ストライク・ザ・ブラッド〜獅子王機関の舞剣士〜 (倉崎あるちゅ)
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番外篇
聖なる夜篇


おおおおおおううううう!!!!

ごめんなさい、本当は昨日中に投稿したかったんです、本当です。

それと、重大発表。
この話から、ストブラに専念します。ランキング載ったんでやる気出ましたw
それとそれと! お気に入り登録が100以上に!ありがとうございます!

それではどうぞ!


 

 α

 

 

 クリスマス。それは、イエス・キリストの生誕を祝う日である。

 しかし、今の若者はその事を知る者は少ないのではないだろうか。

 興味がある者は知っているだろうが、興味の無い者はとことんそういうのに疎い。楽しかったらそれでいいと思うのが大半だと思う。

 まぁ、それはそれで同意するけども。

 何が言いたいかと言うと、そんな楽しいクリスマスを、俺は任務に没頭しているのだ。

 

「はぁ……一昨年、去年と同じくクリスマスは任務、か……」

 

 憂鬱そうに、俺は溜息を一つついた。

 クリスマスだと言うのに任務で丸潰れでやる気ゼロ。それに拍車をかけるように、今年のクリスマスもまた、紗矢華や雪菜がいないという事だった。正確には仕事が忙し過ぎて会えない可能性が大ということだ。

 前回と前々回のクリスマスではアルディギアの王女様、ラ・フォリア・リハヴァインの護衛の任務にあたり、その上ヴァトラーとの戦闘により楽しいクリスマスとはならなかった。

 いや、訂正しておこう。前回のが楽しくなかった。前々回は騎士団の団長や国王様達と楽しくやった。

 そして今回の任務はというと、吸血鬼の監視や護衛にあたる剣巫、舞威媛、舞剣士達の血液検査のまとめをやっている。何故血液検査など、と思うかもしれないが、吸血鬼と接触しているため、いつ『血の従者』なるか分からないからだ。

 検査のまとめなど専門家がやればいいのだが、残念な事に俺はこの検査で、問題ない血を個人的な目的で使うため、こうして任務という形で手伝っているのだ。

 

「あぁ、もう怠い……」

 

 まだ四分の一も終わっていない状況で、俺は自室の机に突っ伏した。

 任務を受けたのが昨日の午後十時。現時刻は昼になるかどうか。

 

「朝ご飯すら食べないでやっても、これくらいしか進まないのかぁ……」

 

 椅子から立ち上がり、コーヒーを淹れるためにキッチンの方へ向かう。

 パリスタでホットコーヒーを淹れ、俺はコーヒーの入ったカップを持って書類が山になっている机についた。

 砂糖やミルクを入れないで、ブラックのままカップを傾ける。

 

「ふぅ……苦味がいい感じに染みる」

 

 殆ど寝ていないので、コーヒーの中のカフェインで眠気を覚まさせる。

 さて、と呟いて俺は仕事に取り掛かった。

 

 

 β

 

 

 その日、高神の杜には軽く雪が降っていた。

 通路を歩いていた紗矢華は、色素の薄い長い髪を揺らして立ち止まった。

 

「雪……?」

 

 ふと外を見た紗矢華は、珍しいなと思った。

 関西にあるここに雪が降るなど滅多にあることではない。低気圧が近いづいている証拠だろう。

 紗矢華は雪から目を離して歩き出した。

 目的地は師である縁堂縁の部屋だ。話があると言っていたので、彼女は今、そこへ向かっている。

 しばらく歩いて、目的の部屋に着いた。

 紗矢華は三回ノックし、返事があったため部屋の扉を開ける。

 

「失礼します」

 

 部屋に入る断りを入れ、礼をした。

 頭を上げれば、ソファに寛いで何故か黒い笑みを浮かべる縁がいた。

 

「呼び出して悪かったね、紗矢華」

 

「いえ、時間が空いてましたので。……それで、ご要件は?」

 

 飄々とした態度の縁に、紗矢華は苦笑しながら単刀直入に要件を聞く。

 その瞬間、縁の顔がニヤリと歪んだ。紗矢華は嫌な予感しかしなく、背中に冷や汗をかいた。

 

「要件は…………」

 

 ごくり、と生唾を飲む。

 そして、後ろから出てきた物に、紗矢華は盛大に顔を引き攣らせた。

 

「これを着てもらう!!」

 

「絶対に嫌ですっ!」

 

 出てきたのは丈の短いミニスカートのサンタ服。肩の露出したものだ。

 

「なんでそんなのを着なければならないんですか!」

 

「今日はクリスマスだろう? なら、着ても不思議ではないさ」

 

「大ありです!」

 

 縁のぶっ飛んだ発言に、紗矢華は肩で息をしながらツッコミを入れる。

 それに、と続けて縁は黒く笑って言う。

 

「今日、翔矢(あいつ)は自室での任務についている。それを着て行ってきな」

 

「っ……だ、誰が着ますか!」

 

 頬を染めて紗矢華は叫ぶ。縁はそんな彼女を見て笑った。

 少し笑った後、縁はいいことを思いついたと言いたげな表情をした。

 

「紗矢華、任務だ。それを着て翔矢の任務の手伝いをしてきな」

 

「なっ!?」

 

 ププと吹き出すのを我慢する縁。そして、師である縁に反抗することが出来ない紗矢華は、逃げる道がない。

 呆然と立ち尽くす紗矢華に、縁はミニスカサンタ服を彼女に手渡した。

 

「こ、これを着て、翔矢の所に…………?」

 

 想像しただけで紗矢華は茹でダコのように顔を真っ赤にした。頭から湯気が登りそうな勢いである。

 縁はさっさと着ろ、と言わんばかりに視線を送る。

 結局、渋々紗矢華はそのミニスカサンタ服を着ることとなったのだった。

 

 

 γ

 

 

 時刻は午後三時過ぎ。

 俺は何度淹れたか分からないコーヒーを飲みながら書類を少しづつ片付けていた。

 判子を押す書類と、サインをする書類、不備がある書類に付箋を貼るなど、簡単そうなものが読んで字の如く、山程ある。

 あれから徐々に慣れていき、仕事のスピードと効率が上がったおかげか、やっと半分近く片付いた。

 

「くっそ、書類がごちゃ混ぜになってる……!」

 

 途中途中、こういった事態が発生する。渡される書類を分けるように言っていたのだが、どうもそれがなっていない所がある。

 きっと、男である俺に不満を持つ者がいて、その者が嫌がらせ感覚でしたのだろう。

 この高神の杜には女性が多いから、その弊害だろう。

 

「あぁ……今日中には終わるかなぁ…………?」

 

 弱音を吐いて、俺は机に乗った小さく、丁寧に包装紙に包まれた箱を見つめる。

 溜息をつき、俺は仕事に戻る。

 すると、扉の方からノック音が聞こえた。

 

「……はい、どうぞー」

 

 俺は声だけ出して手を止めずに仕事を続ける。

 

「しょ、翔矢……?」

 

 紗矢華の声が聞こえ、俺は顔を扉の方へ向ける。そこには顔だけ出して部屋の中を様子見る紗矢華がいた。

 若干頬が赤いがどうしたのだろうか。

 

「紗矢華か。どうしたの?」

 

 紗矢華を見ただけで、元気が湧いてきた感じがして、俺はさっきの弱気な調子を吹き飛ばしていつも通りの調子で訊いた。

 紗矢華は目を背けて、扉の向こうでもじもじしだす。

 

「えーと……その……」

 

「ん? 中に入らないの? 寒くない?」

 

 俺は椅子から立ち上がって扉の方へ歩いた。

 俺が近づくと、紗矢華は急に慌て出して後ずさる。どうしたんだと思いながら、俺は扉を開けた。

 すると、

 

「……ん?」

 

「うぅ……」

 

 丈の短いミニスカートを押さえて、涙目のミニスカサンタ服の紗矢華がいました。しかも肩が露出している。それと、紙袋を持っている。

 なるほど、と俺は思った。この衣装だから恥ずかしくて頬が赤かったのかと。そして、それを見られるのがもっと恥ずかしくて中に入らなかったのだと。

 

「えと……廊下少し寒いし、中に入ったら?」

 

 コクンと彼女は頷いて足早に部屋の中に入った。

 紗矢華をソファに座らせて、俺はキッチンでホットコーヒーを淹れる。ついでに自分の分も淹れて、紗矢華の所へ戻る。

 

「はい、コーヒー。ブラックでいい?」

 

「え、えぇ。あ、ありがと……」

 

 両手でカップを持って、紗矢華はふぅ、と少し冷ませてコーヒーを飲む。

 俺は椅子に座り、淹れ立てのコーヒーに口をつける。

 しばらく黙ったまま俺達はカップを傾け続けた。しかし、いくら経っても話が進まないため、俺から切り出した。

 

「それで、どうしたの? その、サンタの格好までして」

 

 出来るだけ紗矢華を直視しないように訊いてみる。

 紗矢華は"サンタの格好"と聞き、ビクッと肩を震わせて、目を背けたまま口を開いた。

 

「師家様に任務だって言われて……それで……」

 

 最後の方はゴニョゴニョと呟いて聞こえなかったが、どうやら師匠がまたぶっ飛び発言をしたようだ。その被害者が紗矢華。

 苦笑を隠しもせずに、俺はコーヒーを啜る。すると、紗矢華の背中から紙片が俺の方に飛んできた。

 パシッと掴むと、その紙片は手紙だった。

 

『任務という形で紗矢華を行かせたからね。私からのクリスマスプレゼントだとでも思ってくれ。P.S.どうだい、紗矢華のあの格好は?(笑)』

 

 手紙の差出人は師匠だった。

 内心感謝しつつ、それと同時に腹黒だと思った。これを紗矢華が見ればグシャグシャにされてゴミ箱いき確定だろう。

 

「師匠がねぇ……。まぁ、御愁傷様、紗矢華」

 

「うぅ……いっそのこと殺して欲しいわ…………」

 

「当人からしたら、とんでもないくらいに恥ずかしいんだろうね」

 

 味わいたくないなぁ、と付け足して、俺はコーヒーを飲み干した。紗矢華は顔を俯かせている。

 そんな彼女を見て、俺は素直な気持ちで紗矢華の服装の感想を言う。

 

「でも、似合ってるからいいんじゃないかな?」

 

「へっ!?」

 

 ガバッと、紗矢華は顔を上げて素っ頓狂な声を出した。

 俺はぱくぱく口を開けたり閉じたりする紗矢華を見て微笑み、仕事に戻った。

 不思議と、さっきまでの憂鬱さはなくなっている。紗矢華と話すことが出来たおかげなのかもしれない。

 

「あ……翔矢、何か手伝うことある?」

 

 我に返った紗矢華は俺の下へとことこ歩いて寄って来た。

 

「じゃあ、そこの書類の束を、同じ種類のやつで分けてもらえるかな。……ごめんね」

 

「いいのよ。任務なんだし……それに、翔矢の役に立てて嬉しいわ」

 

「ありがとう」

 

 俺の謝罪に、紗矢華は嬉しいことを言ってくれる。

 その後、俺達は仕事を着々とこなしていった。

 

 

 Δ

 

 

「「終わったぁぁ!」」

 

 はぁぁ、と大きな息をついて、俺達は伸びをした。パキパキと小気味よい音が二つ鳴り、互いに顔を合わせて笑った。

 

「やっと終わったね……。紗矢華、ありがとう」

 

「えぇ…………どういたしまして」

 

 俺は机に突っ伏して、紗矢華はテーブルで突っ伏した。俺達の隣にあるのは綺麗に積まれた書類の山。

 

「コーヒー淹れるわよ」

 

「うん……」

 

 椅子から立ち上がった紗矢華は、キッチンの方へ向かっていった。

 何時なんだろうと思って、時計を見た。時計の針はもう十二時を回ろうとしていた。

 

「あ、ああっ!!」

 

「ちょっ、ど、どうしたのよ?」

 

 俺が叫ぶとカチッ、と無慈悲にも針が十二時になってしまった。

 俺の唐突な叫びに、紗矢華は驚きつつもコーヒーのカップを机に置いた。彼女は俺の顔を覗き込んで訊いてきた。

 

「あぁ……結局、クリスマスは任務か……」

 

「え? あ…………」

 

 正直泣きそうである。三年連続任務でクリスマスが潰れるなど。

 紗矢華もやってしまった、と言わんばかりの表情をしている。

 

「えーっと……その、翔矢?」

 

「……何…………?」

 

 首だけを動かして紗矢華の方に向く。紗矢華は、持って来ていた紙袋を俺に差し出してきた。

 

「これ……翔矢のパーカー、ボロボロになっちゃったから、新しいの…………」

 

 頬を染めて、紗矢華はクリスマス過ぎちゃったけど、と付け足して言った。

 俺は紙袋を受け取り、中を少し見た。その中には前まで着ていた水色のパーカーのデザインに似た、若紫色のパーカーがあった。

 

「これ、紗矢華のベストと同じ色だ」

 

「……い、嫌だった?」

 

 不安そうに上目遣いで訊いてくる紗矢華に、俺は首を横に振る。

 

「いいや、嬉しいよ。今度は傷だらけにしないようにしないと」

 

「そ、そう? 良かったわ」

 

 紗矢華はえへへ、と凛としていた表情を緩ませた。俺はそんな彼女を見ているだけで良かった。

 でも、俺だけ満足しててもダメだよね。

 俺はそう思い、机に置いてあった包装紙に包まれた小さい箱を手に取り、紗矢華に差し出した。

 

「俺も、紗矢華に。……クリスマスは過ぎちゃったけどね」

 

 苦笑いをして、紗矢華に手渡す。

 紗矢華は緩めていた頬を、また緩めた。それはまるで、満開の桜を見ているようなものだった。

 

「ありがとう、翔矢。開けてもいい?」

 

「どうぞどうぞ」

 

 紗矢華は包装紙を丁寧に解き、次に箱の蓋を開けた。

 そこに入っていのは、一本の桜色のリボンだった。紗矢華がいつもつけているものとは違い、少し明るいものだった。それに少し大きい。

 

「いつもつけてるそれもいいけど、こういうのもどうかなって思ってさ」

 

 俺は気恥ずかしく思い、頬を掻いた。

 すると、紗矢華はポニーテールにしていた髪を解き、俺がプレゼントしたリボンで髪をくくった。

 

「……ど、どう?」

 

「うん、凄く似合ってる」

 

「ふふ、ありがと」

 

 互いに気恥ずかしくなったのか、二人揃って頬を染めて笑い合った。

 今年のクリスマスは、紗矢華がいてくれたから一昨年や去年と違って、今年は凄く充実したと思う。

 俺にとって紗矢華の存在は大きいな、と改めて認識した。

 

 

 

 

 

 




本当に、ごめんなさい。クリスマスの話なのにその一日後に投稿なんぞ……。
クリスマスに遅れたので、翔矢君と紗矢華のプレゼント交換も遅れた、というふうにしました。
あと、紗矢華がやけに素直過ぎたかなと思っています。まぁ、この作品の紗矢華は基本素直だと思うので大丈夫ですよね?(殴)

補足です。本編で描写されてませんでしが、翔矢君の服装は古城君に少し似てます。違うところは紗矢華と同じような模様のネクタイをしている、というところでしょうか。
それと、作中の紗矢華のミニスカサンタは、『ストライク・ザ・ブラッド~新たなる真祖~』の【プレゼントの行方】のものです。

それでは、失礼致しました!!


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舞剣士の帰還篇
 Ⅰ 


あくまでメインはダンまちですので、こちらは気まぐれ更新です。そこはご注意下さい。

それではどうぞ!

6/28
ルビ振り編集しました。


 α

 

 

 飛行機から出て、空港の中に入った俺──黒崎(くろさき)翔矢(しょうや)を出迎えてくれたのは一人の少女だった。少女の格好は、若紫色のサマーベストに黒色の生地にピンクの一本線が入ったプリーツスカート、同じく黒色の生地にピンクの一本線が入ったニーソックス。何より目を惹くのは彼女の綺麗な栗色のポニーテール。

 その少女は俺を見るなりムッとした表情になり、大股で歩いて詰め寄ってきた。

 

「翔矢! 貴方、一体どこで何してたのよっ!?」

 

 いきなり、少女は俺の胸ぐらを掴みながらそう言う。

 俺は目をパチクリさせながら、彼女にどうどう、と宥める。

 

「落ち着いてよ紗矢華。とりあえず手、離して……苦しぃ」

 

 ペシペシと少女──煌坂(きらさか)紗矢華(さやか)の腕を軽く叩いて胸ぐらを掴むのを辞めさせる。

 紗矢華は渋々といった様子で手を離した。

 

「ちゃんと聞かせなさい。何してたのよ?」

 

「分かった、話すよ。とりあえず、歩きながら話そう」

 

「分かったわ」

 

 紗矢華は俺の提案を承諾して、空港の出口へ体の向きを変えた。

 俺は背負っていた大きい竹刀袋を背負い直して、先に歩く紗矢華の隣に並んで歩く。

 

「それで、どこ行ってたのよ? 二年間も連絡無しで」

 

 紗矢華がジト目+倒置法で訊いてくる。それに俺は苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

「アルディギアの王女の護衛をね。あとはアルデアル公国で"蛇遣い"と殺り合って…………」

 

 蛇遣い、という単語を出したところで俺は少し苛立つ。

 なんだあのホモ蛇使いは。俺は吸血鬼ではないというのに、何故か求婚してくる。正直言って迷惑で、迷惑過ぎて殺意すら湧く。

 俺の殺気に気付いたのか、紗矢華が少し冷や汗をかいている。

 

「そ、そうだったの。でも、連絡くらいしなさいよ。『舞威媛(まいひめ)』の私と『舞剣士(まいけんし)』の貴方はコンビで動くことになってるんだから」

 

 拗ねたように愚痴る彼女に、俺は少し申し訳ない気持ちになった。

 舞威媛、舞剣士とは、俺と紗矢華が所属する政府の特別機関『獅子王機関』の役職のことだ。

 獅子王機関は日本に古くからあるもので、それは平安時代まで遡る。それ程昔からある機関なのである。

 そして、本当は舞威媛は暗殺、護衛などの仕事上一人で行動することが多いのだが、俺と紗矢華は連携が上手く、昔からの仲であるが故にこうしてコンビで行動することが大半だ。

 しかし二年前、人が足りなくなったと上──獅子王機関の三聖──から通達を受けて、俺と紗矢華は別行動をとることを余儀なくされた。

 任務の最中、連絡を取るにもその余裕がなく、その上蛇使いが現れるという最悪の事態が発生。挙句の果てに携帯がぶっ壊れるという事件が発生。紗矢華に連絡したのはつい昨日だ。

 携帯がぶっ壊れ、連絡したのが昨日だということを紗矢華に伝えると、彼女は小さく合掌した。

 

「翔矢、ご愁傷様」

 

「そんな哀れみが篭った眼で見ないでっ!」

 

 やけに哀れみと優しさが篭る眼が、凄く俺のHPゲージをガリガリと削った。

 残りは、約三割くらいか。どれだけダメージ受けたんだよ。

 

「……まぁ、とりあえず久しぶり、紗矢華」

 

 歩きながら俺は笑顔を向けて彼女の顔を見る。すると、紗矢華は何故か顔を赤くして背けてしまった。

 

「え、えぇ……久しぶり……」

 

 その後、俺達は空港を出て、出入口近くに停めてある獅子王機関の白いワゴン車に乗り込もうとした。だが、その直後に空港内で爆発が起きた。

 

「何!?」

 

「吸血鬼三人、獣人二人のテロだね」

 

 紗矢華が叫び、俺は彼女に、知覚した情報を教える。

 俺は目を紗矢華の背中に向ける。そこにはあるはずの黒色のキーボードケースが無いことに気付いた。

 

「紗矢華、煌華麟(こうかりん)は?」

 

「任務じゃないから、持ってきてないわ」

 

「さようですか……」

 

 煌華麟とは『六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)』という獅子王機関の兵器の名前だ。その兵器は銀色の長剣の姿をとり、空間断裂という能力を持っている。

 だが、その兵器を紗矢華は現在持っていない。なので、彼女は簡単な魔術しか使えない。そしてこの場には制圧出来る武装を持っているのは俺しかいない。

 

「はぁ……仕方無い、か。俺が先行するよ」

 

 そう言って背負った大きい竹刀袋から、真っ黒な片手用両刃直剣(ロングソード)を取り出した。

 取り出したものは『六式重装降魔剣(デア・ブリンシュッツ)』。銘は黒翔麟(こくしょうりん)。艶のある黒色で、何処か儚げな感じがする剣だ。

 

「それじゃあ、行こうか紗矢華?」

 

「ちょっ、翔矢!? 危ないでしょう!?」

 

 黒翔麟を紗矢華に放り投げて、俺は手に紺色の長剣を一本虚空から取り出す。紗矢華がキャンキャン吠えるが、それには構わずに俺は空港内へ走り始めた。

 

「待ちなさいよっ、翔矢ぁぁあ!」

 

 後ろで紗矢華が黒翔麟を振り回しながら追いかけてきた。怖い。

 

 

 β

 

 

 空港内はシン、とした静寂に包まれていた。物陰に隠れた俺達二人はまず、敵の居場所を割り出していた。

 

「んー、全員魔力が低くて分かりづらいや」

 

 俺は思った以上に魔力の低さに呆れたように言った。紗矢華はそんな俺に対して厳しく言う。

 

「バカなこと言ってないでちゃんとしなさい」

 

「りょーかい」

 

 間延びした返事をして、左手に大型拳銃を虚空から取り出す。

 さっきから虚空から取り出している武器は、俺の契約している使い魔の武器だ。ただし、武器はこの二種類しかない。

 俺は目を細めてテロリスト共の居場所を探した。だが、それは無駄に終わった。

 何故なら、向こうから大声で叫んでいたからだ。

 

「逃げようなんて考えてんじゃねぇぞ!! もし逃げたら、俺の眷獣で殺してやっからなぁっ!?」

 

 金髪の男がそう強気に叫ぶが、残念ながら、俺と紗矢華には怯みなどは皆無だ。

 残りのテロリストの居場所も把握したので、そろそろ強襲しようかと思い、俺は紗矢華に目を配る。彼女も俺と同じことを思ったらしく頷く。

 大型拳銃を金髪の男の肩に照準を合わせて、トリガーを引いた。ダァンッ! と銃声が鳴り、銃口からは紫色の魔力の弾丸が放たれた。

 

「なん──っ!?」

 

 銃声を聞いてこちらを向いた男は肩に弾が直撃し、仰向けに倒れた。

 続けて二人の獣人の太腿に三発ずつ魔力弾を撃つ。獣人は異常な体力と強固な肉体を持つため、通常一発で済むこの弾丸を三発お見舞いする。

 獣人二人を行動不能にして、残るは吸血鬼二人だ。その吸血鬼達は俺達に罵詈雑言を言い放ち、魔力を一気に解放して傍に青色の魔力を放つ馬と、オレンジ色の魔力を放つ虎が出現した。

 

「こんな狭いところで二体の眷獣をぶっ放すなよ……」

 

「本当、私もそう思うわ……」

 

 俺の悪態に紗矢華も便乗して言う。

 俺は長剣を消して、大型拳銃をもう一丁取り出して二体の眷獣に照準を合わせて、大型拳銃に魔力を溜める。紗矢華は黒翔麟の柄頭を強く押して、刀身を二つに割る。剣先の所から弓弦が伸び、長剣だった黒翔麟はアーチェリーの弓のような形になった。

 

「貫け、黒翔麟っ!」

 

「喰え、『暴食(グラ)()大罪(ベルゼブブ)』」

 

 霊力で作った二本の弓矢を番えて、紗矢華は弓矢を射る。その弓矢は敵の眷獣の心臓部に直撃する。俺はその間に溜めていた魔力を解放して、大型拳銃のトリガーを引いた。

 瞬間、通常、拳銃からは有り得ないレーザーが放たれ、弓矢が当たった箇所を貫いた。

 眷獣は陽炎のように消え去っていく。

 

「な…………俺達の眷獣が……!」

 

「どうなってやがる……っ!!」

 

 自分達の眷獣がやられたことに動揺して、テロリストの吸血鬼達はたじろいだ。

 俺は大型拳銃を吸血鬼達に突きつけて、脅す。

 

「さてと……君達、どんな罰がお望みかな?」

 

「……ひっ……!」

 

「あ…………ぁ……」

 

 ドスの利いた声で吸血鬼達の頭に大型拳銃をくっつける。吸血鬼達は明確な、そして巨大な殺気に当てられて怯んだ。

 さて、獅子王機関や他の部隊に引き渡す前に、何かしておきたいなぁ──

 

「翔矢? 引き渡す前に何かしようだなんて考えないことね」

 

 その声が聞こえて、俺は後ろを振り向いた。そこにはすっごいいい笑顔の我パートナー、紗矢華だった。しかも黒翔麟を構えてる。

 

「そ、そんなこと考えてないよ? そんなふうに見える、僕?」

 

「一人称が僕になってる時点で考えてたでしょう?」

 

「ぐっ……鋭い……」

 

 昔は気付かなかったが、俺は嘘をつく時に一人称が『俺』から『僕』になる。小さい頃は僕と言っていたから、不思議はない。そして、紗矢華は幼い頃からの仲だ。それで分かるのだろう。

 結局、俺はテロリスト達に何もしないで──というより、紗矢華に羽交い締めにされていた──獅子王機関の人達が来るまで静かにしていた。

 空港にいた民間人達は、俺達がテロリスト共を沈めた後に落ち着くように言い、この一件は収束に向かったのだった。

 

 

 γ

 

 

 関西地区・高神の杜。

 高神の杜に着いたのが夜だった。何故なら、事後処理に追われていた為だ。

 はっきり言って面倒だと思ったので、ぽーい、と投げてやろうかと思った途端に絶対零度の視線が俺の額にグサッと刺さった。その正体は紗矢華。仕事やれ、と目で訴えてきたので俺は渋々とやっていた。

 そして現在、俺と紗矢華は師匠──縁堂(えんどう)(ゆかり)の部屋の前に来ていた。

 

「久しぶりだな、師匠に会うのは……」

 

「二年間も任務だったしね。私はちょくちょく会ってたけど」

 

 俺の長期の任務とは真逆で紗矢華は短期の任務の繰り返しだったようで、報告などで師匠と会っていたようだ。

 それにしても、久しぶりだ。たった二年であるが、師匠の顔に何本皺が増えているかな。

 

「翔矢、あまり失礼なこと考えない方がいいわよ?」

 

「あれ? 顔に出てた?」

 

 俺の問いに、紗矢華はうん、と頷く。俺は苦笑いを浮かべる。これが師匠にバレたら死ぬかもしれない。いや、死ぬ。確実に。

 俺はそんなことを思いながら、部屋の扉をノックした。

 

「黒崎翔矢、煌坂紗矢華二名、入ります」

 

 そう言って、俺と紗矢華は部屋に入った。失礼します、と紗矢華と一緒に言って、俺は部屋のソファに腰掛けた妙齢の女性を見た。

 

「久しぶりですね、師匠」

 

 俺は微笑んで師匠に向けて挨拶した。師匠はにやりと笑って応えた。

 

「久しぶりだね、翔矢。任務ご苦労さん」

 

 飄々とした態度で、彼女は俺を労った。

 挨拶を済ませたところで、師匠は俺達に座るように声をかけた。お言葉に甘えて座らせていただく。

 その後、軽く任務報告も済ませて、俺達は師匠が淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

 しかし、突然師匠が口を開いた。

 

「翔矢、紗矢華。お前達二人に任務だよ」

 

 任務と聞いて、俺達は姿勢を正しくした。そして、その任務内容を師匠は言う。しかしその内容は俺にとっては一番最悪なものだった。

 

「アルデアル公国の貴族(ノーブルス)、ディミトリエ・ヴァトラーとその客人、セリア・オルートの護衛だよ」

 

 もう、疲れた。なんでよりにもよって蛇遣い(あいつ)の護衛なんかを…………。

 




翔矢君の黒翔麟は煌華麟を片手剣にして、黒くして鍔のあたりが違うような武器だと思ってください。説明不足で申し訳ありません。

それでは失礼しました!


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 Ⅱ

お気に入り登録数12っ! ダンまちに比べたら一割にも満たないですが、ちゃくちゃくと増えていくといいなぁと思っています。


それではどうぞ!

6/28
ルビ振り編集しました


 α

 

 

「アルデアル公国の貴族、ディミトリエ・ヴァトラーとその客人、セリア・オルートの護衛だよ」

 

「きゅ〜」

 

 師匠のその言葉を聞いて、俺は倒れた。その方向は紗矢華が座るところ。

 やばっ、と思ったが後の祭り。ポフッと俺の顔は紗矢華の柔らかな太腿に乗った。決してわざとじゃない。天地神明に誓ってそんなことはしない。

 俺は即座に離れて、綺麗な土下座のポーズをとった。

 

「すみませんでした紗矢華さんっ!」

 

「………………」

 

 謝るも紗矢華は黙っている。チラッと顔を上げて紗矢華の表情を窺う。怒りの色に染まっているかと思ったが、その顔はほんのりと朱に染まっていた。

 

「あのー、紗矢華さん?」

 

「…………次やったら、灰にするから……」

 

「い、イエス・マムっ!」

 

 最後にキッ、と睨まれて、俺はそう答えることしか出来なかった。

 だってそうでしょう。実際に俺は昔にやられかけたんだから。

 

「まったく、なにイチャついてるんだいお前達」

 

「「イチャついてません」」

 

 呆れたように言う師匠の言葉に、俺達は即答した。

 昔はよく紗矢華はこの手の言葉に慌てたものだが、今じゃそんなことはない。ん? 俺? 俺はまず"イチャつく"という言葉自体知らなかったから慌てることすらなかった。

 師匠は咳払いをした後に、真剣な表情を見せた。

 

「翔矢、お前は"蛇遣い"の護衛と監視を。紗矢華は"焔の女王"の護衛と監視を頼むよ」

 

 師匠の指示に、俺は少し疑問を持った。

 

「師匠、女王なら俺の方が相性良くない?『 嫉妬(インウィディア)()大罪(レヴィアタン)』で封じられるんだし」

 

「確かに相性は良いだろうな。しかし、相手は女性だからねぇ」

 

「今更だよ師匠っ!? じゃあなんで俺をアルディギアの王女の護衛を任せたの!?」

 

 今更過ぎる師匠の発言に、俺は声を荒らげた。何を言っているのだろうかと、俺は改めて師匠の頭のおかしさに痛感した。

 

「あれは人が足りなかったからさ。あの時は紗矢華はそこまで強くなかったしね」

 

「それでもだよ!? それでも、先輩達に任せればいいじゃん! なんで僕だったのっ!?」

 

 興奮しているせいか、一人称が僕になってしまっている。だが、支障は無い。

 あの時は紗矢華と同じくそこまで強くなかったはずだ。何故俺だったのだろうか。

 

「お前……自分の強さをどれだけ過小評価してるんだい。少なくとも私以上、三聖未満と言ったところだよ、お前の強さは」

 

「いや、有り得ないでしょう」

 

 呆れたように言う師匠だが、俺は師匠より強いと思った時は一度もない。模擬戦だって一度も勝ったことなどない。

 

「はぁ……そもそも、私は人間で、お前は()()だろう」

 

「あっ……」

 

 忘れていた。肝心なことを俺はまるっきり見落としていた。

 俺は半魔だ。まぁ、ハーフ悪魔ということかな。父さんが悪魔だから、人間の母さんとの間で出来た俺は必然的に半魔に分類される。それに──

 

「それに、証拠として使い魔も使えるしね」

 

 ──使い魔。

 それは吸血鬼の眷獣と同じようなものだ。しかし眷獣とは異なり、使い魔は別次元に生きる魔王達だ。

 通常、一人の悪魔につき一体の使い魔なのだが、俺と父さんは特別で、俺は七体。父さんは七十二体の使い魔と契約している。

 俺の使い魔は七つの大罪の魔王達だ。非常に強く、頼もしい。ちなみに父さんはソロモン七十二柱の悪魔達だ。その中にも魔王が数体いる。

 

「ということは、今回の護衛の任務は私達の強さに見合ったもの、ということですか?」

 

 話を聞いていた紗矢華がそう言う。しかし、師匠は厳しい顔をして首を振る。

 

「いいや、"蛇遣い"と"焔の女王"は限りなく真祖に近い貴族だ。おそらく、紗矢華の煌華麟では難しいだろう」

 

 だが、と師匠は続けて、俺を見た。

 

「半魔である翔矢であれば、もしかしたらその二人を封じることが出来るやもしれない」

 

 なるほど、と俺と紗矢華は頷いた。

 確かに吸血鬼とは違い眷獣は使えないが、それに似たようなものが使える俺ならば、真祖に近いあの二人を封じることは出来るかもしれない。

 

「了解しました。任務はいつから?」

 

 任務内容を承諾したことを伝え、俺はいつから任務なのか訊く。師匠は紅茶を口に含んで、一拍置いて言う。

 

「明日の早朝に"魔族特区"、絃神島にその二人を乗せた"オシアナスグレイブ"という船が到着する。その前に、お前達二人にはその船に乗ってもらう」

 

「師家様、私達はどうやって行けば?」

 

 師匠の指示が終わった後に、紗矢華が質問した。師匠は紗矢華の質問を聞き、俺を指差して口を開く。

 

「それなら問題はないさ。黒翔麟の空間連結を使って船の甲板の空間と、ここを繋げればいいだけさ」

 

「……要は擬似的な空間転移をする、ということだよ」

 

 師匠の説明が回りくどかったので、俺が簡潔に説明する。紗矢華は説明を聞いて、ひとつ頷いた。理解した、という意味だろう。

 

「それじゃあ、夕食を食べ終わったら行くとしますか」

 

「そうね、なんだか嫌な予感するし早めに行った方がいいわ」

 

 紗矢華の発言に俺はまったく同感だった。そもそも"蛇使い"と"焔の女王"が絃神島に行く時点で嫌な予感しかしない。

 

 

 β

 

 

 自室に戻って夕食の準備をし始めた時に、扉が勢い良く叩かれた。

 

「翔矢っ! 開けなさい!」

 

 何故か怒りが孕んだ声が聞こえる。しかもその主が紗矢華。一体何が起きたのだろう。

 疑問に思いつつも俺は扉を開けた。

 

「何、どうしたの?」

 

「言い忘れてたわ。貴方がいない間に雪菜が、私の雪菜が第四真祖なんかの監視役になったのよ!」

 

「へぇ、それは凄い。それで、その第四真祖はどこにいるの?」

 

 目を丸くさせて、俺は驚く。()発言が出てきたが、それは無視する。

 しかし、これは驚きものだ。まだ見習いの剣巫(けんなぎ)である雪菜が第四真祖の監視役に選ばれるとは。

 ちなみに、雪菜と紗矢華はルームメイトだ。いや、だった、のが今は正しいか。ほとんど一緒にいたので、姉妹みたいな距離感だ。俺も雪菜は妹的なポジションだ。

 

「どこに、って…………あぁ、携帯が壊れて情報が入ってこなかったのよね。第四真祖は絃神島にいるわ」

 

「絃神島…………てことは、今回の"蛇使い"と女王の目的は……」

 

 眉を顰めて、俺は思考する。いや、思考するまでもない。これは明らかに第四真祖にちょっかいを出すために絃神島に行くつもりだ。

 それは紗矢華も思ったのだろう。表情を険しくさせて頷く。

 

「やっぱり早めに行った方がいいみたいだね。軽く食べて行こう。紗矢華の分も作るから待ってて」

 

 部屋にある台所に行き、俺は手早く軽食を作っていく。作っているのはサンドイッチだ。ハムサンド、タマゴサンド、サラダサンドなどなど。

 約五分間に作り終えた俺は皿に乗せてテーブルに置く。

 

「翔矢、調理のスピード上がった?」

 

「ん? そうかな?」

 

 料理をしている間紗矢華は扉の前に突っ立っていたが、皿をテーブルに置いた時にやっと口を開いた。

 調理のスピードが上がったと言われたが、別に早くなったとは思わない。アルディギアにいた時は護衛対象の王女に和食や和菓子を作ったくらいだ。

 

「ほら、食べたら行く準備しよう」

 

 未だに突っ立っている紗矢華の手を取って、椅子に座らせた。俺も椅子に座り、サンドイッチを頬張る。少し多めに作っておいたので、船に着いた後でも食べられるだろう。

 その後、紗矢華もサンドイッチを嬉しそうに食べている姿を見て、俺は保護者みたいな感じになった。

 

 

「さて、食べ終わって、準備も終わったし行きますかっ!」

 

「ええ」

 

 椅子から立ち上がって、俺達はそれぞれの武器が入った竹刀袋とキーボードケースを背負った。

 部屋から出て、外へと向かった。

 外に出た俺達を迎えたのは師匠だった。師匠は真剣な表情をして言った。

 

「せっかく長期任務が終わったのに、悪いね翔矢」

 

「別に大丈夫ですよ師匠。今回は紗矢華もいますし」

 

 言いながら、俺は紗矢華を見る。俺の視線を感じたのか、紗矢華は少しだけ胸を張った。任せなさい的なことを思っているのだろうか。

 

「そうだね。紗矢華、翔矢を頼んだよ」

 

「はい、了解しました」

 

 師匠は紗矢華に向けてそう言い、紗矢華はコクリと頷いた。

 

「じゃあ、空間を繋げるよー」

 

 俺は竹刀袋から黒色の片手剣を取り出して、上段の構えをとった。

 母譲りの高い霊力を黒翔麟に注ぐ。リン、と鈴が鳴ったような音を立てて、俺は真っ直ぐに振り降ろした。

 振り降ろした直後、虚空が割れて、ブゥンと旧式のテレビのような音が鳴る。虚空の切れ目から覗く景色は分厚い鉄板と夜空だ。どうやら高神の杜と"蛇使い"と"焔の女王"が乗る船の空間を上手く繋ぐことが出来たようだ。

 

「じゃあね、師匠。いってきまーす」

 

「いってきます師家様」

 

 俺は手を振って、紗矢華はお辞儀をして切れ目の中に入っていった。

 

「行ってきな、翔矢、紗矢華」

 

 切れ目が塞がれる瞬間、師匠の苦笑混じりの声が俺の耳に届いた。




それにしても……文才が欲しいです。あと画力も欲しい……。
現在、オリ主の挿絵を書いています。次回に挿絵を貼ります。

それでは失礼しました!


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戦王の使者篇
 Ⅰ


メインがダンまちといいつつ、こちらを投稿とは………はぁ……まぁ、近々投稿するのですが……

今回、結構ダメダメだと思います。ご了承下さい。

それではどうぞ!


 α

 

 

 切れ目の中に入った俺と紗矢華は、空間の狭間を歩いていた。歩くと言ってもほんのたった数十メートルくらい。

 歩いている最中、紗矢華が俺に質問してきた。

 

「これって、どうやって向こうの空間を繋ぐことが出来たのかしら?」

 

「あぁ、それなら、俺があいつらの魔力を探知してそこを転移場所に固定したんだよ」

 

 俺の七体いる使い魔の内に、探知系の能力を持つ奴がいるので、それを使ったのだ。それは地球上ならどこでも探知出来るレーダーのようなもの。そのレーダーを使えば"蛇使い"達の魔力を探すことなど造作も無い。

 

「なるほど、そういうことね。納得したわ」

 

 俺の説明で理解出来たのか、二、三回頷く。

 説明していて気付かなかったが、もう船に着いた。

 

 

 β

 

 

 "洋上の墓場(オシアナスグレイブ)"の甲板に、一人の青年が軽薄そうな笑みを浮かべて、立っていた。

 その青年は綺麗な金髪に、碧い眼をもった美青年だった。

 彼の名はディミトリエ・ヴァトラー。"戦王領域"の貴族で、"蛇遣い"の異名で多くの魔族に知られている。

 

「はは…………楽しみだヨ。第四真祖、君に会えるのが」

 

 笑みは段々恍惚とした表情へと変わり、酒に酔ったような感じがとれる。

 しかし、急にブゥンという音が甲板に鳴り響き、ヴァトラーの表情はまた軽薄そうな笑みを浮かべさせる。

 

「誰かな、ボクの船に無断で搭乗する輩は」

 

 ほんの少し魔力と殺気を漏れさせ、音がした方向を見る。

 次第にその音は大きめのノイズを発生させて、虚空が割れる。そして現れた人物は、

 

「よっと、到着」

 

「少し目眩がするわ……」

 

 ヴァトラーにとっては、最大の好敵手であり伴侶候補でもある、漆黒の髪に黄昏色の瞳を持つ少年──黒崎翔矢だった。

 ヴァトラーは一緒に出てきた紗矢華には目もくれずに、翔矢に歩み寄る。

 

「翔矢じゃないか。半年振りカナ、君に会うのは」

 

 口を三日月みたく裂けさせて、ヴァトラーは翔矢に声をかける。翔矢は、げぇ、とあからさまな嫌な顔をして少し後ずさった。

 

「来るな、ホモ。俺はお前を恋愛対象で見てないから来ないでください。女の子オンリーなのでごめんなさい」

 

「ははは、酷いじゃないか翔矢」

 

 優しげな笑みを湛えて言うヴァトラーに、酷くない、と翔矢は言い返す。

 おいてけぼりの紗矢華は呆気に取られてしまっている。

 はぁ、と溜息をついた翔矢は甲板を見渡した。そこで彼はここにいると思っていたもう一人の人物がいないことに気付いた。

 

「ヴァトラー、女王は?」

 

「んー? セリア嬢かい? セリア嬢なら、もう少しで来ると思うが」

 

 翔矢の質問に、ヴァトラーは興味無いように答える。翔矢はそう、と言って黒翔麟を竹刀袋に戻そうとした。

 

「……っ!!」

 

 戻そうとしたところで、殺気をぶつけられた。だがそれは翔矢にではなく紗矢華に向けて。

 翔矢はバッ、と振り返って紗矢華の手を取り、黒翔麟を構えた。

 

「し、翔矢?」

 

 急に手を取られた紗矢華は戸惑いの声を上げる。

 翔矢は殺気の発生源を鋭く睨んで、黒翔麟に霊力を流し込む。

 

「趣味がいいとは言えないね、女王様」

 

 皮肉を込めて、翔矢は"焔の女王"──セリア・オルートにそう言う。彼女の容姿は、蒼い髪をゆるふわに巻いた長髪にスラッとしたスタイルを持っている。顔は文句無しの美女。

 

「あら? そうでしょう、かっ!」

 

 言って、彼女は橙色の焔を纏った猫型の眷獣を出した。

 

「火猫、ってことはお遊びだよね……」

 

「よく分かってらっしゃるのね、流石翔矢さん」

 

 綺麗な笑顔を翔矢に向けて、彼女は火猫に指示を出して翔矢と紗矢華を攻撃するように仕向けた。

 

「ちょ、お遊びでこの攻撃なのっ!?」

 

 紗矢華はセリアの攻撃を見て冷や汗を流す。その攻撃は、ただ火猫が飛びかかってくるだけだが、周りには橙色の火の玉が何十個も飛んでくる。

 

「紗矢華は下がってて。……女王様、俺に焔は無駄だってこと忘れてない?」

 

 にやりと笑って、呟く。

 翔矢は火猫に向かって手を掲げる。その手には、薄緑色の魔力が漂っている。

 

「飲み込め、嫉妬(インウィディア)()大罪(レヴィアタン)

 

 火猫が後数センチで翔矢にぶつかる寸前、船が大きく揺れた。

 出てきたのは十メートルはあろう巨体を持つ蛇型の使い魔(悪魔)。薄緑色に輝く鱗を持ち、頭に六本の角を生えさせており、その間には魔力が漏れて翼のようになっている。

 その使い魔は翔矢に迫る火猫を睨み、雄叫びを上げる。

 

『クォォオオンっ!!』

 

「なんか、前見た時より大きくなってる…………」

 

 嫉妬の大罪を見た紗矢華は、顔を引き攣らせて言った。

 使い魔は、眷獣と違って魔力の塊ではない。別次元に存在する生き物だ。それ故に成長する。死ぬ時は契約者が死ぬ時である。

 雄叫びを上げた瞬間、水の塊が火猫を覆った。同時に、宿主であるセリアも水の塊に覆われた。

 

「っ!」

 

(魔力が、吸われていますわ……!)

