ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか【魔を滅する転生窟】 (月乃杜)
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第0章:漂流人
第0話:ある時のダンジョンの一日は間違っているだろうか


 血迷って始めたダンまち二次、他の作品が余り進まないからちょっと手を掛けてしまいました。

 尚、ステイタスの基本アビリティは【神の恩恵】のプラス分が表示──というのがこの噺の設定ですが、原作公式で違った設定だった場合、そちらに準拠をする予定です。


 第1話はサイトで未公開の状態で書いている噺で、リリとの出逢いを書き終えたら投稿予定。


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「はぁぁっ!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされる白刃。

 

『ギィィヤァァァッ!』

 

 醜いモンスターが悲鳴を上げながら灰に還る。

 

「相変わらず、サポーター泣かせですねユート様は」

 

 ジト目で睨むのは栗色の髪の毛の小人族(パルゥム)の少女で、背中にバックパックと呼ばれる自身よりも大きな袋を背負っていた。

 

 サポーターと呼ばれている職業で、彼女の様な存在が居れば冒険者達は戦闘に専念する事が出来る。

 

 とはいえ、サポーターは基本的に冒険者に寄生する者として蔑まれていた。

 

 少女も同じくで、ユートと出逢って仲を深めるまでは『冒険者なんて嫌いです』と言い続けるくらいに嫌っており、それが故に陥れたり金品を盗んだりと悪さもしていたらしい。

 

 そも、ユートに近付いたのも初心者(カモ)を食い物にしてやろうと思ったからに他ならず、だけどそれが失敗して割と酷い目に遭ってしまう。

 

 自業自得だけど。

 

「おら、リリスケ! 此方はまたドロップアイテムが出たぜ? 必要ねーユートに構ってねーで、そろそろ此方のアイテムの回収を頼むわ!」

 

「判りましたヴェルフ様」

 

 リリスケと呼ばれた少女は背中のバックパックを背負い直し、ヴェルフという赤毛の青年の方へ走る。

 

「いや、本当に面白い世界だよな」

 

「割かし吹っ切れたよね、キリトも。デスゲームなんて目じゃない本物の生命のやり取り、VRMMOとかと違って痛みも傷も流れ出る血も悲鳴も全てが本物(リアル)だってのに」

 

「今でも恐いさ。だけど、優斗が用意してくれた武器──エリュシデータとダークリパルサーが有るしさ、俺好みの防具が守ってくれている。何よりも……」

 

 キリトと呼ばれた黒髪に黒い防具な黒ずくめな青年が周囲を見遣ると、赤毛のバンダナに野武士な装身具に身を包んだ男、黒い髪の毛をボブカットにした巨乳を揺らす少女に、亜麻色なロングヘアーにモデル体型の美少女、見た目に小さなツインテールに髪の毛を結わい付けた緋色な装身具の少女、茶に近い黒髪に翠を基調とした服装に胸当てを着けた弓使いの少女、桃色の髪の毛は染めているのだが赤い服にエプロンドレスな装身具に鎚を手にしている少女、そんな少女を護る青年、黒髪に左に泣き黒子のある槍使いの少女、挙げていけば切りがない面子が薄暗いダンジョン内で大暴れをしているのが見えた。

 

「こうしてSAOサヴァイバーの皆が居る!」

 

 ユートがSAO──ソードアート・オンラインというVRMMO−RPGへと囚われクリアをしてから、もう可成りの時間が経過をしていたが、SAOクリアに貢献をしたサヴァイバーは普通に存在している。

 

 何人かはユートの閃姫──使徒である為、その人物なら理解もまだ出来たが、閃姫はその性質上から女性に限定されるから、キリトや赤毛のバンダナ男なんて適用外である。

 

 更には、キリトの嫁など普通に有り得ない。

 

 まあ、キリトが先に死んでから彼女と再婚をしたら半使徒にする事も可能ではあるが……

 

「リーファモード!」

 

 スキル【風精変身(シルフィード)】を用いる事によって、ボブカットで巨乳な剣士が金髪ロングをポニーテールに纏めた姿に変化をして、更に本来なら存在しない器官──羽根を持って宙を舞う。

 

 【神の恩恵(ファルナ)】を受けて新たに手に入れた力の一つであり、アルヴヘイム・オンライン──通称ALOでのもう一つの姿。

 

「スグ! 竜が相手だし、気を付けろよ!」

 

「判ってるよ、お兄ちゃんも心配性だなぁ!」

 

 キリトの妹のリーファ、基本アビリティの力は大したものではないが、俊敏と魔力に関しては追随を許さないくらいに上がる。

 

 飛んできたワイバーンらしき飛竜の翼に矢が次々と刺さり、それによってぐらついたのを好機とばかりに腰の細身な刀を抜き放ち、風を纏って突進をして額へと突き入れた。

 

「見たか! アイズさんの直伝、リル・ラファーガ」

 

 ガッツポーズを取りながら墜ちる飛竜を見る。

 

 下ではリリスケと呼ばれた少女が飛竜の死体に近付くと、あっさりと手にした短刀で切り開いて中身である魔石を取り出す。

 

 その瞬間、飛竜は灰へと還って存在を消した。

 

 遺されるのは牙と爪。

 

「ドロップアイテムの【飛竜の牙】と【飛竜の爪】、確かに手に入りました」

 

 迷宮都市オラリオには、世界で唯一のダンジョンが存在しており、冒険者達はダンジョンに日がな潜ってはモンスターと戦い、それによって獲られるであろう魔石、そして魔石を喪って灰となっても尚残るドロップアイテムで糧を得る。

 

 また、ダンジョン内には様々に役立つアイテムが眠るが故に、尽きる事も無く冒険者が挑んでいた。

 

 何故かダンジョンに出会いを求めてやって来た少年も居たが、それは特殊な例であると声を大にして言いたい……いや、マジに。

 

「さて、モンスターも狩り尽くしたみたいだからさ、そろそろ休憩にするか」

 

 ダンジョンがモンスターを生む、然れどリポップするには時間も掛かる。

 

 ユートはこの世界で得た仲間と、喚び出したSAOの仲間を呼んでお茶の準備を始めるのだった。

 

 ユートが神ヘスティアと逢ってそれなりに時間が経ったが、それなりに充実した時間を過ごしている。

 

 

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか【魔を滅する転生窟】──始まります。

 

 

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 プロローグながら今までと趣向を変えて、少しだけ未来の噺になっています。

 タグの通りSAOから、キリト達──SAOサヴァイバーが登場します。

 因みにキリトのステイタスの場合……


名前:桐ヶ谷和人
所属:ヘスティア・ファミリア
種族:ヒューマン

レベル:3
力:E452
耐久:H165
器用:F320
俊敏:B756
魔力:H80

《発展アビリティ》
【剣士】
【耐異常】

《魔法》
【ディスカバー】──広義に於ける発見。使用する事により宝や魔物や人間の位置を知れる。捜したいモノのイメージが必須。詠唱式『我が第三の眼は総てを見て全てを知り得る』

【ステータス・ウィンドウ】──ユートが与えた力。自らのステイタスを見る事が可能。お金やアイテムを無限に収納。

《スキル》
【芸夢生存(SAOサヴァイバー)】──常に発動。経験値にプラス補正。SAOで得た記憶の顕在化。

【刀剣技芸(ソードアート)】──特殊な剣技を発動。その武器で発動出来る技のみ使用可能。使い続けると威力と精度が上昇。

【二刀流式(ツイン・ソード)】──片手剣を両手に装備可能。スキル【刀剣技芸】の種類変更。



 まあ、例えばですが……

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第1章:家族
第1話:竈の処女神との出会いは間違っているだろうか


 意外に早くリリの噺が書けたので投稿。

 尚、やり過ぎた部位が在ったので該当している部分を修正しました。





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「はぁ、ひもじい生活が続くな〜。今日もジャガ丸君だけかぁ」

 

 長い黒髪をツインテールに結わい付けた、ターコイズブルーな瞳で背が小さく幼い顔立ちだけど反比例する様にきょぬーを揺らす、所謂【ロリ巨乳】な少女がちょっと恥ずかしい露出の白いワンピースを着て溜息混じりに愚痴を呟いた。

 

 廃教会の地下を住居とする少女が自らの家に入り、すぐに警戒心も露わにして一点を見つめる。

 

 否、睨んでいると言った方が適切かも知れない。

 

 ベッドとソファーとテーブルと、大した物を置いている部屋ではないのだか、その中でもベッドだ。

 

 ベッドが何故か盛り上がっている。

 

 つまり、誰かが布団に潜んでいるという事。

 

 少女はコソコソと足音を忍ばせてベッドに近付く。

 

「何処のどいつだい!」

 

 バサリッ!

 

 灯りを点けて布団を剥ぎ取ると……

 

「ヒッ!」

 

 少女は息を呑んだ。

 

 青年が寝ているのはまだ許容範囲だが、その青年は素っ裸で眠っている上に、覚醒直前なのか下半身には反り返る青年の分身。

 

「太くて長くて逞しい……パオンパオ〜ン」

 

 少女は混乱している。

 

「ハッ! ボクは何を言っているんだ!? ク〜ッ、処女神(おとめ)に何てモノを見せ付けるんだい!」

 

 勝手に視て憤慨するが、どちらかと云えば悪いのは他人の家に入り込んだ方、少女の怒りはベクトルこそおかしいが正当なのだ。

 

「おい、こら起き給え!」

 

 眠りこける青年を少女が揺すると、屹立したモノがフリフリと動く。

 

 なるべく視ないで揺すってはいるものの、少女とて異性に全く興味の無い百合ではないが故にか、チラホラと視線がモノに向かい、その度にブルブルと首を横に振っていた。

 

「起きるんだ侵入者君!」

 

「ん、うん……」

 

 ガバッ!

 

「ふえっ!?」

 

 突然の事だったからか、反応が出来ずにいた。

 

 腕を行き成り引っ張られたかと思うと、ベッドへと引き摺り込まれてしまった少女は、形としては青年にのし掛かられている状態、誰がどう見ても襲われているロリ巨乳の図。

 

「あ、あわわ!」

 

 行き成り引っ張り込まれてしまった少女は狼狽しながらも動けず、青年にされるが侭とまではいかない迄も弄られてしまう。

 

 一時間か? それとも僅か数分なのか? 時間的な事は判らないものの、少なくとも守るべき某かは守り切ったと思うが……

 

 少女にとっては初めての感覚に戸惑って、今この時ばかりは青年を起こさない様に声を無理矢理にでも押し殺し、漸く刺激が薄れていくとグッタリして肢体を青年の身体の上へと投げ出してしまった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「君は何者なんだい?」

 

 自分は怒っています!

 

 そう言わんばかりに頬を膨らませ、柳眉をしかつめらしく寄せて腕組みをしながら詰問をしている。

 

 さて、問題は彼女からの質問にどう答えるかだが、現状で青年が解っている事と云えば、まず何故だか素っ裸で普段は少女が寝る筈のベッドを占拠して眠り込んでいたらしい事と、その所為で不法侵入をしていた青年を叩き起こすべく掛け布団を剥いだ少女は、ユートの裸をパオン込みで視てしまった事、この場が少女の家であるらしい事、どうやら地球ではなさそうな事と変な──青年にとっては嗅ぎ慣れた愛液の──臭いが漂う辺り、何かしら寝ている際に仕出かしたらしい事であろうか?

 

 解っている事は基本的に殆んど無かった。

 

 少女はあの後、少しだけ気だるい肢体に鞭を打ち、何とか青年を叩き起こす事に成功して今に至ったが、未だに先程の感覚の酩酊が残っており、少しばかりだがフラフラしている。

 

 青年は布団で裸を隠し、少女から尋問されていた。

 

「名前は【緒方優斗】でも【ユート・オガタ・ド・オルニエール】でも【ユート・スプリングフィールド】でも【柾木優斗】でも好きに呼べば良いよ。多分だけど異世界人だ」

 

「は?」

 

 青年──ユートの科白に間抜けな声を返す。

 

 だがすぐに気を取り直して瞑目すると、腕組みをしながら黙考に入り込む。

 

 ややあって目を開けて、少女は困った表情になる。

 

「君の名前、全てが偽名ではないとボクには解るよ。そして異世界人……少なくとも君が、ユート君がそう思っているのは間違いないと理解した。兎に角、ボクは今絶賛混乱中さ」

 

「そうか。君は人間の嘘を見抜けるのか?」

 

「解るのさ、ボク達には……神にはね」

 

「神……ね……」

 

「ボクの自己紹介がまだだったね、ボクの名前は──ヘスティア。この迷宮都市オラリオに住まう神の一柱という訳さ」

 

 きょぬーを張ってエヘンと咳払いをした。

 

 皮肉な話であり、ユートは嘗てまだ【スプリングフィールド】であった頃に、神殺しとなっている。

 

 転生をしても得た特質は継承されるが故に、ユートは今でも神殺し──謂わばカンピオーネなのだ。

 

 碌な力を感じないとは云っても神と神殺しの談笑、あの世界の人間が見たなら冗談にしか思えまい。

 

「(ヘスティア、ギリシア神話に於ける竈の女神で、三柱が存在する処女神……その一柱か。地球ではないと思ったのに、神が地球の神々と同じ名前とはね……或いは此処も遠い平行世界の地球だったり?)」

 

 まさかね……と心の内側で苦笑いをした。

 

 聞いた限りではヘファイストスやタケミカヅチと、よく知る神の名前が普通に挙がっていたし、嘗て別の世界では【神殺剣(ゴッド・スレイヤー)】を造る為に殺そうとしたロキの名前まで在った程だ。

 

 因みに、タケミカヅチは未だしもヘファイストスとロキは女神らしい。

 

 ユートの知っている彼の神は男神、特にヘファイストスはヘパイトスとも呼ばれており、選りにも選って処女神である女神アテナに懸想をして襲い掛かって、処女を奪えなかったばかりか肌に分身が擦れ射精するとか、ちょっとばかり情けない結果を残したある意味で英雄だったり。

 

 此方のヘファイストスはヘスティアにとって神友だと言うが、暫く前に天界から降臨した際に寄生をし、呆れ果てられたのだとか。

 

 それでも、この廃教会の一室を用意してくれた辺りを鑑みれば、ヘファイストスの情は深かった。

 

 問題はこの地は地球ではないと考えると、ゲートも存在はしないであろうし、仮に存在しても座標が全く以て解らないでは意味など無かったし、困った事に帰る手段が思い付かない上、現状にて閃姫を喚ぶに為はコストが足りない状態だ。

 

 情報が無ければ閃姫を喚ぶコストも無く、(あまつさ)えこの地で暮らしていく為の先立つモノである資金すら無いという具合、無い無い尽くしだった。

 

 この世界も恐らくユートが識らないだけで、大元の世界に於いてはラノベだかアニメだかゲームとして、何らかのメディアで知られた物語の筈だが、識らないなら全く意味が無い。

 

 お金の単位もヴァリスと聞き覚えが無かった。

 

 此処がよく知る平行世界の地球であれば、質屋にでも行って貴金属や宝飾品など資金に替えるという手段を使えたし、その資金でホテルに泊まる事も可能だったが、全く識らない世界でその手は使い難い。

 

「取り敢えず、着替えても構わないかな?」

 

「ん? まあ、確かにいつまでもその格好は目に毒でしかないしね。手早く着替えてくれ給え」

 

「了解了解〜」

 

 ユートは右人差し指を立てると、真っ直ぐに振り下ろしてステータス・ウィンドウを起動させ、アイテムストレージを呼び出して、パンツと服とズボンを選んで出した。

 

「へ?」

 

 少女は行き成り服などが顕れて吃驚するが、それは取り敢えず放っておいて着替えに没頭する。

 

 数分後、着替え終わったユートは少女と話し合う。

 

 取り敢えず暮らしていく手段は必要なのだろうが、知識に無い作品というより世界観すら解らないのではどうにもならない、だけどこのオラリオでは極々普通に人間と神々が千年以上まえから交流を持っており、冒険者や、薬師やら鍛治師などに自らの神の恩恵──ファルナを与えているのだとか。

 

 それは神様が天界から降りてきた際、封じた神の力──アルカナム──を無しでも使えるモノで、自らの霊血(イコル)を用いて人間の背中に神聖文字(ヒエログリフ)を書く。

 

 それによって人間や亜人は怪物にも対抗が出来る力を獲て、ダンジョンを攻略しながらモンスターの魔石やドロップアイテムを獲る事で糧とするらしい。

 

 成程、よく出来ている。

 

 神々は人間に恩恵を与えて信徒を増やし、地上での雑事をやらせて自分は好きに生きている。

 

 まあ、組織(ファミリア)の運営もしているみたいではあるが、中には運営自体を人間に任せて自由気侭、怠惰に暮らす者も居たりするらしいけど。

 

 例えばフレイヤ。

 

 彼女は基本的にヘスティアやヘファイストス達みたいな働き方はしておらず、迷宮の上に建てられているバベルと呼ばれる建造物、其処で優雅に暮らしているとか何とか。

 

 ファミリアもダンジョン探索するタイプも在れば、ヘファイストス・ファミリアみたいな鎧兜や武器を造って売るタイプも在るし、デメテル・ファミリアなど農業に従事するタイプなんかも存在している様だ。

 

 まない……もとい、ロキ・ファミリアは可成り大手のダンジョン探索タイプのファミリアらしく、人数も普通に百人越えをしている様で、既に何度も遠征を行って稼いでいるとか。

 

「やっぱりやるなら探索型が一番だろうか?」

 

 などと呟くと、何故だかヘスティアのターコイズブルーな瞳がキラキラと輝き始めた。

 

 神の恩恵(ファルナ)というのは、基本的にどの神様に与えられても変わらないらしいから、ヘスティアだろうがロキだろうが良いと云えば良い。

 

 ダンジョンは【ギルド】が管理運営をしているらしいから、モグリでは稼ぐのも面倒臭そうだったし恩恵は必須な訳で……

 

 遂には右人差し指で自身を指し始めたヘスティア、ファミリアのメンバーが零な彼女としては、無所属なユートを取り込みたいといった処なのだろう。

 

 半ば襲われたに等しいというのにいじましいというべきか、或いはユートの事を女神の懐の深さから赦してくれたのか、いずれにしても先輩が居ない訳だし、柵も少ないのはメリットと云えるかも知れない。

 

 デメリットはヘスティアがアルバイトで糊口を凌いでいる辺り、貧乏感が半端無いファミリア──眷属が居ないからそう呼ぶというのも烏滸がましいのだが──だという事。

 

 これでは武具は元より、迷宮探索に使う道具や糧食すら用意が出来ない。

 

「別にヘスティアのファミリアでも構わないんだが、先立つモノくらいは準備をしてくれるんだよね?」

 

 ピシッ!

 

 空気が凍り付く。

 

 ソッと目を逸らしてくれるヘスティアを見遣って、思っていた通りだったのだと頭を抱えた。

 

「確か、イシュタル・ファミリアってのは娼館だって話だよね?」

 

 力の強いファミリアに関してはレクチャーを受け、【アポロン・ファミリア】や【イシュタル・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】などはユートも既に知識を持っている。

 

「よし、だったらヘスティアは其処に売り付けて準備金にしよう!」

 

「ま、待った待ったぁっ! あのさ、ボクはこう見えて処女神だから不特定多数とそういうのはちょ〜っとアレなんだよ!」

 

「……けど準備金すら無いってのはね〜」

 

「うう、ギルドから武器と防具は借りれるから少しずつ稼げば……」

 

「面倒。僕は一ヶ月くらいダンジョンに篭って一気に稼ぎたいんだ」

 

「いや、無理! 初心者は一階層で半日も篭れたなら良いくらいなんだぜ?」

 

 娼館に売られかねないと知り、ヘスティアは身振り手振りで説明と説得をしているが芳しくない。

 

「だいたい、ギルドからの貸し出しってどんなの? 僕としては、【檜の棒】と【旅人の服】と【棍棒】に五十ヴァリスとか勘弁して欲しいんだけどな」

 

「それはどんな虐めだい! 得意武器と簡単な防具って処だよ」

 

 きっと【銅の剣】と【革の鎧】くらいだろうなと、ユートは予測をしていた。

 

「僕的には、長期の遠征にも耐え得る質の良い防具が欲しいんだ。上に羽織る為の戦装束や武器は有るんだけどね……」

 

 鎧となると聖衣か二天龍の禁手くらい。

 

 それは流石に派手過ぎ、ちょっと遠慮したかった。

 

 況してや、聖衣は小宇宙が使えないであろう現状、形ばかりは鎧の単なる重石に過ぎない。

 

 ヘスティアからの話の通りなら、此処はドラクエの世界観みたいなファンタジーワールドな訳だろうし、聖衣や禁手はそぐわない。

 

「仕方無い、こうなったら最後の手段だな。ヘスティアには借金を負って貰う」

 

「いや、普通に少しずつの攻略で稼ごうよ……ね?」

 

 勿論、ヘスティアの言葉は却下された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「帰れ! そして二度と私の前に顔を出すな!」

 

 赤毛で右目に眼帯をした女性はヘスティアを、いっそ汚らわしいモノでも視る様な冷たい視線で射抜き、すぐに顔を背けるとシッシと手を振った。

 

 神友とは思えない対応の冷たさだが、ヘスティアは彼女の優しさに甘えまくって天界から降りた直後は、正しく寄生をしていたのだから当然の結果だろう。

 

 それでも最後の恩情としてあの住処を世話してくれただけ有り難く、今現在のヘスティアは彼女の優しさすら食い物にしたみたいなものだった。

 

「聞いておくれヘファイストス! ボクの事なら幾ら(なじ)っても構わない。けど借金だけは認めて欲しいんだ! ボクの初めてのファミリアに、それなりの装備を与えたいから!」

 

「ファミリア? そういえば見た事の無い顔がある。坊やの名前は?」

 

「柾木優斗。まだ契約はしてないけど、一応は彼女のファミリアに入る心算だ。装備品に関しては相談に乗って貰えると助かるな」

 

「ほう? ウチの装備品は可成り高額な物ばかりだ。勿論、質も保証はしよう。だけど駆け出しの冒険者の卵に手が出せる物は置いていないんだがね」

 

 実はそこそこに稼げれば手に入る武具も有るけど、それは下級鍛冶師が造った作品であり、性能も値段に相応それなりでしかない。

 

「問題は無い。ヘスティアが借金の申し込みをした訳だけど、実際に担保を用意しているのは僕だしね」

 

「──何?」

 

 ユートの堂々とした宣言を受けて、ヘファイストスは驚愕するしかなかった。

 

 

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 次回は数多のヒロインを差し置き、ヴェルフが登場すると云う……

 その頃の柾木家な噺を書いたら投稿予定です。




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第2話:ヒロインを差し置いて男に出番があるのは間違っているだろうか

 ユートのステイタスは、ちょっと高いだけで数値は普通にI評価からです。





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 ユートは予めアイテム・ストレージから出しておいた金属の塊──漆黒に煌めくインゴットを袋から取り出してヘファイストスへと見せてやる。

 

「こ、これは!?」

 

「ヘファイストス、貴女になら理解も出来る筈だよ。その金属がいったいどんな代物なのか……を」

 

 ヘファイストスは目を見開き、手にしたインゴットを色々な角度から見たり、或いは指で弾いて音を鳴らしてみたりと、様々な方向から検証をしていた。

 

 ヘスティアにはいまいち解らない様だが、ユートが準備をしていた漆黒の金属のインゴットは、ヘファイストスみたいな鍛冶職人なら正に……

 

「欲しいわね」

 

 そう思わせる物だった。

 

「強度、粘性、重量の軽さを鑑みれば……アダマンタイトに一歩を譲るけれど、金属自体に含まれた魔力がそれを覆すわ。見た事もない金属だけどね……」

 

「名前は黒鍛鋼(ブラックメタル)。とある金属を基にして僕が創った物だよ」

 

「君が?」

 

「それは兎も角、ソイツなら担保には充分な筈だね。仮令、僕が逃げたり死んだりしても担保は残るから、決して貴女に損は無い」

 

「然し、これだけの物だ。君がこれを売れば武具など幾らでも買えるだろう?」

 

「まあね。だけど僕としてはソイツで商売をする心算も無いんだ。飽く迄も僕は冒険者として糧を獲たい。それに問題はヘスティア」

 

「ヘスティアが問題とは? 何かしらやらかしたか」

 

「って、ヘファイストス? ボクを何だと!?」

 

 ヘファイストスの絶叫にヘスティアが文句を言ってくるものの、完全に黙殺をして会話を続ける。

 

「ヘスティアは貴女の所でニートってか、ぶっちゃけヒモ生活をしていたな?」

 

「その通りよ」

 

 ヘスティアは不満そうではあったが、事実であるのは認めているから何も言う事が出来ない。

 

 というか、ヘスティアがそもそもユートに自分の恥を教えていた。

 

「で、だ。そんなヘスティアが今度はファミリア対象にヒモを始めました、と。外聞が悪いにも程がある。だから、借金は名目上だけでもヘスティアがするって事で、僕はそれで装備やら道具を揃えてダンジョンに潜るという訳だよ」

 

「成程、それならファミリアにタカる駄神なんて話にはならないわね」

 

「だ、駄神……って……」

 

 流石はタカられ続けて、友情を食い物にされてきたヘファイストスだけあり、言う事がいちいちキツい。

 

「貴方も災難な所を選んだものね?」

 

「いや、まあ……正直に言ってしまえば何処でも良かったんだ。それこそロキのファミリアや貴女のファミリアでも……ね。【神の恩恵(ファルナ)】って誰から受けても同じなんだろ?」

 

「へぇ、自信アリ?」

 

「少なくとも、【神の恩恵(ファルナ)】自体は在っても無くても一緒。無くても困らないからね」

 

「……それは流石にどうなのかしら?」

 

「何ならまだ【神の恩恵】は得てないけど、ものは試しに貴女のファミリアの誰かと試合しても構わない」

 

「そうは言っても、ウチは鍛冶の為にレベルを上げてる口だから、高くて精々がレベル3なのよね。一応はレベル4も居るし、団長はレベル5なんだけどね」

 

 レベルが上がったならば【発展アビリティ】が発生するが、これは割かし便利なモノが多かった。

 

 鍛冶のアビリティを得る為には、どうしたって必ずレベルは一つだけでも上げなければならない。

 

 そして力試しの為だけに彼らを呼び付けるというのも憚られ、ヘファイストスもどうしたものかと首を傾げてしまう。

 

「レベル3……確かそれはドラクエで云えばレベルというより」

 

 ドラクエ6や7での職業熟練度、レベルの様な上がり方はしないのだろうし、何よりもヘスティアが曰く現在の最高レベルは【猛者(おうじゃ)】の7だとか。

 

 少々、苦手なフレイヤのファミリアに所属する猪人という巨漢の亜人。

 

 最高値がレベル7なら、レベル3というのは謂わば中堅層となるのだろう。

 

 とはいえ、ヘスティアも実際には最近になってからの降臨だったし、それから暫くはヘファイストス・ファミリアのアジトで堕落な生活をしていたし、常識の範囲でしか知識が無い。

 

 まあ、積極的な情報収集なぞしてもファミリアが居なければ使えなかったし、そもそも怠惰に暮らしていた頃も、バイトで食い扶持を獲ていた頃も情報なんて集めようがなかった。

 

「そういえば彼が今日は居たわね……」

 

 ヘファイストスがちょっと手を回し、とある人物を呼びに行かせる。

 

 ややあって、現れたのは首に青い布を巻いた赤毛の青年だった。

 

「ヘファイストス様、呼んでいると聞きましたが?」

 

「ヴェルフ。最近の調子はどう?」

 

「いつも通りですよ。いつも通りにレベル1で発展アビリティの鍛冶も得られない下級鍛冶師な訳ですが、それで用事とは?」

 

「彼とちょっと戦ってみてくれないかしら」

 

「誰です?」

 

 ユートを見遣り、見覚えが無い顔に訝しむ青年──ヴェルフ。

 

「彼の名前はユート。神友に出来た初めてのファミリアの候補でね、まだ恩恵を得てないらしいけど可成りの自信家みたいなのよ」

 

「それで腕を見たいと?」

 

「私が防具を打つに相応しい腕か見たいのよ」

 

「っ!? ヘファイストス様自らが!?」

 

 いつの間にか彼女自身がユートの防具を造る話へとワープ進化をしたらしく、ヴェルフは疎かヘスティアも驚愕に目を見開く。

 

 恐らく【Hφαιστοs】のロゴ付きの防具。

 

「ヘファイストスが打ってくれるのかい?」

 

「良い物を見れて興が乗ったのよ。但し、それなりに実力を示して貰うわよ」

 

 眼帯を着けていない左目がキランと輝いた。

 

「了解した」

 

 ユートが知るヘパイトスも鍛冶の神、ならば神の力(アルカナム)を使えないとはいえ相当な物となる。

 

 場を移動して暴れるのに相応しい広場に出てきて、ユートとヴェルフは神二柱が見守る中で対峙した。

 

「折角だから賞品を付けましょう」

 

「賞品?」

 

「そうよ、ユート。貴方には私の打つ防具を半額に、ヴェルフはそうね……レベル2になれる様に周囲へと計らいましょう」

 

 ヴェルフは急にやる気……というか殺る気が満々になって、背後には何故だろうか? ヘファイストスのオーラが浮かんでいた。

 

「さっきまでダルそうだったのに、急に覇気が出てきたな。確かヴェルフ……だったか?」

 

「ふん、あんたにゃ解らん苦労ってやつがあんのさ」

 

 大刀を片手に肩で受け据えながら言う。

 

「そうか……取り敢えず、自己紹介する。柾木優斗」

 

「ヴェルフ・クロッゾだ」

 

 ヴェルフは大刀を持つが一方のユートは無手。

 

「おい、まさか俺を舐めてんじゃねーだろうなぁ?」

 

「そんな心算も無いけど、君にはそう見えるのか?」

 

「あ?」

 

「なら、未熟だね」

 

「てめえ……」

 

 ピキキッ! 額に青筋を浮かべながら半ばキレる。

 

 そりゃ、武器は持たないわ【神の恩恵(ファルナ)】も無い癖に未熟呼ばわりをしてくるわ、余程の聖人君子でもなければ程度の差はあれど普通に怒るだろう。

 

「とある白龍皇は言った、相手の強さが理解()かるのもまた強さだと。ヴェルフとか云ったか? あんたが僕の力を見誤った時点で己れの脆弱さを露呈した様なものだよ」

 

「チィッ! 言ってくれるじゃないかよ! ヘファイストス様、合図を!」

 

 したり顔で講釈を垂れるユートに、ヴェルフ・クロッゾはいい加減で暴れ出したくなるくらい怒り心頭にキていた。

 

 ヘファイストスはやれやれと頭を振り……

 

「始め!」

 

 ヴェルフ・クロッゾの望み通り合図を出した。

 

 その瞬間、大刀を両手に持ったヴェルフが駆け出してユートに上段から斬り下ろさんと振り上げ、無防備──に見える──な頭からかち割らんと振り下ろす。

 

 普通なら終わる一撃だったろうが、ユートは瞑目をするとあろう事か右手にて手刀を作り、それで大刀の迎撃を行う。

 

「莫迦が!」

 

「莫迦はそっちだ」

 

 手刀と大刀が接触をした途端、ユートはまるで導くかの如く右腕を下ろして、大刀はそれに沿う様な動きで流され、果てには地面を強く叩いてしまった。

 

「うがっ!」

 

 斬れもしない地面を叩いた瞬間、振動がヴェルフを襲って堪らず大刀を手放すしかなくなる。

 

「終わりだ、ヴェルフ・クロッゾ!」

 

「ぐっ!?」

 

 自慢の大刀を受けた手刀が首筋に当てられており、僅かな〇.一ミリの動きが首の薄皮を裂いて出血を強いられる。

 

「っ!」

 

「僕の手刀は聖剣も斯くやな切れ味を誇る。少しでも動けば素っ首が落ちるぞ。それとも逝くかね、ポトリ……と」

 

 冷や汗がダラダラ流れ、背筋に氷水でも入れられたかの如く寒気、ヴェルフには理解が出来てしまった、ユートの言葉に偽りは無いのだと。

 

「ま、参った……」

 

「勝者、ユート!」

 

 小宇宙を使えないから、基本的に魔力を媒介に技を発動しているが、ユートは本来に近い威力も出せる。

 

 流石に今の村正抜刃で、紫龍がやったみたいなクリュサオルのゴールデンランスを破断は無理だろうが、だけど恐らくこの世界にてアダマンタイトと呼ばれている超硬度金属の武器であれば、その気になったなら両断も出来るだろう。

 

 因みに、ギガースが纏う金剛衣(アダマース)に使われる神金剛(アダマンタイト)と、この世界のアダマンタイトは呼び名が同じなだけの別物である。

 

 例えるならば、野球選手の王 貞治とどっかの中小企業な会社員の王 貞治さんくらいの違いだろうか?

 

 それは兎も角、ヴェルフは四つん這いになって絶望を湛えた表示となり、怒りか哀しみか悔しさか涙さえ流していた。

 

「は、はは……俺は、俺って奴は……【神の恩恵(ファルナ)】さえまだ与えられてない冒険者以前にさえ勝てねーのかよ?」

 

 ヴェルフ・クロッゾ──彼は冒険者ではなく鍛冶師(スミス)だ。

 

 だけどヘファイストスから【神の恩恵(ファルナ)】を受け、レベル1だとはいえそれなりにはステイタスを上げている身。

 

 当然ながら【神の恩恵】を受けない一般人に負ける道理など有りはしないし、況してやステイタスを発生させていない一般人など、彼らからすれば赤子や雑魚と云えるくらいだ。

 

「待て! ヴェルフはこう見えて一応は十階層にまで到達している。だとしたら君は、【神の恩恵】無しで十階層クラスの者を倒せる力を持つ事になるわね? 貴方、何者なの?」

 

 勿論、神の力(アルカナム)──ユート的に云えば神力(デュナミス)を封じてない神々ならば、その一柱だけでも指パッチン一つで鼻唄混じりに国を焦土にさえ変える訳で、それを思えば大した事はない。

 

 とはいえ、本来は神々は疎かダンジョンの一階層のモンスターにさえ翻弄される人間や亜人が、中層にさえ届こうかという者を打ち倒す……余りにも無茶な話だろう。

 

 ハッキリ言えばヘファイストスは警戒していた。

 

「僕が何者か……か。僕の名前は柾木優斗。岡山県の片田舎で柾木家次男として誕生した。即ち、この地に何の所縁も無い……異邦人(ストレンジャー)だ」

 

「異邦人?」

 

「そう、異世界から転移をしてきた異邦人。因みに、僕の能力は彼方側でも可成りのものだからね。そも、【神の恩恵(ファルナ)】が無ければモンスターも碌に斃せない程度と一緒にされても……ねぇ?」

 

「ぐっ!」

 

 ヴェルフが呻く。

 

 現状では地球と異なり、ユートは小宇宙は使えない訳で、つまり既知外レベルの能力は持たない。

 

 全くの素の状態。

 

 この世界での冒険者的に換算して、レベル5の上位くらいが精々だろう。

 

 だけどユートはこの事態を善い機会と捉えた。

 

 まだスプリングフィールドだった頃、VRMMOに閉じ込められた事があったのだが、その際にも小宇宙は当然ながら使えずゲームのアバターが持つ能力と、何とかかんとか引っ張ってきたシステム外スキルで、攻略組の上位陣として君臨をしてきたのだ。

 

 それに、異世界で小宇宙が使えない事態というのもそろそろ慣れてきたから、折角の機会でもある。

 

 【神の恩恵(ファルナ)】を取り込んで、素の能力を大幅に強化をしようと目論んでいた。

 

 冒険者として糧を獲て、更には小宇宙を使わず素の身体能力の強化、一石二鳥とはこの事であろう。

 

 或いは砂沙美が迎えに来た後も続けて良いかもと、寧ろ何人が来るかは判らないが仲間達もファミリア入りさせ、暫くはこの世界で楽しむのもアリだろうか?

 

 差し当たり……

 

「ヘファイストス、約束は守って貰うよ?」

 

「判ったわ。それじゃあ、担保用のと防具を作成用のブラックメタルを。それとどんな防具をお望み?」

 

「チェストガード、レッグガード、アーム、ベルト、それに円形盾(バックラー)が有れば便利かな?」

 

「結構、軽装ね」

 

「逸さがウリの動きだから重武装は合わないんだよ」

 

「成程……」

 

 尤も、ユートが普段から使っている双子座の聖衣は重武装以外の何物でもなかったりするが……

 

「ま、待ってくれ!」

 

「うん? 何だ?」

 

 ヘファイストスと広場を出ようとすると、ヴェルフが落ち込んだ表情を一変、真面目な顔で叫んだ。

 

「あんたは防具を欲して来たのか?」

 

「ああ、武器は準備が出来ているからね」

 

「なら、一つで良いから俺に造らせてくれ!」

 

「ハァ? ヴェルフの腕はヘファイストス並なのか? それなら任せるが……」

 

「うぐぐっ!」

 

 神の力は封じているが、天界では【神匠】と呼ばれたヘファイストスである、それが潜在力は兎も角として現状、彼女に抗する程の腕前では有り得ない。

 

 況して、未だにレベル1だという事実はつまり……発展アビリティが生じていない証左なのだから。

 

 発展アビリティ──基本アビリティの力、、耐久、器用、俊敏、魔力の五項目の事を指しており、これらは経験値(エクセリア)を得ていくと上昇、評価I〜Sの十段階で表され、レベルが上がると新たに発生するかも知れない特殊技能だ。

 

 神秘や耐異常や鍛冶と、様々なアビリティが存在しており、ヴェルフは当然ながら発展アビリティなど持ってはいないのである。

 

 上級鍛冶師(ハイ・スミス)には、【鍛冶】の発展アビリティが必須。

 

 これもヘファイストスの許でニートをしていたが故にヘスティアが知った情報であり、ユートが此処に来る前に聞いていたのだ。

 

 上級鍛冶師ではないが、ヘファイストスはヴェルフの腕が高いと知っている。

 

 勿論、ヘファイストス・ファミリアの上位に位置する上級鍛冶師には全く及ばないし、況んやヘファイストスに届く筈もない。

 

「やめなさい、ヴェルフ!」

 

「くつ、ヘファイストス様……俺は……俺は!」

 

 悔しい、敗けたのが悔しいし鍛冶師としても信頼されないのが悔しい。

 

 まるで〝クロッゾ〟としてしか価値が無いと言われたみたいで、余りにも悔しかったヴェルフにユートは向き直る。

 

「なら、円形盾を造ってみて貰おうか。どうせ最初は上層からなんだ、神様仕込みの防具でなくとも充分。見込みがあれば今後も頼むかも知れないし、気合いを入れて造ってくれ?」

 

「っっ! 解った!」

 

 バッと顔を上げて大きく目を見開いたヴェルフは、すぐに頷くと広場から駆け出して行ってしまう。

 

「ふぅ、良かったの?」

 

「構わないさ。上層なんてモンスターも──スライム相当だからな」

 

「そう、なら良いわ。防具はそうね……ヴェルフのも含めて一週間後に取りに来て頂戴」

 

「了解した」

 

「あ、防具との差額を渡さないとね」

 

 一度部屋に戻った三人、ヘファイストスは黒鍛鋼のインゴットを担保として、一つに五十万ヴァリスの値を付け、十個を受け取ると五百万ヴァリスの半額──二百五十万ヴァリスを借金として渡す。

 

 ユートは更に防具作成用の黒鍛鋼を渡し、ヘスティアと共に廃教会の地下となる本拠地へと戻った。

 

 そしてその夜……

 

「それじゃあ、始めるよ」

 

 上半身を裸となって俯せに寝転ぶユートの腰に座ったヘスティアは、針で指に傷を附けてユート風に云うと霊血(イーコール)を流しており、それで背中に何やら書き始める。

 

 【神の恩恵(ファルナ)】とは、神の血で人間に神聖文字(ヒエログリフ)を刻んでステイタスを発生させる作業で、それを共通文字(コイネー)に直したものを見せる訳だ。

 

 但し、好き勝手に刻めるという訳では決してなく、神様が行うのは経験値(エクセリア)によって埋められていた化石(のうりょく)を発掘するのだ。

 

「えっ? これは……」

 

 

柾木優斗

種族:カンピオーネ

LV.1

力:I20

耐久:I15

器用:I32

俊敏:I60

魔力:I75

 

《魔法》

【精霊干渉】──精霊との交信で魔術を発生させる。詠唱は魔術により区々で、水火風地>雷氷光闇影樹となっている。

【黒魔術】──異世界に住まう魔の眷属の存在力へと干渉して力と成す。

【神威魔術】──この世界の神々との交流によって、存在力へと干渉をする事が可能。それを魔術に変換をする事が出来る。

 

《スキル》

情交飛躍(ラブ・ライブ)】──発現者が男の場合だと女性との情交を一回で基本アビリティに十前後上昇。同時に絶頂を迎えれば効果は倍増。絆が深まればボーナスがプラス。

権能発詔(イェヒー・オール)】──権能を扱う事が出来る。

聖剣附与(エクシード・チャージ)】──施術者の識る聖剣の機能を武器へと附与。武器でさえあるなら種類は問わない。附与時間は六十分。恒常附与の為には宝石を媒介とする。

 

 

 基本アビリティが高く、既に魔法スロットが最大とスキルスロットまでも埋まっていたと云う。

 

 

.




 サブタイトル考えるのが面倒……




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第3話:狐っ娘と春ひさぐのは間違っているだろうか

 章仕立てにしました。

 本来は【砲】だったのですがまだ少し未完成な為、此方を先に更新です。





.

「どうした?」

 

 随分と驚愕している主神の姿を不審に思い、ユートは顔を後ろに向けヘスティアを見遣って訊ねる。

 

「う、うん。ちょっと予想外な展開だからさ……」

 

 ヘスティアは共通文字(コイネー)でステイタスを書き写し、すぐにもその紙をユートへと渡す。

 

「ふむ……解らん!」

 

 ポイッ!

 

「って、何してるんだい! 折角、書いたのに!?」

 

「異世界人の僕がこの世界の文字をすぐ読めるか!」

 

「あ!」

 

 今気付いたのか、左手で口を覆いながら声を出す。

 

 まあ、その割には言葉が通じている不思議……

 

「仕方がないな。文字に関しては後から教えるとして……口頭で説明するよ」

 

「そうしてくれ」

 

 本当は【ゼロの使い魔】系の魔法、翻訳(リード・ランケージ)を用いたら、普通に読めたりする訳ではあるが、文字を覚えないといつまでも魔法頼りになってしまう。

 

 それは流石に不便だ。

 

「えっと、ね。君は初めから魔法とスキルのスロットが埋まっていたんだよ」

 

「おかしいのか?」

 

「普通は何の力も発現していないからね。それに魔法もおかしい」

 

「魔法?」

 

「普通、魔法の最大数というのがあってね、誰であれ通常は三つのスロットまでしか持てない。中には一生涯魔法に縁の無い子だって居るくらいなんだ」

 

「それで?」

 

「君の魔法は【精霊契約】と【黒魔術】と【神威魔術】の三つ。だけどこれだと何が何やら? 説明はされているんだけど、詠唱も書かれていないし……」

 

「いや、理解した」

 

「──へ?」

 

 【精霊契約】はユートが精霊王と契約しているのが表に顕れたモノだろうし、【黒魔術】はスレイヤーズ系の魔族の力を借りた魔法の事、最後の【神威魔術】とは恐らくこの世界に於ける神様との関わりにより、黒魔術みたいな形で魔法を扱えるのだろうと予測。

 

 しかも、【精霊契約】は本来だと四属性しか扱えないだろうが、どうやら光や闇なども力は劣れど扱う事が可能らしい。

 

 これなら、【ネギま!】や【ゼロ魔】や【バスタード】などの魔法は普通に使う事も出来る筈。

 

 まあ、虚無魔法や古代語(ハイ・エンシェント)魔法は無理だろうが……

 

「じゃあ、魔法に関しては大丈夫なんだね?」

 

「問題無いよ」

 

「判った、信じるさ」

 

 嘘が無いのは解る。

 

「次にスキル。、情交飛躍とか何なんだい? こっ、こんなエッチな内容のスキルが発現するなんて、君はいったいどんな生活を送ってきたのさ!? それに、権能発詔なんて意味が解らないよ。それから聖剣附与というのも……」

 

「情交飛躍?」

 

 情交、或いは性交。

 

 まあ、確かに自分らしいと云えばらしいと思う。

 

 ヘスティアからの説明からすると、要はセ○クスをしたらその相手が基本ステイタスを上昇させるというのだろうが、ならば冒険者の女性──神の恩恵を受けた者が相手なら、それを餌というのも人聞きが悪いかも知れないけど、ステイタス上昇を餌にしてヤれるかもという事だ。

 

 ヤるだけで十もの数値が上昇、つまりは十回もヤれば百はアップする。

 

 貞操とステイタス上昇、秤に掛けてどちらを選ぶかは相手次第だが……

 

 同時に絶頂に達すれば、何と二倍になる上にお互いが憎からず想えば想う程、ボーナス数値が入る。

 

 本当に面白いスキルだ。

 

「権能発詔は異世界で手に入れた能力だけど、普通に使える筈なのに何でスキルとして発現した?」

 

 ユートには理解が出来なかったが、実は権能は僅かながら神氣が漏れる。

 

 この世界でそれは拙く、スキル化して魔力のみにて

発動する様に、カンピオーネの本能がヘスティアへと働き掛けたのだ。

 

「聖剣附与は便利そうだ。破壊に特化させたり速度を上げたり出来るし」

 

 他人に能力を使わせるというタイプだが、中々に楽しみなスキルだった。

 

「……そうかい? まあ、扱えるなら良いさ」

 

 やはり嘘は無さそうだと判断したが、権能に関しては隠し事を感じた。

 

 邪悪なものでは無さそうだし、全てをつまびらかにしなければならない訳でも無いから良しとする。

 

「それ以外、発展アビリティが無いのは当然として、基本がI評価だけど高い。スキルや魔法に関しては、余人に公開しない方が良いかも知れないかな」

 

 神々が知ればレアスキルだの何だの、騒ぎ出してくるに決まっているから。

 

「了解した。それと、お金も借金ではあっても手に入ったから、幾らか道具なんかも買っておきたい。街も観て回って構造とかも知りたいから、ちょっと出掛けて来ても構わないか?」

 

「ああ、ボクもアルバイトに行かないといけないし、余り遅くならない様に夕方までには帰って来なよ?」

 

「ああ、判ったよ。今晩のご飯はどうする?」

 

「それは……君のインゴットで得たお金だけど、外で食べてみないかい?」

 

「外食ね、了解した」

 

 そういうのもアリだと、ユートはすぐに頷く。

 

 そして、ユートはちょっとした観光に出掛け、主神ヘスティアはアルバイトという物悲しい労働へ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「さてと、昨夜から下半身が難しがってるんだよな。まさかヘスティアが寝てる間に性的に襲ってきた訳でも無いだろうし、どうしたんだろうな?」

 

 実はある意味でその通りだったりするが、ユートも処女神(おとめ)だと豪語するヘスティアがよもや寝てる男に劣情を催しはしないと考え、正解からは遥かに遠退いてしまった。

 

 まあ、ヘスティアが劣情を催したのではなく、寝ていたユートがヘスティアを捕まえてベッドに引き摺り込んだが故の事態。

 

 ユートがイク前にヘスティアがイキ、それで終わってしまったからユート的には不完全燃焼なのだ。

 

 だからこそ、腰に違和感をどうしても感じる。

 

「確か、ヘスティアは娼館もファミリアが管理運営をしているとか言ってたな。つまり、普通にこの世界にも娼館が在る筈」

 

 これでもハルケギニアの時代、娼館を利用して情報収集なんかもしていた。

 

 早速、ユートは娼館へと向かうべく足を向ける。

 

 未だに昼前なれど仕事が無い──装備品やギルドへの登録云々の為──ユートはヒッキーよりはマシな、謂わば自宅警備員にも等しい身分であり、歓楽街へと赴くのもまた自由。

 

 【夜の町】な歓楽街ではあるが、別に朝や昼などに営業をしていない訳でもないのだから、普通に人々が行き交う道のり。

 

「へぇ?」

 

 その先には様々な娼館が建ち並び、それらを仕切るファミリアがイシュタル・ファミリアだとか。

 

 歓楽街第三区画に並んだ建物、その娼館の壁や扉には同じ徽章が飾られているのだが、それが即ちイシュタルの徽章なのだろう。

 

 然しながら、ユートが驚いたのは徽章なんてチンケな物ではない。

 

「遊郭……とはね……」

 

 ユートがハルケギニアの時代に遊んだ娼館、それは基本的に洋館によるモノ。

 

 だけど目の前に建つのは遊郭──明治時代や江戸時代といった近代の遊女達が男を誘う日本風な建物。

 

 別にユートは性欲を満たす為だけにこんな場所くんだりまで来た訳ではなく、この土地にまだ馴染み染まり切っていない娼婦を見付けて、情報収集などに役立てるべくだった。

 

 実際、ハルケギニア時代に娼館を利用していたのにしても、未だに殆んど客を取っていない若い娼婦へと渡りを付け、情報収集をやらせていた事がある。

 

 当然ながら情報を集める為には、娼婦が男に抱かれて寝物語に聞かされた事をユートに抱かれつつ嬌声を上げながらという形。

 

 ユートも心得たもので、情報を伝えさせるであろう部分と、嬌声を上げさせる部分ではメリハリを付け、確りと仕事を両立させる事で怪しまれない様にした。

 

 情報収集の為だったが、ユートも男な訳で性行為を普通に愉しんでいた部分が多少なりあったし、こんな普段から見慣れない遊郭を見たからには、興味本意で入るのも致し方無しか。

 

 一応、ものは試しにという事もあって……

 

「まだ店に馴染まない娘、客を余り取ってないのを頼めるかな?」

 

 情報収集に役立つ娼婦……というか遊女というべきかを頼んでみる。

 

「お客様も好きですね? こんな真っ昼間から素人を欲しがるなんて」

 

 番台に座る者がニヤニヤしながら言う。

 

 教えられた部屋に行き、扉を──というか襖を開けると、正座をしながら頭を下げた和装を着ている長い金髪の少女が居た。

 

 

 見た感じでは大人に成り切らぬ、然し幼女からは既に却脱した──高校生くらいの年齢だろうか?

 

「御待ちしておりました、旦那様……私が旦那様へと御奉仕を仰せ遣った春姫と申します。どうぞよしなに御願いいたしまする」

 

 一旦は頭を上げて説明をした春姫と名乗る少女は、再び頭を下げて辿々しくはあっても、娼婦として確りと挨拶を熟した。

 

 成程、教育は行き届いているらしいが未だに未熟な素人娘には違いない。

 

 恐らくだが、御奉仕とやらも教わった事の意味こそ理解をしていても、単純に教わった奉仕をしているだけなのだろう。

 

 其処からどう動けば効率が良いか、更なる悦楽を与えられるかなどはまだ理解も及ばない。

 

 ヤっているだけの行為、寧ろ逆に感覚に翻弄されているタイプと見た。

 

 さて、ではユートが行う情報収集はどうやるか?

 

 簡単? なのが相手へと大金を支払ってのもの。

 

 娼館に染まり切っていない娼婦は、自らを買い戻す金を得る為に頑張る者だって居るし、小遣い稼ぎ感覚にアルバイト的な感じでの場合もあるが、最終的には手切れ金で後腐れが少ないメリットもある。

 

 デメリットは金に羽でも生えたかの如く飛ぶ事と、場合によっては逆に情報を奪われる可能性だ。

 

 今一つは惚れさせる事。

 

 理由の如何など兎も角、娼婦を自分に惚れさせてしまえば、少ない金子で情報を得てくれる。

 

 デメリットは後腐れ。

 

 下手を打てばヤンデレやメンヘラ化もあり、面倒臭い事態にもなり易い。

 

 因みに、ユートは知らないが似た様な事はこの娼館などでも普通に行われる。

 

 取り敢えず今は目の前の少女で愉しもう。

 

「……と思ったのにね」

 

 目をグルグル回して気絶する少女を見下ろしつつ、ユートはついつい溜息を吐いてしまう。

 

 狐の耳に尻尾を持つ彼女は所謂、狐人(ルナール)という亜人の一種。

 

 名前は源氏名とかでなく本名、サンジョウノ・春姫は極東から来たのだとか。

 

 きっと日本に近い風習の国なのだろう、江戸時代のレベルでの話だが……

 

 そんな春姫はユートが軽く服を脱いだ途端、真っ赤に顔を染めて絶叫を上げながら引っくり返る。

 

「どんだけ初心な娼婦?」

 

 チョイチョイと指先で頬を触れてみた。

 

「や、ん……こんな……」

 

「……?」

 

 チョイチョイ。

 

「アン! 旦那様……私は……ん、きゃう……!」

 

 触れると過剰なくらいの嬌声を上げる春姫。

 

 不審に思ったユートは、春姫の着た着物の裾を捲って確かめると、春姫がまだ処女だと確認した。

 

 しかも御陰はほんのりと湿り気を帯び、春姫が夢現に視ているものが春ひさぐモノだというのは確定。

 

「まさかとは思ったけど、春姫ってこうやって気絶をしてはえちぃ夢で御奉仕をヤった心算になってる?」

 

 客も気絶した春姫は放っておき、店側に別の娼婦を用立てさせて性欲を満たしていたのだろう。

 

 気絶した娼婦なんてのはダッチワイフよりマシ程度だろうし、今の春姫を使おうなんて露とも思わなかったに違いない。

 

 だけど触るだけでこんな嬌声を上げる夢を視ているならば、それなりに愉しい事になりそうだ。

 

「挿入は気絶から覚めてからで良いとして、今はその肢体の温もりと柔らかさを嬌声と共に堪能させて貰おうかな?」

 

 金は払ったのだ、時間内ならえちぃ行為に耽っても問題などあるまい。

 

 布団にお姫様抱っこで運ぶと、丁寧に寝かせて着物を軽く剥いてやる。

 

 裾の短い襦袢から零れる胸に舌を這わせてやると、やっぱりそれに合わせるかの如く嬌声を上げた。

 

 少しずつ互いの服を剥ぎ取りつつ、ユートは春姫の恐らくは未だろくすっぽに男が触れてさえない肌の味を堪能し、目を覚ますまで愉しませて貰う。

 

 暫くして、目を覚ました春姫が混乱する中で抵抗させないくらい自然に貫き、痛みから気絶すら出来なくなった春姫に、実は自分こそが初めての相手である事を明かし、最後まで意識を保つ春姫と愉しんだ。

 

 折角初めての相手となったのだし身請けをしたかったのだが、神イシュタルの方針的に〝春姫の〟身請けは不可能だと言われる。

 

 金を払っての専属契約を交わし、今後は自分以外に触れさせないのがやっとの交渉となった。

 

 数回に亘る行為の甲斐もあり、取り敢えずは下半身の違和感も無くなったし、まだ地球で云えば四時にもならない時間。

 

 歓楽街を出たユートは、少し街道から外れた路地裏に入ると、ステータス・ウィンドウを開いてタップ、鎧以外を装備してみる。

 

 黒い戦闘衣に片手剣。

 

 それは嘗てまだスプリングフィールドだった頃に、SAOと呼ばれるゲームをプレイしたのだが、その時に序盤で仲間の一人が装備をしていた物を、現実にて再現をした物である。

 

 アニールブレードとコート・オブ・ミッドナイト、これにヘファイストスへと注文した軽鎧と、ヴェルフが造る予定の円形盾を装備したら冒険者としての姿が完成をする訳だ。

 

 背中に装備がされているアニールブレードを抜き、軽く振ってみても違和感は感じられない。

 

 武器を持つなら太刀が主となるが、普通に別の武器も使い熟せるのだ。

 

「ふむ、この侭ソードスキルを使って闘うのも面白いかもね。それに、キリトやアスナやリーファやシリカ……SAO時代の仲間達もいずれ喚んで、ダンジョンでリアルSAOとかね」

 

 使徒以外に擬似的にでも永遠を与える手段を手にしたユートは、望んだ相手にそれを与えていた。

 

 初めから使徒になれない男や、アスナみないなコブ付きで使徒にならない娘、これらとは普通ならお別れをするが、これなら招喚も可能となる。

 

 とはいっても、喚ぶ為には招喚に必要なコストを貯めなければならない。

 

 故にすぐとはいかないのがもどかしかった。

 

「っ! 誰だ!?」

 

 振り返っても誰も居なかったが……

 

「気のせい……じゃない。確かに気配の空白があった筈だからな」

 

 気配を感じたのでなく、気殺によって生じた気配の空白を感じたのだ。

 

 つまり、誰かしら気配を消して此方を伺っていた。

 

「逃げられたなら良いか。追う意味も無いしね」

 

 見ていたのが知り合いとは考えられないし、そもそも昨日来たばかりのユートに縁や所縁は無い。

 

 こそ泥か何かだろう。

 

「気を取り直して、ギルドで登録だけはしとくか」

 

 本格的な探索は一週間後に装備品を受け取ってからになるが、試しにダンジョンに潜るくらいはやってみても良いだろうし、それならギルドに登録は必須だ。

 

 それに、借金で手にしたお金を一部だが春姫を専属にするのに使っていたし、少しは稼ぎたいと思う。

 

 早速、摩天楼施設(バベル)へと直行をする。

 

 カウンターに座る耳の長い眼鏡を掛けている女性──エルフだろう──に話し掛け、冒険者登録をしたい旨を伝えた。

 

「それでは、御名前と所属ファミリアを此方の書類に書いて下さい」

 

「……書けない。まだ文字を覚えてなくてね」

 

「判りました、それでは私が代筆を致しますので口頭でお願いします」

 

 嫌な顔一つしないで言う辺り、マニュアルの通りの行動であると判る。

 

 識字率までは窺い知れないが、文字を書けない人間も偶に居るのだろう。

 

「柾木優斗。所属ファミリアは【ヘスティア・ファミリア】だね」

 

「マサキ・優斗さんっと、ヘスティア・ファミリアに所属ですね。これでギルドへの登録は終了しました。それと、序でありますが私が貴方のアドバイザーを務めさせて頂きます、エイナ・チュールです。これから宜しくお願いしますね?」

 

 アドバイザーについての説明を受けると、どうやら初心者な冒険者に判らない事を教えたり、死なない様なアドバイスをする仕事との事らしい。

 

 駆け出しの冒険者など、何も判らないのに無茶苦茶な行動を取り、結果としてモンスターに殺されて戻らないなんて事はざらだし、駆け出しでなくてもダンジョンでは有り得ないだろう事が平然と起きて、上級の冒険者でさえ場合によってはあっさり生命を落とす。

 

「例えば、怖いのがモンスターも階層を上がってくるという事実です」

 

「モンスターが?」

 

「はい。元々、バベルとはモンスターが地上に溢れない様にするべく建てられた謂わば蓋。モンスター達は階段を登る事で、上層へと現れる事もあるのです」

 

「成程……ね。そうなれば多少の安全マージンを取っていても、パーティ全滅の憂き目にすら遭うか」

 

「はい、その場合は逃げる事を最優先して下さいね。冒険者は冒険をしてはいけないんですから……」

 

 随分と極端なアンチテーゼだが、冒険をしないなら冒険者に価値は無いとさえ思うユートは素直に頷けないでいたものの、下手すれば話が長引くと考えて一応は頷いておいた。

 

 バベルを出たユートは、もう少し街を見回ってから今日は帰ろうと歩を進めようとすると……

 

 

「お兄さん、お兄さん」

 

 声を掛けられる。

 

 振り返ると何だか小さな子が、自分の身長よりも大きそうなリュック式な袋を背負って立っていた。

 

「冒険者のお兄さん、宜しければサポーターを雇ってみませんか?」

 

 

.

