変身願望ブルゥス (アルファるふぁ/保利滝良)
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一つの始まり

暗い場所だった

明かりはなく、人は誰一人としていない 彼を除いて、猫の子一匹いやしない

そう、彼を除いて

そこは東京の駅だった

地下鉄のホームだった

だが、電車が通る気配はない

そこは存在するはずのない、利用されていない地下鉄ホームであるのだ

何故こんなところがあるのか、何故ここにいるのか、何故ここに来れたのか

様々な《何故》が彼の周りを回っていた

その疑問は、目の前の物体の前に立ったことで雲散霧消してしまう

それは、縦に引き伸ばした菱形のような石だった

赤茶色なのだが、何故か所々生き物のような筋のようなものが不自然に浮かんでいる

その大きさは最早岩とすら形容できる

が、彼はそれを石と認識していた

その石に呼ばれたのだ

その石の声を受け取り、彼は無意識にここへと足を踏み入れていた

その石に触れるために、一歩一歩と歩いて近づく

やがて、目と鼻の先まで来ていた

普通の人間であれば、これより前の時点でこの状況を不審に思い、引き返すなりするだろう

彼はそうしなかった

夢のような心地だったからだ

あるいは、危険な薬物を吸い込んだ酩酊感と共に来る幻覚と同じようなものか

いずれにせよ、判断力も認識力も奪われていたのは言うまでもない

もう、彼自身にもその行動を止めることはできないのだ

そして片手を伸ばす

なんの変哲もない、普通の石のようなややごつごつとした感触

無機物であるからか、この場所の性質か、やや冷たく感じる

筋のような部分も、触れてみれば彫刻の飾りと同じように石の感じがしていた

触れてみて、目的を達成

満足感もないまま、彼が手を石から離そうとした

 

その刹那

彼は石に引っ張られていた

石に付けた手が、石から離れようとしないのだ

むしろ、石に腕が飲み込まれていく

引きずり込まれていってしまう

彼の意識はここに来て目を覚ましたように再起動した

足を踏ん張り、飲み込まれていない方の手で飲み込まれていく手を引っ張ったりする

ここで奇妙なことが起こった

引きずり込まれる手が、徐々に徐々に形を変えていく 甲殻類に良く似ていて、それでいて人間の前腕のような形状へと、形を変えていっているのだ

それはもう人間の腕とは言えない 異形だ

やがて、爪先もその形へと変貌していた 踏ん張っているうちに足が石に接触していた

靴もジーンズも関係ない 異形の足へと変わる

その変化はじわじわと体に広がっていく 変化が広がる間も、石は彼を内部へと引き寄せる

刺々しく変わっていく自らの体 触れた瞬間触った者をまるで食わんとするかのように引きずり込む石

やがて、額が石と接触した

その変化は一瞬だった 彼の頭部が昆虫のような不気味なものへと変貌した

変化が終わったあと、彼は意識を失った

なされるがまま、石の中へと吸い込まれていった

石は完全に彼を飲み尽くした

体の隅まで異形となった彼を

そして、全てが終わったあと、そこにはその石以外の物は無くなっていた

暗い場所だった



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気怠さ

頭痛がした

志田清仁の脳細胞が悲鳴をあげていた

日付が変わるまでスマートフォンを操作していたからだろう

「・・・ファック・・・チキショウめが」

複数人のクラスメイト越しに見える黒板を睨み付け、歯噛みする

「えー、それで、このx2乗が・・・」

数学の授業の教師はやや喧しいので眠気覚ましに良いと考えていたが、それ以前の問題だった

段々と瞬きのスピードが下がっていく

完全に眠る前にノートだけでも取ろうとする

だが清仁が持つシャープペンシルの芯の描く軌跡は、のたうつミミズのようだった

自分でも読めない

もともとクラス最下位の成績なので今更本気になって授業に取り組むのも馬鹿馬鹿しい

だが、寝るのは避けたかった

その気持ちは、最後に残った危機感からか、もしくは先生に対する礼儀からか

だが瞬きのために閉じる瞼はだんだんと重くなって行く

意識を失うカウントダウンの始まりだ

が、幸か不幸か、学校のチャイムが生徒全員の耳を叩いた

学級委員長が号令をかけた

志田を含めた30人弱の少年少女ができ損ないの軍隊のように同じ動きをした

着席をした志田は、机に突っ伏して大人しく思考を放り出した

つまり、短い眠りについたのである

裏返る意識の中、つかの間彼は幸せだった

 

 

 

 

 

 

 

放課後を一時間過ぎた頃合い

清仁は近所の廃車置き場を訪れていた

人は彼以外いない

地元が田舎寄りなのもあいまって、彼の周りには都会では考えられない無駄遣いされた土地が無数にある

錆び付いてボロボロで二度と動かぬ車たちの墓場であるここも、その一つというわけである

本来なら高校二年生が大した用事もなしに来るようなスポットではない

が、清仁がそこに進んだ

 

人間はその場からいなくなった

何故なら、清仁が人外になったから

甲殻類とも甲虫とも西洋鎧ともとれる青い外骨格をした人型の怪物 志田清仁は一瞬でその姿に変身した

青い体が沈みつつある太陽に照らされ、鈍く光る

身を沈め、人ならざるモノになった清仁が両手を広げる

その複眼の視線の先には、廃車

足を踏み出して、走る 走る

初速からその走行スピードは日本新記録に近付く 二秒すると、世界オリンピック選手顔負けの速さになった

その勢いのままに、怪物は左肘を背中側に動かした 掌は開いておく

距離は瞬く間に縮み、非人間的な速度となり、赤茶色の錆びで覆われた80年代の車は微動だにせず そして、志田は掌底を打った

車は軽く曲がり、やや宙を浮いた 攻撃された箇所にはくっきりと跡が残っていた

左腕を払うように振って痛みを誤魔化しながら、志田は右手に拳を作った

 

怪物の右手から肘の方へ伸びる棒状の爪の先端部が、拳の方へ動く

機械を操作するときのレバーのような動きで、爪が展開された

清仁が、拳を握る力を強くする そして強く意識する

拳を握る、強く意識する、イメージを持つ

人外の力を、志田が求める

爪の先端部から電光が迸り始めた 電気は素早く強くなり、辺りに物が破裂するような音が鳴り響いた

電気関係の仕事についた人間なら、爪から出る電気量が数万ボルトもあるということに気付けたかもしれない だが、志田はこの大技の危険性をそこまで理解していない

一瞬清仁は右手に視線を動かした

爪を振りかぶり、掌底の跡に突っ込む

瞬間、廃車は数メートル吹っ飛び、内部に残ったガソリンへの引火で爆発を起こした

強烈な光と炎が発生し、そして燃え盛る廃車が残った

いくつか弾け飛んだ部品が怪物の体を襲う しかしさして痛そうな素振りもせずに、清仁はその場から離れて自転車に向かって進んでいった

鍵を開けてペダルを踏んだ彼は、振り向きもせずに帰路へと駆けていく

その姿は、元に戻っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清仁は今の社会に少々辟易していた

能力が有る者は上へ進み、無い者は下へ落ちていく

たまに特殊なのもいて、彼らは能力の有無に関わらず上へ上がる

別に能力が有る者が上へ進むのは構わない

能力の無い清仁が将来下へ落ちていくのも承知の上だ

しかし、彼は過程が気に入らなかった

上へ上っていくことを目的として、生活するのに不必要なことを学舎で死に物狂いで覚えさせられるこの社会が好きではなかった

まるで無駄足のように感じられるのに、上へ進むにはその不必要な知識を脳髄に彫り付けないといけない

それが気に入らなかった

「ああ、くだらねえ・・・」

が、清仁は共産主義を推進するつもりもない そうなると今度はもともと上にいる者が好き勝手し始めるからだ

そして、清仁は新しい社会のあり方を考えられるほど頭が良いわけではない

時間があれば非実用的な新社会のシステムは作り出せるのかもしれないが、今以上に良い社会を考えられるわけではない

そして、清仁は社会に文句を言う事はあっても社会を変えようとする意思はない

自分にそんな力など無いことは自覚している

そして、清仁はこんな社会への文句を考えることがどんなに無駄であることかよく理解している

わかりきった上でやっているのだ

「くだらねえなぁ・・・」

別に社会批判をしていい気分になることはない

今の一連の考えが、勉強嫌いなことの言い訳になってしまうのもわかっている

自分の考えが歴史を否定することになるのだって、自覚済みなのだ

だが、止めてどうということでもないし、続けてどうということでもない

たまにこんなことばかり考えているので、彼は自分の人生にも辟易していた

そんなところなので、彼は、人生を揺るがすレベルの変化を求めていた

軍隊も勝てない大怪獣か

未来か過去へのタイムスリップか

あるいは未知のヒロインとの衝撃的な出会いか

その中でも彼が特に求めたのが、自らの変化だ

それも、自分で戸惑うくらいの

悪を滅ぼす正義のヒーローか、エゴを振りかざすダークヒーローか

全てを壊す怪人か

大方そんな感じのものにでもなりたかった

やや子供っぽいかもしれない

が、それは叶った

叶ってしまったと言うべきなのか

 

 



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既知との遭遇

 

自転車を漕ぐ、青年

陽は暮れかけ、辺りはゆっくりと暗くなってきていた

コンビニエンスストアでのアルバイトを終えた清仁は、今帰路の途中である

月に精々二、三万程度しかない収入だ

高校生であることを鑑みれば当然である

そして清仁はお世辞にも優秀とは言えないので、これくらいが身の丈に合ったバイト代ともとれる

とにかく、志田清仁が退屈で疲れるその一連の仕事を今日も終わらせた数分後なのだ

風が頬を叩く

乳酸の溜まりきった両足にこれでもかと負荷をかけ続けながら、志田はペダルを回した

チェーンとどこらかの部品がこすれ、ぎいぎいと耳障りな音を鳴らしている

アスファルトの上を二個の細いタイヤが踏みつけて、清仁はただ静かに漕いだ

カーブをややブレーキをかけながら曲がる

ここを曲がればすぐ

もう少しで我が家なのだ

 

そう思いながらカーブを曲がると、目の前に不思議なものが突っ立っていた

 

あと少しで家に着き、シャワーを浴びて洗濯物を干して寝る

そんなことを志田がぼんやりと考えていた、その刹那のことであった

確かにそれ自体は人のような形をしていた だが他は全く人とは似ても似つかない

甲殻類と甲虫を足して二で割ったような全身の甲羅 半透明の皮で覆われた関節 所々に棘の生えた、逆三角形の上半身

そして赤と白のメーンカラー

全身から遠慮なく漏れ出る、異形 人間の型で人間以外のものを作ったような、そんな、圧倒的違和感

一昔前、いや今でも使う表現だろうが、それを素早く表すならば、

怪人

だが同時に清仁は思った

─コイツは、自分と同じ──

思考の瞬間にその怪人は志田に飛びかかってきた 一瞬屈み込み、脚部をバネのようにして跳躍

清仁の真上に落ちてくる

踏み潰してくるつもりなのだろうか

彼は躊躇いなくもう一つの姿を晒した

体全体に甲羅が産み出され、肥大化し、体色は目に優しくない鮮やかなブルーへ 頭部に、上が欠けた円型の複眼

たった一秒に満たない時間で清仁は、目の前の存在のような異形へと姿を変えた

そう、彼等は同じ、異形

この世ならざる人の中の異形

清仁の異形に、紅白の異形が頭上へと落ちてくる 頭に向かって、手刀がスピードを持って落ちてくる

清仁は、左手を上へ出した 肘を曲げ、見えない盾を構えるように防御の姿勢をとる

がつっ、と甲高いような鈍いような、そんな音がした

志田清仁だった者はもう一方のチョップを確かに受け止めた だが相手はチョップの形を維持し、重力に従って落ちる前に、足を後ろに引く

その動きを清仁は確認したが、体が動く前に敵が行動をした 腹部への蹴りだった 空中で踏ん張れないので威力は激減してるのだろうが、清仁には確かにダメージが入った

平べったいくの字になった異形に、もう一つの異形は着地の姿勢から片腕を振った

肘を少し曲げながら放たれる右手は、いわゆるフックであろう 追撃の拳を、容赦なく、キックで膝をついた志田に叩き込む

しかし清仁はそれを右手で防いだ 手首の辺りで相手の腕を強く打ち、強引に拳の軌道を変えさせる

腕を弾かれたので、紅白はそれに引っ張られるようによろめいた

しゃがみ姿勢から、顎を左拳で突く 起立の勢いとアッパーカットの腕の動きがシンクロし、破壊力が一個の拳骨に集約した

怪人の頭が大きく揺れた 脳味噌辺りも一緒に揺さぶられたのか、それが直撃した後異形は後ずさりした

足下の砂利を踏みしめて後退

それを見逃す前に、清仁は動いた 手首の辺りのギミックが動き、孫の手の形をした爪を展開する

目の前にいる異形の怪物を、見据えて、清仁は爪に筋肉の収縮を促す

稲光が飛んだ 爪の先端には、どんな絶縁体も音を上げるような強烈な電気がある

それを直接、爪の刺突で叩き込む

清仁はこの一撃に、『ブロークンサンダー』と名付けた 破壊の雷、いい響きかは彼にはわからなかった

足を踏み込み、拳を、爪の先を、そして電撃の矛先を、もう一つの異形に向けた

地面に足の裏を叩きつけ、蹴る

弾丸が如く飛び出した青の異形 その一撃が、右ストレートの要領で、別の異形に、

届かない

アクロバティックな横っ飛び 一瞬前まで敵がいた地点に、ブロークンサンダーが炸裂する つまり不発、だ

そして大きく振り抜いた後のその姿勢に、回り込んだ紅白の異形が、飛び蹴りを入れた

胸板に続き脇腹に一撃食らい、清仁は吹っ飛ばされた

青の異形が一回バウンドする アスファルトの上に寝転がる形になり、直ぐ様立ち上がる

目眩 そう目眩だ

ブロークンサンダーは、彼の体力を多いに奪った バイト帰りで、さらに攻撃を貰った直後のことであるのを差し引いても、この消耗量は異常である

起き上がる途中の膝立ち姿勢、思わずた折れ込みたくなる衝動が襲いかかる 疲れは限界に達している

だが、ここでみすみす死ぬわけにはいかない

清仁は戦意の消えぬ瞳を、もう一匹の怪人に向けた

網膜のレンズが捉えられる光景がスライドした が、そこには人っ子一人いなかった

振り向き、反対を見て、上下を睨んで、そして、清仁は初めてそこで紅白の異形が立ち去ったことに気付いた

膝立ちから完全な直立姿勢へと移り、爪をもとに戻して、ようやく清仁は元の人間の姿へと戻った

巻き戻し映像のように、その体から異形成分が消えていく

目を開けると、無事だった愛用の自転車が、電信柱に取り付けられたランプの光を鈍く反射するのが見えた

「なんだったんだ・・・」

志田清仁は呟いた

攻撃の痛みは残っている

攻撃の疲れも残っている

紅白の異形の目的はわからない

そしてあのもう一人の異形の正体も

やはり清仁と同じ人間、だった、のだろうか

意味不明な状況に対して舌打ちをして、清仁はまず最初にサドルに腰掛けた

最近は星空も見えなくなった

あの激戦を、お星様すら見ていなかった

 

 





まだ鬱はないです(^q^)
ちくわ美味しいです(^q^)
お腹いっぱい(^q^)



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決戦、激突、死闘


主人公が完全に怪人の見た目
変身ヒーローモノだと思った?残念、変身怪人モノでした~ッ!



