由比ヶ浜結衣の暗号 (エコー)
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由比ヶ浜結衣の暗号

初執筆で初投稿。習作です。


 世の中には、不可解なことは山ほどある。

 

 土曜日の夜のことだった。

 日課である学力維持のための勉強が一段落した頃、俺、比企谷八幡の暇潰し機能付目覚まし時計(スマホ)が鳴った。

 普通の奴等なら、迷わずメールを開封して送り主や内容を確認するのであろう。

 

 しかし、俺は違う。

 

 まずメールを開く前に、状況を確認する。

 現在の時間は、午後九時を回ったばかり。相手によっては翌日までは無視できる。

 次は、送り主の確認だ。

 スマホに表示されていた送り主は『由比ヶ浜結衣』。

 知能と引き換えにしたかの如く、胸部ばかり発達してしまったアホの子。

 この時点で翌朝返信はほぼ確定事項となる。あとは内容だな。

 さて、次は内容の推理…

「お兄ちゃん…さっさとメール確認しなよ。なんでスマホを目の前に置いたまま5分も考え込んでるのさ」

 小町が大きなマグカップを両手で持ちながらニヤニヤしている。

「ば、ばか。心の準備がまだ」

「はいはい。っつたく、しょうがないごみぃちゃんだなぁ。貸して。小町が見てあげる」

 そう言い終わらない内にスマホは小町の可愛い手によって奪取される。

「お、おい小町」

「えーと、なになに…あ」

「どうした、小町」

 難しい顔をしてメールの画面を俺に向ける小町。そこには…

 『ぉヴぇ』

とだけ書いてあった。

「…なんだ、これ?」

「…なんだろ。なんかの暗号、かなぁ」

 首を傾げて考えていると、

「ま、とりあえず小町はお風呂に入ってくるさ」

 

 何なんだ。意味不明な文字列を送ってきやがって。問い詰めてやる。

「もしもし、由比ヶ浜か?お前さっきの…何でもないって?…ただの打ち間違い?」

 由比ヶ浜の話だと、打ち間違えた状態で誤って送信してしまったらしい。

 何とどう打ち間違えたんだよ。

 

 翌日。

「や、やはろ…」

「お、おう」

 いつもウザいくらいに元気に朝の挨拶をしてくる筈の由比ヶ浜だが、様子がおかしい。

「…おまえ、何か変だぞ」

「べ、別に変じゃない、もん」

 あきらかにおかしい。

「なあ由比ヶ浜、悩みとかあんの?」

「う、うっさいバカヒッキー! …うぅ…キモいっ!」

 何故か罵倒されて、一時限目が始まる。

 

 放課後。

 いつもの様に、特別棟の奉仕部へ向かう。

「おお比企谷。聞いてくれ。昨日後輩の結婚式が…」

 途中、平塚先生というアラサーモンスターとエンカウントして遅れてしまった。

「うーす。」

「こんにちは比企谷くん」

 部室に入ると雪ノ下は勿論、すでに由比ヶ浜も来ていてしきりにスマホを雪ノ下に見せている。

「ヒ、ヒッキー…」

 雪ノ下が怪訝そうな顔で冷たく俺を見る。

「あなた、また由比ヶ浜さんに何か失礼なことを…」

「してないって。こいつ朝から変なんだよ」

 視線を由比ヶ浜に移すと同時に柔らかな笑顔を浮かべる。

 同じ部員なのに、この格差は半端ないですね部長さん。

「由比ヶ浜さん、何か悩み事?」

「ち、ちがう…もう、ヒッキーのアホ!」

「…やっぱりあなた、何か卑猥なことをしたのね」

「いやどうしてそうなる」

「由比ヶ浜さん程の可愛い女性が側にいたら、劣情を抱くのも理解できない訳ではないけれど」

「いやいや、違うってば」

 そりゃ由比ヶ浜は可愛いし胸も大きい。だからって…

「ひ、比企谷くん。今私の身体を見ていたわね。あなたっていう人は…そんなに女性の身体に興味があるのかしら。エロ谷くん」

 胸を両手で覆い、雪ノ下は顔を赤らめる。

「待て、どうしてそういう話になるんだ」

 その時、俺のスマホが鳴った。小町からのメールだ。内容は…

 