 




 因みに、ユートの遠征前まででの春姫のステイタスはこんな感じです。


名前:サンジョウノ・春姫
所属:イシュタル・ファミリア
種族:獣人(狐人)

レベル:1
力:I18
耐久:I42
器用:I30
俊敏:63
魔力:D528
飛躍数値:180

《魔法》
【ウチデノコヅチ】──階位昇華。発動対象は一人限定。発動後、一定時間の要間隔。術者本人には使用不可能。

《スキル》
【なし】



 まあ、原作からそんな前でもないので七巻時点でのステイタスと変わらないのが前提ですが……




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第4話:小人族少女との賭けは間違っているだろうか

 ユートのスキル【情交飛躍】がまた活躍?





.

「サポーター?」

 

「はい、サポーターです。ああ……若しかして混乱をなさっておいでですか? 事態は至って簡単ですよ、貧乏なサポーターが冒険者様のおこぼれに与りたく、自分を売り込んでるだけですので」

 

 とっても〝良い笑顔〟でニパッと笑う。

 

 フードを被っていたから判り難かったが、声の高さは元よりゆったりめな服の上からでも判るなだらかながらも有る脹らみ、フードから垣間見える顔立ちなどから、この少し小さな人物が少女だと判断が出来た。

 

 身体は小さいまでも脹らみが判る胸、きょぬーではないにしてもそれなりには女の子な体付きである。

 

 クリーム色の服装が某・最終幻想に出てくる白魔道士っぽいが、きっと回復魔法(ケアル)は使えないんだろうな〜と、意味不明な事をつらつらと考えた。

 

「それで、如何でしょう? 冒険者様……サポーターは要りませんか?」

 

 成程、サポーターというのはユートもアドバイザーであるギルド職員のエイナ・チュールから聞いてはいたが、この子の背負っている巨大なリュックサック、バックパックと呼ぶらしいのだが……これにモンスターから抉り出した魔石や、同じくモンスターが死んだ際に遺すドロップアイテムを詰めて歩くのだろう。

 

 基本的に戦闘に参加はしないで、戦闘が終了をした後に死んだモンスターから魔石を得る。

 

 それ故にか口さがない者は『冒険者に寄生している愚図』みたいに罵るとか、悪い場合だと肉壁にしかねないらしい。

 

 無所属(フリー)な事もあるが、ちゃんとファミリアに所属をして【神の恩恵】を与えられたサポーターも居るらしく、後者の場合だと戦闘補助なんかも不可能ではなかったりする。

 

 専門職としてサポーターを選ぶというより、得られた【神の恩恵】のステイタスが小さ過ぎて戦闘職をやれなかったり、冒険者の時に怪我をしてサポーターに身を窶すしかなかったり、どうあっても卑下されている職業らしい。

 

 単純に自分でバックパックを背負って戦うよりは、専門のサポーターに任せれば戦闘にバックパックという重石が無くなり、やり易くはあるのだろう。

 

 最初は兎も角としても、モンスターを斃していけばいずれ冒険者が背負う程度のバックパックは一杯で、それでも充分に重石の役回りを果たすのだから。

 

 まあ、【神の恩恵】による効果で力も大幅に上がるから背負えなくはないし、サポーターが居ないのなら必須な訳だが……

 

 ユートはニッコリ笑っている小人族(パルゥム)と思われる少女に向き合い……

 

「だが断る!」

 

 あっさり断った。

 

「──へ?」

 

「僕には必要が無い」

 

「い、いえいえ! 冒険をなさるならバックパックを専門的に背負うサポーターは必須です! それとも、冒険者様が自らバックパックを背負って闘うお心算なのですか?」

 

「さぁね? それを教える意味は無いだろ。別に君は着いて来ないんだし」

 

 踵を返すユートに慌てたのか、少女はすぐ駆け出し追い越して遮る様に立つ。

 

「ま、待って下さいって! 絶対にサポーターの存在は必要になりますから! ですので兎に角、一度は雇ってみるべきですよ!」

 

 必死過ぎる説得行為。

 

「僕には必要が無いと言ったぞ」

 

「ですから、そう! 荷物持ちだと思えば!」

 

「要らん」

 

 飽く迄も必要無いという姿勢を崩さずユートが歩を進めると、尚も必死になりしがみ付いてまで止めようとしてくる。

 

 何故に其処までする程に必死なのか?

 

 実はこの少女がユートをターゲットにしようと考えたは、ユートがヘスティアとヘファイストスの所へと

行った帰りの事だった。

 

 何しろ女神と思しき少女と若い少年が、ヘファイストス・ファミリアのホームから出てきたのだ。

 

 何かしら高い買い物でもしたのかも知れないと観察をしていた少女、見た目に明らかな少年だったからか初心者だと判断をした。

 

 まあ、ダンジョン初心者なのは間違いない。

 

 そのユートが路地裏へと移動し、真新しい片手剣を振り回しているのを見て、少女はそれがヘファイストス・ファミリアで造られた剣だと考える。

 

 ヘファイストス・ファミリアの武具は初心者レベルならまだしも、熟達な鍛冶師が打った場合は物によっては数千万ヴァリスが当たり前なのだから。

 

 絶好のカモがネギを背負っている様にみえたのか、口元をニヤリと吊り上げてしまう程。

 

 気配は消したがバレたらしく逃げたが、ようやっと接触が出来たのに逃がして堪るかと必死になった。

 

 少女は金が欲しいから。

 

 全てを振り切るその為、ただそれだけの為に。

 

「なら、なら! 一日だけ様子見という感じで雇ってみて下さい! それでお役に立てたら今後も雇って頂くという事で!」

 

 辟易するとはこの事か。

 

 実際にユートはサポーターを必要とはしないから、それは侮辱や蔑みとは異なって真実からだ。

 

 それならば力の無い彼女をダンジョンに連れ歩くという行為、そんなのは無駄を通り越して危険なだけ。

 

 確かに何度もダンジョンには行ってそうなのだが、ユートは可成り下に降りる予定だし、着いて来るのは困難を窮める。

 

 ユートはその戦闘スタイルから護りながらというのは無理ではないにしても、難しいのが現状でもあったが故に、せめて戦闘能力が無いと連れていく意味を見出だせない。

 

「なら、君が勝てばそれも良いとして……敗けたならどうするんだ?」

 

「え? 敗けたらですか? それは……」

 

 賭けに敗けてお金を払うのは業腹だし、かといってそうなってしまうと支払えるモノは無い。

 

 勝てば良いという事で連れて行かせるのも難しい、少女は答えに窮していた。

 

「ふぅ、そうだな。それじゃあ一晩を付き合って貰うとするかな?」

 

「へ、え?」

 

 一晩を付き合う。

 

 幾ら小さく見えてもそれは種族的な特徴であって、決して幼女ではなく普通にユートの世界で云えば女子高生くらいの年齢な少女、当然ながらその意味する処は彼女にもすぐに解る。

 

 顔を朱に染めて眉根を顰めてしまうのも当たり前、誰とも繋がった事の無かった少女としては、ユートを睨むのも仕方がない。

 

 一方のユートは遊郭での春姫とのあれやこれやで、取り敢えずは寝ている間にヘスティアから弄られていた下半身の違和感も無くなったが、それでも生娘だった春姫には可成りの手加減をした為か、ついつい少女にそんな提案をした。

 

 別に断ってきても構わないが、ヤれるならラッキー程度のものでしかない。

 

 少女の腹に一物が有るのは理解していたし、ならばユートが遠慮をする必要性も無いだろう。

 

 後は互いに腹の探り合いとどう出し抜くか?

 

 まあ、其処までの話にはならないだろうけど。

 

 フードの下に覗く顔……其処から鋭い眼光で睨みながらも、少女が悩んでいるのが判るくらい小さな百面相をしていた。

 

 そして暫くしたら瞑目、更に諦感の篭った栗色の瞳を開いて……

 

「判りました、その賭けを受けさせて頂きます!」

 

 はっきりとそう答えた。

 

 賭けの内容は至って簡単なもので、少女はユートと共にダンジョンへ潜って、ユートの斃したモンスターから魔石やドロップアイテムを速やかに確保、同時に戦闘の補助も行う事。

 

 それを確りとやれたなら少女の勝ちで、賞金としてその日の稼ぎにプラスして五万ヴァリスの支払いと、更にユートの剣を副賞という事で所望してきた。

 

 少女的には調子に乗り過ぎたかと、場合によっては少しくらいはマケる心算もあったが、ユートは不敵に笑みを浮かべて了承する。

 

 勿論、後でごねたり出来ない様にエイナを通じての契約書を作成、エイナ・チュールは良い顔はしなかったものの、ある程度の事情を聞いて下手に新人冒険者が被害に遭っても……とでも考えたらしく、ほんっとーに仕方無く契約書を作成してくれた。

 

 基本的に冒険者のやる事は自己責任だし、アドバイザーが過度に干渉も出来ないからだ。

 

 賭けをする階層が第一層である事を条件に加えて、エイナから契約書を受け取ったユートは、互いにサインをして契約成立を確認、ダンジョンへと向かう。

 

 また、サインに関してはユートはまだ字を書けないから代筆をエイナに頼む。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ダンジョン、それは天然自然の迷宮に思えるけど、実はそうではない。

 

 何故ならダンジョンに現れるモンスターは、そもそもダンジョンが産み出しているのだから。

 

 このダンジョンを封じる蓋こそ、摩天楼──バベルの造られた目的。

 

 そも、この世界はダンジョンとモンスターによって蹂躙を受け、人間や亜人が力を合わせて何度も何度も封印を敢行してはきたが、全てに於いて失敗。

 

 精も根も尽き果てつつあった地上人の許、天上より神々が〝暇潰し〟と宣って降臨をしてきた。

 

 

 そう、決して変わる事の無い神々は天上での生活に飽々しており、そんな中で地上の生活に興味を持ったのか、或いは地上人(こども)達に興味を持ったのかは兎に角としても、神々は地上人を結果的に救う。

 

 尤も、神々の降臨により救われなかった種族も若干在ったのだが……

 

 ユートの目の前を歩いている小人族(パルゥム)……彼らは自分達の騎士団から擬神化した女神を敬っていたが、神々が降臨した中にその女神は存在しなかったのだと云う。

 

 お陰で種族全体が腐っていき、元より種族全体からして力が低い事もあって、小人族の冒険者は比較的に少なく、少女の様なサポーターになる者も居る。

 

 ユートにはどうでも良い話でしかない。

 

 ダンジョンという薄暗いながら、光源を持っているが故に全く見えない訳ではない場所、その第一層には当然の様に弱いモンスターしか存在しなかった。

 

 とはいえ『ダンジョンでは何が起きるか判らない』とも謂われ、比較的に上の階層でありながら下の階層のモンスターが迷い込む事も偶にはあるし、弱くても徒党を組んで怒濤の如く押し寄せる場合もあるから、決して油断は許されない。

 

「ゴブリンにコボルトか、この辺りがドラクエ的に云えば、『スライム相当だけどな』って処か?」

 

 現れたのは正に雑魚モンスターの代名詞、小鬼(ゴブリン)犬顔(コボルト)だった。

 

 コボルトは銀を腐らせるとされ、腐銀(コバルト)の語源となっている……というのは某・何とか戦記。

 

 実際にドイツで、コバルトの冶金が困難な事からかコボルトが坑夫を困らせるべく魔法を描けたとされ、やはりコボルトが語源。

 

 まあ、ユート的に蘊蓄なんて関係無い。

 

 目の前に現れて道を阻むならば、ただ敵として斬り裂くのみである。

 

「リリは下がっていろ」

 

「判りました」

 

 冒険者に成り立てで何を偉そうに、なんて思いながらも素直に下がる。

 

 因みに、二人は自己紹介もまだだったと気が付き、契約書のサインで一応は知っていたが、ダンジョンに入る前に改めて名乗った。

 

 少女の名前はリリルカ・アーデ、驚いた事に偽名とかではないらしい。

 

『何てマジカルな名前』

 

 とか呟いたら……

 

『誰が白い魔砲少女なんですか!? リリカルではなくリリルカです!』

 

 とか怒鳴られたのは完全なる余談であろう。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 斬っ! 斬っ!

 

 ユートは鋼を鍛えただけの剣──アニールブレードを片手にゴブリンとコボルトを一閃二閃と斬り捨て、死骸を見遣った。

 

 リリがすぐに魔石を取り出すべく動くが……

 

「──え?」

 

 あっという間に灰に還ってしまった。

 

「ユ、ユート様? 若しかして魔石ごと斬ってしまわれたのですか?」

 

 モンスターは死んでしまっても死骸は残るのだが、例外として魔石を砕いたり抜いたりすれば灰化する。

 

 中にはモンスターの一部が残り、それがドロップアイテムと呼ばれるものの、こうして二匹が灰化したと云う事は、魔石も斬ったと云うに他ならない。

 

「いや? 魔石には傷一つ付けていないが……というより、魔石が稼ぎの一部になるのに斬ってどうする」

 

「それは……でも、それならどうし──っ!」

 

「気付いたみたいだね? そう、魔石やドロップアイテムはちゃんと手に入れているけど、そのやり方に関しては他の冒険者と大きく異なる。サポーターが要らないとはこういう意味だ。だから精々、夜の事を考えておくんだね」

 

 青褪めるリリに何でもない風に言う。

 

「また出たな」

 

 もっと下ならまだしも、こんな上層階ではそんなに苦労する程にモンスターも現れないが、それでも次々に再湧出(リポップ)をしてくるから、冒険者がモンスターの枯渇を心配する必要は無かった。

 

 斬っ!

 

 現れたゴブリンを斬り、再び灰に還す。

 

「やっぱり弱いな。魔石も安く叩かれる程度なんだろうし、本格的に探索するなら下の階層だろうな……」

 

 現れる頻度も問題だ。

 

 枯渇の心配は無いといった処で、再湧出にはそれなりに時間も掛かる。

 

「確か、エイナは第七階層からのキラーアントが危険だとか言っていたか」

 

 半端に殺さずにいると、特殊なフェロモンを出して仲間を呼ぶという。

 

 ユートからすれば歩き回らなくて済むという程度の認識で、探索を始めたならすぐにキラーアントを求めようと思っていた。

 

 それから現れたモンスターも基本的に一撃必討で、死んだ瞬間に魔石を喪ったモンスターは灰化をして、ドロップアイテムも同じく姿を見せてはいない。

 

 戦闘補助をしようにも、第一層では一度に何匹も現れないし、一撃だから何も出来ない侭で半日が過ぎ、ダンジョンから出る時間になってしまう。

 

 お金を確実に支払わせる為にギルドを通して契約書を作ったが、完全にリリを縛る鎖となっていた。

 

 ファミリアに知られては拙いし、ギルドを通したからには当然ながらリリも逃げられない。

 

 最早、覚悟を決めるしか他に無かった。

 

「さて、賭けは僕の勝ち。それで異存は?」

 

「あ、ありません……」

 

「なら行こうか?」

 

「はい」

 

 リリは自分を虐めるから冒険者が嫌いだ。

 

 取り分け、ユートを好きになる事は無いだろうなと思いつつ、重たい足取りで機械的に着いていく。

 

 着いた先にはリリでは泊まり様がない高そうな宿、確かに防音やら何やらを鑑みれば安宿は無い。

 

 部屋も高級そうなベッドにフカフカな布団、オマケに風呂まで部屋に常備されているときた。

 

 身体の汚れは互いに落として、薄暗い部屋に二人きりでベッドに腰掛ける。

 

 リリは両手を取られて、ベッドに押し倒された。

 

 耳を甘噛みされるのが擽ったく、顔を赤く染めながら声を我慢しようと口を噤んでみたが……

 

「ひゃん!?」

 

 行き成り舐められて驚いたからか、結局は声を上げてしまった。

 

 その日、リリは強烈なる快楽に酔い痴れる。

 

 リリが所属するファミリアの主神ソーマが作り出す神酒並か、或いはそれ以上の快楽がリリを襲った。

 

 夜中、リリはこっそり起きてユートの荷物に手を付けようともしたが、腰が抜けてしまって動けずにいた上に、ユートに抱き締められて身動ぎも不可能。

 

 ユートはおかしい。

 

 普通、恩恵を受けたばかりの初心者ならダンジョンで右往左往し、モンスターの一匹にも苦戦を強いられる筈が、何の苦も無く斬り捨てていったのだ。

 

 まるで第一級冒険者でもあるかの如く、モンスターとの戦闘に慣れていた。

 

 しかも、魔石やドロップアイテムも独自に手に入れているらしく、リリの出番は全く無い。

 

「ハァ、やっぱり冒険者なんて……嫌いです!」

 

 それでも何故か心地好さを感じながら、ユートの腕に包まれて目を閉じる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あの、これは?」

 

「十万ヴァリス」

 

「いえ、そうではなくて……どうしてこれを?」

 

「昨夜の代金?」

 

 思わず赤くなった。

 

「リ、リリは娼婦ではありません!」

 

「けど、リリだって処女の安売りはしたくないだろ? 恋人だったなら兎も角、賭けに敗けて差し出したとかね、だからリリの処女の代金だよ。寝た行為自体じゃなくて……さ」

 

「……そんなのって、単なる御為ごかしです」

 

「かもね。けど、リリのを貰えたのは嬉しかったし、愉しい一夜だったからね」

 

「判りました、受け取らせて頂きます」

 

 昨夜の行為でも思い出したのか、リリはプイッと顔を逸らしながら十万ヴァリスの入った袋を受け取る。

 

「じゃ、僕は行くよ」

 

 ポンポンと軽くリリの頭を叩き、ユートは出口へと向かうとその侭出ていく。

 

 リリはユートを呆然と見送りながら考えた。

 

 ヘファイトス・ファミリアの剣──誤解だけど──は手に入らなかったまでも十万ヴァリスはそれなりの稼ぎ、とはいえ処女を散らした代金としてはどうなのかとも思うが、どうせ自分の処女なんてユートに奪われずとも、この先で無体に散らされていた可能性だってあるし、それ以前に生命すら喪いかねないと考えれば妥当かも知れない。

 

「リリは……リリは冒険者なんて嫌いです。取り分け貴方は……大、嫌い……なんですから!」

 

 頭がごちゃごちゃだ。

 

 だからこそ、既に居ないユートが出ていった出口に向けて、リリは潤んだ瞳に真っ赤な顔で力のあらん限りで叫ぶのであった。

 

 

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 リリは52の飛躍ポイントを手に入れた……




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第5話:柾木家の面々が慌てるのは間違っているだろうか

 前半は柾木家関係、後半は遠征に向かいます。





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 その日、柾木家は蜂の巣をつついた様な騒ぎが巻き起こっていた。

 

 早朝に砂沙美がいつもの如くユートを起こしに行ったのだが、部屋の中は全くのもぬけの殻状態。

 

 珍しく先に起きたのかと捜してみたが見付からないユート、柾木勝仁の住まう神社に電話──今時黒電話──を掛けてみたがやはり居なかったらしい。

 

 柾木勝仁とはユート──柾木優斗──と柾木天地の双子にとって祖父。

 

 柾木アイリとの間に柾木清音を儲けており、清音が婿養子である柾木信幸との間に柾木天女、柾木天地、柾木優斗を生んでいる。

 

 また、柾木勝仁は本来だと柾木・遙照・樹雷という名前であり、樹雷皇族だったが七百年前に樹雷星を襲った魎呼と魎皇鬼を追い、地球で封印した後に永住。

 

 柾木 霞と結婚をして、現在の本家の柾木家と分家の正木家の礎となる。

 

 因みに、霞は遙照の母親たる船穂の妹だったり。

 

 船に〝船穂〟と名付け──マスターキーの名前が船の名前だから本来は天地──たりと、どんだけ母親が大好きなのかという話だ。

 

 普段は老人を装うけど、船穂の力で樹雷の人間としての寿命をキープ、若い姿をしていたりする。

 

 ユートは彼に昔から鍛えられていて、折に触れては剣の稽古をしていた。

 

 然し、柾木勝仁の所にもいないとなると……

 

「優斗さん、何処に?」

 

 浚われたというのは考え難い、それなら自分が気付けているだろうし、何よりユートが簡単に虜の身とはならないだろう。

 

 嘗ては天地を『天地兄ちゃん』と呼び、ユートの事を『優斗兄ちゃん』と呼んでいた砂沙美ではあるが、流石に中学生相当の年齢になった頃には『──さん』と呼ぶ様になった。

 

 それだけ長い時間を共に過ごしてきた砂沙美であるが故に、天地とユートの事も結構知っている。

 

「仕方がない……か」

 

 瞑目して右腕を天高く掲げると、砂沙美の背後には十枚の光鷹翼を広げている始祖の樹を内包している──津名魅を喚ぶ。

 

「って、何をやっちゃってるの! 砂沙美ちゃん?」

 

「あ、天地さん。優斗さんを捜そうかと思って……」

 

「いやいや、だからといって船を喚んじゃ駄目だよ」

 

「やっぱり駄目かぁ」

 

 流石に非常識だと反省、本来は一番の常識人の筈の砂沙美だが時折、とんでもない事を仕出かしていた。

 

 主にユート絡みで。

 

「まったく、優斗は何処に行ったんだよ。砂沙美ちゃんが暴発する前に見付けないと……」

 

 ユートも原典ではどうか知らない訳だが、砂沙美にしても阿重霞にしても実はこの世界では学校に通い、卒業までしていたりする。

 

 設定的には砂沙美が当時は小学生、阿重霞が高校生──魎呼には笑われた──であるという事で、阿重霞はユートや天地とも一緒に高校を卒業した後、大学生にもなっている。

 

 天地は当初は復学に首を傾げはしたが、やはり一応は卒業くらいした方が良いというユートの説得に応じた形だった。

 

 流石に畑の事もあるし、大学には進学をしてはいないが、今では良い想い出になったと復学したのを慶びを以て語れる程。

 

 この世界で阿重霞が惚れた相手が天地ではない為、天地が進学しないのを残念がってはいたが、地球人の一員として好きな相手とのキャンパスライフを楽しんでいたし、砂沙美も一緒の学校でこそなかったけど、学生生活を楽しんでいた。

 

 阿重霞は高校卒業後に、砂沙美は高校入学時に各々が正式にユートと交際を望んで、樹雷が地球を巻き込み騒然となったのは最早、懐かしい話であろう。

 

 特に親バカな樹雷皇である阿主沙が暴れに暴れて、決闘騒ぎまで起こした。

 

 樹雷第一皇女と第二皇女の話なだけに、二人の皇妃──船穂と美沙樹も抑えに回れなかったのが痛い。

 

 とはいえ、船穂も個人的に天地とユートの二人との接触を持って──漫画版──認めてはいた。

 

 

 閑話休題

 

 

 天地は取り敢えず、白眉鷲羽の所へと向かう。

 

「鷲羽ちゃん!」

 

「おや、天地殿。優斗殿の行方なら私にも判らないんだけどね?」

 

「ああ、やっぱりか〜」

 

「ま、砂沙美ちゃんでさえ気付けなかった事だしね」

 

 本来ならば三命の頂神の一柱らしいが、その力の源を喪った鷲羽には高位次元生命体としての能力は使えないし、発明品にはその手の物が数多く存在してはいるものの、全くの無反応では手の打ちようも無い。

 

「兎に角、砂沙美ちゃんに暴発でもされた日にゃあ、私も生きた心地がしないからねぇ、優斗殿の寝室から先ずは捜してみるさ」

 

「あの、優斗はこの世界の何処かには居るのかな?」

 

「……恐らくは居ないね。居たら砂沙美ちゃんが既に見付けているさ」

 

「優斗本人がこの世界から出て行った可能性は?」

 

「そりゃ、幾ら何でも脈絡が無さ過ぎさね。昨日までそんな様子が全く無いし、確か昨夜は阿重霞殿を幸せそうに愛でてたしね」

 

「ああ……まあ、確かに。阿重霞さんに膝枕をされていたり、その状態で髪の毛を手梳きしてイチャイチャしていたっけか」

 

 阿主沙に決闘で勝利し、取り敢えずレベルではあるものの、阿重霞と砂沙美を強制送還を回避した後は、良妻な砂沙美とペアで囲われていた。

 

 意味も無く出て行ってしまう理由が見当たらなく、そもそもユートは現状での暮らしを楽しんでいた筈。

 

 確かに自発的に出て行った可能性は無い。

 

「まったくさ、事故ならば仕方がないにしてもだよ、若しもどっかの神だか何だかの仕業なら、面倒な事をしてくれたもんだよ」

 

 研究室を出ながら言う。

 

 天地も主が不在の研究室に居てもしょうがないし、鷲羽と一緒に外へと出た。

 

「天地殿は砂沙美ちゃんを落ち着かせておくれよ」

 

「ん、判ったよ」

 

 こればかりは阿重霞と共に頑張らねば、下手をすると地球処か太陽系がアボンしそうで怖い。

 

 まあ、流石に其処まではしないだろうけど……

 

 だけど砂沙美の暴発だけは何とか抑えなくてはならないと、天地は一応は許嫁であり砂沙美とも仲の良いノイケに相談をするべく、急ぎ彼女の居そうな場所へと移動をした。

 

 胃が痛くなるのを感じる天地は、早く事態が収拾されるのを願うばかりだ。

 

 せめて居場所が判れば、砂沙美ならば其処へ行ける可能性もあるし。

 

 尚、今回の事態が本当の意味で動いたのは別世界に居たユートの義妹と魔導書の二名が、此方の世界へと戻って来た事で何とか収拾に向かう事となる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 一週間は長いようで短い時間だが、それでも場合によれば長く感じるものだ。

 

 ユートの場合、新たなる世界を楽しんでいたからか短く感じていた。

 

 先ず、専属契約を交わした春姫の許へは足繁く通っており、流石に慣れたのか気絶はされなくなる。

 

 四日目くらいから。

 

 本人も実は初めての相手であり、優しくされる事も手伝ってそれなりに懐き、時折に遠い目をするのが気にはなるが、夜は充分に過ごしていた事になる。

 

 尚、ユートは知らないが春姫もステイタスがあり、スキルの効果が顕れていたりするが、それを知るのは少し先の話であった。

 

 問題は初日に朝帰りしてしまった事。

 

 外食の約束をしていたのにすっぽかしたのだから、ヘスティアはプンプンだ。

 

 ちょっとしたプレゼントを渡したり、その日こそは外食で豪華な食事を食べさせたりして、何とか主神様の御機嫌を取った。

 

 昼間はあちこちを巡り、ヘスティアを連れて行って気に入った【豊穣の女主人】という店で昼食を摂ったりと成程、充実感は確かにあるらしい。

 

 また、幾つかの商業系のファミリアで買い物をしたりと、ダンジョン探索にも必要なアイテムを揃えたりするのにも余念はない。

 

 【青の薬舗】

 

 ミアハ・ファミリアみたいな零細では、良いモノは作っているみたいだけど、どうにも客足が遠かった。

 

 逆に同系のディアンケヒト・ファミリアは、可成りの繁盛っ振りである。

 

 ヘファイストス・ファミリアと同系のゴブニュ・ファミリアは、規模こそ少し小さかったものの繁盛はしている様子。

 

 余所のファミリア巡りも愉しいものである。

 

 リリルカ・アーデと接触は出来なかった、恐らくは接触そのものを避けられているのであろう。

 

 そうして遂に一週間の時が経ち、再びヘファイストス・ファミリアのホームへ向かうユート。

 

 ヘスティアはアルバイトでジャガ丸君を売っているとか、やはり悲哀を感じさせずにはいられないけど、本人はそれなりに楽しんでやっているみたいだ。

 

 ヘファイストスのホームでは、ヘファイストス本人とヴェルフ・クロッゾ──二人が待っていた。

 

 マネキンみたいな物ではなく、木で作られた簡易的な物に掛けられた鎧。

 

 胸と腰と両腕と両脚のみのパーツ、典型的な軽装が黒々と煌めいており、唯一違うのが小さめな円形盾──バックラーだ。

 

 素材が違うから色も違う訳だろうが、性能的に視れば及第点であろうか?

 

 今後に期待といった感じの出来だった。

 

「よく来たわね。注文通りに造っておいたわ」

 

「確かに」

 

「調整をしておきたいから鎧を着てくれる? それとヴェルフのバックラーの方はどうかしら?」

 

「バックラーは及第点には達してるし、今回はこいつを使うとするさ。着替える部屋は?」

 

「そっちの小屋を使って」

 

「了解」

 

 ユートが鎧と盾を持って着替えに行ったすぐ後に、ヘファイストスは穏やかな笑みでヴェルフに言う。

 

「及第点……厳しい評価点になるけど、使ってくれるってさ。良かったわね? ヴェルフ」

 

「は、はい!」

 

 駆け出しに等しい事を除いても売れない彼の防具、故に使われる事には大きな意味がある。

 

「あ、名前は言っちゃ駄目だからね?」

 

「な、何故ですか!?」

 

 売れない理由は幾つか有るみたいだが、その一つが壊滅的な命名センスであると云う。

 

 暫くして出てきたユートを見て……

 

「へぇ?」

 

 ヘファイストスは感心した表情となる。

 

 初心者、ビギナー、成り立てな冒険者に有りがちな鎧に着られた感がなくて、確りと着熟していたから。

 

 それに鎧に合わせたかの如く黒い戦装束、背中に背負う片手剣も一緒に見れば一端の冒険者そのものだ。

 

「微調整は不要なくらいにバッチリだったよ。バックラーも上手くマッチしているから問題は無いね」

 

「そう、良かったわ」

 

 サイズも計っていたし、微調整も簡単にであるなら出来るとはいえ、作り手が調整をした方が良い場合もやはりあるが、流石は天界で【神匠】と謳われていただけあり、造られた鎧にはそんなのが不要だった。

 

「それで? ダンジョンにはいつから行くの?」

 

「明日。暫くは戻らない」

 

「本気?」

 

「荒事は慣れてるし、魔物との戦いも同じくだよ」

 

「そう……」

 

 やはり神友の眷属(ファミリア)だし、少しばかり気にはなったのだ。

 

 まあ、逃げ帰ったとはいえ十層まで足を運んでいたヴェルフを、【神の恩恵】無しで降せた程ではある、今なら恩恵も得ているからそれなりには行ける筈。

 

 ヘファイストスはそう考える事にした。

 

 ユートはヘファイストスのホームから出て、まっすぐに春姫に会うべく遊郭まで行く。

 

 流石にダンジョンに向かう関係上、朝帰りは出来ないから泊まりはしないが、暫くは春姫の肌を味わえないから確りと堪能した。

 

 そして翌朝、心配そうにするヘスティアに見送られながら摩天楼施設(バベル)へと赴く。

 

 バベルとは即ち、モンスターを生み出すダンジョンの蓋であり、つまり其処には入口が在るという事。

 

 リリルカ・アーデと賭けをした際、一度だけ訪れてダンジョンに入っているとはいえ、本格的な探索となると初めてである。

 

 鎧はヘファイストス自らが実験的に黒鍛鋼を打ち鍛えて造った無銘、円形盾はヴェルフ・クロッゾが打った……銘は不明。

 

 ヘファイストスから聞かない方が良いと言われた。

 

 戦装束は自前で【コート・オブ・ミッドナイト】、SAOに於いてイルファング・ザ・コボルド・ロードのLAボーナスだった防具を再現した物。

 

 剣は【アニールブレード】であり、やはりSAOの序盤で手に入る中でも強力な逸品を再現した物だ。

 

「さて、いざ往かんっと」

 

 螺旋階段を降りていけば着いた先は石造りな迷宮、即ちダンジョンであった。

 

「早速か」

 

 現れたのはゴブリン。

 

 といっても、リリルカ・アーデとの賭けの時に散々っぱら斬った相手。

 

 斬っ!

 

 何の問題も無い。

 

 すぐに灰となって崩れていくゴブリンには構わず、ユートは第二層に降りる為の階段を捜して走った。

 

 途中、モンスターが何匹か立ち塞がってはきたが、正しく鎧袖一触の勢いで斬り捨てていく。

 

 相変わらず灰になって、後には魔石もドロップアイテムも残さない。

 

 その秘密はユートが嘗て創った魔法──【ステータス・ウィンドウ】にある。

 

 簡単に云えばVRMMO−RPGなんかに使われているメニュー画面の事で、現状でのステータスなどの確認や、お金やアイテムを仕舞うストレージとしての活用が主となる。

 

 現在は別のステータスを表示させ、この世界で得た【神の恩恵(ファルナ)】のステイタスが前面に出て、ヴァリスを格納していた。

 

 だから、無理に神聖文字(ヒエログリフ)共通文字(コイネー)を覚えずとも、この画面から確認が可能となっている。

 

 モンスターを殺した端から魔石を格納、それによりモンスターは灰化するし、ドロップアイテムが残ればそれも格納していた。

 

 リリルカ・アーデを──延いてはサポーターを必要としない理由としては充分だと云えよう。

 

 フルスペックであれば、アイテムもお金も無制限に仕舞えるし、食糧なんかも仕舞っておけるから簡単に遠征に出られるのだから。

 

 ユートは襲い来るモンスターだけを斬り、さっさと次の階層へ向かうという様なサイクルを繰り返す。

 

 そして第七階層。

 

 此処には冒険者が厄介に感じるキラーアントが居ると聞いて、ちょっと試しに戦ってみようと考えた。

 

 僅かに十歩も歩けばワラワラと現れる大きな蟻……キラーアントの群れ。

 

 取り敢えずは二〜三匹を中途半端に動けなくして、残りは全て殲滅し尽くす。

 

 傷付けられて死に掛けたキラーアントがダンジョン中に流したフェロモンに、他のキラーアントが惹き寄せられるかの如く集まる。

 

 黙って待っていたなら、それこそ百匹や二百匹など簡単に越えていた。

 

 ユートはそんなキラーアントを次々に殺していき、遂には第七階層からキラーアントが一時的に尽きたらしく現れなくなる。

 

「キラーアントの魔石……三百八十三個か。数ばかり居ても一撃なら余り意味が無かったかな?」

 

 フェロモン散布用だったキラーアント三匹にトドメを刺し、三百八十六個に増えた魔石を確認してから、ユートは第八階層の階段を捜すべく歩き始めた。

 

 途中、ブルー・パピリオなるモンスターに出会して斃したり、色々とあったりはしたが問題は無い。

 

 暫く歩けば階段を見付けたから第八階層へと降り、次はちょっとした実験へと移る事にする。

 

「モンスターが大した事のない今だから出来る実験、魔法とスキル関連を試しておこうかな?」

 

 魔法──【精霊契約】はユートが四源の精霊王達と契約している事と無関係ではあるまいが、精霊王との契約した以外の精霊と親和性が高くなったらしい。

 

「受けよ無慈悲なる白銀の抱擁……」

 

 氷結系魔法。

 

「アブソリュート!」

 

 放たれた冷気によって、モンスターは凍結された。

 

 バリン!

 

 すぐに粉々に砕く事で、モンスターは灰化して魔石がアイテムストレージに。

 

「成程……ね」

 

 契約を交わしていないが故に、氷系の魔法の威力は並でしかなかった筈だが、確かに威力が上がっているらしく、しかも消費をした所謂MPは少ない。

 

「次はこいつだ!」

 

 再び詠唱をする。

 

「紅蓮の炎に眠りし暗黒の竜よ、その咆哮を以て我が敵を焼き尽くせ……魔竜烈火咆(カーヴ・フレア)!」

 

 放たれるは殲滅する紅の一閃──本来であればこの系列の魔法は【神魔因子保有艦シャブラ・ニグドゥ】が世界と繋がっていないと使えないが、ユートは確かに今さっき使ったのだ。

 

「これが経験値(エクセリア)から発掘した魔法か。大したもんだね」

 

 スキルの【情交飛躍】はダンジョンでというより、一人では試しようがない。

 

 とはいえ、春姫でこっそり試してはいるのだけど、此方はステイタスを隠されていたから見れなかった。

 

 リリが見付かれば言い包めて、ヤらせて貰ってからステイタスを見せて貰うという手があるが、接触自体をどうやら向こうから断ってきたみたいで、結局の処は判らず仕舞いである。

 

 【聖剣附与(エクシード・チャージ)】を試そうと考え、簡単な処で使うのはハイスクールD×D世界のエクスカリバー。

 

破壊(デストラクション)!」

 

 附与したのは破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)

 

「はっ!」

 

 ズガァァンッ!

 

 何とモンスターが地面ごと粉砕されてしまう。

 

「あちゃー」

 

 確かにアレはゼノヴィアが使った際、地面にクレーターを穿っていたからこの結果は寧ろ必然か。

 

「魔石も粉々になったか。仕方がないな」

 

 多少、勿体無いがヤっちまったものは取り返し様がないのだし、第八階層ならそんな失点でもあるまい。

 

 ユートはそう考えて次の第九階層を目指す。

 

 

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 ソード・オラトリアに続いて、其処から原作という流れです。




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第6話:初めてのダンジョン探索は間違っているだろうか

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 魔法やスキルの検証も、出来ないもの以外は終わらせたし、上層のモンスターイジメも飽きてきた。

 

 それに魔石の値段だって上層では二束三文らしい、そろそろ中層と呼ばれるであろう階層へ──十二層より下へと向かおうと新しい階段を降りていくユート。

 

「アルマジロ?」

 

 ハード・アーマードと呼ばれる鉄鼠的モンスター、見た目にはアルマジロと似ている。

 

 アニールブレードを揮って斬り付けると……

 

 ガキィッ!

 

「──何?」

 

 その硬い表皮で受け止めてしまった。

 

「成程、硬さがウリか? 確かに振り下ろした程度では斬れないか。なら!」

 

 アニールブレードを背中の鞘に仕舞い、手刀を作って闘氣を籠めた。

 

村正抜刃(エクスカリバー)ッッ!」

 

 小宇宙を籠めたオリジナル程ではないが、ハード・アーマードくらいならアッサリと両断してしまう。

 

「ふむ、此方も問題は無さそうだね」

 

 クイクイッと手首を二度スナップして呟いた。

 

 威力に関しては可成りの弱体化は否めないのだが、小宇宙だろうと闘氣であろうと纏えば使える。

 

 これなら他の技にしても使えなくはないだろうし、いざとなれば切札にもなってくれそうだ。

 

「ドラゴン?」

 

 小型のドラゴンである、インファント・ドラゴン──は迷宮の孤王(モンスターレックス)が出ない上層部で最強を誇り、云ってみればこいつが上層の階層主とも考えて良く、小型とはいえ体長は四Mを越す。

 

 然しながらドラゴン……龍喰者の力を持ち合わせるユートは龍という属性に対して、絶対的なアドバンテージを持っていた。

 

「恐いか? ドラゴンである以上は異世界の存在だとはいえ、貴様はこの脅威に抗えはしないだろう!」

 

『ギエェェェェッ!』

 

 あっさりと首を落とされてしまい、魔石を抜き取られた瞬間に灰化して鱗の付いた皮膜と、牙や爪をドロップアイテムとして残す。

 

 第一三層まで降りて歩いていると、一角ウサギ的なアルミラージが数匹、手には石斧(トマホーク)を持って襲ってくる。

 

「ニードルラビットの上位個体か?」

 

 ドラクエで云えば一角ウサギとアルミラージ。

 

 更には炎を吐き出してくるヘルハウンド。

 

 更にはダンジョンワームと呼ばれ、ダンジョン内の地中を往く蚯蚓型。

 

 普通の冒険者なら油断も出来ない息を吐かせぬ程のモンスター、モンスター、モンスターの軍勢。

 

 中層まで降りると上層など及びも付かないとは聞いていたが、成程これは確かに恐ろしいまでに湧出してきてくれる事を鑑みれば、中層ともなれば凄まじいのだろう。

 

 普通のレベル2パーティなら下手をすれば全滅必至な中層の湧出に期待して、ユートは愉しそうな表情をしながら武器を揮う。

 

 ユートは強い性欲を持っているが、それには及ばぬものの戦闘中毒や戦闘狂と呼ばれない程度に、戦闘欲求も持っている。

 

 血に酔えば性欲が弥増す事もあり、出来る限り抑えてはいるのだが……

 

 アルミラージが石斧を揮って飛び掛かれば、ユートは拙い武器の振り回しなど意にも介さず躱して首を刎ねてやり、ヘルハウンドが吐き出した炎は効かないから目隠し代わりに喰らってやると、自分を見失ってしまったヘルハウンドの脳髄を氷の矢(フリーズアロー)で穿ってやった。

 

 ダンジョンワームなど、出てくる前にアバン流刀殺法の大地斬で床ごと叩き斬ってやる。

 

 マザードラゴンに喚ばれてハドラーといざ戦わん、そんな状況の勇者アバンと大魔道士マトリフと武神のブロキーナ翁の許へと降り立ったユートは、その戦いに加わって【凍れる時の秘法】を使って凍結をされてしまうアバンとハドラーを見守り、その後の一年間をロカとレイラ夫妻の所で、魔の森の中心に存在しているネイル村で世話になり、ハドラーとの最終決戦には連れていけないと言われ、代わりに武具を進呈した。

 

 魔王戦以後、ネイル村に住み着いたユートはマァムと共にアバンと再会して、アバン流殺法を習う。

 

 これがユートがアバン流刀殺法を使える理由だ。

 

 ファンタジーではよく見る様なモンスターを相手にしつつ、ユートは遂に最初の中継地点の第一八階層がそろそろで一六階層にまで降りて来ていた。

 

『グモォォォッ!』

 

「ミノタウロスか!」

 

 石造りのハンドアックスを振り翳すは、筋肉質にして牛面な巨体を持つ魔物。

 

 ミノタウロスだった。

 

 それが数にして十ばかり現れて襲い来る。

 

 武器もハンドアックスだけでなく、中には石造りの大剣やらグレートアックスを持つ個体も存在した。

 

 アルミラージも持ってはいたが……

 

「ネイチャーウェポン」

 

 迷宮にはモンスターの為の武器庫や食糧庫が在り、必要ならモンスターも武器を手に取るし、食事だってしているという訳だ。

 

「中々に面白いね……」

 

 ニヤリと口角を吊り上げると、ユートは片手直剣のアニールブレードを手に、ミノタウロスへと突っ込んで行った。

 

 ハンドアックス持ちが、そんなユートに反応をして攻撃してきたが、あっさりと躱して懐に飛び込んで、その素っ首を叩き落とす。

 

 首を喪っては生きていられない、灰化して崩れ去ったミノタウロスA。

 

 アイテムストレージにはそのミノタウロスの魔石、そしてドロップアイテムの【ミノタウロスの角】が納められた。

 

 大剣持ちが仇討ちでもなかろうが、両手で振り上げて襲ってきたものの──

 

「ホリゾンタル・スクウェア……だったかな?」

 

 平行に四角形を描く剣の軌跡がミノタウロスを斬り裂いて、やはりこの四撃で終わったらしく灰化した。

 

 ソードスキルをユートはSAOで使えなかったが、仲間が使っているのはよく目にしていたから完全なる見様見真似。

 

 アニールブレードを地面に刺して掌を突き出す。

 

(ルフート)よこの屍櫃(からひつ)に満ちよ。屍櫃は毒酒の壺の如くなれ、毒酒の壺は腑分け鳥(カラス)の卵程に、また冥狼(ガルム)の目玉程になりて炎宿さん」

 

 ユートが詠唱をすると、目の前に顕れる魔法陣──というかルーン。

 

 生み出されるのは複数の炎の塊……

 

「喰らえ、火箭(エルド・クヴァスト)!」

 

 幾つもの炎弾がミノタウロスを襲い、それに巻き込まれた数体が焼かれた。

 

 本来は対人用といっても良いくらいな魔法だけど、ユートは四大元素に関わる魔法ならば、威力が大幅に上がるが故にかミノタウロスみたいなタフネスであっても割とイチコロである。

 

 一撃とはいかないけど。

 

「魔法の基本ルールまでは侵せないから、空が見えないと使えない雷撃(ソールスラーグ)は無理だけど、コイツはやっぱり使い勝手が良いな。作中だと可成りの回数使われていたし」

 

 元々が使い勝手が良いのに加えて、四大元素だから威力が増大だからだろう、原典以上に使える感じだ。

 

核熱雷弾(シャーンスラーグ)も無理か? まあ、あれは放射能汚染があるからやめた方が無難だね」

 

 核熱(シャーン)系は毒による汚染があると、原典ではっきり明言している。

 

 毒──とは放射能の事なのだろう、きっと。

 

 探索を進めると行き成り遭遇(エンカウント)しなくなり、だけどモンスターの殺気みたいなのは周囲から変わらず感じる。

 

「【嘆きの大壁】……か。ただ一種類のモンスターさか生まない。そのモンスターとは即ち!」

 

 総身が七(メドル)はあろうかと云う大巨人。

 

「ドライアス!」

 

 太陽の勇者が欲しくなる名前を叫ぶユートは、はて? と首を傾げる。

 

「いや、違ったか? 確か──そうだ! 『叩いて砕け』だったな」

 

 知り合いの少女がへちゃ顔で──『あんなのと一緒にしないで〜!』と叫んだ気もするが、ユートは全く取り合わず第一七階層に顕れる最初の階層主……

 

 迷宮の孤王(モンスターレックス)──ゴライアスに立ち向かうべく氣を充実させていく。

 

 ギョロリと人の頭程にもある赤い眼球がユートを睨み付け、まるで威嚇でもするかの如く……

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!』

 

 けたたましい咆哮を迷宮に響かせた。

 

 それを契機に戦闘が開始される。

 

「ふふ、SAOのイルファング・ザ・コボルドロードを思い出すね」

 

 最初の迷宮の孤王と最初のボス、位置的には似ている境遇なモンスター。

 

 だけどあの時とは違った部分がユートにはある。

 

「SAOではシステムへと規定された能力しか使えなかったが、今の僕は小宇宙こそ使えないけど他の能力は使える! さあ、顕れろ──ナハト、アージェントリッター!」

 

 金色のコインを投げて、大気中の魔力から創成されるのは、此方風に云うならば三(メドル)の機体。

 

 頑丈そうな蒼い駆体を持つナハトと、白い駆体を持つアージェントリッター。

 

 アージェントは本来だと【ヴァイスリッター・アージェント】が正式名だが、長いのでアージェントリッターと呼んでいた。

 

 ナハトも【アルトアイゼン・ナハト】らしい。

 

 夜と宵の名を与えられた二機が、ユートの命令に従って魔力フレアを噴き出しながらブースターを使い、敵であるゴライアスへと向かって駆け出す。

 

 スパロボ系統のゴーレム創成(クリエイト)技術は、最初の転生時のハルケギニア時代から持っていた。

 

 当然、あの頃は原始的とも云える拙い技術でしかなかった訳で、今現在は外面は変わらないものの中身は別物レベルになっている。

 投げたコインが謂わば、ゴーレムの核みたいな物であり、その内部には小さな外観とは思えないくらいの膨大な術式が織り込まれ、半自立型ゴーレムを生み出す召喚器となっていた。

 

 丈夫に出来ているから、簡単には壊れない筈。

 

 この召喚器もマチルダ・オブ・サウスゴータに嘗て渡した物より小さく高性能となっており、使い勝手や使用する精神力も低くなっている事から、これならば結構使える人間も増えているだろう。

 

 まあ、あれから何百年も経つから性能向上はしていて当たり前、寧ろ変わらなければ単なる怠慢だ。

 

 ナハトが牽制にと左腕に装備された五連チェーンガンを連発をして、アージェントリッターが空中からのパルチザンランチャーBで攻撃する。

 

 どちらも実弾攻撃な為、ゴライアスの皮膚へと食い込む弾丸。

 

 五連チェーンガンは飽く迄も牽制用で威力も低かったが、アージェントリッターのパルチザンランチャーBモードはそこそこに強力でゴライアスも堪らず悲鳴を上げている。

 

 然し、パルチザンランチャーBモードもある意味で囮に過ぎず、本命はナハトが頭の角で切り裂くダレイズ・ホーンを急接近して喰らわせ、更には右腕に装備したリボルビング・ブレイカーをジャンプ一番、腹に照準してBANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! と撃ち込む。

 

 弾丸による衝撃がバンカーに伝わり、比較的柔らかい腹をぶち抜いて追撃──レイヤード・クレイモアを肩から連弾してぶち込んでやると、直ぐ様に後ろへとバックステップで退いて、アージェントリッターによるパルチザンランチャーXモードが撃ち込まれた。

 

 ゴライアスはこの連撃には堪らなかったか、轟音を迷宮内に響かせながら後ろに倒れ込んでしまう。

 

 その間にユートが何をしていたかと云えば……

 

 

 大地の底に眠り在る凍える魂持ちたる覇王

 汝の蒼き力以て我等の行く手を遮るものに

 我と汝が力以て滅びと報いを与えんことを

 

 

覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)!」

 

 呪文を詠唱していた。

 

 ゴライアスを中心に据えて五芒星を描いて、蒼白い雷撃を降り注がせる。

 

 スレイヤーズ系に於ける覇王グラウ・シェラーの力を借りた呪文、強力な雷撃はゴライアスをして威力が大きく、生命力の高さから死んでこそいないが立ち上がる事が出来ずにいた。

 

 

 すべての力の源よ

 輝き燃える紅き炎よ

 盟約の言葉によりて我が手に集いて力となれ

 

 

「喰らえよ、暴爆呪(ブラスト・ボム)!」

 

 炎でありながら燦然たる煌めきを持つ光球、幾つものそれが一気にゴライアスへとぶちかまされ、皮膚を肉を焼いていく。

 

『ゴガァァァァァッ!』

 

 ピクピクと痙攣してはいても灰化しない。

 

「へぇ、デカイだけあってタフネスな事だ」

 

 先制攻撃からゴーレムと連携しての連続攻撃。

 

 ゴライアスに何もさせず一方的に潰しに掛かって、それでも一応は生きている事に感嘆をする。

 

 流石のユートも完全なるソロでは、ゴライアスとの戦闘で攻撃を受けただろうと考え、ゴーレム創成により手札を増やした訳だが、これだけ生命力が高いなら時間も掛かっただろう。

 

「だけど終わりだ」

 

 ゴライアスの体内で最も高い魔力を秘めた位置──それを【叡智の瞳(ウィズダム・アイ)】で見極め、その部位を抉り取った。

 

 途端にゴライアスは灰と化し、序でにドロップアイテムも残して消える。

 

「よし、還れ!」

 

 その命令に従って瞬時に魔素へと還り、核のコインがユートの手に納まって、それをアイテムストレージに戻し、ユートは中継地でありモンスターを生まない第一八階層に足を踏み入れるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第一八階層、ダンジョンに幾つか存在しているだろうモンスター生まない階層の一つで、情報収集の結果から街すら存在していると聞き驚いた記憶がある。

 

 リヴィラの街。

 

 【ようこそ同業者】たる一文が示す通り、この街は冒険者が滞在して興した。

 

 数字が書かれているが、それは何代目の街かを示しているらしい。

 

 何しろダンジョンの中、何が起きるか判らないとすら云われる此処で、モンスターが生まれないのは確かかも知れないが、他の階層から上がって来る事は侭あると云う。

 

 顔役がレベル3であり、他は基本的にレベル2だからだろう、モンスター共が大挙して押し寄せてきたら逃げの一手で、収まったら復興をしているのだとか。

 

 街だから店屋も在るし、宿屋も営業中である。

 

 とはいえ……

 

「うわ、高いな」

 

「だったら余所に行きな」

 

 呟いただけでこれだ。

 

 単なるポーションが一つ三千ヴァリスとか、どう考えてみてもぼったくりでしかないが、店を経営しているオッサンはニヤニヤしながら平然と地上で五百ヴァリス程度のアイテムを六倍の値段で売っていた。

 

 明らかに客へ喧嘩を売る値段設定だが、此処は即ちダンジョンの第一八階層。

 

 そもそも地上程に物が溢れていないし、どれだけの値段設定でも『欲しければ金を出せ』と強気で往く。

 

 冒険者も無傷で来れるとは限らないし、そうなれば回復アイテムは必須。

 

 武器の交換や修理だって必要になってくるだろう。

 

 この街では、極々普通に『安く買い叩き高く売る』を地でいっていた。

 

 当然、ギルドとは無関係で勝手に作られた換金所も在ったりするが、可成りの格安でしか買わない。

 

 まあ、アイテムストレージを持っているユートにはどうでも良くて、周囲では喧喧囂囂とやり取りしているのを、いっそ冷めた目で観察をしている。

 

 宿屋も必要とはしない。

 

 特殊なテントが在るし、寝心地もこの街のベッドよりずっと良いからだ。

 

 アーティファクト【天狗の隠れ蓑】に近い代物で、見た目よりずっと広い上に充分な生活空間が維持されているのだから。

 

 ぶっちゃけ、ヘスティアのホームよりも良い生活が出来るテントである。

 

 ユートは水場を捜すと、其処にテントを展開した。

 

 取り敢えず今日は寝て、明日にでもまた街へと繰り出せば良いと考えており、明後日には第一九階層へと降りる心算だ。

 

 寝る前に湖で身体を清めると、食事を摂ってさっさとベッドに入り眠る。

 

 地上とは違うサイクルで時間を紡ぐから判り難いのだが、時計で確認した限り地上ではもう夜中。

 

 一種の結界であるテントに入れば、時間も天気も気温も関係無く優雅な暮らしさえ出来る。

 

 ユートは取り敢えず此方での朝になるまで寝た。

 

 目を覚ましたら再び湖で眠気覚まし的に身体を清めると、朝食を摂って再び街に繰り出す事にする。

 

 試しにダガーを手にし、店の店員らしき冒険者へと見せてみた。

 

「オッサン、幾らだ?」

 

「何だ? この玩具みてーなのは……一〇ヴァリスも出せねーよ」

 

「じゃ、いいや。この魔剣を一〇ヴァリス以下とか、目が腐ってんな」

 

「は? 魔剣だと? 莫迦言っちゃいけねー。魔剣ってのはもっと……」

 

「アンタの常識は聞いていない。やっぱり地上で売るのが吉だな」

 

 指でシャーペンローリングも斯くやの短剣ローリングをしつつ、アホな値段を付けた店のオッサンにもう用は無いとばかりに立ち去っていく。

 

 確かにユートが持っているダガーは、武器としてはドラクエ的にⅢの【鎖鎌】と変わらない攻撃力だが、柄に付けた魔宝石によってメラミくらいの火球を出せるフレイムダガーだ。

 

 それが一〇ヴァリス以下とは、見る目が無いと考えるしかなかった。

 

 実験的に造った代物で、使う機会も無いから売ってみてもよかったが、流石にあの値段は有り得ない。

 

 この街の価値は余り無いと判断したユートは、予定を繰り上げて今日にも下へ降りようと決意した。

 

 

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 階層主はユートが斃したから居なかった……という事にしておきます。




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第7話:ダンジョンでロキ・ファミリアと出逢うのは間違っているだろうか

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 降りた先ではやはりというか、モンスターで一杯なフロアがある。

 

 しかもどうやら今回は、普通の冒険者パーティなら最悪と言っても過言ではないだろうと、ユートは先を見据えて考えていた。

 

 所謂、モンスターハウスと呼ばれるダンジョン型のRPGで見られるトラップであり、DQ外伝トルネコの冒険などで採用されていたものでもある。

 

 尤も、このオラリオではまた別の呼び方であり──【怪物の宴(モンスター・パーティー)】と云う。

 

 種々様々なモンスターがフロアの全体に広がって、冒険者パーティを取り囲むであろう状況、通常であれば嬲り殺されるか生きた侭で喰われるかのいずれか。

 

 まあ、それも取り囲んでいる相手がユートでさえなければ……の話。

 

「おお、金貨の群れだな」

 

 ユートからすればこれは金の生る木くらいの認識に過ぎず、アニールブレードを片手にモンスターばかりのフロアへと突っ込んだ。

 

 一時間も過ぎたろうか? 死ねば入れ替わり立ち替わりモンスターが次々と入ってきたモンスターハウス現象も、湧出の限界を迎えたのか沈静化した。

 

 基本的に一撃必討だから時間が掛からない。

 

 アイテムストレージの方を確認してみれば、魔石の数もドロップアイテムの数もべらぼうなものであり、きっとこれだけでもホームに残るヘスティアが見た事もない金額であろう。

 

「さて、次に行くか」

 

 何でもない様な口調で、階段を降りるユート。

 

 それから割と何日も掛けて中層から下層まで降り、既に深層とも呼ばれそうな位置まで降りた。

 

「それにしても……流石は天界でも【神匠】と謳われた鍛冶神。神の力(アルカナム)は無しで造ったとはいえ、使ったのが黒鍛聖衣と同じの黒鍛鋼だったとはいえ、これだけ出来の良い防具に仕立て上げるとは。【鍛冶】の発展アビリティを持たない下級鍛冶師らしいヴェルフの造ったバックラーも悪くなかったな」

 

 とはいえ、普通の金属で造ったバックラーだからか既に壊れてしまった、確かゴライアスの次の階層主との戦闘中。

 

 軽鎧は元々が暗黒聖衣を黒鍛聖衣に造り直す為に、新しく造った青鍛鋼(ブルーメタル)を基にした神秘金属──黒鍛鋼(ブラックメタル)を使った逸品だ。

 

 白流銀(ミスリル)よりは余程に丈夫だし、硬くて軽くて粘性も高い防具に最適な金属である。

 

 勿論、武器にも使えた。

 

 これにパプニカ製の特殊な布──魔法の闘衣などに用いられた──と同じ造りの布で織ってある【コート・オブ・ミッドナイト】を併せて、防御力はそれこそ大魔王にも挑める装備。

 

 武器はアニールブレードと呼んでいるが、その実態はドラクエの【鋼鉄の剣】を更に丈夫に鍛え上げた【鋼鉄の剣+】といった性能でしかない。

 

 単純に形をアニールブレードにしただけであって、何かしら特別な意味合いは持っていない。

 

 この深層まで来るともう力不足でしかないからか、刃毀れをして切れ味も随分と落ちている。

 

「また階層主が出るだろうからな、新しく武器を装備し直しておくか?」

 

 攻撃力はⅣ準拠となり、四〇の【鋼鉄の剣】より上で五五となっている。

 

 ユートはステータス・ウィンドウを開いて、手にしたアニールブレードを仕舞ってしまうと、新しい剣をタップして取り出す。

 

 見た目にはキリトに売った第五〇層ボスのLAで、名前も【エリュシデータ】となっていた。

 

 攻撃力は【鋼鉄の剣】より遥かに高い一〇〇。

 

 単純な威力だけならば、【奇跡の剣】並であり使った金属は黒鍛鋼。

 

 色に関しては全く弄っていないが故に、本物? の【エリュシデータ】と同様に真っ黒な剣。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第四九階層。

 

 一般に大荒野(モイトラ)と呼ばれる大地、ダンジョンの大広間的な場所。

 

 次々と沸き出るモンスターの一群、ユートはそれをエリュシデータを以て斬り裂いていく。

 

 数が余りにも多すぎて、ソロでの対処は難しい。

 

 元々のユートの能力が、この世界で云うレベル5だったのが、ヘスティアから【神の恩恵(ファルナ)】を受けてレベル6相当にまで上がっている。

 

 だが、此処までとなればソロではレベル6であっても手に余った。

 

 とはいえ、ユートが持つのは剣だけではない。

 

「ブー・レイ・ブー・レイ・ン・デー・ド。血の盟約に従いアバドンの地より来たれ、ゲヘナの火よ爆炎となり全てを焼き付くせ!」

 

 暗黒魔法の一種だけど、【精霊契約】の魔法により元が闇に強い適正を持ち、更に強くなったが故にこそ使える魔法。

 

 地獄の最下層、アバドンとゲヘナより喚び出したとされる二万度の超高熱を、自らの肉体に纏い体当たりをする荒業。

 

炎灼熱地獄(エグ・ゾーダス)!」

 

 岩石すら融解する熱を帯びて飛び回るだけ、それだけでモンスターが死んで逝くのが判る。

 

 魔石が砕かれる前に死ぬからか、魔石もドロップアイテムも確りとGet!

