遊戯王デュエルモンスターズGX 伏臥する無限の竜 (マンボウ)
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デュエル・アカデミア入学試験

――誰もが抱く欠損は、自覚できず埋没の中。


 そこは、野球ドームのように巨大なホール――海馬ランドのドームの中だった。

 野球ドームと違うところがあるとすれば、リング内の形が違うこと、ドーム全体の形が縦長なこと、そしていくつものリングがあることだ。

 ハンドボールのコートを連想できるような広さのリングだが、実際は違う。

 ――デュエル・モンスターズ。

 世界で大流行のカードゲームを立体映像(ソリッドビジョン)を用いて対戦するためのリングだ。

 試験官と受験生が決闘(対戦)を行っている。彼らは互いに腕に装着した決闘盤(デュエルディスク)にカードを置き、その立体映像同士でバトルを繰り広げていた。

 そんな中、とある一つのリングが空き、次の受験生の入場が促される。

「次! 受験ナンバー51、円影(まどかげ)理有(りう)!」

「は、はい……」

 覇気のない声でデュエルリング状に上がったのは、一人の少年だった。

 背は中学三年としては平均より少し低い160cmほど。

 髪は前に長く伸びて瞳を隠しており、細い声とあいまって、おどおどした印象がさらに際立っている。

 髪のおかげで顔の輪郭もわかりづらく、どことなく性格の暗さも印象として相手に与えているだろう。

 対して試験官は、30代そこそこの男だ。細身で眼鏡をかけ、黒い髪をぴっしり整えた彼は、落ち着いた口調で理有と呼ばれた少年に言う。

「君の対戦相手となる試験官はこの私だ。この決闘では勝敗は当然、決闘の中での経過も試験結果に結びつく。決して無様なデュエルはしないように。それだけが私からの助言だ」

「は、はい!」

 そして二人は、互いにリング中央まで歩み寄り、デッキをシャッフルし始めた。

 途中、不正がないように互いのデッキを交換してシャッフルし、また交換。それをディスクのデッキホルダーに装着。

 二人は背を向け合って、リングの両端へと戻っていった。

 指定位置についたところで、彼らは振り返り、向かい合って、叫ぶ。この闘いの開始の合図を。

決闘(デュエル)!」

 もっとも、それが闘いと呼べるかどうかは別として。

 

 試験官は、デュエルディスクから引いた自分の手札五枚を見て、それから少年――理有を見る。

 このデッキは試験用デッキであり、当然試験官自信の全力ではない。

 なぜなら、そんなことをしては学生では試験官に太刀打ちできない。

 よって、ある程度は手心を加える必要もあるが、それはデッキ構成の段階まで。カードのタクティクス、プレイングの類に関しては、本気で行くつもりだ。

「私のターン、ドロー!」

 デュエルモンスターズでは、まずターンプレイヤーがドローを行う。今回の先攻プレイヤーはデュエルディスクが自動判定したため、試験官となっていた。

「《魔法剣士ネオ》を攻撃表示で召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《魔法剣士ネオ》

通常モンスター

星4/光属性/魔法使い族/ATK 1700/DEF 1000

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「カードを1枚伏せ、ターン終了だ!」

 ……伏せカードは《炸裂装甲》。さあ、どう出てくるかな?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《炸裂装甲》

通常罠

相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

その攻撃モンスター1体を破壊する

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 試験官 手札:6枚→4枚

     LP : 4000

 

 相手がネオの攻撃力の低さを舐めてモンスターで攻撃してきたら、裏の罠カードを発動するという算段。

 まずはこの陣形で試験官は様子を見ることにした。

 理有にターンが回る。

「ボクのターン、ドロー。……ボクはライフを2000支払い、《終焉のカウントダウン》を発動します」

「なんだと!?」

 ここに来て、予想外のカードが登場したのに、試験官は大いに慌てた。

 ……ま、まさか、そんなデッキで挑んでくるとは!?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《終焉のカウントダウン》

通常魔法

2000ライフポイント払う。

発動ターンより20ターン後、自分はデュエルに勝利する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 理有 LP:4000 - 2000 = 2000

 

 この時点で、すでに理有のデッキは攻撃ではなく守備型。しかも20ターンを守るという目的に特化したデッキ構成だと把握できる。

 面倒なことになった、と試験官は眉間にしわを寄せる。

 ……私のデッキに入っている10枚の攻撃反応型罠カードは、すべて死に札になった!

 加えて、こうなった場合、理有は何が何でも自分と相手合わせて20ターンの間、自分のライフポイントを守ろうとするだろう。

 つまり、

「ボクは守備モンスターをセット。そして伏せカードを3枚セットして、ターン終了です」

 徹底的に全カードで守備に入る。

 

 理有 手札:6枚→1枚

    LP:2000

 

 これを崩すのは骨が折れると、試験官は心の中でごちりながらカードを引く。

「私のターン、ドロー! 私は、《ヂェミナイ・エルフ》を攻撃表示で召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ヂェミナイ・エルフ》

通常モンスター

星4/地属性/魔法使い族/ATK 1900/DEF 900

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「バトルフェイズ! 《ヂェミナイ・エルフ》で伏せモンスターを攻撃!」

「攻撃前に伏せカードオープン。《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》発動。すべてのレベル4以上のモンスターは攻撃ができません」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》

永続罠

フィールド上のレベル4以上のモンスターは攻撃できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……予想通りといえば予想通りか。私はターンを終了する」

 

 試験官 手札:5枚→4枚

     LP:2000

 

「ボクのターン。ドロー……モンスターを1枚セット。そしてカードを1枚伏せ。ターン終了です」

 

 理有 手札:2枚→1枚

    LP:2000

 

 厄介だ、と試験官は舌打ちする。

 こちらのデッキは、基本的にレベル4以上のモンスターで構成されている。そして相手ライフポイントに直接ダメージを与えるカードは入っていない。《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》をどうにかしない限り、試験官に勝ち目がないことを意味する。

 最悪の相性だ。

 だが、勝機がないわけではない。

 勝負は第20ターン。こちらに回ってくる最後のターンに、どこまで少年の牙城を崩すことができるか、だ。

 

 時間は経過して、《終焉のカウントダウン》発動から20ターン目。

 試験官の手札は、さきほどドローしたものを含めて7枚。手札上限枚数を越えるまで抱えていた。

 フィールドには、モンスターゾーン5つが全て埋まっていた。

 《魔法剣士ネオ》、《ヂェミナイ・エルフ》から追加した3体のモンスターは、《ランプの魔精・ラ・ジーン》、《ゴブリン突撃部隊》、《スピア・ドラゴン》だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ランプの魔精・ラ・ジーン》

通常モンスター

星4/闇属性/悪魔族/ATK 1800/DEF 1000

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ゴブリン突撃部隊》

効果モンスター

星4/地属性/戦士族/ATK 2300/DEF 0

このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、

次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《スピア・ドラゴン》

効果モンスター

星4/風属性/ドラゴン族/ATK 1900/DEF 0

このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、

その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 理有の場にはセットモンスターが合計3体。そして《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》と伏せカード4枚

 その正体は、依然不明のままだ。

 試験官は、理有に矢で射抜くごとき視線を向ける。

「それでは、このターンが勝負だ。私は手札から《サイクロン》を発動! 《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》を破壊する!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイクロン》

速攻魔法

フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 試験官のフィールドに立体映像として映し出されたカードから青い竜巻が発生し、理有の場にあった《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》のカードを巻き込んで破壊した。

「ここで攻撃……したいところだが、君の場の伏せカードは残り4枚。ここで攻撃宣言をしたところでまた《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》を発動されれば、その時点で攻撃が出来なくなり、私の負けだ」

 試験官は一息、

「だから、こうさせてもらう! 魔法カード《大嵐》を発動! フィールド上の魔法・罠をすべて破壊する!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《大嵐》

通常魔法

フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 理有は驚いた様子を見せると、試験官はにやりと笑みを一つ。

「先ほどの反応からして、君の伏せカードに私の魔法を無効化するものはなかったようだからね」

「!?」

 理有の驚きがより一段と大きくなるのを見て、試験官は更なる一手に出る。

「私は《魔法剣士ネオ》を生贄に捧げ、レベル5《サイバティック・ワイバーン》を召喚する!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバティック・ワイバーン》

通常モンスター

星5/風属性/機械族/ATK 2500/DEF 1600

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 機械仕掛けの翼竜の出現に、リング外からのざわめきが大きくなる。

 それはそうだろう。この《サイバティック・ワイバーン》は《デーモンの召喚》に匹敵するステータスを持つレアカード。学生たちでは滅多にお目にかかれない代物なのだ。

「さらに魔法カード《シールドクラッシュ》を発動! 君の場の伏せモンスター1枚を破壊する!」

 ドームの天蓋から雷が一つ、理有の伏せモンスターに直撃。

 モンスターが破壊されるのへ、理有はおろおろと焦っている。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《シールドクラッシュ》

通常魔法

フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「行くぞ! 《サイバティック・ワイバーン》で、伏せモンスターを攻撃!」

 ワイバーンの攻撃により、伏せモンスターの正体が露となり、破壊された。

「ふ、伏せモンスター! 《墓守の偵察者》の効果発動! リバースしたとき、ボクのデッキから《墓守の偵察者》を守備表示で特殊召喚します!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《墓守の偵察者》

効果モンスター

星4/闇属性/魔法使い族/ATK 1200/DEF 2000

リバース:自分のデッキから攻撃力1500以下の「墓守の」と名のついた

モンスター1体を特殊召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ならば《ゴブリン突撃部隊》で《墓守の偵察者》を攻撃!」

 戦闘により、墓守の偵察者は破壊された。

「続いて、《スピア・ドラゴン》で、最後の伏せモンスターに攻撃!」

 スピアドラゴンには貫通ダメージ効果がある。そして、ここで伏せモンスターを破壊できれば、残りのモンスターで理有のライフポイントを0にできる。

 そして、スピアドラゴンの体当たりが伏せモンスターに直撃した。

「ぐううっ!」

 理有がデュエルディスクからの衝撃に悶えている。貫通ダメージが通った証だ。

 ならば、理有の場はがら空きになり、プレイヤーへのダイレクトアタックが可能になる。

 そのはずだが、

「ば、馬鹿な!?」

 モンスターが破壊されていない。

 どういうことだ、とモンスターの正体を確認した試験官は、愕然とした。

「ま、まさか、《魂を削る死霊》!?」

「は、はい。このモンスターは、戦闘では破壊されません。も、もちろん、貫通ダメージは通ります」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《魂を削る死霊》

効果モンスター

星3/闇属性/アンデット族/ATK 300/DEF 200

このカードは戦闘では破壊されない。

このカードがカードの効果の対象になった時、このカードを破壊する。

このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、

相手の手札をランダムに1枚捨てる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

理有 LP:2000 - 1700 = 300

 

 この時点で、試験官の場に《魂を削る死霊》を除去できるモンスターは居ない。手札にもない。

 バトルフェイズを続ける意味は、なくなった。

 そして、バトルフェイズを終了してしまえば、試験官に勝てる手段はない。

「……私は、このままターン終了だ」

「こ、この時点で、20ターンが経過しました。――ボクの勝利です」

「……そうだな。君の勝利だ」

 試験官は、その一言で肩の力を抜き、訊ねる。

「ちなみに、もう一枚の伏せモンスターは何だったのかね?」

「え? あ、はい。これです」

 そう言って理有が墓地から取り出したカードを見せる。

 《薄幸の美少女》だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《薄幸の美少女》

効果モンスター

星1/光属性/魔法使い族/ATK 0/DEF 100

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、

このターンのバトルフェイズを終了する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 なるほど、と試験官は納得した。

 仮に《魂を削る死霊》を《シールドクラッシュ》で破壊したとしても、戦闘時に《薄幸の美少女》のせいでバトルフェイズが強制終了してしまうため、結局は理有の勝ちになる。

 その事実を確認した試験官は、言う。

「おめでとう。とりあえず、本日の試験はコレで終了だ。結果は後日郵送で送るから、今日はもう帰宅して構わない」

「わ、分かりました。それでは、ありがとうございました」

 少年は試験官へお辞儀をしてから、リングを降り、去っていく。

 それにしても、と試験官は思う。

 確かに、今回のデュエルは彼の勝利だ。それは間違いない。

 だが如何せん、戦い方が消極的だったところが気になる。プロデュエリストを目指す者として、あの戦法は如何ともし難い。

 無論、それだけで不合格にするわけにはいかない。筆記試験の結果は全体の中位。その上で試験官に勝利したのなら、合格は8割がた決定だ。

 だが、あの性格にあの戦法。それを考慮して、試験官は一抹の不安を覚えた。

「あの少年、これからデュエル・アカデミアでやっていけるか、心配だな……」

 

 理有はすぐに変えることなく、観客席へ移動して、席に腰を下ろし、

「な、なんとか勝てた……」

 腹の底どころか、胆の底から息を吐いた。

 ……プロデュエリストになるには通らなきゃいけない関門だけど、辛いなあ。

 どうにも、こういう緊張する闘いは昔から苦手だった。

 プロデュエリストになるのは、やはり今現在の花形職業であるためであり、今後の将来を考えてのことだが、理有はいまいち決闘を楽しむことができないでいた。

 やはり、自分はこういう闘いの世界には向かないのだろうか。

 そう思って、頭と心が鉛のように重くなった。

 気晴らしに、理有はしばらく下のリングで行われている戦いを眺めていた。

「……やっぱり、みんな頑張ってるなあ」

 見れば、どのリングでも受験生は試験官に対して、勇猛果敢に挑んでいた。自分のように消極的な戦い方は、まず見かけない。

 そんな中で一際、輝いている試合があった。

「……あ」

 その決闘は、理有にとって眩しいものばかりで溢れていた。

 立体映像で作り出された、夜の摩天楼。

 天を貫くようなビルの群れは、まるで月まで届くようだ。

 ビルの頂点。

 避雷針の上。

 月と重なるその位置に、一つの人型が居た。

 人型は翼を持っている。

 星夜と月を背にした異形の英雄(ヒーロー)の名は、《E・HERO フレイム・ウィングマン》。

 彼は、摩天楼の上から飛び立ち、ビル街の中で仁王立ちする巨大な機械巨人――《古代の機械巨人》へ襲い掛かった。

 竜を模した右手から吐き出された炎を身体にまとったヒーローが、歯車仕掛けのゴーレムに体当たり、その身体を焼き払っていく。

 その姿は、何故か心躍るものがあった。

 理有の中で欠けている何か。その何かに訴えるものが、このデュエルにはあった。

 そして、立体映像とはいえ、崩れ落ちたゴーレムに押しつぶされている教諭。

 反対に、ヒーローを操り勝利して、大喜びをしている茶色い髪の少年がいた。

 そんな彼の無邪気な姿を見て、理有の心に一つの想いが過ぎった。

 

 ……あんな風に、思い切りデュエルをしてみたいな。

 

 ちなみに、理有は後から知ったが、そのデュエルで敗れたのはアカデミア最高実技担当者クロノス・デ・メディチ。

 そしてクロノスを破った少年は、遊城十代という名だった。




はじめまして、マンボウです。

見切り発車ではじめてみました本小説。

インターネットの小説投稿ははじめてで、色々と拙いところはありますが、生暖かい目で見守っていてくださいますよう、よろしくお願いします。

また、何か本作品についてアドバイスや意見などがありましたら、感想をどしどし寄せてください。――批判の場合、数が積もりすぎれば潰れるかもしれませんが。


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旅立ちとアカデミア入学

――憧れは星のように遠く彼方に。


 とある市街地の外れに、一般家庭の家にしては大きい、豪邸と呼べるほどの大きさを持つ建物があった。

 ただ、すでに長い年月を雨風に晒された木造の建物は、ところどころに劣化やひび割れ、傷があり、豪邸そのものと呼ぶには、違和感が残る。あちこちから響くどたどたとした音や、子供の騒ぐ声、それを諌める大人の声などが、それを助長させるだろう。

 正しくは、この建物は孤児院。

 かれこれ30年、身寄りのない子供達が生活し、大人になり、社会へ旅立つための支援を行っている。

 そんな建物の正面を、二人の人影が歩いていた。

 一人は白い衣服とローブを着た、六十を超えるだろう老婆――孤児院の院長である。

 彼女は、隣を歩く少年を見て、つい頬を緩め、でも眉尻が下がるのを自覚した。

 ……なんだか、寂しいわねえ。理有君が旅立つとなると、とっても。

 言いながら隣を歩いている円影理有の姿を見る。

 先日、アカデミアから届いた試験合格通知が届いた時には、子供達も揃って驚き、そして盛大に祝ったものだ。

 合格パーティの時も、この少年は控えめで大人しい性格のまま、恥ずかしそうに照れているばかりだった。

 そんな彼を見て、老婆は思う。本当に、年月が過ぎるのは早いものだ。いや、早くなったのか。

 子供達の成長を間近で見るようになって、時間の経過というものを常日頃感じるようになった。子供の成長速度はすさまじく、自分達があっというまに置いていかれるほどだ。

 そんなことを考えていると、建物の敷地と道路の境まで歩いたところで、理有は老婆へと向き直った。

「ほ、本当に、お世話になりました」

 理有は、老婆に対して頭を下げる。

 老婆は、その礼儀正しさと自信のなさに、やはり理有はこういう人間だ、と再確認して、

「そのあがり性と自信のなさは、とうとう改善できなかったわねえ」

「す、すみません」

「いいのよ。その代わり、あなたにはいいところもたくさんあるんだから。それにしても、本当に、名残惜しいわねえ。あの幼かった理有君が、立派にここを旅立つ日が来るなんて」

「いえ、そんな、立派だなんて……」

「あら、立派なものじゃないかしら? デュエル・アカデミアに合格なんて。気弱な理有君にしては、随分頑張ったと思うわよ。よかったじゃない、未来に進むことが出来て」

「……運がよかったんですよ、きっと」

「じゃあ、その運もあなたの実力よ。理有君、あなたはいつも、自分の力を過小評価していたけど、もっと自信を持ちなさい。あなたはきっと、いつか大きな才能の花を開花させるわ」

「――――」

 理有は、老婆の優しい言葉に返すものを思いつけないようだ。

 老婆は理有の肩にぽん、と手を乗せ、しわのある温和な笑顔で言う。

「何かあれば、連絡を頂戴な。私はいつでも、あなたからの便りを待ってるわよ」

「……はい、院長。それでは、もういきます」

 最後に、少年は精一杯の微笑を作りながら、院長と握手をする。

 そこで院長と呼ばれた老婆は、空いた手で理有の前髪を上げて瞳を晒す。

 驚いた理有に、老婆は最後に一言。

「あなたの瞳は魅力的だわ。綺麗で、見ていてとても落ち着く。その瞳を、いつかもっとたくさんの人に褒めてもらいなさい。そうすれば、きっとあなたは幸せになれるわ。……いつでも帰っていらっしゃい。たとえここを出て行っても、ここがあなたの故郷なことには違いないんだから」

「あ……ありがとう、ございます」

 少年はいまいち実感を持てなかったのだろう、老婆の言葉に困惑の感情をもてあましているようだった。

「……じゃあ、これで」

「いってらっしゃい、理有君」

「……いってきます」

 そう言い、理有は自分の身長に対して大き目のキャリーケースを持ち、老婆に背を向けて歩き出した。

 ゆっくりと、だが確実に、その姿は小さくなっていく。

 これから理有は、老婆が一切干渉できない、手助けできない領域へと足を踏み出していくのだ。

 そこに、不安がないわけではない。

 むしろ大有りだ。

 彼が今まで歩いてきた人生は、常人にとっては十分に過酷だったと思う。老婆の人生観と眼で客観的に見ても、そう思う。

 だからこそ、願わずにはいられない。

 老婆は、胸に下げていた十字架のロザリオを手に持ち、祈る。

 

「……神様。あの子にいつか、幸福を与えてあげてください」

 

 それから数時間後、理有は、海上を飛行する巨大ヘリの中で、乗り物酔いにうなされていた。

「さ、最悪……」

 つぶやくのも仕方ない。胃の底から湧き上がってくる不快感が、身体全体に鈍さとして広がっていく感覚は、いつまで経っても慣れないものだ。

 ましてや、理有は酔い止めを持ってくるのを忘れていた。元々乗り物に弱い理有にとって、本当に手痛かった。

 そんな自分を間抜けだと呪っていると、横に人の気配を感じた。

 前の席に座っていた、理有と同じく小柄な少年だ。目はくりっと大きく童顔。眼鏡をかけていて、髪は緑色。

 少年は、理有を見て、心配そうに訊ねる。

「どうしたっスか? もしかして、乗り物酔いとか」

 理有は言葉で返事を返さなかった。返す気力もなかった。代わりに、ぐったりした様子でゆっくりと首を縦に振ることで、肯定した。

「よかったら、僕の酔い止めをあげるよ」

 その言葉に理有は、再び翔を見て、わずかばかりの微笑とともに礼を言う。

「あ、ありがとう。えーと……」

「そういえば、自己紹介がまだっスね。僕は、丸藤翔っス」

「え、えっと、ボクは円影理有、っていうんだ。よろしくね」

「理有君っスね。よろしくっス」

 挨拶を交わし、理有と翔は友達となった。

 それから、二人は他愛ない話をしていた。

 最近のデッキで強いのは何か。

 デュエルアカデミアではどんな勉強をやるのだろうか、とか。

 そうこうしている間に、海の真ん中にある孤島が見えてきた。孤島は活火山と思われる巨大な山が三分の一を占めており、その麓近くには幾つもの真新しい建物と、中央にそびえるタワーがある。

 あれが、デュエル・アカデミアだ。

 

 アカデミアに着いてから、さっそくホールで開かれた入学式で、さっそく理有は憂鬱とした心境になっていた。

 ……本当、どうしてこう学校の校長って長話が好きなんだろう。

 入学生全員で整列する中、理有はモニターに映し出された校長の話を聞かされていた。

 ただ、昔から理有はこういう場が苦手だった。

 別に立ちながら待つのは構わない。ただ、話がどうにも形式的になりがちで、つまらない。

 小学校、中学校でも式典の度に通例行事として行われてきたが、本当にどうして、どこの学校でも校長の講話は興味がそそられないのだろう。

 現に理有の隣にいる茶髪の男も、こっくりこっくりと舟を漕いでいるではないか。

 気になり、横にちらりと視線を向けて、気づいた。

 そういえば、この茶髪の少年、あの試験場でひときわ目立つデュエルをしていた二人のうちの一人ではなかったか。

 ……やっぱり、合格してたんだ。

 それは当然だろう。あそこまで自分を――誰かを魅せることができるデュエルができる人間なんだ。合格していても不思議ではない。

 ただ、校長の話の中で堂々と眠りこくっているのは、神経が図太いだけなのか、大物なのか。

 と、そんなところで校長の話が終わり、件の少年が目を覚ます。なんとまあ、都合のいい耳だことだ。

 

 入学式が終わり、アカデミアの校舎前まで出たところで、理有は自分の寮の場所を、配布されたPDAで確認する。

 理有が配属されたクラスは、オシリスレッド。

 どうやらほかの二つのクラス――オベリスクブルー、ラーイエローと違い、オシリスレッドの寮は校舎から離れたところにあるらしい。

 PDAを閉じて、荷物を持ち、歩き出す。

 てくてくと自然豊かな空気を満喫しながらのんびりと歩くこと約10分。島の海岸にある、二階建てのアパートが見えてきた。

 ……割と、ボロい。

 アカデミアの真新しい校舎に比べて、こちらは年季がかなり入った古さが感じられる。

 建造は後者と同じ年代のはずだが、ここまで古さやボロさを感じさせるというのも無駄な金のかけ方ではなかろうか、と理有は思いながら閉口した。

 とにかく、部屋は二階だ。

 建物横の階段を上って、一つ一つ自分の部屋番号と見比べていく。

 あった。

 目的の部屋を見つけた理有は、さっそく配布された鍵で扉を開ける。

 中を開けて最初の感想は、思ったより広いな、だった。

 まるで一般家庭の子供部屋のようだ。4畳半ほどのカーペットが敷かれた床に、ベッドは一つ。押入れと、南向きの窓が一つ。

 ……ま。無駄に豪華な部屋よりはよっぽど落ち着けるかな。

 もともと施設暮らしで多人数の相部屋が当たり前だったので、多少ボロい部屋でも別に構わなかった。いや、むしろ人が自分以外いないだけ、少しばかり寂しさを感じるところもある。

 そんなことを思いながら、施設から先に送っておいた荷物を整理するため、ベッドの脇に置かれていた段ボール箱を開けはじめた。

 筆記用具。

 目覚まし時計。

 夏冬の衣類。

 色々と荷物を取り出していく中で、一つだけ他と比べて浮いているものがあった。

 ペンダントだ。

 意匠は、銀色のメビウスの輪。

 リボンをねじって作ったような形をしており、さらに銀の輪には縞模様の溝が入っている。

 これは、理有の父親が残した、数少ない遺品である。

 外国の古美術商を渡り歩いた父が、おみやげとして買ってきたものだ。

 父曰く、これは無限の可能性を束ね、己が力とすることを願うものらしい。

 だが、今の理有にとっては、そんなことなど関係ない。

 家族の温かみが感じられる、けれどもひんやりとした金属のネックレスを服の内側に隠すように首から下げる。

 それから、片づけをもうしばらく続け、一区切りをつけたところで、気がつけば時刻は夕方七時。食事の時間なので、一回の食堂に移動することにした。

 外に出て玄関の鍵を閉め、一階に降りてから食堂の扉を空ける。

 そこにはすでに、大半のオシリスレッド学生が集まっていた。

 中に入り、厨房と食堂の境目にあるカウンターへ行き、配膳された食事が載ったお盆を貰い、適当に見つけた空いた席に座る。

 理有は自分のお盆を見た。

 メニューは白米、味噌汁、めざし、たくあんだ。

 ……うん。豪勢な食事よりは、こういうやつのほうが好みかな。

 周囲は明らかに他の寮より大きくグレードダウンしている食事を見て、意気消沈している。

 というか、カウンターに居る猫が寮長なのか――と、周囲が唖然としているが、そこでキッチンの奥から誰かが出てきた。

 黒くて長い髪で、細い寝込め。全体的にほっそりした身体で、衣服は白いシャツとスラックスに、ずぼらな感じで締めたネクタイ。白衣でも上に着込めば科学者が似合いそうな雰囲気だ。

