだろう。

 

「お兄様がこの館に火をつけ、庭の方が大騒ぎになっている時に、私はシゲイルの所に来ました。まだ、一階は火が然程あるわけでもなく、まだこの三階からでは火の様子を見ることが出来ない。つまり、シゲイルはまだ火事に気付いておりませんでした。しかし、私はもうお兄様たちがこの館に火をつけているのを知っておりました。そして、シゲイルの命はもうお兄様たちに奪われるのだと思っておりました。だから、私はせめてお兄様と通じたということを彼に説明しようと思いました。仮にも私は妻ですから、彼に私は不貞を働いたことを報告しようとしました。その上で、貴方はもう生きていられないのだと」

 

「どうせ死ぬのだから真実を教えたということか?」

 

「はい。ですが、シゲイルはそれを言われて逆上しました。妻である私が内通者だったので、彼はそれが許せなかったのでしょう。彼は私を殺そうとしました。いっそ死ぬのならお前も殺してやる、と彼は言いながら私の首を絞めてきました」

 

「で、殺したのか?」

 

「別に最初はこれで良いのだと思っていました。私は妻でありながらも夫を殺すようなことをしてしまいました。だから、お兄様の罪の分も背負って死ぬことも良いのかもしれないと。ですが、彼その時にこう言ったのです。お兄様は王として欠陥だと。人の心を持ってなどいないのだと。私はその言葉が酷く気に入りませんでした。それで、気が付いたら私は彼を刺していたのです」

 

 俺は王としては欠陥的である。それは実を言うと、当の本人である俺も知り得ていたことだった。俺自身、俺が本当に王として相応しい男だとは思ってもない。

 

 王とは所詮人である。だが、俺には人としての大事な部分が圧倒的に足りない。『愛』である。

 

 シゲイルはそこの点では人らしい。欲まみれの男でありながらも、家族には愛があった。そう、それこそ人らしく人間の本質的な姿。だが、そこが俺には無いのだ。その分だけ、俺はシゲイルに対する復讐という名の怒りがあった。

 

 確かに俺は王としては相応しいのかもしれない。だが、王とは人であり、その人としての大事な部分が抜け落ちているのだから、王である前に人間性を疑ってしまう。よって、俺は王として相応しくないのだ。

 

 選定の剣などが俺を選んだが、それでも剣は俺を王にはしてくれるというわけではないのだろう。王の素質はあっても、俺は王になれない。人として大事なものが無いのだから。

 

 悔しい。だが、それでもシゲイルの言っていたことは何一つ間違えてなどいない。その上、俺は子に復讐の手伝いをさせて、妹に人を殺させている。そして、そんな人殺しに抵抗なくこう話せているだけ俺は狂っている。傍にシゲイルの屍体があるというのに。

 

 だが、今はそんなに呑気に話している場合ではない。もう火の手がここまで迫って来ているのである。俺は彼女の手を取った。

 

「色々聞きたいことはあるが、とにかく、今は逃げることが先だ。行くぞ!」

 

 俺は彼女の手を握り火から逃げようとした時、彼女は俺の手を解いた。

 

「すみません、お兄様。私、行けません。行きたくありません—————」

 

「何を言っている?逃げないと、死ぬぞ?」

 

「ええ、それでいいのです。仮にも私は一国の妃であり、夫を殺した反逆者。—————だから、私は死なねばならない」

 

「ふざけるな!何故、お前だけが死なねばならない⁉︎俺だって、シゲイルを殺そうとした。なら、俺も反逆者だ」

 

「じゃぁ、お兄様は私と一緒に死ぬのですか—————?」

 

 俺は何も返せなかった。俺は生きたいと思っており、彼女はそれを望んでなどいない。俺はまだ死にたいとは思っていないから、今死ぬことなんてあり得ない。

 

 でも、彼女を死なせたくもない。

 

 死なせたら、本当に俺は何にも守れない王になってしまうから—————。

 

 利己的な理由で俺は彼女を生かそうとしているのだ。望んでもいないのに、彼女に生きろというそんな俺は間違っているのだろうかと疑問に思ってしまう。

 

「……シンフィヨトリ。先に行っててはくれぬか?」

 

 俺はシンフィヨトリにそう告げた。シンフィヨトリは困惑していたが、彼は俺たちを置いて先に館から逃げた。

 

 燃え盛る館に双子の兄妹がいる。生き延びても生き恥を晒すだけだから死にたいと言う妹と、そんな彼女に生きろと強要する兄。

 

「お願いだ。もう、誰も失いたくはないんだ—————」

 

 俺は彼女に本音をぶちまけた。

 

「父もいない、兄弟たちもいない。だが、お前は今俺の目の前で生きている。大丈夫だ。お前が例え夫殺しの汚名を着せられたとしても俺はお前のことを信じるさ。だから……」

 

「無理でございます。私は腹を決めました。もう、私は生きたくなどないのですから。夫を殺し、その上近親相姦までした。気味悪がられることに変わりはない。だが、私が死ねばそれは全ておしまいです」

 

「そんなことはない!他の人たちにはそれらのことを隠しておけば良い。シゲイルは俺が復讐として殺した、お前は近親相姦などしていない。それで良いじゃないか。お前は事実を隠すだけで良いんだ。そうすれば、お前は生きていられるさ」

 

「それが嫌なのです—————!」

 

 彼女の怒号を初めて聞いた。淑やかだった彼女の首が震え、俺の鼓膜を揺らす。

 

「私は死にたいのです!死にたい、死にたい、死にたい、死にたい‼︎この世に生きていたくはない!」

 

 まるで自殺を望むように彼女はそう告げた。彼女の言葉には嘘など無く、その言葉は彼女の本心から出たものであると悔しくもそう思ってしまう。彼女の強い言葉にどれほどの意志が込められているのだろうか。それはもう遥かに俺の想像を凌駕するほどのものであろう。

 

「……何故、お前はそうまでして死を求める?」

 

 そんなことしか俺は聞くことがなかった。他にももっとやれることはあったはずである。彼女が死の方向へ走り行こうとしているのを止めることも、言い返すことも出来たはずである。

 

 でも出来なかった。彼女の揺るぎない心の芯の太さに俺は心打たれてしまったのだ。

 

「それは—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————お兄様のことを愛し過ぎているから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言、たった一言が俺の心を納得させた。女性らしい彼女の涙により、俺は妥協せざるを得なかった。

 

「愛してる。双子兄妹としてではなく、男性女性として。だけれど、それはいけないことだって分かっている。兄を愛することなんていけないことで、ましてや近親相姦で子を産んだなんて許されるわけがない。それでも、私はお兄様を愛し過ぎている。心がどうにかなってしまいそうなほどに。だから、私はここで死ぬのです。お兄様の顔なんてもう見たくない。見てしまったら、私、もうお兄様をお兄様として見れなくなる」

 

 彼女はそんなことを言う。だから、別に驚きはしなかった。それは俺の心の中の何処かで、そう思い当たる節があったからである、彼女がそういう思いを持って、俺に接していたことも、本当は無意識下に察していたのではないのだろうか。

 

 それに、この相手の心を読むことが出来る力を手に入れてから、そんな彼女の想いはとっくのとうに知っていた。ただ、それを俺の目の霞だとして直視しなかっただけ。本当は知っていた。

 

 だけど、俺は彼女とあくまで双子の兄妹としていたいと思っている。男性女性という性のカテゴリで分けるのではなく、血縁関係によって分けていたいのだ。それでもって俺は彼女を守りたい。守れる存在でありたい。

 

 そう思っているはずなのに……。

 

「—————それでいいのか?」

 

 何一つ言い返す事が出来ない。彼女に死んでほしくないのに、ここで言い返す言葉が一つとして出てこないのだ。

 

「はい」

 

 彼女はそう応えた。

 

 俺はそんな彼女を腕の中に入れた。

 

「……ごめん」

 

「何でお兄様が謝っているのですか?謝るのは私の方でございます」

 

「いや、本当にごめん」

 

 謝ることしか出来なかった。何故か、謝りたくなった。

 

 彼女に何も言い返す事が出来ない事が悔しい。いや、言い返す事は出来たとしても、彼女の想いだけは潰す事はしてはならないと思った。彼女がシゲイルの所へ嫁がされた時のように。

 

「もう、謝らないでくださいな。そんな貴方だから、私は貴方を恋しく思ってしまいます」

 

 そう彼女は言うと、俺のことを力強く突き放した。

 

「さぁ、もう行ってください。シンフィヨトリも待っております。私はここで、せめて国の妃として死を迎えたいのです」

 

 彼女の覚悟を決めた言葉に俺は逆らう事出来ず、彼女に背を向けた。血が出てしまうほどに強く拳を握り、唇を噛む。もう、俺は彼女を連れ帰る事は出来ないのだ。

 

 —————彼女を守ることなんてとっくのとうに出来ていなかった。

 

 俺は最後に彼女の顔を見ようとした。もう一生見れなくなる最期の顔。それを目に焼き付けた。

 

「どうか、私の分まで生きてください。栄光の国へと、お兄様、貴方が導いて下さい。王よ—————」

 

「—————その想い、しかと承る。だから、お前は見守っていてくれ」

 

「はい。貴方がいつか来るであろう場所から見守っておりますとも。貴方に栄光があらんことを—————」

 

 彼女なりに出した彼女の決断を踏み躙れる事なく、俺はそこから出て行った。全力疾走で、その場からどうしても離れたくて、一心不乱に自分の弱さを噛み締めて、火の海を飛び越えて、悔し涙を流しながらその場を去った。

 

 —————なんて、俺は弱いのだろうか。

 

 弱い俺は彼女に王と言われた。

 

 弱い王、それが俺なのだとしても、国に栄光を。

 

 それが彼女の願いなのなら。

 

 俺は王になる決断をした。

 

 弱者の俺が強者になる。

 

 例え、弱者のままでも。

 

 俺は強くなり、王として民の上に立つのだ—————。

 

 俺はそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様はもう行ってしまいましたか」

 

 彼女はシゲイルの胸に刺さっている剣を抜き取った。さらに、彼の胸からは血が溢れる。彼女はその剣を服で拭いて、自らの首に向けた。

 

 ばちばちと木が燃える音がする。火は三階まで到達しており、あと数十分ほどでこの館は完全に火に包まれるだろう。

 

「お兄様、ありがとうございます。私に生きる道を差し伸べて下さって。それでも、私は私情で人を、一国の王を殺した女。私はここで果てる運命にてございます。だが、私と双子である貴方は光り輝いている未来がある。どうか、貴方の未来が輝かしい未来であることを」

 

 彼女はぐっと短剣を握る。

 

「ああ、愛とは儚きものですね。いつか、また貴方と会いたい。今度は私は貴方の隣にいるような女性がいい。貴方に寄り添える人になれたのなら、嬉しいです」

 

 彼女は握られている短剣を喉元に刺した。

 

「—————愛よ、永遠なれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、いつか、貴方にまた会える時が来りし時に、愛の歯車よ、永遠の時を刻み、回るのです—————」




というわけで、もう一つのお知らせでございます。
えー、もう一つは私Gヘッドが頭を下げる内容なのですが、このアーチャー編が3話では終わりそうにありません。頑張ってはみたものの、意外と長くなってしまい、4.5話ほどになりそうです。
なるべく4話で終わらせたいと思っております。

アーチャーのもう一つの宝具やその他諸々の説明は次回以降とさせて頂きます。

次の更新も10日後です。


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栄枯盛衰と怒りの源流《中編》

はい!Gヘッドでございます。

題名を変えました。意味はそのままの意味でございます。

アーチャーの過去は5話ほどで終わりとなりそうです。意外とこった作りとなっております。


 シゲイルを倒した俺とシンフィヨトリは自国に戻った。シンフィヨトリからしてみれば初めて見る土地である。彼は戸惑いこそあったものの、俺の生まれ故郷であり、俺が王として君臨する地でのこれからの未来に想いを馳せていた。彼にとって新しい土地に定住するのだから、反論を言われると思っていたが、何一つ口答えせずに快くこの地に住むことにしてくれた。

 

 シンフィヨトリは特に不満もなく、また新しい生活を出来るのだと思っていた。だが、その生活は思い描いていた生活とは少し違うものであった。

 

 俺たちは十数年間もこの国にいなかった。そして、王族である俺たちが長い間いなかったのだから、新たな国王が俺たちの国に生まれてしまったのである。俺はてっきり、国に戻って来たら歓迎パレードでも開かれるのではと思っていたが、そんな期待をしていた俺が馬鹿だった。

 

 いや、そんな歓迎パレードなぞ開かれるわけがない。父に兄弟、そして双子の妹さえも守れなかった男によく戻ってきたと拍手喝采が巻き起こるわけがない。

 

 つまり、俺は王などではなくただの民になってしまっているわけである。

 

 だが、そんなことが許されるわけがない。俺はシグニューに言われたのだ。王として君臨し、国は栄華を極めなければならないのだ。それが俺に課せられた使命なのだから。

 

 俺は帰国してすぐさま国を取り返す準備をした。話せばなんとかなる国の権力者たちに援助を要請し、現国王を王の座から引きずり下ろす計画を練る。正統な王の血筋を持つ俺が権力者たちに援助を頼んだら、多くの者たちが快く俺の申し出を快諾してくれた。偶に俺の人の心を読むことが出来る目に欲の深い権力者が映ることはあったものの、ほぼ大半の権力者たちから下心を窺うことは出来なかった。

 

 父が基盤を固めていたのである。父は確かに厳しい人ではあったが、民や臣下からの信頼は厚かった。そして、それ故に俺の影は権力者たちからは薄く見えるのだろう。あくまで、俺を助けるのは俺を信頼しているからではなく、俺の父を尊敬しているからである。父の子だからという理由で俺は援助をもらえており、俺自身の人柄などを評価されたのではない。

 

 しかし、それでも今はそんなことにグジグジと文句を言っている場合ではない。一刻も早く国を取り戻さなければ。

 

 俺は焦っていた。みんな俺を父と比較するのだ。そして、最後はみんな心の中でこう思うのだ。所詮父の子で、まだまだ青二才なのだと。

 

 俺は一時一時を失うのがすごく惜しい。少しでも早く俺が国王として立たなければ、国に栄光の光が差し込むなんてことも遅れてしまう。そうなれば、俺はシグニューの願いを叶えることが出来なくなってしまう。

 

 俺は急いで行動を起こした。まず簒奪者である現国王と交渉をさせろと要求する。だが、そんなことは現国王からしてみれば厄介なことであり、当然のことながらその申し出を一蹴した。そして、それを何度か繰り返し、その度に要求を踏み躙られてしまう。だが、そうなることは百も承知で、その行動を予測した上で、もう次の行動を取っていた。

 

 国へ攻めるのである。かつては俺を育んだ土地に一時的な刃を向ける。

 

 その結果、俺は国を奪還した。俺たち一族の代わりとして王となっていた者の政治はなんとも酷いものだったようで、俺が力を貸してくれと民にも援助を乞うと彼らは快く俺に命を預けた。そして、俺は権力者、民の力を得て国王としての地位を奪い返した。

 

 俺は遂に王としてこの国の頂点に立ったのだ。

 

 そのあと、俺は荒れた自国の制度などを立て直しながら、ボルグヒルドと言う女性を妻に迎えた。彼女と俺は互いに愛し合っていたわけではなく、政略結婚だった。そのため彼女との仲は悪くもなければ良くもないというような状況であった。

 

 俺と彼女の間には二人の子が生まれた。そして、特に変なことが起こるわけもなくこのまま国に栄華という綺麗な花を咲かせるのだと思っていた矢先に事件は起きた。

 

 シンフィヨトリがボルグヒルドによって毒殺されたのである。

 

 以前、シンフィヨトリは継母であるボルグヒルドの弟と一人の女性を賭けて争い、その弟を殺してしまったのである。それにボルグヒルドは怒り、シンフィヨトリを殺してしまった。

 

 俺はそんな彼女の行動に怒りを見せた。確かに俺はシンフィヨトリに対して息子という感覚は無かったが、人として彼のことが好きだった。親としての愛ではないにしても、仲間としての愛があり、今回はその愛が怒りとなってボルグヒルドに向けられた。

 

 だが、俺は彼女を殺すようなことだけは出来なかった。彼女は確かにシンフィヨトリを殺したような女ではあるが、彼女だって弟をシンフィヨトリに殺されたのである。

 

 それはつまり俺が殺したというようなものでもあった。

 

 何故なら、俺はシンフィヨトリに殺しのことしか教えてこなかったのである。物心ついた頃から、シゲイルの復讐のために人殺しの方法だけを教えてきた。逆に言えば、俺は人殺しの方法しか教えてなどいない。だから、彼は人を殺すことしか出来ないような人になってしまったのである。

 

 だから、シンフィヨトリには殺ししかすることは出来ず、そのシンフィヨトリの責任は俺にあった。だから俺はボルグヒルドを殺すようなことは出来なかった。

 

 結局、俺はボルグヒルドを追放という形で俺の視界から消した。つまり、それ以外のことは何も出来なかったということである。俺が彼女へ罰を与えるような権限は本来持ち合わせてなどいないのだから。

 

 俺の側にいたはずの者が一人減った。いつも俺の隣にいて、よく笑いながら、全然場の空気を読まない俺の子が普段の生活から消えた。ああ、なんとも悲しきことである。例え我が子だからと言い、我が子としての愛情を与えなかったにせよ、人としての愛情は与えていたつもりだった。だから、寂しい。俺の隣には空しかないのだ。

 

 王としてこの国の民を纏め上げ栄光に導こうとしているが、それでもまた俺の隣にいたはずの人を守れなかった。あれも俺が人として、復讐の道具ではないように彼を育てれば良かったのである。ただそれだけなのだ。なのに、俺はそれをしなかった。

 

 守れたはずの命だったのではないかと、俺は自らに語りかける。だが、自分からの返答は一度もなかった。答えなど見つからないのである。四十にもなって、未だ守れるはずの命を守れなかった理由を見つけられないのだ。

 

 だが、国は安定していた。シンフィヨトリがいなくなっても、国は彼が必要ではなかったかのように安定して、民の暮らしは実に豊かになっていく。父が王であった時代と比べても、国は大きく成長していた。

 

 父がいなくとも、兄弟がいなくとも、妹がいなくとも、子がいなくとも、俺の力だけで国は遥かに大きくなっている。彼らが亡くなったのに、国が栄華を誇るという現実に納得出来ない。いや、納得などしたくない。

 

 彼らが亡くなったのに、何故国は豊かなのか。

 

 亡くなってしまったから良くなったと考えながらも、亡くなってしまったのに良くなったと考えてしまう自分がいる。

 

 だがそんなことは俺の心の問題である。過去を見るのではなく、未来を見なければならない。

 

 大事なものは過去ではない。未来なんだ、と。

 

 俺はその頃からあまり人を自分の周りに近付けなくなった。もう大事な人を作りたくないのである。大事な人を作っても、どうせ守ること出来ずにその人は死んでゆく。そんな未来が分かるのである。

 

 人の心を読むことが出来る目は、いつしか俺にとって未来を決定する目になってしまった。

 

 大事な人を作りたくない、だがそれでもシグニューとの約束を守ろうと思った。栄光なる国に育て上げるという彼女との約束は俺をいつまでも縛り続けるのだ。

 

 その結果、俺は段々と嘘を吐くようになっていた。シグニューとの約束であり、彼女の望みを叶えようとしても、簡単に国が大きくなるわけではない。だが、俺は国を大きくしたかった。周辺諸国がこの国の名を聞いただけで怯え、冷や汗を流すようなほどにまでの強国にしたかった。彼女の望みと俺の欲望がそう思わせるのだ。そのため、ゆっくりと力を蓄える国ではなく、手早く力を蓄える国として成り上がらせたかった。そのために嘘をついた。

 

 俺の目は人の心を読むという芸当が出来たため、嘘を吐くには持って来いだった。相手にはバレないような嘘を選び抜き、嘘を吐く。そうした上で、俺の国は利益をバッコバッコと得るのである。

 

 俺はその嘘を駆使し、国は父の代よりも遥かに大きく成長した。その現実を目で見て、それが俺にとっての心の安らぎともなっていた。元より騙す相手に情などもない。大切な人を作らないように、人を遠ざけてきた結果、俺は人に非情になりつつあった。たが、俺はそんな自分を認めてしまう。

 

 国が大きくなったからいいじゃないかと。

 

 そう、俺は間違っていた。誰でも気付くようなことに俺は気付いていなかった。過去(後ろ)を見て歩いていては転んでしまう。だから未来()を見ようと思っていたのに、結局見ていたのは現在()だった。下ばっかり見ていたら落ちているものは交わせるが、前にある障害物は交わせない。そんなこと、誰でも知っているのに、俺は気付かなかった。

 

 時は俺に大事なことを気付かせずにそのまま過ぎてゆく。

 

 そして、ある時俺はある女性と会った。他国の宴に参加していた時である。その宴には多くの貴族やら何やらが参加し、何とも天上爛漫豪華の如く、盛大な宴だった。俺は強国の王としてその場に出席していたので、ずっとみんなの視線が俺の方を向いていた。俺のことをすごいと思っている者もいれば、ただの金持ちだろうと思う者もいた。その好奇の視線が俺にはあまり快く思えない。あまりこういう派手な宴など好きではないし、第一、人を遠ざけているような俺はみんなの視線の的となるなんて真っ平御免だった。だから、俺はこっそりと宴の席を抜け、宴が行われている館を見て回ることにした。

 

 静かな夜、俺は庭園内を歩いていたら、一人の女性を見つけた。彼女は木の根元で座り、うたた寝をしている。手に持っているのは酒の杯であり、ただの呑んだくれかと思いながらも、俺は彼女を起こすことにした。夜なので気温は寒く、こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまう。

 

「おい、起きろ。風邪を引くぞ」

 

 彼女の肩を揺さぶる。彼女はそれでも起きない。

 

 ……置いていくか。起こすのも面倒だし、それに俺は酔っ払いを起こすためにこの宴に来たわけでもない。

 

 そう思い、俺はこの女を置いていこうとすると、女は俺のズボンの裾を掴んだ。

 

「むふぅ〜、まだまだ飲み足りないよぉ〜」

 

 呑んだくれが呑んだくれらしく酒が足りないと叫んでいる。だが、そんなことを初対面の俺に言われても困るし、ましてや彼女は俺を誰かと認識してもいないだろう。

 

「おい、俺は酒を持っていないぞ」

 

 だが彼女はズボンの裾を離してくれそうにない。しょうがなく俺は無理矢理引き離そうと彼女の手を握った。そして、ズボンの裾から引き離すと、彼女はコロンと寝転がってしまった。何ともぐうたらで情けない姿なのか。そんな場所で寝転がってしまっては風邪を引くが、面倒くさくなることに変わりはなく、彼女をそこに置いたままにして、戻ろうとした。

 

 が、戻れない。人にはある程度の良心が備わっていて、その良心を隠していたつもりだったが、何故か弾んで出てきてしまった。

 

 俺は彼女の顔を覗き込む。間抜けな面だ。そんな彼女をおんぶして館のベッドルームまで連れて行き、彼女をそこに寝せた。

 

 静かな寝息を立てて、胸を上下に動かしている。気持ち良さそうに瞼を閉じている彼女を見ていて、何処か心で安らぐものを感じた。

 

 久しぶりだった。こんなに、俺に無防備で弱い面を見せる人が。俺は人に弱い所を見せないでいた。それは誰も俺に近づけないように、表の強い自分を見せているからである。だから、俺は誰かの弱い部分なんてここ最近見たこともない。

 

 まぁ、別にそれも苦ではない。それはそれで俺にあっているんだと実感している。だから、その俺の行動に不満や悔いはない。

 

 だが、やはり、こう人の弱い部分を見ると、自分だけではないのだと思うのである。弱い所を見せないようにしていたが、人には弱い部分や知られたくない所があるのだと。

 

 俺は結局、ずっとその部屋にいた。宴に戻っても良かったのだが、宴に戻っても楽しくはないだろう。だから、俺はずっとその部屋で一人公務をこなしていた。公務と言っても、椅子の上で部屋の中から夜空を見上げながら他国との問題に頭を悩ませているだけのこと。

 

 ちなみに性的な行為については一切していない。俺は寝ている女に猥褻な事をするほどに飢えてもないし、野蛮でもない。ましてや、呑んだくれと肉体関係を持つのはなんか嫌だ。名も知らぬ初対面の女を俺は犯せない。

 

 それから少し経った。俺はずっと椅子の上に座っていて、瞼が重くなってきた。頭がぼぉっとして、首が上下に揺れる。欠伸をかいても、未だに睡魔が俺を支配しようとしている。最初こそ、その睡魔に抵抗をしていたものの、段々とその抵抗さえも虚ろ虚ろとなってきてしまい、そしていつしかその睡魔に負けた。

 

 こくりこくりと頷いていたのも、下の方をずっと向いていたら、突然大声が部屋の中で響いた。気持ち良くなっていたという時にまるで俺を驚かすかのように甲高い叫び声。俺はその声に叩き起こされた。すると、女は起きていた。

 

「だ、誰ッ⁉︎」

 

 Ohー、it'sテンプレート。誰もが一番言いそうなことを彼女は言ってくれる。

 

 だが、そんなこと言われるなんてことは最初から知っている。いきなり起きたら、男と同じ部屋にいるなんてそりゃぁ、サイッアクの状況である。まず、自分が服を脱がされていないかを確認して、その後自分が何かされていないかを調べる。そして、また俺の方を向くなど、結構前に予想していたことである。

 

 そう、だから彼女が起きる前に俺はこの部屋から出て行こうかと思っていたのだが……。

 

「……クソッ。寝てしまった」

 

 あの時睡魔に負けてなどいなかったら、この面倒くさい展開から逃げられたはずなのに。

 

 自分の不覚のミスに落ち込んでいると彼女がそおっと俺の顔を覗き込んできた。

 

「え?何で落ち込んでるの?」

 

「疑われた後は慰められるのか……。なんか悔しい」

 

「慰めてないから」

 

 何故か悔しがっている俺と、変態と呼ぼうと思っていたのに目の前で落ち込まれて動揺している彼女。変な雰囲気になってしまった。

 

「って、そうじゃないわよ!あなた、誰なの?私を寝かせて、その上で犯そうっていう算段なら容赦しないわよ!どうせ、私が寝ている間にこの体をベトベトと触って、舐め回して、弄りまくってたんでしょ?」

 

 何と酷い言いがかりなのだろうか。自分の寝ている姿を見られたというだけで、初対面の男にそう堂々と被害妄想をぶつけることが出来るというのはある意味凄いと思う。才能だろう。

 

 別に褒めてはないが。

 

「それは誤解だ。俺は変態ではないし、アブノーマルでニッチな性癖を持っているわけでもない。それに、本国に帰ってから、そんなことやろうと思えばいつでもやれる(やる気は甚だないけど)」

 

 俺はため息を吐きながら、椅子から立ち上がった。

 

「俺の名はシグムンド。王だ」

 

 俺は自信満々に彼女そう告げた。すると彼女は馬鹿でアホらしい顔を見せつけてくる。

 

「……ふぇ?シグムンド?」

 

「……え?あっ、いや、その、俺はだな……」

 

 彼女の口から発せられた一言が俺の額に一気に汗を拭き上がらせた。俺の目には見える。彼女の心が俺のことなど一切知らないと言っているのが。

 

 彼女はアホらしそうで本当はただのアホであった。そしてそんなアホに堂々と胸を張って言ったことが馬鹿みたいに思えてきた。

 

 恥ッズッカッシー‼︎顔から火が出るほどに赤面し、あまりの恥ずかしさに俺は壁に頭突きでもしていたいと思った。

 

 それから俺は彼女に自分のこと、そして何故彼女が寝ていて、その部屋に俺がいるのかということを。馬鹿でも分かるように懇切丁寧に細かいところまで教えてやった。

 

「……だから、お前はここで寝ていたのだ」

 

「じゃぁ、あなたは……」

 

「酒を飲みまくってべろんべろんのお前を親切に介抱してやっただけだ」

 

 彼女は真実を知ると、すぐに俺に頭を下げた。

 

「すいません!つい、てっきりそういう変態なのかと」

 

「いや、別にいい。そう思われることを予想しておきながら睡魔に負けた俺が悪いのだ」

 

「いやいやいや、そんなことありませんって!」

 

「……おい、どうして急に敬語で話す?」

 

「そ、そりゃぁそうですよ。だ、だって、あの大国の王様ですから、私のような一人の女がエラソーなことを言ってしまっては……」

 

 さっきまで散々人のことを変態呼ばわりしておきながら、今となっては敬語である。すぐ人を疑い、すぐに謝る。潔いことはいいことなのだが、何か俺はそんな彼女に落胆してしまった。

 

 彼女も他の者と同じなのか。

 

「別に怒ってなどいない」

 

 俺はそう彼女に応えると、宴の場に戻ろうと部屋を出て行こうとした。そろそろ戻らないと宴の場で俺がいないと騒ぎになってしまうかもしれない。

 

 その時だった。

 

「待って下さい!」

 

 さっきの叫び声よりも大きな声で彼女は俺を呼び止めた。俺は彼女の方を振り返る。すると、彼女は涙を目頭に溜めながらこう言った。

 

「わ、私の体をつ、使ってください」

 

 彼女は歯を食いしばりながらも服を脱ぎ始めた。震える手を服と肌の間に入れてゆっくりと生肌を俺に見せてゆく。

 

 そんな彼女の姿に今度は俺の方が状況把握出来なくなってしまっていた。何故、彼女は肌を俺に見せてくるのかが分からない。いきなり俺を引き止めて服を脱ぎだしたのだから、困惑してしまう。

 

「え?何?露出狂?」

 

「違います!」

 

 彼女はそう言ったあと、すぐに自らの手で口を塞いだ。それでも、言った言葉は口に戻ることはなく、彼女の表情は青ざめていた。

 

 彼女の行動がよく分からなかった。なので、とにかく彼女を置いて俺はこの部屋から逃げようと思った。そうでないと、何かヤバそうな展開になってしまいそうだと悟ったからである。

 

 すると彼女は後ろから俺の腰に抱きついてきた。服を着ていない。裸で、俺に行くなと言わんばかりに必死に力一杯俺を引き止める。

 

「行かないでください、行かないでください。私が悪かったです。だから、許してくださいお願いです。何でもしますから、許してください」

 

 彼女は涙を流していた。

 

 そういうことか。彼女は多分、俺が怒ったと思っていたのだろう。彼女に変態呼ばわりされ、俺は素っ気なく出て行こうとしたから、彼女は勘違いしたのだ。だから、彼女は服を脱いで肌を見せた。それで俺の怒りが収まるのならと思ったのだろう。

 

 彼女はまるで命乞いのように俺にしがみつく。

 

「たわけ、何を勘違いしている?別に俺は怒ってなどいない」

 

「いや、でも……、部屋から出て行こうと……」

 

「そりゃぁ、宴に参加しているのだ。早く戻らねば他のみんなに失礼だろう」

 

 それでも彼女は申し訳なさそうな顔をしている。そんな顔をされると、俺の方が悪いことをしているみたいではないか。

 

「まったく、お前は何なのだ?」

 

「えっ?私ですか?私は……」

 

「いや、別にそういう名前とかを聞こうと思っているのではない」

 

「まだ一言も言ってないんですが……」

 

「言わずとも分かるわ。力を使わなくてもな」

 

「力?」

 

「あっ、すまない。それは別の話だ」

 

 俺はため息を吐く。彼女と話していると、話がてんで進まない。やはり馬鹿を相手にしているとこうなるのだろうか。

 

「おい、立ち上がれ」

 

「……私の体を嬲るようないやらしい視線で私を見るんですか?」

 

「違うわ、ボケ!」

 

 この女は自分が言っていることが俺に対して失礼極まりないと心得ているのだろうか。彼女の言動は一国の王である俺を動かすかもしれないのだと分かっているようには思えない。

 

 彼女が立ち上がると、俺は下に落ちていた服を拾い上げて服を着ろと命じる。彼女は俺の行動を不審に思いながらも、自らの服を着た。

 

「その……私は何をすれば……?」

 

「いや、別に何もしなくても良い」

 

「……ぬ、脱がせるのですね⁉︎」

 

「するか、この馬鹿者。そのままでいいんだよ」

 

「ち、着衣ッ⁉︎」

 

 あ〜、もう本当に面倒くさい。この女、呑んだくれで馬鹿でアホだけでなく、被害妄想も凄い。このまま話し続けていたら、俺は変態に仕立て上げられてしまうに違いない。

 

 俺は彼女のほっぺたを摘んだ。

 

「あのな、俺は何にもする気はない。それとも何だ?俺に犯されたいのか?」

 

「ち、違います!」

 

「じゃぁ、それでいいだろ?俺はさっさと戻らないといけないんだ。戻らせてくれ」

 

「……その」

 

「何だ?まだ何か言いたいことがあるのか?」

 

「……本当に怒っておりませんか?」

 

「怒ってなどいない!はい、これでおしまい!じゃぁな」

 

 俺はもうアホ女に引き止められないように全力でそこから走り去った。

 

 ああ、もう本当に何なのだ?時間を無駄にしてしまったではないか。それなら、宴の方に出ていた方がマシであった。

 

 それから俺は宴の方に戻った。予想通り、宴の会場では騒ぎになっていた。主役の俺が宴の場にいないとなると、多くの人が俺の姿を探していた。

 

 それでも、特に変なことが起きたということもなく宴はお開きとなった。

 

 それから俺は自国へと戻り、またいつものように公務を続けていた。そして、半年後。俺はまた別の宴に呼ばれることとなった。その宴は俺の国と友好関係を結ぼうとしている国の王の娘の結婚式らしい。いつもの俺なら断っているのだが、流石にここで断ってしまっては、友好関係を結べなくなってしまう恐れもある。味方は多い方が良いので、ここは参加するしか手がないようだ。

 

 仕方なく俺は宴に参加するため、馬に乗った。そして、数日経ち、俺は宴が行われる国に無事着いた。二十年前は俺も山賊紛いの生活をしていたから、山賊が出てきそうな場所ぐらいはわかるようにはなっていた。それでも、やはり襲われる側となると、不安はある。二十年来経ってやっと気づいたことだった。

 

 国に着いてすぐに俺はその国の王と顔を合わせることとなった。ハードなスケジュールだが、それも国のためを思えば頑張れる。だが、やはりこう予定が詰め込んであると心身ともに溜まる疲労が結構多い。

 

 欠伸をしながら俺は城の廊下を歩く。目頭を指で押さえ、目を少し圧迫させる。この国との友好関係も俺が吐いた嘘によって無事に結ばれそうなのだ。だから、嘘を吐くためには目が必要で、無理に目の力を使用してはならない。特にこういう疲労困憊の時には。

 

 確かに俺のこの目の力は常時発動してはいるものの、目の力を使い過ぎた時は稀に人の心の中を覗き込むことが出来なくなる。そのため、定期的に目の疲れを癒してはいるのだが、そう簡単に取れるものではない。

 

 っていうか、普通に眠い。

 

 俺の瞼が今にも閉じそうである時、突然背後から衝撃がきた。誰かに押されたようである。振り返ってみると、そこにいたのはいつぞやの呑んだくれ女であった。

 

「……お前、何をしている」

 

「開口一番の言葉がそれですか?普通、久しぶりとか言いません?」

 

 この女、年齢的にも地位的にも上である俺に何と舐めた態度を取るのだろうか。彼女の言動には俺の後をついていた臣下たちも口をあんぐりと開け、唖然していた。

 

「女、何だ、その言葉遣いは⁉︎このお方を誰だと心得るか?このお方は……」

 

「あ〜、はいはい。シグムンドですよね。知ってますよ」

 

 あっ、呼び捨てにした。この女、俺のことを呼び捨てにしたぞ。

 

 ……度胸があるなぁ〜。

 

 そう思いながら、怒りを露わにする臣下を宥めた。

 

「おい、お前、よく俺の部下の目の前で俺のことを呼び捨てに出来たな。あと、よく覚えて入られたな、俺の名前。てっきり忘れているかと思っていたのだが」

 

「そんなに馬鹿じゃありません!」

 

 いや、馬鹿だろ。否定なんて出来ん。

 

 だが、そんなことを言ってしまったら、俺はこいつの面倒くさ〜い被害妄想に付き合う羽目になりそうだから、そっと心の中で叫んだ。

 

「って、何でお前がここにいるんだ?」

「って、何で貴方がここにいるのです?」

 

 二人の考えは一緒だった。普通に話してはいたが、俺は何故この馬鹿女がここにいるのかを知っていない。ましてや、俺はこいつの名前を知らない。

 

「じゃぁ、俺から話そう。俺は……」

 

 その後の言葉を口にしようとした時、この国の王が俺の前に現れた。

 

「おお!これはこれは、シグムンド様。ようこそお越しいただきました!」

 

 エイリミ王である。明日の夜、エイリミ王の娘が結婚式を挙げるというので、俺はこの国に来た。しかし、俺はエイリミ王の娘とは面識もなく、また誰と結婚するのかも分からない。まぁ、それでもエイリミ王と仲良くして、友好関係を結ぶために来たのではあるのだが、やはり少し気が引けなくもない。

 

 俺はエイリミ王に丁寧に挨拶をした。

 

「娘さんのご結婚を祝福いたします」

 

「貴方のような偉大なる王にそのようなお言葉を頂けるとは光栄でございます。オーディーン神に認められし王たる王、そのようなお方に祝福される娘も喜んでおります」

 

 エイリミ王の隣にいる女は彼の言葉に驚きを隠せない。彼女は俺のことを指差しながら、こう言った。

 

「か、神様に認められた王⁉︎そ、そんな凄い人だったのですか?」

 

 彼女が俺のことを指差すと、俺の後ろにいる臣下たちが殺気立った雰囲気を出した。そして、そんな彼女にエイリミ王は軽く注意する。

 

「これ、ヒョルディース、シグムンド様に何と失礼なことを」

 

 ん?やけにエイリミ王と仲良く話すな、この女。っていうか、この女、ヒョルディースって言うんだ。初めて知ったわ。この女の名前。

 

 ……あれ?ヒョルディース?

 

「ああ、シグムンド様。申し遅れました。こちら、私の娘、ヒョルディースでございます」

 

「どうも〜、ヒョルディースでーす」

 

「……ああ、明日結婚式を挙げるのはお前か。

 

 

 ……ええええええええ‼︎⁉︎お前のような女でも結婚出来んの⁉︎」

 

「驚く所そこですかッ⁉︎」

 

 エイリミ王の娘、ヒョルディース。明日彼女は結婚式を挙げるのであるが、どうしたことか、彼女は俺の妻となる運命の人。

 

 呑んだくれで馬鹿でアホで被害妄想好きで礼儀知らずな彼女が俺の妻となるなんて、まだ誰も想像していなかった。




アーチャーのもう一つの宝具である『摧破の赫怒(グラム)』について紹介致します。

摧破の赫怒(グラム)
ランク・D
種別・対人宝具
レンジ・1
最大捕捉・1人

選定の剣グラム。この剣はオーディーンによって折られたため、普通のグラムよりも幾分か短く、また特殊な力や神の加護を失っている。そのため、ランクは低い。

しかし、アーチャーが長年愛用の剣のため、色々と強く見える。というか、強い。

この剣が誰によって鍛えられたかは謎だが、この剣を譲り受けたセイバーはある理由により、平行世界から何本も同銘の剣を呼び出せるという力を得た。もちろん、アーチャーが使っていたころのグラムにそんな力はない。

では、アーチャーが使っていたころのグラムにはどんな力があったのか。

それは物語を読んでのお楽しみ。


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栄枯盛衰と怒りの源流《後編》

はい!Gヘッドです!

やっとこさ、四話目です。今回はそこそこ長いです( ̄▽ ̄)。




 明日は馬鹿女の結婚式である。俺は疲れた体を癒そうとベッドの上で横になり、天井を仰ぐ。

 

 ああ、今夜はよく寝れそうである。

 

「ぬねぇ〜、ぎぃでるんですか〜」

 

 この馬鹿女がいなかったらの話であるが。

 

「おい、ヒョルディース!貴様何故俺の部屋にいる⁉︎っていうか、酒臭い!」

 

 ヒョルディースは俺の部屋で酒を飲み明け暮れていた。なぜ俺の部屋なのかとかはもうそんなことはどうでもよくて、とにかく俺の部屋から出て行ってほしい。快適な睡眠の邪魔でしかない。

 

「お酒ェ〜?そんなに臭くないですよぉ〜」

 

「臭い!十分に臭い!お前それでも女かッ⁉︎」

 

「ぶへぇ〜ん。シグムンドもそういうこと言うんだぁ〜。ヒョルちゃん泣いちゃうよぉ〜?」

 

「勝手に泣いていろ!あと、呼び捨てにするな!」

 

 ああ、もうほんとやだ。お願いだから早く寝かせてほしい。俺の大切な睡眠タイムが刻一刻と減っていく。

 

「グスグスグスグス。シグムンドが慰めてくれないから、ヒョルちゃん泣いてま〜す」

 

 ヤバイ。面倒くさい。

 

「ねぇ〜、聞いてます〜?」

 

「聞いている聞いている」

 

「も〜う!私の話を聞いてくださ〜い!」

 

「あああぁぁぁぁ、もう五月蝿いっ‼︎お前は明日、結婚式だろう⁉︎なら、こんな所でグダグダしていないで部屋でぐっすりと寝ていろ。この呑んだくれ!馬鹿!アホ!被害妄想!礼儀知らずのクソ女!」

 

 俺がそう怒鳴り散らすと、彼女は涙目になりながら俺のことを見つめてくる。口を尖らせて、不満な現実に愚痴を唱えた。

 

「……みんな、そうやって女、女、女、女……。なんなんですかっ⁉︎女だからって、男の人みたいに酔い潰れちゃいけないんですかっ—————⁉︎」

 

 彼女のその言葉は本心から出た言葉だった。その言葉を聞いた瞬間、俺は彼女も何か強い力に押さえつけられているのだと理解してしまう。

 

 だが、何故だろうか。全然彼女が良いこと言っている気がしない。

 

「もう、本当に何なんですかぁ〜。聞いてくださいよー!」

 

 ヒョルディースは俺と話しながらもちょびちょびと酒を飲んでいたため、そろそろ酩酊してきている。しかも、この女、酔うと愚痴るタイプのようで、非常に面倒くさい。

 

「……もう分かった。お前はここにいてもいい。だから、俺に話を振らないでくれ。寝かせてくれ」

 

「いやぁ〜だぁ〜、話しましょーよ!」

 

 彼女は俺に話を振ってくるのだが、俺は途轍もなく寝ていたいので、強硬手段に出ていた。ベッドの上で毛布を被って横になった。だが、彼女は俺を寝かせまいと、俺のベッドをバンバン叩いてくる。

 

「バンバ〜ン。起きて〜起きてぇ〜」

 

 お願いです。オーディーン神よ、どうか俺に一日の安眠をお与えてください。

 

「お〜き〜て〜ぇ〜」

 

「お願いだから静かにしてくれぇ!俺を寝かせてくれ!」

 

「イヤだ!」

 

「うわぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 もう四十を過ぎたおっさんなのだ、もうすぐ五十をいくおっさんなのだ、俺は。出来れば静かに安静にさせてほしいのだ。俺はこの呑んだくれ女のように若くもないから、夜遅くまで起きるなんて芸当が出来ない。疲れも溜まっているし、ゆっくり寝かせてほしい。

 

「あのな、お前、結婚式だろう?早く寝ておけ」

 

 俺がそう声をかけると、彼女の声が少し翳りを見せた。酒の入った金属の容器をくるくると回しながら、壁に寄りかかっている。

 

「結婚なんてしたくないよ—————」

 

 その一言を言う彼女の後ろ姿は誰かと酷似していた。まるで生き写しであるかのように、彼女の心の悲痛な叫びは未来への不安を煽る。酒を握る手が震えていた。

 

「何だ?お前の望んだ結婚ではないのか?」

 

「うん。そうなんだよ〜。私のおとーさんがね、私の婿になる人との国とも友好関係を結びたいんだって。だから、私をその国の王様と結婚させようとしているの。は〜あ、私も所詮は女で、お国のための道具でしかないもの。嫌になっちゃう」

 

 彼女はシグニューとは違う。お淑やかでもないし、ましてやシグニューのような可愛さも無ければ、優しさもない。聡明な女性だった彼女とは違い、俺の目の前にいるこの女は酒好きで、俺の睡眠を邪魔するような嫌な女である。

 

 でも、立場は一緒なんだ。この呑んだくれは存在こそふざけてはいるものの、それでも一人の女性であることに変わりはなく、彼女は彼女なりに悩んでいるのだ。

 

 全然違う二人でも、こう境遇は同じであると、この呑んだくれを可愛そうに思えてしまう。不安でしかない未来は自分が望んだ未来ではないし、自分に与えられる夫は自分が選んだ夫ではない。自分は国交のための使い捨ての道具なのかと夜には頭を抱え、空に語りかけても返ってくるのは何の変哲も無いただの風邪なのだろう。

 

 その上、俺はそんな人に二人もあっている。シグニューとボルグヒルドである。しかも、ボルグヒルドにとって俺は夫であり、そんな俺は彼女に良いことをさせてやれたであろうか。

 

 そんなのは考えなくても答えなど出てきた。

 

 最悪なことをした。もちろん、彼女は人を殺すなどという大罪を犯したという原因がある。それは俺の隣にいたはずのいつの間にか大切な存在になっていたシンフィヨトリを殺したという罪。でも、彼女も大切なものを失ったのだ。彼女は悪いことを何一つしていないのに、大切なものを失った。

 

 俺はヒョルディースが嫁として何処かの誰かさんに嫁ぐということはまるで不吉なことを暗示しているようにしか思えない。

 

「ヒョルディース、お前今何歳だ?」

 

「十六だっけ?シグムンドは?」

 

「四十後半だ。……って、何で俺まで聞く?」

 

「いや、何となく」

 

 十六歳で彼女は嫁ぐのだと言う。それはこの世界では普通のことであり、常識としてなっている。女は所詮男の道具でしかなく、また女はその事実に目を逸らし、それを見ないようにしている。

 

 俺は男の立場だし、本当はその方が良いと思っている自分もいる。自分の方が優位に立てるのだから、それに越したことはない。でも、俺の中にある美徳がそれを良しとせず、助けたいと思ってしまう。

 

 それに、守らねばならないという義務もある。

 

 もう失いたくはないものは俺の手元には置かないようにしてきたが、やはりそれでも失いたくないものは自然と湧き出てくるのだ。

 

 守らねばならない。過去のしがらみが俺をそうさせている。今まで守れなかったものの分だけ、俺は守らねばならないのだ。

 

 それは使命なのだと俺は思っている。

 

 まぁ、そんな守らねばならないものなど、もう作る気にもならないし、自然発生させたくもない。守らねばならないものは必要最小限にして、俺の心を守るのである。

 

 そんな消極的な男である俺を守りたいと思わせたのだ。それほどまでに彼女が不遇で仕方ない。

 

 俺はヒョルディースを見た。彼女の目はとことん暗い。見えぬ未来を見ようとして、見つけられてなどいないのである。

 

「—————お前は運命の傀儡になりたいと思うか?」

 

「そんなことは思わないよ。でも、私一人の力じゃどうも出来ない。だって、だって、私、女なんだよ?女なんだもん。しょうがないんだよ—————」

 

 そんなこと言うなよ。そう、声をかけてやりたいのに、かけてやることが出来ない。だって、彼女の言っていることこそが現実で、現実から目を逸らしたって現実がなくなるわけじゃない。

 

 変わらぬいつでもそこに聳える現実をたった一人の女の力だけでどうにかするなんて無理なことで、例えそれは神であっても難しいだろう。元々ある概念そのものを変えるようなものなのだから。

 

 だが、それでも、一つだけその苦しみから逃げる方法はある。それはあくまで逃げる方法であり、打ち負かす方法ではない。

 

「なぁ、ヒョルディース。悩みがあるのなら、話してみろ。俺の子守唄にでもしてくれ」

 

 それは心の重りを外すこと。辛い思いを心の中に溜めないで、吐き出すのである。それだけで幾分かは楽になるだろう。

 

「—————意外、貴方、そんなこと言うのですね」

 

「何だ?別に変な事を言ったつもりなどないのだが」

 

「いや、だってさっきまで私に酷い言葉を当てていたのに、今は優しく私を慰めようとしている。男の貴方が何故そんなことを私にするの—————?」

 

 彼女がそう考えるのは当然だった。彼女的にはもう男=悪となっているのかもしれない。なら、俺も例外ではなく、俺も彼女にとっては悪なのだ。

 

「俺はな、お前と似たような人を一人知っているんだ—————」

 

 俺はその言葉の後に、妹のシグニューのことを続けて話した。シグニューは父の意思で勝手に嫁ぎ先が決まってしまったこと、みんなが殺されて俺だけ生き残ったこと、俺は誰一人守れずに今を生きていること、そして彼女が俺のことを愛していたことを俺はヒョルディースに話した。

 

 気がつくと彼女は大粒の涙を服のスカートの上にポツリポツリと落としていた。アホみたいな泣き顔を晒しながら、服の袖で涙をふき取るように目を擦っている。

 

「うぅ、そんなことがあっただなんて」

 

「おいおい、そんなに泣くことか?」

 

「はい。なんて悲しいことでしょう。ああ、シグニューさんの生き様と、そんな彼女の命を守りたい貴方の苦しみがとくと伝わりました。ぐすん」

 

 参ったな。別に泣かせようと思っていた気ではなかったのだが。まぁ、それでも彼女にとってみれば少しは心の荷が軽くなるのだろう。そう感じているのは自分だけではないのだということと、相談できるような人がここにいるのだということを彼女には分かってもらいたい。

 

 俺だって、ヒョルディースにシグニューのような死に方はしてほしくない。いや、ヒョルディースだからというわけではなく、誰にもしてほしくはない。それは俺の中にある一介の良心が生んだ願いだった。

 

 だが、例え彼女の心の中のストレスが消えたとしても、明日になれば新しいストレスが彼女にのしかかってくるだろう。それはもうどうしようもならない運命であり、もうその運命は変えられない定めなのだ。

 

 こういう時こそ、俺は自分の非力さを痛感する。王であるならば、オーディーンに認められたほどの力があるのならその運命さえも捻じ曲げたいものである。だが、俺は生身の人でありそんなことは出来ない。

 

「すまないな。俺はお前のために出来そうなことはない」

 

「別にいいんですよ。だって、貴方は私を助けようとしてくれた。助けられないと分かっていて、それなら何か出来ることをしようと、貴方は私の心の痼りを取り除こうとした。力無き者に寄り添おうとする。それだけで私は嬉しいのです—————」

 

「そんな褒められるようなことではない。当然のことだ」

 

 俺がそう言うと、彼女は微笑んだ。今までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように、太陽のように明るい笑顔を彼女は俺に見せた。

 

「—————貴方はすごい人です。誰かを助けようと、守ろうと必死で、そこはカッコいいですよ。当然なんかじゃない。その行為をしようと思いながらも、出来ない人は何人もいる。でも、貴方はそれを当然としてしている。それは何人たりとも貶せない貴方の魅力」

 

「だが、いくらそうしていたところで、所詮それを達成出来ねば意味がない」

 

「いいや、達成出来なくとも、貴方のその頑張る姿は誰の心も温かい気持ちにさせてくれる。多分、そのシグニューさんも、きっと貴方のそんな所に惚れたのではないでしょうか。私はいいと思いますよ。そういう所」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべる。少し恥ずかしさを紛らわすように笑っているため、ちょっと赤みがある。今、自分の発言を掻き消すように、彼女は話の方向を変えようとした。

 

「あははは、なーんてねっ!年下の私が言うのも変ですよね。あー、こんな空気じゃお酒美味しくなくなっちゃいますよね」

 

 必死に話を変えようとしても、この馬鹿は話の仕方も知らないのか、言葉詰まって段々と言葉が出なくなった。こんな時の対処方法も知らないアホである。

 

 俺は彼女に向けて手を差し出した。

 

「ほれ、酒をよこせ」

 

「え?」

 

「いや、だから酒だよ、酒。付き合ってやるって言ってるんだ。一人よりも二人の方がいいだろう?」

 

 まぁ、どうせここで俺が飲もうがそうであるまいが、どちらにせよ彼女は俺を寝かせないだろう。なら、俺は彼女の話に付き合うとしようではないか。彼女が酔い潰れてしまうまで。

 

「はい!今夜は寝かせませんよ!」

 

 嬉しそうに彼女は笑う。頰に小さなえくぼが出来ていた。彼女はもう一つ持ってきていた酒の入った金属の容器を俺に渡す。

 

「乾杯だ—————」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 窓から陽の光が差し込んでいる。その光は部屋を明るくし、部屋の中で横たわっている俺とヒョルディースの顔に照らしていた。

 

 そんな中、俺は目を覚ました。俺は床の上で寝そべっていた。何故俺は床で寝そべってなどしていたのだろうか。夜の記憶が無い。

 

 うぅ、頭が痛い。気持ち悪いし、ズキンズキンとした痛みがある。その上、無性に喉が渇いている。

 

 俺は渇いた喉を潤そうと、手探りで飲み物はないかと調べる。すると、手に当たったのは飲み物を入れるはずの金属の容器。その容器を見て、俺は夜何があったのかを思い出した。

 

 そう言えば、昨日の夜死ぬほど酒を飲んでいたな。昨日は酒に溺れてしまうほど飲んで、馬鹿みたいなことして、そこから記憶が曖昧になって、いつの間にか俺はここに寝そべっていた。

 

 部屋の全体を見回す。すると、そこにはヒョルディースの姿はなかった。

 

 あれ?何故、あの馬鹿女がいないのだ?

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……あれ?今日ってあいつの結婚式じゃね?

 

 そう思った時はもう遅かった。部屋のドアがいきなり開いて、そこにいたのは臣下たちである。

 

「何をしているのですか⁉︎今日はヒョルディース様の大事な結婚式の日で御座います。もう式は始まりつつあります!シグムンド様、着替えをお早く!」

 

 臣下たちに命令された俺は自分の起こしてしまった事態の重さを知り、冷や汗が流れた。結婚式にさんかするはずなのに、俺は寝坊してしまうなど、どう式場に入ろうものか。その上、俺は国家の代表としてここに来ていて、また式場の中では一番目立った存在。

 

 今の俺は国家の恥晒しであり、顔に泥を食らってしまったわけだ。

 

 しくじった。あまり酒を飲むという習慣がなかったため、俺はどうやら下戸になっていたらしく、酒に対しての耐性が弱かったようだ。

 

 あれ?じゃぁ、あの馬鹿女は酒に強いのであろうか。俺が起きた時にはもう彼女は俺の部屋から姿を消していた。

 

 …まぁ、どうでもいいか。今はそれどころではないし。

 

 俺は小走りで式場へと向かう。俺の寝ていた所とヒョルディースの結婚式場は近くもなければ遠くもないというようなどっこいどっこいの距離。その距離を結婚式用の正装で小走りするのだから、まぁ結構疲れる。なおかつ、今俺は国の顔に泥を塗ったようなものであり、そのことに関しても冷や汗が止まらない。

 

 そして、結婚式場に着いた。もう式は始まっている。シゲイルとシグニューの時の結婚式とは違い、今回の式は厳かに静かに行われている。そんな中、遅れてきた俺が席に着くなんて恥ずかしい限りであった。少々有名人となってしまっている俺が遅れてきたとなると、みんなの格好の視線の的となってしまう。その視線が俺にとっては物凄く痛く、またその視線が俺の国に向けたものであるので頭を悩ませてしまった。

 

 まぁ、だが、無事に席に座ることが出来た。長いテーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。周りのみんなは隣の人や向かいの人と話しながら料理を手に取り口に運んでいた。

 

 そんな中、新郎と新婦が出てきた。親バカなエイリミ王が娘のために物凄いドレスを作ったらしく、そのドレスを着用するのに時間がかかったらしい。

 

 新郎が出てきて、俺はすぐさま自国に帰りたくなってしまった。新郎が長年睨み合っている国の王、リュングヴィなのである。リュングヴィ王の国とは長年関係が悪く、国境付近では今でもなお睨み合いが続いているのだ。

 

 その場にいるということがますます難しい話となってきた。遅刻をして、また喧嘩相手もいるのである。

 

 もうヤダ。帰りたい……。

 

 だが、そんな泣き言を言ってはいられない。例え言ったところで今すぐ自国に帰れるというわけでもなく、恥晒しがさらに恥をかくだけなのだ。

 

 大きくため息を吐いた。この後俺が直面するであろう可能性に。

 

 新郎が式場に入った後、新婦であるヒョルディースも入場した。綺麗なドレスに身を包み美しい姿である。女性らしい白い肌と緩やかな肩。十六歳にしてみれば少し大人っぽいその姿は会場全員の男の色情をそそる。

 

 静かにしていれば彼女は十分美人で、俺がこれまで会ってきた女性の中でも美しさなら五本指に入る。だが、やはりそんな彼女の内面を知っている身としてはそんな彼女にその服は似合わないだろう。彼女に合うのは酒と自堕落な態度のみである。

 

 大衆の目の前だから姿勢良くして見栄えを気にしているのが目で見て分かる。そんな彼女の顔は強張っていて、周りをすごく気にしているようだった。

 

 まぁ、それも彼女が望んだことなら仕方がないと思えるのだが、俺にとってみればこの光景は二度目なのだ。どうしてもシグニューとヒョルディースを重ね合わせて見てしまう。何処も似ていないはずなのに、何故か似ているように俺の目は錯覚してしまう。

 

 だが、俺はそれを知っていても彼女に手を差し伸べようとはしなかった。あくまでその問題は彼女と彼女の家系の問題であり、俺には一切の関わりがない。例えシグニューの時と似ていたとしても、この結婚式は同じものではなく、その結婚式を台無しにさせてやる義理はないのだ。

 

 俺は何か変な問題を起こさないようにと静かに式に出席しようと決めた。

 

 テーブルの上の食事をぼーっと見つめる。豪華な料理が並んでいるが、こんなに多くは食べられない。それに、まだ酔いが覚めていないので食欲もない。

 

 俺は胸の辺りをさすっていたら、それを遠くから見たヒョルディースが俺と同じような行動をとった。だが、その時の彼女の顔はちょっとだけ笑顔である。

 

 ああ、多分あの女は昨日の晩にあれだけ酒を飲み明け暮れても二日酔いではないようだ。酒がうんと強いのだろう。それにガブガブとよく酒を飲んでいるから耐性のようなものでも付いたのだ。なんて健康に悪いことが好きな王女様なのだろうか。

 

 彼女は俺とジェスチャーで意思疎通をして、その後また暗い顔に戻った。その一々と見せる暗い翳りのある顔にすごく苛立ちを覚えてしまう。

 

 別に苛立ちを覚えるような仕草ではないはずなのに、何故か俺の心の闇がそんな姿を見せるヒョルディースを拒絶している。

 

 そう思えば思うほどさらに苛立ちが増してしまう。

 

 本当はその苛立ちが何なのかは分かっているのだが、その対処の方法なんて俺は知らない。

 

 彼女が戸惑い、俺が苛立つ。その事実だけしか俺は飲み込めない。

 

 それから式は予定通り順調に進んだ。特に遅れるような事もなく、穏やかにそのまま終わるのだとみんなが思っている。そのみんなの中にはもちろん俺も入っていた。

 

 そして、夫婦(めおと)の契りをするという時に、彼女はどうしてもしなければならないことがあるのだとみんなに伝えて、一旦式場から離れた。その時に彼女は俺にジェスチャーでこっちへ来いと呼んでいた。俺が彼女の命令に従う義理はない。だが、何故か彼女のその時の顔が助けを求めているような顔に見えた。その顔はまんま数十年前のシグニューの顔。

 

 その顔はズルい。シグニューを助けられなかった俺にとって、その顔をされては助けざるを得ない。

 

 ため息を吐いた。そして、俺も他の人の注意を引かないように静かに式場を後にして彼女を追った。

 

 彼女は小さな個室で待機していた。俺はその個室に入ると、彼女は泣きながら俺に縋り付いてきた。

 

「嫌だぁ、やっぱり嫌だよぉ!結婚したくないよぉ!助けてぇ」

 

「……は?そんなことで俺を呼んだのか?」

 

「そう。だって結婚したくないんだもん!あのリュングヴィって人さ、私がお淑やかで聡明で素晴らしい人だと勘違いしてるの!どうして⁉︎」

 

「そんなこと俺が知るか!あのな、何故俺がお前を助けねばならない⁉︎お前はそういう人生を歩まねばならないのだ!これは変えられぬ運命であり、決定事項だ。どうしても変更したいのなら、今すぐにお前の父上か神様にでもお願いしろ。俺に頼むな」

 

 俺の腕に縋り付く彼女を振り払い、後ろを振り返った。背中に重い罪悪感がのしかかる。それでも、俺は彼女に顔を合わせようとしなかった。

 

 俺は部外者の人間なのだ。この結婚に俺は関係しておらず、俺はこの関係を取り止めさせる権限など持ち合わせていない。これは婿の家系と嫁の家系の問題である。例え彼女がどんなにシグニューと似ているとしても、俺は彼女を助けることなど出来やしないのだ。

 

 どうしても取り止めたいと言うのなら彼女の父親であるエイリミ王を説得させねばならない。だが、そうなると婿の家系との関係は相当悪化。それだけでなく、エイリミ王の面子も丸潰れであり、そんなことをエイリミ王が許すわけなどない。

 

 俺は確かにあの時よりも力を得た。王になり、それこそ国を動かせるほどにまで。

 

 だが、それでもこうして悲しみに明け暮れている彼女を助けることが出来ない。

 

 俺はこうした人を救いたくて力を得たはずなのに、俺は未だに救えないでいる。

 

 事の運命は当事者の権力ある者にしか決められない。弱き者、部外者はその事を決めることなど出来ない。変えられぬ事なのだ。

 

「諦めろ—————」

 

 俺は彼女に、そして自分に現実を投げかけた。諦めたくないなどとそんな幼子の駄々を許さぬ言葉が縛りを加える。苦しみもがくことも許されない。苦しいという思いの下、苦しいという思いをさらに重ねて受ける。永遠に積み重なる現実の辛さはあまりにも非情。許しを与えるのは当事者の力ある者か、神のみ。それ以外には誰もいない。

 

 苦しい思いが胸を貫いた。貫き、胸に開いた風穴から悲しみが外へと漏れ出す。手で塞いでも塞いでも、どうしようもない悲しみは永遠に零れ落ちる。

 

「—————嫌だ‼︎そんな運命、私は嫌だ‼︎」

 

 俺が部屋から去ろうとした時、彼女はそう叫んだ。諦めろという俺の言葉を無視し、理想を口にしている。

 

 そんな彼女の行動は少しだけ俺の興味を引いた。彼女はこの状況になっても諦めることなく決まりきった運命に抗おうとしている。

 

「運命が何だって言うの⁉︎私は私よ。私の道の行く先は誰かが道を敷くんじゃない!私が私のやりたいように、私の力で道を敷くの!」

 

 ヒョルディースはシグニューみたいな境遇であるが、彼女はシグニューではない。だから、彼女はシグニューとは違う行動を取ろうとしている。あの時、シグニューは変えられぬ運命をあるがままに受け入れて、ヒョルディースはその運命を拒絶している。女の権力がほぼ皆無に等しいこと時代にそんな考え方を持つ女性は少数派で、彼女の考えは新鮮そのものだった。

 

 時代に負けない。権力に負けない。自分に負けない。そして運命に負けてはいけない。

 

 彼女のその姿は男の俺から見ても、実に勇ましかった。そして、その勇ましさに負けたと痛感させられたほど。俺は運命に逆らうことなど出来ているのだろうかと考えてしまった。そして、その答えは即答で出た。俺は運命に従順なのだと。今まで俺が経験してきた悲劇は、俺がグラムを引き抜いた時に覚悟出来たことであり、悲劇が起こることは決定付いていた。だから、悲劇が起きる場面になれば、俺は心の何処かで誰かを助けられないと諦めていたのではないのか。だから、俺は誰も助けられないのだ。

 

 助けられようが出来まいが、俺は最初から諦めていた。どうせ無理だろうと、俺は悲劇の運命が待っている神の敷いたレールの上を呆然と歩いていたに過ぎないのではないのか。

 

 神が与えた俺が直面するであろう悲劇は、俺自身で引き起こしているのだ。運命に勝てないという諦めによって。

 

 彼女は諦めない。神が与えたレールをぶち壊して、悲劇ではない何処かへ向かうのだろう。時代に抗い、権力に抗い、運命に抗う。それこそ、彼女の本質なのだ。

 

「運命に従順になって、貴方は本当に幸せになれるの—————⁉︎」

 

 彼女の問いかけに俺は口籠るしかなかった。例え俺が今、幸せだとしても、未来が幸せであるとは限らない。だが、幸せでないと言ってしまった場合、過去の俺の全てを否定することとなる。それは俺の周りにいた人の死を無駄にしてしまったと言っているようなもの。言えるわけがない。

 

「……そう、分かった。そうよね、貴方は成功者。貴方の過去がどのようなものでも、今の貴方には関係のないことよね」

 

 今の俺には関係のない。成功を収めた俺にはもう運命に抗ってまで、成功を収めようとは思えない。それで今までの成功を失いたくないからだ。守りの考えである。

 

 彼女はまた憂いを抱いた。そんな彼女の力になれない俺はどうしようもないことなのだと目の前の現実を容認するしかない。

 

 また俺は諦めた。無理なのだと託けて、彼女の思いを踏み躙る。

 

「それを他の者に言ったらどうなんだ?俺ではない他の誰かに」

 

 俺は力になれない。だが、俺ではない誰かなら力になれるのではないかと助言する。何も出来ない俺がせめて出来ることといえばそれくらいであった。

 

 だが、彼女は俺の助言が無理だと言い、首を横に振った。

 

「他の人は当てにならない。リュングヴィとの結婚を望んでいて、それがこの国のためと信じてやまない。だから、彼女たちに話したところでどうにかなるわけではないの。私はこの国の道具。道具は壊されようとも、文句一つとして言えない」

 

「なら、何故それを俺に話した?俺がこの件に関して関係のない者だからか?」

 

「それも一理あるけれど、貴方ならどうにかしてくれそうだって思ったの」

 

「俺がか?」

 

「そりゃぁ、今になって考えてみれば、何で私がそんなことを思ったのかは知らないし、可笑しなこと。でも、貴方なら出来るのではと考えてしまった。凄い人なんだって、直感的に私を震わせた」

 

 俺がすごい人であるという彼女の推察は間違っている。俺はこんなにも使えぬ男なのだから。

 

「運命を変えてくれるって思っていた。それは今でも変わらない。貴方は私を助けてくれるから—————」

 

「何を言っている?俺はお前を助けなどしないぞ。それはもう言っているだろう」

 

「いや、もう大丈夫。後はどうにか出来るから」

 

 何を言っているのだろうか。俺にはさっぱりと理解出来なかった。だが、彼女の瞳の奥には光り輝く何かがあった。

 

「何か思い付いたのか?結婚を回避する方法を」

 

「まぁね。だけど、それには一つだけある条件を満たさないといけないの」

 

「条件だと?」

 

「ええ、条件。それは私がもし追われる身になったら、貴方が私を匿ってください。その一つだけです」

 

「お前、それって⁉︎」

 

「ああ、いえ、別に人を殺すとかそのような物騒な類ではありません。ただ、ちょっと貴方を使わせていただくだけです」

 

 彼女が言うその手段は最終手段だったのだろう。だが、その最終手段のための手筈を整える彼女は勝利を確信したように笑みを浮かべる。

 

「それはお前にとっての最終手段であり、その手段は確実に勝てるものなのか?」

 

「確実とまではいかないかもですけど、結構な確率ですよ。多分」

 

 なら、何故その方法を彼女は最初にしようとしないのだろうか。確実に結婚を回避出来るほどであるのなら、最初にしてもよいのではないのか。だが、最終手段とするだけあって、何か彼女にデメリットがあるのだろう。

 

 ただ、作戦の内容を一切知らない俺は憶測のみで探ることとなる。まぁ、俺はそんな彼女の作戦にそこまで手を貸さなくともよいので、俺にとっても素晴らしくよい作戦に違いないだろう。

 

 しかし、もしもの時のために一応、作戦の内容を知っておこうとして彼女に教えてくれと頼んだが、彼女は俺に教えないと言った。その時までのお預けらしい。

 

 どちらにせよ、俺には関係のないことで、知ろうが知らまいが俺は何にもしなくていいのだ。

 

 だが、何故だろうか。今この場で彼女のその考えを否定しなければならないような気がする。彼女のその作戦が物凄く危ないようなものに感じてしまう。

 

「おい、その作戦本当に()()()なんだよな?」

 

 俺がそう訊くと、彼女は一瞬謎の間を置いた。表情を一切変えずに置いたその間は物凄く怪しい。

 

「大丈夫!」

 

「おい!ダメだろ。なんかヤバそうな気がしてきたぞ」

 

「大丈夫です!貴方には何にも悪いことは起こりません。むしろ良いことが起こりますから」

 

「いや、別にいいことなど起きなくていい。だから、その作戦の詳細を説明しろ」

 

「イヤ!絶対にイヤ!」

 

 俺が彼女に何度も詳細を話せと命令をしたが、彼女は一向に口を割る気配がない。その問答が少し続き、時間が経ってしまった。彼女はそろそろ戻らないとみんなに心配をかけさせてしまうといい、俺の包囲網を振り切って部屋を出た。そんな彼女に説明をさせようと俺は彼女を追いかける。

 

 この時、なんとも都合悪く、俺の心を覗く目は使用不可能であった。昨日、あんまりにも馬鹿騒ぎをしてちゃんとした睡眠をとれてないからなのか、二日酔いをするほど飲みすぎたからなのか。

 

 目の力を使えないのなら、もう彼女を追いかけるしかない。悔しいがそれしか方法がないのだ。

 

「おい、ヒョルディース!待て!せめて、ざっくりとした内容だけでも説明をしろ!」

 

「嫌でーす!そんなことは絶対に嫌でーす!私、この作戦を完璧に成功させたいので」

 

 彼女は式場の方に小走りで走って行く。こんな時に二日酔いの頭痛が俺をひどく襲ってきた。もうヤバイ。飲み過ぎて、頭が痛む。

 

 それでも俺は彼女を追いかけた。俺の中の本能が彼女を追いかけないとヤバイことになると忠告しているのである。

 

 彼女が式場に入ろうと扉に触れた時、俺は彼女に向かって叫んだ。

 

「待て!」

 

「はい。待ちます」

 

 彼女はまるで手のひらを返したように扉に触れていた手を離して、俺の方を振り向いた。そんな彼女の姿を見て、心底ホッとする。彼女を式場に入れてしまえば、もう何が起こるか分からない。彼女は俺に害などないと言ったが、馬鹿が言った言葉など信用できるわけもなく、彼女を引き止めるしかなかった。引き止めて、せめて説明させねばならないのだ。彼女の隣目の前に立って、彼女から作戦の内容を聞き出す。

 

「お前、何をする気なんだ?」

 

「えっ?教えてほしいんですかぁ〜?」

 

 いやらしい笑みを浮かべて俺を見つめる。

 

「お願いだから教えてくれ。俺はお前に迷惑をかけられたくはない。だが、お前は誰かに迷惑をかける手を緩めるような女ではないのは俺がよく知っている。だから、せめて教えてくれ。教えてくれれば、俺は自分でお前のかけた迷惑を交わすから」

 

「無理です。貴方には交わすことなんて出来ません。だって、もう私の作戦は成功したようなもの」

 

「作戦は成功している?どういうことだ?」

 

「そのままの意味ですよ。貴方がいるから私はこの作戦を実行出来るし、成功出来る」

 

 彼女の言うことがさっぱりとして分からない。言葉は分かるのだが、意思疎通をすることが出来ないのだ。話が食い違っているように思えた。

 

「教えてくれ。お前の頭の中にある完成像を」

 

 彼女に困らされている自分がそこにいた。そんな俺を彼女は見つめて、今度は柔らかい笑顔を見せた。

 

「—————いいですよ」

 

 すると彼女は扉に触れた。そして、扉を盛大に開けたのである。長い間新婦の我儘で待たされた会場にいる人全員が、新婦が来たと思い開いた扉を見る。そこには新婦がいて、その隣に俺がいる。

 

 会場のみんなの視線がヒョルディースと俺に注がれているのが分かった。それは俺の臣下や、ヒョルディースの父であるエイリミ王、新郎のリュングヴィも俺を見ていた。彼らは何故俺が彼女の隣にいるのだという疑問文を心の中で呟いている。

 

「これは……?」

 

 ハッと驚かされた気分。突然彼女が扉を開けて、人の視線が集まっているという事実を理解するまで約一秒、二秒。この一瞬の頭のフリーズが俺の体を強張らせ、時が止まってしまった。

 

 動かない俺を見て、彼女は妖艶な美しく女性らしい笑みを見せた。その笑みがなんとも似ていた。似ていたという事実は同じという事実ではないけれど、俺の心に刻まれた彼女の美しさと目の前の女の艶かしさが不思議と重なり、重なった笑みに少しだけ身震いをしてしまう。止まっていた時間に、その行動だけが唯一俺に許されたものであった。

 

「この時を待っておりました—————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————たった一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————そのたった一言は途轍もなく甘く苦い声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————追憶の中で生きる彼女がまるで目の前に現れたかのよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————似ていると言ったのは間違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————同じだった。

 

 彼女は動かぬ俺に唇を近づけてきた。俺の肩に手を置き、人々が見ている目の前で、見せつけるかのように背伸びをして。

 

 彼女ば誰なのか。分からなくなってしまった。馬鹿でアホで呑んだくれで被害妄想好きの女だと思っていたが、この瞬間の彼女はそんな女ではなかった。

 

 唇と唇が触れた時、世界がそよ風に吹かれたようにふわりと揺れた—————

 

 風は俺の唇に優しく触り、俺の世界は音を立てて崩れ去った。その唇の柔らかさ、強引で優しい感触は以前感じたものと変わらぬものだった。唇で唇をこじ開けられて、生きたもののように彼女の舌が俺の舌に擦れ合っている。境界線が無くなるというほどにまで、長い長い接吻。

 

 その接吻を見せつけられた式に参加している人たちはただ目の前の状況を理解出来ずにその行為を見ていることしか出来なかった。

 

 そして、彼女は満足でもしたのか、唇を唇から離した。嫣然な姿を俺に見せながら、爪先立ちを止めて一段身長を低くする。それでも彼女は俺に身体をよりかけて、まるで俺と彼女が愛し合っているかのような姿を見せた。

 

「こ、これはどういうことだ⁉︎」

 

 この事態に一番最初に声を上げたのは新郎であるリュングヴィであった。新婦であるヒョルディースが堂々と多くの人の面前で不貞を働いたということを見せびらかしているのだ。新郎は黙っているわけがない。

 

 その言葉を待っていたかのようにヒョルディースは余裕を持った表情を見せる。

 

「あら?知らなかったのです?(わたくし)このお方ととうに婚約をしているのですよ。貴方が私に求婚するずっと前から。私がまだ生まれてもない頃から。ずっと—————」

 

 彼女はこの時代を当然に、そうなることが因縁付けられていたように語る。そんなことを聞かされた新郎はいきなり夫婦の間に現れた俺を睨みつけた。

 

「貴様、ヒョルディースを誑かしおったかッ⁉︎」

 

 この男、ヒョルディースとは数えるほどしか会ってもいないのに、ずっと前から結婚することが当然だったかのように口を開ける。別に俺にとってはそんなことは関係のないことで、俺は知らないという一言で通せば良いのだ。

 

 だが、何処と無くその男の言葉が癪に障る。まるでヒョルディースを道具のように扱っているではないか。例えこの女がどんなに自堕落な人種だとしても、その言葉を許すことは出来なかった。

 

「おい、リュングヴィ。貴様が何と言おうと別に咎めはせん。だがな、俺の守らねばならないもの(ヒョルディース)には手を出すな。この愚弄が」

 

 この時の俺は正直言っておかしかった。いつもなら、ヒョルディースに接吻をされようと、特に動揺することもなく、女としては酷くて色々と終わっているヒョルディースを助けてやることもない。

 

 だが、彼女は俺の大切な守らねばならないものになってしまったのである。

 

 いや、せざるを得なかった。過去、守れなかった人の生き写しのような人を見捨てるわけにはいかない。例え表面上、馬鹿でアホで呑んだくれで被害妄想好きの女でも、根本にある思いは同質のものだった。

 

 彼女と一緒。それだけで彼女を守るための理由は十分だ。

 

 時の権力者である俺のその一言はリュングヴィを黙らせた。今、俺に刃向かうよりも、式に参加している人の目の前で恥をかくことを選んだのだろう。だが、彼の目は怒りに燃えていた。俺の全てを否定しようとするその目に俺は悍ましさを感じてしまう。

 

 会場が騒めく。式に参加している最中に、まさか新婦が結婚を拒絶したとなれば、混乱状態になるのは当然のことである。

 

 ヒョルディースの父であるエイリミ王が俺たちの前に出てきた。そして、彼はヒョルディースにこの事態のことの説明を要求した。

 

 そして、エイリミ王と要求通りにヒョルディースは事細かく説明をした。もちろん、それは虚言であり、真実なんてこれっぽっちもありゃしない。そんなデタラメな話をする彼女を見て、いっそ本当のことを話そうかと思ったが、どうせ無理だと察した。

 

 今まで俺は嘘ばかりを吐いてきた。もちろん、その嘘を吐くという目的は国のためという目的ではあるものの、その行動に美徳は何一つとして感じることが出来ない。そんな俺が例えここで真実を語ったとしても信用されるわけがないのだ。嘘ばかりを吐いてきたのだから、真実を伝えることなんて出来ない。

 

 ヒョルディースを見ていると著しくそう思う。俺は彼女に何か言うべきことがあるのではと心の中で考えていて、その言うべきことは実際にある。だが、俺は真実を伝えるなんてことが出来ないから、彼女に伝えられずにいるのだ。

 

 結局、その件に関して、もう俺はヒョルディース一人に任せきりにしてしまった。彼女がどうこう言おうと、俺はその全てを受け入れようと。

 

 それは彼女を愛していたからではない。贖罪をしようとしたのだ。今の俺には彼女に逆らう力なく、そして何処かでそうなることを望んでいた自分がここにいる。

 

 罪を贖えるのは束縛から解放されるということ。今まで縛られ続けて生きてきた俺に足を与えて大地を歩く力を与える。

 

 彼女は言った。

 

 運命に従順になって、貴方は本当に幸せになれるのかと。

 

 歩く足がなければ、運命に逆らうことなんて出来やしない。彼女は私に逆らえと言うのか。

 

「ハハハハハッ‼︎ハハハハ—————!」

 

 喉から声が出てきた。腹は起伏し、腕で腹を抱え込んでしまう。ありふれんばかりの溜まりに溜まった笑いが自然と淀みなく式場に響いた。

 

 その高笑いにエイリミ王は驚きを隠せなかった。俺の人柄が崩壊したかのようで、彼の知っている俺の姿ではないのだろう。

 

 俺だってこんな俺は知らない。だが、それでも心の中にこんな俺は存在していて、そんな俺が心の殻を破った瞬間だった。

 

「面白いじゃないか。お前、俺に何をしようと言うのだ」

 

 ヒョルディースは笑った。

 

「もっと面白いものを見せてあげます。未来に向かって—————」

 

 久しい。こんな心持ちになったのは。

 

「—————私は月でございます。夜の見えぬ道を旅する旅人の頭上で気紛れに光っては消えてを繰り返す。夜空のどの星よりも大きく美しく、そして明るい。その揺ららかな月の光は旅人の道を照らし、道は明るく未来へと—————」

 

「お前が出来るのか?神に運命を定められたこの未来を明るくするのか?」

 

「出来ますとも。もう貴方にあんな顔はさせません—————」

 

 

 

 

 

 

 

 —————旅人は月の光に導かれて暗い夜道を一人歩く。

 

 その道の先には未来がある。

 

 絶望か、希望か。

 

 それを変えるのは旅人の自由。

 

 運命に縛られ、そして自由になった。

 

 俺は大切なものを守るため、二つと無いこの命を張ることを誓った。

 

 もうお前を失わないために—————





『アーチャーはヒョルディースにビビッと何かを感じて、運命がまた色々と変わるぜッ‼︎』みたいな回でした。

さぁ、やっと次回でアーチャーの過去編は最終話となります。



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栄枯盛衰と怒りの源流《終編》

はい。やっと長い長いアーチャーの過去も最後となりました。
いやぁ、疲れた。
さぁ、ということで、アーチャー過去編最後でございます。



 その後、ヒョルディースとリュングヴィの結婚のことはすべて白紙となり、彼女の思い通りとなった。だが、そのために彼女は大勢の人の目の前で俺と接吻をした。その代償は重く、エイリミ王は半ば強制的ではあったが、俺たちに結婚することを要求した。

 

 それもそのはず、エイリミ王の国とリュングヴィの国とは結婚を結んで、国と国も結ばれようとしていたのに、今回の件でその結ばれるはずだった国と国は別れてしまった。その結果、待つのは戦争である。リュングヴィは大勢の人の前で屈辱を味わったのだから、その怒りをエイリミ王の国に向けるのは当然のことであった。

 

 だから、エイリミ王は俺とヒョルディースを結婚させようというのだ。俺とヒョルディースを結婚させて、大国である俺の国を味方に回そうというのである。もちろん、俺にその結婚の拒否権はなく、ヒョルディースと結婚することとなる。

 

 そして、ヒョルディースは俺の国に嫁ぎに来た。俺の国でもあの件の噂は流れており人々は俺たちを好奇の目で見ていた。特に表情をあまり変えない俺が他人の女を寝取っていたなどということは民にも驚きであったらしい。民は俺がもう結婚などしないかと思っていたなどと言っていたらしく、その話を耳に入れる度、自らの行いを悔いた。

 

「はぁ、何で俺はこんな女と結婚してしまったのだ—————」

 

 深いため息が俺の口から出た。

 

「何です?こんな女では不満ですか?」

 

「不満も何も、昼間から酒を飲んでいる女に言われたくない!」

 

 太陽の光が俺たちを照らしている。草木が生える庭に一人で休息を取ろうといたら、彼女が勝手にやって来た。彼女の手には金属の杯があり、その杯の中には真紅の酒が注がれていた。彼女は俺の隣に座り、美味しそうに酒を飲んでいる。

 

「お酒は私の必需品です!私からお酒を取ったら何が残るっていうのです?」

 

 杯にまた酒を注いだ。彼女の言葉は自虐的でありながらも、言い返すことが出来ない。

 

「お前、この国の酒全てを飲み干す勢いで飲んでいるだろ?」

 

「そんなことありません!私のことをそんなに呑んだくれだと思っているのですか!まだ半分くらいしか飲み干そうとしか考えてません!」

 

 この女、口を開けば出てくるのは酒、酒、酒。話していて嫌になる。

 

「あのな、お前。仮にもこの国の王の女、妃なんだぞ?それなりの身分なんだ。そういう行動は慎んでほしい」

 

「嫌です!こういう時こそお酒が死ぬほど飲めるチャンスじゃないですか!」

 

「これ国税!俺たちの大切な国税!無駄にするな!」

 

 俺はよくこんなに国税をわんさかと無駄遣いする妃を持ったものだ。こうなることは妃にする前から分かっていたことなのに、何故こんな女を妃にしてしまったのか。

 

 酒をガブガブと飲んでいる彼女を見た。ほろ酔い気分の快い表情を浮かべ、空に向かって杯を差し出し、何やら馬鹿なことを叫んでいる。

 

 そんな彼女が近くにいて何処かホッとする。今までずっと何事も張り詰めていた俺に束の間の休息の時間を彼女は与えてくれるという事実を否定出来ない。勝手に近寄っては、隣で酒を飲んで、追憶に沈むその顔を俺に見せる。

 

 こんな安心を俺は追い求めていたのだろうか。苦しみ、絶望したこの運命の中で、ふと気を許せる心の居場所を探していた。そして、見つけた。

 

「—————まぁ、こんなのも悪くはない」

 

 口から溢れた。微笑している自分がここにいる。

 

「ヒョルディース。ありがとう————」

 

「……え?」

 

「……ん?どうした?」

 

「イヤァァァァ‼︎私の旦那が、私の旦那が、初めてそんなことを言っている!気持ち悪いッ‼︎世界の終わりだわぁッ‼︎」

 

「なっ⁉︎それはないだろ!というか、旦那とか恥ずかしいわ!まだお前が嫁いでから数ヶ月しか経ってないんだから、まだ旦那って呼ぶな!」

 

「あ〜、照れてる〜」

 

「照れてなどいないわ!」

 

 ああ、この女と一緒にいるとダメだ。全然安心出来ない。精神が摩耗してしまう。

 

 俺は剣を振りに行こうとして立ち上がった。

 

「あれ?何処行くんですか?」

 

「剣を振りに行く」

 

「またまたぁ〜。真面目さんなんですから」

 

「あのな、王たる者、民の道標とならねばならない。そんな王が怠けてなどいられるか。—————それに、王となれと言ったのは貴様だろう」

 

「……え?私、そんなこと言ってませんが」

 

「……え、……ああ、そうだったな。お前ではないな」

 

 ヒョルディースは俺の言葉をひどく不審に思っている。それもそうだ。ヒョルディースはシグニューではない。だから、彼女がそんなこと言っているわけがないのだ。

 

 でも、時折ヒョルディースはシグニューの生き写しではないかと言えるほど豹変する。そんな姿を見たのはほんの数回だが、その数回は双子である俺をも騙してしまうほど。

 

「それに、もうすぐリュングヴィが戦を仕掛けてくるだろう」

 

 リュングヴィはエイリミ王に戦を仕掛けるだろう。そしたら、エイリミ王と国交があり手を組んでいる俺の国もその戦争に参加しないわけにはいかない。元はと言えば、その戦争の原因は俺とヒョルディースにあるのだから。

 

「民を守る。それが俺の仕事だ。先頭に立つのだから、その分背負うものも大きい。躓くなんて許されない。例え俺が死んでも、民を殺すような真似だけはしたくないんだ」

 

 あの頃、俺は力ある者に、王になりたいとそう願った。大切なものを守るために。そして、王となった。その仕事は辛いが、俺にはこの仕事は合っているとつくづく思う。

 

「民は俺の守らねばならない大切なものだ。だから、俺は守る」

 

「なら、私と国民、どっちが大事で守らねばならないものなのです—————?」

 

「そりゃぁ、もちろん民だろ」

 

「ええっ?普通、そこは『お前だよ』っていう場面じゃないですか?」

 

「そんなこと俺が言えるか」

 

「あはは、そうでした。そうですよね。だって、私の惚れた人はそんな優しい人だから—————」

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 沈黙が生じた。彼女の言った言葉を俺は瞬時に理解できず、また言い出した彼女も自分が何を言っているのかが分からなくなり、恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「そ、その、お、お酒が回ってしまったようで……。こ、これは」

 

「ああ、分かっている。酒に酔ったんだろう?」

 

 その時、俺は彼女が滅多に酒に酔わないということを知っていてそう言った。ずっと一緒に暮らしているのだ。彼女は本当に気があるのだろう。

 

 だが、それを別に刺激することはしない。子作りを急かすなんてこともしない。彼女は彼女のやりたいように自由にやらせてあげたいのだ。

 

 正直言って、それが俺にとっては贖罪なのだ。シグニュー似の彼女を手厚くするのは、シグニューに対しての特別な思いがあるから。

 

 寧ろ、俺は彼女のそういうアプローチを交わし続けている。彼女を傷モノにしたくはない。そんな思いが俺の中にあって、出来ればこのまま俺は死ねればいいと思う。

 

 罪を贖いたいのだ。それこそ、自分の自己的な望みで、そのために彼女を動かしている。本当に彼女のためになっているのかというのは、結局の所俺には分からない。

 

「では、俺は稽古にちょっと湖のほうに行ってみよう。何かあったら連絡してくれ」

 

 浮かない顔をする彼女にそう言葉をかけて、俺は馬に乗った。彼女は近寄ってきて、笑顔を俺に見せた。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

「ああ、言ってくる」

 

 彼女に背を向けて俺は馬を走らせた。彼女の遣る瀬無いため息が出たのが聞こえたように感じた。それでも、聞こえたため息を馬の足音で押し潰す。そうでもしないと、俺が俺の心を保てない。彼女のために俺はこうしているのだと自らを正しながら。

 

 湖に着いた。ここは俺がシグニューと小さい頃よく遊んだ場所だった。ここは知る人ぞ知る穴場のような場所で、魚は良く採れるわ、空気は澄んでいてリラックス出来るわで、偶にここに来ては色々と日々の溜まった疲れを癒したり、鍛錬をしたりしている。

 

 湖の畔で俺は剣を抜いた。この剣こそ俺を王にしたと言っても過言ではない不思議な力を宿した選定の剣グラム。言ってしまえば、この剣だけが今までずっと俺と一緒にいる。

 

 何とも皮肉なものだ。剣は人を殺すための武具にして、人を殺さねばただの鉄。なのに、そんな武具だけが俺についてきているとは。

 

 グラムを鞘から抜き、俺は剣を構えた。近いうちにいつか大きな戦がやって来る。その時、俺の大切なものを多く失わねばならないだろう。だから、一人でも多くのものを守りたい。

 

 かつては神に力を得ることを頼ったが、今俺がするのは鍛錬のみ。

 

 —————剣を振る。ただの鉄の塊が空を斬った。

 

 静かな湖畔、水気のある地面に足音がかき消される。砂利の音だけが響く。湿度の高い空気が体内に入り込み、そして吐き出される。蒼い空に深い緑、その下に透き通った湖があり、湖は全てを映し出していた。

 

 過去も現在も。だが、未来は濁って見えそうにない。静かな不安が俺を襲う。今、剣の鍛錬をしていても、失うかもしれない。救いきれないかもしれない。そんな現実を直視することが出来るのだろうか。

 

「—————邪念があるぞ、お主」

 

 何処かで聞いたことのある声が背後からした。後ろを振り返るとそこにいたのはいつぞやの老人。

 

「オーディーン神。何故貴方がここにいるのです—————?」

 

 老人は長い木の杖をついている。俺が歳を取っても、この老人は年老いた様子はなく、俺がこの老人の歳に近づいているような感じがした。

 

「フッフッフ。儂か?儂はの、お主を見に来たのじゃよ」

 

「俺をですか?」

 

 老人は深く頷いた。

 

「お主が王として大成しておるかと見に来たのじゃ。お主には運命を紡ぐ神ノルンの加護がある。その加護はちょいとした厄介な代物での。その加護に守られる者は不運こそ無いが、その不運は周りの者に移るのじゃ」

 

「そんなこと知っておりますとも」

 

 その不運を周りの人になすり付けるという妙な加護のお陰で俺の体には特に目立った傷などない。だが、周りの人が俺の分の不運を背負い死んでゆき、その死にゆく姿を見る俺は心に傷を負う。

 

「貴方は私に鋼の王となれと言うのですよね?周りの者が死んだとしても、心揺らがずに国の民を正しい方向に示し導く王になれと—————」

 

 俺がそう言うと老人は頷かなかった。沈黙が少し流れ、その沈黙が俺に違うのだと言っていた。

 

「確かに王は鋼の心も必要じゃ。時には決断するのも辛い選択をしなければならん。じゃが、王とて人じゃ。人は辛いことがあれば泣き、嬉しい時があれば笑う。しかし鋼の王はその人であることも捨てねばならん。人を捨てるのは儂等のような神だけで十分じゃよ—————」

 

 老人は皺だらけの手に握られている長い木の杖を湖の水面に浸けた。静かな小鳥の音しか聞こえないこの湖に小さな波が立った。杖を中心として波が広がる。

 

「お主の心はこのような湖じゃ。この大きな空を濁りなく綺麗に映し出す澄んだ湖。お主の心も一度何かをつけ加われば波が立ち、心が揺らぐ。人の心は全てそんなものなのじゃ。それこそ人が人である証。お主は人らしい王じゃよ—————」

 

 老人は俺が人らしい王だと言う。それはつまり、何かに揺らぎやすい王なのだと言うのだ。

 

「でも、それは俺の理想とした王じゃない。俺の理想とした王は力強く、どんなことがあっても決して信念を曲げないような王。それこそ、俺の父のような人です」

 

「そうなのか?まぁ、お主がどう思い、どう理想に向かって進もうとせよ、結果今のお主は優し過ぎる」

 

「俺が優しい?」

 

「ああ、優しいとも。鋼の王になろうと心掛けているのに、全てを守ろうとしているではないか。それに、ノルンの運命の加護をお主は嫌っておるようじゃ。お主は周りの人を不幸な目に遭わせるのが苦痛で仕方なく、自分で背負おうとする。理想は先頭に立ち茨の道に最初に足を踏み入れる役目。今のお主はその理想とは程遠く、そして誰かを不幸にしている。鋼の王とはその現実を見ても心痛めない者。そんな者は神か悪魔でしかなく、もしお主がそうであったらそんな力など与えておらん」

 

 言われてみればそうだ。俺は全てを背負い込もうとしている。だが、結果としてみんなを不幸にしていて、そんな、加護は俺にとっては嫌いでしかない。確かに俺に不幸は来ないものの、それでも周りの者の不幸を見ているのは酷く心を痛める。そう考えれば、俺は確かに優しいのかもしれない。

 

「一つ気になることがあります。貴方は俺が優しいから力を与えた。しかし、結局のところ俺は不幸しか遭っていない」

 

 他人に不幸をなすり付ける。その行為自体が俺にとっては不幸でしかない。それをするということは、要するに不幸からは逃げられない。

 

「ああ、そうだとも。お主は不幸から逃れられぬ運命なのだ。それこそ、人の身ならば皆そうじゃ。力など関係ない。人は皆、不幸に必ず遭う。じゃから、人はその不幸で負った心の傷を何かで癒すのではないか。お主もやっと見つけたではないか。心の傷を癒す者を」

 

「それはヒョルディースのことですか?」

 

「うむ。よく酒を飲む娘じゃ」

 

「いや、あんな女と一緒にいても疲れるだけ。現に俺はこうして一人で静かに鍛錬をしていたのです」

 

「しかし、あの時のお主の顔は何とも楽しそうな顔をしていた。前に儂と会った時からは想像もつかないほどに明るい笑顔じゃった」

 

 そう言われた俺はふと自分の頬を触った。

 

「そんなに笑っていましたか?」

 

「うむ。微笑ましいほどにな」

 

 人らしい王、それは傷つきながらも前へと進む人のこと。俺の理想、鋼の心を持つ王は傷つかない心を持っていて、冷たい金属の心に熱は帯びることなく淡々と前へと進む。

 

 どちらにせよ前へと進むけれど、進み方が多いに違う。

 

 確かに俺は鋼の王を目指していても、結局は人らしい王になっていってしまうのかもしれない。

 

「人らしく俺は生きますよ。王だから人としての生き方を望めないなんて、確かにそんなものはない。王は人、人は人らしく生きる。そんな人になれと、そうですよね?」

 

 老人はまた陽気に笑った。大空で輝く太陽と競うくらい陽気に。

 

「それでよい。お主はそれでこそ、王として素晴らしい—————」

 

 老人はそう言うと、俺に背を向けた。老いた外見と、その中でまだしなやかに動くであろう足腰は厳粛で威厳があるように感じる。

 

「そうじゃ、お主に一つだけ言わねばならないことがある」

 

「言わねばならないこと?」

 

「ああ、忠告じゃ」

 

 その時、背筋がゾッとした。俺が何か悪いことをしたということに思い当たる節はなかったものの、その威圧感にはただ感服するしかないと悟ってしまう。

 

「お主嘘を吐いてるじゃろ—————?」

 

「嘘……ですか?いや、別に吐いてなどいませんが」

 

「儂との時でなく、国と国の話の時とかにじゃ」

 

「……ええ、吐いております。それが何か?」

 

 俺が老人の言うことを認めると、老人は静かに「そうか」と呟いた。気力無さそうなその言葉に何が含まれていたのか、それを俺は考えまいとした。

 

「お主、嘘を吐くのはもうやめなされ。確かにお主はその人の心を覗ける権能のようなものを持っとる。それは確かに素晴らしい権能じゃ。じゃが、嘘を吐くな」

 

「嘘を吐くのが悪いことだと?子に教えるようなことを俺に教えるのですか?」

 

「まぁ、そうじゃ。お主は優しい。じゃが、夢の反対の絶望を知ってしまっておる。真に怖い人間は、優しい人が恐ろしく怖い。優しすぎるが故に、そして絶望を知っているが故に、悪にも簡単に手を出せるのじゃ」

 

 嘘を吐くことが悪いと老人は言う。もちろん、嘘という言葉は悪いように聞こえることが多いし、実際悪い嘘が多い。だが、それでも嘘は使い用によってはとても簡単に利益を得ることが出来るのだ。

 

「利益を重視するのはよい。それは一個人の勝手じゃ。しかし、利益とは他者に何かを与え、その見返りとして受け取るもの。そして、お主が与えているものは嘘、虚構じゃ。それはつまり、お主にとってしてみれば良いかもしれんが、誰かは必ずその嘘の分だけ傷ついており、その嘘の分だけお主は怨みを買うことにもなる」

 

「だが、今のところその嘘はバレていない」

 

「バレている、いないの話ではない。それではダメなのじゃよ。世界はいずれお主を消しに行くだろう。そうしたら、儂も動かねばならん」

 

「世界が俺を消そうとする—————⁉︎」

 

 その言葉に驚きを隠せなかった。いや、隠せるわけもない。世界が俺を消そうとするだなんて聞いて、驚かないやつなどいるわけもなく、きっとそれは思い過ぎた冗談のように聞こえる。

 

 だけど、老人が嘘を吐いている様子はない。その姿が本当の事なのだと俺に教え込ませていた。

 

「嘘ばかり吐き続けていると、世界の修正の対象になる」

 

「嘘だけで?」

 

「ただの嘘つきとお主はちょいと違う。ただの嘘つきは嘘を吐いたところでこの地が壊れることはない。例え何百人死のうとも、人類が絶滅なんてするほどでもない。それをあり得るかもしれんと考えている者はただの可能性論者で、確率に縋り現実を見ぬ愚か者よ」

 

「だが、俺は違うとでも言いたいのですか?」

 

「うむ。お主は選定の王じゃ。選ばれし王であり、神の加護も得ている。つまり、お主は世界が修正をかけねばならないほどに嘘を吐き続けてきた。嘘とはいつしか剥がれるもの。例え一時の利益のために嘘を吐いても、その後は地獄だってあり得る。だから、やめるのじゃ。世界がある動くぞ」

 

 世界が動かもしれない。だから、俺は行動を自粛せよ、と—————

 

「すみませんがそれは出来ません」

 

「断るのか?」

 

「断る……のでしょうか。その、俺は自分で自分の道を決めます」

 

 言い切ってしまった。神である老人の忠告を払い、自分でそこは判断すると。

 

 心の何処かにある俺の叛骨精神が浮かび出た。老人が神であるからなのか、それとも世界というものに抑制されるというのが嫌だからなのか。

 

 どちらにせよ、強大なものに自らの運命を決められるのが嫌なのだ。まるで自分が誰かの手駒なような気がする。一つしかない自らの運命は俺が決めるのだ。

 

 老人は侘しそうに立っている。

 

「—————そうか、それならよい。お主が決めたことじゃ、その信念、貫いてみせい」

 

 老人は何か思ったことを口にしなかった。俺の意思を尊重してくれたのか、老人はもう何かを言うことなくそこから去った。

 

 悪いことをしたのかもしれない。老人は俺のことを心配して、生きながらえる道を示した。だが、これは俺が決めた道であり、その道は意地でも歩かねばならない。それが、俺の後ろで倒れていった者への手向けであり、義務である。

 

 だが、その道を進むについて、一つだけ心残りがある。それは民のことだ。民は俺に有無を言わずについて来てくれる。嬉しい限りなのだが、そうなると何千もの罪なき民が命を落としてしまうかもしれない。我が道を進むにはそれだけがどうしても心残りで仕方がない。

 

 民を導く者が王なれど、民を道ずれにするのが王ではない—————

 

 正直迷っていた。信ずる己の道か、守るべきものなのか。

 

 今ならまだ間に合う。民のために降伏すれば良いのだ。

 

 —————だが、そうしたら、我が道理に反する。

 

「どうすればいいのだ……」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 リュングヴィの国との戦が間近になってきた。両国の間には元々溝があったが、その溝にさらに追い討ちをかけるようにヒョルディースとの事件があり、やっぱり戦争は避けられまい。

 

 俺はまだ戦場にはいなかった。まだやり残したことがあるように思えてしまい、ずっと館の中で閉じこもっていた。部屋の中で並べられた本に囲まれて、戦術を模索し、持たせる武器などの採択をしていた。

 

 別にそれぐらいのことは部下に任せてもよかった。だが任せ切れないのだ。信用してないわけではない。いや、むしろ信用はしている。信用はしているのに、どうしても自分でしたくなるのだ。

 

 全ての責任は自分で負いたい。誰かに任せるでもなく、自分でするからこそ、責任は自分にあり、最悪の場合は自分に全ての矢先が向く。そうすれば誰かが責任を負う必要もない。

 

 それに、館の中でじっとしているのも嫌なのだ。国境付近の警備に就く者は日々、戦争に巻き込まれる恐怖を感じていることだろう。それなのに王たる俺がここで悠々と過ごしていてはいけない。だから、自分に何か出来ることをしたいのだ。

 

 二つの理由が俺を動かしていた。

 

「あなた、いますか—————?」

 

 透き通るような綺麗な声が書物の部屋に響いた。

 

「ヒョルディースか。どうした?」

 

 ヒョルディースは扉からひょっこりと顔を出すようにして部屋の中を見ていた。

 

「その、もう夜遅いですよ?」

 

「ん?ああ、もうそんな時間か」

 

「お夕食は食べたのですか?」

 

「さっき食べた」

 

 机に向かいながら彼女と話をしていたら、彼女は話を聞いていないと思ってしまったようで、俺のことをじっと見つめていた。

 

「どうした?ヒョルディース」

 

「私の話を聞いてます?」

 

「聞いてる、聞いてる。聞いてるとも」

 

 素っ気ない返事に彼女は頬を膨らませて、まるで怒っていると感情を表現するかのようであった。これでもまだ約二十歳。まだ俺からしてみれば若い歳だ。

 

「んもぅ!私の話聞いてます⁉︎」

 

 若い歳の女の子が怒りをぶつける。かまってくれないからいじけた子供のようであり、そんな子供みたいな大人の言動にため息を吐きながらも、口角は上がっていた。

 

「その……」

 

 言いたいことがあるように見える。だが、その言いたいことを言い出せずに、もじもじとしている。いじらしいと言えばいじらしいが、その彼女の目から溢れ出る不安を起こしているのは俺だと気付くと不意に後ろめたく感じる。

 

「こ、こっちに来て下さい」

 

 目を合わせないようにしながら手招きをしている。言うことが恥ずかしいのか、赤面していた。何故こういう時だけ俺に敬語なのだろうか。っていうか、あなたとか呼ばないでよ。恥ずかしい。

 

 俺は席を立って彼女のいるドアの近くへと近寄った。

 

「こんな時間に俺を呼び出してどうしたのだ?」

 

「こんな時間って……。やっぱり夜遅いのにお仕事していたこと、気づいてましたよね?」

 

「……なんだ?俺が仕事をするのが悪いか?」

 

「いや、悪いってわけじゃないんですけど……。その……、遅くなっちゃうじゃないですか」

 

「遅く?寝る時間がか?」

 

「寝るというより……ベッドに就く時間?」

 

 彼女が言い換える必要はないんじゃないかと思いながらも、何だか不振に見える彼女の行動の真意を問うてみる。

 

「お前、俺に何をする気だ?」

 

「なッ⁉︎な、何って⁉︎そっ、そりゃぁ、あれですよ。その……あれ—————」

 

 彼女はキョロキョロと周りを見回し、周りに人がいないことを確認する。一大の大仕事をする泥棒のようである。

 

「こ、こ……」

 

「こ?」

 

「こ、こ……、むきゃぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 彼女の頭の回路がショートしたようである。高い熱によって頭がやられたのか、俺にパンチを繰り出してきた。

 

 が、一応俺も戦士である。鍛えてもない細い女の腕から繰り出されるパンチなど、避ける必要もなく簡単に手で受け止めた。

 

「んもぅ〜!当たらない!」

 

「いや、当たるわけないだろう、俺、巷では人狼(ウールヴへジン)って言われてるんだぞ?」

 

「そんなこと知りません!当たって下さい!えいっ!」

 

 当たって下さいと彼女が言うので、受け止めていた手を離した。すると、彼女のか弱いパンチが俺の胸にポンと当たった。これが剣であったのなら、少しは痛かっただろう。

 

「やった、当たった!」

 

 この女何に喜んでいるのだろうか。話したいことがあるのでは?なのに、パンチを当てて、もう満足しているではないか。

 

「って、そうじゃありませんよ!話を逸らさないで下さい!」

 

「話なんて一度も逸らしてないのだが」

 

「ムッキー!もう、さっきから私のことをおちょくってばかり!そんなに楽しいですか⁉︎」

 

「案外楽しい」

 

 別に弄る気は無かったのだが、彼女が勝手に空回りしている所をただボーッと見ているのは楽しいものである。俺の目の前にあるのがまだ戦場ではなく、安寧な生活なのだと言うことをしつこいほどに逐一報告しているようなのだ。

 

 彼女は俺の手の内で踊らされていたと思ったのか、俺の服の襟を掴んだ。そして、俺を何処かへ連れて行こうとする。

 

「あっ、おい、何処へ行くんだ?」

 

「いいからこっちへ来て下さい‼︎……ッて、重いです!」

 

 彼女は顔を赤くしながら俺を引っ張った。だが、俺は本に囲まれた部屋での仕事がある。

 

「仕事をしたいんだが……」

 

「ダメです!いつまで仕事する気ですか⁉︎ホント、真面目ですね⁉︎」

 

 何とも言えない。確かに真面目過ぎるのも良くないだろう。いや、真面目が悪いわけではないが、ずっと椅子に座ったまま本と向かい合っていたら、それこそ良い案も浮かばなくなってしまう。

 

「今日は寝るか」

 

 俺がそう呟くと、彼女は目を輝かせた。まるでこの時を待っていたかのようである。やけに嬉しそうに俺を見つめていた。

 

 変な彼女の視線を浴びながら俺は自分の寝室に入った。

 

「……」

 

「……」

 

「いや、お前何でここにいる?」

 

 ヒョルディースもこっそりと俺の部屋に入り込んできた。彼女は俺に目を合わせようともせず、また何かを言いたそうな仕草をする。

 

「お前の寝室はここじゃないだろう?」

 

「その、そうなんですけど……。そろそろ、いいかなって……思っちゃったりして……」

 

「そろそろいいかな?何がだ?」

 

「その……、こっ、こ……」

 

「こ?」

 

「こ、子作り—————」

 

 子作りか。

 

 うん。子作り(セックス)

 

「……お前、何処か頭打ったか?」

 

「なっ⁉︎ち、違います!私これでも本気ですよ⁉︎」

 

「酒を飲むのにか?」

 

「酒を飲むことも本気ですし、子供のことも本気です!」

 

「まさか、お前、酒に酔っているな?」

 

「酔ってません!本心です!」

 

 どうやら彼女は別に言葉の意味を間違えているでもなく、酒に酔っているでもなく、言わされてもない。自分からその話に切り出したようである。俺が踏み込もうとしなかった問題に、彼女自らその問題に足を踏み入れた。

 

 彼女は自分で言いながらも恥ずかしくなってきてしまったようである。いつもの彼女なら、そこで止めるのだろうが、今回はその羞恥心も捨てて、本音を俺に伝えていた。

 

「しませんか?子作り(セックス)—————」

 

「分かった。とりあえず、自分の部屋に戻れ」

 

 とにかく俺はその場しのぎをしようとした。俺は彼女を傷モノになんて出来ない。彼女は俺の妻であり、もちろん彼女は俺に子を孕ませるように要求する権利はあるが、俺は大切に思っている彼女をそんな風に扱えない。

 

 彼女は相手にしてもらえないことを悔しがる。

 

「私を子供だと思っているんですか⁉︎私、もう二十歳を過ぎました!」

 

「俺からしてみれば子供だろ。俺、もう五十過ぎた」

 

 彼女はこういう口論にはとことん弱いらしい。感情的で、直感的で、考える前に行動といった彼女の行動はまさに俺と正反対。それ故に取ろうとする行動も変わってくる。

 

「私のことが嫌いなんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃない」

 

「じゃぁ、良いじゃないですか」

 

「でも出来ないんだ」

 

 彼女はその理由を聞こうとしたが、俺は彼女にその理由を言えるだけの勇気がなかった。彼女を傷つけられないなどと言ったら、それこそ彼女を傷つけてしまうことになる。

 

 女は男に何も言えぬ時代に、彼女は頑張ってもここまでしか行動を起こせない。これから先は俺次第であり、その俺が意思を見せなければ、そういう行為は出来ない。だから、俺の我儘を言ってしまえば、彼女の希望は実現不可能だと知り、彼女は傷ついてしまうのだ。

 

 傷つけたくないと言えば彼女は傷つき、だが言わなくとも彼女はきっと傷つくだろう。

 

 次の言葉を言えぬ俺の目を彼女は見た。その瞳は誰かにそっくり、いや同一である。

 

「私とではダメですか—————?」

 

「そう……いうことになる」

 

 否定出来ない自分が憎い。いや、多分理性を無くしたら、俺は彼女に襲いかかるだろう。俺だって男だし、性に対しての欲求だってある。

 

 でも出来ない。出来ないというより、一種の我儘、したくない。

 

 俺は頭を下げた。この俺の我儘に付き合ってくれと。

 

「—————すまない」

 

 その一言が口から漏れた。彼女は頭を垂らした俺を見ようとはしない。右手で左腕をぎゅっと掴んでいた。

 

「謝らないでください。そう、別に謝るのはあなたじゃない。私だから」

 

「えっ?」

 

「—————本当は私なんて迷惑でしたよね。私、確かに王の娘という評価はありますけど、逆に言ってしまえば私ってそれだけの女なんです。女なのに酒は飲むは、態度は悪いわ、馬鹿で、その上誰かをいつも大変な目に巻き込んで。最悪な女なんです」

 

 彼女らしくない。その言葉がこの状況を一言で表すのに適しているだろう。まさに、この光景は彼女のらしくない。自由奔放で、他人に迷惑をかけて、本当に彼女は女であるのかと疑うような人物こそヒョルディースであり、俺の目の前にいるヒョルディースはヒョルディースではなかった。

 

「私はあなたを利用した。リュングヴィとの婚約から逃げるためにあなたを利用した。あなたは私と結婚するつもりでもなかったのに、私はあなたと結婚して、その上戦争まで引き起こした張本人」

 

 何も彼女の言うことに偽りはない。そう、それこそ本当に今までの彼女の経緯であり、彼女はそれを心では自覚していた。彼女が俺の人生を狂わせている。

 

「私は今、この館に転がり込んできている身。私がそんなに偉そうに指図出来ないことは分かっているし、あなたの妻なんて本当は堂々と言ってはいけないのも分かってる。その点は本当にごめんなさい—————謝るのは私の方」

 

 彼女は俺に謝った。

 

「でも、今は違う。いや、今というより、前から本当はすでに違っていた」

 

「違っていただと?」

 

「—————本当は一目見た時から慕っておりました」

 

 前に認識したことをが過去となり、その過去を現在から振り返る。それによって気づくこともあるのだろう。

 

 ただその甘い一言は俺の表情を変えるにはまだ力及ばずである。

 

「だから、今は本当にあなたとの……」

「もういい。そんなこと、お前が生まれるずっと前から知り得ていた—————」

 

 数奇な人生に巻き込まれたヒョルディースを俺は手元に置こうとしていただけなのだ。そんな重大な事実を、改めて実感させられた。

 

 そして、彼女がもう()()()()の確証も得た。予想通りだ。

 

 過去と現在が繋がっているのだと、今になって気づいたのだから、もう俺は彼女を止める権利などない。

 

 俺はそっと彼女を抱き締めた。

 

「すまない。今さっきのことは忘れてくれ」

 

「……いいのですか?」

 

「ああ。俺も本当はお前のことを愛している。お前を傷モノにしたくないと思っていたが、訳が変わった。俺はお前の望みを否定する権利なんてないからな」

 

 —それは俺がお前を殺してしまったから

 

 ———あの時見捨てなければ

 

 —————今こうして現れたのが不思議

 

 —————でもその謎を受け入れよう

 

 ———今ある幸せを噛み締めながら

 

 —もう二度とお前を行かせない

 

「そうだろう?シグニュー(ヒョルディース)—————」

 

「はい—————お兄様(あなた)

 

 そして、二人は深い夜、愛を形とした。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 しばらくして、ヒョルディースは懐妊した。単純に嬉しかった。愛が形となって、子としてこの腕の中に現れるのだと。

 

 だが、それから間も無く戦は始まってしまった。生まれる我が子の顔を見ることなく、俺は戦に出向くこととなった。彼女は哀愁を帯びた顔を覆う笑顔を俺に見せながら、頑張ってと声をかけてきた。

 

 折角、二人になれたのに俺と彼女はまた別れた。運命の道が交わったのは一瞬で、いつまでも続くというわけではないようだ。

 

 それから、俺は戦場に立った。兵士たちの一番先頭に立ち、王でありながらも、誰よりも勇ましく剣を振るった。狼のジャケットを羽織り、味方の屍も敵の屍も瞼の裏に焼きついた。血の池を飛び越え、鳴き声を叫び声でかき消し、肉を抉り、人の命が儚く思えてしまうほどに腐りきってゆく。

 

 来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も—————

 

 ただ人の命を機械的に奪っていた。

 

 目の前の現実を否定しようとして、でも大切なモノのために、俺は現実を否定しなかった。

 

 俺は人殺しだ。だが、それでも、シグニュー(ヒョルディース)と娘のために俺は精一杯やっていて、それしか方法がないんだと心に釘を刺す。

 

 そして、俺の手と剣が血濡れてくるにつれて、手の感覚も自分のものではないかのような感覚がするのだ。

 

 でも、俺は戦場に立たねばならない。それが王としての役目だ。

 

 ジリジリと俺の神経が虫に喰われていくように消耗していく。これが戦。守るものが多くなってしまったから、こんなにも戦が辛く感じるのだと分かってしまった。守るものが多いから、俺は死ぬことが怖くなり、段々と俺の王としての理想像とは違ってくる。オーディーンが言うには、これこそ俺の理想像らしいが、民の前では弱々しい姿を見せてなどいられない。

 

 段々と俺は人らしくなっていくのを抑えながら、王としてなろうとする。

 

 —————王は人の生き方を望めぬ。

 

 俺は王になりたいが、徐々に人に近づいている。

 

「ダメだ!これでは……。あと、少し、あと少しだけ。俺が王ならば、この戦は勝利するのだ。だから、あと少しだけ我慢をしろ、俺—————」

 

 戦は比較的勝っていた。段々とリュングヴィの敵の数を減らしていったが、敵は退こうとはせず、むしろ好戦的だった。その事実が、さらに俺を揺さぶるのだ。

 

 だから、俺は未来よりも、今の幸せを掴もうとばかりしてしまった。

 

 嘘を嘘で塗り固めて、さらに力をつけていった。

 

 その結果、俺たちの軍の士気は向上、勝利に一歩近づいた。

 

 だが、まだその時の俺は気づいてなどいなかった。その一歩は仮初めの一歩であり、本当の一歩はまだ一度も歩いていないのだと。

 

 気付かぬまま、老人からの忠告を守らずに俺は嘘を続けた。

 

 最終決戦、俺たちはリュングヴィをついに追い詰めた。これで戦は終わり、全てが丸く収まるのだと。

 

 だが、俺に幸運などやってこない。やってくるのは、不幸のみなのだ。

 

 リュングヴィをあと一押しで仕留められるという時に、世界は俺を排除しに来た。世界は俺の心臓を押し潰してきたのだ。段々と、じわりじわりと嬲るように苦しみを与えながら俺は膝をついた。

 

「じゃから、言ったじゃろう。お主、嘘を吐き続けるなと」

 

「この……苦しみは、世界……から……なのか—————?」

 

 老人は頷くことしかしない。

 

 その老人を見ていて悔しくなった。あと一歩、あと一歩で良かった。その一歩が虚構であろうとも、その一歩を歩けたのなら安寧があったはずなのに。

 

 地面に頭を擦りつけて、立ち上がることすらままならぬ苦しさの中、泣いた。

 

「あと、少し……。その少しを……何故世界は許さない‼︎⁉︎俺の夢を、守りたいものを守らせてくれればそれでいい……!何故、俺はこうも守れぬのだァッ—————⁉︎」

 

 目の前の現実を全て投げ出してしまいたかった。両目を抉って、記憶を失いたかった。

 

 あと一回、その一回でいい。

 

「俺に、力をくれ……ッ‼︎オーディーン‼︎」

 

 必死に願った。力を得るために。

 

 だが、オーディーンは拒絶した。

 

「無理じゃ。力を欲したところで、儂は世界の一部。お主の目的は世界の理から反してまでもの染みを叶えようとしているが、それを一部である儂が許すか?」

 

「なら……俺は、どう……すればいいん、だ—————?」

 

「……諦めるのじゃ」

 

 その一言は死刑宣告よりも残酷で心を抉った。たった一つの望みを切られたように、苦しみ、悶え、喘ぎ、喚き、叫び、泣いた。負の感情をその一瞬で全て味わったような気分だった。

 

 不甲斐ない自分を殺したい。だが、殺したいが、そんな力などもう無かった。

 

 早く殺してくれ。そう思った時だった。

 

「—————お兄様‼︎」

 

 二十年ぶりにその声を聞いた。戦場の真ん中で、彼女は何故ここにいるのか。分からないことだらけだった。

 

 シグニューは赤子を抱いていた。彼女はオーディーンを見ると、まるで全てのことを理解したようで、彼女は目を瞑り歯を食いしばっていた。

 

「お兄様、もういいのです。あなたは頑張った。いや、頑張らせてしまった。過去に私があなたを縛ってしまったから、あなたはずっと苦しい思いをしてきた。もう、安らかにお眠りください。そして天上ヶ原(ヴァルハラ)へと行ってください」

 

 彼女の涙が俺の頬に滴る。彼女は俺が死ぬのだと告げた。それは百パーセント確定事項で、オーディーンの力でも変えられぬ運命なのだ。それが世界の定めた運命だった。

 

 俺は自分があまりにも懦弱で許せなかった。目の前にいる彼女と我が子さえも守れないのが自分なのだと確認したのだから。

 

 戦士としてでも、王としてでも、ましてや人としてでもない。シグムンドとして、最大の屈辱なのだ。

 

「すま……ない。俺、何も、守れ、なかっ……た」

 

「いいのです。私はあなたがいてくれた、それだけで良かった。だから、新しくこの世界でヒョルディースという生を受けたのですから」

 

「……そういう……、ことか」

 

 彼女は転生、生まれ変わったのだ。それはシグニューという肉体の枷を捨てて、一旦魂だけの存在となり、それから新しくヒョルディースと言う名の肉体の枷を得てこの世界に現界した。彼女は俺と会うためだけに、もう一度この世界に来たのだ。

 

 だが、それには一つだけ疑問があった。

 

「お前……それだけ……の、魔術、いや……魔法を、使えるの……か」

 

 そんなことが出来たとしたら、それこそ大魔法であり、後世に名を伝えられる大魔術師となるだろう。だが、そんなことが出来る者は神ですら少ない。

 

「私、そんな大層な魔術は使えません。だから、私は世界に自らを売りました」

 

「お前……、世界……と、契約、し……た……の、か—————?」

 

「—————はい。世界と契約したのです。そして、その代わりに一つ願いを叶えてもらうことにしました。それは、お兄様と結ばれること。私、お兄様と結ばれたいと思っておりました。でも、兄妹の中では許されぬ恋。だから、体を変えたのです」

 

 彼女はそのためだけに世界と契約をした。たった一つの願い、俺と結ばれるという夢のためだけに自らを売ったのだ。

 

 この先彼女はどうなるのであろうか。彼女は多分、霊長類の守護者となり、世界に組み込まれる。もう彼女は世界の奴隷のなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 [また助けられなかったのか?]

 

 俺の心にいる何かが語りかけてきた。語りかけるというよりも、罵倒だ。

 

 [お前は何も出来なかったな。誰かを守ることなんて出来やしないじゃないか。愛する女も子も、民も、何もかもをお前は壊したんだよ]

 

 違う、そんなことない。俺は、守ろうと努力をした。

 

 [努力をして何になる?努力をした結果がこれか?]

 

 じゃぁ、俺の努力は無駄……なのか?

 

 [ああそうだ。努力は確かに力をつけるにはもってこいだ。でも、お前は努力をしても、何をしようにも

 

 

 —————力不足なんだよ]

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「お……い、オー、ディーン、俺に、力を……寄……越せ—————」

 

 あと少し、ほんの一分二分で尽きる命。だが、俺は足掻いた。

 

「無理じゃ。力を無闇に与えてはならぬ。それが例えお主であっても」

 

「なら、俺……を、世界……と……契、約さ……せろ」

 

 その言葉を言った時、場が凍りついた。俺がまるで言うことを禁じられた禁句を言ったかのようで、そんな俺をただまじまじと見ていた。

 

「世界……から力……を借、り、る……なん……て癪……だッ……!で……も、ここ、で、俺は……力……を、借り、ねば、シグニュー……を守ること……さ、え出、来ない……。そ……れだ……けはダメ、だッ!ここで……彼、女を、守……らね……ば、俺は……人、とし……て最……下層、の……、人間に……等しい‼︎……卑しい……人間、と、なる‼︎」

 

「そんなことありません。あなたは努力を……」

 

「努力……をし、て、俺……は何……かを守、れた、かッ—————⁉︎」

 

 その言葉は自らに問いかけていた。長年、ずっと考えずにいたけれど、一番に考えなくちゃいけないことだった。俺が俺という存在の人間であるために一番必要な証明は、王であることでも優しいことでもない。

 

 誰かを守れねばならぬのだ。

 

 そして、今、俺が出せる結論はただ一つ。

 

「大、事な……もの何、一つ……守れ、や、し……なかった—————」

 

 選定の剣(グラム)を手に入れても、権力を手に入れても、虚構の力を手に入れても、何も残るものはないのだ。今までの自分の全てを否定した。この歳にもなって、俺は全てを否定せざるを得なかった。

 

 この何十年の歩んだ道のり全てが無駄だったと実感してしまう。

 

 老人は絶望の奈落の穴に俺を落とした。

 

「無理じゃよ。世界はお主のような者を望んでなどおらぬ。お主は叛乱因子。そんな者を自らとして取り込もうというほど世界は物好きではないわい」

 

 そうである。俺は世界から敵として見なされている者。契約なんて無理なのである。

 

「じゃぁ、俺、は……」

 

「—————お主は何も出来ぬ。死ぬまで待つのじゃ」

 

 それは死の苦しみに悶えるよりも残酷で、あらゆる痛みを与えられることよりも屈辱な宣告。

 

 今まで信じてきたものが全て無になったこの虚空は死ぬという行為のさらに先を見たような気分だった。自分という存在がいなくなり、この世界から消えてしまい、意識そのものが綺麗になくなってしまえばいいのにと思えるほどに。

 

 守りたい。その思いの何処が間違っていたのかを知り得ぬまま、俺は死ぬことになるなんて。

 

「間違ってない‼︎お兄様は間違ってなんかありません—————!」

 

 シグニューはそう叫んだ。

 

「お兄様は私を守ろうとしてくれた。確かに守りきれなかったかもしれない。でも、守ろうとしてくれたその背中を見て、私は頑張ろうって思えたんです!私たちの前を行くお兄様の背中だから、私たちは前に進めている。嘘の道でも、お兄様が歩んだ道のりは嘘なんかじゃない!お兄様が生んだ笑顔は嘘じゃない!」

 

 俺は間違っていない。その言葉は殻を閉ざしつつあった俺の心をハンマーでぶち破った。また俺の世界を揺らした。

 

 俺は守れなかった。でも、守ろうとした。その事実は変わらないし、それがいつしかみんなが歩く力となる。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 [ここで終わるのか?]

 

 まだだ。まだ、ここで終わってはならない。

 

 [じゃぁ何をする?誰を救う?お前の手で誰の未来を指し示す?]

 

 俺は—————

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「なぁ、シグ、ニュー……。俺に、証を……、譲って、く……れ」

 

 肉体に与えられた苦痛を遥かに凌駕する絶望の中、見つけた淡い微かな光。若干の闇を持つその光に俺は縋った。

 

 彼女は俺を照らす月になると言った。俺はそんな月を守る存在と言った。

 

 彼女は霊長類の守護者。故に、これからの彼女は見たくもないものを見て行くだろう。人の憐れな弱く暗い歪んだ姿を。

 

 俺はそれから彼女を守ろう。彼女はもう俺を照らして道を指し示した。俺が守るのは当然のことなのだ。

 

「俺、に……力を……譲っ、てく、れ」

 

 この機会しかなかった。この機会で俺は誰かを守ることが出来なかったら、もう誰かを守ることなど出来ず、人生の全てを否定して後悔しながら死ぬだろう。

 

 それだけは嫌なのだ。それこそ自らの存在意義の証明が出来ぬということ。

 

 だが、シグニューは中々承諾しなかった。俺を自分の代わりにして、嫌な仕事を押し付けたくなどないのだろう。

 

 それでもここだけは引き下がれなかった。

 

「シグ……ニュー……、俺に、力……を、譲って、くれっ—————‼︎」

 

 愚かなまでの一途な望み。それを彼女は折ることができなかった。元は彼女が作ってしまった存在意義。今更折ることなど出来ないのだ。

 

 彼女は承諾した。その理想を追い求める者こそ俺であり、俺の終結(ラスト)には理想を掴んだという終わりに仕上げようという彼女なりの配慮もあった。

 

「お主、良いのか?世界との契約を譲ってもらうことは出来るが、叶えて欲しい望みはもうこの女が叶えておる。つまり、叶えたい望みを叶えるというメリットが無くなり、ただ死後も永遠と守護者という命に引きずられる世界の傀儡となる。つまり、死後は永遠のタダ働き。それでも本当に良いのか?」

 

「ああ、いい……とも。契約を、譲っ、ても……らう……だけ……で、俺の望み、は……叶え……、られ……る」

 

「……そうか。なら、お主の持つ剣は破壊させてもらう。お主は王として決定されてしまっておる。故に、今のままでは守護者になれない。壊せば王としての証を失い、儂の神の力を使えば世界との契約の譲渡も可能。どうじゃ?最終確認じゃ。この剣を破壊しても良いか?」

 

 目の前にある剣を見た。刀身は多少の傷が付いていながらも、金属の光沢が綺麗に輝いている。長年使い続けたせいで柄に巻かれている皮が破れていたり、薄れていたりしている。その上から巻かれたシミの付いた包帯も破れて汚れている。

 

 ああ、思えば俺はこの剣と人生の半分以上を歩んでいたのだ。そして、これは選定の剣、即ち俺が王である証。それを破壊するということは俺が王でなくなることを意味する。

 

 だが、もう迷うことはない。俺はもう決めたのだ。自分の道を。

 

 それは王という権力に頼らない。

 

 力などなくても良い。ただ、誰かを守るために俺は地獄だろうと何だろうと飛び込もう。

 

 人類を守る守護者になることこそ、シグニューを守るということ。

 

 一気に二つも守れるのだ。

 

 手っ取り早い。

 

「あ……あ、壊し……てい……いとも。それは……、もう、過去……の自分……、だ」

 

 俺がそう言うと、老人は杖のような槍を掲げた。その槍の先にあるのは選定の剣。

 

「あ……あ、ありが……とう。お前、は、よく……頑張っ、た……よ」

 

 こいつがあるから俺は守れないということも経験した。戦争も経験して、地獄とも思えた。

 

 だが、今思えばそれは良き経験だ。

 

 守れるってことがここまで嬉しいだなんて思ってもいなかった。

 

 老人は槍を振り下ろした。剣は砕かれ、俺は王として死んだ。そして、世界と契約し、守護者として人類を守る役目を担った。

 

 幾度となく戦場を経験し、無慈悲な惨殺や人の醜さも何遍も見た。

 

 だが、俺は後悔などしていない。絶望もしていない。守れたという現実を見た。人を殺しても、守れているのだと実感出来るから俺はそれでいいのだ。

 

 —————我が人生に悔いはない。第二の人生にも悔いはない。

 

 ただ、我儘を言えば、愛する我が子の事だけが気になってしまった。

 

 我が子だけはどのように人生を歩めたのかを俺は知り得ない。

 

 出来るのならば、まだ抱き締めていない我が子に逢いたい—————

 

 父と認識されて、お父さんと呼ばれたい。

 

 —————微かな願いだ。

 

 だが、その微かな願いも、時に大きくなって行く。

 

 そして、そんな時に限って、俺は聖杯戦争のサーヴァントとして選ばれた。

 

 いや、選ばれたというより、聖杯戦争のサーヴァントとなるように勝手に設定をした。

 

 そして、逢えた。

 

 愛する我が子に。

 

 我が子よ、どうか俺に君の運命を守らせてくれ。

 

 それが今ここに俺の存在する意味なのだから—————





長い、とにかく長いですね。文字数約二万文字。何回スクロールをしたことでしょうか。本当はこんなに書くつもりはなかったのですが、何故か膨れ上がりここまで書きました。

最後の所なんか、もう作者、話し進めたくてちょっと手を抜いて……。いえ!何でもありません。まぁ、いつか、暇が出来たら、ちゃんと書きたいと思っております。

さぁ、5日後からは現実世界へと戻り、戦闘の続きです。いきなりシリアス展開、そしてまさかの……です。



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父の望みと娘の望み

はい。Gヘッドです,

やっとの事で通常回に戻ることが出来ました。しかし、いきなりシリアス展開。

アーチャーとグラムの最後の戦いをお楽しみください。


 アーチャーはセイバーの全てを語った。

 

 世界と契約する代わりに一つだけ願いを叶えたシグニュー。そのシグニューは新しくヒョルディースという生を受けた。それは愛する(シグムンド)と結婚するため。そして、彼女は見事その願いを叶え、生まれた子がセイバーなのか。

 

 ああ、そりゃぁ、こうまでしてでも守りたくもなる。アーチャーは父と子という関係だからという理由以外にも色々と守る理由があるのだろう。そして、その一つにはきっと彼の信条が関わっている。

 

 —————守らねば、その精神は側からして見れば異常とも言えるほどの守護意思がある。

 

 それに彼はグラムを破壊したはずなのに、何故か娘であるセイバーはそのグラムを握っている。その剣は彼からして見れば少し嫌な過去なのだろう。戦争で悲惨なものを経験した。それこそ、この固有結界に現れている地獄絵図。目のやり場に困るほどに痛々しい戦場。

 

 誰も望まぬ戦争、元はと言えばグラムを握ったからそうなったのだ。もちろん、地獄を見ることを覚悟してはいただろう。だが彼は人らしい王。憎悪の感情を簡単に持ち得てしまう。

 

 アーチャーの固有結界が消えて行った。塗り替えていた世界が跡形もなく消えてゆく。元の廃工場に世界は戻った。

 

 グラムは膝を地につけるアーチャーを見下している。背後にある他のグラムをいつでも掃射出来る体勢だ。

 

「案外私の話が少なかったな。少しだけ聞いてみたいと思ってはいたのだが、私の話をするのがそんなに嫌なのか?」

 

「はッ‼︎笑わせるな。嫌とかじゃない。ただ、話す内容はお前の話などではない。俺とシグニューの愛の話だ。なんか文句はあるか?」

 

「いや、文句があるわけではない。……まぁ、そうだったな。お前たちはいつも仲は良かったな。だが、それが許せない。私のことを何も考えずに、私をこんな剣に仕上げたことを許すはずがない」

 

 彼女はそう言うと、剣をアーチャーの首に近づけた。あと数センチ動けばアーチャーの首から血が流れるであろう近さである。

 

「—————呆気ないな。これがあの王の姿か?」

 

 彼女の過去の王の姿と今目の前にいるアーチャーの姿は違うのだろう。それもそうである。だって、彼は今、嬉しそうな顔をしているからだ。

 

 娘に会えた。その事実は彼にとって掛け替えのない至福、そしてこうして自分という姿を認識してもらうことに喜びのない親はいない。

 

 大好きな妹の大好きな子。そんな子を守れるなんて、彼の一番に望んだ形だ。

 

 ただ、それは彼が負けなかったらの話である。彼は負けてしまった。予想外の敵が現れ、令呪を使われたせいで。これで、負けてしまい、彼の脱落は確実なものとなった。つまり、これから娘を守ることが出来ないという不安もある。

 

「私はいつまでもお前を許すことはない。例えどんなに愛する妹、娘、民のためにお前が身を粉にしたとしても、それに付き合わされたのは私だ。その度に私の体は血に濡れ、こんな要らぬ力まで手に入れてしまった。それについて言うことはないのか?」

 

「謝らせようって気か?」

 

「どうとでも言え。どうせお前は殺す。ただ、言いようによっては楽に殺してやる。どうだ?何と言う?貴様の死に方が分かれるぞ」

 

 アーチャーは苦笑いを浮かべた。この状況で、もう彼がどう手を打っても形勢は逆転不可能。一触即発な場面が彼には呆れるほどだった。

 

「じゃぁ、すまない。俺は確かにお前に悪いことをした」

 

「案外素直に謝るじゃないか。改心か?」

 

「そんなもんだ」

 

 彼はそっと立ち上がった。自らの折れた剣で貫いた所を抑え、今にでも消滅しそうな体を現界させながら。

 

「悪いって思ってるよ。お前にトラウマを与えたことも。お前を血濡れた不吉な剣にしたことも。そして、そんなお前を心の中で嫌う自分がいることも。お前は俺の暗い闇の部分で、お前は俺だ。だが、それを認めずに、お前はただの冷たい剣だとばかり思ってきた」

 

「冷たい剣?」

 

「ところがどっこい、違った。お前は冷たい剣じゃなく、ただの鋼だ。俺が鋼の王になるために一番必要なものだった」

 

 アーチャーは鋼の王になろうとしていた。だが、なったのは人の王。

 

「俺は人の王で満足だ。死んではいるが、妹に会えた。娘に出会えた。それは俺が鋼でなく人であったから。お前は俺の過去の望みで、過去の遺物だ。お前はもう俺には必要なんてない—————」

 

 彼は笑った。清々しい笑顔を彼女に見せつける。こんな時に見せる笑顔は逆に不気味とも思えてしまう。

 

「—————さっさと死ね。もう、お前は娘の人生(俺の願い)の邪魔だ!」

 

 彼が聖杯に向ける願いなどない。もしこの聖杯戦争が終わっても彼は霊長類の守護者として、世界の傀儡にされるだろう。

 

 そんな絶望でも一筋の光を信じるんだ。

 

 ここで死ねば聖杯は満ちる。聖杯が満ちればグラムが願いを叶える。

 

「殺したきゃ、殺せよ!だがなッ‼︎」

 

 アーチャーは目の前にある剣を手で払い、グラムの首を両手で掴んだ。そして思い切り彼女の首を絞める。

 

「娘の事のためならどんなことでもするぞ。泥を飲んでもいい。これが俺に出来ることだからだ—————!」

 

 グラムは息が出来ずに苦しみ悶えた。例え元は剣でも、今は人の姿をしているのだ。頭に血が回らぬのなら、苦しむのは道理。

 

 "だが—————"

 

 彼女は手を煽いだ。すると、その手と動きが繋がっているかのように剣がアーチャーの首に刺さった。彼女の目の前で昔の主が首から血を吹き出している。骨まで到達したであろうその剣に血が伝い、廃工場のコンクリートの床に滴った。

 

 人の王は神の剣に勝てないと証明された瞬間だった—————

 

 俺はそのアーチャーの姿を見て、思わず自らの首元を触ってしまった。首元が熱く感じる。自分が刺されたと思ってしまうほど、俺は感情移入していた。

 

 だが、俺はここで一つ失態を犯した。感情移入をし過ぎたせいで、周りのことに目をくれてやれなかったのだ。

 

「—————お父さんッ……!」

 

 圧し殺していてもセイバーの声は出てしまっていた。彼女の目の前でずっと彼女を守ろうと裏で奮闘していた父が殺されているのだ。そんなものを見せられて声が出ない子はいない。それが例え、親として認識してから一時間経っていなくても、彼女にとって掛け替えのない自分と繋がりのある人。

 

 義理の父に裏切られ、自分に寄り添う人など誰もいないと思っていた彼女の隣にずっといた本当の父親。その父親を失ってしまったら、また一人ぼっちになってしまう。

 

 聖杯で望んだその夢。叶えられるかもしれないと僅かな期待を抱いて、その夢が儚く崩れ去る。

 

「嘘……嘘だ……」

 

 嘘ではない。これは現実なのだ。セイバーの父親はセイバーのために闘い、そして死ぬ。

 

「嫌だ……。嫌……。イヤだぁ……」

 

 嫌と言っても時を止めることは出来ない。人を止めることは出来ない。彼女の心から出る本音は物事を止めるにはあまりにも弱い力。

 

 英雄なのに、何も出来ないという現実が彼女を襲う。

 

 この世界に英雄として現れたはずなのに、何も出来ずにただ見ていることしか出来ない。涙を流すことしか出来ない。

 

「何も出来ないのは嫌だ—————」

 

 彼女はそう呟くと、父親を助けようと立ち上がった。その時、セイバー以外の俺たち三人の背筋がゾワッと冷たいものが当たったように震えた。感情移入なんてしていないで、俺は彼女の目を隠し、目の前の現実を遮断(シャットアウト)してやれば良かったのかもしれない。でも、現実はそうでなく、一番残酷な形として現れてしまっている。

 

 このまま彼女を行かせてはならない。三人が瞬時に理解した。

 

 このまま彼女を行かせてしまえば、いくらアサシンの気配遮断のスキルを搭載していたとしても目の前に現れてしまってはバレバレである。さすれば、彼女はグラムの幾万の剣に為す術なく蜂の巣にされてしまう。その上彼女が出てきた場所を考えれば、俺が隠れているであろうと考えるのが妥当な考え。つまり、俺たち三人がグラムに見つかる可能性がある。

 

 そんなのは一番最悪な場合であり、これからセイバーが引き起こそうとしていることである。それは俺たちが全滅して、なおかつアーチャーが一番望んでいない結末である。

 

 俺は咄嗟にセイバーの手を握った。そして、彼女に聞こえる程度の小声で彼女を止めようと説得する。

 

「待て、今行けばお前は死ぬ!それに、俺たちも危険な目に遭う!まだ待っていろ!」

 

 しかし、そんなことを言われようが彼女が待つはずがない。大切な父親を見つけ、そしてその人のことをまだ抱き締めてもいない。お父さんと声を聞かせてもいない。そんなアーチャーを見殺しにすることなんて彼女が出来るはずがないのは考えなくとも分かることだった。

 

「待てません。私、どうしても行かなくちゃダメなんです。私、お父さんにまだ何もしてあげてない」

 

 彼女の目から涙が溢れていた。何滴も頬を伝い、唇には入り、地には落ちている。

 

 —————英雄である前に、彼女は、アーチャーは人なんだ。

 

 俺はどうすればいいのかを迷ってしまった。ここで彼女を行かせてしまって良いのかと。

 

 俺が彼女の手を掴んでいる間にもアーチャーの命の心拍数(タイムリミット)は時を刻んでゆく。アーチャーの首からは綺麗な赤い血がとくとくと溢れ、段々と彼の目の焦点がぼやけている。そんなアーチャーをグラムは見下ろし、消滅の瞬間(デッドエンド)を待っている。

 

「私は、行かないといけないんです!例え死ぬとしても、私は、私は、お父さんを守らなくちゃいけないんです—————!」

 

 彼女は死のうとしている父親の所に走り出した。

 

 俺はそんな彼女の後ろ姿を見て引き止めることは出来そうにない。それもそうだ。もし、仮に俺がセイバーの立場だったとして、行くなと言われても行くに決まっている。そうだ、人生一度きりのチャンスなのかもしれない。その一度きりのチャンスを絶やされては堪らないだろう。やらずに後悔するよりも、やって後悔する。その精神でいけばこの事態は真っ先にアーチャーの元に向かうべきだろう。

 

 いや、だが本当にそれで良いのか?彼女に後悔の念はない。だが、それでも向かおうとしているのは確実な死であり、彼女が死ぬことを誰が望んでいるのか。

 

『—————セイバーを、守ってやってはくれないか?』

 

 アーチャーは俺にそう言った。あの時はアーチャーの言っていたことの真意がよく分からなかったが、今なら分かる気がした。

 

 —————俺が彼女を守らないといけないんだ。

 

 アーチャーが望んでいること。それはセイバーがアーチャーのことを気にかけ、一緒に親子愛を認識し合いながら殺されることではない。セイバーが生き残ることだ。そして、聖杯を手に入れて、彼女の望みを叶えること。

 

 俺は託された。アーチャーにセイバーの命を。

 

 —————なら俺は守らねばならない。

 

 助けようと走り出した彼女の背を見て、俺の右手の甲にある赤い二画の痣が疼いた。

 

「セイバー、すまん」

 

 そう小さな声で呟いた。

 

 ここで彼女を行かせてはならない。それは俺たちのためにも、そして彼女のためにも、アーチャーのためにも。

 

 —————全滅という結末を誰が望む?

 

「令呪を以って命ず—————」

 

 俺は右手を翳した。

 

 恨むなら恨め。憎むなら憎め。だが、俺は託された想いがある。その想いを、その死を無駄には出来ないんだ。

 

 今の俺はそんなこと出来ない。お前のマスターとして、ここにいるみんなを、そしてお前を守らないといけないんだ。それが例え、お前の望みを無視しても、功利主義的に全てを潤滑に行う。

 

 —————それが、アーチャーの願いなんだよ。

 

「セイバー、一声も声を漏らさず、グラムに見つからぬよう隠れろ—————!」

 

 令呪が発動した。手の甲から赤い円状の光が広がり、途轍もない魔力が働いた。その魔力は彼女の体を縛り、筋肉は弛緩し、関節は動かず、声が一声も出なくなっている。彼女は落ち葉の上に倒れこみ、まるで地面に叩きつけられているかのように地から離れることが出来ない。

 

 俺はセイバーの隣まで近付いた。彼女は俺を鋭い目付きで睨む。俺は胸を彼女の剥き出しの憎しみで突き刺されたような気分になった。これほどにまで殺意を持ったセイバーを目の当たりにするのは初めてで、その殺意は彼女が彼女であるために無視していたもう一人の彼女だった。

 

「その姿、その目、まんまグラムじゃねぇかよ—————」

 

 グラムはセイバーの形を伴って現れた。しかし、今目の前にいるセイバーは宛らグラム。髪は違うものの、双眸に浮き出た殺意は全くと言っていいほど同じだった。

 

「……お前はそこでじっとしていてくれ。俺たちには無理だ。アーチャーを救うのなんて」

 

 俺がそう告げた。辛い現実を彼女に宣告し、俺は自分が彼女の心にどれほどの大きな傷を与えなのだろうかと考え、この状況を打破出来ないことに苛立ちと、後悔を覚えた。

 

 だが、まだ彼女は諦めようとはしなかった。

 

 声にならない声を上げ、手で大地を握り締めた。大粒の涙を流しながら、動かぬ足を動かそうとする。汗は吹き出て、地に着いた額を擦り付けながら体をくの字に曲げて、立とうと歯を食いしばっている。

 

「ク゛カ゛カ゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ—————‼︎」

 

 言葉にならぬ唸り声を叫びながら彼女は立とうとした。令呪に抵抗しようとしているのだ。だが、それでも体は言うことを聞かず、足がまともに動かない。その悔しさから、彼女は涙を地に流し、その地に顔を擦り付けた。嗚咽が鳴り、手を握り締めた。その手の中にはもう何も無いのを彼女は漸く理解し、その現実がまた彼女を唸らせた。

 

 静かな森にその唸り声が響き渡る。

 

 その声を聞いた瞬間、俺たち三人は悪寒がした。アサシンはその悪寒にいち早く気付くと、セイバーの方に向かって暗殺者の目を向けた。

 

「ヨウ、退いて————!」

 

 アサシンは俺を突き飛ばした。そして、セイバーの隣に駆け寄ると、彼女の後ろ襟を掴み、地に押し付けた。

 

「や、め……てッ……!」

 

 セイバーはあまりにも非力な声で、神に救済を祈るかのように涙を浮かべながらそう呟いた。

 

 だが、その声は冷酷な暗殺者の耳には届かない。暗殺者の目はもう誰かを救う目ではなかった。その目からは獲物を仕留める一瞬の殺意が滲み出ている。彼女は何のためらいもなく自らの細く腕を鞭のようにしならせ、手の側面でセイバーの白い首筋の後ろを打った。美しい手刀である。

 

 するとセイバーはまるでさっきまでの呻きが嘘だったかのようにいきなり眠るように倒れた。

 

 アサシンの手刀は驚くほど綺麗に決まった。その手刀も彼女にとっては暗殺の技術の賜物なのだろう。

 

 だが、セイバーが叫んだことに変わりはない。彼女が叫んだことにより、誰もが望まない最悪の事態を起こしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—————そこにいるのは誰だ?」






さぁ、ということで、セイバーちゃん、やらかしました。

そして、ヨウくんはどうするのでしょうか。

次回はなんと、新キャラ登場の予感⁉︎


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彼女は本当に悪い奴なのか?

はい!Gヘッドです!

さぁ、前回の後書きの作者のあの一言。その真相が載っております。


「—————そこにいるのは誰だ?」

 

 グラムが俺たちに向かってそう言っている。その言葉からして、まだグラムは俺たちが誰であるかを認識していないのだろう。もしかしたら、ここに何人いるのかも認識出来ていないのかもしれない。

 

 だが、ここにいるということがバレてしまった。俺たちには気絶しているセイバーがいる。そのセイバーを担いで逃げるなんてことになったら、逃げ切れる確率は圧倒的に低いだろう。

 

 俺はセイバーを守らなければならないという託された義務がある。だから、セイバーを置いて逃げるなんて言語道断。

 

 タンッ、タンッ—————

 

 コンクリートの床を歩く足音が近づいて来る。死神の足音のように聞こえてきて鳥肌が立ってしまう。アーチャーが死ぬよりも先に俺たちが見つかってしまうのではないのか。

 

 そんなことを考えると、孤独の沼の底に落ちたように周りの音が聞こえなくなる。自分の早い心音だけがまるで俺を急かすように脈打つのが感じる。リミットが刻一刻と近づいて来て、発狂しそうになってきた。

 

 切羽詰まったこの状況。そんな中でセイバーの顔を見る。俺たちの思いも知らないで、勝手に行動して俺たちを巻き込みやがった。絶対に許さない。帰ったら、とことんイジメてやる。

 

 —————そう、帰ったら。

 

 ああ、帰らないと。ここは一旦、何が何でも帰らないと、イジメてやることなんて出来やしない。

 

 俺は腹を決めた。

 

「なぁ、セイギ、アサシン。セイバーを担いで山を下りてくれ」

 

 それはつまり、俺はここに残ると言ったようなもの。死神と対面するということ。

 

「え?それはダメだよ。だって、そしたら、ヨウはどうなっちゃうのさ?」

 

 セイギは俺が唱えた提案に乗ろうとしない。幼馴染を死なせるわけにはいかないという理由だろう。しかし、今回ばかりはそんな弱音を吐いていられない。この切羽詰まった状況の中、一時の猶予もない時にそんな事を言って殺されるかもしれないのだ。

 

 時間は無い。俺が出した苦渋の選択、それを俺は彼らに委ねた。

 

「分かったわ」

 

 アサシンは俺の提案に乗った。彼女はそう言うと、すぐさまセイバーを担ぎ、気付かれないように気配を薄くした。

 

「……分かった」

 

 彼も承諾した。彼は俺の顔を見ようとしない。後ろめたいのか、彼はその後の言葉を何も言わず、後ろを向き、静かに山を下り始めた。

 

 一人になった。俺は工場内に侵入しようと、窓を通って工場内に侵入する。工場内のコンクリートの床は所々凸凹があり、グラムとアーチャーの戦いの凄まじさを窺うことが出来た。空いた屋根の隙間から夜空の薄い光が見え、倒れているアーチャーを照らしている。グラムは俺の姿を見つけると、剣先を俺に向けた。

 

「ヨウ……?隠れていたのはお前か?何故、お前がここにいるんだ—————?」

 

「ああ、そうだよ。見てたんだよ。お前たちの戦いを」

 

「……本当にお前だけ?」

 

「俺だけだ」

 

 俺は三人のために嘘を吐く。もちろん、これがバレてしまったら、即串刺しの刑に処され、例えバレなかったとしても串刺しの刑に処される可能性は十分にある。

 

「あの叫びはお前の声か?」

 

「ああ。怖かった。アーチャーがあんな風に負けるなんて思ってもいなかったからだ」

 

 俺はアーチャーの方に目を向けた。痛々しい限りである。まだ彼の息の根は止まっていないのだろうか、まだ彼の体は現界している。だが、彼らサーヴァントの体を構成するエーテル物質が崩壊し始めており、足の方から物質が消えていっている。彼はボヤけた視線をゆっくりと動かしながら俺を映していた。

 

「他には誰がいる?」

 

「誰もいない」

 

 俺が否定すると、彼女は滞空させている剣の一つを俺に投げつけた。その剣は首すれすれの所を通り、コンクリートの壁にぶつかった。

 

「嘘を吐け!誰がいるだろう?」

 

「いない!」

 

 彼女は俺を簡単に折れないと悟ると、手に剣を持ち俺の目の前に立った。そして、持っていた剣を俺の首の横に携え、もう一度同じ質問をした。

 

「もう一度聞く。他に誰がいる?」

 

「誰もいない—————」

 

 心臓がドクンドクンと脈打つのが聞こえた。額から汗が大量に吹き出て、死を覚悟したほど。

 

 だが、運良くグラムは俺を殺そうとはしなかった。彼女は持っていた剣を収め、俺に後ろ姿を見せる。そして、アーチャーに近寄り、彼に剣を向けた。

 

「そろそろ、苦しみも何も感じなくなってきただろう。殺してやる」

 

 彼女はそう言うと、手を仰いだ。すると、彼女の後ろにあった幾本もの剣が彼を串刺しにした。俺はその光景を見ているしか出来なかった。セイバーを命懸けで守ろうとしていたアーチャーが呆気なくやられていく姿を。

 

 彼は死に際、俺にこう言った。

 

 ありがとう、と—————

 

 声にこそ出していなかったが、彼の唇の動きはそう言っていた。あのアーチャーの柔らかい笑顔。あの笑顔をセイバーに見せてやれたらと思ってしまう。それと同時に、彼を助けることが出来ず、自分の身を守ろうとしている自分が酷く情けない。

 

 あまりにも儚く散るアーチャーの姿は彼の信念の果てなのかもしれない。だけれど、その信念は俺たち部外者からしてみれば愚直で、それ故に美しくもある。そんな生き方だから英雄と呼ばれ、伝えられた話は彼と違えど、それでも現代まで語り継がれている。

 

 尊敬の意を表する。それぐらいしか、俺に出来そうなことはない。

 

 そして、アーチャーは跡形も無く消え去った。それを確認すると、グラムは笑みを浮かべると予想していたが、意外にもその顔に喜びの感情は含まれてしなかった。だがすぐに浮かべた顔をかき消そうと、目を瞑る。そして、また目を開けて俺の方を見た。もうその時には普段のグラムの冷たい目だった。

 

「これで聖杯に溜まった魂は前回の三騎、アーチャー、ランサー、ライダーにキャスター。これで七騎揃った。だが聖杯は現れないぞ。何処に現れるのだ—————?」

 

 グラムが俺に質問したということは、つまり聖杯をどうやって手に入れるのかという方法を知らないようである。彼女は正規の方法で召喚されたサーヴァントではない。というより、彼女自体がサーヴァントと呼べる存在なのかは知らないが、聖杯を使用出来る存在なのだろう。

 

 聖杯を使用出来る者はサーヴァント、そしてマスターである。基本、サーヴァント七騎分の魂がなくとも、その願いに合わせた魂の量であればよく、サーヴァント七騎と言われるのは根元へと到達することを前提としてである。

 

「—————お前、何を願うんだ?」

 

 グラムが何を願うのか。予想は出来る。だけど、ここで彼女の真意を聞いて、本当の彼女の願いを聞かねば、俺は彼女に場所を教えられない。

 

「質問を質問で返すのか?」

 

「俺の質問に答えろ。質問に答えないと、教えない。お前の望みは何だ?」

 

「私は……復讐だ。私をこんな存在にしたお前たち人間に復讐をすることが私の望みだ。大虐殺が望みだ」

 

 そう言うと思った。彼女はそう言ってくれるだろうと予想していた。

 

 だから、ここで言おう。

 

「グラム、嘘、吐いてない—————?」

 

 彼女は俺の言葉を聞くとひどく動揺した。

 

「そんなわけがなかろう!だって、私は……、魔剣だぞ⁉︎人の血に染まった剣、それが私だ!」

 

「そうだけどさ、じゃぁ、何でそんなに悲しそうな顔をするのさ」

 

「……えっ?」

 

「お前さ、そういうこと言う時の顔、悲しそうな顔してるよ—————」

 

 俺の言っていることは嘘ではない。本当のことである。少なくとも、今日の彼女はそうだった。虐殺やら、死ねやらと物騒な言葉を並べてはいたが、そんなことを言う彼女の顔が全然血濡れた魔剣らしくない。悲しそうな顔を浮かべながらも、その心を押し込もうとしていたのが見ていて伝わってきた。

 

「お前が聖杯に叶えてもらいたい本当の願いって何?」

 

「……ぃ……ゎ……ぁぇ……」

 

 彼女は下唇を歯で噛んだ。何を言おうとしているのだろうか。全然分からない。

 

「……えっ?何て言った?」

 

「な、何でも言いだろう!それより、聖杯の場所を教えろ!」

 

 これ以上彼女をからかってはいけない。これ以上そんなことしたら、俺の首から紅い綺麗な曼珠沙華が咲いてしまう。

 

「あ〜、そのことなんだけどさ、実を言うと……、俺、知らないんだよね。聖杯の場所」

 

「……は?」

 

「あっ、いやぁ、その悪いと思うんだけど、分かんないんだよ。お前に言われて、そう言えばって思ったんだけどさ、元々俺って変なことに巻き込まれて聖杯に参加したじゃん?だから、分かんないんだよ。基本的な知識」

 

「お前こそ嘘を吐いてないか?」

 

「本当ゴメン。これ、ガチ」

 

 本当に知りません。

 

「……そうか。そうか、そうか」

 

 彼女はそう呟きながら俺に近づいてくる。手に剣を持ち、物凄い殺気を感じられる。

 

「……あの、怒ってます?」

 

「怒ってるも何も!」

 

 彼女は俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「貴様ァ‼︎私が秘密を暴露してやったのに、お前は何にも言わないのかァッ⁉︎」

 

「ゴメン!本当、マジで悪気はなかったんだ!いや、でも、知らないなんて言ったら、俺、殺されるじゃん?」

 

 妥当な返答である。多分、多くの人が俺と同じ立場ならそう言うだろう。だって、知らないなんて言ったら殺されそうだし。聖杯の場所なんて他のマスターに聞けばいいじゃん!

 

 俺が怯えていると、彼女は浮かない顔をする。何で、そんなに悲しそうな表情を、お前はするのか。

 

「……私、そんなに怖いか—————?」

 

 うんッ☆‼︎めちゃくちゃ怖い☆‼︎なんて言えるわけもない。こんな悲しそうな顔をするグラムを見ていたら、セイバーみたいなノリで言えなくなってしまう。

 

 セイバーと見た目は瓜二つだから、同じようなノリで扱いたくなる。実際、彼女は残虐だが、セイバーと同じようにすぐ悩みを抱くという所がある。そうした場合、この二人はすぐに下を向いて、声のトーンを低くする。分かりやすくて、扱いが楽だ。

 

 だが、やはり目の前にいるのはグラム。怒らせたらセイバーみたいにグジグジ言われるだけでなく、剣でグサグサと刺されてしまう。要注意。

 

「怖くないよ」

 

「……嘘を吐け」

 

「うん。嘘」

 

 俺の首スレスレを通って、剣がコンクリートの壁に当たった。

 

 ヤバイ、ヤバイ。殺される。

 

「……もういい。ヨウ、殺す」

 

「ゴメンゴメン!本当悪かった!マジでごめん!土下座するから許して!」

 

 俺は誠心誠意の土下座を披露する。地面に頭を擦り付けて、大声で謝った。

 

「すいませんでしたァッ!」

 

「……じゃぁ、令呪見せてよ」

 

「え?ああ、いいけど……」

 

 いや、待てよ。これってあれじゃないか?令呪を奪うってやつ。セイギから聞いたけど、令呪って移植したり奪ったりすることも出来るらしい。

 

 彼女の手に握られているのは剣で、その剣で俺の……。

 

「腕斬るのっ⁉︎」

 

「斬らないわよ。見せて」

 

 彼女はそう言うと、俺の右手を掴んだ。そして、右手の甲を見ようと頭を下げた。

 

「あれ?一画しかない?」

 

 彼女の髪が近い。鼻息を荒くしたら、髪が俺の息で揺れるだろう。黒い髪が邪魔けど、なんかいい匂い……。

 

「これって令呪を一画使ったのか?」

 

 彼女はそう訊きながら、顔を上げた。

 

 あっ、近い。鼻と鼻が当たりそうだった。

 

「……あっ、その、ち、近い!」

 

 彼女は俺を押し飛ばした。痛い。壁に頭を打った。

 

「いったぁ〜、痛いよ」

 

「ああ、その……ゴメン」

 

 やけに素直に謝るグラム。彼女の白い頬が赤く染まっている。そんな彼女に少々疑問を抱きながらも、まぁ、話を進めよう。彼女という存在が分からなくなってしまいそうになる。

 

「で、何で令呪なんか見たの?」

 

「いや、二画あったらセイバーをここに呼ぼうかと思ったんだ。そうすれば、彼女にも復讐出来る」

 

 それは多分、魔剣にされた恨みのことだろう。アーチャーはグラムに血を塗りまくった男だけど、そのグラムを魔剣に仕立て上げたのは紛れもなくセイバーである。竜殺しの剣という異名を付けて、その上、変な能力までグラムに搭載させちゃったという決定打をセイバーは決めてしまった。つまり、グラムの復讐の矛先はアーチャーだけでなくセイバーも。

 

 つまり、俺があそこでセイバーに令呪を使わずに、アサシンに手刀をお願いしていたらどうなっていたことか。多分、セイバーを庇って俺が死んでいただろう。

 

 俺は胸を撫で下ろした。だが、まだグラムの追撃は続く。

 

「二画目は何に使った?」

 

「二画目……?」

 

 再び俺に危機が訪れた。もし、ここで二画目の令呪の使用方法を嘘無く言えば、セイバーがそこに今さっきまでいたということもバレてしまい、それもそれでバッドエンドは免れまい。

 

「あ〜、二画目?そりゃぁ、あれだよ。セイバーに絶対服従させた」

 

「絶対服従?」

 

「うん。そうそう。セイバーがさ、俺の言うこと聞かないからさ、絶対服従させたわけよ」

 

 もちろん、大嘘。確かにセイバーは俺の言うことに一々とやかく文句をつけてくるが、なんだかんだ言いながらも彼女は俺に基本従ってくれる。

 

「—————楽しそうだな」

 

 また悲しそうな顔をした。手を握り締めて、遠くを見つめている。

 

「……まぁ、今日はもういい。早く帰れ。私はお前みたいな者を殺す趣味はない」

 

 彼女は後ろ姿を見せた。俺の目にはは小さく弱い背中に見えてしまった。それは初めて会った時のセイバーにすごく似ている。

 

 歩き出した彼女を呼び止めた。

 

「なぁ、お前、あの少年と手を組んでいるのか?」

 

「何故そんなことを教えなければならない?」

 

「いや、何となく。まぁ、あれよ。手を組んでるなら、その少年に聞けばいいじゃん」

 

 彼女は俺の目をじっと見つめて、笑顔を浮かべた。

 

「お前は何故私のようなやつにまで優しくしてくれる?面白いやつだな」

 

 その笑顔、やっぱりセイバーと一緒だった。これまで何度も見てきたセイバーの笑顔が敵であるはずのグラムの笑顔と一緒なのだ。確かに瓜二つだとしても、そこまで一緒であるはずはなかろう。なのに、何故こんなにも似ているのだろうか。

 

 グラムはアーチャーを殺している。その現場を見て、グラムの恐ろしさを十分知り得たはずなのに、何故か俺は彼女を恐ろしい存在と認識することが出来ない。彼女が悪い奴にはどうしても見えないのである。

 

 そして、去り際に彼女はこう言い残した。

 

「私は、私のような存在はとことん報われることはないな—————」

 

 彼女のその言葉が俺の中で木霊した。印象的で、絶望的な雰囲気のニュアンスが心の中で響き渡り、忘れることが出来ない。それを理解することはまだ高校二年の俺にとってはあまりにも重い一言だった。

 

 彼女が去った後、俺はアーチャーが横たわっていた所である物を見つけた。

 

「これは?」

 

 それは小さな巾着だった。握り拳程度の大きさ巾着で、その中には何やらゴツゴツとした硬いものが入っている。何であろうか。

 

 俺は巾着の中身を取り出した。中に入っていたのは透明な青色の綺麗な宝石。澄んだ魔力が込められている。これは確かアーチャーが戦闘で戦っていた時に使っていた物だ。

 

 俺はその巾着をポケットの中に突っ込んだ。そして、廃工場をあとにした。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 このビルは織丘(おりおか)市で一番高い建物。この建物は市役所など市民への福祉、公共事業などの施設。織丘市の土地は然程大きくはないが、それでも人口は多く、そのためこの織丘市役所ビルはとても高いビルのようになっており、織丘市の名所の一つのような存在となっている。

 

 その織丘市役所ビルの入り口は市役所などを使用する一般者の入り口と関係者入り口の二つがある。この関係者入り口から入れば最上階である二十階、そして屋上へと行くことが出来る。

 

 その市役所ビルの屋上に一人の女性がいた。強く吹き付ける風を受け、短い髪は揺れ動いている。ビルの屋上から神零山の方を眺めていた。

 

「アーチャーは死んだか……」

 

 彼女は右手の甲を眺めた。綺麗な白い肌を汚すものは特になく、そこに()()など見当たらない。

 

「おい、そこにいるのは誰だ?屋上(ここ)は職員でも危ないから立ち入りを禁止しているはずだが—————?」

 

 彼女はそう呼びかけた。その相手はさっきから彼女の後ろにいる何者かに対してである。

 

「—————いやはや、気付かれていたとは。やはり、こういう隠れごとはアサシンではない余には難しいものですな」

 

 その者は姿を現した。まるで霊体から実体化したように、エーテルで構成されたその身体。サーヴァントである。白い髭を生やした中年くらいの男性で、黄金の鎧を着ている。屋上へと唯一上がれる階段の扉の所に立っている。

 

「—————貴方は誰?」

 

 女性はそう聞いた。すると謎のサーヴァントは自分の顎髭を触りながら腕を組む。

 

「余ですかな?余はただのはぐれ者で御座います。おや?何です?余と()()()でも為さるおつもりですかな?()()()()()()()()()()()よ」

 

 そのサーヴァントは女性のことをアーチャーの元マスターと言った。それはつまり、アーチャーの令呪を所持していたということである。

 

「貴方、何故それを知っているの?」

 

「余はアーチャーを殺すために聖杯に用意されたアーチャーです。そのため、アーチャーに関する事情は聖杯に知識として頭の中に詰め込まれました」

 

「……そう。世界はやっとアーチャーに騙されていたことに気づいたのね。もう、彼を召還してから一ヶ月半。やっと世界が修正力をかけたのね。まぁ、でも、もう遅いわよ。アーチャーは彼の望んだように死んだから」

 

 アーチャーは死んだ。グラムの復讐の矛先となり、過去の業を背負ったのだ。

 

「言っておくけど、私はもう聖杯戦争には参加しないわよ」

 

「ええ、余もそのつもりで御座います。誰とも契約をせず、文明が発展した現代を観光するつもりです。なので、殺し合いを行う気はありませんよ。運良く、余はアーチャーのサーヴァントとして召還されたので、魔力供給は無くとも、神の加護がありますし、三日四日ほどは現界できます」

 

 彼は手の平を上に向けた。すると、彼の手の中に弓が現れた。金色の弓で、太陽のように眩い光を放つ。

 

「そうですねぇ。殺し合いもしませんし、この弓は必要ありませんねぇ」

 

 男は頭を抱え、本気で悩んでいる。戦う気のないサーヴァント、聖杯を必要とせず、ただ観光をするためだけに現界した。何とも馬鹿馬鹿しい男だと女性はため息を吐き、屋上をあとにしようと、階段の扉に触れた。隣にいるサーヴァントはそんな女性を引き止める。

 

「あのですね。そこで一つお願いがあるのです」

 

「契約はしないわよ」

 

「ええ、余もするつもりありませんよ」

 

 男は彼女の目の前に手を差し出した。

 

「お金を貢いでください?」

 

「……は?」

 

「いや、この現代、余のためと言い、貢ぐ人がいないじゃないですか。税金や貢ぎのない国で王族が生きていけないのと同じように、貢ぐ人がいないと余、生きていけません。ですから、是非貢いでください。出来れば、お金を」

 

「貴方、そのために来たの?脅迫とか、冷やかしとかじゃなくて?」

 

「もちろんです。余、貢いでもらうためだけにここまで来ました」

 

 女性はまた大きなため息を吐いた。親バカなアーチャーの次は、金欠なピカピカアーチャーだとは。

 

 だが、女性は優しく、千円をアーチャーの手に置いた。

 

「はい。これでいいでしょ?」

 

「……え?余に貢ぐ金がたったの千円ですかなっ⁉︎少なくない?」

 

「全力で奮発して千円だけど……」

 

 金欠ピカピカアーチャーは叫んだ。

 

「千円じゃ、観光も出来ないではないかっ!北海道の美味も、箱根の温泉も、京都の神殿も、沖縄の綺麗な海も、何にも観光出来ないではないかっ!」

 

「そうね。まぁ、静かに魔力切れまで待つのね」

 

「何ですとッ⁉︎」

 

 金欠ピカピカアーチャーの馬鹿な交渉に呆れた女性は下の階へと降りる。

 

「あっ、ちょっと、待って!余に貢いで!お願いですからぁ〜‼︎」

 

 結局、金欠ピカピカアーチャーは千五百円を女性から得た。





アーチャー、死にました。娘のために信念を貫き通す。カッコイイ死に様です。

そして、新たに現れた謎のサーヴァント。黄金の弓を持ち、自らをアーチャーと名乗る男。その男は一体何者なのか。

ちなみに、男はヴラド三世とエドワードティーチを足して二で割ったような人です。ちなみに、王であり、多分、グラムよりも強いかもしれません。それこそ、この聖杯戦争一の力を持つサーヴァントと言えるかもしれないこの男。さて、誰なのか。(ギルガメッシュではありません)

まぁ、第一ルートではこの男はほぼモブみたいなものです。出てくるのは、もっと後ですが……。


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変わりつつある二人

はい。Gヘッドです!

シリアス続きだったので、今回は少し気を抜いて楽しんで読んで頂ければ幸いです。


 俺は神零山を下った。三人は神零山から少し離れた教会の所で俺を待っていた。彼らは俺を見ると、胸を撫で下ろし、ため息を吐きながらも笑っていた。

 

「良かった。ヨウが生きていて。本当に死んだのかと思った」

 

 彼らの言っていること、つまり俺が死ぬという可能性は十分にあった。五分五分、いや七割ほどの確率で俺は死んでいただろう。だが、偶然が重なった結果、俺は今ここにいて、心臓もちゃんと脈を打っている。

 

「二人ともありがとう。俺の言うことに従ってくれて」

 

「あれのこと?あれは本当に、もう許さないからね。もうあんなお願いは聞かないから」

 

「はは……、それはそれで有難い。俺の存命の可能性が増えるってもんだな」

 

 俺はアサシンが担いでいるセイバーを見た。セイバーは俺たちの苦労も知らずに気持ち良さそうに眠っている。その姿を見ていて、何とも遣る瀬無い気持ちになった。こいつのせいで俺たちは大変な目に遭ったが、彼女の行動が理解出来ないということはなく、寧ろ十分に理解してしまっている。本当だったら、俺たちを危険な目に遭わせた罪として彼女が彼処に残るのが定石だ。だが、そんなことをさせられずに、結局彼女はアサシンの背中に全体重をかけるということになっている。

 

 俺は目を瞑り、何の夢を見ているのか涙を流している彼女の額にデコピンをした。

 

「今度変なことしたらタダじゃおかねーからな」

 

 全く今日は散々な目に遭った。もうこんなことは懲り懲りである。

 

 だけど、それは彼女も同じであろう。だってこの四人の中で一番に傷ついているのが彼女だからだ。しょうがないという一言で片付けられるような事柄なのかもしれない。だけれど、彼女にとってはそんな簡単な数文字程度の言葉で終わらせられるほどの事じゃない。彼女の人生に大きく関わるといっても過言ではないほどの時だったろう。

 

 まぁ、もう彼女にとってこんなに心に苦しみを覚える日はもう無いだろう。それほどまで彼女が負ったショックは計り知れないものだ。

 

「明日はお休みにしよう。色々なことがあったからね、休ませてあげよう」

 

「ああ、そうだな」

 

 彼女をアサシンから降ろして、俺が担いだ。

 

「もう家に帰ろう」

 

 今日は色々なことがあった。主にアーチャーの事とか。そのアーチャーの件に関してはあまりにも記憶に鮮烈な映像として残っていて、生々しいあの情景が目を閉じても瞼の裏に浮かんでくる。あれはまだ俺のようなガキが理解するには早い気がする。そんなことを考えていると、まるで現実から逃げているようだが、あれは実際逃げても問題はないと誰もが思うほど辛いものだ。そして、それを真っ向から受けたセイバーはどうなのだろうか。

 

「—————辛かったよな」

 

 俺は彼女の気持ちが少しだけ分かる気がする。

 

 俺だって両親を亡くした。父さんも母さんもこの世にはいない。きっとあの世で仲良く暮らしているのだろうけど、二人の顔をすぐに思い浮かべることも出来ないから、あの世の二人の姿を想像することが出来ない。

 

 その上、俺は鈴鹿まで葬った。しかも、彼女はこの手で殺された。肉を断ち切り、骨の折れる音と感触が俺の手に染み付いている。思い出そうと思えば、思い出せるくらい生々しく。あの彼女の情景は絶対に忘れない。血も繋がっていないのに、俺を十年間も見守っていてくれたんだ。

 

 あの時、俺が鈴鹿を殺そうが殺さまいが、どちらにせよ彼女はすぐに死ぬ運命だった。だから、俺がなんともしようのないこと。両親だってそう。力のない俺には二人を引き止める力さえなかった。

 

 しょうがない。その一言で俺のは片付けられる。だから、傷心はしているものの、自らを傷つけるということはなかった。

 

 セイバー(こいつ)はどうだ?

 

 もう、考えただけで彼女は自らを責めるだろう。あの時、私が守れていればと。俺たちからして見れば、しょうがないと言えるけれど、セイバーからして見ればそんなこと言えない。言えたとしても、セイバーみたいな性格じゃ、どうせ自虐をする。

 

 アーチャーに言われた。ありがとう、と。だが、俺は本当にありがとうと言われるほどのことをしたのか。

 

 自問自答した。だが、その答えは出そうにない。いや、これはもう答えが出ない問いなんだ。永遠に悩まねばならない矛盾(パラドックス)

 

「—————お前は俺が守るよ」

 

 アーチャーから託されたのだ。守らねばならない。俺がマスターなのだから。

 

 そう思った反面、心の何処かで俺は何か彼女に対しての靄がある。その靄を無視して、足を動かした。

 

 家に着いた。玄関の鍵を開けて、家の中に入り靴を脱ぐ。リビングを見てみたが、爺ちゃんはそこにはおらず、どうやら寝てしまったらしい。俺は階段を上がり二階へと登る。そして、自分の部屋に入った。ちょっと散らかった服と教科書が床に落ちている。歩けるスペースを一歩一歩踏み、ベッドの所まで来るとセイバーをベッドの上に寝かせた。彼女はもう涙を流してはいない。それでも、また目を覚ましたら彼女は泣き叫ぶだろう。

 

 それまで俺も休むとしよう。彼女が泣き叫ぶまで俺も休みたい。疲れが溜まっている。

 

 床に散乱した漫画を積み上げ、服を分かりやすいところにぽいっと投げ捨てた。そして、人二人ほどが寝れるスペースをベッドの隣に作り、そこに布団を敷く。布団以外にも、毛布と枕を用意した。

 

「……寝るか」

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 日差しが窓から差し込んでいて机の上に置いてある若干埃を被った教科書を照らす。窓を開けてはいないけれど、もう冬真っ只中なので、部屋の中は寒い。

 

「……なんか、寒ぃ」

 

 布団に蹲っていたのに、寒い。やっぱり、布団を敷いた所が窓の近くだから、外気の寒さを感じてしまう。

 

 だが、眠い。仰向けに寝ていた俺はベッドの方を向きながら寝ようと、横に寝返りを打った。

 

 すると、何故か俺の顔の目の前に見慣れた奴の寝顔があった。セイバーである。俺の顔の目の前に、ほんの十センチの距離の所でぐっすりと寝ていた。彼女の寝息が俺の唇に当たった。

 

 ……えっ?

 

 そんな状況に俺はまず慣れていない。別にラッキースケベ能力を持っているわけではないので、こんな状況を平然と受け入れることなんて、まず出来ない。

 

 良い香りがする。俺の下半身のある場所がムズムズイライラするほどの。

 

 赤面した。耳の端まで赤くなり、彼女の柔らかそうな唇にふと視線が移ってしまった。その柔らかそうなぷるんとした唇はあどけないセイバーの唯一と言っていいほど艶かしい所であり、その唇を凝視すると段々と鼓動を刻むスピードが速くなっていく。メトロノームの域を超えてしまうほどに。

 

 数秒間、俺はまるで何かに時を止められていたような気分だった。

 

「うわぁぁッ‼︎」

 

 数秒間ほど止まっていた時間が動き出しす。ショートしていた脳内回路も正常に動き、目の前に何故彼女がいるのかという疑問が行動として表され、その結果驚きの声が出た。

 

 驚きのあまり、俺は声を出しながら後ろへと床に手を付きながら交代していたら、机の脚に後頭部をぶつけた。ゴンッという聞くからにして痛そうな音が部屋に響いた。

 

「痛ッ〜‼︎」

 

 机の脚にぶつけた後頭部を手で押さえていたら、セイバーが眠りから覚める。彼女は眠そうに目を擦りながら、俺の方を見た。

 

「……もう、ヨウ。どうしたんですか?」

 

「どうしたも何も、お前、何で俺の布団の所で寝てるんだよ!」

 

 そこである。そもそも、俺が後頭部に痛みがある原因はセイバーが一緒の布団の上で俺の隣にいること。昨日は確かにベッドの上に彼女を寝かせたはず。

 

 すると、彼女はその事に気付いたようだった。だが、彼女は頭に手を当てて、えへへと笑ってごまかそうとしている。

 

 その状況を見て、ますます頭が混乱した。だって、セイバーが、あのテンパり娘が、こんな恰も夜のエッチな行為とかに間違えてしまいそうな添い寝というものをしていて笑うだけで済ませるということがおかしかった。いつもなら、俺と一緒に俺以上の声を上げながら叫び、恥ずかしがっているはずの彼女が、ただ笑うだけ。しかも、ちょっと恥ずかしそうに笑ってお終い。

 

 ……え?まさか、セイバー、わざと俺の隣に添い寝したとかそんなんじゃないよね?

 

 そう、彼女のあの笑いを見るまではセイバーがベッドから落ちてきたのだろうなんて考えていたが、どうもそうではないらしい。

 

 すると、もう選択肢がないのだ。

 

「……一応、確認するけどさ、セイバー。お前、夜中に俺で添い寝しようとベッドから降りた?」

 

「そ、添い寝しようと思ったわけじゃありません!ただ、その……、一緒に寝ようかなぁって……うむぅ」

 

 ……うん。セイバー。それはね、添い寝って言うんだよ?知らなかった?