 

 難関を抜けたユートの前に顕れるは階層主。

 

 第四九階層の階層主──バロールと戦い、ユートはこれをナハトとアーベントと更にはソウルゲインと共に撃破をした。

 

 第五〇階層はモンスターが生まれない安全階層。

 

 だけどならば、次の階層は相当なものとなる筈で、ユートはニヤリと笑う。

 

 この辺まで来たならば、如何にレベル6相当であろうとも、ソロでは可成りの負担と無理が生じるとは、前述した通り。

 

 黒犀(ブラックライノス)巨大蜘蛛(デフォルミス・スパイダー)が所狭しと迫っており、他にも今までに現れたモンスターも含まれているが、第四九階層までの常識が最早通じていないレベルで襲われた。

 

「本っ当に鬱陶しいな……ならば、銀河の星々が砕け散る様を見るが良い!」

 

 勿論、小宇宙が使えないからモドキでしかないが、ユートはエリュシデータを地面に刺し、両腕を天高く掲げて魔力と闘氣を融合させると、スパークさせながら振り降ろす。

 

「喰らえ、銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)ッッ!」

 

 目の前で襲い来る黒犀や巨大蜘蛛に、まるで銀河が大爆発したかの如く威力が炸裂し、全てを消し去ってしまっていた。

 

 蜘蛛の糸やブラックライノスの角など、ドロップアイテムがアイテムストレージに格納されている。

 

 勿論、魔石もだ。

 

「フッ、真正ではないけど中々だったな」

 

 エリュシデータを抜き、片手に持った侭で【そして誰も居なくなった】道を、ユートは悠々と進む。

 

 それから暫く経って何処かのファミリアの一団が、この第五一階層へと足を踏み入れた事には、ユートも流石に気付かなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 この第五一階層には強竜(カドモス)と呼ばれる竜、階層主を抜かせば現段階で確認される最強に位置するモンスターが居る。

 

 凶悪なそのモンスターが守るは、薬品などを作るのに最適な水──カドモスの泉水であり、ユートも薬品は作るから見付けて採らない理由は無い。

 

 当然ながらカドモスとの戦闘となる訳ではあるが、ユートにとってカドモス……竜種は相性が良すぎた。

 

「呪え、呪われよ我が怒り以て竜蛇を呪え赤き堕天使……神の毒。我が悪意にて全ての竜蛇を呪え呪え呪え呪え呪え……呪い在れ!」

 

 聖句を唱えると周囲が赤朱緋紅と、まるでドロリとした粘性の高い流血の如く重苦しい某かに侵される。

 

 結界型の権能──【神の毒より呪い在れ(ドラゴン・イーター)】の効果だ。

 

 その能力は竜蛇の能力を百分の一にまで落として、更にユートの全ステイタスが竜蛇に対して十倍化し、その攻撃は竜蛇の因子を持つ相手ならば、快復不可能なダメージを与える。

 

 しかも、竜蛇の因子持ちには凄まじい威圧感を与える事になり、今現在の目前のカドモスの様に……

 

『ガ、ガウ……』

 

 腰が引けてしまうのだ。

 

 【竜蛇】という因子持ちに対する絶対的なアドバンテージ、とある世界で竜蛇を呪う【龍喰者】を喰らって手にした権能。

 

 何処ぞのなんたら空間やなんたら時空より凶悪で、こうなったら最早、竜蛇の因子を持った存在に勝ち目は無かった。

 

 デメリットはユート自身も竜因子を使えなくなる。

 

 つまり、ユートの内に在る神器──【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】や【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】も使えないし、アーサーの権能も使えなくなるのだ。

 

 他にも【竜戦士ルシファー】も使えないだろうし、割かし外から得た能力には影響を及ぼしている。

 

 だけどそも、この権能を使うなら必要が無い。

 

 この権能は飽く迄も竜蛇の因子を持つ相手にしか使えないから、カドモスだけとか竜蛇のみを相手取るのに使う権能であり、竜蛇に対して相対的に千倍も増力しているに等しいならば、わざわざ他の能力なぞ使わなくても勝てるのだから。

 

「さあ、死の舞いを踊れ──強竜(カドモス)!」

 

 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ!

 

『ギエエエエエエッ!』

 

 何ら躊躇いも情け容赦も無く、ユートは笑みさえ浮かべてエリュシデータによって剣の舞いを踊る。

 

 快復など赦されぬ剣撃、それを連続して喰らってしまったカドモスは、絶叫を上げながら絶命をした。

 

 それを証明するかの如くカドモスは灰化、アイテムストレージにはカドモスの魔石とドロップアイテムのカドモスの牙の名が挙がっている。

 

「さて、泉水を採取したら次に行こうか」

 

 有言実行、ユートは泉水の採取をした後は再び同じ気配がする方へ進む。

 

 権能は解除してないから二度目のカドモスも無事に斃して、カドモスの泉水を再び採取した。

 

 勿論、魔石とドロップアイテム──カドモスの皮膜も採取をしておく。

 

 カドモスの気配も無くなった事だし、ユートは権能を解除して思考する。

 

「権能を使えばある程度の神氣が漏れる筈、それなのに神氣は漏れなかったし、何より魔力で権能が発動をしていたな。つまり、得たスキル──【権能発詔】とはこういう意味か?」

 

 スキルに挙がった理由、使い勝手は良くなったと考えるべきか?

 

「っ! 人の気配?」

 

 ユートが振り返ると……

 

「あれ〜? カドモスが居なくなってるよ?」

 

 短髪でオパール色な瞳、褐色肌に胸が無い少女が大きな声で叫ぶ。

 

 次々と入ってくるのは、同じ顔でありながら長髪で胸が大きな少女、亜麻色のロングヘアーを銀色の髪飾りで纏めた耳が長くてターコイズブルーの瞳の少女、金髪金瞳で白を基調に蒼いラインの服を着て、その上に銀色の胸当てを身に付けた細剣を持つ少女。

 

「っ!? これは……!」

 

 感じられるのは地下からの気配。

 

「其処の一団! 入って来るなっっ! まだモンスターが居るぞ!」

 

「は?」

 

 訝しい瞳で視てくるのは褐色肌のロングヘアー。

 

 まるで何を言っているんだと云わんばかりであり、どうやら未だに気付いていないらしい。

 

「チィッ!」

 

 盛大に舌打ちする。

 

 ボコッ!

 

「なっ!?」

 

「モンスター?」

 

 原作の話をしよう。

 

 原作とは、ユートの大元の世界にて発刊、放映などがされているサブカルチャーの事であり、この世界もユートが識らないだけで、何らかのサブカルチャーとして発表されている筈。

 

 その原作に於いて彼女らがこのルーム──カドモスの泉に来た際にモンスターは現れない。

 

 だが然し、ユートが介入した事によって時間軸的な部分に狂いが生じる。

 

 結果、本来ならカドモスの魔石を喰らっていたであろうモンスターは、少しばかり遅れて現れたが故に、真っ正面から少女達は遭遇する羽目に陥った。

 

 そしてこのモンスター、魔力を持つモノを優先して狙うが故に、真っ先に襲われたのは高い魔力を持ったエルフの魔術師……

 

「「「レフィーヤ!」」」

 

 三人の少女が叫びながら戦闘準備に入る僅かな間、レフィーヤと呼ばれる少女の襲撃をモンスターが成功させるには充分な刻。

 

 だけど、此処でも存分にイレギュラーっ振りを発揮するユート。

 

 縮地による刹那の移動、レフィーヤというエルフの少女を抱えると、すぐにもカドモスの居たルーム内へ退避をした。

 

 目標を見失ったモンスターが一瞬の躊躇をした隙、それを見逃す程にこの階層まで降りた冒険者は甘くも弱くも無く、三人は攻撃をモンスターに当てた。

 

 ゾクリッ!

 

 拙い! あの場に居てはいけないとユートの戦闘者として、カンピオーネとしての勘が警鐘をガンガンと喧しいくらい鳴らす。

 

「すぐに此方へ退避を! 其処に留まるな!」

 

 先の警告が効いていたのだろうか、三人は疑いもせず文句も言わずにユートの言葉に従ってルーム内へと駆け出した。

 

 瞬間、ズガン! 生命力を喪ったモンスターが爆発したかと思うと、体内から溶解液らしき何かを噴き出したのだ。

 

「な、何よあれ!?」

 

 そこら辺がジュージューと音を鳴らし、煙を吹きながら溶かされていた。

 

 褐色肌のロングヘアーな少女が正に戦慄をした声色で呟き、他の二人もやはり冷や汗を流して視る。

 

 尚、エルフのレフィーヤはお姫様抱っこ状態となって男に抱き締められている所為か、それ処では無いといった心情らしい。

 

 この世界のエルフは潔癖が過ぎてか、自身が認めた相手以外から触れられるのを忌避するきらいがある。

 

 だけどレフィーヤは異性に抱き締められたからか、変に胸が高鳴る事はあっても嫌とは思わない事に驚愕しており、そうなると高鳴る胸の鼓動と自分を抱き締める男性の真面目な表情が相俟って、顔が紅潮をして熱くなってしまう。

 

 見た目には明らかに種族がヒューマン、だけど何故かレフィーヤには同族の匂いを感じられた。

 

 それは当然でもある。

 

 ユートは精霊王と契約をした契約者(コントラクター)であり、しかも四属性もの精霊王と契約をした。

 

 エルフはどの世界であれ大抵が精霊とは不可分で、故にレフィーヤはヒューマンとは思えない精霊の気配を感じている。

 

 勿論それだけではなく、ユートは今までにエルフやハーフエルフと交わる機会が割とあって、魂の髄にまで染み込んでいてもおかしくないレベルで気配が在ったりするし、レフィーヤはそれを以て異種族より同族みたいに感じたのだ。

 

 しかも、相性が良かったのか触れても忌避感を感じなかった。

 

 だからこそ、実際には違うと認識はしているけど、レフィーヤはまるで恋愛に陥った乙女のドキドキみたいに感じ、ユートをポケーっと見つめていたのだ。

 

「大丈夫だったか?」

 

「へ? あ、はい! 大丈夫です……助けて頂いて、ありがとうございます!」

 

 抱っこされた侭ではあったが、レフィーヤは頭を下げて御礼を言う。

 

「そうか、怪我が無いなら良かった」

 

 毀れ物でも扱うかの様にソッと降ろす。

 

「処で、貴方は何処のファミリア? 仲間とかは?」

 

「ちょっと、ティオネさんってば……唐突に過ぎますよ?」

 

「一応は確認しとかないといけないでしょ? どうやら彼がカドモスを斃して、更には私達にとって目的だった泉水も採取しているみたいだしね」

 

「……あ」

 

 確かに、カドモスは居ないし泉水も枯れている。

 

 いずれはまた沸くけど、少なくともすぐではない。

 

「こうなると、クエストは失敗してしまうわ。なら、彼とは交渉するなりしてでも泉水を貰う必要がある。違うかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 ティオネと呼ばれた褐色肌のロングヘアー少女に言われた事は正論、レフィーヤ達がそもそも此処まで来たのは【カドモスの泉水】を別のファミリアが出したクエストとして引き受けたが故であり、採れませんでしたとはいかない。

 

「まあ、それは責任者との合流を果たして安全な場所まで退避をしてからだろ。さっきみたいなモンスターがまた出たら大変だ」

 

「……そうね」

 

 パサリと長い髪の毛を払うと、ティオネはユートの意見に同意をした。

 

「一応、名乗っておくわ。私はロキ・ファミリア所属のティオネ・ヒリュテよ、アマゾネスね」

 

「私はティオナ・ヒリュテだよ。見ての通り、ティオネとは双子の姉妹♪」

 

「双子?」

 

 ユートは余りにも対称的なお胸様を視る。

 

「う゛! 私のはティオネに吸われたんだよ!」

 

 真っ赤になって貧な乳を押さえて言うティオナ。

 

「私はエルフで、レフィーヤ・ウィリディスです」

 

「……アイズ・ヴァレンシュタイン……だよ?」

 

 アイズは見るからにヒューマンである。

 

「やれやれ、自己紹介はするしかないか。ヘスティア・ファミリアに所属してる柾木優斗」

 

「マサキ・ユート? 極東の人かしら?」

 

「ん、そんな感じかな?」

 

 ティオネの言う【極東】に聞き覚えは無いけれど、言葉的に自分達の世界では日本を意味していたから、取り敢えず頷いておく。

 

 まあ、期せずして名前を知れた美少女四人。

 

 名前と所属くらいの露出は構うまいと、相変わらずなユートであった。

 

  走りながら話している訳だが……

 

「──あああああああああああああああっっ!」

 

 先の方から男の絶叫が響き渡ってくる。

 

「今の声!」

 

「ラウル!?」

 

 すぐに声がした方へ向かって走る五人、ユートとて流石に無視は出来ない。

 

 勘頼りで進み、現れてくるモンスターは強引に押し退けて走る走る走る。

 

「何、あれ!」

 

「さ、さっきの芋虫?」

 

 先程も襲ってきた、黄緑色を基調とした何処か芋虫っぽいモンスター。

 

 それに追われるのは金髪の小人族、他に何名か……恐らくは四人の仲間であるロキ・ファミリアの一員。

 

「団長!?」

 

 ティオネの悲痛な悲鳴、それがダンジョン内へ宝かに響き渡った。

 

 

.

 




 尚、ベル君はユートが遠征に出ている間に眷属入りをしました。




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第8話:芋虫との戯れは間違っているだろうか

 ストックが……





.

「走ってきているのは?」

 

「ウチらのファミリアよ。金髪の人が団長のフィン・ディムナ。ドワーフの方はガレス・ランドロックね。狼人(ウェアウルフ)がベート・ローガで、ガレスに担がれているのはラウル・ノールドよ」

 

 互いに走っていたからか話している間に合流する。

 

「無事だったみたいだね」

 

「はい、団長!」

 

 フィン・ディムナからの問い掛けに、ティオネが顔を赤らめて返事をした。

 

 それを見ただけで、少なくともティオネがフィンにただならぬ想いを懐いているのは理解出来る。

 

 すぐ後ろには芋虫みたいなモンスター。

 

「アレって!」

 

「任せろ!」

 

 ティオナが出ようとするのを押し留め、ユートが前に出ると……

 

結晶障壁(クリスタルウォール)!」

 

 輝く光の壁で芋虫モンスターを防ぐ。

 

 小宇宙で作るより脆いのだが、それでも鉄壁の防御を誇る障壁だ。

 

「これで暫くは保つ」

 

「す、済まない……というか君は?」

 

「先客だよ。ロキ・ファミリアの団長殿」

 

「そ、そうか……」

 

 フィン・ディムナの問い掛けに、ユートは先客という一言だけで済ます。

 

「そこの担がれてる彼は、いったいどうした?」

 

「ふむ、あのモンスターは腐食液を吐き出しおるが、それをラウルが受けてしまってのう」

 

「成程、なら治療するから降ろしてくれるか?」

 

「良いのかの?」

 

「構わない、サービスだ」

 

「ふむ、宜しく頼む」

 

 ドワーフ──ガレス・ランドロックはラウルというヒューマンを、担いでいた肩から静かに降ろす。

 

「聖なる癒しのその御手よ 母なる大地のその息吹 我が前に横たわる傷つき倒れし彼の者に 我ら全ての力以て 再び力を与えんことを……」

 

 ラウルの身体に右掌を翳して呪文を詠唱する。

 

復活(リザレクション)

 

 治癒(リカバリー)よりも上位に当たる魔法であり、治癒が対象の活力を代償に癒す魔法なのに対し、此方は周囲の精気を集めて治療に回す。

 

 ラウルの傷はみるみる内に塞がっていき、腐食液を浴びた身体は修復された。

 

「後は意識を取り戻したら完璧だ」

 

「ありがとう、助かった」

 

「どういたしまして」

 

 ポーションやハイポーションでは間に合いそうにはないダメージ、万能薬(エリクサー)を使わねばらない処を治療魔法で治して貰えたなら僥幸だろう。

 

「さて、残るはモンスターの対処か。問題は腐食液を吐き出してくるのと死ぬと爆発して液を撒き散らす、しかも物理的なダメージを与えると腐食液で溶ける」

 

「うわ、めんどいね」

 

 ティオナがゲンナリとした表情となる。

 

「武器に不壊属性を付けたなら。フィン・ディムナ」

 

「何だい?」

 

「武器を貸してくれるか」

 

「……判った」

 

「見知らぬ相手にあっさりと渡すな?」

 

 自分から言って何だが、多少呆れが入った声色となって訊ねた。

 

「何、君が敵ではないと勘が云っているのさ」

 

「成程、納得した」

 

『『『『ええっ?』』』』

 

 二人の会話にティオナを中心に絶叫が響く。

 

 それを他所にユートが行うのはスキル行使であり、使うのは【聖剣附与(エクシード・チャージ)】だ。

 

「聖騎士ローランが持った聖剣・デュランダル附与」

 

 その効果とは暴君の如く切れ味と、決して滅する事の無い不壊属性。

 

 二つは附与出来ないが、これで少なくともこの槍は一時間は破壊されない。

 

「今のは?」

 

「スキル。今のその槍には不壊属性(デュランダル)が一時的に掛かっている」

 

「っ!? アイズの愛剣(デスペレート)と同じ!」

 

 驚くフィン・ディムナ。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン──種族はヒューマンであり、レベルは5の第一級冒険者の一角。

 

 愛剣は銘をデスペレートと云い、不壊属性(デュランダル)を持つ。

 

 威力は他の同等の剣より劣るが、少しでも長く戦う事を選んだアイズにとって不可欠な武器だ。

 

 当然ながら不壊属性なぞ簡単に附与は出来ないし、ユートがやったみたいな事は一種の反則だろう。

 

「ま、今はありがたいね」

 

 不壊属性を施された槍を振りながら言うフィン。

 

 正直、問い質したい気持ちも無いではなかったが、今はあの忌々しいばかりのモンスターを討つのみ!

 

「ねぇ、ねぇ。それって、複数にも出来るの?」

 

「ああ、自分の持つ精神力を代償に一時間だけ、何らかの力を附与出来るスキルだから。数に限度は無い」

 

「んじゃ、私の大双刃(ウルガ)にもお願い出来る? これ高いから壊したくはないしさ」

 

「此処を切り抜ける為だ、構わないよ」

 

 ユートはティオナが持つ巨大左右対称となる刃を、柄の両端に付けた大双刃なる武器に不壊属性を附与。

 

「あっりがとう!」

 

 余りにも重たいであろう武器だが、然しティオナはあっさりと振り回す。

 

「まったくあの子は〜……悪いけど此方もお願いね」

 

 胸部がティオナと正反対なティオネが、ククリナイフを渡してきた。

 

「了解」

 

「後でワシのも頼もう」

 

「はいはい」

 

 ガレス・ランドロックの斧にも次いで、不壊属性を掛けてやった。

 

「アンタは良いのか?」

 

「はん、要らねーよ」

 

 狼人の男──ベート・ローガは面白く無さそうな目で睨むと、さっさと芋虫型モンスターの方へ行く。

 

「さて、取り敢えず武器に不壊属性は附けた。これから結晶障壁(クリスタルウォール)を解除するから、奴らを討つ!」

 

「で? どう戦う?」

 

 フィンが質問する。

 

 この戦いに限り、ユートに戦闘指揮を任せるのだとフィンに言われた。

 

 理由は簡単、モンスターの侵攻を防いでいるのも、フィン達の武器に不壊属性を附与したのも、結局の処はユートだったからだ。

 

 フィンはそれならばと、ユートの指揮能力や戦闘力も見てみたくなった。

 

 情報を制するは何とやらとも云うし、彼はユートと同じく情報を大事にする。

 

 一方のユートは漏らしたくない情報以外は露出し、見せておく事も侭あるから問題なく引き受けた。

 

「結晶障壁を解除したら、すぐにレフィーヤが魔法で前面の奴らを潰す」

 

「わ、私ですか?」

 

「次に残った連中に僕が突っ込んで斃す。斃し切れなかった連中は後ろのフィン達に任せよう」

 

「君に掛かる負担が多くはないか?」

 

「大丈夫だよ、フィン」

 

「判った。見せて貰おう、君の力を……ね」

 

 フィンが納得した処で、作戦を開始する。

 

「誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え矢を(つが)えよ。帯びよ炎、森の灯火(ともしび)。撃ち放て、妖精の火矢。雨の如く降り注ぎ、蛮族共を焼き払え」

 

 足下には魔法円(マジックサークル)が光り輝き、長杖を両手に持って前に掲げたレフィーヤは、此処に詠唱を完成させた。

 

 ユートが結晶障壁を解除した瞬間……

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカッッ!」

 

 業火絢爛な焔の矢が放たれて、芋虫型のモンスターへと一斉に襲い掛かる。

 

 次々に着弾しては芋虫を焼き払い、僅かな時間にて半分以上が焼滅していた。

 

「よくやった! 後は此方に任せろ、レフィーヤ!」

 

 自分が役に立てた事が嬉しくて、そして褒め称えられたのがこそばゆくてか、真っ赤になるレフィーヤ。

 

 既に他の面々は襲い来るだろうモンスターに備え、武器を各々が構えている。

 

 ユートが自らの黒き剣──エリュシデータを揮い、芋虫型モンスターを次々に斬り裂いていくが、やはり討ち漏らしは出るもので、それら数体をロキ・ファミリアで叩いていく。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが唯一、行使が可能な附与(エンチャント)型な風の魔法──

 

「……エアリエル!」

 

 風を身体に、武器に纏わせてその身を疾風と化し、剣は暴風と成す。

 

 よって、防御不可能な筈の溶解液さえがアイズの身にも武器にも届きはせず、神速を以て全てを斬り裂く攻防一体の風の鎧。

 

「おい、アイズ。此方にも寄越しやがれ!」

 

 ベートが言うが早いか、アイズは【エアリエル】の魔法を彼の具足へと放つ。

 

 ベート・ローガ──ロキ・ファミリアの第一級冒険者の一角であり、誰よりも強さに固執をする狼人。

 

 その武装は両脚に穿いた具足、第二等級特殊武装(スペリオルズ)の【フロスヴィルト】……魔法攻撃を吸収し、特性攻撃に変える精製金属具足(ミスリルブーツ)である。

 

 僅かに数体なんて普通なら過剰だが、芋虫型モンスターは死ねば爆発して溶解液を噴き出すし、それでなくても体内の溶解液が武器を溶かしてしまう。

 

 その対策方法である。

 

「あっ! 反対側からも、モンスターが!?」

 

 反対側からも、自分達が来た方向からも再び現れた芋虫型モンスターに驚き、レフィーヤが焦りながらも絶叫をする。

 

「大丈夫さ、レフィーヤ」

 

「ワシらが此処に居る」

 

 小人族(パルゥム)の男──フィン・ディムナ。

 

 ドワーフの男──ガレス・ランドロック。

 

 共にロキ・ファミリアに於ける最古参、LV.6の第一級冒険者である。

 

 フィンは【勇者(ブレイバー)】の二つ名を持ち、ガレスは【重傑(エルガルム)】の二つ名を持つ。

 

 見た目からは想像も付かないが、フィン・ディムナは実はアラフォーであり、年の功と言い張る知性にてあらゆる状況を打破してきた実績があるロキ・ファミリアの首領。

 

 オラリオに於いて一・二を争う剛力の持ち主であるガレス、この場には居ないハイエルフの女性を含めて三人は謂わば最高幹部だと云っても過言ではない。

 

 その実力はLV.6という数字からして推して知るべしで、ロキ・ファミリアの中でもトップクラス。

 

 ユートは万が一にでも、というより半分は確信して背後からの襲撃を考えて、わざわざロキ・ファミリアのトップクラスを残した。

 

 それが理解出来ているからこそ、フィンもガレスも大人しく従ったのだ。

 

 尚、ラウルはLV.4。

 

 実力に申し分はないが、余り目立ってはいない。

 

「レフィーヤ、僕らが壁になるから魔法を!」

 

「は、はい!」

 

「ほれ、お前さんもじゃ」

 

「え? 自分もっスか?」

 

 レフィーヤは詠唱開始。

 

 ラウルはガレスに引っ張られて壁役を。

 

 激しい戦闘が始まる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「数が多い。それにやはり後ろでも戦闘が始まった」

 

 ユートはぼやく。

 

 

 最初に現れた連中ならば既に全滅したが、先の方で次から次へと増殖されて、まったくキリが無い。

 

 どうやら、百や二百じゃ利かないくらい居る様だ。

 

「チッ、ウザいな」

 

 舌打ちしつつ詠唱。

 

 今ならば、アイズからもベートからも見えない位置に居るのは把握している。

 

 

 大地の底に眠りある凍える魂持ちたる覇王

 汝の昏き祝福で我に与えん氷結の怒り以て

 我が眼前の敵を討て

 

 

 それは覇王(ダイナスト)の凍れる魂、極北の冷たき大地を支配する魔族の将が一角から力を借りた呪文。

 

覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)!」

 

 【力在る言葉】に従い、放たれたは氷河さえ生み出すであろう負の温度。

 

 前方にのみ威力を発する為のアレンジはしてるが、基本的な部分は変わらない強烈なる吹雪が襲う。

 

 芋虫型モンスターは忽ち凍結し、更には粉々に粉砕されていく。

 

 普通に斃せば溶解液にて全てが消失するのだけど、この斃し方は絶妙だったらしく、アイテムストレージには魔石とドロップアイテムの名前が挙がっていた。

 

 【ヴィルガの魔石】

 

 【ヴィルガの溶解液】

 

 【ヴィルガの表皮】

 

 【ヴィルガの牙】

 

「ヴィルガ? これが芋虫の名前って訳か?」

 

 とはいえ、果たして売れる物なのかどうか?

 

 物に関しては帰ってから要検証するとして、ヴィルガとやらはどうやら一時的だろうが全滅らしい。

 

「終わった……の?」

 

「みたいだね。一時的にだろうけど取り敢えずは」

 

「けっ!」

 

 追い付いて来たアイズとベート。

 

「ヒリュテ姉妹は?」

 

「後ろにも芋虫野郎が出てきたらしくてな」

 

「そうか」

 

 規定事項故に驚くにも値しない情報。

 

「LV.6が二人に魔導師が一人、オマケにLV.5が二人なら問題無いな」

 

 武器の問題さえクリアをすれば、決して遅れは取らないであろう。

 

「……ラウルも居るよ?」

 

「うん? ああ、そうだったっけね……」

 

 ユートの中では現在出逢ったロキ・ファミリアの中に在って、最弱にカテゴライズされてはいるのだが、一応は彼もLV.は4だ。

 

 そういうユートはというと見えるLV.は1でしかなく、駆け出しも駆け出しな冒険者の卵に過ぎない。

 

 魔法とスキルは凄まじいものの、基本アビリティは初期としてはちょっと高めな程度でしかなく、こんな深層域で戦えるのは元々の能力がLV.5に相当し、【神の恩恵】でLV.が6相当になったから。

 

 ユートは初めから古代の英雄と同じくらいだった。

 

 それだけの話。

 

 勘違いをしてはいけないのが、ユート自身が単純にバグな訳ではない点。

 

 生まれ変わって鍛え直しをするし、それ以前の能力だってそれこそ生命懸けで身に付けたものだ。

 

 文句を言われる筋合いは無いだろう。

 

 それは兎も角、ユート達はフィン達と合流すべく、再び後ろへと向かった。

 

「やあ、君らも無事か」

 

「そっちも上手くやってくれたみたいだね」

 

 向こうも同じく考えたのだろう、途中で合流をする事が出来た。

 

「こうなるとキャンプの方も拙いかな?」

 

 自分達を襲ったヴィルガ──まだ名前は知らない──が第五〇階層のキャンプを襲っていても何らおかしくはなかったのだ。

 

「確かに……モンスターが階層を上がる事もあるか」

 

 フィンの言葉に肯定し、少し急いだ方が良さそうだとユートは考える。

 

 第五〇階層はモンスターが生まれない安全階層(セーフティゾーン)だけど、決してモンスターと遭遇をしない訳ではない。

 

「フィン、あんたのファミリアは第五〇階層に駐留をしているんだな?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「なら急ごうか」

 

「君も来るのかい?」

 

「こうなったら一度帰るのも良さそうだし、そっちも帰る事になるだろ?」

 

「まあね、本当にモンスターに襲われていたなら」

 

 我知らず、ユートだけではなくフィン達の脚も駆ける様になった。

 

 他人事なユートと異なりフィン達はファミリアだ、安否が定かでない仲間達を急ぎ確認したい。

 

 嗚呼、それなのに。

 

 ダンジョンは生きているとはこの事か?

 

「親指がうずうず言ってる……来るかな?」

 

 フィンが自分の親指を舐めながら言う。

 

 ガコッ!

 

 ダンジョンに亀裂があちこちに入り、そこから生まれ落ちるブラックライノスの群れ群れ群れ群れ!

 

「モンスターハウスか!」

 

「あ? 何言ってやがる。【怪物の宴(モンスター・パーティー)】だろが!」

 

 ベートがこの現象の此方の言い方を教えてくれた。

 

「モンスター・パーティー……か。言い得て妙だね」

 

 折に触れてダンジョンはこんな意地悪をする。

 

 そしてこれが冒険者の命を刈り取るのだ。

 

「私が……いく!」

 

「アイズ?」

 

 フィンは疎か、レフィーヤでさえ文句も言わない。

 

 つまり、やれるという事なのであろう。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 単純な効果であるが故、超短文詠唱な魔法。

 

「エアリエル!」

 

 風が逆巻き、アイズ・ヴァレンシュタインの身体に纏われる。

 

 嘗て、アイズに主神が教えたジョークがあった。

 

『アイズたん、(つよ)なりたいんやったら必殺技の名前を叫ぶとええよ。そしたら、技の威力が上がるんやで?』

 

 それ以来、アイズは自らの必殺技の──主神が付けた名前を言之葉に乗せる。

 

「リル・ラファーガ!」

 

 単純明快、暴風を身に纏って閃光となるアイズ・ヴァレンシュタインは、前方の敵を一切寄せ付けない。

 

 ブラックライノスは次々と斬り裂かれていく。

 

「流石は第一級冒険者」

 

 既知外な戦闘力だ。

 

「急いで戻るぞ!」

 

 フィンの号令で駆ける、駆け抜けた先は第五〇階層への戻り口。

 

 見た先にはキャンプ地を襲うヴィルガの群れ。

 

 果たして何百匹居るか、数えるのも莫迦らしい。

 

 驚愕するロキ・ファミリアの面子に、アイズが再び魔法を使おうと口を開くのをユートが止める。

 

「僕が行こう」

 

「けど……!」

 

「試したい事もあるし……上手くいけば一網打尽にも出来る陣形だ」

 

 アイズがバッとフィンを見遣ると……

 

「頼めるかい?」

 

 ニヤリとしながら言う。

 

「任せろ!」

 

「なら、頼んだ!」

 

 フィンから全権委任されたユートは、アイズが風を纏った時より逸く駆けた。

 

「は、やい!」

 

「あれならあっという間……かな?」

 

 頼んだフィンからして、頬を引き攣らせる。

 

「聞こえるか、地上の神。ヘスティア、ミアハ、ヘファイストス、ゴブニュ!」

 

 地上の知り合った神々に念話を送る。

 

〔ユート君かい? あれから随分と経つけど、どうして戻って来ないのさ?〕

 

「ヘスティア、悪いんだけど帰ってからにしてくれ」

 

〔うっ!〕

 

〔それで? ユートは何故我らに声を届けた?〕

 

 代わりに訊ねてきたのはミアハ、【青の薬舗】を商う薬神である。

 

「ちょっと面倒な事になっていてね、僕は本来だと使えない力を使いたい。それにはこの世界の神々から、複数から許可を取らなければならない。力は最低限で二柱から……それで三〇秒だけ使える。そこから一柱増えて三〇秒ずつ、四柱で一分三〇秒だ」

 

〔私は構わない。君が悪い事に力を使うとは思えないのでな〕

 

 ミアハが許可した。

 

〔う、ボクもさ〕

 

 ヘスティアも許可する。

 

〔まあ、私も構わないわ〕

 

 ヘファイストスもやはり許可を出す。

 

「ゴブニュは?」

 

〔……良かろう〕

 

 これで全員から許可を得た事となり、ユートは僅かに一分三〇秒だけ本来の力を行使可能となった。

 

「翔けろ、僕の小宇宙!」

 

 この世界では封じられた小宇宙(コスモ)の力を。

 

 

.




 小宇宙が炸裂。




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第9話:対価で背中を晒すのは間違っているだろうか

.

 ヘスティア、ヘファイストス、ミアハ、ゴブニュからの許可によりユートが使える様になった小宇宙は、従来なら普通に使える能力とはいえ、現状では僅かに一分三〇秒のみ。

 

 だが然し、真っ直ぐ突き進むだけのヴィルガの群れを潰すのなら、それだけの時間が在れば充分だ。

 

 フィンから副団長であるハイエルフ、リヴェリアに伝言を頼まれているから、ユートは小宇宙を全開にしてロキ・ファミリアが展開するキャンプ地に向かう。

 

 どの道、ヴィルガ殲滅には其処からが一番やり易いというのもあった。

 

 ヴィルガを無視しつつ、駆け上がったユートは前線で指揮を執るハイエルフの女性──リヴェリアだと思われる彼女に話し掛ける。

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴで間違いないか?」

 

「な、に……?」

 

 気を張っていたのにも拘わらず、自分に気付かせずにすぐ傍まで接近していたユートに驚愕したらしく、僅かに後退った。

 

「敵じゃない。ヘスティア・ファミリアに所属をする柾木優斗だ。貴女がロキ・ファミリア副団長リヴェリア・リヨス・アールヴで間違いはないな?」

 

 再度問われたハイエルフは僅かに黙考後……

 

「そうだ」

 

 頷いて肯定する。

 

「現状は理解している」

 

 ヴィルガに強襲をされ、リヴェリア・リヨス・アールヴの指揮の下、ロキ・ファミリアの面々は戦闘をしていた訳だが、こんな絶望的な状況でも戦線が瓦解をする事無く、維持を続けてる辺り彼女のカリスマ性と指揮能力の高さが窺えた。

 

「ロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナから伝言を伝える」

 

「フィンからの?」

 

「後で確認しても構わないけどね、間違いなく本物の伝言だから」

 

「……解った」

 

 暫くの黙考後リヴェリアは頷く。

 

 周囲が驚愕をしながら、『リヴェリア様!?」などと絶叫を上げるが、ユートは何処吹く風と謂わんばかりにフィンの伝言を話す。

 

「『今は彼に従ってくれ』──以上だ。金髪の小人族(パルゥム)……からのね」

 

「了解した。どうすれば良いのだ?」

 

「下がれ。後は僕が奴らを──ヴィルガを討つ!」

 

「ヴィルガ? あの芋虫の名前か……解った」

 

 すぐにリヴェリアが仲間を下がらせる。

 

 胡散臭い餓鬼の言い分ではあるが、リヴェリアが信じた以上は否やは無い。

 

 すぐに前線を下げた。

 

 下がる間はユートが魔力を使った結晶障壁(クリスタルウォール)で防いで、戦線離脱するロキ・ファミリアの援護に回る。

 

 充分な距離を取ったロキ・ファミリア、リヴェリアがユートの隣に立った。

 

「全員を下げたぞ?」

 

「了解。障壁解除後すぐに攻撃をする。この一発で終わらせる威力だから気を付けてくれよ?」

 

「判った、そうしよう」

 

 さて、勘違いが無い様に記すが……小宇宙を使える時間は飽く迄も使用と維持の時間であり、今のユートは小宇宙を使っていない。

 

 結晶障壁も防御力に難がある魔力による展開だし、駆け上がるのに使った数秒しか消費してないのだ。

 

 よって、まだ制限時間は一分二〇秒以上ある。

 

 尚、制限時間まで使った後のインターバルとして、二十四時間は使えない。

 

「モンスターだとはいえ、所詮は蟲に過ぎないなら……こいつで!」

 

 死ねば爆発をして溶解液を撒き散らすのであれば、そうならない様な攻撃によって斃すのみだ。

 

 ユートは両手を前方にて組み合わせ、腕を真っ直ぐと上に向けて挙げる。

 

「今こそ翔けろ、僕の小宇宙よ! セブンセンシズの──黄金の領域まで!」

 

「む、むう……これは? 背後に水瓶を手にしたヒトがまるで黄金のオーラの様に見える!?」

 

 リヴェリアは驚愕した。

 そう、ユートが使う技は水と氷の魔術師と呼ばれし水瓶座のカミュ最大の拳。

 

極光処刑(オーロラエクスキューション)!」

 

 絶対零度に到達をする程の凍気がユートの拳より放たれて、下から真っ正直に上がってくるヴィルガ共を舐め上げる。

 

 ピキィィィィンッッ!

 

 第五〇階層全体が凍結してしまったかの如く瞬時に静寂に包まれ、目標であったヴィルガの群れの全てが凍っているのが見えた。

 

 今迄の騒然とした雰囲気が静寂に閉ざされており、ヴィルガは凍結された状態となったのを、フィン・ディムナが率いる第一級冒険者達も驚愕している。

 

「まさか、これ程とはね」

 

「ウム、氷結の魔法ならばリヴェリアも使えるがな、規模も威力も段違いよ」

 

 フィンが、ガレスがその力に戦慄を覚えていた。

 

「凄い……」

 

「は、はい。アイズさん」

 

 アイズとレフィーヤも、静かな第五〇階層を見つめて唖然としている。

 

 

「すっご、私達を置いていく訳だねぇ」

 

「そうね……」

 

「ケッ! ま、此処までをソロで来たなら雑魚じゃあねーって事だろ?」

 

 やはり驚くヒリュテ姉妹と口が悪いベート。

 

 そんな第一級冒険者達を他所に、ユートは構えを再び取り──それはペガサスの一三の星の軌跡を描く。

 

「ペガサス流星拳!」

 

 その衝撃により、凍結していたヴィルガが一斉に砕け散っていった。

 

 ヴィルガは死んだのだと判断されたか、ユートの持つアイテムストレージ内に大量の魔石とドロップアイテムが格納されていく。

 

「ふぃぃ!」

 

 これで良しとばかりに、一息吐いたユート。

 

 それを皮切りに静寂に充たされた空間が、ロキ・ファミリアにより再び騒然となるのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 取り敢えずは疲れた事もあり、ロキ・ファミリアは第五〇階層に今日は留まる事を選択したらしい。

 

 怪我人の治療に当たる者も居れば、アイテムの整理をする者も居るし、夕飯の準備を行う者も居る。

 

 一際大きなテント内で、フィン・ディムナを頂点に第一級冒険者──幹部達とユートが話をしていた。

 

 因みにレフィーヤはといえば、リヴェリア・リヨス・アールヴの後継者的にも云われるが、今は飽く迄もレベル3でしかない為に、普通に夕飯の準備を手伝っている。

 

「助かったよ、君の速度と攻撃力のお陰で被害も大分減ったろうし」

 

「まあ、こういう時くらいは助け合うのも良いから」

 

 流石に『冒険者は助け合いでしょう』とも言い難いからか? ユートは無難に言葉を返す。

 

 実際、そんな冒険者など少ないだろうし。

 

「それに、リヴェリアが信じてくれたから速攻で攻撃が出来たんだ」

 

「私は君の言葉に嘘を感じなかっただけだ」

 

 胡散臭いのは自分だって理解はしていたし、あっさりと信じてくれたのは僥幸だと云っても良い。

 

「然し、本当にソロだとは恐れ入るけど……君の名前は寡分にして聴かないな。ヘスティア・ファミリアというのもね。失礼を承知で訊ねるけど、君のレベルは幾つなんだい?」

 

「まあ、レベルくらいなら構わないけど……1だよ」

 

『『『……』』』

 

 シンと静まり返る。

 

「えっと、もう一度訊ねるんだけど……レベルは?」

 

「何度訊かれても1としか答えられない」

 

「おいおい、吹かしてんじゃねーぞ? LV.1風情がこんな深層までソロで来れる訳がねーだろーが!」

 

 ベート・ローガが青筋を立ててがなるが、ユートとしてはLV.1としか答え様が無い。

 

「ヘスティア・ファミリア自体が一ヶ月近く前に設立されたばかりだし、其処の構成員のレベルが高い筈もないだろうに」

 

「確かに、我々が遠征に出るまでで神ヘスティアなど名前を聞かないな」

 

 リヴェリアが顎に手を添えて言う。

 

 実は改宗(コンバージョン)でレベルを引き継げるのだが、ユートはその事実を知らない。

 

「言い方が悪かったかな、僕は素でLV.5くらいはあったから、【神の恩恵】を受けてからLV.6相当にはなっているよ」

 

「そ、それは……」

 

「古の英雄並だな」

 

 絞り出す様に言うフィン・ディムナと、汗を流しているリヴェリア・リヨス・アールヴの二人。

 

 実際、これでも身体強化しまくった連中を相手にしたり、神々とバトったりと洒落にならない事をしてきた身だし、素でもこの世界に於ける強者──LV.5程度は有って然るべき。

 

「やっぱ信じられるか! 背中見せてみろ!」

 

「見せる訳が無いだろ? マナーくらい守れよ」

 

 ベートの叫びにジト目で断わるユート。

 

 SAOでも、能力関連は秘密にするのが普通だし、訊くのはマナー違反だったのだが、この世界の冒険者も其処は同じらしい。

 

「うっせーよ! てめえが素直に背中見せりゃ全部が済むんだ!」

 

 強引に背中を見ようとするベートだが……

 

「はっ!」

 

「がはっ!?」

 

 柔よく剛を制するとばかりに投げた。

 

「そもそも、ベートは神聖文字(ヒエログリフ)を読めるのか?」

 

「読めんよ。私やアイズは読めるがな」

 

 静謐な声でリヴェリアが笑いながら言う。

 

 クイクイ。

 

「アイズ?」

 

「……私も知りたい。貴方のステイタスすら超克する力の一端を」

 

「?」

 

 リヴェリアを見遣ると、フルフルと静かに首を横に振って……

 

「アイズは力を求めているのだ。その理由までは話しかねるが」

 

 ……と、答えてくれた。

 

「力を……ねぇ? 等価交換って知っているかな?」

 

 コクリ、頷くアイズ。

 

 全てに於いて何かを求めるなら、基本的に対価を示し払わねばならない。

 

「ならば、僕のステイタスを見る対価に何を支払う? 等価交換だ」

 

「えっと……」

 

 いまいち思い付かないのだろうか? リヴェリアをチラチラと見ながら頭から煙を出している。

 

 頭は悪くなさそうだが、だけど知識に偏りがある様な気がした。

 

「そうだねぇ、例えば僕の背中を見るんだしアイズの裸を見せてくれるとか?」

 

 ピシリッ!

 

 そう言った刹那テントの内部が凍り付く。

 

 アイズにだって羞恥心は普通にあるし、流石に今の台詞には真っ赤になってしまい、胸を両腕で隠す様に覆って下がった。

 

「アッハハハッ! 良い、君って最高だよ!」

 

 笑い出したのはティオナ・ヒリュテ、バンバン! とユートの背中を叩きながら大笑いだ。

 

 双子の姉のティオネ・ヒリュテも可笑しいのか? チラリと見遣ると噴き出しそうになっている。

 

「てめえ、ムッ殺すぞ!」

 

 ベートは怒り心頭で青筋を浮かべ、ムッころさんの如く叫んだ。

 

「フッ、アイズ。それで、お前はどうするのだ?」

 

 リヴェリアが訊ねる。

 

「そ、それは……」

 

「お前は彼のステイタスを見たいのだろう?」

 

 コクリと頷く。

 

「本来、ステイタスというのは他派閥の者に見せて良いものではない。それを見せようというのだからな、確かに相応の対価は求められるだろうさ」

 

「う、うん」

 

「訊ねたいが、アイズの裸を見るだけなのだな?」

 

 リヴェリアの確認に対してユートは、当然だと言わんばかりに首肯した。

 

「触れたりはしないさね。一ヶ月近くダンジョン内に居たからね、女の子の肌が恋しくなったって処だよ」

 

「ふむ? それならば私も何も言うまいよ。アイズ、後はお前次第だな」

 

 瞑目しながらリヴェリアも黙ってしまう。

 

 ベートは未だにギャーギャーと煩いが、ティオナによって押さえられていた。

 

 リヴェリアが黙ったのには理由がある。

 

 まず、ステイタスを見たがったアイズに対する対価だと云う事。

 

 そして、仮にアイズから背中を見せて貰ってもロキは抜かり無くステイタスにロックを掛け、とある薬品を使うなりなんなりしなければ見れない事が二つ目。

 

 最後にユートに確認した〝見るだけ〟という約束。

 

 これならアイズのステイタスは見られまい。

 

「おい、フィン! 黙ってねーでお前も止めろ!」

 

「ベート、僕も彼のステイタスは気になるんだ。知れるなら知りたいね」

 

「ま、ワシはアイズが良いなら構わんしな」

 

 フィンは賛成派らしく、ガレスはアイズ自身の好きにさせる心算の様だ。

 

「そもそも、最初に背中を見せろと言ったのはベートじゃないか? 男の彼が君の裸に興味が無いのは当然だしね」

 

「うっせーよ!」

 

 やはりジタバタしているベートを他所に、アイズは下を向いて黙考中である。

 

 裸を見せるのは恥ずかしいけど、ユートのステイタスは見たいという乙女心?

 

「条件……がある」

 

「条件?」

 

「……そう、リヴェリアにも見せて」

 

「リヴェリア?」

 

 ふとリヴェリアを見る。

 

「待て、アイズ。私は肌を晒したりしないぞ?」

 

「裸を見せるのは私だけ。でも……神聖文字(ヒエログリフ)の解読はリヴェリアの方が上だから」

 

 読めない文字が万が一にも在れば片手落ち。

 

「了解した。リヴェリアに限り見せよう」

 

 十分後、ユートはアイズの戦士とは思えない肢体を確りと堪能し、満足してからアイズとリヴェリアへと背中を晒す。

 

 暴れるベートは当然ながらガレスに抑えられた。

 

「LV.1で基本アビリティも恩恵を得たばかりとしては高いが、全てがI評価でしかないか」

 

 だが然し、こんな深層にまで降りてきているからには単なるLV.1とは到底思えないし、問題なのは寧ろスキルと魔法だろう。

 

「【精霊契約】と【黒魔術】と【神威魔術】……」

 

「これはどういう事だ? 恩恵で得られる魔法とは、最大三つのスロットを埋める形になるが、この様な形は知らない」

 

 魔法はスロット方式で、魔法名と詠唱式──場合によっては解除式も有り──と魔法の説明文にて構成がされている。

 

 然し、ユートの魔法スロットは魔法名ではないし、詠唱式も書かれていない。

 

「魔法の説明文から推測をするに、どうやら詠唱式は別に彼が知っているのではあろうがな……」

 

 正に既知外な魔法。

 

「スキル……情交飛躍(ラブ・ライブ)?」

 

「ブッ!」

 

 スキルの説明を見た途端にリヴェリアが吹き出す。

 

 普段の彼女からは想像も出来ない。

 

 発現者が男の場合だと女性との情交を一回で基本アビリティに十前後上昇。

 

 同時に絶頂を迎えれば効果は倍増。

 

 絆が深まればボーナスがプラス。

 

 早い話がセ○クスをしたならば、一回につき女性の基本アビリティがある程度ながら上昇するという事。

 

 すぐにアイズの目を塞いで見えない様にした。

 

「……リヴェリア?」

 

「お前には未だ早い」

 

 溜息を吐きながら言う。

 

「それにしても……」

 

 いまいちよく解らない【権能発詔(イェヒー・オール)】は兎も角、フィン達の武器に不壊属性を附与したのは【聖剣附与(エクシード・チャージ)】の筈。

 

 しかも宝石へと用いれば恒常的に附与が可能だし、明らかに鍛冶職人に対して喧嘩を売るスキル。

 

 だがやはり際立つのは、【情交飛躍(ラブ・ライブ)】というスキル。

 

 基本的にステイタスというのは経験値(エクセリア)を積み、それを主神によって更新されねば上がる事は決して無い。

 

 然し、ユートと──下品な言い回しをすれば【一発ヤれば】上がると云う。

 

 いったい何をどうすればそんな訳の解らないスキルが発現するのか、リヴェリアを以てして全く理解不能であるとしか言えない。

 

「訊ねたいのだが?」

 

「何を?」

 

 服を着直しながら返事をするユート。

 

「君は自分のスキルや魔法について、ちゃんと把握をしているのだろうか?」

 

「スキルの【情交飛躍(ラブ・ライブ)】と魔法である【神威魔術】以外は」

 

 【神威魔術】はこの世界の神々と交流をした上で、新たに術を構築していかなければならないから、未だに手付かずの侭である。

 

 【情交飛躍(ラブ・ライブ)】は相手が居て、更には神聖文字を読めなければ実験すら侭ならない。

 

 その為、この二つに関してはちょっと把握は出来ない状態だった。

 

「ただ、感覚的に【情交飛躍】は基本アビリティに於ける限界を超克出来る筈だと思ってるけど……ね」

 

「なっ!?」

 

 本来、数値はS999がカンストとなるステイタスではあるが、ユートの言う通りならSSにも達すると云う事であり、リヴェリアはその事実に驚愕を隠せないでいたと云う。

 

 

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 主神は間違っても仲良しではないけど、意図せずしてファミリア同士は仲良くしています。

 ベート以外。




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第10話:スキルの確認をするのは間違っているだろうか

 多分、15禁レベル……





.

 レフィーヤは荷物を運び終えると、おもむろに両手を開いたり握ったりして、ふと未だに熱を持っていると錯覚してしまう部位に手を添えてみる。

 

 確りと男の子に触れられたのは初めてで、抱えられていた部分がまだ熱い。

 

 この世界のエルフは潔癖症な処があり、一般的には性別を問わず触れられるのは本人が認めた相手だけ。

 

 初めて会った相手だと云うのに、触れられた忌避感は全く無かった。

 

 中には触れられた瞬間、手を弾くくらいのエルフだって居る。

 

 レフィーヤは其処までではないが、やはり少なくともファミリアの人間と多少の触れ合いはしようとも、まったくの部外者に触られるのは遠慮願いたい。

 

 少なくとも、この世界の人間(ヒト)はエルフというのはそういう種族である、殆んどがそう認識をしているのだろう、一部の物知らずを除いての話だが……

 

「ハァ、悩んでみても仕方がない……ですよね? 後でリヴェリア様に相談してみるしかないかな」

 

 ふと、幹部が集まっているテントを見遣ると……

 

「あれ? ティオナさんと……ユートさん?」

 

 二人が出入口から出てくるのが見えた。

 

 無乳ではないが微乳である褐色肌の少女が、ユートと連れ立ってテントから出て行ったかと思えば、何故かサポーターの少女を呼び止めて小さなテントを受け取ると、今度はそそくさと人気の無い場所へとこっそり移動を始める。

 

「あ、怪しい……」

 

 レフィーヤはこっそりと後を付けた。

 

 稍、離れた位置にテントを張った二人は中へと入っていき、それっきり全く出て来ない。

 

 ソッと足音を消しつつ、辺りに気配を紛れさせながらテントに近付き、エルフらしい長い耳で聞き耳をしてみると……

 

「ん、や……」

 

 余りにもティオナらしくない声が響いた。

 

「……え? 二人共、いったいナニをしてるの?」

 

 まあ、何をしているのかとユートが問われたなら、きっと『ナニをしていた』と答えるだろうが、幾ら何でも今日出逢ったばかりの二人が、しかも周りが忙しくしている最中で空気を読まなさ過ぎる行為だ。

 

 しかも、幹部が誰も見咎めなかったという事はだ、つまりは黙認をしている。

 

 フィンもガレスもベートもティオネも……アイズやリヴェリアでさえも。

 

 LV.5〜6の第一級冒険者として高い格を持ち、普段から荒々しいベートもそれなりの常識を持っているというのに、どういう事かティオナがユートとナニをするのを見送った。

 

 意味が解らない。

 

 ティオナ・ヒリュテとはアマゾネスである。

 

 二つ名は【大切断(アマゾン)】だが、そんな二つ名の由来たるや色気の欠片も無い。

 

 それは兎も角……アマゾネスという種族は基本的に強い男を性的に喰う。

 

 イシュタル・ファミリアにアマゾネスが多いのも、冒険者が訪れれば幾らでも喰えるし、上手くヤれれば子孫も残せるからだ。

 

 とはいえ、アマゾネスとしては変わり者なヒリュテ姉妹は、余りそこら辺に関してはガツガツしてない。

 

 尤も、姉であるティオネ・ヒリュテは団長のフィンに御執心だけど。

 

 ヒトに歴史有り。

 

 ヒリュテ姉妹にも過去、色々とあったのである。

 

 そんな双子の片割れたるティオナがだ、(ユート)とこっそり一人用の小さなテントを一目憚りながらも建てて、その中へ二人きりで入っていったと思えば、ティオナの色めかしく艶やかな嬌声を上げたのだ。

 

 中ではきっと二人は肌を寄せ合い、ユートが色々とティオナに触れている。

 

 時には唇を付けながら、舌をあの褐色の肌へと直接這わせて……

 

 ボンッ!

 

 レフィーヤの妄想は本人が顔を真っ赤にして爆発した事で皮肉にも停まって、気が付くとゴクリと固唾を呑んでおり、懲りもしないで再び聞き耳を立てた。

 

 彼女にだってこの手の事に興味はあるという訳だ。

 

 我知らず正座になって、煩いくらい高鳴って早鐘を打つ心臓の音、汗がじんわりと流れていていつの間にか体温も感情の昂りに応じてか、高くなっているのにも気付いてないし、ユートがティオナに卑猥な言葉で責める時、ついつい自分が言われている場面を妄想してしまうし、いつものとは全く異なるティオナの態度に自分が応じている妄想をしてみたり、二人のやり取りを聞いている内に息遣いが僅かに荒くなる。

 

 そして到頭、決定的瞬間を迎えたのが解る科白に、それに続く動作による水音がレフィーヤの脳髄を熱く甘く鮮烈に焼いて、知らない間にお腹の奥が熱せられたかの如く。

 

 レフィーヤは『こんなのイケナイ』とか、『私は悪い子です』とか、『ごめんなさい……リヴェリア様、アイズさん』だのと呟きながら耳はテントの中で起きている出来事の音声を拾うのに必死になっていた。

 

 余りにも熱くて甘い感覚に支配されて、レフィーヤの右手がつい自然と湿った布越しに秘裂をソッとなぞっても仕方がない。

 

 自分でもナニをヤっているのか理解もしておらず、小さな肢体を駆け巡る悦楽に身を委ね、何故だか同調(シンクロ)したティオナの嬌声に合わせ、レフィーヤの肢体も跳ねていた。

 

 より正確に云うのなら、ユートの動きに快楽を受け容れたティオナの……で、まるっきりテントの内部で秘め事をしているのが恰かも自分である様な気分で、遂にはゾクゾクッと背筋を駆け上がる最高潮を迎え、それでもこっそりと聞き耳を立てている自覚はあったらしく、袖口を噛み締めながら声を押し殺す。

 

 初めての感覚に戸惑い、更にティオナはレフィーヤと同じタイミングで最高潮に至っていたが、ユートは未だだったのか……

 

「ティオナ、悪いけど僕はまだだからさ。実験を続けさせて貰うよ?」

 

「え……? ちょい待ち! 私、今はスゴく!」

 

「ダ〜メ、待たない」

 

「ひあっ!?」

 

 なんて声が聞こえたかと思うと、再び内部を満たす水音と激しいまでに響いてくるティオナの声。

 

 流石に疲労感から動けないレフィーヤだったけど、確りと音声は聞いていた。

 

 そしてどれくらいの時間が経ったのか、一分? 或いは十分? 脳内が痺れて判断出来なかったのだが、漸くユートも欲望の猛りをティオナのお腹の中へ吐き出したらしい。

 

 ティオナがそれらしい事を叫んでいたから。

 

「ハァハァ……こんなのって初めての感覚で……」

 

 肩で息を吐きながらも、気だるい感覚と虚しい気分を味わいつつ、グッタリとテントに凭れ掛かる。

 

「私、何をやってるんでしょうか?」

 

 先輩冒険者の情事を盗み聞きし、それをオカズ代わりに自分を慰めるなんて、おバカな事をしてしまったレフィーヤは、虚しさという強敵と戦っていた。

 

 そんなレフィーヤの耳に飛び込むユートの声。

 

「ティオナ、ロキ・ファミリアって他人の情事を盗み聞きする趣味の人間でも居るのか?」

 

「……へ?」

 

 ビックゥゥゥッ!

