真・恋姫✝無双 狐来々 (teymy)
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主人公、オリキャラ紹介

主人公、芙陽の設定というか、キャラ紹介です。
変更、修正などあれば順次更新していく予定です。
ネタバレなどは載せないように注意しています。

2015/11/6 オリキャラの葵とその武器の紹介を追加しました。


空孤 芙陽(くうこ ふよう)

 

種族:妖狐(神格有)

 

尻尾:9本→1本

 

性別:無し(気分によって男女を使い分けたりする。本来の性別は不明)

 

年齢:不明。少なくとも4000歳以上

 

身長:男性時182cm 女性時165cm

 

容姿

人間状態の男女共通で太腿まである長い金髪。瞳の色は明るい茶色。見た目の年齢は20歳前後だが、雰囲気や言葉遣いが大人びているを通り越して老成しているため、もっと上に見られることも多い。

服装は和服。白い着流しのような着物の上に裾や袖の先が薄い桃色に染められた羽織を着ている。

狐の姿は金毛の大狐。大きさは様々で、普通の狐の大きさから馬よりも大きな狐まで、その時の気分や状況で変わる。一番大きなサイズは馬や牛を咥えて運ぶことが出来るほど。

人間の姿の時でも気分などで狐耳や尻尾を出す時がある。

 

概要

大地が誕生し、様々な生き物や神々と同時に現れた原初の狐の一匹。時を経て妖狐となった。神々との戦や大妖怪との対決を幾度も経験し力を付け、尻尾も9本まで増えて妖狐の最高位「空孤」となる。(当作品ではこの階級は妖力の多さや戦闘力などを表すもの)

天の管理者である管輅の誘いに乗ったため、『天の意思に従った』と解釈されて神格を得る。その際、9本あった尻尾が一本の太い尻尾に変化した。微力ながらも神通力を扱うことが出来る。

他の妖狐が皆稲荷の狐となる中、一人だけ天の誘いを断って現世に残ったため、討伐対象になったこともある。

人間の戦がつまらなく感じて山奥に屋敷を建てて隠居する。屋敷の庭に芙蓉が美しく咲いているため、いつの間にか「芙陽」と呼ばれるようになり、自身もそう名乗る。

隠居を始めてからは暇を持て余すようになり、戦い以外にすることのなかった日々を後悔し始める。管輅の誘いを受けてからは今までよりも人間に寄り添って生きることを望むが、戦い自体が嫌いになったわけでは無いので、強者との対決は楽しみにしている。

性格は基本的に自由人。気まぐれで悪戯好き。芙陽にとって人間は精神の拙い子供同然なので、侮辱されても笑い流すことが出来るが、悪戯で軽く殺気を放ったり(それでも周囲が動けなくなる)、指導のつもりで怒ることもある。しかし、芙陽の逆鱗に触れた相手に対しては一族郎党喰ってしまうことも辞さない。

芙陽にとって許されないことは、『子供に害を成すこと』と、『死者への冒涜』。これらよりは重要度は高くないが『身内(友人や庇護下の人物などの気に入った人間)を侮辱されること』も該当する。

子供好きで、子供たちが遊んでいるのを見守っていたり、誘われれば一緒に遊んだりもする。体罰はある程度許容しているが、明らかな暴力などの虐待は許さない。

死者に対して敬意を払っており、死体を乱雑に扱ったり故人を侮辱することを嫌う。これは善人悪人を問わず、盗賊や敵国等にも適用される。

気に入った相手に悪戯を仕掛けることが多い。種族が異なるので一人の人間を特別嫌いになる事は少ないが、それでも気に入らない相手には徹底的な無視、若しくは排除に出る。自分の気に入った人間を侮辱されることを嫌い、かなり手痛い仕返しをすることもある。

愛煙家。現世にいたころは煙草も吸っていたが、恋姫の時代に来てからは煙管を吸うようになる。刻み煙草は妖力で生み出しているため無くなる事はないが、煙管本体は普通の品であるため大事に扱っている。管の色は朱色。その他は金色で染められている。

妖術にも長けており、本気を出せば炎の竜巻や雷の雨などで敵を一掃できる力を持つが、剣や槍などの武術を好むため使用されない。戦闘時も鎧などは付けず、刀一本で戦場を駆ける。

散歩好き。最低でも一日に二回は散歩に出かける。昼寝をする場所を探してうろついていることも多い。

 

武器:(とことわ)

芙陽が管輅に用意してもらった太刀。刃渡りは3尺(90cm)なので、野太刀となる。命名は芙陽。

『絶対に折れない、刃こぼれしない、切れ味が変わらない』という注文だったので、鋼と鉄を大量に用意して圧縮。神がかり的な強度を保っている。どれだけ固いものを切っても切れ味が変わらないため、折れないし研ぐ必要もない。その代り、用意した鉄と鋼そのままの重量となるので、馬3頭とほぼ同じ重さとなる。振り回せるのは芙陽だけで、持ち上げるだけでも人を選ぶ。鞘も特別性で、納刀すれば通常の刀と同じ重さになる。

 

 

(あおい)

 

種族:妖狐(ようじょ)(眷属)

 

尻尾:1本

 

性別:女

 

年齢:不明

 

身長:鈴々よりは上。朱里や雛里と同程度。

 

容姿

人間状態は少女で固定。肩まで真直ぐに伸びた白い髪を、左側頭部で一房だけ縛っている。(実は芙陽が指示した髪型で、不用意に狐耳を出さないようにと言う意図がある。狐耳が出そうになると縛った部分がむずむずする)瞳の色は薄い紫。幼い外見で、妖狐で眷属のため恐らく成長する余地はない。表情を顔に出すことが少なく、同様に口数も少ないため大人しそうな印象を受ける。

薄い青色の丈の短い着物を着て、下は半ズボンのような動きやすいものを着ている。

狐の姿は白い子狐で、こちらも大きさなどは固定。猫や犬などと同じ大きさとなる。全身が白いので丸まっていると毛玉に見える。

 

概要

元は普通の子狐。野生動物に襲われて重傷を負い、生への執着から本能的に芙陽の下へ瀕死の状態で現れた。その思いに芙陽が答えて眷属として生まれ変わる。

しかし、芙陽の神通力不足により眷属化の儀式が不完全となり、眷属化はしたものの能力としては中途半端になってしまった。容姿は幼く、神通力も妖力も微弱な物しか持っておらず、精神的にも未熟。その代り身体能力は高く、武力も申し分ない。

感情に乏しいが、芙陽には若干依存の傾向が見られる。芙陽に甘え、褒められるために努力し、芙陽が侮辱されることを何よりも嫌う。少しでも芙陽を侮辱すれば即・斬首も辞さないが、それは芙陽に止められているので壮絶な殺気を振り撒くに留めている。芙陽の傍にいることを第一として、芙陽の命令以外で引き離そうとすると泣き出す。

腰の後ろに携えている2本の小太刀で戦う。芙陽が速さに特化して鍛えたため、補足不可能な速さで相手を翻弄したり、格下相手なら一瞬で勝利する。

隠密としての技術に長けており、芙陽の命でどこへでも侵入して情報収集などの任務をこなす。

普段は芙陽の側近として常に傍で控えている。お茶の用意なども葵の仕事。

表立って戦闘に参加することが少ないため実力を知る者は少ないが、芙陽に一から鍛えられているためかなりの強者。常に芙陽と言う絶対的な格上と戦っているため、呂布が相手でも引けを取らない。

芙陽も葵を自らの子供同然に可愛がるため、世話を焼いたり散歩に連れ出したりしている。

 

武器:白爪(はくそう)

芙陽が鍛冶屋に特別に作らせた二本一対の小太刀。妖力で折れにくくしてある。命名は芙陽。

芙陽の常のように神様製ではないため、手入れは必要だが、普通の日本刀よりも段違いに切れ味が長く続く。研ぎは芙陽に教わった葵が定期的に行っている。

葵はこれを後腰に交差して携えている。逆手で構えることもあり、場面に応じた戦い方をする。




誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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プロローグ

勢いで書いているため、設定などに違和感を感じる場合がございます。
見逃しておくんなせぇ…


山の中に、ひっそりと佇む小さな屋敷があった。

 

古い平屋の屋敷は所々破損している箇所があるものの、良く手入れの行き届いた暮らしやすい住まいが作られていた。

広い庭は青や白、紫といった芙蓉の花で埋め尽くされており、太陽の光を浴びて輝いている。

木々に囲まれたこの土地は、ある妖怪の住まいであった。唯の人間などには辿り着くことは愚か、技術の発展した現在でも発見することすらできない強固な結界で守られていた。

 

屋敷の縁側で、一匹の獣が静かに目を閉じていた。

太陽のように金色に輝く毛並に、尻尾や耳の先端だけが濃い茶色で染められたそれは、人間よりも一回りは大きな狐だった。

この屋敷の主であり、古の神々の時代から存在する"妖"の狐。

柔らかそうな尻尾は九本あり、その手の知識を持つ者ならば一目で『大妖怪』であることがわかる。

『芙蓉』の咲く土地に住む、『太陽』の如き毛並の美しい狐。

元より名など無かった狐だが、山に住む妖怪やこの狐に挑み敗れた大妖怪は、いつしかこう呼ばれるようになった。

 

『空狐、芙陽(ふよう)

 

空孤(くうこ)』とは狐の妖の階級のようなもので、最上位に当たる。

地上に住む空孤など、最早芙陽しか残っていない。同じ時期に生まれ、生き残った強き狐たちは皆天に仕えている。

芙陽はそれを良しとせず、ずっと野良の妖狐として生きてきた。

 

芙陽はずっとこの国で過ごして来た。それこそ三千年は軽く超える年月だろう。

己を討伐せんと軍を率いる人間や、倒して武勇を誇るために挑んできた神々や妖怪との戦いの日々であった。

芙陽はその全てに打ち勝ってきた。人間には妖は見えないが、今も生きる妖で芙陽の名を知らぬものはいないだろう。

しかし、今の時代となっては妖も減り、人間ではここを見つけることすら儘ならない。

ここを訪ねるのは周辺の山に住む、配下を自称する狐狸妖怪ばかり。

 

芙陽はいい加減、この暮らしに飽いていた。

 

最近思うのはこんなにも退屈な日々が続くのか、いっそ同年代の連中と同じように天に仕えるか、いっそこのまま消えてしまおうかとすら考えるようになった。

長い時を過ごす人外ならではの悩みであった。

 

その時、芙陽の耳がピクリと反応した。

 

「……誰か、来よるの」

 

声を出したのもいつ振りかと思ったが、その疑問が解消されることはなく、気付けば目の前に跪いている一人の少女の姿がそこにあった。

 

芙陽は片目だけを開けて周囲を確認する。

結界が破られた様子はない。それを理解した芙陽は、すぐに目の前の少女が『空間転移』の術を使って現れたのだと思い至った。

 

久々の来客に興味をそそられた芙陽は顔を上げる。

 

「こんな山奥にどうされた、御客人?」

 

相手をもてなす優しい声色に少女は目を丸くしていた。

芙陽は人間の姿になることができるが、今の姿は大きな化け狐。少女が驚くのも無理はなかった。

 

「突然の訪問、ご無礼をお許しください。空狐、芙陽様とお見受けいたします」

 

すぐさま我に返り、妙に丁寧な言葉で確認を取る少女。

 

「いかにも」

 

「私は天より"外史"の管理を任される者、今の名を管輅(かんろ)と申します」

 

管輅と名乗った少女は頭を下げたまま己の紹介を続けようとする。

 

「堅苦しい挨拶は面倒なだけじゃよ。頭を上げて本題に入りなさい」

 

「は、はい。芙蓉様におかれましては、ここ400年程行動された様子もなく、安否の確認だけでもと…」

 

管輅の言う通りであった。

芙陽はここ何百年も、この屋敷に引きこもり続けて、山の中から出ていない。

昔はそうではなかった。人や妖など息を吸うように喰い殺して来た。しかし戦いに明け暮れる日々の中で、ふと虚しさを感じ始めた。

戦うのは楽しい。しかし、その先が見えることは無い。

それに気付いた芙陽は、無闇矢鱈と喰うことをやめ、己に挑んできたものだけを喰った。

そして400年程前から、己に挑む者はぱったりと来なくなってしまった。

 

「そうじゃの。儂に挑んでくる大妖怪も、天の連中も来なくなり、人間など妖の存在すら知らぬ。

 出歩いても面白いことなど無いからの。隠居じゃ」

 

「はぁ…」

 

今一つ人間の年寄臭い芙陽の発言に、管路は要領を得ていないようだった。

 

「まぁ、唯引きこもるのも飽いて来たしの。天に仕えるか、このまま消えゆくかと考えておった」

 

「えっ、消えちゃうんですか?」

 

"消える"とは即ち人間や動物における"死"と同様である。

簡単にその選択をしようとしている目の前の狐に、管路は一瞬素の反応をしてしまった。

 

「儂らのような寿命を持たん者には退屈は一番の苦痛での。

 しかし天に仕えるのも神々(ヤツラ)に尻尾を振ることになるのは嫌じゃ。

 ならば、このまま消えてしまったほうがマシ、というものよ」

 

「あの、小耳に挟んだんですけど、一度天からの誘いを蹴ったって…」

 

「おぉ、懐かしいの。稲荷の所の狐が『いい加減働け』と煩くての。

 『ババアによろしく言っとけ』と追い返したことはあるの」

 

「狐のトップに立つ神をババアって、芙陽様スゲェ…」

 

先程の厳格な空気はどこへ行ったのか。最早管輅は素を出すことに躊躇いはなかった。

 

「ところで、なんで儂の安否をお主のような"管理官"が見に来るんじゃ。管轄外じゃろ?」

 

「下っ端ですし…丁度暇になったところを捕まりまして…」

 

「カカカッ。じゃから組織に入るのは嫌なんじゃ。儂は自由に生きてきた」

 

ケラケラと笑う芙陽に、苦笑いを返す管輅。緊張は解け、多くを知らない少女のように微笑みながら様々なことを話す。

管輅自身の話題も、芙陽にとっては新鮮な話題であった。

 

曰く、自分が担当していた外史は元々一つの物語しかなかったこと。

召喚された主人公と、主人公と出会った登場人物の思いが強すぎて新たな外史が誕生したこと。しかもその外史は可能性が乱立しており、様々な結末を迎えていること。

本来自分と一緒に管理するはずの部下の筋肉達磨二人が現場主義すぎて仕事をしてくれないことなど。

管輅の話や愚痴を、芙陽はケラケラと笑いながら静かに聞いていた。狐の表情は読み取りづらかったが、なんだか近所のご老人と話しているような気分になる管輅だった。

管輅の話が終わると、今度は芙陽についての話となった。芙陽が生まれたころの話、多くの大妖怪と闘った話、人間の軍勢と戦争になった話など。

和やかな空気の中、しばし雑談を交わしていた。

 

「じゃあ玉藻の前が封印された時近くにいたんですか?」

 

「あ奴が封印を解いたら更に力が付くと思っての。…しかしそのまま石として砕けおったわ。

 小娘が調子に乗るからじゃ。坊主一人に殺されおって。あの時ほど同類にガッカリしたことは無かったの」

 

「あはは…あ!玉藻の前って中国から来たんですよね?」

 

「そうじゃの。大陸で悪さしとったら追い出されてこっちに来たとか言っておった。

 結局こっちでも悪さして殺されとるんじゃ。阿保としか言えんの」

 

「いえいえ、玉藻様の話じゃなくてですね」

 

「どうしたんじゃ?」

 

「芙陽様、中国の歴史とか興味あります?」

 

何を突然、と思いはしたが、話している中で管輅が無意味な質問をしないことはわかっていた。

真意を探りながら質問に答える。

 

「儂の持っている書物では良くある題材じゃな」

 

芙陽は読書を趣味としていた。それこそ屋敷の中には数えきれないほどの書物が溢れ返っている。

それもこれも、暇つぶしのための手段でしかないのだが。

 

「芙陽様の知っている歴史ではないですけど、行ってみます?三国時代」

 

「ほう?」

 

また興味の尽きない誘いである。行ってみるとはどういうことなのか。

 

「私が管理している"外史"が、三国時代のものなんですよ。まぁちょっと違う部分もありますけど」

 

実際は"ちょっと"どころではないのだが、管輅は芙陽が拒否しないように慎重に誘う。

唯でさえこのまま死のうと考えていた芙陽である。興味がなければ本当に消えることを選ぶだろう。

本人が納得しているとはいえ、流石に管輅も後味が悪いと思った。

ならば最高の『暇つぶし』を与えようと考えたのだ。丁度自分の管理している外史に、主人公となる『北郷一刀』が登場しない物語があり、そこへ芙陽を召喚すれば良いと思い立った。

 

「儂としては断る理由が無いが、可能なのか?」

 

「えぇ。申請も準備も私がしておきますよ。だけど、私からのお願いもあります」

 

『釣れた!』と内心で万歳をしておきながら、管輅は続ける。

 

「なんじゃ?」

 

「出来るだけ人と関わるようにしてください。観測者的な立場…要するに見守るだけでは詰まらない物語しか生まれないんです」

 

「戦国の世に介入してしまっても良いのかの?それに儂はそこまで人の進む道を曲げようとは思わんよ?」

 

「いえ、芙陽様の意見を通すとか、歴史を曲げることは問題にはならないんです。"人との繋がりを持つこと"が大事なんです」

 

「フム、外から見守るのではなく、中から見守るのならばあり、ということかの?」

 

「その通りです」

 

ニッコリと両手でマルを作る管輅。

 

「それに、介入してもある程度は大筋の物語に沿った出来事が起きますよ?強制力ってやつですね」

 

「ほう、最終的な着地点はどうなる?」

 

「大まかな結果は変わりませんが、細かな点は変わりますよ。主人公からしたらその"細かな部分"のために奔走することもあり得ますし、その場合は変化は大きく感じる筈ですね」

 

「相対的に見ればそうじゃな」

 

「あと、その外史をずっと続けたいなら未来を思い描くことが大事になります。以前に外史の主人公が『将来自分がいない可能性』に大きく影響され、そのまま外史から強制退去させられたことがあります。

 これは、主人公は『ずっと外史にいたい』と思っていたものの、途中で『自分がいない可能性』に向けて行動してしまったことが原因です。その外史にずっといたければ、『自分がいる未来』を当然のものとして受け入れる必要があります」

 

「なるほどの。まあ、どうするかは追々考えれば良いかの」

 

「そうですね。それより、人間の姿ってどうします?なにか希望があれば器を用意しますけど…」

 

「人間の姿なら儂自身の能力じゃ。妖力も使わないし楽じゃよ」

 

「あ、そうなんですか?見せて頂いても?」

 

一つ頷いて立ち上がると、芙陽の黄金色の毛並からポンッと煙のようなものが一瞬吹き出し、瞬く間に金色の髪をした美しい女性が現れた。

白い着物の上から、袖や裾が薄い桃色の羽織を着て、腰まで伸びる金髪が眩しい。

 

「……あの、女性だったんですか?」

 

唖然とした管輅が失礼ともとられかねない質問をする。彼女は喋り方や経験談からすっかり芙陽が男性であると思い込んでいた。

 

「いや、儂らくらいの妖なら性別など無いようなものじゃろ。あったとしても忘れてしまったの。男の姿はこっちじゃ」

 

再び煙が上がり、一瞬の後に女性が男性に変わる。しかし、特徴である金髪や服装は変わらず、先程の美女をそのまま男性に置き換えただけの容姿だ。

 

「あー、男性でも女性でもお美しいですねー」

 

「いいじゃろ?」

 

「羨ましい限りですよ」

 

そんなやり取りの後、管輅が最後の説明をする。

 

「なにかこちらで用意するものがあれば今なら用意できますよ?」

 

「そうじゃな、刀が欲しい。

 絶対に折れず、刃こぼれせず、切れ味が変わらないものじゃ。形はできれば野太刀じゃな」

 

「フムフム。多少重くなってもいいですか?」

 

「牛の10頭ほどの重さなら余裕で振り回せるんじゃが」

 

「あ、聞いた私が馬鹿みたいに見えるほど大丈夫でした」

 

「そうか」

 

「それでは向こうへ送りますね。そうしたら私と話すことはできませんので…良い人生を(・・・・・)

 

「感謝する、管輅。……達者での」

 

 

管輅が腕を振ると、空間が捻じれて穴があいた。その先は光っており見えないが、芙陽は構わず光の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蒼天を切り裂く星が落ちた時、天の御使いが現れる。

 

 

 その者は黄金に輝く獣。しかし恐れることはない。

 

 

 邪悪な巨竜を討ち果たし、暗雲に包まれた世を導くだろう』

 

 




さて皆さんこんにちは。
息抜きと称して書き始めたこの作品ですが、興が乗ってしまいましたので日の目を見ることになりました。別作品と並行しての執筆となるため、更新速度は極めて不安定です。
設定に関しましても突き詰めたわけではないので、矛盾や疑問点など多々あるかと思われますが、どうか暖かく見守って下さりますよう…
よろしくお願いいたします。

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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黄巾の乱
第一話 我々はこれからですね、あてのない旅に出かけます


なんとマジ恋ほったらかしでこっち書いちゃいました!テヘペロ!
サブタイですが、最初は「あてのない旅」とかだったんですが、なんだか水曜日の旅番組を思い出してこうなりました。
こうなるとタイトル変えたくなりますね!ゲヘレロ!


芙陽が光の中を抜けると、一面に広がるのは荒野であった。

 

視界を遮るものなど何もなく、遠くに険しい山や森が見えるだけであった。

芙陽が立っているのはどうやら荒野を突き抜ける道の上であるようだ。

 

道と行っても現代日本のように舗装されているわけではない。

長年人が歩いてきた場所だけが色違いになっている程度の、道としては心もとないものだ。

 

「…む。尾が……?」

 

ふと、自分の中にある狐としての姿に違和感を感じた。

現在は人の姿となっているが、本来の姿である狐の体は常に把握している。その本来の姿に変化があった。

九本あったはずの尾が一本しか存在せず、一回り太くなっているのだ。

 

「力が衰えたようには感じぬ。…神格がついたかの?」

 

狐の妖は尾の本数で力の大きさ、存在の格が一目でわかるようになっている。

しかし、それは"妖であれば"の話で、尾が一本であっても大きな力を持つ狐もいる。それが『善孤』に分類される、天に仕える狐たちだ。

芙陽は天に仕える気など更々なかったのだが、いつの間にか善孤となっていた。この現象の原因には心当たりがある。

 

下っ端といえど管輅に従い行動したのだ。それを『天の意志に従う』と解釈すれば、この変化にも説明は付く。

しかし、天に仕える善孤にはもう一つ特徴があった。毛並の色だ。天にいる動物たちは白い体毛を持つ者が多い。狐もそうだった。

だが芙陽の体毛は未だ太陽のように金色に輝いている。

 

「フム…今回は天に従ったが、まだ意志が薄いとして中途半端な存在になってしまったか」

 

芙陽は考察を重ねながら己の掌を見る。天に属する者なら使える筈の『神通力』。自身に感じる神通力は微々たるものしか感じなかった。

しかも、妖力は九尾の頃のまま。何ともおかしな体になったものだ。

 

「ま、妖力が使えるのならどうでも良いの。さて…ここが、三国時代の中国大陸…。いや、後漢末期やもしれぬが」

 

確認するように呟く。

ふと腰に重みがあることに気付いた。

 

「おぉ、いつの間に。管輅め、やるの」

 

ケラケラと笑いながら腰につるされた野太刀を確認する。少しだけ刃を鞘から抜いて、その鋼に触れてみる。

 

「フム、良い刀じゃのう。ちと重いが、人の身では扱いづらいかもしれんの」

 

持ってみた感想としては、頼りがいのある刀であった。一般的な野太刀の形をしており、刃渡りは三尺ほど。現代の数字では約90cm。

通常の太刀より長いが、背の高い芙陽からすれば普通の太刀のほうが短く感じてしまうため、野太刀の長さは丁度良いくらいだった。

問題はその重さ。おそらく馬三頭分ほどの重さはあるだろう。普通の大人でも持つことすら難しい。まして、この野太刀を振り回せるものなど、人外である芙陽にしかできるものではない。

 

「銘は無し…そうじゃの、儂がつけてやろう。お主は『(とことわ)』。いつまでも変わりなく、儂の刃となっておくれ」

 

嬉しそうにそう名付けた芙陽は刀を腰に戻し、再び辺りを見回す。

先程から人が近づいていることは気付いていた。近くに3人。少し遠くにも3人。

近くの3人は中肉中背な髭の男、小さいが目つきの悪い男、そしてデブだった。芙陽を見かけると嬉しそうに近づいてきて、鼻息荒く迫ってくる。

 

「よう姉ちゃん。こんなところに一人でいちゃ危ないぜぇ?」

 

「キヒヒッ、アニキ!さっさとやっちゃいましょうぜ!」

 

「美人さんなんだな。楽しみなんだな」

 

「なんだか昼間っから流れ星が落ちたと思ったら、コイツは幸運だぜ!」

 

「フム、そういえばいつの間にか女体になっとったの。流れ星云々はわからぬが」

 

「何訳わかんねぇこと言ってやがる!大人しく身包み剥がれときゃいいんだよ!」

 

どうやらこの3人は追剥のようなものらしい。

 

「お、コイツ剣なんて持ってやがるぜ。高く売れそうだな」

 

「おい姉ちゃん、そいつこっちに寄こしな」

 

「そんで服も脱ぐんだな。興奮してきたんだな!」

 

一目見ればわかるほどの美人である芙陽を目の前にして欲望を滾らせる男たちに、芙陽はため息をついた。

 

「お主らのような阿保は久しぶりに見たのう…」

 

芙陽の呟きが聞こえたのか、男たちが激高した。

 

「調子に乗るなよアマ…動けなくしてから犯してやっても良いんだぜ?」

 

そういって小さな刃物を取り出す中心の男、アニキ。

 

隣にいる小さな男も同じように刃物を取り出すが、デブだけは何故か棍棒だった。

 

「久しぶりに人でも喰うかの…?」

 

 

その言葉の直後、小さな男の腕が無くなった。

 

 

「……え?」

 

理解できずに自分の腕があった場所を見るチビ。戸惑っているうちに、腕の付け根からは滝のような血が噴き出した。

 

「う、うわあああぁぁぁあああ!!!?」

 

意味もないが肩を押さえて崩れ落ちるチビ。

 

他の二人はそんなチビが理解できなかったことを、今やっと理解しようとしていた。

彼らが見たのはいつの間にか刀を抜いていた芙陽。右手には抜身の刀・常を持っており、左手には…

 

「ぐむ。……うわマズっ」

 

チビの腕だったもの(・・・・・・・・・)を持ち、あろうことかそれを口に運んでいた。

 

「これじゃ大した栄養にもならんの。喰うのはやめじゃ」

 

左手の肉塊を投げ捨てニタリと笑う芙陽に、男たちは戦慄した。

 

この女は普通じゃない。まして人間ではない、化け物である。

 

そう理解した瞬間、蹲るチビを置いて走り出した。

 

「おや、仲間を置いて逃げるか。まるでか弱き獣じゃの」

 

ケラケラと笑い、地面をひと蹴りして男たちに近づくと、それぞれ一太刀ずつ入れた。

 

「ぐっ、がああ!!」

 

「うがあぁ!!痛いんだな!痛いんだな!!」

 

信じられないほどの激痛に、二人とも転げまわる。

 

「見苦しいの。これ以上辛い思いをすることもなかろう」

 

芙陽はそう言って、男二人の首を切り落とした。

 

最後の一人、チビの元へ戻ると、既に息も絶え絶えであり、息苦しそうに芙陽を見つめるだけであった。

 

「覚悟はできておるようじゃの」

 

「あ、あぁ。もう、ひ、ひと思いにやってくれ…」

 

なんとか言葉を紡ぐ様子のチビに、芙陽は刀を構えた。

 

「何か言い残すことはあるかの?」

 

「ね、…姉さん、に。……す、すまねぇ」

 

「確かに聞き届けた。あの世で達者での」

 

チビの言葉を受け止め、首を切り落とす。

懐から懐紙を取り出して、刀に付いた血を清め、鞘へ納めた。

 

そして、物言わぬ亡骸となった3人に向け、黙祷を捧げる。願わくば、次に生を得たときに平和な暮らしが出来るようにと。

 

と、そこで"遠くの3人"が芙陽の元へたどり着いた。男たちが芙陽に近づいた時点で急いできたようだ。

3人とも少女であった。うち2人は体力がないのか肩で息をしている。

 

「そこのお方。無事であるか!」

 

一人元気であった青い髪に白い着物のような服を着た少女が赤い刃の槍を携え声を掛けてくる。

 

「ならず者に後れを取るほど弱くはないが、救援に来てくれたのかの?有難いことじゃ」

 

ケラケラと笑いながらそう返す芙陽に、少女は一瞬呆気にとられたものの、すぐに笑みを返してきた。

 

「いらぬ心配だったようだ。かなりの使い手とお見受けいたす」

 

「なに、長年の鍛錬と経験が実を結んだだけじゃよ」

 

芙陽が槍の少女と話していると、息を整えた眼鏡の少女が周囲を見回して驚いていた。

その後ろで小さな人形を頭に乗せた少女も同じように見回している。

 

「こ、これを貴女一人でやったのですか?」

 

「お強いですね~」

 

驚愕と感心を露わにする少女二人に笑っていると、槍の少女が芙陽の口元に血が付いていることに気付いた。

 

「お主、怪我をしておるではないか」

 

「ぬ?怪我などしておらんよ」

 

「いや、口元に血が付いておるよ」

 

「うむ?…おお、これは儂の血ではないよ。返り血のようなものじゃ」

 

「そうか……って舐めるな!汚い!」

 

「不味いのう」

 

「当たり前ですよ…」

 

「不思議なお方ですね~」

 

ケラケラと笑いながらそんなやり取りをして、芙陽が切り出した。

 

「儂は芙陽という。お主らの名を聞きたい」

 

槍の少女がまず答えた。

 

「私の名は趙雲。字は子龍。槍を極めんと旅をしている」

 

芙陽は内心で驚いていた。趙雲。聞き覚えのある名であった。

 

(管輅め…なにが『ちょっと変わってる』じゃ。いきなり結構な狂い違いに出会ったぞ)

 

ここが三国時代であることはわかっていた。そして現れた趙雲を名乗る少女。

 

(もしや後ろの二人も聞き覚えのある英傑かの?)

 

そう思って二人を見ると、それが名を聞かれたのかと勘違いした眼鏡の少女が答えた。

 

「私は戯志才(ぎしさい)と言います」

 

(戯志才?どこかで聞いた名じゃの…?)

 

思い出そうとするが、その前に最後の一人、人形の少女が名を名乗ったため、取り敢えず考えるのは後にした。

 

「程立といいます~」

 

(程立…後の程昱か。何故趙雲と一緒におるのだ?)

 

「ふむ。戯志才に程立よ。お主らは武術を嗜むようには見えんの。何故趙雲と旅を?」

 

「私たちは軍師志望なのですよ~」

 

「士官先を求めて星…趙雲に護衛を兼ねて動向してもらっているのです。突然空が光り、流れ星が落ちたので様子を見に来たのですが…」

 

ふむ?と一つ疑問に思った。話の内容ではない。先程の男も言っていた流れ星についても気になるが、戯志才の趙雲に対する呼び方だ。

 

「戯志才よ。そのせい、だったか?それは趙雲のあだ名か何かかの?」

 

その瞬間、趙雲がとてつもない殺気を放ち槍を突き付けてきた。

 

「貴様!我が真名をあだ名などと申すか!!」

 

「真名?…なんじゃ、真名とは?」

 

「…は?真名を知らない?」

 

戯志才が驚いていた。

 

「芙陽さんはこの大陸のお人ではないのでしょうか~?」

 

程立は何かを悟ったように聞いてくる。

 

「うむ、そうじゃの。北西の海を渡った先の島国から来た…というところじゃの」

 

「そこに真名の習慣はないのですか~?」

 

「ないのう」

 

それを聞いて趙雲は槍を納めた。

 

「芙陽。真名とはこの大陸では大切なものだ。その人の本質を表した名として誰しも持っている名だ。本人から真名を伝えられない限り友人で会っても、たとえ目上の立場の人間であっても不用意に呼ぶことを許されぬ。斬られても文句は言えぬほど無礼なことなのだ」

 

「なるほどの。忌み名のようなものか」

 

趙雲の話を聞いて納得する芙陽。そして内心では真名について説明しなかった管輅を呪いながら、趙雲に謝罪した。

 

「趙雲。すまなかったの」

 

「むう。悪意は感じられなかったゆえ、今回は許す。気を付けられよ」

 

「ふむ。代わりに儂の秘密を一つ、教えてしんぜよう」

 

「ほう、別に対価を要求するつもりも無かったが、其方の秘密は興味深い」

 

そう言って芙陽を見つめる3人に、ニタッと意地の悪い笑みを零すと、いきなり芙陽の体に変化が現れた。

 

ばさっっと音を立てるように急に現れた獣の耳と尻尾(・・・・・・)

 

「「「……」」」

 

それを見て唖然とする3人の少女に、満足げにケラケラと笑う芙陽。

 

「き、貴様、妖の類か!?」

 

再び槍を突き付けてくる趙雲に溜息を禁じ得ない芙陽は、冷静にさせるため、一瞬でその槍を奪い取った。

 

「落ち着かんか」

 

「!?」

 

いつの間にか手元の槍が奪われ、力の差を見せつけられた趙雲。

最悪の状況に、戯志才と程立にも緊張が走る。

 

「確かに儂は妖じゃが、こうして話もできる。お主らを喰おうなどと思っておらぬよ」

 

「それを信じろと申すか?」

 

「信じる信じないはお主らの自由じゃよ。まぁあくまで向かってくるのならば一捻りにして喰ってやるがの」

 

そう言いながら槍を趙雲に返す芙陽。

 

「…星、信じますか?」

 

「信じるも何も、こやつがその気なら我らは今頃揃って腹の中だ。手を出すわけにもいくまい」

 

「星ちゃんの言う通りですね~」

 

「わかってくれたかの?」

 

「あぁ。失礼した」

 

「良い。こちらも悪戯が過ぎたようじゃしの」

 

ケラケラと笑う妖に幾分緊張が緩んだ3人は、取り敢えず芙陽について聞くことにした。

 

「先程口元についていた血はもしかして~」

 

「クフフ…お主の想像通りじゃよ。じゃが余りに不味かったのでな、喰うのはやめじゃ」

 

「おぉ~やはり好みの味があるのですか~」

 

「その耳は…狐ですか?」

 

「そうじゃよ。儂は古の時代より生まれし狐の妖じゃ。本来の姿は…ほれ」

 

ポンッ、と煙が吹き出し、一瞬のうちに美女の姿から大きな狐の姿に変わる。

その大きさは芙陽の屋敷にいた際の姿よりも大きく、頭の位置は少女たちの頭上にある。寧ろこちらが本来の大きさであり、屋敷では不便であるため小さくなっていたのだ。

口は開けば人の頭など一飲みにしてしまうほどだったが、程立はそれに動じず芙陽へ近づいた。

 

「おぉ~。大きいですね~」

 

「カカカっ。あまり近づくと喰うてしまうぞ?」

 

「話が違いますよ~」

 

「服や剣は消えたのだな」

 

「服は儂の妖術で作っておったものじゃ。刀は…刀も同じ扱いじゃの」

 

「カタナ?」

 

「儂の剣じゃ。儂の国ではこの形の剣を刀と呼ぶ。切れ味重視じゃの」

 

そう説明しながら人間の姿に戻る芙陽。しかし今度は男性の姿になった。

 

「お主…男なのか?女なのか?」

 

「儂らにとって性別はあまり意味を成さぬよ。勿論性別のある者もおるが…。

 儂は長く生きておるからの。本来の性別は忘れてしもうた」

 

「繁殖はするのですか~?」

 

「こら風!下品ですよ!」

 

「カカカッ、儂も元は唯の獣。繁殖は可能じゃよ。勿論相手は選ぶがの。性別はあまり気にせぬから、気に入った相手の異性として過ごせば良いしの」

 

「適当ですね~」

 

「年寄りは細かいことを気にしなくなるものじゃよ」

 

「とてもそうは見えませんが…」

 

「何千年も生きとるんじゃ。見た目はある程度で止めておる」

 

「な、何千年って…」

 

「クフフ…儂から見ればお主らも、死にかけの老婆もただの小娘じゃよ」

 

「流石に傷つきますね~」

 

「さて…儂の話も良いが、少し聞きたいことがある」

 

「なんでしょう~?」

 

「まず場所じゃ。ここはどこかの?」

 

「は?……陳留の近くですが、わからないのですか?」

 

「陳留…曹操の土地かの?」

 

「良く知ってますね~」

 

「唯の知識じゃよ。それで、漢王朝はどうなっとる?」

 

「どう…とは?」

 

「まだあるかの?」

 

「まるで漢王朝が無くなってしまうかのような言い方ですね」

 

「気にするな。黄色い布を付けた盗賊団の話を知っておるかの?」

 

「黄色い布?…聞いたことは無いですね…」

 

(となると…やはり後漢末期かの。趙雲も劉備に会っていないようじゃし)

 

「どうしました?」

 

「いや、よくわかった。なに、ちょっとした世情調査じゃよ」

 

首を傾げる3人だが、そこで芙陽は出したままの狐耳をピクリと動かした。

 

「何か来るの…大人数、軍勢じゃな」

 

「おそらく陳留の刺史、曹操殿でしょう。この辺を視察に来るという情報がありました」

 

「む。遭遇すると面倒だな、向こうに街がある。そこへ行くか」

 

「そうしましょう~」

 

「儂もついて行って良いかの?」

 

芙陽の提案に、3人は顔を見合わせたが、すぐに結論は出た。

 

「人柄…人?まぁ性格は穏やかなようですし…私は構いません」

 

「私もその強さが気になるのでな、賛成だ」

 

「食べないでくださいね~?」

 

「クカカッ、お主ら次第じゃよ」

 

ケラケラと笑いながら3人に付いていくことにした芙陽だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

近くの街に入った芙陽達は、取り敢えず食事を取ることにした。

しかし、芙陽は路銀など持っていない。食べなくても平気なのだが、皆が食べている間ボーっとしているのも詰まらない。

そこで、飯店の場所だけ決めておいて、路銀を手に入れることにした。

店の前まで来ると、いつの間にか女の姿になっていた芙陽が切り出す。

 

「飯はここで良いかの。なら儂は少し稼いで来るから、待っとれ」

 

「稼ぐって…どうするつもりですか?」

 

「あまりやりたくはないが…効率的じゃよ」

 

そういうと芙陽は一人歩き出した。刀は趙雲に預け、歩幅を小さくして静かに歩く。

ゆっくり、静々と歩くその姿は、どこか気品を感じ、家柄の良い娘のように見えた。

趙雲は何故芙陽があんなことをしているのかわからなかったようだが、軍師を目指す二人はその行動の意味に気付いた。

呆れながら芙陽を見ていると、大柄な男たちが芙陽に近づき、囲み始める。困ったように周囲を見回す芙陽だが、関わり合いになりたくない民たちは見て見ぬふりをした。

 

「あ奴ら…!」

 

「星、落ち着きなさい。芙陽殿があの程度の男に後れを取ると思いますか?」

 

「は?……あぁ、そういう事か」

 

ようやく趙雲も芙陽の意図に気付き、そのまま静観する。

か細い声で周囲に助けを求めた芙陽だが、男たちに腕を取られ、裏道へと連れ去られて行った。

 

「助けたほうがいいでしょうか~?」

 

「なんだ?芙陽なら心配ないだろう?」

 

「いえ、あの男の方たちの方ですが~」

 

「「………」」

 

趙雲と戯志才は程立の言葉に顔を青くした。芙陽の人柄は先程からある程度理解している。だが、あくまで芙陽は妖、しかも肉食の狐なのだ。あの男たちが喰われないとも限らない。

程立の心配は当然であった。

 

どうするべきか迷っているうちに、ニコニコと笑顔の芙陽が戻ってきた。片手にはジャラジャラと音のする袋を持っている。

趙雲と戯志才は取り敢えず、芙陽の口元に血が付いていないことに安堵した。

 

「芙陽殿…食べてはいないですよね?」

 

「失敬な奴じゃな。殺してはおらんよ」

 

「しかし良い策ですね~。星ちゃんもやってみては~?」

 

「儂だって態々弱者を演じるなどしたくないんじゃよ。恥ずかしゅうてたまらんわ」

 

「私とてそのような行いはしとうないぞ、風」

 

「まぁ、そんなことより飯じゃ、飯」

 

路銀を手に入れた芙陽は、呆れる趙雲と戯志才の視線を逃れるように店に入っていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

さて、食事を終えた4人は、店の隅の席を陣取り、小声で話し合っていた。

というのも、食事中に聞こえてきた"ある噂"が原因だ。

 

『管輅って奴の占いじゃ、真っ昼間に流れ星が現れた時、天の御使いが大陸に平和をもたらす為に巨竜を倒しに来るらしい。なんでも、その御使いってのが金色の毛並を持つ獣なんだそうだ』

 

この話を聞いて噴き出したのが戯志才だった。丁度水を飲んでいたのだが、器官に入ったらしくむせてしまっていた。

趙雲、程立は目を見開いた後、心当たりのある『金色の毛並を持つ獣』に目を向けた。

 

「まぁ、儂の話に聞こえるの」

 

ここに来て最初に出会った男も戯志才も、流れ星を見て芙陽の元へ来たらしいことを言っていた。

巨竜というのはこの先にある暴君・董卓の事を指しているのか、それともその先の戦乱の事か。何より噂の根源は芙陽も良く知るあの娘だ。芙陽自身をこの世界に送ったのも管輅である以上、この話の『天の御使い』は芙陽以外の何物でもなかった。

取り敢えずは店の隅に移動して、聞かれないように小声で話し合っているのが今の状態である。

 

「で?芙陽殿、心当たりは?」

 

「管輅とやらも知っておる。まず間違いなく儂の事じゃろ」

 

あっけらかんと言う芙陽。これでも様々な呼び名で呼ばれてきた芙陽だ。

 

「今更呼び名が一つ増えたところで気にはせん。呼び名如きで儂が行動を変えることもないしの」

 

「つまり、平和のために戦うとかはしないのですか~?」

 

「儂は暇つぶしにこの世界(ここ)へ来ただけじゃ。面白いことがあれば首を突っ込みもするが、誰かのために苦労するなど御免じゃの」

 

「民が苦しんでいることに特に何も思わないのですか?」

 

「それは人の都合じゃ。藁にも縋る想いで頼まれたとて、儂は藁でも神でもない。人の事は人が解決したらいいじゃろ。

 というか、儂に頼って平和を手にしたとしても結果は見えておる。儂が疎ましくなって再び争うのがオチじゃ」

 

長く生きてきたからこその芙陽の言葉に、戯志才も反論はできない。

戯志才も『平和のために力あるものが戦うべき』などと言うつもりはない。今の言葉も芙陽が"天の御使い"についてどう思っているかが気になっただけの、唯の質問であった。

戯志才にとって平和とは、"天の御使い"などと言う不透明な存在に縋って施されるものではいけないと思っていた。平和とは、自分たちが最後まであがき続けた結果として掴み取るべきものだというのが、戯志才の考えである。

 

芙陽としても、この時代の民がどんな暮らしをして、どんなことに怯えているのかは理解している。先程芙陽が、演技とはいえ助けを求めたにも拘らず誰一人として介入しなかったことからも実情がうかがえた。

唯でさえ苦しいこの時勢、態々他人を助けるような余裕はない。上に立つ者が下にいるものを助けないのなら、自分たちでその身を守らなければならないのだ。

その考えは間違っていないと芙陽は思う。

誰かが立ち上がらなければいけない。時代を嘆くだけでは平和は訪れない。しかし、立ち上がるにも力が必要になる。戦う力、守る力、考える力、人を集める力が必要なのだ。そして、力が無いのが"民"である。たとえそれらの力があっても、『立ち上がる力』が無いのが"民"なのだ。ならば道は『生きるために足掻く』ことしか残されていない。それを責める権利など誰も持ってはいない。

 

「まぁ、時代とは常に動く"生き物"のようなものじゃ。いつまでもこのような状況が続くわけではない」

 

「時代が動く…と?」

 

芙陽の言葉に難しい顔をしていた戯志才が顔を上げた。

 

「そもそも一部の者が私腹を肥やすような時代が長く続く訳がないじゃろ」

 

「噂のように誰かが平和へ導くのですかな?」

 

「その平和へ導く者を『英雄』などと呼ぶが…英雄など都合よく現れるわけないじゃろ。民からの不満を溜めに溜めた現王朝が少しでも隙を見せてみろ。あっという間に皆で寄ってたかってすぐに引き摺り下ろされるぞ」

 

「では芙陽さんの言う『英雄』とはどのような者を指しますか~?」

 

「その"隙"を見逃さず、ここぞという機で立ち上がり勝利する者を英雄と呼ぶ」

 

「その…現王朝が倒れたとして、すぐに平和が訪れると思いますか?」

 

「そんな訳ないじゃろ。王朝が倒れるということは、上に立つ者がいなくなるという事じゃ。今度は誰が頂点に立つかの群雄割拠の時代じゃよ」

 

「ふぅ、争いは収まらぬか…」

 

「当たり前じゃ。そもそも漢王朝が高祖劉邦が築いたにも拘わらずこのザマじゃ。人の歴史は争いの歴史よ」

 

そう言って芙陽は、湯飲みに入った茶を飲み干した。

 

「いやはや、勉強になりましたね~」

 

「はい。流石と言うべきか」

 

「年の功でありますかな?」

 

いつの間にか敬語のようなもので話すようになった趙雲にケラケラと笑いを返す。

知らないうちに『芙陽の世情講座』になっていたが、話すべきはこれからどうするか、である。

 

「で、儂としてはしばらくお主らの旅に付いていきたいんじゃが」

 

「私としては構いませぬよ。鍛錬に付き合って頂くことになりますが」

 

ニヤリと笑って趙雲が言う。

 

「構わぬよ。其方のお主らはどうじゃ?」

 

「芙陽さんの話は勉強になりますからね~」

 

「私も賛成です。またお話をさせていただきたい」

 

「クカカッ、決まりじゃな」

 

取り敢えずの方針が決まった芙陽は愉快に笑った。

 

「それではこれから旅を共にする仲間、真名をお預けいたしましょう」

 

「良いのかの?」

 

「えぇ。芙陽殿は信頼に足るお人だと確信いたしましたので。これからは星とお呼びください」

 

「私も風と呼んで下さい~」

 

「お主もか」

 

「私も真名をお預けします。その前にまず、申し訳ありません。戯志才と言う名は偽名です。女の旅は危険ですからね」

 

「ほう、では本来の名は?」

 

「姓を郭、名を嘉。字は奉孝。真名は稟と申します」

 

(郭嘉かい。なんで戯志才を名乗ったんじゃ、別人じゃろ)

 

「ふむ。では星、風、稟。改めて、空孤・芙陽じゃ。よろしく頼む」

 

 

時は後漢時代。戦乱の幕開けとなるこの時代に空孤・芙陽は降り立った。

 

新たな世界への旅立ちに、狐がケラケラと笑っていた。

 




芙陽の大きさは大きな馬より少し大きいくらいだと思ってください。
あれです、もののけ姫のモロです。屋敷Verがモロの子供の山犬くらいですね。
曹操が芙陽に苛められて涙目になりながらフワフワの体に抱き付いて頭ぐりぐりしてる姿を想像して鼻血出しました。誰か首トントンしてぇ~!

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


2015.6.30 刀の銘を修正『常』の読み 『とことよ』→『とことわ』


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第二話 狐と雌猫

どうも、地元の祭りを控えて忙しい作者です。
なんだか瞬く間にお気に入りが50、60件と増えていきました。
皆様には感謝の一言に尽きますね!

今回は皆大好き雌猫ちゃんの登場です。


「良いか、よく聞け。……ここを野営地とする!」

 

「野営って、ここ何の変哲もない唯の道端ではないですか!」

 

白い着物を着た狐の男と眼鏡の少女が吠えていた。

 

現在芙陽たちがいる場所は、稟の言う通り道端である。しかし周囲の環境が良くなかった。

稟たちも旅を続けてきたから野営には慣れている。だが、それにしても野営に適する場所を慎重に選んでやってきた。人間が心理的に落ち着くとされる、大きな岩がある場所や森の中の少し開けた場所。または川の近くなど、夜盗や獣に襲われたとしてもすぐ対応できるように、様々な条件を吟味して夜を過ごしてきたのだ。

今回芙陽が野営地と提案しているこの道端は、見渡す限り荒野の、道のど真ん中であった。こうなると全方位に注意を向けなければならないし、背中を預けるものが無いのは落ち着かない。十分に休むことは望めないだろうと稟は考えていた。

 

「しかし次の街へ進むにはもう暗いし、体力も持つまい。安心せい、儂が一晩くらい番をしてやる。

 なに、今夜は満月じゃ。明りには事欠かないから周りも良く見える」

 

芙陽は暇な時ほどよく昼寝などをしているが、その実睡眠らしい睡眠はとることが少ない。元より夜行性の狐なのだ。

 

「今宵一晩休んだとして、明日には街へ辿り着ける。無理に夜の闇を進んで危険を冒すこともあるまい?

 それに、風もお主も体力は残しておくべきじゃ。いざというとき動けなければ命を落とすことになるぞ」

 

「う、ぐぅ…」

 

全くの正論を述べられて、稟は呻くしかない。

彼女としても、野営地がこんなにも無防備でなければ夜通し歩こうなどと思わないのだ。

その上芙陽が夜あまり寝ることがないと知ってるので、寝ずの番をしてくれるというのも有難い話であった。

 

「はぁ、わかりました…では、申し訳ありませんが私たちは休ませていただきましょう」

 

芙陽が旅に加わって一月ほど。稟にも芙陽の性格はある程度理解できている。

芙陽を一言で表すとすれば『底が見えない』や『何をするか分からない』だろう。

まず出てくるのが『自由』。それも『凄まじいほどの自由』だ。

とにかく気まぐれで行動するので予想は困難であった。

ある日、通り過ぎるだけの村でなんとなく別行動をし、いつの間にか村の子供たちと仲良くなっていたと思ったら村の近くの洞窟に大きな熊が潜んでいるという情報を掴んでいた。

星は討伐すると意気込んでいたが、『先に行って様子を見ている』と芙陽は忽然と姿を消した。星は急いで村人集め、いざ出発しようとした矢先に先行した芙陽が人の三倍はあろうという巨大熊を引き摺って戻ってきたのだ。その日は盛大に熊鍋が振舞われ、結局村に一晩滞在した。

 

このように芙陽は稟の予定を悉く狂わせ、稟としても最初こそ嫌気が差していたものの、夜などに聞くことができる芙陽の語りは軍師を目指す稟や風にはこれ以上ないほど興味深いものであり、考えさせられる話ばかりだった。振り回されるばかりではあったが、結局芙陽を嫌うことが出来ずにここまでやって来たのだ。

最近では芙陽が何を言おうと溜息ひとつで順応できるようになった。流されているだけだということには気付いてはいけない。

 

星や風はむしろ芙陽に嬉々として便乗していた。元々性格が似たような二人、馬が合ったのだろう。芙陽が何か言い出しても、最初は驚きこそするものの次には『面白そうだ』と芙陽と同じくニヤリと笑うのだ。

 

芙陽の性格を語る上で欠かせない要素がある。『悪戯好き』だ。

普段会話をしている中でも必ずと言っていいほど茶々を入れる。主に被害に遭っているのは稟だが。

朝起きると目の前に巨大な蛙がいる。主に稟の目の前にいる。

川で水浴びをしていると水中に引き摺り込まれる。主に引き摺り込まれているのは稟だ。

更に、稟が激しい妄想をすると鼻血を噴き出すという特殊な癖があると知られてからは、扇情的な女性姿で現れたり、男性姿で耳元で囁かれたりした。その度に鼻血を噴き出す稟にも問題はあるが。

流石の稟も一度文句を言ったが、『人をからかったり誘惑するのは狐や狸なら当然じゃ』と言われれば納得してしまう。…理不尽にも程があるが。

 

そんな困った性格の芙陽だが、『子供好き』という一面も見せる。村や街に立ち寄った時、子供たちが遊んでいるところを優しい眼差しで見守っているところを何度も見ることができた。時には子供たちに囲まれていることもあった。そんな時は常に柔らかな顔をしており、狐とは思えぬ母性を感じることができた。

また、普段大雑把な野性味あふれる言動とは裏腹に、雅を解する上品さも持っていた。稟たちも芙陽の知識の多さや智謀は知っていたものの、詩や草花の造詣にも深いことは驚かされた。

 

「荷物はまとめてすぐに動けるようにしておけ。外套も着て体を冷やさぬようにの」

 

懐から煙管を取り出して、妖力で火を付けながらその場に座る芙陽。

この時代に煙管など無い。これは芙陽が持参したもので、刻み煙草も自由に補充できる優れものだ。愛煙家である芙陽は現代的な巻煙草も好んでいるが、時代が時代なのでこちらを用意したのだ。

煙を好んで吸う芙陽に最初は怪訝な顔をした三人だったが、異国の嗜好品であると説明されると一応納得した。

 

芙陽に言われてそれぞれ寝る準備を始めた三人だが、ふと芙陽が立ち上がる。

 

「芙陽殿。どうされた?」

 

「この先で誰か襲われておる……女じゃな。相手は男、6人じゃろ」

 

「!!」

 

遠くを見つめながら報告する芙陽に、星が槍を手に持ち立ち上がる。

 

「芙陽殿!」

 

「先に行く、荷物を纏めて追って来い」

 

「わかりました~」

 

「我々もすぐに行きます」

 

そういった瞬間、目にも留まらぬ速さで駆け出した芙陽。三人も急いで荷物を背負い走り出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

Side ???

 

「ハァ、ハァ…!」

 

喉が熱い。焼けてしまいそう。もう走りたくない。

元々走るのは苦手だ。体を動かすのは私の役割じゃない。

 

それでも走らなきゃいけない。このまま止まってしまえば…

 

「いい加減諦めろ女ぁ!!」

 

「殺したりはしねぇからよ!」

 

後ろに迫ってくる盗賊たちに捕まってしまう。

冗談じゃない!私は"男"が嫌い。同じ空気を吸うことだって許したくない。

だけど、もしここで捕まってしまえばどんなことをされるか。想像しただけでも鳥肌が立つ。吐き気がする。

だから必死で逃げる。旅の荷物なんてとっくに捨ててしまった。少しでも体を軽くしなければ逃げられなかった。

最初に馬を殺されてしまったから、そうするしかなかった。

 

「ハァ、…あっ!」

 

体力の限界なのだろうか、それとも考え事をしていたせいか。無様に躓いて転んでしまう。

擦りむいた膝から血が流れ出す。でも気にしてる余裕なんてない。獣はすぐそこに迫っている。

 

立ち上がろうとしても崩れ落ちる。既に体力は使い果たしていた。足が震えていう事を聞いてくれない。

ここまでだろうか…そう思いながら懐の刃物を取り出した。

 

「なんだ?それで俺たちに勝てると思ってんのか?」

 

「立ち上がれないくせによぉ…もう諦めちまえよ!」

 

下品に笑いながらゆっくり近づいてくる。周りを見てももう半ば囲まれてしまっていた。

絶体絶命。恐怖で体が震え、涙が溢れ出てきた。このまま取り押さえられ、服は破かれ、犯されるのだろう。

絶望に飲まれながら考える。このまま最悪の末路に飲まれるくらいなら、いっそ死んでしまったほうが良いに決まっている。

 

そう思い、刃物を首に近づけた。

 

 

 

「折角の満月じゃ。無粋なことをするものではないよ」

 

 

 

すぐ後ろから声が聞こえて、思わず手を止める。

振り返ると、月明かりに照らされた美しい金色の髪をした、白い着物の男が立っていた。

 

いつの間にそこにいたのだろうか?さっきは誰もいなかった。正に突然現れた男に、思考が追い付かない。

 

「あ?テメェいつの間に来やがった?」

 

「なに、少し走ってきただけじゃよ。それよりお主等、この美しい月夜に免じてこのまま引き下がらんかね?

 この娘の血で景色を汚すには勿体ない程の満月じゃ」

 

夜空を指さしながら優雅に笑う男に、盗賊たちが笑い出した。

 

「ギャハハハハ!確かにキレーなお月さんだがな、俺たちにゃ関係ねぇ!それよりお前も殺されたいか!?」

 

「その腰の武器は飾りかよ?口だけでこの場を切り抜けようってか?」

 

「お前さん殺して娘犯して、俺たちは良い思いさしてもらうからよ、死ねや!」

 

一人の男が剣を振りかぶって駆け出した。白い着物の男はそれをただ見ているだけだった。

私は何もできず、ただこのまま殺されてしまうのだろうと目をつぶった。

 

「ぐぎゃ!」

 

一つ声がして、恐る恐る目を開ける。

そこには予想と異なり、いつの間にか倒れて呻く盗賊と、盗賊の腕を掴んだまま立つ白い着物の男がいた。

 

「走り方、腕の振り方、剣の持ち方、目線、受け身、顔……全部不合格じゃな」

 

最後の顔は関係無いんじゃ…場違いに呆れてしまう。

着物の男は少し足を上げそのまま盗賊の首に添えると、

 

「うっ」

 

ゴキッ!

 

力を入れて捻る。盗賊の首からは固いものが折れる音がして、そのまま沈黙した。

あまりにも自然に盗賊を死に追いやったことが、残った盗賊たちの恐怖を煽る。

勿論私も恐怖していた。白い男がこちらに近づいてくる。体は依然震えている。

 

「……ひっ」

 

目の前に男が来たことで、小さく声が漏れてしまう。

 

しかし、男は優しく笑うと、柔らかく私の頭を撫でた。

懐から布を取り出すと、私の擦りむいた膝に巻く。

 

「安心せい、お主はただそこにいれば良い。すぐに終わるからの」

 

諭すような声色に、男の顔を見た。何故だろうか、私の身体はもう震えていなかった。

 

男は私の前に立つと、腕を組んで声を出す。

 

「さてお主等、このまま引き下がるも良し、向かってくるも良しじゃ。好きな方を選べ」

 

月明かりに照らされて、男は美しくニヤリと笑った。

 

Side out

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽は向かってきた盗賊相手に刀を抜こうとはしなかった。

全ての攻撃を避け、すれ違いざまに首を掴み、人間では出すことのできない力で捻り潰す。

それを5回繰り返し、終わった時には芙陽と唖然としている少女しか残されていなかった。

 

「全員不合格じゃな」

 

ケラケラと笑いながら少女を見ると、目を見開いたままこちらを見ていた。

 

「怖がらせてしまったかの?」

 

苦笑いしながら近づけば、慌てて立ち上がろうとするものの、腰が抜けたのか再び崩れ落ちる少女。

かぶっている頭巾は猫のような耳の形をしており、動くたびに愛らしく揺れる。

 

「あぁ、良い良い。しばらく楽にしておれ」

 

「……そうね、そうさせてもらうわ。

 それと、一応感謝しておくわ。あのままだったらもう死ぬしかなかったのだし」

 

諦めてその場にペタンと座り込んだ少女は、未だ芙陽を警戒しながら不機嫌そうに礼を述べた。器用なことをする。

 

「それで?助けてもらった私が言うのもあれだけど、なんで私を助けたのよ?

 私を助けたとしてもあなたに得があるとは思えないわね……」

 

そこまで言うと、ハッと思い出したように自分の体を抱きしめて芙陽を睨む。

 

「私の体が目的なんでしょ!?『助けたんだから抱かせろ』とか言って迫るんでしょう!?

 このままどこかに連れていくんでしょう!そして私にいやらしいことをするんだわ!薄い本みたいに!」

 

「お主が男を嫌うのはわかったが、結論を急ぎすぎじゃの。そして時代に合わない発言はやめよ」

 

やれやれと溜息をつきながら懐から煙管を出す芙陽。そのまま火をつけて咥えると、煙を吐き出す。

 

「何よその煙。……まさか危ない薬?」

 

「これは煙管と言うての、異国の嗜好品じゃよ。多少の害はあるが旨いからの。酒のようなものじゃ」

 

「フーン…外国って変なものを好むのね…。それで?」

 

「うむ?」

 

「結局なんで私を助けたのよ?やっぱり体?体が目的なの?」

 

「お主のような小娘に劣情なぞ催さんわ」

 

呆れながら芙陽が言うと、小娘と言われた少女は憤慨した。どうすれば良いのかわからなかった芙陽は無視して話を続ける。

 

「最初に言ったじゃろ。今宵は満月が美しいからの」

 

「はあ?それがなによ?」

 

「聞いておらなんだのか?この月夜に血は無粋じゃよ」

 

「……それだけ?」

 

「そうじゃ」

 

「じゃあ、もし今夜月が出ていなかったら…」

 

「お主など放っておったかも知れぬのう」

 

ケラケラと笑う男に、冗談かと思った少女だが、周囲を見て考える。

少女を襲おうとしていた盗賊たちが死んでいる。一滴も血を流さずに(・・・・・・・・・)

全員が首の骨を折られて死亡していた。

少女は芙陽の言った言葉を思い返す。

『血は無粋』

その言葉の通りにこの場には血の一滴も流れていない。少女の擦りむいた膝に滲んでいるだけだった。しかしその傷も芙陽の巻いた布に隠されている。

少女は確信する。根拠には乏しいが、芙陽の言っていることは真実だと。

同時に月夜に感謝した。もし月が隠れていたのなら、少女の命はここで果てていた。

 

「……助けてくれたのは感謝するけど、もう少しマシな理由でお願いしたかったわ」

 

「カカカッ。何を言うか、助かったのだからそれで良かろう。それよりお主も月を愛でておけ。

 これほどの満月はそうそう見れるものではないよ」

 

「――まさか野営を言い出したのも月見のためではないでしょうな?」

 

突然掛けられた声に振り返ると、息を乱した三人娘が現れた。

 

「いや、遅かったの。そして星、ほぼ正解じゃの。じゃが先程の理由も嘘ではないよ」

 

そういう芙陽に苦笑いを返す星は、未だ座り込んでいる少女に声を掛けた。

 

「大丈夫か?見たところ大きな怪我はないようだが」

 

「えぇ、あの煙男に助けられたわ。ふざけた理由だったけど、本気なの?」

 

座り込んで動かない少女だが、悪態をつくほどには回復したらしい。

少女の問いに答えたのは息を整え終えた稟だった。

 

「無事で何よりです。そしてあの方の言うことはまず間違いないでしょう。

 冗談を言う事もありますが、人をからかう時にも嘘らしい嘘はつかず、理論武装で翻弄させて来るようなお方です」

 

「人聞きが悪いのう」

 

「事実でしょう。……と言うことで、今回もあの方の気まぐれで人助けをしたのでしょう」

 

「我が道を突き進んでいるわね…」

 

「壁があったらすり抜けるようなお方ですからね~」

 

「意味がわからんぞ」

 

やっとのことで調子を取り戻した風も会話に参加した。

座り込んでいた少女も、腰が回復したのかゆっくりと立ち上がろうとしている。

 

「全く!助けてもらったのは本当に感謝するけど、これだから男は嫌なのよ!いつもいつも自分勝手で、野蛮で!」

 

「おや、そこまで男が嫌いであったか。ならばこっちならどうじゃ?」

 

ニヤニヤと笑う芙陽に、稟が慌てる。

 

「まさか、まっ…!!」

 

ポンッっと音がして煙を出すと、やはり芙陽は女の姿になっていた。

依然ニヤニヤと笑っている。

 

「はぁ…」

 

「なっ、……え!?」

 

頭を抱えて溜息をつく凛と、混乱して再び尻餅をつく少女。

 

「どうじゃ?これならお主も文句はないじゃろ?」

 

妖艶な笑みを浮かべながら近づいてくる美女に、少女は顔を赤くして息をのむ。

月明かりに照らされた芙陽の美しさは、姿を変えたという事実を少女の頭から追い出した。

 

(綺麗……)

 

なにも考えることが出来なくなった少女は、唯々芙陽に見とれるばかりとなっていた。

その間に芙陽は少女の目の前で屈み、愁いを帯びた表情で少女の頬に手を伸ばす。

 

「儂の事が嫌いなどと…寂しいことを言わないでおくれ…」

 

「は、はい…」

 

少女は最早考えることを完全に放棄していた。頬を撫でられて好悦としながら見つめ合う。

 

「芙陽殿。いたいけな少女をからかうのはあまり関心しませんな」

 

「はっ!?」

 

星の言葉に我に返る少女は、ビクリと震えて芙陽から距離を取った。

 

「あっ、アンタ!何物よ!妖怪の類!?」

 

「カカカッ。今更強がっても可愛いものよ。お主は猫の妖かの?」

 

「これは唯の頭巾よ!私は人間なんだから!!」

 

顔を真っ赤にしながら地団太を踏む少女に、稟が溜息をついた。

 

「はぁ。芙陽様も貴女も、その辺にしてください。それで、貴女はこれからどうするのですか?」

 

「何よ。アンタも妖なんじゃないの?」

 

「この場に妖は芙陽殿一人だけですよ。私たちはれっきとした人間です」

 

「なんで妖怪なんかと一緒にいるのよ!」

 

「妖怪なんかとは失礼な小娘じゃな。喰ってしまうぞ?」

 

「ひぃ!?」

 

「芙陽さ~ん、話が進まないのでぇ……」

 

「わかったわかった」

 

煙を吐き出して黙った芙陽を確認してから、稟が話を続ける。

 

「まぁ、確かに妖怪『なんか』とは言いすぎですね。私たちは芙陽殿の深い知識と世を見通す思慮深さに感銘を受けて旅を共にしています」

 

多少話を盛った部分があるものの、少女を説得するために凛は話した。

 

「私は武者修行として旅の共をしている。芙陽殿に稽古を付けて貰いながらな」

 

「なによ、強いのはさっき見たけど、頭もいいの?」

 

「何千年も生きてきた老骨狐さんらしいですからね~」

 

「風、お主から喰ってやろうかの?」

 

「狐?」

 

「うむ?儂は狐の妖じゃよ、ほれ」

 

そう言って狐の姿になる芙陽。

 

「ひっ……おっきいわね…」

 

「おや?この前見た時よりも随分小さいですね?」

 

「これより大きいの!?」

 

芙陽は以前稟たちに見せた本来の大きさではなく、屋敷にいたころの大きさになっていた。

 

「あまり大きいとそこの娘が怖がるからの」

 

「……お気遣い感謝するわよ…」

 

ムッとしながらもそういう少女は、芙陽の存在に順応してきたようだ。大分恐怖心が薄れている。

それを確認した芙陽は再び人間の姿(女)になり、再び煙管を咥えた。

 

「さて、私たちの話は良いとして、貴女はどうしますか?」

 

「どうするって…荷物も全部なくしちゃったし、近くの街に士官でもするわよ」

 

「士官?」

 

「これでも軍師なのよ。以前は袁紹の下にいたわ」

 

「ほう…それで近くの街というと…公孫賛の街か?」

 

「そうなるわね」

 

「ふむ…私もご一緒しよう」

 

「星?急にどうしたのですか?」

 

「いや、そろそろ私の路銀も尽きてしまうのでな。ここらで一稼ぎしようかと」

 

「ふむ。儂もじゃな…星、娘。その士官、儂も付き合おう」

 

「芙陽殿までですか?……風はどうします?」

 

「どうしましょうね~。芙陽さんも星ちゃんもいないとなると、道中の危険が増しますし~」

 

「では取り敢えず明日街に行って、それから決めましょう」

 

「そうじゃの……そういえば娘、お主の名は?」

 

「むぅ、私は荀彧。字は文若よ」

 

(荀彧とな…見殺しにせんで良かったの…)

 

「そういうあなたの名は?」

 

「儂は芙陽という。空孤の妖じゃ」

 

「私は戯志才と言います」

 

「程立と言います~」

 

「私は趙雲、字は子龍だ。よろしく頼む、荀彧よ」

 

 

 

月明かりの下、狐と猫が出会う。

 

この出会いは猫にとって良いものか、はたまた悪いものかは、まだ誰も知らない。




いろんな意味で猫ちゃん狐に食べられちゃいそうですね!
逃げて~。荀彧逃げて~!

取り敢えず調子が良いので恋姫のほう進めました。
マジ恋のほうは今しばらくお待ちください…(涙)
これから赤い髪のあの子の所へ行ってから、もう少し旅を続けます。
稟と風はどうしようか…。星は恐らく白蓮ちゃんの所でしばらく働くと思いますが。
雌猫はなぁ~…。多分曹操のところにそのまま行くんだけど…。
どうしてやろうかなぁ~(ゲス顔)

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第三話 早めの出番だよ!やったねぱい・・・

仕事がお休みなので連日投稿です。
え?もっと早く書け?こやつめハハハ!
時間があるからってすいすい書けるわけじゃないんです……

今回は少し短めになりました。
初めての戦略…矛盾点が無いといいのですが…


「ねぇ、アンタってもしかして"天の御使い"?」

 

日が昇ると同時に行動を開始した芙陽たちは、街に向かって歩いていた。

 

「噂を聞く限りそういう事になるの。儂以外に妖狐がいなければ」

 

荀彧は未だ若干の警戒心を残しながらも芙陽の隣を歩いている。

 

「じゃあアンタ世の中を救うつもりあるの?とてもガラじゃないわよ?」

 

「儂もそう思うの。元より人のために働くなど御免じゃし」

 

「そうよねぇ?……じゃあアンタなんで旅してるのよ?」

 

「この時代は動乱の幕開けじゃ。これから立ち上がる英傑となり得る人間でも見ようと思ってな」

 

『英雄など都合よく現れない』とは芙陽自身の弁だったが、時代の流れを知識として持っている芙陽であればこれから時代の中心となる人物には心当たりが多い。それに、ここまでの不況となると既に立ち上がる、もしくは立ち上がろうとしている英傑もいる筈だと踏んでいた。先を見通す眼を持ち、力を蓄えている臥龍たちを見てみようかと思ったのだ。

 

("臥龍"とは…引き籠りの小僧だけの言葉ではないしの)

 

「ふーん…それで、今のところ注目してるのは誰よ?」

 

「ふむ、まだ旅を初めて一月。儂の眼鏡に適うのはそこの三人だけじゃな」

 

そう言って"趙雲"、"郭嘉"、"程立"を指す芙陽。

 

「なに?あの三人は英傑足る人物なの?」

 

「趙雲は槍の達人、昨夜の盗賊たちも余裕で倒すじゃろ。戯志才と程立は軍師じゃな。二人とも戦略、軍略に長けておる。

 しかし趙雲は些か突出が過ぎる。人の身ではいつか限界を迎えるの。戯志才は先を見通す力はあるが、幾分視野が狭く、柔軟性に欠ける。程立はもう少し"焦っても"悪いことにはならん」

 

実は芙陽の言葉に舞い上がっていた三人は、途端に始まった欠点の暴露に肩を落とした。

 

「…よく見ていると思うけど、"焦る"ってどういうことよ?」

 

「風…程立は常に平常心、落ち着いた心で物事に当たる。それ故の柔軟性は目を見張るものがある…が、臨機応変に対応しようとするあまり、万能と言えば聞こえはいいが、突出した特技は無い。

 …そうじゃの、戯志才と共に仕官すれば互いに補い合うことができるじゃろ。仲も良いしの」

 

「耳が痛いですね~」

 

「クフフ、年寄りの戯言と思っていると足元を掬われるぞ?心の片隅にでも留めておけ」

 

「わかりましたのです~」

 

「そこの人形も程立をよく見ておけ」

 

「ったりめ~よ狐さんよ」

 

「っ!?あの人形喋るの!?」

 

「妖力も何も感じぬが、喋りそうではあったからの」

 

「いや、声も程立だし、喋るって言うよりは…」

 

「おうおう、なんだよ猫娘。俺に文句でもあるってかい?」

 

「いや、もう良いわ…」

 

げんなりと肩を落とす荀彧だったが、内心ではそれよりも芙陽について考えていた。

 

(確かに人を見る目はある。弱点も理解してる。それを補う方法も…。

 なにより、これからの時代の"先"もある程度見えているような気がするわ…話を聞く価値はあるかも)

 

「ねぇ、アンタ」

 

「芙陽と呼ばんか小娘」

 

「うぐっ、ならアンタ…芙陽も私を小娘扱いしないで頂戴」

 

「カカカッ。なにかね、荀彧?」

 

「芙陽、共に公孫賛の下へ士官するなら、私にもあなたの考察を聞かせてくれない?」

 

「それは、稟と風に話したことをお主にも話せば良いのか?」

 

「えぇ、彼女たちの話ではかなり勉強になるみたいだし」

 

「ふむ…荀彧、お主いつまでも公孫賛の下にいるつもりではないじゃろ?どうするんじゃ?」

 

「旅費が溜まったら曹操様の下へ行くつもりよ」

 

「ほう……曹操か」

 

やはり、と思っていた芙陽だが、曹操の名を出した途端に荀彧が頬を染めて語りだした。

 

「当たり前よ!曹操様は正に英傑、英雄足る人物に違いないわ!その辺の男なんて歯牙にもかけない武勇を持ちながら、自ら書を編纂する知識、軍を率いる智謀!噂では幼少から覇気を纏っていたと言うわ!そして何より誰もが振り返る見目の麗しさを持っていると聞いたのよ!」

 

「ほー」

 

興奮する荀彧に、芙陽は煙を吐いて答えた。

 

「ちょっと!いつの間に煙管なんて取り出したのよ!私の話聞いてた!?」

 

「お主の曹操自慢はどうでも良かったがの、曹操には少し興味が湧いた」

 

「へ?」

 

「荀彧、路銀が溜まったら儂も曹操の下へ行くぞ」

 

「えぇ!?」

 

「代わりに護衛をしてやる。案内せい」

 

「ちょ、そんな簡単に決めるの!?」

 

「荀彧よ、芙陽殿はいつも気まぐれに行動なさる。諦めよ」

 

「意味わかんない!?」

 

「ほれ、街が見えてきたぞ」

 

「話を聞きなさいよ!?」

 

「荀彧殿がいると何故でしょう?とても楽ですね」

 

「苛められる対象が移りましたね~」

 

「ちょ、助けなさいよ!?」

 

「これ荀彧、しっかり芙陽殿の相手をせんか」

 

「あ、押さないでよ!」

 

「お、なんじゃ愛い奴じゃの」

 

「あ、ちょ、抱っこしないでよ!持ち上げるんじゃないわよ!!

 なんなのよおおおぉおぉお!!?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「で、荀彧と言ったか?……なんかお前だけ疲れてないか?」

 

「……気にしないで」

 

疲れた顔でうなだれている荀彧を、赤い髪の少女、公孫賛が心配している。

 

あれから一行は公孫賛の治める街に入り、取り敢えず食事を取りながら今後の行動を話し合った。

芙陽、星、荀彧は士官をするために公孫賛へ謁見することに。

稟と風はこのまま旅を続けることにしたが、女二人だけの旅は危険と判断し、行商の一団がいればそれに付いていこうと思ったのだ。そこで、行商の情報があればと思い芙陽たちと共に公孫賛へ謁見することにした。

 

因みに、芙陽は現在女の姿になっている。一応騒ぎにならないように、このまま正体を隠すよう星や凛に説得されているので、面倒ではあるがしばらくは女で過ごすつもりだ。

 

「それで芙陽、趙雲、荀彧が士官してくれるのか?」

 

「左様。芙陽殿と私は武芸を、荀彧は軍師としての働きを約束いたしましょう」

 

「扱いは客将で良いのか?」

 

「儂らは路銀を貰えたらそれで良い。まだ一か所に留まるには時期が早いからの。いずれは旅を続けるつもりじゃ」

 

「あの、雇い主相手なのですから少しは敬語を使ったらどうですか…」

 

稟は頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てていた。

 

「ハハハッ。良いよ、堅苦しいのは私も嫌いなんだ。

 戯志才と程立はどうするんだ?」

 

「我等はこのまま旅を続けます。しかし女二人では危険が多いのです」

 

「成程な。行商にでも付いていくのか。たしか南に向かう一団が明日出立するな」

 

「丁度良いですね~」

 

「情報感謝します」

 

「良し、部下をやるから一団に話を付けてくれ。私の部下には案内するよう言っておくから、そのまま旅の準備をすると良い。案内された店なら多少安く買えるはずだ」

 

「おや、公孫賛殿は随分とお優しいですな」

 

「私の懐が痛まないなら恩は売っておくべきだろう?」

 

「カカカッ。なかなかやるの、公孫賛」

 

「なんだかアンタには敵わない気がするよ、芙陽殿」

 

「クフフ、もっと気安く呼ぶが良いよ、伯珪」

 

「うわーもう会話の主導権取られた…強いな芙陽…」

 

「芙陽殿は武も際立つが弁もお強いからな。それと私も伯珪殿とお呼びしても?」

 

「あぁ。よろしく頼むよ趙雲。あと荀彧も好きなように呼んでくれ」

 

「ふーん、まぁ世話になるわよ公孫賛」

 

穏やかな面通しが終わり、現在は特に仕事は無いとのことで、一行は稟と風の旅支度へ街に繰り出した。

一団との交渉が終わり、買うものも買って支度を終えた凛と風は、公孫賛の部下に礼を言って解放した。

現在は甘味の店で一息付いている。

 

「この不況でも良く街を治めているな、伯珪殿は」

 

「そう?ちょっと印象は薄いけど」

 

「確かに突出した才があるわけでは無いが、治政と賊の討伐をほぼ一人でやっていることは賞賛すべきじゃな」

 

「一人?どうして一人だと?」

 

「我等の謁見に伯珪一人で立ち会っていたじゃろ。それに『客将で良いのか?』と聞いてきたしの。少しでも人材を確保しようと必死なんじゃろ。

 街を見ても警邏の兵はいるが、どうも"ただ回っている"というだけの抑制しかできておらん。指導が行き届いていないようじゃの。これも将となる人物がいないからじゃ」

 

「よく見てますね~」

 

「お主等もこれから仕官するならそういう"眼"を養うことじゃな」

 

「芙陽、アンタはどうやって養ったのよ?」

 

「若いころは人に混じって天軍相手に兵を率いていたからの。その時の経験は貴重じゃったのう」

 

懐かしむように言った芙陽だが、その言葉に四人が驚いていた。

 

「天軍って…芙陽殿は天を相手に戦ったのですか?」

 

「アンタ天の御使いじゃなかったの!?」

 

「"天の御使い"等と言っておるのはどこぞの占い師が勝手にしたことじゃ」

 

「というか、天に背いていた人たちがいたのですか~?」

 

「儂らの国は最初は群雄割拠じゃった。そこで天が兵を送っての、統一を果たすまではいろんな神々が争っておったよ。

 儂はなんとなく入った軍が天を相手にしていた国だっただけじゃ」

 

「ほう、天軍は強かったですかな?」

 

「当たり前じゃの。儂も何回死にかけたことか。まぁ、あの戦乱を生き残ったからこそ後に儂を討伐しに来た奴らにも対抗できたんじゃが」

 

「アンタ討伐対象だったの?」

 

「『天で働け』と煩かったのでな、無視しておったら神も人も軍を率いて儂を殺しに来よったわ」

 

「よく生き残りましたねぇ…」

 

呆れながら芙陽を見る少女たちに、芙陽はいつものようにケラケラと笑っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

一夜明けて、稟と風の出立である。

 

「それでは芙陽殿、お世話になりました。星、荀彧殿もどうかお気をつけて」

 

「お主等もの」

 

「道中体を壊さぬようにな」

 

「フフフ。荀彧さんは今度会うことがあれば真名を教えてあげますよ~」

 

「あらそう?なら私もそうしてあげるわよ」

 

「では皆さん、またいずれ」

 

「しばしのお別れですね~」

 

「達者での」

 

あっさりと別れの挨拶を済ませ、去っていく二人を見送った。

 

「さて、芙陽殿、荀彧。伯珪殿が北の古い砦の賊を討伐しに行くらしい。これから軍議がある」

 

「先に砦へ行っても良いかの?」

 

「駄目に決まってるでしょ!」

 

荀彧は怒りながら先を歩いて行ってしまった。

 

「やれやれじゃの。冗談も通じぬ」

 

「芙陽殿は本当にできてしまいますからな。冗談に聞こえませぬ」

 

ケラケラと笑いながら荀彧の後を追う二人。

そして軍議に出席したは良いものの…

 

「だから、火矢で一気に砦を燃やせば混乱して戦力が大きく減るでしょう!?」

 

「それでは時間が掛かる。火を消しているうちに混乱が収まるとも限らんではないか。

 それにすべて燃やさずに戦を終えれば砦の物はすべて手に入るのだぞ」

 

荀彧と星の意見が真っ向から衝突していた。

公孫賛は多少戸惑いながらも星の意見に傾いている。芙陽は煙管を吹かしながら見守るに留まっていた。

 

「だからと言って砦の外に敵を呼び出してどうするの!被害が広がるだけじゃない!」

 

「我等のような将のいる今なら統制が取れるはずだ。有象無象にやられる兵ではないだろう」

 

二人の意見はどちらも正しいと言えるものだった。合理性に適った荀彧の策と、賭けではあるが成功すれば大きな戦果となる星の策。どちらも実行足り得る意見であった。

しかし、もう既に意見を出し合って長い時間になる。昼食の時刻が迫っており、周囲の人間の腹も鳴り出した。

 

「はぁ…伯珪よ、儂が意見を纏めても構わぬか?」

 

「ん?あぁ。そろそろ決めないとな…。何かいい案があるのか?そこの二人が納得する形で」

 

「うむ。……お主等、ちと話を聞け」

 

「どうされた、芙陽殿?」

 

「なによ?」

 

「お主等、互いの意見を通そうとするあまり視野が狭くなっておるの」

 

「ふむ…では芙陽殿は何か策がおありかな?」

 

意見を止められた星が少し牽制するようにきつく言うが…

 

 

 

「舐めるなよ小娘が」

 

 

 

芙陽の放った殺気にその場にいた全員が黙る。意見した星も冷や汗を流して息を飲んだ。

荀彧も公孫賛も、突然の殺気に顔を青くしている。

 

全員が黙したのを確認し、芙陽は殺気を収めた。

 

「ふむ、聞く姿勢はできたようじゃの。

 では、まず伯珪。砦を全て焼き尽くすような矢は用意できるのか?」

 

「あ、あぁ。だが火矢として使うのとなるとギリギリの数になる」

 

「荀彧。お主今までは袁紹の下にいたのだったな。だからそこを基準に策を立てておったようじゃの。自らの勢力の軍備は確認しておくことじゃ」

 

「ぐ、……そうね」

 

「それと星、将がいると言っても儂らは今日配属されたばかりで調練も何も行っておらん。己の評価が高いのは構わんが、過信をすると痛い目を見るぞ」

 

「むぅ…確かに、仰る通りです」

 

「伯珪が一番問題じゃの」

 

「ええ!?」

 

「当たり前じゃ。お主が我らを率いるのに、なんでお主が一番うろたえておるんじゃ。上に立つ者がそんなことでどうする。

 あとは二人を諌めなかったのもな。長引くのは目に見えておった。早々に諌めて仕切りなおした方が良かったの」

 

「うぅ…すみません」

 

「大将が簡単に頭を下げるな。部下が見ておるんじゃぞ」

 

「は、はい!」

 

一瞬で場を諌めた芙陽。その姿に周囲の兵たちがザワ付き始める。

 

『あの美しい女性は何者だ?』『あのような殺気は初めてだぞ』『それに二人の策の弱点を突くあの智謀は…』

 

好き勝手に話し始める兵たちに、またもや溜息をついて芙陽は公孫賛を睨んだ。

 

「ひぃ!?…皆静かに!!……芙陽、お前の意見を聞かせてくれ」

 

「うむ。先程口論していた二人の良いとこ取りじゃ。

 まず部隊を二つに分け、これを砦正面に待ち構える隊と側面に配置する隊とする。側面部隊は更に二つに分ける。

 砦内部は斥候が詳細に掴んでいるのだろう?少数の火矢で食糧近辺を集中的に燃やし、ある程度混乱したのちに正面部隊が銅鑼で大きな音を出し、更に混乱を招く。そこで正面大門を開き、一当てして後に正面部隊が後退。敵を釣る。この時の指揮は伯珪が行う。

 敵の最後尾が砦を出たところで側面部隊が奇襲、挟撃と共に砦内部も制圧すれば、最大の戦果を得られるじゃろう」

 

周囲から感嘆の声が漏れた。星と荀彧の意見を見事に融合させた策であったためだ。

荀彧は芙陽が説明しだした最初のころに意図に気付き、悔しそうに顔を歪めていた。

 

「芙陽殿、策は見事ですが、兵の連携は大丈夫ですかな?」

 

「一番連携が必要なのは敵の攻撃を受けながら後退する正面部隊じゃ。だからこそここは伯珪が仕切る。あとは奇襲を星、内部制圧を儂が率いれば良い」

 

「成程…いや、お見事です。感服いたしました」

 

「あぁ。これなら兵の損失も最小限に収められる!」

 

「荀彧はどうじゃ?」

 

「悔しいけど芙陽の策が一番理に適っているわ…」

 

「なに、少し落ち着けばお主でも思いついていたよ。今日は少し熱が入ってしまったようじゃの」

 

「ふんっ」

 

子供の用に拗ねた荀彧に、優しく微笑んだ芙陽。周囲では早速策の細部を詰め、準備を開始していた。

そんな中で芙陽は煙管を咥えながら、荀彧に近づいて頭を撫でる。

 

「クフフ…ムキになるようではまだまだじゃのう」

 

「あ、ちょっと、撫でないでよ!」

 

顔を真っ赤にしながら逃げ出す荀彧に、狐はケラケラと笑っていた。

 




最後はなんだか荀彧がチョロインになりかけてますね。
このまま苛め抜いてトロトロにしてやりたいです。あ、まだ好感度は低いですよ?もうちょっと弱らせないとボールで『ゲットダゼ』できそうにないです。

今回の戦略どうですかね…意見どうこうではなく、納得できる策であったならそれでいいです。素人考えの策なので…。
次回は遂に大きな戦闘ですね!うまく書ければ良いのですがね!
ダレカタスケテ……

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第四話 月には秘密で

戦闘終了まで勢いで書ききったぞー!おー!
戦闘描写って難しいです。台詞ばかりだと単調だし、説明ばかりでも迫力なくなるし…。
精進しろってことですね?ですよねー。
休みは今日までなのでまた更新は送れます。
でも書いてはいるんです。作者頑張ってます。どすこい!


ある夜の事。男は食料を見張る役目を受けていた。

 

彼がこの砦に来たのはもう半年も前の事であった。

今では彼もその同類となっているが、彼も自分の村を盗賊に焼かれた農民であった。

ある晩、悲鳴を聞きつけて飛び起き、外に出ると既に村には盗賊たちが跋扈していた。家は焼かれ、食料や金品は持ち去られ、男や子供、老人たちは殺された。女たちは殴られ、そのまま連れていかれた。

彼にも妻と、13になる娘がいた。妻子を守るため、農具を手に取ったが、突如後頭部に強い衝撃を受け、そのまま倒れて動けなくなった。妻子は逃げようとしたものの、すぐに男たちに囲まれた。泣き叫ぶ娘は連れ去られた。妻は家の中に引き摺り込まれ、何度も謝っていた。男たちの笑い声と妻の叫び声を聞きながら、男は意識を失った。

意識を取り戻した男は目の前の惨状に涙した。しかし自ら命を絶つ勇気もなく、なし崩しに盗賊となった。

 

「あー…早く終わらせて女のとこ行きてえなぁ」

 

男は誇りも矜持も無くし、死んだ目をしながらただ流されるように生きていた。

遠くで男たちの笑い声が聞こえる。この賊の中でも上位に立つ者たちだ。幽かに女の叫ぶ声も聞こえる。酒を飲んで女を嬲っているのだろう。

見目の麗しい女は上層の男たちに引き渡される。下層の自分たちには所謂"余り物"の女しか抱くことはできない。しかし、欲望を満たすだけならばそれで充分であった。

そんなことをつらつらと考えながらその場に座り込む。食料番など彼らの中では立っているだけの仕事だ。暇を持て余し居眠りをする者すら現れる。

 

しかし、今日ばかりはそんな自分たちに後悔することになる。

 

ザシュっと、何かが刺さるような音が聞こえる。それも一つではなく、複数。連続的に聞こえてくる。

 

「…は?」

 

一瞬理解できずに思考が停止する。

目の前の光景。何本も何本も、数えきれないほどの弓矢が周囲に刺さっている。男に刺さらなかったことは奇跡と言えるほど、食料にも、建物にも、人間にも刺さっていた。

 

問題なのはその弓矢であった。雲がかかり月が隠れた闇の中でもその弓矢の数が理解できる。すべての弓矢が明りを灯している。

 

火矢―――それを理解した瞬間、男も、周りで矢に刺された男たちも、叫びだした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

砦の向こうから叫ぶ声が聞こえてくる。火矢に気付いた盗賊の男たちだろう。

 

「うむ。上手く混乱しておるの」

 

金の髪を長く伸ばした女は笑う。彼女の人間離れした聴覚は、見えない砦の中の状況を察知した。

 

「荀彧、合図じゃ」

 

「えぇ。…燃やしなさい!」

 

荀彧が叫ぶと、高く大きく作られた松明に火が灯され、大きな明りを作った。

それを合図に、砦の門正面に構えた部隊から大きな銅鑼の音が響き渡る。闇夜から突然現れた軍勢に、盗賊たちはさぞ驚いていることだろう。

 

「暫くは観戦ですかな?」

 

「そうじゃの、できるだけ早く門を開いてもらいたいものじゃ」

 

「そう簡単に開くとは思えないわ……って!?」

 

荀彧が目にしたのは、大きな門を開き、叫びながら飛び出してくる男たち。

 

「開いたな、門」

 

「開いたのう、門」

 

「……馬鹿なんじゃないの!?」

 

憤慨しながら、思わず『自分が砦の中にいたらどのような策を使うか』という考えをしてしまう荀彧だった。

 

「思ったより早く出番が来そうじゃの」

 

「まぁ、その方が楽ですし、良いではありませぬか」

 

「そうじゃの。では荀彧、儂らは前に出て隊を率いる。最後尾が見えたらすぐに出るからの。お主には弓隊の指揮を任せる。あと伝令もじゃ」

 

「わかったわ。逸るんじゃないわよ?」

 

「若造じゃあるまいし、そんなことせんわい」

 

ケラケラと笑いながら隊の前に出る芙陽と星。

砦の門から出てくる男たちは、既に後退する正面部隊を追いかけていた。

 

「そろそろじゃの」

 

「では……。

 聞けい!!我らはこれよりあの賊共に奇襲をかける!!趙雲隊は賊の後ろから挟撃する!!

 奴らの尻には火が付いている!混乱した賊など取るに足らん獣と同じ!

 全力で追い立て切り付けよ!!」

 

「儂ら芙陽隊は砦に入り制圧する!中は火計によって混乱しておる。容赦なく攻め立て蹂躙せよ!

 奴らに兵の恐ろしさ、思い知らせてやるがよい!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

「「行くぞ!!!」」

 

雄たけびを上げながら走り出す軍勢。

賊の男たちが気付いた時には、既に最後尾は砦から離れてしまっていた。そこへ星率いる趙雲隊が流れ込み、退路を塞ぐ形になった。

芙陽隊は趙雲隊の後ろから砦に侵入。火を消すために走り回っていた男たちを容赦なく切り捨てていく。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

一方、公孫賛は暗闇の中、芙陽と星の動きを良く見ていた。

 

「側面部隊が動いた!!今こそ反撃の時だ!!槍兵が一当てした後、すぐに攻勢に出る!!

 全軍、止まれ!!槍兵、攻撃!!」

 

公孫賛の号令の下、全軍が足を止めて盗賊たちに槍を突き付け、先頭の賊の命を終わらせた。

 

「よし、掛かれぇええ!!!」

 

『ぉぉぉおおおおおおお!!!!!』

 

叫びながら槍を手に走る兵たちを見て、公孫賛は考える。

 

(側面部隊、趙雲も芙陽も上手く士気を上げていた。突入の機も見逃さなかった。二人の連携もとれている。趙雲隊が退路を塞ぐように滑り込み、その後ろの芙陽隊を守るように奇襲をかけていた。芙陽隊も趙雲隊にしっかり付いてきて、砦と趙雲隊を縫うように門を潜って行ったし…とんでもない奴らだ)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

荀彧は砦の上の通路を占拠し、弓兵を配置していた。半分は野戦をしている軍の近くで援護をさせ、残りの部隊で砦の上部を制圧、砦内部の援護に充てるためだ。

 

「味方には絶対当たらないようよく狙いなさい!」

 

声を張り上げて支持を出し、周辺の警戒も忘れない。

 

ふと砦の中を見てみると、暗闇であるにも関わらず金色に輝く存在を見つけた。

 

(なによアイツ…あんな目立っちゃって、死んでも知らないわよ!?)

 

案の定敵の男たちに囲まれる芙陽。しかし、次の瞬間には男たちは崩れ落ち、芙陽は既に駆け出していた。

 

「なっ!?」

 

強いとは聞いていた。その強さも間近で目にした。

しかし、芙陽は荀彧の予想を遥かに超えた強さを持っている。

 

(なによ今の!?何をしたのかもわからずに敵が死んでたじゃない!?)

 

砦に上ってからすぐ確認した趙雲も、目を見張る戦働きをしていた。最前線に立ち、敵を切りつけながら味方を鼓舞する姿は頼もしいものだった。

しかし芙陽は違う。芙陽は味方を鼓舞しようなどと考えていない。ただ戦場を駆け、目の前の敵を切り付け、そのまままた駆ける。味方すらも芙陽が何をしたのか一瞬理解できない。敵が崩れ落ち、目の前の敵がいなくなったとき、初めて理解するのだ。

 

『あぁ、これはあの金色の武者がやったのだ』と。

 

そして理解し、兵は考えるのだ。

 

『あの武者がいれば、自分たちは勝てる』と。

 

芙陽は鼓舞しない。ただその存在で、戦場は沸きあがる。

味方は勝利を確信して。敵は恐怖に慄いて。

 

味方の歓声と賊の悲鳴の中、芙陽はまた駆けていた。その金色を靡かせながら。

 

(……やっぱ、綺麗よね…)

 

荀彧は認める。芙陽は、己の遥か上位の存在だと。

その武勇、智謀、そして美しさを、荀彧はしっかりと心に認めた。

 

「…ふん。旅の護衛くらいなら、任せてもいいかしらね」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

常山の昇り龍、趙雲。星は体が高揚しているのを確かに感じていた。

 

今までの旅で、幾度となく賊を相手取って来た。一対一ではない。相手は3人、5人、時には10人以上も一人で相手をしたことがある。どれも星の相手ではなかった。

兵を率いた経験もあった。だが、それはいわば義勇兵とも言えない、村人の寄せ集め。多くても百人規模でしかなかった。

しかし今日率いているのは立派に、訓練を受けた正規兵。それも数百人規模の軍勢を、自分が率いている。それだけでなく、相手も多い。所詮農民の成り下がりである盗賊とはいえ、その規模は千人にも上る。

これだけの戦は初めてであった。自らの力を思い切り発揮できる、最高の舞台であった。

 

「はぁっ!この趙雲、まだまだ力は有り余っているぞ!貴様らもこの程度ではあるまい!!」

 

その言葉は敵に向けた挑発か、それとも味方を鼓舞するものか。

どちらとも意識しなかった星であったが、今回釣れたのは盗賊たちであった。

 

「舐めるんじゃねえ!」

 

「死ねえ、女あぁ!!」

 

男たちが剣を振り回す。

しかし星は、掌を避ける花弁のようにその斬撃をすり抜ける。

その斬撃を避けきった時、目の前にあるのは剣を振り下ろしたばかりの無防備な男たち。

 

「フンッ、芙陽殿一人の方がよっぽど脅威だな!」

 

挑発を続けながら手に持つ槍で相手を屠る。星に傷をつけるには、男たちの動きはあまりにも遅すぎた。

 

(興奮している。体が反応してくれる、動いてくれる…!この感覚、物にして見せる!!)