 出てきた男性は、猫目のまま、にこりと笑って自己紹介する。

「寮長の大徳寺なのニャー。これからみなさん、よろしくなのニャ」

 

「星空が綺麗だ……」

 時刻は夜中の十一時半。

 理有は、部屋のベランダから夜空を見上げていた。

 デュエルアカデミアがある島は、本州から離れているだけあって、空気が澄んでいて、夜空の星がよく見える。

 細かなダイヤが散りばめられたような、不思議な光。

 それが、理有はとても好きだった。施設に居た頃は、寂しさを紛らわせるためによく星空を見上げていたものだ。

 ……いつか、あの輝きのような、誰かに、なってみたいな。

 あんな星々のように、溢れる神秘と光で周囲を魅了する、まさにスーパースターのような決闘者に。

 そんなことを考えている途中で、扉の開け閉めする音が聞こえた。

「?」

 気になった理有は一度部屋の中へ引っ込み、玄関から外へ出る。

 そして見つけたのは、寮から学園方向へ向かって歩いていく人影二つ。

 一人目は、ここに来るヘリの中で友達になった丸藤翔。

 二人目は、寮の食事中の自己紹介で名前を聞いた。確か、遊城十代といったか。覚えているのは、入学試験の際にクロノス教諭を破ったE・HERO使いだ。

 こんな夜中に何処へ行くのだろうか。気になった理有は、こっそり彼らについていくことにした。好奇心は猫を殺すというが、それでも気になるものは気になるということだ。

 彼らはアカデミアの校舎の中に入り、エレベーターに乗って上層へと向かっていく。

 行き先の階を確かめた後、理有も別のエレベーターに乗る。

 エレベーターから降りてすぐ、理有が周囲を見回すと、十代達が通路の中ごろにある入り口から部屋の中に入っていく。そこは確か、オベリスク・ブルー専用のデュエルリングだ。

 理有は静かに部屋に入り、物陰に隠れるように中の様子を見る。

 リングの上にはすでに十代ともう一人、特徴的な黒髪をしたオベリスクブルーの青年が向かい合う形で立っている。他にも、近くのリング外に、オベリスクブルーの取り巻きが二人ほど立っている。

 先攻を取った相手の男は《リボーン・ゾンビ》を守備表示で出し、伏せカードを一枚セット。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《リボーン・ゾンビ》

効果モンスター

星4/闇属性/アンデット族/ATK 1000/DEF 1600

自分の手札が0枚の場合、

フィールド上に攻撃表示で存在するこのカードは戦闘では破壊されない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 後攻の十代がカードをドローし、メインフェイズで行動を起こそうとしたところで、理有は、自分の後ろに人の気配を感じた。

 振り返れば、そこにいたのは一人の女性だ。

 背は高く、オベリスクブルーの衣服を纏っている。

 出るところは出て引っ込むところが引っ込んでいる体つき――特に主張の強い胸部――は、雑誌のモデルが務まるのではないかと思うほど。

 金色に輝く長い髪の下には、すっと通った鼻筋と整った顔のパーツは、見たものを惹きつける魅力があるが、同時に完璧過ぎて、近寄りがたいものがある。

 理有は思う。この女性を言い表すのに、いい一言がある。

 

 女王。

 

 どこか冷たさを感じさせる美貌は、まさに氷を統べる女王がふさわしい。

 こちらを見る彼女の視線は強く、理有は思わず一歩後ずさる。

「あ。えと……どちら様、ですか?」

 少しおびえ気味な理有に、何を思ったのか、くすりと小さく笑う。

「私は、天上院明日香よ。貴方は?」

「円影、理有です。あの、どうしてここに?」

「昼間のことが気になってね。十代君と万丈目君が火花を散らしていたから、もしかしたらと思ったけど、やっぱり……」

 そこで理有は、十代の対戦相手の名が万丈目だということを知った。

「そう言うあなたは、どうして?」

「十代君と翔君が寮を出て行くのを見かけて、後をつけてきたんです」

「そう。それにしても、いきなり万丈目君と決闘だなんて……」

「知ってるんですか?」

「彼、中等部からの生え抜きのエリートなのよ。多分、一年生のオベリスクブルーではトップクラスだわ」

「そんな!?」

 理有がリングを見れば、万丈目が《リボーン・ゾンビ》を生贄にして発動した罠カード《ヘル・ポリマー》の効果で、十代が融合召喚した《E・HERO フレイム・ウィングマン》はコントロールを奪われていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO フレイム・ウィングマン》

融合・効果モンスター

星6/風属性/戦士族/ATK 2100/DEF 1200

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、

破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ヘル・ポリマー》

通常罠

相手が融合モンスターを融合召喚した時に発動する事ができる。

自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、

その融合モンスター1体のコントロールを得る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それを確認して、明日香は物陰からゆっくりとリング脇にいる翔の側へ歩き出し、理有もそれを追う。

 翔もこちらに気づいたようだ。

「明日香さん! 理有君!」

「彼、大丈夫かしら? 主力モンスターを万丈目君に取られて」

 実際、十代は守勢に入らざるを得ず、苦しい状況だ。

「俺は《E・HERO クレイマン》を守備表示で召喚! ターン終了だ!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO クレイマン》

通常モンスター

星4/地属性/戦士族/ATK 800/DEF 2000

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代 手札 :6枚 → 2枚

 

 万丈目にターンが移行する。

「俺は《地獄戦士(ヘル・ソルジャー)》を召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《地獄戦士》

効果モンスター

星4/闇属性/戦士族/攻1200/守1400

このカードが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地へ送られた時、

この戦闘によって自分が受けた戦闘ダメージを相手ライフにも与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「いくぞ! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》で《E・HERO クレイマン》を攻撃!」

 クレイマンが撃破され、十代は《E・HERO フレイム・ウィングマン》の効果でライフを800失う。

 

十代 LP:4000 → 3200

 

「さらに《地獄戦士》がダイレクトアタック!」

「ぐうっ!」

 

十代 LP:3200 → 2000

 

「俺は伏せカードを1枚セットし、ターン終了だ!」

 

万丈目 手札:4枚 → 3枚

 

「アニキ!」

 翔は思わず叫び、明日香は冷静に状況を分析する。

「これはまずいわね。彼の主力は奪われ、万丈目君のモンスターは2体」

「うん、確かにピンチかもね。でも、十代君の顔を見て」

 明日香は理有の言葉に疑問を持ったようだが、次の理有の言葉で、彼女は納得した。

「十代君、楽しそうだよ……」

 そうだ。理有の言うとおり、十代はちっとも絶望していない。

「感動だぜ。デュエル・アカデミアは楽しいな。お前みたいなのがゴロゴロしてるんだ。……楽しみだぜ! 俺のターン、ドロー!……俺は《E・HERO スパークマン》を召喚! 《地獄戦士》に攻撃!」

 《地獄戦士》は撃破され、万丈目のライフに初めてのダメージが通った。

 だが、

「ぐっ!」

 十代のほうにもダメージが同じ値だけ入る。《地獄戦士》のモンスター効果だ。

 

十代  LP:2000 → 1600

万丈目 LP:4000 → 3600

 

「俺はこれでターン終了だ!」

 

十代 手札:2枚 → 1枚

 

「ならば俺のターン! ドロー!……バトル! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》で、《E・HERO スパークマン》を攻撃だ!」

 この攻撃が通れば、十代は負ける。

「罠カード発動! 《異次元トンネル-ミラーゲート-》!」

 されど、十代は抜け目なく、万丈目に対して罠を張っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《異次元トンネル-ミラーゲート-》(アニメ版効果)

通常罠

自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついたモンスターを

攻撃対象にした相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。

相手の攻撃モンスターと攻撃対象となった自分モンスターのコントロールを入れ替えて

ダメージ計算を行う。その後、コントロールを入れ替えたモンスターのコントロールを得る。

(※ OCGでは、互いのモンスターのコントロールはターン終了時に戻る)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 これで《E・HERO フレイム・ウィングマン》が十代のもとに戻り、代わりに《E・HERO スパークマン》が万丈目のところへ。

 そのままバトルを続行し、《E・HERO フレイム・ウィングマン》が《E・HERO スパークマン》が破壊。

 万丈目は一気に2100のライフを失った。

 

万丈目 LP:3600 → 1500

 

 《E・HERO フレイム・ウィングマン》は他の上級モンスターに比べて攻撃力は低いが、最大の利点はその効果ダメージによる火力である。攻撃表示のモンスター同士で戦闘を行い相手を破壊すれば、結果的に《E・HERO フレイム・ウィングマン》の攻撃力分のダメージを相手に与えることができる。低攻撃力に見えて、実は高火力のモンスターなのだ。

 これで万丈目の場にモンスターはいなくなった。しかし、万丈目はまだ手を残している。

「俺は《ヘル・ブラスト》を発動! 俺の場のモンスターが破壊されたターン、相手の場のモンスターを破壊し、その攻撃力の半分のダメージを相手に与える!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ヘル・ブラスト》(アニメ版効果)

通常罠

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊され

墓地へ送られた時に発動する事ができる。

フィールド上の攻撃力が一番低い表側表示モンスター1体を破壊し、

その攻撃力の半分のダメージを相手に与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代 LP:1600 → 550

 

「ここで永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から《ヘル・ソルジャー》を特殊召喚! さらに《ヘル・ソルジャー》を生贄に《地獄将軍・メフィスト》を召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《リビングデッドの呼び声》

永続罠

自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。

このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《地獄将軍・メフィスト》

効果モンスター

星5/闇属性/悪魔族/ATK 1800/DEF 1700

このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、

その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札からカードを1枚ランダムに捨てる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

万丈目 手札:4枚→3枚

 

「どう転んでも、俺の勝ちは決まったようだな! アンティルールに従い、お前のトップレアを貰うぜ!」

 万丈目の勝利宣言に、十代は不敵な笑みを返す。

「……それはどうかな?」

「フン。決闘は99%の知性が勝敗を決する! 運が働くのはたった1%に過ぎない!」

 万丈目の言うことも頷ける部分はある。

 されど、理有は思う。デュエルモンスターズで運の要素を低く見るのは禁物だし、そもそも万丈目の言う99%の知性自体に疑問がある。

 ……攻撃力1800程度なら、下級モンスターでも逆転はできるんだよねー。

 《ブラッド・ヴォルス》や《ヂェミナイ・エルフ》なら十分逆転可能だ。もちろん、十代のHEROデッキには入っていないだろうが、何が起こるかわからないのがデュエル・モンスターズの醍醐味だ。まだまだ可能性はある。

 それに思い至らない万丈目が、果たして本当にオベリスクブルーのトップなのか、と疑いも持ってしまう。

 十代は当然ゲームを続行。カードを引き、それを確認したところで、明日香が突如声を上げた。

「ガードマンが来るわ! 見つかれば最悪、退学になるかも!」

 それに十代や翔、理有は大慌てだ。十代がマジかよ、と明日香を見ると、彼女はため息をついた。

 ……そういえば、生徒手帳にそんなことが書いてあったような。

 理有は、昼からの自由時間で読んでいた生徒手帳の内容を思い出した。

「チ……今日はここまでだ。俺の勝ちは預けておいてやる」

 万丈目はさっさとリングを降り、取り巻きをつれて部屋を出て行った。十代が引きとめようとするが、聞く耳持たずだ。

「アニキ! 僕達もここから逃げるっすよ!」

「ぬー……いやだ! 俺は絶対ここから動かねえ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! 相手はもう逃げちゃったんだから!」

「いーやーだーっ!」

 翔と理有は駄々をこねる十代を連れ出すため、その背中を無理やり押すことにした。

 

 明日香が先導し、翔と理有が十代を引きずる形で、アカデミア校舎の前まで戻ってきた。

「まったく。世話の焼ける人ね……どう? オベリスク・ブルーの洗礼を受けた感想は?」

「まあまあだな。もう少しやるかもって思ってたけどな」

「そうかしら? あのままいけば、今頃アンティルールで大事なカードを失っていたところじゃない?」

「いや、今の決闘、俺の勝ちだぜ」

 そう言って、十代が見せたのは魔法カード《ミラクル・フュージョン》。墓地に存在するモンスターを素材にして、融合召喚をするカードだ。

「こいつでもう一度《E・HERO フレイム・ウィングマン》を出せば、俺の勝ちだぜ?」

「へぇ……オベリスクブルーに勝つなんて、やるじゃない」

「へへ、ありがとな、えっと……」

「理有だよ。円影理有」

「おう、おれは遊城十代。よろしくな、理有。――じゃあな、明日香。行くぜ、翔」

「あ! 待ってよアニキー!」

 我先にと歩き出した十代を、翔が慌てて追う。

「明日香さん、またね」

「ええ。また明日。――万丈目君と互角……中々面白い子だわ」

 理有も明日香と別れ、オシリスレッドの寮へ歩き出した。

 それにしても、と理有は思う。遊城十代という人物は、別れ際に明日香が呟いたとおり、本当に面白い人間だと。

 常識や普通といった枠にとらわれない、破天荒な性格だ。おまけに決闘の腕もユニークなところがあり面白い。

 でも、自分は違う。理有自信はそんな型に囚われない決闘など出来ない。

 ……ああいうの、憧れるなあ。

 星空を見上げながら、届かぬと分かりながらもその輝きに手を伸ばす。

 しかし、その手は空を切り、ふと自分の掌を見てから、ため息一つ。

 また空を見上げながら、理有は明日の授業に備えるため、自らの寝床へと戻っていった。

 




えー、結局、理有は今回、決闘らしい決闘していません。色々皆さん言いたいことがおありでしょう。甘んじて受けさせていただきます。

ちなみに、融合召喚でしか特殊召喚できない、という件は、アニメ第一話で空気こと三沢大地が懇切丁寧に解説しています。
つまり、アニメ内でも本来は《死者蘇生》で《E・HERO フレイム・ウィングマン》を特殊召喚できません。
アニメスタッフが忘れていたのでしょうか……仕方ないことかもしれませんが。毎週同じテンポでストーリーを練って作っていくのは並大抵の労力ではないですし。

それにしても、理有が絡まない決闘は極力書かないようにするべきでしょうかね。
なんというか、面白みが欠ける展開になりそうなところもありますし、アニメの焼き直しになりますから。この話で特にそれを感じましたし。
ただ、理有の性格からして、積極的に決闘をするタイプの人間ではないので、そこをどうするかが今後の課題ですね。
いや、展開は見えているんですが、無茶苦茶になりそうな予感がひしひしと……色々考えて、何も思い浮かばなければ、当初考えたままで行こうと思います。どうせ最強系とタグで銘打ってるので。

ちなみに、私が投稿するスピードが遅いのは、これとは別に二次創作の小説を書いているからで、そちらがメインだからです。
ただ、その作品は、有名な魔法少女モノとオリジナル作品のクロスオーバーな上に、オリジナル作品は未公開。加えて、どっちの作品もかなりキワモノなので、公開する気は今のところありません。……オリジナル作品のメインキャラの一人が、最強を通り過ぎて、文字通りのデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)なのも公開しない理由です。

――ワタシイガイノ、ダレガヨロコブ、コンナモノ。

それでは、今回はひとまずこの辺で。


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翔の覗き騒動

――殻は己を守るもの。されど砕け壊れるもの。


 次の日。

 さっそくアカデミアでは授業が開講され、1時間目は最初にクロノスによるデュエル授業だった。

 そこでまず天上院明日香がクロノス教諭に当てられ、モンスターカードの種類について説明することになった。

 すらすらと説明していくその様子は、元々の容姿とあいまって、まさしく優等生だ。

 理有はそんな彼女の様子を見て、そんなことを思っていた。

 次いでクロノスは翔を当て、フィールド魔法について説明することになった。

 しかし、あたふたしたまま上手く説明できず、クロノス教諭はそんな彼のことを馬鹿にするような発言をした。

 周囲は翔を笑う。そこには、確かに嘲りの感情が感じられた。

 理有は胸糞が悪くなる。

 確かに、翔は説明できなかったが、理有はその理由を理解することが出来た。

 ……知らないんじゃなくて、あがってて言えないんだよ。

 理有自身もあがり性なので、その気持ちがよく分かる。

 フィールド魔法がどんなものかぐらい、翔は知っている。その証拠に、実は初日のヘリの中で、ロイドデッキに合うフィールド魔法がないか、という話をしていたのだ。

 だから理有の中で、クロノスと言う人物に対する評価は大きく下がった。こんな誰かを公然と貶めるような人間が、本当に教師なのか、と。しかもクロノスは、オシリスレッド全体まで馬鹿にするようなことを言い出した。

 ――デュエルの実力と性格は、反比例するのだろうか。

 そう思っていたとき、別の席から声がした。

 十代だ。

「けど先生。知識と実践は、関係ないですよね? だって、俺もオシリスレッドの一人だけど、クロノス先生に勝ってるんだし」

「ぐぬぬぬぬー……!」

 ……うわー、十代君ってとことん空気を読まないなー。クロノス先生ハンカチ噛んで悔しがってるよ。

 確かに十代の言うとおり、理論のみで決闘に勝てるなら、最も頭のいい学者がデュエリストの頂点にいるはずである。

 だが、必ずしもそうではない。

 かつての決闘王、武藤遊戯は、学生でありながらバトルシティで頂点に立ったのだ。しかも準決勝の相手は海馬瀬人――海馬コーポレーションの社長であり、あらゆる学問を修めた天才でもある。

 理論だけでは補いきれない部分は、確かに存在するのだ。

 そういう意味では、十代とクロノスは対極に位置する人間なのだろう、と冷静に推察した理有は、この両極端な二人の存在が、別の騒動の引き金にならないか心配になった。

 そして理有は知ることもないが、本当に別の騒動の引き金になったのである。

 

 ――ちなみに、次の大徳寺先生の錬金術の授業を聞いて、理有はクロノスの教師資質以上に、その授業の意義が疑問になった。

 

 夜。

 自分の部屋で自習をしていた理有は、いきなり自分の部屋の扉を叩く音に驚いた。

「理有! 大変だ!」

 十代の声だ。

 その慌てぶりからして、どうもただならぬ様子だ。

 理有が玄関の扉を開けると、予想通り十代が慌てた様子で部屋に入ってきた。

「大変なんだよ! 翔が誘拐されちまった!」

「ゆ、誘拐!? ど、どういうこと! 詳しく教えて!」

「いきなり俺のPDAに連絡が入ったんだ! 顔は分からなくて、声は機械じみてて、返して欲しければオベリスクブルーの女子寮まで来いって!」

「――は? 女子寮? な、なんでそんなところに?」

「とにかく、一緒に来てくれ! 翔の友達なんだろ!?」

「……分かったよ。けど、あまり期待しないでね? 僕はあまり、手荒なことに慣れてないんだから」

 理有はデッキとデュエルディスクを持ち、先に部屋を出て走り始めた十代の後を追う。

 暗い夜の森を抜け、湖までたどり着くと、岸につけてあったボートを見つけてそれに乗り、十代が全力で船を漕ぐ。

「じゅ、十代君。全力はまずいよ。いきなり体力を使い果たしてどうするの?」

「けど、このままじゃ翔がどうなっちまうか!」

 言っても聞かない様子なので、仕方なく理有は頭を回転させるほうへ意識を向けた。

 それにしても、なぜ女子寮なのだ。

 これでは明らかに、翔を捕まえた犯人が女子だと言っているようなものだ。そもそも翔とオベリスクブルーの女子に、どんな接点があると言うのだ。

 妙なことは他にもある。翔自身だ。

 昼間、体育の授業が終わったあたりから、翔の様子がおかしかった。どこか浮ついた様子で、何を聞いても上の空。時折、まるで恋煩いのように、顔を赤くしたりしている。

 ……まさか、女子寮に誰かから呼び出されて、それが問題になったとか?

 理有は嫌な予感がして、願った。頼むから外れててくれ、この予感、と。

 だが、現実は無情だった。

 事件のおおよその流れは、大当たりだったのだ。知る由もないが、翔を呼び出した犯人がクロノスで、呼び出そうとした本当の標的が十代だということ以外は。

 

 女子寮の船着場までやってくると、そこには五人の人影があった。明日香と、オベリスクブルーの女子が三人。そして両手を縛られた翔だ。

 それが気になった十代が最初に声をかける。

「翔、どうしたんだ!?」

「こいつが私達の風呂場を覗き見したのよ」

「覗き見なんてしてないっスよ! 手紙で呼び出されただけっス!」

 理有は、貧血になったようにくらりとする頭を押さえた。

 ……予想通りだったよ。最悪。っていうか、なんでそんな迂闊なことをするの、翔君。

 そう内心で愚痴りながら、理有は明日香以外の三人の姿を確認する。

 一人目は茶髪の勝気な女性――後日紹介を受けたが、枕田ジュンコという。

 二人目は黒髪のおっとりした雰囲気……と思ったが、今はぷんすか怒りながら翔を睨む女性――こちらは浜口ももえ。

 三人目は紫髪のツインテールに、明日香に負けず劣らずの美貌を持つ、妖艶な雰囲気を持った女性だ。

 翔はやってないと言い、女子三人は翔に辛らつなことを言う。うそつき、とか、バレたら退学、とか。

 ……あーあー、なんだかどんどんややこしい話になってきたよー。どうするの、これ?

 どう収拾をつければいいか分からなくなってきた理有だが、そこで明日香がこんなことを言い出した。

「さて、ねえ貴方達、私とデュエルしない? 勝てば今回のこと、大目に見てあげるわ」

 それを聞いた理有は、思わず明日香を見返し、そして思う。なんつー太っ腹な人間だ、と。理有は、明日香の本性を垣間見た気がした。昨日まではまだ大人しい印象だったけど、実は彼女、ものすごく気が強いのではなかろうか。

 彼女に抱いた女王という印象は、案外間違ってなかったと確信した。

「……なんだかよく分からないけど、まあいいや。その決闘、受けて立つぜ!」

「ま、待ってよ、十代君。君、さっき思いっきりボート漕いでたから、少し息あがってない?」

「ん? 大丈夫だって」

「とか言いつつ、肩で息してるよ。明日香さん。ちょっと十代君を休ませたいんだけど、いい?」

 理有が明日香に確認を取ると、明日香は少し考えてから、

「そうね。どうせならベストコンディションでお願いしたいわ。じゃあ、貴方……理有だったわね。ウォーミングアップに付き合ってくれるかしら?」

「いいけど、十代君にデッキバレるよ?」

「構わないわ。ばれたところで問題ないもの」

 ……うっわー。ものすっごくあっさり強気だなー。見た目綺麗なのに、割と竹を割ったような人だ。

「えーと、じゃあ一個条件が。僕が勝ったら、その時点で翔君を還してもらえる?」

「えー? それじゃあ、理有が勝っちまったら、俺が決闘できないじゃんかー」

「と、とことん決闘したいんだね、十代君は。……じゃあ、こうしてもらおうよ。僕が勝っても、十代君との決闘は予定通り行うってことで。明日香さん、それでいい?」

「いいわよ。こっちとしても願ったりだわ」

 明日香のどこか嬉しそうな声を聞いて、理有は直感する。実は明日香、この件を口実にして、本当は十代と決闘したかっただけではないか、と。

「待ちなさい、坊や。アナタとの決闘、私がやらせてもらうわ」

「え? えっと……貴女は、どちら様ですか?」

 そこで出てきたのは、先ほどの三人目の女性。紫のツインテールを髪になびかせながら、彼女は余裕たっぷりに、甘い声で問いをつき返す。

「人に名前を尋ねるときは、まず自分からよ、坊や?」

「ぼ、坊や……すみませんでした。僕は、円影理有です」

「私は藤原雪乃。よろしくね、ボ・ウ・ヤ」

 いきなりのボウヤ呼びに面食らう理有。

「ちょ、ちょっと雪乃! いきなりどうしたのよ?」

「あら。こっちも気を利かせてあげたのよ。このままだと貴女も連戦でしょう? ベストコンディションでそっちの坊やと戦いたいなら、一戦目は私に譲りなさい」

「でも……」

「明日香。貴女、私の腕がどれほどのものか、知ってるでしょう?――任せておきなさい。あんな坊や程度、軽くあしらってあげるから」

 ……うわー、こっちは明日香さんと別の意味で女王だよ。っていうか女王「様」だよ。

 珍しい人種を見た、と思っている理有をよそに、明日香は雪乃の提案に少し考える仕草を見せ、そして頷いた。

「分かったわ。お願いね」

「ええ。任されたわ」

 雪乃はやっぱり余裕たっぷりな笑みで、明日香の視線を見返した。

  

 湖の中央まで、男性陣と女性陣、二つのボートで漕ぎ出した。ちなみに女性陣のボートは人数に合わせて大きめである。

「さて、それじゃあ始めましょう? 遊んであげるわ、坊や」

「い、いきます!」

 デッキのシャッフル、ディスクセットアップが完了し、

 

「決闘!」

 

 闘いの幕が切って落とされた。

 デュエルディスクが先攻の判断を雪乃に下す。

「先攻は私ね。ドロー!……《センジュ・ゴッド》を召喚。デッキから儀式モンスターカードを1枚手札に加える。私は、デッキから《終焉の王デミス》を手札に加えるわね」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《センジュ・ゴッド》

効果モンスター

星4/光属性/天使族/ATK 1400/DEF 1000

このカードが召喚・反転召喚に成功した時、

自分のデッキから儀式モンスター1体を手札に加える事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ターン終了よ」

 

雪乃 手札:6枚 → 6枚

   場 :《センジュ・ゴッド》

 

「ぼ、僕のターン、ドロー!……《終焉のカウントダウン》発動。ライフを2000支払います。 さらにモンスターを1枚セット。カードを2枚伏せ、ターンを終了します」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《終焉のカウントダウン》

通常魔法

2000ライフポイント払う。

発動ターンより20ターン後、自分はデュエルに勝利する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

理有 手札:6枚 → 2枚

   LP:4000 → 2000

   場 :裏側守備モンスター×1

      伏せカード×2

 

「あら、伏せモンスターなんて、珍しいわね」

 伏せモンスター。正式には裏側守備表示。

 あまりこの世界ではリバースモンスター以外では用いられない方法だが、理有は良くこの手段を使っていた。

 正体が分からないから相手をかく乱できるし、時に守備力の高いモンスターに突っ込んで自爆してくれるから精神的ダメージもある。

 だから理有は基本的に守備表示でモンスターを出すときには裏側にするのだ。

 だが、それが必ずしも有効であるとは限らない。

「私のターンね。ドロー……じゃあ、まずは様子見かしら。《センジュ・ゴッド》で、裏側守備表示モンスターを攻撃するわ」

 《センジュ・ゴッド》が、手中の錫杖を使って伏せモンスターに攻撃を仕掛けるが、ここで理有はデュエルディスクのボタンをプッシュし、伏せカードをオープンする。

「永続罠カード《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》発動! レベル4以上の場のモンスターは攻撃できません」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》