 

 目を見開き、セリアは水の塊の中で藻掻く。しかし、手首と足首には水で出来た鎖が繋げられていた。息は出来るみたいだが、魔力は吸い取られ、体の動きも封じられ、何もできない状態だ。

 

「紗矢華に殺気ぶつけた罰だよ。今度したらレヴィアタンに喰わせるからね、女王様♪」

 

 そう言って、世の中の女性が堕ちるような笑顔を浮かべる翔矢。紗矢華とヴァトラー、セリアはその笑顔を見て、"あ、本気だ……"と心の底からそう思った。

 

 

 γ

 

 

 あのあと、女王様を自由にして俺達は豪華な船の中に入った。

 そして今、フカフカなソファに座り、テーブルを挟んでヴァトラー達と向き合っている。

 

「それで、君は?」

 

 さっき俺が紗矢華の名前を出して、それまで気付いてなかったのであろうヴァトラーは、紗矢華に訊く。紗矢華は姿勢を正して恭しくお辞儀をした。

 

「獅子王機関の舞威媛の肩書きを名乗ることを許された、煌坂紗矢華と申します。この度は、"焔の女王"、オルート卿の護衛と監視の任務に当たらせていただきます」

 

 紗矢華が堅苦しいことを言う。

 たまに紗矢華はこういう場所になると、こんな硬いことを言う。しかし、俺としてはこの蛇遣い(ホモ)と女王様に関しては雑に扱っていいと思う。

 

「ふぅん、だってさセリア嬢」

 

「そうですの。翔矢さんが良かったですわ」

 

「残念だったネ。この様子だとボクの護衛と監視は翔矢だ」

 

「本当、遺憾ですわ」

 

 なんなんだ、この二人の会話は。別に俺はジジイ(ホモ)ババア(女王様)の取り合いになられても全然嬉しくない。

 

「紗矢華、俺もう帰りたい……」

 

「え、このまま帰られると私が辛いんだけど」

 

 確かに俺が帰ってしまえば、紗矢華の負担は二倍に跳ね上がるだろう。あぁ、紗矢華に負担をかけるのは気が引ける。仕方ないよな……やるか。

 

「はぁ…………今回、僕はアルデアル公(笑) の護衛と監視をします。面倒臭い行動はしないように。いいですか、アルデアル公(笑)?」

 

 キチっとしたことを言おうと思ったのだが、どうも上手くいかない。(笑)付けちゃったし。

 

「はは、(笑)は酷いな、翔矢」

 

 苦笑いをするヴァトラーに俺はうるさいよ、とツッコミをいれた。

 その後、俺と紗矢華はヴァトラーによって割り当てられた部屋に向かったのだが──

 

「な、なんで一緒の部屋なのよ……っ!」

 

「さ、さぁ……?」

 

 その部屋は高級ホテルのスイートルームも匹敵する程のものだった。ただし、これが一人部屋なら大はしゃぎものだが、残念なことに二人部屋だ。しかも女の子との。

 

「まぁ、ベッドは二つあるから大丈夫だろ」

 

「そ、そうよね。大丈夫大丈夫」

 

 そう言い合う俺達だが、顔は真っ赤になっており、少しぎこちなさが残る。

 昔こそ同じベッドで寝ていたが、今は思春期真っ盛り。とてもじゃないが一緒に寝るなど、出来ない。

 仮眠を取るために、俺達はその後ベッドに潜り込んだ。しかし、寝られるはずもない。

 結局、俺達はヴァトラーとオルートに日本政府からの回答書を持って行く間の仮眠は取れず、目の下にクマを作ったのだった。

 




あれ、オリキャラのセリア・オルートっていう名前がISのセシリアに見えるwwwwwwwあ、あれ? こんなんじゃなかったはずなのに……………………まぁ、いいですよねっ!(殴

翔矢君の使い魔……これもう眷獣と大差ないような感じが否めないですね……


そ、それでは失礼致しましたっ!


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 Ⅱ

何ヶ月投稿してなかったんでしょうね……。申し訳ありませんでした。バイトと学校が……。それ以前に学校行けてなかったですww

今回短めです。すみません。

それでは、どうぞ!


 α

 

 

 夜明け前。巨大な船──メガヨット、オシアナス・グレイブの甲板に、ヴァトラーとオルートの二人が立っていた。

 俺はその二人に向けて、堅苦しいことを言う。

 

「アルデアル公、オルート卿。日本政府より回答書をお持ちしました」

 

「ん、やっと来たネ。待ちくたびれたヨ」

 

 振り返ったヴァトラーは、苦笑を隠しもせずにそう言う。

 俺が持つこの回答書。これはつい今しがた師匠の式神が届けてくれたものだ。本当なら俺達が立つ頃にはあるはずのものだったのだが、日本政府は、この"戦王領域"の"旧き世代"達が魔族特区である絃神島に行くことを大分渋ったようだ。そして、苦肉の策として護衛と監視を付けることにしたのだろう。まぁ、師匠や三聖はその苦肉の策を先読みしてたようだけど。

 俺は回答書が入った封筒を破り、回答書を取り出してその内容を読み上げる。

 

「本日午前零時をもって、アルデアル公、オルート卿の絃神島"魔族特区"への訪問を承認。以後はアルデアル公を聖域条約に基づく"戦王領域"からの外交特使、オルート卿はその客人として扱う、とのことです」

 

「それは結構。妥当な結論だね」

 

「来るな、と言われても勝手に行きましたけれどね」

 

 ヴァトラーは甲板に設置された手すりに寄りかかり、オルートは腕を組んで艶美な笑みを浮かべて言う。

 

「あ、それと、翔矢。そんな堅苦しい口調で言わないでくれ。ボクたち、悲しくなってくるヨ」

 

「そうですわ、翔矢さん」

 

 悲しいとかなんとか言ってるが無視しておいて。それよりも、俺には堅苦しい口調は似合わないのか。薄々自分でも気付いてたけど。

 俺は溜息をつき、二人に向けて砕けた言葉遣いで言う。

 

「さて、回答書の続きな。さっき言ったことには条件がつく」

 

「それが、君達ってことだよね?」

 

「そういうこと。俺と紗矢華の二人でお前達戦闘狂コンビの監視をする。あとは一応護衛な」

 

 護衛なんて要らないと思うけどな。何かあればこいつらが俺達より早く動くだろうし。

 俺はそう考えている中、何度も欠伸を繰り返している。何故なら、

 

「そういえば、翔矢さん」

 

「んー、なんだよオルート」

 

「紗矢華さんとはどうでした?」

 

「…………このヤロー」

 

 ニヤニヤと笑うオルートに向けて、俺は軽く殺気を放った。

 どうやら俺と紗矢華が同室だったのはこいつのせいらしい。こいつのせいで俺は寝不足になったのだ。絶対に報復してやる。睡眠の恨みは恐ろしいぞ。

 

「ヴァトラーの執事に案内されたからてっきりヴァトラーかと思えば…………やっぱりレヴィアタンにでも喰わせるか」

 

「いや、ボクも一枚噛んでいるよ翔矢」

 

「よし、殺してやろうか二人とも?」

 

 背中に背負っている竹刀袋に手をかけ、俺は頬を引き攣らせて怒りを露にする。だが、それは一瞬で終わった。

 何故なら、急に頭を叩かれたからだ。

 

「翔矢、やめなさいよ。こんなところで戦われたら元も子もないわ」

 

「紗矢華はいいの? こいつらのせいで仮眠が取れなかったんだよ?」

 

 部屋にいたはずの紗矢華が後ろにいて、少なからず驚きつつも、俺はヴァトラーとオルートに対しての文句を言う。

 しかし、紗矢華はごにょごにょと顔を少し赤らめて何かを言っている。

 

「……別に私は、いいんだけど…………」

 

 何がいいのだろうか。仮眠が取れなかったんだぞ。こいつらには天誅を下さねばならないんだ。

 俺がそう思っていると、ヴァトラーが何かを思い出したように話しかけてきた。

 

「そうだ、君達に訊きたいことがあるんだ。第四真祖についてなんだけど」

 

 第四真相という単語が出て来て、紗矢華の表情に怒りが灯った。おそらく第四真祖の監視に雪菜がついたことを思い出したのだろう。

 

「もう君達は、とっくに彼を見つけ出して、今も監視中なんだろ?」

 

「…………あえて否定はしない、とだけ申し上げておきましょう」

 

 そういう紗矢華の表情が段々怖くなっていく。綺麗で端正な顔が般若の如き形相になって、正直俺でも怖い。

 

「うふふ、ぜひ紹介してもらいたいですわね。貴方方が彼を匿う気持ちは分かりますけど」

 

 ヴァトラーとオルートの二人は、俺達獅子王機関が現在進行形で監視をしている第四真祖の話をする。その際に、何故か分からないが普通の人間がいれば意識を失うほどの邪気を放ってくる。

 しかし、そこは獅子王機関の舞剣士である俺と舞威媛の紗矢華。俺達からしてみればほんの少しの邪気程度では動揺などしない。

 紗矢華はイライラしながら首を振った。

 

「いえ。彼を庇う理由はありません」

 

 そう言って彼女は、俺が持つ第四真祖の写真を奪ってヴァトラーとオルートに見せる。

 その写真に写るのは制服を着た平凡な男子高校生、(あかつき)古城(こじょう)

 

「第四真祖、暁古城は私達の敵ですから」

 

 ぐしゃりとその写真を紗矢華は潰した。

 俺達四人を乗せたメガヨットは、ゆっくり絃神島に近づいていく。

 はぁ……何もなければいいなぁ……。無理か。

 

 

 β

 

 

 時刻は昼過ぎ。夜明け前の一件が遠い出来事のように思えるほどの天気だ。

 こういう天気に昼寝をすると凄く気持ちがいいものだろうが、残念ながら、隣にいる紗矢華が許してはくれないだろう。

 しかし、ダメ元で訊いてみて損は無い。

 

「ねえ紗矢華」

 

「ん? 何、翔矢?」

 

「昼寝したら、ダメかな?」

 

「却下よ」

 

 分かってはいたのだが、笑顔で即答された。

 俺は溜息をついてソファにだらしなく背もたれに寄りかかった。

 現在、俺達はやることがなく、こうして駄べるだけである。内容はアルディギアでの任務のことだったり、ヴァトラーとの戦闘のことだったりする。

 

「はぁ……。暇……」

 

「確かにそうね」

 

 俺の呟きに、紗矢華は読んでいた本を閉じて相槌を打った。その後、紗矢華はあー、うー、などと唸って意を決したように俺の顔を見た。

 

「しょ、翔矢……」

 

「何?」

 

「か、買い物とか、一緒に行ってあげても、い、良いわよ……?」

 

 やや上から目線な口調なのだが、言っている最中にだんだん俯いていき、最終的には上目遣いになって訊いてきた。それに、若干目が潤んでる。

 な、なんでそんなに目を潤ませて訊いてくるの!? というか紗矢華、買い物行きたいんだ!?

 俺は心の中でそう叫ばずにいられなかった。

 

「翔矢が行かないんだったら、べ、別に私はいいんだけど……」

 

 紗矢華は俺から目を逸らして、チラチラとこちらを少し不安そうに見てくる。

 そういえばと、俺はふと思った。

 俺が二年間長期任務に就く前に紗矢華と買い物をしたのは、一年前くらい。買い物などに行く時は必ず声をかけてくれていたのだが、俺は師匠との鍛錬で時間が無かった。

 久しぶりに、行くとしよう。せっかく紗矢華が誘ってくれてるんだし。

 

「まぁ、暇だしね。行ってくる?」

 

 よいしょっ、と言って俺はソファから立ち上がって紗矢華に手を差し出した。

 

「ええ、行きましょう」

 

 笑顔を見せて、紗矢華は俺の手を握って立ち上がった。

 しかし、後ろから声がかけられた。

 

「おや、お出掛けですか? 翔矢さん、紗矢華さん?」

 

 後ろを振り向いて見ればオルートが何か、黒い封書を持って来ていた。

 

「あぁ、ちょっと買い物をな」

 

「そうですか。でしたら、ついでにこれを第四真祖に渡してくださいな」

 

「ん?」

 

 妖艶な笑みを浮かべて手渡される黒い封書を見て、俺は溜息をついた。紗矢華も封書を見て頭を抱えている。

 宛名は暁古城。すなわち第四真祖だ。こいつらは何がなんでも世界最強の吸血鬼、焔光の夜伯(カレイドブラッド)と会いたいようだ。

 

「既に他の方々には配っていますわ。最後は第四真祖です。宜しくお願いしますわよ」

 

「はいはい、分かった。パーティまでには間に合うように渡す」

 

 オルートをぞんざいに扱い、俺はパシッと封書を奪った。

 今回、第四真祖と会いたいがために、わざわざ他の魔族と繋がりのあるお偉いさん方を招待してパーティを主催するのだ。本当に面倒な事をしてくれる。

 その後、俺と紗矢華はオシアナス・グレイブから出て、暑苦しい絃神島へと赴いたのだった。

 




古城君達サイドを書こうとしても翔矢君の話題すら出せないから原作と同じになっちゃったんでカットしました。
というか全然話が進まないww早くガルドシュとの戦闘が書きたいです。(戦闘描写が得意でもないくせによく言う)

次投稿するのは少し間があくと思います。ダンまちも投稿しないとなんで。

それでは、失礼致しました!!




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 Ⅲ

皆様、遅まきながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!

今回、あとがきの方に挿絵を貼りましたので良かったらご覧下さい!

そして! お気に入り登録が180以上に! ありがとうございます!頑張ります!

それではどうぞ!


 α

 

 

 オシアナス・グレイブから出た俺達に、強い日差しが降り注ぐ。俺は手をかざして空を見上げた。

 吸血鬼でもないのに一気に活力が低下していく気がする。

 

「翔矢、大丈夫?」

 

 俺の顔を見て、紗矢華が心配そうに訊いてくる。笑顔を彼女に見せて、俺は紗矢華の手を引く。

 

「大丈夫だよ。暑過ぎだなって思っただけだから。さ、行こう?」

 

「ええ」

 

 そう言って俺達は肩に背負うキーボードケースと竹刀袋を背負い直して歩き出す。

 まず行く所は、紗矢華の提案もあって携帯ショップに行く事になった。何故行く事になったかは、俺が携帯を持っていないからだ。

 別に携帯の形とかは気にしないため、俺は適当に選んでいると、紗矢華が自分自身が使用している色違いの携帯を俺に見せてきた。

 

「これなんてどう? 一応最新機種の物なんだけど」

 

 小さい声で"私と同じのだけど……"と言っていたが、本人は聞こえていないと思っているだろうけど、ちゃんと聞こえてるよ。

 紗矢華から携帯を受け取り、物色する。

 色は紗矢華の紅色ではなく黒色だった。相変わらず、服のセンスもそうだが、その人その人のコーディネートが凄く上手だ。

 

「うん、色も好きだしこれにするよ。ありがとね、紗矢華」

 

「ど、どういたしまして」

 

 俺がお礼を言うと、紗矢華はプイッと顔を背けてしまった。変わらないなと思いつつ、俺は店員の方へ向かった。

 

 

 β

 

 

 携帯の契約を終え、次に来たのはショピングモール。

 だんだん第四真祖が通う私立彩海(さいかい)学園に近づいていっている。

 ショピングモールに来た理由は、俺が喉乾いた、と思って提案した場所だった。自販機よりもモールで買ったほうが少し安いと思ったからである。

 そして、買ったの物はというと、俺はミルクティー。紗矢華はオレンジジュースだった。

 紗矢華がオレンジジュースというのは意外だった。思っていることが顔に出ていたのか、若干紗矢華の機嫌が斜めになってしまった。

 俺が必死に宥めていると、前の方からガラの悪い男が三人が歩いて来た。チラリと紗矢華の顔を伺う。その表情はまるで、鋭い刃のような、という感じだった。

 

「紗矢華、抑えて」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 俺が窘めてもその返事は堅い。

 紗矢華は所謂、男嫌い、というものだ。特に彼女が毛嫌いするのは野蛮、がさつ、臭いが一つでもある者である。

 幼い頃、紗矢華は霊力などが高く生まれたがために、自分の父親に過度な虐待を受けていた。

 その影響で、紗矢華は男性が皆そういう生き物だと思ってしまったのだ。

 しかし俺と母さん、父さんによる説明により、紗矢華の男嫌いは少し緩和された。

 だが、平気なのは俺と父さんだけだった。

 ガラの悪い男達は雑談をしながら俺達の隣を通り過ぎ、ゲームセンターの方へ向かっていった。

 

「はぁ……絡まれなくて良かった…………」

 

 胸を撫で下ろして、俺は小声でそう呟いた。

 別に俺が臆病という訳ではない。俺が危惧したのは、もし絡まれたら彼らの哀れな末路を思ったのだ。

 酷いものでは去勢寸前までの者が昔いた。

 ある男性の降魔師が、当時発育の良かった紗矢華にセクハラ行為をした。した行為としてはありふれた肩を触るなどと言った類だった。

 当然、男嫌いの紗矢華はその相手を八つ裂きにした。その後、紗矢華が俺の父さんと母さんにその事を愚痴を言ったのだ。すると、驚愕の事実を知った。

 なんと、そのセクハラ行為をした男性降魔師は、母さんにもセクハラ行為をしていたのだった。それを知った父さんは荒れに荒れ、その男性降魔師の所へ殴り込みに行った。

 紗矢華と母さん、父さんに責められた男性降魔師は泣きじゃくった。トドメに母さんが"去勢したらしなくなるんじゃないかしら?"などと言った時は、本当にするのではないか不安だった。

 以上の事により、俺は絡んでくる相手がいないことを心から安堵した。

 

「絡まれたとしても、返り討ちにするけど」

 

 そんな俺の気持ちを露ほども知らない紗矢華は、そんな事を言う。俺は溜息を一つつき、苦笑を見せた。

 

「お願いだから、先に手だけは出さないでよ?」

 

「…………し、しないわよ。勿論」

 

「最初の間が怪しいんだけど?」

 

 釘を刺す俺に、紗矢華は妙な間を置いて冷や汗をかきながら答えた。ジト目で彼女を見つつ、俺は紗矢華に良い人が出来ますように、と祈った。紗矢華の隣を歩く男性。そんな想像をした。

 しかし、俺はそれを想像した途端に、無性に腹が立った。居もしない紗矢華の隣を歩く男性に対して。

 

「…………」

 

「どうしたの、翔矢?」

 

 急に黙り込んだ俺の顔を、紗矢華が覗き込む。直ぐになんでもない、と言って笑顔を見せた俺だが、心の中は穏やかではなかった。

 紗矢華が遠くに行ってしまうような感じがしたのだ。ただでさえ任務で二年間一緒にいなかった分、遠く感じるのにこれ以上遠く感じるのは辛いと思った。

 

「…………依存、かな……」

 

 小さく、紗矢華に聞こえないように呟く。

 長く一緒にいた弊害なのか、それともほかの原因か。そんな考えを振り払うように、俺はミルクティーを喉に流し込んだ。

 

 

 γ

 

 

 第四真祖が通う彩海学園に向かいながら、寄り道をしまくった俺達は、その彩海学園に到着した時間が四時頃だった。

 第四真祖の具体的な場所を探知するため、俺は探知系の使い魔の能力を行使する。

 レーダーのようなイメージが浮かび、第四真祖の居場所を割り出した。

 

「いた。付いてきて、紗矢華」

 

「分かったわ」

 

 返事を聞いた後に、俺は人目を盗んで黒翔麟を抜く。

 霊力を注ぎ込み、黒翔麟の刃がリンと鳴った。横薙に振って虚空を割り、第四真祖のいる場所付近と俺達のいる場所の空間を繋げた。

 ブゥン、と旧式テレビのような音を立てる割れ目に、俺達は足を踏み込んだ。

 空間の狭間を歩いていき、俺達が着いた先は第四真祖の近くにある屋上だった。第四真祖はというと、体育館の近くにある自販機で飲み物を買っている。

 

「あれが、"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"、暁古城……か」

 

 俺は自販機で飲み物を買ってベンチに座ろうとしている、狼の毛のような髪の毛を持ち、灰色の瞳をした気怠げな少年を見た。

 魔力の量は桁違い……流石第四真祖、俺より魔力が上か。

 俺が暁古城に関して考えていると、背後で殺気が漏れ出ているのに気付く。

 

「紗矢華、落ち着いて……って…………」

 

 俺は紗矢華を抑えるように声をかけたのだが、少し遅かった。

 紗矢華は呪術を、暁古城が座っていたベンチにかけた。瞬間、ベンチが暁古城のすぐ近くで爆ぜた。

 そのすぐ後、紗矢華は煌華麟を弓の形態に変えて、いきなり爆ぜたベンチを見て硬直している暁古城に向けて金属製の矢を放った。

 

「な、なんだっ!?」

 

 地面に突き刺さる矢柄を、暁古城は呆然と見つめた。

 俺はその矢を睨みつける。おそらく、あの矢は紗矢華の式神だ。すると、俺の予想通り、矢はするすると解けて形を変えた。

 変えた形は薄板状になり、そして次は、

 

「犬!? いや…………ライオンかっ!!」

 

 暁古城がそう叫ぶと、続けて紗矢華は二射目に入った。矢が地面に突き刺さり、形が変わる。変わったのは狼の姿をした式神だった。

 二体の式神達はぐるる、と唸り声を上げて暁古城に襲いかかろうとしている。

 

「紗矢華、流石にやり過ぎだと思うけど? 封書渡すだけにこんな事を……」

 

「別に良いわよ。……あいつがいなきゃ、雪菜がロタリンギアの殲教師と戦う事なんて無かったのに……!」

 

 やり過ぎだと思った俺が紗矢華を嗜めると、彼女は暁古城を忌々しげに睨みつけ、その整った顔立ちを歪ませた。

 俺は彼女のそんな表情を見ていられなくなり、黙って目を伏せた。

 正直言って、俺は紗矢華のこんな憎しみに満ちた表情を見たくない。彼女には常に笑っていて欲しい。しかし、それが出来るのは残念ながら俺ではなく、雪菜だ。俺では……僕には出来ない。

 

「先輩! 伏せてください!」

 

 暗い思考に落ちようとしたところで、凛とした声が聴こえた。

 俺は目を暁古城の下へと向ける。するとそこには何故かチアリーダーの服装をして、手には光り輝く槍、雪霞狼(せっかろう)を握った黒髪の少女、姫柊(ひめらぎ)雪菜(ゆきな)がいた。

 

 

 




少し翔矢君のくらーい所を書いてみたんですが……なんか無理矢理っぽいですかね。
二年間会えなくて距離を感じる、というのは実際私がそう思っているんです。まぁ、私の場合は異性ではなくて同性ですけどね。(そんなんじゃありませんよ!)

さてさて、まえがきでも書きました。挿絵です! どうぞ!

【挿絵表示】


こんな感じです。拙くてごめんなさい、だから石ぶつけないで痛いから。
髪の色は漆黒。瞳の色は黄昏色。背負っている黒いやつは竹刀袋です。
あと、何で黄昏色かっていうと古城君の苗字が「暁」だからです。調べたら「暁」の反対は「黄昏」だということが分かったので。
苗字にするか悩んだのですが、武器の名前に合ったのが良いよね!? って思った次第ですw

それでは失礼しました!


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 Ⅳ

遅れて申し訳ありませんでした!!!

遅れた理由は二巻を無くしまして、それで内容を確認出来なかったのです。……いえ、原作見なくても(紗矢華の登場巻なので)内容は覚えてますけど、出来れば原作見ながらやりたいので探していたのですが………見つからず。諦めて新しく買いました! テヘペロ(キモイ)

まぁ、中身はあまり原作と変わらずかな、と思います。それでもよろしければご覧下さい。

それと、お気に入り数が200になりました。本当に有難うございます。私は涙が止まりませんぞ(╥﹏╥)

それではどうぞっ!


 α

 

 

 キラリと、銀閃が奔る。それは俺の妹分である雪菜が持つ七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)雪霞狼(せっかろう)のものだった。

 戦闘機の副翼を思わせる副刃を持ち、鋭利な輝きを放つ穂先。雪霞狼は洗練されたデザインをイメージさせられる。

 その銀色の槍が、紗矢華が放った獅子と狼の式神を葬った。そのまま雪菜は暁古城の下へと走って行った。

 俺は雪菜に気付かれる前に撤退しようと考え、オルートから渡された黒い封書を、暁古城の近くに投げて急いで紗矢華の手を取った。

 

「封書は渡した。帰るよ、紗矢華」

 

「ちょ、待ちなさいよ翔矢! 雪菜が、雪菜がぁぁ!」

 

 さっきの憎しみに満ちた表情は何処に行ったのか、今は雪菜の所に行きたいと駄々を捏ねるように紗矢華は手足をばたつかせる。

 俺はそれを無視して、座標を"オシアナス・グレイヴ"に固定し、黒翔麟を振るって擬似的な空間転移をした。

 俺は紗矢華の手を引っ張りながら空間の狭間を歩いて行く。

 

「しょ〜や〜! 雪菜がぁ!」

 

「ダメ」

 

 まるで子供だと思うような感じだ、今の紗矢華は。

 俺のさっきの暗い考えはなんだったんだろう。考えて損したよ。

 小さく溜息をつくと、目の前に広がるのは柔らかそうなソファーが置かれた応接間だった。そして、そのソファーに座るのは優雅に紅茶を飲むオルートであった。

 

「おかえりなさいませ、お二人共。ちゃんとお渡ししましたか?」

 

「あぁ、渡したよ。ちょっと事故が起きたけどな」

 

「事故、ですの?」

 

「これ」

 

 首を傾げるオルートに、俺は未まだに雪菜雪菜と言い続ける紗矢華を指さした。紗矢華のその姿を見たオルートは苦笑を見せた。

 実は、俺達が出掛ける前にヴァトラーとオルートの二人と少し雑談をしていたのだ。主に彼らが聞き手で、話していたのは俺と紗矢華。話す内容は全部雪菜。二人にとっては会った事もない人の話をされ、どう反応をしていいか困っていたようだった。ちなみに俺は雪菜に関する補足などだ。

 それを思い出したのであろうオルートは引き攣った笑みを浮かべて蒼色の髪を掻き上げた。

 

「ま、まぁ……お渡ししていただければ良いですわ」

 

「なんか、悪い」

 

 本来ならただ単に封書を渡すだけだったのに、紗矢華の暴走により暁古城の襲撃。それに飽き足らず現在雪菜雪菜と駄々を捏ねている。溜息しか出ない。

 

「夜のパーティーまで、部屋に軟禁しておくか……?」

 

「いえ、そこまでしなくてもよろしいのでは?」

 

「そう思うか? でも、どうにかしてこの状態を治めないと」

 

 あれだな、これが俗に言う"駄目だこいつ……早く何とかしないと……"っていうやつか。

 その後、しばらく紗矢華を放置して俺とオルートは話し合ったがまとまらず、ヴァトラーにも参加してもらった結果、部屋に軽い軟禁をする事に決まった。

 流石にあれはうるさすぎたよ俺の方が久しぶりに雪菜と会うっていうのに、紗矢華の方がヒートアップしてどうするのさ。

 あぁあと、ヴァトラーは話している最中ずっとクスクス笑っていた。凄くウザかった。

 

 

 β

 

 

洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)、ねえ。趣味悪い名前だな」

 

 ディミトリエ・ヴァトラー、セリア・オルートからパーティに招待された暁古城と姫柊雪菜。

 二人の出で立ちはパーティということもあって、古城は黒のスーツ。雪菜は動きやすそうな白いドレスだ。

 

「で、姫柊は何やってるんだ?」

 

 その雪菜はスカートの裾を握って頬を少し赤らめて恥ずかしそうにしていた。

 

「い、いえ……その、変じゃありませんか?」

 

「いや、全然。似合うよ。 ……ん? 姫柊って髪飾りとかしてたっけか?」

 

 雪菜の問い掛けに答え、古城は彼女の髪に注目した。

 そこには銀色の十字架を模した髪飾りがあった。黒髪である雪菜に栄えるため、とても良く似合っている。

 

「これ……もしかして変ですか?」

 

「いや、全然。似合うよ」

 

 先程と同じ台詞を繰り返す古城。語彙力があまりないためか、繰り返すことしか出来ないのだろう。

 

「高神の杜にいた時に、紗矢華さんと翔矢さんに……ルームメイトの子とわたしを妹のように思ってくれた人から貰ったんです」

 

「へぇ、しょうや、って男っぽい名前だな。その子達も姫柊と同じ剣巫なのか?」

 

 少し興味を惹かれた古城は雪菜に訊く。

 高神の杜とは雪菜が先月まで通っていたという表上は全寮制の女子校の名だ。本当は剣巫、舞威媛、舞剣士を養成する教育施設である。

 

「いえ、翔矢さんは男性ですよ。……顔は女の子みたいですけど。二人共剣巫ではありませんが、獅子王機関の攻魔師です」

 

 半ば独り言のように呟き、後半は何故か得意げに言う。雪菜の返答を聞いた古城は少々戸惑った。

 

「ま、待て姫柊。男性ってどういうことだ? 高神の杜は女子校だろ? なんで男が……」

 

「翔矢さん以外にも男性の攻魔師はいますよ。人数が少ないのもありますし、何より皆大人の方ばかりなので翔矢さんみたいなのは珍しいケースです」

 

「な、なるほどな。一応納得した」

 

 周りが女性だらけ。その光景を想像した古城は寒気を覚えた。もし自分がその場に放り込まれたら、吸血衝動を耐え切れるか。耐え切れないと、彼は考えて直ぐに答えを出した。

 

「二人共わたしよりもひとつ年上でしたので、今は正式な任務についています。翔矢さんについては二年前から長期任務についてるんです。いつ帰ってくるか解らないのでちょっと心配です」

 

「そっか……その二人と仲が良いんだな」

 

 はい、と古城の呟きに雪菜がはにかみながら頷く。

 

「本当の姉や兄のように思っていました。紗矢華さんは美人で可愛くて、性格も可愛くて。翔矢さんはかっこよくて、頼りになって、とても優しい人達なんです」

 

「そんなに絶賛するぐらいだから、ちょっと会ってみたいな」

 

 何気なく、そう古城は感想を零した。その瞬間雪菜は表情を曇らせ、ぼそっと小声で告げる。

 

「先輩は紗矢華さんには会わない方がいいかもしれません。翔矢さんが間にいれば良いんですが……たぶん命を狙われるかも知れません」

 

 その言葉を聞き、古城は顔を引き攣らせたのだった。

 

 

 そして、"オシアナス・グレイヴ"の甲板から雪菜と古城の姿を眺める長身の少女が、忌々しく古城を睨みつけていた。

 

 

 γ

 

 

 "オシアナス・グレイヴ"に乗り込んだ雪菜と古城は、浮いている、という事を感じていた。

 周りがニュースなので取り上げられている人々が多いにも関わらず二人だけ学生である。さぞ浮いているに違いない。

 

「にしても、俺達を呼びつけた張本人は何処なんだ?」

 

 そんな居心地の悪い、飾り付けられた会場内を見回して古城が呟く。

 

「上です。アルデアル公はおそらく外のアッパーデッキにいると思います」

 

 剣巫特有の霊視を用いて、雪菜は頭上を見上げながら言う。

 

「アッパーデッキか……。どうやって行けばいいんだ?」

 

「こっちです、先輩」

 

 広間の隅っこの方にある階段を雪菜が指を指し、古城達以外に招待された客で混み合う通路を歩き出した。

 古城は先に行く雪菜の後を追いかけると、雪菜が振り返って手を伸ばす。なんの疑問を抱かずに彼女の手を握ろうとしたところで、

 

「──せいっ!」

 

「させるかっ!」

 

「うおっ!?」

 

 二つの銀色の閃光が古城の目の前で交差する。

 よくよく見てみればその銀色の物は鋭く研ぎ澄まされたフォークだった。

 フォークを握っていたのは色素の薄い長い髪をポニーテールにしたチャイナ服の少女と漆黒の髪を長めに伸ばし、黄昏色の瞳をした何故か黒色のスリーピースを着た少女。どちらも長身だが、若干漆黒の髪の少女の方が高い。

 

「何するのよ翔矢っ! この変態を殺せないじゃない!」

 

「誰が殺させるか! まだ犯罪を犯していない奴を殺させてたまるか!」

 

 バチバチと火花が散りそうな雰囲気を醸し出す少女二人に古城は呆気に取られる。

 ふと、先程の言葉を古城は反芻した。

 

(しょう、や…………? それってもしかして……)

 

 古城がそう思っていると、先に行っていた雪菜が帰ってきた。

 

「紗矢華さん!? それに、翔矢さんまで!?」

 

 まだバチバチしている二人を見て、雪菜はその二人の名を呼んだ。

 その名を聞き、古城は自分が予想した通りだと思った。

 雪菜が名を呼ぶと二人のバチバチした雰囲気は一瞬にして霧散して、優しい愛情に満ちた雰囲気に豹変した。

 

「雪菜!」

 

 弁解。

 二人ではなく一人だった。漆黒の髪の少女……ではなく少年──黒崎翔矢は疲れたような表情になっている。それでも優しい雰囲気ではあるが。

 ポニーテールの少女──煌坂紗矢華は勢い良く雪菜に抱きつく。それを見た翔矢と古城は、ポニーテールが犬の尻尾のようだと思った。

 

「久しぶりね、雪菜! 元気だった!?」

 

「は、はい」

 

 ぱちぱちと、戸惑っているのか、それとも驚いているのか雪菜は眼を瞬かせている。

 だが、雪菜のそんな反応を無視して紗矢華は頬を彼女の首筋にぐりぐり押し付けた。

 

「あぁ、雪菜、雪菜、雪菜っ!! 私がいない間に第四真祖なんかの監視任務を押し付けられて! 獅子王機関執行部も私の雪菜になんて仕打ちをするのかしら!」

 

 頬を紅潮させ、紗矢華はどんどんヒートアップしていく。

 そんな紗矢華の暴走を見て、翔矢ははぁ、と盛大に大きな溜息をついて彼女に歩み寄る。

 翔矢に気付いた雪菜は助けを求めるように彼に目を向ける。翔矢は軽く頷き、ポンッと紗矢華の後頭部にチョップした。

 

「こら、その辺にしなよ紗矢華」

 

「あっ……ご、ごめんなさい、雪菜…………」

 

 正気に戻ったのか、紗矢華は雪菜に抱きついてはいるが先程のような暴走はなくなっている。

 

「い、いえ……大丈夫です。少し驚いただけなので」

 

 そう言う雪菜は抱きつく紗矢華を見て微苦笑する。

 一方古城は紗矢華の豹変ぶりに、またしても呆気に取られており、恐る恐ると言った感じに訊ねる。

 

「それで……誰なんだあんたらは?」

 

 訊ねる古城に、紗矢華と雪菜の二人を見守っていた翔矢が反応する。

 

「ああ、悪い暁古城。自己紹介がまだだったよね」

 

 そう言って彼は苦笑をして、胸ポケットから黒色の手帳らしき物を取り出して見せた。

 

「獅子王機関所属、舞剣士の(くろ)(さき)(しょう)()だ」

 

 見せたのは翔矢の顔写真が貼られた攻魔師の資格証──Cカードと呼ばれるものだった。

 

「で、こっちのチャイナ服娘なんだけど──」

 

 自分の自己紹介を終え、翔矢は未まだに雪菜に抱きついている紗矢華をジト目で見る。

 

「な、何よ翔矢……?」

 

「紗矢華も自己紹介しなよ。初対面なんだし」

 

「嫌よ、この変態の下卑た視線に危険を感じるわ」

 

 そう言う紗矢華は古城を鋭く睨んだ。

 翔矢は小さく溜息をつき、古城に向けて申し訳なさそうに微笑む。

 

「ごめん、紗矢華はこんなんだから代わりに俺が紹介するよ。彼女の名前は(きら)(さか)()()()。同じく獅子王機関所属で舞威媛の肩書きを名乗ることを許されている」

 

「あ、あぁ。よろしく」

 

 先程のフォークが交差する場面や紗矢華の豹変ぶりに、未まだ混乱から抜け出せない古城は頬を引き攣らせながらも笑う。

 

「それじゃあ、アルデアル公──ディミトリエ・ヴァトラーとセリア・オルートの所へ案内するよ。ついてきてくれ」

 

 そう言った翔矢は紗矢華に近寄り、ほら行くよ、と言って彼女を雪菜から引き剥がしてアッパーデッキに繋がる階段を上がっていった。

 古城と雪菜も急いで二人のあとを追っていったのだった。

 後に聞いたところによると、翔矢と紗矢華のフォークを用いた争いは、翔矢が人払いの結界を張ったことにより騒ぎにはならなかったそうな。

 




あ、文字数4000文字行ってたwwww全く気付かなかったw

ちなみに最後の紗矢華の台詞は俺ガイルの雪ノ下雪乃の台詞を使いました。あれ好きなんですよね。
雪乃みたいな毒吐くオリキャラ出そうかな。でも出すとしても監獄結界まで出せないかな。

とりあえずオリキャラは置いといて。
殆ど書いてなかったので翔矢君のキャラがブレてないか心配です。てか、古城君はアレでいいですかね? ま、少ししか出てないんで大丈夫ですよね(殴

それでは失礼致しました!!


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 Ⅴ

遅れてすみませんでした! 活動報告で今週中には必ず更新します! とかぬかしてすみません。出来ませんでした。(土下座)
三月からWOTという戦車ゲームをやり始めて、それにハマっていました。申し訳ございませんでした!

さて、今回、これまで以上にコピー感が半端ないです。
それでも良いと思いましたら、ご覧下さい。

それではどうぞっ!