 

星は理解していた。現状、この己の状態が、自分の最高潮(ベストコンディション)なのだと。

この状態を自分の物にしたとき、さらなる限界、高みを目指すことができるのだと、確信していた。

 

「ハハハッ!次はどいつだ!常山の昇り龍、趙子龍が相手になろう!!」

 

一匹の龍を称えるように、雲の隙間から月が姿を現した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「おぉ、掃除をしたからかの。月もこちらを見に来たようじゃ」

 

戦場を駆けながら芙陽は笑う。何人の敵を切っただろうか。数えてはいないが、十や二十ではないだろう。

抜身の愛刀『(とことわ)』を掲げる。顔を出した月に照らされた刀には、刃こぼれの一つもない。

 

「うむ…美しいの、常よ。良い刀じゃ」

 

満足げに笑った芙陽だが、ふと視界の片隅に移った物が気になり、足を止める。

建物と建物の間。その薄暗い空間を、男と女が走っていた。否、走っていたのは男だけだ。女の方は引き摺られるように手を引かれながら、必死に抵抗していた。

 

「おや、この状況でも自らの欲を手放さぬとは。ある意味大物じゃの」

 

ケラケラと笑いながら二人の下へ駆ける。芙陽の接近に気付いた男は、女を抱き寄せ、その首に剣を当てて叫ぶ。

 

「てめぇ!女の命が惜しけりゃ近づくんじゃねぇ!!」

 

男の言葉に笑いを堪えながら、芙陽はその場に留まり、刀を鞘に納めた。

 

「クフ。まああまり大声を出すでないよ」

 

「助けてぇ!」

 

「うるせぇ!!…クソッ、俺の…俺の食い物も、女も、手下も、全部パぁだ畜生!!」

 

「おや、お主は此処の大将であったか」

 

「あぁそうだよ!テメェらが全部ぶっ壊しちまったけどなあ!!」

 

「そうかそうか…」

 

男の話を聞いて芙陽はニタリと、厭らしく、そして獰猛に笑った。

 

 

 

「大将首は…そこらの男より美味いかの(・・・・・)?」

 

 

 

突如襲った殺気は、男を怯ませるには十分であった。

 

「う…ひぃっ」

 

「ひっ」

 

殺気に襲われた男と、巻き添えを喰らった女の足が竦むと、芙陽は一瞬で男から剣を奪う。

それと同時に男の手を叩き、力が緩んだ腕から女を解放した。

 

「は…ぁあ?」

 

男が唖然としていると、既に自分の手元から離れた女と、女の肩を抱いた芙陽がいた。

芙陽の手には男が持っていた剣も握られている。

 

「て、テメェ!」

 

「まあ落ち着け。……娘、歩けるならばこの先へ走れ。儂の兵が保護してくれる筈じゃ」

 

「は、はいぃ!!」

 

女の肩を優しく撫で、逃げるように促すと、一目散に駆け出した。

それを見届けた芙陽は男に向き直り、手に持っていた剣を投げ渡す。

 

「なっ、なんのつもりだ!?」

 

「大将なのだろう?ほれ、大将らしく掛かってこんか」

 

ケラケラと挑発してくる目の前の女に、男も覚悟を決め、剣を握る。

 

「く、そっがああああああああ!!!」

 

走りながら剣を振りかぶる男。芙陽は男の勢いを殺さず腕を掴み、捻りながら投げ飛ばす。

 

「がはっ、あ、があああああああああああ!!」

 

背中を叩きつけられた衝撃の後、剣を持っていた腕に走る激痛に男は叫ぶ。

見れば、いつの間にか剣は握られておらず、肘から先は奇妙に捻じり曲がっていた。

 

転げまわりながら叫ぶ男の後ろから、女の声が降り注いだ。

 

「さて、一騎打ちも済ませたし、そろそろ終わりにしようかの?」

 

声と共に軽く、何かが弾けるような音がした。

 

痛みに耐えながら男が振り向くと、人よりも大きな狐がそこに鎮座していた。

 

「へ、……ひ、ひぃ…ば、化け物…」

 

 

 

「安心すると良いぞ、小僧。痛みを感じる間もなく腹の中じゃよ」

 

 

 

月明かりの届かない闇の中、男の悲鳴が響き渡る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「荀彧!」

 

荀彧が砦内部で戦後の処理を支持していると、野戦を終えた星が声を掛けてきた。

その体を素早く観察する。着物に所々血が付いているが、怪我をした様子はない。返り血だろう。

 

「あら、趙雲。無事だったのね」

 

「フフフ、お主の弓隊が援護してくれたのでな」

 

「その割には一番先頭で盛り上がっていたようだけど」

 

「よく見ているものだ」

 

当たり前よ。と鼻を鳴らす荀彧に笑う星。

 

「芙陽殿はどうされた?」

 

「さぁ?一人で走り回っていたから、迷子にでもなってるんじゃない?」

 

そんな馬鹿なと呆れる星だったが、丁度件の芙陽の声が暗闇から聞こえてくる。

 

「儂をお探しかの?」

 

姿を現した芙陽。身に着けた白い着物と羽織には、返り血の一つも付いていない。

 

「おや、芙陽殿。口元にまだ血が付いておられますぞ?」

 

「む?ちゃんと拭いたんじゃがの」

 

星の冗談を真に受けて口元を拭う芙陽だが、それに驚いたのは星と荀彧の方だった。

 

「芙陽殿。……喰いましたな?」

 

「……大将首を、の」

 

「アンタ……考えないようにしてたけど、やっぱり妖怪なのね…」

 

荀彧はドン引きである。芙陽を認めた心に抗ってしまうのはこの際仕方がなかった。流石に人を喰うのは無い。

 

「星、お主随分と興奮していたようじゃの。笑い声が此方まで聞こえてきたよ」

 

実際は砦まで聞こえてくるなどあり得ないが、そこは芙陽の人外聴力。星の声はしっかりと聴いていた。

 

「いやお恥ずかしい。これほどの戦は初めて故、少々気が昂ぶりました」

 

「クフフ、これからもっと大きな戦がいくらでも起こる。精進するのじゃな」

 

「勿論」

 

笑いながら語っている芙陽と星だが、荀彧は芙陽の話を考えていた。

 

(さも当然のように『これから戦乱の世』になるって言うわね。…一体どこまで先を見通しているのかしら?)

 

「ねえ、芙陽」

 

「なんじゃ?」

 

「アンタが戯志才たちに聞かせたこれからの事、私にも聞かせて頂戴」

 

「ふむ。まあ時間はある。ゆっくり聞かせてやろうかの。差し当たり今日城に戻ったら儂の下へ来い」

 

「アンタと二人とか怖いんだけど」

 

「お主が妙なことをしなければ何もせんよ」

 

ケラケラと笑う芙陽に若干警戒しながらも、これから聞かされるであろう話に胸を躍らせる荀彧。しかしそれを悟られないよう、顔を背けながら言う。

 

「時間があれば聞きに行くわ」

 

自分から頼んだにも関わらずこの態度。それを見ていた星はやれやれと首を振った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

城に戻った公孫賛軍は、戦後処理は明日からと言うことで解散になった。

荀彧は最低限の処理を終え、言われた通り芙陽の下へ向かう。しかし、どうも城へ戻ってから芙陽の姿を見ない。

部屋に戻ったのかと宛がわれた居室を見ても、明りは付いていない。念のため声を掛けても返事は来ない。

 

「どこへ行ったのかしら?」

 

もう少し城を探してみようと、荀彧は歩き出した。

 

 

 

一方、芙陽は城に入らず、ブラブラと散歩をしていた。折角月が顔を出したのである。煙管を口に咥えながら、どこかで一服してから城へ戻ろうと考えていた。

この時点ではまだ荀彧との約束を覚えていたのである。

 

「あ、あの!」

 

突然声を掛けられた。見れば、若い女が芙陽の下へ駆けてくる。どこかで見た顔だと首を捻る芙陽だが、印象が薄いため思い出すことはできなかった。

 

「先程は助けて頂いて、…ほ、本当に…有難うございました!」

 

お礼を言いながら、思い出したように涙を流し始める女に、芙陽もやっと心当たりに気が付いた。

よく見ればこの女、盗賊の大将首に捕まっていた女である。芙陽が解放した後、無事に兵に保護されたのだろう。周囲を見ると、同じように保護された者たちが身を寄せ合っているのが伺えた。

 

先程剣を当てられたことを思い出したのだろう、涙を流しながら未だ恐怖に震える女に、芙陽は優しく声を掛けた。

 

「無事で何よりじゃよ。先程は怖い思いをさせてしまったからの」

 

優しい声色に顔を上げた女は、月に照らされ金色に輝く芙陽に見とれてしまった。

 

「あの……良ければ、お名前を…」

 

「儂かの?儂は芙陽という」

 

「芙陽様……」

 

頬を桃色に染める女を見て、芙陽は内心でニヤリと笑う。

 

「娘、男たちに弄ばれた哀れな娘よ。儂が癒してやれるのならば、すぐにでも癒してやるものを」

 

悲しそうな顔で女の頬を撫でる芙陽。少女は頬を撫でられながら、更に芙陽へ近づいてきた。

 

「あぁ、芙陽様…私は、芙陽様に癒して貰いとうございます……しかし私は穢れた身。その御心で充分でございます…!」

 

「お主は穢された。しかしその穢れは濯ぐことができるじゃろう?その役目、儂が引き受けても良いものか」

 

近づいてきた女を抱き寄せ、鼻が付いてしまいそうなほど近づきながら優しく頭を撫でる芙陽。

 

「芙陽様…!芙陽様がそう仰って下さるのでしたら…私はすぐにでもこの身を芙陽様に捧げます…!」

 

芙陽は内心で笑った。―――『掛かった』と。

 

「うむ。では行こうか」

 

「あぁ、芙陽様……!」

 

芙陽に手を引かれ、頬を染めた女と二人、暗闇へ消えた。

後日、この女が『金色の姫と月明かりの下で』という"薄い本"を出して成功を収めるのは、別の話である。

 

 

 

「アイツ……どこ行ったのよおおおおおおおおおおおおお!!!?」

 

同じ月の下、荀彧が叫んでいたのも、別の話である。

 




はい、と言うことで戦闘終了です。迫力が足りない気がする…。
荀彧落とそうと思ったんですけど流石にチョロすぎるかなって思ったのでちょっと悪戯したんですが…なんか別の子が引っかかってますね。なんでだ。

次回は曹操の下へ向かおうと思ってます。えぇ。思ってはいるんです。
作者の唐突な予定変更の可能性はあります。
つまり、後書きを書いている時点でまだ何も進んでないんですよね。
執筆率ゼロです。さあ、ギアあげて書くぞー。勢いに任せるぞー!


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第五話 the KO-KIN war

仕事終わって速攻で投稿してます。勢いだけで書いたようなものですね。
前回真面目に戦ってたんで、今回ネタ挟んでます。
芙陽さんの過剰戦力っぷりをご堪能ください。


「公孫賛、そろそろここを離れようと思うの」

 

「え、もう?」

 

荀彧が公孫賛にそう切り出すと、書簡を相手に悪戦苦闘していた彼女は顔を上げた。

 

「早くない?ってゆーか唐突すぎて困惑してるんだが私」

 

「あと芙陽も誘うわ」

 

「追撃やめて!あーもうこれで今日は仕事やる気なくなっちゃったなー私」

 

持っていた筆を投げて万歳する公孫賛を横目に書簡を進める荀彧。

芙陽たちが幽州の公孫賛の客将となって二月が過ぎた。最初の賊討伐以来、芙陽と星は近隣の賊を悉く討伐し、荀彧も軍師や文官として多大な戦果を挙げていた。

三人の活躍により幽州の治安は回復し、民からの印象もかなり良くなっている。公孫賛はこれに気を良くして三人への報酬を少し奮発したりしていたのだが、それが仇となってしまった。荀彧の目的である路銀が予想よりも早く溜まってしまったのだ。なるべく早くに目的を達成したかった荀彧が、さりげなく報酬を仕事ごとに細かく貰えるよう調整した結果でもある。

 

「失礼しますぞー。おや荀彧、ここを発つのか?」

 

「えぇ、芙陽も誘うわ。貴女も来る?」

 

「やめて!お願いだから私を一人にしないで!!」

 

「いや、この伯珪殿を一人にするのは忍びないのでな。それにここでは酒が自由に飲めるし」

 

「え、自由じゃないんだけど…最近私への酒代の請求が上がってるんだが…もしかしてお前か星!!」

 

「あ、伯珪殿。これ新しい請求です」

 

「うがああああああ!!!」

 

公孫賛と星は何度も二人で酒を酌み交わしたらしく、星は真名も許していた。

その後は公孫賛がなんとか荀彧を説得しようと何度も試みたが、結局芙陽と荀彧は曹操を目指して旅立つことになった。

 

「本当に馬は一頭で良いのか、芙陽?」

 

「良い良い。儂は歩きのほうが好きなのでな」

 

三日後、芙陽と荀彧は旅支度を終えて街の出入り口に来ていた。見送りには星と公孫賛がいる。

荷物は殆ど馬に乗せ、荀彧が手綱を引いている。芙陽が持っているのは刀と水筒くらいのものだった。

 

「では伯珪、世話になった」

 

「いや、こちらこそ芙陽たちのお蔭で街に活気が出た。有難う」

 

「芙陽殿、荀彧。いずれまた」

 

「えぇ。アンタも頑張んなさい」

 

「星よ、お主は強くなる。精進しなさい」

 

「はっ。芙陽殿との鍛錬、無駄にはしませぬ」

 

深く頭を下げた星と、手を振る公孫賛に別れを告げ、芙陽たちは旅立った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

急ぐ旅でもないので、のんびりと歩きながら陳留へ向かう。

その日は林道で日が暮れたので、開けた場所の大岩の麓で夜を過ごすことになった。

 

「なんで男の姿になってるのよ?というかいつの間に変身したの?」

 

「林道に入る前にの。気付かんかい。それと男の姿のほうが賊に狙われにくいからの」

 

軽い夕食を終えて寝る支度を整えた荀彧と芙陽が座り、暇つぶしに雑談をする。

今夜は少し冷えるので、焚き木を囲んで暖を取っていた。

 

「幽州の賊は殆ど討伐したけど、どれだけ持つかしらね」

 

「この時勢じゃ。すぐに他から賊が雪崩れ込んでくる。賊など今や大陸中で増え続けているからの。じきにそ奴らを吸収して大きなことをしでかす輩も出てくるぞ」

 

「大きなこと?」

 

荀彧と出会って二月程。最初は芙陽に警戒心を露わにしていた彼女も、次第に向こうから話しかけてくるようになっていた。それだけでなく、夜になると芙陽の下へ来るようになった。と言っても芙陽が部屋にいるかどうかは気まぐれによるところが大きく、半分ほどは留守にしていたが。

それでも芙陽のいた日には将来の見通しや軍略、人の動かし方、心の在り方など、荀彧にとって為になる話を多く聞くことができたため、今では雑談程度でも意見を仰ぐまでになっていた。

 

「これだけ賊が多くなっているということは、それだけ民の不満が溜まっているという事じゃ。漢王朝も正常に機能しておらん。民の不満に蓋をするだけで現状が回復するとでも思っとるんじゃろ。

 民の不満など溢れる湧き水のようなものじゃ。それに蓋をしたってすぐに零れ出る。

 この零れ出た水が賊じゃ。多すぎる湧き水で溢れておるこの大陸で、その溢れた水を利用する輩は必ず出てくる。

 賊を纏めて大勢力が侵攻してくるぞ」

 

「…大陸の現状はわかったけど、賊なんかがそんな大層なことできるとは思えないわ」

 

「お主も聞いておらんか?"黄巾賊"の話」

 

「あの黄色い布を身に着けた盗賊団のこと?そんなに大きくなってるの?」

 

「出立する前に入れ違いで街に入った商人に聞いたんじゃが、荊州では南陽で蜂起した黄巾賊が苑城を占拠したらしい」

 

「はあ!?太守は何をしてたのよ!?」

 

たかが賊が正規軍に打ち勝ったと聞いて驚愕する荀彧だったが、彼女の驚愕はこれで終わらなかった。

 

「攻め滅ぼされたよ。豫洲での話は知っておるか?」

 

「それは知ってるわよ。曹操様が黄巾賊を打ち破ったって話でしょ?」

 

曹操フリークである荀彧がこの話を知らないわけがなかった。

 

「その前に官軍が劣勢だったことは?」

 

「……官軍…なにしてんのよ」

 

「あとは……」

 

「まだあるの!?」

 

「お主もう少し情報収集に力を入れんか。情報を制す者は戦を制すぞ?」

 

「うぐっ……斥候を放つのは得意なんだけど、自分で歩いて商人たちに話しかけるのは…」

 

「男嫌いが祟ったの」

 

「返す言葉もないわね…」

 

軍師としてあるまじき失態を犯した荀彧は、その後素直に黄巾賊の話を聞き続けた。

 

「ねぇ、アンタも曹操様の噂くらいは知ってるでしょ?」

 

「うむ。商人たちも色々言っておったしの」

 

黄巾賊の講義を終え、一息ついたところで荀彧が再び芙陽に問う。

 

「アンタは曹操様をどう見てるの?」

 

「そうじゃの。噂を聞くにその政治手腕、兵の扱い、智謀。どれをとっても"覇王"を自称するに相応しい。覇王としての器は十分あると言える」

 

「当然よ。私の憧れた曹操様だもの」

 

荀彧が自分の事のように胸を張って答える。芙陽はそれを苦笑いで返した。

 

芙陽が商人たちに聞いた話では、曹操と言う人物は誇りを自他に求め、優秀な人材を身分に貴賤なく欲しているらしい。明らかにこれから来るであろう戦乱に備えた行動だ。

これだけでも優秀であることが伺える。芙陽の興味を引くには十分だった。

 

「じゃが、人の器はどうかの?」

 

「どういうこと?その器が"覇王"足り得るんじゃないの?」

 

「人の器と覇王の器は異なるものじゃよ。覇王の器はその生き様に表れる。人の器はその時々の行動に表れる。そして、人の器は伝聞では伝わらないものじゃ」

 

「成程ね…でも曹操様なら人の器だって素晴らしいに決まっているわね!」

 

「クフフ…その曹操、打ち取った敵の頭蓋で酒を飲むような奴かも知れぬぞ?」

 

「う、なによそれ。どっから出てきたのよその例え」

 

「儂の国の武将の話じゃ。天下統一にあと一歩まで近づいた魔王と呼ばれた男よ」

 

「趣味が悪いどころの話じゃないわね。それと曹操様は女性よ!そんな男と一緒にしないで!」

 

憤慨した荀彧は『もう寝る!』と言って外套に身を包んでその場に寝転ぶ。

苦笑いしながら芙陽は煙管を口に咥えた。

 

暫くは静かに時が流れ、燃える木の弾ける音と、芙陽が煙を吐き出す音しか聞こえない。

そんな中、一つくしゃみの声が鳴る。静寂の中でその音は嫌でも大きく聞こえてしまった。

荀彧が不機嫌そうに起き上がる。

 

「寒いわね。なんでこんなに冷えるのかしら」

 

「今日はずっと雲が出ておったからの。雨が降らなかっただけマシじゃが、日中に暖められなかった空気が夜になって更に冷えたんじゃろ」

 

「そういうものなの?…いずれにせよ、もう少し暖を取ってから寝るしかないわね」

 

「フム……どれ」

 

芙陽は優しく微笑むと、突如大狐の姿に変わる。それに驚いた荀彧は身を強張らせるが、芙陽と言う存在に随分となれたためかそれ以上恐れたりはしなかった。

 

「急にどうしたのよ?」

 

「このまま風邪を引かせるのも忍びないのでな」

 

そう言いながら守るように、荀彧を取り巻きながら伏せる芙陽。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「小娘が遠慮などするな。そのまま眠れば良い」

 

器用に尻尾で荀彧の体を押し、自分の横腹に寄りかからせた。最初は若干の抵抗をしていた荀彧も、諦めて素直に体を預ける。

 

「温かいわ……案外獣臭くもないし」

 

「そこいらの獣と一緒にするでない」

 

「でもアンタの煙管の匂いがうっすらと残ってるわよ」

 

「気にするほどでもないじゃろ」

 

暫くは軽口の応酬をしていた一人と一匹だったが、やがて荀彧は静かに寝息を立て始めた。

やはり小さな体では疲れが出るのだろう、安心したように眠る荀彧に、芙陽も静かに目を閉じる。

大きくフサフサな尻尾は、荀彧に優しく添えられた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ねぇ、明らかに街が襲われてるんだけど?」

 

「そうじゃの。しかも黄巾賊じゃの」

 

芙陽と荀彧は曹操の下まであと少しという距離にいた。

一先ずこの先の街で体を休めようとした途端、目に入って来たのは黄巾賊による侵攻だった。

 

「北と東で責められてるみたいだけど、東のほうが劣勢ね」

 

「このままじゃと今日の宿は取れぬなぁ」

 

「どうする?迂回して野宿?」

 

このまま戦場に飛び込むのは無謀として荀彧が提案するが、芙陽はケラケラと笑って答えた。

 

「ちと戦場を荒らしてくる。お主はここで待っとれ。

 戦闘が終わったら迂回しながら街に来い」

 

「は?あ、ちょっと!」

 

荀彧が唖然としている隙に、芙陽は目にも留まらぬ速さで駆け出した。

人間でも馬でも出せない速さに、荀彧はあっという間に芙陽を見失う。

 

芙陽の方は既に戦場に接近していた。黄巾賊が気付く前に速度を緩め、愛刀『常』を抜く。

 

「後ろじゃ馬鹿ども!!」

 

大きく吠えた芙陽に黄巾賊の男たちが気付いた。

 

「なんだ?女!?」

 

「こっちに来てるぞ!武器を持ってる!」

 

「止まれえぇ!女ぁ!」

 

なんとなく女の姿でいた芙陽だったが、それが男たちの油断を招いた。

 

「押し通る!!」

 

油断していた男たちの間を縫うように駆ける芙陽。すれ違いざまの一瞬で、男たちの胴や腕を切り付けていく。

 

「がぁ!?」

 

「ぎゃああぁ!!」

 

「っ!?この女は敵だ!!殺せ!!」

 

賊にいても多少は戦慣れしている者は存在する。すぐに周囲へ警戒を促し、芙陽を囲むよう指示を出した。

その間にも芙陽は次々と敵を切っており、接敵して間もないうちに死体の山が出来上がっていた。

 

「囲め!!数で押すんだ!!」

 

「殺せ!!」

 

「喚くな馬鹿どもが!!」

 

既に囲まれていた芙陽だが、そんなことは関係ないと前へ進む。後ろ左右から来る斬撃を躱し、急接近に怯えた男の首を突く。そのまま刀を横へ振れば、男の首から血を撒き散らしながらすぐ横にいたもう一人の腹を一文字に捌いた。

死に体となりかけの男を蹴り飛ばし、後ろにいた敵を下敷きにすると、死体ごと貫いて更なる死体へと変貌させる。

圧倒的な速さと力で死体を増やしていく芙陽に、街を攻めていた仲間たちも何事かと集まりだした。

 

しかし戦場でそのような隙を見せれば待っている結果は"死"。街を防衛していた軍が攻め立てる。

結果的に挟撃を受ける形となった黄巾賊は、後ろで自分たちを攻めている『何か』に恐怖し、混乱が広がった。

 

「ふむ。良い感じで混乱してきたの。これで防衛側は盛り返す。

 儂の目的はここまでじゃが、もう少し運動させてもらおうかの」

 

四方からくる斬撃を避けながらケラケラと笑う芙陽。男たちはそんな芙陽の様子に腹を立て、更に勢いよく攻め立てた。

 

「この野郎!!」

 

「どこが野郎か!よく見ろ、儂は"女"じゃろ!」ザシュ

 

「ぎゃあ!!目が!目がああ!!」

 

「テメェ!よく見ろって言いながらなんてことしやがる!!」

 

「うっさいわ!」ザンッ

 

「ぐああああ!!」

 

どことなくふざけた様子の芙陽に戦場は更に混乱する。

敵を切りながら進んでいた芙陽だが、通った後には死体の山が一直線に伸びていた。

 

「な、なんて女だよ!バケモンじゃねぇか…!」

 

「む、お主の眼も腐っておるのか?」

 

「ひ、ひぃいいいぃ!!」

 

「待たんかこら!」ザシュッ

 

「ぎゃああ!!」

 

「逃げろ!勝てない!逃げろ――!!」

 

「待てと言うとるんじゃ!!」ザシュザシュ

 

「があああ!」「うぎゃぁああ!!」

 

戦場の混乱は続く……

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

黄巾賊討伐のために許緒を伴って街へ赴いていた魏の将軍、夏侯淵は運悪く大軍を相手取ることになってしまった。

野戦となると勝てないと判断した夏侯淵は、早急に曹操へ援軍を要請し、籠城戦で持ちこたえる作戦に出た。

義勇軍を結成し率いていた楽進、李典、于禁と共に防衛に当たるも、二手に分かれた黄巾賊に苦戦していた。

 

李典の作った防衛柵の薄い東側を三人に任せ、自分は許緒と共に北側の敵を担当する。

あと少しでやられると覚悟した夏侯淵だが、そこへ現れたのは自らの主君、曹孟徳の軍勢だった。

曹操の本体との連携を指示し、自分たちは東側への援軍として急ぎ向かったものの、そこで見たのは自分の想像とは真逆の状況であった。

 

「楽進!」

 

「っ、夏侯淵様、許緒様!?」

 

夏侯淵が呼んだのは、大声で周囲に指示を出す楽進と言う少女。

楽進は夏侯淵の姿を見て驚きつつ、指示を出し終えたのか夏侯淵のもとへ走ってくる。

 

「夏侯淵様!北側は…!?」

 

「ああ。華琳様…曹操様の援軍が到着し、時期に撃破できるだろう。我らはこちらの援軍へ」

 

「そうですか…!間に合ってよかった!」

 

「だが楽進…こちらは相当苦戦すると思っていたが、敵はかなり混乱しているようだ。なにがあった?」

 

「そうだね~。なんか敵さんたち後ろを気にしてるみたいだけど」

 

許緒も敵の混乱を読み取ったのだろう、的確な観察結果を述べる。

 

「それが、我々にもわからないのです。我らはかなり苦戦していたのですが、急に敵が混乱し始めて…。

 許緒様の言う通り後方で何かあったようなのですが、我等も追いつめられていたので確認することはできず、ようやく盛り返していたところです」

 

「そうか…李典と于禁は?」

 

「はい、混乱の隙を突くために前線に出ています。今なら士気を上げる好機ですから」

 

「うむ、では我等も前に出よう。一気に街から追い出すぞ!」

 

「はっ!」「は~い!」

 

夏侯淵、許緒、楽進は戦場を駆け抜け、敵を次々に駆逐していく。

 

夏侯淵は卓越した弓術で敵を確実に仕留めていく。

許緒はその巨大な鉄球で敵を押し潰す。

楽進は拳に気を込め、敵を一気に吹き飛ばす。

 

三人の加勢で戦況は瞬く間に覆り、味方の兵たちも勢いを増した。

途中で李典、于禁も合流し、更に勢いを付けた曹操軍と義勇軍は遂に東門まで敵を追いつめることができた。

 

徐々に撤退していく黄巾賊を追い、門の外を見た夏侯淵たちは、そこで信じがたい光景を目にする。

 

「そんな…」

 

「嘘やろ…」

 

「死体の山なの…」

 

街の外に広がる光景は、一面に敷き詰められたような死体で埋め尽くされていた。

所々で山になっている場所もあり、何人分の死体なのか数えることもできない。

 

その死体の先、門から少し離れたところで一人の女が逃げ惑う男たちを追い回していた。

 

「待たんか!」

 

「助けてくれ!」

 

「命だけは…命だけは見逃してくれぇ!!」

 

白い着物に桃色の羽織、金色の髪を靡かせて刀を振り回す女。

夏侯淵たちが異様に思ったのは、美しい女が黄巾賊を追い回していることだけではない。

 

その女以外に黄巾賊と戦っている者が見当たらないのだ。

 

「馬鹿な…これをあの女一人でやったというのか…!?」

 

「すごい…」

 

夏侯淵と許緒が驚愕する。唖然としている彼女らを他所に、白い着物の女、芙陽は未だに黄巾賊を追い回していた。

 

「最後まで根性見せんか!男の子じゃろ!?」

 

「こっちに来るなああ!!」

 

「おまっ、こっち来んじゃねぇよ!俺まで狙われるだろ!!」

 

「せいっ」

 

「「ぎゃあああ!!」」

 

圧倒的なその姿に、、楽進、于禁、李典、許緒は身震いしていた。

 

「容赦ない攻撃…すべて殺しつくすつもりか?」

 

「なんて人なの!?あの人が戦況をひっくり返したの!」

 

「奴は化け物かいな!?」

 

「悪魔みたいだよ…」

 

「ああいうのはな……『鬼神』って言うんだ…」

 

思わずと言った様子で呟く四人に、夏侯淵は静かに答えた。

 




『生き残れ』―――それが乱世の交戦規定です。大好きです。はい。
哀れ黄巾賊。キミたちの花火の中に"剣(常)を抜いた奴"が突っ込んでるぞ。
『黄巾党』と『黄巾賊』という名前で迷いましたが、演義では『賊』だし一応盗賊の集まりで主人公は討伐する側なので『黄巾賊』で表現してます。

さて、ついに魏軍と接触しました。正確には次回ですけど。
芙陽と曹操はどういう会話するのかなぁ…違和感ないようにしないと。
色々考えながら書いてます。次回もお楽しみに~!

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第六話 惇の怒りが有頂天

どうも、週間ランキングに載っているのを発見して赤面した作者です。
なんとなく見てたら『狐来々』があって鼻水とか色々噴き出しましたよ!
そしてお詫びを。郭嘉の真名『稟』を今まで『凛』と表記しておりました。稟ファンの方々には不快な思いをさせてしまいまして、誠に申し訳ございませんでした。
最初から見直して修正しましたが、もし修正漏れなどありましたらまたご報告をお願いいたします。

今回、夏候惇アンチが含まれますのでご注意を!


夏侯淵の援軍のため、金髪覇王こと曹操は自ら軍を率いて駆け付けた。

 

現在は戦闘も終了し、夏侯淵や義勇軍として共に戦った者たちと合流している。

曹操は彼女らの無事を確認した後、すぐに状況の説明を求めた。いつもなら一を聞いて十を知るどころか、周囲を見回しただけで十を知る曹操にしては、合流した夏侯淵に『一体何があったの?』と困惑気味に訪ねたのだ。

曹操を困惑に陥れたのは劣勢だった東側の戦場だ。北側の戦場を素早く制圧した曹操はすぐさま東側の戦場へ駆けつけた。曹操軍と義勇軍が勝利したのなら文句は無い。それも、死体の数を見る限りかなり圧倒していたのだろう。隣にいた夏候惇も『さすがだな!』と妹の功績を確信し興奮していた。

しかし、その戦場はあまりにも異質であった。聡明な曹操はその異質を一目で読み取った。

 

一面に広がる黄巾賊の死体は良い。だが、味方の死体が一つもない(・・・・・・・・・・・)のは、一体どういうことなのか。

 

たとえ圧倒的優位に立った戦闘と言えど、相手が全く反撃しないことは無い。多少と言えど味方に被害は及ぶ。それが戦場と言うものだ。だというのに、目の前の数えきれない死体の山はすべて黄色い布を身に着けている。

この事態の原因を突き止めるため、曹操は急ぎ夏侯淵のもとへ走った。すぐに夏侯淵の無事を確認した曹操は、次に先の質問を投げかけたのだ。

 

「それが…我々と義勇軍の他に黄巾賊と戦った者がいるのです」

 

夏侯淵は多少緊張しながら曹操に報告した。いつもの彼女なら曹操を相手に緊張することなく、余裕を持って報告するだろう。つまり、それだけ信じ難い事情がある。曹操はそう感じた。

 

「それは街の外で、ということかしら?」

 

「はい」

 

「何?あの死体の山は我が軍がやったものではないのか?」

 

「違うぞ、姉者」

 

「外の戦場には黄巾賊の死体しかなかったわ。どれだけ屈強な軍が来たのかしら…官軍の呂布の部隊?いえ、彼女が動くなら少なくとも情報が来るはず。江東の虎はどっかの馬鹿が飼い殺してるし……」

 

曹操は夏侯淵の報告に様々な考察を立てる。いつもならばこの時点で正解を導き出している筈だが、夏侯淵のまだ何か言いたげな表情を見て、自分の推測が不正解であると察した。

そして同時に、夏侯淵の報告の違和感に気付く。

 

「待ちなさい…秋蘭、貴女…『戦った()』、と言ったわね?――『者たち(・・・)』ではなく」

 

「……はい」

 

「貴女がこんな時に冗談を言うとは思わないわ。でも……あれ(・・)を一人でやったとでも言うの?」

 

驚愕の表情を浮かべて問い詰める曹操に、秋蘭という真名を呼ばれた夏侯淵は躊躇しつつも頷くしかなかった。

 

「なんだと!?あんなことができる者など、呂布くらいしかいないぞ!?」

 

「誰なの?呂布がこの辺りを一人でうろついていたとは思えないわ。……誰がやったの?」

 

興奮している二人に押されながらも、夏侯淵は答える。

 

「それが、素性はわからず、旅の者という事しか…」

 

その答えに納得がいかない二人であったが、そこへ新たに声が掛けられた。

 

「おぉ、ここにおったか。夏侯淵」

 

「芙陽殿…」

 

のんびりと歩きながら声を掛けてきたのは、白い着物に袖が薄い桃色に染められた羽織を着た金色の髪の美しい女性―――芙陽だった。

 

「芙陽殿、どこに行っていたのだ?」

 

「なに、先の戦場と、北の戦場を見にな」

 

芙陽は戦闘が終わると、警戒しながらも接触してきた夏侯淵たちと顔を合わせていた。負傷者の回収などの処理に追われた夏侯淵を見て、いつの間にか姿を消したのだが。

 

「秋蘭、彼女は?」

 

「華琳様…その、彼女が例の…」

 

「「!!?」」

 

夏侯淵の言葉に再び驚愕する曹操と夏候惇。その様子を見て、芙陽は曹操に話しかけた。

 

「ふむ、儂は芙陽と言う者。旅をしている。お主は誰かの?」

 

「貴様!!華琳様にその態度はなんだ!!」

 

「春蘭、控えなさい」

 

「しかし、華琳さま!」

 

「控えなさい、と言ったのよ」

 

芙陽の気軽さに夏候惇が剣を抜くが、曹操に窘められる。芙陽はそれにものともせず呆れている。

 

「部下が見苦しいところを見せたわね」

 

「元気があるのは良いことじゃが、主の言葉くらいすぐに聞けるように躾けたらどうじゃ?」

 

「返す言葉もないけど、彼女はそこが良いところなのよ」

 

「ま、儂がどうこういう事ではないがの。して、お主は?」

 

「私は曹孟徳。芙陽と言ったわね。貴女が外の黄巾賊を一人で蹴散らしたと聞いたのだけれど、本当かしら?」

 

「さあ?儂は少し運動しただけじゃよ」

 

ケラケラと笑う芙陽に、夏候惇の怒りが頂点に達した。

 

「黙って聞いておれば貴様!ふざけるのもいい加減にせんか!!」

 

「姉者!」

 

再び剣を抜いて芙陽を睨みつけ、尋常ではない殺気を叩きつける夏候惇。普通の者なら恐怖で足が震えるような夏候惇の怒気だが、芙陽は呆れながら夏候惇と対峙していた。

 

「春蘭、控えなさいと言った筈よ?」

 

「華琳様!この者の話を聞くなど時間の無駄です!どうせ先の戦闘はおかしな術でも使ったのでしょう!」

 

「姉者、華琳様の命を聞かないつもりか?」

 

「秋蘭、お前までコイツの力量を信じるのか!?」

 

「私は芙陽殿の戦いをこの目で見ている。正直私では勝てないと思わされたよ」

 

曹操、夏侯淵と信頼する者たちが諌めても、頭に血が上った夏候惇は剣を納める術を見つけられなかった。

しかも、妹に至っては『勝てない』とまで述べる。夏侯淵の強さを信じている夏候惇にとっては聞きたくない言葉であった。

 

「くっ、があああああああああああああ!!」

 

「姉者!」

 

「春蘭!」

 

とうとう自分を制御しきれなくなった夏候惇は、芙陽に向かって走り出した。

剣を振り上げ、風を切る音が聞こえるほど速く繰り出された斬撃に、誰しもが避けられないと確信した。

 

「頭を冷やせ、馬鹿者が」

 

しかし、芙陽は容易にその確信を裏切る。

 

振り下ろされた腕を掴み、剣を奪いながら逆の手で肩を引いて夏候惇を地面に叩きつけた。

 

「ぐあっ!!」

 

聞こえてきた夏候惇の悲鳴に、事態を理解した曹操と夏侯淵は今日幾度目かの驚愕を体験する。

芙陽は地面に伏せる夏候惇の肩を押さえたまま、奪った剣を首に突き付けた。

 

「姉者!…芙陽殿、何をする!!」

 

「何をする?儂は迫る危機に対処しただけじゃ。お主は話が分かると思っておったが、猪の妹は猪か?主の話を身勝手な思い込みで口を挟み、相手が気に喰わなければ剣を抜いて威嚇し、あまつさえ碌に考えもせず切りかかる。こやつが将軍だと?笑わせてくれるな。このような者が軍にいてはただ混乱を招くだけじゃろうに。何故こやつを傍に置く、曹操?」

 

「貴様ぁ!これ以上我等を侮辱すると…」

 

「侮辱すると?散々儂を侮辱しておきながら自分は許せないとでも言うつもりか?カカカッ!あまり笑わせるなと言っておるじゃろ。手が滑ってその首、斬り落としてしまうぞ餓鬼が」

 

芙陽は獰猛な笑みを浮かべ、剣を握る手に力を入れた。それを気にするでもなく、夏候惇は更に吠えようとする。

 

「なんだ…」

 

「いい加減にしなさい夏候惇(・・・)!」

 

それまで怒りに身を任せていた夏候惇だったが、曹操の叱責に言葉を無くした。なにより彼女を黙らせたのは、曹操が真名ではなく名前を呼んだことだった。

自分の一番心酔していた者に真名を読んでもらえない。夏候惇にとっては絶望に等しい事態であった。

 

「今の一件、全面的に私たちに非があるわ。どうか許してほしい」

 

「華琳様!?」

 

続いて夏侯淵を叫ばせたのは、曹操による謝罪、そして彼女が頭を下げたことによるもの。"覇王"を自称する曹操は、そう簡単に頭を下げるわけには行かない。許緒に納得を求めるために謝意を示したりもしたが、それでも曹操自身に非があったわけでは無い。むしろ彼女の器の大きさを見せつけられた一件だ。

しかし今回は違う。暴走した夏候惇が、主である曹操の話を遮って斬りかかる。どう見ても非があるのは曹操陣営だった。

この事態を収めるには、自分が頭を下げなければ話が進まないと曹操は判断した。

その行動を見た芙陽は表情を消して曹操に問いかける。

 

「お主は冷静なようじゃの。それで、こやつはどうする?首を落とすのなら儂がこのままやってやろう」

 

「彼女の行動は確かに褒められたものではないけれど、それでも私には必要な力を持っている。今ここで失う訳にはいかないの。他に望むものがあればできる限りのことはするから、どうか彼女を離して頂戴」

 

頭を下げたまま話す曹操に、芙陽は優しい笑みを浮かべた。

夏候惇を離して立ち上がり、剣を地面に突き立てる。

 

夏候惇はよろよろと立ち上がると、剣を取り戻すことも忘れて曹操に駆け寄った。

 

「華琳様!頭を上げてください!」

 

「黙りなさい夏候惇。貴女は下がって指揮に戻りなさい」

 

「しかし…」

 

「これ以上の命令違反は許さない、夏候惇」

 

「わかり、ました…」

 

頭を下げたまま、厳しい口調で言われて渋々引き下がる夏候惇。

そして、そんな姉を苦しげな表情で見送る夏侯淵。彼女は曹操に続き芙陽に謝罪することも、夏候惇についていくことも許されていないと、誰に言われずとも理解していた。

曹操の許しを請うために芙陽へ話しかけることは出来ない。その愚をたった今まで姉が犯していたのだ。夏候惇についていくことも出来ない。この場に曹操を一人残していくことはできないし、夏候惇も頭を冷やす必要がある。そこに自分がいても甘やかしてしまうだけだろう。

故に、夏侯淵は苦しくとも沈黙を通した。

 

そんな夏侯淵の表情を見て、芙陽は曹操へ向けた優しい笑みを夏侯淵にも見せた。

 

「そう、お主も冷静になれたようじゃな。その場その時で正しい判断をしなさい。お主にはそれが出来るよ」

 

「芙陽殿…」

 

「さて、曹操。頭を上げよ」

 

芙陽の言葉に、曹操は言われた通り頭を上げ、真直ぐに芙陽を見る。その顔には多少苦々しいものが浮かんでいるが、瞳はまだ死んでいなかった。この事態を必要最低限の損失で収拾するという目的と、それを正しく行うという決意が浮かんでいた。

 

「あの夏候惇、これからどうするつもりかな?」

 

「相応の罰は与えるわ。でないと彼女も成長しないでしょうし、周りに示しも付かないもの」

 

「ならば良い。もう少しでも考えて行動するようになれば、良い武将になるじゃろう」

 

「それで…貴女の望みを言ってごらんなさい?

 金品か、食料か、住居か…私に男兄弟はいないから、豪族の男でも紹介しようかしら?」

 

「ふん、そんなものに興味は無い」

 

「あら。なら女の方が好み?それなら私も相手が出来るのだけど」

 

「華琳様…」

 

既に調子を取り戻し会話の主導権を取ろうとする曹操。いつもの調子で相手に軽口を投げかける様子に、夏侯淵も緊張を解いて溜息をついた。

曹操がこのように軽口を言う相手は多くない。夏侯淵は、既に芙陽は曹操に認められた相手であることを理解した。

 

「男も、女も、金も要らぬよ。用意されたものに飛びつくなど、面白くない」

 

この時曹操は楽しそうに笑みを浮かべていた。今の芙陽の言葉で、自分と同じ『狩る側』だということが分かり、楽しくなってしまったのだ。

 

「ではどうしたらあなたへの謝意になるのかしら?」

 

「クフフ…お主の旋毛が見えたからの。それで満足しておこう」

 

悪戯が成功したかのように笑う芙陽。それを見た曹操は意味もなく自分の頭を押さえてしまい、軽く赤面した。

 

「悔しいわね…初めてよ、器の違いを見せつけられるのは」

 

「年の功じゃよ」

 

「貴女いくつよ?」

 

「儂は気にせんが、あまり聞くものではないよ。…まぁ、お主よりは遥かに上じゃよ」

 

目を見開く曹操と夏侯淵。芙陽の姿はどう見ても二十を少し上回った程の美しい女性だ。『遥かに』年上と聞いても信じられなかった。

 

「……若さの秘訣が聞きたいけど、まあいいでしょう。許してくれたこと、感謝するわ」

 

「なに、若造が少しオイタしただけじゃ」

 

「そう……貴女、旅をしていると言ったわね?」

 

「そうじゃの。連れが一人いるよ」

 

「あらそうなの?なら、その連れは?」

 

「軍師志望での。戦場から少し離れたところに置いてきた……そう言えば、もう街に入っている筈じゃが、遅いの」

 

「忘れてたわね?……ならその軍師と一緒に私に雇われる気はない?」

 

「華琳様?」

 

曹操の言葉はある程度予想できていた夏侯淵。だが、彼女の予想とは少し異なる言い方であった。

いつもの曹操ならば気に入った相手には『私に仕えなさい』と自信を持って言うだろう。だが、今の曹操の言い方はどこか下手に出ているようで、端的に言えば"らしくない"。

 

「それは客将として、ということかの?」

 

「えぇ。本当なら仕えて欲しいのだけれど、私も格上の相手にそこまで馬鹿な真似はしないわ。だから、まず客将として私と共に来て欲しい。そこから貴女が認めたら、今度は改めて仕えるように言わせてもらうから」

 

夏侯淵はそれを聞いて納得したものの、やはり少し驚いていた。曹操は会って間もない芙陽を、既に『格上』と認めているのだ。しかし、その上でいつか上位に立ってみせると言う曹操はやはり覇王足らんとしているようで、同時に嬉しくも思っていた。

 

「儂の力を信じられるのかの?」

 

「秋蘭…そこの夏侯淵が見たことでしょうし、冷静ではなかったとはいえ夏候惇を一瞬で無力化したのだもの。十分信じる要素になるでしょう?」

 

「儂の力が欲しいのかの?」

 

「えぇ、欲しいわ。貴女に認めさせて、私の覇道を支えて欲しい」

 

「カカカッ。儂に認めさせるか。

 良いじゃろう。その賭け、期限は無しにしてやる。いつか儂を認めさせて見せよ」

 

「楽しみしていなさい。それで、客将としては来てくれるのかしら?」

 

「暫くは世話になろう。儂の連れもお主に会いたがっていたからの」

 

何故か荀彧抜きで話がトントンと進んだところで、自分の知らないところで渦中の人となった荀彧が芙陽に追いついた。

 

「見つけたわよ芙陽!」

 

「おお荀彧。遅かったの」

 

「アンタが速すぎるのよ!馬でこれだけかかる距離を一瞬で駆け抜ける方が頭おかしいのよ!!」

 

「「はい?」」(唖然とする曹操と夏侯淵)

 

「それよりも」

 

「『それより』ってなんなのよ!!?」

 

「落ち着かんか。儂とお主で客将となったぞ」

 

「は!?なに勝手に決めてるのよ!」

 

「良いな?」

 

「私に確認を取れば良いとかじゃなくて、私にも話を聞かせなさいって言ってるのよ!!」

 

「因みに曹操の所じゃ」

 

「よくやったわ!」

 

拳をグッと握って掲げる荀彧。芙陽を追って馬で走ったり、芙陽を探して町中を走り回ったり、急な決定事項を言いつけられたりして精神が疲労していた荀彧はキャラ崩壊を起こしていた。

 

「って曹操様!?」

 

「え、えぇ。私が曹操だけど」

 

「………」

 

流石の荀彧。すぐに正気を取り戻して状況を理解したらしい。曹操の軍に雇われると理解し、目の前の金髪少女が曹操であるということも理解し、唖然とした。

 

(えぇぇぇぇ曹操様の所に客将として雇われるっていつの間にそういう事になってたのよってそもそも目の前の人が曹操様なの?本当に曹操様?マジで?なら私の目的は達成っていうかこのまま曹操様に仕えたいんだけどまず私まだ曹操様に挨拶もしてないわよね不味い不味いこれとんでもない無礼よね名前も名乗ってないんだけどなんで私が客将として働けるようになったのかしらって……客将?)

 

「お初にお目にかかります。荀彧と申します」

 

「……曹操よ。混乱しているでしょうけど、まず名を名乗った貴女の判断、素晴らしいわね」

 

「有難うございます……少し失礼しますね」

 

「え、えぇ」

 

急に冷静になった荀彧に曹操も引き気味だった。荀彧は数瞬で事態を把握していた。

 

つまり、誰が原因で何が言いたいのかと言うと、

 

「なんで客将なのよ!?」

 

「ううむ、軽い拳じゃの」

 

芙陽に殴り掛かったが軽く受け止められた荀彧。ポコポコと音がしそうなほど軽い拳で芙陽を叩くが、全く気にしない芙陽に更に憤慨する悪循環。

 

「あ、だから、抱きかかえるんじゃないわよ!持ち上げないでよ!」

 

最終的に芙陽が荀彧を持ち上げることで恥ずかしくなった荀彧が落ち着きを取り戻した。

 

芙陽に降ろされ、深呼吸をして改めて曹操に向き直る荀彧。

 

「お見苦しいところをお見せしました…」

 

「…大変ね、貴女も」

 

「お心遣いに感謝いたします曹操様…。

 改めて、荀彧と申します。以前より曹操様にお仕えしたくここまで旅をしてまいりました」

 

恭しく頭を下げて申し出る荀彧に、曹操は気を良くした。芙陽の連れならば実力は信頼に足るだろうと思い、曹操は状況を説明する。

 

「そこまで思ってくれるのは嬉しいけれど、まだ貴女の実力を見極めたわけじゃないわ。

 芙陽と一緒に客将として雇ってあげるから、成果を出しなさい。それで判断してあげる」

 

「はっ!」

 

本来なら曹操に近づく策を考えていた荀彧だが、これはこれで近道だと判断し、素直に頭を下げた。

 

「では軍に戻ります。秋蘭、芙陽と荀彧を客将として迎える準備をしなさい」

 

「はっ」

 

「それでは行きましょう、芙陽、荀彧?」

 

「はい!」

 

「よろしく頼むぞ、曹操」

 

金色の狐は金色の覇王に付いて行く。

 

これが、長い付き合いとなる二人の出会いであった。

 




春蘭いきなりやっちゃいました。ごめんね、華琳ちゃん。
でも原作でも秋蘭がフォローしてなかったらこれくらいの事いつ起きてもおかしくないと思うんですよ。さすが頼りになる妹。
今回は秋蘭も芙陽の強さを見てるのでフォローがしにくい状況だったんですね。
そして許緒と三羽烏が影も無い…ごめん、次回は出すから…。
なんか荀彧が曹操相手でも落ち着きすぎて違和感。でも原作でも初対面は落ち着いてたような…状況が違うので対応も難しいです。今回は急な対面だったので理性を総動員したんでしょう。
では次回もよろしくお願いいたします!

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第七話 難易度F:仲直り

そいやっ!(挨拶)
お久しぶりになってしまいました。
地元の祭典とその準備、片付けにより大分疲れてしまった作者です。
体力が…体力がもう、無いのです…。

今回はちょっとあっさり気味です。


「ハァ…遂に、遂にあの曹操様にお仕えすることが出来るのね!?」

 

興奮した荀彧が体をくねらせる。それを見た芙陽が呆れながら煙管の煙を吐いた。

 

「お主、その動きヤメロ。気持ちが悪い」

 

芙陽と荀彧が曹操に客将として雇われると、すぐに初仕事がやってきた。

先の戦闘で散り散りになった黄巾賊の残党が、近くの廃城に集結しているらしい。元々彼らの根城であったらしく、街を攻めた軍勢の他に駐屯していた部隊も含め、その数は膨大であった。

曹操はその城を攻め落とすため、すぐさま軍を再編成して出陣した。

 

芙陽は部隊を一つ任されているが、正直面倒くさい。そこで曹操に相談したところ、『荀彧を付けるから指揮をさせれば?』という返事が帰って来た。

 

「あら芙陽?どうしたの?」

 

体を傾けたまま芙陽の存在に気付く。芙陽の存在に慣れたのか、荀彧は己の内心を見せてしまうような場面でも取り繕うようなことが無くなってきた。

 

「お主部隊指揮はできるか?」

 

「袁紹の所で何度もやったけど?あそこはまともな武将が顔良以外にいないから私がやるしかなかったし」

 

「そうかそうか」

 

嬉しそうに笑う芙陽に、荀彧は今後の展開を容易に想像することが出来た。

 

「アンタまさか…「儂の部隊はお主が指揮することになった」って言わせなさいよ!しかもなんで決定事項みたいに言うのよ!?」

 

「曹操がそうすれば良いと言っての」

 

「曹操様が!?ならやるけど!」

 

瞬足の移り変わりにケラケラと笑う芙陽。

 

「アンタ部隊指揮できないの?いやそれは無いわよね、公孫賛の所でやってたし」

 

「伯珪のところでは多くて数百人の部隊じゃろ?それなら前線で指揮が取れるが、今回任された部隊は千人単位じゃからの」

 

「あら、できないの?」

 

「ウム。面倒くさいの」

 

「『ウム』じゃないわよ!我儘じゃないの!アンタがちゃんとやれば私は曹操様のお傍にいられたかもしれなのに!」

 

「それよりもしっかり働いて後で褒めてもらう方が良いじゃろ?」

 

「む……それもそうね」

 

すっかり言いくるめられた荀彧は早速部隊の状況を確認し始める。

 

「部隊の編制内容は?」

 

「儂らは左翼部隊を率いてまず上にいる弓兵を蹴散らす。その間に中央部隊が城門を開いて突入、儂等もそれに続く」

 

「追撃は?」

 

「儂らの部隊を突入部隊と追撃部隊として分ける。追撃部隊はお主が指揮をする。後方へ向かえ」

 

「結局アンタ突入部隊の指揮しなきゃなんないじゃない」

 

「そうおもうじゃろ?と言うことで補助武将を確保してきました拍手~」

 

ふざけて言う芙陽の指した方向を見ると、義勇軍として立ち上がりそのまま曹操軍に入った楽進、李典、于禁がいた。

三人とも緊張の面持ちで芙陽と荀彧(どちらかと言うと芙陽)を見ている。

 

「彼女たち?新米武将じゃない」

 

「指揮の経験はあるらしいからの。盗賊相手に実戦経験積ませるらしいぞ」

 

「というかなんでそんなに緊張してるのよ。私たちは所詮客将よ?」

 

近づいてきた三人に荀彧が訪ねる。

 

「いえ、芙陽様のお力は頼もしいのですが…嬉々として敵を切っていた様子を見て、失礼ながら…」

 

どうやら三人は芙陽の無双ぶりに恐怖してしまったらしい。

 

「カカカッ。そんなことでは武将としてやっていけないぞ?」

 

「いや、アンタがやったことでしょ。責任取りなさいよ」

 

「ふむ、閨にでも呼ぶか?」

 

「アンタ今女でしょ。しかもそれで責任取ったとは言えないわよ」

 

「「「今?」」」

 

「ないでもないわよ。

 そういえば、アンタ戦闘終了した後どこ行ってたのよ?」

 

唐突な話題の変更に三人は疑問を浮かべたが、芙陽は荀彧の意図に気付き話に乗る。

 

「戦場の跡地を見に、少しの」

 

「何しに?」

 

「東と北、それと街中に黙祷をしておった。この戦で散った、儂が散らした全ての命にの」

 

その話を聞いて三人は驚くとともに芙陽への恐怖心を消した。これが荀彧の意図したものだった。

 

芙陽は誰かを殺すことに躊躇いも、後悔も無い。元が野生の狐であるし、今まで散々命のやり取りをしてきたのだ。戦場で、決闘で、時には芙陽を討伐に来た人間を皆殺しにしたこともあった。

しかし、年を経て妖の力を付け、最後には戦うだけの日々に虚しさを感じ始めた時、芙陽は命を終えた者にある種の敬意を持つようになった。

どんな悪人であっても、命を散らせば地獄の沙汰を待つだけの存在。善人でもそれは同じ。皆無垢な魂となる。そして、沙汰を終え、罰を終えれば新たな生を受けるのだ。長い時を生きる芙陽にとって、それがどんなに羨ましいものであったのか。自ら命を終えることを選択しなかった芙陽には眩しく見えたのだった。

故に、芙陽は死者に敬意を持って接する。相手が善人だろうが、悪人だろうが関係なく黙祷を捧げる。

 

殺すことに躊躇いを持ったわけでは無い。根本から人間とは異なる芙陽なのだ。戦い自体が嫌になったわけでは無い。強敵の存在は芙陽にとっては幸せなことだ。

ただ、もう少し人間に近づいてみても良いと思った。芙陽がいたあの世界で、戦乱の世でできなかった生き方を、今度は少ししてみようかと思ったのだ。

人と言葉を交わし、人の隣で歩き、人と共に生きる。その暮らしを邪魔する者は、誰であっても排除する。

 

芙陽は今、退屈から抜け出して、『楽しく生きている』のだから。

 

 

荀彧は知っていた。芙陽が死者には必ず黙祷、祈りを捧げることを。

最初に出会った時もそうだった。荀彧を襲っていた男達を一人残らず殺し、煙管を吸う前に黙祷を捧げていたのを、彼女は見ている。ここに来るまででも芙陽達を狙った盗賊は全て殺した。芙陽は戦闘が終わると、例外なく死者を前に目をつぶって過ごす。

一度、『何故盗賊などに身を落とした人間にそんなことをするのか、意味が無いのではないか?』と言ったことがあった。

しかし、芙陽はそんなことを言った荀彧に、言い聞かせるように語った。

 

『人間も、獣も、妖も皆、死ねば無垢な魂じゃ。死人に鞭打つことは無いじゃろう。現世に住む儂等がその命を終わらせたのなら、そこで儂等の沙汰は済んでいる。後は死んだ先での沙汰を待つだけじゃ。その魂まで捕まえて罰するなど、烏滸がましいにもほどがあるよ』

 

芙陽の言葉に重みを感じた荀彧は、何も言い返さずに芙陽に並んで黙祷を捧げた。

自分はまだ芙陽のように達観することはできない。恨みがあれば忘れられない。憎しみがあれば殺しても足りない。そう考えてしまうこともあるかもしれない。

 

『―――だけど、いつか許せるように、目を逸らすことはしないわ』

 

小声でそう決意した荀彧の頭を芙陽は優しく撫でた。その時だけは拒否することはしなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

城の中では、様々な声が聞こえる。

男たちの怒号、悲鳴、小さく聞こえてくるのは倒れた男の呻き声や、生にしがみ付く泣き声だ。

 

楽進はそれらを聞きながら、目の前を駆け抜ける芙陽の行動を目に焼き付けていた。

 

(目で追うことも出来ない…!なんて速さ…!)

 

楽進では芙陽の動きを追うことは出来なかった。敵が芙陽に襲い掛かるが、次の瞬間には芙陽は敵の間を通り抜け、相手はそのまま崩れ落ちる。これまでその繰り返しであった。

しかも芙陽は切り付けるときにも気合の声を発さない。攻撃の瞬間の動作を読み取ることが出来ない。

 

「ハアッ!」

 

楽進の氣を纏った拳が敵を吹き飛ばす。

実力は一般人のそれを大きく上回る楽進でも攻撃の際には気合を乗せた声を出す。声を出さずとも攻撃の前には必ずと言って良いほど予備動作が存在する。

 

(それが全く見えない!速すぎるのか、それとも本気を出していないのか!?)

 

楽進の予想は両方とも正解である。勿論前者の『速すぎる』という点もそうだが、芙陽は全く以て本気を出していない。芙陽がこの世界に来てから、と言うよりも、芙陽はここ数百年ほど本気を出したことは無い。

そもそも芙陽は敵を倒すことに意識を向けてはいない。今芙陽が考えていることは、己の後ろをついてくる若き武将の事であった。

 

(この娘、鍛えればいっぱしの将になるの。先程から儂の動きを見極めようと必死じゃ)

 

後ろを見ないまま気配で楽進の様子を探る。背中からはずっと視線を感じていた。強くなるために芙陽の動きをどうにか読み取ろうとする気配に、芙陽の口は少しだけ緩んだ。

珍しいほどの真面目な性格。少しでも力を付けようとする素直さに、芙陽は少しだけ背中を押してやろうと考えた。

 

「カカッ、小娘よ。力が欲しければ儂が『何をしたのか』、理解に努めよ!」

 

楽進は突然声を掛けられ、内容を理解することが出来なかった。

しかし、すぐに思考を回転させる。

 

(動きが見れないことはバレている。なら、その"結果"から動作を理解しろ、と言う事か!)

 

芙陽は楽進がその強さを取り入れようと注視していたことに気付いている。そして、楽進が芙陽の動きに付いていけないことはわかっているだろう。

ならば芙陽のしたことは一体どういうことなのか。"どのような動きで敵を倒したのか"を理解することから始めろと言ったのだ。

 

しかしここは戦場。気を抜いていては怪我をするし、最悪の場合は死に至る。

 

(だが、盗賊如きで後れを取るようでは、そもそも力不足だ!)

 

「はぁぁああ!!」

 

強さを身に付けたければ、この程度の戦場は修行の場でしかないと言う芙陽の考えを理解した楽進は、氣の籠った拳を敵に放って駆け出していく。

 

「もっと強くなって見せる…!」

 

決意を口に出しながら、新たな目標となった芙陽の背中を目指し、若き武将は地を蹴った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

戦闘が始まってすぐに荀彧は部隊を二つに分けて行動を開始した。

荀彧の下に配置された新米武将は李典と于禁の二人。

于禁には外壁上の弓兵を排除するように命じ、自分は李典と共に追撃部隊を率いて城を迂回しつつ後方の門へ向かう。

 

「なあなあ軍師さん、正面以外にも東側に門があるやろ?そっちはどうなっとるん?」

 

李典が気軽に声を掛けてくる。

 

「私たちの他に追撃部隊があるとは聞いてないから、芙陽が適当に追いつめて後方から追い出すんでしょ。

 私たちの追撃部隊に弓兵が多く配置されてるから、出てきた瞬間を狙って一網打尽にするつもりなんじゃないかしら?」

 

「そこは詳しく聞いてへんの?」

 

「芙陽は追撃部隊を指揮しろとしか言わなかったわね」

 

「それでよお混乱せぇへんな。芙陽様の考えてることが分かっとるみたいや」

 

「アレの考えてることなんて理解できるわけないでしょ。ただアイツ説明の時『後方へ向かえ』って言ってたでしょ」

 

「言ってた…か?言ってたような気がしなくもないな」

 

「言ってたのよ。そして、アイツがそう言うなら追撃部隊は後方へ向かえば最大の効果を発揮できるのよ」

 

「信頼しとんなぁ」

 

「馬鹿言わないでよ。アレの無茶振りに慣れただけよ」

 

「素直やないなぁ軍師さん。なんやろ、軍師さんみたいなのを表す言葉が生まれそうな気いする…!ツン…つん…、ここまで出とんのやけど…」

 

そう言いながら手を額に添えるが、残念ながらそれは口を通り越しているので一生出てくることは無い。

 

「訳が分からないこと言ってんじゃないわよ。ほら、そろそろ準備しなさい」

 

荀彧が準備を指示すると、李典はおざなりに返事をしながらも兵たちに弓の準備をさせ始めた。

大きな声を出して兵を急がせる。声は良く通って兵たちは迷わず行動しているし、間違ってる行動をとればすぐに李典から指示が飛んでくる。

于禁の様子は見ていないが、彼女も先の戦で街を守るために義勇軍を率いていた。

楽進は今頃芙陽が見極め、芙陽が気に入れば既に少しは指導を始めている頃だろう。

新たに曹操軍に入った三人は確かな実力を持っていると言える。曹操軍にとってもかなりの収穫だろう。

 

荀彧はこのまま正式に曹操へ仕えることになったら彼女たちをどうするか、既に考え始めていた。

彼女たちの実力は確かなものだが、まだまだ経験が不足している。兵への指示がどこかぎこちないのだ。他の軍であれば申し分ないが、よく訓練されている曹操の軍では兵の実力を使いこなすことは出来ないだろう。

街の防衛線と今回で大きな戦での経験を最初でしておけば、あとは回数の問題だろうと思い、これからは新兵訓練や街の警備で部下を持つことに慣れさせるのが最良であると判断した。

個人の戦闘力については芙陽や夏候惇、夏侯淵などの将が鍛錬を付ければ確実に伸びるだろう。精神的な面でも曹操の下にいれば育つ筈だ。

荀彧はこれらの事を考え、次に芙陽について考察を始めた。

 

芙陽は周囲の意見など聞かないだろう。自分が何をしたいのかで行動を決める。つまりは気まぐれに行動することがほとんどである。

当然曹操の命令など意にも解さない可能性がある。だからと言って完全に無視することは無いだろう。しっかりと誠意を持って頼めばある程度は思い通りに動いてくれる。しかし、芙陽が『つまらない』『気乗りしない』と感じてしまえばどんなに頼み込んでも実行に移すことは無いだろう。

ならばどのような立ち位置にあればいいのか。

ある程度の自由があれば文句は出ないだろう。そして、意外にも知識人であるため曹操とも話が合う可能性が高い。趙雲の話を聞けば誰かに鍛錬を付けるのも嫌いではないようだ。

つまり、ある程度任務に選択権のある客将としての立場が一番良いのではないかと考えた。これならば芙陽もあまり文句を言わずに仕事をしてくれるだろう。

楽進などは李典から聞いた性格によれば芙陽の鍛錬にしっかり付いて行くだろうし、曹操も芙陽と語り合えばその智謀や知識量、性格なども気に入るかもしれない。

 

問題は夏候惇だが、これはもう芙陽自身がどうにかするか曹操が良く言い聞かせるしかないのではないだろうか。

夏候惇の話を聞くに、どうやら脳筋なので芙陽の強さを理解すれば驚くほど簡単に解決するのかもしれないが、最悪を想定するのが軍師である。このまま芙陽が曹操軍を去ったり、何かの事故で再び夏候惇が芙陽に斬りかかって返り討ちに会うようなことがあれば荀彧までも去らなければならないかもしれない。それだけは避けたい。

夏候惇とはまだ直接会話をしたことが無いのでなんとも言えないが、荀彧はその問題点に頭を悩ませるのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

戦闘はあっけない程に短時間で集結した。

芙陽や夏候惇が城内の敵を追いつめ、更に芙陽は二つある大門のうち一つを塞ぐように侵攻していたため、結果として逃げ惑う黄巾賊の出口は一つしかなかった。

城門を出たところで待っていたのは荀彧と李典の率いる追撃部隊。矢の雨によって門付近で集中砲火を受けた男たちは死体の山となった。

それを見た黄巾賊は引き返そうにも、後ろから迫ってくるのは芙陽と夏候惇の怪物二人。進めば矢の雨。絶望に苛まれた男たちは曹操軍にひと飲みにされたのだった。

 

「芙陽…殿」

 

戦闘を終えて黙祷していた芙陽に後ろから声がかかる。

目を開けて振り返ると、気まずそうに立っている夏候惇がいた。

 

「…なにをしているのだ?」

 

「この場所で散って行った命を送っていたところじゃ」

 

芙陽は優しく答える。夏候惇の方はまだ少し緊張していたが、それでも会話を続けた。

 

「敵にも、か?」

 

「敵にも、じゃよ」

 

「…そうか」

 

なんとかと言ったふうにここまで会話を続けた夏候惇だが、結局言いたいことは言えずに黙ってしまう。

その姿がまるで悪いことをしたのに謝ることが出来ない子供の用で、芙陽は助け船を出すことにした。

 

「なにか、言いたいことがあって来たのではないかの?」

 

「う、うむ…。………済まなかった、芙陽殿!」

 

本当に軽く背中を押しただけで言い出すあたり、やはり夏候惇も本心から謝っているのだろう。

 

「華琳様からひどく叱られた。あの時の芙陽殿は何も嘘を言っていないし、悪いこともしていない。唯の私の勘違いであった。

 それに、私も先程の戦闘で芙陽殿が戦っている姿を見た。秋蘭が『勝てない』と言った意味が分かったのだ。……本当に済まなかった」

 

頭を下げたまま語る夏候惇。

 

「夏候惇、頭を上げなさい」

 

芙陽の優しい声色に、夏候惇は言われたとおりにする。

 

「確かにお主はあの時冷静でなければならなかった。しかし、その沙汰は既に曹操から言われているのじゃろう?」

 

「あぁ、罰は受けることになる。出なければ示しがつかないからな」

 

「ならば儂はもう何もいう事は無いよ。謝罪は今お主がしてくれたし、曹操からもされておる。

 これでこの話は終いじゃ、いいかの?」

 

「感謝する、芙陽殿」

 

「『芙陽』で良い。しばらく曹操に厄介になるからの、よろしく頼むぞ」

 

「ああ!よろしくな、芙陽!」

 

芙陽と夏候惇は笑いあった。

荀彧が心配していた二人の関係は、ただ夏候惇が芙陽の強さを認めただけで解決してしまった。

このことを聞いた荀彧は憤慨していたが、勿論良いことなので何も文句は言えなかったという。




感想にて、『空孤って尾は無いよね?』というご指摘がありましたので、説明させて頂きます。

まず、妖狐の分類は大きく分けて二つ。野孤と善孤に分けられます。
野孤と言うのは野生の狐です。この中で悪さをするものは悪孤と呼ばれます。
善孤は善良な狐。中にはよろしくない狐もいるようですが、将来の稲荷の狐予備軍です。
善孤の中で千年以上を生きた仙狐、更に神通力を持ち尾が四本ある、つまり稲荷の狐のことを天狐、そして稲荷の狐を引退し、尾の無くなった三千年以上生きた狐を空孤と呼びます。
有名な九尾の狐の玉藻前は仙狐です。コイツのネームバリューが凄すぎて『九尾=悪孤』と思われがちですが、善良な九尾もいます。

さて、空孤は『尾の無い三千歳以上』ということですが、この小説では『仙狐』『天狐』『空孤』の三つは単なる力の階級として扱っています。つまり、善孤だろうが悪孤だろうが三千歳以上で力が強ければ『空孤』になれる、という事です。
更に、この小説では『善孤=天に仕える狐で、尻尾は一本しかなく、体毛は白い』、『野孤=地上にいる妖狐で、力が増せば尾が増える』という設定です。
芙陽さんは管輅ちゃんという『天に属する人物』の指示を聞いてこの世界に召喚されたので、尻尾は一本になり善孤になりつつあります。あくまでも『なりつつある』の状態なので、神通力は少ししか使えませんし、体毛もそのままで白くなりません。

以上がこの小説内の設定となります。
分かりにくい設定となり、疑問に思ってしまった方々にはお詫び申し上げます。
これからもよろしくお願いいたします。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第八話 腹を割って話そう!

チャオ!
最近雨が続いてバイクが出せなくてイライラ気味の作者です。
台風早くどっかいって欲しいですね。煙草の本数が増えます。

今回は曹操さんがGJなお話。どうぞ!


その日、曹操は夜の城内を酒を片手に歩いていた。

普段の曹操を知る者にとっては珍しい光景以外の何物でもない。寧ろ何事かと戦慄する者までいる。

 

「この辺りにいると聞いたのだけど…」

 

曹操が歩いているのはある人物を探すためだ。

少し話をしようと部屋を訪ねたところ、近くにいた女中から『今夜は月見酒だそうです』という情報を聞いて先程から探しているのだ。

確かに今夜は満月だが、少し雲がかかっている。だが、探している人物―――まぁ、芙陽なのだが、芙陽ならば『月に照らされながら漂う雲も、眺めてみれば美しい』と言うのだろう。

 

「おや、曹操。こんな夜更けにどうしたんじゃ?」

 

ふと、上から声がかかる。見上げてみると、城壁の上に座り込んだ芙陽が酒の器を片手に下を覗きこんでいた。

 

「貴女が月見酒をしていると聞いてね、私も一緒しようと思ったのだけれど」

 

「そうかそうか。どれ、特等席に招待しようかの」

 

ケラケラと笑ってストンと降りてきた芙陽は、曹操を抱え上げる。

 

「ちょっと?」

 

嫌な予感がした曹操だが、芙陽はニタリと笑ってそのまま高く跳ね上がった。

 

「っ……あまり驚かせないで頂戴。酒を落としてしまうかと思ったわ」

 

「それは済まなかったの。ほれ、ここに座ると良い」

 

芙陽は自身の隣をポンポンと叩いて曹操を促した。曹操も大人しく腰を下ろして盃を取り出す。

 

「先にこちらを空けてしまおうかの」

 

芙陽は自分が持っていた酒を曹操の盃に注ぎ、続いて自分の盃も酒で満たした。

 

「この酒はどこから持ってきたのかしら?」

 

「昨日蔵で見つけての。何、拝借したのは少しだけじゃ。そう睨むな」

 

あっけらかんと『盗みました』と言う芙陽に曹操は睨むが、芙陽はどこ吹く風と笑っている。一つ溜息を吐いて酒を飲む。

 

「あまりいい酒ではないけれど、美味しいわね」

 

「ダラダラと飲むだけのこんな時こそ安い酒が美味いんじゃよ」

 

「そう…こういうのも良いわね」

 

曹操はこのように野外で何も敷かないようなラフな飲み会はあまりしてこなかった。美食家でもある彼女は食に関しては煩く、酒を飲む機会も、自分で用意した場でさえ一定の作法を必要とするような環境が多かったのだ。

しかし、芙陽と初めて酒を酌み交わす今回の場は何故か曹操にとって心地よく感じるものだった。

 

「肴はこんなものしかないがの」

 

そう言って差し出されたのは干した肉を小さく切り分けた物。これも明らかに食料庫から持ち出された(盗まれた)ものだった。

 

「私の城で随分と自由に過ごしてくれるじゃない」

 

「お主も喰えば同罪じゃよ。もう酒は飲んでおるし、手遅れじゃ」

 

「女狐…」

 

「正解じゃ」

 

実は芙陽の正体を言い当てた曹操はそれに気付かず、最早何も言わずに干し肉を口に咥えた。芙陽と話しているとどんどん自分が凝り固まった人間に思えてくる。これを受け入れれば良いのか、それとも毒されないように注意すればいいのか、まだ彼女には判断が付かない。とりあえずは考えないようにした。

 

暫く二人で月を眺めながら酒で口を湿らせる。

芙陽はいつの間にか煙管を取り出し、煙を吐いていた。

聞こえてくるのは幽かな風の音と、虫の声。酒を注ぐ音と、煙を吐く芙陽の吐息。

月の光は時折雲に遮られてしまうが、それをジッと眺めていると雲が通り過ぎ、また月明かりが二人を照らす。月が顔を出せば、何故か少し安心できるような、友と再会したかのような不思議な気分を味わった。

 

「月と雲。雲は月見に邪魔だと思っていたけれど、案外良いものね」

 

「雲があれば一晩でも月の変化を楽しめる。月が出なければ夜の草木に虫の声。雨が降れば雨音に耳を澄ませる。

 何事も心の持ちようで見え方は変わる。

 月が出れば月見が出来るが、月があっては星が見えぬ。

 美しいものは何一つ無く、美しくないものも無い」

 

芙陽の優しい声色に、曹操は目を閉じた。鈴の音のような美しい声の他に、虫たちの声に耳を澄ませる。

 

「美しくないものは無い、ね。……美しい言葉だわ」

 

目を開けて芙陽に笑いかける。

 

「やはり私は貴女が欲しいわ、芙陽」

 

「突然じゃの」

 

特に驚いたようでもなく、芙陽も笑う。

芙陽が曹操の客将となって暫く。と言ってもそう経ったわけでは無い。城に来てから一月も過ごしていない。その間に芙陽は日々をのんびりと過ごしたり、時折出撃したり、夏候惇や楽進の鍛錬に付き合ったりしていた。

曹操は夏候惇への罰(夏候惇の真名を呼ばない。また、夏候惇も曹操を真名で呼ばない。その他減給など)が終わるまでは芙陽の勧誘をしないつもりだったのだが、それも今日夏候惇を許し、酒の席へ招くことも自粛していた曹操はやっと芙陽を誘えるようになったのだ。

 

「どう?私たちと共に歩むことは出来ないかしら?」

 

客将として誘った時もそうであったが、この勧誘の仕方は曹操らしくない。いつもならばもっと強気なのだが、芙陽に関しては曹操が強気に出ることは出来なかった。

 

「お主らしく無いの。もっとグイグイ来ると思うとったが」

 

「そうね、悔しいのだけれど。貴女に関してはそうできないわ」

 

覇王としてはこれではいけないのだけれど、と自嘲気味に笑う曹操。

曹操は覇王として歩んできた中で初めて、"格上"だと思える存在に出会ったのだ。芙陽の強さや智謀、心の在り方など全てにおいて『勝てない』と思ってしまった。

 

「だけど、それで負けを認めては"覇王"失格よ」

 

「それで儂を超えようと傍に置きたいのか?」

 

「簡単に言えばそうね。貴女にとっては面白くない話かもしれないけど、それでもいつか必ず貴女を手に入れて見せる」

 

「いつか、とな?」

 

「えぇ、"いつか"よ。正直、貴女今の私の話、受ける気などないでしょう?」

 

「ウム。まだまだ旅を続けようと思っているよ」

 

「でしょうね……はぁ」

 

勧誘失敗を受けて溜息をつきながら酒を飲む。酒の席で会ったのが曹操の救いであった。

 

「しかし、楽しみにしておるよ」

 

「えぇ。首を洗って待っていなさい」

 

まるで決闘でもするような言い方であるが、曹操にとっては正に戦いであり、宣戦布告である。

 

それからしばらくは再び酒を飲み月を愛でる時間となった。曹操の持ってきた酒も半分を消費したときに、ふと思い出したことがある。

 

「そういえば、荀彧はどうするのよ?あの子確実に貴女と一緒に私に仕える気でいるけど」

 

「なんでじゃろな?」

 

「それだけ一緒にいたいと思ってるんじゃない?」

 

荀彧は今も曹操に仕えるため、様々な準備を行っている。それも、芙陽の立場などを踏まえたものだ。

いつの間にか荀彧の中では芙陽がこのまま曹操に仕えることになっている。芙陽も曹操もそれに気付いてはいたが、荀彧が余りにも力を入れていたので指摘することが出来なかった。芙陽の場合は『黙っていた方が面白そうだから』という鬼畜な思惑があったが。

しかし、芙陽にも誤算があった。

 

「あそこまで懐かれるとは思わなんだ」

 

荀彧は未だ芙陽に対して厳しい態度を取っている。曹操にはその真逆の態度であるが、どちらをより信頼しているかと問われれば迷うだろう。

 

「どうするのよ?『実はもう旅に出ます』なんて突然伝えたら……泣くかもしれないわね」

 

「……泣くかの?」

 

「だってあの子、どう考えても貴女に惹かれてるわよ?口では私だと言ってるけど」

 

「まぁ初めから曹操に仕えるための旅じゃったしの」

 

「やっぱり私の所にいるべきじゃない?」

 

「いや、旅には出る。これは変えんよ」

 

「じゃあ連れていくの?」

 

「それはあやつ次第じゃのう。儂が無理を言う事ではない」

 

「そう……」

 

曹操はそれっきり荀彧の話題を出すことは無かった。

しかし、曹操の中ではある思惑があった。

 

(このまま私に仕えられてもあれだし、少し揺さぶらないとダメかしらね)

 

月が見守る中、荀彧にとって重要な決断が迫っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

荀彧は曹操と二人で政務を片付けていた。

最近では良くある光景だ。

 

政務がひと段落し、女中にお茶を入れさせてから、曹操が急に切り出した。

 

「荀彧、貴女、芙陽の事はどう思ってるの?」

 

「はい?」

 

何の脈絡もないその言葉に、荀彧の思考は停止しかける。だが、ここで思考を放棄してしまえば軍師の名折れだ。なんとか返答を捻りだす。

 

「どう…と?まぁ、気まぐれな自由人ですね」

 

「いえ、性格の話ではなく、貴女は芙陽の事が好きなのかしら、と聞いたのよ」

 

「は、す――えぇ!?」

 

今度こそ思考停止に陥る―――と思われたが、流石は荀彧。頭の中では曹操の真意を探っている。

 

(どういうこと?好き?私が?芙陽を?なんでいきなり…いえ、曹操様のことだからなにか意味があるはず……はっ!?もしや遂に私を閨に誘って―ー!?確かに私が『芙陽の事が好き』なのだったら曹操様が遠慮なさるのもわかるけど、そもそも私が好きなのは曹操様で、曹操様に誘われたのなら一も二もなくホイホイ付いて行くのだし芙陽の事なんて微塵も……微塵も?確かに芙陽は初めて会った時から私を助けてくれたけどその理由が『月が綺麗だったから』とか意味わかんないし最低でしょ!?でも今までの旅でも何度も盗賊から私を守ってくれて強いし色々なこと知ってるし考え方はまあ尊敬できなくもないけどいやでも私は男が嫌いなのよ!!あれ?でも芙陽は今女だしそもそも女とか男とか意味ない存在だしあれ?……あれ?)

 

「……えっと…何故そのようなことを?」

 

思考停止に陥りかけて限界を迎えそうになった荀彧はギリギリのところで質問を返した。とにかく話を続けてみなければ答えは得られない。そう思ったからだ。

 

「芙陽だけど…旅に出るそうよ」

 

「――――」

 

荀彧は今度こそ―――今度こそ思考が停止した。

 

「はあ……貴女、いつの間にか芙陽がこのまま私の所に正式に加入すると思ってたわね?」

 

曹操の言葉も今の荀彧には届かない。荀彧の頭の中は事実を受け入れるための思考に精一杯であった。

何度も頭の中で事実を受け入れようとするも、何故かそれが受け入れられない。数秒と立たないうちに、もう何度失敗したかわからなくなっていた。

 

「……やっぱり、涙が出るほどなのね」

 

「っ!!」

 

ふと耳に入った曹操の言葉に、両手で頬や目に振れる。濡れた感触が自分が泣いていると証明した。

 

「こ…これ、は…」

 

「無理をしなくていいわ。急にこんなことを話してごめんなさい。もう少しゆっくり話すべきだったわね」

 

「いえ…ひっく…ち、違う…んで、す」

 

「そんなに泣きながら言っても説得力の欠片もないわよ。今日はもうやることもないし、休みなさい」

 

「でも……」

 

「夜になったらもう少し話しましょう?私が呼ぶまでに落ち着いておきなさい」

 

「……はい」

 

荀彧は半ば呆然としながら返事を返した。そのままどうやって部屋まで戻ったのかは覚えていない。いつの間にか部屋の寝台に横になっていた。

寝台に横になってからも、荀彧の頭は先程の会話がぐるぐると巡っているだけで、瞳からは涙が溢れ出てくる。

 

「なんで…」

 

涙の理由が分からない。いや、わかっているのかもしれない。理解しているけれど、認めたくないだけなのかもしれない。

そんなことをずっと考えているうちに、いつの間にか夜になっていたらしい。部屋の外から声が聞こえる。

 

「荀彧?入ってもいいかしら?」

 

「っ、曹操様!?」

 

荀彧が慌てて扉を開けると、そこには声の主、曹操が立っていた。

 

「その目、まだ泣いていたのね?」

 

「はい…でも、少し落ち着きました。……どうぞ」

 

荀彧が曹操を部屋へ入れる。曹操は部屋に入って椅子に座ると、部屋にある小さな机に酒を置いた。

 

「曹操様?」

 

「まあ、言いたいことも言えるようにね……荀彧」

 

「…はい」

 

「腹を割って話しましょう」

 

今夜は寝かさないわよ?と言う曹操に荀彧の頭の中に警鐘が鳴る。

 

「曹操様、明日もお仕事が…」

 

「腹を割って話しましょう」

 

「……はい」

 

荀彧は覚悟を決めて椅子に着いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「それであのバカは、『今夜は月が綺麗だったから血は無粋だ』とか言うんですよ!?」

 

「気まぐれにも程があるわね…」

 

二人の宴席は思いの外盛り上がっていた。具体的には、芙陽の愚痴で。

取り敢えず曹操は芙陽に付いて荀彧がどう思っているのか、軽いところから聞き出していくために二人の旅の話などを聞いていた。

暫くは荀彧も普通に話していたのだが、次第に愚痴が多くなり、曹操もそれに便乗して愚痴を言い始めたので止まらなくなったのだ。

そこで荀彧が話したのが二人の出会い。芙陽が荀彧を助けた理由が余りにも理不尽だったのが、荀彧としては今のところ気に喰わないらしい。

 

「もう少しマシな理由で助けてくれたのなら、私だって素直に感謝できたのに…」

 

「フフ、でもやっぱり感謝してるんでしょう?」

 

「それは……はい

 でも、やっぱり芙陽ももう少し気まぐれを抑えても良いと思うんですよ!公孫賛の所でだって、夜に講談の約束してたのに賊から助けた女の所に行っちゃうし!」

 

顔を赤くして起こる荀彧だが、曹操からすればどう見たって荀彧が"嫉妬"してるようにしか見えなかった。

 

「ねえ荀彧…そろそろわかってきた?」

 

「……曹操様…」

 

「貴女は、芙陽の事をどう思ってるの…?」

 

「………」

 

荀彧はやはり俯いてしまう。また泣き出すのかと曹操は思うが、荀彧は泣いたりせずに……泣き出しそうな表情ではあったが、涙はかろうじて流さずに曹操に尋ねた。

 

「曹操様…芙陽は、本当に旅に出るのですか?」

 

「…えぇ、近いうちにね」

 

「……私は……私を、置いて……」

 

荀彧は最早何が言いたいのか自分でも理解できていなかった。

芙陽が出て行ってしまう。自分はここにいるのに、芙陽は何でもないかのように出て行くと言う。

 

「結局、私は芙陽にとって……なんでもない存在だったのですね…」

 

「荀彧…やはり、芙陽の事が好きになっていたのね?」

 

少しだけ頬を染めて頷くと、すぐに悲しげに俯いてしまう荀彧。堪えていた涙が、遂に溢れ出してしまう。

 

「辛いのね?芙陽と離れてしまうことが」

 

「…はい」

 

「…なら、どうして貴女は私の所にいると決めつけているのかしら?」

 

「…え?」

 

顔を上げる荀彧。曹操の言葉が理解できていないようだ。

曹操は少し厳しい表情で、荀彧に問いかける。

 

「貴女はどうして私の所に来たの?」

 

「それは、曹操様が覇道を進み、世に平和をもたらす為、貴賤なく人材を欲し、善政を敷くお方だと聞いたからです…」

 

「貴女は私の事をどう思っているの?」

 

「憧れました。才を持ち、また人格も素晴らしいお方です」

 

「なら、芙陽の事はどう思っているの?」

 

「……好き、です。出来ることなら、ずっと一緒にいたい、です…」

 

その言葉を聞いて、曹操は表情を崩す。優しい笑顔。荀彧が見たことのない笑顔であった。

 

「そこまでわかっているのなら、あとは貴女が決めなさい」

 

「え……?」

 

「貴女はまだ客将の身。貴女が芙陽に付いて行くと言うのなら、私はそれを止めはしない」

 

「でも、私は曹操様に憧れて…」

 

「それも含めて考えなさい。

 ……大丈夫、どんな答えを出したとしても、貴女を軽蔑したりなんかしないわ」

 

「曹操様……」

 

荀彧は曹操を見て答えを出す。曹操と芙陽。どちらを選ぶのか。

きっと、どちらを選んでも二人は納得するだろう。曹操を選べば芙陽は優しく笑って応援してくれるだろう。芙陽を選べば曹操は快く見送ってくれるだろう。

どちらを選んでも後悔は無い。いつか後悔する日が来るとしても、荀彧は"今の"自分の心に従うことにした。

 

 

「曹操様…私は、荀文若は――――芙陽に付いて行きます」

 

 

曹操の顔をしっかりと見つめ、荀彧は答えた。

曹操は少し寂しげに笑いながらも、しっかりと頷いた。

 

「そう……なら、荀彧。貴女に一つ言う事があります」

 

「はい」

 

荀彧は頷いた。『軽蔑しない』と曹操は言ったが、たとえ罵詈荘厳であろうとも受け入れようと覚悟を決めた。

 

 

 

「私と友達になってくれないかしら?」

 

 

 

「はい?」

 

流石にこれは予想できなかった。荀彧は首を傾げる。

 

「楽しかったのよ。貴女と仕事をして、政策や軍策を話し合ったり、今日のように酒を飲みながら愚痴を言い合ったりして。

 だから、たとえこの先貴女がどこかの軍師であって、私と敵対したとしても……

 平和なときに再会したのなら、また愚痴を言い合って良いかしら?」

 

曹操が言葉を発するうちに、荀彧の涙腺はまたも決壊していた。今度は悲しみの涙ではなく、嬉し涙で。

 

「はい…っ、はい!」

 

何度も何度も頷いて、荀彧は返事を返す。

 

「なら、私の真名を預けましょう。我が真名は、華琳」

 

「私は、桂花。桂花です、華琳様!」

 

友となった二人は、満面の笑みで手を取り合い、再会を約束した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

次の日、芙陽は玉座の間に呼び出されていた。

何の話かは知らないが、そろそろ旅支度も始めようと思っていたので、それを伝えるにはいい機会だと思っていた。

玉座の間の扉を開き、中へ入る。

 

「曹操、突然呼び出してどうしたんじゃ?」

 

中には曹操と、荀彧がいる他には誰もいない。曹操は玉座へ座り、ニヤニヤと笑っている。荀彧は何故か緊張の面持ちでその隣に立っていた。

 

「芙陽は、桂花が貴女に話があるそうよ」

 

(桂花?いつの間に真名を許したんじゃ?荀彧から話…真名を許したということは、正式に曹操へ仕えることになったという事かの)

 

「フム、荀彧よ、話とはなにかの?」

 

話しかけられたあ荀彧は『ビクッ』と一瞬震えたが、すぐに芙陽を見つめて(緊張のためか睨んだようにも見えたが)、切り出した。

 

「ふ、芙陽!!」

 

「ウム」

 

「わ、わたし……アナタに、つ、付いて行きたい!!」

 

「ウム?まぁ、良いが」

 

「だ、だから!アナタに付いて…え、軽!?」

 

『ガビーン』とでも言いそうな反応を示す荀彧。

 

「付いて行く、と言うことは儂が旅に出ることは曹操にでも聞いたのじゃろ?」

 

「え、えぇ」

 

「ま、儂はお主が曹操の下に残ると思っとったが、付いてくるのなら止めはせんよ」

 

「…いいの?」

 

「なんで嘘つくと思ったんじゃ。それより儂はなんでお主が曹操に真名を許したかが気になるの」

 

「あら、私たちは友達だもの。もう親友と言っても良いわね。なら真名くらい交換したっていいでしょう?」

 

曹操が自慢げに話してきた。これで何があったのか芙陽は大体の予想が付いた。

 

「曹操、お主荀彧に発破をかけたな?良かったのか?貴重な人材じゃぞ?」

 

「貴女への想いを引き摺ったまま残られても役に立たないもの。ならキッチリ答えを出してから選ばせれば良いだけの事よ」

 

いつもの自信に満ちた表情でそう言う曹操。芙陽もケラケラと笑っていたが、荀彧はまだ話があるようで芙陽に近づいてくる。

 

「まだ、話は終わってないのよ」

 

「お、どうした、荀彧?」

 

荀彧は未だ緊張の面持ちでいる。寧ろ先程よりも緊張の度合いが高まっているようにも見える。

 

「わ、私……アナタが好きなの!だから、……だから!」

 

突然の告白かと思いきや、突然その場に跪く荀彧。流石に芙陽もそれを見ているしか出来なかった。

 

「私を、アナタだけの軍師にしてください、芙陽様」

 

「荀彧……お主はそれで、良いのか?」

 

「はい。私が仕えたいのは、芙陽様です」

 

「そうか……」

 

芙陽は目を閉じた。それを見ていた曹操も、答えを待つ荀彧にも冷や汗が流れる。

 

芙陽は目を開けると、荀彧を見下ろしながら優しく言った。

 

「良かろう。これからこの芙陽を支えておくれ、荀文若よ」

 

「芙陽様…!」

 

嬉しさのあまり涙さえ浮かべて顔を上げる荀彧。芙陽は優しく笑ってその頭を撫でる。

その手つきに、いつも振り払ってばかりだった荀彧は気持ちよさそうに目を閉じた。

 

「芙陽様……我が真名を受け取って頂けますか?」

 

「教えておくれ」

 

「我が真名、桂花をお捧げいたします」

 

「ウム。よろしく頼む、桂花」

 

「はい!」

 

とてもいい笑顔で返事をした荀彧―――桂花だが、思いが爆発したのか遂に芙陽に抱き付いた。

 

「芙陽様ー!」

 

「カカカッ、今までとは大違いじゃの」

 

「それは言わないでください、芙陽様ぁ…」

 

ケラケラと桂花の頭を撫でながら笑う芙陽。曹操も笑顔でその光景を眺めていた。

 

こうして、芙陽に正式に仲間が出来た。

荀彧。字は文若、真名は桂花。軍師として最高の智謀を持つ少女。

彼女の頭脳は、芙陽をどのように支えるのか―――

 

 

 

 

 

「あ、それはそうと儂そろそろ旅に出るから」

 

「「!?」」

 




桂花が懐くとかちょっと鼻血出そう。あ、脳汁はもう出てます。

やっと子猫ちゃんが攻略できました。え?魏ルート?
……次は呉に行きますよー。曹操さんの出番はもう少し先までありません。
トロトロ華琳ちゃんは果たして日の目を見るのか!?
作者は見たいです。是非。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第九話 40秒で支度しな!

あっつぅううい!(訳:こんにちわ)
近所の小学生が乗った自転車に喧嘩売られ、負けて田んぼに落ちた作者(風邪気味)です。
AKB48(アイツの家族に暴露する48の秘密)を準備していたため執筆が遅れました。
絶対に許さんぞ…。
あ、あと仕事も忙しかったです。

今回はあまり進展なかったです…。
次…次は呉に入りますから!もう少し待ってください!


「芙陽ぉぉおお!!芙陽はいるかあああ!!」

 

城内に夏候惇の叫び声が響き渡る。

振り撒かれているのは殺気。正直一般人では良くて恐怖の対象、悪くて気絶である。

 

そんな嵐のような夏候惇が探しているのは芙陽。先程からすれ違う人々に『芙陽を見なかったか!?何故見ていないのだ役立たずめ!!』という理不尽全開の捜索方法を取っているのだが、殺気を振り撒いた状態で目の前に来られたうえでそんなことされては怯えて声が出ないか気絶するかの二択である。故に、夏候惇に情報が集まることは無く、仕方なく城内を駆け回っているのだ。

こんなことでは芙陽が見つかるまでに日が暮れてしまう。

 

「芙陽ぉぉおおおおおお!!」

 

「何じゃ騒々しい」

 

訂正、そんなことは無かった。

芙陽の声は夏候惇の後ろから聞こえてきた。振り向くと、面倒臭そうに煙管を咥えた芙陽が面倒臭そうに腕を組みながら面倒臭そうに歩いてきた。

 

「芙陽!貴様どこにいたのだ!」

 

「儂を呼ぶ声が聞こえたのでな」

 

「のんびり歩いてきたというのか!!私がどれだけ探したか…」

 

「見つからないように隠れとった」

 

「なんで!?」

 

「暴走したお主など面倒臭くてたまらん。さっきから城の者が儂の所にわんさか来とるんじゃ。『夏候惇様の暴走を止めてくれ』とな」

 

「じゃあさっさと私の所へ来ればよかっただろう!?」

 

「その前にすることがあったんじゃ。お主の恐喝の被害に遭った者たちへ『曹操へ話を持っていかないように』と厳命しておいた。

 全く。少しは成長したかと思えばまだ猪のままか。また曹操から罰を受けたいのか?そういう趣味かの?」

 

「そんな訳ないだろう!なんで貴様はいつもいつも私をそうねちねちと苛めるんだ!?

 私を苛めるのがそんなに楽しいか!!」

 

「楽しい。ああ楽しいとも。じゃがこれも夏候惇の成長を願っての…」

 

「せめてもう少し説得力を付けてくれ!!」

 

崩れ落ちる夏候惇。少々悪戯が過ぎたようだ。そのまましくしくと泣き始めた。

 

「おぉ、よしよし。お主は何か儂に話すことがあったのじゃろ?話してみなさい」

 

優しく頭を撫でて芙陽が言うと、夏候惇は顔を上げて『聞いてくれるか…』と話し始めた。

…騙されている。騙されているぞ夏候惇。

 

「芙陽…旅に出るって本当か…?」

 

体育座りをして芙陽に頭を撫でられ、上目づかいで涙目になりながら聞いてくる夏候惇。

 

「夏候惇……」

 

幼い子供のような夏候惇を、芙陽は優しく肩を抱き寄せた。

 

「芙陽、このまま私たちといないか?華琳様だってそう望んでおられるだろう?」

 

「夏候惇、そこまで儂を気に入ってくれたのか…」

 

芙陽は優しく微笑んだ。そんな芙陽に夏候惇は希望を見出し表情を明るくする。

 

「でも旅には出る」

 

「外道!?」

 

驚愕する夏候惇。芙陽はケラケラと笑って立ち上がる。夏候惇も芙陽に手を引かれて立ち上がった。

 

「今生の別れでもない。敵対は…するかもしれんがずっとではない。

 それに、儂がいなくとも曹操は大丈夫じゃろ。お主がいればの」

 

意見を覆すことは無い芙陽に、夏候惇は覚悟を決めて芙陽を睨む。

 

「…ふんっ、戻ってきたら私の部下にしてやるぞ、芙陽!」

 

言外に再会を約束した夏候惇は、その瞳の奥に少しだけ寂しさを映しながら去って行った。

 

「クフフ…可愛いものだ。のう?夏侯淵」

 

夏候惇が去って行った方向とは逆、芙陽の背後から夏侯淵が出てくる。

 

「当たり前だろう?私の姉者なのだからな、芙陽」

 

「お主も大概じゃの」

 

煙管を咥えながら呆れる芙陽。

 

「次はどこへ向かうつもりだ?」

 

「さて、虎でも見てみようと思っていたところじゃ」

 

「虎?……孫策か」

 

納得したように夏侯淵が頷くと、遠くから芙陽を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「芙陽様~!」

 

桃色の髪を角のように縛った少女が二人の下に駆けてくる。

芙陽はその姿を確認すると、煙管の火を消して優しく笑った。

 

「許緒や、そんなに走るでないよ。転んでも知らぬぞ?」

 

「も~私そんなにどんくさくないよぉ~」

 

唇を突き出して不貞腐れる許緒の頭を撫でて機嫌を取る。

 

「あ!そうだ芙陽様。荀彧に聞いたんだけど、旅に出ちゃうって本当?」

 

「ウム。今日明日で準備をしておくつもりじゃ」

 

「えぇ~寂しいよぉ~荀彧も付いて行くって言うし…」

 

シュンとしてしまった許緒の頭を、更に優しく撫でる芙陽。

 

「済まぬの。まだ大陸を巡っていたいんじゃ。見たいもの、会いたい人、知りたいことが沢山あるのでな」

 

「…また会えるよね?」

 

上目使いで芙陽を見上げる許緒。先程の夏候惇と同じ状況だが、芙陽は茶化したりしない。基本子供には優しい芙陽であった。

 

「勿論じゃ。そうじゃの…次に会うときお主が今よりも強く、賢くなっておったのなら、儂が知っている美味しい菓子を食わせてやろう」

 

「本当!?ボク頑張るよ!だから約束!」

 

頭を撫でていた芙陽の手を両手で握り、決意を新たにする許緒。そんな許緒を見て芙陽ももう一方の手を添えて、優しく微笑んだ。

 

「あぁ、約束じゃ。頑張るのだぞ?」

 

「うん!」

 

芙陽の言葉に満足したのか、「見送りは絶対するからね!」と手を振りながら許緒は走り去って行った。先程走るなと言った筈だが、芙陽は微笑みながら手を振り返していた。

 

「随分と懐かれたな。いつの間に仲良くなったのだ?」

 

「いつだったかの?最初は儂の事を怖がっていたんじゃが、鍛錬を付けたり菓子を食わしているうちに、かの」

 

「相変わらず子供には優しいな」

 

「子供と言うのは見ていて楽しいからの。いつであっても純粋で、何事もすぐに吸収し、一日二日で驚くほどの変化を見せる。いつまで見ていても飽きが来んよ」

 

「そういうものか…私はどうも子供が苦手でな…。季衣くらいの年頃なら問題ないが、それより下となると…目の前にすると何を言っていいのかわからなくなる」

 

「変に意識するからじゃろ。目線を合わせて話を聞いてやれば良い。子供は常に"理解者"を欲しておる。何をしたのか、何を見たのか、何をしたいのか。それを理解してやればいいだけの話じゃ」

 

「それが私には難しいんだが…芙陽は良い母親になるな」

 

「カカカッ。さてのう…そこらの小僧の子など産んでやる気にはならんがの」

 

「芙陽だってまだ若いだろうに…」

 

「儂はお主等よりもずっと長く生きておるよ」

 

「……そういえば言っていたな。忘れていたよ」

 

芙陽の見た目は現在女の姿である。一応曹操達と会ってからは正体を隠して女性で通しているが、その姿は非常に美しい女性である。雰囲気こそ大人びているが、見ようによっては夏侯淵と同じ年頃だと言えるだろう。

そんな芙陽が夏侯淵よりもずっと年上だと言う。『ずっと』と言うからには一つ二つの話ではない筈だ。だからこそ信じられなかった。どんな妖術を使ったのかと疑いたくなるような話である。

 

「クフフ…信じられぬのならそれでも良いがの」

 

「…まぁ、考えないようにしておくさ」

 

事実確認を保留し、夏候惇はため息をついた。

 

「発つのは明後日か?」

 

「うむ」

 

「では明日の夜はささやかながらも宴を開かせてもらう」

 

「有難いの。楽しみにしておこう」

 

「あぁ。ではな」

 

薄く微笑みながら夏侯淵も去って行った。

 

「クフフ、今日は千客…」

 

「芙陽様~!」

 

「万来じゃのう」

 

続いて聞こえてきたのは楽進の声。他にも二つ足音が聞こえることからいつもの三人娘だろう。

 

「芙陽様!」

 

「聞こえておるよ」

 

姿を見つけて近くに来ても大きな声を出す楽進に苦笑いで答える。

 

「芙陽様~旅に出ちゃうって本当なの~?」

 

間延びした声で于禁が問うてくる。この質問も今日の短時間で三回目だ。こんなことなら皆がいる場所で説明した方が良かったと、若干面倒臭くなってきた芙陽である。

 

「本当じゃよ。何故揃いも揃って真偽を確かめに来るんじゃ」

 

「いやそら芙陽様がずっとウチらと一緒にいると思ってんから…」

 

同じ村から来たはずなのになぜか一人だけ方言で喋る李典。親の影響だろうか?