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめてはいるものの、彼女が俺の知っている彼女ではないような気がした。やっぱり、何処かおかしい。

 

 俺はセイバーの額に手のひらを付けた。

 

「何してるんですか?ヨウ」

 

「ん?いや、なんか、お前に熱ねぇかなって」

 

「ね、熱なんてありません!い、い、至って正常でしゅ!」

 

 あっ、噛んだ。

 

 今の彼女の姿を見てこう思えた。やっぱり彼女は何にも変わっていないと。

 

 ほっとした俺は胸を撫で下ろした。

 

「よかったぁ。セイバーがアサシンみたいに娼婦サーヴァントになるのかと思っちゃったよ」

 

「そ、そんなわけないじゃないですか!ヨウだからですよ—————!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 今、物凄い聞き間違えをしたような気がする。

 

 なんか、セイバーが、俺だから添い寝したとか、何だとか。そんなこと言ってたような。

 

「はっはっはっ!冗談よせって!」

 

「えっ?冗談?えっ、あ……。はい」

 

 彼女は笑った。その笑顔を俺は忘れることないだろう。だって、何で笑顔の前に一瞬暗い顔をしたんだ?冗談なら、そんな顔はしないはずなのに。

 

 やっぱりおかしい。今、俺の目の前にいるセイバーはどこかおかしい。アーチャーのあんな姿を目の前で見たからなのだろうか。

 

 ちょっとだけ、俺も彼女に対する反応が変わりつつある。その反応は既存の俺を少しだけ揺さぶった。




彼らはまだ17歳ぐらいの若者です。セイバーだって、死んだのはそのくらいの年。そんな二人が同じ屋根の下にいるのですから……。

でも、それ以外にも色々な想いが渦巻いて……。


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揺れる心は二人の心に溝をつくる
痼り


 午前九時。食卓に置いてあった冷えた味噌汁とご飯と海苔を朝食とする。多分、この飯は爺ちゃんが俺のために置いといた食事だろう。

 

 爺ちゃんは朝早くに出かけたようだ。理由はいつもそんなに詳しくは聞いてはいないものの、修業らしい。まぁ、武道に人生を捧げた爺ちゃんだし、それについてはとやかく言わない。

 

 だが、今日は珍しい。爺ちゃんは少々男尊女卑の考えや縦社会的な考えを持っているため、食事を作るのは女や子供だと言ってくる。だが、そんな爺ちゃんが俺のために飯を作っているのだ。俺は食卓の上にあったラップの被さった朝食を見た時は正直、結構驚いた。あんまり、爺ちゃんが俺のために飯を作ってくれたことはないし、久しぶりだった。

 

 俺は冷えたご飯を箸で持ち上げて口の中に入れた。味噌汁を飲み、海苔をパリパリと音を鳴らしながら噛んだ。冷めていなければ美味しいだろうと感じられる。

 

 無言だった。いや、いつも朝食なんて爺ちゃんと一緒に食べてはいないので、無言なのが普通だが、今は普通ではないのだ。

 

 前の席を見た。そこにはセイバーが座っている。セイバーの目の前にはもう一つ朝食セットが置いてある。ラップが被さった俺と同じ朝食セット。多分、爺ちゃんはセイバーの分も作ったんだ。まぁ、何でかというのは考えないようにしたいと思う。多分、爺ちゃんは変なこと考えてるだろうと思うし。

 

「—————ほら、食えよ」

 

 俺はセイバーに食事を勧めた。だが、彼女は箸を取ろうとしない。

 

「どうした?食べたくないのか?」

 

「あっ、いえ、そうではなくて……」

 

「冷めた飯が嫌か?」

 

「いえ、私、サーヴァントですので。別に食事は必ず必要というわけでは……」

 

 彼女はサーヴァントで俺は人間。俺は食べないと生きていけないが、彼女は別に食べなくともマスターの魔力供給があり続ける限り半永久的に存在し続けるだろう。

 

 だが、彼女が食べないと彼女のために用意された朝食が勿体無い。

 

「ほれ、食べろ。飯が勿体無いだろ?」

 

 しかし、彼女はそんなことを言われたからといって食べる気は起きない。

 

「その……、まだ、食べたくありません……」

 

 まだ彼女が心に傷を負ってから七時間しか経っていない。彼女が食事を口に運ぶにはまだ早い。そんな彼女が自ら進んで食事を取ろうとはしない。サーヴァントだから、食事は必要ないのだ。

 

 それでも、俺はセイバーに食べろと言った。もちろん、強く威圧的には言っていない。だが、彼女と接する俺の態度を急にガラリと変えられると、それはそれで彼女にとっては苦しく感じるだろう。俺が態度を変えていると感じれば、その原因であるアーチャーのことも必然的に考えてしまうだろうから。

 

 だから、俺は彼女に強く言うことはしない。だが、やはり普段の感じをなるべく装った。全ては彼女を想っての行動である。

 

「じゃぁ、俺が飯食わせてやる。お前はそこで口を開けていればいい」

 

「えっ、そんな………。ヨウは自分の食事だけしていてください。私に構わなくてもいいですよ……」

 

「は?何?その嫌そうな顔。怒るよ?」

 

「嫌じゃないんです……。嫌じゃなくて……」

 

 彼女はその次の言葉を言おうとしない。その次の言葉を言うのが余程嫌なのか、それとも恥ずかしいのかは知らないが、言わないのなら食べさせる。

 

 箸を変えて、彼女の目の前に置かれたご飯の上に海苔を一枚乗せた。その海苔でご飯を包み、彼女の口に持っていく。

 

「ほれ、口を開けろ」

 

「えっ?いいですよ。別に……」

 

 倦怠な態度を見せる彼女。確かに疲れているのは分かるが、やはりそんな彼女を見ているとイライラしてくる。

 

 彼女がそんな気分になる理由は分かる。だから、そんな対応をするのも分かる。全てが嫌になって、目の前の世界すべてのものを否定したくなる気持ちになるのは、俺だって一緒だ。

 

 だが、そこから抜け出そうという努力をせず、そのままの状態でボーッとしているセイバーを見ていると腹が煮えくりかえりそうになる。

 

 —————まるで、昔の俺を見ているみたいだ。

 

「いいから口を開けろ。飯が勿体無いだろ」

 

 勿体無い。それはつまり、彼女に食べさせようという気で俺が彼女に飯を食べることを勧めているのではない。飯が勿体無いから、彼女に飯を食べることを勧めているのだ。つまり、優先順位は飯が先ということ。

 

「私よりもご飯の方が大事なんですか?」

 

 彼女はそこに怒りを覚えたようで、ますます飯を食べようとしなくなった。彼女はそっぽを向いた。

 

「絶対にヨウのご飯は食べません!」

 

 全く、何なのだ?さっきまでは自分のことは構うなと言っていたくせに、今となっては自分のことを構えと言わんばかり。

 

 こいつ、面倒くさい女になったな。

 

 俺は持っていたご飯を巻いた海苔を彼女の頬にくっつけた。

 

「……その、ヨウ、これは何ですか?嫌がらせですか?」

 

「うん。嫌がらせ。お前が食うまで続けようかと思ってる」

 

 すると、彼女は顔に怒りを表す。眉間に皺を寄せて、俺の方を睨んだ。だが、彼女は大きく口を開け、俺の持っている箸ごと食いちぎる勢いで飯を口に入れた。

 

「おうおう、よく噛んで食べろよー」

 

「分かってます!」

 

「口に飯を入れて喋るなー」

 

 不機嫌そうにしながらも彼女は口から喉へと食べた物を通す。そして、俺の持っていた箸を奪い取った。

 

「食べればいいんでしょ⁉︎食べれば!」

 

 彼女は俺に怒りを向けながらも、取り敢えず目の前にあった朝食を平らげた。しかし、依然として彼女はむすっとした態度を見せる。なので、ちょっとからかってみることにした。

 

「なぁ、セイバー。その箸、俺が使ってる箸なんだけど……」

 

「ええっ⁉︎ヨ、ヨウが使っていた箸ッ⁉︎わ、私、間接キスしました?」

 

「うん」

 

「何で言ってくれないんですかッ⁉︎」

 

 俺の予想通り彼女は顔を赤らめている。

 

「お前が美味しそうに食べてたしな。嫌な気分にさせると思って」

 

「どちらにせよ、嫌な気分になりますよ!美味しくないご飯になっちゃいましたよ!あっ、ご飯は美味しかったけど、気分は……もう、最悪ですよ!」

 

「だろうなぁ。まぁ、嘘だけど」

 

 俺の口から真実が告げられると、彼女は呆気に取られたように、口をあんぐりと開けていた。

 

「ドッキリ大成功〜‼︎」

 

 なんか空回りしているセイバーを見ているのが面白い。笑い声を殺して、普通の顔を装うのがすごく辛かった。甲高い笑い声を上げ、腹を抱えた。すると、彼女は物凄く不機嫌そうな顔をする。力強く食卓を叩いた。食器が音を立てて揺れた。

 

「もう!何なのですか?ヨウは」

 

「人間」

 

「そういうことじゃないです!ヨウは何で私を虐めるのですか?」

 

「面白いから。あっ、ちなみに、虐めてんじゃないから。弄ってるだけだから。ニュアンスの微妙な違い、気をつけろ」

 

「じゃ、じゃあ、ヨウは自分が弄られたら嬉しいですか?」

 

「嬉しいわけねーだろ。俺、ドMじゃあるまいし」

 

「なら、やめて下さい!人にされて嫌なことを、誰かにするのはいけないことだと思います!」

 

 おー、何とも素晴らしい正論じゃないか。そんな正論を言われてしまったら、まるで俺が悪者みたいじゃないか。まぁ、悪者役は俺にぴったりだし、強ち俺にはそういう役柄の方がやりやすいのかもしれない。

 

 よし、ここは一役買ってやろう。

 

「そうかそうか。まぁ、お前がどうこう言おうと俺の勝手だ。だって俺、悪者だから。悪者のイメージを付けるなら付けるで結構でございまーす!」

 

 俺はそう言うと、手元にあった食器をオープンキッチンの台所へと持っていく。キッチンのシンクに食器を置くと、スポンジに洗剤を付けた。

 

 俺の行動は至って自然的で普通の行動をしている。それはまるでセイバーを気にしていないかのよう。なのに、セイバーは俺に色々と振り回されて、手のひらにいるのだと自覚してしまうよう。

 

「悔しいかぁ〜?じゃぁ、俺に一矢報いてみれば?ほら、お得意の剣でさ、俺をグサっと刺しちゃえば?剣士(セイバー)

 

「なっ⁉︎」

 

「ほれほれ〜、俺の心臓を一突きするだけだよ?」

 

「そ、そんなこと、出来るわけないでしょう⁉︎」

 

「まぁ、そうだね。だから、こうして俺はお前を弄ってる。もし、お前が本気で俺を刺せるなら、最初(ハナ)からからかってなんかねーよ」

 

 食器を洗い終わった。俺はセイバーに近寄った。

 

「な、なんですか?」

 

「目ェ、閉じろ。良いことしてやる」

 

「……分かりました」

 

 彼女は少しだけ疑ったが、その疑いを持続することなくすぐに俺を信用したようだ。目を瞑りながら良いことを待ち望んでいる彼女の姿は実に滑稽。それ故に、すごく可哀想に思えてしまう。小さい頃から不特定多数の人と関わりを持たなかった。だから、人との関わりは目を背けたくなるほど下手くそ。その証拠がこれだ。

 

 ため息を吐いた。ここまで重症だとは思わなかった。確かに彼女は扱いやすいし、言い包めることも簡単だが、思った以上の重症。

 

 ペチンッ—————

 

「いったぁ〜‼︎ヨ、ヨウ!何をしたんですか?」

 

 彼女はおでこを手で押さえながら泣きべそをかいている。俺の中指の先が少しだけヒリヒリした。

 

「さ〜な。俺、し〜らない」

 

「ひ、酷いです!私に良いことするって言っていたのに!」

 

「あれ?そんなこと言ったっけ?」

 

 すると彼女の堪忍袋の緒が切れたようで、手を強く握り締めて殴られたら痛いだろうと思えるほどのゲンコツを作っていた。真っ赤な顔をする彼女を見ていて、俺も不快な気持ちになった。

 

「なら、俺を殴る?そのお手々で俺を殴るか?」

 

「そ、それは……」

 

 彼女は怖気付いていた。握り締めていた拳が段々と広く力ないものになっていく。

 

「まぁ、お前には無理だろ」

 

 そう言われた時、彼女は怒りが頂点に達したようで、手を大きく振りかざした。小さな握り拳が俺に目掛けて飛んでくる。

 

 だが、彼女は止めた。震える拳、歯をくいしばる赤い顔。何ともみっともない姿なのか。

 

「そうですよ!私には無理ですよ!どうせ、剣を振ることさえ出来ないただの女です!私なんて剣士(セイバー)(クラス)の恥晒しですよ!」

 

 涙声で彼女は叫ぶと、目を擦りながらリビングを後にした。ドタドタと走る音が廊下に響いているが、俺は彼女を追うことはしない。

 

「やれやれ。後で謝るか」

 

 少しやり過ぎた。だが、今はこれでいい。そう確信している。

 

 彼女が居なくなった居間で俺はポケットの中にあるものを取り出した。それはアーチャーが手にしていた宝石が入っている巾着。その巾着の中から綺麗な宝石を取り出した。その宝石の上に手を置く。

 

「う〜ん。こんなことで分かるのかどうなのかは知らないけど、これで何か見つかったらいいな」

 

 宝石。それはアーチャーが戦闘中に使用していたものであり、どうやらこの宝石の中に詰められた魔力を解放すると解放した場所に一定時間空間を色々と出来るっぽい。だが、見たのは一回きりだし、そもそもこの魔術がどんな魔術なのか、魔術の勉強を一切していない俺にとって分からない。

 

 だが、もしこの宝石を解析して、何か分かれば良いのだが。

 

 そう思って解析することにした。

 

 しかし、そうなるとセイバーが邪魔だった。セイバーは俺のサーヴァントだし俺の側にいつもいるが、セイバーにこのアーチャーの形見は見せられない。セイバーにこの宝石を見せてしまったのなら、彼女はきっとまた悲しむだろう。今、彼女はアーチャーのことをあまり考えないようにしているが、考えてしまったら、今度はさっき以上に大声を出し泣き喚くはずだ。

 

 俺は魔術師ではないから、時間がかかる。故に彼女を何処かへ行かせたかった。幸い、契約をしているので、あまり遠くへは行くことはないだろう。

 

解析(アナライズ)—————」

 

 手に全神経を集中させる。手先の、いやもっとその先にある自らの指先から発せられた魔力の微細な変化を感じ取る。宝石の硬度、色彩、透明度に質量や形をなるべく緻密に調べた。細い細い糸が途切れぬように手繰り寄せた結果、あることが証明された。

 

 —————これはアーチャーの魔力ではない。

 

 その事実は大きな可能性だった。何故ならば、アーチャーの魔力が込められた宝石の場合、アーチャーが消滅したと共にこの宝石の中の魔力も消えるのではないのかと。だが、現にこの中の魔力は存在し、俺がこうして解析している。

 

 考えられたが、今、ここで証明された。つまり、アーチャーには誰か協力者がいたということ。

 

 アーチャーに協力者がいた?誰だろうか。そんなこと、俺には見当がつかなかった。

 

 俺が分かったのはここまで。十分な解析も出来ぬ俺にとってはこれが分かっただけでも全力である。

 

 巾着に宝石を入れた。

 

「……この巾着も解析しておくか?」

 

 悩んだ。この巾着は特に重要そうではないが、解析してもしなくともよいという具合。

 

「まぁ、明日、セイギに会うし、その時あいつに任せればいいでしょ」

 

 巾着をポケットの中に詰め込んだ。

 

「さてと……」

 

 まだ俺にはすることがある。電話機に電話番号を入力した。その電話番号は見慣れた数字。何度も電話をかけたことがあるから、番号を覚えてしまった。

 

「はい。どちら様でしょうか?」

 

「月城です。月城陽香です。撫子さんはいらっしゃいますでしょうか?」





ちなみに、作者はセイバーよりもグラムの方が可愛いと思います。



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分かってるさ、俺が本当は……

はい!Gヘッドです!

いやぁ、ヨウくんとセイバーの喧嘩も久しぶりですね。でも、今回の喧嘩はちょっと違う?


 午後零時。俺は居間の方でゆっくりとくつろいでいた。学校も試験休みで無く、聖杯戦争のことも今日は考えなくともよい日。久しぶりにこんなに休めるのだから、俺はソファの上で寝そべりながらテレビを見ていた。いつもは見ないはずの昼の番組。普段なら今頃は学校で椅子の上に縛られて机と椅子のあの狭い空間で勉強することを強いられている。

 

 なんと快い日なのだろうか。ああ、清々しい。

 

 —————そして、静かだった。

 

 この部屋には俺以外誰もいない。いや、いつもはそれが普通なのだけれど、この頃はそうではなかった。いつも五月蝿いのが隣にいた。現代の科学の発展によって生まれた技術に目を光らせ、俺にあれはなんだと隣でしつこく尋ねてくるあの白髪頭。休む暇を俺に与えず、直感的で本能的な行動しかしない馬鹿。そんな女が俺の隣にいつもいた。

 

 また戻った気がする。セイバーがまだ俺の目の前に現れる以前のよう。あの時は何とも思ってはいなかった。だって、俺は今に俺以外誰もいないという光景しか見たことがなかったから。

 

 今は違う。見たことがある。彼女と俺の間には何だかんだで会話が生まれていた。

 

「誰もいねぇってのは、やっぱ寂しいもんだな」

 

 だがそんなことはとうに知り得ていた。知り得ていたからこそ、もう俺は前みたいな俺には戻れないとも知っていた。

 

 セイバーを跳ね除けたのはわざとである。あの宝石を彼女には見せたくなかった。そんな理由がある。

 

 それと、もう一つ理由がある。

 

 それは……。

 

 謝りに行く。それはもっと後ででいいだろう。出来ればそのまま彼女には嫌われていたい。いや、それでいい。俺は彼女に嫌われていなければならないのだ。

 

 だって、俺は人間だ。だが、彼女はサーヴァント。生命体ではないのだ。彼女がどう人間らしく動こうが、意思疎通が出来ようが、心臓が動いていようが、心があろうが、俺と彼女は違う。

 

 違うのだ————

 

 その時、声が聞こえた。

 

「ヨウ……。居ますか?」

 

 セイバーの声だった。俺は振り向いてみる。セイバーは廊下と食卓のところで突っ立っていた。手をもじもじさせながら、俺の方をずっと見ている。

 

「何?怒りに来たの?不完全燃焼?」

 

「そ、そういうこと言わないでください……」

 

 彼女は俺に直接言いに来た。今、俺と顔を合わせるのも嫌なはずなのに、彼女は俺の目の前にいる。だが、やはり喧嘩中。機嫌悪そうな顔をしている。

 

「ヨウは、何で私に酷く当たるのですか?」

 

 言いたくないことを言ったような顔をする。目を合わせようとはせず、自分の言っていることが人を不機嫌にさせるということを分かっているようだ。

 

 しかし、俺はそれごときでは不機嫌になったりなどはしない。そもそも、嫌な空気にさせたのは俺なのは確かだし、そんな俺が逆ギレするなんて見っともない。

 

 だが、彼女の発言にはそれなりの意図があるように感じた。何を思い詰めているのか。

 

「それはどういうことだ?お前にだけ強く当たる?」

 

「だって、そうじゃないですか。ヨウ、他の皆さんから話を聞く限り悪い人って印象は全然ありませんよ。セイギはヨウのことをまるで親友のように思っています。それにアサシンだってあなたはいい人だと言っています。なのに、ヨウは私を虐める」

 

「虐めるじゃなくて、弄るな」

 

「弄る。私が何にも悪いことをしていないのに、ヨウは私をおもちゃみたいに扱うんです。だから、考えたんです。ヨウは何故私にだけ酷いことをするのかって。でも、答えは出ませんでした」

 

 俺は彼女の言葉を聞いていてため息を吐くしかなかった。まったく、これだから人との関わりが全然無い奴は面倒くさい。しかも、コミュ障よりもこういうセイバーみたいなタイプが一番大変なのだ。

 

 扱いやすい。だからこそ、一番扱いにくい。

 

「教えてください—————」

 

 端的にしか彼女はものを言えない。嘘をつくということや、遠回しに場の雰囲気を悪くしないように言う方法を彼女は心得ていない。

 

 人付き合いが出来ない女だ。

 

「理由?そんなん一つしかねぇよ」

 

「それは……何ですか?」

 

「んなの、簡単だよ。お前だからだよ」

 

「私だからですか?」

 

「そう、お前だから。お前だから俺は強く当たってんの」

 

「何故?」

 

「何故って?何故も何も、お前、人付き合い下手だから俺みたいな悪役を相手にしといた方がいいだろ?んぐらいちゃんと考えてるよ」

 

 真っ赤な嘘。

 

「じゃぁ、私のためなんですか?」

 

「そう、お前のため」

 

「じゃぁ、もっと私に強く当たってください……って、その手には乗りませんよ!」

 

 あちゃー、その手には乗らないか。

 

「ヨウはそう言っていつも話を逸らすんです!私の話を真面目に聞いて下さい!」

 

「嫌だって言ったら?」

 

「聞いてもらうまでずっとここにいます!」

 

「……そう。じゃぁ、俺は自分の部屋に行く。お前はそこにいろよ」

 

「えっ?あ、それズルいです!」

 

「ズルかねーよ」

 

「ズルいです!そう言っていつもヨウは逃げようとするんです!ヨウは自分がそんな人でいいんですか—————⁉︎」

 

 俺はその言葉を聞いて、ピクリと体の動きを止め振り向いた。彼女は真っ直ぐに俺を見ている。その目は何とも澄んでいて何色にも染まっていない。何も知らぬから、彼女はそんな綺麗事を言えるのだ。

 

「—————逃げて何が悪い?」

 

 ふと怒りを見せてしまった。俺も真っ直ぐに彼女を見返した。真っ直ぐに、彼女の目を自分の視線で突き刺すかのように。彼女は俺のその目を見て、軽く戦く。

 

 俺を否定されたかのようで、その時、腹の底に溜まっていた彼女へのストレスが一瞬だけ吹き出た。その吹き出た負の感情がその言葉に入り混じっている。

 

「……ゴメン。強く言い過ぎた」

 

 彼女に謝ると俺はゆっくりと、でも足早に自分の部屋へと向かう。急ぐ素振りこそ見せないようにはしたが、そのように意識しているという時点で物凄く恥ずかしかった。

 

 ああ、俺何やってるんだろ。そう思う。怒らないって決めていたのに、逆ギレなんて見っともないからしないって決めていたのに、何故俺はふとした拍子にあんなにキレてしまうのか。謝るという行為自体がまず不服。それはつまり俺が謝らねばならないという圧倒的不利な立場にいるということ。それは一つの屈辱でもあり、その屈辱を自然と口にしてしまったことが悔しい。

 

 それに何より、クールじゃない。冷静に彼女と話していれば簡単に言い包めることも出来る。なのに、何故あそこで俺は怒りを見せてしまったのか。

 

 不甲斐無い。そう言えば聞こえはいいかもしれない。勝ち負けに拘る俺みたいな性格だからこそ、凄く弱者の立場は口惜しい。そして、その弱者の立場に自らなったのだから、もう自分が何なのか訳が分からなくなる。

 

 あの時、俺は何故彼女に怒りを見せたのかを考えた。

 

「逃げてもいいんですか⁉︎」

 

 あの言葉が耳にへばりついて、耳鳴りのように聞こえる。それは俺の一番ダメな部分をダイレクトに突いた一言。

 

 本当は分かっている。逃げるだなんて、一番ダメなことだって分かっている。少なくとも、それは後悔しか生まないのだと分かっている。だけど、逃げてしまう。怖い、その感情に取り巻かれて、立ち向かうなんてことが出来ない。

 

 聖杯戦争がいい例だ。ライダーとの戦闘の時、俺はまだ聖杯戦争の本当の怖さを理解していなかった。いや、聖杯戦争の怖さは理解していたのかもしれない。だけど、『死ぬ』っていうことを言葉では理解していたけど、やっぱり何処か甘えがあった。そこで、ライダーの串刺しにされた光景を見て、『死ぬ』っていうことに怖くなった。鈴鹿が託した思いも、彼女の死を見て、本当は消えていた。

 

 そして、何よりアーチャーのことだ。俺はあの時も逃げた。アーチャーを救うという方法ではなく、逃げるという方法を選んだ。なるべく多数の命を守れるようにと。その結果、アーチャーは死んだ。彼の思いは叶わず、聖杯へと戻された。

 

 グラムとの対面。あれは向き合うというよりも、アーチャーの最期を看取るという意味合いがあった。

 

 つまり、どれも向き合おうとしていないわけだ。結果的に向き合っても、俺の意思はそれを望んでいるなんてない。いや、今考えなくとも分かってる。分かってたつもりだ。分かってるのに、こうも射抜かれたようにズバリと当てられるとどうも不愉快だ。それがセイバーだからこそ、その怒りがさらに増幅した。

 

 俺だって直そうと思ってる。だけど、どうも直せそうじゃないのだ。向き合うっていったって、やっぱり怖いし、その怖いからどうしても逃げたくなる。

 

 そのままじゃ何も出来ない人間になる。それだけは嫌だと思いつつも、俺はどうすることも出来ない。それに立ち向かう勇気がない、やる気がない、強さがない。

 

 —————だから、俺はちょっとだけ、ちょっとだけだけど、セイバーに劣等感を感じている部分がある。

 

 あいつは英霊として選ばれた剣士のはずなのに、俺よりも剣を上手く扱えず、その上戦闘経験もない。成り行きで英雄と称されるような奴だ。だから、俺は蔑んで見ていたけど、本質的にはやっぱりすごい奴だった。剣で相手を斬りたくないのに、彼女はそれでも剣を持つ。傷つけることを恐れながらも、剣で立ち向かおうとする。死ぬかもしれないのに、彼女は助けに行こうとするし、自分の信念は最後まで曲げなかった。

 

 俺には全然出来ない事ばかりじゃないか。形では俺が勝っていても、質では彼女の方がよっぽどいい。こんな性根腐った俺でも、人としてスゲェって思ってしまう。

 

 だからこそ、許せない。今まで下だと思っていた奴がいきなり俺の目の前に現れて、しかも叶わないって思うから、余計に悔しくなって弄ろうって思って、それでそんな俺を客観的に見て、情けないって感じて。

 

「……アア、クソっ—————‼︎」

 

 こんなこと普段の俺ならありえない。こんなにセイバーのことを目の敵にしようって思うなんて、やっぱりちょっとありえない。

 

 もう、全部セイバーにぐちゃぐちゃにされているのだ。セイバーが現れてから、俺の生活も何もかも壊されまくってる。聖杯戦争なんて命を賭けた戦いに参戦することにもなったし、こんな嫌な思いだってするし、疲れるし、寒いし。

 

 セイバーといると、ろくなことが何もないじゃねぇか—————

 

 右手の甲を見た。一画の紅い痣が禍々しい。邪魔なかさぶたのようで、引っ掻いて抉りたく思う。

 

 そう、ここで俺は一つ令呪に願えばいいのだ。

 

 —————セイバー、自害せよと。

 

 俺は右手を仰いだ。部屋の中で、手を天井に伸ばし歯を食いしばった。全て楽になる、このたった数秒で。彼女はここにはいないし、嫌な光景も見なくて済む。誰も俺を責めない。だって、俺は聖杯戦争に巻き込まれただけなのだから。

 

 だが、出来なかった。口を開いて、簡単な一言を唱えようとしたが、その一言があまりにも俺には重く、苦しい一言であった。

 

 彼女の顔が目の前に浮かんでくるのだ。笑った時、怒った時、泣いた時、悲しい時、楽しい時。全ての時の顔が俺の脳裏に現れて、俺は声が出せなかった。それに追い打ちをかけるかのようにアーチャーのあの言葉も俺の中で木霊する。守ってはくれまいか、という彼の言葉が俺の体の動きを止めた。

 

 そして、冷静になって考えることはたった一つ。

 

「何て馬鹿なことしようとしているんだよ、俺は—————」

 

 分かってる。俺が誰よりも、何よりも一番悪役にあっているのは、こういうクソみたいな俺が俺の中にいるからなのだと。平気で仲間を見捨てようとする自分がここにいることが、一番嫌なんだよ。それをセイバーに押し付けているだけなんだ。

 

 セイバーは幽霊なのに、俺よりもよっぽど人間らしい。俺は人間なのに、人間らしい優しさが何処もない。

 

 つくづく思う。俺が一番ダメな男なのだと。このままじゃダメなことぐらい、俺だって分かってるさ。こんなにも分かっているのに、さらに俺は悪役のマスクを被るんだ。息苦しくなることが分かっていても。




ヨウ君にも色々あるんです。彼なりのポリシー、性格だからこそ、生じる悩み。それに一つ屋根の下なので、色々とそういう優劣がついてしまう。しかも、ヨウ君はそういうのにすぐ反応しますし、そこで有利な状況に立ちたい性格。

彼だって、苦しみはあるのです。


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自分が惨めに思えてきて

はい。Gヘッドです。

なんか、ヨウ君がネガティヴモードになってしまいました。どうなるのか、二人は⁉︎


 今まで気付かないようにしていたことに気付いてしまった。すると、俺の心は儚く音を立てて崩れていき、今までの自分が悪者だと認識して、自分とセイバーの在り方の違いを直視した。

 

 あまりにも届かぬ俺と彼女の差。彼女は戦いに関しては凡人で、その凡人のパワーアップバージョンのようなものだ。だが、それでもやはり彼女の人らしい信念は英雄の名の通りである。その素晴らしさに俺は薄々感嘆し、軋轢のようなものができているのを感じた。

 

 その溝も若干のものであり、俺は時が経てばその溝も埋まると思い彼女と話していたら、彼女から出た一言に弱い自分を強制的に見つめることとなった。

 

 収まりきらぬこの負の感情。俺は人間で彼女は幽霊で、なのに俺よりも彼女の方が在り方として紛う方なし良さ。損得、勝ち負けで物事を決める俺にとってそれは屈辱に等しい。

 

 —————そう思う時点で俺はクズなのだが。

 

 自分の部屋の中に入ったのに、俺は自分の部屋が俺を拒んでいるように感じた。部屋にある景色がいつものようには思えず、俺の部屋が変わったよう。もちろんそんなことはないけど、それでも俺はそれだけで誰も俺に手を貸してくれないんだと痛切に思う。

 

 俺は悪役。例えセイバーを守るとしても、俺なんかは彼女を盾にしか扱わないのだろう。そんな悪役は嫌われ者で、そんな嫌われ者に手を差し伸べることなんてあるわけがない。そう、俺は孤独。

 

 自分が何をしていたのか、考えたくないけど考えた。セイバーにしたことはやり過ぎたの一言で片付けられるほどじゃない。

 

 一番心に棘として残っているのはアーチャーのことだ。アーチャーのことは、あれでよかったのだと思いつつも、それで本当に良かったのかという問いがいつまでも脳裏にある。

 

 俺の選択は間違ってはいない。だが、正解であったのか。

 

 頭を抱えた。あらゆる悩みが交錯して、心が重くなるばかり。このままいけば、俺の心は重さに耐え切れず、底が抜けるだろう。

 

「ああ、俺、なんか色々と馬ッ鹿だなー」

 

 自分を罵倒した。そうでもしないと、一人で勝手に内に溜まる負のエネルギーによって爆発しそう。鈴鹿の気持ちが少しだけ分かる気がする。責められるからこそ、何故か救われるということなのだろう。

 

 ドSな俺がそんなこと考えるなんて一生ないと思ったが、あるものだな。

 

 その時だった。ドアに寄りかかっていたら、セイバーがドアを叩いたのだ。俺の背中が叩かれている気分で、なんかちょっと不快。

 

「その、ヨウ—————?」

 

 重苦しい声のトーンで俺に語りかける。

 

「ん?何さ?」

 

「どうしたのですか?何か、ヨウ、いつもらしくないですよ」

 

 いつもらしくない。今の俺は普段の俺とはどこか違うように彼女は思えるらしい。それは俺も同じで、やっぱり何かが変わっているって思う。だけど、それが何なのかが分からない。

 

「いつもの俺ってどんなんだよ?」

 

 セイバーに尋ねた。比べれば分かるのではと考え、比較するための基準を彼女に聞く。

 

「いつものヨウ。簡単に言えばヒドい人です」

 

 さすがセイバー。人付き合いがないがために、どストレートで傷つく言葉を言い放つ。それが悩んでいる人に贈る言葉だろうか。

 

「この聖杯戦争はマスターとサーヴァントの二人三脚で進まねばならないんです。つまり協力しないといけないのに、ヨウは私に酷い言葉を浴びせて、その協力をいつも壊そうとします」

 

「いや、壊そうとしてねーよ。あれは一種のコミュニケーションだ。むしろ壊そうとしてんのはお前だろ。人付き合いができてない奴は、言ったことの冗談か本当かの聞き分けができないから嫌なんだよ」

 

「で、できます。私にだって冗談と本当の区別くらいできますよ」

 

「ああ、そうか。じゃぁ、俺が仮病して学校休もうとしたら、お前ガチで心配してたじゃねーか」

 

「ええっ⁉︎あれって嘘だったんですか?」

 

「おう、そうだよ。学校行きたくねぇから嘘ついたんだよ。だから、意外とピンピンしてただろ?」

 

「……ええ、まぁ……」

 

 沈黙が流れた。彼女は俺のある言葉を待っているようで、静かに黙っていたが、俺はさっぱりとして彼女の意中の言葉が分からない。結果、その自分で作った沈黙をセイバー自身が壊した。

 

「……やっぱり、何か変です。いつもならこの後、馬鹿だなぁ〜、とか、目ん玉あんのか?、とか私に罵声を浴びせます」

 

 彼女の中の俺の人物像はきっとどれほど酷く歪んだ人格の持ち主なのだろうか。少なくとも、俺はそこまで酷くない。罵声は浴びせるかもしれないが、協調性は一応あるつもりである。セイバーよりかは。

 

「いつものヨウは本当に、私の出会ってきた人の中で一番手本として見習いたくない人です。これじゃぁ、鈴鹿さんの死も悔やまれます」

 

 中々に彼女の言葉のパンチがきつい。結構俺の心を抉ってくる。案外容赦ないし、もしかしたら俺よりもドSなのかもしれない。

 

「……だけど」

 

 彼女は言葉を続けた。

 

「ヨウはあのままが一番いい。あのままだからこそ、一番ヨウがヨウらしく輝ける。もちろん、輝くと言っても、黒光りですけど……」

 

 俺はゴキブリか何かだろうか?

 

「ヨウって存在は私の記憶に残る人の中で一番悪名高き人です。というより、個人的な恨みばっかりで悪名高いだけなんですけど」

 

「めちゃくちゃディスってるよね?」

 

「そうですよ。でも、それでも、ヨウは誰にも気付かないような所で、ちゃんと優しさを持っている。ヨウは絶対に誰かのために動く人です。自分のためじゃなくて、誰かのために何かをする」

 

 違う。それは大いに違った。俺は誰かのために動いているというのは何処ぞの噂か知らないが、俺はそんな奴ではない。自分が圧倒的な有利な立場に立てるように動くのだ。そこに他人のことなんて入っていないし、誰かのために動くのだって勘弁だ。俺はそんなに暇じゃない。

 

「俺はそんな奴じゃねぇよ。セイギの受け売りか?」

 

「……受け売りです」

 

 彼女は嘘を吐かずに正直に言った。彼女は決して嘘を吐かない。それはそれで彼女らしいっちゃ、彼女らしい。

 

 嘘を吐かないということが、人生において大きな嘘を吐くことになる。もっとも、セイバーのようなこの世界では短命な者にそんなことを教えたって意味はない。

 

「よしてくれ。俺はセイギとかが言うような人間じゃない。お前、セイギの言葉を丸呑みにするな。俺はお前らが思っているような人間じゃないぐらい、近くにいるんだから分かるだろ?」

 

 お世辞は止めてほしい。お世辞とか言われると逆に傷つくだけだから。言われるのなら、本音を教えてほしい。

 

「お前は俺をどう思ってるんだ?本当のことを教えてくれよ」

 

 彼女はまた沈黙を作り出した。何も聞こえぬ無音の時が流れる。次に彼女がその静寂を破るまで、俺は静かに待っていた。

 

「—————私はヨウのことが分かりません」

 

「分からない?」

 

「はい。ヨウは酷い人ですし、だけど優しさの欠片をたまに見せる。その時のヨウは、本当にいい人です。今までヨウがしたことが全て嘘なのかって思ってしまうくらい、温かい目をしているんです。なのに、ヨウはその姿を見せまいとしているようで、ずっとトゲトゲしている。分からないんです。本当のヨウの姿が。もしかしたら、ヨウは誰よりも優しすぎるんじゃないかってぐらいにまで思っちゃって……」

 

 彼女は口を閉じた。

 

 もう、全てが嘘だ。彼女にしては随分とできた嘘である。

 

 あり得まい。俺が優しい?俺がいい人?冗談はよせと言ったはずだ。

 

 違う。本当の俺はそんないい人じゃない。だって、今の俺は彼女の人としての良さに嫉妬している。自分があまりにも醜すぎるが故に、彼女を一方的に妬み、彼女が物凄く羨ましい。

 

 俺にはないものを彼女は持っている。人として生きる上で大切なものを。

 

「すまないが、お前の目は節穴か?俺がそんな人間に見えてきたか?見えてきたなら、眼科にでも行け。お前が思っている以上に俺はクソだ」

 

 彼女を散々弄った上に、ここまで俺は彼女を妬むなど男として惨めで仕方がない。これほどまでに俺の心は汚れているのかと思いながら下を向いた。

 

「なぁ、お前は何であの時、アーチャーが殺されそうになった時、戦闘に介入しようとしたんだ?」

 

「そんなの、アーチャーが死ぬのが嫌だったからです。死んでほしくなかった。それだけで、十分な理由でした」

 

「みんなを危険に晒してもか?」

 

「……その件はすいませんでした」

 

「いや、謝れって言ってるんじゃない。凄いな、お前って—————」

 

 本気で純粋に感心した。セイバーという一人の悲劇の運命に巻き込まれた少女は、自分の運命を恨むことよりも行動をしようとしていることに。結果、みんなを危険な目に晒したが、それでも彼女の行動は決して俺には出来ないし、彼女の力の強さには驚くばかりである。

 

「俺は絶対に逃げている。俺だって父親は死んじまって、顔もろくに覚えてないけど、父親が死にそうでもあの場面なら逃げている。それはみんなとかを考えた数の理念じゃなくて、ただ怖いから」

 

 俺は他人に罵声を浴びせるようなクソ人間。それに加えて、怖がりな臆病人間。それだけの男なのだ。月城陽香という一人の男は。

 

「でも、ヨウは間違ってないと思います。確かにアーチャーにお父さんって一言もかけてあげられなかったことは後悔ですけど、それでもあの選択があるから、今の私がいる。一瞬の幸福ではなく、長くに続く幸福。生きているって感じられる。それはヨウのおかげです」

 

「だけど、俺、考えちゃうんだよ。あの時の選択が俺にできる最善の選択だったのかって—————」

 

 俺はどうもあの選択が最善の選択には思えない。セイバーは絶対に無理をしている。だって、聖杯に願うようなことが、目の前にあって、願いを掴むチャンスだったんだ。なのに、その願いを掴むことなく、生き延びている。あの時、願いを叶えられればとセイバーは悔やみ続けるだろう。

 

 長い幸福でも、一瞬の幸福が勝る場合もある。そして、彼女にとってその一瞬の幸福があまりにもでかいのだ。

 

「やっぱりお前、無理してるだろ。……ゴメンな。こんなマスターでさ」

 

 自分というあまりにもみすぼらしい人間が彼女のマスターと名乗る。滑稽極まりない。

 

 俺がそう言うと、セイバーは何やら叫んだ。

 

「ぁああ!もうっ!」

 

 彼女は無理矢理俺の部屋のドアを開けた。ドアに押される形で、俺は前に倒れた。セイバーはそんな俺を見て、顔色を赤くする。胸ぐらを掴み、俺を立たせた。

 

「あなたはそれでも私の、サーヴァントのマスターですかッ—————⁉︎」

 

 彼女は怒っているような、悲しいような目をしている。少し赤く充血した目はいきなり俺の目の前に現れた。

 

「私のマスターはもっと非道で、自己中心的で、他人のことは顧みずに自らの欲のために動く人で、いつもちょっかいを出してくる人です!でも、そんなあなただから救われた人がいる!一人ぼっちだって思ってたけど、あなたがいたから自分がいることを自覚できた人がいる!なのに、今、あなたはなよなよと一人で悩み事を抱え込んで、誰にも迷惑をかけずに、こんな部屋の中で閉じこもって!それが一番、迷惑なんですよ!あなたがそうしていることが、少なくとも私は一番辛いし、悔しい!」

 

 何故だろうか。俺だけの悩み事のはずなのに、彼女は涙を流している。

 

「あなたがどのような悩みを抱いているかを私は知りません。その悩みはきっとあなたにとって大きい悩みかもしれない。でも、その悩みを今すぐ消そうとしないで」

 

 彼女の言うこと。それはつまりずっと悩み続けろということだ。

 

「悩みを消そうとするから悩むんだ!私だって、アーチャーが死んだことは悔しいです!何もできない自分が生き残り、私を守ろうとしたアーチャーが死ぬ。不条理過ぎるこの世を悩みました。それは生前の私の育ちの謎についてと同じくらい」

 

 彼女にとって、アーチャーが死んだことは自分の生前の育ちの謎についての悩みと同じくらいの大きさだという。彼女の生前、最大の悩みは未だに癒ず、その上さらにアーチャーの悩みまでが彼女にのしかかっただろう。

 

「だけど、私はその悩みをずっと抱き続ける。その悩みを捨てることなんてしない。悩みは私たちの体に繋がれた枷のようなもの。離そうとしても、簡単に離せるわけがない。それを離せないのに離そうとして悩んだら、元も子もありません。私たちができるのは、その枷に繋がれたまま、根気よく生きるんです。そうすれば、いつかは必ず悩みが消えていますから」

 

 彼女は胸ぐらを離した。そして、握り拳を作り、軽く俺の心臓の部分を叩いた。

 

「あなたはまだ人生がある。私にはもう悩みを解消する時間はないし、この聖杯戦争でいつまで私がここにいられるのかも分からない。けれど、あなたはまだ歩ける人生があるんです。だから、急ぐ必要はないんです—————」

 

 彼女は柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔、まるで太陽のように明るく、温かく、敵わない。そう思えた。黒い悩みの影も彼女に消された。

 

「—————ヨウはそのままが一番かっこいいですよ」

 

 その後、もう俺は何があったんだか覚えてない。ただ、目の前の現実と俺の頭の中が全くもって違い過ぎて、そんなこと考えてる俺って馬鹿だなぁって思うと、悔しくて悔しくて、もう何が何だかわけが分かんなくなって。思い出そうとしても、思い出せない。

 

 けど、心持ちが少しだけ軽くなったのだけは覚えてる。詰まってたものが無くなって、すっきりしたような、ポッカリした穴が空いたような気分になった。




ヨウ君とセイバーちゃんは色々と反対なんです。そんな二人だからこそ、彼らは心を許しあえるのかも?


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守護の意志と可能性

はい!Gヘッドです!

セイバーとヨウ、良いコンビですねぇ〜〜。




「その、すいません。私、少し強く言い過ぎました」

 

 縁側に座っていたら、隣にいるセイバーが謝ってきた。セイバーは俺の目を見ようとはせず、目を背けて自分の足先を見ていた。

 

「お前が謝るなよ。……その、悪い。ちょっと気が錯乱してて、変にお前に当たった」

 

 俺だって彼女に謝らねばいけないと思う節が幾つかあった。だから、その分を纏めて謝っておく。そんなやり方、あんまり好きじゃないけれど、今の俺にはそれぐらいしか出来ないだろうし、それぐらいが丁度いいような気もする。

 

 二人で静かに冬の乾いた昼の空を眺めた。雲は一つないし、太陽が照っているのに、肌寒く感じてしまう。悴む手を自分のお尻の下に敷いた。

 

「—————なぁ、何でお前、アーチャーが殺されそうになった時、お前は行こうとしたんだ?」

 

 俺はその答えを知っているつもりだった。だが、それでも彼女の言葉で、彼女の思いを理解したかった。俺から見た客観的な彼女の行動を理解したいのではなく、彼女の主観的な行動を理解したかった。

 

 彼女と俺の間にある差。それが俺にはどうしても分からない。その差を詰めようとしてしまっている自分がここにいた。

 

「何故……。それは、感情とか理屈とか記憶とか諸共全部を省いて、ただ助けたいって思ってたんです。何故って言われても、私にも正直それが何故なのか分かりません」

 

「直感的に手を伸ばしたのか?」

 

「まあ、はい。アーチャーをここで見殺しにしたら絶対に後悔するって分かったんです。不意に何の前触れもなく、ふとここで助けないと、って感じたから手を伸ばした。それに、やらないで後悔するよりかは、やってから後悔した方がまだいいと思いましたし」

 

 だからと言って、その行動に踏み込むことのできる勇気。それは何よりも得難いものなのだ。どんなに武勇の誉れがある武闘家や危険を顧みぬ戦士でさえ、勇気を持つ者は少ない。彼らが死ぬかもしれないのに戦えるのは、勇気とはまた別のものである。義務、または経験による慣れにより戦えるのである。真に勇気と言えるのは、絶対的に自分が不遇な目に遭うのが分かりきっているのに、その不遇に立ち向かうことである。もちろん、それには義務もなければ経験もない。それで、剣を持ち、他の英雄に立ち向かおうとするセイバーは本当にすごい。

 

 俺はセイバーやセイギ、アサシンと一緒だからここまで聖杯戦争をやっていけたが、もし俺が一人だったら、何も出来ないし、一人で聖杯戦争が終結するのを怯えながら待つだけだろう。

 

 やるかやらないかの選択の前に、もう俺はできない。彼女は本当にすごい。心からしみじみ思う。

 

「私からも質問、いいですか?」

 

「ん、いいよ」

 

「ヨウは何故私を殺そうとしないのですか?」

 

 殺そうとしない。それは愚問である。

 

「殺そうとしないんじゃなくて、出来ないんだよ」

 

「私を殺せないのですか?」

 

「殺せないというか……、まぁ、殺せないってことかな。色々と俺にもあるんだよ」

 

 アーチャーに託された思い。それがあるから俺は彼女を殺せないという理由。だが、それだけじゃない。人を殺すっていうその段階を踏むこと自体に俺は恐れをなしている。令呪で彼女を殺すことは簡単だけれど、それをするということは、俺が人殺しになるということ。直接的、または間接的を問わずして、人殺しという箔が自分の中で付いてしまう。そんなことを俺の理性が許すはずなく、俺は人殺しの一歩を踏み出せていない。

 

 それともう一つ俺には理由があるのだけれど、その理由がどうもよく分からない。だが、彼女を殺そうとした時、本当にいいのかと誰かに問いかけられたような気がしたのだ。それが何故、そして誰なのかも分からない。ただ、その時は謎の声に従った。

 

「まぁ、ここまで来たら、さすがにお前を突き落としてでも降りようとはしない。乗りかかった船みたいなもんだ」

 

 するとセイバーは嬉しそうに微笑んだ。湧き溢れる喜びを抑えきれず、顔に出ているようだ。

 

「そう言ってもらえると、嬉しいです。そんなヨウだから、少しだけ頼れる気がします」

 

 頼ることのできる人と出会ったことのない人生を送ってきたセイバーにとって、この出会いは偶然にせよ必然にせよ、大事なものとなってほしい。密かにそういう思いがあった。不幸続きの人生を経て、彼女はここにいる。例え、この世界で彼女は不幸を味わっても、それ以上の幸福を与えようと考えてしまった。

 

 何故そう思ってしまうのか。きっと、俺と彼女の立場が少しだけ似ているからだと思う。父親も母親も俺とセイバーにとっていないのが普通だからこそ、いない部分を補ってあげようとする。自分で補えないような心の穴だが、誰かのなら補ってあげられる。

 

「結局、お前も俺も似た者同士。父親も母親もいない。だから、相手のことが少しだけ分かってあげられる。辛い時は頼ってくれ。助けてやるから—————」

 

「はい」

 

 彼女は小さく頷いた。

 

 もうセイバーからも逃げない。ちゃんと彼女と向き合う。そう決めた俺だから彼女にこうしてやろうとも思える。生まれた時が違っても、今こうしてここにいるんだ。セイバーはサーヴァントで、俺はマスターで、でもここにいることに変わりはない。ましてや、英雄でも魔術師でも人間なのだ。

 

「俺さ、色々と考えちゃうようなタイプの男なんだよ。あの時の行動が、もしかしたらとか、あんな風にしなかったらとか考えるんだよ。で、結局、いつも後悔して、また間違えたって思って、後悔して。その後悔を紛らわすために他のことをして……。でも、あの時、お前に間違ってないって言われた時、スゲェ嬉しかった。だからさ、その—————ありがとうな」

 

 もう俺は彼女にごめんって言わないと誓った。これからは、ありがとうって言葉を彼女に送ろう。そう決めたんだ。

 

 彼女に笑みを投げかけた。すると、彼女は目を細めて、視線をずらした。

 

「そういうヨウこそ、ありがとうございます。ここまで私が聖杯戦争で勝ち残れたのも、ヨウがいたからです。ヨウがいなかったら、私はきっと敗北しています」

 

 敗北。つまりセイバーが死ぬことを意味している。

 

 これからは俺が彼女を守る。だが、もう聖杯戦争は終結しているとも考えられる。前回の三騎、そして今回の四騎の合計七騎分のサーヴァントの魂が聖杯に溜まっているはず。

 

 ここで二つの疑問が湧いた。一つは、聖杯は結局何処に現れ、何処で聖杯を得ることができるのか。それはグラムが頭を悩ませていて、俺のような巻き込まれて参戦した者は一切その事情については知らない。そして、もう一つは、セイバーのことである。聖杯戦争が終わり、セイバーはこれからどうなるのだろうか。消えるのか、それともサーヴァントとマスターの契約はそのままなのか。

 

「なぁ、お前、何ともないか?」

 

「え?何がですか?」

 

「いや、体とかだよ。変な感じがするとかないか?」

 

「いや……特にはありませんが……」

 

 その言葉を聞いて、俺はホッとした。胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべた。セイバーはそんな俺をまるで物珍しく見ている。

 

「どうした?」

 

「……いや、ヨウ、そんな顔するのですね」

 

 彼女はそう言うとクスリと俺を馬鹿にするように笑った。

 

「俺を馬鹿にした?」

 

「まぁ、ちょっと……」

 

 彼女はまた空に目を向けた。眩しい陽の光を遮るように手を翳し、それでも太陽を見ていた。

 

「私……強くなりたい」

 

 思わず口から出た彼女の本音。力持たぬ彼女は力を欲する。願望機を手に入れ、己の叶えなければならぬ願いを現実のものとするために。

 

 彼女は木刀を手に取った。そして、俺の目の前で素振りをして見せる。

 

「どうですか?」

 

 手首のスナップが柔らかく、木の剣先が綺麗に弧を描いく。金切り声に似た乾いた空気を切り裂く音がリズム良く聞こえる。

 

「ダメだ。てんでなっちゃいねェ」

 

 彼女の振りはあまりにも大きすぎる。質こそ良いのかもしれないが、型があまりにもなっていない。曲げるところで肘は曲げ、無駄に入った肩の力を抜き、しっかりと足を踏み込まねばならないのに。

 

「何も出来ちゃいねェ。それで剣士(セイバー)か?」

 

 俺も木刀を手に取った。俺だって、力をつけねばならない。聖杯を掴み取るための力ではなく、セイバーを守るための力が必要なのだ。

 

「久ッぶりに木刀握ったけど、やっぱ手に馴染んでるわ」

 

 俺はその木刀を軽く振り回した。そして、彼女に向けて剣を構えた。

 

「手合わせ、してみる?」

 

「はい!」

 

 彼女も構えた。剣を自らのもう一本の手のように、神経が通っているのだと思う。剣先を彼女に向け、息を吐いて、吸った。

 

「こい—————‼︎」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 俺は今まで自分が強いって思ったことはなかった。小さい頃は爺ちゃんがやっている道場で竹刀を振っていたし、児童の剣道の大会では負けなしだった。だけど、それは俺が強いのではなく、周りの人が強くしたのだと思っていた。鈴鹿が、爺ちゃんが俺の剣術に磨きをかけたのであって、俺自身は何もしていなかった。才能ではなく、ただの強制された努力だと。

 

 だが、セイバーを見ていて思う。

 

「お前、本当に弱ェんだな」

 

 俺もセイバーも犬のように口を開けて、荒い息をしている。なるべく二酸化炭素を排出し、酸素を取り込もうとしているのだ。

 

 セイバーは持久力があり、俺に負けても負けても、しつこく再選を願ってきた。二三回なら俺も快く受け入れたが……。

 

「十回はちょっとマジでキツイ……。根性だけはあるな」

 

 息も出来ぬような全力勝負を十数分も続け様にしていたら、心身ともに疲労がハンパない。一応全力勝負だから、精神集中させて、息のリズムも等間隔にすることが出来ない。力を入れて剣を振るう時や交わす時に安々と息ができるのなら疲れはしないだろうが、生憎俺はそこまで戦うということに慣れていない。剣の腕は下手くそでも、身体はサーヴァント。力もスピードも全然違う。

 

 スタミナを削ぎ落とされまくった俺は、縁側に座り込んだ。素早い鼓動と、その鼓動に合わせて白い息が口から出た。セイバーも木刀を地面に突き刺し、その木刀に腕をかけて寄りかかるようにしている。さすがの彼女もスタミナ切れだろう。

 

「ヨウ……、その剣技、素晴らしい……ですね」

 

「お前の剣術がヒデェだけだよ。……つーか、ヤバイ。マジで疲れた……」

 

 久しぶりにこんな辛い運動をしたような気がする。今年の五月ぐらいにやるスポーツなんちゃらの持久走並みに辛い。

 

 疲れがどっと俺を襲い、全身の筋肉が震え、緩めると、もう力は入りそうにない。疲れた。セイバーと手を合わせただけで、ここまで疲れるものなのか。久しぶりに本気を出したから、筋肉が驚いたのかもしれないが、絶対に明日は筋肉痛だろう。

 

 だが—————

 

「ハハハハッ—————‼︎」

 

 不思議と笑みが浮かび、弾んだ声が出た。腹は起伏し、二酸化炭素が多く混じった空気が振動を得て、溜まった疲れごと吐き出た。

 

 辛い、疲れた、苦しい。以前の俺ならそこで終わっていた。面倒くさいという言葉で纏め、マイナスに捉えていた。マイナスはある。だが、それ以上のプラスもここにあるような気もする。

 

「フフッ—————」

 

 セイバーもまた笑う。

 

 彼女に陽の光が当たる。俺は屋根の下にいたから陽の光が当たらなかったが、それでも今なら光を浴びているような気がした。

 

 セイバーが眩しく見えた。空にある太陽よりも眩しく、そして大きな光。到底俺が得ることなどないその光は、俺をも光らせる。

 

 大丈夫。彼女を見てそう思える。彼女が笑う限り、彼女の光は途切れることなく、絶望の闇で閉ざされることはない。

 

 願望機をグラムに取られた。だが、まだ諦めない。まだ願望を叶えたとは考えにくいからだ。

 

 だって、聖杯を満たすには七騎のサーヴァントの魂が必要。

 

 もしかしたら、もしかしたらだが、その七騎のサーヴァントの魂が満たされていなかったのなら。そう考えた。そう考えることのできるわけが俺にはあった。

 

「諦めねぇぞ。聖杯、まだ俺たちにゲットできッかもしんねェ」

 

「え?ゲットできるんですか?」

 

「可能性だよ。可能性。もしかしたらだけどな」

 

 可能性に縋るのは俺らしくはない。けど、今回だけは可能性に縋ってみたかった。

 

「—————俺には諦める理由がねェ。それだけで、十分だろ?立ち上がる意味は」

 

「はい」

 

 俺にはアテがあった。

 

 それは多分、この聖杯戦争で結構重要なこと。だが、案外みんな気付いていないということ。

 

「ちょっと遊びに行かねぇか—————」




ヨウが遊びに行こうと言い出しました。何処に行くのでしょうか?まさか、ラブホ?

そして、彼のアテ、何のことでしょうか?

そう言えば、この頃、前回のサーヴァントの説明していませんので、次回ぐらいに説明したいと思います。


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正直なところ、キャスターって生きてるんっすか?
遊びに来た


はい!Gヘッドです!

色々な謎に包まれた聖杯戦争。その聖杯戦争を彼らは読み解いてゆく⁉︎


「よし、遊びに来たぜ!」

 

「……はぁ。で、ここはどこなんですか?」

 

 目の前にあるのはTHE NIPPONみたいな日本家屋。そのルックスは俺たちみたいな庶民を拒むようで、年中ほぼユニ◯ロの服だけで満足できるような格好の俺たちにはあまりにも不釣り合いでしかない。玄関の門は俺の家の玄関のドアよりも遥かに大きく、金銭的面ではこの俺でさえも負けたと言わせしめるほど。

 

 大っきな門に小さなインターホンが付いていて、そのインターホンを特に怖気つくことなく、ポチッと押した。

 

「月城です。月城陽香です」

 

 すると、大きな門がゆっくりと開いた。その門の隙間から女の子の顔がひょっこりと出てきた。

 

 雪方である。前髪をピンで留め、いかにも品の良さそうな姿。その姿を見たセイバーは決まり悪い顔をした。セイバーは俺の肩を小突く。

 

「ちょっと、ヨウ⁉︎これって、どういうことですか⁉︎こ、この人って、ライダーの……」

 

「うるさい。チィと黙ってろ」

 

 俺はセイバーのおでこに貼ってデコピンをした。若干指の先に強化の魔術を付けて。セイバーはおでこを手で押さえ、悶絶している。その間に、面倒くさいことは済ませよう。

 

「なぁ、雪方。そのさ、話があるんだけどさ……」

 

 俺が話しかけると、彼女は俺に背を向けた。そのまま、彼女は家の中へと入って行く。どうやら家の中に入れと指示されているらしい。確かに門前で聖杯戦争のことなんて話すことも出来ないし、中に入るしかないようだ。

 

「おい、行くぞ。セイバー」

 

 道路で転げ回っているセイバーに声をかけた俺は家の中へと入って行く。セイバーはそもそも雪方の家に来たことがないので、俺と一緒にいないと不安なのだろうか、俺にくっ付いていた。

 

 門の中に入ってすぐ庭園が目の前に飛び込んできた。松の木や、鯉がいる池に石灯籠まである。俺の目が日本漬けにされているようで、こんな風景を見させる庭を持っているなんて、雪方家の金持ちさには敬服する。

 

 セイバーはその庭をジロジロと見ていた。

 

「どうした?」

 

「いや、ライダーのマスターですよ?もしかしたら、罠とかあるかもしれないじゃないですか」

 

「あるわけねーだろ。雪方は罠とかそういうの仕掛けたりしねーよ」

 

「何で分かるんですか?」

 

「ん?ああ、だって、強化の魔術しか使ってこねーような魔術師だぞ?かすっちぃ魔術師なんだから、罠なんか仕掛ける余裕もないだろうな」

 

 そう言った時、玄関の近くにあった小さな鹿威しが水の重さに耐えられず、石に当たり、コツンと音を鳴らした。

 

「ギャァァ‼︎罠だ!」

 

「ちっげぇーよ!鹿威し!家にもあるだろ?」

 

「ありませんよ!」

 

「あれ?なかったっけ?……、ああ、水道代の無駄だから外したんだわ」

 

 そんなこんなで家の中に入った。家の中に入って、まず驚くのは大きな絵画。俺の身長二人分くらいの長さの絵画が玄関に飾られており、お金持ち感がスゴい。

 

「家の入り口、広いですねぇ〜。ヨウの家の二倍くらい」

 

「俺の家、そこそこの価値はあると思うけど?中の上くらいだよ?」

 

 俺が自分の家の自慢話を軽く口にしていたら、雪方が出てきた。彼女の手にはお茶と和菓子が乗ったお盆があった。

 

「そんな所で何してんの?」

 

 ぶっきらぼうに冷たく言いながらも、その手に握られているお盆は優しさの塊。本当、雪方って良く出来た子だわ。成績優秀な子はこういうことも出来るのか。俺とは大違い。

 

 お言葉に甘えて、俺は靴を脱いで、彼女の後について行く。広い屋敷の階段を上り、雪方は俺たちをある部屋へと招き入れた。そこは雪方の自室である。

 

 女の子の部屋にしてみれば極めて質素。だが、非常に清潔で女性らしい部屋。そんな部屋が雪方の自室であった。セイバーは初めて見る他の人の部屋に興奮を隠せないでいる。

 

 が、それと対照的に俺は頭を悩ませた。

 

「なぁ、雪方。お前、何の躊躇もなく、俺をこの部屋に入れたな」

 

「何で?別に躊躇うことなんてないでしょう?」

 

「いやいやいやいや、普通躊躇うだろ!俺、男だよ?普通、女の子が自分の部屋に男の子を入れるときなんて、理由は一つぐらいしかないよ?セックスぐらいだよ?」

 

 いや、まぁ、もしかしたらセックス以外にもあるのかもしれないけれど、それでも相当親しげな関係でないと普通女の子は男を自分の部屋に連れて行かない。それこそ、恋人とか、そういう類ではないと。

 

「大丈夫よ。ヨウだからよ。だって、ヨウ、襲ったりしないだろうし」

 

 まるで俺がチキンな男だからと言っているようである。確かに俺はチキンな野郎だが、それを本人の前で堂々と言うのはどうかと思いですが……。前言撤回、全然優しくない。一体どんな風な教育方針なのか、親の顔が知りたいわ。知ってるけど……。

 

「つーか、そういう色々な要因が全部重なって、あんなことが起きたんだろ⁉︎」

 

 俺がそう言うと、雪方は目を俺から逸らした。頬を赤らめて恥ずかしそうにする一方、何処か憂いにも似た雰囲気が彼女にあった。まるでNGワードを口にしてしまったかのようで、俺はその後の言葉が続かなかった。

 

 完ッ璧に地雷を踏んだわ。ああ、どうしよう。やらかした。次の話のネタが全然思いつかない。

 

 ……うん。

 

 言葉が出てこないため、もう話すのは諦めた。盆に乗っている和菓子とお茶をテーブルに置いた。

 

「おい、(セイバー)、お菓子があるぞ」

 

 セイバーはその言葉に反応した。さっきまで興味の対象が部屋のみで、俺たちのことなんて身もしなかったのに、餌付けの時間となると、彼女は目の色を変えて俺を見た。

 

「お菓子ッ⁉︎」

 

 実に嬉しそうな表情である。彼女が犬であったのならば、きっと大きく尻尾を振っているだろう。煌めくその目は馬鹿なセイバーらしい。街中で、家にお菓子があるからおじさんについてきなって言われたら絶対について行っちゃうパターンだよ。毎度毎度思うけど、やはりこいつには餌付けが一番効果的に手慣らす方法なのかもしれない。

 

 部屋の中央に置かれた小さな丸いテーブル。その上に置かれたお菓子を食べようと、座布団の上に正座をした。そして、さて食べようかとなった時、セイバーはある事に気がついた。

 

「……あれ?これってどうやって食べるんです?」

 

 セイバーは分からなかった。それもそのはず、その和菓子、結構高級なやつ(多分)。例えコンビニで買えるような値段のやつでも、雪方が出すのだから、ちゃんとした漆塗りの黒いお皿に載っていて、黒文字がお皿に添えてある。

 

「ヨウ、箸とかないんですか?」

 

 あるわけねぇぇぇぇだろぉぉぉ‼︎うひゃひゃひゃひゃッ!和菓子に箸なんて出さねぇよ!

 

 今にでも腹を抱えて笑いたかったが、さすがに雪方の目の前でセイバーを弄り倒したら、ある意味でまた変な空気になってしまう。ここは一旦、湧き出る笑いを抑えて冷静に対応しよう。

 

「なぁ、雪方。フォークをこの馬鹿のために持って来てくれ」

 

「う、うん……」

 

 雪方は頷くと、フォークを取るためだけに部屋から出た。そして、彼女が部屋から出た瞬間、俺とセイバーは顔を合わせた。

 

「ふぅ〜、息が詰まりそうでしたぁ。何なんですか?ヨウ、色々とあの人とあったみたいですね?」

 

「うるせぇよ。確かに結構なことがあったけど、お前にそれは関係ない。つーかさ、お前」

 

「何です?」

 

「盗み聞きとか趣味悪いぞ」

 

「なっ⁉︎盗み聞きじゃありません!た、ただ、その、私がどう見たってお話に入ってはならないような殺伐とした雰囲気が二人の間に流れていて、私、どうしたらよいか分からず……」

 

「いや、バリバリ楽しんでるだろ?女の子の部屋」

 

「ま、まぁ……」

 

 何故彼女が女の子の部屋に来て興奮しているのだろうか。何故男である俺が女の子の部屋に来ているのに興奮しないのだろうか。セイバーはワクワクとしているが、俺は相対的にどんよりとした暗い感情しかなかった。

 

 だが、しょうがない。これも全て、聖杯戦争のためである。

 

 雪方がフォーク一本を手にして帰ってきた。セイバーは雪方からフォークを受け取るとついに和菓子を食べられるという喜びがまんま顔に出ていた。ニタニタと笑みを浮かべて、気持ち悪い。

 

 俺と雪方も座布団を敷いて、その上に座った。お茶と和菓子を小さなテーブルの上に置く。目の前にある和菓子は山茶花の形をした上生菓子。桃色の薄っすらと白いぼかしが付いた花弁の中に黄色い蕊が飾られており、若干食べるのがもったいない。この綺麗な形のままにしておきたいと思うほど、上品で、かつ可愛らしい見た目。だが、出されたからには食べる。というより、どうせ高級なやつだし、食べとかないと損。

 

 黒文字で山茶花の上生菓子に切り口を入れる。そして、もう一度、黒文字で山茶花の花弁を切り取り、小さな桃色の花弁を口に運んだ。練り切りの餡が実に美味しい。小さな可愛らしい見た目からの予想とは違い、思ったよりも味が濃く、しかしまろやかで口当たりが実に良い。品のある味が舌に残る。その味の余韻はそれほど自己主張の強いわけではなく、仄かに香る甘みがこの静かな空気の季節にはぴったりだ。

 

 セイバーは頬を手に当てて、うっとりとした表情を浮かべる。

 

「美味しいです。はぁ〜、私、幸せぇ〜」

 

 セイバーはきっとこんな上品なお菓子を食べたことがないのだろう。生前は王の血を引き継いでいながらも、不幸の連続で本来の彼女のいるべき地位に立てなかったのだから。

 

 まぁ、彼女も普通の女の子のような一面があるということである。甘いものが好きなんて可愛らしい一面がある。

 

 いや、彼女は普通の女の子なのだろう。ただ、彼女は運命に見捨てられたせいで、剣を握り死地に立たねばならない。なんて憐れなのだろうか。

 

「ねぇ、ヨウ。で、私の家に来たわけって?」

 

「ん?ああ、忘れてたわ。本題」

 

「忘れちゃダメでしょ……」

 

 彼女はため息を吐く。だが、彼女がため息を吐いたところで、俺がこういう男であるというのは変わらないし、ましてや変える気もない。

 

「単刀直入に言うんだけどさ、お前、アーチャーと接触したか?」

 

 その時、セイバーと雪方はピクリと反応した。セイバーもさっきの楽しそうな雰囲気から、一瞬にして静かになっている。彼女も雪方の答えを聞きたいようだ。

 

「した」

 

 雪方はそう答えた。その答えを聞いた俺たちは動揺した。セイバーは彼女からアーチャーの話を聞こうと食いついており、少しだけ嬉しそうだが、俺は全然嬉しくなかった。出来れば、接触していないと答えてほしかったのだが。だが、そこは呑み込もう。呑み込んで、アーチャーとどのような話をしたのだろうか。

 

「その、アーチャーとはどのような会話をしたのですか?」

 

「え?アーチャーは、ヨウがセイバーのマスターだって……」

 

「だから、お前は俺がセイバーを召還したと知ってたのか」

 

 ん?ちょっと待てよ。待て待て待て。

 

 どういうことだ?アーチャーは雪方に俺がセイバーを召還したことをバラしたのか?それって、つまり、セイバーを戦わせるということじゃないのか?

 

 何故、彼はセイバーをライダーと戦わせようとしたのだ?だって、アーチャーはセイバーの願いを叶えるというのが彼の望みであり、それならば、セイバーを危ない目に遭わせる必要はない。

 

 俺とセイバーはその疑問に気付き、アーチャーの謎を解こうとした。だが、やはり彼の行動の意図が分からない。仕方がないので、ここは鵜呑みにして次の話を聞こう。

 

「他は何か話したのか?」

 

「他は……特に」

 

「キャスターの話とかは聞いたか?」

 

「キャスター?いや、何も……」

 

 そうか。うむ、これは可能性があるかもしれん。さっき、雪方はアーチャーに接触して、絶望的かと思ったが、その時アーチャーはキャスターのことについて触れていなかったという。

 

「じゃぁ、キャスターをお前は見たか?」

 

「……見た、のかもしれない」

 

 あやふやな彼女の言葉は核心を突こうとしていた俺を揺らす。

 

「かもしれない?それは、どういうことだ?」

 

「教えてもいいけど……。次の狙いはキャスター?」

 

「いいや、違う。別に狙ってるわけじゃねぇんだ。ただ、キャスターの存在が必要なんだ」

 

 キャスターが生きている。その確証を得ることができれば、まだ聖杯は現れることなどない。だって、聖杯に溜まるサーヴァントの魂は七つではないから。狙う必要など元々ない。

 

「キャスター、またはそのマスターの顔立ちとか覚えてるか?覚えてたら教えてくれ」

 

「いいよ、覚えてる。一応、鮮烈だったから……」

 

 鮮烈。それはつまり、彼女にとってその記憶がとても刺激的、または衝撃的であったからということ。ライダーが倒されてから数日も経っているから、それなりに記憶は薄れゆくが、それでも彼女は覚えているらしい。

 

 どのようなサーヴァントなのだろうか。

 

 俺とセイバーは彼女の話に耳を傾けた。

 

「どこから話そうか。じゃぁ、キャスターを見つけたところから……」




はい、ということで、久々の人物紹介。雪方ちゃんか、前回のサーヴァントのどちらかで迷ったんですけど、前回のサーヴァントの方を今回は紹介いたします。

スキールニル

パラメーター:筋力C・耐久B・敏捷A・魔力C・幸運D・宝具A+
スキル:対魔力A・騎乗B・神の加護B・単独行動D・召使いA+

前回の聖杯戦争のライダーのサーヴァント。マスターは(なぎ)信子(のぶこ)。敬虔なクリスチャン、もとい元聖堂教会の掃除屋である彼女と契約をしてしまったサーヴァントである。

非常にチャラく、綺麗なお姉さんが街中で歩いているのを見かけると声を変えるナンパ野郎。そんなスキールニルだが、マスターのことを契約の時に主人と認めたため、主人に尽くすといういい面も持っている。なんだかんだ言って、好かれやすいタイプ。

マスターは黒鍵を使ったりして闘い、戦闘面では頼れる存在だが、魔術師としては三流どころか、魔術師ということを名乗ることのできないくらい酷い。そのため色々と苦労をしたサーヴァント。

宝具:『邪炎を駆け抜ける神馬(ブローズグホーヴィ)』ランクA・対人宝具・レンジ0・最大補足1人
生前のご主人であるフレイより賜った馬。この馬で炎を飛び越えたという伝承から。
簡単に言っちゃえば、宝具が馬。その馬に乗るという宝具。時速は80キロとサーヴァントにしてはそこまで速くはないが、何と言ってもこの宝具の一番の能力は、この宝具の発動時はサーヴァントの対魔力がEXになるのである。ただでさえ高い対魔力が、さらに高くなるという、守りとしてはチート宝具。

魔は動けぬものと化す(グレイプニル)』ランクB・対魔獣宝具・レンジ2〜10・最大補足1人
フェンリルを縛ったものすげー縄。対魔獣宝具だが、人にも使える。この宝具で縛ったものは動けなくなるという代物。ちなみに、動けなくなるというのは心臓さえも止めてしまう。そもそも、縛られたものの時を永遠に止めるということ。

「おっ⁉︎これはこれは。俺っち召還されちゃった?ん?あんたがマスターってやつかな?つまり、俺っちのご主人様かよ。はぁ〜、召使いって案外大変なのよ、マジで。まぁ、意外とその仕事さ、俺っちの性に合ってるんだけどね〜。それより、あんた、美人なのにそんな服、ダッサ〜。あれだろぉ?シスターって言うんだろ?シスター服はさすがに興奮しないわ〜。他の服着てよ!俺っちの股間をウズウズさせるくらいの!え〜、ダメぇ〜?へいへい、分かりましたよ。禁欲生活致しま〜す。まったく、この時代に来ても禁欲生活しろってご主人様に言われちったよ。まぁ、そんなこと言われて3時間後に我慢出来ずにあんなことやこんなことしたんだけど……」


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雪方はあの日キャスターを見た

はい、Gヘッドです!

今回は雪方ちゃんの回想録のようなものです。が、バリバリバトルが出てきます。二話ほど雪方ちゃんの回想録になります。


 あの日は何の変哲も無い普通の平日の夜中。長年の観察から、この地帯には魔術が行使されているということが分かっていた。平日の夜中なのに、この地帯には誰一人として外に出ようとしない。極稀に見つける人は体に魔術回路を保有している魔術師、またはその素質ある者。

 

 聖杯戦争が始まってから、地帯に張られた人除けの結界が一段と強くなった。そしていつの間にか結界はこの市を包み、聖杯戦争に参加する七騎のサーヴァントが召喚されたということを意味していた。多分、この結界は聖杯に呼応して大きくなったりするのだろう。

 

「—————マスター、始まったようだね。僕たちも闘いに行くのかい?」

 

「当然じゃない。ライダー、これは聖杯戦争。闘いに行かないでどうするの?」

 

 弱気なライダーは難色を示す。それもそのはず、このライダーは他のサーヴァントと殺り合うということにあまり乗り気ではないのだ。それは彼女には分かっていた。ライダーはそのような性格なのだろうと分かっていて、その上で彼女は彼を選んだのだ。

 

「あの人を助けたいのかい—————?」

 

 ライダーは優しく雪方に尋ねた。雪方は返事こそしないものの、首を小さく縦に振った。その姿を見て、ライダーはため息を吐いた。

 

「助けたいためと言われちゃ、仕方がない。それは僕の願いに関わることだから、放って置けない」

 

 ライダーは闘う覚悟ができたようである。だが、彼は怯えるというような表情はせず、むしろどこか無頓着のようだ。

 

「……戦いたくないんじゃないの?」

 

 雪方の素朴な疑問だった。戦いたくないと豪語する彼が今、闘おうとしているのである。予想外だったため、少しだけ戸惑った。

 

「戦いたくないさ。でも、僕たちサーヴァントは、本当はこの世にいない存在。だから、殺しても何も悪いことじゃない。でも、やっぱり僕たちには心があるし、殺すとなると勇気はいるけれど、そこは君からもらうとするよ」

 

 ライダーは雪方に手を差し伸べた。雪方はその手を掴み、立ち上がる。

 

「行こうか—————」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 夜の街に出た。家の明かりは疎らに点いていて、人がいるんだという気配はある。ただ、その一般人たちが聖杯戦争に気付いていないというだけなのだ。死ぬかもしれないこんな現場に気付かないのは、魔術のせいで分からないとしても滑稽でしかない。

 

 ライダーは霊体化の状態でいた。他のマスターと出会した時のために魔力消費を控えたいのである。実体化しているよりかは、霊体化の方が実に燃費が良い。

 

 夜の街を静かに歩く。足音立てずに、息を殺してひっそりと闘いになった時の覚悟を決めていた。

 

 コンビニの近くまで来た。大きな駐車場が付いている二十四時間営業のコンビニ。だが、このコンビニもこの土地に掛かっている魔術によってなのか無人となっていた。中は暗く、商品棚に並べられた商品だけがコンビニの中にいた。

 

 軽く十分ほど外に出て敵を探索してはいるけれど、誰も人一人として見つけていない。まぁ、こんな状況で人を見つけたのなら、聖杯戦争の関係者に間違いはないのだが。誰もいない街、誰からの視線も感じない街が彼女にとってはすごく快感にも似た喜びを感じた。

 

 だが、誰もいないということは、敵が見つからないということ。つまり、聖杯戦争が円滑に進まず、自分の願いを叶える時間も先延ばしになってしまう。

 

 彼女は一刻も早く願いを叶えたかった。

 

 敵よ来い、敵よ来い。そう望んでいた。

 

「あっ、こら!勝手に夜の街を出歩いちゃダメ!」

 

 男の人の声が聞こえた。それはつまり、結界が張られたこの街で動ける者、つまり魔術師ということになる。この時期にいる魔術師は大方、聖杯戦争の関係者。

 

 この声の主は聖杯戦争の関係者に違いない。彼女はそう思った。

 

 ドタドタと駆ける足音が聞こえた。その足音は段々と雪方の方に近づいていき、近づくにつれて彼女の鼓動は早くなっていった。現れるはずの見ず知らずの男を殺す覚悟だけを決めて。

 

 だが、目の前に現れたのは一人の少女だった。闘う相手を待ち望んでいた雪方にとって、闘う相手が少女というのが意外で仕方なく、そして理性が歯止めをかけた。相手が暴漢のような男で望みを叶えるためならば手段を選ばないというような場合だったら、躊躇なく命を奪いにいけるのだが、どうもそんなに現実はうまくいかない。

 

 少女は雪方を見つめた。じっと、まるで雪方の姿を一生記憶の中に刷り込ませるように。瞼を大きく開き、黒目が綺麗な円だ。雪方も少女を見つめ返す。だが、雪方は見て、すぐにたじろいだ。少女の瞳がまるで見てしまっていたら吸い込まれてしまいそうなのである。自分の意識が、記憶が、悩みが全てその目に入ってしまいそうなほどに澄んだ目。

 

「ちょっと、待ってよ!」

 

 少女の背後から男の人も出てきた。二十才弱ほどに見える男の人は厚着のコートとマフラー、手袋を着用しており、すごく動きにくそう。

 

 だが、その男性はどうやら雪方の目の前にいる謎の少女を追ってきたらしく、荒い息を立てていた。だが、すぐにその荒い息は整い、彼は雪方を見た。

 

「—————それはッ⁉︎」

 

 彼の視線の先にあったのは雪方の右手の甲に宿る紅い痣、三画の令呪である。男性はその令呪を見た瞬間、咄嗟に女の子の首根っこを掴んだ。

 

「逃げるよ!」

 

 だが、もう遅い。振り向いて、敵に背を見せるという行動をしたが、振り向いた先にいたのはライダーだった。ライダーは丸太のように図太いトンファーを手にして、男の逃げ道を絶っていた。ライダーの目に殺意こそ宿ってはいないものの、それでも彼の手に握られた凶器は危険だと察することができた。

 

 もう、逃げられない。目の前には紅い令呪を右手の甲に刻んだ雪方が覚悟を決めていて、背後ではライダーが退路を塞いでいる。男性はあたふたと目前に迫った聖杯戦争という殺し合いに動揺している。殺す覚悟が未だできていない者に、雪方は殺意を向けた。望みを叶えるための殺意を。

 

「あなたはマスターですか?」

 

「そうだ……って言ったら?」

 

「倒します。あなたのサーヴァント」

 

 雪方は少女を見た。雪方のことを見つめていた少女はハッと我に帰り、周りをキョロキョロと見回す。だが、彼女は雪方とライダー、男性の臨戦体勢に気付くことなくトタトタとコンビニの入り口まで近寄った。

 

「あれッ?ソージー、開いてなーい!コンビニって二十四時間営業じゃないんですか?アイス買えないですよ」

 

 突然の行動に三人はただ呆然としていた。この今にでも火花が散るという状況で、そんなことをされるなんて思ってもいなかった。闘う意思を見せたり、逃げたり叫んだりするのかと思ったら、まさかコンビニのことで頭が一杯だっただなんて。真冬にアイスを食べようという事自体、常軌を逸している。

 

 少女はコンビニが開いていないと知ると、コンビニの入り口の前で散々愚痴を言って、不機嫌になった。

 

「も〜う、楽しみにしてたのにっ!何で開いてないの?」

 

 彼女はそう言いながら振り向いた。そして、やっと三人の臨戦体勢を目にした。

 

 が、

 

「—————創慈、その人たちはお友達ですか?」

 

 こんな考え方もできるのかと彼女を一同尊敬した。すごくニュータイプな人間。この状況を目に見て、何とも思っていない。サーヴァントと闘うということが分かっているのだろうか?

 

 いや、多分この少女は分かっていない。

 

 男性は少女の言動に頭を抱えた。

 

「ああ、そうだった。こんな子だった」

 

 雪方も同情してしまった。自分のサーヴァントがどれだけ扱いやすいサーヴァントなのかと思うと、男性の苦労が計り知れない。

 

 ライダーは男性に声かけた。

 

「あの〜、そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」

 

「あっ、はい。すいません」

 

 ビミョーな空気が流れる中、彼らは武器を手に男性を襲った。ライダーは自身の宝具の強みをそのまま引き出すために、大きく振りながら男性に攻撃を畳み掛ける。大きく重いトンファーを軽々しくライダーは扱い男性の身体を潰そうとするが、男性はそのライダーの攻撃を上手く交わしていた。サーヴァントの連続した攻撃がかすりもしない。すり足に似た滑らかなステップが交わす方向を予想させない。

 

「あれれ?当たらない?」

 

「それぐらいのスピードじゃ、交わせます」

 

 男性は握り拳を作り、胸の前に腕を畳むようにして構えた。そして、渾身の一撃を放とうと右腕を後背まで持ってくる。

 

 その時だった。ライダーは何かを察したように攻撃の手を少しだけ緩めた。攻撃はまだ続く気配があるのだが、手を緩めたという事実に疑問を抱いた。

 

 その疑問の答えは背後から男性を襲う。

 

暴走電圧機(バースト)—————‼︎」

 

 雪方の手に握られていたスタンガンから青い光を放ちながら龍の蛇行のような眩い閃光が瞬間的に駆け抜けた。ライダーはそのことを目にしていて、閃光が飛び出る時、咄嗟に交わしていた。

 

 しかし、男性もその放電に似た攻撃を交わしていたのだ。それはライダーの攻撃が止んだ瞬間、ライダーの影のように彼の行動と同じことをしていたのである。

 

 ライダーはこの男性を叩くのは無理だと悟った。いや、正確に言えば、少々時間がかかる。どんなにサーヴァントの攻撃を交わし続けても、所詮人の身。サーヴァントに人は敵わまいのである。されど、人の身。人の身でありながらサーヴァントの攻撃を魔術を行使せずに安々と交わすなど、その者が強者である証。それは運命がこの聖杯戦争が一筋縄ではいかないと雪方に教え込むようであった。

 

 独特のステップ。まるで足音でリズムを奏でるように、前後左右のステップを繰り出す。そのステップは何処の、何の技術なのかが彼には分からなかった。

 

 ライダーは武という体系が生まれる前の時代に存在していた英霊。つまり、彼にとってそのステップが何を示すのか分かるわけもなく、ただ闇雲に攻撃を仕掛けていた。

 

 一向に当たる気配がない。大分見切られてきたようである。一旦、ライダーは後ろに退く。すると、男性はライダーとの間合いを空けまいと、バックステップの距離を詰めてきた。

 

 ライダーはその瞬間、これはダメだと落胆した。自分自身の力がこの男性に全くと言って良いほど通じていない。魔術も行使していない男性に対してまともに攻撃を当てられていないのだ。このままでは聖杯戦争で勝ち残ることなど到底無理に等しい。サーヴァントと呼ばれながらも、自分の力がこんなにも弱いのかと悟ってしまった。

 

 自分の力だけでは倒せない。だから、ライダーはある決断をした。

 

 自分ではない他の力を使おうと。

 

無慈悲な我が主の罰は(カタストロートゥディフィーム)—————」

 

 彼は呟いた。すると、どこからともなく雨雲が空に現れ、夜の空を一層と暗いものにした。湿った風が吹き、ポツリポツリと空から雫が落ちてくる。天候を変えるほどの宝具。馬鹿でかいサーヴァントとしての力の権化のようなもの。

 

「あんまり使いたくないんだけどね……」

 

 これならばライダーはこの男性を仕留めることができるだろうと推測した。だが、どうも浮かない顔をする。その顔を紛らわすように優しそうな笑顔を見せた。

 

 曇天の下の湿った笑顔。哀愁が含まれた笑顔に雨粒が当たり、雫が滴る。

 

「さてと……、頑張ろうかな」

 

 ライダーは踏み込んだ。濡れたアスファルトを力強く踏み、膝を曲げて重心を前へと若干傾け、前に向かう力を高めた。雨が降ることにより、身体能力が上昇する力が加わり、途轍もない瞬発力が生まれ、その瞬発力にトンファーの重さを加える。円運動のように腕を振り回し、遠心力によるさらなる力の付与。

 

 その力がたった一撃で放たれるとしたら、その一撃に力を全て詰め合わせたのなら、例えどんなに武の真髄を極めた者でも交わすことはできなかろう。

 

 大きく振られた丸太が男性の体に直撃した。男性は十メートルほど吹っ飛ばされ、電柱にぶつかった。男性が当たった部分は大きく凹み、電柱が少し傾いた。

 

「やった……?」

 

 雪方は目の前の光景を見て複雑な気持ちになった。これで自分たちはキャスター陣営に大ダメージを与えられたという安心感と、自分たちがしていることはただの暴力行為でしかないという自らに向けた嫌悪の思い。

 

「いや、まだだよ」

 

 ライダーは雪方にそう告げた。それは間近で、自分が男性に攻撃したからこそ分かることだった。

 

「あの人は攻撃を吸収したんだ。咄嗟に攻撃が通る筋に重ねた手を置いたんだ。その手は攻撃に触れたと同時に、攻撃に合わせて引くことで力を相当削ぎ落とした。まだあれじゃぁ、殺せてはいないだろう」

 

 その通りだった。ライダーの力は押し殺され、力は僅か半減となってしまっただろう。

 

 それでも、サーヴァントの攻撃が当たった。全力の半分、つまり五十パーセントの力を直接受けたのである。軽い打撲程度で済むわけもない。

 

 男性はすぐに復帰することは不可能だろう。

 

「ソージ⁉︎大丈夫—————⁉︎」

 

 キャスターと見られる女の子が男性に駆け寄る。女の子は涙を流しながら、大丈夫かと男性に声をかけている。そんな姿を見て、ライダーは情が揺らいだ。元々極悪非道な英霊ではないため、自分のしていた行為を咎めた。

 

 自分はサーヴァントとして召還されたのだという思いと、人としてやってはいけないことのどちらを優先しようかと迷っていた。

 

 ライダーは雪方に尋ねた。

 

「マスター、男の人って彼女のマスターだろう?なら、命ある人だよね」

 

 彼がそう訊くと、雪方は彼の考えていることを察した。雪方はライダーがどんな英霊であるのかを知っているから、彼のしたいことと、したくないことが分かるのだ。

 

「勝ちが欲しいのかい?それとも、あの男の人の命が欲しいのかい?答えてくれないか。僕はその答えに従おう」

 

「私が欲しいのは勝利。命はどうでもいい。好きにして」

 

 ライダーは笑った。今度は朗らかな笑顔である。

 

「そう言ってくれると思ってた、ありがとう—————」

 

 彼はそう言うと、傾いた電柱に凭れかかっている男性の所に近づいた。女の子はライダーが近づいてくると、まるで仇を見ているかのように憎しみを抱いている。

 

「—————貴方!創慈に何をしたか分かっているの⁉︎ヒドイ!」

 

「うん。僕はヒドイ人間(サーヴァント)だ。卑しい、実に卑しい」

 

 女の子は怒りが沸点に達したようで、華奢な細い腕を振り回す。ライダーにポカポカとパンチを当てる。そんな一キロバーベルも持ち上げられなさそうな腕から繰り出されたパンチなど痛くも痒くも無い攻撃に過ぎなかった。

 

 だが、何故かそのパンチがライダーにとっては痛く感じた。彼の心を抉るようで、ぐっと本音を見せまいと我慢した。雪方のために、雪方の望みのために。

 

 ライダーは鋭い眼光で女の子を睨み、トンファーを女の子に向ける。女の子の顔よりも遥かに大きい太さのトンファーが向けられて、女の子は怯み、そして怖気づいた。

 

「君に提案があるんだ。君はこの男の人を殺したくはないようだね。実は僕もこの人を殺したくはない。命ある人だ。だが、聖杯戦争に勝ち残りたいのもまた事実。だから、取引をしよう。キャスター、君が死んでくれないかな」

 

 ライダーはその言葉を笑顔で言い切った。それは、彼が真の悪人を知っているから、模倣できるほど見てきたからである。優しい心を持っていたにせよ、今の彼は人徳のない人間に見えてしまう。彼の真の名を知っている雪方でさえも。

 

 女の子は殴るのを止めた。手のひらに爪が食い込むほどの握り拳を作り、歯を食いしばって俯きながら悔しそうに涙を流した。震える体の丸まった小さな背中の後ろには男性が電柱にもたれかかっている。声を出さまいと噛み締めているのに嗚咽が漏れた。

 

 彼女は顔を上げた。大粒の涙が何粒も赤い頰に落ちて、鼻水が垂れている。口を開いたり閉じたりと、未だに涙声を出さないように耐えている。もう私の聖杯戦争はお終いなのか。彼女はそう雨降る曇天の空に語りかけたようだった。

 

「わだしはぁ……、ゾージがぁ、じぬのは嫌だぁぁ—————!」

 

 泣きじゃくりながらも、彼女は自分の道を選択した。死の恐怖を素直に涙で流して表していた。だけど、彼女の頭の中のビジョンでは死んだ男性の姿が思い浮かんだのだろう。それが、彼女にとって一番耐え難い苦痛だった。

 

 ライダーは彼女の返答を聞くと笑った。そう、これで良いのだと。これこそ自分にできる一番良い方法なのだと。誰も殺さず、雪方に聖杯を掴ませる。

 

 トンファーを力強く握った。これからこの少女を殺すのだと思うと心が苦しく思えたが、それを飲み込んだ。覚悟を決める。泣き叫ぶ無防備な女の子を殺す罪悪感を背負う覚悟を。

 

 彼は図太い丸太を彼女に向けて振り下ろした。少女は涙を流し、泣き叫ぶが雨に全てかき消された。

 

「ざっけんなよッ—————‼︎」

 

 ライダーが渾身の力を持って丸太を振り下ろした時、男性がそう叫んだ。男性は電柱を左の拳で殴りつけた。すると、電柱に拳の跡ができるほどめり込んだ。自らの拳をバネとして、力を利用し女の子の方へ飛んだ。

 

「—————テメェ、俺の女に手ェ出すんじゃねー‼︎‼︎」

 

 男性は右手を握りしめ、ライダーにその拳を向けた。ライダーはそのことに気づいて、女の子に向けるはずだった宝具の方向を変えた。拳と宝具がまともに激突した。

 

 力は拮抗であった。サーヴァントと一般人の力が拮抗というのは極めて異常な事態としか言いようがない。ライダーが弱いわけではない。ライダーは知名度も高いサーヴァント。つまり、拳一つでサーヴァントの宝具の力とまともにやりあっている男性が凄いのである。

 

 二人が惜しみなく出し尽くした力による衝撃波は台風の時の海風のように強い風を生じさせた。アスファルトの大地は砕け、コンビニのガラスが割れた。

 

「俺は彼女を守るんだァッ—————‼︎」




あれ?キャスターのマスター、意外とカッコいい?だけど、なんか性格が変わったような……。

こんなキャスターですが、他のルートではほぼネタ要員です。この物語を最大のネタ枠としての地位を得ている彼女は今後どんな活躍をさせようか迷っています。


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譲れぬモノがある

はい。Gヘッドです!

キャスター陣営も分かってきて、あと謎なのはランサー陣営や、アーチャー陣営ですね。

この聖杯戦争は案外強い子ばっかりです。


 男性の握り拳がライダーの一撃を凌ぐほどの力を持ち得ていた。ライダーはサーヴァントであるという地位の余裕があった。だけど、その拳はライダーのプライドも、この絶体絶命の危機も全てをぶち壊し、女の子の涙を拭う手となっていた。

 

 ライダーの宝具に亀裂が入った。木でできた宝具ではあるものの、それでもサーヴァントの宝具。簡単に壊れたりなど早々起こるものではない。

 

 つまり、マスターがサーヴァントの宝具に亀裂を生じさせるなど普通にやっても不可能に等しい。だが、その不可能を男性はやってのけた。

 

 そのことにライダーだけが気付いた。亀裂は外側ではなく内側に生じたものであり、雪方や男性には分からぬものだった。ライダーはその亀裂を手先で感じ、負けるかもしれないと初めて思った。

 

 舐めていた。人が自分よりも弱い存在であろうと舐めていた。戦闘という面において、自分はサーヴァントであるから、人は自分には絶対に勝てないのだと思っていたが、死の恐怖を感じた。もしかしたら、殺されるかもしれないという死の恐怖。

 

 両者ともに敵から離れるように数歩後退した。ライダーは雪方を守るように彼女の前に立ち、男性もキャスターを守るように彼女の前に立つ。

 

 その時、ライダーと雪方は男性のあることに気付いた。さっきは男性の力に関してだけしか気づかなかったが、離れて見てみるともう一つあることに気付くことがある。

 

 体から湯気が出ている。しかも、大量に。体が異常に赤い。冷たい外気と体温の高さによる結露だろうが、それでもやっぱり頭を傾げてしまう。息を吐いて、その息の中に含まれる水蒸気が水となり白く見えるという現象はこの冬ならよくある話だ。もちろん、体からというのもスポーツの最中やそのすぐ後なら、ならないわけではない。温まった体と外気の温度差による結露など珍しいものではないのだ。

 

 だが、何故彼は今、体から湯気が出ているのか。それほど過激な運動をしたわけでもない。ライダーの連続攻撃を交わす時も、渾身の一撃の力を殺す時も息を切らしてなどいなかった。然程辛そうでもなく、湯気が出るほど体温も高くなどなさそうであった。なのに、急に今になって何故これほどまでに体温が高いのか。

 

 男性の赤く血走った目がライダーを睨んだ。その目は獲物を狩る捕食者の目。獰猛なその目こそ、ライダーに危機感を持たせた目だった。

 

 男性は膝を直角に曲げた。深く腰を落とし、拳を腰に付けるように脇を締め、力強く構える。ふぅっと、息を吐く。口から結露した白い小さな水滴が彼を包み込んだ。

 

 —————彼は一歩を踏み出した。

 

「ヤバイッ‼︎マスぅッ……!」

 

 次の言葉が出なかった。

 

 —————もうそこに男性がいない。

 

 ライダーはふと腹部に強烈な痛みが走った。ゆっくりと恐る恐る自らの腹を見てみる。そこには拳があり、拳は自分の腹にめり込んでいた。腹の中にある内臓を打ち砕かんとばかりの力で男性の拳がライダーに触れていた。

 

 その時、ライダーはあることに感じた。それは自分の周りを過ぎる時間の流れが異常に遅く感じたのである。男性の拳がさっきからずっと当たっているのに、一向に吹き飛ばされる気配がない。これで自分は死ぬのだと理解しているのに、時間が過ぎるのが妙に遅い。

 

(自分が死ぬ?)

 

 彼は今の状況を理解した。これはきっと死ぬ間際に時間が遅く感じるというやつなのだろう。サーヴァントと余裕をこいでいた自分が隙を与えてしまったがために、このようなことを招いてしまったのだ。

 

 彼は自分が情けなく思えた。雪方の望みを叶えると言っていたのに、何もできないではないかと。

 

 —————何もできないままでいいのだろうか?

 

弖筒(てづつ)ッ—————‼︎」

 

 男性は手の平をライダーにつけたまま腕を伸ばした。手は腹にめり込み、皮を破り、筋肉を断ち、臓を潰した。ライダーは口から血を吐き、吹っ飛んだ。

 

 —————だが、このライダーもまた特別な想いがある。

 

 ライダーは臓を潰されても、体勢を立て直そうとアスファルトの地面に足をつけた。ライダーは手で口から出た血を拭い、男性を睨みつけた。

 

「—————何もできないのは嫌なんだっ!」

 

 そう言うと、丸太のようなトンファーを地面に思いっきり強く叩きつけた。

 

「殺す、殺さないを考えていたら僕が負ける。だから、あなたを殺す気でいきます」

 

「そうかいそうかい。まぁ、かかってこい。全部殺ったるわ」

 

 ライダーは手を仰いだ。すると、雨水がまるで命を持つかのように動き出したのである。それは全てライダーの意思によって動く雨水。その雨水をライダーは全て男性に向けた。

 

 男性に向かって大きな水の塊が飛んでくる。しかし、男性は怖気付くことなく、さっきの構えをとった。腰を深く落とし、脇を締めた。

 

「弖筒—————‼︎」

 

 男性は右手を前へと力強く伸ばした。すると、その右手は空気を押し出したのだ。押し出された空気は強風となってその大きな水の塊を粉砕した。一段と雨が強くなった。

 

 だが、それだけで満足してはならない。

 

「私を、忘れないで……!」

 

 雪方である。雪方はスタンガンを手に持ち、獲物を狙った。スタンガンに溜めた魔力を放つ。

 

暴走電圧機(バースト)—————!」

 

 その青い稲妻は矛先に向かって突き進んだ。

 

 だが、その矛先は男性ではなかった。

 

「—————逃げろぉッ‼︎」

 

 男性は叫んだ。

 

 その矛先は女の子であった。キャスターである女の子さえ倒してしまえばいいのだ。男性を倒す必要などあまりない。

 

 女の子は雪方の攻撃に気付いた。しかし、もう一歩遅い。女の子は電柱の麓に腰を抜かして尻餅をついた。

 

 そして、その場にいる誰もが終わりだと思った。この電撃が女の子に当たって、雪方とライダーの勝利だと。

 

 でも、何の弾みか、たまに人には偶然というものが起こる。それは何であろうと、たまたま起こること。良きこと悪しきことを問わず、グッドタイミングな時、それを偶然と呼ぶ。

 

 —————そして、良き偶然は幸運となる。

 

 なんと、電柱に繋がれていた電線が切れたのである。きっとライダーと男性の闘いのせいで電線に綻びが生じたのだろう。と、言えば可能性はなくはないが、それでも電線がそれだけで切れるだろうか。いや、切れる可能性などゼロに近い。なのに、電線は切れたのである。

 

 その電線は丁度電撃が放たれた時に切れた。切れた電線は重力に従い下に落ちる。そして、電撃は女の子に向かって放たれる。

 

 それが偶然、幸運にも重なった。電撃が電線に当たり、電気は全て電線に流されてしまったのだ。

 

 驚きの事態にそこにいた四人は呆気に取られていた。だが、男性は一番に我に返り、女の子を抱えた。そして、雪方とライダーに背を向けたのである。

 

「逃げるんですか?」

 

「それが何か悪いかよ?」

 

「いや、別に。でも、追いますよ?」

 

「追えるんなら、追ってみろ。ただ、あんたのサーヴァントも相当やばいだろ?」

 

 雪方はライダーを見た。ライダーは腹を抱えながら、地に膝をつけている。血を吐いていて、どうもすぐに回復なんてことはできなさそう。これは休む時間がほしい。

 

「どうだ?ここは見逃すっていうのは」

 

「ええそうね。ここでライダーが死なれたら、いくらあなたたちを倒しても聖杯は掴めない。それならしょうがない」

 

 雪方もその二人に背を向けた。その二人は闇夜の中に紛れて消えた。それから、雪方はライダーの傷を癒すためにできる限りの治療を施し、五日後ライダーの傷は癒えた。その五日後の日はライダーが倒された日である。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「—————と、まぁ、こんな感じよ。キャスターとの闘いは」

 

「……う、うん」

 

「どうしたの?別に変なこと言ったつもりはないけれど……」

 

「いや、変なことを見っけたとかそういうのじゃなくてさ、その……、何?あれだよ、あれ。色々と驚いたっつーか、何つーか。ツッコミどころが多い的な?」

 

「それは十分私が変なことを言ってるっていう風に捉えていいのよね?」

 

 雪方が俺を睨んでくる。俺は何にも言えずに肩がぎゅっと狭くなったような気がした。

 

「ヨウでも口喧嘩で勝てない人、いるんですね」

 

「うるせぇ。それは言わんでよろしい」

 

 とにかく、今は雪方のお話を整理してみよう。いや、整理はしなくていいや。別に聞きたかったのはキャスターのことで、それ以外は特に無いしな。

 

 まぁ、でもツッコミどころは本当に色々あったけど。まぁ、まず、第一に言いたいことがある。

 

「キャスターのマスターの男の人さ、人格変わってね?」

 

「それ、私も思いました。何か、最初ばったり会った時と違いますよね。最初は謙虚なのに、体から湯気を吐き出してから性格がガラリと……」

 

「ごめん。私もそれはよく分からない。あの時ばったり出会しただけだし、それ以降会ってないから」

 

 どうしても突っ込まずにはいられない所がもう一つある。

 

「キャスターって何をした?」

 

 そう、キャスターなのである。雪方の話を聞く限り、キャスターは何か仕事をしただろうか。否、何もしていない。いきなり最初にぶっ飛んだ行動をして、それからの戦闘は全てマスターである男性にだけしか出てきてないし、魔術師のサーヴァントらしく魔術を行使する一面もない。そもそも、男性を守る時、何にもせずに殺されようとしていたし。

 

「何もしてないわよ。戦闘中はずっと端っこの方でオドオドと戦闘にビビってたわ」

 

 ビ、ビビってた?サーヴァントであるキャスターが戦闘にビビって、隅っこの方にずっといた?

 

「セイバー、良かったな。もしかしたら、お前よりも弱ェ奴かもしれねぇぞ。そのキャスター」

 

「本当ですか⁉︎あ〜、でも、私、一番じゃなくなるってことですよね?そしたら、私の存在意義がなくなる……」

 

 この子はどんなところに自分の存在意義を見出しているのだろうか。せめて、もっと優しいとか、料理が上手いとかそういう存在意義はないのだろうか。

 

「なぁ、一応だけど、詳しく教えてくれねぇか?キャスターとそのマスターの外見」

 

「外見?そうね……、マスターは背が若干高くて、細マッチョって体かしら。キャスターは背が小さくて可愛らしい姿。オレンジみたいな髪の毛で、腰ぐらいまで長かった。童顔で、中学一年生みたいな……」

 

「それって、二人の関係を知らない人から見ると、ただの誘拐じゃない?」

 

「あながち間違ってないわね。でも、キャスターがマスターを振り回しているって感じだった。結構、マスター苦労してそうだったし」

 

 うん、そのマスターの人は優男なんだろう。人格は変わったとしても、きっといい人なんだよ。

 

「なぁなぁ、じゃぁ、キャスターってマスターのことを『ソージ』って呼んでた?」

 

「そうね。多分、名前なんでしょうね。調べれば出てくるんじゃないの?その『ソージ』って人の名前ぐらい」

 

 俺はその雪方の話を聞いていて確信を持てた。やっぱり、キャスターは死んでなかったのだと。いや、正確に言えばキャスターが死んでいなかった確率が高い。

 

 雪方たちとキャスター陣営が鉢合わせになったのは、俺たちがアーチャーにキャスターは殺したと聞いた日の後らしい。なら、アーチャーの言っていたことは嘘で、聖杯がまだ七騎の魂で満ちていないということ。

 

 —————つまり、まだ聖杯は完成なんてしていないのだ。

 

 あれ?じゃぁ、何故グラムは七騎のサーヴァントの魂が集まったと言ったのだ?

 

 多分、それはアーチャーの嘘に騙されているのだ。理由は分からない。だけど、彼が嘘を吐いたという可能性は十分高い。

 

 俺はそのことを二人に話した。すると、二人は俺の言っていることを理解したようである。

 

「まだ聖杯は満ちていない—————?」

 

「そういうことじゃねぇか?まぁ、キャスターが生きていればだけど」

 

 だが、それをどうやって調べようか?キャスターの容姿や戦闘スタイルなどは分かっても、生きているのか生きていないのかは分かりやしない。

 

「じゃぁ、死亡届を調べに行けば?」

 

「死亡届って、役所に出す証明書みたいなやつだろ?」

 

「そう。それを頭下げて役所の人に見せてと頼めば許してくれるんじゃない?それに、もし死亡届がなくても、住民票を見ればいいんじゃない?名前は『ソウジ』って人みたいだし」

 

 それもそうである。役所で調べられれば、そういうことは簡単に調べられる。

 

 それで調べよう。

 

 俺は立ち上がった。厚い上着を着て、雪方の部屋から出ようとした。

 

「もう行っちゃうの?」

 

「ん?ああ、やることあんだよ。こっちも色々と」

 

 俺はセイバーにもうすぐ帰ると言った。すると、セイバーは目の前にある若干冷えたお茶を口に含み、俺の後を追った。

 

 階段を降りて、玄関で靴を履いていたら、雪方は見送るように玄関のところまで来た。

 

「別に来なくても良かったのに」

 

「鍵は誰が締めるの?」

 

「ああ、そうか。鍵か……」

 

 そういう正論を返してほしかった訳ではないのだが。

 

「じゃぁな。あっ、そうだ、最後に一つ聞きたいことあんだわ」

 

「聞きたいこと?」

 

「んだ。お前、聖杯が何処に現れるのかとか、どうすれば現れるのかって知ってるか?」

 

「……そう言えば、私、そこ知らない」

 

 ええ〜。お前もかよ。はぁ、ダメだこりゃ。

 

「ゴメン。私、基本的なこと知らなかった」

 

「いいや、いいよ。こうなりゃぁ、セイギにでも聞くからさ」

 

「そう言えばセイギも参戦してるんだっけ?」

 

「そう。アサシンのマスターだよ、あいつは」

 

 俺がそう言うと、彼女はぐっとスカートを握りしめた。悔しそうに、何処か怒りのある表情をしている。

 

「アサシン—————」

 

 アサシンという言葉に異常な執着があるようで、そこが少し気になった。だが、すぐに彼女は顔を戻し、笑った。

 

「頑張って」

 

 応援されているということが俺にとってすごく心強い。

 

「おう、頑張るわ」

 

 俺も雪方に笑顔を向けた。朗らかで濁りのない笑顔を。

 

 だが、その笑顔の横で、セイバーが薄暗い表情をひっそりと浮かべていたのに俺は気付かなかった—————




進む、進む、物語は進む。

人の想いはいつの日にか、がらりと変わっているでしょう。

なんの因果か、この時代にめぐり合わせた二人は何を想い、何を伝え、何をするのか。

想いは違えど、行き着く先は聖杯。

彼らの願いは何なのか。

自らのを、相手のを理解した時、聖杯は形として現れる。

なーんちって。

まぁ、本当のこと言えば、聖杯はもう◯◯◯。


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人であろうとする魔術師と優しい殺人鬼

はい!Gヘッドです!

今回はセイギとアサシンの好感度アップ回。


 家に帰ってきた。爺ちゃんはまだ道場で稽古でもしているのだろうか、家には人のいる気配がない。

 

 俺は帰ってすぐに自分の部屋に向わず、庭に置いてある倒壊した蔵の方に行った。俺は地下へと続く穴を通り、骨董品の倉庫へと移動する。

 

 骨董品の倉庫の中は相変わらずひんやりとした寒さだった。今は真冬でただでさえ寒いのに、土の中となるともっと寒い。湿気などの管理は大丈夫なのだろうかと思うが、案外そこは大丈夫みたいである。骨董品は必ず木箱に入れてあり、その木箱には入っている物の名前とお札が貼られている。このお札、木箱の中の温度や湿度を保つための魔術の道具だろう。これはきっと爺ちゃんの魔術だ。まぁ、直接見たことはないけど、月城の人だし魔術は使えるだろう。

 

 俺はその蔵の中にある木箱を片っ端から調べた。木箱に貼られている札を確認し、怪しいものがあったら中を開けて調べる。

 

「ヨウ、何をしているんですか?」

 

 セイバーは霊体化から実体化した。俺の顔の横から俺の手元を見ようとしてくる。

 

「ん?ああ、使えそうな武器とかねぇかなって今、探してんだよ。ほら、お前、鍛冶得意だろ?なら、使えそうな武器があれば使いたいって思ってたんだけど……」

 

「私が武器を鍛えると?」

 

「そういうこと。お前、セイバーなのに剣の扱いは下手くそだ。だけど、お前はどの英霊よりも秀でた才能があるじゃん」

 

 セイバーは鍛冶をすることができる数少ないサーヴァント。そもそも、サーヴァントとは英霊であり、その英霊、つまり英雄は武器を使ったりはするものの、その武器を自分で整備したりしない者が大半である。そういう英雄の影の立役者であるのは武器を鍛え上げる鍛冶職人であり、神代の時代の鍛冶職人ともなれば鍛え上げた代物は天下一品。セイバーはその神代の時代の鍛冶の技術を会得している。セイバーは剣は振るうことできなくとも、その剣を最大限、いやその限界を突き破るほどのものに鍛え直すことが可能。

 

 前回は鈴鹿の刀を鍛え直したが、実に素晴らしいものだった。ポッキリと折れていた剣を彼女は繋ぎ目が見えないほど綺麗に直したのだ。刀身は滑らかに凸凹やムラもなく、美しい光沢を輝かせていた。元通りと言うより、元よりもいい刀になっていたと思えるほどに。

 

「いや〜、私はそれほど上手く出来ませんよ。ここ一ヶ月ほど本格的に鍛冶仕事をしていませんし、腕は結構落ちていますよ。鈴鹿さんの顕明連を鍛えた時も、腕が落ちてはいることに内心ガッカリしたほどです。だから、あまり期待しないでください。あれは鈴鹿さんに時間がなかったとは言え、私はあれぐらいしか出来ません」

 

「いやいや、それだけでも出来るだけスゲーよ。そうそうそんな人間いないから」

 

「私はそんなにすごくなんかないです。本当に凄い人は一目見て、腰が抜けてしまいます。それほど緻密で繊細で……」

 

 セイバーは鍛冶のその何たるかを俺の隣で熱弁していたが、俺はその熱弁の九割方をさながら作業BGMのように聞き流していた。

 

「あっ、これとかどうだ?」

 

 俺は面白そうな木箱を見つけたため、その木箱に貼ってあった札を剥がして蓋を開けた。中には美しい刀が保管されていた。高い鎬筋に、金属の光沢が宿り、頭上のランプの光を反射している。艶やかな表面、滑らかな反り、片面にくっきりと浮かぶ刃紋。

 

「セイバー、これだこれ。脇差だな、この長さだと。これ、今でも全然使えそうだけどな」

 

 俺はそう言って彼女にその箱の中にある刀を勧めた。その刀なら戦闘に使えるかもしれない。

 

 だが、セイバーはその刀を見るなり、ゾッとした表情を浮かべた。急に青ざめてこう言った。

 

「その刀、あんまいい刀じゃないですよ。なんか、こう、負のオーラというものがその刀から漂っています。それは触ったらやばいやつです」

 

 そう言われた俺はその刀の銘を見てみた。

 

「あっ、これ、村正じゃねーか。妖刀だぞ、妖刀。ヤベェヤベェ」

 

 セイバーの言っている意味がわかるとすぐさま箱を閉めた。これは見てはいけないものを見てしまったような気がする。

 

「……まぁ、次だ。次。なんか他のねーの?」

 

 俺とセイバーはまた新しく使えそうな武器を探し出した。が、どうも使えそうな武器はありそうにないのだ。

 

「……なんか、いい武器、ありませんね」

 

「そうだな。こうなったら、もう諦めるか」

 

「えええっ⁉︎諦めちゃうんですか?」

 

「いや、だってもうここには良い武器ありそうにないし」

 

「そしたら、武器はどうするんですか?また私の宝具ですか?」

 

「いいや、それはない。ただお前にはどうせ鍛冶仕事はしてもらう」

 

「でも、どの刀剣を鍛えればいいんですか?」

 

「それか?それは俺の部屋に置いてある」

 

 俺たちは部屋に向かった。地下から地上に出て、家の中に上がって、階段を上り部屋に行く。部屋に着いた俺たちは部屋の押入れの中のものを取り出した。

 

「こ、これはッ—————⁉︎」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 北東にちょこんと置いてある小さな山、赤日山。その赤日山には以前燃えた小屋がある。その小屋は伊場理道(りどう)、セイギの叔父が建てた小屋だった。その小屋は見た目何の変哲もない小屋だが、その小屋にはある秘密がある。それは、その小屋自体がただの入り口でしかないことである。

 

 赤日山は市が管理する土地だが、市は急速に人口がの数が増えてきた市街部の整備で手一杯でこのような土地に手が回っていない。そこを利用し、理道はこの赤日山の地下に迷路を張り巡らせた。

 

 午後十一時四十五分。その迷路の最深部、魔術師復興を目指した理道の全ての知識が溜め込まれている部屋に一人の少年が訪れた。セイギである。セイギは腰ぐらいの高さまでしかない小さな本棚の上を指で擦った。指には若干の埃が付着した。

 

「なんだかんだあって、ここにはあまり来れなかったな—————」

 

 彼はそう呟くと本棚から数冊の本を選び、中央に置いてあるテーブルに縦に重ねた。すると、セイギの隣にアサシンは現れ、その本を眺めた。

 

「何これ?エロ本?」

 

「あはは、違うよ。確かにここにエロ本を隠せばバレることはないだろうけど、流石にここにそんなものを隠さないさ」

 

 彼は椅子に座って部屋を眺めた。

 

「—————だって、ここは僕の魔術工房だから。ここは、叔父さんが残してくれたものだし、僕が魔術師として大成して、叔父さんの夢を叶えてあげないと。だから、ここだけは魔術一色だよ」

 

 アサシンは濁りのない少年の瞳に心酔するように艶やかな白い肌を少し赤らめた。

 

「ふふ、何も変わってないわね。初めて出会った時から、あなたはずっとその夢を持っている。輝かしい。華やかで、私には到底無理だけど」

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ。まぁ、そういうアサシンは自分の望みを僕に教えてくれないね。強制じゃないけど、聞きたいな」

 

「—————嫌よ、言いたくないわ。恥ずかしいもの」

 

 簡単に体を金へと変えそうな彼女でも恥ずかしいことはある。自分の望みなど、彼女でもそう簡単に人に教えたくないのだ。

 

 セイギはテーブルの上に重ねられた本を開いた。彼が開いた本は魔法陣の図が手書きで書いてあり、詠唱の文字も全て手書きだった。

 

「まさか、この魔法陣と詠唱だけで召還できるだなんてね。あの時はちょっと疑ってたからな。この本」

 

「ああ、セイギ、その本を見ながら召還したのが私だものね」

 

 彼は頷いた。そして、頭の中でいつの日か彼女が自分の目の前に初めて現れた時を思い出していた。

 

「そうだね。アサシンとの出会いはあそこからだもんね—————」

 

 セイギとアサシンの出会いは聖杯戦争が始まる二日前のことだった。ここの工房で彼女が召還された。大量の暗器と、セイギの抱く魔術師としての大成の夢、つまり膨大な知識を得るという知識欲の二つが触媒となってアサシンはここに現界した。セイギはある理由により、どうしてもアサシンというクラスのサーヴァントを召還したかった。いや、そうでなくてはならなかった。そのクラス以外で勝ち上がっても良かったのだが、彼はアサシンのクラスのサーヴァントを召還して聖杯戦争で勝利しなければ意味がないと思い、アサシンを召還することにした。

 

 だから、アサシンが何の英霊であるか、つまり真名は召還されるまでセイギには分からなかった。セイギはアサシンのサーヴァントであればどんな英霊だろうと別に良いと考えていた。どうせ選んで、その結果反りが合わないというよりかは、聖杯に自分と気の合うサーヴァントの方が良いと思ったのだ。そして召還されたのが、自らを屍や娼婦などと揶揄する彼女だった。

 

「あの時の僕はヨウや雪ちゃんがマスターだなんて思ってもいなかった。だから、アサシンらしくマスターを殺させて、手っ取り早く聖杯戦争を終わらせるつもりだったけど……」

 

「出来なくなっちゃったのね」

 

「あはは、まぁ、そうだね。出来なくなっちゃった。知らない時は、人殺しだって厭わないし、聖杯に魔術の根源への到達だけを願っていた。だけど、今は変わっちゃったからさ。ヨウは守りたい者ができて変わったかもしれないけど、僕だって変わったさ」

 

 セイギは本を閉じた。

 

「—————人を殺すのが怖い。友達を殺そうと考えていたあの時の自分が少しだけ怖い。そんな自分に染め上げた魔術が怖い。あれだけ好きだった魔術が恐ろしく思えてきたんだ」

 

 セイギの言葉は心の底から出た言葉だった。その心の言葉を聞いたアサシンは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それでいいのよ。あなたは、それでいいの。人を殺すなんてあなたみたいな人がやっちゃいけない。それは倫理とか人徳とか理性とかそういうことじゃなくて、私の経験則からだけど。人を殺す感覚なんて、あなたが知るべきじゃない。人を殺した快感なんて、あなたが知っていいことじゃない。人を殺したことの後悔をあなたに感じてほしくない。人を殺すからこそ命の尊さに気づくけれど、その命の尊さは時に知らない方が良いとも思えるの—————」

 

 彼女は彼に近づいた。

 

「—————命を軽んじて人を殺し、命を重んじて自らを殺す。そんな人生、あなたには送って惜しくない。命は矛盾、だからこそ美しいのかもしれないのだけれど、その矛盾の地獄に囚われてほしくないわ。私みたいに」

 

 彼女は彼の顎をクイッと持ち上げ、彼の視線を天井に向けた。斜めった彼の視線に彼女は入り込む。彼の唇と彼女の唇を重ね合わせた。赤い果実のような唇が彼の唇をこじ開けて舌を入る。まさに遮二無二で、でも何処か優しく穏やかな唾液の交換。唇と唇、舌と舌がまぐわい、歯茎を舐め回す。二人の感覚が段々と遠のいて行き、互いの境界線が乱れ、やがて一つとなっていった。

 

 アサシンはセイギの唾液を飲んだ。口の中の分泌液を綺麗に舐め取り、彼の口の中を吸う。セイギの魔力が手足の先から口に向かい移動し、その魔力はアサシンの口の中へと入った。魔力を吸ったアサシンの肌はより一層白く艶めかしい色となり、それでも血色の良いという矛盾のような美しさがアサシンに宿った。

 

 アサシンはゆっくりと唇をセイギの唇から話した。互いの交わった唾液が糸となって二人が離れるのを引き止めるが、その糸は切れて下へと落ちた。

 

 セイギは力を失ったようにぐったりと椅子にもたれる。眠そうに目を擦りながら、突然の接吻に驚きを見せながらも、若干の笑みも見せた。

 

「あはは……、突然過ぎだよ……。毎度毎度やっても、これは慣れないな」

 

「ごめんなさい。悪気はないの。でも、私、こんな身体だから、こうしないと……」

 

「大丈夫。わかってる。分かってるつもりだから。怒ってないよ。アサシンはアサシンらしくやっているだけなんだ。何も自分を咎めなくてもいいよ。僕は君を咎めるつもりなんてないよ」

 

 セイギは欠伸をかくと、テーブルに寝そべった。だるそうな姿をし、虚ろな目をアサシンに向ける。

 

「アサシンの過去の業はちょっと特殊なだけだから。他のサーヴァントよりも、特殊で、だから自分が悪いと思ってる。だけど、そんな必要なんてないさ。僕は他のみんなみたいに悲しい過去とかはあんまりないし、恵まれた者だから気持ちに同情なんてしないけど、それでも悩んでいる人の側にいることができるとは思ってる。それが、僕みたいな者にできる唯一のことだからね」

 

「それは、私も含まれているの?」

 

「もちろん。ヨウもセイバーも、アサシンも。それが僕なりのやり方だし、それが人ってものでしょ?魔術師である前に僕は人だから。だから、寄り添ってあげる。理由なんて後付けでもいいから、とにかく僕はそうしたい。例えアサシンが殺人鬼であろうとも、その運命に翻弄されようとも、僕が助けない理由にはならないよ」

 

「でも、私、人じゃないけど……」

 

「大丈夫。人じゃなくとも、君は一番人らしく生きようとしている。人じゃなくとも、そんな身体でも、僕の目の前にあるその心は嘘じゃない……。そうでしょ?」

 

 アサシンは顔が温かくなった。単純に、そう言ってもらえたことが嬉しかった。嘘偽りのないセイギの言葉は未だ経験したことのない言葉。その言葉に救われた。

 

「ありがとう。セイギ。そんなあなたのこと、私は好きよ—————」

 

 セイギも笑った。照れ隠しのように嬉しさを押し殺そうとしていたが、その嬉しさを押し殺すこと出来ず、火照っている。

 

「ねぇ、アサシン。もう、眠くなっちゃったからさ、寝てもいいかな。二時間後に起こしてくれない?」

 

「ええ、分かった。ゆっくり休んで頂戴」

 

 アサシンがそう言ってすぐにセイギは目を閉じ、ピクリとも動かなくなった。深い眠りについたセイギの顔をアサシンは軽く撫でる。アサシンの顔は暗殺者とは思えぬほど、柔らかい笑みをしていた。

 

 だが—————、

 

「で、私たちのイチャイチャラブラブ行為を見ていたのは誰かしら?」

 

 アサシンはギョロリと部屋の隅に視線を移した。その時にはもうさっきまでの顔ではなく、確実に獲物を仕留める暗殺者、乃至殺人鬼の目。

 

 部屋の隅の本棚を軽々と移動すると、そこには一匹の蜘蛛がいた。一匹の蜘蛛はアサシンに目をつけられると、一目散に逃げようと壁を駆け上る。だが、所詮蜘蛛。小さき命は例えしぶとい命であろうとも、アサシンの鎌に捕まえられたら無惨に命散る。

 

 蜘蛛の腹をアサシンの鎌が突き刺さり、蜘蛛は即動かなくなった。アサシンはその蜘蛛に残る微妙な魔力を鎌から吸い取り、吟味する。

 

「あら、澄んだ魔力。美味しい。これはきっと、高位の魔術師の使い魔ね。セイギが起きたら教えてあげましょう。私たちのイチャイチャが見られていたって」

 

 アサシンはまたセイギを見た。小さな鼻息を立てて寝ているマスターを横に彼女は一つの命を狩った。それが人でなくとも、命であることに変わりはなく、それが少しだけ罪深く感じた。

 

「やっぱり、私のこの手は命を奪うことを欲している。この世は実に皮肉で不条理。あなたに会えたことが嬉しくて、こんな身体なのが悲しくて。心が温度差で崩壊してしまいそうだわ—————」




はい。セイギとアサシン。今まであんまり語られてなかったですが、こう見てみると彼らにも何かわけがありそうですね。

このルートはメインヒロインであるセイバーとアーチャー、鈴鹿の他にも語られる対象の人物が何人かいます。

まぁ、大体分かってると思いますが、予想してみてください。全問正解だった人には何にも景品などございませんが……。


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安全な一日を過ごせるような気がする

※ 今回の題名は別にフラグを立てているわけではございません。


 朝、俺はベッドの上で目を覚ました。起き上がり、部屋を見回した。だが、そこにセイバーの姿はない。

 

 どうやらまだ鍛冶場にいるみたいだ。

 

 俺は着替えて、家を出た。向かうはセイバーがいるであろう鍛冶場。どうやらまだ昨日頼んだ武器の鍛冶の最中のようだが、とにかく出来がどんな感じなのか見に行く。

 

 鍛冶場に着いた俺はドアをガラガラとスライドさせた。鍛冶場からは金属が打たれる音は聞こえず、どうかしたのだろうかと思った。

 

「セイバー?いるか?」

 

 俺はそう鍛冶場に向かって声をかけたが、セイバーからの応答はない。怪しいと思い、そおーっと中に入った。

 

「セイバー?どこだぁ?」

 

 小さな声で彼女を呼びかけたものの、やはり応答がない。もしかしたらの最悪の事態も考え、俺は彼女がいるであろう窯に視線を移すとそこには……。

 

「ぐがぁぁぁ……、ぐぅぅぅ……」

 

 セイバーが窯の前でいびきをかいて寝ていた。気持ち良さそうに涎を垂らしながら、首をこくこくと動かしている。俺はそんなセイバーを見て、ふとイラっときた。武器を鍛え上げるという俺の頼みを彼女は承諾したはずなのに、その彼女はここで呑気に寝ているのである。いい夢を見ている彼女の肩を揺すった。

 

「おい、セイバー。起きろ」

 

「ふえぇー、眠い……」

 

「いや、眠いのかじゃなくてだな……」

 

「ムフフフ……」

 

 ダメだ。セイバーは相当な熟睡である。彼女が今ダイブしている夢の中はどのようなものなのかは知らないが、結構幸せな夢なのだろう。

 

「……ハァ」

 

 深いため息を吐くしかなかった。

 

 一昨日、彼女は大きなショックを受けて、彼女はとても辛いはず。だが、今この瞬間は夢の中で楽しい夢を見ているのだ。

 

 せめて、彼女に夢だけでもいいものを見せてあげようと思った。このため息は、俺が頼んだ依頼が今日中には終わらなさそうだという点においてだった。

 

 彼女が一番辛いはずなのに、昨日俺は迷惑をかけた。それは紛れもない事実だし、それを否定する気はない。ただ、だけれど俺はその迷惑をかけたということを恥じている。あの時の俺はどうかしていたし、そんな俺に傷心しきっているはずのセイバーが諭してくれたことは絶対に忘れない。ある意味で屈辱と言えば屈辱なのかもしれない。

 

 疲れることばかりが彼女に起きている。だから、せめてぐっすりと自由に体を休めてほしいものである。

 

「おい、セイバー。こんなところで寝てたら風邪引くぞ。寝ていいから、家で寝ろ」

 

 季節は冬。冬の冷たい空気がこの鍛冶場にも漂っているため、サーヴァントであろうと風邪を引いてしまうかもしれない。

 

 しょうがない。こうなったら、強引にでも部屋に連れて行く。

 

 俺はセイバーの肩と膝を両腕にかけた。俗に言うお姫様抱っこというやつである。

 

 うむ、意外とセイバー、重いな。セイバーは女の子の割には筋肉があり、肉付きが良い。スポーツ女子みたいな体なだけに、思ったよりも重かった。

 

 俺はセイバーをお姫様抱っこして、鍛冶場から出て行こうとした時、ふとあるものに気付いた。それは部屋の脇に置いてあった刀や剣。これはセイバーが鍛え終わったものだろう。多分、セイバーはあとちょっとのところで寝落ちしてしまったのだと推測した。

 

 まぁ、別に今日は戦闘をしようという予定はないし、今日中にというわけではない。

 

 彼女を抱えたまま、約百メートルほど歩いて家に着いた。早朝だったので、特に人に会うことなくここまで来れたため、怪しまれることもなかった。俺は自分の部屋まで移動し、ベッドの上に彼女を寝かせた。

 

 昨日の俺と全く似たようなシチュエーション。違うことと言えば、昨日よりも俺の心が晴れていることである。晴れ晴れしたところで彼女の顔になんら変わりはないが、彼女の顔を見て俺の中に残る無念の思いは消えずとも以前よりかはその念が辛くトゲトゲとしたものではなくなった。

 

「さて、どうしたもんかなぁ〜」

 

 今日は市役所に行こうと考えていた。雪方に言われた通り、キャスターのマスター『ソージ』という人が死んでいるのかいないのかを確認するためである。これはあくまでソージという人がこの市に住んでいるという条件付きだし、そもそも死亡届を赤の他人である俺が見るのは個人情報とかの面からして、見せてはくれないだろうと思っている。だが、それでももしもの可能性がある。キャスターのマスターの死亡届が出ておらず、かつ住民票に載っているのならば、まだ死んでないと考えることもできる。

 

 なんせ、キャスターは死んだと流布したのはアーチャーであるため、嘘だと考えても仕方がない。

 

 グラムがアーチャーを倒した時、グラムはキャスターが死んでいると数えたのであろう。つまり、グラムはキャスターが死んでいると考えているし、そもそもその話が嘘であるという可能性に気づいていないのだろう。

 

 アーチャーは嘘つきだと知っていても、やはりうっかりと見落としてしまうところがあるものだ。

 

 ともかく、キャスターが死んでいないと分かれば、聖杯はまだ満ち足りておらず、聖杯戦争が終わることもない。

 

 あと一つ、あと一つの魂が聖杯の器に注がれれば聖杯は満ち、手にした者が願いを叶えられる。

 

 つまり、もうすぐ聖杯戦争は終わるということを意味する。この殺し合いから生還できるのだと思うと、踊りたくなるほど嬉しい。

 

 でも—————

 

 俺はセイバーを見た。寝ている。何度見ただろうか、彼女のこの無防備なその姿を。

 

 その姿があと数えるほどしか見ることができない。そう考えると、妙に胸が苦しくなってくるのだ。こんな危ないこともしなくて済むし、命がなくなることもない。今まで通り、平和なアスファルトの道を歩くだけなのに。

 

 前までなら、この状況は凄く喜ばしいことだっただろう。なのに、今の俺は、この状況が少しだけ心細いと思えるのは何故だろうか。

 

 今、目の前の彩られた世界が、またあのモノクロの世界のようになってしまうのではと考えると、憂鬱してしまう。だが、それは避けられぬ運命で、一種の諦めが混じっていた。

 

 だが、俺は基本的にどうしようもできないようなことは、しょうがないの一言で済ませてしまう。そして、また今度もしょうがないという一言で済ませた。例え諦めきれないようなものだとしても、そこで諦めなければ俺はずっとその地点に立ち止まったままである。人生の道を行くのだから、そこで立ち止まってはならない。

 

 時に諦めるということも必要なのだと、自分の心に何故か言い聞かせていた自分がここにいる。

 

 それから少しして、セイバーを起こした。大体二時間ほど彼女を寝かしていた。彼女は起き上がると、寝る前の光景と全然違うことに声を出して驚いていた。

 

「あれっ⁉︎私、鍛冶場にいたんじゃ……?」

 

「いや、ウトウトしてたからここまで連れてきた」

 

「寝てました?」

 

「まぁ、寝てたな。何時から寝ていたのか知らないけど、俺が鍛冶場に行った時には座りながら寝てたぞ」

 

 俺は彼女に手を差し伸べた。

 

「ほれ—————」

 

「……え?どうしたんですか、ヨウ?」

 

「は?何がだよ」

 

「えっ⁉︎ああ……いや、その……、何でもないです」

 

 彼女は俺の手を掴んでベッドから降りた。彼女はベッドから降りるとき、執拗に足元を確認していた。足の裏を確認し、何もないと知ると首を傾げた。

 

「……うん?」

 

 彼女はじっと俺を見つめる。真剣に細部まで視認し、また首を傾げた。

 

「いや、セイバー。お前どうした?」

 

「いやぁ……、別に何でもないですよ」

 

 彼女はそう言うものの、実によそよそしい。何か今日のセイバー、ちょっと変じゃないか?

 

 ともかく俺はセイバーを連れて階段を下り、食卓へと向かった。テーブルの上には俺が今さっき作った朝食が置いてある。俺は椅子に座って箸で朝食を食べ始めた。ご飯にお味噌汁、夕食の残りのしゃぶしゃぶのお肉を乗せたサラダ。冷蔵庫の中にあった余り物を多く使っている朝食。これぐらいしかなかったのだから、まぁしょうがないだろう。

 

 ご飯にふりかけをかけた。パラパラとした黄色い粉のような粒のようなものがご飯の上に乗った。そのご飯を箸で口に運んだ。

 

 うん、美味しい。淡白は味のご飯、微妙な粘り気は多分ご飯単品ではあまり美味しくいただけない。だが、ご飯の最大のお供、ふりかけはご飯の存在意義を遥かにあげる。やはり、ふりかけは裏切らない。

 

 俺はふりかけの凄さに感心していた。その感心をセイバーにもわかってほしいと思い、彼女の方を向いたら、彼女はテーブルの前で突っ立っている。

 

「どうした?何で突っ立ってるんだよ。さっさと座れ」

 

 俺は向かいの椅子を指差した。その椅子の前にはご飯と味噌汁、そしてふりかけが置いてある。

 

「いや、私はいいですよ。私、サーヴァントですし……」

 

「は?いいからさっさと食え。お前のために装ったんだから、食えよ」

 

 俺がそう言うと、またもや彼女は驚く。まるで地球の終焉が近づいてきたかのように、若干絶望に近い驚きだった。

 

「嘘ッ⁉︎ヨ、ヨウが……、わ、わた、私のために朝食を用意したッ!」

 

 これ以上ないほどの貶されだと捉えて良いのだろうか。物凄く殴りたい。俺の拳が疼いた。

 

「ヨウ、やっぱりおかしい!いや、確かに元々おかしかったけど、何か今日のヨウは色々とおかしい!ヨウがヨウじゃないみたいで……」

 

「……まぁ、そういう時もあるもんだ。ほれ、食え」

 

 何となくその話だけはしたくなかったので、するりと交わして、飯の話に誘導した。セイバーの脳は単純で、いわゆる馬鹿なので、そんな俺の考えに気付かず箸に手をつけた。

 

「おい、セイバー。お前、箸、上手く使えないだろ?ほれ、スプーン」

 

「えっ?ちょっと、これはどういうことですか?ヨウが自ら私のことを思ってスプーンを取ると?今日は雪でも降るんですか?」

 

 大丈夫、馬鹿にされていることくらいこの俺でもわかるけど、そこは敢えて見て見ぬ振りをしてあげる。

 

 セイバーのふりかけは山菜味。セイバーは白くふっくらとしたご飯に緑色の粉をかけた。俺はそんな彼女の様をじっと見つめている。

 

「……その、何ですか、ヨウ?私、何かまた変なことでもしましたか?」

 

「いや、別に」

 

「じゃぁ……その……、何で私をそんなに見つめるのですか?」

 

 恥ずかしそうにそう言う彼女を見て、思わず笑みが溢れそうになったが、腹筋にぐっと力を入れて笑いを堪えた。

 

「そ、それは……、お前のことが……」

 

「えっ?ちょ、そ、そういうのは、は、早いです!気、気が早いですよ!こ……心の準備というものがっ!」

 

「おうおう、そうか。なら、さっさと食え。飯が冷めるだろ」

 

「んなっ⁉︎そ、そういうことを言いたいのならそう言えばいいじゃないですか!思わず、てっきりそういう流れなのかと……」

 

「は?なわけねぇじゃん」

 

「ですよねー」

 

 変なことを期待していたことを恥ずかしく思い、さらに赤面する彼女。俺はそんな彼女の一挙手一投足をじっと目をそらさずに見ている。彼女は俺のその不審な行動に目を配りながらも、茶碗を持った。茶碗にスプーンを差し込み、ご飯を持ち上げ口に運ぶ。

 

「むふぅ〜、美味しいです。やっぱり食の進化は素晴らしいですね」

 

 彼女はそう俺に言うが、俺が望んでいるのはそういうことではない。不機嫌な顔になりながらも彼女の食べ進む姿を見ていた。

 

「私の顔に何か付いてたりするんですか?」

 

「いや、そういうことじゃねーよ。待ってるだけだ」

 

「待ってる?何をですか?」

 

「そのうち分かる。それより、ちゃんと()()食えよ」

 

 彼女に全て食べることを促す。良く言えば純粋で、悪く言えば馬鹿な彼女は特に疑うことなく返事をした。

 

 そして、時が来た。彼女はスプーンでご飯を掬い、口へと運ぶ。当然、何の疑いもなく。

 

「んむっ⁉︎なぁッ、なぁッ‼︎こ、これはぁぁぁッ—————‼︎」

 

 口に白いご飯を入れた彼女はいきなり俺の目の前で悶絶し出した。涙目になりながら、大声を出して辛さを体全体で表現する。俺はその姿を見たかったのであって、その姿があまりにも面白すぎて高笑いをした。腹がよじれると思うほどに。

 

「な、何を笑ってるんですかぁっ⁉︎は、鼻が、ツンツンしますぅ!」

 

 実は彼女が起きる前に、事前に彼女のご飯の一部分のところにワサビを仕込ませておいた。そして、そのワサビがバレないようにするため、山菜のふりかけをかけて、その上箸でご飯をぐちゃぐちゃにされるとバレてしまうのでスプーンを渡した。すぐにこういうことに引っかかる彼女になら、これぐらいしておけばドッキリなんて簡単である。

 

「ワサビッ⁉︎ワサビを入れたんですかッ⁉︎げ、外道!最低!ちょっとでも、ヨウに期待した私が馬鹿でしたっ!」

 

 そんなこんなで、今日も一日が始まる。

 

「ヨシっ。今日も安全に過ごせそうな気がする」

 

「ゲン担ぎに私を弄らないで下さいッ!」




まぁ、この頃、若干シリアス続きだったので、今回は緩い回でした。

さぁ、次回はヨウとセイバーが市役所に行きます。昼間の市役所、そこには新たな魔術師の匂いが……。


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キャスターのマスターの所在を探しに

はい!Gヘッドです!

いやぁ、聖杯戦争、まだまだ終わってないかもしれないだなんて……。

まぁ、物語がこんな中途半端に終わるわけもないんですけど……。


 ペダルを漕ぐ。自転車のチェーンが回り、小刻みに身体が揺れる。空気の中を突き抜けるように進んでいた。季節は冬、冷たい風が俺の耳や手先を悴ませ、目は乾燥してくる。

 

「ヨウ、あとどれくらいですか?」

 

「ん?もうすぐだよ」

 

 自転車を漕ぐこと三十分ほど。俺たちが向かう所は市役所である。セイバーは霊体化した状態で、俺の背後にいる。

 

 市役所が見えてきた。この織丘市で一番高い建物で、近年人口が増加傾向にある織丘市の中心の一つとも言える場所。モダンでオシャレな外装は多くの市民からの自慢でもあるらしいが、特に俺はそんなことに興味などない。ちゃんと市役所として機能していて、外装が相当荒んだものでなければ何でも良いというのが率直な意見。

 

 まぁ、市役所に行くような用事など人生の中でそう数多くはないし、俺もここに来るのは二回目ほどである。

 

 自転車を道のそこら辺の道端に置いて、市役所へと入った。市役所の一階は誰かさんの銅像や、絵画が飾られていた。俺は一階の柱に貼られている見取り図を見た。

 

「え〜っと、市民課は〜」

 

 図を指でなぞる。一階から順に辿り、市民課の階を把握する。そして、指先が場所を捉えた。市民課は七階にあるようである。俺はエレベーターに乗り、七階に行くボタンを押した。

 

 七階に着いた。目の前には受付があり、何人かがその受付の前で書類を描いたり手続きをさせたりと苦労している。その受付の奥では多くの人がパソコンを目の前にして黙々と仕事をしている。自らの肩を揉みながら、苦労が抜けていない顔を天井に向けるも、またすぐにパソコンの画面とにらめっこ。

 

 俺は受付の前に立った。ちなみに、目の前の受付の人はチョー美人な女の人。もちろん、下心でその受付のところに行きました。

 

 単刀直入、堂々と俺はお願いをした。

 

「死亡届、見せてくれませんか?」

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「はぁ〜」

 

 深いため息を吐いた。頭を抱え、どうにもならない現状にため息を吐くぐらいしか、今の俺に出来そうなことはない。

 

 やはりダメであった。薄々感づいてはいたものの、俺みたいな特に話せる理由もない一般庶民が個人情報を知ることは出来ないようである。いや、理由がないというより、その理由を理解してもらえないだろう。だって、聖杯戦争の参加者かもしれないからとか、魔術を使う者かもしれないからとかいう理由を言ったところで、受付の人は魔術師じゃないだろうし、そもそも秘匿を義務とする魔術師にとってはこんな所でそんなことを言われたら堪ったもんじゃないはず。そこは剛に入れば郷に従えで俺もそこは秘匿とする。

 

 まぁ、この聖杯戦争、案外色々とあり過ぎて、もしかしたらあの受付のお姉さんが魔術師なんてこともあり得なくはないが、確率で言えばこの市の住民分の二ぐらいの確率である。

 

「参ったなぁ。これじゃぁ、確認なんて取れねーし。あのソージって人が生きてんのか死んでんのか分かんねーし」

 

 打つ手なし、八方塞がり。どうにも俺が出来そうな手段は見つからないし、ここで諦めるしか方法はない。この市内を全て遍く練り歩くという方法も無くはないが、流石にそれはしたくない。翌日には俺の足が棒になるどころか、岩となる。全くもって動かなくなってしまうなんて、そんなんは絶対にしたくないし、そもそも一週間かけても見つかるのか不安である。

 

 無駄なことはしたくない。というか、なるべく楽チンな方法(クール)に行きたいものだ。

 

 が、そこで俺の考えは矛盾した。

 

 諦めるという方法はそもそもクールか?確かに足が棒、乃至岩になることはないが、それがクールと呼べるだろうか。

 

 う〜む、難しいものだ。今回の選択はクールか、楽か。どちらも俺の信条の第一にくる言葉だしどちらも優先させたいが、欲張りはできない。

 

「……よし、帰るぞ」

 

 うん、面倒くさいのは嫌だ。疲れたくないし、その上絶対に見つかるというわけでもない。そんなロシアンルーレットみたいなのはしたくない。

 

「良いんですか?」

 

「まぁ、良いよ。諦めた。あとはセイギにこの事を話しておけば何とかなるだろ」

 

「他人任せですね……」

 

「しょーがないだろ。俺ってばそういう男だから」

 

 もうここにいる必要はない。セイギとは夜会う約束であるため、家に帰ってゆっくりとしていよう。市役所の出入り口まで突っ切って歩く。

 

 その時だった。

 

「ヨウ?」

 

 誰かが俺の名前を呼んだ。その声の主の方を振り向くと、そこにいたのはセイギだった。

 

「セイギ?何でここにいるんだ?」

 

「それはこっちの台詞だよ。ヨウこそ、何でここにいるんだい?」

 

「ん?ああ、それはな……」

 

 俺は周りをキョロキョロと見回し近くに人がいないことを確認すると、セイギの耳元に口を近づけて、小声で彼にこう話した。

 

「ここだけの話だけど、実はキャスター、生き残ってるかもしれないんだよ」

 

 それを聞いたセイギは特に表情変えず、平然とこう答えた。

 

「ふ〜ん。何だ、そんなことか。気付いたんだ、スゴイね」

 

 どうやらヨウは知っていたようである。俺はため息を吐いた。とんだ無駄足だったらしい。

 

「なんだぁ〜。知ってんのかよ」

 

「僕が知らないわけないじゃん。キャスターが死んでないって……」

 

「世紀の大発見かと思ったんだけどなぁ〜」

 

「それぐらいじゃ、ダメだよ。キャスターが生きているって事ぐらいで……」

 

 だが、段々と彼の顔は青ざめてきた。

 

「え?キャスターが生き残ってる?」

 

「あ?いや、だからそうだって」

 

「ふ〜ん……、そっかぁ、キャスターがぁ……。って、えええええええええええええェェェェッ‼︎キャスターが生き残ってるッ⁉︎」

 

 あっ、こいつ知らなかったな。

 

 目玉が飛び出るほど驚いているセイギの姿を見て、やはり俺の発見は世紀の大発見だったんだなと確信した。

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっとどういうこと⁉︎キャスターは死んだんじゃなかったの⁉︎」

 

「確かにそうだった。だけど、もしかしたら、あれは思い込みかもしれないんだ。あの噂を流布したのは誰だ?」

 

「誰って?それは……、アーチャー?」

 

 セイギの頭の上にある電球がピカリと光った。セイギはどうやら、俺の言いたいことに気付いたらしく、真剣な表情をした。

 

「キャスターのマスターは?分かってるの?」

 

「ん?ああ、名前と容姿は分かってる。それで、キャスターが生きている証拠にと、市役所で死亡届とか住民票を見せてもらおうと来たんだけど、無理だったわ。個人情報だから、正当な理由無しじゃ見せられないって言われた」

 

 魔術師としての道を歩むセイギは今回のことを完全に理解した。

 

「つまり、キャスターの情報を手に入れたいんだけど、その情報入手の方法がないと?」

 

「そういうこと。で、困ったなぁ〜って思ってたらお前に会った」

 

 彼は頷くと、考える人の像のように腕を組んで頭の中であらゆる方法を練る。だが、やはり彼にも限度はあるようで、深いため息を吐いた。

 

「ダメだ。僕もその件に関してどうしたら良いのかが、全く分からない。その件は結構重要だし、僕も参加して調べたいのは山々だけど、力になれそうにない。ゴメンね」

 

「ああ、いや、しょうがない。ちくしょう、アーチャーめ。こういう時のために、せめてヒントぐらい残してくれたら……」

 

 そう声に出したら、霊体化中のセイバーがテレパシーで俺に文句をつけた。

 

「ヨウ、私のお父さんを侮辱しないでください」

 

「いや、何、娘面してんだよ。つい数日前までは赤の他人だったくせに」

 

 俺とセイバーがテレパシーで喧嘩をしていると、セイギがあることを閃いた。

 

「アーチャー……?そうか、そうかそうか。そうだね、あの人に聞けばいいじゃないか。丁度いい、僕もあの人に会いに来たんだよ」

 

「あの人?誰だ、そりゃぁ」

 

 俺はそう聞いたが、彼はニンマリと笑ったまま俺の質問に答えようとしなかった。ただ、セイギは手招きで一緒に来いと合図している。つまりは自分で確かめろということなのだろう。そんな風に誘われたのなら行かないわけがない。キャスターが生きているかどうかの真相が掴めるのだから。

 

 俺はセイギの後について行った。セイギは人の目の付かぬような場所で、アサシンの力を使った。アサシンの力である、魔力の吸収、備蓄、そして放流。それを使いこなし、俺とセイギはアサシンの気配遮断のスキルを一時的に得た。

 

「これからはちょっと影を薄くしないとダメだからね。人に見つかったら、僕たちは即座に外に追い出されてしまう。サーヴァントであるアサシンとセイバーは霊体化できるけど、僕たちはそうはできないから、こうして気配遮断のスキルを得る必要があるんだよ」

 

 彼はそう説明をすると、スタッフオンリーのドアを堂々と開けた。ガチャリと音が鳴る。気付かれていたり、見られていたりしたのではとキョロキョロと周りを見るが、そこはアサシンの気配遮断のスキルでしっかりと影が薄くなっている。誰一人として俺たちの行動に気付いていない。

 

 スタッフオンリーのドアの先は個人情報が保管されている部屋や、電気のブレーカーなどがあった。これは確かにスタッフオンリーな場所である。

 

 そのスタッフオンリーのドアの先の通路を歩いて行くとエレベーターがあった。

 

「エレベーター?何でこんな所に?」

 

「ああ、これかい?これは職員専用のエレベーターなんだ。一般の人が使えるエレベーターには行ける階に限りがあるけど、これは基本全ての階に行けるんだ。二つの階を除いてね」

 

 ……あっ、何となく察したわ。セイギの浮かべる笑みがとてつもなく下衆な笑顔だったことに気付いて、ついて来たことを心底後悔した。

 

「一応聞くけどさ、まさか、その階に行くとか……」

 

「もちろん。そこに行かずにどこへ行くのさ?」

 

 ですよね〜。だと思った。知ってたよ、うん、知ってた。どうせこんなことになるんじゃなかろうかと予想はしていた。していたとも。

 

「さぁ、乗ろう。エレベーターに」

 

 赤信号を一緒に渡ろうと言われているような気分だ。だが、ここまで来たからには戻りたくはない。仕方なく俺はその後もついて行くことにした。




いきなり突然現れたセイギ。そして、二人が行く先にいる者とは⁉︎


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この時は有限

 閉ざされた扉。縦、横、高さ全てが二メートルほどの密室の中は妙に緊迫した雰囲気となっている。天井の蛍光灯は嫌という程明るく、下を向くように誘導されているみたい。床から伝わる若干の揺れは箱がワイヤーで吊るされているのだろうなと感じさせる。

 

「……ねぇ、動かないんだけど」

 

 動かない。いや、それは語弊かもしれない。どちらかと言えば、全然動かないという方が正しいだろうか。微妙に動くのだが、本当にゆっくりとしか動いていない。

 

 セイギは頭を抱えた。

 

「う〜ん、しくじったかもしれない。嵌められたような気がする」

 

「嵌められた?罠にか?」

 

「あ〜、うん。まぁ、そういうこと。そもそも、僕たちは相手の工房の中に入り込んでしまったのかも……」

 

 今の現状を言葉で表せば、鳥籠の中に自ら入り込んできた鳥たちと言えば良いだろう。辛辣な現実は俺たちを箱の中に閉じ込めた。

 

「お前が言うあの人って魔術師だよな?だって、工房とか持ってるし……」

 

「うん、魔術師だよ。僕たちより歳上の、魔術師としても格上だよ。だけど、ちょっと甘く見ていた。いや、アサシンの力を過信してしまった。僕のミスだ」

 

 アサシンの気配遮断スキルを身につけたからといって、絶対に人にバレないというわけではない。極力人に見つかりづらくなるのであって、魔術師の工房や結界に入り込んだ場合は見つかってしまうこともある。もちろん、その工房や結界も魔術師の質や位によって差異はあるが、セイギの言う言葉通り上位の魔術師ともなればバレてしまっても致し方ない。

 

 それはセイギも分かっていた。だが、ある範囲で彼はミスを犯した。それは、相手の工房が何処まで広がっているのかということだ。

 

 基本、大抵の魔術師なら他の魔術師の工房に入った時、違和感を感じる。それはそこに溜まった空気や壁に染み込んだその工房の持ち主の魔力などから僅かな違いが生まれる。だが、その違和感を誤魔化したり、はたまた消すことも不可能ではない。魔力によっては、時間の経過とともに跡形もなく完全消滅してしまうようなものや、アサシンの気配遮断のスキルのように気付かれにくい魔力もある。だが、今回の場合はそんなものではなかった。

 

 そもそも、工房自体がどれだけ広いかという点である。彼らは今、エレベーターにいるが、そのエレベーター自体が工房に含まれているとしたらどうだろう。工房は出口に向かうほど、その違和感が薄れてゆく。なので、相当広い工房の場合、その違和感はあまり感じないのである。それに、非戦闘状態であったため、僅かな違いに気づくこともなかった。

 

 ともかく、俺たちは相手方の工房に入り込んでしまったのだ。このエレベーター自体が工房の一部なのだから。

 

「もしかしたら、工房はこの市役所全体に広がっているのかもしれない」

 

「全体⁉︎じゃぁ、俺たちは……」

 

「最初から、鳥籠の中……とか?」

 

 そんなことを言われてしまったら、もう笑うしかない。苦笑いで、絶望を噛み締めた。

 

 エレベーターはゆっくりゆっくりと上に進む。だが、このスピードでは目的地に着くのは数時間後になってしまいそうである。

 

「とりあえず、アサシンとセイバーを実体化させておこう。監視カメラもないみたいだし、人に見られるわけじゃないだろう」

 

 アサシンとセイバーが実体化した。アサシンとセイバーはペタペタとエレベーターの壁を触る。

 

「お〜、これがエレベーターですか。これで上に上がれるなんて、文明の発展は著しいものですね」

 

「いや、全然上がってねぇけどな」

 

「ねぇ〜、ヨウ、聞いてよ〜。セイギってば、私の気配遮断スキルが低能だって言うのよ。どう思う?」

 

「二人一緒に話しかけんな。対応できん」

 

 俺とセイギは今の状況に困惑しているのに、このサーヴァントたちは呑気なものだ。

 

「まぁ、とにかく上にあがりましょ。行く先は上なんだから」

 

 アサシンの指の先は、天井だった。この籠の上に乗るということだ。

 

 特に解決策も見当たらない。なので、アサシンの言う通り、俺たちはエレベーターの天井に上がった。天井は埃がいっぱいで不衛生。

 

「うわっ、きったねぇ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 

 上を見た。エレベーターのドアが十戸見える。つまり、ここは十階ということ。

 

「えっ?今、十階?まだ十階なの?」

 

 乗り始めてから十分ほど経っているが、まだ十階である。

 

「おいおいまじかよ。つまり、あと十分待てということか?」

 

「どうやら、そういうことのようだね。まぁ、案外少ないじゃないか。あと、十分。気長に待とうよ」

 

 セイギはそう言うと、籠の中へ戻ろうとした。その時、俺はあることを告白した。今のうちに言わないと、後々大変になる。

 

「そのさ……、それがダメなんだよ。今すぐここから出たいわけよ」

 

「え?何で?別にあと十分待てばいいだけじゃないか」

 

「それがそうもいかねぇんだ。その……、めっちゃトイレ行きたい」

 

「え?」

「え?」

「え?」

 

 三人は呆然と俺を見る。なんとなんと、まさかの事態は予測のつかない大惨事かもしれないのだ。

 

「いや、その、マジで。マジでお腹痛い」

 

「十分ぐらい我慢……」

 

「出来るんだったら、そもそも告白してない」

 

「あははは、ですよね〜」

 

「……本当、スンマセン」

 

「イヤァァァァ!ヨウ、汚い!」

 

「しょうがないだろ!生理現象なんだから」

 

「どうしよう、こんなところでヨウに例のブツを出されたら、ヨウと顔合わせられないよ」

 

「それ、俺の方!」

 

「大丈夫よ、ヨウ!私、そういうプレイ、嫌いだけどできなくはないから」

 

「そもそも致しません!娼婦はこんな時でも余裕があるっていいな!」

 

 もうダメだ。友達だと思っていた奴はどこかのネジが外れてるし、俺の使い魔は絶叫してるし、隣の娼婦は次元が違う。どうしよう。俺の大腸が悲鳴をあげている。

 

 今、十階にいて、十階のトイレに行こうと思えば行くこともできるが、その場合エレベーターのドアを壊さねばならない。とすると、例えアサシンの気配遮断のスキルを使っていたとしても、人にバレることは免れないだろう。

 

 やはり、ここは目的の階まで行くしかないようである。だが、このノロノロエレベーターを待っていたら、俺の腹は限界を迎えてしまう。

 

 俺は腹を抱え、他三人は頭を抱えた。

 

「目的の階のドアを開けることはできると思うんだ。アサシンとセイバーはサーヴァントだから、霊体化ができる。つまり、ドアを壊さなくとも、開けることができる」

 

「じゃぁ、今、十階のエレベーターのドアを開けて、俺はトイレに行けばいいと?」

 

「……あっ、そうだね。そうしよう」

 

 案外あっさり決まった。俺たちは籠の中に戻り、アサシンが霊体化をしてエレベーターのシステムにちょいと魔力による介入をした。エレベーターのドアは開き、俺たちは十階に降りた。

 

「よし、トイレ行ってきますわ」

 

 俺はみんなに伝えると、十階にあるトイレへ直行した。

 

「ねぇ、セイギ。本当に良かったの?エレベーター、もう乗らない気でしょ?」

 

「まぁね。あとは階段で上がるしかないね。エレベーターは機械だから、魔術師はあまり機械に魔術を施さない。だから、それほど危なくはないんだけど、階段となるとトラップがそこらかしこに張り巡らされている。そうともなると、大変なんだけど……。エレベーターがこんな状況だから」

 

 彼らはそう言いエレベーターの方を振り向いたその時、エレベーターの籠がいきなり落下した。その状況に皆、唖然。

 

「……あっ、うん。ほら、こんな……状況だし……」

 

「こ、今回はヨウに助けられたわね」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「はぁ、お腹痛かったァ」

 

 俺はお腹を撫でながら三人のところに向かう。どうやら、俺のいない間にセイバーもアサシンの気配遮断スキルを一時的に習得したようで、みんなすごく影が薄かった。

 

 セイギは俺を見つけると、俺の体のことを心配してくれた。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、まぁ、大丈夫」

 

 うむ、持つべきは良き友である。自分の身のことを心配してくれる友は良き友である。

 

「でさ、一ついい情報をトイレから戻るときに得たんだけどさ、今日、エレベーターの点検だったらしいよ」

 

「え?」

 

「いや、なんかさ、エレベーターの調子が悪いとか何とかで、点検が来週までやるから、その間は職員の皆さんは俺たちが乗ったエレベーターを使わないようにって、紙に書いてあった」

 

 セイギは顔色を悪くする。彼の目線はエレベーターの方に向いており、エレベーターを覗くと、籠がなかった。

 

「なんか、ワイヤー切れたみたい」

 

「……え?それって、俺たちのせい?」

 

「あはははは……」

 

 セイギはぎこちない苦笑いをする。もう自分たちがしでかしたことがちょっとヤバいと理解しているからだ。

 

 セイギはエレベーターが遅いのは魔術の仕業だ!なんて言ってたけど、単純にエレベーターが故障していたらしい。いや、それだけならともかく、俺たちがエレベーターに乗ったせいで、エレベーターのワイヤーがプッチンと切れたのだ。

 

 そう、つまりこの件の論点は『金』。エレベーターをぶち壊した責任なんて、俺たちとれないぞ。

 

「よし、帰ろうか、ヨウ」

 

 セイギは現実逃避をしようと、今すぐここから出ようとした。が、俺はそんなセイギの肩を掴んだ。

 

「おい、貴様何処へ行く?ここで逃げるのか?」

 

「いつものヨウなら逃げるって言うよね?」

 

「いつもと今の俺は違う。今の俺は、金を払う責任がないと考えた上で、余裕をぶっこいている俺だ」

 

 だって、もともとエレベーター壊れてたんだし、俺たちが弁償しなくてもいいでしょ。それに、聖杯戦争のせいでこんな風になったんだし、魔術協会と聖堂教会がなんとかしてくれるよ。なんて浅はかな考えを持っていた。

 

「いや、でも、ヨウ……」

 

 セイギはまだ何か言いたそうである。

 

 だが、その時、通路の端から声がした。市役所職員の声である。声は段々と近付いて来ている。このままでは、彼らに見つかってしまう。

 

 ここで見つかってしまってはダメだ。そもそもこのエレベーターは職員専用のエレベーターだし、そんなエレベーターの前にいたら怪しまれる。

 

「しょうがねぇ。階段の所に行くぞ!」

 

「えっ?でも……」

 

「いいから。今、ここで見つかるより、逃げて見つからない方がまだいいだろ?」

 

 俺はセイギの手を引っ張った。向かうは階段。階段から目的の階へと上がるつもりだ。

 

「ねぇ、ヨウ。エレベーター稼働してないから、階段にも職員の人がいるんじゃないのかい?」

 

「なわけねぇだろ。だってここ十階だぞ?十階なのに、エレベーターを普通使うか?それに、職員のエレベーターは使えなくとも、一般の人のエレベーターはあるんだし、どうせそれ使ってんだろ」

 

 その予想は的中していた。階段の方に行ってみると、誰もいない。下の階の方から人の声はするが、せいぜい五階ぐらいの人たちの声であろう。

 

「なっ、言っただろ?」

 

 俺はドヤ顔という満面の笑みを見せた。セイギはため息を吐きながらも、笑った。

 

 俺たちは階段を上がる。一段一段、人に見つからないように、静かに。猫の足音ほどの小ささにはならないが、それでも軽く注意するくらいはしていた。

 

 階段を上っていた時、セイバーがこう質問した。

 

「ヨウとセイギって、本当に仲が良いですよね」

 

「まぁな。小さい頃から一緒だったもんな。家が近所だし、遊ぶといったら、大体セイギとだし」

 

「縁があるんだよね。何となく一緒になってるんだよ、よく。今回の聖杯戦争も、もしかしたら神様が一緒に参加させたのかも」

 

「それだったら神様マジで一生崇めねーわ」

 

 俺とセイギは腹から噴き出る笑いを堪えた。笑いの沸点も似たような所だし、色々とそこら辺は似ているのだ。

 

「喧嘩とかしないの?二人はさ」

 

「しないよ。もうかれこれ五年程喧嘩してないよ。喧嘩する程のことなんてヨウとやりたくないし。そうなったら殺意湧き湧きだよ」

 

「でも、小さい頃は喧嘩しまくってたんだぜ。しょっちゅうぶつかって、その度に喧嘩して、怪我させて。まぁ、そのうち、段々と喧嘩の回避方法を覚えた」

 

「あと、たまにイライラする時あるね。僕がつけた名前は『ヨウのネガティブモード』。一二年に一回は起こるやつなんだけど、めちゃくちゃネガティブになる期間だよ。前回は直すのに二週間もかかったんだよねー」

 

「あっ、それ、ついこの昨日体験しましたよ。ヨウのネガティブモード。なんか、非常にヨウらしくなかったです」

 

「えっ?嘘?体験した?ヨウのネガティブモード。そうなんだよ〜、あれ、なんか色々とヨウらしくなくてさ、気持ち悪いんだよね〜」

 

 なんか、さっきからわざと俺に聞こえるような音量の会話で俺をディスっているように思えるのだが。しかも、堂々と本人と目の前で、気持ち悪いとか言わないでよ。それに、何?ヨウのネガティブモードって!聞いてる身としては、物凄く不愉快で仕方ないんだけど!

 

 アサシンは俺の顔を覗き込んできた。不機嫌な顔の俺を見て、クスリと笑う。

 

「ヨウって、ポーカーフェイスの時と、そうじゃない時があるわね」

 

「んなぁ?どういうこった?」

 

「そのままよ。こういう和んだ雰囲気ではすぐに感情を顔に出して、本気にならないといけない場面や危機一髪な場面だと、逆に冷静に物事を考えて行動する。ポーカーフェイスというよりも、感情の制御が上手い……ということかな?」

 

「俺に訊かれても分かんねぇよ。つーか、それって褒めてる?」

 

「う〜ん、褒めてるのかな?まぁ、でも、暗殺者には向かないわよ」

 

最初(ハナ)っから暗殺者になる気なんてねーよ」

 

 まったく、どいつもこいつも、ろくな奴がいやしない。自分で思うのもどうかと思うが、この中では俺が一番マシなんじゃないか?

 

 平穏な生活の中で暗殺者なんて言葉はまず出ない。俺が望んでいる世界とは悉くかけ離れていると実感させられる。そう思えば、何故俺が今こんなことをしているのかと考えてしまう。

 

 心の中で思う、聖杯戦争への嫌悪。それはいつになっても消えることはないだろう。絶対に消えない、思い出となる。

 

 有限なこの時間は刻一刻と過ぎるのだ。嬉しい。そして、悲しい—————

 

「はぁ〜、最上階に着いたぜ!」

 

 長い長い段差をついに登りきった。下りは一切なく、全て上り。太ももが悲鳴をあげている。目の前にある階段は屋上への階段で、もうその階段は登らなくともよい。ここが目的地、ここが到着点。

 

「ここでいいんだよな?」

 

「うん、そうだよ。ここにいる人、その人と会うんだよ。今の聖杯戦争を、前の聖杯戦争を知っている人と」

 

 セイギは俺たちの先頭を歩いた。廊下を躊躇なく行く。慣れているように、平然と顔色一つ変えずに歩いているセイギを信頼できると同時に、俺の知らないセイギがいるんだと考えてしまった。俺の知らない間に、セイギはこんなにも俺の知らないような一面を持ち得ていたのだと知ると、少しだけ友達として豪語することを躊躇ってしまう。

 

 それから、少し歩いてセイギは立ち止まった。彼の目の前にあるのは大きな木の扉。彼はその扉を開けた。

 

 扉の先には一人の女性が立っていた。綺麗な女性である。

 

「お久しぶりです。藤原市長。そして、アーチャーのマスター」



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彼女は語る、聖杯を

はい!Gヘッドです!

さぁ、今回はこの聖杯戦争の根源について詳しく掘っていきます。そして、ヨウ君に異変が……?


 彼女の名は藤原八千代。この織丘市の市役所のトップに抜擢された美人市長。歳は三十歳。高学歴、そして持ち得るカリスマ性から四年前に市長選に当選して以来、株は上がる一方である。

 

 また、日本有数の魔術財閥、陰陽道を極める藤原家の若き女当主でもあるのだ。魔術においては、女性でも男性と基本的に対等な土俵のため、男尊女卑の考えが廃れた地域では女性が当主になることは少なくない。その中の一人が彼女なのだ。

 

 そして、彼女はこの聖杯戦争のマスターであった人物。アーチャーを召還し、そして敗れた。

 

 その女性が今、俺の目の前にいる。

 

 きちんとしたスーツ姿。肩まで伸びている短い髪の艶やかなことこの上なく、首筋の鎖骨は大人の女性としての美しさを象徴している。凛とした立ち姿の中に光る淑女の魅力。決して若くはないが、これはこれでいけるかもと思えるほどの姿は年上好きの男ならグッとくる。

 

 実は俺、年下か年上かと問われれば、年上と答えるタイプの人である。許容範囲は十五歳から三十歳まで。もちろん、俺の今の歳が十七だから、歳が上がれば俺の許容範囲も底上げされるが、今のところ基本的にはその範囲。

 

 そんでもって、今回俺の目の前にいる大人の色気を漂わせている淑女は俺の許容範囲内。実年齢的にもオッケーだし、見た目年齢は二十八歳くらいでさらに好印象。

 

 澄ました顔をする俺。その顔をセイギは覗き込んで、目の奥の俺の下心を見ようとする。

 

「ねぇ、ヨウ、何を考えているの?この人、市長さんだよ?……そういえばヨウって、年上の人好みだったけど……。まさか……」

 

「お前が俺をここに連れてきたんだろ。俺は悪くない」

 

 あくまで俺に罪はないと主張する。そんな俺にセイギは頭を悩ませた。

 

 藤原市長はそんな男子高校生二人の会話を不思議そうに眺めている。

 

 それもそのはず。彼女はアーチャーのマスターだったのだ。理由がどうであれ、彼女は敗退し、俺たちは生き残っている。何故俺たちみたいな高校生が聖杯戦争で生き残れるのかという疑問を抱いているような表情をする。

 

「あなたがヨウくん?情報は調べたつもりだったのだけれど、まさか君みたいな子だったとは……。予想と少し違った子ね」

 

 それはどういうことだろうか。きっと、彼女の予想していた俺という存在は聖杯戦争に勝ち残るような何かを持ち合わせている人なのかもしれない。膨大な魔力、圧倒的なカリスマ、非道な狡猾さ、名探偵顔負けの洞察力、異常なまでの身体能力などを。だが、生憎俺にはその何一つも持ち合わせてなどいない。あるとすれば、ここまで生き残れた運だけである。

 

「ご希望にお応えできず、申し訳ございませんね……」

 

 さっきの言葉が若干癪に触る。いや、確かに彼女がそう思うのも納得だし、俺自身も自分が生き残れていることに驚いている。だが、それでも普通、そういうことは堂々と口に出さず、心の中で止めておくのではなかろうか。

 

 セイギは俺のことに気がついたようで、俺を軽くフォローしようとした。

 

「こ、これでも案外すごいんですよ。魔術の腕はまだまだでも、剣の腕はセイバーよりも良くて、実戦でもライダーと戦って生き残っていますから」

 

 これでもとは何だ?これでもとは。いや、まぁ、ここはフォローしてくれているのだし、少し多めに見よう。

 

 市長は俺の体をじっと見つめた。俺の体を、いや、その体の奥底にある何かを見るように。

 

「そうなの。じゃあ、お母さんより、お父さん似なのね—————?」

 

 ……え?それはどういうことだろうか?俺は母さんよりも、父さんに似ているというのは。顔か?性格か?何が似ているのだ?

 

「そう、貴方はお母さん似の顔だし、てっきりお母さんの魔術体系なのかと思ったら、お父さんの剣技を極めているよう……」

 

「ちょっと待て、それって、俺の母さんと父さんを知ってるってことか?」

 

「知ってるも何も、前回の聖杯戦争には私の姉も参加していた。敵として、君のご両親は詳しく調べ上げたし、戦いもした」

 

「……それって、その……、お姉さんって生き残ってますか?」

 

 彼女は顔色一つ変えなかった。嫌そうな素振りを見せず、淡々とこう言った。

 

「死んだ、死んだわ。姉は聖杯戦争で負けた。伊場理道、彼の叔父さんのサーヴァントに殺された—————」

 

 そう言うと、市長はセイギに視線を移した。だが、セイギは狼狽えることなく、いけしゃあしゃあと笑顔を浮かべている。そんな顔を見ても、市長は感情を見せることなく、作った笑みを変えなかった。

 

「セイギ……、それって……」

 

「ん?ああ、そうだよ。事実だよ。でも、それがどうしたんだい?別にそれは僕とは関係ないし、それにお姉さんだって、自ら参戦したくて参戦したんだ。ヨウみたいな場合じゃないし、それで殺されたのなら自業自得としか言いようがない。そうでしょう、市長?」

 

「ええ、そうよ。だから、私は別に貴方は責めてなどいないわ」

 

 二人とも一切表情を変えない。微動だにしない顔はもちろん偽物の顔で、本当の顔がどんな顔なのか分からない。ただ、上辺だけの魔術師の世界がこうも怖いだなんて思っていなかったので、少し畏縮した。上辺だけの話し合いが実に怖い。

 

 彼女は高そうなソファに手先を向けた。

 

「まぁ、座って。今日は前回の聖杯戦争の話だけをしに来たのではないでしょ?今の、あなたたちがいる聖杯戦争についてのこと。過去よりも知るべきは今じゃないかしら」

 

 全くその通りである。過去のことを知れば、この聖杯戦争の歴史についてや、俺の両親の話を聞けるかもしれない。だが、やはり俺は今を生きているのであって、過去にはいない。過去を知って、今を良くすることもできなくはないが、知るのなら今の方が圧倒的に良い。過去の敵を知るよりも、今の敵を知るといったところだろうか。

 

 俺とセイギはソファに座った。座り心地は抜群である。尻を乗せると、クッションは反発せずにふわりと俺の尻を包み込む。高そうな革でできたソファだったので、硬いと思っていたが、予想と反していたので驚いた。さすが、市長室にあるソファ。柔らか過ぎる。

 

 気持ち良さそうな俺の顔を見たセイバーは目を細めて俺を睨んだ。そんなことをするためにここに来たのかと言われているようで、気を戻した。

 

 俺は堂々と市長に質問をした。

 

「—————聖杯の場所、あなたは知っていますか?」

 

 聖杯の場所。それはここまで勝ち残れている俺とセイギなら、知る権利がある。もし、聖杯戦争で聖杯を手にする権利を得たとしても、その聖杯がどこにあるのかを俺は知らない。

 

 それにセイギに聞くより、彼女に聞いた方がいいだろう。彼女は市長であり、聖杯戦争の参加者であり、魔術財閥の当主。知らないわけがない。

 

「ええ、もちろん。知っているわよ」

 

「本当ですか?じゃぁ、教えて……」

「でも、簡単には教えられない」

 

「え?何故ですか?」

 

 俺は彼女に尋ねた。すると、彼女は自分の胸に手を添えて、こう豪語した。

 

「あなたの願いが、私の願いの妨げとなるのなら、教えられるわけがない。いや、教えないわ。絶対にね」

 

 彼女は聖杯戦争で敗退している。彼女は聖杯を使用して望みを叶える権利などとうにありはしない。だが、彼女は胸を張り、傍若無人にそう言った。謎の自信が彼女から窺える。

 

「望み……ですか。俺の望みは……」

 

 考えてしまった。今、ここでふざけた答えを言えば、俺らしいだろうが、茶化された市長は若干嫌な印象を俺に対して持つだろう。彼女の知識は俺の知識を遥かに超えるし、その知識が俺には必要だった。

 

 望み。なんであろうか。俺の叶えたいと切実に思うことは。

 

 セイバーに救いを—————

 

 ふと、そんな言葉が脳裏をよぎる。何を考えているのだろうか。そんなことを考えるのなら、俺が王様のハーレム帝国でも作りたい。

 

 が、そんなことを言えるわけもなく、俺の返答は途切れてしまった。

 

「まだ、ないです。望みとか、そんなん考えてもないし、そもそも何でも叶えられるなんてこと自体がそもそも期待できないですし。漠然としたことを言われても、具体的にどうとかこうとかをすぐ言えるほど俺の頭は冴えちゃいないです」

 

「そう……。じゃあ、あなたに聖杯の場所は教えられないわ。ごめんなさい」

 

 彼女はそう言うと俺の質問を一蹴した。だが、俺はそこで食い下がれなかった。

 

「でも、誰かを守るため……っていうのはダメですか?別に聖杯で叶えたい願いなんて、まだ決まってないし、そもそも聖杯を掴み取れるビジョンが浮かばないけど、でもこの聖杯戦争を戦う理由はある。守るためって思いではダメですか—————?」

 

 俺は彼女の目をじっと見つめた。彼女は穏やかな目をしながらも一向にその顔の形を変えない。俺はダメだったかと落胆した。

 

 だが、彼女の目は本当に優しい柔らかな目になった。

 

「そう、守るため……。あなたは、アーチャーと同じことを言うわ。実に似ている」

 

「俺とあいつが似ている?」

 

「ええ、お互い誰かを守るためって所が。いや、似ているのではなく、一緒なのかしらね」

 

 俺は誰かのために戦うような男ではない。あくまで戦う時は俺のために戦うのであって、誰かさんのために頑張るなんて嫌だ。

 

 アーチャーと俺は根本的に違う。アーチャーは過去の業のようなものに囚われ、そして家族愛という狂愛のために死んだ。

 

 アーチャーの死はまるで桜のようだった。美しくも、何と儚いものなのかと感じてしまう。その散る美しさは心打たれた。

 

 だが、俺はそれら全てにおいてアーチャーとは全くとって別であると自負する。まず、そもそもそこんとこの信念が彼とは別物だし、美しく散りたいわけでもない。

 

「ふふふ、そこは今すぐに気付くことじゃない。ゆっくりと考えて、自分と向き合う。私にはそれができなかったから、負けたの」

 

 顔は一切変えない。背筋もピンと伸びたまま。だが、何故か彼女の言葉の雰囲気がふと重くなった。姿はさっきの怖い姿と変わらないのに、いつしか厚顔は剥がれていた。

 

「ええ、いいわ。教えてあげる。聖杯の在り処について」

 

 彼女は語る、聖杯を。

 

「聖杯はここにあるわ」

 

 彼女は人差し指を下に向けた。その事実に俺とセイバーは驚くしかなかった。

 

「ここって、市役所に……?」

 

「ああ、そういうことじゃないの。ここっていうのは、市役所ってことじゃなくて、もっと広い意味で」

 

 もっと広い意味で。その一言はあまりにも漠然としていて、よく分からなかった。

 

「それは、織丘市にあるってことですか?」

 

「そうよ」

 

「いや、それくらいは俺でも知ってます。だって、織丘でやるんだから、聖杯はここにないと……」

 

 そう言った後にすぐ、セイバーはこう口にした。

 

「—————まさか、この織丘の地自体が聖杯……とか?」

 

「ええ、正解」

 

 この地そのものが聖杯?それは、どういうことだ?だって、今はもう聖杯には六騎のサーヴァントの魂が溜まっており、もうすぐ溢れるはずなのだ。この地自体が聖杯だったら、この地がはっちゃかめっちゃかな混乱状態に陥るに違いない。嵐は吹き荒れ、落雷は所々に落ち、波は高く、森は騒めく。人がいられないほどの災害がこの地を襲うに決まっている。だって、聖杯は何でも願いを叶えられる願望機。だが、その力は強大で、大災害を引き寄せる。

 

「聖杯がこの地にあるって?そんなわけないじゃないですか。だって、聖杯がもうすぐ満ちるって今に災害や事件が何一つ起きちゃいない。徐々に聖杯にサーヴァントの魂が溜まれば、その分だけ禍を引き寄せる。聖杯は人類を滅ぼすかもしれないほど危ないものだし、世界も聖杯を壊そうと修正をかけてくるのも、その一つ。なのに、まだ世界は修正をかけていやしない!つまり、この地は安全じゃないのかよ?」

 

 俺の言っていることは筋が通っている。聖杯が呼び寄せる禍とは世界が聖杯を、聖杯戦争を壊すための修正のこと。だが、ここでそのような禍が何一つとして起きていない。

 

「そう、確かに誰もが普通そう考える。もちろん、私も最初はそう考えたし、聖杯がここにあるってことの証明は実物を見ない限りは憶測の域でしかない。だから、私の言っていることが戯言かもしれないけど、真剣に耳を傾けてほしいの」

 

「……分かりました」

 

 俺は口を閉じた。俺は彼女の考えを否定はしたが、彼女がどうも嘘をついているようには思えない。

 

「—————この地は、この世界の中で、一番世界が修正しにくい場所なの」

 

「世界が修正しにくい場所……?」

 

「世界が滅亡への道を根絶させるために行う修正。でも、この織丘の地は世界の修正力が一番届きにくい場所なの」

 

 まさかの事実。といっても、その事実がどれほどのことなのかよくわかんない。けど、多分すごいことなんだと思う。

 

「へぇ〜」

 

 曖昧な返事でその話を流そうとする。だが、セイギは横目で視界の中に入った俺に厳しい一言を言う。

 

「ヨウ、全然分かってないでしょ」

 

「あっ、はい。全然分かりません」

 

 セイギはため息を吐いた。

 

「重大なことなんだよ。簡単に言っちゃえば、この地は世界の修正力が届きにくいから、世界滅亡なんてことを聖杯に願ったら、修正力がかかる前に聖杯が願いを叶えてしまうかもしれないんだ。つまり、この聖杯、やろうと思えば世界滅亡なんてこともできるんだよ」

 

 彼の口からは物騒な言葉が出てきたが、正直言って世界滅亡だなんて言われても全然実感わかない。聖杯戦争最中は死ぬかもしれないという恐怖があるが、それでも世界が滅びることの想像はつかないのである。

 

「アーチャー、アーチャーがいたでしょ?彼は嘘をつく力を持っていた。それに私も騙されて、聖杯戦争に負けたのだけれど、それは不問よ。それよりも、アーチャーのすべてのパラメーターがオールEXっていうのを覚えているかしら?」

 

「え?まぁ、一応」

 

「あれはね、本来ならあんなことを起こした時点で、世界は神、いやそれ以上の存在を作り上げて、アーチャーを殺しに来るわ。だって、どんな英霊でもパラメーターがEXになるなんて、ほんの一握りしかいないのに、その全てを兼ね備えるなんてありえないの。世界の均衡が崩れてしまう。だけど、彼は徐々に体力を削がれてはいても、決定的な修正力は作用しなかった。これが、この市の呪いのようなもの。修正力が届きにくい。圧倒的に」

 

 言われてみればその通りだ。だって、あのバーサーカーの怪力もEXに及びはしなかった。あれほどの力でも到達できないのだ。

 

 オールEXなら、世界を滅ぼすことも可能かもしれないのに、世界はかすっちぃ修正力しかかけなかった。それはこの地の呪いだと市長は言う。

 

「この地は海、川、そして小さな山と大きな山の四つに囲まれた陸の孤島。プチ扇状地みたいな形。今は急速に都市化してきて、扇状地みたいには思えないけど、それでも昔は農家だってたくさんいた。そんなこの地は魔力を貯める器に適している。四つの遮物に囲まれていて、器のような形になっているの。そして、神零山にある小さな祠。この祠が聖杯の中に溜まっている魔力を溢れないように制御しているの」

 

「祠?それって、どこの神様を祀っているんですか?」

 

「月の神であり、暦の神とも呼ばれる大神、ツクヨミよ—————」

 

 ツクヨミ。月讀命、日本を創造したイザナギとイザナミから生まれし謎多き神。アマテラス、スサノオのこの三人はよく比較されるものの、ツクヨミだけが唯一と言っていいほど詳しく話を取り上げられていない神。

 

 月が東から昇り、そして月は西に沈む。何回も何回も、その永遠の繰り返しを数えることからも暦の神と呼ばれ、裏でひっそりと目立たずに働く神様という印象もある。

 

 ツクヨミが祠に祀られている。ツクヨミはその恩恵か、この地の聖杯の中に溜まる膨大な魔力を押さえ込んでいる。

 

 それがこの聖杯戦争を円滑に進める仕組み。修正力がかかりにくいこの地で、神による手助けを得て、聖杯を手に入れようとする。

 

 だが、何故だろうか。俺はこの話一連を市長から聞いたあと、すぐに大事なことを思い出したような気がした。

 

 俺はこんな話、今まで一度も聞いたことなどない。なのに、何故だ?

 

 —————俺はこの話を知っている。

 

 俺は頭を抱えた。

 

 知らない、知らない。こんな重要な、重大な事実は知らなかったはずなのに、知っている。何時、何処で、誰に、どのような状況で知ったのか知らない。

 

 だけど。

 

「—————俺、前にこの話を誰かから聞いた事がある」

 

 その時、俺の記憶のペンキがゆっくりと綻び始めた。




さぁ、ヨウくんの失われた過去。実は彼、過去がないんです。といっても、幼稚園生くらいのときの年齢のことなので覚えてなくてもおかしくはないのですが……、ちょっとわけが違う?


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消えた記憶は過去と絡まる

はい!Gヘッドです!