 α

 

 

 喚く紗矢華の手を取りながら、俺はアッパーデッキに到着した。後ろから雪菜、古城の順についてくる。

 ふと、微量の魔力を二つ察知した瞬間、暁目掛けて光り輝く炎の蛇と蒼い焔を纏う狼が襲い掛かってきた。

 

「──先輩!」

 

 呆然とする暁を守ろうと、雪霞狼を取り出した雪菜が動き出す。その雪菜を庇うように紗矢華も動く。瞬きするような速さでその行動をしている最中、俺は手を掲げ、紅色の魔力を手に纏わす。

 

「弾け、強欲(アワリティア)()大罪(マモン)

 

 紅色の魔力を纏った手を横に薙ぎ、紅色の膜が俺達四人を覆う。

 その直後、 二つの炎が紅色の膜にぶつかる。威力が少しあるのか、魔力が削れるような感覚に見舞われる。

 ぶつかった二つの炎は二手に別れ、光り輝く炎の蛇は上へ、蒼い焔の狼は後ろへと回り込んだ。

 蛇は落下の速度を活かして突撃をし、狼は俊敏な動きで暁を狙う。

 

「暁! なんでもいいから眷獣ぶっ放せ!」

 

「どうなっても知らないからな!?」

 

 流石に暁もこの状況で焦っているのか、自棄になりながら俺に返事をする。

 噂に聞く第四真祖の眷獣はそれぞれが天災に匹敵する程の威力と聞く。それが本当なのか確かめるにはもってこいだし、何より、この状況をなんとかして欲しい。

 

疾く在れ(きやがれ)、"獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"!」

 

 暁が叫ぶと同時に、彼の左腕から鮮血が飛ぶ。その鮮血は雷を纏い、段々と雷の量が増えて獅子の姿を象った。

 獅子は暁を狙っていた狼に向かって突き進み、狼の首を咥えて噛み殺した。

 狼の方が終わったと思っていると、忘れていた蛇が紅色の膜を突き破らんとばかりに突進を繰り返していた。

 

「いい加減しつこいよ! ヴァトラー!!」

 

 キレ気味に怒鳴ると、炎の蛇は霧散した。

 すると、アッパーデッキの奥の方から金髪の青年と蒼髪の女性が現れた。

 金髪の青年──ディミトリエ・ヴァトラーは肩を竦めてやれやれ、と言った表情でこちらに歩いてくる。

 

「アハハ。流石に、翔矢が怒ると困るから諦めるヨ。……それに、目的も果たしたからネ」

 

「ふふっ。そうですわね。翔矢さんったら、怒ると怖いですもの」

 

 ヴァトラーに続いて蒼髪の女性──セリア・オルートが微笑みながら歩いてくる。

 二人の吸血鬼は暁の前まで近付き、片膝をついて恭しく貴族の礼をとった。

 

「御身の武威を検するが如き非礼な振る舞い、衷心よりお詫び申し奉る。我が名はディミトリエ・ヴァトラー。我らが真祖"忘却の戦王(ロストウォーロード)"よりアルデアル公位を賜りし者」

 

「わたくしの名はセリア・オルート。"旧き世代"の貴族ですわ。今宵は御身の尊来をいただき、恐悦の極みです」

 

 二人の口上を聞き、暁は狼狽える。

 雪霞狼を構える雪菜とその雪菜を庇おうとする紗矢華、そして手に魔力を纏わしている俺達は呆然と立ち尽くす。

 未だに狼狽えている暁に、ヴァトラーは追い討ちをかけた。

 

「初めまして、と言っておこうか暁古城。いや、"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"──我が愛しの第四真祖よ!」

 

 言い終えて投げキッス。

 それには暁、雪菜、紗矢華、俺の四人は背筋を凍らせた。

 

 

 ただ、救いだったのはオルートはヴァトラーまでとはいかないのか、愛しの第四真祖発言はしなかった。

 逆にオルートは少しキツめの視線をヴァトラーに送っていた。

 これが、暁とヴァトラー、オルートのある意味運命的な出会いだった。

 

 

 β

 

 

 アッパーデッキから"オシアナス・グレイヴ"の広い客室へ場所を移した俺達は、それぞれソファなどに座り、ただ一人オルートは紅茶を飲んでいた。

 

「そういえば、さっきの気配、"獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"だネ。普通の人間が第四真祖を喰らった、という噂は本当だったという訳だ」

 

「そのようですわね。わざわざこの絃神島に来たのも無駄足ではなかったようですわ」

 

 軽薄そうに笑いながらヴァトラーが、優雅に紅茶を飲むオルートがそう言う。

 

「……"獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"を知ってるのか……?」

 

 困惑した面持ちで暁は二人を睨むように見た。

 困惑するのも当然か。初対面で自分が使役している眷獣を知られているなんて気味悪い以外ないからな。

 問われた二人はクスリと笑って答えた。

 

「ええ、勿論存じてますわ。"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"アヴローラ・フロレスティーナの五番目の眷獣でしょう?」

 

「制御の効かない暴れ馬と言われてたけど……案外手懐けてるじゃないか。よっぽど霊媒である血が良かったんだネ」

 

 オルートがアヴローラという言葉を発すると、急に暁が顔を顰める。

 雪菜は何か知っているのかと思い、俺は雪菜に視線を送るがその当人である彼女は何故か一筋の冷汗を流している。

 

「アンタらとアヴローラ……一体どういう関係なんだ?」

 

 二人の様子が変だと思いながらも暁とヴァトラー、オルートの話に耳を傾けた。

 そして、暁の問いに答えたのはヴァトラーだった。しかしその答えは些か……いや、マジメに気持ち悪かった。

 

「言わなかったっけ? ボクは彼女を愛してるんだ。永遠の愛を誓ったんだよ。──だから、暁古城」

 

「な、なんだよ」

 

 気持ち悪い笑みを浮かべ、暁に躙り寄るヴァトラー。暁も気持ち悪いと思ったのか、彼はじりじりと後退していき、俺の後ろに暁は隠れた。

 

「暁…………」

 

「わ、悪ぃ……でも気持ち悪くてよ……」

 

 ジト目で暁を見ると彼は冷汗をかいていた。

 小声で言葉を交わす俺と暁だが、ヴァトラーは気にせず腕を広げて話し続ける。

 

「──ボクと一緒に仲良く愛を語り合おうじゃないか。君が第四真祖の力を受け継いだということは、彼女が君を認めたということだ。それに比べれば、ボク達が男同士だという事実なんて些細なことサ」

 

「些細じゃねぇーよ! そこは重大な問題だから!」

 

 俺の後ろで怒鳴る暁。

 うん、こればっかりは暁に同情をするしかない。これを半年前から言われ続けてる俺なんて、寒気が起きる。

 

「ディマ……ちょっといい加減にしたらどうですの?」

 

「「え?」」

 

 予想外の人物の反撃に俺と暁の声が重なる。

 オルートはこめかみに手を当て、ヴァトラーを愛称で呼び、彼を諌める。

 というか、ヴァトラーの愛称ってディマだったんだ。どうでもいい情報入手しちゃったよ。どうしてくれるんだよ。

 

「アハハ、セリア嬢から怒られてしまったか。古城、愛を語り合うのはまた今度でいいカナ」

 

「いや、語り合わねぇから!」

 

 苦笑しながら言うヴァトラーに、暁は何度目かの怒鳴り声をあげる。

 すると、先程から黙っていた雪菜がソファから立ち上がり、前に進み出た。

 

「アルデアル公──恐れながらお尋ねします」

 

 そんな雪菜に、ヴァトラーは今までいなかったかのように首を傾げた。

 ちょっとイラッとしたけど自重するかな。紗矢華みたいに暴走はしないけど俺も少しシスコンの気があるみたいだし。

 

「君は?」

 

「獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜と申します。今夜は第四真祖の監視役として参上致しました」

 

 雪菜が名乗るとヴァトラーは、少し驚いたように表情を変えて小さく頷いた。

 

「あぁ……翔矢と紗矢華嬢のご同輩か。君の話は二人から聞いてるヨ、しつこくね」

 

「待て待て、俺はそんなに話してないだろ。紗矢華の話に補足しただけじゃないか」

 

 誤解されかねないので、俺はヴァトラーの最後の言葉を聞いた瞬間に訂正に入る。

 

「いいや、君も結構話してたよ。セリア嬢もそう思ってるはずサ」

 

 そう言って話をオルートへと振ると、彼女もヴァトラーと同じ思いなのか、コクコク頷いている。

 俺は、えぇ……、と声を零して肩を落とした。

 だって、そんなに話してないと思ってたのに傍から見れば結構話してたなんて。

 

「──ところで」

 

 俺が落ち込んでいると、オルートが呟く。

 

「古城さんの身体から、雪菜さんの血と同じ匂いがするのですが……もしや、貴女が"獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"の霊媒ですの?」

 

「っ!?」

 

 ニヤッと笑いかけるオルートに、雪菜が不自然に硬直した。

 俺はそうなのか、と思い暁の方に視線を送ると彼は俺の方を見て引き攣った笑みを浮かべた。

 暁の判決──有罪(ギルティ)

 

「暁……弁明は?」

 

 俺はあくまで冷静に、にこやかに暁に訊く。俺の傍では紗矢華が鋭い殺気を彼に向けて放っている。

 すると、彼は目を泳がせて冷汗を流しながら言う。

 

「い、いや、アレはなんというか、その……ふ、不可抗力だ」

 

 弱々しく答える暁に、俺はフッと鼻で笑った。

 

「不可抗力、ねぇ? ……まぁ、それは今度訊くかな。それで、雪菜。ヴァトラーとオルート(こいつら)に訊きたい事、あるんでしょ?」

 

 これ以上訊くと少しややこしくなりそうだったため、少し強引ではあったが話を変えた。ヴァトラーが何か言いそうだったし、紗矢華も眉間に谷を刻んでて怖いし。

 俺に言われ、雪菜は険しい表情で重々しく頷き、ヴァトラーとオルートを見据えた。

 

貴公(あなた)方が絃神市を来訪された目的をお聞かせ下さい。それとも第四真祖とそういう変な縁を結ぶ事が目的なのですか?」

 

 雪菜が咎めるように発言するが、ヴァトラーは軽薄そうな笑みをより一層強くした。

 確かに、今回の目的は俺も知らない。第四真祖である暁に接触するのは分かってはいたが本格的な目的は不明だ。

 

「あぁ、そういえば忘れてたヨ。古城と縁を結ぶのもあるけど、別にあるよ」

 

「あるのかよ……」

 

「……ディマ」

 

 暁はうんざりしたように呟き、ヴァトラーの発言を聞いたオルートは目を細めて彼を見た。

 ヴァトラーはゴメンゴメンと笑って、雪菜を見た。

 

「ちょっとした根回しをね。この魔族特区が第四真祖の領地だというなら、まずは挨拶を、と思ってサ。もしかしたら迷惑をかけるかもしれないからねェ」

 

 そう言ったヴァトラーは優雅に指を鳴らした。それが合図となり、客室の扉から使用人がぞろぞろ現れて豪勢な料理を運んできた。

 

「……迷惑とはどういう意味ですか? アルデアル公」

 

 運ばれた料理に視線すら動かさず、雪菜はヴァトラーを睨む。

 

「クリストフ・ガルドシュという名前を知っているかい、古城?」

 

「いや知らない。誰だ?」

 

 ヴァトラーに訊かれ、暁は首を振る。すると、ヴァトラーの執事が暁にワイングラスを手渡した。

 物腰は静かで知性的なのだが、威圧感を備えた強面の老人だ。彼の頬に大きな傷が苛烈な人生を想像させるが……何故か違和感が湧いてくる。

 気のせいかと思い、俺はオルートが淹れてくれた紅茶を飲む。

 ヴァトラーが言ったクリストフ・ガルドシュとは戦王領域出身の元軍人で、欧州で名を知られた黒死皇派というテロリスト集団の幹部だった。

 約十年前の事件では民間人約四百人以上の死傷者を出している。

 しかし、黒死皇派は数年前に壊滅した。指導者が暗殺されたからだ。殺した人物は目の前で優雅に微笑む──

 

「指導者を殺したのはわたくしですわ。少々厄介な特技を持っていた御老人でしたけど、炭すら残さず焼き殺して差し上げましたわ」

 

 ──セリア・オルートだ。

 その事件はヴァトラーも一緒にいたという目撃情報もらあるがそこまでは解らない。だが、このセリア・オルートという人物はアルデアル公であるヴァトラーと同等に世界的に重要人物なのは確定している。

 俺は思考していた頭を小さく振り、暁とヴァトラーの話に耳を傾ける。

 

「ガルドシュは黒死皇派の生き残りだ。まぁ、正確に言えば黒死皇派の残党達が、新たな指導者として彼を雇ったんだ」

 

 そこで、俺は遅まきながら疑問に思った。

 何故ここでガルドシュの話題になった? と。

 

「ちょっと待て。アンタらが絃神島に来た理由に、そいつが関係してるってのか?」

 

 どうやら暁も俺と同じ疑問を抱いたようで、彼はヴァトラーに問うた。

 

「察しが良くて助かるよ、古城。その通りだヨ。ガルドシュが、黒死皇派の部下達を連れてこの島に潜入したという情報が入った」

 

 それを聞いた俺はヴァトラーを凝視する。

 何故、そんな情報を手に入れられるか。欧州周辺を領域とする第一真祖の直系だから手に入れられたのか? 俺達獅子王機関よりも? それか情報は入ったが、獅子王機関の上の連中が止めたから、俺達下の人間に情報が行かなかったのか?

 如何せん情報が少な過ぎて詮索すら出来ない。師匠に訊いてみるか。

 

「……なんでヨーロッパの過激派が、わざわざこんな島に来るんだよ?」

 

「さぁね……何を考えているのやら」

 

 ヴァトラーのとぼけた応えに暁は歯を食いしばった。

 すると、ずっと黙って眺めていた紗矢華が急に事務的な口調で暁に言う。

 

「黒死皇派は差別的な獣人優位主義者達の集団よ。彼らの目的は聖域条約の完全破棄と、戦王領域の支配権を第一真祖から奪う事」

 

 そんな事も知らないのか、と言いたげな冷たい目で紗矢華は暁を睨む。暁も今のに気分を害したのかムッとした表情になって、

 

「ますますこの島は関係ねぇじゃんかよ」

 

「いいや、違うよ。暁」

 

 俺はまだ解っていない暁をたしなめるべく、口を開く。

 

「何がだよ?」

 

「絃神島は魔族特区。つまり、聖域条約によって成立している街だ。──簡単に言えば、この島で事件を起こせば黒死皇派の健在を証明できるということだよ。まぁ、自己満足だろうけどね」

 

「な……」

 

 俺の言葉に暁は絶句する。

 解らなくもない。そんな勝手な理由で被害が出るかもしれないのだから。

 

「とはいえ、魔族特区があるのは何も日本だけじゃない。黒死皇派が絃神島に来た事は、他の理由もあると考えてもいいはずだよ」

 

「他の理由……?」

 

「そこまで俺も予測はできない。ヴァトラー、オルート、何か知ってないの?」

 

 流石に情報が暁と同じくらいしかない俺が予測できるのはそれくらいだ。

 ヴァトラーとオルートに訊いてみると、オルートが一つだけ、と呟いた。

 

「わたくしが考えられるのは、真祖を倒す手段を手に入れるため、というものですわ。黒死皇派の最終目的は第一真祖を殺すことですもの」

 

「アンタらはそれでいいのかよ?」

 

「別に構わない……と、あの真祖(おじいさま)なら仰ると思いますけどね。ですが、わたくし達も立場というものがあり、そうも言ってられないのです」

 

 ただただ紅茶を飲みながら、オルートは微笑む。

 ヴァトラーはそういう事サ、と他人事のような態度で彼女に便乗した。

 

「クリストフ・ガルドシュを暗殺なさるつもりなのですか?」

 

 オルートの話を聞いた雪菜が真剣な面持ちでヴァトラーとオルートを睨みつけながら訊く。

 ヴァトラーはまさか、と呟いて肩を竦めた。オルートも彼と同意見なのかゆっくりと首を振る。

 しかし、俺はこの二人の性格を知っている。

 どこまで行っても戦闘狂。この二人の性格はそうだ。こいつらがガルドシュと戦闘をしないなんて有り得ない。若しくは自分達が面白くなるように何らかの企みはある筈だ。

 すると、俺の思った事は的中し、ヴァトラーはでも、と言葉を続けた。

 

「もし仮にガルドシュがボク達を殺そうと仕掛けてきたら、勿論、応戦するヨ? 自衛権の行使ってやつだよ」

 

「ええ、わたくしもそのつもりですわ」

 

 軽薄に笑う青年と冷笑する美女を見て、暁は冷汗を流している。

 やはりこいつらは油断ならない。監視役の任務が紗矢華だけだったら、と思うとゾッとする。

 

「アンタらが絃神島に来た理由は、その黒死皇派を挑発して誘き出すのが狙いか。こんな馬鹿みたいに目立つ船で乗りつけたのも……」

 

「いやいや、どちらかと言えば愛しい君に会うためなんだが……おっと」

 

 そう言うヴァトラーは、首を横に倒した。瞬間、ヴァトラーの顔があった場所に橙色の焔を纏った手刀が通過した。

 

「そろそろ、その色目を潰さないといけませんわね」

 

 いつの間にヴァトラーの背後に回ったのだろうか、オルートはジトーっとした目で彼を見ていた。ヴァトラーはそんな彼女に苦笑いを浮かべ、勘弁して欲しいナ、と呟いた。

 それを見たオルートは溜息を吐き、暁に対して真剣な表情で告げた。

 

「はぁ……。ハッキリ申しあげますわ、古城さん。わたくし達は、ガルドシュに攻撃された場合、自衛権を行使してこの島を沈めてしまう可能性がありますわ。なので、貴方には最初に謝罪しておこうと思いましたの」

 

「なっ……」

 

 二度目の絶句。

 襲われた場合、この島を沈めると言ったのだ。それで驚くなというのは酷というものだろう。

 そして、このオルートの発言はもう一つ意味がある。

 もし暁がこの二人を止めに入ろうとした時、暁までも倒しにかかるだろう。

 俺達獅子王機関はヴァトラーとオルートが正当防衛を主張する限り手を出せない。

 どうするか、と俺は思案した。

 雪菜が住むこの絃神島を沈むのを黙って見ているなんて、そんな情けない事をしたくない。

 どうする。何が出来る……?

 八方塞がりのこの状況に、若干の苛付きを覚え始めたとき、雪菜が口を開いた。

 

 

「折角ですが、そのお気遣いは無用でしょう、アルデアル公、オルート卿。──わたしが貴公(あなた)方の代わりに、黒死皇派の残党を確保します」

 

 

 




いやぁ、ほんっとうに申し訳ありませんでした!!

読み返したら思った以上に原作劣化コピー感が半端なかったです。申し訳ありません。
紗矢華もヒロインなのにちょっと空気になっちゃったし。次は紗矢華成分多めに行きますよ。じゃなきゃ私の生活に支障がでますのでw

あと、今回話の流れ的にキリが悪かったです。なので微妙なキリかたになってしまいました。

そして最後に……この作品の更新をお待ち頂いた読者様方、遅くなり申し訳ありませんでしたっ!!


それでは失礼します!


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 Ⅵ

皆様お久しぶりです! この獅子王機関の舞剣士もついに一年目です。
ということで、何か記念に番外編でも書こうか悩み中でして。まぁ、投稿するとしても二、三日空くと思いますが。
番外編を書くのを賛成か反対か、活動報告を書きますのでそちらにお願いします! あ、あと、どんな話がいいか参考にしたいので書いてくれると嬉しいですw

今回、少し雑かなと思います。もう一ヶ月更新と化しているのに何をやってるんだ、と言われても何も言えませぬ。

それではどうぞ!


 α

 

 

「折角ですが、そのようなお気遣いは無用でしょう、アルデアル公、オルート卿。──わたしが貴公(あなた)方の代わりに黒死皇派の残党を確保します」

 

「──雪菜っ!?」

 

 そう言った雪菜に反応したのは、俺の隣にいる紗矢華だ。普段優秀そうに振舞ってる紗矢華だが、こういう予想外の出来事には滅法弱い。

 そこが可愛いんだけどね。これに関しては父さんや母さんも俺と紗矢華が幼い頃からそう思ってるし。

 でもまぁ、紗矢華が動揺するのも解るかな。雪菜が自ら戦いに行くんだから。

 

「おい、姫柊! 何もお前が──」

 

「先輩達は黙っていて下さい。アルデアル公とオルート卿のお二人に任せては、自衛権の行使だと言われてお終いです。──なら、わたしが黒死皇派の残党を確保すれば良いんです」

 

 暁が声を荒らげるが、雪菜は冷たく言う。

 確かに雪菜の言う事も最もだ。しかし、監視役である雪菜が動く事で第四真祖の暁も必然的に動く事になる。

 つまり、天災に匹敵する眷獣を全て掌握出来ていない暁をわざわざ戦場に放り出し、危険にさらす事になる訳だ。

 危険過ぎる。下手に介入すればどうなるか解らないというのに、この雪菜(がんこもの)め……。

 

「翔矢……」

 

 雪菜の行おうとしている行為に苛立ちを覚えていると、紗矢華が不安そうに俺を呼ぶ。

 

「紗矢華? どうしたの?」

 

「貴方からも雪菜に言ってよ。……お願いだから」

 

 紗矢華が泣きそうな声で俺に懇願する。

 彼女がここまで不安になり、泣きそうになるのも理解できる。なにせ、紗矢華が親友と呼べるのは俺や雪菜だけなのだから。

 俺は紗矢華の頭に手を乗せて頷き、少し前へと進み出て雪菜を見て言う。

 

「雪菜。俺はお前のその提案には反対だよ」

 

 そう言う俺に、反対される事を解っていたような雪菜は驚きもせずに俺の方に顔を向けて口を開いた。

 

「何故ですか? アルデアル公とオルート卿のお二人に任せては、最悪島が沈むかもしれないんですよ?」

 

「勿論、ヴァトラーとオルートには手を出させないさ。けど、第四真祖の監視役である雪菜をわざわざ戦場に行かせる訳ないでしょ」

 

 怒気を込めて俺は雪菜に告げた。

 監視役、という言葉を突きけられて雪菜は苦虫を潰したような表情になった。しかし、彼女は俺を見据えて声を荒らげて言う。

 

「じゃあ、どうしたら良いんですか! 翔矢さんが黒死皇派の残党を確保するというのですか!?」

 

「俺だって雪菜が住む絃神島を危険にはさらしたくない。けど、俺はヴァトラーの監視役だ。雪菜の代わりに確保は出来ない」

 

「なら! わたしが──」

 

「いいや。動けるのは雪菜だけじゃない。まだいるでしょ? 心当たりない、暁?」

 

 雪菜と言い争いをしている俺は暁に目を向けて、心当たりのある人物を訊く。

 俺がまだアルディギア公国の王女の護衛をしている最中、偶然会った人物が彩海学園の教師をしていると聞かされた。

 名は、

 

「そうか! 那月ちゃんなら!」

 

 そうそう、那月ちゃん…………は?

 え、何。暁は教師をちゃん付けしてるの? 確かに身長も中学生っぽいし、舌足らずな口調だし、ゴスロリみないなの着て人形っぽいけど。……ちゃん付けで良いんじゃないかな。

 

「……先輩、ここではちゃんと呼びましょうよ」

 

 俺と言い争っていた雪菜は少し落ち着き、ジト目で暁を見る。

 ヴァトラーとオルートは、あぁ、と納得するように呟いた。

 

「確かに、"空隙(くうげき)の魔女"ならば黒死皇派の残党を確保できるかもねェ」

 

南宮(みなみや)那月(なつき)、ですか。そういえば翔矢さんはディマと戦った後に怒られていましたわね」

 

 ヴァトラーは軽薄そうに言い、オルートは少し思い出すように笑った。

 オルートの話を聞いた紗矢華は何をしたの、と言いたげな目で俺を見る。俺は肩を竦めて訳を話した。

 

「言ったでしょ、ヴァトラーと戦闘したって。その時に街やらなにやら破壊しちゃってさ。それを"空隙の魔女"に見られて説教されたんだよ」

 

 理由を聞いた紗矢華はこめかみに手を当てて溜息をついた。きっと呆れられているに違いない。

 暁の方を見てみれば、だから那月ちゃんを知ってたのか、と言っている。

 俺は話題を戻すため、わざとらしく咳払いをした。

 

「おそらくだけど、"空隙の魔女"達も黒死皇派の動きを掴んでると思う。今回は俺達獅子王機関は動かない方がいい」

 

 "空隙の魔女"が所属する機関と、俺や紗矢華、雪菜が所属する機関は全く別の所が管理するため、仲があまりよろしくない。つまりは商売敵という事だ。

 今回は俺達三人はそれぞれ監視対象がいるため、勝手な行動は出来ない。故にこの件は国家攻魔官の"空隙の魔女"に放りなg──任せた方がいい。

 

「……解りました。けど、わたしの周りで何かあれば、わたしは動きます」

 

 本当にこの娘は頑固だ。一度決めれば絶対に行動しようとする。

 昔からそうだ。高神の杜で受けたサバイバルで、俺と紗矢華が駄目だ、と言っても彼女はそれをしてしまう。

 俺ははぁ、と溜息をついて小さく頷いた。

 

 

 

 ガツン! と、部屋の調度品を蹴りつける音が部屋に響く。

 客室での話を終えた俺と紗矢華は部屋に戻ってきた。

 しかし、紗矢華は雪菜が危険に晒されると思い、心配そうにしたり、一番危険な人物である暁を思い出してイラついたりと大変忙しそうにしている。

 

「あーもうっ! 全部第四真祖のせいよ! 雪菜が黒死皇派の残党を捕まえるとか言ったのはっ!」

 

「落ち着きなよ、紗矢華。それに、暁は何もしてないじゃないか。あれは雪菜の独断だよ」

 

「でも! あの変態がいなければ雪菜は監視役なんて押し付けられなかったのよ!?」

 

「暁の存在を否定しないの。……昔からでしょ。雪菜があんなふうに無茶な事言うのは」

 

 ベッドに腰掛けながら、俺は溜息混じりに言う。

 紗矢華はでも、とまだ言おうとしているが、昔を思い出したのだろう。何も言い返さなかった。

 

「……そんなに心配なら明日、朝から雪菜と暁のところに行こうか?」

 

「……ありがとう……翔矢」

 

 俺の正面に座り、紗矢華が俯きながらそう小さく言った。

 俺は彼女の綺麗な髪を撫でながら、

 

「お礼言われるような事はしてないけどね。さて、もう寝ようよ? 今日なんてほとんど寝てないしさ」

 

「……うん」

 

 そう言うと、紗矢華ははにかんで頷いた。

 俺達は電気を消してベッドに潜り込んだ。数秒後、俺は睡魔に襲われ、抵抗せずに意識を手放した。

 

 

 β

 

 

 肌を焼くような朝日を受け、"オシアナス・グレイヴ"から出た俺と紗矢華は、雪菜が住むマンションへと向かった。

 俺達はそのマンションの中が見れるような場所に位置取り、式神を経由して暁や雪菜の様子を伺う。

 雪菜は女の子なので紗矢華が様子を見て、俺は暁を見ている……のだが、寝ている暁の上に、金髪の制服を少し改造した少女が跨っていた。

 

「……」

 

 これをどう紗矢華に伝えようか。伝えなくていいかな。うん、良いよね? 誰か助けて。

 

「雪菜の方は問題ないわ。翔矢、そっちは?」

 

「……」

 

 雪菜の方を見ていた紗矢華が俺に問いかけてくる。しかし、今の俺には答えられるようなものはない。

 というより答えてはいけないと思うんだ。

 質問に答えない俺に紗矢華は不思議に思ったのか、首を傾げて近寄ってきた。

 

「翔矢? どうかしたの?」

 

「……い、いやぁ? 何でもないよ? 僕は何も見てないヨ」

 

 や、ヤバイ。声が裏返っちゃった。

 紗矢華を見てみればジーッと俺を見つめてきている。

 

「嘘つかないの。正直に言いなさい、翔矢。何があったの?」

 

「え、い、いや……その……」

 

 目の前に紗矢華の顔があり、少しドキッとした。

 い、いやぁ、紗矢華ってますます綺麗になっていくよねー? 幼馴染みとして悪い男の人に捕まらないか心配だよ?

 頭の隅でそう思いつつ、彼女には勝てず、暁に起こった事をつまびらかに白状した。

 

「殺すわ……! 暁古城! 雪菜だけでなく、他の女まで……!」

 

 うん、ごめん暁。俺は紗矢華に弱いんだ。問い詰められたらもう俺は従うしかないんだよ。

 暁に心の中で謝罪し、俺達は登校し始める雪菜と暁の後を追った。

 ちなみに金髪の少女──資料によれば藍羽(あいば)浅葱(あさぎ)というらしい──は雪菜と暁と一緒に登校するのではなく暁の妹──暁凪沙(なぎさ)──と先に登校した。

 

 

 γ

 

 

「しょ、翔矢……」

 

「ご、ごめん」

 

「……ちょ、そこっ……!」

 

「ホントにごめん……!」

 

 現在、満員のモノレールに揺られています。誰か助けて。

 暁達を追ってモノレールの中に入ったのは良いのだが、予想以上に混雑していたため、暁達を見失ってしまった。

 終いには他の乗客にギュウギュウ押されて、俺は紗矢華とこれまでにない程密着している。しかも紗矢華が壁際にいるため、俺と正面を向いている形になる。

 そのため、うん、まぁ……その……なんと言いますか……。

 

「……うぅ…………」

 

「……すみません」

 

 えーと、柔らかかったとだけ言っておく。ほんとうに紗矢華には申し訳ないと思うよ。モノレールから出たらまた謝らなきゃな。

 恥ずかしさから、紗矢華は顔を赤くして俯いてしまっている。

 早く着かないものか、と思っていると、モノレール内に到着するというアナウンスが流れた。

 やっとか、と思った矢先にモノレールがブレーキをかけて揺れた。

 俺は体を支えるために壁に手を当てて他の乗客にぶつからないように踏ん張る。だが、咄嗟だったため、ドン、と少し音が鳴ってしまった。

 

「はぅ……」

 

「あ……」

 

 ……やってしまった。

 頭の中にその言葉が浮かぶ。

 俺の手を見れば紗矢華の右の首から数センチ離れた場所に置かれていた。

 つまり、壁ドン、というものになってしまった。

 え、どうしよう? すごく気まずいんだけど。なんか、紗矢華にトドメさしちゃったような気がするけど、どうしたらいいかな。

 若干パニックになっていると、少し乗客が減り、動けるスペースが出来てきた。

 俺はこのチャンスを逃すまいと思い、紗矢華の手を握ってモノレールから出た。

 手を握りながら、周りを見渡して暁達を探すと、百メートルくらい先にフードを被った少年が見えた。

 

「この距離なら大丈夫かな」

 

 暁達との距離を測り、バレていないか確認する。

 その後、俺は紗矢華を連れて路地裏に行き、綺麗に頭を下げた。傍から見たら直角に等しい。

 

「ごめんなさい! 変な所触ったり、壁ドン? みたいな事したりして!」

 

「……え、あ……え?」

 

 急に謝ったからか、紗矢華は少し戸惑っている。

 

「本当にごめんね。嫌だよね」

 

 いくら幼馴染みである俺とはいえ、男だ。男性に恐怖と嫌悪を抱いている紗矢華にとって、今回の事は嫌だったに違いない。

 俺は少し顔を上げて紗矢華の顔を窺う。すると、彼女は若干頬を染めつつ視線を逸らして口を開いた。

 

「別に、翔矢が悪いわけじゃないから良いんだけど……。それに、翔矢だから……私はむしろ……」

 

 最後はごにょごにょ言ってたから聞き取れなかったけど、これは無罪放免、という事で良いのかな。

 よかったぁ、と思い、俺は暁達を監視する。

 人通りが多くなってきた今、直接後を追うのはバレる危険がある。式神を使って遠くから監視した方がいい。

 

「紗矢華、人多くなってきたし式神使うよ?」

 

「……あのまま……。え? な、何か言った、翔矢?」

 

「いや、人多くなってきたから式神使うよ、って」

 

「え、あ、うん。お願い」

 

「おーけー」

 

 まだごにょごにょ言ってたみたいだけど聞こえないんだよね。

 雀型の式神を何体か飛ばし、あらゆる角度から暁達を監視する。

 これで直接監視する必要がなくなったので、休憩がてらどこかの喫茶店にでも行こうかと思った。

 ヴァトラーとオルートからは、"船でゆっくりしてるからデートでもしてきなヨ"と言われている。別にデートというわけではないのだが、妙にニヤけている二人を見ていると不快に感じたので、ヴァトラーの側近であるキラ・レーデベデフ・ヴォルティスロワという見た目十代の黒髪の少年吸血鬼に後を任せた。ちなみに"旧き世代"のようだ。

 よって、ヴァトラーとオルートを気にせずに暁達を監視出来るのだ。

 

「さてと、朝から何も食べてないし、どこかの喫茶店で何か食べよう?」

 

「ええ、そうね」

 

 俺が歩きながら提案すると紗矢華は頷き、俺の隣に歩み寄る。

 時折暁達の動きを確認しつつ、俺達は彩海学園に近い喫茶店に入って注文をした。

 俺はハムのサンドウィッチ四枚とレモンティー。紗矢華は俺と同じサンドウィッチに紅茶。

 注文し終えた俺は席を立ち、

 

「紗矢華、ちょっと席外すね。師匠に聞きたい事あるから」

 

 そう言うと紗矢華は頷き、いってらっしゃい、と返してくれた。

 喫茶店の外に出て新しい携帯を取り出し、師匠に電話をかける。二回くらいのコールで師匠が電話に出た。

 

『もしもし? どうした翔矢?』

 

「ちょっと聞きたい事があって」

 

『聞きたい事? 何をだい?』

 

「獅子王機関はヴァトラーとオルートの絃神島訪問の目的を知っていたかどうか」

 

 俺がそう訊くと師匠は少し黙った。

 数秒間待っていると、電話口から言葉が紡ぎ出される。

 

『結論から言うと知っていた』

 

「……じゃあ、なんで言ってくれなかったんですか、師匠? 言ってくれれば俺が黒死皇派の残党やクリストフ・ガルドシュを確保したのに。……それに、俺が動けば雪菜が確保するなんて言わなかったはずだ」

 

 そう。言ってくれれば俺がクリストフ・ガルドシュもろとも確保していた。紗矢華と別行動をし、少しでもあの戦闘狂コンビを動かす必要性を無くせる。

 そう言うと、師匠は小さく溜息をついて、

 

『……私の配慮が裏目に出たか』

 

 師匠の独り言のような呟きを俺は聞き逃さなかった。

 

「配慮? 何に対するものですか?」

 

『二年間離れ離れだったお前と紗矢華にさ。少しでも一緒に居させてあげられたら、と思って言わなかったんだ』

 

 師匠の言葉を聞き、俺はそういう事か、と納得した。

 確かにあの二人の監視や護衛だけなら俺か紗矢華のどちらか一人だけでも事足りる。俺は俺で正規の舞剣士ではなくとも任務を数多く受けてきたし、紗矢華は若い舞威媛の中では頭一つ抜けている程優秀だ。

 それを二人で任務にあたるなんて、いくらあの戦闘狂コンビとはいえオーバーだろう。久しぶりに紗矢華と会えて舞い上がって気付けなかった。

 

『にしても、まさかまた雪菜がそんな事を……』

 

「うん。一回、第四真祖と紗矢華が窘めたんだけど一蹴されちゃって。おかげで紗矢華は涙目……」

 

『それを見たお前があの子を説得、か……目に浮かぶ。翔矢、お前本当に紗矢華に弱いね』

 

「し、仕方ないじゃん……幼馴染みが涙目っていうのはちょっと堪えるというか……」

 

 そうだよ、あれは仕方ないんだよ。だって今にも泣きそうに俺を呼ぶんだよ!? あの状況でなんとかしなかったら部屋に戻った途端、紗矢華のお怒りが俺に降り掛かるんだから。

 

『まぁ、昔からお前は紗矢華には甘かったからねぇ。その次は雪菜なんだろうが』

 

「……さ、さてぇ、黒死皇派の件を"空隙の魔女"に頼むからそろそろ切るね、師匠」

 

『ちっ、逃げたね翔矢』

 

「そ、それじゃあねー!」

 

 逃げるように──実際逃げたけど──電話を切った俺は長い溜息を吐いた。

 俺だって紗矢華に甘いのは自覚してるんだよ。なんでこんな甘くなってしまったのだろう。不思議でしょうがない。

 と、とにかく次は"空隙の魔女"に黒死皇派の件を頼まなくちゃな。うん。

 内心何故かテンパる自分に違和感を感じつつ、俺は式神を経由して"空隙の魔女"に連絡を入れた。




紗矢華に甘いのは仕方ない。だって可愛いし綺麗だし、チョロインだ……し……。おや、誰か来たようだ。


話の流れ的には原作と同じですね。少し違うのは雪菜が捕らえるのではなく那月ちゃんが本格的に動くみたいですけど。
というか、これ今更なんですけど、翔矢君半魔じゃないですか。紗矢華の吸血シーン書けないと思ったんです。

……泣きました。

翔矢君を吸血鬼にしたかったけど、他の方の作品と被るから半魔にしたのに……。っく!
まぁ、クリスマスの番外編でちょっと血の話出てますけどね。その真相は戦王の使者篇の最後らへんで分かりますよ! 多分。

それでは失礼しました!


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 Ⅶ

み、皆さんおはようこんにちはこんばんは……。
一ヶ月更新のタグを付けてしまった馬鹿で阿呆で間抜けな倉崎です。
先月は更新をせずに申し訳ありませんでした。自動車学校で免許をとるため頑張っていたもので……(おかげで卒検を合格し、あとは本検だけです)

そしてなんですが、私、この八月の三十一日から自衛隊の方に入隊するのです。一ヶ月更新のタグを付けたのはこの為でもあります。自衛隊は業務外であれば携帯を使うことが許されているので、なんとか一ヶ月に一度は更新したいと考えています……。

ですが、一ヶ月更新のタグを付けてんのに更新してねぇぞ、ゴラァっ!? みたいなことになってしまう可能性があります。本当に申し訳ないです。

さて! 月一更新なので5000文字以上は行かせるぞ! と決意したのに5000文字ぎりぎりですw
ではどうぞ!



 α

 

 

 彩海学園高等部、職員室棟校舎。

 何故か学園長よりも偉そうな場所に、英語教師、南宮那月の執務室があった。

 

「何の用だ、舞剣士」

 

 古城と雪菜から黒死皇派の残党の話をされた那月は愛飲している紅茶を嗜んでいると、銀色の雀が窓際に止まったのを見た。

 霊力の性質からして翔矢である事が解り、那月は不機嫌そうに銀色の雀に訊ねた。

 

『あはは……そんなに不機嫌そうにしなくてもいいじゃないですか南宮さん』

 

 雀から発せられるノイズ混じりの少年の声は、やや苦笑いを含むものだった。

 那月はふん、と鼻を鳴らして口を開く。

 

「大方、黒死皇派の奴らの事だろう? それなら暁古城と転校生から聞いた」

 

『でしょうね。暁達に危険がないか式神経由で様子を見てましたから解ってますよ。ただ、行動だけ見てるので話の内容は聴いてませんが』

 

「転校生から、監視の任務があるから、黒死皇派の残党とクリストフ・ガルドシュは任せた、と言われた。……教師に対してなんなんだ、あいつら」

 

 部屋に入ってきた途端に、教師に対してちゃん付けする生徒と少し邪魔くさい中等部の転校生。

 それを思い出し那月は憤慨する。落ち着かせようと紅茶が入ったカップを傾けようするが、中身がないことに気付く。

 思わず彼女は舌打ちをした。

 

『はは……紅茶無かったんだ』

 

「ふん、無ければ淹れればいいだけだ」

 

 翔矢に言ったと同時に、ちょうど新しい紅茶を淹れ終えた、アスタルテが那月のカップに紅茶を注ぐ。

 

「どうぞ、マスター」

 

「ん、すまないな」

 

 無表情に紅茶を注ぐアスタルテに、那月は頷いて淹れてもらった紅茶を口に含んだ。

 少し機嫌が良くなったように見えた翔矢は那月に話しかける。

 

『それで、俺達が動けない今、貴女は動いてくれますか?』

 

「私だって国家攻魔官だ。市民に危険が出る可能性がある以上、出向かない訳もないだろう」

 

『ありがとうございます』

 

 翔矢がお礼を伝えると、那月はふん、と鼻を鳴らして紅茶を飲んだ。ちらりと窓際を見てみれば雀は空に飛び立っていた。

 那月は紅茶を飲み干し、高級そうな椅子から立ち上がった。

 

 

 β

 

 

「ふぅ、なんとか南宮さんに取り付けられた……」

 

 にしても、まさか雪菜達からも言ってくれたなんて、思いもしなかったな。てっきり何も言わないで独断行動をとるものとばかり思っていた。

 大人になったんだな、と感心して、俺は喫茶店の中に戻った。すると、席で待っていた紗矢華が紅茶が入ったカップを置いて首を傾げて訊いてきた。

 

「随分遅かったわね、何かあったの?」

 

「あれ、そんなに時間かかってた?」

 

「ええ、もう注文したもの来てるわよ」

 

 師匠と南宮さんと話してただけでこんな時間がかかっちゃってたか。紗矢華を待たせるのは出来るだけしたくなかったんだけどなぁ。

 

「ごめんね、南宮さんにも頼んでたからさ。紗矢華は何かあった?」

 

 俺は紗矢華に謝って、彼女の方で何が起こったか訊くと、若干不機嫌そうな雰囲気を醸し出した。

 

「……少しあったわね。外にいた中年の男にチラチラ見られてたわ」

 

「…………殺すかな」

 

 そう聞いた途端、俺は無意識のうちにそう口走っていた。

 

「え、何か言った? 翔矢?」

 

 幸い、紗矢華には聞こえておらず、俺は慌てて首を振ってなんでもないよ、と返した。

 ちょっと危なかったな。あともう少し大きな声だったら紗矢華に聞こえてたかも。

 それにしても、と俺は思う。

 何故俺は無意識のうちにあんな事を言ったのだろう。幼馴染みに危険が及ぶかも知れないからか、それとも別の何かか。

 少し考えていると、紗矢華が心配そうな表情で俺を見ていた。

 

「どうしたの翔矢? やっぱり何かあったの?」

 

「いいや、なんでもないよ。心配しないで紗矢華」

 

 俺が笑って言うと彼女は渋々といった表情で、

 

「そう? 何かあったら絶対言うのよ? 翔矢は昔から一人で背負っちゃうんだから」

 

「あはは、そうかな」

 

「そうよ。ほとんど私がいないとダメじゃない」

 

 胸を張って姉を気取るような紗矢華の言動に苦笑しつつ、俺は彼女に告げる。

 

「紗矢華、その言葉をそのまま君にお返しするよ。家事全般、勉強、体術、剣術etc……これら全部教えたの俺だよね」

 

 ニヤッと口元を緩めながら言うと紗矢華はすぅ、と目線を逸らした。

 

「さ、さぁ、何の事かしら」

 

「この場合、紗矢華は俺がいないとダメなんじゃないかな? お風呂上りに髪乾かしたり、寝癖で跳ねた髪を梳いたりしてるの誰だっけ?」

 

「うっ……」

 

 俺が紗矢華の痛いところを突くと、彼女は呻いた。

 そう、今日の朝だって眠たいところを起こされて、紗矢華の髪を梳いて、綺麗に纏めたのだ。枝毛が出来ないように配慮しつつ丁寧に梳くのは、昔からやっているからこそ大丈夫だが、やってなかったら非常に疲れるだろう。

 小さくなる紗矢華を見ながら、俺はサンドウィッチを口の中に放り込んで咀嚼する。

 うん、美味しい。今度作ってみようかな? 軽食で美味しいものを作るのもいいよね。

 

「んんっ! そ、それで? 師家様はなんて言ってたの?」

 

 咳払いをして強引に話題を切り替える紗矢華に、俺はまた苦笑した。

 

「黒死皇派の件については知ってたって。言わなかったのは久しぶりに会えた俺達に対する配慮だったみたい」

 

「そう……師家様が……」

 

 そう言って紗矢華は少し俯いた。

 師匠の配慮が無ければ、俺は紗矢華と一緒にこの任務を受ける事はなかったと思う。俺は俺で、彼女とは別任務で絃神島の特区警備隊(アイランド・ガード)と協力して黒死皇派の残党を確保しているだろうし、こうして紗矢華と一緒の時間だってないだろう。

 

「師匠も雪菜の言動には呆れてたよ。またか、って」

 

 俺がそう言うと、あはは、と紗矢華は乾いた声を漏らした。

 その後、昔話をしながら食事を進めていき、俺達は涼しい喫茶店から蒸し暑い外へ出た。

 

「うっへぇ、暑い……」

 

 着ている空色のパーカーを腕まくりして、手で顔をパタパタと煽る。額に汗が湧き、手で汗を拭う。その時手が髪に触れ、髪がものすごく熱くなっていたことに気付いた。

 

「そら暑いよね……」

 

 視界に映る漆黒の髪を見て、俺はげんなりした。

 父さん譲りの漆黒の髪は炎天下に出歩けば、火傷するぐらい熱くなる。

 げんなりしている俺に気付いたのか、紗矢華が可哀想なものを見るような目で見てきた。

 

「相変わらず大変そうね、それ」

 

「……紗矢華は良いよね、色素薄くてあまり熱持たないから」

 

 恨めしそうに紗矢華の長い色素の薄い髪を見て言うと、彼女は自分の髪を触って首を振った。

 

「そうでもないわよ。今だって熱いし」

 

 触ってみる? と、紗矢華はポニーテールにした髪を肩に垂らした。

 俺はどうせそれ程熱くないだろうとタカを括り、彼女の綺麗な髪を撫でた。すると、

 

「熱……」

 

 俺程ではないにしろ、結構熱を持っていた。さっきの訂正します、ごめんなさい。

 そう思っていると、紗矢華はでしょう? と、何故か得意気に言った。その表情がやけに輝いて見えるのは気のせいなのだろうか。

 

 

 γ

 

 

 食事を摂り終え、外を紗矢華と並んで歩く翔矢は、冷や汗を垂らしながら内心焦っていた。

 

(どうしよう、暁が朝にいた女の子と凄く密着しているんだけど……!)