 

土の匂いを肺いっぱいに吸い、同時に若葉と木の香りが、その鼻をくすぐった

清仁は自宅から自転車で20分ほどの林に訪れていた

辺り一面緑に覆われたこの場所は、人の心を癒す効果があるのかもしれない

だが最近の高校生の分際でこんな木と草花しかない地点に好き好んで来るほど、清仁は趣味人ではない

ちゃんとした理由はある

気配だ

なにか、とても漠然とした、一種異様とすら思える存在の気配

そんなものを感じられるような霊感も能力も彼には備わっていないので、彼は自身である予測を付けた

異形へと変われるようになった、その副産物

そしてそれが、その仮定が正しいならば、感じた気配の正体は絞られてくるものだ

 

赤と白の斑の怪物 それも、かなり人に近い形をしたような

それが唐突に志田清仁の正面に躍り出る 獣を彷彿とさせる力強い走りで、真っ直ぐに清仁に向かってくる

それを確認するや否や、清仁はその姿を瞬く間に変化させた

ウニのような髪型は、青く堅いヘルメットのような体表と二本の触覚に 下手に威圧感を与える三白眼は、欠けた丸い単複眼に インドア派なので日焼けしていない肌は、毒々しい青に

二秒とかからず、変わる

 

それは彼にとって、とても劇的な変化だ

肉体が変化し、そこに強烈な膂力と能力を兼ね備え、そして決して普通ではない

人付き合いが苦手且つ自分勝手、欲深くて手段は選ばない

努力も全くしない

自覚ずくのそれら清仁自身の特徴と、そんな人間には一切合切良い態度を見せないこの世間が、彼をどれほど苛つかせていたか

いっそのこと、別の何かに変わってしまいたかった

それが、叶っている

この、何の変哲もない雑木林にて、志田清仁が夢見たことが叶ってしまっている

それがとても嬉しかった

喜びに打ち震え、涙すら流れそうなその胸の内

しかし例え力を手にしたとしてそれを試す場面が無くては宝の持ち腐れ

モチベーションは下がる

今が、それだ

今が、この圧倒的な力と、異形をぶつけられる場面だ

五本の指全てにほぼ限界まで力を込める 自然と形成された握り拳

片足を一歩踏み出す 肘関節を直角よりやや鋭く曲げた腕を、目の前に真ん前に、思いきり、伸ばす

紅白の怪人の胸板に突き刺さるように打たれた右ストレート その衝撃は確かに敵に入った

鈍い音がした 拳の直撃である

突進の勢いを丸ごと削がれた紅白の怪人は、そのパンチに吹っ飛ばされ背中から後ろの大木へ体当たりすることになった

再び鈍い音がした 木にぶつかったのである

緑の葉が躍り枝一本一本が揺れ、さぁっという音色が聞こえた

木の根辺りでうずくまるように転がった異形は、両手を地面に叩き付ける 否、地面を押して立ち上がった

顔を上げる勢いのまま、両手を広げて再び突撃 交互に前へ出る足が地面を荒々しく踏む

約6メートルの距離は一瞬で詰められた 清仁が両手を敵と同じように広げる

二匹の異形は、互いの両手を掴んだ 掌がぶつかり、指の間一つ一つへ敵の指が滑り込む そしてそのまま思い切り握り付ける

プロレス等でよく見られる、力比べの代名詞手四つと呼ばれる状態 この二人は今まさにそうなっている

要は力比べの始まりだ

相手の掌を握り潰さんばかりに握り、肩と二の腕の筋肉を必死に動かす 無論、滑らぬように足を踏ん張ることも忘れない

清仁が腕を押し込む 押された掌に呼応して、紅白の肘と腕全体が後ろへ行く

清仁は更に押し込む 相手は一歩下がってしまう

異形達の足下の土が、異形達の踏ん張りによって抉れていく そこには恐らく、深い足跡が二種類二つずつ刻まれているのだろう

清仁が更に腕を前に出そうとする 同時に、片足を一歩踏み出した

異形と成った清仁の青い足が空中へと数瞬上がる つまりその時、彼は片足立ちだった

その刹那、紅白が先程までの劣勢が嘘のようにいきなり動き出した 

押し込んでいた腕が段々と押し返されていき、清仁の肘が曲がる

そして視界が反転した 上下逆になった

視界の上の方に土が来て、下の方に空が来た 清仁は一瞬の内に倒れていた 仰向けにだ

投げ飛ばされたのだ 片足だけの不安定すぎる体制では耐えるのは無理である

転倒状態の清仁は、間を置かず視界を振り回した 人間の状態であったなら、黒目がギョロギョロ蠢いていたハズだ 残念ながら今の彼の目は大きな欠けた一つ丸なのだが

そして、捉えた

腹に足の裏を向けた異形を

手で地面を叩き、その反動で半回転する清仁の体 土色の土が散り、清仁の視界は再び反転した

先まで青い怪人の腹があったところへ重々しいストンピングをかけた紅白の怪人 首を左に素早く向ける

地面を転がりながら、青い異形はその場を離れる 

寝転がった状態から膝立ちの姿勢に移行、そのまま立ち上がる

ややへっぴり腰の清仁へ、紅白の異形はアメフト選手も顔負けのタックルを繰り出した 青い異形の腹に、紅白の異形の肩が直撃する

木々の間を吹っ飛んで、再び清仁は転がる 木の葉が散って辺りに再び落ちる

怪人は真っ直ぐこちらに近付いてくる 清仁は右手を力一杯握った

その腕に生えていた孫の手に似た器官が動いた そして、その先端に大気を震わす稲光

地面に左手を着けて立ち上がりつつ、その目は紅白の敵だけを見据えていた

飛んだ 紅白の方だ

がむしゃらの拳を、繰り出す

しかしそれは届くことはなかった

握り締められたパンチは相手の顔面には届かなかった

異形の体に突き立った、棒状のなにか

雷が落ちたような音がした それと同時、紅白の異形が後ろへ飛んでいった

清仁は右手を伸ばしたままそれを見ていた

ちょっとの間地面から離れていた紅白の体は、ゆるやかな放物線を描き落っこちた

 

瞬間、閃光

 

電の次は、爆発 先まで動き回っていた敵は、突然に粉々に消し飛んだ ブロークンサンダーにそんな効力はない

破片が飛び散り、煙が巻き上げられる 音も凄まじい 手榴弾もかくやという程の、爆発であった

清仁は暫く立ち尽くした

目の前の煙が、風のままに流れているのをただ見ていた

後に残った跡、そこから漂う立ち上る白い線

あれも煙だろう

そしてそんなとこなどに、あの敵は存在していなかった

「ハア、ハア・・・!うぐ・・・ぐ・・・」

青い怪人も、もういない

そこにいたのは紛れもない人間の志田清仁だった

その顔面には、ニヤついた表情が出ている

達成感

勝利の実感

戦闘の余韻

アドレナリンの残り香

ストレス

それらは、清仁の脳髄を暴れまわっていた

そうだ、彼は倒した

「ハア・・・ハア・・・ハアッ!ハアッ!」

いきなり襲い掛かり、清仁を攻撃したあの忌々しい紅白の異形を 気配という形で半ば清仁を呼び出したようなあの異形の者を 殴る蹴るの連続の果てに、ブロークンサンダーを叩き込んでやった ピンチが連続したが、勝った 確かに、この手で、この手で、この手で自分と同じ異形となった人間をぶち殺してやった そう倒した、勝った、殺したのだ

 

異形となった『人間』を?

 

「アッ?」

人間を、殺した

この手で、何の疑いもなく 何の容赦も情けもなく

理由すらなく

 

清仁の脳髄を、今度は恐ろしい『何か』が蠢いた

 





次回から急展開になるやも知れません


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無意識な罪状

例えどんな理由があろうとも、人が人を殺めるのは良くないですよね



殺した

殺した殺した殺した殺した

殺した殺した殺した殺した殺した

殺した

殺したのだ

今、今、たった今

たった今、人を、人命を、殺した

奪った

わかる

いやわからない

何が

わかるが、わからない

わからないがわかる

わかるない?

殺した相手の過去など、わからない

どんな人物だったか、どのような人生だったか

ましてや本質、魂など、知る由もない

サラリーマンか、医者か、警官か、弁護士か、無職か

女か男か若者か老人か

配偶者がいて、子供がいて、家庭を持って幸せに生きているとしたら

それを、それを奪ったことになる

それを

自分が手を汚したのはわかる

わかってしまっている

殴った痛みが、殴られた痛みが、

叩き付けた止めの一撃、その、感触

腕に伝わる、命を打ち砕いた感触

そして、そして弾け飛ぶ命と死体

ああそうだった

死体を隠す必要はない

なにせもう消滅したのだから

吹っ飛んだ

よくできている

全く完璧なシステム

殺しても、全自動で死体自身が死体処理してくれる

その結果があの爆発

瞬く間に、この世から殺人鬼が捕まる要素を消してくれた

しかし殺した事実は変わらない

ああ殺した

死なせた

向こうから殴り掛かってきたから

反撃して、またやられないうちにこっちから出向いて攻撃して

結果

結果

必死だった

生きるのに

死から逃げて、生を求めた

求めたのだ

求めた?いや違う

違う

押し付けた

押し付けたのだ死を

相手に

襲い掛かってきた自分と同じ人間に、自分は死にたくないので死を押し付けてぶっ殺した

正当防衛か

バカな

最初は向こうからやってきた

二回目はこっちが死なせに行った

本気の、本気で

裁判なら完全敗北間違いなし

最高裁の手を煩わせることなく、有罪判決

違う違う

何が異形同士の大バトルか

結局は殺し合い

なんの言い訳も利かない

畜生な行為だ

畜生は生活がかかっているので、今回のは畜生以下だ

そうだなんの理由もなく、なんの感慨もなく、命を、この手で

奪ってみせた

違う違う違う

何が違う?

事実は事実

今、禁忌と思っていた行為を

何の疑いもなく、変化する肉体を隠れ蓑に、

免罪符にすらしないで、やってのけた

殺って、のけた

あまりにも、どうしようもなく、狂っている

なんで疑問を持たなかった

なんでゲーム感覚でいられた

なんで容赦しなかった

なんで人間扱いしなかった

なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんで

なんで 殺 し た ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアァアアアァァア"ア"ア"ッ!!」

膝まずいて、頭を抱え、清仁は叫びをあげた

悲鳴とすら言える

許しを欲したのか

もしくはこの感覚を振り払いたかったか

同じ人間をちゃっちゃと殺めてしまったと自覚する

そうしたら、吐瀉物が出るのを押さえられなかった

頭痛がした

 

罪の意識 そんなものはない

ただ、汚らわしかった

己の行為と、その、異形らしさが

どうしようもなく汚れきって感じた

 

 

 



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過ぎていく理不尽


西尾維新氏の作品である物語シリーズにて、「学校とはストレス環境である」と何回か言われます
実際、現実においてライトノベルや漫画のような刺激的かつ魅力的な学校生活など日本には存在しません
とどのつまり、古くから伝わる学舎の園は、その程度のものとなったわけです お給金出ない分ブラック企業より質が悪いかもしれませんね



 

ここは地獄だ、と清仁は思う

いつも思う

男は一部の不良気取りにかしづくことを選び、自ら危険に飛び込むことを嫌う

周りとの話題になる大した中身のない娯楽とも言えない娯楽が、彼らのアイデンティティーと化している

女はグループを作り、表の顔は他の同性と仲良くしている

その中身はどす黒い攻撃的なもので、気に入らないものは気に入らない言いぐさで罵り、あまつさえ他者とその価値観を共有しようとする

両者共に貞操観念が狂ったものが続出、尻の軽い女と大した愛もない男が我先にと互いに『初めて』を投げ捨て合う

興味のないものには関心を寄せようとする気配を見せず、むしろ積極的にけなす

授業の問題ばかりを見つめて、何かしらの事の本質や中身を見ることを面倒臭がり、結果考えることを億劫に感じる

それだけなら、いい

それは彼らが自ら選び、堕ちていく道であって、赤の他人たる志田清仁にはこれっぽっちの程も関係はない

むしろ、その道を選んだ事に対して皮肉混じりの称賛すらやるのも良いかもしれない

だが彼らの悪いところはまだあった

異質な部分を排除しようとするのである

ガン細胞のごとく

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?私志田の隣?うっそー!?」

「あー、友美かわいそー」

「運悪すぎねー?まあ三ヶ月頑張りなよ?」

くじの入った箱の前で、カン高い声で遠慮なく喚き散らす未成年の女子複数人

全て清仁の同級生である

そして話題は、席替え

彼女らは、本人が聞いている可能性があることを考慮せず、志田清仁の近くの席であることをさも悪いことであるかのように話していた

慣れきったものだ

幼少の終わり辺りから、このような扱いは受けていた

時に扱いに反発し時に反撃を試み時に人に相談し時に笑って誤魔化した

小学生のときは、所謂イジメとすら言える扱いも受けた

だから慣れた

いちいち対応するのも疲れるだけなので、無視することにした

やや意図的に住んでいる地区から遠い高校に入学しても、いままで自分を蛇蛞のごとくに扱ってきた人間とも違う者たちがクラスメイトとなったとしても、この有り様である

なれば、

(俺自身に、同級生から嫌われる原因があるんだろうか)

とも、考えるものだ

だが、直すつもりなど毛頭ない

社会経験を積むという目的も兼ね備えたこの学校という施設において、自分と相容れない人間との接触は免れない現象である

その上で、自分達と何かしら違う人間を攻撃するような畜生以下の餓鬼のために努力するほど、彼は余裕を持ってはいない

本当のところはモテたりもしてみたいが、そんなのは夢のまた夢だろう

別に話もしたことないのに嫌ってくるのだ、恋愛関係に持ち込むなど最初から不可能なのだろう

あるいは、学校の規律から外れたイケない感じなのが彼女達の好みかもしれないのだが、それは別とする

とにかく清仁は嫌われ者としてクラスにその地位を轟かせていたのであって、公然と彼の悪口で盛り上がる女子生徒を誰も咎めないことがその何よりの証拠だ

「ぶっちゃけこっちから願い下げだっつーの」

「そう言うなよ、プリント受け取りとか手渡ししない分前後の席より関わらないと思う」

清仁の小言に、一人の男子がそう言った

唯一の友人、青島広人

周りは実質敵だらけのこのストレスゾーンにて、清仁は彼と友好的な付き合いをしている

ぱっと見、向こうが付き合ってやってるのかと思われるが、むしろ志田は青島に付き合わされている節がある

「俺はあの娘はそこまで悪いようには見えないけど?」

しかし、嫌われ者と積極的に付き合いながらも、彼はクラスとよくやっている

なかなかの世渡り能力だ

「それなら仲良くなれるか?なれないだろうな」

「そう落ち込むなって、まあ」

清仁も、別に彼の事は嫌いではない

試験の点数や体力テストの点をしつこく聞いてくることはあるが、友人らしく騒いだり遊んだりできる人間がいるのといないのとでは大分違った

「俺もお前の近くだからよろしく」

「そうか、会話がはかどるよ」

「お前は図体があるから後ろ向いてると先生に・・・おっと?」

青島が柔和な笑顔を浮かべると、独特の鐘の音が耳を叩いた

チャイムだ、休み時間の間に席を動かしてしまわねばならない

「行くか」

「そうだな」

机と鞄と椅子を積み上げ、清仁はのろのろと動き始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

席替えの後の授業は散々なことになった

黒板の問題を自信満々に答えたところ大間違いをし、教室中から失笑を買った

わりと結構あることなので別に気にならないが、いい気分とはいえないものだ

そんなこんなで、清仁はいつも通りのブスッとした仏頂面で渡り廊下を彷徨いていた

なので、声を掛けられた

「あ、志田君!帰り?」

別に顔見知りがいないわけではないので、挨拶をされるのは普通のことだ

だが声を掛けてきた女子が問題だった

藤野美奈、志田清仁の想い人

「なんか顔が怖いよ、ヤな事でもあった?」

「あ、いえ・・・」

ハッキリとしない言い方になってしまった

調子が狂うとまでは行かないが、やや対応が不自然になる

「藤野さんはこれから部活ですか?」

やや強引だが、話題を変えることにした

これも、不自然な対応だと言えよう

「うん、大会近いから長くなりそー」

「出場するんですか?」

「個人戦でね」

「すごいですね、応援してます」

「ありがと!」

気付けば、体の動きもぎこちない

異性との、それも意中の相手との会話なんて慣れないことはするものじゃない

しかも、嫌悪感ではなく好意的に接してきているので、慣れなさ加減はとてつもない

「それじゃあ、そろそろ帰ります」

「気を付けてね!」

「ありがとうございます、藤野さんも部活頑張ってください」

時折、清仁は思う

こんな風に純粋に人間と接せられる人が、とても羨ましい

そんな人は社会のことや同級生のことを清仁のように批判することもないのだろうか

清仁は、藤野美奈に憧れのような感情もあった

(俺には高嶺の花か)

気付けば、生徒用の自転車置き場に着いていた

ポケットに突っ込んだ手を引き抜き、鍵を自分の自転車に向けた

これが彼の生活だ

青い春はない

つまらない

それが志田清仁の毎日であり、これからである

あとは片道数十分のサイクリングをして、自宅に帰るだけ

そのハズだったのだ

 

