~男女あべこべな艦これに提督が着任しました~ (イソン)
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第一話 あべこべ艦これ~着任~

あべこべはやってくれないかといつも思っている。

かなり久しぶりに小説書いたので、結構文が安定していない。

文章作成の向上のため、酷評も含め、どんどんお願い致します。

誤字脱字もありましたらご報告をいただけるとありがたい限りです。


 がたんと、体に伝わる振動で青年は目を開けた。

 

 「う、ん……」

 

 寝ぼけまなこだったのだろう、なんとも情けない声が出る。

 

 「だ、大丈夫でありますか?申し訳ございません、少し溝があったようで」

 

 その声を聞いたのだろう、運転手である少女が申し訳なさそうにバックミラー越しにこちらを見ていた。

 

 青年は大丈夫だと、少女に伝えた。それを聞いて安心したのか、青年を見ていた視線を感じなくなる。

 

 (寝てしまっていたか……)

 

 がたがたと、不規則に揺れる車の後部座席に青年はいた。少し寝てしまっていたせいか先ほどまで走っていたはずの木々に囲まれた山道は、開けた平野へと変わっており窓から見える景色の先には紅色に染まった陽の明かりが見える。

 

 青年は少女に断りを入れると、車の窓を開けた。瞬間、車の空気とは逆の湿度を含んだ空気が入り込む。その中に微かにだが感じた匂いに青年は自然と笑みをこぼした。

 

 「どうやら、そろそろ到着みたいだね」

 

 「えっ、あっ、そうであります! この平野を少し越えた先に目的地があるはずであります。もうそろそろ見えてもいい頃……見えたでありますよ提督殿」

 

 どうして目的地が近くだと気づいたのだろうか。青年の言葉に少し驚きつつ、少女は次第に見えてきた建物を指差した。

 

 

 赤レンガで造られた建物だった。それを見た青年は過去に見た物と寸分違わない姿に再度笑みをこぼす。

 

 呉鎮守府、それがこの建物の名称だ。レンガ石造の建築で、レンガと御影石との調和がとれた建造物。外壁はイギリス積みの積み方で、二階には柱頭に桜を彫刻した石柱が両側にあったりと日本人特有の細かな仕事が現れた美しさがある。

 

 「美しいな……」

 

 「へっ、うぇっ!? そ、それはどういう……」

 

 「えっ? いや、夕日に照らされた呉鎮守府はとても美しいなと」

 

 「あっ、そ、そういう……い、いえ! 大丈夫であります!」

 

 青年の言葉に少女の顔は真っ赤になった。それを見た青年の大丈夫かとの問いに少女は問題ないと答える。青年から見えたということは耳まで真っ赤になっていたのだろうか、恥ずかしさのあまり変な汗が出てしまいそうだ。

 

 もぞもぞと体を小刻みに揺らしながら運転をする少女をみて青年は不思議に思い首を傾げた。そして、別にいいかと意識を変え、紅色に染まり独特な雰囲気を出す鎮守府を見る。

 

 (あそこが新しい職場か)

 

 青年は前の職場で働いていたときにとある女性から言われたことを思い出す。

 

 

 君に艦娘達の指揮を頼みたい。

 

 神妙な顔で言っていたのを青年は覚えている。始めは冗談だと思っていたが、女性の重みが含まれた声にそれが冗談ではないのだと気づく。

 

 女性は言った。まるで忌々しい記憶を思い出したかのように顔をしかめながら。

 

 

 『いつからだろうか、空に飛行機等が飛ばなくなり翼をもがれたのは。いつからだろうか、海に船がなくなり代わりに魍魎が跋扈し始めたのは。いつから、といって答えられるものはいないだろう。それほど、奴らが現れてから世界の時計は針を進めている。君も資料を見ただろう?』

 

 

 

 

 深海棲艦。それがこの世界の海を支配している魍魎。

 

 深海棲艦が現れてから世界の情勢は大きく変わったと聞く。空と海という世界を繋ぐ生命線を奪われた各国は、通常兵器も効かない化け物に対抗する手段を見出せず、またたくまに孤立してしまった。

 特に日本は周りを海で囲まれた島国ということもあってか、深海棲艦の影響を大きく受けてしまっている。

 

 しかし、ただ滅び行く運命だったはずの日本を救った存在がいる。

 

 

 艦娘。通常兵器もきかず、海と空を奪われ、ただ陸上へあがることのないようにと願うばかりで何もできなかった人類に手を差し伸べた存在。

 

 初めは日本海軍が行った深海棲艦殲滅作戦、そのときだったろうか。彼女たちが現れたのは。意気揚々と日本海軍全ての戦力を持って始まった作戦は惨敗。またたくまに一つ、また一つと艦をおとされ敗戦確実と言われた中、彼女たちは現れたという。

 

 

 まだ幼さの残る彼女たちは本来では考えられないような動きで敵を翻弄した。いわく海の上を滑り、いわく手や足に装備した人の身体に合わせたサイズの主砲などで深海棲艦を倒したという。

 

 実際に青年は資料の中でしか見てはいないが。

 

 

 「ついたでありますよ、提督殿」

 

 到着を知らせる少女の声と共に、青年の意識は浮上する。考え込んでしまっていたのだろうか、車の速度が次第に緩やかになり停車する。

 

 少女は鎮守府の入り口前に車を停めると、運転席を降り後部座席の扉を開けた。その動きをみて青年は苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 この世界では男性が少なく、女性がとても多い。そのせいだろうか、先ほどの少女の行動もそうだ。ここではレディーファーストなんて言葉はなく、女性が率先して男性をエスコートする。

 

 (こればっかりはいつまで経っても慣れないな……)

 

 男性保護法なんてものができるくらいだ、男女の割合の差がそれほどまでにあるのだろう。青年は罪悪感を感じながらも少女にお礼を言い、車から降りた。

 

 瞬間、少女の体に電流が走る。ふらっと、足に力がはいらずよろけそうになる。しかし提督が、それも初めて見る男性がいる手前、心配をかけさせるようなことはあってはならない。すぐに力を入れなおし、体勢を立て直した。

 

 運よく青年はこちらを見ていない。それを見て未だ高速で音を鳴らす胸を抑えた。

 

 「こ、ここが提督殿の新しい職場、呉鎮守府であります。間もなく、迎えの者が来ますゆえ少々お待ちください」

 

 「あぁ、ありがとう。……別にそんなに畏まらなくてもいいよ。提督といってもつい前までごく一般の兵士だったんだ」

 

 「はっ! ありがとうございます。しかし司令官殿。その言葉、女性であるならまだしも男性は一般とは言い難いと思うのですが……」

 

 「確かに、違いない」

 

 話すうちになれてきたのだろうか、最初は強張っていた少女も柔らかい物腰になってきた。とそこで、青年は彼女の名前を知らないことに気がつく。この世界では女性が男性を敬うが、青年の頭の中では女性を敬うのが基本だ。

 

 「そういえば、君の名前を聞いていなかったな」

 

 その言葉に運転手をしていた女性はびくりと、身体を震わせた。それを見て青年は何かまずかっただろうかと首を傾げる。

 

 「し、失礼いたしました!自分は、陸軍の特種船……その丙型のあきつ丸であります」

 

 陸軍特殊船丙型あきつ丸。それが彼女の名前らしい。

 

 「あきつ丸……?それって確か大日本帝国陸軍が開発したと言われる陸軍特殊船丙型船のことか?ということは君も艦娘……」

 

 「そ、そうであります。司令官殿はとてもお詳しいのでありますね」

 

 「ま、まぁ、これから艦娘達のケアに向かうからね。まずは会う前に色々知っておかないと」

 

 「さ、さすがであります!そこまで考えてらっしゃるとは……」

 

 (実はわけあって知ってましたとは言えないなこれは)

 

 きらきらと目を輝かせながらこちらを見るあきつ丸に何とも言えない背徳感を覚えつつ、青年は苦笑いした。しかし、目の前にいる年端もいかない女性が艦娘とは……。いや、この場合あきつ丸は艦というより船か。

 

 今は艦娘の象徴である艤装をつけていないのだろう、傍から見れば町で見かけるような少女と変わらない事に青年は艦が少女になるとはなんとも不思議なものだと思った。

 

 「しかし、司令官殿も難儀なものでありますな。呉鎮守府の提督が艦娘に対するわいせつ行為で逮捕され、代わりに配属されるとは」

 

 「ははは……。なってしまったことはしょうがないさ」

 

 そう、そうなのだ。青年がわざわざ内地から戦線へと駆り出されたわけは、なんてことはない。現在深海棲艦に対抗する為に存在する前線基地―鎮守府の中でも比較的上位に入るほどの場所、呉鎮守府にいた提督が艦娘に対しセクハラ行為を行ったということだ。それも駆逐艦という見た目は幼女に対し。それも提督は女性だというのに。

 

 (ホモか……!?とホモになるのか!?いや、百合なのかこの場合…)

 

 「しかし、女性が女性に手を上げるとは……。同じ女性として風上にもおけないでありますな!」

 

 (女性という単語がゲシュタルト崩壊を起こしかけてんな……)

 

 「まぁ、だからこそ私が配属されるんだろうね。一応、男性だし艦娘達の士気向上も兼ねているんじゃないかな。なってくれるといいが」

 

 しかし、よくよく考えればこの世界で貴重な男性を艦娘とはいえ、戦場の真っただ中、それも女性しかいないところに配属するというのは軍としてはかなり思い切った行動だと青年は思う。

 

 「なっ、なるであります!絶対に!本当であればあきつ丸もそこにはいぞっ、げふん!」

 

 「あ、あぁ。そうだといいな。ありがとう、あきつ丸」

 

 「はひっ!」

 

 大声で査定し、そして顔まで真っ赤になっているあきつ丸に対しなにかしたかと思いつつも、礼をいった青年に対しあきつ丸はなにやら不可思議な声をあげた。

 のちにあきつ丸はこう言う。男性の、しかも青年からの「ありがとう」という言葉を聞いた瞬間、体中になんともいえぬもどかしい雷が走ったと……。

 

 その時、青年とあきつ丸がいる場所に鎮守府の方からこちらへ向かってくる人影があった。どうやら鎮守府の入り口で止まっていたのを見てわざわざこちらへ来たのだろう。

 

 青年の頭に少々おしゃべりが過ぎたかという思いが走る。後で謝った方がいいかもしれないなと。

 

 人影が近付くにつれ、次第にその輪郭がはっきりしていく。

 

 それは少女だった。それも青年からしたら美少女といっても過言ではないほどの。しかし、その少女の頭についている二つの機械のようなものが少女が艦娘なのだとわかる。

 

 「はぁっ、はっ、はぁ……。ちょっと、なにやってるのよあきつ丸!到着予定から5分は遅れてるわよ!」

 

 息も絶え絶えに少女は膝に手をつき、肩で息をしながらもあきつ丸に対し言葉を吐いた。

 

「も、申し訳ないであります。ですが、たった5分でありますよ?叢雲殿」

 

 叢雲、それが彼女の名か。

 

 白い、というよりは銀に近いその髪はさらさらとしていて腰のあたりまで伸びており、少し大人びた雰囲気をだしている。だが、表情はとても大人びたとはいえず、目はつりあがりあきつ丸を見ているその容姿はどちらかというと猫のようだ。

 

 「ふん、まあいいわ。で、肝心の新しい提督ってのはどこにいるのかしら?まったく、せっかく新しい海域を攻略するって時にあの馬鹿提督があんなことするなんて……。まぁ、最初見たときからそんな雰囲気はしてたから嫌な予感はしてたわよ。他の子たちからの評判も良くなかったし……で、新しい提督は?」

 

 前言撤回、外見美少女、中身は小姑だ。

 

 「あ、こちらであります。どうぞ司令官殿、こちらが呉鎮守府で前提督の秘書をやっていた艦娘、叢雲殿であります」

 

 ちょうど青年の姿をさえぎっている形で立っていたあきつ丸が横にどけ、説明する。すると、叢雲は青年の姿を見る前に目をつぶっていたのか、 こちらを鼻高々に……、背は低いが見ていた。

 

 「ようこそ、新しい提督さん。私の名前は叢雲、特型駆逐艦、5番艦の叢雲よ。数々の作戦に参加した名艦の私が秘書を務めてあげるんだから、光栄に思いなさい!」

 

 「はははは、なかなかに元気なことだ。こちらこそ、宜しく頼むよ叢雲。私の名は長門。恐れ多くも戦艦長門と同じ名字を持っているものだ」

 

 「当り前でしょ!私をだれだとおも……って……」

 

 「ん?どうした。私の顔に何かついているのかな?」

 

 「あー、これは……」

 

 次第に語気が弱くなり、しまいにはこちらを見て固まってしまった叢雲を見て青年―長門は首をかしげた。それを見たあきつ丸が一つ、鎮守府に対し伝え忘れていたことがあったのを思い出す。それは一番重要な事。

 

 「やってしまったであります。新しく来る司令官殿を殿方と伝えるのをうっかり忘れていたであります」

 

 その言葉に長門はあんぐりと口をあけた。

 

 このあきつ丸、今何といいやがりました?

 

 「おまっ、なんでそんな重要な――」

 

 「おっ、おぅ、おっ、おぅ、おっ」

 

 「叢雲さん?」

 

 嫌な予感がする。その一瞬で耳をふさげたのはもといた世界から違う世界へと移動したことによる状況把握能力のおかげかどうかはわからないが、長門は自身の感覚とともに耳をふさいだ。

 

 

 

 

 

 「おとこおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

 

 

 

 

 新しい司令官が、呉鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮をとります。

 

 

 




かなり修正加えました。前半は正直別物です。だいぶましになったとは思うけど……

そして今まで三点リーダだと思っていたものが三点リーダじゃなかった。
初歩的なミスすぎて頭が沸騰しそう。


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第二話 あべこべ艦これ~フフフ、怖いか?~

こんなに同志がいるんだ・・・・・・。こんなにうれしいことはない・・・・・・


艦娘といっても、ただ艦娘というくくりがあるわけではない。

数をあげればきりがないが、主に戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐艦、潜水艦などなど。

ほかにも派生として航空戦艦や重雷装巡洋艦など、ひとくくりに収めるにはいかないほど多種多様な艦種の艦娘達が存在する。

 

艦娘には種別ごとに装備できるものが違い、また得意不得意も分かれている。

戦艦であれば火力に特化されているし、空母であれば艦載機を飛ばして制空権を確保する役目などもある。

 

そんな中で、駆逐艦は他の艦と比べると最小の部類に入る。

 

だからだろうか、艦娘となっても駆逐艦達がとても幼い少女たちの姿をしているのは。

 

 

 

 

 

(…………気まずい)

 

あれから硬直し真っ赤になってしまった叢雲が再起するのにいくらかの時間を有した後、平常を取り戻したのか最初のときと

変わらない様子で長門を鎮守府へと連れて行ってくれた。歩いている間、頭に取り付けられていた艤装がピコピコと激しく動いていたが。

 

 

 

 

「やっぱり、男性なのです…」

 

「ハラショー……はじめてみたよ」

 

「男性って……ほんとにいたのね!」

 

「わ、私ぐらいのレディーになると喋りかけたことぐらいあるんだから!」

 

「じゃ、じゃあ、暁ちゃん。先に話しかけて……」

 

「な、い、今はその時じゃないのよ!レディーなんだから!」

 

「ハラショー……」

 

「響、さっきからハラショーしかいってないわよ……」

 

「ちょっと!提督にばれちゃうじゃない、もっと声を小さくしないと…」

 

 

 

なんともほほえましい光景だろうか。まぁ、最初から気づいてはいたがこうやって興味があるものに集まって仲良く話し込んでいるところをみると艦娘ではあれど幼い少女たちなのだと実感する。

 

(ここでばれてましたーなんて言った時にはなくなこりゃ)

 

部屋に到着した後、鎮守府の案内は別のものがすると叢雲に言われ、ずっと待機しているがいかんせん新しい提督が男だと知らなかったためか

処理に追われているのかはわからないが一向に戻ってくる様子はない。

 

 話を聞く限りほとんどの艦娘たちが出撃と遠征に出ているのだとか。今日の夜には戻るのでその時に着任の挨拶をと叢雲から言われているので

さしてこの状態が続いても問題ないかと長門はひとつため息をついた。

 

 ふと、駆逐艦達が言い争っているのを横目に長門は司令室にひとつだけ取り付けられている窓の向こう側を見た。少しずつではあるが沈んでいく紅の太陽。

その水平線に小さな黒い影がある。どうやら他の艦娘達が戻ってきたのだろうか。

 

 時間もふと見れば、すでに17時を過ぎていた。着任の挨拶が19時あたりと聞いているから、間違いないだろう。まもなく他の艦娘たちもぞくぞくと戻ってくるはずだ。

 

 そのとき、扉の前がよりいっそう騒がしくなる。どうやら駆逐艦達以外に他のものがきたようだ。

 

 「なんだ、お前ら。司令室の前で集まりやがって」

 

 「あらー、天龍ちゃん。確か、今日じゃなかったかしら。新しい提督が来るってお話」

 

 「あー、そんな話あったな。ってことはあれか、今新しい奴が司令室にいるってわけか」

 

 「し、静かになのです!司令官にばれちゃうのです!」

 

 「ハラショー…」

 

 「響……」

 

 「そうよ、大声出しちゃうとばれちゃうじゃない!」

 

 「いや、お前たちの方が声でかいじぇねえか……」

 

 

 確かに。だけどそういうのは言わないのが優しさというものだぞ、と長門は思いつつうなずく。

 

 しかし、本当にあきつ丸は自身の事を何も言っていなかったのだと実感する。

 

 (あいつ……、今度あったらただじゃおかん)

 

 今はいないあきつ丸に向かって悪態をつく。なんでも、あきつ丸は陸軍所属であると同時に艦娘でもあることから海軍の橋渡し存在として時折鎮守府に資材を運ぶ

役目を持っているらしい。

 それじゃあまた会えるなと、今度あったときに覚えてもらえるよういったが言ったと同時にあきつ丸の顔が一瞬で真っ赤になり、叢雲の目から光がなくなりその後が怖かったのは余談だが。

 

 

 

 「んーだよ、入っちまうぞおめーら」

 

 「そうねー。せっかく新しく着任する方がすぐ目の前にいらっしゃるんですもの。顔を合わせなきゃねー」

 

 どうやら駆逐艦達の健闘むなしく、天龍ともう一人、さきほどの話から察するに駆逐艦達のお姉さん的存在であろうか。その二人が司令室へ入ってくるらしい。

 

 

 よし、と長門は気合を入れた。前の世界、前世では総じて平凡と言われてはいたものの、こと挨拶に関しては親からみっちりとしごかれたせいか自信はある。

 

 父からは海軍式の挨拶を。母からは女性を口説くための挨拶を。後半がなにやらおかしいが。

 

 

 「おら!天龍型1番艦、天龍だ。駆逐艦を束ねて、殴り込みの水雷戦隊を率いてるぜ。ふふふ、こわ……」

 

 「軽巡洋艦、天龍型2番艦の龍田よ。ごめんなさいね、提督さん。天龍ちゃんがいきなり迷惑をかけ……て……」

 

 

 ばんっと、扉を開けて司令室に入ってきた二人。天龍型の1番艦と2番艦、天龍と龍田、天龍は最初は勢いが大事だと威勢よく、龍田は天龍の行動にため息をつきながら。

 しかし、両者とも最初の威勢はなんとやら。提督専用の椅子に座っている新しい司令官を見た瞬間、まるで人形のように固まってしまった。

 

 その光景にやはり威勢はいいが緊張しているのだろうと思いつつ、長門も礼をする。

 

 

 「初めまして、だな。私の名は長門。今日から新しく君たちの指揮を執る者だ。まだまだ未熟者ではあるが、君たちに失望されないよう精一杯頑張っていく所存だ。どうか宜しく頼む」

 

 その挨拶に一瞬びくりと体を震わせる二人。それ見た長門は自身の挨拶が未熟だったかと一瞬冷や汗を流した。

 

 「あっ、ああ!俺の名は天龍だ、ふ、ふふふ、こわ……こわ……」

 

 「あっ、あらー?あらあらー?」

 

 「ど、どうした二人とも。何か至らないところでもあったかな?」

 

 どうやら不快にさせてしまったのだろうか、と長門は焦る。昔から女性に話しかけるたび目を合わせてくれなかったり、逃げてしまうことが多かったためか、

 長門はまたやってしまったのかと一人勘違いをしていた。

  二人がこれまで男性を見たことがないというのも知らずに。

 

 どうしたものかと悩んだとき、ふと二人の奥、扉のほうから顔をのぞかせている少女と目が合った。日本ではめずらしいであろう銀髪の髪に白い帽子をかぶったその姿は

駆逐艦にしては少々大人びた雰囲気を漂わせている。

 

 「……ハラショー」

 

 「は、はらしょー?」

 

 何かの暗号だろうか。いや、聞いたことがある。確かどこかの国の言葉で――

 

 「お、おっおう!響じゃねえか!いやー奇遇だなこんなところで!だめだぞ、提督とは夜に挨拶できるんだからな!まったく響はあわてんぼうさんだなーあははははは、し、失礼しましたああああああ!!」

 

 「あ、あらー!そ、そうね。ほら、他の子たちも提督に失礼でしょう!?戻りましょうね~!」

 

 脱兎のごとく、とはこのことをいうのだろうか。ハラショーを合図にまたたくまに天龍は響という少女を抱え上げ、部屋からでてしまった。

 それに続いて、龍田も部屋をでる。

 

 

 

 「あっ……!」

 

 

 しかし、運が悪かったのだろう。天龍の元へ向かおうとした瞬間、足元の魚雷に躓いたのかゆっくりと扉がしまっていくのを見ながら龍田はその場で転んでしまった。

 龍田がまさか転ぶとは思っていなかったのだろうか、それとも緊張のあまり見ることができなかったのか。龍田が出たのを確認せずに扉をしめてしまった。

 

 残ったのは司令室に長門と龍田の二人。

 

 

 

 

 

 

 

 (気まずい……)

 

 

 「うっ、……うぅ」

 

 まさか転ぶとは思っていなかったのだろう。思い切り顔を強打したようで、涙を浮かべながらうずくまっている。

 

 「だ、大丈夫か?すまない、私の挨拶が未熟で……。ほら、安物だがこれを使うといい。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ、顔を拭くといい」

 

 「ふぇっ、あ、あら~?」

 

 すっと、長門はハンカチを差し出した。それを見た龍田が一瞬痛みを忘れたかのようにこちらを見上げ、そして――

 

 

 「あ、あらあらあらあらあらあらあらあら。あ、ありがとうございます提督失礼します申し訳ございません天龍ちゃあああああああん!!」

 

 

 すさまじいスピードでハンカチを受け取った後、器用に流れるような動作で一礼をしながら扉を開け帰っていった。

 

 

 

 

 残されたのは長門ただ一人。

 

 

 今の現状をなんていうのだろうか、駆逐艦達が覗いていたと思ったら軽巡の二人組みがきて普通に挨拶をしたと思ったら顔を真っ赤にして逃げるように出て行った。

 

 

 ひとつ、間をおき思いついたのかぽん、と手を叩いた。

 

 

 

 

 「あー、あれだ。うん、とりあえず着任の挨拶を考えるか」

 

 

 とりあえず、長門は深く考えるのをやめた。

 

 

 

 その後、どんなときでも提督からもらったハンカチを大事に持っている龍田の姿が見られ、その理由を聞かれたときに頭のわっかが高速回転したとかなんとか。




天龍がメインだと思った?残念、龍田がメインでした!

天龍の前で強がって入るけど、初の男性を目にして頭がいっぱいいっぱいで
動くことができず、あげくに天龍においていかれて涙目になってしまう
龍田さんかわいい。そんな話がかきたくて1話使って着任の挨拶までいかんかった。


反省はしている。後悔はしていない。

今回は文字数少なめ、大体3000文字以上を目安に読者がある程度見れて話が
区切れる感じで書いてきます。


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第三話 あべこべ艦これ~食堂にて~

……あれ?次で着任式いけると思ったら書いてたらいつのまにかいけてなかった。

(・ω・)まぁ、ええか。

というわけで、今回も4000文字ほど。

個人的に4000文字ほどがインターネット小説で読みやすい量だと考えているけど、
次は試しで倍か6000文字ぐらいを目安に書いてみます。




叢雲は呉鎮守府の中でも、最古参に位置する艦娘だ。

 

基本的に各鎮守府では初めて提督が着任する際、駆逐艦の中から数名を選出し最初の艦娘……秘書官となる。

 艦娘というのは不思議な存在。一つの鎮守府に叢雲という艦娘がいれば違う鎮守府にも同じ叢雲という艦娘が存在する。性格に差異はあれど、同じ艤装を持ち、同じ顔に同じ服装。それは叢雲も例外ではない。

 しかし、記憶を共有することもなければ他の鎮守府の同じ艦娘同士が会うということは演習を行う以外では基本的にない。

 

 

 叢雲は思った。記憶が共有されていなくてよかったと。

 

 

「ううぅぅぅぅ、頭が爆発しそう……」

 

 叢雲は部屋にいた。

 

 艦娘達の部屋は基本的に同じ系列の艦種や姉妹で同部屋となっている。叢雲も例外ではなく、同じ5番艦の深雪と同部屋であった。

 そして、相方の深雪は突然帰ってきた叢雲が頭の艤装を上下に激しく動かしながら帰ってきてそのまま布団にもぐりこんだのを見て、どう声をかけたらいいものかと悩む。

 

 (うーん、だいたい叢雲がうさ耳のテンションが上がってるときって、興奮してるときだからなぁ)

 

 いつもならこのあたりでからかってやるところだが、どうやらあのうさ耳具合からするとどうもいつもと違ってかなり深刻な状態らしい。

 

 「なー、どうしたのさ。なんかあったのかい?」

 

 とりあえず深雪が取った行動は聞いてみるだった。結局のところ、深刻な状態であろうが好奇心には勝てないのだ。今の叢雲にちょっかいだしたら面白そうだし、と。

 

 「な、なななななんでもないわよ!なんで……も、うぅぅぅ」

 

 「あちゃー、だめだこりゃ……」

 

 ここまでひどいとは思ってもみなかった。こんな状態、前にあったかなーと思いながら深雪は頭を働かせる。

 

 (勝手にポエム日記見た時かな?いや、あれはどちらかというと不機嫌になっただけだし。となると、叢雲がほかの皆のために内緒で作ったスイーツが配られたときにだれが作ったのか皆の前でばらしたとき?うーん、違うな―。たくさんありすぎてわけわかんなくなってきたや)

 

 とそこで、そういえば今日は新しい提督が着任する日だと気がついた。そして叢雲が秘書官として入口まで迎えに行ったのも。

 

「うーん、もしかして新しい提督さん?ねぇねぇ、どうなの叢雲~」

 

布団にもぐりこんでいる叢雲をゆさゆさと両手で揺らしながら尋ねる。瞬間、

 

「ぴゃっ!?」

 

ぼんっと、頭のうさ耳―発光機部分が一瞬で真っ赤になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府の夜は平和である。

 

というのも、呉鎮守府は海外艦を除けばほとんどの艦娘達が在籍しており、軍の中でも優先的に援助を受けている場所でもあるため、いくつかの艦隊によるローテーションが組まれ全ての艦娘達に平等に休息が与えられている。

 艤装の手入れをするもの、まだみぬ男という存在に花をさかすもの、読書、音楽などなど。

 各々が自由に過ごせる大切な時間帯だ。

 

そして艦娘にとって趣味の次に楽しみにしているものがある。それがここ、食堂だ。新しく二度目の生を受けた彼女たちにとって今まで人間がとる食事というものをいつか食べてみたいとは思っていた。それが実現したのだ。必ず1日3食は絶対にとるほど食事に関しては並々ならぬ思い出がある。

現在時間にして18時30分ほど。ここ食堂は場所も広く、艦娘達が集まりやすい場所とあって前任の提督も会議室を用いず、直接ここで作戦の通達や連絡事項を言っている場所でもあった。

 

 「間宮さん、夕立はアイスが欲しいっぽい!これ、券も持ってきたよ!」

 

 「夕立ちゃん、せっかく支給されたばっかりなのに使っちゃもったいないよ。後までとっておこうよ」

 

 「吹雪は甘いっぽい!食べたい時に食べなきゃ元気でないんだから」

 

 あるものは甘いものを食べ。

 

 「伊良湖さん。これお願いしますわ」

 

 「なんだ、今日もカツ丼か。前に体重がやばいとかいっていなかったか?」

 

 「ちょ、ちょっと那智!一言多いわよ!」

 

 「い、伊良湖さん。私、これをお願いします」

 

 「あ、こら羽黒!もっとちゃんと食べなさいっていってるじゃない。私のカツ丼わけてあげるから」

 

 あるものは次なる戦いのために力ある食べ物を。

 

 「紅茶、紅茶……紅茶をくださいデース。紅茶、こうちゃあ……」

 

 「あぁ、金剛お姉さまがお餅のように垂れてらっしゃる!誰か、誰か紅茶を!」

 

 「前の提督が嗜好品の調達に関して紅茶はあまり乗り気じゃありませんでしたからね。次の提督はそういったことがなければいいのですが……」

 

 「新しい提督、良い人だといいですね。榛名、緊張します……」

 

 あるものは紅茶妖怪と一緒に新しい提督を待ちながら。

 

 各々が自由に食事をとりながら、この後の着任式を待っている。そんな中、先ほど司令室で提督を見ていた第六駆逐隊と残り二人、天龍と龍田はこの後に待っている阿鼻叫喚を思い浮かべ内心おだやかではなかった。

 

 (で、どうすんだよ。お、俺初めて見たぞ男ってやつを)

 

 (どうするのかしらね~。わ、私はさっきので大丈夫……だと思うけれど)

 

 どうやら定期的に鎮守府に来るあきつ丸が提督の詳細を連絡していなかったらしい。先ほど、そのような情報を叢雲から聞き、今度あったときはただじゃおかないと思いながら天龍達はあまり食事がのどに入らず、先ほど会った初めての異性に対し不思議な感情を抱いていた。

 

 「だけど、男の人ってすごく背が高いのね。雷の倍以上はあったわ」

 

 「な、なのです。だけどそんなに怖くなくてすごく優しそうだったのです」

 

 「ハラショー……」

 

 「うぅ、レディーなんだからこれぐらいなんてことないわよ。ピーマンくらい……」

 

 その光景を見ながら天龍はため息をついた。

 

 「はぁ、おめぇらは楽でいいなぁ。こっちの気も知らないで」

 

 「で、でも天龍さん。その割には頭の艤装がうれしそうに動いてます、なのです」

 

 「へっ?おぁ、うわっ!」

 

 ぴこぴこと、無意識のうちに気分が高まっていたのだろうか。年上として恥ずかしい光景を見られてしまった天龍は耳を真っ赤にしながらうるせぇ!と怒鳴った。

 内心、初めての男性を見て心あらずだったのだろう。それを見て龍田も自分の艤装が回転しているのを見て、発言を控える。

 

 そう、この鎮守府において男性という存在を見たものは今回の提督という存在を見たものを除けばおそらく片手で数えられるほどだろう。

 それほど男性という存在が少ないのだ。この世界は。

 

天龍達が記憶している限りでは、男にあったと自慢していたのは長門・陸奥・吹雪・雪風ぐらいだろうか。

 

 長門と陸奥は戦艦代表として本部に行った際、演説で男の人が喋っているのを遠目に見たぐらい。

 

 吹雪は駆逐艦代表として本部に提督といったとき、元帥の横に立っていたとか。

 

 雪風に関しては町に駄菓子を買いに行った際、迷子になったら男の人が声をかけてくれて駅まで送ってくれたらしい。なんてうらやましいんだろうか。

 

 やはり運が高い艦娘ほど、良い思いをするらしい。天龍、龍田共々そこまで運は高い方ではないためそういった出会いはなさそうだが。

 

とその時、食堂の入口から叢雲と深雪が入ってくるのが見えた。頭の艤装、発光機部分が真っ赤になっているのをみてまた深雪が何かやらかしたなとわかる。

 そしてあらかじめ食券を買っていたのか、手早い動きでトレーに今日の定食を置いていくと天龍達の横の机に座った。

 どうやら相当おかんむりらしい。いつも眉間にしわがよっているが今日はより一層力強さをましている。

 

 「ごめんって、今度間宮さんのアイスおごるからさ。許してくれよ~」

 

 「ふんっ」

 

 それを見て天龍はため息をついた。どうして今日という日は厄介事がくるのだろうか、せめてもう少し離れた場所に座っていたならよかったのに。

 

 「んーだ、おめぇら。また何かやらかしたのか?」

 

 「あなたには関係のないことよ」

 

 「んだとっ!?」

 

 「ちょちょっと!悪いのはうちなんだからさ、喧嘩しないでおくれよ」

 

 「そうよー、天龍ちゃんに喧嘩うったらフフ怖されちゃうわよ~?」

 

 「ちょっとまてよ龍田、なんだよフフ怖って!略したら怖くねえじゃねぇか!」

 

 「はっ、はわわわ。天龍さんたちが喧嘩しはじめたのです!」

 

 一触即発。ただでさえ両者とも性格的にかなり高飛車な部分もあるのだろう、売り言葉に買い言葉、またたくまに天龍達がいるスペースは険悪なムードが漂い始めた。

 

 「むむむむ……!」

 

 「ぬぐぐぐ……!」

 

 このままではまずい、そう思ったのだろう。この空気を何とかしようと駆逐艦の中でもかなり母性が高いと言われている雷が両者の間に割って入った。

 そして、入ったもののすぐに後悔する。まったく何も考えていなかったのだ。両者を止めるための作戦を。

 しかし、雷はすぐに思いついた。そういえば、今日はとてつもなくすごい出来事があったではないか。おそらく、自分の記憶に絶対残るであろう出来事が。

 

 「ほ、ほら!せっかくこれから新しい提督さんが来るんだから喧嘩しちゃだめじゃない、ねっ!」

 

 「そ、そうだよ!そういえば新しい提督の話聞きたかったんだーあははは、雷、ど、どんな人なんだい?」

 

 「ふふふ、聞いて驚いちゃだめよ!なんとね!」

 

 親切心というものは度が過ぎれば、逆に場をさらに乱す状況にもなりうる。そんなときがある。

 雷に悪気はまったくないのだ。それが今この食堂全体を混乱に陥れることなど。

 

 「こらっ……!」

 

 いち早く雷が何を言おうとしたのか察した龍田が雷の口を押さえようと動き出す。だが、椅子から立ち上がって雷に向かって動いた瞬間、なぜか横にいた電にぶつかってしまった。

 

 そして、

 

 

 

 

 「なんとね!今回の新しい提督さんは……男の人なのよ!」

 

 

 

 

その一言ともに食堂の時が止まった。

 




思ったより同志が多くてうれしい今日この頃。

まだまだ地の文がイメージできてないため視点がごっちゃですが
少しずつ改善していきます。

また、読み直したら誤字が結構多かったので次の土日で修正をば。



・電にぶつかってしまった
二話目の魚雷も実は電の持っていたもの。さすが電さんはぶつかる数が
違います。

・海外艦娘以外はほぼ在籍
海外の艦娘はストーリー的に後で登場させようかなと。

・今後について
一週間に2話更新ペースでいきたいなーと思っております。
途中まではだいたい話は決めてますが、要望があれば色々書いていこうと思うので見てくださっている方でこんな絡み方が欲しいなんてものがあればぜひ。



ではまた。


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第四話 あべこべ艦これ~不幸姉妹は幸福姉妹?~

着任式といったな、あれは嘘だ。

書きたいことが多すぎて書きまくってたら着任式までいかないんですが。

いや、きっと次こそはいける。

思った以上に見てくれる人が多くてありがたい限り。

頑張っていきます。


 「お、男の人・・・・・・!?」

 

 その一声は誰のものだったろうか。しん、と静まり返った食堂。艦娘達はおろか厨房で調理をしていた妖精達までもが時が止まったかのように雷の方を見ていた。

 

 それを見て雷はぐるりとあたりを見回した後、何かまずいこといったかしらと冷や汗をかいた。

 その後ろではぶつかってしまった電を起こしながら、龍田が間に合わなかったと顔をしかめる。

 

 「あれ、え、えーと。わ、私、何かまずいこといったか――」

 

 しかし、雷の言葉は最後まで言うことができなかった。瞬間、響き渡る絶叫。そう、絶叫だ。歓喜の声などではない。初めて男性が鎮守府に来ている、それもこれから

長い間、提督として着任し身近な存在となる出来事に艦娘達は一種の恐怖のようなものを感じた。

 

 

 

 「ホワッツ!?お、男ですか?どどどどど、どうやって拉致してきたんデース!?」

 

 「やばい」

 

 「あぁ、比叡お姉さまの口調が!?」

 

 「だだだ、大丈夫です。霧島の分析にお任せください!。私が愛用している『ノーガードで男の見つけ方!』さえあれば対応なんてばっちりです!」

 

 「お、男だってクマ!ここ、こうしちゃいられないクマ、会うときの練習するから後はまかせたクマ、多摩!」

 

 「ま、まかせたニャ、北上~、大井~」

 

 「いや~、驚きだねー。びっくりだねー。どうしよっか?大井っち」

 

 「と、殿方・・・・・・そんな、ほんとに・・・・・・、へっ!?わ、私は別に興味なんてないです、北上さん一筋ででですもの!」

 

 

 阿鼻叫喚とはこのことを言うのだろう。瞬く間に広がった波紋は一度立ててしまえばなかなか戻ることはない。

 

 その光景を見て雷は自分の一言がここまで大事になるとは思っていなかったのか、急いで弁明を始める。

 

 「あ、ち、違うの!あのねっ」

 

 「雷さん!提督が男の人っていうのは確かな情報なんですか、青葉、気になります!」

 

 「あっ、ちょっ」

 

 しかし、口から出ようとした言葉はメモ帳を片手に鼻息を荒くした青葉に迫られとめられてしまった。

 

 「いやっ、あのっ」

 