 

 ティオナは間抜けた声を返すが、実際にやらかしたレフィーヤからすれば心臓を直撃されたに等しい。

 

「初めっから最後まで居るんだが、気配の乱れ方から云うと僕らの情事で愉しんでいたみたいだ」

 

「うぇ! 本当に? 誰だよ〜もう……」

 

「ま、取り敢えず第一回目の実験は終わりだ。どんな具合かはリヴェリアに確認をして貰え」

 

「そうする」

 

 実験……レフィーヤからすれば意味が解らない会話だが、どうやら先程からの情事は何らかの試し事で、恋愛関係などから及んだ訳では無いのだと推察。

 

「と、兎に角離れないと」

 

「何だ、レフィーヤも混ざりたかったのか?」

 

「ふぇっ!?」

 

 其処には上半身に何も身に付けてないユートの姿、下は……穿いていた。

 

「い、いつの間に!?」

 

 さっきまでティオナとの会話をしていた筈なのに、僅か数秒でレフィーヤから背後を取っている。

 

「幾らLV.3だとはいっても、事実上の実力は僕の方が上なんだ。況してや、レフィーヤの未熟な隠行と僕の隠行、一緒にして貰っては困るね」

 

「っ!」

 

「自然を親しむエルフだけあって、気配を周囲に溶け込ませたのは評価するが、チラホラと気配が浮かんでは意味が無い」

 

「はう!」

 

 エルフは森の民。

 

 故に、森へと馴染む様に極々自然と気配を周囲に溶け込ませる真似も出来る。

 

 気配を消す【気殺】というのは、確かに自分の存在感を隠す技術として一般的だろうが、気配を消してしまうと自然界に遍在している気配に空白が生じてしまうが故に、達人級ともなればそれで気付けるのだ。

 

 仮令、この事を識らずとも違和感……とでも云うのだろう、そんな超感覚的なもので。

 

 気配を消していた筈なのにバレる……とは、とどのつまりそういう事だった。

 

 

「そんな事より、僕らの事を盗み聞きして随分と愉しんでいたみたいだね?」

 

「ひゃん!」

 

 アンタッチャブルな部位を右の人差し指がなぞり、唯でさえ敏感になっていたソコから電撃みたいな感覚が奔る。

 

「だ、ダメ……ですよ……こんな……こ、と……」

 

「身体は期待しているみたいだけど?」

 

 指先にこびり着く飛沫が口以上にモノを言う。

 

「ま、レフィーヤを苛めるのは後回しにしようか」

 

「……へ?」

 

 思わず『やめちゃうの?』と口にする処だったが、すぐに口を閉じた。

 

 助けられたとはいえ少しおかしい、自分はこんなにチョロかっただろうか?

 

 羞恥心に紅く頬を染めながら猛省する。

 

「ティオナ、準備は?」

 

「オッケー!」

 

「なら、フィンの所に急ぐとしようか」

 

「は? ???」

 

 二人の会話に付いていけないレフィーヤだったが、どうやら冗談とかではなさそうで、ちょっと下半身に違和感が残るのが気にはなったものの、ユート達に付いて行くしかなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「やあ、来たね」

 

「待ち構えていたという事は当然?」

 

「気付いているさ。親指がウズウズ言ってるからね、来るんじゃないかな?」

 

 フィン・ディムナのコレは所謂第六感にも等しく、恐らくは三十年前後という永きに亘る冒険者生活で、彼やファミリアを助けてくれた信頼出来る【システム外スキル】みたいなモノ。

 

 SAOやALOなどの、VRMMOをプレイしていた時に使っていたシステムに既定されないスキル……キリトがALOで使用したスキルコネクトもそうで、裏技に近いものだ。

 

 フィンのそれにしても、決してスキルや魔法や発展アビリティの類いでなく、故にこそ仮に【神の恩恵】を無くしたとして、これが喪われたりはしない。

 

 そういう意味ではユートの【叡智の瞳】も、ハルケギニア時代では【システム外スキル】に相当していると云っても決して過言ではあるまいが……

 

「なら、今夜の第五〇階層での逗留は中止だね?」

 

「ああ、既にファミリアの皆には撤収の準備を急がせているよ」

 

 折角、設置したキャンプではあるが仕方がない。

 

「流石団長だね、フィン」

 

「ふふ、この感覚に助けられているからね」

 

 愉しそうに笑うフィン、本来なら途中ででも何でも呼びに行くべきかとも話していたが、敢えてフィンはユートに報せないと言う。

 

 ユートであれば自ずと気が付く筈だ……と。

 

 そして目論見通りに戻って来たのだから、フィンならずとも苦笑いが浮かぶ。

 

 まあ、その真意はフィンにせよガレスにせよベートにせよリヴェリアにせよ、勿論の事だが姉のティオネにせよ他人の情事など見たくはないという話。

 

 アイズにはまだ早いし、下手に興味を持たれてしまって事に及べば、当然ながらアイズを猫っ可愛がりをしているロキがキレる。

 

 曰く──『アイズたんは嫁にやらん!』と言い切る程であり、だからといって婿をファミリア内に取ろうとも思うまい。

 

 何より、まだ早いと判断する理由としてアイズ自身がその手の知識に疎いというのもあり、実際に羞恥心は普通にあるアイズだが、男女関係の機微にはどうしても鈍くなる。

 

 リヴェリアとしては何と無く傍に居たい男──でも出来ればと思うが、そんなに上手くはいかない。

 

 それはまあ良いとして、気付かない様なら仕方がないからティオネ辺りにでも行って貰ったが、やっぱり気付いてくれたか──と半ば安堵したのは秘密だ。

 

「リヴェリア、取り敢えずは一発はかましたから後でステイタスを調べてくれ」

 

「そ、そうか……」

 

 ユートの感覚であれは、きちんと中へ出さねば意味を成さないと思う。

 

 問題はその出せる位置が三ヶ所在り、何処でも良いのか否かという事。

 

 とはいえ、最初の実験なのだからオーソドックスにいき、マニアックな部位には手出ししてはいない。

 

 否、手は出したが……

 

「それで? 恐らくはもう時間が無いと思うがどうする心算なんだ?」

 

「敵が……現れるモンスターがどの程度か判らなければ作戦を立てようが無い。とはいえ、あの芋虫モンスターを鑑みれば危険な存在である可能性は高いね」

 

「そうだな、あれを基準に考えるべきだろう」

 

 当然、ユートも現れるであろう脅威度を判定しかねてはいるが、それなりにはヤバい……とはいっても、ユート自身はそれ程では無いだろうと考えている──相手であろう。

 

「多分、僕なら普通に闘えるとは思うけど……?」

 

「そうなのかい? ああ、あの吹雪の魔法なら!」

 

「いや、擬似的なら未だしもあれは少なくとも一日は使えない。しかも神々から許可を得ないといけないから面倒なんだ」

 

「擬似的には使えると?」

 

「ああ、使うエネルギーの純度の違いだからね」

 

 魔力、氣力、念力、霊力は飽く迄も小宇宙から剥離したエネルギー。

 

 実際、どれだけ魔力を籠めようと音速や超音速なんて出せはしないし、出せても音速を越えれば人間は砕け散るしかない。

 

 小宇宙は肉体を確り保護するから、音速を越え光と同じ速度を出しても肉体が壊れたりしないのだから。

 

 尚、某・【闇の魔法(マギア・エレベア)】は別格だからまた違う。

 

 あれは魔力を呼び水として精霊を召喚し、そいつを自らの肉体に霊体に魔法を融合させる謂わば、魔装機神の精霊憑依(ポゼッション)に近いものであろう。

 

 但し、魔装機神という器を用いずに自分の肉体を使うからか、肉体が霊質ごと変質してしまう様だが……

 

「なら、頼んでも?」

 

「構わない。上手くやれば魔石やドロップアイテムも手に入るからね」

 

「若しや、あの芋虫からも手に入れていたのかい?」

 

「まあね」

 

「いつの間に……」

 

 驚くフィンだが、ユートはサポーターを必要としない魔法──ステータス・ウィンドウを持つ。

 

 フルスペックのあれは、他人からしたなら巫山戯た機能を有している。

 

「撤退の状況は?」

 

「まだ六〇パーセントって処だね。とはいっても上層に上がればモンスターが出てくるから、ベート達には先立って退路を作って貰わないといけないけどね」

 

「そうか、急いでくれ……可成り近いみたいだ」

 

 感覚というより既に気配が感じられる為、ユートも少し焦りを覚えていた。

 

 ユートだけなら兎も角、流石に大量の人間を抱えては彼らを無傷で済ませるのは難しいのだから。

 

 敵が何処から来るか判らない以上、結晶障壁を使っても余り意味は無い。

 

「もう時間が無いか」

 

 地震。

 

 地面が揺れる。

 

 現れたのはとても巨大なモンスター、それは第一七階層にて現れる階層主──ゴライアスみたいな巨体であった。

 

「あれが破裂したらヤバかったな。即時撤退が効を奏したといった処か?」

 

「……だね」

 

 ヒリュテ姉妹やレフィーヤが青褪める中、ユートとフィンは苦笑いだ。

 

「だけど、僕なら充分に斃せる程度でしかないかな。ゴライアスやウダィオスやバロールに比べれば雑魚でしかない」

 

「ああ君か、第一七階層と第三七階層と第四九階層の階層主を斃していたのは。考えてみれば当然か」

 

 階層主は別格の強さだったが、ユートもゴーレムを使っての連携で確りと斃してやっている。

 

「あの巨大モンスターの何がヤバいって、斃した際に飛び散る溶解液の範囲だ。つまり、ロキ・ファミリアに配慮しなければ如何にも容易い相手だ」

 

「というと?」

 

「現れたの位置が良かったって処だよ」

 

 ユートはニヤリと口角を吊り上げ、撤退を続けているロキ・ファミリアと反対方向へ歩き始める。

 

 そしてロキ・ファミリアが居なくなった処で……

 

結晶領域(クリスタル・テリトリー)!」

 

 結晶障壁(クリスタル・ウォール)結晶護衣(クリスタル・ローブ)とも異なる独自技、結晶領域を展開して斃しても溶解液が誰も犠牲にならない様にした。

 

 まあ、芋虫と同じくやるから飛び散りはしないが、ロキ・ファミリアも気分的に脅威だろうから。

 

「で、アイズ? どうして出て来たのかな?」

 

「……一人じゃ危険……だったから」

 

 寧ろ、数が居た方が危険だったのだが、結晶領域は張り終えてしまったから、追い戻すのは無理。

 

「判った、僕が奴を封じるからトドメを頼む」

 

「うん」

 

 奇しくも、アイズ・ヴァレンシュタインと共同作業をする運びとなったユートだが、其処には愉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

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第11話:白兎とのファーストコンタクトは間違っているだろうか

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 魔力で極光処刑(オーロラエクスキューション)を使用しても良いが、あれだけの巨体を瞬間的に凍結するのなら、魔力だとタメが大きくなり過ぎるし、何よりも無詠唱の威力ではないから目立つ。

 

 それなら初めから広範囲に影響を及ぼす詠唱型で、普通に魔法を行使した方がアイズが見ている今だと、目立たないであろう。

 

「さて、何を使うか?」

 

 ふと脳裏に浮かんだのは【魔法先生ネギま!】系の氷結魔法で、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが得意としていたアレ。

 

 始動キーは再転生の折りに破棄したし、普通に初心者用の始動キーで唱えれば良い訳で、ユートなら間違いなく解放後のエヴァンジェリン以上の力で行使可能である筈だ。

 

「む?」

 

 考え事をしているユートの頭上にキラキラ輝く粉、禍々しいだけの気配を放つそれをユートは避けると、懐から紅い薔薇を取り出して投げ付ける。

 

 ドガン!

 

 薔薇が触れた途端に爆発をする粉。

 

「成程、これが奴の攻撃という訳……か」

 

 大した威力でもないが、乱発されても面倒臭い。

 

「とっとと斃すか……」

 

 ユートは浮かび上がり、アイズに向けて叫ぶ。

 

「アイズ、僕が奴を凍結させるから君は剣でトドメを刺してくれるか?」

 

「……判った」

 

 相変わらず無表情に近いのだが、それでも何処かしら愉しそうな雰囲気が感じられるアイズは、ユートの言葉に対して素直に頷く。

 

 まあ、この魔法はその気になれば中身ごと粉々に壊せるのだが、折角アイズがユートを心配して残ってくれたのだし、その心意気を無碍に扱う心算も無い。

 

 先のヴィルガ──芋虫との戦闘では先頭に立っていたからアイズの実力も見れなかったし、存外と丁度良かったとも云えた。

 

「君は……翔べるんだね? 頑張って」

 

 ニコリと微笑まれる。

 

 何と云うか、可愛らしくて実年齢より幼く見えた。

 

 というか、翔べる事への疑念は無いのだろうか?

 

 実はアイズも僅かながら魔法で風を纏い、空を翔ぶ能力を有していたからか、疑問は無かったのだが……

 

「さて、始めますかね? プラクテ・ビギ・ナル」

 

 初心者用の始動キーを口にしたユート、ヘンテコな芋虫だか人型だかのモンスターもそれに気付いたか、攻撃を開始しようと動く。

 

 

 契約に従い

 我に従え氷の女王

 来れ常の闇

 永遠の氷河

 

 

 

「ト・シュンボライオン・ディアー・コネートー・モイ・ヘー・クリュスタリネー・バシレイア・エピゲネーテートー・タイオーニオン・エレボス・ハイオーニエ・クリュスタレ……」

 

 本来、世界独自の言語で呪を唱えても別世界の精霊には言語が理解を出来ず、発動はしない。

 

 英語に堪能でない日本人が米国人旅行者から頼み事をされ、そそくさと逃げてしまうようなものだ。

 

 だが、この世界では魔法スロットにステイタスとして刻まれた影響からか? 地球の言語で普通に精霊へと通じていた。

 

 一五〇フィート四方という広範囲に亘り、ほぼ絶対零度と云える極低温にまで温度を下げて凍結してしまう氷結系高等魔法。

 

 【燃える天空】や【千の雷】に匹敵する古代語魔法(ハイエンシェント)。

 

 

 本来ならこれに付随し、【おわるせかい】と【こおるせかい】のいずれかによって破砕か凍結かを選ぶ。

 

 だが今回は……

 

「殺れ、アイズ!」

 

 敢えて、アイズ・ヴァレンシュタインに任せよう。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 ユートの言葉に頷くと、アイズも魔法を発動した。

 

「エアリエル……」

 

 風を纏いて浮かび上がったアイズは、自らの武器たるデスペレートを構えて、閃光の如く突進。

 

「リル・ラファーガ!」

 

 ガシャーンッ!

 

 軽快な音を立てながら、気持ちの悪い人を不気味に擬く芋虫を粉砕する。

 

「Congratulations!」

 

 ユートはモンスターを斃したアイズに祝福の言葉を投げ掛け、地面に降りると残っているであろう魔石の確保へと向かった。

 

 ヴィルガの魔石からして予測は出来ていた訳だが、やはり大きさはヴィルガの倍以上なのは良しとして、色は元来の紫紺色とは異なる色合いをしていた。

 

「どうした、の?」

 

 勢いを付けていて翔んで行ったアイズが戻って来るなり、訝しい表情……というには無表情に近いけど、兎にも角にもユートへと話し掛けてくる。

 

「ああ、魔石を回収していたんだけど……ね」

 

「? 回収出来たんだね」

 

「ん? 破裂させたら魔石もドロップアイテムも溶けて無くなるけど、凍結させて砕いたから魔石は普通に残ったんだよ」

 

 魔石を見せながら言う。

 

「色が……違う……?」

 

「そう、ヴィルガ──芋虫もそうだったんだけどな。どうもコイツらは他のモンスターとは毛色が違う」

 

「……そう」

 

 ロキ・ファミリアでは、基本的に難しい事はフィンやリヴェリアが担当して、他の第一級冒険者は脳筋とまでは云わないが、スルー状態な事もあってかアイズも『フム』と何か考えてはみたものの、『後でフィンやリヴェリアに相談してみよう』という答えに落ち着いてしまった。

 

「さて、こうしていても何も始まらない。フィン達と合流をしようか」

 

「うん」

 

 あのモンスターの魔石はアイテムストレージに入れなかったし、ドロップアイテムも手に入らなかったが故に、名前を確認する事は叶わなかった。

 

 どうでも良い話だが……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うう……アイズさんが居なくなってて吃驚したんですよ〜?」

 

「うん、ごめんね?」

 

 胸の内で泣くレフィーヤの頭を撫でながら謝る。

 

 既に独断専行に関してはフィンやリヴェリアからの御叱りを受け、ティオナとティオネからも色々と言われてしまっている。

 

 ベートは特に何も言っていなかったが……思う処はあったらしい。

 

 あのモンスターの魔石は売却した場合、七:三という比率で分ける事に。

 

 勿論、七がユートだ。

 

 ぶっちゃけ、アイズは単に砕いただけでしかなく、居なくても砕く事が出来たのだから当然だし、フィンも寧ろ九:一でも良かったくらいだと言っていた。

 

 とはいえ、こいつは曰く付きの魔石なだけに売却が可能かどうか、仮に可能だったとしても変な連中にでも目を付けられたらと思うと憂鬱となる。

 

「さて、それじゃあ地上に戻ろうか」

 

 フィンの号令を受けて、ロキ・ファミリアとユートは地上への帰路に着く。

 

 ユートとしてももう攻略といった気分ではないし、アイズやレフィーヤやティオナといった綺麗所と一緒に帰った方が嬉しいから、同じく帰る事にした。

 

 何よりも、ヘスティアは兎も角としてヘファイストスとミアハとゴブニュには小宇宙使用許可の御礼くらいはしておきたかったし、稼ぎそのものは充分だったというのも大きい。

 

 序でに言えば【情交飛躍(ラブライブ)】の効果も知りたかった。

 

「間違いなく、十二程度だがティオナのステイタスは上がっていた」

 

「ホント? リヴェリア」

 

「ああ、主に力だな。次に俊敏が上がっていた」

 

「ヤッホー!」

 

「ロキ……神による更新とは無関係に上がるとはな。然し、スキルは基本的には持ち主の経験値(エクセリア)や願望などから顕現をするが、彼は何を考えたり行ってきたのやら?」

 

 喜ぶティオナを見遣り、溜息を吐くリヴェリア。

 

 えっちぃ行為に正当性が表れ、ユートによる性交は冒険者を相手に限りステイタスを上げる為だと言え、更にはこういう行為が好きだからこその顕現であり、しかもヤってきたのだろうと当たりを付けた。

 

 僅か十二と言う無かれ、一発ヤれば十二も上がるのなら、幾日も掛けてダンジョンに潜り続けるより遥かに効率的な上昇値。

 

 しかもユートは時間さえ許せば、それこそ一晩中でも抱き続けられると言い、つまり一晩で三百くらいは上げられるという事。

 

 更にはステイタス上限、S999を天元突破してのSSすら可能らしい。

 

 アイズが知ればロキなど無視してでも、あの美しく儚い肢体を肉の欲望による宴に投げ出すだろう。

 

 とある理由から強くなる事に忠実で、強くなれるのなら如何なる事すらやり遂げてみせると意気込む程。

 

 それはロキ・ファミリアの参謀役としても、アイズの母親(ママ)役としても、決して見過ごせない所業。

 

 実際に抱かれたティオナの感想は……

 

「スッゴいスッゴい鮮烈で激しくって、もっとシてたらハマりきっちゃって抜けられなくなるかも!」

 

 真っ赤に頬を染めながらはにかみ、どう見ても既にハマっていますという風情な女の貌をしたティオナ、流石に骨抜きにまでされてはいないが、果たして彼女が言う──『またヤりたいなぁ』なんて要望を叶えるべきか迷う。

 

 女の貌をしながら無垢な少女の表情をする様になったティオナは、たった一晩で男共が違う視線を向けている程だ。

 

 相変わらず胸はティオネに奪われたと言われて納得する格差だが、ティオナの今の顔はティオネより女をしていた。

 

「あのティオナを、たった一晩であそこまで変える、変えてしまう……か」

 

 それはきっと空恐ろしい出来事であろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユートは現在、何をするでもなくアイズやティオナ──第一級冒険者達と共に上へ向かって歩いている。

 

 先の一件から更なる深層へ潜る気も失せた事だし、折角だから換金所で魔石やドロップアイテムを換金しようかと思う。

 

 まあ、ティオナ達が曰く魔石だけであるのなら兎も角として、ドロップアイテムは他のファミリアに交渉して売った方が稼げる場合もあると教わり、ロキ・ファミリアが換金に行く際に一緒に行こうという話に。

 

 歩きながらユートは自身のスキルの考察をする。

 

 あの【情交飛躍(ラブライブ)】は、確かな効果としてティオナにその証を刻み込んでいた。

 

 ステイタス上昇値12、何週間も深層に潜り続けて漸く増える値を、ユートと一発ヤっただけで上がる。

 

 それこそ、ユートならば一晩で二十発でも三十発でもヤれるし、確かに三百を一晩で増やすのも可能だ。

 

 問題は射精の場所。

 

 ユートの感覚的に視て、恐らく外出しは論外であるだろうし、直腸や口内への射精も効力は半減する。

 

 試したい……などと思って苦笑いをした。

 

 こんな風にいつの間にか『ヤりたい』という思いが先立つ様になり、だからこそヘスティアはあのスキルを発掘出来たのだろうと、自らを理解する。

 

 考えてみればユートは、今までも口八丁手八丁にて色々とやらかしてきた。

 

 レ○プは嫌いだし、自発的に他人の女へと手出しはしていなかったユートも、抜け道を以て人妻にすら手を出した事もあった。

 

 所詮は精神的な問題で、それさえ解決すれば幾らでも……というのが何とも。

 

 最近でも、正確には最後までヤってこそいないが、船穂や美沙樹とも可成りの際どい行為に及んでいる。

 

 勿論だが樹雷皇には内緒であるし、阿重霞や砂沙美になど言えやしない、

 

 遙照(マザコン)になんて以ての他である。

 

 しかも、そんな内緒行為を向こうから何度も要求してくる辺り、樹雷皇はもう少しだけ性に於いて妻二人を満足させるべきである、なんてアホ過ぎ且つ身勝手な感想を懐いていた。

 

「暇だからこんなアホな事ばかり考えるんだな」

 

 解ってはいるのだけど、勇者フィンからロキ・ファミリアを統括する団長として頼まれてもいる。

 

 中層のモンスターは団員の中でも、下位〜中堅層の経験値稼ぎをしたいから、手出しをしないで欲しい──という。

 

 実際、中層にまで登れば第一級冒険者は戦わずに、第三級以下の冒険者が戦いのメインとなるらしい。

 

 まあ、第一級冒険者──LV.5やLV.6ともなれば中層で獲られる経験値なんて、基本アビリティの上昇の役にも立たないのだろうから、フィンとしてはまだ成長の余地がある団員を押し上げるべく、そうしているのであろう。

 

 指揮すらラウルという、LV.4が執っていた。

 

 だけど今回は何だか少し様子がおかしいというか、第一級冒険者でも若手達が殺気立っている。

 

 ティオナなんて大双刃(ウルガ)を振り回しつつ、『モンスターは居ねがー』とかナマハゲみたいに瞳をギラギラさせていた。

 

 多少とはいえステイタスが上がったから試したい、そんな気持ちが犇々と伝わってきている。

 

 本当に多少だから試す程の効果はあるまいに。

 

「ああもう、まだまだ行けたのに! ちっとも暴れ足んないよぉぉっ!」

 

 如実に語るティオナ。

 

 ティオネが辟易としてはいても、本人がまだまだだと言わんばかりの闘志。

 

 胸の大きさに差はあれ、根本的にアマゾネスであり双子なのだろう。

 

 アイズがリーネとかいうサポーターを気遣うけど、ベート・ローガが『そいつらに構うな』と超実力主義者らしい科白を言う。

 

 確かに、上に居る存在がそれを示し続けるのは義務と云えるが、ベートは少しばかり過剰なくらいだ。

 

 第一七階層。

 

 階層主はユートが斃しているから、インターバルが二週間程あった。

 

 斃して既に幾日か過ぎ、今からなら一週間か其処らで復活する筈。

 

 階層主が湧出する場から少し離れると、牛面(ミノタウロス)がワラワラと沸いて出てくる。

 

「出たな牛面」

 

 数が数なだけにユートは腰に佩いたエリュシデータを抜剣し、ミノタウロスに対して構えてみせる。

 

「リヴェリア、この数だし構わないだろう?」

 

「ああ、多少は間引かねば下の者には厳しいからな。ラウル、フィンの言い付けがある。後学の為にお前が指揮を執れ」

 

「はいっス!」

 

 指名されたラウルは指揮を執って後に彼ら、忍ぶ処か暴れそうな三人を見遣って声を掛けた。

 

「御三方、中層では下の者に経験を積ませるのが規則なんですから、空気を読んで下さいね?」

 

「了解、理解、解ってる」

 

「ええ、理解してるわよ」

 

獲物無し(ステゴロ)だ、ハンデくれーやらねぇと」

 

 殺る気に本気な三人に、知らずラウルのHPゲージが下がっていく気が……

 

 そして数分も経たない内に逃げ出すミノタウロス。

 

「って、逃げた?」

 

「おい、てめえら化け物だろうがよ!」

 

 ティオナもベートも驚愕してしまう。

 

「いかん、追えお前達! パニック状態のモンスターが何を仕出かすか解らん」

 

 リヴェリアが叫ぶと同時に駆け出す第一級冒険者、そしてレフィーヤ。

 

 同じくユートも氣による身体強化を施し、彼らと共にミノタウロスを追う。

 

 上層へ上がる階段を上へ上へと往くミノタウロス、ベート曰く雑魚が群れている上層に、中層のモンスターが現れては拙い。

 

 一匹一匹を殺しながら、確実に追い詰めていく。

 

 上層部・第五階層。

 

 ラスト一匹の筈だけど、そうなると広いダンジョンでは中々に見付からない。

 

 アイズはキョロキョロとミノタウロスを捜す。

 

「おい、ベート。臭いとかで捜せないか?」

 

「俺は犬じゃねー!」

 

「狼は犬科だ!」

 

「ぶっ潰すぞゴラァ!」

 

 言い合う中でもベートは自らの役割を果たしていたらしく、すぐにもミノタウロスの居場所に気付く。

 

「チッ、こっちだ!」

 

 言われた通りに臭いを嗅いで捜した訳で、やっぱりちょっと納得がいかないと目が口程に語っていた。

 

「よし、アイズ!」

 

「了解……」

 

 三人で急いでいると……

 

「う、うわぁぁぁぁっ!」

 

 何と冒険者らしき誰かがミノタウロスに追われて、悲鳴を上げながら逃走をしており、脚が縺れたのであろう引っくり返る。

 

「なっ! 新米(シロート)だとぉぉっ!?」

 

 慌てるベート。

 

「アイズ、僕が彼を護る。君はミノタウロスを!」

 

「ん!」

 

 デスペレートを片手に、アイズがミノタウロスへと駆け寄っていく中、ユートは白髪に紅瞳(ルベライト)な少年の目の前に立つ。

 

 これが(ミノタウロス)の全力全開! 変な幻聴が聞こえた気がしたユートは頭を振って行動開始!

 

結晶障壁(クリスタルウォール)!」

 

 ガギィィッ!

 

 ネイチャーウェポンによる攻撃は障壁とぶつかり、そのエネルギーはミノタウロスへと跳ね返る。

 

『ギャァァッ!』

 

 踏鞴を踏んだミノタウロスが見せた隙、それを見逃すアイズ・ヴァレンシュタインではない。

 

「ハァッ!」

 

 その瞬間、何度も放たれた斬撃はミノタウロスを細切れにしてしまう。

 

 バラバラ死体となってしまったミノタウロスの血液が降り注ぐが、結晶障壁を赤黒く汚しただけで被害は特に受けていない。

 

「……大丈夫?」

 

 腰でも抜かしたのか? 壁に寄り添って座り込んだ少年に、アイズが手を差し伸べるのだが……

 

「だ!」

 

「だ?」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 真っ赤になってエコーを放ちつつ、当の少年は一目散に逃走してしまう。

 

 ベートが然もおかしそうに腹を抱えて、可愛らしくアイズは膨れっ面となる。

 

 これがユートにとってもアイズにとっても、白兎とのファーストコンタクトとなるのであった。

 

 

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 漸く原作入りしました。




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第12話:黄昏の館に帰るのは間違っているだろうか

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 最後の最後でトラブルな道中記っぽくなったけど、取り敢えず下級冒険者には被害が及ばなかった事へは素直に喜び、摩天楼の螺旋階段を昇り切る一行。

 

「やれやれ、やっと戻ってこれたか……」

 

「ああ、上層にミノタウロスを逃した時は焦りを覚えたが、何とか殲滅も叶ってホッとしたよ」

 

「そうじゃのぅ。ユートも頑張ってくれたし、助かったわい」

 

 LV.6のロキ・ファミリア最高幹部と首領による三人の話し合い、地上へと戻れた安心感はやはりこの三人を以てしても感じてしまうものらしい。

 

「さあ皆、帰ろうか。僕達の【黄昏の館】へ」

 

 フィン・ディムナからの号令を受け、ロキ・ファミリアの面々は摩天楼施設──ダンジョンの蓋とも呼べる天を衝く白亜の塔を出ると各々、漸くストレスから解消されたのだとばかりに開放感に満たされていく。

 

「あ、待ってくれないかなユート」

 

「うん? 僕も帰ろうと思ってるんだが……」

 

「折角だし、うちのホームに御招待したくてね」

 

「黄昏の館とやらに?」

 

「ロキに紹介をしたいし、あっちで僕を怨めしそうに睨むティオナが居てね」

 

 成程、これでユートだけ別の方向へと帰るというのはKYだろう。

 

「それにしても、人ってのは変われば変わるもんだ。あの花より団子なティオナが男に執着だからね」

 

 苦笑いのフィン。

 

「いったいどんな手練手管で籠絡したのやら」

 

「一回、抱いただけだよ。とはいえ……僕がイクまでに三回はイカせたからね。存外と快楽にハマったんじゃないかな?」

 

「ふむ、つまりは下半身によるテクニックでかい? 僕には真似が出来そうにはないね。いざという時には使いたいけど……」

 

「ま、すぐに帰らなけりゃならない訳でもないしね。御招待に与ろうか」

 

「助かるよ。序でにあの子の相手も頼みたいね」

 

 視線の先にはティオナ・ヒリュテの姿。

 

 元々、ヒリュテ姉妹とはアマゾネスの変わり者だと自らでさえ認識しており、種族の本能とも云える男を求める気持ちが無かった。

 

 勿論、生まれ付き持ち合わせていないのではなく、そういった気持ちが喚起されないに過ぎない。

 

 事実、姉のティオネ・ヒリュテは他ならないフィンに惚れ込み、色々と熱烈なアタックを仕掛けている。

 

 ティオナも相手に恵まれなかっただけで、その気になったら恐ろしいまで執着を見せていた。

 

 その証拠に、黄昏の館へユートが来ると知ってからのティオナの喜び様、腕を組んで先々と進む。

 

「フム、確かに変わった。それはレフィーヤもだ」

 

「リヴェリア、それはどういう意味だい?」

 

「見てみろフィン。彼女の視線の先には彼が居るし、ティオナと腕を組んでから百面相をしているぞ」

 

「……えっと、レフィーヤにも手を出したのかな?」

 

「いや、そういう訳では無い様だな。どうもティオナと彼との情事に聞き耳を立てていたらしいし、何より抱き抱えられた時に一切の拒絶感を感じなかったと、本人から聞いたのだ」

 

「へぇ?」

 

 この世界のエルフとは、排他的過ぎるきらいがあって肌に触れるだけにせよ、激しく拒絶する。

 

 レフィーヤの住んでいた森は、流石に其処までではなかったからか多少は融通が利いていた。

 

 それでもエルフ。

 

 そんなレフィーヤだが、ファミリアの人間でもない初対面の異性、そんな相手に無遠慮なまでに触れられながら、まったく気にならなかった上に王族(ハイエルフ)より清々しい精霊の気配、エルフ族として興味は尽きなかったのだ。

 

 しかも情事を見て自分で耽るとか、恥ずかしい処を見せてしまっている。

 

「ティオナさん、そんなにくっ付いていたら歩き難いじゃありませんか!?」

 

「大丈夫だよ。私達は相性が良いみたいだからね」

 

「そんな訳無いでしょう! ほら、離れて下さい」

 

「ふっふん! レフィーヤってば羨ましいんだ?」

 

「な゛っ! そ、そ、そんな事はありません!」

 

「じゃ、別に良いじゃん。私とユートがどうしていようとさ」

 

 更にギュッと組んだ腕に力を籠める。

 

 残念ながらナイチチ属性なティオナでは、どれだけ力を籠めてこようと胸の柔らかさを堪能は出来ない。

 

 だけど、程良く鍛えられた褐色肌な肢体、その柔らかさと温もりは楽しめた。

 

「ほら、喧嘩してないで。何ならレフィーヤもくっ付いてみるか?」

 

「へ? あの、そのぅ……宜しくお願いします」

 

 真っ赤になりながら頷くレフィーヤ、ティオナとは反対側の腕に組み付く。

 

 エルフとはいえティオナより肉感的で、ふにょんと美乳がユートの腕を沈め、レフィーヤの温もりが腕に強く感じられた。

 

 そんな様子をリヴェリアは苦笑いを浮かべながら、然しまるで娘が彼氏にくっ付く様を見ている母親みたいに優しい表情でもある。

 

「意外だね」

 

「何がだ、フィン?」

 

「レフィーヤはエルフ族としては潔癖症な部分が薄いけど、それでも出逢って間もない異性を相手にあれだけくっ付くなんてね」

 

「確かに。だが、レフィーヤの気持ちが理解出来ないでもないのだよ」

 

「へぇ、その心は?」

 

「彼が漂わせる濃密な精霊の気配、それにまるで多くのエルフと肌を合わせたのではないかと思われる程、心地好い感覚。私だとて、レフィーヤ並に若ければなとも思うよ」

 

 ロキ・ファミリア初期のメンバーであり、フィンやガレスと共にファミリアで最高位のレベル持ち、彼女は見た目は二十代中盤でも通用するが、実際はもっと年齢が高めである。

 

 フィンが実は四十路というのも冗談にしか聞こえないが、リヴェリアはエルフなだけに顕著だった。

 

「ティオナもすっかり参っておるのぉ」

 

「一回だけ抱かれたけど、よっぽど良かったのかな」

 

 ガレスの言葉にフィンが苦笑いで言う。

 

 高が一発、然れど一発。

 

 下手くそが調子に乗っても白けるだけだが、極上のテクニックで相手を腰砕けにしてしまえる輩も居る。

 

 ユートは大元の世界では〝とある理由〟から、童貞の侭で死んでしまったが、前世と前々世では可成りの経験をしていた。

 

 二番目の相手に酷評されたが故に、彼女と再会したらその時こそ満足させたいという欲求もあり、愛しい相手を存分に味わったものである。

 

 因みに、初めての相手の時には男として最も恥ずべき大失態を犯した。

 

 その苦々しい経験こそ、今日(こんにち)のユートのセ○クス・テクニックを支えている要因。

 

 尚、二番目の相手であるエセルドレーダに対して、再会した際には及第点こそ頂いたが、まったくの余裕な態度からまだまだであると理解させられている。

 

 まあ、再会したのは再誕世界で過去に跳んだ時期、一九九二年の事だからそれ程にテクニックが向上していない頃だし、今なら或いは満足させる事も可能かも知れないのだが……

 

 何しろ、相手は数十年の単位を数億……下手をすれば数兆すら越えるループを過ごした存在、大十字九郎並のニトロ砲を備えている彼の獣殿との閨の回数は、更に数倍にも及ぶ筈。

 

 とはいえ、ユートは彼の二代目を襲名したからにはそれが睦事とはいえ、敗けるのは悔しい。

 

 だからこそ、小賢しいが弱点を自らの分身で直接的に責め立てるなど、色々と女性を悦ばせる方法を考えてきたのである。

 

 時々、自分は半生を費やしてナニをやっているのかと自問自答をしていたりもするが、概ねは上手く成功しているから複雑だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 迷宮都市オラリオに於ける北方のメインストリートからやや外れた位置、其処こそ神ロキが拠点として構える【黄昏の館】の場所。

 

 ロキ・ファミリアは漸く此処へ帰って来た。

 

「おっかえりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」

 

 館の門が開かれた瞬間、赤毛に絶壁な糸目の女性? が女の子に飛び掛かる。

 

 勿論、ティオネもアイズも簡単躱したし、ティオナも一時的にユートから離れて避けてしまう。

 

 冒険者としてはまだまだなレフィーヤは、オロオロしながらユートの腕に胸を押し付ける様にギューッと抱き締めて、女性の襲来に思わず目を閉じる。

 

 フワッ!

 

 行き成り身体が浮き上がった感覚に戸惑うが……

 

 ドガンッ!

 

「ぎゃびりぃぃーん!?」

 

 壁に激突する音と共に、女性の悲鳴? が上がったので恐る恐る目を開く。

 

「は、はわっ!?」

 

 否応なしに自分の現状を知り、頬を真っ赤に染めて変な悲鳴をあげた。

 

 所謂、お姫様抱っこ。

 

 

 細身だと思っていたが、意外な程に鍛えられた筋肉を持つ腕が背中と脚を支えており、硬い胸板に左側の身体が押し付けられ、顔は吐息が長いエルフの耳に掛かるくらい近い。

 

 否、実際に熱い吐息が掛かって耳を擽る。

 

 異種族の異性がこんなに間近なのは初めての経験であったし、それが興味津々な男の子だったりするのだから、レフィーヤの胸から心音がドキドキと高鳴るのが自分でも判り、ユートに聞かれたらと思うと更なる紅潮で真っ赤となった。

 

 英雄譚のお姫様の如く、英雄に浚われたいなんていう変な衝動が沸いたけど、流石に頭を振ってそこら辺はリセットする。

 

 此処まで間近に居るから理解も出来たが、ユートの精霊の気配は濃密濃厚過ぎていて、そこら辺の精霊が加護を与えているにしては強過ぎるモノだ。

 

 そしてエルフが無警戒に好意を懐く、王族(ハイエルフ)でさえ例外でなく。

 

 まるでレフィーヤにとっては良く云えばフェロモンであり、悪く云えば麻薬の如く効果だった。

 

 正確にはエルフにとってと言うべきか。

 

 胸の高鳴り、子宮の奥がジュンジュンとする感覚、今すぐにでも全てを捧げたくなるくらい強いナニか。

 

 若いレフィーヤは感情の暴発さえ有り得るそれは、ハルケギニア時代には既にある程度は発露していた。

 

 故に、未亡人なシャジャルが夫を失ってからユートに心惹かれ、ハーフとはいえエルフなティファニアも怪しむより受け容れたし、鉄血団結党のファーティマ達とて、最終的にはユートを受け容れている。

 

 ルクシャナだって婚約者のアリィーが居なければ、ちょっと怪しかったのではなかろうか?

 

 再誕世界でもハイエルフのテュカやユノに好かれ、ホドリューなど飲み友達的なくらい仲が良かったし、某・戦記世界ではハーフなあの娘やハイエルフっ娘と仲良しだった。

 

 ハイエルフっ娘に特定の男が居なければ、これも怪しかっただろう。

 

 エルフ族との仲は概ね、良好だったのだ。

 

 レフィーヤは目を閉じ、ユートの身体の温もりへと身を任せる。

 

「痛たたた……ちょい酷ないか? つーか、レフィーヤを抱っこしとる彼は誰やのん? 入団希望者か?」

 

「いや、違うよロキ。彼は客人なんだよ」

 

「客人なぁ……」

 

 フィンの説明でチラリとユートを見遣るロキ。

 

「レフィーヤが堕ちとる様な気ぃがするんやけど?」

 

「色々とあってね。深層域で会ったんだけど、僕らも助けられたんだ。それと、【カドモスの泉水】を根刮ぎ先越されてね。買い取りの交渉も含めて歓迎会でもしようかと」

 

「ふーん、LV.6が三人も居って助けられるとか、何やエライ目におうたか」

 

「それらも込みで報告をさせて貰うさ。彼のお陰もあって今回の遠征での犠牲者は無しだ。到達階層も増やせなかったけどね」

 

「うん、了解や。フィン、お帰りな」

 

「ああ、ただいまロキ」

 

 

 とても騒がしい場所で、だけどアイズはこの拠点(ホーム)は落ち着く。

 

「アイズもお帰りぃ」

 

「ただいま、ロキ……」

 

 ツンツンとアイズの身体に触れて……

 

「うん、身体がズキズキと痛むなぁ? ちゃ〜んと、休まなあかんよ?」

 

 真面目な目で言うロキ。

 

 今度のターゲットとなるのはリヴェリア、クルリと踵を返してしまった。

 

 ユート以外はリヴェリアやフィンすら気付かなかったダメージに、ロキは割とアッサリ気付いてしまう。

 

 仕方がない(ひと)でもやはり神様なのだ、アイズはそんな風に思いつつも、荷運びをしようとするのだけど……

 

「あ、アイズさん! 片付けは私らがやりますんで」

 

「お先にシャワーどうぞ」

 

「え、でも……」

 

「良いです、良いんです。順番ですから……ね?」

 

 よそよそしい態度。

 

 急に居心地が悪くなり、ティオナから誘われた事も手伝い、アイズはシャワールームへと向かった。

 

 その後、シャワールームでは裸の少女達がガールズトーク? に花咲かせていたりするが、ロキの乱入とか色々とあったらしい。

 

 ユートは見ていないが、夜中の客室で寝物語代わりにティオナから聞かされただけである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うん、このくらいの価格だろうね」

 

 【カドモスの泉水】を採ったユートから、フィンはこれを買い取る交渉をしていた訳だが、ハッキリ言って今回の場合は利益よりもファミリアの信頼の為に、ユートから買い取る。

 

 この【カドモスの泉水】とは、ロキ・ファミリアがディアンケヒト・ファミリアから依頼を受けた代物、だからロキ・ファミリアが渡せないとなると、手酷くはないがダメージだ。

 

 ディアンケヒト・ファミリアは薬物系のファミリアであり、【カドモスの泉水】は薬品を作るのに適したアイテムである。

 

 だからこそ、恐らく売値となるであろう値段に近い額でも買い取った。

 

 正確には万能薬を二十本ばかり、物々交換的に支払いが行われる。

 

 ディアンケヒト・ファミリアの万能薬は、最高品質で一本が五〇〇〇〇〇ヴァリスで取り引きされる為、二十本となれば一千万。

 

 それ故に、九五〇〇〇〇〇ヴァリスで必要となるであろう量を引き取った。

 

 一応、物々交換だとはいえ価格的に五十万の稼ぎ……ではあるが、やはり先に取られたのは痛い。

 

 残りはユートが自分自身で使うから、何処かに売りに出す心算は無かった。

 

 ユートが客間に案内されていくのを見守り、その後にロキへ今回の件の報告。

 

 ユートに会う前の行動、出逢ってからの行動などを細かく報告していく。

 

「ほう……ドチビんトコの眷属やったんか」

 

 ドチビ──ヘスティアの事をロキはそう呼ぶ。

 

 確かに【ロリ巨乳】などと云われるくらい背は低いヘスティア、それに反比例するあの巨乳がロキはムカつくらしい。

 

「しっかし、ドチビんトコ以外でもユートや何て名前は聞かんで? 深層域までソロで潜れるんならLV.かて高いやろ」

 

「いや、LV.1だよ」

 

「は? 何の冗談よソレ」

 

「いや、リヴェリアが確認をしているからね。間違いは無い筈さ」

 

「ちゅー事は、恩恵を得る前からLV.5相当は固いやろな……古の英雄か? アイツは」

 

「英雄並か」

 

 昔はそもそも次々と殺されていたとはいえ、ダンジョンのモンスターに恩恵無しで挑み、故にこそ現在で云う第一級冒険者並な人間も現れていた。

 

 現代では恩恵を与えられるのが常識となり、素では種族的な力しか持たない。

 

 人間も亜人種も。

 

 氣や魔力による強化すらされておらず、だからこそ恩恵だけであの力は逆説的におかしかったり。

 

「それとスキルだね」

 

「スキル? 何や、教えてもろたんか?」

 

「ああ、【情交飛躍】といってね。有り体に言うと、性行為をしたら相手の基本アビリティを十前後かな? 強化するらしい」

 

「ハァ? 何やねん、その面白美味しいスキルは!」

 

 明らかなレアスキル。

 

 というよりも、ユニークスキルと呼んで差し支えは無いだろう。

 

「ティオナが試したけど、リヴェリア曰く実際に力を中心に上がってたらしい。ロキによる更新無しにね」

 

「ホホゥ? そらまた……んでか、ティオナがどっか女の顔をしとったんは」

 

「……だろうね」

 

 本当によく見ている神、だからこそフィンとしても付いて行ける。

 

 ティオナはヤってからであるが、レフィーヤはヤる前からあんな調子であり、ヤったらファミリアを抜けて改宗しかねないな……とフィンは思った。

 

「恐らく、今夜はティオナが彼の部屋に入り込むよ。邪魔はしない方が身の為だと言っておく。アマゾネスのアレは手に逐えない」

 

「実感が篭っとるなぁ」

 

 ティオネに狙われているフィンとしては、ロキが言う通り実感をしている。

 

「まあ、そういう事ならな……明日にでも更新して、どんなもんか見てみよか」

 

 尚、翌朝になってシャワーを浴びたティオナのステイタスを更新したロキは、三百以上も更新無しで上がった基本アビリティを見てツッコミ叫んだ。

 

「己らはいったい、何十発ヤっとんねん!」

 

 それはきっと、黄昏の館中に谺したと云う。

 

 

 

.

 




 一回、消えたよ……




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第13話:少女達の先行きは間違っているだろうか

 10月31日までに書けなかったよ……





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 今夜最後の一発だと謂わんばかりの勢いで、ユートは熱く白濁とした欲望の塊をティオナの最奥で吐き出して、同時にティオナ自身も全身汗に塗れで絶叫し、涙を零しながら快楽に打ち奮えてから、肩で息を吐きながらユートの胸板に顔を埋めていた。

 

 荒い息を整えて二十分か其処らが経ち、真っ暗闇なユートに貸し与えられていた小さな個室に、情事の後の臭いを漂わせながらも、謂わばピロートークというのに花咲かせる。

 

「え……マジ?」

 

「ああ、階層主だろう? 叩いて砕け……じゃなく、ゴライアスと、白宮殿の骸王ウダイオスと四九階層のバロール。確かに僕は連中を斃しているな」

 

「だって、ユートってソロだったじゃん!?」

 

「? そうだが……」

 

 階層主はその階層からするとシャレにならない程の強さを誇り、普通ならソロで討てる様に甘くはない。

 

 ユートが自分より強い事は認識するが、ティオナもLV.5で第一級冒険者に数えられ、ロキ・ファミリアの幹部の一人だ。

 

 当然、最初の階層主たるゴライアスを始めとして、骸王ウダイオスやバロールともロキ・ファミリア総出で戦い、そして今を生きている事こそが何よりの証明として勝利してきた。

 

「確かに私達が遠征をした時に階層主は居なかった。だけどソロなんて……」

 

「勘違いがあるな」

 

「え?」

 

「確かにソロ、冒険者としては個人でのみダンジョンに入り、階層主と闘うのに他の人間は居なかったよ。けど、僕もちょっとした物を持っていてね」

 

「ひょっとしたら魔剣?」

 

「うん? 魔剣?」

 

 魔剣──魔法の力を武器に与えた物で、それなりの値段で取り引きされる。

 

 嘗ては海を焼き山を崩した【クロッゾの魔剣】ならば別だけど、オリジナルである魔法には及ばないとされていたが……

 

「魔剣も持っているけど、そんなチャチぃ代物じゃないよ。ゴーレムだ」

 

「ゴーレム?」

 

「蒼き夜の孤狼アルトアイゼン・ナハト。白き夕闇の騎士ヴァイスリッター・アーベント。強大な力を持つ自立型魔導兵器ゴーレム、正確には、ガーゴレム──ハルケギニアでガーゴイルとゴーレムの特性を足したモノ──と共に闘った」

 

「魔導兵器?」

 

「ああ。ゴライアスならばまだしも、骸王ウダイオスとバロールは流石に一人ではキツかったしね」

 

 ウダイオスは斃せなくもなかったが、戦力が在るのに使わないで疲弊してみてもしょうがない。

 

 まあ、バロールもその気になれば一人で往けた。

 

 疲れるからガーゴレムのナハトやアーベントに加えて他にも使ったけど。

 

 小宇宙も使えず魔力や氣による強化も無し、それで何処まで戦れるのかを自ら確かめたかったのだ。

 

 元々、強化無しで第一級冒険者としてやっていけるくらいの実力は有ったし、恩恵を得てからはLV.6上位相当の能力も有る。

 

 況んや、氣などを強化で使えばLV.7にも届く。

 

 単純な身体能力だけで。

 

「へぇ、見てみたい!」

 

「機会があればね」

 

「むう……」

 

 まさか、こんな場所にて展開する訳にもゆくまい。

 

 剥れるティオナだけど、殊更に不機嫌になる訳でも無く、ユートの胸板に頬を擦り寄せながら腕を背中へ回して抱き着いた。

 

「流石に眠たいよ……」

 

 欠伸をして呟いたと思ったら、あっという間に寝息を立てて眠ってしまう。

 

 総回数にして二十六回。

 

 十二時頃から午前三時までの約三時間、休憩も碌すっぽしないでヤり続けたからティオナと云えど体力的な限界が来たらしい。

 

 ユートは分身がまだまだ元気なのだが、それは無限にリロードされているのだから当然であろう。

 

「ま、僕も寝るか」

 

 ティオナの程良く鍛えられていてしなやかな肢体を抱き締め、ユートも欠伸を一つして目を閉じた。

 

 こうして抱き締めてみると解るが、一人一人で肢体の感触は随分と異なる。

 

 ユートはこの違いを感じながら抱くのが好きだ。

 

 そして夜が明けた。

 

 とはいえ、今は午前六時というユートが眠りに就いてから三時間程度。

 

 黄昏の館の庭へと出て、ユートはアイテムストレージから妙法村正を出すと、鞘から抜き放って素振りを開始する。

 

 ちょっとしたランニングと準備体操、軽めの素振りなどは体調を整える為に、出来る時間がある場合には必ずやっていた。

 

「ユート、早いね」

 

 そんなユートの許に現れたのは、長い金髪に金瞳で白い服を身に着けた美少女……アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

「おはよう、アイズ」

 

「うん、おはよう」

 

 薄く笑みを浮かべつつ、ユートの挨拶に応えた。

 

 手にした愛剣(デスペレート)を抜剣、ユートとは異なる振り方でアイズも軽く素振りを始める。

 

「ユートも……鍛練?」

 

「って、程じゃないかな。時間があれば朝から体調を整えるのに運動をしているだけだし、本格的な鍛練って訳じゃないよ」

 

「……そっか」

 

 納得したのか、素振りに戻ったアイズを見つめて、再びユートも素振り。

 

 良い具合に解れた身体、村正を納刀してストレッチを始めた。

 

「ねえ、ちょっと戦ってみようか?」

 

「アイズとか? そいつも少し面白いかもな……」

 

 デスペレートをユートに対峙をして構えたアイズ、ユートもニッと口角を吊り上げると、妙法村正をアイテムストレージに仕舞うと新たに出すは黒き魔剣──エリュシデータを構える。

 

「それじゃあ」

 

「うん、始めよう」

 

 ダンッ! 互いに脚を踏み出すと瞬間的に接敵し、ユートのエリュシデータとアイズのデスペレートが、甲高い金属音を鳴り響かせて十字に鍔迫り合う。

 

 更なる瞬間に、お互いが離れて次の瞬間には又もや鍔迫り合い、刃を幾度幾度と重ねて周囲に剣撃の音を響かせていた。

 

 ユートの流派──緒方逸真流の剣士は剣による戦いを刀舞と呼ぶ。

 

 これは正に刀舞(ソード・ダンス)

 

「はぁぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 元よりユートは手数にて勝負する緒方逸真流の使い手なれば、アイズの選択は誤りだったと云えよう。

 

 そして、一撃に懸ける重さもまた緒方逸真流の極意なれば……

 

奪命撃(ヴォーパルストライク)!」

 

 刹那のバックステップ、其処から縮地法による最接近からの突き──単発重攻撃である奪命撃(ヴォーパルストライク)だ。

 

 咄嗟にデスペレートの刃を寝かせて受け止めたが、その勢いは殺せなかったとみえて、脚の踏ん張りが利かずに後ろへアイズが圧されていた。

 

 ドンッ!

 

「ぐっ!」

 

 黄昏の館の壁にぶつかって罅を入れ、漸く止まったものの背中に手痛いダメージを受けてしまうアイズ。

 

「止まったと安心はしない方が良いな」

 

「──え?」

 

 いつの間にかユートの手にはもう一振り、白い刃の剣が握られている。

 

 闇祓う白き剣【ダークリパルサー】だ。

 

星光(スターバースト)

 

 拙い!

 

 アイズがそう思った時には最早遅かった。

 

連流撃(ストリーム)!」

 

 LV.5の第一級冒険者たるアイズの目を以てしても尚、見切れはしない怒涛の二刀連撃が襲う。

 

 これが本来の使い手であればまだ見切れたろうが、生憎とユートはこの連撃に慣れており、何より生身でも充分に逸い。

 

 息も吐かせぬ十六連撃。

 

 ガキン!

 

 デスペレートをはね飛ばされ、首筋に【ダークリパルサー】を突き付けられてしまったアイズは、敗けを認めてホールドアップ。

 

「……参った」

 

 パンパンパン!

 

 拍手の音にアイズが驚きながら振り向くと……

 

「フィン?」

 

 ロキ・ファミリア最強のフィン・ディムナが岩へと座り、笑顔で手を叩いている姿が在った。

 

 全く気付いていなかったアイズは、それこそ目を見開いて驚いている。

 

「で、どうだった?」

 

 一方のユートはフィンが居た事に気付いていたか、驚く事もなく瞑目をしながら訊ねる。

 

「どうやら此方に気付いていたみたいだね。気配は消していた心算だけど?」

 

「ああ、だから気付いた」

 

「へぇ?」

 

「世界には生き物だけでなくて、遍く全てに気配というものが存在する。其処で気配を消すとその場だけが気配の空白を生み、違和感を生じさせるものなんだ。だから解るのさ」

 

「成程、気配を消したのがそもそもの間違いか」

 

「穏行なら気配を消すんじゃなく、周囲と同化をするのをお薦めしよう」

 

「忠告、痛み入るよ」

 

 フィンは苦笑いをする。

 

 ユートは座り込んでしまったアイズに手を貸すと、引っ張って起き上がらせながら再び訊ねた。

 

「で? フィンの目から見てどうだった?」

 

「スターバーストストリームだったかい? もの凄い連撃だよね。まさかアイズが手も足も出せない侭で、敗北を喫するなんて」

 

「フィンなら見切れた?」

 

「どうかな、僕にも見切れなかった可能性は高いよ。何よりさっきのは本気じゃなかっただろう?」

 

「そりゃ、敵でもないのに〝本気〟で潰しに掛かったりはしないさ」

 

 ガン!