違和感

何か、表現できない何かが、自分の視界外から接近してくるこの感覚 それが持つのは敵意と殺意、そして害意

その正体はよく知っていた

「来やがったか」

鍵をズボンに捩じ込み、清仁は校舎に引き返した

迫り来るスリル満点の展開を予想して





前書きにおいて偉そうなこと言いましたが、女の一人でもできればもう少しマトモな事を言えたでしょうか
あ、学園祭は楽しいです


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放課後、屋上で


告白イベントとかありません
ありえません(´;ω;`)
それが変身願望ブルゥス



 

陽は傾き、空は赤くなっていた

十人十色の春を孕んだ一つの施設、高等学校

ここはその屋上である

部活動やおしゃべりをする幾人もの生徒達を、見下ろすことができる場所だ

そして本来ここは、少なくともこの学校では、全国で度重なる自殺事件に恐れをなした教育委員会によって入れないはずだった

そのルールを無視した人影が一つ

青い人影だった

異形の、人間とは似ても似つかぬ人影であった

その丸い複眼の先には、同じような人影がある

夕陽に紛れて見えにくい、鈍い橙色の異形だ

《学生か》

清仁の耳に声が響いた

機械で加工されたような、とても低い音声であるため、性別は聞き取れない

そして、少し驚いた

まさか自分達異形が、喋れるとは、全く考えなかった

《何か文句でもあるのか》

出てきた声は、まるで加工したかのように不自然に低くなっていた

不快になった

こんなところまで変わらなくてもいいのに

《その落ち着きよう、戦ったことがあるのか》

相手が問い掛けてきた

図星である

《お前もやりあうつもりか》

《それ以外の何がある?》

その答えに、清仁は溜め息をついた

《あんな思いをするのはもう御免だ》

そしてそう呟いた

その台詞に、オレンジの異形が大きく反応する

《何?ふ、フハハハアハハハハハ》

そいつは突然馬鹿笑いを始めた

何が可笑しいのだろう

突然の奇行に、後ずさる

《ククク・・・それはありえない》

《何故だ》

《そういうふうにできているんだ、俺達は》

質問をした清仁だったが、意味がわからなかった

そういうふうにできているとは、どういうふうにできているんだろう

コイツは一体、何を言っているんだ

《その落ち着いた様子じゃ、もうやり合ったことがあるんだろ?》

《・・・それがどうした》

徐々に鋭くなる青の異形の視線を受け流しながら、橙色の人影は問いを投げ掛ける

何かを伝えるかのように

《満足感を感じなかったか》

その問いは、清仁の胸を貫いた

《何!?》

《例えば、敵を倒した直後、濃い充足感や強い達成感を感じたはずだ》

《貴様・・・!》

そう、あの赤と白のツートンの異形と殺し合いをしたとき、そして撃破したとき、『満たされた』ような感覚があった

人間を殺したという忌避感や罪悪感、この姿に対する嫌悪感も、それらの前には些末なものと感じる

何もかもが図星だった

この橙色の怪人は、一体何を、どれくらい知っているのだろうか

《安心した、お前も俺と同じだ》

目に見えて動揺する清仁の姿に、向こうは満足したようだ

肩を震わせて笑っている

《俺達だけじゃない、皆そうさ》

《どういう意味だ!?》

《『俺らと似たような奴等』とやり合う前に、今と同じような問答をするんだが、聞いた奴皆否定しなかったぜ》

つまり

闘争本能が著しく増大するのか

《これは食欲やら性欲やらと同じさ・・・戦っても戦ってもまた戦いたくなる、気が付いたら自分と『同じ』連中を探すために徘徊する・・・殺すためにな》

橙色の異形は青い異形の方を向いた

これが生身なら、彼は恐らくとても笑んでいる

からかうのが楽しいとでも言うように

《怪人と殺し合いをするために・・・徘徊する・・・》

心当たりは、あった

もう否定はできない

もう違うとも言えない

なんということだろうか

自分は、自分含めた異形共は皆、

互いを殺すために存在している

《お前を殺れば、俺はこの欲求不満から逃げれる》

オレンジの異形が、拳を構えた

ボクサーの構えが様になっていた

《つまりこう言うことだ、俺達は逃げられない・・・殺し合いを続けなければいけない》

その拳には、トゲが無数に付いていた

そんなもので殴られれば、一体耐えられるものだろうか

《そうか・・・そうか・・・》

清仁は深呼吸をした

大きく息を吸い、酸素を取り込む

長めに息を吐き、二酸化炭素を追い出す

《こういうことか》

拳を強く握り、相手に向ける

互いに一歩を踏み出し、全力で相手に走り寄った

その息の根を、止めるために

己が欲望のために

 



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プレリュードオブペイン

年が明けそうですね
その前にクリスマスでしょうか
両方とも私には関係無いですな
いつも通り、全力で読者の皆様に作品をお届けします



距離二メートル以下 互いの拳が届く長さ

清仁の青い異形が左肘を曲げる 拳は握り、視線は相手の顔面へ そして狙いを定める

橙色の異形が右肘を曲げる 拳は握り、視線は清仁の方へ 狙いは既に定めた

匙で下から掬い上げるような軌道を描いて、拳が振るわれた とても強烈なアッパーカットだった

《ぐっ》

何か、堅いものが割れるような音がした 何が割れたかは言うまでもない

清仁の顎は、敵の拳によって叩き割られたのである

橙色の怪人の橙色の拳には刺が付いていたし、そのパンチは素人のそれとは一線を画していた こうなるのも至極当然だ

下顎を殴り壊された青い怪人は、拳を振る前に吹っ飛ばされた アッパーで打ち上げられた怪物は、数メートル空中を飛んで、放物線を描いてコンクリートの床に落っこちた

全く柔らかくない屋上の床は、容赦なく清仁の背中を痛め付けた

一発KOなどされている余裕はない スポーティーなボクシングと違って、これは起きなければトドメを刺されるのだから

腹筋と腰とを限界まで使い、背中を持ち上げる 左手で足場を押して、膝を伸ばして立ち上がる

その頃には、オレンジ怪人は拳を握り締めていた 足で建物の天辺の地面を踏みしめ、両肘共に曲げている

ただ、肘の角度からして右手から拳を振ろうとしているのは確かだった

反射的に、清仁は平手を伸ばした 敵の拳は掌の付け根辺りで弾かれる

しかしあまりの威力に、その重い拳を逸らし切ることはできなかった 肩から卵を踏み潰したような音が鳴った その音が聞こえると、左肩の感覚が無くなった

平手を使っていない方の腕で、オレンジ色の面を殴り付ける

殴られた方はよろめいたが、顔が砕かれたりはしていない 多分、向こうの方がパンチ力が圧倒的に上だ

二、三歩後退した橙色の異形は、拳を握って何かしらの構えをとった 清仁には詳しくはわからないがボクシングの型だろう

それを視認すると、清仁の肩と顎からぶしゅっとした感覚が起こった

『普通の』人間の出血にあたる現象だろう しかし半透明でややとろみのある体液は、真っ赤な血潮とは程遠い

粉砕された傷口からじゃばじゃばと溢れ出す体液 青い怪人には泣きっ面に蜂 しかしそれは相手にとって好機

腹部へと、とてつもない勢いの拳が迫る

文字通り突き刺さる拳 腹部から液体が流れ出す

が、タダではやられない 清仁は相手の襟元にあたる部分を左手で掴んだ

右手を限界まで握り締め、肘を限界まで後ろに引き、腕に限界まで力を込めた

その右ストレートは、見事に橙色の異形の顔に叩き込まれた その勢いに、命中した箇所は浅く窪む

が、叩き割る程の威力ではない 技術も、攻撃力も、清仁よりオレンジの怪人が勝っていた あまりにも埋めがたい差だった

大きく後ろに反らせた頭を真っ直ぐに伸ばし、橙色の異形は拳を握った

《ぐっ》

瞬きより早く、清仁の視界一杯にトゲトゲの拳が広がった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ハハ・・・どーだ、俺はまだ行けるぞ!黒井の野郎、見てろ、ライトの日本一・・・も一回・・・取ってやるぜ・・・ハハ・・・》

オレンジの異形は肩で息をしていた

予想より手こずった

まさか、ただの高校生が自分をここまで追い詰めるとは思っていなかったのである

彼の想像以上に、青い異形は強かった

一撃で終わるはずが、反撃を何回も貰った

だが、勝った

敵は己の体液にまみれ、身体中には醜くヒビが巡っている

後は爆発して遺体ごとこの世からオサラバと言うわけだ

さあ、早く消し飛んでくれ

こんな場所で騒ぎを起こしたらどうなるかわかりきっている

騒ぎが広がらない内に退散したい

だが、青い異形は健在だった

膝立ちのまま、体液を垂れ流している

《・・・ハァ?》

おかしい、怪人は死んだら爆散してしまうはずだ

それはほぼ鉄則だ

では、死んでいないのか?

なら、トドメを刺さなくてはならない

とっとと息の根を止めよう

橙色の怪人は、早足に青い怪人へと歩み寄る

 

 

 

 

その時、清仁の体が膨れ上がった

 

 

 




書いてて思うんですよ
痛ぇなこりゃ
書いてて思うんですよ
主人公チート?


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Black to Ruin

『破滅への漆黒』



青い異形の身体中のヒビが大きく広がる そして、体がまるで風船のように一気に膨れる

じっくり見る間もなく、その次に体が崩れた 砕けた堅い殻が、ボロボロと重力に従って落ちていく

そして、中から何者かが出てきた

中から現れたのは、黒色の異形であった

甲殻類と昆虫を足して二で割ったような表皮の外骨格 真っ赤に光る二つの禍々しい眼 額からは二本の長い触角らしきもの とてもとてもマッシヴなシルエットは、人型としか形容できなかった

清仁は、一部を除いて体の形状はそのままに、色を黒く染めて青い体を脱ぎ捨てたのだ まるで、蛹が蝶々に成るように

黒光りする体には、複数の小さな棘 これも、青かった頃から付いていた

しかし、体色が変わっただけで、その威圧感は何倍にも増していた 赤い眼光は、眼を合わせた者を竦み上がらせる程であろう

顎には、人間が食い縛った歯を剥き出しにしたような形になっている

爪先から頭の天辺まで、外骨格で覆われていた

体の傷も、全て綺麗に無くなっている

ブロークンサンダーを発するための孫の手状の器官もそのままだ

しかし、色と並んで新生志田清仁には新たな変化があった

それは背中に付いていた

刃渡り一メートル程度の、両手剣だ

うなじの下から伸びるコードのような器官で黒い異形と繋がったその剣は、どう見てもナマクラだった 刃は研がれていなく、丸い 色は本体と同じく漆黒

飾りか、鈍器か、そんな風にしか使えないように見えた

それは、大きな間違いなのだが

《なんだ!?》

オレンジの怪人はまず驚愕した

そして、すぐに落ち着きを取り戻す

例え復活したとして、例え強くなったとして、この自慢の拳で叩き伏せてしまえばいいのだから

《チッ!》

だから、あと一歩踏み込んでぶん殴る それが正解のハズだった ハズだった

両手で剣を引き抜き、黒い異形は横に構える 剣は刃先から縦に割れた そう、割れた

うなじ下のコードが、脈打つ そこから剣へ送り込まれるものは、体液に他ならない

コードから割れた両手剣へと送り込まれる体液 それは、高速で剣の割れ目から噴出する

形成される、剃刀のように薄い液状の刃 これはナマクラなどでは無かった

むしろ、下手な名剣より斬れる

ダイヤモンドを切断するダイヤモンドカッターは、高速で水を噴出する機械だ

そして、それを、黒色の怪人は剣に見立てた

橙色の怪人の全力の左ストレートは、届かない 何故なら、プロのボクサーの構えで拳を放ったその怪人が、腹から真っ二つに切断されたからだ

上半身は宙に浮き、下半身は棒立ちのまま 二つとも瞬時に爆発を起こした

 

 

 

 

煙が晴れて、出てきたのは

剣を振り抜いたまま残心するように佇む、黒い異形だけであった

 

 




ネタバレ
【朗報】清仁君、怪人の爆発では無傷の模様

おめでとう!志田清仁は進化した
格闘攻撃 B→A
スピード C→B
タフネス B→S
スタミナ B→A
必殺攻撃 B→A
闘争本能 C→S


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その衝動


クリスマスはひとりぼっちですよ
アベック氏ね



眼下に広がっているのは、田舎には不釣り合いのビル群だった

その窓からは灯りが無数に漏れていた

例えるならば、地上に写る美しくない星空

その青空も、昨今は田舎でも全く見えない

そして、その星空はビルのジャングルによって存在する

その中ではかなり高い部類のビルディングの屋上に、清仁は立っていた

ここなら、少し落ち着けるからだ

 

 

 

 

あの後清仁は、逃げ出すように学校から離れた

実際、逃げ出したと言ってもいい

高校の屋上で爆発事故が起きて、そしてそこに意味不明な人型のナニカがいたら、怪しいなんてもんじゃない

なので逃げた

そして、逃げる内に、遠くへ来すぎてしまったようだった

目に写るのは、人だかりとビルばかり

彼らは皆、地面(過去)目の前(現在)だけを眺め、頭上(未来)など見ようともしない

上を見る者がいないので、異形である清仁が見付かる可能性は低かった

鉄筋コンクリートに遮られた地平線を見る

陽はとっくに沈んでいた

LEDに照らされて、黒い異形は手のひらを見た

 

 

 

 

 

欲望、と言っていた

あのオレンジの異形は確かに言っていた

自分達が互いの存在を探し殺し合うのは、欲望と同じだと

異形となった人間を自らの手で殺すことで、満たされると

この満足感や達成感、幸福感は、戦えばまた手に入れられるのだ

人殺しが、罪であるのは知っている

だが清仁は、決して欲望に抗える人間とは言えなかった

食事は人一倍食うし、授業中寝ることなど日常茶飯事 都合さえ合えば自慰行為も何回もする 誰かに認められたい、あの人の持っているアレが欲しい、もっと金を手に入れたい、壊したい

色んな煩悩と欲望を、志田清仁は身長178㎝に詰め込んでいる それすらも、本人は自覚ずくだ

だから、今更一つほど増えたとして大して変わらない

それに、この欲望は満たすととても気持ちがいい

こんな快感と満足感は、美味い食事にも心地よい眠りにも、恐らく絶世の美女とのまぐわいでも得られないだろう

 

 

 

 

ふと、視線をビルの下の道路に向けた

通行中のサラリーマン達に紛れ一人のOLがいる

清仁は、そこで奇妙な感覚に襲われた

これの正体も、どんな風にすれば消えるのかも、何故現れるのかも、清仁は知り尽くしていた

足を曲げ、跳躍

ビルの側面に腕から延びた孫の手状の器官を押し付けて、落下の勢いを減らしていく

ビルとビルの間、細い路地裏に、黒い影が降り立つ

グレーのスーツを着こなしたステレオタイプなOLは、それに気付いて振り向いた

瞬間、その影は闇夜に消え、代わりに銅色の異形がそこにいた

怪人が清仁に飛び掛かる しかし彼は命の危機などと感じてはいなかった

至高の幸福のために、志田清仁は拳を振り抜いた

 

 

 

 

 

 

 

建物の間の隙間から、爆風と爆炎が発生した

一人の男子高校生が、ビルの間の暗闇からゆっくりと歩いて出てくる

何故か、満足感に溢れた表情をしていた





序盤はこれにて終了となります
次回から、戦闘や鬱展開が加速して行くと思われます
それでは、また次回お会いしましょう


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天使狩り

 