 「どこでみたんですか!?初めて見た男の人の感想は!?他に誰か見たって人はいらっしゃいますかね。あっ、その提督の第一印象も聞いてみたいです。さあさあさあ!」

 

 「ふっ、うぅぅぅ」

 

 「やめねぇか!こんのパパラッチが」

 

 ごんっ、と。雷に向かって取材を始めようとした青葉の頭に立派なたんこぶが出来上がった。予測していなかった意識外からの攻撃に青葉は頭を押さえてうずくまってしまう。

 

 あまりの節操のなさにみかねてしまったのだろう、騒ぎの中でも雷のところに青葉が来ていたのを見逃さなかった天龍が愛刀の峰で青葉の頭を叩いた。

 

 それと同時に叢雲もため息をついて椅子から立ち上がった。本来であれば、こうなる前に事前に説明を行おうと思ったがこうなってしまってはどうしようもない。

 原因となったここにはいないあきつ丸に文句を言いつつ、叢雲は本来提督が作戦を説明する際に立つお立ち台にあがった。

 

 「あー、あー。聞こえるわね。ほら、みんな静かにしてちょうだい!今からこの件に関しての詳しい説明を行うわ」

 

 マイクの電源をいれ、音の出を確かめながら叢雲は辺りを見回した。まだうるささはあるものの、さすが霧島が用意したマイクだからだろうか。そこらへんの物より

はるかに高性能なマイクは食堂の奥まで響き渡り、全員がお立ち台に目を向けた。

 

 野獣の眼。

 

 例えならばこの言葉以外言い表せないわね、と叢雲はあまりの気迫につばを飲み込んだ。見た感じ、駆逐艦組や軽巡組はそれほどでもないが大型艦あたりからのプレッシャーが

とてつもない。

 

 「そ、それじゃあ説明するわ。質問とかは受け付けるけど、質疑応答に関しては最後に行うから。いいわね?」

 

 ギロリと。今すぐにでも手を上げそうだったパパラッチに蛇のにらみをきかす。

 

 ぐるりとあたりを見渡し、どうやら反対はないと感じた叢雲は喋り始めた。まるで生死を分けるかのような雰囲気に包まれた中。

 

 

 

 

 だからだろうか、誰も気づくことはなかった。食堂の入り口近くに座っていたはずの不幸姉妹がいなくなっていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大日本帝国が栄えた時代、日本海軍の象徴として親しまれた艦がある。

 

 

 戦艦長門。

 

 旧長門国を名前の由来に持つ大日本帝国海軍の戦艦、長門型戦艦の1番艦だ。第二次世界大戦前は日本海軍の象徴としても親しまれ、敗戦後は米軍に接収され、原爆実験の標的艦となり沈没した艦でもある。

 

 ちまたでは長門より戦艦大和という存在が昨今では有名だろう。

 

 しかし、大和等は第二次以降の産物でありその存在自体が極秘とされていたため、戦艦といえば長門や陸奥の長門型戦艦が日本では有名だった。

 だが、艦娘の間では戦艦といえば大和や武蔵といった戦艦の方が印象が大きい。それもそうだろう、彼女たちの記憶は個々によって違いはあれどほとんどが太平洋戦争時まで活躍しているのだから。

 

 けれども青年長門は知らない。

 

 彼は違う世界から来た存在、同じ戦争を繰り返してはいるが青年自体にそのような記憶はないのだ。

 

 子供のころに憧れ、そして末端であるが戦艦長門に搭乗し、アメリカとの最終決戦にてその艦自体ごと爆薬とし敵艦隊を壊滅させ日本に勝利を捧げた長門と最後を共にした記憶しか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やはり、この司令室にも軍で見たものと同じものしかないか。わかってはいたけどさ・・・・・・」

 

 棚に収まれていた各艦娘ごとの資料、『長門型』と書かれた本を閉じ長門はため息をついた。

 

 長門が初めてこの世界に来たとき、彼は今で言う宮崎県日向市で発見された。体のあちこちに裂傷や火傷跡があり、生きているのが不思議な状況だったという。

 その後、彼を発見したのが米内という女性で軍の関係者だということもあり、すぐさま軍の病院へと搬送。一ヶ月ほど、意識が戻らず生死の境をさまよった。

 

 そのうち一週間ほどは、目を覚ましたときに下のズボンを手にかけ、鼻息を荒くしよだれを垂らしていた看護婦の姿に絶叫し、傷が開いてしまったせいだが。

 

 「ほとんどは俺自身が歩んできた歴史と同じ、しかし、日本はアメリカに負けすべての艦は存在しなくなってしまった・・・・・・か。こうやって見ると、ほんとに異世界に来たんだな」

 

 棚に本を納め、窓から入る月の光を見て思う。

 

 「だけど、頑張るしかないさ。俺が住んでた日本なんだ。たとえ世界が違ったとしても、こうやって生を受けた限り。米さんにも恩を返さないとな」

 

 こうやって提督として着任できたのも米内さんのおかげだしな、と苦笑いしながら。

 

 

 長門が目を覚ましたとき、その看護婦を除けば病室で会ったのは医師と米内だけだった。そのときの第一声は今でも覚えている。

 

 『異世界から来た君に頼みがある』

 

 

 どうやら、長門が倒れていた際に身にまとっていた軍服の中にあった手帳を読んだらしい。長門が航海の内容を書き、そして最後に別れの言葉を書いた手帳を。

 

 その後はとんとん拍子だった。行き場のない長門にどこかへ行くあてがあるわけでもなく、状況を確認する際に米内が発した男が極端に少ないという言葉を聞き、

 前に見た看護婦の存在からその言葉が信憑性があるものだと確信した長門はこのままふらりと外に出たら貞操が危ないと気がついた。

 

 米内の言葉に甘え、親戚の息子という姿をもらい軍に就役。前の知識と新しい知識を頭に詰め込み、またたくまに主席へと上り詰めた。そして、今に至る。

 

 

 

 「しっかし、すごいよな。米さん、見た感じお偉いさんの秘書みたいな感じだったのに。軍に関係者を持ってるとは・・・・・・。人妻恐るべしってところか」

 

 あまり無口で面倒くさがり屋で食事もろくに作れなかったため、長門が毎日作ったりしていたが。

 どんな人にも得意不得意はあるもんだなと、一人納得する。

 

 

 

 「ん・・・?」

 

 そして、気づく。先ほど月の光が窓から入っていたといったが、月が昇ってくる時間帯まで資料に没頭していたことに。

 

 

 やばい、と長門は急いでかけておいた軍服を取ると袖を通しながら入り口へと向かう。着任初日に式に遅れたとあってはかなり第一印象が悪い。

 それもこの鎮守府には100以上の艦娘たちがいるのだ。今後共にやっていくために最初から印象を悪くすることはできない。

 

 

 

 

 だが、ドアの取っ手に手をかけたときに扉の向こう側からコンコンと規則正しいノック音が響いた。

 迎えが来たのだろうかと長門は思い、あけようとした扉から少し離れる。

 

 「・・・・・・ん?」

 

 しかし、いつまでたっても扉が開かれることはなかった。扉の反対側にはいるのだろう、先ほどからなにやら言い争いをしている声が聞こえるのだから。

 

 

 

 

 

 「ね、ねぇ山城。やっぱり私があけなきゃだめかしら?や、やっぱり無理よいきなりなんて・・・・・・」

 

 「扶桑姉さま、やるべきです。昔聞いた情報では、殿方と会話をすることで私たち艦娘は運があがるらしいんです。この手を逃すわけにはいかないわ・・・・・・」

 

 「で、でも。無理よぉ・・・・・・、足が、震えて」

 

 「欠陥戦艦とか艦隊にいる方が珍しいとか、いいたい放題言われていていいんですか?大丈夫です、山城もついてますから・・・・・・た、たぶん」

 

 「そ、そうよね。姉妹一緒にいけば大丈夫よね、それじゃ開けて頂戴、山城」

 

 「えっ、わ、私がですか!?ふ、不幸だわ・・・・・・」

 

 

 

 

 (今こっちからあけたらどうなるのかなーこれ)

 

 どうやら外で言い争っているのは扶桑と山城らしい。あれだけ大きい声で言い争っていると丸聞こえではあるのだが、どうやらどちらが扉を開けるかで忙しいようだ。

 

 (しかし、扶桑と山城ね・・・・・・)

 

 記憶を探し出す。

 

 確か扶桑と山城は日本海軍の戦艦で、扶桑型戦艦の1番艦と2番艦だったはずだ。日本独自の設計による初の超弩級戦艦で両者とも独特な形状が印象に残っていたのを覚えている。

砲塔上に水偵用カタパルトを設置する際に向きの関係で、艦橋基部が拡張できなくなった事で独特な形となっていたと資料で読んだことはあるが。

 長門の記憶では戦艦の中で各々気になる戦艦をあげろといえば、扶桑の名前がでてくるほど、その形状が独特である。

 その妹艦山城に関しては姉の扶桑があってか、スマートになったらしいが。

 

 

 

 「よ、よし、あけるわよ・・・・・・」

 

 (あっ、やっとか)

 

 どうやら決意したのか、姉のほうである扶桑が扉を開けるようだ。長門も初の戦艦組みに初対面なため、気を引きしめた。米さんいわく、艦娘は艦種によって胸部装甲が大きく変わるらしいし。

 

 

 再度コンコンと、規則正しいノックと共にゆっくりと、ほんのゆっくりとではあるが司令室の扉が開かれた。

 

 「し、失礼いたします・・・・・・」

 

 「し、失礼します・・・・・・」

 

 まるで罰を受けたかのようにおびえた表情をしながら、扶桑姉妹が司令室に入ってきた。そして、司令机の前に立っている長門を見た瞬間、固まる。

 

 

 

 「あ、あの、あ、あのあの」

 

 「あ、ああぁ。あのですね、あの」

 

 

 (あのしか言っとらんがな)

 

 扉の前で固まったまま、扶桑達は後悔した。

 

 確かに、扶桑達だけに限らず艦娘達は男性とあった経験がまったくといっていいほどない。しかし、曲がりなりにも所属は軍だ。

 しかも最前線で戦う彼女たちに軍は最大の敬意を払っている。そのため、娯楽用品として男性の写真が載った雑誌などを目にする機会は多々あるのだ。

 それも扶桑達、いや軽巡ぐらいからであればちょっとした上半身だけ裸の雑誌やらなんやらが少しぐらいは。

 

 まぁ、ほとんどの艦娘達がそれを見ただけで一日眠れないぐらいになるのだ。しかし、扶桑達はそれを克服した。

 最初は気絶から始まった。姉妹そろって気絶してしまい、提督にそれを見つかってこっぴどく怒られたときもある。

 

 だが、扶桑達はあきらめない。すべてはいつか、男性と会うことが一度でもあったときに自身をアピールすることができるようにするため。

 

 だがしかし、現実は非常であった。

 

 

 「やぁ、君たちが扶桑と山城かな?」

 

 

 「ひゃいっ!」

 

 「ふゃいっ!」

 

 男性特有の少し響く、バリトンボイスの声。しかし、低すぎず少し変えれば女性と言っても大丈夫そうな中世的な声。

 

 その声を聴いた瞬間、扶桑と山城の中で電流が走った。これはいけない、このまま聞いていれば立っていられなくなると。

 

 「そ、そ、そうよ。私が山城、そしてこちらが私の姉の扶桑姉さま」

 

 「はっ、はい!私が姉の扶桑ですっ!」

 

 「あ、あぁそうか。至らないところはあるかもしれないが、これからよろしく頼むよ。もしかして、君たちが食堂まで連れて行ってくれる案内係なのかな?」

 

  その言葉になにそれ知らないと姉妹は足が震えながら、驚愕した。

  つまり、この目の前にいる提督はこういっているのだ。自分たちが食堂までのシルクロードも霞むような長い道のりを一緒に歩いていくのだろうと。

 

 断らないといけない。そう山城は判断した。姉の扶桑はおそらくあと数分でもいればノックダウンしてしまうだろう。

 自身も危ないところではあるが、まだいける。

 

 「あの、こ、これはですね」

 

 「いやー、助かったよ。叢雲から迎えが来るとは聞いていたんだが、まさか姉妹揃ってわざわざ迎えに来てくれるなんて。さぁ、時間も押してるようだしいこうか」

 

 「は、はいぃぃ」

 

 否、断れるはずがない。少しずつこちらに歩いてきて手を差し伸べた提督を見て山城は思った。

 

 

 

 

 

 

 その後のことを扶桑姉妹はこう言う。

 

 司令室に入ってから食堂まで向かう間、記憶があやふやで定かではなかったと。

 

 

 

 そして提督はそのときの状況をこう言う。

 

 

 「生まれたての小鹿のようだっていう表現があるけど、ほんとに見れるとは思わなんだ。というか、食堂に行くまでの間でキラキラするとは」

 




ということでメインは不幸姉妹。

作者はいまだに改2にできてません。あともうちょい・・・・・・。

コメントいただき、まことにありがとうございます。文章を書くためにはじめたものですがこうやって見てくれてる人がいてくださってとてもうれしいです。

頑張ります・ω・



以下。

・『ノーガードで男の見つけ方!』
霧島さんは史実でほぼノーガードに近い戦いをしたことがあることで有名。
頭脳(物理)は伊達じゃない。通用するかどうかは別ですが。

・球磨は練習中
クマーは比較的早めにできた艦ということもあり、後半は練習のために使われることが多かったとか。練習大事。

・野獣の眼
やべぇよ、やべぇよ・・・・・・。

・宮崎県日向市
航空戦艦の時代ではありません。違います。
実はここが海軍発祥の地らしい。せっかくなのでここをチョイス。

・米内さん
オリジナルと思いきや、実はこのひと史実では海軍大臣で日向市に発祥の地の碑を
立てたとかなんとか。同じく発祥つながりで。もちろん女性になってます



ぜんぜん進まないけど、書いてて楽しかったからいいかなと思ってしまっている。
主人公長門の今後は少しずつストーリーにて。


最初はここまで男性に耐性なくていいのかなーと思っていたけど書いてて
案外いけそうなので基本的にはこのままで。艦娘によっては大丈夫そうな人たちについては描写を変えていきます。


それではまた。


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第五話 あべこべ艦これ~着任式、そして~

やっと着任式が終わった・・・・・・。

複数の人物を一つにまとめて書くのってとても難しい。

だけどとても勉強になります。


そういえば・・・・・・。


一週間に二、三更新と言ったな。あれは嘘だ。


 「さて、そろそろかな。長門くんの着任式は」

 

部屋の壁にかけられた時計を見て、彼女はふとつぶやいた。漆塗りの執務机には山積みになった書類がおかれ、今しがたまで彼女が執務をこなしていたことがわかる。

 

彼女は軍に就役していた。この世界はでさほど珍しくはない女性の軍人として。やはり軍でも男という存在は少ないため、女性がその大半を占めている。

 

彼女自身、まだ物心つき始めたころ、男性の数自体そこまで少なくはなかった。といっても、男性保護法はできており見る機会自体少なかったため、今とそれほど変わらないのかもしれないが。

 しかし、彼女はほかの女性とは違う。それは、

 

 「失礼するよ。夕食できあがったから、一緒に食べよう?ミツ」

 

 「あぁ、そうしようか。コマ」

 

 コンコンと、扉をノックして入ってきた男性に夕食の時間かとミツと呼ばれた女性――米内は腰を上げた。

 コマと呼ばれた男性はそれを見て苦笑いする。

 

 「根を詰めすぎなんじゃないかい?せっかく今日は非番なんだ。少しぐらい休んだって罰はあたらんでしょう」

 

 「そういうわけにはいかないさ。世界は動いている、こうしている間にも。私は不器用だからねこれ以外の生き方を知らない」

 

 「知ってるよ、まったく……」

 

 食べなと、コマはお盆に載せていた丼を机に置いた。彼女はどうせこのまますぐに仕事に取り掛かるのだろう、であればわざわざこのまま持っている理由もない。

 

 米内は苦労をかけるねと言いながらコマが持ってきた丼の蓋をあけた。直後、甘さと醤油の風味がきいた香りが立ち上り閉ざされていた器から一気に湯気が立ち上る。

 大好物の親子丼だ。

 

 「あぁ、これこれ。やっぱりコマの作る料理が一番だね。はぐっ」

 

 その言葉に嬉しさを覚えながらも、はしたないよとコマは窘めた。しかし、言っても聞かないのは毎度のことであるためさほど期待してはいないが。

 

 「あぁ、でも。長門くんの作る料理もなかなかだったな。機会があればまた食べてみたいものだ」

 

 「そうだね。だけど、よかったのかい?せっかくの男の子をあんな女性だけの鎮守府に送りこんでしまって。私も経験があるから言うけど、艦娘達も女性だよ」

 

 「大丈夫だよ、問題ないさ。彼ならやってくれると信じている……それに」

 

 「それに?」

 

 箸を置く。そして偶然拾った貴重な男である長門を思い浮かべ、こういった。

 

 

 

 

 「その方が楽しそうじゃないか」

 

 そう言って人妻は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女三人寄れば姦しいという言葉がある。その他にも女三人寄ると富士の山でも言い崩す、女三人寄れば市をなす、女三人寄れば囲炉裏の灰飛ぶ、女三人寄れば着物の噂する等々。

 

色々な表現があるが一様して言えるのは『やかましい』ということだ。

 

目の前の光景も、この言葉がぴったりと当てはまるだろう。

 

 

「お、男ネー!提督ぅー、私金剛って言いマース!」

 

「は、初めまして提督!私は金剛お姉さまの妹分、比叡です!」

 

「わ、私は霧島と申します」

 

「は、榛名です!頑張ります!」

 

最初に食堂に入って目に飛び込んできたのは入り口近くの机にそれは座れないだろというぐらいのレベルでぎゅうぎゅうに詰まれた艦娘達が長門を凝視している姿だった。

 

そして一瞬の沈黙、その後は先に述べたとおりだ。

 

「宜しくクマー!クマは球磨だクマー、ほんとに男の人とはたまげたクマ!」

 

「多摩っていう……にゃ。なんだろう、提督さん……お膝丸くなりたい……」

 

「木曾だ。新しい提督が男とは驚いたが、これから宜しく頼む」

 

「き、木曾が喋れてるクマ!事件クマ……ん?」

 

「あ、あぁ、やめろよ姉さん!ボイスレコーダーを勝手にとるなよ!」

 

最初の金剛姉妹が火付けとなったのか、一斉に我よ我よと長門の元に艦娘達が迫りよる。

それまるで蟻のように。一部、狼が混じっているが。

 

「ふむ、あなたが提督か。私は那智、そして姉妹の――」

 

「お、おほほほほほほ!私めは足柄と申します。どど、どうぞ、提督。これから宜しくお願いしますわ。何かわからないことがありましたら私めに言っていただけたら手取り足取り教えてさしあげ」

 

「カツ丼がなにいってるのやら」

 

「ちょっと那智ぃぃ!?あ、いや、違うんですの!これはですね!」

 

その他にも駆逐艦、軽巡、重巡など様々な艦娘達が我先にと長門へ挨拶をする。

 

みなどれもが鼻息荒く、目を爛々と輝かせながら。

 

しかし、これ以上入り口で止まっているわけにはいかないだろう、叢雲に目を向けると顔を赤くしながらもこちらの意図に気付いたのか長門の腕を取って歩き始めた。

 周りから叢雲に向かってただならぬ視線を感じ取った気がするが。

 

「こ、ここがお立ち台よ。着任式の挨拶、お願いするわ」

 

そう言って、叢雲は台から降りる。長門はありがとうと一言お礼を言うと、叢雲の頭にある艤装が真っ赤になった。

 それを見ていた他の艦娘達が冷やかしに入るのを見て、さっさと始めた方がいいかと察した長門は一つ咳を置いた後、話し始めた。

 

「あー、諸君。どうやらいくつか伝達の不備があった様で戸惑っている者もいると思うだろう」

 

 一区切り置く。全ての艦娘達がこちらに眼を向け、少しの動きも見逃さないようにしている。それを見た長門は、どうやら自身の挨拶に集中してくれているのだろうと見当違いの考えを頭に思い浮かべた。

 

「私の名は長門。今のでわかるものもいるだろう、戦艦長門と同じ名をいただいた者だ。これから、君たちと共に深海棲艦を倒すため、君たちの提督としてここ、呉鎮守府に着任することとなった。見ての通り私は男だ。君たちの中でも男という存在を見たものはあまりいないだろう、そう聞いている。しかしだ、男だからといって別に気にする必要はない。これから共に生きていくんだ。堅苦しいのは性に合わなくてね、普段通りに接してほしい。最後になるが、未だ未熟者の私ではあるがこれから宜しく頼む」

 

 以上だ、と付け加え長門はマイクのスイッチを切った。

 

 瞬間、歓声が響き渡る。

 

 あるものは涙を流すもの。

 

 あるものはこれから起こるかもしれない提督との生活を思い浮かべ、恍惚とした表情を浮かべるもの。

 

 あるものは下半身を押さえてうずくまるもの。

 

 極め付けには気絶するものまで現れるぐらいだった。

 

 それもそうだろう、今まで紙の中でしか見る事が出来なかった存在が目の前にいるのだ。

 これが感動せずにいられようかと、彼女たちの心は今一つになっていた。前提督が今までなしえる事が出来なかった艦娘達の心を一つにすることが、長門という存在に会えただけで。

 

 そして、それを見た長門は彼女たちと全く別の考えを頭に思い浮かべていた。それは初めて眼を覚ました時、看護師に襲われそうになった時の感覚と酷似している。

 これは危ない、何か得体のしれないものが長門の身体を這っているような――。

 

 (あれ、これもしかしなくても貞操の危機じゃね?)

 

 

 長門はようやく自分が置かれている立場が把握できた。しかし、夜はまだ長い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、夜は長い。着任式が長門の思っていたものより簡単に終わり、すぐさま宴会となっても。

 

(解せぬ、着任式の定義がゲシュタルト崩壊するぞ……。挨拶一回で終わったじゃねえかどうするんだこれ。なんかもう宴会の雰囲気になっているし)

 

「それでは、新しい提督の着任を祝って乾杯をしたいと思います。不肖ながら、挨拶は私大淀が務めさせていただきます。それでは皆様、乾杯!」

 

広がる乾杯の音頭、そして歓声と共に始まる宴。それを宴会の中心にいる長門は適当に相槌を打ちつつ、心あらずといった感じでいた。

 

(今ならわかる……。米さんめ、本当は面白いとかふざけた理由でここに配属したな……)

 

 長門は男だ。それは何が起きても変化することはなく、というか変化してほしいものではない。だが、今ばかりは女でもよかったかなと思っている。

 

 ちらり、と。笑顔を浮かべながら食事を取っている艦娘達を見る。それに気づいた者が幾ばくかいたのか。こちらを見てお辞儀をする、それにこたえるような形で長門も軽くお辞儀をすると唾を飲み込んだ。

 

 (なんでこんなに肌の露出が多いんだよ……!せめて少しは恥じらいをだな……!)

 

 価値観の違いだろう、米内より話を聞いていたためいくらかは頭の片隅に入れてはいたが、ここまでひどいと感じたのはここが初めてである。

 駆逐艦や軽巡あたりはまだいい。見た目的にも長門が釘付けになるほど露出しているものは多くない。だがしかしだ。

 長門は声を上げて言いたい。空母、戦艦辺りの服装はどうなっているのだと。

 

ちらりと。長門はもう一度空母たちが座っている席を見た。そこは他の艦娘達とは違い、机の上に山となった量の料理が並べられている。それを瞬く間に食べ、おかわりまでしているのだから彼女たちの燃費の悪さが見て取れる。

 いや、そうじゃない。見てほしいのは彼女たちの服装だ。

 

正規空母である加賀や赤城など、に関しては問題ない。どちらかといえば白い袴を身にまとい、艶やかな黒髪を長くのばし日本人特有の小顔は大和撫子のように清楚な姿だ。

 しかし、雲龍型の服装はいただけない。

 大きく開いた胸元にはちきれんばかりの双丘。それだけならまだいいだろう、しかし彼女たちはスカートも短ければお腹など丸見えでしまいには上肢と下肢の境目が見えるんではなかろうかというありさまだ。そしてその服装を気にせず、動いたりするのだ。

 

そして、戦艦達もなかなかの曲者揃いだと交互に長門のグラスにお酒を注ぎこもうとする艦娘達をいなしながら見る。

 

先ほどあった扶桑姉妹たちは割愛しよう。どうやら心ここにあらずといった形でいるし。

 

問題なのは大和型の二人だ。

 

他の戦艦達も異様にスカートの丈が短い気がするが、この二人はそれを凌駕している。

 

まずは大和、海軍のセーラー服を改造したかのような彼女の服は丈が短いのはもちろん、その豊満な胸部を主張するかのように身体のラインに合わせた服を着ている。

歩くたびに胸が揺れ、少し風が吹けば見えてしまいそうな服だ。

 着任式の際に挨拶に来た時も走ってこちらへ来た時は一瞬胸を凝視してしまった。

 

 一生の不覚である。

 

そして、

 

(こいつだよ問題は……!)

 

大和型の中でも一番危険な雰囲気を醸し出している武蔵。先ほどからこちらをちらちらとみているのが覗え、危険だと感じた長門はなるべくその視線に気づかないようにしていた。

 

はっきり言ってしまおう。彼女はスカートしかはいていないに等しいのだ。

 

なにいってんだこいつはと叩かれても仕方がないのかもしれない。長門自身、こんな服装みたことないのだから。

 いや、これは服と呼べるのだろうか。布と呼ばれるものはスカートと首元の部分のみ。本来なら胸の部分を隠すであろう布はひらひらと揺れており、服としての原型をとどめていない。そして、二つの双丘は細長い布を巻いているだけ。

 

 (俺は見てない……。俺は見てない……)

 

心頭滅却。火もまた涼しだ。煩悩があるからだろう、このような事を考えているのは。

 そう考えた長門は気持ちを切り替えようと隣にいる叢雲に話しかけた。どうやら、彼女たちの中で話し合いがあったのか、それとも秘書官だからか。少しいざこざはあったものの、長門の隣には叢雲が座っていた。お酒も入り少しご満悦なのか微かに頬を染めている。

 

 「そういえば叢雲。この食堂にいるのは全員なのかな?」

 

 「むぐっ。ち、違うわよ。この鎮守府ではローテーションを組んでるの、朝昼夜に分けて新しい海域の攻略、攻略済み海域の巡回等をやってるわ。今日は確か……川内型と長門型、軽空母組、古鷹型と高雄型の人たちがでているはずよ。それがどうかしたかしら?」

 

 「いや、着任式で会えなかったからね。挨拶をと思ったんだが、そうか。ならば次回に回すとしよう」

 

 「それはいいのだけれどあなた、せっかっくの宴会なんだから楽しみなさいよ。辛気臭い顔して……せ、せっかくの、良い顔が台無しなんだから!」

 

 頬を染めながら、叢雲は決まったと内心思った。相手の心配をしつつ、容姿を褒める隙のない2段構え、これであれば男といえど叢雲に対し好印象を持つはず――

 

 しかし、彼女は気づいていない。実は自分が発した言葉が最後の方になると消え入りそうになっていて聞こえなかったなど。

 頭の中では理解しつつも身体が言うことを聞かない、彼女はまだ幼い少女なのだ。

 

 「そうだな、せっかく私のために開いてくれたんだ。楽しまなきゃ――」

 

 「ヘーイ、提督ぅー!叢雲だけじゃなくて私ともおしゃべりしてくださいデース!」

 

 突然だった。グラスを持っていない腕の方にとてもやわらかい何かが押しつけられたと感じた瞬間、長門のすぐ横に金剛が顔を赤くしながら寄り添っていた。

 近くで感じる吐息に、酔っているなと長門は苦笑いする。

 

 「アー、提督って腕がたくましいんですネー……。うふふぅ、すごいデース」

 

 かなり酔っているのだろう、先ほどの戸惑いはどこへやら。猫のように爪を立て、絶対に離さんとばかりにしっかりと腕をホールドした。

 

 痛い、とてつもなく痛い。艦娘の握力がやばい。比喩ではなくみぢみぢと腕が絡めとられている。

 

 「絶対に離さないデース・・・・・・」

 「ちょっと、何してるのよ!提督から離れなさい!」

 「そうだクマ!そこはクマの所だクマー!」

 

 「ちょっ、まっ、あだだだだだ!!」

 

 金剛の行為を見たのだろう、隣にいた叢雲と虎視眈々と長門と話す機会を伺っていた球磨が我先にと逆側の腕と背中にのしかかる。

 

 「いや、ちがう!そうじゃないだろっ、あだだだだだ!!」

 

 そこは金剛を引き剥がすところだろうが!と長門は悪態をつく。このままではいけない、物理的に腕がもげる可能性もそうだが、美少女達3人に囲まれた状態は男である長門にとって貞操の危機である。

 

 「提督ぅー・・・・・・」 

 「離れなさいよぉ・・・・・・」

 「グマー」

 

 とその時、長門に助け舟を出したのは意外な人物だった。

 

 「だめですよ皆さん、提督は本部からわざわざこちらまで来てくれてるんです。そこで離さないと・・・・・・あれ、今後は仕入れませんよ?」

 

 そう言った瞬間、長門にしがみついていた三人が一瞬で元の席へと戻った。電光石火とはこのことか、と長門は痛む両腕をさすりながら助け舟を出してくれた少女を見る。

 それは日本ではかなり珍しい撫子色の髪だった。白衣をセーラー風にアレンジしたのか、ところどころ水色の模様が見て取れ、スカートは行灯袴をメインにアレンジしているのか、こちらもセーラー風だ。頭には白い鉢巻きを巻いており、そこはかとなく人当たりのいい雰囲気を醸し出している。

 

 「ありがとう、助かったよ。えぇと、君は?」

 

 その言葉に少女はしまった、と苦笑いした。

 

 「申し遅れました。私は明石と言います。提督、これからよろしくお願い致しますね」

 

 「ほぅ、君があの・・・・・」

 

 明石、それ史実において連合艦隊唯一の工作艦だったはずだ。

 生まれは佐世保、中でも最も大きな艦で米国海軍の工作艦を越えるために作られたといわれている。

 工作艦とはクレーン・溶接機・各種工作機械などを装備し、艦船の補修・整備を行うための艦であり、いわば「移動工廠」といっても差し支えない性能を誇る艦だ。

 もう一隻、明石の他にも工作艦はいたはずだが歴史として名高いのは明石だろう。

 

 しかし、艦娘というのはなんて不思議なのだろうか、と長門は思う。日本で生まれたはずなのに髪が撫子色とは。案外、その米国の海外艦とやらから来ているのかもしれない。

 

 「艦の修理だけではなく、鎮守府の電気系統や艦娘のケア、提督がご要望とあればどんなものでもそろえて見せます!なーんて、まぁ主にここの雑用係といったところです」

 

 「いや、そんなことはない。君のような存在がいるおかげで、成り立っているものがあるさ。そういうのは誇っていいと思うよ」

 

 その言葉に明石は頬を染める。

 

 「あ、あははは。そう言っていただけるとありがたい限りです。・・・・・・それで提督、お時間は大丈夫ですか?提督のために開いた宴会とはいえ、明日から執務があるのでは」

 

 「ん、あぁ。もうそんな時間なのか」

 

 明石の言葉にふと腕時計を見てみると、おおよそ22時ごろだろうか。確かに、考え事をしていたせいで

時間が過ぎるのを忘れていたらしい。

 長門は辺りを見回した。いつのまにやら、最初の数と比べだいぶ少なくなっている。どうやら駆逐艦達や軽巡の子らは戻ったのだろう。もう少しいろいろ回っておけばよかったかと少し後悔する。

 

 「他の方々はほとんどが明日非番ですからね。提督もこのまま付き合っていると朝までなってしまいますよ」

 

 「ははは、それは怖い。・・・・・・そうだな、そろそろ私はここでお暇させてもらおうか」

 

 「それじゃあ、私が提督の部屋までご案内致します。叢雲は・・・・・・どうやら無理そうですし」

 

 そう言って明石は後ろのほうで金剛、球磨と喧嘩をしている叢雲を見た。どうやら、あの後口喧嘩が始まっていたらしい。とめようかと長門は思ったが、どうやらそれを肴に他の艦娘達が酒を楽しんでいるのを見てまぁいいかと呟いた。

 

 「それではお願いしようかな、明石」

 

 「えぇ、お任せください。提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明石につれられ部屋へと向かう間、長門は思う。

 

 どうしてこの世界に来たのだろうかと。長門自身、大して有名な人物でもなければ何かが秀でているわけでもないのだから。

 

 (世界の針は止まっている・・・・・・)

 

 この世界は深海棲艦が現れたときからその歩みを止めている。それは進化していく人類としてひとつの壁であり、乗り越えなければならない存在。

 だからこそ、艦娘達が現れたのだろうか。進化を促すひとつの存在、その末端として。

 

 海はとてつもなく広大だ。それこそ、人類が今までの時を費やしても全てを把握できないぐらい。

 だが、一つだけ言えることがある。

 

 「世界の針は止まっている・・・・・・」

 

 「提督、ここが提督の部屋で・・・・・・何かおっしゃられましたか?」

 

 「ん、あ、あぁ、なんでもない。わざわざすまないな明石」

 

 「いえいえ、提督のお役に立てるのならお安いものですよ。また何かありましたらお呼びください。いつでも駆けつけますので!」

 

 「ふふ、そうだな。そのときは頼むよ」

 

 扉を閉める。しっかりと鍵をしめ、長門は上着を脱ぎ捨てそのまま布団へ倒れこんだ。

 

 そう、一つだけ言えることがある。

 

 

 

 

 

 世界の針は止まっている。

 

 

 

 ならば、針が止まっているのなら直せばいい。それがどれだけ時間がかかるのかはわからないが、人類には直そうとする力を持っているのだから。

 

 だから、もう少しここで頑張ってみよう。長門は腕を上げた。鍛えられあげたわけでもない、そこらへんの兵士とさほど変わらない普通の腕。だけれど、今この腕に世界の針を動かすための力がある。振るわなくてなにが男だ、男ならば一生に一度は大きい事をやってみるしかない。

 

 

 「だから、頑張るよ。長門・・・・・・」

 

 彼が行く先はどうなるか、それは誰にもわからない。だが、あの時に見た光景と言葉と共に長門は歩み続ける。

 

 

 

 

 

 暁の水平線に勝利を刻みなさい。

 

 




たくさんの方々に見ていただけているようでとてもありがたい限りです。

これからも頑張って書いたいきたいと思います。

ようやく着任式が終わったので次回からは一話に一人をメインとして書いていきます。


以下。

・コマさん
史実では米内さんのお嫁さん。この世界では男性。

・気絶するもの
男に抗体がない人はさがれ!