 

 式神経由で古城の行動を見ていた翔矢は、藍羽(あいば)浅葱(あさぎ)と一緒に生徒会室に忍び込む古城を見て、その行動を注意していた。

 生徒会室にあるパソコンでなにやら調べているらしい二人は、突然入ってきた教師に驚き、その机の下に二人して隠れたのだ。当然、二人は抱き合うような形なってしまった。

 この状態を、翔矢はどう紗矢華に伝えたら良いか、冷や汗を垂らして考えているのである。

 すると、翔矢の様子がおかしい事に気付いた紗矢華が怪訝そうな表情で彼の顔を覗き込んだ。

 

「どうしたの? 何か変よ?」

 

「そ、そうかな。なんでもないよ?」

 

 出来るだけ一人称を使わないように心掛け、翔矢はなんでもない、と答える。

 しかし、紗矢華は彼の眼の動きを目敏く見つけ、否定する。

 

「私に嘘が通用するなんて思わない事よ、翔矢。今度は何を隠しているの?」

 

 得意顔で言う紗矢華は翔矢の緩く締められているネクタイを引っ張った。

 うぐっ、と翔矢は呻き声を上げるが、口をきつく引き結んで口を開かない。しかし、紗矢華は目を細めてジッと彼を見つめる。

 

「……うぅ」

 

 弱気な声を上げるも、せめての抵抗として目線を逸らして口を割らない。

 

「……」

 

 そんな翔矢に紗矢華は眼に力を込めて、言え、と無言の圧力をかけた。

 炎天下で歩行者が行き交う中、二人はネクタイを至近距離で引っ張り、引っ張られる、という状態で数分間そのままでいた。

 結果、

 

「……そ、その……」

 

 根負けした翔矢が、内心古城に謝りながら、正直に洗い浚い紗矢華に話した。

 すると、全てを聞き終えた彼女は鬼のような形相で全身に殺気を纏った。

 

「殺す! 絶対に殺すわ暁古城! 翔矢っ! 急いであの変態真祖を殺しに行くわよ!!」

 

「え、さ、紗矢華……さん?」

 

「さぁ、翔矢、貴方は黙って彩海学園まで跳びなさい……! あの男は死ぬべきよ、私の雪菜を奪っただけでなく、挙句の果てには他の女まで……! 雪菜を弄ぶなんて……言語道断よ!」

 

(ど、どうしよう。こ、これ、僕が動かなくても紗矢華一人で行っちゃいそう……。とりあえず紗矢華の動きを止めないといけないよね……でも今の状態ちょっと怖いかも)

 

 完全に心が弱気モードな翔矢は一人称が僕に変わってしまっている。

 一方、怒りに燃える紗矢華は今にも単身、彩海学園の屋上の庭園で休んでいる古城の下へ向かうのでは、と思わされる程だ。

 

「行くわよ翔矢! さっさと黒翔麟出す!」

 

 一般人がいるにも関わらず、紗矢華は怒りでそんなことはお構い無しだった。

 翔矢の心情としては、私情で黒翔麟を使うのは避けたい事である。黒翔麟は彼の母が現役の時に使っていた武器なので、少なからず誇りを持っている。そのため、あまり私情では使いたくない。

 それが幼馴染みの私情であっても、だ。

 

「ダメだよ、紗矢華。あまり勝手な事はしないの」

 

「翔矢は良いの!? 雪菜が弄ばれても!」

 

「いや、良くはないけど……」

 

 それとこれは何か違うような、と翔矢は内心そう思った。

 そもそも古城と浅葱が密着するようになってしまったのは不可抗力なのだが、紗矢華はそれを説明しても聞く耳を持たない。

 一向に一緒に行こうとしない翔矢に、紗矢華は段々苛立ちを覚え、痺れを切らした彼女は荒々しく鼻を鳴らして彩海学園の方角へ体を向けた。

 

「もういいわよっ! 翔矢ならついて来てくれるって思ったのに! 知らないっ!」

 

「さ、紗矢華っ!?」

 

 まるで子供のように叫んで走り去る紗矢華を呼び止めたが、彼女は一切振り返らずに彩海学園へ向かっていった。

 

(もう知らないわよ翔矢なんて……! 雪菜は私が護るんだから! あんな男に雪菜を渡さないわ!)

 

 若干涙ぐみながら、紗矢華は必死に彩海学園に向かって足を動かした。

 

 

 Σ

 

 

 やってしまった……。あれ絶対泣いてるよ、どうしよう。

 紗矢華が走り去ってしまった後、僕は頭を抱えてその場でしゃがみ込んだ。

 通行人達は何故か生暖かい視線を向けてくるが、今の僕にそんな事関係ない。

 というか、今回外に出てきたのだって雪菜が心配で出てきたのに、なんで暁を殺す事にすり替わってるのさ。

 

「あぁ……紗矢華を泣かせちゃった……」

 

 でも、暁云々より今は紗矢華だよ。昔から精神的に不安定の時って暴走しやすくて、しかも泣いた後って特に機嫌が悪い。

 このままだと、暁のクラスメイトの藍羽さんにも危険が及ぶ可能性がありそうだ。それに加え、今雪菜は授業を受けている状態で、すぐに駆け付けるには少し時間がかかるはず。

 

「今動けるのは、僕──俺しかいない、か」

 

 弱気だった心に鞭を打ち、俺は立ち上がった。

 俺は人払いの結界を張って、次に大きめな竹刀ケースから黒翔麟を抜く。

 儚く輝く黒い光を放つ刀身に霊力を込め、現在地から暁の魔力を辿って、彩海学園屋上庭園の空間を繋げる。

 旧式テレビのようなノイズ音が聴こえ、切れ目の向こう側には()()()()

 一人は白いパーカー着た少年、もう一人はほっそりした高い身長に綺麗な髪をポニーテールにした少女。

 

「え!? 紗矢華着くの速くない!?」

 

 紗矢華の脚の速さに驚きつつ、急いで切れ目の中に飛び込んだ。

 脚に魔力を込めて思いっきり踏み込む。すると俺の体は弾かれたかのようなスピードで、一瞬にして彩海学園屋上庭園に着いた。

 

 そして、

 

「あの藍羽って子だけじゃない。貴方には妹さんや両親や学校の友人も大勢いるじゃない! それなのに……それなのに私から雪菜を奪う気なのっ!? 私の──」

 

 煌華麟を構えて、

 

「──私の大切な家族を……!」

 

 目尻に涙を浮かべた紗矢華の悲痛な叫び声が俺の鼓膜を叩いた。

 

 

 




今月にもう一回更新出来たらいいな……(遠い目)


あと最近、デジタルのイラストを描いていまして。それで最初に翔矢君のイラストを描きました!
現在も試行錯誤しながら改良しています。こうしたらいいんじゃないか、的なアドバイスが欲しいです(チラッ)


【挿絵表示】



変更

八月十八日、最後の紗矢華の台詞を改変しました。数少ない、じゃなんか原作よりも凄く、凄く劣るので、この作品で重要なワード『家族』を入れました。
まぁ、重要なワードと言っても私が個人的に重要だと思っているだけなんですがねw


では、失礼しました!


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 Ⅷ

なんとか八月中にもう一話書けた……!

もう必死だったため、誤字や脱字があるかなと思います。
それと、ちょいと急ぎ気味だったのでガバガバな文法だと思います(元からガバ文法だけですけど)。ご了承ください。

あと、車の免許、取得できました。車運転するの楽しいです。

それではどうぞ!(サヤニウムが足りないサヤニウムが足りない)



 α

 

 

「──私の大切な家族を……!」

 

 そんな紗矢華の悲痛な叫び声に、古城は集中力を切らし、彼女の攻撃に対しての反応が遅れた。

 洗練された構えから放たれる鋭い突きが、古城に向かっていく。避けきれない事を理解し、彼は腕を交差して急所を逸らそうとする。

 迫り来る痛みを覚悟した瞬間──

 

「ぐぅっ……!」

 

 彼の中に眠る、未だに制御できないでいる眷獣が、宿主の危険を感知し、覚醒しかける。

 必死に抑え込もうと古城は体に力を込めるが、抑えきれず、彼の身体から衝撃波が放たれ、紗矢華を弾こうと迫る。

 しかし、

 

「包め、強欲(アワリティア)()大罪(マモン)

 

 朱色の光を纏う翔矢が二人の間に割って入り、煌華麟を黒翔麟で受け止め、朱色の魔力で古城を覆った。

 煌華麟の擬似空間断裂を黒翔麟の空間連結で相殺し、盾を作り出す強欲(アワリティア)()大罪(マモン)で、覚醒前の眷獣の攻撃を阻止した。

 

「お互い怪我なくて良かったよ……」

 

 心から安堵したかのように翔矢は息をつく。

 煌華麟を受け止められた紗矢華は、翔矢を見て動揺した。

 

「な、なんで翔矢が……」

 

 彼を見る紗矢華の眼に、涙が溜まる。

 また、理解されないのではないか。そんな思いが紗矢華の心を占める。

 翔矢が一緒について来てくれず、彼女は理解されなかった、と思い、この彩海学園に泣きながら着いた。

 そして古城を視界に入れた途端、よくも雪菜を弄んだな、という怒りが込み上げ、罵詈雑言を吐き捨てながら彼を攻撃していた。

 紗矢華は俯き、煌華麟を地面に落としてへたり込んだ。すると、そんな彼女の頭に翔矢が手を置いた。

 

「こんな事になるんだったら、一緒に行けば良かったかな……? 紗矢華、こんな所で暁に攻撃したらこうなる可能性だってあるの解ってたよね。もし俺が追いかけなかったら雪菜に迷惑かかってたよ?」

 

 小さく微笑み、翔矢は次に古城の方へ顔を向けた。

 そこには朱色の魔力に覆われて、眷獣の暴発を必死に抑え込む古城がいる。

 着ていたパーカーは衝撃波でボロボロになり、肌も所々傷も出来ている。

 

「暁、大丈夫か!」

 

「だい、じょうぶじゃねぇよ……! いつもより酷い……!」

 

「俺が近くにいるから余計なのか……? とりあえず魔力を吸っとくか。──吸え、嫉妬(インウィディア)()大罪(レヴィアタン)

 

 そう言って黒翔麟を地面に突き刺し、もう片方の手に薄緑色の魔力を纏わせて、古城を水で覆う。すると古城の手足に鎖が緩く巻き付き、魔力を吸い取っていく。

 吸い取っていくと、段々古城に余裕が出てきたのか荒かった息も落ち着いたものになっている。

 

「悪い、黒崎……」

 

「いいさ。謝んないといけないのは俺達の方だよ」

 

 魔力で生成した水のため、古城は平気に水中で翔矢に謝る。しかし、謝られた翔矢は目を逸らして紗矢華を見た。

 翔矢が古城の魔力を吸い取っている間、紗矢華は自分のやった事を後悔し、落ち込んだように壁際で体育座りをしている。

 

「なぁ、黒崎。訊いていいか?」

 

「ん? どうしたの?」

 

 不意に、古城が訝しむように翔矢を見ながら訊いてきた。

 

「昨日から思ってたんだが、お前って何者なんだ? 吸血鬼じゃないのは解るんだが人間でもない感じがして」

 

 その質問を聞き、翔矢はあぁ、と頷いた。同時に、雪菜も抜けてるなぁ、と思った。

 最初に力を見せた時に驚かなかったのは説明を受けているものとばかり思っていた。しかし、蓋を開けてみればヴァトラー達の事でそれどころではなかったらしい。

 

「俺は魔族。種族は悪魔だよ」

 

「悪魔……?」

 

「うん。と言っても、人と悪魔から生まれたから半魔だけどね」

 

「そう、だったのか。……獅子王機関の所属なのに魔族がいるなんて驚きだ」

 

 そう皮肉を言い、古城は苦笑した。それには翔矢も苦笑をする。

 

「まぁね。でも、俺の他にも魔族はいるよ」

 

 翔矢の言葉に古城はマジか、と小さく笑った。

 すると、

 

「古城ー、お待たせ」

 

 屋上の入口から、ペットボトルを抱えた浅葱が入ってきた。

 古城と翔矢はそれを見て互いに顔を見合わせ、顔引き攣らせた。

 

「あ、浅葱! こ、これは……!」

 

「ちょっ、あんた、古城に何やってるのよ!? その剣……本物!?」

 

 水の中に古城を閉じ込める翔矢に気付き、彼女が走り寄ってきた。

 段々近寄る浅葱に対し、翔矢は"強欲"を解除して、黒翔麟に触れた。

 

「獅子の武士たる高神の舞剣士が崇め奉る」

 

 黒翔麟から微弱な霊力が流れ、波紋が生じる。

 祝詞を紡ぐ翔矢の声に反応し、黒銀の片手剣が黒く輝く。

 

「暗黒を翔ける麒麟、千剣破の響きを以て夢路に落ちよ」

 

 その光が一際強く輝くと、浅葱の体がふらついた。

 

「紗矢華! 手離せないからお願い!」

 

「……だと思ったわよ」

 

 翔矢が紗矢華を呼ぶと、彼女は少し不貞腐れたように言いながら倒れる浅葱を抱き抱えた。

 

「浅葱!?」

 

「大丈夫。ただ眠らせただけだから。あとで記憶を差し替えておかないと……」

 

 急に倒れた浅葱を心配した古城が叫ぶが、翔矢がそれを窘める。

 翔矢の言葉に古城は安堵をし、息をついた。

 瞬間──

 

「何をやっているんですか、先輩、翔矢さん、紗矢華さん」

 

 底冷えするかのような声が三人の鼓膜を叩いた。

 三人が振り向くと、今度は雪菜が雪霞狼を持って屋上の入口に立っていた。

 

「「ゆ、雪菜……」」

 

「ひ、姫柊……」

 

 可愛らしくジト目をする彼女に対して、三人は冷や汗を垂らして引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

 β

 

 

「だいたい、翔矢さんがいながらどうして紗矢華さんを先に行かせたんですか。そうしたらこんな事にならなかったですよね」

 

「はい、その通りです……」

 

「紗矢華さんも紗矢華さんです。第四真祖の監視役はわたしの任務ですよね」

 

「こ、これは違うのよ雪菜。そこの変質者が雪菜を裏切るような事を──」

 

「違うだろ! 姫柊違うんだ、この嫉妬女がな──」

 

「……先輩、紗矢華さん」

 

「「……はい」」

 

 雪菜が現れたあのあと、ご覧の通り、俺達三人は可愛い妹に説教されています。

 紗矢華と暁は、この変質者が、この嫉妬女が、と指を指し合いながら言うが雪菜に一睨みされて肩を震わせて項垂れた。

 

「はぁ……まぁ、翔矢さんのお陰で藍羽先輩に傷を負わす事もなく、学校を倒壊させる事もなくなりましたから、今回は許しますけど。金輪際、こんな事にならないようにして下さいね。特に先輩」

 

「は、はい。すみません。反省してます。すみません」

 

 そう言われる暁は凄く申し訳なさそうな顔をして、背中を丸めている。

 俺と紗矢華は妹のような雪菜に叱られ、ショックで立ち直るのに少しかかるかもしれない。というか、泣きたいくらい。

 

「雪菜ちゃん! なんか凄い勢いで飛び出していったけど大丈夫?」

 

 どうやら、また誰かがこの屋上に来たようで、雪菜と同じ制服を着た少女が顔を出した。

 黒髪をポニーテールにしてショートカットのように感じ、仄かに赤みのある瞳。今朝チラリと見た暁の妹の暁凪沙だ。

 

「え、古城君何してるの? というか、その人達誰なの? ……って、浅葱ちゃん!? どうしたのっ!?」

 

「……先輩と紗矢華さんはしばらく一緒に反省して下さい。翔矢さん、二人をお願いします。わたしは凪沙ちゃんと藍羽先輩を保健室に連れて行きますから。あと、雪霞狼の事もお願いします」

 

 雪霞狼を格納状態にし、雪菜は俺に槍を預けた。

 確かに、眠った藍羽さんを運ぶには雪霞狼は邪魔だ。それにほかの生徒に見つかったりもしたら大変だろう。

 

「あの、雪菜さん……」

 

「はい、なんですか翔矢さん」

 

「藍羽さんの記憶差し替えておいて欲しいなー、なんて……」

 

「解りました、隙を見てやっておきます」

 

 まだショックから抜け出せていない俺は弱々しく言うと、雪菜は小声で答えて小さく笑ってくれた。

 ──それまでは良かった。

 

「ま、待ってくれ姫柊。黒崎はいいが、この嫉妬女と一緒に反省だぁ!?」

 

「それは私の台詞なんだけどっ!? 反省するなら翔矢とがいいん……っ!? 何言わせるのよ、アホつき古城!!」

 

「俺は何も言ってねぇだろうが! てか、俺の名前は暁古城だ! どう間違えたらそうなる!! 変態女!」

 

「変態っ!? 私が!? 浮気相手といちゃついて鼻血を垂らすアンタには言われたくないわよ、第四性犯罪者!」

 

「なんだとっ!!」

 

「何か間違った事でもっ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら罵る紗矢華と青筋を立てて怒鳴る暁の間にバチバチと火花を散らす。

 そんな彼女達を、雪菜が凍えるような視線で見下ろし、

 

「二人とも、何か文句でも?」

 

 罵倒し合っていた二人は、雪菜の視線と冷たい言葉にビクッと震わせ、ブンブンと首を振ってその場で綺麗に正座をした。

 

 

 γ

 

 

 しばらく時間が経った。

 俺、紗矢華、暁の三人は、人目につかない校舎裏の非常階段に並んで座っていた。並び順は暁、俺、紗矢華の順だ。

 最初は端にいる二人がいがみ合っていたのだが、一時間近くも経てば流石に疲れたのか、ダレていた。

 それぞれやる気のない表情で空を見たり地面を見たりとしている。やがて紗矢華が、ふぁ、と小さく欠伸をした。

 俺は微笑みながら、彼女の頬をつついた。

 

「ちょ、翔矢やめてよ」

 

 頬を少し赤らめた紗矢華は俺の手を握って自分の頬から離す。

 

「いやー、ちょっと暇でさ」

 

「全くもう……」

 

 笑って言うと紗矢華は顔を背けてしまった。昔からこういう仕草をするので、それが笑いを誘う。

 すると、俺と紗矢華を見ていた暁が頬杖を突きながら言った。

 

「お前らって仲いいよな。姫柊よりも仲いいんじゃねぇのか?」

 

 その質問に、俺と紗矢華は顔を見合わせてお互い首を傾げた。

 

「んー、まぁ、紗矢華とはお互い六、七歳頃から一緒だしね」

 

「そうね。雪菜と出会ったのはその一年後くらいかしら」

 

 そう言うと暁はあぁ、と納得した声を出した。

 

「なるほどな。そんなに長い間一緒にいるから、そんな夫婦みたいな雰囲気なのか」

 

「「はぁっ!?」」

 

 その暁の言葉に、俺と紗矢華は目に見えて狼狽した。

 確かに小さい頃から一緒にいたから、師匠や先輩達にからかわれた事が何度かあった。その度に紗矢華は顔を真っ赤にしてたけど段々耐性が付いてきたみたいで、大きな反応を見せる事は無くなった。

 しかし、出会って二日も経っていない相手からこんな事を言われるのは初めてだった。

 

「ちょ、あ、暁? 僕と紗矢華はそんなんじゃ……」

 

「そ、そうよ! 翔矢と私はまだそんなんじゃないわよ!?」

 

 慌てて暁に言うと、彼は目を丸くした後にニヤッと嫌な笑みを浮かべた。

 例えるなら、俺や紗矢華に罰ゲームをさせる師匠と同じ笑み、と言えばいいだろうか。

 

「ふぅん。ま、頑張れよ」

 

「な、何を頑張るのよ」

 

 紗矢華の言う通り何を頑張るのだろうか。俺はそう思った。

 しかし、暁の視線は俺にではなく紗矢華の方に向けられており、おそらく彼女に向けて頑張れ、と言ったのだろう。紗矢華は紗矢華で少し顔が赤いし。

 何故頑張れ、と言ったのだろう? ちょっと気になる。

 

「なぁ、黒崎。俺達はいつまでこうしてなきゃいけないんだ?」

 

「雪菜が帰ってくるまでかなぁ。勝手に動いたら嫌われそう……」

 

 そう言って俺は大きな竹刀ケースとギターケースを抱き締めた。一つは黒翔麟が入ったケース。もう一つは雪菜の雪霞狼が入ったケースだ。

 

「黒崎も煌坂と同じで、姫柊が好きなんだな」

 

「当たり前だよ。雪菜は妹みたいなもんだしね」

 

 ギターケースを撫でながら言うと、横から紗矢華が顔を出した。

 

「そうよ、その雪菜の血を吸ったのよ、貴方は」

 

「ぐっ……」

 

 紗矢華のその言葉が暁の心に槍のように突き刺さった。

 それを見て、俺はハハッと笑った。

 暁の表情を見るに、雪菜の血を吸った事に罪悪感があるようだ。これが罪悪感もなく、何も感じない男なのであれば使い魔でボコボコにしているところだ。

 けど、今の暁を見ていると、これなら雪菜を任せられるな、と思う。

 まぁ、雪菜はやらんがな。

 

「なぁ、黒崎、煌坂」

 

 そんな事を考えていると、不意に暁が話しかけてきた。

 

「その……なんか、悪いな。いろいろ」

 

「は?」

 

「ん?」

 

 頭をガシガシ掻きながら暁がそう言った。

 俺と紗矢華は何の事か解らずに目を大きくしたり首を傾げたりする。

 

「どうして貴方が謝るの? 気持ち悪いんだけど」

 

「うん。それには同意かな。どうしたの、急に」

 

 俺達が暁に怪訝そうな視線を向けると、彼はボロボロのパーカーのフードを被って目元を覆いながら口を開けた。

 

「うるせぇよ! ってそうじゃなくてだな。煌坂の言ってた事は正しいって思ってよ」

 

 紗矢華の言った事、というのは俺が来る前の話だろうか。

 だいたい紗矢華の言う事は解るため訊かなくてもいいだろう。

 

「こないだのロタリンギアの殲教師のオッサンの時……姫柊は俺のせいで面倒な事件に巻き込まれた。だから、姫柊の友達──家族が怒るのも無理ないかな、って。……俺も妹がいるからさ、なんとなく解る気がするんだ。今回の件は黒崎のお陰で姫柊が巻き込まれる可能性は低くなったから安心してる」

 

 この間のロタリンギアの殲教師。確か雪菜が暁の監視を始めてすぐに起きた事件の首謀者だったか。でもそれは、

 

「それは、全面的に暁が悪い、なんて事は無いよ」

 

「え?」

 

「昔から、雪菜は決めた事を突き進む性格でさ。俺達の言う事を一切聞かない時期もあったよ。それに責任感も強い。その時雪菜は、自分がやらなきゃ、と思ったと思う。だから、ロタリンギアの殲教師との戦闘は暁が全部悪いわけじゃない。あの娘も悪いんだよ。監視対象者を巻き込んでしまったからね」

 

 フードの影から覗く暁の目を見ながら、俺は彼にそう言う。すると、肩の荷が降りたように、彼の表情が軽くなった気がした。

 

「ありがとな、黒崎。お前のお陰で姫柊があんなにいいやつになったんだな」

 

「いやぁ、それ程でもないよ! 僕はただ両親から教えてもらった事を教えただけだし」

 

 やっぱり、感謝されて嬉しくない事なんてないだろう。つい一人称が変わってしまった。

 紗矢華はと言えば、暁が雪菜を褒めたからか、若干嬉しそうにしている。

 

「どうしようもない男だと思っていたけど、少しは見る目があるようね」

 

 調子よく言うと、紗矢華はでも、と言葉を続けた。

 

「いいやつ、なんて陳腐な表現は感心できないわね。雪菜を褒める以上はそれなりの覚悟と誠意をもってやってもらわないと」

 

「……覚悟と誠意が必要って、どんな褒め方なんだよ」

 

 なんか嫌な予感がする。俺はそう思い、口元をひくつかせる。

 大体紗矢華がこのように饒舌になると、幼馴染みだけどドン引きする程変態発言をする。

 

「そんなに難しいことじゃないわ。あるがままの雪菜の姿を忠実に再現すればいいだけだから。きめ細やかな肌、金色の産毛、鎖骨の下にある小さなほくろ。天使の翼のような肩甲骨から、引き締まった脇腹と、骨盤にかけて高低差が織りなす黄金比──!」

 

 あぁ、やっぱり。

 久々に聞いたよ。この変態発言。ていうか紗矢華顔赤らめながら言わないで。

 

「外見っつか、全部身体のことじゃねぇか! もっと他にあるだろ! つか、お前が言うと生々しいわ!」

 

 ありがとう暁、素直にそう言ってくれて。俺と師匠じゃこの状態の紗矢華をどうする事も出来なかったんだ。

 

「……外見以外で?」

 

 そう言う彼女は、何故か警戒心を顕にした目で暁を見た。

 

「そうね。確かに私も雪菜のベッドには、こっそり潜り込んだりしたけど。あの子の残り香に包まれて、あれは本当に至福の時間だったわ」

 

「──誰が匂いを褒めろっつった!?」

 

「紗矢華! そんな事してたのっ!?」

 

 俺がいない二年間に一体何があったんだと言うんだ……!? 幼馴染みの行動に凄く不安になるよっ!?

 

「そうじゃなくて、性格の話をしてやれよ! 黒崎、お前なら出来るだろ!?」

 

 え、そこで俺に振るの? まぁ、良いけどさ。

 暁に話を振られた俺は、コホンと咳払いをして口を開いた。

 

「えーと、雪菜は責任感も強くて真面目で、努力家で昔は俺と一緒に修行したり、人見知りなのに初対面で転んだ紗矢華の世話を焼いたりと、雰囲気は大人なのにぬいぐるみが好きで、気が強いのに案外押しに弱いところだったり、たまに背伸びして苦手なブラックコーヒーを飲んだりとか……あぁ後は昔は一人で寝るのが怖いって言って俺のベッドに潜り込んだ時もあったな。──あぁ、雪菜は俺の可愛い妹だ!」

 

「「…………」」

 

 ……あ、あれ? 二人共黙ってどうしたんだろう。俺は雪菜の性格と少し昔話を………………あ。

 のぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!! あまりにも調子に乗り過ぎて余計な事まで言ってしまったぁぁぁ!! 恥ずかしくて死にそうだよ!

 ズーン、と俺は膝を抱えて丸くなった。

 あまりにも恥ずかし過ぎる。

 

「さ、流石翔矢ね……。雪菜の事を知り尽くしてるわ……!」

 

 ちらりと紗矢華を見ると、悔しそうに俺を見ていた。

 そして、反対側の暁を見てみると、

 

「……あぁ、もう無理だこいつら……。助けてくれ姫柊……」

 

 この世の終わりだ、とでも言いたげな表情でここにいない雪菜に助けを求めていた。

 

「でも、流石に翔矢は雪菜と一緒にお風呂は入った事ないわよね! 私はあるのよ!」

 

 勝ち誇ったように紗矢華は腰に手を当ててドヤ顔でそう言った。

 確かにないけど、そんな顔しなくても。

 

「もうお前ら帰れよ。姫柊の良さはもう解ったから……!」

 

「いいえ! 貴方は何も雪菜の良さを理解していないわ! これを見なさいっ!」

 

 頭を抱えて言う暁に、紗矢華は首を振って、自分の携帯を彼に突き出した。

 その画面に映されていたのは、俺が昔に撮ってあげた写真だった。

 まだ幼い紗矢華と雪菜が手を握り合って、寄り添う写真。

 その写真を見せた後に、紗矢華は次の写真を暁にみせた。その写真は紗矢華と雪菜に抱きつかれた状態で写った俺の写真だった。

 三人で仲良く取られた写真は、カメラ目線ではなく、日常風景を切り取ったかのような写真。

 確か、その写真を撮ったのは師匠だったか。

 凄く懐かしく思う。その写真は俺の携帯にもあったのだが、ヴァトラーとの戦闘で壊れたため、もう無きものになっている。今度紗矢華に送ってもらおう。

 

「へぇ、これは可愛いかもな」

 

 写真を見て、暁は小さく微笑んだ。

 今の紗矢華と雪菜をそのままデフォルメにしたマスコットキャラを見ている感じで、面白そうにしている。俺も久々に見てそう思っている。

 

「当然じゃない。最初から言ったでしょう? 私の──私達の雪菜は天使だって」

 

 自慢げに胸を張って、紗矢華は言う。

 しかし、俺としては雪菜だけでなく、今もそうだけど紗矢華も可愛いと思うんだけどな。

 

「紗矢華も可愛いと思うけどな」

 

「え……っ!?」

 

「ん? ……あ」

 

 しまった。思った事考えなしに口走ってしまった。

 俺の言葉に、紗矢華は白い肌を真っ赤に染まり、口を開けたり閉じたりさせて目を泳がせている。

 

「ば、ばか……な、なんでこ、ここで……」

 

 紗矢華はそう言って太ももの間に手を入れ、モジモジしだした。

 なんか、凄く可愛い。もう少し弄って紗矢華をもっと困らせたい。

 何を言おうか、そう思った瞬間──

 

「っ!?」

 

 ガバッと、俺は立ち上がって意識を集中させた。

 

「ど、どうしたんだ、黒崎?」

 

「……? 翔矢?」

 

 使い魔の能力を少し使い、この学校を調べ上げる。

 ちょうどその時、この学校から出ていく黒いバンが視えた。

 そのバンの中を調べると、

 

「雪菜っ!」

 

 雪菜が、いや雪菜だけではなく藍羽さん、凪沙さんも縛られて連れ去られている。

 

「紗矢華! 暁! 急いで下に行くぞ!」

 

「え、どうしたんだ? 姫柊に何が」

 

「何があったのよ、翔矢?」

 

「雪菜と藍羽さん、凪沙さんが──」

 

 そう言いかけた瞬間、強烈な閃光が輝いた。

 次に起きた現象は鈍い爆音が響き渡たり、空中で花火のように膨れ上がったオレンジ色の火球が、バラバラと黒い破片を散らして消えていく。やがて黒煙を纏う炎が噴き上がる。

 

「何、今の……!?」

 

「一体何がどうなって……」

 

「急がないと……!」

 

 二人が呆然としている間に、俺はケースを二つ持って屋上の出入り口に向かって走り出した。

 

「な、おい黒崎待てよ!」

 

「翔矢! 置いていかないでよっ!」

 

 後ろから紗矢華と暁の声が聞こえるが、その事をお構い無しに階段を走り抜ける。

 さっきこの学校を全部調べ上げた時に、あるものを見つけた。

 雪菜達を追いかける前にそっちを先にやった方が良さそうだ。

 向かった先は、保健室。

 

「ちっ!」

 

 ドアを荒く開けて中を確認するとそこには、

 

「黒崎待てよ、どうし──」

 

「はぁ、はぁ……少し速度落としてよ……もう。って、どうしたの?」

 

 淡い真紅の体液にまみれて床に伏せている、青い髪の人工生命体(ホムンクルス)の少女──アスタルテが瀕死の状態でいた。

 

「──アスタルテ!?」

 

「この傷……銃創!? いったいなにが……!」

 

 紗矢華が駆け寄って傷の具合を確かめる。華奢なその身体には何発もの弾丸が撃ち込まれた凄惨な傷跡があった。

 暁がアスタルテに声をかけると、かろうじて意識が残っていたようで、彼を視認して口から血を流しながら、

 

「ほう、こくします、第四真祖。クリストフ・ガルドシュと名乗る人物が本校校内に出現。藍羽浅葱、暁凪沙、姫柊雪菜の三名を連れ去りました」

 

「「なっ……!?」」

 

 アスタルテが伝えた情報に、紗矢華と暁が絶句する。

 俺は先程調べたため驚きはしなかったが、ガルドシュが来た事に気付かなかった事が悔しい。

 もっと早く気付いていれば……!

 

「……謝罪します、第四真祖。私は、彼女達を守れなか……た……」

 

 淡い水色の瞳が揺れ、人工生命体(ホムンクルス)の少女は目を閉じ、それきり動かなくなってしまった。

 

「アスタルテ!? アスタルテ!」

 

 必死に呼びかける暁の声が、血の匂いが充満する保健室の中に響き渡った。

 

 

 




8627文字っ!?

びっくりだ。まさか8000文字行ってるなんて……。
ちょっと、長過ぎましたねすみません。次は7000文字くらいで良いですかね……?

自衛隊に行く準備が忙し過ぎて泣きたいです。というか免許取ったのに初心者講習受けないと免許取り消しになっちゃう。どうしよう……。


ま、まあ、そんなことはさておき。また今月中にも投稿できたらなぁって思います! 頑張ります!

それでは失礼しました!


追記・9月24日

活動報告にアンケートを設けました。よろしければご覧下さいませー!


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 Ⅸ

一ヶ月更新とかほざきながら先月に更新しなかった事をお詫び申し上げます。

ほんっとうに申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!m(_ _)m

いやぁ、まさか自衛隊行って、喘息八角で帰されるとか思いませんでしたので戸惑っていました。おかげでバイト探しだよコノヤロー!
まぁ、自衛隊だったら作品書く時間無くて泣きそうだったんですけどね!!
GATEの伊丹はどうやってあの生活を耐え抜いたのだろう。それが気になる。

さて、どうでもいい事を書きましたが、本編へどうぞ!
今回は原作コピペ感が否めません。申し訳ないです。




 α

 

 

 時は遡り、数十分前。

 翔矢達が傷を負ったアスタルテを発見する前の出来事。それはつまり、雪菜達がガルドシュに連れ去られる前の事である。

 

「……あれ、ここどこ……?」

 

 眠たい目を擦り、藍羽浅葱はゆっくりと上体を起こした。

 すると、傍で看病していた凪沙が身を乗り出して浅葱に話しかける。

 

「あ、浅葱ちゃん目覚ました? 大丈夫? なんか衝撃的なもの見ちゃったんでしょ? どんなのだったの?」

 

 凪沙の問いに浅葱は首を傾げて、思い返す。

 彼女が最後に見た光景は水塊に閉じ込められた古城。その彼を閉じ込める漆黒の髪をし、同じく漆黒の片手剣を持つ少女。最後に壁際で体育座りをする色素の薄い栗色の髪をポニーテールにした少女。

 それを思い出した浅葱はハッ、となり、

 

「そうだ! 古城は!? 古城が剣持った女の子に──!」

 

「藍羽先輩、落ち着いてください。あの人達は私の友人です。暁先輩もご無事ですから安心してください。……あと、その人男性の方です」

 

 慌てる浅葱を、傍にいた雪菜が落ち着かせるように言う。

 すると、彼女は雪菜の言葉に呆気にとられた。

 

「お、男……? あの子が? あんなに可愛い顔してたのに……?」

 

(そっちですか。いえ、解りますよ? けど、暁先輩の事は触れないんですね……)

 

 驚きだわ、と信じられない顔をしている浅葱に対し、雪菜はそう思った。そして、凪沙の方はというと、何故かウキウキした様子だ。

 

「あたしも少し見ただけだけど、あんなに可愛いのに男の人なの? 女の子の服着たら皆勘違いしちゃうね! 雪菜ちゃんのお友達なんだよね? 面白そうだしお願いして女の子の服着てもらおうよっ!」

 

「え、えっと、凪沙……ちゃん?」

 

 あまりにも凪沙の剣幕が凄いため、雪菜はタジタジになる。

 ふと、雪菜の脳裏に昔の翔矢が映し出される。

 昔、潜入任務だからと、翔矢は師匠の(ゆかり)に女装させられた事があった。その時は紗矢華と体格も大体同じだったため、紗矢華の服を着る事となった。

 騒ぐ翔矢を気絶させた縁は紗矢華と協力して、彼を着替えさせた。目が覚めたら、翔矢は己の姿を見て泣きながら雪菜に抱きついた。

 

(あの時の翔矢さん、可愛かったですけど……可哀想だったなぁ)

 

 そう思い出し、感傷に浸っていると、

 

「──警告。校内に侵入者の気配を感知しました」

 

「侵入者?」

 

 まったく予想していなかったその言葉に、保健室にいた雪菜、浅葱、凪沙は呆然と固まった。

 

「総数は二名。移動速度、走破能力を参照。未登録魔族と推定します。経路から予想される目標地点は、現在地、彩海学園保健室です」

 

 淡々と告げられる警告を、雪菜は一瞬理解出来なかった。

 第四真祖である古城を狙うなら解る。しかし、保健室にいる自分を含め、これと言って狙う人などいないと彼女は思った。

 そんな雪菜の背中に、突然凪沙がしがみついた。

 

「嘘……」

 

 いつも見せる快活な笑みなど消え失せ、全身を震わせ、顔を真っ青にしている。

 普通とは言えない彼女の様子に、雪菜少々戸惑いながら凪沙に呼びかける。

 

「凪沙ちゃん?」

 

「雪菜ちゃん、どうしよう……あたし……恐い」

 

 消え入るような声で言う凪沙を雪菜は抱き支える。

 魔族特区に住む人々は魔族に対する恐怖は低い、と雪菜は翔矢や縁から聞いている。

 しかし、しがみついている凪沙には、その聞いていた事が適応されなく、過去に何かあったのでは、と思わされる。

 

「よく解らないけど、とにかく、ここから逃げた方が良さそうね」

 

 困惑気味の浅葱が、凪沙を気遣うような目で見て、立ち上がって保健室の出口に向かった。

 しかし、

 

「なっ……!」

 

 乱暴に開けられた扉から、大柄な、灰色の軍服を着た銀色の体毛を持つ獣人が現れたのだ。

 

「獣人……」

 

 浅葱のその呟きに、凪沙が小さく悲鳴をあげる。

 雪菜は侵入してきた獣人を睨みつけ、凪沙を強く抱く。

 雪霞狼があれば、そんな考えが雪菜の心を占める。

 

「見つけたか、グリゴーレ」

 

 銀色の獣人の後に続き、軍服の男がもう一人入ってきた。人間形態だが、凄まじい威圧感を放つ初老の男だ。

 

「この三人の誰かですな、少佐」

 

 そう言ってグリゴーレと呼ばれた獣人は手に持っていた小さな靴を投げ落とす。

 どうやら、この獣人達はその靴の主の臭いを辿ってここまで来たようだ。

 少佐と呼ばれた男は、ふむ、と面倒そうに鼻を慣らした。

 

「日本人の顔は見分けにくくていかん。……まぁいい。まとめて連れていく。交渉の道具として使えるだろうし、人質にもなる」

 

 無感情にそう吐き捨てる男に、雪菜と浅葱は強く睨みつける。

 すると、露出過多のメイド服の上に白衣を着たアスタルテが、無機質な声を室内に響かせて前に出た。

 

「人工生命体保護条例・特例第二項に基づき自衛権を発動。実行せよ(エクスキュート)、"薔薇の(ロドダク)──」

 

 彼女が、身に宿す人工眷獣を顕現させようとした瞬間、六発の銃声が連続で鳴り響いた。

 大口径だったのだろう。アスタルテの小柄な体は壁際まで吹き飛び、そのまま動かなくなった。

 そんな凄惨な光景を目の当たりにした雪菜達は絶句する。

 

「……あんた達、何者なの?」

 

 凪沙を抱く雪菜を庇うように、浅葱が前に進み出る。常人では恐怖で震えて当然なこの状況で、彼女の声は震えていなかった。

 その姿を見た少佐と呼ばれた男は、賛嘆の表情を浮かべた。

 

「これは失礼。戦場の作法しか知らぬ不調法な身の上故、レディへの名乗りが遅れた事を詫びよう」

 

 紳士的な物腰で言う男は被っていた帽子を脱ぎ、

 

「我が名はクリストフ・ガルドシュ。戦王領域の元軍人で、今は革命運動家だ。テロリストなどと呼ぶ者もいるがね」

 

 獰猛な笑みを称え、ガルドシュは浅葱の目を捉える。

 

「君がミス・アイバかな? 我々のためにちょっとした仕事をしてもらいたい。それが終われば、三人とも無事に解放しよう」

 

 

 β

 

 

 俺、紗矢華、暁の三人は雪菜達が連れ去られ、保健室に倒れる人工生命体(ホムンクルス)、アスタルテに応急処置を施していた。

 しかし、アスタルテの体液の流出が激しく、このままでは保たない。

 

「暁古城! 救急車の手配はまだ!?」

 

 なにやら考え事をしていた暁に、紗矢華は切羽詰った声をぶつける。彼女も必死に応急処置を施しているが、このままではまずい。

 

「救急車は回してもらってる。だけど、すぐには来られないみたいだ」

 

「どうしてよ!?」

 

「……紗矢華、落ち着いて。恐らくだけど、さっきのヘリの墜落や他の要因があるんだと思う。一番可能性があるのは道路が封鎖されている、のが高いと思う」

 

「俺も黒崎の意見と同じだ。……アスタルテはどうなんだ?」

 

 心配そうな表情で訊く暁に、紗矢華は苦悩するように唇を噛む。

 

「このままじゃこの子は保たない。せめて体液の流出だけでも止めないといけないわ」

 

「止血ってことか? でも──」

 

「──大丈夫だ。紗矢華はこれでも優秀だし、それに俺もいる。暁は消毒液と包帯を多く持ってきてくれ」

 

 出来るのか、恐らくそう言いかけたのであろう暁の言葉を遮って俺は彼に指示を出す。

 紗矢華が俺の顔を覗き込む。俺は頷き、黒翔麟を少し何もないところで振って、長さ十五センチ程の目に見えない程の金属針を何本か取り出して紗矢華に手渡す。

 

「神経構造マップはタイプⅠ準拠の人間型(ヒューマンタイプ)。これなら…………翔矢」

 

「うん、落ち着いてしっかりやれば大丈夫」

 

 不安そうに揺れる紗矢華の瞳を見つめ、紗矢華なら出来るよ、と意思を込めて頷く。

 

「お、おい煌坂、黒崎!?」

 

「心配しなくていいよ暁。(はり)治療みたいなもんだ。生命維持に必要な機能を最低限残し、仮死状態にすることで、失血による体組織や脳への損傷を最小限に抑えることが出来るんだ」

 

「そう、なのか」

 

 俺の説明で暁も納得してくれたのか、紗矢華の作業を見ている。

 そして、集中していた紗矢華はアスタルテが仮死状態になったのを確認し、ふぅ、と息をついて、俺に微笑みかけてくる。

 

「これで、この子はなんとか助かるかも。翔矢、側にいてくれてありがとう」

 

「お疲れ様、紗矢華。……さて、次は雪菜達を助けようか」

 

 ベッドに横たわるアスタルテを横目に見て、俺は紗矢華と暁を見てそう言った。

 

「助けるのは良いが、場所とか解るのか?」

 

 俺が黒翔麟を握って二人から距離をとっていると、暁が訊いてきた。

 俺は彼に黒翔麟を見せつけるように持って自慢げに言う。

 

「そういえば暁に言ってなかったね。俺の武器はこの剣。六式重装降魔剣(デア・ブリンシュッツ)、銘は(こく)(しょう)(りん)。空間を連結させる事が出来て、擬似的な空間転移が可能なんだよ」

 

 そう言って、俺は後ろを黒翔麟で切り裂き、空間の裂け目に入った。

 転移する座標を暁の後ろに固定して、俺は裂け目に入った瞬間に暁の後ろに転移した。

 

「こんな感じにね」

 

「うおっ!?」

 

 いきなり消えて、いきなり現れた俺に、暁は驚いて大いに戸惑っていた。

 やっぱり、初見の人は驚くよね。アルディギアの王女様なんて、これ見て口を開けてたし。まぁ……すぐに悪戯に利用されたんですが。

 昔を思い出して苦笑いを浮かべながら、俺は探索系に秀でている使い魔の力を少し使用する。

 真っ直ぐ雪菜の所へ転移しようと考えたが、雪菜の霊力を辿っていくと、途中で靄がかかって場所が特定出来なかった。

 

「ちっ、直接跳べない」

 

 眉を顰めて舌打ちをすると、紗矢華と暁が心配そうにこちらを見ていた。

 

「何があったの、翔矢?」

 

「もしかして姫柊達に何か……」

 

「雪菜達の所まで真っ直ぐ跳ぼうと思ったんだけど、結界が張られているのか、靄がかかってる」

 

 俺がそう言うと二人の表情が歪む。

 結界のギリギリ手前で跳ぶ事なら出来るが、如何せん範囲が広い。

 こうなったら、南宮さんにも協力してもらって雪菜達を助けた方が良いかもしれない。

 

「一度、南宮さんの所に跳ぼうか。あの人に協力してもらって雪菜達を助けれれば、って思うけど」

 

「那月ちゃんの所か……。確かに那月ちゃんならなんだかんだ協力してくれそうだしな」

 

 俺の提案に暁は頷き、紗矢華も小さく頷いてくれた。

 

「よし、じゃあ跳ぶよ。けど、戦闘のど真ん中に跳ぶ可能性があるから、ある程度離れた所にするね」

 

「おう」

 

「解ったわ」

 

 二人が頷くのを確認し、俺は黒翔麟に霊力を流し込む。

 リン、と鈴の音のような音を響かせ、そのまま黒銀の剣で空間を薙いだ。

 




あー、最後グダグダしてしまって申し訳ないです。(謝ってばっかですね)

そういえば、自衛隊で少し生活している間にFate/GrandOrderをやりはじめましてね。
それでガチャ引いたりしてたんですが……どうして最初の四鯖がすまないさんなの……? 私不思議でたまらないよ?
まぁ、この前のクラス別のガチャで四鯖二人来たからいいけどね。(なお、カーミラとベオウルフ)

ジャンヌが欲しかった…………(血涙)

Twitter見てたらジャンヌとジャック両方来てた人いて「いいなぁぁぁぁぁ!! こっちにも来てよぉぉぉ!!」と発狂しました。
皆様はFate/GrandOrderやっておりますか? そして目当てのサーヴァントは当たりました? 私はまだ始めたばかりなのでリセマラしようかと悩み中ですよww

それでは皆様! 失礼致します!