今回もほぼ語りですね。(^^)


 俺には小さい頃の記憶がこれといって無かった。特に聖杯戦争が起きたと言われる時よりも前の記憶は殆ど覚えていない。覚えているとすれば、それは例のあの記憶。母親にしがみついて、行かないでと両親に駄々をこねた記憶。思えばあの時、何故俺は行かないでと言ったのだろうか。行かないでと言うからには、命を落とすかもしれない聖杯戦争に両親が行くと知っていたからではと考えてしまう。

 

 おかしい。実におかしい。だって、俺が聖杯戦争のことを知ったのは中学生の頃に爺ちゃんを酒で酔わせて、その拍子に聞いた時である。

 

 だから、まだ小さい頃の俺が知っているはずなどありはしないのだ。

 

 なのに何故だ?俺の頭の中にあるビジョンが現れた。ふと気づくとそこにはその記憶が俺の脳内にあって、元々あった記憶をかき乱す。

 

 俺は頭を抱え、謎の感覚の疑問を解こうとする。そんな俺を見兼ねてか、市長は俺に助言をした。

 

「あなたは……多分、過去に記憶を消されたのよ—————」

 

「……え?」

 

 記憶を消された。それはどういうことであろうか。アニメとかでよく見るわけの分かんない洗脳機械みたいなもので俺の記憶を変更したのだろうか。でも、そんな技術なんてこの世に存在するだろうか。

 

 いや、ある。魔術なら記憶を消せるかもしれない。でも、それだとしてもそんな高度な魔術を使える人なんて限定されているし、そもそもそんなことをできる存在が何で俺なんか一介の少年の過去を消すのだ?

 

「—————あなたの記憶を消したのは前回の聖杯戦争に参加していたサーヴァント、キャスターよ。真名はローレライ。魔唱の美女」

 

「ああ、あれだろ?川に身を投げたっつー」

 

「ええ。まぁ、そうね。そんなキャスターがあなたの記憶を消したのよ。ある理由によってだけど、そこは彼から話を聞いた方が早いんじゃないかしら?」

 

 市長は目でセイギにそう促す。セイギもこのことを知っているらしい。セイギの方を見ると、少し気まずそうに下を向き暗い表情をしていた。

 

「僕の叔父さんのサーヴァント、前回のアサシンはあることをしでかした。それは聖杯戦争そのものを揺らがす、いや、魔術の秘匿そのものを揺らがすほどの大事件をしたんだ……」

 

 魔術は非常に秘匿性が高い。魔術師は魔術師でないもの、つまり一般人に魔術の存在を漏らしてはならず、その秘密を漏らした場合、教えた魔術師とその事実を知っている人は皆殺しにされるだろう。

 

 だが、その秘匿そのものを揺らがすほどのこととはどのようなことなのだろうか。この土地で一体何が起きていたのだろうか。

 

「アサシンは大量虐殺をした—————」

 

 その言葉に俺は凍りつく。背筋が誰かに撫でられたかのようで、全身に鳥肌が立ち、悍ましいと感じてしまった。

 

「大量……虐殺……?」

 

「死者五百八十二人、傷者百十五人。それがアサシンのしたこと。聖杯戦争は絶対に夜でしか行ってはいけないのに、アサシンは昼間に魔術の秘匿を気にせずに市街で大量虐殺を起こした」

 

 セイギの声は震えていた。右手で左手の甲を爪が食い込むほど強く握る。

 

 前回の聖杯戦争でアサシンは昼間に大量虐殺をした。真名はマシュー・ホプキンス。魔女狩りで有名な殺戮者である。自らの金欲のために、罪のない人たちに魔術師だという濡れ衣を着せて、何人も殺したという男だ。

 

 その男は前回の聖杯戦争でも多くの人を殺した。セイギの叔父は魔術師として才能のある素晴らしい魔術師だった。だが、そんな魔術師がマスターであろうと、前回のアサシンはそのマスターの令呪さえも振り払い、昼間に多くの民間人を巻き込んだ市街戦を展開させた張本人となる。

 

 そこで魔術の秘匿の危機が訪れた。昼間に多くの民間人が巻き込まれた戦闘で、多くの人の目に聖杯戦争が、魔術という存在が晒されてしまったのである。

 

「でも、今も僕たちはこうして魔術の秘匿を守りながら聖杯戦争を続けられる。それは、前回のキャスターの力によるものだ。キャスターがリタイアしてまでも、この魔術の秘匿を守った」

 

「どうやってだ?」

 

「—————この街全体に魔術を施したんだ。それは、その時の記憶が魔術に耐性のない者の記憶から消されるようにと。キャスターのマスターが令呪を三画使って、キャスターに力を与え、街全体に特殊な魔術を施した結果、僕たちは今でも聖杯戦争ができるんだ」

 

 つまり、その時は俺はまだ魔術を会得していないため、魔術の耐性がなく記憶を消されたのだろう。だが今は魔術を使うことができるし、耐性だって一般人よりかはある。だから、市長に記憶を思い出すきっかけを与えられて、記憶を取り戻した。

 

「じゃぁ、死んだ人は?」

 

「魔術協会と聖堂教会が色々と手を回して、事実をもみ消した。結局のところ、秘匿は守られたのだから、良かったということなのでしょうね」

 

 なんてヒドい。そう言いたかった。死んだ人は多分、存在が抹消されたのか、それとも交通事故で亡くなったという嘘で作られたのか。そんな非人道的なことは俺にはできないが、魔術師たちならやりかねない。だからと言って、そう誹謗はできなかった。俺の目の前にいる二人は少なからず魔術師である。誹謗するということは、目の前の二人に向けてもその言葉の棘を向けることになる。言葉を慎んだ。

 

「つまり、キャスターのその魔術は今でも残っているということですよね?」

 

「ええ。その前回のキャスターのマスターはちょっと特殊な魔術の使い手でね、魔術をその空間に固定できるの。だから、キャスターが発動した魔術を、一年おきにちゃんと固定しているの」

 

「そう……ですか……」

 

 過去の聖杯戦争で大量虐殺があったなんて。そんなこと俺は知らなかった。俺がその現場を見ていたのかいなかったのかは定かではないが、少なくとも俺はキャスターにあの時の記憶のほぼ全てを消されてしまったのだ。今はふと思い出せたが、これから先、これ以上思い出すことができるという保証はない。

 

 俺の消えた記憶、両親との記憶が戻るという確証がないということが、絶望にも似た消沈を俺に与える。

 

 場の雰囲気が暗くなる。セイギは自分の叔父の失態ゆえに大量虐殺が起きたのだと負い目を感じ、俺は両親に会えぬという現実に悲しみを覚える。その場の雰囲気を気の毒に思ったのか、市長は朗報を俺たちに伝えた。

 

「ああ、そうだ。君たちがここに来る理由の一つ、今回の聖杯戦争に召還されたキャスターのことだけど、—————キャスターはちゃんと生きているわ」

 

「ぬ、知ってたんですか?俺たちの目的を」

 

「ええ、この街中には私の使い魔が何体もいるから、基本言葉にしたら私に筒抜けよ」

 

 市長は具体的な言葉を避けた。何体なのかを詳しく言わず、あえて曖昧な言葉とした。街全体の言葉を聞くことができるのなら、使い魔は少なくとも二十体は優に超えるだろう。

 

「キャスターは生きてるって、やっぱり権利の濫用ですか?市長っていう地位だからこその……」

 

「そうね。私は市長という役目だからこそ行使できる権利があって、その権利によってキャスターのマスターは生きているっていう事実を得た。それから、そのマスターのもとに使い魔を送らせたら、使い魔はキャスターの姿を捉えた。どうするの?このことを他の誰かに告げ口でもするの?」

 

「いや、ケースバイケースっす。聖杯戦争だからっていう理由でなんでも許しちゃいけないけど、それで俺たちは助かったっていうか……、その……」

 

「聖杯はまだ満ちていない—————、そういうことかしら?」

 

「……まぁ、はい。そうっす」

 

 聖杯はまだ満ちていない。キャスターは生きているという情報を得たので、今現在の聖杯は前回のサーヴァント三騎とアーチャー、ライダー、ランサーの三騎。合計六騎のサーヴァントの魂が聖杯に溜まっている。

 

「ん?そういや、今、聖杯には六騎のサーヴァントの魂が溜まっていて、そのサーヴァントの魂を溢れないようにツクヨミが力で押さえつけているんですよね?だけど、それにしても反応が無さすぎじゃないですか?」

 

 俺がそう聞くとその場にいたみんなが挙って俺を見た。みんな驚き、俺をまるで珍しいものかのような目で見る。

 

「え?何その反応……。新手のイジメですか?」

 

「いや、ヨウ?まさか、ヨウにはこのピリピリした感覚が感じないのですか?」

 

 セイバーは俺に聖杯が満ちる兆しの感覚を伝えるが、俺にはさっぱりとしてそれが分からない。俺は周りを見回すが、ここにいる俺以外の全員がセイバーの言うような感覚があるという。聖杯にまだ三騎しか溜まっていなかった時はそんな感覚などなかったらしいが、聖杯に魂が溜まるに連れて全身の皮に針が刺されるような感覚があるという。

 

「じゃあ、あれか?俺だけ感じてないとかそういう仲間外れ的なパターンですか?」

 

 みんな縦に首を振る。どうやら本当に俺だけだそうだ、聖杯が完成する予兆に気付かないのは。

 

 何故だろうかとまた新たな疑問が湧いた。俺だけ何故聖杯が完成に近づいている兆しを感じない?みんなてっきり一切分からないのかと思っていたのだが、何故か俺だけという事実は結構萎える。俺だけとかそういうのは本当にマジカンベン。

 

 市長は席を立った。そして、机の中からあるものを取り出した。取り出した物はただの紙きれ。紙といっても、和紙である。市長はその和紙の紙きれの中央に筆ペンで何やら漢字を書いた。漢字だということはすぐ分かったのだが、何て字を書いているのかは分からない。昔の時代の漢字みたいに繋げ字なので、俺には解読不可能である。

 

 市長はそのよく分かんない解読不可能な漢字を書いた和紙を俺に差し出した。握れと言うのである。俺は言われた通り、右手の中にその和紙の紙きれを持ち握る。くしゃくしゃと紙が折れて擦れる音がした。

 

 すると彼女は両手で握り拳を作っている俺の右手を覆う。細い指の先は実はこっそりとマニキュアがしてある。然程、主張の強くないマニキュアだが、それはそれでまたグッド!

 

 そのマニキュアをガン見していたら、突然俺の右手に痛みが走った。

 

「痛ッ‼︎」

 

 謎の痛みが突然俺の右手を襲ったので思わず市長の手を離す。静電気のように予想外な所で来た痛み。体が反射的にそう行動してしまった。

 

 右手を見る。だが右手には傷一つとして無かった。

 

「え?どーゆーこと?」

 

 さっぱり分からない。何が起きていたのか俺には理解できない。分かったことと言えば、ただ痛いと俺の神経が感じて、その情報を脳に回したということだけ。それ以外は見当もつきそうにない。

 

「ああ、ごめんね。ちょっと無意識の状態の君に魔術を向けることで、君のことを調べようとしたの」

 

「ファ?つまり、市長が俺に痛みを与えた?」

 

「痛点を刺激せずに、神経に痛みの信号を与えたわ。普通の人なら泡を吹いて気絶するくらいの痛みを」

 

 その瞬間、鳥肌が立った。何故だろうかと疑問が生じる。その疑問が嫌な予感でしかない。

 

 確かに痛かった。手先が痺れてしまうほどの痛みが走り、悶えた。だが、気絶するほどの痛みがあったかと言われれば、そういうわけではない。痛かったのだが、それほどのものではなかったのだ。

 

 市長が嘘をついているようには見えないが、素朴な疑問がやっぱり市長の変わらない作り笑顔を怪しく見せる。

 

「やっぱり、子は親に似るのかしら。あなたもやはり継承者ね—————」

 

「継承者?それって、何ですか?」

 

 そう尋ねると彼女は右手を口の前に添えて、大人の女性のような笑みを浮かべる。その上で子供である俺を一蹴するように嘲った。

 

「—————あなたはまだ魔術師じゃない。聖杯戦争に参加していても、魔術師であるとは限らない。いつかあなたが魔術師としての辛い人生を歩むと心の底から決心したら、その時は教えてあげるわ。だけど、今はまだあなたに教えていいものじゃない」

 

 実際、俺は魔術師になる気なんてそこまでない。だからと言って、爺ちゃんみたいに武に生きるというわけでもない。曖昧な道を進んでいる。別に俺はそれで良いと思うが、やはりそんな俺に魔術師たちは自らのこと、魔術のことを教えたくないだろう。

 

 俺がいつか魔術師になる時、またこの話を持ちかけるとしよう。もしかしたら、これからの一生で魔術に携わることなどないかもしれないが。

 

 話が尽きた。俺が知りたかったことはここまでだ。というか、知りたかったことプラスアルファみたいな感じ。

 

 この土地自体が聖杯だってこと。世界からの修正力が圧倒的に届きにくいということ。俺の記憶が消えているということ。そして、キャスターのこと。これだけ知ることができれば十分な収穫であろう。そこまで詳しいことは聞いていないが、それでも結果を聞ければそれだけでよい。

 

 そう考え、俺は尋ねるのをやめた。すると、後ろに立っているセイバーが彼女に一つだけ質問をした。

 

「その……アーチャー、私の父のことなんですけど……。何故、あなたは彼を召還したのですか—————?」



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最初で最大の誤算は

はい。Gヘッドです!

市長の身の上話が出てきて、あのキャラについても語られ始める⁉︎


 セイバーは市長に何故アーチャーを召還したのかと尋ねた。それは彼女が彼女なりにアーチャーの娘であると自覚しての質問だった。アーチャーのことをまったくもって知らない。だからこそ、知りたいと彼女は思っていたのだから、彼が召還された時のことも詳しく知りたいのだろう。

 

 アーチャーのことを知ることは言ってしまえば彼女自身のことを知ることに他ならない。彼女は生前、自分の出生で悩んだ。悩んだ挙句、義父を激情に駆られて殺すということまでしてしまった。彼女はその罪を背負い続けながらも、未だに出生のことを知りたがっていた。つまり、それはアーチャーのことを知るということ。自分の父はどのような人なのかということが知りたいのだ。

 

 市長は隠す気などないらしい。

 

「彼は私にとって一番最初の誤算よ。そして、一番に大きな誤算だった—————」

 

 誤算、それはつまり彼を召還したことが間違いだということ。彼との仲は悪かったのだろうか。

 

「私の願いはこの聖杯戦争が手っ取り早く終わることだったの。市長という役職ってこともあるけれど、それだけじゃない。私はこの街が好きだから。だから、聖杯戦争でこの街を壊されたら堪ったものじゃない。それゆえに、私はこの街を守護するサーヴァントを欲した。せめて、聖杯戦争を穏便に素早く終わらせる強いサーヴァントが欲しかった」

 

 市長はこの街が好きだと言う。海があり、川があり、山があり、空がある。自然に囲まれた都会。全てを兼ね備えていて、そんなこの街を愛していた。だから、彼女はこの街を守りたかったのだ。前回のアサシンによる大量殺戮なんてことが二度と起きないようにしたかったのだ。

 

 サーヴァントにはサーヴァントを。そう考えたのだろう。その思考の先ある結論は自らが聖杯戦争に参加すること。その結果がアーチャーを召還した。

 

「だけど、私はアーチャー、またはアサシンのサーヴァント以外は召還したくなかった。私はある病気を患っているの」

 

「病気を患っている?」

 

「ええ、血友病っていうものなんだけど……。知ってるかしら?」

 

「血友病?いや、知らねーっすわ」

 

 俺が知らないと口にすると、隣にいたセイギは俺を鼻で笑った。

 

「僕は知ってますよ」

 

 そう言った後に横目で俺の方を見てドヤ顔してくる。その顔、めちゃくちゃにしてやりたいわ。

 

 血友病、それは遺伝子に異常があり発症する病気。血液を凝固させる因子の機能が低い、あるいは一部欠けているために止血に正常な人よりも時間がかかる体質の人たちを呼ぶ。出血した場合、血が止まりにくいので軽い出血でも大きな血腫になったりとすることもある。軽い運動はできるものの、大怪我を負う可能性のある過度な運動ができないなど制限が生じる。

 

 ああ、何となく分かった気がする。

 

 聖杯戦争に怪我は付き物。特に大怪我をしないこともなくはないが、やはり相当数の聖杯戦争参加者が少なくとも軽傷を負う。彼女の血友病は軽度の出血でも大きな事態になることもある。運が彼女を毛嫌いしていれば、死ぬかもしれない。だから、彼女はアーチャーを召還する必要があった。アーチャーというクラスは必ず保有するクラススキル『単独行動』。このスキルが彼女にとっては何よりも必要なものだったのだろう。

 

 彼女はサーヴァントたちからこの街を守りたかった。だからサーヴァントにはサーヴァントをぶつけた。聖杯戦争の舞台に立つことによりこの街を守ろうとしたのだ。そして、戦えぬ自分に一番適しているとして召還しようとしたのがアーチャーである。アーチャーこそが彼女に一番最適なクラスだった。

 

 そして市長は望み通りアーチャーの召還に成功する。

 

 ただ、その時点で彼女が思い描いていた予想の歯車は噛み合わさってなどいなかった。

 

「血友病だから、私はアーチャーを召還した。なるべくアーチャーのクラスにしか呼ばれないようなサーヴァントを召還したつもりだったのだけれど、現れたのはあいつ。その時は召還しようとしていたサーヴァントが現れたって思って凄く嬉しかったのだけれど、そのサーヴァントと彼は全くもって別物よ」

 

「元々はお父……、アーチャーを召還しようとしていたわけではないのですか?」

 

「そうよ。あなたのお父さんは私を、いえ、この聖杯戦争のシステムを欺いたの」

 

 それはつまり、聖杯戦争のシステムに嘘をついていたということ。あの男、何でもかんでもやりたい放題ではないか。どれだけ(セイバー)を思っていたのやら。

 

「先の話にも出たように、この聖杯戦争はツクヨミのバックアップを受けている。だけれど、彼はどういうことかそのツクヨミにまでも嘘をついた。そう、自分の真名を偽ったの」

 

「じゃぁ、それで召還したかったサーヴァントとは別のサーヴァント、シグムンドが……」

 

「だから言ったでしょ?私にとって彼は最初の誤算だって。それでもって、最大の誤算。こっちにしてみればとんだ迷惑よ。あなたたちの親子愛のせいで、私はこの街を守れそうにないじゃない……」

 

 セイバーは下を向き、何も言い返せなかった。市長の言っていることは自分の欲望も混ざってはいるが、彼女の行動の理念と目的はなんら間違っていない。むしろ、この街を、人々の危険を脅かしてまで成就されようとした二人の親子愛こそ功利主義的に言えば間違いである。

 

 アーチャーの行動は間違いであったとは誰も思わないし、誰も言わない。素晴らしい親子愛によって引き起こされた結果だと誰もがそう思う。ただ、やはり彼は他の人たちを危険に遭わせ過ぎた。

 

 市長もアーチャーのことを述べると、少しだけ後ろめたそうな表情を浮かべる。それはきっとアーチャーに対する令呪を少年に譲渡したことについてだろう。ただ、彼女はそのことについての話を切り出そうとしなかったので、俺たちもそのことについての話は一切関わらないつもりである。

 

「—————この街だけは守ってくれればそれでいいの」

 

 俺たちにそう言い聞かせる。それを言う時の彼女は自分自身の矛盾を感じていただろう。

 

 彼女は街を守りたい。そう願っているのなら、それはそれで構わない。だが、彼女が令呪を譲渡した相手はあのバーサーカーを携えた少年である。彼は子供にしては若干イカれた強い破壊欲求があり、ヤバい子。そんな子にアーチャーの令呪を託すということは、どうぞ街を破壊してくださいと言っているようなもの。それこそ、彼女の言動の矛盾である。

 

 守りたいなら、少年に令呪を譲渡しない。なのに、何故市長は令呪を譲渡したのか。

 

 一切関わるつもりはない。だが、やはり気になる。

 

 俺が虚偽の疑いを市長に向けていると、セイギが怖い笑顔を作り出した。

 

「あと、僕からはお願いがあるんですけど……、僕のこと監視し過ぎじゃありませんか?そろそろ監視の使い魔の数減らさないとキレますよ?」

 

 セイギは笑ったまま怒っている。怖い。市長もその笑顔なのか憤怒の顔なのかよく分かんない態度に、ニッコリ笑顔で対応している。市長も怖い。

 

 どうやらセイギの話から聞くに、毎日毎日監視の使い魔の数が異常な程多く困っているらしい。俺の監視にも使い魔がついているらしいが、生憎俺は魔力の探知が一切できないので、ある意味では誰かに見られているという感覚もなく気にならない。セイギは俺の二倍ほどの使い魔の数が付いているため、毎日苦労しているんだとか。

 

「あら?私の使い魔があなたを監視(ストーカー)していると?ご冗談はやめて下さい。私はそのようなこと致しておりませんし、その証拠は何処にあるのですか?それに、もし使い魔を監視させていたとしても、前回の聖杯戦争の大事件を引き起こしたアサシンのマスターの弟子であるあなたが師を越えたいと思いアサシンを召還したのですから、街を守りたいと考える私にとっては危険人物も同然でしょう」

 

 二人の間に生じた火花が段々と大きくなっているように思える。セイギも市長も顔つきは一切変えないが、やはりその顔の中は物凄い形相なのだろう。

 

 これが現代の魔術師の姿なのだと知った。互いに顔を変えず、妙な空気が流れる空間で口論をする。なんと窮屈なのだろうか。

 

 やはり俺は魔術師に向いてないらしい。市長はいつか俺が立派な魔術師になったら教えてあげると言ったが、どうやらそんな日は来ないのかもしれない。

 

 それから少しの間セイギと市長のネチネチとした言い争いは続いた。だが、そこを何とか二人の機嫌を良くしようと仲介役に入ったら二人とも静かになった。というより、仲介役に入った俺が二人にコテンパンにされて、そのことを二人は自重したので自然と収まった。つまり、俺の身を犠牲にしてなのだが、ここで俺が止めなかったらきっと明日まで口論が続いていただろう。

 

 まぁ、とにかく言い争いは終わり、俺たちはもう用がなくなった。ここに来る目的は大体達成できたし、予想以上の収穫もあった。

 

 よし、帰って寝るか。なんか、色々と疲れた。現在時刻は午後三時。今帰って寝れば、夜には気分絶好調だろう。

 

 俺はセイギに目で合図を送る。セイギはその合図を悟り、目頭を手で押さえてため息を吐いた。

 

「市長、すいません。僕たちはそろそろ帰らせていただきます。夜まで休息を取りたいので」

 

 そう市長に伝えると、彼は席を立った。行こうか、と声をかけられた俺は彼の歩いたところを歩くように部屋のドアに向かう。市長はそんな俺たちを見て、何かを悩んでいるようにそっと目を逸らした。

 

 言いたくても言えないということがあるが、現在の状況こそそういうことだろう。鎖に縛られて、思うように発言できない姿は、さっきまでの堂々と胸を張っていた市長とは大違い。俺たちの後ろにいる市長は、市長としてではなく、一人の女性としての姿なのだ。

 

 それでも、時には言わねばならぬこともある。そこで覚悟を決めて、勇気を振り絞って一歩を踏み出さなければ最悪の終わりを迎えることとなろう。

 

「その……、あなたたちはバーサーカーの少年と戦うのかしら—————?」

 

「そうですね。多分、彼と戦うことは免れることなどないでしょう。彼は子供にしては行き過ぎた破壊欲求がありますし、彼の望みを叶えさせようとは微塵も思いません」

 

 セイギは市長の態度の違いに気付いたが、表情も口調も変えることはなかった。容赦しないと言うと聞こえは悪いが、まさにその感じ。市長と少年の間には何かある繋がりがあるんだと分かっていたけど、セイギはそこに気を許すような男ではない。聖杯戦争は命の賭け事。だから、どんなことがあっても、彼は心を揺らすことなどない。

 

 深入りはしない。ただ、市長が自らその話を持ちだして来れば聞く。そう考えていた俺は市長の優柔不断さを見て、憐れと感じた。ここまで彼女の心を揺さぶる何があるのかと気になるよりも、その動揺の理由を俺たちに打ち明けられない彼女の心の弱さが滑稽と思える。

 

 それでもって、何処か俺に似ている節があると痛感する。自分を見ているみたいだ。

 

 自分の弱みを人に言えない。それこそが一番人間として弱いことなのだ。

 

「何が言いたいんですか?」

 

 つい助け舟を出してしまった。深入りもしないし、話を自分から聞く気もなかった。滑稽だと思えていたのに、見ていると自分の弱さを見ているようでイライラしてくる。

 

 市長は左腕を握りながら俯いていたが、俺たちと目を合わせた。そして、彼女は俺たちに向かって頭を垂れる。これはきっと謝罪よりも、感謝よりも、懇願。

 

「お願いします。あの子を、どうか殺さないで下さい—————」

 

 深々と下げられた頭を見た俺たちは驚いた。きっと彼女は何か後ろめたいことをしたから謝罪をするのかと思ってはいたが、まさかお願いされるとは思ってもいなかった。そればかりか、その内容がバーサーカーの少年を殺すなということ。

 

「あの子は私の甥なんです。前回の聖杯戦争で亡くなった姉の大切なたった一人の子。だから、どうか彼の命だけは見逃してあげてください」

 

 さっきと比べて謙った口調と弱くハッキリとした芯のない声。あの少年の身の上を教えられて、助けてやってくれとお願いされて。だけど、自分では何もする気などないというように他人任せなようにも感じられる。

 

「僕たちは今、聖杯戦争という舞台に立っている。そして、あの少年も命を懸けてまでもこの舞台に立ったんだ。だから、彼が殺されても何にも文句は言えないし、どうしても助けたいと思うのならあなたが助ければいい話だと思います。あなたが命を落としてまでも、あの少年を助けたいと思うのなら別ですが……」

 

 至極真っ当、正論で彼女の願いをセイギは跳ね除けた。俺たちだって死ぬかもしれないこの聖杯戦争で、そう安々と人の願いを叶えさせようだなんて思えるわけがない。どんなに必死に懇願しようと、こっちだって必死。

 

 市長はセイギにあっけなく一蹴されると、悔しそうに下唇を噛んだ。ただそこにセイギに対しての恨みがあったというわけではない。焦燥が滲み出ていた。

 

「私が彼を守る資格なんてない……、だって私が彼を見捨てたのだから」





さぁ、次回は少年の話でございます。

バーサーカーの少年、何やら訳ありのようです。


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時経つ、想い千変万化

はい!Gヘッドです!

このルート、書いてたら戦闘シーン全然ないことを改めて実感しました。やっぱり、平和にさせるには戦闘シーンは減ってしまうのでしょうか。


 バーサーカーの少年。本名、家陶(やすえ)達斗(たつと)。織丘市の東側にあるキリスト教の孤児院に保護されている男の子。彼の特徴として異常な破壊欲求を持っているという点が挙げられるが、その理由の一つに、誰にも愛されなかったという悲運があった。

 

 達斗は藤原市長の甥。それはつまり、前回の聖杯戦争で亡くなった藤原市長の姉である、旧名、藤原(かえで)の子供。

 

 前回の聖杯戦争、それはのちに『二週間の悪夢』と呼ばれる魔術師にとって悪夢の連続が重なり続けた出来事。その当時、魔術財閥である藤原家には二人の秀才がいた。それが楓と市長のことである。

 

 二人は互いに秀でた力を有しており、どちらが藤原家の魔術を引き継ぐのかというので論争になっていた。だが、妹である市長は血友病を患っていたため、結局のところ参戦したのは楓の方だった。

 

 だが、楓は酷くそういった魔術の世間体が嫌いだった。彼女は魔術師としての誇りもあったのだが、財閥の長になる気など甚だ無く、ひっそりと一人で静かに魔術を学びたいと考えていた。

 

 そんな楓は多くの人から非難を受ける。しかし、妹である市長はそんな彼女が素晴らしい存在として見ていた。財閥の意思に反して生きることは、自分には出来ない大胆なこと。それを平然とやる楓を尊敬していた。と同時に、敬遠もしていた。

 

 楓の大胆な行動から、良くも悪くも人の目が楓に向く。すると、いつしかその影は濃くなり、市長の存在は薄れてゆく。市長は姉である楓が好きだったが、どうしても姉にあって自分にないものを見つめてしまい、疎ましく思う。

 

 —————そして、その思いが楓の隠し子である達斗に向いてしまった。

 

「私の姉が聖杯戦争で負けて死んだと聞かされた時、心が悶えるような苦痛を感じた。だけど、それと共に、『ざまぁみろ』という思いも湧き出てきた。そして、一時の過ちを犯した」

 

「隠し子であるあのバーサーカーの少年を引き取らなかったんですか?」

 

 市長は目を下に向けて縦に頷いた。

 

「私が、私だけが姉に隠し子がいるのを知っていた。姉は私に信頼を寄せてくれていたのかもしれないけれど、私はそんな姉が嫌いだった。だから、姉が死んだ時、達斗を匿わなかった。それからはもう想像つくでしょう—————?」

 

 達斗は孤児院に預けられた。そして、彼はどのようにしてか、自分の出生と身の上話を知った。それからはもう恨むばかりである。きっと、そのような原因があの子をあんな風にしてしまったのだろう。

 

「本当はね、彼を孤児院に預けてから少し時が経って、引き取ろうとしたの。でも、もうその時には遅かった。彼は私を拒絶したの。だから、その時、私は自覚した。私はもうこの子から叔母として見られていないのだって。私があの子にあれこれと言える権利なんてないの。私があの子をあんな風にしてしまったから」

 

 姉への思いがふとその子である達斗に移ってしまった。その一時の過ちが彼女を苦しめる。きっと、アーチャーの令呪を与えたのも、このことをネタに脅されたか、そもそも市長が逆らえないということを利用してなのか。

 

 セイバーはそんな市長をじっと見つめた。決まり悪そうな目つきで彼女の姿を目に収めていた。

 

 彼女も似たような境遇がある。だから、分かる。達斗の苦しみが。

 

「それだからダメなんですよ—————」

 

 ボソッと呟いた。それは彼女だからこその事の捉え方だった。俺たちだったら今の話を聞いて、どうも市長的な立場に立ってしまう。ダメだということをしみじみと感じ、その上で何も出来ないというのがセイバー以外の捉え方。だが、セイバーは少年の立場で物事を捉えていた。ここにいる人たちの中でセイバーだけが少年の辛さを知っている。

 

「あなたは自分に罪があるとか言っていますけど、それってそんなことを言い訳にして逃げているだけじゃないですか……。だから、あの子はあんな風になる。あの子はあなたに助けて欲しいんですよ。例え何遍も拒否しようとも、自分を大切に思ってくれている存在を邪険には扱うはずがない。かまってほしい、自分のことを誰かに見てほしいんです。自分が誰にも大事にされないって感じて、自分という存在が分からなくなるのが怖いから」

 

 彼女もこのことに関しては実体験がある。だから分かる。俺たちと違った捉え方が市長を戒める。

 

 市長はずっと逃げてきたに過ぎないと彼女は言う。多分、セイバー的には『悩む』と『逃げる』は違うのだろう。セイバーに一喝された時、俺は悩んでいた。自分の行いが正しいのか正しくなかったのかと。今でもその答えは分からないが、それでも悩みながら前を向いている。

 

 だけど、市長は逃げている。少年に彼自身の存在意義を見出させるということから。悩んでいたら、その行動を善か悪か、いつすべきなのかを考えている。下を向いてでも前を向いてでも、一番にあった答えを探そうとしている。でも、逃げるというのはそもそも何かをしようとしていない。する事そのものを諦めているのだ。自分に権利はないと、その事を理由にして事態に面と向かって取り組むことを拒絶している。

 

 —————拒絶しているのは少年ではなく、市長ではないのだろうか。少年の拒絶は言わばかまってちゃんアピールのようなもの。それは拒絶なんかじゃない。助けてというアピールに近いものだろう。それを気付いていようがいまいが、手を差し伸べなかった市長に問題がある。

 

「人は誰かがいるから自分を認識できるんです。自分ってこんな人なんだ、自分ってこんな風に思われているんだって。そこで自分がいる意味を見つけられる。私だって、ヨウがいたから自分って存在も認識できた。もし、ヨウがいなかったら、私はまだセイバーだって強がって、自分の過去を見返してなんていません。私にはヨウがいた。あの少年にはそれがあなたなんじゃないんですか?あなたがあの子を本当の意味で見つけてあげないと、後戻り出来なくなりますよ」

 

 セイバーはその後戻りできない事をしてしまった。一時の情に体を委ね、剣を振った。それは彼女にとって変えられぬ過去であり、罪深く忘れたい過ち。心の底に残る未来永劫消えぬ傷。それをあの子に刻みたいのかとセイバーは訴える。

 

 だが市長はうんともすんとも言わず、ただ下を向くだけであった。セイバーはそんな市長から目を逸らす。

 

「帰りましょう」

 

 セイバーは俺たちに声をかけた。もうこれ以上話すことはないようである。不満そうな彼女の横顔は何処か美しく思えた。

 

 俺にはそんなにしてまでも誰かを助けようって思いが湧かない。だから、美しい。俺には到底できない彼女の行動が。

 

 俺たちは部屋を出る。その際に市長にこう告げた。

 

「あのガキの支えになるとかそんなん思わなかったんですか?別に俺はあのガキと向き合えなんてそんなん思ってないですけど、せめて隣にいるぐらいはあんたでもできるでしょ?もしかしたら、俺たちあのガキ、殺しちゃうかもしれないけど、その前に何とかした方が良いと思いますよ」

 

 軽い助言。セイバーみたいに人生の中で悲劇を目の当たりにした彼女ほどの説得力なんかないし、俺のただの感情論だけど、それでもやっぱり両親を亡くした俺にとってもあの少年の辛さが少しだけわかる。俺は爺ちゃんがいたからなんとかなったけど、爺ちゃんもいなかったらと思うと俺は今頃どうなっていただろうか。想像もつかない。

 

 きっと、毎日笑うこともできなかっただろう—————

 

 市長もきっと少年の尊い笑顔を見れたら、心を正すと思う。ただそれまでどうすれば良いものか。殺さないという保証もないし。

 

 —————やれるだけのことをやろう。心に決めた。人が死ぬ姿を見るのはもう散々だ。

 

 それから俺たちは市役所を出た。お互いに夜まで休息ということで解散し、俺とセイバーは何処も寄り道せず真っ直ぐに家に帰った。セイバーは帰り道、口を開こうとはせず終始素っ気ない姿だった。家に帰ってからもその様子は変わらない。気分が悪く誰かと話をしたくないのか、何かを考えているのか。

 

 家の廊下で迷い気な目を深く閉じた彼女。冬の冷たい空気が足先の感覚をじわじわと奪う。木の板が軋む音が廊下に響く。

 

 そしてゆっくりと彼女は目を開けた。目にある迷いは消えずにそこに残っている。しかし、もう遠いところを見るような目であった。少し細めた目は潤っている。長い睫毛が上下重なりその隙間はもう別世界。

 

「何を考えているんだ?」

 

 彼女にそう訊いた。彼女は俺に見られていたかと知ると、恥ずかしそうに少し顔を赤らめる。そして、笑顔を作った。

 

「私のお父さんも、あの市長さんみたいなことをずっと悩み続けていたのかなって考えてしまいました—————」

 

 彼女が言う『お父さん』とは実の父シグムンドではなく、育ての親レギンのことであろう。レギンもセイバーに対して酷いことをしたのかもしれない。だから、セイバーは怒ってしまった。その時、その怒りが魔剣グラムと反応して、両者互いに無数の傷を負い死んだ。

 

 その時、セイバーはレギンとちゃんと話合わなかった。レギンの話を聞くことなく、彼女は思うままに怒りを力にした。信じていたのに、裏切られたと思ってしまったばかりに。

 

 今ならこうも考えることができるだろう。レギンは本当にセイバーを実の子のように愛したのではないかと。確かに金銀財宝に目が眩んだかもしれない。だが、それでも彼女を深く愛していたことに違いはないのではないか。

 

 レギンのことを考えると胸が苦しいだろう。だがそれでも、レギンのことを考えねば何も進まない。彼女も逃げてばかりの臆病者になってしまう。

 

「私も本当は悩んでいます。私は掛け替えのない大切な人を自ら殺したということに。その悩みは、罪は、絶対に消えない。それでも、前へ歩かないとならないから、歩いています。こんな私でも誰かのためにできることがあれば、それをする。それが私の償いのようなものだと思っています。それが私の存在意義だと、今一度認識していました」

 

 前までの彼女なら、レギンを殺したということをこう笑顔で話せないだろう。今はそれだけのことをできるのだ。その事実を受け入れて、罪を背負い、前へ進んでいる。

 

 そういう彼女の芯の強さを見るたびに、俺の心が彼女に魅入る。自分には絶対に出来ないような素晴らしい姿だから、憧れの思いを抱きつつ、その彼女の生き様を見るのが俺の人間らしさを高める。人らしく俺もあろうと思える。

 

 そんなこと今まで考えたこともなかった。俺はずっと自分中心でしか周りを見てこなかった。泰然自若、俺が真実だと思えたものが真実、俺が良ければ誰がどうなったって良い。

 

 確かにその生き方も悪くはない。自分の利益だけを追求する生き方は俺の性にあっている。

 

 しかし、人生とは基本的に一度きり。その一度きりをそんなことのために使って、俺は楽しいだろうか。幸せだろうか。こんな人生だったと死ぬ間際に笑えるだろうか。

 

 俺はセイバーじゃない。セイバーのように前に進む生き方なんて俺には無理かもしれない。だけど、彼女が俺にその素晴らしい姿を見せる度に、その姿に魅入ってしまい俺も彼女も同じようにしたいと思う。

 

 それならば、俺は堂々と彼女の隣に立つことが出来るだろう。俺は彼女のマスターなのだと胸を張って言えるような気がする。

 

「—————良いんじゃないか?そんなこと言えるだけで、お前は十分立派だろ」

 

 彼女を褒めて、自らを中傷した。俺にはお前のようなことはできないと。

 

 できないけど、それでもセイバーの様に生きてみたい。

 

 嫌悪は憐れみと変わり、憐れみは嫉妬と変わった。その次に尊敬へと想いは変わる。

 

 人は時が経てば変わり行く。何もかもが少しづつ変わり行く。想いもまたその範疇。

 

 次に何へと変わるのか。

 

「お前はスゴイな—————」

 

 そんな彼女を見ていると、少しだけ胸が熱くなる。



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これが彼女と過ごせる最後の平和
頑張ってみる、そう思えた


はい!Gヘッドです!

そろそろ終盤に差し掛かってきました。さてさて、あと数日で終わる聖杯戦争を彼らはどう思うのか。


 夜、俺たちは海まで来ていた。もちろん遊ぶためとかそんな呑気な目的で来たわけじゃない。敵の探索、それが目的だ。

 

 いつも俺たちは自分の自宅がある南西側しかパトロールしていなかったが、敵と当たる可能性が低くなったのだから活動範囲を広げなければという理由で海に来た。

 

 のだが……。

 

「海ダァ〜‼︎海、海ですよ‼︎海ッ!」

「ワァ〜、本当に水が地平線の彼方まで広がっているのね。う〜んッ!波の音がロマンチック!」

 

 肝腎なサーヴァント二人が海で今までにないほどはしゃいでいる。まるで海を見るのが初めての子供のようにキラキラとした目で海の先を見ていた。砂浜に降りて、靴を脱いで地面がサラサラの土であることを確認し、テンションアップしているようである。そんな二人を地元民である俺とセイギは呆然と見ていた。

 

「あんなにはしゃぐほどのことかな?」

 

「ただの海だろ。何処もはしゃいぐ要素なんてねーよ」

 

 見慣れている。自宅から自転車で三十分ほど北に進めば海が見える。俺たちの中では海なんてそこまで特別なものじゃないけど、あの二人にとっては海はスペシャルプレイス。はしゃぎたくなるのだろう。

 

「ん?そういや、アサシンは海よりも山の英霊なのか?海にはしゃぐって事はやっぱり海見るのも初めてとか?」

 

「う〜ん、初めて海を見たかどうかは分からないな。でも、確かにアサシンは生粋の山サーヴァントだよ。だから、興奮しちゃうのも無理はないんじゃないかな」

 

 俺たち二人はアサシンを見た。その時、本当のアサシンの笑顔を見たように気がした。明るく無垢な若い笑顔。目頭から目尻かけて線が引かれたように、笑顔で目が細くなる。いつもとは少し違った姿である。

 

 いつもは基本的に艶めかしく、白い肌の上に浮かび出る笑顔は男を誘う。エス字に曲がった背骨から性的興奮を湧き立たせる尻までの完璧に整った体型は黄金比。その顔と体型から大人の女性、しかも娼婦という汚れてしまったようなイメージがある。

 

 だからこそ、新鮮な笑顔に思える。その穢れているというイメージを払拭するほどのその無垢な笑顔は何処か若さが感じられる。アサシンに似合わないというのが率直な思いだが、それは今までのイメージとはかけ離れているということ。生憎俺は本当の彼女を詳しく知らない。だから、俺の知っていたアサシンが本当のアサシンではないのかもしれないと感じてしまった。

 

「—————アサシンってあんな笑顔するのか?」

 

 セイギに尋ねた。こいつなら彼女のマスターだから何かを知っているかもしれない。

 

「うん、実際にあんな良い笑顔を見たのは初めてだけど、ヨウが思っているよりかは断然彼女は良い()だよ」

 

 二人の間にどんなことがあるのかを俺は知らない。何かを隠しているのかもしれない。何かで喧嘩しているのかもしれない。何か特別な感情を抱いているのかもしれない。別にそれはどうだっていい。俺に関わりのないことだ。

 

 だが、俺とセイギはマスターで、あいつらはサーヴァント。この約一ヶ月たまたま運命の乱れのようなもので一緒になったのだ。そして、それはあと数日もせずに終わる。俺たちとあいつらサーヴァントの世界は一緒でなくなる。もう会うこともままならない。

 

「お前が自分のサーヴァントをどう思おうが俺にはカンケーねーよ。でもさ、もう俺たちとあいつらは別れるんだ。もう一緒の道を歩けない。だからさ、何か想いを抱いたところで、その想いはお前のしたかったようなものにはならないんじゃないのか?最終的に想いを馳せるしかなくなるだろ」

 

 無邪気に海で遊ぶ二人を見ながら、辛い現実を呟いた。理想と現実の二つがそこにあり、砂浜にその二つの世界は分けられているのだと考えてしまう。そして、その言葉がセイギに言い聞かせたつもりなのに、自分に言っているようでそこはかとなく胸が苦しい。

 

 セイギは笑った。苦し紛れに笑みをこぼしたようである。

 

「そうかもしれないね。というか、そうだ。僕たちが例えどんなに彼女たちのことを想っても、その想いは成就することはないだろう。そこに待つのは辛い現実、逃げることはできない」

 

 そう言われるとまた一段と胸のモヤモヤとした痛みが強まる気がした。苦しい。

 

「でも—————」

 

 セイギの口から逆説の繋ぎ言葉が出た。淡々とした口調に強さが隠されている。

 

「この想いを無視していて僕はいいのかなって思うんだ。その想いと向き合うなんてしなければ、別れは辛くなくなるかもしれない。だけど、それから少し経って想い耽ると、そこには後悔しか存在しないと思う。今は良くても、それが後々首を綿で締めるようなことになる。この想いは確かに今存在していて、その想いは抱え込むよりも吐き出した方がずっと心地よいはず。まぁ、やらずに後悔するより、やって後悔した方がマシだってこと」

 

 何の躊躇いも無く平然と語るセイギの隣で俺は背を小さく丸めていた。俺は決してそのようには考えられない。将来苦しむか、今苦しむかで、俺は今を選んでしまうような男だからだ。目先のことしか考えることができない唐変木である。

 

 セイギの言ったことは俺だって分かっているつもりだ。だけど、それを行動しようにも、俺には何本かの鎖が繋がれていて、その鎖が行動を制限する。

 

 セイギは気のない俺を見て、こう訊いた。

 

「ヨウは逃げていて楽しい—————?」

 

 逃げている。確かにそうかもしれない。俺はアーチャーのことに関しては悩み続けているけれど、それでもセイバーのことに関しては逃げている。俺はセイバーと向き合うのが怖い。怖いのだ。俺がまた彼女と向き合った時、俺はどうなってしまうのか分からないから。

 

 分からない。それが怖い。

 

 ただ、これだけは分かることもある。

 

「逃げてて楽しいわけねぇよ—————」

 

 さざ波が砂浜に打ち寄せる。セイバーとアサシンはまだ楽しそうに海ではしゃいでいる。笑顔が眩しくて、俺はその明るい笑顔を直視できなかった。

 

 辛い。胸が苦しい。逃げるとはこういうことなのだ。

 

 セイギは立ち上がった。座っている俺を上から見下ろす。

 

「別にヨウがそれでいいって思うなら別にそれでいいんじゃないかな。僕はヨウのご主人様なんかじゃないから、ヨウを操り人形みたいに操れない。ヨウは自分の意思で動くから、その意思を最大限尊重するつもりだよ。だから、ヨウがどんな選択をしたところで、それは選択ミスなんて可能性はないんだ。だけど、これだけは覚えておいてほしい。相手が何をしてほしいかを見極めるんだ。それぐらいのこと、ヨウなら出来るよね?」

 

 彼はそう言うと、二人の所に駆けて行った。その時はもうセイギは本当の笑顔で今ある有限の時間を楽しんでいた。俺はそんな三人の燦々とした行動に憧憬のようなものを抱く。俺はそんなことして、別れが辛くなるなんて嫌だから。

 

 自分に嘘をついている。鈴鹿みたいに俺はまた周りにいた人を失うのかと思うと、嘘をついてでも悲しみを減らしたい。自分を騙してでも、俺は傷を負うのが怖い。

 

 怖いと思えば思うほど、明るく笑うあいつらと自分は正反対なのだと自覚する。

 

 —————俺だけがこんなにも弱いだなんて。

 

 自らが弱い。それがどうしようもないほど心を苦しめているのもまた事実。だからといって、この弱さは身体的な弱さではなく、精神的な弱さ。並大抵のことで精神的な弱さを克服できるわけもなく、自分だけが持つ弱さをひしひしと感じるしかない。

 

 結局、俺はその場から立ち上がることができなかった。セイバーに悩みを解消しようとするなと言われても、やはり悩みを抱き続けるのは心苦しい。常に自分の心に鎖がまとわりついているようで、その鎖から解き放たれたく思ってしまう。悩みから抜け出したいとどうしても思ってしまう。全くもって、辛抱弱い。

 

「ヨウ、どうしたんですか?元気ないのですか?」

 

 セイバーが座り込んでいる俺に声をかけた。

 

「いや、元気はあるよ。ただ、なんかさ、その……」

 

 素直にその次の言葉が言い出せない。何て言おうかと迷ってしまう。

 

「もうすぐ聖杯戦争が終わることですか?」

 

 彼女に当てられてしまった。推察されてしまったようである。聖杯戦争が終わるという微妙に言いづらいことを彼女は顔色一つ変えず言った。

 

「……そう。それ」

 

 無愛想で元気のない返事。そんな返事を聞いたセイバーは頬を緩ませる。

 

「聖杯戦争……、もうすぐ終わるんですね。まぁ、まだ勝つか負けるかなんて分かりませんけど」

 

「ハッ……。不吉なことを言うなよ。そこは堂々と勝つとか言えよ……」

 

「そう言うことができるならいいんですけど、私、みんなの中で一番足引っ張ってますし、私のせいで負けたらどうしようとか考えちゃいます」

 

「大丈夫だろ。お前はもうやるだけのことやったんだし……」

 

「あっ!私のやる事が鍛冶だけとか思わないで下さいね?少しは戦えますよ!」

 

 その会話の後、もう話すことがなくなった。何を何て話したら良いのか、頭にパッと浮かび上がってこない。どうしても気まずい空気だけは避けたかったのに、話すことがなかったらそれを避けることさえもできない。

 

 セイバーも思い詰めたような表情をする。俺の顔色を窺って、何を話し出すのか、静寂を破った。

 

「聖杯戦争、もうすぐ終わりますけど、ヨウは嬉しいですか—————?」

 

 唐突に、けど必然的にこの会話になった。セイバーは俺の方ではなく足元の砂をじっと見つめている。

 

 聖杯戦争はもうすぐ終わる。それは結果がどうであれ、俺とセイバーの別れを意味する。この一ヶ月間、何かが俺たちの間にあった。だから、ここまでやって来れた。やって来ようと思えた。

 

 だけど、もう俺たちの運命の道は互いに解離する。複雑に絡み合っていた糸がほどけたように、俺たちはもう会うことはないのだ。

 

 正直、心境は複雑な気持ちだった。以前だったらこれ以上とないほどの喜びに駆られ、この夜の海に向かって大声で叫んでいる。もう命を賭ける必要もなくなる。これからはまた命を失うことに頭を悩ませることなく、平和な日常を過ごせる。

 

 今もそう思っている。もうすぐ終わるということが俺に非常に大きな安堵を与えている。

 

 ただ、それだけではない。今の俺にはもう一つ想いがあった。

 

 セイバーと会えない。それを考える度に俺の心を苦しめる。悲しい、その感情に似た何かがある。

 

「わっかんね。嬉しいはずなのに、心苦しいっていうか、何つーか……。自分でも分かんねぇんだよ。自分が今、どう思ってんのか、どんな心情なのかって。だから、答えらんねーわ」

 

 ため息をつく。こんな複雑な体に生まれてきた自分に少しばかりか腹を立ててしまう。

 

 人とは複雑であるが故に、こうも自分の感情を答えるなんてことがうまくできない。そればかりか、自分自身で自分の抱いている感情を理解することもできない。ざっくりと分かっても、詳しく正確に分かり得ない。だから、自分の今の感情が何によって生じているのか分からない時もある。

 

 もっと人が簡単だったらこんなことは起きていないだろう。人が簡単に作られていたのなら、俺はこんなに考えを張り巡らせて、自分の感情を推察することもしなくて良い。この複雑な思いに悩まず、率直にセイバーに自分の心情を伝えられる。

 

 なのに、こうも人は複雑に出来上がっている。だから、複雑に出来上がっている人が自らを隅々まで分かり得ない。

 

 自分がどう思っているかさえも、自分には分からない。

 

 俺の返答を聞くや否や、彼女はクスリと笑った。

 

「意外です。ヨウはてっきり、清々したとか、待ち望んでいたとかそういうことを言うかと思っていたんですけど……、一緒でしたね」

 

 彼女は一緒と言う。俺と一緒、それは感情が俺と類似しているのだろうか。

 

「私も同じです。また死ぬかもしれないっていう恐怖から解放されて、私は願いを叶えられる。嬉しい……はずでした。でも、それだけじゃない。私もこの時間が失うってことがすごく惜しい。私が私であると初めて認識できたのはヨウのお陰ですし、それ以外にもヨウにお世話になったことは色々あります。だから恩返ししたいって思うんです。ヨウに……」

 

 恩返ししたいと彼女は語るが、俺だって彼女に救われたことだってあった……はず。少なくとも、過ごした時間が今思えば楽しいものだったということに変わりはなく、それだけで恩返しにはなっている。

 

 彼女は手を握り締めた。

 

「っていうのは、後付けの理由で、本当はヨウに何をしたらいいのか分かりません。恩返しっていうのは、自分の何をしたらいいのかという分からない疑問の空白を埋めるために当てはめたピース。当てはまっているように見えなくはないですけど、私の心は恩返しなんかじゃないって言っているんです。本当はそんなことじゃない。ここに居たいって思える理由で、分かったことはそれだけでした」

 

 彼女も自分の心が何を思っているのか知らない。だから、苦悩する。自分は何を思っているのかを試行錯誤して、見つけ出そうとして、見つけられなくて苛立ちや焦りを覚える。

 

 苦悩は続く、永遠に。

 

「—————でも、こう考えればいいと思います。何を思っているか知ってから何かをするのではなく、何かをしてから自分が何を思っているのか知るのはどうでしょうか?私も分かりません。自分の心を完璧に知るなんてできません。でも、進まなければならない。だから、してみてから、自分の本当の思いに気づいてみてはどうでしょう?」

 

 風が吹く。海の香りがして、鼻が堪える。風はセイバーの髪を撫で去って行く。

 

「生前、私の養父を殺した時、彼は死ぬ間際にこう言っていた。『自分がお前の本当の親じゃなくてゴメンな』って。きっと、彼は私よりもお金に目が眩んでいた。だけど、いつしか本当に私のことを大切な娘って思ってくれて……。だから、私が逆上した時も私を気遣ってくれた。その時初めて自分の心が理解できました。私が望んでいたのは王になることでもなければ、財宝を得ることでもない。ただ、ひたむきに愛されたいって。だから、私は分からなくても行動します。つらい中得ることのできた大きな教訓ですから」

 

 何を思っているか俺は知らない。そして、彼女も知らない。ただ、俺はそこで躓いて、進もうとしていない。彼女はそこで躓いても先に進もうとしている。

 

「—————俺も出来んのかな」

 

 心の声が漏れた。つい呟いてしまっていた。セイバーは微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ。ヨウならできますよ、きっと—————」

 

 その笑顔、あと何回見れるだろうか。俺はその笑顔の数を増やしたい。そう切実に思えた。

 

「—————ああ、頑張ってみるよ」




捻くれていたヨウ君。段々とセイバーちゃんのひたむきな態度に魅せられて、彼自身も変わりつつありますね。

そして、セイギが隠しているアサシンの謎とは?


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疎まれし魔術

はい!Gヘッドです!

今回ぐらいからヨウ君とセイバーちゃん以外の人を掘り下げようかと思っておりますが……。

最初は一人称、途中から三人称?になります。


「はぁ〜、今日はちょっと遊び過ぎちゃったわ」

 

 アサシンは明るい笑顔を振りまく。初めての海は残酷な彼女をそこまで温かい心持ちにするものなのかと考えてしまった。足元が濡れている。その足元の皮はふやけて、水膨れのように皮膚と筋肉の間に水が溜まっている。水膨れといっても、軽度のものではなく重度のもの。水風船が足にできたよう。アサシンはその足を見て、少しだけ肩を落とした。楽しい夢から目が覚めて現実を見たようにため息をつく。ため息をついてもどうにもならないようなことだけど、それでも彼女は現実に落胆してしまう。

 

「—————楽しい夢は永遠に。そんなことが起こればいいのだけれど、それもそう簡単にいかないのよね」

 

 彼女は自分を諭すように呟きながら鎌を取り出した。鎖が鎌の柄に巻きついている。彼女はその鎌の刃を躊躇なく自らの両足に入れて、傷をつけた。その傷からは大量の水がどっと流れ出た。しかし、その水から血の色や血の匂いは一切しない。

 

 その姿が妙に不思議だった。まぁ、そもそも彼女の足に何故そんなに水が溜まったのかというところや、そもそもそれだけが理由で足の皮を切るなどという色々とブッとんだ光景を見させてもらったし、その時点で不思議なのだが、そういうことではない。アサシンの顔の皮が剥がれたりと、色々と彼女の体には秘密があるのだなと思ってはいるが、やはり一つおかしいところがある。

 

「お前、痛くねーのか?」

 

 彼女は痛がる様子を見せなかった。もしかしたら痛いのを我慢していて、俺たちには痛くないように見えたという線もありうる。だが、彼女は何の躊躇もなく、まるで手馴れていたように鎌の刃を人肌につけたのだ。そして、切りつけた。どうもおかしいと思える。

 

 普通、自分が自分の肌に刃物を突き立てたら、やはり若干の恐怖を感じる。もしアクシデントが起きたら、ケガを負うかもしれない。ケガを望んで負う者なんて相当な変質者でない限りいないはず。

 

 でも、彼女は怖がることなく自らの足に切り込みを入れた。彼女に恐怖なんてものがないのかもしれないと感じたのだ。

 

 それはきっと、痛くないから—————

 

「ええ、まぁ、そんなものなのでしょうね」

 

 暗い顔で彼女は返答する。自分というものを悲観し、それでもその悲しい運命を受け入れているように聞こえた。諦めが彼女の言葉に秘められていて、それと同時に触れるなという警告をされたようであった。

 

 そして、彼女が自らの足に刻んだ傷は見る見るうちに塞がってゆく。その傷を俺たちは不思議なものだと眺めていたら、彼女は恥ずかしいわ、と言ってその足を隠した。

 

 場の空気は湿気ってしまった。悪気はなかったのだが、やはり触れてほしくない過去が一人一人にはあるように、アサシンにもあるのだと自覚した。セイギはその場の空気を壊すよう、一回クラップして俺たちの視線を向ける。そして、向いた視線に対して笑顔を向けた。

 

「今日はどうやら、敵はいないみたいだね。だから少しぐらいは気を抜いてもいいんじゃないかな?」

 

「今日は敵がいないって、何で分かるんだ?」

 

「使い魔を三匹ほどこの街に仕込ませているんだけど、その使い魔たちの反応は今の所、特に無し。だから、あの少年とグラムは動かないんじゃないかな?」

 

「動かない?じゃあ、キャスターが生きてることに気付いていないのか?」

 

「あ〜、うん、そうだね。まぁ、それもあるね……」

 

 セイギはお茶を濁すように最後を曖昧に言った。『それも』と言うことは、つまりそれ以外の何かがあるということ。そのセイギが隠していることは何なのだろうか。

 

 俺はセイギの目を真っ直ぐ見た。

 

「セイギ、お前、嘘吐いてる?」

 

「え?そんなことないよ、嘘ついてないって」

 

 彼はまた何かを誤魔化すように軽く笑いながら返答した。

 

「本当に、嘘吐いてないか—————?」

 

 今度はゆっくりと彼に向かって笑顔で尋ねた。言葉の裏に強い強制が混じっている。

 

 彼は合わせていた目線をそっとずらして、後ろめたそうな姿をする。だが、すぐにいつもらしい笑った顔を見せる。

 

「吐いてないよ」

 

 彼がそう言うので、俺はもう詮索するのを止めた。例えそれが嘘であったとしても、セイギは嘘でないと言っている。それはもうどうしようもない、しょうがないことなのだ。

 

 ただ、それだけ俺が信用されていないという証がそこにある。

 

 俺は背を向けた。

 

「俺、帰るわ。今日、あいつら出てこないんだろ?じゃあ、いる意味ないじゃん。俺、早よ寝たい」

 

「え?でも……」

 

「ん?何か俺がいないとダメなこととかある?」

 

 セイギはその言葉に萎縮した。引き止めようと思っていたのに、その思いは簡単に折れてしまった。

 

「いや、大丈夫。僕はアサシンともう少しだけ外にいるよ。他のサーヴァントが出てくるかもしれないしね」

 

「キャスターのことか?」

 

「あー、うん。そうだね。ヨウはキャスターはそんなに危なくないって言うけど、僕は見たことないから分からないし。だから、もう少しだけ外にいるよ」

 

「おう。そうか、分かった」

 

 俺はそう告げると自宅に向かう。セイバーもその後を追うように砂浜を後にした。セイギは砂の上でただ俺たちの遠くなっていく背中をずっと見ていた。そして、二人の姿が見えなくなると、彼は尻餅をつくように座り込んだ。

 

「はぁ〜、ダメだ。やっぱり言えなかった」

 

 アサシンはそんなセイギを見て口元を緩ませた。二人とも緊張が解けたようである。

 

「またダメだったわね。どうしたの?嫌われるとでも思って?」

 

「いや、そういうことじゃないんだ。ただ、やっぱり嘘を吐いてるって言うのは結構度胸いるよ。聖杯戦争に参戦するって時よりも、よっぽど僕にとっては重いことだから」

 

「大丈夫よ、確かにヒドイことをしようとしたけれど、今はそんなことこれっぽっちも思ってないでしょう?」

 

 彼は返答しなかった。それはつまり、アサシンの質問をイエスかノーの判断で、ノーと答えた。まだヒドイことを企んでいるということだ。

 

 彼のその罪深さをアサシンは柔らかい目で見つめる。暗殺者である彼女はその罪深さも超越しているのか、はたまた同情できるのか、彼をそっと抱き締めた。

 

「それでもセイギ、あなたには決定的な殺意が無い。その人を殺すことで自分が満たされるというような殺意をあなたは持っていない。あなたが持っているのは魔術師という運命に従うための殺意。それは殺意ではなく、運命からの強迫よ。そして、それをあなたは捻じ伏せた。例え少しだけヨウを殺そうと思っても、それはあなたの意思によるものではない。だから、あなたは悪くなんかないわ。悪いのは運命で、あなたはそれに勝った。むしろ、すごいことだわ。私が出来なかったことをあなたはやってのけたんだもの」

 

「そうかな。でも、僕はそのことをしようと心に決めた。今は思っていなくても、過去は思っていた。それは罪深いことであり、その罪は過去から今にまで続いている」

 

「そんなこと……」

「嘘だ!だって、僕は……ヨウを裏切ろうとしていたんだよ—————?」

 

 その場が急に静かになった。波のさざめく音が聞こえる。心の中にまで押し寄せてくるような音。海風も吹いている。風が身体を撫でながら通り抜ける時、その風に心ごと持って行ってしまいたいとセイギは考えていた。

 

「最後、僕とヨウが生き残ったら、アサシンにセイバーを殺させようと考えていた。そうすれば、僕は、伊場の魔術は根源へと到達できる。魔術師殺しだの、窃盗者だの散々に言われてきたけど、遂に伊場の魔術は認められる!悲願なんだ!叔父さんと僕の悲願なんだ!だから、それでいいって思ってたけど……」

 

「—————失ってはダメな人なのね?あなたにとってヨウは」

 

 セイギは縦に頷いた。彼の顎がアサシンの肩に軽く当たり、アサシンは彼の顔を見なくともどのようなことが考えているのか想像できた。

 

「あなたは魔術師として誇れるような人じゃないかもしれない。だけど、あなたは人間として十分誇っていいわよ。結局、あなたは誰も裏切らなかった。例え、それが私を殺すことになっても……」

 

「……それは……イヤ、だ」

 

 彼の運命への抵抗は小さな弱い声で呟くぐらいしか出来なかった。

 

 運命は欲張り者を嫌う。度胸の無き者も嫌う。迫られた選択でどちらを選ぶかという時に、どちらか一方だけを選ばねばならない。二つを選ぶ、あるいはどちらも選ばないというようなことをした場合、運命はその選択者に復讐を仕掛けてくる。それこそが人の進む道、運命なのである。

 

「イヤだなんて、悪い子ね—————」

 

 包容力のある優しい母親のようである。彼女の腕の中はとても居心地の良いもので、その辛い運命から少しだけ目を逸らしていた。

 

 魔術師という運命、人という運命。魔術師であるためには人であらねばならないが、かといってその魔術師と人とは相反する生き方をする。その生き方に葛藤し、彼は魔術師を捨ててしまった。友のために人という道を歩んでいる。

 

 いや、ただの魔術師ならまだ二つの道を歩くことはできたかもしれない。だが、彼はただの魔術師ではない。だから、苦悩している。

 

 彼はアサシンの介抱から離れるように立ち上がった。

 

「伊場の魔術師は悪いどころか、最悪の魔術師だよ。窃盗者と言われても、僕たちは言い返すことができない。だって、その通りだ。それが僕たちのいる意味であり、それで根源へ至ろうとしている。それだから、一度伊場の魔術は滅んだ……」

 

「魔術回路の強奪、それは確かにあなたの家系しかできない諸行よね」

 

 伊場の魔術。その魔術はあまりにも特殊で、その性質から全魔術師に嫌悪されていた。それこそ、魔術師としての命であり存在価値である魔術回路の強奪である。その名の通り、魔術師の魔術回路を引き抜き、その引き抜いた魔術回路を他の誰かに移植するという諸行。世界中、どこを探しても彼ら伊場の魔術師にしかできないことである。

 

 もちろん、その魔術は元来魔術師の治療などに利用されるものである。魔術回路が何か外的損傷や内的損傷で上手く機能しなくなったり、生命の危機に陥る配線だとその問題となっている魔術回路を取り除かねばならない。その魔術回路を取り除くという魔術が伊場の魔術だった。

 

 しかし、魔術回路そのものを取り除くということを西欧の魔術師たちは気味悪がった。魔術師の大切な研究を横取りしてしまう魔術と思われてしまったのだ。それ以降、日本の魔術が西欧気触れしてゆくにつれて、伊場の魔術の居場所は無くなり、最終的に滅した。

 

 そのあと、伊場の叔父である理堂が一代で伊場の魔術の勃興を目指した。かつては許容されていた良き時代のようになるまで。

 

 だが、叔父は死に、伊場の魔術を使える者はもうこの世でただ一人しかいなくなった。

 

 それが、伊場正義、セイギである。

 

 魔術回路を奪う魔術とは何とも皮肉ゆえ、彼は苦悶する。世界中の魔術師たちに伊場の魔術が素晴らしいと誇示したいために、ここで聖杯戦争を勝ち抜けて根源へと至らねばならない。なのに、そこで人であるがため立ち止まってしまった。

 

 彼の足はもう石のように重い。あと数歩で悲願の達成なのに、その数歩があまりにも彼には遠い。

 

「僕は、ヨウを裏切れないよ—————」

 

 弱音を吐く。セイギとアサシンの二人だけの空間だからか、誰にも見せない弱気なセイギがそこにいる。

 

 その時だった。暗闇の向こうから銀色の輝く何かがのそりのそりとやって来る。砂の上を踏みしめ、ゆっくりと二人に近づいてくる。

 

「セイギッ!」

 

 その何者かに気付いた二人は一瞬にして切り替えをした。戦闘態勢である。アサシンは鎖鎌の刃からの鈍い光をちらつかせ、セイギは身体を守るように白い球体状の魔力の塊を配置する。

 

「ああ、クサイ!人間のクソな臭いがプンプンしてくる!それに(けだもの)、死体の臭いも混ざっている!鼻がひん曲がってしまう!実に穢らわしい」

 

 汚い言葉だ。だが、その声は美しく淀みのない声だった。中性的な声と棘のある言葉がアンマッチ。

 

「こら、ダメ!あなた、私のサーヴァントでしょ?」

 

 その声の後に聞き覚えのある声が聞こえた。聞き覚えのある声は女の子の声で、先の声の人を律している。

 

 その声の主、二人がセイギとアサシンの前に現れた。一人はルーナである。イギリスからの留学生で織丘高等学校に通う二年生の少女。緑色のフード付きマントと金色の指輪を嵌めている。そして、もう一人は銀色の甲冑に身を包んだ長い髪の大人。腰まで伸びている髪を一つに束ねており、スタイルの良い美男子であった。その男の手には白銀の大きな盾と円錐のとても長い槍が握られていた。盾は見たこともないような未知の文明の模様が浮き上がっていて、槍はヴァンプレートの付いた突くという攻撃に特化した大きな槍。

 

 その二人を見たセイギとアサシンはあまり喜べなかった。

 

「なんだ、君たちか。……何だい?僕たちに父親殺しの復讐でもしに来たのかい?ルーナ、ランサー—————!」




というわけで、出てきましたランサーとそのマスター。そして、セイギ君の言った父親殺しとは?


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ずっと一人で

はい!Gヘッドです!

何と、ランサー陣営が登場致しました!

……って、あれ?ランサー?死んだんじゃ……?


 突如としてセイギとアサシンの前に現れた二人組。ルーナとランサー。その言葉通り、ランサーとは槍兵のサーヴァント、そしてそのマスターがルーナであった。

 

 ランサーの銀色に光る重厚長大な鎧と盾と槍。総重量はどのサーヴァントの中でも断トツで重く、瞬時に動いたり、スタミナなどの点では劣るだろう。そのような見解を一目見ただけで、誰もが考える。しかし、ランサーは案外細身で、ゴリゴリの筋肉を無駄につけたような身体ではない。バランスのとれたしなやかな肉体だろうと推測できる。

 

 ルーナは普段のたどたどしい未熟な日本語ではなく、流暢で慣れているかのような日本語で話す。

 

「伊場正義、いえ、魔術師から嫌悪されし魔術師。あなたには確かに父親殺しという恨みはある。だから、今すぐ殺してしまいたい」

 

 セイギはルーナの父親を殺した。その情報が流れる。

 

 セイギはライダーが死んだ日、つまりグラムが現れた日よりも前に、ランサー陣営に攻め込んだ。そして、セイギはランサーを仕留めようとしたが、どういうわけかランサーを仕留めるのを取り消し、ルーナと一緒にいた彼女の父親を殺したのだ。

 

 父親を殺された。その恨みはルーナの心の中に宿り、セイギを殺したい、そう考えている。

 

「でも、私はそれで少しだけ救われた。最善の方法ではないのだけれど、それでも私は救われたから、私はあなたを殺すなんてできない—————」

 

 ランサーはともかく、ルーナは敵意を見せていない。その様子を見て、セイギは戦闘態勢を解き、宙に浮かせていた白い魔力の塊を消した。しかし、ランサーとアサシンは戦闘態勢を解く素振りを見せない。

 

「あら?ランサー、あなたのマスターはとうに戦闘する気は無いようですよ?あなたが武装している限り、私は常に警戒していないといけないのですが……」

 

「五月蝿い、女狐が。元はと言えば、貴様らが私たちの陣営に攻め込んだのだろう。信用などできるわけがない」

 

 二人の口論は激化する。マスターは二人とも戦う気がなくとも、サーヴァント二人は戦う気満々である。

 

「ランサー!私たちは相手に非をなすり付けるために来たんじゃないの!」

 

 ルーナはランサーに喝を入れた。ランサーはその言葉を聞くと、ため息をつき槍先を下に向けた。ふてくされた表情ではあるが、それでも戦闘態勢は解除されたようである。

 

 アサシンもランサーの行動に合わせるように鎖鎌を下ろす。だが、やはりいつ攻撃されてもいいように、警戒している。

 

 セイギはルーナに姿を現した理由を聞いた。

 

「私は、もうイギリスへ帰るわ。お父さんはもういないから、イギリスへ帰れると思うの」

 

 ルーナは辺りを見回す。しかし、そこにあるのは一面の砂浜と海だけ。そこには誰もいない。

 

「ヨウと一緒じゃないの—————?」

 

 道に迷った女の子が道を探すようである。ただ、彼女にはその道は見えず、セイギに尋ねるしかなかった。しかし、セイギは首を横に振る。そして、ルーナは少し項垂れた。

 

「まだヨウを監視する気なの?知ってたよ、君たちが昼夜問わずヨウを監視していたのを」

 

「それはノーです。もう、彼を監視する必要はなくなりました」

 

 ルーナは暗い表情をして、どこか遠くを見つめながら独り言のように呟いた。

 

「—————だってもう、私の願いは天に届かないから」

 

 呟く彼女をセイギは淡々とした表情で見つめる。決して顔色を変えない。そこでもし、感情を露わにしたり、同情を見せたりしたら、最悪彼はのめり込んでしまう。それは魔術師に疎まし魔術師である彼にとって死の宣告と同義である。セイギは自分が相手に心を許したら、自分はどこまでも堕ちてゆくだろうと知っているからこその態度だった。

 

 もう、誰にものめり込んではならない。魔術に私情を入れてはいけない。それを彼はこの聖杯戦争で思い知った。

 

「そう、良かった。てっきり君がヨウをイギリスにまで拉致する(連れていく)のかと思ってたから。もう聖杯戦争は諦めたということだね?」

 

「ええ、聖杯を掴む気は無いわ。でも、ランサーは今まで通りに私の用心棒(サーヴァント)をやってもらう。私もあなたと似ていて、嫌われ者だから、命狙われるかもしれないし」

 

 ルーナも嫌われ者の魔術師。魔術師から嫌悪される魔術師であった。

 

 セイギはそのことを知っていたのかフッと口元を緩ませて、こう尋ねた。

 

「ヨウと離れるのが寂しい—————?」

 

 質問の後、すぐにルーナは答えなかった。無音が間に流れ、その無音を海のさざ波の音が塗り替える。

 

「そんな訳、無いじゃない……」

 

 ルーナはそう呟くと、セイギに背を向けた。その背中は寂しそうな、苦しそうな小さい背中をしていた。肩を少しだけ上げて、身を狭くしている。

 

「ランサー、お願い。(ゲート)を」

 

 ルーナはランサーに声をかける。しかし、その時のルーナの顔は誰にも見えず、弱り切った声だけが静かな海辺に染み込んで行く。ランサーは槍を地面へと突き刺した。砂浜に突き刺したため、多少の砂煙が舞う。すると、その砂煙が円弧を描くようになって、段々と舞う砂煙の量が多くなっていった。そして、砂煙は弱い旋風となり、その旋風の真ん中でランサーは声を上げた。

 

「森よ、現れよ—————!」

 

 すると、どういうことか、ランサーの背後から何処からともなく幼木が何本か現れて、その木が異常なスピードで成長し出したのだ。そして、二十本ほどの幼木は小さな森の入り口のようになった。その幼木の間の先は砂浜と海ではなく、真っ暗な空間。何も見えない謎の空間で、その空間から異様な魔力が感じられた。

 

 ランサーはルーナにアイコンタクトを送る。ルーナはそのアイコンタクトに気付くと、嬉しそうな表情ではなく侘しそうな表情を浮かべた。本当は辛いのではとセイギは声をかけようかと一歩踏みしめたが、その一歩で終わってしまった。

 

「—————そう言えば、一つだけ聞きたいことがあります。何で、ランサーは倒したと言ったのですか?」

 

 ルーナはセイギにそう訊いた。セイギはその質問に苦笑いする。

 

「その時は、僕はまだ聖杯を掴もうとしてたから、そのための手段だよ。嘘を広めて、ヨウを信じ込ませる。そして、ヨウと一緒に六体目のサーヴァントの魂を聖杯に貯めたら、セイバーを殺す気だった。セイバーはこの聖杯戦争のサーヴァントの中でも断トツで弱い。なるべくリスクを下げるためにはそれが最適で、それに従って嘘をついた。けど、段々と殺せなくなっていった。ヨウとセイバーを見ていると、彼らを殺す気にならなくなってしまって。結局、僕は聖杯を掴むことを諦めた」

 

 彼は透き通るような溌剌とした大声で叫んだ。

 

「僕は人らしい魔術師として生きる!それが、一番僕に見合ってるってこの聖杯戦争で気付けた。それを気付かせてくれたのはヨウとセイバーとアサシンで、アサシンは聖杯を掴む気は無いみたいだし、僕は喜んでヨウに聖杯を譲るよ。僕はもう色々と得たからね—————」

 

 ルーナはその笑顔を見て、羨ましい、とだけ呟くと森の中の暗闇の中に消えていった。ルーナが森の中に入って、消えた後、その森は段々と時が巻き戻るように小さくなっていった。成熟していた木がまた幼木に戻り、そしてその幼木は何処かへ消えた。そして、もう彼らの目の前は砂浜と美しい海だけが残っていた。星の光が海に反射し、見ている者の心を照らす。

 

 アサシンはそっとセイギの隣に寄り添った。セイギの隣の空白を埋めるように。そして、彼女はセイギを胸の中に入れるようにぎゅっと抱き締めた。

 

「—————偉い偉い。一人でずっと頑張ってたもんね」

 

 ずっと一人で。

 

 叔父である理堂から魔術回路に魔力を通すという魔術の行使の初歩の初歩を教わってから、すぐに理堂は聖杯戦争で死んだ。つまり、彼はずっと一人で、一人だけでここまで頑張ってきた。魔術という人に助けを呼べない世界で、小さい頃からずっと一人で寂しくいるしかなかった。

 

 一人という選択しか彼にはなく、その選択は苦痛でしかなかった。

 

 誰にも頼ることなく、誰かに頼られることもなく。だから、この経験は彼を人として大きくさせた。魔術師としては未熟者かもしれない。だが、人として彼は立派。

 

 親にも言えなかったこの苦しみ。その苦しみをアサシンだけはずっと分かっててくれた。そして、優しくその苦しみに悶えるセイギを助けてあげた。時にそれは干渉し、時にそれは見守り。それが、セイギには嬉しかった。

 

 心に積もった責任や、苦労、弱さなどがまるで体の芯から抜け出ていくような感覚をセイギは感じた。

 

 ふと目尻から雫が垂れ落ちる。

 

「止めてよ、泣いちゃうじゃん」

 

 止めて、そう言われてもアサシンはずっと彼を抱き締めていた。セイギはアサシンの胸の中で静かに、押し殺すように泣いた。それでも、その声は口の隙間から漏れて、アサシンの止まった心臓に触れる。

 

 トクンッ、トクンッ—————

 

 その時、アサシンの胸の中にある止まっていた何かが動き出した。

 

 ゆっくりゆっくりと。優しく、一定のリズムを刻みながら。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 織丘市内に存在する、ある孤児院。その孤児院の近くにある教会には二人の人影があった。

 

「どういうことだ?何故、聖杯は起動しないのだ—————?」

 

 黒い髪のセイバー。グラムである。グラムは教会の椅子に無愛想に座り、目の前の人影に話しかける。人影は高い声で笑った。

 

「あっはっはっ!何、気づかなかったの?聖杯と同化しているのに、七つの魂がまだ集まっていないって分からなかったの?」

 

「ぐっ!五月蝿い!私はまだこの人の体に慣れていないから、上手く聖杯を扱えないんだ……」

 

 グラムは初めて剣としてではなく、人の形で、人として存在している。だから、分からない。人とはこのようなものなのか、と未だ学習途中。だから、そんな状態でろくに他の(グラム)も扱えないから単純な命令しか出せない。だから聖杯も、何騎分の魂が溜まっているのか知るのは無理であった。

 

 もう一人の人影、それは家陶達斗である。彼の近くにはバーサーカーらしき姿は見えず、どうやら霊体化しているようだ。

 

「きっと、アーチャーは嘘をついた。嘘、それに騙されていたんだよ」

 

 グラムは悔しそうな表情をする。アーチャーは彼女の相棒で、相棒であるからこそ彼女はその嘘を見抜かなければならなかった。見抜くこともできた。なのに、彼女はできなかった。

 

 戦闘で勝っても、どうしてもグラムは負けたような感覚しかなかった。確かにアーチャーをグラムは自らの手で殺した。

 

 だが—————

 

 本当に勝てたのかと、ずっと自らを問い質していた。本当に負けたのは、アーチャーではなく自分だったのではと苦悩している。

 

 アーチャーはパラメーターオールEXなんて誰にも出来ぬ諸行を成し遂げた。それは多分、人間という形を保ちながらもその域に達したのは人類史でアーチャーのみであろう。この世界で今まで過ごしてきた人、今生きている人、未来で生きる人。全員合わせてもその域に達することは出来ないだろう。それを彼はやってのけた。

 

 そんな男があんな簡単に死ぬのかとグラムは考えていた。確かにグラムは本気を出していた。本気を出して、アーチャーを叩き潰した。

 

 でも、アーチャーは果たして本気でグラムを殺そうとしていたのか。

 

 アーチャーはセイバーのためなら何でもする。あの男はそういう男だ。だが、アーチャーにとってグラムはどれくらい大切な存在だったのだろうか。アーチャーはセイバーのために戦っていたが、その時、グラムの姿がセイバーと似ていて手を抜いてしまったのではないのか。

 

 もしもの可能性はいくらでもあげられる。だから、真相は分からない。彼が何故グラムを殺し損ねたのかという理由はいくらでも湧く。

 

 ————いくらでも湧くから苦悩する。

 

 アーチャーはセイバーのためだけに美しく散っていったのかと。

 

 グラムはそれを思い出さないようにしていた。だが、アーチャーの話が出てくると考えてしまう。ふと、脳裏によぎるアーチャーの姿が彼女の胸を焦がす。苦しさを与える。

 

 殺して満足感を得られると思ったから、アーチャーを殺したのに苦しくなるだけである。満足感、開放感なんて得られやしない。殺して、過去の苦しみは癒えなかった。本当はこんなはずじゃなかったのに。

 

 殺したという罪の重さを感じてしまう。今までは誰かに扱われたから殺したというため、罪の重さは然程感じられなかった。ライダーの時も、あの時すでにライダーは死んでいたはずだし、殺しても罪深さがそこまで彼女を苦しませなかった。でも、アーチャーはグラム自身が殺した。殺すということは殺された者の命の分まで生きなければならないということ。それが、彼女にはどうしても耐えられない。

 

 元々はただ少しだけ特殊な力を持っていた剣に過ぎない。例え、幾千幾万の剣戟に耐えてきたとしても、心の重圧は耐えられないのだ。

 

 グラムはアーチャーの話をなるべくしないように、簡潔にまとめた。

 

「—————要はまた敵を殺せばいいだけだろう?」

 

 達斗は縦に頷いた。

 

 また殺すということ。それはまた新たな重荷を背負うこと。グラムは不安な顔持ちである。

 

 しかし、達斗はグラムの気の無い様子に気付き、冷たい目で彼女を見る。誰も信用しない頃のセイバーの目のようである。

 

「ねぇ、世界を壊すこと、それが僕と君の共通の目的でいいんだよね—————?」

 

「……ああ、そうだ……な」

 

 ぎこちない返事が達斗の信用をさらに失うこととなる。男の子は彼女をじっと睨む。

 

「本当に壊したい—————?」

 

「ッ⁉︎」

 

 グラムは一瞬たじろいだ。子供からとは思えないほど強い殺意が籠っていた。どのような辛い過去があれば、そんな目ができるのか。

 

「ああ。私は壊したい。私をめちゃめちゃにしたこの世界を」

 

 グラムがそう言うと、達斗は笑みを浮かべた。本当に嬉しそうな表情である。きっと、彼はずっと一人だったから心から分かり合える人が一人でも増えて嬉しいのだろう。そういう根本的なところはやはり子供だ。

 

 グラムは教会の外へと足を動かした。

 

「今日は仕掛けぬのだろう—————?」

 

「……分かってた?」

 

「分かってたも何も、まだ子供だからな」

 

 子供と言われて、達斗は少し機嫌を悪くした。子供だからの一言だけでまるで自分という存在全てが片付けられてしまうようである。それが少しだけ彼の癪に障った。

 

 グラムは教会の外へと出た。そして、教会の中は達斗一人だけとなってしまった。一人になった達斗はばたりと倒れ込んだ。荒い呼吸をして、何やら苦しそうである。

 

「クソッ!魔力が……」

 

 魔力の貧困状態である。魔力とは即ちその者の生命力のようなものであり、魔力を全て失うということは死ぬと言っているようなもの。その生命力とも呼べる魔力が少ないのだ。

 

 理由は簡単に分かることだった。少年のサーヴァント、バーサーカーが彼の魔力を吸い続けているからである。

 

 バーサーカーは身体的性能面ではどのサーヴァントよりも優れており、理性が一時的にだが著しく欠けている彼らを扱うのは誰でもお手の物。しかし、その分、大量の魔力を吸い取りながら現界しているため、マスターによる魔力の負担があまりにも大きく実は使いづらいサーヴァントだと思われがちである。

 

 なのに、少年はこのサーヴァントを召還した。このバーサーカーという(クラス)を迷わずに選んだ。それは彼が全てを破壊したいという破壊欲求からだった。その破壊欲求に一番合うサーヴァントがバーサーカー。だから、彼は多大な負担を覚悟でバーサーカーを召還した。

 

 そうして今、悶えている。バーサーカーというクラスの負担に苦しみを感じながら、破壊だけを望んでいる。

 

 少年はゆっくりと立ち上がった。そして、彼も教会の外へと向かう。すると、彼の後ろでバーサーカーが実体化した。バーサーカーは教会の外へと歩く少年を心配しているかのようで、じっと見つめている。

 

「—————おい!何、突っ立ってるんだよ!行くぞ!」

 

 少年はバーサーカーに向けて怒鳴り散らす。魔力の欠乏の苦しみからの苛立ちだろう。しかし、バーサーカーは一歩たりとも動かなかった。

 

「◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎ー◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎—————」

 

 言葉にならぬ声を発する。その言葉は少年には分からなかったが、バーサーカーの表情は少年には理解できた。バーサーカーは悲しそうな表情をしている。

 

 その表情を見て、少年はさらに苛立ちが増す。

 

「うるさいな!僕は死にたくないんだよ!だから、一般人から魔力を奪うことの何が悪いんだよ!お前だってここで死にたくないだろ⁉︎」

 

 そう言われてもバーサーカーに言葉を理解することは出来ない。ただ、少年が怒っているだろうというのはバーサーカーでも理解できた。

 

 少年は今から魔力の補給をしに行くのだ。聖杯戦争に参加していない一般人から魔力を得るのだ。魔術師でない一般人は微量の魔力しか持っていないが、それでも得られることに変わりはない。そして、これこそが近頃起きていた火災事件の真相でもある。この火災事件の真相は少年がバーサーカーのための魔力を得るという行為であった。

 

 だが、バーサーカーはこのことを良しと思っていない。バーサーカーは破壊をするということに適したクラスではあるものの、ここにいるバーサーカーはそんな破壊を好き好んでいるわけではない。

 

 —————むしろ、破壊を嫌っている面すらある。

 

 だから、少年はさらに苛立つ。バーサーカーが言うことを聞かない。それが物凄く不快なのだろう。

 

「—————お前だって叶えたい望みがあるだろう⁉︎」

 

 少年は叫んだ。その叫び声は教会内で響いた。バーサーカーはその言葉を何となく理解し、静かになった。

 

 そして、小さなマスターと大きなサーヴァントはその教会の外に出た。

 

 次の日、テレビではニュースとなった事件がある。それは一夜のうちに四軒も謎の人物の放火によって火事になるという事件だった。その被害者たちは全員火事の煙を吸って倒れていたようだが、誰一人として死亡者はいなかった。警察では事件として扱い、四軒の家に放火した犯人を追っているという。




達斗くん、やっぱりバーサーカーのせいで魔力が欠乏していますね。そして、まさかのバーサーカー、優しいんじゃないかという説も飛び出してきました。

次回は金ぴかなくせに金欠な新アーチャーと、監督役が……?

次回は少々更新までに一週間ほど時間がかかってしまうかもです。


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蚊帳の外

はい!Gヘッドです!

今回は聖杯戦争に関わる人たちが出てきますが、ヨウ君やセイギ君は出てきません。

聖杯戦争を取り巻く人たちにクローズアップ回です。


 織丘市の西側を流れる蛇龍川(じゃりがわ)の向こう側、水行(みずいき)市のとあるラーメン屋に一人の男がいた。見るからに外人顔のスーツを着た男は注文したラーメンが出てくるのを一人、カウンター席で静かに待っていた。生まれつきの縮れ髪を右手で弄りながら、呆然とカウンターのテーブルを眺めている。

 

 カウンターのテーブルはワックスのようなものが塗ってあり、ツヤが出ていた。テーブルを見れば、店内が見えるというほどよく反射しており、そのテッカテカなテーブルをじっと何かを待つように見つめている。

 

 すると、店のドアがガラガラと開いた。外で立ち込む暗い闇には不釣り合いのキラキラした雰囲気を放つ髭を生やした中年の男が店内に入ってくる。スーツを着ている男はそのキラキラした男を反射するテーブルで見て、舌打ちをした。

 

 キラキラした男は店内に入って、スーツを着た男の隣の席に座る。そして、メニューを一覧した。

 

「店主よ。余はこの『ギンギラ黄金に輝く鶏ガラスープのラーメン』を一つ」

 

 年老いた店主はその男性をじっと見つめ、こう尋ねた。

 

「—————あんた、聖杯戦争の参加者かい?」

 

 キラキラした中年の男はそう聞かれた瞬間、さっきまでの陽気な雰囲気を一切消し、殺意の目を向ける。すると、隣にいたスーツを着た男はその目を凝視し、こう告げた。

 

「止めろ。この方はただの一般人だ。新しいアーチャー」

 

「一般人ですと?では、何故この方は聖杯戦争を知っているのですかな?」

 

「訳ありだ。過去の虐殺のせいだ」

 

 過去の虐殺。それはこの聖杯戦争時においては、前回の聖杯戦争でのアサシンの大量殺戮を意味する。過去の虐殺はいい意味で使われることはなく、大方それによって引き起こされた二次被害なような場面で使う。そして、今、彼はその二次被害の話をしている。

 

 織丘市には市全体を覆うほど大きな魔術が常に働いている。過去のサーヴァントが、そしてそのマスターが二人がかりでアサシンの大量殺戮を隠蔽するために張った結界。その結界は結界内にいる者のアサシンの記憶、聖杯戦争についての記憶を消去するというもの。

 

 しかし、それほどの大魔術を行うなら、必然的に想定外なことも起こるのである。あの時、想定外なことはもちろん起きた。それは記憶が消されなかった人たちがごく少数だがいたという事実なのだ。

 

 前回のキャスターの大魔術は残りの令呪全てを使い、市全体を記憶を消すという高度な魔術だった。しかし、それでもやはり限界はあった。だから、前回のキャスターは魔術に対する耐性が少しでもある者はその魔術がかからないようにしたのである。そうでもしないと市全体に大結界を張ることはできなかった。

 

 一般人にもごく僅かに生まれながらにして魔術に耐性を持っている者がいる。魔術師にしてみればそのような耐性は微々たるものだが、それでも前回のキャスターの結界はその耐性に反応してしまい、術をかけることはなかった。つまり、言ってしまえば、記憶を消しそびれたのである。

 

 これは由々しき事態である。秘匿を義務とする魔術師、魔術協会にとってそのような人は一人残らず生かしておいてはならない。そうでもしないと、世間に魔術の存在が知れ渡ってしまうかもしれないからだ。

 

 だが、そのような魔術に耐性のある一般人を前回のキャスターのマスターは匿った。決して誰かに魔術の存在を言わないことを条件に、彼ら一般人の命を守ったのである。

 

 店主は淡々と喋る。

 

「儂らの命を救ってくださった人、それがこの方、ハルパーさんじゃ。だから、こういう一般人でも聖杯戦争という言葉は知っておる。もちろん、こういうところ以外で話すのは禁止じゃし、聖杯戦争のことも詳しくは分からん。じゃが、この方が儂らの命を助けてくれたことに変わりはない」

 

「よしてくれ。結局のところ、人があの時死んだことに変わりはないし、それを俺は救えなかった。俺は褒められる立場の人間ではないし、あれは罪滅ぼしの一種のようなものだ」

 

 ハルパーは謙遜しながら、お冷やを一口飲む。彼は微動だとせず、平然とその席に座っているが、やはり何処からか彼から悔しみというものが醸し出されていた。

 

 アーチャーはそんなハルパーを笑った。

 

「—————はっはっは!そのようなことで落ち込んでいるとは。小さい、小さいですぞ」

 

「小さいだと?人が何人も死んだんだぞ?」

 

「しかし、人の命救ったのもまた事実。なら、胸を張る以外に何がある?どうせ救えなかった人を悔やむよりも、救えた人々を救えたことのほうが遥かに素晴らしく、偉大で、敬服することに変わりはない。現にハルパーよ、貴様を慕う者もいる。人を救ったことなら、この王である余の前で胸を張ることを許そうぞ—————」

 

 上から目線で、上司が部下に向けて言うような口調であった。まるで、自分は他の人とは違い、格段に偉いのだと心の本心から自覚しているようで、王の威厳というものも感じられたが、それ以前に傲慢さも感じられた。

 

 ハルパーはその言動を鼻で笑う。

 

「ふん、ぬかしていろ。王だが何だが、お前はサーヴァントであることに変わりはなく、この世において存在する必要がなくなった瞬間に消える定め。そうだろう?」

 

「はっはっは!そうですな。今の余はサーヴァントでしたな」

 

 高笑いしたかと思いきや、アーチャーは急に冷めた顔をとり、じっとハルパーを睨む。ただじっと、相手の行動を窺い、事によっては殺そうという殺意も含まれている目をしていた。

 

「—————だが、余が王であることに変わりはなく、余は王らしくいることを欲する。逆に言えば、余が使い魔の存在であるなど言語道断。余の主は神のみであり、その主以外に召使える気など甚だ無い。何故なら、それは余が余であるからだ」

 

 その眼光は純粋な自信に満ち溢れていた。そして、その自信に少しでもハルパーは触れた。自分の存在意義を自ら見出し、その意義を絶対的なものとしている。

 

 だからこそ言える。このアーチャーは王という役目に拘り過ぎているのだと。

 

「そうか。まぁ、俺はお前が何の英霊か知らんし、別にそれを問いただそうとしているわけでもない。それに、お前の存在意義を汚す気もないし、勝手に好きなことをしてくれて構わない。だが、この聖杯戦争だけには手を出すな。これは監督役としての俺からの願いだ—————」

 

 監督役として、市を覆っている結界の補強など陰ながらに仕事をしていた。そして彼自身、前回の聖杯戦争参加者であり、今回の聖杯戦争は比較的円滑に進んでいる。特に人が死ぬこともなく、大きな事件もなかった。彼は今のこの状態をずっと終わるまで維持したいと考えている。だから、アーチャーには手を出してほしくなかった。

 

 アーチャーはそう言われて、持ち前の髭を手で撫でる。少し困っているような表情で、何やら考えている。

 

「何だ?願いを承諾できないというのか?」

 

「いえ、そうでなく、一つ気になることがあるのですよ。あの、月城という名の少年です」

 

 その言葉を聞いた時、ハルパーの動きはピタリと止まった。

 

「やはり気付いたか—————」

 

「ええ、あれは他の魔術師とは異様な違いが見られましてな。何でしょう?あんな魔術師、今まで見たこともない。見ていた余も震えました。恐ろしいと感じました。殺そうかと思ったほどに」

 

「そうか。だが、止めてくれよ。あの少年は殺すな。聖杯戦争の参加者でもあり、殺されると俺は織丘の地を踏めなくなる。あれは日本の魔術の集大成だ」

 

 ヨウは日本の魔術の集大成。それが何のことか分かるものはこの聖杯戦争関係者でもハルパーぐらいしかいないだろう。その言葉が何の意味を示すのか。まだ彼以外誰も知らない。

 

「一つ話をしてやろう。前回の聖杯戦争に一組の夫婦が参戦した。妻はセイバーを召還し、夫は自らの武の力でセイバーと一緒に妻を守った。夫婦はたった一人の息子のためだけに命をかける覚悟を決めた。聖杯への望みは、もう二度とこの世に聖杯戦争が起こらないという願いだった」

 

 聖杯戦争に自ら進んで参加した大方の者が聖杯による力でなければ叶えることができない望みを抱いている。その夫婦の望みは数十年間隔で行われる聖杯戦争の廃止。それは、愛する一人の息子を聖杯戦争の戦火に晒さないための望みだった。いずれ、また自分の子も聖杯戦争に身を投じねばならない時が来るのかと考え、変えられぬ運命を聖杯により変えたかったのだ。

 

「魔術を闇と仮定するのなら、その妻の魔術は光だった。あまりにも他の魔術とは反対を行き過ぎており、その力は本当に異様なものだ。その理由は」

 

 ハルパーが次の言葉を言おうとした時、二人の目の前にドンッとラーメンが置かれた。ハルパーの前には塩ラーメン、アーチャーの前には黄金色に輝くスープのラーメン。

 

「まぁ、ここで湿った話をするのは、余、飽きてしまいましたので、その話はもういいです。どうせ、あと数日でこの世からはおさらばですしな。それより、ラーメンですぞ。ラーメン!外国人が日本に来て食べて一番美味しいと感じる食が冷めないうちに食べようではありませんか」

 

 アーチャーは腹を空かせていた餓死寸前の子犬のようにラーメンをガツガツと食べる。その姿を見て、ハルパーは頭を抱える。

 

「どいつもこいつも、サーヴァントとは本当に面倒くさいものだ」

 

 小言を呟く。その小言を聞いたアーチャーはニタリと笑みを浮かべた。

 

「ああ、もう食え食え。食って、さっさと英霊の座に戻れ」

 

「いえいえ、まだ余、やることありますから」

 

「やること?アーチャーを殺すこと以外にお前の仕事はないはずだが?」

 

「仕事などではございませんよ。ある方に謁見しに行くのです。そう、この地の神、ツクヨミに—————」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 織丘市の西南の位置には病院がある。名前はそのまんま織丘病院。その病院は大きな病院で、周りにある他の市からも病院を患ったりした者が訪れる場所。白く塗られたコンクリートとガラスの外壁は清潔さを感じさせる。

 

 この病院の周りでは聖杯戦争中でも戦闘をしてならないという規約がある。この病院には昼夜を問わず人が訪れる。よって、この病院の近くで戦闘が行われた場合、魔術の秘匿が非常に危うくなってしまう。

 

 その病院のある一室のベッドの上で一人の女性が横になっていた。長い髪と睫毛、白玉のような美しい肌。淑やかな姿は何処か精気がない。

 

 病室の扉がゆっくりと開いた。そこに立っているのは一人の少女。雪方撫子、此度の聖杯戦争の参加者で、ライダーのマスターである。

 

「会いに来ました。先生—————」

 

 病室の奥に向かって明るい声をかける。しかし、その声に対する返答はなかった。無音こそが彼女に対する返答のようなものだった。雪方はその無音に戸惑うことなく、ただ暗い顔でゆっくりと扉を閉めた。

 

 病室の床を歩く。高く、かつ重い音だった。湿った音が病室の白い壁に反射されて響く。ゆっくりとベッドに近づくけれど、やはり無音が続いている。唯一の音といえば、開いた窓から風の音だけが聞こえるだけだった。

 

 無音、それは寝息の音も、寝返りを打つ音も聞こえない。まるでそこに命が存在しないかのように。

 

 雪方はベッドの隣まで来た。そこにいたのは目を深く閉じた美しい女性。肩ぐらいまでの短い髪が枕の上に置かれたかのようにピクリとも動かない。そんな女性を雪方は柔らかい、悲しみを帯びた目で見つめる。

 

「—————先生、こんばんは。撫子です。会いに来ましたよ」

 

 彼女はベッドの上に横たわっている女性に話しかけた。しかし、それでも女性は目を開くことなく、白い瞼を閉じながら天井を向いている。女性からは息の音すら聞こえず、胸は常に一定の位置にあり起伏していない。まるで雪方が人間そっくりの蝋人形に話しかけているかのようである。

 

 雪方はそれでも取り乱すことなく、じっとベッドの上に横たわる女性を見つめた。そして、動かぬ女性の首元をそっと撫でた。彼女の首元は石のように硬く、人肌の感触が感じられない。それでも雪方は撫でる手を首の後ろまで回した。

 

「本当、あの時のまま。何も変わってないんですね。私はもうすぐで十七歳になります。先生、あなたと私の歳の差は段々と縮まるばかりですね—————」

 

 彼女は動かぬ女性の後ろ首のあたりに窪みを見つけた。その窪みを触る。その窪みは何かに刺されたような傷口で、今でもぱっかりとその傷口は開いている。しかし、そこから血は垂れることはない。

 

 返事をしない女性を見ていた雪方は少し目尻が熱くなるのを感じた。服の裾で目の淵に溜まった水を拭き取る。

 

 開いた窓から風が吹いた。その風は雪方の髪をふわりと靡かせる。しかし、女性の髪は風がそよいでもびくともしなかった。

 

 そこにもう一人の女性がやって来た。横たわる女性よりも五歳ほど老いた淑女。やって来た女性は雪方を見て目を大きく開けた。

 

「撫子ちゃん?」

 

「ミディスさん!」

 

 そこにいたのは一人の外人女性。ミディスと言う名の女性は見て、すぐに彼女をぎゅっと抱き締めた。

 

「会いたかったわ。ここに来てくれてありがとう」

 

「私こそ会いたかったです。お久しぶりです」

 

 彼女の名はミディス。ミディス・アルマーダ。この織丘市にあるキリスト教会の女性牧師である。また、彼女は教会に併設された孤児院の院長でもあり、親から捨てられた子などを彼女は引き取って、教会の下で正しい教育を行っていた。

 

 そんな彼女が何故ここにいるのか。その理由は雪方と一緒である。

 

「撫子ちゃんはロバートさんと話をした?」

 

 ミディスは目を覚まさぬ女性の方を見る。その目は悔しさに満ち、しかし諦めも混じった目だった。雪方はただ縦に頷くと、ミディスは、そう、とだけ言う。

 

「大きくなったわね。今、何歳?」

 

「今、十六です。もうすぐで十七になります」

 

「そうね、早生まれだものね」

 

 ミディスはロバートに声をかけた。

 

「ロバートさん、撫子ちゃんはもうすぐで十七だそうですよ。あなたが寝ているうちにみんな大きくなっていきます。子供の成長って素晴らしいものですね—————」

 

 話しかける。しかし、やはり返事はない。その無音を聞き、二人は目を落とした。

 

「—————十年、彼女の時は止まったまま。彼女はまだ二十九歳のままだものね」

 

 ミディスの言うこと。それは比喩みたいな意味でも無ければ、起きぬ女性が死んだというわけでも無い。そのままの意味で受け取るべきこと。

 

 つまり、眠る女性はこの世の時とは別の時の流れに支配されているのだ。その時は一向に流れることなく、十年間もこのベッドの上で静かに目を閉じている。

 

「時が止まっているだなんて、嬉しいことなのか、悲しいことなのか—————」

 

 彼女は首の後ろに傷を負っている。それは深い刺し傷。その刺し傷は首の神経にまで達してしまっており、そのままの状態では最悪数分で死に至った。

 

 ロバート・ダバンサ。彼女も前回の聖杯戦争の参加者である。前回の聖杯戦争で、サーヴァント、ライダーを召還し、奮闘した人こそ彼女だった。しかし、彼女は前回の聖杯戦争で召還されたアサシンにより首に傷を負い、死ぬ間際という時にライダーの宝具により彼女の時そのものが止まってしまったのだ。そして、ライダーの存在は消えても、宝具の効果は永遠に続き今に至るのである。

 

 もし、前回のライダーがロバートの時を止めていなかったなら、ロバートは確実に死んでいた。今の彼女は死んではいないものの、生きてもいない。彼女の時の流れが止まってしまったため、生きることもできないのである。

 

 ライダーの行動は間違っていたとは誰も思わない。ただ、その選択が正しいものなのかも分からない。だから、何も返事のない死んだような姿を見るのは、心に堪えるほどのできない何か重い衝撃を与える。

 

 雪方はそんなロバートの姿を見て、涙を流してしまった。

 

「ごめんなさい。私のせいでそんな姿になって……、治そうと思ったけど治せなくて……」

 

 その言葉にミディスは驚く。彼女の肩を掴み、問いただす。

 

「それって……、まさか、あなた……」

 

 雪方は自らの腕を力強く握る。悔しさと申し訳なさが彼女を襲う。

 

「参加しました……。聖杯戦争に……」

 

 その言葉を告げると、その場の空気はまた何も音が流れない。窓から吹く風の音だけがカーテンを靡かせながら無音に傷をつけていた。

 

 ミディスはその無言の空間を壊すかのように、優しく雪方を抱き締めた。雪方はその抱擁に言葉を失う。声にしようとしていたはずの思いが言葉にならず口の淵から流れていった。

 

「—————よかった。貴方が無事で。よかった」

 

 嬉しさが三十パーセント、悔しさが七十パーセント。自分が今でも生き延びているということと、こうして誰かに愛されていたのだと感じたことが三十パーセント。守れなかった、自分の実力の足りなさに目の前にいる動かぬ女性を助けられなかったという悔しさが七十パーセント。

 

 雪方はあの時守られたから。だから、彼女は傷を負った。そして、時までもが止まってしまった。だから、雪方は望んだ。

 

 聖杯でしか叶えられないこと。それが雪方にもあった。

 

「ごめんなさい。私、助けたいのに、何もできなくて—————」

 

 雪方は敗戦の味を噛み締めた。そして、自分の不甲斐なさを認識した。



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そんな目で見んなって

はい!Gヘッドです!

さてさて、今回はちゃんと主人公のヨウ君とセイバーちゃん回です。前回は色々とワケありでしたが、気を取り直していってみよー♪


 海岸から家まで一直線に、何処にも寄らず家に帰ってきた。家のドアを開けて、靴を脱ぐ。靴には海岸の砂が挟まっていて、脱ぐ時に砂が玄関に落ちて散った。

 

「ヨウ、どうしたのですか?急に帰ろうなんて言い出して」

 

「いや、別に。どうせバーサーカーたちは今日現れなさそうだったし、あそこにいても意味がなかったから帰ってきた。そんだけだ」

 

 セイバーはそう言う俺を困り顔で見つめる。そんな顔をされた俺は自分の言動を改めてしまう。

 

「分かった。分かったから。何だ?何が言いたい?」

 

「セイギ、ちょっと悲しそうな顔してましたよ?」

 

「はぁ?んなこと、知らねぇよ。あいつがまるで俺に何か隠してるようなのに教えねぇのがいけねぇだろ?俺、全ッ然悪くないね」

 

「でも強く言い過ぎだと思います」

 

「俺は特にそんな変なこと言った覚えはねーよ」

 

「そういうことじゃなくて……、言葉の裏に隠された棘のような言葉が……」

 

 彼女はどうやら俺とセイギの会話に納得がいかないらしい。俺は彼に対して暴言を吐いているわけでもなければ、険悪なムードにしようとしていたわけでもない。ただ、セイギに真偽を聞いたのみであり、それでセイギがどう思おうが俺は俺である。そんなつもりで言っていないのなら、そんなつもりで言っていない。

 

「ヨウは少し頑固過ぎです。もう少し頭を柔らかくしてもいいんじゃないですか?」

 

「そんなことできたら、今頃苦労しねーように実践してみてるわ」

 

 そう、俺は自他共に認める頑固。俺は俺、他人は他人。俺と他人が混合になることなどありはしないのだ。

 

「じゃあ、聖杯への願いは頑固を治すことか?」

 

「もう!真面目に考えてください!これでも真剣なんですよ!」

 

 頬を膨らませて、典型的な怒りの表現をする。俺をじっと見つめ、そしてそっぽを向いた。

 

「まぁ、しょうがねぇだろ。聖杯に叶えてほしい望みなんて、今のところねぇんだし、それぐらいしか思いつかねーよ」

 

 ここまで来たら、もしかしたら聖杯を掴めるかもしれないと希望を抱く。しかし、その希望を抱いたとしても、俺はどんな願いを叶えればいいのかが分からない。黒い希望でもなければ、白い希望でもない。そもそも、自分が一番に望んでいる叶えたい望みが何なのかさえも知らない。

 

 真剣に考えてる。本当にこの頑固なところを治すというのが聖杯への望みでもと考えたこともある。だが、考えた結果、俺の中に眠る何かがその望みは違うと言い、折角考えた望みを一蹴してしまう。

 

 間違いだと分かる。だけど、正解が何なのか分からないのだ。試行錯誤、色々と考えてみたけど、どうも正解に辿り着けない。

 

「つーか、そういうお前こそどうなのよ?望み、決まってんの?」

 

「そりゃぁ、もう決まってますよ。私は過去をこの手でやり直すんです」

 

 希望に満ちた顔で自らの願いを語るセイバーの輝く瞳は俺の胸を締め付ける。誰かに心臓を掴まれたかのようで、少しばかり話す気が失せた。セイバーはそんな俺をセイバーは覗き込んで、心配する。

 

「どうかしたのですか?やっぱり、何かおかしいですよ?」

 

「んなこったねーよ。それより、そんな目で俺を見るな。なんか、ごっつう殺意湧くわ」

 

 俺がセイバーの顔を指差すと、彼女は決まり悪そうな顔をする。

 

「ヨウ、怒ってます?」

 

「いやいや、怒ってないって。というか、お前の方が怒ってんじゃねーの?」

 

「そりゃ、ヨウがいちいち余計なことばかり口にするから……」

 

「しょうがねぇだろ。そこは俺らしいところなんだから。そこを欠いたら、俺らしさが薄れる」

 

「でも、少しくらいは自重してくださいよ」

 

「できたら、今頃こんな口論になってない」

 

 またセイバーは分かりやすい怒りの表情を浮かべる。頬を膨らませて、ムスッという効果音が似合うような顔。

 

「なぁ、じゃあ、少しはお前も自重しろよ。そしたら、俺も考えてやるから」

 

「何をですか?」

 

「そうやって、色々なことに首突っ込むことだよ」

 

 俺は膨れた頰を両手で押し潰す。セイバーは不機嫌そうに俺を見つめる。そんなセイバーを見て、くすりと笑ってしまった。

 

「そんな目で俺を見るなって言ったろ?つーか、その顔、マジきめぇ」

 

「んなっ⁉︎そ、そういう所を自重するんですよ!」

 

 赤くなった彼女の顔。手から彼女の体温の上昇が伝わる。

 

「へいへい、わっかりました〜」

 

 ちゃらけた返事をしながら自分の部屋へと向かう。彼女は快く思ってはいないものの、何故か俺の後ろをついてくる。その姿に嬉しいと思いながらも、苛立ちも少々湧いていた。

 

 部屋に着いて、俺は押入れを開けた。そんな俺の姿をセイバーは不思議そうに見ている。

 

「何しているのですか?」

 

「は?寝るんだよ」

 

「えっ?寝る?」

 

「え?逆にそれ以外に何の意味があって押入れを開けると思う?」

 

「でも、今日は、その……、最後かもしれないんですよ?」

 

「何言ってんだ?最後?」

 

「こ、こうやって、平和に夜を過ごせるのは最後かもしれないんですよ?明日は聖杯戦争が終わっているかもしれない」

 

 彼女は期待するような目でまた俺を見つめる。その目を俺に向けてほしくないとあれほど言ったのに、まだ向けるのか。そんな目で見られると、色々とむず痒くなる。胸のあたりを掻きむしりたくなってしまう。

 

「お、お話、しませんか—————?」

 

「いや、何で?」

 

「な、何でって言われても……。何でもです!」

 

 どうしても話をしたいと彼女は言う。反対の余地はいくらでもあった。彼女が言う通り、明日は最後の日になるのかもしれない。だからこそ、ここでしっかりと休息をとる必要があるし、午前二時現在でさえ夜更かしをしているのだから、さらに夜更かしをしてはならない。

 

 それに、俺の中にいる何かがそれはダメなのだと言ってくる。それが何なのか分からないが、その選択をしたら俺はきっと後悔すると教えてくれる。

 

 俺は彼女と一緒にいてはならないのだと感じた。でも、何故か、その答えが分かれば、この胸の中のモヤモヤとしたものを取り除けるだろうか。

 

 俺はため息を吐いた。自分のベットに腰掛ける。そして、俺の隣をポンポンと叩いた。ここに来いという合図をセイバーは理解し、俺の隣に座る。

 

「……うん」

 

「……はい」

 

 ただやはりこうなってしまうと無言が二人の間に生まれてしまう。まず最初に何を話したら良いか分からないし、その最初の言葉を考えていて無言の時間が過ぎれば過ぎるほど言葉を出しにくい。焦ればそれこそ言葉が出て来ず、かといってゆっくりとしても言葉は喉から現れない。初めてのお見合いみたいな感じである。

 

「……いや、こういう時って普通さ、誘った人から話を繰り出すものじゃないの?」

 

「え?そ、そういうものなんですか?」

 

「そうだろ。そういうもんだろ」

 

「あっ、そ、そうでしたか。じゃ、じゃあ、私から」

 

 彼女はコホンと咳払いをし、話を繰り出すのに間を置いた。

 

「じゃあ、聞きます。ヨ、ヨウはこの聖杯戦争が楽しかったですか—————?」

 

 いや、何だその質問は。まず、初っ端から、じゃあ、って言っていたけどそれは何だ?まるで話す内容を決めていなかったみたいではないか。それに、聖杯戦争に対しての感想を彼女は聞いてきている。というか、楽しかったですか、なんて普通聞くか?聖杯戦争が楽しいわけないじゃん。何だろうか、これはきっとセイバーに試されているのだろうか。

 

 俺はセイバーの顔をじっと見つめる。これは試されているのか、それともただセイバーが馬鹿なだけなのか。

 

「まぁ、命懸けだったけど、思ってたよりかは楽しかったよ」

 

「それはつまり、楽しくなかったんですか?」

 

「そりゃあ、そうだろ。死ぬかもしれないんだぞ?人の死だって間近で見たんだぞ?それで楽しかったなんて言えねぇよ」

 

「あっ、そうか。それは質問がダメでしたか……」

 

 彼女は自分の質問の抜け目に気付くと、頭を悩ませる。その脳みそは人の脳ではなく、きっと猿並みの脳なのだろう。

 

「—————私と一緒にいて楽しかったですか?」

 

 その猿並みの小さな脳みそから搾り取った知識を紡いで出た言葉は俺の心臓を貫いた。

 

 セイバーと一緒にいて、俺は楽しかったのだろうか。この時、初めてそのことについて考えた。確かに俺は彼女を守ろうと思いつつある。彼女の特殊な生い立ちと、運命に翻弄される姿を見て、俺は彼女を守らなければと思った。

 

 だが、それにどのような感情が湧いていたのか。彼女を守ろうとしているとき、俺はどう思っているのだろうか。嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、辛いのか、楽しいのか。

 

「—————分かんね。楽しいのか、そうじゃなかったかなんて、分かんねぇよ。いや、確かに楽しかった。今まで、俺の目の前に広がる景色全てが灰色の景色で、まるでモノクロ写真を見てんじゃねぇかってぐらいだったけど、お前が現れて、お前のいるところから灰色の景色が彩られていって……。気付いたら、もう目の前の景色は温かい色が爛漫に光り続けている。今までのつまらない日常が、一変して意味のあるものに変わっていった。生きるってことを強く望んだ」

 

 今までは生きているって感覚があまり感じられなかった。そもそも、命とかそういう小難しいことを考えるのを避けていて、この今一瞬がただ連続して目の前を通り過ぎてゆくものだとだけしか思っていなかった。

 

「だけど、それがちょっと怖い。変わっていくってことは、前まで見ていた景色をもう見ることはできないってことだろ?お前が現れて、世界が変わって、慣れたあの景色はもうあんな風に見ることはできなくて、変わるってことが怖く思えて」

 

 何かを欲すれば、何かを必ず失う。それが何であれ、時が経てば要らぬものでも懐かしく思え、後ろを振り向いてしまう。懐かしいという感情は実に非生物らしく、良いものだけを取り入れようという生物の貪欲さに反している。

 

 人は他の生物とは一風変わっており、その一つの例が懐かしさなのだ。その懐かしさは変わることを拒絶する。あのつまらない灰色の景色が俺には合っていたとさえ考えてしまう。この美しい世界は少し俺には眩しすぎる。

 

「セイバー、お前はいい奴だよ。目の前の世界をこんなに美しく綺麗なものに変えてくれた。だけど、俺はそんな綺麗なものは似合わない。お前は太陽、俺は月。でも、その太陽が輝き過ぎて、月も明るくなり過ぎてる。夜に明るい月は必要なんてないんだよ」

 

 月は自ら輝かない。太陽の光を浴びて、月は夜空に光り輝く。だから、太陽の光が強ければ強いほど月は強く光る。だが、夜に明るい月があれば虚ろな夜を壊してしまう。夜は虚ろ、月は朧、それがナンバーワン、ベストな状態。

 

「逆に聞くけど、お前は俺といて、良かったって思ってるか—————?」

 

 セイバーに訊ねた。セイバーは少し悲しそうに視線を自分の白い足に向けながらこう言う。

 

「私は良かったって思ってます。それは先に話した通り、ヨウは私に色々なことをしてくれました。ここにいたいって思ってます」

 

 彼女のその言葉は俺の胃を押し上げる。胸がふと痛く感じた。彼女の曇りのない言葉は俺にはやっぱり眩しすぎて、目を向けられない。

 

「でも、やっぱり願いは……」

 

「過去をやり直す、だろ—————?」

 

「えっ?あっ、はい」

 

 今宵は雲が出ているのか、新月なのか、月の光は地を照らさない。星の光も段々と霞んでおり、夜はあまりに暗かった。

 

「—————俺はそれで良いと思う。そう願ってくれることこそ、俺の願いでもあるし」

 

 彼女に笑いかけた。口角を上げ、目を細める。だが、彼女の顔は雲に覆われ霞んだ太陽の如く、暗かった。目に光が感じられない。ただ小さく頷いていた。

 

「はい、そう……ですね」

 

 その時、また胸が苦しくなった。この何かトゲトゲしたものが胸にあるような感じは一体何なのかと考えながら、彼女から目を逸らす。

 

 自分の望みは偽りでないと思い、そのトゲトゲした何かを心の中にそっとしまい込んだ。



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決めた望みと本当の望みは矛盾する

「よし、寝るか」

 

 俺はベッドの中に潜り込んだ。ベッドはソファのように柔らかくはないが、その若干の硬さは何故か睡眠を妨げることなく、安眠へと促す。

 

 嗚呼、なんて素晴らしいのかベッドとは。この疲れきった体の芯から疲れを取ってくれる。

 

 まぁ、今日は特に何にもしてないんだけどね。

 

 気持ちいいベッドの上ですぐに俺は眠りに落ちそうだった。だが、一つ不快なことがあるのに気が付いた。

 

「天井、眩ッし。明かりが……」

 

 天井についた照明は夜にも関わらず嫌なほど強い光を放っていて、目を閉じても瞼を通して光が見えてしまう。基本仰向けで寝るスタイルの俺にとって、横向いて眠るとか夢見悪いし、うつ伏せなんて以ての外。まぁ、簡単に言ってしまえば、明かりがついた状態で寝れねぇ、ってこと。

 

「セイバー、ライト消して」

 

 寝ながらセイバーに声をかける。だが、セイバーは応答せず、天井の電気はついたまま。不思議に思って起き上がって彼女の方を見る。

 

 彼女は布団の上で目を深く閉じている。胸はゆっくりと上下に起伏し、静かに寝息のようなものをたてている。

 

「ぬ?寝ている?」

 

 また声をかけると、彼女はのそりと起き上がる。半開きの目を俺に向けた。

 

「起きてます」

 

「あっ、起きてらっしゃいましたか……。すいません、どうぞ寝てください」

 

 眠りに落ちる寸前に起こしてしまったようである。さすがにその辛さは俺も知っているので、つい素直に謝ってしまった。しょうがない。眠りに落ちる寸前の彼女に天井の電気を消せという苦行をさせるのは俺の人間としての優しさが反対している。俺はベッドから降りて、天井の電気を消した。

 

 真っ暗な部屋の中、セイバーの寝息の音が足元から聞こえてくる。暗い部屋に差す光は皆無で、視覚という概念がないような世界に感じられた。

 

 ベッドに戻ろうと数歩歩いたら、何かを踏んだ。

 

「イダィッ‼︎」

 

 寝息を立てていたセイバーは突然やって来た痛みに悶え出した。暗闇の中、彼女がそこら辺をのたうち回っているのが分かった。きっと身を丸くして、自分の足先を手で覆っているんだろう。

 

「……あっ、その、ごめんね。悪意はなかったんだ」

 

 つい踏んでしまったので謝った。もちろん、本当に悪意はなく、たまたま俺の足の下に彼女の足があり、それを知らずに踏んでしまっただけである。

 

「痛いじゃないですか!ちゃんと前見て下さいよ!」

 

「いや、本当に悪い。今回ばかりは謝るわ。だけどな、前見ても見えねぇものは見えねぇんだよ」

 

 若干開き直る俺。そんな俺に怒号を飛ばすセイバー。目の前が真っ暗で見えないが、セイバーは俺のことを凄い形相で睨んでいるんだろうか。

 

 セイバーのため息が聞こえた。うんざりしているという感情表現は少し心に響くものがある。

 

「もう、いいですよ。どうせヨウはそう言って私を苛めるんですから……。どうせそう言っても、また懲りずに私を苛めるんですよね……」

 

「いや、だから、悪かったって。不可抗力というか、なんと言うか……。まぁ、しょうがない、的な?」

 

「的な、じゃないですよ!せっかくいい感じに眠れそうだったのに、今ので起きちゃったじゃないですか!」

 

「寝れない?独りが寂しいのか?なら、俺の脇、空いてるぞ」

 

「そういう冗談じゃなくて!もう、ヨウなんて嫌いです!」

 

 ガーン‼︎俺の幼気なガラスのハートがバリバリと分子レベルまで粉砕されてゆく。これは多分、復元不可能かもしれないほど、結構ショック。

 

 人に直接嫌いと言われると案外心に傷つく。陰口を言われるより、直接言われた方がいいなんて言う者もいるが、直接言われるとそれはそれで傷つくもので、どちらかと言えば自分が気づかない陰口の方がまだマシなんじゃないかと思えた。

 

 セイバーはグチグチとうずくまりながら悪口を言っている。若干自虐的で、多分凄い怒っているんだと思う。

 

「ゴメンな—————」

 

 優しく彼女に語りかける。彼女はふてくされながらも、静かにこう言った。

 

「もう、いいです。別に怒ってませんし……」

 

 そう言う時は大体怒っている。先生起こりませんから、正直に言いなさいと言って怒るパターンと一緒で、怒ってないからとか言いながら怒っているんだよ。

 

 それで俺はもう散々な目に……。そう、それはついこの前、俺が学校をサボった時。

 

「おい、どうして昨日学校に来なかった?先生、怒らないから言ってみろ」

 

「いや、その……実は……」

 

 聖杯戦争が理由で学校に来れなかったなんて白葉には言えないので、しょうがなくそこで嘘の理由を作ったら、なんか後でキレられた。

 

 そんなこともあるので、今回は謝りまくる作戦でいこう。

 

「いや、怒ってるべ?」

 

「怒ってないです!」

 

「ほんと、ゴメンな」

 

「だから、怒ってないです!」

 

「マジ、ゴメン……」

 

「怒ってないって言ってるでしょ!」

 

「ああ、分かった。ゴメ……」

「怒ってない!」

 

 ついセイバーを弄るのが楽しくて、調子に乗ってしまった。セイバーは本当に怒っている。分かりやすいその顔は弄り甲斐のある顔で、つい止めようと思っても止められない。

 

「止められない止まらない、これぞ人が調子に乗る故の副作用……」

 

「何言ってるんですか?」

 

 暗闇の中、うっすらと見える彼女の輪郭が俺に向かってそう言う。俺はその輪郭をじっと見つめる。すると、彼女の口調は不思議になる。

 

「……えっ?どうしたんですか?何か言ってくださいよ」

 

「ん?ああ、いや、なんか、こういうさ言い合いってあと何回あんだろうなってふと思ったんだよ—————」

 

 言葉にしてはダメなことを口にしたとその時瞬時に理解した。ぼんやりとしか見えない彼女の輪郭が悲しみを強く帯びていると感じた。丸まった背中、斜め下に傾けた首、動きが遅くなった身体。突然俺たちの間に無音が流れる。その無音は悲しみや苦しみという感情を含んでいて、何も聞こえないというのが耳を痛くする。いきなり言葉が枯渇したような感覚に襲われ、喉にも痛みが生じて、その痛み全てが胸に伝わり、胸は崩壊しそうになった。

 

 もしかしたら、彼女とこうして平和に話せるのは最後なのかもしれない。それを改めて知って、この刻一刻と過ぎてゆく時間が惜しくなる。手で掬った水は手の隙間から滴り落ちることが必然で、手には水が残らぬように時を止めることはできず、この平和を心の中で焼き付けるしか方法はないのだ。

 

 そう考えると、感慨深い。やはり考えぬようにと思っても考えてしまうことだし、彼女と別れるということは必然的なものであって、結局のところ俺たちは心が苦しくなる。

 

「そういうこと、言わないでくださいよ……」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺は体を横にする。この夜彼女の顔をもう見ないと決めた。そうでないと、俺は多分また考えてしまう。一時間に一回、五十分に一回と段々と彼女のことを考える間隔は短くなってゆき、しまいにはこうやってずっと考えてしまっている。

 

 どうしたんだ、俺は。そう自分に言い聞かせて、考えを改めさせる。

 

 彼女を見るな。

 

 そうでないと、俺は—————

 

 その時だった。ベッドの隣で何か物音がした。セイバーは何かしようとしているようだ。ちらりと彼女の方を見る。

 

「ちょっといいですか—————?」

 

 彼女はベッドの傍に立っている。俺の方をじっと見つめていた。なので、俺は彼女の方に背を向けて返答する。

 

「何だ?」

 

「その—————い、一緒に寝てもよろしいですか?」

 

 大胆な発言。ウブな彼女にしては思い切った行動である。どういう意図があるのか分からないが、彼女の悲しみに帯びた目に見つめられていた俺は断ることが出来なかった。

 

「どうしたよ、急に。まぁ、いいけど」

 

 俺はベッドの奥の方に身を寄せた。そして、手前の方で何かがベッドに乗る感覚がした。身体にその僅かな振動が伝わり、すぐ後ろには彼女がいるのだと察した。

 

 その距離たった十五センチ。筆箱に入ってる定規一本離れたところに彼女はいる。彼女の吐息は俺の耳を熱くさせ、彼女が少しでも動くとベッドを通じて振動が伝わる。

 

「一つ、聞いてもいいですか?」

 

「ん?別にいいけど」

 

「ヨウはさっき、自分の望みは私が望みを叶えること、って言いましたよね?」

 

「ああ、そうだな。それがどうした?」

 

「それがちょっと気になるんです。ヨウ、本当の望みは何なのですか—————?」

 

「は?いや、だから、それは、お前の望みを叶えることだよ」

 

「……本当、ですか?」

 

 彼女は静かに訴えかけるように尋ねる。彼女は自分の望みが俺に応援されているのに、何故その真偽を確かめるのだろうか。

 

「ヨウはどうもそんなこと思っていないように思えるのです」

 

 核心を突くような一言。自分が応援されているはずなのに、何故かその応援の偽りを信じる彼女。俺のことは余程信用されていないのかと思ってしまった。

 

「どうしてそう思ったんだ—————?」

 

 自分の背の前にいる彼女に訊く。

 

「どうして……。それは、単純におかしいのです。だって、聖杯は掴むことができれば何でも望みを叶えられる。なのに、何故ヨウはその望みを叶えようとしないのか、何故私の望みを叶えることを優先するのか。それがすごく引っかかるんです」

 

「それは俺がお前の望みを叶えたいと思うからだよ」

 

「それは何故ですか?」

 

「……アーチャーに頼まれたからだよ」

 

「それはおかしいです。だって、ヨウはそんな人じゃない」

 

 俺でもないくせに俺はそんな人だと語る。その語る内容は俺の思う俺とは少し違う。

 

「アーチャーの生き様に感銘を受けたつーか、なんつーか。だから、あいつの願いを俺が叶えるんだ。そんで、あいつの願いはお前の願いを叶えること、そんだけだ」

 

「嘘、嘘です。だって、そんなことしてヨウは何の得を手にするんです?ヨウは自分のことしか考えない自己中心的で、酷い人で、他者のことよりも自分を優先させる人。だから、そのヨウがあんなこと言うなんて、すごくおかしいなって……」

 

 散々に言われた。やれ、俺は自己中心的だの、酷い人だの、他者よりも自分を優先させる人だのと。まぁ、あながち間違ってはいない。

 

 だが—————

 

「確かにそうかもしんねぇ。だけど、お前は俺の全てを知ってるつもりか?いいや、知らないな。だって、俺とお前はまだ三週間しか一緒にいなかったんだ。お前は俺の何を知っている?どうせお前は俺のこと何も知らねぇよ—————」

 

 棘のような言葉を突き放すように投げかけた。だが、それは全て故意によるもの。俺がわざと彼女を傷つけようと思い、そんな言葉を発した。歯を食いしばりながら。

 

 俺がそんな冷たい言葉を放つと、彼女は俺の服の背中をぎゅっと握る。その距離はもうゼロ。

 

「—————私は、知ってます!ヨウを、月城陽香という一人の人間を知ってます!だって、私は三週間、あなたの隣にずっといたじゃないですか」

 

 隣にずっと。いつだって、どこでも、俺の隣には彼女がいた。それを彼女は必死にアピールしてくる。

 

「ヨウ。私の方を、こっちを……向いて、くだ……さい—————」

 

 今さっきの必死なアピールとは違い、小さな篭った声で俺に言う。頭を俺の背中に突きつけ、何かに頼っていないとダメなようである。

 

 信頼というのは一種の依存。依存というマイナスの意味で使われやすい言葉をプラスの意味にしたものが信頼といっても過言ではない。

 

 だが、俺はその信頼がとてつもなく邪魔だった。止めてほしかった。苦しかった。

 

 その信頼はいつしか期待となり、俺を縛り付けるから。それがすごく嫌なんだ。セイギや雪方はいつも俺に何かを期待する。その期待に俺は応えられないし、そもそも期待なんてかけてほしくない。それはセイバーも例外ではない。

 

「俺はお前に期待し過ぎだ。止めてくれって言ってるだろう。俺はお前の思うような素晴らしい人間なんかじゃない。みんなが思うような俺には絶対になれないんだ。だから、そういうことを言うのは止めてくれないか—————?」

 

 力のない声だった。腹の底から声が出て来ず、気は憂鬱で、手は少し震えていた。

 

 俺がセイバー相手に何故ここまで動揺することがあるのかと考えた。前までならセイバーをただ弄って、楽しんで、それでも俺は笑えた。そこに動揺、緊張というものはなく、何隔てなく接することができた。なのに、今は違う。

 

 今は違う。だけど、俺はその今に適応できていないのかもしれない。それを承知の上で、俺は過去のあり方が良かったと思い、無理にそのあり方でいようと頑張って。

 

 だが、それを悪いと思いたくない。悪いと思ったら、本当に俺は前進することができない。立ち止まるんだ。

 

「お前の要望に応えることはでき……」

「こっちを向いてください—————!」

 

 耳を突くような高い声が耳元でした。怒りの感情のようなものが詰まっていて、彼女の本当の想いというものを見せられたような気がする。

 

 ダメだ。そう心の中で俺は呟く。向いてはダメだと。彼女はあまりにも明る過ぎる太陽。その太陽に似合う月は俺ではないと心に決めつける。身勝手でも、何でも、とにかくそれでいい。それでいいから、俺は彼女といてはならないと決めつける。

 

 傷つく。それが怖いから、怖いから何も出来ない。決めつけでもしない限り、俺は彼女と並ぼうとする。それじゃ、傷つく。

 

 —————ダメだ。

 

 ダメだ。ダメだ。

 

 ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 

 そう思う度に、俺の胸は磨耗して苦しくなっていく。

 

 あと数時間の我慢。そう、それで終わるんだ、この聖杯戦争は。この苦しみから逃れられる。

 

「私を見てッ—————‼︎」

 

 彼女の声が響く。その声は彼女が生前自分を見てほしかった時のように、自らを見てもらうことを欲している。そして、生前は義父が、今は俺が対象なのだと。

 

 今ここで俺が彼女を見なければ、彼女にはまた深い傷を負わせてしまうと理解した。だから、悩んだ。俺が傷を負わないようにするか、彼女が傷を負わないようにするか。

 

 で、悩んだ末に決めた。俺よりも彼女の方が大事だと認めることを。

 

 ゆっくりと体の向きを変える。彼女の顔をその時ちゃんと見た。彼女の目尻には幾許かの露が溜まっている。頰の中央を赤らませて、その姿が凄く理解不能だった。

 

「何で、お前はそんなに俺に辛いことをさせようとするんだ—————?」

 

 何で俺みたいな男にこうも彼女は寄るのだろうか。何で俺みたいなクソに涙を流してまで説得しようとするのか。何で俺みたいなクズの隣にいようとするのか。何で俺みたいな暗い奴の隣で輝こうとするのか。

 

 そんな顔をしてまで、お前は俺に何の期待をかけているのか分からない。ただ、俺はそんな顔で自分を見てほしくない。辛いんだ、止めてほしいんだ。

 

「だって……」

 

 だが、俺に言い分があるように、彼女にも言い分がある。彼女だって、きっと俺のことを思ってくれて、こんな事をするのだ。

 

「—————不公平ですよ!ヨウは、不公平です!」

 

 彼女は俺の胸ぐらを掴む。か弱い彼女の握力は俺の心を握りつぶすには十分の力だった。

 

「何でヨウは私に聖杯を譲るの?何でヨウは私を守るの?何でヨウは私の隣にいるって言って、いつも一歩先を行くの?私がそんなに弱いですか?私がそんなに頼りないですか?私がそんなにあなたと隣にいてはダメですか?」

 

 俺が彼女に疑問を持つように、彼女だってずっと疑問を持っていた。だけどそれを隠して、今まで普通に振る舞って。

 

「ヨウはアーチャーに約束をしたんですよね。でも、私だって鈴鹿さんと約束しました。鈴鹿と二人でヨウの所へ向かう時、彼女に言われたんです。『ヨウは私の大切な子だから、助けてあげて。一人で抱え込んじゃうから、一緒に悩んであげて』って。私だって、あなたが悩んでいるのを見て辛い!だから、私はあなたとその辛さを分かち合いたいんです。ヨウはそんな私の願いも拒否するのですか⁉︎」

 

 彼女の言葉は深く心に突き刺さる。あまりにも強い痛みが俺の心を貫く。心臓が焼かれているような感覚が苦しさを催す。

 

「私はヨウの本当の気持ちが知りたい。私はヨウの本当の願いが知りたいんです」

 

 俺の本当の気持ち。俺の本当の願い。それは、矛盾する。今の俺と矛盾して、俺という存在が引き裂かれる。怖い、怖い。

 

「無理だ、お前に教えたくない!」

 

「教えてください!」

 

「嫌だ!絶対に!」

 

「何でですか⁉︎」

 

「だって、お、俺の本当の気持ちも望みもお前とは正反対だ。お前の望みの妨げになる。それが、俺は嫌なんだ—————‼︎」

 

 それこそが一番俺の望んでいることで、一番現実で起きてほしくないこと。

 

 —————矛盾が俺を苦しめる。




はい!Gヘッドです!

さぁ、矛盾するヨウくんの望み、セイバーちゃんの切実な想い。色々な気持ちが交錯しております。


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矛盾した喜び

 自分が分からない。時々そういう感覚に襲われることはないだろうか。まるで自分の心が自分のものではないような感覚がして、何で自分はこんな事をしているんだろうと振り返ることが良くあるのだ。

 

 自分の心のはずなのに、何故か自分自身がその気持ちを理解していない。誰かの気持ちを理解する以前に、自分が分からない。

 

 そんな状況を良いことに、俺は安堵していた。どうせ俺は分からないのだと、分からないなら分からないままで良いのだと。そう思って、本当の気持ちを見つめまいとしていた。

 

 本当の気持ちを見つめてしまったら、俺がどうなるか分からなかったから怖かった。自分の心を理解するということは、自分の今後の行動を理解するということで、その先を知りたくなかったのだ。

 

 だから、駄々をこねて、知らないを突き通していた。それで、この幻想(ユメ)のような時間が過ぎればいいと思っていた。この時がいつか薄れゆく過去になることを望んでいた。

 

 だけど、逃げていてばかりではダメなのだ。逃げることは悪いことではない。ただ、逃げてばかりで見ようとしないことはダメなこと。何事も時が過ぎるに連れて、やらなければいけない時はやってくる。

 

 それが今なのだと気付かされた時、俺の前に彼女がいた。彼女は俺の心を知りたいと願う。

 

 今、俺は自らの心を知ったような気がした。それを知った時、自分の今までの行動全てに納得がいって、俺は聖杯への願いを知って。

 

 心底イラついてる—————

 

 俺はこんな俺が嫌いだ。何故、彼女の願いを守りたいと言いながら、俺の願いは彼女の願いとは正反対なのか。それが許せない。そんな願いは全員が傷つく願いになるかもしれない。そんな願いを叶えてほしいだなんて思う俺が憎たらしい。

 

 だから、嫌なんだ。こんな俺が嫌いで、でも仕方がなくて、辛い。

 

 手を伸ばす勇気もない俺のことは、誰よりも、何よりも、嫌いだ—————

 

「もう、いいだろう?これ以上、言いたくないんだ」

 

 素直に告げると、彼女は縦に頷きそれを了承してくれる。そして、彼女は寝返り、俺に背中を向けた。

 

 その時の彼女の顔は少しだけ嬉しそうな顔をしていたように見えた。

 

「嬉しそうだな。人がすんごい嫌な気持ちだってのに」

 

「嬉しくなんかないですよ……。でも、本当のこと、私にちゃんと言ってくれた。それが、すごく嬉しい」

 

 背を向けた彼女はエヘヘと照れ笑いをしながら、矛盾した喜びに耽る。生前の彼女はこんなことさえも出来なかった。相手が抱く自分への思いをちゃんと直に聞きたかったのだ。それが、千年以上の時をかけて、今ここでやっと実現した。簡単なことだけれど、彼女にとってそのことの実現は嬉々とするものがあるのだろう。

 

 彼女のその何気ない笑顔を見て、俺は少しだけ心の中にあるモヤモヤとしたものが消えたことに気づいた。彼女の幸せそうな笑顔が、俺にとって至福となり変わっているのかもしれない。

 

「信用してくれるか—————?」

 

「—————はい」

 

 静かに喜びを噛みしめる彼女の頭を撫でる。暗闇の中でも、その独特の色の髪の識別はついた。細く長いサラサラとした彼女の髪が下に垂れている。

 

 信用する。それは彼女の人生から言えば、一番の信頼を勝ち取ったとも言える言葉。俺は期待や依存されるのは得意ではないし、好きじゃない。だけど、それでも彼女のためなら頑張ろうかなと思えてきた。そうして、俺の心の中に風化しないほど濃い思い出を残そうと決めた。

 

 さっきまで、俺は彼女との思い出をなるべく作りたくなかった。どうせ俺とセイバーは一緒にいたとしても、いつまでも一緒にいられるわけではない。つまり、いつかは別れなければならないということ。その別れが辛いから、それまでの思い出を作らないようにしていた。

 

 やらずに後悔するより、やって後悔なんて言い文句もあるけれど、そんなことする勇気もなかった。

 

 —————だけど、やっぱり彼女の笑顔が俺を変える。

 

 俺は彼女とこのままダラダラといるだけではダメなのだ。彼女は今ここにいて、彼女が俺の隣いる時間は有限。その有限の時間を思いっきり彼女と一緒にいることに使う。

 

 もっと、彼女を笑顔にしたいと切実に強くそう願うんだ—————

 

 前は仲間だからとか、なんだとかで彼女を守っていたからだけど、今は違う。もっと別の何かが胸に芽生えている。

 

「よし、今度こそ寝るか」

 

 本日何回、寝ようと言っただろうか。結局、全然寝れてない。眠気は然程あるほどで、さして死ぬほど眠いというわけではないが、明日のもしかしたらのために早めに寝ておこう。

 

 微かに甘い香りが漂う。しかし、隣で女の子が寝ているというのに不思議と緊張はない。ただそんな彼女の丸みを帯びた体が目の前にあると、肌と肌を重ねたくなる。性的欲求とは少し違う、何か別の思い。恋しい、そんな思いなのかもしれない。

 

 瞼を下ろす。視界は遮られ、ただでさえ暗かった景色に光という概念そのものが消えてしまった。暗いというよりも、そもそも無い。無の世界がそこにあった。

 

 その無の世界の中で、俺は腕を掴まれた。その腕に何か丸く大きなものが乗せられる。ふさふさとした長く細いものが押し付けられているようで、腕に圧迫感がある。

 

「なぁ、鬱血しちゃいそうなんだけど」

 

「—————ちょっと、少しだけ、このままでいさせてください」

 

 彼女の明るい声が聞こえた。両手で俺の腕を握り、離れない。腕に血が溜まりキツいと感じたのだが、彼女の笑顔が腕の上にあると思うと少しだけ我慢できそうな気がする。

 

 眠い。段々と思考が停止してゆくようだ。それでも、俺の胸のバクバクとした心音は止まることを知らず、高鳴っている。胸から血が吹き出してしまいそうなほどの高鳴りは、意識がなくなるまで目障りなほど聞こえた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 明かりが瞼を通り抜けている。俺は固くなった瞼をゆっくりとこじ開けた。天井には明かりがついていて、その明かりが俺の目を眩ます。いきなり強い光が目に入り、目を細め、手で光を遮断するように仰ぎながら体を起き上がらせた。

 

 窓から乾いた空気を通ってきた太陽の光が部屋の床に差している。部屋から見える外の空は雲一つない快晴。どうせ冬の快晴なので、太陽の力は十分に発揮されることなく空気はひんやりと冷たいのだろうが。

 

 隣を見る。そこにセイバーの姿がない。俺が起きた時にはもう部屋の明かりは点いていたので、彼女は早くに起きているのだろう。

 

 ベッドから降りて、部屋を出る。廊下の床は冬場、凶器へと変貌する。足の指の感覚を麻痺させ、かかとを悴ませ、足が冷たさで震える。足の指と指を擦りながら、寒さを紛らわす。一階に降りて、俺はある異変に気づいた。変な匂いがするのである。別に悪い匂いというわけではないのだが、嗅いだことのないような匂い。

 

「え?この匂い……、台所から?」

 

 俺は自分の領域である台所まで足早に移動する。移動した、台所に近づくにつれてコンコンと軽快なリズムが聞こえる。これはきっと、包丁とまな板の当たる音。

 

 もしやと思い、ひょっこりと覗いてみる。すると、なんとセイバーが台所に立っているのだ。右手には包丁、左手は猫の手。大根カッティング最中のようである。

 

「おう、何してんのさ?」

 

 一応、彼女の前に出る。彼女は俺を見ると、ちょっと恥ずかしそうにする。

 

「その、朝食を作っているんです」

 

 彼女の手元には味噌、人参、油揚げなどなど朝食の食材が置いてある。

 

「ああ、どうした?急に朝食を作るとか言い出して」

 

「あっ、いや、その……、今までの、か、感謝の気持ちを込めて……、私が作ろうかなぁ〜と……」

 

「いや、別に大丈夫だそ。朝食作るくらい朝飯前だ。そんなん、テキトーになんか野菜切って、鍋ん中入れて、味噌を溶くだけだろ。それに炊飯器の中の米を茶碗に乗せるだけ」

 

「そっ、そういうことじゃないんです!わた、私が真心込めてヨウのために作るから意味があるんです!」

 

「真心より味だろ。味。どんなに愛情こもった料理でも糞みてぇな味だったら元も子もねぇだろ」

 

「そ、それはそうですけど……。で、でも、大丈夫です!きっと上手くできます!だって、生前は私が料理をしてたんですから!」

 

 いや、そういう問題じゃねーよ。そもそものお前の料理スキルそのものが心配なんだよ。例え生前に料理をしていようがなかろうが、今の時代の料理が果たしてお前にできるのかというところなんだよ。正直言って、信用できない。

 

「ちなみに聞くが、生前はどういう料理を作ってた?」

 

「え〜っと、ウサギの丸焼きとかですかね」

 

「えっ?ウサギの丸焼き?」

 

「はい。ヨウでも簡単にできますよ。山でウサギを捕まえて、皮を剥いで、解体して、あとは焼けばいいんです」

 

 物凄い情報が彼女から飛び出してきたように思えた。その情報を聞いた瞬間、頭の中が一瞬フリーズした。

 

 ウサギの丸焼き?まず、そこで躓く。何だ、その大雑把な飯は?いやいや、料理をする上で、繊細さや正確さは重要である。なのに、ウサギの丸焼き⁉︎何を考えているのだ?ここでそんな大雑把な料理を作られても困る。

 

 それにセイバーの口から出たウサギの丸焼きの作り方があまりにもショッキング過ぎる。何だ?ウサギを山で捕まえる?無理無理、絶対に無理。そんなことしたら、動物愛護法とかで俺も捕まっちゃう。さらに、皮を剥いで、解体?何を言っている?そんなスキルを常人は持ってねーよ。簡単とか言ってるけど、俺からしてみれば最難関だわ。

 

 セイバーが笑顔でウサギを解体している姿を想像してみた。もちろん、手元は想像の中でモザイクをかけてはいるものの、とてつもなく恐ろしい。

 

「……セイバー、怖っ‼︎」

 

「ええっ⁉︎何で私、怖がられるんです?」

 

「理由も分かってないところが本当に怖い」

 

 セイバーはもしかしたら小動物に対してのグロ耐性が遥かに強いのではないかと思えてしまう。そう思うと、セイバーも数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだなと認めることができた。

 

「と、とにかく、ヨウは手伝わないでください!私一人でヨウの分の朝食を作りますから!」

 

「いや、でも、やっぱり不安だからな。じゃあ、お前、味噌汁の作り方分かるか?やっぱ、朝だし、味噌を出してんだから、味噌汁作るんだろ?」

 

 俺が尋ねると、セイバーは胸を張った。

 

「ふん、もう味噌汁の作り方は熟知してます!この世界に召還されてから、三週間もヨウの味噌汁をずっと見てきましたからね!流石に覚えました!」

 

「俺を見てて覚えた?ずっと見てたのか?」

 

「—————なっ⁉︎そ、そういう変な意味じゃありませんから!ままま間違えないでくださいね!」

 

 セイバーを弄る。セイバーは顔を赤くしながら、必死に弁解しようとする。その弁解を聞くことなく、俺はテレビに目を向けた。

 

「あっ、ヨウ、私の話を聞いてください!」

 

「おうおう。美味しい飯作ってくれたら聞いてやるよ」

 

「なっ⁉︎ヨウに十分ナメられているってことですね!わ、分かりました。じゃあ、私、頑張ります!剣は捌けなくても、私の包丁捌きがどれほど凄いかみせてあげます!」

 

「はいよー。まぁ、料理は包丁が上手けりゃできるってわけでもねーけどな。あと、セイバー、お前フラグ立ててない?」

 

「そ、そういうのは言わない約束です!」

 

「あっ、そうなの?」

 

 初めて知った約束を一応守る。まぁ、セイバー、頑張ってるみたいだし、そんなに酷い失敗はしないんじゃないかな?

 

 そんなわけで、セイバーの料理の監視を止めて、テレビの方に視線を移す。朝のテレビは面白そうなものやってないので、なんとな〜くニュースを見ていた。(いや、決してニュースが嫌いなわけではないが、これといってみたいというわけでもない。ただ、暇だったら見る程度)

 

 そしたら、なんとニュースにこの織丘市のことが報じられているではないか。これは織丘市の一市民として見なくてはなるまい。

 

「昨夜、織丘市内でまた火災が四軒発生しました。場所は織丘市西側に流れる蛇龍川の近くにある一軒家が四軒、火災により全焼。火災に巻き込まれた全員が煙を吸うなどで病院に運ばれましたが、命に別状はないとのことです。今回も、例の連続放火魔と関連があるのか……」

 

 ニュースキャスターの話が続いている。まぁ、ニュースの話を要約すれば、火災がまた発生しているということ。それも連続放火魔による火災の発生で、段々と被害に遭っている人たちは増えている。

 

「なぁ、セイバー。この火災ってさ、あのバーサーカーのガキじゃね?」

 

「家陶達斗君?その子ですよね?」

 

「ああ。そいつ。この連続放火魔って、あのガキに違いないと思う。ほら、あいつさ、赤日山の小屋を燃やした犯人じゃん?だからさ、今回も同じ手口で……とか?」

 

「でも、それに何の意味があるのです?意味なくそのようなことをしてはいけないのでは?そしたら、監督役が彼を倒せという命令が下されると思います」

 

 セイバーはやはりちょっとあの少年を庇護しようとする。彼女が意図的にしようとしていなくても、彼女は自分に似ているあの少年を否定的に見れないらしい。

 

「なぁ、そういやさ、俺たちって監督役に遭ってねーけど、監督役ってどんな奴なんだ?」

 

「あ〜、そうですね。どんな人なんでしょうね。私たち会ってませんし……」

 

 そんな話をしていたら、玄関のカギがガチャリと開いた。

 

「げっ⁉︎や、ヤベェ、爺ちゃんだ!セイバー!今すぐ消えろ!」

 

「え?今ですか⁉︎今、お料理中です!」

 

「う、うるせぇ!爺ちゃんは一般人なんだから、お前が見られちゃマズいんだよ!」

 

 というか、そもそも女を家に入れてる時点で、そもそもヤバい。

 

「ん?どうしたんじゃ、ヨウ?包丁で手でも切ったのか?」

 

 爺ちゃんはひょっこりと台所に顔を出す。その時には何とかセイバーを霊体化させ、平然を装うことができた。

 

「いや、べ別に何でもないよ。くしゃみがさ、あはは……」

 

 必死にその場を取り繕う。爺ちゃんは不思議そうに俺を見ながらも、台所を後にした。爺ちゃんの背中が見えなくなると、胸をなで下ろす。

 

「危ねー、バレるかと思ったぁ〜」

 

「もう、ヨウのお爺さんはいなくなったみたいですね!じゃあ、朝食作り再開と致しますか」

 

「いやいや、ダメだろ。爺ちゃん、いつ来るか分かんねぇし」

 

「ええええっ⁉︎そんな、あんまりです!せっかくここまで頑張ったのに!」

 

「おう、そうだな。頑張った頑張った。だから、後は俺に任せろ。お前の何倍もめちゃめちゃ上手く作ってやるから」

 

 彼女は嘆いた。

 

「ええ〜、そんなぁ〜!」







はい!Gヘッドです!

段々とセイバーちゃんの新妻感がプンプンと漂っておりますが、そこはご了承ください。

さぁ、そろそろ次のルートに進みたいなと作者は思いますが、何だかんだ言って、まだまだ続きます。

あと十話ちょいで終わる予定?

目標は今年中にこのルートを終わらせよう!


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街へ出かける

はい!Gヘッドです!

まぁ、今回は色々と伏線を張ってはおりますが、日常回でございます。


 テーブルに座って、セイバーと俺で作った朝食を食べる。目の前には何処からか帰ってきたばかりの爺ちゃんがいて、爺ちゃんは一言も発することなく黙々と朝食を食べている。

 

 ご飯は美味しかった。米を研いで、炊飯器に入れるだけだから。味噌汁は……、うん。少し具材が不均等、食べにくいサイズ。そこから、何となくだがセイバーの包丁技術がどれほどのものなのか分かった気がする。

 

「セイバー、お前、刃物の扱いが全般的にダメだな?」

 

 目の前に爺ちゃんがいるので、霊体化しているセイバーに心の中で話しかける。セイバーが霊体化している時は、マスターである俺が心の中で話しかければ、言語を発さなくても理解し合える。何とも楽な機能がセイバーには搭載されているものだと、こんな時に感心する。

 

 セイバーは俺の指摘に呻き声を上げる。俺の感想が彼女にとって余程苦いものだったのだろうか。

 

「え〜、無理ですか?自信はあったんですけど……」

 

 この出来栄えで自信があったと言う彼女。いや、どう見たって、この味噌汁の出来栄えが良いわけがない。中に入っている具材は不均等。どのようにすればこんな形になるのかと心底不思議に思う。それに、味噌汁の味付けだってちょっとおかしい。何、これ?味噌の味濃くない?絶対、体に悪そうなんだけど。

 

「うん、料理は要練習だな」

 

「そ、そうですか?う〜ん、私食べてないからどんな味なのか分かりません」

 

「そりゃ、しょうがねーだろ。目の前に爺ちゃんいるんだし。お前、爺ちゃんが目の前にいる間は絶対に実体化すんなよ」

 

 爺ちゃんは聖杯戦争の関係者ではないから、セイバーが実体化する姿なんて見られてはならない。先日、爺ちゃんに玄関前でセイバーの姿を見られた時は焦ったけど、あれはまぁ何とか誤魔化せるが、流石に二度目はないだろう。爺ちゃんが前回の聖杯戦争に関係してんのか分かんないけど、今回の聖杯戦争に完成していないはず。だから、爺ちゃんは無関係な人で、セイバーの姿はもう見せまい。

 

 爺ちゃんは俺を見た。

 

「ヨウ、この飯マズイな。料理の腕、下がったのか?」

 

 堂々と飯を作ったであろう人の前でマズイと伝える。折角、俺がオブラートに包んでセイバーに伝えたことを、爺ちゃんはさらっと躊躇もなく口にした。

 

 テレパシーで聞こえる声が急に喚き出した。

 

「うわぁぁあぁぁ!マ、マ、マズイ!マズイ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 きっと彼女は俺にオブラートに包まれた言葉だから平静を保てていたのかもしれないが、今の言葉は流石に痛い。爺ちゃんはセイバーがいることに気づいていないし、そりゃ、身内の俺には本音を言ってしまうのかもしれないけど、少しは相手のことも考えてほしい。まぁ、俺が言えたことではないのだが。

 

「セイバー、諦めろ。爺ちゃんの言ってたことは事実だ」

 

「ヨウ!う、嘘をついたんですね!また私をからかったんですね!」

 

「いやいや、俺、別に変なこと言ってねーよ。ただ、マズイって言葉を回りくどく言っただけだ」

 

「マズイって言わないでください!これでも、頑張ったんですから!」

 

「おう、確かに頑張ってたな。ちょいちょい見てたぞ。苦戦してるお前の顔を」

 

 ああ、あの時は楽しかったー。俺が何かせずとも、彼女は勝手に頭を悩まして変な顔していた。味噌汁の作り方を覚えてるとか言ってたから大丈夫だろうなと思い彼女の方を振り向いたら、手が止まってたし。

 

「頑張りだけは認める。だが、料理は味だぞ」

 

「いやぁぁ、それだけは言わないでぇ〜」

 

 喘ぐ彼女を弄ってたら、ついふと笑ってしまった。心の底から湧き上がる感情が顔に出た。

 

「ヨウ、どうした?変なものでも食ったのか?」

 

 目の前にいた爺ちゃんは唐突に笑った俺に驚く様子を見せる。俺は爺ちゃんに変な姿を見られたと気付くと、咄嗟に誤魔化した。

 

「ああ、いや、昨日さ見てたお笑いの番組を思い出したら、面白くってさ。アハハ」

 

 必死に誤魔化す俺をきょとんとした目で見つめる爺ちゃん。そんな目で見られると、俺がイタイ人みたいじゃん!

 

 だが、どうしたことか、爺ちゃんも唐突に笑い出した。

 

「ハッハッ、ヨウ、お前は変わったな」

 

 その時、朗らかに笑う爺ちゃんを初めて見た気がした。俺のことに対して、こんなに笑うのかと思い知った。そして、俺が変わったと爺ちゃんに言われた時、少しだけ嬉しかった。

 

「そう、例えば?」

 

「ん?なに、別に何処が変わったと分かるわけではない。ただ、ヨウ、お前という人そのものが変わったんじゃよ。敢えて指摘するのなら……」

 

 爺ちゃんは自分の胸に指差した。

 

胸の奥(ここ)じゃよ—————」

 

 変わった。確かに俺はこの聖杯戦争で見違えるほど変わったのかもしれない。何かに前向きになろうという姿勢。生きるってこと。人であるがためのこと。あとは、誰かを守りたいって切実な想い。

 

 色々なことを知って、色々な変化を遂げて、俺の心は変わって。変わることは素晴らしい希望であり、暗い恐怖でもある。

 

 爺ちゃんは俺を羨ましそうに見つめる。

 

「お前は良いな。変化の可能性がある。人とは実に輝かしい命だな」

 

「爺ちゃん、どうしたのさ?急に何言いだしてんの?」

 

「いや、孫が成長していく姿を見て、感慨深いものもあるなと思っただけのことよ」

 

 そう言うと箸を揃えて膳の前に置く。ごちそうさまでしたの挨拶をして、顔を上げた爺ちゃんの顔は俺が見たこともないような冷たい顔だった。

 

「—————儂は変われぬ存在だからの」

 

 その言葉が何を示唆しているのか、この世界の俺は分からなかった。ただ、どうしようもない絶対的な運命のことを言っているのだと、それだけは理解した。

 

「おお、そういえば今日の郵便受けにこんなものが入っていたぞ」

 

 話をはぐらかすかのように一旦席から立ち上がり、郵便受けから取ってきた新聞やら何やらをゴソゴソと漁りだした。そして、目的の物が見つかったのか、席に座って、俺の目の前に差し出した。

 

「これは?」

 

 手渡されたのは紙っぺら。

 

「プラネタリウムじゃよ」

 

「プラネタリウム……。それって、ついこの前新しく作られたっていう中心街の?」

 

「ああ、そうじゃよ。その割引チケットが新聞と一緒に挟んでおった」

 

 そのチケットをまじまじと見てみる。背景が星空で、そこに大きく割引などと書いてある。それはそれでいいのだが、幻想的なはずの星空に金のことを書かれてもどうかと思う。

 

「どうじゃ?今日とか休みじゃろう?あの、外国の女の子と一緒に行ったらどうじゃ?」

 

「いや、あの子とはそういう関係じゃなくて……。いや、まぁ、確かに変なこと言ったけどさ……」

 

「そ、そうです!わ、私とヨウはそんな関係なんかじゃありません!」

 

 セイバーは爺ちゃんに聞こえないというのに、俺とのテレパシーで反論する。

 

「儂もこんな歳じゃし、いつコロッと逝くかも分からんしなぁ。早よ、可愛いひ孫が見たいのぅ〜」

 

 爺ちゃんはチラリと横目で俺を見る。意味深、というか結構ダイレクトに言われたかも。

 

「なぁ、なぁッ⁉︎そ、そ、それはどういうことですか⁉︎」

 

 セイバーもセイバーで恥ずかしがっている。きっと赤面しているのだろう。だが、それは二の次で、言いたいことは他にもある。

 

 テレパシーで反論するのやめてもらえないかな。俺に言うなら、もう一層の事、直接言ってほしいものである。まぁ、実体化する時点でそれもそれでダメなのだが。

 

 爺ちゃんは俺にチケットを渡すと、ご機嫌な様子でリビングから出ていった。残された俺は渡されたチケットを再度見る。

 

「プラネタリウムかぁ〜。そういや、小学生の頃以来、行ったこともなかったしな。セイバー、行くか?」

 

 俺がセイバーに話しかけるとセイバーはう〜んと唸り声を上げた。

 

「プラネタリウムですかぁ……。でも、ニュースでも見ましたよね?バーサーカーの少年が騒動を起こしたって。今夜辺り、何か大きなことが起きるんじゃないですか?だから……」

 

「いや、行こうぜ。どうせ、その何か起こる夜までまだ時間あるし」

 

「まぁ、はい。そうですね。そうしましょうか」

 

 セイバーの声は少しだけ高く抑揚のある声になった。聞いている俺の胸も踊るような。

 

「じゃあ、行こうか」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 織丘市の中心部。近年、住民が増加傾向にある織丘市内でも、特に市政が力を入れて素晴らしくしようと意気込んでいる場所。中心部に行けば、基本何でもあるし、買い物に行けばあれが欲しい、これも欲しいで財布を痩せさせる主婦の敵。俺の財布の鬼である。

 

「着いたぞ。中心部」

 

 バスから降りたセイバーは目の前に盛大に広がる中心部の街並みに目を輝かせた。

 

「わぁ〜、スゴい!ここが、織丘市の商業の中心部なのですね?」

 

「ああ、うん。まぁ、そうだな」

 

「色んな店舗がそんじょそこらにあります!飲食店に、コンビニ、花屋に、お菓子屋さん、本屋、服屋、家具屋!目の前にこれほどの店が広がっているなんてっ!」

 

 童心に返ったようである。好奇心が全面に出て、自分が居た時代と今の時代との変わり様に歓喜している。セイバーは時代の差を感じる時、いつも何処かしらに悲しみを感じていたが、このような場合では喜びしか感じないのだろう。いや、悲しみを感じてはいるかもしれないが、その悲しみを好奇心が押しつぶしているのかもしれない。

 

 セイバーは俺の肩をポンポンと叩いた。

 

「ヨウ、あそこのお店行きましょうよ!」

 

「いや、まずプラネタリウムが先だ。先に買い物したら、歩くの大変だしな」

 

「えぇ〜。ダメですか?」

 

「ダメ!絶対!」

 

 そんなわけで、お店には目を向けず、目的地まで移動する。

 

「ほい、ここが織丘コスモステーション」

 

「ここにプラネタリウムがあるんですか?」

 

「そう」

 

 織丘コスモステーション。最近新しくこの中心部に出来た宇宙のことについてのものが展示されている館である。織丘歴史博物館と併設されており、子供とかが夏休みの自由研究の宿題とかに使いそうな場所である。

 

「で、そ、そのぅ……、ここに来てからではなんですが……」

 

「何さ、そんな畏まって」

 

「その、プ、プラネタリウムとはどのようなものなのでしょうか……」

 

 ……。

 

 あっ、そういうパターンか。

 

 大丈夫、俺は咄嗟の状況にも瞬時に対応できる男。何でもそつなくこなすクールな男。だから、これしきのことで戸惑う俺ではない。

 

 パァァンッ‼︎

 

 と、瞬時にポケットから取り出したハリセンをセイバーの頭に叩き込む。

 

「イタァッ‼︎まったく、何するんですかッ⁉︎って、何処からそんな物取り出したんですか⁉︎何処にそんな武器をッ⁉︎」

 

「いや、ポケットから瞬時に作り出した。そこへの詮索は止めてくれ。それが、この世界のルールだろ」

 

「この世界のルール?ま、まぁ、それはいいとして、何で殴るんですか⁉︎」

 

「殴ってねぇよ!叩いただけだ!誤字、言葉の誤り!」

 

「特にそんな変わりなんてありませんよ!そんなとこに拘らない!」

 

「拘るわ!殴るより、叩くの方が暴力的じゃないだろ!」

 

「だから変わんないって言っているでしょ!まったくもう、ヨウは頑固ですね!」

 

「ドコが頑固なんじゃい‼︎」

 

「そういうところが頑固なんですよ‼︎」

 

 建物の前で罵詈雑言が二人の間に飛び交う。そんなことしても、話が終着しそうにないので、一旦、落ち着くことにした。

 

 例のプラネタリウムがあるコスモステーションの花壇の段差にチョコンと二人並んで座る。

 

「で、何でヨウは私を殴ったんですか?」

 

「殴ってない。叩いた」

 

「……ッ、は、叩いたんですか……?」

 

「いや、まさかここに来てプラネタリウムって何っていうまさかの質問が出てきたからな」

 

「ま、まさかの質問とは?」

 

「いや、そのまま受け取ってくれて構わねーよ。普通なら、『プラネタリウムって何円くらいなんですか?』とか、『入場料とかかかりますか?』とか、そんなもんだろうよ」

 

「殆ど金の話じゃないですか!」

 

「バカ野郎、金はこの世界を支えてくれてんだぞ。お金様々だろ」

 

 そこだけは割と本気で答える。すると、セイバーはガチで軽蔑の目を向ける。

 

「え?何でそんな目を向けるのさ。お前、お金のスゴさが分からないな?」

 

「……いや、もう、ヨウは救出不可能なバーサーカー領域にいるなと察してしまいました」

 

「ファッ⁉︎俺を救出⁉︎何のことだ⁉︎」

 

「も、もういいです。ヨウはもういいですよ。はい、しょうがないですよね。小さい頃から家事に追われ、家計の管理に根を詰めているヨウは節約の虫にもなりますよね。もう、そこまできたら、それこそ主婦魂の悪化バージョンとでも言うのでしょうか……」

 

 セイバーが何を言っているのか俺にはさっぱりと分からなかったが、取り敢えず頭ごなしにディスられて、それで完結されたっていうことだけ分かった。

 

 セイバーは憐れむような目で俺を見つめる。その目を見ると無性に苛立ってしまうのは何故だろうか。

 

 そんなセイバーに厳格に抗議しようとしたら、セイバーは顔を赤らめている。

 

「おい、どうしたんだよ」

 

 俺がそう尋ねるが、セイバーは何も話そうとしない。ただ前を指差すだけだった。その指差した方向を俺は見るとそこには何やら男女のカップルがいる。そのカップルはいかにもラブラブな恋人ですっていう肩書きが付いているような仲だ。その二人組は終始イチャイチャしながらコスモステーションの中に入って行った。

 

「いや、それがどうしたんだよ」

 

「わ、分かんないんですか……?そ、その、さ、さっきから、ああいう人たちが建物に入って行っているんです……」

 

「うん、そう……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……は?

 

「いやいや、で?だから、どうしたってんだ?」

 

「ヨウは分からないんですか?こ、この建物に入って行く人たちの殆どがカップルですよ?」

 

「へぇ〜」

 

 ……で、だからどうした?という気分である。まったく、どうでもいいではないか。他の奴らがカップルばっかでも別に俺たちがどうこうなるわけでもない。

 

「ヨ、ヨウ、まさかこのプラネタリウムとは新手のラブホテルですか?」

 

「いや、流石にそれはないわ。それはプラネタリウムの従業員に言ってはならない言葉だから。っていうか、ラブホって言葉を知ってるなら、プラネタリウムぐらい知っておけよ」

 

 セイバーはまだまだ現代常識を知り得ていない。この一ヶ月間、彼女は何をしていたのだろうかと疑問に思えてきた。

 

 そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ねぇねぇ、ソージ、ここがプラネタリウムって所なのッ—————⁉︎」

 

 太陽のように赤く腰まで垂れ下がった髪をふわりと揺らしながら後ろを振り返る少女。その少女の目線の先には一見弱そうな高身長の若い男の人が立っていた。しかし、その弱そうな体は実は着痩せのフェイクであろう。ちらりと見える彼の腕は隆々としており、筋肉の筋がくっきりと皮を通して浮き出ている。

 

 いつぞやどこかで見た二人組。その二人組を見て、俺とセイバーは唖然とする。

 

「ヨウ、あれって、例の……」

 

「いや、セイバー、きっと見間違いだ。あり得るはずがない。こんなところで、ばったり?笑わせるな」

 

 俺とセイバーがこそこそと話していたら、その話を聞いていたかのように二人組の会話は耳を疑うものとなる。

 

「キャスター、プラネタリウムではあんまり大声出さないでね。周りのお客さんの迷惑になっちゃうから」

 

「そーゆーソージこそ、外ではその名前で呼ばないでください!他の参加者が近くにいたらどうするんですか?また、戦わないといけないんですよ?そしたら、ソージがまた痛い目に遭うんですよ?私はイヤ!そんなのゼェェェッタイにイヤ‼︎」

 

「分かった。分かったから。キャスターって呼ばないから」

 

「あー!また、その名前で呼んだ‼︎ダーメ!それ、ゼッタイにダメ!私のことをヒーちゃんって呼んでください!」

 

「それこそ、本当にアウトな気が……」

 

「ヤーダ!ソージがそう呼んでくれないと、私ヤダ!」

 

「はぁ……。分かったよ。ヒーちゃん」

 

「ヤッタァ!私のこと、ちゃんと呼んでくれたぁ!ヤッタァ!ソージ、ダイスキー‼︎」

 

 何ともバカで低脳な会話でしかないと思うだろう。実際、今の俺もそう思っている。今の話を聞いてて、なんか物凄い時間の無駄をしたなと思えてきた。

 

 セイバーも俺と同じ顔をしている。無色、死んだ目をしている。

 

 例の二人組もイチャイチャしながら、建物の中に入って行った。

 

「……ヨウ、あれはやはり……」

 

「セイバー、その先は言うんじゃない。言ったら負けだ」

 

「え?言ったら負け?ま、まぁ、よく分かりませんが、一応ヨウも理解しているようなので……」

 

 俺は立ち上がった。そして、入り口とは逆方向に移動する。そんな俺の服の裾をセイバーは掴み進行を妨げる。

 

「ちょっと、何処行くんですか?」

 

「いや、他の場所、行かない?」

 

「プラネタリウムはどうするんですか?」

 

「いや、後で。今、行ったらなんかヤバそう」

 

「ヤバそう?そうですか?私としてはあのキャスターなら、戦闘などしなくても良い気が……」

 

「そういう問題じゃなくて。いや、まぁ、そういう問題なんだけどさ……」

 

 話が膠着した。すると、セイバーは強引に俺を引いて、入り口に近づこうとする。

 

「やっぱり、なんか今行かないとダメな気がします。行きましょう!」

 

「いやいや、何で⁉︎」

 

「何でもです!少し、キャスターの現在状況を確認したいという気持ちもありますし……」

 

「ありますし?」

 

「それ以外にも、ここでプラネタリウムというものを見れなかったら、一生プラネタリウムというものを見れない気がします」

 

 セイバーはそう言うと、力ずくで建物の中に入ろうとする。俺は彼女の確固たる決意に勝てないと知り、渋々建物の中に入った。

 

 入り口は受付になっていて、どうやらそこで入場料を取るらしい。小学生以下は無料、中学生は四百円、高校生以上は六百円と受付の上にある料金表に書いてあった。

 

 うん、なかなか高いじゃないか。なんだこの値段は。高校生は六百円だと?ボッタクリじゃないのか?俺とセイバーで千二百円も払わないといけないんだぞ?俺の財布になんと悪いのだろうか。

 

 セイバーをマジマジと見る。こいつなら中学生でもいけるかと鑑みたが、やはり高校生の俺が隣にいて、同じ歳ぐらいにしか見えないだろう。まぁ、つまり、セイバーに中学生役は無理そうである。

 

 俺は財布の中身を見た。ここから千二百円がプラネタリウムのために消えるのかと思うと胸が苦しくなる。

 

「……あっ、そういえば割引チケットがあったんだ」

 

 割引チケットの存在を思い出し、ポケットの中からチケットを取り出す。チケットは一人につき一枚有効なようで、二百円引きのようだ。

 

 よし、これを使うか。

 

 受付の前に行き、所持していたチケットを出しながら入場料を払おうとした。その時、受付のお姉さんが、なんとまぁ、凄いことを俺たちに聞いてきた。

 

「こちらの割引チケットをご使用ですか?こちらのチケットはカップル限定で使用可能となっておりますが……」

 

 受付のお姉さんはそう言うと、チケットの裏側のところを指差した。そこにはなんと、恋人限定と書いてあるではないか。

 

 実はこの割引チケット、恋人限定使用可能のチケットで、表にもそのように書いてあったのだが、なんと俺はその文字よりも割引という文字に目が行ってしまったため気付かなかったのである。

 

「ま、まじか……」

 

 一度目を深く閉じる。そして、また目を開きチケットを確認する。が、やはりそこにある文字は変わらずそこにあり、夢だったとか見間違いとかそんなことで片付けられそうにもない。

 

「恋人かぁ……」

 

 隣にいるセイバーを見る。セイバーはモチっとした頰をさらに膨らませる。

 

「な、何ですか?嫌なんですか?私とか、か、カップルっていうのが……」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……。いいの?俺とカップルで?」

 

「良いですよ。どうせ、割引のためのカップルなんですから」

 

「おお、流石。よう分かってるじゃん」

 

 セイバーは俺にカップルであると言ってもいいと伝えるが、やはり前置きとして割引のためのカップルである。別にそれがどうしたとか、それでどうこうあるわけではないが、ああ、そうなのかと思わされた。

 

「か、カップルです……」

 

 セイバーと腕を軽く掴みながら、受付の人に宣言する。その時、恥ずかしいという思いが若干あったが、それ以外にも他の思いがあって、少し声が小さくなってしまった。受付の人は俺がカップルたと了承すると、二人分のチケットを差し出した。そのチケットの一枚をセイバーに渡すと、セイバーはチケットをじっと見つめる。

 

「これが入場券ですか?」

 

「そ。これ持って、入場口に行けば入れんの」

 

 セイバーは俺の後ろにくっ付くようにして歩いている。俺は後ろにいる彼女の見本ということ。じっと俺の行動を観察する彼女の純粋な知識欲の目が体の隅々まで見られているようでなんか嫌な感じしかしない。

 

 まぁ、しょうがない。彼女はそのことをよく分かっていないようだから。

 

 入場口で券を係員の人に渡す。係員の人は手際よく券の予め刻まれた切り込み線に沿って千切る。セイバーは、オォーと感嘆しながら小さくなった券を手に収めた。

 

「お前、券をそんなに強く握るなよ。クシャクシャになっちゃうだろ?」

 

「あっ、そ、そうですね。すみません。つい、あんなことも私たちの頃にはなかったですから。物珍しくて、凄いなって」

 

「そうか」

 

 彼女のキラキラとした目はあまりに眩しすぎる。そして、そんな目をしている彼女にとって、ここは異世界のようなもの。彼女が元いた世界ではないのだと現実を押し付けられた。

 

「見に行こうか、プラネタリウム」

 

「はい!」

 

 笑う彼女のえくぼ。そのえくぼがいつまでもその顔に刻まれていてほしい。

 

 それはきっと、彼女が過去に帰ることが一番の道なのだろうとふと感じた。





さぁさぁ、プラネタリウム。皆様は見た経験があるでしょうか?綺麗ですよね〜、室内にいるなんて思えないほどです。

さてさて、あと一応ご報告です。

この物語は3ルートあると言っておりますが、話は一本で通っております。パラレルワールド的な、可能性で3つの結果が……、などではございません。

しっかりと、話は繋がっております。それだけはご理解を。

まぁ、そんなこと言ったって、この第一ルートでは気付く要素などほぼ皆無なんですけどね……。

分かりにくいかと思い、一応の補足でございます。


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微かな星の光は暗く眩い月に潰されて

はい!Gヘッドです!