 

 アイズはショックを受けてしまう。

 

 自分は可成り本気だったと云うのに、ユートは全く本気ではなかったのだ。

 

 確かに〝本気〟の殺意を懐いた訳ではなく、何より虎の子の【エアリエル】を使ってもいない。

 

 だが、それを云ったならユートも魔法を使っていた訳ではなかったし、未知の何かを持っている可能性だってある。

 

 全力全開手加減無しでとまではいかなかったのだ、アイズもユートもお互いがお互いに。

 

 それでも解る事がある。

 

 ユートは強い、少なくとも自分(アイズ・ヴァレンシュタイン)よりずっと。

 

 それは自分では不可能な第五一階層への単独走破、これを成し遂げた事からも明らかだろう。

 

「あの十六連撃よりも上は在るのかい?」

 

「ん? これは元々が他人の技の模倣だからちょっとアレだけど。光環連旋撃(ジ・イクリプス)っていう二十七連撃の奥義が在る」

 

「それはまた……」

 

 二十七連撃──光環連旋撃(ジ・イクリプス)

 

 どうやら、やはりというべきかユートも全力という訳ではなかったらしい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 朝、爽やかな日差しが窓から入ってくる中で、然し爽やかとは程遠い濁り切った瞳の、十五歳にあるまじき形相をした少女がベッドに踞っていた。

 

 ロキ・ファミリアに於ける第二級冒険者、エルフ族のレフィーヤ・ウィリディスである。

 

「ね、眠れなかった……」

 

 これというのも、ユートとティオナが昨晩はずっと同衾している筈で、気になって気になって仕方がないからだった。

 

 強い精霊力を漂わせて、エルフを惹き付ける某かを纏うユート、そんなユートにモンスターから救われ、まるで英雄譚に登場するであろう、英雄とお姫様みたいなシチュエーションにて抱き締められ、恥ずかしかったけど何と無く喜びすら感じていたが、そんな彼がティオナと行き成り関係を持った事が不満だったし、後からスキル関係の実験だと教えれたものの、やはり納得がいかない。

 

 黄昏の館に戻ってからもティオナは積極的にユートへと絡み、まるでもう恋人か何かの様なくっつきっ振りを見せ付ける。

 

 そして実験の続きと称して再びユートの寝床に突撃をして一晩……ティオナが自分の部屋に戻る事は結局無い侭に朝となった。

 

「ハァ、今日はアイテムや魔石を換金しに行く日……サボる訳にはいかないし、起きないと」

 

 ゴソゴソと布団から出たレフィーヤは、装備を整えて洗面所へと向かうと顔を洗ってサッパリする。

 

「ふう。そういえば結局、ティオナさんはどうしたんでしょうか? ユートさんの部屋で寝たのは判りますけど、もう自室に戻ったんでしょうかね?」

 

 やはり気になりつつも、アイズが朝の鍛練をしている筈だなと、レフィーヤはいそいそと庭へ出た。

 

「あ、アイズさん……っていうかユートさんも?」

 

 思わず隠れてしまう。

 

「ねえ、ちょっと戦ってみようか?」

 

「アイズとか? そいつも少し面白いかもな……」

 

 二人の会話を聞いて驚くレフィーヤ。

 

 その直後の模擬戦を一通り観て、レフィーヤは二人の戦闘力に驚きを隠せないでいた。

 

 目で追う事すら困難で、さっきまでの浮わついていた気分が吹き飛ぶ。

 

「す、凄い……」

 

 レフィーヤは魔法使い、故に剣士として動くアイズみたいな戦い方はしない。

 

 だからといって、接近戦が出来ないというのは問題な訳で、目を凝らして二人の模擬戦を観ていた。

 

 殆んど解らないけど。

 

 何しろ、全くと云っても過言ではないくらい見えないのだから。

 

 アイズはスピード型ではあるが、どちらかと云えば力押しのタイプだと剣には素人なレフィーヤも理解をしていたが、ユートも同じスピード型なのにアイズとは異なるタイプ。

 

 その程度には解った。

 

 ユートはアイズの攻撃を往なし、その反動を速度に乗せて反撃をしている。

 

 その後は寧ろ逆に力押しとしか思えない連撃を繰り出し、フィンが現れて模擬戦も終わりを迎えた。

 

 よく解らない戦いだったものの、レフィーヤにとって憧れのアイズと互角以上に戦えたユート、普段なら敵意すら懐きそうなのに、今のレフィーヤはユートに見惚れるのみ。

 

「アイズさんとあれだけの戦いが出来るなんて……」

 

 仮にこれがまだユートが識らない後輩の白兎なら、完全に敵意しか浮かばなかったかも知れないが……

 

「さて、それじゃあ朝食の時間だから食堂に行こう」

 

 フィンの言葉にハッとなるレフィーヤは……

 

「レフィーヤ、いつまでも隠れてないで行くよ」

 

 ユートに声を掛けられて愕然とした。

 

「って、バレてる?」

 

 未熟なレフィーヤ故に、フィンすら隠れ切れなかったユートに対し、凡そ隠れ仰せる筈もないのだ。

 

 渋々、出ていく。

 

「うう、ユートさんは本当にLV.1ですか? 私、自信がガリゴリと削り取られているんですが……」

 

 元々、殆んど無い自信ではあっても、LV.2からロキ・ファミリアに入団してLV.3にランクアップをしたレフィーヤはなりに自信は有った……筈。

 

 それが、冒険者になって一ヶ月足らずのLV.1たるユートは、そんな自分を遥かに凌駕をしている。

 

 最初の能力が高かったとは聞いたが、【神の恩恵(ファルナ)】も無しで英雄染みた能力を持つなどとても信じられない話。

 

 だが、レフィーヤからすれば王族(ハイエルフ)たるリヴェリア・リヨス・アールヴは元より、憧憬の対象であるアイズ・ヴァレンシュタインまでがユートから背中を見せられ、其処に刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)を読んで判断した。

 

 間違いなくLV.1。

 

 数値も初期ステイタスとしては高いが、そんなにも特別なものではない。

 

 スキルと魔法に関してはおかしいけど。

 

 リヴェリアもレフィーヤも魔法関連はバグっているのだが、ユートはそれに輪を掛けていると思われる。

 

 リヴェリアの【九魔姫(ナイン・ヘル)】やレフィーヤの【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の二つ名が示す、本来は魔法スロットの限界数たる三つの魔法を越えて使える二人。

 

 特にレフィーヤ、エルフの魔法であるならば詠唱文と効果を完全に把握して、対象の魔法と召喚分の精神を支払えば扱えるという、正に反則レベルの力。

 

 だけど、それでもルールに抵触してはいない。

 

 飽く迄もその魔法個体を使えるが故なのに対して、ユートの魔法は群としての魔法と云えた。

 

 明らかにおかしい反則もいい処。

 

 まあ、ユートはオラリオの……この世界の理からは外れているのだが、それはレフィーヤに窺い知れない事実であろう。

 

 そしてファミリアの主神ロキの部屋、其処から途徹もない絶叫が上がった。

 

「な、何やのこれぇ!?」

 

「どうしたの?」

 

「どうもこうもあるかい! 確かにドチビん所の眷属(こども)のスキルについては聞いとったが、更新無しで三百オーバーってぇ……ティオナ、己らいったい、何十発ヤっとんねん!」

 

 

 

名前:ティオナ・ヒリュテ

所属:ロキ・ファミリア

種族:アマゾネス

職業:冒険者

 

力:A889+120

耐久:A867+60

器用:B778+33

俊敏:A801+118

魔力:I0+0

 

強化数値:+331

 

【発展アビリティ】

拳打G

潜水G

対異常H

破砕I

 

【魔法】

無し

 

【スキル】

狂化招乱

大熱闘

 

 

 

「しかも、力が一〇〇九ってぇ……評価がSSの限界突破とか!」

 

「嘘、マジに?」

 

 元来、基本アビリティの数値限界はS999。

 

 これを数値として越える事は有り得ない筈だけど、事実としてティオナの数値はソレを越えている。

 

「恐るべし、【情交飛躍(ラブライブ)】……やね」

 

 これはドチビは兎も角、ユートとは仲良くした方がお得かも知れないと、ロキはトリックスターとしての頭脳を働かせて考える。

 

「出来たらウチに改宗(コンバージョン)して欲しいくらいやが……まあ、ウチの眷属とは幸い仲良しみたいやし、無理してうちが嫌われたら元も子も無いな」

 

 ロキ・ファミリアの女性陣は綺麗処が多く、能力の不足からサポーターに甘んじる者も居る。

 

 中にはどんな手段を以てしても力が欲しい者だって居るだろうし、上手くやればロキ・ファミリアの強化にも繋がるだろう。

 

 その為ならあのロリ巨乳な【ドチビ】と、ある程度は歩み寄るくらいしたって構わない。

 

「嗚呼、これや! これやから地上は面白い!」

 

 因みに、ぶつくさと呟くロキに対してティオナが、不気味なモノを視る様な目を向けているけど、全く以て気付いてはいなかった。

 

 

.

 




 ティオナのステイタスはソード・オラトリア3巻のものに、強化数値を+したものとなっています。

 大双刃が二代目となっていたし、第1巻の遠征後に更新した数値だろうから、間違いではない筈?

 白兎より以前に天元突破してしまいました。




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第14話:魔石の換金は間違っているだろうか

 やっと書けた……





.

 朝食時、フィンに紹介をされる形で壇上に上がったユートは、本当に短い間ながら供に出来た事へ感謝を伝えると共に、今日の換金にも付いて行く意向を話す事となる。

 

 一緒に行くのはアイズ、レフィーヤ、ヒリュテ姉妹の四人だとフィンが言う。

 

 四人は四様であっても、歓迎をしてくれていた。

 

 また、換金を終えてから遠征後の御約束の宴会にも出る事になる為、その時も『宜しく』と一言。

 

 朝食を済ませた直後に、何人か女の子をロキが集めていたけど、ユートは特に不審には思わずティオナに引っ張られて外に出た。

 

 既にアイズもティオネもレフィーヤも揃っており、準備万端に整っている風情で此方を見ている。

 

 勿論、換金に出かけるであろう面子も集まっているらしく、大勢が中庭にワイワイガヤガヤと騒がしく、これがロキ・ファミリアの御約束だと理解が出来る。

 

「やあ、遅くなったね」

 

 後ろからフィンが笑顔で皆に声を掛けてきた。

 

 フィンは小人族であり、故に他の種族に比べてしまうと小柄だが、LV.6でロキ・ファミリア最強たる団長の名は伊達ではなく、全員が直立不動となった。

 

 ダンジョンから持ち帰った戦利品──魔石やドロップアイテムや拾得物の換金というのは、謂わば遠征後の最大イベント。

 

 勿論、消費したアイテムの補充や消耗した武具などの修復は元より、様々なる仕事が目白押しなのだ。

 

 しかも最大派閥といった肩書きは伊達でも酔狂でもなく、人数が人数なだけに扱う量も半端ではない為、留守番も居るが団員殆んど総出で街に繰り出す。

 

 それぞれが役割に従い、皆で換金をするのだ。

 

 今回、アイズ達に振られた役割はいつものものだけではなく、ユートの案内や換金のやり方初心者編を見せるという事。

 

 他派閥のユートに随分と親切だが、当然ながらロキにも考えあっての話。

 

「みんな〜! 夜は恒例の打ち上げやからな〜っ! 遅れんように〜!」

 

 ロキからの送り出しに応えしゅーっぱーつ、進行! とばかりに歩き出す。

 

 目抜通り──位置的には八本が存在する中でも北西のメインストリートへと出ると、通称【冒険者通り】を全員で進んでいった。

 

 有名ファミリアの進行、それは多くの者が目撃をするし、ヒソヒソと遠巻きに見ながら話もしている。

 

「う〜ん、何かやだな……こういうのって。ベート辺りなら喜びそうだけど」

 

「ベートとて其処まで下品ではないぞ、ティオナよ。アヤツはアヤツなりに第一級冒険者として矜持と自覚がある」

 

「ええ? うっそだー! ガレスってば何でベートの肩を持つの?」

 

「蔑むのと増長して傲るのは違う。少なくともアヤツの中ではきっちり線引きが為されておるらしい」

 

「意味解んないよー」

 

「少なくとも、ベートには強さに関する拘りってのが有るみたいだよ」

 

 ユートが言う。

 

「そうなのかな?」

 

 現在、ベートは本拠地で雑用を押し付けられて待機をしている処だ。

 

 そんなベートの話題を挙げつつも、ユートを含めてロキ・ファミリア一行は、白い柱で造られた荘厳なる万神殿(パンテオン)の前庭にまでやって来た。

 

 ギルドの本部なだけに、佇まいは立派なもの。

 

 ユートも登録やら何やらで何度か訪れてるのだが、目的は基本的にエイナ・チュールと会う事。

 

 美人なハーフエルフで、仕事も有能らしい。

 

 何故かユートは妖精種族──殊更にエルフ族関係やドワーフ族から好意を寄せられ易いらしく、ハーフとはいえエルフのエイナからも軽い好意を感じた。

 

 レフィーヤの時みたく、直接的な某かをしなければ

それ以上の関係にはならないだろうが、ユートとしてはそういうのもアリかな〜とは思っている。

 

 彼女の持論には閉口してしまうけど。

 

 その昔、ハルケギニアの時代にユートはアルビオン戦役の後に、冒険者が稼ぐ為と仲間を鍛える為に自らがダンジョンを構築して、それを使ってのレベルアップに励んだもの。

 

 トリステイン王国の隅、決して人里に近くない場所であり、ダンジョンの内容は地下百階層にも及んだ。

 

 一階層の広さは空間湾曲技術も使い、この世界に於けるダンジョン並には拡がりを見せていた。

 

 モンスターは地下一階層から地下十二階層までは、ハルケギニアの魔獣や亜人──オーク鬼やトロル鬼やオーガーやミノタウロス──などを転移させて湧出、十三階層以降は別の世界のモンスターなどを転移召喚するシステムを構築して、様々なモンスターが蔓延る凶悪なダンジョンと化す。

 

 まあ、余りにも凶悪が過ぎたらしくてギーシュ達は最初、泣き叫びながら這う這うの体で逃げていたりした訳だが……

 

 もう遥かな過去の話だ。

 

 それから二度の転生を経ており、相対的には数百年を越える時間が経つ。

 

 あの頃の者は閃姫契約をした娘達以外、もう存在もしてはいないのだ。

 

 それが少し寂しくて。

 

「僕とリヴェリア、ガレスは魔石の換金に行く。此処からは各々の目的地に向かってくれ。換金したお金はどうかちょろまかさないでくれよ? ねえ、ラウル」

 

「あれは本当に魔が差しただけっす! 本当にあれっきりですよ、団長!?」

 

「はは。じゃあ、一旦解散をしようか」

 

 こうしてロキ・ファミリアは解散して、それぞれの目的を果たすべく動く。

 

 ユートも先ずは魔石の方を換金するべく、フィン達に続いて換金所へと向かう事となった。

 

 勿論、一時はアイズ達もフィン達と一緒である。

 

「ふむ、此処が換金所か」

 

 職員が座り、カウンターが設置されている。

 

 どうやら現在は冒険者が換金中らしく、どんな感じかを見学してみる事に。

 

「待てよ、こんだけな筈がねーだろ? もっぺん数えてみろよ!」

 

「どう言われようとこの額に変わりありませんよ」

 

「ふ、巫山戯んなよ!? これじゃ……クソ!」

 

 修羅場っていた。

 

「何だあれ?」

 

「ああ、ソーマ・ファミリアの団員だよ」

 

 ティオナがユートの疑問に答えて教えてくれる。

 

「ソーマ・ファミリア……つまり、神ソーマの派閥。ソーマって神酒の事か?」

 

 ユートがパッと思い出せるのは、【真・女神転生】などに出てくるアイテムの【ソーマ】だったり。

 

 大元はインド系神話に於ける飲み物で、ゾロアスター教の【ハオマ】と起源を同じくする。

 

 ソーマは神格化されている筈だから、確かにソーマという神がこの世界に存在してもおかしくない。

 

 何故ならこの世界の神は地球の神々と同じ名前を持っており、ある程度であれば似た関係を持つ神も居るみたいだから。

 

 例が神ミアハと神ディアンケヒトだろう。

 

 これはミアハから聞いた話だが、どうやらディアンケヒトとは仲違いをしているのは確からしい。

 

 果たして彼らが地球みたいな親子かは知らないが、そういった事象も加味されているのだ。

 

「随分と必死だな」

 

「よくは判らないんだけどねぇ? 何かソーマ・ファミリアの連中って稼ぐのにすっごい必死なんだよ」

 

「だから、ああやって食い下がるみたいね」

 

「成程……」

 

 ティオナとティオネは、どうやら彼らソーマ・ファミリアの無様にも見えるだろう必死さに辟易しているらしく、嘆息しながら白けた瞳で見ながら説明する。

 

 ユートからしても少しばかり不愉快だったが、人はそれぞれで違う……異なる視点に立って行動するのだと割り切って、見学を止めると別の空いたカウンターへ向かう為に歩く。

 

 フィンもリヴェリア達とカウンターに向かった。

 

「そういやさ、ユートって荷物とか持ってないけど、換金する魔石やドロップアイテムは?」

 

「ああ、ちゃんと持っているから心配は要らないよ」

 

「そう?」

 

 まあ、実際にもユートはモンスターをこれでもかと斃しまくっていた訳だし、それでも荷物を持っていなかったから、何らかの手法で荷物を持っているのだと考えるしかない。

 

「スキルかな?」

 

「訊いてみたら?」

 

「そだね」

 

 身も蓋もないティオネからの提案に、考えるのが少し苦手な肉体派のティオナはあっさり頷き同意した。

 

「ねぇ、ユート?」

 

「うん?」

 

 ティオネなら未だしも、ティオナが腕に組み付いても柔らかな双丘は無くて、だけど程よく鍛えられている肉体のしなやかさには、ユートも満足をしながらも問い掛けに応える。

 

「ユートの荷物って結局、どういう理屈で運んでるのかなって思ってさ」

 

「ああ、魔法だよ。創作魔法の【ステータス・ウィンドウ】と云ってね、恩恵によるスロットとは無関係に扱えるモノなんだ。更にはフルスペックで制限解除、だから僕は無制限に魔石やドロップアイテムを身軽に運べるって訳だ」

 

 正にサポーター要らず。

 

「え、ナニソレ……怖い」

 

 流石に引いたらしいが、すぐに有用性に気付く。

 

「恩恵と無関係って事は、可成り便利だよね。しかも無制限にアイテムを仕舞えるとか……」

 

「若しかして、後付けとかも可能なのかしら?」

 

 ティオネは肉体派だが、妹よりは頭が切れる。

 

 だから気付けた。

 

「うん、そもそも【ステータス・ウィンドウ】の魔法は術式をカード化してて、それをインストールし焼き付ける事で、簡単に使える様になるからね」

 

 四人──アイズとレフィーヤとヒリュテ姉妹が一斉にユートの方を向く。

 

「本当に?」

 

「ああ……こいつを使えばあっという間に」

 

「ほしい!」

 

「……私も」

 

「確かに便利よね」

 

「はい」

 

 いの一番にティオナが、次にアイズが欲した。

 

 そして、ティオネとレフィーヤも同じ意見。

 

「百万ヴァリスで最低限のスペックのモノを売る」

 

「ひゃ、百万……」

 

「少し、高いね」

 

 別に第一級冒険者であるティオナとアイズならば、百万ヴァリスは高いと云える程でもないが、いつ大金が必要になるか判らないのだから余り不用意には使えなかった。

 

「最低限……という事は、何段階か有るのね?」

 

「ティオネ、正解」

 

「最低限だとどの程度?」

 

「アイテムは五種類を五つずつ格納可能、お金はだいたい五万ヴァリスくらいを仕舞える。後は魔法に付随したスキルを一つ、付ける事が可能となるな」

 

「可成り限定的ね。スキルというのは? 恩恵と関係は無いのよね?」

 

「無い。僕が編纂してきたスキルが有るから、それを使える様になる。例えば、【疾走】だと走る速度などが習熟度に応じて速くなる……とかね」

 

 基本、SAOやDQなどのスキルが使える。

 

 例えば、【戦闘時回復(バトル・ヒーリング)】や【火炎斬り】など。

 

「それは便利ね。フルスペックとやらは?」

 

「格納が可能な金額及び、アイテム数に制限が無くなるのと、スキル数が二十個にまで増える」

 

「……後からスペックを上げる事は?」

 

「勿論、出来る」

 

 ティオネからの質問に、ユートは淀みなく答える。

 

「それで、フルスペックの値段は?」

 

「十億ヴァリス」

 

 時が凍り付く。

 

 余りにも余りでべらぼうな価格に、全員が固まってしまったからだ。

 

 因みに、アイテムの自動収納はフルスペックでないと実現はしない。

 

「貴方のはフルスペックってやつよね?」

 

「勿論だよ」

 

 暫し考え込むティオネ。

 

 ユートは今の内にと換金をするべく、ギルドの職員へと話し掛けた。

 

 とはいえ、換金が出来る魔石の数がロキ・ファミリア総出並ときては、小さなカウンターで並べるなんて不可能だ……という訳で、別室を用意して貰う。

 

 何のモンスターの魔石で幾つ有るか、それも【ステータス・ウィンドウ】には表示されている為、価値の審査も数えるのもすぐに済んでしまった。

 

 キラーアントの魔石など千を越えており、数えるのに一人では難儀をする。

 

 仕方無く職員はロキ・ファミリアの遠征並な魔石を数名で、割かし時間を掛けて数えるしかない。

 

「後、これらだね」

 

 比較的というのも莫迦らしい大きさの魔石、どれくらいかと云えばそれは小さな子供程の物だ。

 

「こ、これは?」

 

 三つの巨大な魔石を見ながら、ユートへとギルドの職員が訊ねてきた。

 

「ゴライアスとウダイオスとバロールの魔石だ」

 

「っ!? 迷宮の孤王(モンスターレックス)……」

 

 普通なら単独撃破なんて現実的ではなく、そんな事が出来るのは彼の【猛者】くらいで、次点が【勇者】であろうか?

 

 序でにドロップアイテムも換金していく。

 

 数が余りに多かったし、中には普通なら御目に掛かれないレアアイテムなんかも有り、換金しなかった物を除いても魔石とドロップアイテムで一億ヴァリスを悠に越えていた。

 

 他のレア物なドロップアイテムは、ティオネからの忠告からこれから移動する所で売る事にしている。

 

「後は……」

 

 どうにも色がおかしい、ヴィルガの魔石だ。

 

 本来、魔石とは紫紺色が普通なのだがヴィルガのはケバい極彩色。

 

 ちゃんと換金が出来るのかも怪しかった。

 

「少し良いかね?」

 

 ヴィルガの魔石を出そうとしたその時──背後から突如として話し掛けてくるフードを被る男?

 

「別に構わないが、連れが驚くからそういう現れ方はしないでくれるか?」

 

「ふむ、それは済まない」

 

 悪びれた風でもなく謝罪の言葉を口にする。

 

「何の用かな?」

 

「君が持つ特殊な魔石……それを全て買い取りたいのだが、どうだろうか?」

 

「へぇ、随分と良い目を持っているみたいだねぇ? 幾らで買う?」

 

「通常の三倍出そう」

 

「良いだろう。此処で出すのは困るのだろうから……どうするのかな?」

 

「付いて来て欲しい」

 

 ユートは頷くと……

 

「アイズ達は暫く待っていてくれないか?」

 

 彼女らへと声を掛ける。

 

「ん、判った……」

 

 声を掛けられたアイズを始めとして、残りの三人も頷いてくれた。

 

「それじゃ、案内してくれるか」

 

「此方へ」

 

 段々と下へ降りている様に感じるが、道は灯りの一つも点されていないからか真っ暗である。

 

 それなりに歩いて辿り着いた先には、まるで玉座に座る王の如く巨大な人。

 

「神……だな?」

 

「ウラノスだ」

 

「ウラノス?」

 

 ユートの世界ではギリシア神話体系の天空神。

 

「フェルズ、この者か? 彼の魔石を大量にギルドへ持ち込んだのは」

 

「ああ、そうだよウラノス……本来なら斃せば魔石も喪われる筈が、彼は持ち帰ってしまった。余り出回らせたくはないからね」

 

「……そうだな。買い取りは任せる」

 

「判った」

 

 フェルズと呼ばれた黒衣がユートに向き直る。

 

「魔石を出してくれ」

 

 右腕を振り、ステータス・ウィンドウを展開して、アイテム欄からヴィルガの魔石をタップすると大量の魔石が部屋に顕れた。

 

「ほう、面白い魔法だな。ふむ……まさかこれ程の数だとはな」

 

「六三七個だ」

 

「ふむ……」

 

 フェルズが紙に何事かを書き記して、書き終えたのかそれを渡してくる。

 

「先程のカウンターの職員にこれを渡せば、君に金を支払ってくれるだろう……何も詮索せずに受け取ってくれ給え」

 

「詮索はしないさ。だけど質問がある」

 

「何かね?」

 

「今後も同じ種類の魔石を手に入れたら、買い取りはしてくれるのか?」

 

「私の名を呼べば伺おう」

 

「フェルズだったか?」

 

「そうだ」

 

「了解した。それとヴィルガのドロップアイテムの方は普通に換金するのか?」

 

「そちらは問題無い」

 

 訊きたい事を訊いたら、ユートは手を振りながらもさっさと出口に向かう。

 

「毎度あり」

 

 そしてアイズやティオナらが待つ換金所へ戻った。

 

 

.




 取り敢えず、ウラノスとフェルズとの顔合わせ。




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第15話:ティオネの商談は間違っているだろうか

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 結構な稼ぎをウラノスとフェルズを相手に獲た事、それはこれからの暮らしに大いに役立つだろう。

 

 次なる行き先はアイズ達の持つ──ユートが売った──カドモスの泉水を依頼主の許である。

 

 清潔な白一色の石材にて造られた巨大なる建造物、それには【ディアンケヒト・ファミリア】を表す光玉と薬草のエンブレムが飾られており、堂々自らの拠点であると示していた。

 

「ヤッホー、アミッド! ひっさしぶりー!」

 

「いらっしゃいませ、ロキ・ファミリアの皆様」

 

 建物に入るなりティオナが右手を挙げ、カウンターに立つ長い銀糸の様に綺麗な髪の毛、まるで精緻なる人形みたいな整った容姿、一五〇Cにも届かないだろうユーキレベルな身長に、紫水晶の様な双眸に儚げな長い睫毛が掛かり、とても美しい少女へ挨拶をする。

 

 アミッドと呼ばれた少女も銀髪をサラリとこぼし、ロキ・ファミリアに対して一礼をしてきた。

 

「ティオナ、彼女は?」

 

「アミッド・テアサナーレって名前でね〜、二つ名は【戦場の聖女(デア・セイント)】って云うんだ!」

 

「デア・セイント……ね。二つ名ってのは、アイズの【剣姫】みたいな?」

 

「そ、LV.2以上になると神様が考えてくれるよ。因みに私は【大切断】……アマゾンだね」

 

「だ、大切断と書いてアマゾンって……仮面ライダーアマゾンじゃないか」

 

 アマゾネスだからか? とも思ったが、アマゾネスはこの場にもう一人。

 

「ティオネは?」

 

「ん? 【怒蛇】でヨルムガンドよ」

 

「ヨルムガンド、ミドガルズオルムの別名か……」

 

 チラリとレフィーヤを見遣ると……

 

「私は教えましたよね? あれ? まだ言ってませんでしたか? 【千の妖精】でサウザンド・エルフと、そう呼ばれています……」

 

 恥ずかしそうに頬を染めつつも二つ名を伝える。

 

 否、実際に恥ずかしいのかも知れない。

 

「……【剣姫】」

 

「いや、アイズのは間違いなく知っているから」

 

 負けじとアイズが言うのにツッコミを入れた。

 

 一応、フィン・ディムナやリヴェリア・リヨス・アールヴやガレス・ランドロックが【勇者】や【九魔姫】や【重傑】と呼ばれているのは聞いていたが、よもやそれが神々による名付けだとは思わなかった。

 

「若しかして僕もLV.2になったら付けられてしまうのか? 二つ名を」

 

「はい、そうですね」

 

 割かしあっけらかんと言うレフィーヤ、それだけ当たり前な事象なのだろう。

 

「因みに、ロキ・ファミリア以外で二つ名の例を訊きたいんだけど……」

 

「オッケー」

 

 ティオナが知る余所様の二つ名を挙げていく。

 

 羅列されるそれらを聞いたユートは、顔を掌で覆いながら天井を仰ぎ見た。

 

「痛い、余りにも酷く痛々しい中二病な名前だ」

 

 神々の名付けのセンスが中二病真っ盛りなのか? 或いは面白可笑しく巫山戯半分にわざと付けたのか?

 

 何と無く後者な気がし、ロキやヘスティアに確認を取ろうと決意した。

 

 ユートも権能に中二病も真っ青な名前を付けたが、面白半分で他人にその様な名前を付けて笑い者にするのなら、最早それはユートにとって【討つべき邪悪】と変わらない。

 

 そんな事を考えているとアミッドが口を開く。

 

「それで、御話し中に申し訳がありませんが。ロキ・ファミリアの皆様がいらしたのは依頼の品を納めに来て下さったと、そう考えて宜しいのでしょうか?」

 

「あ、ああ! ゴメンね、アミッド。そうだよ」

 

 ティオナがアミッドからの質問に答えると、ティオネがカドモスの泉水を取り出してカウンターに置く。

 

「ディアンケヒト・ファミリアから依頼をされていたカドモスの泉水よ。要求量も満たしている筈だから、確認してみて」

 

 冒険者依頼(クエスト)、それを聞いてユートが思い出すのは前々世の頃の事、自らが生み出したダンジョンに一喜一憂する冒険者。

 

 それに、前世で散々っぱら遊んだVRMMO−RPGであるSAOやALO。

 

 他にもザールブルグの事など多岐に亘る訳だが……

 

「そういえば、キリト達を連れて来るのも面白いかも知れないって思ったけど、〝コスト的に〟全員はまだ呼べそうにないな」

 

 今は不可能だろうけど、その内に喚んでみると愉しいだろうと考え笑う。

 

 アミッドが泉水を一頻り調べ、問題は無いと判断をしたらしく再び一礼。

 

「確かに……依頼の遂行をありがとうございました。ファミリアを代表して御礼を申し上げます。つきましては此方が報酬となりますので、御受け取り下さい」

 

 ユートがフィンから事前に聞かされていた通りで、万能薬(エリクサー)が二十も用意された。

 

 薬品販売を手掛けているディアンケヒト・ファミリアが販売する中に在って、最高品質を誇るそれらの品は単価にして五〇万ヴァリスはくだらないとか。

 

 二十本で一千万ヴァリスともなれば、間違って落としでもしたら大変だ。

 

 ティオネは暫し考えて、ユートにこっそりと話しを持ち掛けてくる。

 

「ねえ、ユート?」

 

「どうした?」

 

「貴方、確かカドモスを斃したのよね? 二頭も」

 

「ああ、斃したな」

 

「皮膜をドロップしなかったかしら?」

 

「しているが……」

 

 ティオネは我が意を得たりと口角を吊り上げる。

 

「カドモスの皮膜は防具の素材に良いけど、薬品なんかの触媒とかでも良い素材となるわ。私が此処で高く売るから、上手くやったら報酬として私に貴方のアレ……くれないかしら?」

 

「アレって、ステータス・ウィンドウか?」

 

「ええ、どうかしら?」

 

「皮膜の相場は?」

 

「数百万ヴァリスね」

 

 結構な高値だ。

 

「対価を一割としたら少し足りないが?」

 

「フッ、見ていなさいな。私が一千万ヴァリス以上の値で売って見せるわよ」

 

 自信満々に言うティオネはアミッドの居るカウンターの前に立つと、仁義無き交渉を始めるべくおもむろに口を開いた。

 

「ねぇ、アミッド」

 

「はい?」

 

「実はね、探索中に深層で珍しいドロップアイテムが手に入ったの。序でに鑑定して貰っても良いかしら? 良い値を付けてくれるなら此処で換金するわ」

 

「判りました、善処を致しましょう」

 

 ユートがアイテムストレージ内のカドモスの皮膜をタップ、ストレージから出してアミッドへと渡す。

 

「これは……」

 

「カドモス皮膜よ。運良く手に入ったの」

 

 手袋を填めて渡された物を見定めるアミッド。

 

 防具の素材にして良し、回復系アイテムの素材にしても良しな優秀なアイテムであるが故にか、商業系のファミリアからしたら喉から手が出る程欲しい物。

 

 更には深層の、【迷宮の孤王】を除けば最強クラスのモンスターが稀に落とすレアアイテムという事も手伝って、これ一つで確かに数百万は惜しくない。

 

「カドモスの皮膜、本物の様ですね。品質も上々」

 

「そう? それで買値は幾らを付けてくれる?」

 

「七〇〇万ヴァリスでお引き取りしましょう」

 

「フフ、一五〇〇」

 

 何と提示された倍額以上を吹っ掛けた。

 

 それを聞いたレフィーヤが思わず万能薬の入った箱を取り落として、アイズが地面ギリギリで何とかかんとか受け止める。

 

「お戯れを、八〇〇までなら出しましょう」

 

 人形染みた美貌に陰りは無いが、それでも肩を震わせるアミッドは冷静に百万をプラスした。

 

「ね、アミッド? 貴女が言った通りでこの皮膜……品質は申し分ないと私も思っているわ。今までに出回った物より遥かに上等だって自負出来る程。だ・か・ら……一四〇〇」

 

 互いに譲り合っていても妥協はしないのが商談。

 

 行き成りな状況にアイズ達は推移を見守るしか無くなり、とはいえカドモスの皮膜はユートが手に入れたドロップアイテム、代わりに商談をするのは慣れてないユートの為だが、流石に吹っ掛け過ぎである。

 

「ちょ、ちょっとティオネ……やり過ぎだよ?」

 

「フッ、ティオナ」

 

「な、何さ?」

 

「アンタだってまだ慣れないユートの為に何かしたいと思わない?」

 

「そ、そりゃ……まぁ」

 

 ティオナがステイタスを上げる実験で、身体を許しただけでなく随分と心をも許しているのは火を見るより明らか、こんな風に言えばティオナは黙ると考え、試しに言ってみたら実際に押し黙ってしまう。

 

 そんな双子の妹を『可愛いものね』と思いながら、アミッドとの商談に手加減無しで挑んだ。

 

 あの魔法……ステータス・ウィンドウとやらは随分と秀逸なものだし、はっきり言ってティオネはこれからの探索に向けてあの魔法が欲しい。

 

 初期段階では大した恩恵も得られないが、取り敢えず自分に実装を試して損は無さそうだと判断。

 

 ならば、この程度の手間は惜しむまい。

 

 実際に初期段階の場合、五種類のアイテムを五個ずつまで格納可能、これは余りにも少ないだろうけど、在るのと無いのとでは大きく違ってくる。

 

 例えば第一八層リヴィアの街ではドロップアイテムや魔石の換金が可能だが、可成り足下を見られた価格設定なのだ。

 

 だから少しでも魔石などを地上まで確保したいし、お金も十万ヴァリス程度でも格納が出来るなら、荷物も減らせるというもの。

 

 しかも、行きしなで水や食料をアイテムストレージに入れておけば、それだけでポーチやバッグが要らず戦闘が楽になる。

 

 スキルというのは未知数だけど、それは後で聞けば済む話だし。

 

「八五〇……これ以上は出せません」

 

「今回、殺り合った強竜は活きが良くってね、危うく死に掛けたわ。私達が削った寿命の分も加味してくれると有り難いわ。一三五〇でどうかしら?」

 

 ティオネの言い分を聞いたティオナ達、いけしゃあしゃあと……実際に皮膜を手にしたのは、カドモスと戦ったのはユートであり、ティオネは何もしてない。

 

 まあ、そもそも交渉自体がユートの為だから敢えて口出しはしなかった。

 

「ふう、私の一存では流石に決めかねます。少々御待ち下さい、ディアンケヒト様と相談してきますので」

 

 幾ら何でも、千を越えてしまうとアミッドが動かせるヴァリスを越えているらしく、ディアンケヒトへと話を通す必要を感じた。

 

 とはいえ、それを見逃すティオネではない。

 

「そう、じゃあ仕方ない。この皮膜は他のファミリアへ持っていきましょうか。時間も無いしね」

 

 ティオネとはそれなりに長い付き合い、彼女がそう言うなら間違いなく余所へ持っていくだろう。

 

 アミッドは小さく溜息を吐き、諦めた様な表情となって振り返る。

 

「一二〇〇で、それで買い取らせて頂きます」

 

「ありがとう、アミッド。持つべきものは友人ね」

 

 千二百万ヴァリスもの、可成りの大金が大袋に入れられてドシャリとカウンターに置かれ、それをアイズが恭しく受け取った。

 

「ゴメン、アミッド」

 

「いえ、足下をみて冒険者依頼を発注したのは此方が先ですので……」

 

 可愛らしく微笑む。

 

「お互いに痛み分けで手打ちに致しましょう」

 

 それは見惚れるくらいにとても良い笑顔だった。

 

 元より、アミッドは聡明で心優しい少女である為、治療師として自分達を癒してくれる彼女にアイズ達も心を許している。

 

 そしてアミッドもファミリアという〝柵〟を越え、アイズ達を信頼していた。

 

 だからこの程度の遣り取りで壊れはしない仲だし、寧ろ、これくらいが丁度良いくらいである。

 

「もう、次からアミッドと顔が会わせ辛いよ〜」

 

「あの子だって理解してくれてるわよ。それに百万を越えなきゃ意味無いし」

 

「百万?」

 

「そ、という訳ではいこれ……一二〇〇万ヴァリス。一割で百二十万ヴァリスだから、ちょっとオマケしてくれると嬉しいわ」

 

 スッゴく良い笑顔を浮かべて請求してきた。

 

「仕方がないな。獲得出来るスキルを一つ増やそう」

 

「それで構わないわ。でもスキルって結局、何なの? 私達が【神の恩恵】で獲られるスキルとは別物なんでしょう?」

 

「まあね。出掛ける前にも言ったけど、僕が編纂したスキルが使える」

 

「【疾走】だと足が速くなるって話だったわね」

 

「そう。他にもレフィーヤなら【魔力上昇】を取れば魔力値が一.二倍になる」

 

「うわ、確かに便利です」

 

 【魔力上昇】の効果を聞いたレフィーヤが感嘆の声を上げ、キラキラとした瞳でユートを見遣る。

 

「他にも【アタッカー】は物理、魔法に拘わらず最終ダメージを一.二倍にするから、レフィーヤのみならずアイズやティオナ達にもわるくない効果だ」

 

「ふむ、それが二つ……」

 

「無くても困らないけど、有ったら便利な機能拡張って処だね」

 

 ユートはインストールするカードを取り出し、更に術式への介入を行った。

 

 初期段階の【ステータス・ウィンドウ】にスキル枠を増やしているのだ。

 

 実はフルスペックに於けるスキル二〇とは正確ではなく、単純にスペック別に仕分ける為のもの。

 

 だからこそ、スキル数を増やすのは可能である。

 

「はい、これがインストールカードだ」

 

「フフ、ありがとう」

 

 以前にも何度か誰かしら渡していたインストールカードで、よく覚えているのがギャスパー・ヴラディにユートの【千貌】を幾つかに機能を分けたその一つ、【女体化】を渡した時。

 

 何しろ、有り得ない反応をしてくれたから。

 

「すぐに使うなら人気が無い場所へ行こう」

 

「人気が無い場所?」

 

「実は、男だと単に内側が熱いで済むんだが、女性の場合は何故か加えて性的に興奮するんだよ」

 

「は?」

 

 意味が解らないと謂わんばかりなティオネ、アイズとレフィーヤは顔を紅く染めてしまう。

 

「インストールの際に内側から熱を持つんだけどな、女性は其処にオーガズムを感じるらしくてね」

 

「ふう、それは団長以外の男性に見せられるものではないわね」

 

 取り敢えずは、人通りが無い場所を選んで更に裏側に回っておく。

 

 万が一、誰かに見られてしまわない様に。

 

「で、インストールってのはどうやるのよ?」

 

「胸元を開いて肌に直接的に触れてやれば、後は勝手にインストールカードの方で入り込むさ」

 

「胸元……見ないでよ?」

 

「はいはい」

 

 後ろを向くユート。

 

 ティオネとしてはやはり団長──フィン・ディムナ以外には見せたくないという事だろう。

 

 妹とは違って豊かな胸を外気に晒して、ティオネは手にしたインストールカードを双丘の間に押し付け、カードの認証を待つ。

 

 ズブリ……

 

「くっ!」

 

「ティオネ!?」

 

「ティオネ!」

 

「ティオネさん!」

 

 アイズ、ティオナ、レフィーヤが声を上げる。

 

 ズブズブズブ……

 

 カードがティオネの体内に潜り込み始めていた。

 

「ん、うん!」

 

 内股となって太股を擦り合わせているティオネは、ユートが言っていた言葉の意味を理解する。

 

 カードが徐々に入ってくる度に全身を貫く快感は、確かに性的な興奮だった。

 

 ユートがおかしいと思ったのは、曲がり形にも男の筈のギャスパー・ヴラディが何故か性的な興奮をしていたからだ。

 

 唯でさえギャスパー・ヴラディは男の娘としか言い様が無い顔、それがカードの効果で【女体化】していたからさぁ大変。

 

 まだ当時は未熟であったユートは、そんなギャスパーの姿に屹立させた。

 

「うん、あ……」

 

 ユートは見ていないが、衣擦れと嬌声と雌の臭いでどんな状況か解る程度に、ユートは性経験がある。

 

 実際、今にも脱いでしまいそうな勢いで服を掻き毟っているティオネは、熱に浮かされて大粒の汗を流しながら、股間からは汗とは違う湿り気を帯びさせて、色艶のある声を押し殺しつつ啼いていた。

 

 カードの術式が解放されインストールが開始して、既に数分が経とうとしているが、漸くティオネの様子が落ち着いてくる。

 

「ハァハァハァ……もう、こっち向いて構わないわ」

 

 ユートが振り返ってみれば良い具合に乱れた服装のティオネ、だけど満足そうなのを見る限りは性交──ではなく成功したらしい。

 

「それで、どうやって使えば良いのかしら?」

 

「右手をこうして、ステータス・ウィンドウを使いたいとイメージしながら振ったら展開する筈」

 

 実際にやって見せた。

 

「こう?」

 

 真似てみたが、ティオネのステータス・ウィンドウは展開しない。

 

「出ないわよ?」

 

「ふむ、イメージ不足か。だったら『ステータス・オープン』と言いながら先程の動作を」

 

「ステータス・オープン」

 

 言われた通りにすると、今度こそステータス・ウィンドウが開かれた。

 

「出た!」

 

 それはティオネの背中に刻まれた【神の恩恵】によるステイタス、確かに言っていた筈の機能だ。

 

「慣れれば最初のやり方で開ける筈だよ」

 

「成程……」

 

 ステータス・ウィンドウを開いて解る使い方。

 

 メニューをタップして、ウィンドウ内を見る。

 

「スキル……【身体強化】【料理】【体術】【釣り】【疾走】【火炎斬り】【大地斬】【海波斬】【睡眠斬り】【大防御】【隠蔽】【アタッカー】【底力】」

 

 他にも色々と在る。

 

 何気にスパロボも混じっている様で、然しSP回復とかは精神力の回復なのだろうか?

 

「アイテムは空ね」

 

「そりゃ、まだ何も容れていないからな。ああ、裏技っぽいけど幾つかを纏めた場合はそれで一つになる」

 

「どういう事?」

 

「その万能薬、十個で纏められているよね?」

 

「そうね」

 

「この場合、万能薬を十個じゃなく万能薬セット一個という扱いだね」

 

「へぇ、便利じゃない」

 

 とはいえ、個別には出せないという欠点もあった。

 

 万能薬セットは、万能薬セットで全部出るのだ。

 

「スキルってすぐに決めないといけないの?」

 

「いや、コストが足りなきゃ覚えられないから暫くは放っておく事も出来る」

 

「フム、一旦覚えたらもう変えられない?」

 

「消費したコストは戻らないけど、セット後に解除も出来る仕様だよ」

 

「成程……ね。じゃあ……取り敢えず【アタッカー】だけセットしましょうか」

 

 【アタッカー】をタップすると、二つ存在しているスキル枠の一つが埋まる。

 

 これでティオネの攻撃は最終ダメージが一.二倍、現状では大した事もなかったりするが、それでも僅かながら攻撃の威力は増す。

 

「クス、上手く使えるなら団長にも勧めようかしら? 結構、面白いわね」

 

 ティオネは割と気に入った様で、暫くは【ステータス・ウィンドウ】を弄って遊んでいた。

 

 

.

 




 す、進まない……




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第16話:ロキ・ファミリアの宴会は間違っているだろうか

.

「さて、万能薬はアイテムストレージに容れたから、団長から頼まれたお仕事も終わりね。これからどうしようか?」

 

 ティオネが訊ねると……

 

「あ、ティオネ。私はちょっと武器の整備に行きたいけど構わない?」

 

「ゴブニュ・ファミリア? 私も行くよ、大双刃の刃が劣化しちゃってさ」

 

 アイズと妹のティオナが神ゴブニュが主神をしているファミリア、ゴブニュ・ファミリアの工房に行きたい旨を伝えてくる。

 

「良いわよ。ユートから得たステータス・ウィンドウで報酬も仕舞えたしね? 私とレフィーヤも付いていきましょう」

 

「あ、はい!」

 

 レフィーヤが頷く。

 

 予備武器なら未だしも、自分達が普段から使っているメインウェポンは自己管理が当たり前。

 

 武器の劣化や破損には、自己負担で対応をしる。

 

 寧ろ、自分の武装を誰か任せにするなど冒険者としては有り得ない。

 

 アイズのデスペレートは不壊属性(デュランダル)ではあるが、使えばポッキリと逝かないだけで刃自体は劣化してしまう。

 

 何しろ、あのヴィルガの溶解液をしこたま浴びたのだから、刃が相当に劣化をしているのも無理は無い。

 

 ティオナの大双刃とは、超硬金属(アダマンタイト)をふんだんに使い、工房の職人達が数人掛かりで不眠不休で鍛え上げた専属武器(オーダーメイド)

 

 本来なら不壊属性を持たないコレは、ヴィルガとの戦いで溶けてもおかしくはなかったが、ユートによるスキル【聖剣附与(エクシード・チャージ)】で不壊属性を附与した為、デスペレートと同じく刃の劣化に留まっている。

 

 あのスキルはユートが識る聖剣の能力を、武器に対して一つだけ一時間に限り附与が可能で、デュランダルというシャルルマーニュ十二勇士のローランが使った剣の能力を与えた。

 

 よって、一時的に不壊属性が宿っていたのだ。

 

 大双刃を買い換えともなれば、きっと億単位の借金を背負っていただろうが、単なる整備レベルなら安く済むであろう。

 

 素材のアダマンタイトがユートの識る【神金剛】であれば、高がモンスターの溶解液で溶けたりはしなかったろうが、所詮は硬いだけの金属でそこまでの高い能力は望めないのだ。

 

 北と北西のメインストリートに挟まれた区画、路地裏深くに存在する石造りの平屋、それこそがゴブニュ・ファミリアの拠点。

 

 武器防具といった装備品の整備製作を行うファミリアであり、ユートが防具の製作を頼んだ【ヘファイトス・ファミリア】に比べ、知名度や勢力などは見劣りするのだが、造り上げられた武具の性能という面に於いて劣るものではない。

 

「そういや、ユートの剣って何処のファミリア製? ヘファイトス・ファミリアかな? それともゴブニュ・ファミリア? ひょっとしてもっと別のファミリアだったりする?」

 

「自家製」

 

「なんだそっか……って、自家製というと自分で造ったって事?」

 

「そうだよ」

 

 質問したティオナだけでなく、アイズもレフィーヤもティオネも驚く。

 

「エリュシデータもダークリパルサーも、形や銘とかは他から持ってきたけど、造ったのは僕だよ」

 

 後に【黒の剣士】に譲渡される二振り、それこそは【黒の剣士】が嘗て揮った剣そのものの形である。

 

 勿論、ゲームSAOに於いて登場した【クリスタライト・インゴット】なんて存在しないから、ダークリパルサーの素材は全く別の金属を用いている。

 

 エリュシデータは黒鍛鋼(ブラックメタル)だけど、ダークリパルサーの場合は素材がはぐれメタル鋼。

 

 早い話がはぐれメタルというDQなモンスターを、

ユートがプチッと毒針にて急所を突いて殺した後に、地面にドロリと溶け消える前に拾って、保存した物を特殊な方法でインゴット化してから、鍛冶で鍛え上げて武具に変えている訳で、商品名【はぐれメタル鋼】として、ダークリパルサーを造ったのだ。

 

 類似品に【メタスラ鋼】や【メタルキング鋼】などが有り、【プラチナキング鋼】が最高品となる。

 

 流白銀(ミスリル)よりも手に入れ難いが、品質的には流白銀以上の代物。

 

 神の金属にこそ劣るが、神秘金属としては良い品というのがユートの評価。

 

 何処ぞの魔界の名工辺りは嬉しそうに受け取って、最高品質の武具を次々に鍛え上げていったと云う。

 

「私も武器を補充しようかしら?」

 

 ティオネの武器はククリナイフのゾルアス、投剣のフィルカ。

 

 武器の性質上、数を揃える必要性があるから予備を幾つか持っており、今回の遠征ではヴィルガを相手に可成り喪い、ステータス・ウィンドウが無ければ一旦は本拠地に戻って、すぐにゴブニュ・ファミリアへと赴いて製作を依頼しなければならなかった。

 

 ステータス・ウィンドウのお陰で報酬──一千万ヴァリス相当の万能薬を持ち運ぶ必要が無いからこそ、アイズ達と共に行ける。

 

 何しろ、フィルカなんて投剣という性質上で使い捨ての武器だ。

 

 単純な戦闘なら拾ってから再利用も可能だろうが、今回はブラックライノスの群れに投げたり、ヴィルガに投げたりしていた。

 

 フィルカが踏み潰されるは溶けるは、喪失する理由に事欠かない。

 

 三つの槌が刻まれているエンブレム、それがゴブニュのファミリアを示している紋様だろう。

 

「ごめんくださーい!」

 

 ゴブニュ・ファミリアの拠点に着いて、ティオナが元気よく挨拶をしながらも扉を開けると……

 

「いらっしゃぁい……っていうか、げえええっ!? 関羽……じゃなくて【大切断(アマゾン)】!」

 

「バカな、ティオナ・ヒリュテだとぉぉぉぉ!?」

 

「いや、あのさぁ……私の二つ名で『げえええっ!?』とか、それは止めてくんないかな?」

 

 ジト目なティオナ。

 

「どうしたんだ?」

 

「ああ、あの子はよく武器を壊しては此処の連中へと心労を掛けるからね」

 

 ティオネの言葉を肯定するかの如く……

 

「親方、クラッシャーが! 【壊し屋】が現れましたぁぁぁぁっ!」

 

「くそ、今日はいったい何の用だ!?」

 

 戦々恐々とするゴブニュ・ファミリアのメンバー。

 

 それこそ、先日に見掛けたミノタウロスに追い詰められる白髪の少年の様に、まるで恐怖の象徴でも視るかの目であったと云う。

 

「ティオナの大双刃は知ってるでしょ?」

 

「ん、あのバカでかい」

 

「此処のファミリアが数日は不眠不休で鍛え上げたらしいし、またぞろ壊された日にはキレたくもなるわ」

 

「成程な」

 

 あれは斬るより正に叩いて砕く武器で、大きさなど相当だから必要となる金属の量もそれに比例する。

 

 それを不眠不休で鍛え上げたのに、簡単に壊されては堪ったものではない。

 

 ユートも鍛冶はするし、その気持ちは解らないでもなかった。

 

「くっそ、また壊しやがったんだな?」

 

「え、ちが……」

 

「ああ、そうさ! そうに決まっている!」

 

「ええ……?」

 

「どうせ、不眠不休で鍛えたあのウルガもモンスターに溶かされたとか言って、また新たに造れとか言うんだよな? そうだよな! ドチキショォォォッ!」

 

「まだ何も言ってないんだけどなぁ……」

 

 最早、悪夢の如くだ。

 

「取り敢えず、あれは放っておくしかないか」

 

 ユートはアイズを連れ、奥に居るであろうゴブニュの方へと向かう。

 

「何をしに来た?」

 

「剣の整備をお願いにきました……」

 

 無言で手を差し出すのは白い髭を伸ばす短身だが、鍛え上げられた筋肉を持つまるで細身のドワーフといった風情の老身、彼こそがこのファミリアの主神たるゴブニュ本神である。

 

 腰に佩いていたデスペレートを、鞘に納まった侭でアイズが渡すと、スラリと抜き放ってゴブニュは刀身をマジマジと眺めた。

 

「ふん、また派手に使ったものだな。刃がやけに劣化しとるが何を斬った?」

 

「何でも溶かす液とその液を吐き出すモンスターを、可成りの数……」

 

「まったく、不壊属性といえど切れ味は鈍る。元に戻るまでに時間が掛かるな。代剣を出してやるから暫くはそいつを使っていろ」

 

 アイズの顔色が悪くなるのは遠慮しているからか?

 

「生半な武器ではすぐにも使い潰すだけ。素直に甘えておけ。ほら振ってみろ」

 

 渡されたのはデスペレートと比べても細身な剣で、不壊属性のデスペレートを鑑みれば頼り無い。

 

 そんな剣を腰に据えて、鞘走らせると抜刀!

 

「ほう、今回は違うな」

 

「違う?」

 

「何故かは知らんが、今日に限って無駄な力が入ってはおらん」

 

「っ!」

 

 ドキン! 胸が高鳴る。

 

 先日に出逢ったあの白い兎みたいな少年のお陰か、何だかアイズは世界が拡がったみたいな錯覚を覚え、我知らず感謝を籠めた。

 

「それで、ユート。お前さんは何の用事だ? 先達て頭に声が響いてきたが」

 

「うん、その件で御礼を」

 

「ふむ?」

 

「ゴブニュが許可してくれて助かった。お陰で犠牲も出さずロキ・ファミリアのメンバーを護れたよ」

 

「そうか、それは何より」

 

 ゴブニュとて一端にファミリアを持つ身、他の派閥だとはいえ地上人(こども)に犠牲が出なかったのは、胸を撫で下ろす気分だ。

 

「取り敢えず、趣味には合わないだろうけどお土産。ファミリアの皆で食べてくれると嬉しいかな?」

 

 ホールケーキを五つばかり寄越して言う。

 

「まあ、疲れた日には甘いものを欲するであろうし、有り難く戴こう」

 

 折角の手土産を邪険にするのもあれだし、ゴブニュはそれを受け取った。

 

「それと、こいつを」

 

「インゴットか? 見た事が無い金属だが……」

 

 ヘファイストスにも見せた黒鍛鋼インゴット。

 

「ヘファイストスはこいつ一本に、五十万ヴァリスという値段を付けた」

 

「ほう、五十万か」

 

「十本を進呈するから……試しに幾らか剣でも打ってもっと欲しくなったら言うと良い。その時には一本を五十万ヴァリスで売る」

 

 つまり五百万相当。

 

 ヘファイストスも言う、武器にして良し防具にして良しの黒鍛鋼、ユートとしては決してこれで儲けようとは思わないが、無料での提供は有り得ない。

 

 故に、ヘファイストスが付けた価格で売る訳だ。

 

 玄人から見た誇りを懸けての値段設定で。

 

 徒に高くも、だからといって莫迦みたいに安くも無い値段設定であるが故に、ユートはこの価格で譲ると決めたのである。

 

「楽しみにしているが良い……店頭に並ぶ時にはこれが何百倍にも価値を持った武具にしておこう」

 

「それは確かに楽しみだ」

 

 買うのか否かは兎も角、どれだけの物に仕上げるかは楽しみだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 更には何故だかミアハが紙袋を持って歩いてた為、ユートは回復系アイテムの素材をお土産の代わりに渡すと、序でに食材を幾らか譲っておく。

 

 ミアハ・ファミリア……ディアンケヒト・ファミリアと同様に薬品系ファミリアであり、然し彼方と違って団員は団長だけの貧乏なファミリアらしい。

 

 何とかかんとか作っているポーションやハイポーションで食い繋ぎ、ディアンケヒト・ファミリアからの借金返済に右往左往をする経済が火の車だとか。

 

 お金を渡してもダメダメだろうから、ユートは食材を渡したのである。

 

 用事も終わり、ユートはティオナに引かれるが侭に【豊穣の女主人】と銘打たれた看板の店に入る。

 

 遠征の後には盛大な酒宴を開催し、皆を労うというのがこのロキ・ファミリアでの習慣だ。

 

「ミア母ちゃん、来たで」

 

 ロキも既に星が出て明るくない夜空の頃、この店に扉を開けて入ってきた。

 

「お、ユートも来たな」

 

 最初から呼ばれていたからティオナに引かれずとも来たが、彼女としては愉しくて仕方がないのだろう。

 

 何しろ、ティオナは姉のティオネと共に淫蕩を地で往くアマゾネスからしてみれば変わり者だった。

 

 アマゾネスは基本的には女しか生まれず、他種族と交わらねば子孫を残せない種族である。

 

 その所為か現代日本風に云えば肉食系女子の極み、良さげな男を見付けたなら取っ捕まえ拉致って種付けをさせる程。

 

 ティオナもティオネも、そんな(サガ)が薄い。

 

 今でこそティオネは団長──フィン・ディムナに対してお熱だが、ティオナは未だ恋すら知らなかった。

 

 そんな彼女が、何故だかユートのスキルの実験へと積極的に関わり、それ以後もまるで恋する乙女の如くユートの傍を堪能する。

 

 それだけユートを気に入ったのだろう。

 

 ユート自身もこれだけの好意を前面に押し出されて気付けない様な、鈍感系な主人公レベルなアンポンタンではないし、何より夜中に部屋に忍んで来られたらもう決定的。

 

 ユートが知る某・娼館のアマゾネスとは決定的に異なるティオナが、自分に対しては素直に性を押し付けて来るのだから。

 

 まあ、実際に娼館に於けるサンジョウノ・春姫以外にも抱ける娘が居るのは、ユートからしても嬉しいから文句など無い。

 

 リリルカ・アーデは抱いて以後は見ないし……

 

 

 閑話休題

 

 

「おっしゃ! みんな遠征御苦労さん! 今日は恒例の宴や、飲めぇぇっ!」

 

 あちこちで上がる乾杯の声声声、ユートも挨拶なぞ今更だと謂わんばかりで、肉にかぶり付き度数も値段もバカ高い酒を煽る。

 

 それはもう遠慮無く。

 

 あっという間に料理も酒も無くなってしまった。

 

「うわ、ユートってば早過ぎるよ?」

 

「僕は何処ぞの自称・超絶美形主人公と同じ、女の子と食事は喰える時に……」

 

「キャッ!?」

 

 行き成り抱き寄せられ、ティオナは思わず可愛いらしく悲鳴を上げてしまう。

 

「喰っちゃう事にしているんだよ。ま、ラーズ辺りは下品で浅ましいだけだ……なんて言うけどね」

 

「もう、バカだよね」

 

 満更でもない表情で言うティオナ。

 

「リュー、酒と料理の御代わりお願いね!」

 

「ハァ、判りました」

 

 エルフのリュー・リオンに注文をする。

 

 遠征前に此処で食事をした事が何度かあり、彼女とも顔見知り程度には面識を持っていた。

 

 そして、エルフだからかやはりレフィーヤやリヴェリアと似た反応。

 

 特に、手が偶々だが触れ合った後のリューの狼狽は面白いくらいだ。

 

 先程、どうにも面白くなさそうに睨んでいたのは、ティオナと仲好しこよしと急接近したから、無意識にムッとしたのだろう。

 

「団長注ぎます。どうぞ」

 

「ああ、ティオネ……ありがとう。だけどさっきから僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされてるけど、酔い潰した後、僕をどうする心算だい?」

 

「あら、他意なんてありませんよ? さ、もう一杯」

 

「ほんっとうにブレねー、この女だけは……」

 

 どんどん注ぐティオネ、たじたじなフィン、ジト目なベート。

 

「うおおっ! ガレスー! ウチと飲み比べで勝負やあああっ!」

 

「良かろう、返り討ちにしてやるわい」

 

「因みに、勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由に出来る権利付きや!」

 

「じ、自分もやるっす!」

 

 ロキの勝負宣言にガレスが応え、戯れ言にラウルや他の団員が手を挙げる。

 

「リ、リヴェリア様?」

 

「言わせておけ……」

 

 オロオロするレフィーヤだが、瞑目しながら静かにグラスを傾けていた。

 

「御待たせしました」

 

 大量の料理に酒瓶を手に現れたリューが、ユートの前に次々と並べる。

 

 本人はテーブルのあちこちから料理をかっぱらい、勝手気儘に大量に食べてはいたけど、新たに来た料理もすぐに手を付けた。

 

 周りの団員がアイズへと酒を勧めるが、リヴェリアに一喝された挙げ句の果てにベートに奪われる。

 

 どうやらアイズは酒癖が悪いらしい。

 

 皆が食い、酔って宴会も良い具合に進んでいる。

 

 ユートもブラックホールみたいに料理を胃に収め、蟒蛇の如く酒を次々と飲み干していた。

 

 きっと、ユートだけでも何十万ヴァリスと飲み食いしている筈。

 

 そんな時……

 

「そうだアイズ! お前、あの時の話を聞かせてやれよっ!」

 

 アイズの斜向かいに座るベートが、酒を飲みながら酔っ払い特有の濁った瞳で見つつも、御機嫌な様子で何らかの話を催促する。

 

 意味が解らず首を傾げるアイズ。

 

「ほれあれだって、あれ! 帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹をお前が五層で始末をしたろ? んで、ほれ! あん時居た白髪野郎の!」

 

 それはユートとアイズが救った少年の話だ。

 

 あわやという処でユートの結晶障壁が護り、アイズのデスペレートが細切れにしてやった時の。

 

「ミノタウロスって、確か一七層で襲い掛かってきたから、返り討ちにしてやったら逃げ出した奴ら?」

 

「それそれ、奇跡みてーにどんどん上層(うえ)に上って行きやがって、俺達が泡食って追い掛けてったの! それで居たんだよな……如何にも駆け出しですって云う様なよ、ひょろくせー冒険者(ガキ)が!」

 

 その余りの言い種には、アイズも表情を歪める。

 

「抱腹もんだったぜぇ? 兎みてえに壁際に追い込まれてよ! 可哀想になるくれー震え上がっちまって、顔を引き攣らせてやんの」

 

「ふむぅ? そんで、その冒険者はどうなったん? 助かったんか?」

 

「ああ、ユートの奴が障壁で護ってよ、アイズがミノを細切れにしたかんな!」

 

 泣きたい顔を必死に抑えるアイズは、太股の上で拳を握り締めていた。

 

 止めて……大切な記憶(ゆめ)を見せてくれたあの小さな冒険者の少年を汚さないで……と。

 

 だけどベートは続ける。

 

「それにだぜ? そいつぁ……叫びながらどっかに行っちまってよ! くっく、うちのお姫様は助けた相手に逃げられてやんの!」

 

 テーブルに着いた全員が大爆笑、ロキもアイズたん萌え! とか言いながら、大声で笑っていた。

 

 酒の席での戯れ言とは、アイズが思っていないのにも気付かないで。

 

 

.