 

「芙陽様、もう決めたのですか?」

 

「急な話で済まぬな」

 

「いえ…出来れば私はもっと稽古を付けて貰いたかったのですが…」

 

「お主は十分に強くなったよ。後は自分でも伸ばすことが出来るじゃろう。お主の周りには共に励む李典、于禁がいる。夏候惇という実力者もいる」

 

「はい…」

 

俯いてしまった楽進。芙陽は微笑んでその頭を撫でる。

 

「いずれまた稽古を付けてやる。その時までは励みなさい」

 

「必ずですよ?」

 

「約束しよう」

 

やっと笑顔になった楽進だが、李典がニヤニヤと笑っていた。

 

「いやぁ芙陽様は愛されとるな~」

 

「な!?真桜!?」

 

顔を真っ赤にしてうろたえる楽進。その反応に于禁も便乗する。

 

「凪ちゃん顔が赤いの~!」

 

「沙和まで!これは愛ではな…くもないですが!いえ!その、…そう!師弟愛というか!」

 

「必死になるところが怪しいっちゅうねん。芙陽様に惚れてまったんやろ~?」

 

「真桜!!」

 

「これ、落ち着け」

 

楽進の頭と肩を撫でて落ち着かせる。顔は赤いままだが大人しくなる楽進。

 

「うぅ~」

 

「凪ちゃん可愛いの~」

 

「沙和!っ第一、芙陽様は女性だ!」

 

「華琳様の部下が何言っとんねん」

 

最もである李典の言葉に詰まる楽進だった。

芙陽が実は男性にもなれることを知らない三人はそのままワーキャーと再び騒ぎ出す。現実は非情である。

 

「ねぇねぇ芙陽様~、沙和もなにか御褒美欲しいの~」

 

「ん?お主も稽古を付けてやろうか?」

 

「そんなのいらないの!」

 

「お主武将じゃろ」

 

「それよりも~今度一緒にお店を廻ってほしいの!」

 

「買い物かの?」

 

「そうなの!芙陽様ってすっごい綺麗なのにいっつも同じ服しか着ないし~、オシャレした芙陽様が見たいの~」

 

「おぉ~そらウチも見てみたいな~」

 

「カカカッ。まぁ良かろう。お主等に任せるとしようかの」

 

「約束なのー!」

 

「李典はどうじゃ?何か望みはあるかの?」

 

「んー?ウチはこれと言ってないかなぁ。芙陽様のお任せやね」

 

「クフフ。ならば今度儂の知っている絡繰りでも教えようかの」

 

「なんやて!?芙陽様はそういう知識も持っとるんか!?」

 

「少しはの。楽しみにしておくが良いよ」

 

「っくぁー!こんなことならもっと早く知りたかったわ!そしたら芙陽様といろんな話が出来たっちゅうに!」

 

「カカカッ。次の機会に、じゃのう…」

 

「待てへ―――ん!!!」

 

崩れ落ちた李典を引き摺りながら、三人娘は去って行った。

 

それを見送った芙陽は煙管に火をつける。

 

「さて、旅の支度と挨拶周りに行かねばの。桂花も誘おうかの」

 

ユラユラと煙を残しながら廊下を歩いて行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「芙陽様?挨拶回りと仰いましたけど…誰に?」

 

芙陽の隣を歩く桂花が訪ねてくる。桂花は旅支度に出かけるという芙陽の誘いに即答して付いてきた。今日の朝に告白を済ませてから好意を隠さなくなっていた桂花なので、周りにいる兵士や侍女が二度見したほどだ。それだけ酷い態度だったのかと落ち込んだ桂花だったが、芙陽が頭を撫でるとすぐに回復した。調教済みである。

 

桂花が疑問に思っているのは挨拶をするという人物だ。挨拶回りと言うなら、城で暮らしていた芙陽達だ。城内の人間へ挨拶をするのが普通であると考えた桂花だが、芙陽は今街を歩いている。

 

「酒屋の主人じゃろ?それと飯屋の女将じゃの。あとは甘味屋の主人に酒屋。広場で良く遊んでいる子供たちに酒屋じゃの」

 

「あの、酒屋多いです。三件出てます」

 

「仕事が無いと暇じゃからの、夜の友を探して酒屋巡りとかしておったのよ」

 

「まぁ、この短期間でそれだけ交友を広げていることは凄いですけど…」

 

好意を隠さなくなったとはいえ、今まで芙陽に"ツッコミ"を入れてきた桂花。多少勢いは削がれたものの、行為自体はやめないらしい。

 

「まずはそこの広場じゃの。もう子供たちが集まっている筈じゃ」

 

「そういえば良く子供たちの下へ通っていましたね」

 

店の並ぶ通りの外れにある空き地。広場のようになっていて、子供たちの遊び場でもある。

広場には男女問わず十数人の子供たちが遊んでいて、男子は木の棒を振り回しており、女子は一か所に集まって何やら輪になっている。

 

「あ!芙陽さまだ!」

 

「芙陽さま~!」

 

それぞれ好き勝手に遊んでいた子供たちだが、芙陽の姿を捕えるとわらわらと集まってくる。桂花は子供が苦手なのか、少し怯えたように芙陽の後ろにさりげなく避難した。

 

 

「「「「「チィース!」」」」」

 

 

「芙陽様!?」

 

が、ちょっと看過できない事態が起きたので芙陽の隣に戻って顔を見上げる。

 

「………」

 

「…何故そんなにも苦々しい顔をしていらっしゃるのですか?

 いえそれよりも今の子供たちの挨拶"のようなもの"はなんですか!?」

 

「……儂の国で言うところの『昨今の乱れた言葉遣いの若者の挨拶』、じゃの」

 

「何故それを子供たちに!?」

 

「時代の先取りに、と何気なく教えたら何故か流行っての…」

 

「その…大変心苦しいですが、挨拶された方はどこか『イラッ』としますね」

 

「……儂もじゃ」

 

「注意してくださいよ!」

 

「何度も言い聞かせたんじゃが…ええい、挨拶せんよりマシじゃろ!」

 

「開き直った!?」

 

「芙陽さまー!今日はどうしたの?」

 

「ん?おぉ、旅の支度をな」

 

「あぁ、この前言ってたやつ?じゃあもう旅に出ちゃうのかー」

 

「あの、芙陽様!?何故子供たちは芙陽様が旅立つことを知っているのですか!?」

 

「子供等には少し前から言い聞かせておったしの」

 

「私より先に!?」

 

「今度は"ご"っていうところへ行くんでしょー?」

 

「しかも私がまだ知らない行先まで知ってるじゃないですかーやだー」

 

驚愕が続いてとうとう悟ったような笑顔まで見せる桂花。流石にこれは不味いと芙陽は思った。

ウフフと気味の悪い笑いを続ける桂花の肩をガっと力強く掴み、意識を呼び寄せるために振るいながら語りかける。

 

「良いか、儂等が向かうのは、江東じゃ」

 

「今更!?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「そろそろ桂花の馬にも名前を付けてはどうかの?」

 

曹操の下を発って数日。桂花は幽州から乗り続けた馬に跨り、芙陽は歩いて旅路を行く。桂花の乗る馬は公孫賛から譲り受けたもので、速さこそないが長い旅路でも荷物を載せて軽々と進む力強さを持った良い馬だ。芙陽が頼んで譲ってもらったのだが、白馬に拘る公孫賛はこの栗毛の馬を連れてきた。『どうせなら白馬をくれ』と芙陽は言ったのだが、『いくら芙陽でも白馬は渡さん!私は白馬で名を上げるんだ!』と良くわからない憤りを見せたので大人しくこの馬を貰ったのだった。

 

「名前、ですか?…まぁこの子も短くない付き合いですからわからなくもないですが」

 

「じゃろう?」

 

「ですが何故突然?」

 

「いやなに、昨晩眠くなかったので起きてたんじゃがの、あまりにも暇じゃったんで夜通しこやつと語り合ってたんじゃ」

 

「あの、結構衝撃の事実なんですけど、芙陽様は動物と言葉を交わせるのですか?」

 

「言ってなかったかの?」

 

「聞いてないから衝撃受けてるんです!」

 

「ほら、儂、狐じゃし」

 

「あ、なんか納得できるようなできないような…」

 

「それに妖じゃし」

 

「もういいです納得します」

 

「それで、名前はどうするんじゃ」

 

「語り合ったんですよね?どんな性格なのですか?」

 

「ふむ、人に例えると穏やかじゃが芯の通った良い女じゃよ」

 

「雌だったんですね」

 

「ブルルッ」

 

「こやつは『主と荷物をしっかり運べるような力強い名前が良い』と言っておる」

 

「男前ですね…。芙陽様は何か良い案はありますか?」

 

「そうじゃの……。千里…いや万里(バンリ)とかどうじゃ」

 

「また直球で来ましたね」

 

「安直じゃがいいじゃろう。こやつも気に入ったようじゃしの」

 

「ブルンッ」

 

「本人…人?まぁ、この子が良いならそれで構わないです。よろしく頼むわよ、万里」

 

万里は決意を示すようにもう一度勇ましく嘶いた。

 

江東まであと少し。

 

新たな出会いを望み、一匹と一人と一頭が進む。

 

 

 

「仲間が増えたの。やったなけい…」

 

「ヒヒィンッ!」(おいやめろ)

 

「!?…お主なかなかやるの」

 

「あの、二人で盛り上がるのやめてもらって良いですか」




芙陽ハーレムに淑女が加入しました。
名前は安直すぎて軽く自己嫌悪しました。馬の名前って難しい…。あとなんかキャラ濃いぞ万里。どうしてこうなった…。

そろそろ芙陽のプロフィールとか作ろうかな…。いや設定集はあるんですけどね?
絵も描けたら描きたいな…。あ、作者は素人です。人に見せるような絵は描けませんので期待はしないでください。絶対だぞ!作者との約束だ!

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十話 (本当に)トラでした。

バリケード(クッション)を準備しよう!
サブタイが思いつかなかったのでかなり苦しいです。わかる人いるんでしょうか?
どうも。暑さで右手が溶け出した作者です。
やっと呉に着きました。着いただけで何もしてないような…。
まぁ、次は最初にちょっとダイジェストみたいな感じになるかもしれません。もう賊相手なんて書いても面白くないんですよね…。

取り敢えずタイマン回です。


その日、孫策はいつものように周瑜の眼を掻い潜って城からの脱出に成功した。

今日はたまたま夢に見た幼き日々を懐かしみ、思い出に浸ろうと山中まで歩いてきたのである。周瑜がいれば魚を釣ってもらい、自分は木の実でもとって腹を満たすのだが、生憎と孫策は釣りが不得手であった。何故かはわからないが昔から動物や生き物に怯えられてしまうため、魚も寄り付かないのだ。何よりも釣竿を持ってきていない。

仕方がないと溜息をつくと、孫策は木の実を探し始めた。李でも見つかれば良いのだが、そうでなくとも食べられる実が少しでもあれば多少腹の足しにもなるだろう。

 

多少の時間を掛けて木の実を集める。少ないが李も見つけた。満足げに李に噛り付くが、途端に口の中に刺激が行き渡る。

 

「すっぱぁああ~!なにこれ!?熟してないじゃない!」

 

どうやらハズレを引いてしまったようだ。他の李を食べてみると、そちらは別段酸っぱ過ぎる訳でもなく美味しく食すことが出来る。しかし、それらを食べてもまだ口の中が酸味で満たされており、どうにも気分が悪い。

仕方なく川に向かって歩き出す。口を漱げば大分ましになるだろう。

段々と近くなる川の音を聞きながら木々を掻き分けて進む。しかし、ふと気づいた。

 

「人の気配…」

 

恐らく川辺にいるのだろうその気配は、別段殺気立っているわけでもなく、敵意を感じなかった。草の間から伺うと、少女が一人、川辺にしゃがんで竹筒に水を汲んでいた。馬に積んでいる荷物からして旅人だろう。

孫策は取り敢えず、南海覇王に添えていた手を離し、目的を果たすべく川へ近づいた。

すると葉擦れの音で気が付いたのだろう、馬が警戒するように鳴き出した。

 

「…万里、どうしたのよ?」

 

少女が顔を上げた。馬の様子がおかしいと気付いたのか、周囲を見回す。猫耳のような頭巾が揺れて可愛らしい。

 

「…芙陽様?」

 

「残念、人違いよ」

 

他の人物の名を出されて多少驚きはしたものの、平静に返事を返す孫策。少女は全くの予想外であったようで、突然現れた孫策に警戒を露わにする。

 

「驚かせてごめんなさい。私は水を飲みに来ただけだから警戒しなくても大丈夫よ」

 

必要以上に近づかないよう真直ぐに川へ向かう。手を洗い、水を掬って口を湿らせる。少女は未だに警戒を続けていたが、そこまでの危険はないと判断したのか話しかけてきた。

 

「あなた、この辺りに住んでいるの?」

 

「えぇ、近くの街に住んでいるわ。貴女は旅人さん?」

 

「そうよ。恐らく貴女が住んでいる街に入ると思うけど」

 

「あら、そうなの?私もそろそろ帰ろうかと思っていたところだし、一緒に行く?」

 

「流石にそこまで信用していないわよ。それに私の一存じゃ決められないわ」

 

「さっき言っていた名前のお方?」

 

もしも真名であった場合を考え、名前を呼ばないように尋ねる。

 

「えぇ。私の主よ」

 

「あら、そのご主人様はどこへ?」

 

「果物を取りに行って、今帰って来たところよ」

 

「は?」

 

「儂の事かの?」

 

「!!」

 

突然背後から声が聞こえ、反射的に拳を振るう。が、手応えは無くそのままの勢いで後ろを振り返ると、上体を逸らしてケラケラと笑う白い着物を着た金髪の男が立っていた。

 

「カカカッ、済まぬ。ちと悪戯が過ぎたかの」

 

「貴方、何者?全然気配がなかったんだけど」

 

「なに、通りすがりの唯の旅人じゃよ」

 

「唯の旅人が気配消して私の後ろに立てる訳ないでしょう」

 

「おや、随分と自信をお持ちのようじゃの」

 

「まあね。これでも軍を率いたりしてるのよ」

 

「ほう、お主は将軍かなにかかの?儂は芙陽。お主の名前を聞いても良いかの?」

 

「私は孫策よ」

 

孫策が名乗ると、後ろにいた少女が『え!?』と驚いたような声を出したが、目の前の芙陽と名乗った男は別段驚いた風ではなく、飄々と話を続けてきた。

 

「うむ?孫家の姫様じゃったか。何故こんなところにいるかは知らぬが、これはまた運が良いの」

 

「あら?私の事を知っているのかしら?」

 

「少しはの」

 

孫家の姫君、まして現在は家督を亡き母から継いでいるため、孫家の主である孫策を目の前にしても態度を変えない芙陽に、孫策は面白そうに笑った。

 

「フフフっ、貴方面白いわね。仮にも私は孫家の王よ?なのになーんにも緊張しないでいるなんて」

 

「カカカッ、年下の女子にそんな情けない姿など見せられんよ」

 

「あら?同い年くらいかと思ったけれど?」

 

「そうは見えんかもしれんがの。お主よりはずっと長く生きておるよ」

 

確かに口調は老人のようだし、雰囲気も孫策よりもずっと大人びている。見た目は孫策と同じ程の年齢だというのに、女としては羨ましいことだと思った。

 

「フーン……あ、それより、あの子は貴方の従者なの?」

 

「荀彧と言っての。従者というか…なんじゃ?こう、…まぁ、従者かの」

 

「諦めないでください!まぁ、従者でも良いですけど、私は芙陽様の軍師ですよ!」

 

「軍師?貴方もどこかの将軍なの?」

 

「いや、儂はどの国にも属しておらんよ」

 

「私は芙陽様個人に仕えてるのよ」

 

「へぇ…愛されてるじゃない」

 

「当たり前じゃない!」

 

「なんで貴女が威張るのよ…」

 

鼻息荒く、どこか好悦とした表情で答える軍師に呆れながら、孫策は話を続ける。

 

「それで?貴方たちこの先の街に行くつもりだったんでしょ?」

 

「そうじゃの」

 

「なら私と一緒に行かない?私は貴方たちに興味あるし、芙陽の実力も知りたいし、お城に入れてあげるわよ?」

 

「ほう…ならそうしようかの」

 

「決まりね」

 

パシンッと手を打ち、先導して歩きはじめる。

道中、現在の孫家の状況や黄巾賊の話など、情報をやり取りしながら街へ向かった。

 

「そういえば貴女、なんで森の中にいたの?しかも一人で」

 

荀彧が疑問を口にするが、正直孫策は答えたくない。

『仮にも王』とは孫策自身が口にした言葉である。その自他共に認める王が『政務が嫌いだしちょっと夢見が良かったから抜け出してきた』などと言えたものではない。

 

「フフ…秘密よ♪」

 

「大方政務が嫌で抜け出して来たんじゃろ」

 

「ちょ」

 

「あぁ、芙陽様がそう言うならそうなんでしょう」

 

「え」

 

「お主を見てれば大体の性格は掴める。ジッとしているのは苦手と見た」

 

「あぁーわかります」

 

「なにこの主従!?的確に見抜いてくるのやめなさいよ!?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

城に入ると玉座の間に通され、既に連絡は行っていたのだろう、そこには三人の女性が待っていた。

 

「じ、じゃあ改めて、私は孫策。字は伯符よ。つい先ほどの私への折檻は見なかった方向でよろしく」

 

頭にタンコブを作った孫策が名乗ると、タンコブを作った長い黒髪に眼鏡を掛けた女性が続けて名乗る。

 

「私は周瑜。字は公瑾だ。行き成りみっともない場面を見せてしまって申し訳ない」

 

「儂は黄蓋。字は公覆という。よろしく頼むぞ」

 

次に名乗ったのは銀色の髪を高い位置で一つに纏めた女性、黄蓋。

そして最後に、溢れんばかりの大きな胸を露出の高い服で申し訳程度に隠している小さな眼鏡の若い女が名乗った。

 

「私は陸遜と申しますぅ~。字は伯言ですぅ~。よろしくお願いしますねぇ~」

 

間延びした声で陸遜が自己紹介を終えると、孫策が再び喋りだす。

 

「本当はもっと仲間がいるのだけど、今紹介できるのはこれだけね。今の私たちの状況は道中で話した通り、袁術に力を削がれているわ」

 

「ふむ。話に聞いた通りじゃの。

 儂は芙陽。大陸の外から来たため字や真名は無い。唯の旅人じゃ」

 

「私は荀彧。字は文若。芙陽様の軍師として仕えているわ」

 

桂花は芙陽の一歩後ろで控えている。

 

「有難う。それで芙陽、貴方の旅の目的は?」

 

「そうじゃの。大陸の観光と言ったところかの。取り敢えず今は次代の英傑を見るべくフラフラと彷徨っている」

 

「次代の英傑?」

 

「うむ。この病んだ大陸でも折れず、次代を切り開く力を持った英傑に興味があっての。ここへ来たのも孫策、お主を一目見ようと思ったからじゃよ」

 

「あら、私が英傑足る人物だと?」

 

「江東の虎、孫堅の名は大陸に響いておる。その娘の孫策の名もな。もっとも、今は檻に入れられているようじゃがの」

 

芙陽の言葉に孫策は少しバツが悪そうに身じろいだ。そこで、黙って聞いていた周瑜が口を開く。

 

「芙陽殿。『病んだ大陸』と仰られたな?貴殿はこの大陸をどう思っている?」

 

「死に体、じゃの。病魔は全身に行き渡り、床に伏せり、蠅を追い払う力もない」

 

芙陽の言葉は、大陸自体のことを言っているわけでは無い。この大陸を治めるべき王朝のことを指している。周瑜にもそれを理解することが出来た。

 

「ではこれからどうなると?」

 

「蠅を追い払うことは難しくない。それこそお主等や儂の見てきた英傑が解決するじゃろう」

 

「なら何が問題になるんですかねぇ~?」

 

「自分たちの上に立っている者が死に体である、ということが露見するのが問題じゃの」

 

「なるほど~。死に体に従う道理はありませんからねぇ~」

 

「必ず反乱が起きる、と」

 

軍師たちの会話を聞いていた孫策も話に加わった。

 

「私の背後を取った実力と言い、頭も切れるようね」

 

「なに、経験の差じゃよ」

 

「祭…そこの黄蓋とどっちが上なの?」

 

「策殿。瘤に血が溜まっておりますぞ。儂が血抜きをしてやろう」

 

「ちょ、悪かったわよ!微妙に怖いこと言わないでよ!」

 

「儂からすれば黄蓋もまだまだ小娘よ」

 

「「は?」」

 

「「ほう」」

 

芙陽の言葉に呆気にとられる孫策と陸遜。目を見開いてはいたが感心したように声を漏らす周瑜と黄蓋。反応は綺麗に二つに分かれた。

黄蓋は自分よりも年上だというどう見ても年下の男に尋ねる。

 

「芙陽…殿?貴殿は一体おいくつか?」

 

「クフフ…芙陽で良いよ。秘密にしておいた方が面白いじゃろ」

 

「フフ…その若さの秘訣、教えてもらいたいものじゃの。妖術か何かか?」

 

「妖術ではない、とだけ言っておこうかの」

 

「貴方やっぱり面白いわ。ねえ芙陽、これからどうすつもり?私を一目見たいだけなら目的は達したんでしょ?」

 

「そうじゃの、お主の人となりを一目見れれば良いと思ったが、こうして知り合ったのならもう少し見ても良いと思える。そこで、短い間じゃが客将として迎えてくれればと思っとる。

 元々情報を集めるために暫く滞在するつもりじゃったしの」

 

「そうね…私としては願ったりなんだけど、冥琳?」

 

「フム…失礼だが、貴殿らの実力をまだ私達は把握していない。そこで模擬戦をしてもらおうと思う。荀彧は文官としていくつかの仕事をしてもらいたい」

 

「心得た。桂花」

 

「はい。必ずや成果を示します」

 

「じゃあ決まりね!芙陽の相手は私が…」

 

「祭殿。芙陽殿の相手を頼みたい」

 

「ええー!!?なんでよ!?」

 

「まだ実力が分からんのだ。お前に任せられるわけないだろう」

 

「でも多分祭じゃ勝てないわよ?」

 

「ほう、芙陽はそこまでの力を持っておると?先程『後ろを取られた』と仰られたが…」

 

「それもあるし、私の"勘"もそう言ってるわ。『下手をすれば私も負ける』ってね…」

 

孫策の表情が快活な少女のものから獣じみた戦士の顔に変わる。『負けるかもしれない』と言いながら、その口元は楽しそうに吊り上がっている。

 

「芙陽様」

 

「ん、なんじゃ?」

 

桂花が小声で話しかけてくる。今までは主と王の会話だと発言を控えていたのだが、懸念が一つあったので口を開いたのだ。

 

「模擬戦は良いのですが、袁術の子飼いとなっている孫家の現状、常に間者がいる筈です。あまり派手なことをすると孫家に不利になるのでは?」

 

「ウム。現に今でもネズミが三匹ほどうろついているしの」

 

「では?」

 

「そうじゃの。…孫策」

 

「聞いていたわ。流石ね、芙陽も荀彧も」

 

「雪蓮、間者か?」

 

「えぇ、ちょっと潰してくるわ。芙陽は先に準備運動でもしていて頂戴」

 

「なら先に行かせてもらおうかの」

 

「儂が案内しよう。荀彧、お主も付いてこい」

 

「わかったわ」

 

「私は鍛錬場の人払いをしておこう」

 

「頼むわね、冥琳」

 

5人は素早く行動を開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「お待たせ、待った?」

 

「いや、全然」

 

「じゃあ殺ろっか♪」

 

「よし、殺ろう♪」

 

「は~い審判を務めさせていただきます陸遜でぇ~す。

 お二人ともわかっているとは思いますが~……わかってますよね?わかってるんですよね?殺しちゃだめですよ!?"模擬"戦ですからね!?"模擬"の意味知ってますよね!?」

 

うがー!と必死に述べる陸遜だが、二人は既に完全に戦闘態勢に入っている。

 

「冗談じゃよ陸遜」

 

「そうよ、安心しなさい」

 

「うぅ~ならいいんですけど…」

 

「それで、決着はどうする?」

 

「そうじゃの、"相手の首を飛ばしたら勝ち"で」

 

「そうね♪」

 

「冗談じゃないんですか!?」

 

「はぁ、穏、落ち着け。雪蓮も芙陽殿もそのくらいにしてやってくれ」

 

それまで成り行きを見守っていた周瑜が呆れながら言う。黄蓋は二人が陸遜をからかう光景をニヤニヤと笑いながら眺め、桂花は何が気に喰わないのか膨れている。

 

「荀彧、お主は何を怒っとるんじゃ?」

 

それに気付いた黄蓋が桂花に問い掛ける。

 

「別に、なんでもないわよ」

(芙陽様ぁ…苛めるなら私を苛めて下さればいいのに…なんでそんな無駄に胸の大きいユルユル軍師なんか…)

 

最近は芙陽にからかわれたりするとなんだか気分が良い桂花(マゾ)であった。

 

「ま、そろそろ始めるとするかの」

 

「そうね、貴方の実力、見せて頂戴」

 

腰の常の鯉口を切る芙陽と、南海覇王を抜き構える孫策。

相手の出方を伺う二人の間で闘気がぶつかり合い、見ている者にも緊張が走る。

 

「思ったけれど、随分と細い剣よね」

 

「刀という儂の国の形での。切れ味は他の追随を許さぬよ」

 

「折れそうだわ」

 

「ところが儂のは特別製でな、絶対に折れんよう作られておる」

 

「抜かないの?」

 

「儂の国の構えの一つでの。相手に間合いを気取らせないものじゃ」

 

「なるほどね…」

 

会話をしていても二人に隙は無い。

孫策は内心で焦っていた。明らかに芙陽に動く意志は見られない。時折わざとらしく隙を見せたりすらする。

 

(完璧に誘われてるわね…)

 

孫策が焦っているのはそれだけが理由ではない。芙陽のあの構え。放たれる闘気。表情。どれを観察しても"底が見えない"。

普段なら勝ち筋を教えてくれる自らの"勘"が、『下手に動けばやられる』と告げている。

 

「ま、でも…行くしかないのよ、ね!!」

 

孫策は覚悟を決めて地を蹴った。一瞬で芙陽の目の前まで移動し、右手の南海覇王を振り上げる。

芙陽の刀の間合いは予測済み。正確ではないが、鞘の長さである程度の間合いをはじき出す。

南海覇王の間合いは体が覚えている。近すぎず遠すぎず、理想的な位置で攻撃に入る。

視線と殺気で牽制(フェイント)を入れ、更に左拳を入れ警戒を誘う。

芙陽の両手は腰の刀に添えられたまま動かない。

孫策は極限まで集中していた。自らの剣と芙陽の刀。その二つの動きに神経を注ぐ。

芙陽に接触するまであと一歩。その時点で南海覇王は速度を持って芙陽へ迫っている。

芙陽はまだ刀を抜かない。

 

(獲った―――!)

 

確信―――それが彼女の"油断"であった。

 

 

 

「見事」

 

 

 

ただ一言、芙陽の声が聞こえたと思うと、全てが終わっていた。

 

孫策の剣は空中で止まっていた。元々寸止めのつもりで放った攻撃である。芙陽の眼前で止まっている筈の南海覇王なのだ。

 

しかし、芙陽はそれよりも半歩前にいた(・・・・・・)

 

芙陽は刀を鞘ごと腰から引き抜き、拳二つ分ほどだけ白刃を見せて孫策の喉に当てている。南海覇王を握った孫策の右手は芙陽の顔のすぐ横で止まっている。

 

孫策の頭は事態を把握していない。

理解していることは一つ。勝利を確信したその瞬間、芙陽の体が透けた(・・・・・・・・)ように見えた。

そして気が付いた時には己の剣は何も捕えることが出来ず、芙陽の刀は孫策の首を捕えている。

 

「そ、そこまで!」

 

陸遜の声で孫策が我に返る。そして理解した。

 

「……負けちゃったわね」

 

その言葉で芙陽は刀を納め、腰に戻した。

 

「良い一撃であった」

 

優しい声を孫策に掛ける。孫策は『当たらなかったけどね』と悔しそうに顔を顰めたが、それもすぐに微笑みに変えた。

 

「祭、芙陽が何をしたのか見えていた?」

 

孫策が黄蓋に問い掛けるが、黄蓋は動揺しながら答える。

 

「策殿……儂には特別何かしたようには見えなかった(・・・・・・・・・・・・・・)が…」

 

「なんですって?」

 

孫策も首を傾げる。

黄蓋の動揺は『芙陽が一瞬で孫策を倒したこと』が理由ではない。それも理由の一つではあるのだが、それよりも黄蓋を動揺させたのは、『何故孫策があんなにもハッキリとした敗因(・・・・・・・・・)を理解していないのか』と言う事であった。

 

「どういう事?私には芙陽の姿が透けたというか、ぶれたように見えて、次の瞬間には勝敗が決まってしまったとしか…」

 

「雪蓮、私達には雪蓮が芙陽殿に突っ込み、芙陽殿はそれを素早く躱したようにしか見えなかったぞ?」

 

「はい~。私はなんで雪蓮様があんなに簡単に捉えられたのかわかりませんでしたぁ~」

 

「そうじゃの。いつもの策殿ならあれくらい避けて次の攻撃に移れると思ったんじゃが…」

 

どうやら観戦していた者たちには孫策が『簡単に負けた』ようにしか見えていないらしい。

孫策はこれ以上考えても分からないと答えを求めて芙陽を見る。

 

「芙陽…貴方が何をしたのか、教えてくれるかしら?」

 

問われた芙陽は意地悪くニヤリと笑うが、回答自体はすんなりと答えた。

 

「なに、唯"半歩前に進んだ"だけじゃよ」

 

「……はぁ?」

 

意味が分からないと怪訝な顔をする孫策に、ケラケラと笑いながら芙陽は説明を始める。

 

「特別なことは何もしておらん。本当に半歩前に進む、それだけでお主の動きは封じることが出来た」

 

「その半歩がどうだって言うのよ?」

 

「半歩進む瞬間、いつ動くのかが問題となるんじゃよ。儂はお主が牽制を出し終わり、攻撃が儂に当たる直前に進んだ。つまり、お主が勝利を確信し、それまで意識していた間合いを忘れた瞬間に動いた。するとどうなるか?儂の姿がぶれるか、あるいは一瞬消えるかのように見える」

 

「…信じられない話だけど、身を持って体験してるからわかるわ。確かに私には芙陽が一瞬"透けた"ように見えたもの」

 

「ほぇ~そんなことが出来るんですねえ~」

 

「まるで妖術じゃの」

 

「カカカッ、お主等も練習すれば出来るようになるぞ」

 

芙陽の言葉に孫策と黄蓋が反応した。武人としてより強くなる事には興味があるのだろう。

話しているうちに、いつの間にか桂花が芙陽の隣に立っている。

 

「芙陽様、お疲れ様でした」

 

「ウム、久々に楽しめた」

 

「格好良かったですよ」

 

顔を赤らめて芙陽に擦り寄ってくる桂花の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めた。

満足した桂花は孫策たちに向き直り、口を開いた。

 

「それで、芙陽様の実力はわかったでしょう?」

 

「えぇ。是非とも力を借りたいわね。できればそのままウチに入ってくれればいいんだけど」

 

「済まんがそれは出来んの。まだまだ旅を続けたいのでな」

 

「でしょうね。だからその時まではよろしく頼むわ」

 

「承知した」

 

「では、すぐに芙陽殿の受け入れ準備を始める。荀彧には試験としてまずそれを手伝ってもらう」

 

「わかったわ」

 

「芙陽は取り敢えず今日の訓練に出てもらおうかしら。ウチの兵を見てもらいたいの」

 

「ウム。時間が空けば街も見たいんじゃが」

 

「訓練が終われば案内するわ。それと今日は歓迎の宴を開きましょう」

 

「なら儂はその準備を…」

 

「祭殿には芙陽殿受け入れを手伝って貰いますよ」

 

「なんじゃと!?」

 

「祭様は軍部筆頭ですから~お願いしますよ~」

 

「くぅ~…嫌じゃ!」

 

「穏、祭殿を必ず連れて来い。良いな」

 

「無理ですよぉ~」

 

「出来なければ次の給金は大幅に減る」

 

「鬼ー!!?」

 

「祭殿は全額です」

 

「儂に……死ねと…?」

 

ギャーギャーと騒ぎながらそれぞれが歩いていく。

 

「ねぇ、芙陽。私は本当に英傑足る人物?」

 

「見込みはある。後はお主次第じゃよ」

 

「そう…なら、問題ないわね!」

 

「ほう、自信ありかの?」

 

「私は孫策。当然じゃない」

 

「カカカッ、そうか。ならまずは今宵の宴じゃの」

 

「あら、どうして?」

 

「英雄は酒にも強い」

 

「フフフ、それこそ問題ないわね!」

 

狐と虎。二匹の獣の出会いであった。




芙陽の使ったあれは色んな所で『縮地法』と呼ばれたりします。
中国だとなんか仙術らしいですね。瞬間移動のことらしいですけど。

次はどこまでやろうか…。
美尻孫権を出すか、その前に離れて袁術の所へ行くか…。
孫権を出したら若干フラグが立ちます。袁術の所へ行くと「綺麗な袁術」へ一歩近づきます。
かなり迷う二択ですね~。

芙陽のキャラ絵…難しいです。才能が…絵と文の才能が欲しい…


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十一話 阿保×阿保=るいぱんこ

やあ!(入り口に立つハンター風に)
間が空いてしまいました…。お待たせしてしまい申し訳ありません。
転職したため怒涛の八月になりました。忙しすぎるよ!
そんな感じでなかなか時間が取れず、しかも微妙にスランプなのか難産でした。

ちょっと展開に無理があるかな…と
取り敢えずどうぞ


「そういえば最近"天の御使い"の噂って聞かなくなったわよね」

 

芙陽が孫策と城内を歩いていると突然そんなことを言い出した。

 

「そんな噂もあったの」

 

結論から言えばその噂の御使いとは芙陽の事であるが、芙陽自身あまりにも自覚がないため忘れていた。そもそも芙陽は"天の御使い"として行動することを嫌がっているのだ。

この世界に召喚されて暫く経ったが、芙陽が"天の御使い"であるということを知っているのは友人である星、風、凛と、桂花のみである。

 

「金色の獣、だったかしら?見てみたいわよね」

 

「どんな姿だと思う?」

 

「そうねぇ…まずは牙!きっと鋭い牙を持っているわね」

 

狐は肉食である。正解。

 

「それと爪!人なんか引き裂かれちゃうような爪もあるわ」

 

巨大な狐の姿ならば可能だ。正解。

 

「金色の、って言うくらいだから毛並は綺麗に輝いてるわよね」

 

芙陽の毛並も輝いている。正解。

 

「"天の御使い"なんだからきっと大きさも普通じゃないわ。すっごい大きいの」

 

最も大きな姿では人や馬を優に超える。正解。

 

「それで、『愚かな人間どもめ!』とか言って人々を食い殺すのよ!」

 

「違う。ソレ絶対御使いじゃないじゃろ。寧ろ魔王じゃろ」

 

ここにきて致命的な間違い。

 

「そこに颯爽と現れて獣を打ち倒し危機を救う私!」

 

「話を聞け」

 

孫策はそんな自分を想像したのか、気分が良さそうに『ウフフ』と笑っていた。

 

「でもまあ噂が出始めてから随分経ったし、皆忘れてるわよね」

 

「いつまで経っても現れない存在などその程度の扱いじゃろ」

 

「一部の人は未だに信じてるらしいけどね。いつかきっと来てくれる~って」

 

「そう思わんと心が廃れてしまう程に、生活が苦しいんじゃろう」

 

「ホント、早くこんな世の中終わらせないと」

 

先程の雰囲気とは真逆の、真剣な表情で孫策が言った。

そこへ駆けてきたのは黄蓋。何やら不機嫌そうに孫策に言う。

 

「策殿、袁術からの使者だ。急ぎ玉座へ」

 

それを聞いた孫策も苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「まずは自分の事から何とかしないとね…」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「だぁ~むっかつくぅううう!!」

 

玉座の間から出てきた孫策は開口一番にそう叫んだ。

袁術の使者から出た話は、賊の討伐命令だった。黄巾賊である。

その数は孫家が用意できる兵力よりも多く、策を練っても苦しい戦いになるだろう。

 

「何が『武勇優れた孫家の軍ならば袁家が手を貸すこともないだろう』よ!?ふざけてんじゃないわよ!」

 

「ほう、袁術は一切の援助をする積りがないのかの?」

 

「当たり前じゃない!あの糞餓鬼がそんなことするわけがないもの」

 

「餓鬼?袁術はまだ子供か。……傀儡か?」

 

僅かに表情を強張らせて芙陽が尋ねる。子供を愛する芙陽は、多感な子供を政治の道具にする行為を嫌った。

 

「傀儡ではない…んだけど、まぁあれは傀儡と言ってもおかしくはないのかしら?

 側近の張勲が袁術を甘やかして、良いように誘導してるのは傀儡なのかしら?」

 

「では厄介なのは張勲か」

 

芙陽の顔が更に険しくなる。

 

「いえ、張勲も張勲で袁術を愛してるから…袁術が言う事全部受け入れちゃうのよ…」

 

「なんじゃそれは…」

 

力が抜けたように呆れる芙陽。

要するに馬鹿が二人合わさって化学反応を起こした結果、現状が出来上がったらしい。

厄介なのは袁家が名門であり、兵力も財力も桁違いだということだった。

戦の基本は数である。圧倒的な数の力は、策を弄そうとも覆すのは難しい。

 

だが…

 

「その張勲も唯の阿呆かの?」

 

「頭は切れるわよ。少なくとも冥琳が苦戦するくらいにはね。

 でも、袁術が関わると途端に思考能力が落ちるから、阿呆じゃないとも言えないわよ」

 

それを聞いたとき、芙陽の口元が厭らしく歪む。

 

それはまるで悪戯を思いついた子供の様でもあり、悪巧みを起こす悪人の様でもあり。

狐の本能か、妖の性質か、それとも芙陽の往来の性格か。

なんにせよ、袁術と張勲にとって不幸であったことは二つ。

 

芙陽が孫家の下にいたこと。

 

そして何よりも、

 

 

 

この化け物は『人を誑かすのが』大好きであった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「桂花」

 

芙陽は孫策と話した後、すぐに桂花の元へ向かった。

桂花は現在孫家の文官客将として仕事をしている。既に周瑜からは実力を認められ、いくつかの案件を取り纏めていた。

 

「芙陽様っ」

 

書簡に目を通していた桂花だが、芙陽が執務室に現れると顔を上げて笑顔を見せた。

 

「孫家はどうじゃ?」

 

「文官、武官共に優秀ですね。兵もよく訓練されています。なにより兵一人一人の忠誠心が高いです。

 先代までを良く知り、今代の人柄も知っているのでしょう」

 

「先の報告は聞いたかの?」

 

「黄巾賊討伐ですか。数は断然向こうが上。有象無象と馬鹿に出来ない差ですね」

 

「勝算は?」

 

「最終的な勝利は確実です。ですが、こちらの被害は甚大でしょう」

 

短いやり取りで詳しく状況を確認する二人。すると、芙陽がまた厭らしく笑っていた。

桂花はそれを見て若干の呆れながら、芙陽が何をしたいのかを探る。

 

「芙陽様は誰に悪戯を仕掛けるつもりなんでしょうね?」

 

「失敬じゃの。儂は唯孫家を勝利に導こうとしておるだけじゃ」

 

「あぁ、被害者は袁術ですか」

 

「最近桂花も弄り甲斐が無くなってきたのぅ」

 

「矛先が私ではないので。……私だって苛めて欲しいんですよ?」

 

「男の姿の儂に緊張しなくなったのは嬉しいことじゃがの」

 

生理的に男を受け付けなかった桂花だが、芙陽を慕うようになり若干(と言っても雀の涙ほどだが)改善されていた。

曹操の下にいた頃はたとえ仕事の話であっても近づくことを良しとせず、他の文官に任せるほどであった。芙陽との二人旅の途中、男の姿でいる芙陽に対しても若干の戸惑いを見せることもあった。しかし、芙陽がさり気無く諭していった結果、仕事の話であれば普通に会話が出来るほどになり、芙陽に対しては(元々の好感度もあり)逆に親猫に甘える子猫のように擦り寄ってくるようになった。

 

「それで、袁術に何をさせるつもりですか?」

 

「兵と金子を出してもらおうかと」

 

「簡単に差し出すとは思えません。立場から言って孫策や周瑜は出させるのは難しいでしょう。

 ……あの、芙陽様?」

 

自分で言って気付いたのだろう。桂花が恐る恐ると言った様に芙陽を見る。

 

「ウム。この際じゃ、袁術も見に行こうかと思っておる」

 

「お言葉ですが、今の芙陽様は孫家の客将。孫策や周瑜よりも信用度は低いです。話を聞いてもらえるともわかりません」

 

「儂が何年人を誑かして来たと思っとるんじゃ。そこまで持っていくだけの勝算もある」

 

「あぁ、芙陽様の中では決定事項だったんですね。なら私が何を言っても無駄でしょうね…」

 

諦めたように遠い目をする桂花。

この顔は芙陽も見たことがあった。旅に出ることを言わなかった時、子供たちが先にそれを知っていたと知った時に見た表情であった。

この娘、苛められることを好む変態(マゾ)であるが、放置プレイは受け付けないようだ。

 

「違いますよ?私はただ…その、もっと一緒に居られたらいいなぁ、と…」

 

「あぁ、寂しいだけか」

 

「ハッキリ言わないでください!」

 

「どれ、頭を撫でてやろう」

 

「話を聞いて…ふぁぁ…」

 

チョロい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

袁術の城の玉座の間には孫策が訪れていた。

黄巾賊討伐についてである。

 

「だから、私たちの兵だけでは心許ないから少し援軍を寄こせって言ってるのよ」

 

孫策の眉間にはこれでもかと言う程深い皺が刻まれており、いかにも『不機嫌です』と言わんばかりの表情であった。

対する小柄な少女・袁術と、その隣に侍る張勲の態度は飄々としており、厭らしく目元が緩んでいる。この二人と対峙すれば嫌でも理解できるだろう。『彼女らは今、全力で自分に嫌がらせをしているのだ』と。

 

「え~でも~、あれだけ自信満々だった孫家の兵がたかが賊に負けちゃうとは思えないですけど~?」

 

「七乃の言う通りじゃの。強いと言うならこれくらいの任は余裕じゃろう?」

 

張勲の言葉は明らかに孫家の力を削ぐことを目的とし、袁術はその言葉をただ肯定するのみ。

袁術は恐らく多少なりとも本気で言っているのだろう。張勲が強いと言うのだから、彼女の言う通りたかが賊に後れを取る事はない。ならば態々自分の兵を貸し出すことも無いと考えている。

 

「だから、勝つことは出来るけど被害は大きくなるって言ってるじゃない」

 

孫策の表情が更に険しくなる。先程から同じようなやり取りの繰り返しである。その度に孫策の眉間の皺が深くなるばかり。これ以上は引っ張られた皮膚が裂けてしまいそうな程だ。

 

「勝てるのじゃからいいじゃろう」

 

「美羽様の言う通りですぅ。あまり我儘を言わないで欲しいですね~」

 

上に立つ者として、軍を束ねる者としてはあまりにも未熟なこの発言に、孫策の堪忍袋が限界を迎えそうになる。

 

(落ち着け…落ち着くのよ孫伯符。今まで我慢してきたじゃない。あ、でも目の前の首を一つか二つ落とすくらいは、って駄目よここでキレたら芙陽の策も台無しなんだから…!)

 

「「ひぃっ!?」」

 

拳を握りしめ、歯を食いしばって己を律する孫策からは、殺意と闘気が漏れ出している。それだけで袁術と張勲は震えあがった。

 

「…今日の所は帰るわ。もし兵を貸し出す気になったら言って頂戴」

 

そう言うと礼もせずに踵を返し、孫策は扉へと歩いて行った。

 

殺気から解放された二人は息をついて緊張を解く。

 

「のう七乃?孫策は何故あんなに怒っておったのじゃ?」

 

非情に残念な思考回路を持つ袁術は孫策の立場と怒りを理解できていなかった。

 

「さぁ~?今日は虫の居所が悪かったのではないでしょうか~?」

 

「虫?孫策は虫を飼っておるのか?」

 

「ウム。憤怒や憎悪というおぞましい虫を腹の中に飼っておる。何時しか腹を食い破って出てくるやもしれんのう」

 

「ぴぃ!?腹の中にかの!?」

 

「流石野蛮な人は中身から違いますねぇ」

 

「そうさなぁ。あまり怒らせると腹から出てきた虫がお主まで喰いに現れるかもしれぬ」

 

「なんじゃと!?ななななな七乃!?妾は、妾はどうすれば!?」

 

「あぁ~ん恐怖に怯える美羽様も可愛いですぅ~!」

 

「七乃!?」

 

「あの虫は大抵が幼い子供を好物としておってなぁ…」

 

「ぴぃいいい!?」

 

「良い幼子であれば無事で済むんじゃが、悪い幼子であれば…」

 

「七乃ー!七乃ー!妾は悪い子をやめるぞー!七乃ー!!」

 

「美羽様!そんなことしたら美羽様が消滅しちゃいますよ!?」

 

「全部!?妾は全部悪い子なのか!?」

 

「二択じゃの。喰われるか、光になるか…」

 

「嫌じゃァ!妾は死にたくないのじゃ!そこの者、助けてたも、助けてたもぉ…」

 

「おぉ、よしよし。ならば一つ、救いの道を授けよう」

 

「ホントかの!?」

 

「ウム。ここは孫策の怒りを鎮めるため、援軍を差し向けては…」

 

「あぁ、ちょぉ~っと待ってください」

 

「なんじゃ?」

 

「どうかしたかの、七乃?」

 

ここで張勲が会話を止め、茶番が終了を迎えた。

現在、玉座の間にいるのは三人。城の主である袁術、その側近である張勲。

 

そしてお気づきであるとは思うが、いつの間にか現れてあまりにも自然に会話に参加し、あまつさえ袁術を引っ掻き回した上に口先三寸で信頼を勝ち取り、腰に抱き付かれている金髪の男。

金髪という特徴から仲の良い親子や兄弟にも見えるが、勿論我らが芙陽である。

 

「まぁ途中で気付いていながら悪乗りした私にも問題はありますし、色々ツッコミどころはあるんですが…取り敢えずまずは最大の問題点から行きますね、……貴方どちら様でしょう?」

 

言いながら腰の剣に手を掛ける張勲ではあるが、ここまで来ておきながら今更警戒しても無意味だと自分でも理解しているのだろう。今は袁術に危害を加えるつもりはないと判断し、騒ぎ立てるようなことはしない。

 

「七乃?何を警戒して…お主何者じゃぁ!?」

 

急に真面目な表情になった張勲に疑問を投げかけるも、腰に抱き付いてさえした袁術も飛び跳ねるように芙陽から離れ、張勲の後ろに隠れてしまう。

 

「面白い連中じゃの」

 

芙陽も芙陽でケラケラと笑って何をする気配もない。

 

「さて、気を取り直して話をしようかの。儂は芙陽と言う旅の者。今日は袁術を一目見ようと城の周りをうろついておったのだが、孫策が来ているのを見かけての。面白そうだと隠れて話を聞いておったんじゃ」

 

嘘は言っていない。芙陽は袁術を見るために孫策とは別行動でこの城に来ていた。そして孫策が城に到着したのを確認してから、隠れて袁術たちの様子を伺っていたのだ。

 

「……この城に侵入したなどと簡単に言ってくれますねぇ…。

 まぁ次の質問です。ここでの会話を聞いていたのはわかりましたが、今になって出てきたのは何故ですか?」

 

「ウム。お主等と孫策の話を聞いて思ったのじゃがの、お主等、此度の功績を孫策に丸ごとくれてやるつもりかの?」

 

「…どういう事でしょうか~?」

 

「確かにたかが賊の討伐であるが、時期と状況を考えるに、これは大きな飛躍の好機となり得るぞ」

 

「……?のう七乃、どういう意味じゃ?」

 

「そうですねぇ、私にも説明してもらえると助かります~」

 

袁術が張勲の袖を引いて尋ねるが、張勲も芙陽の言葉を今一理解していない。

 

「そうじゃの、まず時期じゃ。今の大陸は盗賊、それも黄巾賊と言う大きな勢力が跋扈し、民は常にその恐怖に怯えておる。先を見る目がある諸侯は賊退治に力を入れるのう。なんせ武功を上げると同時に民の信頼を勝ち取ることが出来るからの。

 そして此度の状況じゃ。近くに黄巾賊が存在しているのは民も十分理解しているじゃろう。そこにやってくる孫策の軍。民のために駆けつけ、自らを上回る大勢力を智謀と武勇を駆使し、辛くも勝利を収めるその姿は正に英雄。孫策の名は更に大きく大陸中に広まるじゃろう。被害は大きくとも得られるものはそれ以上となり得る。」

 

「な、なんじゃと!?そんなことになったらまたあ奴が調子に乗るではないか!」

 

袁術は孫策の勢力が大きくなりかねないことに辿り着き慌て始めた。

 

「そこで儂がお主等に一つ策を与えようと思っての」

 

芙陽はニヤリと笑いながらそんなことを言う。

しかし張勲は未だ冷静であった。唯の旅人が『袁術と孫策の顔を見に来た』というあまりにも弱い理由で城に忍び込み、盗み聞きをした挙句に自分たちの為の策を聞かせるという。

そんな話を信用できるわけがない。寧ろ今すぐにでも捕えて尋問ないし処刑をするのが最善である、と考えていた。

 

そこを指摘し、捕えるために兵を呼ぼうと口を開くその寸前に、芙陽が袁術に問い掛ける。

 

「袁術よ。力を付け、名を上げ、我が物顔で賊討伐の功績を報告に来る孫策に、お主は我慢できるか?」

 

「出来る訳なかろ!孫策は妾が面倒を見てやっているのじゃ!孫策の功績は名門袁家のもの!つまり妾のものじゃ!!」

 

「や~ん!その理解不能なまでの暴君っぷり!流石です美羽様~!

 さ、芙陽さん。その策を聞かせてもらいましょうか~!」

 

袁術が芙陽の口車に乗せられた瞬間、張勲もその荷台に飛び乗って来た。最早先程の冷静さなど遥か彼方に飛び去り、今では己の主の望みを叶えるべく共に暴走を始めるだけであった。

 

(もう少し揺さぶらねば釣れぬと思ったが…)

 

流石の芙陽もここまでの豹変ぶりを目の当たりにすればドン引きである。まるで別人のような張勲にもしや人格分裂が起きているのではないかと冷や汗すら流してしまった。

芙陽が冷や汗を流すなど何百年ぶりかの事である。張勲は何者なのだろうか。

 

「ま、まぁ話を聞くと言うのであれば話そう。

 袁術よ、先程言った様に民の危機に駆けつけ、賊を打ち破ったとあれば孫策の名声は跳ね上がる。それはわかるな?」

 

「ウム。妾より有名になるなど生意気にも程があるのじゃ」

 

「ならばもし、その孫策の活躍の裏で袁術の強力な援助があったと民が知ればどうなる?」

 

「……?七乃、どうなるのじゃ?」

 

「そうですねぇ~。もしかしたら『孫策の活躍は袁術様あってのこと!』なんてことに……」

 

「それ魅力!採用」

 

「はやっ」

 

「決まりじゃの」

 

「七乃、準備じゃ!孫策の下に兵を送るのじゃ!」

 

「ちょ、なんですかその行動力!?」

 

大騒ぎをする袁術に、なんと扱いやすいことかと思うが、芙陽の顔は少し引き攣っていた。

 

(……少し、心が痛い…)

 

あまりにも残念な袁術に、なけなしの良心が疼いた。

 

 

人を騙し、人を喰う。そんな狐にも同情心はあるのだ。




孫権に会うか袁術に会うかで迷いました。
取り敢えず御尻ちゃんにはあとでツンデレしてもらおうかと馬鹿二人にしましたけど。
ちょっと孫呉は駆け抜けてしまおうと思います。展開が難しい…。

仕事が変わったので時間が取れるかわかりません。
またお待たせすることになるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて

新しい仕事が忙しく本編が進まない作者です。

と言う事で、非常に短いですが日常系短編で繋ぎます!(スミマセン…)
これからも余りに間が空きそうであればちょくちょく書くと思います。
原作の拠点フェイズみたいなもの、というか、ほぼそのものの物もあります。
時系列はバラバラです。各タイトルの話数を参考にしてもらえたらと思います。

今回は台本形式で書いてみました。


○7.5話 芙陽と許緒○

 

許緒「うーん…どうやって書けばいいんだっけぇ…?」

 

芙陽「おや、お主は確か許緒、だったかの?」

 

許緒「え?…ふ、芙陽様!?」

 

芙陽「これこれ、そんなに怯えるでない」

 

許緒「ご、ごめんなさい…この前の芙陽様の戦いが凄かったから…」

 

芙陽「カカカッ。それで怖がらせてしまったのか。それは済まなかったの」

 

許緒「ううん。芙陽様は味方だってわかってるから、もう大丈夫だよ!」

 

芙陽「そうかそうか」

 

許緒「あ…えへへ…。芙陽様、頭撫でるの気持ちいいね」

 

芙陽「それは良かった。ところで、許緒は東屋に座り込んで何をしておったんじゃ?」

 

許緒「えっと、手紙を書いてたの!」

 

芙陽「ほう、誰に送るか聞いても良いかの?」

 

許緒「うん!あのね、故郷にいる友達にね、『一緒に働こう』って」

 

芙陽「ほう、お主の友か。しかし何故突然?」

 

許緒「この前、芙陽様と会った後に黄巾賊のいた城を攻めた時、

   『一番高いところに旗を立てたら勝ち』って勝負したでしょ?」

 

芙陽「そういえばそんなことしておったな。

   儂は適当に立てておったが」

 

許緒「それでボクが一番になったから、華琳様がご褒美をくれるって言ってくれたんだ!

   だからそのご褒美でボクの友達も誘って、一緒に働けるようにしてもらおうと思うんだ!」

 

芙陽「それは楽しみじゃのう。

   しかし良いのか?その友達は曹操の所に来ても大丈夫かの?」

 

許緒「大丈夫だよ!流琉は強いし、料理もすっごく上手だから。

   華琳様もきっと『良い』って言ってくれるよ!」

 

芙陽「ん、それは真名かの?」

 

許緒「あ、うん。名前は典韋って言うんだ!」

 

芙陽「そうか。……もしかして怪力か?」

 

許緒「どうだろ?ボクと同じくらいの力はあるよ?」

 

芙陽「なら怪力じゃな。

   しかし、お主もその典韋も村を離れて大丈夫か?村を守っているのは典韋ではないか?」

 

許緒「今は前みたいに税も高くないし、村の人たちも協力して防御を固めてるよ。

   だから大丈夫!それにいざとなったらボクが駆け付けるからね!」

 

芙陽「それは頼もしいのぉ」

 

許緒「えへへ…。あ、芙陽様!ここはどうやって書けばいいの?」

 

芙陽「む?どれ…あぁ、筆を貸してみなさい」

 

許緒「はい」

 

芙陽「良いか?ここはこうやって書くんじゃ。それとここの文字が間違っとる」

 

許緒「あれ?そうだっけ?」

 

芙陽「お主ももう少し文字を学ばねばな」

 

許緒「えぇ~勉強はちょっと…」

 

芙陽「文字の読み書きができるようになると色んなことが出来るようになる。

   例えば、お主の友の典韋が料理を作るとするじゃろ?」

 

許緒「うん」

 

芙陽「勿論お主は早くその料理を食べたい」

 

許緒「そうだね!」

 

芙陽「なら、典韋の手伝いをすればもっと早く食べられる」

 

許緒「でもボク料理出来ないよ?」

 

芙陽「それなら、買い物の手伝いじゃ。

   そこでそれぞれが買うべきものを竹簡に書いて持っておけば、

   手分けして素早く材料を買うことが出来る」

 

許緒「あ!そっか~!」

 

芙陽「勿論それ以外にも、物語を読んだり、

   伝言を頼むにも言いたいことを正確に伝えられるようになる。

   あと、忘れ物が無くなったりの」

 

許緒「なるほど~!いろんな事が楽になるんだね!」

 

芙陽「その通り。少しでも勉強する気になったかの?」

 

許緒「うん。…でもボク、頭良くないから…」

 

芙陽「お主はまだ子供じゃ。ゆっくりと学んで行けば良い。

   しっかりと学び、しっかりと鍛え、しっかりと遊ぶ。

   そうしていけば、いつの間にか立派な大人になっておるよ」

 

許緒「遊ぶのも大事なの?」

 

芙陽「子供の遊びは大人になった時役に立つことが間々ある。

   それに、友達は多いほうが良いじゃろう?」

 

許緒「そうだね!」

 




みじかっ。そしてオチもないwww
本編は少しずつ進めているんです…ただ仕事が終わるとすぐ寝たくなるので…すみません。

友人の衝撃の発言
「あー!もう一度青春してぇー。大好きなあの人の恋人の存在を知って絶望してぇー」
「それは青春とはまた違った何かだ」


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて 其の二

こんばんわです!
前回の内容を友人の発言にすべて持っていかれた作者です(泣)
いや、確かに内容は薄っぺらかったですよ…?
それでももっとこう…あるだろう!(困惑)

今回も閑話です。本編はもう少しお待ちくだされ…(汗)
ちょっと読むの面倒臭いかもしれません。重ね重ね済まない…


○4.5話 言葉の壁○

 

芙陽には最近気になっていることがある。

 

この世界に来てからと言うもの、言葉や文字に苦労したことは無い。勿論それは良い。芙陽は長く生きており、また趣味である読書のために元の世界では何ヶ国語もの言葉を読み、書き、会話が十分に行える程には習得していた。

この世界の文字は勿論漢文である。当然ながら芙陽は漢文もマスターしている。この世界の本を読むにも苦労はしない。

 

問題は会話である。

 

この世界で初めて出会った人物は誰だったか。

芙陽は己の記憶に検索を掛ける。

 

星、凛、風。いや、その前に何かあったような気がする。

そう、その三人が来る前に盗賊の男たちがいたではないか。あまりにも影が薄い出来事であったためにすぐには思い出せなかった芙陽。

その三人は芙陽に向かって『武器を寄こせ』などと言っていた。

 

今思えば違和感しか感じない。

 

芙陽の出身は現代日本だ。当然母国語は日本語である。

しかし、あの三人は初めから日本語で芙陽に話しかけた(・・・・・・・・・・・・)ではないか。

 

そして、その後に出会った星、凛、風の三人も日本語で会話を行っている。少し前に出会った荀彧も、公孫賛も同様だ。

 

公孫賛の下で客将として働いている今、書簡に目を通すことも多い。

先にも述べたが、書簡に書かれている文字は漢文である。

 

ならば

 

 

 

この世界の住人は全て『日本語で会話を行い』、『漢文を読み』、

 

挙句には『漢文を見て日本語で読む』バイリンガルであるということになる。

 

 

 

識字率が低いことも納得である。

 

勿論、漢文とはある程度日本語に修正して読むことは可能である。英語等の外国語よりは翻訳が楽なのは確かであろう。

しかしである。『翻訳』とは、『原文の意味を異なる言語で表現すること』だ。

つまり、翻訳者は『異なる二つの言語』を習得していなければならない。

そして、『文字を読む』という行為。これは人間が本来持つ能力ではない。幼いころから触れることで訓練され、後天的に備わる能力である。

『言葉』と『意味』と『文字の形』、そして『文字の意味』。大きく分けてこの四要素を組み合わせ、脳内で情報が処理され、初めて『文字を読む』という行為が可能になるのだ。

 

余談ではあるが、大雑把に言ってしまえば『文字が読めること』と言うのは『泳げるようになること』や『楽器が弾けるようになること』と同じなので、訓練すればするだけ能力が上がる。

本を読む人と読まない人の読書スピードが異なったり、音読に詰まる人とスラスラと読み上げる人がいるのはこのためである。

 

話を戻そう。

この大陸の言語は一つ。日本語である。しかし、文字は漢文である。

こうなると『文字を読む』事の難易度は途端に跳ね上がる。何しろ、先程の文字を読むための四要素『言葉』『意味』『文字の形』『文字の意味』に加え、『文章の意味』という新たな要素が現れるからである。

これだけならば通常の翻訳と言えるだろう。

だが、本当に難しいのは追加要素である『文章の意味』の習得である。何しろ、『"日常では決して口に出さない(・・・・・・・・・)言語で表現された"文章の意味』なのだから。

通常、異なる言語の読み書きを習得する場合は、単語の発音などが重要な要素となる。口に出しての練習がかなりの効果を発揮するためである。

しかし、この大陸の住人にはそれが出来ない。『口に出す言葉の発音』は、決して文字の意味と重なることは無いからだ。寧ろ、この大陸の文章において、文字の発音という概念があるかどうかさえ怪しいものである。

 

口に出す言語は一つ。しかし、文字を読むためにはもう一つの言語形態を学ばなければならない。

何とも不思議な文化である。ある意味では高度な文明と言える。寧ろ文官などは良くもまあ仕事ができるものだと感心すら覚える。

 

と、ここまでつらつらと考えていた芙陽であったが、ふとある可能性に気が付いた。

 

 

『もしかしたら、自分には日本語に聞こえるだけで、本当は違うのではないか?』

 

 

これならば通常と同じ文化である。文字を読む行為にも支障をきたさず、必要な言語が二種類になる事も無く、識字率が低いのは時代のせいだ。

この可能性に気付いた芙陽は鳥肌が立つかと思えるほど爽やかな気分に浸ることが出来た。体中にこびり付いた重い綿や手足に絡まる蔦がすべて取り払われたかのような感覚であった。

 

元来この世界は管輅と言う管理者が"外史"と呼ぶ空想の世界。外来である芙陽と現住の住民の言葉の壁など術式やら設定やら魔法やらで解決してしまってもおかしくはない。

 

芙陽はこの可能性を確実なものにするべく、証明方法を模索し始めた。

『お主が喋っているのは日本語か?漢文か?』などと言えるわけがない。荀彧などに聞けば確実に罵倒が飛んでくるだろう。

ならばどうすれば良いのか?

芙陽の脳内で、ある一つの方法が天啓の如く舞い降りた。

 

早速その方法を試すべく、芙陽は行動を開始した。

一人でも良い。誰か一人でも人間に会うことが出来れば、芙陽の疑問は全て解決する。

 

化け物染みた嗅覚、聴覚、気配察知を利用してすぐさま一番近い人間の下へ急ぐ。

 

 

そこにいたのはこの街の長である公孫賛であった。

 

 

芙陽は迷わず公孫賛の目の前に移動し、狼狽している公孫賛をほぼ無視して口を開く。

 

 

 

「布団が吹っ飛んだ!!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

そう、駄洒落である。

 

つまり、『同じ音、もしくは似た音の言葉で文章を作る』という駄洒落であれば、相手が口にする言語が日本語なのかがわかるのだ。

駄洒落の意味が理解できれば日本語、できなければそれ以外である。

 

しかし相手が悪かった。

可もなく不可もなく、あらゆる面において圧倒的な『普通』の道をひた走る公孫賛では、この芙陽の無茶振りに付いて行ける訳がないのだ。

 

それでも芙陽はめげずに言ってみる。

 

「布団が、吹っ飛んだ」

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「……」

 

流石の芙陽でもこの結果には落ち込んだ。答えが分かる分からない以前の問題であった。

この無常な結果の苛立ちを公孫賛にぶつけるのは間違っている。そんなことはわかりきっているにも関わらず、芙陽は公孫賛を殴り飛ばしたいと思ってしまった。

 

 

 

結局、この時のことを思い出したくなかった芙陽により真実は闇の中へと沈んでいった。

 




はい。唐突に叫ぶ芙陽がやりたかっただけです。後悔はしていない。
公孫賛は実にリアルなキャラをしているね。この子みたいな友人は結構います。
あ、『普通』に悩んでるとかじゃなくてですね。キャラの薄さというか、言動というか。

さて、あんまりやりすぎると不評が出るかもしれませんけど…。
またまた友人の一言。(コーナー化しそうで怖い。しても閑話の時だけですね)

「なあ聞いてくれよ!」
「どうしたん?突然電話してきて」

「あのさ、う○こ我慢したら二次元に行けるかもしれん!」

「意味がわからないし、なんでそこそこの確信持ってんだ」


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十二話 動きだす龍 

ジャンボ!(スワヒリ)

あ、作者です。転職→残業→台風→休日出勤の怒涛のコンボ決めた作者です。
活動報告で弱音吐いたばかりですが、なんとか一話執筆完了しました…。皆さまお待たせして申し訳ない…。
閑話で時間稼ぐとかもう…。これからも頑張りたいです…。

さて、今回はちょっと別の人にスポット当ててます。
遂にあの人が動き出すよ…!


「なんかなーあれ程の馬鹿を相手にすると色んな事がどうでも良くなってくるよねー」

 

「ふ、芙陽様?口調が…」

 

芙陽と孫策が袁術の下から戻ってくると、芙陽がそんなことを言い出した。どうにも死んだ目をしている芙陽は、普段の威厳ある口調も崩れ、口から煙管の煙をモワモワと吐き出しながらブツブツと虚空に向けて話しかけている。

 

「儂もな?少しは警戒しながら話を持ち掛けたんよ。でもあいつ等そんなこと知るかと言わんばかりにこっちの思い通りにドンドン話進めてっちゃって、なんかもう罪悪感とか脱力感とかやるせなさとか色々一気に襲ってきてもう儂、大変。たいへんなんよ」

 

「いつもの芙陽様じゃない!?芙陽様ー!芙陽様しっかり!」

 

荀彧が愛する主の服を掴み、ぐらんぐらんと揺さぶるも、芙陽はされるがままで未だ呟きを止めなかった。

 

「袁術の城から出て来た時にはもうこんな感じだったのよ。一体何があったって言うのよ?」

 

「まぁ、あの独り言から凡そ状況は読み取れるがな」

 

「余りにも袁術たちが馬鹿すぎて、ってこと?」

 

「だろうな」

 

混乱を極める主従を見守っているのは孫策と周瑜。孫策は呆れたような、困ったような、しかし幽かに口元を釣り上げた表情で二人を見ている。周瑜は完全にヤレヤレと苦笑いだ。

 

「ちょっと唆しただけであっという間に儂の都合の良いように勢いよく転がって、これもう儂必要ないんじゃね?とか思ったらもうダメだわ。うん。しかも袁術が最後に『これであの孫策の悔しがる顔を見られるのじゃな!』とかすっごいドヤ顔で言ってくるからホントどうしようかと…」

 

「芙陽様、少し休みましょう!?お願いですから!」

 

「ワジノカラダハボドボドダ…」

 

「ふ、芙陽様!?それはどこの言語ですか!?何語!?」

 

「ウゾダドンドコドーン!」

 

「芙陽様ぁぁぁぁぁあああああああ!!?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「芙陽…?もう大丈夫なのよね…?」

 

「……心配かけたの」

 

「貴方のいる方向から凄い笑い声が聞こえてきたんだけど…」

 

「……自分を取り戻すために色々発散させてもらった」

 

「……そう…」

 

結論から先に述べれば、黄巾賊討伐は無事成功した。それも、孫家の兵の損失は最小限という最高の戦果で。

袁術から送られてきた兵はおよそ孫家の二倍。総戦力は黄巾賊よりも遥かに多くなった。

 

大将が阿保なら配下もまた阿保である。欲に目がくらんだ袁家軍の軍隊長は袁家の教え通りに真正面から黄巾賊を相手取った。孫策たちは正面の袁術軍を囮に、すぐさま黄巾賊の背後に回り込み殲滅を開始した。

典型的な挟撃の形である。

目に見えてわかるほど士気の落ちた黄巾賊は瞬く間に敗走を始め、そこを孫家、袁家の両軍が追撃を掛ければ被害は壊滅的であった。

 

士気が落ちた理由の一つに『凄い不気味に大笑いしながら周囲の人間を切り刻む金髪の男』があったとか…。

 

尚、黄巾賊の背後にいた孫家軍は袁軍と邂逅する直前に移動を開始。自分たちは追撃戦に突入し、主戦場の止めは袁家に任せている。これにより、『袁家に花を持たせる』という虚言が成り立ち、余計なことを言われないようにしておく。これは荀彧の案である。

 

さて、芙陽が袁術に言った『袁家の株が上がる作戦』であるが……。

 

「まぁ、今更黄巾賊退治したくらいで名声は少ししか上がらないですよね」

 

「むしろあれだけの数になるまで放っておいた悪名の方が響いとるしの」

 

この主従の言う通り、効果は全くと言っていいほど無い。勿論芙陽の出任せであるため、案を受けていた孫家の面々はそれを承知している。

実際のところ、袁家に対する評判は以前と変わらずである。芙陽の言う通り、積極的に黄巾賊を討伐しなかったことから多少の不信感が募ったほどだった。

だが、袁術に報告へ行ってきた孫策の言葉からすると、袁術はそれに未だ気付かず孫策にドヤ顔をかましたらしい。

 

「どこまで馬鹿なのかちょっと興味出てきましたねぇ~」

 

と陸遜はほのぼのとしているが、孫策は少し不満げな表情だった。

 

「作戦がキッチリ全部成功したのは嬉しいんだけど…何なのかしら。あの袁術の顔を見た瞬間なんて言うか…『これじゃない感』が凄かったわ…」

 

自分でも良く分からない部分で納得がいっていないようである。

 

「ていうか、もっと戦果があっても良かったんじゃない?今回は私たちも名声が得られなかったけど、それで良かったの?」

 

孫策の言葉に溜息をついたのは孫家筆頭苦労人、周瑜であった。

 

「雪蓮、お前は私と芙陽殿の話を聞いていた筈だがな…?

 確かに我らが名声を得ることは出来た。しかし、そうすると確実に袁術は良い顔をしないだろう。

 現にこうして手柄を横取りしようと兵を送ってくるぐらいだからな。

 だが、袁術に対抗するにはまだまだ孫家は力不足。下手に戦果を挙げて袁家に目を付けられるよりは、此方の損失を最小限に、袁家の戦力を削る今回の戦果が最も理に適っている」

 

「まだ欲張っちゃ駄目ってことね」

 

「そういう事だ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「星ちゃん…私たちと一緒に来ませんか?」

 

芙陽が己を見失うより以前。芙陽と荀彧の出発地点であるとある街で、青い髪の少女は勧誘を受けた。

 

少女の名は趙雲。真名を星と言い、芙陽がこの世界に来てからの初めての友人の一人であり、また芙陽が武術を指導した最初の人物である。

ここは公孫賛が納める幽州の街。芙陽と別れ、公孫賛の客将として残った星はまだそこにいた。

 

対する星を勧誘する側、桃色の髪の少女は真剣な面持ちで星の返事を待っている。その後ろには長く美しい黒髪を一纏めにしている少女と、赤い髪の小柄な少女も同じような顔で立っていた。

 

彼女たちはここ最近公孫賛の下で客将として働いていた三姉妹だ。義兄弟の契りを結んで共に旅をしているらしい。

 

 

桃色の髪の少女は劉備。真名を桃香と言う。

 

黒髪の少女は関羽。真名を愛紗と言い、青竜偃月刀の使い手である。

 

赤髪の小柄な少女は張飛。真名を鈴々。体格からは考えられない膂力の持ち主である。

 

 

劉備は公孫賛と同じ私塾で学んでいた友人であり、その伝手で客将として雇われていた。星は関羽と張飛と武を認め合い、三姉妹から真名を許し合う程に仲を深めていた。

 

「桃香殿…その申し出、誠に嬉しく思います」

 

星がそう言うと、可愛らしく喜びに顔を赤くする劉備。だが、その次に続いた星の言葉により表情は一変した。

 

「しかし、申し訳無い」

 

その言葉にいち早く反応したのは後ろで控えていた関羽だった。

 

「星っ…!お主は桃香様の理想を支えようと思わないのか!?その武を、平和のために振るおうとは思わないのか!?」

 

さも裏切られたかのように吠える少女に、星は優しく声を掛けた。

 

「愛紗よ…確かに桃香殿の理想は美しく、そのために武を振るう事も武人として誉れ高いことだろう」

 

「ならっ!」

 

「しかし愛紗。私は理想だけで主を決めようとは思わない」

 

優しくも厳しい星の言葉に、少女たちは口を噤むしか出来なかった。

 

「なら、星が主を決める理由は何なのだ?」

 

今まで黙っていた張飛は、純粋な疑問として星に問い掛けた。

 

「そうだな…色々ある。人柄、掲げる理想、立場…は二の次だが……最後は、直感かもしれぬな」

 

冗談のように口にする星だったが、その眼の奥の光には確かな決意があった。

 

『もし自分の直感が主だと認める人物であるのなら、身命を賭して付いて行く』

 

そうした覚悟が三人にも伝わり、同時に今目の前にいる劉備は少し悲しげに俯いた。

即ち、自分はその直感に認められなかったのだと理解してしまったからであった。

 

「なら、星ちゃんはこれから自分のご主人様を探しに行くの?」

 

その悲しさを少しでも隠すため、劉備は新たな話題を持ち上げる。正直に言えば後ろの二人も、真正面にいた星もそれには気付いていたのだが、そこは空気を読んで気付かないふりをするのが人情と言うものだ。

星はそんなことを指せてしまったことに若干の罪悪感を抱き、苦笑いでその話題に載った。

 

「いえ、実は有力な候補がもういるのですよ」

 

予想とは異なる返事が返ってきて、三人の少女は驚きを隠すこともしなかった。

 

「何!?そうなのか!?」

 

「それってもしかして白連ちゃん!?」

 

「それはないのだ!」

 

関羽は唯驚き、劉備は可能性を模索する。そして張飛はその無邪気さ故にあまりにも残酷だった。この場に公孫賛がいないことがどれだけ彼女にとって幸運だったことか。もしいたとしたらその純粋な"悪意無き悪意"という刃物に貫かれ、大きな傷を残したかもしれない。

星はその可能性にただ一人気付き、内心で冷や汗を掻きながらも話を続けた。

 

「まぁ、伯珪殿でないことは正解だが…。愛紗、お主等は『天の御使い』を探していたな?」

 

急に出てきた『天の御使い』の名に、三人は一瞬目を点にした。

 

「え…うん。そうだよ?」

 

「『みつかいさま』を探して手伝って貰うのだ!」

 

「しかし急に何を……っ、まさか!?」

 

やはり、と言うべきか、最初に事を理解したのは関羽だった。

この三人は『苦しんでいる民を救い、平和を守る』という理想を掲げて旅をしている。公孫賛の下を訪れる前は『天の御使い』の噂を聞いて、自分たちの理想の助力となると見ていろいろと探し回っていたらしい。しかしどうにも見つからず、結局一時諦めて公孫賛の下へ来たのだとか。

 

「どうしたの?愛紗ちゃん」

 

血相を変えた関羽に劉備が問う。頭は良い筈の彼女だが、どうやら持ち前の天然によりその効果は相殺されているらしい。

 

「桃香様、わからないのですか…」

 

「え、えへへ…」

 

流石の関羽も呆れたように半目になるが、劉備は誤魔化すように笑うだけだった。

 

「星が主にしたいと思っているのは、恐らく『天の御使い』様でしょう」

 

「えぇ!?そうなの!?」

 

「えぇ、まぁ」

 

のほほんとした劉備には星も苦笑いで答えるしかなかった。

 

「そうなのかー?なら鈴々たちと一緒に探せばいいのだ!」

 

「そ、そうだよ!一緒に探そうよ!私たちも御使い様を探すのはやめたわけじゃないんだし」

 

張飛と劉備が再び誘うが、やはり星は首を横に振った。

 

「申し訳ないが、それは出来ない。鈴々、お主等はこれから義勇兵を率いて賊の討伐に出るのだろう?」

 

「にゃ?そうなのだ!」

 

劉備たち三姉妹は公孫賛の許可を貰い、幽州で義勇兵を募っていた。かなりの数となったため、人員を取られた公孫賛の顔が青ざめたのは言うまでもない。

 

「ならばお主等の主目的は『御使い』の捜索ではなく、賊の討伐となって来る筈だ。しかし、私はその時間すら惜しく感じてしまう。そんな者が将として働くことなど出来んさ」

 

「にゃ…」

 

「それに、伯珪殿にはまだ恩を返し切れていない。もう少し働いてから出ようと思っている。と言っても、もう結構な時期をこの地で過ごしたからな、そろそろ準備を始めたい」

 

「そっか…」

 

星の説明に、張飛も劉備も悔しそうではあるが納得してくれたようだ。その様子に、星もホッと一息を入れた。

 

「しかし星よ。御使い様を探すと言っても、何故だ?そもそも当てはあるのか?私たちもかなり探したが、手掛かりすら掴めなかったのだぞ?」

 

「そうだよねー。そもそも『黄金の獣』って言うのがどんな姿なのかわからないし…」

 

「星は獣を主にするのかー?」

 

三人の疑問は最もであった。そもそもこの大陸に流れている『天の御使い』の噂によれば、その者は人間ではなく『獣』なのだ。そんな存在を主にしようなどと考えるものなのか。

しかし、星にはわかっている。何しろ、この地に辿り着くまで共に旅をしていた友人なのだから。

 

「実は…御使いの正体については私はもうわかっているのだ…」

 

「「「はぁ?」」」

 

多少気まずい思いをしながら告白すれば、やはり予想通りの反応が返って来た。

 

「正体って…え?どういう事?」

 

「星は御使い様を知ってるのか―?」

 

「あぁ。実はな、ここに来るまでに一緒に旅をしていたことがあるのだ」

 

詳細を教える訳にはいかないと判断した星は、多少濁して事情を説明する。

 

「そ、そうだったんだ…」

 

「一緒に旅…ならば何故私たちに教えてくれなかったのだ!」

 

関羽は星を睨み付けながら叫んだ。当然の反応である。今まで必死に探してきた存在の情報を持っている人物が、こんなにも近くにいたのだ。

 

「済まぬな…だが、あの御方は『天の御使い』という在り方を望んでいないのだ。だから『天の御使い』という"名"を欲しがるお主等に合わせる訳にはいかないと思った」

 

星は芙陽から確かに聞いている。『人の事は人が解決するべきで、自分は平和のために動くつもりはない』と。

そして劉備たちは『天の御使い』という存在を欲しがっていた。劉備などは本気で『天の御使いなら平和のために尽力してくれるだろう』と考えてはいそうであるが、関羽などはもう少し打算的な思惑もあっただろう。

それが"名"。『天の御使いを陣中に招いた』という伯が付けば、力を得やすいのは事実だ。

 

「私もどうすべきか迷ったのだがな…お主等には悪いが、あの御方に迷惑を掛ける訳にもいかない」

 

「そんな…」

 

「御使いが、望んでいない…?」

 

「大陸を平和にするために来たんじゃないのかー?」

 

「いや、そもそもあの御方はこの大陸には別の目的で来られたようだ。そこへ『御使い』の噂が流れただけの話。あの御方はハッキリと『動くつもりは無い』と仰ったよ」

 

星から告げられた事実に、劉備は悲しげに俯いた。

関羽はそんな劉備を気遣わし気に見ているが、張飛はこの空気を嫌ったのか少し話題を逸らす。

 

「それで、その御使い様はどんな姿をしているのだ?やっぱり獣なのかー?」

 

「そうだな。馬や牛よりも大きく、口は人の頭など軽く覆ってしまう程の大狐だ」

 

「狐!?御使い様は狐だったのかー!」

 

「あぁ。しかし毛並は太陽のように輝き、非常に美しかったな」

 

「『黄金に輝く獣』とは狐の事だったのか…」

 

そこまで話していると、俯いていた劉備もどうやら回復したようで会話に混ざって来た。

 

「でも、言葉を話せるんでしょ?」

 

「左様。人の言葉を介し、更に知識も知略も兼ね備えております。共に旅をしていた軍師の二人も教えを乞うていましたからな」

 

「頭いいのだ!」

 

「だが、それだけの存在ならかなり目立つだろう?何故手掛かりが一向に掴めなかったのだ?」

 

「まぁ、普段は人の姿に化けているからな。『御使い』であることは隠していたし」

 

「……私たちが獣を探していたのは…無駄だったという事か…」

 

今度は関羽が落ち込んだ。何とも落ち着きのない三姉妹である。

 

「更に旅をしていた頃は私に武術の鍛錬をつけてくれた師のような存在でもある」

 

「ほぇ~頭良くて強くて……完璧超人さんだね!」

 

「まぁ、多少性格に難はありますが…」

 

「難?」

 

「驚くほどの自由人と言うか、悪戯好きと言うか…『儂の国では狐は化かすのが仕事じゃ』と何とも愉快な性格をしております」

 

「面白い奴なのだ!」

 

「ちょっと子供っぽいかもね」

 

「いや、子供のような性格かと思えば急に達観したような雰囲気を持ったりと、退屈はしないですな」

 

つらつらと芙陽の性格を説明していた星だが、ふと劉備が目を輝かせていることに気が付いた。

 

「ねぇ、星ちゃん。やっぱり御使い様は私たちに協力してはくれないのかな?」

 

「どうでしょうなぁ。本人がひどく気まぐれなので予想は難しいですな」

 

「うぅん……」

 

考え込むように顎に手を当てる劉備。

そして、急に顔を上げたかと思えばある宣言を声高らかに述べる。

 

「決めた!やっぱり御使い様は探そう!」

 

「桃香様?」

 

「ほう?今までの話を聞いて引き込めると?」

 

「思ってはいないよ。でも、話を聞いてもらえるならもしかしたら少しでも協力してもらえるかもしれないから」

 

「…そうですか。しかし、義勇兵はどうするのです?」

 

「もう集まってもらっちゃったんだし、義勇兵としての活動は最優先だよ。でも、その合間でも御使い様が見つかれば良いなって…」

 

「桃香様…」

 

「駄目かな?愛紗ちゃん…」

 

「先の話を聞く限り、積極的に平和への道を歩む人柄では無い様子。私はそこが心配なんです…」

 

「実際に会ってみなくちゃわからないよ?」

 

「それはそうなのですが…」

 

「愛紗は心配のし過ぎなのだ!そんなこと言ってたらなんにもできなくなっちゃうのだ!」

 

「むぅ…」

 

張飛の言葉に星も笑って同意を示す。

 

「鈴々の言う通りだな。愛紗、お主は少々過保護が過ぎる」

 

「しかしだな!」

 

「それにな、仮にも私が主としようとしている御人なのだ。あまり悪く言われるのは気分が悪い」

 

「そ、それは……済まぬ」

 

「大丈夫だよ愛紗ちゃん!何も戦いを挑もうって訳じゃないんだから!」

 

劉備の説得に、関羽はとうとう折れたようで、溜息をつきながら頷いた。

 

「じゃあ、方針も決まったことだし、そろそろ行こうか!」

 

「出発進行なのだ!」

 

「ではな、星。また会おう」

 

それぞれの挨拶を交わし、三人は兵を伴って去って行く。

その影が見えなくなるまで星は見守っていた。

 

「さて、もうひと働きしますかな」

 

友が去ったことを確認して振り返る。

 

本日は晴天。雲一つない青空を見上げ、己の決意を口に出す。

 

 

「この昇り龍、必ずや追い付いて見せますよ。…芙陽殿」

 




遂に動き出した昇り龍です。早めに合流すると思いますよ。
芙陽さんが自分を見失ってる頃にはもう芙陽探しの旅に出てますからね。

最近、脳内BGMにかなり辟易してます。
なんで"せがた三四郎"なんだ…SEGAは作者をどうしたいんだ…。
早くBGMを上書きしようと色んな曲を思い浮かべているんですが、すべてサビで「セガサターン、シロー!」に繋がるんです…。死にそうです。
知り合いの精神科医に相談したら「あんまり考えすぎるとノイローゼになるから、諦めて受け入れたほうが良いよ」と有難い助言をいただいたのでお礼に本気パンチをお見舞いしました。
早くしないと藤岡弘に殺されそうです。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十三話 それぞれの決意

ヤクシミズ!(ウイグル)

さて、随分とまた間が空いてしまいました。待っていて下さる皆さんには感謝感謝です。
この前久しぶりにこの小説の情報を見てみたんですよ。
そしたら!なんと!

お気に入りが900件越えてました。

…え?…(ゴシゴシ)。……え!?
ってマジでビックリしました。
だ、大丈夫ですか?作者はちゃんとした文章が書けていますか…!?心配です。
なかなかのプレッシャーを感じながらも、より良い小説を書きたいと思いますので、これからもよろしくお願いいたします。


今回、遂に…!


『暇です』

 

「仕方ないのぉ。儂が出てもお主に出番があるわけでもあるまいし」

 

ある晴れた日。二つの声は世間話を続ける。

 

『たまには散歩にくらい連れてってください』

 

「勝手に遠出すると桂花が煩いんじゃよ」

 

『一緒に連れて行ってあげればいいじゃないですか』

 

「何言っとるか。置いてかれた後の涙目が可愛いんじゃろ」

 

『可愛そうに…』

 

馬小屋に立っているのは白い着物に桃色の羽織、金髪の男。芙陽である。現在馬小屋には人間は一人しかいない。

芙陽と話しているのは桂花の愛馬、万里である。

 

彼女は孫策の城に来てから殆ど馬小屋から出ていない。先日の黄巾賊討伐で荀彧を乗せたくらいで、あとは世話役の兵が時折散歩をさせるくらいしか出歩く時間は無いのだと言う。

 

『そういえば』

 

「なんじゃ?」

 

『私って馬じゃないですか』

 

「当たり前だが、話の意図が全くわからん」

 

『全力で走ってるときに芙陽様に追い抜かれると自己嫌悪が凄いんですけど』

 

「結構余裕じゃないか」

 

『なんだか存在意義が危ぶまれますよ?』

 

「疑問形…まるで他人事のように言うのぅ」

 

そこへ一つの足音が近づいて来る。芙陽と万里はそれに気付き、万里は会話を止めた。

 

「ここにいたの、芙陽?」

 

声の主は孫策。いつものように煌びやかな装飾をいくつも身に着け、今日は手に大きな酒瓶を持っていた。これもいつも通りと言えばいつも通りである。

 

「ウム。ちと万里の様子を見にな」

 

「そう。大事にしてるのね」

 

「旅を共にする仲間じゃ。当然じゃな」

 

「この前は荀彧が来てたわよ。ちょっと意外だったけど」

 

「万里に乗っているのは主に奴じゃからな。もう長い間になる。情も湧くのだろう」

 

万里に乗って間もない頃は他の馬と変わらない扱いで、それこそ移動の足としてしか見ていなかっただろう。しかし、芙陽と共に名を授け、芙陽が万里の言葉を伝えるなどしていた結果、少なくとも他の馬とは区別して接するようになった。自然に名前を呼ぶようになったのもその影響だろう。

万里が黙っているので芙陽は知らないことではあるが、実は桂花はもっと万里を信頼していたりする。芙陽のいないときには万里に芙陽の愚痴を零すくらいには心を開いているのだ。空気の読める万里はそのことを秘密にしているが。

 

「まあ荀彧の話は良いのよ。少し付き合わない?」

 

酒瓶を掲げながら言う孫策に、芙陽はため息をついた。

 

「お主から振って来たくせに…まあ良い。どこでやる?」

 

「そうねぇ…どこか静かに飲める場所は無いかしら?」

 

「真昼間じゃしなぁ…」

 

『少し遠くで飲めばいいじゃないですか。私も外に出れて皆満足です』

 

「おぉ…そうじゃの。孫策、近くの川まで馬で行かんか?」

 

「どうしたの急に?まあいいけど」

 

「良し、行くぞ万里」

 

「ヒヒィイッ!(計画通り…)」

 

「なんかその馬ドヤ顔してない?」

 

「久しぶりに外に出れて嬉しいんじゃろ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

万里に二人乗りをしてやってきたのは孫家の城近くにある小川だ。少し上流には森があり、その手前までには草原が広がっている。

 

「昼間から野原で飲む酒のなんと旨い事か」

 

「これだからやめらんないのよねー♪」

 

二人は早速盃を満たし、そしてすぐさまそれを口に含んだ。万里は小川の水を飲んで小休憩を取っている。

 

「貴方の後ろに乗って、久しぶりに母様を思い出したわ…」

 

孫策は懐かし気に微笑んで語り出した。

 

「江東の虎、孫堅か」

 

「えぇ。一番古い思い出は母様の腰に抱き付いて馬に乗っていることかしらね?他の思い出が衝撃的すぎてよく思い出せないけど」

 

「遠乗りか何かにでも行ったのかの?」

 

「いいえ、新兵の訓練だったかしら?母様が兵たちの間を駆け抜けて、母様に立ち向かってくる兵の怒号と母様に返り討ちに遭った兵の悲鳴で泣きそうになった記憶があるわ…」

 

「カカカッ。お主も幼き頃は人並みの子であったか!」

 

「今がおかしいみたいな言い方やめてくれる!?」

 

「自覚は?」

 

「…あるけど」

 

盃に口を付けながら気まずそうに答えた孫策。

それからもポツポツと母、孫堅との思い出を語る。芙陽は孫策の話を静かに聞いていて、時折相づちをうつくらいであった。

 

「私がこんな性格になったのも母様がきっかけだったかもしれないわねぇ…」

 

「ほう。心当たりが?」

 

「私と冥琳を馬に括りつけて単騎で敵に突っ込んだのよ」

 

「周瑜もか。その割には毒されているようには見えんがの」

 

「早々に気絶しちゃったからね。私は最後まで見てたけど。懐かしいわね、あの時はなんだか途中から恐怖心が爽快感に変わってねぇ」

 

「壊れとるな」

 

「笑ってただけなんだけど冥琳には随分心配されたわ…」

 

「当然じゃの」

 

そんな風に思い出話を語っていたが、段々と孫策は遠くを見るようになり、口調も静けさを持ち始めた。

 

「母様が死んで、仲間たちはバラバラになって……私はちゃんとやれてるのかしらね…」

 

不意の呟きはとても小さな声で、独り言の様であった。

 

「冥琳や祭なんかは私が母様に似てきたって言うけれど…私は母様に追いついてる気がしないわ」

 

「……」

 

「勿論母様には母様のやり方があって、私には私のやり方があるのはわかる。理解はしてるの。

 でもね…やっぱり時々思っちゃうのよ。…私のやり方は正しいのか?どこかで致命的な間違いをしていないか?って」

 

盃を傾け中身を飲み干した孫策は、膝を抱えて目線を落とした。

弱音が始まってからは、芙陽は静かに耳を傾けるのみだった。瞼は閉じられ、時折舐めるように酒を口にする。

 

「冥琳の言う通り、今は雌伏の時。決して焦っては駄目。……でも、やっぱり心の底では焦ってるの。

 今回の作戦だってそう。もっと戦果は挙げられた。もっと積極的に行っても良かった。そんな考えが絶え間なく湧きあがる」

 

膝を抱える手に力が入る。

 

「状況を聞いた妹たちは大丈夫かな…。蓮華は焦りすぎてないかな…。シャオは不安に思ってないかな…。

 私は……ちゃんと"王"をやれているかな…」

 

一度溢れ出た弱音は次から次へと流れていった。

そこにいたのは"王"ではなく、母の、一族の、そして自らの夢に突き進み、簸た隠してきた不安に怯える"少女"であった。

 

芙陽は最後まで目を開くことはなかった。彼女の不安に答えることも、頷くこともしなかった。

 

彼女がここまで弱音を吐くのは初めての事であった。

自分の夢を一途に支えてくれる周瑜にも、母の意思を直接受け継いだ黄蓋にも、勿論妹たちにもこんな姿を見せたことはなかった。

自分が彼女らの"王"であったため。唯その一点で、この姿は見せられなかった。

 

一人で吐き出すには、この不安はあまりにも大きく、重い。

しかし、唯の旅人であってもこの姿を見られるわけにはいかない。外の人間であるからこそ、王としての自分を見せなければならない。

 

旅人であり、彼女よりも強く、真正面から彼女を見ることが出来る芙陽だからこそ、彼女は己の弱さを見せることが出来た。

芙陽ならば見せられる。そう思わせる何かを感じた。

 

しばしの沈黙があり、孫策は顔を上げる。

 

「…よっし、大分すっきりした!」

 

立ち上がり、寝起きのように背伸びをすると、顔つきは普段の孫策に戻っていた。

 

 

孫策は芙陽に深く感謝する。

 

 

芙陽が目を閉じていてくれて良かった。

相づちも、頷きも、反応もしてくれなくて良かった。

見られていたら、何か言葉を返されていたら。

 

孫策は芙陽に縋ってしまいそうだった。

 

迷子の子供の様に、怪我をした子供の様に、芙陽に縋り、泣きついてしまいそうだった。

 

それは、許されない。

芙陽は客将、旅人である。近いうちにまた旅に戻ることになるだろう。

そんな芙陽に縋ることは出来ない。

芙陽という縋ることのできる存在を失えば、自分は"王"として振舞うことが難しくなっていただろう。

 

「さぁ!お酒も無くなっちゃったし、帰りましょ?」

 

「…そうじゃの」

 

芙陽はゆっくりと立ち上がり、少し離れた場所で草を食んでいた万里の下へ歩いていく。

 

「………ありがと…」

 

その後ろ姿に、聞こえないような小さな声で言う。

盃と空の酒瓶を片付け、万里を引く芙陽に近づくと、不意に芙陽が孫策の頭を撫でた。

 

いきなりの出来事で何も反応できなかった孫策に、芙陽は微笑んだ。

 

「お主が夢を叶え、全てが片付いた時は……また誘ってくれ、伯符」

 

そう言うとさっさと万里に跨ってしまい、前を向いたまま孫策を待つ芙陽。

 

孫策の夢。国と民を取り戻し、大陸に平和を取り戻す。

それを叶えた時には、今度は受けてめてやると。

縋っても良いぞと言われたのだ。

 

それも、呼び方をより親しいものに変えて。

 

「あのさぁ…折角我慢したのに、揺さぶらないでよね…」

 

孫策は俯き、撫でられた頭に手を置いて、赤くなった顔を隠した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その日の夜、芙陽は桂花と自室でお茶を飲んでいた。

 

普段は夜の散歩などに出かける芙陽が部屋にいたことは桂花にとって幸運なことであった。

というのも、彼女にはある思惑があった。

 

(今日こそ…今日こそ芙陽様に夜伽を…!)