永続罠

フィールド上のレベル4以上のモンスターは攻撃できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 フィールド全体に重力の加圧が係り、《センジュ・ゴッド》は急激にその動きを鈍らせて攻撃の手を止めた。

「あら。あたしを網で縛るなんて。実はあなた、女を支配したい深層心理でもあるのかしら? 網どころか縄で縛ったりして」

「な、なな、何をいきなりそんなこと言ってるんですか!?」

「あらあら、顔を赤くしちゃって、初心ねー」

「っ~~! 雪乃さん! 頼みますから、からかわないでくださいよー!」

 理有が真っ赤な顔で抗議するが、雪乃は相も変わらず妖しい顔で理有を遊んでいる。

「ふふ。それじゃあ、私は伏せカードを1枚セットして、ターンを終了するわ」

 

雪乃 手札:7枚 → 6枚

   場 :《センジュ・ゴッド》

      伏せカード×1

 

「僕のターン、ドロー!……伏せモンスターを1体追加して、ターン終了です!」

 

理有 手札:3枚 → 2枚

   場 :裏側守備モンスター×2

      伏せカード×2

 

「私のターン、ドロー……ふふ。確かに《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》は厄介ね。けど、この程度の束縛で、女を縛れると思ったら大間違いよ? 坊や」

「え?」

 余裕のある笑みを見せる雪乃は、ここですべての盤面をひっくり返しに来た。

「もっと刺激的にいかなきゃね。――私は手札から《高等儀式術》を発動するわ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《高等儀式術》

儀式魔法

手札の儀式モンスター1体を選び、そのカードとレベルの合計が

同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地へ送る。

その後、選んだ儀式モンスター1体を特殊召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「デッキから《甲虫装甲騎士》を2枚墓地へ送り、手札から《終焉の王デミス》を特殊召喚するわよ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《甲虫装甲騎士》

通常モンスター

星4/地属性/昆虫族/ATK 1900/DEF 1500

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《終焉の王デミス》

儀式・効果モンスター

星8/闇属性/悪魔族/ATK 2400/DEF 2000

「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。

フィールドか手札から、レベルの合計が8になるよう

カードを生け贄に捧げなければならない。

2000ライフポイントを払う事で、

このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 突如、黒い幽鬼が出現した。

 いや、幽鬼と言うよりも死神に近い。

 青のラインが入った黒の甲冑を纏い、戦斧を持ったその顔は、白磁のような白さを持った骸骨と黒い角。

 まさに終焉の王に相応しい出で立ちに、理有は驚愕を喉から発した。

「しゅ、《終焉の王デミス》!? なんてとんでもないレアカードを!」

「気に入ってくれたかしら。じゃあ早速、《終焉の王デミス》の効果を発動するわ。2000ポイントのライフを払い、《終焉の王デミス》以外のすべてのカードを破壊! 『終焉の嘆き』!」

 

雪乃 LP :4000 → 2000

 

「っ! デミスの効果に対応して罠カード《和睦の使者》発動! このターンの戦闘ダメージを0にする!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《和睦の使者》

通常罠

このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける

全ての戦闘ダメージは0になる。

このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あら、つれないわね。じゃあ、さらにチェーンして伏せカード発動。《強制脱出装置》で《センジュ・ゴッド》を自分の手札に戻すわね」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《強制脱出装置》

通常罠

フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そして、立体映像のデミスが戦斧を天にかざして光を空に放ち、球を成す。

 次の瞬間、光球は弾け、光の雨となってフィールド上に降り注ぐ。

 光にカードが突き破られ、次々に破壊されていく。

「うわあああっ!?」

 おまけにソリッドビジョンシステムがよほどリアルなのか、湖が波立ち、船が大きく揺れる。

 あちらの船でも雪乃以外の女性陣が悲鳴を上げている。

 はた迷惑なソリッドビジョンに複雑な顔をする理有は、それでもホッとしていた。

 ……あ、危なかったー。《和睦の使者》を伏せてなかったら負けてたよ。

「このターン、攻撃しても無意味ね。私はターン終了よ」

 

雪乃 手札:7枚 → 6枚

   場 :《終焉の王デミス》

 

「僕のターン、ドロー!……もう一度伏せモンスターを1枚、カードを1枚伏せ、ターン終了します」

 

理有 手札:3枚 → 1枚

   場 :裏側守備モンスター×1

      伏せカード×1

 

 理有の伏せモンスターは《魂を削る死霊》、伏せカードはもう一枚の《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》。

 ……ライフポイントが2000以下になったから、デミスの効果はもう使えない。これで耐え切る!

 理有はなんとか防ぎきれると考えていたカードだが、そうそう事は上手く運ばない。

 と言うよりも、間違いなく理有が考えたことはお約束(フラグ)だ。

「私のターンね、ドロー……貴方、もうデミスの効果は使えないって思ってるでしょう?」

「え?」

 心を読まれた――理有がそう思い雪乃の表情を見た瞬間、彼は自分の浅慮を自覚した。

 笑っている。

 雪乃は優雅さと女性特有の柔らかさを失っていない。それどころか、満ち溢れる余裕すら感じられる。

「私は、《センジュ・ゴッド》をもう一度召喚。デッキから2枚目の《終焉の王デミス》を手札に加えるわ。……そして速攻魔法《神秘の中華なべ》を発動」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《エンド・オブ・ザ・ワールド》

儀式魔法

「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に使用する事ができる。

フィールドか手札から、儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように

生け贄を捧げなければならない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《神秘の中華なべ》

速攻魔法

自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。

生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、

その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「私は《センジュ・ゴッド》を生贄にし、攻撃力分のライフポイントを回復するわ」

「げ」

 

雪乃 LP :2000 → 3400

 

「これでもう一度デミスの効果を使えるわ。もう一度《終焉の王デミス》の効果を発動! 2000ポイントのライフを払い、《終焉の王デミス》以外のすべてのカードを破壊! 『終焉の嘆き』!」

「わああああっ!?」

 またもデミスが場のカードを光の雨で破壊しつくす。

 もはや、理有に防御手段はない。成す術もない。

 

雪乃 LP :3400 → 1400

 

 

「往きなさい、デミス!」

 雪乃は容赦なく、決着をつけるための攻撃を宣言。

 デミスの持つ刃が理有を切り裂く。

「ぐああっ!?」

 

 理有 LP: 2000→0

 

「うぅ……ちゃぶ台をひっくり返された気分だよ……」

 がっくりと地面に手をついてうなだれる理有の姿は、どこか哀愁が漂っていた。

「何やってるっスか! 理有クーン!」

「あぁもう煩いなあこの覗き魔!」

「覗き魔ってなんスか! 大隊僕は覗いてなんてないんだよー!」

「そんなのこっちは分からないし知りたくもないよー!」

 ぎゃーぎゃーと理有、翔が言い争いをはじめ、明日香たちは呆然とした。

 そんな中、十代は意気揚々とデュエルディスクを起動した。決闘にしろ何にしろ、神経の図太い青年である。

 

 その後、十代と明日香が決闘を行った。結果、

「《E・HERO サンダー・ジャイアント》の攻撃!」

「きゃああああああああっ!」

 十代の《E・HERO サンダー・ジャイアント》が明日香の《サイバー・ブレイダー》を効果破壊したうえでダイレクトアタックを決め、勝者は十代となり、翔の無罪放免が決まったのである。

「よっしゃー! ガッチャ! 楽しい決闘だったぜ!」

「……なんか、僕ってやっぱり要らない子?」

 理有が思わずそうこぼしたのは秘密だ。やっぱり十代一人で事が片付いていたと、そう思うと自分の存在意義を疑ってしまう。

 そんなことに構わず、十代は明日香に翔の身柄を要求し、明日香たち女性陣は、しぶしぶその要求に応じたのだった。

 ボードを再び近寄せて、縄で縛られたままの翔がなんとか立ち上がったところで、縄を解こうという仕草を見せたジュンコが、いきなり翔の背中を蹴り押した。

「早く行きなさい!」

「わあああっ!?」

 体勢が不安定な上に水上だから揺れる揺れる。必死に落ちないようバランスを取ろうとした翔は。真正面から前に倒れた。

「ふぎゅっ!?」

 縛られてるせいで受身すら取れず、顔面から倒れこむ。

「だ、大丈夫!?」

「い、痛いっスー!」

 さすがにこれには理有が慌てて近寄り、彼を起こすが、めがねは割れていない。おでこから落ちたらしくて額はたんこぶが出来始めている。

 女子に蹴られるという一部の人にはご褒美な状況だが、残念ながら翔は性癖的な問題と痛みでそんなことを思う暇もない。

「枕田さん! さすがにちょっとやりすぎだよ!」

「フン!」

 ぷいっとそっぽを向くジュンコ。どうやら謝るつもりはないらしいが、

「ジュンコ、さすがにやりすぎよ?」

「明日香さん! この覗き魔に情けをかけるんですか!?」

 やっぱり疑いそのものは晴れていない。そんな状況で謝れと言っても意味がないと悟った理有は、とりあえず翔の縄を解きながら、嘆息する。

「はぁ……やっぱり僕、弱いのかなー」

 それに明日香は苦笑して、理有に声をかける。

「あまり気にしないほうがいいわよ。雪乃はオベリスクブルーの女子の中でもトップランカーの一人よ? 普通なら勝ち目がある相手じゃないわ」

「うわー……」

 それは初耳だ。先に言ってよ。

 と言うより、デミスの効果を知っていたから、出された直後に8割がた形勢は決まっていたのだ。永続罠や永続魔法のロックに頼る以上、場を吹き飛ばす効果を持つデミスにはまず勝ち目がない。

「まぁ、これともう一つデッキはあるけど、今回は遠慮なしで戦わせて貰ったわ。ふふ、坊やの束縛じゃあ、私を縛ることはできないわよ?」

「とか言いながら体のしなを作るのやめてー!? なんでそんな女王様なキャラクターなのー!?」

「ふふふ、女は常にミステリアスで蠱惑的なものよ。そうやって女は自分を磨くの」

「とか言っちゃってるけど、これが雪乃の芸風だから」

「さいですか……」

 突っ込んだので負けだと理有は思った。呆れる明日香の横で、こうも他人のペースをひっかき回すタイプの雪乃は、嫌いではないが、苦手だ。

 ……まぁ、そういう意味では十代君も、なんだけどね。

 でも十代の明るさはむしろ心地いいので否定はしない。というか、雪乃が特殊過ぎるだけだ。いまどき女王様キャラな人間など見るとは思わなかった。

「それでも、やっぱり僕じゃあ力不足だったなー」

「え? 役不足じゃないんスか?」

「意味逆だよ、翔君。役不足は、実力よりも下の役割を与えられたりすること。それじゃあ雪乃さんが格下だって行ってるようだよ」

「失礼な坊やねぇ……やっぱり先生のところに突き出そうかしら。それとも蝋燭と鞭がお好み?」

 じろりと睨む雪乃に、翔は慌てて十代の背後へ隠れる。どうにも残念な性格をしているなー、と友達のことなのに冷めた思考でそんなことを考える理有。

 十代は仕方なさそうに笑ってから、

「じゃあ、約束どおり頼むぜ、明日香」

「ええ。負けた以上、約束は守るわ。それにしても、貴方、いい腕と運してるわね。そっちの理有君はちょっと残念だけど」

「僕まで残念扱い!?」

 ショックを受ける理有だが、それを見て雪乃がフォローを入れる。

「大丈夫よ。そこの覗きボウヤほど残念じゃないから」

「それどういう意味っすかー!?」

「っていうか、結局僕が残念ってことだよねそれ!?」

「それより大声を上げ過ぎると、先生方に気づかれますわよ?」

 女性陣にいいように手玉に取られる理有と翔。そしてそれを嗜めるモモコという構図。

 そんな横で、ジュンコは十代を睨んでいる。

「ふん、マグレで勝ったからって、いい気にならないでね」

「よしてジュンコ。負けは負けよ」

「いいや、そいつの言うとおりかもしれねえぜ。明日香、アンタ強いよ。……ふぁーっ、さて、もうそろそろ帰って寝るか。いい加減眠いしな」

「そしてやっぱり十代君はマイペースだよねー」

 それは、はや二、三日でおおよそ把握した十代の性格に対する、理有の感想だった。

 

 明日香は、十代達が船を濃いで離れていくのを、その姿が見えなくなるまで眺めていた。

 今日は自分が十代に負けを喫したが、次があれば負けてやらないし、負けてやるものか。

 そんな感情を胸に燻らせながら、他方では別の感情もあって、それが彼女の頬を緩ませる。 

 ……なんかアイツ、面白いかも。

 それに、こんなに熱い駆け引きをする決闘は久しぶりだ。血沸き肉踊る、とまではいかないが、それでも今まで闘った決闘でも五指に入るぐらいに楽しかった。そして勝ちたかった。

 だから明日香は、笑った。悔しさも込みで、心の中で笑った。

 そんな彼女の笑みは、どうやら心の中だけでなく、顔にも出ていたらしい。横から覗き込んできた雪乃が、あら、と不思議そうな、そして愉しそうな顔で、

「あら、明日香、十代の坊やに惚れちゃった?」

「は?」

 そんなことを言ってきたから、思わず素っ頓狂な声を上げた。

「や、やっぱりそうなんですか明日香さん!?」

「ちょっと! 雪乃も、ジュンコも早合点しないでよ! そんなわけないでしょ! それにジュンコやっぱりってなに!?」

 その一言を切欠にかしましい言い合い弄り合いが勃発。

 夜も遅いのにがやがやと賑やかな会話は、夜の帳の中でも明るい雰囲気を振りまいていた。

 




……デッキ構築レベル的に、どう見ても明日香より雪乃のほうがトップランカーなのは気のせいか。

おひさしぶりです。マンボウです。
1年以上ほったらかしにしてしまい、申し訳ありません。

どうにも雪乃の口調やキャラクターに慣れず四苦八苦するのが苦しいところ。
他のタッグフォースキャラクターも、コントロールが利くならもっと出していきたいところですが、現状は難しいです……。

そして、理有の使う終焉のカウントダウン(ロック型)ですが、ぶっちゃけカウンター積んでないと、《終焉の王デミス》とか《海竜-ダイダロス》とか《ブラック・ローズ・ドラゴン》で詰みます。今回はそのいい例でした。
このまま行くと、どう考えても理有は勝ち進んでいくことも難しいので、いずれ、何らかの変革を迫られます。
ただし、その変革の由来が己の外か内か、そのどちらになるのかは今後の物語次第と言うことで。

文体などが見づらい、ここは変えたほうがいいなどの意見がありましたら、感想とあわせて記入お願いします。

それでは、いつになるかは未定ですが、次の話までしばしお待ちください。


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試験と試練

――幸運を求めるもの、幸いを逃す、愉快を求めるもの、幸いを掴む


 唐突ながら、理有はただひたすらに引っ込み思案なわけではない。

 緊張しやすく、滑舌もよくない。深い思考に入り込みやすい上に、人前では口数がそんなに多くないのだが、気の許せる友人の前では話が違う。

 特に十代と翔の前では。

 同じオシリスレッドの隼人という人物とも機会があって少し話すが、とりわけ先に上げた二人のほうが会話は多いのだ。

 そして二人の前では、割と気楽に話せてしまうのが不思議なところだ。

 特に十代なのだが、彼は決闘バカなところがあり、同時にムードメーカーである。勉強は苦手だが、頭の回転は速い。そして、会話をしていると面白いぐらいに話が膨れ上がる。

 そのくせ、時たまヘンテコな方向に話を持っていく。それがまた面白い。

 理有はそんな十代を、早くも気に入っていた。

 ……まぁ、十代君をアニキって呼んでる翔君のほうが親しそうなんだけど。

 一番の友達、とまでは、流石の理有もうぬぼれていないが、一緒にいて楽しい人間であるのは間違いない。

 それが、理有の十代に対する評価だった。

 

 そんなことをぼんやり思う理有が、現在何をしているかというと、十代達の部屋で、明日に控えた試験勉強である。

 学生と言う身分である以上、常に付きまとうこのイベントだ。

 ……うーん、どうしよ。ぶっちゃけ、面倒くさいなー。

 理有は白い目を、とある方向に向けた。

 勉強はそんなに嫌いじゃないから、まだいい。二段ベッドの一段目でぐーすか睡眠かましている十代も、ぶっちゃけまだいい。そんなことより天井ぶっちぎりで面倒なのが、

 

「おねがいしますデュエルの神様仏様死者蘇生様ー! どうか僕をお助けくださいー!」

 

 とかなんとか訳の分からんことをほざきながら、《死者蘇生》のカードを全力フルスロットルで間違った方向に崇めている翔である。

 確かに不死鳥の如くよみがえるというのは、聞こえとしていいのだが、忘れてはいけないのはアレは死者を蘇らせるカード。つまり、現在の翔は死者。実際、成績的に生きていない。ラーイエローへの昇格を必死に祈っているのだが、そんなことをしていて赤点のゴッドフェニックスで焼かれて門前払いされるのは自分である。

 ノリとしては、もはやゾンビ同然に思考停止して宗教のベクトルへ突っ走っているあたり、本気で彼は将来大丈夫なのだろうか。下手すると全財産毟り取られて自殺するタイプなのでは。その時は間違っても巻き添えにしないで欲しい、と思ったり、そのうち《墓場からの呼び声》でも使って打ち消してやろうか、などと本気で考えていた。

 ……まぁ、成績的には死んでるよねー。頭が悪いわけじゃないのに。

 自分と一緒で緊張するタイプのくせに、肝心なところでは勝負のツメを誤るタイプだから救いがない。人生、神頼みは最後の最後にやるべきことなのに、最初にやってるあたりダメダメだ。

「で、隼人君は勉強しないのー?」

「ベッドの上で一応してるんだなー」

 二段ベッドの上から声が聞こえた。顔がコアラに似ている、体格がいい彼が、オシリスレッド1年を絶賛流年中の前田隼人である。

「それにしても、わざわざ僕達の部屋にきて勉強するなんて、珍しいんだなー」

「一人でやっててもつまんないから来てみたんだけど、この様子じゃあなんだかねー……」

 やる気が0でぐーすか寝ているの約一名。そして間違った方向でマイナスへ突っ走っているのが約一名。最初は一緒に勉強やろうと誘ったのだが、十代は起きる様子がなく、そして翔が始めたのは悪魔儀式の真似事のような祈りごと。ぶっちゃけ放っておいて自分への被害最小なほうがいい。

 大人しいタイプの理有だが、施設で暮らしていて灰汁が強い人間には慣れているため、こういう場ではあまり慌てない。大人の前や横柄な人間の前に出ると、あがってしまうのはご愛嬌だが。

 と、そこで十代のベッドからけたたましく目覚ましが鳴った。試験開始の一時間前だ。そろそろ校舎へ行く準備を始めるのが普通だろう。

 それを合図に、さて、と理有はちゃぶ台の筆記具を鞄にまとめて立ち上がる。

「じゃあ、僕は行くから、十代君をよろしくね」

「え!? ちょ、ちょっと、理有君!?」

 後ろからなにやら呼び声が聞こえるが、理有は無視した。ぶっちゃけあの状況だと十代は起きる様子がない。すでに昨晩試したが駄目だったので、そこはもうさっさと諦める。

 そんな薄情さで理有はさっさと玄関に向かい、靴を履いて、扉を開け、寮を出る。

 時間はまだまだ余裕があるから大丈夫だ。腕時計を見ればまだ8時。教室に着いて最後の教科書のポイントを押さえるぐらいの時間は十分にある。

 ……いい天気、だねー。

 うん、と理有は一つ頷いて空を見る。活火山から昇る煙も今日はなく、すがすがしい青空が広がっている。

 こういう開放感は、悪くない。とりあえず道端で一度立ち止まり、深呼吸をして、それからまた歩き出そうとして、後ろから足音が聞こえてきた。そこまで大きくはないが、早い感覚で地を蹴る音だ。

 走っている。

 誰だろう、と理有は背後を振り返る。まだまだテストが始まるまでには時間がある。だったら遅刻した人間の線はまずない。

 そう思いながら走ってくる誰かを見ると、それは翔だった。

 翔は理有に気づいていないのか、猛スピードで校舎へ向かって走っていく。そんな後姿を見送った理有は、再び背後を振り返ってみる。

 誰も来る気配がない。兄貴分であるはずの十代の姿は、寮からここまでの道中のどこにも見えない。

「……もしかして、十代君を置いていった?」

 兄貴と呼んでいる人間を、こんなにあっさり見切りをつけて置いていくとは。

 自分と同じくらい――それ以上に薄情な後姿を再び見て、理有は心が白けるのを感じた。

 

「あ、三沢君」

「やぁ、理有」

 廊下を歩いていて、知り合いの姿を見つけた。

 三沢大地。

 見た目はそこそこ顔立ちのいい青年だが、その実はアカデミア生きっての頭脳派。数式でデッキを構築して決闘を行うあたり、その頭の良さは人並みはずれたものがある。

 黄色い制服――ラーイエローのクラスでトップの実力者である彼は、理有とそこそこ話のうまがあった。まぁ、彼も十代と同様でけっこなくせを持った人間なのだが、それは割愛。

「あのさ、勉強どう?」

「フフ。すでに今回の試験範囲がどこになるかは分析済みさ。結果はかくもご覧じろ、ってね」

「やっぱり三沢君は頭の良さが段違いだねー」

「これぐらいしかとり得がないからな」

 そうは言うが、三沢の頭の良さは実際頭一つどころか三つは抜けている。話を聞いた限り、文字通り決闘の戦略を数式で組み立ててデッキを組むとか、ソフトウェア工学顔負けである。

 ……翔君もこういうところを見習ったほうがいいのになー。

 理有はそう頭の片隅で思いながら、三沢と会話をつづけているうちに到着した教室の中に入り、荷物を机に置いて隣同士に着席する。

「そういえば、今日は新しいカードパックが本土から到着するらしい」

「ふーん」

「理有もそういう反応か」

「欲しいっていえば欲しいんだけど、そういうのって倍率高いだろうからねー。それに絶対買占めとかあるし」

「まあ、そうだろうな。それに、俺の場合は自分のデッキを信用してるからな」

「実際、三沢君なら大丈夫だと思うよ。それよりさー、ここ教えてほしいんだけど」

 そう言って、理有はカバンの中から教科書を取り出して、三沢に見せる。

 三沢はふむ、と教科書の内容を軽く眺めて、すぐに破顔した。

「あぁ、これぐらいならすぐ教えられる」

「ホント!? じゃあ、いいかな。ここ、なんか出そうな気がしてて」

「その読みは俺も同じだな。間違いなく、クロノス先生ならここを出してくる」

「うわー、三沢君の断言してもらった安心感がすごーい」

 半分茶化すように、でも事実を言って、それから二人は顔を見合わせて笑った。

 

「うーん! 終わったー……」

 テスト時間が終わり、答案が回収された後、理有は自席で大きく背伸びをした。それから首から上を右に左に振ると、軽く首筋の関節が鳴る音がする。

 それから彼が席を立ちあがり、階段状に席が配置されている教室の下のほうに行く。

 そこには、うつぶせに倒れて頭の先から足先まで真っ白になっている翔の姿があった。

「はろー、はろー、翔君。大丈夫?」

「……あ、理有君」

「どうしたの? なんか見るも無残な感じだけど」

「――試験開始前まで読んでた教科書の内容、試験範囲と全部ズレたところだったっす……」

「あー……」

 本当に無残だった。この分だと、翔の筆記試験結果はズタボロだろう。

 頭は悪くないのに要領が悪いというのは、こういうところで損をするのだ。無駄に頭が回りすぎる人間とか、ある特定の分野になると頭と気が全く回らなくなるとか。

 とりあえず俯せに戻って燃え尽きている翔に、理有はネタ半分、本心半分で合掌した。

 三沢もそれにならって、灰を通り越して仏となりそうな翔に合掌したところで、十代がやってきた。

「ふぁー、よく寝たぜ」

「寝た、って十代君。遅れて来て、ささっと答案書いたらすぐに寝たのは知ってるけどさー……」

 この分だと、筆記の結果は知れているだろう、と理有は思う。

 十代はそれを気にした様子もなく、灰になっている翔を見つけて不思議そうな顔をする。

「……お? どしたんだ、翔?」

「実は、かくかくしかじかで」

「ふーん。ま、気にするなよ翔! そんなの、実技で取り返せばいいんだよ!」

 とか言って十代は翔の肩を叩くが、そんな風に筆記ゼロでも実技で取り返せる人間は十代くらいだと、理有は心の中でツッコミを入れてから、訊く。

「そういえば十代君、遅れたのってやっぱり寝坊?」

「それもあるんだけどさー、途中の坂道で車が故障してて、おばちゃんが必死になって車押してたからさー」

「あー、十代君そういうの弱そうだもんねー。困ってる人を放っておけないおせっかいさん?」

 理有はくすり、と笑う。

 からかうように、でも嫌みのない声色に十代は、おうよ、と相槌を打つ。

 三沢はそんな十代に、同じく嫌みのない笑みを見せてから、そういえば、とある話題を切り出す。

「そういえば、知ってるか二人とも? もうすぐ購買部に、新しいカードパックが入荷するって話」

「新しいパック!?」

 なぜかそれに翔が反応した。

 十代と翔が周囲を見まわすと、いつの間にか他の学生の姿はない。すでに購買部へ向かったようだ。

「三沢君は大丈夫なの!? いかないで!」

「俺は自分のデッキを信じているからな、問題ない」

 翔が慌てて問うが、自信を持ちながらも自然体な三沢の安定感はブレない。

 対して翔はブレまくりで、続いて十代に問うと、

「新しいカード……興味ある! 行ってみようぜ!」

 十代はワクワクを抑えきれずに、ダッシュで教室を飛び出した。慌てて翔もずっこけそうになりながら追う。

 