清々しい朝、と言えよう

バイトも学校も家の用事もない一日なのだ、これ以上なく清々しい

久しぶりに24時間を好きに使えるようであった

逆に、そんな時間が24時間しか無いのが残念ではあったが

「グアアァァァ・・・ンンン・・・」

若者らしくない熊の鳴き声のようなアクビを一発

部屋のカーテンを開けて、パジャマのままキッチンへ向かう

今日は、出掛けようと思っていた

なんと、アイドルのライヴが清仁の住む県で行われるのだ

それも、最近話題の『lucky☆7』のライヴだという

シングルCDを平均数十万枚売る、今をときめく美少女アイドルグループのライヴである

キャッチコピーは『幸運を呼ぶ☆7人の天使たち(*^O^*)遠征ライヴで降臨♥!』

若者興奮ファン感涙信者狂喜の、生歌生ライヴである

興味が沸かない

全く食指が働かない

志田清仁はヘソ曲がりだった

流行りものを大いに嫌い、人気のものには毒を吐き、やや古くて根強いファンのいる物を好む

今回の物だってそうだ

アイドルは結成20周年になってから、というのが清仁の無意識の意見だ

周りの雑談には着いていけないこともあるが、それはそれ

最近流行りのルックス重視安売り量産型アイドルのゴミ歌詞クソ曲調シングルなど、タダで貰っても聴かない

中古屋で数百円と交換すれば良い方だろうか

なので、他人の命よりも大切にしたいこの素晴らしい休日を使ってまで行くことは、ない

本来ならば、だが

「・・・コイツか」

テレビでたまたま見た生放送中のlucky☆7のメンバーの中で、ある一人にある感覚を覚えた

人間を見て覚える不思議な感覚など、清仁には一つしか覚えがない

アイドルグループのメンバーに、異形になれる奴がいる

答えはそれだけだ

テレビスタジオに乗り込んで潰し合いに向かうのは流石に無理なので一時は無視することにしたが、此度にこのライヴだ

初めて神を信じたくなった

このチャンスを逃す手はない

そして次はタイミングだ

ライヴ前はライヴ本番で怪しまれる

かといってライヴ中など論外だ

ライヴ直後に楽屋を襲撃することも考えたが、これも他のlucky☆7によって騒ぎになる公算が高い

それに楽屋で片方が死んで爆発したら他のメンバーもタダでは済まない

それはそれで悪くはないが

なら、ライヴが終わったあと人がいない場所で戦うことにしよう

同じ異形であれば、向こうからやってくるだろう

アイドルという職業上動き回って他の異形と戦う時間などあるはずもない

なら相当『溜まっている』はずだ

ライヴ後に観光と言い訳をして、清仁の居場所を感覚で突き止め、やってくる

あとは場所だが、たまたまライヴ会場の近くに廃ビルがあるので、そこにする

お膳立ては簡単に揃った

週刊誌一本釣りのお忍びデートだ

ワクワクしてくる

着替えを済ませ、財布と家の鍵と自転車の鍵とスマートフォンを持ってドアノブに手を掛ける

これで清仁が返り討ちに合って死ぬ可能性も、勿論ある

そもそもアイドルと殺し合いを行うなど尋常な思考ではない

だが、もう、異形と戦いたいこの欲望は止められない

餓死しそうな時にぶら下げられた食い物にかぶり付かずにいられないのと同じだ

このままでは、欲求不満で、死ぬ

面白いことに相手もそうだ

仕方ないとは言わない

しかし、生きるためだ

生きるために、戦うのだ

だから凶行に及ぶためにドアを開けて家から出るのも、その一環だ

「・・・行ってきまーす」

さて、ライヴが終わるのは何時だっただろうか

ラーメンでも食べて待つとしよう

 





ライヴに行く気などない
出待ちしてメンバー一本釣りだ



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嫌いなもの


アイドルグループのメンバーと殺し合いなう



 

三時を少し回った頃だろうか

lucky☆7のライヴはもう終わっているはずだ

なのに、お目当ての人物は一向に気配を感じさせない

「チッ・・・」

向こうにトラブルがあったら、折角の自由な休日が台無しだ

映画や本屋に向かう時間を割いてまで、この正気の沙汰ではない行為を優先させたのだ

おじゃんになっては本当に困る

ライヴの情報が載っているチラシを見れば、ライヴ終了は午後の二時だ

それから一時間以上経っている

後片付けを考えても充分すぎると思える

遅い

「おー、君か~」

背中から声をかけられた

清仁はゆっくりと振り向く

そこに立っていたのは、眼鏡をかけた美少女

「待ってたのかな?」

「・・・そうだな」

清仁と同い年くらいのこの少女は、まるで清仁と知り合いのような物言いをする

だがお互いこれが最初の対面だ

最後の対面でもあるが

「いやー君気配ビンビンだったからさ、すぐ見つかったよ」

「そういうアンタは気配を感じさせなかったが」

「まあね~、それが私の能力らしいね」

他愛ない会話だ

もしかしたら、彼女は自分以上に命の奪い合いを重く感じていて、その恐怖を紛らわそうとしているのかもしれない

だとしたら、この会話に付き合うのもやぶさかではない

「君は幸運だね、lucky☆7のメンバーと握手どころか殺し合いできちゃうなんて!一生ものの思い出だよ?」

前言撤回

今すぐこの女を殺そう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

志田清仁の体が、哺乳類特有の柔らかな皮膚から甲殻類特有の頑丈な甲羅へと変化した

肌色の体色は漆黒に染まる

相手も、アイドルになれたのも納得のベイビーフェイスをこの世のものとは思えない不気味な顔相に変える

そして、清仁と同じく、ヤワな衝撃では砕けそうにない緑の外骨格に身を包んだ

アイドルの変化した異形が、背中から倒れる

否、倒れたのではない

軟体操のブリッジのように背中を下にして四つん這いになった後、その勢いのまま足を上へ上げたのである

ムーンサルトキックと呼ばれる技だ

生半可な人間では繰り出すことなどできない高等技術だが、怪人達には関係ない

振り上げられた爪先は、黒い異形の顎に迫る

清仁は後ろに倒れてそれを避けた

否、倒れたのではない

バック転だ

倒れた勢いで手を地面に着け、手をバネにして地面から跳ね、そして着地

両手の拳を構える

ムーンサルトの体制からすぐに立ちあがった緑の怪人

構えを解かない清仁に拳を振るう

しかし、既に複数人をその手にかけた黒い異形はそれを待っていたのだ

殴られそうになった怪人の片腕が鞭のようにしなる

強く払いのけるような動作で、アイドルの腕はあらぬ方向へ

ガードするべき上半身は、無防備となった

もう片方の手で、握り拳を作り、顔面に突き込む

それだけの簡単な動作だ

一メートル程度吹っ飛んだ緑の異形

だが彼女は吹き飛ばされた勢いを利用して転がり、素早く立ち上がった

清仁が追撃をかけようと駆け寄る

一歩、二歩、三歩目で緑の方から行動を起こした

片足を上げて、もう片方の足を軸に、一回転したのである

駒のように一回転した緑の異形の踵

遠心力がこれでもかと乗せられた回し踵蹴り

黒い異形の腰部が、それを喰らってしまう

横っ飛びする清仁

無様にゴロゴロと転がり、摩擦で回転を止めた頃にはすぐ近くに緑の異形が接近していた 

せめて立とうとしても、このままでは間髪入れずに蹴り飛ばされる

なら立たずに一撃で殺れば良い

黒い異形が背中から剣を引き抜く

刃が尖っていない完全になまくらなその剣は、縦に割れる

剣と黒い異形は、チューブのような器官で繋がっていた 

そのチューブが脈動すると、割れな剣からホースの水の何万倍もの勢いの液流が飛び出す

志田清仁は、新たに手に入れた背中の剣に名前を付けていなかった

なので、今この技に名前を付けることにする

ゲルブレードスラッシャーだ

液体の刃を手に入れた黒い異形は、今まさにキックを放とうとする緑の異形にそれを振った

アイドルだろうと全く関係無い

何人ファンがいても知ったことではない

ゲルブレードスラッシャーは、緑の怪人を縦に別けてしまった

せめてもの救いは、彼女が人間の姿をしていなかったことくらいだ

lucky☆7のライヴ会場のすぐ近くで、原因不明の大爆発が起こった

 

 

 

 

 

 

 

「チッ」

携帯の画面は、今の時刻が七時を回ったことを告げていた

明日は学校なのだ、早めに帰らなければ面倒なことになる

先程にアイドルを殺害した場所を振り向くことすらせず、清仁は足早にその場を去った

戦闘後の快感を、確かに感じながら

 



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雨と憂鬱


この作品を読み続ける人はマゾ疑惑出てきます
私が書き出せる限りの社会とか個人とかの嫌な部分を見続ける訳ですので・・・
命を賭けたバトルシーンが一番爽快という嫌な小説です
まあ現実に当てはまらないとは限らないのですが・・・




 

今日も、つまらない授業を六時間きっちり受けた

清仁が学校の玄関を出ると、無数の雨粒が天から降り注いできた

空気は途端に湿気を孕み、辺りは霧が出たのか白くなっていく

校門の前には屋根があるので雨宿りができなくもないが、雨のせいかとても肌寒い

傘もなしに帰宅するのは風をひく可能性があるだろう

「参ったな・・・」

グレーの雲に埋められた空を見上げながら、清仁は呟いた

天気予報を見逃した彼は、今日の夕方から雨だということを知らなかった

なので傘は持ってきていない

体は丈夫なので別段このまま帰っても構わないが、濡れるのはできるなら避けたい

夜更かしで体調が悪くなってきているし、そうでなくとも制服が濡れたら乾くのに苦労する

清仁は首筋を掻いて、ため息をついた

「お、志田~どうした?」

声を掛けられたので振り向くと、青島がこちらに歩いてきた

「ああ、雨具を忘れててな」

「ありゃ~それは困ったな」

同情するような顔をしてから、青島はそう言った

「お前、余分に持ってないか?」

「悪いけど、今持ってる傘だけだよ」

ダメ元で雨具を貸してもらえるか聞いてみたが、失敗に終わった

清仁は再びため息をついた

「わかった、ありがとう」

「おう、じゃ、もう行くわ」

別れの挨拶もそこそこに、青島は去っていった

「弱ったな・・・」

清仁はもう一度空を見上げた

しかし雨雲は一向に散る様子もなく、むしろ先より多くの雨粒を落としてきている

仕方ないので、雨宿りがてら考え事をすることにした

暇潰しの道具がないので、それ以外にすることもないのだが

いつもの不機嫌そうな面のまま正面玄関前のベンチに腰を降ろす

古びたベンチは大きく軋むが、学年の中でも重い方の清仁の体重を支えた

 

 

 

 

 

清仁は、現代社会が嫌いだ

産まれた時から数十のワクチンをぶちこまれ、

悪ガキにいじめられるリスクを負って小学校に行き、

中学校で高校試験のために血を吐き、

高校で毎日のように文字通り死ぬ程勉強し続け、

大学に入らなければ一人暮らしもままならない給料の仕事しかできず、

よしんばキャンパスライフへ向かっても小中高ともう飽き飽きするほどしてきた勉強をまだやらされる

そして就職した先には、上司にこき使われ会社に残業代をピンハネされ同僚とうまく付き合わなければならない

それらの要素を蔑ろにすると首が飛ぶ

会社を辞めさせられるという意味でも、死の暗示という意味でも

成る程自殺するサラリーマンが続出するのも納得だった

さて、これが彼の行く末なのか?

苦労に苦労を重ねて待つ先には更なる想像を絶する苦労だけなのか?

彼にはわからなかった

戦時中よりマシなのはわかっている

しかし、これなら戦場で命を輝かせる方が格好いいのではないだろうか

清仁には段々わからなくなってきた

それなのに、政治家共はやれ外国だやれ環境だと騒いでいる

うんざりだった

 

 

 

 

 

「・・・ん?」

ふと周りを見回すと、一人の少年が辺りをウロウロしていた

歳は十歳も無いだろう、背も清仁の腹くらいしかない

どうやら、誰かを待っているようだ

「ちょっとごめんね、そこの君」

清仁は声をかけてみることにした

「寒くない?」

「・・・寒い」

「そうか」

少年のその一言を聞くや否や、清仁は制服の上着を脱いだ

そして、少年の肩へかけた

「無いよりはマシだろ」

「うん・・・」

「誰かを待っているのか?」

「うん・・・」

清仁の質問に、少年は素直に答えた

「じゃあベンチで待ってようぜ、屋根の外彷徨くよりは良い」

そう言うと、清仁はベンチを指差した

 

 

 

 

 

数分後、少年の母親が少年を迎えに来た

 



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戦闘欲求


清仁がもはや狂人
それとも、こうまでさせた現代社会がおかしいのか
もはや誰にもわかりません
作者ですらわかりません


 

志田清仁は知っている

学校で勉強するよりもアルバイトで金を稼ぐ方が簡単で有意義なことを知っている

同じ苦労の度合いでも、学校では金を払わねばならず、仕事では金を貰えるのだ

だが悲しいかな、その辛い辛い勉強をして高校やら大学やらに進学せねば、その貰える給料もごくわずか

自分一人で生きていくことすらままならない額しか受け取れない

清仁は、そんな社会が心から嫌いだった

なんだこの生き地獄は

 

 

 

 

 

 

 

休日のバイト帰りに自転車を漕いでいたらなにか妙な気配を感じた

カラッと乾いた青空を背に都市部へむかえば、肥満体系の男がビクビクと辺りを見回しながら歩いていた

ビルの屋上からそれを見下ろしていた黒い異形は、その男に向かって飛び降りた

「うわあああああああ!!!」

目の前に現れた怪人に、男は尻餅をついて悲鳴をあげた

「なんだ?」

「うわっ何あれ!」

「ちょっと、いきなりなんだ」

「うわ~不気味~」

今日はいつもとは違い、周りに大勢の人間がいた

他の怪人に警戒されたり、警察やマスコミに探られたり、一般人が巻き込まれたり、政府が危機感を抱いて排除しにかかる可能性を考慮して、いつもは人気を気にして戦いを始めたが、今日ばかりはそうもいかない

あのアイドルを殺して以来、清仁は十日間近く他の怪人に出会っていない

怪人と戦いたがるのは欲望と同じだ

程度の差はあるだろうが、間が空けば空くほど欲求は高まってくる

今の清仁は十日間食事を抜いたのと同じ状態だ

我慢など、できなかった

拳を振り上げる

固く握り締められたパンチは、人間のものとは一線を画する威力を持つ

それが人の体に突き刺されば、一体どうなるか

「ひぃ、ひぃ!」

肥えた男がその姿を変える

変身前と似通った、膨らんだ体型の怪人だ

水玉模様が身体中にあった

尻餅をついた状態から立ち上がった水玉の怪人は、しかし膝を伸ばしきった瞬間に顔面に拳を埋めた

黒い怪人が敵の顔の中心にある拳を、押すように振り抜く

たちまち太った怪人は数メートル吹っ飛び、アスファルトの上を滑った

殴られた顔を抑えながら、太った怪人はもう一度立ち上がる

『くぅ、ううぅ・・・死にたくない・・・』

清仁の目の前で、敵は膝を震えさせていた

恐怖しているのだろうか

知ったことではなかった

足を前へ

前へ出した足とは別の足を前へ

交互に、迅速に繰り返す

人とは思えぬ速度で走る異形

すぐさま殺し合う二人の距離は縮んだ

清仁が敵の下腹を蹴り上げる

硬いものがぶつかり合う音がした

だが清仁は違和感を覚えた

水玉の異形の腹部が、やけに強固なのだ

振り上げた足が掴まれる

真上へ体が振り上げられた

視界一杯の青空を楽しむ暇もなく、黒い異形は地面に叩きつけられた

うつ伏せの体を地面を突いて回転させると、敵の背中が見えた

真後ろへ放り投げたのだろう

もしも水玉の異形が清仁の片足を掴んで離さず、何回も地面に叩きつけていたら、清仁は大きなダメージを食らっただろう

だが敵はそれをしなかった

たった一度の反撃しかできなかった

跳ねるように立ち上がり、振り向いた敵の横面に拳を振る

パンチが吸い込まれるように飛ぶ

殴られた衝撃で、殴った手とは別の方を向く水玉の怪人

しかし、そっちの方からも拳が迫った

時間差で両手が水玉の異形の顔面を打ち据える

敵も拳を振ったが、清仁はそれを片手で弾いた

水玉の異形の拳は、黒い怪人には届かない

そして、清仁は奇妙な構えを取った

折り畳んだ腕を、相手の胸の前に置く

上を向いた拳は、ロケットのようにも見えた

そう、ロケットの如くアッパーカットが振るわれた

『ぐえっ』

顎に突き刺さった拳

水玉の怪人は三度倒れ込んだ

黒い怪人の片手から、孫の手状の器官が伸びる

その先端が、あっという間にスパークした

落雷もかくやという稲光が、黒い怪人の片手の器官から発生する

清仁は、その帯電した爪を、敵の腹と胸の甲羅の間に突っ込んだ

そのまま引っ掛け、走り出す

引きずられる水玉の異形

走りながら、爪の先から水玉の怪人に電流が流し込まれる

それも、AEDとは比べ物にならない電圧が流し込まれる

AEDは生命を助けるが、ブロークンサンダーは生命を奪う

走りながら、引きずられながら、幾度も、続け様に

『ギャあああああっああああああッ!!!』

雷を叩き込み、叩き込まれる

清仁がたどり着いたのは、川

コンクリートに川辺を埋められた、とても大きな川だ

水玉の異形を爪に引っ掛けたまま、腕を振った

水玉の異形は手足をバタつかせながら空中を泳ぎ、頭から水へ落ちた

その瞬間、爆発音と共に水面が奇妙に膨れ上がった

白い水柱が黒い怪人の視界を塞ぎ、無数の水滴が黒い怪人の体を叩いた

局所的な雨を身に受けながら、清仁は振り向いた

そこら中野次馬だらけだった

これは、もう隠し立ては不可能だろう

だが面倒なのは御免だった

清仁も川へ飛び込んだ

川は昨日の大雨で見事に濁っていた

黒い異形を見つけ出すのは困難だろう

川の底を泳ぎながら清仁は思案した

やはり少々無茶だったか

だが、またあの感覚を手に入れることができた

戦闘の欲求を満たしたときの、あの快感を覚えた

それに比べればこの程度、問題にもならない

この腐りきった現代社会の中で、一番彩りのある時間だった

 





コイツ高校二年生です
いやマジで


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襲い掛かる者、襲い掛かられる者


戦闘だけです、いつもの現代社会ディスはないです!