『結衣さんのメールの謎が解けました~☆後で教えてあげるから、おにいちゃんは余計なことは言わないで「メールありがとう」ってだけ結衣さんに伝えてあげてね。小町☆』

 どういうことだ?サッパリ解らん。

 由比ヶ浜はスマホとそれに接続するキーボードらしきものを目の前に置いたままモジモジしている。とりあえず小町の用件を先に済ませちまおう。

「あー、由比ヶ浜。メール、ありがとうな」

 俺の言葉で顔を覆って俯く由比ヶ浜。

「あれ、わかっちゃったんだ…」

「ん?」

「…こ、こちらこそ、ありがとね、ヒッキー。返事は、ま、また今度…」

 何だ、最後のヒッキーの部分の優しい声色は。

「あ、あたしジュース買ってくるっ」

 そのまま由比ヶ浜は顔を真っ赤にして部室を出て行ってしまった。残されたのは状況が把握できない俺と、その俺をジト目で見る雪ノ下。

「…本当に何もしていないのね?」

「あ、ああ。少なくとも身に覚えはない」

 しばらく睨んだままの雪ノ下だったが、追求するのを諦めたのか見放したのか、手元にある開きっぱなしのノートパソコンへ視線を落とす。

 

「ところで…」

 咳払いをひとつ、再び雪ノ下はこちらに視線を投げてくる。

「さっき言っていたメールって、何なのかしら」

「ああ、それなんだが」

 昨晩の由比ヶ浜のメールを雪ノ下に見せる。

「何かしら『ぉヴぇ』って」

「さあ、さっぱりわからん。ただ、小町は解読できたらしい。お礼言っとけって云われたし」

 雪ノ下は画面を見ながら顎に手を当てている。

「…あ」

「どうした、なにかわかったのか?」

「おい、何故雪ノ下まで顔を赤らめるんだ。流行り病か?」

 そういうと徐にノートパソコンの手元を眺めて、カタカタと何かを打っている。

「私の気持ちよ。比企谷くん」

 スマホを返され、そういい終わった瞬間にスマホが鳴る。

 恐る恐るメールを開く。

『い ぉヴぇ よう』

 また解らない文字列がそこにはあった。しかも文字が増えてる。

「だから、何なんだよ。いま流行ってる遊びか?それとも何かの呪いか?」

「さあ、ね。呪いなんかより、ずっと強いものよ。ありがたく受け取りなさい、比企谷くん」

 その日は正解を教えてもらえず、頭が悶々としたまま帰宅した。

 

「おっかえり~、おにいちゃん」

「おう、ただいま」

「どしたの、元気ないね」

「それがさ…」

 小町に雪ノ下から送られてきたメールを見せる。

「…お? …おお~!?」

 だから何故その文面で顔を赤くするんだ。やっぱ流行り病なのか?

「結衣さんだけじゃなく雪乃さんまで…おにいちゃん、やったねっ!」

 小町はバンザイしたり「お赤飯炊かなきゃ」とかいってはしゃいでいる。その頭頂部に軽い手刀を食らわせて小町を一時停止させる。

「だから、謎が解けたんだったら教えろよ」

「じゃあおにいちゃんの部屋へ行こう」

 

 俺の部屋のパソコンの前に座らされる。すぐ横には何故か笑みを浮かべた小町が立つ。

「さて、愛の解答編だよっ」

 やっと謎が解ける時が来た。やっとこのモヤモヤが解消される。つーか、愛の解答編ってなんだよ。兄妹愛か。そうだよな。

「そういえば結衣さん、スマホにつなげるキーボードみたいなの持ってなかった?」

「お、おう。よくわかったな」

 俺の顔を覗き込む小町の顔が真っ赤でドヤ顔で、しかも近い。そして可愛い。

「おにいちゃんさ、パソコンのキーボードで『い ぉヴぇ よう』って打ってみてよ」

 なんだか解らんが、やって見よう。いわれたとおりに打つと、当たり前だけど雪ノ下の意味不明のメールと同じ文面が現れる。

「じゃあ、次は…英数入力にして、さっきと同じ順番でキーを打ってみて。」

 

 そこに現れた文字、いや言葉は。

 

 『 I LOVE YOU 』

 

 最後に顔を真っ赤にしたのは、俺だった。

 

 

 



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