 

割と不純な思惑だが。

 

芙陽に想いを伝え、臣下の礼を取ってから暫く。主従の関係であり、同時に告白し、受け入れた恋人同士という関係となった芙陽と桂花であるが、その実二人は中々次の段階へ進めずにいた。

 

と言うのも、桂花が告白した際芙陽は女の姿を取っており、桂花も曹操の下を去るまでは全力で芙陽に甘えていた。しかし、旅に出ると男の姿になったり狐の姿になったりと何かと気まぐれに姿を変える芙陽である。

元来から大の男嫌いであった桂花は、愛する者が相手とはいえ男に対して苦手意識を振り払うことが出来なかった。

芙陽がそれとなく二人の距離を調整することで徐々に緊張も薄れ、男の芙陽に対しても甘えられるようになった。

そこで桂花は覚悟を決め、更に距離を縮めて最愛の人とのやり取りをしたいと思いはしたのだが、この旅路にはもう一つ無視できない……いや、無視できなくなってしまった存在がある。

 

万里だ。

 

たかが馬。されど馬である。芙陽と共に名を授け、更には芙陽と会話を交わし、それを桂花に伝えることで"唯の馬"という存在では収まりきらない存在感を放つ旅の仲間となった万里。

桂花としても万里の事は"意志のある存在"として受け入れてしまったがために、『芙陽と二人きり』という雰囲気が出せなくなってしまったのだ。

旅の途中で芙陽に甘えようとも、万里を完全に無視することなど出来なかった。

それ故に今の今まで芙陽と桂花の関係は、事実はともかく『仲の良い主従』で止まってしまっているのだ。

 

孫策の城に来てからは互いに部屋を用意され、万里も馬小屋へ移された。

これは好機と時間を作ろうにも、人手不足の孫家ではそれも難しく、暇になっても肝心の芙陽は気まぐれにふら付いて姿は見えず。

 

完全に生殺しの状態でここまで来た桂花も、今まさに絶好の好機に恵まれ意気込んでいた。

 

「あ、あの…芙陽様…?」

 

覚悟はとうの昔にできている。高鳴る鼓動を悟られないように桂花は切り出した。

 

「ん?どうした?」

 

一方の芙陽は今夜は静かにお茶をして過ごすと決めたらしく、落ち着いて返事を返す。

 

「きょ、今日は…」

 

『今日は一緒に寝ませんか?』

 

まずは第一関門。夜を共にする誘いをしなければならない。

だがその言葉がなかなか出ない。しかし、ここまで来て後戻りをするなど明日以降絶対に後悔することになる。

 

(行け…!行くのよ桂花!勇気を出して!)

 

桂花の鼓動は既に最高潮に達している。顔も赤く染まり、ぎゅっと目をつむって、膝に置かれた両手は強く握られていた。

 

「今日、一緒…!」

 

コンコン

 

「芙陽殿、夜分に済まないが少し良いか?」

 

「に…寝…」

 

「その声は周瑜か?入ると良い」

 

「失礼する」

 

「……ませんか…」

 

「うん?荀彧、何を言っている?」

 

「っ!お茶を飲みませんか!?」

 

「!?……い、頂こう…(何故敬語…?そして何を怒っている…!?)」

 

「カカカッ!」

 

勿論この狐、ワザとである。桂花を可愛がっている積りなのだが、どこからどう見ても最低である。

 

桂花は歯を食いしばり、先程とは別の意味で顔を赤くしながら周瑜にお茶を入れた。

 

「あ、有難う…。その、荀彧。今は公務ではないため、一緒に座らないか…?

 何があったかは知らないが、お茶を飲んで落ち着いてほしい…」

 

周瑜の本心からの言葉であった。

 

「えぇ…。…えぇ、そうさせてもらうわ…」

 

己を宥める様に胸に手を当て一つ二つと深く深呼吸をしてから、桂花は椅子に座った。

 

「それで周瑜。何か話があったのか?」

 

ニヤニヤとそれを見ながら芙陽が訪ねる。

 

「あぁ、周辺の黄巾賊も数を減らし、袁家への対応も落ち着いてきた。そろそろ芙陽殿も旅に戻るのではないかと思ってな」

 

芙陽は桂花から視線を外し、今度はしっかりと周瑜を見て頷いた。

 

「うむ。短い間ではあったが、孫策も袁術も見られて収穫はあった。そろそろ次へ進もうと思っておる」

 

「やはり…孫家に入る気はないのだな…」

 

「そういう事になるの」

 

「雪蓮が随分と芙陽殿を気に入っていたからな。もしかしたらと期待していたんだが…」

 

「……むぅ」

 

周瑜の言葉に桂花が不機嫌そうにむくれてしまった。芙陽はそれを苦笑いで見ている。

 

「儂も伯符は気に入っておる。じゃが、まだまだ見たいものがあるのでな」

 

桂花と周瑜は芙陽が孫策を字で呼んだことに目を見開いた。

周瑜はすぐにその眼を微笑みに変え、桂花は更にむくれている。

 

「…芙陽様ぁ」

 

とうとう我慢できなくなったのか、周瑜がいるにもかかわらず桂花が甘えてきた。

恐らく芙陽が孫策と仲を深めたことで不安に思ったのだろう。

今度は微笑んで軽く頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて大人しく元の体勢に戻る。

今度は周瑜がそれを苦笑いで見ていた。

 

「芙陽殿、貴方は孫家と袁家の兵力差についてどう見ている…?」

 

穏やかな空気になりかけたが、周瑜は苦笑いを消して聞いて来る。

 

「ふむ…現状ではまだ勝ち目は薄いな。"無い"と言っても良いくらいじゃ」

 

「だろうな……まだ道のりは遠いか」

 

「慌てるなって孫策に言ったのはアンタでしょ」

 

「全くその通りだ。やはり私も焦ってしまっているな」

 

「期を見極めることに集中した方が良いの。今、策を練ったとしても兵力差が覆るわけでは無い。差を縮めるための根回しが先決じゃ」

 

「期を見極める、か…。いつになるやら」

 

「ま、そんなに先の話ではないわね」

 

「そうじゃの」

 

不安になる周瑜の言葉に、芙陽と桂花はあっさりと返す。

 

「やけに自身があるな、二人とも」

 

「大陸の情勢を見ればわかるでしょ。黄巾賊の割拠に、それを駆除する力の無い朝廷」

 

「然り。前に言ったじゃろ?」

 

「黄巾賊と片を付けた後、必ず朝廷への反乱が起きる…か?

 しかし、反乱となれば我等も袁術と共に参戦することになるだろう。どちらに付くにせよ、な」

 

「その後は?」

 

「何?」

 

周瑜が訝し気に芙陽を見た。

 

「反乱の後……成程…群雄割拠の時代か!」

 

周瑜が立ち上がらんばかりの勢いで身を乗り出した。

 

「それが確実なら…いや、確実だろう…ならば、反乱の最中に仕込みを行うことが出来れば…!」

 

一気に考えを巡らせる周瑜。

少々ブツブツと顎に手を当てながら考え込んでいたが、居ても立っても居られなくなったのか立ち上がった。

 

「芙陽殿、有益な話を聞かせて頂き、感謝する。

 私はこの考えを纏めるため、今日はこれで失礼させて頂く」

 

そう言って足早に部屋を出ようとする周瑜に、芙陽は引き留めるように声を掛けた。

 

「周瑜よ」

 

「……何か」

 

引き留められたことが歯痒いのだろう。若干ではあるが表情に出てしまっている。

 

「カカカッ、そう邪険にするな。年寄りから一つ進言だ。

 …あまり自分を追い詰めるようなことはするな。いくら己の夢に奔走していると言っても、身体の方はキチンと限界を理解しているものだ。

 根を詰めて倒れたとあれば、お主悔やんでも悔やみきれぬだろう?」

 

「お気遣いは有難く思いますが、心配はご無用。自分の身体です」

 

「焦るなと言ったのを忘れたか?」

 

「……いえ…」

 

「ならば休む時は休め。儂の国には『過労死』という言葉がある。働き過ぎて身体を壊し、そのまま死んでしまうことじゃ。

 お主が倒れて悔やんでいるとき、本当に困っているのはお主の周りだ」

 

「……」

 

「『全てが終わっているならそれでも良い』などと抜かすなよ?

 孫策が、黄蓋が、責を感じないと思っているのか?」

 

「そう…ですね。芙陽殿お言葉、『過労死』という物。今の私には耳が痛い」

 

「なに、働くなと言っているわけでは無い。これから長く激動の時代となる。最初から全力で走っては疲れるからの」

 

「フフ……そうですな。

 今日は少し考えを纏めるだけにして、もう休むとしましょう」

 

「あぁ、お休み」

 

「えぇ、失礼します」

 

先程とは違う落ち着いた足取りで、周瑜は部屋を出て行った。

 

「意外と素直に聞き入れましたね」

 

「まぁ、奴も仲間に責任を感じさせたくはなかったんじゃろ」

 

芙陽は残ったお茶を飲み干した。

 

「芙陽様はもうお休みになられますか?」

 

茶器を片付けながら何気なく桂花が問う。

 

「そうじゃの……のう、桂花」

 

「はい?」

 

「お主、儂が男であっても素直になったのぉ」

 

「っ…それは…まぁ」

 

突然の話題に顔を赤くする桂花だが、芙陽の言葉通り素直に頷いた。

 

「私は……"男"とか、"女"ではなく…"芙陽様"に恋をしたのですから…」

 

「フフ、そうか…」

 

赤い顔を更に赤くした桂花の言葉に、芙陽は嬉しそうに笑った。

その笑顔は桂花が今まで見たことが無いものだった。

 

悪戯を思いついた時の顔ではなく、冗談を言っているときの顔でもなく、子供たちを見るときの優しい笑顔でもなく。

 

愛しき者を見る笑顔である。

 

「桂花よ、今一度聞く」

 

「は、はい」

 

「お主も知っている通り、儂は人外じゃ。人とは異なる思考で動き、人とは異なる生を生きる。

 それでもお主は、儂に付いてきてくれるか?」

 

以前、曹操の前で桂花が切り出したこと。

今度は芙陽から、『付いてきてほしい』と、そう言った。

 

桂花は一度目を閉じて深く息を吸った。

目を開けると、一点の曇りも、迷いもない瞳が見えた。

 

 

「はい、この荀文若。身も、心も、一生をも芙陽様に捧げ、生の尽きるまでお慕いいたします」

 

 

微笑んでそう言う桂花に近づいて、小さな体を抱きしめた。

 

「感謝する、桂花……ならば儂も、返事を返さねばならぬな…」

 

言いながら、桂花に唇を落としていく。

 

「あ…ん…」

 

触れるだけの優しい接吻。

ほんの短い時間だけ接触し、芙陽はその言葉を桂花に渡した。

 

 

「儂も、桂花が好きだよ」

 

 

言うと同時に、桂花の目に涙が浮かんだ。

 

「随分と、待たせてしまったな」

 

「いいえ……いいえ芙陽様。私は今、とても幸せなのです…」

 

「そうか…」

 

優しい手つきで頭を撫でながら、指先で桂花の涙を掬っていく。

 

「桂花…」

 

「芙陽様…」

 

名前を呼ばれ反射的に呼び返して芙陽の目を見つめる桂花。

顔を赤くして芙陽の言葉を待つ。

 

数瞬見つめ合い、芙陽がその口を開いた。

 

 

「先程言いかけたのはなんじゃったかな?」

 

 

「なっ!?はっ、え!?ふ、芙陽様!」

 

もう少し恋人気分を味わえる気でいた桂花だが、芙陽は既にいつもの悪戯好きな表情に戻っている。

 

「確か…一緒に?」

 

「あー!あー!芙陽様!?」

 

恥ずかしさのあまり暴れようとする桂花だが、そこは芙陽がガッチリと抱きしめたままなので精々もぞもぞとうごめくことしか出来ない。

 

「言葉の途中で周瑜が入ってきてしまったが、さて思い出してみるか」

 

「イヤー!?やめてー!?芙陽様の意地悪!!」

 

「『一緒に、寝、ませんか』だったかの?」

 

「違う!違うんです!」

 

「何がじゃ。違わんぞ」

 

「え!?」

 

そっちが決めるの!?と驚愕する桂花だが、既に全てが手遅れになっていた。

 

「さて、桂花の望み通り、一緒に寝てやろうかの…。ま、悪戯はするが」

 

「あ、あの!芙陽様!芙陽様!一つだけ言わせてください!」

 

「フム、言ってみよ」

 

「……は、初めてなので、優しく…してください…」

 

抱きしめられながらも抱き返し、赤くなった顔を芙陽の胸に押し付けながら言う桂花に、芙陽は優しく微笑みかけた。

 

「安心せい」

 

「あ…」

 

 

 

「たっぷり苛めてやる」

 

 

 

「……!」

 

桂花が最後に見た芙陽の顔は、抱きしめたくなるような優しさと、逃げ出したくなるような危険な匂いを感じた。

 

 

 

次の日、桂花は寝台から起きられず仕事を休んだ。




とうとう子猫ちゃんが食べられちゃいましたね。我々はこの時を待っていたのだ…!
最後の『……!』の時の桂花の表情は皆さん自由に想像してください。台詞を入れるのもアリです(笑)
そうやって皆桂花を好きになっていけばいいんだ…!

それと何気に孫策にフラグ建ってました。あれ?こんなつもりじゃなかったんだが…?
あの人は作者には制御できそうにないです(笑)
そろそろ呉からも出発できそうでね。
さて、次の勢力はどこかなー?南蛮かな?(すっとぼけ)


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十四話 狐の落胆、奪われる希望

パリってる?(フランス)

どうもです。何とか一週間で書き上げました…。
しかし……今回本当にぐだってます。多分これ書いてるときにかなり酒が入ってたのが問題なんでしょう…。
設定的にもちょっと無理があるかな、と。
もしかしたら書き直すかもしれません。その際は多分今回出てきた設定が大幅に変更になるでしょう。

取り敢えずは、大人気のあの人が初登場です!!


「見送ってもらえるなど、世話になっておいて申し訳ないのぉ」

 

ある晴れた朝、芙陽と桂花は旅の荷物を万里に積んで城門へ来ていた。

短い間ではあったが、そろそろ呉を出立して旅に戻るのである。

 

「何言ってんのよ。貴方は私たちの盟友。見送りぐらい当然じゃない」

 

「クフフ…盟友か、伯符。唯の根無し草に良く言えたものじゃ」

 

芙陽と孫策は気さくに話をしている。

その一方、桂花は周瑜と話をしていた。

 

「荀彧、身体に気を付けてな」

 

「アンタに言われたくはないわよ」

 

「あれからは確りと休息も取っている。大丈夫さ」

 

「アンタの『大丈夫』は今一信用できないのよ。陸遜、ちゃんと見てなさいよ?」

 

「え~私がですかぁ~?無理ですよ~祭様に頼んでくださいよ~」

 

「黄蓋を付けたら心労が増すじゃないの」

 

「心外じゃの。儂は冥琳を休ませようとしただけじゃ。それなのに冥琳め、グチグチと怒りよって…」

 

「酒瓶片手に仕事の邪魔されたら誰だって怒りたくもなるわよ」

 

周瑜の隣には黄蓋と陸遜も立っていて、話の輪に入っている。

実は人見知りが激しく基本的に攻撃的とも言える態度を示す桂花だが、付き合ううちに慣れることが出来れば優しい一面を見せることもある。

 

「ねぇ芙陽、今度はいつ会えるかわからないけど、次に会った時はまた一緒にお酒飲みましょ!」

 

「ふむ、互いの道程を肴にやるのも一興じゃな」

 

「でしょでしょ!?なら、次に会う時私がどれだけ成果を挙げるか、楽しみにしておきなさい!」

 

「なら、こちらも話題を探しておかねばな」

 

楽しそうに約束事を交わす二人を、桂花は面白くなさそうに見ていた。

 

「おや荀彧、過度な嫉妬はやめた方が良いぞ?」

 

それに気付いた周瑜がニヤニヤと厭らしく笑いながらそう言ってくるが、桂花は顔を赤くしながら叫ぶ。

 

「別に嫉妬じゃないわよ!」

 

「嘘をつけ」

 

「あらぁ?荀彧~私と芙陽の仲がそんなに気に喰わないの?」

 

孫策までもが便乗して桂花を揶揄う。

 

「もう何もかも芙陽に捧げたんでしょ?もう少し余裕を持ったら?」

 

爆弾発言が孫策の口から飛び出し、桂花の顔を更に赤くさせた。

 

「なっ!?」

 

「『なっ!?』じゃないわよ。周瑜から聞いたわ。それに、芙陽の部屋に泊まった次の日に仕事休めばすぐにわかる事じゃない」

 

「ぐっ!?ぅぅぅぅぅうううう…!!」

 

桂花が唸るが、孫策はそれを見てニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるだけ。

 

それを同じくニヤニヤと見ていた芙陽だが、そこに今度は周瑜が話しかけてきた。

 

「それで、芙陽殿。次はどこへ行くつもりで?」

 

「フム、そうじゃの……実は迷っておる。黄巾賊の活動が激しい北か、袁術の地を超えて広い西を目指すか…」

 

「北か、西……西は黄巾賊は少ないですが、最近では内乱の兆候が見られる。それも幼稚な理由とやり方でな」

 

「……それなんじゃよ…見に行っても面白くなさそう…」

 

「一択になったわね」

 

桂花を苛めていた孫策が帰って来た。

 

「しかしなぁ…そもそも儂らは北の曹操の地から来たんじゃが…」

 

「では芙陽様、海を見ながら徐州方面へ向かったらどうですか?」

 

「それも有りじゃのう」

 

徐州の方面には、最近ようやく噂を聞くようになってきた義勇軍の劉備も活動しているようだ。

 

「なら、北上するかの」

 

「分かりました」

 

桂花は芙陽の決定を聞くとすぐに地図を広げ、道程の確認を始めた。

 

「さて、そろそろ行かねば日が暮れてしまうな」

 

「そうですね」

 

芙陽は最後にもう一度孫策たちを見る。

 

「孫策、そしてその臣下たち。……世話になった。また会おう」

 

「えぇ、こちらも世話になったわね。また会いましょう?」

 

「周瑜、アンタも、その…ま、頑張りなさいよ?」

 

「そちらもな。今度会った時は臣下同士で酒を飲むのも良いかもしれない」

 

「武運を祈っておるぞ」

 

「お元気でぇ~」

 

それぞれの挨拶を交わし、芙陽達は孫家の城を出た。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

さて、孫家の地を離れた芙陽と桂花だが、進み続けて既に三日が経過していた。

 

特に大きな出来事も無く平和に歩んできたのだが、芙陽はふと立ち止まり、嬉しそうに笑った。

万里に乗っていた桂花が訪ねる。

 

「芙陽様?どうしたんですか?」

 

煙管に火を付けながら芙陽は笑う。

 

「いや、友との再会とは嬉しいものだ、とな。

 知っている匂いがしてきたよ」

 

「……?」

 

「このまま進めば会える。懐かしい、とも言えん程の別れだったの」

 

「誰なんですか?」

 

「行けば分かる」

 

首を傾げながらも進む桂花だったが、やがてその人影を見つけると、驚きながらも彼女の名を呼んだ。

 

 

「え……趙雲!?」

 

 

「フム、元気そうであるな、荀彧。……芙陽殿も、お久しぶりですな」

 

 

「久しいの、星」

 

彼女、趙雲――星は芙陽達を見つけて嬉しそうに笑い、芙陽に頭を下げた。

 

「アンタ…なんでこんなとこに居んのよ?」

 

「そのまま返すぞ荀彧。お主、曹操に仕えるのではなかったのか?」

 

星はニヤニヤと笑いながら桂花に言う。桂花は万里から降りながら顔を赤くした。

 

「い、今は芙陽様に仕えているのよ!華琳様…曹操様とは、友人として仲良くさせてもらったわ」

 

「まぁ、知っているのだがな」

 

「はい!?」

 

「私は伯珪殿の下を去り、芙陽殿を探して旅に出たのだ。そこでまずは曹操殿を訪ねようと思ってな、話を聞いてみれば荀彧を連れて呉に向かったと言われ、ここまで来たのだ」

 

「なら、なんで聞いたのよ…」

 

「決まっておろう。…お主を揶揄うためだ」

 

「私が非力なのは重々承知で言わせてもらうけど……殺すわよ?」

 

「おぉ怖い怖い」

 

「カカカッ…して星。儂を探していた、というのは?」

 

「はい。実は私も旅の共をさせて頂きたく…」

 

星は佇まいを直して芙陽を真っ直ぐに見る。

 

「ほう?」

 

「芙陽殿と別れて、我が槍を振るうに足る主に悩んでおりました。しかし、常に頭をよぎるのは芙陽殿の事。ならば己の直感に従い、芙陽殿にお仕えしたく参じました」

 

「儂はお主の主に足るか?」

 

「実力、器、どれをとっても逆に私が足を引っ張りかねないと不安になるほどですな」

 

星はおどけながら言うが、その瞳は覚悟に染まっていた。

『必ず役に立って見せる。成果を挙げて見せる』

その覚悟、決意…そして自信があった。

 

「ふむ。お主は儂の正体を知っている筈。人でない者に仕えることの意味は分かっておるか?」

 

「百も承知。寧ろ、それだけの事で意見を翻す者に、『自分が仕える主に器を求める』など言えますまい」

 

「それだけの事、か……カカカッ!『妖である』事をそれだけ(・・・・)とは、面白い!」

 

ケラケラと笑う芙陽だが、その笑みには"嬉しさ"が混じっていた。

 

「芙陽様?」

 

「桂花、星はお主と同じようなことを言ってくれるの。"人"でも"妖"でもなく、"儂"を選ぶと…」

 

「私にはそのお気持ちを理解することは出来ません。しかし、芙陽様が喜んでいるのなら、私はそれだけで嬉しいですよ」

 

「ほぉ、荀彧も素直になったものだな。時に芙陽殿、荀彧は芙陽殿になんと言ったので?」

 

「ちょっ!?」

 

「ウム。『"男"でも"女"でもなく、"儂"に恋をした』とそれはそれは可愛らしく言ってくれての…」

 

「ファッ!?芙陽様!?」

 

「成程。見てみたいものですなぁ」

 

「駄目じゃぞ?桂花は儂のじゃ」

 

「ああああああああああ!!?」

 

一世一代の告白を暴露された驚きと、その恥ずかしさと、芙陽の言葉の嬉しさが入り混じった桂花は混乱して蹲ってしまった。慰める様に万里が桂花に寄り添っている。

 

それを笑って見ていた芙陽は、一息入れたところで星に向き直った。

 

「さて、星よ」

 

「はっ」

 

星も真面目な話に背筋を伸ばし、芙陽の言葉を待つ。

 

「お主の気持ちはわかった。"人に仕える"事への後悔は?」

 

「勿論、微塵もありませぬ」

 

即答する星。それに芙陽は嬉しそうに、優しく笑った。

 

 

 

「ならば良し。…趙子龍。その命と槍、儂が預かろう。存分に振るえ」

 

 

「…この"常山の昇り龍"、貴方の道を開く槍と成って見せましょう、芙陽()

 

 

 

星は一度槍を振るい、膝をついて深く頭を下げた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「のぉ、星。伯珪は元気にしていたか?」

 

「えぇ、芙陽様が旅立たれた後も賊の討伐や兵の調練に力を入れ、治安を守っておりましたよ」

 

星が芙陽に臣下の礼を取って、三人は再び歩き出した。

因みに、桂花と星は共に芙陽を支える臣下として真名を交換している。

 

「あら、人材不足は相変わらず?」

 

「残念ながらな。一時期は客将として雇われた者がいたものの、私が旅に出る少し前に出て行ってしまったからな」

 

「伯珪は個人の能力としては有能なんじゃがの…もう少し押しが強ければ人材も集まるだろうに」

 

それぞれ報告をしながら進む。ふと、星が芙陽に尋ねた。

 

「そういえば芙陽様。曹操殿から聞いたのですが、なんでも黄巾賊相手に無双ぶりを発揮したとか」

 

「ん?どれの話かの?」

 

「あれじゃないですか?芙陽様が一人で黄巾賊に背後から突っ込んだ時の」

 

「それです。聞いた時は驚きましたが、逆に納得も致しましたな。芙陽様ならやりかねない、と」

 

「カカカッ。そのせいで夏候惇と喧嘩になったんじゃがの」

 

「夏候惇は寧ろ誇らしげでしたがな。『アイツは本当に強いんだ!』としきりに語ってくれました。それと、許緒と楽進という者も一緒に自慢げに『憧れている』と言っていましたよ」

 

「おや、嬉しいことを言ってくれるの」

 

「私も是非また鍛えて頂きたいものです。お願いしても?」

 

「良かろう。これからは少し厳しくいかねばな」

 

「望むところです。……ところで、先程から妙な気配が…」

 

星が警戒しながらそう言うと、桂花もあたりを見回した。だが、芙陽だけは未だのんびりと煙管を吹かしている。

 

「気付いておったか。確かに少し妙であるが、敵意は感じぬよ」

 

「獣ですかな?それにしては大きな気配ですが」

 

 

 

「あっらぁ~ん?獣だなんて失礼しちゃうわね~」

 

 

 

「「!!!?」」

 

言いながら現れたのは、ふんどし姿に妙に色っぽいシナをつくる筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。

 

この筋肉達磨には流石の芙陽も冷や汗を流した。と言っても姿に、ではない。その内から湧き出る存在感に、ではあるが。

芙陽がこの大陸で過ごしてから、様々な人間を見てきた。

しかし、目の前の変態からはこの大陸の誰とも比べ物にならない程の強大な"気配"を感じた。

 

「お下がりください芙陽様!!星、時間を稼ぎなさい!!」

 

「当然!貴様、何者だ!!」

 

桂花が叫び、星が芙陽の前に立ち塞がって槍を構える。

 

「桂花、星、落ち着け」

 

「「ふ、芙陽様!?」」

 

「そうよぉ~別に私はこのお方をどうこうしようってつもりじゃないから、安心していいわよぉ~」

 

筋肉達磨が警戒を解くように言うが、目の前の常識を逸脱した存在にそれを言われても安心できる要素など一つもない。

芙陽は仕方なしにそのままの状態で話を続ける。

 

「お主、異質な気配を纏っているの。もしかして管輅の仲間か?」

 

「流石は芙陽様、もう見破られちゃった。その通り、私は『管理者』管輅ちゃんの部下、と言ったところよぉ~」

 

それを聞いて芙陽は思い出す。芙陽がこの世界に来る前、芙陽の屋敷で管輅の話を聞いていたとき。

管輅が愚痴を零していた『言う事を聞かない筋肉達磨二人』とは、もしかして目の前の人物の事ではないか、と。

 

確かに問題児だと、芙陽は確信した。

 

「名前は貂蝉と名乗っているわぁ」

 

(嘘じゃろ…)

 

そしてこの筋肉達磨、貂蝉の名を聞いた瞬間芙陽は落胆した。

 

実は芙陽、貂蝉がいるとは思っていなかった。しかし、居るのならば是非とも一目会ってみたいと思っていた。

貂蝉とは創作の人物であり、実在はしていない。だが、ここは管理者、管輅の言う通り史実とは異なる三国志の世界。いたとしてもおかしくはないのだ。

ならば、その美貌と呂布、董卓を嵌めた智謀を確かめてみたいと、密かに楽しみにしていたのだ。

 

そして、目の前にはその『貂蝉』を名乗る変態。

儘ならない。…儘ならなすぎである。

 

だが、そうも言ってはいられない。芙陽は落ち行く精神を奮い立たせて貂蝉の話に戻る。

 

「それで貂蝉とやら。儂に何か用かな?」

 

「あら~その通りよ~ん。ちょっと伝えたいことがあるからお時間いただいてもよろしいかしら~ん?」

 

「フム、この二人はどうする?」

 

「そうね~出来れば外してもらいたいわねぇ」

 

「桂花、星」

 

「芙陽様!……大丈夫なのですか?私たちも一緒に居たほうが…」

 

「私も桂花に賛成ですな。芙陽様はお強い。相手に敵意を感じないのも確かでしょう。しかし、あまりにも怪しすぎる」

 

「まぁ、素性については儂も知っておるし、敵ではないことは確かじゃよ。

 安心せい、目に見えぬところまでは行かぬ。それで勘弁しておくれ」

 

ケラケラと笑いながらそう話す芙陽に、二人は納得するしかない。仕方なくその場を離れ、声が聞こえず、しかし目には届く範囲まで下がった。

 

「御免なさいね~」

 

「いや、管理者であるお主の話はあ奴らにとってちと刺激が強すぎるやもしれんからな」

 

「確かに、異世界の話なんて聞かされても混乱するしかないものねぇ」

 

「して、儂に伝えたい事とは?」

 

芙陽が先を促すと、貂蝉は表情を引き締めて語り始めた。

 

「まず、結論から言うとこの世界に侵入者が入り込んだわぁ」

 

「ほう?それは儂のような旅行者のようなものか?」

 

「いいえ。元・管理者の二人よぉ」

 

「元、とな?」

 

「この世界が生まれるきっかけとなった世界があるんだけれどね、彼らはその世界で違法に世界に干渉して封印されたのよ」

 

「違法?」

 

「詳しくは省くけど、管理だけの自分の存在に嫌気が差したみたいでねぇ…。結局、その騒動があったおかげでこの世界が誕生したんだけれど~」

 

「封印が破られた、と」

 

「その通りよ~。どうやら他の管理者が手引きした御蔭で封印から解放されたみたいねぇ。その手引きした管理者は既に割り出されて同じように封印されているわぁ。他にも色々とやってたみたいなんだけど、それらの処理で管輅ちゃんはてんてこ舞いよ」

 

「それでお主が来たのか?」

 

「そういう事~。本当なら管輅ちゃんがキチンとその二人を探し出して処理しなくちゃいけないんだけど、今はその管理者がしでかしたことで忙しいし、芙陽様の旅行記を旅番組風に編集したDVDの増販もしなくちゃだし…」

 

「お主等なに勝手に儂で商売しとる?」

 

後半に聞き捨てならない情報があった。管理者は意外と俗っぽいらしい。

 

「御免なさいねぇ~。管理者って娯楽が無いものだから…」

 

「絶対暇じゃろ管理者の連中。増販までされとるってことは人気…出たんじゃな?」

 

「正直ここまで売れるとは思わなかったわぁ…。今も第二弾の計画が進んでいるしねぇ」

 

「はぁ…もう良い。それで、侵入者の話はどうなった?」

 

「まずは、芙陽様にご迷惑、ご心配をお掛けしたことを管理者を代表して謝罪させてもらうわぁ」

 

頭を下げる貂蝉だが、芙陽はそれを特に責めることはしなかった。

 

「まぁ、それについては良い。元々、儂の知る歴史とは異なるこの世界で何が起きようともおかしいとは思わんしの」

 

「それと、もう一つ謝らなきゃいけないことがあるの~」

 

芙陽は興味深そうに貂蝉に目線だけで話を促す。

 

「侵入者の二人、左慈と于吉という男なんだけど…芙陽様を狙ってくる可能性が高いわぁ。こっちが本当に伝えたい事、だからその注意をしておいてねぇ~ん」

 

「フム、理由は?」

 

「この世界に芙陽様が来た時点で、私達管理者とこの世界を繋ぐ鍵となるのが芙陽様という存在よぉ。だから、芙陽様という存在を消してしまえば私達は手が出しにくくなる…。

 元々この世界は芙陽様のような異世界の存在の影響を受けやすいの。そういう存在を受け入れるのがこの世界の性質、と言っても良いわぁ」

 

「儂を殺したとて、そ奴らは一体何がしたいんじゃ?」

 

「恐らくだけど、管理者の手が出しにくい期間を利用して、別の世界に逃げるための準備をしたいのではないかしら?」

 

「ま、別に儂は面白くなればそれで良い。儂を殺しにやってくると言うのなら楽しみにしておこう」

 

「流石ねぇ、こうやって注意を促すくらいしかできないのが悔やまれるわぁ~」

 

「お主は何もしないのか?」

 

「残念だけれど、私は私でやらなきゃいけないことが沢山あってねぇ~、管輅ちゃんが色んな処理で手が回らないから、私ともう一人で別の外史を見守らなきゃいけないのよぉ~。

 も~ぅ、せっかくご主人様と熱い夜を過ごそうと思ったのに、酷い話よねぇ~ん」

 

「……お主には思い人が?」

 

「えぇ、そうよぉ~。優しくて、かっこ良くて、とぉ~っても頼りになる人なのよぉ~ん!」

 

「そうか、まぁ…頑張ってくれ」

 

芙陽はもうどうでも良くなってきた。

早くこのクネクネと不気味に踊る変態から目を離し、桂花や星と話したいとすら思えた。

 

「あらぁ~応援してくれる人なんて初めてだわぁ~。

 それじゃあ芙陽様、また何か情報があればすぐに知らせるから、本当に気を付けてねぇん」

 

「ウム、ご苦労であったの」

 

「いいえ~、あ!そうだ、最後におまけで耳寄りな情報を教えちゃうわぁ~」

 

「ほう?」

 

「このまま北上して冀州に向かえば、新たな出会いが待ってるわよぉ」

 

「おや、誰かの?」

 

「それはヒ・ミ・ツ。その方が面白いでしょう?」

 

「そうじゃの」

 

最後にもう一度気持ち悪く体をくねらせてから、貂蝉は音もなく去って行った。

筋骨隆々の変態が音もなく素早い動きで遠ざかる光景は何とも言えない気持ち悪さがあった。

 

「「芙陽様!」」

 

芙陽が妙な疲れを忘れるために煙管に火をつけると、離れて見守っていた二人が走って近づいてきた。

 

「芙陽様、ご無事で何よりです」

 

不安だったのだろう、桂花が芙陽にしがみ付いて来る。

 

「なに、少し世間話をしただけじゃ。後はちょっとした占い、かの」

 

「占い、ですかな?」

 

 

「そうじゃの、取り敢えず……冀州へ向かえば良いらしい」

 

 

首を傾げる星だが、芙陽はケラケラと笑ってそう言った。

 




あぁーやっちまった感が否めない…。なんで出てきたんだ左慈ぃ、于吉ぅ…。

……そうだな、自分が出したからだな。
正直設定プロット見て『左慈と于吉が出てきて敵になる』って書かれているのを見た瞬間、
『…大丈夫かこれ?』って思いました。
やる気ナイチンゲールです…。

ちょっと設定見直して書き直すかどうかを決めたいと思います。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。

2015/10/12 関羽の出身地についてご指摘があり、作者の知識が誤っていることが判明しましたので内容を一部削除しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、ご了承下さい。


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第十五話 優しい王様になるのだ!

まいどっ!

なんとか10月中に投稿することが出来ました。
最近は朝が肌寒くて起きるのが辛くなってきましたね。
いや、まぁ夜更かしも原因なんですが(笑)
今回は大分長くなりました。途中で切ることも考えましたが勢いのまま書き上げてみると許容範囲内かな、と…。

次回からやっと物語が次へ進みます。


芙陽達一行は冀州に向けて歩き続けていた。

貂蝉から聞いた情報で、向かえば新たな出会いがあると聞いたためである。

 

そう説明された桂花と星は情報の信憑性に難を示したものの、元々目指していた北方と方向はそう変わらないと判断し、結局は納得した。

また、芙陽が『天の御使い』であると言う事実を知っている二人からすれば、噂を流した管輅の関係者であると言う事も納得の要因になったようである。

 

芙陽はと言えば貂蝉の言う『新たな出会い』について考えていた。

冀州であることからして何か思い当たることは無いかと思案していたのだが、時期から考えてもそろそろ黄巾の乱が終息に向かうはずである。

黄巾の乱は最終的に冀州で終結を迎えると記憶していた。

 

ならば、新たな出会いとは黄巾賊の頭である張角ではないか。その可能性が高いと思っていた。

だが、黄巾の乱の終結には多くの諸侯が関係していた筈。となると、まだ会っていない未来の英傑となる人物がいてもおかしくはない。

 

いずれにせよ楽しみであることには変わりないので、考えても仕方ないと芙陽は予想を止めた。

 

さて、冀州に向かって旅を続けていた芙陽達だが、冀州まであと一歩と言うところである出来事があった。

芙陽を訪ねてきた者たちがいたのだ。

 

それは前日に泊まった街を出て、森の中で昼餉を済ませて休憩をしているところであった。

男姿の芙陽は一服に煙管を吹かし、星は水を飲んで休んでいる。桂花は万里の世話の最中であった。

 

ふと芙陽が何かに気付き、星の名を呼んだ。

 

「星、後方からこちらに向かってくる人間の気配、三つじゃ」

 

「フム、旅人ですかな?」

 

星にとっては芙陽の人間離れした、というか人間ではないので、化け物じみた気配察知能力には信頼を置いている。

別段驚くこともなく荷物を纏め、武器を傍に寄せた。

桂花も芙陽との旅が長いため、同じように荷物を纏め、万里を連れて芙陽の下へやって来た。

 

「敵意は感じぬが、足早にこちらへ向かってくるあたり、儂等に用があるようじゃな」

 

「敵意が無い?お知り合いでは…?」

 

「匂いには覚えがないの」

 

「ならば、様子見を…?」

 

「それでも良いがの…どれ、ちと見に行ってくるか…」

 

煙管の火を消そうと手に持つ芙陽だが、それを星が止めた。

 

「いや、それには及びませぬ。私が行って来ましょう」

 

「そうか?」

 

「えぇ。桂花、芙陽様の傍を離れるなよ」

 

「分かってるわよ。アンタも気を付けなさい」

 

「では行ってくる」

 

星は槍を手に持って身を隠すように森の中へ消えていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

星が芙陽から離れていたその頃。

 

芙陽が察知した三つの気配は騒がしくも森の中を進んでいた。

 

「本当にこっちであってるのだー?」

 

「さっきの街で聞いた話だとこっちの筈だよー?」

 

「だからもう少し情報を集めましょうと言ったんです!」

 

姦しく進む三人は劉備、関羽、張飛の三姉妹であった。

 

彼女らは一時期身を寄せていた公孫賛の下を離れ、星と別れた後、義勇軍として黄巾賊を討伐する一方、『天の御使い』である芙陽を探すことも諦めてはいなかった。

今回も賊の討伐の帰りに立ち寄った街で、『金髪の青年と青い髪で槍を持った少女を見た』という情報を得、急いで探しに来たのである。

 

「でもでも、モタモタしてたら御使い様が遠くに行っちゃうかもしれないよ!」

 

「それは、そうなんですが…だからと言って軍を放って飛び出すなど…」

 

「そっちは朱里ちゃんと雛里ちゃんに任せたから大丈夫だよ!」

 

「愛紗は心配し過ぎなのだ!」

 

三人で言い合いながら進んでいたのだが、その騒がしさから偵察に来ていた星は離れていながらも三人に気付き、呆れながら声を掛けることにした。

 

「相変わらず仲が良いのか悪いのか…声が大きいですぞ、桃香殿」

 

森の中から響く声に関羽は一瞬身構えるが、すぐに現れた人物に目を見開いた。

 

「星!?」

 

「星なのだ!」

 

「星ちゃん!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽と桂花は星が帰って来るのを警戒しながら待っていたが、芙陽が森の中から聞こえてくる声を聞いて警戒を解く。

 

「どうやら星の知り合いのようじゃの」

 

それを聞いて桂花も警戒を解き、そのまま待っているとやがて四人が姿を現した。

 

「只今戻りました」

 

「うむ、ご苦労であったの」

 

芙陽に頭を下げた星は、すぐに連れてきた三人を見る。

 

「この三人は以前伯珪殿の所で共に客将をしていた劉備殿、そしてその義妹である関羽と張飛です」

 

「は、初めまして!性は劉、名は備。字は玄徳と言います!」

 

「私は劉備様が家臣、関羽。字は雲長と申します」

 

「鈴々は張飛!字は翼徳なのだ!」

 

三人が自己紹介を終えると、芙陽も挨拶を始める。

 

「うむ。儂は旅人の芙陽という者。今はそこの星と桂花、趙雲と荀彧の主もしておる」

 

ここまで普通に挨拶を交わす芙陽だが、内心では劉備について考えていた。

 

名前を聞いた最初こそ『この娘が劉備か』と関心を持ってはいたが、彼女を見ているうちにどこか落胆の気持ちが湧き上がってくる。

 

その落胆の原因は彼女の内面にあった。

 

結論から言えば、乱世の王の器では無かった。

 

王としての器はある。芙陽の知る歴史からも『徳』の器があることは分かる。

だが、それは『治世の王』としての器だ。

乱世はそれだけでは渡れない。彼女の器は、乱世の後にこそ力を発揮するものではないか。

芙陽はそう考えていた。

 

芙陽が考えている側から、星が話を進める。

 

「劉備殿は以前から芙陽様を探しておられましてな、今日は偶然近くで情報を聞いて追いかけて来られた様です」

 

「ほう、儂に何か話があると?」

 

芙陽が尋ねると、劉備は緊張しながらも前に出た。

 

「じ、実は星ちゃ…趙雲さんから芙陽さんが『天の御使い様』だと聞いて…お聞きしまして!」

 

たどたどしくも話す劉備。芙陽は優しく笑った。

 

「公の場でも無し、そう緊張しなくて良い。堅苦しい挨拶も慣れていないのなら楽にして良い。それでは伝えたい事も伝えられぬよ」

 

「は、はいぃ…」

 

芙陽に言われ肩の力を抜く劉備。一気にふにゃりとしてしまうその様子に、関羽が溜息をついていた。

 

「確かに儂は噂で流れておった『天の御使い』で間違いないじゃろう。それで?」

 

「は、はい!私たちは今、この乱れた世の中に平和を取り戻そうと活動しています。そこで『御使い様』の芙陽さんに、私たちに協力してもらえないかと思って…」

 

「……」

 

ピクリ…と、芙陽の眼が一瞬だけ鋭くなる。それに気付いたのは芙陽の家臣である桂花と星のみ。

劉備たち三姉妹は気付かず、そのまま話を続ける。

 

「芙陽さんが協力してくれるなら、私たちはより早く夢に近づくことが出来ます。

 ……お願いします!私たちに力を貸してくれませんか!?」

 

勢いよく頭を下げる劉備に、後ろで控えていた関羽と張飛も同じく頭を下げる。

 

「……」

 

沈黙する芙陽。星はいつの間にか芙陽の後ろに下がっており、桂花も口を挟むことなく控えている。

 

「…頭を上げなさい」

 

「は、はい!」

 

劉備が姿勢を正すと、後ろの二人も頭を上げて背筋を伸ばした。芙陽の返答に緊張しているようだ。

 

「劉備よ、いくつか質問をする。正直に答えよ」

 

先程の雰囲気とは打って変わり、真剣な……厳しいとも言える表情で芙陽は言った。

 

「…わかりました」

 

その表情に多少驚きながらも、劉備は気を引き締めて頷いた。

そこからは芙陽の容赦のない質問攻めが始まる。

 

「お主の夢とは?具体的に」

 

「大陸の皆…民も、民を守る人も、皆が飢えずに、争いもなく、平和に過ごせる世の中にすること…です」

 

「では、お主はそのために今まで何を?……最初から」

 

「最初は愛紗ちゃんと鈴々ちゃんと…後ろの二人と色んな村や街で盗賊を退治したり、困っている人を助けたりして…。

 それから白連ちゃん…公孫賛さんの所で客将として働いて…それから義勇兵を集めて黄巾賊を退治して回ってます」

 

「その義勇兵はどうやって集まった?」

 

「公孫賛さんの所で、許可を貰って募集しました…」

 

「今は何をしている?」

 

「今は私たちの軍師…諸葛亮と鳳統が率いて別行動をしてます…」

 

目に見えて気力を失っていく劉備に、関羽の表情が歪み始める。

 

「これからは何を?」

 

「これから…えっと、また黄巾賊を退治するために情報を集めます」

 

「それから?」

 

「え…それから…」

 

「例えば、黄巾賊が全滅したとして、それから?」

 

「えっと…また困っている人を助けるために、各地を回って…」

 

「……」

 

「えっと……」

 

「……質問を変えよう。もし、儂の協力が得られたとして、どうするつもりであった?」

 

「え…それは……同じでした…。また賊を退治して回って…」

 

「なら、何故儂を引き入れようと思った?」

 

「……『天の御使い様』なら、何か知恵とか…力があって、……えっと…」

 

「……」

 

「……その…」

 

芙陽と劉備の間に沈黙が流れようとした。

しかし、その直前に関羽が限界を突破し、手に持つ青竜偃月刀を構えて叫ぶ。

 

「いい加減にしてください!!」

 

偃月刀の切っ先を芙陽に突き付け、怒りを露わに叫び続ける。

 

「さっきから聞いていればなんですか!?唯々桃香様を責める様に意地の悪い質問をしてばかり!我らの夢を馬鹿にしておられるのか!!

 貴殿に正義の心は無いのか!!」

 

叫ぶ関羽に、俯く劉備。張飛は何を思っているのか、唯芙陽を見つめている。

桂花と星は事の成り行きを静かに見守っているが、その表情は若干の"呆れ"であった。

一方、芙陽は関羽の殺気を一切気に留めず、劉備を見ている。

 

「……劉備、続きを」

 

「っ、芙陽殿!!」

 

関羽を無視し続けた芙陽だが、一つ溜息をつくと、ここでやっと関羽を見た。

 

「関羽。……ちと黙れ、お主に発言を許可した覚えはない」

 

だが、出てきた言葉は更に関羽の怒りに火をつける結果となった。

 

「っ!?…貴、様ああああ!!」

 

 

 

「黙れ」

 

 

 

「!?」

 

だが、関羽を襲ったより強い殺気で、振りかぶった偃月刀を止めてしまう。

張飛は動きこそしなかったが、丈八蛇矛を持った手に力が入る。

 

「先程からキャンキャンと…五月蠅いことこの上ない。今はお主の主と話している。お主が口を挟んで良い場では無かろう。

 それと、相手が気に喰わないからと言って叫び、刃を突き付け、恫喝し、それでも言う事を聞かない者を切り付けるのがお主の言う"正義"か?

 それなら目に入る人間一人残らず殺してしまえば良かろう」

 

「それは違う!」

 

「違う?何が異なると言う?」

 

「貴様が我らが大望を侮辱したからだ!」

 

「いつ、儂が侮辱した?儂は唯、質問をしていただけ。なのに、何故お主は"侮辱"と受け取った?」

 

「それは…!」

 

「そこにいる劉備が答えられなかったからだろう。だが、儂が答えられない質問をしたか?言葉に窮するほどの質問をしたのか?」

 

「くっ…!」

 

「理解したのなら下がれ。これ以上の"狼藉"を働くのなら…」

 

大きな音がして芙陽が煙に包まれる。

 

そこにいたのは巨大な金色の獣。馬よりも大きな狐であった。

 

 

「ここで三人纏めて喰ろうてやろう」

 

 

「「「っ!!?」」」

 

低い声でそう言う芙陽。その殺気は劉備はおろか、関羽や張飛まで恐怖で震えてしまう程だった。

 

「……もう一度言う。下がれ、関羽」

 

芙陽の言葉にビクリと体を震わせた関羽は、震える手を押さえながら武器を降ろし、後ろへと下がった。

 

芙陽はそれを見届けると、姿はそのままに殺気を抑え、その場へ腰を据える。

 

「さて、劉備」

 

芙陽が呼べば、今度は劉備が身体を震わせた。

芙陽は笑うように喉を鳴らすと、今度は優し気な声色でもう一度口を開く。

 

「もう怖がらなくても良い。ここからは落ち着いて話す場じゃよ」

 

劉備の震えは止まらない。だが、俯いていた顔を上げ芙陽を正面に捉えることは出来た。

 

「……あ、愛紗ちゃんが…ごめんなさい…」

 

子供の様な謝罪。だが、最初に出てきた言葉がそれであったこと。それが芙陽に笑みをもたらした。

 

「前にも同じようなことがあってな、その時も主が頭を下げることになった。

 関羽、己の短絡的な行動が主を辱めることがある。それを覚えておくと良い」

 

悔しそうに関羽は顔を歪めたが、やがてゆっくりと頭を下げた。張飛はずっと黙っていたが、悲しそうな表情で同じように礼をした。

 

「さあ、もう頭を上げなさい。

 ……それで、劉備よ。先の質問の意味…理解はしておるかの?」

 

「それは…はい」

 

「ならば聞こう…お主の言葉で良い。ゆっくりで良いから、聞かせてみよ。」

 

「……私は、唯皆が平和に暮らせたら良いなって、それだけ考えて…それしか(・・・・)考えていませんでした…。

 どうやって平和にするか…それどころか、"平和"がどんなものなのかも…深く考えたことなんて、なかったんです…。

 だからこれからどうすればいいかなんて答えられなかったし、芙陽さんを探してたのだって、『なんとかしてくれるだろう』っていう、適当な気持ちで…芙陽さんの事だけじゃない…。

 今別行動してる朱里ちゃんや雛里ちゃんにだって、頼りっきりで…私は唯、『こうしたい』『ああしたい』って言うだけ…」

 

話していくうちにまた俯いていく劉備。その声は徐々に涙声になっていく。

 

「私には"決意"とか…"覚悟"とか…なんにもなかった…。唯、なんとなく『平和』って言い続けるだけだった…そういう、ことですよね…?」

 

自らで結論を出し、涙目で芙陽を見る。

だが、芙陽は苦笑いだ。

 

「…概ねは、理解しておるようじゃの」

 

「概ね…ですか?」

 

「どうにも奴は影が薄いのぉ…伯珪の事じゃ」

 

「白連ちゃんの?」

 

「真名で呼ぶくらいだ、親しい仲なのじゃろう。ま、だから奴も強く断れなかったんじゃろうが…。義勇兵を伯珪の所から募ったと言ったな?」

 

「はい…」

 

劉備はいまいち何の話なのか分かっていないようで、首を傾げながら返事を返している。

 

「奴の街を見てどう思った?」

 

「…この時代に良く治安を守ってるな、と」

 

「そう、伯珪は良く治めている。それもほぼ一人でな。

 じゃが、そこへお主が義勇兵を募って出て行ってしまえばどうなる?ただでさえ人材不足で悲鳴を上げている伯珪は、失った人材の補填も行わなければならない」

 

「……!」

 

ここまで来てようやく芙陽のいいたいことを理解する。

芙陽はそれを見て溜息をつきながら、後ろで控える星に呼びかけた。

 

「星よ」

 

「はっ」

 

「劉備たちが抜けた後、伯珪はどうであった?」

 

「…やはり参っていましたな。少なかった睡眠を更に減らし、民からの苦情も増えるばかり…」

 

「…お主そのような状態で抜けてきたのか?」

 

だとしたら鬼の所業だと不安になる芙陽。

もし肯定するようなら星にも説教をしなければならない。

 

「まさか。私にしては珍しく精力的に働きましたぞ。改善が軌道に乗るまでは旅支度も出来ませんでしたからな」

 

「ならば良い…さて、劉備。

 お主は集まった人を束ねる主…それは勢力が大きくなればやがて王となる。ならば、己の判断で出た結果を正しく認識しなければならない」

 

「…はい」

 

星から聞いた公孫賛の実状に、顔を青くする。

 

「儂は今までに何人かの王を見てきた。

 

 公孫賛。恵まれない状況でも奮闘し、全般に秀でて自分の民を全力で守る者。

 曹操。お主と同じく大陸の平和を願い、そのための天下を目指し、確固たる決意を持って覇道を進む者。

 孫策。奪われた民、家臣、そして故郷を取り返すべく、己を捨てて王たらんとする者。

 それ以外にも、儂が元いた国で見た数々の王。

 

 劉備よ、お主は奴らのような王になれるかの?」

 

「……」

 

俯く劉備。両拳は強く握られ、下唇を噛んで、目も閉じられる。

だが、やがて絞り出すような声で語り始めた。

 

「…私は、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんみたいに力も強くないし…頭だって朱里ちゃんや雛里ちゃんほど良くもない…」

 

「……」

 

芙陽は静かに聞き入る。

 

「どんくさいから白連ちゃんみたいに一人で政治なんてできないし、迫力なんて出せないから曹操さんみたいに覇道なんて進めない。

 ……だから、孫策さんみたいに"王"らしくなんてできない…」

 

下を向きながら語る劉備だが、そこで拳を更に強く握り、勢い良く前を――芙陽を見た。

 

 

 

「それなら私は……『王』じゃなくて良い」

 

 

 

その言葉には後ろで聞いていた彼女の妹達が驚くが、劉備は構わずに話を続けた。

 

「私は一人じゃ何も出来ないから…きっと皆にいっぱい、無茶なことを言うと思う。

 頭だって良くないから…教えてくれなきゃわからないことも沢山ある。

 強くなんてないから…皆がいなきゃ、戦えない。

 そんな『王』はいらないって、皆が言うなら…私はいなくたって良い」

 

その表情は、少し悔しそうで……だが、

 

「でも、それでも私を『王』と言ってくれる人がいるなら…絶対に諦めない!」

 

その目は先程とは真逆の深い色を示していた。

唯の少女であった先程には無かった『覚悟』があった。

 

「私は…私が必要とされなくなるまで、皆と一緒に歩きたい!

 これから仲間をどんどん増やして、困ってる人を沢山助けて、他の人たちとも仲良くなって…」

 

劉備の言葉を黙って聞いていた芙陽だが、ふとニヤリと少しだけ笑みを浮かべる。

『覚悟』を伴った劉備の言葉。再び願うその『夢』の内容に、少しだけ具体性が出てきた。

 

「そうやって私たちの『輪』を広げていったら、最後には平和がある筈だから…!」

 

「…それがお主の『王』としての形、か。まるで子供の言う話じゃの」

 

語り終えた芙陽が劉備にそう言っても、彼女は言われて当然と思っているのか気にした様子もない。

 

「だが、夢とは…野望とはそういう物じゃ。誰もが不可能だと笑い、問題も山ほどあり、困難な道。

 お主は、夢のためにそれらを乗り越えることが出来るかの?

 夢のために、時に夢とは真逆の方向を向かねばならん。その矛盾に耐えられるかの?」

 

ふと漏れた笑みを完全に消し、威圧しながら問う。

 

これからの乱世。その中で、争わずに夢を叶えようなど無理な話である。

劉備の先程の言葉、『他の人たちとも仲良く』。乱世の和平など薄氷の上に立っているようなものだ。

そんな世を、目の前の少女は果たして乗り越えられるのか。

 

「きっと沢山弱音を吐くと思う。迷惑だって沢山かけるともう。

 でも、挫けたりはしない!」

 

唯の少女らしからぬ瞳で、劉備は声高く宣言した。

 

 

 

「いつかきっと来る平和に向かって、皆と一緒に歩き続けます!」

 

 

 

少しの沈黙。

芙陽と劉備の間に漂う緊張感に、他の四人は固唾を飲んだ。

 

「芙陽さん」

 

沈黙を破ったのは劉備。

 

「なんじゃ?」

 

「お願いがあります」

 

「…言ってみなさい」

 

劉備は一つ深呼吸をすると、最新と同じように勢い良く頭を下げた。

 

「今、私がした決意を、見届けて下さい!」

 

これには芙陽も軽く目を見開いてしまう。

他の四人も同様に驚いていた。

 

「どういうことかの?」

 

「…私は今まで『なんとなく』でやってきて…決意したと言ってもまだなんにも出来ません…。

 でも、皆と一緒に…皆が私に協力してくれるなら、そうも言ってられないから…。

 だから、私に『王』を教えて下さい。そしてもし、私が『王』になれなかったのなら……」

 

劉備は真直ぐに芙陽を見ている。芙陽も劉備の眼を見て、何が言いたいのかを理解した。

 

「命を賭ける。と言っているのだな?」

 

「はい」

 

「お主が王たり得ぬと儂が判断したなら、喰われても文句は無い、と?」

 

「はい」

 

「それまで、儂に見届けよ、と申しておるのか?」

 

「…はい」

 

立て続けに確認を取る芙陽だが、そこで後ろで拳を強く握り耐えている関羽を見た。

 

「お主等の主はこう言っておるが?」

 

「…正直に申しますと、納得はしかねます。ですが、桃香様も覚悟あっての事…それを踏み躙れば、主を侮辱することと同じ。

 ならば、我が武はその覚悟を支えるために振るいましょう。」

 

「…張飛はどうじゃ?」

 

芙陽はこれまでずっと黙っていた張飛にも意見を求めた。幼い風貌である彼女だが、これまでの話を理解できなかった訳ではないようだ。

芙陽達の言葉を完全に理解しているわけでは無いだろう。

しかし、その瞳には幼さゆえか、はたまた彼女の芯が強いのか…迷いは一切見られなかった。

 

「お姉ちゃんがそうしたいなら鈴々は文句言わないのだ!鈴々には難しいことわかんないからね!

 鈴々はお姉ちゃんを守って、弱い人たちを守って、一緒に戦う愛紗や朱里や雛里、皆を守るのが仕事なのだ!」

 

「カカカッ!そうかそうか。良い、お主はそのくらい単純な方が動きやすかろう。

 ……さて、劉備よ」

 

もう一度劉備に厳しい目を向け、芙陽は最後の問いを投げかけた。

 

「はい」

 

「最後にもう一度聞く。

 お主が挫け、『王』になり得なかった時…儂がその息の根を止める。それで文句は無いのだな?」

 

「…はいっ」

 

一呼吸置き、力強い瞳で芙陽と見つめ合いながら、劉備はその契約を交わす。

芙陽はその瞳と覚悟を受け止めると、今までの厳格な雰囲気を振り払うように、ふと息をついて目を閉じた。

 

 

 

「良かろう。お主の道、儂が見届ける」

 

 

 

『仁』の者、劉玄徳。

金色の獣を前にして、彼女の命を賭けた闘いが始まった。

 




もう桃香が動かしづらくて…
芙陽に怒られて凹んでるとこまでは調子よく書けたんですが立ち直ってからが…。
正直最後の方はほぼ勢いだけで進んでます。一応プロット通りにはなってるんですよ?
そして他の人がほぼ空気…!どうしてこうなった。

ぶっちゃけます。
作者は劉備、関羽の事は嫌いではありませんが、同じ勢力にいないときの彼女たちは苦手です。
呉ルートの時の、多分孔明の指示なんでしょうが同盟を一方的に破棄したり、魏ルートでは曹操に我儘言ったりで…北郷君がいないだけでこうも違うものかと思ったりしました。
恐らく北郷一刀の存在が蜀陣営に多大な影響を与えてるんでしょうね。
今回の劉備は北郷君がいないので蜀ルートなのに他ルート寄りの劉備ちゃんになってます。
あくまで作者の個人的な見解なので、他の意見等あるとは思いますがご了承下さい。(ビビり)


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十六話 全員集合!(一部除く)

ンジャメナ!(※地名)

お気に入り件数が1000を突破し、嬉しさのあまり筆が進んだ作者です!
4桁かぁ…怖いなぁ…。
こんな拙い作品を呼んで下さっている読者の皆様、本当にありがとうございます。
1000件突破を祝しまして、作者の脳内では祭が開催されております。

話が進むと言いながらちょっとしか進んでねぇ…。


芙陽達は劉備と契約を交わした後、すぐさま劉備の案内で義勇軍と合流した。

 

そこで出迎えたのは幼い外見の少女二人。

 

「お帰りなさい、桃香様!」

 

「お帰りなさいでしゅ…」

 

「ただいま!朱里ちゃん、雛里ちゃん!」

 

暖かく劉備たちを迎えた彼女等は、突然現れた男、芙陽を見て身を固くする。

 

「あの…そちらの方々は…?」

 

朱里と呼ばれていた髪の短いほうの少女が恐る恐る聞いてくる。芙陽は名乗ろうか迷ったが、その前に劉備が芙陽達を紹介した。

 

「この方は芙陽さん。私たちが探してた『天の御使い様』だよ!」

 

「はぁ……はわわ!?」

 

「あわわ…!?」

 

予想外の名前に驚愕する二人。しかし、慌てながらもすぐさま落ち着きを取り戻し、芙陽に対して礼を取った。

 

「劉備よ、この子等は?」

 

「うちで軍師をしてくれてる諸葛亮ちゃんと、鳳統ちゃんです!すっごく頭が良いの!」

 

劉備はここまでの道中で芙陽に慣れたのか、それとも開き直ったのか畏まった態度は鳴りを潜めていた。芙陽自身も終始ビクビクとされては鬱陶しいのでむしろこちらの素で話してもらった方が気が楽である。

 

「しょ、諸葛孔明と言いましゅ!て、天の御使い様とは知らずご無礼を…!」

 

「鳳統…士元です…」

 

諸葛亮は未だ慌てながら、鳳統は恥ずかしそうに顔を帽子で隠しながら挨拶をする。

芙陽はその姿に軍師など務まるのかと心配になったが、かの諸葛亮と鳳統ならばその才は確かなのだろうと思っていた。

 

しかし、今まで劉備を甘やかすだけであった、主導者として大切なことを教えなかった彼女らへの期待は薄まっているのも確かであった。

 

「フム。儂は芙陽と言う旅人じゃ。『天の御使い』などと噂されることもあるが、儂自身はその自覚も無い。そう畏まらずとも良い。

 後ろにいる二人は儂の旅の共をしている軍師の荀彧と武人の趙雲じゃ」

 

「芙陽さんはね、私を喰い殺すために着いてきてくれたんだよ!」

 

「「!!?」」

 

等と言う劉備の爆弾発言により再び混乱が生じたり、狐の姿に変身した芙陽に二人が怯えたりもしたが、何とか落ち着いて現在は芙陽と劉備の契約について説明を終えたところである。

 

「では…芙陽様は桃香様の成長を見極めるために我々に同行する、と言う事で良いのでしょうか?」

 

「ウム。その認識で間違いはない。ただ、その前にお主ら全員に言っておかねばならぬことがある」

 

「なんでしょう?」

 

芙陽は劉備たちを見渡すとハッキリと言い放った。

 

「儂は劉備の行く末を見届けるために同行する。だが、常に儂を戦力として数えることはしないでほしい」

 

「……それは、戦闘には参加しない、という事でしょうか…?」

 

いち早く芙陽の言葉に反応したのは諸葛亮であった。

 

「儂が出る戦かどうかは儂が決める、という事じゃ」

 

「それは……」

 

それは余りにも横暴である。そう言いたい諸葛亮だが、先の劉備と芙陽の話を聞けば無理を言って動向を求めたのはこちら側である。

ここで変に話を拗らせて、最悪芙陽が陣営を去ってしまう事は避けたかった。

 

「まぁ、流石にそれではお主等に不利が過ぎるからの……星、桂花」

 

「「はっ」」

 

「儂がこの陣営にいる間、こやつらに力を貸してやれ」

 

「「御意に」」

 

芙陽の命に何一つ文句も言わず了承する二人に劉備たちが感嘆しているが、話は更に進む。

 

「この二人の扱いに関しては任せる。そして儂についてじゃが、戦に出る時は軍議にも顔を出そう。だが、必ずしも命に従うとは思わんことだ」

 

「単独行動で遊撃……ですか?」

 

鳳統が芙陽の言葉を汲み取って確認を取る。

 

「その通り。だが、お主等の策を邪魔するような行動は控えよう」

 

芙陽が悪戯な笑みを浮かべて二人を見る。

今の言葉には裏がある。『単独行動を控える(・・・)』という事は、全くしないと言う事にはならないのだ。

 

つまり、『芙陽の行動で混乱するような軍にはするな』と言っているのだ。

 

二人はそれを正確に読み取っているようで、芙陽の挑発とも取れるこの言葉にしっかりと返事を返す。

 

「なら、私たちはそれすらも好機に変えましょう」

 

「不測の事態に対応できないようなら、私たちがいる意味がないです……!」

 

諸葛亮、鳳統は静かに闘志を燃やした。

二人の瞳に満足げに頷いた芙陽は、一先ずは自分の話は終わったことを伝える。

 

「まずは、私たちの現状とこれからの事を芙陽さんたちに説明しないとね」

 

「それでは、えっと、軍の現状から…」

 

鳳統が現状を説明する。

現在この義勇軍の兵力は12000程で、先日中規模の黄巾賊討伐を行ったばかりなので休養を取っている最中である。

物資や兵站が不足しているが、曹操軍との共同戦線を敷き、その補給でなんとか回っている状態だ。

 

次に、諸葛亮がこれからの話をする。

情報では黄巾賊が冀州に集結しているとのこと。曹操軍も同じ情報を掴んでいると思われるため、このまま両軍は冀州へ行軍し、恐らく集結しているだろう諸侯と共に黄巾賊の本陣を叩く。

 

と、諸葛亮がそこまで説明し終えると、芙陽が苦い表情をしていることに気が付いた。

劉備が『また何かやらかしてしまったのか』と怯えながら尋ねる。

 

「ふ、芙陽さん…?」

 

「ん?……あぁ、済まぬ。……曹操と共同戦線?」

 

「は、はい…」

 

芙陽はどうしたものかと頭を抱えたくなった。

唯でさえ彼女の勧誘を断って、桂花まで連れ出して来たのだ。そこで現在は劉備の陣営に同行しているなどと知られたら何を言われるかわかったものではない。

 

「……絶対怒る…」

 

「子供ですか!?」

 

芙陽の呟きで何を悩んでいるのかすべて理解した桂花。思わず全力でツッコミを入れた。

だが、直後に星が更に芙陽を追い詰めた。

 

「芙陽様、問題は曹操殿だけではござらん」

 

「なに……?」

 

「夏候惇が暴走を起こしかねませんぞ」

 

「……」

 

忘れていた。曹操と同じくらいには芙陽を誘い、芙陽が旅に出ると聞いて一騒動起こしかねなかった彼女だ。

『裏切ったな貴様!!』とか言って斬りかかってきてもおかしくはない。

 

「……めんどくさ!」

 

思わず普段の大人気な雰囲気を崩してしまう程には面倒な事態になりかねない。

悩みに悩んだ末、芙陽は問題を先送りにすることにした。

 

「よし、取り敢えず黄巾賊が滅されるまで儂の存在は秘匿するように!」

 

「「「「「えぇー!?」」」」」

 

勿論劉備たちからは膨大な不満が持ち上がったが、そこは芙陽の口先三寸で丸め込んだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「劉備たちの陣営に?」

 

「はっ、曹操様。三人ほど合流したようです」

 

「秋蘭、芙陽達だと思う?」

 

「趙雲が芙陽に合流したのなら、芙陽、荀彧、趙雲の三人の可能性がありますね」

 

「その三人、皆女性だったのかしら?」

 

「いえ、三人の中でも頭らしき金髪の人物は男であったそうです」

 

「金髪…華琳様!芙陽では!?」

 

「話を聞いていた春蘭?その金髪は男だそうよ」

 

「芙陽は男だったのですか!?」

 

「姉者……」

 

「良く思い出しなさい、芙陽は男だった?」

 

「女でしたね!……なら、その金髪は芙陽ではないですな!」

 

「そうね」

 

勘が鋭くても馬鹿は馬鹿であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「曹操、孫策、公孫賛…官軍もいるな。やはり利に目聡い諸侯はここへ来るか」

 

「孫策がいる割には袁術の旗がありませんね…」

 

「大方黄巾賊本体を孫策に押し付けて自分たちは小規模か大したことない部隊でも潰しに行っとるんじゃろ」

 

「……そんなことしても何の利も無いのに…本当に馬鹿なんですね…」

 

芙陽と桂花が話しているのは冀州、曲陽。

読み通り、黄巾賊の本陣拠点周辺には多くの軍が集結していた。

 

黄巾賊は曹操達が重要拠点を潰して回ったことにより物資の調達が困難になり、巨体であるが故に行動も遅く、最早その勢いは風前の灯火である。

ここで黄巾賊の頭である張角、もしくは将軍の張宝、張梁の首を取ることが出来ればその名は飛躍的に大陸へと広まるだろう。

それ以外にも利となるものは多く、多少なりとも戦略眼があればこの地に集まることは当然であった。

 

この場にいない袁紹や袁術は集まった諸侯から"無能"の烙印を押された。

 

「朱里、集まった諸侯の総兵力はわかるか?」

 

芙陽が諸葛亮、朱里に尋ねる。

芙陽は真名について深く考えたことは無いので今までにも真名を預かることは少なかった。そもそも真名の無い芙陽は相手が真名を許そうが許すまいがどちらでも良かったのだ。

だが、劉備たちはそうでもなかったようで、『これからお世話になるのだから信頼すべき。そしてそんな相手に真名を預けるのは当然』と言って多少強引にでも真名を預けてきたのだ。

そうなっては芙陽も断る理由は無いので大人しく真名で呼ぶようになった。桂花は少し焼き餅を焼いた。

 

「総兵力は15万に達するでしょう。やはり曹操さんの軍が圧倒的に多いですね…。

 対して黄巾賊の本陣には20万程の兵がいるようです」

 

「差は5万か。ならば勝ちは見えておるな」

 

此方はその多くが正規兵。義勇兵である劉備軍もこれまでに多くの戦を経験している。対して黄巾賊は正常な指揮も受けることが無い元・農民の集まりである。

その差は5万という数を覆すには十分であり、子供の集団に大人が徒党を組んで襲い掛かるようなものだ。

 

「更に、黄巾賊は兵站が確保できなくなったために糧食不足で、戦える人材は限られてきましゅ…」

 

芙陽の言葉に補足するよう鳳統、雛里が口を開いた。

 

人見知りをする朱里よりも更に引っ込み思案な雛里だが、意外にも芙陽には懐いた。物事の本質を見抜く才は朱里よりも上なのだろう、最初こそ怖がっていたものの徐々に心を開き、今では桂花と共に芙陽に教えを乞うようにもなっている。

対する朱里は、全体を見渡す広い視野を持ち、軍略や戦略も後々を意識しながら立てていく。芙陽に対しては早々に慣れたのか何度も教えを乞うている。しかしどこか対抗意識のようなものがあるらしく、自分の考えを纏めては『これはどうですか!?』と芙陽に意見を求めてきては討論を行っている。この時高確率で桂花と雛里が参戦する。

 

因みに、劉備軍における芙陽の立ち位置は相談役である。黄巾賊の騒動が治まれば正式に発表されることになるが、現段階では芙陽の存在はある程度秘匿されているので、ちょっとした客人程度の扱いである。

芙陽の従者である桂花と星は客将扱いとなる。勿論桂花は軍師として、星は将としての雇用だ。

しかし、三人とも情報が秘匿されているので敵味方問わず兵たちは『誰だ?』と疑問符を浮かべている。

しかも、芙陽に関しては劉備達に正体を明かしているため男と女を気紛れに使い分けており、兵達は『マジで誰だ?』と密かに困惑している。

最近では金髪の男と女が同一人物なのではないかという話もちらほらと持ち上がり、『男装の麗人だ!結婚したい!』『いや、女装が似合う男だ。諦めよう』『どっちでも良い!結婚したい!』『お前…』という会話が流れているとかいないとか。

 

「さて、どこが最初に動くかの」

 

楽しそうに言う芙陽だが、それに疑問を抱いたのは劉備、桃香であった。

 

「最初に動くって、皆で連携は出来ないの?」

 

「桃香様、ここに集まっている諸侯は皆名を上げるために来たのです。下手に連携を取ると獲得できる利が少なくなってしまいますから…」

 

「う~ん…じゃあ皆良いとこ取りを狙ってるんだねぇ…」

 

「儂等もそれを狙わねばここに来た意味を失うからの。のぉキャシャーン?」

 

「愛紗です」

 

最近弄られ役が板についてきた関羽、愛紗である。桂花からの嫉妬の視線が痛い。

 

「しかし、完全に後手に回っても損を押し付けられてしまうのでは?」

 

「愛紗の言う通りですな。朱里、動きそうな軍はあるのか?」

 

愛紗の言に星が同意した。

 

「今のところどこも様子見の姿勢ですが、予想が外れなければ動くのは孫策さんでしょう」

 

「でしょうね。あそこは多分今一番名を上げたいところだから。今なら馬鹿な飼い主もいないし好機を逃すとも思えないわ」

 

桂花が朱里の予想に同意する。

 

「それに、袁術さんに離れ離れにされた臣下の人たちも呼び戻したみたいでしゅ…」

 

雛里も同じ意見なのか、更に確信できる情報を持ち出した。

バラバラになっていた孫策の臣下達。恐らくは妹の孫権もここに来ているのだろう。

一目見たいと思った芙陽だが、曹操に気付かれず行動するには多少のリスクが伴う。ここは大人しく黄巾賊で憂さ晴らしをしようと決めた。

 

「曹操は動きそうかの?」

 

「曹操さんは情報の秘匿が徹底されていて動きが読めません…」

 

「なかなかやるのだ!」

 

「なら、注意を置くのは曹操さんの方かなぁ?」

 

「ですね。しかしそれに気を取られて孫策さんに後れを取るわけにも行きません」

 

「いずれにせよ、我らは少しでも損を減らすように動くしかないのでは?」

 

愛紗がそう言ってしまうのも無理はない。劉備軍は集まった諸侯の中でも一、二を争う弱小勢力である。利用されて損耗することは避けなければならない。

 

「でも、多少の危険を冒してでも利を取らないとここから飛躍なんてできないわよ?唯でさえ弱小なんだから」

 

歯に衣着せぬ桂花の言葉だが、実質は他人事ではなく己の属する組織を憂いての言葉である。それが理解できる周囲の面々は気にすることもなく桂花に同意した。

 

「我々にできることは動くであろう孫策に呼応して戦場を有利に導くことでは?」

 

「星さんの案が最も妥当かと。兵力の少ない私達が出来ることは限られますが、機動力があるのは有利です」

 

星の案に雛里が賛同する。朱里も反対意見は無いのか、同意して詳細を話し合う。

 

「曹操さんも孫策さんが動き出すであろうことは理解していると思われます。そこで私たちは、孫策さんの動きを注視していち早く動けるようにしておきましょう」

 

軍議の結果を朱里が纏めると、それぞれが合意を示して解散の流れとなった…その前に

 

「済まぬが、儂はちと単独で行動させてもらう」

 

途中から黙っていた芙陽が口を開いた。

 

「芙陽さん…どうしたの?」

 

桃香がその理由を尋ねる。芙陽から険悪な雰囲気は伝わってこないので、単純に疑問に思ったのだ。

 

「曹操の動きが気になっての。あやつの事じゃ、何か企んでおるのだろう」

 

「なら、芙陽様はそちらへ?」

 

朱里が確認を取る。芙陽が別行動を取るのなら、それなりの前準備が必要になるだろう。

 

「ウム。なに、あまり派手なことはせんよ」

 

「芙陽様の"派手"と、我らのそれが同一であれば安心できるのですがな」

 

星が悪戯顔で芙陽に言うが、芙陽はケラケラと笑って煙管を咥えた。

 

「まぁ、邪魔な者は切り捨ててしまうが、それは"派手"ではなく"当然の処理"じゃろ?」

 

暗に『ちょっと暴れるかもね!』と言う芙陽に、軍師たちは顔を引き攣らせた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「では、甘寧と周泰が侵入、放火の後、黄巾賊を殲滅する」

 

「御意」

 

「わかりました!」

 

周瑜の策に頷く二人。

孫策達は読み通りいち早く動こうとしていた。

 

「他に何か気になることは?」

 

周瑜が周りに聞けば、陸遜がふと思い出したように口を開いた。

 

「劉備陣営が私達と同じく動こうとしてますが~」

 

「我等の動きに気付き呼応しようとしているのだろう。あちらも戦力が乏しく派手な動きは出来ないからな」

 

「最近将が増えたみたいだけど?」

 

「…金髪の男と少女二人か」

 

「…芙陽の可能性は?」

 

「充分に有り得る話ですね~。向かった方向と時期が合致してます」

 

「…芙陽殿であった場合、何をするか想像もつかんな」

 

「ま、周囲に甚大な被害を及ぼすことはないじゃろう」

 

「そうね、もし芙陽だったら便乗しちゃえば良いと思うわよ?」

 

「なら、甘寧と周泰は金髪の男を見かけた場合、黄蓋殿の指示に従うかその男に合わせて動くように」

 

「……はっ」

 

「そんなにお強いのですか?」

 

周泰が首を傾げる。甘寧も腑に落ちていないようだ。

 

「大陸の先を見通し、口先で袁術軍を騙し、雪蓮に圧勝した…と言えば分かるか?」

 

「「!!?」」

 

二人の顔が驚愕に染まる。

 

 

多くの者はその存在を知らず、その実力も知らず、正体も定かではない。

 

そんな狐の武勇が、この戦いで広く知られ、後にこう称された。

 

 

 

『たった一人の過剰戦力』

 

 

 

黄巾賊最期の戦いの火蓋が切って落とされた。

 




華琳さん気付いて!いるよ!芙陽そこにいるよ!
常識が邪魔をして芙陽の存在に気付けなかった覇王ちゃんでした。
最も正解に近かったのが春蘭であることは彼女たちにとって悲劇かもしれません(笑)

活動報告でもちょっと宣いましたが、ハイスクールD×Dの二次が書きたい今日この頃です。
あ、書きませんよ?その前にマジ恋何とかしないと怒られそうですからね!
しかも原作読んだことないしね!読んだのは全部二次作品だからにわか知識しかないです。
それ以外にも芙陽がゼロの使い魔で召喚されちゃったり問題児の世界に呼ばれちゃったりと色々妄想してます。恋姫が終わったら書くかもしれません。
なんだろ…『異世界どうでしょう』シリーズ?(笑)

次で黄巾の乱は終われるかな?
張角め…首を洗って待っていろ…!


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第十七話 俺たちの闘いはこれからだ!

にゃんぱらり!(先生)

あ、打ち切りじゃないよ?全然続くよ?
ペットショップ前にある自販機横のごみ箱に「ペット」って書いてあると戦慄する作者です。
今回アンチだよ!気を付けて!
説教回は何故か長くなる……。しかも難しい…。
大丈夫かな、芙陽の言ってる事変じゃないかな?って不安でしょうがないから保険材料を投入したくて…。

まぁいいや、さあ行くか!


その日、その存在は、その場にいた多くの者にとって忘れられないものとなった。

 

見ていた味方の兵ですら、その存在に恐怖する。

 

「なんだよ…あれ…」

 

「俺は…夢を見てるのか…?」

 

そして、敵の兵…黄巾賊の男達は、その存在に絶望した。

 

「勝てるわけ…ないだろ…」

 

「金髪…桃色の羽織…」

 

「まさか…一人で黄巾の部隊を壊滅させたっていう…」

 

「馬鹿!あれは女だって話だろ!?」

 

「あんな化け物が、あともう一人いるってのか…?」

 

「俺達は…いつの間にあんな化け物を敵に回していたんだ…?」

 

黄巾賊は既に混乱を極めていた。

立て籠る砦の中で火災が起きたと知らされて慌てて消火をしているところに、砦の外から聞こえてくる怒号。

敵襲だと気付いて応戦に出ると、今度は謎の金髪が生い茂る雑草を踏むが如く死体の道を作り、逃げ出す者と応戦に出る者とがぶつかり、行動が不可能となってしまった。

 

今打ち拉がれているのは迫り来る死神から逃げようとも、退路は混乱して犇めく味方に塞がれ、一歩も動けなくなった者たちである。

 

どう足掻いても、絶望であった。

 

周囲にも同じように一歩も動けず、ただ殺されるのを待つしかない者が大勢いる。

最早唯の順番待ちである。

 

『行列のできる処刑人』

 

ある者は既に生きることを諦め、現実から目を背けてそんなことを考えていた。

 

そうこうしている間にも、彼等の順番がやってくる。

 

立ち向かう者。腰を抜かす者。逃げようと仲間の体を必死で押す者。

 

そんな者等をどこか他人事に見回しながら、何もかも諦めた男は呟いた。

 

「回転率高いなぁ。繁盛してるね、死神様は」

 

場違いにも程がある言葉を紡いだ直後、目の前に件の死神が現れた。

 

男の脳内で、ふとある言葉が木霊した。

それは目の前の死神が発した言葉か、はたまた圧倒的な存在に男が思い浮かべた幻聴か。

 

 

『安心して、死 ぬ が 良 い』

 

 

彼の意識はそこで永遠に閉ざされた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ねぇ……あれは芙陽じゃないの?」

 

「いえ…兵たちが間近で見た限りでは『男だった』と…」

 

「だが秋蘭…あの武勇、あの戦い方は芙陽にそっくりだぞ?」

 

「姉者…私も混乱しているんだ…」

 

「そうか…大変だな」

 

「(イラッ)」

 

戦闘が開始されて早々に発生した異常事態だが、曹操達には目的がある。疑問は取り敢えず頭の片隅に追いやり、行動を開始するため指示を出した。

 

「はいはい。取り敢えずあの男の事は放置しましょう。私たちの目的は張角、張宝、張梁の身柄を確保することよ」

 

言った通り、曹操は黄巾賊の首領である張角、並びにその妹である二人を確保するためにここへやって来た。

彼女が手にした情報によれば、黄巾賊とは、旅の芸人であった張三姉妹を応援するため、彼女たちがよく身に着けている黄色い布、または衣服を身に着けて集まっていたのが始まりだと言う。

しかし、人気が天を突くように上がり、応援団――ファンクラブの人数が膨れ上がった際、次女、張宝が何気なしに放った言葉で歯車が狂いだした。

 

『大陸、獲るわよ!』

 

誰がどこでどこをどう勘違いしたのか、結果的にそれは『現朝廷を排し、我等が歌姫が新たな天下を導く』というあまりにも歪んだ拡大解釈が成され、そのうねりに目的も知らずに合流したならず者たちが便乗して大陸全土を混乱に陥れたのである。

集団心理とは恐ろしい。「豊川信用金庫事件」も真っ青なパニックである。

 

だが、曹操は彼女等の人を引きつける魅力に目を付けた。その力をうまく使いこなす、あるいは誘導が出来るのなら、曹操にとっては強大な武器となる。

 

だからこそ、曹操はどこよりも早く彼女たちを確保しなければならない。

 

もし、彼女たちが他の陣営に発見、保護されたとして、いつ正体が露見するかわからない。

そうなれば、最悪その場で処刑されたとしてもおかしくはない。どちらにせよその才覚を無駄に持て余すだけとなるだろう。

 

「"張角と思わしき男"の情報は、秋蘭?」

 

「既に諸侯が掴んでおります。慎重に事を運びましたが、どうやら信じてくれたようです」

 

張角については名前だけが独り歩きしている状態だ。張角本人の姿、性別、性格などは全くと言っていいほど知られていない。そもそも、現在となっては黄巾賊の大半が張角の姿など見たこともないのだ。

 

ならば、この状況を利用しない手は無い。

 

曹操は各地や諸侯の斥候に偽の情報を掴ませることに成功した。おかげで『張角は筋骨隆々の大男である』という認識が浸透している。……貂蝉ではない。

しかも、情報=噂話のこの時代、様々な誇張が重なった結果、今や張角のイメージは唯の化け物である。……貂蝉ではない。

 

現在出回っている張角の情報は事実と全く異なっており、もしこれが事実であったなら一も二もなく討伐に乗りきっていたであろう容姿に、悪逆非道な行いを満面の笑みで行う怪物。

偶然か、はたまた曹操が仕組んだことか。黄巾賊の中にはイメージにぴったりな男が一人いた。

黄巾賊が本格的な活動(暴走)を開始した後に合流した盗賊の頭の男である。黄巾賊の中でも力が強く、また性格も残虐であった。

野心家でもあった彼自身も"張角"の特徴が自分に一致していると知るや否や、部下の男たちに威張り散らすようになった。

 

「その張角(仮)の居場所は他の陣営も掴んでいるの?」

 

「恐らく殆どに知られていると思われます」

 

「なら、春蘭はそちらへ向かいなさい。偽物の張角の首を獲るのよ」

 

「華琳様?本物の張角を捕えないのですか?」

 

「皆が偽物を捕えに行っている間、私たちが別行動を取っては怪しまれるでしょう。最大戦力である貴女がそちらへ行けば怪しまれることも無くなるわ」

 

「はぁ……?」

 

「姉者、とにかく偽物の首を獲れば良いのだ」

 

「そうか!」

 

「本物の張角の捜索は凪達に向かわせるわ。本物の居場所は?」

 

「大まかですが、掴んでいます。逃亡の方向も」

 

「流石ね。ならばすぐに行動を開始しましょう」

 

「「はっ!」」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「外が騒がしい…始まったわね」

 

「なら、さっさと逃げましょうよ。官軍もいるんでしょ?またあの呂布(化け物)が来るかもしれないじゃない!」

 

「いやぁ……!紅い旗が来るよぉ…!」

 

黄巾賊の本拠。その最奥の天幕の中に、三人姉妹の少女達がいた。

 

三女は冷静に…しかし内心では恐怖で怯えながらも状況を分析する。

次女は焦りを露わに最悪の可能性を示唆した。

長女は過去(トラウマ)を思い出し目に涙を溜めて震えだした。

 

この三姉妹こそ、本物の張角、張宝、張梁である。

 

三人の傍にはすぐに逃げられるよう、既に荷物が纏められていた。

 

「本当はもう少し混乱してから…と思っていたけど、予想以上に混乱が大きいし、何より早い。

 なにか不測の事態でも起きたのかもしれないわ。すぐにでも逃げたほうが良さそう」

 

「なら、行くわよ!

 ほら、天和姉さんも荷物持って!」

 

「ふえーん!」

 

「待って。あの本がまだ…」

 

「そんなの良いよぉ!早く逃げよう!?」

 

「姉さんの言う通りよ!」

 

「……そうね。出来るだけ早く移動しましょう」

 

張梁の頭に一瞬だけ過ったあの本。自分たちを大きな舞台に立たせてくれた。

しかし、大きすぎる力を制御することが出来なかった。

張梁は全てを一からやり直し、このような失敗は二度としまいと誓った。

 

(あんな力に頼らなくても、姉さんたちと一緒なら…)

 

新たな決意を胸に、三人は荷物を抱えて飛び出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「御三方、化け物が此方に近づいてきています!お早く!」

 

そう叫ぶのは張角達三姉妹をかなり初期の頃から応援し続け、黄巾賊が暴走した後も三人を支え、危害が加えられないように守って来た親衛隊の男だった。

逃亡のため僅かな親衛隊を伴って移動を開始したものの、黄巾賊討伐連合は破竹の勢いで迫ってきていた。

 

その主な要因と言うのが…

 

「っ…なんなのよアイツ!?あれは呂布じゃないの!?」

 

「違うわ!呂布は別方向に進んでるって…」

 

「なんで私たちはいっつも強い人に追われちゃうのぉ!」

 

そう、開戦とほぼ同時に出現した謎の金髪の男だった。

男は暫く黄巾賊の本体を相手に暴れまわっていたのだが、砦の中で暴れていたと思ったら急遽進路を変更。

寸分違わず三姉妹の逃亡方向へと迫って来たのだ。

 

これに気付いた親衛隊はすぐさま対処に動く。

三人を逃がすことを最優先とし、そのほとんどの戦力を金髪への迎撃に充てた。

しかし、親衛隊とは言っても名ばかりの元・農民である。兵隊でもない彼らはすぐさま壊滅し、時間稼ぎにもならなかった。

 

「クソッ!天和さん、地和さん、人和さん…。今から我々も奴の迎撃へ向かいます。しかし、恐らく大した時間は稼げないでしょう。

 とにかく全力で逃げて下さい………ご武運を」

 

「…わかりました。有難うございます」

 

彼女らに着いていた残りの親衛隊も後方へ向かい、とうとう残るは三姉妹のみとなる。

 

「とにかく急ぎましょう。荷物を捨ててでも全力で走るのよ!」

 

「親衛隊の皆さんでも時間稼ぎにはならない」

 

「お姉ちゃんもう疲れたよぉ…!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?このままだと殺されちゃうのよ!?」

 

「嫌だよ~!」

 

「なら我儘言わないで。姉さんの荷物は諦めましょう」

 

「そうね、今はとにかくここから離れるのが先決なんだか――」

 

 

 

「――――見ぃつけた」

 

 

 

「「「!!!」」」

 

突如後ろから聞こえてくる死神の声。

 

三人が振り返ると、血に濡れた一振りの剣を持つ、金髪の男が立っていた。

その表情は楽しそうな笑み。

この状況でケラケラと笑い、血塗れの剣とは対照に全く汚れの無い着物。その不自然さが際立っている。

輝く金髪に白い着物、鮮やかな桃色の羽織。その美しさは逆に三人に恐怖を与えるものだった。

 

「カカカッ。砦の中で聞こえてきた会話を頼りに探してみれば……こんな娘たちが黄巾賊の張角らだったとはの」

 

楽しそうに言う男だが、逆に三人は震えが止まらない。

 

「さて、お主等……どこへ行こうと言うのかね?」

 

「あ…あぁ…」

 

「そんな…こんなにも早く…」

 

「………っ」

 

男の質問に答えられず、この状況に絶望する。

最早どうすることも出来ない。

 

逃げる?この早さで自分たちに追いついた男だ。逃げきれるわけがない。

戦う?自分たちは武術は愚か武器すらも持っていない。一瞬で殺される。

後は…

 

「ちぃ達を、どうするつもり!?」

 

姉の張宝が無意味な問いを投げかける。しかし、少しでも時間を稼いでくれるならと三女の張梁は感謝した。この間に何とかして打開策を練らなければ。

 

「さぁ、どうしたものかの?ここで殺しても良いが、殺さずにどこかへ引き渡しても良い。あぁ、儂が引き取ってやっても良いの」

 

何のつもりかはわからないが、男は話に乗って来た。だが、その内容はどれも絶望的なものばかりだ。

ここで殺されずとも、どこかに引き渡されれば殺されるだろう。もしかしたら三人とも奴隷として凌辱の限りを尽くされるかもしれない。この男が引き取ったとしてもそうならないとは思えない。

 

張梁が考えを巡らせていると、男が意外なことを言い出した。

 

「それとも、ここは見逃すのが良いかのぉ…」

 

「えっ…!?」

 

思わず声が出てしまう程の驚愕。

一体この男は何がしたいのか。それを考えるより先に、張角と張宝が食いついた。

 

「本当…?」

 

「…良いの?」

 

流石に訝しげではあったが、二人が聞くと男はケラケラと笑って頷いた。

 

「まぁ、ここでお主等が逃げたとして儂は困らんからのぉ。

 ……しかし、いくつかの質問には答えて貰おう」

 

「……わかりました」

 

「人和?」

 

「私たちが無事に生き延びるためには、もうこれに賭けるしかないわ」

 

「人和ちゃん……なら、質問には人和ちゃんが答えて」

 

「天和姉さん…良いの?」

 

「ま、人和が一番頭良いしね」

 

「ちぃ姉さん…。わかった」

 

「決まったかの?」

 

「えぇ。お待たせしました」

 

男はいつの間にか煙管を取り出して煙を吐き出していた。三姉妹にはそれが何の煙なのかわからず、不思議に思ったものの、それは頭の隅に追いやって質問に備えた。

 

「まず、お主等は何故黄巾賊を立ち上げた?」

 

「それは…私達の意思ではありません」

 

「ほう?」

 

張梁は黄巾賊が成り立った経緯を説明した。勿論自分たちがそんなつもりではなかったことを強調して。

 

「フム、わかった。なら次の質問じゃ。何故、官軍や諸侯等に助けを求めなかった?」

 

「…黄巾賊と呼ばれる人たちの中にも、私達を応援してくれる人が大勢いました。官軍に助けを求めたりすれば、善意で私達を支えてくれる人たちも区別なく討伐されてしまうと考えたからです」

 

「……成程。なら、最後の質問じゃ」

 

最後。その言葉に緊張が走る。これまでの二つの質問で大きな間違いを犯したとは考えたくない。この最後の質問で失敗することは許されない。

 

「お主等は、これからどうするつもりかの?」

 

「……どう、とは?」

 

予想外の呆気ない話題に、質問の意味を捉えかねる。

 

「そのままの意味じゃよ。ここから逃げたとして、どう生きていくのかが気になった」

 

「…私達は歌が好きです。歌を歌っているときが一番楽しい。なら、歌で人々を楽しませ、幸せにしたい。そのための活動をしていきます。勿論、今回のような失敗は二度としません」

 

「私もっ!…私も、歌が好き。歌は皆を笑顔にできるから…!」

 

「私だって歌が好きよ!私が変なこと言ったから今回はこんなことになっちゃったけど、もうこんなことにはさせないわ!」

 

「ほぉ…」

 

男は感心したように頷いている。

三人の鼓動はこれまでになく激しくなっていた。この男の返答次第で自分たちの運命が決まるのだ。

 

男は煙管の煙を一つ吐き出して、灰を落とすと懐に仕舞った。その動きにすら三人はビクリと反応してしまう。

そして、ふと笑みを漏らすと口を開いた。

 

 

 

 

「……やはり、ここで殺した方が良いかの」

 

「「「!!?」」」

 

驚愕。ただその一言に尽きる。

どこで返答を間違えたのか。三人は最早その答えを探すことも出来ず、混乱していた。

 

「お主等の志は立派なものじゃったよ。自分たちを応援してくれる者を決して見捨てず、自分たちの持てる力で、人々に笑みを与える。それは立派じゃ」

 

「なら、なんでよ!!?」

 

「お主等、なんで今回の犠牲を綺麗さっぱり忘れとるんじゃ?」

 

「え…」

 

「……?」

 

「……あ…」

 

長女と次女は首を傾げ、三女だけが何かに気付いたようにその顔を青ざめさせた。

 

「お主は気付いたようじゃの。

 最後の質問、これからのこと。確かに立派で、理想的じゃ。

 しかし、お主等は今まで何をしてきた?たとえそれがお主等の望んだことではないとしても、お主等がやったことで何人の犠牲が出たと思っている?」

 

「それは…でもっ、仕方ないじゃない!」

 

「仕方ない?仕方がないから犠牲を完全に無視し、自分たちは新たな夢に向かって進むと?

 お主等は歌で人々を幸せにしたいと言ったな。数多の犠牲、何の罪もない民を死に追いやり、女子供がどれだけ傷付いたと思う?

 それだけの物を無視し、忘れ、自分勝手に生きるお主等が、歌で何を伝えたところで幸せになど出来るのか?」

 

男の話に、張角と張宝も顔を青ざめさせている。自分たちがしたことの大きさ、その結果で出た犠牲。それに初めて気付いたのだ。

 

「このような時代だ。誰かの犠牲の上に生き延び、望みを叶えることが否定しない。これは時代に関係なく儂は否定することはしない。

 じゃがの、だからと言って犠牲を忘れる…死者を踏み躙るようなお主等を、好ましいとは思わん」

 

「……」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽は三人を見つけると、その楽観的な姿勢に少しばかり憤りを感じた。

死者を冒涜することを嫌悪する芙陽だからこそ、彼女たちの起こした"結果"と、それに対する認識の甘さが許せなかった。

 

芙陽が言った事で、俯き、悔し気に、悲し気に震える三人。

 

しかしここで、一人の人間が現れた。

 

「張角、張宝、張梁とお見受けする」

 

「「「!!」」」

 

「私は曹操様の家臣、楽進と言う。……そちらは…まさか…!?」

 

かつて曹操の下で短期間ではあるが鍛錬をつけた少女。楽進は芙陽を見ると、驚愕に顔を染めた。

 

「芙陽…様…?」

 

芙陽は何も言わない。楽進の中では女であった芙陽の姿が浮かんでいるのだろう、混乱の極みであった。

 

「済まぬの、儂の事については"いずれ分かる"としか言えぬ」

 

「それは…」

 

「それより、どうしてここに?」

 

「……はぁ。私は曹操様に命じられ、張角、張宝、張梁の三人を保護するため参じました」

 

まだ何か言いたげな楽進だったが、この男が自分の知っている芙陽ならこれ以上食い下がっても無駄であろうことはわかっていた。

楽進の言葉に芙陽は感心し、意味を理解できなかった張角と張宝は首を傾げ、意味を理解できても意義を理解できなかった張梁も首を傾げる。

 

「ほう…」

 

「保護?」

 

「はい、曹操様に彼女たちを殺す意思はありません」

 

「信じられるの?」

 

「詳しい説明は曹操様から直接される。身の安全は保障しよう」

 

「……わかりました」

 

「ちょっと人和!?」

 

「落ち着いて。さっきも言ったけど、もう私達に道は残されていない。そこの男との話し合いも決裂したと言っていい。

 なら、付いて行くしか選択肢は残されていないわ」

 

「う~ん、人和ちゃんがそう言うなら、お姉ちゃんは賛成かな」

 

「お姉ちゃんまで…もう、わかったわよ…」

 

三姉妹は楽進に付いて行くことに決めたようだ。しかし、芙陽が楽進に声を掛ける。

 

「儂はこやつ等を殺そうかと思っていたところだが…それはどうする?」

 

「「「っ!?」」」

 

「ふよ……貴殿は、この者等を何故殺そうと?」

 

「自らの罪を忘れ、死者から目を背き、それでも同じ道を歩もうとした。これでは再び繰り返すだけだと判断したのでな」

 

「……ならば、どうすればこちらに引き渡していただけるでしょうか?」

 

「フム…」

 

芙陽は考える。曹操がこの三姉妹を欲している理由は恐らく求心、そして士気の向上に利用するためだろう。

 

芙陽が考えている間、楽進は内心でこれまでにない緊張に苦しめられていた。

いざとなれば戦闘になる可能性もある。

しかし、目の前の男が芙陽であった場合、自分が勝てる見込みは無いに等しい。別人であったとしても、先程の黄巾賊相手の闘いを見るに芙陽と同等の力を持っている。

この窮地を乗り越えるには、何としても戦闘は避けなければならなかった。

 

「……そうじゃの」

 

考え込んでいた芙陽が口を開くと、楽進と三姉妹はわかりやすく肩を震わせた。

 

「楽進、曹操に伝えよ。

 『三人の罪を理解させること』

 これが守られなかった場合、儂はこの三人を殺しに行く」

 

「……それが、条件の全てでしょうか…?」

 

意外なほど軽い条件に楽進は首を傾げるが、守らなければ三人は殺される。今後の事は曹操に判断を仰いだ方が賢明だろう。

取り敢えずこの場は曹操への伝言を受ければ三人は引き渡される。楽進はその案を受け入れた。

 

「必ずお伝えしましょう…。それで、貴方は…」

 

「……これも曹操に伝えてくれ。『じきに全て話す』と」

 

「……わかりました」

 

未だ納得のいかない楽進だったが、不意に芙陽が苦笑いで頭を撫でる。

近づく気配も読み取れなかった楽進は驚愕するも、やはりこの男は芙陽なのかと思えば腹も立たなかった。

 

「さて、お主等…自らの罪についてはもうわかっているな?」

 

芙陽が三人に向けば、その足は力を無くそうとばかりに震えだす。

 

「次に会った時、己の罪を理解できていなかったら……その命、儂が終わらせてやる」

 

静かにそう言い残すと、芙陽はゆっくりとその場を後にした。

 

 

その直後、砦には『曹操配下の将が張角を討ち取った』と言う情報が駆け回り、戦意を完全に失った黄巾賊は壊滅することになる。

こうして、大陸に騒乱をもたらした『黄巾の乱』は幕を閉じた。

 

だが、これは来たる戦乱の序章、それも前半に過ぎない。

 

これからを見据えながら、芙陽は呟いた。

 

 

 

「……洛陽、か」

 




はい、と言う事でシスターズ説教回でした。嫌いじゃないんだけどなぁ。

やっと黄巾の乱が終わりました。長かったなぁ…。
まぁ反董卓連合の終結まではサクサクっと進めようかと思います。
その前に閑話挟むかもしれません。今回は時間稼ぎじゃないよ?芙陽のお城での生活風景を書きたいな、と。もしかしたら本編扱いかもしれませんが。

『異世界どうでしょう計画』はなんだか皆さん好意的なようで…。作者も色々考えてみました。
今のところゼロ魔が有力ですね。ツンデレへの欲求が溢れそうです。
ハイスクールは何故か別主人公になってました。どうしてこうなったのか作者にもわからない…。ただ、こちらは既にある程度設定が出来上がりつつあります。何故だ!?
どちらにせよ、恋姫がひと段落しないと書けないですけどね。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第十八話 アイエエエエエエ!?