 

夜が更け、辺りはすっかり暗くなっていた

街灯の光が、冷たく道路を照らす

そしてその光に照らされて、二人の男が対峙していた

二人とも険しい表情をして互いを睨んでいる

やがて、片方が格闘技の構えをとった

すると、構えをとった方の男の体がみるみる内に変化していく

体が甲羅に覆われ、人間らしさが何一つ無くなったのである

二の腕が太い、茶色の化け物に、男は変化した

その変化を見て、もう一人の男の体も変貌した

すらりとした細身の体型だが、その頭部には弁髪のようなものが一房存在した

紫の色をしたその怪人も、拳を握って腰を深く落とした

茶色の異形と紫の異形が、互いに睨み合う

出来の悪いホラー映画のような光景に、観客は誰一人といない

それが幸か不幸かは誰にもわからない

他に人がいないということは、この光景が世間に広まってしまうことはないが、今から始まる殺し合いを止める者がいないことも意味する

そう、彼らは今から殺し合いを始めるのだ

お互いの、堪えきれぬ欲望と衝動に駆られて、血で血を洗う闘争をするのだ

じりじりと、二体の怪人が互いに近寄っていく

しかしまだ攻撃には至らない

ゆっくりと、ゆっくりと距離が詰まっていく

怪人どもの甲羅が、街灯の光を反射する

夜の中に鈍く光る、鎧

突然、紫の怪人が走り出した

拳を握り、茶色の怪人の顔面に一撃を繰り出そうと近付く

だが、茶色の怪人の方が早かった

丸太を彷彿とさせる両手で紫の異形の首を掴むと、全力で握り締めた

太い二の腕がさらに膨らむ

しかし紫の異形は奥の手を使った

弁髪がしなり、先端から針が飛び出す

針が茶色の怪人の腕を突いた

しかし痛みに構わず、怪人は首を絞める腕に力を込めていく

紫の異形は針を刺したままだ

紫の怪人の首からぎちぎちと耳障りな音が聞こえる

絞殺されるのは時間の問題だった

ここで、茶色の異形の腕から力が抜けた

首を掴む腕を弾き、紫の異形は後退した

茶色の異形が首を掻き毟る

やがて倒れた

刹那、茶色の怪人が、爆発した

閃光と共に火柱が吹き上がる

紫の怪人はそれを眺めた

弁髪持ちの勝利だった

 

 

 

 

 

唐突に、その場に黒い異形が出現した

何の冗談か、自転車を立ち漕ぎしながら猛スピードで紫の異形に近付いてくる

爆発の跡の手前で止まると、黒い異形は自転車のブレーキをかけた

唖然とする紫の怪人をよそに、黒い異形は自転車の鍵を外す

そして、紫の怪人に向き直る

紫の異形が弁髪を振り回しながら黒い怪人へ走り寄る あわよくば、弁髪の先端に付いている毒針を突き刺して殺そうという魂胆だった

黒い異形は足を上げた 高速で右足を振り上げ、踵を敵の腹部にめり込ませたのである

走ってきた方向とは逆の方へ、紫の怪人は吹っ飛んだ 何回か回転しながらも、紫の怪人はゆっくりと立ち上がる

蹴りが強烈だったのか紫の怪人が軽かったのか、それともその両方か とにかく、黒い異形との距離が開いた

二本の足で地面を踏み締めつつ、紫の異形は弁髪をくねくねと動かす

意識を毒針に向け、確実に毒針を突き刺すために

しかし黒い異形は背中から剣を抜いた

どう見ても刃が潰れて使い物にならないそれは、突然に割れた すると、透明の液体が凄まじい勢いで吹き出た

黒い怪人が一歩を踏み出す

否、一歩ではない 跳んだ 黒い異形は跳んだのだ

宙へ舞う黒い怪人に、紫の怪人は一瞬対応を遅らせた

黒い異形は、目にも止まらぬ早さで剣で薙いだ 液体の刃、ゲルブレードスラッシャー それは弁髪と、紫の異形の上半身と、ついでに刃先にあった街灯を真っ二つにした

切断面が見える暇もなく、紫の怪人も爆発を起こした

閃光と共に火柱が吹き上がる

街灯が破壊されて灯りがなくなってしまった通りに、紫の怪人が起こした小さな花火は照明となって辺りを照らした

黒い異形はそのまま振り向かず、そそくさと自転車に乗った

鍵を刺してペダルを漕ぐ頃には、そこには怪人はいなかった

 

 





一つの武器に頼ってはいけません


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探り合う者達


現在の清仁の殺害スコア
・・・・・・六人
男性四人、女性二人



 

「ぁんだ、こりゃ」

家のポストに、一通の手紙があった

受け取り人には志田清仁

差出人は、松井京二

「誰だコイツ」

ファミリーネームが違うので、親戚筋ではないはずだ

家族の知り合い、学校関係、近所の人々

どれの記憶にも当てはまらない

細長い穴から引き抜いた封筒をその場で乱暴に開封する

家族宛のものならともかくとして、自分宛のものなら好きに扱ってもいいのだ

「めんどくせえな」

チラリと目を通すと、拝啓から敬具まで通しで書かれた長い文がズラリと並んでいた

前略も中略も後略もないという容赦のなさだ

活字離れしていないタイプの清仁でなければ、めんどくさいの一言で済ませれないだろう

「うん・・・うん?」

いかにも不機嫌ですと言うような三白眼を細めながら読み進めると、大体の内容が見えてきた

話があるので今度の土曜の正午に貴方の家の近くのバイキングレストランで会いましょう

というお誘いだ

清仁は便箋を折り畳まずに数十に引き裂くと、ゴミ箱に放り込んだ

普通に怪しい

何もかもが怪しい

だが清仁は、誘いに乗ることにした

意味不明だからこそ、何かがあると踏んだ

踏んだものは地雷か小銭かわからなかったが、何もないはずはない

喜んで飛び込むことにしよう

 

 

 

 

 

約束の日

私服となった清仁は、自転車を漕ぎつつ周りを見渡した

安全確認というよりは、いや安全確認である

だがベクトルが違う

曲がり角から唐突に来る自動車ではなく、松井京二とやらの手先が己を監視しているか探している

今のところは見えない

杞憂かと思うと、引き締められた顔面が途端に弛緩する

だが、近くの電信柱に目を向けた瞬間、顔は再び険しい表情を形作った

「成程」

何もかもを納得したとき、目的地に辿り着いた

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

「あ、いいえ、連れがいるはずなんですが・・・」

従業員を片手で制すると、清仁は店舗を見回した

流石食べ放題の店だ、田舎の辺境でも昼時ともなれば席が一つ残らず埋まっている

見渡す限りの人と椅子とテーブルが、清仁の視界を支配する

「いた」

だが、目当ての人間はすぐに見つかった

ズカズカと歩み寄ると、清仁はスーツ姿の成人男性の目の前に立った

「やあ、君が志田清仁君だね」

「はじめましてと言うべきか、松井京二」

にこやかに話しかけてきた男の顔を見下ろしながら、清仁は吐き捨てるように言った

「いや、名前の後に県知事と付けるべきか?」

清仁が全く見ず知らずの松井をすぐに見付けられた理由

電信柱に、県のPRに勤しむ松井京二県知事の画像があったからだ

松井が清仁の住所や名前を知り得た理由も何となく見えた

県知事なら、県の市役所に理由を付けて周辺住民の情報を一部抜けるだろう

問題は、松井がどうやって清仁のことを知り得たのかだが、それもわかった

「清仁君、最近の若者は礼儀がなっていないとよく言われるないかい?」

「今から殺し合いをする人間に敬語を使う余裕なぞあるか」

お互いが怪人なら、その存在も認識し合える

あとはそれを辿るなりしてストーキングすれば一発だ

大概それは、死闘に直結するのだが

「さっさと始めようぜ」

 



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停戦協定

 

「さっさと始めようぜ」

睨む

視線には、自分の住む県の知事

だが、その男はもう人ではない

己と同じ、殺し合いが快楽の、人ならざる化け物なのだ

「どうせそのために呼んだんだろ」

清仁の目に殺気が宿った

だが、県知事松井は涼しい顔で受け流す

そして、一言言った

「そんなことのためじゃあない」

「何?」

「君を呼んだのは、そんな慌ただしいことのためじゃないんだ」

清仁の目が細まった

わざわざこうして呼び出して、それにお互いが怪人だと言うことを知っている

なのに戦闘以外の用件とは、なんなのか

目の前の男を睨み付ける

現役男子高校生の冷たい視線を浴びてもケロリとしている県知事は、そのまま捲し立てるように言葉を紡いだ

「とりあえず座ったらどうだい?」

「・・・あぁ」

松井の提案に大人しく従い、清仁は向かいの椅子に腰を下ろした

家族連れやカップルが、バイキングに群がりながら騒いでいた

その五月蝿い光景を全く無視し、人外二人が会話をする

「単刀直入に言おう、今後私を攻撃しないでほしい」

にこやかな笑みを浮かべながら、松井京二は言った

互いへの殺害衝動を強く持つ怪人らしからぬ発言だ

だが、理由は大体見えた

「欲望より周囲への奉仕を大切にできる人間か・・・なるほど」

いつのまにか店のスタッフが持ってきたお冷やをかっくらう

喉を、キンキンに冷えた飲料水が通る

「そういうことだ、なかなか洞察力があるね」

「そりゃ、建前だろうが?それに例の欲求を抑えてそんなことを求める理由も・・・」

「おっと、そこは流石に気付くか」

不機嫌そうな男子高校生は、うんざりしたような顔をした

もともと頭を使うのが苦手な清仁だ

こういう腹芸は、特技には入らない

とっとと話を切り上げることにする

「俺に得がない」

コップの中身を一気に飲み干して、清仁はドスの効いた声を発する

「今ここで貴様を殺してもいいんだぞ」

またも殺気のこもった目線を向ける

清仁にしてみれば、県知事だろうが総理大臣だろうが、怪人なら殺さない理由がないのだ

あの、満たさねば死んでしまう快楽を求めるためなら、殺し合いをもいとわない

「私もそう思ってね、これで勘弁してもらえないか」

県知事が紙包みを清仁の目の前に置いた

天井に設置された照明器具の光に、包み紙の向こう側が透けて見えた

学問のス〃メを執筆した偉人、故福沢諭吉氏の肖像画だ

「わかりやすいな、血税か?」

「いや、ポケットマネー」

「そうか」

ここで清仁の決意は揺らぎ始めた

厚さからして、数百万はあるだろう

だが、正直これで足りるほどあの欲求は抑えられるものではない

額でどうにかなるものではないのだ

顎に手を置いた清仁

悩んでいる彼の目の前に、紙のブロックがもう一個積まれた

「一千万ある」

もはやドン引きする清仁に、松井はさらにだめ押しを決めた

「これもついでだ」

「・・・寄越せ」

「他に何かいるのかい?」

「別の怪人の居場所だ、生きている奴の」

紙包み二つをリュックサックに押し込みながら、少年は呟く

動揺しているのが見てとれたが、大金の前に妥協を選んだのは明らかだった

「わかった、命には代えられないからね、この店から八キロ先の書店の・・・」

 

 

 

 

 

 

結局バイキングをご馳走になって、膨らんだ腹を揺らした

ついでにと渡された高めの売春店の割引券を財布に挟んでから、清仁は自転車に跨がった

「なんなんだ、あれは・・・」

狐につままれた感覚を味わいつつ、帰路を辿る

帰宅して最初にするべきことは、鞄の中の紙包みがちゃんとした現金か調べることだろう

松井京二

よくわからないが、何か考えている男だ

清仁が苦手な部類でもある

なまじ自分から害を与えてくる訳でもなく、しかし腹では何を考えているかわからない

これがいきなり殴りかかってくるヤンキー共なら、意気揚々と返り討ちにできるが、それもできない

「マジでなんなんだ」

ほぐされかけた警戒心を引き締め直し、清仁はペダルを踏み込んだ

 

 



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壊れた物は何だったか

 

知事と会い、帰宅し、昼寝をし、風呂に入り、晩飯を食べ、自慰をしてから眠る

 

次の日、清仁はファストフード店にいた

大して理由などない

いつも読んでいる作家の最新作が発売されたので本屋に立ち寄ったついでだ

昼食がまだだったので、テラスのあるハンバーガーショップで好きなだけ食うことにした

「ハンバーガー、ホットドッグ、フィッシュサンド、シーザーサラダ、コーンスープ、ホワイトポタージュ、オレンジジュース、ポテトM、苺ショートをそれぞれ一つずつ下さい・・・あ、ついでにテリヤキバーガーとソースハムカツサンドをテイクアウトで」

「はっ、ひゃい・・・かしこまりました!」

新人さんらしき店員に万札を突き出しながらそうのたまった目付きの悪い男性客は、他の人間から見たらどうなのだろう

そう思いながら、黒髪の男子高校生はトレイ二つを持ってテラスの空いたテーブルへ腰を降ろした

こう沢山注文したら、運ぶだけでもちょっとした労働だ

「いただきます」

まずジュースのカップに口を付けようとした

そのとき、一人の女性客と目が合った

「あっ」

「ん?」

清仁の背中から冷や汗が垂れる

まずい、一番食いっぷりを見られたくない人間だ

藤野美奈

志田清仁の想い人である

「志田くんじゃん、偶然だね!」

「あぁ、藤野さん・・・こ、こんにちは」

「こんにちは!」

まずい、明らかに山盛りのファストフードに視線が行っている

同性でもドン引きモノなのに、異性が見たらどう感じるだろう

少なくともそんな男と恋愛したくは無いだろう

清仁は思わずあたふたした

「えっとこれは・・・」

何か言い訳を考えようとしたそのとき、弱った獣の唸り声のようなサウンドが響いた

藤野の顔が真っ赤になった

「えっと、これは・・・」

今度は藤野がどもった

見れば、彼女のテーブルには何も置いていない

椅子の隣にはくたびれたスポーツバッグとラケット袋があり、部活帰りなのを感じさせる

逆に言えばそれ以外の荷物が、財布すら見当たらなかった

清仁は察した

「良かったらこれ、一緒に食べます?」

藤野美奈の顔に笑みが咲いた

「いいの?」

「はい、藤野さんが良ければ」

「ホントにっ!?ありがとう!なんかごめんね」

向こうの席から隣に座ってきた藤野

風に乗ってふわりと、嗅いだことのない匂いが清仁の鼻孔を撫でた

それは、同年代の女子の香りだった

「どれ食べていい?」

「好きなのをどうぞ、何でもいいですよ」

そう言われて跳ねるように喜んだ藤野の様子を見て、清仁の心臓はバクバク鳴った

「じゃあこれ!いただきまーすっ」

ハンバーガーの包み紙を捲りながら、好きな人がホットドッグの包み紙を捲るのを見る

清仁はささやかな幸せを感じた

もふもふとホットドッグにかぶり付く藤野を見ながら、清仁もハンバーガーを食べた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!来た!」