「えぇー!? もう売り切れー!?」

 購買に辿り着いた十代と翔は、店員の

「残ってるの、これ1パックだけなのよ」

 がカウンターの上に出したパックを、二人してまじまじと見る。そして、十代は言い出す。

「翔、お前買えよ」

「え!? いいのアニキ!?」

「ああ、俺はまだ何とかなるからさ」

「そんなこと言って十代君。本当にいいの? ぶっちゃけ翔君より君が買ったほうが望みありな気がするんだけど」

 と、ついてきた理有がそんなことを言い出した。

 なぜか翔も全力で頷くが、十代はいつも通りの笑顔で翔に譲ろうとする。

 と、そこで店の奥から、一人の恰幅の好い女性が出てきた。

「あ! おばちゃん!?」

「あら! アンタ、今朝はどうもありがとうね」

「へへ、いいってことよ!」

 二人の間で会話が成立しているので、理有は首を傾げる。

「……十代君、知り合い?」

「ああ。今朝の登校中にちょっとな」

「登校中?……あー、十代君が助けたおばちゃんって、この人のことだったんだ」

「やーねー! おばちゃんじゃなくてトメって呼んで!」

 中年の女性――トメは人の好い笑顔で言ってから、カウンターに出ているパックを見て、察した。

「あら。そういうことなのね。ふふ、坊や。ちょっとこっちにいらっしゃいな」

「?」

 トメが、愛嬌のある笑みで十代を手招きした。十代は首を傾げるが、トメは店の奥からあるものを持ってきた。

「うっふっふ。いいのがあるのよ、いいのが」

 そしてトメが手渡したものを見て、十代は驚きと喜びの声を上げた。

 

「……えーと、なんでボクの相手がオベリスクブルーの人なんでしょうか」

 

 リングに上がる前から、理有の心境は困惑の一言だった。

 いきなり目の前にあるのが、オベリスクブルーの制服、というか学生なのだが、その人物が理有の対戦相手なのだ。

 これはおかしい。理有のクラスは最下層のオシリスレッド。普通、実力が近い者同士が試験では当たるはずなのに、どうしていきなりオベリスクブルーの学生と対戦なのだ。しかも見るからに上級生っぽい。

 そこで近くにいた試験官――響みどりに問い合わせると、

「ごめんなさい。クロノス教諭が作った組み合わせ表で、ちょっとハプニングがあって、オシリスレッドの人間が一人余っちゃったのよ。で、オベリスクブルーも一人余っちゃって、仕方ないから今回はこの組み合わせで進めさせてもらうわ」

「えー……」

 うなだれる理有。いきなり何ランクも格上の人間と対戦しろとか、かなり無茶である。

「まあ、今回に関してはこちらのミスだから、貴方が負けても減点はしないであげるわ。だから、安心して全力で決闘しなさい」

「ま、まあ、損にならないなら、構いませんよ」

 理有は内心渋々だが了承した。

 で、その対戦相手を見て、理有は思う。

 ……なんか、暑苦しそうで苦手なタイプだなー。

 ハンサム顔ではあるが、スポーツ選手特有の暑苦しい感じがする。うん、そういうのはコートの中でお願いします。

 後で知ったがこの人、綾小路ミツル、アカデミア最強の決闘者カイザーと同等の実力を持つと言われているらしい。

「よろしく頼むよ、一年生君!」

「よ、よろしくお願いします」

 互いに礼をして、デュエルディスクを起動する。

 そして、互いにカードを五枚ドロー。

「――決闘!」

 先行は理有だ。

 理有はカードをドローして、6枚の手札から戦術を考える。

「ボクは《終焉のカウントダウン》を発動! ライフポイント2000を支払います!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《終焉のカウントダウン》

通常魔法

2000ライフポイント払う。

発動ターンより20ターン後、自分はデュエルに勝利する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「場にモンスターを1枚、カードを2枚セットして、ターン終了です」

 

理有 手札:6枚 → 2枚

   LP:4000 → 2000

   場 :裏側守備モンスター×1

      伏せカード×2

 

 とりあえず、立ち上がりはいつも通りだ。いや、初手に《終焉のカウントダウン》があるから、普段より言い回りだろう。

 問題は相手――綾小路のデッキだ。さあ、伸るか反るか大博打。デッキの相性というおみくじの結果は、

 

「僕のターン、ドロー! ……ボクは魔法カード《サービス・エース》を発動!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サービスエース》

通常魔法

自分の手札からこのカード以外のカードを1枚選択し、

相手にそのカードの種類を当てさせる。

当たった場合はそのカードを破壊する。

ハズレの場合はそのカードをゲームから除外し、

相手に1500ポイントのダメージを与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「げ」

 外れどころか大凶を引いた。真っ先にお祓いに行くレベルだ。

「さあ、このカードの種類を当ててみたまえ!」

 綾小路が手札から1枚、絵柄を隠して理有に見せる。

「え、えっと……じゃあ、魔法カード!」

「残念! 罠カード《レシーブ・エース》だ。よってプレイヤーに1500ダメージを与える!」

 魔球レベルの一撃で、理有は側頭部を撃ち抜かれた。それはもう、ワインのコルクが抜けるがごとく軽快に。

 

理有 LP:2000 → 500

 

「あいたー!?」

 ソリッドビジョンなのに痛みを感じるとか本当に理不尽と思いながら、理有が頭を撫でていると、綾小路はさらにもう1枚魔法カードを発動した。

「さらにもう一度! スマッシュエースを発動する」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《スマッシュエース》

通常魔法

デッキの一番上のカードをめくる。

そのカードがモンスターカードだった場合、

相手に1000ポイントのダメージを与える。

めくったカードは墓地へ送る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「やっぱりバーンデッキ! しかもテニス!?」

「さあ、僕のデッキのトップのカードは……モンスターカード《メガ・サンダーボール》!」

 宣言と同時、テニスボールが理有の頭、先ほどボールが撃ち込まれたのとは反対方向の側頭部に撃ち込まれ、爆発した。

「ぎゃーす!?」

 ソリッドビジョンのエフェクトなのにどうしてこうリアリティがあるのか。特に痛みが。痛い。おまけに爆発エフェクトまであるから、髪型がパーマにでもなっていそうで、嫌だ。

「だ、だからボクのデッキはバーンとか全体破壊とかそういうのダメなんだってば……」

 悪い当たりをしたー、と理有は二重の意味で落ち込んだ。ボールの意味でも、対戦相手の意味でも。いや、対戦相手の性格が苦手なのを含めれば三重だが、そこまで気にすると落ち込みが酷くなりそうなのであえて無視する。

「ふっ……気にしないでくれたまえよ、理有君。この僕にあたったのが運の尽きさ」

 実際、運の尽きだった。というか運勢なんて最初から底辺だ。

 気障っぽい台詞も気にはならないぐらい、今の理有は落ち込んで下を見ると、自分の影が見当たらなかった。

 いや、違った。天井からの光を、何か巨大なものが遮っているようだ。

 そして理有は、隣のリングを見てみると、光を遮っているものの正体はすぐに分かった。

「……ロボだ」

 巨大ロボだ。

 理有の目線から見て、天井がロボの姿で隠れている。青、緑、黄、赤、さまざまな色のパーツで構成された合体ロボは見覚えがある。確か、今回の新しいパックで再版されたカテゴリ――《XYZ-ドラゴン・キャノン》関連のカードシリーズの最終進化系、その名も《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》だ。

 確かレアリティは最上級に位置するカードで、そんなものをどこで手に入れたのだろうか、と理有は思う。確かほとんどの新弾は、正体も分からない学生が買い占めたらしい。

 見れば、《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》のコントローラーは万丈目だ。そして、その対戦相手は十代だ。

 その組み合わせに、理有は作為的なものを感じた。自分と同じ、本来は対戦することのない人物二人と、その二人を対戦するようにした人物。そして、万丈目が持っているレアカード。

 理有は、ピンときた。

 ……あー、ボクがこんな悪い当たり方したのって、クロノス教諭の策略のとばっちりかな?

 

 状況は、理有の目から見ても圧倒的に十代が不利だった。

 万丈目の場にはモンスターが1体だが、そのモンスターは《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》。5体のモンスターを素材として特殊召喚した融合モンスターの効果は、召喚コストに見合うだけの効果がある。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》

 

融合・効果モンスター

星8/光属性/機械族/ATK 3000/DEF 2800

「VW-タイガー・カタパルト」+「XYZ-ドラゴン・キャノン」

自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、

融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードを必要としない)。

1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚をゲームから除外する。

このカードが攻撃する時、攻撃対象となるモンスターの表示形式を

変更する事ができる。(この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 すでに十代のライフポイントは1000.あと一撃でも万丈目の攻撃を受ければ敗北する。しかも表示形式を変更させられるため、守備表示にしたところで意味がない。

 だが、そんな程度で諦めるような遊機十代ではない。いや、むしろ遊機十代なら、この程度の逆境などひっくり返す。

「俺のターン、ドロー!……俺は《ハネクリボー》を守備表示で召喚! 伏せカードをセットして、ターンエンドだ!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ハネクリボー》

 

効果モンスター

星1/光属性/天使族/ATK 300/DEF 200

フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。

発動後、このターンこのカードのコントローラーが

受ける戦闘ダメージは全て0になる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代 手札:4枚 → 2枚

   LP:1000

   場 :《ハネクリボー》×1

      伏せカード×1

 

 天使の羽の生えた、つぶらな目ともふもふな体を持つ丸っこいモンスターに、観客――特に女性たちが黄色い歓声を上げる。

 だが、万丈目はそんな事を構いはしない。むしろ、そんな愛嬌あるモンスターを踏みつぶす未来に、毒味のある嗜虐の笑みを浮かべている。

「俺のターン、ドロー! 《ハネクリボー》の効果で戦闘ダメージを0にする魂胆だろうが、そんなものは無駄だ! 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果で《ハネクリボー》を除外だ!」

 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果は、対象に取れるなら無条件にモンスターを1体を除外できる効果だ。

 ここで《ハネクリボー》を除外されれば十代の負けだし、攻撃表示に変えられて攻撃されても負けだ。

 一見十代にとって絶望的な状況だが、理有はこの状況を見て、まだ十代に勝ちの目があることを思い出した。

 それは、今日の朝、購買のおばちゃんことトメを助けたお礼に渡された、たった1パックに詰められた新シリーズのカード。その中で最も強力かつ、最も発動条件が厳しいカード。

 

「リバースカード、オープン! 速攻魔法《進化する翼》を、手札二枚を捨てることで発動するぜ!」

 

 それを、見事に前のターンで十代は引き当て、そして発動に成功した。

「な、なに!? 《ハネクリボー》の姿が!?」

 掻き消えた。

 そして、《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果砲撃を避けて現れたのは、巨大な翼と兜をまとったハネクリボー。

「このモンスターは、フィールド上のモンスターをレベルアップさせる! 今、《ハネクリボー》はLV(レベル)10だ!」

 これで勝負が分からなくなった。仮にもし、万丈目が慢心して攻撃を仕掛けようものなら、形勢がひっくり返る。

「そんな雑魚モンスター程度、蹴散らしてやる!」

 万丈目の攻撃宣言と共に、VtoZが胸部のキャノンで攻撃を仕掛けるが、これは致命的なまでに悪手だ。《ハネクリボー LV10》の効果はバトルフェイズにしか発動できない以上、次のターンに移行して効果で除外すればよかった。

 だが、弱小モンスターだと決めつけた万丈目への代償は、

「《ハネクリボーLV10》の効果! 攻撃されたこのモンスターを生贄に捧げ、相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、その攻撃力の合計分のダメージを相手に与える!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ハネクリボー LV10》

 

効果モンスター

星10/光属性/天使族/ATK 300/DEF 200

このカードは通常召喚できない。

このカードは「進化する翼」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。

自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、

相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊し、

破壊したモンスターの元々の攻撃力の合計分のダメージを相手ライフに与える。

この効果は相手バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ぬおおおおおおおぉぉぉおぉっ!?」

 手塩にかけて強化したモンスターの全滅と、自分のライフポイントの3/4だ。

 このターン、万丈目はバトルフェイズを行ってはいけなかった。改めて次のターン、《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果で《ハネクリボー LV10》を除外するべきだった。弱小モンスターだと甘く見た判断ミスが、ツケとして回ってきたのだ

 自分の優勢をひっくり返された万丈目は、腹立たしい表情のまま十代をにらむが、手札にモンスターもないようだ。

「……ターン終了」

 そう、宣言するしかなかった。

 

万丈目 手札:2枚

    LP:1000

    場 :《機甲部隊の最前線》×1

 

十代 手札:2枚 → 0枚

   LP:1000

   場 :なし

 

 この場面で、十代は笑っている。不敵に、楽しそうに――どこまでも真っ直ぐに。 

「万丈目! ここで俺が攻撃力1000以上のモンスターを引いたら面白いよな!?」

「何を馬鹿なことを!?」

 万丈目は、そんなことありえない、と否定するが、十代は心底今の状況が楽しそうな顔で、

「でも引いたら面白いよな!?」

 そう言って十代はカードをドローしようとした瞬間、理有は十代の顔を見て確信する。あ、引くな、コレ――と。

 十代は、ドローしたカードをちらりと見て、破顔した。

 

「おっしゃー! 《E・HERO フェザーマン》召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO フェザーマン》

 

通常モンスター

星3/風属性/戦士族/ATK 1000/DEF 1000

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……やっぱり引きやがりましたよ、この豪運決闘バカ。

 しかも攻撃力は1000ジャスト。よくもこのタイミングでぴったりカードを引き当てるものだ。

「ば、馬鹿な!?」

 万丈目が驚く様は、まさに驚天動地なのだが、こんな程度、十代の豪運だったら当たり前。この男、麻雀、ルーレット、スロット、なんでもその気になったら大当たりを狙えるのではないかと思わせるほどの、異常な豪運なのだ。

 十代のこういう運は、おそらくデュエルモンスターズでしか発揮できないのだろうが、それにしても反則級の運勢。このイカサマクラスの運勢がジャッジキル(反則負け)を食らわないとか理不尽だ。

「《E・HERO フェザーマン》で万丈目にダイレクトアタック!」

「ぬあああぁあっ!?」

 《E・HERO フェザーマン》の攻撃がまともに決まり、万丈目のライフポイントが0になる。

 その瞬間、場内からダムが決壊したように歓声がこだました。

 ……ヒーローだなー、十代君。

 オベリスクブルー1年男子のトップに立つ万丈目に対して、僅差ながらも勝利をしたのだ。しかも、最上位のオベリスクブルー対最下位のオシリスレッドという下馬評すらひっくり返した。

 この状況は、オベリスクブルーの専横を許していたラーイエロー、オシリスレッドの学生にとっては歓喜の一言だろう。逆に、一部のオベリスクブルーの学生は面白くなさそうな顔をしているが、それも一部だ。半数以上のオベリスクブルーの学生は、この状況に驚き、そして面白い試合を魅せた十代に完成を送っている。

 絶望的な状況をはねのける強さを見せた十代に、観客も魅せられたのだろう。

 それはまさに、ヒーローと呼ぶにふさわしい活躍だ。

 見れば、観客席から降りてきた翔と三沢が十代に駆け寄り、彼の勝利を祝福している。

 十代の姿を見て、理有は思う。

 

 ……いいなー。

 

 十代はおバカなところもあるが、型破りで、何より人を引き付ける魅力がある。多くのものを巻き込みながら先へ進めるのは、理有にとってまさに憧れだ。

 眩しそうに目を細めて十代を見ていた理有の耳を、わずかにエコーかかった、体ごと打つような声が聞こえてきた。

「見せてもらいましたよ、遊城十代君」

 鮫島校長だ。

「君のデッキへの信頼感、モンスターとの熱い友情、そして勝負をあきらめないデュエル魂。それはこの場にいる誰もが認めることです。遊城十代君――君は、ラーイエローへ昇格です」

 その一声で、ドームは歓声のるつぼと化した。

 

「この部屋も寂しくなるね」

 理有は、翔と隼人の自室にいた。

 そこには、先日まで住んでいた十代の姿はない。

「不思議なものなんだなー。オシリスレッドから這い上がるような男がいるなんて……」

 しきりに首を傾げているのは、三段ベッドの最上段から理有と翔を見下ろす隼人だ。その仕草が動物臭くて、コアラのような顔と非常にマッチしている。

 理有はいやいや、と隼人に首と手を振って答える。

「隼人君。十代君に関して言うと、不思議でもなんでもないんだよ」

 何回も十代の決闘を見てきた理有にとっては、言葉通り不思議でもなんでもない。扱うカードカテゴリーこそマイナーだが、その場その場で最適な選択を行える判断力と、あの異常な引き運。その二つを兼ね備えた十代の実力は、オベリスクブルーに匹敵する。

 ああいうのを見て、理有は思う。勉強のできる、できないだけじゃ、測れないものは世の中多そうだな、と。

「アニキ、もう戻ってこないっすね……」

「翔君。落ち込むのも分かるけど、あまり引きずらないようにね?」

 そう声をかけると、翔は小さく苦笑する。翔がアニキと慕っていた十代がいなくなって、一番寂しそうなのは翔だった。

「でも、アニキ、ラーイエローに行って大丈夫かなー、上手くやってるかなー」

「んー、ボクはいいと思うよ? ラーイエローなら十代君を受け入れられる度量はあると思うし。オベリスクブルーは別だけど」

 理有は内心、オベリスクブルーを毛嫌いしていた。

 万丈目やその取り巻きを見ていて思うが、どうもあの寮の連中は傲慢なのが多い。

 中には明日香や雪乃のように、寮の区分けによる差別なしに人に接する人間もいるし、カイザーと呼ばれる人間は寮の区分関係なしに慕われ、畏れられているらしい。

 とはいえ、明日香の取り巻きであるジュンコやももえを見ていると、人間としてデキているのは本当に数少ないのかもしれない。

 その点、ラーイエローはまだ差別意識が薄く、実力がある人間や、人間的に優れいているなら受け入れる度量がある。

 中でも代表的な人物が三沢だろう。彼は十代とは対極の、理詰めの決闘バカだから、息が合うに違いない。

 そんなことを考えていると、いきなり部屋の扉が開いて、見覚えのある人物が入ってきた。

「ただいまー」

「って、なんで戻ってきてるの十代君!?」

 しかも制服はオシリスレッドのままだ。十代はへへ、と頬をかきながら、いつもの笑みで、

「へへ、やっぱり俺はオシリスレッドのほうが向いてるや! 情熱の赤! 最高じゃねーか!」

「そんな理由で!? いや、確かにそういうところが十代君らしいけどさぁ!」

 理有のツッコミも、十代は褒めていると勘違いしたらしく、また笑っている。

 ……こういうところが十代君らしいんだよなー。

 とことんポジティブに物事を考えられる十代なら、オベリスクブルーだろうと、オシリスレッドだろうと、どこにいても問題ないだろう。なら、彼の好きにするのが一番いいはずだ。

「アニキー!?」

「って翔! こらひっつくな!?」

 十代が帰ってきて一番うれしいのは翔だろう。彼が十代に抱き着いてきて、慌てて十代は翔を引っぺがそうと必死になっている。

「なんだか、寂しがって損したんだなー」

 ベッドの柵から身を乗り出して言う隼人の表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうだ。

 理有は、そんな隼人の顔を見上げながら、笑って言う。

 

「そうだね。でも、いいんじゃない? 十代君らしくって」 




終焉のカウントダウンデッキ、ロックパターンであれかかしなどの攻撃封じパターンであれ、バーンにはめっぽう弱いです。
というか、ここまで相性差が激しいデッキはそうそうないのではなかろうか。

そして理有の地はこんな感じ。大人の前では緊張しい。ですが、しなければ割と砕けてドライです。

とりあえず、とある方の指摘もあり、トップページにオマージュ元の作品名を載せました。
なかなか時間が取れず挨拶も断りの連絡もできていない状況で、作者の方々には申し訳もありません。

では、次の話まで、しばしお待ちください。


2014年5月末。夜の通勤電車の中より。


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未知の始まり


 未知とは輝きか。それとも、奈落か。



「ぎゃーっす!」

 

 夜半のオシリスレッドの寮から、情けない悲鳴が響き渡った。

 

「なんで理有君そう恐い話ばっかり知ってるんすかー!」

「孤児院で一緒だった女の子がいて、怪談大好きでちょっと電波入った性格だったんだよ。で、夜になるとしょっちゅう怪談話を披露して、皆を震え上がらせててさ。それで慣れちゃった」

「り、理有君見た目オドオドしてそうなのに、割と神経太いっす……」

「まだまだレパートリーはあるよ? っていうか、これ、僕の中ではレベル2ぐらいの話なんだけど」

「あれでレベル2なんすか!? 引いたカードレベル4だよね!」

「次はレベル7ぐらい引けたらいいなー」

 

 翔は部屋の隅でがたがた震え始めた。

 隼人も寒気が止まらないらしく、必死に自分の肩を抱いて両手でさすっている。肝試しの趣旨としては、まずまずだろう。

 

 理有は十代、翔、隼人と一緒に、レッド寮の食堂で肝試しをしていた。その趣旨は、シャッフルした山札からカードを1枚引き、引いたモンスターのレベルに応じた恐い話をするというもの。

 現在、ダントツで皆を震え上がらせているのは理有である。何しろさっきの話も、ただの怪談ではなく、怪談を聞いた人間まで巻き添えを食らって死んでしまう類の怪談なのだ。ただの恐い話だと思っていたら、もっと恐い二段落ちがある、ジャパニーズホラーの王道を聞かされた翔と隼人は、真冬の雪山に放り込まれたがごとく震え上がっていた。

 理有は、隣に座る十代を見ると、流石の彼も話のディテールの細かさと怪談としての恐さに苦笑していた。

 

「理有って案外、そういうところ肝強いよなー。年上の人間とか、対人関係だと結構おどおどしてる印象強いのにさ」

「僕に言わせれば、何がどうなるか大体パターンが決まってる怪談話より、何が出てくるか分からない年上の人間のほうが恐いんだよ。特に経験積んだ人間って、何が飛び出してくるか分からないし」

 

 そう言ってから、理有は机の上で一本だけ、か細く燃えているロウソクを、隼人と翔に悟られないよう息を噴きかけて、消した。

 

「ぎゃーっ! 恐いっス! 真っ暗っス!」

 

 またも悲鳴を上げる翔。

 と、そこで何かが焦げるような擦れる音が聞こえて、灯りがついた。

 理有がマッチに火を点けて、ロウソクにそっと火を灯す。

 

「隙間風でロウソクが消えちゃったのかな」

 

 悪びれず理有が言いながらマッチの火を消して、燃え殻をロウソク皿に載せてから十代を見る。

 彼は、理有が何をやったか理解したらしく、苦笑の色合いがさっきより濃い表情をしている。それに、理有は人差し指を口に当てて、沈黙の合図を送る。

 十代も頷いてくれたのを確認してから、理有は翔に声をかける。

 

「でも、翔君もそこそこの怪談話してたでしょ。泉に欲しいカードが映って、手を伸ばしたら突如泉の中から腕が出てきて引き込まれるって話。ほら、それでさっき、隼人君が震え上がってたじゃない」

「い、言わないで欲しいんだな……」

 

 恥ずかしそうに左右の人差し指をつついている隼人。

 と、そこで、いきなり十代と理有の背後から声が聞こえてきた。

 

「ほほー、皆さん一体なにしてるんですかニャー」

「ぎゃーっ!?」

 

 翔と隼人が脱兎の如く部屋の隅へ逃げる。

 十代も驚きながら後ろを振り返ると、そこにはロウソクの光で顔が不気味に浮かび上がった大徳寺が、丸々とした体の猫――ファラオを抱えていた。

 

「び、びっくりしたー、大徳寺先生! 驚かさないでくださいよー!」

「え……?」

 

 十代の言いがかりのような言葉に、大徳寺は困惑気味だ。

 

「ほら、こういうののほうが心臓跳ね上がるんだよ……」

 

 と言うのが理有。彼も驚きで椅子をがたっと揺らすぐらい驚いていた。見れば、隼人は周りの机を倒す勢いで後ずさりしながらがくがく震えている。

 そこで、翔が自席に戻りながら、言う。

 

「先生。今ね、引いたカードのレベルの分だけ恐い怪談話を披露する、ってゲームをやってるっすよ」

「ほほー、それは面白そうですニャー。では、私も一つ」

 

 大徳寺が山札からカードを引くと、

 

「わお、レベル12じゃん!」

「おぉー、これはこれは。じゃあ、とっておきのお話を披露するニャ」

 

 そうして大徳寺が語り始めたのは、とある廃寮にまつわる、怪談とは少しばかり趣の違う話だった。

 

 この島の奥――大徳寺が言うには、オシリスレッド寮の裏手をさらに奥に入っていったところには、ひとつの建物がある。

 すでに廃墟となったその建物は、かつて特待生の寮だった。

 そこでは、闇のゲームについて研究されていて、何の因果かは分からないが、何人もの人間が行方不明になっているらしい。

 

 そんな眉唾ものの物語を話、皆がごくりと唾を飲んだところで、大徳寺が抱えていたファラオが大あくびをした。

 

「ふむ……じゃあ皆さん、今日は遅いのでもう寝るニャ。おやすみなさいニャー」

 

 自室へ引き上げていく大徳寺。

 彼の姿が部屋から見えなくなったところで、十代は子どもっぽい悪戯の笑みで、

 

「なあ、みんな。明日、探検に行こうぜ」

「え!?」

 

 そんなことを言ってきたので翔と理有は驚くが、 

 

「こ、怖いけど、俺も行くんだな」

「えー!?」

 

 隼人が乗り気なのでもっと驚いた。

 

「じゃあ、明日の深夜に出発だー!」

「おー!」

「おー……」

 

 十代と隼人が握り拳を天に突き出すので、翔は雰囲気に流されてしぶしぶ手を上げるが、

 

「あ、ボクはパス。黙っておくから、巻き込まないで」

 

 あっさり理有は、空気を読まず流れをぶった切った。

 

「え!? ちょ、理有君!?」

「いや、だってあそこに入るの、校則違反だし。さすがに処罰を受けるリスクがあるのに行くのは、ちょっと気が引けるよ」

 

 う、と翔や隼人は身を固くした。今更ながらにそれを思い出したのだ。

 それに、と理有は続ける。

 

「明後日、出さないといけない課題があるの、忘れてないよね?」

「あ」

 

 三人してそれを今、思い出したらしい。

 

「ボクはほかにもやりたいことあるから、ちょっと時間を作るのが難しい、っていうのもあるんだ。だから、ゴメン」

 

 そういって理有は両手を合わせる。

 十代は、そっか、とあっさり一言つぶやき、

 

「仕方ねーな。さすがに無理強いはできないからな」

「あのー、アニキ、僕も、やっぱり……」

「さっき一緒に握り拳を上げてたのはどこの誰だよ。翔は行くの決定だからな」

「えー……」

 