今回は若干グダってます。


 真っ白なスクリーンのドームが頭上を覆っている。背後にはそのスクリーンに星を映し出す大きな投影機が設置されている。投影機はミラーボールのようなものが先についており、きっとそのボールを回して星を写すのだろう。広い空間には椅子が中央に向かって等間隔に並んである。席のほとんどが埋まっており繁盛はしているようだ。しかし、何処もかしこもカップルと思われる人たちばかりである。

 

 俺たちも席に座る。丁度二人分席が空いていたので、そこにセイバーと並んで座る。セイバーは予想以上の人の多さに驚いていた。

 

「プラネタリウムとは、こんなに多くの人が見るものなのですか?」

 

「いや、そういうわけじゃない。ただ、例のカップル割引チケットのお陰なのか、大盛況ってところだな」

 

 その割引チケットの効果により俺たちもここにやって来たわけである。そういう点では他の客と大差ないだろう。

 

「それにしても、大きいですね?スクリーン、というものでしたっけ?」

 

「そう、スクリーン。あれだ、テレビの画面みたいなもんだ。光があのスクリーンに当てられて映像が見えるんだよ」

 

 俺が簡単に説明してやったが、セイバーはどうも理解不能のようである。やはり、過去の知識だけで、現代のものを理解しようとするのは難しいのだろうか。

 

「まぁ、見れば分かる」

 

「さっきからそればっかりじゃないですか」

 

「しょうがねーだろ。言ってもどうせ分かんねぇだろ?」

 

「うぅ。そうですよ、どうせ私には分かりませんよ……」

 

 悲しむセイバーには申し訳ないのだが、俺はその言う通りだと思う。俺とセイバーは多分齢は同じだとしても、学力的差があまりに大きすぎる。別に俺は頭のいいわけではないが、現代の学校教育を受けた俺と、そもそも生きる術以外の勉強をしてこなかったセイバーとでは差は歴然としていて、俺が理解できたとしても彼女が理解できる保証はどこにも無い。

 

 だから、彼女が理解できるには体でしかない。頭で理解できなくとも、根本的に体で感じ取り理解するしか方法はないだろう。

 

 俺だけ理解できても、彼女が理解して知識欲求を満たさなければ意味がないのだし……。

 

「まぁ、見れば楽しいだろうし、我慢しなさい」

 

「んなっ⁉︎う、上から⁉︎」

 

「基本的にいつも上からなんだけど」

 

「自覚しているなら直してください!」

 

「ははは、そうだなぁ〜」

 

 セイバーの頼みを軽くいなしながら、座席に体を委ねる。天井を見やすいようにと傾いた背もたれに全体重を託すと、疲れがどっと出たような気分に襲われる。さっきまでの少しの徒歩だけでそれほど疲れたのか、もう歩きなくないと感じてしまった。

 

「もう、歳か……」

 

「何言ってるんですか?まだ二十歳にもなってないじゃないですか」

 

「いや、小さい頃はよく公園とかで遊んでたんだけどさ、今となっては家でダラダラとしていたいんだよ。関節動かすのがもう辛くてさ。ってか、疲れるのイヤだ」

 

「性根が鈍ってますね」

 

「それを言うなら、性根が腐ってんのよ。マジで」

 

 疲れたくない。疲れることがイヤだ。だから、運動なんてしたくない。外出て遊ぶとか、正直あんまり得意じゃない。インドア派だから、家の中でゆったりとしていたい。

 

 プラネタリウムにまで来てだらけていると、隣の客が俺をじっと見てくる。しかも、その顔はなんか見覚えのあるような……。

 

「ジィーッー」

 

 よく分からない謎の効果音を発しながら俺をガン見してくる少女。座席に膝を立てながら俺を警戒しているようで、その視線に対してなんとなく目を合わせてはならないような気がした。

 

 が、やっぱり、なんか気になる。ので、ちらっとその少女を見る。

 

「あっ、こっち向いた。ヘンタイだ」

 

 すぐさま目を逸らした。

 

 今、物凄いことを直接真正面から言われたのは気のせいだろうか。多分、この少女とちゃんと顔を合わせるのは初めてであって、この少女に俺のことを知られていようがいまいが、普通初っ端に人を変態呼ばわりするだろうか。

 

 否、絶対にしない。少なくとも俺は彼女にそのような姿を見せた覚えはないし、見られるような行動などしていないつもりだ。

 

「ジィーッー」

 

 少女の熱い視線が少し怖い。何で俺がこんなに警戒の目で見つめられなければならないのか分からないのだが。

 

 その時、男の人がその少女の肩をポンポンと叩いた。

 

「こら、ヒーちゃん。ダメでしょ。隣の人が怖がっているじゃないか」

 

「ブーブー、だってつまんなーい!つまんないんだもん!まだ⁉︎プラネタリウム、まだ⁉︎」

 

 どうやらこの少女、プラネタリウムの上映が遅いからと言って、隣の客である俺をガン見していたそうである。とばっちりを受けたのかと思った。いや、だが、そこで安心してはならない。つまらないからという理由で隣の客をガン見する少女。実に恐ろしい。

 

 少女と言っても、小学生ぐらいの少女ではなく中学生ぐらいの少女だから、恐ろしく思える。その歳ぐらいになったら、少しは常識とか他者のことを考えるということぐらい知っていてほしいものだ。

 

 男の人は聞き分けのない少女を咎めようとするが、少女はあっけらかんと、いやむしろ笑っている。

 

「まぁーだー⁉︎つまんなーい!」

 

「こら、周りのお客さんに迷惑でしょ?これ以上誰かに迷惑をかけるようなら、怒っちゃうよ?」

 

 男の人がそう言うと女の子は黙った。が、よくよく見ると女の子はニタリと満面の笑みで男の人を見ている。

 

 満更でもなさそうじゃねぇか。

 

 男の人は女の子の屈託のない笑顔を見てため息を吐いた。深いため息からその男の人のこれまでの苦労が窺える。

 

 セイバーを見た。セイバーは俺に見られると、少しだけ顔を赤くして聴牌になっている。

 

「な、何ですか?いいい、いきなりじっと見つめて……」

 

「いや、俺の隣がお前みたいなので良かったなって何となくだけど、痛感した」

 

「んなっ⁉︎そ、そんなこと言うのは卑怯ですよ!」

 

「卑怯とかねぇだろ。いや、普通にお前で良かったなってだけで……」

 

「そ、そ、そういうことが卑怯なんですよ!それでいて、無自覚!デリカシーというものがヨウには無いんですか⁉︎」

 

「いや、あると思うか?」

 

「あっ、そうですね。無いですね」

 

「でりかしー?何それ?美味しいの?」

 

 隣に座る少女が話に首を突っ込んでくる。男の人は俺たちにまた謝ると、少女に色々と常識とかそういう根本的なところを教え始めた。が、少女の表情から察するに男の人の言っていることが何一つ分かっていないようでポケーッと空を向いている。

 

 能天気、終始お気楽そうな様子の二人。その二人の姿が少しだけ羨ましいと思えた。隣にいる一人の少女は常に笑顔で人に迷惑をかけまくって、それでも誰も悪い気分にはさせることがない。その一方、もう一人の少女は人に迷惑をかけまいと笑顔を作る。だけど、その笑顔は誰かを迷惑に巻き込み、結果彼女は悲しむ。救われないという言い方はどうかと思うが、でも間違ってはいない。

 

 セイバーは本当に救われない人間だ。運が悪いというレベルではない。運命の輪に彼女は嫌われている。そして、それでもセイバーは笑おうとする。そこに俺は惹かれているのかもしれないけれど、それでも俺とセイバーが隣の関係みたいにいることができればと考えてしまった。

 

 戦ばかり、血ばかり、死ばかり。思えばろくなものを見れた覚えがない。苦し紛れで出る笑顔で笑い合うのではなく、腹の底からの笑顔で笑い合いたい。

 

 だから、その時ふと羨ましいと思えたんだ。

 

 勝手な思い、それでもその思いは暴走して胸の中を壊そうとしている。

 

 俺はどうしたらいいのだろうか。

 俺は彼女を守れるのだろうか。

 俺は彼女の願いを壊すんではなかろうか。

 

 勝手な思いで、勝手な行動で彼女を絶望のどん底に突き落とすのではなかろうか。

 

 ドームの中が暗転する。二人の少女は初めての体験に驚きながら心を躍らせていた。

 

 映し出される空の景色。段々と濃くなる星の光。街の明かりを消せば星々が地球からたくさん見えるのだとアナウンスが流れる。

 

 しかし、星などは目で見ることはできない。あんな微かで脆い光は一緒くたに夜空にばら撒かれ、その光も月に潰されるのがどうせオチ。

 

 確かに俺は月よりも星の方が希望のような明るさが感じられると思う。月は混沌としていて、狂気とかそういうイメージがあって、星の方がいいと思える。だけど弱い光は強い闇に飲まれて、結局は一介の僅かな光に過ぎない。

 

 夜空は美しいけど、まるで絶望を見ているような気分になってくる。

 

「綺麗、ですね」

 

 セイバーがボソッと呟く。そういう彼女の横顔が僅かな光に照らされて目の中に焼きついて、酷く心が痛い。

 

「ああ。綺麗、だな……」

 

 確かに綺麗だ。だが、何が綺麗なのか分からなくなって、そう言うしかなかった。端的に綺麗だとしか言えず、その後の言葉はもう二度と出て来なかった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「……ョ……、……ョウ……、ヨウ……」

 

 気がつくと目の前にはセイバーの顔があった。セイバーは心配した様子で俺の顔を覗き込んでいる。そんな彼女の顔を見て、俺は今何をしているのだと我に返った。

 

「……え?何?」

 

 まずさっぱりなんだかよく分かんないから体を起こして辺りを見回す。プラネタリウムを見ていたはずの客は荷物を手に持つなりして帰り支度を始めている。

 

「ヨウ、寝ちゃってたんですよ?」

 

「えっ?寝てた?」

 

 頭がいきなりの事態についていけなく、一旦頭の中で事態の整理をする。

 

「えっ⁉︎俺、寝てた⁉︎」

 

「いや、だから言ったじゃないですか。寝てたって」

 

 俺はそのセイバーの言葉を聞き、絶望に駆られる。座席に全体重を委ね、もう生きる気力を失ったかのように呆然と息をする。

 

「お、俺、寝てたの?」

 

「そ、そんなに悲しむものなのですか?まぁ、確かにプラネタリウムは素晴らしいものでしたけど、ヨウは見たことがあるのですよね?そこまで見なければならないという理由があったのですか?」

 

「理由があったもなにも、俺は金を払ってここにいる。なのに、俺はその金を払って見るはずだった上映を睡眠に使ってしまったんだ!その意味が分かるかっ⁉︎」

 

「ま、まさか……」

 

「そう、そのまさか!俺は金を無駄にしてしまったんだっ‼︎綺麗な星々を見て癒されるはずだったのに、その癒しが睡眠という名の癒しになってしまったんだっ‼︎」

 

 あ〜、マジでショック。数百円払って寝に来ただなんて。その数百円があれば一食ぐらいは賄えるとでもいうのに。

 

「なぁ、俺ってどのぐらいで寝たか分かるか?」

 

「さぁ、それは分かりません。ドーム内が点灯してから気付いたもので。ヨウはどこまで記憶があるんですか?」

 

「ん?ああ、北極星の説明ぐらいまでは記憶はあるぞ」

 

「それって最初の最初じゃないですか」

 

「うわぁぁぁぁぁっ‼︎見事に数百円を無駄にしたぁぁっ‼︎最悪だぁっ!」

 

 払った金を無駄にするというのは何とも虚しい気分になる。しかも、それを了承の上で無駄にするのなら良しとするものの、寝落ちという実に馬鹿なことをしてしまった。

 

 きっと昨日の夜全然眠れなかったことが原因だろう。いや、そうとしか言いようがない。毎日毎日、聖杯戦争のためと言い、遅くまで起きているせいで体は疲れがたまっており、さらにそこに釘を打つかのように昨日のセイバーの腕枕。ああ、そうだ。あれが決定打に違いない。あれのせいで全然眠れなかったのだ。最初は女の子の甘い香りとか、そもそもこのままピーーなことしちゃうとか考えてたけど、段々と腕が痺れてきて、セイバーは寝てるし起こさないように腕を頭の下から外すのに時間がかかって……。

 

「お前か、お前のせいか」

 

「ええっ⁉︎わ、私のせい?」

 

 意気消沈する俺とそもそも話の内容を掴めていないセイバー。そこに横槍を入れるかのようにあの例の少女が俺の腰をベシベシと叩く。

 

「ん?って、お前か。どうした、ガキ」

 

「私、ガキじゃないもん!きっと君より年上だもん!」

 

「……えっ?」

 

 唐突に、そして突然であり自然に彼女は意味を含めて言った言葉に少し凍りついた。少女はそんな俺の手に指を指す。

 

「あと一つ、大切にしたほうがいーよ」

 

 彼女はそう言うと、てくてくと出口の方に走って行く。出口のところには男の人が待っており、男の人はどうやら俺たちの会話を知らないようだった。

 

 女の子は俺の方を振り向く。そして、大きく腕を振りながら声を掛けた。

 

「頑張ってねー!」

 

 声を残すと、彼女は男の人と手を繋ぐ。嬉しそうな笑顔をしながら目の前から消えた。だけど、俺の耳に聞こえた言葉は少し俺をゾッとさせた。

 

「……気付かれてた、のか?」

 

 しかし、すぐに俺は笑った。単に面白いと思えたからだ。

 

 彼女はきっと気付いていた。いや、絶対に気付いていた。だけど、彼女は気付いていた上で俺に声をかけた。頑張ってね、と。あの笑顔は偽物の笑顔などではない。本心からの笑顔だった。

 

 他のサーヴァントは怖い。ずっとそう思っていたけど、少しだけその根本的な捉え方が変わったような気がした。

 

 突然笑う俺にセイバーは驚く。

 

「どうしたんですか?」

 

「ん?いや、なんか、面白い奴もいるもんだなーって思っただけだ」

 

「おも……?わ、私のことですか?」

 

「自意識過剰だろ」

 

「んなっ⁉︎ヨウがいつも私に変なことするからじゃないですか」

 

「えっ?そうか?」

 

「真顔で返事しないでください!」

 

 セイバーはそう言うと足早にその場を去っていった。俺もそのあとを追うように出口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「ん?どうした、急に立ち止まって」

 

「……そう言えば、あのキャスターの子と何話していたんですか?」

 

「ん?いや、頑張れって言われた」

 

「……えっ?」

 

「ああ、バレてたかも」

 

「それってダメじゃないですかッ⁉︎」




プラネタリウム、どうしても寝ちゃいますよねー。

あと、一応どーでもいい補足ですが、ヨウくんは手の甲にある令呪を隠しております。何で、キャスターちゃんはヨウくんがマスターだって分かったんですかね?


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この世界の月城陽香に用は無い

はい!Gヘッドです!

今回の話は多分意味ちんぷんかんだと思います。

今回は第一ルートにはあんまり関係のない話ですが、この物語、ましてや聖杯については関係ありありの話です。




 大通り沿いの小洒落た喫茶店に入って昼食を摂っていた。

 

 俺は皿の上に乗った分厚いピザパントーストを口いっぱいに頬張る。表面はトマトソースが染み込んでいてしっとりとしており、裏面はまさにトーストといったような食感で、歯で噛むときにサクッと口の中で音がする。口の中に広がるトマトの酸味とトーストの上に乗っかったチーズの風味がパンにベストマッチな状態で、ヨダレが止まらず顎は動き続けている。噛めば噛むほどパンの中に染み込んだ旨味が風味となり鼻を突き抜ける。

 

 まぁ、要するに美味いということ。

 

 ピザパントーストを満足しながら食べていると、セイバーの所にも料理が来た。

 

「ワァッ!美味しそう!」

 

 セイバーは汚れのない笑顔を見せつけてきた。喜びという感情を全面に出したようなその笑顔は幼児の笑顔のように幼い表情だった。気持ちがすぐに表情に出るということなのか、これほどまでに扱い奴はそう簡単には見つからないだろう。

 

 セイバーの目の前に運ばれた料理はパンケーキ。ふっくらとスポンジのような厚みがある丸いパンケーキが三層に重なっている。頂上には大きめのバターが置いてあり、そのバターが焼きたてのパンケーキの熱に溶かされていて、とろりとした透明な液体が徐々にパンケーキの表面上に伸びてゆく。

 

 セイバーは第一層にナイフとフォークを入れる。この現世で習得したナイフとフォークを器用に使いパンケーキの一部を切り取り、口に運ぶ。セイバーの嬉しそうな顔から味はなんとなく想像できた。きっと、パンケーキにバターという素朴な味でも、その素朴な味の中にある美味しさに彼女の舌は悶絶しているのだろう。

 

 第一層を食べ終えたセイバーは次にパンケーキと一緒に付いてきたハチミツを満遍なく掛けた。垂らされるハチミツは部屋の照明の光を反射しながらゆっくりとパンケーキに当たり九十九折のような形を作りながら、やがてバターと混ざってゆく。そのバターとハチミツにまみれたパンケーキを舌に乗せる。その舌はバターとハチミツに侵され、極楽の甘さに痺れていた。

 

「……旨そうに食べてるな」

 

「だって美味しいんですもん。女の子って甘いものは別腹なんですよ。知ってました?」

 

「いや、俺も甘いものは別腹だけどな」

 

「えっ?ヨウっておん……」

「さすがにそれは無理があるだろ。何なら見るか、男の証」

 

「んなっ⁉︎へ、変態!」

 

 まぁ、街中まで来てそんな奇行をするつもりはない。そんなことをするためにここに来たのではないし、そんなことして警察にお世話になったら俺の人生は色々と終わる気がする。

 

「でも、そんなことして豚箱入んのか、それとも聖杯戦争で死ぬのかだったらちょっと迷っちゃうけどね」

 

 その言葉は少しだけ場の空気を重くさせた。セイバーは申し訳なさそうにチラリと横目で俺を見る。

 

「そこは迷ってしまいますよね。ヨウは生きたいですもんね」

 

 警察に捕まってしまえば、俺は警察に守られるんじゃないかとも考えたこともある。聖杯戦争で死ぬのか、生き恥を晒すのか。そこで迷ったこともある。本当のこと言えば、今でも少しだけ迷ってる。だって、死ぬってことが怖いんだから。

 

 死ぬってことが怖い。それは俺が生きているには無くてはならないもので、言ってしまえば一種の宿命のようなもの。前に向かって歩くとき、その死への恐怖も俺を付けてくる。絶対に俺から離れないもの。

 

 何で死ぬのが怖いのか、それはきっと分からないから怖いんだ。死ぬってことを体験した人なんて俺の近くにはセイバーくらいしかいないし、そもそもセイバーの説明じゃ全然分かんないし、かと言ってヨシ、死んでみよう、なんて馬鹿げたこともできるわけがない。ただ分かるのは死んだら漠然とした終わりが自分を包み込み、自分って存在さえも分からなくなるんだろうってこと。

 

 分からない恐怖に俺は今でも打ち勝てない。

 

 だけど—————

 

「迷ってても、俺はお前と一緒に戦う。それはもう決めたんだ。死ぬとかそんなんマジでよく分かんないけど、それでも俺が信じようって思ったことは分かる。その信じようって思いは紛れも無い本物で、それを俺は証明させたい。セイギと、アサシンと、そしてお前と—————」

 

 色んな事があったけど、その色んな事から紡ぎ出した答えは結果的に一つしかない。

 

「—————本気で俺はお前を信じてる。勝てるって信じてるから」

 

 信じるとは何とも荒唐無稽な行為である。しかもそれが未来のこととなると、あまりにも馬鹿げた話で以前の俺なら今の俺を嗤っただろう。

 

 だけど、俺は信じたい。セイバーっていう一人の少女が、太陽が未来を明るく照らしてくれるっていう、俺のそうあってほしいって願いを—————

 

「—————はい」

 

 目を細めな下を向く彼女の頬や耳先は赤く染まっていた。彼女は長い睫毛を偶に動かしては俺を見る。

 

「変わりました、ね—————」

 

「俺のこと?」

 

「はい。なんと言えばいいのか分からないんですけど……、より信用できるっていうか、人らしいというか、親しみやすいというか……」

 

 変わった。確かに俺は変わった。それは俺自身がそう思えているからだ。自分でも変わったなと感じることが多々ある。

 

 だが、どこがどのように変わったのか分からない。それは人の反応を鏡として見なければ自分でも分からないのに、セイバーは分からないという。

 

「—————でも、私はそんなヨウが一番良いと思います」

 

「そうか?そんなこと、あんまり言われたことないからな、照れるわ」

 

「エヘヘヘヘ」

 

「いや、お前が照れてどうすんだよ」

 

「エヘヘヘヘ、だって、つい嬉しくって……」

 

 本当に嬉しそうな顔でにやけている。幸せというものを顕現したかのような彼女の表情は俺も少しだけ笑顔にさせた。

 

「私たち、やっと二人三脚で歩けるいいコンビになったなぁ〜、と—————」

 

 彼女の言う通り、俺もそう思う。今が多分今までで一番良いと感じる。最初は彼女とぶつかってばっかりで、和解をしてもやっぱりぶつかる。段々角が取れて、合わさるようになってきてもセイバーはセイバーのことを、俺は俺のことを考えていた。それでいざこざとか、葛藤みたいなのもあったけど、今はもうぴったし合わさっている。

 

「—————お前がいて今の俺がいる」

「—————ヨウがいて今の私がいる」

 

「そういう……」

「こと、ですよね?」

 

 互いの顔を見て笑う。彼女の笑顔は本当に朗らかで淀みのないそれはもう可愛らしい笑顔だと思えた。その笑顔の前で俺もつられて笑っていると考えると、幸せだなって感じる。

 

 ただ、その幸せが続いてほしいと思う俺とそうあってほしくない俺が心の中でいがみ合っているというのは彼女には秘密にしたい。

 

 —————せめてこの状態を最後まで保てればその後は泣くなりしてこの胸の靄を消そう。

 

 あと何時間お前といられるのか。限られた時間の中で俺はお前を悲しませない。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 午後四時、手には店の袋が多く握られていた。色々な店に行っては、思い出を摘むように沢山の商品を買っていた。服や調理器具、ペンダントに漫画など欲しい物を買えるだけ買っていた。今までそんな買い方をしたことはなかったけれど、これはこれで良いものかもしれない。

 

「いや〜、買いましたね」

 

「ああ、買ったな。まぁ、大体俺のための買い物だったけどな」

 

「それはそうですよ。だって、私のための買い物はすぐに意味なくなっちゃいますよ」

 

「冷たいこと言うなよ」

 

 そよぐ冷たいビル風は俺の首元を少し撫でる。その冷たさに俺の身体はぶるりと震えた。

 

「そうですね。ごめんなさい。それはNG、ってことですか?」

 

 そのことはもうNGにした。少なくとも俺とセイバーの二人だけの時は絶対にそれは言わないことにした。約束、そんな守られると決まってもない掟を俺とセイバーの二人の間に交わした。

 

「まぁ、でも、何か欲しい物ないのか?あるんだったら、なんか買ってやるよ」

 

 俺がそう言うと、彼女は少しだけ驚いた表情をする。

 

「そ、そんな、いいですよ。私なんかが何か買ってもらっても、それをちゃんと活用できないでしょうし……」

 

「そういうことじゃねぇのよ。俺への負担とか、そういうの考えなくていいから。そりゃ、確かにバカ高いもんは買えないけど、別にそんな高くなきゃ買ってやるから。いいぜ、何でも言って」

 

 優しく彼女に言ってみたが、彼女の様子はどうやら変わらないようだ。

 

「—————大丈夫です。私、特にこれといって欲しいってものはありませんから」

 

「そうか、余計なお節介だったな」

 

 彼女の言葉は少しだけ胸に突き刺さった。もう、この世に未練はないと言っているように聞こえた。その言葉が嬉しいと思う俺とそう思わない俺がいて、その喧嘩が胸を痛くする。

 

 未練を少しでも無くしてやろうと思ったが、もう未練はないらしい。

 

 だが、それでいい。それでいいのだ。お前はそれでここから立ち去るべきなのだ。

 

「じゃぁ、帰るか」

 

 俺の掛け声に彼女はこくりと縦に頷いた。

 

 帰りのバスに乗る。バス内はほどほどに人がいて、俺たちは五人がけの最後列に座った。窓側にいるセイバーは目を深く閉じた。疲れを出すように息を吐く。そして、窓枠に頭を付けて力を抜く。

 

「少し、寝てもいいですか」

 

「ああ、いいよ夜のために少し休んどけ」

 

「はい」

 

 落ち着いた声で返事をすると、彼女はすぐに静かになった。息の音しか立てず、胸は大きく隆起する。俺の肩にこつんとつけた頭。乱れた細く白い髪の先端が彼女の口の中に入っている。俺はそっと彼女の髪をかきあげた。その時、ビル群に隠れていた夕日が姿を現した。バスの走行により夕日の姿がビル群から引っこ抜かれたのだ。その夕日は彼女の横顔をライトアップする。白い髪は夕日の脆い光を通し、色白な肌が白玉のようである。

 

 ふと、そんな姿の彼女を目にし、頰に手を伸ばしてしまった。だが、あと数センチというところで俺の腕は石化したように動かなくなった。

 

 動かぬ彼女。そんな彼女に俺は何をしているのだと自問する。そして、静かに手を引いた。僅か数センチの距離が俺には月と太陽の距離のように思える。遥かに遠い距離に竦んだ。

 

 その時だった。一人の杖をついた老婆が歩み寄ってきた。老婆は俺の目の前まで来ると静止して、こう訊いた。

 

「お隣、よろしいですか—————?」

 

 老婆はにっこりと明るい笑顔を作りながら尋ねる。別に特に断る理由もなく、どうぞと無愛想に言った。

 

 この老婆、妙に既視感があった。だが俺はこの老婆のことを知らないし、たとえ俺が忘れていても老婆は覚えていないだろう。だって、きっと俺のことを知っていたら老婆はこんなわざとらしく隣に座ろうとしない。

 

 ん?そもそも何故俺の隣に座ったのだ?

 

 素朴な疑問が湧いた。しかし、そんなことを考えていても特に何かなるわけでもなく、すぐに老婆への妙な既視感のことは忘れた。

 

 老婆は俺の隣に座ると、肩に頭を凭れるセイバーを見た。

 

「彼女さん?」

 

「いえ、全然違います」

 

 なんかちょっとムキになってしまった。赤の他人から見ればセイバーは俺の彼女と見えるのかという理解に少し苛立ちを覚えてしまう。

 

 老婆は少しムキになった俺を見透かしているかの如く、ふふふと笑う。

 

「いつの時代も変わらないわねぇ。あなたたちみたいな二人組は必ず何処かに居るのね。微笑ましいわ」

 

「いえ、だから違います」

 

 俺が否定しても、老婆は自らが決めたことを曲げない。そうだと決めたのなら、そうなのだと。

 

「—————私は人の心を見透せるの。それも正確に。今もあなたたちの心を覗いているから、あなたたちが本当はどうなのか、互いにどう思い合っているのか、どんな関係なのか、全て分かるわ」

 

 その言葉に背筋が気味悪く反応した。背中に氷をつけられたようなゾワッとした感覚がやって来た。

 

「あなたは優しくて、誠実で、でも何処か自分のことを負い目に感じているせいで遠慮していて、だからぶっきらぼうに振舞って。それであなたは内心で自己嫌悪に陥っている」

 

「そうですか?まぁ、優しくて誠実なのは認めますが、自己嫌悪に陥ってなんてないですよ」

 

「そうかしら。あなたはそういうのが自分だって設定してないかしら」

 

 老婆の話を聞いていて、俺はそんなことはないと思った。しかし、それは老婆が主張する俺の遠慮とも言えること。

 

 見透かされている。本当にそう思えてしまった。

 

「確かにその精神は決して悪いものではないわ。だから、あなたのその輝く素晴らしさも何もかもが全て分かる。あなたの頑張りも、苦しみも、感じた喜びも成長しているってことも全て—————」

 

 表情は一切変わらない。淡々と俺のことを詳細に説明しているが、何故そこまで俺のことが分かるのかと疑問を抱く。

 

「でも—————」

 

 逆説を入れる。

 

「—————あなたはまだ()()()()()いない。このまま頂点に立っても、あなたは人の頂点であり、それを()()()()頂点にはならないでしょうね」

 

 何の話をしているのか、正直俺にはさっぱり分からなかった。ただ、老婆の目つきがさっきまでの優しそうな目では無い、威圧感のある目だった。

 

「あなたは誰ですか—————?」

 

 単刀直入に聞く。すると、老婆は俺の質問を笑う。

 

「—————それを知るのは今ではないわ。もっと時が経って、あなたが()()()に成ったときよ。それが何年後かは私も分からない。京、垓、いえそれ以上の永久(とわ)に近い時をまた待っているわ。()()()()で、()()()()()()()()になれるといいわね

 

だから—————

 

死になさい、用無しは要らぬ—————」

 

 老婆の声が心の中に響く。その声は俺の身体中で木霊し、ずっとその声が気持ち悪いほど聞こえた。

 

 頭が痛い。突如として襲ってきた頭痛に俺はうずくまる。頭が裂けるような痛み。まるで脳みそが頭蓋骨を突き破るかのようである。

 

 その時だった。謎の痛みに頭を抱え苦しんでいた時、太陽が完全に沈んだ。その瞬間、俺の目の前は真っ白になった。

 

 自分という存在も何処か遠くへ行ってしまうような—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウワッ⁉︎」

 

 目を開いた。目にはさっきまでのバスの車内の風景が映っている。俺の肩にはセイバーの頭がもたれかかっており、スヤスヤと幸せそうな眠りについていた。

 

 悪夢を見た。俺はそう思った。俺は今さっき見ていた景色と違うが、どうやらこの目の前にある世界は本物だろうと思えたからだ。さっきの世界が夢だったと気付いた。

 

 恐ろしい夢だった。俺は頭が痛くなり、苦しくなる夢。

 

 そう、恐ろしい夢を—————

 

「……えっ?」

 

 恐ろしい夢を見ていたはず。ああ、確かに見ていたはずだ。なんか、根本的な恐怖を植え付けられたような気がするはず。

 

 なのに、何故だ?何故、何も思い出せない?

 

 時という川の流れに記憶が流されたかのよう。ただあれほど衝撃的で、恐ろしい夢を俺は忘れてしまった。

 

 夢だから?そんな簡単なことで忘れられるようなものではなかった。だって、あれはもっと鮮明で、現実にいるような感覚がして……。

 

「現実に?もしかして……」

 

 俺は窓の向こうに目を向けた。

 

 そこには太陽がなかった。太陽は地の下へと落ちて、もう夜の世界だった。

 

 夢の中で太陽が沈む。それだけ、その断片的なことだけ覚えていた。その断片的な記憶は夢の中の出来事と一致していた。

 

 偶然の一致。それが少しだけ怖かった。夢と現実の出来事が偶々同時に起こったとも考えられるが、俺は何故かそんなはずはないと感じる。

 

 まるで俺の目の前で実際に起きているような感覚だったからだ。

 

 俺はただの悪夢への恐怖に駆られていた。呼吸が自然と荒くなっていた。すると、セイバーは俺の異変に気付いたのか、体を起こした。

 

「どうしたのですか?ヨウ、汗がすごいですよ」

 

 セイバーに言われて、自分の首元を触る。首には汗がびっしょりとついていて、尋常な汗の量じゃないことぐらいセイバーでも分かった。

 

「いや、その、ちょっと、怖い思いをしたんだ」

 

「怖い思い?敵に襲われたのですか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。そうじゃ……」

 

 話の途中で、俺の口がふと止まった。頭が口で喋ることを放棄してまで、今の自分の現在状況を把握しようとしている。ただそれでも俺の脳は何にもすることができず、呆然と前を見ていた。

 

「俺は何で怖がってんだ—————?」

 

 そもそもの根本的を忘れた。まるでポッと頭の中から記憶が消えたかのようである。俺の記憶能力を疑うが、それでも俺が体験した恐怖はそんなすぐに忘れるようなものではないということだけ覚えている。

 

「どう……しました?」

 

 セイバーは心配している。頭を抱え、戸惑い、冷や汗を流す俺が普通の状態の俺ではないと気付いたのだ。

 

 だが、俺には説明のしようがない。まるごと何者かにあの時の記憶が奪われたかのように、何も説明できない。説明できるとすれば—————

 

「—————太陽が沈んで、ホッとした」

 

「えっ?」

 

「怖かった、怖かった。物凄く、怖かった。何故かよく分かんないけど、何かが怖かったんだ。だけど、太陽が落ちて、苦しみとか恐怖から解放されるような感じがして……」

 

「ヨ、ヨウ?本当にどうしたんですか?」

 

「分からない。分からないけど、物凄く怖いんだ。死ぬほど、怖い思いをした……はず……」

 

 揺れる声で彼女に説明する。震える体を抑えようと、自分の腕でもう片方の腕を掴むけれど、全身が恐怖で震えていてどうしようもなかった。ただ、みっともない姿をセイバーに見せていた。

 

 セイバーはそんな俺を見かねてか、俺の手を握った。温かい感触が伝わる。

 

「大丈夫です。私がいます。何で怖いのか分かりませんが、安心して大丈夫です。私がついていますから—————」

 

 その手の温かさは恐怖に怖気付く俺に少しだけの勇気を与えた。その手がなかったら俺はどうにかなっていたのかもしれない。だが、彼女がずっと握っていてくれたお陰で、バスを降りるころには震えは止まっていた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 時は少し遡り、太陽が落ちる少し前、国道沿いをあの金ピカアーチャーが歩いていた。アーチャーの黄金の鎧に西日の光が当たり、眩く反射している。

 

 アーチャーが道路を歩いていると、一台のバスが彼の隣を横切った。その瞬間、彼は異様な雰囲気を感じ取った。

 

「この感じ、まさかッ—————⁉︎」

 

 金ピカアーチャーは通り過ぎたバスを振り返り睨む。その時の形相は彼の普段の顔からは想像もつかないほど恐ろしい表情だった。

 

「余を走らせるとでも言うのですか?全くお人が悪い」

 

 彼はそう呟くと、過ぎ去ったバスに追いつこうと走る。常人の姿をしていても、中身はサーヴァント。バスに追いつくほどのことはパラメーターが低いアーチャーでもできる。

 

 アーチャーは走りながら右手に黄金の弓矢を具現化させた。宝具である。

 

「あなた方に対して使いたくはないのですが、さすがにそれは行き過ぎた行為だと考えますがなッ‼︎」

 

 アーチャーは立ち止まり即座に弓に矢を番えた。そして、バスに向けて矢を放つ。

 

王の黄金矢(クシャエータ)—————‼︎」

 

 彼の指から離れた矢は眩い光を発光しながらバスに向かって飛んで行く。金色の閃光が線となっていた。

 

 その時、太陽が沈んだ。そして、アーチャーの放った矢はバスに当たる前に眩い光を放ち消えた。バスはその光に気付かぬかのように、アーチャーを残し先へと進んで行った。

 

 彼はため息を吐く。

 

「全く、あなた様が変なことを致しますから、余は走らねばならなくなってしまったではないですか」

 

 彼の会話の相手はさっきバスが通った所に立っている一人の老婆。老婆はアーチャーを見るとふふふと笑う。

 

 そして、その老婆は突然自ら発光した。体内から、肌から直視できないような強い光を放つ。そして、段々と光は弱まってゆく。すると、老婆がいたはずの所に何故か着物を着た若く美しい一人の女性が立っていた。

 

「貴様、この妾に何をする—————?」

 

 扇を開き、顔を隠しながらアーチャーに尋ねる。アーチャーはその女性に跪き、こう答えた。

 

「あなた様があの少年に手を出そうと致しますから、止めた次第でございます。この国の神よ—————」

 

 彼が女性のことをそう口にすると、女性はアーチャーを鼻で笑った。

 

「貴様は何だ?妾の邪魔をしようというのか?妾の邪魔をするというのなら、消すぞ」

 

「いえ、しかし、それではこの世の因果律が壊れてしまいます。例え世界が()()崩壊することになろうとも、因果律を壊せばこの聖杯戦争が起こらなくなるのかもしれないのですぞ」

 

「うるさいわ、そんなの全ての世界を歩んでいる妾にはとうに知っておること。だが、しかし、それでも待ちきれぬ。まだか?まだなのか?棗の血を継ぐ者はまだ成らないのか—————⁉︎」

 

 美しい女性は声を荒げる。

 

「まだ成らないでしょう。しかし、それも辛抱のうちでございます。この聖杯戦争、あなた様の悲願が叶うことはないでしょうが、それでも世界は変わらないことはない。着実に変わっていっている。そうでございましょう?」

 

 美女は悔しみに駆られたのか、自らの唇を噛む。そこから血が流れ、一滴彼女の血が落ちた。その血をアーチャーは見逃さなかった。彼は全力疾走で美女から落ちた血を受け取りに行く。そして、アーチャーはスライディングをしてまでも、その血を地につけさせることはなかった。

 

 美女は自分の足元にいきなりスライディングをしてきたアーチャーを鋭い眼光で見る。

 

「貴様、キモいな」

 

「はっ、その神からの一言、至極の喜びに値します」

 

「……キモい」

 

「有り難きお言葉!」

 

 美女は横たわるアーチャーを踏み付ける。

 

「その一動作が喜びでございます!」

 

「キ、キモいぞ!」

 

「有り難きお言葉‼︎」

 

 何処ぞのSMクラブの風景のように土下座して踏みつけられている。アーチャーは地べたに膝をつけたまま、美女の方を向く。

 

「—————まぁ、さすがにあれはやり過ぎですぞ。()()()()()月城陽香には意味がないと言って、消すというのはそもそもの趣旨が違えております」

 

「分かっておる。だが、やはりまた世界の寿命を一周せねばと考えると、どうしても悔しくて堪らんのだ」

 

 その美女の表情は冷たかった。ただ悲痛な現実を目にして、気力の欠片もなかった。

 

「なぁ、妾はいつになったら死ぬことができるのだ—————?」

 

「—————さぁ、知りませぬ。神も知らぬことは、私が知る由もございません」

 

「そうか……」

 

 美しい女性はただため息を吐く。募らぬこの死への想いが実らない。

 

「ところで、このような時に失礼なのですが、パ◯ツはいておりませぬな?見えてますぞ」

 

 アーチャーは鼻血をだらだらと流しながら下心のある目で美女を見る。美女はそれに気付くと、より一層強くアーチャーを踏みつけた。

 

「こんのッ、変態‼︎」

 

「あはッ!神々しい神による踏みつけ!有り難きッ‼︎」





王の黄金矢(クシャエータ)、ついに宝具名が出ましたね。まぁ、一応、分かりやすいとは思いますが……。

そして、聖杯戦争に現れた神、神は死にたいと言っていますが、果たしてどういうことなのか。

聖杯戦争のそもそもの本来の意味についての言及のようなものです。



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満天の星々輝く夜空の下で揺らぐ
うめぇだろ?


はい!Gヘッドです!

いやぁ、ダメですね。やっぱり書いた物語を見返して読んでみると、思うように話が通じてないところもありますね。

今度は文体や表現を変えてみようかなぁ〜、なんて思っているこの頃。

伏線を上手く置けるようなもの書きになりたいです。


 目覚まし時計が鳴り響く。枕元にある目覚まし時計を手探りで探し当ててストップさせる。すると、騒がしい音が一瞬にして消え去り、また静寂が部屋を包む。

 

 俺はゆっくりと体を起こした。眠い目をこすりながら、目覚まし時計の時間を確認する。午後十時、起きるには丁度いい時間だ。

 

「おい、セイバー、起きてる?」

 

 ベッドから降りながら彼女にそう訊く。ベッドの下の布団の上で寝ている彼女は力ない声で「はい」と返事する。

 

「ったくよぉ、寝みぃったらありゃしねぇ。不健康な睡眠だよ、まったく」

 

 愚痴をこぼしながら部屋を出る。セイバーもそのあとをついて行くように部屋を出た。階段を降りて、洗面所に向かう。

 

「ヨウ、今日、現れるのでしょうか?あの、バーサーカーの少年やグラムが」

 

「さぁ、分かんねぇわ。でも、セイギがそこは任せろって言ってたから、そこはあいつに任せてる。だから、どうなるかは分かんねぇ。もしかしたら現れないかもしんねぇわ」

 

 昨日の夜、俺はセイギにこう訊いた。バーサーカーの少年とグラムは現れるのかと。そしたら、セイギはこう答えたのだ。

 

「僕がなんとかするから大丈夫。任せて。ヨウはそれまで休んでてよ」

 

 なんとかする。それがどのようなものなのかは知らないし、そもそもセイギの思いついた策でおびき出せるとも限らない。

 

 ただ、セイギは断言した。

 

「心配しないで。だって、きっと彼らには時間がないはずだよ。バーサーカーのマスターってことや、そもそも非生物であるグラムが生命体であるという時点で相手の先は長くない。だから、きっと今日か明日、何か動きがあるはずだよ」

 

 そして昨日は何も起きなかった。つまり、セイギの言い分が正しければ今日彼らと戦うということになる。聖杯のために。

 

 戦って、殺し合って、そして生き残った者が聖杯を掴む。なんとも悲しい話だ。聖杯を掴むことに何の意義があるのかと問われればそれこそ、人の欲望を顕現するというぐらいしかないだろう。

 

 だが、それでも人は浅はかで愚かだから、欲望のためなら自分の命さえも賭けてしまう。

 

「なぁ、この聖杯戦争は今日で終わると思えるか—————?」

 

「え?それはどういうことですか?」

 

「いや、そのまんまの意味だよ。聖杯戦争は今日限りで終わると思うか、ってこと」

 

 セイバーは考え込むが、良い答えが出てこないようだった。

 

「俺はさ、終わらないと思うんだよ。この聖杯戦争。例え、俺たちが別れて、俺の手の甲にある令呪が消えても、また次に聖杯戦争は起こって、誰か人が死ぬ。そうなると思うんだ」

 

 皮肉なことに聖杯戦争は需要がある。命を賭けてでも、七人に一人は聖杯を掴むことができて、夢を叶えることができるのだ。それこそ本当に万能な器でそれに人の欲望は縋る。

 

 それ故に、惨劇は付き物となる。

 

「—————だから、俺は聖杯戦争で生き残ることができたら、聖杯戦争を二度と起こさせない」

 

「そんなことできるのですか?」

 

「出来るか出来ないかじゃねぇだろ。やらなきゃなんねぇだろ。そうじゃないと、また鈴鹿とかアーチャーみたいな奴が出るかもしれねぇんだぞ?」

 

「それもそうですね。私もヨウのその望みを応援してます」

 

「望みじゃねぇよ」

 

「望みじゃないんですか?じゃあ、ヨウの望みは何なんですか?」

 

「お前に教えるわけねぇだろ。バ〜カァ」

 

 セイバーの大きなおでこをパチンとデコピンする。セイバーは赤いおでこを覆いながら、涙目で俺を睨む。

 

「痛いです!」

 

「まぁ、しょうがない。そんな、どうぞデコピンをおでこにお願いします、って感じの額してんのが悪い」

 

「う、生まれつきです!そ、そこ、ちょっとコンプレックスなんですから……」

 

 あっ、コンプレックスだったんだ。なら、なおさらイジりたくなっちゃうんだけど。

 

 ニタニタと不敵な笑みを浮かべる俺はセイバーにまたデコピンを撃つ動作をする。すると、セイバーは過敏に反応して、必死におでこを隠した。

 

「や、やめてください!」

 

「いや、やってないから」

 

 腹の底から湧き上がる笑いを抑えていると、セイバーは犬のような鳴き声をあげながら威嚇してくる。うん、そういうところがイジくり甲斐のあるというものだ。

 

「まぁ、とにかく、俺の望みはお前とはなんら関係のないもんだから、気にすんな。そんなこと気にしてるより、自分のこと気にしてろ」

 

 その時、ズキズキと自分の胸が痛いのを感じたけど、その痛みを我慢した。彼女の前では心配させるようなことはしないと決めたから、俺は平然を装う。

 

 洗面所で顔を洗う。温水は冬の外気で悴んだ俺の指の先を温めてくれる。その温かい水を手で掬い、顔にその水をかけた。冬のせいで、冷たいのか温かいのかよく分からなかった。

 

 タオルで顔を拭いて、リビングに行く。リビングには誰もいなかった。どうやら、爺ちゃんはまた何処かへ行ったようだが、そんなことはまぁ、どうでもいい。

 

 炊飯器の中にあるご飯を茶碗に入れる。ラップを広げ、そこにご飯を適量乗せた。中心には梅干しや昆布、おかかを詰め込んだ。そして、ラップごとご飯を丸める。

 

「ヨウ、それはなんですか?」

 

「ん、これ?これはおにぎりってやつ。手伝ってよ。お前でもこれはできるだろ?」

 

「お前でもってなんですか?お前でもって……。まぁ、いいですけど……」

 

 セイバーは愚痴を言いながらも俺の隣に立つ。俺は彼女におにぎりの作り方を懇切丁寧に教えてあげた。彼女はおにぎりぐらいなら何の苦労もなく作れた。

 

「これがおにぎり……ですか?」

 

「そう、一番簡単に作れる日本の料理。セイギたちと会う時間に間に合わせるにはこれぐらいの飯しか作れなかったからな」

 

 今は夜の十時で夕食にしては少し遅い時間だ。しかし、戦闘中に腹を空かしてもらっては困るし、そもそも一高校生である俺が腹を空かせてしまうということがもう目に見えている。育ち盛りなのだから、しょうがないのである。

 

「食ってみろよ」

 

 俺が彼女にそう促すと、セイバーはラップを取りながら、歪な形をとっているおにぎりを口につけた。

 

「んッ!美味しいです!」

 

 嬉々とした彼女の笑顔。その笑顔に俺は癒されながら、自分の握ったおにぎりを口に頬張る。ふっくらとしたご飯の中に昆布の際立った濃い味が光り輝いている。口の中で融合する旨みと旨みが強烈な味である。これは美味と思わずにはいられない。

 

「ああ、美味いな」

 

 俺は彼女に微笑みかけた。

 

 もう、今日、彼女と会えなくなるのかもしれないという可能性が高く、最後かもしれないとセイギには言われていた。彼女がそれを知っているのか知らないのかは分からないが、俺はそれを堂々という勇気はなく、今も何も言えていない。

 

 そんな俺が俺のために作るこの和気藹々とした雰囲気はもうこれで最後なのだと思ってしまう。

 

 彼女のその笑みはもう最後なのかもしれない。最後の笑みなのかもしれないと思うと、いつの間にか彼女に俺は笑顔を見せていた。

 

 彼女は俺の笑顔を見ると、一層えくぼを深くする。

 

「ヨウが笑った」

 

 この時が永久に続けばいいのにと心の何処かで思っている。誰かとこんなに笑顔で笑いあうなんてあまりなかったし、それで俺は今、こんなにも満足している。

 

 だが、時は無慈悲に通り過ぎてゆく。この時は永遠などではない。いつしか、彼女はいなくなるのだ。それがこの世の常であり、運命である。

 

 知っている。それを受け入れている。だから、せめてもの抗いとして、お前のその笑顔だけでも見たかったんだ。

 

「—————ありがとう、色々と。お前に会えて良かったって思うよ」

 

「ど、どうしたんですか?急に変なこと言い出して……」

 

「いや、これは俺の本心だよ。後で言えなくなるのかもって思ったから、いま言うことにした。お前がいてくれたお陰で、俺はここまで生き残ることができた。ありがとう、お前は強いな」

 

「私がですか?私を褒めても、何にも出ませんよ」

 

「そうだな。だけど、本当に感謝してるし、その言葉だけは言いたかった」

 

 彼女が過去に、生前に戻った時に、彼女の記憶は健在であろうか、そうでないのだろうか。そこは運命の気まぐれ、それに任せるしかない。

 

 だが、もし記憶が健在だとしたら俺がお前の隣にいたということをどうか覚えていてほしい。

 

 そんな下心からきた感謝でもあった。

 

「ヨウも、ありがとうございます。あなたがいてくれて、なんだかんだ良かったって思えます」

 

「そうか。それは嬉しいな」

 

 大丈夫、俺はきっと君を忘れない。

 

 きっと—————

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「セイバー、準備はできたか?」

 

 部屋の中で彼女に声をかけた。ガチャガチャと物と物、特に金属と金属が擦れぶつかる音がする。その音がひと段落つくと、セイバーはこう答えた。

 

「はい、ちゃんと武器装備完了です」

 

 セイバーは腰の後ろにクロスボウを装着し、いかにも戦闘をこれからしますって格好である。一応俺も、セイバーの剣であるリジン、そしてグラムとの戦いにアーチャーが使っていた草薙の剣を装備している。もちろん、俺は二刀流なんてそんな器用なことは多分できない。いや、できるかもしれないが、二刀流なんて使い方なら一刀流のほうがまだマシだろう。あと、ポケットには少しだけ小物も入っている。まぁ、万が一使いという場面が来るかもしれないからという理由で戦いに持っていくものばかりである。

 

「にしても、少し重いですね……。これを装備したままグラムたちと戦うとなると、どうなることか……」

 

「いや、そこは安心していいだろ。セイギたちには言ってあるけど、俺たちはグラムと戦うって。だから、二対一ってことだ」

 

「でも、グラムですよ?二人でもどうにかなるんですか?」

 

「どうにかなるもなにも、やるしかねーだろ」

 

「そ、そうですけど……」

 

 セイバーは不安を抱いている。この重い装備でグラムに立ち向かったら、余計に体力を削られて負けてしまうのではないかと。

 

「負けるのが怖いのか?」

 

「そういうわけじゃないんです。負けるのは別にいいんです。ただ、それでヨウが怪我をするのが嫌なのです」

 

 今でも、どこでも彼女は彼女だった。

 

「大丈夫だ。怪我するかもしんねぇけど、死にゃしない」

 

 セイバーは少し翳りのある顔を見せるが、その顔をもみ消すように笑顔を作った。

 

「はい、そうですね!」

 

 その顔は俺のために向けられた顔なのだと思うと、喜びと苦しさの両方が心の底から湧き出てきた。その二つの大きな感情に押しつぶされそうである。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい」

 

 家を出る。相変わらず冬の寒さは健在で、肌が針に刺されているような感覚である。白い息を吐きながら、セイバーの方を向く。セイバーは家を見ていた。

 

「何してんだ?行くぞ」

 

 俺がセイバーを急かす。彼女は一つ返事をしで歩き出した。そして、また家の方を振り向く。

 

 今までの一ヶ月間、ここにいたのだということを考えているのか、別れを惜しむような憂いを帯びた顔をしている。ただ、最後はぺこりと頭を下げた。

 

「今までありがとうございました」

 

 顔を上げる。家の形、色、雰囲気を目に焼き付けていた。そして、全てを記憶に刻むと、死地へと歩みだした。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 公園に着いた。滑り台やジャングルジムなど、子供たちの遊具がいくつか設置されてはいるものの、夜間の妙な静けさの中では子供たちのはしゃぐ声は聞こえるはずもなく、不気味だった。

 

「まぁ、夜間に子供のはしゃぐ声なんて聞こえたら、それはそれで怖いんだけどね」

 

「いきなり、何を話しているんですか?」

 

「いや、こっちの話」

 

 公園でセイギと待ち合わせをしているはず。そのため、あたりを見回してセイギとアサシンの姿を探したが、彼らの姿は見えない。まだ来ていないのだろう。

 

「珍しいですね。セイギたちが遅れるだなんて」

 

「ああ、そうだな。あいつ、こういうのは結構早めに来るタイプなんだけどなぁ……」

 

 セイギはこういう待ち合わせなどに関して少し厳しい。いや、他人は早かろうが遅かろうが然程のことでなければ気にはしないのだが、彼は絶対に遅れないという義務感があるように思う。

 

 それが何故なのかは分からない。前に一度、何故なのかと尋ねたことがあるが、その時の彼の表情は凄く曇っていた。その表情を見た瞬間、俺はタブーを訊いたと悟った。

 

 人には一つや二つぐらい人に詮索されたくない所がある。セイギが絶対に遅刻しない理由はそれに該当するだろう。

 

 本題に戻そう。何故、セイギが来ないかである。今の現在時刻は午後十一時過ぎ、待ち合わせの時間を若干過ぎている。彼が遅刻するには何かしらの理由があって、その理由のために遅れているはずだ。

 

 何が理由なのだろうか。寝坊したのか?いや、そんなはずがあるまい。あのセイギが寝坊など断じてあり得ない。

 

 なら、俺を裏切ったのか?確かにそれは可能性がなくはないが、正直現実的ではない。彼が俺を裏切ったら、その理由はきっと聖杯に願いを乞うため。しかし、そしたらバーサーカーとグラムから袋叩きに遭う。

 

「う〜ん、わっかんねー」

 

「まぁ、そんなに気にすることはないと思いますよ。もうすぐで来るんじゃないんですか?」

 

「そうか〜?」

 

 まぁ、確かにいくらセイギだって遅刻ぐらいあるか。あいつは色々と完璧な奴だけど、少し抜けているところもあるし。

 

 そんなことを考えていたら、ポケットに入っていた携帯が鳴った。すぐさま取り出して、画面を確認する。

 

「あっ、セイギからだ」

 

 セイギからの電話。今どうしているかなど訊きたかったので、彼と連絡も繋がってよかった。

 

「よう、セイギ。どうしたんだ?遅刻なんかして、お前らしくねぇぞ」

 

 電話に出た。俺はセイギに現在状況を尋ねた。

 

 すると、セイギからの返答は予想外のものだった。

 

「ハァ、ハァ、ゴメン、遅れた。ちょっと今、そんな話していられなくて……、ハァ……」

 

 荒い息である。何か運動をしているのだろうか。

 

「簡単に伝えると、ちょっとバーサーカーに追われてて……」

 

「ハァッ⁉︎えっ、今なんて言った?」

 

「そのまんまだよッ‼︎何度も言わせないで!」

 

 バーサーカーに追われている?セイギが?何故?どうしてそうなった?

 

 疑問が頭から湧いてくる。だが、彼がバーサーカーに追われているということが本当だとすれば、そんな悠長に話を聞けるわけでもない。端的に話を聞こう。

 

「ゴメンね、バーサーカーとグラムを分けることはできたけど、ちょっと挑発が思ってた以上に効きすぎてッ。だから、追われてんの!もう、僕はこのままバーサーカーの相手をするから、ヨウはグラムの相手をして!グラムは神零山の何処かにいるはずだから!」

 

「えっ?ちょっ、お前はどうすんだよ?」

 

「僕ッ⁉︎僕は、お披露目してあげるのさ。バーサーカーと少年に正式な魔術師の魔術工房ってやつをね!命を賭ける聖杯戦争をナメて参加した罪を償わせてやるッ!」

 

 彼の話の最中、所々にドンッ‼︎という音が聞こえた。多分、これはバーサーカーによるものだろう。

 

 ともかく、俺はセイバーにこのことを話した。セイバーはそのことに驚いている。

 

「セイギがバーサーカーに……?行かなくていいんですか?」

 

「バカか?行くわけねぇだろ。ここでセイギを助けてバーサーカーを倒したとして、聖杯には七つの魂が溜まるんだ。そしたら、聖杯に直接アクセスしているグラムが望みを叶えちまうだろ?」

 

「そ、そうなんですか?じゃあ、私たちは……」

 

「セイギの言うことに従うのが得策だろ」

 

 セイバーはそう告げられると、肩を落とす。

 

「もう、セイギとアサシンには会えないのですか?」

 

 どうしようもない。だって、そもそも突然のセイギの電話で色々な情報を一方的に詰め込まれて、それでいて考える時間もなく、しろと言われて。セイギが想像していなかった事態、それは俺たちにも対応できないのである。

 

 セイギに任せていたから、そういうことはすぐに対応できない。だからと言って、今ここでグラムの所へ向かわず、セイギの所へ行くのは愚策。

 

「……セイバー、諦めろ」

 

「で、でも……」

 

「無理だ。俺たちはグラムの所へ行かないと……」

 

「……そんな」

 

 最後の別れくらい言いたかったのだろう。だが、彼女は何も言うことはできない、何も伝えることはできない。

 

 俺は彼女の肩をポンと叩く。

 

「……分かりました。しょうがない、ですよね」

 

 彼女は自分の気持ちを飲み込んだ。時にはそうしなければならないときがあり、彼女にとって今がそのときなのだ。

 

 彼女は強くなったと俺は感じた。彼女は前までなら自分の思いを曲げなかった。だが、そのせいで誰かを、何かを傷つけてしまっていた。

 

 少しだけ柔らかくなるということが彼女には必要であったのだが、今の彼女はもうそれを兼ね備えている。誰かの言葉を受け入れるということが彼女はできるのだ。

 

 しかし、セイバーが悲しんでいるのもまた事実。それを放ってはおけなかった。

 

「大丈夫だ。誰もお前を忘れるなんてねーよ。みんなお前のことをいつまでも覚えてる」

 

 セイバーはそう言われると、少しだけ笑みを見せた。その笑みを見て、大丈夫だと確信した。

 

「よし、行くか、神零山に」



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狂戦士は何を思い吼えるのか

はい!Gヘッドです!

前回、まさかのセイギくんがやらかしちゃいましたが、さて今回はどうなるのか〜。


「ハァ……、ハァッ……」

 

 荒い息でも青年は漕いでいるペダルの速さを下げない。冬の凶器とも言える冷たい外気の中を物凄いスピードで駆け抜ける。この市に張られている結界のおかげで道に人がいないからといって、彼は時速数十キロの速さで赤日山に向かって移動していた。

 

 ドンッ、ドンッ—————

 

 後ろから鈍く大きな音が追いかけてきている。彼は後ろを振り向きたいが、そんな暇もなくただひたすらペダルを回す。分かるとすれば、後ろにいる灼熱の身体を持つ大男があまりにも速い自転車の速さに追いついているということ。

 

 セイギは背中の方から熱気を感じている。それが証拠だった。本気で自転車を漕いで逃げても、バーサーカーからは逃げられそうもない。

 

 だが、それでもここまで数分ほどそのバーサーカーには追いつかれていない。それは何故か?

 

「アサシン、第三陣魔術(マジック)(トラップ)発動してッ‼︎」

 

 無人の街中で叫んだ。すると、その返答は近くの民家から聞こえた。

 

「ハ〜イ!準備万端よ、アラヨッと♡」

 

 民家の屋根の上に立っているアサシンは右手と左手を合掌をするように合わせた。そして、目を閉じたまま顔を夜空に向ける。白く伸びた首筋に一筋の魔力の光が走った。

 

「第三陣魔術罠発ッ動〜‼︎」

 

 すると、セイギとそしてバーサーカーを中心とする半径約百メートルほどのコンクリートの大地が紫紺の色を放つ。

 

「またか⁉︎止まれ、止まれ!バーサーカー!」

 

 バーサーカーの肩にしがみついている少年は全力疾走している自らのサーヴァントに大声で命令する。だが、どうしたことか、この少年の言葉が今のバーサーカーには一切通じない。いつもなら、命令には従うはずなのに、今回ばかりは全然従わないのだ。

 

 バーサーカーは一心不乱にセイギを追いかけているという様子である。セイギに対しての殺意が剥き出しになっており、そう簡単に止められるようなものではなかった。

 

 だが、そのバーサーカーの行く手を罠が止めようとする。街中のありとあらゆるものが彼を邪魔した。道路わきに設置されているガードレールや看板、カラーコーンなどはバーサーカーの身体に体当たりし、街灯は中腹部が折れて進路を阻害し、頭上にある電線は切れてバーサーカーの身体に絡まる。

 

 しかし、バーサーカーはそれら全てを物ともせず前進する。前にある障害はその強靭な肉体で木っ端微塵に粉砕し、絡まる電線はその炎の身で燃やして進む。この大男にとってこれらの障害は合わせてもたった数秒のタイムロスにしかならないのであった。

 

「あ〜、やっぱりこれらも難なく突破か……。じゃあ、これはどう?」

 

 アサシンはまた手と手を合わせた。そして息を吐く。

 

 すると、紫紺の光を放つ地面から無数の魔力の手が現れた。その手はバーサーカーに迫ってくる。

 

「うわぁぁぁっ、バ、バーサーカー、あれを止めろ!」

 

 少年が叫ぶ。すると、バーサーカーはくるりと後ろを振り向く。そして、手に持つ大剣をかざす。

 

「◼︎◼︎、■■■■■■■—————‼︎」

 

 獣のような咆哮が街全体に響いた。空気が震え、大地が震え、海が震え、命あるものが震える咆哮。バーサーカーのその姿はかつての威光とは程遠いものであり、嘆きのような感情が滲んだ言葉ならぬ声だった。

 

 そしてバーサーカーは振りかざした剣を大地に突きつけた。

 

 すると、剣を刺した所から黒い煙が漂い始めた。その煙の規模は徐々に広がり、魔力で作られた手がバーサーカーに触れるという時には辺り一面が黒煙で覆われていた。

 

 その煙はセイギの所にも広がっていた。全速力で赤日山に向かっている彼よりも黒煙の広がる速さが上なのだ。

 

「火山が噴火したときの煙みたいだな。これは煤か?」

 

 セイギが自身を覆う黒い煙を冷静に分析していたが、とあることに気づいた。

 

「セイギ!その煙を吸っちゃダメッ‼︎」

 

 珍しくアサシンが声を荒げる。彼女は屋根の上にいるため、空気より重い黒煙を吸うことなく俯瞰していたが、黒煙のあることを察知したためセイギに声をかけたのだった。

 

 しかし、その心配は必要なかった。

 

「大丈夫、気づいてる。ちょっと吸っちゃたけど、そのちょっとだから、なんとか大丈夫!」

 

 彼はちらりとバーサーカーの方を振り向いた。

 

 バーサーカーの目の前にまで魔力の手が伸びていた。だが、バーサーカーと少年にあと少しで触れられるというところで手が止まった。そして、その魔力でできた手は爛れ始めた。固体が液体になるように、段々と手の形をしていた魔力が溶け始めたのだ。

 

 魔力を溶かす黒煙。生命力をも焼くその力には相応しいものだった。

 

「やっぱりか……」

 

 セイギはそう呟いた。自分の予想が的中していたからだ。

 

 バーサーカーは全てのトラップを破壊すると、またぎょろりとセイギを睨む。セイギはその視線に気づくと、また大急ぎで赤日山に向かってペダルを漕ぐ。その後をまたバーサーカーは血眼になって追う。

 

「あらら、セイギ、体力ではヨウに劣っているのが現状だし、逃げきれるかしら?」

 

 逃げる者と追う者を傍観しているアサシンは冷静に状況を確認している。彼女は手許にある鎖鎌をバーサーカーに重ね合わせて見た。

 

「これで援護とかしたほうがいいかしら?ん〜、でも、ヘタに近づくのは得策ではないし、そもそも街中だから、あんまり被害を出すのもどうかって話だから……。これは結構八方ふさがりなのかも?」

 

 その言葉は主従の契約を結んでいるセイギにも聞こえた。セイギは若干バテた声でアサシンに声をかける。

 

「八方ふさがりとか言わないでよ!結構キツイんだから!」

 

「でも、第四陣、第五陣の魔術罠はさっきの黒煙でやられちゃったのよねぇ〜。やらないとダメ?」

 

「ちょっとでいいから、時間稼いで!」

 

「ふふふ、了解」

 

 アサシンは不敵な笑みを浮かべた。屋根から屋根へと飛び移り、隙あらばバーサーカーの首を狙おうという算段か、バーサーカーの目の前に現れた。

 

「ハロー、大男とショタっ子くん。お姉さんと一緒にイイことしない?」

 

「■■■■■—————‼︎」

 

 バーサーカーはそこを退けとでも言っているかのようである。しかし、アサシンは彼女の背後にいる青年の時間稼ぎ。素直に受け入れるわけもない。

 

「はぁ〜、ダメねぇ。イイ女に遊びましょうって言われても遊ばないなんて、ダメな男ね。あなた、夜遊びしたことある?」

 

 彼女が話を長引かせようとしていると、バーサーカーは痺れを切らしたのか、アサシンに襲い掛かった。しかし、怒りに身を任せた攻撃からは武勇という鍛錬の賜物を見出すことができない。アサシンは攻撃をやすやすと交わし、また挑発した。

 

「話を待てない男はダメね。焦らされて待てない男と一緒で、そんなあなたと過ごす夜はつまらなそう。それに、すぐに暴力を振るう男もダメ。少なくとも今の私はそういう趣味じゃないし、そういう趣味の男は自分の快楽しか考えていない。てんでダメね。そんな巨体だから、てっきり夜の方も強いのかと思ったのは私の見間違いかしら?」

 

「■■■■—————!」

 

 バーサーカーは一心不乱に大剣を振り回す。コンクリートは砕け、鉄柱は切断され、瓦礫が宙を舞う。

 

 怒りに身を任せたバーサーカー。そんなバーサーカーは気づくことがないだろう。アサシンの狙いには。

 

「うわぁっ、やめ、やめろっ!バーサーカー!うわぁぁっ、イテッ!」

 

 バーサーカーの肩にしがみついていた達斗はついに自らのサーヴァントの動きの振動によって振り落とされてしまった。地面に叩きつけられた少年は尻をさすりながら、立ち上がる。

 

 その瞬間、アサシンはニタリと笑った。手に持っていた鎖鎌の分銅をその少年に向けて投げつけたのだ。

 

「—————えっ?」

 

 わずかゼロコンマ数秒程度の時間、たったそれだけの瞼を開くのに等しい時間。その時間がぎゅっと濃縮されて達斗を襲う。それは俗に言う走馬灯というやつだろう。世界がゆっくりになって、達斗はその瞬間、生物としての直感が働いた。

 

 ああ、自分はここで死ぬのだと。

 

 彼は悔しかった。自分を一人にした世界に一矢報いたかったのに、それすらできずに自分は世界に見捨てられたまま死ぬのかと。

 

(僕はもうダメなのか……な……)

 

 彼がそう思った時だった。声が聞こえた気がした。それは力強く、野太く、低い声だった。そして、温かい声だった。

 

 そんなことは絶対にさせない、という声が聞こえた気がしたのだ。

 

 ドスンッ—————‼︎

 

 重いものが落ちたような効果音が響いた。それはバーサーカーの大剣が地面に向かって振り下ろされたからだった。叩きつけられた大剣のそばには切断された鎖と歪んだ分銅が無惨にも地に落ちている。

 

 アサシンはその状況に笑みが消えた。しかし、怒りや憎しみなどという感情が宿っているわけでもない。ただ、新たに生じたバーサーカーに対しての疑問が彼女の笑みを消したのだった。

 

「—————ねぇ、なぜあなたはその子を守ったの?」

 

 アサシンはバーサーカーに質問を投げかける。しかし、バーサーカーは狂化のスキルのため意思疎通をすることが基本的に不可能。それを知っていてもなお、アサシンは尋ねたのだ。

 

「あなたはその子にいいように扱われているだけなのよ?あなたは所詮道具でしかないってこの子は思っているはず。なのに、どうしてさっきまでの怒りよりもその子の命を優先するの?」

 

 バーサーカーは少年を守るような仕草をとった。それを見て、アサシンは「そう」と言う。

 

「あなたにとっては過去の大切な仲間よりも今を生きる子の方が大事なのね?それは少し幻滅、ね。あなたも私と一緒の根っからの嫌われ者、反英雄だと思ったのだけれど、それは単なる私の思い違いだったのかしらね」

 

 アサシンは彼らに背を向けた。

 

「まぁ、セイギが逃げる時間ぐらいは稼いだつもりだから、あなたたちとお遊びしているつもりはないし、私は去るわ。さぁ、追って来なさいな。正義の悪役さん」

 

 彼女はそう言い残すと霊体化し、姿を消した。

 

 立ちすくむ少年とバーサーカー。怒りが和んだのかバーサーカーは空を見上げ、天高くに登る同胞たちに咆哮の鎮魂歌を捧げた。

 

「■■■■■■■■—————」

 

 獣の咆哮に大地が共鳴する。木霊するその強く、そして柔らかな叫びは少年の心を揺らした。

 

「……何なんだよ……、お前は」

 

 少年はボソッと呟いた。その言葉の先は目の前で自分に膝をつくサーヴァントと、少年自らに対して。

 

「なんで助けたんだよ—————」

 

 彼はまだ分からない。何故、自分なんかにこの大男が命をかけるのかが。

 

 今の少年には分からないだろう。この大男の懺悔が、後悔が、同情が。まだ分かるまい。

 

 少年にヒビが入った瞬間だった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 神零山付近。一軒家の住宅がちらほらと見えるが、山に近づくにつれて段々と目に入る家の数が少なくなってきた。

 

 目的地まで移動していたら、遠くの方から変な音が聞こえてきた。ドスンと何か重いものが落ちたような音や、獣の雄叫びのような声。

 

「セイギたちでしょうか?」

 

「ああ、だろうな。でもありゃヤバそうだな」

 

「大丈夫なんですか?セイギたちのところに行かなくて」

 

 セイバーはさっき俺に訊いた質問をまた再度訊いてくる。

 

「いや、だから言ったろ?俺とあいつが一緒にいたら、例えバーサーカーを倒したとしてもグラムが聖杯を手に入れることは必須。それに、あいつはグラムのところに行けって俺たちに言ったんだ。行って損はねぇだろ?俺たちはグラムを倒すために今いるんだから」

 

「それはそうですけど……でも……」

 

 彼女がそうなる気持ちも分からなくはない。そもそも俺たちはセイギが魔術師としてどれほど凄いのかという根本的なところを知らない。それに、あのバーサーカーのこともある。あのバーサーカーは結構ヤバい気がする。サーヴァントであるセイバーでさえ、力で圧倒的な負けだったのだ。そんなセイバーよりも力の弱いアサシンはそのバーサーカーに対抗できるのか不安なのだ。

 

 不安要素はまだまだある。そのあまりにも膨大な不安要素を押し込んで、信じるしか俺たちに道はない。

 

「大丈夫だろ。まぁ、勝てるんじゃね?」

 

 あくまで他人事。この聖杯戦争において幼馴染であっても、同級生であっても、それらを念頭においてはならない。これは命の賭け事。あくまで俺とセイギは共同戦線というだけの話なのだ。死んだら、死んだで悲しんでやる。だが、責任は感じるつもりは一切ない。

 

 セイバーは俺の顔を覗き込む。

 

「そう言いながらも、一番心配してるのはヨウじゃないんですか?」

 

「うるせえな。そういうのは心の底に留めておくもんなんだよ。言っちゃダメなやつだかんな」

 

「そうですね。はい、やっぱり、ヨウは優しいですね」

 

 彼女は微笑みかける。その笑顔に何度救われたか分からないけど、正直言って、今その笑顔を見るのはツライ。

 

「まぁ、俺は天下一のヤサ男だからな」

 

「あっ、認めた」

 

「おう。もう一々否定すんのダルいわ」

 

 俺は前にそびえる山を見る。その山はやはり縦にも横にも大きい。その広大な面積を改めて実感し、少しめまいがした。

 

「なぁ、セイギはさ、神零山にグラムがいるって言ってたんだけどさ……、その……」

 

「えっ?なんです?まさかですけど、その……」

 

「ああ、うん。そう。この山の何処にいるのか分かんない」

 

 実はセイギに、グラムがここにいると言われた時、その他の説明は一切受けていないため、グラムが何処にいるのかという重要な情報を俺は知らない。かと言って、セイギは今、何やら大変そうだし、そんなあいつに電話したらブチギレるだろう。

 

 つまり、この山の何処かにいるグラムを俺たちだけで探さなければならないのだ。この広大な山から俺たちだけで見つけ出す。

 

「……無理だろ」

 

「あの、ヨウ、そういうこと言わないでください。気が滅入ってしまいます」

 

「いや、もうすでに気力ねぇよ」

 

 とにかく山をずっと傍観しているわけにもいかない。俺たちはグラムを見つけ出さなければならないので、とりあえず山の中に入ってみる。

 

 それから少し歩いて、俺はある場所に着いた。

 

「ここは……」

 

「まぁ、神零山に来るとなるとここは抜かせないな」

 

「観光スポットみたいに言わないでください」

 

「いや、でも俺の人生一から巡ったら、絶対にここは欠かせない」

 

 そこは鈴鹿がいつもいた場所だった。木は切り倒されて、切り株があちらこちらにある。禿げた木々に囲まれた平らな土地。

 

「ここでいつもあいつと勝負してたからな」

 

 小さい頃からあいつは俺の隣にいた。爺ちゃんよりも剣を教えてくれたし、剣の腕前では鈴鹿が俺の中で一番だった。

 

 最初はずっと彼女に刃を向けていた。木刀や竹刀で彼女にいつも挑んでは負けて、その度に悔しい思いをして。その悔しい思い出がいつからか、かけがえのない大切な人として認識して言った。今となっては、彼女は俺を暇つぶしとして遊んでいたのではないと知っている。彼女は俺に母親としての愛を向けていたのだと気付いている。

 

「まぁ、人生の中でずっと永遠の関係なんて無いに等しいんだろ。大体の絆とか愛とかはそーいう美しいものには何かしらの終わりがあるんだと思うね。だから、別に悲しいけど、そんだけだ—————」

 

 俺は切り株に腰を下ろした。目の高さが少し下がっただけなのに、星がぐっと離れたような気がした。

 

「ヨウはもう少し欲を出してもいいんじゃないでしょうか。少しばかり、ヨウは控えめになろうと努力している節があります。そんな生き方では、きっと人生損しますよ」

 

 人生を先に終えた先輩としてのアドバイスを受けた。生きてる年数はそう違いないかもしれないけど、彼女は俺が経験したことのない死を体験している。だからそれなりに彼女のアドバイスは役に立つものだろう。

 

 でも、そのアドバイスを実践してみるのは少し持ち越しだ。今はまだその時なんかじゃない。

 

「ま、やれるときにやってみるわ」

 

 よっこいしょ、と踏ん切りをつけて立ち上がった。これから行く場所を決めた。

 

 いや、行く場所ではない。探す場所である。

 

「なぁ、セイバー。お前は市長さんの話を覚えてるか?この山の何処かにツクヨミを祀っている場所があるって話」

 

「そりゃ、まぁ、覚えてますよ。そこに行くんですか?でも、私たちはその場所を知りませんよ」

 

「だから、そこを探すんだよ。今から俺たち二人で」

 

 セイバーは俺の突飛な案に驚き、そして呆れている。もちろん、そんな表情をされると予想していた。

 

 だが、俺もそれなりに理由があってそう言ったのだ。

 

「鈴鹿はさ、なんでこんな場所にいたんだと思う?」

 

「え?それは、ここが山の中では珍しく傾きがないからじゃないですか?」

 

「あ〜、まぁ、確かにそれもあるかもしれんが、それだけじゃないだろ。だって、鈴鹿はどうやって十年もの間、ずっと現界してた?」

 

「それは聖杯に直接アクセスして、そこから少しだけ魔力を得ていたからじゃないんですか?」

 

「ああ、そうだ。だからさ、そう考えるとある可能性が見えてこないか?」

 

 彼女は腕を組んで考える。そして、彼女もそのある可能性を見出した。

 

「祠はこの近くにある—————?」

 

「そういうことよ」

 

 ツクヨミにより聖杯の魔力が溢れないようにされている。なら、そのツクヨミの祠からなら聖杯の魔力を得ることができるのではないのだろうか。ツクヨミは直接的に聖杯に触れていて、そのツクヨミの祠に干渉すれば少しばかりか聖杯の魔力を盗めるはず。

 

 鈴鹿がいた所にその祠があるのではないだろうか。

 

「でも、そこにグラムがいる保証はあるんですか?」

 

「ああ、それか?だって、聖杯の中身が溢れないようにしているのがツクヨミで、そのツクヨミがいる所が例の祠だよ。その祠さえ壊せば、魔力は溢れ出す。そして、その魔力にグラムがあの不幸を呼び寄せる力を注ぐんだよ。そしたら、もう分かるだろ?」

 

 グラムの不幸を呼び寄せる力。それは魔龍ファーヴニルから奪い取った黄金の指輪が宿す呪いで神をも殺しかねないほど禍々しい力のことである。

 

 その力を使えば、一国は潰せる。溢れ出る禍々しい力はどこまで広がるのがは範囲が広すぎて想像できないが、最悪で大陸の半分に存在する生命をゼロにすることも可能だろう。

 

 俺の話を聞くセイバーは俺の話に何処か気になる点があったようである。

 

「一つ気になることがあるんですけど……。グラムって、何故その祠までいかないといけないのですか?別に行かなくとも彼女が聖杯なのですよね?なら、彼女がその祠に行く意味なんて無くないですか?」

 

 少し痛いところを突かれた。それは別に弁解できないというわけではない。それはしっかりとちゃんとした確証がある。

 

 だが、彼女にその理由をあまり言いたくはない。彼女に言ってしまうと彼女がどうなってしまうのか分からないからだ。

 

 しかし、セイバーは俺の返答を期待した目で見てくる。この様子では嘘はつけなさそうだ。

 

「—————セイバー、お前さ、今から俺が言うことにショックを受けるかもしれない。それでもお前は聞く覚悟があるか?」

 

 彼女は縦に頷く。その揺らぎない覚悟のある目は俺にため息を吐かせた。

 

「じゃあ、言うけどさ、あいつはどうやって聖杯とリンクしたと思う?」

 

「そ、それは、ここの近くにあるであろう祠に行って、聖杯とラインを結んだんじゃないんですか?」

 

「まぁ、そう考えるのが普通だわな。でもさ、そしたら一つおかしい点に気付くんだよ。それは、鈴鹿がここにいたっていうことだ。鈴鹿がここにいたってことは、祠の方にいつでも目が届くってこと。だから、グラムが祠の方に行ったら、鈴鹿と戦闘になってるはずだし、どっちかが死んでるはずなんだよ。でも、どっちも死んでなかった」

 

「じゃあ、ヨウはグラムが祠で聖杯とリンクしたのではないと言いたいのですか?じゃあ、どうやってグラムは聖杯と繋がったのですか?」

 

 その彼女の質問に答えねばならないのは少し辛いところがあった。だが、その質問に答えるのが俺の義務であり、それを言ってしまえば俺以上に彼女が悩み苦しむのは目に見えていた。

 

 俺はセイバーを指差した。

 

「—————お前だよ、セイバー。お前という存在が聖杯へのパイプとなったんだ」

 

 セイバーは言葉を失った。そして、下を俯く。その姿は彼女も少し勘付いていたのだろう。ただ、そうじゃないと自分に言い張って、その真実を虚言に仕立て上げていた。

 

 だけど、やはり真実は真実であって、嘘にはできなかったのだ。

 

「グラムは肉体化してお前のもとから離れた。その時点でお前との契約は破棄されて、グラムはお前の宝具なんかじゃなくなった。だから、お前とグラムは別の存在だって考えていた」

 

「でも、それは違うと?」

 

「そうだ。お前とグラムは別の存在なんかじゃなかった。いや、つーか、グラムそもそもがお前の一部なんだよ。お前の中に眠る負の感情、まぁ、怒りだな。その怒りの感情がグラムという怨念じみた剣に吸われて今のグラムがいる」

 

「私とグラムが一緒と……?」

 

「そうだ。だっておかしいだろ?なんであいつはあんなにお前に似ている?別にアーチャーの肉体でも良かったはずなのに、何故グラムはお前の肉体に似た身体になることを選んだのか謎じゃないか?そこから考えるに、あのグラムはそもそもお前なんだよ、お前の一部がグラムなんだ」

 

「私がグラム……ですか」

 

「まぁ、そういうこと。サーヴァントはこの腐った殺し合いのために、聖杯の力によって形を伴って召還される。だから、そこにはパイプが存在するんだ。セイバーという(クラス)にもパイプがあって、それを使ってグラムは魔力を得ている」

 

 もちろん、このことにしっかりとした確証はない。だが、目の前にいる彼女の目はその可能性を否定するものではなかった。

 

「なぁ、セイバー。お前さ、やっぱりそのことに気づいてたよな—————?」

 

 俺は彼女に訊くと、彼女は一度口をつぐんだが、俺の目を見て口を開いた。

 

「……知っていました。そのグラムが私をパイプとして、聖杯から魔力を得ていたことくらい。でも、私にはどうすることもできなかった。私は魔術に関しては素人であって、魔力操作もろくにできない。だから、グラムが私を使って聖杯に繋がることも止められない。私は何もできませんでした……」

 

 珍しく弱気になる彼女。それは重大な事態を誰かに打ち明けることなく、心の底で止めていたからだった。そのせいで、みんなにはさらに迷惑がかかることを知っていたのに、その勇気が彼女にはなかった。

 

 鈴鹿も、アーチャーも救えたかもしれない。そうセイバーに言おうと思ったが、彼女は予想以上に心を傷めている。俺はその言葉を飲み込んだ。

 

「セイバー、今回はさ、みんな言わなくても薄々気付いてた。お前がいるから、グラムがいるんだって。でも、それを正々堂々と真正面から本気で言う奴はいなかった。何でだと思う?」

 

 彼女は口を開かなかった。ただ、ずっと申し訳なさそうに俯いているだけだ。

 

「俺を含めて、みんなお前に言ってほしかったんだ。グラムはもう一人の自分だけど、それでも倒すために協力してくれって。その一言が俺たちはほしかった」

 

「でも、そんなことを言ってしまったら……」

 

 彼女は自らの胸ぐらを掴んだ。苦しみを顔に浮かべる。

 

「—————私はみんなに嫌われる……。ヨウに嫌われる……」

 

 胸を掴む手は小刻みに震えていた。嫌われるということへの恐怖、好かれたいという執着が何処ぞと人間らしく、浅ましい。

 

「—————そんなことにお前は怖がってんのか?」

 

 俺は彼女に静かに怒った。声を荒げたわけでもなく、険しい顔を見せたわけでもない。彼女を見つめ、彼女の心に話しかけただけでも、心の中で音なく湧き上がる怒りを隠すことはできなかった。

 

 その言葉を言ったあと、自分で自分は馬鹿だと蔑んだ。あれほど信頼するなと、期待するなと人に言ってきたのに、信頼されていないとなると怒りを見せてしまったことにだ。

 

「……すまん、忘れてくれ」

 

 俺は何を謝るのか、彼女に声をかけた。彼女はうつむきながら、はい、とだけ答えた。

 

「……あ〜、まぁ、あれだよ。お前はさ、俺はともかく他のみんなを信用してねーってことだろ?」

 

「そっ、そういうわけじゃ……」

「いいや、そういうことになる。嫌われるのが怖いんだろ?つーことはさ、それごときで嫌うとでも思ってたってことだろ?」

 

「そ、そう……です……」

 

 彼女は手をモジモジとさせて、縦に頷く。

 

 ずっと暗い顔をする彼女。そんな彼女を見ていて、俺はむしゃくしゃした気持ちになる。

 

 俺は親指と中指を重ね合わせた。そして、その指を彼女の広いおデコに向けて

 

 ペシッ—————!

 

「イタァッ‼︎」

 

 大きなおデコの中央が赤くなっており、そこをセイバーはしかめっ面で覆った。

 

「い、痛いじゃないですか!んもぅ、バカッ!」

 

「いや、馬鹿はおめーだろ。みんなに信頼もできねーし、それに、お前は生前とまた同じことしてんじゃねーか—————」

 

 生前と同じこと。それは彼女が自らの義父を信じなかったからこそ起きた悲劇。それは彼女の早とちりとも、運命のいたずらとも見て取れる。

 

 だが、別にそんなことはどうでもいい。真相は何であろうが、彼女が義父を信じなかったという結果が招いたことである。

 

 そして、今も彼女はそれと同じ道を辿っているように思えるのだ。

 

「お前はあの時、信じなきゃなんない人を信じられなかったんだろ?その時と、今、お前はまったく一緒じゃないか?お前はまた同じことしてるんだぞ—————?」



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何で守ったんだ?

 セイバーは生前と同じことをしている。彼女は生前、義父の愛を信じなかったばかりに、所持していたグラムの力を暴発させて義父を殺してしまったという過去を持つ。

 

 今もまた彼女は信じていなかったのだ。彼女は俺たちを信じることができなかった。嫌われたくないという人の業の一つがそのような結果を生んでしまった。

 

 セイバーはその事実を気付いていなかった。そして、今、彼女はそれに気付かされた。

 

「私が変わっていなかった————?」

 

「ああ、そうだよ。お前は変わってるって思ってたのかもしんねぇけど、実際は何にも変わってなかったんだよ。歩いてるように見えて、ずっとただ足踏みしてただけなんじゃね?お前はさ」

 

 彼女はスカートの裾を手で握り締める。

 

「そんな私を見て、惨めだったですか……?」

 

「は?いや、何でそうなんだよ。俺は単に……」

「じゃあ、何で言わなかったんですか⁉︎私に教えてくれてもいいじゃないですか⁉︎時には言わないと分からないってことだってあるんですよ—————⁉︎」

 

 その言葉は彼女の心の叫びだった。ある意味これは彼女にとって一種のトラウマ。義父にその愛を口にしてもらえば信じれたものを、その言葉がないばかりに彼女は怒り狂った。

 

 彼女にとって教えてもらえないというのは過去のトラウマと類似する。それが彼女にとって一番嫌なことだった。

 

 彼女は真剣な眼差しで俺を見る。その目には怒りの感情が宿っていた。

 

「なら、一つ言わせてもらうけど、今回はお前、生前の自分の立場と同様であると同時に、義父と同じ立場であるってことも理解してるか?」

 

 義父と同じ立場。それは信用を裏切るということ。

 

 彼女は俺の言葉に何も言い返せない。

 

「お前は俺たちを信じなかったから、何も言わなかった。それと同時に、俺たちがいつか自ら打ち明けてくれるって信じてたのに、お前は何も言わなかった。確かにお前は何も変わってない。ただ、義父と同じ経験はしただろ?」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「いや、特に。まぁ、お前は俺たちの気持ち分かるだろ?信じてたのに、その信頼に裏切ったっていうお前でも、裏切られた体験もある。どうだ?裏切った気分になって」

 

 結局のところ、俺は彼女を信じていて、でも彼女はそれに応えなかった。確かに言葉にはしてない。セイバーなら分かってくれるって思ってたからそう信じていたらだけのこと。

 

 だが、それは言葉にすべきものではないとも思う。今、俺は言うべき時が来たと思ったから言ったまでだが、本当は最後まで言うつもりもなかった。言わなければ分からないというのも正論だが、言ってしまっては信じる意味もないとも思う。

 

 彼女がいつか言うということを俺たちは信じているのであって、そこを俺たちが潰してはならない。彼女が自らの意思で俺たちに告白すれば、それは彼女の成長にも繋がった。

 

 まぁ、今回はそれがうまく決まらなかったわけだが。

 

 彼女は頭を下げた。

 

「……その、ヨウ。ゴメンなさい」

 

「いや、謝んなよ。別に怒ってもねーから。怒ってるとすれば一々クソみてーな理由で躊躇ってることぐらいだよ。嫌われる嫌われないなんて考えてんじゃねーよ。つーか、そんなんで誰が嫌うよ。少なくとも俺はそんなんで嫌いになったりしねーよ」

 

「えっ?でも、その、私がいたせいで、鈴鹿さんが……」

 

 俺はまた彼女の大きなおデコにデコピンを撃つ。

 

「ぅ痛ッ!」

 

「バーカ。鈴鹿がなんだってんだ。あいつはそもそもこの現世にはいるはずのない存在。十年前に消滅してるのが普通なんだよ。だから、あいつにとってはむしろ十年間も生きられただ。死んだじゃねぇ」

 

「でも、それは鈴鹿さんとしての見解で、ヨウは……」

 

「別にいいよ。本当は母親さえいなかったんだ。むしろ、いてくれてありがとうってことだよ。それに、この聖杯戦争が終わったら、この聖杯をぶち壊すつもりだし。その時に鈴鹿がいたら、やりづらいだろ」

 

 鈴鹿がその時になっても、この現世に存在していたなら、俺は多分聖杯を壊せずに終わるだろう。そしたら、またこのクソッタレな殺し合いが続く羽目になる。何かの弾みがない限り、俺は鈴鹿を殺すことなんてできなかったから、そう考えるとあれで良かったのかもしれない。言い方は別として、彼女があそこで消滅したから俺は進めると思える。

 

「まぁ、悲しみはケッコーデカイけど、それはあくまで俺的に考えてだ。あいつ的には有終の美ってやつ?いい感じの最期だったんだ。だから、あれ以上の終わりなんてものはもうねぇよ—————」

 

 過去は振り返らない。あの時にもう涙は流し切った。

 

「だから、謝る必要ない。いや、謝んないでくれ。俺はあれで納得してるし、変に思い返したくもない」

 

 俺は立ち上がった。尻に着いた埃を手で払う。

 

「よし、行くか。祠を探しに」

 

「行くって、見当はついてるんですか?」

 

「おいおい、ナメんなよ。俺、地元民だからな。見当の一つや二つはあるよ」

 

 俺は彼女にそう伝えると、茂みの中に入って行く。

 

「あっ、待って下さい」

 

 セイバーもその後を追っていった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 冬の寒さを物ともしない熱気を帯びている。額から滲み出た汗は目の横を通り過ぎて顎から滴り落ちる。荒い息とペダルを漕ぐ音が静かな街の中で生じていた。

 

 グリップをギュッと握りしめ、後ろを振り返る。そこにあの肌黒の大男の姿も、妙な黒い煤の煙もなく、ほっとひと安心した。

 

「ちょっと、私がせっかく時間稼ぎしたんだから、頑張って逃げなさいよ。全然逃げてないじゃないの」

 

 彼の目の前にサーヴァント・アサシンが実体化する。アサシンは少し不機嫌そうな目つきで彼を見るので、彼は荒い息をゆっくりと整えながら、彼女に笑いかけた。

 

「これでも全速力なんだけど。全身汗でびっちょり。もうくたくたで、疲れたよ」

 

 優しい笑顔を見せる自らのマスターに彼女はため息を吐きながらも、口角が上がっていた。

 

「まぁ、少しはゆっくりしてもいいんじゃない?敵はまだ来ないわよ。戦意喪失って感じかしら?」

 

「それって逆にヤバくない?バーサーカーたちがヨウのところに行っちゃったら、負けは確実だよ?」

 

「いや、大丈夫じゃない?だって、バーサーカーたちはヨウたちやグラムが何処にいるのか分からないだろうし」

 

「ああ、そうだね……」

 

 その後、セイギは沈黙した。あることに気づいたようで、顔が真っ青になってゆく。

 

「……あれ?ヨウたちにグラムの居場所教えたっけ?」

 

「え?今、なんて言ったの?」

 

「いや、その、なんか、グラムの居場所を教えてなかったような気がして……」

 

「それってヤバくない?」

 

「ヤバいで済むなら、いい方だよ」

 

 セイギは慌てて携帯を取り出した。耳に携帯を押し当てて、電話先が出るのを待つ。

 

 しかし、耳の先から相手の声は聞こえてこない。

 

「ダメだ。ヨウ、出ないや」

 

「電波が届かないんじゃない?祠でしょ?」

 

「うん。あそこは確かに電波届かなそうだしね」

 

 祠、そこはツクヨミを祀る祭壇であり、聖杯へ直接繋がることができる数少ない場所の一つである。

 

 セイギはヨウに黙って敵を分離させていた。グラムは祠へと、そしてバーサーカーはセイギたちの後を追ってきている。

 

 セイギは自転車のサドルに腰を深く乗せると、ペダルを漕ぎ始めた。

 

「う〜ん、でも、グラムとバーサーカーの分離作戦は上手くいったかな。ヨウには何にも伝えてなかったし」

 

「上手くいったんじゃないの?あと、ヨウに前々からこのことを教えていたらセイバーちゃんにも話しちゃうと思わない?」

 

 アサシンはセイバーに対して若干の不信があった。別にアサシンはセイバーの人柄という面では嫌うことなどないが、しかしそれでもセイバーはサーヴァント。本来なら敵対するはずの存在。それに、セイギとアサシンも気付いていたのだ。

 

 セイバーとグラムが二人合わせて騎士(セイバー)というクラスに当てはまるということに。

 

 つまり、セイバーに教えて信用しても、そのセイバーと一心同体のような関係にあるグラムがどのような手段を使ってくるか分からない。それこそ、セイバーの肉体を乗っ取るかもしれない。

 

 だから、実質的にセイバーを信用できなかった。それが理由でヨウにも直前まで何にも言わなかったのだ。

 

 悪いことをしたと思っている。だが、これしか方法が思いつかなかった。

 

 一番最適だと思う勝利への道はこれだけだった。

 

 セイギはアサシンに向かって笑みを作る。全然嬉しそうでも、楽しそうでもない笑み。ただ相手を不安にさせまいと作った笑みだった。

 

「—————ゴメンね。僕にはこんなことしかできないや」

 

 アサシンに謝る。そうされると、アサシンは視線を少しだけずらす。

 

「あなたが謝る必要なんてないの。それに、これは私も望んでいること。私はこれで良いと思ってるし、あなたにも、そして彼らにも一番だって思ってるから」

 

 優しい暗殺者(アサシン)。そんな彼女の言葉に少しだけセイギの顔が曇った。そして、ボソッと独り言のようにこう呟く。

 

「—————僕にはどれも一番だなんて選べないよ」

 

 しんみりとした空気が流れてしまった。セイギはその流れを断とうと、自転車のペダルに足をかけて漕ぎ出した。

 

「まぁ、僕はやれることをするだけだから」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 一方、無人の街には大男と少年がいた。尻もちをついた少年はゆっくりと立ち上がる。尻に付いた埃を手で払いながら、セイギが逃げた道を見る。

 

「見えない、か」

 

 そこにセイギが自転車を漕ぐ姿はなく、逃げられたと理解した。

 

「クソッ、あいつら何なんだ?いきなり目の前に現れたかと思えば、バーサーカーを挑発しやがって」

 

 少年は地団駄を踏む。だが、少年の筋肉が全然ついていない足が何度コンクリートの道路を踏みつけようとも、一切の傷はつかない。

 

 地面に無惨にも落ちている鎖と分銅はその間にゆっくりと消滅してゆく。それはアサシンの宝具であり、宝具の一部が壊されたということ。

 

 だが、少年はそれを見ても、快い気分にはならなかった。むしろ、怒りが湧いてきたのだ。その怒りの矛先はバーサーカーに向く。

 

「そもそも、お前があんな挑発に乗っていなければ、こんなことにならなかったのに!昔の仲間を侮辱されたから?知らないよ、今は僕の言うこと聞けよ!僕のサーヴァントだろ!」

 

 彼は自らのサーヴァントな怒りを見せる。バーサーカーはその怒りに落ち込む様子も怒る様子も見せない。動かず、じっと少年を見つめている。理性がないからなのか、理解できないからなのか、何も言わない。少年の心の中を覗き込むようである。そして、少年はその様子にさらに怒りを覚える。

 

 だが、少年は気付いていた。それは、自身の怒りが矛盾に満ちたものだということに。

 

 今、彼はバーサーカーに対して怒りを露わにしているが、そもそもそれが何に対しての怒りなのか実際のところ見出せてない。彼は確かにバーサーカーのせいで大変な目にあっている。だが、それでもバーサーカーは少年を守った。そこから考えるに、バーサーカーに決して不義があったわけではない。

 

 そもそもバーサーカーをバーサーカーとして召還したこと自体がまず少年の決断であり、理性が働いていないからといって怒るわけにもいかない。そして、バーサーカーの真名を知っていて、それでもなお召還したのだから挑発に乗ったことを責めるわけにもいかない。

 

 少年は怒りを覚えてはいるのだが、その怒りを何にぶつけたら良いのか分からないから、バーサーカーにぶつけているだけ、そして、それをバーサーカーも知っている。その上でバーサーカーは全てを受け入れている。

 

 それをつくづくと少年は実感してさらに悔しく思える。まるで自分が小者みたいに思えるからだ。

 

「お前が、お前が悪いんだ!」

 

 少年はバーサーカーの大きな足を小さな足で蹴る。しかし、バーサーカーはそれに痛がる姿を見せないから、また心の中にモヤモヤとしたものが生まれてしまう。

 

 何の根拠もないのに怒りの原因を擦りつける少年。それは召還されてから幾度とあったことだった。

 

 少年は己の力を誇示するかのようにバーサーカーに暴力をぶつける。それでもバーサーカーはその全てを物ともせずに耐えてきた。

 

 少年はバーサーカーを踏みつけるのを止めた。そして、セイギが逃げた道に向かって歩き始めた。バーサーカーはそれを見て、そっと少年の五歩ほど後ろを歩く。

 

 しかし、少年は立ち止まった。それに合わせて、バーサーカーも立ち止まる。

 

「—————お前、何であの時、僕を助けたんだ?」

 

 ずっと疑問に思っていた。何故、あの時バーサーカーは咄嗟に自分を守ったのかと。

 

 少年はいつもバーサーカーに酷く当たっていた。だから、バーサーカーは自分のことを好きなはずがない。そう信じていた。そして、そうであってほしいと願っていた。自分はみんなの嫌われ者でいればいい。少年はずっとそう願っているのである。

 

 しかし、だからこそあのバーサーカーの行動には疑問を抱かざるを得なかった。

 

 バーサーカーは何故こんな自分を助けたのだろうか。何故あの怒りに身を任せていたバーサーカーが冷静になってまで少年を守ったのか。

 

 分からなかった。いくら考えても少年は何も思い浮かばなかった。その理由が、彼の思いが。

 

 バーサーカーはじっと少年を見つめている。その姿に少年は苛立ちを見せる。

 

「お前は何で僕を守ったのか訊いているんだ!何か言えよ!このクソポンコツ!」

 

 罵声を浴びせる。だが、やはりバーサーカーはピクリともしない。

 

 少年はまるで自分を相手にしてもらってないように思えた。バーサーカーは英雄で、少年はただの少年。圧倒的な格の差をもってして、バーサーカーは自慢げに自分の前に立っているのだと考えた。

 

 だが、分からない。何故、バーサーカーは自分を助けたのかが。あの時、一瞬味わった死ぬかもしれないという絶望を跳ね除けた理由がどうしても知りたかった。

 

 もし、バーサーカーはこの聖杯戦争で負けたとしても、英雄の格としては一流。他の聖杯戦争でも召還される可能性はゆうにある。だから、この聖杯戦争で頑張らなくても、別に他の聖杯戦争で頑張ればいいだけの話で、少年を守る理由など本当にゼロに等しいのだ。

 

 気まぐれなのだろうか。だが、バーサーカーがそんな気まぐれなど持ってはいないだろう。

 

「教えろよ!何で、何で、僕なんかをお前が助けたんだよ—————⁉︎」

 

 怒号が街中に響く。バーサーカーはその響きに合わせるかのように腹の底から声を出した。

 

「■■■■■■■■—————!」

 

 静かな咆哮が質問の答えだった。だが、少年にその答えなど分かるわけもない。

 

「……いいや、どうせお前は話せないし」

 

 少年はまた前を向く。大男に背を向けて、歩き出した。ゆっくりと、泥沼に浸かっているかのように遅い足取り。下を向きながら少年はずっと考える。

 

 自分の後ろを歩くこのサーヴァントは何故、自分にこうも従うのかと。



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神を殺すことになろうとも

 十一月の下旬、少年は孤児院の床に巨大な絵を描いていた。直径大人一人分の大きな円、その円の中にまた円と文字を描いてゆく。白いチョークと時代がかった古めかしい本を手に持ち、本の中身と自らが描いた円とを見比べていた。

 

「よし、これでいいかな」

 

 少年は立ち上がり、描いた円を全体的に見る。

 

 これは魔法陣。聖杯戦争に参加する権利を得るための唯一の手段であり、地獄の中に自ら足を踏み入れる儀式。たった一つの叶えたい望みのためだけに全身全霊命を懸けて挑む戦いへの第一歩。

 

 彼は古書を見ながら、用意してあった触媒を魔法陣のなかに投げ入れる。投げ入れたのは瀝青炭。投げ入れたあとの少年の手は少し黒い煤が付着していた。

 

 全ての準備が整い、少年は古書の召還の呪文を読み上げる。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 祖には四鬼従えし藤原千方—————」

 

 詠唱は続く。淡々と静かな月夜に読み上げる死地への一歩に応じるように魔法陣が光りだした。その魔法陣を中心とするように旋風が巻き起こり、孤児院の礼拝堂の扉や窓がガタガタと音を鳴らす。

 

「—————誓いを此処に

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者—————」

 

 少年はそう口にしたあと、詠唱が止まり考え込んだ。

 

 このあとの詠唱にある一節を加えるかどうかだった。それは召還するサーヴァントのクラスをバーサーカーにするか否か。

 

 少年はまだ魔術を使えるようになってから間もない。魔術に対して才能があろうと、自分の叔母である市長ほどの力を持たないだろうと彼は幼いながらも理解していた。だから、そんな自分が召還したサーヴァントは果たして自分の言うことを聞くだろうか。

 

 また彼には夢があった。それは途方も無い、現実性のない夢。聖杯で叶えられるかもわかない夢。

 

 全てを壊す。それが彼の夢だった。

 

 自分の未来を否定した現実を否定する。その思いだけを彼は胸に抱きながら聖杯戦争に参加する。

 

 その夢に一番近いクラスがバーサーカーだった。バーサーカーとは狂戦士。破壊の権化と言っても過言ではない。

 

 自分が召還するサーヴァントをバーサーカーにすれば、自分の言うことに従わないことはなく、夢に一番近づける。

 

 しかし、懸念する部分もある。それは魔力供給という面においてだった。彼はまだ齢十歳。例え魔術において才能があろうと、彼の魔力量は見習いの魔術士程度のもの。ただでさえ他のサーヴァントを従えるにしても大変なのに、その何倍もの膨大な魔力を消費するバーサーカーを召還するのは現実的でない。召還しても聖杯を得ることはできないだろう。

 

 だが、少年はバーサーカーを召還することを選んだ。

 

 何故か。それは召還するサーヴァントの生前の行いに何か彼は親近感を覚えたからだ。

 

 全てを破壊し、全ての生命から憎まれ、それでも現代まで名を残している大反英雄。まるで自分がそうなりたいかのような憧れの思いを向けて彼はその英霊を呼び起こす。

 

「—————されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。

 汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ—————」

 

 詠唱し終える。彼の目の前にある丸い魔法陣がさらにより一層強い光を放ち始める。魔法陣から途轍もないオーラを感じる。それはまるでこの世のものではないような尋常じゃない雰囲気。きっとこんな経験を人生で一度でも味わう人は極少数であろう。

 

 その光景を少年は絶句してみていた。本当にこんなことがあるのかとこの儀式を行った自らが驚いている。

 

 だが、少年はそのあと笑った。英霊召還が成功したと確信したからだ。

 

 そして、その確信は現実のものとなる。彼が描いた拙い魔法陣の発する光が最高潮に達した。その光は太陽の光と同じくらい、いや、それ以上の眩く強い光だった。

 

 あまりにも強い光に彼は思わず目を瞑る。

 

 光が段々と弱まってきた。礼拝堂の扉や窓が揺れる音も止んできた。中心に向かって吹きつける旋風は薄れてきた。

 

 静寂という言葉が似合う空間。音も何も聞こえない。礼拝堂には月の明かりと何本かのロウソクの灯火だけが照らす。

 

 その中で彼は聞こえた。

 

「■■■■■■■…………」

 

 獣のような唸り声。建物の壁にその声が当たり、その空間全体に声が響き渡った。

 

 少年はゆっくりと目を見開いた。その瞳には一人の大きな男が映った。

 

 二メートルを優に越すその巨体。黒炭にも負ないような黒い肌。野獣の如き強靭な力を見せつける丸太のような腕。全てのものを掴めそうな大きな手の中にはその巨体に勝らずとも劣らずの赤黒い大剣。

 

 その巨体の上に乗っかっている頭に付いた目玉がぎょろりと少年の方を向く。その威圧的な風貌に少年は少し怖気付くが、こう尋ねた。

 

「お前が、バーサーカーか—————?」

 

 額から冷や汗が流れ落ちる。恐怖を感じながらも、じっとその目を見つめていた。

 

「■■■■■……」

 

 理性のないバーサーカー。しかし、少年の言葉に応えるようにバーサーカーは声を出した。

 

 ため息のような声。実際、もしかしたら、ただ息を吐いただけなのかもしれない。だが、バーサーカーの目もじっと少年を見ていた。

 

「そう、そうか。召還に成功したのか」

 

 彼は笑った。高らかに、そして朗らかに。

 

 嬉しかった。自分の呼びかけにこの英霊は答えてくれたのだと思えたからだ。

 

 ああ、この世界を壊したいと思うのは自分一人ではないのだと知れたことが彼にとって救いであった。

 

「—————スルト。またこの世界を壊してくれよ」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 神零山の中を歩き続けて十分ほど。段々と息が切れてきた。

 

「ハァ、疲れたわ」

 

 膝に手を置き、切れた息を整える。その様子を見て、セイバーは首を傾げた。

 

「そんなに疲れますか?まだ十分や二十分ほどしか歩いてないですよ」

 

 セイバーの息は全然乱れていない。流石、山で生きてきた山ガール。これぐらいのことでは息も切れないか。

 

 生前、セイバーは山に住んでいたため、山の中を歩くというのは彼女にとって日常行為なのである。だから、舗装されてある平らな道ばかり歩いている俺のような現代人の身体の弱さを彼女は持っていない。そのため、余裕綽々とこの舗装されていないデコボコの山の中を歩くことができる。

 

「あのな、時には相手のことも考えることが必要だぞ」

 

「え?私、何か不謹慎なこと言いました?」

 

「そういう無自覚な所が一番の罪だと分かって言ってるのか?」

 

 セイバーは人のことをまったくもって考えてくれないから困る。これは彼女の潜在的な人柄などではなく、きっと生前に他の誰かと関係を結ぶということをしてこなかったせいだと思いたい。

 

「それより、私たち、どこに向かって歩いているんですか?本当に祠に辿り着けるのですか?」

 

「ああ、そこらへんは心配ご無用。何度も来たことあるから間違えやしないって」

 

「嘘つかないでください。そう言いながら、さっきは全然違う場所に辿り着いたじゃないですか」

 

「い、いや、あれは見当の一つだよ。この先に、もう一つ見当のつく場所があるから」

 

 セイバーは疑いの目を向ける。しかし、しょうがない。俺だってここ最近、ろくにこの辺りを散策していなかったのだ。大まかなルートは覚えてはいるが、そんな細かいところまでは覚えてなどいない。

 

 それからまた少し歩くと、目星のつけていた場所が見えてきた。

 

「セイバー、あそこだよ」

 

「あそこって……、ただの洞穴じゃないですか」

 

 俺が指差した場所。そこは見た目ただの洞穴である。高さ、横幅ともに二メートル弱ほどの入り口が岩壁の裂け目のようにできている。

 

「ここが祠だと言うんですか?」

 

「ああ、そうだ。以前、俺がこの穴の中に入ろうとしたら、鈴鹿にめちゃギレされたんだよ」

 

 鈴鹿がこの穴に俺を近づけなかったという理由は確信が持てるレベル。彼女は俺をなるべく聖杯戦争に参加させたくなかったのだから、俺をこの穴に近寄らせないということは、まるでこの穴が聖杯戦争に関係しているものだという証拠ではなかろうか。

 

「……そ、それだけが理由ですか?確かに、それは一つの理由かもしれませんが、間違っている可能性もありますよ。洞窟は危険な生物とかいて危ないですし、とがった岩とかも危険です。だから、鈴鹿さんは止めたということもありえます」

 

「いやいや、それだけじゃないんだよ。今は季節が冬で分かりにくいかもしれないけど、夏の季節、ここらへんは木が鬱蒼と生い茂るんだ。すると、どうだ?身を隠す役割になると思わねぇか?」

 

「ああ、確かに。ここはそもそも人がそう立ち入る場所ではないですし、それに木が生い茂っていたら誰も来ませんね。でも、それは夏の話ですよね?冬はどうなんです?木の衣は剥げて、この洞窟の穴を隠すなんてことはできませんよ」

 

 むっ、それもそうである。言われてみれば確かにそうだ。夏は隠せても、冬は葉は木から落ちるのだから隠すものなんてない。

 

 ……あっ。

 

「あれだろ。やっぱ、山に登るのは冬より夏の方がいいじゃん?」

 

「え?何ですか?その訳のわからない安直な理由は」

 

「簡単なことだよ。山登りっていったら夏じゃん?だから、冬は誰も登らないよ!」

 

「いえ、ヨウ、私たちがここにいる時点で説得力ゼロです」

 

「ですよね〜」

 

 あっ、どうしよう。もう何も言えないわ。俺が見当してた理由はこれくらいだし、その全てに難癖を付けられてしまってはどうしようもない。

 

 何も言い返せない俺を見て、セイバーはこう尋ねた。

 

「……えー、他に目星のついたところはないのですか?」

 

 もちろん、目星のついているところはもう何箇所かある。しかし、そこのどれもが祠の場所として怪しいかというとビミョーなところだ。ここの洞穴ほど怪しいと思えるところは他にはない。

 

 セイバーは他のところへ行こうと歩き出した。

 

「よし、入るか」

 

「ええっ⁉︎入るんですか?」

 

「そうだよ。ここが一番怪しいと思ったんだ。そこを調べずに行くなんて悔しいじゃねぇか!」

 

「結局感情論なんですか⁉︎」

 

「YES♪」

 

 俺は彼女にそう言い残すと洞窟の中へ入って行く。

 

「ええ〜。本当に入るんですか〜。洞窟かぁ、なんか嫌だなぁ」

 

「お前、生前の記憶がトラウマで嫌がってるだけなんじゃねぇのか?」

 

「うぐっ⁉︎そ、そんなことないですよ!」

 

「よし、じゃあ、行くぞ」

 

「あっ、待って下さい〜!」

 

 セイバーも俺の後に続いて洞窟に入っていった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 バーサーカー陣営とアサシン陣営が無人の街中で戦闘をしている頃、あの金ピカのアーチャーはある場所へと向かっていた。

 

 地鳴りのようなけたたましい咆哮が聞こえた。

 

「物凄い雄叫びですな。この街に結界が張られているといえども、この大きさでは隣町や結界無効の土地に聞こえてしまうのではないのか?なぁ、ハルパーよ」

 

 隣にある車に向かって声をかける。高そうなオープンカーに乗っているハルパーは怠そうにしながら扉にひじをかけた。

 

「お前はなんでここにいるんだ。さっさとガイアだかアラヤだかなんだか知らねぇが、ここから出て行け」

 

「なんと無礼な。余、王ですぞ?」

 

「王だろうと何だろうと、お前がここにいると邪魔だ。気が散る」

 

「む?ハルパーよ、何処へ行くのか?」

 

「結界の補修をしに行くんだよ。まったく、一年に一度しっかりと結界の綻びを直さないと結界そのものが壊れてしまうから直さないといけないんだ。そんな時にお前とばったり会ったんだ」

 

 ハルパーはふところから懐中時計を取り出して、今の日時を見る。

 

「もうこんな時間か。お前と話していると時間を食うな。これだからサーヴァントは嫌なんだ—————」

 

 ハルパーはため息をアーチャーに見せるようにわざと深く吐く。嫌そうな目でアーチャーを見るが、アーチャーは楽観的に捉えているのか笑顔のままだ。

 

「ハッハッハッ!まぁ、そう嫌な顔を余に見せるな。余の前では基本的に笑顔が義務づけられているはずだが?」

 

「そんなこと知るか」

 

「じゃあ、これからだ。これからそうしよう」

 

 突飛なことを言うアーチャーにまたハルパーはため息を吐く。

 

 しかし、アーチャーはそのあとすぐに険しい顔をする。

 

「まぁ、それはいいのです。それよりも、あのヨウという少年についに神の手が伸び始めましたぞ」

 

「だから、そんなこと知るか。俺はこの監督役ではあるが、別に参加者が死のうとどうってことない。むしろ、このクソッタレな聖杯戦争なんて終わってほしいほうだ。魔術の秘匿が危ういじゃないか」

 

「とかなんとか言いながら、実際はちょこちょこと参加者のサポートをしていることぐらい、余、知ってますぞ。この市の一番高いビルからずっと見回しておるので」

 

「アーチャーめ。目が良いからって何でも見ていいわけじゃないぞ」

 

 ハルパーは右手で車のギアをガチャリと変えた。エンジンの音が露骨に鳴り響き、排気装置から煙がゆらりと出始めた。

 

「一つだけ、一つだけだが忠告しておく。お前、これからツクヨミに会いに行くのだろう?それは止めておけ。お前はどうせこの聖杯戦争にはなんら関係のない英霊だ。この聖杯戦争のドス黒いところに触れない方がいい」

 

「ドス黒いところとは?」

 

「さぁ、俺が知るか。だが、神が何のためだが、この聖杯戦争を弄んでいる。だから、止めておけ。これ以上お前が下手に触れたらどうなるか分からん。お前はどうなってもいいが、この街の人たちにまで手を出すな」

 

「ヤケにそこを強調しますね」

 

「当たり前だ。俺たちは魔術師であろうと、英霊であろうと所詮は人間。神の域に俺たちが介入してはならない。介入したらどうなるか分かるだろう?」

 

 アーチャーは握り拳を作る。強く握り、爪は手のひらに食い込んでいた。

 

「—————天罰、ですかな?」

 

「そんな所だ。だから止めておけ。それでも神に接触するのなら、迷惑のかからないようにしろ。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

 ハルパーは車のアクセルを踏んだ。機械の車はただ前へ進みだした。

 

 歩道に一人アーチャーは残された。彼は空を見上げ、胸に手を当てた。

 

「神よ、これがあなた様の天罰なのですか。欲にまみれ、あなた様を裏切った余への試練はこの地獄から全てのものを救うことなのでしょうか。余を王として試しているのでしょうか。王であるなら、この聖杯戦争の裏に隠された地獄からあのヨウという少年を救うのが余の責務なのでしょうか」

 

 アーチャーは夜空に向かって尋ねる。しかし、夜空はその問いに答えることはない。冬の風が吹いただけだった。

 

 彼はまたゆっくりとだが歩き出した。その足を止めはしない。それが神の試練だと思えるから。

 

「余はあなた様の期待に応えましょうぞ。ああ、それが例え、ツクヨミを殺すことになろうとも—————」



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洞窟の中は

 暗い洞窟の中を進む。こんな時のためにと、一応小さな懐中電灯を持っていたので、その直線的な灯りのみを頼りにしてゴツゴツした地面を踏む。

 

「暗くて、気味が悪いですね。湿気が多くてジメジメしてますし、岩は所々尖っていて危ないですし」

 

「しょうがないだろ。だって、ここにいるかもしれないんだし、それを知るには調べるしかないんだから」

 

「私は信じていませんよ。大体こんなところにグラムがいるとは思えません」

 

 背後でグダグダと文句を垂れる彼女を無視して先へと進む。セイバーはムスッとしながらも、なんだかんだ付いてくる。

 

 それから少し歩いた。すると、洞窟の中に広い空間が見えた。その広い空間の真ん中からは何やら薄っすらとした光が見えていた。

 

 岩陰に隠れてその空間を覗いてみる。

 

 そこは地下空洞であった。神零山の中にこのような所があったのかと思ってしまうようなほど広かった。二十五メートルプールがまるまるすっぽりと入ってしまうかのようである。また、ゴツゴツしたその空間の奥の方に一つの()があった。どうやら人工の壇上のような場所で、壇には魔法陣が刻まれている。

 

 そして、そこに彼女はいた。

 

「いた。グラムだ……」

 

 グラムはその壇上のふちに腰掛けていた。じっと何も話すことなく、静かに誰かを待つようにそこにいた。冷たい目で自らの足先を見ている。遠くを見ているような虚ろな目をしていた。

 

 セイバーはそのことを知ると、俺のことを疑いの目で見る。

 

「本当ですか?」

 

「いや、本当だよ。嘘だと思うなら見てみろって」

 

 彼女も物音を立てないようにそっと岩陰から広い空間を見る。そして、数秒後彼女は俺の方を向いた。

 

「いました」

 

「いや、だから言ったじゃん。お前、本気で信じてなかったろ」

 

「だって、ヨウのことですから嘘ついてるとか考えられますし」

 

「おい、今日の午後に言った言葉を忘れたのか?信じるって言ったよな?」

 

「ヨウの信用度は基本的にゼロですよ」

 

 うぐっ、結構キツイ言葉だ。今の棘は俺の胸に深く突き刺さったぞ。グサッて音が耳に聞こえたからな。

 

「あ〜、もういいや。そんなんで一々悲しがっていられるかってんだ。よし、行くぞ。グラムと対面だ」

 

 俺が岩陰から姿を現そうとしたとき、セイバーは俺の手を掴んで引き止めた。

 

「待ってください、ヨウ。まだ早いです」

 

「早い?何がだ」

 

「本当にセイギを待たなくていいんですか?私たちでグラムを倒せると思いますか?」

 

 セイバーの手は少しだけ震えていた。小刻みに揺れる手は心の揺れ。

 

「お前、ビビってんのか?」

 

 俺がそう訊くと、彼女は顔を赤くした。視線をずらして、独り言のように呟いた。

 

「は、恥ずかしながら……」

 

 やはり口ではどうこう言っても、彼女は普通の女の子なのだと思う。グラムは言うなれば絶対的な死を与える者と言っても過言ではない。事実、彼女の父親であるアーチャーが全てのステータスをMAXにしても殺せなかったのだから。

 

 まぁ、確かにあれは、本当にグラムが勝ったのかと言えば難しい話であることも確かではあるが……。

 

 だが、しかし、結局のところ、セイバーはアーチャーが負けるという現場をその目でしかと見た。つまり、彼女にとってグラムという存在そのものこそ何よりの恐怖なのだ。

 

 今まで強がって俺の前に立っていた彼女でも、こればかりはどうしようもできないのだ。一人ではグラムという存在の前に堂々と立つことができないのである。

 

 怖いから。

 

 英霊がそんなことを言っては誰もが幻滅するだろう。でも、実際そうなのだ。足がすくんで、手が震えて、心臓がバクバクして、涙が溢れて、死を実感してしまう。

 

 英霊でも人間だ。誰にだって死の恐怖はある。いや、死の恐怖ではなくとも、その人にとっての恐怖はある。その前では彼女も立てない。

 

 でも、今は俺がいる。彼女の隣に俺がいる。俺が彼女の背中を叩いて、鼓舞して、一人じゃないってことを教えてあげるんだ。

 

「大丈夫。俺がいるから」

 

 俺が彼女に声をかけると、彼女は呆気にとられたように唖然としていたが、ふっと笑顔を作った。

 

「そう言われると、頑張らないと……。でも、嬉しい」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺は彼女の手を引いて岩陰から姿を現した。壇上の上で座っていたグラムは俺たちを視認すると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「来たか」

 

 まるでグラムが俺たちの到着を待っていたかのようなセリフ。戦闘態勢というわけではないものの、棘のように鋭い目は以前として変わらず、変なことしたらすかさず殺すといった具合。つまり、油断は禁物ということ。

 

 言葉を選びながら彼女に質問する。

 

「なぁ、グラム。そのぉ〜、お、俺たち、何で来たんだっけ?ここに」

 

「は?何を言っている?お前がここに来いと指示したのだろう」

 

「いや、そうなんだけどさ。その、何?セイバーに頭叩かれて記憶が抜け落ちたっていうか何というか……」

 

 変なでまかせを言っていたら、隣からも鋭い視線が来ていることに気付く。あっ、なんか痛いぞ。

 

 グラムはあまりにも馬鹿な俺の質問にクスリと笑う。突拍子もないことだからか、彼女のツボにはまったようだ。

 

「ヨウ、お前はやっぱり馬鹿だな」

 

 グシャッ。

 

 俺の心が象の足のようなもので踏みつけられた音がした。今のは大ダメージである。結構精神的にキツイ攻撃だ。

 

「……グスン。もうダメかもしれない」

 

「本当に馬鹿だな」

 

「グハッ、もう無理」

 

 時速六十キロのストレートパンチが自分のみぞおちに美しく決まったようである。息をするのが苦しい。もはやこれまでか。

 

 俺が精神攻撃に揺らいでいると、セイバーが白い目でじっと見てくる。

 

「あの、ヨウ、しっかりしてください。というか、ちゃんとしてください」

 

「あっ、はい。しっかりします」

 

 セイバーの一言でお遊びモードはおしまいにする。だが、対するグラムはまだツボってるようである。

 

「あれ?今の面白かったの?」

 

「い、意外と……。ブフッ!」

 

 身体がプルプルと小刻みに震えている。どうやら本当にさっきの馬鹿みたいな話でツボったようである。何がどう面白かったのか分からないが、若干引いた。彼女の沸点がおかしいのだと理解しようにもしきれない。

 

「案外俺の精神攻撃が決まったかも」

 

「ヨウッ!しっかりしてください!」

 

 セイバーに喝を食らう。隣で物凄い剣幕で睨んでいるので、変なことはもう何も言う気はない。というか、言えない。

 

「お前たち本当に知らんのか?」

 

「三歩歩いたら頭の中はすっからかんな人種ですのでねぇ」

 

 グラムは人差し指を立てた。すると、その指の上にグラムと同じ形状の剣が異界から呼び出される。そして、彼女は指をひょいと俺たちに向けると、その剣が飛んできた。俺は腰に差していた剣を抜き、その剣をいなす。剣はそのまま俺の首の横を通り岩肌に突き刺さった。

 

「私をここに呼んだのは誰だ?」

 

 どうやら俺が彼女を呼んだのでないとバレてしまったようである。

 

 セイバーは俺の隣でこっそりと呟く。

 

「ヨウが変なこと言うから……」

 

 なんとまぁ、俺のせいにされてしまった。別にこの際は俺のせいにされてもどうだっていいんだけど。

 

「セイギがお前を呼んだんだ。バーサーカーとお前を引き離すためだってさ」

 

「じゃあ、私はお前の幼なじみにそそのかされたということなのか?」

 

「そそのかされた?……まぁ、そういうことになるのかな。でも、俺やセイバーは何でお前がここに来たのか、おびき出されたのかを知らない。教えてくれないか?」

 

 俺が素直な気持ちで質問すると、当の本人のグラムは何やら言うことを躊躇っている。

 

「あ〜、その〜、てて手紙を渡されて……」

 

「手紙渡されて?」

 

「……聖杯をあげるって」

 

 彼女のその答えに俺たちはぽか〜んとするしかなかった。意表を突かれたような答えはリアクションをとる時間を俺たちから奪い取っていった。そして、二人がやっとの事で出した返答は……。

 

「馬鹿だろ」

「馬鹿なのですか?」

 

 グラムのあまりにも馬鹿げた理由に対する返答にはその一言しか似合わなかった。そして、二人はそれ以外の返答を見つけることもできず、シンクロしてしまった。

 

 いやいや、耳を疑ってしまうほど驚きの情報である。聖杯をあげると言われてここに来たというのだ。嘘だろうと誰もが思うかもしれないし、聞いてすぐ俺もそう思った。しかし、赤面している彼女を見て、どうも嘘ではないらしい。だからこそ、さらに俺の頭の中がこんがらがる。

 

 グラムは実は良い子なのかもしれない。いや、良い子というよりも、無垢と言った方がいいだろう。人を疑うということを知らないのだ。魔剣などと言われていても、当の本人は素晴らしいほどに汚れていない。

 

「少しは人を疑えよ。だって、聖杯をあげようかなんて言ってる奴なんか、百パー信用できねぇだろ」

 

「そ、そんなことないだろ。もしかしたら、くれるかもしれないじゃないか!」

 

 ダメだ。彼女と言い争いをしていたら、俺が悪者みたいにされそうだ。やっぱり彼女は根は良い子なのかもしれないが、だからと言って俺が悪役になるわけにもいかない。

 

「なぁ、グラム。もう少し悪者っぽいセリフを頼むわ。俺が悪者みたいだし……」

 

「ヨウ、何言ってるんですか⁉︎普通、緊張する場面ですよ!」

 

「わ、悪者っぽいセリフか?こ、こんのっ、あんぽんたんっ!」

 

「グラムも乗らないでください!ヨウがニタニタしてるじゃないですか!」

 

 めちゃくちゃ楽しいです。いやぁ、やっぱり無垢な子ほど扱いやすいものはない。

 

 ダメだダメだ。今は最終決戦の最中だぞ。もしかしたら、セイギたちはもうバーサーカーと戦闘をしているのかもしれないのだから。

 

「なぁ、グラム。お前は何を望むんだ?」

 

 ずっと前から気になっていた。グラムは聖杯に何を望むのか。

 

「何を急に……。ま、前にも言っただろう?」

 

「ああ、聞いた。だけど、もう一度聞きたい。お前は何を望んでいるのかって」

 

「……破壊だ。殺戮だ。殲滅だ。生命というものを悉く潰すことこそ、私の願いだ」

 

 やっぱり彼女はお決まりの言葉のように物騒な言葉を口にする。大方それは予想通りだった。

 

 だからこそ思う。彼女は本当に可哀想な奴だと。

 

「良い奴だよな。お前って。セイバーが俺のサーヴァントじゃなかったら、お前みたいなのが俺のサーヴァントであってほしいって思うよ」

 

「何を言っている……?」

 

「普通にお前の望みを聞いた俺の感想だよ。人を殺すだの何だのと口で言いながらも嫌そうな顔をしているお前は良い奴だなってことだ。優しいんだな」

 

 彼女にそう語りかけると、彼女の癪にさわったのか、彼女は三本ほどまたさっきと同じ形状の剣を俺に向かって放つ。だが、放たれた剣は直線的にしか俺に向かってこない。

 

「そんな剣なら簡単に叩き落とせる」

 

 俺はその放たれた剣の描く線の延長戦に合わせるようにタイミングよく剣を振った。すると、飛んできた剣はガラス細工のように砕け散る。

 

 彼女の剣はあまりにも人を殺したいという殺人願望がなかった。この刃のある剣を向けるということは人を殺すということである。それがどのような過程であれ、何かその人を殺すという理由があり、それこそ殺人願望の元なのだ。怨みも、道楽も、気紛れでも、それで刃を他人に向けたら殺人願望となる。

 

 しかし、彼女はその殺人願望がない。そもそも刃を向けるということ自体が嫌悪しており、剣先を向けたくないのだ。なのに、彼女は剣を俺に放った。それは心と行動が矛盾している。

 

「嫌がってんのに、何でお前はそんなことをするんだよ」

 

「嫌がってなどいないッ!」

 

「じゃあ、何で声を荒げんだよ」

 

 ムキになったグラムの様子を見て誰もが思う。彼女は本当に優しい奴なのだと。

 

 それはもちろんセイバーも例外ではない。セイバーも気付いた。彼女は魔剣と呼ばわれ、善の存在ではなく悪の存在だとされてきたが、本当に彼女は悪なのだろうかと疑問を抱く。

 

 セイバーはグラムの方を見ていられなくなった。苦しくて、自分の胸ぐらをギュッと右手で握った。

 

 悪でないなら、何故グラムは自分の親を殺したのか。そもそも、アーチャーは死ぬ意味があったのか。グラムの善悪について矛盾が生まれれば、アーチャーの死にも矛盾が生まれる。

 

 グラムには悪の存在であってほしかった。それがセイバーの率直な思いだろう。だからこそ、目の前の現実が苦しいのだ。

 

 俺の目の前にいる髪の色だけが違う瓜二つの少女二人は互いに運命に翻弄され、目の前の現実に苦しんでいる。人を殺した罪悪感に苛まれ、自分が苦しみ意味を苦し紛れに探している。

 

「お前たちって似てるよな。地獄みたいな運命の中にいるってことに」

 

「私とこの剣をろくに振れないこの名ばかりのサーヴァントがか?」

 

「そうだよ。お前たちに似てるよ。外見だけじゃなくて、中身も。基本的に全てが瓜二つだ」

 

 だけど、今、彼女たちは対立している。それはなぜか。

 

「ただ、一つだけ違うとすれば、それはその地獄みたいな運命に抗ってるかそうでないかってことだ。セイバーは抗ってるさ。サーヴァントを殺さなきゃいけない運命の輪の中にいるのに、セイバーはそれに抗って殺そうとしない。だけど、お前はどうだ?殺しが本当は苦しいって言いながら、殺してるじゃねぇか。ライダーとアーチャーを」

 

「違う!あれは、私が聖杯を掴むために……」

 

「じゃあ、何でセイバーは聖杯を掴もうとしていながらもライダーを殺さなかったんだ?」

 

 二人の違い。それはこの世界で殺したか、殺していないかという違いだ。そこに決定的な違いがある。殺すのが嫌なら嫌でいい。ただ、グラムはその嫌な気持ちを聖杯が欲しいがために無視していた。

 

「—————嫌なら嫌でいいじゃねぇかよ。人を殺したくないのなら殺さなきゃいい。聖杯を掴むからって、殺す必要はねぇだろ!」

 

 俺の言うことはもしかしたら矛盾しているのかもしれない。聖杯を掴むからといって、殺す必要はない。それは本当にそうなのかはサーヴァントでない俺にはわからない。

 

 サーヴァントたちには他のサーヴァントとの戦闘欲求のようなものが本能のように備わっていると聞いたことがある。だから、戦闘は起きるだろう。そしたら、きっといつしか殺すという場面に出くわす時ももちろんあるだろう。

 

 だが、俺が言いたいのはそういう問題じゃない。

 

 俺は心臓のあたりを右手で叩いた。

 

胸の奥(ここ)だよ—————」

 

 殺したくないという欲求ではダメだ。志でなければ。時と場合によって、そうしないといけない時もあるけど、それでも殺さないという強い志を持たなければ、きっとダメなんだ。

 

 セイバーは剣を鞘から抜いた。そして、自分の腰のあたりで構えると、力強い声でこう言った。

 

「私はっ、この腐った運命に抗い続ける!決して人を殺さない!決して挫けない!決して後ろを振り返らない!決して疑わない!私は強い‼︎だって、私は月城陽香のサーヴァントだからッ‼︎」

 

 セイバーは少しだけ震える唇をギュッと噛んだ。そして、真っ直ぐ前を見た。

 

 彼女は覚悟した。これは忌まわしき運命との最終決戦なのだと。

 

 グラムはセイバーの言葉に激昂する。

 

「—————そんな綺麗事、口でしか叶えられん!」

 

 太鼓の音のように、花火の音のように自分の心臓の音を打ち消すかのごとく大きな声だった。その彼女の怒号はこの閉ざされた空間の中で反響した。空気がぐらりと彼女の方に傾いたように感じる。

 

「私だって、できるならそうしたい!でも、そんなことしても、私は望みを叶えられるわけじゃない!だって、私はセイバーという(クラス)の半分で、本来は宝具。そんな私に聖杯の願いを叶える権利など無いに等しく、私が聖杯を掴んでも、どうせ叶えられる願いは私のじゃなくて、シグルドの願い!なら、セイバーを殺さなきゃダメじゃないか!そしたら、セイバーを守ろうとするアーチャーも殺さなきゃダメじゃないか!結局、私は魔剣ってことを認めなきゃ、本当の望みなんか手に入らないんだ‼︎私には人殺ししか、願いを叶える道はないんだっ‼︎」

 

 彼女は手を掲げた。すると、背後から無数の剣が現れてくる。それを見て、俺も戦闘態勢にはいった。

 

「私は私だ!自分の信じてきたやり方で望みを叶えるッ—————‼︎」





セイギ:今回は出番なかったね。まぁ、戦闘しないなら、出たくないけど。

アサシン:大丈夫よ。私たち、次は出るから。

セイギ:やっぱり戦う?

アサシン:そこは作者に任せましょう。ね?

セイギ:ああ、これはダメなやつだ。


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永遠に続く恋慕

はい!Gヘッドでございます!

今回は作者の大好きなアサシンの好感度アップ回でございます。アサシン、可愛いですよ。


 祠の方で戦闘が始まろうとしていた時、赤日山の方ではセイギがまた汗をかきながら何か作業をしていた。

 

「ふぅ、これで十二個。あと八個はあった方がいいかな」

 

 左手で額の汗を拭う。彼の右手には木の枝が握られていて、その枝で地面に幾何学的な円を描いている。魔法陣のトラップである。もうすぐ来るであろうバーサーカーの戦力を少しでも減らすためのものだ。

 

「セイギー。まだ、あのお二人様は来ないわよ」

 

 木の上にいるアサシンが下にいるセイギにそう伝えた。

 

 彼女が乗っている木はこの山の中でも結構大きな木である。この冬の時期はどの木も葉を落としていて、その木も禿げていた。彼女はその禿げた木の頂点でバランスを崩す様子もなく、自然と大地の上にいるかのように立っていた。彼女と地面の差は七メートルくらいあり、命綱も何もないのでは普通の人なら怖気付くはずである。

 

 セイギは高いところにいるアサシンを見上げる。

 

「ありゃ、僕にはできないなぁ。まぁ、やっぱり、木の上の方が安心するのかな?」

 

「呟いてるつもりでしょうけど、聞こえてるわよー。私の耳、普通の耳なんかじゃないんだから」

 

 実は地獄耳なアサシンは十メートルほど離れていても、呟き声なら聞こえるのだ。普通の耳ではない彼女は得意げに笑うとまたバーサーカーたちがいる方向を見渡す。

 

 セイギはそんな彼女を見て笑った。

 

「変わったよね。前なら、その普通じゃない体のことを笑わなかったのに、今のアサシンはそれを笑うなんて。前じゃ考えられなかったよ」

 

「今の私はもう色々と吹っ切れたの。もうどうでもいいの。私は私よ。やりたいようにやるわ」

 

 強気な彼女を下から見ていたセイギは嬉しくも、悲しかった。前までのアサシンよりイキイキとしていて、美しい笑顔で笑うのに、どうしても悲しみを抑えきれなかった。

 

 そんなセイギの様子を察してか、木から降りてきた彼女は彼にすり寄ってきた。そして、ギュッと力強くセイギを抱き締めた。

 

「ほら、悲しまないで。あなたが悲しそうな顔をしたら、私まで悲しくなっちゃう。だから、笑って。私はあなたの笑顔が好きだから。最後まで私には笑顔を向けていて」

 

 彼はアサシンの胸に額を押し当てた。冷たい肌が彼の肌に触れる。胸の奥にあるはずの命の音が聞こえない。それでも、彼にとっては安心するものだった。冷たい肌が人肌に思え、聞こえない命の音が彼にとっては情熱的にビートを刻んでいる。

 

「ありがとう。アサシン—————」

 

 セイギもアサシンの背中を撫でた。優しく撫でると、アサシンの抱き締める力が強くなった。

 

「苦しいよ……」

 

 セイギは笑いながら、苦情を言う。

 

「ごめんなさい。でも、もう少しだけ……このままで—————」

 

「うん。別にいいよ。たださ……」

 

 彼はアサシンの足元を指差した。

 

「魔法陣、崩れちゃうからそこには立たないでほしいんだけど」

 

 指摘されてアサシンは自分の足元を見る。せっかくセイギが描いた魔法陣が少し崩されていた。

 

「あはは……」

 

 言い逃れができないので、笑って誤魔化そうとする。セイギはそんな彼女を見て深いため息を吐いた。

 

「アサシンって、一個ぐらい頭のネジが抜けてるよね。実はセイバーとどっこいどっこいなんじゃないの?」

 

「そ、そんなことないわ。ちょっと、気が緩んでただけよ」

 

「本当に?まぁ、いいよ。あと八個ほど魔法陣を作れば、あとは居城にて待つだけだしね」

 

 セイギの言葉をアサシンは鼻で笑う。

 

「居城?ここが?ここってただの小さい山でしょ?」

 

 この小さな赤日山を居城と言うセイギ。しかし、それをアサシンは本気にしない。

 

 セイギは指を立てて、横に振る。

 

「チッチッチッ。伊場の魔術工房をナメないでほしいね。確かに小さな山だけど、ここは丸ごと僕の魔術工房だ。まぁ、作ったのは叔父さんだからよく分かんない仕組みだけど、使っている以上、僕だって少しはこの山を魔術工房として使えるよ」

 

 セイギは自分の凄みに陶酔するかのように胸を張る。そんな彼を見て、今度はアサシンがため息を吐いた。

 

「案外、セイギってヨウと同じくらい馬鹿なのも。いや、もしかしたら、ヨウよりも……」

 

「いや、それはないね。学校の試験や模試は基本的に負けたことはないよ」

 

「そういうことじゃなくて、その……、人として?」

 

「それは僕に対する侮辱?」

 

「そういうわけじゃないのよ?そういうわけだけど……」

 

 セイギがアサシンのことを睨んでいると、アサシンはセイギから視線をずらした。その方向はさっき二人が通って来た道。

 

「近づいてくる。重い足音」

 

 それはバーサーカーのことだろう。バーサーカーとそのマスターである家陶達斗がこの山に近づいてきているということだ。

 

「まだここから遠いし、歩くリズムもゆっくりしているから、まだ来ないでしょうけど、あと十分以内にはここに着くわ」

 

 この静寂の夜が彼女の地獄耳の集音の能力を高めていた。本来なら他人の声や、雑踏の足音、家の中からする機械音でそこまでこの耳は働かないが、この市に張られている結界のおかげでその耳は上手く活躍している。

 

「良かったね。その機械仕掛けの身体が今は役に立っていて」

 

「何それ、皮肉?怒るわよ」

 

「あはは。ごめんごめん。でも、少しだけイキイキしてるから」

 

 セイギがアサシンをからかって笑っていると、彼女は無造作にセイギの唇に自身の唇を重ね合わせた。不意の行動にセイギは驚いたが、その流れに身を任せた。

 

 唇と唇が互いにまぐわい、より一層赤く染まる。ふっくらとした唇が撫でた。そして舌を相手の中に向かって伸ばす。横紋筋が相手の口内の全てを犯そうとばかりに動く。唾液は混ざり、吐息は相手に吹き込まれる。

 

 夜の静寂の中に溶け込んでしまうような熱く、そして甘い接吻は彼らにとって一つの行為に過ぎなかったはずだ。アサシンの身体の魔力を補充するためであり、それ以外の何ものでもなく、決してそのキスには感情はなかった。

 

 だが、それがいつからか二人の間に芽生えた。それは甘いキスとは裏腹に苦い想いでもあり、甘美で妖艶な夜には似合わない悲しみを二人に与える。

 

 このキスに感情は必要なのだろうか、なかった方が良かったのではないかと考えながらも、今の自分たちがこうしてここに心通じ合っていることを喜びとすることに変わりはなく、あることを悔やむよりあることを喜ぶのが結局のところ二人の間の共通の思いであった。

 

 辛く苦しいキスを何よりも続けたかった。この刻一刻と過ぎ行く時間さえも舐め回し、永遠というものをこの時間に濃縮させて全てを受け入れてさらけ出す。

 

 その短くも長い不思議な時間を共有した行為から二人はゆっくりと離れる。舌と舌に互いの粘液が混ざった橋が架かり、そしてすぐに落ちた。

 

 セイギはじっとアサシンを見て、甘い声でこう訊いた。

 

「—————魔力、吸わないの?」

 

 その質問にアサシンは何処か大人びた対応をとろうとしていた。

 

「さぁ、どうかしら」

 

 だけど、上手く返答できないからはぐらかすしか彼女にはできなかった。そして、セイギの顔を見れないのか、後ろを振り返る。

 

「今のはただのキス?」

 

 セイギは彼女を呼び止める。

 

 その呼び止めに彼女は後ろを振り向いた。もうその時の彼女はいつもの艶めかしく、どこか怪しげな姿をしていた。そして、人差し指を自分の中ふっくらとした赤い唇につけた。

 

「本気のキス、しちゃったら身体がとろけちゃうわよ」

 

 アサシンはセイギにそう言い残すと、ふっと妖艶な笑みを浮かべる。だけど、セイギはその笑みに動かされず、ただずっと彼女を見ていた。

 

「僕にとってさっきのは最初で最後のやつだと感じたよ。身体の芯からとろけてしまうように。嬉しいよ」

 

「あら?そう感じたの?私にはそうは感じなかったけど。あなただけじゃないかしら」

 

 アサシンはセイギを突き放そうとする。しかし、そんな彼女にセイギは変わらずの笑顔を見せる。

 

「だけど、僕はそんな真名のキャラを被ったアサシンを好きになったんじゃないんだ」

 

 陸から海に向かって吹く風が彼らのいる赤日山を通り抜けた。その風は髪を靡かせ、目に乾きを与え、服の裾を揺らし、心を震わせた。

 

「僕が好きなのは、アサシンってクラスに似合わないような無垢で柔らかくて温かい笑顔をするアサシンだよ。僕はそんなアサシンが好きで、今のその笑顔は見ていて凄く胸が苦しくなる。無理をしている姿を僕は見たくない」

 

 まただ。彼女はいつも彼に止まっていた時を動かされる。あの時死んだ命。これで三度目の現世。二度目のようなことは二度と起こさないようにと決めていて、だけどあのどうしようもない二人のためにアサシンの自分に戻ろうとして。

 

「アサシンは言ったよね。僕の笑顔が好きだって。なら、僕も言わせてもらうよ。君の笑顔が好きだ—————」

 

 だけど、セイギはそんな彼女をいつも彼女でいさせようとする。それが辛いことだと分かっていても、それでもアサシンの彼女を否定して、その中にある醜く弱いアサシンを肯定する。

 

 ああ、ダメだ。サビだらけ、潤滑油がなくて動かない彼女の機械の心が動き出してしまう。何にも動じない心が、生前の人の心へと変わってゆく。人殺しにまだ目覚めていなかった美しくも惨めなあの心になってしまう。

 

 それはダメなんだ。この世に未練など残したくないのに。

 

「—————だから、僕には笑顔を向けていて。ほら、そんな顔をしないでおくれよ」

 

 苦しい、辛い、痛い。変な気分だ。こんな気分はもう味わうことなどないと思っていたのに。

 

 その変わらない彼女の好きな笑顔は機械仕掛けの暗殺マシーンな彼女を人に仕立て上げる。

 

「うぐっ……、うっ……」

 

 嗚咽が漏れる。目から溢れ落ちるものはオイルでもなければ、返り血でもない。人の涙だ。

 

 心の底からこんなに感情が溢れたことなど二度目の人生でも、此度の人生でもなかった。懐かしく、新鮮で、恥ずかしくも、喜ばしく、彼女が羽織っていたさっきのベールは脱ぎさられ、最後に残ったのは人であった時の一人の少女。

 

「……うんっ」

 

 涙ながらに声を張り上げた。手で目をこすり赤く色付けながら、ぎこちなく、それでも美しい笑顔をセイギに見せつけた。

 

 彼女は嬉しかった。ただ単に、自分という存在を見てくれたから。

 

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。

 

 それ以外の感情などもう何もない。

 

 ただただ、嬉しい。それだけだった。

 

 好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。

 

 この人こそが、私にとって大切な魔術師(パートナー)なのだと—————

 

 だからこそ、生まれる欲望。

 

 彼女は彼と一緒にいたい—————

 

 聖杯にそれを願えば叶うだろう。

 

 だけど、それはできない。

 

 だって、彼女は四人の中で一番のお姉さんだから。これで三回も人生を歩んでる。二回は失敗だったけど、最後の一回は素晴らしく充実していた。たった一ヶ月間の人生だけど、自分という存在を肯定できた人生だった。

 

 セイバーたちに聖杯を譲る。

 

 苦しくて、辛くて、彼の笑顔を見れるのはあと何回だろうかと数えてしまう。

 

 セイギと二人で決めたことだけど、これだけは少しだけ駄々をこねてしまう。

 

 だけど、ここでその邪念を断ち切る。

 

「セイギ、私はあなたのことが」

 

 でも、きっと、この不条理で感情的な恋心は断ち切れない。

 

「—————好きよ。愛してる」

 

 この恋慕の情は永遠に続くだろう。

 

 だとしても、後悔はない。

 

 やることはやった。あとはただ敵を狩るのみである。

 

 その時、セイギはアサシンのその想いを踏みにじるかのように告げた。

 

「僕も君のことが好きだ—————」

 

 ああ。ダメだ。

 

 これはダメだ。そんなことを言ってはダメなんだ。

 

 そんなことを言われては、諦めきれなくなってしまう。

 

「もう、バカ……」

 

 その言葉はセイギに向けた言葉ではなかった。自分に向けた言葉だった。

 

 セイギがこういう奴だと分かっていたのに。だけど、そんな彼に告白をして、彼に返答されて、スッキリするはずなのに苦しくなっている。

 

 そんな彼に惚れてしまったバカな自分に向けた言葉だった。

 

 なんでこんな若い子に惚れたのか。何度も自問自答して、答えは得られない。

 

 得られたのは好きという想いだけ。

 

 彼の少し男の子っぽい声が好き。彼の優しい目が好き。彼の黒い眼鏡が好き。彼の白い肌が好き。彼の考えている仕草が好き。彼の食べている姿が好き。彼の寝顔が好き。彼の私を呼ぶ時の顔が好き。彼の魔術に対する真剣さが好き。彼の仲間を思う気持ちが好き。

 

 彼の怒っている顔が好き。彼の呆れている顔も好き。彼の私への笑顔が好き。彼の全てが好き。

 

 好き、好き、好き好き好き。大好き。

 

「大好きッ—————!」





暗殺者、人殺し。それでも、彼女は一人の乙女なんです。誰かに見てほしい、肯定してほしかった。そして、愛してほしかったんです。

まぁ、まだ真名は分かりませんが、彼女はそういう人です。

せめて、第二ルートで悲惨な目に遭う彼女にはいい思いをさせてあげたいと思い、書きました。


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また、一人ぼっちになった

 冬の寒気に犯された陸風が少年に当たる。彼の幼く小さな手は悴んでいた。指先の動きが自分の意思を無視しているようにゆっくりと遅くなっていく。冷たさで思うようにも動かず、手と手を擦り僅かな熱でも今の彼にとっては恩恵にも値する。

 

 隣を歩く彼の背の二倍はあろうかという巨人を横目で見た。今のところ彼の身体から熱気は放たれておらず、無駄な魔力の消費はしていないようだ。

 

 しかし、前までならこんな状況のとき彼の肩に乗り、冬の寒さを凌いでいた。バーサーカーのクラスのくせに、どうやら少年が召還したバーサーカーは狂化のスキルが低いようである。そのため、魔力の消費量は狂化スキルを持つバーサーカーにしては少なめで、常に全力を出し続けてマスターに多大な負担を与えることもない。それに、元々バーサーカーが英霊としては格が高過ぎたのか、力を器用に調節できたりもする。なので、いつも少年が肩に乗っているときは、彼の体温は人肌より少し暖かいぐらいだった。

 

 だけど、今はそんなバーサーカーの肩に乗る気になれないのだ。

 

 時折、大男はちらりと少年を見るが、少年はその行動に気付いていないふりをして前へと歩いていた。きっと、大男としては肩に乗らないという不自然さを気にしていたのであろう。そもそも言葉が通じないから少年の心のモヤモヤも理解することができず、それが仇になってさらに二人の間の溝は深まってゆく。

 

 バーサーカーのことを無視する少年はなるべくこの大男のことを考えないようにしようと思ってはいるものの、どうしてもあの瞬間の光景が目に浮かぶ。

 

 アサシンに命を狙われた瞬間だ。あの瞬間において彼は三途の河を渡りかけたと言っても過言ではない。それほどまでにあの瞬間はほぼ確実に死んでいた。

 

 しかし、あの時のバーサーカーはそれを否定したのだ。まるで少年が死ぬということを是としていないかのようだった。確かに彼のサーヴァントならマスターを守ることは基本である。それはバーサーカーも一緒であり、それができないと聖杯を掴むことは到底できやしない。もちろん、少年のバーサーカーも聖杯を掴むために守ったということもあるだろう。

 

 だが、あの時のバーサーカーは聖杯を掴むためなどそんなことを省いた、ただの純粋な守りたいという思いがあったように見られる。それは単なるマスターとサーヴァントという関係では得られない思いだった。

 

 あの瞬間は少年をつまずかせた。ただ貪欲に聖杯を掴みたがっていた少年が初めて周りを見た瞬間なのだ。

 

 単なる道具としてしか見ていなかったサーヴァント、そのサーヴァント自らが少年のことを守りたいと思ったのだ。それは不条理である。筋が通っていない。

 

 バーサーカーが嫌がっていても少年はそれを強要した。バーサーカーを道具のように扱った。聖杯のためなら、他を顧みない。それが少年だった。なのに、バーサーカーはそんな少年を自ら守りたいと。

 

 おかしい。実におかしい。そこに少年はつまずいている。

 

 いや、本当は気付いていなくもない。少年はこの歳で聖杯戦争に参加しているという時点で、まず馬鹿ではない。だから本当はなぜ自分が立ち止まっているかというのも分かるのである。

 

 ただ、彼の中にいるもう一人の彼はそれを分かろうとしない。その彼とはずっと一人で孤独という人生を歩いている少年だ。そんな彼は誰とも親しくなったことがないから分からない。誰かに守られたことのないから分からない。

 

 自分は誰かに守られたいと思っていることに。自分は誰かに守りたいと思われていることに—————

 

 少年は心のモヤモヤを抱えたまま、赤日山に着いた。バーサーカーはいつものようにと少年の指示を待っているが、その当人が一向に指示を出さない。そして、やっと少年が自分のサーヴァントに出した指示は意外なものだった。

 

「いいよ、好きにやって—————」

 

 まるで自分の務めを放棄したような投げやりな言葉。言葉を理解できないバーサーカーもその少年の雰囲気で何となく察した。

 

 バーサーカーは少年の顔を見る。少年の顔の周りには諦めという湿った空気が漂っていた。だが、バーサーカーは狂化のスキルを持っているため、彼のその姿がなぜそうなったか分からない。そして、分からないのに、その分からないを分かろうとする人間固有の知識欲がスキルのせいで湧かず、ただ分からないを漠然と受け取っている。

 

 また、少年も分からなかった。何故自分はここで彼に戦闘を放棄、全権委託したのか。ムキになったわけではない。怒っているわけでもない。ただ、何故かアサシン陣営と闘うという気が起きないのだ。

 

 そして、分からないので分かる情報と比べて分かろうとする。前はこうだったのに、と過去と比べて今を見る。少年もそうした。過去と現在を比べて分からないことを分かろうとする。

 

 彼の場合はバーサーカーへの態度と戦闘意欲に過去との違いがあった。前までのバーサーカーへの態度は横柄で常に自分が上にいるのだという認識があったが、今はそれがなくなったように見える。自分を守ってくれたことへの恩義なのか、そんな考えではなくなっていた。

 

 それに、戦闘意欲も以前よりがっくりと減っている。聖杯が欲しくないわけではない。ただ、戦闘をするというのが何となく彼にとって嫌なものとなっていた。前なら聖杯に近づくために敵を倒すことが最善だと信じて、それを積極的にやっていた。もちろん、今でもそう考えてはいるのだが、どうしても死が怖いのだ。死ぬということが、怖くなってきた。アサシンに命を狙われ、死ぬ寸前の瞬間を味わったからだろうか、彼は死にたくないと思っている。

 

 ただそれが何故、バーサーカーに全てを投げ出したのかには繋がらない。そして、その繋げた『何か』が何なのか、彼にも、そしてバーサーカーにも分からなかった。

 

 バーサーカーは動かなかった。少年の言っている言葉は場の雰囲気で察した。だが、バーサーカーはその少年のそばから離れることはしなかった。

 

「なんだよ。行けよ、さっさと」

 

 少年はそう言うと、バーサーカーに背を向けた。そして、自分の孤児院(いばしょ)に帰ろうとする。

 

 すると、どうだろうか。バーサーカーも彼の後をついてくる。

 

「ついてくるなよ。しつこいよ」

 

 冷たく突き放すように言葉を投げる。だが、それでもバーサーカーの足音が聞こえた。

 

「……お前どうせ叶えたい夢あるんだろ?なら、行けばいいじゃないか」

 

「タぁぁーーー、ダァあー……」

 

「僕はまだいいや。どうせ、また僕が生きている時に聖杯戦争はあるんだろうし。その時になったら、僕はきっと大魔術師で、僕の圧勝で聖杯を掴み取って、世界を壊してやる」

 

「ダたあァぁタ……タあダァ……」

 

「だから、いいよ。今回の聖杯はお前にやるよ。お前にやるから、必ず勝てよ。お前の願い、仲間を生き返らせることだろ?ほんとバカだよな。自分のせいで殺した仲間を生き返らせようとか。バーサーカーの名に恥じないほどの愚鈍さ」

 

「だァァだ、ダタあぁトォ……」

 

 帰ろうとする少年の背中を追うバーサーカーの声。意味不明で何と言おうとしているのか分からなかったが、少年にはその言葉が凄く耳障りに感じた。

 

「もう、何だよ、さっきからっ!だぁだぁだぁだぁうるせぇよ!」

 

 少年は怒鳴りながら後ろを振り向いた。その時、彼の目には大男のある姿が映った。

 

「ダぁど、たあド……」

 

 そう言いながら、バーサーカーは少年の前に手を出していた。大きな手を少年に向かって伸ばしていて、バーサーカーの口角は少し上がっていた。

 

「—————たたド……、たあと」

 

 達斗(たつと)。バーサーカーはそう言葉にしようとしていた。言葉にならない声で、精一杯彼の名前を呼ぼうとしていた。

 

 学習能力のないバーサーカーがマスターの名前を覚えていた。それは狂化のスキルがついたバーサーカーにとっては異常事態とも言える。それだけではない。本来なら、頭に思い浮かんだとしても言葉にするという知能さえも失っているはず。なのに、彼はマスターの名前を呼ぼうとしていた。

 

 差し出した手は握手を求めている。バーサーカーはいつもより少し笑顔で、少年を見ている。

 

 それはきっとバーサーカーなりの優しさなのだろう。心の中にある『何か』に葛藤している少年の少しでも負担を和らげるための握手だった。

 

 だが、少年は—————

 

「—————いらないよ、そんなんっ‼︎」

 

 少年の小さな手で大男の大きな手を叩いた。乾いた音が夜の空気に響く。

 

 バーサーカーは悲しみを帯びた表情をしながら、少年に叩かれた手をそっとしまう。そして、くるりと回れ右をして、赤日山に向かう。彼の後ろには歯を食いしばりながらうつむく少年がいた。少年は決してバーサーカーを見ようとしない。

 

「—————お前だって、どうせ他人じゃないか」

 

 少年の悲痛な心の叫びがふと漏れてしまった。しかし、バーサーカーは言葉が分からない。振り向くなんてことはなかった。

 

 少年は何故かそのバーサーカーの行動を見て、胸が苦しくなった。行ってしまえと言ったのは自分なのに、その自分がまるでこうなることを望んでいなかったかのようである。

 

 本当は行ってほしくなかった。振り向いてほしかった。自分が必要な存在なのだと教えてほしかった。

 

 だけど、心の空回りで素直に言えなくて、結局のところ損をして。

 

 バーサーカーの後ろ姿を見ていて、少年はこう言えばいいのに。

 

 行かないで—————

 

 その一言で彼は救われることだろう。一人ぼっちな存在から二人ぼっちの存在へと成り変わる。

 

 だけど、言えない。それはただ単に恥ずかしいから。自分がバーサーカーを突き放したのに、その自分がバーサーカーを呼び戻すなんておかしいように思えた。おかしくなくとも、そんなことを少年はできなかった。自分は魔術師だから、とそんな変なプライドが邪魔をしていた。

 

 冷たい風が陸から海へと吹いている。その風に彼は冷やされてしまった。

バーサーカー(温かい存在)がいなくなって、彼の芯まで冷え切った。

 

 そして、その時、初めて少年は分かった。

 

 自分の望みは世界を壊すことではないのだと。本当はただ誰かが隣にいてほしいだけなのだと—————

 

 最初は壊すなんてことを言って誰かに見てほしかった。誰も見てくれない、自分は一人ぼっち。そんな孤独から少しでも逃げ出したかった。聖杯に願うものはそんなもので良かったはずだ。なのに、いつぐらいからか、自分の力を過信して本当に自分は強い存在なのだと思えてきてしまった。

 

 違う。彼は弱い存在なのだ。誰かが隣にいてくれないとすぐに倒れてしまうような弱い存在。

 

 誰かに見てほしい。誰かにいてほしい。自分を一人にしないでほしい。

 

 そう素直に言えず、少年はまた一人になった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 密閉された空間の中で金属と金属が互いにぶつかり合う音が響いていた。鉄くずが地面には散乱し、足元には刃がそこらかしこに落ちている。その上で俺とセイバーはただひたすらに手に持つ剣を振り回していた。

 

「フンッ、ヤァッ!」

 

 セイバーは自分の宝具の剣(フロッティ)で飛んでくる鉄を叩き落としてはいるが、なんというかやっぱり剣技は下手くそである。こんな時に余計なことを考えているのもどうかと思うが、彼女は剣を扱うという意味での剣士ではなく、剣を鍛えるという意味での剣士なのだろう。

 

 だが、別にけなしているわけではない。むしろ、凄いとさえ思っている。

 

 俺は両手で持っていた剣を片手で握る。そして、腰に携えていた別の剣をもう片方の手で握った。一つはセイバーの宝具リジン。もう一つはアーチャーが使っていた、というより俺の家から勝手に持ち出した草薙の剣第二号である。両手に持っている剣はどちらとも彼女が鍛えた。つい先日のことである。俺がアーチャーのしっかりと鍛錬された剣術カッケェ〜って思ってたので、ノリでセイバーに二本の剣身の長さを一緒にしてもらった。

 

 その使い心地は申し分ないほどパーフェクトな出来前。握って剣を身体の前に出した瞬間、あっ、と身体が驚く。丁度いい重さ、しっくりと手に馴染む。まるで何十年も使い込んで、生涯を共にしているぐらい綺麗にはまった。

 

 剣先で弧を描くようにして自分に向かって放たれた剣を叩き割る。

 

 その時、直感的に感じてしまった。

 

「—————剣が輝いている」

 

 叩き割った剣の中からゆっくりと姿を現す鍛えられた剣は金属特有の光沢を満面に見せつけ、その振りやすさはまるで自分の身体の一部のようで、人を殺さぬため赤黒い血に染まることはない。

 

 剣という存在の最終形態のような姿である。そうふと感じたのだ。

 

 そして、また片方ずつ握られた剣で空を切り裂いた。グラムが放った剣はまた無惨にも壊されて地面にただの鉄となって落ちてゆく。

 

 その鉄くずの中で二本の剣を振る俺にセイバーは焦りながら声をかけてきた。

 

「イギャァァッ‼︎死ぬッ、死ぬッ‼︎」

 

 セイバーは必死に汗かきながら死に物狂いの形相で剣をただ闇雲に振り回す。緊張しているのか、それとも怖がりなのか分からないが、とにかくセイバーはお荷物になっていると確信した。

 

「セイバー、お前は自分の守りにだけ集中していてくれ。っていうか、それでも凄い心配なんだけど、大丈夫?」

 

「ダメに決まってるじゃないですか!やっぱりこんなの無理ですよ!見てくださいよ、この剣の数!」

 

 セイバーは指をさす。俺たちを囲むように剣は何百と展開されていて、地獄のような光景。三百六十度、剣先しか見えない。

 

「分かった。分かった。じゃあ、グラムには俺が切り込みに行くから、お前は俺の後ろにいろよ」

 

「わっ、分かりました」

 

 セイバーは俺の背中に自分の背中をつけ合わせる。

 

「じゃあ、行くからな。ついてこいよ」

 

 俺がそう言った瞬間、彼女向かって剣が飛んできた。彼女は悲鳴をあげながら、思いっきり自分の手に持つ剣をスイングさせて剣を弾き返した。

 

 のだが……。

 

 なぜだろう。俺の首筋に剣が当たっているのは。剣の刃が首に当たっていて、すぅっと首から血が一滴肩に向かって流れ落ちた。

 

「セイバー、お前の剣が俺の首に当たってんだけど、どういうことだよ。流石に俺がいるんだから、そんな大きく振るなよ。俺を殺す気かっ?」

 

「す、すいません!こ、怖くてっ‼︎」

 

「俺も怖いわッ‼︎」

 

 まったく、セイバーの下手さと実践慣れのしていなさには苦労させられる。しかも、グラムの攻撃から感じる圧倒的死の恐怖にまさかセイバーもビビるとは。

 

 だが、仕方ないっちゃ仕方ないのが現状だろう。だって彼女はアーチャーみたいに幾多の戦場を駆け抜けたこともなければ、鈴鹿みたいに人離れした剣技を習得しているわけでもない。ただの女の子なのだから。英雄の看板を背負わされている女の子なのだから。

 

 仕方ないっちゃ仕方ない。俺は男だから。か弱い女の子が背中で怯えていると、どうしても闘争本能というのか、生存本能みたいなのがフル活用できる。

 

「ムゥ、なぜか血が湧くな」

 

 武士の家系的にも俺はこういう性分なのだろう。めんどくさいと言いながらも、心の中では少しだけこんな状況を楽しんでいる。

 

 俺って狂人だなぁ。

 

 その時、アーチャーに一歩近づいたように思えた。

 

「こんな感じか—————?」

 

 両手に持つ剣を重力に任せる。両腕はぶらりと伸びきって、剣先は洞窟の地面に擦れる。息を吐いた。肺の中に溜まった空気を一旦吐き出して、新しい空気を取り入れる。

 

 アーチャーの剣術、まだ一回限りしかしっかりと見ていないけど、その一回は少なくとも俺とセイバーには濃厚な敗北の味を与えた。だからこそ、忘れられない。あの腕のしなり、スイングの速さ、体捌き、僅かに聞こえる呼吸音までも。

 

 剣が飛んできた。刺し穿とうとする剣を右手の剣で払う。続けざまにまた何本か剣を折った。

 

 足元には鉄くずが散らばる。暗い洞窟の中では煌めく美しくも危ない光である。

 

「足元、気をつけろよ」

 

「ハイッ!」

 

 俺の後ろにいるセイバーに声をかける。セイバーは背後から襲ってくる剣の群れを一人で対処していた。汗をかきながら、短い呼吸を幾多もして必死に剣を払い落としている。

 

「ヨウ、私は大丈夫ですから。先に行ってください」

 

 心配している俺に勘付いたのか、先に行けと急かしてきた。大丈夫かと声をかけようかと思ったのだが、頑張っている彼女に声をかけるのはどうかと思い、特に何も言わなかった。

 

 グラムとは五十メートルほど離れている。この距離だったらなんとかいけそうなものである。例え幾千もの剣が飛んで来ようと、所詮彼女は(グラム)を操るグラムでしかなく、言うなれば剣しか投げれない敵。攻撃パターンは投げるという一通りだけなため、それさえ対処できれば大丈夫なのである。

 

 今は彼女までの五十メートルには剣が俺たちの行く手を阻むように浮遊しているけど、それも壊せたらあとは倒すだけ。

 

「ぶった斬ればいいんだ」

 

 身体中の魔術回路を魔力が通るように開く。そして、魔力を全身に回す。手足の先まで力がみなぎってくるような感覚だ。

 

「—————解析(アナライズ)

 

 身体から大気中に向けて魔力を放出した。その魔力は俺の身体の一部のような状態であり、触れた物の物質構成、質量、密度、大きさ、色など何から何まで分かるのだ。といっても数値化するわけではない。ただ、感覚的にその物がどのような物なのか当てるだけ。

 

 正確ではない。だが、それでも今の俺には十分間に合っている。

 

「どこを壊せば良いのかすぐに分かる」

 

 俺は飛んできた剣の側面を左手の剣の先でコツンと叩いた。すると、俺を殺そうとする剣は目の前でパラパラと屑となる。

 

 俺はその要領で他の剣を片っ端から潰していった。ガラス細工のように簡単に壊せる。

 

 セイバーも俺のやり方を見ていて真似しようとした。きっと彼女もできるだろう。

 

 物には基本的に触れられただけで崩壊してしまうようなほど脆い点が存在することが多い。それは原子と原子の結合であったり、不純物が混じっていたりと、ある理由により極端に崩れやすい。そこを俺は突いていた。

 

 俺はできる魔術が強化と解析の二つあった。その内の一つである解析を使って、一つ一つの剣の脆いところをしっかりと突いていたのだ。

 

 セイバーにいたっては経験だけでやっている。それは鍛冶屋(セイバー)としての彼女だからこそできる芸当。目利き、空を切り裂く音などから判断しているのだろう。

 

 一歩一歩、グラムに近づく。その度にグラムの荒い息が段々と大きくなってゆく。

 

「なんで、何でお前らなんかが、私の力を凌駕するッ⁉︎」

 

「知るかってんだ。ただ、単調な攻撃すぎんだよ。もう見飽きたわ」

 

 また一歩一歩。着実に彼女との距離は狭まっていった。その距離は二十メートル。

 

 届く、しっかりと距離を詰めれば俺の剣が届くはずだ。きっとそれなら、彼女を確実に仕留めることができるはず。

 

 そう思って、降り注ぐ鉄くずを踏み潰してゆく。

 

 無限に現れる剣も対処方さえ分かってしまえばそう怖いものでもない。あとは根気だけである。

 

「来るなっ、来るなッ—————!」

 

 迫り来る死の恐怖を彼女は味わっていた。自分は悪くない。自分はこの腐った運命に巻き込まれただけであり、本当ならただの剣でいれたはず。神の気まぐれ、シグムンドの信念に携わりたくもなかったのに、そうしてしまったばかりに、今こうしているのだと。

 

 悪くなんかない。自分はただ運命からの脱却を願っているだけなのだ。

 

 だから、負けるはずがないのに。悪くないなら、負けるなんてことはありえない。

 

 負けない。でも、何故こうして自分の目の前にまで刃が迫り来ているのだろう。

 

 怖い、怖い、怖い。負けるというのが怖い。死ぬというのが怖い。

 

 何故恐怖を感じなければならないのか。その答えがまだ彼女は見つからなかった。だから、彼女はまだ運命が自分を弄んでいるのだと、そういうように処理をした。

 

 すると、どうであろうか。腹の底から溶岩のようにブツブツと煮え上がる音が聞こえるのだ。顔は赤一色になり、激昂してきた。

 

 全てを憎んでいる。ここまで彼女は聖杯を手に入れようと自分の力で頑張ってきたのに、運命は、人は、この男はその全てを破壊する気なのだと。

 

「嫌だ……」

 

 独り言のように小さな声で呟いた。歯を食いしばり、手をぎゅっと握る。現実を逃避する。

 

 だが、足音が聞こえる。自分(グラム)の残骸を踏みながら一歩一歩と段々と近づいてくる足音が。この空間の空気が彼女の心を揺らすように音を伝える。

 

 お前は負けろと、お前は死ねと、お前は終わりなのだと—————

 

「嫌だ」

 

 さっきよりもはっきりとした声。こみ上げてくる怒りが言葉に滲んでいた。息は荒く、握り拳からは血がポタポタと滴る。

 

 でも、声が聞こえる。二人が互いに協力しながら自分に近づいてくる音に。なんて仲が良いのだろうか。何故、同じ絶望の運命の中にいるはずなのにセイバーは笑顔なのか。どうして二人は自分の邪魔をするのか。

 

 自分は何がいけなかったの?

 

 そう自分に問いかけて、その答えが出てきた。

 

 その答えはとても現実的で、辛辣で針のように心を刺す。

 

 

 —————もう、死ねば?

 

 

 自分から諦めの言葉が出た。苦しみ、悲しみ、手を汚し、それでもここまで来た自分の苦労を奈落に捨てるような言葉。

 

 もう、彼女は耐えられなかった。

 

「嫌だぁぁッ—————‼︎」

 

 俺たちがあと数歩というところで、彼女は大声をあげた。耳を突くような高い声で怒りを表した。

 

 全てを否定する彼女。その彼女の無尽蔵な怒りはそのまま形となって具現化する。

 

 無数の剣が彼女の周りに現れた。それはさっきまでとは比較にならないほど多くの数であり、この洞窟を剣だけで埋め尽くすのではないかというほどだった。

 

 だが、驚くべきはその点ではない。幾万もの剣に囲まれた彼女の様子がおかしいのだ。まるで自我を失ったかのように、喚き声、呻き声をあげてもがき苦しんでいる。

 

「嫌ァ、嫌ァ、嫌ァァッ!」

 

 頭を抱えてのたうちまわる彼女。その彼女に俺とセイバーは恐怖を感じた。

 

「ヨウ、ここは一旦外に出たほうがいいのではないでしょうか?何か、物凄く嫌な予感がします。怖い、怖いです」

 

 セイバーの手は震えていた。

 

 俺はそのセイバーの言葉を信じることにした。

 

 俺とセイバーは急いで洞窟の外に逃げた。

 

「マァテェェ、マァテェェッ‼︎」

 

 のたうちまわるグラムは俺たちに手を伸ばす。だが、届くはずもなく、洞窟の中で彼女の叫び声だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、嘘だろ?」

 

 洞窟から出て、後ろを振り返った時自然と声が出た。

 

 ただ、足が震えた。そして、悟った。

 

 ああ、これは勝てないな—————



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めちゃめちゃ怒ってる

 アサシンは手を眼鏡のように丸くして、バーサーカーたちのやりとりを見ていた。そして、バーサーカーと少年は互いに背中を向け合うという陣営の崩壊が起きているということをリアルタイムでアサシンは知る。

 

「あらら?仲間割れかしら?」

 

「仲間割れ?それって、バーサーカーたちが?」

 

 アサシンは頷く。セイギはアサシンの話に対して半信半疑だった。

 

「えっ?本当に?」

 

「本当よ。だってあの男の子とバーサーカーの歩く方角が正反対なんだもの」

 

「いや、でも陽動みたいな作戦かも……」

 

「そんなわけでもないと思うわよ。二人とも歩く歩幅がさっきより少しだけ短いし」

 

 セイギは予想外の展開にほくそ微笑む。

 

「これは天が僕に味方をしてくれたのかな?」

 

「あんまり調子に乗ってると痛いことになるわよ。敵は一人だろうとサーヴァントなんだから、本気を出さないと」

 

 アサシンが警戒するのも無理はない。アサシンとバーサーカーの基本的なパラメーターでは圧倒的にバーサーカーの方が上だからだ。全サーヴァントの中でもダントツに高い身体能力を持つバーサーカーとの闘いが正々堂々の一対一ではあまりにも分が悪い。

 

 それにアサシンにはセイギもついているが、あのバーサーカーの能力と魔術師は相性が非常に悪いのもまた事実。詳しいことはよく分からないが、バーサーカーの黒煙は魔力を溶かすような力があるようで、魔術しか攻撃方法のないセイギにとっては不利なのだ。

 

 つまり、二人合わさっても勝てるかどうか分からない。いや、分からないなんてものじゃない。勝てないかもしれない。

 

 ただ、絶対に勝てないわけでもない。一応彼らにも秘策のようなものが幾つかはある。その内の一つはバーサーカーが魔力(ガス)欠状態になることだ。

 

 バーサーカーはそもそも魔力の消費が半端ない化け物だ。マスター殺しと言われても過言ではないほど。だから、長時間の戦闘はバーサーカーにとってはNG。そこを上手く突けば二人は勝つことができるだろう。

 

 また、今はバーサーカーのマスターである少年が戦闘から離脱した。それはつまり、バーサーカーが魔力の補充などできないということ。これによって格段に勝てる可能性は上がった。

 

 それでも、バーサーカーは侮れない。だって、英霊としての格があまりにも違いすぎる。

 

「世界に引導を渡す巨人、スルト。本気で殺らないと殺られるのは僕たちだからね」

 

「まぁ、私なんかよりバリバリ知名度高いし、英霊としての格も雲泥の差よ」

 

「アサシンはどちらかと言うとマイナーな存在だからね」

 

「どちらかと言うと、じゃなくて、普通に私なんかマイナーよ。だから、きっと知名度補正は私よりきっと多くかかっているはず。そう考えると、またさらに勝てる気が薄くなるわ」

 

 身体能力の差、能力の相性、知名度という言葉が二人の間を行き交う。そして、その度に気だるい雰囲気がその場を流れた。

 

「じゃあ、アサシンはバーサーカーの相手をお願いね。僕はこの山の所々に罠を仕掛けてくるよ」

 

「ええ、分かったわ。まぁ、勝てるか分からないし、多分私だけじゃ勝てないだろうけど、危なそうな時は助けに来てね」

 

 アサシンは物騒な、希望のないことを言いながら笑顔を作る。その笑顔はどうしても彼の心をさらって行く。

 

 でも、だからこそ苦しい。無事に戻れたこの後の日常にはもう彼女の姿はないということに。

 

「……しつこいようだけど、もう一度だけ聞いていいかい?」

 

「ええ、何度でも」

 

「その、アサシンは本当に聖杯を手にするつもりはないの?セイバーに聖杯を譲る気なの?」

 

 アサシンは笑顔のまま、コクリと頷く。彼女の黒い髪がふわりと揺れる。

 

「今ならまだいいんだよ。どうせ、アサシンが聖杯を得ても、これは聖杯戦争だ。誰も僕らを責めない。それでも、本当にいいの?」

 

「うん。十分楽しんだから。あなたに、みんなに会えて、私は凄く嬉しいの。私という存在が変わったような気がしたから。私を心配することはないわ。私の夢の一つはもう叶えられたから。それだけで大満足よ。もう一つの夢は諦めることにするけれど、それでいいの」

 

「でもっ……!」

 

「大丈夫よ。だって、私、みんなのお姉さんだから。だから、可愛い子達に聖杯を譲るわ」

 

 彼女はそう言うので、セイギはもう何も言えなくなった。例えセイギがどう思おうと、アサシンが決めた自分自身のことを彼がどうこう言って変えていいわけじゃない。ダメなのだ。それは絶対に。

 

 セイギは自分の溢ればかんばかりの欲を必死に抑え込む。聖杯を譲る。それはそう簡単なことではないのだ。

 

 セイギにだって欲はある。だけど、その欲はきっと今表に出してはならない。そしたら、きっと制御が壊れる。自分のしたいように、欲のままに動いてしまう。

 

「さぁ、敵が来たようね。私は下に降りるけど、セイギは上で待機してて」

 

 彼女はそう言葉を言い残して、その場を去った。彼はアサシンが去ったあとも、ずっと突っ立っていた。彼はまだ心の底で決心することはできない。親友(ヨウ)を選ぶのか、それとも想い人(アサシン)を選ぶのか。

 

 優柔不断。どうしても選べない。彼にとってはどちらも大切な人だから。

 

 彼は自分の両手を見た。開いて閉じて、開いて閉じてを交互に繰り返して、自分の手はまだ小さいなと感じる。

 

 彼は手が二個あるのに、一つのことしか選べない。お天道様がくれたら二つの手は、生憎ながら二つ選ぶという欲張りな選択を嫌うみたいだ。それは魔術師であっても一緒で、どちらかを選べばどちらかは選べない。

 

 皮肉なものである。自分は魔術師であると心のどこかで少し優越感を感じていた。普通の人ではないのだと。自分は特別な存在なのだと。

 

 だけど、結局は人という存在に縛られる。片方しか選択できないのは特別な存在であっても同じなのだ。

 

 それでも彼はぎゅっと力強く手を握りしめた。腑に落ちない所は幾らでもあるが、彼は自分を殺してアサシンの意思を尊重することを選んだ。

 

「これで……いいんだ……」

 

 吐き出そうなほどの反対意見を飲み込んだ。間違っていないと自分に暗示をかけて、この選択が正解なのだと思い込む。

 

 苦しみを抱きながら。

 

 

 赤日山の麓のところにはバーサーカーがいた。彼は身を刺すようなほど濃い殺気を放っていた。身体は熱気に包まれている。彼の周りには冷たい冬の空気との温度差により生じた湯気のようなものが立ち込んでいる。

 

「あらあら、殺気がプンプンする。頭がクラクラしちゃうわ」

 

 バーサーカーの背後から声が聞こえた。鋭い眼光で振り向くと、そこにはアサシンが鎖鎌を手に立っていた。

 

 バーサーカーはアサシンを視界に捉えると、獣のような咆哮をしながら彼女に斬りかかった。大きな剣を翳し、そして振り下ろす。しかし、アサシンはその剣を軽々と交わした。

 

「ちょっと、またいきなり攻撃?さっきの注意をちゃんと聞いてた?怒ってるからって、それはあんまり感心しないわよ」

 

「アが■■ギ■ぐ■■ンン■■■ん■‼︎」

 

 バーサーカーはアサシンの話を聞くことなく襲いかかる。巨躯をしながらも、身の動きは素早い。武というちゃんとした剣の型はないし、デタラメそのものだが、それでも一人の戦士として出来上がっている。剣の振り、足のステップ、身のこなし、身体の柔らかさ。デタラメのようで、しっかりとした動きは神代の時代の一角を率いていた者としての威厳のようなものでもあった。

 

 アサシンは止まぬ攻撃にしっかりと対処してはいるが、やはり英霊としての格の差なのか段々と苦しくなる。一旦、バーサーカーの攻撃から逃げようと大きくバックステップをとった。

 

 その時である。バーサーカーはその瞬間を狙っていたかのように、アサシンが開けた間合いを詰めてきたのだ。アサシンが彼の行動に対処しようとした時はもう遅かった。彼の持っている大剣でアサシンを薙ぎ払うように斬りつけた。

 

 アサシンはバーサーカーの異常な膂力によって数メートルほど吹き飛ばされた。なんとか攻撃を受ける際に鎌を身体の前に置いていたからか、致命的な損傷は防げた。

 

 だが、手元にある鎌の刃にはヒビが入ってしまっている。まだ使えないというわけではないが、もう一回ほど今のようなことになったら、鎌は使い物にならないだろう。

 

 アサシンは壊れかけの鎌に入ったヒビをそっとなぞる。そして、深くため息を吐いた。

 

「はぁ、そんなに怒ることあるの?そこまで怒らせたつもりはないんだけど」

 

 彼女はそう声をかけるが、バーサーカーは一切耳に入っていないようだ。

 

 獣のような雄叫びを夜空にあげる。その雄叫びはかつての仲間への鎮魂歌。

 

 その仲間への侮辱は彼にとっては最大の怒りの源なのだ。

 

「本当、過去に囚われるって良いことないわよ。まぁ、私も現世に執着してんだけどさ、あなた苦労人よね。運命に見放されて、それでも失ったものを取り戻そうとして。セイバーちゃんに似てるけど、ちょっと違う。彼女は必死なのだけど、どこか気の抜けた優柔不断なところがある。でも、あなたはそれがない。ただ一つの夢に向かって走っている。恋をすると盲目になってしまうみたいに、夢中になって、追いかけてだからこそ、あなたは余計に苦しくなるんじゃないの?聖杯を掴んだらバカンスでも楽しめばいいのに」

 

 彼女は続ける。

 

「自分の夢を実現するために奮闘するなら、心はきっと軽いでしょう。でも、誰かのための夢なのなら、それはきっと地獄のように辛いでしょう?」

 

 アサシンはバーサーカーを指差した。

 

「あなた、とても苦しそう。心がひどく泣いているわ」

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 アサシンとバーサーカーが戦闘を開始する約一時間前、セイギとアサシンはある場所に来ていた。そこは白い外装の神聖な場所。その外壁や門には十字架の紋章があった。

 

「ここが家陶達斗のいる孤児院で間違いないよね?」

 

「ええ、そのはずだけど、本当に大丈夫なの?」

 

「何のこと?」

 

「ほら、おびき出すって作戦よ。本当に上手くバーサーカーとグラムを引き離せるのかしら?」

 

 アサシンはセイギが思いついた考えの成功確率を見据えて、責任者に問う。責任者は気さくな笑顔を見せる。

 

「ハハハ。大丈夫だよ、きっと上手くいくさ。使い魔一匹はグラムに付かせているし、あの少年のことだ。きっと用心深い性格だから、この孤児院の中でひっそりとしているんだろう」

 

 アサシンはその説明に納得はできなかった。本当なのだろうかと疑問を抱くが、意味も無く何もしないよりは行動した方がマシなので、セイギの言うことに従う。

 

 アサシンはまたいつものようにセイギに魔力を送り込む。それはアサシンの気配遮断の恩恵が与えられた魔力であり、潜入前にこれだけは欠かせない。地味な能力だけれども、アサシンの持つ能力は凡庸性においては非常に秀でている。

 

 セイギにも気配遮断のスキルが一時的に付与されると、彼らは任務を開始した。見たところ、カメラや魔術による監視はされていないようで、堂々と正面の鉄格子の門から中に侵入する。真夜中による犯行である。きっと一般人ならこの二人の侵入には気付かないだろう。

 

 孤児院からいくつかの部屋灯りが暗い外を少し照らしていた。孤児院の先生がまだ起きているのだろう。でも、アサシンの気配遮断のスキルがあるからバレることはない。普通に隠れていればいいのだ。

 

 静寂の下、孤児院の中に潜りこむ。バーサーカーのマスターの居場所を突き止めようと、隅から隅まで探す。

 

 そして、見つけた。少年はいたのだ。そこはこの孤児院の中でも重要な礼拝堂だった。木製の長椅子がずらりと並び、前には演説台のようなものがあった。その上には白い十字架が掲げられている。少年はそのチャペルの中にいた。

 

 地べたに座り込み、荒い息を吐きながら、脂汗を首筋から流している。だいぶ、バーサーカーの魔力消費に憔悴しているようで、辛そうにしていた。

 

 少年は礼拝堂に入ってきた侵入者を見た。

 

「お前らは……」

 

 見られたくないところを見られてしまった。マスターが弱っていると他のマスターに知られてしまったのである。それは絶体絶命とも言えるような状況だった。

 

「な、何でお前らがここにいるんだよ?」

 

 地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がりながら尋ねた。

 

「君の叔母さん、市長さんに聞いたんだよ。君を預けた孤児院がここだって言うから。来てみたら、案の定ここにいたみたいだ」

 

「あのババア。なんてこと言うんだよ。それに、預けたんじゃなくて、捨てたんだよ。僕を」

 

 舌打ちをする。少年にとって叔母である市長の話はNGワードであった。嫌そうな顔をする。

 

 少年は辺りを見回した。絶体絶命なこの状況で、どこからどのように逃げられるのか小さな頭で必死に考えた。

 

 だが、それはセイギにはバレていた。

 

「ダメだよ。どこからも逃げられないよ。いやぁ、思慮深くて、手強いね。子供なのに。だから、考えを改めたんだ。子供だからって手は抜かないよ。ここに来て、君がいるって知ってすぐにここの周りに魔法陣を書き込んでおいた。だから、ここから君は出られないよ。まぁ、君のバーサーカーの力を使えば別だろうけど……」

 

「……けど、何だよ」

 

「使ったら、タダでさえカラっぽの魔力がさらに少なくなって、辛くなっちゃうね☆」

 

 セイギは残酷なことを笑顔で言いきった。少年を地獄に突き落とすような重たい一言を、真顔でもなく、怒りに満ちた顔でもなく、笑顔で。

 

「鬼畜が……」

 

 少年は悔し紛れに言う。今の少年は蜘蛛の罠に引っかかった小虫である。逃れることは困難で、逃れたとしても力尽きて倒れてしまうだろう。

 

「鬼畜だって?アハハハッ、そうだね、僕は非道で、優しさの欠片なんか少しもないね。だけどね」

 

 セイギは薄気味悪い笑みを怒りへと変えた。

 

「君、ヨウとセイバーに何をしてくれたんだい?アーチャーを殺してくれたし、そもそも赤日山で君が僕の命を狙ってた時、何も知らないヨウを殺そうとしたよね?あれ、まだすっごぉ〜く覚えてるんだ。何から何まで。だから、結構、怒ってるよ」

 

「うるさい!人殺しの弟子めッ‼︎あのババアも嫌いだけど、お前はもっと嫌いだッ‼︎僕からお母さんを奪ったクソ魔術師の弟子が偉そうなこと言うなぁっ‼︎」

 

 その瞬間、セイギは即座に手から魔力の塊の球体を作り出し、それを少年に投げた。少年は驚きながらもその魔力の球体による攻撃を防ぐ。

 

「あのさ、師匠は師匠、僕は僕だよ。まったく、お前らうるせぇよ。師匠が人殺しだろうと何だろうと、僕は違うでしょ?一々、グダグダグダグダと一緒くたにしやがって。いい加減うぜぇんだよ。手足切断して、口に手ェ突っ込んで、腸全部引きずり出すぞコノヤロー」




ま、まさか、セイギの堪忍袋の緒が切れると、ここまで怖いだなんて……。ガタガタガタ。

彼はそういうタイプの人です。怒らせたら怖いタイプの人です。


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少年の隣には

はい!Gヘッドです。

う〜ん、今年中に終わらせたい。けど、ビミョ〜な感じです。

まぁ、それはともかく、前回の続きです。はい。


 ある人はこう言った。伊場の魔術は魔術に準じていないと。またある者はこう言った。伊場は日本の魔術史が残した汚点だと。

 

 魔術の世界に入ってから、彼は色々な魔術師と出会ってきた。それは彼にとって、新たな魔術への布石となり、魔術への愛を高めていた。だが、彼の魔術の家系のことを知った瞬間、他の魔術師は彼には寄りつかなくなった。

 

 伊場の魔術は実に特殊で、魔術師たちにとって必要な存在であった。それゆえに地位はそこそこ高い。だから、当主と呼ぶには若すぎる年齢の彼でも、伊場の魔術師として日本の魔術協会の一席に座っている。

 

 だけど、彼はいつも白い目を向けられる。伊場の魔術師だからという理由で、彼はいつも居場所をなくす。

 

 その上、さらに先代の当主、叔父の理堂の力不足による前回のアサシンの暴走。それによって、さらに箔が剥がれた。

 

 彼は伊場の魔術を侮辱されること、叔父の理堂の悪口を言われるとひどく激昂してしまう。

 

 ただでさえ、親友のヨウとセイバーを殺そうとしたバーサーカーのマスターに怒りがあるのに、それ以上に怒りを塗り固めてしまった。そんなことになってしまった以上、いくら冷静なセイギでも平静を装うなんてことはできなかった。

 

「見事に君は僕を怒らせるマトを全て当てたみたいだ。だから、容赦はしないよ」

 

 発言通り、セイギは全力で少年を潰しにかかる。その隣にいるアサシンは深いため息を吐いた。

 

「はぁ、やっぱり、どこの時代の男の子もこうなのか〜。バーサーカーのマスターを結界の中に閉じ込めておけばいいものを、どうしてこう潰しにかかっちゃうかなぁ〜」

 

 アサシンは独り言を呟く。もちろん、血が上っているセイギにそんな独り言が聞こえるわけもなく、彼はどんどんと魔力の球体を量産してゆく。少年はそれに対処しようと所持していたありったけの形代に魔力を注ぎ込んだ。

 

 だが、その時、少年は思いもよらなかった事態に陥る。

 

「あ……れ……?」

 

 彼の手には四枚の白い形代が握られていたが、どうしてもその紙に魔力という名の命を注ぎ込むことができないのだ。注ぎ込もうとしても、額から汗が噴き出てしまう。

 

 そして、それはすぐに分かった。

 

 少年はもう魔力がほとんどゼロなのだと。バーサーカーを実体化させることはおろか、たった一枚の紙切れに魔力を注ぐことさえ無理なのだ。

 

 少年は尻餅をついた。もう立てないほど、体力を消費していた。息は荒く、手足は震え、目の焦点は定まらない。

 

 セイギは少年の目の前まで歩み寄る。戦闘態勢で、傍らには魔力の球体を浮かせている。

 

「安心してよ。確かに君には色々イラついてるけど、師匠がしたこともあるからね。別に目標はバーサーカーを倒すことであって、君を痛みつけることじゃない。だから、安心してよ」

 

 彼は笑った。えげつない笑みで、高らかな声をあげて、幸福を感じるかのように。

 

「すぐに楽にしてあげる」

 

 だけど、心なしか、どこかぎこちなかった。自分でそうあろうとするばかりに、その形に囚われてしまっているかのようであった。

 

 セイギは心の中で躓いていた。()()人を殺すのかと。

 

 揺れる心はそれを止めもせず、せかすこともしないアサシンには見抜かれていた。だけど、今さら止められない。

 

 彼は決めたのだから。親友に聖杯を渡すのだと。本当は残り二体のサーヴァントを倒さねばならない。だから、バーサーカーを倒すことは必須で、これは仕方がないのだ。

 

 倫理と使命感が互いにぶつかり合った。

 

 そして、彼は選んだ。

 

「死ね」

 

 最後の言葉を投げかけ、セイギは魔力の球体を少年に向けて放とうとした。

 

 これで終わる。人を殺すことへの恐怖が渦巻きながら、長かった聖杯戦争への思いも馳せていた。

 

 色々な感情をその時、ぎゅっと詰め込まれたかのようだった。

 

 誰もがここで終わる、そう思った。

 

 だが、その時だった。

 

「誰か、誰かいるのですか?」

 

 死を招いていた静かな礼拝堂に女性の声が響いた。怯えているのか、声は震えていた。

 

 セイギは後ろを振り向いた。それはそうするしかなかった。もし、この光景を見られていたらすぐにでも始末しなければならないからだ。

 

 振り向くと、そこにいたのは一人の外人女性だった。きっと、この孤児院の先生か何かだろう。その女性は暗くてよく見えない周りを見渡していた。手には懐中電灯があり、前方を照らす。

 

 その女性は目の前にいる一人の見知らぬ少年にライトを当てた。

 

「あっ、あなたは誰ですか?」

 

 セイギは見られた。聖杯戦争を知らぬ一般人に。

 

「アサシン!彼女をッ!」

 

 セイギはアサシンに命令する。アサシンは言われるまでもなく、彼女の首を狙いにいく。

 

 その光景を見た少年は大声をあげた。

 

「ミディスさん!逃げてっ!」

 

 だが、遅かった。アサシンは少年の声が届く前に女性の首の後ろに歯を立てていた。血を吸うように、魔力を奪い去る。魔力を吸われた女性はその場に倒れた。

 

 セイギはほっと胸を撫で下ろす。少し目撃されはしたが、その少しの出来事なので、誤魔化せる。貧血で倒れたときに見た夢だと言えば、どうとでもなるだろう。

 

 だが、セイギの後ろにいる少年にその光景はあまりにも鮮烈だった。自分の知っている誰かが倒れるということは少年にとってあまりにも刺激が強すぎた。

 

 少年はまた一つの恨みをセイギに覚えた。

 

 ここで逃げなければ殺られる。そんな思いがあったのかもしれない。だけど、それにもう一つの感情が重なったのだ。

 

 こいつだけは生かしてはならないと。

 

 何もできない少年はふと見つめる。それは自分の手に刻まれている赤い令呪。

 

「令呪」

 

 セイギは少年のとろうとしている行動に気づいた。すぐさま少年を殺そうとした。

 

 だが、遅かった。

 

「こいつを殺す力を、僕にッ‼︎」

 

 令呪に溜まった純粋な何色にも染まっていない魔力。その魔力はマスターが所持するサーヴァントへの絶対的な手綱であるが、少年はその手綱を自らに使った。

 

 令呪の力は強大だった。魔術を行使するのに慣れていない幼い身体でも並大抵の魔術師以上の魔力を彼は得たのだ。

 

 少年の魔力量が段違いに跳ね上がった。仕留め損なったセイギは少年と間合いを広げた。

 

「セイギ、油断したの?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……、運が悪かったんだ」

 

 セイギはちらりと倒れた女性を見る。

 

「大丈夫よ。殺してないわ。ただ、ちょっと精力をいただいただけよ」

 

「そう、ならいいんだけど……」

 

 倒れている女性は死んではいない。ただ、怒りを剥き出しにしている少年はそのことを知らないのか、殺意が溢れている。

 

 アサシンは少年に女性を殺していないと主張しようとしたが、あえてセイギはそれを止めた。

 

「こっちの方が僕的には殺りやすい」

 

 セイギは心なしかホッとしているように見えた。さっきまでは無抵抗に近い少年を殺すことに躊躇していたが、今はその少年が力でセイギを倒そうとしている。それはセイギにとっては願ってもないことだった。

 

 無抵抗な人を殺すという罪悪感から少しだけ逃れられるから。

 

「作戦を変更。僕は一足先に赤日山まで戻ってるから、アサシンはバーサーカーをゆっくりと誘導して」

 

「はいはい。分かりましたっと。じゃあ、それまで私は3Pしていればいいわけ?」

 

 アサシンの場を考えないボケにセイギは苦笑する。でも、セイギの心持ちを軽くするための言葉なのだと思うと、有り難く思う。

 

 少年はセイギが逃げようとしていると捉えた。

 

「待て!逃げるのかよ⁉︎」

 

「逃げる?僕が?そんなわけないじゃん。しっかりと倒すために準備するんだよ。それまではアサシンが相手するから」

 

 セイギはそう言い残すと、アサシンを置いてその場から去った。少年はセイギを追おうと、使役魔術で人の形をした紙に魔力を注ぐ。そして、その紙でセイギを追尾しようとした。

 

 だが、アサシンがその紙を全て払い落とす。

 

「もう、かまってくれてもいいじゃない。私がここにいるのに無視だなんて、ひどいわ」

 

「お前には用はない。僕が殺したいのは人殺しだけだ!」

 

 少年はセイギを人殺しと言う。その言葉に少しだけ彼女は許せないことがあった。

 

「ねぇ、あなた、人殺しって言うけれど、そもそもそれはセイギのせいなの?」

 

「知らないよ!あいつは親の仇の弟子!それだけで十分だろ⁉︎」

 

「そうかしら?師匠が人殺しだからって、弟子が人殺しだとは限らないわよ。それに、セイギはあなたが思っているような人ではないわ。確かに極悪非道に見えてしまうようなところもあるけれど、それには一貫した彼の友達への思いがあるの。そんなに友達のことを思える人って、素敵だと思わない?」

 

「何が言いたい?」

 

「別にそんな深いことを言いたいわけじゃないの。ただね、あなたは本当の殺人鬼ってモノを知らないのに、平然と口にしているのが気に食わないだけ」

 

 アサシンはゆらりと立つ。肩の力をちょっと抜く。そして、息を吸い、しっかりと少年の首筋を見ながら息を吐く。殺しの算段がつくと、ニタリと不気味な笑みを浮かべる。

 

「本当の殺人鬼ってどんな人なのか、あなたは知ってる?」

 

 アサシンの不敵な笑みに少年の背筋が冷たく感じた。攻撃に備えて、バーサーカーは傍らに現れる。大きな身体に隠れるように少年は後ろに下がった。

 

 だが

 

「何処を見てるの?」

 

 背後から声がした。振り向くとそこにはアサシンが少年の血を蒔こうと鎌を手にしていた。アサシンはそのまま怯む少年に鎌の刃を向けたが、バーサーカーはそれに難なく対応する。

 

 いつの間にか背後をとられていた。それは戦闘において死を意味することも多く、きっと今もバーサーカーがいなければ死んでいたはずだ。

 

 サーヴァントとサーヴァントの闘い。それにちょっと魔術を使えるだけの子供が入っては即座に殺されてしまうと理解してしまった。

 

 暗い礼拝堂を血で染めようと揺らめく黒い影。しっかりと捉えることはままならず、その不可思議な動きはバーサーカーさえも惑わせる。しかし、それでもバーサーカーの臓を包む金属のような厚い隆々とした筋肉は力づくでアサシンを払いのける。

 

 少年は刹那を紡ぐ攻撃の連打を短くも長いと感じてしまった。それは心の何処かに不安があったからだ。

 

 バーサーカーは強い。さすがサーヴァントの中でも身体能力は一と言えるだけはある。だが、アサシンだってサーヴァント。予測不可能な動きはバーサーカーを翻弄し、闇に紛れればいつ首を落とされてもおかしくはない。身体能力では劣っていても、アサシンはバーサーカーに劣らない強さを持っている。

 

 その強さが何なのか。少年には分からなかった。誰からも必要とされず、誰からも守られず、誰からも愛されなかった少年には分かるわけもなく、ただ二人のサーヴァントの闘いを刮目するしかなかった。

 

 アサシンはバーサーカーに攻撃を加えた。だが、またバーサーカーはその攻撃の隙にアサシンの脇腹に剣を叩き込んでこようとする。

 

「はぁ、全っ然当たらないじゃないの。やっぱりこれが格の差なのかしら?」

 

 アサシンは無惨にも瓦礫と化した礼拝堂の椅子に腰をかけてくつろぐ。依然として少年とバーサーカーの警戒は続くままだが、アサシンからしてみれば勝ち目のない闘いだと悟り、早々に諦めていた。

 

「別にそこまで気張らなくても大丈夫よ。もう、勝てないって知ったし、セイギが逃げる時間は稼いだつもりだから。というか、やる気無くしたっていうのが妥当なところかな?」

 

 殺る気の無いアサシンを目の前にして少年は少し拍子抜けした。てっきりセイギのサーヴァントだから、自分を本気で殺しに来ると思ったのだろう。だが、アサシンはむしろその逆で、それほど殺す気はなかったのだ。

 

 では何故なのか。少年はある疑問にぶち当たった。それはアサシンに殺されるかもしれないと思った時に、寒心したことである。だって、アサシンは殺すつもりはほとんどなかったはずである。隙あらば殺す程度であり、本気で首を狙っていたわけでは無かった。

 

 なら、何故怖くなった?アサシンと対峙した時、恐ろしく思えたのだろうか。

 

 それはきっと死ぬということに恐怖を覚えているからだ。

 

 だとしたら、さらにおかしいことに少年は気づいた。自分は聖杯戦争に進んで参加したのだ。その時に、もう死ぬことに恐れなど捨てたはずなのだ。

 

「死ぬことを恐れてない人を殺すのはいいけれど、まだ生きたいって言っている人を殺すのは気分良くないものよ?あなたは死ぬことが怖いんでしょう?」

 

「そんなことない!だって、僕は僕のことを見捨てたこの世界が大っ嫌いで、だから、何もかも変えてやるんだ!」

 

 少年はそう言うものの、もうその決まり文句はアサシンに飽きられていた。

 

「はいはい、分かりました分かりました。そうね、変えたいのね。でも、変えたいなら何故変えないの?」

 

「何のことだよ?」

 

「そのままの意味よ。世界を変えたいのでしょう?なら、まずはあなたの見える世界を変えてみなさいな」

 

 アサシンはバーサーカーのことを指差した。

 

「あなたには強大な力だってある。それさえあれば、あなたは世界を簡単に変えることができるわよ。そう、簡単なこと。殺し尽くせばいいじゃないの」

 

「そんなこと、できるわけないだろッ⁉︎人が死ぬっていうのはな……!」

 

「あらら?怒っちゃった?そうよねぇ〜、だって自分の命が危ないってときに、あの女の人のことを気にするほど優しいものねぇ」

 

「だって、それは……」

 

「だって?何がだってなの?あなたは世界を変えたいのでしょう?なら、命という命を絞り尽くせばいいだけじゃないの」

 

 アサシンの指摘に少年は何も言えなくなった。ただ握り拳を作る少年にアサシンは嘆息した。

 

「これだから、お子様は。自分の矛盾に気付いた?世界を変えたいなんて言いながら、そのための犠牲に怖気づいて。あなたはアーチャーを殺した。だけど、その女の人が死ぬのは嫌だだなんて、虫がいい考えね」

 

「うるさい!お前みたいな奴には僕の気持ちなんか分かんないんだ!」

 

「ええ、分からないわ。でも、それは私であって、あなたの隣にいるサーヴァントはどうでしょうね?そうでしょう?終焉の巨人、スルト」

 

 その言葉に少年は言葉をなくした。

 

「何故分かったのって顔してるわよ。まぁ、さすがに分かるわよ。だって、その名前は有名だもの。大英霊は数を数えるほどいるけれど、世界を終わらせた反英霊はそう多くはいないわ。それに、バーサーカーの熱い身体から、何となくだけど察しはつく」

 

「それだけで?」

 

「そう。それだけよ。それだけで充分よ。そんな名のある英霊を呼ぶことはそれだけのリスクがあるの。そんなことも分からないで、強そうだから召還したの?」

 

「違う。それは違う!」

 

「なら、何故バーサーカーを召還したのかしら?」

 

「それは……」

 

 少年は言葉が出なかった。ちゃんとした理由があってバーサーカーを召還した。だけど、その理由を言うとなると、どうしても素直に言えなかった。

 

「同じだと思ったから。きっと、スルトなら、僕の壊したいって気持ちに賛同してくれると思ったから……」

 

 それでも少年は心の内を明かした。別にここでそんな告白をする意味なんてないのに、心のドアが開いてしまった。

 

 アサシンは少年を憐れみの眼差しで見つめる。

 

「あなたは反英雄を何も分かってなんかない。何故、バーサーカーが破壊を好むと思っているの?」

 

「それは、世界を一度……」

「だからって、彼が破壊を望むと思って?」

 

 少年は知っている。本当はどれだけ自分がバーサーカーに無茶を押し付けているのかを。バーサーカーは本当は優しくて、少年が考えていたような英霊ではなかったことも。

 

 それでも、バーサーカーはこうなのだと勝手に決め付けて、結局マスターとサーヴァントの間には溝が生まれる。

 

 分かってほしいのだ。少年は自分のことを。分かりたいのだ。自分には誰かがついているということに。

 

 悔しかった。ひょいと顔を現したアサシンにまんまと自分たちの置かれている状況を見抜かれて、もがいて苦しんでそれでも聖杯を掴もうとしているのに、それを上から覗かれているような気分だった。

 

「あなたはハナから一人ぼっちよ」

 

 全てを否定された。

 

 その時だった。悔しさと現実に浸る少年の隣でバーサーカーはうめき声をあげた。

 

「■■■■■■‼︎」

 

 その野太いかすれた声は礼拝堂の壁を叩くぐらいの力強さがあった。声の振動がその空気全体に広がった。

 

 アサシンはバーサーカーに冷たい視線を送る。

 

「この子だけじゃなく、あなたにも言うことがあるようね。あなたは少し過保護なのではないのかしら?それは違うという叫びなのかもしれないけれど、少年は間違いなく一人ぼっちよ。あなたはそんな少年のそばにいようとしているのかもしれないけれど、その誰かのための行動はあなたには向いていない。あなた、とっても不器用だから」

 

 アサシンはそう言い残すと、礼拝堂の外へ向かう。

 

「もし、それを否定するのなら、あることを肯定することになる。それはあなたの過去の仲間の巨人が自らあなたの炎の中に飛び込んだということ。もちろん、そんなことはありえないし、考えにくいけど、もしかしたら仲間はバカだったのかもね」

 

 彼女は笑いながらバーサーカーのことを、彼の過去の戦火に散っていった仲間を侮辱した。

 

「■■■■■!」

 

 今度は怒りの雄叫びだった。人を殺さんとする形相を見て、アサシンは笑みを浮かべた。

 

「ウフフ。そんなに嫌なら私たちを追ってくればいいじゃない。仲間殺しの巨人さん」

 

 バーサーカーは飛びかかった。しかし、その時にはもうアサシンは暗い闇世の中に消えていた。

 

 バーサーカーはアサシンを追いかけようとする。

 

「お、おい。ちょっとどこ行くんだよ!お前が行ったって、僕の魔力供給がなきゃ、負けるぞ?」

 

 当然である。バーサーカーのクラスの性質上、特に魔力消費が激しく、マスターがいなければ一分としてまともに戦えないだろう。

 

 するとバーサーカーは少年の小さな胴体を掴んだ。

 

「何するんだっ!」

 

 少年は抵抗するが、バーサーカーは小さな抵抗を無視して、少年を肩に乗せた。そして、そのまま礼拝堂の壁を壊し、外へ出た。

 

 すると、外にはアサシンがいた。バーサーカーが外へ出るのを待っていたかのようである。

 

 バーサーカーはアサシンの姿を目にすると、すぐさま剣を振るが、アサシンは上手に対処した。

 

「もう、焦らないの。まったく。ほら、こっちよ、ついてきなさい」

 

 彼女はそう言うと、バーサーカーから近づかず遠のかずの一定距離を保つようにして赤日山へと向かう。仲間を侮辱されたことにより、理性が働いていないバーサーカーはそれが罠だと分かっていても、アサシンのあとを追った。

 

 つい三十分ほど前のことである。



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誰かに認められたかった

はい!Gヘッドです!