・宴
ひゃっはーさん入れたかったけどこれ以上入れると地の文が少なすぎて安っぽい感じになりそうだったのでぼつに。またいつか。

・価値観の違い
やっとこさあべこべ要素が。いつも思います。なぜゲームでも彼女たちはあんなに
面積が少ないのかと。きっと艦これはあべこべ世界だった可能性が微レ存。

・絶対に離さない
艦娘さんたちは身体能力がとても高め。ちなみにコンゴウさんの爪立てはフィギュアで艦装が手みたいになるのを見てて、思いついた話。

・暁の水平線に
艦これ公式ホームページでも乗ってる言葉。
これを入れたくて後半シリアスになってしまったような。



たくさんのご感想、評価をいただき誠にありがとうございます。

リハビリのつもりで始めたこの小説がこんな風になるとは思っても見ませんでした。

なにぶん、性格ゆえか見直しはするものの誤字脱字等もあるかもしれません。

その際は遠慮なくご指摘のほど、お願いいたします。


それでは、また。


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第六話 あべこべ艦これ~早起きは三文の徳~

まさかのランキング一位。同志が限界突破している。どういうことなの・・・・・・

いくつかご指摘をいただき、地の文が少なく周りの背景が感じられないため
今回はそこを意識して書き上げました。

そのため、少々文字数が少ないです。きりがいい所で終わらせてはいますが今回は新しい書き方のお試しということで。

そしていまさら気づく衝撃の真実、メモ帳で書いたものをペーストすると三点リーダって解除されるのか(驚愕


鎮守府の屋上で次第に昇って来る太陽に目を凝らす。

 

 空は快晴、波もとても穏やかで白波さえない。今日も絶好の出撃日和と言ったところか。

 

「んー、やっぱりここから見る呉は最高だクマー!」

 

 軽く背伸びをし、固くなった体をほぐす。球磨型の中でも唯一のアホ毛がぴょこんと揺れ、海から吹く風を感じた。

 

 湿度は七十パーセント、気温は23.5度。風は木の葉が軽く揺れる程度、これであれば今日一日は雨が降る心配もない。

 

 一通り体をほぐしたのか、球磨は持っていた手帳に今日の状態をメモする。あまり字は上手ではないため、所々漢字で書くべき部分を

ひらがなにしているのはご愛嬌。

 

 今日はいつもより天気がいい。そう球磨は感じた。

 これも呉に長門という新しい提督が来たからだろうか。お天道様まで味方につけるとは、やはり男という存在はとてもすごいんだなと思いながら辺りに散らかしていた私物を片付ける。

 

 「後で提督を起こしにいくクマ!」

 

 意気揚々と鼻歌混じりに球磨は言った。

 

 鎮守府の朝は早い。日々深海棲艦と戦うため、出撃だけでなく遠征や演習などただ戦うだけではなく、資材の確保等も重要な仕事の一部となってくる。

 特に今は新しい海域を攻略するために日夜を通し、ローテーションを組んでいるのだ。時間は有意義に使わなければならない。

 

 だが、提督は艦娘達と違い前線にでることはほぼない。そのため、朝は比較的ゆっくりしているはずだ。

 

 

 球磨は私物をまとめると、用意しておいた風呂敷に包み込む。今日は一日中晴れとはいったが、必ずしも予報が正確だとは言い難い。

そのため、また屋上に来るまで部屋に置いておこうと風呂敷を担ぎながら部屋に戻ろうとした。

 

 その時、梯子を降りようとした球磨の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。掛け声だろうか、規則正しく一定の間隔を置きながら聞こえる声と共に微かにだが風を切る音が聞こえる。

 

 「もう誰か起きてきたのかクマ?でも、この時間帯は誰もいないはずだけど・・・・・・」

 

 えらい物好きな奴がいるもんだと自身を棚に上げる。誰か朝練でもしているのかと思いながら、球磨は声がする方、鎮守府の裏へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘達の朝は早い。そう、米内さんから話を聞いている。

 

 それを聞いた長門は自身よりも若い艦娘達が日が昇らぬうちから遠征に向かうこともあると聞き、鎮守府に来る前から考えていたことがあった。

 

 

 「はっ、はっ・・・・・・はっ!」

 

 

 提督である長門は前線へ出ることはない。それは単純に危険だというのもあるが、一番は艦娘達を率いる提督としての素質を持つ存在自体が少ないためにある。

 

 提督というのはただ名ばかりのものではない。艦娘達を指揮するために編成部隊をバランスよく配置しなければならないし、本部から逐一送られてくる資材に関する書類や新しい装備、改修などをした際の報告書なども書かなければならない。

 また、素質を持つ者は艦娘の熟練度や装備しているものやどのような武器を装備できるかなどが見える。

 

 陰陽術と言ったか、空母の中でも式紙を使用して艦載機に権現させる術を持つ者たちがいるがそれと似たようなものだ。

 

 

 だからこそ、基本的に提督という職業は鎮守府にいることが多い。だが、長門はそうなりたくはなかった。

 艦娘と言えど人だ。巷では化け物だと呼ぶ人もいれば艦娘を道具として扱う提督もいると聞く。長門はそうなりたくはない。

 

 だからこうやって朝早くに起きて鍛錬をしていた。たとえ前線に出ることができずとも艦娘達のトレーニングを手伝ったり遠征の出迎えなど少しでもできることがあったほうがいいと思ったからだ。

 

 「はっ・・・・・・はぁっ! ふぅ、こんなものか」

 

 両手に握っていた木刀を近くの給水場に立てかける。ここは鎮守府の裏、艦娘達がトレーニングを行うために使用する野外演習場だ。

 野外と聞いて海で戦う彼女たちに地上での演習は必要なのかと感じたことはある。しかし、彼女たちは何も海にいるだけが仕事ではない。遠征であれば廃棄された施設から資材を取るために地上にあがり、海域の状況や天候に合わせ島に上陸し野営することもある。そのためにこういった施設も用意されていた。

 

 だが、さすがに早すぎたのだろう。時間帯で言えば朝の5時ごろ、ようやく朝日が顔を見せる頃だ。証拠に始めは演習場の奥までかかっていた建物の影が今は半分ほどにまで下がり、辺りも明るくなっている。

 

 

 長門はあたりを見回した。鳴りを潜めていた虫たちが騒がしくなり始め、赤レンガで作られた建物も浅黒かった色から本来の赤褐色へと戻っていく。

 

 「よし、誰もいないか・・・・・・。なら、せっかくだし軽く体を拭くかなあ」

 

 

 そう言って長門は上着を脱いだ。提督と名はいいが、実際はそうでもない。戦時中でもあるため、上着こそ立派ではあるものの本部などに用事がある以外は基本的に上着の下は白シャツのみだ。長門も例外ではない。

 

 あらかじめ持ってきておいたタオルを給水場で濡らす。地下水からくみ上げられている水はとても冷たく、とても気持ちがいい。

 

 水で濡らしたタオルを軽く絞り、汗をかいた体を拭く。といっても腕や首元、顔ぐらいしか拭くことはできないが。

 

 「あぁ~、生き返る。本当は体も拭きたいところだけど・・・・・・」

 

 一度だけ、長門は人前をきにせず米内さんの家でやっかいになっていた時に上を全て脱いで体を拭いていたことがある。

 

 「あの時は知らなかったからなぁ。考え方がまったく違うって言うのを」

 

 そう、長門は来た当初この世界が男性が少ない世界だけだと思い込んでいた。しかし、それは違う。

 今でも忘れることはできない。寝たきりだったせいか、衰えていた体を鍛えようと朝早くから鍛錬を行い、汗を拭くために上を全て脱いだときに米内さんと鉢合わせしたことを。

 

 

 鼻血。

 

 そう、あの米内さんが鼻血を出していたのだ。あわてて駆け寄ろうとしたが近づいた瞬間、容態は悪化。騒ぎを聞きつけたコマさんが急いで米内さんを連れて行ってくれたお陰で事なきを得たが。

 

 後にコマさんが話してくれた内容によると、女性は男性の裸体を見ることが基本的にないため耐性がまったくないらしい。

 

 (女子か・・・・・・。あ、女子だったわ)

 

 そのため、長門はなるべく人前で肌をさらすことを避けた。しかし、

 

 

 「さっき辺りを見たけど誰もいなかったよな。・・・・・・少しなら大丈夫か?」

 

 再度辺りを見回すが人影はない。昨日見た資料では、今日の遠征に向かう第一陣は朝の7時ごろと聞いている。であれば、問題はないかと長門は先ほどの思いはどこへやら、いそいそとシャツも脱ぎ捨てると、再度タオルを濡らし体を拭いた。

 

 瞬間、響き渡る悲鳴。

 

 

 

 

 「ク、クマああああああああああああ!!」

 

 

 

 建物の屋上から一人の艦娘が落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球磨は今日という時ほど、早起きをしていて良かったと思ったことはなかった。

 

 あれから声がする方へと足を運んでみれば野外演習場で一人、木刀を振っている提督の姿が見えたからだ。それも、上着を脱いで腕や胸部分の肌が露出している姿を。

 

 (ふぶぅほぉっ!)

 

 それを見た球磨に衝撃が走る。声が漏れないようにとっさに両手で口を塞げたのは幸運としか言いようがなかった。でなければ提督にばれていたかもしれない。

 

 (こ、これは強烈クマ・・・・・・! 写真で見るより何千倍もやばいクマ・・・・・・!)

 

 何度か姉妹でお金を貯め、明石直営夜のお店で男性の写真集を買ったことがある。それを見ただけでも眠れず悶々と一日をすごした日があったが、今目の前で見れる光景はそれをはるかに凌駕していた。

 

 前に、駆逐艦の吹雪が本部で男性を見たときに皆が集まって話を聞いていたときがある。球磨も例外に漏れず、その集団にいたのだがそのときの吹雪はこう言っていた。

 

 

 

 生はやばいです!

 

 

 軽巡洋艦の球磨型1番艦、球磨。その言葉を本当に体験する日が来ようとは。

 

 

 球磨は深呼吸した。提督にばれないよう慎重に。

 

 最初は声をかけようかとも思ったが、このまま見ているだけでも悪くない。そう考えたのだ。

 

 (むふふふ、これは他の人達より一歩リードだクマ)

 

 ただ長門のシャツ一丁を見ただけで何をリードしているのだろうか。それは誰にもわからない。

 

 

 とそこで、提督に動きが見られた。球磨はそれを見てもう少し早く来れば良かったと自分を恨む。おそらく、鍛錬が終わる頃なのだろう。

 しなしなと球磨のアホ毛が萎びていく。このままずっといれば帰り際に提督と鉢合わせしてしいまうかもしれない。そう考えた球磨は部屋に戻ろうときびすを返した。

 

 

 しかし、球磨は提督の次に起こす行動を見て叫ばずにはいられなかった。

 

 ぱさりと、何か布が落ちる音。そして提督の嬉しそうな声と何かを拭くような摩擦音が聞こえる。球磨はふと提督の方を振り向いた。

 

 そして、視界に移る肌色の――。

 

 

 

 球磨は歓喜にも似た叫び声を上げ、足元がふらついてしまい屋上から落ちた。

 




お読みいただき、誠にありがとうございます。


活動報告にも書きましたが、こちらでも。

思っていた以上に見ていただけているようでとてもありがたい限りです。更新は基本的に水曜日と日曜日の計二回を予定しております。執筆がはかどった時は増やしていきます。ただ、更新どおりにいかないときもありますが最低でも週一話は必ず更新します。

また、元々リハビリのために書き始めたものだったため設定や文章の言い回し、地の文などにまだまだ努力していかなければならない所がたくさんあります。

多くの方に見てもらう以上、少しでも良い物を出したいため話ごとに書き方が違ったり色々試してみるとは思いますがご容赦ください。

他にも基本的に勢いで書いていることが多いため、わかりづらい部分や説明不足等が目立つところも多々あります。現在一話から五話まで掲載しておりますが少しずつ手直ししていきます。

これからも宜しくお願い致します。


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第七話~少女達は夢を見、過去を見る

今明かされる衝撃の真実ぅ!

日曜更新と言ったな?あれは嘘だ。


書いてて前半砂糖を口から出しつつ、後半書き方が難しくてかなりの難産でした。

この小説はコメディもあればシリアスもあります。そこのところ、ご了承ください。


 これは夢だ。

 

 球磨はふわふわとした、足元が大地についていない様な不思議な感覚に戸惑いながら思った。

 

 だってそうだろう。でなければ、こんな場所でこんな服を着て立っているはずなどないのだから。

 

 「どうした?ぼーっとして。緊張でもしちゃったのかな」

 

 「うぇっ!? な、なんでもないクマ!」

 

 純白のドレスを着ていた。

 

 マーメイドラインという体のラインに合わせて作られたそれは、膝下付近から裾が広がりまるで童話に出てくる人魚の尾ひれのようなデザインだ。

 

 彼は言っていた。球磨には絶対にこの服が似合うと。彼と一緒に水平線に沈む行く夕日を海の上で見ていたあの日、海風に吹かれ髪をたなびかせていた球磨は人魚のように美しかったと。

 

 顔に熱がこもり、赤くなっていくのがわかる。それを見たのか、彼は苦笑いしながら顔にかかっていたベールを上げた。近づく彼の顔、数少ない男でありながらどこか女性をも思わせる中性的な顔、何回、この顔を見てきたのだろうか。

 

 秘書官として、海の上で、そして今この結婚式場という女性にとって一生に一度の場所で。

 

 「ははは、やっぱり球磨はムッツリだなぁ」

 

 その言葉に球磨は憤慨する。ムッツリなんかじゃない、ただ、こういったことに慣れていないだけだと。

 

 「ち、違うクマ! く、球磨なんかが……私なんかが、あなたと一緒になっていいのかって……」

 

 そう言って、球磨は顔を伏せる。艦娘、巷では化け物とさえ言われていた自分だ。そんな存在と一緒になったとあっては今後どんな弊害があるのだろうか。それを考えただけで球磨は身震いする。

 

 しかし、彼は両手で球磨の顔を上げた。どんどん近づいてくる彼の顔、それを見て視線をはずしてしまいそうになるが球磨を見る彼の眼はとても純粋でその瞳に吸い込まれそうになる。

 

 「俺は球磨がいいんだ。どんなことがあったって……お前とならやっていける、そうだろう?」

 

 「提督……」

 

 提督と呼ばれた青年、長門はそう言って眼を閉じた。それを見て、球磨の瞳に涙が溜まる。幸せになっていいのか、やっと。

 

 球磨も眼を閉じた。彼の吐息が感じられる。心臓はばくばくと音を鳴らし、頭の中では警報がなりひびく。ついに彼と交わる最初の儀式。

 

 

 「球磨、愛してるよ……」

 

 「私も、愛してます……」

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おーい、姉さん起きろって。こんな所で寝るなんて……他の奴等に見られる前に起きろよなー」

 

 

 「うーん。……あれ、ここは?」

 

 

 「なんだよ、寝ぼけてここにきたのかよ姉さんは。相変わらずだな~」

 

 「え、あれ、木曾? あれ、提督は?」

 

 「提督ぅ? 知らないぜそんなの。んだよ、大方夢でも見てたんじゃないのか?」

 

 「ゆ……め」

 

 「あれ、姉さん? ど……うわぁっ!? ど、どうしたんだよ姉さん。なんで泣くんだよ!」

 

 「うるさいうるさい! なんでいいところで起こしたクマ! 許さないクマ、絶対に許さないクマ!」

 

 「ちょっまっ、いででで! なんで俺がっ、いででで! ごめん、ごめんって姉さん」

 

 「ゆるざないグマー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七話 少女達は夢を見、過去を見る

 

 

 

 

 

 

 

 

 前にも述べたとおり、提督は鎮守府での大半を事務作業に費やす。それは資材の申請書だったり、艦娘達が被弾した際の入渠や装備の改修などなど。

 

 数を挙げてしまえばきりがないが、どこの鎮守府でも提督というものは書類の山という表現が正しいぐらいの量を処理しなければならない。それは長門も同じだった。

 

 「これは……中々な量だな」

 

 「申し訳ございません提督。前任の方が問題を起こした際に一時ですが書類の処理が止まってしまいまして……」

 

 「いや、大丈夫だ問題ない。赤城もすまないな、わざわざ一緒に手伝ってもらって」

 

 朝錬を終え、突如空から降ってきた球磨を介抱した後、長門は秘書官である赤城と共に溜まりに溜まっていた書類の山を片付けていた。

 

 「い、いえ。提督とこうして作業できるのです、こんなにうれしいことはありません」

 

 「そうか、すまないな」

 

 喋りながらも書類にサインをする手を動かし続ける。しかし、どうしたことだろうか。赤城の方からペンを使う音が聞こえなくなり不思議に思ってみてみると、少し頬を膨らませていた。

 

 「提督」

 

 「あ、ああ……」

 

 得も言われぬ迫力でこちらを見つめる赤城。それに長門はごくりと唾を飲み込む。

 

 「提督は優しすぎます。私達は艦娘、それ以上でもそれ以下でもありません。確かに疲労はありますが、人間より遥かに長時間行動できます。本来であればこちらで処理していたはずの物まで提督の業務に加えているのです。だから、提督が謝る等……」

 

 「赤城」

 

 「だから……えっ、はい!」

 

 ここまでかと、長門は心の中でため息をついた。

 

 正規空母一番艦赤城、一航戦とも名高い彼女は呉鎮守府の資料にも書いてあったが艦娘という自身に軽い嫌悪感を持っている。なぜかといわれても、その中身を知っている者は誰もいないだろう。知っているとすれば同じ一航戦である加賀ぐらいだろうか。

 

 長門はペンを置いた。その動作に赤城の体がびくりと震える。

 

 「君が自身の存在である艦娘というものを嫌悪しているというのは、報告書を見て知っている。だが、一つだけ君に言いたい事がある」

 

 「……お聞き致します」

 

 空気が変わる。神妙な雰囲気とはこういう事を言うのだろうか、そう赤城は額から流れる汗を拭った。

 

 一瞬の沈黙が広がる。そして――

 

 

 

 

 「お昼にしようか」

 

 ぽかんと。そんな言葉を言われるとは思わなかったのだろう、長門の前にも関わらず赤城は口を開けてしまった。

 

 

 「へっ? ……ふ、ふざけ――」

 

 その時だった。ぐうぅ~と、腹が減ったときに出る特有の音が響き渡る。ちなみに、この音は長門の腹の音ではない。

 

 「行こうか?」

 

 笑みを作る。それは耳まで真っ赤になった赤城に対して有無を言わさない強制力を持った笑みで。

 

 「はい……」

 

 逆らえるはずもなく、赤城は長門と共に食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳳翔という店がある。その名のとおり、艦娘である鳳翔が営んでいる店で鎮守府の片隅に設けられたこの店は前提督の計らいもあってか、艦娘専用の日常用品を売っている明石を除けば唯一、艦娘達の中で一人だけ店を構える事が許されている。純和風の外観は杉の下見板張りに、漆喰塗りの仕上げが施されており、杉の丸柱を自然石の上に乗せ床は御影石を貼っている。

 

 昔の建築と今の建築が混ぜ合わさって作られた物だ。

 

 そこに長門と赤城は来ていた。

 

 主に空母組や重巡、戦艦など比較的年齢が高いもの達が入り浸るちょっとした憩いの場ともなっているらしい。しかし、夜な夜な入り浸る軽空母がいるらしく、毎度ヒャッハーと何か燃やすのではないかと思うような声をだしているそうだ。今度あったときはとっちめねばなるまい。

 

 

 開いているのだろう、すりガラスが張られた引き戸の奥では一つの影が動いている。

 

 「お邪魔するよ」

 

 戸を開ける。それと同時にカウンターの奥で料理の下準備をしていたのだろうか、長門の声に気付いた鳳翔が手を止めこちらを見た。そしてその後に入ってきた赤城を見てあらあらと含み笑いをする。

 

 「あら、提督に赤城さん。来て下さったのですね、お待ちしておりました」

 

 「お、お邪魔します鳳翔さん」

 

 「あら、畏まっちゃって。昔みたいにお母さんって呼んでもいいんですよ?」

 

 「えっ、それはどういう……」

 

 「わーわー! ち、違うんです! ほ、鳳翔さん。からかうのはやめてください!」

 

 鳳翔の言葉が恥ずかしかったのだろう、再度耳まで真っ赤になってしまった赤城は今日はなんて厄日なんだろうかとため息をつく。それを見た長門は苦笑いした。

 

 軽空母鳳翔、世界で初めての空母と言われた彼女はどうやら赤城の育ての親のようなものでもあるらしい。

 

 「しかし……よくおわかりになられましたね。この昼時に営業をしている事を」

 

 「あぁ、それは前の提督が書いた資料をね……」

 

 「なるほど、納得しました。どうぞ、昼はこちらでお出しするものしかございませんが」

 

 長門の言葉に納得したのだろう、いそいそとお冷とおしぼりを出す。その手際のよさにさすが一人でこの店を切り盛りしているだけあると感心しながら席に着く。しかし、赤城はなかなか椅子に座ろうとしなかった。その様子に長門はなかなか手ごわいなと苦笑いする。

 

 「赤城、座るといい。なに、心配することはない。ここは私のおごりだ」

 

 「いや、そのですね。艦娘である私なんかが提督の隣に座るなんて……ひゃっ!?」

 

 「そうか、座れないなら私が座らせてやる。だから座れ!」

 

 「わっ、わかりました! わかりましたから一人で座れますから!」

 

 「そうか、ならいいんだ」

 

 なかなか座ろうとしない赤城に業を煮やしたのか、長門は赤城の肩を掴むと隣へ座らせようとした。その行動にさすがの赤城も諦めたのか、胸を押さえながら座る。

 

 「……提督はなかなかに大胆なんですね」

 

 赤城は高まる胸の鼓動を押さえながら呟く。初めて男性を見た赤城ではあるが、他の艦娘達とは違い大騒ぎすることはなかった。それは一航戦でもあり、なおかつ艦娘という存在だからでもある。だからこそ、なるべく関わらずにいこうと思っていた。なのにこれだ。

 

 初めて異性に触れてしまった、それも提督から。赤城の見たことのある資料では男性というものはとても大人しい者だと聞いている。しかし、それは間違いだったと見せてもらった資料の持ち主である五航戦の一人、瑞鶴を恨みたくなった。

 

 「何か言ったか?」

 

 「いえ、なんでもありません。……な、なんでもないですったら!だからそんなにこちらを見ないでください鳳翔さん!」

 

 ふと、感じる視線に厨房の奥を見てみると、料理を作っていた鳳翔がこちらを見て楽しそうに微笑んでいた。それを見た赤城は見られていたのかと顔を伏せる。

  

 今日は厄日だ、間違いない。顔に熱がこもり、赤くなっているのがわかる。だけど、心の中でこんなのも悪くないと思ってしまっている自分がいる。

 それはだめだと、赤城は唇をかんだ。私は艦娘、提督のそばにいること自体が奇跡、それ以上を望んではいけない。

 

 しかし、赤城は知らない。隣に座っている青年は違う世界から来た存在で困っている女性を助けようと思ってしまう人だということを。

 

 「赤城」

 

 「は、はい」

 

 少しの間、沈黙が訪れる。聞こえるのは準備している鳳翔の規則正しい包丁のリズムのみ。

 

 「私は上手い言い回しがわからないからな、単刀直入に聞こう。何が君を苦しめる?」

 

 時が止まる。どうして、この場所で鳳翔さんがいる前でこの青年は聞くのだろう。自身の悩みが前の提督にばれていたことは知っている、だけどなぜこの場所で。よりにもよって――

 

 「私も聞きたいです、そのお話」

 

 なぜこの場所なのだろうか。いつの間に目の前にいたのだろう、両手にお通しを持った鳳翔がこちらを真っ直ぐ見つめていた。

 

 「私は……私は」

 

 「……あなたが悩んでいたことは知っています。だからこそ、聞きたいんです。でないとあなたはこれぐらいしないと言ってくれないと思ったから」

 

 その言葉に赤城は驚愕した。この場をお願いしたのが鳳翔さんだということに。提督を見る、澄ました顔で鳳翔から受け取ったお通しを食べていた。その横顔にかっこいいやら美しいやら憎たらしいやらたくさんの思考が混ざり合い、何も言えなくなってしまう。

 

 赤城は息を吸って吐いた。そして鳳翔を見つめる。

 

 「私は……嫌なんです、私のせいで人が死んでしまうのが。私は他の方より艦だった頃の思い出が強く残っています。あの戦で私は多くの人を亡くしてしまいました。そこには今は少なかった男性もたくさんいました。記憶に残ってるんです、私と一緒に戦ってずっとずっと、ずっと……最後まで運命を共にした人たちが。嫌なんです、私と関わった人間がいなくなるのは……」

 

 「赤城さん……」

 

 言い切ったのだろう、涙を浮かべながら後悔を口にする赤城に鳳翔は何も言えなくなる。今まで育ててきて彼女が何かを抱え込んでいたのは知っている。だけど、ここまでとは……。

 

 鳳翔は口に出す言葉が見つからなかった。彼女も艦だった頃の記憶はあり、自分より後に生まれた子達が先に逝ってしまう事に後悔していたのを覚えている。

 だけど、鳳翔は未来を見た。逝ってしまった子達に不甲斐ない所は見せられないから。彼女は止まってしまっているのだろう、敗戦した戦いの中で。自分自身の時計を。

 

 「だからこそ、私は……」

 

 「赤城」

 

 「私は……、えっ、提督!?」

 

 しかし、その続きは言えなかった。涙を拭こうとしたその瞬間、彼女は引き寄せられ抱きしめられる。

 

 「すまんな、目をつぶってろ」

 

 「やめっ、提督、うぷっ!?」

 

 長門は後悔していた。赤城の抱えているものが思った以上に大きく、溝が深いものだということに。鳳翔にお願いされ、この場を設けたはいいが何もすることができず焦る。

 その時、長門は昔のことを思い出した。自分がよく泣いていたとき、母がしてくれた事を。

 

 赤城の体を引き寄せて抱きしめる。よく手入れしているのだろう、ほのかに柑橘系の香りを漂わす髪は長門が息をするたびに揺れ、抱きしめているその体はとても華奢で柔らかい。

 

 (やばい、とっさにやってしまったのはいいが……)

 

 思っていた以上に赤城の魅力がやばい。そう、思いながら長門は抱きしめるのをやめない。抵抗していた赤城だったが、少しずつ暴れるのをやめ次第には大人しくなった。

 

 「あ、あらあら……」

 

 それを見た鳳翔が口元を押さえる。うらやましいと思うと同時に一瞬で赤城を落ちつかせる手段を見つけ、それを実行したことに驚きながら。

 

 (あぁ……よかった、この方が新しい提督で。……だけど、赤城さんもなんて羨ましいんでしょうか)

 

 抱きしめる、その行為はただするだけであれば何の意味もない。しかし、育て親である鳳翔や異性である提督が行えばそれは一種の守りとなる。それを今の状況で瞬時に判断し行ったというのか、この提督は。

 

 新しい提督はとても男性力が高いのね、そう鳳翔は感心する。

 

 「やめっ、やめてくだひゃっ! い、息が首に。首にかかってます!」

 

 「赤城」

 

 「ふっ、うぅぅ……」

 

 「君の苦しみはわかった。私も提督ではあるが兵士だ、死んでゆく者達を見て後悔したことはある。だけどもだ」

 

 息を置く。泣いているのだろう、首に熱いものが流れる。

 

 「未来を見ろ、赤城。これは命令だ。過去に囚われるのは仕方のないことだ、だけど散っていった者達はそれでは報われない。最初は大変だろう、すぐに変われとは言わん。だけど、一緒にこうやってご飯を食べるときに笑いながら食べれるようにはなってほしい、私も力を貸す。私だけじゃない、鳳翔も他の皆もだ。だから、な?」

 

 その言葉は優しくそして深く赤城の中に入り込む。涙が止まらない、提督の服を汚してしまっているのに体は言うことを聞かず提督から離れようとしない。

 

 「私……私」

 

 「ほら、そんなに泣くな。せっかく鳳翔さんが腕によりをかけて作ってくれてるんだ、一緒に食べよう?」

 

 「はい……!」

 

 そして、赤城を放す。名残惜しかったのだろうか、少し動かなかったものの突然思い出したかのように赤城は提督から離れた。そして、涙を拭き涙で赤くなってしまった目で鳳翔と長門を交互に見る。

 

 その目には光が宿っていた。先ほどとは違い、一つの意思が宿った光が。

 

 「航空母艦赤城、空母機動部隊の主力として、日頃鍛錬を積んだ自慢の艦載機との組み合わせ、提督との勝利のために精一杯揮わせていただきます……!」

 

 長門を見据えて、赤城は敬礼する。それを見て長門達は安堵した。その姿に先ほどまでの今にも崩れ落ちそうな赤城の姿はなかったから。

 

 「そうか、期待してるぞ赤城。鳳翔さん、すいません。お時間をとらせてしまって」

 

 「いえいえ、私こそ提督には感謝しております。赤城さんの悩みを聞いてくれたんです。……さぁ、こうしちゃいられませんね!赤城さんの新しい恋の始まりとして未熟ながら英気を養うために腕によりをかけてお作りします」

 

 「えっ、こ――」

 

 「なななななな何言ってるんですか鳳翔さん! 提督も! 男性なんですから抱きしめるなんて事他の子達にしちゃいけませんからね!?」

 

 「えっ、あぁ。わ、わかった。わかったから落ち着け赤城」

 

 「知りません! 怒りました! 鳳翔さん、今日は食べに食べまくります。覚悟してください!」

 

 「待て、赤城! おごりとは言ったが限度がな」

 

 「一航戦の誇り、見せます!」

 

 

 

 

 

 

 

 赤城は思う。目の前に積まれてゆく食料の山を消しながら。新しく入ってきた男の提督、面識もない筈だったその存在はほんの少しの間で赤城の心の中でとても大きな存在となった。

 

 すぐには無理かもしれない、きっとまた迷惑をかけてしまうだろう。だけど、赤城は思う。提督とならきっと一緒にやっていける、その時はまたさっきみたいに抱きしめてもらおう。そう思いながら。

 




前半砂糖、後半シリアス。そんなお話。

艦娘たちのボイスを聞いてて書いたお話です。

シリアスはなかなかに難しい、やっぱり書いてて楽なのはコメディです(確信

・クマー
砂糖吐きながら書いてた。

・ヒャッハー
言わずもがな。

・シリアス
史実を見ながら、誰かしらこういう感情を持った子達はいるんだろうなーと思い赤城さんをメインに。赤城さん、かわいいです。きっとこれから押せ押せでいくに違いない。

・一航戦赤城
赤城が言った言葉、それはドロップしたときに言ってくれる言葉です。
この言葉をいれたかった。

感想、評価本当にありがとうございます。文章とかも話によって変わったりと節操がないですが皆様に見てもらえる以上、変なものはだせないので頑張っていきます。

といいながら、やっぱり誤字脱字とかはあったり。その部分は多めに見てもらえると、感想で教えていただければ幸いです。

最後に、次は絶対に日常物を書く。次回予告は【お風呂】で。


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第八話 あべこべ艦これ~お風呂(上)~

ギリギリ間に合った……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は書いててとても楽しかったお風呂回前編。

会話が多くなってしまってますがご了承ください。


 「部屋の風呂が壊れてしまったみたいなんだが、なんとかできないだろうか?」

 

 「へっ? お、お風呂!? んむぐっ!」

 

 その第一声に軽巡洋艦夕張は困惑した。何故私なのか、そして何故他の艦娘たちが揃っている食堂で話を持ち出してきたのか。

 

 今は昼時だ。出撃や遠征に出ているものを除けば、演習もなく少しの時間ではあるが各々食事をしに食堂へと集まる時間帯。夕張も例に漏れず、予備兵装のチェックを終え、人気商品である間宮のアイス券を片手に食堂に来ていた。

 

 大好物の蕎麦をトレーに載せ、これを食べ終わったらアイスを取りにいこうと意気揚々とテーブルまで座ったまではよかった。全てのテーブルに置いてある七味を蕎麦にふりかけ、さぁいざ食わんと箸を割った瞬間、提督が食堂に入ってきたのを覚えている。

 

 「いや、なに。今日の朝、シャワーを浴びようと思ったらな。水がまったくでないもので、どうしたものかと困っているんだ。浴槽のほうも水がでないせいで汗を流すこともできない」

 

 その言葉に震える指を落ち着かせながら夕張は箸を置く。周りからの視線が痛い、長門の言葉に反応したのか辺りがざわめき立つ。

 

 

 「水浴び……さすがに気分が高揚します」

 

 「あぁっ! 加賀さんが一気にキラキラしてる!」

 

 「ね、ねぇ曙ちゃん。な、なんだかすごいお話してるね」

 

 「は、はぁ!? そ、そんな大した話でもないわよ。あんなくく、クソ提督の話なんて!」

 

 「そう言う割にはさっきから提督を見てるけど?」

 

 「提督の水に濡れた姿、映えるんだろうね……」

 

 「時雨さん、雪風はしれぇとお風呂に入ってみたいです!」

 

 「ちょ、ちょっと、何言ってるんだい雪風」

 

 

 言わんこっちゃない、邪な空気が広がり始めるのを見て夕張は自然とため息をつく。それを見ていたのか、提督が申し訳なさそうにこちらを見ていた。

 

 「すまない、夕張。先ほど明石にお願いしたんだが、どうやら仕入れの準備が忙しいとかで手がつけられないそうなんだ」

 

 「は、はぁそうですか。しかし、私も本業じゃないので修理ができるかどうかは怪しいですよ? というか、誰から私ができるって聞いたんです?」

 

 「む、そうか……。いや、赤城と一緒に食事を取っていた際に前に壊してしまったものを修理してもらったというのを聞いてだな」

 

 頭が痛い。確かに赤城さんから頼まれて壊れたものを修理したことはある。しかし修理したといっても赤城さんがつまみ食いしてしまった烈風を修理しただけで、別に日常生活等での修理はしたことがないのだ。

 

 ちらりと、空母組みが座っているテーブルを見る。そこでは淡い光の粒子に包まれ高揚状態になっている加賀ととても笑顔で間宮名物赤城山カレーを頬張っている赤城、そしてこちらを見つめている他の空母達の姿があった。

 

 その光景に得もいえぬ怒りが沸いてくる。後で提督に烈風をつまみ食いしたことを報告しよう。

 

 

 「私が修理できるのは主に艦娘達の兵装等で日常用品の修理ってしたことないんです。たぶん、見ることは可能でも修理と言われると……」

 

 「うーん、そうか。どうしたものかな……」

 

 

 当てがないのだろう、夕張の向かいに座った長門は眉間に皺を寄せて落ち込んでいた。それを見て悩んでいる姿もなかなかに乙なものだと夕張は思う。なんというのだろうか、自分を頼ってきた男性が力を貸してもらえず落ち込んでいるその姿は雨の日に道端に捨てられ、丁度通りかかった夕張を見上げる子犬のような――。

 

 (いけないいけない!)

 

 何を考えているのだろうか、自分は。提督を、それも男性に対し邪な考えを持つなんて……。

 

 このまま提督と一緒にいるとだめになる。そう思った夕張は味を楽しむのをやめ急いで蕎麦を食べると、食器を下げようと立ち上がった。しかし、神様というものはとても残酷だ。楽しみの蕎麦をも奪い、あげくにはアイスを食べる時間まで奪っておいてさらに夕張から何かを奪おうとする。

 

 

 

 提督が夕張の手を掴んでいた。それも両手で。

 

 一瞬思考が停止し、そして動き出す。この提督は何をしているのだろう? 何故、男性からわざわざ女性の手を握っている? いや、それよりもまず何故手を握って――。

 

 

 「すまん、夕張。なんでもするから、見るだけでもいいので見てくれないか?」

 

 「え、今なんでもするって言いましたね?」

 

 

 前言撤回。夕張は目にも止まらぬ速さで座りなおし、提督の手を覆うように握り返す。それを見た他の艦娘達から殺気を向けられるが気にして入られない。軽巡洋艦夕張、ここが人生の正念場だ。

 

 突然手を握り返したのに驚いたのだろう、長門は手の甲から感じる柔らかな手にどきまぎしながら夕張の問いに答えを返す。

 

 

 「あ、あぁ。私でできることであれば」

 

 言質を取った。夕張は長門に対し笑顔を向けつつも心の中で盛大なガッツポーズをとった。これで提督からお願いされ正式にアプローチすることができる、そう思ったからだ。

 

 善は急げ、この言葉が今の夕張にはぴったりと当てはまるだろう。いまや食堂にいるほとんどの艦娘達が長門と夕張の行動一つ一つに目を走らせ、少しでも付け入る隙があれば介入しようと企んでいた。このままこの場に入れば、何かしら難癖をつけられ約束を有耶無耶にされてしまうかもしれない。そう考えた夕張は長門の手を握ったまま立ち上がると、器用に片手で自身と長門の食器をまとめると返却口へ置き入り口へと向かおうとした。

 

 しかしそうは問屋がおろさない。

 

 

 「ヘーイ夕張ぃ!軽々しく男の手を握ったまま歩くなんて、非常識にもほどがあるじゃナーイ?」

 

 「金剛お姉さま、男性保護法ってやつですね! さすがお姉さま、博識です!」

 

 「ごめんなさい夕張さん、お姉さま達が我慢できなかったみたいで……」

 

 「私の計算によれば……これは規定違反ではありませんね」

 

 夕張の行動にいち早く気付いたのだろう。鎮守府の中でも紅茶かぶれで有名な金剛を筆頭に姉妹達が揃って入り口前に立っていた。姉である金剛は軽やかな動作で夕張達の前に躍り出る。その仕草は優雅で理由を知らなければ見惚れてしまうぐらいだろう。しかし、金剛は気付いていない。周りからは滑稽なピエロのように見られている事など。

 

 「ヘイ、夕張! 何かおかしなこと考えませんでした!?」

 

 「いえ、何も考えていませんよ?それより、今から提督のお部屋でじっくりと点検しなければならないのでそこをどいていただけませんか?」

 

 「じじじじ、じっくりと点検って、ハ、ハレンチデース!」

 

 「あら、私は提督のお風呂を点検しにいくんですが? はれんちって……何を考えていたんでしょうね」

 

 「む、むうぅぅぅ!!」

 

 言葉に詰まる。目の前にいる少女は軽巡なれどその気迫はまるで戦艦、どこかにいるメロンと熊が合体した存在も霞むようだ。しかし、金剛は負けられない。提督のハートを掴むのは私なのだからと。

 

 「それでは時間も押してますので、ごきげんよう。行きましょうか、提督」

 

 「あ、あぁ」

 

 「ま、待つデ――」

 

 

 歩き出す夕張達を止めるように手を伸ばす。自分が行っていることはただの嫉妬、それも正当な権利を持っている夕張に対してだ。だけど、先ほども言ったが負けられない。こうなったら前の宴会のように提督に抱きついて――。

 

 

 「そういえば、お風呂であれば……私達艦娘が使用している大浴場を利用してもよいのでは?」

 

 

 霧島が放った身も蓋もない一言で辺りは静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーンカーンと金属同士を規則的に叩く音が木霊する。足元に置いていた工具を拾い、壁に穴を開けある物を取り付けたところで明石は片手で額の汗を拭った。よほど湿度が高いのだろう、作業をしている明石の服は湿気のせいか水分を含み動く度に服と肌を練り合わせるかのような嫌な感覚がまとわりつく。しかし、明石はご機嫌だった。取り付けられたそれを見てにんまりと笑みを零す。

 

 明石は浴場にいた。入渠場とはまた違い、艦娘達が演習や日々の生活で汚れた体を洗い流すために作られた施設。

 

 前提督が艦娘達の為に作った物で、唯一評判が良かった物だ。ただし、入るたびに提督が来る為に提督禁止という張り紙がついているが。だが、その張り紙は明石がすでに剥がしていた。どうせ必要ないだろうと確信していたからだ。

 

 「これでよしと」

 

 そう言うと、明石は散らかしていた工具を拾い集めるとお湯が張った浴場から汲み取って証拠が残らないように床を洗い流した。もしばれてしまえば軍法ものだ、用心に越したことはない。

 

 服を脱ぎながら浴場を出る。そして脱衣場に設置されている複数ある籠の一つに服を無造作に投げ捨てると、籠の横に置いていた小型の機械を手に取った。そしてそれを耳にはめる。

 

 「あーあー、青葉さん。聞こえますか?」

 

 「ワレアオバ! はっきり聞こえてますよー。感度も良好、そしてあれもしっかり見えてます!」

 

 「本当ですか!? いやー、それはよかったです。高かったんですよー、あれ」

 

 「まったくですよー。わざわざ用意するの、骨が折れたんですからね」

 

 「そこは感謝してますよ。さて、設置も終わったことですしそちらに向かいます。提督の様子はどうですか?」

 

 「そこも問題ないです! どうやらここの浴場を使えばいいことに気がついたみたいですし。たぶんこっちを使用すると思いますよ」

 

 その言葉を聞いて明石は拳をぐっと握る。計画は順調に進んでいる、後は提督が浴場へ来るだけだ。

 

 「しかし、明石さんも悪ですねぇ。わざわざ提督のお風呂を壊すなんて」

 

 「それは言わないお約束です」

 

 そう言うと明石は人がいたという証拠を消しつつ脱衣場を出た。青葉から言われた言葉に罪悪感とそれ以上の好奇心を胸に秘めながら。

 

 (これは必要なことなんです。むふふふふ)

 

 つまりは、そういうこと。突然長門の部屋にあった浴室が使えなくなったのも、わざわざ高い機器を用意して青葉に協力をお願いしたのも。そして霧島さんにもお願いし、浴場へ誘導するようお願いしたのも。全てはこの日のために明石が仕組んだことだった。

 

 足取りが軽くなる。この計画に支障はないと明石は確信している。証拠も残していない、機器方面についても何度もダミー住所を経由してここまで持ってきた。協力者には優先的に提督の風呂姿を撮った写真を渡すよう言っている。

 

 

 「さぁ、楽しくなってきたぞー!」

 

 明るい未来を想像し、明石はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 




というわけでお風呂回前編でした。

艦娘達がアップを始めている模様、戦争が起こる……!