 機を逸してしまった翔。まさに、覆水盆に返らず、である。

 

 翌日。

 クロノスは担当の授業を終わらせた後、ウキウキとした心で、職員室への廊下を歩いていた。

 なぜなら昨日、十代達がレッド寮の食堂でしていた会話を、外壁越しに盗み聞きをしていたのだ。

 これを利用すれば、にっくき遊城十代をアカデミアから追放することができる。

 今日、居眠りどころか堂々ぐーすかと寝ていたのは少しイラついたが、それも今日までだ。明日からの彼の困り顔を見るのが、本当に愉しみだ。

 

「あ、あのー、クロノス先生」

 

 と、そこで後ろから、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 なんナノーネ、と後ろを振り返って視線を下げれば、そこにいたのは、一人の学生だ。自分にとっては忌々しきオシリスレッドの学生。

 

「何ナノーネ、シニョール……エート」

「り、理有です。円影理有」

「シニョール理有。私に何か用ナノーネ?」

「え、えっと、ちょっと、ここを教えていただきたくて」

 

 と、ここで理有は持っていた教科書を開いて、あるページを指さしたままクロノスへ差し出す。

 

「……チェーンについての説明、ナノーネ?」

「は、はい。どうしても、ここのところが分からなくて」

 

 それは、練習問題の中では一番難易度が高いところである。そして、その周囲にシャーペンで書き込まれた文字を見て、

 

 ……ホホーウ。感心ナノーネ。ここ以外の問題を全て自力で解くトーハ。

 

 ならば、その努力に応えるのが教師の務めだ。

 

「……というわけナノーデ、この場合は罠カードはチェーン終了まで残り続けマスーノ」

 

 クロノスが問題の解説を終わらせると、理有は何度も頷いて、教科書を指でなぞっている。今の説明を頭の中で復唱しているのだろう。

 

「あー、なるほど。だから《非常食》の発動コストにできるんだ」

「ちなみに、カウンター罠についてはスペルスピードが高いので、先に発動はできないーノ。覚えておくといいノーネ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

「いやいや、このぐらいならいいノーネ。それにしても不思議ナノーネ。オシリスレッドの学生なのに、勉強熱心ナノーネ」

 

 心底不思議そうなクロノスに、理有は力ない苦笑で答える。

 

「ボクは弱いから、いろいろ知恵を絞らないと勝ち目がないんです。だから、ルールはできるだけ理解しておきたくて」

「シカーシ、このレベルの問題が理解できるナラーバ、実技でももっと戦えるはずなのに、どうしてナノーネ?」

「……ボク、攻撃する戦術が苦手なんで」

「?」

「ご、ごめんなさい。ボク自身、どうしてか分からないんです。……ただ、決闘で誰かを攻撃しようとしたら、どうしても、その、……声が、出なくて」

「ハ?」

 

 クロノスにとっては、意外な一言だった。

 

「お、おかしいですよね。アカデミアに来てるのに、攻撃できない決闘者、なんて」

「普通は攻撃しないと勝てないですカプレーゼ」

「は、はい。だから、ここへはどちらかと言えば、決闘者じゃなく、その裏方志望なんです。技術者とか、審判とか、先生とか」

「なるほどナノーネ……」

 

 確かに、それなら実技よりは、どちらかといえば座学が優秀であるなら、多少は進みやすい進路だろう。

 と、そこで理有は手元のPDAを覗いた。

 

「あ、次の授業が始まる」

「おや、いけないノーネ。早く教室に戻って準備をしてくだサーイ」

「はい、わかりました。お忙しいところ、ありがとうございました」

「構わないノーネ。勉強熱心な生徒に応えるのは当然デスーノ」

 

 それから、理有はクロノスに頭を下げてから、いそいそと教室へ入って行った。

 後ろ姿を見送ったクロノスは、もともと向かうとした職員室へ足を勧めようとして、ふと思う。

 

「……ほかのオシリスレッドの学生も、あんな風に勉強熱心ならよかったノニーネ」

 

「ふぁー、やっと終わったー……」

 

 同日の夜遅く、月が南の頂に達する頃。

 自室の勉強机での勉強が終わった理有は、大きく背伸びをして、力を抜き、ほっとする。

 近くに淹れていた、冷めた緑茶を一気に飲み干し、背もたれにかけていた上着を取って、理有は玄関へ歩き出す。

 靴を履き、外へ通じる扉を開く。

 

「んー、いい風ー」

 

 耳元、口元を絹のように撫でる風が、頭の中を回転させて摩擦した知恵熱を、クールダウンしてくれる。

 

 ほ、と一息。

 

 牌の中に冷たい空気を取り込んで体を冷ます。

 自分の息がうっすらと白くなるのを見る。まだ今は四月のはじめ、少し寒さが残る時期だ。その冷たさが、今はありがたい。

 いい感じに今日は眠れそうだな、と思ったところで、星空を見ながら理有は思う。

 

 ……父さんと母さんの夢、ここ最近見てないなー。

 

 昔はしょっちゅう見ていたものだ。

 こんな涼やかな夜に一家で団らん。父さんは日本酒を飲みながらいい心地で、母さんも父さんに甘えて。自分は、そんな二人を見ながら苦笑。

 あの二人はいつまでたっても新婚のようなおしどり夫婦だった。

 でも、そんな二人なのに、不思議と疎外感はなかった。ちゃんとそこには自分の居場所があって、だからこそ、

 

 ……世界で二番目に好きな息子、か。

 

 愛情のそそぎ方をよく知っている二人だった、と思う。

 たまに愛情注ぎ過ぎてとんでもない方向に行くこともあったが。運動会などでカメラ撮影ならまだしも、自作の応援用の大きな旗やマジの番組撮影に使うようなテレビカメラまで担ぎ込んできた時は、さすがに恥ずかしかったものだ。

 そんな愉快で、楽しくて、暖かい二人だったのに。

 

 ……どうして、ボクの目の前から、いなくなったの?

 

 もう二度と、自分の目の前に現れることはない二人の姿を、ここ最近は思い出せなくなってきてる。

 それが、どうしようもなく悲しくて、気が付けば、周りが暗くなっていた。

 月が雲の影に入ったようで、夜光の失せた周囲に、理有は感傷にふけっていた思考を切り上げ、部屋に戻ろうと踵をかえす寸で、

 

「あれ?」

 

 視界の端、寮の近くを通る道を、見知った女性が歩いていた。

 理有はそちらへ向かうため、金属製の板でできた階段を下りていく。

 駆け降りる音であちらの女性も、理有に気付いたらしく、こちらに近づいてくる。

 

「あら、こんばんは、ボウヤ」

 

 それは、以前理有が対戦し、完膚なきまでに叩き潰してきた女性――アカデミアの女帝、藤原雪乃。

 

「こんばんは、藤原さん。こんな夜更けにどうしたの?」

「ボウヤに会いに来た、って言ったらどうする?」

「……あー、一瞬考えちゃったけど、ないね。絶対ない。だって藤原さん、男に突っ走るタイプじゃなくて、男を誘って惑わせて遊んでポイするタイプでしょ」

「ふーん……ボウヤの中で私が悪女認定されてることが分かっただけでも、収穫ね」

「悪女って言うより小悪魔かなー」

 

 理有の目には、悪魔の耳としっぽが雪乃に生えているように見えるのだが、それはそれで似合っているうえに可愛いから困る。

 

「それで、無駄話はそこそこにして、真面目にどうしたの? いくらオベリスクブルーでも、深夜に出歩くと先生に注意されるよ?」

「ブルー寮で、明日香の姿が見えないのよ。だから、もしかしたらこっちに来てないかしらと思ってね」

「こっち? 明日香さんが夜中にわざわざレッド寮に来ることってある?」

「違うわ。目的地はオシリスレッド寮の奥にある、廃寮よ」

「あそこに!?……あー、もしかしたら、十代君達と鉢合わせてるかも」

「あら。十代のボウヤたちも廃寮に? それって、何のためかしら?」

「探検だって」

「あら、探検なんて、子供の遊びね」

「ホントそれ」

「ボウヤは行かなかったの?」

「勉強してたし、行く気は乗らなかったけど……さすがに女性一人で夜道歩かせるのはアレだし。廃寮の中に入らないなら、一緒に行ってもいいよ」

「あら、ボウヤ。エスコートのつもり? 送り狼にならないでよね?」

「エスコートって言うより《スケープ・ゴート》?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《スケープ・ゴート》

速攻魔法

このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚できない。

自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)

4体を守備表示で特殊召喚する。

このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「食べられるほうじゃない」

「いざとなったら盾にできるよ?」

「じゃあ遠慮なく。取っ手はどこかしら」

「ちょ、ちょっと!? からだべたべた触らないで!?」

「じゃあここでいいわ」

「とか言ってちゃっかり腕組まないでよ!?」

 

 本気でこの女性には勝てない、と理有は顔を赤くして叫びながらも、色々と諦めた。

 

 

 理有と雪乃が廃寮近くに到着した時点で、時計の針はすでに両方とも天辺を過ぎたところを指していた。

 周囲はすでに真っ暗闇で、

 

「やっぱり街灯がないから、足元が見えないぐらいだねー」

「そうね……」

 

「あぶないから気を付けてね」

「そうね……」

 

「それにしても明日香さんも廃寮に行くなんて、どういう理由なんだろう」

「そうね……」

 

「明日香さんのあの性格からして、肝試しってことはないだろうし」

「そうね……」

 

「さっきからそうね、しか言ってないね」

「そうね……」

 

 雪乃がさっきから腕を組んだまま、周囲を見回している。その態度は、普段の堂々とした様子と比べて小動物っぽい。

 そういえば、孤児院にいたころの肝試しで、今の雪乃に似た状態の女の子を見たことがある。

 

 ははーん、と理有はを察知した。

 

「藤原さん、おばけとかミイラとか怪談とか、そういうの、ダメでしょ?」

「っ!?」

 

 雪乃の肩が跳ねた。

 

「い、いけないボウヤ。女の秘密を暴くなんて。……どうして、そう思ったのかしら」

「だって、そわそわしながらあっちこっち見て回ってるし、僕と組んでる腕に力は言ってるし、見るからに『私お化けダメなんです』光線出してるから」

「――なんなの、その光線」

「紫外線だからよく分からないなー」

 

 雪乃の髪、紫色だし。

 

「……貴方、決闘や授業だと消極的な割に、こういう雑談だとズケズケ言うのね」

「授業はともかく、なんでか、昔から決闘で攻撃、ってなると、物怖じしちゃってね……あと、見た目しっかりした大人も苦手。慣れなくて」

 

 はぁ、と小さくため息。

 もう数年来の癖というか、習性になってしまっているので、どうにもならない、と半ば理有は諦めている。

 

「不思議なボウヤ」

「不思議ってほどでもないよ。単純な話、何かトラウマがあるみたいなんだけど、その原因がわからなくて」

「トラウマ?」

 

 首をかしげる雪乃に、理有はうーん、と少し考え込んでから、何かを決めたようだ。そのまま話を続ける。

 

「小さい頃、両親が生きてた頃は、デュエルモンスターズがもっと大好きで、友達とかと決闘してても、攻撃できたんだけどね。ちょうど、両親が死んだぐらいからかな。決闘で攻撃、って叫ぼうとしたら、どうしてか呼吸困難になってしまって」

 

 一息。

 

「たぶん、攻撃って行動そのものに何かのトラウマがあったんだろうけど、それがどういうことか、分からないんだ」

 

 もしくは、思い出せないのか。

 そのあたりが分からない以上、理有は攻撃という戦法そのものを取ることができない。

 

「ま、仕方ないけどね」

「仕方ないって……ボウヤ、随分とあっさりしてるのね。普通は悲嘆に暮れるのに」

 

「施設の仲間がね。口は悪いけど人情に厚い連中だったから、ほかのことで気を紛らわせてくれたよ。――たまにおふざけが度を越えてキャンプファイヤーに五尺玉ぶち込んだ挙句地上至近距離でたまーやー、危うく山火事になるところだったけど」

 

「……たまに?」

「うん、年に一回」

「……アクティブなボウヤたちだったのね」

「ううん。当時の主犯はシスター。しかも一番年上がヒャッハーしてました」

「……その施設の在り方を、激しく疑うわ」

 

 雪乃にしては珍しいジト目を見せる。

 

「だろうねー。むしろボクより精神年齢低いんじゃないかなー。そのあとボクは仲間たちと一緒に頭を大噴火させて土下座二時間コースだったけど。そして翌年には園長が十尺玉を三つぶち込んできたから、もっと大変だったよ」

「どっちが年上なのよ……」

「ホントそれ。だから逆に、ここの人達みたいな、割と見た目がしっかりした大人の教育者って初めてだから、慣れなくて……」

 

 はぁ、と理有はまた溜息。あのシスターや園長ぐらい悪ノリできれば人生楽しいのだろうが、そこまでいくと人として大事な何かが遥か彼方に行ってしまうので、やっぱりやめておく。

 それに、見た目まともだけど、頭の中が本当にまともなのかどうかは分からないのだが。

 

「ま、ボクの身の上話はこのぐらいにしようか。で、そろそろ腕を組んでるの、放してくれないかな? もうすぐ寮に着きそうだし、会話で遊んでたから、怖さも紛れたでしょ?」

 

 その一言に、雪乃はえ?――と目を丸くした。

 

「……ボウヤの癖に気を使ったの? 生意気ね」

「ははは。そのぐらい調子を取り戻したなら、もう大丈夫かな」

 

 理有が前を向くと、雪乃は面白くなさそうな顔で、腕を放す。普段男をリードしていた彼女にとって、苦手なお化けや幽霊が絡むからとはいえ、こんな形で主導権を握られてしまうのは不服だったのだろう。しかも見た目幼さが残る理有になど、屈辱だったかもしれない。

 

「……でも、私が腕を組んだ時は、割と慌ててたわね」

「そりゃあまあ、ボクだって男の子ですし。美人に腕を組まれたら、意識せずにはいられないよ」

「あら。じゃあさっきの会話、ボウヤも私の体から集中をそらしたかったのね」

「……バレちゃったか」

 

 理有は少しばかり、頬が火照るのを感じた。

 雪乃は同学年どころか、全校生徒・教師を含めて、アカデミアでもトップランクの容姿を持つのだ。そんな女性が遊び半分どころか遊び十割とはいえ、腕を組んできたなら意識せずにはいられない。

 

 雪乃はふふ、と妖艶な笑みを見せる。すっかり余裕を取り戻したようだ。

 

「ふふ、ならボウヤ、私の体のお味はどうだったかしら?」

「……ぶっちゃけその胸、反則でしょ」

 

 高校一年で明らかにDを超えているとか、どう見ても発育が良過ぎる。反応しないのは本気で鈍感などっかの決闘バカぐらいだ。

 

「ふふ。ボウヤ、どう反則なのかしら? ほら、言ってごらんなさい?」

「そ、それはその……あーもう! どうしてそう藤原さんは男の煩悩を掻き立てるようなことばっかり言うのかなぁ!」

 

 ぷいっと顔を背けて、理有は先へと歩き出す。

 くすくすと背後で笑う声が聞こえてくるので、理有は恥ずかしく思いながらも、雪乃がいつも通りのペースを取り戻したのを感じて、口の端が自然と上がる。

 そう思った矢先、

 

「っ! ボウヤ!?」

 

 唐突な雪乃の叫びを後ろで聞き、理有はすぐにただ事ではないと察知。

 振り向くと、そこには、黒色の人影。

 すぐさま、視界が白黒した挙句、全身が強烈なショックに痙攣した。

 

「が!」

 

 電気ショック。おそらく、スタンガンの類だろう。強烈な電圧に体が耐えられるわけもなく、視界が意識ごとぐらつく。

 そのまま平衡感覚も失って前方に、全身から倒れこむ。

 

「……っ」

 

 全身に力が入らない。

 視界が、瞬く間に闇から更なる闇へと染まっていく。

 とうとう意識が消える寸前、最後に見たのは、何者かに羽交い絞めにされ、口元に布を当てられている雪乃の姿だった。

 

「チ。タイタンの野郎、こんなツマンネエ役どころを寄越しやがって」

 

 理有を襲った大男は、雪乃を両肩と膝を抱えて、俗にいうお姫様だっこの要領で持ち上げていた。

 それは、彫りの深い顔をした、いかつい大男。極道の人間にも勝るとも劣らないいかつい体格。全身は黒ずくめの衣服。

  はたして、この世界の中で誰が知っているだろう。

 ある意味では有名人。

 決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)でペガサスの部下として、武藤遊戯と闘った男。

 

 ――闇のプレイヤーキラー。

 

 闇属性の使い手である決闘者は、この島に来ているもう一人の男とタッグを組んで仕事をしていた。

 決闘者の王国以降、この男とペガサス――I2(インダストリアル・イリュージョン)社の契約は切れた。

 それ以降、裏社会で決闘者として戦っていたこの男は、いい金づるを提供してくれる相棒を見つけた。

 

 闇の決闘者――タイタン。

 

 仮面をかぶった、同じく黒づくめのデーモン使いは、千年パズルの使い手を名乗っている。

 もちろん、そんな話が嘘だとプレイヤーキラーは知っている。千年パズルの本当の持ち主だった人間は、武藤遊戯ただ一人なのだから。

 だが、あえてプレイヤーキラーはタイタンの商売に乗った。なかなかに実入りのいい仕事だったし、闇の決闘者としてのスタイルがタイタンのそれと合致したのだ。

 

「楽して金が手に入るから、まあいいっちゃいいんだがな……」

 

 ぼやく男は、つまらなそうな顔をしてから、抱えている雪乃の顔を見る。

 

「……おいしい役どころがあっても、罰は当たらねえよなぁ」

 

 笑みで雪乃の肢体を見回す。整った顔立ちに、学生とは思えないボディライン。大きな胸に、ミニスカートから覗く、生足。

 下劣な笑みには、品性の欠片もない。

 下心を隠そうともしない男は、さっそく雪乃の体を味見するために、彼女をどこかに持ち去ろうとし、

 

「……ん?」

 

 背後から、草を踏みしめる足音を聞いた。

 振り返ると、そこには先ほど頭を殴って昏倒させたはずの少年――理有が立っている。

 

「……チ。当たり所が良かったのか」

 

 もう一発スタンガンをぶちかまして黙らせようかと考えたところで、異変に気付く。

 理有の胸元が、ぼんやりとした薄明りを照らしている。月の光ではない。明らかに熱を連想させる橙色(オレンジ)の光だ。

 光に照らされる理有の顔には生気がない。光の加減で不気味なのもあるが、目は半開きで、視線に力はない。

 それでも、理有は左腕を上げ、ひじを横に曲げて、構える。

 すると、肘から先、二の腕、体の正面に、光が収束を始める。はじめは球状に集まっていた光は、やがて板のような形になる。

 光は、腕の下側を覆う月形の板――決闘盤となった。 

 

 男は不可解な現象に驚きはしたが、慌てふためく様子はない。不可思議な力といえば、すでにかつての雇用主――ペガサスの読心術で体験済み、免疫も当に獲得済みだ。

 

「……妙な力を使いやがる。だが、その様子だと決闘をしてぇらしいな。いいだろう、暇つぶしに相手になってやる!」

 

 凄みを効かせながら、決闘盤を構える男。

 対して、理有の動き、立つ様子には、力がない。ゆっくりとした動きで決闘の準備をする。

 理有は腰にあるデッキホルスターからカードを取り出す。

 そして、デッキを懐に仕舞った。

 む、と訝しむプレイヤーキラーに対して、理有は反対側の懐から、別のデッキを取り出して、シャッフル。腰のホルダーにセットする。決闘盤のデッキホルダーの代わりに使うようだ。

 プレイヤーキラーもデッキを決闘盤にセットして、構える。

 

「いくぞ! 決闘(デュエル)!」

「……決闘」

 

 宣言と同時、理有の胸元の輝きが強くなった。

 

 そのころ、十代は闇の決闘者、タイタンと決闘を行っていた。

 

「くそっ! 力が入らねぇぜ……」

 

 十代は、体を襲う理不尽な現象に苦しんでいた。

 目の前にいる黒いコートに黒いシルクハットと黒づくめ、顔上半分を隠す銀色の仮面を着込んだ、いかにも怪しい風体の男。彼こそがタイタンである。

 その男が、十代達と別口で廃寮近辺に来ていた明日香を気絶させて、連れ去った。

 十代は、一緒に探検していた翔と隼人を観客として、明日香の身柄をかけてタイタンと決闘を開始した。

 だが、タイタンが繰り出してくるデーモンモンスターのルーレット効果に、十代のカードはたびたび無効化され、倒され、不利を強いられていた。 

 そして、タイタンが持つ逆四角錐型の金色の物体――千年パズルのウジャド眼を十代に向けた次の瞬間、十代の体が、失ったライフポイントに応じた分だけ消えたのだ。

 

「フフフ。どうした? 先ほどまでの威勢はどこに行った?」

 

 タイタンの愉悦に満ちた黒い笑みが、不気味だった。

 その後も十代は防戦一方。なんとか罠カードや《E・HERO フレイム・ウィングマン》で《ジェノサイドキングデーモン》を撃退したが、タイタンの手札から繰り出されるモンスター効果で何度も復活された。

 タイタンのライフポイントも削れ、十代と同じように体の一部が消える現象こそ起こったが、タイタンはひるむことなく攻撃の手を休める気配がない。

 結果、今の盤面は以下のような状況になっている。

 

理有

   手札:1枚

   LP:1000

   場 :《E・HERO フレイム・ウィングマン》 攻撃表示

      《ダーク・カタパルター》 守備表示

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO フレイム・ウィングマン》

融合・効果モンスター

星6/風属性/戦士族/攻2100/守1200

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、

破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ダーク・カタパルター》 

効果モンスター

星4/地属性/機械族/攻1000/守1500

自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが守備表示だった場合、

このカードにカウンターを1つ置く。

カウンターと同じ数のカードを自分の墓地から除外する事で、

その枚数と同じ枚数のフィールド上の魔法・罠カードを破壊する。

その後このカードのカウンターを全て取り除く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

タイタン

   手札:5枚

   LP:1900

   場:《ジェノサイドキングデーモン》 攻撃表示

     《万魔殿-悪魔の巣窟-》 発動中

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ジェノサイドキングデーモン》 

効果モンスター

星4/闇属性/悪魔族/攻2000/守1500

自分フィールド上に「デーモン」という名のついた

モンスターカードが存在しなければこのカードは召喚・反転召喚できない。

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に800ライフポイントを払う。

このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、

その処理を行う時にサイコロを1回振る。

2・5が出た場合、その効果を無効にし破壊する。

このカードが戦闘で破壊した効果モンスターの効果は無効化される。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《万魔殿-悪魔の巣窟-》

フィールド魔法

「デーモン」という名のついたモンスターはスタンバイフェイズにライフを払わなくてよい。

戦闘以外で「デーモン」という名のついたモンスターカードが破壊されて墓地へ送られた時、

そのカードのレベル未満の「デーモン」という名のついたモンスターカードを

デッキから1枚選択して手札に加える事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そして、ターンは十代からタイタンへと移る。

 

「私のターン、ドロー! 私は《ジェノサイドキングデーモン》を生贄に、《迅雷の魔王-スカル・デーモン》を召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《迅雷の魔王-スカル・デーモン》

効果モンスター

星6/闇属性/悪魔族/攻2500/守1200

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に

500ライフポイントを払う。

このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、

その処理を行う時にサイコロを1回振る。

1・3・6が出た場合、その効果を無効にし破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「《迅雷の魔王-スカル・デーモン》の攻撃! 『怒髪天衝撃』!」

 デーモン東部の角から発せられる雷は、あっという間に《E・HERO フレイム・ウィングマン》に届き、その肉体を焼却・爆散させる。

「ぐううっ!?」

 

 十代 LP;2000 → 1600

 

「ふふふ、さあ闇に落ちろ、遊城十代」

 

 再びタイタンが千年パズルを掲げ、そのウジャド眼から放たれる光のせいか、体の一部分がさらに消失していく。

 

「貴様はそのまま、全身の力を失い、やがて臓器も活動を止め、その命を終えるのだぁ!」

 

 膝を曲げ、屈しようとしていた十代。そのまま、体が崩れて倒れてしまうのでは、と思ったところで、

 

『クリクリーっ』

 

 何か、鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 それが何か確かめようと思って目を開いた、その一瞬だけ、確かに見えたのは、自分と同様に消失しているタイタンの肉体が、何事もなかったように元に戻っている姿だった。

 

 瞬きをしたら、すぐに元のように肉体の一部が消失しているタイタンの姿があったが、同時に先ほどまで全身を襲っていた脱力感が消えている。

 

 ……これって、もしかして!

 

「……隼人! やつの右腕は消えているか!?」

 

「いや、逆だと思うけど」

「え!?」

 

 リング外の隼人と翔に確認を取ると、予想通りのリアクション。

 十代は隼人の答えで結論を出し、立ち上がる。

 

「なにぃ!?」

 

 驚くタイタン。おそらく、自分が立ち上がれないという何か根拠があったのだろうが、そんなものに嵌ってたまるか。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズに《ダーク・カタパルター》にカウンターが1つ乗る! そして、メインフェイズに《ダーク・カタパルター》の効果を発動! このカードの上に置かれているカウンターの数だけ、墓地のカードを取り除いて、フィールド上の魔法・罠を破壊する!  俺が選ぶのは《万魔殿-悪魔の巣窟-》だ!」

 

 宣言と同時、《ダーク・カタパルター》の背中にあるカタパルトから、光の弾丸が放たれ、《万魔殿-悪魔の巣窟-》のオブジェである悪魔の骸骨を砕いた。

 連鎖して崩れていくフィールド魔法に、タイタンは歯噛みして、千年パズルを掲げる。

 

「……くそっ! これを見ろ!」

「そうはいくか! お前には除外したカードを確かめてもらうぜ!」

 

 十代は除外した《E・HERO フェザーマン》をスローイング。手裏剣のように飛来したカードは、タイタンが手に掲げた千年パズルのウジャド眼を貫いた。

 

「しまった!」

 

 タイタンの叫びと共に、十代とタイタンの肉体が元に戻る。

 

「思った通りだな。お前の闇のゲームはインチキだ! お前はマジシャンか何かで、暗示やトリックで闇のゲームを演出していたんだ!」

「な、何を言う。私は本当に闇の……」

「なら、千年アイテムがいくつこの世にあるのか、お前は答えられるか? 千年アイテムの使い手なら、そのぐらい知ってて当たり前だぜ」

「……それは、な、なな」

「!?」

 一瞬、十代の表情がこわばった。それを見て取ったタイタンは、余裕の表情を取り戻す。

 

「ふ、ふふふ、なーなだぁ。そう、私は七つの千年パズルの一つを持つ、闇の決闘者なのだ!」

 

 その言葉に、リング外の翔と隼人が何かに気付いた。

 

「せ、千年アイテムは七つだけど、千年パズルは1つしか存在しないんだな!」

「な、なんだと!?」

「この建物、千年アイテムを研究していた形跡があって、そこではすべての千年アイテムがどんなものか、しっかり記録されているんだな!」

 

 隼人の言葉で、タイタンは自分がドジを踏んだと悟ったようだ。 

 

「隼人の言う通りだ! お前は今、自分がインチキ野郎だと認めたぜ!」

「ぬぅ……このゲームのからくりがバレた以上、もうこのゲームを続ける意味はない!」

 

 タイタンが地面に、手にころがせる程度の球を地面に投げる。

 炸裂し、黒煙が瞬く間に周囲に立ち込める。

 

「やっぱりインチキかよ! 待て!」

 

 黒煙の先で、十代はタイタンが遁走するのを見た。

 逃がしてはならない。ここで逃がしては、後々取り返しがつかない事態になるかもしれない。

 

 ……それどうこう以前に、明日香に謝らせるまで逃す気はないぜ!