毎度毎度申し上げてる(かと思う)のですが、この物語では魔力=生命力ということで解釈してください。


 スルトは巨人族の中では少し異質な存在だった。殺し合いのことしか頭になかった他の巨人族と違い、彼は人と、神と話すこともできた。理性というものが著しく欠けている、バーサーカーという名にふさわしい巨人族の割に理性的で野蛮なこともしなかった。その上、他の巨人族の戦士たちでさえも太刀打ちできないほど比類なき力を持っていた。

 

 だが、幼い頃のスルトは今みたいにたくましい体つきをしていたわけでもなく、反大英雄と呼ばれるような素質は特に持ち合わせてなどいなかった。

 

 そんな彼はいじめられていた。巨人族の中では戦士こそが一番の地位であり、その戦士になれないような貧弱な巨人は周りから蔑まれるのが常識のようなものになっていた。

 

 スルトもその一員だった。子供の頃はいじめられ、悔しさを何度も噛み締めた。だが、彼はそれで巨人族を恨むようなことはなかった。自分が弱いからいじめられるのだと。巨人族の常識は悪くない。悪いのは弱い自分であるのだと。

 

 彼は鍛えた。己の肉を、骨を、皮を、臓を、精神を。戦士に必要とされる全てのものを欲しがり、そのための努力を惜しまなかった。その努力は日が東から昇り西に沈むのを何度見たかも分からない。長い長い永久に近いほどの時を自らの肉体に注ぎ込んだ。

 

 より強くなるため。そして、巨人族の戦士になるため。彼はその思い一心に身体を鍛え続けた。

 

 そして、いつしかその肉体は鋼になっていた。そして見渡せば、周りには仲間がいた。自分の努力に魅せられて仲間が一人一人と集まっていき、終いにはみんなが自分を認めていた。

 

 その時、巨人族の戦士、スルトが生まれた瞬間だった。

 

 彼はみんなから注目され褒められるのが極上の喜びと感じた。蔑まれていたスルトは認められるということに耐性がなかったがために、その喜びが彼の人生を突き動かすこととなる。

 

 彼はさらに肉体を鍛え始めた。もっと強い戦士になろうと。皆はそこまで強くならなくても十分強いと言うが、彼はそれだけに留まろうとはしない。より認められるために、より褒められるために彼はさらに肉体に鞭を打つ。戦士として強くなろうと。

 

 辛い日々を送る。戦士として強くなるための修行は過酷を極めた。その日々は彼の身体を傷つけてゆく。だが、周りの人たちの反応がそんな彼を癒すのである。そして、至福と感じ、また強くなろうと険しい道を行く。

 

 いつしか彼は国一番の戦士として名を馳せていた。山のように盛り上がった筋肉が鋼のような屈強な戦士のトレードマーク。幾千もの死を乗り越え、強い戦士にだけある傷跡という勲章。神よりも強い力を持つその戦士をみんなはこう言う。

 

 彼は強い。彼は国一番の戦士なのだ。

 

 だが、彼はふと思った。自分は確かに国一番の戦士だと。しかし、最強の、絶対に負けない戦士と言われたことは一度もない。

 

 彼は野望を抱いた。それはこの世界中で誰よりも自分こそが強くあろうと。

 

 そして時は流れ、いつしか彼は巨人族の長となっていた。それはもう誰もがそうなるであろうと思っていて、他の巨人族のみんなの意見であった。それに反対する者は誰一人としておらず、彼こそが巨人族を率いる戦士になった。

 

 だが、彼は諦めていない。自分が何よりも強くあるのだと。神がうじゃうじゃと普通にいる時代で、その神を差し置いて最強の存在であろうとしたのだ。

 

 でも、スルトは頭が良かった。すぐに戦を仕掛けようとはしなかった。いつしかきっと世界全てを巻き込む神同士の対戦が始まると読んでいた。その上で、わざと野望を懐に入れていた。

 

 自分が世界で最強の存在になるには、その対戦しかないと思ったからだ。

 

 そして、彼の読みは現実のものとなった。それほど時間も経たず、神族たちが自分たちのプライドを守るために戦い出したのだ。

 

 彼の待っていた世界を巻き込む戦争が起こった。

 

 巨人族はロキの陣営に加わった。

 

 スルトはこう考えていた。敵である神族を殺し、そのあとロキをも殺して自分が最強の存在であろうと。

 

 巨人族は神々に攻め込んだ。多くの神々を殺し、自らが最強の存在となるために。

 

 スルトはフレイと対峙した。フレイは神々の中でも猛者として有名だった。まずは全ての神を殺す前に手馴しをしようとフレイに挑んだ。

 

 しかし、手馴しであってもフレイは強敵だった。そのためスルトは負ける寸前まで追い込まれるが、彼はフレイの隙を見て、剣を奪い取ったのだ。武器のないフレイを前にして、スルトは圧倒的強者の快楽を味わい、殺した。

 

 フレイから奪い取った剣は彼に実によく馴染んだ。初めて手にしたはずなのに、なぜか剣が振りやすいのだ。それはきっとスルトの今までの努力が山よりも高く、星より高く、天よりも高いからだろう。剣はそれを見抜き、彼を担い手として認めたのだ。

 

 それからというもの巨人族の勢いは群を抜いていた。神族よりも巨人族のほうが何倍も勇ましく、ずっと血みどろだった。

 

 スルトはその光景に少しだけ胸を痛ませていた。だが、それが何故なのかはまだその時の彼には分からなかった。

 

 そして、戦いが巨人族の勝利へとなろうという時、目の前にはロキが現れた。ロキは戦争は終わったと言う。その通り、もう敵の神族たちはほぼ全滅であった。

 

 だが、スルトにとって戦争はまだ()()()()()()()()

 

 スルトはロキに襲い掛かる。自分が最強の存在であるために。

 

 しかし、ロキは強かった。あまりにも強すぎた。フレイがまるで簡単に折れる枝であったかのように思えるほどロキは強すぎた。それは天よりも高い努力をしてきたスルトを軽々と扱うほどに。

 

 悔しかった。どんなに頑張っても、自分はこれだけの存在なのだということに。結局のところ、神ではないのだから勝てるわけがないのだと。

 

 このまま負ければ自分は弱者だと罵倒されるだろう。巨人族の恥だと言われるだろう。

 

 辛い。辛い。誰かに認めてほしい。

 

 もっと力があれば、認めてもらえる。

 

 その時、声が聞こえた。

 

 力が欲しいかと。

 

 その声は剣からだった。その剣は最強になることを欲していた。強く、そして名のある剣になりたがっていた。

 

 そこに両者の利害が一致した。スルトもその剣もロキを倒し、より強い存在になるという思い。

 

 その思いがまだ見ぬ力を引き起こす。

 

 剣がスルトに全てを委ねると、スルトは徐々に身体が熱くなるのを感じた。全身の血が熱湯にでもなってしまったかのようである。隅々まで燃えるような感覚。じわじわと身体を蝕む痛みが彼を襲うが、強さのためならばとそれに歯を食いしばり耐える。

 

 そして、痛みが段々と失せてきたとき、彼は自分の身体の異変に気付いた。それは、自分の身体が黒炭になっていたのだ。燃えカスにでもなったかのように、真っ黒で硬い身体になっていた。

 

 それは巨人と神の力が合わさった結果だった。

 

 その力は凄まじいものだった。誰もが感じたことのない異質な力。神でさえもその力には無知で、謎の力の前に為す術なし。

 

 だが、初めてだからか、あまりに凄まじい力だからか、スルトは自分の力に押し負けた。意識がスッと何処かへ消え去ってしまった。

 

 それからどうなったかは知らない。自分がどうなっていたのか、ロキや仲間は何をしていたのか彼は知る由もない。

 

 何故なら、

 

 目が覚めた時にはもう彼以外、ほとんど命はなかった。目の前には黒く変色した土とメラメラと揺らめく炎が一面に広がるだけだった。

 

 きっと誰かいるだろうと仲間を探しに行く。だが、仲間は誰一人としていなかった。世界樹であったはずのところへ行こうと、巨人族の国であったはずのところへ行こうと、誰一人としていなかった。

 

 誰もいない世界に一人取り残されてしまった。

 

 その時、スルトは悟った。

 

 あまりにも強い力を得たばかりに世界はこんなになってしまったのだと。あまりに力を欲したがために誰もいないのだと。

 

 誰もいない世界。認めてくれる仲間たちを自分で殺してしまった。

 

 黒い巨人は焼土の地面に膝をつきうなだれた。強い戦士が大粒の涙をぽろぽろと流す。その流した涙は意味もなく彼の腕に落ちてジュワリと音を立てながら気化した。

 

 誰かに認めてほしかった。誰かに強いって褒められるのが嬉しかった。誰かに見てもらえるだけで幸福を感じた。

 

 なのに、その結果がこうだとは思わなかった。

 

 あまりにも強い力を得たせいで、仲間を、彼の世界を焼き尽くしてしまった。

 

 誰の声も聞こえない。自分一人だけになった世界。

 

 誰も褒めてくれない。自分一人で自分を評する。

 

 誰も見てくれない。自分はどんな奴だろうか。

 

 醜いだろう。おぞましいだろう。惨めだろう。

 

 戦士の生きる意味がなくなった瞬間だった。

 

 最期に彼は元凶となった剣の刃を自らの首に向ける。そして、カミソリで髭を剃るように彼は自分の首を刺した。

 

 そこで世界を焼いた反英雄、スルトが燃え尽きた。

 

 彼が聖杯に望むことはただ一つに過ぎない。それはかつての仲間を生き返らせることだった。

 

 自分のせいで死んでしまった者たちを生き返らせる。それだけが望みであり、それ以外のことを彼は欲さない。

 

 自分を見てくれる仲間が一番大切だともう気づいたから。その一番を取り戻すために、彼は聖杯を追い求める。その身体がまた燃え尽きようとも、彼がこの世に居続ける限り。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 バーサーカーの顔が赤い。興奮の度合いがマックスで今にでも脳の血管がはち切れそうだ。

 

 大きな騒音が太い喉から出て、巨人はまたアサシンに剣を振る。

 

「やん。もう、怖いっ」

 

 か弱い声とは裏腹に、空中で身をくるりと翻し敵の攻撃をかわす。

 

「あのね、私はあなたより身体小さいし身体も軽いんだからフットワークはいいと思ってるの。だから、そう簡単に攻撃を当てさせないわよ」

 

 アサシンは木の上に飛び乗った。山猫のように軽々と上へと上へと移動して、バーサーカーに一言。

 

「あなた、こんなことできないでしょ?」

 

 その一言の意味をさすがのバーサーカーでも分かったのか、バーサーカーは苛立ちのような雄叫びをあげる。そして、アサシンが乗っている木の幹を剣で叩き折った。

 

「えっ、嘘?それだけで怒ることある?」

 

 バーサーカーの膂力に大剣の重量を上乗せされたら木はまっすぐと立つことはできない。アサシンは倒れゆく木から他の木へとまた身を軽くして飛び移る。

 

「ほんと、怒りっぽい人は嫌いだわ」

 

 彼女は合掌をして一小節唱える。

 

「山よ、力をかしたまえ、この屍たる身に力を」

 

 彼女の魔術が発動されると、山々のありとあらゆる生命力が彼女に注ぎ込まれる。木から、草から、地から、動物から、大気から。ちょっとずつ力を吸い取り、力を高めた。

 

 彼女は取り込んだ魔力をさっそく使う。

 

「これで倒せたら楽なのだけれど……」

 

 彼女は右手をグッと強く握った。すると、あらかじめ設置されていた罠がバーサーカーに向かって牙をむく。鞭のような触手がバーサーカーに向かって伸びるが、バーサーカーは難なく対処する。その次に魔力が弾丸のように放出された。しかし、それもバーサーカーには特に意味のない攻撃だった。彼の熱い身体に触れた瞬間、魔力が一瞬で蒸発してしまったのだ。

 

「あらら〜、やっぱりダメか」

 

 頭を悩ませる。いくらバーサーカーがマスター不在だとしても、強者であることに変わりなく決め手に欠けていた。形勢的に見ればアサシンの勝ちとも言える状況だが、やはり勝つのでは意味がない。バーサーカーを殺さなくてはならないのだから。

 

 遠距離から罠だけでバーサーカーを倒したいというのが本望なのだが、それでは倒せるわけもない。やはり倒すなら接近戦しかないのだろうか。

 

 アサシンは鎌の刃を見る。刃にはヒビが入っていて、歪んでいる。斬れ味も前より格段に悪くなっているだろう。もう一度、バーサーカーの攻撃をまともにこの鎌で受け止めたなら、接近戦自体が難しい。

 

 だが、やるしかないのだ。チャンスは一回と考えた方がいいだろう。

 

 アサシンは木から降りて、構えた。バーサーカーもそれを見て剣を構える。

 

 両者が互いに相手の出方を伺う。冬の風が二人の間を駆け抜けてゆく。

 

 刹那に近い静寂のあと、最初に動いたのはアサシンだった。アサシンはバーサーカーに向かって走ってゆく。鎌でいつでもバーサーカーの首を切らんという意思が感じられる殺気を放つ。

 

 バーサーカーもアサシンが飛び込んでくるだろうと予測し、大きな剣を身の後ろにまで引いて構える。

 

 アサシンが飛び込んだ。バーサーカーはそのアサシンに向かって剣を横に振る。

 

 しかし、どうしたことかバーサーカーの剣はアサシンの身体に擦りもしなかった。しっかりと狙ったはずである。タイミングも良かった。きちんと相手を切ることができる位置で剣を振ったはずだった。

 

 だが、それはあくまでアサシンがバーサーカーを斬りつけようという時である。その予想が外れたのだ。

 

 アサシンをバーサーカーを飛び越えた。そして、バーサーカーに背を向けたまま、木々の中に潜っていった。

 

「うふふふ。やっぱり、こうするわよね。だって私、暗殺者(アサシン)だし」

 

 アサシンの声がする。だが、どこから声がしているのかさっぱりわからない。今、バーサーカーが立っている周りには木ばかりである。

 

 時間帯は夜、この状況下で木々の中に身をひそめる事などアサシンには朝飯前も同然だった。

 

 バーサーカーは姿が見えなくなった敵を追おうとしたが、さらに暗い林の中へ入ってしまっては元も子もない。

 

 林の中の闇に隠れるアサシン。色々な方向から彼女の声が聞こえてくるので、集中力が切れてしまう。

 

 彼女の一番得意とする状況が出来上がった。

 

「さぁ、楽しみましょう」




スルトの過去、若干改変しましたが、許してください。

スルトと少年の妙に似通った部分、それがスルトの優しさを生んでいるのかもしれません。


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やっぱりバーサーカー強い

題名そのまんまの通りの内容です。


 暗闇の中に潜む彼女を捉えることは不可能と言ってもいいだろう。

 

 彼女は山の中の英霊なので山での戦闘には圧倒的自信がある。バーサーカーは山の英霊というわけではない。ただ、純粋に強いというだけであり、この地形によって状況を有利にするという点においてアサシンより劣っている。

 

 その上、厄介なのがアサシンのクラススキルである気配遮断だ。この気配遮断は戦闘態勢でない時、自身の気配を悟られにくくする力で、その力が暗闇の中では飛躍的に上昇する。

 

 また、彼女は木から木に飛び移るとき、しっかりと木を蹴り飛ばして揺らしている。それにより、バーサーカーの周りの木が揺らぎ、何種類もの音が聞こえてくる。

 

 視覚的にも、聴覚的にも、第六感でも彼女を捉えることなどほぼ不可能なのだ。

 

 騒めく夜の林の中、木を蹴り飛ばす音とその木の幹がギシギシと鳴らす音しか聞こえてこない。暗闇の中に光があるわけもなく、無の世界でいつ来るのか分からない攻撃にビクビクと怯えることしかできない。戦闘態勢にならない限り、アサシンの気配を察知することもできないから、攻撃を繰り出そうとした一瞬でしか身を動かせなかった。

 

 だが、そんな一瞬でアサシンを自慢の大剣で叩き割るなんてことはできない。下手に攻撃しようとすれば、そのわずかな隙をアサシンは狙うだろう。だから、守ることしかできないのだ。

 

 木が強く蹴られる音がした。バーサーカーは勘で、攻撃が来ると予測する。音がした方向からアサシンは来るだろうと、防御態勢でアサシンの攻撃に備える。

 

 しかし、声が聞こえたのは背後からだった。

 

「残念、ハズレ」

 

 アサシンにしてやられた。わざと大きな音でバーサーカーを騙し、彼女自身はひっそりと静かに背後に回っていたのだ。

 

 バーサーカーは一杯食わされたと気づき、向きを変えて剣を構える。

 

 だが、そんなことをアサシンは想定済みである。

 

「私がそこまで見抜いていないと思って?」

 

 バーサーカーの背後、地面には札が落ちていた。その札に蓄えられていた魔力が急激に膨張し、爆弾のように破裂した。

 

 二重の囮。音で騙し、視覚で騙し、本命の符咒(ふじゅ)でバーサーカーを爆撃する。アサシンのシナリオ通り、上手く攻撃を浴びせることに成功した。

 

 だが、アサシンの顔は浮かない。難しそうな顔をする。

 

 それもそのはず、バーサーカーの身体は傷一つついていないのだから。

 

 アサシンの爆撃も結局のところ、魔力に依存した攻撃であることに変わりなく、バーサーカーにその手の攻撃は一切通用しなかった。それはバーサーカーの身体から放たれる熱が原因だった。

 

 炎のような熱気を帯びているバーサーカーの身体は魔力さえも溶かすほどの力を持っている。そんなバーサーカーに単純な魔力の爆発で攻撃したところで、身体に届くまえにその特殊な力により威力がゼロにされてしまう。

 

 アサシンはまたバーサーカーに攻撃を浴びせられるまえに、距離をとり暗闇の中に隠れた。

 

 予想はしていた。やはりあれくらいの爆撃ではバーサーカーの身体に傷の一つや二つを刻むどころか、そもそも届きやしないことぐらい。

 

 だが、やはりそれが立証されてしまうとどうしても辛いものである。

 

 バーサーカーを殺すには物理的な攻撃でなければならないらしい。そして、それはあまりにも不可能に近すぎるのだ。

 

 バーサーカー、身体能力はサーヴァントの中でも随一。そんな敵は、そこまで身体能力が高くないアサシンにとって天敵ともなりうる。

 

「こればかりはどうしようもない」

 

 それでも、やるしかないのだ。できなくても、やらなければならない。やってのけなければならない。

 

 アサシンには先手の権利がある。攻撃側に回ることのできるのだ。その状況を維持し続ければいい。

 

 まぁ、逆に言ってしまえば、アサシンにはそれしかない。それだけが今の彼女の取り柄であり、それだけで彼女は勝たねばならない。

 

 また違う方向からバーサーカーの身に刀傷をつけようと、暗闇の中を馳け廻る。各方向から囮の足音と木の軋む音を鳴らして集中力を阻害する。

 

 今度はさっきの逆のことをしてみる。バーサーカーに符咒を投げつけた。すると、能無しはその符咒に気を取られる。罠にかかったその隙にアサシンは背後からバーサーカーを襲おうと飛びかかった。

 

 その時、アサシンはふと悪寒を感じた。それは人として持つ第六感が作用した悪い予感である。まるで自分の見ている世界の色が全て黒く見えてくるかのように、不気味で彼女は何かヤバいと感じ取ったのだ。

 

(すごく、嫌な感じがする……)

 

 アサシンはこのままいけばバーサーカーの身体に大きな傷を一つ与えられるかもしれなかった。だが、彼女は彼女自身が感じた何かに従った。バーサーカーに彼女の鎌の刃が届くというところで、背後に退いた。

 

 するとどうであろうか、バーサーカーは自分の大剣を後ろを見ずに振り回したのだ。アサシンが背後にいるとは見えてなどいない。だが、もし彼女がそのまま突っ込んでいたら確実に当たっていただろう。それぐらい正確に彼女を捉えていたのだ。

 

 アサシンはバーサーカーのその行動に目を疑った。だが、現に目の前で見ているわけで、それはもう彼女にとって衝撃だった。

 

 彼女が唯一と言っていいほどバーサーカーに対抗できる武器である気配遮断がこんなに易々と見抜かれてしまうだなんてと歯をくいしばる。

 

 その行動はきっとバーサーカーの今までの戦いの経験から推測したものだろう。アサシンが気配を消していても、どこから彼女は自分を攻撃するだろうかという勘である。つまり、アサシンの気配遮断とはそれぐらいのもので容易く破られてしまうだけのものだったという証明になってしまったのだ。彼女は勘に負けたのだ。

 

 理由は単純だ。自分がアサシンということに酷く過信していたことが原因なのだ。

 

 力の差を見せつけられる。歴戦の猛者であるバーサーカーに一介の娼婦ごときが勝てるわけないと思い知らされる。

 

 やはり至極真っ当な戦闘では勝てない。苦しいながらも、自覚した。

 

 戦闘なんてやり方は自分らしくない。自分は自分らしく、我流を貫くべし。たとえそれが自分にとって一番に毛嫌いするものであっても。

 

 アサシンがバーサーカーにまた攻撃しようとしたとき、声が聞こえた。

 

「離れて、アサシン!」

 

 それは暗い林の中から聞こえたセイギの声。アサシンはその声に従い、後ろにステップする。

 

 すると、横から夜の闇には不似合いな眩い光線がバーサーカーを塗りつぶす。突如現れた光はバーサーカーを覆うと、形を変え鎖のような姿になる。鎖は何層にも重なり、檻のようにバーサーカーを監禁する。

 

 木々の奥からエッセエッセと息を切らしながらセイギがやって来た。

 

「目的地より結構ズレているじゃん。もうちょっと下の方で殺りあってほしかったんだけど」

 

「しょうがないじゃない。やっぱり、私にこのデカブツの相手は無理だわ」

 

「ええー、期待してたのに。あわよくば、アサシンがサクッと倒してくれたらなーって」

 

 他人事のように言うセイギ。当の本人であるアサシンはその言葉に若干の怒りを覚えたが、それでもここに来てくれたという喜びが勝った。

 

「ありがとう。助けに来てくれて。私一人じゃ倒せないわ」

 

「まぁ、二人でも倒せるか分からないけどね」

 

「……えっ?普通、こういうときに弱気なこと言う?」

 

「できそうもないことをできるなんて言わないよ。というか、勝てる望みは薄ッ薄だけどね」

 

「勝てる算段が整ったからここに来たんじゃないの?」

 

「いいや。アサシンが危ない状況だなぁって思って加勢に来ただけだよ。もちろん、戦ってくれてる間に、この周りに色々と罠を仕掛けておいたけど、やっぱりそれもどこまで通じるのか分からないから」

 

 セイギはとりあえず、アサシンの手をとった。彼女はいきなり掴まれて戸惑うが、セイギは喜ぶ様子はなく、むしろため息を吐いた。檻の中に囚われたバーサーカーを見て、何かを決心する。

 

「ハァ……、走るか」

 

 露骨に嫌そうな顔をするセイギ。運動が大の嫌いである彼にとって自主的に走るだなんて嫌悪対象でしかないのに。

 

 だが、今はそれしかない。それしか思いつかないのだ。

 

「えっ?走る?」

 

 突然、セイギが自分の手を掴んで走ろうとしているのである。まず、なぜそんな経緯に至ったのか分からないし、そもそもセイギと手を繋いでいる時点で頭が正常に回らない。

 

 セイギはアサシンの質問に「走っていれば分かるよ」とはぐらかすような返答をする。彼女は何故そうするのか分からないけど、一旦彼の言うことに従い、暗闇の中に向かって走り出した。

 

 すると、背後から声がする。雄叫びのような、呻き声のような太く低い声。そして、その声が段々と近くなってきた。

 

「壊されたな……」

 

 それはきっとあの光の檻のことだろう。つまり、バーサーカーが檻をこじ開けて出てきたということ。

 

 二人は逃げるが、バーサーカーはその後ろを追いかけてくる。今にでも追いついてしまいそうな速さで木々をなぎ倒しながら進むバーサーカーはもうすぐそこまで来ていた。

 

 セイギはくるりと百八十度右に回って、合掌した。

 

「まぁ、アサシンが頑張っている間に僕は僕にできることをしたから、その頑張りを是非身体で受け止めてほしいね」

 

 バーサーカーが彼等の前に姿を見せたとき、セイギは身体から魔力を発した。血脈を通り、大気に伝い、そのオーラは罠の起動装置に触れた。

 

 光の球弾が暗闇の中から放たれた。バーサーカーはその球弾に即座に反応する。剣で光をかき消した。

 

 だが、そんな単発な罠をバーサーカーに仕掛けようと、上手くダメージを与えられるわけないのは百も承知。

 

 セイギは賢い。だから、それだけでは終わらせるわけもない。

 

 今度はバーサーカーの足元が爆発した。これも魔術を施されたトラップである。もちろん、そんな攻撃はバーサーカーにとっては蚊に刺された程度。

 

 次にバーサーカーを囲む木の幹から直線的な光線バーサーカーめがけて放たれた。的はバーサーカーの心臓である。その魔力の威力も熱い身体の前ではほぼゼロに等しくなる。

 

 それでもさらに罠はバーサーカーを襲う。爆発、誘爆、砲撃、束縛とありとあらゆる罠をそこらじゅうに仕掛けていて、ことあるごとに罠に嵌める。

 

 また魔術だけではない。落とし穴に落としたり、木を倒してぶつけたり、時にはアサシンの力により敵の背後をとったり。

 

 やれることなら何でもやる。どんなにちっぽけな攻撃でも、魔術師として嘲笑われる戦い方でも。

 

 貪欲にバーサーカーを倒すことを求めていた。

 

 セイギの息のリズムが段々と小刻みになってゆく。心臓のビートが彼を打ちつけ、冬の外気に包まれた身体はバーサーカーに負けず劣らず熱い。

 

 アサシンにも彼の頑張りようが伝わっていた。それは彼にしては少し異様でもある。

 

 セイギは基本的に運動が嫌いだ。そもそも、運動神経とか筋力とかセンスとか、そういう根本的なところで躓いているので嫌いなのだ。それに、性格も全然ストイックなんかじゃない。好きに、自由に一日を謳歌したいのだ。

 

 だから、何かしないといけないとなっても、彼から自発的かつ積極的にするだなんて彼にとってはありえないことなのだ。

 

 そんな彼が今、アサシンの手を引いて走っている。それは彼らしくない行動なのだ。

 

「セイギ……、あなたは……」

 

 呼吸の乱れていないアサシンがセイギに話しかけようとしたが、セイギの剣幕から彼の必死さは窺えたので、そのあとの言葉をしまった。

 

 だが、セイギは振り返った。

 

「んっ?何ッ?」

 

「あっ、いや、何でもないの。ただ、あなたらしくないなって思ったの……」

 

「そうッ?……ハァっ、まぁ、僕らしくないかもね」

 

 途切れ途切れの言葉。走りながら、今の自分が自分らしくないと言う。

 

「でも、僕がこんなことしなかったら、アサシンは何をしてた?」

 

 それはアサシンの心の中に響いた。まるでセイギに自分の心の中を見透かされているかのようだったから。

 

 もし、セイギが来なかったら、アサシンは一人でバーサーカーを殺そうとしていた。もちろん、気配遮断が通じないことぐらい分かっている。それでも、アサシンはバーサーカーをある方法で殺そうとしていた。それはもっともアサシンらしい殺し方であり、彼女が一番に嫌悪している殺し方だった。

 

 セイギはそれを止めたのだった。彼らしくない、その行動の理由は彼女らしい殺し方を止めたい一心だった。

 

「嫌だと思っていることをやろうとしなくていいよ。確かに、罠の準備には少し時間がかかっちゃったけど、何で一人ですべてやろうとするのさ。辛いなら少しは僕にまかせてくれてもいいんだよ」

 

 アサシンはセイギが何かヒドイ目に遭うのなら、自分が犠牲になろうと思っていた。それは彼は今を生きている存在であって、自分は違うからだ。

 

 だから、最後はセイギに迷惑をかけることなく、静かに終えようと思っていたが、それをセイギにこんな風に止められるとは思わなかった。

 

 とことん邪魔をしてくる。セイギのためにしようとしていることを、彼が止めてくる。

 

「ほんと、嬉しいのか悲しいのか。よく分からないわ」

 

「大切に想ってるってことだよ。喜んでほしいな」

 

「喜べないわ。いつ死んでもおかしくないこの場で、喜べると思う?」

 

 そう言いつつも、彼女の笑顔は喜びにあふれていた。

 

「さてと……」

 

 彼は轟音が鳴る方向へと視線を移した。

 

 今こんなにもイイ感じの雰囲気なのに、それを一切考えずに喚き暴れる大男を成敗しなければならない。

 

「ざっと、この山に二百ほど罠を仕掛けたからね。それ全部を発動したら、さすがにケガの一つや二つは負うでしょ?」

 

 二百の罠をアサシンとバーサーカーの交戦中に仕掛けた。それすべてをセイギは合わせる気なのだ。運良く、バーサーカーは能無しなので、罠があると知っていようが知らまいが、逃げている敵を見たら追わずにはいられない性分。これほど罠に引っ掛けやすい奴はそうそういない。

 

「あとは罠すべてを浴びるように、僕たちは逃げ回るだけなんだけど」

 

 彼の口がピクピクと動いている。

 

「アサシン、もう僕、走れなさそう」

 

「ええっ?嘘っ?」

 

 嘘などではない。セイギの足はもうガクブルと震えている。決してバーサーカーの力に恐れ(おのの)いたわけなどではない。

 

 ただ、ただ、ただ。

 

「純ッ粋に疲れた」

 

「嘘でしょ……?」

 

 セイギはただひ弱なだけなのだ。

 

 まず、足場がしっかりと舗装されていない土で林の中をアサシンの手を引いて走っていたが、そんなことをセイギにやらせてはいけないのだ。筋力が女子並みのセイギはそれだけでほぼすべての体力を使い果たしてしまう。

 

 それに、そもそもセイギはここまで自転車を漕いでここまで来たので、その分の疲労も充分に回復していない。ただでさえない体力をガンガン使ってしまったのだ。

 

 つまり、簡単に言えば、セイギはもう走れない。

 

 なので—————

 

「やっぱりこうなるよね……」

 

「何でセイギが落胆してんのよ!私の方が悲しいわよ!普通こういうのって男の人が女の人にするものじゃないのっ⁉︎」

 

 それはカッコよくて、背も高くて、爽やかな男性が可憐で、背が小さくて、か弱い女性にするあの運び方。

 

 アサシンの腕の中にセイギの丸まった身体がある。ぶらりと腕と足を垂らすセイギはアサシンの鼓動を直に感じていた。そう、それは例のアレ。

 

 お姫様だっこ♡。

 

 だが、二人は恥じらいながらも喜ぶどころか、不機嫌そうな顔である。

 

「何で私がセイギを抱えないといけないの?」

 

「何で僕がアサシンに抱えられないといけないの?」

 

 二人とも深いため息を吐く。

 

 だが、しかし、それはしょうがないことなのだ。マスターからの魔力供給のないバーサーカーにすべての罠を浴びせて、少しでも敵の体力を減らすために。

 

「なんか、こんなことするなら、バーサーカーに罠浴びせなくてもいい気がしてきた」

 

「そ、それはダメよ!」



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妖艶な彼女と醜悪な彼女

※注:今回の冒頭、いきなりセイギくんが○○してます。汚いです。許してください。


 暗い夜の林の中、冷たく手を悴ませる生き物嫌いな風が林の間を駆け抜けていく。その間には一人の少年が禿げた木の幹に手をつけて、俯いていた。

 

「うォォェっ!ゲボッ、ゲボッ、ゲボロゲボロゲボロ……」

 

 不潔な効果音。アサシンがいちごジャムと納豆を混ぜたような色の液体を口から出すセイギの背中を優しくさする。

 

「まさか、ここまでセイギが運動に対して壊滅的だっただなんて、一切思わなかったわ」

 

 とんでもないほどの運動のできなさにアサシンは呆れるしかなかった。

 

「僕だってできるなら普通になりたいよ。でも、それが簡単にはいかないんだなぁ……」

 

 彼はそう言ったあと、また喉から逆流させた。

 

 アサシンはこんな汚い場面に遭遇しているのに少しだけ気が緩んだようにも感じられた。

 

 バーサーカーに追われているというのに、どうしてこうもセイギはあの背筋を凍らせるような張り詰めた空気を変えられるのだろうかとアサシンはふと疑問に思った。

 

「セイギは怖くないの—————?」

 

 ふと、心の声が出てしまった。セイギはその質問にきょとんとしている。

 

「怖いに決まってるじゃん」

 

 なんとも平凡で、予想を裏切るような言葉だった。

 

「そりゃ、怖いよ。だって、バーサーカーだよ?凡人とは別格の存在、英雄の中でもトップレベルの化け物だからね?そんな相手に戦いを挑んでいる時点で死んだも同然でしょ」

 

 彼の顔が変わった。息を整え、またバーサーカーのいる方に身を向けた。

 

「でも、やらないといけないから。ヨウとセイバーのためにやるんでしょ?あの二人にはさすがにバーサーカーと戦うのは荷が重すぎるよ。なら、僕たちが二人の背負ってる分を背負わないと」

 

 しんみりとしたその言葉はアサシンと、言葉の主であるセイギの心を穿つ。

 

「そう決めたんでしょ?」

 

 アサシンはこくりと頷いた。

 

 それでもやっぱり二人は何処か腑に落ちないところがある。

 

 別に自分たちが聖杯を得るわけではないのに、何故バーサーカーと死闘を繰り広げているのかといったところ。

 

 もちろん二人ともヨウとセイバーの力にはなりたい。だが、だからと言って、聖杯を渡すことに関しては心の隅では少し疑問に思ってしまう。

 

 あの二人は助けたい。力になることができるのなら、少しでも力を分け与えたい。それで彼らの夢が叶うなら。

 

 だけど、今まで頑張ってきた分はどうなるのだろう。自分たちが聖杯に望む願いはどうなるのだろう。きっとそれは過去にあったという存在だけになってしまって、実現というものにはならない。

 

 多分あの二人は自分たちの辛さに気付いていない。いや、別に気にしてほしいわけではない。でも、このまま気付かれないであの二人の夢を叶えたら、損得感情で考えるとどうしてもストンと胸の中に落ちない。

 

 損得感情で考えるなと言ってしまえばそれでおしまいかもしれない。ただ、果たしてそれをこの場で見出せるのかと言われればそれは決まっている。

 

 辛いんだから、何かほしい—————

 

 人間だから。他の動物よりも脳が発達していて、高度な計算能力とかがあるから、どうしても考えてしまう。人間として生きる上でどうしても必要なものが今回ばかりは邪魔をする。

 

 簡潔に言うと、バーサーカーとの戦闘は、アサシンの死は自分たちにとってなんの得もない。あるとすれば、それは生者(マスター)死者(サーヴァント)の決定的な別れの起爆剤である。今を生きているセイギと過去を生きたアサシンのこの関係を強制的にでも終わらせるという意味でしか二人のためにはならない。

 

 そして、それは二人の未来にとって望ましい形であり、今にとっては望ましい形ではない。少なくとも喜びは二人の中に生まれることはないだろう。

 

 つまり、実質的に得はない。未来を見据えてなら得はあるかもしれないが、現在のことだけ考えると意味もなければ恩恵もない。

 

 戦う意味を見失うのは至極当然のことであり、もちろんセイギもアサシンも予想はしていた。

 

「まぁ、やっぱり、口ではどうこう言っても簡単にはできないよね。誰かのために自分の幸福を削るだなんて。何処ぞの英雄ならまだしも、僕はただの魔術師だし」

 

 セイギは自分の口のふちに付いた汚物をそっと手で拭いながら歩き出した。

 

「アサシンは失いたくない。正直言ってセイバーを捨ててでもアサシンを選びたい。だけど、アサシン、君が言い出したんだ。セイバーちゃんを救おうって。僕はそれに従うよ」

 

 迷ってる。それでも、セイギはアサシンの言葉を尊び、それに従う。アサシンがそれを望むなら、彼は自分の本当の望みさえも捨てる気だ。

 

「それに、ヨウは友達だし。友達の笑顔も見たいよ」

 

 気さくに笑った。それが今の彼にできる精一杯の強がりだった。

 

 その笑顔につられて、アサシンは何かを見つけ出したようにホッとした。そして、彼女はやんわりと穏やかな笑みを見せる。

 

「ええ、そうね。私ったら、何を考えているのでしょうね。自分で決めたことなのに。ごめんなさい。気が錯乱してしまったわ」

 

 そう。彼女は何故セイバーに聖杯を譲るのか。

 

「私はもう十分幸せってものを味わったわ。もう本当、お腹いっぱい。昔はあんなに飢えてたのに、今はちょっと飽き飽きするくらい、幸せ。幸せの笑顔ってこんな風に作るのね」

 

 彼女はもう幸せを掴み得た。聖杯を得なくとも、とっくのとうにそれと同等、いやそれ以上のかけがえのない幸せを得ていた。

 

 欲張らない。こんなに幸せな自分がさらに幸せを得るなら、セイバーに渡そうと。それが彼女の思いだった。

 

 戦う。それは幸せが詰め込まれた二人の最後の共同作業となる。

 

 バーサーカーの唸り声が聞こえる。もう二人との距離はそう遠くない。これならあと数十秒後には二人に追いつくだろう。

 

 バーサーカーが通る場所の所々に罠を仕掛けたが、そのどれもが大した功績もなく無惨に破壊されただろう。二十パーセントほどしか残っていないと推測できた。

 

 どうしようか。さらに罠を増やそうか。いや、そんなことしてもどうせすぐに壊されるのがオチで、なんの意味もなくセイギが無駄な魔力消費をする。

 

 なら、闇に紛れて影からあの大男の首を狙おうか。いや、それも現実的に無理だろう。さっきその攻撃で何度も失敗しているし、繰り返し同じことをしていたら、さすがの狂戦士(バカ)でも気付くだろう。

 

 とすると、やはり一つしか道はない。それは正攻法、正面突破。さっきのバーサーカーとアサシンの一対一なら勝ち目はほぼゼロに等しかったが、今はセイギもいるし幾分か可能性はあるだろう。

 

 まぁ、それでも今のままでは十パーセントほどの確率しかないのだが。

 

 なら、勝てるようにどうにかしなければならない。だが、どうすればいいのか。

 

 その時、アサシンがセイギにあることを提案する。

 

「ねぇ、セイギ、良いこと思いついたのだけれど、良いかしら?」

 

 不敵な笑みを浮かべる彼女。その姿はセイギに不安感を覚えさせた。

 

「あれ、やっても良いかしら?」

 

「あれ?あれって……あれのこと?」

 

「そう。令呪を一画使うことにはなるけれど、バーサーカーとも対等に渡り合えるはずよ」

 

 アサシンの変わらぬ笑顔は晴れ晴れとしたものだった。

 

「でも、それって……、アサシンは嫌じゃないの?すごく嫌だって言ってたから……」

 

「そりゃぁ、あの姿の私は嫌いよ。醜いし、自分が自分でなくなりそうな自我に襲われるし、人殺しの快楽全開だし……。でもね、あれしかないの。あれなら、バーサーカーをやれるかもしれない」

 

「アサシンは、アサシンはどうなっちゃうの?それをした後、アサシンはどうなるの?」

 

「此の期に及んで私の心配?大丈夫よ、何とかなるわ。私はあの頃の私じゃないから、ちゃんと制御できるわ。まぁ、もし、できなかったなら、残ったもう一画の令呪で……」

 

 彼女は自分の首に手を当てた。

 

「—————私を殺してちょうだい」

 

 その縁起でもない言葉にセイギは身の毛がよだった。

 

「……ちゃんと、制御できるの?」

 

「多分、できると思うわ。と言っても、この現世に召還されてからはまだ一回も試したことなかったから、確かなことは言えないけれど……」

 

「そんなッ⁉︎そんなんじゃダメだよ……!」

 

 必死に反対するセイギ。それは全てアサシンのためである。

 

 だが、アサシンはそのセイギの肩に手を置いて、こう言った。

 

「大丈夫。私を信じて—————」

 

 その言葉にセイギはもう何も言えなくなった。

 

 不安が取り消されたわけではない。彼女がどうなるかわからない。

 

 だけど、はっきりと言われてしまったら何も言い返せない。

 

 彼女が決めたことだから、彼はもう何も反対できない。

 

 苦しくても、怖くても、彼女の意思を尊重する。

 

 それこそ彼が彼女にできる唯一のこと。

 

 心の底では思っている。やめてほしいと。

 

 でも、彼はこう言うしかないのだ。悔しく歯を食いしばりながら、自分に力がないばかりに彼女がそんなことをしなければならないのだと自覚をして言う言葉。

 

「……分かった」

 

 そして最後に、相手を不安にさせないようにとするぎこちない笑顔。相手にはバレバレなのに、どうしてもしてしまう角ばった不自然な形。

 

 それも一つの愛の形であるとアサシンはまた小さく大きな幸せを知った。

 

 

 こんなにも私は彼に愛されている。それだけで、十分なんだよ、と。

 

「あっ、そうだ。それともう一つ提案するけれど、これなんてどうかしら?」

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 バーサーカーが現れた。太い首から低く獣のような呻き声を上げながら、木をなぎ倒し二人を見つけた。二人の姿を見つけると、バーサーカーは剣を振り回しながら突進してきた。

 

 アサシンはバーサーカーの突進に身を翻しながらかわし、セイギは魔力の塊を鞭のように形状変化させて、その魔力体を木に絡ませて逃げた。

 

 セイギはバーサーカーと距離をとると、自分の手の甲を眺めた。たった二画の赤い線のような痣が彼の手の甲に刻まれている。アサシンとの繋がりを意味するその二画のうちの一つを使うということに少しだけ苦しみを覚えながらも、手を闇夜に向かって掲げた。

 

「令呪を以って命ず—————」

 

 セイギはその後の言葉を言おうとした。だが、自然と言葉が口から出ない。目尻は熱く、首筋は猫じゃらしでくすぐられているかのように感じる。込み上げてくる涙は別れの令呪を拒むセイギの内心。

 

 だけど、聞こえた。アサシンは微笑みながらセイギに声をかけた。

 

「大丈夫。あなたは私がいなくても一人じゃないでしょ?ヨウがいるじゃない。一人ぼっちなんかじゃないわ。怖がらないで。あなたはあなたが思っているよりずっと強いわ」

 

 その言葉に背中を押されて、セイギはアサシンと別れる決心をした。

 

 ああ、そうだ。僕は暗殺者らしくない彼女に惚れたんだ、と悟った。

 

「—————アサシン、君の真の姿を見せておくれよ」

 

 彼の手から魔力の波動のようなものが放たれ、全物質に伝わった。大地を走り、風をかき乱し、大気を震わせた。

 

「じゃあね、アサシン」

 

 セイギはそう言残すとその場から離れた。バーサーカーとアサシンの戦いを見ず、背を向けて山の外へと走り出したのだ。歯を食いしばり、ぐっと何かを堪えるような顔をしていたのをアサシンは最期に見ていた。

 

 バーサーカーはそんなセイギを追いかけようとしたが、アサシンがそれを遮った。

 

「ダメよ。行かせない。彼は今を生きている生者だからこの戦いに参加しない方がいいわ。死闘っていうのは生きてる者がやるより死んでいる者がやった方が色々といい気がしない?」

 

 アサシンは不敵な笑みを浮かべる。バーサーカーはそんなことお構いなしに、いつものようにエンジン全開闘争心マックスである。そんなバーサーカーをアサシンは皮肉ぶるようにこう評した。

 

「いいわよね。何も考えられないって。自分がこれからどうなるのかも考えなくて済みそうだし」

 

 バーサーカーは馬鹿にされていると分かったのか、アサシンに攻撃を繰り出そうとした。

 

 だが、バーサーカーはそうすることはなかった。それは目の前にいるアサシンの様子が変だからである。

 

 彼女の白玉のような白く美しい皮膚からじんましんのようなものが噴き出していた。ぶつぶつとまるでマグマから噴き出る泡のように。

 

「ああ、始まってしまったわ。ウフフ、これでもうあなたも私もおしまいね」

 

 彼女の身体は見る見るうちに変貌してゆく。皮は爛れ、骨は浮き出て、牙は突き出し、爪は鉤爪となり、毛は獣のように剛毛となる。尻尾も段々と獣臭くなってゆく。喘ぎ声をあげながら、声も変質していった。

 

 また醜く変貌してゆく中で彼女の身体から次々と機械部品のような物まで出てきた。導線、金属片、ネジなどと到底人の身体にはあるはずがない物が現れてきた。

 

 野生の獣のように骨格が変化してゆく中で、内にあった彼女の機械の身体は剥き出しにされてゆく。ワイヤーのようなもので作られた筋肉、ネジやゼンマイで動かされている腐った内臓。肉と金属で形作られてゆく異形な何か。

 

 その変貌の過程は恐れを感じないはずのバーサーカーでさえ数歩後ろに退くほどのものであった。見たこともない。そんなことではバーサーカーは退くわけがない。

 

 不気味で気色の悪いその姿はまさに本当の彼女に相応しい姿に他ならない。

 

「サぁ、始メましょウ。私にあなタノそノ血ヲ見せテェ」

 

 それは怪物の声だった。色々な声が何層にも重なっていて、さっきまでの妖艶で美しい声とは打って変わり、醜悪で化け物じみた声。

 

 奇怪な形は生物ではない何かを思わせる。グロテスクで本当にこれがあのアサシンだったのかどうか疑問を持たせる。

 

 だが、それは正真正銘、アサシンである。あの黄金比をした美しい顔の持ち主である。

 

 そして、今、醜い姿に成り果てているのもアサシンなのである。

 

 それはかつて封印したもう一人の自分。

 

 そして、彼女の本当の名に沿った自分。

 

 人を殺すのが好きな自分。

 

 自分が一番嫌いな自分だった。

 

「あナタの死をワタしニ見せてェェっ‼︎」

 

 

 彼女は人を殺め殺め、殺め過ぎた極悪醜悪凶悪な殺人生物。

 

 昔の人々は彼女をこう呼んだ。

 

『九十九殺しの妖怪、仙狸(センリ)』と—————





さぁ、ついに出ましたアサシンの真名。

って、え?千狸?アサシンと全然違くない?

はい、全然違います。アサシンは作者のがっつりオリジナルストーリーです。

資料とあっているとすれば、吸精の化け物ってことぐらいです。

次回はアサシンの過去から入ります。


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奇怪な機械《前編》

はい!Gヘッドです!

今回は待ちに待ったアサシンさんの過去回なのですが……,

正直、いつも以上にしくじってます。本当はこの回だけでアサシンを語り終えるつもりだったのですが、意外と長かったです。なので、二話構成です。

そのため、一話に終わらせようとしたばかりに、表現がわかりづらい?

あとで直します( ̄ー ̄)


 仙狸(センリ)、それは古代中国にいたとされる大妖怪の名前である。尾が二本ある猫又の祖とも言われ、そもそも妖怪という概念そのものがこの妖怪から来たのではないかとまで言われるほどである。

 

 伝承によると仙狸は一匹の猫に過ぎない。ただ、長く生き過ぎて神通力を駆使できるようになっただけだ。

 

 だが、それは伝承でしかない。その伝承も不確かなもので、当然の如く数少ない歴史資料から憶測するしかなく、またその歴史資料も確かなものかどうかは微妙な塩梅だ。

 

 その歴史資料が間違っているということも当然あり得る。仙狸の伝承もそれに当てはまっている。

 

 仙狸は()()()人間であった。小さな村の一介の村人に過ぎなかった。彼女は若くして大人のような美しさを兼ね備え、村中の男たちを虜にするような妖艶な風貌を持っていた。その上、人当たりも良く、よく出来た娘であった。

 

 ただ、一つ普通と違うとすれば、それは彼女がとある魔術師の娘だったということだ。魔術というものがまだ世に受け入れられていた頃であっても、魔術は到底庶民が手を出せるような分野の職ではなく、それは道教などといった古代中国特有の魔術であっても同じだった。

 

 つまり、まだ人間であった頃の仙狸はいいとこの娘さんで、魔術師の家系ということから好奇の目にも晒されていた。だが、別に彼女にとってそんなことはどうだってよかった。それによって、彼女の人生が変わるわけではないし、彼女はそんな生活に何ら障害を感じたことはなかった。

 

 確かに彼女にとって不幸せなこともあったろう。それは幼い頃、彼女の母親は病で亡くなり、魔術師の父と二人暮らしだった。魔術師の父が生計を立てていたが、生活面は幼い頃から苦労していた。だが、それでもその頃の彼女は幸せを感じていた。

 

 優しい父親だった。父は妻を亡くした分もあって、娘を深く溺愛した。そして、娘も父を愛し、二人の間にはいつも笑顔は絶えなかった。

 

 それはそれは幸せな時間だった。その幸せな時間がいつまでもずっと永遠に続いてほしい、そう願っていた。

 

 だが、その幸せな時間は突然終わりを迎えることとなる。

 

 彼女は死んだ。二十四のことだった。流行病で病床に伏し、そのまま息を引き取ることとなった。

 

 美しい美貌の身体を残し、消え去った命。

 

 彼女の父親は泣き喚いた。自分の愛するたった一人の娘が死んだからだ。三日三晩ただただ泣き喚き、現実を受け入れることができなかった。

 

 その結果、父親は発狂することとなる。

 

 愛する娘が死んだという現実に耐えきることができなかった。娘が死んで、一人ぼっちになってしまった父は魔術師であろうとも一人の人間であり、愛する娘が亡くなるなどと思いたくなかったのだ。

 

 そして、いつからか父はまだ娘が生きていると思うようになってしまった。とっくのとうに潰えた命なのに、その魂もない亡骸を前にして生きているなどと主張し始めた。

 

 当然父親は頭が狂っている。そのため、当初は可哀想にと身を案じていた村人たちも、段々と父親を気味悪がるようになっていった。

 

 父親の行動は常軌を逸していた。発狂してからというもの、毎日毎日、骸の娘に食事を与え、服を着させた。時には頭を撫で、身体の所々に接吻をし、愛の言葉を口にしながら、終いには床で共に眠る。

 

 異常としか言いようがないほど父親は狂っていた。だが、やはり、狂っていても思ってしまう。

 

 骸の娘は日に日に廃れてゆく。真珠のような美貌の肉体は薄汚れ廃れた木材のように醜いものとなっていった。異臭を身体から発し、腐りかけの眼球は地に落ちた。

 

 父親はどう現実から目を逸らそうとも、逸らせなかった。やはり現実はむごい。

 

 苦しかった。辛かった。一人ぼっちなのだと認識するのが父には地獄のような選択だった。

 

 だから、父親はそんなことはしなかった。

 

 そのためにはどうすれば良いか。何も話さず、身は腐り始め、かつての面影はどこにもない娘をどうすれば良いのか。

 

 その時、父親は名案を思いついた。

 

 なんだ、簡単なことじゃないか。命がないのなら、命を吹き込めばいいだけの話じゃないか、と。

 

 しかし、普通そんなことできるわけがない。どんなに高位の魔術師であっても、死した存在を生きた存在に変えることなど不可能なのである。それはこの世の理であり、絶対と言っても過言ではなかった。

 

 もちろん、父親はそんなこと分かっていた。父親は確かに凄腕の魔術師で、ホムンクルスなど人造人間の製造に精通してはいたが、やはりそれでも無理があることは承知の上だった。

 

 だが、それで父親の心は折れることはなかった。むしろ、逆だった。娘を生き返らせたいという思いに、魔術としての知識欲も絡み、やる気に満ちていた。

 

 娘を生き返らせることができれば、それは魔術師として大きな成功ともなる。そうすれば、娘とまた幸せな生活ができると、そう考えていた。

 

 父はまず資料から集めた。娘を人として生き返らせるためにどうすれば良いのか。あらゆるホムンクルスの研究例を調べ、死者を生き返らせるような禁術に手をつけ始めた。確実に娘がまた自分の目の前で笑顔になる方法を死に物狂いで探した。毎夜毎夜遅くまで起き、何十時間もその研究のために費やした。

 

 その結果ある方法に行き着いた。

 

 死んだ娘を生き返らせるには、生きた者の魂を死んだ娘の骸に吹き込めばいいのではないのかと。

 

 狂っている。頭のネジが数十本ほど抜けていて、暴走していた。脳内パリラッパーのラリピッピーで、自身が異常だということに気づいていない。

 

 だから、そんな考えに行き着いた。理性や道徳を失い、目的のために手段を選ばないなど、人じゃない。

 

 そう、もうその時、父親は人ではなくなっていた。魔術師ではあったかもしれない。だが、もう人間というものではなかった。

 

 それは一種の化け物だった。

 

 そして、それに自身が気づかないから、なおたちが悪い。

 

 化け物が作り出す命など化け物でしかないのに。

 

 父親は娘の屍を核とし、新たな娘を作り出した。腐り、変色し、異臭を放つ彼女を歯車やネジなどの金属で覆い、さらにその上から粘土で生前と同じような彼女を形作る。また、生前のように病や災害などで死ぬことがないように、人間らしくない機能を搭載させた。

 

 より美しく、元気に、笑っていた彼女を再現するかのように。

 

 そして、父親の愛の芸術作品は完成した。

 

 美しかった。どの女よりも美しい生前の彼女が目の前に現れているかのようだった。

 

 だが、まだ終わりではない。芸術作品は完成したが、命は完成仕切っていない。

 

 彼女に命を吹き込まなければ。

 

 彼女の骸には父親の魔術が施されていた。それは生命を吸い取る禁術であり、吸い取った命が骸に渡るようにするもの。

 

 父親はすぐさま獲物となる人間を探した。村の生命力に溢れる若者を家に連れて行こうとした。騙してでもいいから、彼女の命の糧にしようと。

 

 しかし、誰も連れてくることができなかった。それもそのはず、だって父親の娘への研究は十年にも及んでいたのだから。

 

 その間に父親は村の者から危険者として見なされていた。死んだはずの娘の死体を毎日撫で、未だに生きていると信じている父親を気の毒と思うと同時に、誰も近寄ろうとしなかった。

 

 父親は悩んだ。結局のところ、誰か生贄を家に連れてこなければ娘は蘇らないのに、みんな気味悪がり近づいてこない。誘拐しようにも、自分という存在そのものが特異な存在だから、家から出ただけで目をつけられるからそんなことできやしない。

 

 人間以外の動物はどうであろうかと試したこともあった。山からうさぎを捕まえてきて、生贄にしようとした。しかし、禁忌の魔術は残念ながら他の動物には効果がないようだった。

 

 誰も彼女への生贄になろうとしない。誰も生贄となる存在がいなかった。

 

 だが、ある時ふと考えついた。

 

 自分が彼女の生贄になれば良いのだと。

 

 父親は喜んだ。自分さえ死ねば、彼女は人として生き返るのだ。あの美しい笑顔をまたするのだと。

 

 その考えを思いついた時の父親は人生で一番幸せな時を過ごしていた。莫大な金を得るよりも、高名な魔術師として名を馳せるよりも、根源に辿り着くよりも、彼は享楽に耽っていた。

 

 そして、父親はすぐにその行為を実行した。笑顔で彼女の目の前に立ち、彼女の硬いほおに触る。そして、彼は自らの魔術回路を開放した。

 

 彼の身体に満ちている魔力が彼の魔術回路を通って、彼女の身体に流れてゆく。魔力は生命力と言っても過言ではなく、魔力が死んだ彼女の身体に満ちるにつれて、段々と粘土で塗り固められた肌が人肌のように美しく変わってゆく。乾いた唇はふっくらと厚みのある薄紅色の実のようで、はめ込まれた眼球は血が通り潤いを取り戻してゆく。

 

 それに伴うかのように、父親は段々と痩せ細っていく。数十年の寿命をぎゅっと十秒ほどにまとめたかのようで、老いぼれた老人へと成り果てた。肌は萎れた紙のようで、髪は細く色素が抜けて、皮と骨だけの存在へと成り下がった。

 

 だが、父親は喜んだ。自分がどうなろうと関係ない。娘がかつての美しさを段々と取り戻しつつあるのだから。

 

 その時だった。娘の目がぎょろりと老いぼれた父親を見つめた。そして、ニタリとほくそ笑むように笑った。

 

「あラ、美味しソウ」

 

 そう口にした途端、父の視界が回った。家の中の景色がぐるりぐるりと回転したのだ。父親はその瞬間、何が何だかよく分からなかった。だが、即座に理解した。

 

 それは自分の視界に首のない胴体が映っていたからである。

 

 走馬灯のようなものの一種だ。死ぬ間際に頭の回転が通常の何倍も速くなり、処理速度が急激に上がったのだ。それによって分かった。

 

 父親は首を刎ねられたのだ。自らの娘の手によって、首と胴体を離された。

 

 父親の頭が重力に従い、床に落ちる。頭が消えた胴体は血を噴水のように吐き出しながら前に倒れた。その血は白く綺麗な肌の彼女を赤く染め上げた。

 

 死んでいるはずの娘はその血を見て、笑顔を死んだ父親に向けた。その笑顔は生前の男を虜にするような笑顔などではなく、禍々しく人の邪悪な部分が詰め込まれたような笑みだった。

 

 父親の命と引き換えに娘は生き返った。そのはずである。なのに、どうも彼女は人間らしくなかった。

 

 それは簡単な話である。父親の魔術は失敗した、そう言えるだろう。

 

 本来なら娘に生贄の命そのままを取り込ませることで生き返らせようという実験であった。そして、生きた人間として戻るという結果を出すはずだった。

 

 確かに娘は命は取り込み、命を得た。しかしまだ完全に人に成り切ることができなかった。

 

 それはなぜか。理由は簡単だった。

 

 たった一つの命だけでは足りなかったのである。彼女一人を生き返らせるのに、一人分の命以上のものが必要だった。もっと多くの命を得て、初めて彼女は一人の人間に戻れるのだ。

 

 だが、もちろん、一人分の命を得た彼女は人間のある部分が蘇った。それは人間のみが保有する人間らしさ。

 

『殺人欲求』である。

 

 人には死の欲求(タナトス)生の欲求(エロス)が備わっている。そして、彼女はそのタナトスと一部を得た。

 

 その結果が、父親という形で出た。

 

 生き返った娘は死んだ父親を見て、高笑いをした。人間性を著しく欠いた、人間性の中の殺人欲求しかない彼女は人を殺すということに喜びを得た。

 

 そして、彼女はこう言うのである。

 

「モッとォ、美味シそうナノ食べタイ」

 

 彼女はそう言うと、父親と過ごした家に馳せる思いもなく、父親の死骸を置いたまま家から出て行った。

 

 理性もない、知性もない、常識もない彼女はただ人を殺したいという獣じみた本能にのみ従い、獲物を探していた。

 

 すると、村人の二人のカップルがちょうど彼女の目の前を歩いていた。そこは運良く、人通りの少ない場所で、彼女がそんなことを考えることはできないが殺しをするにはもってこいの場所だった。

 

 彼女は家から持ってきた鎌を手に二人のカップルの前に現れた。カップルは突然目の前に現れた血だらけの彼女に驚いていたが、その間にとりあえず男の首を鎌で刎ねた。

 

 すると、隣にいた女性は悲鳴をあげながら逃げ去ろうとした。しかし、彼女は逃さなかった。生前の時にはなかった機械仕掛けの身体による高い身体能力は女性に軽々追いついた。そして、鋼鉄の身体で女性の胴体を突き刺さした。

 

 そのあと、彼女は二人の死体の唇に唇を重ねて、ありったけの魔力を吸い取る。二人の骸は父親と同じように惨めに成り果ててゆく。皮と骨だけになるまで彼女に吸われ、無惨な姿だった。

 

 皮肉なことに娘はさらに人らしい姿を手に入れた。生前の姿により似てきて、完全な人間にまた一歩近づいた。

 

 また、彼女は人間らしさを手に入れた。今度は知性と常識である。

 

 すると、彼女は目の前の惨状に絶句した。知性と常識を得た彼女はすでに三人もの人をこのように殺しているのかと考えると、吐き気が止まらなかった。

 

 だが、彼女の殺人欲求はあまりにも強すぎた。それはきっと、殺せば殺すほど人に近づけるからだろう。父親の魔術により組み込まれている、人間になりたいという本能が殺人欲求となり彼女を動かすのだ。

 

 身体が疼く。どうしても人を殺さなければならない身体になってしまった。

 

 その結果、彼女は笑った。彼女自身が人を殺すことを良しとしたのである。

 

 その時、彼女は醜悪な殺人犯となった。

 

 知性と常識を得た彼女はより計画的な犯行を可能とした。

 

 それから、彼女は幾人もの人を殺した。人を殺すにつれて満たされる殺人欲求と人間らしさ。嫉妬、睡眠欲、痛み、嘘、理性など色々なものを得てゆく。殺せば殺すほど彼女は自分が人間に近づいているのだと感じることができた。

 

 それが嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

 

 殺して人から魔力を自分の身体に蓄えると生きているという充実感を覚える。それが彼女の快楽となった。

 

 人を殺すごとに取り戻すあの時の美しさ。血に染まった分だけ彼女の肌は白く滑らかで、瞳は鏡のようにきらめき、髪はさらりと柔らかく、四肢は男に限らず女も誘惑するほど妖艶で肉々しい。

 

 身体が美しくなるにつれ、彼女の殺しの仕方も変わった。人通りの少ない場所で通った人を殺していたが、彼女は娼婦の姿で人を誘うようになった。路地裏で妖しい服装で買われるのを待ち、買われるとその者の家まで行き、一連の行為をしたあと寝首を掻き切る。それが彼女の殺しの習慣となっていた。

 

 別に彼女は娼婦として身を売りながら殺しをしなくてもよかった。前みたいに人通りの少ない場所で殺しをしていればよかったが、彼女は二十人ほど殺した時、性欲というものを手に入れてしまった。そのため、娼婦をしながら殺しをしていたのだ。

 

 また、性の行為をしている時、彼女は自分が生きていると感じることができた。こんな機械と粘土で作られた身体でも彼女は自分が生きているのだと思えたのだ。

 

 そうして、性欲に耽り、人殺しの享楽に浸っていたら、いつの間にか殺した人数は五十人をとっくに越していた。その頃には同じような死体が村付近から何体も出てくるので、警備隊のような者がそこらかしこに配置されていた。別にそんな者どもは殺そうと思えば殺せたが、それでは顔がバレてしまう。なので、一旦人を殺すのは避け、人目につかぬようにと山の中で過ごすことにした。

 

 しかし、山の中に過ごし続けて三日ほど経つと、彼女は身体が疼き始めた。やはり、彼女の根元にある殺人欲求は抑えが利かないようだった。野生の動物などを狩って殺人欲求を誤魔化してはいたが、どうしても彼女の中にある化け物は暴れだしそうである。

 

 そして、殺人欲求(バケモノ)は彼女の理性をぶち破ってしまったのだ。

 

 ある日、彼女はいつものように森の中で寝ていた。朝日の木漏れ日に起こされ、胴体を起こして目を開くと驚きの惨状が眼前にあった。

 

 血飛沫がべったりとついた木の根のところに首をはねられた死体が二つほど、その隣には四肢が切断された女の死体が一つ。

 

 彼女は驚いた。目の前に広がる光景は自分がやったものなのかと。しかし、この惨状は彼女がやった以外に誰がいるのだろうか。

 

 彼女は理解した。彼女の中にある殺人欲求があまりにも強く、それゆえに彼女は無意識下で人を殺していたのだと。

 

 彼女は恐ろしかった。自分の中にある殺人欲求がここまで強いのかと。

 

 そして、彼女は気づいた。三人を殺して、彼女は恐怖というものを手に入れたのだと。



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奇怪な機械《後編》

はい。ということで、アサシンの過去の後編でございます。




 ‡前回のあらすじをざっくりと説明‡

 

 古代中国、ある村に高名な魔術師の父親とその娘がいた。娘は男を惹きつけるような美貌を持ち、人当たりも良く、村の中では一目置かれる存在だった。娘の母親は彼女が幼い頃に病によって亡くなっていた。だが、それでも、二人の間にはいつも笑顔が絶えなかった。

 しかしある日娘は病にかかって死んでしまった。父親は娘の死を嘆いたが、ある日から父親は頭が狂ってしまう。父親は娘が生きていると信じ込んでしまうのだ。

 だが、屍となった娘が生きているわけもない。そのため、父親は娘を魔術師で生き返らせようとする。長い年月の魔術の研究の末、娘は生き返ることに成功。しかし、どうやら様子がおかしい。

 実は実験は失敗だった。娘は生き返ったものの、人間として大切なものを全て欠いていた。そのせいで、生き返ってすぐに娘は暴走、父親を殺してしまう。娘は父親から魔力を吸い取ると、人間らしさの一つ、『殺人欲求』を得た。

 実は彼女、人を一人殺し、その殺したものの命を吸い取ると何かしらの人間らしさを手に入れられるらしい。

 彼女の殺人欲求を止めるものは何もなく、村の人を何人も暗殺していった。時には山の中で殺し、時には娼婦姿をして獲物を漁っていた。

 殺した人数の累計、五十人ほどになったら、警備隊が村に配備された。そのため、村で人殺しをすることができず、事態が冷めるまで山の中で過ごすことにしたが……。

 

 

 

 朝、起きたら死体が目の前に転がっていた。まさか、自分の殺人欲求がここまで強かったなんてと彼女は恐怖する。

 

 彼女は目の前に転がっていた死体から恐怖という命を吸い取っていた。

 

 彼女にとって二度目の人生で初めての恐怖。なのに少しだけ高揚していた。

 

 それは命を奪うという行為が彼女にはとても美しいものに見えた。命を奪えば奪うほど彼女はより人間らしくなっていく。殺した人数が五十人を超えたあたりから、もうほぼ元の美貌を取り戻していた。粘土でできていたはずの肌はしっとりと色気のある白さを持ち、女としての魅力も格段に上がっていた。人間らしさは確かに大幅に欠けているところはあるが、それでも人と会話をできるようになった。人を騙し、別人として振る舞うという知能も得ていた。

 

 彼女にとって殺すとは素晴らしい行為であった。それと同時に自分は生きているのだと理解できるものでもあった。命というものを奪う側の彼女にとって、これほどまで自分が生きていると認識できるものはないのだ。

 

 だが、やはり目の前に存在する惨状には気をつけなければならない。自分が無意識に人を殺すということは、それほどまでに殺すということに飢えていたということだ。今は山の中で行われた模様で、他の誰かに自分が連続殺人の犯人だとバレているわけでもないから良いのだが、今後そうなってしまったら自分は完成形の人間になれないのだ。

 

 いつしか彼女は人を殺したいという思いと同じくらい、ちゃんとした普通の人間になりたいと思っていた。あの頃の人間であった自分のように。

 

 そんなことがあってから彼女は殺しに対して慎重になっていった。殺す頻度を段々と減らすようにして、自分の殺人欲求を誤魔化してゆく。

 

 そうしながら何とか殺人欲求の暴走というものがないまま、殺した人数は累計九十七人となった。その頃には警備隊は山の方にまで配置され、彼女は人殺しがさらに難しくなっていた。

 

 しかし、もうその頃の彼女はそんなことに囚われるような殺人者ではなかった。もう人殺しの手練れである彼女は人を殺すという行為がもはや息を吐くくらいのこととなっていた。

 

 闇の中に紛れ、ターゲットの首を愛用の鎌で搔き切る。そのあと、殺した人から魔力という名の命を吸い取る。その一連の行為が僅か十秒ほどで行われていた。

 

 彼女は暗殺者のプロとなっていた。警備隊は未だに人殺しが誰だかさえ掴むことさえできずにいた。それを可能としたのは機械仕掛けの身体から生み出される驚異的な身体能力と音を消すという技術だった。それによって気配を消すことも可能とした。

 

 もう少し、あと少し人を殺せば自分は完成系の人間になれる。人造人間(ホムンクルス)ではないただの人間に戻れるのだと強い期待を馳せていた。

 

 だが、彼女はある晩に悲劇に遭うこととなる。期待を絶望へと塗り替えてしまうような悲劇に。

 

 月明かりがそっと雲の間から覗き見ている、そんな夜のことだった。彼女はいつものように娼婦の格好をして村の男を虜にしていた。路地裏で男を誘い、夜の男女の軽いまぐわいをしてから、本番に向けて男の家に連れていかれる。家に向かう途中、男は妻に逃げられたと話していた。きっと自分はその妻の代わりなのだろうと彼女は考える。

 

 家に着いた。男は部屋に入るや否や、荒い息を吐きながら彼女の服を無理矢理引き剥がす。どうやら酒が入っているようである。アサシンは内心でやれやれと嘆声を出す。客は選んでいたつもりだが、今日はどうやらしくじったようだ。

 

 酒が入った客は正直言ってめんどくさい。理性という枷が外れた分、何をしでかすか分からないのだ。それこそ、暴走してしまったあの時の自分のように。

 

 これ以上相手をしているのも面倒だ。そのため、彼女は早々に殺そうかと決める。

 

 彼女はいつも通り男が隙を見せたところを逃さず、男の首筋に噛みついた。いきなり噛みつかれた男は動揺するが、彼女にとってそんなことはどうでもいい。取り敢えず、大声を出して救援を求められる前に殺す、それだけである。

 

 しかし、男は殺される前に彼女を突き放した。思わぬ抵抗に彼女は尻餅をついたが、別にそんな抵抗は一匹の蟻が噛んでくるくらいの可愛い抵抗である。

 

 彼女が連続大量殺人の犯人だと知ると、男は玄関から逃げ出そうとした。しかし、男の抵抗もむなしく、彼女は無造作にまるで細い木の枝を片手で折るかのように男の首を飛ばした。男の首は宙にふわりと回転しながら浮いたあと、赤い飛沫を飛ばしながら地面に落ちた。

 

 彼女にとっていつもの見慣れた光景がそこに現れる。人体を満たす血が部屋中に散乱し、その中心に断面から血を流す首なし胴体。彼女はその胴体から魔力を吸い取り、また自分の身体に魔力を満たしてゆく。彼女の身体はもう元通りと言っても過言ではないほど整っていた。粘土と金属でできているはずの身体も生前の彼女の容姿を保ち、見る者全てを見惚れさせる美貌はあの時よりも輝いていた。

 

 魔力を吸えるだけ吸い取った彼女は満足そうな笑みを浮かべて、口についた血を拭う。

 

「これで、九十八人目……、かな?」

 

 殺し過ぎた。だからか、殺した人数など彼女には大体合っていればいいのだ。

 

 人の命なんて虫ケラも同然と扱う彼女。そんな人に向かって走ってるというのに、その矛盾に彼女は何の疑問もその時は感じなかった。

 

 用を終えた彼女は立ち去ろうとする。その時だった。家の奥の方から声が聞こえたのだ。

 

「お父さん?」

 

 その声は幼い女の子の声だった。あどけなく可愛い顔をひょっこりとふすまから出して、暗い家の中を見た。暗く何も見えない家の中に女の子の父親がいるような気がしたからだ。

 

 何も見えないため、女の子は手探りで辺りを探す。父親が何処かにいるという確信を持って探していた。

 

 それを殺人鬼はじっと見ていた。殺人鬼の手は少しだけ震えている。

 

 おかしかった。いつもなら、このような素性がバレそうな時は何の躊躇いもなく女の子の首も一緒に落としていた。

 

 だが、何故だか今日はそんな気が働かない。すごく胸が苦しいのだ。

 

 女の子は首なしの父親を手探りで見つけた。父親は床に倒れているため、女の子は父親に必死に声をかける。

 

「お父さん起きてー。起きてー。寝ちゃってるの?」

 

 何も知らない女の子。父親が死んでいるだなんて彼女には何も分からなかった。暗闇の中、父親の死体をゆらゆらと揺らす彼女を殺人鬼はただ心が穿たれたようにじっと見ていた。

 

 そして、殺人鬼はその光景に耐えられなくなった。自分だけが見える酷い景色。それを自分が作ってしまったのだと思うと、彼女の心はパンクしてしまいそうだった。

 

 殺人鬼はそこから走って立ち去った。村の外れの警備もしっかりとされていないところで彼女は一息ついた。外壁に背中つけてもたれかける。

 

 彼女は自分の胸を手を押し当てた。心臓は動いていない。いつも通りなはず。なのに何故か胸がぎゅっと潰れるような痛みがあるのだ。

 

 自分はいつも通りなことをしただけにすぎないのに、いつもならあんな状況に陥っても平静を保てていたのに。どうして今日、こんなにも人を殺したということが嫌に思えるのだろう。

 

 こんな気持ちは初めてだ。人を殺したということがまるでやってはいけなかったもののように思えてしまうのだ。いや、やってはいけないのな知っていた。だけど、今まではそのタブーに身体が気づかなかった。殺しても、こんなに殺したことを後悔するなんてことは一度もなかった。

 

 だけど、今は、殺したという事実があまりにも苦しいのだ。自分が人を殺してしまったという事実が彼女の心にあまりにも深く突き刺さっている。

 

 そう、彼女は九十八人目の人を殺してある人間らしさを得た。

 

 それは罪の重さを理解する、罪悪感という人間特有のものである。

 

 彼女は今は罪の重さに打ちひしがれている。人の命をか弱い花を手折るように無慈悲に吸い続けてきたことの罪を彼女は味わっているのだろう。九十八人の命を吸い続けた身体にはそれだけの命の重さがあり、彼女には到底背負いきれない重さだった。

 

 そして、もう一つの罪の重さを感じていた。それはさっきの女の子に対する罪である。彼女の父親の命を奪ってしまった。それは取り返しもつかないことである。あの女の子はまだ暗闇の中にいる父親が寝ていると思うだろうが、日が昇ったら父親の死んだ姿を目の当たりにして悲しみに暮れるだろう。

 

 辛いだろうなと彼女は人殺しをしていて、初めて同情した。

 

 男は言っていた。妻に逃げられたと。つまり、あの女の子は男と妻の間にできた子供で、きっと男手一つで育てていたのだろう。

 

 それはまるで昔の自分のようであると感じた。父親しか頼る人がいない。それが昔の彼女だった。

 

 だから、あの女の子はその唯一の頼る存在を失ったのだ。

 

 つまり、殺人鬼はあの女の子を殺したも同然なのだ。あの女の子の心を殺したようなものだ。まだ、日は地の下にあるが、それが這い上がってきた時、あの女の子を殺すだろう。

 

 そう考えてしまうと、急な吐き気に襲われた。自分のしてきたことをやっとついに見て、とても背負いきれない罪の重さに彼女は塞ぎ込んでしまった。強靭な機械の身体、生身の肉体では到底及ばないその仕組みは心には対応していなかった。

 

 錆びた歯車に油が塗られた瞬間だった。

 

 その後、彼女はいつものように殺人欲求が湧いてきたが、それで殺人に走るようなことはなかった。ただ、無気力感に陥り、何に対してもやる気が起きなかった。前までは楽しめていた殺人も、もう彼女は楽しめなくなっていた。よだれを垂らしてまで欲しかった命を啜る味が今では泥水のような味に思えてしまう。息をするような感覚で奪えた命も、今では苦しい行為に過ぎなかった。首筋を気管ごと噛み付かれたかのように息をするのが苦しい。それほどまでに彼女はショックが大きかった。

 

 だが、やはり彼女にとって殺人欲求とは本能のようなもの。人間にすでに備わっている死の欲求(タナトス)が誰かを殺したがっている。身体が求めている、人の命を。

 

 彼女は人間になりたがっている。

 

 その本能はまた彼女の意思に関係なく、暴走することとなる。

 

 気付くとそこは村のど真ん中だった。朝日が東から昇っていた。辺りには多くの警備兵が剣やら矛やらを自分に向けて囲んでいた。そして、自分は一人の男にまたがっていた。その男の首筋からは血がつうと流れていて、自分の唇には血が付いていた。

 

 いきなり気づいた彼女はその現場に困惑する。すぐにでも分かることと言えば自分が男を殺してしまったということだ。九十九人目の人を殺していた。

 

 最悪だった。あれほどまでに自分はもうしないと決めていた人殺しをまたしてしまったのだ。しかも、暴走により運悪く警備兵に見つかってしまった。つまり、今この場で殺されるということ。

 

 それは嫌だった。その頃の彼女は生存欲求を持っていたため、誰かに殺されるということは嫌だったのだ。その理由も命がなくなるからという意味などではなく、もう少しで人間になれるのに成り切れないまま終わりたくないというのが理由だった。

 

 しかし、彼女は人を殺し過ぎた。そんな彼女が死にたくないというのも虫のいい話だ。だからだろうか、運命はこんな状況を作り出したのだ。

 

 死にたくない。なら、殺そうか。この人数を殺ろうと思えば殺れなくもない。だが、殺したくもない。

 

 彼女は二つの欲求に板挟みされる。それもきっと、今まで欲望に忠実に人を殺してきた代償のようなものなのだろう。

 

 それでも彼女は死にたくない、そう強く願った。自分は一人の人間になりたいのだ。そのために殺しを行なってきた。まだ、ここで死んでなんかいられない、と。

 

 彼女は立ち上がった。手に持っていた鎌で警備兵を殺そうと決めた。

 

 その時、ある感覚が彼女を襲った。それはまだ知らない初めての感覚、きっとさっき殺した時に新しく得た人間らしさだろうと彼女は考えた。

 

 その人間らしさは彼女の見る世界を一瞬にして変えたのだ。今までは見える命全てがただ命という一括りのモノにしか見えなかった。それゆえに量は膨大で、一つの価値など皆無に等しかった。

 

 だが、今は違う。彼女は知ってしまったのだ。殺人鬼にとって最も要らぬ人間らしさを手に入れてしまったのだ。

 

 それは命の尊さを理解するということである。

 

 彼女が見ていたただの命。モノクロのような淡白で、大量のもの。それが今では色づいて見える。一つの命に一つの色があり、その色は美しい輝きを放っていた。その美しい輝きはただ一つのもので、他の何にも代えがたい絶対的な一つ。彼女の目の前にある命は彼女に負けない美しさを放ち、それら全てを合わせてしまえば、彼女の美貌など色あせてしまう。

 

 彼女は思い知らされた。今までの自分はこんな美しいものを摘み取って生を得ていたのかと。それを知ってしまった今、彼女はもうそんなことできやしなかった。

 

 少し前まで、人の命はすぐにでも引っこ抜ける道端の雑草と同じくらいにしか見ていなかった。だから、息をするように彼女は人の命を狩ることもできた。だけど、今はそうはいかない。命を狩ることは首が締め付けられるくらい苦しいものなのだ。到底できそうにない。

 

 彼女は苦しかった。罪悪感に苛まれ、命の尊さに自分という存在が殺されて、もうどうすれば良いのかも分からなくなった。

 

 彼女は取り出した鎌をそっと地面に落とした。生きる道しるべを失ったかのように気力なく崩れた。

 

 それから彼女は警備兵たちに取り押さえられた。抵抗することもせず、彼女は縄で身体を縛られ、自由を奪われた。そして、処刑の宣告をされた。

 

 彼女はその現実をただただ受け入れた。自分がしてきたことは自分の仮初めの命一つでは償いきれないようなものだと知っていた。それでも、彼女は罪を受けるべきだと思ったのだ。

 

 やろうと思えば縄など解くことなど容易かった。逃げることなどできた。だけど、しなかった。それも償いの一つである。

 

 そして、処刑の日。彼女は大衆の前に手足を縛られた状態で現れた。大衆の中には彼女に親族や恋人などを殺された者たちもいた。彼らは憎しみの目で彼女が死ぬ光景を想像しながら見ていた。その視線は彼女の身体に突き刺さる。すごく痛く感じた。

 

 彼女の隣に処刑人が剣を携え、立った。処刑人が彼女の首の上で剣を掲げる。

 

 ああ、死ぬのだ。彼女はそう思った。

 

 二度目の人生、彼女はヒドイ人生だったと思えた。だが、心残りはもうない。いや、あってはならないのだ。それも多くの人を殺してしまったという罪への贖罪なのだから。

 

 だが、欲を言えば、一つだけ彼女には心残りがあった。

 

 それは人間に成り切れなかったこと。それだけが唯一の心残りだった。

 

 できるなら、もう一度生き返れるのなら、次はマシな生き方をしたい。人を殺すことなく、それでも人として生きたい。

 

 そう強く願った。

 

 処刑人が剣を振り下ろす。彼女の首と胴体は分かれた。

 

 彼女の二度目の狂乱の人生は終わった。

 

 このあと、彼女の身体は魔術師たちによって回収され、研究資料として用いられた。その結果、人体製造魔術、いわゆるホムンクルスなどの魔術効率や成功率などが飛躍的に向上した。彼女の死はくしくも魔術の発展の礎となり、その成果は彼女の二度目の人生の全貌を知らぬ現在の魔術師たちの間では有名な話である。彼女の身体に施された魔術は妖怪などと呼ばれるホムンクルスの作り方にも応用することができ、言ってしまえば、妖怪の祖とも呼べる存在にもなった。つまり、後世から見れば、彼女は功績を残していたのだ。決して悪いことのみの人生ではなかった。

 

 しかし、やはり彼女の人生は賞賛に満ちた英雄譚などではなく、むしろ殺人鬼という点から、反英雄としての側面が強い。

 

 そんな彼女の願い、真っ当な人間になる。その強い願いは運命に選ばれたのか、彼女は現世に呼び出されることとなる。

 

 反英雄、九十九殺しの仙狸は聖杯に望む。たった一つ、人間になりきれなかった、この世で一番人間に近づいた化け物の望み。

 

 一つだけ欠けた人間らしさを求めて。

 

 

 

「君が僕のサーヴァント……なのかい?」




ヤバイな、これは今年中に終わらないな。これはもしやペルソナ5の発売延期連発と似た状態……。

なんてことを考えながら、取り敢えず終わらせるまで書きます。( ̄ー ̄)


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黒灰舞ひ炎は揺らめく

はい!Gヘッドです!

そろそろ、アサシン陣営VSバーサーカー陣営の戦いも終わりに近づいてきました。まぁ、まだ、セイバーちゃんたちの戦いもあるんですけど……。

暗い話はさておき、今回は久々にあの子登場です。


 暴走したアサシン。これは本来の真名の純粋な殺人鬼としての側面を強調した結果であった。アサシンは人を殺すことにより色々な人間らしさを得ていて、現に今までの彼女はぼぼ人間であった。そのため、こんな醜い姿になることもなく、人間らしい行動しかしなかった。

 

 しかし、セイギはアサシンからその『人間らしい』というものを令呪によって剥奪したのだ。

 

 アサシンから『人間らしい』を奪った。つまり、アサシンがまだ人間ではなかった頃の、理性も、知性も、感情もない獣以下であった姿になるということ。純粋に人殺しを欲し、人を殺すということでのみ快楽を得られた狂った獣の時の彼女がそこにいた。

 

 それは今さっきまでの美しく妖艶でありながらも所々垣間見える優しさのあった彼女の面影など一切ない。そして、あれがセイギの呼び出した本当のサーヴァントなのだ。

 

 夜の森で二匹の獣が吠えた。一匹は熱気を身体から発しながら剣を振るう。もう一匹は人の身体から機械の部品のようなものが突き出ていて、醜悪な姿をしている。

 

 暴走したアサシンは突き出た金属の内臓を腕のように伸ばし、バーサーカーに振り回した。十メートルほどあるショベルカーのような巨大な腕が木々をシャーペンの芯のように容易く折ってゆく。バーサーカーはその腕を両手で押し止めた。足腰に力を入れて踏ん張りながら攻撃をせき止めた。

 

 しかし、そんな攻撃はアサシンにしてみれば片腕を一振りしただけに過ぎない。絶えずアサシンはもう一方の腕を振りバーサーカーを攻撃する。

 

 しかし、やられっぱなしなバーサーカーではない。彼は剣を両手で強く握った。そして、腕を切り落とした。

 

「あぁアあァァぁアァアああっ‼︎イぃぃいイイダただダだィぃぃイいいいイッ‼︎」

 

 腕を切断された彼女は悲鳴をあげて泣き叫ぶ。しかし、彼女が今感じている痛みは朦朧とした意識の中で感じる人間らしかったさっきまでの彼女が感じる痛みであり、いわば幻肢痛に似たような状況だ。さっきまでの彼女ならきっと痛がっていたであろう攻撃に今の彼女があわせてしまっているのだ。本当は痛みなど感じることはありえない。だって、彼女は人を殺すことに長けたただの機械にすぎないのだから。

 

 機械を纏った獣は赤子のように大声で叫びながら、腕の再生行動を始めた。周りにある木に彼女の体から出てきた触手のようなものが絡みつく。そして、見る見るうちにその木は枯れた花のように萎れてゆく。それとともに、彼女の切断された金属の腕はあのおぞましい形を取り戻す。

 

 彼女の腕が再生しきったら、またバーサーカーに向けて攻撃を行う。そして、時間が経つにつれ、アサシンの腕の数は二本、三本と増えてゆく。身体から出た突起物が魔力を得て、金属の腕となる。

 

 その禍々しい腕を単純に、しかし強烈にバーサーカーの燃える肉塊へと叩き込む。彼の筋肉は徐々にダメージを蓄えてしまう。

 

 そのせいか、バーサーカーは攻撃に対処しきれなくなってゆく。一撃一撃が身に深く堪えるほど重い。金属の瓦礫を集合したような腕は一振りだけで数トンの重さもある。その攻撃を休む間も無く次々と身体に打ち込まれるのは流石のバーサーカーでも苦しかった。そもそも、今のアサシンはサーヴァントという補正効果、さらに令呪の力でリミッターが強制解除されて数倍の力にまで跳ね上がっている。それに比べてバーサーカーは魔力の補給源であるマスターが近くにいない。そのため、バーサーカーは圧倒的な不利に陥っていた。

 

 多分、準備万端な状態のバーサーカーでも相手にするのは難しいのに、こんな退路を絶たれた状態で暴走したアサシンを相手にするのは無謀に等しかった。

 

 だが、バーサーカーは逃げようとはしなかった。剣を手にとり、構えた。

 

 きっとそれは巨人族の戦士としての矜持のようなものなのだろう。例えここでアサシンに負けるとしても、戦士は敵に背を向けない。剣が折れても、四肢が千切れても、腹が割れても命あり限り戦うのだ。気高き戦士の意地である。

 

 そして、バーサーカーはアサシンに負け戦を挑もうとした。

 

 その時である。彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「—————おい、バーサーカー!何やってんだよ!負けるなよ!」

 

 幼い子供の声ながらも芯のある声。その声の主はバーサーカーを応援する。負けを許さず、こんな状況なのにバーサーカーに勝てと言ってのけた。

 

 背後を振り向く。そこにいたのは達斗だった—————

 

 バーサーカーはその光景に面食らった。それも当然であった。バーサーカーはもう自分のマスターがここには来ないと思っていたから。二度と会うことはないだろうと悟っていたから。

 

 だから、予想外の事実にバーサーカーは一、二秒時が止まった。

 

「お、おい、バーサーカー!お前、俺じゃなくて前、前を見ろ!」

 

 少年はあまりの驚きに自分の肉体の体を止めてしまったバーサーカーに注意をする。バーサーカーは喝を入れられると我に戻り、アサシンの方を向いた。アサシンはまた金属の鞭のような長い腕を振り下ろす。

 

「うっわッ⁉︎こ、こいつ何?えっ、まさかアサシン⁉︎嘘でしょ?」

 

 いたって正常なリアクション。その様子からバーサーカーとの間にあった鬱憤を晴らしたようである。

 

 バーサーカーは振り下ろされた腕を剣で受け止めた。交わすこともできたが、そうすると後ろにいる少年はアサシンの餌食になる。

 

 だが、どうやらアサシンは少年がここに来たということを知らないようだ。バーサーカーの大きな身体が幸いしたのか、少年の姿が見えアサシンには見えないのだ。

 

 しかし、達斗がアサシンに目でもつけられたりしたら、きっと即座に殺されてしまうだろう。なので、バーサーカーは少年の前から移動できない。そうすると、アサシンを攻撃することも不可能だし、防戦一方になってしまう。バーサーカーとしては少し達斗にはここから離れていてほしい。

 

 バーサーカーは達斗の方をチラリと見る。

 

「なっ、何だよ……」

 

 どうやら達斗はアサシンが彼に気づいていないということに気づいていないらしい。

 

 少年はバーサーカーを睨みつけた。バーサーカーは言葉を発せないから、とりあえず目でメッセージを送るしかない。

 

「じゃ、邪魔だって言いたいのかよ?」

 

 バーサーカーはコクリと頷く。達斗はその思わぬ返答に顔を赤く染め上げた。まさか、あのデクノボーなバーサーカーが主人である少年に対して邪魔だと言うだなんて、と少年は歯を食いしばった。

 

「なっ、ぼ、僕に対してそんなことを言うのか⁉︎マスターだぞ!僕はお前を召還してやったマスターだぞ⁉︎」

 

 少年は大きな声で主張する。だが、そをな大きな声で話していてはアサシンにバレてしまう。バーサーカーは人差し指を口の前に立てて、ジェスチャーをする。

 

「……そ、そんなに僕のこと邪魔なのか?そ、そりゃぁ、わるかったとは少し思ってるけどさ……」

 

 バーサーカーは落胆する。ダメだ。どうやらバーサーカーが伝えたい内容と達斗の伝わった内容はてんで合っていない。それは言葉の分からないバーサーカーでも分かった。何となく相手の雰囲気で察してはいたが、達斗は勘違いをしている。

 

 バーサーカーは少年の言っていることと自分の趣旨が違うことを教えようとするが、少年は自分のサーヴァントに邪魔だと言われたことの精神的ダメージが案外大きかったようで、バーサーカーの方を向かず下を俯いている。

 

 こうなってしまったらもうバーサーカーとしては最悪である。言葉が話せない彼のジェスチャーという手段が封じられた以上、もうこの手しかない。

 

「■■■■■■—————!」

 

 彼は大声をあげる。そして、アサシンに向かって走り出したのだ。

 

 そう、彼は悟った。この状況をマスターに説明するのは無理だと。なので、諦めた。

 

 つまり、バーサーカーの考えはこうである。

 

 まぁ、二画目の令呪使って達斗の魔力は二百パーセント回復してるし、戦闘に参加しても問題はないか。どうせ何かあったら最後の令呪で逃げればいいでしょ。

 

 バーサーカー、ヒドイ。

 

 しかし、これは彼なりの優しさでもあった。確かにバーサーカーはやろうと思えば、今ここで自分のマスターを突き放すことはできた。しかし、彼はしなかった。それは、ここでバーサーカーが達斗の命のために突き放すことが達斗のためではないと知っているからである。

 

 達斗は怖いのだ。一人が。誰かに見放されるというのが彼には恐怖に感じるのだ。

 

 バーサーカーも同じ経験をしている。周りに誰もいないという恐怖は他の誰よりも彼がずっと知っている。

 

 だから、突き放さない。突き放せない。たとえ達斗の周りにいる誰かがバーサーカー一人であっても、彼はそこに居続ける。

 

 みんなから評価されなくとも良い。バーサーカーは自分の評価に値することをすればいいのだ。もしそれが誰からも評価されないことだとしても、彼にとってそれが自分の中で完結できることならばそれでいいのだ。

 

 巨人は己の心に従う。そして、巨人は少年を守るのだ。彼の唯一の取り柄、鍛え上げられた肉塊により、少年の命を守る。一人にはさせない。殺させもしない。

 

 全てにおいて彼は勝利を刻む、巨人族の誇りを胸に灯す—————

 

 そしてまた、少年も心の何処かにバーサーカーへの思いがあった。

 

 少年は見上げる。目の前に立つその男を。

 

 彼の身体は傷だらけだった。明らかに戦闘で負ったであろう古傷が彼を一層と強く見せる。背中にまで彼の傷跡は点在する。どれほどの死闘を繰り広げ、生き残ってきたのだろう。

 

 そして、男は自分を守ろうとしているというのにすぐに気づいた。

 

 何で自分なんかを助けるんだ————。達斗はそう考えていた。

 

 思い返せば、ずっと前からそうだった。何でバーサーカーは彼に従事しているのだろうと。達斗は魔術師だ。十一歳にして魔術を行使でき、聖杯戦争にも参加してバーサーカーを召還した。彼は確かに類稀なる才能を持っている。

 

 だが、だからと言って他の魔術師たちより強いかというと、そういうわけではない。魔術の実力では叔母である市長や、セイギたちには到底及ばない。達斗は実力が伴っていないのだ。

 

 そんな達斗にバーサーカーは逆らうことなく従事している。それがどうも気に食わなかった。

 

 自分に実力がないのは当然理解していたし、聖杯戦争で死ぬかもしれないということも覚悟していた。それは自分のサーヴァントに裏切られても同じだ。彼は結局のところ、実力の伴わない魔術師であることにかわりはないし、聖杯を得るための捨て駒にでもされてしまうだろうとも感じていた。

 

 だけど、バーサーカーは静かに自分の一歩後を歩くのだ。

 

 自分がバカにされているのではといつも感じていた。バーサーカーならば、他の魔術師についてもいいはずだ。

 

 その答えが見出せずにいた。だから、必要以上に八つ当たりをして、苛立って、苦しんで。

 

 でも、本当は簡単なことだった。バーサーカーが達斗を守ることなど難しい理由でも何でもなかった。

 

 バーサーカーは守りたい、達斗を。昔のバーサーカーみたいに孤独の中に立たせたくない。

 

 —————それは巨人が抱くマスターへの優しさだった。

 

 達斗は自分を背にしてアサシンと闘うバーサーカーに一言、声をかけた。

 

「バーサーカーやってやれ—————‼︎」

 

 少年の小さな喉から大きな声が夜の森に響いた。そして、息を目一杯吐いて、吸う。

 

「お前はデクノボーだし、ウザいし、何言ってるか分かんないけどッ……」

 

 いや、もしかしたらバーサーカーは達斗を救うことで自分が救われていたのかもしれない。巨人族のみんなを焼き殺し、一人ぼっちを嘆いていたのはバーサーカーの方なのかもしれない。

 

 バーサーカーの脳裏に召還された時の記憶がふと浮かびあがる。あれは希望の光のようなものだった。暗く絶望で満たされた何処までも深く広い海のような空間でバーサーカーは孤独を噛み締めていた。そんな時に声が聞こえたのだ。

 

 誰か、僕の隣にいてくれと。目の前に見える一人という世界を壊してくれないかと。

 

 彼はその苦しみにも似た希望の光に手を差し伸ばした。

 

 スルトも同じ気持ちだった。

 

 —————彼は誰かに認められたかった。ただ、それだけ。

 

「誇っていいッ‼︎お前は強い‼︎僕が知ってる誰より何よりも、ずっとずぅっとお前が強いっ!でも—————」

 

 言ってほしい。自分は、もう—————

 

「—————僕たちは、一人なんかじゃなァァいッ‼︎」

 

 その言葉が言ってほしかった。その言葉だけを求めていた。それ以外の言葉はもらってもあまり嬉しくはない。

 

 イジメられていた小さな時、スルトは夢見ていた。いつか自分は強くなって、仲間として認められるのだと。

 

 いつだろうか、彼の認められたいという願望が強くなりたいというものに変化したのは。

 

 だが、彼はその願望が間違いだと、あの地獄の時間に初めて気付いたのだ。

 

 認められることの喜びを。

 

「■■■■■■■—————!!!!!」

 

 バーサーカーは戦士の雄叫びをあげた。

 

 だが、彼の顔はいつもの変わらぬ寡黙な表情などではなかった。

 

 感情の起伏が乏しいバーサーカーが初めて嬉しそうに笑っていた。守りがいのある主人を持ったことは誇らしい。

 

 巨人は大剣を力強く、そして空高く振り上げた。剣の先から高いエネルギーが生み出されてゆく。そのエネルギーは剣を、そしてバーサーカーの身体を包みあげた。

 

 真紅の炎を纏う肉体はルビーのような煌めきを放つ。眩い輝きは彼の闘志そのもの。

 

 あの時は彼も力を暴走させてしまった。しかし、今の彼なら使いこなせる。

 

 真に大事な繋がりを彼は確と見つけ出した。

 

 バーサーカーは剣を振り下ろす。

 

 滾る闘志は剣に乗せて、熱き思いは声に乗せて。

 

黒灰舞ひ炎は揺らめく—————‼︎‼︎(ェえエウあぁンダァエいいンんんッ‼︎‼︎)

 

 彼の振った剣から黒煙が生じる。その黒煙はたちまちあたり一帯を包んだ。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「クソッ‼︎最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だッ‼︎サイッアクだよッ‼︎」

 

 セイギは大声で叫びながら赤日山の内部、伊場の魔術工房の入り口まで走っていた。

 

 やっぱり悔しいのだ。口ではどうこう言えても、やっぱり身体と心は一体などではない。どうも上手く心を従わせられない。

 

 本当は一緒にいたい、アサシンと。それはヨウに対する裏切りであることは百も承知で、それでも彼は本当に彼女のことを想っている。やろうと思えば裏切ることもできるし、アサシンだってとやかく言うだろうが、それでもセイギとしては結果オーライなのは明確な未来である。

 

 だけどやっぱりアサシンの思いを尊重するという自らの姿勢を変えない。親友であるヨウのためということもあるけれど、それ以前にアサシンがそうしたいと思うのならそれを叶えるまでである。

 

 そして、それを阻害する心に苛立ちを感じている。

 

 彼は工房への隠し扉を開いた。そこは山の木々が密集している如何にも何もなさそうな所だった。きっと夏には草花が地面に生い茂り、鬱蒼とした小さな森がそこに現れるのだろう。そんな所に扉は隠されていた。まさに秘密の工房への入り口とでも言うような場所だ。

 

 セイギは慣れた手つきで隠し扉に張られた魔術を解除して、扉を開け中に入っていく。中は壁も床も天井も一面が同じ金属で覆われた一本道だった。しかもその先には出口のような扉もある。それ以外は何か扉のようなものがあるわけでもない。セイギはこの道が迷路だと言っていたが、ただの一本道でしかない。

 

 だが、セイギは入り口から少し歩いた所で立ち止まった。そして、十八回壁を手の甲で軽く叩いた。すると、一本道に見えていた視界が急にかすみ出し、いつの間にか視界にはさっきまで見えなかった道がどんどん現れた。そして、それにつれてさっきまで見えていた入り口と出口が消えてしまった。セイギはそれに驚くことなく、現れた道の一つを迷いなく歩いて行く。そして、彼はまた立ち止まり、今度は床を八回叩いた。すると、また同じようなことが起こる。今度はさっきとはまた別の方向の道へ行く。そして、今度は立ち止まらずに歩きながら一定の周期で十一回交互に左右の壁を叩く。

 

 これが伊場の魔術工房の迷路だ。決して難しいわけではない。覚えてしまえばどうってことないただの迷路。だが、階層が深く、伊場の魔術工房に近づくにつれて目の前の風景が一変し、侵入者の不安感を煽り迷わせる。

 

 この仕掛けはセイギが作ったものなどではない。これもセイギの師である叔父の理堂の残した遺品の一つなのだ。

 

 だが、セイギは語らない。こんな仕掛けを作れるのは日本でも片手で数えるほどしかいないのに、自分の叔父のことを誰にも語ったことがない。知識程度に理堂の存在を教えることは多々あるが、その理堂の生き方や信念を他人に語ったことなどないのだ。それはアサシンであっても然り。

 

 そもそも理堂の人物像を詳しく知り得ているのはこの世にセイギ、ただ一人しかいない。だが、彼はその理堂がいた存在していたということを心の何処かで負い目に感じ、話そうとはしない。

 

 しかし、忘れてはいけない。今、セイギが魔術師としていられるのも理堂のお陰だということも。

 

 セイギは魔術工房に着いた。石畳みの床の上に机と椅子、天井に届いているほど大きな本棚が小さな部屋に置いてあるだけの殺風景な場所。ここが伊場の魔術工房である。

 

 セイギは本棚を横にずらした。すると、本棚の後ろに隠し通路があった。セイギは奥へ進む。

 

 そこは赤日山、もとい伊場の魔術工房の最深部だった。

 

「ここには一度も来る必要なんてないと思ってたんだけどな……」

 

 神妙な面持ち。それもそのはず、彼はこれからやることに乗り気ではないのだから。

 

 だが、やらねばならない。駄々をこねても、ここまできたからにはやるしかセイギには道がない。

 

 彼は最深部の真ん中にある水晶体に手を触れた。水晶体に手を触れると、彼の手相や魔術回路が解析されてゆく。

 

 彼はそれを終えると、水晶体に命じた。

 

「今までの伊場の全ての魔術の記録を本で出してくれないか?」

 

 彼がそう命じると、水晶体にオーケーと文字が浮かびあがった。そして、それから数秒後、水晶体から一冊の本が現れた。その本は暑さ十五センチほどの極厚の本。彼はその本を手に取る。

 

「こんなに伊場の魔術の記録があったのか。それほど、この工房は長い間伊場の魔術師たちに使われたってことだよね」

 

 彼は水晶体を撫でる。

 

「ありがとう。僕の魔術工房。そして、さようなら」

 

 彼はそう告げると、水晶体にある呪文をかけた。すると、水晶体は赤い怪しい光を放ち始めた。

 

「システム異常、システム異常。ただちに避難してください。ただちに避難してください」

 

 警報が工房内に流れる。セイギはその音を聞くと、本を持って魔術工房の後を出た。

 

「システム異常、システム異常。ただちに避難してく……だァさ……イ。たぁ……だち…………に…………ぃ…………。…………爆破モード切り替え。爆破モード切り替え。爆破まで十分。爆破まで十分。ただちに安全な場所へ避難してください」




今回は久々に人物紹介です。(パラメーターなどは多少の変更がございます)

バーサーカー


パラメーター:筋力A・耐久C・敏捷C・魔力D・幸運D・宝具B〜A+
スキル:狂化B(焼焉の身体のせいで実質E)・神性E・焼焉の身体B・破壊者D・世界の終わりEX
焼焉の身体……身体が熱くなったりするスキル。このスキルは自身の他のスキルも焼いてしまうため、そのせいで狂化スキルが最低値になってしまっている。
破壊者……何かを破壊することを長所とするスキル。また、このスキルにより耐久がガタ落ちするかわり、筋力は非常に高く上昇する。


長身巨躯、煤のような黒い肌に筋肉質な肉体、何より顔が怖いというTHE・バーサーカーって感じのバーサーカー。しかし、性格は乙女チック。優しく、人殺しを無闇にはせず、可愛いものが好き。やってみたいことはガーデニング・花いじりと、お菓子作り。きっと、女の子だったら可愛かったろうに。

真名はスルト。
そう、あのスルト。世界を一度終わらせたスルトである。もちろん、この物語でもスルトは世界を終わらせているし、破壊者としての一面がある。敵を殺し、最凶の神を殺し、仲間を皆殺しにした。
だが、スルトはそのことをずっと悔やんでいる。(詳しくは数話前の回にスルトの過去があります)。
聖杯への願いは殺してしまった仲間を生き返らせること。それだけである。

また、彼は昔の力に飢えていた自分と似ているマスターの達斗を気にかけており、できれば彼も救いたいと考えている。

宝具は『黒灰舞ひ炎は揺らめく(レーヴァテイン)
宝具ランクB〜A+
種別:対界宝具
レンジ:0〜300
最大捕捉:1〜

バーサーカー、もとい巨人スルトの持つ大剣。その長さは彼の身長を越すか越さないかというくらい非常に長く、とても大きい。重量はトンを超えるほど。(ベルセルクのガッツが持っている大剣のさらにデッカい版みたいなもの)
宝具を発動すると高温の黒い灰があたり一面を包み、焼け野原状態になってしまう。また、彼の炎は魔力、つまり生命力を燃やす炎である。そのため、その炎に焼かれた場合、基本的に死ぬことは免れない。つまり、焼く=死を与えると同義である。

ちなみに、バーサーカーはそもそも焼け終えてしまった身体なので焼かれることはない。達斗は焼こうと思えば焼くことも可能だが、意外に器用なバーサーカーは達斗には火を近づけないようにしている。


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最後の令呪

 『黒灰舞ひ炎は揺らめく(レーヴァテイン)』。バーサーカー・スルトの存在を証明する彼にしか持ち得ない宝具。かつて世界を巻き込んだ戦いの最中、彼が軍神フレイから奪い去った剣であり、彼を終焉の巨人に変えてしまった剣でもある。

 

 その剣はかつてほどの威光はなく、神代の時代と比べたらただのなまくらに過ぎないだろう。これくらいでは世界を壊すどころか、一国さえ破壊できやしない。しかし、それでもサーヴァントとしての力は十分にあった。この聖杯戦争で十分に勝ち抜けていけるだけの力が。

 

 彼は剣を振り下ろした。すると、剣から煙が吹き出た。爆発によって生じたような黒い煙がその場をたちまち覆ってしまった。

 

 視界の先は何にも見えない。いや、見えないわけではない。赤い煌めきながらゆらゆらと揺れる光が辺りに見える。

 

「ウッ、な、何なんだよ……。僕がいるっていうのに、宝具なんか使いやがって。僕を巻き添えにする気かよ。っていうか、やっぱり熱いな」

 

 達斗は上着の襟を口に押し当てた。バーサーカーが放った灰は高温の油をばらまいているようなものである。達斗のいるところはバーサーカーからは少し離れているため灰がそこまで多くはないが、バーサーカーのところに近づくにつれて段々と気温が高くなるだろう。達斗のいる場所の気温は六十度ほど。それだけでも結構な熱ではあるが、達斗自身バーサーカーのマスターなので、それなりに加護のようなものを得ているため八十度ほどでは少し熱いくらいに感じるほどである。そして、バーサーカーのいるところはざっと二百度は超えている。それほどまでに高熱な空間となっているのだ。

 

 また、彼の灰は魔力を焼いてしまう。少量ならともかく、大量に吸い込んでしまったりしたならどうなるか分かったものではない。魔力を二百パーセント回復した達斗でも、七〜八分ほど吸っていたら魔力欠乏で死に至る。

 

 だが、達斗はそこから離れようとはしなかった。バーサーカーのレーヴァテインがどれほど危険なものなのかをマスターである彼は当然のように知っている。

 

 それでも、そこに居続けた。バーサーカーのいる方を刮目している。粉塵で視界が遮られていてもその先を見据えるように、目を逸らすことなくじっと見ていた。

 

 達斗としてはここで目を背けてはいけなかった。そんなことをしたら、自分のことをずっと近くで見続けていてくれたバーサーカーへの裏切りでもある。

 

 バーサーカーが勝つことを信じて疑わない。その確固たる強い意志が少年の中にあった。それは彼への信頼に似た何かの類が引き寄せた少年の行動だった。

 

 段々と彼の視界を邪魔する灰が鎮静化してきた。彼の周りの空気を漂う塵芥は重力に逆らえずに地に落ち、冬の冷たい風に飛ばされる。そうして、目の前の視界が開けてきた。

 

「えっ……?」

 

 彼の視界に入ってきたのは思いもよらぬバーサーカーの姿だった。

 

 さっきまでは禿げた木が秩序なく生える森はもうなく、辺り一面は炎と灰のみだった。大木は炭と化し、めらめらと焼き尽くす炎は獲物を未だに求め続け、冬なのに陽炎が大気を歪ませる。

 

 その中にバーサーカーは立っていた。彼の目の前には身体の大半を切断された醜い化け物がいた。化け物はぐったりと焼けた地面に伏していて息の根が止まっているようである。

 

 その化け物の腕の一本がずっと前に突き出ていた。二十メートルほど先の焼け焦げた大木に伸びた腕が突き刺さっている。

 

 血が吹き出た。それはバーサーカーの出血だった。彼は出血箇所を手で押さえて跪く。

 

「■■■■■……」

 

 苦しみの表情を浮かべる。歯を食いしばりながら、アサシンをぐっと力強く睨みつけた。

 

「おっ、おい!バーサーカー!お前、大丈夫かよ?」

 

 達斗は重症を負ったバーサーカーの所へ駆け寄ろうとした。

 

「うわっ、アツ!」

 

 しかし、バーサーカーの宝具を発動してからまだ一分ほどしか経っていない。故に彼の周辺は相当な高熱であり、常人ではおろか達斗でさえも近づいたら火傷では済まない。

 

 それでも達斗は歩み寄る。それはまるでバーサーカーが彼にしていたように。

 

 足の裏が熱い。熱湯の風呂の中に入っている気分だった。肌を焼くような大気。喉は乾き、汗はドッと出た。

 

 達斗はバーサーカーの前まで来た。彼はバーサーカーの受けた傷を見て言葉を失った。

 

「お前……、腕が……」

 

 バーサーカーの左腕から血がポタポタと滴っていた。いや、左腕があった所からだ。

 

 アサシンはバーサーカーの宝具を受けるのと同時にバーサーカーの左腕をもぎ取ったのだ。そのままアサシンの不気味な腕は二十メートルほど先の木と彼の左腕を突き刺した。

 

 バーサーカーは苦しみに耐えるように臥い伏した。跪き、辛い痛みに悶える。

 

 初めてだった。バーサーカーが初めて達斗の前で痛みに苦しんでいるのは。達斗がバーサーカーの人間らしいところを見るのは。

 

 今まで達斗はバーサーカーをサーヴァント、つまり英霊だと捉えていた。だから、自分たち人間とは少し格の違うまるで神に似た何かだと、ずっとそう考えていた。

 

 だけど、全然違った。本当はそんなじゃなかった。

 

 バーサーカーは痛みに悶えたり、心の底に悩みを抱えていたり、苦しんだり、悲しんだり、絶対的な願いに向かって常に手を伸ばしている。

 

 達斗はどうしてもバーサーカーは自分とは違うと思いたい。この巨人は英霊(サーヴァント)、自分は人間(マスター)なのだと。

 

 でも、そんな風に思えなくなってくる。一緒にいればいるほど分かる英霊の人間らしさ。それに目を背けても背けきれなくなってくる。

 

 いつしか、英霊を人間と思ってしまっていた。英霊は自分たちと何ら変わりはないのだと。

 

 やめてほしい。そんな風に考えたくはないと達斗は思う。

 

 でも、それでも目の前に映る彼の姿は屈強で、そして脆い人間なのだ。

 

「痛いのかよ?お前が痛いって思うのか……?」

 

 達斗は誰にも聞こえぬような小さな声で尋ねた。当然、そんな小さな声ではバーサーカーの耳に届くはずもなく冬の夜風にかき消された。

 

 達斗はどうしてもバーサーカーは同じ人間だと思いたくなかった。

 

 だって同じ人間なら、相手のことを考えないといけないから。前までは違うものだと見ていたからマスターとサーヴァントとしての主従関係を守れた。

 

 だが、達斗は人間でバーサーカーも人間だ。なら、苦しんでもがいているバーサーカーがいて、そんな彼に罵倒をし闘えと命じるマスターはいるであろうか。

 

 バーサーカーは自らの剣を手に取る。そして、その剣を傷口に当てた。超高温の剣は切断面を一瞬にして焦がした。この状況において、バーサーカーの咄嗟の止血方法である。もちろん、本来しっかりとした医療行為等が可能ならばそんなことはしないような荒い対処法だが、何もしないよりかはよっぽど良い。

 

 肉が焼ける音が聞こえた。煙を出しながら、バーサーカーは歯を食いしばる。

 

 バーサーカーのその行動を見ていて、達斗はふと思った。

 

 その傷は今夜限りのものとなるだろう。何故なら、今夜で聖杯戦争は終わりの鐘を鳴らすからだ。そしたらきっとこの目の前にいるバーサーカーはどうなるだろうか。負けたら、彼は英霊、巨人スルトとして霊基に戻りこの記憶は刻まれるがまた新たにこの世に現れる時にはその傷は過去のものとなるだろう。勝ってもスルトは自身の望みを叶えるために自らを殺そうとするだろう。生き残るにしても、魔力供給が間に合わずに現界が限界に達する。つまり、どちらにせよ彼はこの世から消える存在であり、その傷に苦しむスルトを無視することが最善の選択であることは明白だった。

 

 そして、それは頭の良い達斗でも簡単に分かることだった。腕を失い痛み苦しむバーサーカーを目を向けたって何の意味もないことなど瞬時に理解した。

 

 理解できた。故に理解できなかった。

 

 自分はこんなにも冷徹な人間なのかと思ってしまう。バーサーカーの傷を目の当たりにして自分は手を差し伸べないのかと。それではただの魔術師にしか過ぎないではないかと。

 

 達斗は魔術師が嫌いだった。達斗はサーヴァントが嫌いだった。大切な母親を奪った聖杯戦争が嫌いだった。聖杯戦争がある世界が嫌いだった。

 

 いつか、そんな世界に一矢報いるために、あえて嫌いな聖杯戦争に参加して、あえてサーヴァントを従えて、あえて魔術師になって。

 

 世界を壊すためだったのに、いつの間にかそんな世界の片隅で悲しみながら一人を嘆いている巨人に心を許して。

 

 彼の熱で冷めた心は温かくなっていた。

 

 その温かい心はかつての冷めた自分を嫌悪する。

 

 あの頃なら、こんな姿のバーサーカーに手を差し伸べることなどあり得なかった。使えないと蹴り飛ばしながら罵倒していた。

 

 それが今では—————

 

「—————令呪を以って命ず」

 

 自分は変わってしまったとつくづく思う。世界への苛立ちだけのために前進していたあの時の自分。大切な仲間を見つけて、その仲間のためだけに聖杯への道のりを後進する今の自分。

 

「その腕を治しなよ—————」

 

 思えば前進とはなんなのか。聖杯への道のりが前進なのか。この苛立ちを解消させるのが前進なのか。

 

 そのどれも、前進であり後進である。

 

 前進とは前へ進むことだ。しかし、その前とは結局はなんなのか分からない。今向いている方向が前なのかもしれないし、後ろもしれない。

 

 つまり、前進は後進で、後進は前進なのだ。

 

 だから、マスターとサーヴァントという関係ではない、特別な繋がりは後進であり前進なのだ。

 

 家陶達斗という一人の少年の前進がその一夜にして起こった。

 

 令呪の力は絶大だった。バーサーカーの切断された腕が見る見るうちに接合してゆく。血管、筋組織、皮、全細胞が傷跡もなしに、まるで時が遡ったかのように令呪と言う名の絆の糸で縫い合わされた。

 

 バーサーカーは元に戻った腕を動かしてみる。当然のごとくその腕はしなやかに動く。さっき腕を落とされたとは思えないほどだ。

 

 しかし、その腕の修繕はいわば二人の聖杯戦争の脱落を意味する。達斗の手の甲にあった残りの一画は消え失せ、痣はぼやけてしまい、目に見えるのは若干の消え損じた赤。それもすぐに見えなくなってしまうだろう。

 

 達斗とバーサーカーの間に繋がっていた魔力供給のパイプは令呪の消滅とともになくなった。バーサーカーが現界できる時間はもって十分ほど。

 

 バーサーカーは達斗を見る。何故、自分の怪我を治したのかと彼は疑問だった。

 

「何だよ、不満なのかよ?」

 

 達斗は下から彼を睨みつける。小さい顔のくりっとした目が上に釣り上がる。

 

 バーサーカーは別に不満を感じているのではない。切断された腕が元に戻ったことや痛みが消えたことは嬉しい。自分のために大切な残り一画の令呪を使用するということは、達斗にとってその行動が聖杯以上に意味があったということ。大切に思われることは悪いことではない。

 

 ただ、それで良かったのかとバーサーカーは達斗に問いかけたかった。自分なんかのためにその最後の一画を使って良かったのかと。

 

 ここでバーサーカーはどうしても卑屈になってしまう。自分は一族の仲間でさえも滅ぼした罪人であると。そんな者を助けて何になるのだと。

 

 彼の思っていることはもっともである。彼なんかを助けるより、そのまま聖杯へ手を伸ばした方がよっぽど良かったのかもしれない。

 

 そもそも、バーサーカーも達斗も聖杯には六騎の魂が溜まっていると思っている。つまり、その場合、目の前にいるアサシンの魂を聖杯に溜めれば聖杯は満ちる。だから、最後の令呪を使わなくとも少し待てば聖杯は手に入れられるのだ。

 

 もちろん事実ではない。ただ、彼ら二人の中でそのことは事実であり、最後の令呪の使用は本当に無駄なことでしかないのだ。

 

「分かってるよ、無駄なことくらい……」

 

 達斗はしょげてしまう。それでもバーサーカーから顔を背けることはしなかった。

 

「でもさ、僕はこれが間違ってるとは思ってないよ。確かに聖杯は手にできないし、無駄だらけな選択で僕らしくない。だけど、それでいいんだ。後悔はないよ」

 

 達斗は恥ずかしそうに口をもごもごとしながら、ボソッと呟く。

 

「その……、僕たちは……、な、仲間だろ?」

 

 その温かい言葉は熱の巨人の救いを求める心に光を差した。

 

 あの時、巨人は絶望した。焼け焦げた世界で一人佇みながら、孤独というものに。

 

 だが、今の彼の目の前には小さな魔術師がいる。罵詈雑言を放ち、横着でワガママで、でも何処か放っておかない子供。

 

 そんな子供と彼は聖杯戦争を共に歩めたことに、感謝した。

 

 絶望した世界に希望を見た。

 

 仲間という希望を—————

 

 

 —————ミシッ。

 

 イヤな音が聞こえた。その音は枯れ枝が折れた音だった。目を向けると、化け物がまた戦おうと必死に周りから生命力を吸い取っていた。

 

「ムリだよ。もう、この燃え尽きた森で命のあるものなんて俺たち以外には何一つない。だから、お前はもう戦えない」

 

 達斗は化け物の敗北を告げる。それでも、バーサーカーよりバーサーカーらしい化け物は惨めに辺りのものを触り、命を吸い取ろうとする。

 

「ナ、イ……、いのチ……、な、イ……。イの、ち……、ナイ……」

 

 必死の形相で命を手探りに探すその姿は本当に人間ではないかのようだった。いや、もう人間ではなかった。人間ではない何か別の生き物だ。

 

 化け物は嘆く。

 

「ホし、イ……、いのちほシイ……。イキたい……。いきテ、いタイ……」

 

 化け物は人間らしさを捨てて、あのアサシンの面影など何処にもない。逆に言えば、あのアサシンから人間らしさを引けば、きっとただ切実に生きたいという思いしかないのだ。殺すということもこの化け物にとっては生きるための唯一の手段であり、それがないと人に変わるどころか生きることもできやしない。

 

 化け物は達斗の存在に気付いた。すると、死に物狂いで達斗に向かって金属の手を伸ばした。最後の力を振り絞って。

 

 達斗はそんな変わり果てたアサシンを可哀想な奴だと憐れんだ。聖杯のためだけに彼女は美しい姿を捨てて、この醜い姿に成り果てたのだから。かつて人間になりたいと願っていたのに、結局彼女は元に戻ってしまうのだから。

 

 聖杯とは恐ろしいものだ。あの存在が色々なものを狂わせ、醜く変貌させる。

 

 過去のそのあまりにも眩しい光に魅せられていた自分が惨めだ。きっと、この化け物と同じくらい、醜く憐れな存在なのだろう。

 

「せめて、一思いに散りなよ」

 

 アサシンの長い金属の腕が達斗の身体に触れるというその瞬間、バーサーカーの剣が円を描くように空を切り裂いた。その剣の刃はアサシンの腕を一刀両断した。最後の力を振り絞ったが上手いようにいかなかったアサシンはその結末に満足したように微笑んだ。

 

 そして、倒れ込んだ。最後の力を使い切ったアサシンは力及ばずそのまま終わりを迎えた。

 

「そう……、ソウ……。私ノ終わりッてやっぱリこンナモのなノかしラ?」

 

 絶望の中で笑う彼女。その彼女は土に額をつけながら、全てを悟った。

 

「そんなことないと思うよ。あんたとあのクソ魔術師も結局のところ、僕たちみたいなものだったんでしょ?なら、どう終わろうが、助けられたことに変わりはないんじゃない?」

 

 達斗はそう言うと、バーサーカーに指示をした。今度こそ彼女の命を奪いされという命令である。バーサーカーは彼女の横に立つと黒く大きな剣を振り上げた。

 

「ふフふっ……。ソう……ナノかモネ。そンな……もの、なのカモね」

 

 バーサーカーは剣を振り下ろす。

 

 その時だった。大地がぐらりと揺れた。地に落ちた灰がまた舞い上がったのだ。

 

 突然のことである。バーサーカーの振り下ろした剣はアサシンを斬ることなく宙で止まった。

 

「何だ?これは?」

 

 突然のことに動揺する達斗。しかし、あまりにも予想外の事態に頭の中の収束はすぐにつきそうにない。

 

「アア、始マっテしマッたのね……」

 

 アサシンのその言葉でバーサーカーは直感的に閃いた。その瞬間、彼は事態の重大さに気付いた。

 

 彼は急いで達斗を担ぐと焼け焦げた山を全速力で降りて行く。

 

「おっ、おい!ちょっと、バーサーカー!お前、何すんだよ⁉︎」

 

 理解ができぬ間にことが進み、バーサーカーに説明を求める達斗。しかし、今はそんな悠長な時間はないのだ。

 

 バーサーカーはこれ以上とないほど必死に、今まで見せたこともないような本気さを見せた。ただ走るというだけなのに、なぜこれほどまでに走るのか、察しのいい達斗は何となくだが理解した。

 

 だが、時間はもうないのだ。

 

「あア、モウ逃ゲられなイわよ。私はアナたたチを誘キ寄せるタだノ囮に過ぎなナイの……」

 

 それから山が爆発し崩れ落ちたのは十数秒後、すぐのことであった。



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最ッ高の時間よ

 走れ、走れ、走れ、走れ、死にたくなければ走れ—————

 

 バーサーカーの本能がそう告げていた。幾千もの死地をくぐり抜けてきた彼だからこそ本能的にこの危機に気づけた。

 

 真っ黒に焼けた土と灰に覆われた山をフルスピードで駆け下りる。急斜面でも足の運びを止めることなく、ただ必死に逃げていた。

 

「ぅぉおおっ‼︎ひゃぁッ‼︎怖い!怖い!怖い!やっぱり下ろせっ!下ろせってぇ〜‼︎」

 

 バーサーカーの脇に抱えられている達斗は小さな体をジタバタと揺らす。時速六十キロほどの速さで山を駆け下りているのだから、ショボいジェットコースターほどなのに、泣きべそをかきながら叫んでいる。

 

 もちろん、達斗の泣き言はバーサーカーには一切理解できない。とりあえず彼は元マスターの言うことに従うよりも自分がしたいことを専決する。

 

 だが、時すでに遅し。彼の本能がもうダメだと鐘を鳴らしている。何かこの山でヤバいことが起こるのだと、もう手遅れなのだと言っている。

 

「■■■■■■■————‼︎‼︎」

 

 バーサーカーは吼えた。これ以上とない危機の事態。こんな事態、いつもなら自分一人だから少しの無茶しても全然平気だった。だけど、今は無理なのだ。

 

 達斗を見る。彼は次々に訪れるチンサムに絶叫しかしていない。

 

 こんな少年を守らねばならないのだから。

 

 たった一ヶ月の関係、心を通わせることができた時間は僅か十数分、これからは多分もう一生会わないであろうこの少年を全力で守りたいと思える。

 

 自分を友と呼んでくれたこの少年を。

 

 聖杯なぞもうどうでもよかった。

 

 誰にでもくれてやる。それぐらいの思いである。

 

 彼はあと少ししかこの世界にいられないだろう。あと少ししかこの少年といられないだろう。

 

 残念である。この少年ともっとずっといたかった。いっぱい話したかった。まだ笑いあってもないから笑いあいたい。そしたら、もっともっと仲良くなる。

 

 こんな少年とこんなにも一緒にいたいと感じるのは思いもよらなかった。

 

 ああ、もっともっと、続け————

 

 時間がない。そう考えた彼は膝をぐっと曲げた。腰を深くまで落とし、足の指を焼土にめり込ませる。そして精一杯、筋力だけが取り柄のバーサーカーの本気を出して膝を伸ばし、飛んだ。冬の夜空めがけて、星々に届くように。

 

「■■■■■■■■■■ー‼︎」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎バカやろおぉぉぉォォォォォッ‼︎」

 

 ————最ッ高の時間よ。

 

 バーサーカーは満面の笑顔だった。腹の底からこのおかしくて、憎らしいほど輝いて見える世界が綺麗だと思えた。かつて絶望した世界がこんなにも美しいものだと気づいた。

 

 達斗はバーサーカーを見て、ふっと笑った。

 

「何、涙流しながら大笑いしてんだよ。フハハッ、ダサい顔」

 

 かつて暗い霧が立ち込めていた彼らの世界は、今目の前に広がる景色のように希望のある光をポツポツと灯していた。眼前の星々のように。

 

 バーサーカーが達斗を抱えて空に飛んでから二秒後、赤日山が爆発した。鼓膜を破ってしまいそうなほどの轟音が身体を揺らす。山の中枢が爆弾のようなもので吹き飛んだ。山はほぼ半壊、真ん中から上が火山の噴火のように吹き飛び、瓦礫は大小問わず宙を舞い、岩なだれが起きた。

 

 空を飛んでいるバーサーカーたちは何とかギリギリ山の爆発の巻き添えを喰らわずに済んだ。

 

 しかし、安心はまだ早い。彼らの命を狙う者はアサシン一人ではないのだ。

 

「へぇ、直感であの爆発から逃げる……か。僕が大事なもの色々と捨てた意味がなくなっちゃったなぁ〜」

 

 セイギだ。彼はこの山の爆発の実行犯である。彼はアサシンにこう言われた。

 

「もしかしたら私、あの姿に戻っても負けちゃうかもしれない。だからさ、その時のためにこの山を爆発しておいてくれない?」

 

 その時のあまりに突然の言葉にセイギは唖然。令呪一画を使っても倒せないと言われて、その次には魔術師にとって大事な魔術工房を破壊しろと言うのだ。

 

「いや、流石にそれは……」

 

 セイギは反論する。しかし、その反論も長くは続かなかった。

 

「大丈夫、バーサーカーは倒せるから。勝てるよ」

 

 新手の宣伝商法のように勝てるという言葉だけで彼女はセイギにそうさせようとしていた。セイギはその言葉が気に食わなかった。だが、そうするしかなかった。例え泥舟でも乗りかかってしまったからには渡らなければならない。

 

 セイギは空を飛ぶバーサーカーたちに向かって右腕を突き伸ばした。左手を右肩に添え、反動に備える。

 

「勝てる……か。確かにバーサーカーには勝てただろうけど、僕的には色々と負けなんだよ。魔術師としても、男としても」

 

 彼はぐっと力強く目を見開いた。その視線の先の敵もセイギに気づいて攻撃を受ける構えをとろうとする。

 

 しかし、遅い。セイギの身体の魔術回路はフル稼動して魔力はグツグツと煮えたぎっている。アサシンたちの猛追も詰めにきていた。

 

「僕だけ損だなんて。そんなこと、はいそうですか、で了承すると思う?きっちりと君たちも失いな。傷の舐め合いは付き合ってあげるからさ」

 

「■■■■■■■‼︎」

 

 セイギの右手の先に超高密度の魔力球が現れる。さらにその球体にこれでもかというくらい魔力を詰め込み、巨大な球体となった。セイギの魔力を全て詰め込んだ、彼の魔術師としての力の全てがそこにあった。

 

「これが魔術師、伊場正義の本気だァッ!————魔白の砕星砲(ホウリィ・エンド)‼︎」

 

 彼は球体の中にある魔力をビーム状にして放出させる。一筋の眩く大きな閃光はバーサーカーさえも覆い尽くしてしまった。

 

「■■■……■■■■ッッ‼︎」

 

 目をくらますほど強い光を放っていた太い線は冬の夜空へ消えてゆく。そして、黒い巨人がぐったりと力なく真っ逆さまに地へと叩き落とされた。

 

 地に落ちた巨人の脇の中には達斗がいた。彼は達斗を地面の衝撃から守っていた。達斗はバーサーカーの腕の中から這い出ると、大ダメージを負っているバーサーカーを見た。

 

「……おい、バーサーカー。お前、何で、そんなこと……。最後の令呪、無駄になっちゃうだろっ⁉︎」

 

 達斗は悔しそうに拳を握った。小さな手だ。何も救えない小さな手だった。

 

 バーサーカーはセイギの攻撃を受けた時、身体を燃やさなかった。つまり、魔力を焼かなかったのである。確かにあの魔力量は通常の比ではなく、例え魔力を焼くことのできるバーサーカーだとしても少しはダメージを与えることができた。しかし、それくらいでは倒せない。

 

 だが、達斗の目の前にいるバーサーカーはやられたのだ。それは何故か。

 

 それは、達斗を守ったのだ。彼が自身の体を燃やせば、彼と接している達斗の身体は灰と骨と化してしまう。だから、しなかったのだ。自分が大ダメージを負うとしても。

 

 バーサーカーは小さな唸り声をあげる。起き上がろうとするが、うまく身体が動かない。

 

 そんなバーサーカーに近寄ってくるセイギ。彼もまた残りの魔力は僅か。さっきの一撃に全てを注ぎ込みすぎたせいか、あと一回くらいしかバーサーカーを殺せるくらいの攻撃はできない。

 

 そんな彼にとってこの事態は確実に仕留められる絶好のチャンス。見逃すわけはなかった。

 

「味気ない最期。それで僕は良いと思うよ。バーサーカー、君は十分、一等星のように輝いた。最後に言い残したいことは何かあるかい?」

 

 セイギは優しい顔を向ける。それと相反するように彼の右腕は無慈悲に彼の命を奪おうとしていた。彼の身体中の魔力が右腕に装填されてゆく。次の一撃に賭けていた。

 

 バーサーカーは最期かと悟ると、壊れかけの身体に鞭を打ち無理矢理立ち上がった。それは寝そべったまま終わるということを許さない巨人族の矜持なのだろう。

 

「素晴らしい。本当、君みたいなサーヴァントが仲間だったら、ある意味では僕はこんな辛い思い絶対してないし、本当、英霊としての鑑だよ。尊敬するよ」

 

 セイギは右腕の指先に神経を集中させる。魔力球が指先に現れた。

 

 その時である。急に達斗がバーサーカーの目の前に立った。両手を大の字に広げ、バーサーカーを守ろうとしていた。

 

「—————やめろォ!バーサーカーを撃つなッ‼︎」

 

 小さな身体が巨躯を覆い隠そうとしている。しかし、達斗の身長はバーサーカーの腹のあたりほどまでしか到達しておらず、胸の中の心臓を撃とうとしていたセイギには無意味な障害でしかなかった。

 

 だけど、彼の眼は訴えかけてくる。殺すなと、トドメを撃つ必要はもうないと。

 

 もうバーサーカーは魔力の限界にきていた。当然である。ただでさえ魔力消費が激しいバーサーカーがずっと供給なしでこの世に存在しているのだから。

 

「こいつを撃つ必要はないだろッ⁉︎だって、こいつはもう……」

 

 言葉が続かない。自分の彼への優しさが逆に彼の敗北を招いてしまったのだから。あの時、最後の令呪を使わなければ良かったと悔やみながら、それでも今を受け入れてその上で彼を守ろうとしている。口にはできなくとも彼のバーサーカーへの思いはただのマスターとサーヴァントの関係ではないことを示す。

 

 だが、セイギは右腕を降ろそうとはしない。

 

「撃たなくとも死ぬ?そんなこと知っているよ。それでも僕はやり遂げる義務がある。アサシンのマスターだからね」

 

「何なんだよ、聖杯戦争がそんなに大事かよ⁉︎魔術師であり続けろって言うのか⁉︎」

 

「そうだよ。だから、僕たちはここにいる。この夜の街に居続ける資格はその魔術師であり続けること。敵の命を奪うこと」

 

 セイギは正しいことを言っている。彼は魔術師だから。この聖杯戦争には魔術師しか参加できず、よって魔術師のみの魔術師らしい行動が厳守される。

 

 魔術師であるということは人を捨てるということ。ゆえに、人らしい優しさなどは必要などない。

 

「だから、僕はこの腕を下げることは……」

「じゃあ、お前はあのアサシンってやつを簡単に殺すことできるのかよ⁉︎」

 

 達斗はセイギに大声で尋ねる。怒りの感情を露わにした少年。彼の問いにセイギは何も答えられなかった。

 

 ただ、一言だけしか口から出なかった。

 

「それができたら、僕はこんな苦しい思いをしてないよ」

 

 侘しい笑顔を向ける。無理矢理顔の筋肉を使って笑顔を作ってはいるが、心は一切笑っていなかった。その笑顔を見てしまうと、達斗はそれ以上何も言えない。

 

「できるのなら、僕はみんなで仲良くしたいんだ。だけど、魔術師だから、この聖杯戦争に参加したからこうしないとならない。それに、英霊はもうこの世にはいない存在なんだ。バーサーカーもアサシンも。だから、ここにいてはいけない。殺さなければならないんだよ。嫌でもね。それが義務であり、意味だ」

 

 達斗は悔しかった。ここで自分たちは終わりなのかと実感し、あまりにも短い距離しか歩いていないことに悲しみを抱く。

 

 分かっている。バーサーカーは過去の存在であり、達斗とは本来一緒にいてはいけないということも。だから、この別れはいつか必ず来ることであって、今がその時だと理解してしまった。

 

 二人で歩んだ一ヶ月間の道のり、心を通じあわせた時間はその中のほんの僅かな時間。もっと時間があればもっともっと仲良くなれたかもしれない。

 

 一人ぼっちの自分を見つけてくれたバーサーカー。会えないとなると、ふと目頭が熱く感じてしまった。

 

 悲しみにくれる達斗。そんな彼を見兼ねて、バーサーカーはポンと彼の小さな頭の上に手のひらを置く。彼の大きな皮の厚い手のひらは岩のようにゴツゴツしていて、重かった。そして、ちょっとあったかかった。

 

 バーサーカーは達斗より前に立つ。さぁ、殺せとでも言うように勇ましい巨人の最期の姿だった。

 

 セイギは右腕に神経を注ぐ。バーサーカーの潔い男らしさに尊敬を評してその最後に相応しい攻撃をあびせようとしていた。

 

 だが、ふと考えてしまった。今、自分がしようとしていることにだ。セイギは今、目の前にいる巨人を殺そうとしている。

 

 思えば、まだ誰も殺したことはなかった。聖杯戦争の参加者であり、ここまで生き残ってきてはいるのだが、彼はまだ手を汚してなどいない。殺すということは全てアサシンに任せていたからか、こう自らが自らの手で殺すとなるとどうも何段階か上らねばならないのだ。それに覚悟や勇気が必要で……。

 

 まぁ、一言で言ってしまえば、少しビビっていた。

 

「……ッ」

 

 いや、少しどころではない。かなりビビっている。人を殺すことに。

 

 おかしいと彼自身感じていた。この聖杯戦争は自分の意思で参加したいと思って参加したのだ。その時に人を殺すことの覚悟は決めたはずだ。なのに、なぜ怖いのか。

 

 それはきっと、セイギが魔術師らしくなくなったから。魔術師らしくなくなったから、人を殺せなくなった。アサシンと、ヨウと、セイバーと、みんなといたから彼の魔術師らしさはとうに薄れていた。

 

 セイギはフッと笑った。それは自分に対する嘲りである。男らしさを見せているバーサーカーの期待に応えられずにいる自分のみじめな姿を笑ったのだ。

 

 彼は一人ぼっちでは殺せない魔術師になっていた。

 

「へぇ、殺せないねぇ〜。なら、私が殺してもいいのかしら?」

 

 聞き覚えのある声。大人の女性を印象付ける色気が混じった声に思わずセイギは「えっ?」と反応した。

 

 だが、その場にいた三人は何が何だか分からなかった。はっきりとその声は彼らの耳に届いてはいたが、頭が理解しなかった。だって、その声がするはずがないのだ。

 

 それは死んだはずアサシンの声だった。

 

 その瞬間、バーサーカーの首の後ろに何か黒い影が飛び込んで行く姿が見えた。ほんの一瞬、わずかゼロコンマ数秒の出来事だった。

 

「————セイギ、あなたに殺しはまだ早すぎるわ。殺しは私の特権よ」

 

 黒い影はギラリとした鈍い光をバーサーカーの首を横切るように動かした。

 

「私はやっぱり暗殺(これ)よね。だって、私、アサシンだもの————」

 

 左の口元をきゅっとあげた彼女。艶かしい肌は月の光に照らされ、短い髪はふわりと揺れて、一際輝く目は宝石のよう。

 

 その瞬きにすらならない刹那の中にいた彼女がセイギの目に焼き付いた。暗殺者としての彼女は彼にとってあまりにも鮮烈で、美しすぎた。彼は呆然とただ彼女の姿を捉えていた。生きていたという喜びの事実に驚愕しながら。

 

 彼女は肘を曲げ、細い腕を風を追い越すように振った。手に持っていたヒビの入った鎌がぐっとバーサーカーの首に傷口を創り、そしてその傷口に沿うように割いていった。

 

 バーサーカーはちらりと最期に達斗の顔を見ようと視線を下げた。ぐっと視線を下げてようやく見つけた彼のマスターは小さな子供だった。だが、それでも彼の心の中の不完全燃焼のモヤモヤが達斗によって晴らされた。

 

 バーサーカーは笑った。アサシンに首を切られているというのに、彼はこの最期に笑みを浮かべた。なぜならこの終わりは彼にとって最高の戦いだったのだ。

 

 そりゃ、もう彼にとって天上天下、二度と来ることがないだろう至極心踊る戦いだった。

 

 友と呼んでくれた。こんな小さな子供にだ。だが、その一言は彼の最大の栄誉ある言葉だった。

 

 視界から達斗の姿が消えた。ゆっくりと見える景色が回転しながら、星空を映し出す。

 

 彼の最期の景色は温かく包み込むかのような満点の星空だった。

 

 

 

 ——————ありがとう、達斗よ。




バーサーカー、脱落でございます。最期はアサシンにスッと首を切られて。

そこで何となく気づきましたが、アサシンの詳しい紹介はまだでした。

ですので、アサシンの詳しい紹介をしたいと思います。



アサシン
パラメーター:筋力D・耐久C・敏捷B・魔力B+・幸運E・宝具B(魔力がB+なのは魔術師の娘だから)
スキル:気配遮断B・肉体改造A・無辜の怪物D(このせいで獣耳がある)・魔性の女A
容姿のモデル: 『ワンパンマン』のフブキ
特技: どんなことでもエロに繋げることができる
天敵: アーチャー・キャスターのマスター・ライダー
身長: 171センチ
体重: 未詳。スリムな体型なのに、異常なほど重い(彼女の身体は金属の機械仕掛けだから)。
スリーサイズ: 90・59・85
好きなもの: エロ
嫌いなもの: 差別、自分
座右の銘: 人の命って儚いの
髪型: そんなに長くない。肩にかかるぐらい。髪の色は特に規定なし。ただ、彼女の設定上のある理由により、色や雰囲気などがその場その場によって多少変わる(吸精魔な彼女は他者の精を吸い生きるため、吸った相手の影響が少し出る。髪型が変わるのもその影響である)
目の色: 黒
スタイル: エロスティックなお姉さん。いつも着ている服がピチピチ過ぎて、結構胸の方が主張されている。正直言って、めちゃくちゃエロい。
身体的特徴: 魔力不足の時、身体の皮が剥がれ落ちることがある。相手に自らの魔力を流し、相手の傷を癒すなどの芸当を持つ。吸血種であり、本当は死体である。つまり、サーヴァントは死んでいながらも一時的に生き還させられた存在だが、彼女は死んでいながらも死んだ状態で生き還させられた存在(←まぁ、めんどくさい)
性格: 本作のエロ要員。というより、性のことに関する知識が作中でダントツトップ独走中!優しいお姉さんで、エロい。交わり(エロ)に関する抵抗が一切ない。しかし、たまに暗殺者としての残忍性を見せつける。

宝具
自我を押し殺して(プロテクティブ・カラー)
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:0
最大補足:1人
アサシンの宝具。彼女の身体そのものが宝具である。この宝具は相手から奪った魔力を無限に蓄えることができる宝具である。つまり、言うなれば無限に溜まるバッテリー。しかし、彼女はそもそも存在自体が死者(ゾンビホムンクルス)なので、自ら魔力を製造することはできず誰かから魔力を得なければならない。サーヴァントという常に魔力を使い続けるという性格上、100の魔力を奪っても実質的に自由に使えるのは50ほどの魔力しかない。それでも、しっかりと貯めていけば、神の魔力をも超えることは可能。
またこの宝具は相手に蓄えた魔力を安全に流すこともできる。個々の独特なクセのある魔力を純粋な何色にも染まっていない魔力に変換し、誰もが使えるような魔力に変える。ヨウの腹の傷を直したり、誰かにアサシンのクラススキルを付与させることができるのもこの宝具のおかげ。
セイギは事あるごとに彼女とキスをしてしっかりと貯めていた模様。ちなみに、今現在はセイギの全魔力の10倍ほど。まだまだである。
セイギの令呪により、この宝具の真の姿が解放された。それは彼女の身体に搭載された殺人の機能をフルに稼働させる人殺しマシーン。醜い化け物へと変貌する。
この宝具はバーサーカーによって、ほぼ全壊となっている。

精気強奪の鎖鎌(スナッチ・フォース)
ランク:B+
種別:対人宝具
レンジ:1〜30
最大補足:2人
アサシンのもう一つの宝具。彼女がよく手にしている鎌がそれである。この鎌はよく彼女が殺しで用いていた鎌である。
この宝具は敵に与えたダメージ分、敵の魔力がこの鎌を流れて彼女の自我を押し殺して(プロテクティブ・カラー)に流れるという仕組みである。100の体力がある敵に10のダメージを与えれば、敵の魔力の一割を強制的に奪えるというものである。


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激おこセイギ

 バーサーカーの大きな屍はドスンと倒れた。隣にいた達斗は迫り来る彼の死に覚悟を決めてはいたが、やはり死なれてしまうと悲しみは予想以上に襲ってきた。

 

 ピクリとも動かないバーサーカーの屍に額をなすりつけ地に涙を垂らす。バーサーカーの屍は少し温かかったが、段々とその身体から熱は奪われていった。そして、炎の巨人が冷たくなってくのを額越しに感じていた。

 

「ううぅ……、あいつ……」

 

 たった数時間の、しかし強く繋がった想い。その想いは誰かを必要としていた二人にとって大事な結びつきであった。だから、達斗にとってバーサーカーの死はあまりにも辛いものだった。

 

 だが、彼はそれを乗り越えなければならない。といっても、まだ彼にそれはできないであろうが。

 

 彼の亡骸がエーテル体へと変わってゆく。実物が幻想に移るその過程を達斗は言葉にできない悲しみを抱きながら見ていた。バーサーカーであった光の粒の一つ一つが離れて空へと上がってゆく。星空に新たな星々が現れたかのようで、美しく脆い散り際にほかならなかった。

 

 セイギは突然目の前に現れたアサシンにただ呆然と目を向けていた。そして、その呆然から出た言葉はただの問いだった。

 

「アサシン……なの?」

 

 尋ねるまでもない。見てわかる。目の前にいる彼女はアサシンだと。

 

 何度も見てきたはずだ。人を殺すことにためらいを感じながらも、冷酷な目をしている彼女をずっと近くで見ていた。優しさと非道さを持ち合わせた彼女を誰よりも一番知っている彼がわからない訳などない。

 

 なのに、尋ねたかった。それはもう、ただ運命の意地悪さに涙を流したかっただけなのだ。

 

 呆然としていたセイギから出た言葉にアサシンがくすりと笑う。

 

「ええ、そうよ。セイギ」

 

 セイギはその返答を聞くと、喜びとともに後悔が舞い戻ってきた。あの時、アサシンが山の中にいたのに爆発させてしまった自分を急に許せなくなった。

 

 その様子に気づいたのか、アサシンは彼に近寄る。

 

「セイギ、悔やむことはないわ。なんとかなったでしょう?」

 

 彼女の言うなんとかなったは本当になんとかなったである。勝率一割くらいの可能性に賭けて、揉みくちゃにされながらもなんとか生き残るようなもの。

 

「そんなの、嬉しくないよ……」

 

「嬉しくないの?私が戻ってきたのに?」

 

「それは嬉しいけど……、アサシンを殺そうとしたのは事実だから。それに、君が死んだら、僕は悲しい」

 

 率直な想いを彼女に直接伝えた。アサシンがその言葉に無邪気に笑った。

 

「私がいなくなって悲しい……って。私は暗殺者(アサシン)よ?いなくなって当然の存在なの。だから……そんなこと言われても、困っちゃうわ」

 

 少し顔を赤らめる彼女は妖艶な彼女とは違って、まるで少女のようでどこか儚くも感じられた。

 

「……ごめん」

 

 俯くセイギ。彼は彼女を見ようとはしなかった。自分がやったことへの罪悪感で背中が重たくなっていた。アサシンは困り顔を作る。はぁとため息をついた。

 

「謝らないで。そんな言葉、私は好きじゃないから。謝るのなら、そこで泣いている彼に謝ってあげて」

 

「それはそれでタチの悪いことだと思うよ。殺しておいて謝るだなんて」

 

「別にバーサーカーのことを謝れだなんて言ってないわ」

 

「……十年前のことかい?」

 

 アサシンはコクリと笑顔で頷いた。その笑顔に少しセイギは疑問を抱いた。

 

「なんで、アサシンは僕のことをそんなに考えてくれるの?」

 

「ウフフ、それは愚問よ。それはあなたが私を思ってくれるように、私はあなたのことを案じているの。ただそれだけのことよ」

 

 その時の人殺しの笑顔は柔らかく丸みを帯びた笑みだった。

 

 セイギはその提案に難色を示した。しかし、彼は歩まぬことが悪であることは知っている。師匠が前回の聖杯戦争で死んだときも、彼は師がいないからといって魔術の修行を怠らなかった。地道に一人でやってきたのだ。そんな彼は停滞が一番惨めなことだと知っている。

 

「うん、そうだね」

 

 元はと言えば、この少年がこんなにも嘆き苦しんでいるのは自分の師匠が彼の母親を殺したことが原因なのだ。聖杯戦争だから殺したことは罪にはならない。しかし、彼から母親を奪ったということは罪ではなくとも、その行為の重さを感じ、そしてそれを詫びるべきである。彼をこの聖杯戦争に引きずり出したのは師匠で、その謝罪は師匠なき今、当然ながら当主である彼がするのだ。

 

 セイギは達斗に近づく。達斗はそれに気づくと、目を向けた。その目にかつての怒りはなかった。あったのはバーサーカーを失ったという悲しみだけだった。そんな彼に対してセイギは一方的に頭を下げた。

 

「……誠に申し訳ありませんでした」

 

「何だよ、急に謝って」

 

「いや、ただの自己満足に過ぎないよ。君に謝って自分にはもう非はないとしたいだけ」

 

「ふ〜ん、そう」

 

 達斗はセイギにそっぽを向いた、それもそうである。今さら謝られたってもうどうだっていいのである。事はすでに過去のことになり、今手を伸ばしても届きやしない大切な思い出なのだから。

 

「ここからは当主伊場正義としてじゃなく、一人の人間伊場正義として聞きたいことがあるんだ」

 

「聞きたいこと?」

 

「うん。君は何で八千代さんのことを拒絶しているんだい?」

 

 達斗の目が変わった。

 

「何が言いたいんだよ?」

 

「そのまんまの意味さ。ただ、僕は赤の他人だから言わなくても別にいいけど」

 

 セイギはじっと達斗を見つめる。急かそうともせず、威嚇しようともせず、ただじっと相手の全てを受け入れる目だった。

 

「あのババアからなんか聞いたの?」

 

「まぁ、一応ね」

 

 達斗はため息をついた。

 

「なに、関係のない奴にこんな話してんだよ。バカじゃないの、あのババア」

 

「でも、過去の因縁とかどうとか考えなければ絶対に八千代さんとこに引き取られた方がいいと思うんだけど。だって、君さイジメられているでしょ?」

 

 セイギがその言葉を言うと、達斗はさっきとは違った目で彼を見る。

 

「何でそれを知ってる?ババアには知られてないはずだけど……。ミディスさんがババアに告げ口でもしたのか?」

 

「どうだろうね?でも、少なくとも僕は八千代さんからは聞いてないよ」

 

「……ナデシコ姉ちゃんからか?」

 

 セイギは笑顔でこくりと頷いた。

 

「そうか、そういやあんたたちは同じ学校だったんだろ?」

 

「まぁ、それ以前に彼女、この聖杯戦争に参戦していたけど。もっとも、彼女は君がこの戦いにいる事は知らなかったらしいよ」

 

「別にいいよ。怪我もなにもなかったようだし」

 

「随分と身を案じているんだね」

 

「そりゃそうだろ。だって、ミディスさんとナデシコ姉ちゃんだけが僕の信頼できる人なんだから」

 

 今現在、達斗は織丘市内にある孤児院に引き取られている。孤児院には彼を含めて五十人ほどが身を寄せているが、彼はその孤児の半分くらいの人数からイジメを受けていた。イジメの内容は暴言、無視、物品の強奪などである。友達の輪に入れてもらえず、文房具や給食などを強奪されては笑われ、反抗すれば殴られていた。

 

 何故か、それは彼の体格が弱々しいように見えるという点である。彼は生まれつき背が低く、身も細くイジメられる標的にはもってこいであったりすることが要因の一つだ。他にも、彼は他の子供たちより知能が高く、他の子たちがしている遊びなどに何の楽しみも感じない。そこに彼の皮肉な性格が混じってしまっているため、異質な存在となってしまう。

 

 彼自身、それを分かっていた。自分がイジメられる原因はひとえに自分にあるのだと。だが、自分が悪いわけではない。だから、達斗は変えようとしなかった。イジメられていても、自分は悪くないのだと。

 

 しかし、毎日毎日と絶えず行われるイジメに彼の心は荒んでいった。助け舟を出してくれる人は院長のミディスと昔孤児院にいたことのある雪方撫子だけである。それ以外の人物はイジメている人たちから嫌われるのを恐れて誰一人として手を差し伸べない。

 

 彼が現実を嫌ったのはここからだった。母親もいない、誰も助けてくれない腐った世界に絶望して、その世界を破壊しようとしていた。

 

 もちろん、そんなことは子供騙しの幼稚な発想。どうせ長続きしない馬鹿げた夢でも、彼にとってこれは大事な戦いだった。

 

「僕はミディスさんとナデシコ姉ちゃん以外誰も信じられないよ。なら、そんな世界のある必要はどこにもない。だから壊そうとした。それのどこが悪いの?」

 

「いや、悪いだなんて思ってないよ。ただ、一つだけ気になるんだよね。八千代さんは信じられないの?」

 

「……信じられたら今ごろ僕はここにいないよ」

 

 達斗は右手を握り、左手で覆った、力強く握りしめて、憎しみをあらわにする。

 

「あいつが僕のことを捨てたんだ。そんな奴のことを信じることができたらそいつはよっぽどなバカだ。どうせ一度捨てられたら、二度三度と捨てられるに決まっている」

 

「でも、八千代さんは君のことをすごく心配していたよ。僕たちに君のことを殺さないでくれって懇願するくらいに」

 

「どうせそれは罪悪感からきたことでしょ?僕がほしいのはそんなんじゃない……」

 

 達斗はただ純粋に求めているのだ。それは誰からもイジメられることなく、いつ捨てられるかとビクビクする必要のない生活を。自分を全て受け入れてくれる誰かを。

 

「怖いって思えることがある。僕はそもそも生まれてきて良かったのかって。だって、きっと神様が許してないから僕はこんな苦しい一日を過ごさないといけないんだって。だから、嫌なんだ。こんな世界は、嫌いなんだ」

 

 子供のワガママである。結局は彼がこの世界を嫌っているというだけで、それに八千代やバーサーカーは振り回されていたといっても過言ではない。

 

 しかし、彼にも嫌う理由はあり、その理由の発端はセイギの師匠である理堂の仕業。だから、セイギには彼が立ち直れるようにする義務がある。

 

「で、だから何?」

 

 セイギは笑顔で、しかし刃のように威圧的な声で達斗に訊く。満面の作り笑顔の内にある別の顔は達斗でも驚かせた。

 

 セイギには達斗を立ち直らせる義務がある。しかし、それがスパルタでないとも限らない。

 

「何それ?自分が嫌いだから世界壊しまーすって理屈になってないよ。それにそれってさ君が大っ嫌いな八千代さんとまったく同じことしてるよね?嫌だからで何でもどうにかなると思ってんじゃねーぞ、このポンコツクソガキが。何?受け入れてほしい?んなことしつこく注文してんじゃねーよ。八千代さんは過去のことを悔やみながら君を受け入れようとしてんのに、君は自分から相手を受け入れようとしてるの?それじゃ、何も前に進みやしないよ」

 

 サラッとこの罵倒混じりの説教を常に笑顔全開でしているセイギ。さすがの達斗もそのセイギの気迫に怖気付いた。

 

「バーサーカーだけが受け入れてくれた?だからってもうそこでおしまいなの?そこでもうおしまいだって言うの?ハッ、冗談も甚だしい!相手が受け入れてくれないから諦めるんじゃなくて、相手をまず受け入れることからしなよ。なんで自分から動こうとしないの?君は王様か何かなの?違うでしょ?ただのちょっと魔術ができるガキでしょ?なら、自分から八千代さんを受け入れなよ。相手のことをただ待つだけじゃ、死ぬまでずっと一人だよ」

 

 セイギは身体から魔力球を作り出した。彼の変わらぬ不気味な笑顔から醸し出される殺気は完全に達斗をヤる気満々である。

 

「受け入れてくれるのがとうぜ〜ん?ふざけんなよ、このクソガキが。そんな甘えてんじゃねぇよ、自分から動かないって王様ですか?そんなに世界が嫌ならいっそのこと死ねば?どうする、死ぬ?死にたい?殺してあげるよ」

 

 セイギはまるで人殺しをしたいかのように振る舞った。ニタリと上げた口角、地べたに膝をつけている達斗を見下す目、高らかで槍のような尖った攻撃的な声。

 

「だって、僕は理堂の唯一の、愛弟子だからね。人を殺すなんて、簡ッ単さ!」

 

 達斗はセイギのその姿を許せなく感じた。ムカムカと湧き出てくる怒りの感情。それはまるで自分の母親を殺した理堂に見えたからだ。自分を地獄のどん底に叩き落とした宿敵がそこにいると思えた。

 

 達斗は立ち上がった。涙を服の裾で拭い、胸を張る。突き刺すような視線を向けてこう言い張った。

 

「お前になんて殺されてたまるか!まだ全然魔術師としてなってないけど、しっかりと修行して強くなって、いつか絶対にお前を殺してやる‼︎」

 

 魔術師としてワケありではあるがすでに当主の座についているセイギにまだ魔術師としての年も浅い達斗は挑戦を誓った。絶対的な魔術師のとしての雲泥の差が二人の間にはあった。しかし、達斗は恵まれた魔術の才と幾千日もの努力を積み重ねれば超えられないものではない。

 

 達斗にとってセイギとは仇であり、因縁の相手であり、これからの人生の目標になるだろう。

 

 彼の暗い人生には何一つ目標などなかった。しかし、セイギはその人生の中に目標を見出してあげたのだ。それが例え、自分を殺すという目標であっても。

 

 セイギは達斗の頭に手を置いた。

 

「殺せるものなら殺してみなよ。いつでも挑戦に受けてあげるからさ。だから、少しは今の人生にやる気を出しなよ。僕たちの先はまだ長いんだから」

 

 セイギはまたふっと笑った。その笑顔は何とも朗らかで優しく包み込むような笑顔だった。

 

 達斗はセイギの手をはねのける。そしてセイギに背を向けた。

 

「あれ?もう帰っちゃうの?今なら魔力全然残ってないから、殺せるチャンスかもよ?」

 

「そんなことでこの怒りは消えない。殺すときはお前も僕も準備万端のときに殺す。それだけ」

 

 素っ気ない達斗の返事。実に彼らしいものだった。彼は右手の甲にまだ少し残っているバーサーカーとの絆を握り締めながらその場を後にした。

 

 もうその夜、達斗は誰とも喋ることなく静かに一人で孤児院に戻った。バーサーカーが走って十分くらいはかかった道のりを小さな歩幅で埋めてゆく。

 

 もう、彼は一人でも歩けるのだ。歩いて行けるのだ。

 

 少年が怒りを糧に少し成長した瞬間だった。

 

 達斗が去ったのを見て、セイギはふと思い出した。

 

「ああ、そう言えばヨウたちはどうなったんだろ。バーサーカーとの戦いでそれどころじゃなかったから」

 

 達斗は振り向いた。

 

「ねぇ、アサシン、どうなったんだろうね……」

 

 しかし、そこには誰もいなかった。ぞわりと彼の首の後ろ筋を冬の風が撫でて鳥肌が立った。

 

「……えっ?」

 

 人影一つない夜の道。その夜の道を振り向いて立ち止まるセイギ。そこにいたはずのアサシンの姿はどこにもなくて、突然のことに頭の中がこんがらがっていた。

 

「えっ、あれ?アサシンは?さささ、さっきまでいたはずなのに」

 

 さっきのは幻影か。いや、それは違う。彼の肉眼が彼女の姿をしかと捉えていた。ではアサシンは消滅してしまったのか。いや、それも考えにくい。なぜなら、彼の右手の甲にはまだ赤々とした一画の令呪が存在しているのだから。

 

 だが、今からの目の前にいないということも事実。つまり、アサシンはここから離れたということになる。

 

 なぜなのか。それはセイギにはわからなかった。その理由の見当もつかない。

 

 ただ、彼はアサシンを失う恐怖に怯え、足を動かした。

 

「どこ?どこにいるの⁉︎」




次回でアサシン陣営は終わりでございます。

しかし、若干キリの悪いところで今回の話が終わってしまったので次回は長くなります。そして、少しだけ時間がかかります。


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自分を愛して、誰かを愛して

はい!Gヘッドです!