 宴会が続いてしまった。




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第17話:ベル・クラネルが宴会に混ざるのは間違っているだろうか

 完全に前回の続き。





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 ベートは足組みをして、酔った顔でヘラヘラと笑いながら、アイズの心境など理解もせずに続ける。

 

「しっかし、久々に胸糞悪くなったな。あんな情けねー奴を目にしてよ。野郎のくせして泣くわ泣くわ」

 

 いい加減で顔を上げて、アイズがリヴェリアを見遣ると、心得たもので冷たい視線でベートを睨み……

 

「いい加減でその煩い口を閉じろ、ベート。そもそもミノタウロスを逃がしたのは我らの不手際。巻き込んでしまった少年に謝罪する事はあれ、酒の肴にする様な権利は無い。恥を知れ」

 

 静謐な声で言い放つ。

 

 笑っていた周囲はロキも含め、流石にグサリと突き刺さったらしいが、ベートは何処吹く風。

 

「へいへい……さっすが、エルフ様は誇り高いねぇ。けどよ、んな救えねー奴をわざわざ擁護してどうなるってんだ? ゴミをゴミだと言って何が悪い」

 

 当然ながら平行線の言い合いに発展するだけ。

 

 特に酔いが回り切っているベートに遠慮は無いし、アイズへの配慮なんてもっと無かった。

 

「これやめぇ、リヴェリアもベートも。んな言い合い……酒が不味ぅなるわ」

 

 折角の宴会席上での会話ではないし、ロキも堪らず口を挟んだが効果無し。

 

「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるしか出来ねー野郎をよ」

 

「あの状況では仕方がなかったと思います……」

 

「けっ、んじゃ質問を変えるぜ? あの餓鬼と俺……ツガイにするならどっちが良いんだ?」

 

「ベート、君はナニを言ってるか理解してる?」

 

「うっせー!」

 

 フィンが目を丸くしながら訊ねたが、酔った者には道理が通じないのが正しく道理というか?

 

「ほら、選べよアイズ……雌のお前ならどっちの雄に尻尾を振って滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

 周り……特にアイズの隣に座るレフィーヤはベートのアホな質問に、真っ赤な顔でオロオロしている。

 

 然しながら素面なアイズは真面目な表情となって、ベートを睨み付けながらも言ったものだ。

 

「ユートが良いです」

 

 シンと静まり返る席上、酔っていた団員達が一斉にユートを見遣って、更にはティオナがギュッとユートの腕を力強い掴む。

 

「い、今……何つった?」

 

「少なくとも、私はそんな事を言うベートさんとだけはゴメンですし、選べと言われるなら私は……ユートを選びます」

 

 アイズの脳裏に思い起こされるは、ユートのランクに合わない余りの強さ。

 

 手合わせ程度だが実際に剣を合わせ、LV.5である第一級冒険者の自分より明らかに強い。

 

 これで一ヶ月くらい前に【神の恩恵(ファルナ)】を授かったばかりであると、ユートは言っていたし自分も背中を確認し、LV.1であると理解もしている。

 

 顕れた基本アビリティ、それだって決して高いという訳ではない。

 

 古代、神々が暇潰しだと称して降臨する以前より、確かに存在した真の英雄の如く【神の恩恵】に頼らぬあの能力、それに依存気味な自分達とは違う強さ。

 

 しかも不感症アマゾネスと呼ばれても不思議がないあの、ティオナ・ヒリュテが頬を染めて求める程で、アイズも兎みたいな少年とは別の意味で過去を想起させるユートに惹かれたし、あの手合わせで強さを確認してから、ちょっと心臓が高鳴ったくらいだ。

 

 まだ、好きだとか恋だとか愛しているだとかは理解も出来ないアイズだけど、ベートが言う様に若し相手を選べと強制されたなら、はっきりユートを選ぶ。

 

 純粋無垢なアイズとて、男女の交わりくらい理解をしてはいるし、だからこそベートに告げたのだ。

 

「クックッ、無様だな」

 

「う、うるせーババァ!」

 

 リヴェリアが小さく腹を抱えつつ笑うと、酔っていながら何処か涙目になったベートが叫ぶ。

 

 何しろ、これでは盛大にフラれてしかも想い人を告げられたに等しく、ベートとて泣きたくなるだろう。

 

 とはいえ、ロキを含めてロキ・ファミリアの面々にジト目で睨まれたユートとしては堪らない。

 

「完全に巻き込まれたな」

 

 無い胸を当てるティオナを見て、溜息を吐きたくなる衝動に駆られた。

 

「だ、だったら奴が迫ってきたら受け容れんのか?」

 

 LV.1なぞ下級冒険者でしかなく、本来であればアイズにとってもベートにとっても雑魚としか呼べない筈だが、ベートも知っているユートの力は愚直なまでに強さを求めるアイズが惹かれてもおかしくない、だからこその質問。

 

 これが対象があの兎野郎なら──あんな雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインに釣り合わないと、声も高らかに言い放てたろう。

 

 だが、ユートはベートも素直ではないが認める強さを持つだけに、そんな事は言えない。

 

 況してや、アイズは聞かされていないユートが持つスキル──【情交飛躍】の情報はベートも知っていたから、余計にアイズに言えない話だと認識する。

 

 若しもアイズが知れば、間違いなくユートに股を開くだろうから。

 

 最近、伸び悩んでいるのは察しているだけにそんな想像が浮かんだ。

 

『私を……強くして?』

 

 頬を朱に染めてベッドの上で腕を伸ばし、ユートを誘うアイズとか思いたくも無い想像だった。

 

「ベルさん!?」

 

 アイズが答えるより前に店員の叫びが谺する。

 

 ふと見れば白髪の少年が【豊穣の女主人】から駆け抜けようとしており、鈍色の髪の毛の店員が驚きつつ名前を呼んだらしい。

 

 居たたまれない雰囲気を変えるチャンス!

 

 ユートは【権能発詔(イェヒー・オール)】というスキルから、必要な権能の聖句を口ずさむ。

 

「無限に連なり出口無し、螺旋を描く世界。気に入らなければもう一度、気に入る結末までやり直そう」

 

 転生しても変わらず持つこの能力は実に便利だ。

 

「【刻の支配者(ハイパー・クロックアップ)】」

 

《HYPER CLOCK UP!》

 

 女性の声で電子音声が鳴り響く。

 

 瞬間、ロキすら何が起きたのか理解に苦しむ現象が引き起こされた。

 

 時間の巻き戻し。

 

 ユートは店を出て行こうとする白髪の少年の襟首を掴み、ミアの前に突き出すかの様に立たせた。

 

《HYPER CLOCK OVER!》

 

 そして時間は動き出す。

 

「あ、れ……?」

 

 認識はしていなくとも、実力者や神や捕まっていた白髪の少年は違和感を感じたらしく、キョロキョロと辺りを見回してしまう。

 

 アイズも何かがおかしいと考えていた。

 

 あの白髪の少年──ベルと呼ばれた彼は自分の認識では店から出て行った筈、それが何故かユートに捕らわれて【ミア母さん】の前に突き出されている。

 

 否、捕まっているのなら店から出ていなかった?

 

 解らない。

 

 ロキはもっと顕著だ。

 

「まさか、時間を操ったとでも云うんか?」

 

 糸目を見開いて呟く。

 

「少年、食い逃げは良くないな? 支払いが出来ないくらいに飲み食いしたか? それともまさか、食い逃げ前提で入ったのか?」

 

「ち、違います! その、済みませんでした……ちゃんと支払いますから!」

 

「その前に少年……」

 

「は、はい?」

 

「君は確か僕とアイズとで救けた冒険者だな?」

 

「えっと……ヴァレンシュタインさんに助けられたと云うならそうです」

 

 どうやら衝撃的過ぎて、ユートの障壁には気付かずアイズしか見えていなかったらしい。

 

 まあ、別に恩を売りたかった訳でもなかったから、構いはしないのだが……

 

「ふむ、確かに成り立て。何処のファミリアだ?」

 

「う……ヘ、ヘスティア様のファミリアで、す」

 

 食い逃げに為り掛けたのは事実だし、反省をしていないと思われてギルドへと突き出されては困るから、ベルと呼ばれた少年は自らの所属を明かした。

 

「ドチビん所かい」

 

 ロキからしたら不倶戴天の敵──おっぱい的な意味で──な神。

 

「ヘスティアの眷属だと? って事は後輩?」

 

「へ? 後輩って、それじゃあ貴方が神様の言ってた一ヶ月近く帰って来ない、放蕩眷属!?」

 

「ほう、ヘスティアの奴はそんな放言をしたのか? 人が稼ぐ為にダンジョンに潜ってんのに、遊び回っているみたいにか? 随分と面白い事をほざくな……」

 

「ヒッ! ヒィィッ!?」

 

 クスクスと嗤うユート、その背後から漂う真っ黒なオーラに怯える少年。

 

 涙目になって鈍色の髪の毛の店員──シル・フローヴァを見ると、プィッと目を逸らされてしまう。

 

 ガン!

 

 本当に泣きたくなった。

 

「ま、それは後でヘスティアをとっちめるとして……少年の名前は?」

 

「ベ、ベル・クラネル……ですはい。田舎暮らしでしたが祖父の死を契機にこの迷宮都市(オラリオ)に出てきました」

 

「そうか、僕の名はユート……マサキ・優斗だ」

 

 極東ではこう名乗るのが正しいと聞く。

 

「ユートさん……確かに、神様が言っていた名前だ」

 

 どうやら放蕩眷属以外、名前もちゃんと聞かされていた様で、名乗ったら同じ派閥だと認識された。

 

「ほれ、ベル来い」

 

「へ?」

 

 何故だか襟首を掴んだ侭で猫みたいに連れ去られ、あたふたしてしまうベル。

 

「ミアさん、支払いはちょっと待ってくれ」

 

「ん、あいよ」

 

 知らない仲でもないし、ユートには何か考えでもあるのだろうと、ドワーフの女主人たるミアは手を振って仕事へと戻る。

 

 当たり前だがシル・フローヴァや猫人(キャット・ピープル)達、店員も仕事へ戻す事は忘れない。

 

 引っ張られた形でロキの前に来てしまったベルは、視線がきになるのか冷や汗を流している。

 

「ロキ、ベルを宴会に加えるけど構わないな?」

 

「ええええーっ!?」

 

 とんでも発言に驚愕し、ベルは絶叫してしまう。

 

「ううん? 何でや?」

 

「僕もだが、ロキ・ファミリアの不手際で危ない目に遭わせた挙げ句、ベートは謗るはロキ達は大笑いするはとやらかしたよな?」

 

「うぐっ! せやかてな、ドチビん所の眷属やぞ?」

 

「それは僕もだが?」

 

「うっ!」

 

 ドチビ──ヘスティアとは喧嘩ばかりのロキ。

 

 お互いに反りが合わないらしく、どうしても会えば喧嘩をしてしまう。

 

「良いじゃないか、喧嘩をしてるのはヘスティア本神であり、別に眷属(こども)が憎い訳じゃないだろ?」

 

「せやけどなぁ……」

 

 ユートは懐から中身の入った瓶を取り出し、コルク栓を開けると空になっていたロキのグラスに並々と、その中身を注いでやる。

 

「うん? この透明感に溢れた香りは……」

 

「それでも飲んで、取り敢えずヘスティアとの諍いは忘れてさ、アイズも何だか少し気にしているしね? アイズに嫌われてまで我を張る理由も無いだろ」

 

 ロキが口を付けてみればズッキューン! と喉を焼くアルコールとひたすらに美味い味が直撃した。

 

「こ、これ! まさか?」

 

「ちょっと買ってみたんだ……一瓶でン万ヴァリスもするだけあるだろ?」

 

「お、応……」

 

 ロキはこれが一等のオキニという奴で、間違い様がないくらいに神酒(ソーマ)だった。

 

 勿論、成功作などでなく一般に資金稼ぎの為にか、売り出されている失敗作に過ぎないだろう。

 

 それでも飲む者を魅了し虜と化す酒だ。

 

「で、ベルの参加は?」

 

 瓶を置いてやると……

 

「ああ、かめへんよ。自分ベル云うたか? 楽しんで往くとエエわ」

 

 ニッコニコしながらも、ユートへと返答した。

 

「ひえっ!? あ、ありがとうございますぅぅっ!」

 

 一瞬で御機嫌となって、前言を翻したロキにベルは兎に角、礼を言っておく。

 

「ただいま」

 

「お帰り、ユート」

 

 ティオナがニパッと笑い掛け挨拶を返してくれた。

 

「ユート……少し、彼……ベル・クラネルだっけ? 話したい」

 

「構わないよ、ほらベル」

 

「ふぇ?」

 

 目の前の金髪金瞳の少女──アイズ・ヴァレンシュタインが話したいなどと、憧憬の対象に言われてしまって驚愕をする。

 

 ユートに背を押されて、つんのめりながらアイズの真ん前へと立ったベルに、微笑みと申し訳なさが同居した複雑な表情を浮かべ、何と頭を下げてきた。

 

「──へ?」

 

「ゴメンね?」

 

「はい?」

 

 何故に謝罪をされたか、サッパリ理解が及ばない。

 

「私は君を恐がらせてしまったみたいだから……」

 

「恐がらせてって?」

 

「君は私が手を差し伸べた時に、手に着いた血を見て逃げてしまった。私の……配慮が足りなかったから」

 

「へあ? ちちち、違います! 違いますから!」

 

「違う……の?」

 

 コテンと首を傾げる姿、それはLV.5の第一級冒険者とは思えないくらいに可憐で、アイズ・ヴァレンシュタインの容姿はまるで精霊の様だとベルは真っ赤になりながら思う。

 

「えっと、逃げちゃったのはその……」

 

 オロオロしつつしどろもどろな思考を纏めながら、何とかアイズが納得の出来そうな理由を捜すものの、思い付かなかった。

 

 余りにも綺麗なアイズを見て、ベルは思わず逃げ出してしまった童貞君に過ぎなくて、まさか『貴方の美しさに居ても立っても居れませんでした』などと言える筈もなく。

 

「多分、アイズが綺麗だったから気後れして逃げたんだろうさ」

 

 なのに、ユートがあっさりと暴露ってくれる。

 

「う、うわぁぁぁっ!? 貴方は何を言っちゃってくれてるんですかぁぁっ!」

 

 絶賛大混乱!

 

 最早、場はカオスだ。

 

「ユートも……そう思う……のかな?」

 

「う〜ん」

 

 期待を籠めた瞳で訊ねてみれば、何故か苦笑いを浮かべるユートにガァァン! と、何だか凄い衝撃を受けた気がするアイズ。

 

 ティオナとは仲良しで、レフィーヤとも話しているユート、アイズも何と無くもっと話したくなったが、性格上から中々に難しい。

 

 だから、ベルの感情を聞いた時に其処へ託つけて、試しに訊いたらこれだ。

 

 然し、ユートは頬を掻きながら……

 

「僕から見たら寧ろ可愛いって感じかな?」

 

 普通に誉めてくれた。

 

 トクン! 絶妙で巧みな事を言われ──た気がする──アイズは胸に温かい何かが宿るのに気付く。

 

「……ありがとうユート、その、ベルも……」

 

「そ、そんな!」

 

 もうベルは感極まって、真っ赤になり過ぎて頭から煙を噴いていた。

 

「ほれ、ベルも座って飲み食いしとけ」

 

「え? あ、うん。だけど良いのかな?」

 

「ロキ・ファミリアの主神が構わないと言ったんだし仮令、団長のフィンだってこのくらい反対しないよ」

 

「ロキ・ファミリアの団長って確か、【勇者】と名高いフィン・ディムナさんですよね!?」

 

「お、知ってるのか?」

 

「有名人ですよ? 知らない人が珍しい!」

 

 こうして、ベルも宴会に混ざって美味い食事を鱈腹食べる事となる。

 

 主神様は侘しく待ち惚けだが、今のベルには彼女を気遣う余裕など全く無く、ユートなんてそもそも気遣う心算すら無い。

 

「そうだ、レフィーヤ」

 

「はい、何ですか?」

 

「森の民たるエルフなら、きっと味が解ると思うから飲んでみる?」

 

 先程、ロキに渡した瓶とは異なる瓶をテーブルへとドン! と置き、ユートは硝子製のコップに中身を継いでレフィーヤの前に。

 

「これ!?」

 

 軽く嗅いだ香りは芳醇、何の果実かは判らなかったけど、強いて挙げるとするなら桃が近いだろうか?

 

 余りに良い匂いにゴクリと固唾を呑む。

 

「どうぞ」

 

 促されたレフィーヤは、コップを両手で包み込む様に持ち、ソッと小さな口を開いて中身を煽った。

 

 ゴクン!

 

 飲んだ瞬間に目を見開いて残りを全部飲む。

 

 惚けーっと、アルコールも入ってないジュースを飲んで、まるで酔っ払ったかの如く蕩けた表情。

 

「な、何ですか? この……この世の物とは思えない果実ジュースは!?」

 

 レフィーヤの語彙では、もう言い表せないくらいの美味で、しかも全く味わった事がない初めての味。

 

 これなら何百、何千……何億ヴァリスを支払っても飲みたいと思わせる。

 

「ほう? そんなに美味いものなのか?」

 

「ハッ! リ、リヴェリア様!?」

 

 いつの間にか、傍に王族(ハイエルフ)たるリヴェリア・リヨス・アールヴが、レフィーヤを見下ろしながら立っていた。

 

「ユート、良ければ私にも戴けないだろうか?」

 

「良いよ」

 

 新しいグラスに注ぐと、リヴェリアへと渡す。

 

「成程、これは……」

 

 香りを楽しむと王族らしい上品な振る舞いでグラスを傾けて、少しずつ確実に中身を胃へ流し込む。

 

 舌で、食道で、全身にて確りと味わいながら。

 

 勿論、香りを楽しむのも忘れずに……だ。

 

「何という美味なのか」

 

 溜息しか出ない。

 

 リヴェリアをしてこれより上を知らなかった。

 

「飲んだ事は無いが、或いはロキが欲する完成品たる神酒すら上回るかもな」

 

 少なくとも、未完成品に過ぎない数万ヴァリス程度の神酒では及ばない。

 

 リヴェリアのお墨付き、こうなれば彼女を信奉するエルフは黙って居られず、わらわらと集まってくる。

 

 ユートは希望者の全員に振る舞ってやり、リヴェリアにはお土産として一瓶を進呈しておいた。

 

 アイズも飲んで幸せそうな表情となる。

 

「流石は、オークションに出品されて、居住可能惑星と同じ値段が付いただけの事はあるね……」

 

 その大人気っ振りに吃驚なユートであったと云う。

 

 

.




 本来、簡単には振る舞えないものを振る舞ったり。




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第18話:白兎の魔改造は間違っているだろうか

 漸く原作入りしたかな?





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 宴会も終わってベルが食べたパスタや飲み物分……その代金もロキ・ファミリアが支払ってくれたから、懐も痛まなかったベル。

 

 ヘスティアへのお土産まで持たされ、ベルは何だか申し訳ないくらいに恐縮してしまう。

 

 ベートに謗られて泣きながら出て行こうとしたが、今や憧憬の対象と会話を交わしながら食事までして、とっても感無量。

 

 然しながらベルの心にはささくれ立ったみたいに、ベートの言葉が蝕む。

 

 ──僕は弱い。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン、LV.5の第一級冒険者たる彼女と比べるのは烏滸がましいのかも知れないけれど、だけどあの時にミノタウロスをあっさりと斬り伏せた実力、血に塗れたというのに損なわれる事のない美しさに憧れた。

 

 一目で心奪われたのだ。

 

 だけどベートの言っていた通り、弱い自分がアイズ・ヴァレンシュタインの隣に並び立つなど許されないと思うし、それにもう一人──思い出したのである。

 

 今現在、ベルの隣で歩くマサキ・優斗という青年にも救われた事を。

 

 そうだ、黄金の透明に煌めく障壁によってあの猛牛の攻撃を弾いていたのは、間違いなく彼だった。

 

「くりすたるうぉーる」

 

「うん? ああ、思い出してくれたのか?」

 

「あ、はい! あの時に僕をミノタウロスから助けてくれたのはアイズさんだけじゃなく、ユートさんもだったって……あの障壁が僕を助けてくれて、それを張ったのが貴方だったと!」

 

「正解だ、ベル」

 

 言われてすぐに直立不動から腰を九〇度にまで前方に曲げ、頭を下げたベルがユートに向けて叫ぶ。

 

「ありがとうございます! それと、忘れてしまっていて済みませんでした!」

 

 好感の持てる態度だ。

 

 礼を言って謝る、それが普通に出来るヒューマン。

 

「(若しかしたら彼こそがこの世界の主人公か?)」

 

 ピンチから救われて──そして立ち上がるかどうかは今後次第だが、それが叶うなら確かに主人公としての資格は充分であろう。

 

「(ま、良いか)」

 

 いずれは真価を発揮するのを楽しみにしていよう、自身の新しい双子の兄──柾木天地の様に、いつかの双子の兄──ネギ・スプリングフィールドみたいに。

 

「あの、ユートさんのアレは魔法……なんですか?」

 

 何だかキラキラした紅色の瞳で見られている。

 

「魔法じゃない……けど、魔力を使っているから魔法と言っても良いのか」

 

「はい?」

 

「いや、そうだな。魔法って事で構わないかな」

 

「凄い! 凄いですよ! 僕はまだ、スキルも魔法も発現してないんです!」

 

「普通はLV.1じゃあ、魔法もスキルも発現しないものらしいし、ベルもいずれは発現するだろう」

 

「けど、ユートさんも僕より半月程度前ですよね? つまりLV.1の筈……」

 

 彼の最短LV.アップの記録保持者──アイズ・ヴァレンシュタインでさえ、一年間を掛けたと云う。

 

 なれば、ユートもLV.は未だに1でしかない。

 

「確かにLV.は初期段階だけどね。僕は君とは違ってオラリオに来る前から闘ってきた。だからかな? 魔法もスキルも発現しているんだよ」

 

 自嘲気味に言うユート、然しベルはと云えば……

 

「す、凄いです! 魔法ばかりかスキルまでも!? いったいどんなスキルなんですか!?」

 

 更にキラキラと瞳を輝かせながら訊いてきた。

 

 まあ、他派閥なら教えるのも憚られるが、ベルは同じヘスティア・ファミリアの一員だし、ウブなベルには【情交飛躍】は未だしも他は構うまい。

 

 それに、ベルの声は何だか懐かしいものがあって、少し甘くなっていた。

 

「武器に僕の知る聖剣の力を附与する【聖剣附与(エクシード・チャージ)】」

 

「聖剣って、英雄譚なんかに出てくるみたいな?」

 

「……ま、そうだね」

 

 この世界の聖剣なんて識らないが、確かに英雄達が持つ聖剣の力であろう。

 

 飽く迄もユートが識る……という条件付きだけど、間違いなく〝聖剣〟であると認識した武器の特殊能力を附与が可能。

 

 例えば、同じ【エクスカリバー】であっても星により鍛えられた神造兵装と、折れて錬金術で鍛え直した劣化聖剣、効力がまるで異なっているがこれを個別に与える事が出来た。

 

 つまりはそういう事だ。

 

 ロキ・ファミリアと共闘した際は、武器を溶かしてしまう溶解液を吐いてくるヴィルガが相手だったし、決して壊れない不壊属性を与える【デュランダル】の効果を附与している。

 

 真実事実など無関係に、飽く迄もユートの知識を基として……だ。

 

 【権能発詔(イェヒー・オール)】は別に教えずとも構うまいし、取り敢えずは【聖剣附与】だけを伝えておいた。

 

 それにあれはユートの使う権能を、この世界の神の力だとダンジョンに誤認をされない為の、云ってみればこの世界でしか意味を為さない死にスキルだから。

 

 第一、ベルは【聖剣附与】だけで興奮しているし、それだけで充分。

 

「はぁ、僕も強くなりたい……魔法だって使いたい、スキルも欲しい」

 

「強くなりたい……か」

 

「はい」

 

「なら、稽古くらいは付けてやろうか?」

 

「へ? 稽古を……」

 

「ああ、稽古でも経験値は得られるからね。上手くすれば数値も伸びるさ」

 

 ユートが教えてやれば、才能が皆無かやる気が皆無でない限り、時間が掛かっても基本的には修得が可能であると既に判っている。

 

 魔法やスキルに関して、ベルの才能という意味では未知数でも、単純に経験値を得るのは可能だろう。

 

「スキルは兎も角として、魔法はそうだな……今現在は駄目だが、その内に修得させて上げよう」

 

「へ? 魔法の修得なんて出来るんですか?」

 

「まあね」

 

 インストールカードを使えば、カード内に封入した術式を焼き付けて使用可能となる為、魔法くらいなら簡単に使える様になる。

 

「今は駄目なんですか?」

 

「簡単に修得が出来るってのはね、ある意味で諸刃の剣なんだよ。資質を腐らせ易いって事なんだ」

 

「つまり、弱い内に頼り切りになって伸びなくなるって事ですか?」

 

「正解だよ」

 

「解りました……」

 

 ちょっと残念そうだ。

 

「LV.が上がったなら、御褒美に魔法を上げるさ」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、その前に魔法を覚える可能性もあるけどね、それならそれで方向性の違う魔法を覚えれば良い」

 

「はい!」

 

 インストールカードによる焼き付け、それは恩恵の魔法スロットとは無関係に修得させるが故に、情報の拡散には注意が必要。

 

 任意に魔法スロット拡張が可能なアルテナという国の魔導書すら越える効果、何しろその拡張も結局の処は魔法スロットの最大数である三つを越えないから。

 

 魔法スロットと無関係という事は、焼き付けによる負担にさえ目を瞑れば幾つでも好きなだけ修得が可能となるに他ならない。

 

「取り敢えず、腹ごなしを兼ねてダンジョンに行ってみようか?」

 

「え? 今からですか?」

 

「強くなりたいんだろ? なら少しでも闘おうか」

 

「は、はい!」

 

 スパルタ式だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うわぁぁぁっ! 死ぬ、死んじゃうぅぅぅぅっ!」

 

「逃げ回って獲られる経験値は俊敏だけだ! 攻撃をしろ、ダメージを受けろ」

 

「無茶苦茶だぁぁぁっ! こなくそ!」

 

 ガキン! パリン!

 

「折れた!?」

 

 自棄になって攻撃をしてみたら、手持ちの支給品なナイフがポッキリ逝った。

 

「ったく、仕様がないな。ベル、すぐに僕の後ろにまで下がれ!」

 

「は、はいぃぃっ!」

 

 攻撃手段を喪ったベルはすたこらさっさと、俊敏を活かしてユートの後ろへと下がってしまう。

 

「いっ!?」

 

 ユートを見遣れば、凄まじい熱量が両手に集中してベルに熱気が当たる。

 

 頭上で両手を合わせて、真横に伸ばす様に広げると熱気が半円を描く。

 

 両腕を前に突き出して、ユートは叫んだ。

 

極大閃熱呪文(ベギラゴン)ッッ!」

 

 ダンジョンの床から天井までも焼き尽くす勢いで、熱エネルギーの奔流が射出され、集まっていた蟻型のモンスター、キラーアントが消滅していった。

 

「ふぃぃっ」

 

 エネルギーの奔流が収まった後、その先にキラーアントはもう存在しない。

 

「こ、これが魔法?」

 

 余りの凄まじさに戦慄を覚えたベル。

 

 自分ではまるで歯が立たないキラーアント、それを一瞬で数十匹も居たそいつらを消し去った魔法。

 

 成程、弱い今の自分にはある意味で劇薬だった……過ぎたる力は何とやらと。

 

 だけどあれ程ではないにしろ、間近で魔法を見れて逆に上級冒険者になるのが楽しみでもある。

 

「ベル、取り敢えず装備がダメダメ過ぎるのは理解が出来たな?」

 

「は、はい。ですけど幾ら何でも七階層は無謀だと思います……」

 

 しかも、何を思ったのかキラーアントを生きるか死ぬかにまで傷付けて放置。

 

 それに惹かれたキラーアントが次々と沸いて出た。

 

「僕の腕力は大した事がないですし、支給品のナイフなんて攻撃力も低いから、キラーアントの甲殻は傷付けられませんよ」

 

 六階層から現れるウォーシャドーは、防御力もまだ低めで斃せなくもないが、キラーアントの甲殻はまだ傷一つ付けられない。

 

「ベル、それは闘い方がおかしいんだ」

 

「へ?」

 

「例えば、フルアーマーの人間へ馬鹿正直に鎧に剣を振り下ろす必要は無い」

 

「えっと……」

 

「鎧の継ぎ目や動かす為に柔らかい関節部、其処を狙ってやれば良いんだ」

 

「あ、キラーアントも!」

 

「そう、脚を破壊しても良いだろう。身体を動かす為に甲殻に覆われない継ぎ目でも良いな。歯が立たないなら立つ部分を攻めろ」

 

「はい!」

 

 基本アビリティが上がっていけば、いずれは甲殻を破壊も出来るだろうけど、出来ないなら出来ないなりに闘う術を教える。

 

「まぁ、武器は換えなきゃ駄目だろうな」

 

「あ!」

 

 ベルの手には最早、用を為さないナイフが未だに握られていた。

 

「これを使え」

 

 渡されたのは支給品とはえらい違いのナイフ。

 

 刃も大きいみたいで鞘はそれに合わせた大きさで、鍔の部位には緑色の宝玉が填まっている。

 

「パプニカのナイフ・レプリカと云う」

 

「レプリカ?」

 

「そう、オリジナルを元に造った模造品。とはいえ、攻撃力は変わらん」

 

 攻撃力は24と高め。

 

 支給品のナイフは【ひのきの棒】よりはマシ程度、こん棒に比べたら弱い。

 

「これならベルの腕力でも甲殻に傷付けるのも可能だろうが、さっき言った通りに闘う様にな?」

 

「わ、判りました!」

 

 誘き寄せる【死に掛けのキラーアント】も吹き飛んでいたが、いい加減で沸き出たモンスター。

 

 ベルは教わった通りに、【パプニカのナイフ・レプリカ】を手に戦った。

 

 成程、甲殻がスパスパと斬れる辺り良い武器だ。

 

 とはいえ、狙いは体躯の継ぎ目や脚の関節であり、甲殻は試しに斬っただけ。

 

「うりゃ! せいっ!」

 

 キラーアントの体躯が、スッパリと切断される。

 

 その度に死ぬキラーアントは捨て置き、次のキラーアントの脚を斬って動けなくなった処を狙い、頭へとパプニカのナイフ・レプリカを突き立てた。

 

 まだ未熟故にダメージを貰う事もあるが、それでも致命傷は確り避けている。

 

 本来の世界線に於いて、ベル・クラネルは現段階でもウォーシャドー程度なら斃せるが、流石にキラーアントは簡単ではない。

 

 それこそ〝あのスキル〟を発現させた上で、何度かダンジョンに潜って基本アビリティのパラメーターを上げれば可能だろうが……

 

「ベル! ナイフはリーチが短い分、軽くて威力も低いからな体術を混ぜたり、斬る回数を増やせ!」

 

「は、はい!」

 

 早速、蹴りを入れて転がせてから柔らかい腹を刺したり、連撃でバラバラにしたりと飲み込みは早い。

 

 これならば良いペースで基本アビリティが上がり、更にはステイタスに依らない技術も手に入る。

 

 この世界に於ける冒険者は皆が皆、【神の恩恵】に頼り過ぎていた。

 

 勿論、単純に能力が上がるだけで勝ち続けられる程ダンジョンは甘くはなく、技術を確り会得して深層にまで進出する者も居る。

 

 ロキ・ファミリアがそうだし、フレイヤ・ファミリアもそうだろう。

 

 実際に、【神の恩恵】の数値はどれだけ努力をしてきたかの確認にもなる。

 

 その最たる者こそがこの迷宮都市最強のLV.保持者──【猛者】オッタル。

 

 【勇者】フィン・ディムナや【重傑】ガレス・ランドロックや【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴでさえ届かぬ高み、それが彼のフレイヤ・ファミリアの首領なのだから。

 

 ユートから視てベル・クラネルは今の処、見るべきは俊敏が若干高い程度でしかなく、然しながら努力をして自らの血肉に変えていけるなら、英雄にだって成れるものだと理解しているが故に、長い目で見ていこうと考えている。

 

「何か、主人公に似つかわしいチートでも在ればな。一誠の【赤龍帝の籠手】みたいなのとか、最弱であれ短期間で最強に成れそうな何かしらを持っていれば、ベルもきっと英雄足り得るんだろうが……」

 

 主人公が与えられる……主人公を主人公足らしめる何か──竜の紋章でも何でも良いので在れば、それを切っ掛けに化けるだろう。

 

「【神の恩恵】が在るんだから、スキル関連に出てきそうだよね」

 

 或いは魔法か?

 

 ベル曰くどうやら未だに魔法もスキルも発現していないらしいが、レアスキルか何か発現をすればベルが主人公だと確認が出来るのかも知れない。

 

 結局、今日はキラーアントをベルが二十匹ばかりを斃せたから帰る事に。

 

 ユートが極大閃熱呪文で潰したのや、六階層で斃したウォーシャドーや他にもコボルトやゴブリンなど、雑魚も含めて三万ヴァリス以上を僅かな時間で稼ぐ。

 

 その額にベルは金貨を見ながら震えていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あ、神様! ただいま帰りました」

 

「遅いじゃないかベル君。いったい何処に行っていたんだい?」

 

「それが、【豊穣の女主人】で食事をしたんですが、ロキ・ファミリアの方々と御一緒しまして……」

 

「ロキィ〜? 全く、君はヴァレン某に助けられた事といい、ロキと縁でもあるのかい?」

 

 ヘスティアがスッゴく嫌そうな顔で云う。

 

 そんな彼女の背後に影。

 

「ぐはっ!?」

 

 ユートが両拳でヘスティアの蟀谷(こめかみ)を挟み込むと、グリグリとしながらその小さな肢体を浮かせてやる。

 

 所謂、【うめぼし】だ。

 

「ぎにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 涙目になりながら絶叫を上げ、自由な両脚をジタバタと動かすヘスティア。

 

「か、神様ぁぁっ!?」

 

 ユートの突然の暴挙に、ベルも何が何やら?

 

「ヘ・ス・ティ・アちゃーん? 誰が放蕩眷属だ? だ・れ・が!」

 

「ユ、ユ、ユート君!? 帰っていたのかい?」

 

「ああ、その通りだとも」

 

「痛い、痛い! お願いだから放しておくれぇっ!」

 

 グ〜リグリッ! 捻り込む様に拳を動かされては、然しもの【超越存在(デウス・デア)】も堪らない。

 

「まったく!」

 

 パッと放す。

 

「きゃん!?」

 

 行き成り放されて尻餅を突いたヘスティア。

 

「此方はファミリアの為に稼いで来たのに、放蕩眷属とか陰口を叩かれるとは」

 

「うう、ごめんよ。だってちっとも帰って来ないから寂しかったんだ……ベル君が眷属になってくれなければずっと独りなんだぜ?」

 

「それは悪かったがね」

 

 ユートは右手で空中にて某かしながら言う。

 

「ほら」

 

 そして大きな袋を出し、ヘスティアの前に投げた。

 

 ガシャン!

 

 重々しい大きな金属音と共に、巨大な白い袋が落ちてきて驚愕する。

 

「な、何だいこれ?」

 

「ファミリア運営資金だ。一千万ヴァリス入ってる……って、どうした?」

 

 ヘスティアとベルが一斉に動かなくなって不審に思ったユートは、取り敢えずロリ巨乳御自慢の巨乳を揉んでみるも、嫌がる素振りは疎か叫びもしない。

 

「……気絶してるし」

 

 パタパタと目の前で掌を上下させても視線はまるで動かないし、ベルの目の前でヘスティアの服を開いて巨乳をさらけ出したのに、ベルも全く動じない。

 

 どうやら二人共が揃って気絶したらしかった。

 

「一千万ヴァリスはちょっと毒だったか?」

 

 苦笑いをしながら言う。

 

「ま、丁度良いか」

 

 本拠地がボロ教会の地下という、ヘファイストスやロキに比べて余りに余りな状態だし、改築をする心算だったから一気にやってしまおうと考えたのだ。

 

 小宇宙を使えないというのは正直に言えばキツいのだが、それでもやってやれない事はない。

 

 【魔法少女リリカルなのは】の世界のギリシアにて聖域を構築したり、ゲートの向こう側──アルヌスに都市を創ったアレだ。

 

 ハルケギニアの魔法──【錬金】の上位互換である【錬成】を更に突き詰め、【創成】にまで高めた力。

 

 イメージの侭に世界すら構築可能なソレを、ユートは教会の地下へと流す。

 

 ほんの僅かな時間で全ての処理は終わり、ヘスティア・ファミリアの新たなる本拠地は完成をした。

 

 二人を両脇に抱えると、新本拠地へと入ってベルはソファーへ、ヘスティアはベッドへと投げ出してから新しい部屋へと向かう。

 

 空間歪曲技術も用いて、小さな空間を可成り拡張しておいたから、部屋なんて幾つも存在している。

 

 その最初の部屋が元々、ヘスティア・ファミリアの本拠地だった部分であり、其処から新しい扉を開いて廊下を進めば、幾つか扉が有って開けば大きな部屋が存在していた。

 

 とはいえ、まだ部屋だけで家具も何も無い。

 

 取り敢えず、【ゲヌークの壺】を設置して下水道も設え、風呂やシャワーなどが使えてキッチンも造る。

 

 因みに【ゲヌークの壺】とは、ユートがハルケギニア時代に世界間漂流をした際にザールブルグで作り方を覚えたアイテムだ。

 

 蒸留水がコンコンと湧き出るから便利である。

 

 【パチパチ水】が出る壺も在り、ソーダ水を作る事も出来た。

 

「部屋は……いずれ閃姫や何やら喚ぶし、若しかしたらヘスティアの眷属が増えるかもだからな。数は在れば在っただけ良いか」

 

 大浴場も造っておくが、各部屋にも小さな浴場とか有っても困らない。

 

 ユートの部屋を造って、ベルの部屋にヘスティアの部屋も造る。

 

 各部屋に【ゲヌークの壺】を設置したから、普通に風呂にも入れるだろう。

 

 勿論、大きな湯タンクも有るからその気になれば、風呂を沸かさず入れる。

 

「取り敢えず完成かな?」

 

 ベルを【ベルの部屋】のベッドに投げ入れて布団を掛けてやり、ヘスティアも【ヘスティアの部屋】へと連れて行く。

 

 未だに巨乳が晒された侭で揺れていた。

 

 ヘスティアをベッドへと寝かせ、設えた金庫にお金を仕舞ってユート本人も、自分の部屋へと戻る。

 

 シャワーを浴びて身体を拭くと、裸の侭にベッドに入って目を閉じた。

 

 ユートは基本的に裸で寝るから問題は無い。

 

「明日はどうしようかな? ヘファイストスに会って防具の感想を述べてから、リリも捜したいな。それに久し振りに春姫を抱きに行こうか………………」

 

 結構、疲れが出ていたのだろうか? ユートの意識は次第に落ちていった。

 

 

.

 




 既に原作としてのリリの噺は無かった事に……




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第19話:エルフなウェイトレスとの逢瀬の約束は間違っているだろうか

.

「あれ? ボク……」

 

 真新しいベッドと布団、そして目を開けると……

 

「知らない天井だ」

 

 見知らぬ天井があった。

 

「どうしてこんな知らない部屋に?」

 

 女神ヘスティアはキョロキョロと辺りを見回して、部屋そのものに見覚えが無い事に焦りを覚える。

 

「って、うおっ!? 何でボクはおっぱいを晒しているんだい!」

 

 プルンプルンと動く度、左右上下に揺れてる巨乳。

 

 きっとベル・クラネル君が視れば、鼻血でも噴き出して倒れただろう。

 

「ひょっとして、ボク……誰かに御持ち帰りされてしまった!? そ、そんな、ベル君……ボクは……」

 

 状況的に、晒された胸に知らない部屋のベッドへと寝ていた点、御持ち帰りをされたと判断するのに充分過ぎるのだ。

 

 青褪めるヘスティア。

 

「くっ、何処の誰だい! 女神であるボクを御持ち帰りするなんて!」

 

 最早、涙目となって愚痴愚痴と呟くヘスティアは、取り敢えず晒された侭だったおっぱいをいそいそ仕舞って、犯人を捜すべく部屋を出ようとベッドを降り、大股で歩き出す。

 

 コンコン!

 

「ヒッ!」

 

 突然のノックに息を呑む辺り、どうやら強がっていただけらしい。

 

 まあ、女の子が知らない間に知らない男から御持ち帰りをされ、それで愉快になどなれる筈もない。

 

 怒るにせよ泣くにせよ、或いは不安がるにしても……喜びはしないもの。

 

「だ、誰だい?」

 

「神様? 僕です。ベルですけど、入れて貰っても良いですか?」

 

「ベル君!?」

 

 すぐにドアを開くと確かにベルが立っていた。

 

「ボクを御持ち帰りしたのはベル君だったのかい?」

 

「うえ? 御持ち帰り!? ち、違いますよ!」

 

「な、何だ……違うのか」

 

 ちょっとガッカリ。

 

「だとしたら誰が?」

 

「えっとですね、僕も知らない部屋に寝かされていたんですが、部屋の扉に名札が付いていたんです」

 

「名札!?」

 

 部屋の外に出て扉を確認すると──【ヘスティアの部屋】と書かれていた。

 

 神聖文字(ヒエログリフ)ではなく共通文字(コイネー)で書かれた名札。

 

「ボクの……部屋だって? それじゃまるで此処が、ボクらの本拠地みたいじゃないか!?」

 

「それが……調べてみたら正しく、此処はあの教会の地下にある部屋から続いているんですよ神様」

 

「な、何だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!?」

 

 驚愕のヘスティアは急ぎ廊下を駆けてみると……

 

「ほ、本当だ」

 

 その先に在ったのはいつもの寝床であったと云う。

 

 確りと食べ掛けであったじゃが丸君も残っていて、それが如何にも自身の住処であると醸し出す。

 

「気に入って貰えたかな」

 

「「うわっ!?」」

 

 背後から突然声を掛けられた二人は、ビクリと肩を震わせて叫んだ。

 

「ユートさん!」

 

「ユート君かい!」

 

 相手は話を聞きたかったマサキ・優斗その人。

 

 自分のホームなのに勝手を知らない場所をユートに案内され辿り着いた場所、それはみんなでワイワイガヤガヤと騒げる広さを持つ空間……リビングだった。

 

「それで、これはいったい何なんだい?」

 

「見ての通り、ヘスティア・ファミリアの本拠地だ。ちょっと改装したけど」

 

「「ちょっと!?」」

 

 明らかに数十……というか百倍は広くなってしまった本拠地、ちょっとというには余りにも大きい。

 

「今までは遠征の事もあったから着手しなかったが、あんな狭苦しい一室だけで僕ら三人が暮らせる?」

 

「うっ! そう言われると辛いんだけどね」

 

 ヘファイストスが用意を

してくれたのは、雨風を凌げる教会の地下にあるあの一室だった訳で、ファミリアの団員が増えれば当然ながら直面する問題が広さ。

 

 ヘスティアとベルが暮らすだけでも精一杯なのに、最初の団員たるユートまで増えたら容量不足となる。

 

 そういう意味ではこうして広くなった本拠地は歓迎するべきであり、ヘスティアの不手際から狭い部屋を押し付ける訳にもいかず、黙るしかなかった。

 

「今のヘスティアファミリアの本拠地は各人の部屋にくわえて、このリビングに食堂や訓練室などが在る。特に訓練室は街中で剣を揮う訳にもいかないんだし、必要な設備だろう。それに僕の工房や武器や防具なんかの製作を行う鍛冶部屋、一応は各人の部屋にも小さいながら有るけど、大浴場も用意をしておいた」

 

 広い個人部屋に運動場に大浴場だとか最早、これは現代的な高級ホテル並だったと云う。

 

「ま、助かるのは事実なんだけど……さ。昨日の今日っていうか昨夜の内だろ? どうやってこんな地下にこれだけ大規模な設備を揃えたんだい?」

 

「まあ、ちょっと特殊能力をつかってね。家具は元から持っていた物を出したに過ぎないよ」

 

「ふーん……」

 

 納得し切れはしないが、これだけのモノを用意して貰っておいて、文句を言うのも違うからか取り敢えずは生返事を返す。

 

「さて、これからの事とかも鑑みると掃除洗濯調理、やるべき事は人を雇ってでもしないとな」

 

「当面はボクがやるよ」

 

「ヘスティアが?」

 

「バイトもあるけど君らには冒険者として、そっちに集中して貰いたいからね」

 

「判ったよ」

 

 既にバイトなぞしなくても暮らせるし、借金の返済も可能となってはいるが、だからといってヘファイストスの所でやっていたみたいな食っちゃ寝をしていて愛想を尽かされ、ユートやベルが出て行ったら生きる希望を失う。

 

 特にユートなど事実上、【神の恩恵】を必要としていないから、愛想を尽かされたらすぐに出て行く。

 

 だからこそ、ヘスティアは何かしら頑張って魅せねば主神として居たたまれないのである。

 

 立つ瀬がないのだよ。

 

「ベルは基本的に訓練だ。ダンジョンにも潜って貰うけど、確りと闘い方を確立した方が良いからね」

 

「は、はい!」

 

 ベルは良い返事をする。

 

「ユート君はこれからどうするんだい?」

 

「うん? ベルの訓練に付き合ったりはするけど……基本的には独自行動だね。まだまだやるべき事は一杯あるんだし……」

 

「そっか」

 

 主に性欲解消とか。

 

 流石のユートも【特定の相手に懸想している】とかに手は出し難いし、何よりヘスティアは処女神だ。

 

 この世界では単純に男神に興味を示さなかっただけであり、処女であり続ける意味を見出だしていないらしいが……

 

 ユートが見る限りでは、ヘスティアはベルに特別な感情を懐いている。

 

 これが百合なら相手ごと喰ったろうが、そうでないならユートにとってどれだけ魅力的に映ろうと、対象範囲外にカテゴライズされてしまう。

 

 よって、この本拠地では性欲解消は不可能。

 

 自慰? しません。

 

 ティオナを抱いていたから速急に欲しいとは思っていないが、やはりそこら辺の利便性は欲しかった。

 

「取り敢えず、朝食にしようか」

 

「そうだね。だけど何を食べるんだい? 若しかして食糧も確保済みとか?」

 

「食糧は有るけど、今から調理とかは面倒臭いだろ。この遅い時間なら既に【豊穣の女主人】が開いてる。食べに行こう」

 

「お金は……」

 

「一ヶ月近く深層域に遠征していたんだ。一千万ヴァリスしか稼げない訳もないだろう? 僕が奢るから」

 

「なら良いかな。ベル君も構わないかい?」

 

「あ、はい」

 

 つい先日に無様を晒した店ではあるものの、ユートもヘスティアも外食する気満々だったし、ベルもお腹が空いて鳴っている。

 

「んじゃ、レッツゴー!」

 

 【豊穣の女主人】へ移動をする三人──正確に云うと二人と一柱──は店内に入り、アーニャ・フローメルの案内で席に着く。

 

 アーニャ・フローメルは茶髪をショートカットにした猫人(キャットピープル)で、ユートの見立てでは普通に顔は可愛いけれど所謂、アホの子である。

 

 おば可愛いアーニャは、正に残念美人。

 

 まあ、ユートのお目当てはリューと呼ばれるエルフ女性なので、アーニャ・フローメルがどうであれ関係などありはしない。

 

 リュー本人もユートの事を意識している。

 

 初めて逢った際に偶々、手が触れたのを驚いた顔になって、自分の手をまじまじと見つめながら固まり、ちらほらとユートの方へと目を向けていたリュー。

 

 この時はまだユートも、この世界のエルフの特性などを知らず、だからリューの行動に首を傾げた。

 

 その後に給仕に来たシル・フローヴァから、エルフの特性について教えて貰って得心がいったのだ、

 

「ハァ……」

 

「あからさまに溜息を吐かなくても良いだろうに」

 

「このお店は店員に御酌をさせる場ではありません」

 

「ミアさんは許可したんだろう?」

 

「だからこうして居ます」

 

 リュー・リオンに御酌をして貰い酒を煽るユート、どうせ幾ら飲んでも酔わないのだからと、朝っぱらからアルコール度数も考えずに飲んでいる。

 

 勿論、朝御飯も普通に食べながらの話だ。

 

 とはいえ、もう朝としては遅い時間だから昼食も兼ねていた。

 

 美人エルフの御酌は気分良く飲めるし、不埒な悪行三昧をしなければミア母さんはオッケーを出してくれたので、折角だからリューにも酒を飲ませてしまう。

 

 少しばかり酔いが回ったのか、リューの白い頬が赤みを帯びている。

 

 確かアーニャ・フローメルを唆して聞き出したリューの年齢はニ一歳だという話だが、ほろ酔い状態のリューは可愛らしさの方が目立つ。

 

 この侭、酔い潰してしまってベッドに運びたいなんて不埒な衝動さえ俄に沸き起こる程、彼女の可愛いさは凶悪だ。

 

 勿論、やらないが……

 

「何故か分かりませんが貴方は酔いませんね」

 

「まあね」

 

 これだけ飲んでいて未だに正体を失う処か、顔を赤らめさえしないユートを見て不思議そうだ。

 

「僕は今生で酒に酔った事は確かに無いな」

 

「……それでも貴方は飲むのですか?」

 

「味は解るから」

 

 ユートにとってアルコール──酒とは酔っ払う為のアイテムではない。

 

 純粋に味そのものを楽しむ為のものだ。

 

 そもそもユートが酔わなくなったのは古く、ハルケギニア時代の事だというから驚きだ。

 

 水の精霊王と契約をした結果、一切の毒を受け付けなくなったというか、勝手に分解してしまうから。

 

 恐らくは肉体に変調を来すとして、アルコール成分を毒素と認識しているのだろう。

 

 本当に味わうだけが目的で飲むのである。

 

 ユートのグラスに酒を注ぐリュー、返礼に注いだユートと互いに注ぎ合っている二人。

 

 そして互いに煽る。

 

「判りました、私の負けという事ですね」

 

 グラスを置いて宣言。

 

「多少の心得はあった心算でしたが、酔わない貴方にはそもそも勝てる道理もありませんから……」

 

「ええっ? リューさんとユートさん、いつから勝負なんて!?」

 

 青天の霹靂と謂わんばかりに驚愕し、目を見開いているベル。

 

「お互いに飲み始めた時なんだが?」

 

「そうですか……」

 

 目と目で通じ合ったとでも云うのか、互いに注ぎ合ってニヤと笑ったあの時、あの瞬間に始まったらしい飲み勝負。

 

「それで、貴方が勝利した訳だが何を報償に望みますか? 勿論、常識の範囲で……ですが」

 

 当たり前だがえっちな望みは却下される。

 

 精々、お金で支払うなら一〇〇ヴァリス程度であろうか?

 

 リューの美しい肢体が、僅かに一〇〇ヴァリスなど有り得ない、それは誰にでも理解が及ぶだろう。

 

「そうだね、いずれ暇を見てベルの戦闘訓練でも付けてくれるか?」

 

 ピクリと眉根を顰めたリューだが、ユートくらいになれば気付いてもおかしくないと考えて、すぐに眉を元に戻す。

 

「貴方がそれを望むならクラネルさんを鍛えるくらいは吝かではありませんよ。シルの伴侶となる方に簡単に死なれても困る」

 

「エルフ君! 君は何を言ってるんだい!?」

 

 慌てて叫ぶヘスティアの所為で、ベルは文句を言いそびれてしまう。

 

 然し、リューは気にした素振りも見せず更に言い放った。

 

「ですがクラネルさんを鍛える事は、貴方が望むべき事では無い」

 

「望みとは無関係に鍛えてくれるって事?」

 

「はい。ですので望みは別の何かを……」

 

 ユートがリューの顔を観察すると、何か期待めいた綺麗な翠色の──エメラルドみたいな瞳。

 

 正直、リューが護身の為なのか何か常にスカートの下に隠してる小太刀の存在から、彼女の得意な獲物が小太刀と当たりを付けて、ベルのナイフ以外の獲物に小太刀を考えたからリューに訓練を頼みたかった。

 

 ユートも小太刀くらい使えるが、実は実戦での使用は殆んどしていなかった、冒険者時代に使ってたであろう彼女に教わった方が、恐らくベルにとって有意義であると判断する。

 

 とはいえ、勿体無いと思ったのも事実だ。

 

 それに自惚れて良いのならば、リューはきっとそっちを期待してる。

 

 ユートは自分が何故かエルフに好かれ易いのだと、理解をしていたけどそれがリューにも軽い影響を与えているのだと気付いた。

 

 その上で仲良くしていたからだろう、リューからの好感度は極めて高い。

 

 だけどユートが他の者みたいに誘ったりしなかったのは、何故だろうかリューには自戒の念が見て取れたからである。

 

 けど、今回のこれは良いチャンスなのだ。

 

 賭けに負けたから仕方無く負債を支払う。

 

 言い訳には充分。

 

「ならリュー、今度開かれる怪物祭(モンスターフィリア)へ一緒に出掛けないか?」

 

「賭けに負けたら仕方ありません、ミア母さんから許可を得ましょう」

 

 『仕方ない』とか言いながら、声は若干ながら弾んでいた。

 

 自戒の念から幸福を捨てているきらいがあったリューだが、女である事まで捨てていないらしいからホッとする。

 

 それと同時にリューとのデート、愉しくなりそうだと酔った彼女を見つめながら思った。

 

 尚、リューの酔いは魔法で浄化して、仕事に差し支えが出ないように計らっておく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 愉しい昼食の後に、訓練でベルを扱いてから夕飯の後でダンジョンへと向かう二人。

 

 ベルには内緒だが、更にこの後でイシュタル・ファミリア経営の娼館に行き、久方振りに春姫を抱こうと考えていた。

 

 それは兎も角……

 

「あの、ユートさん?」

 

「何だ?」

 

「此処は何処?」

 

「上層最後の一ニ層」

 

 次に階段を降りたら何と中層となる。

 

「目の前で叫んでる、僕の数倍はありそうなモンスターは?」

 

「階層主が存在していない上層で事実上、階層主的な扱いのレアモンスターである【インファント・ドラゴン】だね」

 

 ユートも以前に遠征で顕れたのを斃したが、レアであり且つミノタウロスより強い筈の能力。

 

「どうして僕はドラゴンに武器を持って相対をしてるんですか?」

 

「そりゃこれからアレと戦うからさ、ベルが」

 

「ですよねぇっっ!?」

 

 シクシクと涙を流して、パプニカナイフ・レプリカを手にして駆けるベル。

 

 とはいえ、幾ら俊敏さを武器に最接近をしてナイフで斬り付けても、ベルの腕力では毛ほどにも傷を付けられない。

 

 当然だろう、ドラゴンの鱗はドラクエでは鋼鉄並の硬度を持つとされる。

 

 この世界でも適応されるかは兎も角、それでも相当の硬度なのは間違いない。

 

 ベルの基本アビリティに於ける【力】の項目は評価が未だにIでしかなくて、俊敏がHになっている程度でしかないのだ。

 

 パプニカのナイフ・レプリカの攻撃力はオリジナルと同じか、下手をしたならそれ以上ではあるのだが、使い手がへっぽこでは意味が無かった。

 

 一応、成長促進型のレアスキル──【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を発現しているけど、ユートの意見により実はステイタスの更新をしていない。

 

 

【憧憬一途】

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

 

 この文面からベルが想いを寄せる相手に対して強く憧憬を懐き、それがベルの中で続けばどんどん成長をしていくらしい。

 

 何処までも成長──飛躍していけるレアスキルだ。

 

 ベルには内緒で教えて貰ったスキル、とはいえ教導に手加減などしない。

 

 スキルの効果は大きい、それならユートのやり方にも幅が広がる。

 

 ユートは考えた。

 

 まるでゲームのパラメーターみたいな【神の恩恵(ファルナ)】だが、それならゲームみたいな効果をも期待が出来るのでは?