「えっ?」

藤野は唐突に大声を出した

驚きながらも、清仁が藤野の見ている方向へ振り向く

一台の小型車があった

窓から青年が顔を出している

「リョーくん遅いよ~!」

藤野はその青年に、気安く話しかけた

年上に、くん付けの、愛称呼びだ

清仁は察した

察してしまった

「あ、志田くんありがとうね!ごちそう様!」

「あ、ええ、どうも・・・」

ぎこちない笑顔を向けて、そう返した

爽やかな笑みを残して、藤野美奈は去った

車の中で、二人の男女が手を組んでいるのを、清仁は見た

ああ、そうか

兄弟という可能性も、これで潰えた

「・・・あぁ」

こうして、志田清仁の青い春は完全に砕けて消えた

あっさりと、消えた

淡い想いは、泡のように破れた

「そうか・・・そうだもんな」

わかっていた

わかっていたではないか

男は安い尻の女を捕らえるのに必死だ

女はとっとと純潔を散らすのに躍起だ

人間、そんなものだと

それがこの世の性常識だと

わかっていたはずなのに

「・・・何もないもんだなぁ」

悲しさも、怒りも、悔しさも、痛みもない

ただ、何も残らない

恋や愛もない

惚れた腫れたもない

志田清仁には何もない

隣のファストフードの山を見た

食う気には、なれなかった

 

 

 

 

 

 

帰り際、あの感覚が甦る

異形の者が近付いている

丁度良かった

清仁はそう思った

 

 

 

 

 

 

 

 



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衝動のままに


異形というのは恐ろしい
主人公を始めとした沢山の人々を変貌させてしまった
だが本人たちは喜んでいます
なぜなら、産まれてこれまで味わったことのない快感を得られるのだから



 

ファストフード店から自転車で五分

清仁の目の前には、殺風景な広場があった

立ち並ぶブナを除き、遊具もベンチも水飲み場もない

元々はこんな何も無い場所ではなかったのだろう

地面のへこみが、かつてこの公園に遊具があったのであろうことを物語っている

こんなつまらない場所に、人が来るわけもなく、そこには緑と赤のツートンカラーの化け物だけがいた

自転車を停めて鍵をかけ、清仁はそのまま指の骨を鳴らす動作をした

その体は既に、人のものではなくなっていた

黒い異形が走り出す

目標はたった一つ、視線の先のツートンカラー

肘を引き、拳を握り、走る

だが敵の方が早く行動を起こした

背中に回した腕から、何かを取り出した

それは礫だった

清仁の鼻っ面に小石がめり込む

頭部に強い衝撃を受け、黒い異形はもんどりうって倒れた 肘、肩、腰の順で地面に触れる

そこへ、腕をしならせた怪人が、石を投げつける

肘で地面を押して、清仁は転がった 頭すれすれのところへ岩石の弾丸が撃ち込まれる

地面に突き刺さる石

うつ伏せになった所で両手を地面に着け、起き上がる 脚を回して視界に敵を捉え、走る

反撃の時間だ

相手はもう一度小石を投げつけるつもりだ

その前に敵に近付く必要がある

黒い異形は脚を折り曲げた 関節が曲がる 腰を落とす

刹那の間、清仁は脚に力を込めた 大地を蹴って立ち幅跳び

風を切って敵へ突っ込む

石を握っていたツートンの怪人の鼻先へ、一瞬で到達する

無げのフォームへ入っていた敵の腕を掴む

これで動きは封じた

頭を大きく後ろへ引き、目の前の鼻っ面に額を叩き付ける

人生初の頭突きはうまくいかず、多少意識がクラクラした

よろけた相手の腹に足裏を捩じ込み、押し込むようにして蹴る

背中から倒れ込んだ敵を見下ろして、清仁は背中の剣を引き抜いた

ゲルブレードスラッシャーを使うつもりだったが、やめた

体液を噴射するあの技は、相手が弱りきっていないタイミングで使い仕留め損なった場合の危険性も高い

ならば、体液を固めてハンマー状にし、噴射せずにいればどうか

ゲルブレードの先端に球体が現れた それは全体に棘が付いていた それは黒の怪人の頭部より巨大だった

そしてゲルブレードに、ハンマーの頭が付いた ゲルブレードクラッシャーと名付けることにした

倒れた敵が起き上がる 膝を伸ばして立ち上がらんとするツートンカラーの異形に対して、清仁はゲルブレードクラッシャーを振り上げた

敵が一瞬固まった ハンマーで殴られるとは思っていなかったのだろう 想定外の事態に呆けてしまったのだろう

それが隙だった

球体は勢いよく降り下ろされる

ぐしゃり、とハンマーがめり込む

ぶん殴られた異形が両手で頭部を押さえて後退りした 透明の液体が滴る

黒い怪人がさらにハンマーを振った 地面に落とした球体を横に構え、全身を使ってスイングする

横殴りを食らったツートンカラーの怪人が、横たわって動かなくなった

その直後、爆発が起き、清仁の目の前に火柱があがった

 

 

 

 

 

変身を解除した清仁は、自転車のサドルに跨がった 晴れやかな気分だった

異形たちはとある欲望に苦しめられている

怪人と戦えば、その苦しさは一時的にだが無くなる

つまりこの異形同士の戦いが、清仁をはじめとした怪人達を狂わせていた

いや、もともと人は狂った生き物なのかもしれない

異形でない普通の人間たちが、自然を文字通り根こそぎ破壊し、同族同士で積極的に殺し合い、自らの母星である地球を破壊できるところまで来た

生き物として狂っている

今さら欲望が増えたってなんの問題もない

むしろ、戦いの後のこの爽快感は、何物をも寄せ付けない

たとえ失恋であっても

清仁は自転車の籠からハンバーガーの包みを引っ張り出した

歯で破き、かぶりつく

冷めていた

それがどうしたのか

「うめぇ」

殺し合いの後の飯は最高だ

清仁の頭から、藤野美奈への想いは消えていた

 

 

 





いよいよ本作も後半に差し掛かってきました


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恐れの感情

 

もしゃもしゃとハンバーガーを貪る清仁

自転車を漕がず、その場で食っている

こんな最高の気分の時に片手運転で事故を起こしたら最悪だ

だから今食べきってしまう

「・・・志田・・・?」

「ん?」

呼ばれた気がした

殺風景な公園を囲むように生えている街路樹、その一本

「青島!?」

友人の青島が、いた

「・・・お前、あれ、お前なのか?さっきのが?」

青島は、ショックを受けているようだ

目を見開いて、清仁を指差している

「お前なのか?あの、怪物が?」

「あ、青山・・・?落ち着け、俺は・・・」

あれ、さっきの、怪物

清仁は、青山が何を言っているのか理解した

見られた

「あれが・・・どうしてお前が・・・?」

怪人と化した清仁が、別の怪人を惨殺するところを、見られたのだ

「うぁ、あっ」

もし目の前の友人が、警察かどこかにこのことを言いふらしたら

いや、警察以外でも、他の人間に広めたらどうなってしまうのだろう

確かに清仁は、今の世の中に不満を持っている

だがこれ以下になってくれとは思っていない

「どうやって、お前・・・どこで、え?いったいどこで、その姿に・・・どうして?なぜ?」

青島の質問に、清仁は答えられなかった

ペダルを思い切り踏みつけた

一刻も早くこの場から逃げたかった

「あ、待て!志田、教えろ!志田ぁーっ!」

後ろから青島の声が聞こえる

無視した

偶然にも、松井県知事が見えた

無視した

駐車場で停めた車の中でふざけ合うカップル

無視した

無視した

無視した

無視した

そして家の目の前に来た

自転車を停め、玄関から転がり込み、一目散に自分の部屋へ

ベッドへ潜り込み、雷に怯える子供のように布団を頭から被った

そして震えた

「あ・・・あぁっ・・・あ"ーッ!」

自分の社会生活が、脅かされようとしている

異形に変身できることについては、問題ないだろう

だが清仁は、今まで沢山異形を殺している

異形と化した人間を

そう、人間を殺している

我慢しきれずに無数の一般人の前で戦ったこともあった

そんな黒い異形と清仁がイコールであると世の中に知れたら?

警察沙汰では済むまい

「う"ぁああああッ!!」

震える

涙を流す

鼻水が垂れる

言い様のない恐怖、周りの全てに圧迫されているような感覚

心臓が締め付けられ、喉が急速に乾き、脂汗が絶え間なく流れ出す

動悸が激しくなる

「ウブッ・・・オゲロォオッ!オボォッ!」

吐瀉物が溢れだした

体の震えが止まらない

頭のなかにはたった一つ

俺はこの世界で生きていけるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、焦点の定まっていない目で学校へ行った

誰も清仁を化け物と呼ばない

警察から家へ電話も来ない

おかしいことは何もない

だが、たった一つの変化はあった

青島だ

青島は欠席していた

 



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見知った敵

 

今日も放課後が終わった

そう、今日もである

正体を青島に知られても、身の周りを含めた世間は全くと言っていいほど変化はなかった

自身の社会的立場が崩壊することを恐れた清仁は、神経質に周囲を観察した

だが、青島が欠席したこと以外は学校になんの変化もない

登下校の時に通る通学路も、相変わらずくすんだアスファルトと通り過ぎる一般人があった

つまり、清仁の周囲の世界は、清仁を怪人だと認識していないのだ

つまり青島は、清仁が怪人だと言いふらしたりしていないのだ

今日学校を休んだのも、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない

 

 

 

前カゴに教科書などを詰めたリュックサックを突っ込んで、仏頂面の男子学生が自転車のペダルに足をかけた

「よっ、こい・・・せっ」

志田清仁である

彼はこの変わりない学生生活に安堵していた

誰も清仁が異形の怪人であることを認知していないと、わかったからだ

いかに最低かつ卑劣かつ凶悪かつクソッタレなスチューデントライフといえども、怪人として扱われて最悪害獣のように社会に抹殺されるよりかはマシなのだ

だが、一つ不安は残っていた

清仁唯一の友人である、青島のことだ

清仁が怪人であることを知ってしまった一般の人間は、彼だけである

青島の行動次第で、志田清仁の社会生活の存亡が別れるのだ

それを考えると、自然と寒気がした

この日青島は学校を休んだが、一刻も早く青島をなんとかしておく必要がある

どうするかまでは、考えていなかったが

「うんっ?」

考え事をしながらペダルを踏んでいると、目の前に人影があるのを見た

それこそが、現在の悩みの種である、青島だった

「青島?」

ブレーキをかける

青いシャツに茶色いジーンズを履いた青島

学校に行く様子ではない、完全な私服姿だ

「お前どうしたこんなところで・・・今日、学校あったんだぜ?サボってたのか?」

震えた声で話しかける清仁

だが友人は、低い声で口を開いた

「志田、ごまかすのはいいよ」

「ぬ・・・」

青島の様子がおかしい

そう感じた次の瞬間、青島の姿が変わった

「松井さんの言う通りだった、こんなに力が涌き出るなんて」

柔らかそうな皮膚は強固な外骨格へ

衣服は消え、表面には鮮やかな銅色

清仁よりよほど整った顔立ちは、醜い化け物のそれへと変化した

両腰に二振りの太刀

握り拳も、堅い表皮に覆われていた

「お前、それは」

見間違えるはずがない

それは紛れもなく、怪人だった

「俺は力を手に入れたんだ・・・強い、強い力を!」

怪人がくぐもった声を出す

「手始めに、死ねよ志田」

銅色の怪人が拳を握った

人間の清仁の目には止まらぬほどの速さで、距離を詰めてくる 目前に迫り来る指の第二関節

「・・・ッ!」

そして清仁もまた、その姿を異形に変えた

瞬間、脳天が揺れるような衝撃

殴られたのだ

後ろに二歩下がる、黒い異形

いきなり襲いかかってきた友人に対し、清仁はたじろいだ

がつっと音がした 耳の後ろから聞こえた 後頭部に、再びの衝撃

そんな馬鹿な グラグラに揺さぶられる脳味噌で、清仁は必死に考えた

青島が変身した怪人は、すぐ目の前にいる

なら、後ろから攻撃してきたのは誰だ

振り向くまでもなく、別の怪人だろう

そういえば、と清仁は考えた ここは松井に会ったバイキングレストランから八キロ先の書店の近くだった

そして青島は、変身した直後に松井の名前を出した

同じ名前の人物がいる可能性もあった しかし、一番最悪な答えが、この場合一番正解に近いのだろう

松井は青島を焚き付け、ついでに他の怪人とタッグを組ませ、俺を確実に葬るつもりだ、と

 

 



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土砂降りと血戦と

 

白っぽく変色したアスファルトに、黒い水玉が一つ、二つ

それが何度も何度も続き、その度に天から水滴が滴ってくる

雲が空を灰色に埋め尽くした 雨は地上にあるものを濡らしていく

殴り合う三つの影も、例外ではない

黒い影が左腕を振るった 斑模様の異形の顔面に、裏拳がめり込んだ

倒れる異形 濡れ始めた地面に転がる

銅色の影が躍りかかる 青島は右アッパーを繰り出した

黒い影が受け流す 清仁は左掌でその拳を弾き、あらぬ方向へ逸らした

銅色の異形はバランスを崩すことなく、蹴りを打つ 風を切った足刀が黒い怪人の頭を打った 問答無用のハイキックである

よろめいたところへ、もう一発打つべく青島が足を踏み締めた

しなる左足 キックがもう一度放たれる

だが清仁はそれを見切った 青島の足の到達予測地点へ両手を持っていき、掴む そして振り回す

ジャイアントスイングだ ぐるぐると回転がかけられる

回転の速度が限界まで上がったとき、清仁は手を放した 遠心力と腕力とで、銅色の異形が放物線を描いて飛んでいく

びしゃり 着地点のアスファルトで、水溜まりにもなっていない濡れ地が弾けた

三半規管の大暴走に、黒い怪人はふらつく

その腰へ、斑の怪人が飛びかかった アメフトを彷彿とさせる見事なタックル この怪人は、変身する前はスポーツをやっていたのかもしれない

派手に転んだ清仁へ、敵は馬乗りになる 拳を引いて、一発 顔の真ん中へパンチが当たる

両手で乗っかっている相手を突き飛ばし、すぐさま起き上がろうとする清仁

そこへ、銅の怪人の飛び膝蹴りが直撃した 脇腹に折り曲げられた膝が突き刺さる 再びダウン

そのままマウントポジションを取ると直感した清仁だったが、予想は裏切られた

銅色の異形は、腰に提げた二本の刀を引き抜いた それは管のようなもので本体と繋がっていた

その管が、脈打つ まるで刀に液体を送り込むように 清仁にはその現象に見覚えがあった

青島の持つ刀が両方とも横に割れる そこから溢れ出すのは、怪人の体液 凄まじい勢いで吹き出すそれは、ダイヤモンドカッターに使えそうだ

試し切りとばかりに、銅の怪人のすぐ隣の道路標識に、液体の刃が振られた

金属製の細い支柱がいとも簡単に断たれ、雨粒に濡れた右折禁止の文字がアスファルトへ落っこちた 落下したときに、耳を押さえたくなるような騒音が鳴った

それに目もくれず、銅色の怪人が刀を両手に突撃してくる

清仁は背後に一瞥をくれた

斑模様の異形が、すぐ近くで拳を振り抜こうとしている

体の向きを反転 伸びてきた腕を掴む そして力任せに放り投げる

ぶん投げられた斑の怪人 だが銅色の怪人は、飛んできたそれに左の刀を振り下ろした

斬り付けられた斑の異形は、真っ二つに別れてアスファルトに落ちた 一瞬の後、斑模様の怪人は、粉々に爆散した

爆炎を背に、銅色の怪人が右手の刀を振ってくる 黒い異形は横薙ぎの攻撃を前転でかわした

踵の一部が、すぱっと飛んだ まるで人参のへたのように斬り飛ばされたのだ

前転を終えて起き上がると同時に、背中のゲルブレードを抜き放つ そのまま両手に握り、構えた

うなじから延びた管が、ゲルブレードに体液を送り込む 刃が横に割れた そして、半透明の液体の刃が、ゲルブレードから吹き出す 黒い異形の必殺技、ゲルブレードスラッシャー

噴出する液体の剣を、黒い怪人が振った

噴出する液体の刀を、銅色の怪人も振った

それぞれの刃がそれぞれの得物を捉え、双方が半ばから切断された

だが青島には、もう片方のゲルブレードがある しかも、まだたっぷりと体液を吐き出したままのものが

ゲルブレードスラッシャーを二本同時に扱い、なおかつ体液を長時間吐き出させ続けるのは、清仁にはできない あの技はそれほどの消耗がある

そういえば 清仁思い出す

そういえば青島は、腕っぷしと身長を除けば、全てにおいて落ちこぼれの清仁よりも優秀なのだった

無論、持久力も

そして今、この戦いにおいて、怪人となった今は戦闘能力の差は著しく狭まっている 残る清仁のアドバンテージである体格差も、一撃必殺のゲルブレードの前では当たり判定を大きくするものでしかない

どうすれば勝てる?