以下。

・時雨と雪風
意外な組み合わせ、史実では呉の雪風・佐世保の時雨と謳われた幸運艦だったらしいので。

・夕張はそば好き
理由は夕張に乗っていた方がそばが好きな事から。こういった資料を探すと色々な発見があって面白い。
~追加~
乗っていた人ではなく設計者の方でした。申し訳ございません……。



・なんでもするから
今なんでもするって言った?

・メロンと熊
略してメロン熊。


評価等いつもありがとうございます。酷評含め、全てを糧にして努力していきますのでこれからも宜しくお願いします。

後、第一話をかなり手直ししました。後半は一緒ですが、前半は別物です。よければ見ていってください。


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第九話 あべこべ艦これ~お風呂(中)~

今回もギリギリ。ちょっと後半急いで仕上げたので、後日修正します……。




 真上まで昇った太陽が肌を焼く。

 

 体に当たる潮風さえも茹だるような暑さのせいか、本来の涼しさを感じない。日の光を反射し万華鏡のように煌びやかな海原は見るもの全てを魅了する。しかし今はその風景さえも鬱陶しい。

 

 予想していた以上の暑さだと長門は思った。

 

 ちらりと、後ろを振り返る。

 

 戦艦陸奥、軽巡川内に神通、軽空母の飛鷹と隼鷹、みなこの暑さに参ってしまったのか口数が少なくなっていた。唯一の救いは被弾等がないのが救いか。もし被弾し損傷していれば、その分時間がかかり長門といえど参っていただろう。

 

 「さぁ、皆。もうすぐ鎮守府だ。少しは元気をださないか」

 

 その言葉に皆の顔が明るくなる。現金な奴等だと長門は苦笑いした。

 

 「はぁ、早く帰ってお風呂に入りたいわ。ねぇ長門、艤装を収納したら入らない?」

 

 「私も入るぅ……」

 

 「ほら、姉さん。元気をだしてください」

 

 「いいねぇ、風呂に入りながら一杯やるのも乙なもんかな~」

 

 「隼鷹、お風呂の時ぐらいやめなさいよね。前に提督に怒られたじゃない」

 

 皆違えど、大分疲れているようだ。長門もこの暑さのせいか、服の中が蒸れてしょうがない。元々体のラインに合わせ動きやすいよう作られた服は汗を吸ってうっすらと肌の肉色が見える。少し空気を入れようと胸元部分を引っ張れば、首元から垂れてきた汗が谷間に入ってしまった。これでは他の部分もぐっしょりだろう。陸奥の言うとおり、鎮守府へ戻ったら先に風呂に入るのも悪くないかもしれないと速度を上げる。

 

とそこで、長門は提督が新しく変わったのを思い出した。遠くへ出撃していたせいか、未だ顔合わせはしていないが敵との遭遇も少なく味方の損害も少ないため思った以上に早く戻ってくることができたのだ。もしかすれば会えるかもしれない。

 

 (妖精さん、時間を教えてくれないか)

 

 頭部に取り付けられている艤装を軽く揺らす。すると、こちらも暑さで参っていたのかなめくじのようにぬったりと体を前後に動かしながら妖精が現れた。そしてこれまたのっそりと腕を上げて空中に指で数字を描く。

 

 (12時過ぎか……。この様子であれば13時ごろには到着するか)

 

 暑い中済まないなと礼を言い、艤装の中に戻らせる。それを見届けると長門は再度号令をかける。たとえ鎮守府周辺海域に入ったとしても油断は禁物だ。

 

 「さぁ、あと1時間もあれば到着するだろう。皆、最後まで気を抜くな!」

 

 「元気ねぇ、長門は……」

 

 「あーづーいー」

 

 「姉さん。元気出さないと……」

 

 「はぁ、今日も鳳翔さんの所かぁ……」

 

 「新しい提督も酒好きだといいねぇ。それで男ならなおかつなんだけどなぁ」

 

 しかし帰ってくるのは気の抜けた返事ばかり、その様子に帰ったら新しい提督に指導してもらわねばと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂はもともと日本では神道の風習で、川や滝で行われた禊が始まりと言われている。遥か昔から行われた物が次第に大衆へと行き渡り、ついには冷たい水から暖かいお湯へと変わり煩悩等を洗い流すだけでなく、体の汚れや疲れを取り除くものへと変わっていった。

 

 また、種類も様々で蒸し風呂に岩風呂、釜風呂や五右衛門風呂、あげくにはドラム缶風呂などどのような方法を使ってでも風呂に入ろうという日本人の気概はなかなかに鬼気迫る物があるだろう。

 

 提督である長門はからすの行水と言われるほど風呂に対して執着があるわけではないが、だからといって一日に一回は入らねば落ち着かないのも事実だ。その証拠に今こうして汗ばんだ服を脱ぎだして目の前にある広い浴場に入りたいと思ってしまうのはやはり日本人の血が流れているせいだろうか。

 

 

 「私の計算であれば、この時間帯は誰も入ってくる人はいないはずなので安心して提督でも入れるはずです。……提督?」

 

 「ん。あ、あぁ。すまないな、思っていた以上に立派な浴場で驚いてな」

 

 まさか戦争の最前線である場所にここまで立派な浴場があるとは思っていなかったのだろう、霧島は驚いている提督を見て自分がほめられたかのようにふふんと鼻を鳴らした。

 

 それもそのはず、呉鎮守府の浴場は数ある中でも前提督による無駄遣いもとい邪な気持ちで作られた物だ。世間一般的にヒノキ風呂と言われるそれは資材に変えれば大型建造何回分の価値があるだろうか、維持費もばかにならない。この浴場の為だけに専用の妖精を配属させ劣化させないようにしているぐらいだ。気合の入れようが窺える。

 

 「しかし、いいのか?君達が使っている場所を私が使うなど」

 

 「問題ないデース! 逆に提督も今度からこっちに入ると皆ハッピーになりマース!そして、提督が入った後のお風呂に入ってぐふ、ぐふふふふ……」

 

 「これで……あれが手に入ります」

 

 「あぁっ! 金剛姉さまっ、後半から欲望が漏れてます!」

 

 「というか、君たちは何故ここまでついて来てるんだ」

 

 「まったくです、ムッツリ紅茶妖怪もほどほどにしてほしいですね提督」

 

 「いや、だからな……」

 

 「大丈夫ですよ提督。この夕張、提督が入浴中の間は誰一人として入らないよう見張っていますので!」

 

 だから安心してくださいと、金剛を一瞥し拳を握って気合を入れながら熱弁するそれは普通に考えればとても頼もしいものだ。しかし、夕張は気付いていない。自身の鼻から黄緑色の果物を切ったときに溢れる果汁のように赤い液体が漏れていることに。

 

 (これはもしかしなくてもだ。誰か他に頼もしい奴はおらんのか……)

 

 このままでは着任してから数日で自身の貞操が危うい、そう思った長門はこの場で唯一静かに浴場の入り口付近で待機していた榛名に目をつけた。戦艦榛名、見た目からして淑女のように落ち着きを持った彼女であれば姉の金剛達と夕張を抑えてくれるかもしれない。

 

 「榛名、君に頼みたいことがあるのだがいいだろうか?」

 

 びくっと、まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。金剛と比叡のやり取りをほほえましく見ていた榛名は自身の名を提督に呼ばれてもらえたことに高鳴る心を抑えつつ、提督に向かって微笑んだ。

 

 「は、はい。榛名に御用でしょうか?」

 

 「なに。金剛達がこの有様でな?とりあえずここから違う場所に連れて行ってもらいたいのだが……頼めるか?」

 

 その言葉に榛名は浮き足立つ。榛名は金剛型の中では三番目に作られた艦娘だ。一番下の霧島も一日しか違わず、性格上榛名は何をするにしても姉妹達を優先してきた。今回の件についても一番上である金剛が提督に対しアプローチをかけている中、榛名が姉を置いて提督に積極的になるわけにはいかないと逸る気持ちを抑えていた。しかし、榛名は感激する。他の姉達がいるにもかかわらず、自分を選んでくれたことに。きっと今まで我慢してきたのはこのためだったのだろう。そんな彼女が長門からの頼みごとを断るはずもなかった。

 

 「は、はい! 喜んで! 榛名、感激です!」

 

 提督の期待に答えてみせる、そう意気込んだ榛名。その姿はまるでおあずけを食らっていたかのよう。長門は榛名のやる気に少し気圧されながらもこの様子なら大丈夫だろうとお礼を言った。その言葉に榛名が体を震わせたのを見ていなかったのは不幸中の幸いか。

 

 「勝手は! 榛名が許しません!」

 

 「ふふふ……、へっ!? は、榛名その手に持ってる物は何ですカ!? ひ、ひえええええええ!!」

 

 「あぁっ! 金剛姉さまが亀甲縛りされてる!? ってちょっとまっ、私なにもっ、んぎゃあああああ!!」

 

 「ひぇ……」

 

 しかし、なにやら物騒な事が起きている中、長門は考える。

 

 前の提督がここまで艦娘達の為に立派なものを作るとは少し見直すべきところがあるのかもしれないと。駆逐艦に手を出しかけたという話ではあったが、艦娘達の事を優先的に考える根は優しい提督だったのかもしれない。

 

 (幼女趣味だけどな)

 

 案外、実はこの浴場を作ったのも駆逐艦達の入浴姿を見るためだけに作ったのかもしれない。もしかするとどこかにカメラでも仕込んでいるのではなかろうか。ふと榛名が金剛達をどこからか取り出した縄で縛っているのを横目に見ながら、辺りを見回す。しかし、籠や体重計、洗面台等があるだけでこれといって怪しいものは見当たらなかった。ここではないとすれば、中だろうか。何があるかわからないが先ほどから誰かに見られているような、そんな視線を感じる。

 

 風呂場の扉を開けようと長門は歩き出した。それにあわせ感じる視線はつかず離れず、なんとも言えない気分を味わう。そして――

 

 「て、提督! お風呂に入るのであれば服を脱がなくてはだめですよ! いやだ私ったらつい、提督の動きを目で追っちゃってましたわオホホホホホホ!!」

 

 先ほどまで榛名に縛られていたはずの霧島がどう抜け出したのか、息荒々しく長門の手を掴んでいた。そして自分がどこを掴んでいたのか気付いたのだろう、頬を赤く染めながら手を離す。握った手をしきりにさすりながら。

 

 「す、すまないな。とりあえずだ、風呂に入りたいからそろそろだな……」

 

 視線を感じなくなっていた。ということは先ほど感じたものは霧島に見られていたせいだろうか。なんにせよ、このまま彼女達を放置していれば流せるものも流せない。そう思った長門は榛名に目配せする。長門の視線に気付いたのだろう、片手で縛っている金剛達を引きずりながらもこちらに笑顔を向けた榛名は抜け出した霧島の首根っこを掴み取ると、おまかせくださいと言って浴場を出る。その後姿になんて男らしいのだろうと長門は思いつつ、そこで足りないものを思い出した。

 

 着替えがない。

 

 これは致命的だ。たとえ汗を流せたとしてもその後に着るものが同じものでは入った意味がない。しかし、この後に執務が待っている身としては部屋に戻って取りに行く時間も惜しい。考える、どうすれば効率よく風呂に入れるのかを。そして見つける。今しがた浴場を出たばかりの彼女の存在を。彼女であれば他と違い、間違いは起こさないはず。

 

 急いで浴場を出る。そして右左と廊下を見れば、再度霧島を紐で縛っている榛名の姿があった。

 

 「すまない榛名! 何度も申し訳ないが、もうひとつ頼みごとがあるのだが」

 

 「ふぇっ!? は、はい! 榛名にお任せください!」

 

 提督が見ているとは思わなかったのだろう、無言の表情で縛っていた榛名は顔を向けた瞬間、瞬時に笑顔へと切り替える。

 

 

 

 

 

 

 「着替えを持ってきてなくてだな。すまないが、この鍵を渡すからシャツだけでも持ってきてもらえないだろうか?」

 

 

 その言葉に、榛名は提督から受け取ろうとした鍵を落とした。

 

 

 

 




というわけでお風呂中編。まとめて一つの話にすればいいかと思いつつ、細かく書こうとして話が進まず。なかなか難産。

だけど、書いてて楽しいので結局いいのだ。

以下。

・長門が率いる艦娘達
宴会のときに出てたローテーション組。人選は作者の趣味と知り合いの趣味。

・妖精さん
色んな妖精さんがいる二次創作だけどなるべくゲームに近いよう、喋らない感じでいきます。

・漏れる果汁
オイル漏れしてる夕張さんメロン熊。

・榛名
たぶん一番のはっちゃけキャラだと思ってます。おとなしい分、いざとなると恐ろしいことになりそう。

・着替え
ついつい頼んでしまうあたり、提督である長門も昔の感覚が抜けていない模様。というかこういう事って変わろうとしても無理そう。


感想、評価いつもありがとうございます。文がまだまだ安定していないですが皆様に楽しく見てもらえるよう頑張って行きます。


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第十話 あべこべ艦これ~お風呂(お着替えミッション)~

更新が遅れてしまい、大変申し訳ございません。

本当であれば第十話で風呂編を終わらせる予定でしたが、書いているうちに文字数が多くなってしまい一話多くしております。


 「確認致しました。任務、敵艦隊主力を撃滅せよ……完了ですね」

 

 手渡された紙に印を押す。完了という証と共に、紙は空中に浮き上がると淡い粒子となって消えていった。それと同時に、机の横に設置されている資材カウンターに燃料五十、弾薬五十、鋼材五十、ボーキ五十と高速修復財――バケツと開発資材が1個ずつ追加される。

 

 その光景に相変わらず陰陽術とは摩訶不思議なものだと戦艦陸奥は不思議に思う。まだ体が肉体を持っていない時、陰陽術なんて類のものはまゆつばものとされていたはずなのに。

 

 「ありがとう、大淀さん。今回の任務は以上よね?」

 

 「えぇ、現時点では陸奥さん達への任務はありません。しかし、早かったですね?もう少しかかるものと思っていたのですが……」

 

 

 陸奥の言葉に答えた後、しかしと大淀は付け加えた。任務の報告に必要だった判子等を引き出しに戻し、腰を上げる。

 

 任務室、そこに大淀と陸奥はいた。小さな小部屋にひとつだけ机が置かれ、その上にはたくさんの書類等が散乱しているここは、司令室の近くに設けられたその名のとおり任務を受け、そして報告する部屋だ。任務とは海軍本部から命ぜられる各鎮守府に対しての仕事、いわゆるノルマだ。

 

 本来、どの鎮守府にも定期的に各資材が送られるようになっているが、それは艦娘達を最低限動かすものであり、建造や開発など戦力増強を行うために使用すれば一瞬でなくなってしまう様な量だ。

 

 そのため、遠征の他に周辺海域に存在する深海棲艦の破壊や艦娘達の錬度を上げるための編成、そしてより一層強くなるための改装など状況に応じた任務が本部より与えられ、それを達成することにより追加報酬として、資材や艦娘達の傷を癒すためのバケツ等が送られてくるのだ。

 

 そして、大淀は艦娘でありながら本部との連絡・任務等の通達や報告を引き受けている存在でもある。そのため、任務の報告をする際には必ず大淀に判子を押してもらわなければいけないのだ。

 

 「今回は運が良かったのかしらねー。敵の攻撃が見当はずれのところに着弾するんだもの。艦隊全員無傷で帰ってこれたわ」

 

 「それはまた……。なにかご利益があったのかもしれませんね」

 

 「あら、それは運が低い私に言うことかしら?」

 

 そんなんじゃありませんよと、大淀は苦笑いした。彼女、陸奥は艦娘達の中でも運がとても低い。どの艦娘でもそうだが、史実によって自身の力に大きく影響することが多い。陸奥は戦時中、戦線に出ることなく停泊中に爆発事故を起こしてしまっている。そのためか、運も一ケタ台と群を抜いていた。

 

 運というのは一見重要そうなものではなさそうだが、艦娘達はそうでもない。運が高ければ高いほど、敵に対して錬度の高い攻撃を行うことができたり敵の攻撃を回避しやすくなったりととても重要な力なのだ。だからだろう、基本的に敵の攻撃を受けやすい陸奥が無傷で帰ってきたことに大淀が驚いたのは。

 

 彼女もその事はわかっているのだろう、冗談よと言いながら大淀から報告書を受け取る。

 

 「そういえば、他の方達はいかがされました?彼女達にも報告書を渡しておきたいのですが」

 

 「川内姉妹は食堂に行ったわ。飛鷹と隼鷹は……鳳翔さんの所じゃないかしら」

 

 その言葉に大淀はため息をつく。任務が終われば必ず報告を行い、そして報告書を書いてから司令室にいる提督に渡すのが規則だ。川内姉妹や軽空母組についてはまだ錬度も低く、この鎮守府に来てからまだ日が浅い。大目に見る必要があるだろう、しかし陸奥の姉は別だ。彼女はこの鎮守府でも比較的古参のはずなのだから。

 

 「大方想像はつきましたが……。しかし、長門さん……いやこの場合二人いるとややこしいですね。ながもんでいいですか、前に駆逐艦達にそう言うようにいってましたし。ながもんはどちらに?」

 

 「えっ、二人? いや、戻ってきた時に駆逐艦達から新しく来た提督が丁度お風呂に入ってるって話を聞いて。顔合わせも兼ねて女同士裸で語り合ってくるって……というか、ながもんって」

 

 大淀の言葉に疑問を抱いてるのだろう、少し不思議な顔をしながらも質問に答える。そして、大淀は陸奥の言葉を聞いて頭が痛くなった。どうしてこう、戦艦というものはやることが一つ一つ豪快なんだろうか……。

 

 頭を押さえた大淀を不思議に思ったのだろう、陸奥がこちらを不思議そうに見ている。大淀はこれから起きる惨状を思い浮かべながらいやですね、と付け加えた。

 

 「新しい提督なんですが、長門って言うんですよ。戦艦長門さんと同じ名前なんです」

 

 「あら、珍しいわね。だけど、二人っていう理由はわかったけど、なんでそんなに悩んでるの?別に変なことでも起きるわけじゃあるまいし」

 

 「いや、それがですね……」

 

 口が淀む。ここまで大淀が悩むなんてよほど大事なのだろう、その姿を見た陸奥は嫌な予感がすると生唾を飲み込んだ。二人して神妙な面持ちをしながら廊下を歩くその姿は、どこか滑稽ながらも安穏でない空気を醸し出す。

 

 

 

 

 「新しい提督、男の方なんですよ」

 

 

 「提督が危ないわ!」

 

 大淀の一言に、陸奥はこれから起こる惨状を思い浮かべ、浴場へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔と天使が囁いている、ここで一枚ぐらい無くなったとしても別にばれはしないと。

 

 手が震える。提督から渡された鍵は今まで持ったものよりとても重たく、そして榛名を堕落させてしまいそうな誘惑を放つ罠だ。しかし、その罠も提督自身が持ってきてくれという命令によって解除されている。百パーセント安心安全な宝がこの扉の先に眠っているのだ。

 

 ごくりと、喉に溜まった唾を飲み込む。

 

 震える指を抑えながらも、榛名は鍵穴に鍵を差し込んだ。そしてゆっくりと右に回転させる。カチリという音と共に禁断の封印が解かれる音がした。その音に榛名は体を震わせる。

 

 「お、お邪魔します……」

 

 ゆっくりと、誰もいるはずのない部屋の中に榛名は恐る恐る足を踏みいれた。

 

 「提督の、すっごく大きい……」

 

 初めて入る部屋の広さに榛名は驚いた。赤い絨毯が敷かれた部屋はブロック柄のドレープカーテンから入る光によって落ち着いた雰囲気を醸し出し、机やソファー、そして椅子やクローゼットに至るまで高級な木材を使用して作られたであろう家具は各所に彫刻等が施され高級なものだと一目でわかる。

暖炉は使われていないのだろう、火が入っていないが季節が変わってくれば部屋を淡く照らし、きっと部屋全体の雰囲気を暖かいものに変えてくれるに違いない。

 

 その中を、榛名は歩く。絨毯の柔らかさに驚きつつ、提督が使用している椅子やベッドを触ってみたい欲求を抑えながら。

 

 そして、目的の場所へと辿り着く。扉から数メートルほどしかない場所にあるそれは重量感があり、まるで榛名を迎え撃つような大きさだ。

 

 「こ、このクローゼットの中に提督のお着替えが……ごくり」

 

 お着替え、なんて甘美な響きだろうか。だが、こうして無駄に時間を浪費しているわけにはいかない。はやる気持ちを抑えつつも、榛名は大きく深呼吸すると気合を入れた。でなければ今こうしているうちに提督がお風呂からあがってしまうかもしれない。早く着替えを取って戻り、扉越しでもいいので生まれたままの姿でいる提督の影を一目見てみたいのだ。

 

 「榛名! いざ、出撃します!」

 

 どこにという野暮な言葉は不要だろう。

 

 榛名は掛け声と共に一番上の両扉から手を伸ばす。そして力を込めて第一の封印を解いた。

 

 「一番上はやはり上着類ですか……。なるほど、この肌触り……なかなかに高級なものです!」

 

 誰に言っているのか、白色ジャケットや紺色ジャケットなど夏服や常服に手を伸ばし両手でしっかりと、丹念に全体を触りながら解説をする。その様子は正に不審者のそれ。鼻息荒く、目を大きく開きながら男の部屋を漁るその姿は憲兵がいれば即座にお縄をかけていただろう。

 

 「次は……ま、真ん中ですね! セオリー通りであれば、ここに提督から頼まれたシャツが……!」

 

 真ん中の引き戸を引く。すると、そこには榛名の予想していたとおり純白のシャツが数枚と初めて見るタイプのシャツがあった。ひとまず、要望の白シャツを一枚取り出す。両手で包み込むように持ち上げ近くの机に置いた後、急いでもう一つのシャツを取り出した。そしてこちらも必要かもしれないと思い、机に置こうとする。だが、榛名は気付いてしまった。先ほど置いたシャツと手に持っているシャツ、この二つに決定的な違いがある事に。

 

 

 「袖が……ない!」

 

 初めて見るシャツに榛名は興奮を隠せない。榛名が知っているのは開襟シャツという写真集によく載っているもので、これほど露出度を上げたシャツを見たことがなかった。そして、考える。提督がこれを持っているという事はこの服を着ているということではないか。つまり、ただでさえその逞しい体を腕までさらけ出しているのに、それだけでは飽き足らず脇が見えるほどの位置まで露出度を上げたシャツを着ているのかと。

 

 榛名は鼻を押さえた。顔に血が上るのがわかる。まずい、今回新しく配属された提督は榛名が知っている男性ではない。まるで女性のことをまったく気にしていないようではないかと。

 

 (落ち着かないと……。大丈夫、榛名は大丈夫です……!)

 

 鼻を抑えながら深呼吸を繰り返す。少しずつではあるが、落ち着いたのだろう。ふらふらと危なげながらも榛名は両方のシャツを持ち、部屋を出ようとした。だが、そこで気付く。提督はシャツだけでもいいからと言っていた。しかし、榛名自身もそうだが、下着というものはシャツだけでなく下のあれも用意しなければ意味がないのではないかと。

 

 (いやいやいやいや! さ、さすがに下はまずいですよね……)

 

 榛名は女性だ。なかなか見たことがない男性という存在に会い、榛名の中で少しずつ膨れ上がっていくそれはきっと今まで築いてきた清楚とは程遠いものだ。だからこそ、今頭に思い浮かべている事はやってはいけない。やってしまえば、戻れなくなってしまうと。

 

 だが、と。

 

 悪魔が現れた。榛名の頭上に浮かぶそれは自身の姿と瓜二つ、ただ一つ違うと言えば服の色が真っ黒な所か。

 

 『提督はシャツだけでもと言ったのよ? ということは可能であれば他のものも用意して置いたほうがいいんじゃないかしら』

 

 その言葉に榛名は足を止める。振り返ってみれば、クローゼットの一番下。最後の封印されし引き出しは動かずにその場に佇んでいる。あの中に、提督のあれが……。

 

 (だ、だめです! 榛名はそんな子じゃありません!)

 

 悪魔の誘惑を振り払う。腐れども榛名は艦娘だ。由緒正しい艦娘として、このような非道な行為をするわけにはいかない。

 

 その時、悪魔だけではなく天使が現れる。榛名と同じ姿をした天使は白の服を身にまとい、こちらに優しく微笑みかけた。その様子に榛名は自分が最後の最後で踏みとどまれたと歓喜する。そして、

 

 

 

 

 

 

 『悪魔の言うとおりです。ここにはあなた一人、あなたの心に正直になりなさい』

 

 

 その後、提督の部屋を出た榛名のポケットには入ったときにはなかったふくらみがあったとかなかったとか。

 

 

 

 

 




まずは更新が遅れてしまったこと、申し訳ございません。

次回、ようやくお風呂編終わりです。まったく話が進んでないですがその辺りはご容赦を。

以下。

・陸奥さん
自分の長門の次にレベルが高い艦。いつもお世話になってます。運が低いのは停泊中に爆発事故を起こし沈没してしまったため。

・封印されし
意味不明の下着を五枚そろえることで榛名を倒せるってばっちゃがいってました。

・シャツ
基本的に普通であれば開襟シャツもタンクトップも存在してますが、あべこべ要素でタンクトップを亡き者に。提督がもっている理由はのちのち。タンクトップで生活する提督編も書きたいです。

・提督の部屋
描写が難しかったですが、鎮守府の資料館からひっぱりだし描写。


感想や誤字脱字報告、いつもありがとうございます。これからも宜しくお願い致します。


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第十一話 あべこべ艦これ~お風呂(下)~

修正致しました。

色々ご迷惑をおかけしたこと、申し訳ございません。

色々な感想を頂き、考えた結果 男らしい提督・男の娘のような提督の両方書いてしまえばいいと思ったので二つ乗せます。

あまり、難しいことは考えず二次創作なので気軽ならも矛盾が起きないよう書いていこうと思います。

あべこべ物は美醜逆転はあれだけどそれ以外ならなんでもいける٩( 'ω' )وなので男前提督も好きな同士の考えもわかりますし男の娘提督が好きな同士の考えも理解できます。

自分は両方好きなので、こうなったら両方書いてやる\( 'ω')/<ウオアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!!!


 戦艦である長門はこの日、とても機嫌がよかった。

 

 一つは今回の出撃において損傷もなく帰れた事。艦だった頃は旗艦を務める事がほとんどなかったため自身が率いた艦隊が無傷で戻ってこれたのは長門にとって誇らしいことだ。

 

 そして、二つ目。

 

 「ふふふ、ながもん……かぁ。ああ、良い響きだ」

 

 戦艦長門は先ほどの言葉ににんまりと笑みをこぼす。

 

 彼女は前の提督と同じように駆逐艦達が大好きだ。といっても手を出すようなことは一切しない。昔の言葉でいうのならイエスロリータノータッチというのだろうか。

 

 幼い子供に手を出すというのは犯罪だ。これは男性であっても女性であっても変わることはない。だからこそ、戦艦という艦の中でも駆逐艦達の憧れである長門は無様な姿を見せるわけにはいかなかった。

 

 そのため、なかなか駆逐艦達と交流を深める事も出来ず、前に酔っぱらってしまった勢いでながもんと呼んでくれと言った以外は少女たちのお手本となるべく行動していた。

 

 だが、今日という日はなんてすばらしい日なのだろうか。

 

 鎮守府へ戻った時、いつもはなかなか近寄らない駆逐艦達が総出で長門達を迎えに来てくれたのだ。どこか慌てた様子でながもんと言いながら。その様子に戸惑いつつも、一生懸命長門の周りに集まって我先にと言い争いながらながもんと呼ぶ姿はまるで長門を取り争っているかのような錯覚を引き起こし、瞬時に脳内で天に昇ったかのような感覚が起こり、光に包まれた。

 

 その中で、駆逐艦達が新しい提督について話していたのを覚えている。天に昇っていたため後半しか話を聞いていなかったが。

 

 

 戦艦長門は鼻歌を歌いながら、風呂場へと向かう。手には部屋から急いで取りだしてきた新しい着替えを持って。

 

 「新しい提督と裸一丁で女同士語り合い……。なかなかに乙なものだな!」

 

 駆逐艦達の話ではどうやら艦娘達が使用する浴場に入っているらしい。であれば、善は急げだ。一度提督とは何も隠さず本音を語り合いたいと思っていた。そしてもし趣味が合えば駆逐艦達との交流を深めるためお泊まり会などを開いたり、好みの男性について語り合いたい。そのような思いを抱きながら長門は歩く。

 

 そしてたどり着いたのは提督がいる浴場。

 

 目を閉じ、意識を集中させる。一瞬で周りの雑音がなくなり、聞こえるのは浴場の中の音のみ。

 

 どうやら、風呂に浸かっているようだと戦艦長門は中りをつける。こうしてはいられないと、浴場の扉をあけると流れるような速さで服を脱ぎはじめた。

 

 まったくの躊躇のなさ、まさに女性らしい大胆さで上着や下の服を脱ぐ。脱衣場に設置された籠に服を脱ぎ捨てれば、そこには女性特有の少し丸みをおびながらも健やかで瑞々しい体つきがあった。だが、鍛えているのだろう。腕や足、お腹の部分が軽く盛り上がっており、引き締っているのがみえる。

 

 長門は布一枚だけを手に取ると、浴場へと向かう。蛍光灯のせいか長門が少し体を動かすと――光に当たる部分が緩やかに移動し、体の凹凸を彩る影の形が変わった。丸く盛り上がった二つの双丘やくびれた腰骨や日に焼けた少し健康的な肌が、纏わりついている汗のせいか妖しげな雰囲気を醸し出す。

 

 もし戦艦長門が男が多かった時代にいればその姿を見れば誰もが言ったに違いない。ビック7は伊達ではなかったと。

 

 (さて、出会い頭が肝心だ……。どうやって入るか)

 

 第一印象が重要だと、戦艦長門は考える。提督が人である以上、艦娘である我々にどのような考えを持っているのかもわからない。前の提督のように少し問題はあれど好意的であれば問題ないだろう。だが、逆の場合どうなるか。そのためには少し高圧的に行くべきだろうか、いや、それではまずい。なるべく機嫌を取るためにお淑やかにいくべきか。それともながもんらしさをアピールしつつ入るか。

 

 だが、戦艦長門は途中で考えるのをやめた。

 

 提督もそうだろうが、女性というものは男性と違い物事を深く考えない節がある。であれば、何も隠す場所がないこの浴場で難しいことを考えても意味がないと思ったからだ。

 

 息を大きく吸う。考えるのはやめたが、最初の挨拶ぐらいは肝心だ。だからこそ、気合をいれ浴場の扉を開けた。

 

 瞬間、水が跳ねる音と共に小さな悲鳴が聞こえる。人が来るとは思わなかったのか、提督が少し驚いたのだろうと長門は思った。

 

 浴場に溜まっていた湯気が扉を開いたことにより、少しずつ晴れていく。それはまるで薄布を一枚一枚剥いでいくかのようで、提督の影が見えるにつれ心臓の鼓動が何故か激しくなった。

 

 そのなんともいえぬ感覚に戸惑いながらも、浴場に入る。そして――

 

 

 「新しい提督だな?私の名は長門、長門型戦艦のネームシップ、長門だ。風呂の途中ですまないが、どうしても会いたいと思ってな。これから宜しくたの……む……」

 

 目に映った光景に固まった。

 

 目の前に写るは細身ながらも鍛え抜かれた身体。身体のあちこちに皮膚がただれていた跡が見え、風呂に入っていたせいか淡い朱色に染まった身体がいやに目を引いた。信じられないものを見たかのように固まったその顔は年相応の張りがある健康的な肌で、少し日に焼けたその姿はその存在を一層引き立てる。その精悍な顔立ちは、鎮守府では見ることができない。

 

 その姿はまるで――

 

 「お、おと……」

 

 「だ、誰だ!?」

 

 「男だあああああああああ!!」

 

 「へっ、なにっ、ちょおま、だれだ! って前隠せ、前!」

 

 眼に写る、愛読雑誌に載っている様な男らしさに戦艦長門は提督が男であるという事実に驚愕すると同時に流れるような動作で浴場の鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴちょんと、閉めた筈の蛇口から水滴が落ちる。その音に長門は身体を震わせた。

 

 「そ、そうか。て、提督は男で私と同じ長門というのか。ここ、これは運命を感じざるを得んな!」

 

 「は、ははは」

 

 「だ、だが! 長門という名前では今後支障が出る時もあるだろう。下のを教えてはくれないか? あ、いや! 別にそういう卑猥な言葉では断じてないぞ!」

 

 「あっ、正海だ。正しいと海の字で、まさみ」

 

 「な、なるほど、良い名だ。……ところでだ。提督、せっかく裸の付き合いなのだからもっとこう……友達の様に、いやか、彼女……提督と彼女っ。ふふ、ふふふ……」

 

 「……」

 

 「ふふふ……。ぬ、鼻血が」

 

 (やべえよやべえよ、どうするんだこれ)

 

 風呂に入っているおかげで下が見えなくてよかったと正海は思う。

 

 突然浴場に戦艦長門が入ってきた。それだけならまだ対処はできるはずだった。だが、彼女はあろうことか他の艦娘達が入ってこれないよう浴場の鍵を閉め、出れないようにしてしまった。そしてこちらを見ながら今に至る。その姿に自身が考えていた戦艦長門の理想像が崩れていく。正海が想像していた戦艦長門とはとても力強く、艦娘達を引っ張っているリーダー的存在で男であろうと冷静に対応できる――。

 

 「落ち着くのだ落ち着くのだ私よ……。男だ、男だ……。まずは他の艦娘達にばれない程度でだな……」

 

 これはまずいと平常心を装いながら考えた。

 

 正海は男だ。そして隣で鼻血を流しながらもこちらの身体を嘗め回すかのように見ながらぶつぶつと呟く戦艦長門は女性だ。この世界では正海がいた時とまったく逆、男性が女性に襲われかねない世界。

 

 であれば、身を守るところがないこの場所で戦艦クラスの艦娘に襲われてしまったら助けてくれるものは誰もいない。なにより、先ほどから長門は興奮した様子で提督が男とは想定外、理想の男性像にぴったりだなど呟やくその光景は想像していた姿とは程遠い。逆に今まであった艦娘達より危険なんじゃないかと正海は身震いする。

 

 ちらりと、隣で湯に浸かる長門を見る。そしてすぐさま目をそらした。

 

 (無防備すぎる……。本当なら絶景ものなんだが)

 

 裸体を隠そうともしないその光景にごちそうさまとちゃっかり思いながらも、このあとどうなってしまうのか嫌な予想だけが頭の中に浮かび、なんとか身体を洗うために持ってきていた布がずれないように腰に固定しようとした。

 

 だが、その動きを察知したのか長門が息を荒くしこちらを見ていた。その瞳は獰猛なる化け物そのもの。野獣の眼光も真っ青の眼力。

 

 「どうした?も、もしかしてだな。か、痒かったり……?」

 

 「えっ、いやなんでもない!」

 

 これはやばいと、正海はお湯に浸かっているはずなのに背筋が寒くなるのを感じた。

 

 「え、遠慮することはないぞ。提督と私の仲だ、少しぐらい触っても問題な――」

 

 「本音漏れてる! 漏れてる!」

 

 「だ、大丈夫だ。痛いのは最初だけだ!」

 

 「なにしようとしてるんだ!?」

 

 「ナニだ! ええい、目の前に男がいるんだぞ! よいではないか!」

 

 「やめっ、食われる! 食われる!誰かああああああ」

 

 獲物を定めた野獣のように、正海に迫る。その姿に恐怖した正海は布がずれないよう左手で結った部分を押さえつつ、後退した。

 

 その姿に長門は興奮を抑えられなかった。こちらを見て恐怖を浮かべ、下が見えないよう後ろへと下がっていくその姿に。初めは馬鹿にしていた。自身は艦娘、明石の店から定期的に発売されるとある雑誌をいつも購入して愛読し、気に入った写真を切り抜いたりはしていたが男など必要ない、興味なんかないと。だが、今ならわかる。他の艦娘達が夢中になるその気持ちが。

 

 舐め回すように正海の姿を見る。胸の部分、大胸筋にはそこまで筋肉がついていないものの、余分な脂肪は一切無く美しい楕円形の蕾はその精悍な体つきからは予想できない可愛らしさを醸し出している。腹は綺麗に割れ、きっと触れば板のように頑丈。警戒を怠らぬ鳥の様に首をくすめているその姿は長門の心をくすぐる。

 

 「ふふ……ふふ、この提督は……いいものだ!」

 

 「やめ……やめ……!」

 

 ぴたりと、背中に浴槽の壁が当たった。万事休す、自身の貞操もここまでかと正海は目をつぶる。その姿により一層鼻息を荒くした長門、手を伸ばしまずはその精悍な顔を近くで見ようと手を伸ばし――。

 

 

 

 

 「こおんのおおおおおおお!! バカ姉ええええええええ!!」

 

 