 

 追いかける十代は、走っている途中で気が付いた。リングの周囲、円を描くような外壁のすべてに灯のような光が点っていることに。

 そして、自分とタイタンがいるリング全域に、巨大なウジャド眼が現れていることに。

 

 ――真の闇のゲームが、幕を開けた。

 

 一方、その頃。廃寮近くの茂みにて。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 プレイヤーキラーは、ありえない現実に恐れ戦慄いていた。

 目の前にいるのは、ただの小僧だ。デュエルアカデミアでも最弱らしいオシリスレッドの、パッとした特徴もない、たった一人のガキ。それがいま、プレイヤーキラーにありえない現実を突きつけている。

 

「貴様! そのモンスターは何だ! なぜ、そんなモンスターを従えている!? どうやって召喚した!?」

「……」

 

 叫びに、無視することのできない疑問に、理有は答えない。

 その理有が従えているのは、プレイヤーキラーの見たことのないモンスター。背中にジェットを背負い、赤いマフラーを巻いた、機械仕掛けの戦士だ。

 モンスターの出力元となっているのは、理有の決闘盤にセットされている、白いカード。

 得体のしれない力が、目の前にある。

 闇を従え、闇に隠れるプレイヤーキラーにとって、これ以上ない恐怖の具現。

 

 未知のカードを従える理有は、冷静なまま、決着をつける宣告を下す。それは、声での宣言ではない。ただ、闇のプレイヤーキラーに拳を突き出すだけで、速やかに決着はついた。

 

「ぐおおおぉおぉっ!?」

 

 突き出した拳を合図に、機械仕掛けの戦士が繰り出す、たった一撃のナックルで、プレイヤーキラーのライフポイントは根こそぎ刈り取られる。

 加えて、立体映像としてしか存在しないはずのモンスターは、確かな力を持ってプレイヤーキラーに害をなす。

 殴り飛ばされ、肉体が紙切れのように宙に舞い、しかしすぐに質量を取り戻したように地面に落下した。打ち所が悪かったのか、そのまま意識だけを飛ばしたプレイヤーキラーを見届けた理有もまた、ふらりと前のめりに倒れて、意識を失った。

 光でできた決闘盤も輝きと実体を失い、あたりに理有のカードが散らばる。

 

 こうして、観客のない戦いが終わり、未知の顕在化が始まった。

 

「……ん」

 

 雪乃は、真っ暗だった意識を自分に取り戻した。

 ゆっくりと目をあけると、自分は木を背中にして地面に座るように眠っていた。

 

「……私、あのとき」

 

 誰かに、黒づくめの大柄な人間に襲われたのだ。

 口元にあてられたハンカチ、その直後に落ちる意識。

 眠り薬をしみこませていたのだろう、あっさりと眠りに落ちた自分は、しかし無事に目を覚ました。

 体に異常は、ない。少し気だるいぐらいだ。

 そして周囲を見ると、そこには一人の人影が倒れていた。

 

「……理有の、ボウヤ?」

 

 それは、以前自分が圧倒した、気にもしなかった一人の少年。

 自分と一緒に友人を探すため来てくれた、弱弱しくも心強かった誰か。

 周囲を見回しても、誰もいない。

 もしかしたら、彼が必死にかばってくれた、もしくは撃退してくれたのかもしれない。

 雪乃は立ち上がり、理有のそばへ近よって、膝を地面につけるように屈んで、彼の容態を見る。

 うつ伏せだった理有を仰向けにして、全身を見て、傷がないことを確認する。

 それから、口元に手を近づけて、呼吸があることも確認、無事を確信。

 ホッとした雪乃は、それからどうしようか、と考える。いくらなんでも、自分一人で理有を寮まで運ぶことはできない。彼が目を覚ますまでは、ここに留まったほうがいいだろう。

 ならば、と理有は、自分の膝に理有の頭を乗せた。

 

「ふふ……がんばったボウヤに、ご褒美よ」

 

 よくわからない、ちょっとした悪戯心と、感謝を込めて。

 まあ、絶対に目を覚ましているうちに、してあげるつもりはないけれど――と、雪乃は小さく笑う。

 それから、雪乃は何となく周囲を見回し、そこであるカードを見つけた。

 紙でできているはずのカードが、風化していく、その様をわずかに見ることができた。

 

 ……白い、カード?

 

 見たこともない白地のカードだ。

 それを手に取ろうとする雪乃だが、触れるより前に、テキストと絵柄をじっくり見る間もなく、カードは塵となり、風に消えた。

 

「……何かしら、今の」

 

 雪乃の疑問は残り続けるが、今のカードは、幻のように消えてしまった。

 だが、ただの錯覚でもない。あれは一時だけ、確かに現実に存在していた。

 

 幻でありながら、現実である矛盾。

 それを説明できるだけの理屈を、雪乃は持ち合わせていなかった。

 雪乃はしばし考えて、しかし答えにはたどり着けず、風化した現実を思うことに虚しさを感じて、自分がいま感じる足の上の重みを見る。

 

 理有はまだ意識を取り戻さない。この分だともうしばらくはこのままだろう。

 そこで雪乃はなんとなしに、理有の普段前髪で隠れている前髪をかき上げ、

 

「あら……意外と、いい顔立ちしてるわね。その目、隠すのは損よ? ボウヤ」

 

 そのつぶやきと、笑みに合わせて、そよ風が吹く。

 近くの茂みが、ざわついた。

 




長らくお待たせしました。マンボウです。

いろいろ職場がドタバタしていた&ネタが思いつかない&遊戯王の最近のカードを知らない
そんな状況で色々とネタを考え、プロットを考え、仕事は忙しい、転勤だー、といろいろあったので、こんなに遅くなってしまいました。

あ、ちなみに、アニメ本編と同じ構成の決闘は、基本的にダイジェスト式、ないし一部の描写のみにして、基本的にはスキップの方針でいきます。アニメと同じ話、ここで書いてもあまり意味があるとも思えないので。

話は変わって、最近ネタ集めも兼ねてタッグフォースSPやってて、脳筋エンタメイトとジャンドデッキでヒャッハー(物理殴打)してます。マジタノシー
この作品ももっとテンション上げれれば、作風明るくできるんですけど。。。
まだまだ序盤と終盤しかイメージができておらず、プロット練り切れてないのもあって、もうしばらく鈍足更新で、まだ話に面白味が欠けることになりそうです。
皆さまには大変お待たせ&退屈させてしまうことになると思いますが、どうか平にご容赦願います。

では、本日はここまで。また次の話をお待ちください。

     
      2月中旬、出張中の宿屋より


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翔の弱さ

――惑いは加速する。時に、真実すら置き去りにして。


 翌日。

 沈んでいた意識が浮かび上がる感覚と共に、理有は目覚めた。

 天井、そして周囲を視線だけ動かして見回すと、自分の部屋のベッドの上だと気が付いた。

 のっそりと起き上がり、ゆっくりと背伸びをして、はて、と理有は疑問を覚えた。

 

「……なんでボク、自分の部屋にいるのかな」

 

 えーっと、と理有は昨晩のことを思い出す。

 確か、雪乃が近所を通りかかって、それから一緒に廃寮の近くまで行って。

 

「あ」

 

 そうだ。何者かに襲われたんだ。スタンガンを当てられて、気絶する間際、雪乃が誰かに口元にハンカチを当てられているのを見た。

 そこで、記憶は途切れている。

 

「まず」

 い、と発音する前にベッドから飛び起きた。それから大急ぎで外へ出ていこうとして、ふと視線を動かすと、机の上に見慣れない何かがあった。

 

「ん?」

 

 机の前まで行ってみると、それは書置きだ。

 品のいい、丁寧で、丸みを帯びた文字。文末には雪乃の名前がある。

 

『ボウヤへ。

 まずは一言。私は無事よ、安心なさい。

 私達を襲った不審者も、私が目を覚ました時にはどこかに消えてしまったようだから。

 私が目を覚ましてから、寮から出てくる十代のボウヤ達、それに明日香と合流したわ。

 アカデミアの中で、どうもきな臭い動きがあるみたいだから、今度父さんに頼んで、知り合いの探偵に調査してもらおうと思うわ。

 また何かあったら連絡するわね。

 

 追伸――また今度、私と腕を組んだ時の感想を聞かせてね。もっと細かく』

 

「……最後まで男を弄ることを忘れないなあ、藤原さんは」

 

 呆れ笑いにも似た感情だが、悪い心地はしない。こういう性格(キャラクター)というのは、簡単に損なわれるものではないし、雪乃の場合は一貫しているから小気味いい。

 まあ、日ごろからかわれるのは勘弁してほしいが。

 と、そう思ったところで、建物の音からエンジン音が聞こえてきた。そこそこ排気量のある車だろうか、だんだんと音が大きくなる。オシリスレッド寮に近づいてきているようだ。

 理有は玄関へ歩いて、靴を履き、扉を開けて外を見る。

 と、

 

「アカデミア倫理委員会だ! 今すぐこの扉を開けろ! 開けないと扉を爆破する!」

「――――」

 

 激しく常識を疑う言葉が聞こえてきたので、理有は閉口する。

 黒い軍服とベレー帽を着込んだ人間が数人、十代達の部屋の前で大声を張り上げる。あんな格好をした人間がアカデミアにいることに疑問を覚える。

 と、その中の一人、大柄な男がこちらに気付き、近づいてくる。

 

「円影理有、だな」

「え? あ、あの、いったいどういったご用件でしょうか……」

 

 理有の質問に、男は表情を変えないまま、言う。

 

「進入禁止区域である廃寮に忍び込んだ嫌疑がかけられている。査問会議まで、ご同行を」

 

「退学ぅ!?」

 

 アカデミアのホール、そこに集められた十代と翔、理有の三人は、ホール上側内壁の巨大ディスプレイに映し出された校長、クロノスをはじめとした面々から、下した決定を伝えられて驚愕した。

 

『本日未明、遊城十代、ならびに以下二名は、特別寮に不法侵入し、内部を荒らした。調べはついているぞ』

 

 三人を連行してきた中でのリーダー格の女が、厳しい視線でモニター越しに三人を見る。

 

「……あ、あのー」

『何か?』

「廃寮の近くに行ったのは事実ですが、ボク、廃寮の中にまでは入り込んでいませんよ?」

 

 実際、理有には身に覚えがない。確かに雪乃と一緒に廃寮の近くへ行ったのは事実であり、そこまでは咎められるのも仕方ない。

 だが、廃寮の中に入り込んでなと、断じていない。正確には、理有ではなく隼人なのだ。

 

『恍けるな』

 

 一刀両断。

 理有の言葉を嘘と断じた女は、さらに続ける。

 

『円影理有。貴様が寮の中に入ったのを目撃したという証言がある』

「……な、なんですって?」

 

 理解不能なことを言われ、パニックになる理有に、女はさらに言葉を続ける。それこそ、糾弾するような口調で、

 

『聞こえなかったのか。貴様が廃寮の中に足を踏み入れたのを、見たという人物がいるのだ』

「そ、そんな馬鹿なことが! だって……」

『言い訳無用!』

 

 否定を許さぬ女の断定に、しかし、理有は一切覚えがない。

 だが、下手なことは言えない。うかつなことを言えば、現在疑いがかかっていない明日香と雪乃まで巻き添えを喰らってしまう。

 何を言い返そうか、それを少ない思考時間で必死にひねり出そうとすると、

 

「待ってくれ! 確かに俺と翔は廃寮に入ったけど、荒らすようなことは俺達してないぜ! それに、理有は確かに俺達と一緒に来ていない!」

 

 横で十代も反論をしてくれる。それはありがたいのだが、ここで鮫島校長から、予想外な言葉が出てきた。

 

『それがですね。十代君たちと理有君は、別々に目撃されたです。別行動で廃寮の中に入った、というのが倫理委員会の見解です』

「そ、そんな……!」

『証言もある以上、言い逃れは許されない! 三人とも即刻退学。これが、アカデミア倫理委員会が出した結論だ!』

 

 いくらなんでも横暴ではないか、と理有は反論しようとするが、言葉が出てこない。ただでさえ、年上の人間の視線に囲まれて思考が止まり気味だというのに。

 それを見て取ったのか、十代がなんとかしようと声を上げる。

 

「頼む! なんでもするから、俺達にチャンスをくれ! ああいや、ください!」

『ならば、「制裁デュエル」ナノーネ! 方式はシングルデュエル1回と、タッグデュエル1回。各デュエルの決闘者はこちらが用意するノーネ! 勝てば処罰は減免、負ければ退学は確定! これが、こちら側が提示できる譲歩ナノーネ』

「チャンスはデュエルでつかめ、ってか……それしかないみたいだし、やってやろうじゃねえか! なあ、翔! 理有!」

「う、うん……」

 

 翔は十代の勢いに押されて頷いたが、どうやら完全に納得してはいないようだ。

 他方、理有は十代が作ってくれた合間に考える。

 こうなってしまうと、自分が廃寮に入っていない証拠を挙げないといけないが、おそらくそれは難しい。廃寮の近くに行った時点で校則違反なのもあるが、廃寮に入っていない証拠として、具体的なものが何か、と問われると、どうしても思い浮かばない。

 証言がある以上、相手の主張が通る公算が大きい。

 

「……仕方ないね。その提案、受けるしかないよ」

 

 ひとまず、いい方策が思い浮かぶまで時間を稼ぐしかない。だから、理有は制裁デュエルを受けると同時に、受けないで済む方法も考えることにした。

 

『では、日時などは追って伝えるノーネ! 組み合わせは任せるカーラ、連絡が行った時点でタッグデュエルとシングルデュエルのメンバー構成を教えるノーネ!」

 

 やけに乗り気なクロノス教諭の声が、耳障りだった。

 

 校舎の外へ出た三人の中で、先頭を歩いていた理有は、力ない苦笑でつぶやく。

 

「厄介なことになっちゃったなー……」

 はぁ、とため息。

 

「まあいいんじゃねえか? 勝てばいいんだろ?」

「そういうことをあっさり言えるのは、アニキぐらいなもんっスよ」

「だよねー……」

 

 翔と理有は、お気楽な十代の思考にため息。十代自身は勝率はそんなに悪くないが、理有は勝率が悪い部類だ。同じ反応の翔も、同様。

 

「それにしても不思議だよなー。寮の中に足を踏み入れたってなら、隼人も制裁デュエルの対象になるはずだろ?」

「それに、あのタイタンって決闘者に連れ去られてた明日香さんも、お咎めなしっすね。まあ、こっちは不可抗力だからいいっすけど」

「へ?」

 

 十代と翔、二人の会話は寝耳に水だ。

 

「ちょっと待って。それ、どういうこと?」

 

 それから理有は、二人から事件のあらましを事細かに聞きだした。

 なんでも、明日香がタイタンに浚われて廃寮の中で人質になり、彼女を助けるために闇のゲームなるものをやっていたらしい。もっともそれはインチキで、十代が無事に勝って撃退したが、一歩間違えればそのまま十代が催眠術で前後不覚になり、明日香の身柄もどうなっていたか分からない。

 

「……おいおーい、アカデミアも倫理委員会も、なにやってんの」

 

 色々とツッコミたいことが山ほど出てきたので、理有は呆れと頭痛を覚えた。コレ、アカデミアとその上位組織の管理能力が疑われる事案ではなかろうか。

 

「けど、証拠がねーからなー。俺ら二人が廃寮にはいったのは事実だし」

「不審者については、明日香さんや藤原さんが証言してくれるかどうかだねー……後でそのあたりは、明日香さんや藤原さんと相談しようか。二人には被害が出ないようにする方針で」

 

 処分撤回できるかは怪しいが、少なくとも痛み分けには、再度の交渉次第で持っていけるかもしれない。

 それに二人も同意して、それから十代が何かを思いいたったらしく、あ、と声を上げる。

 

「そういや二人とも、タッグの組み合わせはどうするんだ? 今回はタッグデュエル1回にシングルデュエル1回だろ?」

「あー、その話なんだけど、十代君。シングルはボクがやるよ。っていうか、ボクがやるしかないんだ」

「へ? なんでだ?」

「理由は簡単だよ。僕は20ターン耐えるデッキ。二人はビートダウンで相手のライフポイントを0にするデッキ。おまけに僕のデッキはロックして時間を稼ぐタイプだから、十代君と翔君の動きまで抑制しちゃう。そうなると、ボクと組んだ相方は、まったく戦えなくなるんだ」

 

 それを言われて、十代は、あー……と何やら納得した様子で、

 

「そっか。それだったら、最初っから俺と翔で組んだほうが勝ち目あるよなー」

「え? どういうこと?」

「翔君。ボクのデッキって、《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》とか《平和の使者》とか、ひたすらにロックをかけるカードばっかりでしょ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》

永続罠

フィールド上のレベル4以上のモンスターは攻撃できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《平和の使者》

永続魔法

フィールド上に表側表示で存在する攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。

または、100ライフポイント払わずにこのカードを破壊する

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そして十代君と翔君のデッキのモンスターは?」

「……あ! ほとんどレベル4以上だ」

「きっと攻撃力も1500を超えるモンスターが主力だね。二人の勝利条件は相手のライフポイントを0にすることだけど、ボクと組むと、二人のデッキの大半のカードが使い物にならなくなっちゃう。タッグデュエルは二人分の手札をフルに使ってた買うから、片方のプレイヤーのカードがほとんど使いものにならない致命的。だから、最初から攻撃型デッキの二人が組んだほうが相性はいいんだよ」 

「そうっスね……」

 

「オッケー、わかったぜ。じゃあ俺と翔でタッグだ! よろしくな、翔!」

「う、うん、わかったよアニキ」

 

 話はまとまったようで、十代と翔はさっそく、互いのデッキを把握するための決闘をするらしく、オシリスレッド寮近くの海岸へと向かう。。

 その後ろをついていくように歩きながら、理有は思考の海に潜り込む。

 

 倫理委員会に車に乗せられ、連行された時から、気になることがあった。

 

 ――なぜ倫理委員会は、十代、翔、理有の三人を制裁デュエルの対象にして、明日香、雪乃、隼人の三人を対象にしなかったのか。

 

 寮に入ったという事実だけなら、明日香も連れ去られているとはいえ、寮の中に入ったことになる。

 逆に自分に関しては、寮の中には足を踏み入れていない。夜間に出歩いたという事実はほめられたことではないが、それでも退学レベルの話になることはしていない。そして、自分が懲罰の対象になるのあら、同じ場所にいた雪乃にお咎めがないのはどういうことだ。

 

 二人はオベリスクブルーだが、それでも制裁を逃れられる条件が寮の格付けだけとは思えない。

 

 鮫島校長や倫理委員会の口ぶりでは、明日香と雪乃が廃寮の中、ないし近辺にいたことは一切知らないようだ。まあ、下手に被害者を増やすわけにもいかなかったので言わなかったが。

 また、倫理委員会は明日香が連れ去られた事案、そして自分と雪乃が襲われた事実を把握していないし、誰が廃寮に入ったかも明確に把握していない。

 ならば、導き出される結論は、一つ。

 

 

 ……何者かが、十代と翔、そして自分を密告したということになる。明らかな悪意をもって。

 

 

 いったい誰が、何の目的で。

 理有は、この一連の騒動の影に、不穏な気配を感じた。

 

 海辺、岩肌の海岸で、十代と翔はタッグデュエルのための訓練として、互いの戦略を知るための決闘を始めた。

 理有は、近くの高台――二人の近く、10メートルほど崖の上に座りながら、二人の様子を眺めていた。これは理有が志願したことで、二人の戦いでミスや妙な癖があったら指摘できるようにするための観戦だ。

 二人の戦いを見ていると、さっそく翔が調子に乗った挙句、凡ミスをやらかしていた。

 

「……翔君、ボクとは別の意味で、本番ダメだねー」

 

 翔は、自分に有利なことがあると、すぐに調子に乗る。だから、自分にちょっと有利な場面になったら、すぐに勝った気になってうぬぼれたところで足をすくわれる。理有も何回か翔と決闘したが、たびたびその傾向がみられ、そのたびに理有のロックを切り抜けられずに敗北していた。

 この調子だと、十代君の圧勝だろうなー、と考えたところで、

 

「ん?」

 

 足音が聞こえてきたので振り返ると、隼人と明日香、そして雪乃がこちらへと歩いてきていた。

 真っ先に明日香が声をかける。

 

「元気そうね、理有君。制裁タッグデュエルになって、落ち込んでるかと思ったけど」

「まあ、なるようにしかならないかなー、と。……もしかして、ボクたちの様子を見に来たんですか?」

「ええ。その様子だと、理有君はまだ大丈夫なようね」

 

 明日香は理有の隣に立ち、彼が先ほどまで見ていたのと同様、眼下で行われているデュエルを眺める。

 隼人と雪乃も近くにやってきた。

 

「……ごめんなさいね」

「?」

 

 明日香の言葉の意味が一瞬わからず首をかしげる。

 

「校長に、今回の件を直訴しに行ったのよ。私も廃寮の中に入ったのなら、制裁デュエルを受けるべきだ、ってね」

「でも、明日香さんの場合は、誰かにさらわれて廃寮の中に身柄を移されたんでしょ? そこに明日香さんの意思なんてないんですから、明日香さんが制裁デュエルを受ける必要は、元々ないと思いますよ?」

 

 理有は、本心からそう思っている。実際問題、明日香は廃寮の近くに行っただけ。夜間というのは褒められたことではないけど、行方不明の兄を思っての行動だというなら、制裁を受けるほどの問題でもない。というか、アカデミア側もそのあたりは配慮してしかるべきだ。 

 

「そういう意味では、藤原さんも同じ。廃寮の中に入っていない上に、昨日の件の被害者だしね」

 

 理有は、雪乃に話を振る。

 

「ええ……でも、私が襲われたことを話して、校長が上に報告しても、『不審者が侵入した事実はない』の一点張りだったのよ」

「……腐ってるなー」

 

 腐敗している。自分たちの権力にたてつくものは一切受け付けないらしい。

 

「やっぱり、やるしかないのかな、制裁デュエルは」

「今のところ、状況をひっくりかえせる手段がないわ。証拠もないから、どこかに訴えることも難しい」

「そっか……なら、ボクも帰ったらデッキ調整をしっかりやっておかないと」

「手抜かりはないようにね?……そういえば、ボウヤは徹底的に女を束縛する戦術が得意だったわね」

「その”女を”の一言が余計過ぎるよ藤原さん。まあ、ガチガチのロックを仕掛けて相手の意欲を奪うデッキでは、あるけどね」

 

 毎度のごとく、男という男をからかってくる雪乃。

 理有は、呆れ笑いしか返せない。ほら見ろ、隼人君も困った笑みじゃないか。

 

「でも、理有も今回は大変なんだなー。だって、負けたら退学って、とってもプレッシャーがかかるんだな」

「そうだねー。退学するつもりはないけど、しちゃったら行く当てがないからね」

「え?」

 

 明日香と隼人が、気軽な理有の言葉に引っ掛かりを覚えたらしい。

 遅れて理有は、あ、しまった、と後悔した。そんなことを言ったら二人の興味というか、関心を惹いてしまうじゃないか。

 

「理有君、行くところがないってどういうことかしら?」

 

 案の定、明日香が訊いてくるので、理有は答えるしかない。誤魔化すにしても、すぐにネタが思いつかない。数秒考えてから、理有は仕方なしに、本当のことを話す殊にした。

 

「小学生になった直後くらいかな。詳細は覚えてないけど、一家で事件に巻き込まれて、両親どっちも鬼籍に入ってるんだ。財産の類も、ほとんど性質の悪い親戚に持っていかれて、施設に入れられたんだよ。当時、ボクに意思も選択肢もなかったからね。残ったのは、ほんの少しのはした金と、父さんと母さんが遺したカードぐらいなんだ」

 

「……思っていたより、重い過去ね」

「まあね。その事件で何らかのトラウマを背負ったらしくて、デュエルモンスターズで、モンスターに攻撃させることができないんだ。だから、攻撃しなくても済む、ロックデッキを使ってるの」

「大変なんだな、理有……」

 

 背中を向ける格好だから見えていないが、それでもわかる。明日香と隼人はしんみりした雰囲気になってしまったようだ。雪乃も、さすがに同じ雰囲気に呑まれているらしい。

 

 ……うん、やっぱり過去をひけらかすと、こうなっちゃうよね。

 

 失敗したなー、と理有は反省する。

 

「まあ、気にしないで。制裁デュエルを勝ちさえすれば、なんとかなるんだから。……そういえば藤原さん。あの夜、気絶したボクをどうやってレッド寮のベッドまで運んだの?」

「たまたま近くを通りかかった十代のボウヤたちを見つけてね。隼人君に頼んで運んでもらったのよ」

「……なるほど。ま、そりゃそうか。藤原さんの細腕で男を運ぶのは無理だしね」

「あら、女は力がないって言いたいの? これでも護身術ぐらいは習ってるわよ?」

「あー、だから男に対しても余裕あるのか。それでも人一人を運ぶのは重労働だから、きっと違うと思ってたけど。ま、なんかいろいろ納得」

 得心が行った理有は、さーて、地上ではどうなってるかなー、と崖下を見下ろす。

 

 

 理有はあっさり過去について語ったが、彼の言葉は、雪乃にとって苦悶の一言だった。

 

 十代と翔に関しては、確かに廃寮に忍び込んだのは事実だから、制裁デュエルを受けるのは当然だ。

 だが、理有に関しては、完全にとばっちりだ。しかも、そのきっかけは自分が作った。

 もしも理有が決闘に負ければ、自分が廃寮の近くへ連れて行ったせいで、彼一人に責任を負わせ、退学という苦境に追いやることになるのだ。

 雪乃としては、それだけはなんとしても避けたい。

 

 ……なら、なんとかしてボウヤが廃寮の中に入っていない証拠を手に入れないといけないわね。

 

 加えて、理有の将来が今回の一件で閉ざされるようなことにならないよう、手を回す必要がある。

 もし理有の身に何かあった時は、自分の責任だ。

 だが、今の自分には、その責任を負えるだけの土台がない。

 親に迷惑をかけることになるが、この際仕方ない。いざという時は、法律の力でも、親の力でも何でも使って、理有を助けなければ。

 

 そう思ったところで、雪乃は思う。

 

 ……まさかこの私が、こんなボウヤのために世話を焼くことになるなんて、ね。

 

◆ 

 一方、崖下では、翔が《強欲な壺》でドローしたカードを見て、固まっていた。

 

 ……これは、《パワー・ボンド》!?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《パワー・ボンド》

通常魔法

自分の手札・フィールド上から、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップする。

このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、

自分はこのカードの効果でアップした数値分のダメージを受ける。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 今、自分の手札には、融合素材になる機械族モンスターカードが2枚揃っている。これなら、パワーボンドを出せば、高い攻撃力のモンスターを特殊召喚できる。そうなれば、形勢は一発でこちらに傾く。

 しかし、そうもいかない。なぜならこのカードは、自分が尊敬する兄から使用が禁止され、封印しているカードだ。

 

 目の焦点が定まらず、手の指に痺れが走り始めた。と、

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

 十代の声で、反らしていた意識を十代との決闘に戻した。

 その際、翔は大きな呼吸と、自分の型の揺れ具合で、過去急になっていたことに気づいた。

 こんな状態では《パワー・ボンド》は使えない。

 使っただけで精神に失調をきたすし、使った時のライフダメージリスクが高すぎる。ならば、

 

「手札から魔法カード《融合》を発動! 手札の《ジャイロイド》と《スチームロイド》を融合! 《スチームジャイロイド》を攻撃表示で融合召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《スチームロイド》

効果モンスター

星4/地属性/機械族/攻1800/守1800

このカードは相手モンスターに攻撃する場合、

ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。

このカードは相手モンスターに攻撃された場合、

ダメージステップの間攻撃力が500ポイントダウンする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ジャイロイド》

効果モンスター

星3/風属性/機械族/攻1000/守1000

このカードは1ターンに1度だけ、戦闘によっては破壊されない。

(ダメージ計算は適用する)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《融合》

通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《スチームジャイロイド》

融合モンスター

星6/地属性/機械族/攻2200/守1600

「ジャイロイド」+「スチームロイド」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「バトルだ! 《スチームジャイロイド》で《E・HERO フェザーマン》を攻撃!」

 《スチームジャイロイド》の竜巻突進攻撃が、フェザーマンに直撃し、撃破される。

「ぐうっ!」

 

十代

   LP:4000-(2200-1000)=2800

 

「どうだアニキ! まいったか!」

 少し威張るように言う翔だが、その内心は喜んでいた。アニキ――十代に一矢報いることができた。《パワー・ボンド》なしでも戦うことはできる、と。

 

 と、ダメージを食らった十代の方が、上下に揺れている。いや、これは。

 

 ……笑ってるの、アニキ?