キャオラッ!(加藤)

家を取り壊す前日に飼っていたハムスターが行方不明になったことがある作者です。
新章突入!……の前に、ちょっとした急展開挟みます。

ツッコミ所満載な作品ですが、どうか生暖かい目で見守ってやってください。


晴天。金色の髪を靡かせて、一人の男が街の大通りを歩く。

男の足取りはゆっくりと落ち着いて、辺りを眺めながら咥えた煙管から煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 

「おや、御使い様!散歩ですかい?」

 

「御使い様!今日は良い桃が入ってるよ!御一ついかが?」

 

通りに面して店を出す民が彼に声を掛ける。

 

『御使い様』――そう呼ばれた男、芙陽はケラケラと笑いながらそれぞれに返事を返した。

 

「今日は天気が良いからのぉ。昼寝の場所でも探そうかと思っての。

 どれ、自慢の桃をいくつか貰おうかの」

 

平原。そう呼ばれる地を劉備が治めるようになって暫く。

芙陽は桃香たちの相談役として彼女たちの下へ身を寄せていた。

 

芙陽の立場についてはかなり揉めた。

芙陽は基本的に桃香たちの指揮下には入らない。しかし、協力者として同行してもらいたいからには何かしらの立場が必要であった。

芙陽としては城の外に居を構えても良かったのだが、桃香にしてみれば出来る限り傍にいて貰いたいのが本音である。

 

そこで、相談役として桃香の指揮下にない立場を作り、更に『天の御使い』と言う名を使う事で"劉備と同等の発言力を持つ"存在となった。

これに対して芙陽は若干の難色を示した。元々その通り名には微塵も興味など無く、言ってしまえば彼女らの望む『御使い』として動くことなど考えていなかったからだ。

 

その案を蹴って大人しく城外に出ようと考えた芙陽を引き留めたのは意外なことに桂花であった。

桂花としては客将として桃香たちに協力する以上、城に住むことになる。だと言うのに芙陽が城を出てしまえば交流が希薄になるのは明白であり、何としても芙陽を城に置きたかったのだ。

 

桂花は芙陽に様々な説得を試みた。

最終的に、"『天の御使い』の名を貸し出し、相談役としての立場と合わせてそれなりの給金が出る"という公認ニートの立場を持ち掛けたことで芙陽が渋々納得し、城に芙陽の部屋が用意されたのである。

 

さて、これで公に『天の御使い』と言うの芙陽の名が民に広まると、芙陽は絶大な人気を誇った。

大陸中に広まった『天の御使い』の名だが、若干行方不明の時期が長かったとはいえその期待値は高く、芙陽は瞬く間に民に囲まれた。

更に、先の黄巾の乱ではその無双ぶりをその場にいた全ての人間に見せつけ、『たった一人の過剰戦力』『単騎千軍』『金色の鬼神』『存在が反則』『見たら逃げろ』などの評価が駆け巡っている。

 

芙陽が正体を隠さなくなったのも周囲には衝撃だった。

一番初めに桃香が芙陽を紹介し、『天の御使い』が『金色の獣』であることを説明した事で、芙陽が妖であることは街中に知れ渡った。

以来、芙陽は男、女、狐と気まぐれに姿を変えて過ごしている。

 

名が広まった当初こそ敬われると同時に、妖であるが故に恐れられていた芙陽だが、ふらりと街に現れては優し気に子供たちを見守ったり、時に一緒になって遊んだり、商店の品を興味深げに物色したりと気さくに過ごしていたところ、民からの印象はがらりと変わった。

特に子供たちからの人気は凄まじく、時折子供の一団を後ろに引き連れた芙陽が見られるほどである。

 

大人たちとしても最初は子供たちを心配そうに見ていたのだが、子供好きであるとわかると一転して笑顔で見守るようになる。

芙陽の見た目も人間の時は美しい男性、女性であるので、若者からの人気も高い。

 

こうして、芙陽は平原国において桃香と同等の人気を誇る事となった。

 

「あ!ふようさまだ!」

 

「ふようさまだー!」

 

「ふようさまー」

 

果物屋の店主から桃を買うと、三人の子供たちが芙陽を見つけて駆けてくる。

 

「あ、桃!」

 

「いいなー!」

 

「む、見られてしまったか」

 

笑いながらそんなことを言う芙陽。

 

「さて、子供たち。桃が欲しいか?」

 

「ほしい!」

 

「たべたい!」

 

「そうかそうか。……やらんぞ?」

 

「「「えー!」」」

 

「しかし、儂の出す問題に答えられれば食わせてやろう」

 

「うーん、わかった!」

 

「宜しい。そうじゃの、儂は今桃を四つ買った。この桃を7人に配るとしたら、儂はあといくつ桃を買えば良いかの?」

 

「……わかんない!」

 

「むずかしいよー!」

 

「時間はいくらかけても良いぞ。皆で相談しながら、協力して答えるんじゃ」

 

優しくそう言いながら、子供たちを引き連れて移動する芙陽。ワイワイと考えながら後ろに続く子供たちに、少しずつヒントを与えながら通りにある少し開けた空き地に辿り着く。

芙陽はその空き地に置いてある木箱に腰掛けると、芙陽の目の前で輪を作り、一生懸命答えを探す子供たち。

 

指を使ったり、地面に絵を描いてみたりと忙しい子供たちの様子を、芙陽はいつまでも優しく見守っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽自身、忘れていたことがある。

 

この世界に来る前、芙陽の尾は9本あった。

しかし、神格を得た今、芙陽の尾は太く長い一本となっている。

 

完全な神格を得たわけでは無いので微々たるものだが、神通力を扱う事が出来るのが今の芙陽である。

 

神通力とは神々や、神々の眷属、仏教であれば仏が扱う力である。

その力の使い方は様々であるが、芙陽はある事を思いついた。

 

神通力を利用して眷属を生み出すことである。

この眷属とは、言うなれば使い魔、道具などを媒体にすれば式神とも呼べる存在である。

 

何故芙陽がこんなことを思いついたかと言えば、目の前に瀕死の子狐がいるからである。

その日、芙陽は珍しく自室で本を読んでいたのだが、ふと部屋の窓から小さな動物の気配を感じ取った。目線を向ければ、今にも死んでしまいそうな子狐が芙陽の部屋に近づいて来るのが見えたのだ。

芙陽は窓から外へ出ると、子狐の状態を把握した。

他の野生動物にでもやられたのだろう、深く腹は裂かれ、血が溢れている。良くここまで移動できたものだと感心するほどに致命傷であった。

しかし、子狐は必死に芙陽に近づき、伝え続けたのだ。

 

『生きたい』――唯それだけを。

 

どうして芙陽の下へ来たのか。その理由は不明であったが、芙陽は懸命に生を望む小さな存在に興味を持った。

子狐の命の炎はすぐにでも尽きてしまう。迷っている暇はなかった。

 

この子狐に、『眷属化』の儀式を行う。

 

自らの持つありったけの神通力を注ぎ、子狐に命の源を与える。神通力によって存在が昇華し、小さな体が美しい白に染まっていく。

しかし、やはり中途半端な神通力しか持たない芙陽では限界があった。

本来ならここから更に力を与えるのだが、そこまでの神通力は芙陽になかった。

 

「……ここまで、か…」

 

芙陽が力を止めると、全身が白い子狐となった小さな眷属は、音を立てて変化する。

煙が晴れると、そこにいたのは白銀の髪を持つ小さな少女であった。

少女は意識を失っており、しかし怪我は綺麗になくなり安らかな寝息を立てていた。

 

「随分と幼くなってしまったの……ま、良いか」

 

それはそれで面白いと笑った芙陽は、取り敢えず少女を抱き上げて歩き出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

桂花はこの日、午前の政務を終えて昼食に向かう途中だった。

最近は桃香が治めることになった平原の処理も一通り落ち着き、今日残す仕事も微々たるものであったので、久しぶりに芙陽とゆっくり過ごすことが出来るとご機嫌な桂花であった。

 

芙陽の部屋へと向かう途中、鼻歌でも歌いだしそうな桂花。

すると、丁度意中の芙陽が前方から歩いてくることに気付いた。

今日はどうやら女性の姿でいるようだ。

 

「あっ、芙陽様っ……っ!!?」

 

しかし、その芙陽の腕の中にいる少女の存在によって桂花の明るい気分は一転することとなる。

 

「ふ…芙陽様……その少女は…?」

 

芙陽の腕の中で眠る少女は鈴々と同じ程に幼く見える。美しい白い髪に芙陽と同じような白い着物。しかし子供らしい丈の短いものを着ているあどけない可愛らしい少女。芙陽はその少女を優しく抱きかかえ、起こさぬようにゆっくりとした足取りで歩いているのだ。

 

ここで桂花の常識を逸した思考を覗いてみよう。

 

(その娘は一体…!?どこから連れてきたのですか芙陽様!?いや確かに子供好きなのは知ってましたけど今まで一度も城に連れてくるなんてしたことないのに何故!?と言うか本当に誰なの!?芙陽様の事だから誘拐とかじゃないことは確かだけどだとしたら何故…はっ!?まさか手籠めに!?いやでも芙陽様が子供にそんな事する筈ないしそもそも表情からしてそういう対象にはなってないみたいだし…あの表情…まるで母親のような優しい微笑み…美しすぎる!いやそれは今関係なくて問題は芙陽様とこの娘の関係よね!よく見ると所々芙陽様に似てるし着物も芙陽様と同じような服…)

 

桂花は暴走した頭である一つの可能性を見出した。

 

(まさか……まさか芙陽様の……子供!!?

 だとしたら相手は誰!?まず男なの!?女なの!?芙陽様が生んだの!?相手が生んだの!?嫌あああああ!!?相手が男だったら私は…私は…!!!)

 

因みにこの思考、僅か一瞬の出来事である。

桂花はわなわなと震える腕を彷徨わせ、同じく震える声で芙陽に問い掛けた。

 

「芙陽様…そ、その子は…まさか…」

 

「フム、何と説明すれば良いか……そうじゃの、儂が生んだ子じゃ」

 

 

桂花はその場に崩れ落ちた。

 

 

間違ってはいない。死にかけの子狐に芙陽が命を与え、眷属と言う存在に"生まれ変わった"この少女は、芙陽が生んだと言っても過言ではないだろう。

しかし桂花はその芙陽の一言で絶望の底に突き落とされた。

『儂が生んだ』

つまりは女性である芙陽が腹を痛めて生み出したのだ。(桂花にとっては)

そこから導き出される結論は、芙陽の相手は『男』と言う事である。(桂花にとっては)

 

「ぁぁぁ……もうだめだぁ…おしまいだぁ…」

 

膝と両手を地に着いて絶望する桂花。

 

「…夢…これは夢なのよ桂花…こんな悪い夢は早く終わらせないと…」

 

ブツブツとうわごとを言っていた桂花だが、やがて精神が限界を迎えたのかゆっくりと意識を失った。

 

「……ここまで落ちるとは思わんかったのぉ…」

 

勿論この狐、ワザとである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽が星、意識を取り戻した桂花、桃香や朱里などに経緯を説明した後、寝台に寝かされていた少女は目を覚ました。

 

「ん……」

 

「起きたか」

 

今、この部屋には芙陽と少女しかいない。起きていきなり大人数に囲まれていても混乱するだけだと判断したためだ。

少女は芙陽を見ると、ゆっくりと上半身を起こした。

 

「喋れるか?」

 

「……ん」

 

静かに頷く少女。

 

「フム、記憶はあるかの?」

 

そう尋ねると、今度は首を横に振る。どうやら意識を失う前の記憶は無いらしい。これが一時的な物なのかはまだ不明だが、意志の疎通が出来ることは確認できた。

 

その後、芙陽は少女の状態を確認していった。

体調は悪くない。しかし、芙陽の眷属化の儀式が中途半端であったため、本来の眷属としての能力、性質が正常に付与されていないことが分かった。

 

詳しく言えば、芙陽としてはもう少し成長した状態で生まれ変わらせるつもりであった。ここまで幼い姿になるとは思いもしなかった。

そして、少女の身に宿す神通力が極端に少ない。これではまともに力を使う事も難しいだろう。

人間の姿も今の少女の形態しかとることが出来ないらしい。狐の姿も猫程の大きさの白い子狐で固定されているようだ。

何より、生まれたばかりなので仕方がない面もあるが、それにしても感情が乏しすぎる。芙陽の言うこと、指示することに淡々と答え、声にも抑揚が無い。

身体能力は高いようだが、今は人間の身体に慣れていないのか動きもぎこちない。

 

非情な言い方をすれば、『失敗』である。

 

と、これらの事を静かに考察していた芙陽だったが、不意に袖を引かれる感触に少女を見た。

 

「……ぁ…」

 

そこには、今までの無表情とは打って変わって不安げに目に涙を溜める少女がいた。

芙陽も意外だと少し驚く。どうやら、主である芙陽に対しての感情は少なからずあるらしい。眷属には本来主に対する絶対的な忠誠心が植え付けられる。そこに疑問を抱くことなく主に忠誠を誓うのだが、この少女はどうやら自分が『失敗作』であることに感づいて、芙陽に捨てられるのではと不安に思ったようだ。

これも恐らく不完全な儀式の影響だろう。

 

縋るように袖を引く少女。芙陽はその姿を見て優しく微笑むと、そっと頭を撫でた。

 

「安心せい。儂が救い上げた命じゃ、決して放り出したりはせぬよ」

 

そう言ってやると、目に溜めた涙もそのままに、芙陽に抱き付く少女。目が覚めてから時間が経ち、少しだけ感情が芽生えてきたようだ。

 

芙陽はあやすように少女の背を撫でて言った。

 

「名を授けなければならんな。

 お主は『(あおい)』。小さくとも立派な、儂の子じゃ」

 

 

 

 

その日から、芙陽は暫くの『育児休暇』を取った。

 

葵の成長は早かった。妖であるため体の成長は見込めないが、精神的にはすくすくと育っていった。

葵は桃香たちに人気だった。芙陽と葵が狐の姿でいると必ずと言っていいほど様子を見に来る。芙陽にじゃれつく小さな葵を見ると癒されるらしい。

いつもならば愛紗が桃香を叱りつけて政務へ引き摺って行くのだが、愛紗一番の弱点である動物の魅力には勝てなかったようだ。

 

葵の感情はやはり乏しかった。表情も普段からさほど変わらず、常に無表情とも言える。

しかし親であり、主である芙陽に関しては別なようだ。頭を撫でれば嬉しそうに笑い、年相応の姿を見せる。

 

ある程度精神的に成長すると、芙陽は葵に武術を教え始めた。

身体能力と五感は人間のそれを凌駕するので、葵はメキメキと実力を伸ばしていった。

 

知識面も芙陽は教育を欠かさない。言葉を教え、文字を教え、本を読み、芙陽と語る。

眷属の本能的に芙陽に心酔している葵は、その教えをすぐに吸収した。

 

小柄な体格を生かし、隠密の真似事をさせてみた。

狐の姿で隠れたり、人外の身体能力で塀を軽々と飛び越えたりと、普通の隠密にも出来ない技術も教えた。

 

そして、その結果…

 

「あれ?芙陽さん、葵ちゃんは?」

 

「おや桃香、葵に何か用事かの?」

 

「暫く修行で会えなかったから…今日はいるんでしょ?」

 

「フム、いるぞ?……葵」

 

「はっ」シュタッ

 

「うわっひゃあああぁぁあ!!?」

 

突然芙陽の隣に現れる葵。

 

肩まで伸びた白い髪は一部を側頭部で縛っており、前髪は紫色の瞳に軽くかかる程度に伸びている。

薄い青色の服を着て、足が大胆に露出しているが動きやすい服装となっている。

 

葵は立派なくノ一に成長した。

 

誰も追いつけないその素早さで、気付いた時には一太刀入れられているという一瞬の技を会得した武力。

どこにでも隠れられる技術を駆使して敵地へ忍び込み、任務を遂行する隠密能力。

単騎で行動しても視野広く先を見据えた判断を下し、状況を有利に導く思考能力。

芙陽の身の回りの世話をしたいと願って身に着けた生活能力。

 

葵は芙陽にとって理想の眷属となった。ある一つの問題を除いては。

 

「ビックリした~。葵ちゃん、久しぶりだね!」

 

「お久しぶりです、桃香様」

 

「喋り方変わったねぇ」

 

「私は芙陽様に仕える身。みっともない姿は見せられません」

 

「芙陽さんもこんな短期間でよくここまで…正直ちょっとやり過ぎじゃない?って思ったけど」

 

「芙陽様が私にしてくださったことです。何も間違いなどございません」

 

「え、あ、うん、そっか」

 

「……異論がお在りの様で…」シャキン

 

「ひぃ!?」

 

後腰に携えた二本の小太刀、『白爪(はくそう)』を抜く葵。

彼女は元々最高値まで高かった芙陽への好感度をどう拗らせたのか、芙陽に依存した性格となってしまった。

 

実は新たに客将として桃香に預けようとも思ったのだが、それを伝えた瞬間泣き出したのには流石の芙陽も驚いた。

結局、星に『芙陽様の世話係になればずっと一緒に居られるぞ』という甘言に乗せられ、『芙陽直属の世話係兼隠密』という立場に納まった。

 

普段は小柄な大人しい少女と言った印象なのだが、少しでも芙陽を侮辱すれば静かな怒りの炎が燃え盛る。

 

「これ葵、やめんか」

 

「申し訳ありません…」

 

芙陽に怒られてシュンとする葵。芙陽が注意すればすぐに収まるのが救いである。

 

「お茶を用意します」

 

「頼む」

 

すぐに気を取り直してお茶を汲みに部屋を出る。

その様子を見送って、桃香は口を開いた。

 

「…はぁ、怖かった」

 

「面白いじゃろ?」

 

「全然!?」

 

「お待たせしました」

 

「はやっ!?」

 

茶器を持って現れる葵。

そのまま流れる様に卓上にお茶を用意し、椅子を引いて桃香に着席を促した。

 

「桃香様、どうぞ」

 

「ありがとー」

 

そして、芙陽の傍に近寄ってジッと待つ葵。心なしか頬が赤く染まる。

 

「……」ソワソワ

 

「…やれやれ……良くできたの」

 

「…!」

 

芙陽に撫でられると、花が咲いたように笑顔になる葵。その様子を見ていた桃香も、これには苦笑いであった。

 

「ほれ、お主も座りなさい」

 

「はいっ」

 

先程の無表情とは一転してニコニコと自分のお茶を用意する葵に、芙陽も苦笑いで呟いた。

 

 

「何故こんな子に…?」

 

「芙陽様の教育の賜物です」

 




はい。と言う事で明命とは違った忠犬忍者娘の登場です。
このオリキャラは出す必要があるのか?と思う方も沢山いると思います。
これには深い理由が…

無表情系ロリッ娘が足りない!

これは由々しき事態ですよ皆さん!……徐晃?いや英雄譚キャラは一人出すとキリがないしまだキャラを掴みきれてないんですよ…。
徐晃好きですけどね。作者のど真ん中ストライクです。

さて、最近巷で噂(笑)の『異世界どうでしょう計画』
何故か別オリ主のハイスクールが進んでおります。作者も何がどうなってんのかよくわかんないです。なにこれ?
あ、一応原作は読み進めてます。悪魔陣営と天使陣営へのツッコミが追い付きません。
芙陽さんの二作目は一応ゼロ魔で設定固めてますが、あの世界をどうめちゃくちゃにしてやろうかと試行錯誤中です。特にあほ…アンリエッタあたり。あと無能王。
良く考えたら芙陽さんロマリアに討伐対象にされてもおかしくないんですよね。
取り敢えず頑張って進めてます。


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閑話 時には武器を置いて 其の三

閑話だよ!

「スペースコロニーってラピュタだよね」という友人の発言に数瞬考え込んでしまう作者です。
葵の幼少期(?)を書きたくなって急遽出来上がった話です。
次は本編の予定。

目次の一番上にある主人公紹介に葵の紹介をこっそり追加してあります。
宜しければご覧ください。


○18.5話 育児日記○

 

芙陽が生んだ眷属である葵は、不完全な儀式によって不完全な眷属であった。

 

芙陽が葵を生んだ次の日、芙陽と葵は狐の姿で中庭で過ごしていた。

金色に輝く芙陽の尾がユラユラと揺れ、白い子狐は楽しそうにじゃれついている。

 

身体は幼く、神通力も妖力も微々たるものしか持たず、精神も未熟だった。

眷属ならば本来は『主のために』という行動理念を持ち、見返りも求めず絶対の忠誠を誓う。しかし、葵はその忠誠心が何故か中途半端に作用しているらしく、芙陽にじゃれては楽しそうに遊び、褒められれば喜んだ。その姿は親に甘える普通の子供であった。

 

「芙陽さーんっ」

 

中庭に面する廊下から桃香が呼ぶ声がする。今日は一日政務の予定だったはずだが、桃香の周りには星や桂花、愛紗、鈴々、朱里、雛里もいる。朱里と雛里の手に茶器や菓子があることから、休憩なのだろう。

 

芙陽が四本の足で立ち上がると、葵はその足の間を走り回って遊びだす。

 

「ほれ、行くぞ」

 

そう言いながら葵の首を咥え、そのまま桃香たちの近くへ歩いて行く。どの動物の子供もそうだが、咥えると何故か大人しくなるのは便利である。

芙陽が近くまで行き葵を降ろすと、人が大勢いるからだろう、芙陽の傍で大人しく座った。

 

「葵ちゃん!元気かな~?」

 

桃香が目線を合わせる様にしゃがんで笑顔でそう言うが、葵は少し怯えたように身を引いた。

 

「まだ少し他の生き物が怖いらしくてな」

 

「そっかぁ…早く友達になれたらいいなぁ」

 

「芙陽殿、我等は今からお茶にしようと思っていたのですが、お…お二人はどうでしょうか?」

 

努めて冷静に話す愛紗だがその目線は葵に固定されており、どうやら目的は葵を愛でることのようだ。

 

「フム、まぁいつまでも怖がってはいられんからの。呼ばれるとしよう」

 

軽い音を立てて芙陽が男性姿になる。

それを見ていた葵もプルプルと震えると更に軽い音で少女の姿に変身した。

 

「おや、昨日よりも早く変身できたの」

 

葵の白い髪を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

が、嬉しさを抑えきれなかったのか背中から白い尻尾が飛び出してしまう。

 

「……(喜)」バタバタッ

 

「………」

 

それに気付かない葵はずっと尻尾を振っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「おや、この饅頭は?」

 

「あ、これは大通りにあるお店のお饅頭ですっ」

 

「あわ…前々から『食べたいね』って話をしてたので、最近は政務も落ち着いてきましたし…」

 

東屋で揃って座り、お茶の準備を朱里と雛里がしている。

芙陽の両脇は桂花と星が座り、葵は芙陽の膝の上で物珍しそうに卓の上を見ていた。

 

「桂花、星。仕事の方は順調かの?」

 

「はい。雛里も言った様に最近は落ち着いてきましたし、これからは街の整備や改革に乗り出せそうですね」

 

「はぁ~…」

 

「私も順調ですな。義勇軍の殆どは伯珪殿にお返ししましたが、それでも桃香様に着いてきた者は多い。平原の兵も士気は高いので鍛錬のし甲斐がありますな」

 

「二人ともすっごく頼りになるんだよ!」

 

「はぁ~…」

 

「にゃー!星も強いから鈴々楽しいのだ!」

 

「はわわっ、桂花さんも新たな政策を次々と考えてくれるので大助かりですっ」

 

「あわわ…芙陽さんの知識もとても面白いものばかりでしゅ…」

 

「はぁ~…」

 

『………』

 

一同は先程から妙な溜息しかついていない愛紗を見た。

頬は上気し、目線はずっと芙陽の膝に座る葵のままだ。その葵は卓上のお茶やお菓子に気を取られて集中を乱したのか狐の耳がピコピコと動いていた。

 

「煩いぞMISIA」

 

「ふぁっ!?……ゴホンッ、愛紗です」

 

「愛紗ちゃん…」

 

桃香から複雑な視線を向けられる愛紗だが、恥ずかしさから用意されたお茶に口を付けるだけだった。

 

「葵、これは饅頭と言う。食べるか?」

 

その間にも饅頭に興味津々だった葵に、星が一つとって差し出した。

 

「……おいしい?」

 

「あぁ」

 

恐る恐ると言った様子で差し出された饅頭を受け取り、小さくかじる。甘いものを食べたのは初めてなのだろう、少し目を見開いた後、夢中で食べだした。

 

「あぁもう、芙陽様のお膝でそんなにこぼすんじゃないわよ」

 

ポロポロと不器用な食べ方をする葵に文句を言いながら、落ちた食べかすを拾う桂花。

 

「葵ちゃん、たくさんありますからゆっくり食べて下さいね」

 

「芙陽様もどうぞ、お茶もありますよ」

 

葵を皮切りに皆、思い思いに菓子やお茶に手を付け始める。

穏やかな午後の出来事であった。

 

この日を境に、葵が人を怖がることは無くなっていった。芙陽が武術や知識、技術を教え、立派な隠密として成長していくこととなる。

 

 

 

 

「最初の頃は可愛かったんじゃがなぁ…」

 

「…今の私は可愛くないと…」グスッ

 

「あぁほれ、そんな事言っとらんじゃろ」

 

「……はいっ」

 

「…こういうところはまぁ、可愛いんじゃがな」

 




無表情系忠犬忍者ガールの話でした。

感想にてなんだか作者をロリコン扱いする読者の皆さんですが、言っておきますけど同類の匂いプンプンしてますよ!
作者の性癖で執筆中のハイスクールのヒロイン当てるのやめてもらえませんか(笑)

…はい、執筆中です。ハイスクールD×D。出来ちゃいました、設定。
でもまぁ、恋姫の合間の暇つぶし程度にしか書いてないので、これからチョコチョコ書いては見直してって感じでまだ投稿はしないと思います。
プロローグだけはもうできてるんですけど(笑)

バイトの面接で「サボり癖がある」と発言したため落ちた友人を殴りました。


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反董卓連合
第十九話 三人の金色。狐と覇王とオホホ


てやんでぃ!(江戸っ子)

最近は調子が良くて筆が進む作者です!
まず一言。
感想欄が「ロリコン」で埋め尽くされようとしている件。
ちょっとした炎上ですか?作者震えが止まりません。まぁなんにせよ葵ちゃんが愛されているようで嬉しいです。

遂に反董卓連合編が始まりましたよ!雄々しく勇ましく華麗に行きましょう!
先に言っておきますが、最後の展開は完全にギャグです。


「…と、いうのが一連の流れですね」

 

朱里が一通り説明を終える。この日、将の殆どが一堂に会して行われた会議では、ある議題が持ち上がっていた。

 

各地の諸侯に送られた『反董卓連合』への参加を要請する檄文である。

これは河北の袁紹が発し、既に参加を表明している諸侯も多い。

 

この檄文には朝廷で起こったこれまでの経緯なども懇切丁寧に書かれており、朱里がその内容をわかりやすく説明したのだ。

 

黄巾の乱が終息し、朝廷の無力さが露呈してから幾らも経たずにそれは起こった。

霊帝の崩御。

漢の支配者が空席となり、当然のように激化する権力争い。

小帝弁を擁立する将軍・何進と、劉恊を擁立する宦官・十常侍が対立した。

この対立自体は小帝弁が即位して決着がついたのだが、その後何進が暗殺されるとその報復に十常侍も数名が舞台を降ろされることになった。

これを予見していた十常侍の筆頭が小帝弁と劉恊を連れて都から逃れ、董卓の大軍団を引き連れて戻って来たは良いが、自らも董卓に裏切られて殺される。

董卓は劉恊を即位させて傀儡とし、自らは相国となって都を牛耳ることに成功し、悪逆の限りを尽くしているらしい。

 

この董卓を排し、天子を救おうと立ち上がったのが『反董卓連合』だ。

 

「それでね、この連合に参加するかどうか。皆の意見も聞きたいと思って」

 

情報が全員に行き渡ってから、桃香が切り出した。

 

「その前に言っておくけど、この経緯が全て事実かどうかは調査中よ」

 

補足する桂花。その言葉に愛紗が疑問を呈する。

 

「虚実が入り混じっている可能性があるのか?」

 

「はい。朝廷での権力争いは恐らく事実ですが、董卓さんが現れてからの展開が分かりやす過ぎるんです」

 

「『悪い董卓がやってきて、好き放題してるから皆でやっつけよう』…恐らく、都に入って天子様に近づいた董卓さんへの嫉妬が多分に含まれているでしょう」

 

その疑問には朱里と雛里が答えた。

 

「フム…ではこの連合、茶番であるかもしれぬと?」

 

「可能性は高いわ。そもそもが袁紹が言い出してるんだし、嫉妬が暴走してあることないこと言いふらしてもおかしくないもの」

 

「にゃー…巻き込まれたくはないのだ」

 

「そうだねぇ…でも、董卓さんがもし圧政を敷いてるなら、都の人たちを助ける必要はあると思うよ?」

 

「だが桃香殿、我等は既に流浪の身ではなく、平原を預かる為政者です。参戦するにも物入りとなります」

 

星の指摘には桃香も苦い顔をするが、それは理解しているようだった。

 

「うん、それはわかってる。でも、後の事を考えても参加した方が良いと思ってるんだ」

 

表情を歪めながらも、桃香はチラリと壁に背を預けて会議を見守る芙陽を見てから、静かに自分の意見を語った。

 

「芙陽さんにも相談したんだけどね、この反董卓連合には色んな諸侯が既に参加してる。曹操さんや袁術さん、白連ちゃんだっている。皆、茶番かもしれないことはわかってるんだと思う。

 なら、『それでも参加する理由は何か?』って芙陽さんが言ってくれたの。……これは、飛躍の好機なんだって。

 董卓さんをやっつけて、この連合が解散しても…大陸は平和にならないと思う。寧ろ、これからが乱世の本番になるっていうのは、皆も聞いてると思う。

 なら私達も、身を守るための力は必要でしょ?そして、私たちの夢を叶えるためにも、もっと大きな力が必要になって来る。

 だから、私は賭けに出たい。私達がこれから潰されないように、大切な人を守れるように、ここで勝負に出たい」

 

以前の桃香からは感じられなかった"覚悟"。

桃香は真直ぐに皆の視線を受け止めながら、自分の意見を言いきった。

 

これまでの桃香を知る愛紗や朱里、雛里は驚くと共に、頼もしくも感じた。どこか田舎娘のようだった彼女が、先を見て、そこへ辿り着くまでの歩き方も考えている。

これを"成長"と言わずなんと言うのか。

 

「桃香様がそこまで仰るのでしたら、私は着いて行くだけです。我が青竜偃月刀…必ずや貴女をお守り致します」

 

「入念な準備をしてから出立しましょうっ。あらゆる可能性を考えて対処できるように!」

 

「あわ…出来る限りの情報も集めましゅ!どんな些細な情報も見逃さずに行きましょうっ」

 

嬉しくなった三人は興奮気味に立ち上がる。星はそれを微笑ましく見ていた。

 

「やれやれ、お主等は相変わらず熱血なものだな」

 

「ま、やる気があるのは良いんじゃない?空回りしなければ」

 

やれやれと溜息を吐く桂花だが、その口元が微かに吊り上がっていることを星は見逃さなかった。

 

「どうやら方針は決まったようじゃの」

 

今まで黙って会議を見守っていた芙陽が近づいてきた。

桃香は決意に満ちた表情で芙陽を真正面から見つめ、総意を述べる。

 

「はい、私達は反董卓連合へ参加します。苦しむ民がいれば救い、茶番であれば飛躍の糧としましょう」

 

「ならば良し。軍を動かすにも莫大な金子や糧食が必要となる。民が血と汗を流してつくり上げたそれらを決して無駄にせぬようにな」

 

「桃香様、出立はギリギリまで遅らせて隙の無い準備を行いましょう」

 

「留守の間の警備体制も入念に整えましょう。民の不安は出来る限り抑えなければいけません」

 

芙陽が桃香に意見を述べれば、それにこたえる様に朱里と雛里が動き出す。桃香も彼女らの意見を聞きながら、精一杯の指示を出し始めた。

 

「じゃあ、軍の準備を愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、警備態勢を星ちゃんにお願いするね。

 情報収集は桂花ちゃんにお願いして、参戦への準備は朱里ちゃんを中心に。私と雛里ちゃんは政務をこなしながら、街の人たちに説明をしていこっか!」

 

それぞれが頷いたり返事をしながら、己の仕事へと向かっていく。

桃香は最後に芙陽へ顔を合わせた。

 

「芙陽さん、申し訳ないんですけど、街の人たちへの説明…手伝って貰えませんか?」

 

「ほう?理由を聞こう」

 

「私たちの勢力が弱小であることは周知の事実です。だから、大きな戦いに参戦するとなれば民の不安は大きいと思います。そこで芙陽さんが私と一緒に居てくれれば、少しでも不安は紛れると思うんです」

 

『傍で笑っててくれれば良いですから』と言う桃香に、芙陽は微笑みながら頷いた。

芙陽を誘った当初は唯なんとなくしか考えていなかった桃香も、今では『天の御使い』の名の使い所をうっすらと理解してきている。

 

「ま、先程は中々に成長が見られたしの。少しは手伝ってやっても良い」

 

「有難うございます!」

 

人の成長とは面白いものだ。そう考えながら、満面の笑みを浮かべる桃香に笑い返した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

入念に出立の準備を行い、本当にギリギリまで不備が無いかを確認しながらも連合の合流地点に到着した。

 

「ふわぁ~…沢山いるねぇ」

 

「袁紹さん、袁術さん、曹操さん、孫策さん、公孫賛さん…あっちには西涼の馬謄さんの旗もありますね」

 

「あわわ…官軍だった人の旗もいくつかあります…」

 

三人の言う通り、連合の陣地には所狭しと諸侯の旗が掲げられ、色とりどりの旗や兵士があちこちを走り回っている。

中央に見える巨大な天幕はこの諸侯連合の発起人である袁紹の旗が見えた。

 

「桃香様、受け継ぎの兵が既に軍議が始まっているとのことです。急ぎ軍議へ」

 

「あちゃ~流石に遅くなりすぎちゃったかな?」

 

「はわわっ…まだ顔合わせ程度だと思いますし、周囲の状況を見れば私たちの少し前に来たことが分かります。問題は無いかと…」

 

「とにかく軍議へ向かうぞ」

 

「あれ?芙陽さんも行くの?」

 

煙管を吹かしていた芙陽が言えば、意外そうに桃香が答えた。

 

「まだ見たことの無い者もいるのでな。軍議にて顔を拝もうと思っての…行くのは儂、桃香、朱里の三人で良いじゃろ」

 

「そっか。じゃあ早速軍議へ出発~」

 

意気揚々と歩き出した桃香。しかしその勢いは軍議に顔を出してすぐに削がれることになる。

 

 

 

 

 

 

「オ~ッホッホッホッホ!!」

 

「「うわぁ…」」

 

「カカカッ、威勢が良いのがおるの」

 

軍議の場に入ってみれば、金色の派手すぎる鎧を身に着けたお世辞にも利口とは言えない(バカみたいな)女が気でも狂ったのかと思わずにはいられない声を上げていた。

 

「えぇ…とぉ…これはどういう状況ですか?」

 

余りにも予想外なこの状況に戸惑いつつ、桃香が周囲に助けを求める。すると、近くの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「大将を誰がやるか。それを決めてるんだ」

 

不意に掛けられた言葉に視線を向けてみれば、お馴染みの赤い髪を一つに纏めて気さくな笑みを浮かべる公孫賛がいた。

 

「白連ちゃん!」

 

「元気そうだな、桃香」

 

知り合いの顔を見つけ、嬉しそうな声を上げる桃香。

簡単な挨拶を交わした後、公孫賛が状況を素早く教えてくれる。

 

「桃香が来たことで参加諸侯は全員揃った。後は総大将を決めて軍議を決めるんだが…正直そんなの誰もやりたくない。一人を除いてな」

 

「オ~ッホッホッホッホ!!」

 

公孫賛の呆れた視線が女に注がれる。

 

「アイツは袁紹。この連合の発起人なんだが、明らかに総大将をやりたがってる。でも見栄を張ってかなんなのか知らないが、なかなかそれを言い出さないんだよ…」

 

「え?じゃあ誰かが『お願いします』って言ってあげれば…」

 

「そんなこと言って推薦した責任負わされたらたまんないだろ?」

 

「あぁー…」

 

とうとう桃香も呆れ顔で、未だ高笑いを続ける袁紹(バカ)を見た。

 

「ところで桃香、横にいる小さい子とえらく美人な男は誰だ?」

 

「へ?朱里ちゃんはともかく、白連ちゃん知って――」

 

「あらぁ?貴女は新しく合流した方ですの?」

 

桃香の言葉を遮って発言したのは袁紹だ。

 

「最後に到着したのだから、それ相応の挨拶があっても良いのではなくて?」

 

「あ、御免なさい!平原より兵を率いてやってきました。劉備と言います!」

 

「あら、貴女が『天の御使い』を招き入れたという劉備さん?と言う事は……」

 

袁紹の視線が、桃香の傍らに立つ芙陽に向けられる。

 

芙陽は軍議の場へ顔を出してから一言も言葉を発していない。否、発することが出来ていなかった。

と言うのも、現在芙陽に注がれている視線は袁紹の物のみではない。

一時期身を寄せ、共に戦った孫策の気さくな視線。城に侵入し、口八丁の策を授けた袁術の驚愕の視線。

 

そして………

 

 

 

「………………………」

 

 

 

覇王系少女、曹孟徳の値踏みするような、疑心のような、怒りのような、様々な感情がこれでもかと乗せられた何とも言えない視線。

 

芙陽も覚悟をしていた。この場に自分が現れれば必ず曹操の目に留まる。そして曹操は必ず気付くだろう。自分があの"芙陽"であることを。

 

苦々しいと言う表現が最も似合う顔をしていると、正に田舎娘と言われかねない暢気な声で桃香が言った。

 

「はい!此方の方が『天の御使い様』、芙陽さんです!」

 

―――桃香ぁぁ……

 

何故ここで芙陽の表情を見ることが出来なかったのか。何故空気を読むことが出来なかったのか。先日見せた『成長』はどこへ行ってしまったのか。

芙陽とて理解している。ここで"名乗らない"等と言う選択肢は無いのだ。どれだけ時間を稼ごうと、この場で芙陽の正体は明かすしかないのだ。

 

だからと言って、恨む気持ちが無いかと言えば、それは別の話なのだ。

 

「へぇ、アンタがあの『御使い』なのか。よろしくなふよ…はあ!?芙陽!?は、はあ!?」

 

「あら、貴方がそうでしたの?しかし『天の御使い』は『金色の獣』では…?」

 

「お主あの『天の御使い』じゃったのか!?何故妾にそれを言わなかったのじゃ!」

 

「ふーん…只者じゃないとは思ってたけど、まさか芙陽がねぇ…」

 

驚愕、疑問、関心。様々な理由でざわめくその場で、一人だけ沈黙を保った者がいた。

 

 

 

「………ふぅん…」

 

 

 

曹孟徳である。

彼女は腕を組み、不気味に口元を吊り上げて笑っていた。しかし、その背にはなんだか奇妙な(オーラ)を背負っているし、目尻も小刻みに震えている。

明らかに、誰が見ても、一目瞭然で怒り心頭であった。

 

そんな曹操に気付くことなく、諸侯たちは芙陽についての話題を続けた。

 

「貴方が『天の御使い』であると言うのなら、『金色の獣』とはどこから来た話ですの?」

 

「……儂は妖じゃ。どれ」

 

袁紹の疑問に、芙陽は音を立てて大狐の姿に変身して答えた。

 

『!!!?』

 

その場の殆どが一気に臨戦態勢になるが、構わず芙陽は話を続ける。

 

「この通り狐の妖での……安心せい、お主等を喰おうなどと思っておらぬ。他に質問はあるか?」

 

最早開き直った芙陽はこの際どんな質問にも答えるつもりであった。

 

「ふ、芙陽…?お前女じゃなかったのか…?」

 

公孫賛が恐る恐る言うと、曹操がピクリと反応した。それをチラリと見ながら芙陽は再び人間の姿に戻る。ただし、今度は女の姿であった。

 

「…この通りじゃ。儂に性別は無い」

 

「あ、芙陽だ」

 

良く知る女の芙陽の顔に安心したのか、公孫賛から緊張の色が消えた。

 

「お知り合いでしたの?」

 

「あぁ、一時期うちで客将をしていたんだ。武力も智謀も頼りになるよ」

 

「あらそうですの。なら構いませんわ」

 

『人外』と言う明らかな異常事態を『あらそうですの』で済ます袁紹も、ある意味では大物である。

実際は何も考えていないだけなのだが。

 

「さて皆さん。全員が揃ったところでお話を元に戻しましょう。今論ずるべきは『誰がこの連合の大将を務めるか』ですわ」

 

袁紹の言葉に曹操、袁術、孫策、公孫賛、劉備が席に着けば、未だ芙陽に警戒している諸侯も仕方なしと渋々席に着いた。

 

「皆さんもお判りなのでしょう?連合を率いるにはまず『家格』、そして敵を殲滅できるような『能力』、最後に天に愛された『美しさ』!

 この三つを満たしている人物が、今この場にいるのではなくて?」

 

何とも面倒な言葉で『自分を推薦しろ』と言っている袁紹。誰もが(面倒だから)口を閉ざす中、沈黙を保っていた曹操がただ一人、その口を開いた。

 

「えぇ、いるわね」

 

(……動くか、曹操)

 

いい加減痺れを切らしたのだろう。これで軍議が進むと思った芙蓉。しかし、それは大きな勘違いであった。

 

「そこの天の御使いが全て満たしているでしょう」

 

(……なん…じゃと…?)

 

あろうことか芙陽を指名した曹操に、芙陽も一瞬固まってしまった。まさか人外である自分が指されるとは思ってもみなかったのだ。

 

(嫌がらせか曹操!)

 

(当たり前でしょう!後で貴女に話があるから逃げるんじゃないわよ!)

 

(あ、芙陽ー。私も行くからね!)

 

(伯符!今ちょっと大事な話してるから黙っとれ!)

 

因みにこの会話。全て視線のみで行っている。所謂アイコンタクトである。何故孫策が会話に混じったのか、その方法も不明だが。

 

「ちょっとお待ちなさい?そこの御使いさんが?」

 

「そうでしょう?『天の御使い』なのだから家格以前に出自は合格。先の黄巾賊との戦も、5万の兵力差を一人で覆す能力。それに、見てわかる通りの美しさ…どれを取っても申し分ないじゃない」

 

曹操はニヤニヤと笑いながら芙陽を持ち上げる。芙陽は頭痛を堪える様に眉間を押さえた。

 

「ですが!そんなどこの誰ともわからぬ下賤な輩を…」

 

「だから『天の御使い』だって言ってるでしょう?」

 

焦る袁紹に曹操が反論するが、そこに新たな火種が舞い込んでくる。それは笑いを堪えていた孫策の隣に座る、袁術からの言葉であった。

 

「麗羽姉さま、天から遣わされた者を『下賤』と言っても良いのですかぇ?」

 

「……っ!!?」

 

袁術は張勲により性格が歪んではいるが、その根本は己に素直な子供である。この言葉も、純粋な疑問でしかなかった。

しかし、袁紹や他の諸侯からすればその言葉の重みは段違いである。

 

建前とはいえ、この連合の目的は『都の民、そして天子である帝を救うこと』である。その発起人である袁紹が、天の子である帝と同じ出自を意味する『天の御使い』を侮辱する。

たとえ『天の御使い』という存在がどれほど胡散臭いものだとしても、その名は大陸中に広まっている。この件が広まってしまえば最悪『逆賊』とされてしまう事もあり得る。

あってはならない一言であった。

 

先程からの立場は一瞬にして逆転、今一番危うい立場となった袁紹は止まらない冷や汗を流して考える。

しかし、その隙を突いて再び芙陽と曹操が視線を交わす。

 

(今なら押せるわね)

 

(止めは儂が)

 

先程の苦々しい表情から一転、厭らしくニヤリと笑う芙陽。その表情に気付いたのは芙陽をよく知る曹操、孫策、そしてそれぞれの傍らにいる夏侯淵と周瑜のみであった。生憎と劉備と公孫賛は隣にいるため表情は見えなかった。

 

「そうよねぇ?誇り高き袁家の貴女が天の者を侮辱するなんて、これは由々しき事態だわ」

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!私は……」

 

「万が一にもこの一件が広まってしまえば、袁家の権威はどうなってしまうのでしょうね?」

 

「っ…あ…わ、わた…くしは…」

 

「それで、この件をどう収拾するのかしら…ねぇ、『御使い』様?」

 

「そうじゃの……」

 

芙陽は腕を組んで目を閉じ、眉間に皺を寄せる。あたかも『怒っている』かのように見せるためであり、内心は嫌らしく笑っているのだが。

 

「袁紹」

 

「ひぃっ!?は、はい…」

 

少しだけ怒気を孕ませて袁紹を見れば、それだけで袁紹は身体を震わせた。

不用意な一言が、己を窮地に立たせることとなった。その恐怖で震えが止まらない。

 

袁紹が恐怖に蝕まれたことを見抜いた芙陽は、期は満ちたとばかりに一瞬で袁紹の隣まで移動し、その肩に手を置く。

 

「ひっ…」

 

顔を青ざめさせてビクリと反応する袁紹に、芙陽は打って変わって優しい声色で話しかけた。

 

「安心しなさい…儂は事を大きくするつもりはない…」

 

「え……」

 

呆気にとられた袁紹は目を見開きながら芙陽へと顔を向けた。

その袁紹へとしっかり目線を合わせ、妖艶な笑みを浮かべる芙陽。

 

「儂は人の身ではない故、大将になるつもりはない。その大役、お主が引き受けてはくれんかの?」

 

「あ…」

 

「大丈夫、お主ならば見事連合を率いて進軍できるじゃろう…やってくれるね?」

 

耳元で囁き、するりと軽く袁紹の頬を撫でる。それだけで、袁紹の身体は恐怖から解放され、心を満たす幸福感でブルリと芯が震えた。

撫でられた頬は赤く染まり、好悦とした表情に変わる。

 

「は、はい…」

 

朦朧とする意識の中で訳も分からず頷いた袁紹に、芙陽は更に言葉を続ける。

 

「良い子じゃ。ならば、最初の砦攻略は儂が先鋒に立とう。そうなれば劉備も先鋒になるが、まだまだ勢力も小さいのでな…どうかお主の力を貸してくれんかの?」

 

最後に少し悲し気に瞳を伏せた芙陽に、袁紹の心はは謎の使命感に支配された。

 

「と、当然ですわ!芙陽さん…いえ芙陽様!劉備さんには私がしっかりと援助いたします!ですからそんなお顔をなさらないでください!」

 

「そうか…感謝する」

 

「いいえ!芙陽様、他に何か私に出来ることはございませんか!?」

 

「大丈夫じゃよ、取り敢えずは軍議を進め、己の仕事を優先しなさい」

 

「畏まりましたわ!」

 

この時、袁紹は完全に芙陽の毒牙に掛かり、心酔していた。

多くの諸侯は呆気にとられ、公孫賛や劉備は何が起きたのかわからず大口を開け、曹操や孫策は笑いを堪えて肩を震わせていた。

 

 

「さて皆さん!張り切って行きましょう!雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ!」

 




芙陽さん身バレ回でした。

実はプロット段階では袁紹をこっぴどく説教してその報復で先鋒を任される、という展開だったんですが、流石に説教回が続くと書くのもめんど……、くどいかなと。
ちょっと強引に方向転換してチョロインの爆誕です。今後の展開に致命的な影響を及ぼさないことを願う…。
次回は曹操襲来の予定ですが、文字数や展開によっては閑話に回して本編を進めるかもしれません。

ゼロ魔の設定が進まない…。ハイスクールは何故か書きあがって行きます。どうしてこうなった。
もしかしたらこっそり投稿を始めるかもしれません。と言ってもプロローグから少ししか書けてないんですけどね。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十話 猛将にして…

ウェーイ!!

チョロイン袁紹が結構な結構な人気だよ!怒られるかもと思ったけどそうでもなかったよ!

注意だよ!今回キャラ崩壊が半端ない人が一人いるよ!『誰だお前!』ってなるよ!
括目せよ!


軍議は進軍の順番を決め、お開きとなった。ここから汜水関に向けて進軍し、手前で一度停止。隊列を変えて戦闘を開始する予定である。

作戦については一人で盛り上がった袁紹が『雄々しく、勇ましく、華麗に敵を殲滅する』と言い放ち、周囲を呆れさせたが、芙陽がいれば問題は無いだろうと諦めた曹操が引き下がったことにより解散の流れとなったのだ。

 

そして現在、進軍の準備を進める中、自分の天幕で休んでいた芙陽の下へ雛里が駆け込んできた。

 

「あわわっ!ふ、芙陽様~!」

 

「おや、どうした雛里。そんなに慌てて」

 

珍しく良く動く雛里を抱き留める。荒い息を落ち着けて、雛里が切り出した。

 

「あわ、そ…」

 

「そ?」

 

「曹操さんが芙陽様に会いにきてましゅ!」

 

「……芙陽は今いない」

 

「いましゅよ!?」

 

確実に面倒事であるためなんとか回避したいのだが、どうしたものかと思案している間に天幕に入って来る人物がいた。

 

「久しぶりねぇ…『御使い』様?」

 

曹操である。

 

「……来てしまったか…」

 

「話があると言ったでしょう?…それで、私を振って劉備に着いたことへの言い訳は考えてあるんでしょうね?」

 

「儂はあくまで劉備の協力者に過ぎん。まぁ、傍から見れば『保護者』と取られても仕方ないがの」

 

「あら、なら"賭け"はまだ有効なのね?」

 

「期限は無し、と言ったじゃろ?儂が何処にいて、何をしていようと反故にするつもりはない」

 

「そう…ならいいのよ」

 

どこか安心したような曹操の言葉を聞いていると、更に近づいて来る気配がいくつも感じられた。

 

「芙陽様~?孫策が訪ねてきてますけど…って華琳様!?」

 

「あら、久しぶりね桂花」

 

「お邪魔しまーすっ。さっき振りねぇ芙陽!…で、なんで曹操がここに?」

 

「芙陽さ~ん、白連ちゃんが芙陽さんに挨拶したいって…なんか大勢いる!?」

 

「いや~まさか芙陽が『天の御使い』だったなn…どういう状況!?」

 

「芙陽殿、何やら先程から騒がしい様子ですが…おや、曹操殿に伯珪殿」

 

「おぉ…目の前で刻一刻と事態が悪化していくの…」

 

次々と現れる客人に芙陽も困り顔で立ち尽くすしかなかった。

 

「曹操殿、お久しぶりですな」

 

「趙雲も、無事に芙陽に仕えているようで何よりだわ」

 

「華琳様、今日は夏候惇と夏侯淵はご一緒ではないのですか?」

 

「秋蘭はともかく、春蘭は芙陽に裏切られたと感じて暴走しかけていたから置いてきたわ。季衣も大分凹んでいたしね。

 私はそれよりも孫策がここにいることが気になるわね。知り合いだったの?」

 

「私の所でも一時期客将として雇ってたのよ。曹操の所から来たってことは聞いてたけど、ここまで仲が良かったなんて知らなかったわ」

 

「私が唯一射止められなかった人材よ。まぁいずれ手に入れて見せるけど」

 

「駄目よ、すべてが終わったら私に付き合って貰うんだもの」

 

星や桂花と再会を喜び合っていると思ったら、何故か曹操は孫策と険悪な雰囲気になっていた。

芙陽は最早この流れを止められない。諦めて傍観することにした。

その間に公孫賛が小声で話しかけてくる。

 

「なぁ、芙陽…無事星と合流できたのはめでたいし、私も幽州の皆はしっかりやってるとか色々話したいこともあったんだが…私帰っていいか?」

 

「……好きにしろ…」

 

「まぁ、その…なんだ。……頑張れ」

 

「……ウム」

 

憐みの混じった視線を残し、公孫賛は桃香を連れて天幕を出て行った。

 

「ねえ芙陽!約束したもんね!」

 

「伯符、確かに約束はしたが儂は一言もお主の陣営に就くとは言っとらんぞ」

 

「待ちなさい芙陽、貴女そこの虎の事は字で呼んでいるの?……へぇ…そう」

 

「これ以上話をややこしくするなこの覇王幼女が!!」

 

「はっ!?幼女?言うに事欠いて『幼女』って何よ!貴女ちょっとその首差し出しなさいよ!」

 

「黙っとれ金髪のくせに!!」

 

「貴女もそうでしょ!?大体ねぇなんで妖であること隠してたのよ!男にもなれるならそう言っておきなさいよ!

 お蔭で黄巾の乱では混乱するし、『天の御使い』は見つからないし!」

 

「それをバラしたらお主益々儂を勧誘するじゃろうが!!」

 

「当たり前でしょう逃すわけないじゃない!!」

 

「開き直るな!」

 

芙陽が叫び、曹操が憤慨し、孫策は笑い転げ、雛里はとうとう泣き出した。

この混乱は見かねた星と桂花がそれぞれ芙陽と曹操を抑えるまで続き、詳細を聞いた朱里と秋蘭は『良く連合が瓦解しなかったものだ』と冷や汗を流したと言う。

因みに芙陽はいつの間にか曹操の事を字で呼び始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

諸侯連合が進軍し、汜水関の手前で停止した後。

袁紹から要求していた援助である兵、物資、糧食が目録と共に届けられた。

 

「ふわぁ~…こんなに沢山…」

 

「太っ腹なのだ!」

 

その気前の良さに桃香や鈴々は感嘆しているが、朱里は少し困り顔だ。

 

「これは助かるんですが…下手に犠牲を増やせば『借りた兵を使い潰した』等と言われかねませんね…」

 

「おや、我等が軍師殿は自信が無いと?」

 

そんな朱里を揶揄うように星は言う。

 

「いえ!今回は芙陽様が先頭で戦うみたいですから、こちらの士気も期待できます。…しかし、相手は籠城することが目に見えています。砦を攻めるために芙陽様と相談しなければなりませんね…」

 

「汜水関の守りは?」

 

「華雄さんですね」

 

「フム…何とか引き摺り出せれば芙陽様も思い切り暴れられるのだがな…」

 

星と朱里が思案していると、桃香が思いついたように会話に入って来た。

 

「挑発したりで何とか出てきてくれないかな?」

 

「一騎打ちの方向で持っていくか?」

 

「曹操さんと孫策さんの動きにも注意しないと…」

 

「え?先鋒は私達なんだから、途中で動くなんてことないと思うけど…」

 

「袁紹さんの指示が『華麗に前進』しかないですから、各自独断で行動すると思われます…。

 皆さんここには名を上げるために来てますから…」

 

「あ~そっか~…」

 

桃香は口では納得するが、やはり不満気だ。芙陽に教えを請い、今の世を知り、考えて行動するようになっても、その理想は変わらない。

子供の様に皆で手を繋いで協力するのが、桃香の理想なのだ。しかし、そうはならないことも理解している。

表情を隠すことが苦手な桃香は、顔には出しても決して口には出さなかった。

そんな主を見守りつつ、愛紗が雛里に聞いた。

 

「して、雛里よ。袁紹はどの位置に?」

 

「袁紹さんは我々のすぐ後ろに配置してますね」

 

「……傍から見れば我等が脅されて先鋒をやらされているようにしか見えんな」

 

「先程顔良さんが伝令に来たんですけど…芙陽さんに危機が迫ればすぐにでも救援に移れるよう、この配置になったそうです…」

 

「しかもこの配置、袁紹さんの後ろにいる人たちが動きにくいですね…」

 

「…邪魔だな」

 

「あぁ、邪魔だな」

 

「これだと、実質我が軍だけで対処することになりかねませんね…」

 

皆で頭を捻っていると、煙管を吹かしながら芙陽が歩いてくる。その後ろには桂花も控えていた。

 

「戻ったぞぃ」

 

「芙陽さん、どこ行ってたの?」

 

「ちと袁紹の所にな。桂花が儂の臣下であることも認めさせたし、有意義な時間じゃったの」

 

ケラケラと笑う芙陽に対し、桂花は何故か頭痛を堪える様に頭を抱えていた。

芙陽は桂花が元・袁紹軍の軍師であることから連れて行ったのだ。

 

「で、なんで桂花ちゃんはあんなことに?」

 

桃香は訪ねる。朱里と雛里は頭を抱える桂花に寄り添って慰めていた。

 

「儂と袁紹が考えた策を聞いてああなった」

 

「……一体どんな策を?」

 

「策自体は問題じゃないのよ…会話が、ね…」

 

疲れた表情の桂花が説明を始めた。

芙陽が袁紹に会いに行ったのは袁紹の配置に気付いてからだ。これでは周囲の諸侯が身動きが取れず、碌に連携も期待できない劉備軍の被害が甚大になると考えた芙陽は、どうせなら袁紹を巻き込んでしまおうと画策した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「袁紹ー」

 

「芙陽様!会いに来てくれるなんて光栄ですわ!」

 

「ところでこの配置は?」

 

「いつでも芙陽様をお助けできる位置ですわ!」

 

(邪魔だなぁ)

 

「なら敵軍を引き摺りだしてくるからさ、そのままこっちまで引っ張って囲んで、

 寄って集ってヤッチマオウZE☆」

 

「可能ですの?」

 

「出来る出来る。それにほら、袁紹との"初めての共同作業"だし、成功させよう?」

 

「hai!!(歓喜)」

 

「じゃあ真ん中空けといてね。劉備軍が駆け込んで来たら包囲よろしくー」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「………うわぁ」

 

桃香は桂花の説明を聞いて呆れるどころか若干引いていた。

 

「軍師としての存在意義が問われた場だったわ…」

 

「はわわっ!で、ですが策としては有効だと思いましゅ!」

 

「あわわ…芙陽さんなら状況をそこまで持っていく考えがあるのでしょうし、信頼できましゅ!」

 

朱里と雛里は暫く桂花を慰めていた。

 

その後。

 

慌ただしく進軍の準備が進み、袁紹軍の兵が混じる劉備軍を先鋒とした連合の大軍団が汜水関へ近づいていく。

目の前に聳える立派な砦に、兵たちが息を飲む中、落ち着いて煙管の煙を吐く芙陽が前に出た。

 

「さて、儂はそろそろ亀の首を引っ張って来る。門が開くまで逸るでないぞ」

 

『応っ!!』

 

兵たちは力強く答え、率いる愛紗や星も頷いた。

 

「弓を持て」

 

そう言って弓矢を渡されると、芙陽はゆっくりと一人砦に向かって歩き出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

白い着物を着た男がゆっくりとこちらに向かってくるのを、砦の上から華雄は見ていた。

 

「なんだ?一騎打ちの申し出でもする積りか?」

 

「その割には供も連れずに不用心やな。度胸があんのは認めるけどな」

 

華雄の呟きに答えたのは張遼だ。

賈詡から伝えられた彼女の役目は『華雄を制御すること』。兵数は上回っているとはいえ、将の少ない董卓陣営は油断できない状況だった。

 

「供も連れず、馬にも乗らず…奴は一体何を考えている?」

 

「さあなぁ………っ!?」

 

張遼が男を観察していると、目にも留まらぬ速さで矢を番え、放つのが見えた。

 

「華雄っ!!」

 

言うが遅く、僅かに身を捩る事しか出来なかった華雄に向かって矢が飛んでくる。

しかし、その矢は華雄に命中することは無かった。

 

「……外した、か」

 

華雄が呟く通り、男が放った矢は華雄の目の前、腰ほどの高さまである石積みに刺さっていた。

 

「外れたとは言え、単騎で油断を誘い将を狙うとは……その侮辱、許しがたい。

 弓兵!奴を射殺せ!!」

 

拳を握り怒る華雄。張遼もあの男には呆れていた。

卑怯な手を使ったとして、それが実らなければ意味が無い。あの男は成さねばならなかったこの場面で勝利を掴み取ることは出来なかったのだ。

 

華雄の部隊でも弓の扱いに長ける者が男を狙い、矢を放つ。

せめて死に様を拝んでやろうと多くの兵が男に注目していた。

 

しかし、その顔は全て驚愕に染まる。

 

男は自らの命を狙う矢を寸前で掴み取り、その矢を番えたのだ。

 

「なんと!?」

 

「嘘やろ!?」

 

そして再び矢は放たれる。

 

「クッ!!?」

 

自らの下に帰って来た矢を避けるため、華雄は先程よりも余裕を持って射線から逃れた。

 

しかし、放たれた矢は先程撃ち込まれた外れ矢のすぐ隣に突き刺さる。

 

「フンッ、またしても外れか。多少はやるようだが、曲芸も二度見る積りはない」

 

華雄が鼻を鳴らして次の指示を出す。しかし、張遼は違和感を覚えて思案する。

 

(外れ?あんな芸当出来る奴が二度も外すかいな?しかも……まさか…)

 

「弓兵!人数を増やしあの男を狙え。確実に殺すのだ!」

 

張遼が気付いた時には既に華雄の指示は渡り、5人の弓兵が矢を放つ。

 

「華雄!もしかしたらアイツ、ワザとかもしれへん!」

 

「何?ワザと外していると言うのか?そんなことが出来るのならとっくに矢は私に届いているだろう!」

 

華雄と論議している間にも、矢は男に降りかかる。しかし、先程と同じように寸でのところで矢を掴み、他の矢は全て躱される。

 

「ええい!何をしている!あの男を早く殺さないか!」

 

華雄の罵声が響き、弓兵が次々に矢を放っていく。

 

その矢と入れ替わるようにして、またもや男から放たれた矢が華雄の目の前に突き刺さる。石積みに刺さった三本の矢は拳一つ分も離れていない。

 

「っ!?……まさか…弓兵!人数をもっと増やせ!奴を殺すまで止めるな!」

 

華雄がここに来て焦りだす。その声に従い、弓兵は次々と矢を放ち、その人数も次第に増えていく。

しかし男は倒れなかった。迫りくる無数の矢を退け、ふと一本を掴むと華雄に向けて放つ。

 

それはまるで舞のようだった。鮮やかな桃色の羽織が翻り、体の一部であるかのように矢を避け、傷一つ付けることさえ叶わない。

 

華雄の目の前、石積みに4本、5本と矢が刺さって行く。そのどれもが一定以上に離れていることなど無く、恐ろしい程の精密射撃であることが分かる。

 

「クソッ、霞の言う通りか…!」

 

一目瞭然であった。これほど精密な矢を放つ相手だ。だとしたらこれまでに何度華雄は射貫かれたと言うのか。

 

「それだけやない。華雄…アンタ、この硬い石に矢を刺す(・・・・・・)なんて出来るか?」

 

「!!?……土壁ではないと言うのに…これか…」

 

華雄は張遼の指摘に冷や汗を流す。華雄ほどの膂力の持ち主なら、硬い石であろうと砕くことは出来るだろう。

しかし、いくら鉄が石より硬く、先が鋭い刃物になっていようと、これほどまでに矢が素直に刺さる事はないだろう。

 

一体どれほどの強弓なのか。否、たとえ強弓であろうとこの刺さり方はおかしいとわかる。ならば大陸にいるとされる"氣"の使い手か。

華雄の脳裏に様々な可能性が浮かんでは消えて行く。

 

そして、華雄は考えることをやめた。

 

「打ち方止め!……霞、私はこれより外に打って出る」

 

「……本気かいな?」

 

一瞬正気を疑う張遼。しかし、華雄の眼が唯の暴走ではなく、確かな覚悟を持っての行動であることを示している。

それを見た張遼も理解した。これは、いつも彼女が起こす『暴走』ではない。

 

「あぁ。これは明らかな"挑発"。しかし、一騎打ちを望んでの物ではない。奴は"決戦"を望んでいる」

 

「それはウチにもわかった。けどな、勝てると思うとるんか?」

 

華雄の思考はいつになく澄んでいた。身体が軽い気がした。視界が広くなった気がした。

今ならば己の手足が、武器が何処まで届くのか、敵がどう来るのかが手に取るようにわかる気がした。

 

だからこそ、理解していた。

 

「無理だな。男の後ろには弱小なれど将は粒ぞろいの劉備軍、その更に後ろは袁紹の大軍団。これで出ると言うのはよほどの愚か者だ」

 

「アンタが言っとるで?」

 

「私は愚か者さ。単騎で出るほどの胆力を見せられ、これほどの腕を見せられ、挑発までされる。

 そして思わされてしまった。武人として、将として…『奴と闘いたい』とな」

 

「……ホンマ、バカやな」

 

「だな」

 

「けど、ウチはそこまで馬鹿になるわけにはいかん。月と賈詡っちを守らな」

 

「そうしろ。できれば決戦を望まない私の兵も連れてってくれ」

 

「そんな利口な奴がアンタの部隊にいるかいな?」

 

「いないだろうな…皆、私が育てた馬鹿ばかりだからな」

 

その表情は、恐らく張遼が初めて見る優しい、悲しいものだった。

 

華雄は兵に向けて叫ぶ。

 

「聞け!我等華雄隊はこれより決戦に移る!守るべきものがある者は退け!それ以外の大馬鹿者は私と共に打って出るぞ!!」

 

『応っ!!!』

 

一糸乱れぬ応答が、砦全体を揺らす。

華雄は一つ頷くと、張遼に向き直った。

 

「ほらな。馬鹿しかいない」

 

「せやな。けど、良い兵やね」

 

「だろう?去らばだ、霞」

 

「またな、華雄」

 

互いに一瞬だけ微笑み合い、二人は別の道を行く。

 

華雄はその手に武器を持ち、震える身体を門へと運ぶ。

武者震いか、あるいは敗北への恐怖か。

 

「馬鹿なことを……喜びに打ち震えているに決まってる」

 

武人として、武将として。これほど感極まる戦いに臨むのだ。喜ばない訳がない。

高揚する心を落ち着かせながら門の前へと辿り着けば、既に自分の部下たちが揃っていた。

 

「華雄将軍!陣形は!」

 

「いつも通りだ。力で押し込み押し込み、敵の咢を食いちぎる」

 

『応っ!!』

 

ゆっくりと門が開く。

 

「良いか馬鹿ども!最早我等が持つは"誇り"のみ!身体が軽くなった今、恐れる物など何もない!」

 

敵方を見る。立ちはだかるは諸侯連合十五万。

 

『猛将』華雄が吠える。

 

 

「敵はたかだか十五万の塵芥……我が戦斧の錆にしてくれる!!」

 

 




見たか!!これが覚醒を果たした『真・華雄』だ!!
『華雄:破』とか『カユー=サン』でもいいよ。

実は作者が考えもしなかった変化です。執筆中に何故か段々と格好良くなっていき、「こんなの華雄じゃない!」って思いながら修正しようとしてたら何故か完成した話です。……一応言っておきますが、マジです。
本当は原作のように暴走して張遼に見放されながら吶喊していく予定でした。いつの間にか暴走してたのは作者の方という…。
何かに取り憑かれたのでしょうか……。どの世界の修正力だよ。

次は初めての軍VS軍だからなぁ…うまく書けるか心配です。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十一話 死ぬには良い日だ

ウェエエエエエエイ!

真・華雄のせいでテンションぶっちぎって勢いのまま書き上げた作者です!
先に言っておく!恋姫だと思って読むと違和感がぱないよ!
反省はしている!かなりしている!

……おこんないでぇ…


砦の門が開く。そこから出てきたのは確かな覚悟を持った猛将・華雄率いる董卓軍華雄隊。

驚嘆すべきは全ての兵が華雄とほぼ同じ精神状態である事だろう。

 

芙陽は砦からの弓の雨が止んだ時点で後方へ下がり、劉備軍に合流している。

芙陽の神業を目の当たりにした劉備軍の士気は高く、状態としては華雄隊と五分といったところだろう。

 

芙陽が華雄を見て、口を開いた。

 

「のう、星、愛紗よ」

 

「はっ」

 

「なんでしょう?」

 

「……あれが、『華雄』かの?」

 

「……ここまでの気迫を放つとは…流石に侮り過ぎたようですな」

 

「短気で暴走しやすい、と言う情報は当てになりませんね」

 

華雄の情報は三人とも共有している。頭に血が上りやすく、直情的な性格だと聞いていた。

しかし、目の前の将はどうだろうか。不気味なほど落ち着いて対峙している彼女は、本当に華雄なのか。

 

「いや、ここに来て壁を越えたか…!」

 

芙陽の顔が緩む。芙陽にとって、この華雄の変貌は嬉しい誤算であった。

華雄の様子を見ればわかった。武人として、強者としての段階を一つ昇ったのだ。

 

「カカカッ!星、愛紗、華雄は儂が相手をする。お主等は全力で兵を指揮しろ」

 

「承知しました」

 

「では、一度受け止めて押し返した後に後退、袁紹の所まで引っ張りましょう」

 

星と愛紗が離れ、兵に構えを取らせる。その瞬間、獣のような雄叫びを上げながら、華雄たちが突撃を開始した。

 

ビリビリと伝わってくる気迫。芙陽は愛刀、常を抜き、華雄を正面から相手取る。

 

「来い、華雄…!」

 

笑みが零れる。このような楽しい戦いは久しぶりであった。

 

華雄の足は止まることなく、その巨大な戦斧を振り上げて勢いのままに芙陽を攻撃した。

 

 

「うぉおおあああ!!!」

 

 

華雄が誇るその力で、渾身の一撃を芙陽に放つ。

芙陽は常でその一撃を受け止めた。

 

激しい金属音。二人の間で火花が散った。

 

一瞬遅れて雪崩れ込んできた華雄の兵達は、迎え撃つ劉備軍とぶつかり合う。

 

「邪魔だあぁ!!」

 

「耐えろぉ!押せ!」

 

両軍の叫びが混じり合い一つとなって、轟音が耳を襲う。

最前線を押し潰すかのように流れる人混みの中、芙陽と華雄…二人の周囲だけが不自然に空いていた。

 

誰の目に見えても分かるのだ。『この戦いは邪魔できない』

 

鍔迫り合いとなった二人が、叫ぶ。

 

「儂の名は芙陽!若武者よ、名を申せ!」

 

「我が名は華雄!貴様の首を獲りに来た!」

 

芙陽の刀を弾き、再び斬りかかる。芙陽も再度刀を反し、獰猛な笑顔で受け止めた。

 

「華雄よ、その気概に応えよう!」

 

「舐めるなぁ!!」

 

華雄の猛攻が続く。二合、三合と斬撃を交わし、その度に火花が散って威力を示す。

一撃を重ねるごとに威力を増す。巨大な戦斧が重さなど感じさせない速さで振るわれる。

華雄は極限まで集中していた。

 

(まだだっ!まだ途切れるな!一瞬でも気を抜くな!)

 

ここで気を抜けば即座にやられるだろう。華雄は己と相手の力量差を把握していた。

 

(このまま無茶を押し通せ!どこまでも威力を上げろ!)

 

既に華雄は限界を超えた力で戦斧を振るっていた。腕は悲鳴を上げ、気を抜けば指先から力が抜けて武器を落としてしまうだろう。

だが、この方法しか分からない。この方法でしか目の前の男には届かない。

 

その時、右手で常を振るっていた芙陽が僅かに左手の拳を握った。

それが意味することは、打撃。

 

「くっ!……しまっ!?」

 

その左手に意識を向けた瞬間、両手の指が僅かに震えて斬撃の軌道が変わる。

 

「気を抜いたの」

 

そのずれた斬撃を芙陽が往なすと、華雄の体制は簡単に崩れた。

芙陽はそのまま華雄に向かって刀を振り下ろす。

 

「ぅうああ!!」

 

無理な体制で体を捻り、何とか刀を避けるも、目に映ったのは先程握られた芙陽の左拳。

 

「まずは儂の勝ちじゃ」

 

反応する間もなく、華雄の腹に拳がめり込んだ。

 

「がぁふっ!」

 

腹の息が外に追い出され、一瞬視界が白く染まる。

次に視界を取り戻したとき、華雄の体は既に宙を舞っていた。

 

浮遊感。

 

酷くゆっくりと進む意識の中、己の武器だけは離さないと力を籠める。

次の瞬間、華雄は地に叩きつけられ、意識も正常に働き始めた。

 

「ぐっ……!」

 

少しの距離を引き摺られるが、すぐさま芙陽を見る。

 

「まだまだ力を引き出せたの。ちょっとした打撃程度無視して全力を出せばもっと行けたぞ」

 

「…いらぬ、世話だ!」

 

力を入れて立ち上がる。しかし、芙陽は刀を肩に乗せてニヤリと笑った。

 

「儂はこの奥に進むが、来るか来ないかは任せる。次はもっと出来るだろう?」

 

「何を…!?」

 

「この先は袁紹軍。包囲を張って待っている……抜けられると思うな」

 

「……行くさ、待っていろ」

 

華雄の返答に満足そうに笑い、芙陽は背を向けて去って行った。

 

華雄はその背を見つめた後、兵達に声を掛ける。

 

「黄泉路の土産に大将首はどうだ!」

 

『応っ!!』

 

「ならば狙うは袁紹だ!!錐となって駆け抜けるぞ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「耐えろ!もう少しだ!」

 

「愛紗!敵が陣形を変えるぞ!」

 

「何!?」

 

芙陽が華雄と戦ってる傍では、星と愛紗が陣頭指揮として声を張り上げていた。

星に言われて敵方を見れば、確かに華雄隊に動きが見える。

 

「我等も動くか」

 

「それが良いだろうな」

 

「良し、これより後退する!合図で一度押し返した後に下がるぞ!」

 

愛紗の指示が飛ぶ。

兵達からは威勢の良い声が帰って来た。

 

「星」

 

「芙陽様!?華雄は?」

 

愛紗が時機を見極める横で、突然現れた芙陽に星が対応する。

 

「退けた。儂は袁紹の位置まで下がり待つ。そこまで持つな?」

 

「お任せを」

 

良し、と一つ頷いて芙陽は去った。

丁度その時、華雄隊が陣形を変え終え、走り出そうとしていた。

 

「今だ!押し返せ!」

 

『応っ!!』

 

愛紗の声を合図に最前線の兵が一当てし、敵兵に隙が出来る。そのすぐ背後では陣形を組んだ本体が突撃を掛けて来ていた。

 

「来るぞ!後退、後退!」

 

続いて星が声を張り上げ、それに従い揃って後退を始める。

 

「離れすぎても駄目、近すぎても被害が増えるだけ。……難しいものだな」

 

「泣き言は後だ、星。ここまでは順調だ、気を抜かずに行くぞ」

 

「わかっている」

 

敵兵の突撃速度は速い。じりじりと距離を縮められていく。

 

「チッ……"覚悟"の差だな。追い付かれそうだぞ愛紗」

 

「速度を上げよ!劉備様の旗はすぐそこだ!」

 

既に劉備軍の旗は目の前であり、中央を空けて弓を構えていた。

両翼から大量の弓が放たれる。

 

「桃香様の援護か、助かる」

 

「距離がドンピシャリだ、鈴々か?」

 

「だろうな、あれは昔からそういう勘に優れているのだ」

 

後方に注意を向けながら走る。

 

「愛紗ちゃーん!星ちゃーん!」

 

声が届くほど桃香に近づいた。桃香の傍らには軍師三人、そして護衛の鈴々が槍を構えて立っていた。

 

「このまま走って、袁紹さんの目の前で二手に分かれてー!」

 

「御意!」

 

「聞いたな!合図をしたら趙雲隊、関羽隊で左右に分かれるぞ、間違えるなよ!」

 

『応!』

 

星と愛紗は隊列を整える様に支持し、自分たちも並んでいた距離を少し離す。

やがて前方に黄金の鎧を纏う兵が立ち並んでいるのが見えてきた。

 

その黄金の兵達の中に指揮官である文醜と顔良、そして楽しそうに笑っている芙陽の姿があった。

 

「来た来た~!スゲェ勢いでこっちに来るな。こっちも突撃するか?」

 

文醜が愉快にそう言うと、顔良が慌ててそれを否定した。

 

「駄目だよ文ちゃん!私たちの役目は包囲が完成するまで華雄さんたちを受け止めることなんだからね!」

 

「チェ~…」

 

「これ、将であるお主が逸ると兵に伝染するぞ。もっとどっしり構えんか」

 

子供の様な文醜を芙陽が窘める。

 

「は~い、芙陽様」

 

「ふぅ、有難うございます芙陽様」

 

意外にも素直な文醜に、格下の勢力である筈の芙陽に対して下手な顔良。

 

「お主等まで儂を"様"で呼ぶのか…」

 

やや呆れた様子の芙陽だが、その原因が自身にあることを忘れてはいけない。

悪ふざけで袁紹を誑かした影響はここに来て芙陽を襲った。

 

「だって麗羽様があんなになったのって初めて見るし…」

 

「私達としてはあの御方を操作…コホン、袁紹様に信頼されている芙陽様は尊敬に値しますから!」

 

やや黒い顔良である。

 

「まぁ、好きにすれば良いがの。ほれ、そろそろ来るぞ」

 

「あ、はい!」

 

「よーし!間違って味方を攻撃するなよ!迎撃用意!」

 

袁紹軍が腰を落とし武器を構える様子は、愛紗と星にもはっきりと確認できていた。

星が叫ぶ。

 

「ギリギリまで粘るぞ!」

 

続いて、愛紗が時機を計る。

 

「三つで合わせろ!一…二…三っ、別れー!!」

 

その合図とともに愛紗、星を戦闘とした二部隊に人が割れ、袁紹軍の両横を通り抜けていく。

華雄隊の目の前には突如黄金の部隊が現れる形となった。

 

突撃を続けていた華雄隊の兵に動揺が走る。

如何に士気高く、死兵となった彼らでも不意の事態には心が揺れてしまうのだ。

 

しかし、彼等は止まらない。彼等は最早『突き進む』以外の選択肢を持っていないのだ。

 

華雄は叫ぶ。

 

「袁紹の首、唯それだけを狙え!」

 

その言葉に鼓舞され、兵は一層激しく袁紹軍に猛攻を掛けた。

その袁紹軍の中から飛び出してくる白い着物の男。芙陽を見つけ、華雄も前に出る。

 

「見つけたぞ!」

 

「来い華雄!」

 

再び相打つ猛将と化物。挨拶代わりにと芙陽は刀を振り抜いた。

 

ヒュッ、と鋭く風を切る音を聞きながら、華雄はそれをしゃがんで避ける。

 

「カカカッ、冷静さは失っておらんな!」

 

「ハッ、これ以上ない程熱くなっている!」

 

芙陽に言い返しながら反撃に移ろうとするが、視界の隅には蹴りを放とうとする芙陽の片足が見える。

先程の経験からそれを無視して戦斧を振るうのが正解だ──と、思いたくなる。

しかし華雄はそれを左手で受け止めると、右手に持った戦斧の柄で素早く芙陽の頭を狙った。

 

「ほう」

 

関心の声が芙陽から漏れる。華雄の攻撃は首を捻るだけで避けられ、刀を振るって距離を取る。

 

「良く判断した。今の蹴りはお主を吹き飛ばすだけの威力がある」

 

「だろうな。無視をすれば私の負けだった」

 

もし華雄が先程と同じ展開で、言われたとおりに攻撃を無視して戦斧を振るっていたなら、華雄は芙陽の攻撃を喰らい吹き飛び敗北していただろう。ここは受け止めるか避けるかを選択するのが正解だった。

これを瞬時に判断した華雄は受け止めることを選び、更に戦斧をそのまま振るうのではなく、より素早く攻撃するために柄での攻撃を放ったのだ。

芙陽の予想を超えた成長であった。

 

「貴殿には感謝している。私はここに来てまた強くなった」

 

「此方も礼を言おう。これほど心躍る相手は久しぶりじゃ」

 

「そうか。だが、もう少し付き合って貰うぞ!」

 

「それこそ望むところじゃ。限界を超えてかかって来い華雄!」

 

再度己が武器を振るい、二人の間に火花が散った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽と華雄が戦っている頃、華雄隊は既に包囲されつつあった。

前方には袁紹軍、文醜と顔良の大部隊。後方には張飛を先頭に置いた劉備軍の本隊。更に側面には袁紹軍と混成され引き返して来た関羽隊と趙雲隊。

見るからに絶望的な状況の中、華雄隊の面々は唯前に進もうとしていた。

 

しかし、彼等は華雄の言う通り馬鹿ではあっても、華雄が思っているほど愚かでも、薄情でもなかった。

 

華雄が指示を出せない今、隊を率いているのは副長である男だ。

彼は華雄隊の中では比較的冷静な男であった。"華雄隊の中でなら"の話ではあるが、それでもこの中で最も冷静で、戦況が見えているのは確かであった。

 

彼は進むべき前方を見ながら、部隊の仲間へ声を掛けた。

 

「おい」

 

「なんですか、副長!?そろそろ俺らも前に出ないとヤバいですぜ!」

 

声を掛けられた男は既に槍を構えて今にも飛び出していきそうだ。

 

「その前に答えろ。前方にいる袁紹軍、このまま突き破れると本当に思うか?」

 

「はあ!?今更何言ってんですか!華雄将軍の覚悟を忘れたんですか!?」

 

「それはわかっている。将軍を慕い、従うのならこのまま玉砕も悪くない」

 

「ならなんで…!」

 

「聞け。恐らくと言うか、あれを突破するのはほぼ不可能だ。そこで将軍と共に散るのと、将軍のために散るのとどちらが本望だ?」

 

副長の言葉に男は驚愕した後、押し黙る。

 

「それは、"将軍を生かす"ためにってことですか?」

 

「あぁ。あの一騎打ち、どちらが勝とうとこのままでは将軍は生き残れまい」

 

「……将軍は絶対に怒ると思いますが」

 

「だろうな。……で、どっちが良い?」

 

「その前に質問が」

 

「なんだ?」

 

「なんで突然そんなことを?部下としてはこれ、拙いと思うんですけど」

 

男の言う通り、華雄は部下の覚悟を信じて玉砕を命じたようなものである。それを無視して華雄を逃がす算段を付けるこの行為は命令違反と取られてもおかしくはない。

副長は少し考え、溜息を吐きながら答えた。

 

「惚れた女を生かしたいと思うのは、駄目か?」

 

「……マジすか?」

 

「歯牙にもかけられなかったがな。それで、どうだ?」

 

「……あーもう!!しょうがねえから付き合ってやるよ!!」

 

「おい、お前な…」

 

「こうなったらもう立場とか関係ねえだろ!兵としてじゃなく、部下としてじゃなく、漢を見せる時だろ!」

 

「…それもそうだな」

 

フッと笑った副長の肩を軽く叩き、男は自分の周囲にいる兵達に声を掛けた。

 

「お前等今の聞いてただろうな!!女ぁ守って死ねる奴はどいつだ!」

 

『応!!』

 

問い掛ければ、力強い返事が返ってくる。しかし、彼等の顔はニヤニヤと厭らしく歪んでいた。

 

「いやー副長がそんな趣味とは」

 

「将軍に惚れるとか……命知らずな」

 

「ぶっ飛ばされたいかお前等」

 

敵に包囲され、最前線の兵は次々と倒れる絶望的な戦況の中、どこか緩い空気が流れる。

 

「さて副長、お姫様助けて精々惨めにかっちょよく逃げてくれや」

 

「いや、俺は残って…」

 

「俺らん中じゃアンタが一番将軍を支えられるんだ。アンタが付いて行くべきだろ?」

 

「だな、副長は最後まで将軍と居たいだろ」

 

「お前等……」

 

「あっちもそろそろ決着つきそうだ。一部は将軍を連れてくる部隊にして、俺たちは退路の確保に全力尽くすぞ」

 

「……感謝する」

 

「水臭いぜ副長。あっち(・・・)で報告待ってるから、振られてもすぐ諦めんじゃねぇぞ?」

 

「分かっている」

 

「んじゃ元気に行きましょうや。お前等気合入れろ!」

 

『おおおおおおおお!!!』

 

「……将軍の檄より気合入ってないか?」

 

「当たり前でさぁ。俺たちはいつだって『女に格好付けたい』んだから」

 

これまでで一番の士気の高さ。

戦場の真ん中で、敗北の寸前で、呆れるような理由で、彼らは笑っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

最前線。不自然に開いた空間で、芙陽と華雄が剣戟を重ねる。

 

しかし、それも一際大きな金属音を最後に終了した。

 

「くっ、ぐぁ!!?」

 

芙陽の蹴りを腹に受け吹き飛ぶ華雄。最早力など残っていない。武器すらも手から離れて地面に打ち付けられた。

 

「ここまで、じゃの」

 

蹴りを放ってすぐに刀を構えた芙陽も、そう言ってから構えを解く。

 

「見事……実に見事であった」

 

芙陽は真直ぐに華雄を見て言う。彼女の武は目を見張るものであった。

今日、覚醒を果たしたばかりとは思えない武であった。

 

「一度目よりも更に、この短い時間でよくここまで成長した」

 

華雄は一度敗北し、その後すぐ芙陽と二戦目に入った。だが、目に見えてわかるほど華雄は武勇に磨きがかかっていた。

 

「だが、私は負けた。二度もな……ここまでだ」

 

立ち上がる力さえ残っていない華雄は大人しく負けを認めた。しかしその表情は穏やかであった。

 

「もう一度聞こう。……儂の名は芙陽。名を申せ」

 

「我が名は華雄。訳在って真名は無いが、芙陽殿…この名、覚えてくれるか」

 

「勿論じゃ、華雄。お主の名と武勇はしかと心に刻もう」

 

「感謝する…芙陽殿」

 

そう言って華雄は身体を起こし、目を閉じた。

これで満足だ。何の未練も無く逝くことが出来る。その幸運に感謝した。

 

しかし、それは聞こえてきた声によって遮られた。

 

「華雄将軍を守れえええ!!!」

 

『おおおおお!!』

 

「なっ!!?」

 

「おぉ?」

 

予想だにしなかった言葉に思わず目を開け、自分の前に立つ男たちを見る。

 

「お、お前たち!?副長まで、何をしているのだ!!」

 

「申し訳ありません将軍!自分たちは、貴女を生かすことに全力を尽くします!!」

 

「な、なにを言っている!私はもう満足したのだ!生き恥を晒すつもりは無い!!」

 

口論が続く中、副長以外の兵は武器を構えて芙陽と向き合っていた。

一方の芙陽は流石に驚きで彼らを見ながら動けずにいた。

 

「良いからお前たちは行け!!」

 

「出来ません!俺たちは今、兵であることより男であることを選びました!」

 

「ぶふっ!?」

 

芙陽はそれを聞いた瞬間、噴き出した。我慢など出来る筈が無く、そのまま大笑いを始めた。

 

「あっはっはっはっ!!」

 

「芙陽殿!?何を笑っている!」

 

「いや、クフフっ…良い…面白いぞお主等…!!華雄、お主…この者等に託してみよ」

 

「何を!?」

 

「行きますよ将軍!いや、華雄様!!」

 

「は!?いや、離せ貴様!おい聞け!」

 

「説教でも罰でもなんでも後で受けます!さあ!」

 

「儂から逃げられるかー!」

 

「行かせるかああ!!」

 

「え、何を勝手に…!?」

 

「おい、華雄様の武器持って来い!行くぞ!」

 

「応っ!お前等あと頼んだぞ!」

 

「よっしゃあ任せろ!」

 

「なんなんだこれはあああああ!?」

 

 

こうして汜水関は破られ、第一戦は反董卓連合の勝利となった。

しかし、汜水関を守る将兵の奮闘により連合軍は予想以上の被害を受けることになる。

 

『猛将にして良将』と言われる董卓軍の将・華雄は包囲される中、僅かに残る部下と共に戦場から撤退を試みる。

その際の華雄隊の猛攻は凄まじく、奇跡的に包囲網からの脱出に成功し、そのまま姿を消したのであった。




「なんなんだこれはあああ!?」
こっちのセリフじゃい!荒れてる!作風が荒れてるよ!

言い訳タイム!
いや、芙陽との決戦書いてるうちに思ったんですよ。
「あれ、これ華雄さん死ぬ気満々だよね?」って…。ヤバい、生かす方法が分からない!
で、錯乱した結果兵士さんたちに頑張ってもらおうかなと。
良いよね?たまにはこんなカッコいいモブがいても…良いよね?……………イイトモー
最後の方とか何も考えてません。覚悟云々とかじゃなくて、唯ひたすら華雄を生かすために行動してます。作者も副長も兵士も。
そして副長のキャラが予想以上に立ってしまうと言う不思議。何が起きたんだ…。

次は虎牢関です。戦闘まで行くかなぁ…


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十二話 二つの『最強』

爆発しろ!!(副長に頂いた数々のお祝いの言葉)

書けたよ!
真・華雄と作者の暴走により冒頭に尻拭いが存在します。なんていうか、なんていうんだろう…。
出来れば気にせず読み進めてやってください。

お待ちかね!あの子が来るよ!