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 Ⅹ

大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!

本当に二ヶ月間更新せずにいなかったことをお詫びします。申し訳ありませんでした。

ガソリンスタンドのバイトを、更新した日の翌週にやり始めたものでして。
いやぁ、慣れないことで精神をすり減らしましてね。ガソリンスタンド舐めてました。アレ大変ですわ。ノルマもあるんでツライです。


とまぁ、結構愚痴(言い訳)をしましたが、言いたいことはただ一つです。
本当にすみませんでした。
そして、待ってくれていた皆様、ありがとうございます!

あれ、二つでしたねwwww


さて! 結構間が空いてしまったので書き方がほぼ雑です。申し訳ありません。
では、どうぞ!!


 α

 

 

 南宮さんがいる、建設中の増設人工島(サブフロート)の手前まで空間を繋げて、俺、紗矢華、暁は空間の裂け目を走っていた。

 何度も通った事がある紗矢華と違い、暁は物珍しそうに走りながら見回している。

 

「すげぇな、これ。どうなってんだ……?」

「空間の狭間よ。この中で過ごす事も出来るけど、少し時間がズレるわ。昔はよく私と翔矢と雪菜でここに大事な物とか隠してたわね」

「あったね、そんな事。今も探したらありそうだね。特に紗矢華のものが」

 

 昔の事を懐かしそうに紗矢華は暁に話をする。

 なんだかんだ、彼女は暁と話す分には大丈夫そうだ。

 俺はそう思いつつ、裂け目の出口を睨みつける。悪魔としての本能が、この先は危険があると、言っているような感覚が襲い掛かってくる。

 

「そろそろ着くよ。二人共、気を引き締めて」

「ええ、解ったわ」

「おう」

 

 そう言って、二人の顔に真剣味を帯びる。

 出口を睨み、俺達は空間の狭間から抜け出した。

 まず聴こえてきたのは幾つものの銃声と増設人工島(サブフロート)の何処かで起きている爆発音。そして視界に映ったのは、増設人工島(サブフロート)に渡るための連絡橋を特区警備隊(アイランドガード)が通行止めをしている姿だった。

 周りには墜落したヘリが、見るにも無惨な姿で焼けている。

 

「まるで戦争じゃねぇか……」

 

 暁が呆然と呟いた。

 紗矢華も眉を顰めて通行止めされている奥の方を見て、次に周囲を見回す。

 

「翔矢、どうする? 見たところここ以外通れる場所なんて無いわよ?」

 

 そう質問してくる彼女に、俺は絃神島本体と増設人工島(サブフロート)の間を指で指し示した。その間は約八メートル程の距離だろう。

 

「何も連絡橋だけが通路じゃないさ。あそこから飛び移る」

「……念のため訊くけど、方法は?」

「文字通り飛んで」

 

 真顔で言う俺に対し、紗矢華は口元を引くつかせた。

 

「私、人間よ? 霊力で強化しても足りないんだけど」

「大丈夫大丈夫、昔やったやり方ならいけるさ」

「昔……?」

 

 なんの事か解らない暁は首を傾げた。

 紗矢華は思い出したのか、少し頬を朱に染めている。

 赤くしているのも頷ける。何せあれはやる方もやられる方も恥ずかしい。よくもまぁ昔の俺はそれを平然とやってのけたものだ。今じゃ考えられない。

 昔の俺は無知だったもんね、仕方ないね……。

 しかし、いくら恥ずかしいとしても、今回はそうも言ってられない。

 擬似転移するにしても少なからず霊力だって使う。たかが七、八メートルくらいの距離なんて飛べば済むだけの話だ。

 よって、紗矢華には悪いが我慢してもらうしかない。

 

「暁、先に行っていいよ。もし俺が落ちそうになったら掴みあげて」

「ちょ……! 翔矢、待って心の準備が……!」

 

 俺はそう言って顔を真っ赤にして騒ぐ紗矢華の膝裏に腕を通し、そのまま彼女を抱き上げた。

 その際に紗矢華と俺の顔が息がかかる程近くなってしまう。

 久しぶりにやったけど、恥ずかしい……。

 

「っ!? っ……!!」

 

 抱き上げた紗矢華は何故か俺の目を見ようとしてくれなく、目を必死に逸らしている。口元も手で隠している。

 何故そのような事をしているのかわからず、俺は首を傾げた。

 それにしても紗矢華は相変わらず軽いな。俺は魔族だから筋力がおかしい事になってるけど、それでも軽いと思えるくらいだ。

 俺がそう思っていると、暁は呆れたような視線を紗矢華に向けていた。

 

「煌坂……」

「うっさいわね暁古城! こっち見ないで!」

「はいはい……。んじゃあ、先行ってるぞ」

「あ、うん」

 

 雪霞狼が入ったギターケースを背負い直し、暁は少し助走をつけて増設人工島(サブフロート)に飛び移った。

 続いて俺も助走をつけて、増設人工島(サブフロート)に飛び移り、紗矢華を降ろす。しかし、

 

「おおっ!?」

 

 どうやらギリギリだったらしく、紗矢華を降ろした事によりバランスが崩れ、俺は海に落ちそうになる。

 

「翔矢っ!」

「黒崎!?」

 

 重力に引き摺られ、俺はそのまま海に落ちる寸前のところで紗矢華と暁が俺の手を掴み、引っ張ってくれた。

 危なかった……危うく落ちて濡れ鼠になるところだった。俺ってあまり泳げないから辛いんだよね……。

 

「大丈夫? 翔矢?」

「まったく、気を付けろよ黒崎」

「うん、ありがとう紗矢華、暁」

 

 心配そうな紗矢華と苦笑を浮かべる暁に、俺はあはは、と笑ってお礼を言った。

 俺はすぐに体勢を立て直し、増設人工島(サブフロート)内で起こっている戦場に向けて俺達は駆け出した。

 

 

 β

 

 

 銃声や爆音が鳴り響く戦場で、黒のレースをあしらった日傘を差し、同じく黒色のドレスを見に纏い、長く艶やかな黒髪を靡かせる少女──南宮那月は建物の上に立ち、何かを考えるように顎に手を当てていた。

 

(あまりにも楽に事が進んでいる……。何か裏でもあるのか……?)

 

 那月がそう考えていると、複数の足音が聴こえてきた。足音の間隔的に走っているようだ。

 その足音は次第に彼女がいる方へ近づいてくる。

 那月は下の方を向いて走ってくる人物を確認しようと、目を凝らした。すると、物陰から出てきたのは見慣れた狼の体毛に似た髪の毛を持つ少年と、銀色の長剣を持つ色素の薄い長い髪をひとまとめにした少女。そして、黒く輝く片手剣を持つ漆黒の長めの髪をした少女のような少年だった。

 

(暁古城に舞剣士? それに……あれは獅子王機関の小娘か? 何故ここにいる?)

 

 那月は目を細めて疑問に思った。

 黒死皇派の件は古城と雪菜から頼まれ、その上に翔矢からも式神経由だが頼まれた。にも関わらず古城と翔矢がいる事に疑問を持つ。

 考えていても仕方がない、そう思った彼女は己が得意とする空間制御の魔法で三人の目の前まで転移した。

 

「那月ちゃん!?」

「南宮さん?」

「"空隙の魔女"!?」

 

 いきなり目の前に現れた那月を見て、翔矢達三人は三者三様の反応を見せた。

 しかし、約二名の反応が悪かったようで、那月はつかつかとその二名に歩み寄る。

 そして、

 

「いで!?」

「あたっ……」

 

 那月ちゃん、と担任をそう呼ぶ古城と一番反応が薄かった翔矢の頭を頭蓋骨が陥没するくらいの勢いでレースが付いた扇子で殴った。

 当然二人は頭を押さえ、苦悶の声を上げる。

 

「何すんだよ、那月ちゃん!」

「全くですよ……痛いじゃないですか」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな! それと舞剣士、お前はもう少し驚け!」

「「理不尽だ!?」」

 

 古城が叩かれる理由は解るが、翔矢の理由だけがやたら理不尽だった。

 翔矢と紗矢華は目を見開いて叫んだ。

 

「ふん、知った事か。それより、お前達は何故ここにいる?」

 

 鼻を鳴らして顔を背ける那月は、横目で三人を見ながら問い質す。

 

「それが、姫柊と浅葱、それに凪沙がガルドシュの奴らに拐われたんだよ」

「何?」

 

 古城がそう答えると、那月は目を鋭くした。すると古城に続き、翔矢が補足する。

 

「それに加え、今の雪菜は雪霞狼を持っていない。そんな状況で藍羽さんや凪沙さんを守りながら戦闘なんて出来やしない」

「……なるほどな。それでここに来たというわけか」

 

 翔矢の話を聞き、那月はそう言ったっきり黙った。

 何か思案する彼女に翔矢は情報の共有をしようと、アスタルテの事も言おうとしたその時、彼は銃撃の音が途絶えた事に気づいた。

 ゾワッ、と翔矢と古城の背中が粟立った直後、

 ゴオオオオオォォォォォン──

 爆撃にも似た轟音が周囲にいた者達の耳をつんざいた。それに次いで地震にも似る大きな揺れ。

 

「なんだ!? 今のは!?」

 

 いち早く反応したのは古城だった。

 何か、嫌な気配がしたと思った途端に轟音が鳴り響いたため、彼は動揺している。古城と同じく、翔矢も嫌な気配がしたが、彼は動揺はしてはいなかった。しかし、顔は少し青くし、その頬には冷や汗が垂れていた。

 

「なに……この気配……!?」

「この禍々しい気配……なんだ、これは」

 

 揺れによって翔矢にしがみついていた紗矢華は音がした方向──銃撃戦が行われていた増設人工島(サブフロート)の、炎に包まれた監視塔のすぐ下を凝視した。

 禍々しい異様な気配が徐々に地上に上がってくるのが、翔矢達には解った。

 すると、徐々に瓦礫が盛り上がっていき、何か前脚のようなモノが出現する。先程の爆撃のような音の原因はこいつのせいなのだと全員が察した。

 

「──ふゥん、よく解らないけどサ、これはマズイんじゃないかなァ? 翔矢、古城?」

 

 突然、軽薄な声が上から聴こえた。

 翔矢達は建物の上に目をやると、出現したモノを眺めるように、サングラスをかけた純白のスリーピースを着た金髪の青年──ディミトリエ・ヴァトラーがそこに立っていた。

 

「ヴァトラー!? なんでお前が!?」

「どうして貴方がここに!?」

 

 いるはずがないと思っていた古城と紗矢華は同時に呻く。

 一方、翔矢だけは冷たい目でヴァトラーを睨み付けていた。

 

「ヴァトラー……()()…………!」

 

 一瞬、ほんの一瞬彼の瞳が金色に変色した。

 普段の優しい雰囲気など消え失せ、ただ、ただ炎のように揺らめく瞳に、ヴァトラーは射竦められた。

 ニヤニヤとした笑いは消え、彼は冷や汗を流す。古城は翔矢の豹変ぶりに動揺する。

 紗矢華は少し泣きそうになりながら、彼の手を握った。

 

「やめてくれよ翔矢、ボクは何もしてないサ。それより、特区警備隊(アイランドガード)を撤退させた方がいいんじゃないかなァ?」

 

 肩を竦めて、ヴァトラーは出現したモノに目を移した。

 

「ここにガルドシュはいないヨ。残っているのは囮ダヨ」

「囮だと? 特区警備隊(アイランドガード)を集めてなんの得になる?」

 

 ヴァトラーから告げられる言葉に、那月は紗矢華に手を握られている翔矢に向けていた視線を彼に向けた。その表情は不機嫌そうに眉が寄せられている。

 

「南宮さん、答えなんて解りきってる……。アレだよ」

 

 はぁ、と息を付いた翔矢が、やっとヴァトラーから視線を外して大量の瓦礫の中から出てきた巨大な影を睨み付けた。

 ソレを見た古城は、生徒会室で見たとある画像を思い出した。

 

「ナラクヴェーラ──っ!?」

 

 目を見開いて、古城は叫んだ。吸血鬼の真祖すら殺すと言われる神々の兵器の名を。

 

 

 γ

 

 

「はぁ……」

 

 蒼い髪を揺らし、一人の女性がつまらなさそうに溜息を吐いた。

 乗っていた船はテロリスト共に乗っ取られ、友人であるディミトリエ・ヴァトラーは何処かに消えていってしまった。

 だいたいの居場所は特定しているが、出ていけば出ていくで翔矢からの()()()を向けられてしまう。

 あれはもう向けられたくないと、女性──セリア・オルートは苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 

「まったく、わたくしも戦闘狂(バトルマニア)でございますが、ディマ程でもありませんもの。わざわざ死にに行くような真似、したくありませんわ」

 

 首を振って彼女は、遠くから真紅の閃光を放つ神々の兵器──ナラクヴェーラを見つめた。

 閃光を浴びた装甲車が、バターのように切り裂かれ、勢い良く炎を吹き上げて爆発四散した。

 

「あれがナラクヴェーラの"火を噴く槍"でございますか……。なるほど、神々の兵器と言うだけはありますわね」

 

 けれど、と続けて、セリアは微笑んだ。

 

「どれだけ()()して対策したとしても、第一真祖(おじいさま)や他の真祖達……ましてや"大罪(デブリー)()君主(モナーク)"である翔矢さんを殺す事など出来ませんわね」

 

 ふふふ、と笑って、ヴァトラーの下へ行こうと自身の身体を火の粉へと変化させた。

 翔矢に何か言われれば何も知らないと偽り、全部ヴァトラーに罪を被せようと、そう腹黒い事を考えて。




読んでいただいてありがとうございます。

今回から、地の文と鉤括弧の部分を別ける文体にしました。実はこれ、クオリディア・コードの作品でこの文体を取っているのですが、活動報告でアンケートを取ったところクオリディア・コードの形の方が良いという事でこうなりました。

読みづらかったら言ってください。工夫しますので!

感想お待ちしております。それでは失礼致します!!


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 XI

丁度一年ぶりの更新となります。
本当に申し訳ありませんでした。仕事との両立がほぼ出来ていなく、今は長期の休暇が取れているので、その間にプロット作り、肉付け、仕上げ、投稿という形をとっていけたらなと思います。

一年もの間、お待たせしました事を深くお詫び申し上げます。
お気に入り登録してくださった皆様、お待ちくださってありがとうございます。
暇を見て、翔矢くんや紗矢華のイラストでも描いて挿絵にしたいと思ってますのでどうかご勘弁を……!

それでは、一年ぶりなのに短いですが本編をどうぞ!!

追記:すみません、優鉢羅の時にルビ振り間違えました。誤字報告ありがとうございます。
おかしいなぁ。ルビ振りだけは間違えないようにしてたのに。とにかく、申し訳ありませんでした! 気をつけます!(一月二十四日八時四十分分現)


 α

 

 

「ふぅん、あれがナラクヴェーラの"火を噴く槍"か。なかなかいい感じじゃないか」

 

 愉しげに拍手を送るディミトリエ・ヴァトラーに、それを見る(あかつき)古城(こじょう)がイライラしながら地面を蹴った。

 

「ちっ、なんでアンタがここにいるんだ。ご自慢のバカでかい船はどうした!?」

「あぁ。実は"オシアナス・グレイヴ"を乗っ取られてしまってねェ」

 

 飄々とした口ぶりで肩を竦ませる彼に、俺は嘘だろ、とイラつきながら心の中で呟く。

 

「乗っ取られたぁ!? てめぇ、それ絶対嘘だろ!!」

「嘘じゃないサ。まぁ、そんなわけでボクとセリア嬢は命からがら逃げてきたんだよ」

 

 暁が牙を剥きながらヴァトラーに叫ぶが、彼はぬらりくらりと平然と宣う。

 そこで俺はある疑問が浮かび、それをヴァトラーに向けて訊いた。

 

「なぁ、ヴァトラー。そのオルートはどこに行ったんだ?」

「あぁ、どうも逃げてる最中にはぐれてしまったようでねェ。魔力の反応はするから大丈夫だと思うんだけど……」

 

 先程までのとぼけたような飄々とした態度ではなく、ヴァトラーは少し心配そうに呟く。

 おそらく、この一件はヴァトラー個人で企んだもの。あるいはほんの少しの関わりでオルートがいるようなものなのだろう。

 今の彼を見るに、オルートとはぐれた事は予想外のようだし、これはヴァトラー個人の企みのようだ。

 

「この一件、全てはお前の掌という事か"蛇遣い"」

 

 俺の同じ結論に至ったのか、南宮(みなみや)さんが眉根を寄せて不機嫌そうにヴァトラーに問うた。

 しかし、そんな馬鹿正直に肯定するわけもなく、彼は肩を竦ませてみせる。

 

「まさか。一応僕も被害者だよ? ……ただ、これ以上被害が出るみたいなら、自衛権を行使しなくてはねェ」

 

 いつものように軽薄な笑みを浮かべ、ヴァトラーはそのサングラスの下にある紅く染まった瞳で戦場を跋扈するナラクヴェーラを見つめた。

 

「させると思うか、ヴァトラー?」

「……あぁ、君がいたんだったね翔矢(しょうや)

 

 睨み付ける俺に視線を向け、彼は愉しげに笑う。

 すると、ヴァトラーは忘れてた忘れてたと呟いて、足元にあったボロ布のようなものを持ち上げて俺達の目の前に放った。

 ぐしゃ、と湿った音を立てて転がってきたのは、暁と同じ彩海学園の制服を着た男子生徒だった。

 

「や、矢瀬(やぜ)!?」

「あれ、知り合いだった?」

 

 目を剥いて驚く暁の反応を見てヴァトラーは愉快そうに笑った。

 

「さて、ボクはナラクヴェーラを破壊に行きたいんだけど……」

「何度も言うが、させないぞ」

 

 うずうずしているヴァトラーを牽制するように、俺は"黒翔麟(こくしょうりん)"を弓形態にして魔力の矢を番える。

 近くにいる南宮さんは彼の性格を理解しているからか、疲れたように溜息をついている。

 ──しかし、どうしたものか。

 つい先日雪菜に、監視役が戦場に行くのはダメ、と言ったばかりで、俺自身で動きたいが動けない。南宮さんあたりに監視役を代わってもらいたいがそうもいかないだろう。

 これでは埒が明かない。

 

「──ディマはわたくしが見張っておきますので、翔矢さん達はナラクヴェーラの撃破をお願いしますわ」

 

 どうしたものかと悩んでいると、俺達が来た方向から綺麗な蒼い髪を靡かせて、"焔の女王"──セリア・オルートが優雅に歩いてきた。

 

「オルート? 一体どこに……」

「急に襲撃があったもので、逃げたのですが道に迷ってしまって……」

 

 凄く申し訳なさそうな顔をして頭を下げてきた。

 この反応を見る限り、本当のようだ。ヴァトラーも思い出したように頭を抱えている。

 

「君は方向音痴だったもんネ……。それで? セリア嬢。ボクを見張るとはどういう事かな」

「そのままの意味ですわディマ。流石に、神々の兵器まで持ち出すなんて、わたくしは一切聞いていないですわよ?」

 

 厳かに語りかける彼女は、何も聞かされなかった事が気に食わないのか、地面に紅い焔をチロチロと出現させる程機嫌が悪かった。

 ただでさえ、常に熱い気温が数度上がったように感じる。

 すると、一触即発の雰囲気の中、気の抜けたアラーム音が聞こえた。

 一斉に音の発信源を辿ると、引き攣った表情をする暁の姿が見えた。

 

「なんだよ!? こんな時に!?」

 

 まったくだよ。静かに内心でツッコミを入れ、視線を吸血鬼二人から暁に移す。

 携帯の画面を見た彼は目を見開いて、急いで電話に出た。

 

浅葱(あさぎ)か!?」

 

 その名を聞いた俺と紗矢華(さやか)、南宮さんは驚きの表情を浮かべる。

 暁のクラスメイト、藍羽(あいば)浅葱(あさぎ)はクリストフ・ガルドシュに連れ攫われた筈だ。彼女と一緒に、俺と紗矢華の妹分の姫柊(ひめらぎ)雪菜(ゆきな)、暁の妹の暁凪沙(なぎさ)もまた連れ攫われている。

 

「え!? 姫柊?」

 

 んん!? 雪菜!? なんで!?

 

「無事なの、雪菜!? 今どこにいるの!?」

 

 俺と暁は唐突な事で狼狽するが、紗矢華はもの凄い勢いで暁が持っている携帯を奪って叫んだ。

 流石紗矢華。雪菜の事になると反応が俺より早い。

 俺も雪菜の声を聴こうと思い、暁と紗矢華の近くに向かう。

 無事です、雪菜がいつものように生真面目な口調で答えた。

 

『今は"オシアナス・グレイヴ"の中にいます。藍羽先輩や凪沙ちゃんにも怪我はありません』

 

 やや聴こえづらい。聴こえなくもないけど、どうもな……。

 それに、紗矢華と暁の距離が近い。若干気に食わない気持ちが湧いてきて、俺は紗矢華から携帯をとり、スピーカーにして聴こえやすくした。

 暁はさんきゅ、と口パクで言って、次に雪菜へ返答する。

 

「そうか。とりあえず、ここよりかは安全だな」

 

 彼がそう言うと、雪菜は呆れたように息を吐いた。

 

『という事は、やっぱり先輩達はナラクヴェーラの近くにいるんですね』

「あ、あぁ」

『またそうやって勝手に危ない場所に顔を突っ込んで……。自分が危険人物だという自覚があるんですか。翔矢さんと紗矢華さんが一緒にいて、何やってるんですか』

 

 ……どことなく雪菜の声が冷たく聴こえるんだけど、気のせいかな。

 

「いや、それはなんていうか、まさかあれが出てくるとは思ってなくてだな」

「ゆ、雪菜達が誘拐されたっていうから、心配で……」

 

 あわあわと俺の両隣で言い訳する二人を見て、俺は一瞬瞑目してから口を開けた。

 

「雪菜、俺が悪いんだ。雪菜が連れ攫われて、気が動転して。暁の監視を任せられたのに連れてきてしまった」

 

 最後にごめん、と誠心誠意の謝罪をした俺はスピーカーから聴こえる声を待った。

 すると、ほんの少し間を開けて溜息が聞こえてくる。

 

『流石翔矢さんです。先輩達みたいな言い訳しないなんて』

「「ぐぬ……」」

 

 雪菜のその一言で両隣の二人が苦い表情を浮かべる。

 

『でも、ちょうど良かったです。翔矢さん、ナラクヴェーラが市街地に近づかないようにしばらく足止めお願いできますか?』

「足止め?」

『はい。藍羽先輩が今、ナラクヴェーラの制御コマンドの解析をしてくれてるんです。それが終われば、現在の暴走を止められるので』

「ふむ……。そういう事ね……」

 

 獅子王機関からの情報通りならば藍羽浅葱は"電子の女帝"と呼ばれ、その手の者からは名高いハッカーのようだ。

 その実力が確かなら、ナラクヴェーラの制御コマンドの解析も手間はかかるだろうが不可能ではない筈だ。

 そもそもの話、ガルドシュが藍羽さん達を連れ去ったのはその実力を買っての事だと俺は思っている。

 とりあえず、現段階では黒死皇派はナラクヴェーラの制御が出来ていないという事になる。

 

『足止めだけでいいんです。暁先輩が近くにいるので、無理に動いて眷獣を暴走させても困りますし』

「うっ……」

 

 あくまで足止め、か。しかし、神々の兵器を足止めとは簡単に言う。

 今も使い魔の力を使ってナラクヴェーラの動きを視ているが、特区警備隊(アイランドガード)が使う特殊弾も段々効果が薄れてきている。

 同じ手はあまりよろしくないようだ。骨が折れそうだが、妹分からの頼みだ。やるしかない

 

「分かった。足止めは任せて。決して、無理はするなよ」

『はい。翔矢さん達もお気をつけて』

 

 そう言うと電話が切れた。携帯を暁に返して、俺は破壊された監視塔を睨む。

 現在、特区警備隊(アイランドガード)の撤退状況はなんとか増設人工島(サブフロート)から逃げ出す事が出来たようだ。

 

特区警備隊(アイランドガード)の撤退は完了。……オルート、ヴァトラーの監視、頼めるか?」

「お任せ下さいな翔矢さん」

 

 今回ばかりは戦闘狂のオルートもヴァトラーの動きに耐えかねたか、素直に頷く。

 ヴァトラーは若干不満そうな顔をしているが、こいつを動かすわけにはいかない。

 

「ヴァトラー、お前はそこでじっとしてろ。あの兵器は俺達が相手をする。捕まっている雪菜達をお願いしてもいいですか、南宮さん」

「ふん、うちの学校の生徒だからな。助けるのは教師の義務だ」

 

 優雅に日傘を回していた南宮さんは鼻を鳴らして微かに笑みを浮かべる。

 

「他人の獲物を横取りするなんて、どうかと思うけど翔矢?」

「その言葉、そのままお返しするぞ。他人の領地で勝手に行動する方がどうかと思うぞヴァトラー。さっさとどっかに引っ込んでろ」

 

 拗ねたように言う彼に、俺は手で追い払うようにシッシッとジェスチャーをした。

 

「ふゥむ、そう言われると返す言葉もない」

 

 少し考えるように顎に手を当てた。そして、

 

「それじゃァ、領主たる暁古城に敬意を表して、手土産をひとつ献上するとしよう。君達が気兼ねなく戦えるようにね──"摩那斯(マナシ)"! "優鉢羅(ウハツラ)"!」

「なっ!?」

「おまっ!?」

「ディマ!?」

 

 ヴァトラーが解き放った膨大な魔力の波動に、暁は絶句し、俺とオルートは思いっきり睨んだ。

 彼の頭上に出現したのは数十メートルにも達する程の二匹の蛇。荒ぶる海のような黒蛇と、凍りついた水面のような青い蛇。どちらも強力なヴァトラーの眷獣だ。それらが互いに絡み合い、一体の巨大な龍へと姿を変えた。

 

「二体の眷獣を合体させた!? これがヴァトラーの特殊能力か!!」

 

 荒れ狂う竜巻のような眷獣に、暁が声を荒らげる。

 そう。これがヴァトラーを"蛇遣い"とたらしめる所以だ。

 これがあるから若い世代の"貴族"でありながら、格上の"長老(ワイズマン)"をも喰らう事が出来ている。

 

「まぁ、こんなものかな」

 

 満足そうに呟き、ヴァトラーは荒れ狂う群青色の龍に指示を下した。

 増設人工島(サブフロート)と、絃神島本体を繋ぐアンカーをひとつ残らず破壊された。重さ数百トンはあるであろうコンクリートブロックと金属ワイヤーで造られたアンカーが、ガラスのように粉々に砕け、その爆発の影響で増設人工島(サブフロート)がゆっくりと洋上を漂い始めた。

 

増設人工島(サブフロート)が……!?」

「なるほど。気兼ねなく、っていうのはそういう事か」

 

 しかし、十中八九奴自身が少なからず暴れたかっただけだろう。絃神島本体もかなり被害が出ているはずだ。

 

「南宮さん、"雪霞狼"の事もお願いします」

「分かった。助けたついでにあの転校生に返しておく」

 

 "雪霞狼"が入ったギターケースを南宮さんに渡すと、彼女は空間を歪ませ、ギターケースをどこか別の空間に移動させた。

 俺はそれを見て頷き、紗矢華と暁の方に視線を向ける。

 

「絶対に市街地に近づけさせないようにな。暁、紗矢華」

「えぇ、分かってるわ」

「もちろんだ!」

 

 俺と紗矢華は"黒翔麟"と"煌華麟(こうかりん)"を構え、暁は魔力を溜めて神々の兵器──ナラクヴェーラを見据える。

 俺が行くぞ、と言い、禍々しい兵器に向かって走り出した。

 

 




さてさて、モンハンワールドがあと二日で発売ですね。
私も楽しみでしょうがないです。

それでは皆様、また近いうちにお会いしましょう! プロットは作っているので更新できるはずです!

ではでは!


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 Xll

めっちゃお久しぶりです。すみませんでした。
バンドリの方に夢中になってしまいまして。


 α

 

 

 俺──黒崎(くろさき)翔矢(しょうや)は蜘蛛のような形をした兵器に向かって走り、建物の壁を使って跳躍し、霊力を溜めて上空から穿つような一撃を放った。

 それと同時に"黒翔麟"を剣形態に切り替え、地上へと空間を連結させる。"擬似空間転移"を行い、一瞬のうちにナラクヴェーラの真下に移動した俺は小さく祝詞を唱える。

 

「獅子の武士たる高神の舞剣士が崇め奉る──」

 

 即座に弓形態に切り替えた俺は膝を付いて上に向かって矢を番える。さっきは霊力を使ったが、次はその霊力にほんの少しの魔力を加える。

 普通、霊力と魔力は相容れない存在だ。しかし、強い霊媒として機能する母の血と"ソロモン"の異名を持つ悪魔の父の血を持つ俺ならば、霊力と魔力を使い分ける事が出来、尚且つそれを混ぜ合わせる事も可能だ。

 

「災禍の焔、黒雷渦巻く麒麟、善悪の判別つかず──」

 

 淡い空色をした霊力の矢に巻き付くように、黒い魔力が現れた。螺旋を描く魔力は次第に大きくなり、周囲に魔力の残滓が漂い始める。

 矢に巻き付く魔力の溜めが限界に近付き、雷のようにチリチリと音を立て始めた。

 

「──世界よ捻れ狂え」

 

 ドンッ! と、弓では決して鳴らない音が壁や崩壊した建物に反射し、周囲に響き渡る。魔力で強化した強力な一撃はナラクヴェーラの腹に突き刺さり、抉り、一瞬にして貫通した。

 俺はすぐさまナラクヴェーラから距離を置き、バク転を繰り返して紗矢華と暁の下へ戻る。すると、攻撃を受けたナラクヴェーラは不自然な形で脚を停めた。

 

「な、なんだ? 急に止まったぞ?」

 

 少し後ろにいる暁が不思議そうに首を傾げた。

 

「見てたら解るわよ」

 

 俺が、見てなよ、と言いかけた時に紗矢華が俺の言葉を奪ってしまった。なんか悔しい。

 紗矢華の方に向いていた視線をナラクヴェーラに移すと、大穴が空いた箇所から黒色の棘のような剣のようなものが大量に生え、神々の兵器はズタズタに引き裂かれた。

 

「うっわ……えげつないなオイ」

「ふふん、凄いでしょ? これは霊力と魔力を混ぜ合わせる事が出来る、翔矢だけの技なんだから!」

「なんでそこでお前が自慢する……」

 

 辟易とする暁にあはは、と苦笑いをする。

 ナラクヴェーラは一時的に停りはした。だが、これくらいの攻撃は特区警備隊(アイランドガード)もしたはずなので、これで完全に停止するとは思ってはいない。

 もう一、二発撃っておくか。

 矢を番え、魔力を加える。周囲に魔力の残滓が漂う瞬間、引き裂かれたナラクヴェーラが自ら傷を癒して行動を再開した。

 

「なに……!?」

「再生、したの!?」

 

 二人がそれを見て驚く。

 やはり、あの程度では完全に機能を停止させるには不十分のようだ。番えていた矢に霊力も強く加える。魔力の質も少し変えて矢を射った。黒かった魔力は紫色になり、直撃した瞬間、何かに喰われたような跡を残す。

 間髪入れずに三本纏めて射る。ナラクヴェーラの副腕が吹き飛び、脚も一本飛ぶ。

 続けて矢を放ち、ナラクヴェーラに当たる寸前、障壁が矢を阻んだ。

 

「"喰らう"性質の魔力と霊力に対する障壁、か……」

 

 ちっ、と俺は小さく舌打ちを鳴らす。

 今のを見て確信した。この兵器は、受けた攻撃で欠けたものを再生し、学習する。そして、学習した攻撃は障壁で通用しなくなる。

 だから特区警備隊(アイランドガード)の攻撃が尽く通用しなくなったわけだ。

 あまり、迂闊に攻撃を仕掛けるべきではないか……。

 ナラクヴェーラを睨みながら思案する。すると、ナラクヴェーラは頭部と思しき箇所から赤い光を収束させ、こちらに放ってきた。

 

「"煌華麟"!!」

 

 しかし、その火を噴く槍と呼ばれる大口径レーザーは、舞威媛である紗矢華の霊視によって見切られ、"煌華麟"の"擬似空間断裂"による防御で防がれた。

 

「"煌華麟"の能力は二つ。そのうちのひとつは物理攻撃の無効化よ。感謝なさい、暁古城。私がやらなければ今頃消し炭よ」

 

 暁を見て紗矢華はどうだと言わんばかりのドヤ顔を披露した。

 感謝するのは何も暁だけではないのだが、まぁ、そこは置いておこう。

 

「そして、あらゆる攻撃を防ぐ障壁は、即ちこの世でもっとも堅牢な刃となる──!」

 

 レーザーを放ち終えて無防備になった古代兵器の足元へと、剣を構えた紗矢華が疾走する。

 ほっそりとした彼女が持つにしては大き過ぎるその長剣で、ナラクヴェーラの脚を斬っていく。俺の持つ"黒翔麟"もまた大きいが、"煌華麟"は少女が持つには大き過ぎるものだ。それを軽々と扱い、流れるように舞う彼女は、ただただ綺麗なものだ。

 いけない、いけない。見惚れている場合ではない。

 紗矢華の攻撃もいずれは学習される。何か策を練らなければならない。

 

「あんな化け物と渡り合えるなんて、ある意味化け物だよな……」

 

 暁がそうぼやく。確かに戦闘の素人から見たらそうだろう。師匠から見たらまだ甘い、と断じられそうだけど。

 ナラクヴェーラと紗矢華の交戦を見やる。()の古代兵器は紗矢華の死角を突いた攻撃に反撃出来ず、一本の脚がちぎれかけていた。

 彼女がそのまま"煌華麟"を叩きつけようとしたその時──

 

「えっ──!?」

 

 ナラクヴェーラの装甲に触れる寸前で、空間を薙ぐ銀色の刃が阻まれた。

 再び俺は舌打ちを思わずしてしまう。

 

「紗矢華、すぐ反撃が来る! 一旦退いて!」

 

 紗矢華は頷き、即座に距離を置く。

 ナラクヴェーラはこちらを狙いつつレーザーを無差別に放ち、建物を焼き払った。

 俺たちは古代兵器の動きを確認できる距離まで退避し、出方を伺う。

 

「ちっ……! どうする黒崎? このままじゃジリ貧だぞ!」

「そんな事は言わなくてもわかるよ。……ただ、俺の使い魔は威力はあれど制御が出来ない奴が二体いて、とてもじゃないがあいつらを使う訳にはいかない」

 

 それに加え、その二体の使用は制限がかけられており、一体は武器としての使用は可能だがもう一体は一切使用不可だ。

 獅子王機関の三聖、及びそれに連なる者達にバレれば、どうなるか。良くて謹慎、悪くて舞剣士の資格を剥奪されるかだな。

 暁が焦り、俺はどの使い魔を使うか逡巡している間に、ナラクヴェーラはレーザーを撃つのをやめ、背部に備えられたスラスターを点火させた。

 

「まさか……」

「空を飛ぶつもりか、あいつ!?」

「無茶苦茶だわ……!」

 

 しまった。逡巡している場合ではなかった。人の命がかかっているのに自分の事が優先されていた。

 すぐに使い魔を出そうと魔力を込めると、それより先に暁が動く。

 

疾く在れ(きやがれ)! "獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"!!」

 

 高濃度の魔力が弾け、その魔力は次第に黄金の雷を帯びる。獅子の姿を形作り、"獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"は飛び上がったナラクヴェーラを叩き落とした。

 しかし、ここは増設人工島(サブフロート)。そんな高濃度の魔力の塊が地面に叩きつけられれば、当然、その脆い地面など崩れ去る。

 ナラクヴェーラと距離が近かった俺達にもその魔の手が伸び、俺達は大きな穴が空いた増設人工島(サブフロート)の中へと落ちていった。

 

「「こんの……あほつきこじょおぉぉぉぉ!!!」」

「うわあぁぁぁぁ! ごめんなさぁぁぁい!!??」

 

 紗矢華と一緒に怒鳴りつけ、暁は落下しながら大きな声で謝罪をした。

 絶対許さないぞ、あほつき。

 




短くて申し訳ないです!!! 戦闘描写で力尽きました。ほんの少しFate要素が入ってるような入ってないような感じですねw



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 Xlll

お待たせしました。お久しぶりです、倉崎です。




 

 

 α

 

 

 身体中が痛い。穴から落ちて気絶し、それから目が覚めた俺は痛みに苦しんだ。

 幸い、落下中に紗矢華を抱き寄せて俺が下になるようにしたから彼女に怪我はない。ただ、紗矢華の命を優先にしたため、"黒翔麟"をどこかに放り投げてしまった。

 きっと、増設人工島(サブフロート)のどこかに突き刺さっているだろう。

 

「いつつ……」

 

 ちょうど後頭部の辺りをぶつけたようで、頭が痛い。腕も折れてはいないだろうが、ヒビは確実に入っているはずだ。

 幸いなのは脚が無事だという事。手持ちの薬品で応急処置は出来るがまともに戦闘が出来なくなるため助かった。

 痛む頭を動かすとすぐ近くに暁が血だらけになっている。落下中にどこかで切ったみたいだ。赤色の煙が出ているところを見るからして、眷獣の能力で回復しているようだ。

 

「うっ……うぅん……」

 

 どうやら紗矢華が目を覚ましたようだ。

 反応してあげたいけど今は無理だ。痛過ぎて声が出ない。

 だんだん瞼が重くなり、完全に瞼が閉じられる。

 

「っ!? 翔矢っ、大丈夫なの!? しっかりして!」

 

 起き上がった紗矢華が俺の肩を掴んで体を揺する。

 ぐうっ、揺すったせいで痛みが酷くなって……!

 

「っつ……」

「翔矢!」

「さ、やか……右脚のポケットに、霊薬入って、るから……」

 

 言葉に詰まりながら紗矢華に言うと、彼女はわかった、と答えて俺のポケットを漁る。緑色の液体が入った小瓶を取り出して、紗矢華は俺の口にそれを突っ込む。

 これは俺専用に調合した薬だ。魔力を混ぜた、悪魔の治癒力を高めるものである。

 俺はそれを飲もうとするが、上手く飲めずむせてしまって咳き込んだ。

 

「げほっ……」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」

「だい、じょうぶだから泣かない泣かない」

「な、泣いてなんて……」

 

 目元に浮かぶ涙を払い、紗矢華はどうしようかとおろおろする。

 それにしても、本当に半分魔族とはいえ、純血の魔族より頑丈さは目立たないな。人間より頑丈で力があって、寿命があるくらいしか利点がない。

 すると、紗矢華は何かを思いついたのか、意を決したように表情を引き締めた。

 紗矢華は小瓶の中の残った液体を全部口に含んだ。何をするんだと疑問を抱いた瞬間、彼女は自身の口で俺の口を塞ぐ。

 

「っ……!」

 

 ま、待て、今何やって……!?