さぁ、今回でアサシンたちのお話は終わりでございます。




 思えばいつもセイギの隣には彼女がいた。この聖杯戦争が始まってからというものの、彼の日常に彼女という存在が必要不可欠となってしまっていた。もちろん、それは他のサーヴァントから彼の命を守るという役目もあるが、それ以前にもっと根本的なところからアサシンは彼の隣にいたのかもしれない。

 

 だから、彼女がいなくなるということはその根本的な何かが消えた状態。サーヴァントとしての役目ではないそれ以上の何かが彼らを繋げていて、その繋がりが消えた瞬間こそ彼女が彼の前から姿を消す時だ。

 

 そして、消えてしまったあとはまた前みたいな日常に戻るのだ。しかし、それでも彼の心は以前の魔術師らしい心ではなくなっていて、もう戻らなくなっていた。

 

「ハァ……、ハァ……」

 

 息を切らしながら、それでも全力で辺りを駆け回る。辛そうに短い間隔で息を切りながらもきっと明日は筋肉痛確定であろう足にさらに鞭を打ち付けた。白い息が口から出て、その湯気で彼のメガネが曇る。それでも止まることなくただ彼女だけを必死に探していた。

 

 打ちつける心臓の鼓動が早まるごとに彼の気も急ごうとする。どこにいるのだろうかと考えれば考えるほど出てこない自分に苛立ちが増してゆく。

 

 五分くらい、周辺を探していた。もしけしたら、アサシンは自分をからかっているのかもしれない。そんなことを考えながら、気を紛らわせようとしていた。

 

 それでも見つからない。だから、彼の顔に不安と戸惑いが現れる。滅多に顔を歪ませない彼が負の感情を隠さない。ポーカーフェイスの仮面を外していた。

 

 それほどまでに彼にとってアサシンという存在は大事な存在なのだ。一種の依存として似たようなこの気持ちを彼は抑えきることができないから、こうやって苦しいだけの走りをやめようとはしない。

 

「どこ、どこにいるの?アサシン⁉︎」

 

 大声で叫んだ。しかし、彼女の姿はおろか声さえも一切感じ取ることはできない。空虚な感覚だけが彼を襲い、そしてまた彼を孤独にしてしまう。

 

 足取りが重い。彼女に嫌われたのか、それとも真名解放したからその影響が出たのか。彼女に何かあったのではと心配する。

 

 胸をぎゅっと握りしめた。この苦しさだけを頼りに彼はまた走り出した。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 赤日山からほんの少し離れたところにアサシンはいた。市の西にある蛇龍川よりうんと小さな川が海に向かって流れていて、その川の橋に彼女はいた。

 

 橋の柱の根元に座り込むと、脱力して身体に溜まった疲労を吐息とともに出した。力ない目で空を仰ぐ。

 

「セイギ、置いてきちゃったけど、大丈夫かしら」

 

 後頭部を柱につけて、全体重を委ねる。

 

「嫌われるわね。こんなことしていては」

 

 息切れを起こしながらそう呟くと、遠い目で赤日山を見た。彼はまだそこにいるのだろうと考えて、彼女は手を伸ばした。しかし、退化(覚醒)していない彼女はどこまでも伸びる腕を出すこともできず、短い腕は空を掴むことぐらいしかできなかった。

 

「うふふ……、私って弱いわ」

 

 腹を抱え、辛そうに何かを耐えていた。彼女が寄りかかる柱が段々と赤く染まってゆく。

 

 それは紛いもない血であった。血といっても、彼女の場合は人工の魔術によって作られた血で、純粋な血などではない。しかし、その血も彼女にとって生命活動を維持するには大切な素材だ。生きる人にとっての血とは酸素を各細胞に運ぶ存在であり、似たように彼女も各部品に魔力を注ぐのが血なのだ。つまり、その血を失えば彼女は生命活動が困難になるということ。

 

 いつもなら彼女の身体に備え付けられていた自己修復機能が作動し、これくらいの傷など数秒で治せてしまうのだが、どうやらバーサーカーのあの攻撃で壊されてしまったらしい。

 

 ダラダラとタンクの中にあるオイルが流れてゆくのを彼女は何もできずにただ感じていた。ゆっくりと薄れゆく命、それは渇望する。生きたいとただひたすらに。

 

 その中で、できるならば、と彼女は考えた。それは死にゆく彼女が持った最後の実現可能な夢。

 

 もうセイギには少しも会いたくないと。

 

 矛盾しているような願い事である。いや、実際矛盾していた。

 

 彼女はセイギが好きだ。それは友達とか仲間とかそういうなまっちょろいライクではなく、魔法瓶に入れた熱々の紅茶のようにいつまでも限りなく永遠と続くラブである。そして、異性として好きというより人間として愛している。彼の魔術に翻弄され人としての生き方を見失いがちだが、必死に自分の生き方を手探りで見つけようとする彼の自分にはない何かを見てしまった時から、ずっとずっと。

 

 彼の遍く全ての所を彼女は愛していた。口にはあまり出さないし、表に出す気は毛頭ないが、それでも彼女の心の中は彼で満たされていた。

 

 彼が言った言葉が未だに彼女を支え続けている—————

 

 だが、同時に彼を愛しているからこそ、会いたくないという思いもあるのだ。

 

 —————好きだから。だから、彼に迷惑をかけたくないのだ。

 

 彼女は現世に間違えて現れてしまった、いわば異物。誰の悪行か何かは知らないが、聖杯戦争があるから彼女がこの時代に生まれてしまったのだ。本当は現れるべきではない、この世にはいてはならない過去の人。緩んだ因果がもたらした不具合の一つ。

 

 そんな彼女が消えることは当然のことで、むしろ万歳と喜んでもいいほど。()()に戻るために彼女の消滅は必要不可欠なのだから。

 

 そして、それを見られてしまっては彼女はこの世への未練を残してしまうだろう。見なくともわかるセイギの顔を思い浮かべるだけで死にたくないと考えてしまう。

 

 それではダメなのだ。自分がいてはいけないのだ。自分がいてはセイギも普通の生活を送れない。彼女が側にいたら、彼はきっと歩むべき道を歩めなくなる。

 

「結局、私は要らない存在なのよね。彼にとって私はいてはいけない。まぁ、孤独に好きな人を思いながら死ぬのは案外悪い死に方じゃないのかも。三回目の死はきっと気持ちの良い死よね、私」

 

 彼女は自分の鎌をそっと喉に突きつけた。赤い一筋の血がすうっと下へ垂れる。

 

 眼前に広がる星空を眺める。点々と互いに競争をするように煌めく星々は憎らしいほど美しい。

 

 段々と彼女の瞳に映る星がぼやけてきた。一つ光が五つの淡い光に分かれて、それでも綺麗に世界を彩る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼女は首を搔き切っ—————

「—————アサシンッ!!」

 

 

 

 

 聞き覚えのある、そして心の何処かで一番聞きたがっていたあの声が聞こえた。精一杯の大声で心全てを乗せたような声に彼女はピタリと手を止めてしまった。

 

 遠く後ろの方から叫ぶ彼が想像できる。彼が川の柵の向こうで彼女を見つけて叫んだのだろう。

 

 突然叫ばれた彼女。自然に後ろを振り向いてしまいそうになったが、彼女はぐっと堪えた。

 

 ダメだ、ダメだ。振り向いてしまってはダメなのだ。彼女は何度も心の中でその言葉を刹那の中で繰り返し繰り返し叫んだ。そこで振り向いてしまっては、ここまで距離を置いた意味がない。

 

 きっと彼が彼女のいる所に着くよりも首を切る方がよっぽど早いだろう。だから、振り向かずに首を切るだけで彼女の役目は終わりになる。これでもう彼と会わずには済むのだ。心苦しいことはなくなる。彼にとっても良いだろう。

 

 この一瞬は苦しいかもしれない。しかし、後先のことを考えればこの一瞬の苦しみは小さなものだ。

 

 彼が走っている足音が聞こえてくる。足音は未だ遠いが、段々と近づいてくるごとに恐怖感が増してしまう。

 

 死ぬのが怖い。いや、死ぬことよりも会えなくなるということが怖いのだ。自分が愛した人にもう二度と会えなくなるというのが彼らを恐怖させる。だから、最後に一度は彼の顔を見ておきたいからだ。

 

 だが、振り返ってしまってはならない。振り返ってしまったら最後、彼女は彼から離れられなくなる。彼のことをさらに愛し、この世に未練を残したまま辛い気持ちだけを抱いて去らねばならない。

 

 辛いのはもう経験などしたくない。人を殺したことを自覚して絶望したときで十分である。次の辛い経験が報われぬ愛など死んでも嫌なのだ。

 

 だから—————

 —————だから、死のうと決めたのに

 

 彼女の手は動かなかった。小刻みに震える彼女の手は決して冬の寒さで悴んでしまっているわけではない。歓びと悲しみによって震えているのである。

 

 暗殺者は最後の殺しに失敗をした。最後の殺しは一番近くの首を落とすだけなのに、それが彼女にとって困難を極めるものとなり、結果失敗として出てしまったことは暗殺者として大きな汚点となるだろう。

 

 彼女は震える手で握る鎌を放した。鎌は血濡れることなく星空の光だけを映しながら地面へと落ちる。

 

 大きな安心感がふと湧いてきた。込み上げてくるかのような思いが彼女の胸の中で渦巻き苦しくさせた。

 

 惨めである。人を何人も殺してきた。そんな彼女がまた人を殺すことを失敗するだなんて。そこにいる死の恐怖と愛に打ち負けた彼女は英霊などではない、ただの一人の娘と成り果てていた。

 

「ハァッ……。アサシンッ……、アサシンなのかい……?」

 

 息が切れていて、運動オンチで運動嫌いなセイギが死ぬほど本気で走ってきたというのが見て伝わる。赤い鼻と耳先が吐く白い息に隠れた。

 

「……ああ、見つかっちゃったか……」

 

 アサシンは細い目で彼を見る。娘の微笑みは明るく柔らかく美しく、そして可愛げのある笑顔だった。

 

 セイギの赤い鼻がピクリと動く。アサシンのその返答を聞いた途端、座り込んでしまった。よほど走り回ったのだろう。息が切れるほど、鼻が赤くなるほど、喉が乾くほど、足が棒になるほど。彼女のためにそれだけ本気を出した。

 

 そして、彼からも笑みが零れた。安堵の笑みだった。もしかしたら、もう会えなくなるのではないかと彼の心の何処かにあった不安をかき消したこの現実に対して、急に緊張が緩んでしまった。

 

 だが、セイギはまた険しい顔をする。それは彼女が寄りかかる橋の柱を見てからだった。

 

「その血は……?」

 

 べっとりとトマトジュースを投げつけてできたような跡は当然セイギも気づいた。そして、その血がアサシンが負った傷から出ていることも。

 

 彼は理解した。アサシンが彼に心配させないようにするため、そして二人の別れを辛いものにしないために彼女は一人で死のうとしていたのだと。彼女のその行動から垣間見える優しさに彼は胸が苦しくなった。

 

 アサシンはセイギに見られて恥ずかしく思い苦笑いする。

 

「情けなくてごめんなさいね。バーサーカーとの戦いでこの機械の身体にガタがきてしまったの。今じゃ走ることはおろか歩くことだってできやしないわ」

 

 彼女はそう言うと手を伸ばした。ガタガタと震える彼女の腕はもう歓びとは違った理由の震えとなっていた。セイギは彼女のその手に自らの手で触れた。ひやりと冷たい手だった。ほっそりとした肉の少ない指で彼女は彼の指に絡ませてぎゅっと力一杯握る。しかし、それでも非力な娘は握る力も弱く、生まれたばかりの子犬が噛むくらいの力しかなかった。

 

 アサシンの弱り具合にセイギは現実を見る。彼女をどれだけ愛そうと、どれだけ通じ合おうとも彼女とセイギはサーヴァントとマスター、もとい死者と生者。この夜を境に二人の結びつきは解かれる。どんなに強い結びつきでも彼女は彼の目の前から消えてしまうのだ。

 

 —————それでも、二人は人間だから。人間だから欲が出てしまう。

 

「生きてよ……。ねぇ、生きてよ」

 

 セイギはアサシンの手を握り返しながら涙ながらにそう願った。

 

 どうしても人間は欲というものが出てしまう。そういう性なのだ。ダメだと分かっていても、無理だと気づいていてもどうしても夢を見てしまう。

 

 やっぱり人間だ。だから、人間が夢を見てしまえば結果は儚く散るのだ。

 

 それを受け入れるかどうかは彼ら次第であるが。

 

 アサシンは深い愛を含む笑顔で、しかし、顔を横に降る。その姿に彼は言葉にできない苦しみを胸の中に無理矢理押し込めて、息ができなくなってしまう。

 

 どうしても彼はアサシンに隣にいてほしいのだ。今まで一人で魔術の道を歩んできた彼にとって、ともに隣を歩く誰かはあまりにも大きな存在だった。だから、失ってしまってはもう彼は歩けない。

 

「……もう、私が悪いみたいじゃない」

 

「そんなことないッ!でも、でも、アサシン、君がいてくれないと……、僕は……」

 

 セイギは彼女の肩を掴んだ。そして、必死に懇願する。

 

「僕は……」

 

 だが、どうしてもその先の言葉が出てこなかった。喉の入り口のところまで出かかっているのに、どうしても出てこない。それこそ、言ってしまったら、本当に令呪でアサシンを生き返らせてしまうように思えてしまったからだ。セイギが自分自身でも制御が効かなくなってしまいそうで、もう一言も言えなくなってしまった。

 

 ただ、彼の肩を掴む力の強さでアサシンには想いの強さはしっかりと痛いくらい伝わった。

 

 セイギは俯きながら涙を流す。涙は目頭から鼻のホリを通って滴る。悲しみによって震える手で涙を拭いとった。

 

 彼も結局のところ一人が怖いのだ。達斗と同じように彼も一人になってしまったらどうすれば良いのか分からない。だから、大切な人を失いたくないと思うのだ。

 

 ただ、一つだけ、一つだけ違うとすればそれはセイギとアサシンの間には男女異性間の愛情というものが芽生えていることであろう。その特殊な想いが二人の結びつきを強固にしてしまい、離れる時の苦しさは地獄のようにしてしまう。

 

 アサシンは熱い想いを口にできなかったセイギの首元に腕を伸ばした。そして、ぎゅっと抱きしめた。

 

「大丈夫よ、セイギ。あなたは私がいなくても何とかなるわよ。だって、こんなに若いのにここまで聖杯戦争を勝ち抜いたなんて、凄いことだわ」

 

「……でも、もうこれからの未来に君はいない。ここまでできたのはアサシンがいたからだ。僕は本当は魔術工房の中で一人ぼっちで実験をしていたに過ぎないんだ。君が現れて、世界が美しくなってしまったから、もうあのモノクロの世界に戻ってほしくないんだ」

 

 そして一言。

 

「好きだから、怖いんだ—————」

 

 その言葉は彼女にとって嬉しくも感じたし、寂しくも感じた。彼女だって同じ気持ちだ。できるのなら彼と離れたくはない。

 

「私だって好きよ。あなたのことを狂おしいほど。でも、私たちにはやらねばならない時が絶対に来るのよ。どんなに無慈悲な別れであったとしてもね」

 

 セイギの額が彼女の胸につく。彼は額越しに彼女の心音を聞いた。ゆっくりと落ち着いている。もう、死ぬことに動揺は一切していないようである。

 

「ねぇ、セイギ。私たちたちが最初に出会って、私が自分の真名を教えた時にあなたが言った言葉、覚えている?」

 

 彼女はセイギの頭を撫でながら星空を見上げる。

 

「あなたは言ったわ。自分は自分のままでいることが一番なんだって。素の自分も偽ろうとする自分も、全ての自分を受け入れて誇ることが一番かっこいいって。確かにあの時、私は聞いたわ」

 

 セイギはそのことを聞いて、確かにそんなこともあったと思い出す。

 

 

 

 

 それは三週間ほど前、彼女が彼に自らの真名を名乗った時であった。特に召還したい英霊がいなかったセイギはもちろんアサシンの真名を知らなかった。しかし、聖杯戦争を一緒にやり過ごす上で相手の身の上を知ることは大事である。そこでセイギがアサシンの真名を聞いた後のことだった。

 

 アサシンは人殺しである。人から嫌われてもおかしくない存在であり、当然セイギにも嫌がられると思っていた。

 

 彼女はしょうがないことだと思いながらも真名を口にした時、やはり自分は殺人鬼なのだと自覚した。そして、セイギの顔を見るのが辛くなった。しかし、反応も気になってしまうものである。その一瞬の気の迷いで彼女は彼の顔を覗いた。

 

 すると、セイギは平気な顔をしていた。けろりと別に普通のものでも見ているかのようだった。いや、むしろ話に飛びついてきている。魔術のホムンクルス研究で非常に発展に貢献した身体が目の前にあるのだと彼は目を輝かせていた。その反応にアサシンは驚きを隠せなかった。

 

「—————その、あなたは私のことが怖くないの?」

 

 ふと心の声が漏れてしまった。あまりの驚きにたじろぎながら出た言葉だった。

 

 セイギはその質問をくすりと笑った。

 

「怖がると思ってるの?」

 

 彼女は縦に頷く。セイギは笑顔を向ける。

 

「怖い……かぁ。まぁ、確かに怖いといえば怖いよ。もちろん、僕の目の前にいるのは殺人鬼だし、それはもう事実だしね」

 

「でも……」

 

「うん。本当、どうかしているのは僕なんだ。僕は嫌われ者の魔術師だから、そういうところが人とは違うのかもしれない。それに、嫌われ者として僕は一種の仲間意識みたいなものもあるからね。つまり、君は僕の仲間なわけで、怖いだなんて思えないんだ。それに、君はヤバそうな奴じゃないみたいだから。もし本気でヤバイ奴だったら、もう僕はこの世にいないよ」

 

 彼の返答はアサシンをふと笑顔にさせた。その無邪気な笑顔は本当に殺人鬼なのかと疑問を抱くほどのものだった。

 

「そうだ。嫌われ者の先輩から嫌われ者の後輩にアドバイスをしてあげよう」

 

「アドバイス?」

 

「そう。それはとても簡単なことだよ」

 

 セイギは自分の胸の前に握り拳を当てた。

 

「—————自分をもっと好きになればいい。自分のことがどんなに嫌いでも、自分だけは絶対に裏切らない。だから、好きになるんだよ。それが僕たちの存在意義の保ち方だからね」

 

 その言葉は変哲もひねりもないチンケな誰かさんの受け売りのようなただの言葉。そんな言葉に当然耳を貸す必要はなかった。

 

 しかし、彼女にとってその言葉は救いのようなものだった。自分をどれほど憎んでも、どれほど蔑んでも結局は自分は自分を裏切らない。

 

 孤独を紛らわす方法をもう一人の孤独の少年が教えてくれた。そして、孤独な二人の運命が一つに絡まった。

 

「自分を愛してみなよ—————」

 

 その言葉は彼女を大きく突き動かす。思えばあの時から機械仕掛けの心に人の心への兆しが差し込んだのかもしれない。

 

 

 

 

「私はね、自分を愛するってことができなかった。だけどあなたのあの言葉で私は変われた。冷酷で獰猛な殺人鬼だった私をあなたが人間にしてくれたの」

 

「僕が人間にした?」

 

「ええ。もう、聖杯なんて必要なかったことに気づいちゃったのよ。人殺しもしないで、私はやっと一人の人間になれた」

 

 彼女はもう真の人間だった。機械仕掛けの身体でも心は人なのだ。

 

 そもそも、殺しをして人の命を吸えば人間に近づけるということ自体が間違いだったのだ。本当はそんな大層なことなどしなくてもよかったのだ。

 

 彼女が最後にかけていた人間らしさ、それは『愛』であった。自分を愛し、誰かを愛し、巡り会えたこの運命を愛し、そしてその愛のために生きる彼女はもう人以外の何者でもない。

 

「セイギに愛をもらって、光を見せてくれて、嬉しかった。だから、今度は私があなたに何かしたいところなのだけれど、この身体じゃどうしようもできないみたい。できることと言えば、あなたに見られないように死ぬだけだったのに……」

 

 力無い笑みを浮かべる。その笑みを見ただけで胸が苦しくなってくる。

 

「私だって本当はあなたと一緒にいたい。でも、それはダメなの。それはあなたの今後の人生に影響してしまう。それをセイギがどんなにいいって言っていても、私はそれが嫌だわ。私はセイギがしっかりと生きていてほしいの。私なんかいなくても、一人で仕事とかして、誰かと結婚とかして、幸せな家庭を持って、死に際に最高の人生だったって喜びを噛み締めてほしい。そんなあなたの笑顔を私は見たい」

 

 もう、セイギは何も言えなかった。それは彼女がこれほどまでに自分のことを想っていてくれているとは思わなかったからだ。自分の思い通りにいかない悔しさと彼女の想いへの嬉しさが混ざった涙を流すしかなかった。

 

 そんな彼を見て、アサシンは少し喜びを感じた。それは過去に許されないほどの大罪を犯した彼女が死ぬことに涙を流す想い人の存在。これほどまでに彼女の心を潤したことはないだろう。

 

「ああ、そうだ。忘れていたわ」

 

 アサシンはそう呟くとセイギを抱き締めた。彼は突然のことに涙を流しながら動揺している。そんな彼を御構い無しに頰を擦り付けた。

 

 そして—————

 

「—————セイギ、私はあなたのことを誰よりも一番、愛しているわ」

 

 その言葉を彼の唇に乗せた。彼女は自身の身体にある残りの魔力全てを彼に移す。唾液と混ざった淡い恋色の魔力がセイギの中に満たされてゆく。

 

 短い濃密な時間、彼女はその甘い唇越しで彼に想いを伝える。そんなことをしなくとも分かっているけれど、それでも募る抑えきれない想いを相手にぶつけて、乱れて、また揺れて。

 

 何度も繰り返したはずのこの行為ももう最後。その最後は涙の味がした。とびきり甘く、悶えるほど苦いそのキスは彼女がここにいた証。

 

 段々と薄れゆく彼女の身体を強く握りしめる。離さまいと必死に彼女に縋る。しかし、その彼女の身体の細部が光の粒となってゆく。彼の涙を一層と輝かせる光の粒は空へと上がってゆく。

 

「アサシン、僕も」

 

 彼は泣き崩れた顔にぐっと力を入れる。ぎこちない精一杯の作り笑顔を見せた。

 

「君のことを愛しているから—————」

 

 その言葉に彼女は笑った。娘の無邪気な笑顔。

 

 目尻を潤わせて、「ありがとう」の一言。そして、彼女のその笑顔が目の前から消えた。完全に消え去った。

 

 彼女に心を奪われたままのセイギは抱きしめていたはずの彼女が消えたことに気づく。目の前に誰もおらず、ポッカリと空いた腕と腕の間が彼を胸苦しくさせる。

 

 彼は前へと倒れ込む。橋の柱に彼の額が強く当たるが、彼にとってその痛みは大したものではなかった。

 

「ううぅ……、あぁぁぁ……」

 

 言葉にならないこの痛みはなんなのだろう。腹の底から横隔膜を越えて押し寄せてくる、まるで嘔吐のような感覚。しきりに肩がピクリと動き、息が満足にできない。

 

 —————ああ、そうか。

 

 —————セイギは悟った。

 

 —————失恋を経験したのだと。

 

 冬の夜空の下で彼は幸せの前に甘い恋とほろ苦い恋を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァント・アサシンはここに消滅した。彼女の魂は聖杯へと溜まる。

 

 その瞬間、聖杯が満たされた。

 

 そして、聖杯はここに現れる—————




いやぁ、ラブラブですね。こんな恋なら一度は経験してみたかったものです。

しかし、アサシンとバーサーカーの戦いは長かったです。いやはや、メンドくさい。

本当だったら6〜7話ぐらいで終わらせるつもりでしたが( ̄▽ ̄)

さて次回からセイバー陣営へと戻ります。

が、しかし、作者は長らくアサシン陣営しか書いておりませんでしたので、最初の方は苦戦してしまうかと思います。なので、もしかしたら更新は少し間が空いてしまうかも、です。


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二人は愛されていた
冗談キツいわ


久しぶりの一人称、さらに久しぶりの主人公ヨウくん登場!


「おいおい、嘘だろ……?これはちょっと冗談キツイって。マジで」

 

 洞窟から少し離れた俺たちが後ろを振り返っての最初の発言はそんなものだった。それは目の前に広がる光景があまりにも異常だったから。

 

「あ、あれ……、何なのですか……?」

 

 隣にいるセイバーは冷や汗をかきながら指をさした。

 

 彼女が指をさした方向にあるもの、それは剣の群れだった。無限大の剣の群れが洞窟の入り口から飛び出てくる。それも一本や二本じゃない。何百、何千本の剣を弾としてマシンガンのように一秒間に放っているのだ。豪速で直線的に飛び出てくる剣の群れが異常な光景だった。

 

 しかし、それだけではない。今度は剣を放ち足りないのか洞窟内部から剣の波が現れた。飛び出てくるのではなく、流れてくるのである。無数の剣がガラクタのゴミのように地面を這いずりながら洞窟から出てくるのだ。

 

「洞窟の中で何が起きているんだ?」

 

 目の前の光景に唖然しかできない状況で俺はセイバーの手をとった。

 

「えっ、あっ、ちょっと、何ですか?」

 

「おい!ここから逃げるぞ!そんなところ突っ立ってんな!剣の波に潰されるぞ!」

 

「えっ?」

 

 セイバーは振り向く。すると、すぐ後ろから高さ二メートルほどあろうかというくらい大きな剣の波が押し寄せてくるのである。山を下る激流が俺たちを襲ってきた。

 

「イギャァァァッ!死ぬッ!死ぬッ‼︎」

 

 臆病なセイバーは泣きべそをかきながら全速力で洞窟の入り口から離れる。山の中を少し走って洞窟の入り口から遠ざかり、冷静になれそうな場所を見つけた俺は後ろを向いた。そこは入り口から二百メートルほど離れた多くの禿げた木が根を張る森の中。剣の津波に押し潰されないようにと死にものぐるいで走ってきたものだから、二人の息は長く続かず途切れ途切れである。

 

 金属と金属が擦れる音と雪崩のような剣が山の表面を削る音が近づいて、そして遠ざかった。どうやら剣の波は過ぎ去ったらしい。俺たちは二人して胸をそっと撫で下ろした。

 

 だが、それでしまいではなかった。地上にばかり目がくれていたが、異変は他にも起きていた。

 

 見ると、異常なほど大量の剣の群れがまるで塔のように高く天へと伸びている。地上を、そして空を覆い尽くさんとばかりの勢いだった。木々を倒し、星を隠そうとしている。

 

「本当にあれは何なんだ?グラムってあんな力あったのか?」

 

「分かりません。確かにグラムは神の力を持っていますし、竜の血にも濡れています。だから、あんな力が出せたのではないのですか?」

 

 本当にそうであろうか。なら、なぜグラムはアーチャーとの戦いでこの力を出さなかったのか。グラムは本気でアーチャーを殺す気だったし、ならこの力を使っても良かったはずだ。なのに、使わなかった。

 

 ただの気まぐれであろうか。いや、あそこまで執念に近い願望を抱く彼女が気まぐれでアーチャー相手に手を抜くわけがない。

 

 つまり、きっといまの彼女はこの凄まじい以前とは比較にならない剣の量を呼び寄せる理由があるはずだ。

 

「あの時はできなかったけど、今はできる?それって、つまり……」

 

 俺はすぐさま携帯の画面をつけた。

 

「うっわ、あいつから着信めっちゃ来てた。洞窟のなか電波通らなかったのか?」

 

 俺はセイギに電話をする。ピッピッと規則的な機械音が数回鳴ったあと、彼が電話に出た。

 

「うん。僕だよ……」

 

 電話越しに聞こえるセイギの声。その声に俺は少しホッとした。もしかしたら、セイギが死んでしまっているのかと心の何処かで思っていたが、その疑念が晴れたことは喜ばしい。

 

 だが、どうしたのだろうか。彼の声が少しガラガラとしているような気がする。

 

「お前、声ヘンだぞ。喉を痛めたか?」

 

 俺が指摘すると、セイギは鼻水をすすりながらこう答える。

 

「そう?そんなことは……ヒッ」

 

「ヒッ?どうした?」

 

「えっ?ああ、いや、こっちのこと……ヒッ」

 

 彼が度々しゃっくりのようなことをする。それをひたむきに隠そうとするので、何となく事を察した。

 

 喉の調子が悪いなどと言っているし、止まらぬしゃっくりから大体想像はついた。

 

「そうか。じゃあ、聖杯に魂は七つ溜まったんだな?」

 

「えっ?何で分かるの?アサシンとバーサーカーのこと何にも言ってないのに」

 

「ん?あ〜、いや、ちょっとこっちでもヤバイこと起きてんのよ。ほら、神零山の方を向いてみ」

 

「ヤバイこと……?えっ⁉︎なにあれ⁉︎ちょっと、空に向かって何かが伸びてるじゃん。あれって何?」

 

「何もかにも、お前さ何となく察しがつくだろ?」

 

「えっ?剣?」

 

「正解だ。んじゃ、電話切るわ。とりあえず助けてくれるとありがたいんだけど、おまえのところからじゃ遠いいわな。結構ヤバイ状況なんだけど、別に来なくてもいいっすわ。っていうか、逃げた方がいいかも」

 

「えっ?ヤバイ?何が起きてんの?」

 

「俺も詳しくは分からん!」

 

 時間がない俺はもうめんどくさいので雑にセイギとの電話を切った。訊きたいことは訊いたつとりだし、言いたいことは言ったつもりである。グラムがどうなっているのかは何となくだが分かったし、セイギに逃げた方がよいとも言ったから別にもう話さなくてもいいだろうという判断だ。

 

 俺は天へと伸びる剣の柱に目を向けた。

 

「ヨウ?何か分かったのですか?」

 

「んぁ、まあ、何となくだがな。その……、あれだ、聖杯が満たされたんだよ。七つ分の魂がさ」

 

「満たされた?それって……」

 

「ああ、そうだ。アサシンとバーサーカーが死んだ」

 

 セイバーは俺から真実を伝えられると顔を曇らせた。他人の死に過敏な彼女は右指と左指をかけて擦り合わせながら目を細める。

 

「そうですか。アサシンは、もう……」

 

「ああ。今は聖杯、もといグラムの腹のなかっつーうこった」

 

 聖杯と同調しているグラムは中身が満たされた影響できっと暴走してしまったのだ。あの時、俺とセイバーはグラムを追い詰めた。しかし、それが彼女にとって精神的負荷となりより強い力を欲した。だから、こうなってしまった。

 

「聖杯が満ちたんだよ」

 

 その結果は何とも悲惨な姿だ。剣の柱の中に金色の眩い光を放つ杯が見えた。空高く、渦巻く剣の中に異質な光があるので一目で分かった。

 

「あれが聖杯……なのですか?」

 

 聖杯のためだけにこの世に呼ばれたサーヴァントという存在である彼女が初めて依頼主を目にした。そして、同時に彼女の最大目標でもある。

 

 俺はポケットの中に手を入れた。硬くザラザラとした角張ったものが入っている。それを手で触り、そして決意した。

 

「セイバー、お前はここに残れ。あれは俺がどうにかする」

 

 俺がそう言い残して立ち去ろうとするとセイバーが引き止める。

 

「ちょ、ちょっと、勝手に話を進めないでください!何でヨウ一人でグラムのところに行くのですか?」

 

「は?そりゃ、お前が足手まといだからだよ」

 

 率直に俺の本心を言う。嘘偽りはもちろんなく、本気の表情でそれを本人の前で言った。

 

「お前がいると俺はお前の分までカバーしなくちゃなんねぇ。だけど、今はそんなことしてたら俺が死んじまう。俺はお前のために死にたくなんざねぇし、そもそも俺が死んだらお前はあいつを倒せない」

 

 人のことを考えない、しかし的を射ている辛辣な言葉にセイバーは歯を噛み締めた。

 

「ちょっと待ってくださいよ!だからって私が行っちゃいけないのですか?足手まといにはなりませんから!」

 

「いや、無理だ。もう今の時点で足手まといだ。さっさと行きたいんだが」

 

 俺は彼女から離れようと歩き出した。しかし、彼女も付いてくる。胸を張って、俺に遅れまいと。

 

「おい、付いてくんなって言ったろ?お前はここで待ってんだ」

 

「いやです。私だってやればできます」

 

「無理だ。できん」

 

「いや、できます!」

 

「できねぇよ‼︎お前がいても何の役にもたたねぇよ!」

 

 ふと俺の気の迷いが怒号を生み出した。それが事もあろうに彼女に向かって、言ってしまった。俺は怒鳴ったあと、少しだけ冷静になる。

 

「……すまん。強く言いすぎた。でも、分かってくれ。お前が死んだらどうにもならねぇから」

 

 俺は彼女にそう告げると彼女を置いたままその場を離れた。

 

 トゲトゲとした空気が俺の頰を突き刺してくる。悴む指を拳の中にしまい込み、少しでも温めようとする。

 

「ああ、さみィ」

 

 脇がブルブルと震えた。足先は冷たいけれど靴底越しに枯葉を踏み、前へと進む。彼女を置き去りにしたこの足は後ろを振り返えらなかった。

 

「ッチ、コンチクショーが……」

 

 自分に向けて罵倒をする。クールにいこうと決めているのに、どうしも彼女に強く当たってしまう。それが何故だかは薄々勘付いてはいるけれどそれを知らないふりしようとすると、彼女に強く当たってしまう結果になってしまう。

 

 じゃあ、知らないふりをしなければいいのではないか。確かにその考えももちろんあるが、ダメだ。それはまだなのだ、今ではない。時が経って、俺がジジイになって振り返って、あんな事があったと思い返す。それが俺の目標なのだ。

 

 分かっている。彼女は一人にされるのが辛いと。一人が彼女にとっては苦痛なのだと。だが、俺にとって彼女と一緒にいることが苦痛なのだ。俺は卑怯でクソな人間だから彼女と俺とを天秤ではかるとブッチギリで俺の方が価値がある。だから、彼女のことを考えない。

 

 それに今、俺が彼女に強く言ってもどうせもう今夜限りの付き合いだ。死ねだの、ウザいだの、消えろだの言っても今夜限り。だから、俺がどう言おうが勝手だ。どうせ聖杯に願いを叶えてもらったら彼女は俺のことを忘れて、過去の愛する義父と幸せに暮らすのだろう。

 

 俺は聖杯が現れたのを見て内心ホッとした。それはもうこんな辛い気持ちなんて感じなくてもいいのだということにだ。彼女といるのが辛い。だから、彼女がさっさと消えれば俺は楽になるのだろう。

 

 アーチャーに娘を守ってくれた頼まれたから聖杯を追い求める。もちろんそれもある。だが、第一に俺は彼女に離れてほしいのだ。彼女が消えてくれれば俺はこんな聖杯戦争などしなくてもいいのだから。殺し合いなど死んでもゴメンだ。

 

「さっさと終えて帰って寝てぇわ」

 

 そう言う俺の手は悴んで全然動かなかった。

 

 剣の柱が近づくにつれて俺はどう倒そうかと考えていた。突発的に彼女を引き離そうと言ったものの、実はどう倒そうかと決めていたわけではない。いや、何となくのビジョンは一応ついてはいる。だが、決め手がないのだ。どうやってグラムを倒すのか、そこがどうも決まらない。

 

 彼女は今、柱の中にいる。上空二十メートルほどのところでうずくまっている。特に何かをしているというわけでもなく、ただうずくまっている。しいていうなら、この万ほどありそうな剣にさらに新たな剣を足している。つまり、彼女を囲う剣の柱が徐々に広がりつつあるということだ。規模を拡大し、この山を飲み込もうとしている。きっとこれも聖杯が彼女の殺されたくないという意思に呼応した結果なのだろう。

 

 彼女は言ってしまえばもう一人の悲劇のヒロイン。セイバーとグラムはそもそも二人とも悲劇に揉みくちゃにされた可哀想な奴らなのだ。だから、グラムを殺そうとする俺は慈悲のない男だ。自らの目的のために悲しみに暮れる彼女を殺めようとしているのだから。

 

 だからと言って歩く足を止めることはない。俺だって理由がある。セイバーにとっととどっかに行ってほしい。それだけなのだ。

 

 本当、そう思うと自分はなんて惨めな男なのだろうと思い知らされる。意気地なしで、サイテーな男だ。

 

 セイバーといてつくづく思ってしまう。こんな自分が嫌いだと。

 

 もっと俺が太陽のように輝けたら、きっとセイバーもグラムも救えるのに。

 

 剣の柱の近くまで来た。俺は上空を見上げる。柱の頂点は俺の視線の届かないはるかに遠くまであった。

 

「おい、グラム。これをさっさとやめてくんねーか?」

 

 いきなり攻撃してもあれなので、一応説得という手段を用いてみた。しかし、結果は予想通りのガン無視である。いや、無視というより気づいていないといった方が正しいだろう。彼女は気を失ってしまっているのか空中でピクリとも動かない。

 

 聞こえていない、なんてそんな甘っちょろい理由ではないはずだ。剣の壁が邪魔をしているから少し離れてはいるけれど、それでも大きな声で話しかけたつもりだ。

 

 意識のない彼女。ならば、彼女に近づくのは容易なのでは、と考えてしまった。

 

 俺がさらにより近づこうと一歩足を動かした途端、剣が飛んできた。突然、機関銃のように容赦なく連続で放たれた剣に俺は回避に徹するしかできなかった。

 

「ぬわっ⁉︎」

 

 大きな木の後ろに隠れた。木にはダーツのように十本ほどの剣が刺さっており、どれも根元まで深く突き刺さっている。

 

「おいおい、完璧に俺を殺す気だったぞ!」

 

 木の陰に隠れている俺はちらりとグラムを見る。しかし、彼女はさっきと同じようにうずくまったままである。目は閉じ、頰は固まり、彼女の肉体が時の制限にかけられてしまったようであった。

 

 その姿を見て、この柱は彼女の自由意志が作り上げたものではないと知る。きっとこの柱は彼女の無意識、死にたくないという願いが力の暴走と繋がった。

 

 そもそも、グラム自身が自分の力を上手く扱えていないのだろう。神の力、竜の力、次元を捻じ曲げる力、あまりにも強大な自身の力に彼女が振り回されている。

 

 その結果が目の前の彼女のような姿だ。剣に囲まれて、他を拒絶し、最強の引きこもりになれたのだ。

 

「これは倒せんわ。マジで俺一人じゃ倒せなかったわ」

 

 ポケットの中に手を突っ込み、中から石を取り出した。青い石である。反対側を透かしてしまうほど透明な、青い宝石のような石だ。

 

 これはアーチャーの落し物である。アーチャーがグラムとの戦いで使わなかった石ころ。彼が死んだ後、この石ころだけが転がっていた。それを俺が拾ったというわけだ。

 

 この石の使い方は分かっているつもりである。使用すれば自分を中心とした小さな結界が張られ、その結界の中であれば攻撃を捻じ曲げることができるというグラムにとっては天敵ともなりうる魔術である。

 

 これを使えばグラムに近づくことは簡単であろう。彼女の剣の攻撃は全ていなすことができ、倒せる。そういう算段を俺はつけた。

 

 そしてその石を握りしめ胸の前に置いた。あとは軽い詠唱を唱えるだけである。

 

 だが、口が動かない。とても簡単なことであるはずなのに、俺にはそれができなかった。

 

 これはアーチャーの置き土産。そして、これはセイバーのものではないだろうか。そう考えてしまう。とすると、それを勝手に使用しようとすることはダメではないのかと。もちろんこんな状況だ。勝手に使用してもしょうがないと言えばしょうがない。しかし、それでもこの石は彼女にとってはとても大事なものなのではないのか。

 

 アーチャーを父親と認識してからまともに話せなかった彼女にとって、この石は何よりも大事なものではなかろうか。

 

 俺はしゃがみこんだ。木の根元に座り、膝にひじを乗せて嘆いた。

 

「カァ〜、こんな時でもあいつのせいでできねぇじゃねぇか」

 

 あいつとはアーチャーのことだろうか、セイバーのことだろうか。それが詳しくはよく分からなかったが、どちらにせよ詳しく追及していったら、自分のせいになりそうな気もしたからヤメた。

 

 石は使えない。とすると、もう物理的、地道に近づくしかないようだ。

 

 俺は剣を両手に持つ。

 

「はぁ〜、結局はこうなんのかよ」

 

 大きくため息をついた。

 

 剣が飛んでくる。

 

「アァッ‼︎もう、どこからでもかかって来いヤァ!」

 

 ヤケクソだ。大声で叫ぷ。むしゃくしゃしたこの気持ちを紛らわすように。

 

 俺は剣を叩き斬った。




はい!Gヘッドです!

えー、久しぶりに一人称で物語を書いているため、結構ヒドイかと思います。実際、書いている自分も「あっ。ヤベェw」なんて思いながら書きました。

直したいときに直しますm(_ _)m


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ツクヨミ、諦めは肝心ですよ

はい!Gヘッドです!

実はこれが今年最後の投稿でございます。

え?サボり気味?そんなことありませんよ。一話一話の間隔は長くなっているかもしませんが、文量は回数を重ねるごとに多くなっている(はず)!




 銀色の剣が俺の身体めがけて飛んできた。ギラリと鈍い光を放ちながら豪速で放たれた剣は空を貫いてくる。しかし、俺はそれを手に持つ剣で叩き斬った。

 

 キラキラとガラスの破片のように目の前を儚く舞う残骸。視線の前に舞うその中からまた新たな剣が発射されるのが見えた。今度はぐるりと身を回転させて迎撃する。

 

 無感情の、まるでバッティングマシーンのようにひたすら俺を殺すためだけに剣を投擲してくる。そして、そんな敵の攻撃は至極単純で、前から直線的にしか飛んでこない剣は軽々と叩き落すことができた。

 

 この様子ならば死に怯えていたグラムの方がよっぽど強い。彼女も投げるということしかできないが、縦横斜め前後ろからと四方八方からの攻撃を仕掛けてくる。考えもなしに敵を殺そうとはしないし、だからこそ倒しにくい。

 

 剣の波で押し流された山の外壁、木を絡めとり禿げた山の上で俺はひたすら地道に近づかんとばかりに剣を振る。

 

 パラパラと落ちている鋼の破片を手にとって剣の檻の中に閉じこもっている彼女に向かって投げつける。しかし、その攻撃は彼女を取り巻く剣に阻まれた。

 

「ですよね〜、防御はしっかりしていらっしゃられる」

 

 少しは楽をしようと思ったが、やっぱり楽はできないようである。ここでサクッと倒せれば楽なのだが、現実はそう簡単にはいかない。

 

「やっぱり地道が一番ですねッ‼︎」

 

 その時だった。涙目で現実を嘆いた俺の背後から青白い光線が俺の頭を若干かすったのだ。いや、カスった。カスって音が鳴ったのだ。髪の毛が少し焦げた。

 

 ズドォ〜ンと超巨大ハンマーでめちゃくちゃ分厚いガラスの壁をぶち抜くときのように大きな音が目の前で鳴り響く。物凄い振動が空気を伝わり俺の身体全体をぐらりと揺らし、尻餅を突かせた。

 

「えっ?」

 

 そして俺はその現状を鵜呑みにできずただただ唖然。今さっき目の前で起きたことがまったくもって理解できずにいた。何が何だか、とりあえず俺の背後から何かが飛んできたということだけ理解した。

 

 ゆっくりと後ろを振り向く。山からは織丘市の夜景が一望でき、そしてその夜景の中に一点、以上なものを見つけた。

 

「あ?なんだあれ?」

 

 それは赤日山近くで青白い光を放っている何か。それが何かは流石に肉眼ではよく分からなかったが、また見ているうちにその光が一層強くなっているように見えた。

 

 ん?

 

「あれ?」

 

 なんだろう、さっきの光が段々と大きくなっているように見える。いや、大きくなっているというより、なんか近づいてきているような気が……。

 

「って、オイッ‼︎飛んできてんじゃねぇか!」

 

 俺は急いでその場から離れる。段々と近づくにつれて大きく見えてくる青い閃光は山を抉らんと来ている。

 

 俺は前回り受け身でギリギリのところを交わした。青い閃光はそのまま直進し、さっきの一撃を当てた剣の檻にもう一度強い光を浴びせる。またさっきのように強い振動が俺の身体を震わせる。

 

「これってセイギがやったのか?」

 

 閃光が放たれた方向を見てみる。だが、やはりそもそも何キロも先を見ることができるわけもなく、ぼんやりとした街の明かりが見えるだけだった。

 

 だが、きっとこれはセイギだと思えた。そもそもこの時間帯に外に出ていて、なおかつこんないかにも魔術って感じの攻撃をするのは聖杯戦争関係者に限られる。そして、飛んで来た方向は赤日山付近。だとしたら今の攻撃はセイギのものに違いない。さっき剣の波が山の木を押し流して、禿山にしたから遠くからでもグラムの位置を特定できたのだろう。まぁ、俺がいたというのは知らずに攻撃したのだろうが。

 

 ……ん?とすると、一つ疑問が生じた。

 

「えっ?今の激強の最終奥義っぽいのってセイギがやったの⁉︎あいつってあんなに凄かったのっ⁉︎」

 

 俺とセイギの魔術師としての差を実感した。今まで毎日コツコツと修行を怠らなかったセイギとやる気を一センチも見せたことのないおれの差はここまで大きいとは知らなかった。

 

 マジか。魔術使えるって、普通の人と違うって有頂天だったけど、まさか俺って魔術師としてはゲロ弱ですかね?

 

 あのレーザービームを交わせたはずなのに、何故か俺の心が攻撃をくらった。これは結構くるわ。

 

 いや、こんなことで心を痛ませていてはこれからの人生でやっていけない。うん、よし、立ち上がろう。大丈夫、俺は強い。頑張れ、俺ッ‼︎

 

 ゆっくりと力なく立ち上がった俺は砲撃をくらったグラムを見に行く。砲撃が当たったところは鉄片がパラパラと雪のように降っていて、煙でよく見えなかった。

 

 段々と煙の濃さが薄くなってゆく。すると、目の前にあるのは……。

 

「嘘だろ……?」

 

 目の前に映ったのは崩壊した剣の檻などではなく、無傷の包囲網だった。まるで剣たちが自由意志で彼女を砲撃から守るように盾になっていたのである。剣が重なった花のような盾は砲撃が来ないとなると、またさっきのように剣は彼女を取り巻いた。

 

 まったくもって壊せないグラムを守る壁。さっきのあの砲撃でも壊せないとなると俺にはどうにもできない。あの攻撃以上の攻撃手段など俺には持ち得ておらず、どうすることもできないのだ。

 

 手の打ちようがない。堅すぎる敵の守りを俺は何もできずただ見ているしかないと直感的に感じた。

 

「いや、まじで、これどうすんだよ」

 

 そう独り言で愚痴を言った時だった。剣の檻が急に変形し出したのである。さっきのセイギの攻撃がストレスだったのか、それとも元々こうなる予定だったのか。檻がゆっくりと収縮し螺旋状に回転し始めた。キリキリとぶつかり合う剣の金切り音が至る所から聞こえ、まるで鉄の竜巻のような光景がそこにあった。

 

 鉄の竜巻が収縮し、うずくまる彼女の姿が完全に剣によって隠されたとき、上空の剣が楕円状に広がってゆく。徐々に市全体を剣の檻が覆うように広がる。

 

 そして、上空に広がる無数の剣の先が下を向いた。

 

 それは逃げられぬ死を意味していた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ヨウがセイバーを置き去りにして一人でグラムを倒しに行くと決心したとき、月城家にはある来訪者が来ていた。その来訪者は玄関の扉に手をかけた。もちろん、鍵は閉まっている。しかし、彼が一言、

 

「扉よ、開け」

 

 と声をかけた途端、自然と扉は開いた。

 

 彼はそのまま月城家の中を詮索した。キッチン、居間、風呂場やトイレなど部屋のありとあらゆる場所を見て回った。

 

「実に普通だ。この時代の家として特に変わったことはなさそうだが……本当にここなのか?」

 

 そう呟きながら庭へ出る。軒端の縁側を物珍しそうに見渡しながら歩いていたら、彼の目に一人の老人の姿が映った。縁側の真ん中で庭の上にある夜空を見上げていた。老人は皺だらけの顔の中にある黒い瞳をその男に向ける。手にする杖でトンッと軽く床をつついて、穏やかにこう言った。

 

「お主は誰かの?物騒な顰めっ面を儂に向けてなんじゃ?キンキラよ」

 

 来訪者、それはこの聖杯戦争でアーチャーとして召還されたシグムンドを殺す修正力として世界が召還したもう一人のアーチャーだった。彼は黄金の夜空に似合わぬ眩い光をひらりひらりと反射しながら老人に理由を話す。

 

「あなたは月城陽香の父方の祖父、月城詠岩(えいがん)殿ですね—————?」

 

「うむ、そうじゃ」

 

「余はこの聖杯戦争のある疑問点についての説明を要求しに参ったものでございます。また、余はこの世界のことにもご説明を要求致します」

 

 あの傲慢な金ピカアーチャーが丁寧な口調で話し、深く頭を下げていた。ヨウの祖父であり、今のところ存命である彼の唯一の家族に向かって。

 

 だが、頭を下げられた詠岩は首を傾げた。

 

「はて?何のことだかさっぱりじゃな。いやぁ、すまんのぅ。この歳になると何が何だかよう分からなくなるのじゃ。聖杯戦争?それはなんじゃ?大東亜戦争の続きか?それともなんじゃ、外人さんよ。あれか?日本語わからんのか?パスアウェーじゃ、パスアウェー」

 

「いや、それを言うならゴーアウェーかと……」

 

「ん?ああ、そうじゃ、ゴーアウェーじゃ、ゴーアウェー」

 

 詠岩は一向に答えようとしない。それは年のせいでとぼけているのか、それとも意図的にとぼけているのか。

 

 金ピカは詠岩の目をじっと見つめた。

 

「このような無粋なことを申すのはいささかどうかと思いますが、言わせていただきます。—————あなた方は人間をどうお思いで?」

 

 その言葉にすっとぼけた老人の肩がピクリと動いた。

 

「人間のことか?人間かのぅ、う〜む、儂も人間じゃからのう〜」

 

 目を泳がせる詠岩。一瞬アーチャーはふっと笑みを浮かべたが、それから鋭い目つきに変わる。冷酷な顔を相手に向けた。

 

「何を言っているのですか?あなたは—————人間などではないでしょう?」

 

 そして、詠岩の顔からも笑みが消えた。いや、笑みが消えたわけではない。ただ今の顔はさっきまでの老人の可愛らしい朗らかな笑みなどではなく何かをほくそ笑むいやらしい狡猾な顔だった。にたりと上げた口角は般若面の如く薄気味悪い。

 

「もう一度聞こう。お主……じゃなくって、汝は何者だ?」

 

 人が変わったような口調。威圧感のある言葉と不敵な笑みはサーヴァントであるアーチャーの背筋を震えさせた。

 

「—————余はあなた方、によって認められし王。そして、あなた方に永遠の服従を誓った王でございます。王としての役目を(まっと)うするべく、こうして参った所存。これでよろしいですかな?」

 

 右手を左肩につけて、また深々と(こうべ)を垂れる。その言葉に嘘偽りは見当たらず、詠岩は星空に視線を移した。

 

「そうか。なら、お主……じゃなくって、汝はこの聖杯戦争の歪みに気付いたか?」

 

「ええ。他にも二騎ほど、この聖杯戦争の歪みに気付いているサーヴァントがいるようですが……よろしいのですか?日の本の月の神よ」

 

 日の本の月の神、それはツクヨミに他ならない。つまり、アーチャーは詠岩をツクヨミと言ったのだ。

 

「ツクヨミか……。その名で呼ばれるのは懐かしいものだ。この頃はヨウから爺ちゃんとしか呼ばれぬからな」

 

 そう言うと、ツクヨミはふっと温もりのある笑顔を見せた。

 

「—————人とは面白いものよ。何度もヨウの姿を見ていて思い知らされるわ。あやつの姿を見る度にこの聖杯戦争は段々と真の価値を見出してゆく」

 

 そして、ツクヨミの笑顔が曇った。

 

「だが、姉はその人の良さに気付いておらぬ。虚しきことよ—————」

 

 ツクヨミは杖をまた床につつく。すると、彼の身体がやんわりとした柔らかい光に包まれた。そして、見る見るうちに彼の身体が変貌してゆく。皺だらけの肌が滑らかな白い真珠のような肌になり、薄っすらと白髪だけが生えていた頭皮は艶やかで腰まで長い黒髪へと、そして茶色いジジくさい服は純白の狩衣に成り変わる。

 

 ツクヨミの真の姿を見たアーチャーは眼にしかと映し、そして敬服の意を表す。

 

「うむ、この姿は久しいな。どうだ?儂の……、我の姿は」

 

「……言葉をわざわざ変える必要はないのでは?」

 

「いや、そしたら儂……じゃなくって、我の威厳がなくなるだろう?」

 

「すいませんが、もう(ことごと)く無いかと……」

 

「えっ?マジ?」

 

「マジでございます」

 

 真顔で返答するアーチャーにツクヨミは終始変顔。

 

「な、なんじゃとぉー⁉︎折角ちょっとカッコいいカンジで神様感出そうかと思ってたのにー!」

 

「いえ、もうその必要はないかと。余を王だと認めた神も大体ツクヨミ殿と似ていて、同じ部類でしたから。何となく目に付いた信仰心のある奴がお前だったから、『お前、今日から王な』的なカンジで余は王になったのですし、別にギャップの落胆とかございません」

 

「えー、ほんとー?良かった……って、んなわけあるかいッ‼︎儂は……あっ、また間違った。我は一応日本三大神の一角じゃぞ?……だぞ?」

 

「いや、ほんともう無理です。諦めてください。今の一瞬で余の中ではツクヨミ殿のキャラ付けが決まってしまいました。ネタ枠ですね」

 

「それコンプレックスだからやめんかー‼︎」

 

 全然神様らしくない一面を披露してしまったツクヨミ。アーチャーに悪気はないだろうが、このままのせられては自身の聡明な神様キャラが崩壊すると悟ったのか、キリッと顔を整える。

 

「で、何だ?我に聞きたいこと?」

 

 ツクヨミの必死さにアーチャーはついに同情の目をしてしまった。

 

「やめんかぁっ!その目はやめろ!儂、悲しくなる!」

 

 出だしは良かったとつい気を緩んだせいで、素を出してしまったことを後悔をするツクヨミ。縁側に腰をかけ、だらけきった顔でため息を吐く。

 

「はぁ〜、もう無理じゃ。諦めたわ。やっぱり長年お爺ちゃんモノマネをしてたら抜けられなくなったんじゃ。もういい、このままで行くしかないの」

 

 一気にテンションだだ下がりのツクヨミにアーチャーはある疑問を持つ。

 

「日本の神は皆、ツクヨミ殿のような性格なのですか?」

 

「んなわけなかろう。儂だけじゃよ。儂は姉や弟に比べて色々と伝承がないし、影が薄いからの。もっと見てほしーい、なんて考えておったらこのザマじゃ。ああ、人気ない月の神って悲しいのぅ」

 

「はっはっはっ。まったくその通りですな」

 

「お主本当に神に忠誠誓ってるんか?さっきから痛いところばかり突かれている気がするのじゃが……」

 

「なにを言ってますか。余は神への信仰心の塊ですぞ」

 

「ならもう少し儂をいたわれ」

 

 ツクヨミはプンスカと頬を膨らませてご機嫌斜めなようである。

 

「で、なんじゃ、儂に訊きたいことがあるのだろう?」

 

 杖に顎を乗せて脱力するツクヨミはちらりとアーチャーに目をくれる。

 

「ええ。この聖杯戦争の深い深い人には知りもしない汚れた部分のことを尋ねたく思います」

 

「ほう、聖杯のそもそもを訊きたいのか?まぁ、別に教えてやらんでもない。何しろあれを作ったのは儂じゃし」

 

 ツクヨミは顎を乗せていた杖の先をアーチャーに向ける。杖の先端がアーチャーの鼻にかすれるほどの近さだった。

 

「しかしじゃ。お主は例え世界からの修正力といっても所詮はサーヴァントごときの存在じゃ。つまり、人ということ。人であるお主が聖杯の根元を訊きたいじゃと?笑わせるな。あれは人が触れてはならぬモノじゃ。付け上がるのも大概にせい。さもなくば消すぞ」

 

 ツクヨミの気迫はそれほどまで強いものではなかった。しかし、彼の後ろのとてつもない何かを悟ったアーチャーはたじろいでしまった。

 

 だが、それでもアーチャーは退かない。

 

「付け上がっている。確かにそうかもしれませぬ。余は王という地位に一度は酔いしれた。しかし、今、ここにいる余は民の上に立つ王であり、民を先導する王であります。余が王である限り、土地が違う民でも守護し、そして導くのが王である余の義務。それを果たせるのなら消されるくらいどうってことありませぬ」

 

 アーチャーはじっと目をそらすことなくツクヨミを見ていた。覚悟の目だった。その姿にツクヨミはもう何も言わない。

 

「そうか。消されるくらいどうってことないと申すか。面白いのぅ。儂らもそれくらいの強い信念を再び取り戻したいものじゃが。まぁ、良いだろう。教えてやろうではないか。その英霊たる心意気に免じてお主にこの聖杯戦争の全てを—————」

 

 ツクヨミはまた杖を地面につついた。そして、星空を眺める。

 

「—————だが、まだだ。まだお主に教えるのは早すぎる。この世界のお主には教えてはならぬのだ。いつかは分からぬが、お主がまたこの聖杯戦争に現れたときに全てを教えてやろう。だからだ。まだ、お主には全てを教えられぬ」

 

「この世界の余?それはどのようなことですかな?」

 

「そのままの意味じゃよ」

 

 教えられることと教えられないこと。その意味をその時のアーチャーは理解することができなかった。

 

「まぁ、話せることは話をしようか。たとえば、儂がなぜ月城陽香の祖父をしているのか、月城家の成り立ちはどんなものなのか、そしてこの世界のことを」




ふふふ、ツクヨミなんてキャラが出てきて……

この小説は一体どこへ行こうとしているのか。迷走中?

いえいえ、元々そういう物語です。迷走中のめの字もございません!

うん、でも話は難しい……。

そういう方のために簡単に説明すると……。

「とりあえず、聖杯戦争に神様の思惑とか何とかあって、とりあえずヤバい‼︎」

……いうて、このルートはどこもヤバくはないんですけど。



















あっ、そういえば今年最後の挨拶を忘れていましたな。

皆さん、めんそーれ!

ん?めんそーれじゃない?

ボンソワール!

え?それも違う?

じゃあ、な、何だって言うんダァッ⁉︎







……すいません、オチのつけどころがわからなくなりました。

とりあえず


来年もよろしくお願いします!

ということで各キャラからも。

ヨウくん
「んぁ?来年?見たきゃ見れば?」

セイバーちゃん
「読者の皆様、来年もよろしくお願いいたします‼︎」

セイギ
「来年もよろしくお願いいたします」

アサシン
「来年、見てくれたなら良いこといっぱいしてあ・げ・る♡」

アーチャー
「来年も娘の応援をよろしく頼むぞ」

達斗
「来年?ぼ、僕は出ないから、別にどうだっていいよ……。なっ、お前、バーサーカー、何すんだっ!おわっ、わわわっ‼︎」

キャスター
「ソージと私の愛を来年も応援してねっ!」

キャスターのマスターことソージって人
「いや、まだ第一ルートは僕たちの出番はほとんどないからね」

「えっへぇッ⁉︎無いのっ⁉︎ソージのバカァっ!」

雪方撫子
「来年もよろしくお願いします(小声)」

ライダー
「来年もよろしくお願いいたします、ぜひ、次のルートは僕のマスターをおだててください」

クーナ
「来年もよろしくお願いシマース、クリスマース!」

ランサー
「……チッ」

金ピカアーチャー
「来年も余の登場に期待してくださいですぞ!胸を躍らせて待っててね。だから、お金貢いで」

ツクヨミ
「儂もこれするの?……う〜ん、そうじゃのぅ。あっ、来年の最初の満月の日にいい夢見れるようにしてやるわい。えっ?どんな夢?それは……、パフパフな夢じゃ」


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聖杯の中に

新年明けましておめでとうございます!

そして、ごめんなさい!やっぱりこの小説、2016年では終わりませんでした!

まぁ、心機一転、気持ちを引き締め、頑張りたいと思います。

ということで新年早々、いきなり核心に迫る?重要な回。

遊び心出しました。すいません。

m(_ _)m


 縁側に座る二人の男。一人は死したはずの人間であり、自らを神に認められし王と名乗る。彼は自身の信念に沿ってそこにいた。そして、もう一人の男は神である。ツクヨミと呼ばれる月の神。暦の神、時の神とも呼ばれ、この聖杯戦争を作り出した張本人でもあった。彼は人間に擬態し、周りの人間の記憶をいじり月城陽香の祖父を演じていた。

 

 彼らがここにいる理由、それはともに一つの存在が二人を引き寄せた。その存在とは聖杯戦争とか目の前にある理由などではなく、もっとその奥にある神々しか知らぬ(ことわり)である。

 

「というわけで、聖杯戦争が行われているのじゃ」

 

 アーチャーに一通り話をしたツクヨミは苦笑いをする。それは文字の通り、苦し紛れの笑みだった。

 

「それをツクヨミ殿は拒絶しなかったのですか?」

 

「拒絶か。そうじゃな。確かにそれも出来た。だが、したくなかった。実際、儂もよくそんな気持ちに駆られることはある。だから分かるのじゃ。お主ら人間には分からぬじゃろうが、この感覚は苦痛というより絶望じゃよ」

 

 絶望、と神は言った。それは神が言ってはいけない言葉だろう。しかし、それでも目の前にいる神たちは苦しんでいるのをアーチャーは理解せざるを得ない。

 

「幻滅……しましたぞ」

 

「幻滅か。まぁ、儂ら神なんかどうせそんなもんじゃ。崇められなければ死ぬ神もいれば儂らのような神もいて、そもそも存在があやふやな儂ら以上に期待されている存在とは何がいようか」

 

 縁側に腰をかけていたツクヨミはゆっくりと立ち上がった。

 

「存在が曖昧な儂らだからこそ、人は期待をする。そして、その期待には答えられようとも、それはあくまで力という範囲でじゃ。お主らが思っている以上に、儂らは弱い存在じゃよ」

 

 彼がそう言ったあと、彼の頭上を青い一筋の閃光が通り過ぎていった。それはアサシンから魔力を補給したセイギが暴走したグラムに向かって撃った魔白の砕星砲(ホウリィ・エンド)。敵の希望も、絶望も全てを魔術の絶対的な力でねじ伏せる。力あるものだけが生きられるというとてもシンプルな聖杯戦争においてその閃光はあまりにも眩い。夜の闇を照らす魔術とは果たして道を照らす光なのか、それとも奈落へと誘う船なのか。

 

「おうおう、やっておるやっておる。聖杯戦争はもうそろそろ終わりかのう」

 

 ツクヨミはその光を嬉しそうに見つめる。本当に心の底から聖杯戦争の終わりを喜んでいた。

 

「—————あなたは聖杯戦争の終わりを望みますか?」

 

 アーチャーはそうツクヨミに尋ねる。

 

「望むも何も、儂がやりたくてやっておるのじゃない。早くこの殺し合いは終わってほしいものよ。いつ見ても心苦しい。神である儂らがこのようなことを人間に強いるのは」

 

 だが、ツクヨミは力強く杖を握った。手の皺が一層深くなる。

 

「もう、この聖杯戦争は見たくはない。それは儂も同じ気持ちなのじゃよ」

 

「何度、見ておりますか?」

 

「さぁ、数えても数えきれぬ。少なくとも人が数えられるような数ではないのは確かじゃ」

 

 アーチャーは顔に陰りを見せた。

 

「今回も目的は達成できずじまいですか?」

 

「達成できたのなら今頃ここにはおらぬ。儂も、あの人も、ヨウもな」

 

 ツクヨミはその言葉のあと大きなため息をついた。神らしくない落胆である。そして彼は神零山の方角を向く。

 

「と、思ってたんじゃがな。どうも今回はわけが違うらしい」

 

 アーチャーはツクヨミにつられて同じ方向を向く。そして、彼らの目に映る現状にアーチャーは顔をしかめざるを得ない。

 

「ヌッ?あれは何ですかな?黒黄金色の竜巻が渦を巻いておりますが……」

 

 その竜巻はゆっくりと天空を回すように渦を巻く。ぐるぐると薄暗い夜に散らばる星を塗りつぶすように回りながら大きくなってゆく。やがて竜巻が上空一帯に広がり、この市全体を覆うようになった。

 

「これは剣?」

 

 アーチャーは目を凝らして見る。上空に浮かぶのは幾億もの無数の剣だった。剣は鋒を大地、もとい織丘に向けた。その地を、その地に住む命を根絶させようという気なのが見てわかる。

 

「これは聖杯の暴走ですかな?」

 

「まぁ、そんなところじゃろ。あのグラムとかいう娘が持っている聖杯が彼女の死にたくないという強い願いに過剰に反応してしまっておる」

 

「そうなのですか?ふむ、私にはその娘は見えませぬな」

 

「そりゃそうじゃ。お主はアーチャーだが千里眼の類を一つも持っておらんからの」

 

「あいにくながら余の伝承には目がいいとかそのようなものはなかったので」

 

 アーチャーは頭をぽりぽりと掻く。弓兵なので少しは目が良いが、その弓兵の中ではあまり優れていないのでどうしたものかとため息をつく。

 

「これはどうすればよろしいですかな?余がここから狙撃すればそのグラムとかいう娘は爆発とかそこらへんで殺せると思いますが。というか、余に名誉挽回のチャンスを与えてください」

 

「いやいや、何勝手に殺そうとしているのじゃ。それこそ無用というものよ。勝手に介入されてはせっかくここまでいった運命の歯車がズレるかもしれぬ」

 

 ツクヨミの顔が慎重な面持ちになる。さっきまでの笑み混じりの顔が変わった。

 

「かといってこのままというわけにもいかぬのも、それまた事実」

 

 そして彼はまた上空を見上げる。今なおさらに増え続ける無数の剣は全市民の身体に風穴を開けようとしている。

 

 それは神である彼が許さない。彼はこの市の神零山に祀られている神。そして、誰よりも、どの神よりも人を一番愛している神だ。

 

「儂は神じゃぞ?その儂の地に剣を突き刺そうとして許すと思うか?」

 

 ツクヨミは手に持っている杖を地面にコツンと軽くつついた。

 

「まぁ、こんなことを引き起こしたのは儂らが原因なのじゃが……」

 

 土がぐっと押し詰められる音がした。するとその瞬間、上空に浮かぶ幾億もの無限大に広がっていた剣の群が一瞬にして割れさったのだ。まるで薄っぺらい飴細工でできた板が少し手が触れただけでバラバラに崩壊してしまうように、空を覆う剣が瞬く間に壊れてゆく。そして、それはグラムを取り巻く渦の如き剣も例外ではなかった。ツクヨミの僅かな一挙一動によってグラムの暴走が止まった。

 

 ヒラヒラと舞い落ちるグラムの儚き夢の形。剣という形を得た彼女の生きたいという願い。空に舞う脆い金属片は星々の光を浴びながら、小さな光の粒へと変わり果ててゆく。地に落ちることとなく、グラムの怨みと生欲を帯びながら風に流された。

 

 アーチャーはグラムの暴走を止めたツクヨミにこう尋ねた。

 

「よろしいのですか?聖杯戦争には基本的に無干渉なのでは?」

 

 ツクヨミはその問いを愚問と称し、そして嘲笑った。

 

「確かに無干渉を貫くつもりじゃ。じゃが、この聖杯戦争は儂らが作り上げたもの。なら、それによって起こる災厄は自らが尻拭いするまでよ」

 

「ですが今回の月城陽香には用はないのですよね?なら、殺しても良かったのでは?」

 

「それは……、まぁ、そうじゃな。じゃが、それでも儂は嫌なのじゃ。理由とかそんなこと関係なしに、嫌なのじゃ」

 

 ツクヨミは哀愁帯びた顔をする。

 

「なぁ、(アマテラス)よ、いつになったら聖杯戦争は終わるのじゃ—————?」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ここはどこだ?」

 

 目を開けたら私は花畑にいた。いつの間にか花に囲まれながら寝ていたようだった。

 

 私は立ち上がり辺り一面を見渡す。

 

 何処までも果てしなく続く花畑が目の前に広がっていた。赤、青、黄色、紫と色とりどりの花弁が茶色い大地を見せまいと目一杯に大きく見せている。風が吹く。ふわりとした風になびく花々の匂いが私の鼻を撫でた。暖かいそよ風は耳に花々が擦れる音を届ける。空はほんのりと赤みのある色だった。しかし、そこには太陽がない。だが、光が降り注いでいる。光源となるものは何処にもないのに、辺り一面が明るくポカポカとしていた。おかしな所である。

 

 柔らかな太陽のない日差しが私を照らしてくる。その光は私の心の中に巣食う邪悪な泥のような闇を少しだけ消してくれたような気がした。

 

 私はふと笑う。

 

 でも、また私の心の闇が私を喰い殺す。

 

「—————私は、許せない。どうしても世界が許せない」

 

 開いた手をぐっと力強く握る。その手の中にある大切なものを握りしめるように。

 

 そしてまた眼前に広がる美しく可愛らしい世界を見渡す。

 

「ここは何処だ?死後の世界(ヘルヘイム)なのか?私は死んだのか?」

 

 誰もいないのに質問をした。もちろんそこにいる自分は分かるわけもなく、答えてくれたのは風の音と花のざわめきだけ。

 

 空虚な場所だと思い、私は花園を歩き始めた。その最中、死んだのかもしれない、とずっとそのことを考えていた。それは否めなかった。世界の修正力によって私という存在が潰されたのかもしれない。またはヨウとあの小娘(セイバー)によって殺されたのかもしれない。どちらも可能性はある。洞窟の中で私は強く願った。死にたくないと。そう思ってから記憶がないのだ。もしかしたら、その時に私の願いもむなしく死んでしまったのだろうと考えれば何処もおかしいところはない。

 

 自分は死んでしまったのだ。そう考えるしか今の私にはなかった。誰もいないのだ。誰も教えてくれないのだから、そう考えるしかできない。

 

 まぁ、別に死んでもいいと言ってしまえば、それも本当である。

 

 確かに生きたかった。もちろん私はそうも思っている。私はもう人を殺さぬ存在として生きたかった。それこそ剣としての命を捨てて、人間としての人生を歩むというのはあながち悪くないかもしれない。人を殺さぬ可能性はゼロではないが、人を殺すために存在する剣であるよりはよっぽどよかった。だから、あの姿で、人として生きたかった。

 

 だが、それでも私には贖いきれぬ咎がある。多くの人を剣の体で殺した。それは人の姿となっても変わらない。私の体は隅から隅まで血で塗りたくられている。私の色は鋼色でもなければ肌色でもない。血色一色なのだ。逆に私にはそれだけしかない。人を殺すことしかできぬのだ。剣とはそのためだけにしか存在しないのだ。たとえ人となり血潮が私の身体を巡ろうとその身体には罪というおもりがついている。私はどうせどう生きても人殺しの魔剣であることに変わりはないのだから。

 

 なら、死んでしまっても構わない。どうせ私などが死んでも誰かが悲しむわけがないのだ。絶対に万人にしてみればハッピーなものであるに決まっている。

 

 私は生きたいと願っても死んでしまう運命にあり、そしてその死を望まれているのだ。人になれば何か変わるかもしれないと思っていたが、何も変わらなかった。その時からずっとそう思っていた。

 

 存在意義はない。私はそういう存在だ。

 

 ずっと歩いていた。かれこれ二十分ほどずっとだ。だが、誰一人として私の視界には人が映らない。景色も一面の花畑のみである。木も、鳥も、雲も何一つとしてない。私と花以外、その世界には何一つとして存在していないのだ。

 

「やっぱりこの世界は死後の世界なのだろうか?」

 

 ふと疑問が口から溢れた。

 

「あら?そんなことないわよ。ほら、私がここにいるじゃない」

 

「ああ、そうだな」

 

 背後からのなにげない返答に私は素っ気ない返事をする。

 

「……ん?」

 

 振り向き、突如聞こえた声の主を探す。

 

 するとそこにいた。私のすぐ目の前に女性がいた。私より少し高いくらいの背丈の、可愛らしい女性がいたのだ。ふわふわとした茶色い腰まで伸びた長い髪が印象的な女性は笑顔で私を見ていた。まるで太陽のように明るいその笑顔は知っているような、知らないような気がした。

 

 にんまりと無邪気な笑顔をするその女性は驚きを隠せない私の顔を覗き込んできた。

 

「どうしてそんなにお口があんぐりと開いているのかしら?」

 

「なっ⁉︎の、覗き込むなッ!」

 

 何の躊躇いもなく自然と私の顔にその女は顔を近づけてきた。知らぬ人にそんなに見つめられたことはなかったので私はつい恥ずかしがってしまった。

 

「あらら?恥ずかしいの?可愛い〜。お姉さん萌死んじゃう〜」

 

「うるさいッ!何なんだ、私の顔を覗き込んで」

 

「いやぁ、可愛いなぁって思ったから、つい。私、可愛いのが大好きだから」

 

「か、か、か、可愛いっ⁉︎な、なにを急に言い出すんだ!」

 

 初対面の私にいきなり可愛いを連呼してくる。私の耳元で可愛いという単語を十回ほど言うと、またにんまりと無邪気な、いやゲスい笑顔を浮かべる。

 

「チョロいわ」

 

「チョロくなんかない!」

 

「白い肌の顔が可愛い、小さい背丈が可愛い、黒い髪が可愛い、目鼻立ちが可愛い、いちいち仕草が可愛い、発言が可愛い、怒り方が可愛い。他にも色々とあるわよ」

 

「ダァ〜、もう!何なんだ、お前は!」

 

「あら、また可愛らしい」

 

「話を聞け!」

 

 私が叱ると、女は頰を膨らましてあからさまに拗ねている表現をした。しかし、彼女が話を振ってきたのだ。怒られても仕方がない。

 

「はい、とりあえずそこに座れ!そして、私の質問に答えろ!」

 

「はーい。分かりました〜。お姉さん、可愛い子ちゃんのために質問に答えちゃいま〜す」

 

「茶化すな!」

 

「茶化してないわ。本心よ」

 

「その本心を隠せ!」

 

「嫌よ!私は私よ、可愛いと思ったら可愛いの!」

 

 ああ、これはダメだ。そう悟ってしまった。この女は無駄なことに確固たる信念を持っているため、どうもそこだけは譲れないようである。

 

「もういい。それより質問だ。とりあえず一番に訊こう。死後の世界ではないとお前は言ったが、それは本当なのか?ここは何処なんだ?」

 

 私が彼女に尋ねると、彼女は不敵な笑みをする。腕を大きく広げて、何かを待っている。

 

「何だ?それは」

 

「何ってハグよ、ハグ」

 

「ハ、ハグゥ〜⁉︎」

 

「そうよ。ほら、私がただで教えてあげるとでも思ってたの?だから、私にハグをしてくれたら教えてあげる」

 

 女は目をつむり、私がハグするのを今か今かと待っている。

 

 この女、私を散々コケにしようという気らしい。いいだろう。それならば私がこの女を脅してみせようではないか。

 

「ふっ、こっちを見ろ。お前、すぐさま私の質問に答えないとこの量の剣を浴びせてやろうか」

 

 私はいつものように手をかざした。得意げな顔をして、異世界から剣を呼び出す。

 

 女は目を開いた。すると、女はその目を輝かせたのだ。

 

「キャー、可愛いー」

 

 そう言うと女は私に抱きついてきた。

 

「お前、抱きつくな!こ、殺すぞ!」

 

「殺す?どうやって?」

 

「どうやってだと?見てわかるだろう!」

 

「分からないわ」

 

 その時彼女は余程馬鹿なのだと思ってしまった。だって、剣を向けられても怯えずにいるのだから、それは傷つくのが怖くない余程馬鹿なのだと。

 

「この剣で刺し殺してやるぞ!」

 

「剣?どの剣かしら?剣なんて何処にもないわよ」

 

「は?」

 

 私は振り向く。すると、いつもならあるはずの剣が何処にも見当たらないのだ。

 

「んなっ⁉︎無い……」

 

「キャーン、もう間違えてるぅ〜。可愛い〜」

 

 その後、私はこの女に頰を散々とすりすりされた。

 

 それから十分後、私はさっきの場所から少しでも離れようと、急ぎ足で歩いていた。

 

 しかし、別にあの地点が嫌なのでは無い。嫌なのは—————

 

「ねぇ、ちょっと待ってよー」

 

 この女である。

 

「付いてくるな!もう、お前に構っていられない!」

 

 私が一喝すると、女はしょげる。しかし、それで私がまた話しかけると女は調子に乗るので特に話しかけず、放っておいた。

 

 すると、女は構ってくれないことが嫌なのか、こんなことを言い出した。

 

「まぁ、私と話をしてくれるのならここが何処とか教えてあげるけど……」

 

「何⁉︎それを先に言え!」

 

「えへへへへ。まぁ、さっきハグもできたことだし。教えてあげる」

 

 にたにたと笑う女。不思議だった。初対面のわたしに妙に馴れ馴れしい。

 

 私はその馴れ馴れしい女を睨みながら質問した。

 

「ここは何処なんだ?」

 

 彼女は笑う。その笑顔はその世界のどの花よりも美しく、大きく、そして温かいものを持っていた。

 

「ここはね、聖杯の中よ—————」

 

 私は彼女の言葉を疑う。聖杯の中と彼女は言ったからだ。私はその言葉に偽りはないかと糾したが、彼女の言う言葉は一貫していた。

 

「確証はあるのか?」

 

「確証?う〜ん、それはないわね。あるとしたら私がここにいるということくらいかな?」

 

「それは証拠にはなっていないぞ」

 

「あはは、そうね。十分な信憑性はないわね。でも、私がここにいる。それだけで、ここは聖杯の中なのよ」

 

 彼女の言っていることがよく分からなかった。だから、もう一つ質問をしてみた。

 

「お前は誰なんだ?」

 

 核心を突く質問。それを受けた彼女はその質問を待っていましたと言わんばかりに喜ぶ。その感情が顔に出ていた。

 

「私は(なつめ)日和(ひより)、結婚してからは苗字が変わってね、月城っていうの」

 

「月城⁉︎それって……」

 

「ええ、そうよ。私は」

 

 ふわりと風が吹いた。その風は花々を揺らす。ざわざわと葉と花が擦れる音が響く。そして、彼女のふわふわとした髪もなびいた。目を細くして、また笑顔を作る。その温もりは私には感じたことのない、不思議なものだった。

 

「—————ヨウの母親です☆」





え?マジ?まさかのここでママ登場?

そうなんです。彼女、ヨウくんのママなんです。

え?なんで聖杯の中にいるのかって?

それはそれは……( ◠‿◠ )


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母は子を想う

はい!Gヘッドです!

全開は何ともビックリ、いきなり登場のヨウくんのママ。ちょっとおかしい人ですけれど、とても素敵なママさんです。

えっ?肉体?

ええ、そりゃぁ、もう……。すごいですよ。母親というジャンルもありなのかも。もしかしたら、第三ヒロインはママ?(大嘘)

まぁ、今回はちょっと書こうと思っていた内容が案外分量が多かったのでコンパクトに縮小しました。前回、ふざけすぎましたからね。

不完全燃焼っぽいところはあるかもですが、それはそれ。多分ですけど、後で追加しておきます。


 ここは聖杯の中である、そう彼女は言った。なんとも漠然としていて、なんとも素っ頓狂(すっとんきょう)なことを言うのだろうと思ってしまった。それもそうである。いきなりここは聖杯の中だと言われて、果たして信じられるだろうか。

 

 否、信じられるわけがない。

 

 だが、目の前に広がる世界は真実なのだということは理解したくなくとも理解してしまう。地平線の彼方まで永遠と花のみが地を埋め尽くしていて、太陽も雲もない明るい空に覆われているこの世界は幻想などではない。即座に理解できた。この美しくも儚げのある景色も、脆く弱い風のささやきも、露骨に匂わす花の香りも嘘などではないのは確かなのだ。

 

 私はヨウの母親の隣に座っていた。二人して広大な花畑の真ん中で小さく座りながら話をしていた。彼女を見る。彼女は私の視線に気がつくと、にっこりとした笑みを浮かべた。

 

 私はこの女が子であるヨウと同じくらい苦手である。私はセイバーの宝具であるから、彼女の心境が少しだが伝わってくる節がある。それに感化されているのか私はヨウとは戦いたくはないと思ってしまう。そして、それと同じように私は目の前にいるこの女が苦手なタイプであると感じるのだ。子は親に似るというように、私がヨウに苦手としている何かを彼女も持っている。だから、私はこの女がとことん嫌いだ。

 

 こんな女のことを信じたくはない。だが、あてもない。悔しいが、私は信じることにした。

 

「ここは聖杯の中なのか……」

 

 独り言を呟く。聖杯の中に私が迷い込んでしまうだなんて思ってもいなかったから、ここがそうなのかと考えてしまう。

 

「聖杯の中と言うが、ならばこの世界には他の脱落サーヴァントはいないのか?」

 

 私の質問に彼女は首を横に振る。

 

「もしそうなら、ここはきっともっと楽しい場所でしょうね」

 

 彼女の顔はあまりにも冷たいものだった。温かい笑顔の隙間から覗いたその顔は私には少し怖くさえ感じてしまう。

 

「ここは聖杯の中。それは器に注がれている水みたいなことじゃなくて、器そのものの中なのよ。だから、容器に入れられた魂とは会うことなんてできないの」

 

 彼女の横顔は冷めていた。正面から見ると笑顔に見えるその顔も、隣に座っている私から見ると冷めて見える。

 

「なんでお前はここにいるんだ?」

 

 私は何も知らない。何も知らないからこそ、相手に聞いていい質問と聞いてはならない質問があることも知らない。

 

「それは……、宿命ってやつかな?」

 

 彼女のぎこちない笑顔で私はしてはいけない質問をしたのだと気がついた。具体的な内容を示さず、抽象的に言葉を濁したことから事を察する。

 

 しかし、それからというもの二人の口から言葉が出ない時間が続いた。私も彼女も何を話したら良いか分からなかったからだ。相手のことに無理に踏み込んでしまえば、相手を傷つけてしまう恐れがある。だから、私たちは無理に踏み込もうとはしなかった。

 

 そして、少し経ってその沈黙を日和は打ち破いた。彼女は穏やかな表情で私に質問をする。

 

「ヨウは……元気だった?」

 

 その表情はまさしく母親の愛が込められていた。それは我が子のことをただ純粋に案ずる無垢の愛。そして、私には知り得ぬものだった。

 

「ヨウは……」

 

 彼女の質問に答えようとした。それは魔剣の私には不似合いな善の心からだった。

 

 だが、私の口はゆっくりと塞いでしまう。喉の奥に言葉はあるのだが、何かが言葉を掴んで離さない。

 

 それもそのはずである。だって私はそのヨウを殺そうとしていたのだ。聖杯は私の物だ、そう主張し、邪魔者を等しく殺そうとした私にとって彼も殺害対象の一人なのだ。そして、今さっきまで私はそのヨウと殺し合いをしていた。

 

 そんな私がヨウの母親である彼女に言葉をかけるのはどうだろうか。最低なことであろう、まさに魔剣である私に相応しい。

 

 だから、嫌なのだ。私はそれが嫌だった。今ここで何も打ち明けることなく、知らぬふりをして「元気だ」と答えるのならば、いっそのこと私は潔く身の内を教えた方がよっぽどいい。

 

 私は最悪な存在だから。だから、どうしてもそうなりたくないと思ってしまう。

 

 その結果、何も言えない。母親である彼女にとって自分の命よりも大事なことを聞かずにいる。果たして、言わぬ方が良いのか、言えば良いのだろうか。

 

 分からない。どうすればいいのか、私には分からなかった。

 

 私は俯いた。彼女に顔を見られたくなかった。彼女の顔を見たくなかった。見えたのは私の足元に咲く小さな白い花だけ。それ以外は何も見えない。

 

 すると、その時だった。彼女はふと笑い始めたのだ。

 

「ウフフ、可愛いわ。やっぱりあなたは」

 

 彼女はそう言うと、私の頭に手を置いた。そして、指先で私の深黒の細い髪を絡めて撫でる。

 

 すごく恥ずかしかった。わけがわからない。何も言わない、無愛想な私のどこをどう可愛いと感じるのかに苛立ちを持ちながらも、そんなことされたこともない私にとってそれは初めてのことである。初めて頭を撫でられた。その初体験に対する恥ずかしさは私の耳先まで赤く染め上げる。

 

 彼女はそれを見て、また笑う。そして、こう言った。

 

「ゴメンね。少し意地悪しちゃったわ。本当は私、ヨウのこともあなたのこともちゃんと知っているわ。あなたたちがこの聖杯を求めて戦っていることも」

 

 私はその言葉を聞いて硬直した。彼女に知られている。それが私の首をぐっと締めた。

 

 私は彼女と出会ってからグラムであるということを明かさなかった。そして、彼女の息子であるヨウと戦っていたということも何も伝えなかった。それは私が自身をグラムであると認めたくないからという理由ともう一つわけがあった。

 

 単に嫌われたくなかったのだ。ここにきて、彼女は私のことを知らないようだった。つまり、私が魔剣であるとは分からないということ。それが私にはちょっとだけ嬉しく思えたのだ。一人の人間として、少なくとも魔剣グラムという嫌な肩書きから逃れられる時間の中で、普通に人間から怖がられることもなく見られるということが嬉しかった。だから、嫌われたくなかった。

 

 たとえそれが今さっき会ったばかりの人だとしても、私は嫌われたくないのだ。私は彼女が嫌いだが、嫌われたくないと思ってしまうのは自分勝手すぎるだろうか。たとえそうだとしても、嫌われたくない。人殺しの剣なのだという目をどうしても向けられたくなかった。

 

 だから、動けなかった。彼女が本当は私のことを知っていると言われたとき、どうしても事実を鵜呑みにできなかった。

 

 それでも、彼女の言葉は本当であろう。なぜなら、ここは聖杯の中。そして、聖杯から強引に魔力を補給、もとい奪っている私。ならば、彼女はここからでも私を見ることができただろう。いや、私だけじゃない。織丘市全体を彼女はここから見ていたのだろう。

 

 私は彼女の顔を見るのが怖かった。騙していたと思われるのだろうか。恐ろしい顔で私を睨みつけているに違いない。この聖杯の中では私の剣を呼び出す力も働かないみたいだ。だから、私は丸裸な状態であり、殺されてしまうかもしれない。

 

 それでも、勇気を振り絞って顔を上げた。

 

「え?」

 

 そして、私は驚いてしまった。そのせいで腑抜けた声が漏れてしまう。

 

 なぜなら、彼女は私を笑顔で見つめていたからだ。それこそ、何もかもを優しく包み込む毛布のような柔らかい視線。

 

 驚きを隠せない私に彼女はこう言った。

 

「別に怒ってないわ。いや、まぁ、息子を殺そうとしたのはもちろん嫌だけど、それはそれ、これはこれ」

 

 彼女は怒っていないと言った。そして、私の頭をまた笑顔で撫でた。

 

 私は分からなかった。なぜこの女は私に怒らないのか。私に殺意を向けないのか。私は彼女の子を殺そうとしたのに、彼女はなぜ優しい目で私を見るのか。

 

「……何で私にそんな優しくする?」

 

 ふと本音が漏れる。私は彼女の手を振り払い、立ち上がった。

 

「何で私なんかに優しくするんだ?私はお前の子を、ヨウを殺そうとしたんだぞ⁉︎私は最低な存在だぞっ—————!」

 

 私は必死に嫌われようと言葉を投げかける。支離滅裂だ。嫌われたくない。そう思っていたはずなのに、私は嫌われたいと思っている。もうよく分からない。私がよく分からない。

 

 私は何なのだろう?何になりたいのだろう?どうなることを私は望んでいるのだろう?

 

 私は、私は—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————お前は魔剣グラムであろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の奥深くで響いた。誰かが言った言葉。私は災いを呼ぶ、不幸をもたらすのだと。

 

 

 ああ、そうだ。

 

 

 私は—————血塗られた魔剣グラムだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときだ。私の首回りが温かくなった。耳元で聞こえる涙声。座った姿勢から急に立ち上がり、彼女は私に抱きついた。

 

 

 

 

「—————そんなことない!あなたは悪い子なんかじゃないわ。だから、もうそんなこと言わないで!」

 

 彼女は泣きじゃくりながら大声で叫んだ。花園の真ん中で大粒の涙をぽろぽろと流しながら、私に彼女はそう伝えたのだ。

 

「だってあなたは、優しい子じゃない」

 

 その言葉は私の心にぐさりと釘を刺した。そんなことは言われたことはなかったからだ。それが凄く痛かった。

 

 だが、その一方で、なぜ彼女は私の目の前で、私のことでこんな涙を流すのだろうかと疑問を持った。私と彼女は初対面で、そもそも私は彼女の子を殺そうとした人殺し。私のために涙を流す意味もなければ価値も無い。

 

 私などのために泣いてなんの意味になる?

 

「馬鹿じゃないのか?」

 

 そう言いながら、私の視界がぼやけてきた。後ろに広がる花々が一本から二本に増えてきて、そして混ざりあった。目尻からつぅっと何かが頰を伝いながら落ちてゆく。

 

 私はその何かが何なのかよく分からなかった。手で拭って確かめてみる。そしてそれは—————

 

「涙?」

 

 私が涙を流していることに実感すると、途端に胸が苦しくなった。胸が脈を打つごとに痛みが全身を駆け巡る。

 

 なぜ、私は涙を流しているのか。疑問の上にまた疑問が生じる。それが頭の中をこんがらせて、分かることも分からなくなってゆく。

 

 ただ、温かい。それだけは分かった。彼女の涙が私の身体にこびりついた赤黒い血の塊を洗い流し、彼女の言葉が私に意味を与え、彼女の存在が私を抱きしめる。

 

 抱きつかれて、涙を流されて、言葉をかけられて、私は頰が緩んでしまった。

 

 私は優しい。そう言われたのは初めてだった。今まで人殺しの剣として、不幸を呼ぶ剣として敬遠されてきた私にそんなことを言ってくれたのは彼女だけだ。私の罪を赦してくれたのは彼女だけなのだ。

 

 私は涙を流しながら考えた。何で私は涙を流しているのかと。そして、気づいた。

 

 ああ、私はその言葉が欲しかったのだ。

 

 救われた気がした。

 

 私はろくでもない存在だと。黒く錆びた私は存在する価値も無いのだと。

 

 だから、価値がほしかった。それも魔剣グラムとしてではない、新たな存在としての価値が。それでも、魔剣グラムとしての運命は私につきまとい、決して離れようとしない。

 

 最後にしようと思っていた。この聖杯戦争で人を殺すのは最後にしようと。だから、どんなことをしても私は魔剣グラムという運命から脱却したかったのだ。

 

 だけど、そんな大変なことをしなくても良かったのだ。聖杯など使わなくとも、私の願いは何もしなくとも良かった。

 

 すぐ近くに落ちていた。私の願い。

 

 自然と涙が溢れてくる。その涙は止まることなく、滝のように流れてゆく。

 

「ウッ、ウゥゥ……」

 

 声をあげる。弱々しい生まれたての子犬が産声をあげるように、私は彼女に呼応してしまった。

 

 辛かった。魔剣という名が辛かった。

 

 私はグラムだから。

 

 だけど、彼女の言葉はどれも温かくて、私を救ってくれたような気がした。

 

 変な人である、彼女は。私のために笑い、喜び、泣き、悲しむ。頭のネジが何本か足りないのではなかろうか。

 

 しかし、それこそヨウと似ている。

 

 彼女と彼は温かい。太陽の光のようだ。全ての人を明るく照らしてくれる。

 

 もっともヨウはそこまで温かな光などではないが。今のヨウはきっと、その光を反射する仄かな朧月。

 

 それでも、いつかはきっと彼女のように温かな存在へと変わるのだろう。

 

 シグルドはヨウに救われた。アーチャーに救われた。

 

 ならば、私は?

 

「う〜、可哀想よぉ〜」

 

 鼻水をヨーヨーのように垂らしながら、目を真っ赤にして咽び泣く彼女。私なんかのために惨めな顔を晒していた。

 

 ああ、知性のかけらもない。そこには高潔さも、華麗さもない。

 

 それでも、私はそんな彼女に—————

 

 —————救われた。

 

 この少しの、たった一時。

 

 少しぐらいは魔剣グラムとしての強さを持つ私ではなく

 

 弱い私でいてもいいだろうか。

 

 私も彼女と同じように大声をあげて泣いた。今まで溜まりに溜まった重荷、悪声、鬱憤全てを流し出すように。苦しさを忘れ、魔剣としての私でない時間を少しだけでも過ごしていたいのだ。

 

 ああ、温かい。彼女の優しさは私の冷たい赤黒い鋼の心を癒してくれる。

 

 それは私が感じたことのない母親の香りというもののだろうか。

 

 そうか、これが母親の愛というものなのだろうか。

 

 少し、ズルい気がする。ヨウもシグルドも母親という存在がいるのだから。

 

 それはきっと誰よりも温かく、優しく、大らかで、愛すべき人なのだろう。絶対の心の拠り所。

 

 私はその母親という存在を知らないけれど、少しだけこの時間だけ、味わってみてもいいだろうか。

 

 全てを忘れて泣いてもいいだろうか。

 

 頑張ってきたのだ。

 

 ちょっとだけ、誰かに甘えたいのだ。

 

 私は一人のか弱い少女—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を言っている—————?

 

 

 —————お前は何だ?

 

 

 赦されるはずもない。忘れることなどできない。お前は最悪の存在だ。人を殺し、血にまみれ、死を平然と嘲り、高笑いをしながら戦場を駆ける男の愛剣。

 

 

 まさしく魔剣の名にふさわしい。それ以上それ以下でもない、お前はれっきとした悪名高き—————魔剣グラムだ。

 

 

 

 

 誰かが私の心の中でそう言った。嗄れた男の低い声。その声は段々と私の頭の中を駆け巡り、反響し、酷いめまいを起こさせた。

 

 私の目の前にいるのはヨウの母親だけなのに、耳元で囁かれているようで、気持ちが悪い。

 

「やめろ……、やめろ……」

 

 頭が痛い。何かが私の中から這い出ようとしてくる。

 

「どうしたの?グラムちゃん?」

 

 彼女は急に体調を崩した私を心配する。だが、どうすればいいのか分からずに、おどおどと慌てて、私の頭を撫でるというよく分からない暴挙に出た。

 

 だが、頭が痛いときに頭を触られたら誰でも怒るのは必然。

 

「やめろっ、触るなっ!」

 

 私は彼女の手を強く叩いた。力の制御がきかない。叩いた後、彼女の寂しそうな顔を目にして胸が痛くなったが、それどころではない。

 

 ヤバい。頭がハンマーで叩き割られているかのようで、言葉にできない悶絶級の痛みが襲ってくる。

 

 痛い、痛い、イタイ、痛い、痛イ、痛い、イタい、痛いぃ、いたい、痛い、イタイ、痛い、痛いぃ、痛イ、痛い、痛い、痛い、痛い、いたい、いたぁい、痛い、イタい、痛いい、イッタイ、痛い、イタイ、痛イ、痛い、痛い、痛い、痛い、イタい痛い、痛い、痛いぃ、イタイ、いたい、痛い、いたぁい、痛ぃ、痛i、いた、いっつい、痛い、イタい、イタイ、痛イ、痛イ、痛イ、いたい、痛い、痛い、痛い、痛痛痛、イタい、痛い、イッタイ、痛い、イッタイ、いた、痛いぃ、痛い、イタ、いたいいたい、痛い、痛い、痛い、痛イ、いたい、イタイ、いたい、イタい、イたい、痛い、痛いぃ、痛痛い、痛i、イッタイ、痛い、いったい、痛い、イタい、イタイ痛い、痛い、痛ぃ、痛い、痛イ、いたい、痛i、痛、痛い、イタイ、い、痛い痛い、痛い、

 

「ヤメロォッ‼︎私の頭の中で喋るなぁっ‼︎」

 

 頭の中が蝕まれてゆく感覚だった。私の頭の中で反響する声は段々と私の命令を無視して私を壊してゆく。

 

 そして、最後に謎の声はこう言ったのだ。

 

「—————さぁ、世界を壊せ」

 

 

 

「どうしちゃったの?グラムちゃん?」

 

 彼女が私にまた触れようとした。

 

 その時だった。私の身体から急にドス黒いオーラが大量に吹き出したのだ。そのオーラはまるで竜巻のように渦を巻きながら段々と大きくなってゆく。血に咲く花々をむしり取り、赤い空を黒く染め上げる。

 

「えっ?ちょっ、これ何ッ⁉︎きゃぁっ」

 

 彼女は私の身体から吹き出るオーラに彼女は吹き飛ばされた。

 

 私は意識こそあるものの、自身の身体を自由に動かせない。まるで剣であったころに戻ってしまったようである。

 

「何なのだこれは?誰なのだ、お前は!」

 

 私が謎の声に問いかけた。すると、謎の声は不敵な笑い声を上げてこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————アンドヴァリの呪いだと。




ぬぬぬ?

アンドヴァリの呪い?

イェース!アンドヴァリの呪いでェーす!

アンドヴァリの呪いとは簡単に言っちゃえばセイバーちゃんが生前に持っていた指輪にかけられた呪いのことです。この呪いのせいで生前は大変なことになっちゃったんですよ。あらまぁ。

この呪いは作中でグラムの能力向上とかそんなところをいろいろ底上げしてくれてるけど、理由はめんどくさいので分割!

とりあえず、チョー強力な呪いに身体を奪われちゃったョってことっすわ。

これは触手エッチルートがあるのか?

まぁ、ないんですけど。

次回はなんか、またヨウ視点に戻ったり戻らなかったり……。コロコロと変わってスイマセーン。m(_ _)m

あっ、そういえば、ママんがなんて聖杯の中にいるのかって理由なんですけど、それは過去とか過去とか過去が理由なんですよ。

えっ?わけがわからない?説明になってない?

それは今後お話中にいる説明されますよ。乞うご期待!d( ̄  ̄)


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死の大海で願う

 人は死んだあと、どうなるんだろう。

 

 ずっとそんなことを考えていた。深い深いどこまでも深い底のない海に落ちているような感覚だった。

 

 俺は死んだ。死後の世界は真っ暗で何も見えない。自分が誰であるかと念頭に入れておかないと、本当に自分という存在が分からなくなってしまいそうになる。

 

 暗い世界は何も見えない、聞こえない、臭わない、感じない。全ての感覚を失い、気が狂ってしまいそうになる。眠りに落ちていると思えば聞こえはいいが、意識のある眠りなど金縛りに近い。不快極まりない。

 

 ああ、俺は死んだ。ずっとそのことだけが繰り返し頭の中に流れている。

 

 そうだ、俺は死んだんだ。グラムとの戦いで俺は死んだ。眠っているグラムを起こさせようと、そしてあわよくば殺そうとしていたら寝息の一振りみたいな攻撃で死んだのだ。

 

 ……ん?そうだっけ?

 

 いや、確か、空からブラックマジ◯ャンのサウザンドナイフみたいなので殺されたんだっけか?

 

 まぁ、いいや。

 

 はぁ、俺ってつくづく運がねぇよな。そもそもセイバーを召還しちゃったところから運がねぇ。あの時点で俺が聖杯戦争に参戦しちゃったわけだし、あそこから俺の歯車は狂い始めた。アサシンやアーチャーとかいろんな奴に会ったけれど、結局のところみんな散っていった。やっぱ、出会うってことがあるのなら、別れるってこともあるってことなのだろうか。

 

 俺は死んだ。そして、全てと別れた。そんな今だから気づけたことがある。それは全てと別れて、そのあとに後ろを振り返って気づいたこと。

 

 あの狂った運命の中で俺はそんな大切なことを学んだ。それは誰かが近くにいてほしいと心底願っているということだ。

 

 まぁ、これが死ならば、俺はもう誰とも会えないのだろう。だって、やっぱこんな真っ暗な世界じゃ誰とも会えるわけがない。

 

 そうか、これが永遠の孤独ということか。

 

 しょうがないと言えばその一言で済んでしまう。でも、これは結構ツライかもしれん。俺ってなんだかんだ言っておきながらも人と一緒にいるのが楽しい性分だから。元々兄弟とかいねーし、両親だっていねーし、爺ちゃんは家にいないことも多いし。だから、誰かと一緒にいることは心の底では嬉しく思っている。

 

 ……そう思うと隣にいる奴って結構大事だよな。

 

 思えば俺はあいつに感謝の言葉の一つや二つをかけたことはあるだろうか。俺の記憶の中には正直言ってあんまない。

 

 俺はあいつに救われたと何度も聞いてきた。そりゃそうだ。だって、あんな弱っちいサーヴァントをマスターが待ってやってんだ。本当は立場が逆である。俺を守ってほしかったものである。だから、あいつは俺によく感謝の言葉と太陽のようにまぶしい笑顔を見せつけてきた。

 

 だが、違うんだ。感謝をするのは俺の方だったんだ。俺はあいつがいたからここまでこれた。まぁ、あいつが巻き込んだってことは否定しないが、そういうことを言いたいんじゃない。

 

 ここまでっていうのは、一ヶ月間生きてこれたって時の経過のことじゃなく、俺の心がここまで来れたってことだ。大切な存在がいる。それをセイバーは俺に教えてくれた。

 

 ああ、そういや、俺、死ぬ前にこっち来んなとか言ってたんだっけか?マジかよ、めちゃくちゃカッこわりィじゃねぇか。グラムは俺が倒すとか何だとかほざいてたような気がしたけど、結局はこのざまか。

 

 ダァ〜、せめて感謝はしなくても、セイバーに強く言ったことぐらいは謝りてぇ。と言っても、俺らしくねぇし、あいつは何言ってんだって首を傾げんだろうけど。

 

 そういや、あいつ一人で大丈夫か?グラムがなんかモノスゲー攻撃仕掛けてたし。あれでまさかくたばってんじゃねぇだろうな。あいつのことだからあり得なくもないな。死んでるか?あいつももうおしまいか?

 

 ……そうだろうな。だってあいつ激ヨワだから。英雄って名前に押しつぶされそうなか弱い女だから。そんなあいつが生き残れるわけがねぇ。少なくとも俺がいねぇとあいつは生き残れやしねぇ。

 

 ちっくしょう。せめて死に行くって時に未練なんぞを残させるなよ。死ぬならいっそのこと晴れ晴れしい気持ちで死にてぇのによぉ。

 

 目尻が熱い。悔しい。手をぎゅっと握りしめた。

 

 せめて、あいつに生きていてほしい。そう思ってたのに、俺は何にもできねぇで野垂れ死ぬだなんて最悪だ。

 

 そう思うと無性に生きてぇって感じてくるわ。いや、生きてぇっていうのは少し嘘だ。

 

 あいつを生かしてやりてぇ。それが唯一の未練だ。

 

 あ、あと一つだけ言い忘れてたこともあった。聖杯を渡して、あいつが願いを叶える直前に言ってやろうと思ってた言葉、言いそびれた。

 

 むっ、なんか、そう思うと未練がどんどん湧いてきたぞ。最初は無いとか思ってたけど、一個二個って増えてきて……。俺ってやっぱクソ野郎だわ。本当、救えねぇ。

 

 まぁ、でも、それでいいか。クソ野郎でも、救えねぇやつでも、別にいいや。

 

 生きてぇ。そう思っちゃってる時点で、負けだったし。

 

 生きてぇ……か。無駄な望み、また考えちまったよ。

 

 その時だった。俺の背後から声が聞こえた。

 

「—————生きたいか?」

 

 その声の主は誰だか分からない。ただ知っている人のような、知らない人のような気がした。

 

 あんたは誰だ?

 

 俺はそう問いかけた。深い海の下の方にいる誰かに。その誰かは俺の質問には答えなかった。ただ、もう一度同じ質問をしてきた。

 

「—————生きたいか?」

 

 うるせぇよ。んなもん、決まってんじゃねぇか。やり残したことがあんだよ。

 

 俺がそう言うと、その誰かは「そうか」と答えた。

 

 その瞬間、俺の背中に何かが当たった。温かく大きな手だった。岩のようにごつごつした硬い手で、この手が俺の背中に触れた瞬間、感じた。

 

 あっ、この感じ……。なんか知ってる。

 

 その手は俺を海の上まで押し上げる。太陽の光も入らないような深い深い海の中から押し出すように。

 

「お前はまだここへ来るべきじゃない。やることをやってこい、ヨウ」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「……ゥ……、ョウ……、ヨウ起きてください」

 

 しきりに耳元で俺を呼ぶ声が聞こえた。うんざりするほど聞いてきたその声はなぜか懐かしく聞こえ、無性に縋りたい気持ちになった。

 

 揺れる俺の身体。きっとあいつに揺らされているのだろう、この身体は。

 

 ゆっくりと目を開く。目の前には雲や剣などには遮られていない満天の星空があった。星々が命を燃やして輝かせている姿を俺は目にすることができていた。

 

 そして、その視界には例の彼女が入り込んでいた。彼女は今にも崩れそうな顔で俺の顔を見ていた。泣きそうになりながら必死に俺の身体を揺さぶっては声をかけていたのだろう。

 

「お前、なんつー顔してんだよ」

 

 俺が一声かけると、彼女の表情から緊迫や焦りが消え、安堵が現れた。

 

「ヨ、ヨウ?ヨウですか?」

 

「んだよ?どう見たって俺だろ。バカか」

 

「良かったぁ〜。その皮肉口はまさしくヨウだぁ」

 

「お前、はっ倒すぞ」

 

「ヨウですよぉ、ヨウ生きてたぁ〜。死んだかと思いましたぁ〜」

 

 この女、勝手に俺を殺していたようである。どうやらキツイお仕置きが必要なようである。

 

 んいや、そんなことは後ででいい。

 

 俺は自分の手のひらを見た。次に足を、そして腰、腹部と見て、最後に自分の顔を触診する。

 

「何しているんですか?」

 

「あ?いや、俺の身体が穴だらけになってねぇかなぁって」

 

「穴だらけ?何を言っているのですか?いたって普通。五体満足ですよ?」

 

「んなこと知っとるわ。それでも確認したかったんだよ。死んでねぇのかって」

 

 俺は死んだと思い込んでいた。空に無数の剣が幾千もの星を塗りつぶすような光景に出くわしてからあんまり記憶がないけれど、どうやらその記憶の空白が俺に死んだと思わせたらしい。だが、起きてみればあらまぁびっくり生きているじゃありませんかってこった。身体中見てみても傷一つなし。ならば死んでないと考えるのが妥当であろう。

 

 いや、もしかしたら俺は死んだのかもしれない。一度俺は死んだ。しかし、あの誰かの力で生きかえったとか?

 

 いや、そんなわけないか。

 

 う〜ん、でもあり得そうな気がしてきた。

 

「なぁ、セイバー、お前さ、空に無数の剣が浮いてたのって知ってる?」

 

「そ、そりゃ、知ってるに決まってるじゃないですか!だって、あんなの見て覚えていない人なんかバカですよ⁉︎死ぬかと思ったんですから!」

 

「ん?でもお前、死んでないよな」

 

「はい。だって、ヨウがあの剣を全て壊してくれたんですよね?」

 

「は?」

 

「え?ヨウがあの剣全て壊したんですよね?」

 

 彼女の言葉は俺の思考回路をフリーズさせた。

 

「えっ?今なんつった?俺が全て壊した?何言ってんだ?俺が全て壊せるわけねぇじゃねぇか。」

 

「ヨウがやったんじゃないですか?」

 

「いやいや、俺じゃねぇよ。なんかグラムが空にいっぱい剣出してから記憶がねぇんだよ」

 

「記憶がない?」

 

「いや、なんつうか急に意識がなくなっちまったんだよ。それで意識戻って空を見上げてみたらなんてこった、今度は剣がなくなってましたってことだ」

 

「えええ?ヨウじゃないんですかぁ?でも、この場にいたのってヨウとグラムだけでしたよね?なら、あの剣全て壊したんじゃないんですか?隠された力みたいな感じで」

 

「何さらっと物騒なこと言ってんだ。俺ができるわけねぇだろ。セイギじゃないのか?あいつの青い光」

 

「違いますよ。確かにあの光は空に剣が浮かんでいた時も何回か放たれましたが、ヨウのに比べればまだまだでした。だって、一瞬ですよ?一瞬で全ての剣が全滅ですよ?」

 

 彼女は俺が壊したのだと強く主張する。だが、しかし彼女は俺がぶち壊す現場を見ていたわけじゃないし、こいつのことだからどうせ思い違いとかそんなところだろう。

 

「魔力切れか?」

 

「そんなわけありません。だって、聖杯から魔力を得ている彼女が魔力切れなんて起こすわけないじゃないですか」

 

 彼女の主張する俺の隠された力が目覚めた説に俺は反論できなくなっていった。あり得るわけがない。そう言いたいのだが、何、俺はその瞬間を見ていないのでなんとも言えない。

 

「本当に俺なのか?」

 

「そりゃあ、そうに決まってます。だってあんなに豪語してたんですから。グラムは俺が倒すって」

 

 痛いところを突いてくる。彼女に向けた冷たい言葉を彼女は逆手に取るだなんて。少しは口喧嘩が上手くなったんじゃないだろうか。

 

「ああ、そうだな。そう言ったな。でも、それはやっぱり俺の力なんかじゃない。俺は何にもしてないんだ。ただ、何もできないでいた。圧倒的なグラムの力に俺は手も足も出なかった。セイギの攻撃に頼ってばかりで、空に剣が展開した時もダメだって誰よりも早くに諦めたんだ。何もできねぇわってすぐに心が決めつけて、そっからは意識を失って……」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

 彼女は不満げに俺を見つめてくる。しょうがない。こればかりは何とも言えないんだ。

 

「その……なんだ、悪かったよ。悪かったって思ってる。お前は弱いとか、邪魔だとか言って悪かった。お前が弱いことはもちろん否定はしないけど、俺も弱かったよ。全然力及ばなかった」

 

 いつもならこの立場は逆転しているはずだ。だが、今は別なのだ。それは彼女との日々が最後であるという事実が俺にそんな行動をさせたということ。いや、別に言い訳をするわけではない。俺が悪いのだ。

 

 俺はグラムと戦っているとき、心のどこかで無理なんじゃないかと思ってしまっていた。ただでさえ強いグラムの手に聖杯が渡ってしまった。聖杯がなければどうにかなるかもしれなかったが、それはもうあり得ない。

 

 俺は弱かった。聖杯戦争という強者が生き残るという圧倒的なルールの中で偶然にも生き残ってしまったんだ。それはセイバーだけではない。俺たちがだ。俺たちはあまりにも弱かった。だけど、セイバーが俺より弱いから、俺が弱く見えづらかった。

 

 でも、今なら二人とも弱いって分かる。この聖杯戦争で、誰よりも弱いのは俺たちなんだと。

 

「—————ああ、その……ごめん。強く言いすぎて悪かった」

 

 彼女の顔を見れなかった。恥ずかしいというか、悔しいというか。なんか色んな感情がグチャ混ぜになって、俺の顔を少しだけ火照らせた。

 

 セイバーはそんな俺を見て、指を突き出した。手のひらをグーにして小指だけを突き立てている。

 

「なんだよ、これ」

 

「なんだよじゃないですよ。ほら、この国の文化では仲直りともうしないって意を込めて指切りげんまんっていうのをするのですよね?だから、指切りげんまんをするんです」

 

 誰からそんな情報を得たのだろうか。どうせアサシンやセイギが要らぬ知識を吹き込んだに違いない。

 

 俺はため息をついた。それはこんなことを強要するセイバーとそれを躊躇う自分に対してだ。しょうがない、こればかりは俺が悪いのだから。

 

 俺も小指を突き立てる。俺の小指と彼女の小指がやさしくぶつかった。だが、俺はそこから一向に動こうとしない。セイバーは頬を膨らませながら俺の指に自らの指を絡めてきた。

 

 細い指である。少しでも変な方向に曲げてしまえばすぐに折れてしまいそうなほど小さく細い指。その指でしっかりと俺の小指の肉を挟んで強固に絡みつく。彼女の指先の爪が見えた。鍛冶の影響なのか、少しだけ黒ずんだ指先だった。

 

「うふふふッ」

 

 彼女の笑う声が聞こえた。俺が顔を上げると彼女のなんとも愛くるしい笑顔がそこにあった。

 

「なに笑ってんだよ」

 

「別になんでもないですよ。ただ、少し嬉しいなって。分かりあえてるなって」

 

 分かりあえたり、分かりあえなかったり、交互にくるこの周期は何度見たことだろう。分かりあえているといえば分かりあえているのだろう。しかし、それゆえに分かりあえないのだ。互いに相手のことを考えようとしても自分の欲望にも流されて、その二つが混ざり、結果崩れる。今はまだ崩れていない状況なのかもしれないが、またいつ崩れることか。

 

 俺は彼女の言葉に笑顔を向けた。

 

「ああ、そうだな」

 

 だが、その言葉とは裏腹に心は虚無感を感じていた。

 

 それもそうだ。彼女とあとどれ程の時間を一緒にいられるのだろうかと訊かれれば言葉を濁してしまうようなほど短い時間しかいられないのだ。俺たちの間に存在する笑顔も絆もその運命の時が来れば価値はほぼなくなる。勝とうが負けようがどちらにせよセイバーは絶対にこの世からいなくなる。現段階ではもう聖杯に手が届く可能性があるのはセイバーとグラムであり、手にとることができるのは一人だけ。つまり、セイバーとグラムの二人に一人しか生き残れない。だら、セイバーはどちらにせよ最終的にこの世からいなくなるのだ。

 

 つまり、意味もない、そう感じていたのである。

 

 分かりあえた。確かにそうかもしれない。それがたとえダイヤモンド以上の輝きを放っていたとしても、その酸化はどれほど早いだろうか。

 

 その虚無感は俺が次に言おうとしていた言葉を喉の奥にしまい込んだ。

 

 さっきまで言おうと思っていた言葉を言えなくなった。変な夢の中で俺は彼女に言おうと思ったが、俺はチキンだからどうしても言えなかった。

 

 じっと彼女の青い目を見つめる俺を彼女は不審げに見返す。

 

「どうかしましたか?」

 

 彼女の無知な顔はまた俺の心から踏み出す勇気を奪ってゆく。

 

「いや、なんでもない」

 

 俺は立ち上がった。これ以上、この話をしていても俺の心が抉られるだけである。

 

「そういや、グラムはどうしたんだ?理由はともあれ、あいつの剣、全部壊れたんだろ?」

 

 夢から覚めたあと、完璧にグラムという存在を忘れていた。俺たちはグラムと戦っていたのであって、別にセイバーとおしゃべりをしていたのではない。確かに伝えたかったこともあるが、本題はこっちだ。

 

「ああ、グラムですか?グラムなら、ほら、あそこです」

 

 セイバーは特に気にする様子なく、さらっとグラムの居場所を指差した。

 

「えっ?何それ?素っ気なさすぎじゃない?」

 

「どういうことですか?」

 

「いや、だってあのグラムだぞ?俺たちを隙あらば殺そうとするグラムだぞ?お前はあれか?近くにライオンがいても平然と、あそこにライオンさんがいますよ〜なんて言うか?」

 

「でも、別に今のグラムは怖くなんかないですよ。だって寝てますから」

 

 寝てる?あのグラムが?どういう経緯で寝てんだ?っていうか寝てるからっていってこの女は殺害対象を放置してたのか?とんだ馬鹿野郎だな。

 

「その間に殺ればよかったのに」

 

「えっ?あっ、いや、それは……忍びないと言いますか、なんと言いますか……」

 

 どうやら殺す覚悟がなかったっぽい。こいつはどこまで甘ちゃんなのだろうか。やっとこの聖杯戦争を終わらせることができるというのに、こいつはその最後の一歩を踏み込まないでいる。

 

 ため息が出た。

 

「……その、私もすいません」

 

「いや、いいよ。お前が殺しをしたら、それはそれでなにか別の階段を登ったみたいで俺が悲しいから」

 

「ヨウは私の親かなにかですか?」

 

「さぁな。まぁ、殺すのは俺の仕事だから。いいよ、別に」

 

 俺はセイバーが指をさした方向へ歩く。すると、すぐ近くにグラムが横たわっていた。金色の眩い光を放つ聖杯を抱き枕のように大事にしながら彼女は足を折り曲げ寝ていた。

 

 彼女はまだ目覚めないようだ。彼女のまだ生きていたいという願いに聖杯が呼応し、彼女が暴走するという事態を招いた。その時から彼女は目を閉じたままである。空に無数の剣が広がったときも彼女は意識がなかった。そしてなぜかは分からないが、剣が全て破壊され彼女は自然落下で地に落ちたのだろう。それでも目を覚めないとなると、もう起きるのは絶望的なのではなかろうか。

 

 俺が気を失っているグラムを見つめているとセイバーもこっちに来た。

 

「何かあったのですか?」

 

「いや、何にも。ただこいつはここで終わりなんだなと思うと少しだけ同情してた」

 

 俺みたいなクソ野郎でもさすがに彼女の報われなさには同情せざるを得なかった。やっぱり、かわいそうだと思ってしまうものである。彼女は何も悪いことはしていない。ただ自身が剣だから、そしてその剣を手にとった人物があまりにも好戦的だったという理由だけで彼女は魔剣に仕立て上げられてしまったのだ。彼女は望まぬ二つ名をつけられ、散々な運命だろう。

 

 そんな彼女がやっと掴んだチャンス。そのチャンスを俺がこの手で奪うのかと思うと、心の何処かでためらうところがある。

 

「殺さずに生かすことはできないのでしょうか?ほら、例えば私が今のうちに聖杯をとって、彼女を殺さずに願いを叶えるとか」

 

「そりゃだめだろ。こいつが願いを叶えずにこの世界にいたら、剣がズンドコズンドコと出して世界崩壊なんて話もゼロじゃないわけじゃない。こいつは腐ってもサーヴァント。セイバーの座の半分をこいつは持っていて、魔力さえあれば半永久的に生きているんだ。そんな危ねぇ奴をこのままになんてできやしねぇよ」

 

 危ない奴だと俺は言った。確かにこいつは危ない奴だ。すぐに人を殺そうとするし、そもそも剣をパラレルワールドから引き出せるとか、もうなんだよそれって感じ。チートにも程がある。

 

 だけど、やっぱり彼女が悪い奴には思えない。いや、悪い奴なのかもしれない。だが、絶対的な悪じゃないのだ。絶対悪ならば恨みの対象にしやすい。あいつが悪いのだと、俺たちは悪くないのだといつまでも言える。だが、こいつが未熟な悪だから俺たちはこいつを殺したら一生罪にさいなまれる。

 

 彼女を殺したくないという思いが段々と大きなものとなってゆく。それは彼女のためでもあり、自分たちの手を汚したくないという自己中心的な思いでもあった。

 

 俺は手にとっていた剣をそっと鞘に戻す。

 

 ああ、俺の覚悟とはなんとも甘いものなのだろう。三日坊主のような浅い決心であった。

 

 俺のその様子をセイバーは見てこう言った。

 

「ヨウは別に悪くなんかないですよ。誰も悪くなんかない。私も、ヨウも、グラムも、お父さん(アーチャー)も。誰も悪くなんかありません。ただ、みんなこの狂った運命に引きづられているだけなんです」

 

 彼女は穏やかな顔をしていた。悟りをひらいたのか、もう何も気にすることのない顔だ。

 

 いや、その顔の奥に潜む悲しみが俺には見えた。その悲しみはなんとも救い難い、しかし、救わねばならないものだった。

 

 だが、俺にはその顔がどう救えば良いのか分からなかった。どうも俺はそういうことには不器用なのだ。

 

 俺はグラムを殺すことを諦めようとした。そして、彼女が胸に抱く聖杯に手を触れた。

 

「グラム、すまねぇな。俺はこれをセイバーに渡してやりてぇんだ。お前には申し訳ないと思うけど、許してくれねぇか」

 

 俺は目覚めぬグラムに声をかけた。今俺がしていることはずいぶんと卑怯なことをしているのだということは十分承知していたが、それでも俺はセイバーにこの聖杯を渡したかった。

 

 そして、さっさと俺の目の前から消えていなくなっていってほしかった。俺の目の前にもうセイバーはいてほしくないのだ。

 

 俺は聖杯を取り上げようとした。その時である。

 

 コポコポと何か海底から泡が吹き出るような音が聞こえたのだ。その音は聖杯の中から聞こえる。

 

「なんだ?」

 

 不気味だった。俺たちがいる場所は水っ気などどこにもない。泉も川も滝も。なのに、泡の音が聞こえるのだ。

 

 すると、声が聞こえた。

 

「聖杯は渡さぬ。誰にも渡さぬ。聖杯は我が呪いの成就に使われるのだ」

 

 その声はグラムの声だった。

 

 グラムは突然目を覚ますと、いきなり手に剣を持ち俺に斬りかかってきた。

 

「うぉっ、なんだよ、いきなり」

 

 事態の異変にすぐに気づいた俺はギリギリで彼女の攻撃をかわした。

 

 どうやら少々遅かったようである。タイムオーバーとでもいうのであろうか。

 

 グラムは生気のない目で俺を見つめる。

 

「私の邪魔をするな……ッ!」

 

 戦闘体勢に入るグラム。苦しそうな表情を浮かべながらも、目から伝わる殺気はモノホンで、戦うという選択肢以外なさそうだ。

 

「……って、オイ!セイバー!話が違うじゃねぇかッ‼︎」




はい!Gヘッドです!

なんだかんだ、実はあと十話も書かずに終わるんじゃねぇかなんてこと考えながら、書いてます。まぁ、このルートで1番書きたかったシーンはとっくのとうに書いてるので、あとは終わらすだけでございます。

えー、なんで急にグラムちゃんの口調が変わったんじゃぁって話ですけど、もちろん、前回の話が続いておりますよ。まぁ、簡単に言っちゃえば、グラムちゃん、呪いに身体を乗っ取られちゃったわけですよ。

ドンマイ‼︎

ちなみに、実は作者自身、まだこのルートの終わりをどのようにするか決めていないのです。

はぁ、ふざけんなよ!しっかりと決めてから書き始めろよ!とか、そういう批判はやめてください。泣いてしまいます(笑)。

まぁ、どんな終わりにしても書けるっちゃ書けるんですけどね〜。まだ迷ってるんですよ。

あっ、あと、なんで無数に空にあった剣が壊れたんやっていう疑問をお持ちでしょうけど、あれはもうツクヨミの神様パワーです。それ以外のなにものでもない。これ以上の追求はやめてくださいね。何も出てきませんから。

さぁ、次回はまさかの展開って感じです。


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黒幕と真実

はい!Gヘッドです!

さぁ、題名からして過ごそうな今回。まぁ、筆者的にはそんな凄くないですからネ。


 聖杯から黒い煙状のものがモクモクと出ている。いかにも毒ですよって色の煙で、ドライアイスのようにその煙は空気より重いのか聖杯の表面を滑り落ちるようにして地に沈下し、足元を隠すように広がってゆく。その煙は聖杯だけでなく、グラムの身体からもオーラのように吐き出されている。

 

 グラムは自分の頭を抱えた。ひどい頭痛に悩まされているのか、しきりに呻き声をあげる。

 

「マジかよ、グラム起きちまったじゃねーか」

 

 グラムが寝ている隙に聖杯を盗もうとしたが、どうやら俺たちには運がとことんないようだ。

 

 彼女はぶれぶれの焦点を俺に当てる。

 

「聖杯は、私のものだ……。聖杯は渡さない……」

 

 死に物狂いでそこに立っている。立つのもやっとのようで、きっと彼女を立たせているのは生きたいという彼女の執念なのだろう。

 

 その姿はどうしてかとても痛々しい。そんな彼女に無理に剣で斬りつけて奪おうとは思えない。それこそ、この三人の中の唯一の共通の嫌悪対象である無慈悲な殺しであるからだ。

 

 だからといってここまで来たのだ。目の前に聖杯がある。それを奪わずして何とやら。

 

 俺の中を邪念が駆け巡っていた。

 

 だが—————

 

「グラム、あなたどうしたのですか?」

 

 セイバーは違った。俺と考えていることが違った。俺はどうやって聖杯を手に入れるかということにしか気が回らなかったが、彼女はグラムのことを考えていた。たとえ敵であっても、父親を殺した相手であっても、セイバーは気遣ったのだ。

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は自身の醜さを知り、一歩その場から引くことにした。

 

 セイバーはグラムに近づこうとする。手には武器は持っておらず、下心もない。純粋な心しか彼女は持っていなかった。

 

「グラム、様子がおかしい……」

 

「近づくなッ‼︎」

 

 グラムは全力でセイバーを拒絶する。触られるのが嫌なのか、それとも聖杯を奪われると思ったのか、彼女は一歩足を引いた。

 

「ぅううっ……」

 

 彼女はまた頭を抱える。指を立てて、力強く自らの頭を押している。痛みを和らげるために痛みを与えていた。だが、やはりそんなことで痛みが止まるわけもなく、また苦しみの声を上げる。

 

「本当にどうしたのですか?様子がおかしいですよ?」

 

 セイバーは苦しむグラムに近づき、手を差し伸べようとした。

 

「来るな、私に……触れるなッ!」

 

 グラムは剣を呼び寄せるとセイバーに向かって発射した。俺は咄嗟に手に持っていた剣でその剣をはたき落とした。

 

「クソッ……」

 

 彼女はまた異世界から剣を連れてきて、攻撃しようとした。だが、彼女が行動しようとすると頭が痛むのか、頭を抱えたまま動かない。そして、聖杯を地に落としてまで両手で頭を抱えた。

 

「何なんだ⁉︎本当に何でこんな時に……。あとちょっとなのに、ちょっとなのに……ッ‼︎」

 

 悔しさを呟く。あとちょっとというところで彼女を何かが邪魔しているのだ。

 

 だが、何が彼女を邪魔しているのか俺とセイバーには分からなかった。

 

 その時だ。声が聞こえた。

 

「聖杯を手に取るんだ。願いを叶えろ。世界を壊せ」

 

 それは何処からか聞こえた。詳しく何処から、誰の声なのか感じなかったが、近いところから聞こえたことだけは分かった。

 

「うるさい!お前は黙っていろ!出てくるなァッ!」

 

 脂汗が出るほど必死になりながら、彼女は夜の森で叫んだ。黒い髪が汗で小分けにまとまり、黒い瞳は涙に生まれている。痛さに耐えながらの叫びだった。

 

 俺は理解した。きっとさっきの謎の声の主がグラムを苦しめている張本人なのだと。

 

「お前は誰だ?グラムに何をしている?」

 

 俺は何処にいるか分からないその声の主に尋ねた。誰に尋ねているのかも分からない。そこにいるということは感じ取ることはできるがそれ以外は何も感じ取れないのだ。不思議と、まるで相手が生きていないかのようだ。

 

 謎の声の主は俺の質問に答えた。

 

「私は誰かと?私は呪いだ。私はありとあらゆる全てに不幸を与えるという役目を与えられた呪いである」

 

 謎の声の主は己のことを呪いと言った。セイバーはその言葉に反応した。

 

「呪い?では、グラムを苦しめているのはあなたなのですか?」

 

 セイバーはその声の主のことを知っているような口ぶりである。

 

「ああ、そうだとも。その何が悪い?私はそのための呪いなのだ。誰かを苦しめずに何とやら」

 

 声の主はそう言うと高笑いをする。その高笑いに連れてグラムはまた目尻にシワを作り痛みに耐えていた。

 

「おい、セイバー。お前、誰と話してんだよ?」

 

 俺が彼女に訊く。セイバーは俺が顔中にハテナマークを量産していると分かると教えてくれた。

 

「きっとグラムを苦しめているのはアンドヴァリの呪いだと思います」

 

「アンドヴァリの呪い?なんだそれ?」

 

「あの私が召還されたときに使われたであろう聖遺物をヨウは覚えていますか?」

 

「ああ、覚えているぞ。キンキラした金色の指輪のことだろ?」

 

「はい。実はあの指輪には呪いがかかっていたんです。アンドヴァリの呪いという不幸を与える最悪の呪いが」

 

 アンドヴァリの呪い。それはアンドヴァリという妖精が黄金の指輪にかけた呪いである。彼はある日ロキに全財産を奪われてしまい、その恨みを呪いとして財産の一つである黄金の指輪にかけたのだ。そして、それは回りに回って生前のセイバーのもとまでやってきた。その呪いは持ち主を不幸にする呪いで、そのせいもあってかセイバーは不幸な死を遂げた。

 

 セイバーの触媒はその不幸な呪いがかけられた指輪だった。それがあったからあの日セイバーは俺の目の前に現れたのだ。そして、その指輪から呪いが彼女の宝具であるグラムに移ったのだろう。その時、グラムの持つ神の力、人々の死の怨念、妖精の呪いが合わさり、グラムは人の形を得たのだ。

 

「私はグラムに力を貸した。だが、あろうことかこの女は自分が真っ当な生き方をしたいと考えている。それは契約違反だ」

 

「契約違反?」

 

「ああ、そうだとも。私とこの女は契約をしたから私は力を貸した。それは聖杯を使って世界を壊すという願いだ。その願いを叶えることを前提で私はこの使えぬ剣に力を与えた」

 

 だがグラムはその契約内容に従わず聖杯で自身の願いを叶えようとした。それに怒ったのだろう。

 

「まぁ、もともとグラムがこんなに強いわけがなかろう。私の力を失えばお前たちには敵わぬとも。絶対にだ」

 

 そのあとアンドヴァリの呪いは彼女をまた苦しめた。彼女はあまりの激痛に耐えきれず、地に膝をつき呻き声を上げる。

 

「ヤメロォ、私の身体に何をするッ!」

 

 苦痛の中、彼女は叫んだ。必死の抵抗だった。

 

「なに、お前の頭の中に私が入る隙間を空けているのだ。少しだけ脳をいじくっているだけだ」

 

 その言葉は俺たちの背中に戦慄をはしらせた。ゾワっと何かが舐めたかのようで、鳥肌がたってしまう。

 

 想像してみたら生々しい音が聞こえてくるような気がした。グチョリ、グチョリと生肉をかき混ぜるかのような音が想像できてしまった。

 

「やめてあげてください!」

 

 セイバーはどこにいるのかも分からない敵に向かって大声を出した。だが、敵の姿が見えないから攻撃のしようもない。声の主はただ不敵に高笑いをしながらグラムの悲鳴をマジマジと聞く。

 

 俺たちは耳が痛かった。それは冬の冷たい風にやられたんじゃない。彼女の悲鳴が痛みを伝えてくる。

 

 俺たちは彼女を助けようと近づくが、彼女は一向に俺たちを信用しないのか近づくことを許さない。

 

 何もすることができない俺はただそこに立ちすくむしかできなかった。それでも、セイバーは必死に戦おうとした。

 

「……あなたはそんなことして苦しくないのですか?」

 

「私が苦しむわけがない。私は呪いなのだから、苦しみを与える存在なのだ。それで私自身が苦しむわけなかろう」

 

「いや違います!呪いでも苦しい時は苦しいです!だってグラムは剣だけど、彼女は人の命を奪いたくないって思っています!あなたはどうなんですか?そんなことして楽しいのですか?」

 

 セイバーの質問は実に素晴らしい質問だった。真っ白く、何ものにも汚されていない美しい質問。そんな質問を投げかけられるのは鑑のようなシスターかセイバーくらいなものだろう。

 

 だが、セイバーのその質問はセイバーの無知さを露わにしている。

 

「フハハハハッ‼︎」

 

 アンドヴァリの呪いは笑う。俺もセイバーの質問には呆れた。

 

「私にそんな質問をするとは、面白い!いや、あの指輪の所持者がこんなに面白かったとは気づかなかった。なんせ数日間しか持っていなかったからその愉快さには気づかなかった」

 

 —————セイバーは決定的にあることが欠けている。

 

「答えはイエスだ」

 

 彼女は黒という心に潜むものをあまりにも知らなすぎる—————

 

「そうに決まっているだろう。人の悲鳴が心地よい、素晴らしい、心踊る。最高の良薬だ、不幸な様ってのは!」

 

「なんてヒドイ!そんなことして良いと思っているんですか⁉︎」

 

「悪いことは知っている。だが、やめられないのだ、麻薬みたいなものでな」

 

 セイバーは怒りに満ちていた。顔は紅潮し、手先は震えている。

 

「私がなぜできたのか知っているか?」

 

「それは知っていますとも。私の伝説の一つでもありますから。ロキに騙されて、その怒りや恨みを指輪に込めたんですよね?」

 

「そうだとも。なら、なぜ分からない?私がこうする意味が分かるはずだ」

 

 悪役が真摯に説明してくれている。それなのに、このバカセイバーときたら豆電球に光を灯せないようである。アホづらかきながらただでさえ小せぇ脳みそをフル活用している。

 

「……だぁ〜、てめぇは本当バカだな。怒ってるんだよ、アンドヴァリは。だからこの黒いもくもくした煙みてぇな呪いは聖杯使って世界を壊すんだろ?」

 

「怒ってたとしても世界を壊す意味が分かりません!」

 

 美しい目だ。その目には目の前に広がるクソみてぇな世界がどんなふうに映っているのだろう。

 

「確かに普通ならロキを恨むな。だけど、アンドヴァリは違ったんだろ?恨む対象がロキじゃなくて、それを生んだ世界だったんだ。そこらへんはグラムと一緒だ。戦や殺人行為を憎んだから、その根本である世界を憎んだんだろ?」

 

「でも、グラムを痛めつける理由が……」

 

 それはもう見てみるしか他ない。百聞は一見にしかず、俺の説明より体験した方がよっぽどいい。

 

 俺は彼女の頭頂部を手でガシッと鷲掴して、顔の方向を俺ではなくグラムと煙の方に向ける。

 

「おい、セイバー、よーく目をかっ開いて見てみろ」

 

「……はい」

 

「こいつは普通じゃねぇんだよ」

 

 そう、アンドヴァリの呪いは普通の思考回路を持たない。いわゆるガチのヤバイ奴。

 

「なんてざっくりとした説明ッ‼︎」

 

「んなもんだろ。なぁ?そうだろ、呪いさんよぉ」

 

「まぁ、そうだな。まさに正常ではない、常軌を逸しているということだ」

 

「ほらな」

 

「そういう問題じゃないですよ!」

 

 そういう問題なのである。現に相手はグラムを痛みつけて目の色を輝かせているような相手なのだ。そんな相手に話をしたって無駄だということをセイバーは俺から習わなかったのだろうか?

 

「とにかくこんな奴に説得なんざ無理だ。こういうのは徹底的に無視するか、暴力ってやつしかねぇのよ」

 

 俺は剣を握る。無視するなんて俺にはできなかった。グラムが苦しんでいるのだ。それを俺は見過ごすことなんてできないから。

 

 いや、グラムの本性に気づけば誰でも彼女を見過ごすことなどできない。

 

 つまり、選ぶは暴力のみ。

 

 そう、まさに俺が呪いをやっつけてやろうと決心したとき、あることに気づいた。それは俺と同じ事をしようとした男のことについてだ。

 

 ずっと気になっていた。所々にある些細な矛盾点を見ないふりしていたが、心のどこかにそのことが忘れきれずにいたのだ。その疑問に対する答えがずっと出なかった。

 

 だけど、今ふと出たのだ。その答えが。

 

「あっ、なんか今ピースがはまったような気がした」

 

「えっ?急にどうしたんですか?」

 

「……ふっふっふは」

 

 腹が痛い。右の腹が今にも崩壊しそうなほどだ。高々に笑い声をあげる。喉からではなく、腹から出る声が静かな森の中で響き渡った。

 

「あっはっはっはっはっ‼︎なんだよ、そういうことかよ、そういうことだったのかよ!こんちっくしょ〜、あいつせめて仕事こなしてから逝きやがれよ」

 

 急に爆笑する俺。あまりにも突然のことにそこにいる全員が驚いて俺のことを見る。

 

「えっ⁉︎ついにヨウまでもがヤバイ奴に……」

 

「うるさい……、頭に響くだろ……」

 

「どうした、人間。お前を侵したつもりはないのだが」

 

 三者三様の言われよう。いつもならここにツッコんでいるのだが今回ばかりは笑うことに徹する。

 

 なんせ楽になったものでして。

 

「あ〜、マジで事の内容伝えねぇで逝くとかカンベンしてくれよ。分かりにくいわ」

 

 俺は剣をしっかりと力強く握る。セイバーも俺の姿を見て剣を構える。

 

「こりゃ、頑張んないとだな」

 

「急に笑って、やる気になって、どういう風の吹き回しですか?」

 

「いや、そんな大した理由じゃない。ただ、お前()()は愛されてるなって感じただけだ」

 

「たち……?それってどういう……」

 

「そのまんまだ。嘘はついてねぇからな」

 

 そう、俺は嘘つきなんかじゃない。捻くれたことは言うし、性格は悪いが嘘はつかない。

 

 結局俺がすることはセイバーを守ることでもなく、グラムを倒すことでもなく、あいつの尻拭いってことは悔しいものである。

 

 もうここまで来てしまったのだ。やめたいなんてどうせ言えない。

 

 まぁ、その分、あいつが見れなかった景色を見れるのだろう。

 

 セイバーの願いを叶える。その景色だけではない。もっと欲張りな優しさが溢れたあいつの願い。

 

 聖杯は一個しか願いを叶えられないのに二つを願うだなんて。

 

 そのどちらの願いも俺が叶えよう。

 

 二人が笑えるような世界にするんだ。

 

 優しい嘘つきな王が望んだように。

 

「いくぞ、セイバー—————!」

 

「—————はい!」




どういう意味か分かりましたか?

うん、まぁ、いきなりアンドヴァリって何⁉︎みたいな。

とりあえず、はい、そういう敵がグラムに付いています。付着してます。

そしてまたまた出てきたアーチャー関連の話。「その話はもういいよ!次のルートはよやれや!」なんて言わないでぜひお付き合いください。

次回はやっとやっとついにバトルが……⁉︎


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絶望したこの世界

「……で、どうすればいいんですか?」

 

 セイバーはふと冷静に考えてみた。俺が「行くぞ」なんて意気込んだセリフを言ったものの、そもそも相手が煙みたいな存在なのだ。いや、この煙が本体なのかそもそもよく分からないし、そうでないのかもしれないが、そこんところは詳しく知らない。つまり、どうやって敵に攻撃したらいいのか分からないということ。

 

「ん?それか?ああ、それなら」

 

 俺が左手で握っている剣を見せる。草薙の剣だ。

 

「これを使う」

 

 魔を祓う力のある神性が強い剣だが、効果がどれほどのものなのかはよく分からない。とりあえずやってみるしかないだろう。

 

「ほう、その剣で呪いである私を祓おうというのか?」

 

「でなかったらどーすんだよ。グラムから出て行ってくださいって言うのか?無理だろ」

 

「まぁそうだな。私を倒すとは良い判断だ。だが、私とて簡単に聖杯を渡すと思っているのか?」

 

 アンドヴァリの呪いがそう言うと、瞬く間に煙が広がった。夜の暗い森を汚染するように濃い紫色の煙が地面を這う。

 

 (ひざまず)くグラムは必死の抵抗しようとした。

 

「お前の聖杯などでは……」

「少し静かにしていろ」

 

「アガガアァァァッ‼︎」

 

 必死の抵抗もむなしくグラムはまた痛みつけられる。また彼女は苦しみの脂汗を身体中から噴き出し、喘ぎ声をあげた。

 

 悠長にお話をしている時間はない。あいつがやれなかったことを俺がしないといけないんだ。

 

「待ってろ、グラム。助けてやるからな」

 

 俺はそう告げる。その横でセイバーは悲しみを帯びたようなそうでもないような気の抜けた顔をしていた。そして、下を向いてから前を向く。小さな声で彼女は「はい」と答えた。

 

 そこから戦闘が始まった。先手はアンドヴァリの呪いだ。俺たちが近づこうと走り出したが、敵はそれを阻むかのように剣を煙の中から出してきたのだ。

 

「な、なぜ私の力を使えるッ⁉︎」

 

 身体を侵される苦痛に苛まれながら、彼女は驚きの表情を加えた。

 

「何、お前の身体などとうに知りえている。私の呪いの力を使えば使うほど身体の構造が分かる分かる。少し脳に私の空間さえ作ればあとはやりたい放題だ。まぁ、もっとも今の状態では能力を使うだけで限界だが、もう少しすればお前の身体も自由に動かせる。どうだ、そろそろ楽になってくれてもいいんだぞ」

 

「ハッ!呪いなんぞに私の身体、私の聖杯をみすみす簡単に渡すわけないだろう!」

 

 絶望するかのような苦しみに揉まれていても、彼女は彼女らしかった。決して負けない。彼女にはその信念があった。望みを叶えるために全てを捨てたのだから。

 

「ほう、まだ足掻くか。せいぜい頑張るといい」

 

 アンドヴァリの呪いは不敵な笑い声を出すと、またもくもくと煙のように広がってゆく。

 

 響く金属音。鉄と鉄がぶつかり、その度に傷つき、削れ、欠け、砕け折れる。夜空に広がる星にも負けないほどキラキラとした光を放ちながら地に落ちてゆく。

 

 煙は三百六十度全方位抜け目なく囲んでおり、そこから間髪入れずに剣が飛んで来る。どこから放たれるのか煙のせいで分からないが、その手の攻撃にはもう慣れているので反応は遅れてしまうものの何とか凌いでいた。

 

 だが、やはり流石はグラムの力。簡単に近づけさせてはくれない。それに、時が経つにつれ、放たれる剣の本数が増えてくるのだ。これはきっとアンドヴァリの呪いがグラムを段々と蝕んでいるということなのだろう。

 

 (らち)があかない。それどころか対処が難しくなってきた。防戦一方、体力を消耗するのみで何も変わらない。これはどうにかしなければならなかった。

 

「おい、セイバー、大丈夫か?」

 

「えっ?あっ、まぁ、そこそこです」

 

 そこそこ、そう彼女が言うとは。なかなか彼女も成長しているらしい。

 

「じゃあ、そこそこのセイバーさんに質問なんだけどさ、このまま俺たち戦ってたらどうなる?」

 

「そりゃあ、死にますよ。スタミナ切れで」

 

 二人は目を合わせた。以心伝心とでも言うのだろうか。心が繋がり合うほどの仲にでもなったということだろう。

 

 俺は笑みを浮かべた。その笑みは勝利を確信した笑みでもなければ、セイバーと心が繋がっていることを喜んだ笑みでもない。

 

 やっぱり俺の中の血が騒いでいる。戦うということに喜びを感じる。

 

「あぁ……、ダメだな。コンチクショウめ……」

 

 小声で呟いた。これも運命の一つなのだろうか。

 

 俺とセイバーは一気に距離を詰めようと走り出した。時間がかかればかかるほど飛んでくる剣の対処ができなくなってしまうと踏んだ俺たちは速攻でカタをつけようという作戦に出たわけだ。

 

 だが視界が悪い。ただでさえ視界の悪い夜の森の中で紫色の煙が目の前を漂っているので前がまともに見えない。

 

 これでは敵の位置が把握できない。相手はそもそもこの煙自体が本体?なわけだから、きっと勘づかれるに決まっている。

 

 とりあえず剣を振り回すか?いや、そんなめんどくさいの嫌だ。

 

 ゆっくりと地形を把握する?そしたらグラムを助けられない。

 

 かと言って、さっき敵がいた方向に向かって走る?いやいや、敵さんそこまでバカじゃないでしょ。セイバーじゃあるまいし。

 

 ……困ったな。

 

 若干打つ手がない状況。そんな時にある声を聞こえた。

 

「グガガアァァァァッ‼︎」

 

 グラムの呻き声である。必死の抵抗をしているのだ。

 

 その声は意識的ではないのだろうが、ナイスタイミングである。

 

 俺たちは声の方向につま先を向け、すぐに敵のいる所まで辿り着いた。

 

「ビンゴ!」

 

 どこがビンゴしているのかはとりあえずグラムを見つけた。

 

 グラムは小さくうずくまっていた。悶えるように身体を動かし、彼女の荒い吐息が白く色付いている。

 

 俺はすぐさま草薙の剣二号でグラムを突き刺そうと、彼女に近づき剣先を向ける。

 

「結構痛いだろうけど我慢しろよ!」

 

 俺はそうグラムに言葉をかけた。その言葉は言ってしまえば俺の聖杯戦争の終わりの鐘のようなものであって、この剣を突き刺したら俺のこの長い長い地獄のような一ヶ月は終わるわけである。

 

 ああ、終わるんだなぁ。この時の俺は素っ気ないイメージしか湧かなかった。

 

 剣を突き立てるのか。多分これぐらいしないと無理なのだろう。この剣が草薙の剣二号だからこんな痛々しいことしなければならないが、ホンモノなら聖なる光とかで呪いを消せるんだろう。

 

 色々な雑念が脳内で暴れているが、そんなことでは俺のこの手は止められない。

 

 これは終わりの宣告、聖杯戦争は終わる。

 

 その時だった。甲高い声が聞こえた。セイバーの声である。彼女の耳をつく高い声は終わりの鐘の音をかき消したのだ。

 

「ヨウ逃げてッ‼︎」

 

 彼女の声が耳に届く。時を同じくして、うずくまっていたグラムは手に持っていた剣をしっかりとした殺意を込めて振り回した。

 

「どぉゎッ⁉︎」

 

 突然のグラムの行動に俺は驚きながらも回避行動をとる。セイバーの掛け声があったから咄嗟に対応できたものの、多分彼女の声なければ俺は斬られていた。

 

「……ェへ……?」

 

 あまりにも短い僅かな瞬きをするくらいの時間に起きた形勢逆転をすぐには理解できずにいた。

 

「ヨウ、大丈夫ですか?」

 

 呆気にとられている俺にセイバーは声をかける。その返事として大丈夫だと言ったが、頭の中は大丈夫ではなかった。

 

 グラムはよろめきながらゆっくりと立ち上がる。動きの節々に聞こえる不気味な笑い声は俺たちを不安にさせるような声だった。

 

「……ァはっ!アハハハ」

 

 この状況で愉快そうな笑みを浮かべ、腹を抱えるように喜びの表情を見せるグラムがそこにいた。それは俺たちの知っているグラムなどではない、何か別の存在のように感じる。

 

 その姿を見るや否や、俺たちの脳裏にはダメだったのだという言葉が流れた。

 

「あなたは……アンドヴァリの呪いなのですか?」

 

 セイバーは恐る恐る質問する。剣を構えて厳戒態勢を解くような様子ではなかった。

 

 グラムはセイバーの質問ににたりと口角を上げた。えくぼがぐっと深くなる。

 

「身体はな」

 

 グラム、いやアンドヴァリの呪いはそう返答する。その返答にセイバーは剣をより強く握った。

 

「いやぁ、なかなか大変だった。剣のくせに意思を持っているから簡単には操れなくてね。まぁ、それでもじわじわといじめてあげればこの通り。なんとかギリギリだったがこの身体を奪えたよ」

 

「グラムは、グラムをどうしたんですか?」

 

「ん?ああ、彼女は寝てもらっている。私が身体の主導権を握っても抵抗したから、少しばかり眠ってもらった。もちろん、ちゃんとこの身体は返してあげるとも、世界が終わったら絶望とともにな」

 

「んな⁉︎そんなことして、何になるのですか?」

 

 力強く尋ねる。怒り混じりの声が夜の森に響いた。

 

 アンドヴァリの呪いはその声に合唱するように笑う。

 

「では逆に聞こう。この世界を残していて何になる?」

 

 質問を質問で返されたセイバーは困惑する。別に質問に質問で返されたことに困惑しているのではない。いや、まぁ、セイバーは国語どころか色々とバカなところはあるけれど、そういうことで困惑したのではない。

 

 彼女はこの世界を憎んでいた存在だからその質問の返答に困ったのだ。

 

 しょうがない。だって彼女は世界から見放されたから。世界から見放され、一言では表せないような苦しみの運命を辿った。

 

 そんな彼女が世界を恨んでいないはずがない。何も信じることができない時だってあった。世界を壊したいと願ったことがあるのはセイバーも同じなのだ。

 

 アンドヴァリの呪いはセイバーのその様子に勝ちを確信したように興奮する。

 

「そうだろう?世界なぞ存在する意味がない‼︎私は呪いだ。なら、必ずその呪いをかけた者は何かに恨みを持っていた。アンドヴァリはそうだった。彼は不幸な目にあった。その恨みを世界に向けたのだ。だから私は世界を壊す!こんな世界を壊さずして何だ⁉︎この世界に意味はあるか⁉︎きっぱり言おう、この世界は存在する価値がない!」

 

 アンドヴァリの呪いはセイバーに微笑みかけた。それはアンドヴァリが抱いた憎しみと同じ憎しみを持つ彼女への誘惑だった。

 

「……そんなこと、ないです……」

 

 セイバーはアンドヴァリの呪いの言葉に怒り、目尻のシワを多くした。

 

 だが、完全否定はできなかった。そうだ、彼女はまだ世界を憎んでいるから。

 

 否定しようとしても心の何処かでそれを躊躇ってしまう。今までの不遇に悩み苦しみ絶望した。なら、別に世界を壊してもいいのではないのだろうかと彼女の心に邪念が生まれた。

 

 なら、何が彼女をその邪念の誘惑から振り切らせているのか。それはきっとグラムを守りたいという意思だろう。きっと、彼女にとって聖杯は二の次なのだ。

 

 だが、そこでまた疑問が生まれた。

 

 なぜセイバーはグラムを助けたいと思うのか。そもそも彼女をこんな地獄に導いたのはグラムがあったからであり、アーチャーだってグラムが殺したのに。グラムを助けようとする義理は何一つない。

 

 本当にセイバーはおかしな奴である。恨んでいたはずなのに、憎かったはずなのに、なぜそうまでして彼女はグラムのことを心配するのか。

 

 高潔な精神などではない。英霊としての気高い脳でもない。バカで平凡で、とくにこの年頃の女の子としてなんら変わりはない。あるとすればウブであるということくらいか。

 

 彼女を彼女たらしめるものはなんなのだろうか。

 

 出会って当初は分からなかっただろう。言いあいになった。口先を尖らせて口論をずっとしていた。

 

 それがいつしかこうして一緒に並んでいる。二人で剣を持ち、二人で共通の敵を討とうとしている。

 

 そんな今だから分かる気がする。

 

「おい、こんのクソボケなすびが‼︎んなん、ちったぁ考えりゃ出てくることだろ」

 

 俺はセイバーの肩に手を置いた。優しく、彼女に俺はここにいるぞという思いを届けるように。

 

「こいつは世界が好きなんだよ、理由なんざねぇ、好きは好きなんだ、それ以外に理由もクソもあるかよ!」

 

 いや、彼女は世界をまだ恨んでいることだろう。だが、それでも彼女は好きだから、この世界が。

 

 それだけでこの世界が素晴らしいと思えてくるのだ。価値なぞは個人が与えるものだが、その価値がわからない者は目の中が節穴でしかない。

 

「そうだ……私は……」

 

 セイバーはまるで止まっていた機械が動き出すように声を張り上げる。

 

「私はこの世界が好きだ!だから、私は世界を壊そうとするなんて反対です!確かに前までの私は心の何処かで世界を壊したいと思っていたかもしれない。いや、今だって私はつまずいた。だけど、それでも私は世界が素晴らしいことに気付いた。ヨウが、セイギが、アサシンが、お父さんがいたから私はこうやってここにいれる!誰かが隣にいてくれる、それだけで十分じゃないですか!私はそれでいい!それだけで今の私は世界が好きになれるからッ‼︎」

 

 怒っただろう。憎んだだろう。恨んだだろう。悲しんだだろう。泣いただろう。苦しんだだろう。絶望しただろう。

 

 それでも彼女は前を向くことができる。手を取り合う仲間がいる。一緒に歩む者がいる。苦しみを共有する友がいる。

 

 それだけで、人は生きていける。絶望を希望に変えられる。

 

 俺は剣を向けた。

 

「世界を壊したいなら壊せばいい。だけどその前に俺たちを倒してからにしろ」

 

「ああ、いいだろう。そうしよう。この身体にまだ少し馴染んではいないが、どれ一(ほふ)りしてやろう」

 

 グラムの身体を乗っ取った呪いはパラレルワールドから剣を取り出した。まるで軍団のように一斉に現れた剣は俺たちに向き、俺とセイバーは構えた。

 

「さぁ、では死ぬがいい」

 

 敵は指揮者のように指を振った。その合図とともに剣の群れは意思を持っているかのように飛んできた。俺たちは剣をはたき落とす。目の前を埋め尽くすかのような剣のそう射撃をただ闇雲に、そして的確に処理する。

 

 この攻撃は幾度か味わっているし、もう慣れたと言っても過言ではない。もちろん、数が多ければ多いほど大変になるかもしれないが、それでも以前ほど苦戦しない。

 

 それはセイバーにも当てはまる。そこそこできると言っていた彼女はその言葉通り以前より格段に腕前が上がっていた。

 

 その様子をアンドヴァリの呪いは悔しそうに歯を食いしばりながら見ていた。案外俺たちが善戦しているため予想だにしなかったのだろう。

 

 だが、そこは数でなんとかなる。そう考えたのか、アンドヴァリの呪いは剣の量をさらに増やした。俺たちの破壊数を遥かに凌ぐ出現数。戦意を喪失させるように見せつけ、大量の剣を塊にして俺たちの頭上に移動させる。

 

 敵はフィンガースナップを鳴らした。その瞬間、浮遊していた剣の塊がどっと、一遍に影の下にいる俺たちめがけて落下してきた。

 

「おいおい、こりゃ、無理があるだろ!」

 

 飛ばす、斬りつけるぐらいしかなかったグラムの攻撃方法とは違った攻め方。というか、これはもう剣としてではなく鉄として殺そうとしてる。重力に任せたパワー攻撃はちょっと無理。

 

 とりあえず落下してくる剣の塊の影に入らないように逃げようとしたが、飛ばされた剣がそれを邪魔してくる。

 

「だぁ、邪魔くせぇ‼︎」

 

 必死に影の外へ出ようとしたが、地球の重力によって加速した落下物から逃れられそうにない。

 

 あっ、これは絶体絶命か、などと思ったとき、その塊にあの青い光がぶつかった。

 

 それは紛れもなくセイギの魔白の砕星砲(ホウリィ・エンド)である。

 

 彼の魔術砲はそのまま剣の塊を飲み込み、跡形もなく消し去った。彼の高圧力の魔力は敵のパワー攻撃をパワーでねじ伏せたのだ。

 

 実は彼は赤日山から神零山に移動中にこの魔術砲を撃った。彼は突然空一面にグラムの剣が展開したとき、事態の異常を感じた。そのため、運動オンチの彼が死にそうになりながら自転車を漕いでいたら、今度は剣の塊が浮かんでいるのに気づき魔術砲を撃ち込んだのである。

 

 だが、もちろんそんなことを知らない俺たち。本当は偶然なのに、セイギがやってのけたことを過大評価する。

 

「よっシャァ!セイギ、さすが俺の友よ!」

 

 絶対に聞こえていないだろうが絶体絶命のピンチから逃げられたことが嬉しくてつい叫んでしまった。

 

 しかし、逃げきった者がいるのなら、仕留めそこなった者もいる。俺がこんなにも喜びを見せてしまえばその分だけ苛立ちが仕留めそこなった者に足されてゆく。

 

「運が良かっただけだろう!」

 

 敵が吠えるとさらに剣の数を増やした。ダメ押しにさらにダメ押しを重ね、さすがに捌ききれないほどの圧倒的な数の暴力。

 

「お前たちと遊んでいる暇はない。さっさと死ね!」

 

 高々と振り上げた手を振り下ろす。その合図と同時に剣が雲霞のごとく次々と飛んできた。

 

「ヨウ!」

 

 セイバーは俺の名を呼ぶ。無理だと思ったのだろう。

 

 確かに無理だ。この数の剣が一斉に飛んできて、それを全て自分の身体に当てないというのは俺にはできない。サーヴァントであるアーチャーならできたかもしれないが、少なくとも俺には絶対に無理。

 

 俺は剣を構えるのをやめた。ぶらりと重力に従うように腕の力を抜き、そこからじっと動かない。

 

「ヨウっ‼︎」

 

 セイバーはまた俺の名を呼ぶ。二回目に俺の名を呼ぶ彼女の顔は悲しみに溢れていた。

 

 そりゃそうだ。だって彼女は彼女を支える人たちを失っていった。生前一緒に暮らしていた義父、彼女を最期までずっと愛していた父親。誰かの死を目の当たりにして、彼女の心は何度も挫けた。やっとまた立ち上がれたのに、俺が死んだら、また彼女の心は折れるだろう。多分、俺が死んだら、彼女はもう再起不能になるかもしれない。

 

 だが、俺はそんなことができない。俺が死ぬだなんてことをあいつはさせてくれやしない。

 

「セイバーを、守ってやってはくれないか?」

 

 いつまでも頭の中で響くあの言葉。セイバーを身体的にだけではなく、精神的な支えにもなれということなのだろう。

 

「……るっせぇよ」

 

 愚痴をつぶやいた。別にそんな言葉なぞ俺にはいらなかったからだ。

 

「いちいち俺のしようとしていることに邪魔すんなボケェッ‼︎言われなくともやってやるよ!テメェみてぇに死なねぇや!」

 

 俺はポケットに入っていた巾着袋の中に手を突っ込み、その中から宝石を取り出した。

 

「その宝石ッ……」

 

 セイバーはその宝石を見たとき、目を疑った。それは彼女の父親の唯一の遺品といっても過言ではないだろう。

 

 もちろんそれを俺が彼女に無断で使うことには少し気がひける。だが、時と場合を選べないこの状況、彼女のことなど後回し。

 

 ……彼女の心の支えになるとか思ったけど、やっぱあれ撤回ッ‼︎死にたくないもんね!

 

 俺は青く透明な宝石を握りしめる。全身を血脈のように通っている魔術回路に魔力を通した。魔力が身体の隅々まで流れわたる。ピリピリとした刺激のような感覚が襲ってきた。全身が熱い。その熱を宝石を握りしめた手に集中させる。隈なく広がった魔力をその手の中に注ぎ込んだ。

 

「宝石魔術『理の数式(ドゥーム)展開(エクスパンド)

 

 手の中で宝石が入浴剤のように溶け出した。手の隙間から宝石が放つ光が漏れ出す。その光が作り出す俺の身体を中心とした半径二メートルほどの球体の空間が広がった。

 

 敵の剣がその空間の中に入り込んだ。するとその瞬間、不思議なことに飛び込んできた剣がくいっと向きを変えたのだ。そのままいけば俺の身体を突き刺しただろうに、敵の剣は空中で進行方向を変えた。

 

 しかもそれが一本だけじゃない。二本、三本、いやアンドヴァリの呪いがけしかけた剣全てが俺の身体にかすりもせずに通り過ぎていった。

 

 さっきまで勝ちを確信していたアンドヴァリの呪いの顔から笑顔が消えた。そして、その笑顔が移ったかのように俺は笑う。

 

「俺が剣振り回すだけだとでも思ったか?」

 

 これこそまさに、下衆の極み。

 

「さっ、さすがヨウ!」

 

「おっ、そうか?褒めても何も出ねーぞ」

 

「いえいえ、人間にはできないようなまさに悪魔のような思考、人を貶めることだけに快楽を感じる、まさにヨウらしいです!」

 

「君、この頃俺に対して当たり強くないッ⁉︎」

 



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背中越しの男の夢と希望と野望

はい!Gヘッドです!

今回は……、身のねぇ話です。


 俺を覆うように張られた小結界のような空間。その空間に入り込んだもののベクトルや重力などを勝手に操作してくれるというお手軽魔術。

 

「めちゃくちゃこれ使えるじゃねぇか」

 

 使ってみて分かる。これがあればグラムの力など全然怖くない。

 

 ……ああ、アーチャーめ。あいつは詰めが甘かったからこの宝石を使わなかったのだろう。別に俺たちのためにこれを残すとかそこまでのことは考えていないだろう。だが、それでも今の俺があいつのおかげで生き残れているというのはどうも癪に触る。

 

 俺はセイバーを見た。彼女は宝石の存在を隠されていたことや勝手に使われたことに苛立っている様子ではなかった。安堵の表情を浮かべている。

 

「……アーチャーの形見なのに勝手に使っちった。悪い」

 

 さすがに彼女の父親の形見を勝手に使ってしまったことには気がひける。

 

「ああ、別にいいんですよ、大事に至らなければいいんです」

 

 彼女は微笑んだ。その微笑みは少しだけ俺の心を締め付ける。

 

 本当だったらアーチャーの形見は彼女に渡すつもりだったのに、渡さなかったというのは悔やんでしまう。彼女が大丈夫と言っていても、俺からしてみれば大丈夫なんかじゃない。

 

 宝石の不思議な力で張られた結界が酸素を通さないような気がした。段々と息苦しくなってくる。その苦しみを飲み込んで前を向いた。

 

 グジグジと言っていてもしょうがない。通り過ぎた過去はもう不変のもの。使ってしまったものは使ってしまった。ならばそんな俺がすることは?

 

 しのごの言わずに聖杯を掴み取ることに限る。それだけだ。

 

「人間ごときが……ッ」

 

 アンドヴァリの呪いは歯を噛み締めた。歯を歯で噛み砕いてしまうほど力強く、苛立っているようである。

 

 だが、すぐに攻撃しようとしてこない。やはりさっき俺に向けて放った剣が全て当たらなかったからだろう。これ以上俺に攻撃しても無駄だと理解したようだ。

 

 しかし、敵は知らない。この魔術は一回限りであるということに。そして、制限時間までもある。つまり、早々にカタをつけなけらばならないということ。

 

 両者睨み合う。互いに敵がどう出てくるか分からない状況だった。

 

 だが、その状態が続けば俺を守る魔術結界は使用時間が過ぎてしまうなんてこともありうる。必然的に先手は俺たちだった。

 

 俺たちは距離を詰めようとした。せめて三メートルほどの距離まで詰めたいものだ。

 

 しかし、そう簡単に上手くいくものでもない。敵だってここで負けるわけにもいかないのだから。アンドヴァリの呪いはいつも通りに無勢に多勢で、慈悲なく攻撃してくる。その上で俺たちとはある一定の距離以上を置こうとした。

 

 グラムの力はどうしても投擲という一点になりがちである。もちろん、それ以外にも攻撃方法はあるのだろうが、一番安全にグラムの力を最大限活かせる攻撃方法はそれなのだろう。だから、その攻撃方法に適した距離を置こうとする。中距離、七メートルから十メートルほどの距離にいて、変に近づこうとしない。堅実にチェックメイトを狙っている。だから、易々と距離を縮めさせないのだ。

 

 もちろん、そんなことは百も承知。しかし、敵にはバレていなくとも制限時間があるのも事実。幸い敵の一番の攻撃方法である投擲、剣を放つということに関してはこの結界が守ってくれているので安心安全。

 

 つまり、どうすればいいのかと言うと……。

 

「セイバー!この中に入れ!突っ込むぞ!」

 

 正面突破、それのみに限る。

 

 セイバーは俺の命令に従った。半径三メートルほどの結界の中に入り込む。それを視認すると、俺たちは距離を詰めようと走り出した。

 

「クソッ!」

 

 もちろん追っかけられたら逃げるのが当然。アンドヴァリの呪いは俺たちに背中を見せて走り出した。

 

「あっ、逃げやがった!」

 

 そりゃ逃げる。追っかけられたら逃げるに決まってる。この状況で距離を詰められたくはないから背中を見せて逃げるのは道理にかなってる。

 

 だが、なんか結構イラつく。

 

「逃っげんな、ゴラァ!」

 

「無茶言わないでください!そりゃ、相手だって逃げますよ!」

 

 何とも優しいセイバーはまた敵であるはずのアンドヴァリの呪いをフォローする。お前は本当に俺の味方なのかと問いたかったが、そこはもうセイバーらしさということで完結させておく。彼女の感覚は言葉では説明できない、矛盾を内包しているためだ。

 

 敵との追いかけっこ状況。前方をちょこまかと走り回る後ろ姿、届きそうなのに届かない背中はせせら笑うかのようでイラッとくる。どちらかと言うと俺たちの立場の方が相手に合わせなければならないので、俺はあんまり追いかける側は適していないのだ。ましてや俺の後ろにいるセイバーにも歩幅を合わせなければならない。それがなんかもう、じれったくてじれったくて。

 

「あの、セイバーさん?もうちょっと早く歩けませんのっ⁉︎」

 

「それこそ無理ですよ!ヨウと私の歩幅が同じだと思いますか⁉︎」

 

「よし、じゃあ置いていくか」

 

「なんてヒドい‼︎この結界の外に出したら私がどうなるか分かってますよね⁉︎」

 

「全身蜂の巣、ブンブン」

 

「分かってて置いていくだなんて!人でなし!」

 

「それが俺だからねっ!」

 

 もちろんさすがにセイバーを置いていくだなんてことはしない。あくまで冗談である。

 

 いや、まぁ、確かにこの状況でどうすればと考えたときに一番最初に思いついた方法がセイバーを置いていくという非道極まりない行為だという時点で、俺は救えないクソ野郎、もとい人でなしなのは自他共に認めている。

 

 とりあえずどうしようか。セイバーの歩幅に合わせていたらグラムに追いつかない。かといってセイバーを追い出したら剣で風穴を開けられるだろう。

 

 頭を悩ませながらも追いつけない追いかけっこをしていたら、背後から何かが倒れる音がした。

 

「あいたっ!」

 

 不吉な声だ。

 

 険しい顔で俺は振り返る。すると、予想通り、前のめりに倒れこんでいる。

 

「おい、お前何しとんだ?」

 

 ゴミクズを見るようにように険しい顔で目をくれてやる。彼女は手のひらを地につけて肘を伸ばし身体を起こした。おでこを両手で隠しながら涙目で俺を見つめてくる。

 

「うっ、い、痛い……」

 

 そんなこと見て分かる。どうせ土から出た木の根の部分に足をつまずかせたのだろう。

 

「おお、そうだな、痛そうだな。ヨシ、じゃあ立て」

 

「ヒドい!なんて理不尽!」

 

 彼女は何かを乞うように見つめてくるのだが、あいにくその心の悲しみに似合う慈愛の心を持ち合わせていない俺は眉間にしわを寄せた。

 

「いや、今このときに理不尽⁉︎ざけんなよ、俺が言いたいわ。何でこんなときにこけんだよ!」

 

「ううっ、だってその結界の中に入れって言われて、でもヨウ私のこと気にしてくれないから……」

 

 しょんぼりと落ち込むセイバー。そんな彼女に対して鋭い眼光で睨みつけた。

 

「え?でもこの状況ですよ?それなのに台無しにする気ですか?最後の一歩ってときに諦めるのか?そんなクソヤローは死んでくださいだわ」

 

「うわぁぁ!ヨウヒドい!」

 

「今回ばかりは俺、悪くない!圧倒的にお前が悪い!」

 

 正直に言って、今回ばかりは俺は悪くない。絶対にこけた、そして挫けたセイバーが悪い。

 

 俺はアンドヴァリの呪いを倒す前にセイバーに一撃くらわそうかと考えたが、それはよしておいた。

 

 セイバーの機嫌が非常にめんどくさ〜いのである。これ以上彼女の機嫌が変になってしまったらどうしたものか、制限時間を過ぎてしまい勝率が格段に下がってしまう。

 

 この頃若干強情になってきた彼女には頭を悩まされる。目の前でいじけているのだからこれまためんどくさい。とりあえず俺は謝る気はないし、謝りたくもない。

 

 無理やり立たせようとすればさらに機嫌を損ね、置いていけば蜂の巣になるかもしれない。

 

「……あっ」

 

 俺の頭の上にある豆電球がピカリと明るい光を灯した。聡明な俺の頭がこんな事態にぴったりの案を編み出した。

 

 俺は膝を曲げて腰を落とした。少し前かがみになって、手を腰につける。

 

「……ふぇ?」

 

 セイバーは俺の後ろ姿を見て目を丸くする。どうやらピンときていないようだ。

 

「おんぶだよ、おんぶ。乗れ」

 

 そうだ、セイバーをおんぶで担いで逃げる敵に追いつこうという案だ。

 

「……え?いや、無理ですよ。さすがにそれは無理ですって。案外グラムの身体が丈夫なのか敵は速いですし、私を担いで追いつきますか?」

 

 セイバーが言おうとしていることも分かる。どうせセイバーを担いでしまったら足が遅くなるのではないかと。

 

「ああ、そうだな、お前重いしな」

 

 ここで軽く彼女をいじくってみる。

 

「ええ、そうですね、私は女性として結構重いですし……」

 

 と、まさかのここで顔色一つ変えずに普通に返された。予想外の反応に仕掛けた本人である俺が困ってしまった。

 

 あれれ?ここは普通こんなこと言わない?「そ、そんな重くないですから!」とか、「デリカシーゼロです!怒りましたよ!」とか。俺はそういう反応を楽しみにしていたのに。

 

 そう言えばこいつは山育ちの他人と接したことは極端にゼロに近かったような気がする。そうか、こいつは自分のファッションとか身体のこととかあんまり考えないタイプか。

 

「うっわぁ〜、幻滅ぅ〜」

 

「ええっ?なんで私、幻滅されないといけないんですか!」

 

 俺たちがこうして楽しくお話をしている最中もやっぱり敵さんは逃げる逃げる。

 

 セイバーはそのことに気づいたのか慌ただしく俺を叩いて敵を指差した。

 

「あああっ!ヨウ、見てください!もうあんなところまで行ってますよ!」

 

「うん、知ってる」

 

「知ってるじゃないですよ!どうするんですか⁉︎」

 

「いや、セイバーが話すからだろ」

 

「ここで私のせい⁉︎まさかここで罪をなすりつけます⁉︎」

 

「何言ってんだ。それが俺だろ?」

 

「ダメだ、何も言えない」

 

 セイバーは深いため息をつきながら俺の肩に手をかけた。

 

「残念だったな、俺みたいなマスターで」

 

「ずっと思ってます。セイギの方が百倍良かったです」

 

「えっ?俺あいつに負けてるの?」

 

「ボロ負けですよ」

 

「お前さ、散々人のことヒドいとか言ってるけど、あながちお前もヒドいよ」

 

「マスターがこんな人だからですよ」

 

「おお、一理ある」

 

 彼女は俺に全体重を委ねた。そして、俺の手のひらに彼女は太ももを乗っける。

 

「……おっほ、柔らかい」

 

 太ももを揉む。

 

「やめてください!」

 

 怒られた。

 

「ふっ、俺がお前の太ももごときで興奮するとでも?」

 

「それはそれでなんか悔しいですね」

 

 俺だって節操無しではない。しっかりとそういう礼節とかそういう堅苦しいことは理解しているつもりだ。

 

「よっこらせ」

 

 俺は立ち上がった。

 

 するとその時だ。俺の頭がもう一度聡明になったのだ。しかも今度はさっきの比ではない。圧倒的に人智を超えた神のごとき頭脳回路にある煩悩が巡り巡った。

 

「こっ、これは……!」

 

 立ち上がった俺は一歩も歩き出すことができない。踏み出そうとしていた右足は石化してしまったように一ミリも動かない。

 

 いや、動かなかった。この状態で俺は動かなかったのである。

 

 そんな俺を彼女は不思議そうに見て、どうしたのかと尋ねた。

 

「いや、ちょっと重大なことを忘れていた」

 

 そうだ、俺にとってこれほどまでに大事なことはなかろう。由々しき事態である。これを忘れていただなんて、そんなことを忘れるだなんて。

 

「ぐっ、これは神が俺に課した試練かっ⁉︎」

 

「……いや、だからどうしたのですか?」

 

 彼女はそう尋ねながら俺の顔を覗こうとした。

 

「ぬががあぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 俺のかつてない叫び声が響き渡る。そして、吐血した。

 

「えっ、ど、ど、どどどうしたのですか?」

 

 状況をまったく理解できていないセイバーは小パニック状態である。あわあわと俺に担がれながら動くので、その度に俺は神が課した試練に耐える。

 

「ぐはっ、や、やめろっ!セイバー、それ以上動くなっ!」

 

「えっ?で、でも、よく分かりません。ヨウは敵の攻撃を受けた様子はなかったのに……」

 

「はっ、そりゃそうだろうよ……。お前からじゃよく分からないかもしれないが、俺からだとすげぇ分かるんだ」

 

「と、とりあえず、私を下ろしてください手当をしないと」

 

「いや、そんな必要はねぇ。だって、この攻撃は結構良いもんだぞ」

 

「……は?」

 

「ああ、感じるぜ、俺の背中越しにお前の柔らかいおっぱい……」

 

「……へ?」

 

 そしてその瞬間、彼女は事の重要さに理解し、赤面しながら自身の胸を全力で隠した。

 

「なっ、何見てるんですかっ⁉︎」

 

「見てねぇよ!感じただけだ!」

 

「十分ですよ、見てるも感じてるも一緒です!まさか、こうさせようと企んだんですねっ⁉︎」

 

「普通に名案を思いついたから実践してみたらある意味で名案だったってだけだ。どうして俺が企んだことになってる?」

 

「日頃の行いが悪いからですよ!」

 

 セイバーは嫌そうに睨んでくる。しかも、薄っすらとではなく露骨に。

 

「何でセイバーはそんなに嫌そうにするんだ。男の子の肌に密着しているという時点でそもそもお前もアウトなような気がする」

 

 そんなことを言ってみたら彼女の顔の紅潮は耳の先まで広がってゆく。

 

「う、嬉しくなんかありません!別に、そんなこと、か、考えてもどうってことありません!」

 

 そうか、嬉かったのか。

 

「分かった。この戦いが終わったら抱いてやる。俺の人肌でこの冬の寒さから守ってやろう」

 

「なんでそうなるんですかっ⁉︎それに、抱くってどっちの意味ですか⁉︎」

 

「そりゃぁ、もう……。あっちだろ」

 

「もう、ふざけてないでさっさと行ってください!」

 

 あまりにいじりすぎたのかめっちゃ機嫌が悪い。

 

「女扱いされて嫌なのか?」

 

「そういうことじゃないですけど、時と場所を考えてください。ほら、もう敵があんなところに行っちゃったじゃないですか」

 

 セイバーは真っ暗な森の先を指差した。

 

「えっ?いや、ごめん、見えないわ」

 

「見えますよ、ほら、あそこに」

 

 セイバーの指差す方向を目を凝らして見てみるが全ッ然見えない。これはきっと山育ちの彼女だからの技なのかもしれない。

 

「よし、セイバー、お前は俺に敵の場所を教えてくれ。俺にはよく見えないからな」

 

「ええ、良いですけど……やっぱり追いつくんですか?私を担いで?」

 

「ああ、そこは大丈夫。不安材料といえば、お前のおっぱいくらいかな」

 

「そこはもうしょうがないです!おんぶなんですし!」

 

「それもそうか……?そうなのか……?」

 

 年頃の男の子である俺にはそんなことで納得したくはなかったが、彼女の言葉を使うに時と場所を選ばねばならない。今この状況でそんなおっぱいおっぱい言っていられない。

 

「よし、行くぞ」

 

 俺は目を閉じた。

 

 ゆっくりと息を吸う。気管に冷たい空気が入り込んできた。俺の肺の中でその空気から酸素だけを取り込んで、血脈に乗せる。そこに俺は魔力も注ぎ込んだ。魔力回路から血管へと流し、魔力による身体強化を図る。ヘモグロビンは酸素を連れて身体中を回る。それに同伴して魔力も隅々まで根を伸ばす。組織と組織の隙間にまで染み込んだ魔力、(みなぎ)る力はいかほどか。

 

 ゆっくりと息を吐いた。肺にたまった二酸化炭素を体外に押し出す。肺の下にある横隔膜はぐっと上がり、胸骨は元の位置に戻る。

 

 血潮に流され巡った魔力は俺の細胞に深く絡みつく。一度命じればその魔力を伝い細胞は著しく強化される。細胞の集合体である筋肉や肺、骨や血管の強度は通常の何倍になるであろうか。

 

 デメリットは特にない。強化は魔術の中では初歩中の初歩。失敗するとしても失うものは魔術の行使に使用した多少の魔力ぐらいで、大した問題でもない。

 

 そして、強化すれば敵にも追いつくことができるであろう。きっとそこは大丈夫。今までなんだかんだありながらも魔術の鍛錬もしていたのだから。剣術だけではないのだ。もちろん、二刀流といっても魔術に関しては中途半端だし、セイギの本気を見てしまったあとはどうしても偉そうなことは言えないが、これくらいなら俺でもできる。

 

 俺は目を大きく開いた。その目に映るのは覚悟と闘志である。

 

「滾れ、我・身体強化(パワーエフェクト)—————!」

 

 魔力回路を全開放させた。そして、身体の隅々まで細胞に絡みついた魔力を使って魔術を発動させる。絡みついていた魔力は隣の細胞とも絡み、繋がり、そして溶けてゆく。

 

 力が湧いてくる。今ならチーターにでも競争で勝てそうな気がする。

 

 ただ、一つだけ、一つだけ大きな不安要素があるのだ。それはあまりにも大きな不安要素。この作戦を失敗に持ち込んでしまうほどのものなのだ。しかし、この作戦にこの不安要素は付き物であり、切り離すことなんてできやしない。

 

 俺は走り出した。そして、大きく叫んだ。

 

「おっぱぁぁぁぁぁぁぁぁいッ‼︎」

 

 不安要素、それはセイバーのおっぱいである。

 

「恥ずかしいからやめてくださぁいッ!」




ほんと、今回は身のねぇ話でした。

なんでしょうね、私はこのような話が得意と言いますか、書きやすいと言うのか、とりあえずこんな流れになっちゃいますね。ぶっちゃけ、いつも通りですけど。

次回はちゃんと戦いますよ!ハイ、戦います!

……多分ですけど。


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絶望の先に

 夏には緑色だった面影もない葉が混じった地面を力強く踏み込む。膝を曲げて、身体を若干の前かがみにする。曲げていた膝をピンと伸ばした。筋肉が伸び縮みをする。それに今さっきかけた魔術の効果もあって、そのたった一歩は風を切るかのような一歩だった。そして、その一歩はまた一歩、また一歩と集まってゆく。

 

 敵との間に開いた距離は四十メートルほどか。随分(ずいぶん)と距離を開かれてしまったものである。これもこれも全て俺とセイバーがぐだぐだと話していたことに変わりはないのであるが、どうしてもこの状況を目の当たりにすると追いつかないのではないかと言う不安が生じる。

 

 もちろん、不安要素はそれ以外にもいっぱいある。まぁ、特に大きく厄介なのはセイバーのおっぱいだ。彼女を担いでいる俺の背中には押しつぶされた彼女のおっぱいの形、もとい感覚が布数枚越しで伝わるのだ。それは健全な青少年である俺に関しては結構刺激がお強いので、そのせいで走りたくなくなってしまう。

 

 それ以外にもまだまだある。俺は彼女のふとももを持つことで担いでいるが、どうしてもそれだと彼女のふとももを触ることとなる。すべすべした絹ごし豆腐のような白い肌に触れているのだと思うと、それまた集中力を途切れさせる。

 

 —————ぐっ、恐ろし、セイバーめ。

 

 とりあえず背後にいる強大な男の敵にはビクビクしつつ、それでも全力で走る。なるべく揺れないように気を配りながら。

 

 魔術でコーティングした肉体は俺の予想を遥かに超える活躍をしてくれた。筋肉は疲れる様子をまったく見せないため酷使することができて、特に激しい息切れも起きない。走るスピードは生身のときと比べて倍ほど違う。だから、四十メートルほどの距離はさほど苦でもなかった。

 

 だがしかし、そう簡単に行かぬのがこの世の常。ここは山の中、大地に深く根を張る大木がそこらかしこにある場所。そんなところを直線距離から考えただけで、簡単に追いつくことが可能だろうか。否、それは断じてない。山の地形は追う者にとって圧倒的不利なのだ。直線距離では四十メートルほどであっても、実質ではもっと長い。その距離を埋めねばならないのだ。

 

 魔術の力でもそれは難しい。できなくはないだろう。だが、簡単でもない。

 

 走っていて、その進路を邪魔する大木を一々回らねばならない。しかも、逃げる者なら自分の逃げたいように逃げられるが、追う者は相手に合わせなければならない。

 

 もちろんこの距離を詰めることはできるだろう。しかし、やはり制限時間がある。俺を覆う結界には制限時間があるから、どうしてもその時間内に倒したい。アンドヴァリの呪いは結構狡猾だから、もしもということもある。なるべく安全に倒すにはこの結界が必要不可欠。

 

「ヨウ、木の根っこにはつまずかないでくださいね」

 

 耳もとからセイバーに言われる。まったく、どの口でそんなことを言えるのか。彼女に言われたとき、わざとつまずいてやろうかとさえ思ってしまった。

 

 だが、やはり木の根っこは結構大敵である。走っているとどうしても足先が引っかかりそうになってしまう。

 

 もういっそのことこの木々を全部排除したいものだ。

 

 ……ん?そういやなんか忘れているような。

 

「あれ?そういやさ、セイバー、お前って木材簡単に切れるよな?」

 

「え?ええ、まぁ、無駄な特技ですし……」

 

「ライダーとの戦いのときとか、それで木屑に変えてたよな?」

 

「あれぐらいは手慣れたものですし……。どうしたのですか?急にそんなこと」

 

「お願いしたいんだけどさ、進行方向を邪魔する木を全部切ってくれねえか?」

 

「何を言ってるんですか?さすがに無理ですよ。この体勢ですよ?腕が振りにくいです。それに私が木を切り刻み終える前にヨウが木に激突しちゃいます。できません」

 

「え?まじで?本当に無理なの?」

 

「すいませんがこの状況なら私にはなぎ倒すくらいしか……」

 

「それだけで結構です。お願いします、セイバーさん」

 

「きゅ、急に仰々しいですね……。まぁ、やりますけど……」

 

 セイバーは手に剣を持つ。俺の背中に引っ付いたまま彼女は目の前に立つ大木をなぎ倒すと言う。

 

「いつでもオーケーです、手だけは前に出さないでくださいね、危ないので」

 

「お、おう。分かった」

 

 俺は木の周りを回るのではなく、木へと直進した。もしセイバーが木をなぎ倒すことができなかったら、ものすごいスピードで木に激突してしまう。ただじゃ済まない。

 

 だが、そこはもう信用するしかない。きっとやってくれるって信じてる。

 

 ……信じてる。

 

 木に向かって飛び込んだ。その瞬間が走馬灯のように感じられる。近づくごとに恐怖感が倍増する。しかし、まだ後ろにいる彼女は剣を振ろうとしない。

 

 ヤバイ、これはヤバイ。ガチでヤバイ。全然セイバーは剣を振りそうにない。確かにまだ剣身の範囲に入ってないから剣を振らないのも頷けるが、だからと言ってこの距離はヤバイ。

 

 だってあと一、二秒すれば俺は木に衝突する。しかも車みたいなスピードで、そんでもって生身で。

 

 死ぬ、これはどうしたって死ぬ。

 

 俺は衝撃に備えて手を体の前に添えようとした。階段から落ちる際に人間が手を地面に着く無条件反射のようなものだ。だが、セイバーは言った。手を前に出すなと。そうだ、彼女が剣を振るのだから手を出していてはダメだろう。間違えて手を切られてしまう恐れがある。

 

 いや、でも全然信用もできない。セイバーを信用するのなら、己を信用した方がマシかもしれない。

 

 だがしかし、そうすると彼女を信用しようという優しさが……云々かんぬん。

 

 ……って、本当にヤバくない?だって、俺、ヤバイって言い出してから何文字分こんなこと考えてたんだよ!これってガチの走馬灯ってやつじゃねぇか!