 

 つまり、レベルが低い内からレベルの高い敵と戦えばより大きな経験値を得るに至り、より早く強くレベルアップするのでは?

 

 ティオナから聞いた話ではアイズは現在、ステイタスの数値的には伸び悩んでいるのだと云うし、何よりもティオナ自身もユートのスキルによって大幅に上昇していなければ、やっぱり大した上昇はしていなかった筈だ……と。

 

 LV.5である第一級冒険者としては、既に可成りのパラメーターだから。

 

 事実、アイズに教えて貰った基本アビリティの上昇数値は、二〇も上がってはいなかったらしい。

 

 アイズは深層のモンスターをこれでもか……と云わんばかりに殺しているが、それで上がった数値が僅か十数程度だ。

 

 アイズのLV.5としての成長は既に限界であり、これ以上を望むならそれは即ち器の昇華──ランクのアップが必須なのだろう。

 

 ならば逆に云うならば、低い数値の侭で強敵と戦えば数値は上がり易くなり、続けていればコンスタンスに数値は上がる。

 

 勿論、それにも限度というものはあるのだろうが、今のベルなら効果抜群だ。

 

 最終更新がレアスキルを得た──ベルは知らないが──時のもので、それではインファント・ドラゴンは斃せないだろう。

 

 それでもベルがドラゴンと戦う事にこそ意味があるのであり、斃すのはユートがやれば良いのだから。

 

「ベル、間違っているぞ」

 

「何がですか!?」

 

「狙うのは鱗じゃない! 眼だ、口の中だ! 硬い鱗は今のベルには斬れない、だけど柔らかい眼や口内ならベルでも斬れる!」

 

「っ! 解りました!」

 

 まあ、それで万事が上手くいきはしないのだけど、ベルはアドバイスに従ってインファント・ドラゴンの眼をナイフで突き、暴れながら大口を開けた瞬間に、もう一振り──パプニカのナイフ・レプリカで突く。

 

 更にグリグリと喉奥にまで突き立てた刃を動かし、だめ押しにダメージを与えていく。

 

「がはっ!」

 

 殴られて吹き飛ばされ、壁に激突して気絶した。

 

「詰めが甘いけど……よく頑張ったものだね」

 

『グギャアアアッ!』

 

「喧しいわ、爆裂呪文(イオラ)!」

 

 ドカーンッ!

 

 極大爆裂呪文(イオナズン)も斯くやの大爆発に、インファント・ドラゴンの首は喪われていた。

 

 ユートは魔石とドロップアイテムが、ストレージ内に格納されたのを確認し、ベルを肩に担いで呟く。

 

「リレミト」

 

 その瞬間、ユートの姿はダンジョンから消えた。

 

 

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 また原作から少し離れてしまった……




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第20話:戦女神との再会は間違っているだろうか

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 インファント・ドラゴンと闘った翌日、目を覚ましたベルはシャワーを浴びて広くなった本拠地を歩き、食堂らしき大部屋へと向かっていた。

 

「ハァ、流石に死ぬかと思った……けど生きて部屋に寝ていたって事は、ドラゴンはユートさんが斃してくれたんだろうな」

 

 ラフな格好なベルは鎧を纏っておらず、恐らく寝辛いと思ったユートが脱がせたのだろうと考えた。

 

 食堂と書かれたプレートの扉を開くと、ベルの鼻腔を擽る美味しそうな香りが漂って、その途端にグーッと胃が食べ物を求めて鳴り始める。

 

「うわ、良い匂いだな〜」

 

「おはようベル君」

 

「あ、神様……おはようございます」

 

 席に着いて足をプラプラさせながら、何だか美味しそうなものを食べる主神様──ヘスティアに挨拶をされたベルは、いつもの通りに挨拶を交わす。

 

「美味しそうですね、今日の朝御飯は何ですか?」

 

「ベーコンエッグだよ」

 

 カリッカリに程よく焼かれたベーコンに、目玉焼きが乗ったベーコンエッグ。

 

 ヘスティアのお皿には、ベルが今にも涎を垂らしたくなるくらい美味しそうなベーコンエッグに、スライスされたパンが有った。

 

 皿の隣にはマグカップ、中身は茶色い液体──珈琲が入っている。

 

「ベル君も食べるだろ?」

 

「え、はい」

 

「おーい、メイド君!」

 

「へ? メイド?」

 

 右手を挙げてプラプラと振りながら叫ぶヘスティアの言葉に、ベルは首を傾げるしかなかったと云う。

 

「御待たせッス」

 

 現れたのは年齢的にベルと同い年くらいだろうか、白い柔肌を包み込む【豊穣の女主人】とはまた趣の異なるデザインのメイド服を身に纏い、金髪を黒リボンでツインテールに結わい付けた青い瞳で吊り目がちな少女であった。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインとはまたタイプが違うのだが、ベルからしたなら凄く可愛い女の子。

 

「えっと、あれ? 神様、ウチにメイドさんなんて居ましたっけ?」

 

 少なくとも、昨夜までは見ていない顔だった筈で、そもそも貧乏ファミリアにウェイトレスやメイドなぞ雇う余裕は無い。

 

 仮にユートがファミリアに納めた上納金で雇ったにしても、流石に昨日の今日で雇える筈も無かった。

 

「う〜ん、この子はユート君が連れて来たんだよ」

 

「またですか?」

 

「そう、またなんだ」

 

 どうにも常識から外れた行動ばかりするユートに、ベルもちょっと頭を抱えたくなってしまう。

 

「ベル・クラネルさんッスね? ウチはミッテルト。堕天使ミッテルト・アルジェントッス。この度、このファミリアでメイドを──萌衣奴を務める事になった者ッス。今後とも宜しく」

 

「あ、御丁寧にどうも」

 

 笑顔で頭を下げられて、思わずベルも下げた。

 

「これから、ファミリアの家事は取り仕切らせて頂くッス。ベルさんはどうぞ、安心して冒険者家業を頑張って下さいッス」

 

 八重歯がチャーミングなミッテルトの笑顔に対し、女慣れをしていないベルは紅くなりつつ……

 

「此方こそ」

 

 頭を掻きながら言う。

 

 暫く待つと、ヘスティアが食べていたのと同じ料理がテーブルに並べられた。

 

「うわ、本当に美味しそうですね。戴きます」

 

 お腹が空き過ぎていたからか、本当に美味しいのだと謂わんばかりに料理を頬張っていく。

 

 其処へミッテルト自身、自分の料理を同じ席に座って食べ始めた。

 

 メイドとはいえ彼女は別に使用人ではなく、立場上はベルと同じなのだから、特に遠慮はしなくて良い。

 

「ふむ、メイド君。とても美味しい朝食だったよ」

 

「それは良かったッス」

 

 その笑顔はベルをしてもドキリと胸が高鳴る程で、若しもアイズ・ヴァレンシュタインへの憧憬が無ければ血迷いかねないくらい、ミッテルトの満面の微笑みは魅力的に映った。

 

 堕天使は人をその魅力で堕落させるのが性分故に、この結果は本来であるならミッテルトは充分過ぎる程の成果を挙げている。

 

 とはいえ、今やご主人様への愛に生きるミッテルトだからか? ベルの表情が変化して複雑だった。

 

 食後、ベルは今日の予定をヘスティアに訊ねる。

 

「今日かい? 確かベル君はメイド君と昼まで訓練、それからソロでダンジョン攻略。五階層まで降りても良いらしいよ」

 

「ミッテルトさんと訓練……ですか?」

 

 首を傾げるベル。

 

 ウェイトレスっぽい服装だからか、何と無く非戦闘員のシル・フローヴァを思い浮かべてしまう。

 

「別に心配はしなくても良いッスよ? ウチ、これでも冒険者のLV.に換算をしたら4はあるッスから」

 

「はい? LV.4!?」

 

「はいッス。だからベルのLV.1のステイタスじゃ傷一つ付かないッスよ? 況してや、更新を許されていないベルは今の処、力のパラメーターは低いッス」

 

 泣きたくなる現実だが、今のベルがミッテルトへと全力全開手加減抜きで攻撃しても、恐らく毛程にも傷を付けられないだろう。

 

「うう……」

 

「これもご主人様の教導の方針ッス。【神の恩恵】で経験値を得るというのは、弱い状態で強いモンスターとかを斃せば、上がる幅が大きくなると予測されたッスよ。だから逐一、更新をするより大幅に短時間でのパラメーターアップが可能だと思われるッス。勿論、限度はあるから暫くしたら更新をして階層を降りて、同じ事を繰り返すッス」

 

「な、成程……」

 

「昨夜も、インファント・ドラゴンと戦わせたのは、良質な経験値を得る為という布石ッスね。そしてウチとの訓練もそうッス」

 

「わ、解りました! 宜しくお願いしますミッテルトさん!」

 

「任されたッス!」

 

 何処ぞの魔王少女が如く横チェキで応じた。

 

「そういえばユートさんはどうしたんですか?」

 

「ご主人様ならイシュタル・ファミリアが経営してる娼館ッス」

 

「しょ、娼館っ!?」

 

 田舎者な元農民のベルだったが、娼館くらいは識っていたらしく真っ赤に顔を染めて驚く。

 

「何か、当たりな娼婦を見付けて専属契約を結んだって言ってたッスからねぇ、昨夜は嘸やお楽しみだったに違いないッス」

 

「お、お楽しみって……」

 

 初心(うぶ)な坊やでしかないベル、想像すら出来ない世界にクラクラする。

 

 ミッテルトは自身の経験から、ユートの性欲の強さと行為の激しさを知っているし、行為の前後での優しさも知っているのだ。

 

 男の素肌を見ただけでも気絶する初心を通り越した娼婦なだけに、初めてを貫かれて優しくされたなら、コロッとイってしまうのだろうなと予測していた。

 

「あ、そうそう。メイド君……否、ミッテルト君」

 

「何ッスか?」

 

「君にも【神の恩恵】を刻む様に言われたんだけど、後でボクの部屋に来てくれないかい?」

 

「? 此処で良いッスよ」

 

「ベル君も居るのに良い訳がないだろ!?」

 

「ウチは別に視られたって構わないッス」

 

「ダメったらダメだ!」

 

「ま、判ったッス。片付けたら行くッスよ」

 

「そうしてくれ」

 

 疲れた表情になって食器をキッチンに持って行き、ヘスティアは食堂を出ていくのであった。

 

「ベルは食べたら食器を戻して訓練室に行くッス」

 

「判りました」

 

 既に食べ終えたらしく、ミッテルトも食器をキッチンへと持っていき、やはり食堂を後にする。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ヘスティアの部屋。

 

 主神たるヘスティアには殊更に大きな部屋が宛がわれており、ベッドもステイタス更新で眷属(こども)を寝転がせ易い様、大きめな物を用立てられていた。

 

「じゃあ、ミッテルト君は服を脱いで此処に俯せになってくれるかい?」

 

「了解ッス。然し皮肉な話ッスねぇ」

 

「何がだい?」

 

「元々は神の方針に付いていけなくて堕天したッス。それが別のとはいえ神から恩恵を授かるとか……」

 

「ふむふむ。確かに皮肉が利いてるけど、難しく考えなくても良くないかい?」

 

「そうッスね」

 

 寝転がるミッテルト。

 

 ヘスティアは針で指先に傷を付け、その垂れ流されている神血(イコル)を以てステイタスを刻む。

 

 【神の恩恵】とは神々が自らの内に流れる神血で、人間に強くなる為の切っ掛けを与える行為。

 

 眷属の積み重ねた経験値を主神が抽出し、神聖文字として背中に刻み込む。

 

 それにより得られるのは人の身の丈を越えるだろう身体能力、魔法と呼ばれる超常現象にスキルと呼ばれる奇跡に近いチカラ。

 

 それ即ち、神がヒトへと開く神に至る未知なる道。

 

 無限に広がる可能性だ。

 

 人間ではないミッテルトだが、神ではないのだから恩恵は普通に得られると、ユートは予想している。

 

 だからこその試し。

 

「んっ……くぅっ!」

 

 見た目の幼さと反比例をする艶かしい声は、背中を滑らせる指の感触がくすぐったいのだろう。

 

「よし、上手くいったよ」

 

 羊皮紙にステイタスの写しを渡すヘスティア。

 

 

 

ミッテルト・アルジェント

種族:堕天使

LV.1

力:I8

耐久:I18

器用:I10

俊敏:I32

魔力:I0

 

《魔法》

【ライトニングハーツ】

・雷系超短文魔法

・追加詠唱によって威力、精度などの拡大

詠唱式『雷よ在れ』

 

《スキル》

黒翼展開(ダークネス)

・翼の数で能力解放

・解放により擬似的LV.の上昇

堕天乃光(フォールダウン・シャイン)

・光力由来の能力

・イメージ次第で形状変化

 

 

「これがウチのステイタスっスか……」

 

「元々がヒト種じゃなかったからか、行き成り魔法やスキルが顕れているね……ユート君もだったけど」

 

「翼の数でッスか。つまり今の状態だと普通の冒険者のLV.1と然程には変わらないッスかね?」

 

「だろうね。尤も、君ならLV.2くらいは倒せてしまいそうだけど」

 

 ミッテルトの黒い翼は、現在だと八枚である。

 

 あの世界で云うと最上級堕天使に相当する能力で、幹部クラスの十枚には未だに届いていない。

 

 また、ミッテルト達は勘違いをしているのだけど、今の状態でLV.2相当の能力となっている。

 

 つまり、二枚展開によりLV.3相当で、八枚展開はLV.6相当だった。

 

 流石は神に至る奇跡だけあり、滅茶苦茶な能力として顕現をしている。

 

 これでも二度目の転生でユートが出逢い、可成りの永い刻を越えて傍に侍り、三度目の転生にまで使い魔的に付いてきたのだ。

 

 下級堕天使ミッテルトは最早存在せず、最上級堕天使ミッテルトとなった身。

 

 このステイタスは当然の帰結なのであろう。

 

 堕天使の寿命だからか、仮に数百年、千年と共に居ても変わらぬ容姿だからか閃姫となる必要性も無い。

 

 ユート自身、性奴隷的な扱いだったり言葉的に扱いが酷かったりするのだが、割と御気に入りでもある。

 

 萌衣奴として修業させたのだって、閃姫よりも安いコストで喚べる身の回りの世話係と、夜の世話係が欲しかったから。

 

 シエスタの招喚コストは存外と高いのだ。

 

 似た事をするシエスタを筆頭としたハルケギニアの時代からのメイド達だが、それとの違いは正室的な扱いのシエスタや、側室的な或いは妾的な彼女らと奴隷に近いミッテルト。

 

 まあ、端から見ても判らない違いに過ぎない。

 

 強いて云えば愛情度か?

 

 ミッテルトにも愛情は注いでいるが、やはり奥様方と奴隷は立場が違うか。

 

 とはいえ元々が敵対者であったミッテルトなのを、上司だったレイナーレがなし崩しで味方となった後、気絶してたから生き延びてやはりなし崩しでユートの下へと身を寄せた。

 

 堕天使陣営には戻れない以上、ユートかリアス・グレモリーのどちらかの庇護を得ねば、堕天使陣営から粛清をされるだけだから。

 

 だからこそ身分が奴隷、御綺麗な呼び方で萌衣奴となった訳である。

 

 その後は修業の甲斐もあってか、順調に翼の数を増やしていって中級堕天使、上級堕天使へと昇格した。

 

 性奴隷に近いとはいえ、強くなれた事は純粋に嬉しかったし、ユートも普段は意地悪な事も言ってるが、夜の御世話の時にはとても優しくしてくれる。

 

 行為の真っ最中は凄く激しくて気持ちが良くって、終われば優しくて温かかったから、ミッテルトは慕う気持ちの方が強い。

 

 堕天使陣営の首領であるアザゼルから戻っても良いと言われても、ユートの側を選ぶくらいには。

 

「それでは主神様、これからベルの訓練に行くッス」

 

「ああ、ベル君を宜しく頼んだぜ! それと、ボクはこれから本拠地を空ける事になるけど、二〜三日は帰らない予定だから。それも伝えておいておくれ」

 

 ミッテルトは扉の前にて一礼し、ヘスティアの部屋を辞するとベルの待つ訓練室へと向かうのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 少し刻は遡り早朝。

 

 娼館の一室に敷かれている蒲団の中、二人の男女が気持ち良さげに寝ている。

 

 一人は言わずもがなで、マサキ・優斗だ。

 

 今一人、少女の方は狐人(ルナール)という種族で、長い金髪に狐の耳を持った美しい娘である。

 

 何しろ、元々は位の高い神に仕える家柄に生まれ、特に不自由無く暮らしていたのだ、ある意味では貴族に近いとも云えた。

 

 その名前はサンジョウノ・春姫、娼婦でありながらすぐに気絶していた所為で実は処女だった為、巡り合わせからユートに初めてを捧げた際、ユートのみに買われる専属娼婦の契約を交わしている。

 

 まだまだ回数を熟してはいないが、それでもそろそろ激しい行為にも耐えられる様になり、昨夜は同僚から教わった奉仕もした。

 

 目を覚ましたユートは、まだ目を閉じて寝息を立てる春姫の頭を撫でる。

 

 本当は欲しいのだけど、何故か主神たるイシュタル自らが春姫を縛り付けて、手放す心算が無いと云う。

 

 春姫とは仲が良いらしい【アイシャ】という名前のアマゾネスからの情報で、主神の肝煎りでは身請けも不可能と舌打ちをしつつ、取り敢えず専属契約で我慢をしておいた。

 

 それなりに金は取られてしまうが、ユート的に見れば春姫にその程度の散財は惜しくない。

 

 春姫もファミリアの一員として恩恵を授かっているらしいから、ユートと性交をする事でステイタス上昇が行われている筈だけど、背中にステイタスが刻まれておらず首を傾げたものだったが、ティオナも同じくで訊けば主神がステイタスをロックしているとか。

 

 ロックされていると主神がロックを外すか、或いは解錠薬(ステイタス・シーフ)を使うしかないとか。

 

 スベスベな背中を擦ると身を捩り、くすぐったそうに呻き声を上げる春姫は、ユートの分身の血流が早くなるくらい魅力的であり、眠る春姫を組み敷いて分身たる槍を鞘へと宛がうと、ゆっくりと納刀をした。

 

 勿論、すぐに目を覚ました春姫と朝っぱらから更に数ラウンド、致してしまったのは云うまでもない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 結局、昼近くまで春姫とにゃんにゃんしてしまい、店のシャワーを使って身綺麗にしたユートは、昼食を近場の店で済ませてヘファイストスに会うべく彼女の本拠地へと向かう。

 

「は? 居ない?」

 

「ええ、ヘファイストス様は暫く前に出掛けられて、今は留守にしています」

 

 応対してきた鍛冶師が言うには、ヘファイストスはガネーシャ・ファミリアの本拠地で開かれる宴に参加するべく、出掛けたとか。

 

 もう少し早ければ会えたらしいが、春姫とのお楽しみの方は外せなかったし、仕方ないと諦める。

 

 宴が終われば帰ってくるだろうし、夜になってまた来れば良いかと思った。

 

「っと、そうだ。ヴェルフという鍛冶師は居るか?」

 

「ヴェルフ? まあ、居るには居るがね。呼んで来ましょうか?」

 

「頼む」

 

 何故か複雑な表情となった鍛冶師は、ヴェルフを呼ぶべく入口から動いた。

 

 ややあって、赤毛の男が不機嫌そうな顔となってやって来る。

 

 紛う事無きヴェルフ・クロッゾであった。

 

「魔剣なら造らねーぞ?」

 

「魔剣? 何を言っているんだ己れは……」

 

「あ、アンタは!」

 

 目を見開いたヴェルフ。

 

「僕はヘファイストスに鎧の感想を言いに来たけど、居なかったから序でに君の盾の感想を言おうと呼んだんだが?」

 

「お、応!」

 

 身構えるヴェルフに対して淡々と告げる。

 

「鍛冶の発展アビリティを持たない身と、素材的に見て悪くはなかったね」

 

「本当か!?」

 

「とはいえ、叩いて砕け──ゴライアスまで保たなかったし、やっぱり僕には余り意味が無いかな」

 

「ぐっ! ゴライアスって言うが、アンタはLV.1の筈じゃないのか?」

 

「LV.は……ね」

 

 目に見える恩恵的には、確かに下級冒険者でしかないユートだが、元々の強さから深層域まで遠征に行けるだけの能力は有った。

 

「ま、僕には要らないが……うちのファミリアに新しく入団してきたメンバーが居てね。彼にはヴェルフの武具が必要になる」

 

「新しくって、つまり正真正銘のLV.1か?」

 

「僕が鍛えてるからすぐにランクアップするさ」

 

「……成程な。つまりは、俺が二人三脚で武具を造る相手は……」

 

「そう、ベル・クラネル。ヘスティア・ファミリアの期待の新人ってな」

 

「そうか。なら、やぁぁぁってやるぜっっ!」

 

 その後はユートが持つ剣をヴェルフに見せたりと、割と愉しい時間を過ごす。

 

 男友達も良いものだ。

 

 時間が過ぎるのも忘れてヘファイストス・ファミリアの本拠地にて楽しんで、いつの間にか夜になっているのにも気付かずに居た。

 

 だから。

 

「──優斗?」

 

「え?」

 

 声を掛けられたユートが振り向くと……

 

「会いたかった!」

 

 ロングヘアーの菫色な髪の毛に碧色の瞳、それは見ユートにとってはよく知った顔であった。

 

「沙織……お嬢さん……? 否、この感じはサーシャなのか?」

 

 即ち、戦女神アテナ。

 

 

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第2章:怪物祭
第21話:神の宴でのお話は間違っているだろうか


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 ガネーシャ・ファミリアの本拠地──【アイアム・ガネーシャ】という建造物がどっしりと建っている。

 

 それは人型がどっしりと座っている形をしており、ガネーシャが常に被っているマスクと同様、象の顔をしているおかしな建物。

 

「うわぁ……」

 

 しかも入口が股間の真下だとか、ヘスティアは複雑な表情となって呟く。

 

「股間が入口だとかさ……ガネーシャの奴、頭は大丈夫なのかい?」

 

 本当は来る心算などなかった【神の宴】であるが、神友のヘファイストスにはどうしても用が有るが故、ユートが自室に用意してくれていた純白のドレスにて着飾り、こうしてガネーシャの本拠地まで来た。

 

 何故だかスリーサイズがピッタリなのは少し話し合いが必要な気もしたけど、折角の好意に甘えてドレスを着て、アクセサリーを身に付けての来場である。

 

 それを見ていた男神共はいつもみたく『ロリ巨乳』呼ばわりせず、何処か気品に溢れるヘスティアの姿に見惚れていた。

 

 派手派手しくないドレスとアクセサリーだったが、然し地味な訳でもなかったからか、ヘスティアの容姿にマッチして当社比二割増しに美を体現している。

 

 美の女神でもないのに。

 

 実際、着飾ったヘスティアに見惚れている男神の中には美の女神フレイヤや、或いは歓楽街の支配者であるイシュタルに気を寄せる者共も居る辺り、男という哀しい生き物は神も地上人も変わらないのだろうか?

 

 とはいえ、ユートが用意したドレスはヘスティアの巨乳を下品にならない程度にチラ見せし、背の低さなどアクセントくらいにしかならず、マイナスにはみられてはいなかったし、寧ろそれが巨乳を際立たせる。

 

 何と無く視線の意味を察するヘスティアだったが、それで増長はしない。

 

 【アイアム・ガネーシャ】の股間──もとい、入口を通り抜けて広いメインの会場に入ると、立食形式でテーブルには沢山の食べ物が並んでいた。

 

 少し前までのヘスティアであれば、ベルへのお土産にタッパーへ食事を詰められるだけ詰め、自分自身も大量に食してはっきり云えば色気も何もあったものじゃなくなるが、今や食事には困っていないからか? 軽く渇いた喉を湿らせるといった程度にワインを飲むに留まっている。

 

 白い肌がほんのり桃色に染めると、唯でさえ高まる色気に艶やかさが増し増しとなり、男神共は『ロリに目覚めてしまう!』とか呻きながら前屈みに……

 

「う〜ん、ヘファイストスは何処に居るのかな?」

 

 基本的に【神の宴】にはオラリオ内の神々が招かれる訳で、何処ぞの酒造りが大好きな神みたいなのや、貧乏暇無しな薬神でもなければ参加をしている筈。

 

 斯く云うヘスティアも、ヘファイストスに用事がなければ不参加だった。

 

「ヘスティア、貴女も来ていたのね」

 

 短く刈った赤毛に右目を眼帯で覆った、真っ赤なパーティードレスを身に纏った女神ヘファイストス。

 

 丁度、捜していた相手から声を掛けられた。

 

「ヘファイストス!」

 

「一ヶ月振りね」

 

 ヘスティアが彼女と以前に会ったのは、遠征準備にユートと本拠地に言った時であり、それも約一ヶ月前くらいの話。

 

 それからは特に用事も無かったし、ヘファイストスは鍛冶師としてもファミリアの主神としても忙しく、ヘスティアだってアルバイトを未だ続けていたから、互いに会いに行ってない。

 

「兎に角、会えて良かったよヘファイストス!」

 

「何よ、言っておくけれどもう一ヴァリスも貸さないわよ? まあ、今の貴女には必要無いでしょうけど」

 

「勿論さ! ボクが神友の懐を漁る神だとでも?」

 

「いや貴女、ついこの間までウチでゴロゴロしていたじゃないの」

 

「うぐっ! それは……」

 

 ヘファイストスの鋭過ぎるツッコミを受け、息を詰まらせてしまう。

 

「確か、曰く『明日からは本気出す』だったかしら? 翌日も『明日からは本気出す』って言ってゴロゴロしていたけどね?」

 

「がはっ!?」

 

 正に【自宅警備員】的な科白であったと云う。

 

 まあ、ゴロゴロしていて警備員は失格だろうが……

 

「ふふ、相変わらずなのねヘス」

 

「うん? ボクをヘスって呼ぶのは……」

 

 にこやかな笑顔を浮かべるのは、純白のドレスに身を包み右手に先端が翼を広げた様な意匠な黄金の杖、腰までサラリと伸ばしている長い藍色の髪の毛に碧色の瞳、ヘファイストスの後ろから歩む姿は高貴さを醸し出しながら、何処か庶民的な所作が親しみを感じさせる佇まい。

 

「あら、アテナ」

 

「サーシャ!」

 

 ヘファイストスとヘスティアが同時に彼女の名前を呼ぶが、何故か二人は違う名前で呼んでいた。

 

「ヘス、久し振り」

 

「うん、久し振りだね!」

 

 彼女は知恵と芸術と工芸を司る戦女神アテナ。

 

 然し、ヘスティアは何故かアテナの事をサーシャと呼んでおり、アテナもまたヘスティアをヘスと愛称で呼ぶ神友の間柄。

 

 これに純潔神アルテミスを加えると、三大処女神(トップスリー)となる。

 

 尤も、純正の純潔神とは違ってアテナは処女性には拘りが無く、単純にその気になれる男が居なかったに過ぎない。

 

 これはヘスティアも同様であり、故にこそこの二人は神友になれたのだろう。

 

 ヘファイストスは二人の共通の神友なのだ。

 

「サーシャはまだヘファイストスの所かい?」

 

「うん、中々居ないよね。ファミリアに入りたいって言ってくれる人」

 

「だよねぇ……」

 

 片やベルみたいにファミリア行脚で冷遇されている一般人も居れば、片やヘスティアやらアテナみたいに冒険者志望の地上人捜しに奔走し、尚且つファミリアに入団してくれる者が居ないと嘆く。

 

 逆にベルとヘスティアの様に、互いに需要を見出だせれば眷属に……といった流れにもなる。

 

 残念ながらアテナは現状でヘスティアみたいな運命の出逢いはなく、ヘファイストスの世話になりながら眷属を捜していた。

 

「けど、ヘファイストスも酷いよな」

 

「何がよ?」

 

「ボクの事は無理矢理にでも追い出した癖に、サーシャは今でも本拠に住まわせてるんだろう?」

 

「あのねぇ、貴女は本当にゴロゴロしていただけだったけどね、アテナはウチでアルバイトをしながら眷属捜しも真面目にしてるの。追い出す必要が無いわね」

 

「げふっ!」

 

 盛大に自爆した。

 

 とはいえ、基本的に変わらない神だから食っちゃ寝しても太らないし、それでヘスティアの美が損なわれたりはしなかったが……

 

 ヘスティアが無駄に遊び呆けている間に、アテナは確りと地に足を付けてくらしていたのが、何を間違ったのかヘスティアには眷属が二人──ミッテルトが増えて三人になっているにも拘わらず、アテナには未だに頼るべき依る辺となるであろう、眷属には全く巡り会えないでいた。

 

「それでサーシャ、君ってこういう宴には余り来ないのに、今日はどういう風の吹き回しだい?」

 

「実はね、先日ダンジョンで小宇宙を感じたの」

 

「コスモ……サーシャが言っていたボク達の、神の力──アルカナムの劣化版」

 

「あれは……私がよく知る小宇宙だったわ」

 

「そ、そうなのかい?」

 

「テンマもアローン兄さんももう居ない。若し可能性があるとしたら彼だけ」

 

 嘗て、蟹座のマニゴルドと魚座のアルバフィカと共にイタリアより聖域にやって来た少年。

 

 その際には暗黒街の暗黒聖闘士を斃すのに一役買っており、マニゴルドもアルバフィカも彼を敵対者とは見ていなかった。

 

 教皇は当然ながら疑惑の目で視ていた訳だが、それは嘗て似た様な出来事が起きていたからだ。

 

 牡羊座・アリエスの黄金聖闘士アヴニールという、未来から来た男である。

 

 彼と同じく未来から来たユート、これは疑惑を持っても当然であろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『ユートと言いましたね。貴方がいったい何処から来たのか、そして何故その……杯座(クラテリス)の白銀聖衣を身に纏ってるのか、私達は理解をしなければなりません。現在我らに杯座の同胞は存在していない』

『僕は……正真正銘、杯座の白銀聖闘士だ』

 

 但し、麒麟星座の青銅聖闘士だったり双子座の黄金聖闘士だったりするが……

 

『ならば、御主はアヴニールの同胞という事か?』

 

『誰だ?』

 

『前聖戦に於いて我々の前に現れた牡羊座の聖闘士、アヴニールだ』

 

『牡羊座? いったいいつの時代から来た? 僕の知る牡羊座はアヴニールなんて名前じゃないし、次代の牡羊座も違う筈だ』

 

 冥王ハーデスとの最終聖戦で牡羊座はムウであり、順当に往けばその弟子である貴鬼が牡羊座を継ぐ。

 

 アヴニールなんて聖闘士など、黄金聖闘士処か雑兵にも名前を聞かない。

 

『確か、アヴニール本人は一九九〇年代だ……と』

 

『僕の居た時代だな……」

 

 それで得心がいった。

 

 ユートはこの世界に干渉した事で一巡目からND──二巡目にシフトした世界が自分の世界と認識していたが、どうやら三巡目だったらしい。

 

『そういう事な……』

 

『どういう事か?』

 

『僕の世界とはアヴニールの居た世界からシフトした三巡目の世界、この世界を基点とするアヴニールによる干渉を受けた世界が二巡目の世界、そして恐らくはアヴニールの居た滅亡した世界が一巡目の世界だ』

 

『ふむ……』

 

 理解したのかしてはいないのか、教皇セージは顎を擦りながら頷く。

 

『ならば、彼は見事に世界を救えたのだろうか?』

 

『そうかもね』

 

 冥王ハーデスは斃した。

 

 ならば、確かにアヴニールは世界を救ったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あの出逢いから暫くして魚座のアルバフィカが死亡をして、ユートがピスケスを一時的に継ぎ闘った。

 

 ひょっとしたら聖戦が始まってからは、テンマより長く側に居たであろう。

 

 尚、ピスケス聖衣を継いでからは基本的に薔薇を使って闘っていた。

 

「サーシャ?」

 

「あ、うん。ヘスにお願いがあるの」

 

「お願いって?」

 

 実はヘスティアこそが、ヘファイストスにお願いがあって宴に乗り込んだ。

 

 それがまさか、アテナであるサーシャにお願いされる立場になるとはと身構えてしまう。

 

「若し、貴方の所に私が知る彼が居るなら……改宗(コンバージョン)を認めて欲しいの」

 

「な、何だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」

 

 サーシャからの余りにも余りな嘆願に、ヘスティアは驚愕して叫んでしまう。

 

「だ、だ、駄目だよっ! 彼はうちの謂わば稼ぎ頭、持って行かれた日には再び貧乏生活に!?」

 

 ブルブルと震えながらの主張故に、とても説得力に溢れていてヘファイストスを引かせた。

 

 一応は一千万ヴァリスの貯蓄があるのだが、下手に使えば無くなると考えたら迂闊に使えないだろうし、ベルが一人で稼げる額などまだまだユートの稼ぎからすれば雀の涙。

 

 何故にベル一人でか? ミッテルトがユート配下であるが故に、ユートが改宗したら自動的に彼女も……という事になるからだ。

 

「まあ、そこら辺は取り敢えず会ってから決めたら? それと、ヘスティアは何か用事でもあったの?」

 

 男前なヘファイストス、女神にあるまじき貫禄を以て二人を止める。

 

「実は……ヘファイストスに頼みがあるんだ!」

 

「貴女は私に? さっきも言ったけど一ヴァリスも貸さないわよ?」

 

「だから違うよ!」

 

 今度はヘファイストスとやり合うヘスティアだが、其処へ新たなる人影が……

 

「あらあら、色々とお話が弾んでるのね」

 

 長い銀髪の女神。

 

「フ、フレイヤ!」

 

「あ、フレイヤ」

 

 ヘスティアは引き気味、サーシャは喜色満面で女神フレイヤを迎えた。

 

「あら、ヘスティア。若しかしてお邪魔だった?」

 

「そ、そんな事は無いけど……ボクは君が少し苦手なんだよ」

 

「フフ、貴方のそういう処が私は好きよ」

 

「ヘファイストスやサーシャと居たのかい?」

 

「ええ、偶々ヘファイストスとアテナを見掛けたから一緒に廻っていたのだけど……少し用があって離れていたのよ」

 

 神でさえうっとりとする様な美しい容姿、綺麗な銀の髪の毛に紫水晶の瞳……それが男神は疎か女神さえ見惚れるので業が深い。

 

「そうなのかい? まあ、ボクは苦手な君より大嫌いな奴が……」

 

 言った瞬間、赤毛糸目で絶壁貧乳な女性が手を振りながら走って来る。

 

「お〜い! ファイたん! フレイヤ! アテナ! ドチビ〜〜ッッ!」

 

 即ち、ロキだ。

 

「居るんだけどね!」

 

 立派なドレスに身を包むロキ、完全なる絶壁であるが故に簡単に男装が出来そうな感じだが、パーティードレスを着れば成程確かに女性であったと云う。

 

 ロキはヘスティアとの仲こそ不倶戴天であるけど、彼女の神友たるヘファイストスやサーシャとは意外なくらいに仲が良い。

 

 やはり胸か?

 

 それとも相性が徹底的に悪いのだろうか?

 

 ヘファイストスもサーシャも身長に合った平均値、それに比べてヘスティアは身長の低さ顔の幼さに反比例して、その胸は余りにも大きいモノであり凶器。

 

 正反対の絶壁なロキは、やはりヘスティアの凶器を羨むのだろう。

 

 ヘスティア側に立てば、ロキが彼女を羨んで苛ついて突っ掛かり、それが故にヘスティアとの仲が悪くなったと考えられる。

 

 ロキ側に立つなら彼女の動きが気に食わないから、ヘスティアがロキを一方的に嫌ったから仲が悪くなったとも考えられた。

 

 まあ……いずれにしても二人の仲が悪いのは変わらない事実であり、その過程を余人が知った処で誰も楽しくはないだろう。

 

「何しに来たんだ、君は」

 

「何や、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? ──『今宵は宴じゃ〜っ!』とかいうノリやろ? 寧ろ、理由を探す方が無粋っちゅうもんやないか。はぁ……マジで空気読めてへんよなぁ、こんドチビは」

 

 ビキビキッ! 青筋が浮かび上がるくらい怒りに顔を歪ませるヘスティア。

 

「顔がスゴい事になっているわよ?」

 

 ヘファイストスが指摘、取り敢えず表情を戻す。

 

「き、君のファミリアへと所属しているヴァレン何某について訊きたいんだよ」

 

「ああ、噂の【剣姫】ね? それは私もちょっと聞きたいかも知れない」

 

 ヘスティアの質問を受けたヘファイストスも乗り、ロキへと視線を向ける。

 

「あん? ドチビがウチに願い事やなんてな、明日は槍か鉄槌でも降るんとちゃうか? こう、神々の最終戦争! みたいな感じで」

 

 随分と物騒な事を宣った事はスルーし、ヘスティアは重大な質問をした。

 

「……訊くよ、ヘファイストス曰く噂の【剣姫】は、付き合っている様な男とか或いは伴侶が居るかい?」

 

「あほぅ、アイズはウチのお気に入りや。嫁には絶対出さんし、誰にもくれてやらんわ。ウチ以外にあの子へちょっかい出してきたらそいつは八つ裂きや!」

 

「ちぃっ!」

 

「何でそのタイミングで舌打ちしてんのよ?」

 

 呆れるヘファイストス。

 

「まあ、いつか奪われそうで戦々恐々やがな……」

 

「ん、何か言ったかい?」

 

「何も言うとらんわ!」

 

 ロキは心配していた。

 

 あのユートのもっているレアスキル、あれをアイズが知れば間違いなく彼女はユートに股を開く。

 

 強さに焦がれるが故に、アイズが躊躇う理由なんて有り得ない。

 

 ヘスティアは不満だ。

 

 ベルの獲たレアスキル、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の対象となっているのは、間違いなくロキの所の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

 懸想が強ければ強い程、それに比例してベルは成長を促される筈。

 

 今はユートの命令から、ステイタスの更新をしてはいないが、修業が一段落ついて更新したらきっと驚くべき飛躍をしていよう。

 

 だけど何故? 選りにも選ってロキの眷属(こども)だったのかと思う。

 

 地上の子供達は自分達、神々と違って変化し易い。

 

 それはきっと喜ばしい、だけど素直に喜べない自分に嫌悪した。

 

「ああ、折角やからウチからも質問や」

 

「珍しいね? 何だい?」

 

「ドチビん所の子供やけど……まさかウチらの力を使うてへんよな?」

 

「ボクらの? 【神の力(アルカナム)】を? 使う訳が無いだろ!」

 

「ならエエわ」

 

 あんな、他人に多大過ぎる影響を与えるスキルが、自然発生するものなのか? ロキはだからヘスティアの反則を疑った。

 

 だが、いけ好かない女神だとはいえ嘘を吐ける性格でもないし、だからすぐに追求をやめたのだ。

 

 神々に人類は隠し事が出来ず嘘も吐けない、だけど神の考えている事は神にも解らないもの。

 

 そして神は曲者が多い。

 

 とはいえ、アテナみたいな純朴に過ぎる女神も居る訳だが……

 

「にしても、ドチビが普通にドレスやとはな」

 

「ふん、悪かったね」

 

「別に、あの子なら買えるやろうしなぁ。フレイヤ、ちょう飲みに付き合えや」

 

「あらあら、仕方ないわねロキったら。私も取り敢えずは知りたい事も知れたし構わないわよ」

 

 そう言いロキは美の女神フレイヤと去って行った。

 

「……何だったの?」

 

「さあ?」

 

 あっかんべーをしているヘスティアと去るロキと、二人を見ながらヘファイストスとサーシャは首を傾げるしかなかったと云う。

 

「じゃあ、取り敢えず私達も河岸を変えましょうか。ウチの本拠に御招待させて貰うわ」

 

 ヘファイストスの言葉に従い、ヘスティアとサーシャは彼女の本拠に向かう。

 

 其処では丁度良くユートが赤毛の男と話していた。

 

 それを見たサーシャは、瞳を潤ませながら呟く。

 

「──優斗?」

 

「え?」

 

 サーシャが声を掛けたらユートが振り向く。

 

「会いたかった!」

 

 駆けるサーシャはユートの背中に腕を回し、しっかとその身体に抱き付く。

 

「あ゛!」

 

 驚くヘスティア。

 

「沙織……お嬢さん……? 否、この感じはサーシャなのか?」

 

 嗚呼、間違いない。

 

 自分の知る優斗だ!

 

 アローンもテンマも居なくなり唯一、出会える可能性があった男の子。

 

 アテナの聖闘士・双子座のユートだった。

 

 この世界のアテナとして生まれ変わったサーシャ、何億年が経ったか判らないけど、嘗ての自分を知る者に出会えた瞬間だった。

 

 

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 原作入りしても原作とは異なる部分が……




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第22話:新たな眷属は間違っているだろうか

 本当はもっと早くに更新する予定が、寝落ちた上に想定以上の長さで遅れてしまったり……





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 感極まったサーシャに抱き付かれたユートだけど、そんなどさくさ紛れに確りと抱き寄せている。

 

 勿論、サワサワと柔肌を堪能するのも忘れないが、サーシャは嫌がる処か頬を朱に染め受け容れていた。

 

 アテナという〝神〟だとはいっても、サーシャ自身は人間の腹より誕生をしているから、精神も城戸沙織より人間に近い。

 

 沙織は人間として数年を暮らし、その後は城戸光政から戦女神アテナの化身だと教えられ、自覚を持って神と人間の二重生活をしていたのだが……

 

 肉体的には人間をエミュレートした神体だ。

 

 それは兎も角、サーシャだって思春期を人界で過ごした事もあり、恋愛に興味が無かった訳ではない。

 

 アテナだから聖域の周りの男に惹かれず、だからといってハーデスの器だった兄のアローンは論外だし、テンマはやっぱり兄妹? 姉弟? 枠だろう。

 

 それでも聖戦を生き残れていれば、擬似的な恋愛はテンマとも出来ていたかも知れない。

 

 が、所詮は訪れる事の無かったifに過ぎないし、この世界のアテナとして生まれ変わって数億年。

 

 二度と会えないテンマや兄より、僅かながら可能性があるユートを想ってきたからか、ユートのえっちぃ行為を受け容れる程度に、好感度は高かったらしい。

 

「もう、相変わらずだね。けどちょっと嬉しいかも」

 

 因みに、相変わらずとは言うが別にサーシャへこれをヤった事は一度も無く、ユートがセリンサ達候補生や巫女達に対して軽くスキンシップをしているのを、彼女に道すがらなどで見られていただけだ。

 

 当たり前だがサーシャもそれを羨ましいだとか思って見ていた訳ではなくて、『またやってる』と苦笑いをしながらである。

 

 だが側付きの巫女達はといえば──『あれ、気持ち良いのよね』と頬を朱に染めていた。

 

 候補生だろうが巫女であろうが、聖域という一種の閉ざされたコミュニティに所属をする以上、どうしてもストレスが嵩むもの。

 

 ユートはそんなストレス持ちの彼女らにマッサージを施していく。

 

 そう、最初は当たり障りの全く無いマッサージで、次第に触れる部位を必然的に増やしていき、向こうが触れられても嫌悪感を持たない様に精神をアンロックさせていくからか、次第にエスカレートをした。

 

 肩を首筋を腰を……と、本当に当たり障り無い場所からうなじ、脇腹、果てはおっぱいまで到達せしめればしめたもので、相手だってそこまでくればナニをされているか理解をするが、マッサージされているのだと蕩けた頭で受け容れて、最終的には最後まで赦す者までもが居たくらいだ。

 

 悪魔の如く手腕は教皇も『頭が痛いわい』と言わしめ、後のシオンが統治をする聖域でも頭痛に悩まされたとか……

 

 今ではサーシャも理解が出来た、皆がいったい何を求めてユートに身を任せていたのかを。

 

 だからこそ、今は素直な気持ちでユートからの接触を楽しめているのだ。

 

 とはいえ、ユートもだがサーシャもいつまでも抱き合ってはいられない。

 

 何しろ、真っ赤になっているヘスティアとやれやれとジト目なヘファイストスが見ていたし、ヴェルフも目を逸らしてポリポリと指で頬を掻いている状態で、衆人環視とまでは云わないまでも人前なのだから。

 

 それにユートは訊きたい事だっていくつかある。

 

 温もりと柔らかさを惜しみつつサーシャを引き剥がすと、両肩へと手を置いてまるで子供に質問でもするかの様に優しく訊ねる。

 

「どうしてサーシャがこの世界に居るんだ?」

 

「……その前に教えて欲しいんだけど」

 

「教える? 何を?」

 

「ユートが最後に私を認識したのはいつ頃?」

 

「ハーデスとの決戦が終わってから十四年くらいか、カイロスが聖域を襲撃しに来て、教皇となったシオンと共に双子座(ジェミニ)として対処していた時、君とテンマの小宇宙を感知……カイロスをアテナの楯が持つ力で討ち祓い、ペガサスとアテナの聖衣を置いていった際だね」

 

「そっか……」

 

 何処かホッとした様子のサーシャは……

 

「ちゃんと私の知っているユートだね」

 

 文字通り、女神の微笑みで不安が払拭されたのだと吐露をした。

 

「私はその後、本来であればオリンポス山の本拠地で眠る私の本体に還り、再び分体を降ろすまで天界にてアテナとして過ごす筈だったのだけど、分体が還ったのは確かなのに(サーシャ)はこうしてこの世界のアテナとして生まれ変わってしまった。容姿も見ての通り昔の私の侭で」

 

 当然、ヘスティア達みたいな地球と同じロールを与えられた神々が居るなら、サーシャではないアテナが彼女とは別の容姿で誕生をしていただろうが、それがサーシャを取り込む形を以て別神として再誕させた。

 

 そういう事だろう。

 

「私が地上に降りたのも、億に一つの可能性を求めて……ひょっとしたらユートに逢えるかもって考えて、ヘスティアにくっついて来たんだよ?」

 

「成程……」

 

 どうやらユートがこの地に喚ばれた理由の一つは、神の何億年にも亘る想念であったらしい。

 

「テンマやアローンを喚ぼうとは思わなかった?」

 

「それは百パーセント無理だと解ってるからね。私だって仮にも神なんだよ? 死と転生を神たる私が確認した以上、最早決して覆らない宿命だもの」

 

 アローンはまだ兎も角、テンマは決戦後に死んでの星矢として転生、この流れは確定した未来となった。

 

 であるからにはテンマという意識は存在しないし、記憶すら喪われている。

 

 喚び出せる筈がない。

 

「私が逢いたかったのは、テンマであって城戸沙織の星矢じゃないから」

 

「次善で僕……か」

 

「う、ごめんなさい」

 

「いや、サーシャに再会出来たのは嬉しいからね」

 

 周りはいまいち理解が追い付かないが、本人レベルではすっかり解り合っているから問題は無い。

 

 サーシャはユートから聞いて知っていた。

 

 仮に死んで転生しても、テンマやアローンとは違って記憶と意識を保有して、次代に引き継げる事を。

 

 だから逢うならユート、それしか希望は無かった。

 

 事実としてユートはスプリングフィールドから柾木へと転生をしているけど、前世の方も確りと覚えているのだから。

 

「それで、サーシャは僕と逢えたらどうする心算だったんだ?」

 

「うん、私のファミリアに入って欲しくって。だから今回だってヘスに間違いなくユートだったら、改宗を頼んでいたんだよ」

 

「ふ〜む、ヘスティア! 僕の改宗(コンバージョン)の準備を頼むな」

 

「アッサリ見限られた?」

 

 これにはヘスティアとてショックを隠せない。

 

 きっと泣いても赦されるのではなかろうか?

 

「ひ、酷くないかい?」

 

 実際に涙目で縋り付く。

 

 先にもヘスティア自身が述べたが、ユートは彼女のファミリアに於ける謂わば稼ぎ頭というやつであり、新人でしかないベルなんかとは比べ物にならない程、ダンジョンでは稼げる。

 

 ベルだと一万ヴァリスも現在だと一日で稼げない、それがユートなら軽く潜るだけで一日に十万、二十万ヴァリスと稼げるのだ。

 

 こればかりはヘスティアが如何にベルスキーであろうとも、決して覆す事など出来ない事実だった。

 

 第五層で更新無しのソロプレイ、これでベルが稼げるのは精々が二〜三千程度でしかなく、二人が慎ましく食べていくなら何とでもなるかも知れないのだが、装備品やギルドに納める為の税金や普段で使う品物、更にはいざという時の為に貯蓄もと考えると、これは如何にも足りないだろう。

 

 せめてステイタス更新が赦されれば、それでも倍額は稼げるかも知れない。

 

 然し、ベルの将来の為の修業を毎日の糧の為に食い潰すのは、主神として如何なものかとも思う。

 

「別にベルを見限った心算は無いから安心しろ」

 

「ボクは!?」

 

「サーシャ。今は僕も大した事が出来ないが、いつか聖域(サンクチュアリ)みたく御殿を建てて暮らそう」

 

「無視されたっ!?」

 

 ヘスティアの様子が余りにもおかしくて、遂に噴き出してしまうサーシャ。

 

「ユート、人が悪いわ」

 

「そうだな」

 

 当たり前だがヘスティアを見限った心算も無い。

 

「それで? アテナもだけどユートはどうするの?」

 

 黙って事の成り行きを聴いていたヘファイストス、だが到頭というべきか口を出してきた。

 

「うん、そうだね……僕がサーシャのファミリアへと改宗するのは決定事項だ」

 

「……アテナ・ファミリアが誕生する訳ね?」

 

「んで、ファミリアが出来たらヘスティア・ファミリアと同盟を組む」

 

「同盟?」

 

「そうさ。昔、ゲームでもファミリア──ゲーム中ではギルドと呼んでたけど、ギルド【ZoG】とギルド【レリック】で同盟を組んでいてね、二つの小規模なギルドが組んで大規模ギルドに拮抗していたんだよ」

 

「ゲーム……ねぇ」

 

 とはいえ、ヘファイストスにバーチャルやらテレビゲームやら言っても理解は出来まい。

 

 それはヘスティアもそうだが、文明レベルが二百数十年前なサーシャもだ。

 

「同盟……見限られた訳じゃないのは嬉しいけれど、改宗はするんだね?」

 

「ヘスティアがベッドの中で僕を受け容れてくれるのなら考えたけどね、それは出来ないんだろう?」

 

「うっ! ごめんよ、ボクにはベル君が……」

 

 真っ赤に顔を染めながら言うヘスティア、どうやら遊び心ではなくはたまた、美の女神みたいなのでもなくて、割と本気でベルの事を想っているらしい。

 

 処女神とか云われても、純潔神アルテミスとは違っていて、またギリシア神話での二柱とも異なり、決して処女性に拘りがある訳ではないヘスティアは、相手が眷属(こども)だとはいえ乙女の恋心が燃えている。

 

 いつかは処女を捧げて……とか考えていそうだ。

 

 ユートは趣味ではなかったらしく、ベルが居なければ或いは転んだかもだが、どうやらそうはならなかったらしい。

 

「それで、同盟を組んだとしてどうするのかしら?」

 

「本拠地はあの廃教会の下で充分、改装もしたから。ヘスティア・ファミリアとアテナ・ファミリア共同で使える広さが今はある」

 

「確かに……」

 

 ヘスティアが頷く。

 

「改装? まあ、誰も使わない辺鄙な場所の教会だったから構わないけどね……それで僅かな時間で広さを確保したの?」

 

「まあね、いずれ遊びにでも来れば良いよ。鍛冶工房も在るから、ヘファイストスもヴェルフも楽しめると思うからさ」

 

「へぇ? それならいつか寄らせて貰おうかしら」

 

 腕組みをしながら愉しげなヘファイストス。

 

「ミッテルト君も改宗するのかい?」

 

「うん? ああ、ミッテはその侭でも良いよ。あの娘は基本的にメイドをさせておくから。アテナ・ファミリアには別の娘を入れる」

 

「別の娘?」

 

「昔に回収した娘が居るんだよ。ずっと放置してきたけどね、折角だから封印から解除しよう」

 

 ユートは、アイテムストレージからカードを出す。

 

 仮面ライダー剣みたく、誰かしらを封印する為の札をハルケギニア時代、最終決戦後の放浪時でザールブルグ在住の時に製作して、その後に移動した世界にてとある少女を封じた。

 

 元々は敵対者だった悪女だけど、分体の少女と統合された事で再び良心を獲ており、悪女だった頃の性格は偶に戦闘時にS化するくらいでしか残ってない。

 

 いっそ気持ち良いくらい悪女だったが、容姿は割と美少女にカテゴライズされるから、分体の少女に頼んで再び分離したのだ。

 

 記憶も力も、基本的には分体の少女に残した謂わば搾り滓レベルでしかなく、残されたのは美少女としての容姿と、力と記憶の残滓程度だった。

 

 記憶も明確なものでなど決してなく、無意識に残るくらいの僅かなモノ。

 

 本人に残った明確な記憶は名前と、幼い頃に幼馴染みと唄った歌くらい。

 

「さあ、数百年は放置したけど開封の時だ!」

 

《REMOTE》

 

 カードの大元が剣である以上、クラブのカテゴリー10【リモート・ティピア】で開封される。

 

 まあ、このカード自体がユートの権能──【至高と究極の聖魔獣】で再現した物だが、効果は仮面ライダー剣の劇中で使われていたラウズカードと同じ。

 

 だからこそ可能。

 

 闘神都市で生活していた頃に、這い寄る混沌が転生者を送り込む際の特典として喚び込んだが、上手く逃れた女神サラスワティへとクラブスートは預けたが、今は返還されている。

 

 カードから光が溢れて、ブランク化すると同時に顕れたのは、黒髪をボブカットにした吊り目がちな顔、それなりには肉付きの良い肢体、それを覆い隠す様に着ているレオタードっぽく服装に、何故か背中からは虫系の羽根が二枚生えている美少女であったと云う。

 

「あ、私は……」

 

「久しいね、ラブレス」

 

「ユート……さん?」

 

 ユートに敵対した悪女とは思えないくらい弱々しく訊ねる様は、庇護をしたくなるくらいに可愛い。

 

 元々、その世界の守護者の一つの王女で、本来だと心優しかったのを敵の黒幕が慈愛や良心を分離したのが悪女ラブレス。

 

 然し、分体が本体であった彼女を吸収してしまい、お陰で再び分離した彼女は分体だった少女の良心とか慈愛を得ている。

 

 それが故の現在だ。

 

「あの、私を封印から解除したという事は何か用事があるのですよね?」

 

「まあね。君には其処に居る女神の眷属になって貰いたいんだ」

 

「女神様?」

 

「初めまして、サーシャ……女神アテナです」

 

「あ、初めまして。私の名はラブレスです」

 

 お互いに何とも間抜けな挨拶を交わす。

 

「細かい話はサーシャにして貰うとして、早速だけどヘファイストスに場所を借りて【神の恩恵】を刻んで貰おうかな」

 

「うん。ヘファイストス、何処か借りれない?」

 

「貴女に貸していた私室にベッドが在るでしょう? 其処を使いなさいな」

 

「あ、そっか。それじゃあラブレス、行こっか」

 

「えっと、はい……」

 

 サーシャに手を繋がれ、ラブレスは建物──ヘファイストスの本拠に入る。

 

「それじゃ、さっさと話を詰めておこうか」

 

「うん、そうだね……」

 

 ヘスティアは何とも言えない顔で頷いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 レオタードタイプな服装だから、背中を晒すとなれば産まれた侭の姿になるか上半身だけ晒すかのいずれかになる訳だが、ラブレスは八〇センチくらいのサイズのおっぱいを腕で隠し、頬を朱に染めて立つ。

 

 レオタードの肩紐部分を外して、上半身だけ裸体を晒したという訳だ。

 

 幾ら女同士でも完全に脱ぐには抵抗があった様で、ラブレスもサーシャも普通の対応となった。

 

「あ、この羽根って本物なんだね」

 

「あ、はい。私達の一族は個人差こそありますけど、誰しも羽根を持ちます」

 

 そのくらいは覚えていたらしい。

 

「へぇ」

 

 ベッドに俯せとなって、背中を晒したラブレスの上に馬乗りとなり、サーシャはナイフで指を傷付けた。

 

 プツッと小さな傷が付いて流れ落ちる血液、聖衣に着ければ進化すら促して、更には小宇宙を極限にまで高めれば、神衣(カムイ)というオリンポス十二神しか纏う事を許されない闘衣に最も近い神聖衣となる程、強力な神威が籠ったモノ。

 

 それを使ってラブレスの背中に描かれるものこそ、【神の恩恵(ファルナ)】と呼ばれるモノだ。

 

 シュッシュッと指を動かすサーシャ、これが初めての経験だからか少しばかり興奮気味であった。

 

 

 

ラブレス・ソーディアン

所属:アテナ・ファミリア

種族:シャーマン

LV.1

力:I8

耐久:I6

器用:I15

俊敏:I38

魔力:I66

 

《魔法》

【神雷降臨】

・雷系超短文魔法。

詠唱式『剛魔神雷降臨』

 

【鬼光術】

・自然と内なる力を融合、【鬼光】と換えて放つ剛魔人族の術。

・本来の内なる力は氣だがシャーマン故に魔力使用。

 

【鬼光剣】

・超短文魔法。

・剛魔神族の持つ鬼光術の最終奥義。本来はシャーマンが使える術と異なるが、シャーマン族の伝説の戦士イシュタルの娘で、僅かなアネスとしての精神からの再現が可能となった。

詠唱式『来たれ鬼光剣』

 

《スキル》

体感学習(ラーニング)

・受ける事で習得する。

・資質が無ければ無習得。・資質が低い場合は複数回を受けて習得。

 

神霊乃術(シャーマニズム)

・本来の魔法。

・系統立てて使用可能。

・基本的に魔法名だけでの発動。

 

 

「な、何……これ?」

 

 数値こそそれ程に高くはなかったが、魔法スロットを三つ使って意味不明なる魔法が顕れ、スキルも二つが発現していると云う。

 

 しかも、スキルは前者が完全なレアスキルであり、後者がどうやらシャーマンとやらが本来使える魔法を編纂した魔導書的なモノ。

 

「恩恵を与えたのは初めてだけど、これが普通って事は無い……よね?」

 

 流石はユートの知り合いというか、非常識に過ぎる能力を持つらしい。

 

「恐らく、彼女の中の無意識下にある知識や経験値、それを私が暴き出した形なんだろうけど……」

 

 まだ基本アビリティの方が低めだし、今はそれ程の力にはなるまいが、それでも凄まじい魔法にスキル。

 

 尚、彼女らに姓は存在していないが、ユートが与えていたから真名として顕れたらしい。

 

「これはユートに要相談……かな?」

 

「あの、何か問題が?」

 

「ううん、貴女は気にしなくても良いんだよ」

 

「そうですか?」

 

 恩恵は刻み終わったし、サーシャはそれを羊皮紙にコピるとロックを掛けて、盗み見するには解除薬を使うしか無い様にする。

 

 ヘスティアはロックを掛けるという知識が無いが、サーシャはちゃんと勉強をしていたらしくて、確りとそれを応用していた。

 

「さあ、終わりましたよ。それじゃあ服を着直して戻りましょう」

 

「はい」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ラブレスを連れて戻ったサーシャは、ユートが決めたヘスティアとの同盟関係に関する条約を聞く。

 

 まず、本拠は教会の地下を引き続き使う。

 

 次に、ベルの修業はやはり引き続き行われる。

 

 次に、ダンジョン探索は基本的にベルがユートに追い付くまで別々に行うが、訓練目的の場合は別。

 

 次に、必要とあれば互いに補助をし合う。

 

 他にも細かく決めたが、だいたいがこんなものだ。

 

「それでサーシャ、ラブレスのステイタスを見せて」

 

「うん」

 

 サーシャがステイタスをコピーした羊皮紙を渡す。

 

 其処に書かれた内容に、ユートは難しい表情。

 

「元々、シャーマン一族は魔法に長けた種族でフィジカル面は低い。だけど彼女の父親たるシャーマン王はシャーマン族の伝説の戦士だったから、肉体は剛魔神と同等の能力にシャーマンの魔法を使った。剛魔神族の伝説の戦士も王族だった事から、そもそもが伝説の戦士とは王族から顕れるという事だろうが、少なくとも伝説の戦士の子供が伝説の戦士の力を直に引き継ぐなんて話、シャーマン王から聞いてはいない。しかもフィジカルが剛魔神並な訳じゃなく、鬼光術を扱える様になっているとかね」

 

「おかしな話なの?」

 

「シャーマンの魔法は魔力を元に、剛魔神の鬼光術は氣と自然界のエネルギーを融合したモノを使うから、そもそも魔法の成り立ちからして違うんだよ」

 

 神雷降臨は剛魔神の伝説の戦士が最初に使った魔法であり、ラブレスはそれを喰らっていた筈である。

 

「記憶喪失がこのスキルに影響を与えた訳か。恐らくラブレスが神雷降臨を喰らったから、鬼光術の片鱗を覚えていたんだろうね」

 

 まさかそれで扱えるとは思わなかったが、サーシャの神の血を受けた影響とかもあるのだろう。

 

「ま、神すらも千年の間に自分達が与える恩恵については理解仕切れてないし、こういうバグみたいな事も起きてもおかしくないか」

 

 何より、自分自身もだがミッテルトもラブレスも、異世界からの来訪者だ。

 

 この世界の住人とは違う効果が出ても、決して有り得ないとは云えない。

 

「そういえば、ヴェルフが居るのは何故かしら?」

 

「ヘファイストス様、今更ですか?」

 

 赤毛の鍛冶師は嘆息し、経緯──ユートがヘファイストスに防具の感想を言いに来たが不在で、物の序でにヴェルフの造ったバックラーの感想を言うべく呼び出された事を話す。

 

「そうなのね。それで? 私の造った防具はどうだったかしら? 貴方の提供してくれた黒鍛鋼を使ったとはいえ、それなりに巧く造れた心算だけど」

 

「良かったよ。基本的には躱すタイプだから攻撃を受ける回数は少なかったが、働きは充分にしてくれた。流石は【神匠】だね」

 

 短いながら、最高の誉め言葉で感想を伝える。

 

 ヘファイストスは最高の笑みでそれに返した。

 

「じゃあ、ヴェルフ。ベルの新しい防具は頼むよ」

 

「任せろ!」

 

 取り敢えず、用事も終わったから四人──ヘスティアとサーシャとユートとラブレスは本拠へ帰る。

 

 その際にはサーシャが右腕を、ラブレスが左腕を、両手に華状態で本拠に帰ったからか? 男共の視線がとてもキツかったと云う。

 

 

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 新キャラは、マイナーな漫画から登場しました。




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第23話:リリルカ・アーデとの再会は間違っているだろうか

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「剛魔・神雷降臨!」

 

『ギャビリィィィン!』

 

 ピシャーンッ! 強大な雷の束がモンスターへと降り注ぎ、敵対していたそいつらを纏めて黒焦げに。

 

 ダンジョン内部の大気と水分を天井近くで操作し、雷撃として静電気を強く束ねて落とす【神雷降臨】という魔法は、魔法耐性とか高くないと一撃で敵対者を屠れる程に強い。

 

 流石に一五層のモンスターともなれば、大型は一撃とまではいかないだろう、然しまだ小型種なら確実に屠っていた。

 

「す、凄い。これが魔法、ラブレスさんの魔法……」

 

 未だに、魔法もスキルも発現していない──と思わされている──ベルは羨望の眼差しでラブレスを見るしかなかった。

 

「ベル、ラブレスを羨んでる暇は無いぞ? 小型種のモンスターがまた集まって来ているし、お前も戦闘に参加をしろ!」

 

「は、はいぃぃっ!」

 

 ユートにケツを蹴られ、慌ててナイフを揮う。

 

 そのナイフは黒々とした刃で、ベルが然るべき意志を以て手にすると神聖文字(ヒエログリフ)が浮かび、切れ味が弥増す。

 

 とはいえ、他人が持つと刃が何も斬れない凡骨以下の死んだナイフに成り下がる為、ベル専用としか言い様が無い武器だ。

 

 このベル専用ナイフに付いた銘は【神の(ヘスティア)ナイフ】と云い、主神のヘスティアがヘファイストスに頼み、彼の【神匠】が自ら鎚を揮って鍛えたという正に逸品。

 

 アテナであるサーシャがラブレスに【神の恩恵】を刻む間、同盟条約を締結さた後にヘスティアがヘファイストスに頼み込んだ。

 

 無論、ヘファイストスは白眼視した訳だが……

 

 何しろ、ヘファイストス・ファミリアの武具とは、どれもこれもが一級品とされており、まだLV.などが低い鍛冶師は低い値段で売っているが、基本的にはナイフ一振りがン千万ヴァリスも珍しくない。

 

 幾ら神友とはいっても、技術者が自らの腕を安売りなどする筈もなく断った訳だが、其処へユートが介入をしてきて話が変わる。

 

 お金は払うから、ベルに武器を打って欲しいと言われたヘファイストス。

 

 だからユートの識らない原典の世界線では三日は経っていたナイフ造りにも、即日からヘスティアの手も借りてナイフを打った。

 

 値段は言わずもがな。

 

 ヘスティアがナイフへと【神聖文字】を刻んだ為、ナイフにステイタスが発生した特殊兵装。

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)が始まる前に完成をみたナイフはベルにすぐにも贈られて、喜び興奮をしたベルに抱き締められたヘスティアは感慨無量と、真っ赤になって倒れた。

 

 完徹で造った甲斐があったと云うもの。

 

 朝を待ちユートと共に、紹介されたラブレスも伴ってのダンジョン探索。

 

 連れて行かれた先は中層の第一五層で、ミノタウロスすら現れる場所だ。

 

 ベルは震えてしまうが、斃すのはユートがやるから兎に角、戦えと無情にも突き放されてしまう。

 

 ラブレスはまだ基本的な事も学んでおらず、ユートの言葉に従うだけで言われるが侭に魔法を使った。

 

大裂撃(ダズ・ダルテ)ッッ!」

 

 爆裂を起こしてモンスターを打ち砕く。

 

 小型であるが故に効いてはいても、ステイタスが低いから一撃とはいかない。

 

 かといって、神雷降臨を何発も使える程の精神力もまだ無いラブレスは、魔法で傷付けてユートにトドメを刺して貰うか、ベルが傷付けたモンスターに大型の魔法を撃ち込んで斃すか、いずれかになる。

 

『ブモォォォッ!』

 

 低い唸り声が響いた。

 

「ヒッ!」

 

 思わず息を呑んだベル、足も震えている。

 

「そうか、ベルは第五層で確かアレに襲われたな」

 

 謂わばトラウマ。

 

 今のベルではミノタウロスを相手に出来ない。

 

 ズシンズシンと足音を響かせて現れる牛頭人体……LV.2相当のモンスターであるミノタウロスだ。

 

「来たれ鬼光剣!」

 

 左掌から右拳をぶつけ、引き出す様にエネルギーが剣の形に顕現、物質化して完全な剣として顕れた。

 

 斬っっ!