反董卓連合軍。その初戦、汜水関の闘いは勝利で終えることが出来た。

しかし、董卓軍の猛将・華雄の猛攻により予想以上の被害を出し、その華雄まで討ち取ることは出来ず逃亡を許してしまうことになる。

 

この戦いの後、汜水関を抜けた連合軍は再び軍議を開いた。そこで語られたのは被害に対する責任の所在である。

袁術が中心となって劉備軍を責めた。袁紹に兵を借りておきながら敵を受け流して袁紹と対峙させるとはどういうことだと。しかし、これは押し付けられた形となった袁紹本人が今回は劉備軍と袁紹軍の共同作戦であり、策通りの展開であったとして袁術の発言は抑えられた。

袁術の補佐である張勲は、被害の大きさについて言及した。汜水関の戦いでは袁紹軍と劉備軍にしか被害は出ていないが、全体から見れば影響が出ないとも言えない数を失った。これについてはどうするのだと。

これに反論したのは意外にも曹操、そして馬謄の名代として軍議に参加していた馬超であった。曹操は今回の作戦には不備は無く、寧ろ袁紹と劉備、まして天の御使いを相手にここまで戦った華雄が強かったとして、そこまで目くじらを立てることでもないと述べた。これに馬超が同意し、『敵だとしても賞賛に値する』と発言。袁術が憤慨するも曹操、公孫賛、劉備、そして天の御使いが同意した。

更には華雄軍が袁紹軍とぶつかった際、殆どの諸侯が救援の構えを見せた中、袁術は動く気配すら無かったことを指摘され、袁術は口を閉ざすことになる。

これにより袁紹軍は華雄の猛攻を一身に受け止めただけとして責任を問われることは無くなったが、劉備軍については恩を仇で返す形となったため流石に責任を追及された。

しかし、劉備軍は華雄を一騎打ちにて討ち取りはしなかったものの圧倒的に勝利し、包囲作戦の最中借り受けた袁紹兵により少数の兵で汜水関内部を制圧していた。

この功績が責任と相殺となり、袁紹軍に借りた兵は返却されることとなった。

 

結局、劉備軍が手に入れた功績は『華雄との一騎打ちで勝利』と『関を一番乗り』という実の無い名だけとなった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「はぁ~……疲れたぁ…」

 

「はわわっ、お疲れさまでしゅ桃香様!」

 

「あわっ、お水でしゅ!」

 

「ありがとぉ~」

 

天幕の中、桃香が椅子の上でだらりとのびていた。何とも情けない声も漏れているが、軍議の最中一瞬も気を抜けない展開となったため、彼女の疲労は計り知れない。

と言っても桃香自身の発言力は小さく、追及されるたびにビクリと震えながらも出来る限りの強がりを言っていただけであり、その他の発言は芙陽と朱里のものである。

 

現在、天幕の中にいるのは女姿の芙陽、桂花、桃香、朱里、雛里のみである。武官は皆明日の朝すぐに出立できるよう、移動の準備をしている。

 

「でもでも、桂花ちゃんが関を制圧してくれて助かっちゃった!ありがとね!」

 

「お礼なら私じゃなくてあの子に言ってあげなさい」

 

「へ?」

 

桂花が指差したのは天幕の隅にある籠だ。桃香や朱里がその籠を見ると、白い小さな狐がひょこっと顔を出した。

 

「あ、葵ちゃん!?」

 

「はわわ!?どうしてここに!?」

 

狐姿の葵は芙陽の足元に駆け寄ると、ポンッと音を立てて少女の姿に変わる。

 

「ご苦労じゃったの、葵」

 

芙陽が頭を撫でると嬉しそうに笑う。その姿を見て桂花はやれやれと溜息を吐いた。

 

「葵が関の中の兵を粗方片付けてくれたのよ。だから少数の兵で制圧できたってわけ」

 

「でも、葵ちゃんは今回の遠征に参加していなかった筈じゃ…」

 

桃香は首を傾げる。確かに葵は今回の遠征に最初からいなかった。芙陽からも『今回葵は参加しない』と告げられていたため、桃香たちは留守番をしているのだと思ったのだ。

 

「葵にはちょっとお使いを頼んでおっての。それが終わったら合流するように言っておったんじゃ」

 

「はい。合流してみたら戦闘中だったので桂花と協力して関を攻略しました」

 

「そっか~ありがとうね、葵ちゃん!」

 

「いえ」

 

相変わらず芙陽以外にはそっけない態度だが、別段桃香や周囲の人間を嫌っているわけではない。寧ろ最初は怯えられてすらいたので、こうして会話が成立するのは桃香にとって実は嬉しいことであった。

 

「褒められました」

 

「ウム。良かったの」

 

それに、芙陽に頭を撫でてもらうためこうやって度々甘えている葵は、桃香や朱里たちにとっては癒しであった。

 

「というか葵、アンタいきなり現れて『少数で良いので兵を連れて来て下さい』って…指揮は出来ないの?」

 

「私は隠密です。指揮をするには顔を出さなければいけませんが、まだ不都合な部分があります」

 

「出来ないわけではないのね?」

 

「面倒なのでやりたくないです」

 

「親に似すぎ!!」

 

かつてと同じやり取りを思い出して桂花が叫んだ。親子と呼ばれた葵は嬉しさのあまり芙陽に飛びつき、実は豊満な胸に頭を押し付けた。

 

「あ、ちょっと何やってんのよ!」

 

「親子ですので」

 

「場を弁えなさい!そんなうらやま…違う、うらやま…羨ましいことしないの!」

 

「言い切った!?」

 

桃香のツッコミは無視され、喧騒は続く。

芙陽はそれまで優しい顔で葵を撫でていたが、桂花を見るとケラケラと笑って言う。

 

「なんじゃ桂花、お主も来るか?」

 

「ふ、芙陽様……」

 

恥ずかしがりながらも桂花は芙陽の腕の中に収まった。

その後継に朱里と雛里も顔を赤くする。

 

「はわわ…こ、こういうのも…」

 

「あわ…朱里ちゃん…こっちもいけるんだ…」

 

「待って雛里ちゃん!雛里ちゃんも顔赤いよ!」

 

「うぅぅぅ、嬉しい…嬉しいけど、この膨らみが…膨らみがあぁぁ…」

 

桂花はどうやら歓喜と羨望の間で揺れているようだ。

 

「カカカッ、己の胸の価値など分からんが、桃香の方が大きいじゃろ」

 

「え、ちょっと巻き込まないでよ芙陽さん!」

 

「あれは駄肉です」

 

「葵ちゃん!?辛辣すぎないかな!?」

 

「はわわ」「あわわ」

 

「朱里ちゃんも雛里ちゃんも顔!顔怖いよ!」

 

喧騒はまだ暫く続いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

芙陽が桂花と葵を連れて自分の天幕に戻る。

葵が三人分のお茶を用意すると、それぞれが座って話が始まった。

 

「それで、葵。報告を」

 

「はい。芙陽様の予想通り、洛陽の董卓は暴政を行っておりません」

 

「お使いって洛陽の情報だったんですね?」

 

桂花は葵が何をしていたのか、以前から薄々気付いていたようだ。

 

「ウム、どうせなら真実を知りたいと思っての。初任務にしてはちと難易度が高いが、葵ならそこらの隠密より出来ることの幅が違う」

 

「狐の姿なら色々と移動は容易いですから」

 

葵の言う通り、狐の姿ならば人に見つかったところで怪しまれることは無い。白い毛並が印象深くなってしまうが、精々が『珍しい狐』だと思われるくらいだろう。

 

「成程。それで、董卓が暴政をしてないって言うのは予想できたことだけれど…」

 

「と言うか、寧ろそれまで荒れていた洛陽を立て直そうと必死だったようです」

 

「それが袁紹のせいで暴政の噂に変わったのね」

 

「ですね。そもそも洛陽に来たのも、たまたま帝の逃げた先に駐屯していたからです。一緒に逃げていた十常侍筆頭に助けを請われて来たようです」

 

「随分とお人よしの様じゃの。しかし、見抜けなかった董卓にも非はある」

 

厳しいことを言う芙陽だが、この時代の、しかも董卓は軍を預かる身だ。一つ一つの判断に兵や民の命が懸かっている。

 

「董卓はなんとか戦乱を回避しようと奮闘しました。しかし、十常侍の邪魔が入り董卓の情報は全て遮断され、袁紹の暴走は加速したようです」

 

芙陽が反応する。

 

「では、この茶番の筋書きは十常侍か」

 

「恐らく」

 

「袁紹も利用されているだけのような気もしますね。アイツがこんな回りくどいことするとは思えませんし」

 

桂花の言葉に芙陽も頷いた。

 

「ま、黒幕は一目見てみたいものじゃの。こうなれば十常侍も終わりじゃ、末路は確認しておこう」

 

「董卓はどうしますか?」

 

「逃げる様子は?」

 

「軍師や将は逃げる様に説得していますが、自らが起こした乱に責任も感じて迷っているようです」

 

「ほう、唯のお人よしではなさそうじゃな」

 

「この乱が収まるには自分の首が必要だと考えているみたいですね」

 

それを聞いた芙陽はニヤリと笑う。

 

「その董卓にも一度会ってみたいの」

 

いつも通りの芙陽の悪い癖が出た。そう考えた桂花はため息を吐いた。

 

「虎牢関を落としたらすぐに行くぞ。恐らく虎牢関が落ちて間もなく董卓は脱出する筈じゃ」

 

「では私が案内を。逃走経路は割り出してあります」

 

「洛陽で決戦は無いと?」

 

「董卓と十常侍は敵対関係じゃからな、不安要素は数えきれん。有能な軍師がいれば早く見切りをつけるじゃろ」

 

それに頷いて桂花は一息ついた。話し合うべきことも全て終え、お茶を飲んで一服する。葵も初めての長期任務で疲れたのか、既に気を抜いて舟をこいでいる。

芙陽はそれを見て優しく微笑むと、抱きかかえて自分の布団へと運んだ。寝息を立て始めた葵の頭を撫でている様子は、誰がどう見ても母親のそれであった。

 

「随分成長したと思いましたけど、やはりまだ子供ですね」

 

「ま、最初じゃからな。次はもっと余裕が出るじゃろ。……さて、桂花」

 

「はい?」

 

「お主この胸を羨ましがっていたな」

 

「ブッ!?」

 

桂花は飲んでいたお茶を噴き出す。その顔は一瞬で真っ赤に染まった。

 

「な、なにを…!?」

 

「いや、胸だけとはいえ儂を睨むような臣下にはお仕置きが必要かと思ってな…」

 

桂花が一瞬固まる。勿論桂花にとってこの展開は喜ばしいことだ。しかし、今の芙陽は女性姿である。これまでに芙陽の閨へ呼ばれたことは何度もあったが、女性姿で呼ばれたことは無かったのだ。

元より男性よりも女性を好む桂花である。それに抵抗は無いが、それよりも大きな問題がある。

 

「あ、あの……葵が寝てるんですけど…」

 

「おや、問題が?」

 

「はい!?いや、流石に…」

 

「なら、選べ。ここか、お主の天幕へ行くか」

 

芙陽の表情はとても楽しそうだ。明らかに桂花が恥ずかしがる姿を楽しんでいる。桂花もそれを察しながら、しかし赤くなる顔は止められない。

 

「あの……私の天幕で、お願いします…」

 

そして、この胸の高鳴りにも逆らえないのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「霞……」

 

崖に挟まれ、自然の要塞を取り入れた『絶対無敵』と称される虎牢関。その上に立つ少女は、静かに仲間の名を呼んだ。

 

「なんや、恋?」

 

汜水関で華雄と別れ、虎牢関まで退いてきた張遼は赤い髪の少女、呂布に返事を返す。

 

「来る…」

 

「来るって何がや?……もしかして連合か?」

 

張遼の質問には一つ頷くだけで答え、呂布は己の軍師を呼んだ。

 

「ちんきゅ」

 

「はいですぞー!」

 

「出る…」

 

「了解なのです!」

 

小柄な軍師、陳宮は勢いよく返事をする。

それに対して張遼は疑問を投げかけた。

 

「出るって…籠城は捨てる気かいな?」

 

そう聞けば、呂布は躊躇わずに頷いた。

 

「……ま、籠城したところで援軍なんて来ぇへんしな。それなら派手に散ろか」

 

そう笑いながら言った張遼だが、今度は呂布の方がそれを否定した。

 

「霞、死ぬのダメ」

 

「恋……」

 

「死んだら、終わり。華雄もきっと生きてる」

 

幼い少女のような喋り方に、確かな信念が宿っている。故に、呂布の言葉はいつも心にストンと填まり込む。

 

「そか…そやな。ここで死ななあかん理由はないな」

 

やはり目の前の少女には勝てない。いつだってそう思わされるほど、呂布は己を曲げない。

先程まであった幽かな不安はもうない。きっと後ろにいる自分の主や軍師の少女だって、生きるために全力を尽くしてくれる。そう信じることにした。

 

伝令兵に虎牢関が持たないであろうことと、自分たちはギリギリまで時間を稼ぐことを伝え、張遼も己の武器を持って準備に取り掛かるが、その前に二人には言っておかなければならないことがある。

 

「二人とも、ちょっと聞きや」

 

「……?」

 

「なんなのです?」

 

「もう一度言っとくで。敵の中にはあの『天の御使い』がおる。噂じゃ『鬼神』やら『単騎千軍』なんて言われるバケモンや。ウチも遠目で見たけどな、どれだけ強いかは分からん。

 恐らくやけど華雄もそいつにやられたと思う。……もし勝てそうにないと思ったらすぐに逃げ。もう賈詡っちも逃げる準備しとるはずや」

 

脅すような張遼の言葉に憤慨したのは陳宮だ。彼女は呂布の武に絶対の信頼を持っている。だからこそ、『呂布より強い』と言わんばかりの張遼の発言が許せなかった。

 

「呂布殿を馬鹿にするななのです!御使いだろうが何だろうが呂布殿が負けるなどあり得ないのです!」

 

「ねね、違う」

 

「は、はい?」

 

「霞、真面目。それに……」

 

言葉を切って呂布は目線を彼方へ向ける。

呂布の視線を追うように二人も同じ方向へ向く。そこには袁紹率いる反董卓連合の大軍団が砂塵を上げて近づいて来るのが見えた。

 

「いる……強いの」

 

「なんですとー!?」

 

「恋にはわかるか…とにかく、白い着物着た金髪や。そいつ見かけたら注意しぃ」

 

「霞、も…」

 

「おう、ウチもヤバくなったらさっさと逃げさして貰う。せやから恋も、気を付けなあかんで?」

 

「ん…」

 

「音々音、恋から離れたらあかんよ」

 

「勿論なのです!」

 

「よっし、ほな行きますか!!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

反董卓連合の諸侯たちは目の前に展開する事態に驚きを隠せなかった。

『絶対無敵』と謳われる虎牢関の守りを捨て、関から全軍を出している董卓軍。

袁紹、袁術は董卓軍を『愚か』と評した。これは仕方がない。『攻略に3倍の兵力を要する』と言われる籠城を捨て、被害が大きくなることは必須の野戦を挑もうと言うのだ。

 

しかし、これに焦燥を抱いたのは他の諸侯である。

風に揺蕩う傍から相手の覚悟を見抜き、一筋縄では行かないと察した曹操。

展開した陣から漂う気迫を感じ取り、決して油断は出来ないと感付く孫策。

そして、恐らく陣営で最も確かな情報から、援軍が期待できないと確信している芙陽。

他の諸侯も最初こそ怪訝に思うが、皆次第に事の大きさが理解できた。

 

相手が展開していると言う事は、『神速の張遼』、そして『飛将軍呂布』が解き放たれたと言う事に他ならないのだ。

 

これを察した諸侯は乱戦を予測し、次々に戦闘態勢を整える。

相手が予想に反して打って出てきてしまった今、事前に決めた攻城の策など意味を成さない。今更策を決めようにも時間が無い。そうすれば総大将が指示を出すしか無いが、袁紹にまともな指示が出せるとも思えない。

こうなれば各陣営で動くしかないのだ。

 

慌ただしく、しかし高まる緊張感に包まれる中、劉備陣営にいた芙陽は愛紗や鈴々、そして星に言う。

 

「良い気迫じゃ。皆、呂布は儂が貰う」

 

「残念ですが、お任せした方が良さそうだ」

 

おどけて言う星だが、表情には確かに悔しさが浮かんでいる。きっと自分では呂布に適わないだろうと、この気迫で察したのだ。

 

「一応言っておくが、ちと本気を出すかもしれん。近づくなよ」

 

「……それほどですか」

 

「と言うか、今まで本気を出したことが無いのが驚きです」

 

愛紗は最早驚きを通り越して呆れていた。

 

「ズルいのだ!鈴々だってやりたいのだ!」

 

「ほう、では儂の後に思う存分やらせてやろう」

 

「そんなの、呂布が逃げたら意味ないのだ!」

 

「フム、しかしあの呂布がそんな簡単に逃げるかの?」

 

「……大丈夫そうなのだ!ならそれまで鈴々は周りをやっつけて待ってるのだ!」

 

「頼んだぞ」

 

余りにも簡単に騙された義妹に、愛紗は頭を抱えたくなった。これからは本格的に勉学を教えるべきだろうかと悩む。

 

「さて、そろそろ行くぞ。あちらさんが儂に気付きおった」

 

芙陽は呂布が自分に向けて放つ気迫を受け止め、同じだけの気迫を返すように常を抜いた。

芙陽が刀を抜いた瞬間、目に見えるのではないかと思える二人の気迫がぶつかり合い、幾人かがその気迫に気付いた。

 

「やはり、と言うべきかしらね。芙陽は無双を試しに行くようね」

 

「芙陽め…裏切った挙句華琳様から横取りをするつもりか!!」

 

「春蘭、芙陽は裏切った訳ではないと言った筈でしょう?それに、呂布の相手が出来るのは確かに芙陽くらいの物ね。なら貴方達は張遼を捕えなさい」

 

「むぅ…御意です…」

 

「フフ、姉者。そう剥れるな」

 

「そうよ春蘭、無事に捕えてきたならご褒美をあげましょう」

 

「すぐ捕まえてきます!!」

 

一方、孫策はそれまで呂布を狙っていたが、芙陽の気配に気付き溜息を吐いた。

 

「あ……はぁ…」

 

「どうした雪蓮?」

 

「呂布は諦めるしかなさそうね。芙陽がやるって」

 

「芙陽殿が?まぁ、適役だろうな」

 

「あーん私もやりたかったのにー!!」

 

「しかし良くわかったな。勘か?」

 

「気配がね…そう言ってるのよ。と言うか、お互いがお互いしか見えてないわ……妬けちゃうわね」

 

「『鬼神』と『無双』の闘いか…想像もつかんな」

 

「そうね……ホント、羨ましいわ」

 

やがて両軍が近づき、双方が今にも飛び出しそうな緊張感に支配される。

 

その原因たる二つの気迫。放つ二人も手に持つ武器を今一度握りなおし、互いに届かぬ声で呟いた。

 

 

 

「準備は良いか、『無双』」

 

「行く……『鬼神』」

 

 

 

その声が合図であったかのように、動き出す両軍。

 

 

『たった一人の過剰戦力』と『全てを壊す天下無双』

 

 

走り出した二匹の獣。その表情は、楽しそうに笑っていた。

 




はい、と言う事で恋ちゃん登場でした。触角がたまらんぜ。同じ赤髪触角のエロ河童なんて目じゃないよ!

遂に次回『化物』VS『化物』です。
ヤバいどうやって戦おう。どうやって戦ったらええのん?頑張りますけど時間かかるかも…。
表現力をください。

ゼロ魔の設定がやっと進み始めました。すっげぇご都合主義の嵐。
原作前に召喚しちゃおうかとかだいぶ迷走してますが、なんとかちょこちょこ進めてます。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十三話 抱きしめる代わりに

アー、ウゥーアー(波の歌:作詞作曲小次郎)

ども!感想でよいしょされて悶え死んだ作者だよ!
感想欄で芙陽と呂布の戦闘のハードルがどんどん上がって行ったから本当に困ったよ。
お蔭で一部威力がボリュームアップして書き直す羽目になったんだぞ!いい加減にしろ!

今回ちょろっとオマージュと言うか…リスペクトと言うか…。
ある漫画のシーンを入れてます。どうしても入れたかった。タイトルで気付く人もいるでしょう。
うん、大好きSA!


走り出す幾百、幾千の人間。それは二つに別れていた。

互いが互いを目指し、怒号を上げながら距離を縮めていく。

その途中、それぞれから一人ずつ、二つの影が飛び出した。

二つの影は背後を追って走る大群を先導するように走り、正面から向き合って近づいていく。

全く同じ瞬間にその腕を振り上げ、二つの銀光が煌いた。

そしてその二つの銀が触れ合った瞬間、後ろを走っていた全員が見たような気がした(・・・・・・・)

 

爆発的な何かが、眩く輝いたその光景を。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「…なんなん、アレ。バケモンどころの話とちゃうで」

 

張遼は戦いながら、その内心では唖然としていた。

思い出してみても何があったのかわからない。自分は呂布と共に軍を率いて突撃していたはずだ。

しかし、走っていた呂布が急に突出し、止める間もなく単騎で前に出てしまった。

今までに感じたことも無い気迫を放ち向かう先に、先日その神業を自分に見せつけた金髪の女。男だったような気もするが、果たして自分の勘違いだったのか。

その疑問はすぐに吹き飛ぶことになる。二人の進路は確実にぶつかるだろう。彼女等は互いに呼び合うように一直線に近づいていく。

そして、気付いた時には既に間合いに入ったその瞬間、二人の武器が火花を散らしたと思った刹那の出来事であった。

 

眩い光が辺りを包んだのだ。

 

否、恐らく光ってなどいないのだろう。自分が見た光景は幻想か何かなのだろう。

しかし、周囲の兵の動揺を見れば、あの光景を見たのは自分だけではないと確信できる。

ならば何が起きたのか。

 

目に見えるほど(・・・・・・・)重厚な気迫のぶつかり合いとか、ありえへんやろ…」

 

呆れてしまう。その次元に達するには、どれだけの壁があると言うのか。

しかし、呆然としてはいられない。自分たちは今、戦場に立っているのだから。

動揺した兵を叱咤して、なんとか隊列を保たせたものの、やはり混乱は大きい。相手もどうやら同じ状態となったらしく、ぶつかり合ってすぐに戦場は乱戦となった。

今となっては前線は人で溢れ、呂布と『天の御使い』の姿は飲み込まれてどこにいるかもわからない。

 

しかし、ある方角からは確かに聞こえてくるのだ。

大きく響く高らかな金属音と…

 

「……なんで、爆発音が聞こえてくるん…?」

 

それに混じって聞こえる何か巨大な物が地面に勢いよく落ちたかのような、腹に響く爆発音。

 

「え、アイツら何で戦っとるん?武器やないの?武器とちゃうの?」

 

油壺でも投げているのかと思うが、そんなはずはない。一騎打ちでそんな物を使うとか、意味が分からない。

 

張遼が現実逃避気味に敵兵を倒していると、突然一本の矢が彼女を襲う。

 

「っとお!」

 

それを余裕を持って躱し、矢が飛来した方向を見ると、二人の将が立っていた。髪の短い女は既に次の矢を番え、こちらに矢を向けている。

もう一人、長い黒髪を全て後ろに流した女が話しかけてきた。

 

「張文遠だな?」

 

「せやで。姉ちゃんらはどちらさん?」

 

「私は夏候惇と言う者だ。我が主が貴様に興味を持っていてな、悪いが捕えさせてもらうぞ」

 

言いながら、夏候惇は剣を構える。その気迫は張遼を高揚させるには充分だった。

 

「ハッ!曹操の筆頭将軍なら相手にとって不足無しや!そんじゃこっちも始めますか!そっちの姉ちゃんはどうする?」

 

「夏侯淵と言う。私はお供さ、手は出さん」

 

「そか。なら惇ちゃん、始めよか…とその前に、もうちょっとアレ(・・)から離れへん?段々被害がデカくなってるんよ」

 

「……賛成だ。全く芙陽は…」

 

「それ、『御使い』の名前か?アイツって男なん?女なん?」

 

「ん?あぁ、アイツは狐の妖でな、男女は自由に変わるらしい」

 

「はぁ!?なんやねんそれ!本物のバケモンやないか!」

 

「いや、案外良い奴だぞ?」

 

「淵ちゃん何言っとるん!?」

 

「それより私はその芙陽と互角に戦っている呂布が恐ろしいな」

 

「あれが呂布か…凄まじいな」

 

夏侯淵が言えば、夏候惇も異様な戦闘音が飛んでくる方角を向きながら呟いた。

 

「まぁそれは今関係ない。私はお前を打ち倒し、華琳様の下へ連れて行かなければならないからな!」

 

「やれるモンならやってみぃ!」

 

互いに武器を構え、準備は整った。獰猛に笑い、互いの隙を探る。

 

「いや、その前に移動するのではなかったのか?」

 

「「ですよね」」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「うわあああああ!?」

 

「近づくな!近づくな!」

 

「離れろおお!巻き込まれるぞー!!」

 

「足首を挫きました!」

 

「おい、はやく立て!」

 

「また来るぞ!伏せろおおお!!」

 

「うわあああああ!?」

 

何が起きているのか。愛紗には良く分からなかった。

敵も、味方も、勢力も関係なく、全ての兵が混乱し、悲鳴を上げ、逃げ惑う。

その光景を、愛紗たちは唖然と見ていた。

 

「……地獄だな」

 

「あぁ、地獄だな」

 

「にゃ…」

 

星が呟けば、愛紗と鈴々も頷いて同意を示した。

眩い光を幻視して、戦闘が始まったと思えばある方向から襲い掛かる衝撃波のような物。それは兵を混乱させるには充分な威力であった。

重い鎧を着込んでいる兵を軽々と吹き飛ばすだけの威力。

やっとのことで事態を把握した者が何とか兵を纏めようと奮闘しているのだ。

 

「芙陽様を相手にあれだけやれるとは…流石『無双』と言ったところか」

 

重厚な風切り音が一つと、細く繊細な風切り音が一つ。そして響く金属音に轟く爆音。

しかし、それらを放っている二人の闘いは洗練されており、まるで二人で舞を踊っているかのように美しい。

 

周囲の阿鼻叫喚が無ければの話だが。

 

「とにかく、我等も動こう。芙陽様が言うには奴等は隙を見て撤退を始める筈だ。此方は被害を減らすことに努めよう」

 

「そうだな。迅速に兵を纏めよう」

 

「鈴々はー?」

 

「鈴々は最前線の敵を蹴散らしてくれ。その間に私と愛紗が陣を整えよう」

 

「わかったのだ!」

 

それぞれがするべきことのために動き出す。星はチラリと芙陽を見ると、少しだけ羨ましそうに呟いた。

 

「あれほど楽しそうに……少し羨ましいな、呂布よ」

 

未だ自分が届かない領域。その遠さに少しだけ胸が痛んだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

威力、良し。

速度、良し。

反応、良し。

間合い、良し。

視線、良し。

視野、良し。

踏み込み、良し

足運び、悪し。

予測、良し。

集中力、良し。

技術、良し。

戦術、悪し。

体幹、良し。

武器の握り、良し。

武器の相性、良し。

 

芙陽は、戦いながら、呂布の評価を見定めていた。

結果……

 

「クカカカッ!これほどの人間は見たことが無いぞ!」

 

『人間』としては規格外である、と評した。

最初の一撃は芙陽を驚かせるには充分だった。あれほどの一撃を放つ人間など、芙陽は今までに見たことが無い。

 

「どこぞの神にでも愛されているのか、それとも人間から外れようとしているのか(・・・・・・・・・・)…!

 どちらでも良い!お主と出会えたことに感謝しよう!!」

 

運命か、神か。

神と対峙した経験のある芙陽が、一体何に感謝すると言うのか。しかし芙陽にはそんな事どうでも良い。

今、この好敵手に出会えたことを喜ぶことが出来るなら、相手が何であろうと感謝を伝えたいのだ。

 

「恋も……楽しい…!」

 

いつになく饒舌な芙陽。そしてこれまでになく楽しそうに笑う呂布。

二人はこの闘いを全力で楽しんでいた。

 

二人が持つ得物は最早周囲にいる兵には目で追えない程素早く振られ、命を奪おうとその凶刃を相手に向かわせる。

一方が仕掛ければ、もう一方が命を守る盾となり、火花を散らして音を立てる。

その音と共に生み出されるのは衝撃波。行き場を無くした力が解放されるのか、それともぶつかり合う気迫が現象となって放たれるのか。

 

その衝撃波が周囲に甚大な被害を及ぼすが、二人は気にも留めず次の攻防へ向かう。

気にする余裕がない程、二人は互いに夢中になっているのだ。

 

首を狙い、腹を狙い、腕を狙い、足を狙い、武器を狙う。

時に避け、時に受け止め、時に受け流し、時に無視する。

 

攻撃を防がれるたび、攻撃を防ぐたびに、二人は歓喜する。

 

あぁ、まだこの闘い(遊び)を続けられるのだ、と。

 

「楽しい……『鬼神』」

 

「儂は芙陽!名乗れ『天下無双』!」

 

「呂奉先。真名は……恋!」

 

「カカカッ!この状況で真名を名乗るか!」

 

余りにも異常な自己紹介。二人は喋りながらも相手の命を狙っている。

しかし、二人の間には確かに"絆"が生まれていた。

 

一際大きな金属音が鳴り響き、呂布――恋が武器ごと後ろへ飛ばされる。

特に問題なく地に降り立つと、一息入れる様に落ち着いて芙陽を見た。

 

芙陽は嬉しそうな表情を隠しもせず、刀を持ったまま両手を広げて叫ぶ。

 

「儂に出会えて良かったなぁ恋!!」

 

恋はその言葉に一瞬目を見開くが、すぐに微笑む。

彼女は大声を出すことを苦手とする。ならばどう答えようか。微笑んだまま少しだけ悩むと、手に持つ武器を大きく振って天に掲げた。

 

「あぁ、わかっておる。お主も嬉しいのだろう?」

 

芙陽が優しく頷くと、恋は掲げた方天戟を肩に担いで腰を落とした。

 

「そうだな。まだ付き合って貰おう…まだ付き合ってやるとも」

 

同じく芙陽も常を眼前に構え、程良く力を抜いた状態で視線を恋に集中させた。

 

走り出す恋。待ち構える芙陽。

二人の距離は一瞬で縮まり、方天戟は風を切る。

音だけを残したその切っ先は芙陽の首を捕えんと迫るが、芙陽はその時既に大きく上体を逸らして躱す。

恋の攻撃は終わらない。

 

「フッ!」

 

方天戟を振った勢いを生かし、鋭い回し蹴りを放つ。しかし芙陽はそれを片手で掴むと、軽々と恋を振り上げた。

恋も驚くばかりではいなかった。

足を掴んだ手に方天戟を向けて振り払う。芙陽に離されて空中に浮かぶ自分の身体を捻り、踵を振り下ろして芙陽の頭を狙う。

 

「……やぁ!」

 

迫りくる踵。芙陽は半身を逸らしてそれを避けるが、恋の本命はまだ残されていた。

 

「はあ!!」

 

「っ!なんと!」

 

踵落としから地に着いた足を軸に回転。一瞬で勢いを持った方天戟を芙陽に叩き込む。

芙陽は咄嗟に常を構え、防御に徹した。

 

ガギャァッ!!と、耳を塞ぎたくなるような鋼の悲鳴が響いた。

 

予想以上の攻撃に、芙陽の足元は耐えきれずに滑る。そのまま後退し、構えなおして呟いた。

 

「足運び、戦術、良し……改善された。まだ強くなるか…また一つ登ったな、恋」

 

「芙陽、強い。……追いつきたい」

 

「化物の域に来るつもりか?人の生を外れるぞ」

 

「でも、芙陽はそこにいる……寂しくは無い」

 

「クフフ…愛い奴じゃ」

 

命のやり取りをしながら、互いの情を確かめる。誰が見ても異常である。

しかし、たとえこの結末がどちらかの命を奪おうとも構わない。それだけの絆が二人にはあった。

 

だが、この二人の逢瀬も終わりの時が迫る。

 

「恋殿ーー!!」

 

喉を傷めるのではないか。そう心配になるほど声を張り上げて恋を呼ぶ小さな少女。

周囲はいつの間にか陣を整え火矢を放っている董卓軍と、突然の火矢に混乱を始める連合軍に囲まれていた。

芙陽達が闘っている最中、恋の軍師である陳宮が逃亡の隙を生むために実行した策であった。

 

「迎えか?」

 

そう聞けば、恋は少し寂しそうに一つ頷いた。

 

「芙陽様!」「芙陽殿!」

 

それと同時に芙陽の方へも声がかかる。火矢により撤退の気配を見せる呂布の部隊に星と愛紗が駆け付けたのだ。

 

「次で……最後」

 

「そうじゃの」

 

互いの意思を確認し、構える。

戦場に空いた空間に再び気迫が渦巻いていく。芙陽の後ろには星と愛紗。恋の後ろでは陳宮がハラハラとした様子で見守っている。

 

恋の視線は芙陽だけに向けられた。一挙動も見逃さず最善の一手を見極めていた。

恋の手は得物を確りと握っていた。しかし力みはせず、まるで掌に吸い付いているように刃先までの感触が伝わった。

恋の呼吸は深かった。激しく脈動する心臓を落ち着かせるために、息を吸い込むと吐き出し、半分ほどを残して息を止めた。

 

全ての準備を終え、恋は走り出す。

 

「……っ!」

 

流れる様に方天戟を振るう。

その時、恋の見ている光景は酷くゆっくりと流れていた。

 

自分と同じように刀を振ってる芙陽。互いの正面で武器が交差する。

ぶつかり合う恋の方天戟と芙陽の常。火花を生みながら滑り、そのまま勢いに任せて離れていく。

 

ここまでは恋の想定通り。ここから恋の本命が始まる。

 

恋は正面に芙陽がいるにも係らず、そのまま体ごと回転していく。

余りにも大胆な行動。無防備に背中を向ける体制。背中を犠牲に渾身の一撃を放つ。恋が導き出した、芙陽に勝つ方法だった。

恋の視線はまだ芙陽を捉えている。しかし、目に入った光景は恋を動揺させた。

 

芙陽と恋の視線は交差している。だが、恋の視界には芙陽の背中が見えている(・・・・・・・・)

 

(…!?)

 

自分と全く同じ行動。しかし動揺しているような暇はない。恋はすぐに覚悟を決めた。

 

(これで、良い。このまま……全力を!!)

 

背中合わせに互いを見ながら、同じ動きで次の攻撃に移る。

全ての力を乗せて。持てる者全てを吐き出すように、恋は吠えた。

 

 

 

「…ぁぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

初めてだった。このように全力で声を出して叫んだのは。

 

全力を出して、魂すらも得物に乗せて、恋は腕を振り抜いた。

同じく振り抜いている芙陽の刀が見え、それが触れ合った瞬間。

 

二度目の閃光が周囲を包み、恋の視界は白く染まった。

 

 

 

 

恋がゆっくりと目を開くと同時に、やや後ろで何かが突き刺さる音がする。

見ると、手に持っていたはずの方天戟が逆さに突き立っていた。

意志の無い筈の己の武器から、どこか誇らしげな雰囲気を感じ取り、微笑みながら前を向く。

 

刀を振り抜いたままの姿勢で、芙陽が立っていた。手には確りと常が握られている。

 

「……負けた」

 

「……あぁ、儂の勝ちじゃ」

 

恋は自分でも驚くほど素直に負けを認めた。

そっと目を閉じる。心は満ち足りていた。華雄もこんな気持ちになったのかと、場違いなことを考えた。

 

「……ころす?」

 

全てを受け入れることにした恋はそう問うが、芙陽はどこか困ったように笑う。

 

「正直、殺すのは惜しい」

 

「じゃあ、連れてく?」

 

立て続けに問う。しかし、芙陽は首を横に振った。

 

「お主には、まだ守る者がおるじゃろう?」

 

芙陽が視線を向けたのは、目に大粒の涙を溜めてこちらを見ている陳宮だった。

 

「……いい、の?」

 

「本来は、良くないがの。まぁ、良い」

 

芙陽は刀を降ろすと、慈しむように常を撫でてから鞘に戻す。

 

「行け。……また、会おう」

 

芙陽はそう言って目を瞑った。この場を見逃すと言う意思表示のつもりだった。

恋はゆっくりと立ち上がり方天戟を持つと、深く礼をして陳宮の下へ向かった。

 

「れ…恋殿ぉ!!」

 

勢いよく飛びついた陳宮を撫で、恋は言う。

 

「ねね、逃げる」

 

「うぅ…グスッ…承知なのです!!」

 

既に撤退の準備は整っている。恋は隊を引き連れて戦闘を走り、立ちはだかる敵を吹き飛ばしながら姿を消した。

芙陽が目を開ける頃には、恋の部隊の姿は無く、虎牢関へと殺到する連合軍が見えるだけだった。

 

芙陽の傍に星と愛紗が近づいて来る。

 

「宜しかったのですか?」

 

「クフフ…お主等も見逃したくせに何を言う」

 

星の言葉に芙陽は笑いながら答えた。愛紗も溜息を吐きながら口を開く。

 

「既に勝敗は決していました。火矢で混乱している今なら逃げ切ることは出来るでしょう」

 

「周囲には呂布の隊と我等の兵しかおりませんでしたからな、『逃げられた』と言っても怪しむ者はおりますまい」

 

「カカカッ、そうか…」

 

ケラケラと笑う芙陽に、星が言う。

 

「…楽しそうでしたな」

 

「あぁ、幾度か相手が人間であることを忘れたの」

 

煙管を取り出し、火を付けながら冗談めかして言うが、実は本音である。

閃光を放つあの攻撃。あれはとても唯の人間が放てるようなものではない。どうやら恋は芙陽が思うよりも"人外"だったようだ。

しかも、闘いの最中で成長を見せた。恐ろしいことに成長期なのだ。

最初に悪かった『戦術』も『足運び』も、全力で戦ってこなかったが故の経験不足が原因だろう。それが芙陽との闘いで開花したのだ。

芙陽を相手に多くの経験を得た今、恋はこれから更に成長するだろう。

 

「…次に勝ったら、傍に置こうかの?」

 

「…妬けますなぁ」

 

「桂花の嫉妬が今から目に浮かびます」

 

煙を吐きながら呟いた言葉に、二人が反応する。芙陽はそれに苦笑いを返した。

 

「さて、虎牢関を落とすぞ。そしたら儂は董卓に会いに行く」

 

「葵はどうされたのですか?」

 

「虎牢関の先。近道を割り出して待っている」

 

話ながら歩いていると、後ろから声が聞こえてくる。

 

「にゃーー!!芙陽!呂布はどうしたのだ!?」

 

「……あ」

 

完全に忘れていた、鈴々を騙したこと。どう収拾を付けるか考えていなかった。

 

「話が違うのだ!逃げないって言ったのに!」

 

完全に怒っている鈴々は地団太を踏むが、その後芙陽が言った『呂布は腹が減ってもう全力が出せないから今日は帰るらしい』という言葉に簡単に騙された。

『そーなのかー』と何故か納得する鈴々に、義姉として恥ずかしくなった愛紗は両手で顔を覆った。

 

 

その後、『天の御使いが呂布に勝った』という報が両軍に伝わり、『絶対無敵』の虎牢関は破られた。

 

そして、『反董卓』の乱も最終局面に突入する。

 




やっちゃったZE!
読者の皆さんのせいで恋ちゃんが人間を止めたようです。どうしてこうなった…。

オマージュは本当に一部だけで、それ以外は作者が三国無双のBGM聞きながら無い頭捻って考えました。「迫力無い」とか「どっかで見たことある」とか言わないでね!マジで!

恋の評価については作者の偏見で決めてます。最初はALL「良し」だったんですけど『戦闘中に成長する』って言う熱血主人公みたいなことしてみたくて『足運び』と『戦術』を「悪し」にしました。
元々野生動物みたいな子ですし、それっぽい戦闘するならそういう"人間らしい"部分は未熟なんじゃないかと思っての事です。
最後の一撃は北野武版「座頭市」を見て思いつきました。

次はいよいよメイドコンビです。へぅ!


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十四話 生きてこそ

ケモロリ!(訳:御機嫌よう。作者の欲望を込めた渾身の挨拶)

友人に彼女が出来たらしいのでどうやって別れさせようか悩みに悩んでいる作者です。
恋ちゃんとの戦闘が好評なようで何よりです。
今日はあのコンビの話!迷いに迷って書き上げました。

これで良いのか?


洛陽の城の中、玉座に座る少女は感情を消した表情で目を閉じていた。

 

虎牢関から送られた伝令兵の言葉に、彼女は覚悟を決めていた。

 

汜水関が落とされてすぐ、虎牢関までやって来た諸侯連合は驚くべき早さで虎牢関までもを突破した。

守備に当たった将、華雄、張遼、呂布、陳宮は全員が消息を絶った。

帰ってこないところを見れば心配にもなるが、少女は彼女等を信じている。必ず生き延びてくれていることだろう。

 

今、目の前には親友であり、信頼できる軍師の賈詡がいる。

賈詡は必死になって少女を説得していた。

 

「ねぇ、月…これ以上は限界よ。華雄も、霞も、恋も音々音も、皆やれるだけの事はやってくれた」

 

「そうだね、詠ちゃん」

 

月と真名を呼ばれた少女、董卓はゆっくりと目を開ける。

賈詡は悲痛な面持ちで拳を握りしめていた。

 

「きっと皆生きてる。霞からの伝令にもあったでしょ?『ギリギリまでやる』って」

 

「うん。霞さんなら大丈夫」

 

「恋だって簡単に死ぬとは思えない。ねねも恋が守ってると思うし、華雄は報告だと撤退できたみたい」

 

「そうだね。皆には感謝しなきゃいけないよね」

 

「劉恊様も既に安全な場所へ送ったし、もう心配することは残ってないわ」

 

「うん。劉恊様を無事にお送りできて、良かったね」

 

「だから、月。逃げよう?

 全ては十常侍が月を利用したから…月は悪くない!今だっていつ十常侍の奴らが月を殺しに来るかわからない!きっと月の首を連合との取引材料にする積りなのよ!」

 

勿論董卓の首を差し出したところで、今更十常侍が助かる見込みなど無い。彼等はそんなことも分からない程に追いつめられているのだ。

 

「もう虎牢関は落ちてる。すぐにでも連合はやって来るわ。今ならまだ逃げられる…だから、お願いよ、月!」

 

虎牢関からの伝令が来てから、賈詡はずっと董卓を説得し続けていた。

賈詡にとっては幼いころからの親友。そして、命を懸けて守るべき愛する主なのだ。

 

「でもね、詠ちゃん…」

 

董卓は再び目を閉じた。

 

「私が死なないと、もうこの乱は終わらないと思う。私達がいくら大声で叫んでも、乱を未然に防ぐことは出来なかった。

 もう、終わらせるには私の首が必要なんだよ」

 

「でも…!」

 

「それにね、どこかに逃げてしまったら…もっと被害が大きくなるよ?乱は終わらないし、私を探すために色んな所で戦争が起きる」

 

「……」

 

「そして、必ずそれは涼州にもやって来る。私の故郷だから……そこを探すのは当然だよ」

 

「故郷に迷惑を掛けるのが嫌?」

 

「うん。噂で流れてる私のしたことを考えたら…もう帰れないけど…」

 

董卓はそこで一度話を切った。

目を開けると、辛そうな顔をした賈詡。

 

「詠ちゃん…詠ちゃんは、私に付き合わなくて良いよ」

 

「っ!?月!!」

 

「詠ちゃんならどこかに仕官できると思うよ。曹操さんならどうかな…実力があれば身分は問わないって話だし――」

 

パンッ、と。

乾いた音が響く。詠は顔を真っ赤にしたまま、息荒く手を振り抜いた姿勢で固まっていた。

董卓の頬がジワリと熱を持ち、痛みが広がっていく。

 

「月……それ以上言わないで。もし月が死ぬ気なら、ボクは必ず後を追うわよ」

 

「詠ちゃん…」

 

怒られるだろうとは思っていた。賈詡からしてみれば董卓を見捨てろと言われたようなものだ。怒るのは当然だと思った。

しかし、『後を追う』とまで言われるとは思っていなかった。

そこまで思ってくれているのは嬉しい。しかし、董卓はこれからの自分の末路に親友を付き合わせたくはない。

 

葛藤が董卓の胸中を渦巻き、何も言えなくなる。

 

考えても考えても自分が生き延びる道は無い。しかし、そうなれば賈詡さえも道連れにしてしまう。

董卓がやっとのことで口に出した言葉は、小さな弱音だった。

 

「……どうすれば良いんだろうね…。どうすれば良かったのかな…」

 

道は閉ざされ、意味も無く過去を悔いる。董卓に今できることはそれくらいしかなかった。

賈詡も同じように俯き、何も言うことは出来ない。

 

しかし、そこで聞こえてきた言葉は賈詡のものではなく、第三者のものだった。

 

 

「取り敢えず、話を聞かせて貰おうかの」

 

 

「「っ!!?」」

 

驚きで上を向き、声の主へと視線を送る。

 

そこには金色の髪をした、白い着物の男がいた。

 

「だ、誰よ!?」

 

賈詡が吠える。懐から小さな刃物を取り出し、董卓を守るように前に出て構えた。

 

「まぁ、そう警戒するな。今はまだ何もせんよ」

 

そう言って男―芙陽は煙管を取り出し、火をつける。煙を吐き出す芙陽に賈詡が怪訝な顔をしたが、芙陽は構わず話を続ける。

 

「儂は芙陽と言う。そっちのお主が董卓じゃな?」

 

董卓を見てそう聞く芙陽だが、賈詡は焦る。目の前に突然現れた謎の男の言葉など信じられるわけがない。

今まで苦労して董卓の姿を隠して来たのだ。ここで正直に答えることなど出来なかった。

 

「董卓は私よ!」

 

「嘘吐け。儂が来たとき咄嗟に董卓を庇ったじゃろ。お主が賈詡じゃな」

 

「くっ…!」

 

焦った賈詡は判断力が落ちていた。悔し気に唸るが、今はそれよりも親友の命を守ることを優先した。

 

「この子に手は出させないわ!」

 

「だからまだ何もせんと言っとるじゃろうに。軍師なら状況を正しく判断せんかい」

 

「アンタの言葉なんて信じる訳ないでしょ!」

 

「ならどうする?お主が儂に勝てる訳も無し、ここから董卓を逃がせると思うか?」

 

賈詡は更に唸る。絶体絶命であった。

 

「詠ちゃん、良いから下がって」

 

「月!」

 

「良いから。…大丈夫」

 

たとえ賈詡が命を捨てて芙陽を足止めしたとして、董卓本人に逃げる意志が無ければ意味が無い。

賈詡はそれを読み取り、短刀は構えたままだが、大人しく下がった。

 

董卓は賈詡が下がったことを確認すると、芙陽と目線を合わせる。

 

「お待たせしました。董卓は私です。お話を伺いたいという事ですが…?」

 

「そうじゃの。ま、お主の噂と儂が調べた本人の人物像が余りにも真逆での、ちと自分の眼で確かめようとここまで来た」

 

「そうですか…」

 

余りにもふざけた理由に賈詡は驚くが、董卓は特に気にしたような様子は無かった。

 

「それと、この大陸を騒がせた十常侍にも先程会ってきての」

 

「っ…!」

 

「なっ…!」

 

これには董卓も驚きを隠せなかった。十常侍と会うなど、簡単に言えることではない。彼らの周囲には常に護衛が付いているのだ。それも選りすぐりの優秀な護衛である。

不用意に会いに行けばすぐに殺されるか、捕えられるかのどちらかだ。

しかし、芙陽は既に『会って来た』と言う。それほどの武を持っているのか、もしくは十常侍の回し者か。

どちらの可能性が大きいかなど、考えるまでもない。

 

「アンタ!あいつらになんか言われて月を殺しに来たんじゃないの!?」

 

賈詡は再び董卓の前に出る。

 

「いや、十常侍は既に死んだよ」

 

「…えっ?」

 

「儂が殺した」

 

「はあ!?」

 

「いやな?儂も最初はちょっと話を聞きたいだけだったんじゃが…。

 まず、儂が十常侍を探しているとな、宝物庫でごそごそ聞こえるからこれは間違いないとそこへ向かったんじゃよ。見事十常侍が宝を掻き集めてせかせかと引っ越し作業の途中だったんじゃ。

 しかし声を掛けたらいきなり襲い掛かってきての…」

 

当たり前である。

 

「護衛連中を吹き飛ばしたら『宝はやるから護衛になれ』と言うのでな、『要らん』と答えたら全員で襲い掛かってきてな。

 話も聞かんし鬱陶しいしで…もう知らんと思って殺してやったわ」

 

芙陽が話したことは全て事実である。

葵に案内され、狐の姿で最短距離を風の如く駆け抜けた芙陽は、まず十常侍を探すことにしたのだ。

そこからは話の通りで、芙陽の事を『自分たちを殺しに来た』と勘違いした宦官たちは狂った様に芙陽に襲い掛かった。流石に話も聞かず殺しに来る者たちに苛ついた芙陽は、『話す価値も無し』と判断してその場で全員切り捨てたのだ。

 

ケラケラと笑う芙陽。董卓と賈詡は唖然であった。

信じられない話をこうも軽く話されてしまっては、どうにも反応が出来ない。

 

一体目の前の男は何者なのか。二人の脳裏はその疑問に支配された。

しかし、その疑問の答えに近づいたのは董卓であった。

 

「貴方は…もしや、『天の御使い』ではないですか?」

 

「なっ、コイツが!?」

 

「そのように呼ばれることもある」

 

「っ……!」

 

賈詡の背を冷たい汗が流れる。

 

『天の御使い』の事は知っている。

売り出し中の劉備陣営に現れた謎の人物。太陽のように輝く金髪に、白い着物、桃色の羽織を着ているとされ、男だとも女だとも言われている正体のつかめない存在。

黄巾の乱では冀州での殲滅戦で5万の戦力差を一人で覆したとされ、一躍有名になった。

更に斥候や伝令の報告では今回の諸侯連合にも劉備と共に参加しており、華雄、呂布を撃退している。

 

そんな呂布をも超える化物が目の前にいるのだ。

何故一人でこの場に来ているのか。来るにしても虎牢関からここまでの距離を何故こんなにも早く移動できているのか。

疑問は絶えない。しかし、賈詡は震える足が崩れないよう精一杯の虚勢を張ることしか出来なかった。

 

「先程も言ったが、儂はお主と話をしに来た。これまでの事を聞かせて貰いたいが、如何かの?」

 

「…わかりました。お話しします」

 

董卓は目の前の存在に何を思ったのか、いつの間にか落ち着きを取り戻し、静かに語り始めた。

 

駐屯していた場所に小帝弁と劉恊を連れた十常侍が現れ、助けを求められた。

帝を救うためだとすぐさま軍を率いて洛陽へ向かうが、政争の混乱に乗じて自分たちを連れてきた十常侍の筆頭が殺されてしまう。

態勢を整える間もなく暗殺の罪が董卓に被せられ、抑え込まれている間に劉恊が帝へと押し上げられた。この時完全に後手に回っていた董卓は小帝廃位まで自身の仕業だと広められてしまう。

ここまで来るとせめて洛陽の民は救って見せようと、出来る限りの尽力を行った。

しかし、善政を行っているにもかかわらず十常侍や豪族の腐敗は進み、更にはあらぬ噂を流されて董卓自身も追いつめられてしまった。

数少ない味方も次々と追放や暗殺を受け、気付けば反董卓連合が立ち上がっていた。その時には董卓の味方は既に数えるばかりとなってしまっていた。

連合を抑える力も奪われ、撃退するにも十常侍の妨害を受け満足に将兵を動かすことが出来ず、結局ここまで来てしまったのだ。

 

董卓は淡々と話し終えると、立ち上がり芙陽に頭を下げた。

 

「なっ月!?」

 

「詠ちゃん、ごめんね…。

 芙陽様……貴方が『天の御使い』様であると言うのなら、どうか私の首をお持ち帰りください」

 

「月!!」

 

賈詡は叫び、董卓に縋り付く。しかし、董卓は頭を上げなかった。

芙陽はその光景を煙管を吹かしながら眺めていたが、やがて煙を吐き出しながら言い放つ。

 

 

「嫌じゃ」

 

 

この言葉に驚いたのは董卓。

賈詡は驚きもしたが、取り敢えずは最悪の結末は回避できたのかと成り行きを見守った。まだ安心できるわけではないのだ。

董卓は下げていた頭を上げて悲しそうに言う。

 

「…どうしてでしょう?この戦は最早私の首なしでは収まりません。それとも、芙陽様は争いをお望みですか?」

 

「いや、儂は別に争いを望むわけではない。あるならあるで構わんがの」

 

「……では、何故?」

 

董卓が問えば、芙陽はまるで悪戯好きの子供の様な顔で言った。

 

「お主が気に喰わんからじゃ」

 

「……どういう、意味でしょうか…」

 

董卓は珍しく苛立ちを覚えていた。滅多に怒ることの無い彼女だが、このような時にこんなふざけた事を言い出す芙陽には怒りが湧きあがる。

しかし、芙陽はそれを感じながらも一切気にせず語りだす。

 

「儂は他人が生きることを望もうが死を受け入れようがどちらでも構わん。

 じゃがの、己の罪を知りもせず唯のうのうと生きることを望む者や、全てを諦めて死に逃げる(・・・・・)者は気に喰わん。

 董卓、お主は後者じゃの」

 

「…死に、逃げる…?」

 

「儂が最も嫌う事のうちの一つ。『死者を冒涜すること』じゃ。お主は、お主を生かそうと死んでいった者たちを蔑ろにし、その死を無駄にしようとしている」

 

「そんな、こと…」

 

董卓は狼狽えながらも必死に否定しようとした。

 

「そんなことないか?…ならば、何故そこまで動揺している?そして、何故まだここに居る?」

 

「そ、れは…」

 

董卓の動揺は治まらなかった。

"死に逃げる"―その言葉に、心内を覗かれたような衝撃があった。

 

「ですが、私が逃げてしまえば戦は…」

 

董卓の言う通り、この戦は諸悪の根源とされる董卓を滅ぼさねば終わらない。そうなればこれまでよりもっと多くの死者が出てしまうだろう。

兵だけではなく、民の犠牲が出るのだ。董卓にはそれが許せなかった。

 

「お主、賈詡が何のためにお主の顔を隠して来たと思っておる。お主の影武者を立て、名を捨てれば良いじゃろう」

 

「っ……!」

 

「賈詡、お主はその案を出さなかったのか?」

 

「考えてたわよ!でもね…天から来たアンタにわかるかは知らないけど、"名を捨てる"って言うのは簡単に覚悟できることじゃないのよ!」

 

「なら、何故董卓の姿を隠した?」

 

「っ、それは…!」

 

「董卓の顔を隠し、"名"を捨ててまで"命"を守ろうとしながら、その二つを天秤に懸けなかった時点で無意味じゃろう」

 

賈詡が黙り込む。芙陽の言う通り、賈詡は董卓の命を守るために名を捨てて逃げる計画を立てたものの、それを進言することは出来なかった。元より最終手段として考えていたのだ。親友の董卓にそれを選ばせる勇気が足りなかった。

 

「儂はなぁ董卓。逃げるために死にたがっている奴を殺してやるほど、お人よしではない」

 

止めとばかりに芙陽が言えば、董卓は目を見開いて震えた。

よろよろと足を動かし、ゆっくりと近づいて来る。

 

「なら、どうすれば良いのですか…」

 

董卓がポツリと言う。

 

「名を捨て…民を見捨て…親を捨て…そうまでして生きろと言うなら…!故郷にも帰れず死ぬことも許されない私は、どうすれば良いのですか…!」

 

董卓は泣きながら叫んだ。溢れる涙を拭いもせず、子供の様に泣きながら芙陽に縋りついて叫んだ。

 

芙陽は縋りつく董卓の肩を両手で掴み、腰を屈めて真正面から顔を見る。

 

「それはお主自らが答えを出さねばならん。どう生きるのか、何のために生きるのかは、お主にしか決められん。

 お主の仲間、家族、お主のために倒れた者を思うなら、生きてそれを見つけなければならん。

 『人は皆、己の幸福のために生きている』

 友と平穏を過ごすのか、新たな名で世の行く末を見るか、旅に出て探し続けるか。何でも良い。

 誰に縋っても良い。泥に塗れようと、屈辱を受けようと生きてみよ。その末に死を選ぶなら、後悔することはあるまいよ」

 

「……」

 

董卓は俯き、震えた。下を向いた顔からは更に涙があふれ、小さな声で嗚咽を漏らす。

 

「……たい…」

 

「どうした、言ってみろ」

 

その嗚咽は次第に言葉に変わり、声も少しずつ大きくなっていく。

 

「い、きたい……死にたく、ない…!」

 

「聞こえんな。ハッキリ言ってみろ」

 

「生きたい…!」

 

やがて限界を迎え、董卓は己の全てを吐き出した。

 

 

 

「もっとデカい声で言ってみろ!!」

 

 

 

「死にたくない!!

 死にたくないよ…!生きたい…詠ちゃんと、一緒に!

 お父様も、お母様も、安心させてあげたいの!『私は大丈夫』って!

 恋さんと、ねねちゃんと、霞さんと、華雄さんと、また一緒に暮らしたいの!!」

 

 

 

董卓は泣いた。

全てを吐き出しながら、大声で泣いた。

賈詡も既に限界であった。その場に崩れ落ち、顔を覆って、董卓に謝りながら泣いていた。

 

どうして自分がこんな目に遭わなければならなかったのか。

どうして自分が騙され、罪を着せられ、討伐などされなければいけないのか。

どうして自分が、殺されなければいけないのか。

 

董卓は過去を呪った。無知であり、少しでも十常時を疑わなかった自分を呪った。

しかし、過ぎてしまったことはどうにもならない。

董卓は大声で泣きながら、目の前の存在に縋った。

 

「助けて…お願い、だから…!……わたしたちを、たすけて…!」

 

まるで幼子。自分ではどうにもならないと、全てを投げ出して縋った。

 

やがて芙陽は一つ溜息を吐いた。その溜息にビクリと体を震わせる董卓。

 

「『助けて』等と…まるで子供じゃの…」

 

言葉の意味を理解し、このままでは先程のように叱られ、見捨てられるのではないかと思えば、更に体は震えた。

 

だが、芙陽の顔は優しかった。

芙陽自身が言ったのだ。『誰に縋っても良いから生きろ』と。

 

「やれやれじゃの…」

 

それに、芙陽が最も嫌う事。そのもう一つ。

『子供に害を成す事』

 

 

 

「泣く子には勝てん…暫くは面倒を見てやる」

 

 

 




『月ちゃんを揺さぶってみよう』の回でした。

最初は説教回にするつもりなんてなかったんや…。
でも張三姉妹の話を思い出して違和感。ちょっと修正→思いっきり脱線。
もう芙陽さんは手が付けられません。あの狐ェ…絶対作品内で自我を持ってるぞ。
作者の言う事なんか聞きゃしないんだ…。まさかオリキャラと作品の主導権を奪い合う事になろうとは。

ケモロリ!(訳:さよなら。夢は叶うと信じて歩いて行く別れの挨拶)


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十五話 諸君らの愛した董卓は死んだ!

ケモロリ!

↑の挨拶が感想欄で流行ってるみたいだね!
これから挨拶が思いつかなかった時便利だなとか…思ってないよ!
さて、月ちゃん泣かしてとうとう反董卓連合もこれで終わりです。
仕事ラッシュが来てちょっと駆け足です。よって最後グダったかもしれません。

一応注意しておく!キャラ崩壊ってタグにあるからね!


董卓を城から逃がすための策が、速やかに実行された。

 

芙陽は葵を呼び出し、二人を城から出した。その間に身代わりとなる死体を用意し、侍女なども全て逃がす。

死体は十常侍と一緒になって宝を漁っていた女の物だ。恐らくは彼らに侍って贅沢のおこぼれを貰っていたのだろう。状況が理解できずにいつまでも『宦官の加護を持つ私を殺して唯で済むと思うな』と喚いていた。既に加護を与える十常侍は目の前で物言わぬ肉塊となっている。余りにも哀れに思った芙陽は無視して去ろうと思ったのだが、最後の最後に何を狂ったのか襲い掛かって来たので殺したのだ。

それよりも何故去勢されていた宦官が女を囲っていたのか。切り落としても絶えない欲望に芙陽は呆れ果てた。

 

と言う訳で急造の董卓(仮)を着替えさせて隠し、既に城を出ていた葵たちと合流したのだ。

そして三人を連れて既に洛陽目前まで迫り、一兵たりとも出てこない董卓軍に『最終戦は?』と立ち止まっている連合軍の中にしれっと潜り、劉備陣営に帰還した。

 

「はい。噂の董卓ちゃんと軍師の賈詡ちゃんでーす」

 

『はいぃ!?』

 

突然帰って来た芙陽が連れてきた少女二人。その正体に全員が驚愕する。

 

「ご紹介に預かりました、董卓と申します」

 

ニッコリと笑って挨拶する董卓だが、他の面々は混乱の極みだ。

 

「待って待って!芙陽さん!?」

 

「なんじゃ」

 

「『なんじゃ』じゃないよ!?どういう事!?」

 

桃香が無意味に両手を振り回して叫ぶ。朱里や雛里たちも同様にオロオロとしていた。

愛紗は未だ驚きが治まらないのか完全に固まっているし、鈴々は事態を理解していないのか首を傾げている。

 

冷静だったのは爆笑している星と溜息を吐いている桂花だけであった。

因みに賈詡も芙陽の振る舞いに目を見開いている。

 

そこから混乱が収まるまでに暫くの時間を要した。

董卓の過去とこれまでの経緯を説明し、芙陽が面倒を見ることも伝え終えると、一同はまず盛大な溜息を吐いた。

 

「はぁ~…取り敢えずはわかったよ……じゃぁ、董卓さんは芙陽さんの侍女ってことで良いかな?」

 

「はい。構いません」

 

桃香が董卓の扱いを提案すると、董卓は静かに頭を下げて了承した。

しかし、それに異を唱えたのが賈詡、そして葵であった。

 

「ちょっと!月に侍女なんてやらせるつもり!?」

 

「そうです。芙陽様の侍女なら私がいるではないですか」

 

賈詡は大事な親友である董卓にそのような役職に就かせることに文句があるようだ。今まで太守をしてきた人間なら問題になりかねない。

葵は単純に芙陽に関する仕事を取られたくないのだろう。

 

芙陽は溜息を吐くとまず賈詡に視線を向けた。

 

「賈詡。お主は董卓をどう扱えば文句が出ないと?」

 

「それは…でも、月は元とはいえ太守なのよ!?」

 

「既に名を捨てることは決めたじゃろうに…これはお主の我儘でしかないぞ?董卓は了承しているじゃろ」

 

「ぐっ……月はそれでいいの!?」

 

賈詡はどうしても納得がいかないのか、董卓に問い掛ける。しかし、董卓は微笑むと諭すように返した。

 

「詠ちゃん…私は本来なら殺されてもおかしくないんだよ?下手な仕事をしても身元が露見すれば危ないのは芙陽様や劉備様…私達が我儘を言って良い状況じゃないよ?」

 

「……月…」

 

「それに、侍女のお仕事は楽しそうだよ?元々自分の事は自分でやって来たんだし、それをお仕事に出来るなら素敵だと思うよ?」

 

「…わかったわ…我儘言って、ごめん…」

 

董卓が笑顔で言った事に納得したのか、賈詡は素直に頭を下げた。

芙陽も微笑んでそれに頷くと、今度は葵に声を掛ける。

 

「葵よ…お主は…」

 

「芙陽様のお世話は…私が………グスッ」

 

既に葵は涙目であった。

 

「すみません…わが、ままを……でも…」

 

これが自分の我儘であることは理解しているのだろう。しかし、『芙陽の傍にいる』という仕事が出来なくなると思い不安になったようだ。

芙陽は苦笑いで葵を抱き寄せると、あやす様に背中と頭を撫でた。

 

「葵、お主を見捨てたりはしない。約束したじゃろ?」

 

「はい…」

 

「お主には仕事を任せることもある。その間の仕事を任せるだけじゃ。後は二人で協力してくれれば良い」

 

「分かりました…」

 

「良い子じゃ」

 

涙を拭いて返事をした葵の髪を撫でる。

我儘を言った事が恥ずかしくなったのか、葵は芙陽の腰に顔を埋めて黙ってしまった。

 

好きにさせておきながら、芙陽は董卓を見る。

 

「さて、董卓」

 

「はい」

 

空気が切り替わるのを感じ取った董卓は真直ぐに芙陽を見た。

 

「これが最後の確認じゃ。お主は名を捨てることになる。それで良いのだな?」

 

「はい。覚悟は既に」

 

「良かろう。……新たな名を考えねばならんかの」

 

「いいえ。その必要はありません」

 

意外な董卓の言葉に、芙陽はどういう事かと首を傾げた。

 

「と言うと?」

 

「芙陽様に救われたこの命と共に、私の真名を預けたいのです」

 

「……月…」

 

董卓の提案には予想がついていたのか、賈詡は驚いてはいなかった。

 

「しかし、それでは他の者からも真名を呼ばれることになる。それで良いのか?」

 

「はい。父と母から頂いた名を偽るよりは、と」

 

「……お主が覚悟しての事なら、儂も言う事はない」

 

「有難うございます。我が真名は月……どうかお受け取り下さい」

 

「確かに。では月、これからよろしく頼む」

 

「此方こそ、よろしくお願い致します」

 

微笑みながら真名を預けた董卓…月に、賈詡も口を開いた。

 

「ボクも真名を預けるわ」

 

「ほう?意外じゃの」

 

「ボクも預ける気は無かったわよ。でもね、月がそう決めた以上、ボクもそれに付き合う。それがボクの生き方なの」

 

「成程」

 

「ボクの真名は詠。月を悲しませたら殺すわよ」

 

「覚えておこう、詠よ」

 

賈詡…詠も真名を預けると、月が周囲にも頭を下げた。

 

「皆さんも私を月とお呼びください。これからよろしくお願いしますね」

 

「ボクも詠で良いわ。月の事をお願い…」

 

互いに真名を預け終えると、それを見守っていた桃香が切り出した。

 

「それじゃあ、私の事も桃香で良いよ。

 それで、詠ちゃんはどうしよっか?芙陽さん、詠ちゃんも名前を捨てなきゃダメかな?」

 

「詠には特に不穏な噂もついていないからの。別に隠さんでも良いじゃろ。儂等が捕縛して登用したことにすれば」

 

「じゃあ…どうかな、詠ちゃん。うちで軍師をやってくれないかな?」

 

桃香の申し出に、詠は不振がりながら聞く。

 

「本気?私は貴方達の兵を多く殺した敵の軍師なのよ?」

 

「敵同士だったんだから当然だよ。でも、それももうおしまい。詠ちゃんの力を貸してほしいの。

 それに、敵将を召し抱えるなんて曹操さんもやってるし…ね、朱里ちゃん?」

 

桃香に声を掛けられた朱里も、仲間が増えることが嬉しいのか笑顔で答えた。

 

「はい!曹操さんは虎牢関で張遼さんを捕えてます。その後普通に陣内を歩いているそうなので、恐らく将として仕えることになったのでしょう」

 

「そう…霞は無事なのね…」

 

「へぅ…良かった、霞さん…」

 

一人とはいえ仲間の安否が分かったことで、月と詠が安心していた。

 

「なら、その話受けてあげる。言っておくけど、月がここを離れる時はボクも一緒に行くからね!」

 

「へぅ、それなら私は芙陽様に付いて行きます…!」

 

「月!?」

 

急に頬を赤らめ、両手を赤い頬に添え、いやんいやんと体をくねらせた月に詠が驚愕した。

 

「芙陽様……また…一人…」

 

「芙陽様は…渡しません…」

 

その様子を見てなんだか闘気のような物を醸し出す桂花と葵。そしてそれを見て再び爆笑している星。

その場の空気はすっかりいつも通りの緩い物となった。

 

「芙陽様」

 

「ん、なんじゃ月?」

 

「"ご主人様"って呼んでも良いですか!?」

 

「月!?お願い正気に戻って!!」

 

「ちょっと!そんな羨ましい呼び方許さないわよ!」

 

「桂花ちゃん!?もうちょっと欲望は隠そうか!」

 

「詠ちゃん聞いて!私芙陽様に怒られた時なんだか嬉しくなっちゃって!」

 

「月ぇ!?こんなところでそんな事暴露しないで!?なんで新しい扉開いてるの!?ずっと見てたけど何があったのか全然分からないわよ!?」

 

「怒鳴られた時に素直になれたのがちょっと気持ちよくて…」

 

「詳しい説明は良い!言わないで!」

 

一瞬で混乱に陥る天幕の中、芙陽はすぐさま動き出す。隣に立っていた月の頭をガシッと掴み、力を籠める。

 

「月よ…」

 

「へぅ…」

 

「お主が儂をどう呼ぼうと構わんが…」

 

「へぅ…」

 

「もう少し心内を隠すことも覚えんと…」

 

「へぅ…」

 

「収拾がつかんじゃろうが!」

 

「HEAVEN!!」

 

「月えええ!!?」

 

ギチギチと鳴ってはいけない音を鳴らし、月は悲鳴を上げる。しかしその表情は何故か少し嬉しそうであった。

 

結局月が正気に戻るまで暫くの時間を要した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「いよっす、孟徳いるか?」

 

「ちょっと。貴女は他陣営なんだからもう少し礼を…」

 

「実は董卓保護したんじゃがいいじゃろ?」

 

「誰かコイツの首飛ばしなさいよ!!」

 

劉備陣営で事の成り行きを説明し終えた芙陽は、恐らく問題となるだろう月の存在を秘密裏に合理化してしまおうと曹操の下へ訪れた。

曹操ならば月の存在を割り出すくらい訳ないだろう。隠し続けても必ず露見する。そこで予めこちら側に引き込んでしまおうという芙陽の思惑があった。

 

「月。来い」

 

「はい、ご主人様」

 

「……ご主人様ぁ?」

 

「月、ヤメロ。その呼び方は…」

 

「そんな…!」

 

「あら、別に良いじゃない。その子も望んでいるようだし、好きにさせてあげれば?」

 

「有難うございます、曹操様。私は董卓…芙陽様に命を救われ、その事でお話が合って参りました」

 

曹操と月は静かに挨拶を交わす。月の軽い説明だけで、曹操は殆どを察したようであった。

 

「成程、芙陽はその子たちを助けたわけね。それで、私達にそれを認めろと?」

 

「聡いの」

 

芙陽は流石だとケラケラ笑っているが、曹操は逆に不機嫌になっていった。

ここで月を保護したことを黙認すれば、他陣営が月の存在を嗅ぎ付けた時、巻き添えを喰らう可能性があるのだ。

 

「私がそれを認めると思う?」

 

いくら芙陽の頼みと言えど、その所為で自分の国と民を危険にさらすことは出来ない。曹操には彼らを守る義務があるのだ。

 

「ま、"董卓"を隠しているのであれば、儂もこんな無茶なことは言わん」

 

「……既に影武者がいるのね?」

 

董卓の名を強調して言った芙蓉の言葉に、曹操も芙陽がしようとしていることが見えてきた。

 

「然り。既に"董卓"はある場所で物言わぬ肉塊となっておる。お主にはそのある場所を教えようと思っての」

 

「それを対価に"そこの娘"の身柄をよこせ、と言う事ね?」

 

曹操がニヤリと笑う。芙陽も同じような顔で笑っていた。それはまるで幼い頃から共に悪戯をしてきた旧知の間柄のようにも見えた。

曹操は既にこの計画に乗っている。月を"唯の娘"と表現したのがその証拠だ。

 

「董卓の顔はほぼ誰にも知られておらん。知っているとすればお主と袁紹ぐらいのものじゃろ。西涼の連中はどうか知らんが、奴等は関わってこんじゃろうな。五胡への牽制で忙しいからの」

 

「確かにその通りね」

 

「袁紹は先にお主が董卓を討ち取れば悔しがりはするものの、それ以上は考えもしないじゃろうな。奴の中から董卓は消える」

 

「ま、麗羽ならそうなるでしょうね」

 

「その他は有象無象。なら後はお主ともう一人、注意せねばならん奴がいる」

 

「孫策…そしてその軍師周瑜でしょうね」

 

周瑜などはこの連合が茶番であることは知っているだろう。その上で参加したとなれば、何かしらの利を求めている筈。

 

「ま、そちらにも話は付けに行くつもりじゃがな」

 

「あら、随分と羽振りがいいじゃない?」

 

"話を付けに行く"と言う事は孫策たちにも何かしらの対価を与えることになる。

それを指摘した曹操に、芙陽は軽く溜息を吐きながら答えた。

 

「"面倒を見る"と言ってしまったからの…今更覆そうとも思わん」

 

「……」

 

芙陽の言葉に月の顔が暗くなる。自分の存在が芙陽の負担になっている。それが心苦しくなるが、芙陽は月の頭を撫でた。

 

「儂が生かした命じゃ。そんな顔をするな」

 

「へぅ…」

 

「ちょっと、目の前でイチャイチャするのはやめなさい」

 

不機嫌になる曹操。あまり怒らせても面倒だと思った芙陽は月の頭から手を離し、続きを話す。

 

「こやつは既に名を捨てておる。ついでに賈詡もこの月に着いてきたからの、劉備が軍師として召し抱えた」

 

「あらそう。ま、こっちも霞…張遼を手に入れたし、それには文句ないわ」

 

「あの…霞さんは…」

 

「あぁ、貴方の元部下だったわね。大丈夫よ、彼女は自分で選んで私に仕えてくれたわ」

 

「そうですか…彼女の事、よろしくお願いします…」

 

月は真剣な眼差しで曹操を見ると、頭を下げた。その表情は一瞬だけ"王・董卓"に戻っていた。

 

「約束しましょう」

 

それを感じ取った曹操も、一瞬だけ月を"王"として、そして自身も王として接した。

 

「なら、話は終わりじゃの。次は伯符の下へ行かねばならん。今日はこれで失礼する」

 

「えぇ、また会いましょう」

 

「失礼します」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「伯符ー」

 

「あら?芙陽じゃない。どうしたのよ?というかその女の子は何処で拾って来たの?」

 

「洛陽の城」

 

「ふーん。じゃあ董卓?」

 

「元な」

 

「わかったわ」

 

「あ、ついでに賈詡も」

 

「あらそう。でもその子は連れて来ちゃっていいの?」

 

「途中で玉璽捨ててきた。場所知りたい?」

 

「知りたいなーとっても知りたいなー。教えてくれたら今の話なんて忘れちゃうかもなー」

 

「裏通りの井戸の中にポイ捨てしてきた」

 

「りょうかーい。あ、それでさっき洛陽の良いお酒が手に入ったんだけど…」

 

「ほう、9杯で良い」

 

「謙虚だとは思うけど私まだ何も言ってないからね?」

 

 

「雪蓮!!!」

 

 

それまでの成り行きを唖然と見守っていた周瑜がこれでもかと言わんばかりに叫んだ。因みに月も同じように唖然として固まっている。

 

「あら冥琳」

 

「久しぶりじゃの、周瑜」

 

「お久しぶりです、芙陽殿。しかし今のやり取りには言いたいことが山ほどあるのですが?」

 

芙陽と孫策によるあまりにもいい加減な裏取引は流石に見逃せなかったらしい。

 

「取り敢えず、心臓に悪いので裏取引と酒の話を同じ調子で語るのはやめてください」

 

どうやらそれが一番気に喰わなかったらしい。しかしそうした日常会話的に済ませるほうが安全だとは思う芙陽と孫策だが、そこは常識人と自由人の間を別つ壁でもあるのだろう。

 

「私の精神的安定のためにも詳しい事情をお話し願えますかな?」

 

「フム…月」

 

「はい。ご主人様」

 

「……いや、もう好きに呼べ。周瑜に説明を」

 

「畏まりました」

 

月はそう言って周瑜に近づき、自己紹介をした後に事情と訪問の目的を語り始めた。その間芙陽と孫策はずっと酒の話をしていた。

やがて全てを話し終えた二人が芙陽に近づいて来ると、芙陽は酒の話を切り上げて周瑜に問う。

 

「此方からは玉璽の在処を。そっちは月の存在の秘匿を……悪い話ではないと思うが?」

 

ニヤリと笑う芙陽に、周瑜も苦笑いで頷いた。

 

「此方に相応の対価があり、曹操も既に了承済みとあっては断るつもりは毛頭ありませんよ」

 

「良し、ならこれで話は終わりじゃの。失礼する」

 

「またね、芙陽」

 

「失礼しますね」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

曹操、孫策と会談を終えた芙陽は、月と詠を連れて天幕の中で一息入れることにした。

何処からともなく葵が現れ、全員分の茶を用意する。

 

「さて、座りなさい」

 

先に座った芙陽が促せば、二人も芙陽の体面に並んで座る。葵は気を遣ったのか姿を消した。

 

「これでお主等の身柄は完全に儂が預かることになった。ま、詠は桃香になるが…」

 

「はい。よろしくお願いします、ご主人様」

 

笑顔で答える月に、詠も最早諦めたのか溜息を吐いていた。

 

「平原に帰れば月は女中として働くことになる。主な仕事は儂の身の回りの世話になるが、その辺りは葵と話し合っておけ」

 

「分かりました」

 

「詠は…」

 

「分かってるわよ。明日から早速朱里たちと話し合うわ。平原に帰るまでには軍の状態を把握したいもの」

 

「それで良い。ま、二人とも気楽に行け」

 

そう言ってお茶を口に含む芙陽。空気が穏やかになり、葵も蔭から姿を現して芙陽の隣に座った。

 

「葵ちゃん、これからよろしくお願いしますね」

 

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

月に声を掛けられたことで少し驚いていた葵だが、少し顔を赤らめながらも返事は確かに返していた。

芙陽が苦笑いで頭を撫でながら言う。

 

「まだ人見知りな所があるのでな、仲良くしてやってくれ」

 

「今更だけど、葵って芙陽の何なの?」

 

「詠ちゃん…ご主人様にそんな態度は…」

 

未だ少し棘のある詠の態度を諌めようとする月だが、芙陽はそれをケラケラと笑って止めた。

 

「良い。皆儂に畏まるばかりで詰まらぬからの。別段気にすることも無い。

 …それで葵だが、儂の娘じゃ」

 

芙陽の返答に驚く二人だが、芙陽はすぐに説明をした。自分の正体や、葵の出生。流石に最後の方になると二人とも驚きすぎたのか戸惑いの方が大きかったが、何とか理解はしたようだ。

 

「狐って……」

 

「へぅ…」

 

「怖いか?」

 

優しく問う芙陽だが、詠は少し悩んだ後に首を横に振った。

 

「別にボクは気にしないわよ。話は通じる相手なんだから」

 

そして、月はなんだか悩んでいるようだ。

 

「月、何もせんから今思っていることを言ってみよ」

 

「へぅ……」

 

俯いてしまうが、やがて意を決したように再び前を向く。

 

「あの、失礼ながら……」

 

その様子に詠も緊張しながら無意識に拳を握った。

 

 

 

 

「寝る時って寝台使うんですか?やっぱり狐の姿で…?」

 

「もう月が分からないわ!!」

 

 

 

 

悪逆非道の限りを尽くしたと言われる逆臣、董卓。

都に籠り、汜水関、虎牢関と言う砦に兵を配置するも、武勇優れる配下を失い反董卓連合の猛攻に追い詰められ、洛陽にて曹操に打ち取られる。

董卓の家臣であった華雄、呂布、陳宮は逃亡。張遼は曹操に、賈詡は劉備に捕縛され軍門に下る。

こうして、反董卓連合は勝利で乱を終え、諸侯はそれぞれの土地へと帰って行った。

 

 

「あの…布団に毛は…お掃除が…」

 

「…寝台には人の姿で寝る」

 

「良かったです」

 

 

噂によると、『天の御使い』に新たな侍女が配属されたらしい。

 




月ちゃんが新たな扉を開きました。タイトルはあれです。キャラ的な意味でも死んだかもしれません。

いや、もう、ほんとすみません…。これプロットに書いてあったんです…。
『董卓(月):ドMに目覚めても良い』って…。なんかもうそのまま言っちゃおうかなって…。
資料を作った時の私は何を考えていたんでしょうか?わかりません。
他の二次作品でも月ちゃんのキャラ崩壊率は凄まじいですな。純粋だから?染まりやすいのか?
詠ちゃんにはまだツンでいてもらいますよ。まぁ嫌ってるわけではないです。

次は閑話か…もしかしたら拠点フェイズ編が始まるかもしれません。
蜀陣営も人数揃って来たし日常書きたい…。
活動報告でも書いてますが更新速度が落ちます。ご了承下さい。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて 其の四

今日は土曜日!!(願望)

最近『ロボットのモモちゃん』という漫画を買いました。
感想欄でロリロリ言ってる人たちは要チェックや!

閑話です。愛紗のちょっとした過去話。…過去話?
なんだか芙陽がすっかり説教キャラに…。


○25.5話 心に余裕を○

 

長く艶やかな黒髪を靡かせ、愛紗は城壁の上から街を見る。

 

晴天の元賑わう商店の多い通りでは、民たちが声を張り上げて自慢の品を宣伝している。

その喧騒を聞きながら、久方ぶりの休暇をどのように過ごすか思案していた。

 

真面目な性格である愛紗は仕事を苦に思わない。それどころか、先を考えると仕事をせずにはいられないのだ。

今日とて本来は仕事に精を出すつもりだった。しかし、反董卓連合から帰って来てからというもの、ずっと働きづめであったことを見かねた桃香が休暇を命令してきたのだ。

 

別段疲れているとは思わなかったが、部屋に戻ると眠気に襲われて昼近くまで寝てしまったことを鑑みるに、やはり疲れも溜まっていたのだろう。

『天の御使い』である芙陽に出会ってから、最近ではどこか頼りがいも出てきた義姉を嬉しく思いながら、愛紗は何をするでもなく城壁へと足を向けたのだ。

 

「あら?愛紗さん」

 

ふと後ろから声が掛けられる。見れば、最近女中となった月が手に何も持たず歩いて来た。

 

「月……休憩か?」

 

「はい。今日はご主人様が街へ出るそうで…午前で仕事が終わって暇を出されてしまいました」

 

クスクスと笑いながら話す月に、愛紗も笑い返す。恐らく芙陽も月の体力を気遣ったのだろう。文句無く働いていると評判ではあるが、やはり慣れない女中と言う仕事。適度に休まねば続かない。

 

因みに月は黒を基調とした服にひらひらと装飾の付いた前掛け、未来で言うところの『メイド服』を着ている。

最初は他の女中と同じ服でも良いかと言われていたが、芙陽が『儂の女中だから区別せんとな!』と言って調子に乗った結果この服が作られた。

余りにも時代にそぐわない意匠であったため皆戸惑っていたのだが、芙陽が何故か首を傾げながら『何か抗えない物を感じた』と困惑していたのでそのままこの服が採用されたのだ。

 

そのような経緯でメイド服に身を包んだ月は愛紗の隣に立つ。

 

「急に休めと言われてどうしようかと…それでお散歩してたんです」

 

「そうか…私も似たようなものだ。互いに働き過ぎらしいな」

 

「フフッ、そうですね。……私もここでご一緒しても良いですか?」

 

「私は構わないが…ただボーっとしていただけだぞ?」

 

そもそも何をしようかと考えている最中であったのだ。愛紗としては無駄な時間に他ならなない。

 

「たまにはそういう時間も良いと思いますよ?私も涼州にいた頃はのんびりとしてましたし」

 

「そういうものか…」

 

これまで駆け足で生き抜いてきた愛紗からすれば、どうしても気持ちが急いてしまう。しかし月はクスリと笑うと愛紗に言う。

 

「ご主人様も言ってましたよ?『焦り過ぎても疲れるだけで良いことは無い』って…」

 

「……そうか、芙陽殿が…」

 

複雑な経緯で名を捨て、女中として生きることとなった月も恐らく焦っていたのだろう。そして芙陽にそう言われ、肩の力を抜くようになったのかと思案する。

相変わらず人を諭すのが上手いと思った。芙陽は時折、気まぐれにそうやって人を導くようなことを言う。

長い時を生きる狐の妖である故か、きっと人間は幼い子供の様に見えるのかもしれない。

 

「私も、芙陽殿に言われて気付いたことは多いな…」

 

ふと、自分も同じようなことがあったことを思い出した。

 

「愛紗さんもですか?……お話を聞かせて貰っても?」

 

恐らく芙陽の話と言う事で食いついたのか、月が期待のこもった目で愛紗を見つめる。

好意を隠さない月は度々桂花と対立している。と言っても、二人ともそれを内心で楽しんでいるようなので周囲も放っているのだが。

 

「私も未熟だったのでな、少し恥ずかしいが…まぁ良いか」

 

苦笑いで答えながら、いつの事だったかと記憶を探る。

城壁の石積みに背を預け、愛紗はゆっくりと語りだした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

桃香が平原を治める様になって間もない頃。

まだ葵が芙陽の眷属になっていない頃に、愛紗は芙陽と共に賊の討伐に出かけていた。

 

まだまだ平原は安定などしていない。自分たちがこれから安定させていくのだ。そのためにも、周囲に蔓延る賊は一掃し治安を回復させねばならなかった。

 

その日は愛紗が賊討伐に出かけることになった折に芙陽も付いて行くと言い出した。いつもの気まぐれだろう。

しかし、この時の愛紗はまだ芙陽を信頼していなかった。

 

義姉である桃香が頭を下げてまで傍に置いている。それが何故なのかは勿論理解しているが、初めて出会った時のことが、まだ愛紗の胸にしこりを残していた。

 

桃香の言葉を、夢を鼻で笑われたような気持ちになり、自分を抑えられなかった。

勿論こちらに非があったのは承知の上だ。だが、だからと言って納得できるかと言えばそう簡単な話ではない。

 

芙陽は気にせず歩いているが、愛紗と芙陽の間には言い知れぬ気まずさが漂っていた。

 

その空気に率いていた兵達が辟易しながらも、賊が根城にしているという廃村に到着する。

身を隠しながら近づいて行けば、昼間だというのに酒を飲んでいる男たちの笑い声が聞こえてくる。

 

そして、泣き叫ぶ女の声も。

 

愛紗の目に裸の女が嬲られている光景が映った瞬間、彼女は飛び出した。

 

「悪党共が…覚悟しろ!!」

 

手に持つ青竜偃月刀を振り回し、動揺する賊を次から次へと骸へ変えて行く。

愛紗に続いた兵達も同じように目につく賊へ斬りつけて行き、廃村は一瞬で戦場となった。

 

怒号飛び交う中、芙陽の姿が無い事に気付く。軽く辺りを見回しても戦っている様子もない。

何をしているのかと怒りも湧き上がるが、気にしている場合でもないと戦闘を続け、大将の首を獲ったところで女たちを保護した。

涙を流しながら一か所に集められると、数人の女が忙しなく周囲を見回している。

まるで何かを探しているような必死な姿に、愛紗が声を掛けた。

 

「何をしている?」

 

「子供が…子供たちが捕まっているの!あの子たちはどうしたの!!」

 

「!!」

 

涙を流しながら訴える様子に、恐らく自分の子供も捕まっているだろうことは容易に想像できた。

愛紗の中に焦りが生じる。あの混乱の最中、早々に見切りをつけてこの場を離れた者もいるだろう。その卑怯な立ち回りに憤るが、まずは子供たちを確保せねばならないと兵に命令を出す。

しかし、賊を殲滅するために殆どの家の中は捜索済みだ。状況は悪かった。

 

「子供たちは無事じゃ。少し離れたところにいたのでな、じきに兵が連れてくる」

 

と、そこで掛かった声。探していた芙陽のものだ。

話の内容に女たちは安堵しているが、愛紗はそれよりも単独行動に対する怒りが大きかった。

 

「芙陽殿!一体どこに…」

 

そう叫ぶが、芙陽は愛紗を無視して歩き出す。文句を言おうと愛紗も後を追う。

芙陽が向かった先には賊の死体が集められていた。奇襲であったために幸いこちらの兵は負傷者はいたものの死者を出さずに済んでいる。

芙陽はその賊の亡骸を前にすると、いつものように黙祷を捧げた。

 

愛紗には我慢できない行いであった。

 

「芙陽殿!!単独で行動した挙句、賊如きにそのような態度…我等を馬鹿にしているのですか!!」

 

「黙れ」

 

「黙るものか!この者等はたかが賊だ。我が義の刃に倒れた獣だ!私は畜生などに払う敬意は持ち合わせていない!」

 

愛紗は芙陽を厳しく糾弾した。

単独行動についてや、普段の桃香に対する態度。そしてこの賊に対する黙祷のこと。

しかし、芙陽は黙って黙祷を続けていた。

 

「何も言い返さないのですか?いいえ、言い返せないのでしょう!芙陽殿にどんな信条があるのか知らぬが、貴方のそれは正義ではない!」

 

やがて芙陽が目を開けると、ゆっくりと愛紗に向き、その瞬間愛紗の身体が宙に浮く。

 

「…!?っがあ!?」

 

一瞬の間をおいて、愛紗は吹き飛んで廃屋へ叩きつけられた。

 

「何を…!?」

 

続きの言葉は発することが出来なかった。既に目の前に芙陽がいたのだ。

 

「お主はまるで成長せんな。ぎゃあぎゃあと喚くばかりでうるさくて仕方がない。

 あの者等は人の手により既に沙汰は済んでいる。その骸を辱めるなど獣でもせんよ。

 …良いか。死した者に裁きを与えるのは生きる者ではない。それをしようとするなら、お主は畜生にも劣る」

 

「何…!?」

 

「お主の先の話。聞いていて呆れるしかなかったぞ。

 単独行動?それを言うならお主の暴走はどうなのだ」

 

「私は暴走など!!」

 

「女たちを見て頭に血が上り、碌に情報収集もせず飛び出したのは暴走ではないと?だとしたら軍を去れ。足手まといにしかならん。

 儂が単独で動いたのはお主が暴走したからじゃ。子供たちがどうなるところだったか教えてやろう。

 賊が殺すか連れて逃げるかで揉めていたぞ?」

 

「っ!!」

 

「お主が包囲もせずに突っ込んだからじゃ。ああいう手合は勝てぬと分かれば目的を『逃亡』か『嫌がらせ』かに変える。

 儂が探し出したころには得物を振り上げていたところじゃった。あと一歩で殺されていた」

 

「……私は…!」

 

「さて、あとは儂の桃香への態度か。儂は今、桃香の相談役。時に奴の考えを否定するのも仕事なんじゃが、要らぬというなら儂は去る。その程度の器なら喰う必要も無くどこかで死ぬじゃろ」

 

「私は…間違っていたのか…」

 

うなだれてしまった愛紗を見て、芙陽はやれやれと溜息を吐いた。

 

「お主は全てに正誤を付けようとするな…」

 

「私は正義の心で動く…だから…」

 

「お主の正義は尊いものじゃ。しかし、正義とは一つだけか?」

 

「……」

 

「違うじゃろ。生きるために足掻くことは悪か?生きるために殺すことは悪か?

 正義はお主だけの物ではない。まして"常識"のように他者に求める物でもない。

 "正義"とは己に課した信条の事じゃ。それは誰かに押し付けて良いものではない」

 

「正義を…押し付ける…」

 

「皆が皆お主の"正義"に倒れれば平和か?…それは、桃香の言う平和と果たして同じ物かの?」

 

桃香の夢は『皆が仲良く』だ。愛紗の"正義"を振りかざし、逆らう者を押し潰して手に入れられる物ではない。

 

「自国を繁栄させること。一族と民を守る事。他者と手を取り合う事。それぞれが正義じゃよ」

 

曹操、孫策、桃香を思い浮かべながら芙陽は語る。

 

「それと…お主は今一国の将。正義よりも守らねばならぬものがある」

 

「……民、ですか…」

 

力なく答えた愛紗に、芙陽は優しく頷いた。

 

「分かってきたようじゃの。国とは民。民を犠牲にして成す正義は桃香に無い」

 

「私は…それをしてしまったのか…」

 

「桃香もお主の様子を心配していた。帰ったら話し合っておけ」

 

そう言って芙陽は背中を向け、煙管を取り出しながら歩いて行った。

愛紗はよろよろと立ち上がり、芙陽の名を呼ぶ。

 

「芙陽殿。申し訳なかった。……そして、有難うございました」

 

煙を吐き出しながら、芙陽は手を振った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「その後、桃香様とよく話し合ってな…それ以来視野が広くなったと皆に言われるよ」

 

「そんな事が…」

 

「芙陽殿には感謝している。あの時の事が無ければ、私は桃香様と意見を違えていたかもしれない」

 

「私もです。こうして過ごせているのはご主人様のお蔭ですから…」

 

城壁の上、二人は笑いあう。

 

「それにしても、ご主人様にお説教なんて…羨ましいです…」

 

「月のそれは…何かの病気かと思う」

 

「へぅ…」

 

先程までここにいた少女と同じ人物とは思えない月。一体何があったのか、愛紗には想像もつかない。

 

「個人の趣味嗜好を悪く言うつもりは無いのだが…しかしどこから見ても変態にしか見えんのだ…。

 いや、普段の可憐な姿を見れば純粋に芙陽殿を好いていて、芙陽殿からもたらされる痛みすら快感として感じられるなら……いかん、変態だ」

 

「へぅ…あの、真面目に考察されると恥ずかしいです…」

 

暫く二人でくだらない話をしていたのだが、そこに件の芙陽が現れた。

 

「おぉ、ここに居るとは奇遇じゃの」

 

「芙陽殿、どうされたのです?……まぁ、その手に持つ酒瓶で全て察しましたが」

 

「お主等もどうじゃ?今日非番じゃろ」

 

「芙陽様っ、芙陽様!あの、ちょっと私にお説教してもらえませんか!愛紗さんの話を聞いて羨ましくなってしまって…」

 

「もうその発言が説教ものだが……敢えて無視する!」

 

「そんなっ!……あ、でも、これは何か…これで…」

 

「お主…無敵か…?」

 

珍しく驚愕を露わにする芙陽と、頬を赤く染めていやんいやんと体をくねらせる月の阿保主従。

 

その様子に吹き出しそうになりながら、愛紗は芙陽に言った。

 

「たまにはお付き合いしましょう。星のサボり癖の原因がわかるかもしれません」

 

「バカモン碌に働いてない儂の心が痛むじゃろ」

 

「遠回しに攻撃を…いえ、なんでもありませんよ」

 

「昔はバカみたいに正直な娘だったんじゃがのぉ…」

 

「そんな風に思ってたんですか…」

 

今日はよく眠れそうだと、盃を受け取る愛紗であった。

 




閑話にしては長め。
愛紗との絡みが少なく、桃香説教回で納得するにはちょっと足りないと感じて出来上がった話です。
そこにフットワークの軽い月ちゃんを絡めました。動かしやすいなぁ月…。
次も閑話になるかはわかりません。

「宝くじ買ったから奢ってやるよ!」とホクホクした顔で言ってくる友人。
夢にときめけ。しかし現実は見ろ。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて 其の五

むせる!(確立250億分の1)

またまた閑話だよ!
ピカチュウが「ピカチュー!」と鳴くことに憤慨し兄に相談して「でもしまじろうだって喋
るじゃん」と言われ納得してしまったあの頃。

今回は完全な日常回です。オチナシヤマナシです。


○25.75話 井戸端○

 

城の中庭で、高い金属音が鳴り響く。

そこでは星と鈴々が模擬戦を行っていた。木陰になったところでは葵が座ってそれを眺めている。

 

ここは武官たちのちょっとした訓練場のような扱いとなっている。本来は東屋の傍で庭を楽しんだり茣蓙を敷いてお茶をしたりと、憩いの場として利用されるのだが、武官たちが訓練場まで行くことを面倒臭がった結果、いつの間にか短時間の鍛錬はここで行われるようになったのだ。

 

「にゃっ、にゃっ、にゃー!」

 

「ふん、はっ、ほいっと」

 

鈴々の蛇矛が素早く振るわれるが、星はそれを軽々と避けていく。

鈴々の実力は高い。劉備陣営の武官筆頭は関羽だが、実力で言えば鈴々が最強と言われる。

 

しかし、それは『芙陽陣営』を除けば、の話だ。

 

当然ながら劉備陣営に『雇われている』芙陽達を含めれば、最強の名には十人中十人が「芙陽」と答えるだろう。

そして、その芙陽の一番弟子である星もまた高い実力を持つ。

 

まだ星が公孫賛の下にいた頃、そして劉備たち三姉妹が客将として幽州で働いていた頃。

当然ながら星と鈴々、そして愛紗はそれぞれ模擬戦で優劣を競っている。

その頃は最も勝率が高かったのが鈴々であり、星と愛紗は一進一退で互いを高め合っていた。

今となっては愛紗は書簡に向かう事も多く、なかなか時間を取ることが出来ないのだが、星は毎日のように芙陽に鍛錬をつけられ、的確な指導と強者と相対する経験値を養って来た。

その結果鈴々と並ぶほどの実力を身に着けたのだ。

 

「にゃー!!当たらないのだー!」

 

「お主の槍は当たれば痛いからな。必死で避けるに決まっておろう」

 

「一回当たってみるのだ」

 

「お主阿保だろう」

 

言い合いながらも鈴々の槍は星に襲い掛かり、星はそれをいなしながら隙を見て反撃に移る。

 

「せいっ!」

 

「見えたのだ!」

 

「お主こそ一回当たってみたらどうだ?」

 

「当たったら痛いのだ。鈴々は痛いのは好きじゃないのだ」

 

「なら避けるしかないな」

 

「でも星には当てたいのだ!」

 

「鬼畜の所業だな」

 

鈴々の槍は更に早くなり、星は避けるだけでなく槍を合わせて弾くようになった。

その様子をボーっと眺めていた葵だったが、ふとこちらに近づく気配に目を配る。

 

「葵ちゃーん」

 

その視線の先には傍らに朱里と雛里を伴った桃香の姿。手を振りながら近づいて来る彼女等に、葵はぺこりと頭を下げて答えた。

桃香たちは葵の傍まで近づくと、星と鈴々を見た後その場に腰を下ろした。

朱里と雛里は近くの東屋へ向かい、手に持った茶器や菓子を準備していく。

 

「今日は鍛錬の日?」

 

「はい……桃香様は…?」

 

「私達はお仕事かなー。一段落したから休憩しに来たの。一緒にどう?」

 

「そうですね…」

 

「お菓子もあるよ?」

 

「ご一緒します」

 

ぴょこん、と葵の片方だけ縛った一房の髪が動いた気がした。桃香は気のせいだよねと思いつつ未だ戦っている二人にも声を掛ける。

 

「おーい、星ちゃんに鈴々ちゃんも!一緒に休憩しよーっ」

 

「にゃ!」

 

「おっと」

 

桃香の声に反応した鈴々は大きく槍を振った。急に予想外の動きをした鈴々の槍に星が一瞬目を見開くが、冷静にそれを避ける。

二人はそれを最後に槍を止め、桃香の方へと歩き出す。と言っても鈴々は駆け足であったが。

 

「休憩なのだ!」

 

「もうそんな時間ですかな」

 

二人が布で汗を拭い、揃って東屋に行くとそこには既にお茶や菓子の準備が整っていた。

 

「皆さんもどうぞ。このお菓子、私と雛里ちゃんで作ったんです」

 

「あわわ…お口に合えば…」

 

「美味しいのだ!」

 

「フム、良くできているな…」

 

「だよねー。私が作ってもこうはならないんだよ…何が違うんだろう…」

 

「はわわ…桃香様はその…ご自分で手を加えることが多いですし…」

 

「余計なことをして失敗するんですね」

 

「あわっ、葵ちゃん、言っちゃだめだよ…桃香様も頑張ってるんだから…」

 

「うん、朱里ちゃんも、雛里ちゃんも…もっと厳しく教えてくれていいからね…?

 その気遣い結構胸が痛むから…」

 

それぞれが菓子や茶を手に取り、思い思いに楽しむ。

 

「そういえば今日は愛紗ちゃんと月ちゃんはお休みだけど、芙陽さんは?」

 

「今日は酒屋で目星をつけた品を取って来ると言っていました」

 

「おや、それはご一緒したかったな。葵は行かなかったのか?」

 

「今日は…好きに過ごせと」

 

「置いて行かれたからと拗ねなくても良かろう」

 

「拗ねていません」

 

「暇そうだったから誘ったのだ!」

 

「あーそれで三人で模擬戦してたんだ。……そういえば桂花ちゃんと詠ちゃんは今日は…?」

 

「あわ…あの二人は書庫に籠ってますよ?」

 

「桂花さんが詠さんに資料を見せてます。なんか喧嘩してるみたいな声が聞こえましたけど…」

 

「あの二人は似た者同士だからな。言い合いながらも仲は悪くないと思うぞ?」

 

「あ、わかるかも。政務室で二人の言い合い見たことあるけど、喧嘩してるのにいつの間にか意見が纏まってるの。何が起きたかわからなかったもん」

 

「はわわ、それ見たことないです…」

 

「私見たことありましゅ…言ってることは喧嘩腰なのに言葉の中身はちゃんとした意見でビックリしました…」

 

「間になんか無駄な物挟んで会話してるみたいでモヤモヤしますね」

 

「葵ちゃんなんかやさぐれてない?」

 

「まだ少し拗ねておるのでしょう」

 

「拗ねてないです。……万里と出かけてこようかな…」

 

「万里って桂花さんのお馬さんですか?」

 

「あわ…時々芙陽様が話しかけてるのをみましゅ…」

 

「優しいお姉さんですよ」

 

「あ、やっぱ会話してるんだね。なんとなく皆気が付いてたけど…」

 

「鈴々も話してみたいのだ!」

 

「鈴々、あとで一緒に行きますか?翻訳してあげますけど」

 

「頼むのだ!」

 

「鈴々ちゃん、行くのは良いけどお仕事は終わらせてね?」

 

「もう終わったのだ!」

 

「え、うそ!?」

 

「はわ!?」「あわ!?」

 

「いや、お主等その反応はどうかと…」

 

「だって書簡の仕事だよ!?簡単なものだけど後で一緒にやろうと思ってたのに!」

 

「私が手伝って終わらせました」

 

「字も教えてもらったのだ!芙陽が『仕事を終わらせた方が格好いい女になれる』って言ったのだ!」

 

「はわわ…流石です」

 

「芙陽様…教え方と言うか、人をその気にさせるのが上手ですから…」

 

「確かに、街の子供たちにも何かと教えてるのを何度も見たな」

 

「うーん…敵わないなぁ。愛紗ちゃんも芙陽さんに叱られてから雰囲気変わったし」

 

「あ、賊退治に言った時ですよね」

 

「あれから考え方が変わったというか、柔軟に物事を見る様になりました…」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、葵はまだ生まれてなかったというか…眷属になってない頃だからな」

 

「はい。愛紗は最初からあのような…なんというか、こう…ねっとりとした視線を…」

 

「多分ソレ葵ちゃんに対してだけだよ」

 

「あれ結構怖いです」

 

「またぶっちゃけたな」

 

「あはは…愛紗ちゃん可愛いの好きだから…」

 

とりとめもない話をしていると、そこにやって来た二つの気配。

桂花と詠がいくつかの書簡を手に歩いてきた。

 

「あら、アンタたちここに居たの?」

 

「随分と余裕ね。まぁ政務が落ち着いてきたのはわかるけど」

 

「あ、桂花ちゃんに詠ちゃんもどう?」

 

「お菓子もまだありますよ」

 

「そう?なら頂くわ……ところでなんで葵は拗ねてるの?」

 

「拗ねてません」

 

「芙陽様に置いて行かれたのが寂しかったようでな」

 

「だから拗ねてません」

 

「芙陽?アイツなら城壁の上で酒飲んでるわよ?」

 

「そうなの?もう帰ってきてるんだ」

 

「月と愛紗も一緒に飲んでたから珍しいと思ったわ」

 

「確かに珍しい顔ぶれですね」

 

「詠は参加しなかったのか?」

 

「最近の月は芙陽が絡むと手が付けられないのよ…そこに酒が入るのよ?」

 

「……怖いね」

 

「はわ…何が起きるんでしょうか…」

 

「あわわ…月さん結構大胆でしゅから…」

 

「……ちょっと行ってきます」

 

「待ちなさい、私も行くわ」

 

「落ち着け信者共」

 

「あ、そうだ!今日の夜皆でお月見しない?」

 

「お月見でしゅか?」

 

「うん。月ちゃんと詠ちゃんの歓迎会もしてないし」

 

「今の私の話聞いてた?月にこれ以上酒を飲ませるつもり?」

 

「詠ちゃんも飲めばいいと思うよ?」

 

「解決になってないわよ」

 

「しかし歓迎会は賛成ですな」

 

「御馳走なのだ!」

 

「……お菓子も出ますか?」

 

「勿論!」

 

「はわわっ、では政務の後すぐに準備しましょうか」

 

「あわわ…今日はもうそれほど残ってないのですぐに終わらせてしまいましょう」

 

「葵!万里の所に行くのだ!」

 

「え、どうしたんですか?」

 

「万里にも御馳走食べさせてあげるのだ!」

 

「……そうですね、行きましょうか」

 

「全く、急に決めないでよね。私は芙陽様に伝えてくるわ」

 

「あ、桂花。書簡はボクが持っていくわ。やることはもうわかったから」

 

「それじゃあ皆夜になったらまたここに集合で!」

 




現在いるメンバーの交流を書いてみました。
実はこういうほのぼの過ぎる話が好きだったりします。

一応気を付けてはいますが、誰が何を言ってるのか分からないことは…ないと思いたい。
朱里と雛里が難しい。そして一人称が無いと桂花と詠が難しいことを知りました。
朱里と雛里はどっちが喋ってても違和感ないんですよね。若干雛里の方がどもったりすることが多いのかな?あとは朱里の方が声が大きめだったり。…中の人かな。
葵が若干口数が多いです。会話回なので(笑)
そして何故か鈴々の影が薄くなりがち…嫌いじゃないのに何故だ…。なんていうか、どうやって会話に入って来るのかが掴めません。

閑話のタイトルを変えようか悩んでます。其の○じゃなくて本文頭にしようかと。
閑話も多くなってきたので目次で分かりやすくした方が良いのかと思って。

次回はどうなるか不明です。閑話で書きたいことがあれば閑話になります。
まだ何も書けてないのでどうなるかなぁ…明後日?そんな先の事は分からない。


「死ぬ間際に言いたい言葉は?」
「ちくしょう」
恐ろしいな。

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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乱世の始まり
第二十六話 最期に想うのは


パラライス!(お米天国)

なんか書きはじめたら止まらなくなった作者です!
いやー、勢いで進みました。正直前半は書き直す可能性有です。
原作で献帝どこ行ったねん…なんですんなり北郷が帝になったんだ?