清仁には、青島のゲルブレードスラッシャーに対抗する術がない

ならば、作るしかない

青島が刀を横に振った 清仁は跳んだ

足裏ギリギリのところを、液体の刃が通り過ぎた

清仁は、刃を出す刀を、刀自体を踏んだ

怪人の腕力なら、自分の持つ刀に別の怪人が乗っかっても、そのまま保持できる

そして清仁は、刀の上で、もう一度跳んだ

先程斬り飛ばされた踵は、孫の手状の器官に変化した 先端が、膝裏から足裏の先へと移動する

ゲルブレードの上で跳躍した黒い影は、新しい器官が生えた片足を敵に向けて、飛び込んだ

志田清仁渾身の飛び蹴りは、その足に生えた孫の手状の器官は、上手いこと銅色の怪人の頭部へ命中した

高圧電流が青島を駆け巡る 降り始めなので、雨水に電気が流れていってしまうことは、なかった

ブロークンサンダーのキック版 それをマトモに食らい、銅色の怪人は大きく吹っ飛ばされた

背中からアスファルトに叩き付けられ、青島は怪人の姿から戻った

清仁も、黒い異形から元の姿に、戻った

 



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ロンリー・ロンリー・ロンリー

 

仰向けに転がる友人の所へ、清仁はゆっくりと近付いた

恐る恐る、といった風情だった

雨粒が二人の体を湿らせる

もう少しで本降りになるかと思われた、その時

青島が口を開いた

「・・・なんでだよ・・・」

ぎょっとして青島の方を凝視する

青島も、清仁の方を、憎たらしげに睨み付けていた

「どうしてお前みたいな屑が・・・そんな力を持ってんだよ」

青島の声が、怒りを含んだものに変わっていく

「勉強もできねえくせに!女にもモテねえくせに!運動もできねえくせに!面白い話もできねえくせに!」

理解できないことへの苛立ちがにじみ出ている

「どうして俺がお前に負けんだよ!おかしいだろ、俺の方がテメェの何倍も優秀なのによ?なんでだよ!」

罵倒の声は収まる様子を見せない

青島は寝転がったまま、口角から泡を飛ばして清仁に叫び続けた

「いつもお前の陰口のネタ探してんのに調子づいて馴れ馴れしくしちゃってバカじゃねえの!?誰がテメェと友達付き合いするかよ!」

整った顔は表情のせいで崩れ、ただただ醜い

「死ねよ糞!死ね!クラスの害悪!消えろ!死んで俺達に償えよ!お前がいると学校が辛気くせぇんだよ!」

ここに、清仁は友人と思っていた唯一の男の正体を知った

姿を変えた

手近にあったものを拾い上げる

「お・・・おいテメェ、志田・・・何するつもりだ、糞野郎の分際で俺を・・・」

もう何も聞きたくはなかった

青島広人の胸部へ、何かが突っ込まれた

彼自身が戦闘中に切断した、交通標識である

鋭い角度の切断面は、容易く心臓を貫いた

パクパクと口を開閉した後、友人でも何でもなかった男は、動かなくなった

唐突にその体が爆発した

もうもうと立ち上る煙

火も少しあったが、雨があっという間に消してくれるだろう

 

 

 

 

 

 

志田清仁にも家族はいた

学生の癖に努力しない彼を毎日なじる家族が

そんな人間の庇護下にあって、清仁にはストレスが溜まっていた

いつも何かする度に小言を言ってくる家族を、清仁はもっとも身近な敵と認識していた

学校に行っても、彼を侮辱する人間ばかり

唯一の友人と思った男は、本当は友人とも言えないような男だった

もっとも、あっさりと青島を殺害した辺り、清仁自身、深層心理では奴を認めてはいなかった

教師でさえ、彼の成績に見切りを付けていた

清仁が進級できたことが、彼らの教師生活の最大の疑問とすら裏で言われる

アウトドアな方ではない清仁に、外で知り合いを作る術もなく

親戚とは、そもそも喋らない

そうだ

志田清仁は、一人ぼっちだった

 

 

 

 

 

黒い異形は歩き去った

次に殺すのは、たった一人

 

 



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アメイジング・バトル


こいついつも戦ってんな



 

県内有数の高層マンション

天高くそびえ立つ住宅

その下には、住民が使う公園や駐車場が広がる

誰もいない寂しげな雰囲気の広場に、男二人

片方はスーツを着ていた

不適な笑みを浮かべている

もう片方は黒いジャンパーを着ていた

怒りを瞳に宿している

スーツの男、松井京二が口を開いた

「来るとは思ったが・・・」

その顔を、ジャンパーの男が鋭く睨み付ける

「だから彼らを焚き付けたんだがな」

「ほざいてろ」

松井に憤怒の形相を向け、志田清仁は吠える

「殺す気なのは知っていた・・・なんで直接来なかった?」

松井の口角が吊り上がる

その視線には、僅かな侮蔑の色がある

昔からいじめの対象となっていた清仁は、それに敏感だった

敏感になってしまったと、言うべきか

「志田君、君は、どれくらいのペースで異形と戦う?」

「・・・少なくて月に一度、多くて週に一度」

「やはりか」

清仁の返答に、松井は返答を重ねる

「だから、汚い手を使ってでも君を葬ろうとしたわけだ」

「何?」

清仁は眉をひそめる

こいつは何を言っているんだ、というような疑問の気持ち

それに気付いたか、松井は続けた

「この県に、異形はもういない・・・なぜだと思う?」

「互いに殺しあっているんだ、すぐにいなくなって当然だろう」

「違う」

「は?」

意味がわからないというふうな清仁の目を見据えて、松井県知事は言い放った

「君が粗方殺し尽くしたからだ」

「何を・・・」

「異形の者達は東京のとある駅にある奇妙な石に触れたことであの姿を手にした」

清仁の一言をまたも無視して、松井は続ける

「だが、あの石に触れたあとは勝手に行動ができる、つまり・・・この田舎には異形が留まりにくく、そして」

「・・・なんだってんだ」

「ただでさえ少ない怪人を、清仁君、君がハイペースで倒していったから、ここにはもう異形がいない」

喋り終えると同時に、清仁の目の前の男はその姿を変える

趣味の悪い黄金の怪人だった

陽に煌めく表皮が、ただただ頭に来る

「君は異常だ」

 

 

 

 

 

清仁は考える

最初、自分はこの男を殺すためにここに来た

異形として戦うためでもあったが、別の理由があった

清仁は松井に対し怒りを持っていた

松井京二は、青島を唆し、怪人に変化させ、清仁を襲わせた

さらに、別の地点にいる怪人にも声をかけ、二体の怪人で清仁を始末しようとした

結果的にそれは失敗に終わったが、問題は以前の松井の行動だった

奴は清仁と停戦協定のようなものを結んでいた

それなのに、あのような行為を行ってきた

だが、冷静に考えれば、怒るような理不尽はない

青島は、異形の力に憧れて自分の意思で怪人となった

その本性を現し、清仁にトドメを刺された

もう一人の方もそうだ

遅かれ早かれ彼と清仁は戦っていただろう

停戦協定が破られたのも、清仁の危険性を松井が重く見たからだ

週一ペースで殺人を繰り返す男など、県知事としてはなんとしても排除したいだろう

それにそもそも、松井はかなり怪しかった

裏切りを予測できなかった自分の方にこそ非がありそうだ

では、なぜ自分は怒っているのか

これでは、理不尽なのは、自分の方ではないか

 

 

 

 

 

 

そこまで考えを巡らせようとして、清仁はあることを思い出した

今は、戦闘が始まっていることに

地面から蔦のような物が現れる アスファルトを突き破って出てきた伸縮性のそれは、清仁の首に巻き付いてきた

そのまま力強く締め付けてくる

清仁はその姿を変えた

皮膚は外骨格へ 顔は恐ろしげな人外のそれへ トゲと背中の剣が生え、日焼けの少ない体色は、濁りのない黒へ

変身を遂げた清仁は、体に力を感じた このくだらない肉体から、別の力強い何かへと変わりたい この力には、彼の願望がこもっている

首に巻き付く触手を掴む 全握力でもってそれを握り締める

戦闘が、本格的に始まった

 

 



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飛び道具

 

戦闘が始まった とはいっても状況は最悪である

松井の変身した黄金の怪人は、両手から出した触手で清仁の首を締め上げてくる

幾重にも巻かれた、こちらもやはり黄金に輝く触手は、黒い怪人の首にしっかり巻き付き、けして離そうとしない

絞殺される

清仁はそれぞれの触手を掴み、握り締めた だが何人もの怪人を葬った黒い怪人の膂力をもってしても、触手はびくともしない

今度は片方の触手を両手で掴んで、引き千切ろうと試みる 左腕を相手側に、右手は手前側に

しっかり握って引っ張る

しかし効果はなかった 怪人の触手はギシギシと蠢くだけで、切れる気配は全くない

ならば、と、黒い怪人は背中に手を回した 引き抜いたのは、刃がない一本の片刃剣

ゲルブレードスラッシャーで切断する腹積もりである

剣を振り上げた だが、その手に触手が絡み付く

片手から一本ずつ出していると、いつ錯覚したのか 人体にはない器官の触手だと思った だがそれは、大いな間違い

松井は、両手十本の指全てを、伸縮自在にできるのだ それが奴の異形の力

やや離れたところから首を絞めてきたので、手を確認する余裕はなかった

肩、腹、腰、足

次々と触手が、清仁の体を締め上げてくる

ゲルブレードを持つ右腕は捕まえられてしまった この触手を切断する術はない

そしてそうしている間にも、喉に敵の指が食い込んでくる 伸ばされた指が、絞殺を狙っている

酸素を摂取できなくなった 呼吸が止まり、視界が妙になる

苦しい 息苦しい

あと一歩、松井が力を込めれば、清仁はたちまちのうちに死んでしまう

せめて相手が殴れる距離にいれば、この状況もなんとかなるのに

なまじ伸ばされた触手は、完全に清仁の身動きを止めた

いや、左腕はどうにか動く 左手に触手は絡んでいない

動かせる

だが、相手は遠くにいる 殴ることはできない

なら遠くに攻撃を届かせるしかない

清仁は、左腕に意識を集中した

首を絞められていくことも忘れ、身体中を縛り上げられていることを忘れ、ひたすらに左腕に意識を向けた

 

来た

 

そう認識したその時、黒い異形の腕に付いた孫の手状の器官が、先端を前方へ向けた

展開されたそれは曲がった先っぽを、また曲げる

先端が尖端となるように、曲がる

黒い怪人は器官を黄金の敵に向けた

ブロークンサンダーのように電気を纏い、尖端が体液の奔流に乗り、飛ぶ

何メートルも先の相手へ、飛ぶ

孫の手状の器官は槍となり、松井の胸部に突き刺さった

もがく黄金の敵

片腕分の触手を指に戻して、突き刺さった槍を掴む

予想だにしなかった反撃に動揺し、予想だにそなかった激痛に慌てて、もう片方の手から伸びる触手の力が、大幅に衰えた

清仁は身体中に伸びた怪人の触手を振り払う

今度は右手の器官を変形させる

松井は胸の槍を抜くのに必死だった 避けられそうもないだろう

右腕を向け、槍を打つ

放った一撃は遠距離にいる黄金の怪人の額を、いとも簡単に穿った 刺さった衝撃で頭部が吹っ飛び、その頭部にくっついている首から下も跳ねて、最後に足が揺れた

そして、爆発

松井県知事の肉体は、異形のまま粉々となり、チリも残らず消えて無くなった

黒い怪人はそれをじっと見届ける

大きく息を吸った

数十秒ぶりの酸素は、これ以上なく旨い

大きく息を吐いた

数十秒ぶりに出ていく二酸化炭素は、名残惜しそうであった

黒い怪人は上を向く

女性と子供が、こちらを見ていた

信じられないものを見たような目で

そういえば、松井はこのマンションの十階に住んでいた

彼女たちがいるのも十階だった

興味もない

黒い異形は、常人には不可能な俊敏さで去った

 



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旅立ち


いよいよ終盤です



 

財布よし

金よし

リュックサックよし

地図よし

携帯はいらない

充電器も

家の鍵もいらない

一応ペンとノートを持とう

二冊のライトノベルも持っていこう

あとは買えばいい

死んだ男から貰った金で

 

 

 

 

午前四時

朝昼夜とは比べ物にならないほど静かな時間帯

一人の男が、家の扉を開けた

黒い短髪、暗い眼光、三白眼

まあまあ老けた面構えは、岩のような無表情であった

志田清仁

それがこの男の名だ

ただ今彼のしようとするところは一つ、家出だ

望んだことではない

そうしなければいけないからだ

清仁はある日、異形の力を手にした

それは、同じように異形の力を手にした者達と殺し合いするための力だった

異形との戦いを定期的に行わなければ、欲望や渇望が生まれ、その者の精神を蝕む

よって、彼らはお互いに戦い、殺し合う

そこに一切の例外はない

清仁はこの異形の力を歓迎していた

実際に、この異形達の習性に従い、幾人もの人間を無惨に葬ってきた

しかし今回の家出のきっかけは、それの罪滅ぼしだとか、周りの人間を巻き込まないためだとかという理由ではない

異形が、彼の周囲から消えてしまったからだ

清仁は生来人一倍欲望などが強い

飯は多量に食い、昼間も眠りこける

暇があって人の目が無ければ頻繁に自慰にふけり、様々なものに目が眩む

異形による戦闘欲求も高く、自分の住んでいる都道府県の異形は全て殺し尽くしてしまった

だが、戦闘欲求は収まらない

ひたすらに、清仁に異形同士での闘いをするように命じる

清仁はそれに応えることにした

自らの故郷を捨て、隣の県へ旅立つことにした

異形と戦い続けられる土地が良いということで、首都東京をチョイスした

あそこには、普通の人間を呼び込んで異形と化させる『石』があり、田舎の県よりか異形が出やすいだろう

それに元々人口密度が高いので、異形がいる確率も高い

幸いにも、清仁の故郷は東京の隣の県だ

今回の旅にはもってこいだ

移動手段は歩きだ

こんな旅に出るのなら、なるべく脚の着かない移動手段がいい

異形などの事情を他人に一切口外しない清仁は、家族を含めた一切に自分の足取りを知られたくなかった

それに、殺し合いをするために旅立つのだ

家になど、帰れるはずもない

 

 

簡単な遺書は書いた

バイト先は辞めた

学校は今は冬休み

絶好の家出日和だ

こんな季節なので、陽はいまだ昇らず

しかし流石に夜は白けてくる

清仁は歩き出した

未だ見ぬ、未来へ

 

 

 

 

何時間歩いただろうか

脚がミシミシと音を立てる

視線を上げれば、看板があった

県境、東京まで三キロメートル

 



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敵を求めて三千里

 

空を見上げる

夜中に出てきた時は暗天が広がっていたが、現在空はすっかり明るい

夜明けが終わったことがわかった

寒さに体を震わせる

歩き始めてもう三時間はする

既に東京への県境は越えていて、視線を巡らせれば高層ビルがいくつも見えた

ここが東京

日本の首都である

二十三区のどこだろうと考えた

だが、すぐにやめた

清仁には、慣れない土地の一部分の名前を覚えられるほどの記憶力はない

今来た道すら覚えきれていないのだ

わかろうはずもない

歩道のガードレールが朝日を反射する

枯れ落ちた木の葉は風に巻かれてダンスする

季節は冬だ

指先と爪先はかじかみ、吐く息は白い

歩く道には、沢山の他人

疲れたような虚ろな目で歩いている

今来た道すら覚えていない

つまり、もう帰れない

いずれ野垂れ死ぬのが決まっていた

だが、怪人と戦えぬまま狂い死ぬよりかは良い

そのために、わざわざこんなところに来たのだ

歩きながら深呼吸一つ

最早足は凝り固まっており、木の棒のように突っ張っている

このまま進んでも脚部を駄目にするだけである

どこか休める場所はないかと視線を巡らす

が、大方の飲食店はこんな朝早くから営業していないようで、かすれた鉄色のシャッターが塞いでいる

コンビニでは休めない

その他の店には、そもそも入る気がない

「・・・んっ?」

ふと振り向くと、営業中を示す看板が見えた

気付かず通りすぎてしまったらしい

「・・・ふむ」

ラーメン屋だ

錆びた扉が目につくが、鼻につくスープの香りは悪くない

財布の中は諭吉で満杯だ、このような店なら痛くも痒くもないだろう

意を決して、清仁は扉を開けた

 