 紗矢華の柔らかな唇の感触が、俺の唇を介して伝わってくる。次いで彼女の口から霊薬が流れ込んできた。

 つまり、紗矢華は口移しで霊薬を飲ませてくれたのだ。

 軽いパニックになりつつ、彼女の口内の霊薬を飲み干す。

 飲み終わったあと、体から痛みが消えていく。口の中から液体がなくなったと確認した紗矢華は唇を離し、荒い息を繰り返す。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「紗矢華……なん、で」

 

 回復して痛みがなくなって楽になり、俺は上体を起こす。顎に垂れる霊薬を拭い、目の前に座り込む紗矢華を見た。

 彼女は視線を逸らして頬を染める。

 

「そ、そのっ……これは、そう! 医療行為よっ! だから、その……の、ノーカウント、だから」

 

 医療行為、か。恥ずかしい思いをしてまでしてくれたんだ。その思いを無下にしないでおこう。俺は紗矢華にありがとう、とお礼を言った。

 ふらつきながらも立ち上がり、支えてくれる彼女にまたお礼を言う。暁の方を見ると、地面に手をついて起き上がる寸前だった。

 

「暁、大丈夫か?」

「あぁ、なんとかな……」

 

 しんどそうな声を出して、暁は険しい表情を浮かべる。

 すると、紗矢華は復活して間もない暁に向けて無遠慮に辛辣な言葉を吐く。

 

「何も人工島(フロート)ごと撃ち抜かなくてもいいじゃない。手加減ってものを知らないの? そのせいで翔矢がすごい怪我したんだけど?」

「うっ、それは……すまん」

 

 悪かった、と暁は俺に頭を下げる。怪我人が出た事に彼なりに負い目はあるらしい。気にしてないと言って、俺は暁の肩に手を置いた。

 

「ナラクヴェーラはどうなった?」

「わからねぇけど、多分破壊した。修理もしないで動けるようなダメージじゃないはずだ」

「そっか。じゃあ俺達はとりあえず地上を目指せばいいわけだね」

 

 行こう、と言って俺は紗矢華と暁を連れて上を目指して歩き始める。

 何処かに点検用のハシゴがあればいいんだけど。

 暁によると、この増設人工島(サブフロート)は建設途中らしい。となると、ここには案内板や照明などと言ったものは設置されていないだろう。

 しばらく歩くが、一向にハシゴひとつ見当たらない。しかも足場が悪くて進むのも一苦労だ。

 

「なぁ、黒崎」

「なに」

「"黒翔麟"だったか? それどこいったんだ?」

「あー、"黒翔麟"か……」

 

 そういえば、と紗矢華も不思議そうに俺を見つめる。俺は軽く息をひとつ吐いて手を首のところへ持って行って首を揉むようにする。

 

「実は落ちてくる時に、紗矢華を守ろうとして"黒翔麟"を落としちゃったんだよね。多分今頃どっかに突き刺さってると思う」

「「なっ!?」」

 

 目をぎょっと剥いて、紗矢華と暁は二人で俺の胸ぐらを掴んできた。

 

「どどどどどうするのよ翔矢っ!? 師家様に怒られるわよ!?」

「まぁまぁ、多分なんとかなると思うから」

「あれがあったらすぐ地上に出られたじゃねぇか!」

「うん、そうだね。でも落としちゃったし」

 

 探しに行くぞ、と暁に言われ手を引かれるが、おそらく突き刺さっている場所は今俺達がいる場所より高い位置にあるだろう。

 その事を暁に伝えると、彼は項垂れた。

 

「結局進まなきゃ行けないのね」

「そうなるね」

 

 紗矢華が溜息を吐いて歩き始めようとすると、彼女はバランスを崩して転倒する。

 

「あ」

 

 仰向けに倒れ、一歩後ろにいた俺の方へ倒れ込んでくる。俺は地面に倒れないように紗矢華を支えようとして彼女を抱き支えるが、俺の足の裏にも石があったようで、それが転がって紗矢華共々後ろに倒れ込む。

 すると、むにゅん、と夢中になりそうな柔らかな感触が俺の掌に広がる。

 

「──ひゃん……!」

 

 思いきり紗矢華の胸を揉みしだいてしまい、彼女が嬌声を上げる。それを聴いて俺はピシリ、と固まった。

 

「しょ、翔矢ぁ……」

「ご、ごめん紗矢華!!」

 

 やけに艶のある声で名を呼び、慌てて僕は手を離す。

 な、なに、なんなの。キスといい今といい。なんなんだよ今日は。

 頭の中が混乱し、僕は目を回す。

 

「大丈夫か、二人とも」

「ぼ、僕は大丈夫……」

 

 紗矢華は手を離した瞬間に離れ、僕は暁に手を差し伸べられ、その手を握る。

 

「そういや、黒崎って変だよな」

「変?」

「いや、たまに自分の事を俺とか僕とか変わるだろ」

 

 あー、その事か。

 

「昔は一人称が僕だったから。パニクったりするとたまに出ちゃうんだ」

 

 僕──俺が苦笑いを浮かべてそういうと暁はなるほど、と納得したように頷く。紗矢華を見ると、彼女は頬を染めて胸に手を置いて押さえている。

 

「紗矢華、ごめんね」

「わ、わざとじゃないんだし、いいわよ。でも、次やったら……覚えておきなさい」

「は、はい」

 

 軽くひと睨みされ、俺は九十度より深く頭を下げた。紗矢華はふん、と鼻を鳴らして先にズカズカと突き進む。

 あぁ、そんなに進むとまた転ぶって……。

 

「嫌われてないといいんだけど……」

「別に嫌われてはいないんじゃないか?」

「そう?」

「あいつとは長いんだろ? ならきっと大丈夫だろ」

 

 確かに俺と紗矢華の付き合いは長い。小学に上がる前からの付き合いだ。しかし、こういう手合いは話が別だ。

 

「……紗矢華はさ」

「ん?」

 

 彼女の後に続き、俺と暁は足場の悪い道を歩く。

 

「昔、父親から酷い虐待を受けてたんだ。ずっと暴力を振るわれてて、紗矢華を獅子王機関に売ったんだあのクズは」

 

 拳に力が入る。散々紗矢華を痛めつけて、そして金目当てで彼女を売る。ギリッ、と歯を軋ませた。

 暁は神妙な面持ちで俺を見る。俺はでさ、と言葉を続けた。

 

「紗矢華を引き取る時、俺もついて行ったんだ。紗矢華の顔に痣が出来てて、それ見た瞬間に悪魔の力全開で紗矢華の父親を殴り飛ばしてた」

「っ、それって……」

 

 暁は察したのか、冷や汗を垂らした。俺はコクリと頷いて乾いた笑みを浮かべる。

 

「はは……一命は取り留めたらしいんだけど、しばらくして亡くなったって」

 

 きっと俺が殴り飛ばしたせいで、元々弱っていた体にトドメを刺したようなものだったんだろう。そもそも紗矢華は生まれながらにして霊力が高く、無意識下で体の周囲に呪詛を纏わせているため、まだ呪術の技術がない時でも、その影響を受けていてもおかしくはない。

 人を殺した事になるだろうが、俺は後悔していない。だって、あの時見た彼女の絶望したような表情が、あの日以降笑顔が見えるようになったのだから。

 

「──ま、そんな事があって紗矢華は男が嫌いになっちゃったんだ。だから不用意にあんな事すると後が怖い」

「……なるほど、な。でも、さっきの様子じゃ心配いらないんじゃないか?」

「だといいんだけど」

 

 その後、しばらく増設人工島内を歩き回っていると、突然激しい揺れが俺達を襲った。慌てて、通路の手すりに掴まり、あたりを確認する。

 

「本格的にガタが来てんな、この人工島(フロート)は!」

 

 暁が周囲を見回してあちこちから流れ出る海水を見て舌打ちを打つ。

 まだそんなに海水が溢れていないが、このまま手をこまねいているのではずぶ濡れになって閉じ込められる。

 そう思っていると、暁の眷獣の攻撃によってできた大きな穴から爆発が起こった。

 俺達三人はそちらの方へ目を向けると、穴からボロボロの蜘蛛型の禍々しい兵器──ナラクヴェーラが這い上がってきた。

 

「もう動けるのか……!」

「見てあれ!」

 

 暁が悔しそうに歯噛みする。第四真祖の眷獣の力でさえ彼の兵器を完全に破壊する事が出来ないのだ。

 紗矢華が指をさす方を見ると、ボロボロだったナラクヴェーラの前脚が、増設人工島のコンクリートと鉄筋を喰らって補修されていった。

 

「元素変換して自己修復してるんだ……」

 

 なるほど。さっき俺がつけた傷も完全に直っている。とんでもない兵器だ。倒す方法は完全に術式を破壊するか、跡形もなく消し去る必要がある。

 俺達には気付いていないのか、俺達に向けて大口径レーザーを撃つ事なく、無差別にその火を噴く槍を放っている。

 空を飛ぶ動きをしないとなると、まだスラスターは回復していないようだ。

 すると、ナラクヴェーラは自身の足元に大口径レーザーの砲門を向けた。

 

「まさか……」

 

 空からの脱出は不可能と理解したのだろう。ナラクヴェーラは紅い閃光を放ち、足元に大穴を空けてそこから海中へ脱出していった。

 そこから大量の海水が流れ込み、あっという間に俺達の足元まで海水が寄ってくる。

 

「くそ……マジか!?」

「喚いてる場合じゃないよ、暁。このままじゃまずい、行こう」

 

 俺はそう言って走り出し、紗矢華の手を握って出口を探す。俺の後を追って暁も走り出した。

 降り注ぐ海水が容赦なく俺達にかかり、体力を奪っていく。

 

 

 β

 

 

「くそ、また行き止まりか!」

 

 階段を見つけてなんとか上に上に、と登っていっているが、予想より遥かに深い所まで落ちていたらしく、地上までまだ遠い。

 

「まずいわね。水位の上昇速度が上がってる。このままじゃあと数分で沈むわよ」

 

 もう既に俺達の脛近くまで水位が上昇している。

 ちっ、今回の任務じゃ、脱出できそうな使い魔は制限かかってて使い魔本体を使えない。どうしたものか。

 

「"獅子(レグルス)()黄金(アウルム)"で吹き飛ばす、ってわけにはいかねぇよな……」

「そんな事したら俺達が危ない。溺れ死ぬか、感電して死ぬかの違いだぞ」

「そうだよな……」

 

 そうよ、と紗矢華も呆れたような目で暁を見る。

 

「はぁ、黒崎の使い魔はダメなのか?」

「獅子王機関から制限かかってて無理」

「……せめて俺が他の眷獣を掌握してたらな」

 

 他の眷獣、か。そういえば暁は雪菜の血を吸って掌握したんだよな。生身の人から血を吸うとか制限もないだろうし、もしかしたら……。

 善は急げ、という事で俺は左腰に付けているホルダーから手のひらサイズの瓶を取り出した。

 その中は霊薬とは違い、赤く光る液体が入っている。

 

「黒崎、それなんだ?」

「翔矢、それって……」

 

 紗矢華は察したようで驚いた表情を浮かべている。

 俺はニッ、と笑って暁にその瓶を突き出した。

 

「俺が使う道具のひとつ、俺の霊力を大量に混ぜた特殊な血液だ。獅子王機関の強い霊媒の子から採取したものだよ」

 

 吸血鬼の監視任務に就いた剣巫、舞威媛、舞剣士を対象にした健康診断で血液検査をする。"血の従者"になっていないかの確認をするためだ。その過程で問題のない血液を横流ししてもらい、俺は自分で活用するためにこうして霊力を混ぜて瓶に入れて持ち歩いている。

 その中でも、雪菜と紗矢華は飛び抜けて強い霊媒として機能する。

 俺が今暁に差し出している瓶の中には雪菜の血が入っている。

 俺はこの瓶の事をこう呼ぶ。

 

「──乙女の鮮血。これがあれば眷獣を掌握できるはずだ」

 

 紗矢華の攻撃で暁の中に眠る未掌握の眷獣が覚醒しかけている。そいつだけならこの乙女の鮮血だけで事足りるはずだ。

 

「迷っている暇はないよ、暁」

「でも、いいのか。お前達は俺を……」

 

 確かに俺達獅子王機関は第四真祖、暁古城を監視または抹殺している、あるいは試みている。しかし、危険ではあるが、こいつ自身はちゃんとした考えを持っている。なら問題はない。もし仮にあったとしたら、それは俺が責任を取ってなんでも罰を受け入れよう。

 

「いいんだよ。ほら、早く飲め」

「……助かる」

 

 瓶を受け取り、暁は瓶の栓を抜いて一気に煽る。ごくり、ごくりと喉を鳴らして、乙女の鮮血を飲み干していく。

 飲み終え、暁の周囲に赤い魔力が漂う。次いで軽い耳鳴りを覚えた。

 これは彩海学園の屋上で覚醒しかけた眷獣だ。どうやら成功したみたいだ。

 

「助かったぜ、黒崎。これで行けそうだ」

「礼はいいよ。これ無かったら紗矢華の血を吸う事になるし。……そんなの嫌だから」

 

 最後は小さく呟くと、暁はふっ、と笑った。

 

「それじゃあ、行くぜ二人とも! どうなるか俺もわからないから気を付けてくれ」

「わかった」

「"煌華麟"で防ぐから心配いらないわ」

 

 俺と紗矢華の返答に、暁はひとつ頷く。そして彼は右腕を掲げて魔力を高めた。

 

「"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"の血脈を継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ──!」

 

 瓦礫に向けて、第四真祖が強大な魔力を叩きつける。

 その赤い魔力が双角獣(バイコーン)のように朧気に象っている。

 

 

「──疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣"双角(アルナスル)()深緋(ミニウム)"!」

 

 




今の実力と前の実力を比べるとすごい落差があって驚きました。
プロットなんてなくて、穴だらけ。これ書いてる時すごく困りました:(´◦ω◦`):

頑張って完結させます。これからもよろしくお願いします!


感想、評価お待ちしております。


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 XⅣ

半年ぶりですね。皆さんこんにちは。



 俺達三人は暁が作り上げた直径三百メートルほどのクレーターから這い上がった。

 頭上には久しぶりに目にする燦々と降り注ぐ太陽の光。びしゃびしゃに濡れた服や体に吹き付ける夏の海風。俺達はやっと地上に出られたのだ。

 

「……貴方は本当にめちゃくちゃね」

「俺でもこんなことしないよ?」

 

 増設人工島(サブフロート)表面を覆っていた鋼板製の地面が同心円状に陥没し、崩れた鉄骨が落ちて土煙や電線を切ったのか火災も起きている。

 その中央で、緋色の双角獣が雄叫びを上げていた。

 眷獣を呼び出した本人に呆れが混じる目で見てやると、暁は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「確かに地上には出られたけど、だからってこんな馬鹿でかいクレーターを作ることはないじゃない」

「いくら初めて呼び出す眷獣だからって、ここまではちょっと……」

 

 紗矢華の〝煌華麟〟と俺の使い魔の力がなければ今頃三人とも生き埋めだったに違いない。

 

「文句は俺じゃなくて眷獣(あいつ)に言ってくれよ。俺は通路を塞いでる瓦礫を退かしてくれればそれでよかったんだよ」

 

 疲労したように暁が気怠げに反論する。

 

「今度、南宮さんに眷獣の扱い方を教わることをおすすめするよ、暁」

「そうしとく……」

「貴方は本当に危険だものね」

「ぐっ……それを言われるとつらい」

 

 無駄口を叩き合いながら、俺達は上陸してきた手負いのナラクヴェーラを睨みつける。俺達が最初に交戦した個体だ。

 

「紗矢華、暁。あの個体、さっきと動きが違くない?」

「そういえば……」

「ってことは、制御コマンドが完成したのか!?」

 

 暁が呻いた直後、ナラクヴェーラが陥没した鋼板製の地表を盾にして身を隠しつつ、複腕から不規則に真紅の閃光を放ってきた。

 即座に紗矢華が〝煌華麟〟を構えて前に出てレーザーを斬り捨てる。〝擬似空間断裂〟による障壁だ。

 

疾く在れ(きやがれ)! 九番目の眷獣〝双角(アルナスル)()深緋(ミニウム)〟──!」

「喰え、〝暴食(グラ)()大罪(ベルゼブブ)〟──!」

 

 俺と暁がそれぞれ左と右の腕を掲げて魔力を放出する。

 緋色の魔力を放つ双角獣(バイコーン)滅紫(けしむらさき)色の魔力の鎖に繋がれた三つ首の猛犬が顕現した。

 〝暴食(グラ)()大罪(ベルゼブブ)〟。大型拳銃などの武器化が可能な使い魔で、それぞれ頭の数だけ能力がある。

 使い魔の能力で双角獣を見ると、陽炎のように揺らめくあの眷獣は肉体そのものが凄まじい振動の塊らしい。

 頭部に突き出た二本の角がまるで音叉のように共鳴して、凶悪な高周波振動を撒き散らす。ナラクヴェーラが高周波振動によって押し潰され、その巨体を支える脚が何本もへし折れた。

 

「喰らい尽くせ!」

 

 その隙を見逃さず、俺はすぐに使い魔に命令を下す。

 三つ首の猛犬は眷獣と大差ない巨体に似合わず、素早い動きでナラクヴェーラに突貫し、その獰猛な牙を晒した。

 高周波振動が止んだ直後、三つ首の猛犬がナラクヴェーラの複腕、脚、本体のそれぞれ三箇所を喰らった。

 

「お、おい、あれ中に人とかいないよな?」

「仮にいたとしてもやらなきゃ俺達が死ぬ。それに、絃神島の住民達にも被害が出るよ」

「そうだけどよ」

 

 苦い顔をする暁には酷だが、殺らなきゃ殺られる、というのを理解してもらいたい。

 

「ま、獣人なら生命力もあるしあれじゃ死なないよ。コックピットは外してるから」

 

 俺のその言葉で暁はほっ、と胸を撫で下ろすが、すぐに前にいる紗矢華が叫んだ。

 

「翔矢、暁古城! あっちの五機をやって! 操縦者が乗り込む前に!」

「お、おう」

「了解。〝暴食(グラ)()大罪(ベルゼブブ)〟!」

 

 紗矢華が指さす方向には、まだ操縦者が乗り込んでいない休眠状態のナラクヴェーラ。

 俺と暁はそれぞれ自身の使い魔、眷獣を走らせるが突然その巨体を横殴りにする大きな爆発が襲った。

 

「ちっ……!」

「な、なんだ!?」

 

 俺の〝暴食(グラ)()大罪(ベルゼブブ)〟と暁の眷獣を止めたのは円盤状のミサイルのようだ。発射された場所を見ると、〝オシアナス・グレイヴ〟の甲板に、女王アリのような体躯を持つ神々の兵器がそこに立っていた。

 胴体には装甲が割れて迫り出している。どうやらそこにミサイルを格納する機構があるみたいだ。

 

「暁っ! 眷獣を一旦消して!」

 

 暁にそう指示を出し、俺も使い魔を消して、再度左手を前にかざす。

 

「弾け、〝強欲(アワリティア)()大罪(マモン)〟!」

 

 朱色の魔力の結界が俺達を包み込み、女王から放たられる灼熱の爆炎から守る。あらゆる攻撃を防ぐこの結界はミサイル如きに負けない。

 絃神島本体に被害を出さないように結界も大きくし、極力被害は俺達が立っている増設人工島(サブフロート)だけに留める。

 

「翔矢、大丈夫?」

「大丈夫だよ、これくらい」

 

 結界を大きくするだけ俺の魔力消費が多くなっていく。しかし、それを補うための乙女の鮮血だ。まだそれを使うことはないが、危険になれば使うだけ。

 にしても、ここまで盛大にミサイルを撃ってくるなんて……。テロリストは自分達の考えが優先だもんね。本当に嫌になる。

 動き出した女王ナラクヴェーラが、悠然と増設人工島(サブフロート)に上陸してきた。それに付き従うように五機のナラクヴェーラも動き出している。

 女王の、ナラクヴェーラの動きを統率する姿は兵器そのものだ。

 

「師匠から教わったな……兵器ってのは作戦遂行のために連携して戦うものだって」

 

 一体だけでも俺と暁の使い魔、眷獣を使っても堕とせない。それが女王含めて七機。俺の使い魔を全部使えば留めることはできるが、獅子王機関の三聖によって制限されているためそれが不可能になっている。

 ──どうする。

 

「ふゥん……これが本来のナラクヴェーラの力、か」

 

 そんな時、俺達の背後から軽薄な声が聞こえた。

 振り返ってみると、炎の縄でぐるぐる巻きにされたヴァトラーの姿がある。

 

「やぁ、翔矢に古城。安心してくれ、ただの見物サ」

「手出しはさせませんからご安心を、皆様」

 

 ヴァトラーの傍らにはオルートが立ち、炎の縄を握っている。彼の言う通り、見物しに来ただけのようだ。

 

「見世物じゃねぇぞ、ヴァトラー!! どいつもこいつも好き勝手やりやがって……! こっちはいい加減頭来てんだよ!」

 

 あまりの理不尽なテロ行為に、暁の堪忍袋の緒が切れたようだ。

 俺もちょっと、無関係な人達に被害が出そうになってることにイラついてたところだ。

 

「相手が戦王領域のテロリストだろうがなんだろうが関係ねぇ。──ここから先は、第四真祖()戦争(ケンカ)だ!」

 

 禍々しい覇気をまとわせ、暁は女王ナラクヴェーラを睨む。俺は彼の言葉に頷いて左腰のホルダーから赤い液体が入った小瓶を取り出す。

 その俺の隣に、紗矢華が〝煌華麟〟を構えて立った。

 

 そして、

 

「──いいえ先輩。わたし達の、です」

 

 銀色の槍──〝雪霞狼〟を携えた少女、姫柊雪菜が暁の隣に降り立った。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

「ひ、姫柊?」

「雪菜!?」

 

 びくっ、と肩を震わせて、暁は隣を見て名前を呼び、紗矢華は突然現れて驚いた。そんな雪菜はナラクヴェーラを見据えたまま返事をする。

 

「はい。なんですか?」

「どうしてここに?」

 

 藍羽さんと凪沙さんと一緒に〝オシアナス・グレイヴ〟にいるはずの雪菜が隣にいて、暁は動揺しながら彼女に質問した。

 

「南宮先生の空間制御の魔術で送ってもらいました。それより、新しい眷獣を掌握したんですね、先輩」

 

 先程の双角獣を見たのだろう、雪菜が抑揚のない冷たい声でそう言う。

 

「雪菜ー、紗矢華の血は吸ってないからねー」

「え? で、ではどうして」

「これだよ」

 

 驚く彼女に、手に持っていた赤い液体が入った小瓶を見せびらかす。陽光に照らされ、キラリと紅く煌めく。

 

「乙女の鮮血……! で、ですが翔矢さん! それだと貴方が!」

「まぁ、仕方ないよ。でもそれしかないから」

 

 鬼気迫る表情で詰め寄ってくるが俺はそれを手で制して落ち着かせる。しかし、次は暁がオロオロと動揺して俺に情けない顔を見せてきた。

 

「ど、どういうことだ黒崎? あれ、やっぱ結構まずかったんじゃ……」

「気にしなくていいよ。あれ以外方法がないし」

 

 もうとっくに腹は括っている。この後がどうなろうと、生きていなければ関係がないんだから。

 

「それよりも、あいつらをなんとかしよう」

「あ、あぁ」

「は、はい」

 

 俺達を取り囲むように展開する古代兵器を睨んで言う。

 

「先輩、クリストフ・ガルドシュはあの女王ナラクヴェーラの中です」

「女王……指揮官機ってことか」

「やっぱり、ね」

 

 あの女王アリみたいな胴体の個体が出てきたあたりから統率が取れていたしそうだと思っていた。

 そう考えていると再び円盤状のミサイルを一斉砲撃を放ってくる。それを見た俺は砲撃を防ごうと朱色の魔力の結界を発生させる。

 大きな朱色の障壁がミサイルの前に出現し、俺達に傷一つ付けることすら叶わない。

 

「翔矢!」

「ッ!」

 

 紗矢華の叫びを聴いて魔力を一層強めた。

 瞬間、ミサイルとは別の角度から攻撃が襲いかかってきた。五機の小型ナラクヴェーラからの〝火を噴く槍〟だ。それを乱射し続け、俺の魔力を削り切る算段なのだろう。

 ミサイル、レーザーという攻撃の余波で〝オシアナス・グレイヴ〟は炎上し、俺達がいる増設人工島(サブフロート)が軋み上げる。

 流石にまずいか……!

 

「あぁクソッ、めちゃくちゃしやがって!」

 

 いくら魔力の結界を作っているとはいえ、音を遮断するほどの絶対防御はない。暁は耳を塞いで呻いた。

 

「ちっ、このままじゃジリ貧だな」

 

 小瓶の蓋を開けて乙女の鮮血を飲み干して魔力を回復させる。

 小瓶の残りはあと二本ほど。大瓶を何本か持ってきているが、それは単純に儀式専用のため魔力を回復させるには不十分だ。

 

「暁、小型だけでもいいから一旦止めて」

「おう! ──疾く在れ(きやがれ)、〝獅子(レグルス)()黄金(アウルム)〟!」

 

 威勢よく返事を返し、暁は右腕を高らかに掲げてもう一体の眷獣を呼び出した。

 雷光の獅子は稲妻を撒き散らしながら小型ナラクヴェーラ五機に飛びかかり、一瞬で小型ナラクヴェーラを叩き潰す。

 

「暁古城、女王には新しい方で攻撃して! あんな電気の塊相手に海水にぶつけちゃダメよ!」

「そうだよな……〝獅子(レグルス)()黄金(アウルム)〟じゃ爆発してもおかしくねぇ」

 

 紗矢華の忠告に彼は素直に頷き、双角獣の方に切り替えて女王を攻撃する。

 強烈な高周波の振動が女王を襲い、動きを止めた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 新しい眷獣を掌握して、それを同時召喚するのはやはり辛いのだろう。暁が肩で息をしている。

 慣れない二体同時召喚は神経をすり減らす。俺も初めて使い魔を二体同時召喚をした時は死ぬかと思ったほどだ。

 攻撃は止んだ。しかし、俺は結界の手を緩めない。何故なら魔力感知で古代兵器達は動きを止めていないのだ。

 雷光の獅子によって破壊された五機の小型ナラクヴェーラが再び起動し、真紅の閃光をいくつも放射される。

 着弾した瞬間に爆炎を巻き起こし、俺達の視界を奪う。

 

「クソ、これじゃ見えねぇ!」

「っ、翔矢さん! 奥から六機目のナラクヴェーラが!」

 

 爆炎によって視界が確保できず、暁が手をこまねいていると雪菜が微かに爆炎の向こう側を見て焦りの表情をうかべた。

 

「自己修復……!? あんな状態からでも復活できるのか!?」

「術式を破壊しない限り無駄なようね……。最初の一体、暁古城の眷獣と翔矢の使い魔の攻撃痕が消えてるもの」

「それに加えて、壊れた装甲の材質を変化させて振動と衝撃への抵抗力を増加させたね。俺達の攻撃を解析して対策を練っているんだ」

 

 紗矢華の剣舞と俺の〝喰らう〟性質の魔力が防がれた時と同じだ。

 しかもナラクヴェーラ同士のネットワークを経由して、他の機体にも伝わるようだ。対応が明らかに早い。

 

「〝獅子(レグルス)()黄金(アウルム)〟の攻撃に耐えたのも学習してたからか……! どうやって倒せばいい!?」

 

 焦燥に駆られる暁の気持ちもわからなくもない。俺自身、切り札を使えば事が済むから冷静を保っていられるが、そろそろまずいと思う。

 そんな俺達を見上げて、雪菜が華やかに笑った。

 

「いいえ、先輩。大丈夫、勝てますよ」

 

 そう言って彼女はポケットから薄桃色のスマホを取り出した。その液晶画面にはぬいぐるみのような姿をしたキャラクターが浮かんでいる。

 

「そうですよね、モグワイさん」

『おう。浅葱嬢ちゃんが、逆襲の段取りをきっちり済ませておいてくれたからな』

「浅葱が……?」

 

 藍羽さんが? 〝電子の女帝〟っていうのはそこまで凄いのか。

 

『ナラクヴェーラの自己修復機能を悪用して、連中を自滅させる──一種のコンピューター・ウィルスだな。名付けて〝おわりの言葉〟ってところか』

 

 ククク、と笑って、モグワイと呼ばれた人工知能がそう言う。

 

「それで、俺達はどうしたらいいの雪菜?」

「ナラクヴェーラは音声コントロールです。女王ナラクヴェーラの中に入って、藍羽先輩が作った音声ファイルを流せれば、全ての機体が停止するはずです」

 

 なるほど。つまり、問題は中に入ることか。それなら話は早い。

 

「ナラクヴェーラの動きは私達が止めるわ、雪菜」

「流石紗矢華。俺と同じことを考えてるなんてね」

「何年幼馴染やってると思ってるのよ」

「それもそうだ」

 

 くすり、と互いの目を見て笑い合う。

 暁は訝しむように俺達を見るが、それを無視して俺達は行動に移す。

 

「わかってるわね、暁古城。チャンスは一度よ。失敗したら灰にするから」

 

 紗矢華はそう言いながら左手で〝煌華麟〟を握り、それを突き出した。

 その白銀の刀身が突然前後に割れる。鍔に当たる部分を支点にし、割れた刀身の半分が百八十度回転。銀色の弦が張られて、〝煌華麟〟は真の姿を現す。

 リカーブ・ボウと呼ばれる洋弓がこの武神具の本来の姿だ。

 

「その時は容赦なくお前の名前を出して俺の罪を肩代わりしてくれよ」

 

 魔力の結界を消して、左腰のホルダーから大きな瓶を取り出す。

 脚に魔力を込めて地を蹴り、俺は宙に舞った。

 大瓶の蓋を開けて俺の周囲に乙女の鮮血を振り撒く。バチ、バチ、と薄緑色の魔力が鮮血に沿って可視化するほど濃く放出される。

 

「さぁ、──罪を償え」

 

 その言葉に反応し、薄緑色の魔力がスパークした。

 光が俺を包み込み、数秒後その光は消え、俺は()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──〝嫉妬(インウィディア)(・ザ・)魔王(レヴィアタン)〟ッ!!」

 

 

 




すげーいいところで切ってしまい申し訳ありません。
この調子だと1万字行きそうだったので切らせてもらいます。調子がいいのでちゃんと近日中に更新しますのでご安心ください。

感想、評価お待ちしております。



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 XV

お待たせしました。

戦王の使者篇最終話です。



 

 

 ──魔王。

 そんな単語が第四真祖、暁古城の脳裏を過った。

 

「な、なんなんだよ、あれ」

 

 紗矢華の持つ武器が洋弓に変わるのは男として少しカッコイイなと思った。しかし、翔矢の姿を見てそんな思いなどすぐに消し飛んだ。

 原子的な恐怖心が古城の心を占める。

 

「あれが、翔矢さんの……〝大罪(デブリー)()君主(モナーク)〟本来の姿です」

 

 雪菜が冷や汗を流して声を震わせながら言う。

 

「〝大罪(デブリー)()君主(モナーク)〟……」

 

 噛み締めるようにその名を口にし、古城は空中に留まる翔矢から目を離さない。

 人としての形は保っている。しかし、さっきまで着ていた服は消え去り、代わりにほのかに緑がかった黒い鎧を着込んでいた。身長ほどある尻尾を揺らし、手脚はもはや人間のそれではない。顔は古城の位置からでは判別できないが、側頭部からは魚のようなヒレが伸びている。

 そして極めつけが、背中から伸びるヒレの膜の代わりに放出される莫大な量の薄緑色の魔力だ。

 

「ふ、ふふふふふはははははははは!」

 

 突然そんな笑い声が聞こえ、古城は振り向いた。

 炎の縄に縛られて身動きの取れないヴァトラーからだ。彼は翔矢の背中を見て興奮冷めやらぬ、といった表情をしている。

 

「久しぶりだよ、翔矢。キミのその姿を見るなんて」

 

 今すぐにでも殺し合いたい(戦いたい)、と滲ませるような獰猛な笑みを浮かべる。

 ヴァトラーをこんな興奮させるほどなのか、と古城は戦慄した。

 

「──獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

 そんな時、紗矢華の唇から澄んだ祝詞が紡がれる。

 自らのスカートをたくし上げ、彼女は太ももに巻いていた革製のホルスターから金属製のダーツを取り出した。それを一閃し、瞬く間にダーツは銀色の矢に変わる。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり──!」

 

 紗矢華が銀の矢を射放った。

 大気を引き裂く甲高い飛翔音が、慟哭にも似た忌まわしき遠鳴りへと変わった。その飛翔音こそが六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)の真の能力だ。

 銀色の矢の正体は鳴り鏑矢。大音響を放つ降魔破邪の呪矢がナラクヴェーラ達の遥か頭上へ飛翔する。

 増設人工島(サブフロート)全体を覆うほどの魔法陣を描き、そこから生み出された膨大な〝瘴気〟が矢のように降り注ぎ、古代兵器の機能を阻害した。

 

「暁! 俺と紗矢華が動きを止めている間に女王のところに行け!」

 

 黄昏色から碧く変色した瞳で古城を見て叫び、異形となった腕を振りかざす。

 彼が動ける理由は頭上に〝瘴気〟を遮断する水の膜を張っているからだ。

 紗矢華によって動きを阻害されたナラクヴェーラ達を次々に水球に閉じ込める。さながら水の牢獄だ。その水牢は、機体に乗っている獣人達もろとも魔力を吸い上げていく。

 

「先輩!」

 

 古城を呼び、雪菜が〝雪霞狼〟を閃かせて駆け出した。彼女を追って古城も走る。彼の目線の先には女王ナラクヴェーラの姿がある。

 女王ナラクヴェーラは壮絶な瘴気に晒されながらも胴体の装甲を迫り出そうと行動する。

 

「げぇ!? あいつまだ動くのかよ!?」

「紗矢華さんの呪術を受けて動くなんて……!」

 

 降り注ぐ瘴気を銀色の槍で切り払いながら雪菜が声を上げた。

 

疾く在れ(きやがれ)──〝獅子(レグルス)()黄金(アウルム)〟! 〝双角(アルナスル)()深緋(ミニウム)〟!」

 

 なんとしてもミサイルを撃たせないため、古城は二体の眷獣を呼び出す。しかし、彼の眷獣の攻撃はすでに学習されている。

 そこで古城はとあることを考えた。

 二体の眷獣の同時攻撃。それが第四真祖、暁古城が考えた攻撃方法だ。雷光の獅子と緋色の双角獣を左右に別れさせ、雷撃と衝撃波を大型古代兵器の足元に直撃させることで生まれる、膨大な爆圧で押し潰す。

 爆圧によって骨格は粉砕され、女王は機能を停止させた。

 

「はははっ、戦争は楽しいな、剣巫ィ!」

 

 古城達の頭上からガルドシュの声がした。

 コックピットを開けて、血塗れの獣人化した老将校が現れた。彼は片腕をなくしながらも左手でナイフを握っている。

 

「守るべき国も民も持たない貴方に、戦争を語る資格はありません!」

 

 雪菜の叫びに、ガルドシュの狂気的な笑みが引き攣った。憤怒の雄叫びを上げて、獣人が雪菜へと突進する。

 雪菜は槍を構えず、ガルドシュを飛び越えて空中でくるりと前宙する。

 空振ったガルドシュに突如、上空から高水圧の水流が襲う。

 自身の周囲に小さな水球をいくつも作り上げ、魔王化した翔矢がそこから水をレーザーのように放ったのだ。

 

「終わりだ、オッサン!」

 

 水流によってよろけたガルドシュの脇腹を、古城が雷を纏わせた拳で殴りつけた。

 

「うぐっ!?」

 

 いくら丈夫な獣人といえど、水に濡れて電気を流されればダメージは蓄積される。

 水と電気。奇しくも〝焔光(カレイド)()夜伯(ブラッド)〟と〝大罪(デブリー)()君主(モナーク)〟のコンビネーションによる攻撃となった。

 強靭な肉体を震わせ、老将校は地面に膝をついて倒れ伏した。

 

「ぶち壊れてください、ナラクヴェーラ!」

 

 操縦席に乗り込んだ雪菜が浅葱が用意した音声ファイルを再生する。すると、古代兵器達は灰色に染まり、さらさらと砂のように崩れ落ちていく。

 

「姫柊!」

 

 操縦席から地面までは高さがある。剣巫として修練した雪菜であっても人間の身では怪我をする。

 古城は走って彼女が落ちてくる場所に行き、無事に雪菜は彼の腕の中に収まった。

 

「あ、ありがとうございます、先輩」

「おう、流石に危なかったからな」

 

 お姫様抱っこの形で受け止められた雪菜は赤面し、小さく礼を言う。

 

「雪菜ー!」

 

 小型ナラクヴェーラも砂になって、紗矢華が雪菜と古城の下へ手を振って走り寄る。翔矢もまたゆっくりそちらへ空中を移動する。

 

「なんとか終わったね」

「あぁ、黒崎が血をくれたおかげだ──ってなんだお前!?」

「ん?」

 

 地に足を付けた翔矢が古城に声をかけると、古城がぎょっと目を剥いた。

 彼が驚いたのは、翔矢の顔付きだ。

 

「あー」

「驚きますよね、普通」

 

 古城の反応を見て紗矢華と雪菜が頭を抱える。

 

「お前そんな顔してたか!?」

 

 翔矢の元々の顔付きは少女と見間違えるほどの中性的な顔立ちだ。しかし、今は柔和な眼は跡形もなく、全てを殺すかのような鋭い切れ長の眼。シャープな顎、すっと通った鼻梁。

 美形だが男味を増した顔付きとなっていた。

 

「ごめんごめん、魔王化するとこうなるんだよね。父さんが言うには肉体を再構成するからとかなんとか」

 

 綺麗に笑いながら、異形の手で器用に頬を掻く。

 

「というか、暁古城! いつまで雪菜に触れてんのよ! 汚らわしいから私の雪菜から離れて!」

「誰が汚らわしいだ!? そら確かに磯臭いけども!」

「磯臭い、って……。やっぱり貴方は危険だわ!」

「なんのことだ!?」

「あの、先輩方……」

 

 紗矢華に突っつかられ、古城が反論する。

 しかし古城は今もなお腕の中に雪菜がいることを忘れていた。

 

「先輩、紗矢華さん」

「「っ!?」」

 

 底冷えする声で雪菜は二人の口喧嘩を仲裁した。二人はピシリと固まり、ギギギ、と壊れた人形のように未だ古城の腕の中にいる雪菜を見下ろす。

 

「まず先輩は下ろしてください」

「はい」

 

 雪菜に言われ、古城は彼女を優しく下ろす。

 

「では、お二人共そこに正座を」

「ちょ、姫柊、ここでか!?」

「ゆ、雪菜ぁ!?」

 

 そんな三人の姿を見て、翔矢は魔王化を解いて困ったように笑った。

 なにはともあれ、神々の兵器を使ったガルドシュの企てた計画は潰れたのである。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

 その後、ガルドシュ達の身柄は〝焔の女王〟、セリア・オルートが拘束し戦王領域に持ち帰って法的に裁くと言って急遽戦王領域に帰っていった。

 私刑にはかけないと言っていたので大丈夫だとは思うが、あのテロリスト達は戦王領域に戻ったあとはどうなるのやら。

 それと、〝黒翔麟〟は南宮さんが探してくれて無事に帰ってきた。〝空隙の魔女〟にはまた頭が上がらなくなりそうだ。

 絃神島の中心部、キーストーンゲートと呼ばれるタワーの中には数々の施設がある。その中の一つに高級ホテルがある。俺はそのロビーを歩き、豪華な椅子に座って、その近くに立つ少女と話すヴァトラーの下へ寄った。

 ヴァトラーと話す少女の姿を見て、俺はあっ、と声が出た。

 

「緋い──じゃなかった。お疲れ様です、古詠(こよみ)さん」

「えぇ、貴方もお疲れ様。黒崎翔矢」

「獅子王機関の三聖がこんなところに何かありました?」

 

 ヴァトラーはなんか書類を持っているみたいだけど、どうせ良からぬことなんだろうな。にしても、まさか緋稲(ひいな)さんがいるなんて。これ確実にヤバいやつじゃないかな。

 冷や汗を背中にかきながら質問すると、彼女はくすりと悪戯っぽく笑う。

 

「貴方、第四真祖に乙女の鮮血を渡したようですね」

「は、はい」

 

 やっぱりそれか!!