 浴場に響き渡る叫び声と共に、戦艦長門は頬に感じた一瞬の痛みと浴場の扉が破壊されこちらに向けられていた主砲を構えた陸奥を見て意識を手放した。




こちらが正史というか本編というか。男の娘バージョンは外伝みたいな形で書いていきます。


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EX 第十一話 あべこべ艦これ~お風呂(下)男の娘バージョン~

こちらは男の娘バージョンになります。見づらいようでしたら新しい小説として投稿する予定です。

またこちらの一つ前の話に書き直した通常の物もございますのでご注意ください


 戦艦である長門はこの日、とても機嫌がよかった。

 

 一つは今回の出撃において損傷もなく帰れた事。艦だった頃は旗艦を務める事がほとんどなかったため自身が率いた艦隊が無傷で戻ってこれたのは長門にとって誇らしいことだ。

 

 そして、二つ目。

 

 「ふふふ、ながもん……かぁ。ああ、良い響きだ」

 

 戦艦長門は先ほどの言葉ににんまりと笑みをこぼす。

 

 彼女は前の提督と同じように駆逐艦達が大好きだ。といっても手を出すようなことは一切しない。昔の言葉でいうのならイエスロリータノータッチというのだろうか。

 

 幼い子供に手を出すというのは犯罪だ。これは男性であっても女性であっても変わることはない。だからこそ、戦艦という艦の中でも駆逐艦達の憧れである長門は無様な姿を見せるわけにはいかなかった。

 

 そのため、なかなか駆逐艦達と交流を深める事も出来ず、前に酔っぱらってしまった勢いでながもんと呼んでくれと言った以外は少女たちのお手本となるべく行動していた。

 

 だが、今日という日はなんてすばらしい日なのだろうか。

 

 鎮守府へ戻った時、いつもはなかなか近寄らない駆逐艦達が総出で長門達を迎えに来てくれたのだ。どこか慌てた様子でながもんと言いながら。その様子に戸惑いつつも、一生懸命長門の周りに集まって我先にと言い争いながらながもんと呼ぶ姿はまるで長門を取り争っているかのような錯覚を引き起こし、瞬時に脳内で天に昇ったかのような感覚が起こり、光に包まれた。

 

 その中で、駆逐艦達が新しい提督について話していたのを覚えている。天に昇っていたため後半しか話を聞いていなかったが。

 

 

 戦艦長門は鼻歌を歌いながら、風呂場へと向かう。手には部屋から急いで取りだしてきた新しい着替えを持って。

 

 「新しい提督と裸一丁で女同士語り合い……。なかなかに乙なものだな!」

 

 駆逐艦達の話ではどうやら艦娘達が使用する浴場に入っているらしい。であれば、善は急げだ。一度提督とは何も隠さず本音を語り合いたいと思っていた。そしてもし趣味が合えば駆逐艦達との交流を深めるためお泊まり会などを開いたり、好みの男性について語り合いたい。そのような思いを抱きながら長門は歩く。

 

 そしてたどり着いたのは提督がいる浴場。

 

 目を閉じ、意識を集中させる。一瞬で周りの雑音がなくなり、聞こえるのは浴場の中の音のみ。

 

 どうやら、風呂に浸かっているようだと戦艦長門は中りをつける。こうしてはいられないと、浴場の扉をあけると流れるような速さで服を脱ぎはじめた。

 

 まったくの躊躇のなさ、まさに女性らしい大胆さで上着や下の服を脱ぐ。脱衣場に設置された籠に服を脱ぎ捨てれば、そこには女性特有の少し丸みをおびながらも健やかで瑞々しい体つきがあった。だが、鍛えているのだろう。腕や足、お腹の部分が軽く盛り上がっており、引き締っているのがみえる。

 

 長門は布一枚だけを手に取ると、浴場へと向かう。蛍光灯のせいか長門が少し体を動かすと――光に当たる部分が緩やかに移動し、体の凹凸を彩る影の形が変わった。丸く盛り上がった二つの双丘やくびれた腰骨や日に焼けた少し健康的な肌が、纏わりついている汗のせいか妖しげな雰囲気を醸し出す。

 

 もし戦艦長門が男が多かった時代にいればその姿を見れば誰もが言ったに違いない。ビック7は伊達ではなかったと。

 

 (さて、出会い頭が肝心だ……。どうやって入るか)

 

 第一印象が重要だと、戦艦長門は考える。提督が人である以上、艦娘である我々にどのような考えを持っているのかもわからない。前の提督のように少し問題はあれど好意的であれば問題ないだろう。だが、逆の場合どうなるか。そのためには少し高圧的に行くべきだろうか、いや、それではまずい。なるべく機嫌を取るためにお淑やかにいくべきか。それともながもんらしさをアピールしつつ入るか。

 

 だが、戦艦長門は途中で考えるのをやめた。

 

 提督もそうだろうが、女性というものは男性と違い物事を深く考えない節がある。であれば、何も隠す場所がないこの浴場で難しいことを考えても意味がないと思ったからだ。

 

 息を大きく吸う。考えるのはやめたが、最初の挨拶ぐらいは肝心だ。だからこそ、気合をいれ浴場の扉を開けた。

 

 瞬間、水が跳ねる音と共に小さな悲鳴が聞こえる。人が来るとは思わなかったのか、提督が少し驚いたのだろうと長門は思った。

 

 浴場に溜まっていた湯気が扉を開いたことにより、少しずつ晴れていく。それはまるで薄布を一枚一枚剥いでいくかのようで、提督の影が見えるにつれ心臓の鼓動が何故か激しくなった。

 

 そのなんともいえぬ感覚に戸惑いながらも、浴場に入る。そして――

 

 

 「新しい提督だな?私の名は長門、長門型戦艦のネームシップ、長門だ。風呂の途中ですまないが、どうしても会いたいと思ってな。これから宜しくたの……む……」

 

 目に映った光景に固まった。

 

 目の前に写るは細身ながらも鍛え抜かれた身体。身体のあちこちに皮膚がただれていた跡が見え、風呂に入っていたせいか淡い朱色に染まった身体がいやに目を引いた。信じられないものを見たかのように固まったその顔は年相応の少女らしい幼さが見えるが、しかし丸みを帯びているわけではなくまるで男のように精悍な顔つき。髪は少し長め、肩辺りにぎりぎり届かないぐらい。お湯に濡れ、首元に絡みついたその姿は女性のはずなのに雑誌で見たような魅力的な姿。

 

 その姿はまるで――

 

 「か、かわ……」

 

 「だ、誰だ!?」

 

 「かわいいでちゅねええええ!!」

 

 「へっ、なにっ、ちょおま、んぶぅぅ!!」

 

 愛読雑誌『男の様な女の子、略して男の娘』に乗っているような可愛らしさに戦艦長門は提督を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴちょんと、閉めた筈の蛇口から水滴が落ちる。その音に長門は身体を震わせた。

 

 「そうか、提督も私と同じ長門というのか。これは運命を感じざるを得んな!」

 

 「は、ははは」

 

 「だが、長門という名前では今後支障が出る時もあるだろう。下の名前を教えてはくれないか?」

 

 「あっ、正海です。正しいと海の字で、まさみ」

 

 「なるほど、良い名だ。……ところでだ。提督、せっかく裸の付き合いなのだからもっとこう……寄ってもかまわんのだぞ? 女同士なんだ、別に気にすることないだろう」

 

 「えっ、い、いや。そういうの苦手で……」

 

 「むっ、そうか。別に遠慮する必要はないのだがな」

 

 (完全に女扱いされてる……。いや、この場合男と思われてないのはまだいいのか? だけど、めちゃくちゃ目のやり場に困る……!)

 

 顔が赤い。風呂に入っているおかげでばれていなくてよかったと正海は思う。

 

 突然浴場に戦艦長門が入ってきた。それだけならまだ対処はできるはずだった。だが、彼女はあろうことか正海を女性と勘違いし、裸の付き合いといって過剰なスキンシップを図ろうとしている。その姿に自身が考えていた戦艦長門の理想像が崩れていく。

 

 

 これはまずいと平常心を装いながら考えた。

 

 正海は自身でも少し女装すれば女らしく見えるのは理解している。昔、母親にせがまれてそういったものを着たことがあるからだ。

 

 だが、所詮女らしく装っても男は男。このままでいれば遠からずばれてしまうだろう。であれば、身を守るところがないこの場所で戦艦クラスの艦娘に襲われてしまったら助けてくれるものは誰もいない。なにより、先ほどからこちらに話しかけている長門は興奮した様子で理想の男性像や駆逐艦の素晴らしさを説いている。その理想像は要約すると男の娘。そして駆逐艦の素晴らしさを説くその姿は完全にロリコン。

 

 ちらりと、隣で湯に浸かる長門を見る。そしてすぐさま目をそらした。

 

 (無防備すぎる……)

 

 裸体を隠そうともしないその光景にごちそうさまとちゃっかり思いながらも、このあとどうなってしまうのか判断がつかず、なんとか身体を洗うために持ってきていた布がずれないように腰に固定しようとした。

 

 だが、その動きを察知したのか長門が息を荒くしこちらを見ていた。その瞳は獰猛なる化け物そのもの。野獣の眼光も真っ青の眼力。

 

 「どうした?も、もしかしてだな。か、痒かったり……?」

 

 「えっ、いやなんでもないです!」

 

 これはやばいと正海はお湯に浸かっているはずなのに背筋が寒くなるのを感じた。

 

 「え、遠慮することはないぞ。提督と私の仲だ、少しぐらい触っても問題な――」

 

 「本音漏れてる! 漏れてる!」

 

 「だ、大丈夫だ。痛いのは最初だけだ!」

 

 「なにしようとしてるんだ!?」

 

 「ナニだ! ええい、女同士だ! よいではないか!」

 

 「やめっ、食われる! 食われる!誰かああああああ」

 

 獲物を定めた野獣のように、正海に迫る。その姿に恐怖した正海は布がずれないよう左手で結った部分を押さえつつ、後退した。

 

 その姿に長門は興奮を抑えられなかった。こちらを見て恐怖を浮かべ、下が見えないよう後ろへと下がっていくその姿に。初めは前の提督の事を馬鹿にしていた。だが、今ならわかる。手を出したその気持ちが。

 

 舐め回すように正海の姿を見る。女性にしてはほぼないといってもいい胸。だが、二つの蕾はとても可愛らしく手の中に収めてしまいたくなってしまうほどの魅力を放っている。そして鍛えているその身体は先ほど抱きついたときに実感している。とてもすべすべして気持ちがいい。

 

 「ふふ……ふふ、この提督は……いいものだ!」

 

 「やめ……やめ……!」

 

 ぴたりと、背中に浴槽の壁が当たった。万事休す、自身の貞操もここまでかと正海は目をつぶる。その姿により一層鼻息を荒くした長門、手を伸ばしまずはその精悍な顔を近くで見ようと手を伸ばし――。

 

 

 

 

 「こおんのおおおおおおお!! バカ姉ええええええええ!!」

 

 

 浴場に響き渡る叫び声と共に、戦艦長門は頬に感じた一瞬の痛みと共に意識を手放した。

 




色々ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

これからも宜しくお願い致します。

かっとなって両方とも作りました。反省はしていない( 'ω' )


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第十二話 あべこべ艦これ~お風呂(完)~

お待たせしました。

ようやくお風呂編完結です。上・中・下の使い方がおかしいのは気にしない方向で。




 白と黒の線が無数に点滅を繰り返し、砂嵐のように画面を塗りつぶす。

 

 鎮守府のとある一角、艦娘達の中でも知る者は少ない――小さな部屋は無数に並ぶ素人では扱えない精密な機械、そして机の上に設置された小さなテレビからの光しか無く、暗闇になれるか目を凝らせねばその小さな部屋に二人の艦娘がいるのに気付かないだろう。

 

 「あ、あ……」

 

 「そ、そんな……」

 

 震える手で耳に着けていた小型イヤホンを取る。目の前で彼女たちの苦労をあざ笑うかのように点滅を繰り返すテレビからは、映像が消える直前に戦艦陸奥が艤装から放った一撃と小型カメラに向かって鼻血を流しながら激突した瞬間の長門の姿が写っていた。

 

 「なんで……ピンポイントにカメラに向かって来るんですかあああ!!」

 

 青葉は髪をかきむしった。そして涙する。今回の為に用意した小型カメラ、そして全指向性でありながら妖精さん達の未知の技術を使用したことにより単一指向性に切り替えることもできるマイクは青葉と明石、両方の今まで貯めていた数少ない給金を叩いて用意した物。

 

 一朝一夕で用意できるものではないのだ。

 

 「もう少しだったのに……!」

 

 そして明石もこれからが本番だったのにと歯軋りする。提督の生、それを移すことに成功した両者はこれから忙しくなると鼻血を流しながら一箱あったティッシュを全部使い切り、二箱目に突入しながらこれからに向けて話し合っていたところだった。

 

 艦娘達に対して販売する提督グッズ、まずはそこからだ。初心者向けには提督の服を着た状態の写真集。次のステップからは少し露出度を高めた物や抱き枕、そして提督が使用したペン、上級者向けにはさらにその上を行く物を用意する予定。

 

 そして、会員となり年の使用金額に応じて今回のお風呂シーンなどを入れた『青葉は見た!』シリーズを提供する算段だった。

 

 なのに、先ほどまで考えていたものすべてが陸奥によって海の藻屑となった。さすが運が低いと言ったところか、自身だけではなく周囲にまで被害を及ぼすとは。

 

 「だけど、まだ手はあります」

 

 そう、まだ手はある。そう言って明石は先ほど機械から取り出した一つのディスクをアタッシュケースに入れた。

 

 「これさえあれば……何度でも蘇る!」

 

 途中までではあるが提督のあられもない姿を映したデータ。これさえあれば元手にして今回のマイナスを一気に取り返せる。

 

 「ふふふふふふふふふ……」

 

 さすがに気分が高揚する。隣で落ち込んでいる青葉は元より男というものに興味がある。今後も引き込むのは容易いだろう、後は状況に合わせ地盤を固めていけばいい。そう思い、明石は笑いながら次なるビジョンを思い浮かべた。

 

 だからだろう、小部屋の扉がゆっくりと開いたのに気付かなかったのは。

 

 

 

 「裏でこそこそ何をやっているのかと思えば……青葉さん、明石さん、覚悟はよろしいですね?」

 

 

 眼鏡が輝き、二人を照らす。そのフレームに写る青葉と明石の姿は部屋に入ってきた女性を見て信号のように瞬時に青へと変わった。

 

 

 その日、鎮守府の入渠施設にて重巡一隻と工作艦一隻が運び込まれたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えていた身体を持ってきた布で覆う。男性の身体を間近に見て、少し頬を赤らめながらも慣れた手つきで陸奥は提督に手を差し伸べる。少し恐怖を浮かべながらもこちらが何もしないとわかったのか、おずおずと手を掴んだ。

 

 「大変なめにあったわね……」

 

 「す、すまない。まさか長門があのような性格だとは」

 

 「いや、あれはちょっと特殊かも。ごめんなさいね、うちの姉が」

 

 「は、ははは。君が常識的な女性で助かったよ。長門が姉ということは、妹艦の陸奥か?」

 

 その言葉に陸奥は提督に対しての認識を改めた。どうやら甘やかされてきた男性ではないようだと。

 

 笑みがこぼれる。いつぶりだろうか、陸奥の記憶の中にある本物の男性に会うのは。

 

 「ええそうよ。私の名は陸奥、長門型戦艦二番艦の陸奥よ。よろしくね。あまり火遊びはしないでね……お願いよ?」

 

 屈み、こちらに向けて自身を強調するように胸を大きく揺らし手を口元に持っていく。艶やかなその唇は見ているだけで吸い込まれそうな妖しい輝きを放ち、そこから発せられる言葉に正海は今まで会った艦娘達とは違う雰囲気に心臓が高鳴っていくのがわかる。

 

 その様子を見た陸奥は目の前にいる男性はやはり本物だと心の中で微笑む。

 

 普通なら恐怖を浮かべてもおかしくないこの状況、なのにこちらを見ているその顔は赤く、初心なのだとわかる。

 

 「とりあえずだけど……服着たらどうかしら? 私は長門を回収しておくから」

 

 ちらりと、正海の身体を盗み見ながら陸奥は言う。

 

 「へっ、あっ、す、すまないっ!」

 

 脱兎のごとく。裸を見られた事や裸を見てしまった状況、よほど正海の頭は限界に達していたのだろう。受け取った布で下を隠しながら、脱衣場で榛名が用意してくれたのだろう服を着ると、一目散にその場を後にした。

 

 その後姿に引き締まってるわねと思いつつ、陸奥は一つため息を吐くと、浴場でのびている長門を抱える。

 

 鼻血を流しながらも、何かを成し遂げたように右手を伸ばしたまま気絶しているその姿を見た陸奥は苦笑いした。

 

 「まったく、無茶しちゃって……」

 

 これから苦労するわね、と陸奥は長門を抱えながら浴場を後にする。

 

 無残にも破壊され漏水した浴場を見て、後から入る川内や隼鷹達が悲鳴を上げることなど気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えぇ、はい。わかりました。……大丈夫です、問題はありません。障害は排除しました」

 

 『そう、なら後はあなたに一任するよ。問題ないね?』

 

 「はい、問題ありません。ご期待には必ず」

 

 『ありがとう、期待してるよ大淀。後、うちの息子が元気かどうか必ず写真を送ってね』

 

 「わ、わかりました」

 

 『それじゃ……』

 

 プツンと、無線特有の嫌に響く音と共に大淀は額に出てきた汗を拭った。無線機の電源を落とし、椅子に座る。

 

 「少し話しただけでも疲れます……」

 

 とある人よりかかってきた無線、鎮守府に蔓延る悪を殲滅した大淀宛てにきたのは本部の中でもかなり上の人種。震える手を押さえながらも無線に答えた大淀を待っていたのはこれからこの鎮守府に対し本部が行うイベントの通達であった。

 

 これは忙しくなる。そう思っていると、一人の妖精さんがやってきて大淀の膝にちょこんと座る。そして、何かを訴えかけるように手振り身振りでこちらに身体を向けていた。

 

 その動きにいつ見ても可愛いなと思いつつも、その動きが先ほど無線で話していた内容の詳細だと気付く。どうやら、上はこのイベントを確実なものとするために証拠となる媒体を用いず、妖精さんという存在で伝える算段のようだ。

 

 「ふむ、ふむ……なるほど。……えぇ!? そ、そんなこと。いや、でも……えと、完全勝利した提督ゆーしー? なんですそれ?」

 

 妖精さんが伝えるジェスチャーの中に幾つか聞き慣れない単語があるのに不思議に思いつつも内容を覚えていく。そして、妖精さんの動きが止まると同時に大淀は自身の頭に焼き付ける。

 

 息も絶え絶えになった妖精さんは大淀が無事こちらの暗号を受け取ったとわかると何かをせがむように裾を引っ張った。その動きに丁度記憶し終えた大淀は少し考え、腰を上げると机の引き出しに入れてあったチョコレートを取り出した。休憩中にでも食べようと思っていた甘味だ。

 

 「お勤めご苦労様です。ほら、これをどうぞ」

 

 パキンと、小気味よい音と共に板チョコを割り一部を妖精さんに渡す。すると疲れていた様子の妖精さんの目がまたたくまにきらきらと輝き急いでチョコレートを受け取って頬張り始めた。その姿に微笑みながら、大淀はポケットに入れていたハンカチを取り出しチョコレートで口の周りを汚した妖精さんを拭く。

 

 満足したのだろう、こちらに向かって敬礼をしつつ残りのチョコを大淀が用意したティッシュで作った袋に詰め部屋を後にした。

 

 再度、静かになった部屋で大淀は先ほどの妖精さんの伝言を頭の中で整理する。

 

 

 「鎮守府の一般者公開イベント……、そして他の鎮守府との合同演習、忙しくなるわ……」

 

 

 提督の受難はまだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 




他の方を見てると誤字脱字少ないのを見て見直しをもっとしっかりせねばと思いつつ。

ぼちぼちではありますが男の娘バージョンは別に新しく作成し違う小説として乗せますので。

基本的にはどちらともとれるよう文章を上手く書けたらいいんですけどね……。

そして、別の話にはなりますが新しく追加された3機体。エレガントさんがエレガントさんすぎてほっこり中。(勝てるとは言ってない

以下。


・完全勝利した
長門といい妖精さんといい、この世界では何かおかしい気がしないでもないけど書いてて楽しいので問題ない。

・陸奥さん
長門の次に大好き。陸奥さん可愛いよ陸奥さん。やっぱり大人の女性はこうでないとね足柄さん。

・次のお話
活動報告にてネタをいただきましたもの、イメージがぼわっと沸いてます。書くのが楽しみです。

感想等いつもありがとうございます。色々あって返信できませんでしたが今回の話投稿後より再度返信していきます。

それではまた。


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第十三話 あべこべ艦これ〜束の間の休憩〜

かなり遅れてしまって申し訳ないです。

違うんです、イベントが始まったのがいけないんや。

パ○ドラの降臨プラスイベントとか、モ○ストの塔とか……。

とりあえずイベントはE-3までは。


 開け放たれた窓から入る風は空から降り注ぐ太陽の光を浴びどこまでも穏やかで、涼むにはあまりにも頼りない代物だ。

 

 まして、提督である正海は性別上、どうしても上着を脱いでしまうと周りが阿鼻叫喚の図となってしまうのでいかんせん服を脱ぐことができず、額に汗粒を作りながら書類処理に追われていた。

 

 汗ばんだ手のせいで、一部分がふやけた書類を見る。

 

 本部から新しく届いたそれは、今後この呉鎮守府で行われる催し事に必要な経費、備品、催し内容、使用する艦娘等々。細部に至るまで事細かく記入する項目がある。

 

 その書類が机の上に文字の通り山の如く置かれている。本部は自身を蒸し焼きにする算段か。

 

 「今日は暑いですね……」

 

 「まったく……っ!?」

 

 「どうかしましたか、提督?」

 

 「い、いや、なんでもない!」

 

 そして正海を悩ませている物がもう一つ。

 

 ちらりと、気づかれぬよう同じく書類の処理に追われている本日の秘書、加賀を見る。絹のようにつややかな黒髪を横で束ねた姿は、彼女なりの控えめなお洒落心が表れており、背筋を伸ばし凛としたその光景は他の艦娘にはない独特の雰囲気を醸し出す。

 

 和の姿と言えばいいのだろうか、加賀の姿は……本来であればだが。

 

 正海の目に映るのは、暑さのせいか汗がしみこんだ白いうなじに髪が乱れ、弓道着の様な白色の上着は胸元部分が大きく開き、時折手を休めては手で風を送っている。その胸元に首筋から流れる汗が入り込むのを見るたび、正海の頭の中で警報ががんがんとなり響く。

 

 (心頭滅却だ。どんな状態でも邪気を持つからそういう心になるんだ。そうだ、無の心で見れば問題な――)

 

 心を無にし、見る。そして――

 

 

 「提督。こちらの書類、確認が終わったので確認をお願いしま……どうされたのですか? 鼻など押さえて」

 

 「いや、なんでもない。うん」

 

 「はぁ……」

 

 正海は思う。男性が少ないこの現状、大変なことは色々あるが役得ではあると。そして加賀は着やせするタイプだと。

 

 鼻を押さえたままの正海を見たせいだろうか、加賀は少しの間、顎に手を当てて考え、思いついたように立ち上がると司令室の備品類を置いてある棚まで歩いていき、紙箱を取り出した。そして一枚、二枚と服の袖がずり落ちぬよう片手で押さえながら薄紙を取り出す。

 

 「どうぞ、提督」

 

 「むっ、あぁ、すまな……っっ!」

 

 「大丈夫ですか? 暑さのせいで血が昇ったのでしょう。垂れる前にこちらを」

 

 「あっ、あぁ……」

 

 こちらに薄紙を差し出す加賀の姿を見て体が文字通り固まる。こちらを心配そうに見ながら差し出すその姿、まだ弛みのない皮膚、艶と真珠のような白さが際立つ胸元が近くにある。気付いていないのだろう、いや、気づかないだろう。艦娘達、女性しかいなかったこの場所でしか生活してこなかった彼女には。もしこれが逆であればすぐさま憲兵が正海をどこぞの宇宙人よろしく二人で抱えたまま連れて行かれたに違いない。

 

 なるべく下を見ないよう注意しながら、薄紙を受け取る。

 

 それを見て加賀は笑みを浮かべると、少し休憩しましょうかと提案した。その言葉に正海も首を縦に振り了承する。この動悸は少し休ませねば落ち着かないだろうから。

 

 そうと決まると加賀の動きは速かった。

 

 瞬く間に机と椅子を用意すると、あらかじめ用意していたのだろう冷茶と、開いていた司令室の窓から艦載機が羊羹を上に載せて飛んできた。それを取り、机に並べる。

 

 艦載機をこのような使い方で運用していいものかどうか迷うところではあるが、一連の動きから見るに慣れているに違いないと若干暑さで働かない頭で思いながら、加賀が座るのを見て正海も書類の山から離れ用意された椅子に座った。

 

 「こちらの羊羹、間宮さん特製なんです。是非、提督にもと思いまして」

 

 「へぇ、それは楽しみだ」

 

 「是非。……殿方と一緒にこうやって食事をするのは初めてで、こんな粗末な物で申し訳ありませんが」

 

 「そんなことはない、とてもありがたいよ」

 

 その言葉に加賀の頬が朱色に染まる。それを見て正海の口に笑みがこぼれる。

 

 「そうだな、せっかくこんなおいしい羊羹をご馳走してくれたんだ。今回とは別に食事、というかディナーでもご馳走しようか」

 

 「へっ、そ、それはどういう……!」

 

 「えっ、言葉の通り……」

 

 「ほ、本当なんですねどっきりとかじゃないんですね他の艦娘にそんなこと言っていないですよね絶対他の方には言わないでくださいね」

 

 「わ、わかったわかった!」

 

 獲物を狩る目とは正にこのことだろうか。ご馳走しようかと言った瞬間、こちらを問う加賀の目は猛禽類のように研ぎ澄まされこちらを見つめていた。

 

 後半から目から光が無くなりかけているあたり、一度怒らせると怖そうだと暑いはずなのに冷や汗を感じながら正海は査定する。

 

 その言葉に加賀はほっと息を吐くと、竹楊枝で器用に羊羹を切り分けていく。だがしかしだ。正海は加賀が用意している羊羹の多さに驚いた。3本はある。まさか、これを全て食べるんじゃないのかと加賀を見ると、顔に笑みを浮かべたまま物凄い速さで置いてあった羊羹3本を切り分けている加賀の姿があった。

 

 (ま、いいか……)

 

 あまり深く考えないようにしよう。暑さと胸元の相乗効果の威力がまだ頭に残ったままそう思う。

 

 とそのとき、生ぬるい空気が頬をなでた。それにはて、と正海は切り分けられた羊羹を一つ口に放り込み考える。司令室の窓は開けているがこの机付近まで風の通り道などできていたかと。

 

 そこで正海は自身に向けられた視線を感じ、風が通っていくほう、扉のほうに顔を向けた。すると、微かに開いた扉の隙間からぴょこんと犬耳のように垂れた髪と尖晶石の様に赤く澄んだ瞳が特徴的な艦娘がこちらをじーっと見ていた。その口元には透明な液体が漏れている。

 

 「確か……夕立、だったか?」

 

 「っぽい!」

 

 その言葉に扉を開け放ち、飼い犬のように正海の元へと駆けてゆく。

 

 「夕立? 確かあなた、今日は遠征だったんじゃ」

 

 正海の言葉に夕立に気づいたのだろう。羊羹を口に入れようとしていた加賀が不思議そうに机の端で顔を半分だけ出し、卓上の羊羹を凝視する夕立に問いかけた。

 

 「終わったっぽい!」

 

 答えながらも卓上の羊羹を凝視したまま、夕立が答える。その姿におあずけを食らったわんこのようだと正海は思った。

 

 「終わったって……。あなた、そんな馬鹿なことがあるわけ……!」

 

「夕立だってわかんないよ……。今日は何故かいつもより早く資材の積込みが終わったり、帰りの間敵に会わなかったり……。とにかく、早く終わったっぽい!ちゃんと報告書も出してきたよ!」

 

 「そんな馬鹿な事が……。ところで、夕立。あなたは何故ここにいるのです?報告書を提出したなら補給に向かいなさい。提督の報告も旗艦が来るでしょうし」

 

「夕立、お腹すいたっぽい! ねぇねぇ、加賀さん。この机の上にあるのって、確か間宮さんの限定羊羹だよね!?」

 

 「っ! 何故それを……」

 

 夕立の言葉にまずいと加賀は内心舌打ちをうつ。確かに、この羊羹は提督にも言ったとおり間宮の羊羹だ。だが、通常の羊羹とはわけが違う。厳選された小豆、砂糖、寒天、水飴といった自然の素材のみで作られたこの羊羹は素材の少なさから一ヶ月に約十本ほどしか作られない貴重な羊羹だ。カロリーも通常の半分で食べるものにとってもありがたく、これを手に入れるには根回しによる根回しをしておかなければ普通では口に入れることなど出来る筈もない代物。

 

 そして特筆すべきは、その舌触りの滑らかさと、素材の風味を活かした上品な味わい。しっかりと適度な硬さがありながら、するりと喉に入るスムーズなその食感、すっきりとして上品な甘さは、「究極の羊羹」と呼ぶに相応しい。

 

 加賀自身、この羊羹を手に入れるために同部屋の赤城と共に多大なる労力を費やしたのだ。それも全て、提督と一緒に食べてもらうため。

 

 そんな貴重なものを食べさせるわけにはいかない。その考えが加賀の体から滲み出たのか、そろーりと一切れつまもうとした夕立が体をびくっと震わせて縮こまる。

 

 さすがは一航戦と言ったところか、その迫力は。

 

 だが、加賀は知らない。提督の優しさを。本来であれば女性に何かをあげるなど普通はない筈、そこを見落としていることを。

 

 しょぼくれた夕立の前にそっとお皿が置かれた。夕立が不思議そうに顔を上げると、そこには提督が切り分けられた羊羹を夕立に差し出している姿が。

 

 「遠征お疲れ様だな夕立。加賀、そう邪険にしないでくれ。女の子は甘味が大好きだからな」

 

 「て、提督……!」

 

 「うっ、も、申し訳ありません」

 

 その言葉に嬉し涙を浮かべる夕立と、対照的に提督に諭され落ち込む加賀。その光景に正海はなかなか難しいなと一人苦笑いする。

 

 「じゃあ、いただきますっぽい! あっ、楊枝がないっぽい……」

 

 涙を拭いた夕立が羊羹を食べようとするが、そこに楊枝がないことに気づく。それに落ち込んでいた加賀が仕方ないかと頭を振り、気合を入れなおす。

 

 そして夕立に竹楊枝を差し出そうとした。

 

 だが、提督は彼女をまたもや混乱させる。

 

 「ほら、夕立。私が使っている楊枝で悪いがこれを使うといい」

 

 「なっ!?」

 

 その言葉に加賀が驚愕する。

 

 「わぁー! ありがとう提督さん! 感謝感激っぽい!」

 

 夕立が嬉しそうに提督から楊枝を受け取る。だが、

 

 「夕立、これを使いなさい。この後も執務があるから急ぎなさい。後、先に洗いものを片付けるからその楊枝を渡しなさい」

 

 「え、えぇ? わ、わかったっぽい」

 

 突然、加賀が先ほどの獲物を狩るような目で夕立を見る。一瞬おびえるものの、別にこの楊枝でなければいけないわけではないと思い、素直に渡した。

 

 瞬間、楊枝を受け取った加賀が消えた。先ほど使用した皿等と共に。

 

 「あ、あれ? 加賀さんが消えたっぽい?」

 

 一瞬の出来事に混乱する。だが、と。別にいなくなったところで目の前の羊羹がなくなるわけではないとわかると、すぐに先ほどの出来事を忘れた夕立は満面の笑みを浮かべながら羊羹を食べ始めた。一口ごとに、両目をつぶり頬を押さえるその姿を見て笑みを浮かべながら、正海はいなくなった加賀の事を思う。

 

 

 

 「夏だなぁ」

 

 深く考えないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その鬼気迫る様子に、明石はいつぞやの光り輝く眼鏡を思い出し体を震わせる。

 

 「あ、あの、どういったご用件でしょっ、ひぃっ!」

 

 言葉を発した瞬間に、板と板とを打ち合わせたような音が響く。その音に明石は反射的に両目を瞑った。

 

 「何も聞かないでいいの。とりあえず、今から言うことを迅速に実行していただけるかしら?」

 

 明石の目の前から聞こえるその声は、凛とした響き渡る声。だが、その声に若干ながら不機嫌だとわかる低音が混じっている。

 

 「あ、あの加賀さん? ひぃっ!」

 

 「はいか、はいか。二択よ」

 

 「は、はいぃぃぃっ!」

 

 それはもう『はい』しか言えないですよねと涙目になりながらも、明石は『はい』と言った。

 

 それに満足したのか、その豊満な胸元から薄紙に包まれた物を取り出す。それは見た感じ細い棒状のような物で、緑色だというのが見て取れる。

 

 これはいったい何なのか、目の前の机に置かれた物を見て不思議に思いながら加賀を見ると、

 

 「いい、これを今すぐ妖精さんの手を借りて特殊コーティングを施しなさい。その後は赤い敷物を入れたクリアケースに入れて他の誰にも気づかれないよう私に持ってきなさい。わかったかしら?」

 

 「へっ?」

 

 至って真面目な表情で薄紙を開いて取り出したのは一本の竹楊枝。何故かはわからないが、それを持つ加賀の手は小刻みに震えている。

 

 「いや、あのそれって」

 

 「わかったかしら!?」

 

 「イエッサー! すぐに取り掛からせていただきます!」

 

 ただの竹楊枝を何故、と考えたまではいいが明石は考えるのをやめた。触らぬ一航戦になんとやらだ。

 後ろの棚から新しい白手袋を取り出すと、明石は竹楊枝を受け取り裏の工房へと入っていた。

 

 その後姿を見て、加賀は憑き物がとれたように大きく息を吐く。

 

 「やりました。さすがに気分が高揚します」

 

 提督が使用した竹楊枝、それを手に入れた加賀の姿は他の者たちが見ればこういったに違いない。

 

 キラキラ輝いていたと。

 




更新があいてしまい申し訳ありません。

ちゃんと書いています。そしてイベント海域いってます。

燃料と弾薬がなぜか異様に減ってなきそうです。さぁ、遠征にいこう遠征に(オリョクルも

今回は休話的な。こういうの書くの楽しいです。

水着回も今回実装されている艦娘書きたいので、資料としてちょめちょめした物もゲットしとかないと(

次回もよろしくお願いします。


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第十四話 あべこべ艦これ〜提督と龍田①〜

遅れてしまい申し訳ありません。
またぼちぼちと書いていきます。
久しぶりなので文章をいろいろ試しつつ頑張っていきます


 どうしてこうなっているのだろうと、龍田はなるべく息が荒くならないよう細心の注意を払いながら考える。

その顔は熟れたリンゴのように真っ赤で、紫がかった黒のセミロングヘアーは彼が歩くたびにふわりと揺れる。なるべく負担をかけないようにと重心を変えようとするたびに彼の口から吐息が漏れ、慌てて身体を預けた。

 だけれども、預けた瞬間に彼の鼓動を感じ取り、息が詰まりそうになる。

 

 初めて感じる、異性の音。

 

 あったかいと、龍田は迷惑だとは思いつつも彼の背中から伝わる熱や感触に喜びを隠せない。

 

 「足は痛まないか?」

 

 「は、はい。あの、やっぱり迷惑では……」

 

 だが、問題ないと一言で片づけられてしまい龍田は何も言えなくなってしまう。

 

 とても優しいのだと、熱で焼き切れてしまいそうな思考回路で考える。本や他の人たちから聞いた話のような存在ではなく、艦娘である自分でも優しく接してくれるんだと。

 

 だからこそ、龍田は震えている両腕で彼をそっと抱きしめる。はしたないと思われないだろうか、迷惑ではないだろうか。いくつもの考えが頭をよぎる。

 

 

 だが。

 

 見える横顔はとても笑顔で。

 

 その笑顔に龍田も、真っ赤になりながらも笑顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 軽巡洋艦、二番艦龍田。生まれて初めてのおんぶである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔、まだ見習い兵であった頃。夏真っ盛りのあの日、正海は事務仕事を行う人たちのことを羨ましがっていた時がある。こちらはお日様輝く炎天下の元、お国のためにと言葉通り血反吐を吐く思いで訓練をしている中、太陽が当たらぬ部屋の中で悠々自適に体を動かさない事務仕事をこなしているのを。

 それは正海だけでなく、他の者達も同様だった。

だからこそ、一度はやってみたいと思っていた。

 

 実際にやってみるまでは。

 

 「暑いなー」

 

 「提督? 腕が止まってますよー?」

 

 「暑いなー」

 

 「提督ー?」

 

 「熱い……」

 

 「提督ー。こっちも暑くなって来るのでやめてくれません?」

 

 「あぁ……」

 

 暑い。とてつもなく暑い。暑いではなく熱い。ただひたすらに体を動かさず、同じ場所にいることのなんたる苦痛か。これではまだ外で体を動かし、たまに海に飛び込んでいたほうがよかったではないかと正海は頭から湯気が出ていそうな錯覚を覚えながら淡々と書類に印を押していた。

 

 「まさか提督がここまで暑さに弱いなんて知りませんでした~」

 

 「いや、暑さは慣れてるつもりだったんだがな……。書類仕事をしてる時の暑さとはこう精神的に来るものかと。あれだ、龍田。司令室にもクーラーなど……」

 

 「執務室にクーラーですって? なにをふざけているのかしら?」

 

 どうやら微かな望みは潰えたようだ。ちらりと壁のほうに設置されている温度計を見てみると、水銀が見たくもないような数字に達しているのを確認しまた一つ、頬から汗が一筋流れた。

しかしと。正海は龍田と初めて会ったときの様子を思い浮かべる。

 そして笑みをこぼした。

 