 

「……ふふふ、あはははは! そうだよ、やっぱ決闘はこうでなくちゃ!」

 

 ますます十代のやる気回路にエネルギーが充填されたらしい。

 こうなると、もはや十代を止められるものはいない。

 

「え、えっと、僕はこれで、ターン終了」

「なら行くぜ! 俺のターン、ドロー!……よし! こっちも魔法カード《融合》を発動! 手札の《E・HERO クレイマン》と場の《E・HERO スパークマン》を融合して、《E・HERO サンダー・ジャイアント》を融合召喚だ! 頼むぜ、俺のヒーロー達!」

 

 出現した雷をつかさどる巨人のヒーローに、翔は見覚えがあった。

 

 ……これ、明日香さんとの決闘で使った、アニキの切り札!

 

 

 理有は、十代が融合召喚したモンスターを見て、確信する。

 

「これは終わりだねー」

「ええ、終わったわね」

 

 明日香も、この状況を見て翔の負けを悟った。雪乃も反論はないらしく、無言で頷く。

 

「どうしてなんだな? まだ翔のモンスターを攻撃されても、ライフポイントは残るんじゃ……」

 

 そういえば、と理有は思い出した。以前、十代が《E・HERO サンダー・ジャイアント》を融合召喚したとき、隼人はその場にいなかったな、と。

 明日香もそれを思い出したらしく、隼人に《E・HERO サンダー・ジャイアント》の効果を説明する。

 

「《E・HERO サンダー・ジャイアント》は、元々の攻撃力が自分より低いモンスターを破壊できるのよ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO サンダー・ジャイアント》

融合・効果モンスター

星6/光属性/戦士族/攻2400/守1500

「E・HERO スパークマン」+「E・HERO クレイマン」

このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。

自分の手札を1枚捨てる事で、フィールド上に表側表示で存在する。

元々の攻撃力がこのカードの攻撃力よりも低いモンスター1体を選択して破壊する。

この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「え。それじゃあ……」

「そうだよ。翔君の《スチームジャイロイド》の攻撃力は《E・HERO サンダー・ジャイアント》よりも下。破壊されてダイレクトアタックを受ければライフは危険域。もう1体モンスターを召還されれば、その時点で翔君のライフポイントは0になる」

 

 事実、十代は手札を捨てて《E・HERO サンダー・ジャイアント》の効果を発動。《スチームジャイロイド》を雷の雨で破壊した後、《E・HERO バーストレディ》レディダイレクトアタックを決めた。

 

「あ、あれ?」

 

 翔君が、何かを叫びながら、十代から自分のカードをひったくるようにして取り、そのままどこかへと走り去ってしまった。

 後に沈黙が残るこの状況。十代もどうしていいかわからず固まっている。

 皆が言葉を発しない中、代表して理有がつぶやく。

 

「……え、えーっと、どうしよ、この状況」

 




お久しぶりです。

ここ最近、仕事に余裕が出てきたので、ちょくちょく書き連ねています。

もう細かい設定まで決めている余裕はないので、ノリで適当に書いていくことにしましたが。

暇が見つかり次第、投稿していくので、気長に待っていていただければ幸いです。

一応、カイザーが出てくる次の決闘までは、おおよそ書き上げているので、推敲後に折を見て投稿します。

では、次回まで、しばしお待ちください。


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帝王の強さ

強者は己を卑下するべからず。
最強は誰すらも卑下をせず。


 翔がどこかに行方をくらませてから、十代は岸壁から海を眺めていた。

 そこに、明日香、雪乃、理有が歩み寄る。

 三人の姿を認めた十代は、再び視線を海に戻す。

 

「なあ、みんな。どうして翔って、あんなに辛そうに決闘をするんだろうな?」

 

 確かに、途中から翔の様子はおかしかった。何かから逃避するような、そんな雰囲気と、デュエルと、行動だった。

 

「俺さ、ずっとデュエルって楽しいものだと思ってたけどさ、翔は全然楽しそうじゃなかったんだ。戦い終わってから振り返ってみて、気づいたことだけどさ」

 一呼吸入れて、

「それに変なんだ。翔、《パワー・ボンド》なんてキラーカードを持ってたのに、全然使わなかったんだ。あれがあれば、自分に有利な場を作ることができたかもしれないのに、お兄さんに封印されているから、って」

 

「っ……!」

「――明日香? もしかして貴女、翔のボウヤが《パワー・ボンド》を使わなかった理由、心当たりがあるの?」

 

 雪乃が、明日香の呑む息から推測して、問いかける。

 明日香は逡巡するように視線を空に動かして、それから言葉を作り始める。

 

「……私も詳しい事情は知らないわ。でも、心当たりはある。このアカデミアには、翔君の実の兄さんがいるのよ。それもオベリスクブルー三年、最強の決闘者が」

「最強?」

 

 理有の問いに、明日香は頷いて、続ける。

 

「アカデミア内の生徒間での決闘成績は、無敗。文字通りの最強よ。名前は丸藤亮。別名、アカデミアの帝王――『カイザー』」

「ま、また仰々しい通り名だね」

 まさに絶対君主のような強大さをイメージさせる通り名だが、実際にカイザーの実力は、半端なく強い。

「……確かに、カイザーのボウヤは、このアカデミア最強よ。私も、彼と何度も戦ったけど、一度も勝てなかったわ」

「あの藤原さんが!?」

「ええ」

 

 うわー、と理有は血の気が引いた。あのデミスドーザー相手に全勝とか、どれだけ強いんだそのカイザーって男は。

 

「……よーし、そのカイザーと決闘だ!」

「え!?」

 

 十代の意気揚々とした発言に皆が驚く。今の話を聞いて戦いたいとか、どういう思考回路してるんだ。

 

「だって、そいつデュエル強いんだろ? そんな強い奴と、オレ戦ってみたいし、俺の戦いで翔に何か伝えられれば、きっとアイツだって」

 

 確かに、勝つことができれば、翔にも勇気をあたえることができるだろう。だが負ければ、結局強い人間には勝てないんだ、と諦めてしまうかもしれない。

 そして、雪乃に全勝しているカイザーに、いくら十代でも勝てるかどうか。負ける公算のほうが大きい。

 分が悪い賭けだ、とは思う。だが、十代なら何かしてくれるかもしれない、という期待が、理有の中にもあった。

 

「よーし、さっそくカイザーに対戦申込みだーっ!」

 

 ダッシュで十代はどこかへと走り去ってしまう。

 そんな姿を見送りながら、雪乃と明日香は、十代のことを、こう評した。

 

「十代のボウヤ、本当に面白い子ね」

「ええ。デュエルバカではあるけど、アイツと一緒にいると、毎日が楽しくなりそうね」

 

 

 

 その後、オシリスレッド寮に歩いて戻った理有は、デッキ構築にいそしんでいた。

 

「うーん。やっぱりボクのデッキは全体破壊に弱いから、そこをどうにかして守らないと」

 

 やはり《終焉の王デミス》のようなカードを使われて、ロックカードを破壊されると対処しきれない。

 

「こうなったら、罠破壊を回避するカードを入れようか。でも、何がいいかなー」

 

 理有は手持ちのカード入れから、適当なカードを探していく。

 と、そこでちょうどいいカードを見つけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《偽物のわな》

通常罠

自分フィールド上に存在する罠カードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果を

相手が発動した時に発動する事ができる。

このカードを代わりに破壊し、他の自分の罠カードは破壊されない。

セットされたカードが破壊される場合、そのカードを全てめくって確認する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《宮廷のしきたり》

永続罠

このカードがフィールド上に存在する限り、

お互いのプレイヤーは「宮廷のしきたり」以外の

フィールド上に表側表示で存在する永続罠カードを破壊できない。

「宮廷のしきたり」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 これなら、罠破壊に対抗できる。

 よし、と理有はデッキから何枚のカードを対策カードと入れ替えるかを考え始めようとした、矢先。

 

「あー、ちくしょー! クロノス先生めー!」

 

 表から、十代の大声が聞こえてきた。

 十代と言えば、カイザーと決闘する、と息巻いていたはずなのだが、あの声の様子だと失敗したようだ。

 理有は、一度デッキ構築を中断して、表に出た。玄関外、非常階段のような鉄づくりの2F廊下に出て、そこから声をかける。

 

「おーい」

 

 十代がこちらに気付いたらしい、階段を上がってこちらまで来た。

 

「その様子だと失敗したようだけど、どうしたの?」

「クロノス先生、俺がカイザーとのデュエル申請を出そうとしたら、許可しないって許可書を破り捨てやがってさ」

「なにそれひどい」

 

 いくらなんでもあんまりではなかろうか。

 どうにもクロノスは、入学式の時からずっと、十代を徹底的に敵視しているらしい。月一試験のときは巻き添えとしてオベリスクブルーのキザ野郎(バーン使い)と当たってズタボロだったし、自分の策略のために周りを巻き込まないでほしいものだ。

 授業の時はしっかりしているのに、どうも十代が絡むとダメ人間だなー、と理有は頭の隅で思っていると、

 

「……こうなったら、かたっぱしからカイザーを探してやる!」

「え!? ちょ、ちょっと十代君! かたっぱしって言ったって、この島結構広いよー!」

 

 大丈夫だー、と根拠もないのにダッシュする十代を見て、理有はどうしよう、と考える。

 オシリスレッドの人間に、オベリスクブルーがカイザーの居場所を話すだろうか。微妙なところだ。

 十代が対戦届を提出できれば終わると思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。想定していた状況が変わったから、カイザーと決闘できる状況はこっちから作る必要がある。

 そこまで考えて、理有は思い出した。そういえばいるではないか、自分とコネがあるオベリスクブルーの人間が。

 すぐに理有は懐に入れていたPDAを取りだして、名簿を探す。それは昨日、翔が姿を消した後、念の為と交換した、明日香と雪乃の連絡先だ。

 その中で、まず明日香にコールをかける。

 

「……あ。もしもし、明日香さん。ちょっと、制裁デュエルに関連して、お願いがあるんですけど。……はい、翔君の件です」

 

 そこで、理有はカイザーに会って直接話をしたい、と要件を伝える。 

 

「……え? 明日香さんもそれ、考えてた? じゃあ、ちょっとカイザーと会話する機会を作ってもらえませんか? 日時は早いほうがいいんで。……はい。はい。じゃあ、お願いします」 

 

 通話しながら頭を下げるという日本人的な習慣に、理有は電話が終わってから気づいて、癖が抜けないなー、と笑う。

 

「ま、蛇の道――じゃないけど、こういう時は、コネがありそうな人間に頼むのがベストだね」

 

 

 

 待ち合わせは、アカデミアの校舎前。

 理有は昇降口の柱にもたれて天井を見上げながら、今度のデッキ構成を考え続けていた。

 

「あとはどうやって、相手の妨害を止めるかだねー……」

 

 ちょっと十代君たちに頼んで、カウンター罠を譲ってもらおうかなー、などと考えていたところで、

 

「すまない。待たせた」

 

 右手から声がして顔を上げると、そこには自分より頭二つほど背の高い、オベリスクブルーの制服を着た男が立っていた。

 彼の言葉遣い、風格からして、理有は自分が待ち望んでいた人物だと理解する。

 さすがに、この風格を眼前にしては、緊張の糸が一気に張り詰める。

 

「い、いいえ、それほど待っていません。――はじめまして。円影理有です」

「丸藤亮だ。ここでは、カイザーなんて大仰な二つ名でよばれているが、亮でいい」

「じゃあ、えっと、亮先輩、で。……歩きながら、話しましょうか」

「ああ」

 

 二人は、校舎を出て歩き出す。

 オシリスレッドへと向かう道すがら、理有は話を切り出す。

 

「亮先輩は、翔君のお兄さんなんですね?」

「……翔を知っているのか?」

「はい。同じ寮生で友達ですから……たまに変な方向へ発想が飛ぶから、呆れを通り越して愉快なんですけど」

「そうか。翔が苦労をかける」

「いえ。騒動もありますけど、楽しい毎日です。……ところで、亮先輩は、ボクや遊城十代君と一緒に、翔君が制裁デュエルを受けるのを知ってますか?」

「ああ、知っている。鮫島校長から聞いた」

「え? 鮫島校長から?」

「俺はサイバー流道場の免許皆伝。そして鮫島校長はサイバー流の師範だ」

「な、なるほど」

 

 思わぬ人間関係だった。

 納得した理有は、おっと、と話がずれていることに気付いて、話を戻すことにした。

 

「それに関連して、先輩にお聞きしたいことがあります」

 

 そして、理有は、十代と翔の決闘について、どのような流れで決着に至ったかを話し、さらに《パワー・ボンド》というカードについても言及した。

 

「結果的に翔君は、《パワー・ボンド》を使っても、使わなくても、最終的には《E・HERO サンダー・ジャイアント》の効果で《スチームジャイロイド》を破壊され、負けていました。でも、もし十代君が逆転手を引いていなければ、そのまま押し切れていたかもしれない。まあ、これは『たら、れば』なのて、今更言っても詮無きことなんですけど」

 

 でも翔君が全力を尽くせていない状況が問題でして、と理有はため息を吐き、

 

「お兄さんに封印されている――その理由を、貴方の口からきいてみたかったんです。それが、事態の解決の糸口になるんじゃないか、って」

 

 粗方の話を聞き終わった亮を見ると、眉尻が下がっている。

 

「そうか……翔の悪い癖は、まだ治ってはいなかったのだな」

 

 どこか、残念を感じさせる言葉の色に、理有はその意図を探る。

 

「それって、自分と相手のフィールドをしっかり見てないこととか、そういう部分ですか?」

「それもあるが、翔の性格的な部分もある。そもそも、翔は自分を美化し、調子に乗りやすく、対戦相手を侮りやすい傾向がある。昔、俺が《パワー・ボンド》を封印するに至った理由も、そこにある」

「?」

 

 それから亮は、自信と翔が今よりずっと幼いころの出来事を語りだした。

 近所の子供と翔が決闘した時、翔はさんざん相手を小馬鹿にした上で、《パワー・ボンド》を使って融合モンスターを出そうとした。

 

 だが、それがそもそもの判断の誤りだ。パワーボンドは、以下のような効果を持つ魔法カードだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《パワー・ボンド》

通常魔法

自分の手札・フィールド上から、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップする。

このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、

自分はこのカードの効果でアップした数値分のダメージを受ける。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そして、相手の場には《魔法の筒》が伏せられていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《魔法の筒(マジック・シリンダー)

通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、

攻撃モンスター1体を対象として発動できる。

その攻撃モンスターの攻撃を無効にし、

そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 つまり、翔が強力な融合モンスターを召喚しても、《魔法の筒》でダメージを跳ね返された挙句、《パワー・ボンド》のダメージを喰らって敗北していた。

 それを亮が寸前で止め、相手にレアカードを渡すことで穏便に済ませた。

 その上で、亮は翔が《パワー・ボンド》を使いこなせないと判断し、使うに値すると亮が判断するまで封印したのだ。

 

「……翔くん、そりゃだめだ」

 

 この場合、亮の言い分のほうが正しい。

 確かに、《パワー・ボンド》は使いどころが難しいカードだ。状況判断を見誤り、攻撃をしのがれてしまえば、かなりのライフポイントを失ってしまう。初期ライフが4000の環境で半分を失うのは痛すぎる。

 

「分かってもらえたか。そういう意味で、翔はあのカードを使いこなせない。相手を、盤面を、ありとあらゆる状況判断を一歩でも誤れば、自分が破滅してしまう。相手をリスペクトし、相手が自分にとって脅威になりうる、対等以上の存在だと認識しなければ、あのカードを扱うことはできない。俺は、そうやって翔が大きな間違いをしてしまうことを恐れた」

 

 亮は、空を見上げて、何か寂しさや、憂いが感じられる声で、結論を述べる。

 

「相手を人間として見ていなかった翔は、――相手を一切リスペクトしていなかった翔は、あまりに未熟過ぎた。そういう理由で、翔の《パワー・ボンド》を封印した」

 

「――翔君に、今の考えを伝えました?」

 

「……いや、伝えていない。翔なら、いずれ分かってくれると思っていたが」

 

 やはり、弟への信頼は残っているようだ。だが、それはまずいな、と理有は思う。

 

「言葉ではっきり伝えたほうが、いいと思いますよ? 人間、相手の考えとかを読めるわけでもないですから」

「……それはそうだが、できれば自分で気づいてもらいたい」

「とか言ってると、一生相手に伝わらないこともあります。だって、言葉にしても伝わらないこと、多いですから」

「ほう。たとえば?」

 

「料理当番していた僕が、別の子に『ボウルもってきて』ってお願いしたら、何を考えたかバレーボールを何個も持ってきた挙句、熱々の油をはった中華鍋の中にぶち込んじゃって、破裂した上に油がとびって、おまけに中華鍋が使いものにならなくなって、もう散々でしたよ。――なぜか監督役のシスターがスーパーボールを大量に持ってきた時には、容赦なく余ったバレーボールでスパイク顔面にかましましたけど」

 

「……君、かなり凄いところからやってきたんだな」

「まあ、周囲のノリがおかしかったですから。とにかく、言葉を使ってその有様なんです。何も言わなかったら、一生相手は理解してくれませんよ? 言えば相手の受け取り方はある程度限られますけど、言わなければ、相手の想像するまま。受け取り方は千差万別です」

「……後輩に人間関係を説かれるとは思わなかった。だが、君の言い分は正しいと感じる。ならば、これから俺はどうするか、だ」

 

 それを真剣に考え始めた亮を見て、良くも悪くも真面目な人だな、と理有は彼の人間像を確定させる。

 無言になった亮は、今、頭の中で真剣に、翔への言葉を考えているだろう。

 だが、それが翔へ伝わるかどうかは怪しい。翔と亮の過去を聞く限り、また今の会話から察するに、この人はあまり言葉を選ぶのがうまくないというのもあるし、

 

「今更、ただ言うだけ、っていうのも難しいと思います。たぶん、翔君は亮先輩を尊敬しているんですけど、同時にプレッシャーにも思ってます。それに、過去の件が心的外傷(トラウマ)に近い状態になっていることもあって、素直に受け取ってくれるかも怪しいです」

「……そこまでなのか」

 

 亮としては、自分の言葉がそこまで翔の重荷になっていることが、意外だったようだ。

 正しさは、その強力さから、思いもよらない形で相手を傷つけることがある。現に亮の正しさは、翔をずっと苦しめる結果になったのだ。

 理有は今更に思う。本当に、言葉も、正悪も、難しいものだ。

 

「――今からでも、間に合うと思うか?」

 

 亮は、数巡して、そう聞いてきた。こういう時、他人の意見を求められる当たり、ほかのオベリスクブルーとは違う、と理有は心底感心していた。なんでリーダーがまともなのに、下にいる連中はそろいもそろって馬鹿なのだろうか。一部、明日香や雪乃のような例外がいるとはいえ。

 

 ……いや、まあ、藤原さんがまともか、って言われると、ちょっとアレだけど。

 

 フリーダムな性格の上に男弄りが大好きなのはわかるが、あそこまで煽情的にならんでも。

 理有は、そんな自分の中に渦巻き始めた黒い感情と余分な思考に、気が付いて、慌てて封じ込める。今はそんなものを胸に溜めている場合ではない。

 

「亮先輩。間に合わせましょう。そのためには、亮先輩に決闘してもらいたい、オシリスレッドの生徒がいます」

「オシリスレッドの生徒?」

「はい。名前は遊城十代――入学式でクロノス教諭を倒し、先日の試験で万丈目君を倒した、翔君のアニキ分です」

 

 アニキという言葉に、目を細めるカイザー。そして、一言。

 

「アニキ、か……」

「思うところはあるでしょうが、戦ってあげてください。そして、その決闘を翔君に見せて、大切な何かを伝えてあげてほしいんです」

 

 立ち止まり、お願いします、と頭を下げる理有に対して、亮は迷う素振りを理有に見せず、即座に結論を出した。

 

 

 

 理有は、途中で明日香、隼人と合流したあと、岸辺たどり着いた。

 十代からの連絡を受けた理有が、三人を案内したのだ。

 高台から見れば、海辺でずぶぬれになっている十代と翔がいた。そして沖合20メートルほどの海上では、がれきと化した丸太と旗が、海に沈んでいくところだ。

 どうやら、翔がいかだを作ってアカデミアを脱出しようとしていたらしく、十代が必死になってそれを止めたのだろう。

 

「……いかだを作るんじゃなくて、普通に退学を申し出たらよかったと思うんだなー」

「本当に行動が突飛ね、翔君は」

 

 隼人と明日香の突っ込みに、理有も乾いた笑いしか出てこない。

 

「ここから陸まで何百キロあると思ってるのかな……」

「……弟が迷惑をかけて、申し訳ない」

 

 なんとも言えなさそうな顔をする亮に、いえいえ、と理有は首を振って応える。

 と、十代と翔が、高台にいる四人を見た。

 

「え!?……お兄さん」

 

 翔の声に、驚きと同時に、畏れの色が見える。

 それを感じ取ったのか、亮の表情にいくらかの影が差した。

 理有に、心的外傷の件を指摘されたからこそ、翔の中にある負の感情に気付いたのだろう。

 

「お前がこのまま、何も成せずにアカデミアを去るというのなら、俺はそれを止めはしない」

 

 あまりにも突き放すような台詞に、理有はあっちゃー、と思う。やっぱりこの人、不器用だ。

 案の定、その言葉に、翔の隣でずぶぬれになっていた十代が、激高して声を上げる。

 

「カイザー!」

 

 今にもつかみかかってきそうな表情のまま、十代は決闘版を構えようとするが、

 

「聞け」

 

 短い命令。

 揺らぎのない、強い眼光。

 今そこにいるのは、間違いなく帝王と呼ばれた男なのだ。その命令は、王権という威圧をもって、十代の言葉を封じる。 

 

「俺の言葉はまだ続きがある。……アカデミアを去るなら止めはしないが、せめてその前に、俺からも伝えておかないといけないことがある」

 

 亮が、岸壁から飛び降りた。

 高さ10メートルはあるだろう切り立った崖を、何の躊躇もなく飛び降りた。

 地面に激突するかと思われたが、そんなことはない。途中にある木の枝などを足場にすること二回、あっさりと地面に着地を決めた。 

 なんという運動能力か。

 彼のことをよく知っている明日香と、家族の翔以外は開いた口がふさがらないが、周囲の状況などかまわず亮は決闘版のスイッチを入れる。

 

「お前に足りないもの、お前に欠けているもの、それが何かを、いまこの場で伝えよう。アカデミアを去るかどうかは、それを知って決めればいい」

 

 へ?――と十代は目を点にするが、亮はそんな十代を見て、それから背後の崖の上にいる理有を親指で指してから、翔に言う。

 

「いいアニキと友達を持ったじゃないか。二人に感謝しておくといい」

「お兄さん……!?」

 