 

「それに加えて〝嫉妬〟の魔王化を果たしたと」

「はい……」

 

 バレるよねそりゃ。

 

「そんな貴方に以降の命令を下します。これを」

 

 そう言って渡されるのは一通の封筒。

 頬を引き攣らせて俺はその封筒を受け取る。

 どんな無理難題な任務をさせられるのか、それとも師匠の下へ地獄のような監禁生活か。死にはしないだろうけど辛いに違いない。

 ぷるぷると震えていると、彼女は再び笑ってでは、と声をかけて人並みに紛れていった。

 

「……どうなんのこれ」

 

 怖くて封筒の口を開けられない。

 

「お待たせしました、アルデアル公」

「やあ、おかえり。どうだった?」

 

 後ろから紗矢華の声が聞こえてくる。彼女とは先程まで一緒だったのだが一人で大丈夫だからヴァトラーの監視をして欲しい、ということで別行動をしていたのだ。

 〝オシアナス・グレイヴ〟が大破したため、ヴァトラーはこのキーストーンゲート内の高級ホテルに宿泊することになる。

 

「そういえば、お帰りの航空券の手配はどうなさいますか?」

 

 さっさと日本から出ていけ、と言いたげな意志を込めて紗矢華が訊く。

 流石に露骨過ぎないですか紗矢華さん。

 そう思いながら、意を決して封筒の口を切って中の書類を見る。

 

「あぁ、要らない」

「え?」

「だって帰らないから」

 

 ほら、と書類を紗矢華に渡し、ヴァトラーは笑みを深める。

 

「そのうち君にも新しい辞令が届くんじゃないかな。まぁ、()()()()()よろしくネ」

 

 書類を見終わった紗矢華は頭上を仰いで深い溜息をついた。

 わかるよ紗矢華、その気持ち。だって、今俺も現実逃避したいから。なんなら今してるよ。

 俺は書類をグシャグシャに丸めてヴァトラーの顔に叩きつけた。

 

「うお、翔矢一体どうしたんだい?」

「どうしたこうしたもあるか! 見なよそれ!」

「?」

 

 ヴァトラーも知らなかったのだろう、不思議そうに首を傾げてグシャグシャに丸めた書類を慎重に広げていく。

 紗矢華も気になったのか、彼の後ろから書類を見た。

 すると、

 

「あっはははは! これは傑作だ! 翔矢良かったじゃないか」

「嘘でしょ……」

 

 ヴァトラーは面白そうに笑い、逆に紗矢華は膝を着いた。

 

「何が良かっただよ……良くないから!」

 

 〝黒翔麟〟が入った竹刀ケースの紐を握り締めて、俺は涙を浮かべて大声で否定する。

 何故なら書類にはこう書かれていたからだ。

 

 

 

指令

第四真祖の監視、及び剣巫、姫柊雪菜の補佐をせよ

 

 

 




やっと終わったー。
一巻終わらせるのに凄い長かった。お付き合いいただきありがとうございます。

次回は幕間を設けさせていただきます。終わりがこれなのでw


感想、評価お待ちしております。


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舞剣士と第四真祖の日常篇
 Ⅰ


 遅くなってすみません。
 前回の終わりに翔矢くんが雪菜の補佐と古城の監視につきましたのでそのお話です。長くなったので分割。




 

 

 キーストーンゲート内の高級ホテル。その一室で、俺はいつも着ている紗矢華と似た制服ではない真新しい制服に袖を通した。

 半袖のワイシャツにグレーのスラックス。それが新しい制服だ。その上から空色のパーカーを羽織り、腕まくりをする。鏡を見て髪を少し整えて、俺は〝黒翔麟〟が入った大きい竹刀ケースを背負って部屋を出る。

 高級ホテルだけあって部屋の鍵はオートロックだ。

 カードキーをロビーに預けて、俺は燦々と太陽が照りつける外界へ足を踏み出した。

 ──絃神島。〝魔族特区〟の一つであり東京の南方海上三三〇キロメートル付近に浮かぶ人工島。樹脂と金属と、カーボンファイバーと魔術によって成り立つこの島に、俺はこれから住むことになる。

 住む、と言っても第四真祖である暁を監視して雪菜の手助けをするわけで楽しむことなんてできない。

 それに紗矢華がいないし少し寂しいかな。

 

「はぁ……」

 

 指令を受けたあと、師匠から電話が来てひたすら謝られた。

 一緒に居られるように、と二人で戦闘狂二人の監視の任務につけたのに終わって早々また離れ離れ。師匠の力でもどうにもならなかったようだ。

 獅子王機関は女性が多い。その中で男、しかも半魔の俺が行動するのを多くの獅子王機関の攻魔師から反発されている。師匠や三聖の長である緋稲さんはそれらを何度か黙らさせていたが、今回の第四真祖に乙女の鮮血を与えたことを好機と見たのか弾圧的なものになったらしい。

 

「着いた着いた」

 

 彩海学園行きのモノレールから降りて数分後、俺は学校の中に入って〝空隙の魔女〟南宮那月がいる一室の前にたどり着いた。

 校長室より上の階にある辺り、南宮さんは凄いな。

 ゴクリと生唾を飲み、俺はノックをする。すぐに入れ、と返事が来てドアを開けた。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ると、部屋の主は豪奢な椅子に座って外を見ていた。

 

「来たか、舞剣士」

 

 こちらにその幼い顔を向けて、彼女は強気に微笑む。

 

「どうも、南宮さん」

「これからは、さんじゃなくて先生をつけろよ」

「それを言うなら、南宮さんも舞剣士じゃなくて名前で呼んでくださいね」

 

 にっこりと笑みを浮かべて南宮さんに言うと、彼女は面倒くさそうに目を細めた後、溜息混じりにわかったと了承した。

 

「それで、獅子王機関は何を企んでいる?」

 

 腕を組んで背もたれに背を預ける小さな魔女が真剣な表情で質問してきた。俺はあはは、と笑って両手を挙げる。

 

「いやぁ、それは俺にもわからなくて……。俺も俺で困っているんですよ」

「使えんやつめ」

「ご最もです……」

 

 乙女の鮮血を与えたせいで左遷だもんね、使えない言われても仕方ないよ。

 

「まぁいい。大方暁古城のことだろう」

「はい。第四真祖、暁古城の監視及び、姫柊雪菜の補佐をしろ、というのが俺が受けた指令です」

「確かにあの転入生だけだと不安にもなるな」

「まだ見習いですから大目に見てあげてください」

 

 南宮さんとそう話していると、横から紅茶が淹れられたカップを差し出された。ビックリして隣を見ると青い髪を長く伸ばしたメイドさんがトレイを持って立っていた。

 

「どうぞ」

「ど、どうも」

「アスタルテ、こいつには茶請けも用意してやれ。まだ予鈴まで時間もあることだしな」

命令受諾(アクセプト)

 

 南宮さんの目の前にカップを置いて、アスタルテと呼ばれた少女は茶請けを用意するため棚に向かっていった。

 

「南宮さん、あの子って……」

「あぁ、そういえばお前がアスタルテの応急処置をしてくれたんだったな。感謝する」

「あ、いえ、やったのは俺じゃなくて紗矢華なんですけどね」

「紗矢華? あぁ、あのポニテ娘か」

 

 自己紹介もしてなかったのだから覚えてないのも無理はない。

 適当に座っていろ、と幼い魔女に言われ、俺はお言葉に甘えてなにやら柔らかそうな一人掛けのソファに座る。ちょうどお茶請けも出され、手でつまんで口に運んだ。

 

「おっ、美味しい」

「そうだろう。それは私のお気に入りのものだ」

 

 優雅に微笑んだ南宮さんはカップに口をつける。

 

「いいんですか、俺なんかに出して」

「なに、これからいい駒が手元にあるんだ。それくらいはな」

「……何言っているんですか?」

「お前ほどの攻魔師をのさばらせておくわけにはいかないだろう。暇があれば私の仕事を手伝ってもらう」

「えぇ……」

 

 横暴だ。いやわかっていたことだけど横暴だ。

 カチャリとカップをソーサーに置いてそれと、と言葉を続ける。

 

「転校生は攻魔師ということを隠しているが、お前は隠さなくていい。下手に嘘をついて怪しまれるより攻魔師だと公開して関わらせない方がいいだろう」

「では、外面では南宮さんの後輩、という形に?」

「それが妥当だろうな」

「まぁあながち間違いでもないですしね」

 

 所属が違うだけで攻魔師としての先輩は南宮さんだし。

 それに、幼馴染の俺が攻魔師だと言えば、俺の影響で雪菜が魔族や呪術、魔術を詳しくなったと信じさせることもできる。

 そのあと、俺が絃神島に住むにあたって良い物件がないか聞いたのだが、私のところに住めばいいだろう、とか言い出したのでご遠慮した。

 絶対扱き使われる。めっちゃ顔怖かった。なんなのあれ。

 遠慮しなくていいぞ、なぁ? って言ってきた時は終わったと思ったが予鈴が鳴ってくれたおかげで事なきを得た。

 

「それでは行くとするか」

「了解です。よろしくお願いしますね、南宮先生」

「あぁ。行くぞ、黒崎」

 

 はい、と頷いて、俺は先に部屋から出ていく南宮さんの後ろをついていった。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

「ふぁ、あ……」

 

 机に突っ伏した第四真祖、暁古城は窓から差す太陽の光に目を細めながら長い欠伸をする。

 黒死皇派のテロから数日が経ち、眷獣を使役したことによる疲労は消えた。いつも通りの日常を取り戻している。

 予鈴が鳴っても騒いでいるクラスメイト達をぼんやり見つめ、彼は教室の扉が開くのを待つ。

 このまま寝てしまいたいという衝動が湧くが、どうにかそれを押し潰す。担任の那月に見つかれば扇子で叩かれるのは必至だ。

 そう思っていると教室の扉が開かれた。開かれた扉から黒いドレスを身に纏う人形のような少女が入ってくる。

 

「まったく、予鈴が鳴っていると言うのに騒がしいヤツらだな」

 

 呆れたように溜息をついて、担任の南宮那月は腕を組んだ。

 

「静かにしろ馬鹿者ども。今日は連絡することがある」

 

 手に持ったレース付きの扇子で教台をペシペシ叩いて生徒達の注意を引く。

 

「突然だが、今日は転校生を紹介する。おいこらそこ騒ぐなよ」

 

 どっ、と騒がしくなる寸前で那月が凄んで生徒達を黙らす。古城は苦笑いを浮かべて担任教師の言葉を待った。

 古城としては転校生か、この時期は珍しいな、とふと思った。彼もまた本土の学校から転校してきた口なのだがここまで時期がズレた転校ではなかった。

 

「では入ってもらう」

 

 そう言って那月は指を鳴らし、教壇に魔法陣を描く。そこから現れたのは大きな長方形のケースを背負った空色のパーカーを羽織った人物だ。

 

「んっ!?」

 

 突っ伏していた体を起こして教壇に立つ人物を凝視する。

 

「南宮さん、無闇に空間制御の魔術を使わないでもらえます?」

「この方が印象に残るだろう? それとここでは先生と呼べ黒崎」

 

 ジトッ、とした目で那月を見る人物は、獅子王機関の舞剣士、黒崎翔矢だ。

 見間違えるはずもない。つい数日前に一緒に行動して黒死皇派の企てたテロを阻止したのだから。いやなんで黒崎がいる、と古城は驚きで口を開いたまま動かない。

 古城と同じクラスである藍羽浅葱もまた、見たことのある人物の登場で目を見開いている。

 

「古城っ、古城ってば!」

「な、なんだよ」

 

 小声で古城に話しかけて、浅葱は翔矢を指さす。教室全体が転校生が来たということで騒がしいため小声で話してもバレることは無い。

 

「なんで姫柊さんの幼馴染がここにいんのよ!?」

「知らねーよ! 俺だって驚いてんだよ!」

「なに、浅葱と暁くん知り合いなの、あの女の子と」

 

 話し合う二人にクラスメイトの築島(つきしま)(りん)が訊く。築島が女子と男子間違えるってことは黒崎は相当なんだな、と古城は少し場違いなことを考えた。

 

「少しね。それとお倫、アレ男よ」

「うっそ、あの顔で男子!?」

「言わないでやってくれ、黒崎気にしてるから……」

 

 彼らの会話が聴こえたのか、教壇に立つ翔矢はピク、ピク、と頬を引き攣らせている。他の生徒達も女子か、男子かという話をしていた。

 

「ほら静かにしろ」

 

 ざわつく生徒達に一声かけて、那月は翔矢を見て顎でしゃくる。

 

「えーと、黒崎翔矢です。男です」

 

 えええ、とクラスがまたざわつく。

 

「攻魔師をしているんですが、転校は仕事が理由です。あ、このケースは仕事で使うものなので誰も触れないでくれると嬉しいな」

 

 竹刀ケースを背負い直してニコリと微笑む。これには女子も男子も目を奪われた。古城は攻魔師のことバラしてもいいのか!? と内心ハラハラしている。

 

「はーい質問でーす」

 

 そんな中、築島倫が手を挙げた。那月は翔矢に断りもなく、いいぞ、と勝手に承諾した。

 

「攻魔師ってことは南宮先生と前から知り合いだったりしたのかな?」

「あぁ、うん。先輩なんだ」

 

 おお、と数名が声を上げる。

 少なからず攻魔師の教師はこの彩海学園に在籍している。しかし、生徒で攻魔師は誰一人としていない。正確には届け出ている生徒が、というのが正しい。

 雪菜もまた正式に届け出ていない生徒の一人である。

 そして絃神島の攻魔師達は〝空隙の魔女〟である南宮那月の教えを受けている。そのせいもあってか並より上の実力を持っている者も少なくない。

 そこから少しの間質問時間が設けられたが、それも難なく受け答えをしていく。

 

「黒崎に質問のあるやつはまた後にしてもらう。黒崎、お前の席は暁古城の隣だ」

「はーい」

「俺の隣かよ。いやいいけどよ」

 

 那月に指示され、翔矢は古城の隣にある空いた席に座った。

 

「んじゃ、これからよろしくね暁」

「あとで説明してもらうからな黒崎」

「はいはい」

 

 翔矢は疲れたような顔をする古城を見て、小さく微笑んだ。

 その後、ホームルームを終えた高等部一年B組は質問の嵐だった。得意な魔術や古城との関係など聞かれたが、翔矢はひとつひとつ嫌な顔せずに答えていた。

 隣でそれを見ていた古城は感心する。

 

「ふぅ、なんとか収まった」

「お疲れ、黒崎」

「ま、これも何日かしたら落ち着くだろ」

「大変ねー転校生ってのも」

 

 三時間目が終わってしばしの休み時間。翔矢、古城の席には浅葱と矢瀬基樹が集まっていた。

 既に浅葱と基樹とは自己紹介を済ませており、浅葱には先日の件のことも謝罪を済ませている。

 

「それにしても、姫柊っちが少し不思議ちゃんなのは翔矢が関係していたとはなぁ」

「あはは、昔から俺や幼馴染にくっついてたからね」

 

 どちらかと言うと翔矢と紗矢華が彼女にくっついてたのだが。

 

「その幼馴染の、煌坂さん? だっけ。その子も攻魔師なの?」

「うん。よく紗矢華と二人で仕事してたんだ」

「へー、じゃあこの前のもそうだったんだ?」

「うっ……はい」

「あははっ、うそうそ。気にしてないから大丈夫よ」

 

 浅葱の言葉に翔矢は言葉を詰まらせたが、彼女は明るく笑って流す。それを見た古城と基樹はもう浅葱のおもちゃになってる、と同情の眼差しを翔矢に送る。

 

「とっ、そろそろチャイム鳴るな。じゃまた後でな」

「あたしも席に戻るわ」

「おう、またな」

 

 二人が去ったあと、翔矢はふぅ、と軽く息をついた。

 一般の攻魔師として振る舞うのは慣れているつもりでいたが、獅子王機関の呪術を使った相手となると話は別になる。

 

「で、簡単でいいから説明してくれよ」

「あー、そうだったね。簡潔に言うと雪菜の補佐でお前を監視することになったんだ」

「……はっ!?」

「まぁ安心しなよ。メインは雪菜。俺は雪菜のいない時とかだから」

 

 例えばこの瞬間とかね、と翔矢は苦笑する。

 

「勘弁してくれ……」

 

 古城は煌めく太陽の光が差す外を見てそう嘆いた。

 

 

 




 次は来年に!! 良いお年を!!!


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 Ⅱ


 お久しぶりです。
 マイクラや貯めてたゲームを消化してて遅れました。申し訳ありませんでした!





 

 

 彩海学園中等部。

 そこでは高等部に転校してきた生徒の話で持ち切りだった。美形の男子生徒だと聞きつけ、その話題は一気に広まった。

 2時間目以降の休みに高等部に行く生徒達が増え、休み時間は中等部の廊下はがらんとしている。

 そんな中、姫柊雪菜は高等部にいる古城の監視のため、式神を使って監視をしていたのだが、彼の隣に座るその転校生の顔が何故かどの角度からも見えない。

 危険がないのか確認したかった雪菜は、どんな人物なのか判別できず眉を顰める。

 

「一体、どうなって……」

 

 閉じていた目を開けて、彼女はそう呟く。

 そんな雪菜の目の前に、古城の妹の暁凪沙がひょこ、と顔を出した。

 

「雪菜ちゃん、どうかした?」

「あ、ううん。なんでもないよ。ただ、高等部の転校してきた人ってどんな人なのかなって」

 

 雪菜がそう言うと、凪沙は笑みを浮かべて雪菜の机に手を置いて身を乗り出す。

 

「お、雪菜ちゃんも気になる? 実はあたしも気になってたんだよねっ。古城くんと同じクラスらしいんだけど、家に帰って聞くより見に行った方が早いかなって思うんだ。雪菜ちゃんはどう思う?」

 

 相も変わらず凪沙のマシンガントークに雪菜は頬を引き攣らせる。かろうじて、そうだね、と相槌を打って先程の何故か顔が見えない転校生を思い出す。

 

「気になるなら古城くんに言って昼休みに食堂に連れてきてもらおうよ」

 

 凪沙のその提案に頷いて、次の授業の教科書やノートを取り出す。高校生程度の勉強は終わらせている雪菜だが、しっかり授業を受けている。

 凪沙も古城に転校生を連れてくるようにメッセージを送ったようで、雪菜に昼休みねー、と言って自分の席に戻っていった。

 もう一度目を閉じて式神に意識を集中させるが、何度角度を変えてみても顔を識別できない。ただわかるのは魔族登録証をつけていないことから魔族ではないと判別できる。

 

「これは、認識阻害? いや、でもこれは……空間を歪めているような……。それとも別の呪術?」

 

 空間を歪めているとなるとクラスメイト達も気づく。しかし、それがないということはそれと別のものとなる。

 その後、雪菜は違和感を抱えたまま授業を受け、心ここに在らずといった様子だったがなんとか乗り越え、昼休みに雪菜と凪沙は古城達がいる食堂に来た。

 辺りを見渡して、彼女達は古城達のいる席を発見した。

 

「んっ、このラーメン美味しいね基樹」

「だろ! 俺のおすすめ」

「翔矢、こっちのカレーも美味しいから、良かったら食べていいわよ」

「ありがと浅葱」

 

 雪菜は、はぐはぐと学食を食べる空色のパーカーを着た生徒の後ろ姿を見て目を疑う。

 

「浅葱が自分のを譲るなんて珍しいこともあるが……()()お前食いすぎじゃないか?」

「何言ってんの()()、基樹と浅葱から少し貰ってるくらいだし食べすぎじゃないよ」

「それが食いすぎだって言ってんだよ」

 

 はぁ、と古城は溜息をつく。すると、後ろに人がいるのを察した彼は振り返ってにっ、と笑う。

 

「お、来たな」

「やっほー古城くん。浅葱ちゃんと矢瀬っちも!」

「凪沙ちゃん、いらっしゃい」

「よっす凪沙ちゃん」

 

 元気よく手を挙げて、凪沙は古城達のところへ歩み寄る。

 

「ん?」

 

 ラーメンを啜っていた翔矢はチャーシューを口に頬張りながら後ろを振り向く。咀嚼してごくりと飲み込んで、凪沙の後ろから歩いてくる雪菜を見つけてイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべた。

 式神で認識できなかったのは翔矢が那月に頼み、空間を歪めてもらっていたのだ。

 

「ど、どうして翔矢さんが……!?」

「数日ぶり、雪菜」

 

 箸を置いて、翔矢は軽く手を挙げる。

 

「攻魔師の仕事でこっちに引っ越してきたんだ。またよろしくね、雪菜」

「え、ええっ? は、はぁ……よろしく、お願いします」

 

 攻魔師、引っ越し、いろいろ訊きたいことが多すぎて、雪菜は混乱した。パチパチと目を瞬かせていると隣の凪沙が、あっ、と声を上げる。

 

「この前屋上にいた!」

「あ、あぁ、うん。この間はどうも」

 

 凪沙の言葉に軽くどもりながら答え、翔矢は冷汗をかく。古城はそういや凪沙も来てたよなー、などと呑気なことを考え、浅葱はニヤニヤと笑って翔矢を見る。

 

「なんだ、凪沙ちゃんもその時いたのかー。俺だけかよいなかったの」

「ちょっとだけだけどねー」

「あ、あはは」

 

 この場でただ一人、当時教室にいた基樹が不貞腐れたように呟き、翔矢は乾いた声を漏らした。

 二人を席に座らせたあと凪沙とも自己紹介を済ませ、一緒に昼食をとる。その時に古城は、隣に座る雪菜に小声で質問する。

 

「なぁ姫柊、こいつって普段こんなに食うのか?」

「そうですね。朝は少食ですがお昼や夜になると結構食べますよ」

「マジか。浅葱レベルとは言わんが、それでも相当だぞ」

「翔矢さんは、その……ハーフなので燃費が悪いそうで」

 

 雪菜が凪沙の方をちらりと見てからそう言うと、古城はそういやそうだった、と雪菜とは逆の隣に座って大盛りのラーメンを今まさに食べ終えようとする翔矢を見て思い出した。

 

「ふぅ、食べた食べた。ごちそうさまでした」

 

 律儀に手を合わせてから、手元に置いてあるお冷が入ったコップを傾ける。

 

「そういえば、翔矢くんってどこらへんに住んでるの?」

 

 紙パックのジュースを啜る凪沙が翔矢に訊ねる。彼はあぁ、と目線を逸らして頬をかいた。

 

「いやー、まだ住むところ決まってないんだ。一応経費でキーストーンゲートのホテルに泊まってるけど」

「うっそ、キーストーンゲートのホテルって凄い高級じゃん! 翔矢くん凄い! ねぇねぇどんな内装なの? ベッドはもうふかふかなんだろうね、お料理はどんなのがあるの?」

「え、ええっと……」

「悪い翔矢。……おい凪沙、落ち着けよ」

 

 凪沙のマシンガントークにたじろいでいると隣の古城が苦笑いを浮かべて彼女を諌める。これには雪菜も苦笑し、古城を挟んで彼女は翔矢に話しかけた。

 

「ところで、翔矢さんは暁先輩のことを名前で呼ぶようになったんですね」

「あぁ、うん。最初は基樹と浅葱も苗字だったんだけど、他人行儀で嫌だって浅葱が言ってさ」

「なるほど。……あの、翔矢さん」

 

 ん? と首を傾げて少し言い淀む雪菜を見る。

 

「紗矢華さんと話してる時に、その……不用意に他の女性の名前を出さないように」

「紗矢華? どうして?」

「とにかく、出さないように」

「あ、はい」

 

 聞き返すとジトっとした目を向けられ、翔矢は大人しく従った。それで、と雪菜が言葉を続けて口を開く。

 

「翔矢さんがよければ、私と一緒に住みませんか?」

「え、雪菜と?」

「はい。住むところがないということなら、ちょうど部屋を余しているので」

 

 願ってもない申し出だった。

 翔矢としては最悪、師匠である縁堂縁の式神が常駐する獅子王機関の絃神島出張所にお世話になるつもりでいた。

 第四真祖の監視に雪菜の補佐。この任務を受けている身としてこれ以上ない拠点だろう。加えて雪菜の家の使っていない部屋の数は三部屋中二部屋。翔矢が住んでも一部屋残る計算だ。

 

「姫柊さんはいいの? こんな顔でも男よ?」

 

 会話を聞いていた浅葱が翔矢の顔を指さして質問する。指をさされた彼は、こんな顔……としょぼくれる。

 

「大丈夫ですよ。翔矢さんとは昔からの付き合いですし、何かあれば翔矢さんのお父様やお母様にでも」

「僕は何もしないから父さんと母さんはやめてお願いします」

「それに紗矢華さんにも言えば──」

「絶ッ対やめてそれだけは! 僕死ぬから!」

 

 本当に嫌なのか、翔矢の一人称が僕になるほど首を振る。そんな彼を見て雪菜はふっ、と微笑んだ。

 

「冗談ですよ」

「冗談に聞こえない……」

 

 ぐったりと背もたれに背を預けて呻く。

 

「この様子じゃ大丈夫そうね」

「妹みたいなもんって教室でも言ってたしな」

「大丈夫かこれ」

 

 一人称が変わる時はパニックの時など、と聞いている古城はその心労が凄まじいことに心配する。

 じゃあ、と凪沙が柏手を打つ。

 

「翔矢くんが引っ越し終わったら、ここにいるみんなでお鍋にしようよ! 雪菜ちゃんが引っ越してきた時もお鍋だったし!」

「んじゃあ明日か明後日辺りか」

 

 荷物あるしな、と古城が言って浅葱と基樹も頷く。

 

「あ、それなら問題ないよ」

 

 翔矢のその言葉にえ? と全員が彼を見る。

 翔矢は顎の下まで伸びた髪をいじりながらにこりと笑う。

 

「魔術で別空間に収納してるから、あとは移動だけ」

「なんでもありだなお前……」

 

 仕草が少し女子のような翔矢を呆れたように見て、古城は呟く。その隣の雪菜は魔術という単語が出てきて焦り、古城の背中に隠れるようにして小さく言う。

 

「い、いいんですか。攻魔師のこと……!」

「南宮さんからは隠さなくていいって言われてるからね。獅子王機関のことと魔族だってことがバレなければいいし」

「そ、そうですけど」

 

 心配そうな顔をする雪菜に、翔矢は微笑むだけだ。

 

「へぇ、便利ね」

「じゃあ今日お鍋にしよう!」

「うん。買い物は俺と古城に基樹で済ませておくから」

 

 翔矢がそう応えると古城が嫌そうに声を上げ、基樹が俺もかよ、と顔をしかめる。

 その後凪沙が鍋の材料を決め、それを翔矢がメモしていく。大食いの浅葱がいるので大量の材料を買うことになるが、そこは翔矢が経費で落とすそうだ。

 その言葉を聞いた雪菜はジトっとした目を彼に向けていた。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

 放課後。

 俺と古城、基樹の三人はこのあとの鍋パーティーのためにスーパーに来ていた。浅葱は管理公社のバイトがあるため鍋が完成する頃に暁家に来るそうだ。凪沙ちゃんは部活で、雪菜はそれにつれていかれた。

 

「うっわ……白菜高いね」

「まぁここは人工島だしな」

絃神島(こっち)本土(あっち)じゃ価格はえらい違いだからなー。そら驚くだろうよ」

 

 食費は経費で落ちて良かったな。自分のお金で払ってたら身が滅ぶ。

 絃神島の物価の高さに戦々恐々としつつ、俺は白菜を手に取って目利きする。自分で料理をするにあたって、食材の目利きを怠るなと母さんに叩き込まれているため、スーパーに行ったらこのように手に取ってよく見ている。

 これ、自分で育てた方が安くできるんじゃ……? しかもそっちの方が鮮度もいいだろうし。

 

「これでいっか」

 

 手にした白菜をカートに入れて、もう二つ入れる。

 

「えーと、次はしらたきか?」

「うん」

「んじゃ、俺肉行ってくるわ」

「できるだけ良いの持ってきてね古城」

「はいはい」

 

 使い魔の能力で古城の反応は追えてるし直接監視()なくてもいいだろう。

 

「にしても量多いな」

「浅葱も食べるし、俺もよく食べるからね」

 

 あはは、と笑う。基樹もだよなー、と頭に手を組んでへらっと笑う。

 

「大変だわな、()()も」

過適応者(ハイパーアダプター)も大変だと思うけどね。ほら、薬とか」

「あー、確かに辛い」

 

 矢瀬基樹。人工島管理公社の名誉理事、矢瀬顕重(あきしげ)の息子。そして、()()()()()()()()()()

 そのことに気づいたのは、ホテルに泊まっている間に彼がヴァトラーに海から拾われたのを思い出してからになる。何故騒ぎの近くにいて、ヴァトラーに拾われるのか、少し考えて行動すればよく分かることだ。

 調べるのに多少骨が折れたけどなんとかなった。

 別に獅子王機関からも基樹と接触してはならないなんて聞いていないし、彼が知っていることを不利にならない程度に聞くくらいならいいだろう。

 そう思い、基樹には隙を見て古城や浅葱に気取られないように行動して接触していた。

 

「安心しろよ。獅子王機関のことや魔族ってことは浅葱にはもちろん、誰にも言うことなんてしないからさ」

「うん。俺も基樹が不利にならないように立ち回るつもりだ。だって監視するだけなのに痛い思いなんて嫌だもんね」

「この前みたいなのはホント勘弁」

 

 〝オシアナス・グレイヴ〟に捕らわれていた雪菜の下へ〝雪霞狼〟を届けてくれたのは基樹だったらしい。その行動がなければ、雪菜は戦線に復帰できなかったので本当に感謝しなければならない。

 損な役回りが多いと嘆く基樹と喋りながら残りの食材をカートに入れていく。古城も肉をメモに書いた通りのものを持ってきてくれたので、あとは会計するだけだ。

 流石に量が多かったのでカートを別けて古城と基樹にお金を渡してレジに並んだ。

 

「おっも……!」

 

 基樹の前では吸血鬼だとバレないように、古城は重そうに装う。今嘆いたのは唯一人間の基樹だ。

 

「人通りが少ないところで空間に入れるからそれまで我慢してね」

 

 ギギ、と壊れかけの機械のように基樹が頷く。

 しばらく歩いて路地裏に入り、俺は竹刀ケースから〝黒翔麟〟を取り出す。基樹はおおー、と興味深そうに見つめる。

 微量な霊力を流し入れて虚空を小さく斬りつけた。

 ブゥン、とノイズが鳴って小さな穴が空く。そこに荷物をゆっくり入れて保管する。本当はこのまま暁家まで行けるが流石に無闇に使うのは雪菜が怒るだろう。

 

「さ、古城の家にいこー!」

「凪沙ちゃんの料理楽しみだなー」

 

 俺と基樹がそう言うと古城ははいはい、と適当に相槌を打った。

 

 

 暁家に着いてからは鍋の下ごしらえをするために、俺がキッチンに立って肉や野菜を包丁で切っていた。料理をする、とは言っていたはずだが古城も基樹も意外そうに見つめてくる。

 

「男料理かと思ってたけど、全然そんなことなかったな」

「だな。俺と似たようなもんだと思ってた」

「酷いね二人とも」

 

 これでも母さんや師匠から叩き込まれているので料理は紗矢華よりできる。調理できるレパートリーも和食から洋食、フランス、果てはアルディギアの郷土料理まで作れる。

 

「はぁ……こりゃ煌坂が焦るわけだ」

 

 小さく古城がそんな言葉を漏らした。

 

「紗矢華がどうかした?」

「いや、最近あいつと電話するようになったんだが……お前の手際の良さを見て納得したわ」

「んー? どういうこと?」

 

 イマイチ理解できない。

 なんでもねーよ、と苦笑して、古城はソファに深々と座る。

 

「大変そうだなー翔矢の幼馴染ちゃんは」

「だよなー、ありゃあ骨が折れるだろうよ」

「これを経験して、古城ももうちっと鋭くなれば俺も楽なんだがなぁ」

「なんで俺なんだよ」

 

 キッチンで調理していると、テレビを見ながら古城と基樹がそう話す。

 その間に下ごしらえを済ませ、時計を見るとまだ雪菜と凪沙ちゃんが帰ってくるまで時間があった。俺は〝黒翔麟〟を使って空間の狭間からアルディギアで貰った紅茶セットと茶葉を取り出した。

 

「あ、そうだ」

 

 南宮さんからもらったお茶請けを出そう。古城達にはあげないけど。

 二人の分の紅茶を淹れて目の前に俺のとは別のお茶請けと共に置いた。二人から絶賛され、雪菜と凪沙ちゃんが帰ってくるまでの間は彼らの話を聞いていた。

 

 

 

 

 β

 

 

 

 

「うぅ……お腹いっぱいです……」

「結構食べたもんねー」

 

 何事もなく鍋パーティーは終了した。

 十人前ほどもある鍋やその他の料理達を俺と浅葱が平らげ、それを見た凪沙ちゃんが喜んで余った食材でまた料理を食卓に出した。

 雪菜もまた普段食べないわりには、今日は結構食べていたと思う。

 

「あ、この部屋使っていい?」

「はい。どうぞ」

 

 雪菜が使っている部屋の隣の隣のドアを開けて荷物を置く。

 何故隣の隣かと言うと、もしかしたら隣は紗矢華が使うかもしれない、という淡い期待があるからだ。雪菜もまたそれを察したのか特に何も言わない。

 

「よっ、と」

 

 空間の狭間からアルディギアの騎士団から贈られた高級ベッドを、次にマットレス、掛け布団など次々に調度品を順番に置いていく。

 一時間ほど部屋でドタバタしていると、雪菜が部屋に訪れた。

 

「こ、これは……」

 

 部屋に置かれた数々の高級な調度品達。机の上には暁家で出した紅茶セットがある。

 

「いらっしゃーい。紅茶飲む?」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

 唖然とした表情で頷いて、淹れた紅茶を受け取る。

 

「凄いですね」

「俺ってアルディギアに長期任務で行ってたでしょ? その時のお礼ってことで騎士団や王様から色々ね」

 

 今飲んでる紅茶の茶葉もだよ、と言うとビクリと肩を震わせて、彼女はカップに入った紅茶を凝視した。

 恐る恐る紅茶に口をつけて飲む雪菜がおかしく見え、俺はくすくすと笑い声を漏らす。それに不満を覚えたのか、雪菜がむぅ、と頬を膨らませた。

 

「はは、ごめんね。つい」

「翔矢さんはいつもそうやって意地悪します」

「えー? そうかな」

「そうです!」

 

 ぷりぷりと怒る彼女の口に南宮さんからもらったお茶請けを放り込んで、なんとか誤魔化す。今のように年相応な反応をしているのが可愛くて紗矢華と一緒に意地悪をしている。

 最初こそは紗矢華は抵抗があったが、慣れとは恐ろしいものだ。

 

「紗矢華さんも一緒に住めたらいいですね」

「うん。きっとそう遠くないうちに来れるんじゃないかな」

 

 あの古城が世界最強の第四真祖なんだし、これからも問題は起きるだろう。俺達獅子王機関はそれに駆り出されるだろうし、何かのきっかけで紗矢華がここに住むようなことがあっても不思議じゃない。

 

「また昔みたいに一緒に遊べる時だって来るさ。それまで頑張ろう」

「はい。お互い、頑張りましょう」

 

 雪菜がそう力強く頷き、俺は笑みを浮かべた。

 

 

 





 次から天使炎上篇いきます。

 感想、評価お待ちしております。


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天使炎上篇
 Ⅰ


大変お待たせしました。
今回から天使炎上篇です。

マイクラやAPEX、オリジナル小説の設定をやっていたら遅くなってしまいました。




 

 

 高度一千メートルの夜の空。北欧アルディギア王国所有の王族と、その従士団だけが搭乗を許されるターボプロップエンジン四発、十二門の機関砲を装備する空飛ぶ城塞と呼ぶにふさわしい装甲飛行船。名を〝ランヴァルド〟。

 そんな船が二人の魔族に襲撃され、全身に炎を纏いながら航行していた。

 襲撃者、BBと呼ばれたD種の女は、アルディギア聖環騎士の疑似聖剣をゆらりと躱して不敵に笑い、スマホ型の端末を操作した。画面には『降臨』の二文字。

 

「なんだ、こいつは……!?」

 

 直後、襲撃者二人と聖環騎士の頭上を光が満たした。

 目を見開いて騎士は喘ぐ。

 暗い夜の空から降りてくるのは、小さな影。その背中には赤い血管を浮き上がらせた歪な翼が六枚生えている。

 そんな禍々しい姿をしているにも関わらず、神々しい光を撒き散らす。

 

「天使……だと……?」

 

 その騎士の言葉を最後に、騎士ごと装甲飛行船は灼熱の光に呑み込んだ。美しい装甲飛行船は爆発四散し、その残骸は真っ暗な夜の海に沈んでいく。

 

 

 その爆発から少し離れたところにいる襲撃者二人は、空を舞う天使を見つめる。

 BBと呼ばれた女吸血鬼は口を釣りあげて笑う。

 

「悪魔のやつらが手を貸してくれたおかげで想定より早く仕上がったわね」

「あぁ、〝疑似神格振動波発生装置〟……これがあったのがデカいな」

 

 獣人の男が相槌を打ち、行くぞ、と言って潜水艦の船内に戻っていく。

 吸血鬼もまた、しばらく余韻に浸ったあとに紅色の槍を消して船内に入っていった。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

 ──そういうことだから。

 黒死皇派の事件からしばらく経った頃、古城は浅葱と本格的に話した昔のことを思い出した。それが起因し、事件のあとのキスを思い出し、ハッと顔を上げた。

 気怠い車掌のアナウンスと、眠気を誘う単調な加速。彩海学園に向かうモノレールだ。

 

「先輩」

「うおっ!?」

 

 至近距離から雪菜に呼ばれ、古城は驚きで悲鳴をあげた。

 その態度に雪菜はむぅ、と不貞腐れたように唇を引き結びながら彼を見上げる。

 

「もうすぐ駅に着きますけど」

「お、おう。悪い、ちょっとボーッとしてた」

「悩み事ですか? なんだか真剣な顔でしたけど」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 

 生真面目な表情でそう訊ねる雪菜に、どう答えたものか、と古城は顔を引き攣らせた。流石に浅葱にキスされたとは言えない。

 

「……藍羽先輩と、なにかあったんですか?」

「え!?」

 

 雪菜はジト、とした目でじりじり古城に寄る。彼は冷や汗を一筋垂らして視線を外した。

 

「い、いや、まさか……ハハッ」

 

 嘘が下手だった。

 

「本当に?」

「してない。なにもしてないです」

 

 確かに古城自身はなにもしていない。しかし、それも少しばかり心許ない言い訳である。

 

「……どうしてそこで目を逸らすんです、先輩」

「そんなこと言われても、この角度はちょっと……」

「角度?」

 

 雪菜はきょとんと目を瞬かせる。

 古城と雪菜の身長差は約二十センチ。その位置から至近距離にいる彼女を見下ろすと制服の胸元を覗き込む形になってしまう。

 谷間と呼ぶにはささやかな膨らみの狭間を。

 

「先輩……!」

「待て待て! 今のは俺は悪くないだろ!」

「……そうですね。いつも通りの先輩で安心しました」

 

 そう言われ、古城はホッと胸をなでおろした。

 でも、と雪菜が言葉を続け、彼は片眉を上げて気怠げな眼差しを向ける。

 

「本当に大丈夫ですか? 顔色も悪いし、翔矢さんに見てもらった方が……」

 

 現状、雪菜が頼れる人の中では翔矢が一番上に来る。

 〝空隙の魔女〟である那月も充分頼れるが、気軽に頼れるのは翔矢だけだ。

 この場に彼がいないのは朝早くから学校に向かったと雪菜が暁家の玄関前でそう言っていた。

 

「あぁ、いや、大丈夫だ。いつも言ってるだろ? 吸血鬼の体質にはこの時間はキツいって」

 

 それに、と続けて古城は言う。

 

「ここ最近ずっと寝不足なんだよ」

「寝不足、ですか」

 

 あぁ、と彼は周囲を見回して小声で雪菜に語る。

 

「煌坂のやつが夜中に電話なんかかけてくるんだよ」

「電話? 紗矢華さんが、ですか」

 

 雪菜が驚いたように目を瞬かせ、顎に手を添える。古城も雪菜の反応を見てだよな、と頷く。

 

「最初はすげぇ嫌そうにかけてきたんだ」

「はい、紗矢華さんは獅子王機関の上司が相手でも着信拒否するくらい男性との電話を嫌います」

「自分でも言ってたぞ。翔矢以外の男と電話なんてしたくないって」

「なら何故紗矢華さんが先輩に……」

 

 古城に電話をする理由が思いつかない雪菜は首を傾げて思案する。

 

「翔矢だよ。翔矢のことを訊きたくて携帯を持ってる俺にかけてきたんだろうさ」

 

 その言葉に雪菜はあっ、と声を上げた。思い当たる節があるようだ。

 

「そういえば翔矢さん、紗矢華さんがまだ喋ってるうちに電話を切った時が……」

「あぁ……その時以降俺に電話が来るようになった」

「その、先輩。すみません」

「姫柊が謝ることはないだろ。悪いのは、煌坂があんなにアプローチしてるのに気づかない翔矢だ」

 

 古城の言葉に雪菜は頷こうとし、彼女は頭の中で台詞を反芻した。

 ──アプローチしてるのに気づかない。

 

「……」

「ん? どうした姫柊」

「いえ。なにも」

「え、なんで急に冷ややかな目線を!?」

 

 プイっと顔を背け、モノレールが彩海学園の最寄り駅に着いた途端に黙って先を歩いていく。

 

「あ、おい姫柊、待てって!」

 

 自らの失言に気づかないまま、古城はフードを被り直して駅のホームをつかつかと歩く雪菜の背を追った。

 

 

 教室に着き、古城はクラスメイト達に挨拶を交わしながら自分の席に座った。すると、背後から背中を軽く叩かれた。

 

「うーす、古城。お前、いつにも増して人相悪いな。どうした」

 

 首にヘッドフォンをかけた男子生徒、矢瀬基樹だ。

 

「ただの寝不足だ」

 

 気怠げな眼を基樹に向け、放っておいてくれ、と目で訴える。そんな彼らに一人近寄る。

 

「おはよう、古城、基樹。……古城は眠そうだね」

 

 古城の眠そうな顔を見て、黒崎翔矢はその整った顔に苦笑いを浮かべた。

 

「よう、翔矢」

「翔矢か……。そういや、朝早かったみたいだな。なにしてたんだ?」

「南宮さ……先生のもうひとつの仕事の手伝いをね。人使いが荒いんだ、あの人」

「あら、何の話?」

 

 男三人でそう話していると、クラスメイトの築島(つきしま)(りん)が笑いながら会話に乱入してくる。

 抜群のスタイルとクールな言動で校内の男子に根強いファンを持つ、翔矢たちのクラス委員だ。

 

「なにか悩み事? もし良かったら相談に乗るよ?」

「いや、別に悩んでるってわけじゃ」

「俺もとくにないかな。大丈夫だよ」

「人間関係ね」

 

 古城は曖昧に誤魔化そうとし、翔矢は穏やかな笑みを浮かべて断ろうとすると倫はそう断言した。自信に満ちた彼女の言葉に、古城は動揺する。

 

「それも女性関係」

「え!? なんでわかるんだ!?」

 

 一瞬、浅葱のことを思い浮かべ、古城は目に見えて狼狽えた。

 ここ最近の寝不足は紗矢華の電話だけではない。浅葱との一件以来、自身の秘密である世界最強の吸血鬼ということを伏せたまま、彼女の好意を受け入れるわけにはいかない、と思いつつ思考の泥沼にハマって眠れないでいるのだ。

 

「古城、お前って意外に霊感商法とか詐欺とかに引っかかりやすいタイプだったのな」

「あー、ダメだよ古城。そういうのはバーナム効果っていう誰にでも該当するものなんだから」

「詐欺? ばーなむ??」

 

 唖然とする古城を見ていた倫はクスクスと声を出して笑う。そこで初めて古城はまんまと倫に嵌められたと理解した。

 

「くそ……完璧に騙された。もうお前らのことは二度と信用しねぇ」

「騙すなんて人聞きの悪い」

 

 はぁ、と乱暴に息を吐いて古城は口を引き結ぶ。

 

「黒崎くんは占いとか信用しない感じ?」

「いいや。占いは魔術や呪術と精通してるからね。信じる信じない、というよりそうなっちゃうから」

 

 やはり攻魔師といった解答に倫はへぇ、と興味を持ったように声を上げた。

 事実、翔矢自身も幼い頃に紗矢華と雪菜の身を案じて占いをしたこともある。結果は躓いたり怒られたりする微笑ましいものだったが。

 

「おはよー、お倫。あんたたちもね」

 

 話していると次は浅葱が話の輪に入ってきた。

 皆口々に挨拶を交わしていく。

 

「あれ、浅葱そのクマどうしたの」

「浅葱も寝不足?」

 

 周りが女性に囲まれた環境にいた翔矢と、仲のいい倫は浅葱の変化に目敏く気づいた。

 

「んー、昨日ちょっとね。って、も?」

 

 自分以外にもいるのか、と浅葱は怪訝な顔をする。

 

「暁くんも、昨日あんまり寝てないんだって」

「な、なによニヤニヤして……」

 

 若干声を上ずらせて浅葱が倫に抗議した。似た者同士、というような意味を込めていると気づいたようで、彼女の頬は赤く染っている。

 

「あたしは昨日の騒ぎで寝れなかっただけよ」

「おお」

 

 早口で言い訳をする浅葱に、基樹が食いつく。

 

「そうか。アレってお前ん家の近くだっけか」

「そうなのよ。明け方まで消防車やら救急車が走り回って騒がしいったら」

「騒ぎって、もしかして」

「なんかわかるのか、翔矢」

 

 浅葱と基樹の会話を聞いて、翔矢はふむ、と腕を組む。

 

「さっき、南宮先生の手伝いをしていたって言ったよね。多分、俺が見た書類がそれだ」

「おそらくそうだろーな。俺もちらっとニュースを見ただけなんだが、夜中に西地区(ウエスト)で魔族が暴れたってよ。未登録魔族が()り合ったらしい」

 

 面白がるように言う基樹の頭に、翔矢は軽く拳を叩き込み、目を細めた。

 

「結構派手にやらかしたみたいで、ビルは何棟か倒れてたし、道路は陥没してるし、特区警備隊(アイランドガード)は押し寄せてきて大騒ぎよ。どこかのバカな吸血鬼が、また眷獣でも暴走させたのかと思ったけど……」

「俺じゃない……」

 

 古城は無意識にそんなことを口走り、翔矢が肘で突く。そのお陰でハッとした古城はあはは、と引き攣りながら笑う。

 ここ絃神市は魔族特区。五十六万人の総人口のうち、約四パーセントは正式な市民権を与えられた魔族である。獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体。そして吸血鬼。

 この街では魔族など珍しくもないため、翔矢や古城以外の魔族が暴れて街を壊しても、驚くことはない。

 

「おっと、そろそろ予鈴だな」

「そうね。席に戻りましょ」

「そうだね。予鈴がなる前にお手洗い行ってこようかな」

「あ、翔矢。俺も行くわ」

 

 基樹、倫、翔矢がそう言って古城と浅葱から離れていく。古城もホームルームが始まるまで寝ようかと机に突っ伏しかけるが、その前に浅葱が彼のパーカーをつまむ。

 

「ところでさ、古城……あんた、今日の放課後、暇?」

「いや、とくになんもないが」

 

 放課後は雪菜にストーカーされるというだけで予定もなにもない。

 古城の返答に浅葱はホッと安堵した。

 

「じゃあさ、授業が終わったあと美術室に付き合って。あんた一人で。翔矢も連れてきゃダメだからね」

「お、おう。わかった。でもなんで美術室?」

「いいから。他の人には内緒にしておいてよ」

 

 頬を赤く染めて囁いて、浅葱は自分の席に戻って行った。放課後、なにされるんだ、と古城は怯えながら机に突っ伏した。

 

 

 

 

 β

 

 

 

 

 放課後になり、古城は浅葱に連れられてどこかに行った。俺は使い魔の能力で古城の位置を把握し、なるほど、と呟く。

 

「幼馴染的には雪菜を応援したいけど、浅葱にも頑張って欲しいんだよねー」

 

 式神を使って視界を共有すると、二人で楽しそうに写真を撮り合っている。二人の姿は執事服とウェイトレスのコスプレをしていた。

 なにやってんの、あの二人。

 

「翔矢さん」

「ん」

 

 二人の行動に呆れていると、隣から聞き慣れた声がかけられた。体ごと声がかけられた方向に向けると、ギグケースを背負った雪菜が拗ねたような表情を浮かべて立っていた。

 

「なにそんな顔してるの」

「別に、なにも」

「嘘でしょ、膨れちゃってさ」

 

 笑って彼女の膨れた頬を突っついてやると、ますます膨れていく。

 

「そんなに嫌? 古城が浅葱と仲良くしてるの」

「いえ、そういうわけでは……ただ」

「ただ?」

「……なんでもないです」

 

 そっか、と雪菜の頭を撫でる。彼女自身、何故今のような態度なのかわからないようだ。

 彼女とそうこうしているうちに、下校時刻を告げるチャイムが鳴り始めた。式神で古城たちを確認すると、浅葱が課題で出されたスケッチブックはまっさらだ。

 