 「……龍田は仕事の時は容赦がないな」

 

 「何か気になる事でも~?」

 

 言い方が気になったのだろうか。腕を止めずに書類を整理しながらも、龍田は正海の方を見た。その際に汗が頬から首筋、そして胸元の部分に入っていくのを見てしまい、身体温度が上昇してしまうのはご愛嬌。

 

 「いや、なに。初めて会ったときはとても可愛い声を出していたのにと思ってな」

 

 「なっ……!」

 

 何を、という前に正海は立ち上がった。

 

 「さて、時間もそろそろいい頃合だ。昼にでもしようか。早くいかねば食べ時を逃してしまうからな」

 

 そう言ってその場から逃げ去るように歩いていき、ドアノブに手を伸ばす。龍田が怒らせると怖いというのは、駆逐艦や潜水艦の子達からよく聞いている。自身の発言に顔を赤くした龍田を見て、そのような表情もできるのだと思いつつ雷が落ちないうちにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 「……っ!ふっ……!」

 

 正海が出て行ったのを見て、龍田は堪えていた息を吐き出した。しかし、一気に上昇した心臓の高鳴りはすぐには止められない。

 

 「や、やられた……」

 

 一番気にしていたこと。初めて彼と会ったとき、龍田は目の前で醜態をさらしてしまった。それ以降、なるべく顔を合わせないように過ごして来たものの、秘書艦選挙という全艦娘が行うくじに当たってしまい、彼と業務をすることになってしまった。しかし、忘れていたのだろうか。特にこちらに対して何かを言うでもなく、淡々と業務をこなす姿を見るうちに龍田は少し安心していた。

 

 胸が苦しいと、龍田は提督と会ったときから思っていた。

 

 ずっと、一緒に書類を整理しているときも。彼の顔を気づかれないように覗いて。そのたびに胸が苦しくなって。

 

 いけないと思いつつも、龍田はポケットから一枚の布を取り出した。それは派手な装飾がほどこされておらず、特別上等な布地で作られているわけでもない。無地のハンカチ。

だけれども、そのハンカチを手に持つと、先ほどまで激しかった心臓の高鳴りが落ち着いていく。

 

 自分に今起きているこの現象はなんなのか。一度体を診て貰った方がいいのではないかと何度か思ったが、嫌な苦しさではなくこれがなくなってしまうとなんだかいけないような気がして。

 

 息を吐く。心が落ち着いていく。彼がくれたハンカチ。ただそれだけで、不思議と龍田は元に戻れた。

 

 「でも……」

 

 ただ、龍田が思うのはたった一つ。

 

 「天龍ちゃんには、こんな姿見せられないな~……」

 

 彼のハンカチを両手で大事に包み込み、胸の辺り、自分の不思議な感情で一杯になった心に押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしたものかと正海は首を傾げる。

 

 食堂。昼時ともなれば、ここはとてつもなく賑わう場所だ。現に、何十人と入れる広さをこの場所には任務に出ているものを除いてほとんどの艦娘達が勢ぞろいしていた。本来であれば、勢ぞろいする事自体が稀なのだが、提督と一緒にご飯を食べたいが為に来ているという彼女たちの思いを正海は知らない。

 

 辺りを見回すと、艦娘達の間でも座る場所が決まっているのか大雑把に各艦種や姉妹等で座っているものが多い。食卓に置かれている料理も艦種によって様々なのも面白いなと思いながら、正海は再度どうしたものかと首を傾げた。

 

 彼の前に置かれているのは、『本日のお品物』と書かれた場所に存在する料理の数々。

食堂の入り口近くに設置された長机に置かれた料理は、名称のほかに使用している素材や、女性であれば嬉しいであろうカロリーまで名札にこと細かく記載されている。

 ふと触ってみると、本物の料理ではなく、柔らかい素材で作られた目の前の料理は食べ物でないことがわかる。

 

 正海は最初しらなかったが、この世界では彼がいた時代よりいくつもの事が進歩している。目の前にある物もそのうちの一つ。食品サンプルだ。

 

 本来、正海の時代ではこのようなものはなく食堂には料理の名札が置かれているだけか、本物の料理を見本として置いているかだった。

 

 「どうかされましたか、提督?」

 

 食堂の入り口で固まっている正海を不思議に思ったのだろうか。近くの机を水でぬらした布で拭いていた間宮が声をかけた。

 

 この食堂の看板でもある間宮。白い割烹着を身に着け、赤いリボンとヘアピンが特徴な彼女は朗らかな雰囲気の女性で、艦娘達だけでなく外でも人気がある存在だ。

かくいう正海も、彼女が作る料理が好きである。

 

 「いやなに、下らない事なんだが昼は何にしようか悩んでいてな」

 

 その言葉に間宮は笑顔を浮かべる。

 

 「まぁ、そうなんですか! 今日の気分はなんですか? 是非、この間宮にお申し付けください。なんでも作って見せますので!」

 

 「そうだなぁ。久しぶりに洋物というのもいいかもしれないな」

 

 その言葉に間宮はそうですねと、人差し指を顎に当てる。

 

 「今日の冷蔵庫にあるものでしたら、ハンバーグなどいかがでしょうか?」

 

 「そうだな。それにしよ……」

 

 「提督。お食事される所大変申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか?」

 

 とその時、食堂に入ってきた大淀が正海に声を掛けた。よほど慌てていたのだろうか、目の前に立ち少し乱れた髪をかきあげる大淀は大きく何度も息を吐いている。

その右手にはバインダーに挟まっている二枚の紙があった。

 大淀はその紙を抜き出すと、正海に手渡す。

 

 「大淀、これは?」

 

 軽く目を通す。大まかに書かれているものを見て、この書類は本部からの通知状かとあたりをつけた。

 

 「はい。本部より届けられた物なのですが、来月に行われる鎮守府の一般解放行事に呉鎮守府周辺の町より交通の管理や敷地内での屋台等を委託する旨を記載した書類です」

 

 「ふむ。ならば、これは私ではなく町の代表に渡すものでは?」

 

 「どうやら、一度代表の下には届いているらしく……」

 

 その言葉に正海は疑問を浮かべる。

 

 「つまり?」

 

 「本部からの話によると、今回の行事で動員しなければならない必要人数が当初の予定より大幅に増えているらしく、先方より『軍の催促ではあれど、そちらが希望する人数は現状集めるのに困難』との返答を貰ったらしく……」

 

 「なるほど、それで私に話が回ってきたと」

 

 「そうなります」

 

 大淀の申し訳ありませんという言葉に、気にすることはないと伝え正海はため息をついた。

 一枚目の通知状、そして二枚目の書類を見る。これは正海個人に宛てられた書類。こちらも通知状なのだが、見覚えのある印と共にこれまた見覚えのある文字。

そこにはとても簡潔に、しかしわかりやすく一つの命令が書かれている。

 

 

 『呉鎮守府周辺の町を骨抜きにしてくれ』

 

 

 なんとも彼女らしい文だと正海は再度ため息をついて、書類を大淀に返した。

 

 「それで、これはいつまでに?」

 

 「今日中との事です」

 

 それはまた、と書類に追われているときに限って無理難題を押し付けるものだと正海は頭を抱えそうになる。

 

 「大淀、すまないが急ぎ車の手配を頼む。秘書艦である龍田にも同行するように伝えてくれ。そして間宮さん、申し訳ないが今日はこちらで食べれそうになくなったよ」

 

 その言葉に、大淀は頷きその場を後にする。そして間宮は仕方ないですねと厨房へ戻っていった。戻る前に夜はおもてなしさせてくださいと一言忘れないあたり、彼女の優しさが伺える。

 

 時計を見ると、短針と長身が12の数字を少し越えたあたりに位置している。代表がいる場所までは車でおよそ20分程度といったところか。

 

 思ったよりも着いてから時間を持て余すかも知れない。となれば、町についてからならば食事をすることもできなくはないか。

 

 「さて、せっかくだし龍田と一緒に食事でもして気合を入れていくか」

 

 そう呟き、正海は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘達の聴力を侮り、その場で衝撃的な発言をする失態を犯して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインは龍田さんでいいと思う。

砂糖で作られたもの書いてると、なんだか虚しくなるのは気のせいだろうか(´・ω・`)

本当にお待たせしてすいませんでした。
仕事も忙しくなったのもあるのと、他のことばっかしてたのが原因です。申し訳ない。

またぼちぼちと書いていきますのでこれからも宜しくお願いします

執筆を怠らないようにツイッターでぼちぼち呟いてます。
@reiosu011


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第十五話 あべこべ艦これ~提督と龍田②~

文字数少ないけど許してくださいオナシャス。

なんでもしますから!


 天龍は朝から不機嫌という文字を顔に表すかのように、眉間に皺を寄せていた。

 

 その顔を通りすがりの艦娘達が見るたびに、きっとフフ怖に磨きを掛けているんだろうと微笑ましく接され、さらに皺を寄せた天龍の気分は地面を突き抜け地球の裏側まで行ってしまいそうだった。

ここまで機嫌が悪いのは、決して駆逐艦達に朝からからかわれたわけでもなければ大事に隠していたお菓子をクマーと叫ぶ奴等に取られたからじゃない。

 そう、決して違う。後であいつらにはお灸をすえてやると思いながら。

 

 「ちぇっ。龍田の奴……」

 

 そう、ただ単に相方の龍田に不満があっただけだ。

 

 「あんな顔しやがって……」

 

 そう言って、今朝の事を思い出す。

提督の秘書を担当することになった次の日の朝、いつもは必ず起こしに来てくれる龍田が来てくれないのを不思議に思い探してみると、普段であれば使わないような美容液・乳液・化粧水など

おいそれとは手が出せない高価な化粧品を使用している龍田を洗面台で見てしまった。

その顔はとても笑顔で、時折鼻歌を唄いながら両手で顔を押さえる仕草を見た時、衝撃を受けた。

 

 見たことがなかったのだ。付き合いが一番長い天龍でさえも。龍田が本当の笑顔を。

 

 「きっとあの提督さんなんだろうなぁ」

 

十中八九、きっとそうだと自分のベットに寝転がりながら考える。

 

 天龍だって、提督が嫌いなわけではない。むしろ、初めて見る男性であり、前の提督には悪いが仕事もそつなくこなし交流もしっかりとこなす様子はきっと数少ない男性でもなかなかいないのだろう。

しかしだ。付き合いの長い龍田が、自身に見せたことのない顔をあの提督に見せているのかと思うと、心のどこかでぽっかりと穴があいたようで、そしてぶつけようのない怒りがふつふつと沸いてくる。

 

 「あーもう!」

 

 天龍は近くにあった枕を壁に投げつけた。空気の抜けた音と共に壁に当たって落ちる枕は今の天龍を表しているかのようで、なんだかなーと仰向けになる。

 

 「くやしいなぁ……」

 

 大事な何かをとられたように、天龍は小さく呟いた。

 

 しかし。

 

 

 

 

 「大変クマー! 大変クマー!」

 

 「大変だにゃー……。どれくらい大変っていうと木曽が鼻血出すくらい?」

 

 「大変だっ……って、は、鼻血なんか出してないぜ姉さん!? あれは深い事情があってだな……って、じゃなくて! 天龍、大変だぞ!」

 

 「んだよ、うっせえなー!! せっかくの休憩時間なんだからゆっくりさせてくれよ!」

 

 「そんなこと言ってる暇じゃないクマ! た、龍田が……龍田が……!」

 

 「んなっ! た、龍田に何かあったのか!?」

 

 「提督と町でデートするらしいクマー!」

 

 「は?」

 

 天龍が休まる暇はまだないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呉は広島県に存在する場所だ。広島県の南西部に位置し、瀬戸内海に面した気候穏和で自然に恵まれた臨海都市であるここは、周りを九嶺と呼ばれる連峰に囲まれている。

 

 その中でも、経済の中心でもあるここ、『中央区』。そして行政の要でもある呉市役所。港からさほど遠くない位置にあるそこには、何か催しごとがあるわけでもないのに何百人もの女性たちが息を呑んで今か今かと何かを待っていた。

時間は昼を少し過ぎたあたり。休日であれば別だが、平日のこの日、これだけの人が市役所に集まるのは異常なことであった。

 

 「はい、下がって下がって! この仕切りから中に入らないように!」

 

 あまりにも異常事態なのだろう。その光景を見た中央区の警官達も道路に仕切りを作り、車両の交通規制をかけている。

その阿鼻叫喚ともいえる光景を見ながら、一人の女性がうろうろと市役所の入り口前で右往左往していた。紺色の背広で身を包み、女性としては少々控えめな胸部分には呉のシンボル、カタカナのレを九つ使った市章のピンバッチをつけている。

髪は日本人特有の黒。ほんのりとではあるが、薄くなっていることからそれなりの年齢であることが伺える。

目元にこそ皺はあるものの、潤いを持った肌は女性としての力を持っている。

 

 鈴木ミノ。それが彼女の名前だ。

 

 「あぁ、どうしましょうか。どうしましょうか」

 

 どうしてこうなったのだろうと、ミノは肩までかかる髪先をいじりながら考える。本当は毎度毎度無理難題を吹っかけてくる陸軍・海軍に嫌気が差し、遠まわしに嫌がらせをしたつもりだったのだが。

 

 「いつぶりかしら、娘の年があれだから……」

 

 ひいふうみいと、男性に会うのは何年ぶりかと数える。この呉市にも男性はいることはいるのだが、いかんせん数も少なければ国が保護しめったに顔を出すことはない。

彼女自身、二十四の時にようやく男性接触礼状が届き、一度だけ事を交えたぐらいだ。その際、目隠しをされたままだったため顔を見たことはないのだが。

 ただ、あの時は極限まで緊張していたのと、万が一にも男性に被害が起きないよう薬で身体を動けなくされていたため、よく覚えていない。そのため直接会って、それも市長として対応しなければいけない事にミノは艦のエンジンのように鳴る心の部分を押さえる。

 

 「あぁ、どうしましょう。どうしましょ……」

 

 「車が来ました!」

 

 「ひえっ……」

 

 なんとか落ち着こうと考えてた彼女は、警官が発した言葉に心臓が止まりそうになった。震えながらも新しい鎮守府の提督を迎えるため定位置へと移動する。

視線の先、道路の先から少しずつ黒塗りの車が静かとはいえないエンジン音を響かせながら、市役所へと向かってきていた。車のボンネット部分には海軍の証である軍艦旗が靡いている。

 

 次第に近づく車を見て、ミノだけでなくほかの女性全員も沈黙という二文字に口が囚われていた。

徐々に弱まるエンジン音と共に、少量の土ぼこりを立たせて車が到着する。

 

 ごくりと、つばを飲み込む音が聞こえる。

 

 安全装置が解除されると共に、扉が開く。最初に出てきたのは女性だった。

 

 紫がかった黒のセミロングヘアーに、透き通る雪のように潤いと張りを持った肌、左目には印象を深くする泣き黒子。ちらりと、あたりをみまわすように鋭い目が動くたびに、ぞくりと背中に悪寒がはしる。

ただ、頭部に天使の輪の様な艤装がついており、彼女が艦娘だとわかる。

 

 こちらをみる彼女は、怖さと同時に綺麗だと思わせる姿をしていた。

 

 「どうぞ、提督。問題ありませんわ」

 

 そして、彼女の言葉に周りの女性たちは再度息を呑んだ。

 

 「あぁ、ありがとう。龍田」

 

 男性にしか出せない低い声。耳に優しく語り掛けるような声。その声を聴いた瞬間、この場にいる誰もが女性の名前が龍田なのか、という思考が一瞬で消え去った。

車が少し傾き、開いたドアに手をかけ、彼は降りてくる。

 

 悲鳴や歓声はなかった。

それがたとえ、以前男性を見たことがある人でも。後に、男性を見たことがあった女性達は新しい提督のことをこう語る。

 

 『自分達が知っている男性ではなかった』と。

 

 細身ながらも、鍛え抜かれた体。浅く日に焼かれた健康的な肌はきめ細かながらも吸い込まれるよう。髪は黒色、女性とは違い芯が通った髪は整えられているが、雄雄しさを感じられる。

目は大きく、しかし笑みを浮かべながら車を降りるその姿は、奇妙な威圧感を醸し出していた。

その仕草一つ一つに辺りの空気を震わせているかのような錯覚が起きる。

 

 「提督、どうぞ」

 

 龍田が提督に手を差し伸べる。

その仕草に困ったように微笑みながら、正海はその手を借りた。

 

 それを見て、誰かが『嘘』と言った。

 

 女性が男性に手を伸ばす。それは下手すれば法律に触れてしまう行為だ。そして、男性がその手をなんの抵抗もなく出すということもありえない事。ありえるはずもない二つの衝撃的な光景に皆誰もが言葉を失う。

 

 「意地が悪いな、龍田は」

 

 「あら~、何のことかしら? 提督」

 

 「誰がここまでやれといったんだ……」

 

 聞こえぬようにぼそりと。その言葉に少し頬を染めつつも龍田は道を空けながら満足した笑みを浮かべる。そして提督が車を降りると同時に車の扉を閉めると、提督の後ろへと回った。

そして一緒に歩き出す。

一歩一歩足を出すたびに周りから息がこぼれ、これほどかと提督は苦笑いしつつ市役所の前へと移動する。そこにはあらかじめ出迎えの用意をしていた市長――ミノと役員達がいた。

 

 ごくりと、口の中に溜まっていた唾を飲み込んでミノは初めて男性である提督とまともに向き合う。

 

 「は、初めまして。私が呉の市長を勤めている鈴木ミノです」

 

 不束者ですが宜しくお願いしますと、頭を下げる市長にそれは違う意味だと提督は引き攣った笑みを浮かべた。

 

 「初めまして。新しく呉鎮守府の提督となりました正海と申します。以後、お見知りおきを」

 

 「ま、正海提督ですか! い、いい名前です」

 

 「あはは、ありがとうございます。しかし、わざわざ新任の挨拶に他の役員方までもご同席とは……。恐縮の至りであります」

 

 「い、いえ。この町を守ってくれる方ですもの。ご挨拶したいと思うのは当然のことでございます」

 

 それに、本当は別の目的ですもの。という言葉をかろうじて飲み込む。

 

 「そこまでしていただけるとは……。しかし、立ち話もなんです。催促をかけるようで申し訳ありませんが、案内をお願いしても宜しいでしょうか?」

 

 「あっ、失礼しました! どうぞ、こちらへ」

 

 慌てて市役所の扉を開けようとする。だけれども、取っ手に手をかけた瞬間別の手がミノの手を覆うように取っ手を掴んだ。

声にならない悲鳴をあげそうになる。誰、とは言わない。今自身の手に重なり合っているのは白手袋。それを着けているのはこの場でただ一人。

 

 「申し訳ありません。わざわざお出迎えいただいたのに扉を開けていただく事までせずとも、私が開けますよ?」

 

 「ひえっ……」

 

 

 

 

 

 ミノの受難はまだまだ始まったばかりだ。

 




遅れましたがようやく投稿。やっぱり地の文の描写かけなくなってるなーと再確認。精進。

ちなみに作中に出てる鈴木ミノというキャラは呉市で実際に戦時中に市長だった人の名前をもじって女性にしてます。
ウィキで探したのでもしかすると間違ってたりしますが……。

感想、評価本当にありがとうございます。頑張っていきます。

色々書いて没になったりしているネタとかあべこべな艦これ世界があべこべヤンデレ世界になったものとかそういったものを、今度短編で投稿して行きます。
お蔵入りもあれなので。


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第十六話 あべこべ艦これ~提督と龍田③~

注意、提督と龍田がいちゃいちゃしてるだけ。

誤字脱字報告ありがとうございます。

作者は思ったままに書いてるだけなんで、色々教えてくれるとありがたいです。




 市役所内にある一室、洋風の絨毯が敷き詰められた部屋には、非常に装飾的で複数の光源とその光を複雑で魅力的なパターンで散乱させるためのカットされたガラス――シャンデリアが天井に散りばめられ、煌びやかな世界を作り出している。中央には木製の机、上には純白の布が敷かれている。肌触りからするに絹だろうか。

椅子は四つ。会議で使うものにしては珍しい肘掛椅子だ。

 お茶請けとして出されたものを見れば、これまた洋風のかすていらに加え陶磁器のティーカップに注がれたものは紅茶と何から何まで西洋尽くしだ。ここに金剛型がいれば歓喜しているに違いない。

 

 別世界に来たようだと、正海は内心苦笑いする。

 

 「申し上げた通り、夏は何かと催しが多いのが現状です。呉市毎年恒例の海上花火、これは海軍のお力を借りて行うものなので惜しむことはありませんが、その他にも花祭りに加え陸軍が行った演習地の整備に加え、補助も行わなければなりません」

 

 「なるほど、通常であれば問題ないはずの人員が足りないというのは、陸軍が関係していらっしゃるのですね」

 

 「……ここでお話するものではないかと思ってはいるのですが。陸軍の軍都でもある広島市より少々の圧力がありまして」

 

 「……なるほど。しかし、そのような事を私に言っても宜しいので?」

 

 「町の住民も感じていることですので。どうにかできればと常日頃思っているのですが……」

 

 困りましたと、大きく肩を落としティーカップを口へと運ぶ。その様子に正海はなかなかの化け狸だと、相槌を打ちながら紅茶を飲む。そして、音を立てぬよう器を置くと先ほど会議が始まるまで生娘の様に初々しかった女性の姿を見た。

鈴木ミノ。いくつもの職歴を通し、青森や長野で活躍していると資料にはある。特に財源を確保する術に長けており、海軍にとっては油断ならぬ人物でありながらも信用できる人物とも書いてあった。

 確かに、市役所の玄関前では年齢にしては少々生娘の様な感覚であったが、いざ職務となると相手が男であろうとうろたえることなく対応するその姿は油断ならない。

 

 考える。

 

 彼女は遠まわしに『海軍に人を手配してもいいけど、代わりに陸軍なんとかしてください』とこちらに対して言っているようなものだ。

正海とて、上層部から命令が来ている以上なんとかしなければならないのだが、いかんせん予想外の強敵にどうしたものかと顔色はそのままで思考をめぐらせる。

 

 と、その時だった。

どこか影のある笑みを浮かべたまま正海の後ろで控えていた龍田が口を開く。

 

 「しかし、残念ですね~提督? せっかく町の皆さんにも喜んで貰おうと色々考えてらっしゃったのに」

 

 「ん、あぁ、そうだ……な?」

 

 龍田の言葉にそんな事言ったか? と疑問に思いつつも、笑顔で答える。

 

 「あら、そうなのですか?それは勿体無い事をしました」

 

 さも残念と肩を落としてため息をつく。その姿を見て、龍田は目を細めた。ぞくりと、正海の背中に何とも言い難い、まるで蛇が背中を這いずっているかのような感覚を味わう。

 

 そして。

 

 

 

 「せっかく提督が生足が映える際どい和服で接待しようと意気込んでたのに……」

 

 

 

 ぽんっと。爆弾を投下した。

 

 「な、なななななな生足和服ぅっ!?」

 

 ちょっと待てと。正海は龍田を見る。だが、私は悪くないとばかりにそっぽをむかれた。

 

 「それで皆さんに提督自ら作る料理を振舞おうと考えらっしゃったのに……。皆さんにお見せすることができず残念ですわ~」

 

 ため息をつく龍田。その顔を見れば、満面の笑みを浮かべている。これは爆弾なんて生ぬるいものなんかじゃない。延々と燃え続ける焼夷弾だ。それも正海に被害が集中するタイプの。

 

 「てててて、手料理ですかっっ!? だ、だ男性の!」

 

 出来る女性はどこへやら。先ほどまで手強いと思っていたはずのミノは、完全に龍田が出す蜘蛛の巣に絡め取られていた。

 

 「提督は料理が上手ですもの。きっと市長様も気に入ると思ったんですけど……」

 

 「いや、まぁ料理は学生時代からやっていたから得意ではあるが……」

 

 「わ、私も料理は好きなんです……!」

 

 「そ、それはよかった」

 

 鼻息を荒くし、目を爛々と輝かせるミノ。その姿に背中を背もたれに預け、気持ちを少しながら後ずさった。飢えている女性ほど怖いものはない。

 

 「しかし、残念ですわね~」

 

 くすくすと。口を手で押さえながら龍田が笑う。

 

 「人が足りないとなると、提督も裏方に回らなければ仕事が追いつかなくなっちゃいますわ。仕方ないことだけれど、このお話は私の独り言と思ってなかったことに……」

 

 なんて無茶な。正海は龍田が仕掛けた一発勝負に無謀だと焦る。

確かに、価値観が違って男性に対する耐性がなかろうと相手は仮にも一つの町を代表してこの場にいる存在。それが文面で起こしたものでもなければ、何か証拠として残るものがないこの状況で龍田の提案に対し許可を出すとは到底思えない。

 

 龍田を見れば、満面の笑みを浮かべ勝ち誇ったかのように目を細めている。どこにそんな自信が来るのだろうか。

 

 「龍田、少し後ろに下がってだな……」

 

 「……わかりました」

 

 「ほら、市長もこう言ってらっしゃるしな……。ん?」

 

 聞き間違いかと正海は首を傾げる。そして市長の方を向くと――。

 

 

 「私、鈴木ミノの名にかけてなんとか致しましょう!」

 

 娘がいるとは思えない、少女のように生き生きとした笑顔で鈴木ミノは高鳴る思いを止めることなくそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい?」

 

 市長は案外ちょろかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗なものだと、正海は目に映る光景をそう思った。

太陽が東から西へ、その色を陽気な橙色へと変えつつある。天井まであるのではないかと思うほど大きな窓硝子は、降り注ぐ光を屈折させ店内へと誘う。

鏡にもなるほど純度の高い窓硝子の向こうには、街道を蟻の行進の様に行き来する車と光をその身に浴びて、見るものを落ち着かせる風景を作り出す川の姿があった。

 

 二河川。呉市の中心を流れる本流。周りの時が流れ変わっていく中、色褪せずその姿を残す様をみて、やはり自然とは素晴らしい物だと実感する。

だが、正海は綺麗だと思ったのは窓に映るもう一つの光景。

 

 光によって透明になれば、光によって鏡にもなる窓硝子。そこに写るのは桔梗の様に淡い紫色の髪をかきあげ、綺麗に切り分けたケーキの欠片を口へと運んで行く女性の姿があった。

口元へと運び、食べる。口元にクリームがついたのだろうか、艶やかな唇から出た舌の先で絡めとる。その光景に正海はなんとも言えぬ気持ちになる。

 

 「簡単だったわね~」

 

 甘味を堪能しつつ龍田は微笑んだ。その顔を見て、何も知らぬ者であれば簡単に騙されているだろうと苦笑いする。

 

 「まぁ、いい教訓になったよ。今回は助かったな」

 

 「あら~、その割には食事だけで終わらせようなんて賃金としては、も、物足りないと思うのだけれど~」

 

 そう言って、龍田は食事をする手を休め正海を見る。その言葉に正海はまだ足りないのかと呟いた。そして、どうしたものかと考える。

 

 もし、その顔をよく見れば気付いていたかもしれない。彼女の顔が微かに赤くなっていることに。

 

 (さ、催促しちゃったけど大丈夫かしら……)

 

 朝から正常ではなくなった自身の心に戸惑いつつ、龍田は高鳴る心を抑えながら目の前で悩む提督の姿を見る。

 

 新造らしい木の香り、そして窓から入る海の香り。店内は女性客で賑わっている。市長に聞いた今流行のお店。そこで龍田と一緒に食事をする提督の姿はまるで、自身とデートなるものをしているのではないかと思ってしまう。

 

 (でも、デートって何するのかしら……)

 

 本で見たことはある。男性と女性が窓際の席で仲良く食事をしている部分を切り取った天龍が意気揚々と見せこれがデートなんだと。

それを見て、今回の話があって。これはデートなるものをしなければなるまいと龍田は他の艦娘達より一歩先へ行くために今回の場を用意したのだ。

 

 だけれど。

 

 「何か違う気がするのよね~」

 

 そう、これだけじゃ何か足りないと。これ以外に知っているわけではない。だけれども違うのだ。これはデートではないと。

 

 「どうかしたか?」

 

 「あっ、い、いえ……」

 

 その何かがわからなくて。龍田は自分の頭の悪さに項垂れてしまった。その姿にどうしたのかと正海は考える。

 

 「何かわからないことでも?」

 

 「……笑わないでくれるかしら?」

 

 「言ってみるといいさ。心の中に仕舞い込んでしまうより、人に伝えて、分けたほうが楽になる」

 

 だから遠慮することはないと、正海は笑った。

その笑顔を見て、龍田もつられて笑う。不思議な人だと、龍田はもやもやとしたものを吐き出した。

 

 「提督は……で、デートって知ってますか?」

 

 精一杯の勇気を振り絞って。

 

 「……デート?」

 

 「そ、そうです」

 

 「それはまた、何故?」

 

 「い、いいから教えてくれるかしら!?」

 

 顔が熱い。やっぱり言うんじゃなかったと龍田は震える手を握る。

 

 大声で言ってしまったせいだろうか。先ほどからこちらをちらほらと見ていた他の女性客、いや、店員までもがデートという単語に興味を引かれ二人の流れを覗いている。

 

 「ふむ……」

 

 広がる沈黙。どうしたものかと額に皺を寄せ、考えている提督の顔を見て龍田は後悔する。

何故かはわからないけれども、手が震える。怖いのだろうか、提督に嫌われてしまったのではないかと。

 

 龍田の心が感染するかのように、手の震えにあわせて頭部の艤装が心許なく揺れ動く。

回りもそう。何分いや、何時間。無限のように感じられる空間が龍田の周りから広がって行く。誰一人として声を発することもなく、時が止まったように身体さえ動かず。

 その中で、正海は何か閃いた様に目を大きく開け笑みを零した。

 

 

 そして。全ての目が自身を見る中で。

 

 

 「ほら、龍田。あーん」

 

 正海は食べていたケーキを小さく切ると、フォークに乗せて龍田へ差し出した。

 

 

 

 

 「えっ?」

 

 誰が発した言葉だろうか。その光景に釘付けになる。お洒落なお店に男性と女性が食事という名の舞台に立つ。それだけでも他に喋れば眉唾物と言われてもしょうがないほど。

なのに、あろうことか小説や劇の中でしか見たことがない本物の場面。それが今、目の前で繰り広げられている。

 

 「あっ、あの」

 

 困惑する。提督にデートとは何かと聞いた筈なのに、帰ってきたのは食べていたケーキを差し出すその姿だけ。

 

 「ほら」

 

 催促するように提督の腕が揺れる。それはまるで目の前で最上級の獲物がぶら下がっているかのようで。気を抜いてしまえば今すぐにでも捕まえたいと心が揺れる。

 

 だが。

 

 「ほら、あーんだ」

 

 「て、提督あのね?その行為はよくわからないのだけれど、ひ、人前ではそういうのは……」

 

 「……あ、あのだな。俺も実は結構恥かしいんだ。頼むから……!」

 

 目の前で獲物をぶら下げた提督の、男の顔は気まずいように顔をほんの少しだが赤らめて龍田を見ていた。

 

 

 その光景に、いつの間にか龍田は口を開いていた。目の前で揺れる獲物を一瞬だが、戸惑いがちに口に入れるとゆっくりと口を閉じる。。スポンジで作られたケーキはとてもやわらかい筈なのに、口を閉じてみるとケーキとは違う、不思議な感覚が身体を満たす。

 瞬間、龍田は体が疼くのを感じた。何ともいえぬ感覚に声が漏れそうになる。けれど、提督の前では出したくないと我慢した。

 

 そして、ゆっくりと。最後まで、フォークについている粒子まで零さぬようにフォークから口を離す。

離れた瞬間に、窓から入る光によって妖しく輝く透明な糸が引いた。

 

 それはほんの一瞬。けれども、間近で龍田がケーキを食べる瞬間を見ていた正海はそれを目撃し息を止める。

 

 

 「んっ……」

 

 大事に捕らえた獲物を逃がさぬよう、両手の先で口を覆いながら飲み込む。そして、龍田は提督に向かって笑みを見せた。

 

 

 「これがデートなんですね」

 

 

 

 

 

 

 

 デートというものは、とても甘美なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、横特格で提督を粉砕する作業に入らなきゃ。

お待たせしました。

評価感想・誤字脱字・指摘等本当にありがとうございます。

作者は気の向くままに書いてるんで勉強になります。

とりあえず、後一話で龍田とのお話は終わりです。お次はお料理回で。

ツイッターで案頂いて出す人は少し決まってますが、ご要望あればどうぞ。

以下。

・催し物
広島市なら花祭り。呉なら花火大会。えっ、戦時中? キコエナイデス

・レストラン
一応、呉市のレストランを探してよさそうなものから出してます。こういうの探すの大好きです。

・あーんシチュエーション
あこがれるなぁ。あーんだけとは謙虚だなぁ。メイン提督。

・龍田さん
前にも言いましたけど、個人的にヒロイン。大好きです。自分の中では男性についてあんまり色々知らないイメージにしてます。


次回も宜しくお願いします



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第十七話 あべこべ艦これ~提督と龍田④~

( ‘ω‘).。o0(最終更新日2016年4月8日……)
( ‘ω‘).。o0(今日は日付2018年3月23日)

( °ω°)……

本当にお待たせしてすいませんでした。




譲れない想いがある。

生まれおちて、数十年。呉の空に瞬く無数の星の数……とはいかないものの、この頃気になり始めている小皺の数よりは多い、たくさんの苦労を重ねてきた。

 

 決して、年の割には小皺は少ないほうだと思っているが。

 

ここに至るまでの道のりを考えれば、一度ぐらい。いや、あわよくば二度ぐらい。もしくは三度ぐらいは人生が報われることがあってもいいはずだと市長であるミノは思う。

 

 「つまり、譲る気はないと?」

 

 「こちらも市を任される立場です。私情ではなく利益の為、当然の事だと考えております」

 

 なればこそ、必ず成功させなければならない。そう、これは自身の為だけではない。市民の為でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 提督の生足が映える際どい和服を見るためにも。女の子には意地ってものがあるのだから。

 

 

 もし、心の声を聞くことが出来るものがいればこう突っ込みを入れたに違いない。

 

 『女の子って年齢ではない』と。

 

 

 

 

 

 「つまり、陸軍ではなく海軍に肩入れをする。そういう発言と考えていいわけだな? 市長」

 

 ドンッ、と。机が揺れた。

 

 力任せに机を叩いたのだろう。そのせいで陶磁器のカップに注がれていた紅茶が揺れ、布が敷かれた机にこぼれる。

その行動に心の中で染み抜き代用の書類を用意せねばとため息を吐き、ミノは目の前で椅子から身を乗り出し、今にもこちらに食って掛かりそうな女性を見た。

 

例えるならば猛禽類といったところか。目は鋭く、女性にしては背が高く肩幅もいい。見た目からして軍人とわかるような容姿だ。彼女は広島市に滞在する陸軍の役職付き。

海軍の正海達が帰った後、入れ替わるように市役所に到着したのが陸軍である彼女だ。

会談の予定などはなかったため、本来なら対応する理由もないが、いかんせん陸軍である。陸の警察とも言われる彼女らの顔をつぶしてしまえば、割を食うのはこちらだ。

通す際に秘書に確認したところによると、一般開放行事に関することで来たと受け取っている。

 

 (耳の早いこと……)

 

どこから情報が漏れたのか、いや、あの人だかりだ。人の口に戸は立てられぬとは言ったもの。なおかつ、鎮守府の代表としてきたのが男性であればなおさら。

 

 「どのような誤解をされているかわかりませんが、その様なことは断じてございません」

 

 「ならば何故、こちらの人員が減らされる? 減った残りの奴らはどうしたというのだ」

 

 すこぶる怒った様子で、彼女はミノを睨みつける。その様子にミノは心の中でため息をつき、全身の力を抜いた。熱くなっては相手の思うつぼだ。

 

 「近々行われる海上花火、その催しに人員を割いております。今回は前年より規模の大きい物になりますので」

 

 「その海上花火は海軍主体だろう? それに力を入れるという事は肩入れしたと思われても仕方あるまい?」

 

 その発言に対し、頭を押さえながら答える。

 

 「極論です。私は呉市の市長です。中立であり、あくまで市の発展そして日ノ本のために働いております」

 

 日ノ本という言葉に反応したのか、彼女は笑みを浮かべた。

 

 「なるほど。日ノ本の為ならば、なおのことだ」

 

 (埒が明かない……)

 

 一区切りの意味を込めて、ティーカップを手に取り紅茶を口に含む。

 

 さて、どうしたものか。ああいいえば、こう言う。まるで子供の問答のよう。正直な所、こういったタイプの話し合いは苦手だ。話す余地もなく、ただ一方的にこちらが正しいのだからと進めてくる手合いは。

 

 「そういえば、呉の鎮守府に新しく配属された提督の事はご存知ですか?」

 

 「何故、私が海軍の事を知らねばならぬのだ。話をそらそうとしても無駄だぞ? 部下からの情報で海軍が来ているという情報は得ているのだからな」

 

 なるほど、どうやら彼女は海軍がきたという情報は得ているが男性であったということは知らないらしい。報告側が気が動転でもして伝えていなかったのだろうか。ならば、海軍にも手伝ってもらおう。

 

 カップを置く。そして笑みを浮かべ、こう言った。

 

 

 

 

 

 「今回配属された提督は男性でしたよ?」

 

 それぐらい、楽したって罰は当たらないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性とは怖い生き物だ。

 

 

 

 まだ幼き頃、正海は父が村の集会で言っていたのを思い出す。海の男という言葉にふさわしく、肌は日に焼かれ無精ひげがなんとも似合う父が言っていた言葉は物心がついて間もない年でも頭のどこか、小石のように気づけばある。

 

 「提督~」

 

 そうだ、今もその言葉を思い出す。

 

 「はい、あ~ん」

 

 笑顔でこちらに対しケーキを差し出すその姿。

 

 

 

 

 女性というのはかくも恐ろしい生き物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しばかり日が傾き、店内も少しばかり日の赤みが増してきている。