ツッコミ所満載な本作。優しく見守ってね!(切実)


反董卓連合が解散し、桃香たちは平原を治める政務に追われていた。

やっとのことで政情が落ち着いたと思った矢先、今や形だけとなった朝廷からの使者が訪れた。

 

使者が読み上げた書簡の内容は、これまでの功績を称え、徐州の州牧に命ずるという物。

 

使者が去った後、芙陽は詠に聞く。

 

「詠、帝は朝廷に戻ったのか?」

 

「戻ってはいないと思うわよ。劉恊様は朝廷に力が無いことを理解していらっしゃったし、洛陽から逃げる時も漢の時代の終わりを感じていたから。

 今も表向きは行方不明扱いになってる筈よ」

 

「なら、この指令は誰が出している?」

 

芙陽はそこを疑問に思った。帝がいないにも関わらず朝廷がこのような指令を出してくる。この状況は不可解である。

 

「王允辺りが今は仕切ってるんじゃない?天子様がいないと言っても誰かがやらなきゃいけないわけだし。最も、それももういらなくなりそうだけど」

 

「確かに…袁紹さんが軍備を着々と整えてますし…いつ動き出してもおかしくは無いんですよね…」

 

詠が言えば、それに朱里が付け加える。

皆はこの流れを自然に捕えているようだ。しかし、芙陽は拭いきれない違和感を感じていた。

 

芙陽は思った。

いくらなんでも帝不在に対して受け入れすぎている。

 

確かに、朝廷に最早諸侯を抑える力は無い。

そして、仮に詠の言う通り王允と言う者が朝廷を仕切っているとしても、帝の名を使って諸侯に指令を出すなど通常では許されないことである。

 

芙陽の知っている史実ならば曹操が献帝を保護して庇護下に置く筈であるが、そのような話も聞かない。保護して秘匿しているにしても、隠す意味が無い。

確かにこれから史実通りに進めば献帝は曹操の子に禅譲し、呉は孫家が帝となり、蜀は漢の復興を目指し劉禅が即位する。

しかし、芙陽はこの世界に来てすぐに気付いている。

 

歴史上の人物が女性になっている時点で、史実通りに進むとは思えない。全く別の歴史を辿ってもおかしくは無いのだ。

 

「これがこの世界…と言う事か…いや…」

 

「……芙陽様?」

 

影から葵が声を掛けてくる。芙陽の呟きに、心配になったのだろう。

 

「いや、気にするほどでもない。なるようになれ、じゃの」

 

「……」

 

そもそも芙陽は桂花を連れて旅に出た時から史実など無視しているのだ。今更史実を思い出したところで役に立たないだろう。

 

「大丈夫じゃ」

 

「はい」

 

影から顔をのぞかせた葵の頭を撫でる。納得したのか、撫でられて嬉しそうにした後、元の影に戻って行った。

 

一方、桃香たちは徐州州牧任命について話し合っていた。

 

「徐州の州牧かぁ…やりがいがありそうだね!」

 

血筋としては里帰りになる桃香は少し嬉しそうだった。先祖の出身地を自分が治める。その事でやる気に満ちているのだろう。

徐州。土地は広く、交通の便も良い。治めるには難しい地である。

 

「フム……葵」

 

「はい」

 

「先行して情報を集めてきてくれぬか」

 

「優先は…?」

 

葵はまずそれを問う。徐州は広い。葵一人で情報を集めるのは至難の業だろう。だから葵は集める情報について、どれを優先すべきかを聞いた。

 

「そうじゃの…」

 

芙陽は思案する。朱里が言っていた徐州の地形、城、関を思い浮かべる。

芙陽の傍にいた桂花がそれに意見した。

 

「東はどうでしょう?黄巾の乱で大分荒れている筈です」

 

「東…東海じゃな。そこを重点的に調べよ」

 

「承知しました」

 

「頼んだぞ」

 

「気を付けなさいよ」

 

「はい」

 

そう返事をすると葵は気配を消した。

 

「じゃあ、引っ越し作業開始~!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それから急ぎ兵や家財、資料などを纏めて芙陽達は徐州の彭城に向けて出発した。

平原から徐州までは遠い。また、兵を率いて家財なども運んでいるため、その足は更に遅くなる。

数日かけて歩き、徐州に入ってもまだ彭城まで歩かなければならなかった。

 

「そういえば、葵ちゃんって一人で大丈夫なの?」

 

「何を今更…一人で洛陽の城に忍び込んで月たちの情報を一通り揃えてきたんじゃぞ?」

 

「それはそうだけど…」

 

「御心配には及びません」

 

「うあああああ!?」

 

進みながら芙陽と話していた桃香の背後に葵が現れた。桃香は驚きのあまり走ってその場を離れる。

 

「葵ちゃん!なんでそういつも私を驚かすのかな!」

 

「ちょっと楽しいからです」

 

「理不尽!」

 

ギャーギャーと喚く桃香を無視して、葵は芙陽に頭を下げた。

 

「ただいま戻りました」

 

「ご苦労であったな」

 

芙陽は葵をねぎらい、頭を優しく撫でる。

 

「芙陽様、お耳を…」

 

早速報告をする葵。ここは外であるので、葵は芙陽の耳に小声で結果を報告した。

 

「東海の端。廃城にて呂布と思われる部隊が」

 

「ほう…」

 

「今はまだ身を隠していますが、糧食不足は深刻です。じきに腹を空かせて獲物を探すでしょう」

 

「わかった」

 

芙陽が頷くと葵は一礼して離れる。

芙陽はしばらく考えたが、やがて煙管に火をつけて煙を吐き出し、桃香に声を掛ける。

 

「桃香」

 

「うん?なにかな?」

 

「暫く留守にしても良いかの?」

 

「……気になる情報でもあったの?」

 

「ウム、放っておけばお主等にも害が行きそうじゃの。しかし、儂に任せてほしい」

 

「一人で良いの?」

 

「葵は連れて行くが、桂花と星は置いて行く。お主等も抜けられると困るじゃろうしな」

 

「そうだね…有難う。でも、気を付けて」

 

「カカカッ。何、ちょっとした散歩じゃ」

 

そう言って芙陽は桃香から離れ、桂花と星に近づいた。

 

「芙陽様。お出かけを?」

 

「ウム。手負いの獣が見つかっての」

 

「まさか…呂布ですか?」

 

桂花は芙陽の機嫌と行動でそれを見抜いた。星もそれに驚くが、芙陽はケラケラと笑って肯定し、これからの事を指示する。

 

「葵を連れて会いに行く。お主等はこちらで仕事をしておれば良い。何かあれば葵を使わす」

 

「……お気を付けて」

 

桂花は悔しそうに芙陽に言った。着いていけないのが不満なようだ。

 

「済まぬな。此度は迅速を求める。儂等は四本の足で駆け抜けるつもりじゃ」

 

「いえ…行ってらっしゃいませ」

 

芙陽に頭を撫でられれば桂花は文句など言えない。寂しさを胸に押し込めつつ、芙陽と葵を送り出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

徐州の端、国境の近くにある廃城で、恋は城壁の上に立っていた。

反董卓連合との戦。その戦で敗れ、撤退したは良いものの、伝手の無い恋は遠く離れたこの地まで落ちのびていた。

 

そこからは身を潜めながらも細々と活動していたのだが、部隊を養う程の兵糧は手に入れることは出来ていない。

このままではいずれ兵糧は尽き、飢えてしまうだろう。

 

恋と陳宮はこの事態を回避すべく動き回るのだが、なかなかに上手くいっていなかった。

 

「……ちんきゅ」

 

「ハイですぞ!」

 

「……仕事…」

 

「この辺りの大規模な賊は全て壊滅させてしまいました…もうそろそろ兵糧が少なくなってきているのです…」

 

賊を討伐して食料を手に入れても、部隊の人間が食べてしまえば移動するだけの分は無くなってしまう。恋たちはこの城から動けなくなってしまっていた。

軍師の陳宮は頭を捻るが、傭兵として働いても収入は微々たるものであった。

 

焦燥に駆られながらも更なる方法を考えている最中、突如として二人に声を掛ける者がいた。

 

「お困りの様ですね」

 

「「!!」」

 

部隊の人間とは異なる、全く知らない声。すぐさま警戒して声の方向に向けば、そこには導師のような白い服を着た眼鏡の男。

胡散臭い雰囲気を纏い、どこか儚げに立っている。

恋は自らの武器を取り、構える。

 

「……誰…」

 

「これは失礼を。私は于吉と申します」

 

于吉と名乗った男は恋の殺気を向けられておきながら、平然と自らの名を名乗る。

目の前の男が武勇に優れているとは思えない。しかしながら恋の殺気をまともに受け止め、少しも動揺せず立っていることに二人は更に警戒を強めた。

 

「そう警戒しないで。私は敵対するつもりはありません」

 

「……」

 

「怪しさ抜群なのです!何が目的ですか!」

 

「今日は一つ交渉を、と思いまして」

 

于吉は演技がかった身振りで目的を話し始めた。

 

「私達はあることを目的に活動しています。そのために貴女の力を借りたいのです。

 その対価としてそちらに必要な物資などを提供しましょう」

 

「……」

 

「目的とは何なのです?それが分からなければ交渉も出来ないのです」

 

「その目的とは……『天の御使い』、芙陽の抹殺」

 

「……!!」

 

「あの者は人ならざる身でありながら、人に紛れ、人の上に立ち、人を誑かしています。

 このまま力を付ければこの大陸は獣の手に落ちる。それは人として許しがたいでしょう?

 それを阻止するためにあの獣は排除してしまおうと言う訳です」

 

于吉はそれからも饒舌に語った。

芙陽と言う妖がどんな存在なのか。

天地と共に生まれながら、天に味方せず、人を喰い、戦乱の中に現れては暴れまわり、天に刃を向けたこともある。

そんな存在が『天の御使い』を名乗り人を導く王の傍に立つなど許されないと。

 

恋は暫く黙って聞いていたが、その手に持つ方天戟を降ろすことは無かった。

 

「私達は貴女があの獣とまともに斬り合ったと聞き、是非ともお力添えをと思いこれまで探しておりました。貴女も負けたままではいられないでしょう?

 どうですか。私達と共にあの妖を討伐しましょう!私達が力を合わせれば、あのような獣一匹簡単に仕留めることが出来るでしょう!

 そうなれば貴女は歴史に名を遺す大英雄としていつまでも語り継がれることになりましょう」

 

于吉は両手を広げて叫ぶように語った。まるでそれが既に英雄譚であるかの如く、高らかに語った。

恋は最後まで武器を構えたままだった。

 

暫く無言の時が流れ、于吉は広げた両手を下げて恋に向き直る。

 

「……如何です?」

 

「……去れ」

 

呂布は静かにそう言った。

 

「……残念です」

 

「…!」

 

「なっ!?」

 

交渉が決裂したことを悟った于吉は、それまであった儚げな雰囲気は微塵も無くなり、濃密な殺気を放ち始める。

 

「……ちんきゅ、離れて」

 

「分かったのです!兵に警戒を呼び掛けてくるです!」

 

恋はこの殺気から陳宮を守るように前に立ち、動けるうちに指示を出す。陳宮は事態を悟ってすぐさま行動を起こし、その場を離れて行った。

 

「我等と共に来ないというなら邪魔になるだけです。ここで排除しておくのが上策でしょう」

 

「……」

 

明らかな敵対宣言。恋は方天戟を握る手に力を込めた。

于吉は不気味な笑みを作ると、懐から札を何枚も取り出した。

 

「私は左慈ほど体術が得意ではありません。戦うのはこれに任せますよ」

 

言いながら、札を手前に投げる。

 

「出でよ」

 

「っ!?」

 

地に散らばった札は、于吉の言葉と共に怪しげな暗い光を放ち、そこから煙のような物が噴き出した。

煙は一瞬で形取り、そこからさらに色が付きはじめる。

 

見る間にそれらは人の姿となった。

 

数にして10。しかし、気配が感じられない事に恋は首を傾げる。

少し観察すれば理解した。それらは人ではなく人形であった。

于吉と同じような白い導師の服に、首から上は頭巾のようなもので隠れて見えない。

全員が手に剣や槍を持ち、ゆらりと恋へ近づいて来る。

 

この光景に恋は動揺したが、人形とはいえ相手が人の形ならばやることは同じ。

 

恋は白い人形に向けて足を進めた。

互いが間合いに入った瞬間、双方の武器が振るわれた。

 

恋は思いのほか苦戦した。

 

人形たちの動きは速かった。また、それぞれが武将と並ぶような強さを誇った。

それだけならば恋は苦戦しない。しかし、人ではないこれらに気配はない。囲まれてしまえば何度も危機に陥った。

 

「フッ、っ!」

 

目の前の人形を切りながら、返す刃で背中を狙う剣を弾いた。

しかし、目の前に斬られたはずの人形が再び恋に剣を振るおうとしていた。

 

「!?」

 

すかさず半身を捻ってそれを躱す。

彼等は人形。痛みを感じず、切ったところで怯むことなど無い。

 

「くっ、はあ!」

 

何度も、何度も斬りつけた。

時に人形の腕を根元から斬り飛ばしたり、胴から二つに斬ったりもした。

 

しかし、人形は一度倒れたかと思えば、煙となって再び元の人型に戻ってしまう。

 

ならば元となる術者を狙う。だが、そうしようとすればすぐさま人形たちが行く手を塞ぎ、恋の行動を阻害した。

その障害すらも吹き飛ばし、于吉の眼前に迫る。

 

「フゥッ!」

 

一瞬で方天戟を握りなおし、于吉の首を刎ねるために振る。

 

「惜しいですね」

 

しかし、その刃は寸前で二本の剣に止められた。

 

いつの間にか于吉の後ろに新たな二体の人形が生まれていた。

 

「素晴らしい武です」

 

于吉の言葉と同時、恋の背後から人形が斬りかかる。

 

「しかし、いつまで持ちますか?」

 

襲い来る刃を躱し、大きく飛んだ。

 

しかし、着地地点に素早く接近した人形が再度恋に攻撃を加える。

 

「ぐっ!?」

 

まだ体制を整えていなかった恋。方天戟で受け止めたものの、吹き飛ばされてしまう。

勢いを殺すことも出来ないと判断した恋は、城壁の淵に足を掛け城壁の内側、城の中庭へと飛んだ。

 

通常の人間ならば少なくとも大怪我を負う高さ。最悪着地に失敗すれば死に至る。

自ら身を投げ出した恋は、猫のように態勢を整えて着地した。

 

周囲では武器を持って走っていた兵が、何事かと立ち止まる。

 

「恋殿!!」

 

その兵の近くに陳宮がいた。警戒態勢を敷くために指示を出していたのだ。

 

「恋殿…!」

 

「下がって」

 

駆け付けようとしていた陳宮を諌める。上を見れば、人形たちが次々に城壁の上から飛び降り、恋に向かってきていた。

于吉も飛び降りる。どこから見ても武術など出来そうもない細身の男は、危なげもなく着地していた。

 

「ねね、兵を近づけたら、駄目」

 

「恋殿!?どうしたのですか!」

 

「この白いの、強い、死なない」

 

「なんですと!?…くぅっ……近づいたらダメなのです!周りを囲むですよ!!」

 

恋の指示に従い、すぐさま兵に命令を出す陳宮。その間にも、白い人形たちは恋に迫っており、于吉は人形二体を傍に置いてそれを見ていた。

 

「さあ、もう一度」

 

「くっ!」

 

于吉の言葉通り、先程と同じような展開となった。

囲まれた恋が必死になって攻撃を防ぎ、やっとのことで包囲を抜け出して于吉を狙っても、傍に侍る二体に防がれてしまう。

 

「弓です!弓でアイツを狙うのです!」

 

陳宮が指示を出して兵達が弓で于吉を狙う。

 

「邪魔しないでくださいよ」

 

しかし、新たに出現した人形四体が放たれた矢を弾き、体に矢を当てることで于吉を庇う。

四方を人形に守らせ、その内で二体が控えている。状況は最悪であった。

 

繰り返される戦闘に、『天下無双』と謳われる恋も息があがって来る。

 

「っはあ!!」

 

しかし、恋は諦めない。こんなところで諦められるわけがない。

脳裏に浮かぶのは、自分の限界を超えたあの闘い。

芙陽との再戦を果たす。それを夢見て、生き延びたのだ。

 

再び人形を吹き飛ばし、于吉に迫る。

人形二体が于吉の前に出た。この二体が一瞬でも時間を稼いでしまえば、また後ろから襲われてしまう。

目の前の二体が恋に向かって剣を振るう。これを受け止めれば、また後ろの人形に追いつかれてやり直しになってしまう。

ならば受け止めなければいい。かといって、無視できるような軽い攻撃ではない。

避けて通れるならそれでもいい。しかし、二体を避けてしまえば遠回りだ。この人形の速さなら十分に対応できる間が出来てしまう。

 

ならば。

 

「っ!」

 

「なっ!?」

 

すり抜けてしまえば良い。

恋は迫りくる二本の剣の下を滑り抜けた(・・・・・・・)。腰を落とし、すぐ起き上がれるように足を前に出し、走った勢いを利用して滑った。

 

スライディング。

 

速度を落とさず二体の間をすり抜けた恋に、于吉が目を見開く。

その一瞬の間に恋は于吉の眼前に迫り、方天戟を繰り出した。

 

 

 

しかし

 

 

 

「ふっ」

 

「っ!?ぐあっ!!」

 

于吉は神速で繰り出された恋の攻撃を軽々と(・・・)避け、恋の腹に掌底を打ち込んだ。

その細腕からは想像もできない威力を持った掌底は、恋の身体を易々と吹き飛ばす。

 

「言ってませんでしたね。武術は左慈ほどではありませんが、出来ないとは言ってません(・・・・・・・・・・・・)

 

ゆらっと構えた于吉が言う。その姿には然程の隙も見当たらない。

 

吹き飛んだ恋は地を滑りながら態勢を整えるが、周囲は既に人形たちが囲んでいる。

一斉に振るわれた剣や槍を弾くが、一撃を喰らい動揺した恋は次第に追い詰められていく。

 

「恋殿ぉ!!」

 

陳宮の悲痛な叫びを聞いて、余程自分が辛そうなのかと思った。

しかし、恋は再び武器を握る手に力を籠めた。

 

「はあぁ!!」

 

気合を声に乗せ、方天戟を大きく振って人形を吹き飛ばす。

 

于吉に迫るため走り出そうとした時、恋の視界には映った。

 

 

二体の人形がすぐ目の前に迫っている。

 

 

于吉の傍にいた筈の二体だ。今まで于吉から離れることの無かった二体が、この時に限ってここまで迫って来た。

 

二体は既に剣を振り上げている。対して、恋は今方天戟を振り終えたばかり。

防御に出ようとも間に合わない。避けようとも、走り出すために崩れた体制では完全には逃れられない。

 

『天下無双』であるからこそ確信してしまった。確信出来てしまった。

 

(ここまで…)

 

諦めてはいない。まだ足掻いて見せる。しかし、足掻いたその先が見えてしまった。

 

全力で方天戟を引き戻し、足は回避のために動かしている。

 

(芙陽…)

 

しかし、恋の目は閉じられた。その瞼の裏に、金色の光を思い浮かべながら。

 

「あいたい…」

 

それは果たして恋の口から出た言葉か、あるいは恋の脳裏で浮かんだだけか。

しかし、時が止まったように、次の言葉がやけにはっきりと聞こえてきた(・・・・・・)

 

 

 

「あぁ…会いに来たよ、恋」

 

 

 

その瞬間、高い金属音と何かを斬る音が聞こえ、恋は思わず目を開けた。

 

 

目に入ったのは太陽のような金色の光。

 

振るわれた白銀の刀は、周りの人形を纏めて斬り飛ばした。

 

「……久しぶり」

 

「カカカッ、暢気なものじゃの」

 

ケラケラと笑う声を聴いて、心が平静を取り戻した。

 

「お礼とかは…あとで」

 

「そうじゃの」

 

声を聴く度に力が湧いて、方天戟を持って立ち上がる。

 

 

 

「やられたら……やり返す…」

 

「倍返しじゃの」

 

 

 

大陸の二強が、並び立った。

 




イェア。ピンチにライバル登場、王道だね。熱いね。

さて、とうとうはぐれ管理者が動き出しました。
あれ?于吉ってこんな強かったっけ?って思った皆さま!……敵だって修行はすると思いますよ?(汗)
だから恋が苦戦してもおかしくは…ない…。

帝に関しては完全に作者のねつ造設定です。深くは突っ込まないで頂けるとありがたいです…。

さて、次はどこまで進むかな、と…。
出来るだけ気長にお待ちください。作者からのお願い!


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十七話 恋

ヒーロー見参!
儂の名前は芙陽だー!そこんとこヨロシク!(ペコ感)

↑前回ラスト。
すいません、『反董卓連合編』から新しく章を設定するのを忘れていた作者です。
最近は風が強くて一層寒さを感じますね。蛍族には辛い季節です。火は付かないし。
于吉の嫌われっぷりに笑いました(笑)恋ちゃんを苛めたのは許されないみたいです。

本編ですがちょっとだけ短め。


「さて、どうしてくれようかの?」

 

恋と並びたち、白い人形が蘇るのを見ながら、芙陽が構えた。

 

「芙陽…白いの、死なない」

 

「ほう?不死の傀儡か。妖術じゃな」

 

言葉足らずな恋の説明で芙陽は理解した。何故恋がここまで追い詰められたのかを考えればすぐにわかる事であった。

 

「これは…予想外の事態ですね」

 

一方、于吉はそう言いながらも余裕な笑みは変わらない。あの呂布を容易く追い詰めたのだ。于吉にはある程度自信があった。

 

「お主は何者かの?」

 

「私は于吉と申します」

 

于吉が名を名乗ると、芙陽はあることを思い出した。

 

「そうか。お主が貂蝉の言っていた"元管理者"か」

 

「ほう、あの化物と既にお会いになられましたか」

 

「ウム、どうやら儂が目障りなようじゃな?」

 

「えぇ。我等の大望、『自由』のため、貴方には死んでもらいます」

 

于吉は芙陽を指して言う。しかし芙陽は興味なさげにそれを鼻で笑った。

 

「はっ。その割には攻めが温いの」

 

「しかし、私の傀儡兵は不死。更に数は無限に等しく生み出せます。これらにどこまでやれますか?」

 

そう言って于吉は懐から札の束を取り出し、周囲に撒く。たちまちそれは人の形となり、人形は合せて30となった。

 

「……はぁ…恋、お主はもう少し頭を使って戦え」

 

「……?」

 

だが、芙陽は呆れたように構えを解く。その態度に于吉はピクリと眉を動かした。

まるで『楽勝』とでも言わんばかりの芙陽に、確かな苛立ちを感じた。

 

「良いか?死なないなら、退場させてしまえば良い(・・・・・・・・・・・)!」

 

言いながら芙陽は人形に詰め寄り武器を弾くと同時に襟を掴み上げ、思い切りそれを放り投げた(・・・・・)

 

「そおい!」

 

ブオンッと空気が揺れる音を残し、投げられた人形は遥か彼方へ飛び去って行く。

 

「城外ホームランじゃ!」

 

投げているだけなのでどちらかと言えば遠投(レーザービーム)である。

 

「はっ!?」

 

「……わかった」

 

流石に于吉はこの対処に動揺し、恋は素直に頷いて近くの人形を掴みあげる。

 

「かっとばせー、りょーふー」

 

「……やぁ」

 

気の抜けた声とは裏腹に、またも音を立てて見えなくなった人形。

それからは先程とは一転し、芙陽達の一方的な展開となった。

 

「そいそいっと」

 

「…とんでけ」

 

芙陽と恋は人形の攻撃を躱し、時に弾きながら腕や襟、足等を掴むと、片手で軽々と思い切り城壁の外へと放り投げる。

于吉は慌てて人形を量産するが、二人がかりで次から次へと投げられてしまうため、次第に追い詰められていった。

 

「やはり、今は仕留めきれませんね。残念ですが、今日はここで…っ!?」

 

「…やりかえす」

 

「ぐぉああっ!?」

 

芙陽に注目しているうちに于吉に接近した恋は、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。

咄嗟に全身に力を入れ、狙われた腹の前で両手を構えて防御の態勢を取るものの、恋の拳はその防御を打ち砕いて腹に達する。

 

于吉は身体を折り曲げながら吹き飛ぶが、やはり普通の人間よりは丈夫に出来ているらしい。倒れることなく地を滑りながら着地すると、忌々し気に二人を見据える。

 

「くっ…やられましたね」

 

「さて、于吉と言ったか?」

 

「……なんでしょう?」

 

不機嫌を隠すことも無く芙陽に答える于吉。だが、芙陽はそんな于吉に関係ないとばかりにニヤニヤと笑うと、口を開いた。

 

「今日のところは見逃してやる。もう少し力を付けたら直接儂を倒しに来い」

 

「!?」

 

余りにも見下した発言。冷静な于吉でさえこれには青筋を浮かべて睨む。

 

「お主等が何を目的として儂を殺そうとするかなど、さしたる興味も無い。ただ、儂を殺すならもう少し楽しませてくれ」

 

「その割に、呂布は奪われたくない様子ですが?」

 

「こやつは儂のお気に入りでな。お主等にくれてやることは無い」

 

恋の頭をポンポンと撫でながらケラケラと笑い、懐から煙管を取り出す。

最早この戦いは芙陽の中で終わっているのだ。

 

于吉は苦虫を噛み潰したような顔を隠しもせず、人形を出現させるとそれらに運ばれて去って行く。

 

「化物め…必ず排除してあげますよ」

 

「そういう小物じみたことは言うものではない。言霊に引っ張られるからの」

 

煙を吐きながら芙陽が言い返すと、鼻を鳴らして今度こそ姿を消した。

 

于吉とその人形が姿を消したことで、周囲にいた兵達から緊張が解ける。

しかし、緩んだ空気に陳宮が喝を入れた。

 

「なに気を抜いているですか!まだ『天の御使い』がいるのですよ!」

 

その言葉に再び武器を握る兵士たち。

陳宮の言う通り、まだこの場には芙陽がいる。自分たちの大将である恋の窮地を救ったからと言って、彼等にとって芙陽は恐怖の対象に他ならない。

恋の持つ絶対的な武になによりの信頼を置いていた彼等は、その恋の猛攻を容易く受け止め、勝利してしまう芙陽に心底恐怖していた。

 

しかし、当の本人は気にするでもなく隣に立つ恋と緩い空気を醸し出している。

 

「と、お主の軍師は言ってるが?」

 

「……闘いに、来たの?」

 

「いや?劉備がこの徐州の州牧になったからの。ちと調べてみたらお主がいると聞きつけて、会いに来ただけじゃ」

 

「…そう。………芙陽」

 

恋は芙陽を正面から見つめる。

 

「どうした?」

 

「ありがとう」

 

そう言った恋の表情は、幽かにではあるが確かに笑っていた。

窮地を救われたことに対しての礼だろう。先程も『お礼は後で』と言っていた。

その顔を見た芙陽は少しだけ驚きながらも、優しく微笑んで頭を撫でる。

 

「なに、儂はお主を気に入っておるからの」

 

「うん」

 

恋は大人しく目を細め、気持ちよさそうに撫でられていた。

 

「……芙陽」

 

「どうした?」

 

恋が再び芙陽を見つめる。芙陽も、同じように答えた。

 

「…やろう」

 

「……ほう?」

 

恋から好戦的な視線が向けられた。

『やろう』。その意味は芙陽も理解している。芙陽がするつもりの無かった決闘をしようと言っているのだ。

唐突とも言える変化に芙陽がニヤリと笑った。

 

「突然じゃな」

 

「勝ったら……傍にいて」

 

「傍に?」

 

「ん…」

 

コクリと頷く。

 

「つまり、お主が勝てば儂にお主に付けと?」

 

「そう」

 

肯定した恋に、芙陽は笑みを深くした。

恋の提案は突然な物に聞こえるが、実は恋の中ではそうでもなかった。

 

あの闘いからこの城まで逃れたのは、戦闘の中で何より陳宮や部隊の兵を守るためだ。

しかし、兵を養うために奔走する中で常に思っていたのは芙陽との再戦。そして、再戦の先。

あの命のやり取り。殺伐とした空気の中、恋は芙陽との絆を育んだ。互いに心の臓を曝け出し、息の根を止めんと刃を向け合う最中に、恋はどうしようもない程芙陽に好意を感じていたのだ。

 

そして、再戦を望む日々で思い浮かべたその先の事。

どのような形なのかは自分でも分からない。ただ、芙陽と共に歩む未来が欲しくなった。

 

今まで並ぶ者は無く、自らに向けられるのは恐怖心のみ。共に歩む陳宮でさえ恋には敬愛を向けてくる。

恋はそれを受け入れた。嬉しいとも思っている。しかし、それは『与える側』でしかなかった。

 

そこに現れた芙陽。初めて対峙し、刃を交わらせたときに確信した『自らよりも上の存在』であること。

自分の全力を全て受け止める芙陽に、恋は夢中になった。

力の限りを叩き込む。それはまるで甘えているようだった。

それを受け止めた芙陽が賞賛してくる。親に褒められた子供の様に、恋は唯喜んでいた。

 

恋か、友情か、それとも親に対する親愛か。この気持ちを言い表す言葉を、恋は持っていなかった。

故に、『傍にいたい』

だからこそ、その手段を恋なりに講じたのが『決闘に勝つ』事であった。

 

芙陽は恋の思惑をおぼろげながらに読み取った。

そして、再び頭を撫でて提案する。

 

「なら、こうしよう。『勝った方に付く』……これなら公平じゃろう」

 

芙陽の提案に恋は一度目を見開き、意味を理解すると頬を赤らめて微笑んだ。

勿論恋に不満は無い。この場合、どちらが勝ったとしても恋の望みは叶うのだ。

 

「と言う事じゃが、陳宮と言ったか?お主はこれで良いか?」

 

恋から反対は出ないので、芙陽は近くでやり取りを見守っていた陳宮に確認を取る。

 

「反対に決まっているのです!」

 

陳宮は顔を真っ赤に染めながら怒りを露わにする。

 

「お前のような訳も分からない危険な奴が呂布殿の傍にいるなど、許さないのです!」

 

「そうか……他の兵はどうか?」

 

陳宮の怒りを軽く躱し、芙陽は周囲の兵に呼びかけた。

兵達に動揺が奔る。この時代、一般の兵卒に声を掛け、意見を求めるなど見られないからだ。

慣れない発言権にそれぞれが辺りを見回し、なかなか口を開く者はいなかったが、やがて一人の男が言う。

 

「我々は呂布将軍に従います」

 

その一言を皮切りに、周囲にいた兵達も口々に言う。

 

「はい、我等は呂布隊。たとえその先が修羅道であっても付いて行きます!」

 

「俺は呂布将軍を信じています!」

 

「そうだ!我ら呂布隊、心は一つ!!」

 

『応!!!』

 

盛り上がった兵士たちに、恋は微笑んで呟いた。

 

「……ありがとう」

 

その呟きは兵達には聞こえなかったが、その微笑みは恋の気持ちを確かに届けた。

 

「陳宮、まだ反対かの?」

 

「ぐぬぬ……」

 

「ねね…」

 

恋の悲し気な視線を受けて、とうとう陳宮が折れる。

 

「恋殿ぉ……もうわかったのです!

 恋殿が負けることなど無いのですから、ちょっと強い兵が増えるだけなのです!」

 

「そうだ!陳宮様の言う通りだ!やっちまってください将軍!」

 

「頑張れ将軍!」

 

「『御使い』なんて一捻りですぜ!」

 

「中庭空けるぞ!俺たちは城壁から応援だ!」

 

「外の見張り増やせ!誰にも邪魔させるな!」

 

「酒持って来いなのです!飲まなきゃやってられないのです!」

 

「陳宮様大丈夫か!?これなんか絵面ヤバくないか!?」

 

「大丈夫だ!問題ない!」

 

「行くぞ野郎ども!」

 

「応!」

 

一気に話がまとまり、慌ただしく動き出す兵達に、芙陽はケラケラと楽しそうに笑っていた。

 

「カカカッ!良い、良い兵達じゃの」

 

「皆……大事」

 

「そうじゃの。よくここまで育てたの」

 

芙陽は煙管を咥えながら動き回る兵を見守り、恋は少しでも体力を取り戻すため、木陰に座り込んでいた。

 

やがて兵士たちは中庭からいなくなり、城壁の上でぎっしりと集まって対峙する芙陽と恋を見て盛り上がっていた。

陳宮は兵士たちに囲まれて座っているが、両手に食料を持って一心不乱に頬張っている。傍らには水が置かれており、どうやら酒は取り上げられたようだ。

 

「呂布様ー!」

 

「負けるな将軍ー!」

 

「うおぉ…」

 

「どうした?」

 

「賭けの胴元したんだがよ…全員呂布将軍に賭けやがって…俺、腹斬るかもしれねぇ…」

 

「バカだろお前。部隊の名前言ってみろよ」

 

「あ?呂布隊だろ?……あっ」

 

「バカだろ」

 

盛り上がる兵士たちの視線を受け止め、二人は武器に手を掛けながら会話した。

 

「さて、休憩は十分か?」

 

「ん……いつでも、いける」

 

自分で言う通り、恋の表情には疲れなど少しも見て取れない。体調は良好なようだった。

 

「ならば……来い!」

 

「…スー……フッ!」

 

芙陽が行った瞬間、一度息を吸い込んでから恋が地を蹴る。

爆発的な加速で芙陽を間合いに捉え、方天戟が振るわれた。先端が見えなくなるほど速く振られた刃は、しかし芙陽に阻まれる。

 

あの日の光景。二人が武器を合わせた瞬間、衝撃波が生まれた。

 

それから二撃、三撃と続き、芙陽がそれを受け止める度に、周囲の草木が突風に揺れる。

芙陽が大きく刀を振り反撃に出ると、不利と感じたのか恋は一度後ろに飛んで距離を取った。

 

「足運びと戦術…完全に改善されているな」

 

「……頑張った」

 

「カカカッ!そうかそうか…なら、この前よりも更に楽しめるな!」

 

芙陽が笑う。それに合わせる様に、恋も微笑みを返した。

 

芙陽と恋は絶えず笑っていた。まるでこれが自分たちの遊び方なのだと示す様に。

恋は思う。唯々、楽しいと。

一撃一撃がお互いの命を刈り取ろうと殺気を向けてくる。一歩間違えばすぐにでも死んでしまう。そんな中で、恋はこの遊びをいつまでも終わらせたくないと感じた。

 

繰り出す刃に、殺気と親愛を。そんな矛盾した二つの思いを込めて、全力で芙陽の命を狙う。

 

先の于吉との戦闘とは全く異なる緊張感。

高揚した思いが、恋の力をどこまでも引き上げる。

 

身体が熱かった。一撃を防がれるたび、『早く次の一撃を』と更に四肢が熱を持った。気を抜けば喜びに足が震えてしまいそうだった。

それらを無理矢理押さえつけ、全力以上の力を乗せて方天戟を叩き込む。

その一撃を、芙陽はいつまでも受け止めてくれる。

その度にまた、恋の喜びは一層深まるのだ。

 

この思いをなんと名付ければ良いのだろう。

 

恋にはまだ分からなかった。今は考えなくても良いとすら思っていた。

今はただ、目の前の芙陽に自分の全てをぶつけるのみ。

 

 

化物二匹。命を懸けたじゃれ合いは、まだまだ終わりそうになかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「美羽様~!」

 

袁術の下に、名を呼びながら駆けつけて来たのは筆頭軍師の張勲であった。

劉備を攻めるため、動きを気取られるギリギリまで近くに遠征してきた袁術軍の天幕の中で、袁術は蜂蜜水を飲みながら張勲を迎えた。

 

「お~、お帰りなのじゃ、七乃!」

 

「もう!そんなにたくさん飲んで、夜に厠へ行きたくなっても知りませんよ~?」

 

「だ、大丈夫なのじゃ!」

 

「ふーん…まぁそれなら良いんですけどね~?…それより、呂布さんから返事来ましたよ」

 

そう、徐州に送った間諜からの報告で呂布の存在を知った張勲は、この戦闘だけでも味方に引き入れようと画策した。

そのため進軍を一時停止し、呂布の下に交渉の使者を送っていたのだ。

 

「交渉は成功しました~。これで『天の御使い』の相手は任せられますね~。全くお馬鹿さんは利用しやすくて良いですね~」

 

「全くじゃの。御使いなど呂布に押し付けて妾達はさっさと劉備を倒してしまうのじゃ!」

 

袁術達は呂布の居場所を掴んだ瞬間から、芙陽の相手をさせるつもりだったのだ。

『たった一人の過剰戦力』と言われる芙陽である。ならば、『過剰戦力』である呂布軍を向かわせればその力を抑えられると考えた。

 

「しかも~なんだか最近腕の立つ人が仲間になったらしいんですよ~。これはもう劉備さん涙目ですね~」

 

「フハハハハ!これでもう何も怖くないのじゃ!」

 

この場に他の誰かがいれば気付いたであろう袁術の危ない発言には、二人とも気付かなかった。

 

張勲の作戦は以下の通りである。

 

まず、既に呂布には旗を隠して進軍するように言っており、劉備達は所属不明の部隊がいることで訝しむ。

そして、戦闘開始と共に呂布が勢いよく旗を掲げることで動揺を誘い、その隙を突くのだ。

不安材料である『天の御使い』は、呂布が現れたとなれば必ずその相手となるだろう。部隊丸ごとを相手にするには、かなりの時間を稼ぐことが可能だ。

 

「更に更に~!宣戦布告はギリギリまで近づいてからにすれば、相手は碌な準備も出来ませんしね~」

 

「一分の隙も無い、完璧な作戦じゃの!」

 

会話の節々に不穏な気配が漂うが、やはり気付く者はこの場にはいなかった。

 

「さて、これから少し遠回りをして呂布さんを迎えに行きましょうか~」

 

「面倒じゃが仕方ないの、進軍じゃ!」

 

 

こうして、袁術軍による徐州侵攻作戦が開始された。

 

乱世は既に始まっている。




サブタイの読み方は「れん」か「こい」か。
恋が自分の気持ちを自覚していないのでどちらとも言えませんね。

あれだけ引っ張っておいて再戦は大幅カット!どういうこったい。
すいません…。作者の力不足により初戦以上の戦闘描写は難しかったです(涙)
そして袁術達の小物感。たまりませんね。
明日から月曜と言う名の地獄なので更新は週末くらいになるかもしれません。勿論筆が進めば投稿します。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて 其の六

閑話です。

ようやっと仕事が終わって正月休みに入りました。
今回の閑話はちょっと毛色を変えてみました。


ある山の、ある所に、一匹の子狐がいました。

 

子狐はまだ体も小さく、臆病でしたが、今は亡き母を思い出しながら一生懸命に生きています。

小さな生き物を見つけては捕まえて食べたり、食べられそうな木の実を見つけてはそれを採って食べたりと、その日その日を精一杯に過ごしていました。

 

子狐は今日も森の中を歩き、食べられるものを探します。

 

しかし、今日はまだ一回も食べ物を見つけることは出来ていませんでした。

鼠を見つけても逃げられ、木の実を見つけても木が高すぎて子狐にはまだ登れません。

お腹が空いて気を落としながらも、子狐は歩き続けました。

 

すると、今までは来たことが無い場所で、立派な李が生っている木を見つけました。

 

子狐はその時初めて李の実を見ましたが、すぐに『あれは美味しそうだ』と思いました。

喜んで木に飛びつき、李を落とそうと爪を立てて登ろうとしますが、子狐が登れる位置よりも少しだけ高い場所にある李にはなかなか届きません。

何度も何度も失敗し、時に地面に体を打ち付ける様に落ちてしまうこともありましたが、子狐は諦めませんでした。

 

届きそうで届かない。

その状況が、子狐に『もう少し頑張れば』と思わせました。

 

しかし、何度やっても李に届くことはありませんでした。

子狐はお腹が空き過ぎて、と言うよりも小さな体の少ない体力を使いすぎて、やがて疲れ果ててしまいました。

 

『少しだけ休もう』

 

そう思ってその場で体を丸めて目を閉じます。

子狐は休みながら大好きな母親の事を思い浮かべました。

 

いつも食べ物を持ってきてくれた優しい母親。

眠るときに体をくっつけると、とても暖かくて安心できました。

 

今は眠るときも怖くて安心して眠ることなど出来ません。

食べ物も、現に苦労しています。

 

子狐は寂しくなって、目を閉じたまま小さく、悲し気に鳴きました。

 

 

その時。

 

 

子狐の背後から、ガサガサッと草木を掻き分ける音が聞こえて、子狐は慌てて飛び起きました。

逃げようと四本の足に力を入れたその瞬間、木の間から現れたのは大きな狐でした。

 

子狐が今まで見たことも無いような大きな狐。

記憶に残る母親とは比べ物にならないほどの大きさです。

 

子狐は恐怖でその場を動くことが出来なくなってしまいました。

 

大きな狐は子狐を見ると、見た目の怖さとは逆に優しそうな声で喋りました。

 

「悲し気な声を頼りに来てみれば、なんとまあ小さき同族か」

 

大きな狐は子狐を怖がらせないよう、その場で腰を下ろして語りかけます。

子狐も、大きな狐が自分の事を『同族』と言った事が驚きで、逃げることなど忘れてしまいました。

 

大きな狐をよく見てみれば、その毛並みは太陽のように綺麗に輝いていて、尻尾も大きくてフサフサでした。

子狐は最初ほど怖がりはしませんでしたが、それでも近づくことはせずに大きな狐を警戒しながらジッと観察していました。

 

しかし、大きな狐は子狐の反応を気にもせず、チラリと周りを見ると李の生る木を見つけました。

 

「あの李が欲しかったのか。お主の小さな身では難しかろう」

 

李の木に爪の跡が幾重にも重なっていることを見つけた大きな狐は、ゆっくりと立ち上がると李の木に近づきました。

子狐は立ち上がった大きな狐に警戒を強めますが、大きな狐は木に近づくと、その大きな体で器用に李を二つ採り、一つを子狐の前に置きました。

 

子狐は目の前に置かれた美味しそうな李に飛びつきそうになりますが、大きな狐が近くに居るためなかなか動こうとはしませんでした。

 

しかし、やがて我慢の限界が訪れて、子狐は恐る恐る李の匂いを嗅ぐと、それからは一心不乱に齧り付き、夢中になって食べ始めました。

 

「クフフ…慌てずとも良い」

 

大きな狐はそんな子狐を見て優しそうに言いながら、自分もゆっくりと李を食べ始めます。

 

「ウム、甘いのぉ」

 

大きな狐は満足げにそう言い、李を食べていましたが、不意に視線を感じて振り返りました。

そこには、尻尾を振り回しながら此方を見つめる子狐がいました。

 

「もう喰ってしまったのか。もう一つ喰うか?」

 

大きな狐は問いかけながらも既に李を採ろうと体を起こしていました。

そして先程と同じように二つ採り、今度は両方とも子狐の前に置きました。

子狐は先程とは違い、今度はすぐに勢いよく食べ始めます。

 

「李が気に入ったか。なら、早く自分で採れるようにならなければの」

 

優しい声でそう言った大きな狐は、ゆっくりと立ち上がると子狐に背を向けました。

 

それに気付いた子狐は、去ってしまう大きな狐に一つ、キャンと鳴きました。

大きな狐は一度子狐を振り返ります。

 

「強く生きよ」

 

それだけ言って、大きな狐は今度こそ森の中に姿を消してしまいました。

子狐は、大きな狐が去った方向をジッと見つめていました。

 

 

それから、子狐はこれまでのように日々を精一杯生きながら、時折あの李の木へ向かっては李を採ろうと挑戦をしていました。

何度も何度も挑戦し、やがてとうとう李を採ることに成功して、他の小さな生き物を捕まえることも簡単に出来るようになっても、子狐は李の木へ通いました。

 

ある日、いつものように李の木へ向かい、いつものように李を二つ採りました。

一つ食べて、少し休み、もう一つも食べて帰る。子狐は毎回そうしていました。

 

しかし、その日は違いました。

 

一つ食べて、少し休み、もう一つも食べて帰ろうとすると、子狐の背後からガサガサッと草木を掻き分ける音が聞こえてきました。

 

『もしかして』

 

子狐はそう思って音のした方向をジッと見つめます。

仄かな期待が高まり、音が近づいて来るのを待ちました。

 

 

しかし、そこに現れたのは太陽のような金色ではなく、真っ黒い大きな獣でした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

葵はその日、芙陽と一緒に森の中へ散歩に出かけていました。

芙陽と一緒に居ることに何よりの喜びを感じる葵は、ともに歩くだけで唯々幸せでした。

 

今日は珍しく、芙陽も葵も狐の姿で森の中を歩いています。

太陽のような金色の大きな狐と、綿毛のような白く小さな子狐が、森の中を進みます。

 

二人…と言っても狐の姿なので正確には二匹ですが、二人は言葉を交わすことも無く黙々と進みます。

しかし、二人の間には険悪な雰囲気などありません。

芙陽はゆっくりと歩きながら、辺りを見回して生い茂る草木や点々と咲く花々を見つけては微笑んでいます。

葵はそんな芙陽を見つめながら、自分も同じように見回して芙陽が何を見て喜んでいるのかを感じながら歩きます。

 

これ以上ない程穏やかな時間が、二人の間には流れていました。

 

ふと、芙陽が立ち止まりある方向を見ました。

 

「李じゃの」

 

葵も同じ方向を見ます。確かに立派な李がなっている木を見つけました。

葵は最近人間の作るお菓子が大好物になっていましたが、すぐに『あれは美味しそうだ』と思いました。

 

芙陽はゆっくりと立ち上がると李の木に近づきました。

葵は何も思うことなく芙陽に付いて行きますが、芙陽は木に近づくと、その大きな体で器用に李を二つ採り、一つを葵の前に置きました。

 

「有難うございます」

 

そう言う葵ですが、次に芙陽が言った言葉に首を傾げることになりました。

 

「お主は李が好きじゃったの」

 

「……?」

 

葵は少し考えましたが、芙陽が言っていることの意味を理解することは出来ませんでした。

 

「私は、『李が好きだ』と芙陽様に言った事があったでしょうか…?」

 

芙陽の言葉を理解できなかったことに少し悔しさを感じながら、葵は正直に疑問を口にしました。

 

「……覚えておらんか…」

 

芙陽は苦笑いでそう言いながら、ゆっくりと李を食べ始めます。

 

「ウム、酸っぱいのぉ」

 

まだ少し早い李に、芙陽はそう言って笑いました。




ちょっと切ない気持ちの芙陽さんでした。

今日起きてふと思いついた話です。なので葵誕生回を見直すと違和感があるかもしれませんが、ご了承下さい。
後、狐の生態などに詳しい方が読めばツッコミ所もあるとは思います。そこも気にしないで頂ければと思います。

さて、本編は現在半分ほど進んでおりますが、投稿は年明けになりそうです。お待ちいただいている方には本当に申し訳ないです。
年内に完成しても年明けに回そうと考えてますので、今回が今年最後の投稿になります。

来年もよろしくお願いいたします。良いお年を!


高校の時、学校の廊下を歩いていると聞こえてきた大声。
「馬鹿野郎!これは『袖の下』って言ってな!?」
もっと隠せ。

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十八話 アッチ向いてドン

ケモロリ!
(訳:新年明けましておめでとう御座います。昨年は大変お世話になりました。今年もより良い作品を目指し精進してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。)

挨拶が思いつかなかったとかではないよ?本当だよ?
今年最初の投稿になります。昨年のラストは突然の閑話をブチかましてしまい申し訳ありませんでした。

それでは、どうぞ。


袁術が徐州への侵攻作戦を開始する数日前。

 

芙陽はまだ恋の城にいた。

 

昨日の恋との決闘は日が暮れる直前まで長引いたが、芙陽は一晩休んで疲れを取り、城壁の上で煙管を吹かしてのんびりと過ごしていた。

隣では恋と葵がすやすやと居眠りをしており、暖かな日差しの下で安らかな顔で休んでいる。

 

決着の後、芙陽は恋たちに葵を紹介した。

突然現れた葵に周囲は驚いていたが、似た者同士だからか恋と葵はすぐに意気投合した。と言っても、傍から見れば二人とも黙って見つめ合っているだけだったが。

 

「恋殿~!」

 

「呂布様ー!」

 

遠くから陳宮の声が聞こえ、続いて同じように恋を探す兵の声が響く。その声に恋はピクリと反応し、ゆっくりと瞼を上げた。

同時に陳宮が兵と共に姿を現し、一目散に駆け寄って来る。

 

「恋殿!ここに居たのですか!」

 

「お休みのところ申し訳ありません、芙陽様(・・・)、呂布様」

 

陳宮に続き近づいてきた兵士は、芙陽の姿を確認すると恋の前に芙陽へ挨拶をした。

 

昨日、決着が付いた時点で、芙陽はこの軍の実質的な大将となった。

兵としては芙陽の実力は目の前で確認しているし、劉備と合流すれば食糧難も解決する。

何より、恋が芙陽に懐いていることから、文句など出る筈がなかった。

 

「良い。それで、そんなに慌ててどうした?」

 

「はっ。それが、袁術から使者が送られまして…」

 

「…ほう?」

 

「我等は既に芙陽様の部隊。詰まりはこのまま劉備様の下へ行くことになります。しかしながら一応使者は待たせていますが…いかがいたしましょう?」

 

「そうじゃの…陳宮」

 

「む?なんなのです?」

 

恋に抱きついていた陳宮が振り向いた。まだ芙陽に対して棘のある反応だが、会話が成り立つくらいには芙陽を認めているようだ。

 

「袁術には何か作戦でもあるのか?態々遠回りをして恋に接触する目的はなんじゃ?」

 

芙陽がそう問えば、陳宮はビシッと芙陽を指差した。

 

「ズバリ、お前ですなー」

 

「む?」

 

「袁術はお前の強さを知っているのです。だから恋殿をお前にぶつけるための遠回りなのです」

 

「なるほどの」

 

「あと、我々は旗を隠して進軍するようにも言われているのです。開戦と同時に旗を掲げて劉備は大慌てなのです」

 

それを聞いた芙陽がニヤリと笑う。

 

「面白そうじゃの…」

 

『え?』

 

その言葉を聞いた全員が、目を点にした。

 

「袁術の使者に伝えよ。『その話を受ける』とな」

 

「なっ!?正気なのです!?」

 

「宜しいのですか!?」

 

兵も、陳宮までもが驚き芙陽を問い詰める。当たり前である。芙陽は今、『劉備を裏切り袁術に付く』と言ったようなものだ。

 

「クフフ…まあ落ち着かんか」

 

ニヤニヤと笑いながら言う芙陽だが、周りはそうはいかない。落ち着いているのは既に起きて芙陽の考えを理解している葵と、未だ寝ている恋のみである。

 

「儂は狐。人を化かすのが仕事じゃ。それに…」

 

("呂布"とは裏切りの代名詞でもあるしの。恋には似合わんが、儂がそれ(・・)をやってやろう)

 

多くを巻き込む狐の悪戯が、始まろうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「袁術の軍勢が徐州へ侵攻を開始しました!」

 

桃香たちのいた玉座の間に、伝令の兵が駆け込みながらそう叫んだ。

 

宣戦布告も無いままに侵攻し、次々に城を落としていく袁術軍に、桃香たちも大急ぎで軍を出す。

丁度徐州を治めるための引継ぎや整備などが一段落していたこともあり大きな問題も無く迎撃に向かうことが出来たのだが、これまでとは異なることが二つほどあった。

 

一つは、公孫賛の存在だ。

桃香たちが政務に苦戦しているところに飛び込んできた公孫賛は、突如幽州に侵攻してきた袁紹軍に敗走して桃香の下へ逃げ延びてきた。

自分の準備不足が招いた敗北であるとして、公孫賛は幽州に帰ることはせず手塩にかけて育てた騎馬隊を含む兵と共に桃香の配下に加わることになったのだ。

因みに、配下と言っても名ばかりと言っていい。桃香が望むのは、配下であっても立場を気にせず自分に協力してくれる仲間なのだ。配下となるのは形式上の事であり、いざとなれば桃香も命令を下すことになるのだが、実質桃香と公孫賛は対等に接することが出来る。

 

『皆と手を繋いで歩く』

これが芙陽と出会う前から変わらない、桃香の望みなのだ。

 

公孫賛は劉備軍の中軍の指揮を任された。最初は入ったばかりであることを気にして狼狽もしたが、桂花や朱里たち軍師には公孫賛の『全てにおいて普通にこなすことが出来る』と言う能力は十分評価に値するのだ。

中軍その名の通り、自軍の中央に位置する対応が難しい部隊だ。だからこそ、どんな事態が起きたとしても普通に対応できる公孫賛のような存在が生きてくる。

更に、中軍の軍師として桂花が隣に立つことになった。桂花ならば公孫賛が狼狽えたとしてもすぐに冷静さを取り戻させることが出来るし、全体を見回して最適解となる指示を出すことも出来るし、公孫賛が騎馬隊を率いることになれば桂花がそのまま中軍の指揮を変わることも出来る。

 

前線の星、愛紗、鈴々。中軍に公孫賛。本陣に桃香。

軍師として桂花、朱里、雛里、詠。

 

そして、『たった一人の過剰戦力』芙陽。

 

多くの諸侯はまだ気が付いていない。しかし、曹操や孫策らは既に警戒している。

この勢力が如何に危険であるか、を。

 

そして二つ目の相違点。

芙陽の不在だ。

 

これまで芙陽は賊討伐などの戦闘には気まぐれで参戦したりしなかったりを繰り返してきたが、大きな戦には必ず参加している。

初めての芙陽無しでの戦。桃香たちは自分で思っている以上に緊張していた。

 

勿論戦略的、戦術的には問題は無い。芙陽と出会った当初から『常に戦力として数えるな』と言われているのだ。日頃から訓練や策には芙陽がいないものとして状況を適用している。

 

だが、全体的な士気の低下は免れない。

 

「とはいえ、兵士さんたちには常日頃から言い聞かせてありますし、士気の低下もそこまで気にするほどでもない筈です」

 

冷静に状況を見極めた朱里が言う。彼女の言う通り、士気が下がったとはいえこれで負けるような訓練は行っていない。

後はよほどの緊急事態が無い限り簡単に負けることなど無いだろう。

 

「ただ、報告にあった"正体不明の部隊"が気になりましゅ…」

 

雛里は今回の戦場で特筆すべき事案を持ち掛けた。

侵攻が開始されてからずっと情報を収集しているその部隊だが、結局ここまで有力な情報は得られなかった。

 

唯、桂花にはある一つの仮説があった。

 

「やっぱり呂布の可能性が高いんじゃない?袁術が攻めてきた方向から言っても東海近くまで行って呂布を迎えに行ったとすれば辻褄が合うわよ」

 

桂花は芙陽が東海に潜伏していた呂布に会いに行ったことを知っている。そして今回、袁術は自らの領土から真っ直ぐ侵攻せず、何故か遠回りをして現れた。ならば桂花の言う通り呂布と合流したと考えるのが妥当である。

 

この桂花の意見に、桃香が疑問を呈した。

 

「でも、そうなると芙陽さんはどうしてるのかな?呂布さんに会いに行ったんだよね?」

 

「芙陽様の事だから…呂布と一緒に居るかもしれないわ。何かあれば葵が報告に来ると思うし…」

 

「芙陽がやられるなんてないのだ!」

 

「はわわ…なら、例の部隊が呂布さんだとすれば、狙いは袁術さんでしょうか…?」

 

「あわ…芙陽様ならその可能性が高いと思いましゅ…」

 

軍師たちの意見に、この中で最も付き合いの長い星が同意した。

 

「ま、芙陽様の事だ。袁術が使者を遣わした時に居合わせでもしたのだろう」

 

 

「流石ですね、星」

 

 

その時、不意に皆の背後から声が掛かった。

 

「葵ちゃん!」

 

その声にすぐさま反応して名を呼んだのは桃香。暫く会っていなかったからか、声が弾んでいる。

 

「芙陽様の伝令として戻りました。『旗を掲げていない部隊は無視しても良い』と」

 

「やはり呂布か?」

 

「はい。呂布隊は先日より芙陽様が率いています。勿論呂布も芙陽様に付きました」

 

「あわわ!?そんな…」

 

「はわぁ!?す、すごいでしゅ…」

 

葵の報告に筆頭軍師二人が驚愕と興奮を露わにする。

 

「どうしたの?二人とも…そんなに慌てて」

 

「と、桃香しゃま!?」

 

「あわわ!これはとんでもないことでしゅっ」

 

興奮が収まらずワタワタとしどろもどろな二人の代わりに桃香の疑問に答えたのは愛紗であった。

 

「桃香様…桃香様もご覧になられたでしょう、芙陽様と呂布の一騎打ちを…」

 

「う、うん…もう何が何だかって感じだけど、とにかく凄かったよね…」

 

「ならば、その二人が手を取ったなら…?」

 

「……あ…」

 

事態を飲み込み、唖然と口を開く桃香に、愛紗も若干の興奮を抑えきれずに声高く言った。

 

 

 

「『たった一人の過剰戦力』と、『天下無双』が並び立つ…!」

 

 

 

愛紗の声を聴いたその場の全員が息を飲む。それは興奮か、それとも圧倒的な力への恐怖か。

 

冷や汗を流しつつ、星が述べた。

 

「この世で最も手を組んではいけない二人だな…」

 

至極納得できる評価であった。

 

絞り出すように桃香は言った。

 

「……勝てる訳ないよぉ…」

 

余りにも弱気な発言は、誰も諌めることなど出来なかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「むぐむぐ…」

 

「美羽様~お腹一杯になりました?」

 

「ウム、妾は満足じゃ!」

 

「じゃあ、劉備さんたちが来るのももう少し後でしょうし、お昼寝でもしましょうか?」

 

「そうじゃの。劉備たちが来るのはもう少し後じゃからの」

 

頭が痛くなりそうな会話。そんなやり取りが交わされる袁術軍で最も豪華な天幕の中に、兵の一人がこれ以上ない程焦りながら飛び込んできた。

 

「袁術様!張勲様!」

 

「何じゃ!妾は今からお昼寝の時間じゃぞ!」

 

袁術の機嫌次第では首が飛びかねないこの陣営だが、今の兵はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「劉備軍が…劉備軍が現れました!砂塵を上げてこちらに突っ込んできます!」

 

「な、なんじゃとー!?」

 

「あっ…斥候…」

 

「な、七乃!?今の呟きはなんじゃ!?斥候を出していたからお昼寝するのではなかったのか!?」

 

「出してませんでした~♪」

 

「阿保かああああ!!」

 

涙を流してツッコミを入れる袁術。張勲は内心で焦りながらも冷静を保って兵に声を掛ける。

 

「すぐに迎撃の準備を始めて下さい。それと呂布さんは?」

 

「呂布隊は既に準備を終え、劉備軍を待ち構えているようです!」

 

「『天の御使い』さんは確認できました?」

 

「いえ、見たという者はおりません」

 

この報告に張勲は一先ずは安心する。呂布隊には先陣近くを任せている。『天の御使い』がいないことは気になるが、これならば袁術軍が大勢を整えるくらいの時間は稼げるだろう。

 

「なら最初の一撃は呂布さんたちに任せましょう。私達は急いで戦闘の準備を」

 

「はっ!」

 

指示を受けて走り出そうとした兵と同時に、飛び込んできたのはまたもや袁術軍の兵。

その表情は絶望に染まっていた。

 

「報告ぅ!!」

 

「今度はなんです!」

 

流石に事態が急すぎるために張勲の声も荒ぶる。珍しい姿ではあるが、やはり今はそれを気に留めることも出来ない。

 

「呂布隊…呂布隊が劉備軍と接触した瞬間、反転!劉備軍の先陣となりこちらへ攻撃を開始しました!!」

 

「「はああ!?」」

 

余りにも予想外。袁術と張勲は同じ顔をして驚いていた。

何故この絶好の瞬間で裏切るのか。張勲の頭は混乱していた。しかし、次の報告を聞いた瞬間にはすべてを理解する。

 

 

「更に……呂布隊を率いているのは……『天の御使い』です!!」

 

 

「…………ふふっ」

 

"絶望的"、ではない。"絶望"なのだ。

誰が予想できただろうか。大陸全土に伝説的な扱いで広まっている"あの一騎打ち"の化物二人が並び立ち、自分たちに向かってくるなど。

 

しかし、張勲はこの状況の中穏やかに笑った。

 

その表情に袁術や他の兵士たちが驚き、そして僅かな希望を見出した。

 

「七乃、まさか……!?」

 

「張勲様…何か策がおありなのですか!」

 

張勲は穏やかな表情のまま、穏やかに口を開く。

 

 

 

「……詰んだ」

 

 

 

周囲の人間は漏れなく崩れ落ちた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

劉備軍の兵士達は突撃しながらも、その内心は不安に染まって勢いが出しきれずにいた。

 

その原因。それは突撃する先にあった。

 

袁術の大軍団。宣戦布告も無しに侵略を開始したその敵は、暢気に飯を炊いている。

それは良い。寧ろこの好機を逃すものかとすぐさま突撃を開始したのだ。

 

問題は、前方に見える旗を掲げていない部隊。

伝えられた情報によれば、なんと反董卓連合で敵対していたあの『呂布隊』と言うではないか。

 

しかし、兵士達が戸惑っているのはその後の指示であった。

 

何がどうなっているのか、下された命令は『気にせず袁術軍を叩くこと』であった。

 

つまり、『呂布隊は無視しても良い』と言われたのである。

戸惑いを隠せない兵士達であったが、それが命令ならば実行するのみである。彼らは皆、劉備を、そして劉備の軍師たちを信じているのだ。

きっと何か策があるのだろう、そう自らに言い聞かせて、震える体に鞭打って突撃をしていた。

 

しかし、その士気を挫くのが『天下無双』という称号なのだ。

 

目の前の旗を掲げていなかった部隊が、一斉に真紅の旗を掲げた。

その真紅の中心には『呂』の文字。まさしく天下無双、呂布の部隊である。

 

兵達の足が力を無くしそうになる。彼らは知っているのだ。反董卓連合の折、自分たちの先陣を切って駆け抜けた最強の存在、芙陽との一騎打ちを。

また、徐州にて新たに加わった徐州兵もその心を折られそうになっていた。この時代、噂とは正しく真実に等しい価値を持つ情報なのだ。

少しでも呂布の噂を耳にすればその恐ろしさは理解できた。

 

呂布への突撃。無理だ、無謀が過ぎる。

 

そんな思いが兵士達の心を染め、足が止まりかけた。

 

その時である。

 

 

真紅の呂旗を背後に背負い、太陽のような金色が、彼らの正面に現れた。

 

 

その金色はいつものように白い着物に桃色の羽織を着て、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。

そしてどこまでも届きそうな透き通る声で語る。

 

「臆するな(つわもの)どもよ!これより儂が『天下無双』を率いて袁術を討つ!

 我こそはという者は続けぇ!」

 

数瞬の間。芙陽の言葉を理解しきれず呆けるが、彼等はすぐに理解した。

 

『金色の鬼神』が『天下無双』を率いる?なんだそれは。

そんな事が許されるのか?そんな事があっても良いのか?

 

だが、もう負ける気などしない。

 

先程までの不安が嘘であったかのように足に力が入る。

身体全体に火が燈り、熱を吐き出すように声を張る。

 

芙陽は既に呂布隊の先頭に出た。続く呂布隊、その後ろに劉備軍。

雪崩のように袁術軍を飲み込んで、名門の大軍団は瞬く間に崩壊して行く。

 

芙陽が敵陣を真っ直ぐに進む。それだけでその道筋に沿って多くの骸の山が生まれた。

呂布が右手の方天戟を振るう。それだけで多くの敵兵が血を撒き散らして吹き飛んだ。

 

その日、戦場にいた全員がその両の眼に焼き付けた。

 

 

『鬼神』と『無双』が並び立つその姿を。

 

 

呂布は黙々と戟を振るう。しかし、その内心は芙陽と共に戦う事の楽しさで高揚していた。

芙陽と並んで闘う。それだけで相手が恐怖し、己の前から逃げ去ろうと必死にもがく。

呂布の邪魔をしようと立ち塞がる者など、この場にはいないのだ。

 

芙陽は獰猛に笑って戦場を駆けた。

敵方の顔は全てが恐怖に染まり、我先にと逃げ惑う。

 

 

 

「カカカッ!遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは天地と共に生まれ出でし大妖(おおあやかし)、"空孤"芙陽である!

 行く手を塞がば全て斬る!死に逝くを望めば前に出よ!」

 

 

 




最期の芙陽さんのセリフは勢いとノリで書きました。後悔はしていない。
前半の部分って似たようなセリフが萌将伝にもあったけど、平家物語のセリフらしいですね。

さて、やっと書き上げました。今回はリアルの事情(仕事、忘年会、忘年会、酒、酒、酒、正月、酒)により難産となりました。
新年突入に伴い、作者は職場で配属が変わり新たな仕事にてんてこ舞いです。またお待たせすることもあるかとは思いますが、どうか暖かく見守っていただければ幸いです。

完全葵視点の閑話が書きたい。でも暫くは本編を頑張ります。ケモロリ!


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第二十九話 フルボッコ

お待たせしましたオブジイヤーです(鈴木さやか)

いやー、空いたね。間が。
…すみません。活動報告でも宣ってますが試験勉強が強敵です。
知識ゼロからの一か月で独学。ユーキャンじゃねぇんだぞ。

今回、ちまちまと小分けして書いているので荒いです。ご理解を!


「フハハハ!見るのです!これが『天下無双』と『天の御使い』の力なのです!」

 

「何をしているのだお主は」

 

陳宮…音々音が仁王立ちで戦場を前にして喚いていたところを突っ込んだのは、敵兵を粗方片付けて周囲警戒に努めていた星であった。

因みに、芙陽と葵は既に音々音から真名を預かっている。恋と勝敗を決し、葵を紹介した際に音々音が渋々と言った表情で(しかし内心では認めつつ)真名を許したのだ。

 

「いや…恋殿とあの狐が強すぎて軍師としては存在意義を奪われたような気持ちになり…自棄になってはしゃいでたのです…」

 

「……そうか…」

 

星は微妙な表情を作って頷いた。同じようなことを桂花が言っていたが、やはり強すぎるのも考え物なのだろうか。

 

「う?……お前は確か…劉備の将軍なのです?」

 

星に声を掛けられた音々音は反董卓連合で見かけた顔に首を傾げた。

星はそう言われて苦笑いをしつつ訂正を入れる。

 

「私は趙雲。桃香殿…劉備殿の客将だ。本来は芙陽様を主としているのでな」

 

「おや、そうだったのですか。陳宮と言うのです。真名は音々音。これからは恋殿…呂布殿もそこに加わるのです。ねねは恋殿の軍師…よろしくするのですよ」

 

「ほう、あの呂布の軍師、陳宮か…私の真名は星と言う。よろしく頼むぞ」

 

二人は穏やかな雰囲気で挨拶を交わすが、すぐに引き締まった顔に戻る。

その原因は、二人がいる場所から離れた地点……袁術の本陣がある方角から聞こえてくる悲鳴や爆発のように舞い上がる砂塵にあった。

 

音々音は盛り上がってふざけてはいたが、まだ戦闘は続いている。と言っても消化試合のようなもので、袁術軍は既に壊滅状態。後は残りわずかな本陣を壊滅させればこの戦は終わりを迎えるのだ。

 

そして悲鳴や砂塵を引き起こしている張本人、芙陽と恋は正にその渦中にいた。

 

恋は芙陽との共闘が楽しいのか僅かに楽しそうに、しかし黙々と敵兵を吹き飛ばしている。その度に数人が血飛沫を上げ、砂塵が舞い上がった。

芙陽は袁術を探している。目の前に立ち塞がった敵兵は愛刀で一撫でし、次の瞬間には骸となって崩れ落ちた。

 

袁術軍はその殆どの戦力を失い、既に"軍"としての様相を呈していなかった。

唯々芙陽と恋の猛攻から何とか逃げようとする哀れな群衆でしかなかった。

 

兵達の混乱は極まっている。その原因の一つは、芙陽達ではなく袁術軍自身にあった。

 

「張勲様!張勲様は何処へ行った!?」

 

「何処にもいません!!」

 

「なんでだよ!?」

 

「おい!袁術様は張勲様と共にとっくに退避しているぞ!」

 

「はあ!?聞いてないぞ!?俺たちはどうすんだよ!?」

 

「とにかく時間を稼げ!少しで良い!袁術様が逃げ切れるまで稼いだら、出来れば生き残れ!」

 

そう、張勲は芙陽と恋が並び立って袁術軍を蹂躙し始めた時、すぐに逃亡を決意した。逃げ足の速さは大陸でも有数の能力を持つ袁家である。張勲に進言された袁術は勝てないことを理解し、次の瞬間には天幕を飛び出していた。

驚きながらも袁術に付いて行った張勲は、逃げる直前に近く似た兵に『出来るだけ時間を稼ぐこと』を命じていたのだが、今まで物量の力押しでしか戦をしてこなかったのが袁家である。

当然ながら軍師もいない状態で突然『撤退支援のための時間稼ぎ』など出来る訳がない。

 

今までは細かな指示に至るまで張勲が一人でこなして来たのだ。その慢心と経験不足はここに来て致命的な障害となって袁術軍を襲った。

 

「もう他の部隊はやられてる!全滅だ!」

 

「俺たちしか残ってないのかよ!?」

 

「と、とにかく迎撃態勢を取ろう!」

 

「馬鹿野郎!こうなったらもう逃げるしかねぇじゃねぇか!」

 

本陣の兵達は袁術軍の中でも最たる混乱を見せた。

本陣の指揮は今まで張勲が直接執っていたのだ。それ故か、張勲が不在である今、誰がこの部隊の指揮を執るのか。それすらも誰も分からないまま、無駄な言い争いで時間を浪費する。

 

「どうすんだよ!取り敢えず誰が仕切るのかだけでも決めようぜ!?」

 

「じゃあ俺が!」

 

「いや、ここはこの中で一番階級が高い俺が!」

 

「馬鹿!お前がまともな部隊運用なんて出来るか!おい、お前やれ!」

 

「はあ!?なんでだよ!?」

 

「お前頭良さそうだろ!」

 

「理解に苦しむ!?」

 

「良いのか?このままこいつらの誰かが下手な指揮で全員を道ずれにしても……」

 

「やはりここは俺が…」

 

「いや、階級が高い俺が…」

 

「くっ……わかったよ!じゃあ俺がやるよ!」

 

「「どうぞどうぞ」」

 

「ふざけてる場合かあああああああああああああ!!!?」

 

大声で叫んだ彼の言う通り、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「悪いご(袁術)はいねがー!!」

 

案の定、彼等の目の前に芙陽が現れた。

彼等が時間を無駄にしている間など、芙陽と恋が本陣を壊滅させるには充分なのだ。

 

「出たああああああああああああああ!!?」

 

「何じゃ貴様ら人を化物みたいに!」

 

「あっすいませ……いやアンタバケモンだろ!?人間じゃないだろ!?」

 

「まぁ、そうじゃの」

 

「だろ…?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「死刑!」

 

「「「「ぎゃああああ!?」」」」

 

名門袁家の圧倒的と言われた大群は、たった一人の介入によりこれ以上ない程呆気なく敗戦を喫した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「芙陽さん!お帰りなさい!」

 

袁術軍の本陣を壊滅させて劉備軍と合流すると、本陣から桃香が駆けつけてくる。

その後ろからは朱里や雛里もついてきており、一方芙陽の周囲には既に桂花や星、愛紗などの将たちが集まっていた。

 

「ウム、暫く留守にして悪かったの」

 

「桂花ちゃんたちがいてくれたからね、大丈夫だよ。

 それで、袁術さんは逃げちゃった?」

 

「儂が現れた次の瞬間には逃げ出したらしい。その判断力は賞賛に値するの」

 

芙陽と桃香が話をしていると、軍を纏め終えた公孫賛が近づいて来る。

 

「芙陽、久しぶりだな。突然だが桃香の所に押しかけさせてもらった」

 

「袁紹にやられたと聞いたが、無事なようで何よりじゃ」

 

「あぁ、突然過ぎてまともに迎撃態勢も取れなかったよ…面目ない話だがな…」

 

苦笑いで自傷気味に言う公孫賛だが、すぐに気を取り直して右手を差し出す。

 

「私の真名は白連。芙陽、これからよろしく頼む」

 

「ウム、確かに受け取った。こちらも紹介せんとな」

 

芙陽は白連と握手をした後、後ろで控えていた恋と音々音に手招きをする。

 

「桃香、こやつ等は新たに儂の従者となった呂布と、その軍師の陳宮じゃ」

 

「……恋…よろしく…」

 

「陳宮なのです!真名は音々音なのです!」

 

「葵ちゃんから話は聞いてるよ!よろしくね、私は劉備玄徳、真名は桃香だよ!」

 

二人と挨拶を交わした桃香は早速今後の方針を提案する。

 

「二人ともやっぱり芙陽さんからの客将って扱いで組み込んじゃって良いのかな?」

 

「音々の主は恋殿ですが、形としてはそうなりますなー」

 

チクチクと芙陽を攻撃する音々音の発言に、芙陽はどこか懐かし気にケラケラと笑っていた。

 

「この常に警戒心をぶつけてくる猫のような言動…昔の誰かに似ているのぉ…のぉ桂花?」

 

「知りませんね芙陽様」

 

「いやぁ、頭を撫でられたり抱き上げられたりする度に顔を真っ赤にしていた誰かさんを思い出しますなぁ…なぁ桂花?」

 

「知らないって言ってるでしょ星」

 

「いや、昔の桂花は割とこんな感じだったと思うぞ?」

 

「新参の癖にナマ言ってんじゃないわよ赤馬毛」

 

「赤馬毛!?いや赤くて馬の尻尾見たいだけど!私の時だけ辛辣過ぎないか!?」

 

白連はどうやら八つ当たりの対象として犠牲になったようだ。

 

その後恋と音々音、そして呂布隊の方針が決められ、彭城まで引き上げようとした劉備軍だが、その前に芙陽が桃香に近づいた。

 

「桃香……これは相談何じゃがの…」

 

「どうしたの?芙陽さんが珍しいね?」

 

桃香もこの芙陽の様子には驚きを隠せない。いつもは自分一人でなんでも決めて周囲を振り回すような芙陽が、態々"相談"と前置きをしてまで話を切り出すのは初めて出会った。

 

「ウム。流石にこれ以上はちと不義理だとは思うのでな、お主の許可が下りなければ諦めるつもりじゃ」

 

「う~ん…取り敢えず話してくれないかな?」

 

今まで散々芙陽に世話になって来た手前、出来れば許可を出したい。しかし、桃香は一国一城を預かる身である。そう易々と判断してはいけない。

 

「実はの、袁術を追いかけようと思ってな」

 

「袁術さんを?」

 

「袁術がここまで大規模な軍事行動を起こしたとなれば、伯符が動かない筈がない。それを見に行ってみようかと思っての」

 

しかも、袁術は手ひどく敗北しているのだ。この好機を孫策が、まして周瑜が黙って見逃すなどあり得ない。そもそも『反乱が終わってからの乱世』に好機があると教えたのは芙陽なのだ。

 

「あ~孫策さんと仲良かったもんねぇ………う~ん…どれくらいで帰って来るの?」

 

「それほど長居をするつもりは無い。それと、桂花を連れて行こうと思っておる」

 

「桂花ちゃんを?」

 

「伯符の所へ行ったらぐるっと回って孟徳にも会って来ようと思ってな」

 

「え、曹操さん?それ随分と長い道のりにならない?」

 

「儂が桂花を乗せて運べばそう遅くはならん」

 

桃香は考え込む。出来れば行かせてやりたいものだが、如何せん理由としては物足りない。桂花まで連れ出していくというのであれば尚更のことである。

桂花は正確には芙陽の臣下であり、本来なら芙陽が『連れて行く』と言うのなら桃香に拒否権は無い。

しかし今回のように芙陽が桃香に"相談"したと言う事は、桃香が多少でも強く拒否を示せば諦めると言っているに他ならない。

 

「二つ、聞かせて?」

 

「何じゃ?」

 

「まず一つ。孫策さんはまだわかるけど、曹操さんにまで会いに行くなんて…急にどうしたの?」

 

桃香はもう少し踏み込んだ所まで聞いてみることにした。

芙陽は少し考えるとすぐに語りだす。

 

「桃香…お主は感じなかったか?反董卓連合が終わり、朝廷もその価値を無くし……新たな時代の幕が開けたことを」

 

「……芙陽さんがずっと言ってた、乱世…」

 

「そう。袁紹が白連を攻め、袁術がお主を攻め……既にこの大陸は動き出している。

 今まで儂が会って来た英傑達…奴等がどんな生き方をしていくのか…儂は出来るだけこの目に収めたいと考えておる」

 

「芙陽さんが会った人達…だから曹操さんも?」

 

芙陽は頷き、思い返した。今まで会って来た多くの英傑足る人物。

その中でも今、芙陽と桃香を中心に集まっている者たちと、今も別の地で乱世に挑もうとしている者たち。

 

そして、未だ再会できていない風と稟。

 

芙陽はこの世界でできた初めての友の顔を思い出し、空を仰ぐ。芙陽の知ってる史実通りなら、曹操に仕えている筈だ。もしかしたら会えるかもしれないと、仄かな期待を抱いていた。

 

「長きを生きる儂等にとって、人の生はあまりにも短く、激動の時代では尚更のもの。だからこそ、儂は出会った者たちと多くを語り、その生を見届けたい」

 

「……そっか…」

 

桃香は芙陽が何を思ってそう願ったのかは分からない。ただ、芙陽の顔が少し寂しそうに見えた。

『長きを生きる』

その辛さが理解できない桃香は、唯"そう言うものだ"と漠然と受け入れるしかなかった。

 

「それに、恋が襲われた怪しげな者達のこともある。奴等の事を伝えてやろうと思ってな」

 

芙陽は左慈や于吉の襲来を楽しみにしているが、その為に曹操や孫策が利用されるのは面白くない。

彼女らは芙陽にとってかけがえのない友人なのだ。

 

「そっか…恋ちゃん一人じゃ危なかったって聞いたし、曹操さんや孫策さんを仲間にされちゃったら私たちも苦戦しちゃうもんね」

 

桃香は芙陽のその気持ちには触れず、王としての懸念を挙げる。

 

少し考えた後、頷いて言った。

 

「分かりました。…でも、桂花ちゃんを連れていくのは?」

 

「桂花には今まで儂が軍師としての指導を行ってきたが、実際目に見て学ぶとではやはり違うからの。

乱世を迎えた今、他国の軍師が何を考えているのか知ることは得難い」

 

と、そこまで語った芙陽だったが、不意に表情を穏やかな、しかし苦笑いに変える。

 

「それに、あれには最近寂しい思いをさせていたからの。曹操の元へ向かう事だし、友人に会わせてやろうかと思ったんじゃが」

 

恋仲としては少々桂花を放置しすぎたと、芙陽は軽く反省していた。

 

「儂の臣下とはいえ今はお主の客将でもある。今、桂花に抜けられてあまりにも困るようなら考え直すがの」

 

芙陽としてもこの話は無理に通すつもりは無い。断られたのなら少し残念だが納得するつもりであった。

 

「うーん……よし、芙陽さんや桂花ちゃんたちに甘えてばかりなのもあれだしね。気を付けて行ってきてね?」

 

桃香は少し悩んだが、許可を出すことにした。

今言った通り、芙陽とその臣下達に甘えてばかりではこの国の主として示しがつかない。

桃香の理念は『皆で協力して平和を実現する』だが、それは"甘え続けても良い"と言う事にはならないのだ。

 

現状、芙陽の臣下達を客将として雇い、その協力を欠かせない桃香たちだが、桃香自身は内心でこの状況に少し不安を覚えていた。

もし、芙陽が桃香との約束通りではなく、桃香を見限る以外の何か別の理由でこの国から立ち去ることになった時、桂花、星、恋、音々音、そして恐らく月と詠も付いて行くだろう。

そうなれば徐州の力は大幅に減る。半減と言っても過言ではないだろう。

 

桃香はこの国の"王"として、少しでもこの状況を改善するため、芙陽に遠征の許可を出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「…我が母、孫堅を失い、長く辛い雌伏の時を経て、待ちに待った時が来た…。

 これより呉の大号令を発す!

 今こそ積年の恨みを果たす時だ!宿敵、袁術は『天の御使い』に敗れ力を失った!この好機を逃さず、奪われたものを取り返すため!

 立ち上がれ!お前たちの死は呉の礎となり永遠となる!

 決して死を恐れず、誇りを胸に前進せよ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

怒号を上げ、荒い息を吐きながら進む大軍団。

孫家の全軍が向かうのは揚州。袁術の敗走を聞きつけ、今こそ好機と判断した孫権と周瑜は以前から進めていた策を実行する。

 

反董卓連合の頃から少しずつ少しずつ進めていた各地方の豪族や民衆の引き抜き。

袁術に露見しないよう勧めるのは骨が折れたが、それが実を結びこうして軍を立ち上げることが出来た。

今、各地に散らばった孫家の仲間たちが兵を民衆に偽装し、十万人規模の一揆を起こしている。

敗戦直後の袁術にはそれを抑える力も暇も無く、当然その討伐には孫策が起用された。後は各地の仲間と合流しながら袁術の元まで進軍すれば良い。

 

士気高い孫策軍は袁術が何の準備もする間もなく揚州の城近くまで進軍した。

モタモタと開戦準備を進める袁術軍に孫策たちが呆れているが、そこへ更に袁術を絶望させる報が両軍に飛び交った。

 

 

即ち、

 

 

 

 

『狐来々』

 

 

 




タイトル回収。一回やってみたかった。
ルビ振ろうかと思ったけどやめました。なんかルビ付けたら"コレじゃない感"が出たので(笑)

因みに元ネタの『遼来々』は演義の造語らしいですね。本当は『遼来遼来』だとか。
泣く子も黙る張遼の演義よりも派手な正史は恋姫では見られないので狐で代用(笑)
だって霞に「山田ぁ!」とか言わせられないし…。

来月は一話投稿できるかできないか…それくらいになると思います…( ;∀;)


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて 其の七

け……ケモロリ…(謝罪と挨拶。遅れて済まない…)

前回の投稿が1月……生存報告して今月中に更新しますと宣ったのが3月……。
今…………4月も下旬に入ります……。
済まない……本当に、済まない……。

言い訳は後書きにて。


「ふわぁ~ん!もう疲れたよぉ…」

 

良く晴れた昼、桃香は東屋で一人書物や書簡を手に情けない声を出していた。

 

いつもならば愛紗や朱里が共にいるのだが、桃香は彼女等を本来の仕事に向かわせたのだ。

桃香がお目付け役を遠ざけたかった…等と言う理由では決してなく、これが政務ではなくただ桃香の勉強であるからだ。

 

桃香としても平原の相に就任し、さあこれからは為政者だと意気込んで政務に取り掛かろうとしたのだが、如何せん彼女は勉強不足であった。

そこで忙しい政務の合間を縫ってこのように書物を紐解いたり過去の書簡を参考資料にしたりと、彼女なりに政治を知ろうとしているのだ。

この取り組みには愛紗や朱里、雛里なども喜んで応援し、手が空いた時には教師役として度々桃香と共に勉強会を開いていた。

 

だが、ついこの間まで反董卓連合へ参加し、兵を率いて遠征をしていたのだ。正直、今は戦後処理の兵や備蓄の補充などでどこも人手不足である。

そのような状態で劉備陣営の文武筆頭である二人を自分一人のために引き留めてはいけない。

そう判断した桃香は、『今日は出来るだけ一人で頑張る!』と言い出し、二人を仕事へ向かわせたのであった。

 

本来ならば桃香もそれなりに仕事があり、政務室に籠っているべきなのだが、残念ながら桃香は政務室を追い出されてしまった。

客将である毒舌猫耳軍師と新たに加わった毒舌眼鏡軍師に、『外で遊んで来なさい』『邪魔。知力を付けて出直してこい』と戦力外通告をされてしまったのだ。

 

これには桃香も涙目になりながら逃げだした。流石にここまで言われれば反論するべきなのであろうが、相手は劉備陣営の誇る二大毒舌軍師なのだ。割と仲が良い二人が結託すれば本気で泣かされる未来は想像に難くない。因みにこの二人以外に毒舌と言えば白い子狐がいるのだが、彼女は全身が癒し系なので毒を吐いても効果は半減し、結局周囲には『なんか可愛い』と思われてしまうので除外だ。

 

逃げた桃香は二大毒舌軍師と対を成す、二大癒し系軍師の下へ直行した。

忙しく働いていた二人の他にその場には愛する義妹のうちの一人もおり、涙目で…と言うよりほぼ泣きながら理由を説明したところ三人とも呆れながら、しかし生暖かい視線を桃香に向けながら苦笑いで答えた。

因みにこの三人は、毒舌軍師二人が反董卓連合参戦の際に非協力的だった豪族から戦果を盾に金子を毟り取ろうと気が立っていることを知っていたので別の政務室で働いていたのだが、桃香はそこまで考えを巡らせることは出来なかったようだ。

 

グズグズといじける義姉を慰めるために愛紗が出した提案、『では今日はお勉強でもしましょうか。お付き合いしますよ』との言葉に一瞬桃香は『うぇぇ…』という顔をしたのだが、以前よりは大人になっていたのかここで先程の『一人で勉強する』と言い出し、朱里から勧められた書簡を抱えて東屋にて一人奮闘し始めたのが昼前。

 

流石にそろそろ昼休憩を入れようと手に持った書物を閉じた瞬間、桃香の後ろから声がした。

 

「おや、もう奇声を発するのは終わりかね?」

 

「うわあっひゃあ!?」

 

正直なところ、武力では一般兵と同じ程の桃香だが、気配察知などはのんびりした性格が災いして一般人よりも鈍い。

突如現れた金髪の狐男、芙陽に年頃の乙女らしからぬ悲鳴で答えた。

 

「ふ、芙陽さん!?葵ちゃんもそうだけどなんでそう私の背後を取りたがるの!?」

 

桃香の抗議を、芙陽は咥えていた煙管を口から離してケラケラと笑って受け流す。

 

「カカカッ。何を言う、お主が鈍感なだけで儂は普通に歩いてきただけじゃよ」

 

葵に関しては芙陽の悪戯好きが移ったのと、実は葵の好感度が高いが故に悪戯の相手として遊ばれているだけなので芙陽に止める気はない。

 

「それで?お主は先程から一人で悩まし気に唸ったり奇声を発したりと忙しいようじゃが…」

 

「待って。その認識は流石に私が怪しすぎるよ……勉強してただけだもん…」

 

「勉強?………儂はてっきりそういう一人遊びなのかと…」

 

「そんな訳ないよね!?」

 

「『一人で奇声を発する会』?」

 

「名付けなくていいです!」

 

暫くは芙陽にからかわれていた桃香だが、やがて疲れ切ったのかやや強引に話題を逸らす。

 

「あー…もういいや…芙陽さん、お昼は?」

 

「これからじゃが」

 

「じゃあ一緒に行きません?今日は街の方で取ろうと思ったんですけど…」

 

「フム、良かろう。取り敢えずは出発するかの」

 

桃香の提案を受け入れた芙陽は、桃香が立ち上がったのを確認して歩き出す。

桃香も芙陽が吐く煙の匂いを感じながらその隣を歩き始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「カカカッ、それであの二人に追い出されたのか!」

 

昼時から少し遅れ、客入りが落ち着いた飯店に入った二人は昼食を取りながら話す。桃香は何故あの場所で一人で勉強会を開いていたのかを芙陽に説明していた。

 

「もうね、すっごい怖かったんだよー!桂花ちゃんなんて正に"威嚇"って感じで、もう『フシャ―!』って」

 

猫耳軍師の名は伊達ではなかったようである。

 

「まぁ、あ奴等も今していることはなるべくお主が関わらんように気を遣っているんじゃろうな」

 

「え?」

 

ふと、芙陽が漏らしたことに桃香が聞き返した。

忙しさ故に足手まといな桃香を追い出したように見えたのだが、芙陽は異なる見解に達したらしい。

 

「どういう事?」

 

「フム、まず…今あの二人がしているのはどのような案件かの?」

 

芙陽に聞かれ、桃香は会議で決定した各文官、武官の仕事を思い返す。

ここから、桃香はそれまでの休憩気分を切り替えることを意識した。

このままここで話をしていれば本来の昼休憩の時間は大幅に過ぎてしまうだろう。しかし、桃香は敢えてそれを考えないようにした。

 

芙陽とそれなりの期間接していればわかるのだ。これから芙陽の"講義"が始まるのだと。

 

「えっと…桂花ちゃんと詠ちゃんは平原の備蓄と金子の補填を担当してたけど…」

 

「なら、その補填の方法は?」

 

「……豪族や商人の人たちから徴収、それか借り受ける…かな。

 でも、それならやっぱり私が関わった方が豪族の人たちも協力的なんじゃ…?」

 

芙陽は少し笑いながら頷いた。

出会ったころ…朱里や愛紗たちの言うがままに理想だけを語っていた少女はもういない。桃香は自ら考えることを学んだ。その成長を芙陽は微笑ましく思っていた。

 

「そう、今この時だけを見るならばそれが良いじゃろう」

 

「なら、もっと先を見れば私が関わらない方が良い…?」

 

「何故だかわかるかの?」

 

芙陽は優しく問い掛ける。

薄く微笑んで桃香の瞳を真っ直ぐに見れば、桃香は何処か恥ずかしくなり視線を逸らした。

軽く腕を組み、愛しい教え子を見守る芙陽の姿は、教えられている桃香からして顔を赤くしてしまいそうなほど美しいと思えた。

 

それを見透かされないよう、顎に手を当てて考えることに集中する。

 

「う~ん…先…これから…」

 

桃香がまず考えたのは先の事。常に聞かされている、やがて来るであろう戦乱の時代。

そのために力を付けなければと反董卓連合に参加したのだ。

桃香たち劉備陣営はまだまだ弱小の域を出ない。文官、武官の将は客将もあるとはいえ優秀な人材が集まっている。ともあれ、財政も兵力も曹操などには足元にも及ばない。

まだ力を付けなければならないのだ。

 

「私が関わることで、力を付けるのに不都合があるのかな…」

 

"力を付ける"とはどういうことなのか。

簡単な話が、桃香の立場が『王』であるならば、『王』として立つために『国』が必要で、『国』が成るためには『民』が要る。

『国』とは『民』。極論ではあるが、民の多い国は力が強いと言える。尤も、まともな治政を行っているのならば、ではあるが。

 

「人が、集まりにくくなる…?」

 

そこまで考えた桃香ではあるが、結局確信を持てるまでには至らなかった。

正直に降参し、芙陽に答えを求める。

 

「う~ん、降参、です……」

 

ガックシと頭を下げた桃香に、芙陽はそれでも優しく笑いかけた。

 

「いや、なかなかに惜しいところまでは行っていた」

 

「それって、私が関わると人が集まらない…集まりにくくなるってこと?」

 

「その通り。しかし、その芯には辿り着けなかったな」

 

「うん…どうして人が集まらなくなるのか、それが分からなくて…」

 

芙陽は一つ頷くと、ゆっくりと解説を始めた。

 

「桃香よ、初めて会った時、お主に『王』の話をしたことを覚えておるか?」

 

「う、うん…芙陽さんが今まで見てきた人たちがどういう『王様』なのかって話かな?」

 

あの時酷く怒られたことを思い出したのか、気まずそうに答える桃香。

 

「そうじゃ。その時に言った通り、『王』には様々な種類がある。言うなればそれぞれの"色"。言い換えれば王としての"強み"じゃな」

 

「強み…特徴?」

 

「ウム。例えば、そうじゃの。

 曹操ならば『覇道』。"覇王"を自称し、誇りと力を示して求心を得る。

 孫策ならば『絆』。血筋を以て土地に密着し、結束を以て国を守る。

 公孫賛ならば『安定』。全てが一定水準に達しているなら、どの局面でも対応できる」

 

芙陽は指を一本ずつ立ててそれぞれを説明した。

そして、最後に四本目の指を立て、桃香の名前を呼ぶ。

 

「そして桃香、劉備。お主ならば『仁徳』。慈愛と信頼で人を惹きつけ、それが国の力となる」

 

突然名を呼ばれた桃香は驚く。以前に話した芙陽の出会った『王』達。その中に、いつの間にか桃香が連なっている。

全てを認められたわけではない。しかし、隠しきれない嬉しさが込み上げてくるのも事実であった。

 

だが、今は芙陽の講義の途中。気を引き締め直して続きを聞いた。

 

「お主の強みはそれじゃ。民に寄り添い、民と共に笑い、泣き、歩む。

 しかし、此度の金子の徴収はちとお主の"色"には似合わぬ」

 

「あ…そっか…」

 

ここで、桃香は芙陽の、そして桂花たちの思惑に辿り着いた。

 

「"色"や"印象"という物は意外にも重要でな。

 曹操が誇りを捨て、実のみを取ればどうなるか。孫策が自らの右腕である周瑜を蔑ろにすればどうなるか」

 

つまり、現代に訳して言うならば『イメージから外れることはするな』と言う事である。

 

だからこそ、客将である桂花と、新しく参入したばかりの詠が担当しているのだ。

 

「もう…そういう事なら素直に言ってくれれば私も泣かずに済んだのに…」

 

しかし、そうは言いながらも桃香は二人の思惑を嬉しく思っていた。

 

 

 

―――のだが、芙陽は呆れたように桃香を見て言い放つ。

 

「いや、これ多分お主に向けた課題とか、試練とかの類じゃぞ?」

 

「………はっ?」

 

だが、桃香は芙陽の言葉の意味が分からずただ唖然と芙陽を見返すだけであった。

 

「えっと―……?」

 

「いや……だってこれ、度が過ぎれば以前の都合の良い面しか見なかったお主と、そういう部分を見せないようにしていた朱里がやってたことと同じじゃろう」

 

「………………………………あっ!!!!???」

 

「えー……まじかぁ…」

 

流石の芙陽も呆れを通り越して遠い目をしている。

 

「じゃあ、『知力を付けて出直して来い』って言うのは…」

 

「ちょっとした助言じゃろうな。『外で遊んで来い』も"民の信頼を篤くしろ"と取れるし、恐らく朱里たちもそれに気付いたから勉強会を提案したんじゃろ」

 

朱里たちは桃香が一人で桂花たちの思惑に気付くのは難しいと踏んで勉強会でそれとなく教えようとしていたのだろう。もしかしたら桂花と詠が辛辣な言葉で桃香を追い出したのもそのまま朱里たちの下へ逃げると予想しての事かも知れなかった。

 

悲しいかな、しかし桃香は『一人で頑張る』と言ってそれらを台無しにしてしまったのだが。

 

「…………穴が合ったら入りたい…」

 

「多分入れるぞ?自分で気付けなかったから桂花のお仕置きは確定じゃろ」

 

「……落とし穴かっ!」

 

実は桃香。桂花特製の落とし穴には何回か填ったことがある。主に失敗やつまみ食いなどのお仕置き用に葵と協力して掘られた妙に出来の良い落とし穴である。

 

「うあー!どうしよう!?」

 

「いや、どうしようも何も、素直に怒られんかい」

 

芙陽は呆れながらそう言うが、桃香は頭を抱えながらむんむんと唸り、暫くすると勢いよく立ち上がる。

 