 翔と共に、十代は理解した。理有がカイザーに事情を説明し、お膳立てを射てくれたということに。

 亮は、十代と向かい合う。帝王(カイザー)としての威光、威圧を隠すことなく発しながら、なお眼光は十代を正面から射貫く。

 

「遊城十代。――君が望む通り、全力を賭して戦おう」

 

 

 

 カイザーと十代が互いにデッキをシャッフルする。

 そんな中、カイザーはふと、思ったことを十代に問う。

 

「カードは濡れてないな」

「ああ。海に飛び込む前に、決闘盤とデッキは外しておいたからな」

「……決闘者の鑑だな」

「え?……へへっ、そこまでじゃねえぜ」

「フ。君とはいい決闘ができそうだ。……先に言っておくが、先行は譲ろう」

「え? そうか。じゃあ、遠慮なくいただくぜ」

 

 二人が己のデッキを決闘盤にセットして、背を向け、離れ始める。

 その様は、まるで西部劇のよう。

 ここから始まるのは、互いの誇りを賭けた戦いなのだ。

 二人が同時に立ち止まり、そして身を翻し、向かい合う。

 

「いくぞ、カイザー!」

「来い、十代」

 

「決闘!」

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 先行の十代はカードを引き、手札を見て、すぐに判断した。

 

「よし! 俺は《E・HERO バーストレディ》を守備表示で召喚! 伏せカードを1枚セット! ターン終了だ!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO バーストレディ》

通常モンスター

星3/炎属性/戦士族/攻1200/守 800

炎を操るE・HEROの紅一点。

紅蓮の炎、バーストファイヤーが悪を焼き尽くす。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代

   場 :《E・HERO バーストレディ》 守備表示

      伏せカード × 1

   手札:6枚→4枚

   LP:4000

 

「俺のターン、ドロー」

 

 亮は手札を眺め、そこから1枚のカードを取り出す。その動作一つ一つも、王者の風格漂う落ち着きがある。

 デュエルディスクにセットしたのは、亮のフェイバリット・カード。

 

「《サイバー・ドラゴン》を攻撃表示で特殊召喚」

 

 出現したのは、メタリック感が溢れる、重厚な金属で構成された電脳の龍だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバー・ドラゴン》

効果モンスター

星5/光属性/機械族/攻2100/守1600

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、

自分フィールドにモンスターが存在しない場合、

このカードは手札から特殊召喚できる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あー。だから先行は譲るなんて言ったのか。したたかな人だなー」

 

 皆と一緒にがけ下まで降りて観戦していた理有は、カイザーの狙いをすぐに理解した。

 

「どういうこと、なんだな?」

「《サイバー・ドラゴン》は、相手のフィールド上にモンスターがいて、自分フィールド上にモンスターがいない場合、ノーコストで特殊召喚できるんだよ」

 

 隼人は理有の答えを聞いて、驚いた。そんなモンスターがいたのか、と。

 その能力は、歴代レベル5モンスターの中でもかなりのハイスペックだ。

 だが、《サイバー・ドラゴン》を生かすには、相手の場に先にモンスターが存在しなければならない。だから必然的に後攻になる。それを「先手は譲る」なんて言って、カモフラージュしたのだ。

 

「アレはアレでカイザーのスタイルなんだね」

「そうっス。お兄さんのサイバー流は、火力がとても凄いっス」

「それに、亮のボウヤが凄いところは、これで終わりじゃないわよ?」

 

 と、理有が聞こえてきた声に隣を見れば、雪乃がいた。

 

「あれ!? なんで藤原さんがここに!? ってか、いつの間に!?」

「明日香がこっそり連絡してくれたのよ。面白そうな決闘が見れるかも、って話で」

「海岸に向かうっていう話だったから、大体の位置を伝えて、ね」

 

 なるほど、と理有は納得したが、同時にこうも思う。明日香さんもだけど、藤原さんはやっぱりこちらを驚かせることばかりするなあ、と。

 雪乃は眼下の光景を見て、いつもの余裕ある笑みのまま、

 

「亮のボウヤは、まだ先を行くわよ?」

 

 雪乃の言葉通り、亮はさらなる手を繰り出す。

 

「さらに《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚し、魔法カード《融合》を発動! 場の《プロト・サイバー・ドラゴン》と、手札の《サイバー・ドラゴン》を融合! 現れろ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《プロト・サイバー・ドラゴン》

効果モンスター

星3/光属性/機械族/攻1100/守 600

このカードのカード名は、フィールド上に表側表示で存在する限り

「サイバー・ドラゴン」として扱う。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《融合》

通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバー・ツイン・ドラゴン》

融合・効果モンスター

星8/光属性/機械族/攻2800/守2100

「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」

このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。

このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 隼人は、亮が繰り出した戦術に息を呑む。

 

「《融合》使い!? それに、2回攻撃の強力モンスターなんだな!?」

「あ。十代君、詰んだかも」

 

 そりゃあ、これだけの攻撃性能と速攻が発揮できれば、すぐに終わるはずだ。

 明日香はそれに、と続ける。

 

「亮はドロー運も凄いわ。ほとんど狙ったカードをピンポイントで引いてくるのよ」

「……まるで頭のいい十代君だ」

 

 あのドロー運にカード単体の強さと戦略が加わったら、手が付けられない。そりゃあカイザーと呼ばれるわけだ。

 

「あれ? でも藤原さんなら《終焉の王デミス》で吹っ飛ばして《デビルドーザー》で殴って終わりじゃないの?」

「亮のボウヤは私と対戦するとき、ここぞという時に攻撃防止の罠を伏せてて、ターンを稼がれ反撃されるのよ。まったく、とことん主導権を握ってくるから駆け引きもあったものじゃないわ」

 

 雪乃としては、そこがお気に召さないらしい。

 

 

 

「《サイバー・ドラゴン》で攻撃! 『エボリューション・バースト』!」

「トラップ発動! 《ヒーローバリア》! E・HEROに対する攻撃を一度だけ無効にする!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ヒーローバリア》

通常罠

自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが

表側表示で存在する場合、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「続いて、《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃! 『エボリューション・ツイン・バースト 第一打』!」

 

 あっけなくブレス攻撃で《E・HERO バーストレディ》が破壊される。

 

「まだだ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》の2回目の攻撃! 『エボリューション・ツイン・バースト 第二打』!」

「ぐうっ!?」

 

十代

  場 :なし

  LP:4000-2800=1200

 

「そして魔法カード《タイムカプセル》を発動。デッキから1枚カードを選び除外。2ターン後のスタンバイフェイズに手札に加える」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《タイムカプセル》

通常魔法

自分のデッキからカードを1枚選択し、裏側表示でゲームから除外する。

発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊し、

そのカードを手札に加える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ターン終了だ」

 

  場 :《サイバー・ツイン・ドラゴン》×1

     《サイバー・ドラゴン》×1

     《タイムカプセル》×1

  手札:6枚→1枚

 

「俺のターン、ドロー! 俺は《E・HERO バブルマン》を攻撃表示で召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

効果モンスター(アニメ版効果)

星4/水属性/戦士族/攻 800/守1200

手札がこのカード1枚だけの場合、

このカードを手札から特殊召喚する事ができる。

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に

自分のフィールド上に他のカードが無い場合、

デッキからカードを2枚ドローする事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「手札を2枚ドロー!……いくぜ! 魔法カード《融合》を発動! 《E・HERO バブルマン》、《E・HERO フェザーマン》、《E・HERO スパークマン》を融合! 現れろ! 《E・HERO テンペスター》!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO フェザーマン》

通常モンスター

星3/風属性/戦士族/攻1000/守1000

風を操り空を舞う翼をもったE・HERO。

天空からの一撃、フェザーブレイクで悪を裁く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO スパークマン》

通常モンスター

星4/光属性/戦士族/攻1600/守1400

様々な武器を使いこなす、光の戦士のE・HERO。

聖なる輝きスパークフラッシュが悪の退路を断つ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO テンペスター》

融合・効果モンスター

星8/風属性/戦士族/攻2800/守2800

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO スパークマン」+「E・HERO バブルマン」

このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカード以外の自分フィールド上のカード1枚を墓地に送り、自分フィールド上のモンスター1体を選択する。

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、選択したモンスターは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代:

 手札:5枚→6枚→3枚

 

「カードを1枚セットしてバトルだ! 《E・HERO フェザーマン》で《サイバー・ツイン・ドラゴン》に攻撃だ! 『カオス・テンペスト』」

 

 《E・HERO テンペスター》の腕と一体となった銃から風の弾丸が打ち出され、《サイバー・ツイン・ドラゴン》のブレス攻撃と相打つ。

 互いにモンスターが消滅するタイミングで、十代が宣言する。

 

「《E・HERO テンペスター》の効果で俺の場の伏せカードを墓地に送り、《E・HERO テンペスター》自身を対象に選択! このカードは戦闘で破壊されない!」

 《E・HERO テンペスター》の腕から発する竜巻と、《サイバー・ツイン・ドラゴン》のレーザーがぶつかり、爆風が起こる。

 《サイバー・ツイン・ドラゴン》は風の衝撃をもろに喰らい砕け散るが、テンペスターは伏せカードをエネルギーにした風のシールドで防ぎきった。

 

 

 

 明日香は現在の戦況を見て、正直に言って、心の中で十代を賞賛していた。

 アカデミアの普通の決闘者なら、最初の亮のターンで決着はついている。それを凌ぎ、逆に《サイバー・ツイン・ドラゴン》を倒せる学生はそういない。

 

「やるわね、十代」

「だね。十代君、カードの使い方は上手いからなー」

 

 理有も同意見だった。

 他方、翔は驚いている。どうやら、彼の中では、十代ですら亮に一矢報いるのは無理だと思っていたらしい。

 

「……アニキ、すごい」

「そうね。十代のボウヤ、なかなかやるわ。しっかり逆転の手を構築して、状況を有利にしている」

 

 でも、と雪乃は言葉を続ける。

 

「亮のボウヤはそこで終わらないわ。この程度で終わるような、半端な装飾じゃないわよ、カイザーの名は」

 

 

 

「よし! 俺はこれでターン終了だ!」

 

十代:

 LP:1200

 場 :《E・HERO テンペスター》

 手札:3枚→2枚

 

「……フ」

 

 十代の宣言とともに、亮は静かな笑みを見せる。余裕を含んだ、しかしどこか喜びの感情もある。

 

「やるな。十代」

「ああ! アンタも強いぜカイザー! こんな戦い、ワクワクして仕方ねーよ!」

「ああ。……久しぶりに心躍る戦いだ」

「久しぶり?」

「俺と相対して、折れることなくあきらめず、それでいて楽しそうに決闘をする。そういう決闘者は、アカデミアでは少なくてな」

「……そっか。じゃあ、今日は精一杯楽しもうぜ! カイザー!」

「ああ。いい決闘にしよう。俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを一瞥したカイザーが、動く。

 

「伏せカードを1枚セット。さらに魔法カード《エヴォリューション・バースト》を発動! 効果で《E・HERO テンペスター》を破壊する!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《エヴォリューション・バースト》

通常魔法

自分フィールド上に「サイバー・ドラゴン」が存在する場合に発動できる。

相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

このカードを発動するターン、「サイバー・ドラゴン」は攻撃できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ああっ! 《E・HERO テンペスター》が!」

「このカードを発動したターン、《サイバー・ドラゴン》は攻撃できない。ターン終了だ」

 

 場:《サイバー・ドラゴン》×1

   《タイムカプセル》×1

 LP:4000

 手札:なし

 

十代

 場:なし

 LP:1200

 手札:2枚

 

「俺のターン、ドロー!……魔法カード《死者蘇生》を発動!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《死者蘇生》

通常魔法(2015年7月現在 制限カード)

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「効果で《E・HERO バブルマン》を守備表示で特殊召喚して効果発動! 特殊召喚されたときも場にカードがない場合、カードを2枚ドロー!」

 

十代

 手札:2枚 → 3枚 → 4枚

 

 十代が最後のカードをドローしたとき、彼の表情が破顔した。

「来てくれたか、相棒!――俺は《ハネクリボー》を守備表示で召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ハネクリボー》

効果モンスター

星1/光属性/天使族/ATK 300/DEF 200

(1):フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。

ターン終了時まで、自分が受ける戦闘ダメージは全て0になる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「カードを1枚セットしてターン終了!……さあ来いカイザー!」

 

十代

 手札:4枚 → 2枚

 

 

 

 亮は、この戦いに久方ぶりの感情の昂ぶりを覚えていた。

 

 ……ここまで切迫した状況に追い込んでくる相手は、久しぶりだ。

 

 一つの判断を間違えれば負ける。綱渡りの戦い。

 これもまた、決闘の一つの醍醐味。

 親友がいなくなってから、久しく味わっていなかった感覚を、感情を、奥歯でかみしめる様に、味わうように愉しめる。これを昂らずしてなんとするか。

 だから、その感情のまま、頭は冷静に意思を遂行する。

 

「十代のターンの終了前、伏せカード《月の書》を発動する。効果で《ハネクリボー》を裏側守備表示にする」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《月の書》

速攻魔法(2015年7月現在 制限カード)

(1):フィールドの表側表示のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを裏側守備表示にする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ああっ! 《ハネクリボー》が!?」

 

 横向け、裏向けになったカードの下に、隠れるようにもぐりこんでしまう。

 そこで、亮はもういいだろう、と一言確認を取る。

 

「十代。君は《進化する翼》を伏せて、俺の切り札を返り討ちにしようとしたのだろう」

「げっ! なんでバレてるんだよ!?」

 

 あっさり自分からバラしてしまった十代に、翔も理有も、明日香たちも脱力する。

 亮は、己の推測が当たったことを確認してから、この決闘の目的に沿った話をする。翔が、これで己に足りないものを自覚してくれたら、と。

 

「以前の月一試験での決闘、俺も見ていたからな。君の切り札の一つが《ハネクリボー LV10》。そして、このタイミングで《ハネクリボー》と伏せカードに手札2枚――ここで大体察しが着く」

「え! カイザーが俺の決闘を見てたのか!?」

「ああ。君は面白い決闘者だからな、自然と人目を惹く」

 

 亮の視点から見れば、十代は学園のほかのどの学生と比べても、飛びぬけた強さを持っている。

 それは、勉強のできるできないとは関わりない側面。

 瞬間的なひらめきと、勝利への道筋をつける頭脳。

 最後まであきらめないタフな精神。

 カードとの信頼、ここぞというタイミングでのドロー運。

 さまざまな面で、他のオベリスクブルー生徒を凌駕している。

 

「……認めよう、十代。君は俺にとって数少ない、好敵手になりえる人間だ」

 

 その言葉に、離れて見ていた翔が驚いた顔を見せている。

 自らの理念を口にした亮だが、果たして翔が気づくかどうか。

 

 そんな考えとは別に、自らには学園最強の意地も、少なからずある。

 

 

 ――だからこそ、先輩として、この場は勝たせてもらう!

 

 

「俺のターン」

 

 自然と指先の感覚が強くなる。

 

「……ドロー!」

 

 カードを引き、天に掲げた カイザーの右手が、夕日を反射したのか、金色に輝いた。

 

「……まずは《タイムカプセル》の効果。2ターン経過したので《タイムカプセル》を破壊し、除外していたカードを手札に加える。さらにそのカードを場に伏せ、魔法カード――《天よりの宝札》を発動!」

 

 

 

「はぁ!? このタイミングで!?」

 理有はカイザーの悪魔じみたドロー運に目を見開いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《天よりの宝札》(アニメ版効果)

互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードを引く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

亮;

 手札:1枚→2枚→1枚→6枚

 

十代:

 手札:2枚→6枚

 

 亮は一気に手札を1枚から6枚に増強した。これで採り得る戦略の幅が一気に広がる。

 それにしても、なんという豪運だ。これはいくらなんでも、理不尽というものではなかろうか。

 

「あれが亮よ。十代に勝るとも劣らないドロー運と、それを支えるタクティクス、観察眼、精神力、カードパワー……どれをとっても、アカデミアトップクラス」

 

 なるほど、帝王(カイザー)と呼ばれるわけだ。アレならプロに入っても十分上位に食い込めるのではなかろうか。

 

「でも、あれだと十代のアニキもカードを引けるっすよ?」

 

 確かに、翔の言う通り、これで十代の手札も上限まで回復した。

 

「でも、翔君。こう考えてみて? 手札が引かれても、使われずに勝てばいいんだ、って」

「え?」

「たとえ手札が余るほどあって、それがどんなに強力でも、使えなければ意味がない。亮先輩は十代君に、手札を使えるターンを、返す気がない。このターンで勝負をつける気だ」

 

 その言葉の通り。 

 亮は充足した手札に瞬時に目を通し、――その視線に、力が籠る。

 それから場を確認し、よし、と一息。

 

「《サイクロン》で、その伏せカードを破壊する」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイクロン》

速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。

そのカードを破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 カードから巻き起こった青の竜巻が、十代の場に残された蟷螂の守りを剥がし取る。

 

「くっ!」

「《進化する翼》は場から消えた。ならば、もう攻撃を防ぐ手段はない。魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚する」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《死者蘇生》 (2015年7月現在 制限カード)

通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 いよいよ、カイザーは最後の詰めに入る。

 

「魔法カード――《パワー・ボンド》を発動!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《パワー・ボンド》

通常魔法

自分の手札・フィールド上から、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップする。

このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、

自分はこのカードの効果でアップした数値分のダメージを受ける。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あのカードは!?」

「亮先輩が、翔君に使うなと言ったカード、だね。じゃあ翔君、この場で《パワー・ボンド》を使っていい理由は、何かな?」

「え!? い、いきなりっスか!? え、えーっと……」

 

 翔はいきなり言われて数秒考え込み、だが、答えにたどり着いた。

 

「ひょっとして、アニキが何もできないと踏んだ……から?」

「うん。そんなところだね。十代君の伏せカードはなくなったし、あっても《進化する翼》は《ハネクリボー》が裏側守備表示の時は発動できない。このターン、十代君は対抗手段がなく、完全な無防備になる」

 

 つまり、

 

「《パワー・ボンド》が確実に通って、勝負をつけられるタイミングを、亮先輩は《月の書》で作ったんだ。そのためには、相手の盤面を見て、相手のカードを推測して、冷静に状況を判断できる力が必要になるんだ」

「つまり、相手も強いんだと意識すること。相手を決闘者としてリスペクトして、そのうえで相手を圧倒する戦術を構築すること……それが、僕に足りなかったこと!」

 

 翔が、その答えにたどり着いた。

 知らず相手を見下し、自分の妄想にふけってばっかりだった翔に、これが切っ掛けとなってくれれば。

 理有が翔の前途を思う中、決着へ向け状況は加速する。

 

 

 

「融合素材に場の《サイバー・ドラゴン》2体と、手札の《サイバー・ドラゴン》を融合! 現れろ!」

 

 寮の手札から立体映像化した《サイバー・ドラゴン》とあわせて三体が、フィールドの上に集まり、光となってひとつとなる。

 鮮烈な光、強烈な熱量はまさに太陽。

 他者を焼き尽くす存在感が、視界を埋めるほどの光から出現する。

 一つの胴に三つ首、機械肌の龍。

 亮が絶対的に信頼する相棒が、光すら喰らい飲み込み、取り込んで形を確定させる。

 

 龍の名は――《サイバー・エンド・ドラゴン》。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバー・エンド・ドラゴン》

融合・効果モンスター

星10/光属性/機械族/攻4000/守2800

「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」

このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。

(1):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、

その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「《パワー・ボンド》で融合したモンスターの攻撃力は2倍になり、ターン終了時、融合召喚したモンスターのもともとの攻撃力分のダメージを、俺は受ける」

 

 だが、そんなことは関係ない。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》

 ATK:4000→8000

 

「《サイバー・エンド・ドラゴン》は貫通効果を持つ。このターンの戦闘で十代、お前のライフをゼロにする!」

 

 その戦法、他者を圧倒する力の誇示は、まさしく王者のそれだ。

 生半可な戦法など通じない、真正面から叩き伏せる王道は、なるほど、強者のみに許される力の振るい方。

 

「……すっげえ! すっげえぜカイザー! アンタやっぱり最高だ!」

「――そう目を輝かせてくれるなら、俺も戦った甲斐があるというものだ」

 

 亮の顔に、自信と、満足の笑みが浮かぶ。

 

「いくぞ! 《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃! 『エターナル・エボリューション・バースト』!!」

 

 攻撃対象は《E・HERO バブルマン》。下手な効果がある《ハネクリボー》より確実に、ダメージを通せるが故の選択だ。

 もはや、十代には、カイザーの攻撃を防ぐ手はない。《サイバー・ツイン・ドラゴン》ならまだ手はあったが、貫通持ちの《サイバー・エンド・ドラゴン》で《E・HERO バブルマン》を狙われては、もはやなすすべがない。

 圧潰を伴う光のブレスは、瞬く間に目も眩むほどの奔流となり、バブルマンごと十代を飲み込んだ。

 

 

 

「……終わり、ね」

 

 明日香にとって、結末こそは予想通りだった。ただ、十代がここまで亮に喰らい付くとは思わなかった。あの場面で亮が《月の書》を伏せていなかったら、負けていたのはカイザーのほうだ。

 だが、だからこそ、あの局面で正解のカードを伏せていたカイザーの運勢と、抜け目のなさ、判断力が輝いて見える。

 彼女にとって、丸藤亮は兄の親友であり、旧知の人間であり、そして超えるべき目標でもある。

 そんな亮は、己のカードを腰のデッキケースに仕舞ってから、自身の前でひざを突く十代を見る。

 彼はソリッドビジョンシステムのショックに、地に膝をつけながら、でも視線は前をまっすぐに見ていた。

 

「大丈夫か?」

 

 カイザーは近寄り、十代に手を差し伸べる。

 十代も、その手を握り、曲げていたひざを伸ばして立ち上がる。

 

「……へへっ。ガッチャ! 楽しかったぜカイザー!」

「ああ。久しぶりに、骨のある決闘者と闘えて、俺も楽しかった」

 

 立ち上がった十代に、カイザーは改めて、右手を差し出す。

 

「また戦ってくれるか、十代」

 

 二度目に差し出した手は、親身なものだと分かり、十代は笑顔でうなづき、もう一度、その手を握り返した。

 

「ああ! もちろんだぜカイザー!」

 

 己が果たせる全力をぶつけ合った結果、二人の表情は満ち足りていた。

 亮はクールながらも口元に笑みをたたえ。

 十代は白い歯を見せる溌剌とした笑みだ。

 そんな二人は、どちらからともなく手を離し、二人は互いに別れを告げ、背を向けた。

 

 途中、カイザーは翔を見て、

 

「――」

 

 何か言葉を作ろうとして、やめた。

 翔の目に、今までにない力が宿っている。

 その視線に何を受け、何を感じ、何を信じたかはわからない。だが、カイザーは、確かに笑みを浮かべながら、彼らのもとを去っていく。

 そんな翔の隣で、同じ視線で戦いを眺めていた理有は、つぶやく。

 

「……翔君。カイザー、徹底的だったね」

「うん。でも、相手のことを、しっかり見て、そのうえで戦ってたって、よくわかったッス」

「相手をリスペクトか……きっとその分、加減が効かないんだろうね」

 

 だから、ほかに並び立てる人がいないのだろう、と思った。

 それに対して、明日香はいいえ、と小さく首を振り、

 

「昔はいたのよ。私の兄、天上院吹雪が」

「……なるほど。そのお兄さんは、亮先輩の同級生?」

「ええ。お調子者な兄だったけど、亮とは決闘で凌ぎを削ってたわ」

「……そっか」

 

 その兄がどうしていなくなったのか、というのは、聞くには野暮だ。

 だから、理有は口をつぐみ、その代わり、今の決闘から受けた刺激を、どう明日の制裁デュエルでどう生かそうかと考えていた。

 亮の影響を受けたのは、翔だけではない。

 たとえトラウマで攻撃ができなくとも、守りの一手を打つしかなくても、相手を見据えて、侮らずに戦うことができるはずだ。

 理有はそう信じて、それから

 

「そうそう、十代君、翔君、風邪ひくからさっさと風呂に直行ね?」

「「あ」」

 

 海水で全身ずぶぬれになったのを忘れるぐらい、十代と翔は熱くなっていたらしい。

 

 

 

 同日の夜。

 理有は、明日に備えてベッドの上で深い眠りの中にいた。

 制裁デュエルを回避する方法は、結局思いつかなかった。だからこそ、制裁デュエルに全力で挑むことにしたのだ。

 デッキ調整も万全。ロック戦術の考えうる手をすべてつぎ込んだ。

 自分はその方法でしか勝てないからこそ、徹底的に戦術を考え抜き、そしてひとまずの形に落ち着いた。ここまできたら、あとはなるようになれ、だ。

 だからだろうか、理有は少しの安心感と、ここしばらくの疲れから、すっかり熟睡してしまっていた。いくら普段通りを装っていても、制裁デュエルが目の前に迫っているのは、精神的にきついものがあったのだろう。

 

 ――そこで、ちらつく奇妙な影。

 

 本来部屋に一つしかいないはずのヒトガタが二つある。

 姿かたちは分からない。今日は月も雲に隠れているから、外から見たとしても、きっと誰かはわからない。

 ヒトガタは、ぐっすりと眠っている理有を見て、それから勉強机の上に置いてあるデッキケースを見た。

 

 にたり、とヒトガタが笑う。

 

 その笑みは、粘質の悪意を孕んでいた。

 




少しだけ正史から改変させていただきました、十代 V.S. カイザーでした。

あちこちでネタにされることが多いサイバー流ですが、ここでは真面目系で行かせていただきます。

その真面目続きで、大会にちょくちょく参加してると分かるものなんですが、カイザーの決闘スタイル自体は、そこまで異質ではないと感じる部分も。
下手に手加減すると逆転負けするから手は抜けないわ、相手がどんな手を打つのか予測・対応しないといけないから盤面も相手の仕草も観察しないといけないわ。
リスペクトという言葉が先行してますが、相手が自分を打倒し得るライバルと思って、全力で戦う。翔に足りなかったところは、そこだと、私は思っています。

まあ、サイバー流がアニメ的にいろいろ変な方向突っ走ったのもあって、ネタにされるのは今に始まったことではないですし、ゴォルェンダァ!――は私も好きなネタです。

さて、つぎは制裁決闘。
迷宮兄弟との闘いについては、省略させていただく方向で。
ここからが、このストーリーの肝になりますので。

それでは、次話までしばしお待ちください。


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