人が溢れる店内では、正海がいた時代では敵性音楽としてほとんど聞くことがなくなっていた海外のJAZが天井部に設置された機械から流されている。拡声器というらしい。

そして店内は依然、数少ない男性を一目見ようと窓際の一角を凝視しているお客が後を絶えない。本来であれば店側としては回転を早めるために早々にご退場頂きたいところなのだが、いかんせん酒の肴もとい、目の前の出来事を肴に大量の注文が出ている。そのためか、男性のために配慮して別室の案内をする事が出来ず、厨房と店内をせわしなく行き来していた。

 

その中で、龍田は周りの目を気にせずほどよく弾力があるケーキを一口大取り、フォークに突き刺すと提督の口へ持っていった。

 

 「はい、あ~ん」

 

 その光景を見て、店内の客が悲鳴ともなんともいえない声を上げる。それを横目に、龍田は獲物を見る肉食動物のような目で、提督を見続けていた。

 

 「…………」

 

ゆらゆらと。

 

 「提督~?」

 

ゆらゆらと。

 

 「いや、別に自分で食べれ……」

 

ゆらゆらと。

 

 「はい、あ~ん?」

 

ゆらゆらと。

 

 「龍田……」

 

ゆらゆら。

 

 「提督~?」

 

ゆらゆら。

 

 「私が悪かったから……」

 

 「はい、あ~ん?」

 

 終わらぬ押し問答。周りは息を潜めつつも、目の前で起こっている奇跡の瞬間を逃さぬように、瞬きすらせず二人のやり取りを見つめていた。その内の何人かは目が血走り今にも爆発しそうな表情を浮かべている者もいる。恐ろしい。

 

 どうしてこうなったのだろうと、ため息を心の中ではく。ただ単に、正海は映画で見たワンシーンを再現しただけなのに。

いや、それが原因か。というよりも、日本軍として海の上で戦ってきた正海はこの手のことに対し、経験がない。

もちろん男として気になることはないわけではないしあるかもしれない。詰まる所、気になることではあるのだが父と母から受けた教えに加え、海軍の中でも船に乗ることができるのは軍学校を卒業したエリート集団だけ。何が言いたいかというと、そっち方面にうつつを抜かせる余裕などなかったのだ。

 

 「提督~?」

 

 柔らかい声を出し、龍田がケーキを乗せたフォークを器用に上下に動かしながらこちらを待っている。その動きはまるで猫じゃらしの様。つまるところ、猫というのは自分自身か。

 

 いざ直面してみると、自分がいかに恥ずかしい行為をやってしまったのかが良くわかる。

そのせいか正海はほんの少し、頰を赤らめた。遠巻きに見ている人たちからはわからない。けれども、龍田からはその顔を見た。

 

 「提督?」

 

 その顔を見て龍田は自分の中で何かが目覚めそうな感覚を覚える。もっとこうしていたい、彼の困った顔を見ていたいという邪な気持ちが。

 

 「まいった……。わかったよ」

 

 あ〜んと。恥ずかしそうにしながらも龍田が差し出したケーキを咥える。少し近くなる提督の顔。こちらを見ないように目を瞑るその姿に、龍田は自分も顔に熱を持つのを感じながらもゆっくりとフォークを引き抜いた。

 

 そして気づいてしまった。引き抜いたフォーク。少しだけクリームのついたそれは、龍田が使用していたフォークだ。勢いでやったはいいもののよくよく考えればつい先ほどまで龍田が口の中に入れていたフォークであって、つまりそれは龍田の一部が付いていたフォークであって、それを提督が口の中に入れた。

 

「ひぇぁっ……」

 

 変な声が出た。自分の声ではないような悲鳴とも言えない声が。

自分はなんてことをしてしまったのだろうか。顔を赤らめながらも、提督に悟られぬようフォークを置く。

向かい側に座る正海も少し恥ずかしそうにしながら、改めて自分のフォークを手に取り残りのケーキを平らげた。

 

 (あっ……)

 

 そしてさらに気づく。提督が今しがた使ったフォーク。夕焼けに照らされ綺麗に輝く細やかな装飾が彫られたお洒落な銀製のフォークは、先程龍田に使用したフォークだったはず。ということは。

 

 「ま、まぁこれが私が見たことあるデートのやりとりというかなんというか……。と、とにかく! 時間も時間だ。皆に心配されないうちにそろそろ戻るとしようか」

 

 ということは、あれには提督の口の中のアレが付いていたわけで。それを知らずのうちに自分は口に含んでいたわけで。つまり。

 

 「龍田、大丈夫か?」

 

 「……大丈夫じゃありません」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ龍田は胸をおさえた。なぜ彼はこうも、自身の心を揺さぶるのだろう。なぜ女性と一緒にいてそんな無防備な姿を晒すのか。なぜ人間ではない存在と一緒にいて笑えるのか。

なぜ、なぜ。

たくさんの考えが頭から溢れては、それを表に出さないように飲み込む。体が溶けてしまいそうなほどに火照る体を諌め龍田は口を開く。

 

「お会計は私がしてきます…!」

 

「あっ、ちょ……龍田! 経費で落ちるから領収書は頼むぞ!」

 

脱兎のごとくとはこのことを言うのだろう。一瞬にしてテーブルの下に設置された領収書入れから紙を抜き出すと、正海が静止するのも構わずレジへと向かっていった。

その行動に女性に払わせるのは男として如何なものかと思いつつも、ここでは逆に男性が払いに行く方が女性の面目が立たないということを思い出し、経費として落とせるよう一言だけ付け加えた。

 

そして、これから忙しくなるであろう催し事の準備に、提督になってから初の大仕事を皆と一緒に成功させようと思いつつ立ち上がると上着を手に取り龍田のところへ向かう。

その際に、集まっていた女性たちが葦の海を分けるかのように入り口の方まで開けてゆく。

今しがた見た光景は、さながら神の奇跡。その行為を平然と行った男性に対し、彼女らはモーセの前にいるかのように静まり返っていた。

 

(なんと大げさな……)

 

未だ見慣れぬ光景を見ながらも、これからは慣れるしかないなと溜息を吐きつつ龍田の元へと向かう。

 

その時。

 

 

 

「……本当に男が着任しているとは。なるほど、道具がいるのも頷けるというものだ」

 

一人の女性が、提督である正海の前に立ちふさがった。




たくさんのコメント・感想・誤字脱字報告・活動報告への返信等、本当にありがとうございます。

更新するといっていたにもかかわらず、まったくしておらず申し訳ございませんでした。
また、気長にはなりますがゆっくりと書いていきたいと思います。




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第十八話 あべこべ艦これ~提督と龍田⑤~

お待たせしました。この次で、ようやく龍田さんのお話は終わりです。
シリアス系がちょっと多いけど、これが終わったら、また日常編に戻る予定です。

正直こういう場面を書くのが苦手でかけてなかった感あります。自分の文章力が上がったら書き直したいです。


 海軍と陸軍の関係は野草の様に根深く、そして解決しても解決しても至る箇所から問題が生えてくる代物である事は間違いない。内容まで遡ってしまうと、それはもう円周率の3.14から先の数字を覚えて言ったほうが楽なんじゃないかなと思うぐらいにはややこしく、どろっどろとした代物だ。

かといって、すべての関係が宜しくないかと言われると以外とそうでもないというのが、現場に出ていた正海の答えでもある。前線でも仲が悪いかと言われると大きな確執はなく、以外と気さくで仲が良かったりと個人差が結構あったりするものだ。

 

 つまるところ、海軍と陸軍の関係の大元は殆どが上層部によるものだ。それと、その関係を誇張して伝えて行く情報を生業とする者達の。

 

 「な、なるほど……男が鎮守府に着任したという噂は本当だったのだな」

 

 だからこそ、正海自身は陸軍に対し悪い印象はさほど抱いてはいない。

 

 「あぁ、何驚くのも無理はなかろう。私は陸軍の者だ。遠路はるばるこの呉市に来てくださった新しい提督というのがどういった者なのか、せっかくだから挨拶をしようと思ってだな」

 

 だがしかしと、一言付け加えるのであればいかんせん提督という立場についている状況もあり。

 

 「まったく、とんだちんけな場所にある店だ。このような場所に行かずとも、男であればさらにランクの高い場所にいけるというものを。ま、まぁあれだ? せっかく出向いてやったのだ。このあと時間があればディ、ディナーを馳走してやらんでもないがな?」

 

 また、個人的に話を聞かない女性や一方的な女性は苦手でもあり。

 

 「ん? あぁ、こいつか? そうか、海軍のものであったかこの道具は。人様にぶつかっておいて、謝罪の一つも寄越さぬ欠陥品だったのでな。軽く躾をな」

 

 いや、訂正しなければならない。

 

 

 そう言って、右の頰が赤く腫れた、龍田の髪を無造作に掴む目の前の女性は、正海がこの年になるまで見たことがない。

 

 

 

 

 

 

 陸軍など関係ない、人として大っ嫌いな存在であることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 「私の部下に、何をされてらっしゃるのですか?」

 

 低く、自分でも驚くぐらい低く、感情というものを無くした様な声が出た。眼に映る色彩全てが灰色になって行くような、そんな感覚が頭を満たして行く。

予想だにしていなかったのだろう。思っていたよりもこちらに対し冷静に話しかける正海に対して、陸軍の女性は驚きつつも笑みを浮かべた。

 

 「ふっ、部下と? この道具をか? あぁ、立場上は君は兵器である艦娘共を束ねる提督だったか。これは失礼なことをした」

 

 ゆっくりと、こちらを値踏みするような眼で歩み出す。立折襟の夏衣に身を包む彼女の姿は、第一印象からして根が固そうな、融通がきかない雰囲気を出していた。

けれども、正海には彼女の存在などどうでもよかった。道具、兵器。耳の中に方向性を見失った感情の乏しい虫が蠢く様な、不愉快な単語が入って行く。そして、未だ彼女に掴まれた龍田の存在。あまり、いや見たことがない、女性が怪我をした姿。その姿に、自身の声が鋭くなる。

 

 「そう思われるのであれば、まずは龍田の髪を離して頂きたい。彼女の綺麗な髪にそれ以上傷をつけたくはないので」

 

 「うっ……つ、申し訳ありません提督」

 

 「いい、喋るな」

 

 「き、綺麗な髪……だと? そ、そんな言葉を男性が無暗に使うなど」

 

 「離していただけますか?」

 

 「……くっ!」

 

 今まで男性に言われたことのない、拒絶を含んだ言葉に陸軍の女性が怯む。まさか反論されるとは思っていなかったのだろう。きっと、『萎縮し怯えた眼で助けを求めるような声を出す』はずだと。

けれども、その目論見はいとも簡単に崩れ去った。それもそのはず、正海はこの世界にいる男性の常識とはかけ離れているからだ。

 

 少しの間、店内でにらみ合いが続く。

その後渋々といった様子で、陸軍の女性は龍田の髪を離した。乱雑に離されたせいかよろめきそうになりながらも、龍田がこちらに戻ってくる。大丈夫か、という問いに対し落ち着いた様子で問題ないと答えるその姿に正海は心の中で安堵した。けれども少し後ろに立ち髪を整える姿、乱れてしまった彼女の綺麗な紫色の髪。その姿に、自然と拳を握りしめる。

 

周りでは、店内の客や店員が目の前で起こっているいざこざに戦々恐々としだんまりを決め込んでいた。かと言って、男性である正海をしっかり見ているあたり、この世界特有の男性に対する意識の強さが見て取れる。

 

 「確か、挨拶と仰られていましたか?」

 

 「あ、あぁ。私は陸軍の――」

 

 男性特有の少し響く、バリトンボイスの声。その聞き慣れぬ声に、内心どもりながら答えようとする。

 

 「かの光栄な陸軍様にご足労頂くとは誠に恐悦至極です。私は呉市の鎮守府に着任することになった長門 正海と申します」

 

 だが、先制打はこちらが撃つ。こちらではレディーファーストならぬ、ジェントルマンファーストというものがあるらしい。なかなかに無理がある造語ではあるが男性優先のこの世界において、男性側が率先的に女性に話しかけるという事は基本的にありえないらしい。だからこそ、先にしゃべる。攻めることで優位性を得るのだ。

 

 女性に口言葉で適うわけがないし。

 

 「な、長門殿と言うのか! なかなか良い名ではないか!」

 

 「ありがとうございます。さて、私の部下である龍田に対し暴力を働いたように見受けられますが……?」

 

 その言葉に彼女は笑みを浮かべる。しかし、『部下である龍田』の発言と同時に後ろの方から、ちらりと振り返ると助けたはずの龍田から鋭い矢のような、それでいて有無を言わせない圧迫感をその鋭い眼光から発していた。なんでさ。

 

 「人間であったならば非礼を詫びよう。しかし、そいつは艦娘だ。人ならざるものに対し、同等に扱う理由もあるまい?」

 

 何を当然のことを言っているのだと不思議な顔を陸軍の女性が浮かべた。

 

 「人間であろうと、艦娘であろうと私の部下です。それに彼女達には意思がある。身内で話すならまだしも、面前で話されるのは如何なものかと」

 

 その言葉にまたしも、後ろから圧力がかかる。いや、おかしい。なぜ守ろうとしている筈の龍田からそんな目で睨まれないといけないのだ。

 

 「ほう、君は人として扱うと? いやなに、それも結構。けれども世間一般的に、海の上を走り通常兵器が効かない化け物に対して有効打を持つ存在を我々と同格に扱うのは如何なものかと思うがね?」

 

 「その通常兵器が効かない陸軍様のために、我々海軍が身を粉にして彼女達と共に戦っているのをご存知で?」

 

 「……その言葉、侮辱と受け取ってもいいのだな?」

 

 「今の発言にそちらを蔑む言葉などないかと思いますが……。あぁ、申し訳ございません。何か心当たりでもおありになられたのですか? これは失礼致しました」

 

 「貴様……! 男だと思っていれば付け上がりおって!」

 

 「そちらこそ、男だと思ってこちらを舐めないでいただきたい。開口一番に食事に誘おうなど、時と場合によっては法律に抵触していたかもしれないということを忘れないでほしいものです」

 

 正海のその言葉に、陸軍の女性が開きかけていた口を閉じた。それもそのはず、たとえ陸軍であろうと海軍であろうと法律に関しては厳しく罰せられる。それがたとえ、小さな艦娘に対しいかがわしい事を行った時でもだ。

 

 反論の言葉を考えているのだろう。こちらを睨みつつも手口を探そうと震える陸軍の女性を見て、今のうちにここを出てしまおうと考え、場の雰囲気を変えるように大げさに咳をしながら襟を正す。そして、未だそことなく機嫌が悪そうな龍田に鎮守府に戻ろうと告げようとした。

 

 その時。

 

 「っ、そうだ! ならば何故貴様は艦娘とこのような場所にいる!? 大方、部下であるそいつに無理やり連れてこられたのではないのか? ならば、そいつも法律に違反していることになるぞ」

 

 反論する材料が見つかったとばかりに、陸軍の女性が龍田を指差した。その言葉に溜息を吐きつつ。

 

 「彼女はそのような事をする部下ではありません。ただ単に、食――」

 

 食事をしに来ただけだと、そう答えようとする。けれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あら~、提督は私とのデ、デートの中で食事をされていたのですよ~?」

 

 「えっ?」

 

 「ねぇ~提督!?」

 「そ、そうだな……?」

 

 後ろに控えていた筈の龍田から出た言葉。その言葉に驚きの声をあげるも、恐ろしく早い強制的な言葉に、正海は提督でも逆らえないねと肯定とも疑問とも言えそうな答えを口にした。いや、というか先ほどのはデートとして数えていいものなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 けれども、龍田の発言で時が凍りついた。比喩などではなく、本当に誰もが動かず、空気さえも静まり返ったような。

 

 周りから息を呑む音、店員が手に持っていたトレーを落とす者。飲み物を口に含んでいた女性達は信じられぬ言葉を聞いたかのように口をあんぐりと開け、液体を服にこぼしている。陸軍の女性もあり得ないと言った風にこちらを凝視していた。その表情からは驚愕・羨望・怒り、様々な感情が容易に読み取れる。

 

 「なので、早く続きを行う為に鎮守府に戻りましょうかしら。ねぇ、提督~?」

 

ささっと、何かを誤魔化すように龍田は提督を促す。時刻は午後5時過ぎ。いい加減、戻らなければ他の仕事に差し支えると周りに聞こえるように。

 

 「あ、あぁ。そうだな……」

 

 時が凍りついた世界の中で唯一、動くことの出来た(張本人とも言えるが)龍田が、好機とばかりに店を後にしようと提案する。頰を朱色に染め、頭の上にある艦装が回り出しているあたり自分でもとんでもないことを面前で堂々と言ってしまったと恥ずかしさ半分、残りは優越感と言った感じであるが。

 

 その言葉に周りの誤解を残したまま行くのも少々心残りだが、有無を言わせぬ圧力を放ちながら話しかけてくる龍田に対し、今はそっとしておこう(女性の機嫌が悪い時は男性は口を開かない方がいいと母に教わった)と大人しく頷く。ここで彼女の雰囲気に気付けないあたり、正海という提督も女性に対しての経験が少ないことがわかる。もし気付けたのなら、きっと彼女のなかなか見れない一面が見れたかもしれない。恋する少女のように、恥ずかしさと嬉しさで綻ぶ顔を。

 

 龍田の先導で、陸軍の女性の横を通り抜け、入口の扉に取り付けられたドアノブを回そうとする。

 

 「馬鹿な……デートする時は、誰にも邪魔されず自由で豪華なホテルの最上階で百万ドルの夜景を二人で眺めながら、なんというか救われてなきゃダメな筈だ! 二人で静かで!」

 

 (映画の見過ぎじゃなかろうか……)

 

 (さすがに嗜好が古すぎるわねぇ……)

 

 陸軍様はなかなかに少女チックというか、どちらかというとドラマのワンシーンで出てきそうなシチュエーションがお好みらしい。今の心からの叫びを聞き、どこかで聞いたような言葉だと思いつつ、これ以上陸軍の話に耳を傾ける必要もないため、何かしでかす前に出ようとする。

 

 だが。

 

 「待て。デ、デートなどと風紀の乱れた行いは陸軍として看過できん! 貴様ら海軍の鎮守府は一体どういう教育をしているのだ!」

 

 「往生際の悪い……」

 

 「そうねえ……」

 

 言いながら、膝を上げこちらに八つ当たりのように叫ぶ陸軍女性の姿を見て、正海と龍田はため息をついた。

どうしたものかと悩みつつも、正海も声をあげる。

 

 「看過できない問題であったとしても、これは海軍の問題であり陸軍がわざわざ関与するものではありません。それに、彼女達と親睦を深めることに何か問題でも?」

 

 「風紀が……!」

 

 「風紀がと言われるのであれば、まずはあなたの言動と行動を省みていただきたい」

 

 「私に落ち度があるとでも言うつもりか海軍は!」

 

 「市民が営む店への営業妨害、初対面である違う所属のものに対する言動、そして何より龍田を……彼女を傷つけた事」

 

 「常日頃、我々陸軍が市民を守っているのだ。多少のことには許す寛容さを持つべきだ! 二つ目のことに関しては非礼をわびよう。君が男性ということもあり柄にもなく緊張したようだ。だが最後、部下であることを除いても、道具を掴んで起きたことに対し、落ち度があるとでもいうのかね?」

 

 何故当たり前のことを聞き返すのだと言わんばかりに、陸軍の女性は苛立ちを隠そうともせず吠えた。その姿に、絶えず流れている川のように、いくら石を投げても変化が起きないその姿に、正海は呆れを通り越して怒りが湧いていた。

 

 「そちらの常識がそのような物であるのならば、そのままで構いません。人の価値観に対し、無闇に強制させようなどと底なし沼にハマるような愚行はしません。そして、私の部下を物呼ばわりしたことについても、もういいでしょう。今後、陸軍に関わる事は何があろうともありませんので」

 

 だからこそ、正海は怒りを抑えてこの場を後にする。相手が狙っている魂胆など丸わかりの中で迂闊に足を踏み出してしまうのは今の立場から言っても、そして『彼女達』を守る者としてあってはならない事だからだ。

 

 けれども。

 

 「文句があるのであれば結構。後日、海軍本部に苦情の一つでも入れていただいて構いません」

 

 「いいだろう……。男でありながら、そこまで啖呵をきるのだ。このような辺鄙な場所ではなく、正式な舞台で会う必要がありそうだ。だが、陸軍に喧嘩を売って君の道具が無事で済むと思うなよ。足元にでも気をつける事だな」

 

 「……それでは失礼します。龍田、行こう」

 

 「提督……」

 

 彼女は知らない。目の前にいる提督と呼ばれる男が、この世界の住人ではないということを。この世界の男とは違う存在だということを。

 

 正海が龍田より前に出て、扉を開ける。そこで違和感に気づいた。

 

 『何故、彼はエスコートされる側のはずなのに前にいる』

 

 正海が手を差し伸べる。それは、彼の後ろにいる女性。紫色がかった黒のセミロングヘアーに今は皮膚の下に赤が通り、少し腫れてしまっているが、本来ならば雪のように透き通っていて綺麗な肌を保つ女性。初めての事に緊張しつつも、大人びたようで子供のように目の前の好奇心に食いつく彼女ーー龍田に。

 

 何故、という疑問を浮かべそして思い出した。嫌がらせにと、仕組んだ一つの罠を。けれどもそれは、艦娘の方にやろうとしていたもので彼にやろうとしていた罠ではなく。

 

「まっ……!」

 

 止めようと声を上げる。けれども、その声が間に合う事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 扉をあけて外へ足を踏み出したはずの一歩は、地上へ続くはずの階段を一瞬踏んだ感覚の後、宙に浮く。

陸軍の女性が施した些細な嫌がらせが、龍田ではなく正海に降りかかった。想定していなかった事態に、一瞬体の反応が遅れる。たとえ少しの段差だろうと、受け身も取れない状態であれば大なり小なり怪我をするのは避けられない。目を瞑り、頭だけは守ろうと手で覆い衝撃に備えようとする。

 

 

 

 しかし。

 

 

 「提督っ!」

 

 来るはずの衝撃はなく、一瞬感じた異性特有の不思議な香りと柔らかな感触に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字脱字報告、誠にありがとうございます。これからも頑張っていきます。活動報告更新しました。

龍田さん可愛い。可愛い……カワイイ……カワイイ。

そして、瑞雲祭りいきたいズイ……。





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第十九話 少女は恋をする

お前があべこべ物を書かないのは勝手だ。けどそうなった場合、誰が代わりに書くと思う?

「……」

「万丈だ」



 彼女は空を見上げていた。空が泣いているかのように降り注ぐ雨が、彼女の体を伝いそして海へと還る。

 

 ――あの日も、こんな風だったかしら。

 

 そう言って、彼女は壊れていく身体を必死に支えながら思う。

生まれて、妹ができて、そしてお国の為に戦う。今思えば、妹のために何もしてやれなかった私は故郷から遠く離れた場所で消えていくのは仕方のないことだと、少し自嘲気味に思い、ため息をついた。

 

 金属が軋む音と共に、徐々に彼女の体は白波が騒めく海へと沈み始める。

 

 怖くはない。

 

 25年という、数ある同胞の中でも長い間海の上で戦い抜いた彼女の体はとても脆く、しかし、彼女と共に過ごしてきた者達のお陰で10時間という長い間を耐え抜いた彼女には軽巡という級の誇りがあった。

だからこそ、彼らの前で弱さを見せるわけにはいかない。

 

 身体が右に傾いて、海へと沈む。

 

 静寂の海。水を与えなければすぐに枯れてしまう花のように、徐々に光を失っていく世界。

 

 ――私は、これからどうなるんだろう。

 

 暗闇へ落ちていく中、彼女はふと思った。一緒だった人達が、死んでも魂は祖国へと帰ると言っていた。自身も生まれ育った場所へ帰れるのだろうか。そこには妹もいて、仲間もいて、そして。

 

 

 提督。

 

 

 そう呟いて、彼女は涙を浮かべた。鉄の体から涙など流れるはずないというのに、体から漏れた空気が涙のように暗闇から光ある場所、空へと向かっていく。

 

 ――ああそうだ。怖くなんかないわ。

 

 微睡んでいく中で、彼女ーー龍田は笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの紅く輝く水平線の向こう側できっと提督が待ってくれているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、そうゆっくりと。冬が訪れ世界が静まり、そして春になり徐々に芽吹く新芽のように。

まどろみの世界の中で、龍田は意識がはっきりとしないままほっそりと目を開けた。右……左……右……左と規則的に揺れ動くシーソーのような感覚に、体の全てを預けたくなる、そんな錯覚に襲われる。けれども、そんな錯覚はいとも簡単に消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

体の前面で感じる、人の体温。提督の背中に自分が体を預けている事で。

 

 

 

 

 「……えっ?」

 

 素っ頓狂な声が出た。自分でも出したことがない類の声が。もしも、この場に他の艦娘()達がいれば頭の艤装が高速回転し穴があったら入りたくなっていたかもしれない。

 

 その声に気がついたのだろう。

 

 「あぁ、気が付いたか龍田」

 

 そう言って、提督がチラリとこちらを振り返った。

 

 「あ、あの……提督? 私は一体……と、というかこれは何故かしら!?」

 

 おんぶをされていた。それも、男性である提督に。顔が近い。少しの揺れ、そう、穏やかな波でも顔がくっついてしまいそうなほどに。

何故こうなってしまったのかと言う問いに、正海は苦笑いする。

 

 「あの後、龍田が階段から落ちた私を助けた後なんだがな? さらに一悶着があって、車のタイヤが破れていたんだよ」

 

 「タイヤの……あっ」

 

 思い出した。あの時、提督の体が不自然に揺れ動いた時、咄嗟に体に手を回したのだ。法律や周りの目など気にする間もない、提督を守らなければいけない思いが体を動かして。提督の話を聞いていくうちに、どうやらあの後にもひと悶着があったそうだ。

 

 ――そんな状況で、意識を失うなんて。

よくよく気付けば、右足に感じる鈍い痛みが徐々に龍田の頭に届き始めていた。骨までは折れていない、かと言って今すぐ提督の背中を降りて歩けるほど、軽い怪我ではない。

 

 「申し訳、ございません」

 

 その言葉に提督は首を傾げる。何故、そのような事を言うのだろうかと理解できない雰囲気で。

 

 「いや、元はと言えば私が大人気ないせいでもある。やはり、慣れない口喧嘩などするものではないな」

 

 「そんな……。あれは陸軍が」

 

 「まぁ、本質的にはあの女性の性格が引き起こしたものではあるかもしれないな」

 

 「なら……!」

 

 「けれども、提督という立場としてあの場は波風を立てず終わらせるべきだったのかもな。例え、相手がどんな理不尽を振りかざしたとしても」

 

 「なら、何故私を助けようと」

 

 龍田の疑問に、提督は正面を向くと気まずそうに小声で答えた。

 

 

 

 

 

 「デートだったんだろう?」

 

 「えっ?」

 

 

 デート。その言葉に自分の心が揺れる。

 

 

 「いや、ほら。言っていたじゃないか、デートだって。なら、パートナーを守るのは、だんせ……女性の役目かもしれんが、男性でも守りたいと思うのは普通だろう?」

 

 何を言っているのだろう、この人は。まさか本当にあの時言った言葉を信じていたと言うのだろうか。提督と一緒に食事をしていたひと時を邪魔され、なおかつ『部下』と強調されてよくわからない、もやもやとした黒い何かが彼女の頭を支配した。そこから口が言葉にした出まかせの、いたずらにもほどがある言葉。それをこの人は、真摯に受け止めている。

 

 「……提督は、お馬鹿なんですね~」

 

 あきれたように、ことんと提督の首元に頭を乗せた。はしたないかもしれない、けれども今の言葉で彼なら大丈夫だろうと、恥ずかしく思いつつ。

 

 

 夏の風、暖かい潮風が吹く。それは龍田の、彼女の髪を優しく撫でて提督の首元へ誘った。甘くて不思議な香り、そして首元に感じるこそばゆい感覚に提督は心穏やかにあらずと言った感じで、龍田の言葉に何も言い返せずそのまま歩き続ける。歩く度に背中から感じる彼女の柔らかく豊かな重みにドギマギしながら。

静寂が二人を包み、消えてゆく。道も半ば、空に散らばる星々が二人を照らす探照灯代わりとなって、道を照らし奥の方に見える鎮守府の明かりまで導いていた。

 

 「もう少しで着くぞ、龍田」

 

 「そうねぇ~」

 

 口数は少ない。いや、多くできないと言った方が正しいだろうか。

 

 片や初めてのデートに加え、初めてのおんぶを体験し。

 

 片や初めてのデートに加え、初めて女性をおんぶし。

 

 

 そう、なんてことはない。言ってしまえば、二人とも初心だった。だからこそ、初めての事ばかりで頭は回らなくなり、自然と相手の反応を待つしかない。只々、待つことしか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「提督は」

 

 口を開いたのは龍田の方だった。震える心で、火照る心で彼に問いかける。

 

 「提督は、何故そんなに優しいのかしら」

 

 一つ。

 

 「何故近くにいても嫌がらないのかしら」

 

 また一つ。

 

 「何故私達艦娘の為にそこまでしてくれるのかしら」

 

 それは純粋な言葉。この世界に再度生まれ、けれども彼女たちの知っていた人達はおらず、艦長という役職さえなければ提督さえも男性ではない。

そんな中現れた一人の男性、女性を嫌わず、昔の男性みたいに接する提督に投げつけるように、今まで問いかけることさえできなかった物を吐き出すように。

 

 「何故提督はこんなにも」

 

 こんなにも、こんなにも。心を掻き乱すのだろうか。

 

 ポトリと、提督の首元に何かが落ちた。それは川のようにゆっくりと流れて、消えてゆく。

 

 一瞬の静寂。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君達の事が好きだから」

 

 

 

 

 「えっ」

 

 「どんな時でも最後まで共に戦って。そして暗い暗い海の底へ消えていって。けれども、それでも君達は戦ってくれてる」

 

 「……」

 

 「誇りなんだ。俺にとって、船に乗ることしかできなかった俺にとって」

 

 「提督は……」

 

 「だからこそ、君達の隣で一緒にいる事ができて。一緒に進む事ができるのが何より嬉しいんだ」

 

 なんとも臭い、映画や本でしか出てこないようなひどい言葉だろう? そう言って苦笑いする。その横顔に、龍田は自然と笑みを浮かべた。心は高鳴り、自身の悩みが霧が晴れるようになくなっていく。

 

 「確かに、とっても臭い言葉ね~」

 

 「ぬぐっ、人が気にしてる事を……。龍田は容赦がないなぁ」

 

 「あら~?これでも優しい方なんですよ」

 

 「となると、相方の天龍は大変だろうなぁ」

 

 「……」

 

 「ちょ、やめろ龍田!力を入れるな、胸……く、首が!」

 

 「天龍ちゃんは今は関係ないでしょ~」

 

 巻きつけるように、ゆっくりと両腕を提督の首に這わせる。はしたないはずなのに、彼ならば何をしても許されるような……いや、まるで龍田の記憶にある船だった時に見た男性のような。

夜道を進む二人。海沿いを歩き、言葉を交わしながら進むその姿はまるで恋人のよう、その光景を誰にも見られる事がなくて良かったと龍田は笑い合いながら思う。こんなに楽しい時間は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁ、着いたぞ龍田」

 

 「……えぇ」

 

 けれども、楽しい時間は一瞬だ。海に咲く花、花火のように。

 

 おろして欲しいと龍田は提督に言った。その言葉に中まで担いで行こうと提案するが、龍田は笑顔で結構ですと一刀両断する。

溜息をしつつも、提督はその場でゆっくりとしゃがむ。龍田は頑固だからな、そう言う提督に対し軽く反論しながら足を動かす。足が地面に触れる瞬間、ピリッと痛みが走るが口から吐く事なく、足をつけた。

そして、体を提督の体から離す。感じていた温度、首に回していた両腕から感じていた彼の吐息、それが無くなることに名残惜しさを感じながら。

 

 「ありがと」

 

 無意識に、そう呟いた。誰に向けた言葉だろうか、提督? 神様? それとも。

 

 「天龍ちゃんには内緒にしてね? あの子すぐに拗ねちゃうから」

 

 はしたないだろうか、妹に姉の恥ずかしい所は見せたくないと言うのは。

 

 けれども。

 

 彼はこう言ったのだ。ゆっくりと、人差し指を口に当て笑いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうだな、次は自慢できるようにしとこうか」

 

 

 

 

 

 次は。

 

 その言葉に龍田はこう答える。

 

 

 「えぇ、次は……ね」

 

 鎮守府に入っていく提督を目で追いながら、龍田は空を見上げた。無数に散らばる星。今日はこんな星空なんだなと目に焼き付ける。そして深呼吸。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当は。

 

 

 

 

 

 

 

 本当は、もう一つだけ提督に伝えたい事があった。けれども、今回は胸の内にしまっておこう。まだ、言えるほどの勇気は持ち合わせていない。けれども、いつか必ずこの言葉を、伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたの事が、大好きです。

 

 




全く関係ないけれども、誰か万丈があべこべな なのはの世界に言ってマジヤベーイな感じの小説書いてください。なんでもしますから。



というわけで、ようやく龍田さん編終わりっ、閉廷!だいぶはしょった描写も多いですが、このあたりで一区切り。

次回から、しばらくは日常編をやっていきます。だいぶため込んだものや、アンケートしたときの物もありますのでお楽しみに。


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第二十話 あべこべ艦これ~間宮さんのアイス~

金剛好きの方、ごめんなさい。

違うんです、私にアイスをくれた人が悪いんです。



 人の上に立つ者として必要な物とは一体何なのだろうか。

 

 感情をコントロールする? 確かに、どんな存在であれ自身の感情をコントロールしなければ一流の存在にはなりえない。上に立つ者が、感情に左右されていては、下の者達にも影響を与えてしまう。だからこそ、例え上司が数少ない男性であったとしても、理性的にクールに英国生まれの帰国子女、そして日々尊敬される姉として感情をコントロールしなければならないのだ。

 

 

 

 「提督に……」

 

 

 

 部下には優しく厳しく? 確かに、上に立つ者は優しすぎてもいけないし、かといって厳しすぎてもいけない。どこぞの第二帝国曰く、飴と鞭を使い分けることが重要らしい。これに関しては問題ないと彼女は豪語する。

妹が『提督力不足』で困っているときは、かの十字架に磔にされた聖人のようにパン(自身の肉に等しい提督の私物)と葡萄酒(自身の血に等しいとある筋から買った提督が入った後のお風呂の残り湯)を分け与え、かといって妹が過ちを起こしたときは、心を鬼にして提督の下着をポケットにしまいながら戒める。

 

 

 

 「提督に……!」

 

 だからこそ、今の提督は優しすぎるのだと今回の事件を振り返り、とある艦の妹である、インテリヤクザ(そう言った取材班である青葉の所在は不明)は語る。

 男性である提督の優しさを浴び続ければ、それは次第に体を狂わし、思考を鈍らせ、暖かくて優しい提督力が艦娘の心の表面である海面に接することで生じる霧、海霧となり本体を座礁してしまいかねないからだ。

 

 だからこそ、そう、だからこそ。彼女を止める者がいなかったのかもしれない。食堂、それもたくさんの人がいる前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「提督に、恥ずかしい言葉(ハレンチ)を言わせたいデース!!」

 

 金剛型一番艦金剛。己の内にあふれるどぅるどぅるした本能を抑えることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙というには、短すぎる時間だ。

 

 「間宮さ~ん、A定食をお願いしま~す」

 「あづいクマ……。クーラーの効いた部屋で、アイス食べたいクマ……」

 いつもの事だと思いつつ、球磨型は夏の暑さに参りながら。

 

 「休暇……ほしいでち。大淀さん鬼でち……」

 「この後、どうするんだっけ? あ、だめよ伊19。お水に醤油入れてるわよ……」

 「へへっ、いくぅ……いくのぉ……」

 「群狼作戦(ウルフパック)を提唱します。そうすれば、大淀さんなど恐れるに足りないとろーちゃんは申す所存です」

 「ろーちゃん、なんだか性格が変わってる気がするねぇ……」

 とある潜水艦達はそんなことより、今の職場環境の改善を願いながら。

 

 「きょ、今日は奮発して白米に加え、京都のお漬物である千枚漬け……!」

 「僕は間宮券は使わずに我慢するかな」

 「ガンガン貯めていけば、交換で提督シリーズのラインナップが増えるもんね!」

 提督に信頼を寄せている秋月型姉妹達は、金剛を冷ややかな目で見つつ。

 

 「提督に肩たたき券を作ってあげるの!」

 「それはいい考えなのです!」

 「いい考えだけど、それはどうやって渡すんだい?」

 「簡単に決まってるじゃない! いつもお世話になってるからって渡せばいいのよ」

 「ハラショー。それじゃあ、暁が渡してくれるんだね?」

 「えっ」

 

 日頃お世話になっている提督に、何かできることがないかと考える子達もいれば。

 

 「ぽぽい! ぽいぽい、ぽぽっぽい! ぽい」

 「そうだね」

 「何で今ので会話が成り立つのよあんた達……」

 

 無関心、その言葉が相応しい。この鎮守府では、新しい提督である正海が来てからほぼ日常茶飯事となってしまった金剛型一番艦(へんたい)の行動に、さして注意するものはいない。当初の方こそ注意する者はいたものの、毎度毎度叶うはずのない壮大な発言に関わる者は彼女の姉妹以外いなくなってしまっていた。

 

 ぷくーっと、不満をあらわにする様に金剛の顔が焼いた餅よろしく、膨らむ。

 

 「何でですカー!? 皆、聞いてみたくないんですカー!」

 

 「お、お姉様。落ち着いて……」

 

 榛名が姉である金剛を収めようとするも、金剛はふくれたままその場で文句を言う。

 

 「だっておかしいデース! 女性であるなら、男性の口からきいてみたいはずネー!」

 