 

 

 

 

ガラガラと入り口を閉じると、出迎えたのは想像以上の賑やかさだった

見回すと、何人か見たことのある顔がある

芸能人だ

「いらっしゃい」

しゃがれ声が来店の挨拶をしてくれる

白い調理衣と調理帽

ラーメン屋の親父らしい服装だった

「朝から・・・芸能人・・・?」

ボソボソと呟く清仁

調理師が声をかける

「自慢じゃないですがテレビで『穴場の名店』と広められちまいましてね、朝からやってっから行列に並びたがらないお客様も来るんです」

威圧的な声で疑問を全て答えられてしまう

酸いも甘いも嘗めたのであろう険しい表情に気圧されて、清仁はメニューを開いた

「醤油ひとつ」

「あい、毎度」

ラーメンは十数分後に出てきた

朝からはキツい分量ではあったが、寒い季節に冷えた体によく沁みる

コクのあるスープを飲み干した後、清仁は代金を払って出た

 

 

 

 

 

ラーメン屋から出た後、清仁は振り向いた

いた

チャーシューを頬張るサラリーマン

向こうもこちらを見た

だが、清仁も相手も少し待った

最後の晩餐ならぬ、最期の朝食だ

青空を見上げて清仁はラーメン臭い呼吸を吐いた

歩いた甲斐は、あっただろうか

そう思った直後、サラリーマンが店の戸を開けた

 



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味わうモノ

 

ビルの屋上へ駆け上がる影

片方は黒 もう片方は縞模様をしていた

二つの人影は、ほぼ同時に屋上の広場へと降り立つ

ストライプの異形が左手を握った 開いた手、禍々しく伸びた鉤爪が生えていた

黒い怪人が、爪を振りかぶる敵に身構えた

数歩進んで爪を振り下ろすストライプ

真上からの振り下ろし、黒は半身を後ろにやってかわす 右から左への素早いブロー、屈んで避ける 斜め下からの打ち上げ、後ろに倒れるようにして回避する

渾身の攻撃を次々と空振りにしたシマシマ怪人は、距離を取るように後退りした

黒い異形も、倒れたそのままバク転で姿勢を直す 着地した足の下で、アスファルトが少し割れた

黒は跳んだ 朝日の中に飛び込んだ

太陽を背にし、敵に向かって片足を伸ばす 敵を目で追ったら縞模様は、太陽光線に目を焼くことになる

一瞬の失明 それは飛び蹴りの直撃に充分であった

縞模様の腹部にめり込む踵 質量に抗えず、ストライプの怪人は転げた

黒い怪人が着地する アスファルトにヒビが入る

爪を振り上げて、ストライプの異形は立ち上がる いよいよ本気を出したか、素早い動作で黒に肉薄する

振るわれた爪が、外骨格を削った 半透明の液体が傷痕からこぼれ落ちる

このまま削り殺してやろうとストライプの怪人がまた爪を振り下ろした 黒い異形は腕でそれを受けとめた

ブロークンサンダーに使う器官が切断された やはり、半透明の液体が溢れる

黒い怪人は傷にも構わず、ストライプの顔面に拳を叩き付けた 衝撃で吹き飛ぶ異形 アスファルトにぶつかり跳ね飛ぶ異形

またも起き上がることになったストライプが見たのは、先程斬ってやった敵の器官が、蠢くように生えた光景であった

ブロークンサンダーの器官を再生させた清仁は、刺々しく生まれ変わったそれを敵に向けた 器官がバチバチと音を立て、放電を始める

六本目の指で指差すように、縞模様の敵へ向けられた器官 放電がさらに大きくなった瞬間、それは敵へ放たれた

ブロークンサンダーの飛び道具版としてシューティングサンダーと名付けたこの技は、難敵の県知事を一撃のもと葬った技だ

一介のサラリーマンに耐えられるわけもない

頭部を何かが通り抜け、縞模様の異形は屋上から転落した

空中で、炎の華が咲いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旨いラーメンが食えた

来て早々戦いができた

ここはなんて良い場所だろう

さすが日本の首都だ

清仁がいたあそことはわけが違う

惜しむらくは住めなかったことか

こんな豊かな地で、豊かな場所で生まれていれば

豊かに暮らせていれば

どうしようもないことを無視して、清仁は歩き出す

もう警察や消防が来た

旅に戻ろう

 

 



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暫しの安らぎ

 

ラーメン屋から歩いて数十分

大きなホテルを迂回して少し歩いたところに、薄いクリーム色の建物が見えた

建物の塗装が黄色系統だったのかコンクリートの変色かはわからなかった

色はともかく、看板には宿泊施設の文字と、営業中を強調されたネオン標識

だが、そこは随分と寂れているように見える

素人目でもそうなのだから、目の肥えた人間にはとても汚い場所に写るだろう

もっともビジネスホテルや高級宿などの良い場所を選んだ場合、失踪した未成年とバレた時のリスクが高い

余裕のある店は、面倒事を抱えている客を排除するのに躊躇がないものだ

逆に客に餓えた宿屋なら、金を払って大人しくしていればまあまあ安全だろう

清仁は財布を取り出して、店の暖簾をくぐった

 

 

 

 

 

 

灯油ストーブの起動を待ちながら、清仁は布団を引っ張り出した

所持金を確認し、現在位置を把握する

風呂上がりに買ったミックスジュースのパックにストローを刺し、敷き布団の上に腰を降ろした

田舎から東京に来たからといって、清仁は別に観光するためにわざわざ足を運んだのではない

やることはひとつ、異形を見付けて殺し合いをすることだけ

清仁は東京にある使われていない駅ホームで怪人になる力を得た

同じプロセスで怪人が生まれるのだとしたら、東京にはうじゃうじゃと怪人がいるに違いない

そもそも人口密度が高い分、割合からして数も多いはずだ

来た甲斐はあるといいが

「・・・ふーっ」

ミックスジュースを一口啜り、ため息をついて窓を見る

幸いにも、雪は降らない

スニーカー一丁しかない清仁には、積雪を踏み越えるのは難しい

清仁は、敵を倒したあの時の快感を思い出し、身震いした

様々な欲望を一気に叶えた時のような、爽快感さえ得られるあの感覚

あれを得られるのなら、清仁は手段を選びたくなかった

だが、金があるとはいえ永遠に戦うことはできない

資金が底を尽きて何もできずに野垂れ死には、正直戦いで死ぬよりも恐ろしい

なら、死に場所を決めておくのも良いだろう

どうせ長くは生きていけない、そういう風になっているからだ

戦い続けるしかない体となったからには、相手に負けて死ぬ可能性は一生付きまとう

だが、清仁はそれも悪くないと思い始めた

野垂れ死によりも、あの腐った学校生活を送って生きていくよりも、まあまあ良いのではないかと

あの、進歩もないうんざりする日々よりは良いのではないかと

いつも通りの思考に陥りかけて、清仁は首を振った

もう自分は、あの生活から決別したのだ

今さら思い出してどうする

そして自分はじきに、何らかの形で死ぬのだ

だから死に場所を自分で決めておく

あとはそこへ向かってゆっくりと旅をして、出会えるなら異形と戦っていく

そして、あの石の下へ向かう

そこを根城として現れ続ける異形を狩るも良し

あそこの番人として異形が増えるのを見守るのも良し

もしくは、いっそのこと、あの石を

ストーブが唸る

暖まってきた空気のなかで、清仁の瞼は重くなってきた

このまま眠ってしまおう

そう決めたあとは、すぐに夢の中へ落ちていく

これから始まるのは、生きる限り終わることの無い戦いの毎日だ

だから今だけは、少しだけ、休んでおくことにした

 

 

 

 

 

 

 

 

だが怪人と戦い倒した方が、もっと気持ちが良いことを、清仁は知っていた



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東京珍道中その一


いよいよ終わりも見えてきました



 

地図を開いて現在位置を確認する

この住宅街を抜ければ、あの廃ホームまでそう時間はかからない

清仁はネックウォーマーをずり下げながら辺りを見回した

住宅街とは、家が沢山建っていて、道路はまるで迷路になったかのように入り組んでいる

落ち着いて進まねば困ったことになるのは必然だろう

油断も隙もない

カーブミラーを通り過ぎ、もう一度地図を開く

が、この地図は流石にこんな住宅街を集中的にマッピングしてくれることはできないようだった

迷った

そう認識する頃にはもう遅く、足を止めた瞬間、焦燥感がどっと押し寄せてきた

ここはどこだ

元来た道を戻ろうにも、同じような一件屋が続いてはそれすらできない

いっそのこと近隣の住民に聞いてみたらどうかとも思ったが、それもできない

今の時間帯が真昼間だからだ

高校生とおぼしき人間が慣れない場所を彷徨くのは、どう見ても怪しい

警察のお世話になんかなったりしたらそれこそ終わりだ

ではその他の手段があるかと言うと、無い

完全に手詰まりとなっている

このまま無理矢理進んで通りすぎてしまおうかと考えた、その時だった

清仁は背後に強烈な気配を感じた

そして振り向く前に異形へと姿を変えた

刺の生えた体表の黒い怪人 清仁の体が一瞬にしてその禍々しい正体を晒す

飛び掛かってきた敵対者は、変化した清仁の姿に怯えることもなく、片手を降り下ろしてきた 鉄色の鈍い光が視界に飛び込んできた

黒い異形は飛び下がった 跳躍で僅かに浮遊した感覚を味わいつつ、互いは互いの姿を凝視した

左右で色の違う怪人 右側は藍色、左側は黄緑 相対しているならば、向こうにとって右手は黄緑で左手は藍色なのだろう

そして黄緑の方の手に握られていたのは、普通の家ならまず見かけないような長柄の斧であった

武器である 清仁は、今までこのように露骨な武装を持ち出してきた怪人を知らない 自身が背負っているゲルブレードでさえ、線引きは曖昧だが黒い怪人の体の一部なのだ

しかしあの二色の怪人は、恐ろしいことにハルバードで攻撃を仕掛けてくる 自動車にへこみを付ける拳を耐えられる表皮に鋼鉄の武具が通用するかはともかく、相手の間合いはかなり大きい

先端の速度はとても早い 怪人の怪力によって振り回される武器が、長い柄による長リーチによって襲い掛かる 思わず清仁は浮き足だった

上からの振り下ろし 半身を逸らして避ける

振り上げてからの右からの横凪ぎ 脇腹に食らう

引いてからの兜割り これも食らう

怯んだ所へもう一閃 これは避けた

転がりながら攻撃から逃れる 相手は無茶苦茶に振り回しているように見えて実はこちらを追い詰めるような攻撃をしてくる 安易な戦法では勝てない

だが、今の一合二合で突破口は見えた

黒い異形は、背中から剣を引き抜いた 首と長い管で繋がっているその剣こそ、必殺のゲルブレードである

ゲルブレードの先端が開いた 液体が染み出し、球体を形作る 剣の先端に、人の頭ほどの大きさがあるトゲ付き鉄球 ゲルブレードクラッシャーだ

ハルバードで殴りかかってきた二色の異形に、黒い異形は回避をしなかった むしろ、正面から突っ込んでいき、攻撃を加えた

ゲルブレードクラッシャーを叩き付ける

右から迫る刃が、左から走る鉄球と正面衝突した 堅い物質がぶつかり合い、勢い任せの物理的衝撃が二体の怪人の持ち手を襲った

清仁は腕を痺れさせる程度で済んだ だがしかし、相手はそれだけでは済まされなかった

吹っ飛ばされた敵は、黄緑色の側からアスファルトへ叩き付けられた 強く打ったのか、腰に手を当てて悶えている

あんなに何度も斧を叩き付けても清仁を仕留められなかった時点で、二色の異形の膂力不足は目に見えていた 純粋なパワーのぶつけ合いに持ち込み、黒い異形は勝ったのだ

素早い連撃は驚異のものであったが、一手で形勢は逆転した

黒い異形が敵に迫る 寝転んだ体勢のままの相手を見下ろして、ゲルブレードクラッシャーを天高く振り上げた

《ま、まってくれ・・・》

機械で雑に加工されたような、やたらと低い声

怪人同士が会話するとき、このような声で発声が行われる

清仁は今喋るために口を開いた覚えはないので、これは二色の怪人から発されたものだ

《ワシには孫が》

だが声を聞くことと話を聞くことは全く別の対応である

そして清仁は、命乞いに興味はなかった

ゲルブレードクラッシャーは哀れな誰かの祖父

の頭へ吸い込まれるように迫っていった

 

 

 

 

 

 

爆風や爆音が付近住民にバレることがなく、清仁はホッとした

家族が全員いないか冬休みの旅行シーズンであるか

理由としてはそんなものだろうか、二体の異形が争った場には人っ子一人来なかった

誰かが様子を見ている様子は見られなかった

爽快感と快楽に包まれて、清仁が住宅街を通り過ぎた

地図にあった通りの大きな道路

これに沿って歩けば、廃ホームへの最短距離だった

 

 

 



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東京珍道中その二

 

「こんにちは、お昼のニュースのお時間です」

清仁は大衆食堂の一席で、肉の乗った丼を掻き込んでいた

白飯に醤油系のタレが絡んで最高に旨い

副菜の漬け物をかじりつつ、ニュースキャスターの顔を睨んだ

他の席の客にも、ちらほらと店の一角に置かれたテレビを見詰める者もいた

「続いてのニュースです アイドルグループlucky☆7が、活動の無期限中止を発表しました メンバーの大木ゆうさんが、行方不明になったことが原因とみられ・・・」

やはりと言うべきか、怪人が世間に与えた影響は少なくないらしい

清仁が殺した怪人が死んだことで、彼らの実生活に関わった人間にも大事を翻している

テレビの画面には、アイドルグループのファンの人間が写っていた

インタビューを受けている際の映像だろう

すすり泣いて、既にこの世から消えた美少女が発見されることを信じている旨の発言をした

清仁は店員に追加注文をした

「続いてのニュースです ・・・県の県知事、松井京二氏の行方不明に関して、・・・県は年末前に、臨時の県知事選挙を行うことを発表しました」

いつかに戦った男の名前が聞こえる

県の名前は、自分が味噌汁を啜る音で遮られて聞こえなかった

だがあの名前は未だに忘れていない

清仁の行いが、彼の故郷に甚大な被害を与えていた

県知事が突然いなくなれば当然その県は一時的な麻痺を起こす

年末前に選挙を起こすなら、その間はトップがいない状態で県庁や各市役所がなんとか回していくしかない

果たして、それはどれくらいの混乱を招くか

「続いてのニュースです 国内中で頻繁に起こる連続失踪について、警視庁は各都道府県ごとの今年の失踪者数を纏めたデータを発表しました」

ニュースキャスターの一言に続いて、各都道府県ごとに纏められた何かのグラフが表示される

失踪者等という表現が適切でないことを清仁は知っている

怪人となり、互いを殺し合う欲求のもと戦い、そして相手によって殺された者達のグラフだ

思った通りグラフは満遍なく高い数値を出していた

特に松井が県知事をやっていた県は特に上の方の順位を持っていた

皮肉な言い方だが清仁の功績だ

清仁が、あそこの県の異形と化した人々を全て倒したからだ

グラフが消え、警察の高官と思わしき人物の記者会見が写し出される

その様子を清仁は見なかった

どんな捜査方針を建てたとしても、事件の元凶が怪人が云々などという突拍子もない答えに行き着く可能性は遠い

増してや、普段は人と全く同じ性質をした怪人達を、どうやって探し出すというのか

「お昼のニュースを終わります」

ニュースキャスターの締めの一言と共に、清仁は箸を置いた

レジで財布を取り出して、会計を済ませ、店を出る

だが、無償に店に戻りたくなった

ニュースを見たかったのだ

世間の動きが、怪人達の行く末が、少し気になっていた

 



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