 

 え?走馬灯?

 

 ……死ぬの?

 

 え?死ぬの?

 

 俺が死ぬ?

 

「ヤバイヤバイ、ヤバイって!」

 

 俺が大絶叫する。迫り来る大木の樹皮、及び死に恐怖感を感じていた。

 

 その時だ。俺の目の前を銀色の線がゆらりと現れた。その銀色の線は流れるようにして木の幹の右側にちょこんと、そして左側にもちょこんと触れて切り込みを入れる。その後、最後の仕上げに彼女は剣の先でくいっと木を軽く押した。

 

 するとどうであろうか。彼女が刻んだ二つの切り込みからパキパキと繊維が砕ける音がしてきた。そして、その音が段々と近づいてゆき、しまいには二つの切り込みは一つになった。そして、セイバーはまた木を軽く押す。そしたら、木の幹はポキンと力なく地に向かって倒れた。

 

「え?何、この技」

 

 セイバーのあまりの手際、もとい技法に俺は目を疑ってしまった。それもそうである。だって、セイバーのやっていたことはあまりにも現実離れしていて、ちょっと俺にもついていけない。

 

 唖然の俺に対してセイバーは特に威張る様子もなく、平然と返答する。

 

「別にそんな大した技なんかじゃありませんよ。ただ木の繊維とか細胞の配列とかそういうのを感じて、ここが切りやすそうだなぁってところに切り込みを入れて、あとは押すだけ。ただそれだけですよ」

 

 彼女は簡単そうに言っているが、やはりそういうところを見ると彼女も英雄なんだなぁと思う。そもそも彼女の父親が英雄なんだし、血とかは才能とかは結構良いんだと思う。ただ、それ以上に彼女はもしかしたらそういう英雄らしくない才能に富んでいるのだろう。そう、それこそ、この木々の切り倒しみたいな。常人にはできないようなことだ。

 

 だが、彼女がいればもう追いかけっこは勝てそうな気がしてきた。直線距離で進めば良いのだ。それぐらいなら魔術で強化した身体で追いつくことは可能である。

 

「よし、セイバー。この調子だ。この調子で頼むぞ」

 

「あっ、はい。善処します」

 

 それからはまぁ何とも愉快ったらありゃしない。走って、木に飛び込めば勝手にセイバーがその木を倒してくれるから、俺はそれをひょいと飛び越えてまた前に進むだけ。

 

「ヤバイ、めっちゃ楽」

 

「ヨウは楽でしょうけど、私は案外大変なんですよ?」.

 

 ゼェゼェと荒く細かい息をする彼女。こちらからは簡単そうに見えたが、どうやら体力を消費するようだ。

 

 だが、そこで休ませるような俺ではない。

 

「よし、あと少しだ。ガンバレ、セイバー!」

 

 他人事だからあんまり介入はせず、とりあえずやらせるという手段。

 

「そ、それはひどくないですか?」

 

「ん?そうか?お前に仕事という仕事を与えたぐらいでも褒めてほしいものだが」.

 

「……ヨウは相変わらずヨウですね。優しさというものがひとかけらもありませんね」

 

 セイバーはその後もぐちぐちと愚痴を本人に聞こえるようにこぼしながらもしっかりと仕事をしていった。

 

 次々と木々をなぎ倒す。セイバーに疲労が溜まりながらもそんなことは御構い無しに前へと進んだ。すると、ついに俺の目でも敵の背中を捉えることができた。

 

「いた!いたぞ、アンドヴァリ〜!」

 

 俺が声を張ると敵は振り返った。そして、敵も俺たちのことを視認すると剣を射出してきた。

 

「くそッ、追いつかれたかっ!」

 

 まさに絶体絶命なその言葉に俺は舌鼓を覚える。やっとこさ敵に追いついたのだ。まだ結界は保つだろうから、この間に敵の首をとってしまえばもう終わりである。

 

 敵が放った剣は俺を囲む結界が弾いた。絶対防御状態の俺はそのまま敵に向かって突っ込んだ。

 

「終わりダァっ!ゴラァ!」

 

 剣を握りしめる。思い切り振り上げて、力一杯振り下ろした。

 

 その一撃は刹那的にこの聖杯戦争に、関係に、俺の今までの世界すべてに終わりを宣告する鐘を鳴らす一撃—————

 

 —————のはずだった。

 

 ニタリと不敵な笑みを浮かべるアンドヴァリの呪い。何がおかしいのか、そう俺は思ってしまった。

 

 敵は空に向かって指をさす。俺は目線を彼女が指差した空へと移してしまった。

 

 そう、そして俺は見てしまった。

 

 そこにはあるものが浮いていた。それは眩い黄金の光を放ち、暗闇の森の中を明るく照らす昼間の太陽のような存在。俺たちが一番に追い求めていた、この地獄の日々の最終目標であり原因でもあるものが剣に引っ掛けられ、空中に浮かんでいた。

 

「聖杯—————⁉︎」

 

 予想外のことに俺は唖然とする。なぜ、聖杯が空に浮いているのか、そして敵の不敵な笑みは何なのか。俺は到底理解できなかった。ただ、それでも何かヤバイことが起こるんだという事態を察することはできた。

 

「お前たちの望みは聖杯を奪うこと。なら、その聖杯を壊してしまえばいいのだ」

 

 敵は手に持っていた剣をその聖杯に向かって投げた。俺はその剣を止めようとしたが、時すでに遅し。俺が振り下ろした腕は止まることなく下まで落ちてゆく。

 

 俺の剣が聖杯が壊れるよりも先に敵の身体に届いた。皮膚に剣の刃を突きつけたのだ。グラムの人の身体はとてもふわりとしていた。まるでナイフでケーキのスポンジを切っているかのようである。でも、俺のナイフは切れ味が悪いのか、ケーキはぐしゃりと潰れてしまい、中から赤い錆びた鉄のようなクリームがどろりと出てくる。純白の真っ白な生クリームで塗りたくられた表面が赤いストロベリーソースでぐちょりと汚れた。

 

 骨に当たった。その時、俺は自身が振り下ろした剣を止めることができた。俺は敵から剣を引き抜いた。

 

 敵の肩から胸元にかけて刀傷がはっきりと表れていた。ぱっくりと割れた赤く染まる肌は絵の具なんじゃないかと思えるほど、リアルで生々しく吐き気を催すようなものだった。そんな肌の隙間からちらりと顔を覗かせる赤く塗りたくられた胸骨は顔をひきつらせる。

 

 戦意喪失、足がすくんでしまう。しょうがない、だって死闘なんてやったことない、戦場を駆け抜けた経験もない。人の身体がどうなってるのかを授業で習ったのだけれど、どうしても実物を見てしまうと腰が引けてしまった。

 

 後ずさりをした。それは人を斬った感触が手に残っていたからだった。あの独特の感触は鶏肉を包丁で切っているような生易しいものなんかじゃない。いや、感触はあながち似ていなくもないのだけれど、そういうことじゃない。

 

 鈴鹿も斬った。だからもう大丈夫だろうと高を括っていたが、やはりそう簡単にはならない。

 

 震える手を反対の手で押さえて、俺は尻餅をついた。

 

 そして、俺は下から敵の顔を見上げたのだ。

 

「聖杯はお前たちの希望なのだろう?」

 

 敵は笑っていた。まるでピエロのように不気味にもにこやかな笑顔で、俺を見下す。

 

 敵が放った剣は空高くに浮いている聖杯に突き刺さった。聖杯に剣は貫通し、ひびが入る。そのひびはパラパラとかけらを落としながら段々と広がってゆく。ひびが広がってゆくのに比例して聖杯の輝きは色褪(いろあ)せ、高々と首を痛めるほどの場所から落下してきた。そして、聖杯は落下中に形を保てなくなった。終いには崩壊し、無残にも錆びた金属のかけらだけが地に堕ちた。

 

「嘘……、聖杯が……」

 

 セイバーはその様子に言葉を失った。光を失い地に落ちゆく聖杯をただ見ているしかできなかった。

 

 あと少しだったのに。その思いが漏れるような隙間もない。あるのは目の前の現実を疑うということだけ。そもそもそこで許容し悲しむのではなく、否定し嘘だと仮定する。

 

 しかし、その仮定は現実に、実際に起こることに滅法弱く、やはり事実だと認めざるを得ない。

 

 そして、事の失敗を理解した後に待つのは絶望である。悲しむとか怒るとかそんなこと以前にどん底に落ちる。他の感情というものはそのどん底に落ちた衝撃の反作用で生まれるものであって、絶望したその瞬間はある意味無の感情とも言うべきものだ。それこそ脳の回路が停止し、生きている心地がしないようなもので、言ってみればごく僅かな刹那の間の臨死体験。

 

 それを俺とセイバーは味わった。嫌というほど、俺たちの存在にそれを深く刻むほど、強く味わった。

 

 落下の最中、聖杯の光はついに失せた。光が消えた瞬間、暗い夜を明るく照らす存在が消え、俺たちの目からも光がなくなった。

 

 器である聖杯は完全に崩壊する。形を留めず、空中分解し消え去った。注がれていた魔力は器が失せたため、受けどころなく重力に従う。向かうは真下。そこにいたのはアンドヴァリの呪いだった。

 

 —————ビチャリ

 

 水がかけられたような音がした。敵に降りかかった魔力の原液は身体を濡らす。そして、俺が斬りつけた傷口から魔力が身体の中へと染み込んでいった。

 

「あはははは……」

 

 敵は軽く笑った。自身の思い通りにいったからか、世界を壊すという望みが叶うからなのか、そこはかとなく笑う顔から見える真の顔はドス黒い。

 

 手をグーパーグーパーと閉じて開いてを繰り返し、力がみなぎってくるのを確認する。

 

 そのあと、彼女たちは俺を見下げた。

 

「これが聖杯か。力が湧いてくるなぁ」

 

 嫌味なその言葉は今の俺には全くもって響かない。怒りも湧かない、憎しみも苦しみも湧かない。何も感じなかった。身体の中の内臓全てが消え去って、自分が何者でもないような感覚で、それでも敵の目だけは見つめていた。

 

 そして、ある感情を抱いた。それはあまりにも原始的でありながらも人間的で、世間的には疎まれている感情。その感情がふとろうそくに明かりがついたように生じた。

 

 俺はふらりふらりと力なく立ち上がる。希望の光を失った目で敵を見つめながら。

 

「なんだ?どうしたのだ?」

 

 敵は余裕を持て余している。その笑みは勝者の笑みだった。

 

 そんな敵に抱いたある一つの感情。それが俺の中で暴走し始める。

 

「おい、テメェ、ちったぁ歯ぁ喰いしばれ」

 

 俺は特別荒げた声ではなく、普段の声より若干小さな呟くような声で敵に忠告をし、猶予の時間を与えずすぐに拳で右頬の少し下を殴った。敵は殴られ一瞬くらりとよろめいたのだが、足裏をしっかりと地面につけて倒れなかった。

 

「くっ、何をする?」

 

 唇が歯に当たり傷つき血が出たのか、その血を拭いながら俺を睨みつけてきた。俺はその目に動じる事なく、ただ平然とそこに突っ立っていた。

 

 鋭い眼光を放つのではなく、怒りに歯をこすり合わせることもせず、また顔を紅潮させることもしなかった。しかし、握り締めた拳は筋肉が強張り、決して開けるようなものでもない。

 

 ふと湧いた感情、それは殺意だった。殺意が俺にそうさせた。

 

 怒ることもせず、憎むこともせず、はたまた悲しむこともせず、殺意だけが俺の心の中にふつふつと生じ、そしてね満たされた。

 

 目の前にいる敵を殺したい。そう思えたのだ。

 

「ちょっと理不尽かもしれんが、我慢しろ」

 

 そう告げると、俺は手に持っていた血濡れた剣を躊躇なく振り下ろした。




はい!Gヘッドです!

さぁさぁ、今回はまたまたヨウくんお怒りモード?ってところで終わっちゃいましたね。

シーンが変わるごとに怒りのようなものを見せるヨウくんです。怒り過ぎだよ!なんて思うかもしれませんし、実際作者も思ってますけど、それはもうこの章ですししょうがないんですよ(こじつけ)

展開が急だなんて、そんなことは御構い無し!(実際結構悩んでるが、これは第一ルートだし次があるよ、次のルートは頑張るよ!っていう逃げに出てます)

べ、別にセイバーちゃん好きじゃねーし、好きになるなら源マッマみたいな包容力ある人選ぶし……。という禁断の告白はさておき、次回もクライマックスに向かっていきます。アンドヴァリの呪いとどのように戦い切るのか。


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もしも過ちを犯すのなら

はい!Gヘッドです!

何でしょうか、回数を増すごとに更新速度が遅くなり、字数が多くなっているのは。実に不可解な現象です!




 殺したいと思う。それは果たして怒りから生じる感情なのだろうか。怒り、それでもなお消化されぬ心の中のモヤモヤとした思いが殺意に変わるのか。

 

 確かにそれもあるのかもしれない。むしろ、そっちの方がよくあるのだろう。人生何度かは本気で殺意を覚えるようなことがあるだろうし、その大体が怒りからの殺意だろう。

 

 だが、この時の俺はそんな殺意などではなかった。怒りを感じず、ただ自然と殺意だけが湧いたのだ。

 

 それはきっと俺がその前に無の感情を味わっていたからだろう。どん底に、というより何も感じなくなってしまったという境地に一旦陥った俺は怒りを得るより先に殺意を得た。

 

 それは多分普通なことではないのだということは察した。怒りはない。ただ殺意があるというのは実に不自然だが、それでも現に俺の心持ちがそうなので、どうしても納得せざるを得ない。

 

 怒りの無い殺意はどの殺意よりも大きなものなのだろうと俺は考える。最優先に生まれ出た感情が殺意なのなら、その感情は何よりも大きくドス黒い。

 

 俺は敵に斬りかかった。特にそんな予兆を見せることなく、自然の流れのように間髪を入れずに攻撃をする。その攻撃の振りはさっき敵の肉を斬った攻撃とは異なっていた。さっきの俺の斬りかかりは非常に弱々しかった。敵がしてきたことに怯え、足がすくんだ結果だろう。しかし、今の俺はそれに動じることはない。いや、それに動じるものがないのだ。だから、動じることなく残虐なことでも躊躇なく、平然とできる。

 

 敵は俺の攻撃を剣で受け止めた。しかし、敵の身体はゆらりとぶれ動く。力の入っていない守りだったからだ。

 

 よろめいた身体を蹴り飛ばした。敵は二、三メートルほど飛ばされ、地を転がった。

 

「くそッ、急になんだ?」

 

 敵はいきなりの攻撃に困惑していた。それもそうだ。なんてったって今の俺は少しさっきまでとは違うから。

 

 自暴自棄のようなところがある。その様子が攻撃にも現れていた。心の赴くままに、どうなろうが知ったこっちゃないというような攻撃。

 

 アンドヴァリの呪いは俺に斬りつけられた肩を触った。手に血がこべりつく。

 

「……動きにくいな」

 

 肩を回しながら敵は呟いた。草薙の剣で斬りつけたため、どうやら斬りつけたところの敵の力が落ちたらしい。

 

 つまり、今はチャンスということ。敵の力が回復する前に仕留めておかねば。

 

 前へと走る。敵はまともにやりあったら勝ち目がないと思ったのか、距離をとった。

 

「来るなっ!」

 

 剣を放ってきた。さっきよりも数が格段に多い。聖杯の魔力を喰らったせいか、そこら辺はパワーアップされているらしい。

 

 対して俺は剣を手にしている。何百という数の剣相手に、剣二振りとはみじめなものだ。加えてアーチャーの形見であるあの便利な結界は消滅してしまっていた。気づかなかった。きっと、聖杯が壊れた時ぐらいに結界の使用時間が過ぎてしまったのだろう。

 

 なんとも絶望的な光景だ。こんな数の剣を相手にするのは無理がある。

 

 だが、それでも、俺は剣が遮る視線の先にいる敵をどうしても(ほふり)りたかった。

 

「—————やりにくいな」

 

 そう感じた俺は右手に持っていた剣を投げ捨てた。右利きの俺だが、今この状況で右で剣を握るのが非常にやりにくく感じたのだ。左手の剣一本のほうがやりやすい。

 

 剣の柄を握る手は寒い冬でも自然と柔らかく感じた。いつもとは違うはずなのにしっくりとくる。寒さに負け悴むことなく、自然と動いた。剣の先まで自分の身体の一部と考える。剣は自身の手の延長線上のものだと思い込み、それらに自らの魔力を通わせた。

 

 今ならなんだってできる気がする。どんなに無理難題、あらゆる逆境をも乗り越えられるように感じるのだ。

 

 背中を少し曲げ、肩を落とし丸まったような姿勢をとる。剣を脇腹の近くまで持っていき、息を整えた。目を深く閉じる。刹那の時の中で目には見えぬものを捉えた。

 

「我・裏当て:幽々」

 

 敵が放った剣が身体に届く前に剣を振った。円を描くように腕を伸ばし、素早く、かつ力強く。しかし、その剣は決して剣に当てたのではない。

 

 俺が振った剣は空を切った。それだけである。

 

 しかし、その瞬間放たれた剣は強い風圧に打たれたように遠くへと弾き飛ばされてしまった。

 

 敵は顔をしかめる。当たっていないのになぜ剣が弾き飛ばされたのか。理解できなかったからだ。

 

 もちろん、俺の剣は確かに当たってなどいない。しかし、俺の威力が伝わっていないかと言われるとそうでもない。

 

 武術には裏当て、もしくは遠当てという技術がある。打点と力点をずらす、つまり威力を当たった場所とは別の所に移動させるということである。力の流れや量、質を見極め、そしてその場に最も適した力で放つことにより力を任意の場所に集約させることができるのだ。月城の先代がこの技を応用し、剣でもその原理を当てはめるということをしたとかなんだとか。

 

 もちろん俺はそんな大層な技を習得しているわけではない。最低限のことでも熟練した剣の腕と全てを見極める目を持っていなければそれは成立しない。だが、少しくらいなら俺にだってできる。そこを魔術の強化によって補強したのだ。

 

 俺の剣は空気に当たった。その時の威力が遠当ての原理でほぼそのまま敵の剣に当たったのだ。

 

 といっても、俺から見ればあれは遠当てではないような気もしたのだが、そこはもうよく分からない。とりあえず薙ぎ払えた。今はそれだけで満足だ。

 

 これができるのならもう俺は敵の攻撃に基本的には何でも対応可能ということだ。

 

「あとは殺すだけか」

 

 草薙の剣を左手に持ち、また身を縮こませる。敵はまたさっきの攻撃が来るのかと少し前方に出していた剣を後退させる。風圧に備えた。敵の行動は別に悪くはない。攻撃されるのならそれに対処するのもそれまた良し。

 

 しかし、敵との間に距離が開いたとなれば、当然自由がきく。余裕が持てるというもの。

 

 剣に魔力を通わせる。今度はもっと多く、高純度な魔力で剣を覆い尽くした。右手で刀身を下から上へと優しく撫でる。ひやりと冷たく、しかし熱い。これならばもっと強くできるはずだ。

 

 肩が外れてもいい、腕が吹っ飛んでもいい。とにかく、強い力で全てを葬りたかった。

 

 身体の中心にあった軸を前へと動かした。前足の裏に体重がかかり、膝は深く曲げる。縮こまった背中をぐっと伸ばして胸を張る。回していた腰を逆方向に力一杯曲げた。この全ての一連の動作と一緒に剣を斜め下から横気味に斬り上げた。

 

 しっかりと剣の威力を空気を通して剣に伝えたかった。しかし、さっきぐらいの力では届かないから、より強い力で剣を振った。

 

 剣の威力は見事に空気を媒介として敵の剣に伝わった。そしてその瞬間、敵の剣はガラスのようにヒビが入り、そしてその亀裂からパラパラと崩壊していった。

 

 その様子を見ていた敵は頬の筋肉をピクリと動かす。細い目つきで俺を見た。

 

「何だあれは?人間離れしている」

 

 それは褒め言葉なのだろうか。ああ、多分そうだろう。人間離れしているという言葉は褒め言葉なのだろう。そう受け取っておこう。

 

 だが、確かに今の俺は人間離れしているように見えるだろう。いや、実際冷静になって考えてみればそう見えなくもない。ちょっと変な気がする。だが、確かにこれは俺の身体なのだ。

 

「お前が弱いだけだろ」

 

 だから、俺が強いのではなくお前が弱いのではないかと敵に返答してみると、敵は目を血走らせる。顔を赤くし、歯を立てた。

 

「何だと?所詮人間が、偉そうにするな!」

 

 逆上したアンドヴァリの呪いはまたいつも通りのワンパターン攻撃をしてきた。剣を俺に向けて放ってきたのである。

 

 もちろんそんな攻撃は苦でもない。慣れた攻撃であり、またなんか調子の良い俺には簡単なことである。飛んで来る剣一本一本を各個破壊すれば良いだけのこと。それ以外の何物でもなく、敵の時間稼ぎのようにしか見えない。

 

 だが、飛んで来る剣の中に一つだけ進行方向がおかしいものがあった。他の剣は俺の身体を穿とうと殺意に満ち溢れた姿を見せてくれるのだが、俺が見つけたその一本は俺を通り過ぎようとしていた。

 

 ああ、何だそういうことか。

 

 敵のつまらない攻撃に俺は落胆した。誰でも考え付くような事だったからだ。こんな敵に俺は今まで手こずっていたのかと思うと、少々面目無い。

 

 飛んで来る剣に対応しながら俺は投げ捨てた剣を拾い上げた。

 

「おい、セイバー!そんなとこで座ってんじゃねぇ!」

 

 俺はセイバーに向かって叫んだ。ずっとさっきから我を忘れたように座っている彼女ははっと我に返るとある事に気付いた。

 

「気付くのが遅い!死ねぇ、セイバー!」

 

 アンドヴァリの呪いの高々とした酷い笑い声が響いた。いかにも敵役って感じ。

 

 しかし、そんなことを堂々と宣言してしまっては手の内がバレるというのは必然である。まぁ、言わずもがな、どうせそんなことをするだろうと予想はしていたが。

 

 さっき放り投げた剣を再び手に取り、それをセイバーを殺そうとする剣に向かって投げた。俺が投げた剣は見事に敵の剣に当たった。

 

 セイバーはまた口をあんぐりと開けている。まったく、なんてアホ面なのだろうか。

 

「おい、セイバー!てめぇも立って戦え!お前の面倒を見るのは嫌だぞ」

 

 俺が声をかけると、彼女は急いで立ち上がった。

 

「す、すいません。ちょっと魅入っていました」

 

「魅入ってる?何にだよ」

 

「ヨウですよ。いや、その変な意味とかじゃなくて、すごいなって」

 

「そうか?すごいところなんざねぇよ」

 

「いや、すごいですよ。でも、どこかヨウじゃないみたいな気がしなくもないんですけど……」

 

「は?死ね」

 

「あっ、やっぱり前言撤回します。ヨウですね、私の目の前にいるのはヨウです」

 

 なんか遠回りに貶されているような気もするがそこはまぁいい。俺らしさという個性として受け取っておこう。

 

 敵は歯を噛み締めていた。自分より格下だと思っていた人間に負けるかもしれないという苛立ちは屈辱的で受け入れがたいものだろう。スカートの裾を両手で強く握り手繰り寄せた。

 

「人間がぁッ……!」

 

 どこぞの悪役のお決まりのセリフみたいな言葉をほざいている。子供か何かだろうか。負けを負けと認めてほしいものだ。

 

 まぁ、もちろん、負けを認めたところで俺の中にある殺意が失せることはないのだが。

 

「よし、そろそろ心折れてくれるだろ。殺るか」

 

 敵の首を落とそうとすると、セイバーがそれを全力で引き止めた。

 

「ちょっと待ってください!敵を殺すんですか?」

 

「ああ?それ以外に何があるよ?」

 

「でも、あの身体はグラムの身体なのですよ?」

 

「んなこった知ってるわ。だからこの草薙の……」

「私が言いたいのはそういうことじゃないんです!」

 

 セイバーが声を張り上げた。

 

「今のヨウは本当に首を落としてしまいそうなんです」

 

「まぁ、仕方なければそれでもいいと思ってる」

 

 セイバーは決まり悪そうな顔をする。膨らんだ頬は赤く餅のようで、睨む眼光は恐ろしさのかけらもない。

 

「ヨウ、少し正気に戻ってください」

 

「俺は至って正気だ」

 

「いいえ。ヨウらしくありません」

 

 さっきから俺だの、俺じゃないだのと言う彼女に少しイラっときた。

 

 だが、彼女のその真摯な眼差しはその苛立ちをすぐに鎮めた。真っ直ぐな目である。嘘なき、真実しか語らぬその眼に俺は勝てなかった。

 

 深くため息をついた。もう無理だろう、彼女の意思を変えることは。

 

 しかし、一度、もう一度だけ後悔をしないために確認をした。

 

「おい、いいのか?あいつはお前の聖杯を壊した奴だぞ?慈悲でもかけるのか?」

 

「それはそうですけど、でも、今のヨウは何か少し危なかったんです。そんなことしたら敵がどうなるか……」

 

 敵の目の前で堂々と身を案ずる発言をするセイバー。ある意味肝が据わっているのかもしれない。

 

「だ、そうだぞ。どうだ?敵に身まで案ぜられて。なぁ、アンドヴァリさんよぉ」

 

 全然強くないセイバーにまで舐められているのだ。それは誰でも結構な屈辱であり、いかにも高そうなプライドを持つ敵には耐えられない言葉だろう。

 

 そして、敵さんはまさにプルプルと震えている。怒りというマグマが今にも噴火しそうであった。

 

「ヨウ、そういうことを言って挑発させるのは良くないですよ」

 

 敵の様子を見たセイバーは小声で囁いてきた。

 

 こいつはなんと恐ろしい奴なのかと、隣にいる俺は内心驚かされていた。セイバーは自分が敵を挑発しているのだと分かっていないらしい。しかも、そういうことを敵の目の前で堂々と言うところも結構度胸ある奴である。

 

「貴様らぁっ!」

 

 ああ、セイバーがあんなこと言うから堪忍袋の緒が切れてしまったではないか。

 

 敵はさらに呼び出す剣の数を増やした。何メートルにも渡る大きな壁のように剣が敵の背後を埋め尽くす。その先の景色が見れないくらいである。

 

「……んげっ!こ、これは流石にやばいんじゃないですか?」

 

 セイバーは目の前の光景に怯んでいる。

 

 しかし、まだ驚くなかれ。真に驚くことはその次だ。

 

 敵はその剣を収束させた。縦横に広がっていた剣を自身の周りに集めたのである。球体が出来上がった。真っ黒な球体が空高くに現れる。アリがうじゃうじゃといるみたいに見えた。その後、その球体から手足が形成された。

 

 剣でできた巨人が目の前に現れた。その大きさといい、力といい、規格外のものだということは瞬時に理解した。きっと、敵は聖杯の力でも利用したのだろう。

 

 アンドヴァリの呪いはその巨人の胸の部分にいた。魔力のオーラがとてつもない。

 

「はっはっはっ!どうだ、クソが!これが今の私の力だ!これが貴様らが欲していた聖杯の力だ!」

 

 別に言わなくとも、なんとなく察することができるのでよかったのだが。感情の起伏が豊かな彼女はよっぽどお喋りのようである。

 

 しかーし、そこで動じないのがこの俺である。

 

「うっわ、すご。ガンダム以上だわ」

 

 とかなんとか言っときながら、特に表情を変えるような理由もないので呆然と眺めておく。

 

 そんな俺をセイバーは一喝する。

 

「何してるんですか⁉︎こんなところで、ヨウの『クールにいこう、俺』をやらなくていいんですよ!逃げますよ!あんなのとまともに戦って勝てるわけないじゃないですか⁉︎」

 

 そのセイバーのテンパり具合にアンドヴァリの呪いはほくそ微笑んだ。勝ちを実感しているのが楽しいのか、見下すのが楽しいのか分からないが、どちらにせよ嫌な奴である。

 

 しかし、そんな嫌な奴がドヤ顔をしているところ、運悪くいい感じの攻略法を思いついてしまった俺はもっと嫌な奴かもしれない。

 

「うん、案外いけそう」

 

 俺のその言葉に二人は視線をすぐに俺に向けた。

 

「えっ?今、なんて言いました?」

 

「いや、だから、案外あれ倒せるかもって」

 

「な、何を言っている!そんなのハッタリに決まっている!」

 

「いやいや、ガチガチ。ガチで、いけそうだなって」

 

 敵はその言葉に警戒した。勝利を確信した敵でも、そうあっさりと勝てるなど言われてしまえば警戒してしまう。

 

 もちろん、嘘などではない。しっかりと、勝てると思った。

 

「いや、だってさ、敵の位置あそこだぜ?」

 

 俺は指差した。それは敵の位置、つまりアンドヴァリの呪いが巨人の胸部に埋め込まれているということだ。

 

「それがどうしたのですか?」

 

「あ?いや、分かるだろ。だって剥き出しだぞ?なら、そこに剣を打ち込めばいいだけだろ」

 

 俺が豪語すると、敵はそれを鼻で笑った。

 

「はっ!はったりをぬかすな!そんなこと無理に決まっているだろう!」

 

 高さが問題だと言いたいのだろうか。確かに敵は俺たちよりはるかに高い位置にいる。そんなところまでどうやってたどり着けばいいのか、そこで結局のところ行き詰まる。

 

 しかし、それは()()()()()ならば、という話だ。今なら、()()()ならできる気がするのだ。

 

 足に魔力を巡らせる。いつもと違った感覚がするが、そんな細かいことを一々気にするつもりはない。

 

 膝を曲げた。跳躍準備に入る。腕を少しだけ広げ、跳ぶ方向に視線を向けた。

 

 膝を伸ばした。地面を強く踏みしめ、そして離れた。

 

 重力に逆らう。ふわりと吹く冬の風は地表面よりもさらに冷たく、強いものだった。

 

「はい着いた」

 

 地面から離れて一、二秒後、失速してきたくらいの時に俺は敵の位置まで上がってきた。敵はいきなり目の前に現れた俺に恐怖を抱いたような顔つきをする。

 

 だからと言って優しさを見せてやる俺でもない。すぐさま手に持っていた剣を敵に打ち込んだ。

 

「うぐっ!」

 

 敵は咄嗟の出来事に驚きながらも瞬時に防御態勢をとった。剣で俺の攻撃を受け止めたのだ。そこはもう反射というべきものなのか、悪運が強いようである。

 

 敵の位置まで辿り着いた俺だが、敵と違って俺は空中に滞在する術を持っていない。敵を仕留め損なった俺は重力に逆らうことができずに自然落下してゆく。

 

 このまま落ちたらヤバイ。

 

「セイバー、俺をキャッチしてくれ」

 

 俺の突然の要望にセイバーは慌てふためいた。

 

「わ、私がですか?」

 

 どうみたってこの場にセイバーは一人しかいないのであって、受け止めてほしいのはもちろん彼女であるのは明確なことであるのになぜ彼女は俺に確認をするのか。

 

「そうに決まってんだろ」

 

 俺の言葉に嫌そうな顔をしながらも、彼女は俺の落下予想地点に移動して腕を大きく広げた。そして、俺は彼女にキャッチされた。

 

「うっ、重い」

 

 なんと失礼な。これでも体重には若干気にしているのだ。年頃の男の子にそんなこと言うなど無礼である。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえず俺が言いたいことはそんなことなどではないのだ。

 

 俺はドヤ顔でセイバーを見る。

 

「ほらな、あそこまで行けただろ?」

 

「なんでドヤ顔なのですか?」

 

「俺すごいだろって」

 

「む〜、すごいですけど、そこは認めたくないです」

 

「そこを素直に」

 

「えへぇ……」

 

 セイバーは俺の対応がめんどくさいのか、だらけきった返事をする。

 

 そんな話をしていたら、大きな影が俺たちの影を塗りつぶした。俺とセイバーは頭上を見上げる。

 

 そこには大きな鉄の瓦礫の大群があったのだ。グラムを核とした剣の巨人の大きな大きな手が俺たちの頭上を覆っていた。

 

「ぎゃー‼︎」

 

 ポンコツなセイバーはその状況に金切りの叫び声をあげた。絶叫である。

 

 敵はその声を聞くや否や、俺たちを押しつぶそうと鉄の手を落としてきた。セイバーはその手の中から逃れようとするが、きっともう無理だろう。逃げれそうにない。

 

「いぎゃー、死ぬっ!死ぬっ‼︎」

 

 そんなセイバーの後ろ姿を見ていて思わされる。俺はこんな奴を死ぬ気で守ろうとしてきたのかと。どんな気の迷いだろうか。

 

 ため息を吐いた。今さら自身の指針を変えるつもりはないが、やはりこんなポンコツのために頑張るのは些か気に食わない。

 

 剣を左手で握った。剣に巻かれたなめしの皮の僅かな反発は手の形に程よく馴染む。その一体化したかのような使い心地は、ポンコツのセイバーの手腕によるものだと思えば悪くはない。

 

 手首を柔らかく、しかし硬くする。その一見矛盾していることこそ、強撃の基となる。

 

 剣で空を斬った。その瞬間、触れてもいない鉄の手が弾け飛ぶように崩壊した。風圧のような俺の剣の威力によって、剣と剣の結びつきが綻び巨人の手は崩壊したのだろう。

 

「……所詮んなもんか」

 

 結局、こんな大それた図体をした巨人を操っておきながらも、一つ一つの剣の結合が弱い。見た目だけの強さだと気付いた時、喜びを覚える反面、寂しさを覚えた。

 

 敵を簡単に屠れる。それは嬉しいことではある。この心の底に溜まった殺意を晴らすにはそれは十分だ。

 

 しかし、俺たちはこんな弱い敵に苦しめられてきたのかと思うと自分の弱さをしみじみと感じてしまう。そして、強いはずだと思っていた時の敵が弱いと知った時のこの寂しさは言葉では言い表せない。これはきっと、血の性なのだろう。

 

 弱い敵に用はない。そう思ってしまったのだ。

 

 己が持つ剣を眺めた。さっきグラムの肉を斬ったときに付いた血が(ほとばし)っている。この剣ならば、傷つけることはあるだろうがアンドヴァリの呪いをグラムの身体から追い出すことはできるだろう。

 

 しかし、それでは俺のこの殺意は消えそうにない。

 

 どこからともなく湧き上がってくるこの殺意は何なのか。それは分からずとも、殺せば消えるということだけが分かる今の俺にとって、果たして剣を振る腕を止められるだろうか。

 

「—————なぁ、セイバー」

 

 俺は彼女の方を見ることなく、セイバーの名を呼んだ。重苦しい声で、静かな森に似合っていた。

 

「どうしたんですか?」

 

 彼女は決して笑わない。さっきから様子のおかしい俺のことは何となくわかっているのだろう。もしかしたら、俺よりわかっているのかもしれない。こういうのは主観より客観だという可能性もある。

 

「もしかしたら、俺……、グラムを殺すかもしれない—————」

 

 俺がそう言うと、彼女は何も言わなかった。いや、沈黙というのが彼女の返答なのだろう。

 

「左手が勝手に動いてるみたいなんだ。まるで誰かに操られてるみたいで、おかしいくらい強ぇ。普段の俺からは想像もできないほど。だけど、なんか、変な殺意が湧いてくる。空虚な、怒りとかそういう感情のない殺意があるんだ。いや、もしかしたらこれは殺意じゃないのかもしんないけど、そこはもうよく分からんわ。ただ、俺は今の俺が怖い」

 

 今言ったことは全て本当のことだ。今の俺はもう自分がよく分からなくなっていた。色々な人格が入り混じったような、俺という存在が曖昧に薄くなっていくような気がする。

 

 自分が自分でなくなるような気がしてならない。

 

「だから、一つだけお願いがあるんだ」

 

 俺は剣を握る力を少し緩めた。

 

「—————もし、俺が過ちを犯すのなら、そのときは俺を止めてほしい」

 

 俺はそう言い残した。すると、彼女は思いのほか、早くに返事をした。

 

「そんなの、言われなくったって分かってます。今のヨウがヨウらしくないってことも分かってます。だから、そんなこと言わないでください—————」

 

 俺は彼女の顔を見ていない。彼女の姿を見てもいない。なのに、何故だろうか。彼女の弱々しい言葉を聞いてしまうと、彼女の姿が想像できるのだ。力のない目で下を向き、背中を丸めている姿を。きっと、その背中は何とも小さく脆いものだろう。

 

 だが、それでも彼女のその返答は嬉しかった。俺は素直に笑った。

 

「ありがとう—————」

 

 これが俺の不気味に湧く殺意への最後の抵抗だった。

 

 そして俺は左手で草薙の剣を力強く握る。変に力が湧いてきてしまう。

 

 そのことに怖い、そう思ってしまった時点で負けなのだろうか。

 

 しょうがない、これは今までに襲われたことのない感覚なのだ。

 

 それでもこの状況を切り抜けるには、アンドヴァリの呪いを倒すにはこれしかないのだ。受け入れるだけなのだ。

 

「さぁ、行こうか。きっとこれが俺たちの最後の戦いだ」




とりあえず、このルートはちゃっちゃと終わらせて、次のルートに行きたいものです。

あと何話ほどで終わりますでしょうか。十話以内ですかね。


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死の間際に

 高さ、腕の長さを入れた幅ともに約七メートルほどのとんでもない鉄の巨体。全ての部位が剣によって構成されているとなればその総重量はトンを軽く超すのではなかろうか。

 

 それに対して人の身一つが敵であるとは。何とも無謀なことだろう。相手はガンダム、それに対して生身の人間相手で果たして勝てるだろうか。

 

 ここでいつもの俺だったのなら、勝てない。そう言い切る。圧倒的戦力格差、勝てる見込みがない戦いには身を置きたがる性分ではない。だから、尻尾巻いて、背中を向けて全力で逃げている。次の俺を、明日の俺を守るために今の俺を捨てていた。

 

 しかし、ここにいる俺はいつもとは違う。それはセイバーも分かってると思う。立ち振る舞い、剣の腕、もとい利き手などいつもとは違っているのだ。まるで自分が自分でないかのようで、分からなくなる。それでも戦闘においてはいつもよりも良い動きをする。

 

 俺は今の自分が怖い。それでも、俺はそれを許容しようと思う。しなければ、きっと目の前の敵を倒せないから。

 

「セイバー、お前は危ないから少し下がってろ。あと、さっきみたいに敵がお前に攻撃するかもだから」

 

 俺はセイバーに一応のことだけは言っておく。敵との戦いはどのようなものになるか予想がつかないからだ。もしかしたら、セイバーに二次被害が出るかもしれない。

 

「はい。分かりました。なるべく怪我をしないように」

 

 セイバーは何とも呑気に怪我をするなと言ってきた。その言葉には少々驚かされた。この場において彼女らしさ全開の返答をするとは思わなかった。

 

「まったく、調子狂うな……」

 

 そう呟くと俺は剣を手に構えた。左足を前に出し、左手で握る剣を右腰に持っていく。幽々を放つ姿勢である。

 

「させるか!」

 

 しかし、敵はそうさせまいと剣を放ってきた。どうやら幽々が怖いのだろう。実体のない刃はグラムの力には有効のようであるし、何よりさっきよりも威力の強い幽々を放つのではないかとビクビクしているのだろう。

 

 もちろん、放とうと思えば放てるが、まだ時ではない。

 

 放たれた剣をひらりと半身でかわす。特にそれらしい反撃はせず、飛ばされる剣から当たらぬようにしていた。

 

 側から見れば防戦一方に見えるだろう。主立った攻撃は特にせず、かわすだけなのだから。しかし、敵は焦ってゆく。

 

 アンドヴァリの呪いはきっと追い詰められることよりも、追い詰めることができないことに対してだと焦りが出やすいのだろう。

 

 何度か敵は俺たちに追い詰められたら、怒りそして奮起するということがあった。焦らず、しかして素早く俺たちに反撃を喰らわせてきた。

 

 だが、敵は俺たちを追い詰めることができないと苛立ちを感じ、焦る傾向にある。それはもうどのような理由でとかそんな小難しいことではなく、単に性格が出ているのだろうが、この性格は随分と扱いやすいと見た。

 

 だから焦りでどれほどの攻撃まで仕掛けてくるのか観察する。そんなことしていないで、いきなり攻撃しても良いのだが、敵は上空にいる。さっきみたいにジャンプしてもいいが、それだと何度もジャンプしないといけないし、効率的ではない。

 

 俺が這い上がるのではなく、敵の足元を崩すのが先決だろう。そのような見解で動いていた。

 

 敵が飛ばす剣の数が段々と多くなってきた。俺の視界一面覆ってしまうほどだ。それぐらいにまで増えてしまうと対処が大変である。

 

 しかし、それで良い。どうやら敵は俺を倒せるまでとことん剣を放つことに専念するようだ。

 

 だが、敵はその集中はのめり込みすぎて、周りが見えなくなってしまうということを知らないようだった。

 

 そこはグラム譲りとも言える。

 

「結局中身が変わってもクセは変わらねぇのか」

 

 俺のいた所を覆うように剣のドームが形成されていた。これも敵が無意識のうちに作ってしまったのだろう。

 

 少しは向上してほしいものである。せめてダメな所を直してほしいと思ってしまう。流石に何回も戦闘中に指摘されているのに未だにやるのかという疑問を抱いてしまうのも致し方なし。

 

 敵は高笑いをした。俺を自身の剣で包囲させたから勝ちを確信したのだろう。

 

「はっはっはっ!終わりだ、死ね!」

 

 まったく、堂々とそんなこと言われちゃうと可愛く感じてしまう。

 

 本ッ当、可愛いほど馬鹿である。

 

「我・裏当て:幽々」

 

 俺は剣を横に振った。剣は空を斬り、威力は空気を伝い鉄の巨人の脛の部分に当たった。剣と剣の結合の弱い巨人は攻撃が当たると、そこがすぐに砕けた。巨人の足が切断されてしれ、がくりと肩を下げ膝を地につけた。

 

「うわっ、な、なんだ?」

 

 巨人の胸部にいる敵は地面からの高さが急に低くなり、振動に耐えながら事態を理解しようとする。敵は巨人の足元に俺がいるのを見つけた。

 

「な、なぜお前がここにいる?」

 

 敵が指差すのは剣がドーム状に囲む所。敵はどうやら俺を追い詰めたと本気で思っていたらしい。

 

「お前はバカか。剣で俺のいる場所を覆えば、標的である俺が見えなくなるだろ」

 

 何でも数で攻めればいいというわけではない。敵は俺を仕留めようと何百もの剣で囲んだ。しかし、そうすれば、敵から俺の姿が見えなくなるのは当然のこと。あとは後ろ側からひょっこりと包囲網を出ればいいだけのこと。あいにく、ここは暗い夜の森の中なので俺が逃げようともそう簡単に分からない。

 

 敵は悔しそうに歯を歯で噛み締めた。その姿はセイバーと瓜二つのポンコツも同然。

 

 俺は早々に敵を殺す、いや倒す準備をした。どうせもうそろそろ終わるだろうという算段だ。敵が俺に対して何をしようにも、大体はどうにか対処できる。なら、俺の勝ちといってもいいだろう。

 

 しかし、どうしたものか。敵は負けを実感したような表情を浮かべなかった。憤怒し、叫びながら俺に向かってくる。

 

 それは良く言うのなら不屈の精神とでもいうのだろう。諦めきれない、世界を絶望に叩き落とすまでアンドヴァリの呪いは世界に刃を向け続けるだろう。

 

 だが、こう言うこともできる。引き所を知らぬ者だと。どう見たってこの状況、俺の勝ちであろう。見た目的には確かに敵は剣で構成された巨人とか作り出してるし、その点俺は一身のみだ。それでも、事実俺の方が圧倒的に押している。このままいけば俺が勝てるのは明白な事実。

 

 だが、諦めぬその目はただでさえ高い俺の殺意をさらに増やすのだ。さっさと諦めてくれればいいものを、どうしてこいつまでもそんな目をするのだ。

 

 殺意が湧いてくると同時に段々自分が自分でなくなってくるような気がした。意識が薄れてゆく。そして、力が漲ってくる。

 

「かったりぃ。さっさと殺されてくれよ」

 

 状況的に勝っている俺は攻撃の手を緩めることはせず、巨人に向かって斬りかかった。もちろん、敵は抵抗した。新たに並行世界からグラムを引き出してきて、それを俺に投げつけるのだ。しかし、やはりそれだけの攻撃では打ちのめされることはなく、ただの時間稼ぎほどにしかならず、結果的にあまり意味のないものだった。

 

 一方的にやられている敵は、ならばと機転を利かせた。

 

 剣の巨人を崩壊させたのだ。何千、何万という剣によって形成されていたのだが、その結合を解いてしまったのである。巨人の身体がまるで融解したかのように外側から内側へと剣が落ちてゆく。そして、崩壊のスピードは段々と速くなり、ぱらりぱらりと落ちていた鉄のかけらが、雪崩のようにどさりと落ちてゆく。その時間は僅か数秒ほどの出来事であった。

 

 この行為が、敵が白旗を上げるというものなのならいいのだが、あいにく敵はそんな簡単に折れてはくれなかった。

 

 一気に落ちてきた数えきれないほどの鉄の塊。それは轟々とした音を立てながら、真下にいる俺を巻き込んだのだ。敵はそれを狙っていた。

 

「これは流石にヤバイわな」

 

 降り注ぐ鉄屑の下で俺は苦笑いをする。結構いいように、なるようになっていたのだが、やはり質よりも数らしい。敵の策ではないにしろ、俺はこの状況を打開することがどうやらできそうにない。

 

 落ちてくる鉄屑相手に幽々を放つには少し時間が足りないのだ。重力に従って落ちてくる鉄屑は一、二秒でここまで辿り着くのに、力を溜めて幽々を放つには無理がある。もちろん、それ以外の方法で対処しようと思えばできるのだが、なんせ数千から数万もの剣が落ちてくるのだ。この剣一つ、いや身一つで何とかなるものではない。

 

 ならば、逃げよう。そう思った矢先、敵は剣を投げ飛ばして逃げ場を塞いだ。

 

「そう簡単に逃すと思うか⁉︎」

 

 敵の笑みが溢れた。勝ちを確信したのだろう。

 

 ああ、そして俺は負けを実感した。

 

 何となくだが、やっぱり無理かもしれん。

 

 諦める。早々に、俺らしく、やっぱりこの変に湧き立つ殺意を抑えようとしたのだが、調子に乗りすぎたようだ。

 

 いや、そうではない。

 

 やはり最初(ハナ)から勝てないのだ。俺が敵を追い詰められたのは偶々(たまたま)のこと。俺が負けることに変わりはなく、いつ負けるかということが変わったというだけ。

 

 俺にはアンドヴァリの呪いに勝つための力がなかった。それだけなのだ。それだけが真実で、それだけが原因で、俺は死にゆく。

 

 負けた。そして、死んだ。

 

 月城陽香の人生はここで終わるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 『終わるのか—————?』

 

 

 声が聞こえた。静かな部屋の中で誰かが俺に囁いてきたようだった。その声は聞いたことのない声だった。しかし、ずっと前から俺を見ていたように、動かぬ石像が動いたように、俺はその声を確かに知ってもいた。

 

 

 『本当に終わっていいのか?』

 

 

 その声の主は笑っていた。いや、現に目で見たわけではないが、声が笑っていたのだ。きっと、口角が上がっている。ほくそ笑むような笑みだろう。

 

 

 お前は誰だ?

 

 

 俺の頭上に無数の剣が落ちてくる。その一、二秒の刹那の時の中での会話。俺はその声の主に質問をした。空気を振動させる声ではなく、心の中で現実には出さない声だった。

 

 しかし、相手は答えなかった。

 

 

 『力を貸してやろう』

 

 

 声の主はどうやら俺の質問に答える気がないのか、そもそも質問が聞こえていないのか。どちらにせよ性格が悪いらしい。質問に答えないのはどうかと思うし、質問が聞こえていないのなら相手は俺に話す気しかないのだから。

 

 しかし、それはいいとして、声の主は言った。力を貸してやろうと。

 

 

 それはどのような力だ?

 

 

 俺はもう一度問いかけた。すると、今度は返答をした。

 

 

 『教えられぬ。力を与える、それだけ知っていればいい』

 

 

 その言葉は何とも胡散臭い言葉だった。何処の誰だか知らないが、いきなり力を与えようと言われても、そう簡単に信じられるものではない。

 

 しかし、この状況、藁をも掴みたいときのその言葉は卑怯すぎた。どうみたって詐欺師みたいだ。なのに、それでも俺はその言葉に縋りたかった。その言葉に希望を抱いてしまった。

 

 

 力をくれるのか?

 

 

 俺の質問に相手は無言で答えた。その静寂はOKの意味なのだろう。ならば、俺はその言葉を信じたい。

 

 いや、待て。こんな胡散臭い誘いに簡単に乗っていいのだろうか。そもそも誰だか分からぬ相手であり、しかもこの状況において俺に力を貸すなどそんな大層なことができる奴などいるはずもない。そんな小学生の誘拐手口みたいなことに乗るほど俺も馬鹿ではない。俺に親はいないが、それくらいは知っているつもりだ。

 

 ああ、だけどこの湧き立つ殺意が俺の腹を突き破って出てきそうなのだ。煮え立つ油が胃に収まりきらないのだ。この感情をどうにかしたい。この感情は何なのか分からないが、どうにかして取り除きたい。

 

 もう今となってはセイバーのことなどあまり考えられない。セイバーが過去に戻らなかったからとか、アーチャーの思いを無駄にされたとかそんなことが俺を奮い立たせているのではないのだ。単純に謎の殺意でアンドヴァリの呪いに剣を向けていた。

 

 今、この誘いを断れば俺はきっとこのまま鉄の瓦礫の下敷きにされて、生き埋め状態で死ぬのだろう。それは嫌だな。そんな風に死にたくはない。もっとマシな死に方がしたい。

 

 もし、この誘いを受け入れれば俺はどうなるのだろうか。ただ単に悪霊の空言に誑かされたのだろうか。そうだ、それもある。

 

 だがしかし、もしもだ。もしも、仮に俺が謎の声の呼びかけに応じて力を手に入れたのならどうなるだろうか。

 

 分からない。力を手に入れたところで俺が勝てるという絶対の保証は何処にもないのだから。

 

 それでも、俺は勝ちたい。そう願ってしまった。

 

 この殺意に埋め尽くされそうな心の気晴らしに勝利を手に入れたいのだ。

 

 

 『力が欲しいか—————?』

 

 

 声の主は重々しい口調でそう尋ねた。これがきっと最後の誘いなのだろう。雰囲気的にそう感じ取ってしまった。

 

 

 こいつに勝てるのか?目の前の敵に勝てるのか?

 

 

 俺は確認をした。すると、声の主はフフフと不気味に笑った。

 

 

 『勝てるとも、屠るように勝てるとも』

 

 

 何とも甘美なその言葉に俺はとうとう折れてしまった。勝ちたい、殺したい。その意志だけが今の俺を構成していて、他にはもう何もなかったのだ。

 

 

 —————力が欲しい、俺に力をくれ。

 

 

 その言葉を聞くと、謎の声の主は今度は高らかに笑った。その笑い声は段々と近づいてきて、それと同時に俺の身体がじわじわと熱くなっていった。

 

 

 『ああ、いいとも。存分に、力という力を与えてやろう。さぁ、あとは思う存分、その力を誇示するがいい』




はい!Gヘッドです!

今回はヨウくんが悪魔だか何だかよく分からない存在から力を分け与えてもらうという謎の回でした。

もちろん、意味はあるんですけど、現段階では「はぁ?なんじゃこら?」って感想を抱くと思います。(稚拙な文章のせいで、理由が分かっても、そんな感想を抱くかもしれないですが……。まぁ、文章力はもうどうにもならないのでそこは割愛!)

次回はそんな謎の力を手に入れたヨウくんがなんか色々します。


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とりあえずパニックってます

 身体が熱い。血管の中を煮えたぎった血が流れているようである。俺の身体から湯気が出ている。これは冬の外気と俺の身体との温度差による結露だろう。

 

 剣を握る手からどっと魔力が溢れ出た。別に魔力を出そうと思っていたわけではないのだが、どうやら異常に魔力を得てしまったらしい。身体の中に収容できない魔力が無意識に外に出てしまったのだった。

 

 頭上を見上げる。そこには何千とある剣の塊が俺に向かって落ちてきている。剣が視界を邪魔して夜空に点在する星を見ることができないくらいだ。このままいけば俺は押し潰されてきっと即死だろう。

 

 さっきまでの俺はこの状況で無理だと諦めていた。結局俺はアンドヴァリの呪いに勝てないのだと。ここで俺は死ぬのだと。確かに一度は謎の殺意によって力を得て、形成逆転、勝利まであと少しのところに追い込んだ。だが、あれは一過性の微かな希望にすぎないのだと思い知った。やはり俺と相手との間には圧倒的戦力差があったのである。

 

 しかし、今は違う。さらにもう一歩踏み込んだからか、行ける気がするのだ。

 

 俺の身体から溢れ出る魔力が剣を伝っていた。この漲る力はどこからやってくるものなのか俺は分からないが、そんなことどうだって良いのだ。

 

 軽く上から下に剣を振り下ろした。腰が入っておらず、力も入れていない本当に軽い振りであった。ふわりと首の後ろから下に向かって動かしただけである。

 

 しかし、どうだろうか。俺が剣振った瞬間、上空にある剣の塊が真っ二つに割れたのだ。その二つに割れた塊は俺を避けるように落ちた。

 

 二つの塊が落ちた時、物凄い地響きと鉄の音がした。特に金属の音は酷く、俺の耳を突いてきたが、その時の俺には音が聞こえなかった。ただ、ずっと首を反らせ、顔を空に向けたまま動けなかった。

 

 それはあまりにも衝撃的だったから。なんてったって、俺が何もしていないのにあの塊が斬れたのだ。いや、まぁ、確かに剣を振りはしたものの、あんな振りは斬ったとはいわない。もちろん、斬らないつもりでもなかった。斬ろうという気はあったが、本当に斬れるとは思わなかったのである。だから、俺は唖然と晴れた視界を見ていたのだ。

 

 星が見える。月が見える。隠されていた夜空が突如俺を照らした。穏やかに、しかしどこか鈍色(にびいろ)の空のように見えたのだ。雲があるわけでもなく、霞んでいるわけでもない。ただ、俺を照らし出す光はあまりにも弱く、かき消されてしまっているかのようだった。

 

 俺と敵との間にあった鉄の塊が一掃され、互いに目を合わせた。すると、敵は眉を顰めた。

 

「何だ、その力は?」

 

 その表情はさっきまでの追い詰められ、怒り狂ったような表情ではなかった。俺のことを不思議と思いつつも、かといってその興味に喜ぶ様子もない。ただ未知の力、想像外の出来事に不機嫌を表しながら冷静に考えていた。

 

「お前、本当に人間か?」

 

 アンドヴァリの呪いが冷静に考えた末の言葉だった。それは至って本気で、敵としてはそうとしか思えないのだろう。

 

「何言ってんだ?人間様に決まってんだろーが」

 

 もちろん、そんなことがあり得るわけがない。いや、仮にそうだったとして、俺はセイバーを召還できるだろうか。答えは否だ。できるわけがない。この聖杯戦争、人間のみしか召還できないのであって、もし人間でないのなら俺の隣にセイバーはいない。

 

 だがしかし、敵は顔を一切変えなかった。

 

「そうか。なら、なぜお前の体は光っている?」

 

 その言葉に俺は耳を疑った。急に何を言い出すかと思えば、俺の身体が光っていると言うのだ。

 

 何を馬鹿な。そう鼻で笑いながら自身の手にちらりと目をやった。

 

「……うわっ、光ってる」

 

 この時初めて気づいた。自身の身体が光っている事に。

 

 いや、厳密に言えば俺の身体が光っているのではなく、俺の身体から溢れ出た魔力が光っていた。ドロリとまるで融解した粘り気のある液体のような俺の魔力は結構強い光を放つ電球を直視しているかのようだった。あまりの光の強さに俺は目を細めてしまった。

 

「え?何これ?」

 

 まさかの展開に当の本人である俺自身が驚き、いや、それを通り越してドン引きの域に入っていた。

 

 光っていた。それも強い光で、目を閉じてもその残光はまぶたの裏にあるくらい。

 

 何なのだろうか。いつの間にか急に光り出したのだろう。よく分からない。気がつかなかった。目の前の危機を乗り越えることで精一杯だったから。

 

 身体は十分に動く。特に差し障りはない。強いて言うのなら、身体が少し熱いと感じるくらいだろうか。

 

「……え?まじで、これ何なん?」

 

 と言ってもそれと言った緊急事態ではない。しかし、人間の視覚への依存は甚だしく、別にそんな大した問題でなくても、目が捉えたようにしか人間は受け取れない。

 

 そんな俺の目が捉えたのは自身の身体から光が放たれているということ。

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ」

 

 軽くパニックを起こしてしまうのもやむなし。

 

 俺の頭の中は収拾がつかなかった。突然の事態、そう言えばまだ聞こえはマシだが、俺からしてみればこの世の地獄並み。敵に「俺人間だから!」と堂々と言ってからの矢先の人間引退宣言みたいな。

 

 もっとも、そんな視覚からの情報を信じれるわけもなく、瞼をぐっと力強く閉じた。

 

 そう、さっき見たものはただの幻、実際は特に何の変化もなく楽しく人間をやっていると心の中で五回暗唱した。きっと、気の疲れから出たのだろう。ほら、連日夜まで起きてたし、なんか謎の力とか手に入れたし。うん、きっとそう。

 

 ……瞼を閉じていても光が見える。

 

 いやいや、何を言っている、俺!そんなはずあるわけなかろう!だって俺人間だよ?発光する人間なんかいる?いないだろ?そう、大丈夫!

 

 俺は僅かに瞼を開けた。一ミリにも満たないほど小さな、まつ毛が見えてしまうぐらいに。そして、俺は事を理解してゆっくりとまた瞼を閉じる。

 

「……って、ウオォォォォおおおオォォォイ‼︎何じゃこりゃ‼︎俺の身体が光っとる!ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ、マジでヤバイ!」

 

 本格的にパニックに陥る。何もかもがわけが分からず、どうしてこうなったのか俺の頭の中の記憶を絞り出した。

 

「ああ、悪魔みたいなのと話をしたような、してないような……?」

 

「悪魔?なんだそれは?」

 

「なんか力をあげようっていうから、下さいって感じでもらったんだよ……多分」

 

 確かにそんなような話をしたことは覚えているのだが、正直言って幻聴かもしれないし、そもそもこの歳になって悪魔とか言うのは恥ずかしい。もう中二病は卒業したのだから、そういう類のことはあまり口にしたくないのだ。

 

 しかし、敵はそれを嘲笑う様子もなく、素直に受け止めていた。俺の身体を見つめて、ため息を吐く。

 

「なんだ、そういうことか」

 

「そういうこと?どういうことだよ⁉︎」

 

「何、大したことじゃない。ただ一つ疑問に思っていたのだ。人間であるはずのお前が不意に突然強くなるのが不思議だったのだ。しかも一度や二度じゃない。死の淵に立っていたのに、それが少し経てばその面影もなく戦っている。それはあまりにもおかしな話で、当然疑問を抱いていたが……。いやなんだ、そんなことだったのか」

 

 アンドヴァリの呪いはらしくない笑みを見せた。愉快そうに、しかし何処か諦めたような笑みだった。それはまるでテスト後に色々と終わった人の表情に似ている。

 

「ああ、分かった分かった。確かに理解した。フハハハハハハ、なんだ結局、私たちはお前を彩るお飾りに過ぎなかったということか」

 

 そして段々と笑みが変わってゆく。ユーモア溢れる笑みから段々と狂気というものが増してきた。笑えば笑うほど、その狂気に笑みは汚染されてゆき、最後には笑みですらなくなった。

 

「ならなおさら虫酸が走るッ!私がこんな奴のお飾りだと⁉︎笑わせるな、所詮はただの人間の端くれのために死ねと⁉︎んなことに従うものかッ‼︎この晴らせぬ怨念を、世界の破壊を現実のものとするまで私は死ぬわけがなかろうよ!」

 

 敵は自身の中で俺の存在に納得をつけた。しかし、それを詳しく俺に説明してくれないので、結局自分が何なのかはよく分からなかった。

 

 敵は剣をまた異世界から呼び出してきた。今度は空を覆い隠すほど、万とある剣を取り出してきたのだ。しかもそれを今度は猶予なく、この世界に顕現させるや否やすぐさま俺に投げつけてきた。どうやら敵は本気で俺を潰す気らしい。今までの力が四分の三ほどであろうか。そして、今はガチ本気とでも言うくらいか。

 

 もちろん、そんなことで怖気付くわけがない。しかし、やはり万とある剣を一人で相手するのはさすがに無理がある。それも、途切れなく剣を放ってくるので幽々のような大技は使えない。

 

 早くも八方塞がりという状況だ。

 

 しかし、その時俺の左手が勝手に動き出したのだ。力も入れていない、左手を動かす気はなかった。脳が左手を動かそうとしたのでもない。しかし、左手は自発的に剣を握り、そのまま放たれた剣を一つずつ確実に叩き落としてゆく。足もその左手に合わせるように動き出した。

 

「ぬわっ、何だ?」

 

 まるで自分が操り人形にでもなったかのようであった。特に俺の脳は四肢を動かそうとしてもいないのに、その四肢が命令なく動くのだ。唯一自由に動かせた右手で左手を押さえたものの、左手の力は人間の力の比ではなく軽く払われてしまった。

 

「は?は?はぁ〜⁉︎」

 

 何が何だかよく分からない。身体から溢れ出る魔力は太陽のように眩しく光り、左手は剣を握り俺の意思を無視して暴れ出しているのだから。

 

 もちろん、俺の心の中に現れる感情は恐怖である。見たことない、知らない、感じたことのない現象を目の当たりにして、しかもその体験者が俺となると恐怖しか湧かない。

 

 人とはこの先どうなるのかをある程度予測しながら生きていくのである。では恐怖するのはどういう時か。それは予測が外れた時などではない。そんなことは人生を生きてる上で何度でも、数えるのが馬鹿馬鹿しく思えるほどある。

 

 恐怖するのは予測ができない時である。ある程度の予測とはつまり松明を手にして暗闇を歩くことなのであり、道に落ちている小石にぶつかれば、あ〜ぶつかっちゃった程度で済む。しかし、予測のない、つまり松明のない暗闇は小石がぶつかっただけで恐怖が湧くのである。

 

 予測があれば予測通りにならずとも何故そうなっているのか理解できる。予測がなければ何故そうなっているのかさえも理解できず、その現象を頭で捉えられないので恐怖に駆られるのだ。

 

 この状況も予測のできない事態。それに溢れる恐怖は顔に現れてしまっているのだろう。

 

「おい、お前、本当に分からないのか?自分が何でそうなってるのか?」

 

 敵は呆れ顔で俺を見てくる。しかし、本当に分からないのだ。

 

「はぁ〜、それはそれは、さすがに少し同情してやろう。何も知らぬ聖杯戦争に参戦したなど可哀想にもほどがあるな。人間にはイラつきもするが、私も同じような身だからな。一つ教えてやろう」

 

 敵は優しい言葉をかけておきながらも攻撃の手を緩めない。

 

「さっきお前が言った悪魔の某との取引があったな?あれはモノホンの悪魔といっても過言じゃないぞ」

 

「えええっ⁉︎マジ?」

 

「ああ、大マジだ。その悪魔の目的が何だかは知らぬが、お前、(じき)に存在が消えるぞ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、さっきの恐怖心は消えたが、別の恐怖心が芽生えた。

 

「俺の存在が消える?」

 

「ああ、今はその途中段階というとこだろう。今はまだ右手と口を動かせるようだが、時が経てばそれらも思い通りにならなくなり、いつしか脳もそれに喰われる」

 

 その言葉は本当なのだろうか。

 

「まぁ、お前なぞは簡単に殺せるが、その悪魔某とは非常に分が悪い。だから、それに喰われるまでにお前を殺す」

 

「はぁ?ちょっと、待てって!戻る方法は?」

 

「んなものあるわけないだろう。悪魔だろうが何だろうが、契約を結んだのだから切れるわけがない。大丈夫だ、殺すが痛みぐらいはなるべく与えない。ほら、動くな」

 

「いや、だから身体の自由がきかないんだって!ああ、もう右手も動かしにくくなってきた!」

 

 右手が冬の寒さにやられたようだった。氷点下十度くらいのところに手袋なしでいる時みたいに、手を動かせない。力を入れても動くのは数センチ。これはもう悪魔の某による汚染が結構進んでるということだろう。

 

 相変わらず敵の方からバンバンと容赦なく剣が飛んでくる。もちろん俺が動かしているわけではないが、俺の左手がそれら全てを悉く屠って行く。

 

 ヤバイ、これはさすがにヤバイ。現状が現状なだけにヤバすぎる。身体の感覚が段々と麻痺してゆくようである。動かせたはずの筋肉が動かせなくなってゆくのだ。もう今となっては左手と両足の感覚はほぼゼロである。視覚というものがなかったのなら、切断されているのではとも考えられるほどに。

 

 それはもう恐怖でしかない。自分というものが失われていくのはどんな感覚だか分からないから。

 

 俺はそれを必死で止めようとした。かろうじて動く右手でまた左手首を掴んだ。必死に、全力で自分の左手首を握りしめる。しかし、これほどまでに俺の力はあったのだろうかと思える力で俺の右手の妨害をものともしない。

 

 ならば、今度はと、俺は自分の顎を本気で殴った。脳を揺らして気絶させるためである。もちろん、敵の目の前でそんなことするのはどうかとも思うが、その時は結構テンパって正常な判断ができなくなっていた。

 

 ……いや、だって、自分の存在が消えちゃうかも何だよ?嫌じゃない?

 

 俺の拳は頬骨の下、テコの原理とか何とかでとりあえずちょーどいいところに入った。俺の顔は三十度ほど回り、その瞬間視界がスッとボヤけた。所々に黒い斑点が見え、段々と大きくなる。血の気がなくなってゆく。

 

 ぐらりと俺の体勢が崩れた。立っていられなくて、俺は膝をつき、前のめりに倒れた。しかし、すんでのところで人間であるがゆえの反射神経が働いた。手を前に出して、衝撃を手で受け止めた。

 

 手が擦れた。擦り傷ほどで済んだが、傷口に土が入ってしまってヒリヒリする。そのヒリヒリする痛みが俺のボヤけていた視界を鮮明にしてゆくのだ。

 

 俺のパンチが甘かったのか、気を失いかけたが最後の最後で気を取り戻してしまった。

 

「うっ、気持ち悪りぃ……」

 

 柔道で絞め落とされた時のことを思い出す。それと似たような感覚で、視界がチカチカして、まともに対象物を見ることができない。しかもそれが中途半端だからか、非常に大きな苦痛がジワジワと殴った所に居座っている。

 

 やはり自分で自分の顎を殴るというのは難しいものである。体重移動で力を入れるということができないから、どうしても右手の素の強さでしか流れない。しかも、その右手さえ全然力が入らないのだ。失敗するも当然である。

 

「くっそ……」

 

 折角痛い思いしたのだから、せめて成功してほしいものである。悪魔の某が俺の身体を乗っ取るのを諦めるとかできてほしいものである。

 

 膝をついた。顔を上げて立ち上がろうとする。

 

 その時、俺の右腕が上がらなかった。身体を持ち上げようと、手を地面につけて立とうとしたのだが、右手が地から離れなかったのだ。

 

 俺は視線を下に戻した。

 

「えっ?」

 

 その瞬間、俺の背筋はピンと固まった。視線は地面へと向けられ、背を丸めたまま動けなかった。

 

 何故なら、それは俺の右腕に剣が突き刺さっていたからであった。しかも、それは敵が放った剣などではない。俺の左手が手にしていた剣が俺の右腕を地面に釘付けにしているのだから。

 

 その光景を見るや否や、ただでさえパニック状態に陥っていた俺はさらに深入りした。

 

「うわああぁぁぁぁぁッ‼︎腕が、腕がッ!」

 

 腕を貫いた剣は俺の心も貫いた。腕が貫かれた、それだけなのに俺は気が動転してしまった。それもそうだ。だって、貫いたのは敵の剣ではなく、俺の剣なのだから。俺の左手が俺の右腕を突き刺したというのは何とも鵜呑みにできない。俺の頭はイかれてしまったのではと思えば、それこそ俺の頭を狂わす元凶になった。それになにより、痛みを感じない。それがまた恐怖だった。痛みの神経回路までも悪魔某に汚染されてしまったかと思うと、居ても立っても居られないという気持ちだった。

 

「気を確かにしろ、平静を保て!」

 

 敵がそう叫んでいた。しかし、その声はもう遥か遠くから聞こえるような小さなものでしかなく、動転していた俺にその言葉は無意味だった。

 

 そして、俺の意識が慌てふためくことで、隙を見せた。

 

 ゆらりと視界が揺れる。瞼が急にガクンと重くなり、全身の力が抜けていくような気がした。

 

 そして、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—————この永き地獄に終焉を」




はい、なんか敵が敵じゃなくなって、また新たな敵が生まれて……。どうなるんでしょうね(笑)

いや、まぁ、アンドヴァリは一応敵なんですけど。

それはそうと、作者滅茶滅茶焦ってます。六月までに終わらせる予定なんですけど、若干微妙。物語もそろそろと終盤に差し掛かってきているので、終わるっちゃ終わるんですけど……。

はい、気合いで終わらせます。

さて、次回は身体を何者かに乗っ取られたヨウくん。それを何とかしようと奮闘します。


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神と呪いと英霊

はい!Gヘッドです!

今回、終わらせるのに時間かかりました(@ ̄ρ ̄@)

段々と更新間隔が空いているのは気にくわないのですが、一応頑張ってます( ͡° ͜ʖ ͡°)

今回はまぁ、ややこしいっす。


 悪魔の某がヨウの身体を乗っ取ると彼の身体から発せられる光がさらにより一層強くなった。

 

 悪魔の某は右腕に突き刺していた剣を抜き取る。剣を抜くと、さらに血が地へと落ちていった。

 

「ふむ、これが痛みというやつか」

 

 初めて体感したのだろうか、悪魔の某は自身で刺した傷跡を見つめ、感じる痛みを嬉しく思い笑みを浮かべる。

 

「おい、お前」

 

 アンドヴァリの呪いは一定の距離を置いて、尋ねた。

 

「何だ?妾のことか?」

 

 ヨウの身体をした悪魔の某は振り向いた。

 

「お前、月城陽香ではないな?」

 

「出合い頭、それを訊くのか?まぁ、そうだ。それより、この身体の持ち主は月城陽香と言う人間だな?」

 

「それが何だ?」

 

「そうか、人の身体とは何とも使いにくいものだな。少し屈辱的だな、こうしなければならないというのは」

 

「話の内容が分からないのだが……」

 

「なに、こっちの話だ。それと、貴様が聖杯の魔力を飲み干したのか?」

 

「そうだと言ったら?」

 

「殺すまでだ」

 

 ヨウの身体を操る悪魔の某は左手で剣を持ち、軽く横に振った。すると、剣の軌道が空間を切り裂き、敵へと飛んでいった。

 

 敵はそれを宙に浮いて交わした。悪魔の某が飛ばした剣撃はそのまま暗い森の中へと消えてゆく。

 

 木がバタバタと倒れる音が聞こえた。轟音が森中に響く。その音はさっき悪魔の某が軽く振って作り出した剣撃によってのものである。

 

「その力、やはりさっきまでのヨウに力を与えていたのはお前か。お前は何だ?誰だ?」

 

 アンドヴァリの呪いは険しい剣幕で質問をした。

 

「貴様も妾の存在が気にくわないようだな。ああ、そうだな。教えてやろう。妾は神だ」

 

「神……か。そうか、なら、なぜ月城陽香の身体を奪った?そこがどうしても私は分からない。神がこの聖杯戦争を仕切っているのは何となく理解した。神が何かをしようとしているのは察する。しかし、それで月城陽香の身体を乗っ取る理由が分からない」

 

「何だ?貴様、その月城陽香という男に恋でもしているのか?」

 

「恋だ?ふざけるな、穢らわしい。人の男に恋なぞするはずなかろう。ただ、お前に神としての矜持はないのかと訊いている」

 

 神の矜持、それは神としての在り方だ。悪魔の某は自身が神であると名乗ったが、神であるならば人の身体を使うということはあまりにも不可解なのである。

 

 神とは人智を超えた言うなれば超常なる存在。つまり、そんな存在である神は人の身体を奪う必要はどこにもなく、その行為自体がおかしなことなのだ。それに人とは神にとっては下位の、見下すべき存在であるのだ。物好きの神は確かにいるが、だからと言って神が人となるのは権威の失墜ともなることだ。どう考えようとそれは屈辱的なことでしかないはず。

 

 神はほくそ微笑んだ。

 

「神としての矜持ならあるとも。妾は高潔なる神であるからな。しかし、故あるため人の身体を使っている。もちろん屈辱的だとも。だが、それでもやらねばならぬことがある」

 

 この先のことを見据え、笑うその顔はヨウにはできない顔だった。

 

「そうか、力を貸していたのは私だけではなかったか」

 

 アンドヴァリは何となくだが事実を理解するとため息を吐いた。

 

 アンドヴァリの呪いは力をグラムに貸していた。それによってグラムは力を得て、他のサーヴァントともほぼ対等に戦っていた。しかし、それは彼らだけではなく、ヨウもまた同じであった。ヨウも身の危険を感じたとき、神が力を貸していたのだ。もちろん、ヨウはそんなことは知らない。しかし、知らず知らずのうちに話は進んでいた。

 

「まぁ、この身体の人間にはそう簡単に死んでもらっては困るからな」

 

「何だ?その身体がお好みなのか?」

 

「ああ、特注品だとも」

 

 神はそう言うと、胸を開き、ぐっと両腕に力を入れて、背が仰け反るほど肘を後ろに持ってくる。掌を敵に見せた。掌の中心に魔力を溜める。二十センチほどの魔力の塊があらわれ、そこに光が収束する。

 

「ほれ、これが神の力だ」

 

 右手を前へと押し出した。すると、掌の中心に溜められていた魔力が放射される。魔力が光となり、ビーム状に放出された。一閃の魔力による砲撃、太陽にも匹敵するほどの光を放ちながら直線状に全てを焼き尽くす。

 

 アンドヴァリの呪いはその砲撃に危機感を抱いたのか、現世に呼び出せる剣のほぼ全てを用いて自身の身を守るために剣の壁を作り出した。その厚さおよそ五メートル。しかも、剣と剣の間はなるべく隙間のない密度の濃い壁だった。鉄壁とはまさにそれ。

 

 だが、しかし、その鉄の壁は神の一撃で儚く崩れ去ってしまった。ある剣は姿形なく消滅し、ある剣は酷く欠け、ある剣はビームの砲撃による熱量によりドロリと溶かされた。五メートルほどあった壁は一撃でほぼ瓦解し、見るも無残な生身となってしまった。

 

「おい、まだもう一撃あるぞ?」

 

 そう、まだ神は一撃しか放っていない。左手にはまだ魔力が溜まっているのだ。

 

「……規格外だな」

 

「なに、軽めの一発だ」

 

 そして、神は左手も同じように前へと押し出そうとした。

 

 その時だ。背後から叫び声が聞こえた。

 

「うおおおぉぉぉっ!!それ以上はやめてください!」

 

 その声はセイバーだった。剣を手に持ち振りかざしながら神を斬りつけようとしている。

 

 ヨウは彼女に事前に、過ちを犯すのなら止めてほしいと頼んでいた。彼はもしかしたらグラムの身体を傷つけてしまうと踏んでいた。もちろん、身体を乗っ取られるなど、ヨウもセイバーも予測していなかっただろう。しかし、それでも今、ヨウの身体はグラムの身体を殺そうとしている。それだけは避けねばならないのだ。たとえその身体が本人のものでなくとも。

 

 セイバーは自前の剣で神に斬りかかった。剣を縦に振り下ろす。しかし、やはり剣の腕前は剣士(セイバー)であるのに酷いものである。初めて剣を手にしたかのようなその技術を交わすのは難しいことではなかった。神は半身で避けると、彼女の足を払った。そして、転んだ彼女を足の甲で蹴り飛ばす。

 

「うぁぁっ!」

 

 セイバーの弱々しい声が響く。彼女は二メートルほど蹴り飛ばされた。しかし、圧倒的な実力差(と言っても、セイバーが弱いだけなのだが)を目の前にしても、彼女は立ち上がろうとした。負けないという意志が彼女からは伝わり、下から見上げる彼女の瞳はやる気に満ち溢れている。

 

 それを見下す神は彼女を嘲笑う。

 

「貴様それでもサーヴァントか?弱いな」

 

「んなっ⁉︎単刀直入過ぎませんか⁉︎いや、まぁ、そうなんですけど……」

 

「まぁ、サーヴァントであろうと何だろうと所詮は人。妾のような神を崇め奉るに越したことはない肉人形。しかし、それはつまり人は妾のものということ。妾は高潔な節度のある神ゆえに、無意味な殺傷は好まぬ。邪魔をするな。さもなくば殺すぞ」

 

 神はそう言うとセイバーに背を向けた。あくまでセイバーは敵でないと見なしているのだ。

 

 もちろん、セイバーにとってそれは悔しかった。確かに彼女は弱い。サーヴァントなのに自身のマスターを守ることすらできない。彼女は武人ではないが、やはり敵でないと侮られるのは良い心持ちではない。

 

 しかし、セイバーだって見ていた。神がアンドヴァリの呪いをいとも簡単に殺そうとしていたのを。もし立ち向かってみても、セイバーは果たして神を止められるのだろうか。

 

「……私は……」

 

 無理である。絶対に。百パーセント無理だ。それをセイバーは分かってる。分かってるから何もできなかった。

 

 自分は殺されないのかもしれない。そこに彼女は甘えを見せたのだ。無理なのなら、と考えてしまう。人としての、人らしい考え方がそこで働いてしまった。だってセイバーは弱いのだから。

 

 彼女は自分が醜く思えてくる。ヨウとの約束を守れない自分が一番悔しかった。それでも殺されないのかもしれないという望みに縋ってしまう。何と愚かな人間なのかと彼女は歯を噛み締めた。

 

 しかし、やはりどうしてもそこで諦めたくないのがセイバーである。本当にそれでいいのだろうかと自問し、何かしようと考えた。そのしつこさが彼女らしさとも言えるだろう。その時、ふと彼女はある物を見つけた。

 

「……ん?何これ?」

 

 

 

 

 神はセイバーがもう襲ってこないと知ると、彼女への警戒を完全に解き、その警戒を再びアンドヴァリの呪いに注いだ。といっても、アンドヴァリの呪いも神の力は思い知ったので、冷や汗をかいている。

 

 どうやって神を倒したら良いのか。それが思いつかない。今までは何とかしてやり抜けてきたが、今回ばかりはそれが一切通用しない相手だ。手を抜けば即座にやられ、かといって全力を尽くしても軽く一掃されてしまう。そんな敵に有効であるのは奇策の一手であるのだが、その奇策が思いつかない。

 

 いや、策がないわけではない。やろうと思えば取り込んだ聖杯の魔力を利用すれば神であろうと殺すことはできるだろう。だが、しかし、そこで聖杯の魔力を使ってしまえば世界の破壊という願いは泡沫のものとなる。やはり聖杯の力は最後までとっておきたい。

 

 どう倒すか。そればかりで頭がいっぱいだった。敵を倒さねば、自分が殺されてしまうから。

 

(私が殺されてしまう……?)

 

 ふと疑問を抱いた。それは何気なく見過ごしていた妙な点だった。

 

「おい、神とやら。お前は何故、私を殺すのだ?」

 

「何故と?」

 

「ああ。最初、私は呪いでお前は神だから、その関係上私を殺すのかと思っていた。私は邪悪な存在だからな。だが、お前は言った。私が聖杯の魔力を呑んだから殺ろすと。それは何故だ?何故、私を殺ろすのだ?」

 

 アンドヴァリの呪いの疑問は確かに神の説明不足を指摘していた。殺そうとしている理由が明らかになっていない。殺されるのならせめて理由くらい聞きたいのだ。

 

 もちろん、それを答える義務が神にあるわけではない。嘲り、殺せばそれだけの話である。

 

 しかし、神は答えた。愚かにも答えてしまった。

 

「それは妾にも叶えたい望みがあるからだ。そうに決まっているだろう。貴様の身体はグラムという宝具の剣なのだろう?ならば、宝具というだけあって聖杯の器にすることもできよう。つまり、貴様の意識を抜き、その身体そのものを聖杯とすれば望みを叶えられる」

 

 言われてみればそうである。聖杯の魔力を呑んだその身体はグラムというサーヴァントの宝具である。サーヴァントの宝具、それはつまりそれなりの器になりうるというもの。ならば、それが器として機能するであろうということであり、実に理にかなっていた。

 

 しかし、神とは人にはできぬこともできる存在。

 

「聖杯の力を使う?それは何故だ?だって、お前は神だろう?絶対の、万能の力を持つ神だ。なら、自分の望みくらい自分で叶えてしまえばいいだろう!」

 

 アンドヴァリの呪いの言い分も納得のものである。神は絶対の存在。人にはできぬことをやってのける存在。自分の望みなど叶えられるのだって当然であり、そんな神が聖杯を必要とするのはおかしいのだ。

 

 しかし、ゆめゆめ忘れてはならない。

 

 神とは人には不可能なことを可能とする存在である。だが、しかしそれと同時に人が可能とすることに不可能を示す存在なのだということを—————

 

 神はその言葉に身を震わせた。

 

「妾が神であるから……?ハッ!たわけがっ!何が絶対の存在だ、何が万能の存在だ!何でもできたのなら今頃苦労なぞしてないわッ‼︎貴様より、ずっとずっと長くからこの時を待ち望んでいたのだ‼︎聖杯が必要ないだと?黙れ、妾には聖杯しか頼れぬものは無いのだ‼︎」

 

 急に激昂した。さっきまでの毅然とした態度とは打って変わり、表情に怒りを映し出す。

 

 アンドヴァリの呪いも神のその変わりようには驚かされた。思いもよらぬことで声を荒げるとは思わなかったからだ。

 

 だが、良い収穫だ。神が話してしまったから、気づいてしまったのだ。どちらが立場が上なのかを。

 

「さぁ、殺そうか」

 

 神が歩み寄ると、敵は忠告した。

 

「それ以上近づくな。近づけば飲み干した魔力を使ってやろう」

 

 その言葉に神は歩みを止めることを強いられた。

 

 これはアンドヴァリにとっては賭けも同然だった。魔力を使うと言っても、それよりも速く殺されてしまうかもしれないからだ。神の力は未知数であり、可能性は少なからずあった。

 

「ほう、ならばそれよりも先に妾が殺してみせよう」

 

 予想通りの言葉だった。どうせそう言われるだろうと予測していた。

 

 重要なのはそこではない。その後だ。その後、神が何をするか、である。

 

「……やれるものなら、ヤッてみろ」

 

「ああ……」

 

 数秒の時が流れた。両者一歩も動かず、息もできないような張り詰めた空気の中を無音が流れる。

 

 そして、静寂の海にズブズブと沈んでゆくことにアンドヴァリの呪いは心の底で笑みを漏らした。

 

 勝った。そう確信したのだ。

 

 神はアンドヴァリの呪いを即座に、人間の時間を超越したような刹那で殺すことができるのでは、と憶測を立てていた。しかし、それが今、音を立てて崩れ去ったのだ。

 

 もし殺せるのなら神は即座に殺すだろう。何故なら、神はあれほどまでに願いを叶えることを切望していたのだから。

 

 しかし、結果は違った。神は動かなかった。動かなかったのだ。

 

 アンドヴァリの呪いが聖杯の魔力を使うよりも先に、神は殺すことができないのだと証明された。神はこの瞬間、弱者に成り下がったのだ。

 

 神ももちろん気づいていた。しかし、打開策がどうしても見つからない。

 

 両者また睨み合いが続く。アンドヴァリの呪いが勝ったことに変わりはないが、それでも隙を見せてしまえば殺されてしまうことは確かなのだ。

 

 それに、アンドヴァリの呪いはあくまで時間稼ぎの手段を得ただけである。事態の打開はこちらも見つけていない。

 

 結果、動かぬという停滞が生まれた。両者一歩も引かず、かといって攻めることもせず。ただ、相手の出方を伺うだけである。

 

 さて、どう来るのか。二人が互いに相手の動きだけに目を凝らしていた時だった。

 

「できました〜‼︎」

 

 この鉛のような重い空気の中、意気衝天とした声をあげる者がいた。

 

 そう、セイバーである。こんな状況なのに、彼女は場違いな声を出す不届き者。

 

 二人は突然声を出されたもので、一切セイバーには気を使っていなかった。どうしたものかとセイバーに視線を移す。

 

 彼女はニマニマと堪えきれぬ笑みをこぼしていた。その笑みの先にあるのは黄金に輝く高坏(たかつき)

 

 そう、それは紛れもなく聖杯だった。

 

「器が、元に戻っている?」

 

 二人はその光景に絶句した。所々に綻びはある。光は色褪せていよう。されど、その形はまさしく聖杯そのものだった。

 

「何故、元に戻っているのだ?器は私が壊したはずだが?」

 

 アンドヴァリの呪いはその聖杯に疑いを持ちかけた。何故なら、聖杯を元に戻せないくらいにまで壊したのだから。ちらほらと大きなかけらはあっただろうが、大半が細かなかけら、または砂であり何処かへ消え去ったのだ。

 

 そんな短時間で元に戻せるはずがないのだ。

 

 しかし、セイバーは至って平然と、けろっとしていた。

 

「え?普通に直しただけですけど?」

 

 その言葉にまた二人は絶句を余儀なくされる。

 

 しかし、忘れてはならない。セイバーの本職は決して剣士などではない。鍛冶師なのだ。

 

「金属を元通りにするのはお茶の子さいさいですよ。だって、組み合わせて、隙間があろうものなら押して広げればいいんですから!」

 

 と彼女は言っているが、決して鍛冶が簡単なのではない。ここも忘れてはならない。ただ、彼女の鍛冶が予想外で、法外なのだ。

 

 彼女は神代の時代の鍛冶職人であるレギンの唯一の弟子であり、そのレギンとは鍛冶の腕を買われ、国の王とも親交のあった人物。

 

 つまり、セイバーは鍛冶職人としてはガチで英霊(サーヴァント)なのだ。

 

 もう一度言っておこう。セイバーは鍛冶職人としては超一流である。

 

「いやいやいや、それでも直せるはずがない!だって、結構な部分が風に飛ばされたぞ!それでどうやってその形まで戻した?」

 

「ああ、確かに地面に落ちているかけらだけじゃ足りませんでした。でも、そこはこっちで補給しました」

 

 彼女は手元に置いてある甲冑をペシペシと叩く。その甲冑は黄金でできたいかにもお高そうなもので、彼女の(れっき)とした宝具の一つである。

 

 彼女は金よりも硬い肉体を持つ龍の心臓を抉り取ったリジンという剣を手にしていた。その剣で自身の宝具である黄金の甲冑を適切な大きさにカットしたのである。

 

 次にそのカットした黄金のかけらと聖杯とをどう組み合わせるのがである。もちろんそこには火などなければ、ハンマーなどもない。

 

「あの時は大気中にエーテル?とか何とかがあったお陰で特に変なことしなくても叩くだけで結構金属とかひん曲がったんですよ。それで、ほら!」

 

 彼女は聖杯の器の内側を指でなぞった。すると、指に雫が溜まる。

 

 それは純粋な魔力の塊であった。聖杯から零れ落ちた魔力が大半なのだが、付着したままの魔力もごく僅かながらあったのだ。その魔力は少なくとも、非常に高純度な魔力の塊。

 

 彼女は付着したままの魔力を塗り、そしてそれを繋げ合わせたのだ。壊れた聖杯を元通りに。綻びは見つけることはできようが、この短時間で直すのはまさに神代の芸当。

 

「その技能、魔力さえあればカグツチにも匹敵するほど。しかし、どうして貴様はそれを直そうとしたのだ?」

 

 神の質問にセイバーは顔を暗くした。

 

「あ〜、その、……これを渡したら、その……あの人は殺さないんですよね?」

 

 セイバーはアンドヴァリの呪いを指差した。

 

 聖杯を渡し、アンドヴァリの呪いが持っている魔力を移し替えれば殺されないと思ったのだろう。

 

 しかし、セイバーの発言には矛盾があった。

 

「何だ?敵対していたのではないのか?」

 

 セイバーは今さっきまで救おうとしているアンドヴァリの呪いを倒そうとしていたはずだ。なのに、今は救おうとしている。

 

「それはそうなんですけど、だからってあの人の身体は大切なものなんです」

 

 その言葉に一切の濁り、迷いはない。

 

「だから、どうか助けて下さい!」

 

 彼女はぐいっと強く手に持つ聖杯を差し出した。

 

 その行為に神は感心したのか、アンドヴァリの呪いにもその提案をした。

 

「何、今持っている魔力を手放せと⁉︎ふざけるな、手放すわけがなかろう!だって、これは……」

 

 もちろん、抗議する。せっかく得た聖杯の魔力。やっと望みを叶えられるという此の期に及んで、その魔力を手放せと言われても当然簡単にハイなどとは言わない。

 

 すると、神は敵に剣の(きっさき)を向けた。

 

「それ以上言うのなら、貴様を殺してやろう」

 

 その威圧、眼力はまさに神の後光差すほどの覇気。皆が降伏してしまうほどの威光に敵は血が出るほど拳を握りしめた。

 

「……分かった」

 

 しかし、その目は虎視眈々と機会を伺うハイエナのような目であった。こんなチャンスを簡単に手放すわけもなく、神の行動に気を遣い、そして隙あらば首を飛ばそうとしていた。

 

 だが、しかし神とは人を遥かに凌駕するもの。もちろん、それは宝具の身体であろうと変わりない。

 

 神は敵の方向につま先を向けるとその場から突如として消え、敵の目の前に現れた。いや、消えたというより移動したのだ。それは時にして小数点の下にゼロが二個ほど付くくらいの須臾で、音が耳に届くよりも速かった。

 

 そして神はアンドヴァリ呪いの腹に左手を揃えた。もちろん、アンドヴァリの呪いはおろかセイバーさえも知覚できていない。

 

 その時が流れているのか流れていないのか分からないような刹那の中、敵の腹に左手を当てたまま左回りに手首を曲げた。

 

 時が流れる。神ではない通常の時の中で生きる二人が神のその行為をついに認識した。

 

 その瞬間、アンドヴァリの呪いは気を失い倒れたのだ。

 

「……え?え?」

 

 セイバーはなぜアンドヴァリの呪いが倒れたのかが理解できなかった。神はアンドヴァリの呪いの腹に左手を当ててはいたが、それでなぜ倒れたのか、見当のつけようがなく、ただ目の前の状況に慌てふためくのみである。

 

 神が手を仰いだ。ひらりひらりと空に大きな楕円を描くと、アンドヴァリの呪いの中にあった魔力が身体から溢れ出てきた。その魔力は空中で一旦塊として集まり、その後聖杯の中へと注がれた。

 

「……え?すごい……」

 

 もう目の前で何が行われているのか脳内で処理できなくなったセイバーはただでさえ低い語彙力がさらに低下した。もう誰でも思いつくような言葉だけで現状を述べている。

 

「ほれ、それを渡せ」

 

 神がセイバーを手で誘う。

 

「あっ、はい……」

 

 セイバーはその言葉に少し顔を曇らせたが、その顔の上に作り笑顔を塗った。

 

「どうした?やはり、願いを叶えられぬのは悲しいのか?」

 

 神はセイバーに問う。

 

「あー、いや、そういうことじゃないんですよ……。いや、ないわけじゃないんですけど……、その……、こういうのはあまり私の得意分野ではないので……。んー、なんというか、あまり心地の良いものではないですね」

 

「なんの話だ?」

 

「別に話すようなことでもないですよ。はい……、ええ……」

 

 セイバーの発言に神は些か疑問を抱いた。眉をしかめ、彼女の顔をじっと見つめる。セイバーはその視線に耐えきれないのか、さっさと終わらせるようにと聖杯をぐいっと前の方へ差し出した。

 

「あの……、どうぞ」

 

 恐る恐る声を出すセイバーの態度は実に奇妙で、なんとも腑に落ちない。しかし、目の前にあるのは綻びはしていようとも、美しい輝きを持つ聖杯。神も欲していたものがここにある。

 

「ああ、そうだな」

 

 神は手を差し伸べた。あと二十センチほどの距離である。

 

 さらに手を差し伸べた。あと十センチほど。

 

 神の手が近づくにつれて、セイバーの目は段々と細くなる。その光景を見まいとしているのか。

 

 あと五センチほど、そこまで近づいた。その瞬間だった。神の手がぴたりと止まったのだ。

 

 やはり何かが気に食わなかった。その何かが分からないが、どうしても納得がいかない。

 

 聖杯を見つめる。じっと、輝きの色褪せぬその聖杯を。

 

 その聖杯に何があるのかを。

 

 そして、神は見た。見てしまったのだ。聖杯を、聖杯の中身を。

 

「まさかッ!貴様……!」

 

 その言葉を聞くとすぐに、セイバーはギクリと肩を動かした。

 

 しかし、やってしまったことはしょうがない。もうここまできたのだ。一か八かである。

 

 セイバーは全力で申し訳なさそうな顔をした。

 

「ごめんなさぁぁぁいっ‼︎」

 

 そして、セイバーは手に持つ聖杯を神の身体につけようとした。触れさせようとしたのだ。

 

「貴様、妾を騙したなッ!」

 

 ハッとセイバーの行動に気づくや否や、神はその手をどけようとした。しかし、時すでに遅し。

 

 もう神の手は聖杯に触れていた。

 

 その瞬間、聖杯からより強い光が放たれた。その光は太陽よりも強く、暖かで、何より柔らかい光だった。それはセイバーも幼い頃、物心の付かぬような時に感じたことのある温もり。生物である限り離れられぬその優しさは全ての命を抱擁する愛の光。

 

 その光に神は吼えた。その姿に神としての威厳もなく、輝きもなく、あるのは狂気と獰猛な復讐と欲望だけだった。

 

 

「貴様ァァァァァァァァッ、また、また、また、またまたまたまた、また妾の邪魔をするのか⁉︎また、妾の願いを踏みにじるのがァッ⁉︎何度も何度も、また妾にこの地獄を見せようというのかア゛⁉︎なにが、親の愛だ!なにが人間だ!貴様がいるから、妾が、神が苦しむのだろうに゛‼︎

 

 

 許さぬ、許さぬ、許さぬ。決して許さぬ。世界が何度終わろうと、世界が何度始まろうと、貴様だけは決して許さぬ‼︎棗日和、貴様だけはな!」



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小さな聖杯、たった一つの願い

はい!Gヘッドです!

さぁさぁ、ラストまでもう少し!

今回は聖杯を手にしたねって回です。


 気づいたら俺は川辺に立っていた。俺の目の前には大きな川がゆっくりと流れていて、その水面からは絶えず靄のようなものが出ていた。その靄の発生量は異様で、対岸の様子を一切見ることができなかった。俺の背後には岩肌剥き出しの荒野が広がっていた。草木が一草たりとも生えていないところが結構酷な環境を表している。

 

 俺はとりあえず川辺に転がっていた大きな石の上に座り込んだ。

 

 そして、一言言いたかったことを全力で叫んだ。

 

「って、オイ!このパターン、本日何回目だよ、さすがに飽きたわ!」

 

 一言ではすまなかったのだが、それはご愛嬌としておこう。

 

 俺は空を眺めた。空だけは至って普通で、しいて言うのならば空が紫色というところだろう。太陽が西に完全に沈む少し前の段階というようなもので、空の色がオレンジから段々と紫に変色してゆく途中のようである。

 

 そして、また視線を地面と平行にした。目の前の景色はリアルなのだが、どうも現実味がない。だって、俺の目の前では川が流れているのに、十メートルほど離れたらガラリと変わり水っ気のない荒野である。河原の石ころと荒野の土はまるで畳と畳のようにしっかりと分けられていて、混じることもないのが現実っぽくない。

 

 今度は川の向こう岸を見る。もちろん、そんなことをしようにも謎の靄によって俺の視界は邪魔をされて、ろくに何があるのかを見ることができやしない。深夜アニメの謎の煙のようである。

 

「はぁ〜、この靄の先がエッチなハーレムとかだったらいいのに」

 

 誰も近くにいないので欲望をタラタラと口からこぼしていた。そりゃ、俺も一人の男であるからして、やはりハーレムという夢を抱いてしまう。

 

 すると、声が聞こえた。

 

「—————おい、ヨウ。聞こえているぞ」

 

 野太い男の声が向こう岸から聞こえてきた。その声はゴツゴツしていて、いかにも強そうって感じの声だった。

 

「え?誰?」

 

 俺の名を呼んだ声の主を探す。向こう岸から聞こえてきたので、向こう岸の方を目を凝らして探してみたものの、川の上で白い靄がかかっていて、ろくに姿を見ることができやしない。

 

 なんか、聞いたことのある声だったな……。

 

 俺はその声の主のシルエットだけでも見ようとしたが、運悪く目の前に立ち込める靄がより一層強くなってしまい、その者の輪郭さえもわからなかった。

 

「おい、あんた誰?」

 

 何はさておき、その者の名を問うた。すると、その者から返事がきた。

 

「私か?私は……、O(オー)とでも名乗っておこう」

 

 男は自身をOと名乗る。なかなかネーミングセンスが酷いなと第一に思ったのだが、それを初対面の人に言うのはどうかと思うので心の奥底にしまっておいた。

 

「なぁ、あんた何で俺の名前知ってんの?」

 

「ん?ああ、それか。まぁ、何となくお前、ヨウだなって感じがしたんだよ」

 

「え?何それ。つーか、あんた今日俺と会った?なんかその声聞いたことあんだけど」

 

「あ?さぁ、知らんな。お前みたいなのとは会ったことは一度もないが」

 

「ふ〜ん……」

 

 ……こいつなんかイラつく。何だろう。何処がイラつくんだろうか。とりあえず、返答の内容が殺意湧く。あと、どこか俺っぽい話し口調なのも殺意湧く。いや、もちろんそれだけじゃないだろうけど、理由が分からない。理由が分からないけど凄く殺意湧く。

 

 今まで味わったことのないこの感じは何だろうか。この心の中でモヤモヤし続ける感じは。

 

 俺はさっきの会話でもう話したくないなと思ってしまったが、とりあえずここが何処なのかとかそういう基本事項だけは聞いておいた方が良いなと考えた。なんせ俺はここが何処で、なぜここにいるのか分からないからだ。

 

「なぁ、あんた。ここってさ何処なの?」

 

 しかし、Oと話したくないので、俺は単刀直入になるべく簡潔に終わらせようとした。彼は俺の質問に対して少し唸りを上げたが、それなりの答えが出たようで野太く聞こえの悪い声でこう言った。

 

「ここか?ここはお前みたいなもんが来ちゃいけねぇところだ」

 

「来ちゃいけない?」

 

「ああ。お前はまだ早すぎる。さっさと帰んな」

 

 どうやらOは俺の来訪を歓迎していないようだった。雰囲気的には帰ってほしいという感じではなかったが、どうも言葉では帰れ帰れと強要してくる。

 

 しかし、帰る方法が分からない。

 

「帰れって言うけど、どうやって帰りゃいいのか分かんないんだけど」

 

「分からない?そうか……。そもそもどうやってお前はここに来た?」

 

 Oはここに来た理由を尋ねてきた。

 

「理由?理由っつーか、ここに来る前に起きたことは分かるけど」

 

「それだ。それを言え」

 

 ここに来る前に起きたこと。それは完全にではないが、断片的に覚えている。俺は確か悪魔の(なにがし)とやらに身体を乗っ取られそうだったのだ。アンドヴァリの呪いを殺したい。その一心で強く力を欲したとき、悪魔の某が俺に力をくれてやろうと囁いてきた。それにまんまと乗ってしまった俺はその悪魔の某に身体を乗っ取られてここにいる。

 

 そういや、アンドヴァリの呪いは意識を奪われたら存在が消えるって言ってたな。もしかしてここって無の世界とか?

 

「おい、どうした。早く言え」

 

 俺がOの質問に返事をしないと、Oは俺に答えを迫ってきた。その声からは威圧的な感じは見受けられないものの、焦燥が混じっているように思えた。

 

 俺は彼にこれまでの経緯を話した。ここに来るまでのいざこざを簡潔に伝えた。

 

 彼はそれを知るとため息を吐いた。

 

「そうか。やはりか……」

 

 さっきまでOはただ座って話を聞いているだけだったが、事情を話し終えると態度を変えた。

 

「経緯は何となく理解した。よし、お前を送り返してやろう」

 

 その態度は献身的で、頼れるって感じ。しかし、何処かよそよそしい。いや、そりゃ確かに他人だからしょうがないのだが、それを不思議に思う自分がいた。

 

 段々と俺とOとの間に湧き立っていた靄が薄くなってきた。彼の顔はまだ見えないものの、シルエットぐらいは目で捉えられるくらいにはなってきた。

 

 彼は立っていた。対岸の水辺のところに、何か細長い物を持ちながら。

 

 その細長い物は俺が何度か見たことのあるような物のように感じられた。俺はそれを知っているのだと思い知らされた。その瞬間、背筋がぞくっとした。氷を突然背中につけられたような驚きが俺を襲い、腕の鳥肌が隆起する。

 

 Oはその細長い物の中からさらに細長い物を取り出した。そのシルエットは俺が知っているものだと確信した。直線と最後の方で腹のように曲がる線によって作り出されるシルエットは鈴鹿の持っているまさにそれに酷似していた。

 

「刀……⁉︎」

 

 それはまさしく刀である。靄のせいでしっかりと視界に入ることはないが、その輪郭は何度も見たことがある。刀身から人工的な二つの線が互いに交わる鋒までそれは刀であった。

 

「おい、ちょっと頭ァ、気ィつけな」

 

 Oがそう言うが、頭のどこに気を付けていればいいのか分からなかったので、とりあえず石の上から下りて、地べたに座った。

 

 彼は俺のことを確認すると、刀の刃を前方に向けた。そして、刀を右手で握ると、魔力を通わせる。その魔力は目で見ていない俺でも分かるほど強い魔力だった。量が多いというより、質が良い魔力。その魔力をうっすらと刀に纏わせる。

 

我:天上天下(てんじょうてんげ)—————」

 

 左から右へ静かに、しかし素早く刀を横へ移動させた。滑らかに、しかししっかりと刀の刃は空を切り裂いていた。

 

 そして、刀が切り裂いた空間は段々と広がってゆく。俺の頭の上を通り、荒野の方まで拡大した。そして、河原と荒野の間のところまで切り裂かれた空間が行くと、ガラスが割れたような音がした。見ると、河原と荒野の間には見えない壁があったようで、その壁が壊れている。

 

「壁、あったのか。っていうか、空間が裂けた?」

 

 俺はOのしたことに目を疑った。そんなこと物理的に可能なのだろうか。いや、きっと魔術の力を持ってしてもそれは不可能だろう。しかし、それでも目の前の彼は平然とそれをして見せた。

 

 裂けた空間によって靄が一刀両断されていた。目の前にかかっていた靄は随分薄くなっていてすぐに消えた。俺はそんなすごい技を持つOの姿を一度でもと思い、振り返った。そして男の顔をしかと捉えた。

 

「……あっ」

 

 その瞬間、彼から俺は目が離せなかった。何処かで見たことのあるその姿。それが何処で出会ったのかは分からないが、ふと口から自然と言葉が出てきた。

 

「あんた……と—————」

「—————おい、それ以上はやめろ」

 

 しかしOはその言葉を遮った。それは未練というものなのだろうか。ただ彼からの無言の圧力とまさかそんな訳があるかという冷静な判断により、俺は口を噤んだ。

 

 Oは俺の後ろにある河原と荒野の壁の風穴を指差した。

 

「ほら、出て行け。お前はここにいるべきじゃない」

 

 その言葉と同時に、また俺とOとの間が靄によって隠されてきた。

 

 俺はその言葉に従い、彼が開けた穴に向かって歩く。

 

 その途中、一度だけ振り向いた。しかし、もうその時には靄が完全に覆い隠していて、顔はおろか輪郭さえもぼやけていて分からない。

 

「—————行ってこい。ヨウ」

 

 ただその言葉だけが聞こえただけだった。俺はその言葉に背中を押されたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大きくなったな」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「……んぁ?」

 

 目を開いた。目の前に広がるは赤紫色の空、そこに星の姿は見えず、半分に割れた月が空高くある。

 

「……戻った?」

 

 俺は空に重ねるように右手を仰ぎ、手の平を見つめる。そして、そこから視線をずらし腕を見た。腕には血がべっとりとついていたが、触ってみると傷がない。それは俺の記憶がしっかりとした現実なのだという証拠だった。

 

 身体を起こして辺りを見回す。そこにはセイバーとアンドヴァリの呪いがいた。二人とも横になっている。気を失っているのだろう。が、俺は何が起こっていたかを知らない。

 

「俺、この身体乗っ取られてたんだよな?」

 

 もちろん実感が湧かない。身体はいたって普通、特に変な様子はなく指先まで思い通りに動かせる。

 

「……本当か?」

 

 なので身体が乗っ取られていたことを疑う。しかし、疑ってもその根拠もない。にわかには信じがたいことだが、やはり身体が思い通りに動かなかったあの感覚は覚えているし、それだけは確かだ。

 

 怖かった。あれはすごく怖かった。こんないい歳して、喚き叫んでいたことは冷静に考えれば恥ずかしいことなのだが、それでもそれを遥かに凌駕する恐怖があった。もうそれは俺が恐怖することを義務付けられているかのように感じてしまったのだ。

 

「ありゃ、もうお腹いっぱいって感じだなー。まぁ、次はイチャイチャハーレ……ム?」

 

 怖い経験はもう味わったので、今度は楽しい経験をしたいなと男の欲望を噴出させているとき、あるものが目に飛び込んできた。

 

 おろろろ?あれはあれは、もしや……?

 

「聖杯あんじゃん!」

 

 なんということか。アンドヴァリの呪いに壊されたはずの聖杯があるではないか。少し欠けてはいるものの、器としての形を成している。

 

「……え?なんで?」

 

 が、しかしその理由を知らない俺はその事実にまたも疑問を抱く。俺は聖杯が壊れてゆくところをリアルタイムで見ていたのだ。だから、戻るはずがないと思っていたのだが、その思い込みを全否定された。

 

 そもそも聖杯とは戻る物なのだろうか。だって何でも叶えられるというだけあって、そう簡単に戻らないのではなかろうか。

 

 聖杯が戻った。それに対して疑問を抱いていたが、それ以上に俺が疑問を抱くことがあった。

 

「なんでセイバーが聖杯を持ってる?」

 

 その聖杯は横たわる彼女の手の中にあった。光り輝く杯がなぜか彼女が持っているのだ。

 

 一番に驚くべきはそこだった。セイバーが、である。あの最弱のサーヴァントといっても過言ではないセイバーが。

 

 そう、セイバーが。

 

 俺がそんなセイバーを凝視していると、彼女はゆっくりと瞼を開いた。

 

「むにゃ?あれ?私、何して……」

 

 目を覚ました彼女は辺りを見回す。彼女の視界に俺と未だ起きぬアンドヴァリの呪いが目に映った。

 

「ああ、ヨウですか。どうしたんですか?そんな私のことを見つめて」

 

 彼女は目をこすりながら立ち上がった。

 

「いや、その、お前……聖杯……」

 

 何が何だか事態をよく把握していない俺は語彙力が著しく落ちてしまい、残された数少ない言葉でセイバーに俺の驚きを伝える。

 

「え?聖杯?あ……、ああぁっ⁉︎聖杯は⁉︎」

 

 彼女はキョロキョロと辺りを見回しながら聖杯を探す。そして、自分で聖杯を持っていることに気がつくと、それはそれで受け入れられないようで大声をあげた。

 

「あああっ!せ、聖杯っ‼︎」

 

 そして思わず手放した。聖杯は光を放ちながら地に落ちる。

 

「っておい!なに落としとんじゃ!聖杯だぞっ、聖杯!丁寧に扱え!丁寧にっ!」

 

 残念ながらその時の俺も聖杯を目の前にしてパニクっていた。なんてったって目の前にあるのはあの聖杯である。俺たちの最終目標であり、これを求めて俺と彼女は地獄のような日々を過ごした。それを目の前にして普通でいられるだろうか。否、そのようなはずがなく、さすがにその時ばかりはクールにいこうとかそんなこと一切考えられなかった。

 

「あっ、えっ?あっ、はい」

 

 セイバーはとりあえずわけがわからなくても聖杯を手に取った。表面についた土を綺麗に払い、まじまじと聖杯を見つめた。

 

「聖杯……、やっぱり本当なんですね。元に戻ってる。中にもしっかりと魔力が溜まっているし……」

 

 聖杯がセイバーの青い瞳を反射し映し出していた。セイバーが雑な扱いをしたせいで、落としたりもしたが中に溜まっている魔力はたっぷりと密である。どうやら魔力自体は溢れることはなく、聖杯が壊れた時にその器がないため溢れ落ちるようだ。

 

「おい、丁寧に扱えよ」

 

 セイバーが何か他にも変なことをしでかそうで内心ビクビクしていた。今度は踏んづけたりして壊すのではなかろうか。

 

 俺がセイバーの一挙一動に細心の注意を払っていると、セイバーは聖杯に耳を当てた。そして、一言「聞こえない?」と口にした。

 

「ん?どうしたんだ?聖杯に耳なんか当てて」

 

 セイバーの理解できない行動のわけを訊いた。彼女はもう一度聖杯に耳を押し当てて、それでも聞こえないと分かると視線を一度こちらに移した。

 

「いや、なんか声が聞こえたんですよ。聖杯から」

 

「聖杯から声が聞こえた?何言ってんだ?聞こえるわけねぇだろ」

 

「そ、そうなんですけど……。でも、あの時、確かに声が聞こえたんです。壊れた欠片から確かに女の人の声が聞こえたんですよ」

 

 彼女が言うには、俺の体を乗っ取った悪魔の某が彼女を蹴り飛ばした時、ちょうど聖杯の欠片が散らばっていたところにいたらしい。そこで彼女は壊れた謎の声に従い聖杯を直して悪魔の某に触れさせたら急に強い光を聖杯が放ったと。

 

「いや、嘘つけ」

 

「ええええっ?信じてくれないんですか⁉︎」

 

「さすがに信じるには無理があるわ。まぁ、確かに天才鍛冶師のお前なら聖杯を直すことなら分からなくわないが……」

 

「え?私が天才?いやぁ〜、褒められても」

 

「褒めてねぇよ。いや、褒めてるけど、露骨に嬉しそうにすんな。張っ倒すぞ」

 

「でも、いつもツンケンしているヨウから褒め言葉なんて真夏に雪が降るようなものですよ。えへへ、嬉しいですね。こう素直に褒められるって。あっ、もしかしていつも本当は心の中ではそんな風に思ってくれてたんですか?」

 

「いや、全然」

 

「も〜う、そんなこと言っちゃって〜。この照れ屋さん〜」

 

 ……こいッつ、チョ〜ウゼェ。

 

 まったく、少しは良い働きをしたものだと思ったのだが、それに関する褒め言葉は言わなくとも良いだろう。

 

「はぁ〜、まぁ、それはもういいや。とりあえず聖杯の声だ。その声、本当に聖杯から聞こえたんだな?」

 

彼女は手の中にある小さな杯をぎゅっと握った。

 

「ええ、そうです。優しそうな女性の声でした。その声に従って聖杯を直したんです。もちろん、完全完璧に直すことなんてあの短時間では不可能ですから若干綻びはありますけど、それでも一応器としての機能はしているはずです」

 

「で、直したら今度はその悪魔の某の身体、つまり俺の身体に聖杯をつけろって言われたと?」

 

「はい。理由は何にも話されていませんでしたし、どうなるのかもさっぱりわかりませんでした。けど、あの時は藁にすがる思いでしたので、それに従ったら温かい光が出たんです。何かに抱かれているような、安心するような、涙が出てしまうような温かい光だったんです」

 

「で、このザマか?」

 

「このザマってひどくないですか?結局、ヨウは元通り、聖杯もゲット。一石二鳥じゃないですか!」

 

 うむ。それは確かにそうなのだ。認めたくはないが、今回ばかりはセイバーの功績とも言えよう。

 

 しかし、だからと言って認めてしまうのはなんだか俺が負けたような気がする。なので、とりあえず貶す。

 

「まぁ、アレだわ。セイバーのただでさえバカなスポンジ脳が役に立ったってことだな」

 

「それって貶してません?」

 

「いや、褒めてる褒めてる」

 

「もういいですよ。そういうのもう慣れましたし」

 

「もう聖杯はここにあるから、もうすぐお別れだけどな」

 

「あっ、そう言って悲しいこと言う」

 

「悲しいの?俺と離れたいんじゃなかったのか?」

 

「それはそうですけど……、悲しいものは悲しいんです」

 

「ふ〜ん、まぁ。そんなもんか……」

 

「そういうものですよ……」

 

 自然と口数が減ってゆく。口を開こうにもその口が段々と硬くなってゆくのが感じられた。しょうがない、聖杯があるということはもちろんセイバーの願いが叶う(そういう)こと。つまり、お別れも近いということ。

 

 俺は聖杯をちらりと見た。きらりと光る黄金が彼女の手の中にあるというのが未だに信じられない。

 

 まさか本当にここまで来たとはと思わされてしまう。最初は無理だと思っていた。最弱のサーヴァントと思えるくらいセイバーはカスいし、俺の方が強いとかどんだけだよって思ってた。だけど、聖杯を手に入れられるなんて夢じゃないかってぐらいの驚き。それはきっとセイバーも一緒で、だからこそ聖杯を手に入れたっていう実感が湧かないんだと思う。

 

 セイバーも聖杯を見つめた。しかし、その目は喜びの目というわけではなかった。体の芯まで疲れに浸り、その最後に得た手の中のものが彼女にはどのように映ったか。

 

「小さいですね。こんなもののために私たちは戦っていたんですか?」

 

その言葉に俺の心のブレはピタリと止まった。正直それは気にならなかったかと言われれば気になった。しかしここまできてその手の中のものに難癖をつけられない。

 

「まぁ、そうなんじゃねぇの。小さくても万能な器であることに変わりはねぇんだろ?なら、いいじゃねぇか。それにほら、結果的に持ち主はお前なんだしさ」

 

「あ……、はい、そうですけど、なんかやっぱりこんなもののために私たちは戦わなければならなかったのかなって思ったんです」

 

 それはこの場で、ここに来て言ってしまってはダメなんだと思う。その言葉はきっと今までの俺たちの努力を、苦しみを、涙を、喜びを、喘ぎを、咽びを、全てを意味のないものにしてしまう可能性の秘めた言葉だから。

 

 それでも俺は彼女を止められなかった。彼女の疑念に反論を用意できなかった。

 

 だって、俺も同じ気持ちだから。

 

「私たちって、これだけのために失ってきたんですか?」

 

 彼女は涙を流した。聖杯を両手で強く握りしめながら、ほろほろと雫を頰に伝す。

 

 手にしたから分かる。ここまで俺たちはいくつもの大事なものを失ってきた。母親のような存在を失い、父親を失い、親友の喜びを失い、この狂った運命の中に紛れ込んでやっと見つけ出した光り輝く宝箱。それはたった一つしか願いの叶えられない杯。

 

 ここに来て、やっと手にしたから身に染みた。たった一つの願いでは到底足りないと。

 

 なんとも小さな杯である。これのためだけにサーヴァントは死んでいったのだろう。過去に何回行われたか分からない聖杯戦争において、幾多の人が死んだはずだ。

 

 毎度毎度それに勝ち抜いた人々はたった一つしか願いの叶えられない杯を手にしてどう思うだろうか。

 

 やっと願いを叶えられると喜ぶだろうか。安心するだろうか。

 

 そうかもしれない。そんな人ももちろんいるだろう。

 

 でも、やはり俺たちはそんな簡単にいかなかった。

 

 あまりにも小さい願望機を目の前にして失うことの苦しさを身を以て知った。

 

 聖杯は俺たちのこの働きに値するものなのか。

 

 もう俺たちの心はそれに対する答えが出ていた。

 

 だから涙が出た。大事なものを幾つも失い、一つしか願いが叶えられないのは俺たちにとって苦しかった。得たものと失ったもの。どちらが本当に大切なのか。

 

 そう、聖杯はあまりにも小さかった。




聖杯を手にしても達成感以上に得た感覚は喪失感。そんな聖杯戦争もあるのかもしれません。たった一つの願いのためにいくつもの大事なものを失って。

それが本当に幸せなのでしょうか。

本当に幸せなのはなんなのか。

不運な運命の中で幸せを求め続けたセイバーは聖杯を手にして、それを問います。

皆さんは大事なものを幾つも失って聖杯を手に入れたらどうしますか?

私は……、そうですね……、ハーレムでも作りましょうか。


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大切な存在

 何でも願いが叶えられる。そんな時、多くの人はどうするだろうか。自身が今一番叶えたい願いを叶えるだろうか。それとも、それとも、将来、人生を見通して叶いそうもない望みを叶えるだろうか。

 

 うん、きっとそうだろう。きっとみんなはそうするだろう。俺だってそうする。そうするに決まってる。だって俺は、みんなは人間だ。叶えたいものがあって、それを叶えようとする欲がある。それが叶えられるというのなら、その欲を現実に昇華させよう。そうするのが人間だ。

 

 だけど、目の前にある小さな小さな願望機を目の前にして俺たちは狂喜で舞うどころか、笑顔さえ作れなかった。

 

 それは異常なことなのか。それとも正しいことなのか。よく分からなかった。ただ溢れるはずの喜びがそれ以上に大きな悲しみに押し潰された音だけが胸の中で響いて、その振動が中枢神経を通して脳天まで伝わった。全身が震え、涙が止まらない。

 

 聖杯を得た。そのために多くのものを捨てて来た。その目の前にある物象と俺たちが捨てたものがどうしても同価でない。

 

 聖杯はたった一つのことしか叶えられない実に小さな願望機でしかなかった。それはもちろん分かってはいたのだが、いざその時となり捨ててしまったことへの後悔が湧いてしまった。

 

 簡単に、平たく言えばこうである。

 

 —————俺たちがここまで(いた)る意味ははたしてあったのだろうか。

 

 それが頭の中で全ての思考の頂点にたった。俺の頭ではそれしか考えられなくなり、結果一つの答えが出た。それは俺が馬鹿だからそう出た答えなのかもしれない。間違っているのかもしれないし、俺はそう思いたい。それでも、こんな答えしか出なかった。何回も何回も再計算してみたのだが、それでもこの答えだった。

 

「俺たちは……こんな物のために鈴鹿を殺したんじゃない……」

 

 つい口から溢れてしまった。言ってはダメだと思ってはいたのだが、どうしても言葉が口から這い出てしまった。

 

 セイバーの手は震えていた。

 

「これだけのために私は父を見殺しにしたのでしょうか……?」

 

 深く自分に問いかけていた。そして、答えが出てしまうや否や聖杯を額につけ、漏れ出る涙まじりの声を押し殺す。

 

 幸福感が訪れるはずだったのだが、やって来たのは数知れない喪失感。その喪失感の中でただキラキラと煌めく聖杯が憎たらしいほど美しい。

 

 歯をくいしばる。仕方のないことなのだ。聖杯を得るためにはこうするしかなかったのだと、自分で割り切ろうとした。できるはずもないのだが、それでも俺は、せめてここだけは後悔したくないから思い込みで我慢しようとした。

 

 俺は決して苦しくないと。これが最善の方法であり、未練なんて何処にもないのだと。

 

 しかし、その頑張りでさえ消し去ってしまおうという声が聞こえた。

 

「ハハハハハ、お前たちは本当にアホだな。何そんなことで悲しんでいるのだ。得た物より失ったものの方が大事だと?ぬかせ、ならばその聖杯は私のために使わせろ」

 

 背後から聞こえた声。その声の主はアンドヴァリの呪いだった。

 

 ……いや、違う。アンドヴァリの呪いとは少し違う。雰囲気が何処か違う。

 

「お前はグラムか?」

 

 俺の質問に彼女は首を縦に振った。その返答を見て俺とセイバーは警戒態勢に入った。グラムには散々嫌な目に遭わされている。だからなのか、勝手に体がそう反応してしまった。

 

「待て待て、何故そう警戒する。別にもう私はお前らを殺す気はないし、聖杯を奪う気ももうない」

 

「……すいませんが、その言葉に信用はできません」

 

「まぁ、そうだろう。だが、もう私にはお前らを殺す力も、聖杯を奪う力もない。私の中に巣食っていたアンドヴァリの呪いが消えたんだ」

 

 彼女はそう言うと手のひらを見せた。そこから並行世界の剣を一本取り出したが、どうやらその一本が限界な様だった。

 

「私は怒りを糧として強くなる宝具だ。所有者が怒れば怒れるほど私の力は倍増し、逆にそれがなくなると私は何もできぬただの剣でしかない」

 

 アンドヴァリの呪いが身体に巣食っていた時は呪いが持つ世界に対する怒りを糧にして何百、何千と剣を顕現させていたのだろう。しかし、アンドヴァリの呪いが消滅したことにより、正式な所有者がセイバーに変わった。彼女は今、そう憎しみを抱いているわけでもないので力はそう出せないということらしい。

 

「だが、俺たちはお前のその言葉に信用できんのは変わらないぞ。本当にグラムなのか分からん。もしかしたら嘘ついてる可能性だってあるんだ」

 

 俺のその言葉に彼女は少しおっとりとした表情を見せた。それはこの今まで見たことのない心に余裕のある穏やかな顔だった。

 

「別に信用してくれなくていいさ。もう、私はここで終わっても何にも文句はない」

 

 彼女のその豹変ぶりは俺とセイバーを驚かせた。あそこまで聖杯を手に入れることにこだわり、そのためなら手段を選ばぬ彼女がここまで変わることは意外にもほどがあった。

 

 彼女は柔らかい目で俺を見る。

 

「ヨウ」

 

「何だよ」

 

「いや、大したことではないが、—————お前の母親はすごいな。尊敬する。私もああいう存在でありたいと思う」

 

 彼女は唐突に母親というフレーズを口から出した。しかし、母親というワードが今この場で出てきたことが分からない。

 

「え?何で俺の母親?」

 

 その俺のテンパり様に彼女は少し笑みを浮かべた。

 

「なに、分からなくともいい。ただ言いたかっただけだ」

 

 俺の頭の中でハテナが蛆虫のごとく何処からともなく湧いてくる。突然彼女は穏やかな性格になり、突然俺の母親の名前を話題に出してきた。

 

「まぁ、だからと言って別段聖杯を完全に諦めたというわけでもない。お前らが要らぬのなら私がもらおう」

 

 いや、やはりあまり変わっていない様である。上から目線で常に自分の欲のためなら何でもする気満々という感じが漂っている。

 

 もちろん、そんなことは願い下げで、セイバーは聖杯を胸の中にしまう。

 

「ダメです。あなたにはあげません」

 

「ああ、知っている。お前はあの男とどうせ同じだ。結局は自分の欲のために何でもするのだから」

 

 お前がそれを言うのかと言いたかったのだが、そのツッコミは場違いなのでぐっと堪えた。欲のためにするのはお前も同じだろという言葉はそっと胸の中にしまっておく。

 

「……誰だってそんなものですよ」

 

 セイバーはぽろりと愚痴をこぼした。

 

「人はそんな生き物ですよ。人には何かしらの叶えたい欲があって、その欲があることが人間をそこにいさせる錨になるんです。だから、欲を持つことはしょうがないし、欲があればそれは叶えたい。そして、欲を叶えた時、またはその寸前になって我に返って、後ろを振り返って大切なものを知る」

 

 彼女はゆっくりとグラムに近づいてゆく。

 

「欲のために何だってしますとも。それが人間なのだから。もしそれがないのなら、欲張らないのなら、それは人間じゃないか、生きる目をしてないんだと思います」

 

 彼女は立ち止まった。その距離僅か一メートル。殺されてもいい、もしくは殺せるものなら殺してみろという表れなのか。

 

「私は欲を持つことは悪くはないと思います。もちろん確かに今ここに来て失ったことに気づきましたし、それで胸が痛いです。でも、それでも、私は間違っていたとは思いません」

 

 真っ直ぐな眼差しでグラムの目を見る。

 

「聖杯だけを私は得たのではないんです。多くの大切なものを失ったと同時に大切なものを得たんです」

 

「得た……?お前がか?何を得たんだ?」

 

「それは誰かを信じることです」

 

 グラムは首を傾げた。

 

「誰かを信じる?それが何だ。そんなもの誰だってできることだろう」

 

 そうだ。信じるなんてことはなんら難しいことはない。ただ心の中で考える時、少し念頭に置けばいいこと。

 

 でも、彼女には違った。確かに得たものだった。

 

 彼女は誰も信じられなかったからだ。生前の件で彼女は誰かを信用することを拒絶していたからだ。今でこそこんな馴れ馴れしいが、出会った当初はこんな奴じゃなかった。何かを言えば必ずぶつかってばかり。それは誰も信じられないから、その人の言うことに批判をして真偽を確かめていくしかなかったから。当初は俺も嫌だった。こんなサーヴァントが俺の相棒となるなんて。ただでさえ弱いのに、それに加えて相性も良くないなんて嫌に決まっている。何度セイバーを切り捨てようと考えたことか。

 

 だけど、それでも彼女はここにいる。それは彼女が信じるということを得たから。誰かとぶち当たって、削れて削れて彼女は誰かを信じられるようになったんだ。それが彼女を生かしている。もしそうでなかったら彼女は今ここにいないだろう。

 

 誰でもできることかもしれないが、彼女にはそれができなかった。でも、この聖杯戦争を経て彼女はそれを得た。

 

「大切な人を失いました。でも、信じることができるようになった。だから、私には大切な人を得たんです」

 

 失って初めて気づいた。大切な存在が自分には確かにいるのだと。

 

「失ったことは辛い、ここに来るまで失ったことにあまり気づかなかったことも辛い。この小さな聖杯に値するものなのかどうかを知ってしまったことも辛い。それでもその辛さが私に大切な存在を認識させるのです」

 

「大切な存在と思うことができるようになった……。しかし、お前は知っているか?シグムンドはそのせいで自身を地獄に移すこととなったんだぞ?大切な存在がいるからあいつはその大切な存在のために粉骨砕身の働きをし、地獄を見た。お前もどうせそうなるぞ」

 

「そうかもしれません。確かに私は父と同じ道を辿っているのかもしれません。でも、私はそれを後悔しない」

 

 さっきまで大切なものを失った苦しみから後悔していたが、それにより大切なものを認識できた。だからこそ今度はそれを守ろうとする。彼女のそれに後悔は微塵もないだろう。たとえそれが地獄に通ずる道であろうとも。

 

 彼女は聖杯に視線を移す。やはり、聖杯を見るとその小ささに心を抉られてしまうのかもしれないが、それでもしかと見る。

 

「この聖杯のために多くの大切なものを失ったけれど、決して間違いなんかじゃないんです。苦しくても、辛くても、それでも私はそれがあるからまた前に進める。大切なものを守ろうと思える」

 

 彼女のその志はあまりにも輝かしい。手の中にある聖杯のその光が色褪せて見えるほど彼女は何よりも美しい。

 

 強いサーヴァントではない。威厳のある英雄ではない。誰かを守れる力などあるはずもない。

 

 それでも彼女にはその弛むことのない確固たる幸福を願う意志ながあるのではなかろうか。それこそが此度の聖杯戦争において真に手に入れた最も輝きのあるものではなかろうか。癒えぬ痛みも明日への一歩にする、それが彼女の強さであろう。

 

「そうか。そうお前は思うのか。ならばいい。それでいい。後悔しないのなら、あとは何も言うつもりはない」

 

 彼女は背中を向けた。

 

「何処行くんだ?」

 

「別に、何処へだっていいだろ?どうせセイバー、お前が何を望もうと私はどうせ消えるのだ。私はセイバーの宝具。望みに関係なく、聖杯戦争が終われば私は消滅だ」

 

「それはどういうことだ?」

 

「そのままだ。言葉の通りに受け取ってくれ。そうだな、私は……、日の出でも見に行こう。せめて綺麗な日の出を見てから私はまた剣になりたい」

 

 彼女はそう言い残すとこの場を去ろうとした。それは彼女なりに負けを認めたということなのか、それとも最後の瞬間を見たくないからなのか。どちらにせよ彼女はこの世にいることができる最期の瞬間を味わいたいのだろう。

 

「……分かりました」

 

 セイバーはそれを理解した。その言葉にグラムはふっと笑う。

 

 だが、しかし俺にはどうしてもグラムにひとこと言いたいことがあった。セイバーがグラムに赦しを与えても、俺はそうはいかなかった。

 

「なぁ、グラム。俺、お前に言い足りないことがある」

 

 彼女は振り向いた。何を言われるのかと不思議そうである。

 

「なんだ?告白か?」

 

「えっ⁉︎告白するんですかっ⁉︎」

 

「いや、しねーよ。するわけねぇだろ。なんでグラムに告白すんだよ。死んでも無理だわ」

 

 まったく、此の期に及んで俺を弄りにくるとかやめてほしいわ。つーか、普通弄るのは俺だろ。

 

「あのさ、アーチャーの件なんだけどさ、お前、一つ誤解してるようだから訂正だけしたいんだよね」

 

「訂正だと?」

 

 彼女は首を傾げた。どうやら思い当たる節がないご様子である。

 

「その、なんつーか、お前ってアーチャーのこと毛嫌いしてんじゃん?」

 

「嫌い?いや、別にそうでもないぞ。私が嫌いなのはそもそもの発端であるオーディンであり、アーチャーは普通だ。まぁ、目の前に現れたら殺意が湧くがな」

 

「だからそれを嫌いっていうんだよ」

 

「そうかそれならアーチャーだけでなく……」

 

「あ〜、はいはい。そうですね、人間はもう全般的にお嫌いでしたね」

 

 何なんだこいつは!一々話の節を折りやがって!

 

 とまぁ、怒りたいのも山々だが、ここでプッチンと堪忍袋の緒を切るわけにもいかないのでもう暫し我慢する。

 

「アーチャーはさ、何を願ってたと思う?」

 

「それは聖杯に、ということか?」

 

「いや、そうじゃなくて、もっと日常的に、聖杯に抱く願いとかじゃなくて……、そのなんていうんだ?夢、とか?なんかそーいうやつ」

 

「夢も願いも似たようなものだと思うのだが……」

 

「あーいや、そうなんだけど、そうじゃなくて……、目標?まぁ、とりあえずそんなもん」

 

 聖杯に対する望みと比べてしまうと言葉にしづらいものである。

 

 ごく日常にありふれ、しかし特定の言葉を与えられていないもの、行為を言葉を組み合わせて表現するのは意外と難しいものだ。

 

 どうであろうか、伝わったであろうか。

 

「……睡眠?」

 

「テメェ殺すぞ」

 

 おっといけない。つい滑って変な言葉を口にしてしまった。

 

 グラムはニタリと口角を上げた。

 

「冗談だ、分かってる。通じているとも」

 

 その笑みは何とも腹がたつ。脇をくすぐられたり、頭をポンポンと軽く叩かれたような感じがして、怒るにしても怒れないビミョーな苛立ちが湧き立つ。

 

 よし、後でこいつに仕返しをしてやろうと心に決め、とりあえず本題に入る。

 

「で、どう思ってたと思うのさ?」

 

「どうって……、そりゃ、平和とかじゃないのか?あいつは家族と平穏に過ごしたい、そうなんだろう?」

 

「その家族って、やっぱこいつか?」

 

 俺はセイバーを指差した。

 

「ああ、そうだな。こいつだ」

 

 グラムも俺と同様に指差した。

 

 二人に指差されて、セイバーは少し機嫌を悪くする。

 

「もう、二人とも私を指差さないでください!」

 

「まぁそう怒るなって。つーかそう言うお前はどうなのよ?」

 

「父のことですか?」

 

 彼女は一旦黙りこくり、そして一人でにニヤついた。

 

「気持ち悪いわ」

 

「いや、これは、その、喜び?」

 

「それは見てわかる。でも、そのニヤけた顔は殺意湧く」

 

「何で⁉︎私の気持ちを分かってはくれないんですか?」

 

「両親がいないということで一定の同情はあったけど、今はもうお前、ちげぇし。そこはほら、妬み?」

 

「両親いなくても毎日楽しそうですけどね!」

 

「そりゃ、羽を広々と広げられるからな。とりあえずお前はもう俺的に敵だ」

 

 まぁ、案外俺はそういう親がいないから悲しいとかそこらへんの感情は抱かなかったが。なんだかんだ爺ちゃんいるしね。

 

「……つーか脱線しすぎなんだけど。なんで俺が話すときだけいつもこうなの?」

 

「一概にヨウの人柄としか言えないです」

 

 この子は本当にオブラートに包んで言うということを知らない。もうちょっと優しさがあってもいいのではなかろうか。

 

「はぁ〜、もう一旦このどーでもいい脱線は置いておいて、再度本題に入るけどさ」

 

「アーチャーがどう思っていたのかってことだろ?」

 

「あ〜、はい、そうなんですけどね」

 

 本当、この二人はどうして俺の話を毎度毎度遮ってくるのか。俺が言いたかったことを先取りして、その上脱線まで促してくる。

 

 はぁ〜、今からでもこの話しやめようかな。やっぱナシって言おうかな。

 

 そんなこと考えちゃうぐらいツライ。なんてったって本題に一向に辿り着かないのがツライ。

 

「で、何が言いたい?」

 

「あ〜、うん。えーっと……」

 

「お前、もうやる気ないだろ?」

 

「あなた方のせいで気力が削がれた」

 

「グラムはともかく、私も悪いのですか?」

 

「セイバー、無自覚は罪だ。覚えておけ」

 

 もう、ツライ。心がボロボロになってゆくのが分かる。

 

「とりあえずこのままいくと日が昇るまでどうでもいい談話になりそうだから、結論だけ先に言うわ」

 

 苦肉の策。もうちょっと上手く会話で誘導して本題に入ろうと思ったのだが、この二人のコンビは中々に強敵。なので、もう単刀直入に本題に入る。

 

 俺はグラムに再び目を向ける。

 

「おい、お前、まだアーチャーと戦った時のことは覚えているか?」

 

「ああ、覚えているとも」

 

 その言葉にセイバーの顔は少し翳り出した。それもそうだ。父親が死んだ戦闘なのだ。忘れられない、心に傷を負った出来事、涙で霞むあの光景は未だに瞼を閉じても蘇ることだろう。

 

「だが、それが何だ?あの戦闘がどうかしたのか?」

 

 彼女にしてみれば目の前に立ちはだかったアーチャーという自信のトラウマの壁をぶち破った戦闘。もちろん、それが本当にトラウマを払拭できたのかというと、それはまた別の話だが。

 

 ともかくあの戦いでグラムは勝利した。アーチャーを殺したのだから。

 

 でも、俺はあの戦いがどうもおかしいと思う。

 

「あれは本当にお前が勝ったのか?」

 

 その言葉に二人は凍りついた。多分それは俺の言葉を理解していないからだと思う。しかし、それでも彼女たちとの見識とは違っていた。

 

「ああ、いや、若干言葉を間違えてるか?そうだな……、勝ったのかと言うより勝てたのかと言う方が正しいか?」

 

「私がアーチャーに勝てたか、だと?」

 

「まぁ、そーゆうこと」

 

 グラムは俺を鼻で笑った。

 

「何を言っている?私は勝ったんだ。あいつを追い詰めて、殺した。それだけのことだし、だから勝てたに決まっているだろう!」

 

 そう、そうなのだ。グラムはアーチャーを殺した。それは俺もセイバーも目にした決定的な事実であって、それが嘘であるだなんて一切思わない。だからグラムはアーチャーに勝った。

 

 しかしだ、勝ったというのは事実でも、勝てたというのが絶対的に事実であるという証拠はないのだ。

 

「—————本当に勝てたのか?」

 

 もう一度俺は深くグラムに追及をした。もしかしたら、俺たちは重大な思い込みをしていたのかもしれないからだ。

 

 しかし、グラムは質問に激昂を見せた。

 

「私はあの時、しかと勝った!この手であいつを殺した。あいつは弱かったんだ。それなのに、私が勝てた、と?勝てたに決まっている!それは絶対だ!何回、何十回、何百何千と戦おうとも私は絶対にあいつに勝つ!」

 

 そうだ、グラムとしては勝ったという認識が大きい。勝った、だから勝てたと思うのも仕方のないことだろう。誰だってそう思ってしまうことだし、理解は示そう。

 

 だが、普通に考えてみろ。そんな難しい話でもなく、もっと簡単にあの戦いにツッコミを入れたい。

 

「俺はおかしいと思う。だってさ、あのアーチャーだよ?負けるはずないじゃん」

 

 俺がそう言った後、二人は口を開けたまま数秒間動かなかった。遠くの方を見つめるように呆然としていた。

 

「待て待て待て待て、どうしてそうなる?」

 

「そ、そうですよ。確かにお父さんは強いですけど、結果あそこで負けちゃってますし……」

 

 無論、そういう風に二人からは賛成がいただけないことは分かっている。

 

「まぁ、確かにそう思うかもだけどさ、あの時アーチャーは世界に嘘ついてたろ?」

 

 世界に嘘をつく。それはシグムンドという存在に決めつけられているステータス値を自らが改変したということ。彼は自身の基礎能力を最大限まで引き上げていた、もとい、そうなるように書き換えていたのだ。

 

「筋力、耐久、その他諸々を全てEX。その上、歴戦の猛者、豨勇(きゆう)な男、洗練された剣の腕前。そんな奴がただ剣をポコスカと出してるような奴に負けるか?」

 

 アーチャーは強かった。圧倒的に誰よりも強かった。俺は他のサーヴァントとも何度か刃を交えたりしたけれど、アーチャーの強さだけは別格である。確かに他のサーヴァントも英霊というだけあって強い。しかし、アーチャーは他者を優に超えていた。それ以前にそもそもくぐり抜けてきた死地の数が他のサーヴァントと比べて多い。そこから生まれる突飛でありながら実に理にかなっている攻撃、動作。それが彼の強さなのだと思う。

 

 そしてそんな奴が果たしてグラムに負けるだろうか。確かにあの時、世界から修正力がかかっていただろう。娘であるセイバーが近くにいたからそっちの方が気になって仕方がなかったのかもしれない。

 

 それでもグラムに負けるか?グラムは確かに強力な能力を持つ宝具で、聖杯にパイプを繋いでいたから少し魔力的なバックアップもあったのかもしれない。それでも攻撃手段は実に数少なく行動も限られる。その上、グラム本人は大して強くもなく、アーチャーの固有結界によって心が動揺していた。そんな相手に彼が負けるとは思えない。

 

「なら何だ⁉︎あいつは私に勝ちをくれてやったとでも言いたいのか?本当は強かったけど、私にわざと負けた、と⁉︎」

 

「まぁ、実質的にはそういうことになんじゃないの?」

 

 グラムは俺の胸ぐらを掴んだ。そして、拳を俺の胸に押し当てる。

 

「それ以上も何も言うな。私はもうあいつのことなど何も聞きたくない」

 

 感情的である。どうしてグラムはアーチャーのことになるとこうも感情を表に出し、怒り出すのだろうか。

 

 どうしても離れられないのかもしれない。アーチャーを殺したということを。あの場面を、光景を。血を吹き出しながら地面に突っ伏し静かに果てる猛者の背中を。

 

 かつては王として剣を握っていた男。そんな彼でも家族が彼の後ろにいると弱くなってしまったことが気にくわないのだろう。グラムが殺したかったアーチャーはそんなアーチャーではないのだ。もっと自分に地獄を見せつけた戦人としての彼を殺したかった。だから、そんな人間的な彼を殺したことが心に鎖をつけた。それがなおさらわざと負けたのなら、そんな彼を殺したグラムはどう思うだろうか。

 

 その怒りを今、彼女は俺に向けている。しかし、本当は違うのではなかろうか。俺に矛先を向けるのが正解なのか。

 

「俺はさ、あいつに言われたんだよ。娘を頼むって、あいつが頭下げて俺に言ってきたんだ。それが今まではずっとセイバーのことかと思ってたんだ。もちろん、それはセイバーのことなんだろうけど、俺はグラム、お前もその中に入ってるって思うんだ」

 

 俺のこの考えはこじつけに等しいのかもしれない。アーチャーがグラムを殺さなかった。そこから俺なりの解釈をしたのであって、彼の言葉をそのまま受け取る限りこんなことは考えられない。強引でそんな意図はないのだろうと思う。

 

 しかし、アーチャーはそれぐらいグラムのことも大切に思っていたんじゃなかろうか。

 

 アーチャーはグラムに戦いを挑んだ。あの時はきっとセイバーのために、セイバーが聖杯を得るためにグラムが邪魔だと考えて殺そうとしたのだろう。しかし、あそこでアーチャーは決定的に殺せたタイミングがあったにも関わらず、殺せなかった。それはきっと、彼が本当はグラムを殺すことを望んでいないと分かったからではないのだろう。俺たちとアーチャーが出会うまでどんなことが起きていたのか、そこは一切知らないが、アーチャーはグラムを殺せなかったのだろう。

 

 そう、もう彼は鋼の心を持つ王ではなくなっていたのだ。

 

 彼は王でも、人を捨てきれなかった。

 

「おい……なんだそれは?」

 

 グラムはわなわなと震えていた。俺の胸ぐらを押し付ける拳は緩く、顔は紅潮していた。

 

「私があいつにとって娘も同然だ?なんだそれ……、ふざけるなよっ‼︎戯言も大概にしろ‼︎そんなことあるわけないだろう!だって、私は、私は—————」

 

 彼女の瞳は潤っていた。目尻から滴り落ち、睫毛には雫が溜まっている。脆くも針のように突き刺す視線を俺に向けた。

 

 彼女だって、本当は分かっていたのではなかろうか。それが彼を殺した時から心の中でモヤモヤする正体なのだと。それでも理解することが怖いから、思い込んでいただけではないのだろうか。

 

 辛い思いをしたくないから。

 

「私は、剣なんだぞ—————!」




はい!Gヘッドです!

もうこの物語は後片付けに入りましたね。どんな感じで終わるのかを楽しみにしながら、次の回の更新まで楽しんで待っていてください。


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心に溜まった苦しみを

 グラムは剣である。セイバーの宝具で、命を奪うための道具。それ以上もそれ以下でもない、本人曰く陋劣な存在。今でこそ人の姿をしているものの、本来は幾多の血を吸い続けてきた魔剣である。手入れはされていても、染み付いた血の色は視覚を使わずとも感じ取れるほど。

 

 そんな彼女は運命からの脱却を望んでいた。自身が宝具であるから、人殺しの道具であるから地獄のような在り方しかできない。だからそこから脱却し、自身は違う存在にでもなろうと、彼女は夢を抱き続けてきた。

 

 時にその夢のために前進し、目の前にあるものも慮ることなく踏みつけてゆく。顧みることなく彼女はただひたすらに夢に向かっていた。

 

 しかし彼女は違和感を覚えていた。夢に段々と近づいてきたというのに、心地よく感じない。自分は何かを間違えたのかと考えた。そして後ろを振り返る。

 

 彼女の目に映ったのは自身が踏みつけてきた残骸だった。自分の欲を優先したせいでそうなってしまったのだ。そこにはかつての相棒もいる。彼は笑みを浮かべながら伏せていた。その笑みはなんとも悲しそうな笑みで、彼女の心を抉る。

 

 彼女は立ち止まった。聖杯を前にして、男が彼女に何を伝えたかったのかを考えた。

 

 自分は間違えている。そう薄っすらと気づいた彼女の目の前の世界が変わっていた。

 

 —————この世界は生前彼が歩んでいた道とほとんど同じなのではなかろうか。

 

 彼は平穏な日々のために犠牲を承知で戦をした。家族と笑いながら暮らすために日夜人を殺した。そして、来るところまで来て、彼も気づいた。間違っていたのだと。

 

 男は伝えたかった。自分にとって大事な存在に。その先は真の地獄でしかないのだと。その道を歩んだ彼だから言える忠告。もしそれで叶えた夢でも、後悔しか残らないと。それは剣であっても同じだ。罪の意識は心を蝕んでゆく。

 

 グラムは剣である。しかし、彼女は人のように心を痛め、人のように欲を欲し、人のように後悔した。

 

 身は剣であろう。しかし、心はもう人なのではなかろうか—————

 

 そして、男は剣のその心に触れ、家族と同じように心から愛した。

 

 彼は決して罪滅ぼしのために彼女に立ち向かったわけではない。ましてや、娘のためだけだというわけでもない。自身と同じ道を歩んでしまっている彼女の道を正すために刃を向けたのだ。

 

 しかし、男は盛大にやらかしてしまってくれた。それは殺すことができなかったからである。それは腕の問題ではなく、心の問題。どんな猛者でも大切な存在を殺すことはできなかったらしい。だから、彼はグラムを殺さずに死んだ。

 

 何も語らずに、俺たちに責任を放ってくれたというわけだ。

 

 彼女は自分のことを剣と言い張る。別になんらおかしいことはないのだが、多分彼女的にはニュアンスが違うと思う。

 

「お前が剣であろうが何だろうが別に好きに言い張ってくれて構わないよ。でもさ、そういうことを言いたいわけじゃないんだよ、きっとアーチャーは」

 

 俺はセイバーの肩に腕を回す。

 

「こいつと同じで、あいつにとっては大切なものだったんじゃねぇの?だから、お前も救いたかった。ただ、ちとこいつより優先度が低かっただけで、お前は愛されてたんだよ」

 

「……違う、そんなはずがない。私があいつに愛されていただと?そんなはずはない!だって、私は—————」

 

 彼女は自身の手のひらを見つめる。そう、その手はまさに人の命を幾度となく奪ってきた鉄の身体。鮮血がこべりついたその身体はもう元には戻らぬのだ。

 

 涙を浮かべる。瞳を閉じ、瞼の裏に焼きついた地獄を見る。苦しい、辛い、もう見たくない。それでも罪は彼女の身体に溜まり続け、鞭を打つ。

 

 許されぬことをしたのだ。そう、超えてはいけぬ一線はとうに越している。戻らぬ一本道を戻ることなどできやしない。

 

「こんな人殺しを愛すだと⁉︎やめろ、もうそんな冗談は!そもそも私がいたからあいつも地獄に落ちたんだぞ?あいつだって私なんかがいなければ普通に暮らせて普通に死ねたはずだ!」

 

 彼女の口から出てくる本音。心の奥底に溜まっていたヘドロを吐露する。話がごちゃごちゃになっていても、矛盾が生じようとも彼女はただ苦しみの根源を吐き出す。

 

「あいつが私を愛して何になる⁉︎私を愛する価値なんてあるか⁉︎ないだろう!なのになんであいつが私を愛する‼︎⁉︎」

 

 嗚咽交じりの声は時にかすれ、時に途切れ、それでも止まらない。

 

「私なんかがいた意味なんてないんだ。だから、あいつが私を愛してただの、わざと負けただの、一々どうしてそんな面倒くさいことを話すんだ、お前は!このまま聖杯戦争を終わらせば良かったのに、なんでここで終わらせないんだ!私は、ただの人殺しの剣で終わりたかったのに、そこでなぜストップをかける⁉︎また私に辛い思いをさせようというのか⁉︎私を苦しめようとするのか⁉︎私はこのままでいいのに、なんでお前はそこまで真実を突きつけるんだ!見たくなかったのに、見せてくる!あああっ、もう、なんで私ばかりがこんな嫌な目に会うんだ!私はただ普通に生きたいだけなのに、どうして普通に生かせてくれない⁉︎人だって殺したくないのに、なんで私ばかりが……、なんでこんな辛い目を見ないといけないんだ!どうして、私の運命はこんなにも狂っている?」

 

 もう俺もセイバーも止めなかった。彼女が言いたいだけ言えばいいと思った。

 

 今まで吐き出さずにいた感情は身振り手振りとなって、声となって、涙となって彼女から出て行く。怒りと憎しみと悲しみが矛盾を覚悟で吐き出され、彼女の声は段々と小さくなってゆく。

 

 一通り彼女の披瀝が終わった。言いたいことを言い終わったのか、口の中が乾いたのか、それとも今彼女はとんでもなく恥ずかしいことをしていることを理解したのか、ハッと我に返ると一段と顔を赤らめた。

 

「……や、こ、これは……、違う。その、何と言うか……」

 

 自分でも説明に困り果てている。耳の先まで赤く染まる彼女を見て、俺のゲスい部分が笑う。

 

「ふむ、これはこれでイケるな」

 

 俺は顎を触りながら舌鼓をする。すると、隣のセイバーからの視線が物凄く痛かった。ちらりと横目で彼女を見る。彼女は俺をじっと監視しているような目をしていた。

 

「セイバーさん?視線が痛いのですけれど」

 

「ヨウがまた変な性壁をこじらせているからじゃないですか」

 

「しょうがないだろ。女の子が頬を赤らめているっていうのに、それに興奮しない男が何処にいる?」

 

「一言で言って最低ですね!」

 

「そうだす、わたすが最低オジさんだす」

 

 俺がふざけた返答をしていると彼女は深いため息を吐いた。しかし、今更そんなことで動じる俺ではない。そう、それこそ目の前にいるグラムのように。

 

 彼女はとんでもなく恥ずかしい、ある意味羞恥プレイなさっきの出来事に立ち直れず、顔を自分の膝にうずめて座り込んでいる。

 

「うぅ……、その、無視だけはしないでくれるか?無視は心がさらに抉られるというか……、その……」

 

 ひょっこりと顔を出したが、また恥ずかしくなったのかすぐに顔を隠した。

 

「ツンデレとは、またまたナイスなキャラ設定」

 

「あんまりからかわないであげてください。ほら、グラムだってもう泣きそうじゃないですか」

 

「あっ、いや、そこはもうあんまり触れてほしくない……」

 

 とりあえずそこそこグラムで遊んだところで本題に戻る。これ以上脱線したら話が長続きしてしまう。

 

「おい、顔を上げろ、グラム」

 

 俺はグラムの前に立った。彼女はまだ顔から弱火が出ているようで、顔を完全には上げず、目だけを動かした。

 

「お前な、なに自分の言ったことを恥ずかしがってんだよ」

 

「いや、だが、あれはちょっと流石に……」

 

「そう?俺は別に悪いとは思わないよ。自分の言いたかったこと、本音をさらけ出して何が悪い?自分はこうだって言って何が悪い?いいじゃねぇか。お前はお前なんだから。察しろとでも言いたいのか?そんなん無理に決まってんだろ。自分で言わにゃ何も始まんねぇし、何より腹の中を探り合えってわけにもいかねぇどろ。腹ん中割って話して、それで万事解決が一番楽で良いやり方なんだし」

 

 グラムは手で自分の服の裾をぎゅっと握りしめた。

 

「……そう、だな……、そうできれば良いのにな……」

 

 しかしやはり人にはプライドとか警戒心という面倒くさいモノがついているからそう簡単に腹を割るなんてことはできない。それこそ、会ってすぐにそういう関係になれたのなら、それは直感が告げていたとしか言いようがなく、多くの場合そんなことにはなりにくい。

 

 グラムの背中は何とも小さい。消極的な受け答えしかできないのか、こいつは。

 

「まぁ、やっぱお前から本当のこと聞けて良かったよ。お前がどう思ってんのかとか、何したいのかとか。あのままだと本当に分かんなくなってたし……」

 

「はい。私もそれで良かったと思います。もちろんお父さんを殺したことは許せません。でも、それでもあなたが悪い人なんかじゃない。それを聞けたのは私としては嬉しい」

 

 彼女は特に普通の笑顔をしていた。屈託のない晴れやかな笑顔というわけではないが、それでも彼女は口角を上げて瞳を閉じ黒目を大きく見せている。

 

 その姿が少しだけ俺には怖かった。それはホラーという恐怖ではなく、不安による恐怖。この先、彼女はどうなるのかと案じてしまった。

 

 彼女は俺の視線に気づくと、どうしたのかと尋ねてきた。俺はグラムを見る。そして、それを確認し、俺が抱いたモヤモヤを今明かすべきではないと悟るといつも通りに振る舞った。

 

「まぁ、あの大演説はちょっとウケたけど……、ブフッ」

 

 その言葉にグラムはまた顔を隠した。セイバーは俺を怒る。変なことを言うなと。

 

 別にそんな悪いつもりはなかったのだが、やはりいつもの俺らしく振る舞おうとしたらこの言葉が出てしまった。まぁ、実際グラムの大演説の最中、ちょっと面白すぎてにやけそうになってしまったのだが、そこを明かすとまた責められるので何も言わない。

 

「いや、まぁ、今はそれを置いといてだな……」

 

「話を持ち上げてきたのはヨウですよね?」

 

「失敬失敬、悪気はないノ」

 

 セイバーの視線がいつになく鋭い。何で俺の味方をしてくれないのか。ああ、もうちょっと俺に優しくしてくれても良いのに。

 

「まぁ、いいや、とりあえずそういうことだわな。アーチャーはお前を愛してたし、お前を殺せなかった。それでいいだろ?」

 

 彼女はこくりと顎を下に動かした。

 

「つーか、お前、実際気付いてたろ?アーチャーが手を抜いてたことぐらい」

 

「……そうだな、気づいていなかったと言えば嘘になる。だが、やはりそれをそう思いたくなかった。それを思ってしまったら私は私を許せない。だから、あれは私の運命を変えるための必要なこととして捉えていた」

 

 しかし彼女はやはり目を逸らさなかった。もしかしたらアーチャーは手を抜いていたのではなかろうか。それを考えてしまったが最後、彼女は心に黒い塊を抱き続けていた。

 

「あいつの最期の顔が笑顔だったことがずっと心残りで、私は苦しかった。あいつの笑顔はいつぶりに見たことかと思ったが、それと同時にあいつの行動は裏があることは分かった。ただ……、そうだな、あいつが私を生かそうと思っていたとは考えたくもない。何より、私はあいつが嫌いだからな」

 

 そう言う彼女の顔は心なしか何処か嬉しそうである。

 

「おい、ヨウ。お前が私に言いたいことはそれだけか?」

 

「ん?まぁ、そうだな。特にお前にはもう言うことねぇよ」

 

「そうか。分かった」

 

 彼女は俺の返答を聞くと、背を向けた。

 

「私はもう行く。最期にお前たちが隣にいるのは御免だからな」

 

 彼女はそう言い終えたあと足を前に出そうとしたが、ふと止まった。顔を後ろまでは向かずとも、横斜め後ろくらいまで首を回す。

 

「セイバー」

 

 グラムはセイバーの名を呼ぶ。

 

「お前には悪いことをした。私がしたことは間違いではないが、それでもお前には苦痛を与えたのだろう。その、なんだ……」

 

 風が二人の間を通り過ぎた。冷たい風が鼻を劈くような痛みを感じた。

 

「許せとは言わない。恨んでくれて構わない。ただ、すまなかった—————」

 

 彼女はそう言い残すと、それからは振り返ることもせず夜の森の中に消えて行く。彼女の歩く音が消え、聖杯の光によってまだ薄っすらと見えていた彼女の背中も完全に暗闇と同化してしまった。

 

 俺はセイバーに視線を移す。彼女は特に何も表していない顔を浮かべていた。

 

「おい、お前さ、普通なんか言うことあったんじゃないの?」

 

「え?私ですか?」

 

「そうだよ、お前以外に誰がいるんだよ。普通もっと言うことあったんじゃない?お前もお前で」

 

 彼女は俺が言ったことにピンときていない様子である。わざと明言を避けて言ってみたのだが、彼女が理解できないということは一切頭の中になかったということ。

 

「グラムになんか言えば良かったじゃん」

 

「グラムにですか?言うことなんて何もありませんよ」

 

「いや、お前だって恨み言の一つや二つあるだろ。それこそ、アーチャー殺されたこととか、叔父を殺してしまったこととか。そういうことを言えばいいのに」

 

 恨みや妬みを口にすればそれなりに徳がある。それはセイバーだけでなく、グラムにだって。セイバーは心に溜まっている苦しみを吐き出せるし、グラムだって鈴鹿みたいに責められた方がいいはずだ。

 

 それなのに彼女は俺の言葉を否定した。

 

「そんなことありませんよ。別にもう怒ってないですし。しょうがないんです。だってそれが運命なんですから」

 

 セイバーは笑っている。こいつには憎み、恨み、怒りで我を忘れるということが皆無に等しい。正直、俺からしてみれば普通じゃない。グラムをそれだけで許せるのだろうか。

 

 セイバーはこういう奴だ。俺には絶対にできそうにない。憎む相手がいればそいつを憎み続ければ良いというのに、その相手を許してしまえばこいつは一体誰にその苦しみを吐き出すというのだろうか。

 

 怒っていないというのは嘘だろう。絶対に煮え滾りそうな怒りを抱えている。しょうがないと割り切っていることも嘘だろう。本当に大切な誰かを失ったのに割り切れるのだろうか。その上、運命を彼女は受け入れてもいない。だって彼女は運命に殺されてこの聖杯戦争に流れ着いたただの少女。そんな彼女が受け入れられるはずがない。受け入れているのならその聖杯戦争をなぜ彼女は断固としてグラムに渡さなかったのか。

 

 正直、セイバーは可哀想な奴である。ただでさえ悲惨な運命の渦中にいるというのに、殊更に彼女の物語において悪人はほとんどいない。いたとしても彼女が地獄を見ている理由になる人ではない。

 

 だからこそ彼女のことが可哀想だと心底思う。彼女にとって絶対悪がいないから彼女は誰に怒りをぶつければいいのだろうか。恨む相手がいない、これ以上の復讐劇ほど辛いものは他にない。

 

 グラムが絶対悪であったのなら、完全な悪人であったのなら、セイバーは怒りに身を任せ殺していただろう。彼女の手は血で汚れていたに違いない。それは確かに純白とも言える彼女にとって大きな汚点となるが、彼女はそれで少しは心が晴れるかもしれない。

 

 しかし、現実はそうではなく、グラムが絶対悪とはかけ離れた存在であったからセイバーは許してしまった。その結果セイバーの人の良さが仇になり、彼女は苦しみをぶちまける相手さえ消えてしまった。今の彼女に残っているのはやり場のない負の感情であり、その負の感情を発散させることができないからせめてもの足掻きで聖杯を胸の中に抱いている。

 

 それが俺にはとことん見ていて辛い。彼女も辛いのだろうが、やっぱりこういうのは第三者も辛いというもの。

 

「セイバー、辛いか—————?」

 

 俺がそう訊くと彼女は一段と笑った。それこそえくぼを作って見せてくる。

 

「ええっ?辛いか、ですか?そんなわけないじゃないですか。別にどこも辛くはありませんよ!」

 

 胸を張った。自分は辛くはないのだと。特に問題はないと。彼女のその笑顔はやはりいつもみたいに眩しいこと。

 

 ああ、しかしそれでも彼女のその笑顔はいつになく固い。やはりいつものあの笑顔とは何処か違う。何故、彼女は聖杯を強く抱きしめているのか。それがやはり彼女の姿なのだ。もう、何も手放さない、失わない、そんな気持ちが切に表れているように見えた。

 

 グラムは強がっていた。アーチャーを殺したことが何だ、と自身にそう言い聞かせていた。その姿が今、目の前にいるセイバーのようなものなのだろう。失ったから得たものもある。そりゃ、もちろんそうだ。そんなんじゃなかったらクソ喰らえ。しかし、だからと言って失って喜ぶことなんてできやしない。

 

 誰だってそうだ。人はみんな失うことに強い奴なんていやしないのだから。

 

 俺はそんな彼女に一声かけようとした。しかし、口を開いたところで俺から声は出せまい。いや、出したくないのだ。

 

 彼女に俺はもう声をかけてはならない。それが俺なりの答えだから。

 

 俺も彼女のように微笑んだ。

 

「あっ、そう。ならいいや。何でもないっすわ」

 

 彼女にかけてよい声は決して俺の中に残ってはいない。何も言わない、それが俺にとっても彼女にとっても一番にいいことだから。

 

 俺は時計の針を進めようとした。彼女の胸の中にある聖杯に目をやる。

 

「さぁ、セイバー。もう時は来たってことだ。ほら、願いを叶えろよ」

 

 俺は彼女に望みを叶えることを促した。

 

 彼女はこくりと頷く。聖杯を胸に置き、深く息を吐いた。そして声を出す。

 

「私は……」

 

 彼女の声はあまりにも小さい。山の中を吹き抜ける風の音よりも小さく、夜の森の暗闇の中に吸い込まれていった。

 

 それから数秒間、何も言葉を発しなかった。顔を俯けて俺と目を合わせようとしない。彼女は無音を作り出し、眩しい光だけを俺の目に浴びせ続ける。

 

 その行動の不自然なこと。俺は彼女に呼びかけた。

 

「おい、セイバー。どうした?寝てんのか?」

 

 その質問に彼女は首を横に振る。寝てはいないようである。

 

 しかし、彼女はまた黙りこくる。聖杯を離さまいと指紋がべっとりと付くくらい握りしめ、まるで物のようにそこに立っているのだ。

 

 そのあまりの不気味さ、不可思議さに俺は不安を覚える。彼女の身に何かあったのではないかと気になってしまった。

 

 俺は手を彼女の肩に当て、そして軽く揺らした。

 

「おい、セイバー、どうし—————」

 その瞬間、彼女は俺に近づき、軽い頭突きを俺の胸に当てる。そのまま彼女は若干の体重をかけながら、額を俺の胸に付けた。何も言わず、特にそれ以外の行動はしない。ただ彼女の額から吹き出た僅かな汗が俺の服に染み込む。首元は冬の外気が胸元には人肌が。寒いのか暑いのかよく分からない。

 

 彼女は胸の中で一生懸命大事に聖杯を抱きしめていた腕を力なくぶらりと重力に従うように落とした。そして、片手で握る聖杯を地面に放る。聖杯の落ちた衝撃は土に吸収され、俺に聞こえたのは少し荒い吐息だけ。

 

「おい、どうしたよ、急に」

 

 突然の事態に俺は内心テンパっていた。しかし、彼女がその言葉に返答しないと、自分でも意外なことにスッと納得できた。

 

 じわりと彼女の息が生暖かく、髪の毛の一本一本が服越しに感じられた。人肌の感じは多少の気色の悪さと高揚感と憂鬱感を俺に与えた。小刻みに上下に揺れる肩を彼女は抑えることなく動かし続ける。

 

 彼女は俺の服の腹部の布をぎゅっと手で握りしめた。服にシワがついてしまいそうなほど強く握りしめながら、必死に声を押し殺している。

 

 俺はこの状況を憂えた。彼女が今まさに俺に頼っている。聖杯を腕の中から離してまでも。それがどのようなことなのかは詳しくは知らないし、もしもの未来がどのように転ぶかも分からない。

 

「……少し、少しだけ……このままでも……いいですか?」

 

 やっと彼女が口を開いて言った言葉だった。たった一言、それだけの言葉を彼女は俺に向けた。

 

 しかし、俺にとってその言葉は何よりも重いものである。彼女は俺を頼っての言葉なのだろう。俺は彼女にとって頼られる人間ということらしい。それは嬉しい。とても嬉しいことである。

 

 だが、だからと言って俺は彼女のその言葉に胸を貸したくはなかった。それはそのままではいけないから。彼女にもう触れてはならないのだ。彼女ともうあまり話したくもない。彼女と目を合わせたくもない。したくもないし、してはならない。だから俺は彼女のその一言を叶えることはできない。

 

「—————俺はお前の聖杯じゃねぇぞ」

 

 そう言ってのけた。そう言ってしまった。彼女の依存を断ち切り、触れるなと明確に意図を伝えた。

 

 しかし、彼女は離れようとしない。ぎゅっと服を握ったまま離そうとしない。聖杯を手放したのに何故俺から離れないのか。それが悔しくて悔しくて、しかしその理由を分かりたくないから分かろうとせず俺は一方的に突き放そうとした。

 

「セイバー、離してくれ」

 

 彼女がその手を解いてくれないと俺が辛いのだ。俺だって決めたのだ。セイバーが望みを叶えるために俺の望みはかなぐり捨てようと。俺はそのためにこうしているのに。どうして彼女はその努力を無駄にしようとしてくるのか。

 

 俺は彼女とはもう一切関わりたくはない。さっさと聖杯を手にして、願いを叶えて過去に戻ってもらいたいものだ。そして、俺の目の前から彼女がいなくなって一件落着。そうなってほしかったし、そうでないと俺が辛い。

 

 だから、そうなるように俺が誘導しているつもりなのだが、どうしてか彼女はいつもその誘導を無視して行動する。本当にやめてほしいものだ。

 

 中々離れないセイバー。再度の忠告を聞き入れない彼女に俺は焦燥による苛立ちを抱いていた。

 

「おい、セイバー。邪魔だ。離れろ」

 

 今度はさっきよりも強く彼女を突き放した。しかし、やはり彼女は俺から離れようとしなかった。時折聞こえる小さな彼女の声はさっきの彼女の発言と全く同じものだった。

 

「ヨウ、このままでもいいですか……?」

 

 決して顔を見せようとはしてくれず、しかし離れてもくれない。まるで壊れたロボットのように何度も同じ言葉をボソボソと言い続ける彼女に俺は胸が締め付けられる感覚がした。

 

 彼女を本当に突き放して良いのかと。俺の本当の望みは何であるかと。それを自問自答しながらも、彼女の発言に未だ返答ができそうになかった。ただ彼女の震える身体が何を意味するのかは分かっている。

 

 —————辛いのは俺も同じである。

 

 ここで俺は彼女を突き放せばきっと俺は後悔することになるだろう。しかし、そうしなければそれ以上に傷を負うかもしれない。人間は臆病だから、より傷を負うかもしれない道に自ずと足を踏みいれようとはしない。そう、決してないのである。

 

 俺は彼女の肩に手をかけた。そうして、無理矢理にでも彼女を引き離そうとしたその時、彼女から声が漏れた。

 

「うっ……うぐぅっう、ひっぐ……、ひっぐ」

 

 しゃっくりと嗚咽の混じった声。時には涙と鼻水をすすり、彼女の吐く息にはムラが生じる。耳の先まで真っ赤に染め上げ、声を上げるたびにより一層強く俺の服を握りしめるのだ。

 

 やめてほしかった。そんな風に泣いてほしくなかった。彼女が泣かずに聖杯を持ち続けていれば良かったものを。どうして彼女は聖杯ではなく、俺に頼るのか。

 

 しかし、彼女の涙を目にして何も感じないはずがない。静かに泣くのを堪えながら、それでも堪えきれずに歯の隙間から嗚咽を漏らす彼女を見て、我慢の限界だった。

 

 彼女の流した涙が皮膚から離れ、雫となった。その雫はちょうど真下にあった聖杯の縁に付着する。そのまま雫は聖杯の外面を重力に従い落ちて、中に注がれた魔力の中に入り混じった。

 

 彼女をここで受け入れてしまってはダメなのだ。そんなこと分かっている。俺の頭は理解できていた。

 

 しかし、彼女が本当に欲しているものは何なのか。それも俺はよく知っていた。伊達に彼女の隣に一ヶ月間ずっといただけのことはある。知りたくなくとも自ずと耳に入ってくる。

 

 そう、彼女は決して聖杯なんて元から求めていないのだ。何でも叶えられる聖杯など、本当はあくまで二の次で得られるアイテムとしてしか見ていない。

 

 彼女がほしかったのは自分を受け入れてくれる相手なのだ。なんだかんだと彼女は口にはしていても、結局のところ彼女が抱くのは心細さなのだ。

 

 ずっと一人でいた。誰も信用しなかった。それは信用しても突き放されるのが怖かったから。それが生前の彼女の一番の不幸であり、運命だったのだろう。だから、彼女は自分の殻に閉じこもった。

 

 だが、彼女は今まさにその殻から出てきて自分の心境を訴えている。

 

 今の彼女が抱く負の感情。それは父を殺された痛みと(かたき)に対して放てぬ怒り。しょうがない、どうしようもないその感情の消化を俺に頼っているのだ。

 

 それは俺が彼女の中でそれほどの存在にまでなっているということ。まったく、どうすればいいものか。

 

 ああ、もし俺がここで彼女を力尽くで引き離したら一体彼女はどんな顔をするのか。

 

 震える彼女の身体はあまりにも小さく、伝説とは違って少女の身体。弱々しく、力もなく、泣き虫な彼女。一人で立っていることもできず、挙げ句の果てに求めていたはずの聖杯を落としてしまう始末である。

 

「バカじゃねぇの?アホみてぇなツラしてんじゃねぇよ」

 

 そんな彼女を俺は見捨てられなかった。

 

 そう、突き放すことなんてやはりできないのだ。

 

 彼女の涙を感じて思い知らされる。俺は今まで何をしていたのかと。彼女が俺に頼っていたのに、どうして俺は彼女を今までずっと突き放していたのか。

 

 それはきっと俺に覚悟が足りなかったからだ。彼女のマスターである俺は彼女の最後の砦であって、そんな俺は彼女を受け入れる覚悟がが足りなかったのだ。彼女が聖杯に頼れば俺は必要のない存在だと思いたかったからなのかもしれない。

 

 俺は彼女の頭を手で撫でた。細くて白い彼女の髪の毛が指に絡みつく。少し良い匂いが漂い、頭皮に触れた時、悴んだ指先にはありがたい温もりを感じられた。

 

 彼女の顔は見えず大きなつむじ一つのみしか覗くことができないが、ここからでもなんとなく分かる。どうせ彼女はまだ歯を食いしばっているのだろう。口を大きく開けてただ悲しみと悔しさに流されながらダラダラと滝のように涙をこぼすわけにはいかないと思っているのかもしれない。寒さとは無関係に感情だけで小刻みに動く身体はサーヴァントである彼女にとってなんとも惨めだ。

 

 しかし、一途な愛を求めるただの少女という観点から見ればそれこそまさにしょうがない。

 

「おい、鼻水だけはつけんなよ。きったねぇから」

 

 俺がそう言うと、彼女はそれに対抗するかのように涙やら鼻水やらをドバドバと垂れ流す。

 

「うっ、ふっえぇぇん!ヨ、ヨウが泣かせたぁぁ〜」

 

 当てどころのない負の感情を俺に当ててくる。そして、その報復なのか擦りつけてきた。

 

「っだぁ、こんちきしょう。汚くなってんじゃねぇか」

 

 見ると俺の服は飲み物をこぼしたみたいにビチョビチョである。これはさすがに汚い。

 

 しかし、彼女がそれで少しでも楽になれるのならとも考えてしまう。溜めていた苦しみを今、涙にして解き放って、彼女が泣き止んだ時にどれほど肩は軽くなっているのだろうか。それを考えると、汚れのことは別にそんな大事なことでもない。

 

 傷が癒えることはないにしても、その傷を浅くすることはできる。目立たないようにすることはできる。そのためには全身の水分全部使い切るくらい泣けばいい。泣いて泣いて泣いて、泣けなくなっても泣いて。それで彼女はまた笑えるだろうか。

 

「まぁ、気の済むまで泣けよ—————」

 

 まるで子をあやすように優しく頭を撫でる。すると、彼女はそれに呼応するかのように泣いた。目から大粒の涙が雨のようにふり、口を大きく開けて叫びたいように叫んでいる。またいつ終わるかもわからないような長い時間に突入した。

 

 寒気と熱気が入り混じり、寒いけど暑く感じられる。彼女の大声は別にそこまで耳を突き刺すような声などではなく、しかし心に訴えかけてくるものがある。

 

 彼女の涙は聖杯にポタリポタリと滴り落ちる。眩い光沢を鈍らせんとばかりに涙の雨が降り注ぐ。しかし、それでも聖杯は色褪せることなく光り続けていた。

 

 

 

 

 

 そしてこの時、俺は気付いてしまったのだ。いや、気付いてはいた。ただ、今この瞬間認めてしまったのだ。

 

 それは胸の中で悲しみを吐露する彼女を見ていて分かった。俺は何故彼女を受け入れようとしたのか。そもそも何故俺は受け入れたくなかったのか。彼女が笑い喜ぶ姿を重んじ、悲しませないようにしたかったのはどうしてなのか。俺は何故こんなにも彼女と言葉を交わすことも、近づくことも嫌がっていたのか。

 

 その理由が分かった。彼女を抱きしめている時、俺はやはりそうだったのかと認めてしまわざるを得なかった。

 

 彼女の笑顔も、涙も、命も、望みも全てを守りたかったのはどうしてなのか。それがストンと腑に落ちて、案外簡単に納得してしまった。

 

 不思議なものである。初めて出会った頃はしょっちゅう口喧嘩ばかりしていて、お互いの価値観を譲り合わなかった。それにそもそも俺はこの聖杯戦争に巻き込まれた被害者であり、英霊である彼女とは聖杯への意識も違っていた。

 

 だけどそれでも、時が流れて、彼女が隣にいることが当たり前になるに連れていつしか来る別れの時が辛くなってゆく。

 

 時の流れとは怖いものである。今の俺には思いもよらぬ感情さえ湧き立たせているのだから。

 

 そう、俺は今のこの瞬間、気付いてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————俺、こいつのこと好きだわ。




はい!Gヘッドです!

今回の話、まさか最後にぶっちゃけが書かれておりました!

まぁ、そうですよね、そうなりますよね。一つ屋根の下なんですもの、そんなことがあっても構いませんよね。

さぁ、ということで最後の最後で急展開!(大方、皆さんの予想通りなんですけど)

次回、ついに聖杯で願いを叶える?っていう話の予定です。


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あどけなく、しかし艶かしい

はい、Gヘッドです!

え、何?この頃段々と更新が遅いですって?

えー、それには訳がありまして……、いや、ホントしょーもない訳なんですけど……。

FGOと妖怪百姫たん!。この二つのゲームをやっているせいで時間がなくて……。いや、その、ホントすいません。かけるときに頑張って書いてます。


 恋、それはどのような理由により起こるものなのだろうか。

 

 顔が好みだから。一番欲望に忠実であり、理由としてもナンバーワンに数が多い。しかし、俺は別にそこまでセイバーの顔が好きではない。だってセイバーの顔は外人の顔。しかし、別に俺は大して外人の顔は好きではない。やはり日本人顔に限る。

 

 性格が好きだから。現実的で二人の今後の関係、未来の配偶に最も適した理由であるに違いない。しかし、セイバーの性格も別にそこまで好きというわけではない。とりあえず何でも俺の言うことには難癖をつけてくるし、そもそもこのめんどくさい性格は隣にいられると癪に障る。

 

 好きにならないといけないから。政略恋愛や時期に遅れを感じたからするという言わば手綱を握られているがための行動。しかし、別に俺はそこまで何かに縛られているというわけでもないし、そもそも縛られていたら反抗するタイプである。

 

 他には何があるだろうか。肉体が性的に好みだから?それは確かに俺であれば可能性はなくもない。しかし、別にセイバーの身体はエロいかと言われればそうでも……。セイバーのような身体よりかは二十代後半くらいの肉体の方が断然エロいような気がする。

 

 あれ?他に何かあるか?俺が彼女を好きだと感じた理由。あれ、まさか無いとか?

 

 いやいや、それはない。好きではないというのは嘘である。もちろんそれは胸の奥が締め付けられるような感覚などではないし、頰が火照るわけでもない。ただ彼女が隣にいると安心するのだ。心が落ち着くとも言える。テンポの速いビートを打ち付けるのではなく、逆に穏やかになる。彼女が隣にいる時だけは安心できるということ。

 

 うむ、しかしそれは好きだと言えるのだろうか。安心できるから、それはまるで母親の温もりのようなものと似ているのではなかろうか(まぁ、その母親の温もりなんて知らないけど)。俺の恋とは甘える対象を求めているのか?