「よし、帰ったら怒られるから今日はこのまま子供たちと遊ぼう」

 

「何故余計に怒られる道へ進む」

 

「怒られたくないからだよ!おじさん!お勘定!」

 

「自棄か」

 

開き直った桃香はぷりぷりと怒ったように店を出て行く。芙陽もやれやれとその後を付いて行けば、昼を過ぎて集まった子供たちが前方から走ってやって来た。

 

「あ!劉備さまだ!」

 

「りゅうびさま~!」

 

「待ってたよ子供たち!これから皆を探そうと思ってたんだ~」

 

民からの信頼篤い桃香である。すぐさま子供たちに囲まれることになった。桃香は嬉しそうに子供たちと同じ目線ではしゃぎ始める。

 

「ふようさまもいる~」

 

「ふようさま、だっこ…」

 

同じく人気のある芙陽も囲まれてしまった。苦笑いで子供たちを撫で、中でも幼い少女のおねだりに優しく抱き上げて答えてやる。

 

「ふぁ……いいなぁ…」

 

子供たちに囲まれながら、羨ましそうに芙陽を見る桃香に、溜息を吐いた。

 

「……お主は年長じゃからな、我慢しなさい」

 

「あれ、さっきまで私も『王様』に数えてくれてたのにいつの間にか子供扱いになってるよ?」

 

「りゅうびさま、りゅうびさま」

 

驚愕している桃香を他所に、その隣に立っていた少女が桃香の袖を引いている。

 

「うん?どうしたの?」

 

「りゅうびさまはふよーさまと"ふーふ"なの?」

 

「ふぇ!?」

 

突然の質問に一瞬で顔を赤くする桃香。芙陽はそんな桃香などお構いなしに『ませた子供だ』とケラケラ笑っていた。

爆弾発言をした少女の他にも、桃香の様子を見た子供たちは新たな玩具を見つけたように囃し立てる。

 

「そうだよ!劉備さまは芙陽さまがすきなんじゃないの~?」

 

「"けっこん"しないのー?」

 

わーわーと騒ぎ出す子供たちに、桃香は顔を赤くしたままあわあわと狼狽えることしか出来ない。

 

「え、えー!?そんないきなり言われたって…ねぇ?芙陽さん」

 

見事に赤面しながらチラチラと芙陽を見る桃香だが、芙陽はニヤリと笑うと桃香の顔をジッと見つめた。

 

「………………」

 

「……え…っと…」

 

「……………ハッ」

 

「鼻で笑われた!?」

 

「りゅうびさま!?」

 

「りゅうびさま、しっかり!」

 

絶望の淵に立たされた桃香はヨロヨロとその場にへたり込み、何事かと子供たちが慰めに掛かった。

 

結局、その日は子供たちが必死に桃香を慰めたことで立ち直り、日が暮れるまで遊び通した。

勿論帰ってから二大軍師に加え、勉強を放り出して遊んでいたことに対して黒髪の義妹にまで怒られたのは言うまでもない。

 

芙陽はそれらをケラケラと、しかし優しく見守っていた。

 

結局のところ、桂花たちが今の仕事から桃香を遠ざけたのも、

それに気が付くようにそれとなく助言を与えたのも、

愛紗や朱里が桃香を導こうとしたのも、

子供たちが桃香の下へ集まり、落ち込む桃香を慰めたのも―――

 

 

―――桃香の『仁徳』があればこそなのだ。

 

 




桃香の好感度もちゃんと上がってるよと言う話。
王の特色については真・恋姫の赤壁で同じようなことが言われています。
朱里と雛里の絡みもしっかり書きたいなぁ…。

では言い訳タイムに入ります。
まぁお察しの方もいらっしゃるとは思いますが仕事が忙しすぎる。
三月は期末で大忙し…出荷ギリギリまで鬼の残業パーティしてました。
そして四月…新年度と言う事で酒席の付き合いが多く、週末は天辺過ぎまで飲み明かし、仕事の疲れを少しでも和らげるために休日は一日寝ておりました。
さあいざ書きはじめようとPCの前に向かっても、スランプに入ったのか一向に進まない文章。
これ…無理だ!と思いましたが、エタらせるわけにも行くまいと悪あがき的に閑話へ逃げ延びで参りました。
GWまで…GWまでが辛抱だ…。


仕事が辛いと話した私に友人が言い放った一言。
「まだ見ぬ嫁と娘を養ってると思えば仕事のモチベーションなんて上がりっぱなしだよ」
何て言うか、スゴいなお前は。


追記。
スランプ脱却のために色々なネタを考えてました。

【勇者として異世界に召喚されたけど魔王を保護した話】
主人公は魔王系。ドSで外道な女好き。チートな力と意地の悪い策略で気に入らない奴は問答無用で地獄行き。
魔王少女は妹系。真面目だが寂しがりやで甘え下手。柔軟性はあるが行動力が無い。とてもじゃないけど次期魔王には見えない。
勇者様は踏み台系。勘違いの塵芥。勢いに任せて魔王軍を滅ぼしたは良いものの、実は勇者でも何でもなくぽっと出の弱チート。現れた本物の勇者にガクブルの毎日。誰かアイツ殺せ。
……南蛮戦時……何番煎じだっていう話。

【二次創作、ARIA SideStory】
原作で語られなかったアリシアさんのフィアンセを主人公に、原作の裏側を描く。
原作から離れることの無いよう辻褄は確り合わせる。
過去話の際にも原作の設定から離れないようにする。
基準は原作で、アイの存在のみアニメ基準。灯里の友人となり度々ネオ・ヴェネツィアに訪れている。
アリシアの幼馴染である晃、アテナ、そして恩師のグランマ以外には主人公がアリシアの相手であることを知られないようにする。(交流はある)
正直触れない方が良いんじゃないかっていう部分に触れている作品。私としても謎のままって言うのが一番しっくりくるフィアンセさんです。


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第三十話 ちょっと呉って来る

くり。(史上最強のケモロリによるラジオでの伝説)

出来ました!
前回の閑話で色々と弱音を吐きましたが、何とか更新することが出来ました。
感想欄で励ましの言葉を頂きました皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。
まだまだ完全にスランプ脱却とは言えませんが、途中でやめることはまずありませんのでこれからもよろしくお願いいたします。


孫策軍、袁術軍の間に衝撃の報告が飛び交う少し前。

軍の収容を終え、城門の前で芙陽達は袁術を追いかけるために出発しようとしていたのだが、そこで小さくも問題が発生していた。

 

「……恋も、行く」

 

恋が自分も付いて行きたいと駄々を捏ねたのだ。

 

「恋、お主は呂布隊新規参入の準備をせねばならん。ここは我慢してくれぬか」

 

「……」

 

悲し気に瞳を伏せる恋。芙陽はやれやれと苦笑いでその頭を撫でた。

 

「少しの間留守にするが、頑張れるな?」

 

「……ん」

 

渋々と頷いた恋に、芙陽は更に優しく頭を撫でて星と月を呼ぶ。

 

「星、留守の間恋に構ってやれ」

 

「フッ、承知しました」

 

「月も、頼んだぞ」

 

「フフ、わかりました」

 

芙陽の指示に二人とも優しい顔で頷く。

 

「……月」

 

恋は拗ねたように芙陽から離れると、月に近づいて行った。

 

「フフフ、仕える人が変わっても甘えん坊さんですね、恋さんは」

 

月は微笑ましく恋を受け入れ、背伸びしながら恋の頭を撫でる。

 

劉備軍と合流し、出迎えた月と詠を見つけた恋と音々音は勿論驚愕した。風の噂で董卓が死んだことは知っていたのだ。

しかし、芙陽と月に事情を説明されると二人とも素直に再会を喜んだ。

芙陽と出会うまで、恋が最も心を開いていたのが月なのだ。守るべき対象ではあるが、恋が少なからず甘えられる相手であった。

 

「はぁ~……恋も…可愛いなぁ…」

 

そんな恋を見ながら恍惚とした表情を浮かべるのは勿論、可愛いものに目が無い愛紗である。

葵に対して同じような反応をこれまでずっと見せてきたため、それを見た面々は『あぁ、またか』と言うように一瞥しただけであった。

 

「お待たせしました芙陽様、準備が整いました」

 

緩い空気の中、背嚢を背負った桂花が現れた。

 

「そうか、では行くとしよう」

 

芙陽は返事をすると、ポンッと音を立てて大狐の姿に変わる。

その姿を初めて見る恋や音々音は目を見開くが、恋はすぐに芙陽に近づいた。

 

「……モフモフ」

 

「これ、出発できんじゃろ」

 

しがみ付こうとする恋に芙陽が注意するが、恋はまだ少し拗ねているのかムッとした表情だ。

 

「クフフ、帰ってきたら構ってやるから待っておれ」

 

「…分かった」

 

「良い子じゃ」

 

芙陽は優しくそう言うと、その大きく柔らかい尻尾で恋の頭を撫でた。

そうすると面白くないのが桂花である。

 

「芙陽様、そろそろ行きましょう」

 

「カカカッ、桂花。焼き餅も程々にな」

 

「妬いてませんよ」

 

「そうかね?まぁ良い。乗りなさい」

 

芙陽にからかわれてほんの少し顔を赤らめた桂花が乗りやすいよう、芙陽が身を屈める。

 

「失礼します」

 

桂花は恐縮しながら芙陽の背に乗り、桂花が乗ったことを確認した芙陽はゆっくりと立ち上がった。

 

「葵」

 

「はっ」

 

何処からともなく現れた葵が、桂花の後ろへ同じように乗る。そして、後ろから桂花の背嚢を奪うように自分で背負うと、両手を桂花の腰に回してしがみ付いた。

 

「葵?」

 

「桂花の安全確保です」

 

「かなり跳ばすからの。お主の力だけでは落っこちてしまうぞ?」

 

「えぇ……」

 

今更ながらに移動方法に対して不安が湧きあがる。だが、ここまで来てしまえばもう『やめます』とは言えない。女は度胸なのだ。

 

「さて、では行ってくるぞ」

 

「気を付けてね!」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

桃香や月と言った面々が見送りの言葉を言い終えたのを見計らい、芙陽は四肢でその地を蹴った。

 

「え、はっ!?ふようさ、はや、きゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……………」

 

あっという間に姿が見えなくなった芙陽達。桂花の悲鳴だけがその場に残り、見送った者たちは顔を引き攣らせ、心を一つにした。

 

『あれは絶対乗りたくないな』と。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「芙陽様、桂花の口からなんか出ました」

 

葵の報告に、芙陽は『まさか吐いたか!?』と軽く戦慄した。流石に自分に乗りながら吐かれるのは気分が悪い。

 

「何じゃと?あぁ、魂が抜けかけておるな」

 

「引っこ抜きますか?」

 

「死ぬじゃろうが。そっと口に押し込んでおけ」

 

「はい。………せいっ」

 

「なんで気合入れた?」

 

「……はっ!?」

 

「気が付きました」

 

「存外、こやつもしぶといの」

 

桂花の意識が戻ると、芙陽は少し速度を緩めた。

 

「……芙陽様?」

 

「随分と気絶しておったな。あと少しで到着じゃ」

 

「えぇ!?もうですか!?」

 

芙陽達が桃香の下を発ったのが数日前の事である。最初からかなりの速度で走り続けた事で予定の半分以下の日数でここまでやって来た。

桂花も慣れない高速移動の旅に疲れがたまっていたのだが、そこで芙陽が追い打ちとばかりに今までにない速さで駆け出したことでとうとう気絶にまで追いやられたのである。

 

気絶しているならばと芙陽はここぞと更に速度を上げ、桂花が思っていたよりもずっと早く到着したのだ。

 

「芙陽様、前方に…」

 

「ウム、小競り合いの様じゃの」

 

葵が前方の異変を察知し、芙陽に告げる。芙陽も同時にそれに気付き、事態を把握した。

現在走っているのは林道である。そしてその先、まだ桂花が見えないような距離があるが、行く先にて小規模な戦闘が行われているのだ。

 

「数が少ないな…。もしや斥候同士が鉢合わせたか?」

 

「珍しいですね。どちらもやり過ごして任務を優先しそうなものですが」

 

芙陽の推測に桂花が素早く気を持ち直した。流石の軍師である。

ほぼ全員が旅人や村人の格好をしているが、体のどこかしらに赤、もしくは白い布を身に着けている。赤は勿論孫家、白は袁術軍の印だ。

身を隠しやすく小規模ならば集団でも素早く移動できる林道を進み、同じように移動中であった袁術軍の斥候が道中鉢合わせてしまったのだろう。

 

「この辺りは両軍の丁度中間点じゃからな。纏まって行動していた故に両軍とも無視はできなかったのじゃろう」

 

「迂回しますか?」

 

葵が提案するが、芙陽は一瞬だけ思案するとそれに応える。

 

「いや、このまま突っ込んであの戦闘を終わらせる。双方は最早斥候の任を果たせぬほど混乱してしまっておるからな。

 儂等は孫家に付く。袁家の士気を落とすために儂の参戦を広めてもらうかの」

 

「では…」

 

「ウム、葵。お主は先行して戦闘を終わらせよ。掻き回してやれ」

 

「御意」

 

芙陽が若干その速度を落とすと、葵は桂花から手を離し、飛び降りて前方へと駆け出した。その速度は追走している桂花が目で追えない程に速い。

 

「桂花、近づいたら一度お主を降ろす。すぐに葵が戻って来るから二人で隠れておれ」

 

「分かりました」

 

桂花が返事をする頃、葵は丁度戦闘区域のど真ん中に飛び込んでいた。

 

やられそうになっていた呉軍の兵を庇い、右手に持つ白爪の一振りで袁術軍の刃を受け止める。

 

自らの攻撃を防がれた袁術軍の兵が狼狽え、怒鳴る様に葵へ問う。

 

「な!?なんだ貴様は!?」

 

「名乗ることは許可を得ておりません。しかし、主の命により介入させて頂きます」

 

言うや否や、葵はもう一振りの白爪を抜き、男の腹を一文字に切り裂いた。

想像を絶する痛みに悲鳴を上げながら後ずさる男に迫り、白爪をその喉に突き立てる。

 

突然現れた葵に、孫家の男も警戒を露わにした。

 

「何物か!」

 

助けられたとはいえすぐに信用など出来る訳もない。男は剣を構えながら態勢を整えた。

 

「そちらに害意はありません。先も言った通り、主の命により助太刀いたします。

 まず、お仲間に呼びかけて纏まることが先決かと」

 

「くっ……」

 

葵の言う事は最もだ。しかし、葵が味方であると信じきれない男は動けずにいた。

 

「……っ」

 

その時、黒い影が横から飛び出してくる。その殺気に反応した葵は素早く白爪を構え、攻撃を受け止めた。

 

「っ!?受け止めた!?」

 

「周泰様!?」

 

「呉の隠密将、周泰ですか」

 

男の言葉から目の前の人物が誰であるかを理解した葵。一方、長い黒髪を翻し、日本刀のような片刃の剣を握った少女、周泰は部下である男の失態に内心で舌打ちをした。

隠密衆でありながら一瞬で敵(現時点では葵は敵に分類される)に情報を与えるとは何事かと。今後の指導はより一層厳しくすることを誓った。

 

「斥候部隊が戦闘に入ったと聞いて来てみれば……これはどういった事態ですか?」

 

周泰はどうやら斥候部隊が戦闘に入ったことを聞き急遽駆け付けたようだ。

 

彼女は近くに居る兵に聞きながらも葵への攻撃を再開する。

 

「はあっ!」

 

鍔迫り合いの状態から一瞬で剣を離し、連撃を打ち込む周泰。

しかし、その攻撃は全て葵に避けられてしまった。

 

「っ速い!?」

 

「取り敢えず話を聞いてもらいたいんですが…」

 

少しだけ困ったように眉尻を下げる葵。同時に、視界の隅に入った光景で動き出す。

 

「どこへ!?」

 

素早く周泰の目の前から消えた葵を探し、彼女も周囲を見渡すが、見えたのはまたも袁術軍の攻撃から孫策軍の兵を庇う姿であった。

 

「取り敢えず、まずは敵兵を退けることを優先してもらえませんか」

 

敵兵の喉を切り裂きながら言う葵に、周泰も一先ずは同意することにした。

 

「…仕方ありません。体制を整えます!離れないで!纏まってください!」

 

透き通る声で周囲に指示を飛ばし、その間にも周泰、葵は袁術兵を減らしていく。

その様子に、袁術兵も焦った様子で指揮官らしき男が周囲に檄を飛ばしていた。

 

「くそっ!ここは退却するのが最善か…!」

 

「その前に、お知らせが一つ」

 

態勢を整え終えた孫策軍の少し前に立った葵が、袁術軍の指揮官へ告げる。

葵は両軍が睨みあう中心に立ち、横を向くと、その頭を下げた。

 

「お待ちしておりました」

 

すると、高く飛び出して来たのは巨大な獣。金色に輝く毛並を持つ大狐であった。

 

『なっ…!?』

 

両軍に動揺が走る。周泰も見たことも無い狐に唖然としていた。

 

「フム、ご苦労であった。下がって桂花の護衛を頼む」

 

「はっ」

 

短く返事を返した葵は、一瞬でその姿を消した。

 

「金色の獣…」

 

「なんと…美しい…」

 

「まさか、あれが"天の御使い"か!?」

 

兵達でもその大狐、芙陽の噂は知っている。特に袁術軍などは芙陽によって大敗を喫した直後なのだ。その動揺は計り知れない。

 

「双方、矛を収めよ。最早お主等の任は果たせるものではない」

 

「"御使い"!?何故ここに居る!まさか孫家に付くのか!?」

 

袁術軍の指揮官が叫ぶ。表情は正に絶望的だ。

 

「如何にも。この芙陽は我が友、孫伯符に助太刀すべく参った。帰って袁術に伝えるが良い」

 

更に動揺が激しくなった。

 

「馬鹿な!?孫策と御使いが友だと!?」

 

「聞いたことねぇぞ!?」

 

「信じる信じないはお主等の自由。しかし、信じなくとも儂が孫家へ助力することは変わらん。伝えなければここで死ぬか、帰って殺されるかのどちらかじゃ」

 

芙陽の言う通り、ここまでハッキリと宣言されてその情報を伝えなかったとなれば、重罪として処断されてもおかしくは無い。

苦々しい顔をして考えていた袁術兵だが、やがて警戒を解かないまま撤退を開始した。

 

その様子を油断なく見守っていた周泰だが、やがて袁術軍の姿が完全に見えなくなると、剣を納めて芙陽へ向き直る。

 

「……呉軍、隠密衆の周泰と申します。一先ずは此度のご助力に感謝します、御使い殿」

 

だが、やはり警戒を解かないまま芙陽に接する。今は戦時、国主の友人とはいえ、他国の重鎮がこんなところにのこのこと現れる訳がない。

しかも、相手は大狐の妖だ。警戒しない方がおかしいと言える。

 

芙陽はポンと軽い音を立てると、あっという間に女性の姿となりまたもや周囲を驚かせる。

 

「儂は芙陽と申す。友人、孫策に会わせて貰いたいが、如何か?」

 

「……芙陽様のお噂はかねがね、主や都督より聞いております。不躾ではありますが……本当に我等呉にお力添えを?」

 

「ウム、それと伯符に伝えなければならんこともある。出来れば早急に会見の場を用意してもらいたい」

 

「……わかりました。御案内いたします」

 

「感謝する、周泰」

 

芙陽が優しく礼を言うと、周泰は少しだけ顔を赤くして『いえ』と返事を返した。本来は周泰も明るく元気な性格で、年頃の少女と変わらないのだ。

 

「さて、同行者を呼ぶかの」

 

「先程の白い髪の方でしょうか?」

 

「ウム、それに儂の軍師も付いて来ておる」

 

芙陽がそう話すと、木の陰に隠れていた桂花と葵が姿を現した。

周泰は葵の姿を見ると何かを思い出したような顔をして、葵に頭を下げる。

 

「その、先程はすみませんでした!そちらのお話も聞かずに…」

 

葵は突然の謝罪に驚くが、すぐに返事を返した。

 

「いえ…乱戦の中でしたし、当然の反応だったと思います」

 

その後暫く謝罪と否定の応酬が行われたが、恥ずかしくなった葵が芙陽の背に隠れることで終了となった。

 

「では、次に儂の軍師をしておる、荀彧だ」

 

「荀彧よ、私も孫策たちの事は知っているし、案内頼むわね」

 

「はい!お任せくださいお猫様!!」

 

「誰がお猫様よ」

 

「えっ」

 

「何驚いてんのよこれは唯の頭巾よ」

 

「そう……ですか…」

 

「凹んでんじゃないわよ!」

 

「すみません、では出立しましょう芙陽様、葵様、おねくぃ彧様!」

 

「咄嗟に言い直してんじゃないわよ誰よそれ」

 

「申し訳ありませんお猫様…」

 

「言い直しなさいよ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「蓮華様、斥候の第一隊が敵方の部隊と接触し戦闘に入ったそうです」

 

「それは本当?」

 

「はい。援軍に明命を向かわせましたのでおっつけ情報が入ると思われます」

 

「そう。いずれにしても、斥候は間をおいてもう一度出すしかないわね。その戦闘で袁術は警戒を高めるでしょうし、それはこちらも同じだけれど…」

 

孫策軍の天幕の中で、孫家の次女、孫権が自らの右腕、甘寧と話していた。

孫策軍の総大将は孫策であり、その孫策を補佐する立場である孫権は斥候部隊に指示を出していた。

 

「"天の御使い"に敗れた袁術軍…でも、張勲は今まで孫家を押さえつけてきた実力のある軍師よ。少しでも情報は多いほうが良い」

 

「仰る通りかと。冥琳様も情報収集に余念が無い様子です」

 

「その冥琳が手に入れた情報なのだけど…袁術軍が劉備軍に敗れた決定的な理由…聞いた?」

 

「いえ…私は今まで祭様と合流しておりましたので」

 

甘寧は袁術が軍を徐州へ出した直後に周瑜の命で黄蓋の下へ向かった。反董卓連合の頃から袁家打倒のために動いていた黄蓋である。

 

「袁家と行動を共にした呂布が寝返ったそうよ」

 

「……!なんと…では、袁家は"御使い"と"無双"を相手取ることになった、と?」

 

「考えるだけでも恐ろしいわね」

 

「しかし、行動を共にしておきながら寝返るなど…劉備はそのような輩を迎え入れるのですか?"仁"の王とはいえ流石に…」

 

眉を顰める甘寧。確かに傍から聞けば簡単に裏切り、それも強大な力を持った将を無防備に懐に入れるような暴挙に思えるだろう。

しかし、孫権はそんな甘寧に首を振ると、頭痛を堪える様な仕草と共に脱力しながら言った。

 

「それが…袁術が呂布と接触する前に、どうやら呂布は"天の御使い"の配下に加わっていたそうよ…」

 

「( ゚Д゚)……」

 

「(-_-;)……」

 

言葉を失い開いた口が塞がらない甘寧と、気持ちはとても良くわかるため目を逸らして反応を待つ孫権。

流石に袁術が可哀想に思えた孫権であったが、その袁術との戦時である上、王族たる自分がそのようなことを口にしてはならないと言葉を飲み込んだのはつい先ほどの事だ。

 

「……雪蓮様は"御使い"殿とご友人であったと…」

 

「正直、なんて存在と遊戯を交わしたのかと憤慨したいところだわ…」

 

「しかし、友好的に接する以外ないのでは…?」

 

「得体の知れない存在だというのに…でも、今のところそれしかないのよね…」

 

二人して溜息を吐く。

この話を周瑜から聞いた時、周瑜も溜息を吐いていたがその表情は苦笑いであった。そういえばこの周瑜も、そして黄蓋と陸遜も姉と同じく"天の御使い"と接した経験を持つ。

その性格を多少なりとも知っているからこそ苦笑いが出来るのだが、未だ芙陽の事を知らない孫権は『何故そのような怪しいことこの上ない存在を放置しておくのか』と気が気ではない。

 

「袁術を倒せば劉備達との交流があってもおかしくないわ。まだまだ先の話だけれど、私達がしっかりしないと…」

 

「はい」

 

「とはいえ相手の戦力は"御使い"に"無双"に"美髪公"に…挙げればキリがないわ。慎重にいかないと…」

 

「失礼します!周泰殿が戻られました!」

 

「明命が?早いわね…」

 

 

「それが、どうやら戦闘に徐州劉備軍の"天の御使い"が参戦したらしく、我等に助力すべく孫策様に面会を申し出たとのこと!」

 

 

「慎重に!!慎重に持て成しなさい!決して無礼の無いように!」

 

「はっ、はい!!」

 

「思春すぐ姉さまたちに知らせて!」

 

「御意!」

 

(なんで戦時にもかかわらず他国の重鎮がこんな気軽に会いに来るのよ!?それにあっちだって戦後処理とか色々あるでしょう!それほったらかしてこっちに来たってこと!?自由すぎるわ!!)

 

内心でとめどなく溢れるツッコミを消化しながら孫権は出迎える準備を急いだ。

 

 

そしてこの日、狐の参戦が正式に決定されたのである。

 




今回は前回の補填のような話になってしまいました。あまり進んでない…。

マジ恋のコジマちゃんが可愛くて仕方ない。なにより声が良い。大ファンなんです。
これでロリ四天王が決定されましたな。次点で天使とか沙也佳ですかね。うちの連理ちゃんが入る余地は無かったか。
と言うか猟犬部隊が全員魅力的すぎて困る。テルマさんのツンデレっぷりには桂花と通じるものがありますな。腹黒具合は桂花の圧勝ですが。
コジマとジークのコンビに癒されまくりです。

次はいつになるやら…気長にお待ちいただければ幸いです。


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。




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第三十一話 避けられない衝突

ケモロリ!(何度でも蘇るさ!)

皆さん、お久しぶりでございます。

前話を投稿して半年以上、かつてないスランプに陥り、早く書かねばと夜も眠れ、食事も喉を通り………あっ石投げないで!

言い訳とか謝罪とか決意表明とかは後書きにて!取り敢えずどうぞ!


前回までのあらすじ。

芙陽「ちょっと呉ってくる」

以上!


「芙陽~!」

 

「おぉ、伯符。元気であったか」

 

他よりも大きな天幕の中、孫策の陽気な、嬉しそうな声が響いた。

唯の少女のように駆け寄る孫策を軽く抱き受け、優し気な笑みで挨拶を交わす芙陽。

 

「あぁ!?ちょっと孫策、なに抱き付いてるのよ!」

 

そして、突然芙陽に抱き付いた孫策に文句を言う桂花。

 

「良いじゃないの、たまには。桂花も久しぶりね」

 

「はいはい、久しぶり。良いから離れなさい!周瑜からも言ってやんなさいよ!」

 

この光景をニヤニヤと見守っていた周瑜も、桂花の言葉にやれやれと笑って声を掛けた。

 

「フフ、芙陽殿、荀彧も久しぶりですな。雪蓮、そろそろいったん離れたらどうだ」

 

「えぇ~」

 

「これ伯符、積もる話なら本題の後でも良かろう。見ろ、初対面の連中が呆けておるぞ」

 

そう言った芙陽の視線の先には、以前孫策の下に居た時には見なかった面々が唖然とした様子で立っていた。

 

長い髪を先端で緩く縛った孫策に似た少女、孫権。

その隣に立ち、鋭い視線を少し見開いた髪を団子にした少女、甘寧。

芙陽と共に天幕に入り、すぐに甘寧の少し後ろに移動した隠密、周泰。

大きめの眼鏡を掛けて長すぎる袖で手を隠した少女、呂蒙である。

 

陸遜は周瑜の横でいつもと変わらず緩くニコニコと笑っていた。

 

「もう、しょうがないわね」

 

孫策もその面々の様子を見て渋々と芙陽から離れた。

 

「芙陽様、荀彧ちゃんもお久しぶりです~」

 

それを確認してから陸遜が相も変わらず間延びした声で挨拶をする。

 

「ウム、陸遜も変わらぬようだな」

 

「久しぶりね陸遜。もう少し痩せたら?」

 

「あはは~荀彧ちゃんは少しは成長したんですか~?」

 

「……あぁ?」

 

「……はぁ?」

 

聞くに堪えない会話である。

 

「貧しいよりはずっと良いと思いますけど~?その絶壁には需要はないでしょうし~」

 

「なっ!?馬鹿にしないでよ!乙女の肋骨だって需要あるわよ!」

 

「乙女に肋骨の感触なんて必要ないですぅ~」

 

マジで聞くに耐えない会話である。

 

「はぁ…穏、話が進まんと言っているだろう」

 

流石に頭の痛くなってきた周瑜が二人を止める。

この二人、体格的にも性格的にも犬猿の仲なのだ。かつて芙陽と共に客将として働いていた時機も、何度も衝突している。もっとも、その衝突の内容は先のようにあまりにも幼稚(当事者以外には)だったが。

 

「芙陽様ぁ…」

 

「おぉ、よしよし」

 

自らの弱点を突かれた桂花が芙陽に慰められている。暫く芙陽に放置されていた桂花は芙陽に飢えているのだ。隙あらば甘える。

 

「全く、儂の可愛い桂花の肋骨になんてことを言うのだ」

 

「芙陽様……でもあんまり肋骨肋骨言われると傷つ、っあぐぁ!?」

 

撫でられる感触に陶酔しながらも苦言を呈そうとした桂花の肋骨を、芙陽がその手でグリグリと押し込む。突然の仕打ちに桂花は崩れ落ちた。この痛みを快感に昇華する変態(メイド)を少しだけ尊敬した。

 

「さて、それでは残りの自己紹介といこうかの」

 

「荀彧は放っておいていいの?」

 

「最近の儂は大体こんな感じじゃ」

 

月の所為である。桂花は後輩従者である変態(クソメイド)に憎悪した。

 

「さて、儂は芙陽と申す。現在は徐州の劉備の下に身を寄せている妖じゃが、かつては孫策の下でも客将をしておった。その時より友誼を結び、こうして友の望みの助けになればと駆け付けたわけじゃ」

 

本気で桂花を放置して自己紹介を始める芙陽に顔が引きつりつつも、初対面の面子を代表して孫権が答えた。

 

「お初にお目にかかる、芙陽殿。私は孫策の妹、孫権」

 

「…甘寧」

 

「改めて、周泰と申します!」

 

「りょ、りょ、呂蒙です!」

 

孫権に続き、他の三人も自己紹介を済ませるが、孫権の表情は硬い。

 

孫権と言う少女は真面目である。奔放な母、姉、妹に囲まれて育ったが故に、『自分がしっかりしなければ』という責任感を強く持っているのだ。

加えて孫家の姫、すなわち王族と言う立場がそれをさらに強くした。

故に得人の心得、『金銭に執着しない』『怪しい人間を近づけない』『甘言に惑わされない』という三カ条を常に意識しているのだ。因みに袁術は全て不合格である。

 

「さて…各紹介も終えたところで、芙陽殿。現状を説明させて頂きましょう」

 

憮然とした表情を隠しきれない孫権を横目に、周瑜は話を進めていく。

 

「先日、袁術が劉備軍に敗れたとの報を聞き、我らはすぐに潜めていた策を始動しました」

 

周瑜が仕込んでいた策とは、反董卓連合の頃より任を受けた黄蓋が水面下で進めていた。

黄蓋は身を潜めながら袁術の拠点周囲を渡り、各地の豪族や民衆を説得、扇動していた。これは袁術に対する不満を募らせていた各地で順調に戦力を蓄えることが出来た。

 

問題となったのが謀反を起こす時期である。戦力を蓄えているとはいえ、やはり袁家の兵力は馬鹿にできない。

そこにやって来たのが袁術敗戦の報だった。恋に裏切られ、芙陽に追い詰められ、這う這うの体で城に逃げ込んだ袁術の戦力は大幅に減っていた。

 

この好機を周瑜が見逃すわけがなかった。すぐさま各地で挙兵。袁術は逃げ帰った先で更に包囲され追い詰められていた。

挙兵と同時に進軍した孫策たち本隊は現在すでに袁術軍の目と鼻の先まで辿り着いている。決戦は目前であった。

数日後には会敵の予測が立っており、より正確な情報を求めて斥候部隊を出したところ、先の戦闘となり芙陽が割り込んだのである。

 

因みに、孫家の末妹である孫尚香は孫策たちの拠点で留守番である。孫家の血を残すための保険として連れてくるわけには行かなかったのだ。

 

「と、我らの現状はこんなところですな。では、次に芙陽殿の話を聞かせてもらいたいのですが…」

 

語り終えた周瑜が芙陽に合図をする。

 

「ウム。お主等の状況は理解した。

 さて、儂の目的は三つ。まず一つ目に、お主等に伝えておかねばならんことがある」

 

そう言って芙陽は孫策を真っ直ぐに見た。

 

「最近この大陸で導士風の格好をした男が二人、儂を殺すために動いている」

 

「……なんですって?」

 

突然語られた話に孫策は訝しむ。周瑜も意図が読めず首を傾げた。

 

「儂が恋…呂布に会いに行った事は伝わっているとは思うが…その時、恋はその導士風の男に追い詰められていた」

 

『!?』

 

周囲が驚愕に染まる。しかしそれも当然であった。

ここに居る誰もが、呂布の強さを目の当たりにしているのだ。反董卓連合の際、あの一騎打ちの余波に巻き込まれた者は孫家の兵の中にも少なからずいた。

それ以外にもその一騎打ちは伝説的な話として大陸を駆け巡っているのだ。

その呂布ですら苦戦する程の存在がいる。それだけで警戒するには充分であった。

 

「幸い、儂が到着したことで撃退には成功したがの。これからも儂の命を狙い、様々な手を講じて来る筈じゃ」

 

「芙陽殿、それが我ら孫家にも関係が……?」

 

疑問に思った孫権が口を挟む。

命を狙われていると言うのであれば身を守るために情報が欲しいのは分かるため、その協力を取り付けに来たのかと思った。しかし、いくら現当主である孫策の盟友であるとはいえあまり力を割く余裕はない。

 

「うむ。それがの、その男二人…左慈と于吉というのじゃがな、奴等は儂を排除するために他の者を巻き込もうと考えることもある」

 

「芙陽殿、もしやその男…呂布に接触したのは…」

 

気付いた周瑜が口を開いた。それに対して芙陽も首肯で応じる。

 

「お主の考えた通りじゃ。奴等、恋の力を得ようと現れたのじゃがな。恋が拒否するとすぐさま排除に乗り出した」

 

「では、我等にも接触してくる可能性があると…」

 

「その通りじゃ。恋を追い詰めたことからわかると思うが、決して信用せんようにな」

 

芙陽はそう言った後、周瑜から孫策に目を向ける。孫策が頷いたのを確認すると、満足そうに次の話題を切り出した。

 

「さて、二つ目の目的じゃが…まぁ、見学、と言ったところかの」

 

「見学…?……あぁ、そういう事ね」

 

芙陽の言葉に首を傾げる一同であったが、孫策はすぐに芙陽の目的に気付いた。

元々初めて会った時にも言われていたことである。芙陽はその時、『次代の英傑をこの目で見る』事を目的に旅をしていた。

それが今でも続いていると考えれば自ずと答えは出てくる。

 

「姉さま?」

 

気付いたことを口に出した孫策に、未だわからない孫権は問い掛けた。

 

「時代は既に動き出してるってことでしょ?」

 

「ウム。袁紹が公孫賛を攻め、袁術が劉備を攻め、敗走した袁術に孫策が喰らいつく。孫策を見ると共に、袁術もこの目で納めておこうかと思っての」

 

「あら、私ってば注目度高~い」

 

ケラケラと芙陽を真似したように笑う孫策だが、孫権は芙陽の説明に不満があった。

 

「姉さま!何を笑っているのですか!我等の闘いは見世物ではないのです!」

 

「なによぅ蓮華?せっかく私の友人が手伝ってくれるって言ってるのよ?しかもこれ以上ない力を持った最強の、ね」

 

「しかし!このような素性の知れない…!」

 

「素性ならハッキリしてるじゃないの。"天の御使い"、劉備のお目付け役。曹操、袁紹からも一目置かれる超の付くほど有名人じゃない」

 

「くっ…!」

 

言い返せない。今や芙陽は唯の妖などではなく、大陸でも一、二を争う知名度を誇り、反董卓連合にて袁紹がなし崩し的に芙陽が"天の御使い"であることを認めてしまっているのだ。

 

悔し気に俯いてしまった孫権を他所に、話は進む。

 

「それで、冥琳?芙陽と荀彧が手伝ってくれるとして、配置はどうするの?」

 

「まぁ、荀彧は私と穏を手伝って貰うとして…既に我等にも袁家にも芙陽殿の参戦は知れ渡っている。士気の高さならば完全にこちらに分がある。ここは芙陽殿には状況を見つつ遊撃に徹してもらうのが最も効果的だろうな」

 

「あら、最前線で暴れて貰ってもいいんじゃない?」

 

「我が軍の兵が芙陽殿の進軍に追いつけるのならばな」

 

「……ちょぉっと厳しいかしら?」

 

「カカカッ。まぁ周瑜がそう言うのであれば、儂は好きに動かせてもらうとするかの」

 

「作戦は?」

 

「"ガンガン行こうぜ"」

 

「なにそれスッゴイ滾るわね!」

 

「却下に決まっているだろう」

 

「姉さま!冥琳も!いい加減にしてください!!」

 

孫権には我慢がならなかった。これより行われる戦は自分たちの故郷、権利、誇りを取り戻すための闘いなのだ。それを人ですらない狐の妖が面白半分に首を突っ込んでくる。我慢など出来る筈がなかった。

 

(ま、心情を考えれば孫権の言葉が正論じゃな)

 

芙陽は孫権の気持ちを正確に読み取っていた。そしてその発言にも正当性を感じたために、孫権の話を黙って聞いている。

 

「これは我らの云わば聖戦!それを、有名だからと言って部外者がヘラヘラと首を突っ込んで良いものではありません!」

 

「では、蓮華は芙陽の援軍はいらないと?」

 

「当たり前です!」

 

「私はそうは思わないわ」

 

「!?」

 

孫策は先程までの弛緩した空気を一変させる。それは正に『王』としての顔であった。

 

「確かにこの戦は我らのもの。そこに他人が入る隙は無い…一理あるわ」

 

「ならば何故…!」

 

「私はこの戦が始まるとき、兵達に『国の礎となれ』と言った。その言葉に嘘はない。でもね、だからと言ってここで芙陽の手を借りずに死者を増やすことは得策ではないと考えるわ」

 

「っ!」

 

孫権は自分が見落としていたことに気が付いた。孫権は袁術から故郷を取り返すことを望むあまり、いつの間にかそれが最終目標だと錯覚していた。

 

「蓮華。もっと先を見なさい。袁術を破ったとして、それで国は平和になるかしら?」

 

「……」

 

「世は既に乱世へと突入しているわ。袁術を獲ったとして、まだまだ気は抜けない…むしろ袁術の後に立ちはだかる者こそ本番と言っていいわね」

 

「蓮華様。既に曹操は袁紹撃退のために動き始めています。それはやがて我等にも向けられる事になるでしょう」

 

ここで周瑜も孫権の説得に回る。斥候から届いた確かな情報である。袁紹は公孫賛を撃破した後、そのまま曹操に向けて侵攻の兆しを向けている。

 

「ここで全ての力を使い果たすわけにはいかない。わかるわね、蓮華」

 

「はい……申し訳、ありません…」

 

落ち込んだ様子で頭を下げた孫権は、その後頭を冷やすと言って天幕から出て行った。心配そうに甘寧が付いて行く。

その様子を見届けた孫策はため息を一つ付いた。

 

「はぁ…まだまだ王としては視野が狭い、か」

 

「なに、心持は立派な物じゃ。あれは良き王になる」

 

「芙陽様がおっしゃると安心できますねぇ~」

 

「あらアンタ居たの?」

 

「荀彧ちゃんも空気でしたけど~?」

 

「……あ?」

 

「……は?」

 

「やめんか」

 

出てきたら出てきたで速攻で険悪な雰囲気になる二人。

 

「さて、芙陽殿。確かもう一つ目的あるとのことですが?」

 

完全に馬鹿二人を無視して話を進める周瑜。いちいち目くじらを立てては孫呉の都督は務まらないのである。

 

「おぉ、そうじゃ。皆にもこやつを紹介しておこうと思っての…ほれ、葵じゃ」

 

そう言いながら背中を押して前に立たせたのは、今までの話で既に飽きてしまい、若干眠そうな葵である。

 

「芙陽様の身の回りのお世話や斥候、隠密の役目を仰せつかっております、葵と申します…」

 

「あらかわいい…」

 

孫策が葵を見て微笑むが、ぺこりと頭を下げた葵は役目は終わったとばかりに"ぽん"と子狐の姿になると、芙陽の懐に潜り込んだ。相当眠かったのと、孫策の存在に獣の本能が警戒したようである。

 

当然その変化に初見である孫呉の面々は驚愕し、若干ではあるが警戒心を露わにした。

 

「あぁ、気にするでない。此奴も狐の妖であるというだけじゃ。ま、妖と言うよりは儂の眷属なのじゃがな……孫策、お主相変わらず動物から嫌われるのぉ…」

 

「泣くわよ~?」

 

「眷属……?私はてっきり芙陽殿の血筋のものかと思いましたがな」

 

周瑜が軽く冗談めかして言う。警戒を解かない周泰や呂蒙を気遣っての事だった。

まだ芙陽に慣れていないこの二人は芙陽の言動に付いて行くには常識が邪魔をするのだ。勿論悪いのは性悪狐の方なのだが。

 

「いや、間違ってはおらんな…此奴は儂の娘じゃ」

 

 

 

その瞬間、笑顔のまま孫策は崩れ落ちた。

 

 

 

「…雪蓮!?」

 

「「雪蓮様!?」」

 

突然の出来事に周瑜、周泰、呂蒙が驚愕しながら駆け寄った。陸遜だけは苦笑いで「あらあら」とか言いながら近づいていく。存外に図太い。

孫策は笑顔のまま顔を真っ青に変色させ、震える手で芙陽と、その懐に潜り込んでいる葵を指さした。

 

(あぁ…わかるわ…)

 

同様の経験をしたことのある桂花は孫策に同情の視線を向けていた。

 

「……て…は…」

 

孫策がブツブツと小声で何かを呟いている。それを聞き逃すまいと皆が耳を近づけた、その瞬間。

 

 

 

「相手は、誰なのよぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

三人の耳が死んだ。

 

呂蒙は気絶し、周泰は一瞬でその場から離脱し、周瑜は孫策の頭を抱えていた両手を耳に持って行った。孫策は後頭部を地に打ち付けた。

 

「がふっ」

 

孫策の小さい悲鳴が響いた後、そのまま動かなくなった。因みに陸遜はあらかじめ両手で耳を塞いでいたため無事である。色んな意味でいやらしい女である。

 

「カカカッ、伯符もなかなかに弄り甲斐が出てきたのぉ!」

 

勿論全ては狐が仕組んだ事である。乙女の気持ちを弄ぶ最低の所業である。

 

 

 

 

これからはもう少し孫策に優しくしよう。

荀彧はこの惨状に頭を抱えながらそう同類に決意した。

 

 

 

 




半年かけて出来た本話。難産でした。

さて、まずは謝罪を。
半年以上もの間、放置をしてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。
非情に心苦しい気持ちはありましたが、どうしても指が動かず、結局一文字を書かずに終わる、という事を繰り返したまま結局ここまで時間が掛かってしまいました。
最早作品自体を削除してしまおうかと考えたことも一度や二度ではございません。
しかし、そうしている間にも感想で『まだ待っている』『更新はいつになるか』など、皆様の励ましのお言葉を頂けたことで何とか更新が出来たのだと思います。
更新が滞っているにも拘らず感想をくれた皆さま、そして今日ここまでお待ちいただけた皆様には感謝の言葉も御座いません。
感想の返事も出せず申し訳ありませんが、メッセージの一つ一つは必ず目を通しております。
本当にありがとうございました。

さて、何とか1話を書き上げることも出来ましたが、正直なところスランプから脱却できたのか、と言われますとまだわかりません。これで近いうちに次話を投稿し、それが継続できるようになったとき、初めて脱却できたのだと言えると私は思っております。
またご心配をかけることもあるかとは思いますが、どうか皆さま、これまで通りに暖かく見守っていただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

ケモロリ!(敬具)


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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閑話 時には武器を置いて 其の八

『チョコを貰わない』という意味での"逆チョコ"(涙)


取り敢えず閑話だけど書けました!
このまま本編も書き進めていきたいですね。展開は決まっているので後は文章をひねり出すだけでございます。

そして感想返しできなくてごめんなさい!
『お帰り』や『待ってた』等のお言葉、本当にうれしかったです!有難うございました!


今回は実験的な書き方。読みにくかったらすみません。


桃香たちが芙陽を見送ってから。

 

それぞれの武官、文官は早速仕事を始めた。

まだまだ徐州でやらなければならないことは多い。芙陽と桂花、葵が一時離脱したことは痛いが、そもそもが三人に加えて星、恋、音々音は客将扱いである。更に言えば元々恋が率いていた呂布隊の主は現在芙陽。つまり呂布隊そのものは芙陽個人が所有する戦力であり、謂わば私兵であり、それを"貸与されている"という状況なのだ。

厳密にいえば劉備軍の臣下は武官に関羽(愛紗)張飛(鈴々)公孫賛(白連)。文官に諸葛亮(朱里)鳳統(雛里)賈詡()である。

しかし、現在劉備軍の中で最精鋭の部隊は最強二人が率いる呂布隊。困ったことに借り物の部隊が最高戦力なのだ。

桃香達がしなければならないのはこの状況から最低限抜け出すことだった。遊んでいる暇など微塵もない。

白連が袁紹に攻められ、桃香が袁術に攻められた。乱世は既に始まっているのだ。

 

 

 

そんな劉備軍の中で最高戦力となった呂布隊。

 

劉備軍と合流してから、実は本日初訓練である。

勿論各自で自主的な鍛錬などは暇を見て行ってはいたが、軍としての訓練はこれが初である。

 

今日この日、後に『大陸で最も敵対してはならない部隊』として名を轟かせる新生・呂布隊が誕生した。

 

というのも、まず呂布隊の主が変わった。呂布隊を率いる将軍は変わらず恋だが、その恋の主が董卓から芙陽となったのだ。董卓への忠誠は揺ぎ無いものだったが、自分たちが信じて付いてきた将軍を、自分たちが見守る中で下した芙陽は主として申し分なかった。

自分たちの主が人外であることについては、兵士達は桃香たちが驚くほどに気にしていなかった。そもそもが今まで圧倒的な恋の力に心酔してきた者たちである。その恋を上回る力を示した芙陽に対する敬意は当然であった。

『元々呂布様がバケモンみたいなもんだし、今更っすよ!』

そう爽やかに告げた一人の兵士は、仲間たちから制裁を受けた。

 

最大の変化は呂布隊に副長という役職が出来た事である。今までにも副長らしき者はいたが、言葉少ない恋の指示を実現させるために音々音が声を張り上げ、それを聞いた各部隊の長が動く。しかし、軍全体の副長はいなかった。強いて挙げるならば軍師の音々音がその役割であった。

その副長の座に、新たに星が就いた。芙陽、桃香、朱里、雛里が満場一致で推挙した。

恋がまともに将としての務めが果たせるかと言えばそうではない。恋が率いてきた部隊ではあるが、その実、今まで兵を動かして来たのは音々音である。その音々音は武官ではなく、文官である。ならば文官としての仕事を全うしてもらい、兵を動かすのは将に任せようという流れは至極当然であった。

しかし、呂布隊は劉備軍ではなく、芙陽から貸し出された部隊である。愛紗や鈴々を将に付けても不都合が起きる可能性は高かった。

 

ならば、もう星をそこに放り込んでまとめて『呂布隊』で借りてしまおうという訳である。

 

 

 

 

さて、そんな星が訓練初日に何をしたかと言えば、恋との模擬戦である。

 

星は自分がこの部隊に配属されるであろうことは最初から予想していた。何しろ芙陽から桃香に貸し出されている将は自分しかいないのだ。葵は今でも芙陽直属の隠密であり、桂花は軍師。月はそもそも侍女である。自分に白羽の矢が立つのは自明であった。

だからこそ、星は予めこの部隊の様子を注意深く見ていた。

 

そして、芙陽の従者とはいえ初対面の自分が簡単に受け入れられることは無いと、気付いていた。

兵士達には自負があった。自分たちはあの『天下無双』の部隊なのだと。

董卓軍の中でも精鋭として数々の闘いを制し、反董卓連合と言う地獄の中、劉備軍が見逃したとはいえ死地を脱し、物資を切詰め満足に腹を満たすこともないまま、盗賊に身を落とすことなくここまで生き抜いてきたのだという誇りがあった。

 

だからこそ星は恋相手に模擬戦を行った。ここで実力を示し、自分はお前たちの上に立てる人間なのだと、証明してやるのだ。

勿論恋に勝てるなどとは思っていない。芙陽相手にあれほど戦えるのだ。星はあくまでも人間規格で強いのだ。化物にはまだ遠い。

 

だがこれまで、この世界で最も多く最強(芙陽)相手に戦ってきたのは、紛れも無く一番弟子の星である。

故に身に付いた、"格上との戦い方"。

 

"対化物"という一点において、星はこの世界で誰よりも前を走っていた。

 

芙陽はこの世界に来てから、何回か稽古を付けている。出会ったころの星相手であったり、曹操配下の楽進相手にである。

しかし芙陽の臣下となってから、星の稽古厳しさは増した。信じられないほどに増した。

普段から飄々として、師に似たのか元からなのか、他人を揶揄う事に全力を注ぐ星。

自分の弱い部分など他人に見せたくなかったが故に、芙陽に稽古を付けて貰うたびに『今日も勝てなかった』とニヤリと笑いながら愛紗に言う。

 

しかし内心では、『今日も生き延びた』と感涙にむせぶのだ。

それほどまでに芙陽の稽古は(星にとって)厳しいのだ。(芙陽は遊んでいるが星は)命がけなのだ。誰にも見せられない"秘密特訓"と称される(星の)命のやり取りなのだ。

正直、同じように鍛錬を付けられている葵と言う励まし合う仲間がいなければ心が折れていた。葵が生まれる前は何度か折れた。昇り龍は何度も地に叩き付けられた。

それでも稽古(地獄)を生き抜いてきたのだ。

 

だからこそ、恋相手に臆さず戦うことが出来る。化物相手に、勝てはせずとも戦い抜くことは出来る。

その光景は兵士たちを認めさせるには充分すぎた。

やがてどちらともなく距離を置き模擬戦を終わらせると、既に兵士たちは星を尊敬の眼差しでしか見ていなかった。

この時、星は己の成長を肌で感じ、あの苦労は無駄ではなかったと内心でまた泣いた。今夜はとっておきのメンマを出そうと心に誓った。

 

と、ここでやたらフリフリした服装の侍女が模擬戦を終えた星と恋に水を差し入れに来た。

 

そして兵達は気付く。『おいあれは董卓様ではないのか』と。

 

恋の世話を芙陽(ご主人様)から任された月である。

当然星も気付く。『そういえばこいつら元董卓軍だったな』と。模擬戦で流れた汗が急激に冷えていく。冷たい汗が背中を伝う。

顔を隠していたとはいえ、董卓が最も信頼していた部隊が呂布隊である。当然月の顔も知っていた。兵士達は皆、儚げな董卓を守るために奮起したものだ。

そして死んだはずの元主が差し入れに来たのだ。混乱の極みである。

 

月も考えての行動であった。自分が来ているのは他の侍女とは一線を画す"メイド服"なのだ。非情に目立つ。

そんな目立つ存在が恋の世話をする。兵士たちが気付かない筈がない。

 

だからこそ先手を取りに来たのだ。

 

月は恋と星に水を差しいれると、『侍女の身でありながら失礼します』と断りを入れて兵士たちに語り始めた。

自分が芙陽に命を拾われたこと。恩に報いるため、名を捨てて新たな生を歩んでいること。自分がここに居ることが広まれば、芙陽と桃香の両名に多大な迷惑が掛かること。

真摯に、丁寧に説明し、最後に『どうか私の事は忘れ、唯の侍女として接してほしい』と頭を下げて締め括った。

忠誠は芙陽に移っても、月に対する敬意は忘れなかった兵士達。全員がその場に跪いて月に答えた。

 

月が去った後も、兵士たちの興奮は冷めなかった。

死んだと思い悲しんでいた元主が生きており、今の主の下で幸せそうに過しているのだ。『良かった良かった』とその場で男泣きを見せる者までいた。

そして芙陽に感謝した。月を救ったことで兵士たちの忠誠は鰻登りであった。一歩間違えれば芙陽を祀りかねない程であった。

そしてその一番弟子である星と、一騎打ちで芙陽と渡り合う恋への忠誠度も上がった。

 

こうして『俺たちの上にはスゲェ人たちがいるんだぞ』と盛り上がっていた兵士たちだが、ふと気付いた。

"たった一人の過剰戦力"、芙陽。

"天下無双"、呂布。

"常山の昇り龍"、趙雲。

尊敬し、忠誠を誓った人物たちは、その名を大陸に轟かせている。

 

そんな人物たちが率いる自分たちはどうかと。

個人の実力は折り紙付きである。響き渡るその二つ名が証明している。

だが、『呂布隊』という括りで見られればどうだろうか。

 

精鋭だという誇りはある。これまで生き抜いてきたという自負もある。皆で主を支えようと誓った絆もある。

だが万一にも、そんな自分たちが力及ばず敗走してしまえば。

自分たちが弱かった所為で、主たちの名に傷がついてしまえば。

 

 

結論はすぐに出た。『死んでも死にきれねぇぞ』と。

 

 

この日から、新生呂布隊の練度はメキメキと上がって行った。

士気落ちること無く、慢心も無く、忠誠も高く。夢のような部隊が出来上がって行った。

 

芙陽が帰還し、直接部隊の指導を始めると、その練度もさることながら、兵士一人一人の能力もまた上がった。

 

小隊から更に細かな班編成が成され、指示系統を明確化して混乱を防ぐ。この編成を定期的に再編成することで殆どの兵士が一定の指揮能力を得た。この結果を朱里に伝えたところ『成功するとか頭おかしいんですか?』と絶賛された。

 

乱戦からの部隊編成訓練などは日常的に行われるようになると、乱戦状態に陥っても呂布隊は各々の判断で迅速に陣形を立て直せるようになった。この結果を雛里に伝えたところ『将要らずとか頭おかしいんですか?』と絶賛された。

 

一小隊によるその他全部隊相手の模擬戦、葵による"対隠密実践訓練"、普通の訓練の最中突如芙陽と恋が決闘を始めるなど、かなりの無茶振りに必死になって付いてきた結果、兵士たちは少々の事では動じない精神力を手に入れた。この結果を詠に伝えたところ『目の付け所がおかしい。なにより脱落者がいないとか頭おかしいんじゃないの?』と絶賛された。

 

愛紗と鈴々は同じことをしようと桃香に申し出るが、『あれは数々の奇跡が重なった結果だから決して真似しようとしないように』と厳命された。

 

尚、この部隊がここまでの力を得るにあたり、最も尽力したのは桂花、音々音の軍師二名である。芙陽の無茶振りに星の悪乗り、恋の無責任な『できる、よ?』の言葉により多数決ですら止めることが出来なかった二人は地獄を見た。

この地獄の中めげずに芙陽の無茶振りに応える桂花に感銘を受けた音々音は以後、桂花の補佐として活躍していくことになる。

 

 

 

 

こうして出来上がった新生呂布隊は、乱世を戦い抜く最中に更なる経験を積み、新たに拵えた真紅に金文字の『陽』という旗は、大陸最強の部隊としてその名を知らしめていくことになる。

 

この"真紅の陽旗"。

"常山の昇り龍"が指揮を執る最強の部隊という意味の他に、旗の下には"天下無双"がおり、戦場のどこかに"たった一人の過剰戦力"が現れることを示す証として、『決して相対してはならない』と広く語り継がれていったのだ。

 




部隊名、何かいいの無いですかね…。
最初は『芙陽直属遊撃呂布隊』とか言う波風ミナトでももうちょっと捻るわって名前でした。

今回、メインは個人ではなく部隊という事で直接的な会話シーンを排除してみました。
難しいですな。最初はホントに設定集みたいな書き方になっちゃって消しました。
そしてこの書き方で制限しながらも出来るだけ多く書いてみようと思い立ち、結果ちょっとくどくなった気がします。
まぁ、そこは出来るだけ改行や『』の回想台詞でごまかし、ごまかし…できてるのかコレ?

次は本編書きます!よろしくお願いします!


急に来た友人からのメール
「闇堕ちってどうやったらできるの?」
自分で!?


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第三十二話 想いを寄せる

コンコルゲン、パヤ!(ローカル)

なんとか一週間で書けたぜぇ…。
今回は時間的には全然進んでません。別の意味ではめっちゃ進みましたが。

後書きにて報告があります。どうぞ。


「芙陽!久しぶりじゃなぁ!」

 

「ウム、黄蓋も息災なようで何よりじゃな」

 

「息災なものか。反董卓連合からこっち、チマチマと慣れぬ仕事ばかりで体が固まっとるわぃ」

 

「クフフ…その鬱憤と体、此度の戦で解していけば好かろうよ」

 

「当たり前じゃ」

 

芙陽が孫家に参入してから数日。各地で武装蜂起した戦力を取り込みながら袁術の城に向かい、ここで黄蓋と合流した。袁術軍は既に近く、決戦は目の前であった。

 

芙陽と黄蓋が話をしていると、やって来たのは孫策と周瑜である。

 

「祭、お疲れ様」

 

「祭殿、よくここまで戦力を集めて下さいました。これでまた袁術を追い詰めることが出来ましたな」

 

「策殿、冥琳も。黄公覆、ただいま任を終えて馳せ参じましたぞ。やっと暴れられると思えば気合も入るというものじゃ。まぁ…」

 

黄蓋は言いながら芙陽に視線を移した。若干の苦笑いを浮かべながら。

 

「芙陽の参戦を聞きつけた途端、我も我もと立ち上がったとなれば、儂の今までの苦労はなんじゃったのかと思いもしたがの…」

 

それを聞いた周瑜も苦笑いである。

 

「敗走して満足な戦力も用意できない袁術軍、各地で武装蜂起した戦力を取り込んで日に日に大きくなる孫策軍、そこへ『たった一人の過剰戦力』が孫家に味方したとなれば、勝敗は誰の目にも明らかです。ここに来てまだ袁術が勝つと思えるのはよほどの阿呆か寝返った時の芙陽殿くらいのものでしょう」

 

「裏切ろうか?」

 

「やめて頂きたい」

 

「カカカッ、冗談じゃといいな?」

 

「断言して頂きたい」

 

自分が言った冗談で勝てる戦に勝てなかったとなれば、周瑜は首を吊るしかない。背中に冷たい汗が流れた。

 

その後は黄蓋と状況の確認と今後の作戦などを話し合う。

袁術軍の展開は酷く遅いため、決戦は城になるだろうとの認識も共有し、このまま勢いをつけて攻め込むのだ。

 

軍議が終了したところで今日はこの地で野営をすることとし、解散となった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

女姿の芙陽は煙管の煙を吐き出しながら野営地の中を歩いていた。

単騎で戦場を自由に動くことを許可されているため、孫策軍の動きさえ把握してさえいればやることなど無いのだ。

桂花は周瑜達軍師と戦場の動きや袁術軍の予想展開などで話し合っており、葵は影ながらその護衛である。

孫策は酒盛りを始めようとしたところを軍師たちに引っ張られて行き、黄蓋は同じく酒盛りを始めようとしたところで甘寧と周泰に部隊編成のために引っ張られて行った。

 

要するに芙陽唯一人が暇なのである。

 

暫くは当てもなくフラフラと周囲の様子を眺めながら歩いていたのだが、やがて野営地の隅に辿り着いてしまう。

引き返そうとしたところで、天幕の陰に見覚えのある顔があることに気付いた。

 

ようやく暇つぶしの相手を見つけた芙陽は煙管の灰を落とし、新たな草を詰めて火を付けながら近づいていく。

 

「孫家の重要人物がこんなところで護衛もつけず、関心せんな」

 

声を掛けると佇んでいた孫権が長い髪を揺らして振り返った。

その表情は明るいとは言えず、無表情に近い。

 

「芙陽…殿…」

 

「敬称など別に要らぬよ。"天の御使い"などと呼ばれてはいるが、儂自身に立場などあってないような物。呼び捨てにしたところで怒りなどせぬし、とやかく言われる筋合いもない」

 

その言葉を聞き孫権は少しムッとする。

 

孫権は真面目だ。破天荒な母、姉、妹に囲まれて育ち、その歯止め役として立ち回るのは常に孫権であった。

王族としての立場を真剣に受け止めるべく、立ち振る舞いを改めて生まれたのが今の孫権である。現王でありながら奔放に振舞う姉の孫策に思うところはあるが、尊敬もしている。その板挟みな思いを抱えてこうして考え耽るのも今までに何度も経験したことである。

 

だからこそ姉の盟友であり、"天の御使い"という立場をまるで自覚していない芙陽にも反発を覚えた。

 

「要らぬ世話だとは思うが…貴殿ももう少し自分の評価を気にして過ごしたらどうなのだ?」

 

「ハッ、誰かの評価に踊らされるのは性に合わん。まして妖の身であれば人間の評価など、気にしたところで儂がどうなる訳でもあるまい。人の評価は人が気にしていれば良い」

 

「……貴女のそういうところが…姉さまを変えてしまった」

 

孫権の表情は険しい。芙陽に対する呼び方も変わり、それは軽蔑を含んですらいた。

 

「ほう。伯符が変わった、と?」

 

芙陽がニヤリと笑う。それを見た孫権が激高した。

 

「ああ!姉さまは変わってしまった!今までなら"王"として、奔放に振舞いながらも自らの立場は自覚していた!だが、今の姿は…まるで違う!」

 

孫権にはわからなかった。姉は今まで孫家のために戦って来たはずだ。それが芙陽に出会ってから、その本質が変わったように見える。

今の孫策が最終的に行きつく場所は"王"ではないような、そんな気がして不安なのだ。

そして、孫策を変えてしまった元凶が目の前にいる。孫権は我慢の限界であった。

 

「…お主は伯符に何を求めておる?」

 

芙陽はそんな孫権の表情を見て、笑いを消した表情で尋ねる。

煙管の灰を落とし、懐にしまいながら孫権を見た。

 

「姉さまは、孫家の"王"なのだ!いくら奔放に振舞おうとも、それは変わらない!あんな…ただの"少女"のような在り方は許されない!」

 

「……許されない…か」

 

「貴様が…!貴様が現れて、姉さまは揺らいでしまった!これ以上、姉さまを誑かすな!」

 

孫権は芙陽を睨みつけてそう言った。今まで溜め込んでいたものを吐き出したからだろう、興奮で息も上がっている。

 

芙陽はそんな孫権を見て、目を閉じて軽く溜息を吐いた。どこの国にも同じような人間はいるものだ、と。

盲信。

それは恐ろしく厄介な麻薬である。

視野が狭くなり、思考が鈍り、自ら考えることを放棄する。信じているものの為だと、自分が正しいのだからと自身を全肯定してしまう、最大級の自分への甘え。

厄介なのは、その思想を他人にまで強要する点にある。『自分は正しいのだから、他の人間もこうあるべきであり、それ以外は悪である』という傲慢な思考。

そしてそれを成している間、本人は『正しいことをした』自分に酔う。

 

陶酔、尊敬、憧憬。理由は異なれど、その行動は似通っている。芙陽は陶酔で夏候惇、尊敬で愛紗、憧憬で孫権を思い浮かべた。

曹操と対等に語るなど許さないと、夏候惇は激怒した。

桃香の思いを否定するなと、愛紗は激怒した。

そして今、孫権は孫策を変えるなと、憧れの人が王以外になるなど許さないと激怒している。

 

「……ま、前二人に比べればまだ軽い部類かの…」

 

芙陽は小さく呟いた。

程度は違えど、思い浮かべた三人は共通して自らが持ち上げた人物を盲信している。

そしてその人物が変わること、盲信の相手が揺らぐことに怒りを覚える。

怖いのだ。信念の矛先が定まらない事が。自らの正義が揺らぐ事が。

 

「孫権、お主はもっと伯符を理解してやれ」

 

「なんだと?」

 

芙陽の言葉に孫権が再び激高しそうになるが、対して芙陽は半身で力を抜いた。

 

愛紗や夏候惇の場合とは異なり、孫権はまだ軽い。まだ自分から立ち直れる。

愛紗は暫く尾を引き、芙陽に吹き飛ばされ、桃香と良く話し合うことでやっと気づくことが出来た。

夏候惇は芙陽に負け、芙陽の力を見て、曹操に叱責を受けてやっと気づくことが出来た。

しかし、孫権はまだ引き返せる。自分で己を省みることが出来る。

 

「伯符の後を継ぐのは誰じゃ?」

 

「……私だ」

 

孫権は湧き上がる怒りを抑え、素直に答えた。

芙陽が未だに自分に反論する姿勢を見せず、しかし瞳は真直ぐに孫権を捉えている。それが少し、孫権を冷静にさせた。

 

「そう、伯符と周瑜はお主に王を継がせようとしている。何故じゃろうな?」

 

「なに…?」

 

「伯符の身に何かあった時の為とも思えるが、違う。伯符は明確にお主に継がせようと動いている」

 

「それが…」

 

「何故自身の子ではなく、お主に継がせようとしている?」

 

「っ…!」

 

言葉に詰まった。

考えたことも無かったのだ。ただ漠然と、姉の跡を継いで良き王になろうと日々努力していた。

 

「孫権よ、お主は伯符の本質を見ようとしたことはあるか?」

 

「姉さまの、本質?」

 

動揺しつつも、孫権は芙陽の言葉を聞こうと首を傾げた。

気付いたことに目を背けず、疑問を解消しようとする姿勢。それは愛紗とも夏候惇とも違った。

芙陽はその姿勢に微笑み、声色を少し優し気に変えて話を続ける。

 

「確かに伯符は"王"の器を持っている。この乱世で立派に生き残れるだけの器じゃ」

 

「あぁ…」

 

「だが、それは乱世だがら(・・・・・)こその器である。お主はよく見ているのではないかな?」

 

「……」

 

「乱世が終わった時……治政の王としての器は、あるか?」

 

「それは……」

 

「無理じゃろ」

 

「……………確かに…」

 

孫権は手を顎に当てながら、真剣に考えた結果そう答えた。孫策を不憫だと思ってはいけない。自業自得なのだから。

 

「伯符の王の器は争いの中にある。そして孫権、お主は治政の器を持っていると、伯符と周瑜は判断した」

 

「私が…」

 

「まだ言われてはおらんようじゃが、まぁ構わんか」

 

芙陽はチラリと視線を動かすと、再び孫権に目を合わせる。

 

「乱世が終わった後、伯符はお主に王の座を譲るじゃろう」

 

「……」

 

孫権は驚かない。今までの話で充分に理解できていたからだ。

やはり賢い、と芙陽は微笑んだ。

しばし間をあけた後、芙陽は話を続けた。

 

「お主が先程言った通り、確かに儂が現れたことで伯符の振る舞いが変わった。しかしな、その本質は変わらない。言葉は悪いが、"獣"と称されることもある伯符じゃ。"自由"を求めるのも納得じゃろう」

 

孫策は獣だ。袁家という檻に入れられようと、その牙は折られていない。

そして、"王"という檻にも最早入りきらない程、孫策は野を求めている。

 

「それにな…お主がこうして一人で悩むのと同じように、伯符とて一人の少女でもあるのだ」

 

「っ…」

 

「王として見るあまり、あやつを王として縛るようなことはしてやるな」

 

「縛る、か…」

 

「伯符は束縛を嫌う。周瑜と共に天下を求めたのも、少なからずそれが関係していると儂は思う。

 かつて袁術の下で束縛されていたとき、伯符は抑圧された思いを不満に変え、不満は不安に変わり、溜め込んだ不安は焦りに繋がった」

 

芙陽は孫策と共に出かけた草原を思い返しながら語った。

 

「その時に不安を吐き出したのが、旅人であった儂じゃ。母は既に亡く、周瑜達では立場があり、お主に見られまいとひた隠しにした不安。旅人であった儂だからこそ吐き出せたのだろうな。

 お主が"変わった"と言うのはこの時からじゃ」

 

「姉さまが…」

 

「だからこそ、お主の存在が重要になる」

 

「……私が…」

 

「そうじゃ。治政の王の器を持つお主なら…家督を継ぎ、解き放ってくれると伯符は信じている」

 

「私が、姉さまを解き放つ……」

 

孫権は目を閉じ、己の未来を思い描く。

乱世を乗り越え、平和な世で家督を継ぎ、王としての仕事をする自分。民をより幸せに導くために汗を流す自分の傍に、笑って酒を飲む孫策がいる。自分の仕事を支えてくれる周瑜がそんな孫策を叱り、声をあげて笑いながら孫策が逃げていく。

決して嫌な未来ではなかった。

孫権はふっと笑い、真直ぐに芙陽を見て笑った。

 

「あぁ、考えてみればいつもと変わらない。姉さまが面倒を私に押し付けただけの話だ」

 

「カカカッ、"だけ"と言えるのがお主の器じゃ。伊達に伯符の妹をやっておらんのぉ。一人で悩んで儂相手に爆発したのもそっくりじゃ」

 

「煩い。それにお前も性格が悪いな……私も姉さまも"一人の少女"だと言っておきながら、私は王として生きろなど」

 

ジト目になる孫権に、芙陽はいやらしく笑う。

 

「クフフ…気付いたか。しかしお主なら大丈夫じゃろ」

 

「無責任すぎるだろう。片手間に女の幸せを見つけることなど……姉さまは出来ないようだがな」

 

「じっとしているのは苦手じゃからな」

 

そう言って、クスクスと二人は笑う。

孫権はすっきりとした表情で、芙陽に微笑んだ。

 

「一応感謝はしておく、芙陽殿。可笑しなものだな、"王"を背負わせられたが、肩の荷は下りた気分だ」

 

「それが余裕と言うものじゃよ。それにお主は友の妹、そんな他人行儀な敬称はいらぬよ」

 

そういうと孫権は少しだけ頬を赤くする。

 

「で、では芙陽、と。しかし勘違いするなよ!私はまだお前を信用したわけじゃないからなっ」

 

「ほう?」

 

「姉さまが信頼しているから…一応少しは信じてやるだけだ」

 

気まずそうに目を逸らす孫権に、芙陽はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

なんとなく居心地が悪くなった孫権である。

 

「わ、私は戻る。お前もあまり勝手ばかりするなよ、芙陽!」

 

そう言ってそそくさと去って行く孫権に、煙管に火を付けながらケラケラと笑う芙陽。

 

「お主の妹弄り甲斐あるのぉ」

 

「フフッ、可愛いでしょ?」

 

そう言いながら天幕の陰から現れたのは孫策である。

途中で隠れて聞き耳を立てているのはわかっていた。だからこそ家督の話を続けたのだ。孫策が止めるそぶりを見せなかったことを確認しながら。

因みに周瑜に引き摺られて行った筈の孫策が何故ここに居るかと言えば、勘である。妹が重要な分岐点に立っている場面を見逃すまいと抜け出して来たのだ。

 

「蓮華の女の幸せ、ねぇ?……ま、悩んでるようなら協力はしてあげるけどね」

 

「クフフ、自分はさっさと隠居して好き勝手するつもりの癖に……悪い姉じゃの」

 

煙を吐き出しながら意地悪く笑う芙陽に、孫策は肩をすくめて答えた。

 

「もし蓮華が貴方を選んだらどうしましょうか?」

 

「さあのぉ?儂は一応陣営が異なるのじゃが…」

 

「でもあの様子だと可能性はあるのよねぇ…女姿の貴女にあんな反応して。それにこのまま芙陽に惚れるってことは、一応それなりに近い立場になってる筈だし」

 

私も負けてられないわ、と小さく呟いたが、狐の耳には確りと届いていた。

 

「お主も物好きよなぁ、こんな狐に懸想するなど」

 

「ちょっ、そこは聞き逃しときなさいよ!口に出した私も悪いけど!」

 

暗に桂花の趣味が悪いと言う芙陽。この場にいないにも関わらず弄られるのは愛故である。多分。

そして孫策は顔を真っ赤にして慌てていた。

 

「はぁ…懸想、なのかしら?でも、貴方以外に思い浮かばないのも事実なのよねぇ…」

 

芙陽に近づきながら、諦めたように溜息を吐く孫策。顔の赤みはまだ引いていなかった。

 

「約束……覚えてないとは言わせないわよ」

 

「長い時を生きていても、不思議と記憶力は衰えんでな」

 

 

 

笑う芙陽に、孫策は静かに唇を寄せた。

 

 

 

「……これが煙管の味?美味しいとは思えないわね」

 

更に赤くなった頬はそのままに、孫策は唇を軽く撫でた。

 

「これが意外と癖になる、勧めはせんがな。所詮は身体に悪い嗜好品じゃよ」

 

「っていうかなんで女の姿なのよ。私、冥琳以外には女にはしないつもりだったんだけど?」

 

「自分からしたくせに何を言う」

 

なんでもなかったかのように微笑む芙陽を見て、孫策は少しムッとしながら踵を返した。

 

「取り敢えず、受け取っときなさい。言葉にするのは、全て終わってからにするわ」

 

「待ってるがの、孟徳との約束も控えておる。意地になって"終わってから"と出遅れても知らんよ」

 

「私がいなくなるまで他の女の名前を出さないで。蓮華よりは前進してる。今はそれで満足しておくわ」

 

また後でね、と言って孫策は立ち去った。

芙陽は煙管の灰を落とし、そのまま夜空を見上げている。

 

「…芙陽様」

 

「葵か」

 

ふと声がして、振り返れば葵が立っていた。その表情は硬く、不安に脅えているようだった。

葵の心境を読み取った芙陽が苦笑いで手招くと、葵は静かに芙陽に抱き付いた。

 

「…すみません、覗き見など…」

 

「儂も伯符も気付いておったよ。その上で伯符もしたんじゃろ」

 

芙陽の腰に顔を埋めながら、葵はぽつぽつと語った。

 

「眷属の身でありながら主を疑うなど許されないと分かっております。でも…」

 

「言ってみなさい、葵」

 

「……芙陽様は、私を捨てませんよね…?芙陽様を愛する者が増えても、私は芙陽様の傍に…」

 

目に涙を溜めて葵は芙陽を見上げる。ぎゅっと、芙陽にしがみ付く手に力が入った。

芙陽は優しく葵の髪を撫で、葵の言葉を遮った。

 

「前にも言ったろう、葵。お主は立派に儂の眷属、儂の子じゃ。お主が嫌と言っても、儂がお主を手放すものか」

 

「芙陽さま…」

 

葵は再び芙陽の腰に顔を埋め、そのまま暫くスンスンと泣き続けた。

 

「葵、不安に思ったらいつでも言いなさい。こうしてお主を安心させてやることが出来るほどには、儂にも親心と言うものがある」

 

母の笑みを浮かべ、芙陽はずっと葵の髪を撫でていた。

 

 

 

「はぁ、独占も終わりかしらね…」

 

そんな二人を遠くから見ながら、桂花が溜息を吐いた。

 




ぃよっしゃああああ!!よくやった雪蓮さまああああ!!

いやー、作者の意図を無視して芙陽さんに恋しちゃった雪蓮様ですが、ここで一歩前進しました。
ほんとこの人は芙陽の次に勝手な行動する人なので作者の中では問題児No2ですよ。一位は芙陽ですが。
そして美尻ちゃんもツンデレを残しつつちょっとフラグ建ちかけてます。これは予定通り。ホント良い子です。無印の頃から可愛い。
葵も可愛い。ロリ可愛い。ぶっこんだ意味は特にないけど可愛い。
桂花はオチに使っちゃったけどヤンデレとか三角関係にはしません。だって恋姫だもの。

さて、活動報告でもぶっちゃけてますが、マジ恋の執筆を再開します。
なのでこれからは恋姫と並行作業になります。亀更新が鈍亀更新になります。申し訳ねぇ…。
何故かというと、今でもマジ恋の方に『待ってます』コールが届くんですよ。マジ感動です。こんなふざけた書き方してますけど、本当にありがたいと思いました。
設定集もプロットも書き直しなので、その作業が早く終われば次はマジ恋更新、時間が掛かるようなら次も恋姫更新になります。
活動報告で書き忘れてますが、更新再開にあたって今までの内容を変えたり削除したりはしません。完全に続きを書きます。

では、皆さん次はどちらの更新になるかわかりませんが、よろしくお願いします!


誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。


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第三十三話 命のやりとり

唐突に思いついたネタ
【芙陽の異世界どうでしょう~勇者召還編~】

『人の子よ…私の声が聞こえますか?異なる世界で、貴方の力が必要なのです…』
「…儂、狐なんじゃが…」
『…あっ、すいません掛け間違いましたっ』
「気を付けるようにの」
『はい、失礼します~………ブツッ、ツーツーツー』

完!!


張勲は全身を冷たい汗が流れていることを感じながら兵に指示を与え続けている。

袁術軍と孫策軍が本格的に戦闘を開始し、気付けば結構な時間が過ぎていた。

 

「な、七乃…」

 

張勲の後ろでは、袁術が酷く震えながら不安げな顔を隠しもせずに弱々しく自分を呼んでいる。

 

「大丈夫です、お嬢様。調子に乗った孫策さんなんて袁家の力でちょちょいのちょいですから!」

 

自分でも随分と的外れなことを言っている自覚はあった。

 

劉備軍に敗北し、兵の多くを犠牲に迅速に撤退したものの、袁術達の運は既に尽きていた。

城に戻るや否や、戦後処理もまともにできていない状況で、その情報は齎された。

 

『孫家の扇動により、各地で武装蜂起が起きている』

 

これだけでは、驚愕は無かった。

 

今まで散々孫策に酷い仕打ちをしてきた事は張勲は理解していた。無邪気に悪意を振り撒く袁術に便乗して孫策を煽った回数も両手では足りない程だ。

劉備から逃げている最中、既にその可能性は十分に予想できたのだ。

 

むしろ、"天の御使い"が"天下無双"を率いるという、最早反則と言える状況によって判断が早まったことは不幸中の幸いだとすら思っていた。

開戦後間も無く撤退を判断したことで、孫策が袁術の本拠に辿り着くまでには多少、時間の余裕が出来たのだ。

これならばまだ、何とか生き残る道は残されていた。

 

しかし、その後には張勲を驚愕させるには充分な情報が齎される事になる。

いち早く出した斥候部隊が持ち帰った情報は、最悪の一言に尽きた。

 

『"天の御使い"、参戦』

 

死神が、袁術を追って来たのだ。

 

何故だ、と。思わずにはいられなかった。どうして追ってきてまで自分たちを追い詰める必要があるのか。

狐を恨みながらも張勲は考えることをやめなかった。考え続けなければ自分たちの死が早まるだけなのだ。

 

だが、状況はそう簡単に好転したりはしなかった。

"天の御使い"参戦の報を聞いた豪族たちは、こぞって孫家に組していった。最早袁術の命運は絶たれたと、そう認識されたのだ。

 

考え続けたところで現状を打開する程の策が思い浮かぶわけでもなく、唯必死に抵抗しているうちにとうとう孫家軍の本隊とぶつかったのである。

 

兵の数だけでは五分と言えた。劉備に敗戦したとはいえ、豊富な財力と圧倒的兵力が袁家の強みである。

しかし、策の質、兵の練度、将の数、そして一騎当千、当万の武人の存在は、瞬く間に袁術軍を壊滅させていった。

 

「報告!左翼に御使いが出現、部隊は間も無く壊滅します!」

 

「またですか!さっきは中央で暴れてたじゃないですか!」

 

「中央の部隊をある程度混乱させた後、移動したようです!」

 

「自由すぎる…!それで孫家の兵は混乱しないんですか!?」

 

「してます!」

 

「してるんじゃないですか!!」

 

叫んだところで、状況が変わるわけも無く。しかし、叫ばずにはいられなかった。

各地で起きた武装蜂起によって既に袁術達は包囲されてしまっている。逃げ道は無かった。

 

それでも尚、張勲は考え続ける。自らが背負っている、愛しき主を守るために。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

張勲の奮闘虚しく、袁術軍は見る間もなく壊滅した。

既に軍の様相を成していない元・袁術軍の兵達は逃亡や投降を選択し、孫策軍はその処理に追われている。

 

そんな中、芙陽、孫策、孫権は袁家の城を歩き、袁術と張勲の下に向かっていた。

 

「急がないと、逃げちゃいそうねぇ」

 

「逃げ足だけは一級品じゃからな」

 

「姉さま、居場所はわかっているのですか?」

 

「わかんない」

 

「ん!?」

 

「儂が匂いで追っている。安心しなさい」

 

「…ありがとう、芙陽」

 

足早に移動しながら、三人でそんな会話を繰り広げる。

孫権は以前の衝突以来、芙陽にも少しだけ素を見せるようになった。

 

「あら?あっちの方が騒がしいわね」

 

ふと、孫策が気付いて顔を向ける。芙陽はそれに一つ頷いて速度を上げた。

 

「もう少しじゃ。逃げられずに済んだな」

 

芙陽の言う通り、向かった先には張勲が袁術を守りながら孤軍奮闘しているところであった。

 

「いたいた。ウチの兵相手に割と頑張ってるじゃない」

 

「生き死にの瀬戸際じゃからな。そりゃ必死にもなるじゃろ」

 

「もう!言ってないで、早く行きますよ!」

 

孫権が叫びながら駆け寄り、芙陽と孫策もそれに続いて袁術と張勲の二人を囲むように追い詰める。

張勲はそれにすぐ気が付いたが、流石にこの状況ではもう何もできないと悟ったのか絶望的な表情だ。袁術も既に泣き出している。

 

結局、二人はすぐさま捕らえられ、縛られた状態で孫策たちの前に転がされることとなった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

天幕の中、袁術の鼻を啜る音が響く。

張勲もいつもの余裕の表情を無くし、その顔は冷たい汗を流し続けていた。

 

「さて、ようやく今までの借りを返す時が来た訳なんだけど」

 

孫策が口火を切ると、袁術の肩がビクリと震えた。

 

「ま、私個人としてはこのまま二度と私の前に現れないなら見逃してあげてもいいんだけど…」

 

「姉さま」

 

「分かってるわよ、蓮華。それじゃあ、今まで貴方達に虐げられ、無駄に命を散らした者たちや、彼らを愛した者たちに申し訳が立たないわ」

 

孫権にひと睨みされ、肩を竦めながら孫策が言う。

 

「芙陽はどう思う?」

 

「儂に振るのか?」

 

これはあくまで孫家の問題である。芙陽は二人の処遇について言及する気はなかった。

 

この状況に終止符を打つのは孫家当主である孫策の役目だ。

求められない限りは、芙陽は口を出すつもりは無い。袁術を殺すことになったとして、芙陽は幼いながらにその生を終える瞬間を受け止めるつもりでいた。

 

「ま、参考程度にね。私はさっきも言った通り見逃しても良いと少しだけ思ってるけど、蓮華は違うみたいだし、ケジメは付けないと犠牲者に申し訳ないこともある」

 

「……ふむ、まぁ儂は少なくとも張勲は殺すべきだとは思うがな」

 

「…っ」

 

「ひっ、な、七乃!?」

 

芙陽の言葉に、張勲は肩を震わせ、袁術は不安げに張勲を見た。

 

「まぁ、取り敢えずは此奴の話を聞いてみたいのぉ」

 

「あら?何か興味があったのかしら?」

 

「なに、ちょっとした疑問を解消しようとな」

 

芙陽の疑問。それは、今の袁術が現状をどれだけ理解しているか、である。

袁術は子供だ。多少、悪性の気があるとはいえ、これまでの環境に影響された部分は大きいだろう。

今まで、袁術の領地を纏めてきたのは軍師であり、袁術の補佐役である張勲である。

張勲が袁術を好き放題に甘やかし、何も学ぶ余地もないままにここに来て、袁術はどれほどの絶望を味わっているのだろうか。

 

如何に幼子(おさなご)を慈しむ芙陽とて、その全てを救おうなどとは考えていない。

憤りはある。単純に悲しくもある。救えぬ命がある。救われぬ命がある。長き時を生きて、芙陽はそれを確りと理解していた。

 

芙陽は自らに巣食う感情をできるだけ表に出さぬよう、努めて表情を消しながら袁術に声を掛けた。

 

「袁術よ」

 

「ひっ……なんじゃ?」

 

袁術は先程と同じように肩を震わせて芙陽の顔を見た。

その表情には恐怖と絶望のみが表れている。

自らが最も信頼する張勲を『殺す』と言った芙陽に、唯脅えるしかなかった。

 

「お主は、何故こうなったのかをどこまで理解しておる?」

 

「ど、どういう意味じゃ?」

 

芙陽の質問の意図も、意味も分からなかった袁術は怯えながら聞き返した。

 

「劉備に負け、孫策に負け、今まさに殺されるか否かの状況…どうしてこうなってしまったのか、お主にはわかるか?」

 

先程よりも嚙み砕いた芙陽の言葉は、今度は袁術にも届いた。

しかし、その問いの答えはか細く、悲しげな声で返された。

 

「…わからぬ」

 

袁術は俯き、未だ恐怖と絶望に支配されながら、幼い顔に悲しみの色を混ぜながら呟いた。

やがてその声は感情を乗せ、袁術の心根を曝け出していく。

 

「わからぬ!妾は袁家じゃ!名門の袁家じゃろう!?何故、何故妾がこのような目に遭わぬといかんのじゃ!」

 

袁術は叫んだ。信じていたものを信じ続けて、何が悪いのかと。

親が、親の家臣が、自らの家臣が、皆が自分を持て囃した。持て囃し続けて、何一つわからぬままに唯一、自らの生まれだけを信じて何が悪かったのだと。

駄々をこねる子供、正にそのままの姿で、袁術は泣き叫んだ。

 

「……袁術よ」

 

目の前の子供に声を掛けたのは、今まで黙って袁術の叫びを聞いていた孫権だった。

 

その表情に怨嗟は無く、しかし優しさも無く、厳しい表情で諭すように孫権は語る。

 

「ただ漠然と信じている物など、簡単に揺らぐぞ」

 

袁術は黙って孫権の顔を見た。孫権の言葉を理解したわけではない。唯、その真っ直ぐとした視線に縛られるように、袁術は聞き入った。

 

「自ら動かず、考えることもせず…そんなことで守られる物など、何一つない」

 

それは、信じていた孫策()の変化を目の当たりにした孫権が感じた事だった。

 

「お前は見たことがないのか?今まで民がどのような生活をしていたのか…お前が豊かに暮らす城の外で、どれほどの苦しみがあったかなど、知ろうともしなかったのか?」

 

「……」

 

袁術は未だ黙って孫権の話を聞き続けていた。

だが、少しずつ、本当に少しずつだが孫権の言いたいことを理解し始め、その表情に後悔の念が表れ始める。

 

「お前とて、戦場で何も見てこなかった訳ではないだろう。傷付く兵士たちを、倒れる兵士たちを目の当たりにしたことがあるだろう。その者達に愛する家族がいて、その家族がどんなに辛い思いをしているのか、考えたことはなかったのか?」

 

袁術は最早、何も知らぬ子供ではいられなかった。

 

思い出したのだ。

自分が張勲に好き放題言っている中、兵士たちはずっと戦っていたという事を。

自分の命令で突撃させ、勝利の報告と共に味方の被害を数字で知らされていた事を。

 

そして気付いてしまったのだ。

自分が何も考えないままに行動しているとき、戦っている兵士たちは文字通り命を懸けている。

自分に報告された被害の数字は、自分の命令によって散ってしまった命の数である。

 

袁術の幼い頭では、もう自分がどうすれば良いのかわからなくなってしまった。

 

「……っく、ひっく…ぅぅう~」

 

唯々、後悔の念に苛まれ、涙を流すことしか出来なかった。

 

そんな中、張勲もまた深い後悔の念を抱き、悔し気に俯いていた。

 

敗北してしまった事に、ではない。

自分が今まで好き放題に甘やかして来た結果に、である。

 

何も教えることなく、諭すことも無く、ただ好きなように傍若無人に振舞っていた袁術に、張勲は何もしなかった。

少し考えれば読めたはずである。曹操や天の御使いのように早期から察することは出来なくとも、黄巾の乱から反董卓連合までの流れで充分に予兆はあったのだ。

にも拘らず、張勲は今まで通りに袁術を甘やかした。唯、喜ぶ袁術を見たい一心で。

 

張勲は先の芙陽の言葉を理解した。

 

袁術は主であろうと、まだ子供なのだ。

『責を負うべきは、大人であれ』と、芙陽は言っているのだ。

 

今までに、幼い袁術の最も近くに居た大人は自分だ。

ならば、袁術がこのような状況に追い込まれてしまったのは自分に責がある。

 

張勲は静かに頭を下げ、額を地に着けながら懇願した。

 

「お願いします。私はどうなっても構いません。首を斬るならばこのままお切りください。兵に嬲られながら死ねと仰るならそうします。

 ですからどうか……どうか、お嬢様だけはお慈悲を…!」

 

「な、七乃!?」

 

「面倒を見て欲しいとは言いません。ただ、生きる術だけは残してあげてください…!」

 

「七乃!何を言っておる!」

 

「良いんです、お嬢様。これまでの事は全て私の責任。私が全て背負っていきます。ですから、美羽様…これからは、強く生きなければなりませんよ?」

 

そういった張勲の表情は、優し気で、悲し気で、袁術が今までに見たことの無いものであった。

 

常に自分の言う事を第一に実行してくれた張勲。

早くから家督を継いだ袁術にとって、唯一の家族と呼べる存在であり、時折母のように感じることもあった。

そんな彼女が、自分が好き勝手に生きてきた所為で、命を差し出そうとしている。

 

袁術は今尚流れる涙を拭いもせず、恐怖に震えたまま、決意した。

 

「ダメ、じゃっ」

 

「お嬢様…」

 

張勲が悲しそうに袁術を見る。いつものような我が儘だと思った。やはりまだ幼く、状況を正しく理解できていないのだと。

しかし、張勲の考えは外れていた。

 

「殺すなら、妾じゃ!」

 

「なっ!?お嬢様!?」

 

予想外の言葉に、張勲も、孫策たちも、芙陽ですら軽い驚愕を覚えた。

 

袁術の身体は恐怖に震え、顔は青く、涙は未だに留まる事はない。

更には決意の言葉を口にした瞬間、その足元には温かな脅えの印が水溜りとなっていた。

 

それでも、袁術は自らの命と引き換えに、家族を守ろうとした。

 

「な…張勲は有能じゃ!必ずお、お主等の役に立つ!だから張勲を助けてたも!ぉ、お願いじゃ!妾は、こ…殺しても良い、じゃから…!」

 

袁術は必死に叫んだ。震えてうまく回らない口を必死に動かし、精一杯大きな声で、少しでも願いが相手に届くように。

 

袁術は今、理解していた。

自分は主なのだと。

殺されるべきは自分であるのだと。

それが、今までずっと傍にいてくれた張勲へ、唯一自分がしてあげられることなのだと。

 

「じゃから、張勲は、うぅ…七乃は…お願いじゃ…ひっく、…殺さないで、グズッ七乃を…助けて…うえぇ…」

 

袁術はこれ以上、どう願えば届くのかわからなかった。

必死にお願いして、涙を流しながらお願いして、結局はいつものように我が儘染みた言い方になってしまう自分が嫌で、また涙が溢れてきた。

 

「お嬢様……。お願いします!お嬢様を…美羽様にお慈悲を!これからなんです…美羽様なら、まだやり直せるんです…!ですから、どうか…!」

 

張勲もまた、そんな袁術の姿を見て涙を流し、同じように頭を下げて懇願した。

 

一方、孫策たちはそんな二人を見て、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。

孫策は元からそこまで二人を殺すつもりは無かった。これから先、孫策たちの邪魔をしなければ、どこへなりとも消えてくれればそれで良かったのだ。

孫権もまた、気まずそうに唸るしか出来なかった。先人や散って行った兵達の事を考えればけじめは付けなければと思いながらも、何とも後味の悪い感覚に結論を出せないでいた。

 

「ねぇ、芙陽?どうすれば良いと思う?」

 

「ふぅむ…。取り敢えず、お主等はどうしたいんじゃ?」

 

「私はそうねぇ。ま、変わらずって所かしらね。別に殺さなくても問題はないわ。蓮華はどう?」

 

孫策が孫権に問えば、孫権は顎に手を当てながら考えていた。

 

「何か考えがあるようじゃの」

 

「芙陽…あぁ」

 

「なら、言ってみなさい。その意見に反対が無ければそうしましょ」

 

「姉さま…考えるのが面倒になりましたね?」

 

ジトっとした目で孫権が孫策を見る。孫策は肩を竦めながら「何の事かしら?」と目線を逸らした。

孫権は溜息を吐きながら話し始める。

 

「確かに、この二人をここでどうしても殺しておきたい訳ではない。しかし、このまま放りだしたところで二人が一緒ではどのような規模であれ再び我らの前に現れる可能性は否定できない」

 

孫権の言葉に、袁術と張勲は黙って結論を待っていた。

 

「要するに二人を引き離してしまえば良い。そして、これからの戦乱で今まで人手不足だった我等だ。多少の傷があろうと人材があることに越したことはない」

 

「ほう、張勲を登用するつもりか?」

 

「敵将の登用など、曹操も劉備もやっている事だろう。勿論、信用は無いのでな、監視は付けるし、政の中枢には関わらせない」

 

「では、袁術はどうするつもりじゃ。放り出すのか?」

 

それでは首を斬るのと変わらんな、という芙陽の言葉に張勲が縋るような目で孫権を見つめる。

孫権はそんな視線に溜息で返し、芙陽を見た。

 

「芙陽、頼みがある」

 

「…本気か?」

 

芙陽が怪訝な顔をして孫権を見る。

 

「あぁ、袁術を引き取ってもらえないだろうか」

 

「あぁー、なるほどね」

 

孫権がそう言うと、孫策も得心を得たと頷いた。

しかし、芙陽は未だ納得がいかない顔をする。

 

「呉の中で引き取ろうにも、離れた場所ではまだまだ我ら孫家に忠誠を誓う豪族などは少ない。近くで面倒を見るにも人手が足りないし、もし張勲が再起を図ろうとした場合に連絡が取りやすくなる。それなら、姉さまや冥琳が信頼を置いている芙陽に預けたほうが安心できる」

 

孫権の言葉通り、孫家から距離を置いていた豪族はまだまだ孫家に恭順しているとは言えない。

そこへ袁家の幼子を放り込むとなると、良からぬことを考える者も出るだろうという考えである。

そしてその裏には、袁術の安全を確保し辛いという思いも多少は含まれていた。

 

「しかし、儂は現在劉備の下に身を置いている。もし劉備とお主等が対立した場合、張勲の存在が浮くぞ」

 

芙陽の言葉も最もであった。

これから先、劉備軍と孫策軍が衝突した場合、立ち位置の不鮮明な張勲が孫家の内部から動かないとも限らないのだ。

 

だが、そこへ言葉を返したのは孫策であった。

 

「ま、その時はその時でしょ。それに私たちは劉備と事を構えるつもりは今のところないし、何より芙陽と敵対なんてしたくないし…」

 

孫策の言葉は惚気にも似たものだったが、芙陽が敵に回った場合の被害を想像したためその顔面は蒼白である。

同様に孫権も頭痛を堪える様に手を額に当てていた。

 

だが、最も顔を青くしていたのは袁術であった。

 

「…っ……っっ!」ガタガタガタガタ

 

最強だと思っていた自分の軍を壊滅に追いやった一番の原因の下へ預けられるという話の流れで恐怖が一層増した袁術は、最早言葉を失う程に震えていた。

張勲はそんな袁術を気の毒そうに見つめることしか出来ない。

 

「まぁ、仕方ないかのぉ…貸しにしておくぞ」

 

「えぇ、扱いとかは別に好きにしてもらってもいいわよ」

 

(く、喰われる!?好きにさせたら妾喰われるんじゃないかえ!?)

 

(あぁ…お嬢様…強く生きて下さい…多分食べられることは無いでしょうけど)

 

袁術の恐怖心を煽りに煽りながら、話はどんどんと決まって行った。

 

 

 

「そういう事になったぞ袁術。お主は儂が引き取る、良いな?」

 

「の、望むところじゃああ!」ジョバーッ

 

 

色々と決壊しながらも前向きに叫んだ袁術に、張勲は成長を見てまた涙した。




お待たせ!!

親会社による卑劣な罠により仕事が忙しすぎて死にかけたteymyだよ!
いや、ほんともう…お待たせしました。
GWに入って急いで書き上げたのでちょっと無理矢理な展開かもしれませんが、ご容赦くださいな。
そういえばGW入ってすぐに映画見に行ったんですよ。
キングコングとゴーストインザシェル。え?そんなことより書け?……ハイ…


以下、映画のネタバレを含む可能性があります。



キングコング←まさか壮大なゴジラの予告編だったとは…。佐々木希の棒読みが気になる。コールが作戦負けするシーンで衝撃を受けました。成功してれば格好良かったのに…。隊長がただの我儘なオッサンにしか見えなかった(笑)

攻殻←作り込みはファンとしてはかなり楽しめました。特に映画ファンは「おっ」となるシーンが多くて面白かったです。ストーリーはともかく。少佐のメスゴリラ感が足りなかったかなと。あとスカヨハ走り方がダサい。



次も恋姫を考えています。
もしかしたら美羽ちゃんと仲良くなるための閑話かもしれません。


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