「なーんか二人で約束してるね。週末にでもやるのかな」

「そうですか」

「気にならないの?」

「先輩がご自宅で大人しくする、というならわたしは別に……」

 

 まったく、この子は手が焼けるな。そういうことなら俺からは何も言うまい。浅葱にもチャンスは与えたいしね。

 

「さ、古城は浅葱と離れたみたいだし合流しよっか」

「はい」

 

 夕日に染まる廊下を歩き、美術室周辺に着く。少し先には、こちらに背を向ける白いパーカーを着た少年の姿がある。

 

「お疲れみたいですね、先輩」

「あぁ……って、姫柊。それに翔矢も」

 

 声だけではわからなかったのだろう。古城は振り向いて雪菜だったと気づいた。

 

「こんな時間まで何をしていたんですか」

 

 知ってるくせによくそんな質問を出せるね。ちょっと感心するよ。

 

「いや、ちょっと友達の美術の課題を手伝ってて……」

「美術の手伝いで、藍羽先輩にウェイトレスの格好をさせるんですか?」

「やっぱ見てたんじゃねぇか。翔矢も知ってたろ……」

「うん。会話もバッチリ」

「この国家公認ストーカー共め」

 

 俺だって古城の監視なんて心苦しい。しかしこれも任務。雪菜が視覚だけの式神しか操れないため、使い魔の能力で会話を聞いて補佐するのが俺の仕事だ。

 もちろんプライバシーを守るため、関係ないことはあとで記憶を封鎖している。

 

「まぁ、ちょうど良かった。姫柊たちに相談したいことがあるんだ」

「相談、ですか」

 

 そう言って、古城は浅葱に言われたことを話す。

 あたしに隠していることを全部話せ、と言われたらしい。ちょうどその時は雪菜の頭を撫でてたので聞いていなかった。

 

「このままあいつに秘密にしたままってのは、流石にちょっと気が引けるっていうか、心苦しいっていうか」

 

 なるほど。確かにその気持ちはわかる。過去に一度、俺もその体験をしているからこそ共感できる。

 

「もし俺の正体がバレたら攻魔師のことを隠してる姫柊の立場も影響するだろ? 翔矢はなんとかなるとしても、まずは一度二人に相談した方がいいなって」

「古城はどうしたいの?」

「俺は……悩んでる。知って避けられるか、それとも知らないまま巻き込んじまうのか、ってさ」

 

 廊下の窓枠に手を置いて、古城は真剣な表情で考えている。

 

「……先輩は、藍羽先輩のことが大切なんですね」

「あぁ、友達だからな」

 

 巻き込んで怪我をさせる、もしくは死に追いやってしまう、それこそ前回の黒死皇派のテロだってそうだ。

 浅葱の性格から見て、彼女は古城が第四真祖だと知ったとしても変わりなく関わっていくだろう。まだ浅葱と関わった日にちは少ないが、そこだけはわかる。

 その線もあるかもしれない、と古城も心のどこかで思っているはずだ。だからこそ悩んでいる。

 俺たち獅子王機関がしっかり守れるのであれば包み隠さず話してもいいだろう。しかし、それが叶うことはない。

 

「もし話したとして、わたしの身分は公表しても問題はありません。ただ、問題がひとつ」

「問題?」

「あ、そっか。それもあったね」

 

 忘れていた。浅葱よりも大事なことだ。

 

「凪沙ちゃんのことです」

「あー……そうだ。凪沙の魔族恐怖症……」

 

 俺もまた古城と同様、半魔だということを秘密にしている。浅葱にも伝えていない。使い魔の能力は魔術や呪術で通しているため問題はないが、古城のはそうはいかない。

 

「あーくそ、どうすりゃいいんだ……」

 

 彼は弱音を吐いて頭を抱える。ふと、窓から見える中等部の中庭が目に入った。そこには、件の女子生徒を見つけて、古城は眉を寄せた。

 

「凪沙……? それにあいつ」

「あ、ホントだ」

「わたしたちのクラスの男子生徒ですね」

 

 凪沙ちゃんと話すジャージ姿の男子生徒を見て、古城は見覚えがあるのか、なんであいつと? と疑問を抱いている。

 

「ん、手紙渡したね」

「あ? なんだアレは」

「おそらくですけど、ラブレターでは?」

「は、ハハッ、まさかそんな。凪沙にラブレターを渡す男なんているわけないだろ」

 

 虚ろな笑みを浮かべて、古城がそんな言葉を洩らす。

 

「いや、何言ってるの。凪沙ちゃんはモテるでしょ」

「はい、凪沙ちゃんはモテますよ」

 

 俺と雪菜の言葉に古城はえ、と表情を固くした。

 

「明るくて可愛い、話しかけやすい、面倒見もいい、友達も多い、モテない理由なんてないでしょ」

「はい。傍で見ていてもわたしもそう思うので、結構モテるはずです」

 

 嘘だろ、と言わんばかりに彼は顔を驚愕の色に染める。

 無自覚なんだろうけど古城ってシスコンの気があるよね。

 手紙を渡し終えた男子生徒は颯爽と帰っていった。

 

「とりあえず、今日は手紙を渡しただけのようですね」

 

 窓枠に突っ伏して見ていない古城に実況するように、雪菜が残念なものを見る目を彼に向けながらそう言った。

 そんな目で見ないであげて欲しい。多分俺も雪菜が手紙を受け取るところを見ていたなら同じ反応をしていると思う。

 

 

 

 

 γ

 

 

 

 

「っていうことがあったんだ」

『翔矢も、暁古城の立場なら同じ反応をするわね』

「はは、やっぱわかるか」

『当然じゃない。何年一緒にいると思ってるのよ』

 

 深夜一時。

 俺は幼馴染の紗矢華に電話をかけ、その日起こったことを話していた。思わず彼女が胸を張る仕草を想像してしまい、小さく笑ってしまう。

 

「ま、俺の場合、そんな奴どこかに転移させて放置するけど」

『わかるわ。私も暗殺して抹殺してやるわ』

「それはやり過ぎ」

 

 物騒な話題になりかけたので、俺はゴホン、と咳払いをして話題を切りかえた。

 

「それで、紗矢華。今回の任務はどういうものなの?」

『あぁ、それなんだけど……実は』

 

 歯切れの悪い紗矢華に、俺はん? と疑問を抱く。いつもならすぐ言うはずだが、今回は言い淀んでいる。

 

「なにかあった?」

『翔矢ならいいか。前任者だし』

「前任者? ……もしかして、アルディギア王国の王女?」

『ええ、その王女様が今週末に絃神島に来日するの。でも、航空機にトラブルがあったらしくて』

 

 トラブルと聞き、俺は目を細めた。

 装甲飛行船、〝ランヴァルド〟。王女を乗せたというならその船を使ったはずだ。整備は万全、護衛には聖環騎士団が配置されている。並大抵のトラブルなら即時対応できるはず。その船がトラブルで合流できないとなると、何かあったか。並の魔族を遥かに凌ぐ上位の魔族、あるいは反悪魔(レネゲイド)か。

 

「襲撃された、っていう情報は?」

『まだわからないの。師家様に情報を頼んでいるけれどいつになるか』

「そっか……わかった。俺の方でも調べてみる。反悪魔(レネゲイド)が絡んでたら聖環騎士団の手には負えないだろうから」

『そうね。翔矢、反悪魔(レネゲイド)だったとしたら……無理はしないでよ』

 

 反悪魔(レネゲイド)。俺たち悪魔には魔族特区とは別に悪魔の住処が存在する。そこには国と同じく法律があり、違法に手を染めた者を追放、または自ら抜け出す者のことをそう呼称する。

 俺が獅子王機関に所属するもうひとつの理由が、人に害を与える反悪魔(レネゲイド)を仕留めることだ。

 ふぅ、と息を吐き、重くなりかけた気持ちをフラットにする。

 

「わかったよ。それよりも、王女は結構お転婆だから胃薬用意するといいよ」

『え、それどういうこと!?』

「そのままの意味だよ。じゃ、頑張ってね紗矢華」

『待って! 怖くなってきたんだけど!? 翔矢、手伝っ──』

 

 ブチ、と容赦なく電話を切ってやる。

 手伝ってとか聴こえたけど知らない知らない。さぁて、南宮さんに押し付けられた書類片付けなきゃいけないし、紅茶淹れて頑張るとするかな。

 生真面目な雪菜はもう既に就寝している。静かにリビングに入り、紅茶を準備してしばらく待つ。

 できあがった紅茶を持ってベランダに出て、夜風にあたりながら飲む。

 昼間の蒸し暑さと違い、夜の絃神島は風が心地いい。暑さはもちろんあるが不快ではない。

 

「お、翔矢。お前も外の空気を吸いに来たのか?」

「まぁね。さっきまで紗矢華と話しててさ」

 

 隣の暁家のベランダには古城が夕方のように柵に突っ伏していた。

 

「なんか様になってるな、紅茶飲むの」

「まぁね。アルディギアにしばらくいたし飲み方とかは王家の作法だよ」

 

 立っては飲まないけどね、と付け足して俺はもう一口飲む。

 

「へぇ、そういやそこら辺聞いてないな。昔の任務のこととか」

「話せることは少ないけど、時間がある時なら話してあげるよ」

「おう、面白い話とかも頼むわ。……って、なんだアレ」

「ん、火事?」

 

 古城と話していると、俺たちが住むマンションから見える工場区から火の手が上がっていた。

 

「わかるか、翔矢」

「無理。あの距離だとヴァトラー並の魔力がない限り察知できない」

 

 そうか、と古城は頷く。

 知ったところで古城にはなにもできない。俺も南宮さんからの指示がなければ動くことは許されていない。もし動けばなにをされるか。

 火事が起こる工場区を見つめ、俺たちは挨拶を交わした後、それぞれの部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 




8500文字とか頭悪い。
多分、これからもこれくらいの文量で行くかもしれません。


次は早めに投稿したいですね!!!!
ではこの辺で。


感想、評価お待ちしております。




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 Ⅱ



お待たせしました。
天使炎上篇二話目です。ニコ生でストブラ一挙放送見ながら書いてました。

評価ありがとうございました。久しぶりに更新して感想と評価ももらえて嬉しかったです。





 

 

 

 

 翌日の放課後。授業が終わると、古城はすぐに教室を出ていった。理由は当然凪沙ちゃんだ。

 昨日の手紙のことを直接訊いていない彼は、凪沙ちゃんを尾行することにしたようだ。俺も面白そうだな、と思い古城と共に行動している。その間に雪菜に見つかってしまい、彼女も一緒に凪沙ちゃんを尾行するようになった。

 そして今、俺たちは屋上の入り口で凪沙ちゃんと、その彼女に手紙を渡した男子生徒──高清水という生徒との会話を盗み聞きしている真っ最中だ。

 

「先輩って、意外にシス……心配性ですよね。ちょっと引きます」

「そこはもうキッパリ言っちゃいなよ雪菜」

「ならなんでお前らここにいんだよ……つか翔矢に言われたくねぇ……!」

「わたしは先輩の監視役ですから」

「俺は開き直ってるし」

 

 そう言われながら、古城は屋上の扉を開けようとドアノブに手をかける。妙に甘ったるく抑えた男子の声が聞こえてきたのはその時だった。

 

「──いいから大人しくしてろよ……ほら、騒ぐなって」

 

 そのにやついたような声を聴いて、古城の顔色が一気に青ざめた。

 

「な、なにをしているんでしょうか……?」

「さぁ……なんだろ」

 

 雪菜の声は震え、俺はなにをやっているのかわからず首を傾げる。

 

「──ダメだよ、そんなに強く抱かないで」

「ああ、ごめん。オレ、こういうのあんまり慣れてなくて……」

「や、くすぐったいってば……!」

「あんまり大きい声出すと、誰かに気づかれるぞ」

「わかってるけど……そんなふうに舐められると……や、痛っ……」

 

 小声で交わされる会話に、古城は冷や汗を垂らし、雪菜は頬を赤く染める。

 え、なに、二人ともなんでそんな反応なの?

 わからずに首をひねっていると、古城がたまらず屋上の扉を蹴り開けた。

 

「離れろお前らぁ!!」

 

 怒り狂う古城に驚いて、凪沙ちゃんと高清水くんは()を抱いたままこちらに振り向いた。

 

「──って、え?」

「あれ、猫だ。雪菜、猫いるよ」

「は、はい……可愛いですね」

 

 高清水くんに抱かれた猫を見て、俺は雪菜に教える。彼女は猫が好きなので、今は必死にそのことを隠そうとしているが、顔がにやけてしまっている。別に俺は知っているし、雪菜のカバンについている『ねこまたん』のキーホルダーは古城がとったものだって言ってたのだから隠さなくてもいいだろうに。

 ミィ、と子猫がかわいらしく鳴く。

 

「古城くん!」

「な、凪沙……お前、なんでここで猫なんか」

「古城くんこそ、中等部の校舎でなにやってるの? 雪菜ちゃんと翔矢くんも巻き込んでさ」

「いや、お前手紙は……告白とかじゃあ……」

 

 猫が毛を逆立てるように、凪沙ちゃんは古城を問い詰める。

 

「手紙? これのこと?」

 

 そう言って凪沙ちゃんは昨日の夕方に渡されていた手紙をポケットから取り出して見せてくれた。

 どうやら、凪沙ちゃんと高清水くんは子猫を引き取り先を探していたようだった。

 

「運動部員の名簿っす。暁さんが俺のほかにも猫を引き取ってくれるやつを探してるって言っていたんで」

 

 じゃあ、俺はこれで、と高清水くんは子猫が入った段ボール箱を抱えて校舎の中に入っていく。

 あれ、先生にバレないといいな。

 彼の姿が見えなくなったところで、告白と勘違いした古城に凪沙ちゃんががみがみと叱責する。勘違いさせた要因は俺と雪菜でもあるのだが、彼女にそれを言うと行動に移した古城が悪いと一蹴されてしまった。

 

「……それで、あの猫、お前が拾ったのか?」

「あたしじゃないよ。夏音ちゃんが保護して、面倒を見てたの」

 

 夏音ちゃん? 誰だろその子。資料にはそんな子見なかったけど。

 獅子王機関の資料も完璧ではない。今回の監視対象である古城の友人関係の範囲しか記載されておらず、凪沙ちゃんの友人関係までは把握しきれていなかった。古城もまた、覚えのない名前を聞いて首を傾げている。

 すると、

 

「あ、はい。私でした。叶瀬(かなせ)夏音(かのん)です」

 

 屋上の入り口から、現れたのは白銀に煌めく銀色の髪を肩まで伸ばした碧眼の少女。その子の姿を見て、俺は眼を見開いた。

 

「ラ・フォリア……?」

 

 いや、違う、彼女じゃない。似ているがぱっと見で似ているというだけだ。

 俺の呟きはごく小さいものだったので古城たちには聞かれていないようだった。

 

「全部、私のせいですね。ごめんなさい、でした」

 

 銀色の髪を揺らして、叶瀬夏音と名乗る少女は深々と頭を下げる。

 横目で古城を見ると、彼はその姿を見てみとれていた。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

 下校することになり、俺と古城は先に下駄箱で靴を履き替え、中等部の昇降口で雪菜たちと合流した。

 

「そっか、叶瀬さんは去年凪沙と同じクラスだったのか」

「はい、いつも助けてもらってました。私は男子にも避けられているので、今回も凪沙ちゃんがいなかったら引き取り相手を探すのにもっと時間がかかったと思います」

「そんなことないよ! みんな夏音ちゃんのことが好きすぎて、声かけられないだけだから。〝中等部の聖女〟って呼ばれるくらいだから」

「はぁ……」

 

 聖女、か。確かに清楚だし似合っているかも。

 

「確かに、話しかけづらいというのはわかりますね。綺麗すぎて」

 

 雪菜がにこやかに言うと、凪沙ちゃんがジト目になった。

 

「あんたが言うなあんたが」

「雪菜……ちゃんと自覚してね」

「ホントだよ」

 

 たまらず凪沙ちゃんと俺が口に出す。

 雪菜だって叶瀬さんと同じくらい綺麗なんだからもう少し自覚してもらいたい。

 

「二人とも、それぞれのクラスの男子には、接触距離に応じてルールがあるんだから。あと、暁古城を呪う会も絶賛活動中だからね!」

「なんで俺が呪われなきゃいけないんだよ……! それ言ったら翔矢だって!」

「翔矢くんはファンクラブできてるよ」

「え!? なんでファンクラブ!?」

 

 凪沙ちゃんに問い詰めようとするが彼女は高清水くんに改めて謝罪すると言って去ってしまった。

 なんで俺のファンクラブなんてものが存在するんだよ。意味わかんないよ。

 そこから叶瀬さんの手伝いをするために、彼女に案内してもうことになった。その道中、古城が叶瀬さんの髪の毛について地毛かどうか質問していた。

 

「はい、実の父親が外国人でした。私は日本で育ったので、あまり記憶はないんですけど」

 

 ……外国、か。その国については心当たりがあるが、根拠はないし言わない方がいいか。言ってどうこうできるわけでもない。

 叶瀬さんが向かったのは駅ではなく学園の裏手にある丘の上だった。木々に覆われたそれほど大きくもない公園の奥。廃墟となった灰色の壊れた建物が見えてくる。

 

「教会、だね」

「はい、私が小さい頃お世話になっていた修道院でした」

 

 でも、見たことのないレリーフだ。二匹の蛇が巻き付いた〝伝令使の杖〟。西欧教会でもないとなると、他の地域の教会か?

 

「先輩、翔矢さん! 猫です! 猫ですよ!」

「あぁ、それは見ればわかるが」

「雪菜は猫好きだからさ」

「あー、そういう」

 

 雪菜のテンションに呆気にとられる古城だったが、俺が小声で補足すると彼は納得してくれた。

 

「ふわあ、可愛い……よしよし、よしよし」

「あ、この子オッドアイだ。可愛いな」

「はい、凛々しくて綺麗な子ですね」

 

 古城と叶瀬さんが会話をしている最中、俺と雪菜は猫を抱いてあの子も可愛い、この子も可愛いとはしゃぐ。ふと、俺は話している二人を見た。

 

「叶瀬さんは、きっといいシスターになれると思うよ」

 

 その言葉を口にし、叶瀬さんは驚いたように古城を見上げて、一瞬だけ、哀しげな翳りを見せる。

 

「ありがとうございます。その言葉だけで私には、十分……でした」

 

 そう言って微笑む彼女に、俺は言いようのない嫌な予感がした。直感、とは違うかもしれないが、そんな気がした。

 

 

 

 

 β

 

 

 

 

 絃神島人工島(ギガフロート)の中枢、キーストーンゲート内にある人工島管理公社保安部に俺は南宮さんに連れられてやってきた。地下十六階に設けられたそこになにがあるのか、無理矢理呼ばれて連れられてきた俺にはわからない。

 薄暗い通路を渡っていくと、奥に人が建っているのがわかった。

 

「──ヘーイ那月ちゃん! それに翔矢も!」

 

 こっちこっち! と手を振るのは第四真祖の真の監視者である矢瀬基樹だ。俺は基樹に手を振り返すが、隣にいる彩海学園英語教師、兼国家攻魔官である〝空隙の魔女〟、南宮さんはちっ、と不機嫌そうに舌打ちをする。

 

「暁古城といい、お前といい、担任教師をちゃん付けで呼ぶなといつも言っているだろう」

 

 少しは舞剣士を見習え、と彼女は腕を組む。

 

「それで、要件は?」

「こっちっす」

 

 案内された場所はガラス越しに病室のような部屋が見える部屋だった。最新の医療機器に囲まれたベッドの上には大怪我を負ったのか、全身に包帯を巻いた十代と思われる少女が眠っていた。

 少女の手首や首には拘束具ががっちりとされており、並みの魔族でもはずれはしないことはぱっと見ただけでもわかる。

 

「こいつが昨夜確保されたという五人目の魔族か。こいつが戦っていたもうひとりの魔族がいたと聞いたが?」

「そっちの正体は未だに不明。追跡も難航中っすね」

 

 南宮さんに手伝わされていたのはこの案件であり、街の騒動は目の前で眠っている少女を含めた魔族が起こしていたものだった。

 ただ、厳密には魔族ではなく通常の人間が魔術的肉体改造を施されているそうだ。おそらく、この事件は同じような個体が争っているのだと俺は推測する。

 

「ただの人間が、空を飛び回ってビルをなぎ倒すと言うのか? 笑えるな」

「南宮さん、笑えないですよ」

「ホントっすよ。全然笑えねぇ」

 

 冗談じゃない。魔族や魔女でもない人間がそんなことをする時が来た時は世界が滅ぶ。確かに過適応者(ハイパーアダプター)があるが、それは極わずかであり誰しも持っているわけではない。

 

「ちなみにその子、負傷による内臓の欠損がいくつかあって」

 

 それを聞いて、俺は眼に霊力を流して霊視する。

 

「なに、内臓? どこだ」

「えっと、横隔膜と腎臓の周辺ですね」

「さすが獅子王機関のエース。いわゆる、腹腔神経叢(マニプーラ・チャクラ)のあたりっすね」

「喰われたのか……」

 

 南宮さんが吐き捨てるように呟く。

 俺はなにか手掛かりがないか、もっと深く少女を霊視をしていると無邪気な、それでいて皮肉を混じらせた声が聞こえてきた。

 

「フム、奪われたのは内臓そのものというより、霊的中枢……霊体そのものというわけか」

「ヴァトラー……! お前、なんでここに」

 

 人工島管理公社が所有する建物に、なぜいるのか。外交官としての権限がこいつにあるのは知っているがここに来る理由なんてあるのか?

 やぁ、翔矢、とウィンクを飛ばしてくるが俺は近寄るなと意味を込めてベッ、と舌を出した。南宮さんも不機嫌そうに鼻を鳴らして金髪の貴族をにらみつける。

 

「余所者の吸血鬼(コウモリ)がなんの用だ」

「ノーコメント。なにしろ外交機密だからね」

「〝戦王領域〟の貴族が外交機密だと? この一件、貴様らの真祖がらみか」

「それはどうだろうネ。あるいは、()()()()とも無関係じゃないかもしれない」

「なに……?」

 

 ん? あの御方? 誰だその人は。

 ヴァトラーの発言で、南宮さんは殺気をもらす。基樹もヴァトラーと南宮さんを交互に見て冷や汗を垂らしていた。

 

「蛇遣い、貴様なにを知っている?」

「アルディギアの〝ランヴァルド〟。聖環騎士団の飛行船が昨日から消息を絶っているそうだよ」

「それは本当だろうな、ヴァトラー!」

 

 あの御方、というのに疑問を抱いていたが、ヴァトラーからの情報に、俺は彼の襟を引っ掴んだ。

 

「お、おい翔矢」

 

 基樹が俺を抑えようとするが無視する。

 

「本当のことなんだろうな、今の」

「あぁ、確かな情報だよ」

 

 思わず周囲に魔力が漏れ出すほど、俺はヴァトラーを睨みつける。さすが吸血鬼の貴族と言うべきか、彼は意に返さず平然としている。

 乱暴に彼の襟を離して、距離をとる。直後に南宮さんからレース付きの扇子の制裁をもらったが甘んじて受けた。

 

「そういえば、君はアルディギアの王女とは親しかったね」

 

 思い出したように吸血鬼は軽薄に笑う。

 紗矢華が言っていたトラブルはこのことだったのだ。だからアルディギアの王女は紗矢華と合流できなかった。あの王女や騎士団からはいろんな大切なことを学ばせてもらった。例え任務がなくとも心配はする。

 

「さて、情報の見返りというわけではないが、ひとつ頼みがある」

「話だけは聞いてやる。なんだ?」

 

 素っ気なく返事をする南宮さんに、ヴァトラーは一瞬本物の殺意で紅く染まった瞳で見る。

 

「この事件に第四真祖を巻き込むな」

「暁古城を? どういうことだ?」

「古城では()()に勝てないからさ。愛しの第四真祖にはまだ死なれては困るんだ」

 

 そう言って、ヴァトラーは俺の方に眼を向けた。

 

「できればこの事件は翔矢、君が片を付けてほしいものだ」

「俺にだと? なぜ?」

「それは対面したらわかることサ」

 

 言うだけ言って、彼は部屋から出て行った。

 対面したらわかる……なにがあるっていうんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 






30日のニコ生ストブラ、仕事なので途中からしか見れないのが辛い……。

感想、評価お待ちしております。


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 Ⅲ



 大変お待たせしました。
 天使炎上篇の続きです。


 

 

 

 ヴァトラーと会った翌日の金曜日。授業は終わって放課後となった。

 俺は南宮さんに連れられて学校内を歩き回っていた。目的はどうやら古城に話があるらしい。

 魔力の反応で彼の位置は把握しているのでそこへ歩いていくだけだ。

 

「なんの話をするんですか?」

「ふん、決まっているだろう。例の〝仮面憑き〟の話だ」

「……やっぱり」

 

 だろうと思った。この人はあのヴァトラーの嫌がることを進んでする人だ。それでいてあの吸血鬼が言った通り、俺を〝仮面憑き〟にぶつける気である。

 

「わざわざ古城を巻き込む必要あります?」

「お前だって、あいつの眷獣の制御の荒さは理解しているだろう? 実践でなんとかするしかあるまい」

「南宮先生が別空間に飛ばして、そこで訓練すればいいのに」

 

 俺がボソリと呟くと、ゴツ、と持っていたレース付きの扇子で頭を殴られた。この感じからして、訳ありなのか、はたまた面倒くさいだけなのかわからない。

 殴られた頭を撫で、俺は南宮さんに向けていた視線を前に戻すとそこには古城と、毛布を大事そうに抱く叶瀬さんが話し込んでいた。

 南宮さんが音もなく近づき、二人の間にぬっ、と顔を突き出した。

 

「ほう、美味そうな子猫だな」

 

 なに言ってるんですかあなたは。

 

「那月ちゃん?」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな」

 

 ちゃん付けした古城は彼女から強烈な肘打ちを脇腹にもらい、苦悶の声を洩らす。そんな彼を見た南宮さんはふん、と鼻を鳴らして、

 

「知っていたか暁古城。学校内への生き物の持ち込みは禁止だ。というわけで、その子猫は私が没収する。ちょうど今夜は鍋の予定だったしな」

 

 淡々とそう告げる南宮さんの言葉に、叶瀬さんがひうっ、と息を呑んだ。

 舌なめずりするように笑う彼女に俺は思わずドン引く。

 

「──すみませんでした、お兄さん。私は逃げます」

「お、おう」

 

 逃げて当然だよ、こんなこと言われちゃ。

 俺が避難するような目で南宮さんを見ると、彼女は心なしか傷ついたように口を尖らせ、

 

「ふん。冗談の通じないヤツめ。なにも本気で逃げなくてもいいだろうに」

「あんたが言うと冗談に聞こえねぇんだよ」

「まったくですよ。ドン引きです」

 

 古城と二人でそう言うと、ムッとしてこちらを睨みつけてくる。

 

「ところで、今の小娘は誰だ?」

「いや、自分のところの生徒に小娘はちょっと……」

「翔矢の言う通りだぞ? 中等部の三年生だよ。叶瀬(かなせ)夏音(かのん)

「なかなか気合いの入った髪だな。反抗期か?」

「違いますよ。父親が外国人らしいので、そのせいかと。詳しいことは本人も知らないみたいですけど」

 

 当然だよね。まだ推測に過ぎないけど九分九厘アルディギア王家と縁があるだろうし。

 南宮さんはそうか、とだけ返して古城を見上げた。

 

「暁古城。お前、今夜私に付き合え」

「……え!?」

 

 

 

 α

 

 

 

 絃神島西地区(アイランド・ウエスト)のほぼ中枢。

 そこに、集合場所であるテティスモールがある。繁華街の象徴にもなっているショッピングビルがそれだ。

 今夜九時に南宮さんの仕事の手伝いを行うため、俺たちはわざわざ混雑がひどい場所へやってきたのだが、待ち合わせ時間までまだ少しだけ余裕がある。

 俺は浴衣姿の雪菜に目を向けた。

 

「ほら、雪菜。好きなの買っていいよ」

「で、ですが……わたしは先輩の監視が──」

「いいからいいから。古城も、好きなのいいよ。奢るから」

「い、いいのか?」

 

 よって、我が妹に屋台料理を食べてもらう! 古城はついでだけど。

 雪菜は真面目すぎるし、こういう時くらい息抜きさせるのがいいと思った。遠慮気味だった古城も、俺の意図を理解したのかひとつ息をついた。

 

「お前もシスコンだな?」

「古城のシスコンよりだいぶ健全だと思うよ」

 

 うぐ、と彼は渋い顔をする。

 行ってこいという意味を込め、俺は古城の背中を叩く。

 

「先輩! お好み焼きですよ!」

「おー、こりゃ美味そうだな」

 

 雪菜に呼びかけられ、古城は彼女と同じ屋台を見ている。

 

「なんだ、お前たちも来ていたのか」

 

 そんな舌足らずな声が聴こえ、俺は振り返って目線を下げた。そこには華やかな浴衣姿の南宮さんと同じく浴衣姿のアスタルテの姿があった。

 

「集合場所をここにしたのはあなたでしょうに」

 

 ふん、と小さな魔女は鼻を鳴らす。

 

「十一時にショッピングモールの屋上にいろ。それまで好きにしてるといい」

「だと思いました」

 

 アスタルテを連れてるあたり、彼女に屋台を楽しませたかったのだろう。

 俺に考えを透かされた南宮さんはムッとして、レース付きの扇子をべシッ、と俺の頭に叩きつけた。

 けっこう痛いんだよな……それ。

 扇子を叩きつけてすぐ、彼女は空間制御の魔術でアスタルテと共に去っていった。

 

「おーい、翔矢ー?」

「ん、はいはい」

 

 おっと、会計が来たようだ。

 

「わたしはあまり食べられないので。翔矢さん、半分ずつにしませんか?」

「うん、いいよ」

「……ホントに仲良いなお前ら」

 

 そりゃ、小さい頃から一緒だからね。流石にお風呂やトイレなんかは当然入れないのでカウントはしないけど、それ以外はほとんど一緒じゃなかったかな。

 紗矢華も一緒だったらな、と一瞬思ってしまう。

 とりあえずお好み焼き二枚を購入し、別の屋台へ移動する。

 

「なぁ、そろそろ集合場所行かないと行けないんじゃないか?」

「大丈夫だよ。さっき南宮さんと会ってね。十一時に着いてればいいから」

「いつの間に……」

 

 だから屋台を楽しもう! 

 ──そんなことをしていたら、気づけば時間ギリギリまで食べ歩きをして、射的をやったりくじを引いたりと楽しんでいた。

 俺たちは人通りが少ない場所に行き、俺は肩に引っ提げていた竹刀ケースから〝黒翔麟(こくしょうりん)〟を取りだす。

 刀身に霊力を流し込むと、リィン、と鈴を鳴らしたように鳴り響く。〝黒翔麟〟で虚空を斬るとブゥン、と旧式テレビが放つノイズ音と共に空間が開かれた。目的地であろう場所はショッピングモールの屋上だ。

 三人で空間の狭間へ入っていき、少し歩いたところで出口に辿り着く。

 

「これ、ホントに便利だよな」

「そうですけど、空間連結による〝擬似空間転移〟もある程度の霊力や魔力を消費するので、あまり多用できないんですよ先輩」

「その点は俺が魔族だから心配ないんだけどね」

 

 人間と魔族では魔力の保有量が桁違いだ。それは半魔の俺も例外ではない。

 仮に魔力が底をついても〝乙女の鮮血〟を使えば良いだけだし。

 

「待たせたな」

 

 そんな話をしていれば、南宮さんとアスタルテが歩いてやってきた。

 

「アスタルテ、楽しかった?」

「──肯定」

 

 俺が彼女にそう訊くと、たこ焼きを一口食べて笑みを浮かべる。

 

「それで? どうしてお前がここにいるんだ、転校生」

「わたしは第四真祖の監視役ですから」

「それなら舞剣士で十分だろう」

 

 嫌そうな顔をする南宮さんに、雪菜が無感情な眼で小さな魔女を見つめる。

 

「まぁいいか。人手は多くて困ることはないからな」

 

 南宮さんは肩を竦めてレース付きの扇子を広げて口元を覆う。

 

「それより、どうしてこんな物騒な任務を先輩なんかに……」

「こればかりは俺もどうかと思ったけど、眷獣の扱いを覚えるには実践が一番だからね」

「黒崎の言う通りだ。それに、危険物だからこそ目の届かない場所に遠ざけるよりも、手元に置いておく方が安全だろう?」

 

 俺と南宮さんの言うことに、雪菜は渋い顔をして反論しようとするが、どう言っても俺の隣にいる魔女に言いくるめられるのを察したのか、大きなため息をついた。

 

「黒崎、暁に〝仮面憑き〟についてのことは教えたか?」

「はい。今回はその〝仮面憑き〟二体を確保することも伝えてます。大丈夫だよね、古城?」

 

 急に話を振られた古城は、肩をビクつかせた。

 

「お、おう。けど、そいつらって空を飛ぶんだろ? そんなヤツらを相手にどうすれば……」

「安心しろ。空に向かってお前が眷獣をぶっ放すぶんには、市街地に影響は出ない」

「それは、そうだけどよ……」

「つべこべ言わずに撃ち落とせ」

 

 まぁ、そのための準備も人工島管理公社に頼んでいるし、問題ない。

 ──ん? 変な力を感じるな。こいつらか。

 

「南宮さん、来ましたよ」

「なに? アスタルテ、公社に花火の時間だ、と伝えておけ」

命令受諾(アクセプト)

 

 指示を受けたアスタルテが浴衣の袖口から無線機を取りだして操作する。

 

「なぁ、那月ちゃん。花火ってなんだ?」

「なんだ、今どきの若者は打ち上げ花火も知らんのか?」

 

 小馬鹿にしたような表情で、南宮さんは古城のことを見た。

 彼女の愛用している扇子が広がった直後、俺たちの後ろから、ドン、と爆音が鳴り響く。

 

「これで俺たちが戦闘を起こしても、市民の注意は花火に向く」

「多少の爆発や騒ぎは誤魔化せるだろう」

 

 俺と南宮さんの言葉に、古城はなるほどなと納得した。

 花火の轟音は戦闘音をかき消し、煌びやかな閃光は魔術や魔力による光を逸らしてくれる。

 

「さて、庶民どもが異変に気づく前に片をつける。跳ぶぞ」

「えっ? 跳ぶって──」

 

 古城が疑問を小さな魔女にぶつけようとした時、景色が変わった。

 強烈な目眩と、少し遅れて自由落下に似た感覚が込み上げてくる。

 

「う、おぉぉぉぉっ!?」

「古城、うるさいよ」

 

 空間転移の魔術によって連れてこられた場所は、赤と白に塗り分けられた電波塔の骨組み。戦闘中の〝仮面憑き〟たちの真下だ。

 

「先輩、上です! 気をつけて」

「雪菜、古城! 俺はしばらく霊視に集中する! その間南宮さんのカバー、頼むよ」

「はい!」

「おう」

 

 古城と雪菜が異口同音の返事をする。

 視線を〝仮面憑き〟に移す。二体の標的はどちらも小柄な女性だ。その背中に生えているものは、神々しさすら感じられる純白の翼。

 ──天使。

 その単語が真っ先に思い浮かんだ。

 布切れのようなもので胸と下肢を覆ってはいるが、手脚が剥き出しており、その肌には不気味に明滅する幾何学模様が浮かんでいる。

 そして、〝仮面憑き〟と呼ばれる所以であるその仮面が、背中の美しい翼を相殺するかのような、無数の眼球を象った不気味な仮面が彼女たちの頭部を覆っていた。

 

「……!」

 

 眼に力を入れる。

 攻撃する際に用いられるものは、歪に波打つ光。それを刃に変えて切りつけ、または敵に向かって飛ばしている。

 

「あのような魔術の術式、私は知らんぞ!」

「はい。あれではまるで、わたしたちが使う神憑りに近い……」

 

 俺と古城の前に立つ、魔女と剣巫が言葉を交わしていた。

 確かに、この力は神憑りに近いだろう。

 雪菜が〝雪霞狼〟を取り出したのか、視界の端でキラリと銀色の光が見えた。

 

「〝七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〟か。いいだろう。手を貸せ、姫柊雪菜」

 

 雪菜の返事を待たずに、南宮さんは右手を振って自身の周囲から銀色の鎖を矢のように撃ち放った。

 空間制御の魔術を利用した、戦い方だ。

 その鎖は上空にいる〝仮面憑き〟二体を搦め捕る。

 その間にも俺は霊視を辞めない。こいつらの霊力機関は、昨日基樹に見せられた〝仮面憑き〟で把握できている。

 普通なら、そこから霊力が流れて発せられるものだが──

 

「──そういうことか」

 

 チッ、と俺は大きく舌を打った。

 ヴァトラーが俺にこいつらの対処をしろと言ったのはそういうことだったのだ。

 なるほど、確かに古城にこいつらの相手をさせてはいけない。今の古城では、眷獣を完全に掌握できていない今の第四真祖に〝仮面憑き〟は倒せない。

 その答えに辿り着いた瞬間、電波塔が大きく傾き、南宮さんがどこかへ転移していった。

 

「ああ、くそっ! 疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣〝双角(アルナスル)()深緋(ミニウム)〟──!」

 

 宿主の呼び掛けに応えたのは、陽炎のように揺らめく猛々しい巨体。二本角を持つ緋色の双角獣だった。

 制御を離せばすぐ暴走し、ここ、絃神島を滅ぼすほどの力を持った召喚獣が〝仮面憑き〟を真正面から襲いかかる。

 しかし、

 

「そん、な──」

「なに……!?」

 

 大気を切り裂く双角獣の攻撃を正面から浴びたにもかかわらずまったくの無傷。

 〝焔光の夜伯(カレイドブラッド)〟第四真祖の攻撃は〝仮面憑き〟に一切通用しなかった。

 遅かった。

 もう少し早めに気づいていれば、古城も雪菜も、そんなに絶望する必要がなかったのに。

 

「ヴァトラーのクソ野郎……」

 

 今回についてはまったく悪くないだろう貴族に悪態をつく。

 俺は左腰のホルダーから小瓶の〝乙女の鮮血〟を取り出した。ガラスの栓を砕き、口に流し込む。

 

「砕け、〝傲慢(スペルビア)()大罪(ルシファー)〟!」

 

 そう叫ぶと同時に無骨な両刃の夜空色の大剣が目の前に現出した。そして、己の腰辺りから夜空色の翼が現れる。

 鉄骨を蹴り、俺は花火が打ち上がる空に舞う。

 

「翔矢……!?」

 

 古城が俺を見て呻く。

 

「砕け、散ろ!」

 

 銀色の髪をなびかせる〝仮面憑き〟を大剣で上空に向けて叩き斬った。

 グゥッ! と呻いて一体は上空へ飛ばす。

 

「攻撃が通った!?」

「〝雪霞狼〟が効かなかったのに、どうして……」

 

 そう。神格振動波駆動術式(DOE)を刻印された〝雪霞狼〟が通用しなかったのは理由がある。

 それは、擬似神格振動波駆動術式を刻印した〝雪霞狼〟では、()()が下だったからだ。

 

「俺は、お前たちより()にいるぞ?」

 

 〝傲慢(スペルビア)()大罪(ルシファー)

 それは、悪魔でありながら堕天使とも伝えられる存在。

 〝仮面憑き〟は、言わば〝模造天使(エンジェル・フォウ)〟の下の存在と言ってもいい。そんな存在が、元とはいえ、最高位の天使に立ち向かえるというのだろうか。

 

「上、ってどういうことだよ翔矢?」

「こいつらは、言うなら天使のなりそこないだ。〝模造天使〟すらない、な」

 

 俺の言っていることがわからなかったのか、古城が困惑した表情を浮かべる。

 おそらく、〝仮面憑き〟を同士討ちさせているのは蠱毒を模したものに違いない。

 蠱毒は動物や虫を使った代表的な呪術だ。ありとあらゆる動物などの百足を同じ容器に入れ、互いに共食いをさせ、勝ち残ったものを神霊となるため、これを祀る。

 

「これを考えたやつは、正気か?」

 

 霊的中枢を奪った理由は〝模造天使(エンジェル・フォウ)〟にするためのもの。ホントに、魔族特区は厄介な事件が舞い込んでくるな。

 

「アァッ!!」

「ッ!」

 

 死角から回り込んできた〝仮面憑き〟が光の剣を突き刺してきた。ギリギリのところで大剣を盾にし、攻撃を防いでいく。

 

「はぁ!」

 

 横薙ぎに大剣を振るい、奴の腹を斬り裂くが続けざまに光の剣が雨のように投擲された。

 俺はなんとかなるにしても、古城がやばいかも……! 

 

「〝雪霞狼〟──っ!」

 

 後ろで雪菜が銀色の槍で剣を払い落とし、古城には傷がつかなかった。

 ……後ろに注意が向いていたのがいけなかった。安堵し油断していたのがいけなかった。

 

 

 再び〝仮面憑き〟に振り向けば、すぐそこには膨大な光を大きな大剣に変え、電波塔ごと焼き付くさんばかりの熱量が迫っていた。

 

 

「しまっ──!」

 

 瞬間、そんな恐ろしいものを放とうとしていた〝仮面憑き〟の姿勢が崩れ、膨大な光も四散した。

 大きく傾いた電波塔の頂上付近で、銀色の髪の〝仮面憑き〟が光の剣を片割れに突き刺したのだ。

 姿勢を崩した奴は鉄骨に体を衝突させ、動きを停めた。〝傲慢(スペルビア)()大罪(ルシファー)〟の剣は高次元の攻撃であり、本気を出せば星を砕くほどの威力を誇る。そんなものをまともに喰らい、トドメに光の剣を受けたのだ。停まっても不思議ではない。

 その〝仮面憑き〟の近くに降りる銀色の髪の〝仮面憑き〟。おそらく、片割れの霊的中枢を奪うのだろう。

 

「「「!?」」」

 

 停まったはずの〝仮面憑き〟が動き、銀色の髪の〝仮面憑き〟の顔を殴り飛ばし、仮面が割れた。

 その時俺たちは、つい最近見た人物の顔を見た。

 

「……馬鹿な! あいつ……あの顔!?」

「嘘……」

「……!」

 

 〝仮面憑き〟と呼ばれていた少女の素顔を目にした瞬間、俺、古城、雪菜の三人は言葉を失った。

 幾何学模様を纏う少女の名は、叶瀬夏音。

 

「……やめろ、叶瀬……!」

 

 あぁ、正気じゃない。この計画を立てた奴は気が狂っている。

 ラ・フォリアによく似た、その美しい顔立ちを歪め、叶瀬さんが大きく口を開き、彼女は牙を同類の首筋に突き立てた──

 

「叶瀬────っ!」

 

 絶叫する古城と、俺たちの眼前で、凄まじい鮮血が噴き出す。

 喉を裂かれた〝仮面憑き〟が、身体を激しく痙攣させ、次第に動かなくなっていく。

 

 淡い碧眼から涙を流し、彼女は翼を広げて空へ消えていった。

 ただただ、俺たちは呆然とそれを見送ることしかできなかった。

 

 

 





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