 「お姉様の気持ちもわかりますが、とりあえず落ち着いて……」

 

 「嫌デース! 今日という今日は提督に言わせたいデース! 言わせたいったら言わせたいデ、あぎゃんっ!」

 

 パコンと、小気味よい音が食堂に響いた。

痛みで頭を押さえつつ、振り返ってみると、食堂の主である間宮が怒りの形相でお盆を両手に持ち、こちらを睨みつけている。威嚇のつもりか、少々頬を膨らませお盆を胸の前で盾の様にして持つその姿は、本人はたいそうお冠だという事を主張しているのだが、周りの者からは天使か……としか思われていない事には、本人は気づいていない。

 

 「な、何するデース!」

 

 突然の事に驚きつつも、金剛は己の野望を今日こそ成就させるために異を唱える。感情のコントロール? 大丈夫だ、問題ない。出来ている。

 

 「食堂はお静かに! ここは公演する所ではありません」

 「嫌デース! 食堂は自由な場所のはずデース!」

 「貴方達は大人なんですから、子供たちのお手本になるんですよ!? 悪影響を与えるような事は、私が許しません!」

 

 (おかん……)

 (おかんや……)

 (天使か……)

 (天使だった)

 

 間宮の言葉に他の艦娘達が感銘を受ける。しかし、その言葉に砂漠の中に眠る一粒の良心が痛みつつも、『提督にハレンチな言葉を言わせたい』というある意味雨の恵みともいえる言葉に金剛は戦う。

 

 

 

 「い、嫌です聞きたいデース! お前以外の装甲に興味ねえよって言われながら壁ドンからの股ドンに移り、そして無理やり顎を上げさせられてその柔らかい唇に舌を這わせたいって言われながら徹甲弾装填した主砲並の威力を持ったkissをしたいでーす!」

 

 

 

 「なっ!」

 

 しん、と。辺りが静まり返った。金剛が発言した、今までとは違うもはや壮大どころか神話級の願い事に。

 

 「ひ、ひぇぇ。なんて恐ろしい事を……」

 

 余りの卑猥な発言に、周りが凍り付く。妹である比叡でさえ、想像してしまったのか姉の言葉に顔を真っ赤にしていた。霧島は眼鏡があまりの衝撃にひびが入り、榛名はそういう方向性もありか……と、ポケットから取り出した『極秘』とついたメモ帳に何かを書き記している。

 

 「提督にハレンチな言葉を言わせて、恥ずかしさで顔が真っ赤に染まって俯きながら許しを願う姿が見たいデース!」

 

 ピクリと。その言葉に『飢えた狼』の異名を持つ妙高型三番艦の足柄が耳を引くつかせる。

 

 「提督にお酒を飲ませて、酔った所を介抱し、そのままの勢いで提督の服に腕を這わせつつ、マジヤベーイな事したいデース!」

 

 その言葉に隼鷹が。他の酒飲みである面々が。

 

 「だからこそ、提督のハレンチな事をさせて恥ずかし顔を掴むのは私デー、あぎゅん!」

 

 ドゴンと、先ほどより生々しい音が響き渡る。どこから取り出したのか、ステンレス製とは違う、重みのある灰色のお盆で間宮が金剛の頭を殴りつけた。顔を真っ赤にし、睨めつけている。

 

 「は、は、ハレンチな事言っちゃだめです!」

 

 「でも、間宮さんだって聞きたいはずデース! 私、知ってるんだからネー。間宮さんが割烹着の内側に提督の寝顔写真を縫い付けているのをネー!」

 

 「な、なななななっ、ど、どうしてそれを!?」

 

 その言葉に間宮は、約一万八千人の食糧が三週間分は入るはずの倉庫が一瞬で満杯になるほどの恥ずかしさでさらに顔を赤くする。いや、間宮だけではない。他の者達でさえ、『提督の寝顔写真』という部分を聞いた瞬間、口をあんぐりと開けていた。

 

 それもそのはず。現在、鎮守府では開設者である明石を筆頭に、一部の有志達による働きで深夜にのみ『宝物庫』というお店が営業を開始している。そこには、提督語録集をはじめ、提督抱き枕・提督食器・提督ポプリ・提督の写真など、数多の提督シリーズが用意されている。その中でも、提督の写真シリーズや私物シリーズは絶大級の人気を誇り、持つだけで運があがり性能が変化すると噂されるほどの逸品だ。また、後半のシリーズを獲得するためには『提督ポイント』なるものを集めなければならず、間宮券や資材、はてには提督に関する情報や提督の私物と交換することで徐々にグレードが上がっていき、優遇される品が増えていくのだ。

 さらに、提督の写真シリーズはピンからキリまで写真のランクがある。最上級はもちのロンで裸だが、これを持っているものはいない。だが、それに等しいぐらいの存在がある。

 

 提督の寝顔シリーズだ。

 

 これを持っているものは、艦娘達の間でも一部だけだろう。運よく、秘書艦の時に提督が寝てしまっているか、もしくは有志による資料の一部として撮られた物か。だが、ほとんどの写真は売却済みであり、それも精度はさほど高くなく、間近で撮ったものはいない。

 

 だが。

 

 「私の目は誤魔化せないネー! 青葉から聞いたら、間宮さんが寝てる提督に何やらしてたのを聞いたんだから!」

 

 「ち、違います! 私はそんなやましい事なんかしてません! ただ、夜食を頼まれて持って行ったら提督が寝ていたからつい……ハッ!」

 

 嘘を言えない性格、それが間宮だ。その言葉に、周りが驚愕する。つまり、間宮さんは今現在、割烹着の裏に超絶SSRランクの写真を忍び込ませている。何名かが席を立つ。何を、という必要もない。見てみたいのだ。提督の、男性の一番無防備な姿を。

 

 「フッフッフ、観念するネー! 間宮ママも私と同じだって事を!」

 

 「ち、違います! そんなんじゃ……!」

 

 助けを求めようと、辺りを見回す。だが、助けようとする者はいない。あわよくば、このままいけば提督の寝顔写真を拝めるかもしれないという邪な感情が間宮を助けようとするのを邪魔しているからだ。なお、内容を理解していない一部の子達は提督に肩たたき券をどうやって渡せばいいのかと未だ話し合いを続けている。現状、暁が渡さなければいけない状況に陥りつつあり、当の本人が涙目でレディーだもんと俯いていた。

 

 「さぁ、覚悟はいいネー!」

 

 まずはメインディッシュの前に、前菜である提督の寝顔写真。そう決めた金剛が、手をワキワキと閉じたり開いたりしながら間宮に近づいていく。

 

 だが。

 

 

 「あ、あの金剛さん。それぐらいにしたほうが……」

 

 救いの手は差し伸べられた。吹雪型一番艦、吹雪によって。

 

 

 「ブッキー! 止めないでくだサーイ。これは崇高なる野望の為の大いなる犠牲デース」

 

 「そんなどこぞの組織のボスが大層に恐ろしいカードだって連呼しながら使ったら、実は全ての敵を破壊する罠カードだった……みたいな人と同じような事言わないでください」

 

 「でも、これが良き方法デース。ブッキーも、提督とやってみたいことの一つや二つあるはずネー!」

 

 その言葉に、吹雪はほんのりと顔を朱色に染め。

 

 「わ、私は提督と一緒に間宮さんのアイスでも食べれれば……」

 

 その発言にここにも天使がいたかと思う周りの者達と、そういう方向性もありか……とメモ帳に書き記す榛名の姿。

 

 「やっぱりブッキーはピュアで可愛いですネー! でも、アイスだけじゃ……?」

 

 その時。

 

 「アイス……間宮ママ……」

 

 

 

 神の啓示が舞い降りた。そう、それは女神の神託。迷える子羊の為に、神が純情なる心を持ちし金剛に伝えた新しき発想の言葉。今ならわかるかもしれない、日本の卑弥呼がどのような思いで神から啓示を受けていたか。

 アイスは乳製品で作られている。乳製品はつまり乳。牛の母乳。そして間宮さん。間宮さんは艦娘達の鳳翔さんに次ぐママ的存在。胸部装甲も立派だ。つまりこれで証明終了……!

 

 

 突然固まった金剛に、怪訝に思いながら心配の言葉をかける吹雪。だが、心配なんかしなければよかったと後に語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「間宮さんの母乳入り(が牛の乳から作った牛の)アイスを提督に食べさせたいデース!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、金剛は大破した。

 

 

 




これはひどい。でもきっと大丈夫、表現を優しくしてるからきっと特にひっかかったりはしないはず。


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第二十一話 あべこべ艦これ~百貨店へ~

前回の話を見返した自分→( 'ω').。o0(何かいてたんだ俺……)
   感想欄を見た自分→( 'ω')……
            ( ^ω^)



【公式】<可愛い「衣笠」と「間宮」の五周年記念イラスト!!

            ( 'ω')!!
            ( 'ω')……       


(   ^ ω ^   )




 肌を撫でるような、まとわりつくような。そんな風が、海から音を鳴らしながら流れ込んでゆく。

 

 「明日は雨が降るかもしれません」

 

 穏やかな海の様に優しく、けれども気丈な声。瀬戸内海から吹く風、小さくて花びらの様に薄い唇が水分を含んでいくのを感じそう呟いた。

今日はいつもより早いけれども、昼前には取り込んでおいたほうがいいでしょうか。そう考えながら、最後の洗濯物を物干しざおに掛ける。とても大事な作業が終わったことに緊張を口から吐きながら、額に浮き出た汗を軽く拭く。目の前に広がる、洗濯したことによって純白に輝く服達が、海の中を泳ぐ魚の様にゆらゆらと風の流れに沿って生き物のように揺れ動いていた。

その光景に、万が一があってはいけないと、支持台が固定されているかどうかを確認し。

 

 「固定……よし! 後は乾いたら畳んで、大淀さんにお渡しするだけです」

 

 そう言って、空になった洗濯かごを持ち上げた。

屋上の扉を開け、そして閉める。瞬間、ピーっというやかんがお怒りの時に出すような音とともに、自動で扉が施錠された。その光景に、相も変わらず妖精さんの科学力は凄いものだと感心しつつ、駆け足で階段を下りる。

一歩一歩、陽気な足音を響かせるたびに、彼女の銀色の髪――足首まで届きそうな一本の三つ編みが気分に合わせて跳ねていく。きっと、その光景を見たら普段の彼女とは違う姿に、困惑するかもしれない。自身でさえ、この姿は妹達には見せられないなと思っているぐらいだ。

 

 階段を下りた先、朝の始まりを告げるお日様が廊下を照らす中をただひたすらに、駆け抜ける。向かう先は大好きな場所、司令室。

 

 

 

 

 「おはようございます、提督!」

 

 「あぁ、おはよう海風。今日も元気だな」

 

 

 

 

 改白露型一番艦、海風。元気な挨拶と共に、提督の洗濯物が干し終わったことを告げる。彼女の波乱万丈な一日は、こうやって始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「提督、本部より通信が来ております。そちらに繋いでもよろしいでしょうか?」

 

 外堀を埋められていくというのは、こういうことを言うんだろう。

日本語というものは、外国語と違い多様化している分、いろいろな表現で現状を表すことが出来るものだと考えつつ、海風が淹れてくれたお茶で口の中に水分を補給させる。

 

 口の中に広が渋みと甘み。紅茶も嫌いではないが、やはり緑茶が一番だなと、金剛型が聞けば紅茶妖怪になりそうな考えを浮かべる。その金剛型の一番艦が、食堂で大暴れしていようなどとは、今の正海には知る由もない。

そういえば、つい先日に大淀からの高速修復材の申請があったのを思い出した。対象は金剛型一番艦金剛で、申請理由は食堂内での大破。申請書の備考欄には、給糧艦の一撃により大破したと書いてあったが、一体何があったのだろうか。

 

 

 「構わない、繋げてもらえるか?」

 

 了承しつつ、きっと今朝方届いた手紙の内容だろうとあたりをつける。手触りのいい、茶色の封筒に入っていた手紙を思い出し、休みという単語には縁がないなと日本の勤務体制に異を唱えた。

 

 「畏まりました。少々、お待ちください」

 

 プツンという糸が切れるような音ともに、黒電話から音が消える。そして、数秒の間と共に聞き慣れた声が黒電話の向こうから聞こえた。

 

 

 

 『やぁ、久しぶりだね。正海』

 

 「米内さん?」

 

 その言葉に、秘書艦として書類の補助を行っていた海風の手が止まる。聞いたことがある、着任式直前に叢雲が説明していた提督の素性。男性でありながら海軍に入った理由の一つ、確か――。

 

 『いやいや、違うだろう? 私の事を呼ぶときはなんていうんだい?』

 「誰もいないところでならともかく、公の回線を使用してる場で大臣を気安く呼べるわけないでしょうに……!」

 

 その言葉に驚愕した。今この場で提督に電話をかけてきているのは『軍人は政治に関与してはならない』という伝統があった海軍内でも唯一政治に関わることが許された役職を持つ人物だ。そして、提督のお母さん……!

 

 『そうか、それはなにより。私の息子はちゃんと公私混同せず、役職にふさわしい態度をしている。安心したよ』

 「……そちらから振っておいて」

 『それはそれ、これはこれだ。世間知らずな息子を持つ身としては、成長具合を確かめたくなるんだよ』

 「そうですね……」

 

 何を話しているのだろうか。いつもは凛々しく、見ていて安心するような提督が見る影もない。まるで、母親に手玉に取られている子供の様だ。

 

 しかし、お母さんとはなんとも甘露な響きではないだろうかと海風は筆を止め、考える。

 

普段、姉として気丈にふるまう立場ではあるが、鳳翔さんの様に『お母さん』と呼ばれる立場に興味があるかないかと言ったら、とってもある。

朝になったら艦隊に総員起こしをかけ、提督の朝餉を用意する。朝は胃にも優しいようにお魚、アジの開きにしよう。傍らでお茶を入れながら、提督が食べ終えるのを見守るのだ。その後は提督の洗濯物を干しつつ、編成と遠征の確認。出来るお母さんは貴重な時間を有意義に使わなければいけない。

 

 『それより、仕事は順調かい? 陸軍と少々揉め事があったときは、どうしてやろうかと思ったものだが」

 「貴方が言うと、洒落にならないです。仕事に関しては順調に市長との交渉は進んでおります。早ければ来週にも、人員配置の打ち合わせを行う予定です」

 

 お昼は何にしようか? やはり提督という立場は体力を使うと聞く。となれば、カレーはどうだろうか。あ、カレーうどんも良いかもしれない。

 

 『そうか、それはなにより。初めての事ばかりだ、わからないことも出てくるでしょう。何かあったら遠慮なく言いなさい』

 「ありがとうございます…………母さん」

 

 小気味よい音と共に提督の口の中へカレーうどんが吸い込まれていく。その時、吸い込まれる瞬間に汁が提督の胸元へ落ちてしまった。一面の白に一滴、存在感を強く放つ茶色の汚れが出来上がる。それを見た私は、居てもたってもいられず布巾を持って提督のもとへ歩み寄った。

大丈夫ですよ、すぐ綺麗にしてあげます。そう言って、提督の胸元へ手を伸ばし――、

 

 『お母さん! んふふ、お母さんかあ!』

 

 受話器から響く大きな声に、海風の意識は連れ戻された。私はいったい何を考えていたんだろうか、今しがた自分が考えていた破廉恥な妄想に、こんなことを考えるなんて秘書艦失格だと項垂れる。姉として、一番艦として妹の手本になるような存在でなければいけないのに。

 

 (海風、米内さんに遊ばれてるな……。秘書艦がいるとわかっていてやってるんだから質が悪い)

 

 せっせとお仕事をしていた海風の表情がころころと変わっていくのを電話で受け答えしながら見て、部屋に戻ってから話すべきだったかと正海は反省した。

 

 『まぁ、まだまだ話したいことはあるけれども次に回しておこうか。きっと、提督殿は混乱している秘書艦を立て直すのに必死になるだろうから』

 

 その言葉に、

 

 「やっぱり確信犯じゃないですか……」

 『当り前じゃないか。例え昔の記憶があったとしても、人というのは現在に対応する生き物だ。男性がいない、飢えてる肉食動物や草食動物の中に餌を放り込んだらどうなると思う?』

 「やっぱり確信犯だこの人……!」

 『ふふっ、精々頑張るといいさ。良い娘がいたら連れてきてくれたまえ。……しかし、青春だねぇ。私も若いけれども、ここに立っている以上はそっちにいけな――』

 

 「えっ、若――」

 

 『あっ?』

 

 「はい」

 

 はいじゃないが。しかし、はいと言うしかあるまい。これ以上言ったら黒電話から腕が出てきてとっ捕まえられそうな、そんな感じがする。

 

 『おほん! まぁいい。それより、大淀に聞いたが呉服がいるんだって?』

 「え、えぇ……」

 

 大淀は一体どこでその情報を入手したのだろうか。あの時の会話は事前に龍田と口裏合わせをしているはず、開催間近になったら近場の呉服屋でお手頃なものを用意しようかと考えていたはずなのに。

 

 『情報は、私にとって戦略の一つだからね。隠し事はしない方が身のためだよ』

 「……ちなみにこの情報はどちらからで?」

 『鈴木さんとは仲良しでね?』

 「もう切っていいです?」

 

 遊ばれている、ものの見事に。男女が逆転している世界なのだから、男性の方が口がうまくて女性は口が苦手であるべきではないのだろうか? いや、そもそも自分がこの世界の男性に該当していないのだから口が上手いわけではなかった。

 

 『まぁまぁ。それより、呉服の事なんだけどね。男性用の服となると買う場所が限られてくるんだけれども、何かあては?」

 「いえ、今の所特には……。近くなった時に、近場の呉服屋で見繕おうかなと」

 

 その瞬間、盛大なため息が聞こえた。

 

 『君の常識に当てはめて考えてはいけないよ? 一般の呉服屋にそんな物は普通置かない。あらかじめ事前に予約するぐらいじゃなければいけないんだからね』

 

 やれやれと、頬に手を当てて肘をついてるようなそんな光景がありありと目に浮かぶ。

 

 「その口ぶりだと、どこか知っているようで?」

 『あぁ、お勧めがあるよ。うちのもそこで買ったりするんだ、そこを紹介してあげる』

 

 父親代わりでもあるコマさんが行きつけのお店という言葉に、やはりこの人は最初からこうなることをわかっていたのかもしれない。目を落とし、茶色の封筒に入っていた手紙――それを再度広げ、

 

 「そこは?」

 

 

 

 

 

 

 『百貨店、広島三越だよ』

 

 

 

 

 『広島三越』から届いた招待状に、やっぱり確信犯じゃないかと今日の仕事をキャンセルしなければいけないなと、ため息をつく正海だった。

 

 

 




文字数少ないですが、二話投稿するので許してください。

そして、いつもたくさんの感想と評価、誤字脱字報告。本当にありがとうございます。

皆様の優しさで支えらておりますので、今度からは前回のような話を書いたこと深く反省し、定期的に発作を起こしていこうと思います←


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第二十二話 あべこべ艦これ~百貨店へ・準備編~

金剛さんの描写をしっかりと書くためだけに、何時間も下着を調べ続けていたので初投稿です。

追記
本日二話目です。教えていただいた方、ありがとうございます!



 外でご飯を食べるのは、誰かと一緒に食べるのが良い。

 

「姉貴~! 握り飯作ってきたぜ~」

 

 底抜けに元気で、聞くだけでその元気をもらいそうな声。大事そうに、両腕で特大の握り飯を三つ抱えながら玄関を出て、待ち合わせの場所にいた姉のところへと彼女は向かう。

中紅色の髪に青緑色の瞳。地面にもついていそうなその長い髪は、走るたびに月面を飛ぶかのようにふわふわと宙を浮いている。少々走りにくそうではあるが、宝石のエメラルドの様に爛々とした瞳には、姉と一緒にお昼を食べれるという喜びがあふれていた。

 

 「江風……うるさい。もう少し静かにして……」

 

 文句を言いながらも、妹の為に風呂敷を敷いてあげる。若葉色の、自身の髪の色と同じ風呂敷。その端っこにちょこんと可愛らしく座ると、続いて江風もドスンと豪快に座った。その様子に文句を言おうとするも、意気揚々と握り飯の包みを解き始めているのを見て諦めたようにため息を吐く。

 

 「ほら、山風の姉貴も!」

 

 そう言って、三つある中からほんの少しだけ小さい握り飯を姉である山風に渡す。その迫力に、

 

 「おっきすぎる……」

 

 「んっ、そんな事ないって! ほら、ちゃんと見比べてみよ。ちゃんと姉貴の分はそのぽんぽこお腹の分も考えて小さくしてるんだからさ~」

 

 確かに、今渡された物と江風が持っている物を見比べると大きさは明らかに違う。だがしかし、しかしだ。それでも、山風の両手で持ったとしても握り飯の端っこが出ているのだ。これは駆逐艦クラスではない、戦艦クラスの握り飯ではないか。食べている間に貴重なお昼が終わってしまう。別に山風はぽんぽこお腹なんかにはなりたくないのだ。

 

 

 

 ぽんぽこ……?

 

 「あたしは、別に、ぽんぽこお腹じゃ、ない……!」

 

 「んっ、別に言葉の綾……って、痛い痛い! 抓らないでくれよぉ!」

 

 「ぽんぽこじゃ、ない……」

 

 「え~、可愛いと思うけどなぁぽんぽこお腹。ぽんぽこぽんぽこ、ぽんぽんぽんぽこっ!」

 

 相も変わらず妹は元気すぎると、山風はため息をつく。こんなことなら、海風姉もお昼に誘えばよかったと思う。しかし、せっかくの秘書艦になれたのだ。常日頃お世話になっている姉の為にも、たまには妹の面倒を見てあげるのも同じ姉としての役目だと山風は気合を入れた。あたしだってお姉ちゃんだ。大役、見事果たしてみせよう。

 

 「もういい……。食べるよ」

 

 「んっ、ふふふぅ。とくと召し上がれ! 今日は奮発して具材も豪華なんだぁ。鮭にツナマヨに昆布におかか、梅干しにさっき瑞鳳さんが焼いてた卵焼きも入れてるんだ、略して江風スペシャルッ!」

 

 「……」

 

 そっと、握り飯を江風に返そうとする。

 

 「いやっ、美味しいんだって! 食べてみようよ姉貴!」

 

 「やっぱり海風姉を連れてくるべきだった……」

 

 前言撤回。やっぱり妹の面倒は海風姉が担当するべきだ。何処から取り出したか、お味噌汁を貰ってきたんだ〜と言いながらいそいそと食べる準備をする江風を見て、海風姉はいつもこんな台風みたいな存在を相手にしているのかと、改めて賞賛する。自分では無理だ、なんとかこのお握りを頑張って食べることしか出来ない。

 

 (今日は夕食、いらない……)

 

 そんなことを考えた瞬間、頭で寝そべっていた妖精がペチペチと頭を叩いて来た。

何をと思えば、玄関を指差している。すると、間もなく山風の姉である海風がバケツと、その中に掃除道具らしきものを持って表へと出て来たのだ。

おかしい、今日は秘書艦として提督のそばにいる筈ではなかったのだろうか。そんな考えが一瞬頭をよぎるが、隣でこれまた何処から取り出したのか、丼といっても過言ではない大きさの汁椀を取り出したのを見た瞬間、きっと一ヶ月分の活動力を使ったんじゃないかと思うぐらいの全力疾走で姉の元へと走って行った。

 

 きっとこれは、神の思し召しに違いない。

 

 「う、海風姉っ……!」

 

 息も絶え絶え。

 

 「あ、山風? どうしたのこんな所で」

 

 突然現れた山風に驚きつつも、久しぶりに見る妹の慌てた様子に心配そうに答える。それに対し、「あれ……、なんとかして」と江風がいる方を指差せば、もはや何処から持ち出したのかどうでも良くなるくらい大きな水筒を取り出し、ピッチャーと言ってもいいぐらいのコップ二つに、並々と麦茶を注いでいた。

その様子に、今日も元気にしてるなぁと、山風の頭を撫でながら、

 

 「ごめんね? まだお仕事が終わってなくて……。これから外出用の車を洗わなきゃいけないの」

 

 「そ、そんな……!」

 

 神はいなかった。全てを準備し終えた江風が、どうやらこちらに気づいたようで、大きく手を振りながらこちらへやってくる。

 

 「姉貴〜! 準備できたよっ……、あっ、海風の姉貴! 丁度良かった、一緒にお昼食べよう!」

 

 「そ、そう……! ついでに、私の分のお握りも頑張って食べて……」

 

 「なんだよ〜、ちゃんと小さいやつにしてるじゃんか」

 

 「十分おっきい!」

 

 「あははは……」

 

 その様子にとても仲が良くて良かったと、海風はほっと胸を撫で下ろす。

どうやら、江風がいつもの元気さで山風を慌てさせているのだろう。助けてあげたいとも思うが、秘書艦として仕事の途中で抜け出すのは良くないと、助けるのはこれが終わってからにしてあげようと考える。偶には、山風もお姉ちゃんとして少し努力した方がいいとも感じたからだ。

 

 「ごめんね、まだ仕事が終わってないから……」

 

 手に持っている掃除道具を掲げ、これが終わったら合流するねと伝える。

 

 「車の掃除? なんでまた、海風の姉貴が?」

 

 「そういえば、そうかも……」

 

 そういったお仕事は本来なら、各艦娘達に、日頃の業務として割り振られているはずだ。秘書艦の海風がやるものではないんじゃないかと疑問を浮かべる。

 

 「実は、急な用事で提督が街に行かなくちゃいけなくなったの。本当なら今日は、何処も行く予定が無かったから車の洗車をする担当はお休み。だから急遽、やることになっちゃって」

 

 本当なら、一緒に居たかったけれども。その言葉は、言わないでおく。そんなことを言ってしまえば、妹達が心配するに違いないから。

 

 「んっ、そういう事か〜。ちなみに、提督は何処に行くのさ?」

 「百貨店に行って、今度のイベント用に着る服を買ってくるって言ってたけど」

 「百貨店!いいなぁ、行ってみたいなぁ」

 「提督、の他に誰が……付き添うの?」

 「ええと、確か大淀さんに明石さん、それと榛名さんに金剛さん……だったかしら?」

 

 丁度今日は非番だったのと、外行き用の私服を持っているかららしいと海風は、選ばれた人選について答える。他の子にはなるべく言わないようにしてねと付け加えて。

妹達の事だ。問題はないだろうが、広まってしまえば他の子達も行きたいと答えるに違いないから。

 

 海風の言葉に、まろーんと言いながら江風は考えた。つまり、今の海風姉貴に元気がないのは提督と一緒に居られる時間が少なくなったからに違いない。常日頃、姉に迷惑をかけている自分だからこそわかる。心配かけさせまいと気丈に振る舞っているが、それは自分達に心配をかけさせないためでもあると。となれば、日頃お世話になっている優しい姉のために一肌脱ぐのが妹ってもんじゃないだろうか。

 

 「山風の姉貴」

 

 稲妻のように走る視線、受け取るは山風の重たい瞼。しかし、その眼は違う。きっと同じことを考えているに違いない眼だ。たぶん。

 

 「狙うは金剛、そこに勝機……」

 「妖精さん、お握りとかその他諸々に上から何かかけといてくれな〜!海風の姉貴、ちょいと用事できたからまた後で!」

 

 「え、えぇ?ちょっと、何する気?」

 

 「大丈夫……恋路を邪魔する輩を懲らしめるだけ」

 「姉貴は仕事の続き頑張ってくれなぁ!」

 

 名前の通り、風の如く。訳も分からぬまま、一瞬にして二人はその場から居なくなってしまった。後に残されたのは、めんどくさそうに言われたことをやろうとする妖精さん達と、海風のみ。

 

 「変なことしなければいいけど……」

 

 ああいったときの妹達は、碌な事をしない。言いようのない一抹の不安を抱えつつ、海風もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4輪の花が、咲き誇っていた。二つはまだ蕾だけれども、残りの2つは今まさにこの時の為にと用意していた勝負服を着こんだ満開の花に。きっと、この世界の男女比が一定であったならば、そこは花園と言っていいのかもしれない。つまり、そこで優雅に話す女性達は貴婦人だろうか。

 

 「ついに、ついにこの時がきたネ……! お店の人に嘘ついてまで勝負下着を買った甲斐があったデース!」

 「位置は右の後方座席……! 提督の隣に座ることによって曲がり角で合法的に提督の膝に手を添えることが出来れば……、榛名興奮してきました!」

 

 否。

 

 「にゅふふ、エレベーターの中で提督と一緒に……!」

 「男性の服を選ぶ榛名……、試着室にお着替えを持っていくことがきっと!」

 

 「ひぇぇ……、欲望の権化が」

 「司令、人選間違えた気がしますねこれ」

 

 

 花ではなく、食虫植物の類だった。

 

 

 この二人が選ばれた理由はというと、前述の通り今日が非番だったという事といざという時に備え、事前準備をしていたからに他ならない……だけではない。

深海棲艦がこの世界に現れて月日がたち、海域全てを開放することは出来ずとも幾許かの資源的余裕が出てきた日本。海外との交流も少しずつではあるが再開を始め、その一環として海外艦と呼ばれる艦娘達も、日本に滞在することが増えてきた。

戦時中と言えども、戦況が有利に傾いてくれば、景気も良くなってくるのが経済の不思議な所で、現在の日本は、着実に復興への道を鈍足ではあるが歩み始めていた。

となると、物品の流通が加速するとなると多種様々な専門店が乱立することになる。

それをまとめ、一括に扱うという概念のもとに生まれたのが各地に存在する百貨店だ。西洋の大きな建築物の中に様々な種類の専門店を凝縮させ陳列し、営業を開始したのだ。

と、ここまでならば本来の百貨店の歴史となんら違いはない。

 

 だがしかし、この世界は違う。

 

 男性が少ない世界において、男性を求める者もいれば、諦めて逆の方向へと嗜好を変える人達もいる。

その時に現れた、日本の危機を救った存在である艦娘達。端正で可憐な少女達の姿。

 

 心を射抜かれたものは少なくはない。

そこで活躍したのが、海軍だ。人間なのかどうかも怪しい存在であった彼女達を、国民に浸透させるために施策した物の一つが百貨店による艦娘とのコラボである。国内生産にこだわり、東京・浅草の工場で作り上げたローファーや革にこだわった財布、そのほかにもバッグやマグカップ、艦娘達の三越に行く際をイメージした私服のポスター。また、呉鎮守府には海外艦が殆ど在籍していないため、海外艦が多く在籍する他の鎮守府と連携したボージョレヌーヴォー。

これだけではない。会社勤めをターゲットにした名刺入れやIDカードストラップもあれば、フルーツゼリーやチョコ、果てには海苔やお米まで。艦娘達がプロデュース・イメージした商品が現時点で第四次作戦まで進行している。

 

 もちろん、全ての商品が売り切れという大盛況だ。当時の新聞によれば、開店前から長蛇の列ができていたらしい。

 

 「榛名が百貨店大作戦に参加してくれていたおかげで、私も運が回ってきたデース」

 

 「まさかあの時の出来事が、こんなことに繋がるとは思いませんでした……」

 

 そう、呉鎮守府に在籍の榛名も百貨店で展開された作戦において、コラボレーション企画の対象艦娘として抜擢されていたのだ。当時は、海軍のイメージ向上作戦として認識していなかったが、まさかその作戦が今になって生きるとは榛名自身も驚きである。

 

 「あの時は凄い人気でしたものね。お姉様の写真が刷り込まれたマグカップの売れ行きは凄かったです」

 

 「私も金剛お姉様と一緒に行きましたが、結局何も買えずじまいだった記憶が……」

 

 「確かに、凄まじかったネ。せっかく、服を新調しようと見に行ったら売り切れ後免のお札ガ……」

 

 「確か、榛名が協力のお礼として一式だけ貰ったんですよね?」

 

 「あぁ、あれの事ですね。男性用の服」

 

 そう、そうなのだ。百貨店による大作戦では、女性用だけではなくなんと男性専用の服まで取り揃えていたのだ。しかし、男性が少ないこの世界において果たして需要の少ない物を展開することに意味はあるのだろうか? 

 

 

 否。とっても需要があった。

 

 話によると、百貨店大作戦を展開した際に真っ先に売り切れたのは、男性専用の服だったりする。下から上まで、国内の最高級素材と職人を持って作られた男性用商品はとんでもない高額の値段にもかかわらず、瞬く間に溶けていったそうだ。その情報を知らされたときに、駆逐艦達や幾名かの軽巡達は「何故、自分で着ないものを買う必要があるのか」と疑問を口にしていたが、金剛たち含め、ほとんどの艦娘達は理解している。男性用の服を欲するわけを。

 

 「ただで、とはいきませんでしたが。それでも、あの長蛇の列を並ばずに買わせてもらえることが出来たのは行幸でした!」

 

 「ちなみに、他の子達で買うことが出来たのはいるのでしょうか?」

 

 「えぇと、聞いた情報によれば大和型と明石ぐらいしかいなかったような……」

 

 「あぁ、大和ならなんだか納得できるネー」

 

 帝国ホテルと過去の情報から噂される大和の事を思い、金剛は納得したように大きく頷いた。ああ見えて、とてもピュアでこの前提督とお喋りすることが出来ましたーと喜んでいたのを食堂で武蔵に報告したのを覚えている。それを聞いて、武蔵がとんでもない偉業だと褒め称えていたのも。

 

 会話が弾む。しかし、時間というのは楽しいひと時であればこそ一瞬というものだ。二人の会話を聞きながら、提督の安全を願う霧島がふと、部屋に設置されていた壁時計を見た。西洋風の白い枠組みに収まったシンプルな針時計。その長針と短針が、提督との約束時間を示す時刻までほんの少ししかないことに。

 

 「は、榛名、お姉様っ! じ、時間が!」

 

 「えっ、時間が……嘘っ、もうこんな時間なのですか!?」

 

 「オーノゥっ! まずいデース、まだ準備が……」

 

 会話に花咲いていたせいだろう。榛名は百貨店コラボの際に使用した服を着終えていたが、金剛に関してはまだ支度が終わっていなかった。

 

 その様子に、取り合えず先に向かい少しだけ待っていただこうと榛名は考える。

 

 「榛名、提督の所に先に向かって少しだけ待ってもらえるよう言ってきます!」

 

 「比叡も一緒に向かってお願いしてきます! 別に提督の私服姿を見たいわけじゃないです、お姉様の為に!」

 

 「霧島も一緒に向かってお願いしてきます! 別に提督の私服姿を見たいわけじゃないです、私自身の為に!」

 

 「オゥ……幸せな妹を持って、私は幸せ者ネ!」

 

 「霧島……」

 

 若干一名、欲望が口から洩れていた気がしないでもないが、焦る金剛が気づく様子もない。忘れ物がないかだけ確認し、三人が部屋から出ていく。それを見て、金剛も急がなければと準備を進め始めた。

 

 

 「この服はあんまり妹に見せられないネー」

 

 何故、準備が遅れていたのか。それには理由がある。勝負用にと買った下着類、それを見ながら。

 

 「こ、これ着けなきゃ……ダメ?」

 

 布地が薄く、刺繍などでデザインされ、透明感を強調するショーツ。色は誠実を強調する白、素材はドレスにも使われるオーガンジーと呼ばれる生地を使用した物で、薄く持つ手の肌色がうっすらと生地越しに見えるほど。

ただ、薄い分下着として日常使うにはあまり向かないと店員が言っていたのを覚えている。

 

 ごくり、と。湧いた生唾を飲み込んだ。もし、何かの拍子で提督にこの下着を見られてしまったら一体どうなるんだろうか。いや、勝負下着なのだから見せて当然なのだろうけど、何分初めて着るのにはいささか刺激が強すぎではないだろうか。自分に対して。

だが、覚悟を決めねばなるまいと恐る恐る履いてみる。

 

 ゆっくりと左足を上げた。下着が上手に入るように、ぴんっとつま先を伸ばす。確かに、少し硬い感覚がする。けど、この程度であれば問題ないとバランスを保ちながらもう片方の足も同様に入れる。そして、綺麗に位置に収まるように上半身を少し前かがみにしてお尻を突き出した。

いつも履いている物とは違う下着の感覚、なんだかむず痒いような。

 

 「上も……」

 

 ブラジャーも同様の素材だ。いや、こちらは刺繍が大味な分、さらに肌の露出が高いかもしれない。刺繍は白いバラ、花ことばは純潔・清純・心からの尊敬・私はあなたにふさわしい。

 

 「ンっ……」

 

 いつもと違う、前で止めるタイプのブラジャー。胸を寄せる効果があるのか、サイズを測ってもらって用意したものだが、ほんの少し圧迫感がある。色白ではあるが、日々の戦いで少しだけ健康的に染まった肌。赤子の頬の様に弾力のある双丘が、元々ある大きさをさらに強調する。

鏡の前に立ってみる。そこで気づく。

 

 「こ、これ肌の色ガ……!」

 

 勝負下着といわれる由縁か。てっきり、見た目が派手なだけだと買った当初思っていたものだが、いざ着てみれば一本勝負な下着ではないか。

鏡に映る自分の姿、そして履いた下着を見て顔を真っ赤にする。上と下、白を強調しているはずの下着が自身の肌色が生地の下から見えていることに。その光景にこれは急ぎすぎたかもしれないと気付いた。これでは提督に思われている清楚な金剛型のイメージが、足柄と同じ肉食獣になってしまうではないか。

 

 「や、やっぱりいつものにするデース」

 

 急いで下着を替える。こんなことをしている場合ではない。早くしなければ、提督に時間も守れないのかと信用を失ってしまいかねない。いそいそと勝負下着をしまい、いつもの下着に履き替えようとする。

 

 

 

 だからこそ、気づくことが出来なかった。急ぐあまり、周りが見えなくなってしまったせいで。窓の隙間から流れ込む白い煙。甘いような、不思議な香り。それに気づいた時には、金剛の瞼はゆっくりと閉じられていた。

 




金剛さんは卵コラボの方ですからね、百貨店じゃないからね。シカタナイネ。



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