 

 いや、それも違う。確かに安心できるし、俺はもしかしたら母親の温もりを求めているのかもしれないが、どう見たってセイバーに甘えられまい。もしセイバーに甘えたらバカにされ続けるに決まっているし、彼女に母親の温もりなぞそもそもない。

 

 なら何故だ?何故俺は彼女が好きなのだろうか。もうここまで答えが出てこないとセイバーのことが好きではないみたいである。

 

 いやしかし、俺は自分はセイバーのことが好きなのだと感じたのだ。あの瞬間、ふと脳裏によぎった。俺は彼女のことが好きだと。それ以上もそれ以下もなく、ただその単語がドンッと俺の頭の中に鎮座し動かない。

 

 俺は涙やら鼻水やら色々なものを擦りつけてくるセイバーのおでこを掴んで彼女の顔をまじまじと見た。

 

「何なんですか?急に」

 

「ん?いや、お前の顔、俺のタイプなのかと思ったけど、やっぱり全然違った。それだけだ」

 

 その言葉にセイバーは表情を険しくする。

 

「女の子にそれはヒドくないですか?」

 

「涙やら鼻水やらを服に染み込ませてくる奴が女の子とは思いたくはないな」

 

 うん、考えれば考えるほどセイバーに対して悪いことしか浮かばない。俺に負けぬほどのめんどくさい性格、生理的に無理な行動、その他諸々。良いところを出そうとしているのに出てくるのは短所しか出てこない。

 

 俺は深いため息を吐いた。そのため息に反応してか、セイバーはどうしたのかと尋ねてきた。

 

「別にただ考え事をしてただけ」

 

「考え事?何を考えていたんですか?」

 

「別にそんな大したこたぁねぇよ」

 

 そう別に大したことはない。俺が彼女に惚れたなどこの際、そんな大事なことではないのである。どうせもうじき彼女は聖杯によって願いを叶える。そして彼女は念願の過去へお帰りということ。なので結局は俺と彼女との付き合いはここでおしまいであり、恋したなど伝えても所詮は特に意味のないこと。

 

 確かに彼女は聖杯などあくまで自身を受け入れてくれる存在の二の次かもしれないが、やはりそうだとしても何でも願いを叶えられるものである。そこは欲望に従い夢を叶えるに違いない。つまり、過去に戻るということ。

 

 まぁ、簡単に言えば彼女を受け入れる存在にはなったものの、その役目はたった数分の役割。大して重要ではないのだ。

 

 今重要なのはその想いをいかに隠せるか、そういうことではないのだろうか。彼女が何の未練もなく去っていけるように俺は後ろから背中を押さねばならないのに、そんなこと言ってしまえば運命の糸が絡まってしまうかもしれない。

 

 俺が望むのは彼女が過去に帰ることである。確かに好きならば彼女の背中を掴んで離さないということも出来得るだろうが、それは果たして彼女のためになるのか。そう考えてしまう。彼女がここにいることは彼女のためじゃない。だから俺は彼女が目の前から消えることを望む。

 

 しかし、やはりその望みが俺の恋心に矛盾しているのは百も承知。それでも俺はそれを無理矢理にでもしてみせる。

 

 そう、つまり彼女を俺の日常から再び消そうということ。元々彼女は俺の平穏な日々の中に存在しなかったのであって、目の前にいる今という状況が異常なのである。つまり、俺はそれを平常に戻すだけであり、なにもそれにセイバーの望みを合わせて叶えるだけである。

 

 簡単なことだ。初めの頃は絶望的だったが、聖杯を手に入れた今では朝飯前である。

 

 今からすることは彼女の望みと俺の日常を得る行為。それしか得られぬ行為なのだ。

 

 結局のところ、今のこの気持ちに気付こうが気付かまいが、どちらにせよこうなる結末は変わらなかっただろう。

 

 そんなもんなのだ。俺なぞ彼女にとって踏み台の一部に過ぎない。もちろん、俺はそれで良い。それで彼女が笑っていられるのならそれぐらい引き受けられる。

 

 ただ、その仕事の代価として見たいものがある。

 

「セイバー」

 

「はい?」

 

 ほとほと泣いた彼女の涙袋は少し腫れており、目の(ふち)が赤く、目は少し潤っていた。だが、もう泣き止んだのか嗚咽や過呼吸気味の息切れは聞こえず、声は少し涙かすれているもののそこまで気になる程でもない。

 

「笑え」

 

「……へ?」

 

「いや、笑ってくれ」

 

 彼女はきょとんとした顔で俺を見る。

 

「急ににどうしたんですか?」

 

「いや、ただ笑ってるお前の顔が見たいなって思っただけだ」

 

 俺が彼女の望みを叶える手伝いをする代価として、俺はその笑顔をもう一度だけ見たかった。あの太陽のように輝く笑顔、何物にも代え難い唯一無二の存在。その笑顔一つで俺は彼女に動かされ、ここまで頑張ってこれたのだ。だから、最後にあの笑顔をしかと目に焼き付けたい。

 

「見納めだ」

 

 これっきりもう彼女の俺を照らしてくれる笑顔はもうない。隣にいた太陽に照らされて光り続ける俺は今まさにこの瞬間から輝きを失うから。だから、その最後だけは美しい光を見せてほしい。

 

 彼女はその言葉に口を噤んだ。暗に『最後』というニュアンスが含まれていた。だから、彼女の顔は一瞬曇った。視線を一旦足元に向けて、両手を腰の後ろで絡ませながら虚ろな目をする。

 

 しかし、彼女はまたすぐに顔を上げ、いつも通りの笑顔を俺に見せつけた。

 

「こんな感じ、ですかね?」

 

 照れるように目をぎゅっと瞑りながら、口角を上げえくぼを作る。白い歯が赤くふっくらとした唇の中に現れ、頰は幾許か赤みが強くなった。腰に手を当て少し曲げ、顔を少し俺に近づける。

 

 自然な笑顔ではなかった。自然な笑顔なら照れなんてものは顔から表れないし、少しばかりわざとらしい。

 

 だが、俺はこれでよかった。彼女の満面の笑顔をもし見てしまったら俺はどうなってしまうだろうか。それが分からない。どうなるか分からないから、見ない方がいいのだ。

 

 見たいという気持ちと、見ない方が身のためだという現実。こればかりは互いに反しているためどちらか一つを選ぶしかできず、俺は後者を選んだ。

 

 だからいいのだ。わざとらしい笑顔でも、彼女が俺に笑顔を向けてくれたことだけで嬉しいのだから。仮初めの笑顔でも彼女の笑顔である。俺にはそれで十分だ。

 

 俺は地に落ちた聖杯を手に取った。聖杯に付いた土を手で軽く払う。やはり聖杯は若干欠けていようとも、汚れを手で払うと一段と美しく輝きを放つ。それを俺は彼女に手渡した。

 

「ほい、聖杯」

 

 彼女はその聖杯を両手で受け取った。彼女の細い指先の隙間から漏れる光は眩しく、しかし目を突き刺すような光ではない。柔らかいずっと見ていられるものだった。

 

 俺はその聖杯を渡すと、彼女に背を向け歩き出した。

 

「え?何処行くんですか?」

 

 彼女はその行動に待ったをかける。

 

「そりゃ、帰るに決まってるだろ」

 

 その言葉に彼女は喫驚した。目玉が飛び出るくらいに目を開く。

 

「えええっ?帰っちゃうんですか?私の最後、見ていかないんですかっ?」

 

「見るわけねぇだろ。今、何時だと思ってる?もう、五時過ぎ!もうすぐ日の出!っていうか、今日はテスト返却日!学校なの!お願い、帰らせて、寝かせて!」

 

 これは本当のことではあるが、第一理由ではない。もちろん、第一理由はただ見ているのが辛いから。それだけである。

 

 彼女は俺に見てほしいというが、それは俺にとって責め具みたいなものだ。苦しい時間がただ続くだけである。

 

 笑顔が見れたのだ。なら、それで終わりにしたい。それ以上の彼女を見たくはない。

 

 彼女は背中しか向けない俺には彼女は苛立ちを抱いたのか、しつこく俺に絡みついてくる。

 

「ヨウ、聞いてます?さっきからの私の話」

 

「ん?ああ、んまぁ」

 

「本当ですか?どんな話しましたか、私?」

 

「え〜っと、ヨウ様イケメン!って話だな」

 

「全然違いますよ、聞いてないじゃないですか」

 

 彼女のため息が聞こえた。

 

「はぁ〜、私がヨウにちゃんと感謝の言葉を述べていたのに、聞いてくれなきゃダメじゃないですか……」

 

 感謝の言葉。そりゃ、確かにほしいな。ここまで命張って彼女を守ってきたんだ。本当だったら俺が守られるはずなのに守ってたんだから、感謝の言葉の一つや二つは当然受け取っておくべきだろう。

 

「よし、もう一度聞くわ。つーわけでもう一度感謝の辞をどうぞ」

 

「えええっ?もう一回ですか?あれ、結構恥ずかしいんですからね!」

 

「そんなこと言わず、ささ、どうぞ」

 

「じゃあ、せめてこっち向いてくださいよ」

 

「いや、そしたら俺の涙腺崩壊した顔が見られちゃうからダメだな」

 

「あっ、じゃあ、こっち向かなくてもいいです」

 

 なっ、なんか結構ヒドイこと言われたような気がする。いや、別にそれでもいいんですけどね!

 

「え〜、その〜、いや、なんか改めて言うのも何なんですけど、その、ありがとうございます……」

 

「えっ、何?仰々しくない?それもまさか台本通り?」

 

「そんなわけないじゃないですか!ただ照れてるだけすよ!」

 

 照れてるってことを照れずに言えるのはどう言うことなのだろうか。

 

「さっきは言えましたけど、今はヨウが私のことをからかおうと全神経を耳に集中しているじゃないですか!恥ずかしいですよ!」

 

 セイバーはガミガミと愚痴を言う。照れてるのか照れていないのかよく分からないが、畏まった雰囲気を漂わせる。

 

「あっ、その、本当ありがとうございます。ここまで付いてきてくださって……」

 

「送別会の言葉みたいだな」

 

「ちょっと、雰囲気を壊さないでください!」

 

 こんなグダグダ感謝の辞に雰囲気もクソもないとは思うのだが。

 

「えー、ヨウが頑張ってくれたから、私は今ここにいることができます」

 

「そりゃ、そうだな。俺がいなきゃソッコー死んでるな、お前」

 

「当初は少しヨウに対して反抗してましたが、それはごめんなさい」

 

「まったくだな。あの時は本当に何か言えば喧嘩だったからな」

 

「……あの、ヨウ?一々話を割るのはやめてもらえます?」

 

 彼女はそう言うが、聞く側としてはどうしても言わずにはいられない。

 

 しかし、彼女がそう言うので仕方がない。口を閉じるとしよう。

 

「……はい」

 

「……ん?それで?続きは?」

 

「え?もう終わりですけど」

 

「えっ?もう終わり?」

 

「あっ、はい。そうです。終わりです」

 

 ふ〜ん。そう、終わりか。

 

「……ええっ?嘘でしょッ⁉︎もう終わりなの⁉︎」

 

「そう言いましたけど……、何です?」

 

「いやいやいや、もうちょっと言うことはあるだろ!えっ?何?俺への感謝はそれだけなの?他にもあるだろ!そもそもお前を召還したこととか、お前をなんだかんだ言って支えたこととか、飯作ってやったこととか!他にもあるだろう!お前の感謝はそんなものか!」

 

「失礼な!私だってものすごく考えたんですよ!昨日からずっと、もし聖杯を手に入れられたら何を言おうか考えていて寝付けないほどだったのに!」

 

「俺はそもそも生きて帰れるかで寝付けなかったよ!めちゃめちゃ脳天気だな!」

 

 セイバーは不機嫌そうな顔をする。しかし、どう聞いたって今の話は圧倒的に俺の方が常識的だし、一理ある。

 

「はぁ〜、まったく聞いてみりゃ大したもんでもないな。もっと何かすごい言葉でも出るかと思ってたのに、搾りかすをさらに搾ってるみてぇなもんだったな。せめて少しはお世辞でも言うだろ、普通」

 

 俺がセイバーにガミガミと文句を垂れ流していると、そんな俺を見てか彼女は笑う。

 

「ああ?何にやけてんだよ」

 

「んへへへへ、ヨウがこっちを向いてくれたなって」

 

 彼女の笑顔が視界に入り込んでいる。そう認識した瞬間、頰から耳先にまでかけて身体が熱くなるのを感じた。まるで俺の中を流れる血が沸騰したかのような感覚で、無性に身体全身が痒く感じた。

 

 ふと話に熱が入ったのか、彼女の方を向いてしまった。これは俺の落ち度である。彼女の顔はもう見たくもないのに。

 

 しかし、彼女のその眼差しからは逃れられそうにない。背中を向けようにも、さすがに今そうしたらさらに不審がられてしまう。

 

 とりあえず俺は目をそらした。彼女を見るのではなく、彼女のその先にある空を見た。

 

 段々と紺色のような空に明るみが出てくる。色が薄くなってきて、紺から群青へ、群青から水色へと変わりゆく。もうじき太陽が地平線から姿を現わすだろう。

 

 セイバーは目をそらす俺にご機嫌ナナメのようだった。餅のように頬を膨らませ、こう言った。

 

「私に何か隠していませんか?」

 

 彼女のその言葉は妙に背筋をピンとさせる。首筋がぞわっと誰かに触られたような、しかししっかりと自分の心臓を掴まれたかのような感覚。苦しい、そんな感じ。

 

「隠してる?俺が?」

 

「はい。どうも挙動不審な気がします」

 

「いやいや、何でさ。お前に何で俺が隠し事しないといけないの」

 

 俺は彼女の妄言を否定する。もちろんその妄言は決して嘘ではない。ただ、俺はそれを肯定し、彼女にこの想いに勘付かれてしまうのだけは避けたい。

 

 彼女は否定をし続ける俺をまたじっと見つめる。

 

「マジ、本当だから。隠し事とか無いから」

 

「信用できません」

 

「……信用してよ。いや、まぁ、別に信用してもらわなくても良いんだけど」

 

「本当ですか?嘘、ついてませんか?」

 

 彼女は何度も俺に真実を質す。だが、彼女に話したくない俺は彼女の迫りに屈することなく嘘を言い続けた。

 

 すると、彼女は折れたのか、そうですか、とだけ言うと唇を少しだけ口に入れた。その時の目はなんとも寂しそうで、俺の手には余る光景だった。

 

 そして、彼女は一瞬パッと顔を上げた。何かを言いたそうに、俺に伝えようとしていた。しかし、彼女の口からは何も出なかった。俺の顔を見て、何を思ったのか大きく開いていた目と口を閉じた。視線をゆっくりと俺の目から下ろしてゆく。

 

 それから十数秒間、二人の間に会話はなく静寂だけがそこにいた。そして、彼女は無音を倒した。

 

「その……本当にありがとうございます」

 

 突如彼女の口から出てきた言葉はまたも感謝の言葉。さっき言いたそうにしていたのはこれだったのだろうか。

 

「何?また感謝?さっき聞いたからいいよ」

 

「あっ、そうですか……。いや、でも、もう一度ちゃんと言いたいですし……」

 

 彼女は手と手を腹の前で絡み合わせ、少し頬を赤らめながらそう言った。彼女のその姿にダメだと言える理由はない。

 

「おう、いいよ」

 

 まぁ、本当は聞きたいと思うと同時に聞きたくないとも思うのだが、それは少しぐらい押し殺してしまおう。

 

 彼女は手をもじもじとさせ、下を向きながら話し出した。

 

「その、本当にありがとうございます。こんな私の隣にずっといてくれて。本当だったら、私の方がヨウを守るはずなのに、守られてばかりで。そこは本当にごめんなさい。お味噌汁、美味しかったです。おにぎりも、お鍋も、カレーも。ほっぺがこぼれ落ちそうでした」

 

「おう」

 

 俺は素っ気ない返事をした。彼女はその返事に微笑んだ。

 

「ヨウらしいですね」

 

「そうか?まぁ、俺、こういうやつだから。すまんな」

 

 彼女は俺の言葉に対して首を横に振った。

 

「いえ、私はそんなヨウだから良いのだと思います。確かにヨウはヒドイですし、たまに人の心を持っていないんじゃないかって思う時もあります。でも、やっぱり接していれば接しているほどヨウが優しい人なんだなって強く思いました」

 

「そうか?」

 

「はい。セイギも言った通り、ヨウは良い人です。ヒドイことを言いつつも、ちゃんと相手のことを考えてるし、何より自分よりも相手のために行動する。現に私がそうであるように、あなたは誰よりも素晴らしい心を持っている」

 

「俺が素晴らしい心を持っている?だけど、俺はお前を自害させようとしたことあるぞ?」

 

「はい。でも、あなたはしなかった。自分の決断で、あなたはそれを選択しなかった。だからあなたはすごいのです。多分、あなたの境遇であんな状況になったら誰もが自害させますよ。もちろん、私も。だけど、あなたは私のためにそれをやめた。嬉しかった。あの時は本当に嬉しかった。偶然聖杯戦争に巻き込まれたあなたなら戦いを放棄するかもしれないってずっと思っていた。だけど、あなたはただ私のエゴのためだけにそれを絶った。ありがとうございます、本当に、あなたがいなければ私はここにいない。過去から立ち直ることもできなかったし、聖杯を手にしてもいない。本当に、この感謝は募るばかりです」

 

 彼女は俺の不意をつくように笑顔を作る。

 

「—————ありがとう。あなたのおかげでここまで来れた」

 

 その笑顔の輝きはまさに何物にも勝るものだった。腕の中にある聖杯の輝きが色褪せて見えるほどに美しく、それは俺の心を酷く抉った。

 

 彼女のその笑顔に胸を突かれた俺は急いで目を閉じ背を向けた。もう、本当に見てしまってはダメな部類に入る。彼女の笑顔をもう一度でも、一瞬でも見てしまっては俺が俺でいられなくなる。今、こう平静を保てている俺を暴走させてしまうことになる。

 

 俺は彼女の意思を尊重したいのだ。彼女を過去へ帰してあげたいのだ。

 

 それこそ俺の願いでもある。

 

 そうして、彼女の言いたい事は尽きた。俺はこの場にいることがあまりにも辛いので帰ろうと歩き出した。

 

「じゃあ、元気でやれよ。あっちに戻っても、俺のことくらいは忘れんな」

 

 俺は彼女にそう言い残した。そして、その場から立ち去ろうとした時、彼女は俺の方に走り寄ってきた。

 

 何であろうか。そう俺は思った。彼女の秋に落ちた枯葉を踏む音が近づいてきたから首を横に曲げて、横目で彼女の方をチラリと見た。

 

 すると、彼女は首を曲げた方向にある、目線の真下の俺の肩を少し強く握りしめていた。上着の上からでも僅かな痛みがある。しかし、そんなことも知らぬ彼女は俺の肩をグイっと力強く引っ張った。

 

 ぐらりと体勢が崩れた。グラムとある意味で一夜を過ごしていたのだ。山に住んでいたセイバーと違って俺は慣れていないから山の中を走り回っただけで、俺の心身、特に足はもう疲労困憊。そんな俺はか弱い少女の腕の力だけでもよろめいてしまった。

 

「おわッ⁉︎」

 

 転びそうになった俺は思わず声を上げてしまった。

 

 しかし、俺の目の前にあったのは枯葉混じりの土でもなければ、苔だらけの木の幹でもなかった。

 

「ヨウ—————」

 

 彼女の声が聞こえた。それは至近距離から、俺の目の前で彼女が呟いたものだった。

 

 その瞬間、俺の頭は一瞬悉く全ての機能がフリーズした。それは何故か。俺の脳内を全てを一瞬にして無にしていたのはどのような理由からなのか。

 

 それはきっとこの後俺たちに起こることが少し脳裏によぎったからだろう。

 

 俺の肩を強引に力強く引っ張った彼女は俺の後ろにいて、俺は後ろへ体勢を崩した。よろめく俺を彼女は腕の力を入れて支えてくれた。その時、俺の眼前、鼻と鼻が擦れてしまうほどすれすれのほぼゼロ距離にいて、彼女が俺を呼んだ。

 

 それはどのようなものか、これからどうなるのか、俺の中に巣食う本能というものが演算してしまった。彼女を過去へ帰してあげたいという願いに反発するもう一人の俺が今のこの一瞬で弾き出した計算があった。

 

 しかし、その演算結果に俺は首を縦に振ることはできなかった。それもそうだ。ここで俺がその演算を認めてしまっては、ここまでの俺の努力は一切の泡と化す。俺がこうあってほしいと願っていた未来がたちまちと泡沫になり消えてしまうからだった。

 

 だから今、互いの眼に映る自分が見えるほどのこの距離にいてもそんなこと有り得ないと思っていた。

 

 だが、青い瞳の中に映るその時の俺はとても情けない面をしていたように見えた。一瞬のことだったが、今まで何度も見てきた自分の顔の中で圧倒的にぶっちぎりでヒドイ顔をしていた。

 

 そこからはもう俺の理性はぶっ飛んでいた。彼女の青くてサファイアのように透明で美しい瞳を目にした瞬間、俺の顔はぐっと前に押し出た。それは今まで何度やっても超えられなかったであろう彼女の顔の前にあった壁を突き破ったかのようだった。きっと、これが最後だから、そんなことを思ってしまったからなのだろう。

 

 最悪だった。今までずっと守っていた彼女との距離をこの一瞬で粉々にまで粉砕され、迫ってしまっていることは。

 

 だから、俺は最後の希望に頼った。彼女に拒絶してもらうことだった。彼女が俺をはねのければいいのだ。この刹那の一時、俺はガチで本気で彼女に頼った。頼りない彼女に初めて願った。

 

 どうか、マスターとサーヴァントの関係で終わりますようにと。

 

 しかし、彼女はつくづく俺の僅かな希望も打ち砕いてくれる。

 

 そう、彼女は俺のここまでの努力の全てを無駄にしてくれた。

 

 彼女は全てを受け入れたような顔をしていた。至って普通、違うことといえば少し笑みを浮かべているようだった。彼女は爪先立ちで背伸びをする。背筋を良くして、若干胸を張る。そして彼女は俺の肩を掴んだ手とは反対の手で俺の頰に手をやる。

 

「—————嘘だろ」

 

 ふと口から声が出た。

 

 そして、彼女はその声を塞ぐかのように俺の唇を唇で塞いだ。隙間なく密着し、朱と朱が交わった。唇と唇は互いに歪みながら一つとなる。その柔らかさは至極なもので、冬の乾燥した外気に負けぬしっとりとした温かさは唇の微神経を通って脳に直接送られ、ぐわりと世界が傾く。

 

 そう、彼女は俺にキスをした。まさか、そう思っていた俺に不意打ちを食らわせるかのように突然俺の唇を彼女が占領したのだ。その時間は長いような短いような、まるで身体の中の時計が狂ったかのようでよく分からなかったが、この一瞬の出来事が俺の中で彼女を忘れられない人にした。忘れようと思っていた俺に彼女は追い討ちをしてきたのだ。

 

 彼女は背伸びしていた踵を地面におろし、俺から唇を離した。そうして俺は彼女の全体の姿を目で捉えた。彼女は僅かに頰と耳先を赤く染め上げていた。しかし、その赤に負けぬほどの果実のような唇を彼女は舌でなぞるように何かを舐め拭き取った。背の低い彼女は下からジッと俺を見つめていた。

 

 その姿に俺の胸は高揚感というものを覚えた。それは人間である前に生物として縛られている俺がどうしても抱いてしまう欲。男である俺はセイバーが実は心底恐ろしい奴なのではないかと狼狽えた。

 

「えへへ……」

 

 一見妖艶な姿を見せておいて、その後彼女はあどけなく笑う。無邪気に明るく温かい笑みを浮かべ、その笑みを俺と共有しようとしてきた。その笑顔は守りたい、脳や心ではなく本能が俺の中で疼いた。

 

 全身の血が煮えたぎる。沸騰寸前の血がアドレナリンを運びながら体の細部隅々まで巡り行く。心臓はいつになく小刻みに脈打ち、こめかみやら唇やら全身のいたるところで血管が動いているのを感じた。

 

 しかし、この胸の高鳴りも、脳の異常な興奮も、唇に残った彼女の感覚も、全てが俺の今までの努力を打ち壊そうとしていた。やめてほしかった。俺がどれだけ辛い思いをしてまでこんな決定をしたのか、分かってほしいと思う。勝手な彼女の行動に出会すために自分に対してやるせない怒りを抱いたのではない。

 

 俺はチキン野郎だから、どうしても彼女を引き止めることなんてできないのに。だから、こんな選択しかできなかった自分に怒り、胸が張り裂けそうな思いをしてきた。全ては彼女を過去に帰すため。

 

 なのに、なのに

 

「—————どうしてお前は俺をここまで苦しめる?」

 

 ああ、泣きそうだ。じわじわと目元が熱く感じる。頰の筋肉はびくつき、それにつられて唇が横に広がってしまうのを歯を噛み締めて堪えた。しかし、歯で噛み締めるとなぜか涙が瞳全体を覆い、目の前にいる彼女が少しぼやけて見えた。

 

 彼女はそんな俺を見て侘しい笑顔に様を変えた。さっきまでの華やかな笑顔とは打って変わり、彼女の何かマイナスな感情を帯びた笑顔は俺の全身を突き刺した。

 

 そんな笑顔を俺は彼女にさせてしまったのかと思うと、俺の選択は誤りであったのかと考えてしまう。そんな笑顔を見せないでほしい、俺はお前に正しい道を与えたのだと、そう言ってほしかった。

 

 だが—————

 

「—————私はヨウのことが好きです」

 

 彼女は落ち着いた笑顔をしながらそう言った。起伏の激しい大声ではないが、しかし強く主張するような芯のある言葉だった。

 

 彼女はじっと俺の目を見つめていた。それがどれほど俺の心を抉ることになるか知らないだろう。彼女は俺の心内を知らないだろう。だから、心を落ち着かせて言えるのだ。

 

 しかし、俺はその言葉はまさしく矛だった。俺の首に刃を向けている矛なのだ。それはまさしく俺が今一番言われても困る言葉、行ってほしくなった言葉。その言葉を聞いた時、俺は腹の底から湧き上がる喜びと膝から崩れ落ちてしまうような悲しみが交錯した。両方の大きな感情を同時に抱くなどということは難しく、俺の心は崩壊しそうだった。喜んだらいいのか、悲しんだらいいのか分からず、ただセイバーのことを見ていた。

 

 彼女はそんな俺の顔をクスリと笑った。

 

「困ったような顔ですね」

 

 彼女のこの言葉から、彼女はもしかしたら俺の内心に気付いているのではないかと感じた。彼女はとっくのとうに俺がセイバーのことを好きだと言うことを知っているのではなかろうか。

 

 いや、しかし、そしたらそれを知った上で彼女は俺に告白をしてきたのだろうか。それは中々に嫌な奴である。俺がセイバーのことを引き止めないと知っていて、だから後々やって来るであろう俺の後悔を倍増させようという気なのだろう。

 

 セイバー、彼女のことを見誤っていた。俺は彼女を馬鹿だと蔑んでいたが、ひょっとしたら彼女は相当なやり手なのかもしれない。

 

「ハハハ……、まぁ、困ってる」

 

 俺は苦笑した。彼女の笑顔に合わせて、即座にこの空間を終わらせるために。

 

 ここで俺が何か文句をつけたら、きっとまたこの時間は引き延ばされる。それは俺にとって何よりも辛い。

 

 しかし、彼女はそんな俺を見て彼女はこう言った。

 

「ごめんなさい。でも、最後だから、言っておいた方が良いって思って……」

 

 最後に言わねばならない。それはこっちだって一緒だ。彼女の願いなど聞いていなかったら、俺だって今ごろそうしている。

 

 だが、俺はできない。心に誓ったから。

 

 本当の笑顔を見せない俺に彼女は少しだけ焦りを見せた。

 

「あの、だけど、これは本当のことなんです。本当に私、ヨウのことが好きなんです」

 

 ああ、彼女とこんな数奇な運命の上で出会わなければどれだけ良かっただろうか。聖杯戦争という渦の中だからこそ出会えたものの、しかし、その中でなければ俺と彼女はこうして苦しみあうこともないのに。

 

 もちろん、そんな彼女の言葉に応えることはできなかった。

 

「ありがとう、セイバー—————」

 

 それは彼女の告白に対して明言を避ける言葉だった。今の俺にはそれしか言えず、彼女はその言葉を聞くと、目の淵に薄っすらと涙を浮かべながら、ただ頷いた。

 

 俺はその彼女の顔を見ることがどうしても耐えきれず、背を向けた。

 

 目の前に広がるのは日がまだ昇らぬ森。しかし、空はすでにもう青く、森も真夜中より奥先の木々が鮮明に見える。風の音は耳元から聞こえ、その風の上で木の葉が宙を舞う。

 

 彼女の姿を見たくない俺は背中を向けたのだが、彼女の視線が俺の背中に突き刺さるのを感じて痛かった。彼女は何も言わなかったが、それが俺の胸を押しつぶす。

 

 彼女の足音が聞こえた。ゆっくりと俺から遠ざかっている。枯葉を踏みつける音が心を壊す音と重なった。

 

「じゃあ、私、行きますから……」

 

 彼女の声が聞こえた。その声は俺に何かを急かすようで、若干の苛立ちを覚えた。しかし、その苛立ちは彼女に対してではなく自分に対して。

 

 何故俺は彼女に背を向けているのだろうか。ふと疑問に思った。俺の本当にしたいことは彼女を過去へ帰すこと。ならば、何故俺はその事実を見ようとしないのか。

 

 それはきっと簡単に言ってしまえばそれが嫌だから。彼女と離れたくない。それが俺の本音なのだ。

 

「—————セイバー」

 

 俺は声を大にして言いたかった。本当はお前と離れたくないのだと、俺はお前の隣にいたいのだと。

 

 言うだけでいい、叶わなくともいい、彼女がそうしたように、俺も本当のことを告げられるのならそれでいい。

 

「俺は—————」

 

 だけど、ここで俺は手を引いてしまった。もし俺がここで彼女に嫌な思いをさせたら、彼女に不幸を見合わせたらと考えてしまう。無論、俺の隣にいることが彼女の不幸に繋がることだってあり得る。

 

「いや、なんでもねぇわ」

 

 だから、俺は彼女の背中を掴むことはできず、ただ背中を押すだけなのだ。

 

 分かっている、自分で選んだ道だ。今自分が何をしたのか、この後どのようにそのツケが回ってくるのか、しっかり分かっているつもりだ。後悔をするだろう、寂しさを覚えるだろう、それでも今の俺にはこれしかできなかったのだ。

 

 俺は自ら輝かない。だから、手を差し伸ばす勇気がなかった。

 

「ヨウ、さようなら」

 

 彼女の声が聞こえた。涙を流していたのか、鼻水をすする音が声に混じっていた。

 

「ああ、じゃあ……」

 

 俺はただそれだけしか言えなかった。彼女への別れ際にただそれだけの言葉しかかけることができなかった。

 

 自分を情けなく思う。どうして俺はこうなのかと。

 

 今生の別れ、今ある最後の時をどうしてこんな形で終わらせようとするのか。

 

 もう自分でもよく分からない。自分が何故こんなことしているのか。

 

 彼女を無事過去に帰したいから。それを目的としていたはずなのに、何故こうも悔しいのだろう。確かに俺は本当は帰ってほしくない。でも、彼女がまた微笑むごとにその笑みをどうやったら続くのかと考えた結果が彼女を帰すということであろう。どうして、今ここにきてまで不満を抱く俺がいるのか。彼女を帰したくないと思うワガママな俺がいるのだろうか。

 

 ならば、今この場で彼女に想いを晒せばそれが消えるのではなかろうか。いや、しかしそれではさっきと同じこと。どうせ無理である。

 

 どうしてこうも恋というものは空回りしがちなのか。それに段々とイライラしてきた。

 

 そもそも俺は何故こんなバカな彼女を好きになったのか。さっきも考えたことなのだが、やはり納得がいかない。どうして好きなのだろうか。

 

 俺が彼女の何処を好きになったのか。それがどうしても分からない。そこが分かればあと一歩踏み出せそうな気もするのだが。

 

「なぁ……、セイバー。まだいるか?」

 

「はい?いますよ」

 

 彼女の返事を聞いた時、少しだけ安堵した。彼女の声を聞くと心が定位置に座った。

 

「お前さ、俺の何処が好きなんだ?」

 

 我ながらなんてことを聞いているのかと思う。ただ、この時、どうしても知りたくなったのだ。こんな状況には不適切な質問であるが、自制が効かないほど強かった。

 

 彼女は俺の質問に照れ笑いをしながら答えた。

 

「好きなところですか?そんなところ、あるわけないじゃないですか」

 

「え?」

 

 彼女の応答に俺は絶句した。彼女の答えが予想の遥か斜め上を行き過ぎていたからだ。いや、そういう問題ではない。そもそも矛盾している。彼女の言っていることは確実に矛盾している。

 

「いや、え?どういうことだ?お前って俺のこと好きなんじゃないの?」

 

「好きですよ。でも、ヨウの好きなところは別にありませんよ」

 

 彼女は謎の上に謎を被せてくる。最初は彼女の言い間違いかと思ったが、そういうわけではなさそう。ただ、彼女の言っていることは俺的に矛盾しているようにしか聞こえないし、矛盾を偉そうに断言しているあたり彼女の知能指数が低くなってしまったのかと考えざるを得ない。

 

「それ、矛盾してないか?」

 

「矛盾?ええ、まぁ、そうですね。矛盾してますね」

 

 ああ、良かった。矛盾していることくらいは気付けているようである。一瞬、セイバーが壊滅的なまでに馬鹿になってしまったのではないかと心配してしまった。

 

 しかし、セイバーはそんな俺の安堵を一掃するような言葉を放った。

 

「でも、それが何か問題でも?」

 

 彼女の言葉にまたまた言葉が出なくなった。彼女は矛盾を承知の上でそう言ったということになる。いや、むしろその矛盾が別になんてことないようだった。

 

「矛盾がある。もちろん、私の言ったことは矛盾がありありです。でも、矛盾があって悪いんですか?そもそも、人を好きになるのにその人の何処が好きとかそんなこと考えるよりも先に、あっ、好きだって思いませんか?」

 

 彼女はそれなりに持論を持っているようだった。彼女は頭で考えて好きになったのではないと言う。ここがいいから好きだとか、ここに惚れたとかそういうのじゃないらしい。

 

 つまり、感覚的に恋しちゃった、というやつだろう。思考回路一切関係なく、直感的に、ストレートに好きになったのか。

 

「あくまで私はですけど、いつからか好きだなって思ったんです。その瞬間はあまりにも唐突で、でも必然的だったようにも思えます。その瞬間、ヨウが歩けば百の悪いところを見つけることができても、好きって思えるようになって……。って、何、恥ずかしいことを話させてるんですか!」

 

 彼女は少し強い声を上げた。きっと、彼女は険しい顔をしながら俺を睨んでいることだろう。

 

「感覚的に、か……」

 

 俺はどうなのであろうか。どのようにして彼女を好きになったのか。

 

 確かにさっき俺は彼女が好きなのだと気付いたが、あくまであれは気付いただけであり、今さっきあの瞬間に好きになったわけではない。元々好きなのである。

 

 では、その好きになった瞬間の起因は何なのか。

 

 俺は手のひらを胸に押し付けた。鼓動が聞こえる。一定のリズムで全身に血を送り出し、その命の音が手を伝わり理解する。

 

「俺もそうなのか……?」

 

 彼女の意見に賛同するわけではない。だが、似てないこともないような気もする。もしかしたら、俺も理由なんてなかったのではないか。好きだと感じたのは直感とかそういうものさえも超越して、存在自体がそうなるように仕向けられていたのではないか。

 

 いや、もしくは俺は彼女の悪いところも良いところも全てを包括して好きなのかもしれない。悪いところも好きだと感じた可能性もある。

 

 どうなのだろうか、そこのところは。本人であるはずの自分が分からないというのは何とも情けない。

 

 ただ、俺も彼女と似ていて、直感的に相手を好きになったのだろう。理由もクソもないというやつである。

 

 なら、何故俺はここで躊躇しているのか。やはり考えはそこに辿り着いた。俺は彼女と同じ理由で相手を好きだとしても、俺は彼女のように堂々と真実を告げることはできていない。

 

 勇気がない、度胸がない、そんな俺だからなのか。だから、ここで尻込みして機会を逃してしまうのか。それは嫌だ。彼女を過去に送り出すことが正義なのは分かってはいるのだが、もう一人の自分がどうしてもそれを許さない。

 

 俺は本当にこのままでいいのか、と語りかけてくるのだ。

 

「じゃあ、私行きます。さようなら」

 

 彼女の声を聞くと胸が痛くなる。縄で強く縛り付けられているようで、息ができない感覚に陥る。俺はその痛みを和らげようと自分の胸を掴むが、内の手では触れられない所にあるのでその痛みは止むことはない。

 

 俺は迷っていた。今、ここで彼女に告白するべきなのか、そうしないのか。

 

 ある俺は告白しろと言い、ある俺はするなと言う。

 

 告白すれば俺はこのもやもやとした感情を晴らすことができるのだろうが、それは過去へ帰ろうとしている彼女に何らかの支障をきたすのかもしれない。結局、彼女はサーヴァント、過去の人物であることに変わりはなく、そんな彼女がこの世界にいることは悪ではないにしろ、良いことでもないことに変わりはない。

 

 対して、このまま何も言わずにこの時を流せば俺の心のもやもやはきっと晴れることはないだろう。しかし、彼女が過去で望むように生きることができ、またこの選択は彼女を守るために死んだアーチャーの本意でもあるだろう。

 

 二つの意見が頭の中を巡りに巡る。俺の脳の容量をとっくに超えているほどの計算が行われていた。

 

 しかし、どれも答えにたどり着けそうにない。二つの選択の一体どちらが正しいのか、それが俺の脳だけでは出せなかった。

 

 その時、ふとこう思った。

 

 俺らしくないな。

 

 何となくだ。何となく考えている途中のどうでもいい雑念がそんな考えを俺の脳の中に持ち込んだ。正直この場において俺らしいだの、そうでないだの、そんなことはそれこそまさにどうでもいい。

 

 だけど、そのどうでもいい考えが瞬く間に俺の頭の中を占拠した。さっきまで脳内はセイバーに俺の想いを伝えるか伝えないかの議論中だったのに、その議論を中止させた。

 

 一旦冷静になって考えてみる。俺はさっきまでずっと迷っていたが、そもそもそんな迷うことは俺のモットーであるクールであれに反する。迷うことは確かにあり得るだろうが、それは多分俺らしくないことだった。

 

 もちろん、いきなり俺らしくないという考えだけでこの悩みを捨て去るのはどうかとも思う。俺にとっても彼女にとっても最適な道を選ぶために熟考していたのに、それをちんけな考えで放ってしまってはダメだろう。

 

 だが、俺らしくありたいと思うのだ。それはこのセイバーとの最後を別れを前にして、彼女にありのままを見せたいと思うのだ。

 

 彼女に偽りの俺を見せて、それは果たして良いことなのか。その答えにたどり着いたからだ。

 

 俺は決めた、セイバーにこの自分の想いを伝えようと。どうしても伝えられなかったこの想いを、最後に伝えて終わろうと。

 

 

 

 

 振り返った。彼女に全てを告白しよう。

 

「—————セイバー、俺は……」

 

 この俺の想いを。



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太陽は昇る

はい!Gヘッドです!

え〜、約20日ぶり、久々の更新となりました。リアルで忙しくって、執筆があまり進まず……。とりあえずちょこちょこと電車に乗りながら書き溜めました。


「—————セイバー、俺は……」

 

 振り返り彼女に顔を向けた。全てを伝えようと。俺の中にあるこの恋心を消化するために。

 

 だけど、そんな願いは儚く終わった。

 

 振り返った先にあるのは太陽だけだった。東の地平線からゆっくりと上昇してきて日の出が起こっていた。顔を出した太陽はいつの間にか俺を照らし出していた。しかし、俺以外の誰の影も作らずに。太陽だけが俺の視界にあって、他はもう何もなかったのだ。

 

 太陽があまりにも眩しい。俺は顔を背け、手をかざし、目を閉じた。

 

 目を閉じた後も瞼の裏に光景が焼きついていた。太陽だけが見えて、彼女の姿など何処にもなかった光景が。

 

 目が痛い。太陽の光にやられてしまったのか、それとも別の何かなのか。じわりと目頭が焼けたように熱くなり、体を丸め膝から崩れ落ちた。一晩中山の中を走り回って戦っていたからもう立つ力も残っておらず、悔しくも座り込んだまま、ただ太陽の光が俺を照らす。

 

 暖かい光、その光は俺の壊れそうな心に当たる。しかし、その暖かさも今の俺にとってみれば苦しみに変わる。打ち付ける振動は今にも胸を突き破りそうで痛く、呼吸はふと荒くなった。

 

「おいおい、マジかよ……。こんなん、アリかってんだ……」

 

 あまりの出来事に俺は呆れた。現実はやはり人間には厳しく、ここぞ一番というときにやってくれる。現実への愚痴は声を大にして言いたかったのだが、しかし今のこの俺にはそんな力はなく、流れそうな涙を堪えながら苦しみを紛らわすために無理やり笑みを作ることだけしかできなかった。

 

 一足遅かった。俺が彼女に本心を告げるのが遅れてしまった。告白するのには勇気が必要で、彼女は俺にその勇気を出して告白してくれたというのに、俺ときたら……。早く彼女にこの想いを打ち明けたのなら、彼女が帰る前にもう一度彼女の顔を見れたのなら、この涙は必要ないのに。

 

 一粒の涙が雫となって地に落ちた。それを皮切りに悔しさの塊がぼろぼろと流れてくる。

 

 あのとき自分がぐずぐずしていなければ良かった。もっと早く自分の気持ちに正直になれたのなら。ただ一言口に出せばいいだけなのに、どうしてためらっていたのか。こんな思いをするのなら、言えば良かった。

 

「ああ、ほんと、俺ってバカかよ。言いそびれた……」

 

 簡単な文である。小学生でも、いやそれ以下の年齢の子でも分かるような言葉。それを俺は口にすることができなかった。惨めだ、あまりにも。俺はここまで憐れな男だとは。

 

「好きって言うだけなのに、なんで言えねーかな……、俺」

 

 自分の失態をぼやく。じわじわと襲ってくる後悔や悲しみやらに対しての防御策として辛いことをつらつらと呟くが、それもあまり意味を成していなかった。

 

 隣にいた誰かを失った。そのストレスは相当なもので、俺の心にも重くのしかかる。たった一ヶ月しか一緒にいなかったはずなのに、俺の心はもう再起不能なほどぼろぼろだった。

 

 もちろんそうなってしまうことは薄々勘付いていた。しかし、やはりその場に立ってみると辛いものである。

 

 彼女が俺にとってかけがえのない存在であったことを改めて感じてしまった。

 

 俺はもう一度彼女がいると信じて太陽の方角を向いた。だが、やはり目の前に飛び込んでいたのは太陽の光のみ。彼女の姿形は一切目にすることができなかった。

 

 そして、その瞬間俺はようやく理解した。理解したくなくとも、もうせざるを得なかった。彼女はいないのだと、そんな現実から目を背けたかったのだが、背けたところで彼女が戻ってくるわけがない。

 

 彼女は過去は帰ってしまった。聖杯の力を使って、彼女は幸せを求めて行ったのだ。

 

 何もなくなった俺はそれを実感しながら、空を見上げた。空は雲ひとつなく、赤いような青いような寂しい空があった。太陽の赤混じりと夜の闇の青混じりの空は広大で、そんな空を見上げている俺はひどくちっぽけな存在だと思えた。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐く。それは心身を襲う疲れなどのため息ではない。現実への嘆きのようなものであった。

 

 小さなため息は俺以外の誰を聞かぬものとなるだろう。多分あと数十分もしたら俺でさえも忘れてしまい、このため息の存在は無となることだ。

 

 しかし、今、この場においてこのため息は俺にとってなくてはならないものだった。それは押しつぶされて壊れそうな心を少しでも支えるための吐露であるから。

 

「好きになっちまったが最後、この苦しみを抱えなきゃなんねーとか、辛すぎだろ」

 

 人とはなぜこうも面倒くさい造りになっているのか。身体にしても、心にしても、自身の欲求を解消させるためには一々苦労をしなければならない。いや、例えしたとしても失敗もあり得るし、失敗をしたら今の俺のように後々引きずる悩みだって生まれてくる。

 

 簡単に、単純なもので良かったものを、どういうわけかこんな身体や心になってしまった。神様の嫌がらせなのか、人類の総思念がそれを望んでいるのかは知らない。だが、こんな複雑な人間である俺を今だけは許せなかった。

 

 好き、その二文字の言葉さえ言えない自分に腹がたつ。しかし、その苛立ちを吐き出すところはもう何処にもない。セイバーがいれば告白して無くせるのだが、もちろんそんなことは彼女がいなくなってしまった今ではできず、それを理解してしまうとまた苛立ってしまう。

 

「クッソ、死ねよ、マジ」

 

 誰に向けてでもない暴言を吐く。しいて言うなら、俺に向けてだろうが、俺に怒りを向けたところで何の解決にもならない。

 

 ただ、それでも感情が溜まりに溜まって心がパンクする前に少しでもいいから口から感情を吐き出さねばならない。そうでないと、俺は彼女がいないこの景色に絶望してしまいそうだから。

 

 ああ、ほんと馬鹿である、俺は。こうなる事が分かっていたのに彼女を過去を帰そうとしていたなんて。辛い、辛過ぎる。全身からヒリヒリとするような痛みを感じて、しかし何の傷もないので俺は服の裾を握りしめた。

 

 それから俺は何も呟かなかった。じっと無言のまま心が次第に落ち着くのを朝空を見上げながら待っていた。地面に座りながら、冬の風に洗われながら、彼女がいない俺の静かな元々の日常を噛みしめる。

 

 俺の日常はこんなものだったろうかと自分に問いかけながら目を閉じた。

 

 彼女の声が聞こえない、それが俺の答えとなっていた。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「結局、私は剣へと戻るのか……」

 

 昇る朝日を見ながらグラムはそう呟いた。暗い声で失敗を嘆きながらも、心の何処かでこの結末に一定の理解を示していた。

 

 彼女は内心、こうなることを少しばかりだが予想していた。彼女は聖なる選定の剣でもあるが、同時に人知を超えた魔剣でもある。神に力を許され、しかし過去においてその力を人殺しのために使ってきた。彼女は決して望まなかったが、それは彼女が剣という存在ゆえのこと。しょうがないのだ。彼女の身体が血塗れになるという運命はすでに決められていたのだから。

 

 そんな彼女はこうして人の身体を一時的に得たわけだが、やはりそれでも血濡れた身体であることは変わらない。聖杯に魔剣という存在でなくなることを望んだが、やはりそれ以上に贖罪も望んでいた。

 

 自分は人殺しである。それはすなわち悪であり、悪は罰せられるのが世の理。結局彼女は苦しみながら聖杯戦争を戦ったが、何も得られなかった。

 

 彼女は侘しく微笑んだ。太陽に対して自身の翳りを誇張するかのように。

 

「別にこれでいい。私のしてきたことを考えれば、これでいいのだ。こんな結末がこの私には丁度いい」

 

 聖杯を本気で望んだ。しかし、やはり自身は得られるような立場ではなかったと彼女は悟ってしまった。

 

 そう、此度の聖杯戦争は少し彼女が出しゃばっただけのこと。負けてもそれもまた悪であるゆえの運命。

 

 分かっていた。所詮グラムはそれだけの存在であるのだと。どんなに強かろうが、結局は剣であり道具である。自分は悪役の立場で、そして負けることは慣れている。

 

 そう、分かっているのだ。だが、それでも、どうしても彼女は……

 

「どうして夢を見てしまうのか」

 

 涙をはらりと流した。朝日がその涙を照らし、彼女の心を焦がした。焼ける痛みが彼女を襲う。

 

 諦めきれない。それは剣である彼女が人間に近くなった証拠であろう。

 

 人間は誰しもが欲を持ち、その欲を満たすために行動する。もし、その欲を満たせないとなると、人間は苛立ちや悔しみを抱くものだ。

 

 彼女は禿げた木に寄りかかった。幹に背中を押し当て力なく座り込み、深いため息をついた。

 

 そして、彼女は涙を拭いながら西の方角に顔を向けた。

 

「何だ、冷やかしに来たのか?」

 

 彼女の視線の先には一人の少女がいた。少女は睨むグラムに怖じけることなく、むしろ笑みを浮かべた。

 

「そんなことするためにここまで来ないよ。私はただどうなったのかなって見に来ただけだもん」

 

 その少女、太陽の光がように赤く腰まで伸びた髪をふわりと靡かせた。胸を張り、ドヤァって顔を前面に出してきた。

 

「そうか、私のことを冷やかしに来たのではないか。だが、お前は私のことを見ずともこの結末は知っていただろう?ここまで来る必要はあったのか?」

 

「あるよ、あるある!だって、こうなる結末はあくまで可能性だし、こうならない結末の可能性だってちゃんとあったんだから。どうなるか正確には分からなかったし、それならここまで見に来た方がいいかなって」

 

 少女は何の意味があるのか分からないが謎のピースサインを満面の笑みでグラムに見せつけた。グラムはそのピースサインを鼻で笑う。

 

「お前は気楽でいいな。夢が叶ったんだから」

 

「いやいや、気楽なんかじゃないよ!毎日頭痛い状態で過ごしているんだよ?ツライツライ」

 

「でも、笑顔じゃないか。お前は」

 

「えっへ?そ、そう〜?ま、まぁ、ソージが隣にいてくれるし、それが何よりも嬉しい!」

 

 今度は堂々と謎のグーサイン。とりあえず喜びを表現しているのだろう。

 

「まったく、お前は敵が前にいてもいつもそうなのか?」

 

「あっ、私?まぁ、うん、そんな感じ。っていっても、そもそも生前は敵とかそういうの一切対峙したことないし……」

 

「そうか、つくづく幸せ者だな。戦場に出ないだけまだマシだ」

 

「そう?そうなの?そんなものなの?まぁ、見たことはあるよ!」

 

「だろうな。お前のことを知っていればそれぐらい分かる」

 

 少女はグラムに自分のことを知られていると言われると、恥ずかしがるような、照れるような仕草をした。そんは感情を百パーセント表に出す少女にグラムはため息をしながらも微笑んだ。

 

 しかし、すぐさまグラムの顔は険しくなる。その顔は怒りを抱いているというよりは、困惑しているというような顔であった。

 

「なぁ、キャスター。これからはキャスターとしてのお前ではなく、王としてのお前に尋ねたいことがあるんだ」

 

 王。その言葉は何と威厳のある響きなのか。グラムがその言葉を発した瞬間、空が一瞬固まった。顔を出そうとしていた太陽は止まり、吹いていた風は音を消す。場の空気が凍りつき、冬の冷たさとは少し違った肌寒さを与える。

 

 キャスターはその言葉を聞くと、さっきまでの笑みは突如として途絶えた。豊かな表情は一つの笑顔になった。可愛らしい色とりどりの幼い笑顔から一変、今の笑顔は母のような、女神のような全てを包み込み優しく平等に光を見せるそんな笑顔だった。

 

「慣れぬな。やはりお前のその豹変ぶりは。表裏ありすぎじゃないか?」

 

「まぁ、少女の私と王である私は違いますからね。王とはすなわち統べる者。そして、その統べた全てのものを愛するもの。それは有象無象の何であれ愛することであり、子供のように気まぐれに喜怒哀楽を見せることは許されない。しょうがないんですの、これが王なのですから」

 

 声は依然として変わらないが、口調は大きく変化していた。あどけなく自分の意見を全面に出す子供の口調ではない。何年も何十年も生きていた老婆のように全てを悟ったような口調。その言葉一つ一つが尊く威厳があった。グラムはそもそもの存在の質の違いを感じ、冷や汗をかいてしまった。

 

「それで、なんですの?王としての私に訊きたいことがあるのでしょう?言ってごらんなさい、例え私の民ではなくとも道を指し示してあげましょう」

 

「なんだそれは、職業病か?」

 

「職業……、ええ、まぁ似たようなものですね。私の存在が王だからこうなってしまっている。否応もないことですから」

 

 彼女の言葉には自身が王であることを嘆くようなニュアンスがあった。しかし、彼女を見る限り、王である自分に自信を持っているような姿も窺える。

 

 柔らかい眼差しをグラムに向ける。グラムはその眼差しに少したじろいだ。

 

「嘘や隠し事は即座にバレてしまいそうだな」

 

 常光の笑顔をずっと変えずに受け答える。その行動は摩訶不思議としか言いようがなかった。感情のない、いわば人を捨てたような人の形をした何かを相手にしているような感覚をグラムは感じた。

 

 しかし、今のグラムにとってそんな彼女であるからこそ話しやすかった。人でありながらも人でない、王者の品格を持ち合わせ、常に安寧を与える彼女だからこそグラムは悩みを打ち明けやすかった。

 

 グラムは悲しそうな目をした。ため息をつきながら、それでも笑顔を作る。

 

「私は何か間違えただろうか」

 

 彼女はそう言いながら薄っすらと瞳を潤した。苦しみを紛らわすように後ろで組んでいた手の平に爪を食い込ませた。

 

 彼女は後悔をしていた。それはずっとアーチャーたち、人間のせいにしていたことだ。彼女がこう苦しみを抱いてしまうのも全て人間たちのせいなのだと。もちろん、オーディーンも忘れてはいない。こいつも彼女を地獄の運命に突き落とした。

 

 許さない、その憎しみの赫怒を心の底でふつふつと燃やしてはいたが、やはり彼女はまだ知らなかった。この人の身体を得るまで、人など理解できなかったから。

 

 しかし、今は理解できる。憎しみが憎しみを生み、それが永遠と連鎖することを。誰かが受け止めなければならないことを。その中でも確かに美しい愛は存在し、その愛を彼女は壊そうとしていたということを。

 

 もちろん今でも許さないことだって多くある。だが、だからと言って彼女がしたことはそれこそ憎むべき人間たちと同じようなことをしてしまったのだ。

 

 セイバーにとって愛すべき父親を殺した。それは彼女の人生を奪うことと同義であり、グラムはもう人間となんら変わりはない。

 

「こんなことをするつもりではなかったんだ。だが、怒りに身を任せたら、もう、私は……」

 

 手で顔を覆う。自分がしてしまったことの重大さを今になって感じてしまう。

 

 復讐、そんなものは行動の口実でしかなかったはずだった。なのに、してしまった。辛いのだ。その毒はアーチャーを殺し、そしてグラムをも殺そうとしている。

 

 しかし、キャスターはそんなグラムの乱れる姿を見ても平然としていた。

 

「それがどうしたのですか?」

 

 キャスターの言葉はグラムに喧嘩をふっかけているようにしか聞こえない。もちろんグラムはその言葉に激昂を見せる。

 

「それが私には大事なんだ!私がしてしまったことは許されないことであって……」

 

「でも、それがどうしたというのです?たったそれだけのことを相談するためだけに王としての私になれと言ったのですか?」

 

 グラムは口を噤んだ。彼女にとって大切なことでもキャスターにとってはそれほどのことには値しなかったということ。

 

 キャスターは目を深く閉じた。そして、また目を開く。その時にはさっきの天真爛漫な表情の彼女に戻っていた。

 

「別にそんなことを私に訊く意味ある?ないでしょ、ないない。そんなこと自分で決めればいいじゃない!」

 

 彼女の言う通りだった。グラムは剣であれど、今は人の心を持っている。使われるだけの存在ではない。自分で考え抜かねばならないのだ。

 

「そりゃ、私だって王だから道しるべみたいな言葉くらいだすけどー、それはあくまで最終手段。自分で歩かずに探し物を見つけようとしている人みたいな奴に手なんか貸さないもん!」

 

 キャスターはビシッとグラムを指差した。

 

「自分の人生ぐらい自分で決めなさいよね!」

 

 グラムは何も言えない。キャスターの言葉は今まさに悩みの核心に突きつけた言葉である。だが、どうしてもその言葉にうんともすんとも言うことはできなかった。

 

 自分で決められるのならとうに決めている。だが、一人で歩み出すという勇気は道具であった彼女には難しいことだ。

 

 無論、キャスターもそんなことは分かっていて言っている。意地悪いことである。できない奴にしろというのだから。

 

 しかし、キャスターはそれでもグラムにはそうしてほしかったのだ。

 

「私にはできない選択だから」

 

 彼女の笑顔はふんわりとした春の野原を照らす陽射しのような、弱く、しかし強いものだった。その笑顔はグラムの心を貫く。

 

「……そう、だな」

 

 そんな顔をされてはグラムも断れない。

 

「分かった。自分で何とかしてみる」

 

 グラムは腹を決めたようで、相手を見る眼差しはさっきより力強い。

 

 が、一つ問題がある。グラムはこれから頑張ってみると決意したものの、そんな彼女の身体は霊基という点。例え決意をしたところで魔力がなければ何の意味もない。

 

 ちらりとグラムは横目でキャスターを見た。

 

「その……、それでなんだが……」

 

 しかしグラムはそれ以上何も言えなかった。そんな彼女にキャスターはため息を吐く。

 

「まだ何かあるの?言うなら言ってよ!」

 

「あっ、いや、その魔力をもらいたいと思って……」

 

「魔力?」

 

 キャスターは一瞬キョトンと目を丸くさせるが、理由が分かるとニヤリと意地汚い笑顔を見せた。

 

「はは〜ん、セイバーに聖杯が渡り、聖杯との魔力パイプは断たれて魔力供給がなくなったのですかぁ〜?だから魔力を持て余しているであろう私に魔力を分けろと?」

 

「ま、まぁ、そうだが……」

 

「私から?命を奪おうとしたのに、今度は魔力を分けろ?ダメダメ、だって私魔術師だよ?そう簡単に魔力をあげると思う?」

 

「あっ、その点は……、その、すまない。聖杯を得るために必死だったからな。その、だからなんだ、悪かったと思ってる」

 

 グラムはこう見えて真面目なので、本当に申し訳ないと思っているなら何でもし放題である。それを分かっているキャスターはどうグラムで遊んでやろうかと下衆な思考を巡らせていた。

 

 その時、ふとキャスターはあることを思い出したような顔をする。懐の中から時計を取り出して現在時刻を確認した。

 

「げっ、もうこんな時間……」

 

「何かあるのか?」

 

「あ〜、ソージの朝は早いからもしかしたらもう起きてるのかもしれないからもう帰らないと勝手に外に出てたことがバレちゃうんだよねー。流石にこう込み入った話だし、ソージのいないところで話したかったけど、私がいないとソージ悲しんじゃうだろうし……」

 

「悲しむのはお前の方じゃないのか?」

 

「私もソージも悲しんじゃうよ!相思相愛だからね!」

 

 彼女はそう言い残すと一旦グラムに背を向けたが、何か思い出したのかくるりとまたグラムの方を向いた。

 

「あっ。そうそう、渡し忘れた」

 

 彼女は自分の首元からネックレスを取り外すと、それを特にためらいもなくグラムに差し出す。

 

「はい、どーぞ。あげる」

 

 そのネックレスは翡翠で作られていた歪な形の飾りが二つあった。玉から尾が出ているかのような円とは程遠い湾曲したカーブ。しかし、その飾りを二つ合わせてみたら、円に見えなくもない、そんな形。

 

「これは?」

 

「ムッフッフッフ、さぁ、何でしょ〜う。まぁ、とりあえずそれを薬みたいに飲み込んじゃって」

 

「え?この石を?」

 

「そうそう、その石を」

 

 グラムは嘘であろうとキャスターに目で訴えかけるが、キャスターの目は笑っているが本気だった。

 

「いや、そもそも何故?何故このよく分からない石を飲まねばならない?」

 

「あ〜、そこらへんは、特に理由はないよ。まぁ、運命だよ、そういう運命」

 

「石を飲む運命だと?」

 

「そうそう」

 

 しかしそんなこと言われても、ハイそうですかといってよく分からない石を飲む馬鹿はいない。グラムは石を見つめ、それが何なのかを理解しようと目を凝らして注意深く観察する。

 

「ねぇ、早く飲んでよ」

 

「いや、流石に無理があるだろう!石を飲めと言われて飲むか、普通?」

 

「まぁ、そこは諦めて。はいググッと」

 

「無理だ無理!せめてこれが何なのかぐらいは教えてくれ!」

 

 グラムの申し出は至極真っ当。しかし、目の前にいるキャスターはそんな真っ当なことを腹の底から笑うタイプ。申し出たところで特に変わることはない。

 

「……はぁ、まぁ、言わないと飲んでくれないだろうし、ヒント、ヒントを言うよ!」

 

「ヒント……?」

 

「そう、ヒント!う〜んとね、この石は……、クリスマスプレゼント!」

 

「クリスマスプレゼント?」

 

「そうそう、二週間後くらいにクリスマスっていうイベントがあって、そのイベントではプレゼントをあげるんだよ。だから、はい、あげる!」

 

「いやいやいや、全然ヒントになってない!」

 

「大丈夫、もらって嬉しいものだから」

 

 キャスターはそう言うと自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。グラムは抱いていた不安をその笑みでかき消されてしまった。

 

 そして、キャスターは間髪入れることなくくるりと体の向きを変えた。

 

「じゃあ、もう帰るね〜」

 

 彼女はそう言い残すと足元から霊体化してゆく。グラムはそんな彼女を引きとめようとしたが、遅かった。

 

「まだこの石のことをちゃんと聞けていないのだが……」

 

 押し付け商法のようにキャスターに石を渡されたあと、一人残されたグラムは呆れてため息をつく。しかし、彼女のため息は決してマイナスな意味などではなかった。

 

「私のような奴にも手を差し伸べてくれるものはいる……か」

 

 キャスターの行動は自分勝手で他者を考えるということは一切していないが、それでも裏には優しさがあることを行動から垣間見ることができる。それは誰であろうと分け隔てなく、公平に笑顔を振りまく。もちろん、魔剣グラムにも。

 

 しかし、この石が何なのか、それは一切分からない。かと言って今からキャスターを追うにも、もう魔力が底をつきかけている。力が出ない、間に合わないだろう。

 

 何も分からない石が手の中に一個。それ以外は何もなく、頼れるものもない。

 

 結果、彼女はその石を見つめた。

 

「変な形の石だな。これを飲めとは……。正気か?」

 

 正気などではない。きっと面白半分でそんな馬鹿なことを言ったに違いない。そう考えた。

 

 しかし、魔力がもうない。きっと日の出を見てから少しすればこの身体も力尽きるかもしれない。ならば、これぐらい別にどうってことない。

 

 藁にでも縋りたい思いというわけでもないが、しかしやはり魔剣としての自分であることはやめたい、すなわち聖杯は今でも欲しい。諦めてしまってはいるものの、心の何処かでは諦めきれない彼女がいた。

 

「もしこれを飲んで私が人となったら、それは本望。まぁ、しかしそんなことが本当に起こるはずもないか」

 

 彼女は恐る恐る口の中に石を入れてみた。そして、その石を飲み込んだ。




まぁ、何ということでしょうか。セイバーちゃんいなくなっちゃったよ。あ〜あ、ヨウくんやっちゃった。これは流石にツライですね。

そして、何とキャスターのとんでもない無茶振り、テレビのバラエティでもないくらいどギツイですね。私はやられたくはありません。

さぁ、次回は聖杯戦争を取り巻く人たちの夜の話です。エッチくはないです。更新は今回みたいにちょっと長引くかもです。


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終わりの刻に

はい!Gヘッドです!
前回は何とまさかのエンドでしたね。ちなみに、今回はこの聖杯戦争の周りに佇む人たちのお話です。


 黒く濁った排気ガスを銀箔が貼られたかのような眩いマフラーから吐き出す。ビートを小刻みに刻みながらエンジンは空気を吸い、力を生み出している。その力は車輪へと流れて、光を全て飲み込んでしまう墨で染めたようなタイヤは車道を蹂躙するかのように早く真っ直ぐに進んでゆく。

 

 黒い革で装飾された円い触り心地の良いハンドルの上部を握りながら、男はもう片方の手でタバコを口に加えた。タバコの臭いは窓から外へと流れて、外気へ溶け込む。しかし、車内にもその臭いは充満し、シートやドアやその他の備品に染み付いてゆく。

 

「臭いですよ、大人ぶらない方が身のためだと思いますが。魔術卿ウルファンス殿」

 

 女はわざとらしく丁寧な口調で男に注意をした。しかし、その注意に男は少し嫌そうな、と言うより何処か気味悪そうな顔をする。

 

「その仰々しい話し方はよせ。白葉。虫唾が走る」

 

 男の隣の座席に座っている白葉は若干口元を緩めた。座席に体重を任せ、くつろぐと今度は針のような目でこう投げかける。

 

「フッ、じゃあ、何だ?ボッチとでも呼べばいいのか?」

 

「嫌なことを掘り返すな。そもそも別に今はボッチなんかじゃないし、そこそこ友好関係は持っている」

 

「ほう、成長したな」

 

 上から目線でハルパーを評価した。その態度に彼はため息をつくが、それ以上のことは何も言わなかった。

 

「元気でやってるか?」

 

 ハルパーは白葉に尋ねてみる。

 

「何だそれ、口説き文句か?」

 

「お前を口説くとか、そんな男がいたら相当物好きだな」

 

 ハルパーはタバコの煙を吹かす。ゆらりと灰色の煙が車の天井にあたり、ゆっくりと横に広がってゆく。

 

「まぁ、元気でやっている。特に何か異変が起きているわけではないし、死者は嬉しいことにゼロだ」

 

「そうか。それは願ったり叶ったりだ。俺がここに出向いた意味があるというものだ」

 

 ハルパーが出向いたことには幾つかの理由があるが、その中でも特に重要な外せないものは結界の補修である。この織丘市は一つの大きな結界の中にある。基本的にこの結界は出入り自由だが、結界内では魔術に対する耐性のない者を強制的に屋内に入れるという効果がある。これは聖杯戦争を円滑に進めるために必要なもので、この結界がなくなれば魔術の秘匿を守ることができない。それ以外にもこの結界はこの聖杯戦争に対して滞りないように多くの恩恵をもたらす。

 

 しかし所詮その結界とは魔術であり、魔力がなくなれば消え失せるが定め。それをハルパーの魔術で少しでも存在を維持させようというのだ。

 

「まぁ、あいつの置き土産が役に立ってるみたいで良かった」

 

 ハルパーは左手の親指、人差し指と中指でタバコを外すと座席の中央部にある灰皿にタバコのカスを落とした。口からフッと息を吐く。色のついた息が彼の眼前を舞ったが、窓から入る風にすぐにかき消された。

 

 車道を他に走る車はいない。それはもちろん、聖杯戦争のために張られた結界の効果で一般人が外にいないから。だから窓から見える夜の街の景色は異常に静かである。街灯は車道の横を照らすが、そこの下を歩く人は一人としていない。

 

 ハンドルを握るハルパーの隣にいる白葉はこう尋ねた。

 

「ハルパー、意外だったか?私があいつらの教師でいること」

 

 ハルパーはハンドルを切る。右を曲がり、海方面へと車体を向ける。

 

「ああ、そうだな。意外だった、そもそもお前が教師なんてものをやっていることにな」

 

「そこか?そこは以前話しただろう」

 

「そうだが、やはりお前なんぞが教師をやれていると思わなかったからな。だって『協会の(いぬ)』だったお前がだぞ。どうせすぐに辞めて、血の匂いを求めると思っていた」

 

「お前は私をどう見ているんだ」

 

「血に飢えた獣」

 

「随分と本人の目の前で言うものだな。お前は少し度胸とやらがついてきたんじゃないか?」

 

「度胸はもともとあった。ただあの時の俺はお坊ちゃんだったからな。度胸を使うタイミングが分からなかった」

 

 そう言うハルパーの目は少し悲しみを帯びているように見えた。しかし、隣にいるのは白葉である。すぐさま顔を元に戻した。

 

「まぁ、似たような職種だからな」

 

「お前の方はどうなんだ?」

 

「特に変わったことはしていない。たまに協会へ行って、普通に授業して、家に帰る。それだけだ」

 

「地味だな」

 

「天性のボッチだからな。やることは地味だぞ」

 

 その言葉にさっきから頰の筋肉が一切動かなかった白葉が笑った。しかし、自虐ネタで笑われても嬉しくないハルパーは不愉快そうな顔をする。

 

「あの子たちはどうだ?」

 

「四人のことか?」

 

 ハルパーは小さく頷く。ハンドルを僅かに強く握った。

 

「あの子たちは上手くやっている。特に変な出来事に巻き込まれることはなかったな」

 

「だが、この聖杯戦争に見事に全員参加しているのだろう?」

 

「残念ながら、そうだな。それに、あのアーチャーのマスターの子供も参加しているらしい」

 

「そうなのか。それは少し嫌な話だな。まぁ、仕方のないことだが、やはりこの運命は避けられないのだろうか」

 

 ハルパーは咥えていたタバコを口から外すと、灰皿に押し潰すように入れた。ゆらりと出ていた煙はすっと途絶えた。

 

 目的地まで着いた。アクセルから足を離しブレーキを使いながら駐車をして、鍵を引き抜いた。車内から出た白葉は腕を伸ばして軽く伸びをする。ハルパーは後部に移動して、トランクから荷物を取り出した。それは中に楽器が入ってそうな横一メートルほどの縦長の箱で、その箱の側面にある取っ手を握り持ち上げた。

 

「相変わらず重そうだな、その箱」

 

「そう思うのなら、少しは手伝え」

 

「すごく軽そうだ」

 

「お前な……、ハァ……」

 

 十年来の関係なので、ハルパーは深いため息をつくが元から期待などしていない。どうせこんな奴であると何となくだが互いにそこは理解しているので、喧嘩にはならない。

 

 ハルパーは彼を置いてさっさと歩いて行く白葉をじっと見た。

 

「あいつらしいと言えばあいつらしいけどな、もう少し気配りくらいはできてほしいな」

 

 そう小言を呟くと重そうな荷物を手に彼女の後を追う。

 

 着いたのは海岸だった。静かな早朝の海辺、波が打ち寄せる音が聞こえ、まだ昇らぬ太陽を待ち望む群青色の空の下で大海は風を生む。

 

 海岸はジョギングコースにしてはやや長めの距離であった。その海岸はほとんど砂浜だが、端の方へ行けば岩場が姿をあらわす。そして、ここは約十年前、彼らの聖杯戦争時に張った結界の端でもある。ハルパーたちはそんな岩場へ来ていた。

 

 彼らは海岸沿いを通る国道を横切り、堤防から磯へと下りた。ハルパーは岩石が剥き出しになっている磯に立つと、自身の靴に海水が付着してしまうことに気づき落胆した。

 

「ああ、靴の選択をしくじったな。革靴で来てしまった」

 

「革靴?何か都合が悪いのか?」

 

「お気に入りの靴なんだ。汚れたら困る」

 

「いや、これぐらい別に汚れるわけじゃないだろう」

 

「モノを大切にする性分でな」

 

 その言葉に白葉は陰口を呟いた。

 

「潔癖症め」

 

「おい、陰口は人に聞こえないように言え。聞こえてるぞ」

 

 彼は白葉を睨みつけるが、白葉は何とも思わぬようで何食わぬ顔でいた。

 

「まったく、時が経てば丸くなるかと思えば、むしろ逆だったか……」

 

 彼はぶつくさと愚痴を言いながら岩石が露出した磯の中でも一際大きい岩に近づくと、手にしていた箱を地面に置いた。

 

「おい、ハルパー。それは別にいいのか?潔癖症なんだろう?」

 

「ん?ああ、これは別にいい。中に入っているものさえ汚れなければな」

 

 箱を開く。赤を基調とした箱の中には試験管や薬草、鉱物に書類などいかにも魔術師の研究セットと言わんばかりの器具が入っていた。彼は緑色のジェル状の物質が入った小さなガラス瓶を取り出した。蓋を開け、手に取った筆で物質を絡め取る。そして、その筆で岩に小さな魔法陣を描いた。

 

「こんなもんか?」

 

 一通り描き終えた彼は立ち上がり、自身が描いた魔法陣の出来を確かめる。

 

「まぁ、妥協点というところか」

 

「下手くそ」

 

 白葉はハルパーの魔法陣を貶す。

 

「いいだろ、普段魔法陣なんて書かないんだ」

 

「魔術師なのにか?」

 

「そういう魔術だからだ!っていうか、お前知っているだろう」

 

「相手の魔術なんぞに興味はない」

 

「あ〜、そうだな、お前はそういうやつだな」

 

 頑固、というよりひねくれ者の白葉に口答えするのは骨が折れるので、もう全てを受け流してやろうとハルパーは心に刻んだ。

 

「おい、白葉。石くれ」

 

 ハルパーの言う通り、白葉はポケットの中から宝石を取り出した。透明度の高い美しい宝石である。その宝石をハルパーに向かって投げて渡した。彼はそれを受け取ると、魔法陣の中央に受け取った石を押し付けた。そして、もう片方の手を自身の胸のあたりにおく。

 

「主よ、どうか刻の流れを歪ませる私にご慈悲を」

 

 彼は石を岩に描かれた魔法陣の真ん中にリズムよく四回打ち付けた。そして、次に真ん中から台風の目を描くように岩の表面に石を擦り合わせ、軽い詠唱を唱えた。

 

時の付着(knocking the nails)

 

 次に彼は空中に漂う粒をつまむような仕草をすると、そのままつまんだ指先をまた魔法陣の中央につけ、今度は親指の腹をぐっと強く押し付ける。これは織丘市を覆う結界の端を引っ張り、この魔法陣に付着させたのである。

 

繋がれ(be fastened)

 

 すると、魔法陣が蛍の光のように脆く弱い青い光を放つ。そして、段々と弱い光から強い光に変わり、その後また弱くなり、消えた。

 

 結界の補修が終わった。彼は開いた箱を閉じて、伸びをする。そして、首を一、二回ほど動かすと後ろにいる白葉の方を振り向いた。

 

「終わったぞ」

 

 ハルパーの顔はやりきったという晴れ晴れとした顔をしていたが、その顔に白葉は呆れ返った。

 

「お前な、まだまだ補修場所はあるだろう。半分も終わってないじゃないか」

 

「あ〜、まぁ、そうだな。というか、そういうことは言うな。やる気が失せる」

 

「しょうがない。事実だからな。それに、そもそもこんな結界をデカくしたお前達がいけないんだろ」

 

「それはしょうがないことだ。あの時はどうすれば分からなかったからな」

 

 ハルパーはまだ残り数十箇所もの結界の端に行かねばならないのだ。その現実に彼は今日一番のため息をついた。苦しみで穴が開きそうな胃に走る痛みを紛らわすために。

 

 そして、彼は歩き出した。しかし、その方向は車がある方向とは逆の方向。それに白葉は首をかしげた。

 

「おい、お前、どこへ行く?」

 

 ハルパーは彼女の方を向くことなく、背中で答えた。

 

「ああ、ちょっとぶらりとな……」

 

 その回答を聞くと、白葉のこめかみの血管が浮き出てしまった。

 

「おい、そう言えば、お前の宿ってそのつま先の方向だな?」

 

「んんん?い、いや、そんなことは……」

 

「いや、そうだな。これでもここに移り住んでから十年、さすがにそれくらいの土地勘はある」

 

 ハルパーは背中に当たる彼女の矢のような視線を感じ取る。苦しい面持ちで彼はただ立ちすくむ。彼はこの不利な状況を打開しようと、一旦咳払いをして彼女の方に振り返る。いつにない笑顔だった。

 

「いやぁ、もう疲れちゃったし、今日はここで終わりにしないか?ほら、もうすぐで朝の五時だ。さぁ、帰ろう!」

 

 彼らしくない煌びやかな笑顔に白葉は「反吐がでる」と言い放った。そして、ハルパーの首根っこを掴むと、引きずってでも車に連れ帰ろうとした。

 

「や、ヤメロッ!お、俺はイギリス人なんだ!日本人みたいに仕事は量ってタイプじゃないんだ!休ませてくれ!」

 

「じゃあ、お前、明日までに残り全ての作業をクリアできるのか?お前、明後日帰国だろう?」

 

「それは無理!」

 

「なら、やれ!」

 

 残念ながら白葉に対抗するも力及ばず、ハルパーは駄々をこねる子供のように引きずられながら、宿とは逆の方向へ連れて行かれた。

 

「いっ、イヤだ!仕事したくないッ‼︎」

 

 悲痛な叫びが明け方の黒い空に響いた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ツクヨミは杖を地に突いた。そして、その反動で縁側から立ち上がる。

 

「終わったか……」

 

 グラムの中に巣食っていたアンドヴァリの呪いが消滅した。その瞬間ツクヨミは聖杯戦争が終わったと感じた。いや、もしかしたら、そこからグラムとセイバーがまた戦い出すのかもしれないが、それは誤差の範囲内。彼にとってグラムとセイバーのどちらが聖杯を得ようとも関係がなかったのだ。彼にとってはこの戦いは誰が聖杯を得たかではなく、終わったかが重要だった。

 

 隣にいる金ピカアーチャーは「どうかなされましたか?」と丁寧な口調で尋ねた。

 

「いや、聖杯戦争が終わったのじゃよ。ただ、それだけよな」

 

「そうですか?そんなことを言う割に、あなた様の顔は随分と安心しているようにも見えますが」

 

「まぁ、いつもより良い終わり方じゃからな。久しぶりに良いものを見れた」

 

 彼はそう言うと、玄関に向かって歩き出した。

 

「何処へ行かれるのですか?」

 

「ん?いや、もうここに用はないからの。儂は大人しく祠に戻ることにする」

 

「しかし、お孫さんがいらっしゃるのでは?」

 

「ヨウのことか?ああ、別にいいのじゃよ。あやつと儂はそもそも祖父と孫という関係ではないからの。儂が勝手に洗脳して、祖父であると思い込ませていただけのこと。だから、洗脳を解き、儂に関する記憶を消しても、普通の生活に戻るだけじゃよ。なぁに、儂なんかとより、他の者と広々と暮らした方が良かろう」

 

「それはどういうことですか?」

 

「言葉の通りじゃ。ジジイはいない方がいいということじゃよ」

 

 彼はそう言い残すと、玄関の方へ向かった。そして、ピシャリと戸を閉める音が聞こえた。それ以降は一切彼の声が聞こえない。気配さえ感じなかった。

 

 金ピカはそんなツクヨミに対して嘆く。

 

「まったく食えないお方だ。心配しているのやら、いないのやら」

 

 そして、一人残された金ピカは空を見上げた。日の上らぬ早朝の空は星がまだ薄っすらと光っていて、黒から青に色が移り変わってゆく。海のような空は何処までも広く感じた。

 

「聖杯戦争、まさかそのようなものだったとは。これは抑止力が探りを入れるわけだ。これは地球に対しての一大事であろうな」

 

 彼は視線を戻した。そして、縁側に座り込む。

 

「まぁ、こんなことがあと何回も続くというのはとても辛い。その度に死にゆく様を見ねばならないとは。神々は何を考えているのか、余には分からぬ」

 

 彼が縁側に座り込んでいると、東の方角から太陽の光が差し込んだ。その瞬間、青かった空がみるみるうちに紫色になり、次に赤くなる。

 

 彼は立ち上がり、地平線から顔を見せ始めている太陽をしかと見る。そして、彼は日の光を目に入れると、呟いた。

 

「ああ、この戦いは恐ろしい」

 

 そして、彼は瓦屋根の上へと飛び乗った。

 

「さて、ではここからは神に従う者ではなく、抑止力としての仕事をするとしよう。残りの魔力は少ないが、やれないこともない」

 

 彼の身体はみるみるうちに光の粒へと形を変えてゆく。煌めくエーテル体が大気の中に溶け込み、霊体化が進む。そして、彼はその場から消えた。

 

「サーヴァントは存在そのものが悪。ならば、王である余がそれを裁こう。世界の均衡を保つために」

 

 芯のある声で自らの心に刻み付けるような声が屋根の上で残り声として響いた。




ツクヨミは祠へと戻り、金ピカアーチャーは抑止力である彼としての仕事をしに行きました。ツクヨミは何が目的なのか、そしてアーチャーは何をしに行ったのか。考えていただけると光栄です。

さて、次回は聖杯戦争後の話を掲載いたします。
実は今のところの予定では次回がラストなんです!
いや、いつもみたいに、終わりませんでしたってなる可能性もありますけど、一応告知しておきます。

では、ぜひ楽しみに待っていてください。


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新たな日常
聖杯戦争は終わった 1/3


はい!Gヘッドです!

いやぁ、まさか一話を更新するためだけに約一ヶ月かかるとは思いませんでした。すいません。




 校内にチャイムの音が鳴り響いた。白いコンクリートの壁、ワックスで舗装された床、傷や汚れの目立つ窓ガラス、生徒の話し声が聞こえる階段。音はそれらを伝い、端から端まで校内に耳障りな、しかししっくりとくる感覚をはためかせる。

 

 今日は答案返却日である。その答案返却も終わり、生徒たちは皆々いつもより早く学校が終わったため、帰宅や友達と遊びに行く者もいれば、部活に精を出す者もいた。

 

 そんな生徒たちを一目で見渡せる屋上に俺はいた。太陽は明るく空を照らし、頭上は活気のある青色をしている。今朝見たあの夜の海の底のような色とは雲泥の差で、こんな大きく変わってしまうのかと感傷を受けた。しかし、やはり冬に吹く風は肌を切り裂くような冷たさを抱えている。風に当たると俺の身体を通過して、心だけをどこかへ持ち去ってくれそうな感覚に襲われる。もちろんそんなことはないのだが、この時期の昼の空にはどうにも親近感が湧いてならない。このまま大気に溶け込みたいくらいだ。

 

 俺は一回の校舎裏にある自販機で買ったイチゴミルクの紙パックに刺さったストローを口に咥えた。そのままストローを歯で掴むように噛み潰し、手を離す。

 

「ヨウ、相変わらずその飲み方好きだね」

 

 屋上の扉の方から声がした。振り返るとそこにいたのはセイギだった。

 

「悪いか?この飲み方すると、同じくらい吸っても量が少ないんだよ。つまり、長く飲み続けられるってこと。それに両手は空くから他の作業もできるんだよ。お分かり?」

 

「いや、普通に飲めばいいのに。ケチだよね、ヨウって」

 

 ど直球に彼からディスられた。いや、まぁ、あながち間違ってはないのだが、やっぱりそういうことはなるべくオブラートに包んで言うべきなのではないだろうか?

 

 しかし、そうやって相手のことばかり気にしてたら、言わなきゃならないことも言えないのも事実なのだが……。

 

 俺が一人で落胆していると、彼はそんな俺を軽く笑った。

 

「そんなケチばっかりだから、ダメなんだよ。いつか使うかもしれないとか、無くなるのが怖いとかで節約ばかりしてるから、使いどころが分からなくなるんじゃないの?」

 

 彼の言葉はまるでセイバーと俺の事の成り行きを知っているかのようだった。

 

「なんだ、お前知ってんのか?」

 

 セイギはにっこりと笑う。

 

「なんだ、知ってんのか……」

 

 彼が俺とセイバーの間の出来事を知っているというのは少し気が滅入る。だって、セイギは俺たちに聖杯を譲ってくれたのだ。本来ならば、彼は敵であり、聖杯を巡って争う存在。

 

 譲ってくれたのだから、それなりに俺たちは円満な別れをしなければならなかった。いや、確かにセイバーにしてみればこの別れで良かったのかもしれないが、俺にとっては消化不良。それをセイギが知っているとなると、申し訳ないことこの上ない。俺がチキンなクソ野郎だったせいで、こんな微妙な空気を二人の間に流すことになってしまったのだから。

 

「つーか、お前、こんなところ来んなよ。屋上は立ち入り禁止ですよ?」

 

「ヨウがそんなこと言える立場?事あるごとに屋上に呼び出して来たじゃん」

 

「そりゃ、聖杯戦争の話を誰かに聞かれるわけにはいかねぇだろ。でも、その聖杯戦争は終わったんだ。お前がここに来る意味はない」

 

「そういうヨウこそここに来る意味ある?」

 

「俺か?あ〜、まぁ、なんだ……、風に当たりたかったんだよ」

 

「冬なのに?寒くないの」

 

「るせぇ。いいだろ、別に」

 

 そう、別にどうだっていい。外に出ている理由なぞ、そんな大したものなんかじゃない。ただ、屋上の何に魅力を感じたのか、ふと思い立つと花の蜜に虫が誘われるようにそこにいた。

 

 セイギはせせら笑いのように俺を笑う。その顔に苛立ちは感じたが、それに怒りを見せるほど俺の気力はなかった。

 

「なぁ、なんでお前知ってんだ?」

 

「何が?」

 

「俺とセイバーのこと。お前、あの時あそこにいたのか?」

 

 緑色のコンクリートの壁に寄りかかり座り込みながら彼にそう尋ねた。セイギは俺とセイバーのことを知っているらしいが、あの場に彼はいなかった。なぜ知っているのか。

 

 セイギはその質問に笑顔を返した。口を開かず、ただ自分は知っているぞと見せつけてくるかのような笑み。どうやら、彼はその理由を俺に話す気はないらしい。

 

「……まぁ、別にいいけどさ」

 

 そう、別にこんなことを訊いたところで俺になんの得もない。恥ずかしいシーンを見られていようが、俺の心の叫びを聞かれていようが、それを知ったところでセイバーは戻っては来ない。

 

「あっ、そうそう、そういえば、あの少年のことなんだけど……」

 

「少年?バーサーカーのガキのことか?」

 

「うんうん、そうそう。あの子。あの子さ、市長のもとに引き取られることになったらしいよ」

 

 バーサーカーの少年、家陶達斗。前回の聖杯戦争の参加者の孤児で、藤原市長に拒絶された哀れな子。その悲しみを糧とし、怒り、彼女を拒絶し返した挙句、此度の聖杯戦争に参加した。

 

 セイギはその少年を昨晩倒したと言っているが、俺はそれについて言及するつもりはなかった。セイギと少年の間には何か因縁のようなものがあるようだったし、その話はきっと俺なんかが立ち入ってはいけないのだろう。だから、何も言わず、彼の話に相槌を打った。余計な言葉をかけることもなく、自然とそのことに関する会話が消滅するように向けた。

 

 ただ、一言「それで良かったんじゃねぇの?」とだけ言っておく。そう言われた彼は気難しそうな顔をしたが、最後は笑顔を作る。

 

「うん、そうだね。彼にはそれが良かったんだと思うよ」

 

 しかし、少年の未来を案じる裏側では、何処か悔しそうな顔をしていた。隣の芝は青いとでもいうものなのだろう。

 

 俺はそんな彼の顔を向くことができなかった。だから、俺も彼と同じような虚ろな目で学校の正門をぼーっと、何の感情もこもっていない灰色の目でただ見た。帰ってゆく生徒たちの背中が代わる代わる映る。途切れぬその光景は見ていても飽きないものだった。

 

 だが、セイギの口からは思いもよらない言葉が飛び出た。

 

「つまらなそうだね」

 

 痛い言葉である。針のようにぐさりと俺を突き刺した。何てことない言葉なのだが、その普通の言葉が今の俺には手痛いものだった。

 

 耳奥から電流が身体を駆け巡った。一瞬にして、中枢神経から手先の末端までヒリヒリとするような感覚が襲い、それを紛らわすかのように握りこぶしを作った。

 

 それでも空を見ていると何処かそんな自分がちっぽけに見えた。宇宙を見せまいとするオゾンのカーテン、光の屈折により青く見えるただの空気、その中をゆっくりとたゆたう薄い雲。ただそれだけのものなのに、何をどのようにしてか、見透かされているように感じた。

 

 息を大きく吐く。そして、肺の中に溜まった苦しい空気を冷たい空気と入れ替える。

 

「そりゃ、つまんねぇよ」

 

 これと言って具体的に何処がどのようにつまらないのか、そんなことは言わなかった。

 

 ただ、それでもセイギは俺の言わんとすることを理解したようだった。彼はふっと悲しみを帯びた虚ろな目を崩し、柔らかい笑みを作る。

 

「ヨウって、素直じゃないよね」

 

 そんなこと言われなくとも百も承知である。自分の思っていることを言えるくらい素直であったのなら、何度も考えた。

 

 素直であれば、今の俺はどうしていただろうか。少なくとも、こんな屋上で風に吹かれながらイチゴミルクを黙って飲み続けていることはしていないだろう。

 

 ……ダメだダメだ、俺は何を考えている?もしとか、だったらとか、してればとか、ウジウジと考えていてはダメだ。もう、終わったことである。

 

 セイバーがいた。それは過去の出来事であり、本来ならば俺が参戦することなどなかった聖杯戦争の数奇な運命の巡り合わせにより偶然出会ったにすぎない。彼女は過去の人物で、今を生きる俺にとっては何の関係もない人だ。そんな奴に対して未練を残しているなど何と惨めなことだろうか。

 

 彼女なんかに想いを残してしまってはならないのだ。彼女と俺は違う。だから、変なことを一々考えていても意味がない。無駄な時間の浪費、無価値の気苦労でしかない。

 

 セイギを見た。彼は細く瞳に対する黒目の割合が大きい笑ったような目で俺を見つめていたが、その目の奥には何処か冷たいようなものがあった。その瞳の奥にある冬の風以上に冷たい何かは俺を縮こまらせた。

 

 口に咥えていたストローからジュースが吸えなくなった。正確に言えば、吸うものがなくなった。何度かストローの先端を紙パックの角に押し当てて、残り液を吸った。そして、最後に紙パックを軽く振り、音が聞こえないのを確認すると握り潰した。

 

 俺はそれを手に持って立ち上がり、セイギに「じゃあな」と声をかけた。

 

「何処へ行くの?」

 

「何処って、帰るんだよ」

 

「え〜、帰るの?家に帰ったってどうせ一人でしょ?」

 

「いや、まぁ、そうだけど……。でも、スーパーで食材を買わねぇと。それに、洗濯物も取り入れたいし」

 

 俺が彼の誘いを断ると、彼はわざとらしく深くため息をついた。

 

「いや、お前、これくらい知ってるだろ?いつもの日課なんだから」

 

「え?あ〜、まぁ、そうだね。でも、なんかそんな気がしないんだよね」

 

「ああ、まぁ、そりゃ確かにな。でも、やることにゃ変わりねぇ」

 

 俺は屋上のドアを開ける。そして、その場から去ろうとしたとき、セイギはこう尋ねた。

 

「ねぇ、夕食食べに行っていい?」

 

 それはあまりにも唐突な要望だった。そんな素振りを一切見せなかったから、どうしたことかと驚いて振り返った。

 

「急にどうした?」

 

「いやぁ、ヨウって一人暮らしじゃん?だから、たまには食卓に誰かいてもいいんじゃないかなって」

 

「は?まぁ、別にいいけど……、何?俺にまさかソッチの気があるのか?」

 

「いやいや、そんなわけないじゃん。まぁ、あれだよ、聖杯戦争お疲れ様でしたパーティーみたいな感じで、打ち上げをしようってことだよ」

 

 彼は期待を抱くような目で俺を見る。そんな目で見つめられてしまっては俺も断れない。

 

「じゃあ、食料代は払えよ」

 

「ええ?抜け目ないね」

 

「そりゃそうだろ。そうやって食費抜かそうって魂胆だろ?分かるわ、お前のしそうなことくらい」

 

 どうやら俺の考えは図星だったようで、セイギは苦笑いをしながら承諾した。

 

「七時半ごろ行くから」

 

「おう、待っとるわ」

 

 俺はそう返事をすると、屋上の扉を閉めた。ガチャリという鈍い音が階段で反響した。

 

 何気ない日常的な普通の会話、一ヶ月前ならいつも通りの何とも感じないようなものだった。だが、今の俺にはたったこれだけの会話でも、辛いものと思ってしまう。昨日までのあの会話が突然遠くに行ってしまったので、それがどうしても受け入れられない。おかしな話だ。聖杯戦争に参戦してしまった日は今と逆のことを考えていたのだから。

 

 久しぶりの日常は何とも平穏だ。死に怯えることはなく、目をぎらつかせることもなく、普通の中で過ごす。しかし、その何もなく灰色のモノトーンだけの世界が俺にとっては苦痛だ。

 

 この日常に浸れば浸るほど、昨日までの俺は俺の中からきっといなくなるんだと思う。セイバーと一緒にいたあの時間は思い出になって、瞼の裏で霞んで見えるような光景になってしまうんだろう。それはきっとしょうがないことで、時の経過は記憶の風化を促してしまう。セイバーなんて消えてしまえばいいと思っていた過去の俺がいたことが事実であるように、いつか時が経って昨日までの出来事はバカで危険な遊びだと思ってしまうかもしれない。ああ、そうだ、きっとそう思ってしまう。

 

 しかし、今の俺はそんな未来を否定したい。昨日までの出来事は決して忘れてはいけないのだと。あの時流した血と汗と涙は他に得難いもので、何よりセイバーとの時間を笑いたくはない。

 

 もしかしたら、今後俺にはもっと幸せな時間がやってくるかもしれない。だが、それでも今の俺にとってあの時間は一番幸せだった。そう自覚してる。

 

 だが、悲しいことに、もう記憶の風化は始まっている。彼女の姿が、声が、匂いが、感触が、雰囲気がどんなものだったか正確に思い出せない。大雑把には分かるが、細部を思い出せない。やはり目の前から消えてしまわれては、もう思い出すことなどできないのだろう。

 

 悔しい、こんな人間であることが限りなく悔しい。流れゆく時をせき止めることができるのなら、どれほどいいだろうかと考えてしまう。

 

 まぁ、彼女はもう二度と俺の目の前に戻っては来ないのだが。

 

 俺はゆっくりと階段を下りる。一段一段、靴底越しに床の感触を足の指でしっかりと感じながら、降りていった。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 冷たい風が森の中でそよぐ。緑色の細い針のような葉と葉の間をするりと糸を縫うようにかけてゆく。ほのかに白い薄化粧の大地は永遠と遠くまで続いていて、森の出口は見えそうにない。

 

 クーナはその森の中を歩いていた。彼女の横に並ぶのは二つの黒い棺。(ふち)を金色の線が沿うように施されている。その棺の側面には鈍い金属色をしたタイヤのようなものがついていて、人の力を借りずともひとりでに彼女の隣を並行していた。

 

 棺の蓋の中央には人名が書いてあった。『ロベルト・フィンガル』『モンティシア・フィンガル』。その二つの名は彼女の両親の名である。

 

 母国の森の中を行く。いつまでも続くような冬の森は彼女の心を刃で突き刺した。どれだけ歩いても出られぬ森のよう。しかし、彼女は泣き言をあげることなく、口を閉ざしたまま歩き続ける。

 

 静かに、ひっそりと、彼女は残された感覚を噛みしめていた。

 

 その時だった。彼女の目の前に一人の男が現れた。粉のような光る黄金の小さな粒子が集まって現れた金色のギラギラとした鎧を身につけている白い髭のついた中年の男。金ピカアーチャーである。

 

 クーナは彼を視認すると、軽くため息をついた。

 

「あら、もう来ちゃったの。早いわね」

 

「ハハッ、余は意外と勤勉でして、神の指令ならば粉骨砕身、身を粉にしても働きますからな」

 

 彼はそう言うと眩しい黄金色に輝く鞭を取り出した。

 

「して、ではどのような用件で余がここに来たのかも知っているのですかな?」

 

 その言葉に彼女はにっこりと笑顔で返す。そして、彼女の後ろから一人の男が現れた。銀色の甲冑に身を包み、同色の円錐状の槍と分厚い盾を手にしている。ランサーだ。

 

「この私を殺しに来たのだろう?抑止力のアーチャーよ」

 

「ほう、状況は理解しているようで。それは説明がなくて結構」

 

 金ピカは目の色を変えた。獲物を捕らえた禽獣のように、鋭い眼差しで彼を見た。

 

「では始めましょう。殺し合いを」

 

 言葉の末尾を口にすると同時に、金ピカは鞭を振るう。ランサーはクーナの前へ出て、彼女を守るように盾で攻撃をガードした。

 

「う〜む、硬いですな。結構速めに振ったつもりだったのですが、防がれてしまいました」

 

「これで速い方か。しょうがないだろ、今の貴様の本業は弓撃ち。鞭は得意分野ではなかろう」

 

「そうでしたな。やはりあの時の矢の使用は惜しかった。もう少し慎重にした方が良かったのかもしれませんなぁ」

 

 そうと分かると彼は肩を落としたが、すぐに首を横に振った。

 

「いやいや、しかしあれはあれで余としては最善の行為。あそこで見過ごしていたら余の民である彼らが危ういことに……ブツブツ」

 

 金ピカが腕を組み首を座らせて考えていた。そんな彼をクーナは指差した。

 

「ちょっと!なんで、私を攻撃しようとするのよ!私は標的じゃないでしょ!」

 

 歯を立てて睨みつけている。自身が攻撃されたことが不服のようだ。ランサーもそれには同意のようだった。

 

「この使えねぇ雌ガキを守りながら戦わせる気か。殺るなら一対一だろう」

 

「雌ガキって……。ああ、いや、何でもないわ。まぁ、それよりも、怒りは相手に向けるべきね」

 

 クーナとランサー。二人に敵意を向けられたアーチャーは首をかしげた。自身には非がないと思い込んでいるようである。

 

「そもそもあなたがランサーをあの織丘の地から引き離したのでしょう?ランサーは特に考えもなく勝手について来たのでしょうが、それがそもそも世界の規定に反しますからな。ランサーは死者。故にこの世ではいてはならない存在。そんな彼を連れまわすのは織丘だけにしていただきたかったのですが、こうなってしまったからには抑止力の一人である私が行かねばなるまいと。はぁ、こっちは大変で大変で。織丘からこのイギリスの地まで地球管(ガイア・アラヤライン)を通って来ましたよ。なので、その恨みも込めて共犯者と断定させていただきます」

 

「ほう、貴様は王なのではないのか?王ならば人に尊敬されるような理由の一つや二つがあるのかと思っていたのだが、大したことではないな」

 

「ハッ、あなたこそ戯言を申しますな。笑わせないでいただきたい。王とは常にワガママでなければならないのです。我のために何かを欲する、それはつまり民のためですから」

 

「貴様の民は難儀だな」

 

「……王のことを何も知らぬ若造が吠えおるわ」

 

 両者の睨み合いが続く。しかし、互いに攻撃を仕掛けようという仕草は見せなかった。ランサーは後ろにいるクーナを守りながらの戦いとなる。クーナは魔術師ではあるが、やはりサーヴァント相手に勝てるわけがない。一方アーチャーも攻撃に盾を通る決定打がないため、仕掛けようがないのだ。それゆえに二人ともただ動かず膠着(こうちゃく)状態が続いていた。

 

 その変わらぬ状況を打ち砕いたのはアーチャーだった。彼は弓を手に持ち、後退しながら弦を引っ張った。弓の弦を引くと魔力の塊でできた矢が形成され、それをランサーに向かって放った。

 

 放たれた矢は空中で三つに分裂し、ランサーの頭部と脚部、クーナの胴体に向かっていく。しかし、ランサーは槍で三つの矢を一掃した。そして、ちらりとクーナの方を見る。

 

「怪我はしていないな?」

 

「ええ、別に」

 

「そうか」

 

 そうして、隣の彼女からアーチャーに目を向けた。

 

「おい、そんな攻撃では……」

 

 だが、そこにアーチャーの姿はなかった。ランサーは辺りを見回し相手の姿を探すが見つからない。しかし、気配はあった。森の木陰から木陰へ、黒い影が動いているようにも見える。

 

 ランサーはクーナの肩を掴み引き寄せた。周囲への警戒を怠らず、かつ魔力供給源(マスター)を守るための行動。

 

 相手がどこにいるのか分からない。守ることはできるが、攻撃を仕掛けることはできない。

 

「相当不利だな」

 

 相手は飛び道具、このままでは防戦一方、実に分かりやすい不利な構図である。そんな状況に陥ってしまったことにランサーはため息をついた。

 

「全部貴様のせいだぞ、なぜ私が貴様を守らねばならない」

 

「あなたサーヴァントなんでしょ!なら、私を守るのが当然よ!それに………力を奪われてしまったし……」

 

「貴様のミスでゴッソリと持っていかれたからな」

 

「ちょっとだけよ、奪われたのなんて」

 

「じゃあ、戦えるだろ。守らせるな」

 

「嫌よ、大変だもの」

 

「私は道具か……」

 

「まぁ、さしずめそんなところね」

 

 クールなランサーは高飛車な自分のマスターに落胆する。こういう時ばかりは手伝ってほしいものだがと愚痴をこぼした。

 

 木の陰から矢が飛んできた。たった一矢、槍で薙ぎ払う。

 

「たったこれだけ?」

 

 クーナは予想外な攻撃に疑問を抱いた。アーチャー、そう言うのなら、それだけの弓兵としての技量を持ち合わせているはず。しかし、今しがたの攻撃はそんな弓兵にしてはあまりにもチンケなものだった。

 

 もちろん、そんなはずはない。しかしランサーは何かに気づいたのか、彼女に聞こえぬように舌打ちをした。

 

 彼は槍の先で地面を軽くつついた。すると、そこから若葉が芽生えた。そして、その若葉はみるみると成長し、人が一人通れるぐらいのスペースを持った小さな小さな森が現れた。

 

「邪魔だ、行け」

 

 彼女にそう伝えた。彼女はその言葉に躊躇する。

 

「大丈夫なの?」

 

 さっきまで自分を道具のように扱うと言っていたのに、急にしおらしくなった彼女にランサーは呆れた。

 

「大丈夫だったら行けなんて言うと思うか?」

 

「えっ?でも、それじゃ……」

 

 彼女は彼の言葉に言い返そうとしたが、彼は煩わしく思い彼女を強く押した。

 

「ちょっと、ランサー!」

 

 彼女はランサーの鎧を掴もうと手を伸ばしたが、手が届くより先に、彼女は木と木の暗闇の間に吸い込まれた。ランサーはそれを確認すると、もう一度槍の先で地面を叩く。すると、突然生えた木々が枯れてゆき、土となった。

 

「あらあら、彼女を逃したのですかな?」

 

「それ以外になにがある?はぁ、まったく、めんどくさいことをさせてくれる」

 

 彼はそう言うと、突然手に持っていた盾を地面に放り投げた。盾を持っていた腕をぐるぐると回し、首を左右に軽く振る。

 

「ああ、肩がこる。やっぱ、盾は邪魔でしかない」

 

「え?盾、捨てちゃうんですか?」

 

「いや、こんな重いものを持って戦うと思うか?」

 

「でも、それ宝具……」

「世の中にはいらない宝具もある、それぐらい知っておけ。王だろ、貴様」

 

 アーチャーはランサーのその言葉に悩まされた。

 

「むむむむ、やはり理解ができませぬな。それは宝具、しかもただの宝具ならまだしも、神からの賜り物でしょう?」

 

「あ〜、やっぱり知っていたのか。私の真名を」

 

「そりゃ当然です。抹殺対象のデータはきちんと神から頂いていますから」

 

 ランサーは彼の言葉を聞くと、あることが腑に落ちた。

 

「そういうことか。だから、そんな悪趣味なことまでできるわけだな」

 

 彼は自身の後ろにある一本の木に視線を注ぐ。

 

「出て来い、私は逃げも隠れもしない」

 

 すると、木の陰からアーチャーの姿が見えた。彼の手には煌めく鞭があった。

 

「そうですか。あなたはそれを選びますか。なるほど、それは良い判断だ」

 

「死ね、選んだんじゃなくて、それしかないだけだろ。こんな選択肢、最悪でしかない。性格の醜さが露わだぞ」

 

「余の性格が悪い?ああ、まぁ、確かにそうですねぇ。でも、余はそれが悪いことだとは思いませんよ!だって、王ですからねぇ。王は善にも悪にもならねばならない。全てに浸り、全てに成るからこそ、王は最善の選択ができるのですな!」

 

 彼は手に持っていた鞭を全力で振りかぶり、腕全体をしならせ(くう)を切るように横方向にスイングした。ランサーはその鞭をジャンプして避けたが、鞭は彼らの周りにある木を全て薙ぎ倒した。

 

「……最善の選択?これがか?貴様の脳みそは猿以下だな」

 

 木が薙ぎ倒され、辺りの視界が格段と良くなった。だからこそ見える。見たくないものも。

 

 ランサーの目に映ったのは幾人もの人たちだった。その人たちはみな武器を手にしていた。その奥には大きな光の輪のようなものがその周辺を囲うように低空に滞在している。その光の輪から次々と人々が現れてくる。

 

 その者たちを目にし、ランサーは小刻みに震えた。

 

「ゴンザ、ベディシュ、ライラにタールバ、ロガまで……。これは何だ?貴様が生み出したのか?」

 

「ええ、余が望みましたから。あなたを怒らせる最も効率的な方法を」

 

 アーチャーは腕を広げた。そして、高らかに声を張る。

 

「さぁ、裁きの時間だ。サーヴァント、ランサーを刑に処す!せめてもの赦しだ、殺されるなら愛する人々に殺されろ!それが貴様の望みだろう?」

 

 すると人々はその声に呼応し、武器をランサーに向けた。ランサーは歯の奥を噛みしめる。槍の柄を握りしめた。

 

「ハッ‼︎誰が望むか、そんな土人形に殺されることなど望むものか、ボケ!私が望むのはっ—————!」

 

 彼は走り出した。憎悪を槍に乗せて、怒り狂いながら。

 

 

 聖杯はとうに無い。しかし、北西の地でサーヴァントはまだ戦う。

 

 己の信念と同胞のために。

 

 望みなどもう叶えられぬのに—————




はい、今回は以上です。

……えっ、これで終わりか?

いえいえ違います、まだ続きます。もう一話だけ、本当にあともう一話だけ続きます。

すいません、毎度のことながらもう一話だけと言っている気がしますし、そもそも更新ペースも長くなってきているような……。

いやいや、暗い気分はいけないいけない。

さぁ、ということで、次回は本当に最終話(多分)です。是非楽しみにしていてください。


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聖杯戦争は終わった 2/3

はい!Gヘッドです。

え〜、今回は話を読んでもらう前に二つほどみなさまに謝らなければならないことがあります。

まず、一つ。え〜、更新が遅くなってしまいました。

そして、二つ目。やっぱり、この回だけでは終わらせるのは無理でした。

なので、今回は最終話ではございません!


 鐘がなった。太陽が西に沈む夕暮れ時、街にサイレンから流れた音が響き渡る。赤い空の下の大地は憂い気で、寂しいものである。

 

 俺は家の近くのスーパーに来ていた。小さないかにも地元って感じの、食品以外何も売ってないスーパーである。店の中に入るとすぐに買い物かごの隣にブロッコリーや白菜などの野菜コーナーが広がっている。スーパーに来るまでに適当に頭の中で考えた献立に必要な食材を手に取ってカゴに入れていく。

 

 橙色の壁に眩しい明かりが当たり、店内が白く見えて清潔な印象を与えてくる。黄色い値札に赤く値段が書いてあり、ずらりと陳列する食材はまさに平穏な世の象徴だろう。きっとここいらの住民全員がこの店のスーパーに訪れなければ無くならないのではなかろうか。

 

 大根に人参、きのこやねぎ、白菜とキャベツなどなどをカゴに入れたら、ぐっと手にかかる重力が強くなった。野菜は重い、なのにどうしてスーパーの多くは野菜を最初の方に並べるのだろうといつも考えている愚痴を考えながら先へ進む。

 

 今日の夕食用の鶏肉や冷蔵庫になかった寝坊したときのための冷凍食品もカゴに入れる。あと乾麺とかも目にとまったので手に取る。

 

 あとは何か必要なものはあるだろうか。台所になかったもの。……ああ、そういやポン酢なかったな。今日はアイツがくるし、確かあやつはポン酢派だったからな。買っておくか。

 

 大体のものは買ったはずだ。あと買わなければならないものはないだろうか。……なさそうだな。

 

 一通りのものを買ったので、レジに向かう。棚と棚の間を通り抜ける。そのとき、あるものが目に飛び込んだ。

 

 あっ、プリン。

 

 プリンが目に映る。ただのプリン、カスタード味の層とキャラメル味の層の二つで構成された、どこにでもあるような平凡なプリンだった。

 

 甘いものは別に好きなわけではないが、なんとなく食べたい気分である。なので、一個カゴに入れた。そして、また一個カゴに入れようと、手を伸ばす。しかし、はたりと手を止めた。

 

「いらねぇか」

 

 他にも食べ物はあるし、デザートのためだけに食費を削ぎ落としたくはない。だから、伸ばした手を引き戻した。

 

 その後、俺はレジで会計を済ませた。あらかじめ持参していたマイバッグを広げ、買い物かごの中にあるものを詰めていく。なるべく生物や柔らかいものを下に敷かないように、形を整えた。

 

 買ったものを袋に入れ終え、買い物かごを戻す。袋をぶら下げて外へ出る。店の前に止めていた自転車のカゴにいれて、尻ポケットに入れていた小さな親指よりも小さい鍵を取り出し、自転車に差し込んだ。ガチャリと音がなり後輪が回るようになったので、自転車のストッパーを足で蹴り上げながら車体を家路に向ける。そして、サドルにまたがり、ペダルを漕ぎだした。

 

 見慣れた景観、嗅ぎ慣れた匂い、聞き慣れた音を風を切りながら感じて行く。それは実に爽快で、羽を広々と伸ばすというか、緊張が緩んでいる俺にとっては安堵という一種の喜びが舞い降りてくる。辛いこともあったし、後悔することもあったが、今だけは、風がそんな俺の汚れを洗い流してくれる気がするのだ。平和、平穏、安泰な生活は久しぶりで、それが逆に息苦しいとも思うが、それでも風を切っているこの瞬間だけはいい意味で頭の中が空っぽになるのだ。

 

 前まではそんな感覚を抱かせるものではなかった家までの数分の道のりは今の俺には少し大事なものを含んでいるのだと思う。髪をかき乱し、額を晒すのは心地良い。

 

 しかし、やはり数分の道のり。呆気なく終わってしまうものである。家が見えてきた。すると、また段々と何か重いものがのしかかってくるような感覚がやってくる。ズシリと目には見えない粘着質な何かはこれまでの心持ちをガラリと暗雲に変えてしまう。

 

 玄関の扉を開けた。

 

「ただいま」

 

 誰もいないのに、俺は何故か家の奥の方に向かって声をかけてしまった。もちろん、誰も返事することなどない。一人暮らしなのだから、それが当然であるのに、どうしてか日課になってしまっているのだ。

 

 暗く長い板の廊下が目に映った。玄関から入る夕焼けの赤い光が廊下を焼く。玄関の鍵を閉め、靴を脱ぐ。食材の入ったバッグを手に持ち、玄関の隣にあるリビングに行く。そして、リビングの中央にあるテーブルに荷物を置いた。

 

「はぁ〜」

 

 ため息をついた。家に帰ったら、どうしてもため息をついてしまう。飯に洗濯、それにこんな大きな家の掃除までしなければならないのだから。

 

 こんなときにもセイバーがいればなぁと思ってしまう。現実を見ればそんな言葉はただの無駄な思考でしかないのに、どうしてもそう考えてしまう。

 

 しかし、そんなことを考えていてはダメだ。仕事のスピードに支障をきたす。俺は伸びをし、首を二、三度横に回した。そして、頬を叩いた。

 

「さて、やるか……」

 

 憂鬱だ。日課といえど、辛いものは辛いのだから。さて、今日はどのくらい遅くなってしまうのやら。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 玄関のインターホンの音が家中に鳴り響いた。風呂場にいた俺は洗面所の時計を見る。

 

「ああ、もうこんな時間か」

 

 スポンジを適当な所に置いて、洗面所で手を軽く洗う。手についた水滴を振り払い玄関に向かう。

 

「はいはーい」

 

 インターホンに答えるように声を出した。やっぱりここで声を出さないと相手が不安だと思うので、俺はこういうとき声を出すタイプである。

 

 俺は靴を履かずに靴置き場に踏み入り、玄関を開けた。扉の前には客が立っていた。

 

「来たよ、ヨウ」

 

 セイギである。彼は白い歯を見せつけ、にぃ〜っと深いえくぼを作るように笑っていた。

 

「何笑ってんだ?」

 

 俺は上機嫌な彼に尋ねる。彼はそう聞かれることを待っていましたと言わんばかりに、さらに深いえくぼを作り、右手に持っている袋を俺に見せた。

 

「じゃ〜ん、見てよ、これ!ケーキ!ほら、大通りのところに美味しいケーキ屋さんがあるじゃん?そこまで行って買ってきたんだよ!」

 

 彼のその喜び様は「乙女か!」とツッコミたくなるものだったが、そこは俺の理性で無理やり止めた。ケーキを買ってきてくれたのだ、それは嬉しいことだしありがたく思わなければならない。

 

「なぁ、でもそこまで遠かったんじゃないのか?だって、そのケーキ屋って市役所の近くにあるじゃねぇか。ここから自転車で三十分くらいだろ?」

 

「まぁね。でも、今日用事があったからね。市役所に。だから、別に心配してくれなくてもいいよ。このケーキのためだけに行ってきたわけじゃないからさ」

 

「いや、別に心配はしてないんだけど……」

 

「またまたぁ〜、素直じゃないんだから〜」

 

 彼はそう言いながら俺の肩を軽く叩く。そして、家の中に入り、慣れた手つきで家の鍵を閉め、俺にケーキの入った袋を渡し、靴を脱いでリビングに向かった。

 

「そういや、その用事って市役所にだろ?それってプライベートな話か?なら、別に聞く気はないんだが……」

 

「ああ、もしやヨウ、聖杯戦争のことだと思ってる?」

 

 俺は頷いた。彼は特に遠慮する様子もなく椅子に座り、足を組んでこう答えた。

 

「まぁ、聖杯戦争のことだよ。でも、今ここでヨウに話すべきことじゃないし、今は話さないや」

 

 彼は話を教えてくれない。

 

「え?マジで?教えてくれると思ったんだけど」

 

「あはは、ムリムリ。それはダメだよ。まぁ、コッチの話だから」

 

 コッチと彼は言った。それは魔術師としての話ということだろうか。同じ魔術師である市長とその手の話をしていたということか。

 

 彼はまるで自宅のようにくつろぎながらお茶を出すよう催促した。面倒くさい奴だと思いながらも、一応彼は客なので、仕方なく冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を取り出して彼の前に置いた。彼は麦茶の入ったコップを見て不機嫌そうな顔つきをする。

 

「ねぇ、ヨウ。今、真冬なんだけど」

 

「すまねぇけど、今ポットにお湯入ってねぇんだわ。ヤカンで温めるのめんどいから、とりあえず冷たい麦茶」

 

「いや、冷たい」

 

「いけるいける、お前ならできるって。男だろ」

 

 俺は彼の肩に手を置く。彼は俺に笑顔でじっと俺を見る。その笑顔はとても怖いものだが、それでも臆せず俺も笑顔で返すと、彼は深くため息をいた。席を立ち、俺に場所を聞かずとも食器棚のところへ行き陶器のコップを取り出した。そして、それを手に席に戻り、陶器のコップに麦茶を入れて、コップに両手を添えた。そして魔術回路を開く。

 

 すると、麦茶から湯気が出てきた。

 

「えいっ!」

 

 彼の黒い腹からはいかにも出そうにない可愛い声を出した。一体どこから出た声なのか、心底恐ろしい男である。

 

 魔術で麦茶を温めるという荒技をした目の前の彼はしてやったり顔をしてくる。

 

 その顔を見た俺は今日、こいつにとことん嫌がらせをしてやろうと心に決めた。

 

「あ〜、こんな茶番に付き合ってたら時間がなくなる。まだ夕食の準備ができてねぇから邪魔すんなよな」

 

「え?まだできてないの?珍しいね?いつもならできてそうなのに」

 

「ん?まぁな。いつもだったらこれくらいの家事なら全部これくらいにはできてたはずなんだけどな、なんか人手が足りないって感じなんだよな」

 

「何それ、怖っ、一人暮らしなのに?」

 

「いやそうなんだけどさ、一人なんだけど……、なんか違うんだよなぁ〜」

 

 違和感がある。どうしてもこの家の中に入ると何かが違うと感じてしまう。家の電気は全て消してあるし、テーブルの上には何もないし、洗濯物も干されていない。それが普通のはずなのに、どうしてもおかしいと思ってしまう。

 

 その時、セイギがポツリと一言を投じた。

 

「セイバーがいなくなったからじゃない?」

 

 その一言は俺の心の芯の根っこの方までじわじわと刺激を伝せた。俺の心はすっと一瞬にして冷たくなって霜焼けができているんだなと理解できた。そして、彼に対して特にこれといった返事はできず、

「ああ、そうだな」

 と、言っただけだった。

 

 彼はそんな俺を見て、何かを悟る。

 

「ごめん、悪かった」

 

 彼は今俺たちの間を流れる空気を悪いものにしてしまったことに謝りを入れた。その笑みは作り笑顔だと分かった。慌ててこの場を取り直そうとしていた。その言葉に俺は「ああ」とだけ答えた。

 

 しかし、どうしてだろうか。彼は何かを悟ったあの一瞬、ふと本気で微笑んだかのように見えた。あの瞬間だけ、彼の唇はふと緩み、そしてすぐに唇をぎゅっと締めて作り笑顔を作ったようであった。

 

 ああ、いや、そんなことはないか。この男がそんなことをするはずはない。セイバーがいないことに、俺が返事を上手く返せないことに喜びを抱くなどあり得ない。

 

 ……そう、思いたい。

 

 彼は息苦しい空気にまごつき、一旦手元にある麦茶を一口飲んで口を潤した。そして、椅子を若干後ろに倒し、自分の足と椅子の後ろ足でバランスをとりながらこんなことを言い出した。

 

「あっ、そう言えば、今日さ、もう一人来るから」

 

「ああ、うん。オッケー」

 

 なんだ、そんなことか。もう一人誰かやって来るのか。あ〜、でも、夕食は二人分だしなぁ〜。

 

 ……ん?

 

「え?ちょっと待って。今なんて言った?」

 

「いや、だから、もう一人僕が呼んでおいたから」

 

「ええええっ?何それ!聞いてないんだけど!」

 

「まぁ、言ってないし」

 

「言ってないし、じゃねぇだろ、オイ!」

 

 なんということであろうか。唐突に切り出された実はもう一人来客がくるという言葉。そんなことがあってたまるか、そう叫びたい。

 

 え?っていうか、その……え?マジで?本当に?嘘でしょ?その人の分の夕食の準備とかできてないんですけど。

 

「……え?本当に?」

 

 俺はもう一度、最後の確認をする。それはきっとセイギが俺をからかっているのだろうという望みからだ。そして、俺はセイギが笑いながら、冗談だという姿を……

「え?本当だよ」

 

 ……冗談だという姿を期待していた。

 

 のだがっ⁉︎

 

「……はぁ、マジでか。お前本当ありえねぇ。普通さ、俺に了解なくして人を連れてくるか?」

 

「えへへ、ごめん」

 

「ごめんじゃねぇよ。本当に、マジでさぁ……」

 

 彼の思いがけない行動に俺は苛立ちを隠せない。それはもう当然、なんたって今回は百パーセイギが悪い。

 

「いや、言ったつもりだったんだけどね」

 

「聞いてねぇよ、本当」

 

 しかし、どうしたものか。この集まりはこの頃の心身に溜まった疲れを癒してただただダベる会なのだが、それに伴い夕食も用意してある。もちろん、二人分。つまり、三人この会に出席するのに対し、飯は二人分のみ。

 

「え〜、まじか、冷蔵庫になんか他のもんあったか」

 

 とりあえずここでうだうだと考えても仕方がないので、冷蔵庫の中身を開けた。しかし、そこには昨日の残りや僅かな食材に味噌などの調味料しかない。

 

「全然ねぇじゃん」

 

 だよな、やっぱ。少しだけ希望を抱いて覗いた自分がバカだった。俺は冷蔵庫の中とかちゃんときっちりと管理するタイプであるから、冷蔵庫にあるものだけでもう一人分の夕食を作るなんて無理である。この時だけはこんな性格の自分を恨んだ。

 

 しかし、冷蔵庫を見て焦っている俺とは反対にセイギはなんとも思ってなさそうであった。もしかしたら、こいつは人間性を疑うほど無神経なのではなかろうか。

 

「おい、どーすんだよ、そいつの分の食料とか用意してないんですけど」

 

 軽く怒りの念を込めて彼にあたる。しかし彼は余裕を持った態度を崩さない。

 

「ああ、いいんだよ。彼女、食べてから来るってさ」

 

「食べてから来るのかよ、ならそれを先に言えよ。心配したじゃねーか」

 

 まったく人に冷や汗をかかせやがって。またスーパーまで食材を買いに行くのかと思わされた俺の気持ちにもなってほしい。

 

「で、その人って誰?彼女ってことは女か?」

 

「いや、女でしょ。少なくとも僕たちの知り合いにアッチの人はいないよ」

 

「ん、じゃあ、雪方とかか?」

 

「うん、まあ、そんなとこ」

 

 雪方が来る。そう聞いたとき、何となくだけどホッとした。この会はそもそも聖杯戦争での疲れをねぎらうためであり、そこに参加者ではない人がやって来るのだと考えてしまった。別にそれはそれでいいのだが、やはり俺にはどうもそれでは抵抗がある。

 

 何故か。そんなことを考えてもどうせ明確な答えは出ないのだろうが、多分セイギや雪方とかじゃないと俺のこの心の軋みは治せないんだと思う。

 

「はぁ〜、んだよ、驚かせんなよ」

 

 安堵のため息を漏らした。セイギはそんな様子を見て指をさして笑った。うん、こいつにはいつか痛い目にあってもらわないと困るな。

 

 安心した俺は夕食の準備に取り掛かった。鍋を取り出して、買ってきたネギや白菜、人参に鶏肉を適当な大きさに刻み、鍋の中に入れる。水と酒を少々加えて、火をつけた。

 

「まぁ、あいつなら特に気を配る必要もないし、まぁ、楽だな」

 

「え?だって彼女、ヨウの元カノでしょ?」

 

 彼はあんまり話題にしてほしくないところを突いてきた。まったく、俺はセイギにこの話は一度もしたことないのだが、どこでどうやって知ったのか。

 

「おい、お前、どこでその話を聞いた?」

 

「ん?ああ、二人と同じ中学校にいた人たちから噂でね。でも、別にそんな大したことは聞いてないよ。ただ、付き合ってたって噂だけだよ」

 

 彼の話ぶりは嘘をついているようには見えなかった。話を聞く限り、彼も詳しくは知らないようだからこのことは不問にしたが、その手の話はあまりいい気分にはなれない。セイギは人の感情を読み取るのが上手いから、そういう俺の気持ちも何となく察したのだろう。「ごめん」とだけ言うと、彼は話題をすぐ他のものに変えた。

 

 それから少し経って鍋の中身が丁度いい具合になったので、火を段々と弱くしていき、そして止めた。鍋の横の取ってを握り、テーブルまで運んで真ん中に置く。

 

「おお、今日は鍋?」

 

「おう、そうだ。鍋だ、鍋。この寒い冬に一番ぴったりなのは鍋だろ」

 

 鍋の蓋を開けた。すると、目の前が鍋から飛び出た白い湯気でかき消され、そして湯気がなくなると鍋の全貌が現れる。

 

「おおおお!美味しそう!」

 

 彼は目を輝かせながら叫んだ。いくらヒョロい彼でも年頃の男の子であることには変わりない。目の前に飯があれば喜ぶのは当然のこと。それがさらに俺のメシときた。これに喜ばないことなどありえるわけがない。

 

「はい、こちらは月城陽香特製の『ぶっちゃけ入れた具材は普通の寄せ鍋』でぇ〜す。どや、美味そうだろ?」

 

「うん、やっぱりヨウのメシは美味そうだよ。ヨダレ出てきた」

 

「まぁ、俺のメシはこの町で一番だからな」

 

「現実的だね」

 

「いや、世界一とか言えない言えない。料理でメシを食うような人たちに失礼だからな」

 

 そこは謙虚に、満足できる程度の大きさで良い。実際、俺のメシは美味いからな。

 

 俺も彼と向き合うかたちで椅子に座った。彼は俺が用意した小皿に鍋の中の具をお玉で掬っていた。

 

「うわ、ほんと美味しそうだね。鍋の具を掬うだけでいい匂いが漂ってくる」

 

 それは俺も感じてる。うん、今日のは我ながら良い出来である。俺も腹が減っているし、ヨダレが止まらん。

 

「さて、俺も食おう」

 

 俺も皿によそう。湯気に混じった匂いの粒子が鼻を突き上げて、食欲を誘う。

 

「いただきます」

 

 彼はぴっちりと綺麗に手を合わせて(こうべ)を垂れた。そして、ポン酢をかけて手元に置いてある箸を取り、まずつみれを食す。

 

「ぐ、美味い……」

 

 味のない感想を口にした。ただ舌をガツンと殴る鶏肉とネギの味に悶絶しながら、目を閉じて幸福を味わっている。まぁ、俺の料理に絶句はつきものだが。

 

 さて、では俺も食おう。じゃあ、まずはこの白菜からだ。このしなった白菜は鍋の旨味成分をたらふく含んでいるに違いない。

 

 ……うん、予想通り。ヤバい、美味い。にやけてしまう。白菜本来の旨味と他の食材の旨味が鍋という舞台で合わさり、それをぐっと凝縮しているかのようだ。噛めば出る白菜の水分はまたその旨味をいい感じに際立たせ、舌全体に広がる。

 

 では、次はこの餅をいただくとしよう。一口サイズの小さな餅はとろりと熱に柔らかくなっているが、しっかりとした粘り気が箸によくくっつく。それを口に運んだ。

 

 ……くっ、これも美味いか。やはり、これも美味いのかっ!恐るべし、俺っ!鍋のただただ旨さを引き出す旨味成分がもち米ともち米の間に浸透している。しかも、噛めば噛むほどにその旨さがじゅわ〜っと溢れ出て、モチモチとした食感とよく合う。うん、鍋の中に餅を入れるとは我ながらナイスなチョイスである。まぁ、冬だし、餅は必須だよね。

 

 って、なんだよ、俺の料理。最高じゃねーか。やっぱ、俺って世界最高の男子高校生だわ。

 

 目の前にいる彼は俺の作った料理に今でも頰を落としそうである。

 

「ねぇ、ヨウさ僕の嫁に来てよ」

 

 と、毎度俺の家にて恒例のプロポーズが行われる。

 

「いや、それ何回目だよ。つーか、きもいわ」

 

 もちろん、軽くあしらう。

 

「いや、だってあまりに美味しいから。せめて僕の専属シェフ……」

「だるいわ」

 

 まったく、こいつはうるさい。何度目のプロポーズか。さすがに飽きたわ。まぁ、しつこいと言ったところで、こいつが聞き入れることはないということは誰よりも俺がよく知っているのだが。

 

 小皿の中のものを全て完食した俺はまた鍋からよそう。

 

「おら、さっさと食わねぇと全部食うぞ」

 

 そう言うと、彼は慌てて自分の皿の中を空にした。




いや、ほんと、すいません。終わりませんでした。

ということなので、次回こそ、次回こそ、次回こそ本当に終わらせるつもりです!つもりです!

多分‼︎次回こそ最終回となります。

なので、ぜひゆっくりと気長に待っていただければ嬉しいです。


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聖杯戦争は終わった 3/3

はい!Gヘッドです!

やっとこさ、終わりました、第一ルート。まぁ、相変わらず最後までゆるゆるなので、ぜひ楽しんでいただけたら光栄です。


「うっ、もう食べられない……」

 

 たらふく食べたセイギは苦しそうに箸を置いた。顔色を悪くして、痩せた身体から膨らんだ腹をゆっくりとさする。

 

「いや、食いすぎだろ、オメェ。少食のくせにバカみたいに食いやがって」

 

「う〜ん、そうなんだけど……、これ残したらきっとヨウの明日の朝食になるでしょ?それはなんか勿体ない気がして……」

 

 こいつはどこまで失礼な野郎なのだろうか。そもそも作ったのは俺なのに、何をほざいていると問いただしたい。

 

 と、思うものの、そんなことしたら口の強いセイギにコテンパンにされることは百も承知。そんな無意味なことは俺のガラスのハートにヒビがはいるので絶対やらない。

 

 俺は席を立ち、鍋に蓋をしてコンロの上に置いた。明日の朝、ちょっと火で温めて食べよう。セイギには悪いが、明日も堪能させてもらおうか。

 

 彼は使った食器を台所まで持ってきてくれた。

 

「おう、サンキュ」

 

 と言っておきながら、なんだかんだ飯を用意してやったのだからそれくらいセイギが仕事するのは当たり前だと感じていた。まぁ、これぐらいのことはやってくれないと、どう絞めあげようかと思っていたところだったのだが。

 

 しかし、思いがけないことに彼は皿を台所まで持ってきたら、そのついでか食器を洗い始めたのだ。

 

「洗うよ」

 

 などと笑顔で言いながら、スポンジに洗剤を少々馴染ませていた。

 

「え?どういう風の吹き回し?だってお前、今までいつも俺に食器を洗わせてたじゃねーか」

 

 そう、彼はいつも俺の家で飯を食うときは常に王様気分なのである。彼が俺の家で飯を食ったあとは必ずと言っていいぐらいにそのようなていたらくぶりである。テレビを見ていたり、俺の部屋から漫画を勝手に持ってきて読み漁ったりと、さながら俺を下僕のように扱うのである。

 

 それが、今まさにこの瞬間、彼は俺の隣で食器を洗っている。

 

「貴様、何を企んでいる」

 

「何も企んでないからね。怒るよ」

 

 彼は表層に笑顔を浮かべた。ああ、その笑顔は恐ろしい。なんと面の皮が厚い男か。

 

 二人で使った皿を丁寧に洗う。たわいもない会話をしながら黙々と手を動かす。今日学校で起きたこと、相手が知らないようなこと、下ネタに天気、学業や趣味。特に価値のない、ごく普通の過ぎ行く人生の中で目もくれないような寝たら次の日には忘れていることを笑いながら話した。

 

 それはいつもならどうとでもない会話なのに、とても懐かしく感じた。久しくこのような状況を設けていなかったからだろう。明日の自分たちの生があることを祈り続けているのとは違う、安寧がそこにあった。

 

 そう、その安らかな日々はどこか少し歯痒いものでもある。どうしてなのか、それはなんとなくだが知っている。この一瞬一瞬を無駄にしているような気がしてならないからだ。

 

 皿を洗う手をふと止めた。蛇口から垂れ出る水の柱が手に当たり、不規則な放物線を描きながら流れてゆく。冷たい冬の水はナイフのように尖った痛みを与えてくるのだが、そんな痛みがあまり感じなかった。

 

 こんな俺、意味あるのかな。

 

 頭の中でポッとそんな考えが浮かんでしまった。そんなことはないと思いながらも、それを否定する手立てがなく、首を横に振るだけしかできそうもない。

 

「ねぇ、ヨウさ、つまらなそうだよね」

 

 セイギは俺の顔から察したのか、はたまた心情を知っていたのか、いきなりそんなことを言ってきた。

 

「まぁ、確かにな。つまんねぇな」

 

「やっぱ?で、具体的には、何がつまらないの?」

 

 何がつまらないのか、それは確かに考えたことはないな。何であろうか。

 

 こうやって皿を洗っていることか?いや、これはいつもの日常的な作業であり、やりたいかと言われればそうではないが、別に苦ではない。ならば、こうしてセイギと話していることか?いや、それも違う。セイギと話すことは嫌いではないし、むしろ好きだ。自分の心の中を見透かされている感覚はするが、それでもどこか気が楽になる。とすれば、何だ?自分が自分であることか?ああ、確かにそれは一理ある。セイバーとのことと言い、自分のクズさ加減には驚いた。救いようもない。俺はもう一生、こんなクソみたいな俺のまま過ごさなければならないのだから。だが、だからと言って、俺は俺が嫌いではない。もちろん、好きでもないが、俺はこんな俺でいることを内心諦めてるし、もう受け入れている。多分、つまらないと思っていたのなら、それは遠回りな拒絶だ。

 

 では何だろうか。何がつまらないのか。

 

「……分かんね、もう全部がつまんねぇ」

 

「え?全部?アハハ、ヨウらしいね」

 

「俺らしいか?結構適当に答えたんだけど」

 

「うん、そういうところも、全部」

 

 う〜ん、やはりいけ好かない。この男みたいなやつはやっぱり得意ではない。

 

「なぁ、じゃあ、逆に聞くけど俺らしいって何だ?」

 

 突然だが、気になってしまった。彼に俺らしいと言われた。感覚的に理解はできるのだが、言葉として理解ができない。

 

 彼はいきなり哲学的な質問をした俺をクスリとバカにするように笑う。

 

「フハハッ、いきなり難しいことを聞くね。まぁ、そこもヨウらしいんだけどさ」

 

 彼は洗い物が終わったのか、水を止めた。近くの手拭きタオルで手についた水を拭う。

 

「どうだろうね、僕も分かんないや」

 

「おいおい、まじ、そういうの求めてないから」

 

「いや、でも、なんかさ、『あっ、ヨウだなぁ〜』って感じるんだよ。それこそ、こう感覚的に」

 

 身振り手振りで彼は表現しようとするが、正直全然分からない。

 

「ああ、まぁ、強いて言うなら、ずっと考え続けているところかな。ずっと、ずっと、ずぅっとね」

 

「考え続けている?」

 

「うん、こんなバカで勉強出来なさそうなボケェって顔してんのに」

「おい、テメェ、殺すぞ」

 

「常に自分の中で自問自答をしているんだ。他の人ならすぐに終わってしまったり、考えもしないようなことをずっと深く考えている。しかも、その内容は決まって他人のこと。自分のことは深く考えないし、どうでもいいって思ってるだろうけど、誰かのことは全力で思考を注いでいる。自分に興味がないってわけじゃないだろうけど、多分ヨウは他人が大事に思えてしまうんだよ」

 

「他人が大事か。本当にこの俺がそんな風に見えるか?そしたら、お前の目は節穴だぞ」

 

「うん、そうかもしれない。だって、少なくとも僕にはそう見えるから。だから、いつも言ってるじゃん。ヨウはさ、優しいって。常に相手のことを考えているんだから」

 

「そうか、それはありがたいな。そう思えてもらえているのなら」

 

 俺は彼の意見には賛同はしたくなかった。俺が優しいとか、そういうのはまじで天変地異並みのものである。

 

 だが、確かに他人のことは気にしてしまう。それは否めない。それは俺がそういう性なのだ。多分、俺は家族とかそういう人が記憶の中にあんまりいないから、そうやって他人に対しての接し方が下手なんだろう。だから、他人のことを常に考えてしまう。必要以上に。

 

 今の俺には彼の意見を否定する(すべ)がない。

 

「でもさ、だからこそさ、思うんだよね。優しいから、優しすぎるから、ヨウは自分の行く先を他人に左右されるんだ。自分の意思や願望なんて二の次で、絶対に相手に合わせるんだ、ヨウは。僕はそんなヨウの生き方が気に食わないよ、自分の進む道くらい、自分で行けよって思っちゃうから」

 

 その言葉には怒りというより、むしろ悲しみのような感情が含まれているように思えた。

 

「……すまん」

 

 なぜ謝っているのだろう。ただ、彼のその双眸に対しての罪悪感が心のどこかにあって、それに俺は口を動かされていた。

 

 彼は俺の謝罪に困り顔を見せる。

 

「別に、謝れってわけじゃないよ。ただ、もう少し、自分に興味を持ってもいいんじゃないの。自分には価値があって、だからここにいるんだって思ってほしい。少なくとも僕はそれを英霊たちから学んだつもりだよ」

 

 彼のその言葉には力がこもっていた。自信、いや、義務のようなものを背負っているのだろう、彼は。生きるということに関して。脱落していった過去の人間に対しての自分なりの答えを彼は得たんだ。例えそれが涙にまみれながら掴み取ったものだとしても、それは彼のこれからの人生を照らすものとなるだろう。

 

「ねぇ、ヨウは何を得たの?」

 

 彼の言葉は常に俺の心中の核心を突いてくる。そこはあまり触れたくはなかったのだが。

 

 ああ、しかし、今ここで考えなければ、もう多分一生考えることもないだろう。そしたら、今日までの日々が泡沫となって消えてしまうようなことと一緒である。

 

 考えよう、自分はこの聖杯戦争で何を得たのかを。この人生でもう二度と起きないであろう聖杯戦争で果たして俺はどのように変わったのか。

 

 そして、辿り着いた答えがこれだった。

 

「……好きな人ができた」

 

 何とも的外れな返答だろう。人生を糧になるような何を得たのかと彼は訊いたのに、その返答はさすがにないなと発言した俺自身も思った。

 

 しかし、彼は嗤わなかった。軽く微笑み返すとこう言った。

 

「うん、だろうね。セイバーでしょ?分かるって、そんなこと」

 

 予想外の反応だった。もっと驚くのかと思ってはいたのだが、ああ、そうか、そこも見抜かれていたというわけか。

 

「俺、やっぱ、お前のこと嫌いだわ」

 

「えっへ?何で?今の流れでそういう風になるかな?」

 

 彼は俺が嫌いと言ったのに落ち込む様子はなく、逆に喜んでいた。捻くれた男である。

 

 捻くれた、いい奴である。

 

「ありがとうな」

 

 ぼそっと独り言のように呟いた。それは別にたいした言葉ではないのだが、今ここで言わねばならないと感じたのだ。あの時、セイバーに言えなかったような、あんなことだけはもう二度と犯したくないから。だから、今の俺の気持ちを素直に表してみようと思う。

 

 そうだな、この聖杯戦争で学んだことはそんなもんかな。

 

 しかし、セイギは言っている方も聞いている方も恥ずかしくなるような感謝の言葉を鼻で笑った。

 

「え?どうしたの?気持ち悪い」

 

「ああ、やっぱ、お前のこと嫌いだわ」

 

 そうだ、彼はこういう奴だったな。上げてから落とすタイプ。

 

 控えめに言って、死んでほしい。

 

 彼は台ふきんを水で軽くゆすぎ、両手でギュッと水を絞り出してテーブルの上を拭き出した。なんか今日の彼の行動は少し変である。いつもなら俺にしろと偉そうに命令するだけの彼が自らテーブルを拭くなどとは。明日は降水確率が低かったが雨でも降るのだろうか。

 

 まぁ、彼も俺と同じく隣にいたアサシンを失ったわけだし、相手のことを考える重要性とかも身に染みてくれたのだろうか。それならばそれでいいのだが。

 

 う〜ん、だがしかし、彼からは少しも悲しいオーラを感じられない。相手のことが大事だと気付いたのなら、少しは悲しそうな姿を見せてもいいのではないだろうか。思えば俺が見た今日の彼は一日中笑顔である。もちろん、その笑顔が優しく素晴らしい笑顔などではないものの、そこに悲しみという感情は混じってなどいなかった。

 

 どうなのであろうか。彼は悲しみを感じているのだろうか。どうして悲しむ様子を俺の目の前で見せないのか。俺にその姿を見せまいと努力でもしているのか、はたまたそもそも胸の痛みを感じないようなクソ野郎なのか。

 

 それが気になってしょうがない。どうも彼の笑顔の存在に違和感しか感じない。

 

「なぁ、セイギ。お前さ、アサシンがいなくなって悲しくないのか?」

 

 彼はその質問にピタリと身体の動きを一瞬止めたが、またテーブルを拭く動作を続けた。

 

「う〜ん、そこんとこどうなんだろうね。悲しいのかね、僕は。あんまり、そういう感じはないかな」

 

 その返答は少し意外だった。彼だってアサシンに対して何かしらの想いは抱いていたはずである。それが恋心であれ、信頼であれ、友情であれ、彼と彼女の仲は決して悪くはなかったはずだ。

 

「あ、でも、やっぱり悲しいかな。だって、僕、アサシンのこと好きだったしね」

 

「ですよね〜、お前とアサシン、どうせそんな関係だろうなって思ってたよ……」

 

「あれ?思ってたより食いつきが悪い?もうちょっと話に乗ってくるのかと思ってたんだけど」

 

「いや、さすがにそこまで突っ込んだ話はやめとこうかと思ってた。傷を抉ったら悪いし」

 

「お、やっさしー」

 

「まぁ、天下一の優男だからな」

 

「あっ、自分で言うのはちょっと、気持ち悪いかな」

 

「オッケー、夕食代三千円を払ってもらおうか」

 

「値上がりがひどい」

 

 彼は苦しそうな顔をしながら自分の財布の中を覗き、そこから硬貨を一枚取り出した。

 

「はい、五百円」

 

「おい、三千円だぞ」

 

「大丈夫大丈夫、五百円分の価値しかなかったから」

 

 この男、本当にいつか殺してやろう。

 

 彼は自分の作業が終わると、川の水がが流れていくようにテレビの前のソファにダイブし、そのまま猫のように丸くなった形で寝転がった。

 

「ああぁ〜、疲れたぁ〜。結構重労働」

 

「いや、そうでもないけどね。っていうか、お前、他人の家でもよくくつろげるな」

 

「まぁ、僕の家みたいなものだし」

 

「ああ、そうですか」

 

 俺も洗い物を終え、自分のズボンで手を拭いた。そして、食器棚から皿を二枚取り出す。その皿をテーブルに置いた。

 

 その時、俺はふと彼を見た。彼はじっと静かに天井の木目を見つめていた。

 

「ねぇ」

 

 彼は突然話しかけてきた。

 

「なに?」

 

「ヨウはさ、寂しい?」

 

 まさか、同じ質問を返されるとは思わなかった。

 

 彼の質問に俺は言葉を詰まらせた。寂しいか。その問いに関する答えはまだ完全に出てはいないからだ。だが、無言のままは俺が嫌だった。だから、苦し紛れに何となく頭に浮かんだ言葉を紡ぎ合わせた。

 

「……俺は、あいつがいなくても、まぁやってけるし……。だから、寂しいけど、でも言うほどってわけじゃ、ねぇって言うか……なんつーか」

 

 ちぐはぐなまとまりのない答えだった。頭の中で考えていたことをいざ言葉に形を変えるとなるととても難しい。でも、適切な言葉なんて選んでるひまなんてないからとりあえず流れに乗せて話してたら、自分でも言っている意味がよく分からなくなった。っていうか、そもそも彼の質問にちゃんと返せてない。

 

 彼は自然消滅した俺の話に理解を示すように相槌を打ってくれた。そして、「だろうね、そんな感じだろうなって思ってた」と見透かしていたアピールをしてきた。

 

 彼は深く息を吐いた。心の中にある何かつっかえているものを取り払うかのようであった。そして、折り曲げていた足を広げる。ソファからはみ出していた。

 

「僕は、多分、ヨウとは違うかなー。いや、違うってわけじゃないんだけど……、まぁ、半分違うってところかな」

 

 彼は伸びをする。腕と足先をできるだけ遠くまでピンと伸ばした。

 

「僕はさ、アサシンがいなくなって寂しいんだけどさ、でも、彼女とお別れできたから。腹は決めたよ。それに、僕はちゃんと言えたからね。彼女に好きだって。だから、少し寂しいけど、それでも頑張れる気がするよ、この平和な日常をね」

 

 彼の口調は実に穏やかだった。その声に荒さはない。悲しみを帯びてはいても、決して絶望は感じられなかった。穏やかだが、意志の力に触れた。

 

 ああ、そうか、彼は受け入れたのだ。受け入れることができたのだ。俺たちが欲していたはずの日常は大事な誰かがいない平和な日常だったのに、それでも彼は涙を飲みながら受け入れたのだ。

 

 彼は後ろを見ることを諦め、大切な人に愛の言葉を囁いて、前へと進むのだ。それは俺とは確かに違う、彼なりの彼らしいことだと思う。

 

 今、彼はソファの背もたれのせいで頭頂部しか見えないが、どんな顔をしているのかは何となく理解できた。

 

 彼は強い、背中の大きな男である。

 

 しかし、彼のことを考えていると、どうも俺と比較してしまう。彼はやりきったのだ、今朝までの聖杯戦争で悔いのないようにやりきった。

 

 そして、俺はそんな彼とは対照的にまだ前へと進めていない。まだ彼女のことを考えてしまう。もう彼女は過去へと帰ったはずなのに、もう会えないのに、それでも考えてしまうのだ。

 

 もしも、あの時、彼女に俺の気持ちを伝えられたのなら、どれほど良かっただろうかと。

 

 苦しい、息苦しいのだ。息を吐いて吸うだけでヤスリで擦られた肺を血をにじませながら無理やりにでも動かさなければならない。歩く足は石のように重く、地球の重力が急に何倍にもなったのではないかと感じるくらいだ。

 

「ねぇ、ヨウはさ、会いたい?セイバーと」

 

 何を言い出すのかと思えば、そんなことか。

 

「ああ、会いたい。会って、この不完全燃焼の気持ちを吐き出してやるんだ。好きだって、彼女に伝えたい」

 

「ハハッ、中々に情熱的ダネ」

 

「そうじゃねぇと、まじ、俺死ぬわ」

 

 半分冗談、半分は本気。そんな心意気である。

 

 俺は冷蔵庫からセイギが買ってきてくれたケーキの箱を取り出した。

 

「おい、セイギ。お前、何食う?お前が買ってきたんだから、先にお前が選べよ」

 

 俺はそう言いながらケーキの箱を開けた。中にはショートケーキとショコラケーキが入っていた。

 

 ちなみに、このショコラケーキは結構好みである。表層はチョコ色に染められたスポンジの上に同色のショコラパウダーがまぶしてあり、甘さ控えめの生クリームと刻まれたナッツがスポンジに何重にも渡って挟まれている。一方、ショートケーキは何層にも分かれた卵色のスポンジの層の間に甘く口の中で溶け出す生クリームと赤いルビーのようなカットされたイチゴが顔を覗かせている。そして、表層はスポンジの上に生クリームの白化粧が塗られ、頂上の中央にはショートケーキのシンボルともいうべきイチゴ丸々一個がちょこんと白い座布団の上に座っている。

 

 おお、これは美味そうだ。だが、しかし……。

 

「え?このチョイス、嫌がらせ?」

 

 彼のケーキのチョイスには疑問があった。そもそも、俺はショートケーキよりショコラケーキ派である。甘ったるい生クリームより軽い生クリームの方が好きなタイプである。しかし、セイギはそもそもショートケーキが食べられない。だって、彼はイチゴが嫌いだから。歯にイチゴの種が挟まるのが気にくわないという理由で彼はイチゴが嫌いなのである。

 

 ということはつまり、俺がショートケーキを食べなければいけないのだ。自分が大好きなショコラケーキを相手に譲って。

 

 もちろん、彼だって俺の好みは知っているはずである。こんな腐れ縁なのだから。

 

 だとしたら、この男、相当タチが悪い。というか、わざとだとしか考えられない。上げて落とすタイプの彼だが、さすがにこれはひどい。

 

「何?どうしたの?神妙な顔つきで」

 

 彼はニタニタと嫌な笑みを浮かべながら、こっちにやって来た。俺は彼にこのことを話したら、彼はグーサインを堂々と作った。

 

「うん、僕はケーキいいや、いらない!」

 

「え?いらない?」

 

「うん、いらない。僕は食べない。それは、ヨウと彼女の分だよ」

 

「お前は?食わないの?」

 

 彼は深く頷いた。

 

「だってお腹いっぱいになってるだろうって見越してケーキは二個にしておいたんだ。僕の分を抜いてね。だから、彼女と食べて」

 

 彼はそう言うと、ポンポンと俺の肩をわざとらしく叩いた。ニヤリとした上から目線のその表情がなんであれ、俺は軽くイラっと感じた。

 

 そして、セイギは食事のときに自分が座っていた席の背もたれにかけていたコートを羽織った。

 

「ん?どこ行くんだ?」

 

 そんな彼に尋ねると、彼はあっけらかんとした顔で「帰る」と言い出したのだ。俺はそんな彼の行動に困惑を隠せない。

 

「え?ちょ、それマジ?」

 

「うん、マジだよ」

 

「いや、だって、聖杯戦争の反省会みたいなもんだろ?それなのに、飯食って、ケーキを置いてって帰るだけ?」

 

「そうだよ。まったく、ヨウはマジメなんだから。反省会なんて言ったって所詮そんなもんだよ。まぁ、後に来る彼女はその反省会目当てなんだけどね」

 

 彼がそう俺に説明していざリビングから出ようというとき、インターホンが鳴った。来客の知らせの音を聞くと、彼は呆れたようなため息を吐いた。

 

「やっと押したよ」

 

 その言葉が何なのか、聞こうと思ったのだが、彼はそれよりも先に玄関へと向かってしまった。俺も彼の後ろをついていこうかと思ったが、ケーキの箱がテーブルの上に出しっぱなしなので、それを冷蔵庫にしまってから見送りぐらいはしようと考えた。

 

「んじゃ、帰るからねー」

 

 と思ったのだが、セイギのやつ、俺のことを一切待つ気がないらしい。

 

「おい、お前、少し待てって」

 

 と言ってみたのだが、玄関の扉がガラガラと開いた音がした。

 

 だぁ〜、こんちきしょう。まったく、人を少しくらい待ったっていいだろ。

 

 俺は少し雑にケーキの箱を冷蔵庫に入れて、玄関の方へ向う。外からはセイギの笑い声が聞こえた。

 

「アハハ、何それ」

 

 結構気兼ねなく話しているようであった。しかし、セイギと雪方は別に旧知の仲というわけではないはずだったはず。俺が知らぬ間にあの二人の仲は良いものとなっていたのだろうか。

 

 靴を履く。かかとを立ったまま直して、軽くトントンと地面に足先を打ち付けた。そして、ガラリと玄関の扉を開ける。

 

「おい、セイギ、少しは俺のこと、待てよ」

 

 頭をポリポリと掻きながら、彼の行動に呆れ顔でいた。

 

「おい、お前なぁ……、……え」

 

 だが、すぐに俺の表情は変わった。そして、目の前の光景を見た俺は絶句した。自分の身体の時が止まったかのように、ピタリと動けなくなる。呼吸も止まり、まばたきも忘れた。心臓の鼓動だけが早鐘を打ち、こめかみを通る血管の脈が痛みを生み出し、じわりと目の奥が燃えるような感覚に襲われた。

 

「その、ヨウ……」

 

 玄関の前でセイギの隣に一人の少女が佇んでいた。両手を腹に置き、人差し指と人差し指で小さな糸車を回すような仕草をしている。出会い頭に俺と目が会ったものの、すぐに気まずそうに顔をそらし、一拍間を置いてから、キュッと唇を引いた。目を深く閉じて、開いた。そして、また俺の方に視線を向ける。

 

 また彼女の目と目が会った。しかも、今度は永く、苦しいくらいに濃密に。

 

 目を奪われ、言葉を失う。何も言えなかった。眼前の状況に俺の頭は完全にフリーズして、まるで自分が真っ白な何もない広い部屋に連れてこられたかのような感覚に陥った。

 

 ただ、どうしてか、俺の口は動いた。言葉は失っているのに、猫が動くものに目を向けてしまうような、蜘蛛が糸で縄張りを示すような、必然的かつ無意識に行うことが俺にも起きてしまった。そこに思考も感情もない、彼女がいるから、俺は呼んだのだ。

 

「セイバー」

 

 小さな声だった。何気なく鼻歌交じりに口ずさむような声で、俺は姿を見せた彼女の名を呼んだ。

 

 彼女は硬く強張っていた表情を少し緩ませた。目を細く閉じ、少しえくぼをつくる。首を少し曲げ、恥ずかしそうに照れながら、俺より少し大きな声で返事をした。

 

「はい……」

 

 その彼女の声は俺の足をくじかせた。喜び、安堵、驚嘆、いろんな思いが俺の中で混じり合った。

 

「なんでいるんだよ……、お前さ」

 

 口から漏れた。色んな思いがかき混ぜられて胸が耐え切れずに潰れそうで、腹の底から湧き上がってくる何かを抑えながら俺はそう尋ねた。

 

 彼女はその言葉に肩をすくめた。

 

「……私がいてはダメでしたか?」

 

 顔を背きながらも笑顔を作る。そんな彼女の姿は俺の胸にさらに釘を打ち込んだ。

 

「そんなことない。いや、そうじゃないんだ、そうじゃなくて、何故ここにお前がいる?俺はてっきり、お前が、帰ったのかと思った。過去に、お前がいるべき場所に……」

 

 俺を残して。そんなこと、言えなかった。言えっこない。恥ずかしくて、説明なんてしたくなかった。

 

 彼女は腰につけていた麻袋を手に取った。そして、その袋の中から何かを取り出した。それは鉄がひどく錆びたような色をした汚らしい茶色の破片だった。陶器のようなものの破片だろう。形が丸みを帯びている部分もあれば、尖っているところもある。

 

「これは聖杯の破片です。私、願いを叶えて、受肉したんですよ。そしたら、この聖杯は使い物にならなくなっちゃったのか、土塊みたいになっちゃいました」

 

 彼女は破片を親指と人指し指の腹で軽くつまみ擦ると破片は簡単に砕け、玄関前の敷石の隙間に落ちた。

 

 俺は彼女の言葉が理解できず、動揺を隠せなかった。

 

「えっ?どういうことだよ、だって、お前、過去に戻るんじゃなかったのかよ、なんでそんなことに聖杯を使っちまったんだよ。お前、やり直すこと、できたんだぞ?」

 

 俺はこんなことを言いながら、内心自分がいかにめんどくさい男であるかを理解せざるを得なかった。彼女が受肉したのでずっと彼女がこの世界にいるのだということに嬉しくなってもいいと思う。だって俺は彼女が好きなのだから。なのに、なぜ俺はそれを素直に言えないのか。いや、それだけではない。なぜ彼女の行為を批判したのか。彼女が自分で選んだ道で、俺も本来なら嬉しいはずの選択なのに、どうしてこうも腑に落ちないのか。俺はつくづくめんどくさい男である。どうして、今、この場面でそこまで喜びを感じられないのか。

 

 彼女は俺の追求に言葉を濁した。

 

「それは……、ヨウが……」

 

 また俺の目から視線をそらし、言葉をこもらせた。

 

「す……、す……」

 

「す?」

 

「す……、き、って言ったから」

 

「ん?ああ。そうだな、言ったな」

 

 確かに言ったな。あれ?いつ言ったんだっけ?あ〜、そういや、なんか言ったね、大声で。朝日を目の前に感動的な告白はいたしましたよ。

 

 ええ、そうでした。言いました、好きだって。

 

 ……んんん?あれれ?ちょっと待てよ?なんでそれをセイバーは知っている?いや、だって、そのことは誰にも言ってないし……。

 

「……え?セイバーさん、つかぬ事をお訊きしますが、まさかあなた、あの時、私の告白を聞いておられました?」

 

 彼女は顔をリンゴのように赤く染めながらゆっくりと首を縦に振った。その瞬間、彼女の顔の火照りが俺にも感染ったかのように、自分の顔もぶわっと火が出るほど熱みを帯びた。その熱は俺の脳の思考回路さえも途切れさせ、状況の理解を遅らせた。

 

「え、えええ、えっ?なんで、え?聞いてたの?マジで?嘘でしょ?えっ?ガチ?本気、え、は、え?え?」

 

 もうまったく頭が回らない。目の前に百万円が落ちていても手に取れないほどに、もうわけがわからないのだ。そんな中、唯一分かることといえば、今死ぬほど恥ずかしいことと、セイギが横でニタニタとほくそ笑んでいることだ。

 

 動揺と思考、恥ずかしさとセイギに対する苛立ちが混ざりに混ざって、もうとりあえず全てが謎である。認識、知覚、その他諸々の身体の機能が一瞬マジでシャットアウトして、目の前が真っ暗になったのだ。

 

 彼女は事態を理解できない俺に手を差し伸べた。

 

「あの、実はあの時、私、聞いてたんです。ヨウの本音を」

 

「は?だって、お前、あの時には、もう消えてたじゃねーか」

 

「あ、そのことなんですけど、別に消えてたわけじゃないんですよ。隠れてたんです、木の陰に」

 

 え?それはどういうことであろうか。いや、言葉は分かるのだが、意味を飲み込むことができない。一種の拒絶である。

 

「隠れてた……?」

 

「あ、はい。その、私がヨウに告白したのに、返事がもらえなくて……それでちょっと悔しかったんです。いや、振るのなら、振ってもらってよかったんです。そうすれば、未練なんてなくなるから。でも、あの時、ヨウは何も言わなかった」

 

 確かにあの時、俺は彼女の告白に対して名言を避けた。好きだとも言っていないし、振ってもいない。ありがとうと感謝の言葉を述べただけに止まっている。

 

「なので、なんとなくその消化不良気味の気分を楽にしようと、驚かせようと思ったんです。ヨウの驚いた顔を見て、それで終わりにしようと。だから、一度木陰に隠れてヨウの視界から一旦消えて、後ろからウワァッて驚かせようと……。それで、隠れたら……」

 

 俺の好きって言えばよかった発言を聞いてしまったということか。俺は彼女がいなくなったから悲しみとやるせなさのドン底に落ちていたのに、実はあの時、すぐ近くにお前がいたのか。

 

 そうかそうか。

 

 

 

 え、待って。それって死ぬほど恥ずかしくない?いや、え、何?なんて言うの?あの、え?マジで?

 

 彼女が近くにいないとばかり思っていた俺がボソッと呟いた恋の告白は彼女に聞かれていただと?

 

「……死にたい」

 

「いや、そんなショックを受けることじゃないでしょう!」

 

「いや、もう、無理だ。ああ、泡になりたい」

 

 もう全てが終わったような感覚に陥る。恥ずかしいとか悔しいとかそんな感情を超えた、もう言葉としては表すことのできない部類の衝撃が俺のガラスのハートを微粒子レベルまで粉砕した。

 

 セイギは深刻な事態に陥った俺を指でさしてまるで王様が物乞いをする憐れな民を蔑むように笑った。

 

「アッハッハ!ヨウのプライドズタボロだね!かわいそうッ!」

 

 全然かわいそうとか思ってないだろ、こいつって思うような素晴らしい笑顔。その笑顔のセンターにフルパワーで投げた硬式のストレートなボールを当ててやりたい気分である。こいつ絶対にいい死に方をしない奴だ。

 

 しかし、いちいちセイギにかまっていたら、俺のこの大切な感動の再会の場面がただのコメディな一面になってしまう。それは気分的に避けたい。もっと互いに涙を流しながら、会いたかったよ、ジュリエット……、私もあなたに会いたかったわ、ロミオ……みたいなシーンがいい。

 

 が、しかし、俺のこの計画を阻止しかねない面倒な奴がもう一人いた。

 

「でも、別に悲しむことはないですよ。ほら、だって私たち、そ、相思相愛じゃないですか」

 

 何言ってんだこいつ、浮かれやがって。俺がどれだけ悲しみに暮れたと思ってんだ。はっ倒すぞ。

 

「まったく、お前らは分かってねぇなぁ。あれだよ、感動的な再会にしようぜ!」

 

「十分感動的じゃないですか」

 

「違う!これじゃ、なんか質素!」

 

「なんか、ヨウ、おかしくなっちゃいました。いつもならめんどくさいとか言っているのに」

 

「確かにめんどくさいけど、やるときゃやるんだよ!分かってねぇな!ってか、何で俺がこんな思いしなきゃならねぇんだ?もっと、いい気持ちにさせてくれよ!俺に恥ずかしさとか抱かせるな!」

 

「ヨウらしくていいと思いますよ」

 

「いや、こんなの俺じゃない。断じてクールな俺なんかじゃない」

 

「ヨウはクールなんかじゃ……」

「お前は黙っとれ」

 

 俺は自分の足先にかかるくらい大きなため息を吐いた。この二人には悩まされる。まったく俺ってなんてかわいそうな奴なのか。

 

 俺は視線を彼女が持っている使用済みの聖杯の袋に移した。

 

「なぁ、お前、本当に受肉したのか?過去に戻らなくて良かったのか?」

 

 どうしてもこれだけは訊いておきたかった。彼女がどれだけ俺のことを恋しく思ってくれていようと、本来の彼女にとって居場所はここではない。それは多分彼女にとって辛い運命となってしまうかもしれない。それを承知の上で彼女は今を生きるのかと、尋ねた。

 

 彼女はその質問に思わずどぎまぎとしたが、彼女の根底にあるものは重いようで、今のは愚問であったと悟らせるような雰囲気を放った。

 

「はい、私は確かに受肉しました。それに私は後悔なんてしてません。それはもちろん、ヨウとまだ一緒にいたかったっていう理由もあるんですけど、それよりももっと大事なことを思ったから、私は受肉しました。それは、本当に過去に戻っていいのかなってことです」

 

「何だ?過去に戻るのが怖くなったのか?」

 

「そういうわけじゃないんです。その、過去を直すことって本当にしていいことなんでしょうか。私自身、ずっとそのことを考えてました。それは過去を改変することの是非などではなく、私が私を否定していいのかと思ったからなんです」

 

 過去を改変する。彼女は不運という運命の流れに揉みくちゃにされた英霊だ。だから、彼女は不運からの脱却を掲げるが、だがやはりそれは自身の否定であると捉えることもできる。あの時のことをなかったことに、あの場所であんなことが起こればいいのに、などという希望で過去を変えることは、その者が今まで歩んできた過去を駄作と見做し、価値が劣るものだとしているのと同義である。

 

「私、それが少し嫌だなって感じたんです。まあ、以前の私ならそんな些細なことに気なんか止めることなんてなかったんですけど、今の私はそんなことしたくないんです。確かに私の生前はあまり良いものではなかった。今でもあの時の哀しみは思い出したくありません」

 

 彼女は力強く握りこぶしを作る。

 

「それでも、私はこの人生が価値のないものだとは一切思いません。嫌なことに何度も出会った。でも、それ以上に色々な人に出会った。そして、教えてくれた。ヨウの母親のようだった人が、私を陰から見守ってくれていた人が、私に聖杯をくれた人が、意味をくれた、このモノクロなつまらない苦痛に満ち溢れた世界に彩りをくれた。笑顔は温かい、愛は苦しい、憎むことは必然でかわいそうで、許すことは相手だけではなく自分も救うのだと知りました。今の私は幸せです。地獄のような過去があっても、それを遥かに上回る素晴らしい今がある。なので、私は自分を否定することを諦めました」

 

 笑いかけてきた。

 

「そして、そんな原因を生み出したのはあなた、ヨウなんです。あなたに出会えたから、私は変わった」

 

 ああ、彼女は変わった。大いに変わったとも。誰も信じない彼女は信じれる人になった。過去を許せなかった彼女は許せる人になった。疑う目をしていた彼女は柔らかい目に変わった。振るう剣は眩い銀の光を描き、地を踏む足の裏は力強く、その闘志は、その心意気はまさに人々から讃えられし英雄だ。可憐で精悍な戦乙女とはこのことか。

 

 彼女はにこりと歯を見せ笑う。

 

「だから、私はあなたを好きになったのです」

 

 照れを隠すための笑顔はやはり太陽のように眩しい。じわりと胸が焼けるようである。全身を巡る血が熱湯なのではないかと思えるほど、指の先までヒリヒリと痛み、煮えたぎるような感覚がした。

 

 俺はそんな彼女の顔を見るのが少しつらくなったので、くるりと体の向きを変えて、家の中へ向かう。

 

「えええっ?ちょっとどこ行くんですか?」

 

 彼女の恥ずかしい言葉に対し、何も返答がなかったので、彼女は若干興奮気味に俺を呼び止めた。

 

「あ?家の中に入るんだよ、さみぃ」

 

「えっ……?あ、はい」

 

 彼女は何が理解できなかったのか、声を一瞬漏らしたが、その声を飲み込み、か細い声で返事をした。

 

 そして、彼女の足音は聞こえない。

 

 どうしたものかと、俺は振り返る。彼女は両手でスカートを少し強く握り、俯いていた。

 

「あの、私は……」

 

 何が言いたいのか、なんとなくだが分かった。彼女の性格上、その言葉の次に出る言葉を察した。

 

 俺も俺だが、彼女も彼女である。二人して性格がめんどくさい。

 

「どうした、ほら、入るぞ」

 

 俺は彼女に家の中へ入るよう催促する。すると、彼女は驚喜した。望外な結果に小躍りをするようなウキウキとした心持ちを顔全面に表す。

 

「はい!」

 

 いつにも増して黄色い声だ。冬の夜空の下で水と油くらい合わないくらい喜びと希望に満ち溢れた彼女の存在が光り輝く。

 

 彼女は軽やかな足音をたて、アヒルの子のように俺の後ろをついてきた。俺もその音を聞いて、止まることを知らない湧き水がドバッと腹の底から湧いてくるような感覚を受けた。まだ二十歳にもなっていない俺が言うのもどうかと思うが、これが幸せというものなのだと自然と感じた。

 

 俺は家に入る一歩手前で立ち止まった。そして、横にいるセイギに一言「ありがとう、な」と言った。彼はその言葉に首を傾げる。

 

「僕は別に何にもしてないよ」

 

 俺はその言葉にもう何にも返答しなかった。いや、言おうと思えば言えるのだが、それはきっと彼を傷つけてしまうから。俺はただ感謝の弁だけを述べるだけにしておく。これ以降はもう触れないようにしよう。

 

 俺とは正反対の彼の心に。

 

 彼はそのまま特に何を言うこともなく、家から去って行った。別れの言葉以外は無言だった彼の背中は妙に丸く、そして小さく見えた。歩幅は短く、彼を取り巻く空気は自然と重い。

 

 ただ、俺はそんな彼に本当に感謝していた。彼がいたから俺はここに来れたのだから。

 

「ありがとう」

 

 彼に聞こえぬ程度の声で呟いて、そして俺も彼に背を向けた。それが俺にできる精一杯の礼だった。

 

 俺は家の中に入り、靴を脱いだ。俺より先に中に入った彼女はくるりと身体を舞うように回り、スカートをひらめかせた。

 

「お前、めっちゃ笑顔だな。そんな嬉しそうでなによりだよ」

 

 靴を玄関の隅に寄せ、彼女の横を通り過ぎた。彼女はそんな俺の顔を下から覗いた。

 

「そういうヨウこそ、嬉しそうじゃないですか」

 

 そう言われると、そうであろうかと気になってしまう。じかに自分の頬を触り、下に下げ、上に持ち上げて、確かめてみる。

 

 そして、自分も笑っていたことに気付いた。なので、俺ももう一度彼女に白い歯を見せつけた。

 

「ああ、めっちゃ嬉しいわ」

 

 彼女も俺に負けじとよりえくぼを深くする。その笑顔は何よりも代え難い、世界中でここにしかない唯一の美しい煌びやかな宝石のようで、俺は純粋に守りたいと感じた。

 

 そして、同時に、これから始まる恙無い日常を大切にしようと誓った。

 

 俺が好きな彼女との日々が一番愛すべきものだと知ったから。

 

「な、セイバー」

 

「え……?」

 

 彼女は一瞬、理解に苦しんだようだが、すぐにまた浮かれた顔に戻った。

 

「ハイッ!」

 

 子供の歓声のように軽く明るい声が家の中で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そういや、ケーキあるぞ」

 

「いいいやったぁぁぁっ!」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ここに太陽はない。しかし、雲のない空は明るく、そして同時に暗い。矛盾する二つの事象が同時に空に現れていた。

 

 川のせせらぎが安穏とした雰囲気を醸し出す。白い靄が水面を覆うように立ち込め、そこを突っ切るように乾いた風がふわりと荒野の方から通り抜ける。その風を邪魔するかのように対岸の岩石が地中から肌を晒していた。

 

「今回の聖杯戦争もやはり失敗だったようだな」

 

 細長い刀を手にしている男は岩石に腰を下ろしながら、反対側にいるぼろぼろのアロハシャツを着たゴツい男に声をかけた。

 

 ゴツい男は風呂にここ何十年も入っていないようなボサボサの髪にぶっとい指を突っ込んで、頭皮を掻きむしる。

 

「まぁ、そんなこととっくに我は予想できていたがな。バカなことをするものだ、まったく、こんなことをする意味などないのにな」

 

 荒野の方の岸にいる汚らしい男は地べたに尻をつけてあぐらをかいた。手に持っていたお猪口(ちょこ)に酒を注ぎ、一口で飲み干した。

 

「おいおい、酒を飲むような状況か?やめてくれないか、今はそんな気分じゃないんだ、酔っ払いの相手はしたくないからな」

 

「なんだ?我は酒に強いぞ。酔うものか、何年酒を飲み続けていると思っているのか?そうだ、お前も飲むか?」

 

「飲まん。それどころじゃない、これから、また次の世界ではどうなるのか。分かったもんじゃないからな。そうだろう?離反者、スサノオよ」

 

 刀を携えた男は酒を飲む男にその名で呼んだ。酒の男は若干頬が緩んでいるようで、自然に笑みを作りながら機嫌よく答えた。

 

「おうっ!我こそが、スサノオよぉっ!」

 

 もう完璧酔っている。たったお猪口一杯で彼は軽くできあがっている。

 

「おいおい、もう酔ったのか?まったく、私の下戸はスサノオ譲りか……」

 

 彼は手のひらを額に当て、落胆する。

 

「おい、スサノオ!お前、私に話をするためにここに来たのだろう?来て早々酔っ払うとか、さすが三神の中で一番どうしようもないやつだな!おい、酔いから覚めろ」

 

「だいじょうぶ、おきてる」

 

 ダメだ、もう顔が赤い。リンゴのようである。

 

 正気な方の男は深くため息をついた。

 

「はぁ、どうしていつも私だけがこんな大変な目に合うんだ。まったく、こいつのことは置いておくか。どうせ、いつか起きるだろう」

 

 彼は立ち上がった。そして、スサノオの後ろにある何やらガラス窓が割れたような、空間の切れ間を見つめる。

 

「ヨウはうまく帰れただろうか。帰れても、何かひどい目にあってないだろうか。ああ、心配だ、無事であればいいが……」

 

 彼はぶつぶつと独り言を呟く。川の瀬音を念仏のようにつらつらと思考を口から吐き出して邪魔する。

 

「というか、そもそもヨウはなぜこんなところに来た?日和か?あいつの仕業か?いや、だがあいつは今頃……」

 

「おい、大海(おおみ)、少しは黙っていろ。今いい感じに酔っているところなんだ」

 

「お前は加害者側だからな!まったく、お前たちのせいで、俺たち家族はどうなってしまったことか。酔っている暇があるなら、この現状をなんとかしてくれ」

 

「おい、我は加害者ではないぞ。こうなることを止めもしたし、なんとかしようと思ってもいる。だが、できぬからここにいるのだろう」

 

 スサノオの言葉にひどく落胆した。しかし、それを内心薄々分かりきっている彼はすぐに別の話題に変えた。

 

「なぁ、前の聖杯戦争はどうだったんだ?まだ記憶が曖昧なんだ」

 

 結局現在やれることのない彼はまた岩の上に腰を下ろす。

 

 スサノオはちらりと横目で彼を見たあと、また酒に視線を戻した。

 

「なんだ、そんなことを訊くのか。そうさなぁ、まぁ、簡単に言ってしまえば、今回より酷かった。大海、今回の戦いはここから見ていたから知っているだろう?前回は今回よりも圧倒的に酷かった。とりあえず、お前の愛すべき息子はすぐに死んだ。前回は今回とは別のサーヴァントを呼び出したからな。そのサーヴァントと反りが合わず、殺されたのだ」

 

「……そうか、それは残念だ」

 

 彼は特にその話に動揺は見せなかった。そして、そのことに彼自身、自分の感覚が巡り巡る中で鈍ってきていることに悔しく思いながらも実感せざるを得なかった。

 

「まぁ、だから、ツクヨミは今回ヨウのサーヴァントを変えたらしいな。ヨウが殺されないようにするために」

 

「はぁ、神様はサーヴァントを変えることもできるんだな」

 

「まぁ、ツクヨミはこの聖杯戦争の管理者だからな。できるとも。それに、ヨウが死んでもらっては元も子もないだろう。何よりこの聖杯戦争はヨウのための聖杯戦争だからな」

 

 スサノオのその言葉に彼は鼻で笑った。

 

「何がヨウのためだ。あいつが辛い思いをするだけじゃないか」

 

 自身の腕を力強く掴んだ。抑えきれない憎しみや怒りが溢れ出す。自分たちの運命さえも指を動かすように簡単に弄る神という存在に。

 

「ああ、そういえば、ツクヨミが何か言っていたな。聖杯戦争のキャスターだけ、どうも弄ることができないらしい」

 

「それは召還のことか?」

 

「ああ、ツクヨミはキャスターを別のサーヴァントで召還させようと何度もやってみたらしいが、てんでダメだそうだ。いやぁ、神に抗う力があるのか分からんが、中々に面白いこともあるじゃないか」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「さぁ、そこまで詳しくは知らん。ただ、期待はしない方がいい。キャスターはこの聖杯戦争の趣旨に気付いているのだろうが、そいつは特に邪魔はしないそうだ。どんな目的があるのかは謎だがな」

 

「……神に抗う力か」

 

「なんだ、良い案でも思いついたのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

 彼は今ふと頭の中に思いついた策を熟慮した。そして、その案に僅かながら一筋の光が射していることを悟ると、スサノオに説明をした。

 

「ということだ。どうだ?いけそうか?」

 

 スサノオはその説明に決まりの悪い顔をした。

 

「それではヨウもお前も辛かろう?それにそれはただの逃げでしかない」

 

「……まぁ、そうだな。それはこの地獄を終わらせる決定打ではない。だが、止めることはできる。あとはその間に何か他の策を考えるんだ」

 

 スサノオはその案に承諾の意を示した。男は少しだけ気が楽になった。

 

 そして、彼は刀を鞘からゆっくりと引き抜いた。銀色の鈍い光がギラついた。

 

「あの子を守れるのなら、私はやるとも。鬼にでも、何にでもなれるつもりだ」

 

 そう呟くと、その言葉を手のひらで覆い、胸に傷跡をつけるように刻み込んだ。

 

 それは男の、愛する家族を守るための静かな覚悟であった。




え〜、これで第一ルート完結でございます。

いや、長かったです。はい、本当だったら一年半くらいで終わらせるはずが、ずるずるとここまで伸びてしまいました。

あ〜、でも、まだ実は終わりじゃないんです。まぁ、もうちょっとだけ、書ききれてないことがあるので、少しだけこの後書きスペースを借りて、第一ルートの締めくくりの物語を載せておきます。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

黒々とした空が頭上を覆っている。所々に開いている星という名の穴が光を放っているが、そんな微々たる光では夜の足元は照らしきれない。町の街灯の地面に映し出された光を縫うように彼は歩いていた。

「あ〜、二人とも嬉しそうだったな。セイバー、すごく笑ってたし、ヨウは……まぁ、あんな顔だけど内心喜んでるでしょ。まぁ、そんなんじゃなかったらぶっ飛ばしもんだね」

暗い夜道でぶつぶつと独り言を呟いていた。聖杯戦争は終わり、夜の織丘市にもちらほらと魔術師でない人が外にいるが、やはりこの時間に人がそう多くいるわけもない。たまに通り過ぎる人がいるだけだった。

「いいな、ヨウは。結局、最後はいつもヨウは僕よりも良いようになるんだ」

彼は過去を思い返した。今まで、腐れ縁のヨウが隣にいつもいた。ヨウはよくセイギのことを頭がいい、機転の回る奴だと褒めるが、セイギはそのことをあまり快く思っていなかった。

ヨウはセイギが自分よりも上だと考えているようだが、セイギにとってみればその構図は逆である。運動神経はヨウがいい、コミュニケーション能力もヨウの方がいい、料理を含む家事全般だってヨウの方がすごいし、現実を受け入れるのもセイギより早く、何より人当たりが良く、なんだかんだヨウの方が優しいのだ。勝てるといえば勉強と魔術のことくらいだろう。といっても、魔術はヨウがその土俵に立っていないし、勉強はセイギが何か一つくらいはヨウに勝っていたいという思いでやっているだけであり、彼の才能ではない。

自分は人としても、男としても、魔術師としてもちっぽけな存在であると彼はしかと実感した。

そして、自分よりもいつも良い結果になるヨウに恨みを抱いた、ということを自分で認めた。

彼は情けない自分を嘆いた。それは自分のせいなのか、運命のせいなのか、どちらが悪いのか分からないが、とりあえずこの行き場のない怒りをそっと胸の内にしまいこみながら。

彼はふと立ち止まる。そして、後ろを振り向いた。しかし、そこには誰もいない。夜の道が続いているだけである。

それは当然のことではある。そう、そうなのだが、彼はそれを確認すると、俯いた。萎れた花のようである。

そして、また家路へと向かう。一人で、静かな夜の道である。隣に並ぶ者はおらず、街灯の光によりできる影は一体のみ。黒々とした影のみができる。

そしてまた立ち止まった。今度は自身の左の胸ぐらを右手で掴んだ。力強く、服が皺くちゃになるくらいに、感情を押しつぶそうとした。彼の爪が皮の細胞の配列を搔き乱し、肌に血が滲む。

だが、それでも抑えきれない感情が湧き上がってくる。それは喘ぎ声となり、嗚咽となり、涙となる。

ああ、ダメである。泣かないと決めたのに。アサシンが彼の目の前から消え、もう涙は流さないと心に誓ったはずなのだ。

だが、そんな誓いを無視して、ぽろぽろと雫が滴るのだ。そして、そんなことになっている自分を情けなく思い、悔しさが増す。

そして、彼は走り出した。歯を食いしばり、上を向く。空に浮かぶ星々の放つ光は柔らかく解け、淡い光でふわりと照らす。

一人で、ただ夜道を走る。それが失恋による悲しみでも、ましてや聖杯を得られなかったという悔しさでもない。

ヨウと自分は違うのだと、そう考えてしまう自分が憎く思えた。そして、そう考えさせる現実を恨んだ。

好きだった、愛している。そんな気持ちを持つこと自体、魔術師には不要でなもの、なのに、それを持ってしまった。魔術師は人ではない、なのに、彼は人と同じことをしてしまった。

人としても、魔術師としてもあまりにも未熟だ。

それはセイギに恨みを持つ達斗よりも、魔術師として功を成していないヨウよりも。この聖杯戦争で自分の弱さをとことん知った。

だから、今はせめて好きにさせてほしかった。魔術師でない、人の自分がそう願っている。この心にたまった膿を吐き出したい。

「クソッ、クソッ、クソォォォォッ!」

声を出した。夜の閑静な街中に響き、家の中にいる人が何事かと窓から顔を出すくらいに、走りながら、泣きながら、大声で叫んだ。

人の目なんて気にしない、なるべく冷静さを保っていた自分を解き放つ。心の赴くままに、冬の風を突っ切るのだ。走るのが辛くなっても、吐きそうになっても、走る。

そうじゃないと、本当に彼の胸が潰れてしまいそうだった。

そして、走りながらあの時の、過去の何気ない喜びを噛みしめた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ということで、これで本当に終わりでございます。

はい、セイギくんのアサシンがいなくなった後ですね。まぁ、彼はこの物語ではヨウくんよりも主人公っぽく書いたつもりですからね。まぁ、なんでこんなにセイギくんのことを厚く書いたのかは訊かないでくださいね。

さぁ、ここら辺でそろそろ終わらせておきましょう。もう2100文字を上回っておりますゆえ。

え〜、この第一ルートをここまで読んでくださった方々、どうもありがとうございました。第二ルートは来年の三月ごろぐらいには出したいなと思います。ちなみに、この第一ルートが思ったより長すぎて、この第一ルートにそのまま第二ルートを付け足すと、スクロールが大変になりそうなので、別の小説として出します。

あっ、ちなみに、第二ルートの題名は
『fate/eternal rising【the eyes】』です!

……え?eternal rising?putrid grailじゃねぇのか?

はい、そうなんです!題名、もう一度変えます!

いや、ほんとすいません。やっぱ、話にputrid grailって題名は合わないなと思ってしまいまして……。

いや、ほんと、マジすいません。変えます、題名変えます。

え〜、ということで、この第一ルートの題名は年明けに変えますので、お間違えのないように。

では、新しい題名も報告しましたので、この後書きは終わりです。

長い間一緒第一ルートを読んでくださった皆さん、ありがとうございます。ぜひ、第二ルートを期待して待っていてください。

FIN←これ一度やってみたかった。


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