 

 断ち難い筈のミノタウロスの肉だが、それをアッサリと斬り裂いてネイチャーウェポンの斧を持つ右腕を落とした。

 

「フフ、どう? 痛い? 痛いでしょう? アハハ、アハハハハッッ!」

 

 斬! 斬! 斬!

 

 嬉しそうな表情でミノタウロスを斬り刻み、返り血で顔を汚しながら更に斬撃を喰らわせていく。

 

「アハハハハ! 気・持・ち・良いぃぃぃ!」

 

 角を落とし目玉を抉り、残された左腕も斬り落としたラブレスは、ニヤ〜ッと口角を吊り上げて嗤うと、真ん中から一刀両断にしてトドメと成す。

 

 鬼光剣はすぐに消失し、ラブレスもフラリと崩れ落ちてしまうが、其処は駆け付けたユートに支えられ、何とか立ち上がる。

 

「ラブレスの今の精神力で鬼光剣はまだ早いな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 先程まで嗤いながら戦っていたとは思えないしおらしさ、ベルはあのドSでしかないラブレスと今現在の可愛いラブレス、この余りのギャップに首を傾げる事しか出来ない。

 

 神がこれを見ればきっと『ギャップ萌え!』とか、要らん事を叫び出す事請け合いである。

 

 鬼光剣は鬼光術に於ける最終奥義、この術を使った少年も独力では完成せず、最後の最後で死んだおっちゃんの力を借りて、鬼光剣を発動させたのだ。

 

 LV.1のラブレスでは扱えたとしてもすぐガス欠となるし、まだ使うのには制限が掛かるのだろう。

 

 とはいえ、多少の誇張はあれど如何なるモノも斬り裂く最強の剣、それこそが鬼光剣という奥義。

 

 ならば階層主とさえ戦える戦力と成り得る。

 

 一方のベルはミノタウロスに震え、未だに未更新で能力が低いとはいえ中層の戦いでトドメなぞ、殆んど刺せていない現状では役立たずの体だが、確かな光るモノを備えてもいた。

 

 最初は弱くとも大成するタイプであろう。

 

「そろそろ更新させるか」

 

 こんな中層で戦わせたのは経験値を稼ぐ為、より強い敵と戦えば良質な経験値を得られるからだ。

 

 今は戦うだけで良い。

 

 それでも経験値は入り、確実な基本アビリティ向上に役立つのだ。

 

 それに、ユートは密かに補助系呪文を掛けている。

 

 スカラ、バイキルト、ピオラ、フバーハなどだ。

 

 尚、魔法であったからかラブレスにも掛けた際に、どうやら修得したらしい。

 

 【体感学習(ラーニング)】──恐るべし。

 

 特にヘルハウンドと戦うなら、フバーハは役に立つ呪文だから修得が出来るならさせておきたい。

 

「インストールカード無しで覚えるとか大概だなぁ、ラブレスも……」

 

 昔なら有り得なかった、然しながらサーシャの神血による恩恵の効果、それがラブレスを良い方向に押し上げたのだ。

 

 地上に戻ったユートは、纏めて魔石やドロップアイテムを売却した。

 

 ユート自身も戦った分、やはりお金は多くて五十万は稼げてしまう。

 

 上層ではとても稼げず、中層ならではか。

 

「ベル、今晩辺りステイタスの更新をしておけ」

 

「え? 良いんですか?」

 

「ああ、単独での探索階層も七階層まで許可するが、基本的にはラブレスと一緒に行くように」

 

「は、はい!」

 

 嬉しそうに走るベルは、漸くのステイタスの更新に浮かれていた。

 

 どれだけ上昇したのか、凄く楽しみだからだ。

 

「さて、ラブレスは先に帰っていてくれ」

 

「はい」

 

 ユートはラブレスを帰すとオラリオ探索に出掛け、何かしらを捜しているのかキョロキョロとしている。

 

「お、あれは!」

 

 見付けたのは幽霊少女。

 

 積尸気を扱えるユートは当然、幽霊なども普通に視る事が可能。

 

 視た処、冒険者だったらしい服装でしかも若い。

 

 二十歳にも達していない辺り、恐らくLV.1程度の元下級冒険者だろう。

 

 未だに冒険者と呼ぶにはスレてない眼差し、ボーッとオラリオの街並みを見つめているだけの幽霊少女。

 

 ユートはその幽霊に声を掛ける事にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 二時間か其処らで廃屋から出てきたユート。

 

 廃屋の中には声を掛けた元冒険者な幽霊の少女が、グッタリとしながらも然しだらしなく涎を口元から垂れ流しつつ、何処か満足気な表情で空ろを視ていた。

 

 しかも幽霊とはいえ裸体を晒している訳で、ナニがあったのか丸判りである。

 

 情報収集がてらナンパ、上手く誘い出せたら廃屋に連れ込み、言葉巧みに肉欲をも刺激──霊体だが──しつつ最後までヤり遂げ、ヤりながら色々と知っている事を訊いた。

 

 面白い事も識っており、お礼も兼ねてとタップリとイカせてやる。

 

 それが彼女の現状。

 

 勿論、一時的な実体化をして女性の肢体をエミュレートしてヤった訳だが……

 

 前世では六十年モノや、三百年モノな幽霊を相手に同じ事を仕出かしており、手馴れたものだった。

 

 違うのは積尸気冥界波でユートの冥界の極楽浄土へ送り、死後の安寧を約束していた事くらい。

 

「汝の魂に幸いあれ」

 

 文字通り昇天した少女に最後の言葉で送る。

 

 ユートは少女からの情報を元に、捜し出すべきモノを捜すべく動き出した。

 

 暫く歩くと廃屋と廃屋の間的な場所で、ヒステリックな男の声が響く。

 

「あれかな? 透明化呪文(レムオル)

 

 姿を消して気配も周囲に同化してから近付いた。

 

 それなりに筋肉質な男、ソイツが険しい表情となって小柄な、恐らく小人族でパッと見でFFの白魔道士っぽいローブを着ており、癖毛らしい茶髪を覗かせている様はユートの知る少女に対し、叫びながら乱暴に手を引っ張っている。

 

 端から視れば幼気な少女を強姦しようとする下種にしか見えず、しかもユートはサポーターとしてのリリは要らないが、女の子としてのリリは気に入っているからか、ピキッ! と青筋を額に浮かべていた。

 

 笑顔で。

 

 実際、ローブごと腕を引っ張られた所為だろうか、ローブが捲れてボロボロな服装と柔肌が露出した。

 

 何故か服の下部分が破れたボロな為、お腹が完全に丸出し状態となっていて、小人族だから見た目に反して決して幼女ではないし、胸に脹らみがそれなりにはあったから、何だかエロティカルな格好で倒れる。

 

 そしてズボンにも見える赤い超ミニスカートから、眩しいまでの太股と秘部を隠す白いショーツが露わになって、元々の可愛らしい容貌と処女をユートに捧げ色気が出たのも相俟って、男が喉を鳴らすくらい淫靡な姿を晒していた。

 

 摩れた黒いストッキングがそれを強調する。

 

 男はリリのそんな姿に、股間を醜く膨らませながら髪の毛を掴み、無理矢理に起き上がらせるとニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべて口を開く。

 

「おい、リリルカ……許して欲しかったらヤらせろ」

 

「──は?」

 

 目を見開くリリ。

 

 実は今までで何のかんのいって、リリの肉体を求めてきたのは賭けをして寝る事になったユートのみ。

 

 ユートに会うまでに一度たりとて身体を許した事が無かったのは、単純に要求をされた事が無いから。

 

 小人族の自分は異種族、下手をすれば同族から視ても魅力が無いのかとなと、安堵しながらも首を傾げた事だってある。

 

 だからこそ、ユートに求められた時も嫌がる素振りこそ見せたが、実は自分にも異性に求められる魅力があるのだと悦びも感じた。

 

 だが、それは賭けで勝利したからと遠慮無く奪ったとはいえ、何処か愛情の様ものを感じたから許せたのであって、目の前の男に許せるかと言われれば『断じて否』と答えるだろう。

 

 只々、イヤらしいだけの視線なんて嬉しくもない。

 

「い、嫌です! だいたいお金はもう渡せるだけ渡しました、これ以上はどうにも出来ません!」

 

 勿論、嘘八百である。

 

 ユートから受け取っていたお金はノームの貸金庫、宝石といっしょくたにして詰め込んだ。

 

 リリがこの男に渡したのは飽く迄も、見せ金でしかないから損失は損失だが、全体から視れば三分程度の損失でしかない。

 

 リリとしてもお金は渡せないし、貞操だってユートに初めてを散らされたとはいっても、そこら辺の莫迦にくれてやる程に安い心算もなかった。

 

 だが然し、問題となるのはリリのLV.が1で男のLV.が2だという事。

 

 たった一つ違うだけで、これが大違いなのだ。

 

 つまり、元から小柄なのに加えて力の基本アビリティが余り上がらないリリ、この筋肉質な男に腕力で敵う筈もなくて、ズルズルと引き摺られながら更に人気の無い場所に連れ込まれ、当たり前だがこんな裏道に居る連中が助けてくれる訳もないから、リリの貞操は最早風前の灯火。

 

「てめえに断る権限なんざねーんだよ! 大人しく、俺のモノを啣えてりゃいいんだからな!」

 

 そう言ってガチャガチャとベルトを外し、ズボンを下ろす姿は焦りが見え見えで寧ろ滑稽だが、リリとしてはこれから起きる悪夢を思うと笑え……

 

「見ろ! 俺のモノを!」

 

「プッ、ちっさ!」

 

 ……てしまった。

 

 思わず噴き出したリリ、当の強姦魔はといえば顎が外れんばかりに口を開き、下半身モロ出しで情けない格好を晒す。

 

 この男のモノはリリが言う程に小さくはないけど、リリが思い起こす比較対象が余りにも悪かった。

 

 何しろ、ユートだ。

 

 元は常識的な範囲だが、ハルケギニア時代──前々世でクトゥルーという邪神に犯され、タップリと精を注ぎ込まれた結果として、無限リロードに大量の精液の生成、更に分身の肥大化と夜の性活部分が軒並みに強化され、魂にまで刻み込まれてしまったから大変、リリの目の前の滑稽な男の分身の三倍以上はあろうかという大きさで、然し相手に大き過ぎる負担を与えず寧ろ、どういう理屈か二度目からはすんなりと入り、リリの情欲を引き出した。

 

 可哀想だが目の前の男とでは、潜ってきた修羅場が既に違い過ぎる。

 

「こ、こ、このアマ!」

 

 涙ぐみながらリリに襲い掛かる男だが、プスッ! とマヌケな音が響くと共に欲情を顕していた分身が、ヘニャヘニャと縮んだ。

 

「──は?」

 

 男は突然の事に唖然となって、すぐに縮んで皮を被る分身を掴んだ。

 

「おい、どうなってんだ? 何で……小さく?」

 

 擦ったりと刺激を与えても全く無反応。

 

「無駄だ、お前に【不能の短剣】を刺した。そいつに刺されると二度と勃ち上がる事は無い!」

 

「な、何だと!?」

 

 肩を見れば確かに短剣、先程のマヌケな音はこいつが刺さった音らしい。

 

「ユ、ユート様?」

 

 呆然となって呟くリリ。

 

 高速移動で男の隣に立ち短剣を抜くが、血の一滴も短剣には付着しておらず、男の肩からも血は全く流れ出てはいない。

 

 男が気付かなかったのも痛みが無かったから。

 

「お前の子孫なんて残す様な価値も無いし、世界的に問題なんて全く無いな?」

 

「ふ、巫山戯るな!」

 

 未だにおっぴろげた侭、男が剣を揮う。

 

「巫山戯てなどいないさ、リリに手ぇだそうとしたんだからなぁ……お前の代でお前の遺伝子は仕舞いだ」

 

 ドグッ!

 

「げはっ!?」

 

 喧嘩キックで壁まで吹き飛ばしてやると、男は全く動かなくなってしまう。

 

 どうやらあっさりと気絶したらしい。

 

「ふん、公然猥褻罪にでも問われて捕まれ!」

 

 憐れにも下半身を晒した侭に気絶し、しかも二度とは役に勃たない分身がふにゃりと寝ている。

 

「さて、落ち着いて話せる場所に移動しようか?」

 

 ドキリ! 賭けに負けたのが原因とはいえ、一度は身体を許した相手だからだろうか? 行き成り爽やかな笑顔を魅せるユートに、リリの胸が高鳴った。

 

「は、はい……」

 

 どの道、こんな場所には一秒たりと居たくなかった事でもあったし、紅い頬を見せまいとリリは俯きがちに頷いた。

 

 それで連れて来られたのは雰囲気の良い喫茶店? みたいな店である。

 

「あ、あの……結構高そうなお店ですけど」

 

「割と高いね。けど問題は無いから何か飲み物なり、食べ物なり頼むと良いよ」

 

 これだ。

 

 サポーターなんて要らないと拒絶しておきながら、リリを抱いた後は余りにも優しくて、あの時も翌朝に大金をポンとくれた。

 

 今もこんな風に接してくれている。

 

 とはいえ、ひねくれ者なリリは精々高い品物を集ってやろうと、値段が一桁は上のケーキやお茶を注文してみたが、ユートもそれなりに高値なモノを頼んでいる辺り、リリの目論見なんてあっさり瓦解していた。

 

「それで、リリにお話でもあるのですか?」

 

 ケーキを食べてお茶にて後味を消し、喉を湿らせたリリは問いたい事を問う。

 

「捜していたんだよ」

 

「リリを……ですか?」

 

「ああ」

 

「けど、ユート様はサポーターを必要としてない筈」

 

「そうだね、僕にはサポーターが必要無い」

 

「ならば、何故ですか? それとも……また抱きたいとかでしょうか?」

 

 躊躇いがちに訊く。

 

「……まあ、リリくらいの娘ならまた抱きたいかな? でもそんな理由で捜していた訳じゃないさ」

 

 リリは少し思案して……

 

「僕には……ですか」

 

 答えに辿り着く。

 

「つまり、新しい御仲間が増えたのでそちらの方にはサポーターが必要と?」

 

「流石、頭の回転が早い。その通りだよ」

 

 頷いたユートはリリの頭を撫でる。

 

「もう、リリはこう見えて子供ではありません!」

 

 心地好さと恥ずかしさと意地っ張りな部分と綯い交ぜとなり、顔を真っ赤に染めながらもユートの手を取ってどかせた。

 

「一応、一五歳なんです」

 

「そうだね」

 

 言っておいてなんだが、いざ手が離れると淋しいと感じてしまう。

 

「僕が所属していたヘスティア・ファミリアだけど、遠征に行っていた一ヶ月の間に新人が入っていてね。今は彼の訓練やら何やらに付きっきりだよ。だけど、いつまでもそうはして居られないし、僕が居る間ならまだ良いけど離れたらもうサポートも出来ないんだ。だから的確なサポートと、魔石やドロップアイテムの収集が出来そうな、そんな優秀な人材が欲しい」

 

「そ、それでリリを?」

 

「ああ、出来たら一時的なパーティじゃなく改宗込みで来て欲しいんだよ」

 

「改宗……それは難しいと思います」

 

「どうして?」

 

「ファミリア退団はリリも考えています。でもそれには大金が必要ですから」

 

 そうでなければリリも、冒険者を嵌めてまで金を獲たいと思わない。

 

 全ては【ソーマ・ファミリア】を脱退する為。

 

 退団したとしてその後をどうするかまで決めてはいないが兎に角、あのファミリアに居続けたいとは微塵にも思わなかった。

 

「なら、そこら辺は此方で何とかしよう」

 

「──え?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ヘスティア&アテナ・ファミリア本拠──【聖域の竈(仮)】にて、ヘスティアの部屋のベッドに寝転んでいるベル・クラネル。

 

 勿論、エロな意味では決してなくてステイタス更新の為である。

 

「漸く更新か、どうなったか楽しみですよ神様」

 

「ボクもさ。それじゃあ、久し振りな更新だ……」

 

 針でプツッと傷付けて、流れ落ちる神血(イコル)

 

 それを用いてヘスティアは手慣れた感じで、ベルの背中に書かれたステイタスを更新していく。

 

 

 

ベル・クラネル

所属:ヘスティア・ファミリア

種族:ヒューマン

LV.1

力:E452

耐久:G281

器用:F468

俊敏:D583

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

【憧憬一途】

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

 

 

「な、何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 その日、廃教会に大凡そ女神らしくない絶叫が響いたのだと云う。

 

 

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第24話:ソーマ・ファミリアとの交渉は間違っているだろうか

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 これ程に上がった能力、ヘスティアも驚愕して絶叫をするしかない。

 

「何がどうなってるんだいこれは!? ついこないだまでベル君の基本アビリティはH評価すら無かった。なのにF評価に俊敏に到ってはD評価ぁぁっ!?」

 

 

 躱すタイプだからだろう耐久は低いが、それにしても大きく上がっている。

 

「えっと、神様?」

 

「あ、ああ……ごめんよ、ベル君。余りにも現実離れしてたもんだからさ」

 

「は、はぁ……」

 

 そこまでなのかと何だかいまいち他人事みたいな、現実味が沸かないベル。

 

 以前、ステイタス更新をしたのがミノタウロスに襲われた直後、それから日数もそれなりに経っており、ベルもその日数を遊んでいた訳でもなく、修業やそれに準じたダンジョンに於ける実戦経験の獲得、ユート曰く低い能力値の侭で強い敵と戦えば、それらの分だけ獲られる経験値(エクセリア)が何割増しかになる筈との事で、実は更新許可を楽しみにしていた。

 

 元々の能力がヘスティア・ファミリアに入って半月程度で低く、それから行き成り第十層でインファント・ドラゴンと戦わされて、更に第七層でキラーアントと延々と戦い、遂先日に到っては本来なら有り得ない中層たる第一五層で戦闘。

 

 メインで戦っていたのがユート、サブがラブレスで自分はオマケに過ぎなかったとはいえ、それでも戦って経験値を獲ていたのだ。

 

 苦労に見合うだけのリターンが無ければ心が折れ、二度とは立ち上がれなかったかも知れない。

 

 何処か現実味が無かったベルの頭に、徐々にだけど今のステイタスが染み渡ってきて、顔を真っ赤にしながら『報われた!』と涙すら流して羊皮紙を抱き締めてしまう。

 

「ぶっちゃけ、今のベル君はソロで七層くらいはイケるくらいだと思う。おめでとうベル君、ユート君からの虐めにも等しい修業に克ち残った君の勝利だ!」

 

「か、神様……ありがとうございます!」

 

 感極まったベルは……

 

「ふえ? ベ、ベル君?」

 

 ヘスティアに抱き付く。

 

 茹で蛸の如く真っ赤になったヘスティア。

 

「そういえば、ユート君はどうしたんだい?」

 

 ちょっと惜しみながら、それでもベルから離れて話を進める。

 

 ヘスティア的にはこれからベッドインでも良かったのだが、流石に其処までをベルに期待するのは酷というものだろう。

 

 ダンジョンに出会いを求めて来たにしては初心で、今だってステイタス更新で感極まったから抱き付いたに過ぎない。

 

 冷静ならまず不可能だ。

 

「ああ、何だか用事があるみたいで別れて来ました」

 

「そっか、最後の更新……正確には最初で最後の更新をしておきたかったけど、仕方がないのかな?」

 

 実はユート、全く更新をした事がなかった。

 

 つまり未だに初期値。

 

 まあ、アテナ・ファミリアに改宗をしたらその際に更新もされようが、彼女としては自分も一度くらいは更新しておきたかった。

 

 改宗自体はアテナであるサーシャが引っ越してから行う予定で、彼女の引っ越しは怪物祭(モンスターフィリア)後に行われる。

 

 つまり、ユートは未だにヘスティア・ファミリアに所属の侭であった。

 

 そんなユートだったが、リリルカ・アーデと一ヶ月くらい振りに再会を果たしており、楽しく話をしていた訳だが──

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 何故かソーマ・ファミリアの主神ソーマの目の前にリリと共に立ち、不敵なる表情となって相対中だ。

 

「お、お久し振りです……ソーマ様」

 

 主神に頭を下げるリリ。

 

「うむ、誰だったかな? 我がファミリアにも団員はそれなりに居ってな、一人一人を覚えてはおらん」

 

 随分な言い種であるが、そもそもリリは一団員に過ぎない身分な上、冒険者ではなくサポーターに過ぎなかったし、何よりここ最近はステイタス更新に訪れてもいなかった。

 

 何より、主神ソーマとは酒造りにしか興味を示さない超暇神で、団員の顔を覚えるくらいならリソースを酒造に割くし、ファミリアそのものがソーマにとっては酒造りの為の組織。

 

 ユートが見るに、ソーマは今でさえ早く酒造りへと戻りたいと考え、視線など御座なりでしかない。

 

 リリルカ・アーデを──団員を視ていなかった。

 

「随分と前に死にました、アーデ夫妻の娘でリリルカ・アーデと申します」

 

「そんな事もあったか?」

 

 何年も前だとはいえど、仮にも自らのファミリアの団員、それを忘れていたのだから業が深い。

 

 だけどリリは思い出していた、嘗て両親が死んだばかりの頃にひもじい思いをしていた時、じゃが丸君を恵んで貰った事を。

 

 あの時の男性とソーマの顔がダブる。

 

 きっと余りにもひもじそうで、自分の本拠に居るから団員の一人だと考えて、単なる気紛れだったのだろうけど、施しをした。

 

 偶々、目に入ったから。

 

 それでも、当時のリリはそれで生き延びたのだ。

 

「本日はお願いがあって、ソーマ様の貴重な御時間を割いて頂きました」

 

「まったくだ。早く済ませてくれ……」

 

「じ、実は同行された方に誘われまして……リリを雇いたいと仰有られ、それを受けたいと思っています。つきましては、改宗も込みでとの事でして……それをソーマ様に認めて頂きたく面会を望みました」

 

「改宗……か」

 

 改宗(コンバージョン)──所属ファミリアを抜け、別のファミリアに所属をする行為であり、これを行うには前のファミリアの主神から許可を得ねばならず、リリはその許可を求めての面会だった。

 

 それも、ソーマに代わりファミリアを取り仕切る男──【酒守(ガンダルヴァ)】ザニス・ルストラが留守なのを見計らって。

 

 ザニスはソーマ・ファミリアの団長で、LV.2とランクは低いものの謂わば最古参の一人。

 

 ソーマが、ファミリアの運営に興味を持たないのを良い事に、好き勝手をしている独裁者でもある。

 

 ザニスが居ては話が拗れるだけだとリリは判断し、彼が所用で出ている今の内に済ませる心算だった。

 

 ユートの提案に乗ったのは理由がある。

 

 元々、ファミリア脱退は目的の一つでもあったし、その為に犯罪行為にすらも手を染めていた。

 

 別にユートの所属しているファミリアに入りたいという訳でもないが、此処に来るまでの会話からその気になったリリは、実の処は御安いのかも知れない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あの、どうしてリリを? リリは単なる荷物持ち、サポーターに過ぎません。戦闘能力なんて雀の涙程度にしか……はっきり言って自衛がやっとですよ?」

 

「リリが可愛いからだよ」

 

「──へ?」

 

 思わず間抜けな声で応じてしまう。

 

「前に抱いた時、十回くらいはヤっちゃっただろ?」

 

「そ、そうですね……」

 

 その時の事を想起したらしく、モジモジとして曖昧な返事をする。

 

 初めてだった。

 

 十五年間、碌に触られた事も無い自らの肉体だが、それをあんな好きに貪られた訳で、しかも中盤からははしたない嬌声を上げて、自分で股を開いてしまって濡れそぼる秘部に、ユートの分身を納めて激しく動いてしまった程。

 

 もう『赤ちゃんがデキるかも……』とか、後の事は考えられなくなった。

 

 激しく淫らに乱れてしまったものだ。

 

 アレを思い出すと女の疼きを感じてしまい、お腹の奥がジュンと熱くなる。

 

「相手が処女だと普通なら二〜三回くらいで留めるんだけど、リリが余りに可愛かったから十回とか遂々、ヤってしまったんだよ」

 

「う゛……」

 

 こんなに女として持ち上げられたのは初めてだし、それであんなにされたとか言われては、複雑な心境ではあってもちょっと嬉しいかもとか思ってしまった。

 

 この際、何人もの女性とヤっている発言はリリ自身の心の平穏の為、全力でのスルーを決め込んでいる。

 

「ふ、ふんだ! ど、どうせ他にも沢山の娘に同じ事を言ってるのでしょう?」

 

 だけども女の甘い疼きが子宮を直撃していたリリ、思わずユートに対して本音が漏れてしまった。

 

「まあ、そうだね」

 

 ムカッ! 言い知れない苛立ちを感じる。

 

「そ、其処は御世辞でも嘘でも『君だけだよ』とか、そう言われればリリは内心で喜びますよ?」

 

 勿論、そんな解り易過ぎる御世辞で喜ぶ程にリリは世間知らずではない。

 

 況してやユートは先程、複数の女性と蜜月な関係──まさか百人を越えるとは思わないにせよ──を築いていると自白したばかり。

 

 そんな嘘をリリが喜べる筈も無かった──

 

「けど、御世辞も嘘も言った事は一度だって無いよ」

 

 ──その筈だったのに。

 

 リリは茫然となった表情ながら、顔を真っ赤に染めて今の科白を反芻して……

 

「あう……」

 

 胸を高鳴らせた。

 

 嘘でも良いなんてそれこそ大嘘だったリリだけど、真面目な顔で微笑みを浮かべながら『御世辞も嘘も言わない』なんて言われて、唯でさえ胸がドキドキしていたのに、不意討ちみたいに言われた所為か『嬉しい』と感じてしまう。

 

 沢山の中の一人であると公言されたのに、ニヤケるのが止められなかった。

 

「〜〜っっ!」

 

 今なら『これから宿屋でしけ込もう』だとか誘われたら、ひょっとして断らずにのこのこと付いて行ってしまうかも知れない。

 

 冒険者が嫌いで、自分の初めてを奪ったユートなんか大嫌いとか思っていた筈なのに、何とも御安いものだとリリは自身のチョロさに頭を抱えたい。

 

 パッと手が握られる。

 

 ──え? 本当に今から宿屋ですか!? なんて、頭の中が御ピンク妄想だったリリだけど、ユートはと云えば真面目言う。

 

「【ソーマ・ファミリア】の本拠に着いたぞ?」

 

「へ? あ、はい!」

 

 目的を履き違えていた事に驚愕し、ブンブンと首を横に振って気合いを入れ直して本拠を睨む。

 

「往きましょう!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 このファミリアを纏めるのはLV.2の上級冒険者──【酒守(ガンダルヴァ)】の二つ名を持つザニス・ルストラである。

 

 そして団長である以上、決して弱くてはならない。

 

 基本的にソーマ・ファミリアの団員は殆んどの者がLV.1で、何人か幹部級がやっとLV.2である。

 

 何が言いたいか?

 

 ザニス・ルストラも偶にダンジョンへ赴き、少なくともステイタスが追い付かれない様にしているのだと云う事。

 

 そして、今日がその日。

 

「ザニス様が本拠に居ない今がチャンスです!」

 

 ザニス・ルストラを評するなら、それは厭らしい男であろうか?

 

 別に女性にセクハラを働く訳ではなくて、性格的な厭らしさではあるが……

 

 リリが曰く、ソーマ・ファミリアの主神ソーマは、趣味の酒作りにしか興味は無くて、ファミリアの運営は団長のザニスに丸投げ。

 

 これ幸いとザニスは好き放題し放題、私利私欲の為に神酒(ソーマ)を利用して操り、金の荒稼ぎなどやってきたのだとか。

 

 ザニス・ルストラとは、正に欲望一直線な男。

 

「然し、高がLV.2程度で団長とか……ソーマ・ファミリアの底が知れるな」

 

 とはいえ、ロキ・ファミリアの団長──【勇者】のフィン・ディムナを基準にするのはきっと間違いで、況してやフレイヤ・ファミリアの団長──【猛者】のオッタルを基準にするのはもっと間違っていよう。

 

 何しろ、片やLV.6で片や最強のLV.7だ。

 

 ユートは識らないけど、大抵のファミリアの団長はLV.3くらいである。

 

 中にはそれこそザニスと同じLV.2で団長というのもあるだろうし、そもそもアテナ・ファミリアだとLV.1のユートが団長を務めるのだから。

 

 ソーマ・ファミリア本拠にやって来た二人、早速だけどソーマに会うべく彼の部屋へと向かった。

 

「本日はソーマ様に御願いがあって参りました」

 

「俺は忙しい。聞いてはやるが手短にしろ」

 

 リリからすればこいつは謂わばラッキー。

 

 ソーマは完全な趣味神、趣味の酒作り以外には全く以て関心を示さないというのに、今回はどんな風の吹き回しかは知らないけど、話は聞いてくれるらしい。

 

 これ幸いに改宗の話をした訳だが……

 

「ほう、我々の〝同士〟を引き抜きたいと?」

 

 聞き覚えのある声が背後から響く。

 

「……っ!?」

 

 その声に思わずリリが振り返ると……

 

「随分な話の様だ」

 

「ザ、ザニス様!?」

 

 ザニス・ルストラがニヤニヤしながら立っていた。

 

「ど、どうして? 今日は確かダンジョンに降りる日の筈では!?」

 

「なーに、ちょいっとお前の姿を見てなアーデ」

 

 しまった! リリは舌打ちしたくなるのを何とか堪えつつザニスを見る。

 

「珍しく男と愉しげに手を繋いでいたから何事かと思ったら、まさかソーマ様に退団の話をしているとは。よもやその男に誑らかされでもしたのか?」

 

「なっ!?」

 

 紅くなるのを止められないリリを冷ややかに見て、ザニスは自分の考えが正しいと理解した。

 

「ほう? そこの男、どうしてアーデを欲する?」

 

「別に、うちのファミリアと同盟を組むファミリアに新人が居てね。サポーターを付けたいから知り合いのリリを選んだだけだ」

 

「成程?」

 

 ユートは間違っても自分自身のリリを欲した理由を伝えず、建前だけを冷静に口に出してやる。

 

 建前も理由といえば理由だが、ユートがリリを手に入れたい本音は女として。

 

 だけど、それを正直に話そうものならザニス・ルストラは間違いなく足元を見てくるだろうから、ユートは建前のみを伝えたのだ。

 

「ソーマ様、私が交渉をして構いませんな?」

 

「……任せる」

 

 雑事に興味は無いと謂わんばかりに頷くと、自らの作業に戻るソーマを見て、リリは悲鳴を上げたい。

 

 ソーマだけなら或いは、交渉を面倒臭がり二つ返事で認めたかも知れないが、相手がザニスではもう駄目かも知れないからだ。

 

「まあ、退団を認めるのは吝かではない」

 

「本当ですか!?」

 

「然しだ、本来ならアーデが稼いだであろう金額一部でも支払って貰わねばな」

 

 要は金を出せと云う。

 

 ユートからすれば想定の範囲内だが、問題は脱退金の金額だった。

 

「一億だ」

 

「──は?」

 

 リリは我が耳を疑う。

 

「私はアーデを評価していてね、彼女はきっと十億だって稼ぎ出せる。ならば、一億は妥当な線だろう?」

 

 莫迦な、有り得ない。

 

 自分は所詮、サポーターに過ぎない上に他の連中から搾取され続け、ノームの貸金庫に三百万ヴァリスがやっとの額。

 

 しかも百万はユートから受け取ったもので、実質的にはこの数年間で漸く稼いだ二百万ヴァリス程度。

 

 それもサポーターとして稼いだのではなく、冒険者を食い物にした犯罪行為で稼いだ金額なのだ。

 

 それが十億を稼げる? 有り得る筈もない。

 

 それに搾取されたりして確実に目減りしてるのに、これは完っ全っにザニスの嫌がらせでしかなかった。

 

「一割で良い」

 

「──ソーマ様!?」

 

 突然のソーマの言葉に驚きを隠せないザニス。

 

 ザニスからすればユートを恐らく良くてLV.2、下手をすればLV.1だと見ており、間違いなく一億など支払えぬと理解をした上で吹っ掛けたのに、あろう事か主神(ソーマ)が邪魔をしてくれたのだから当然であろう。

 

「これを飲み、感想を言って尚もその娘に執心するなら一億の一割で改宗を認めて構わない」

 

 コトリと置かれたグラスには透明な液体が並々と注がれており、先程ソーマが席を外したのがこれを用意する為だと解る。

 

「こいつは……」

 

 何とも涼やかな香りが、テーブルから少し離れているユートにも芳しい。

 

 少し前、【豊穣の女主人】で開けた神酒の失敗作とされるアレ──ソーマと似ていながら、此方の方が遥かに上だった。

 

「ソーマ……か。しかも、ロキが随分と飲みたがっていた完成品ってやつだな」

 

 行き成りの事で困惑するユートだが、リリは青褪めた表情となる。

 

「だ、駄目です! それを飲んでは!」

 

「黙れアーデ、貴様はまだソーマ・ファミリアの一員だぞ? 情報漏洩は決して許されん!」

 

「くっ!」

 

 見ればザニスが先程とは打って変わってニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、まるでこれから起こる事が楽しみで仕方がないと謂わんばかりに、口角を吊り上げていた。

 

 リリは識っている。

 

 完成品のソーマを飲むと人はケダモノになり、それを求めるばかりになると。

 

 何故なら、リリも嘗ては一杯の神酒(ソーマ)を飲んでケダモノになり、無茶な金稼ぎに躍起となった時期が確かに在ったのだから。

 

 それこそが、ユートが前に見たソーマ・ファミリアの冒険者の必死さの理由。

 

 神酒欲しさに金金金。

 

 リリは怖い。

 

 神酒を飲んでユートが変わってしまい、自分を捨てるかも知れないから。

 

 リリは怖い。

 

 あの濁った目で神酒を求めるユートを見るのが。

 

 リリは怖い。

 

 結局、ユートが他の連中と同じだと失望してしまう自分自身が。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 

 そんな場面は見たくも無かったし、何よりもまたも神酒に未来を奪われるなど絶対に嫌だった。

 

「ふ〜ん……まあ、僕も飲んでみたかったし丁度良いかな? 後でロキに自慢も出来そうだし」

 

 事情もリリの葛藤も知らないユートは、グラスを手に取ると口を付ける。

 

 コクリ……

 

 見紛う事無く飲んだ。

 

 鼻を香る涼やかな匂い、失敗作なんて比べ物にもならない喉越し、清涼な後味などが渾然一体となる。

 

 終わった。

 

 リリは泣きたくなる。

 

 自分が元のファミリアに戻るのはまだ良かったが、ユートまでが神酒の虜になってしまう。

 

 そうなれば彼の所属するファミリアは滅茶苦茶だ。

 

「美味い、ロキが飲みたがる訳だね」

 

 それが一口を煽った……ユートの感想だった。

 

 

.



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第25話:閃姫達のユート探索は間違っているだろうか

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 柾木家。

 

 今現在、柾木優斗が居なくなった事で騒然となっている訳だが、特に酷いのが砂沙美である。

 

 砂沙美は一番心が折れそうだった時、ユートにより救われた為か愛と依存が凄まじいまでに高まっているからだ。

 

「優斗さん……」

 

 しかも普段からご飯を作るのは砂沙美とノイケで、よってノイケにこの辺での負担がのし掛かる。

 

 まあ、ノイケが来るまではそもそも砂沙美が一人でやってきた作業であるし、ノイケ本人も問題無いと言っているのだが……

 

 何処に居るのかどうして居なくなったのか、砂沙美は疎かユートと天地の祖父である柾木勝仁でさえ解らないのでは、もうどうしようもなかった。

 

「ただいま〜」

 

 其処へ明るい声で柾木家に帰って来たのは……

 

「祐希ちゃん!」

 

 緒方祐希、ユートにとっては義妹であり恋人にも等しい存在──比翼連理だ。

 

「祐希ちゃん! 優斗さんが居なくなっちゃった!」

 

「はい? 兄貴が?」

 

 砂沙美に突撃されてしまったユーキ、昔ならユーキの方が身長も僅かに高かったものの、今では圧倒的に身長や胸が大きくてちょっと泣きたい。

 

「えっと、状況が解んないからどうしたものか」

 

 津名魅との完全な融合を果たした砂沙美にも捜せない時点で、少なくともこの地球(せかい)に居ないのは確定しているが、それでも情報が少な過ぎた。

 

「兎も角さ、何がどうなったのか説明をしてよ」

 

 砂沙美はユーキの求めに応じて話す、ユートが行方知れずになったのだと判ったその状況を。

 

「成程、それなら兄貴は今地球には居ないね」

 

「そうなの!?」

 

「恐らく完全な異世界か、若しくは異世界レベルにまで違う平行異世界の地球に跳ばされてるよ」

 

「異世界は良いとしても、平行異世界の地球?」

 

 砂沙美は意味を理解しかねたらしく、可愛らしくも小首をコテンと傾げる。

 

「解り難かったかなぁ? つまり、この世界の国とか全く無い異なる歴史やら、或いは喪われた歴史を歩んだ地球だよ」

 

「はぁ……」

 

 例えば、ドラゴンボール世界の地球は地球と呼ばれながら国も恐らく地形も、全てが本来の地球とは異なる世界だ。

 

 ハンター×ハンター的な世界もである。

 

 どんな歴史でどう成立した世界かは明かされていないが、弓状列島は在ったけど普通に全く異なる国々。

 

 これなら、異形が犇めくハイスクールD×D世界の方が近いくらいだ。

 

 まあ、ハンター世界だって異形が犇めくけど。

 

 津名魅でさえ感知が不能な世界となれば、そういった遠い世界か異世界。

 

 つまりはそういう事だ。

 

「じゃあ、どうしたら? 私の中の津名魅ちゃんでさえどうにもならないって、捜せないって事かな?」

 

 良い具合にベッタリで、しかも年月を経た砂沙美は今や嘗て津名魅が取っていた容姿なだけに、ユートにとっては美味しい女性。

 

 ユーキはニコリと笑みを浮かべて方策を言う。

 

「ボクが捜そう」

 

「どうやって?」

 

「ボクら閃姫は兄貴とラインが繋がっているからね、それを通じてゲートへ入れば運次第だけど、誰かしら見付けられるでしょ」

 

「ゲートって?」

 

「日本だと埼玉県の麻帆良というアンタッチャブル、其処に存在している」

 

 この世界で埼玉県に在る麻帆良は【触れざる土地】として、誰も入らないから開発も全くされていない。

 

 入ろうにも入れない。

 

 【双子座之迷宮】っぽいのが敷かれているのだ。

 

 入れるのはユートと閃姫のみであり、ユーキも資格は有るからゲートを使う。

 

「うう、お願いします」

 

「任された」

 

 麻帆良地方へと到着後、閃姫をある程度集合させたユーキは事情を説明した。

 

 戦えない者や他に忙しい者は呼んでいない。

 

「つまり、優斗君を捜す為にゲートでランダムジャンプをするんだね?」

 

「そうだよ、すずか」

 

 月村すずかの質問に頷くユーキ。

 

 ラインで繋がりを持つが故に、成功率は万に一つであってもゼロではない。

 

 仮に砂沙美や阿重霞がやった場合、閃姫契約をしていない以上は確率的にゼロなのだから当然の帰結だ。

 

 まあ、阿重霞は契約していないだけで既に出逢った時点で実年齢が七二〇歳、生理年齢が二〇歳だったのだから、砂沙美とは違って閨は供にしている。

 

 初めてユートと出逢ったのは、皇家の船の第二世代艦……龍皇の中の寝室。

 

 持っていた天地剣は奪われていたし、額の木製サークレットである龍皇のマスターキーも砂沙美に献上していたとかで、船のバックアップが受けられない状態な上に、封鎖領域とかいう結界でガーディアンを呼ぶ事すら封じられた。

 

 最早、生体強化をされた身体しか残されてないが、身体能力すらあっという間に組み敷かれるくらい負けていては、どうあっても詰みというやつである。

 

 その後、遙照の情報と引き換えに閨を供にした。

 

 初めての証の赤い染み、それが布団を染めていたのを悲しい表情で見つめて、頭を振ったものである。

 

 今は唯、愛しい相手。

 

 大好きだったお兄様との決別、そのケジメも付けてしまっているのだ。

 

「私達がユートを捜して、ゲートを潜るのは解ったのデスが……」

 

「見付けられなかったら、私達はどうなるの?」

 

 訊ねたのは何故か閃姫の契約をした二人。

 

「見付けられないなら次元の狭間を彷徨う事になるんだろうけど、誰かが見付けて報告が上がった時点で、君らをボクが引き揚げる。だから心配は要らないよ」

 

「そうデスか」

 

「安心した」

 

 納得したらしい。

 

 まるで大規模な鏡の迷宮みたいなゲートの向こう、それを閃姫達はちゃ〜んと知らされている。

 

 何しろ、万が一にユートが一緒に連れて行く段になって、行き成りゲートへと入ると混乱してしまうし。

 

「それじゃ皆、行ってらっしゃーい」

 

 迷わずゲートに飛び込む閃姫達、但しその場に残るユーキとシエスタ。

 

 シエスタは、カトレアやジェシカとは異なり戦えるのだが、とある理由から残らざるを得ない。

 

「私とユーキさんは招喚をいつ受けるか判りません、仕方ないんでしょうね」

 

 そう、招喚頻度で云うとユートの為に存在するとさえ謂わしめる比翼連理たるユーキ、そしてユートの為のメイドを自他共に認めるシエスタが同率一位。

 

 何故なら、余り自分では生活面で考慮しないユートは自分の生活向上の為に、シエスタを喚ぶ。

 

 或いは副官が欲しいならユーキという認識が強い。

 

 だから基本的には二人がまず喚ばれる。

 

 この天地世界に転生した折りには、生活面で云えば母親や姉が数年間は見ていてくれたし、それ以降だと父親の秘書っぽい女性が何やかんやと世話をしていてくれたから、副官のユーキを最初に招喚している。

 

 尚、父親の柾木信幸とは後妻として正式に結婚し、【柾木剣士】というユートや天地の異母弟が誕生。

 

 元々は異世界人らしく、然し柾木清音とは仲良しだった為か、柾木家にはよく出入りをしていたのだ。

 

 生活能力が割と高かった信幸が居たから、シエスタを喚ぶより副官のユーキだったのは間違いないけど、彼女の役割も小さくはなかったのだろう。

 

 津希媛(つきひめ)が居たから、仮に生活面でのサポートが全く無くとも食いっぱぐれはしないにしても、やはり凡夫に見える信幸も何処か超然的だった。

 

 少しだけユートが存在する世界の未来──

 

 ダンジョンの中に突如、次元震が発生をする。

 

「此処にユートが?」

 

「はい、ボク達が顕現したなら間違いなく居ます」

 

「洞窟……か? 矢鱈と広いんだが」

 

「ダンジョンですかね?」

 

 嘗て、ユートがハルケギニアに創ったダンジョン、その事を知っている二人は顕れた先でキョロキョロと辺りを見回す。

 

 そんな時、ダンジョン内に男の絶叫が響いてきた。

 

「目を、目を開けてくれ! 俺は……俺は仲間を喪いたくないんだ!」

 

 絶叫の元へ向かってみると数名の人間が、複数匹の黒い犬や白い兎などに囲まれており、筋肉質なざんばら髪の男が倒れ伏している少女に叫んでいた。

 

 解る。

 

 少女の心臓は鼓動を停めており、既に息もしていない死者である事が。

 

 背中に刺さる斧が致命傷となり、失血死をさせたのであろう事は明白。

 

「残念だがオレ達に彼女を救う術は無いな」

 

「そう……ですね」

 

「だが、あのモンスター共から残りの連中を助ける事は可能だろう」

 

「は、はい!」

 

 そして二人は駆け出す、己れの心情に従って。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 本来の時間の迷宮都市、ソーマ・ファミリアの主神ソーマの部屋。

 

 神酒の謂わば完成版とも云えるソレは、まるで麻薬の如く飲んだ人間を虜にして常習させてしまう。

 

 リリも一度は飲んで獣に堕ちた神酒、だけどユートは事も無げに言い放った。

 

『美味い』

 

 酒の味が解らない訳ではなく、然し普通に飲んでしまったユートは味を反芻しているが、瞳に濁りなんて見当たらない。

 

「神樹の酒程じゃないが、確かにこれの為に必死だって連中は居るだろうね」

 

「神樹の酒? 聞いた事も無いがそれは何だ?」

 

 ソーマが訊ねる。

 

「とある樹の果実を酒にした代物だよ」

 

 飲んでも神酒(ソーマ)みたいな事にはなるまいが、味そのものは【神樹の酒】の方が上だと認識した。

 

 ユートは皇家の樹の主、それも津名魅が直に下賜をした樹であり、津名魅を除けば全ての皇家の樹を従わせる事すら可能な。

 

 始祖の樹たる津名魅──その一部から生誕した娘とも云える樹、スレイヤーズの魔族や神に近いやり方で生まれた真祖の樹。

 

 ユートが名付けた名前は【津希媛】と云う。

 

 樹雷皇阿主沙と何故だか決闘騒ぎに発展をした際、津希媛の力で【霧封】との契約を解除してやった事もあり、危険視をされたのはもう十数年も前の話。

 

 異母弟の柾木剣士が生まれる前、それ処か柾木信幸が継母となる柾木玲亜との婚姻を行うより以前の事。

 

 樹雷が津希媛を初めて知った瞬間でもあった。

 

 第一世代以上の樹と契約したマスターで、第一皇女たる柾木・阿重霞・樹雷と第二皇女の柾木・砂沙美・樹雷を樹雷皇の名の許に、婚約させると口に出させたユートは名実共に次期樹雷皇と名高い。

 

 実際に柾木・優斗・樹雷の名前を拝命している。

 

 しかも、ユートはあろう事か【瀬戸の盾】や【鬼姫の金庫番】にまでコナを掛ける剛の……業の者。

 

 因みに阿主沙も知らない事ではあるが、あの当時に言っていた──『何なら、アンタの奥さん方も貰おうか?』という科白が半分だけ本当になっている。

 

 ユートは偶にやって来る二人──船穂と美沙樹への過剰なスキンシップを敢行しており、流石にヤってはいないがとんと御無沙汰な二人は女を感じていた。

 

 それは兎も角、酒の話にソーマは食い付いた訳で、【神樹の酒】の事を聞きたそうにしている。

 

 簡単な概要だけでは納得がいかないらしい。

 

 それはそうだ、自分の作る酒に酔い痴れる眷属達に嫌気が差して趣味に集中をしてきたソーマ、それなのにユートは酔いもしないで味の感想を言って、しかも神酒より美味い酒を知るとまで言う。

 

「若し本当に神酒を上回るなら飲んでみたい……」

 

「神樹の酒は僕らの所だとオークションに一回だけ出た際、世界を一つ手にするだけの金額が動いたぞ? 一升瓶を一本だけでだ」

 

「なっ!?」

 

「だから飲みたいなら代価は可成りなモノでないと。実際、希少価値と需要なんかを含めれば相当だしね」

 

「む、ウウム」

 

 とはいえ、このオラリオではそもそも流通すらしていない以上、希少価値くらいしか無いのだが……

 

「どうすれば飲める?」

 

 自分の神酒で酔い痴れないユートに興味を懐いて、更にそんなユートが推している【神樹の酒】の味……気にならない訳がない。

 

「そうだね、なら現時点で貯蔵しているのや隠しているのを含めた全ての神酒、それとこの……」

 

 懐から出す振りをして、アイテムストレージから出した小さな酒瓶。

 

「一升瓶から十分の一を分けたこの小瓶を一つと交換なら良いが?」

 

 リリとザニスは顎が外れそうなくらい、あんぐりと口を開けて呆然となる。

 

 失敗作の神酒が一升瓶を一本で約六〇〇〇〇ヴァリスはするのだから、完成品を市場に出した訳ではないが少なくとも数十倍、下手したら百倍、千倍の値段が付いてもおかしくはない。

 

 そんな神酒を全て出して一升瓶の十分の一程度による交換だとか、ザニスからすれば有り得ないレート。

 

「判った」

 

「ソーマ様!?」

 

 だがソーマはアッサリと承諾してしまった。

 

 有り得ない、本当に有り得ない話である。

 

 ソーマ・ファミリアの者が神酒を一口飲むのにどれだけ稼いでいるか、ソーマは全く知らないのだろう。

 

 それにしたって自信作の筈の神酒を全て吐き出し、僅か小瓶を一本だけ手に入れようなどと、あの酒にはそんな価値が本当にあるとでも云うのか?

 

 ザニスには解らないが、主神の命令では仕方ない。

 

 本人はソーマを小馬鹿にしているものの、好き勝手を出来るのは彼が居るからだとも理解していた。

 

 小賢しい故に。

 

 ソーマが雑事をザニスに任せるから勝手が出来て、欲しいモノも幾らでも手に入れられる。

 

 欲しい。

 

 酒も食い物も女も全て。

 

 そんなザニスであるが故にソーマの機嫌は損ねる訳にもいかず、だから神酒の全てを──隠してあるモノまでも出すしかなかった。

 

 神は地上人(こども)の嘘を容易く見破るからこそ、一切の嘘を吐けないザニスは〝全て〟を吐き出す。

 

「また、随分と溜め込んでいたもんだな」

 

 ユートは感心する。

 

 一升瓶は約一.八リットルな訳だが、それが四斗の酒樽で四十升分が入っているのが百樽は有った。

 

 約七千二百リットルだ。

 

 よくもこれだけ溜め込んだものだと、ユートが言うのも無理からぬ事。

 

「然しな、出したは良いがどうやって持ち帰る?」

 

 一樽でも普通は人間一人で持ち上がらない重量で、それが百樽も有っては当然ながらソーマにもどうしようもなかった。

 

「問題は無い」

 

 右手でステータス・ウィンドウを操作、アイテムストレージへ百の酒樽を一瞬にて収納してしまう。

 

「これが、サポーター要らずの秘密……ですか」

 

 リリが呟いた。

 

「確かに対価は戴いた……これが【神樹の酒】だ」

 

 一.八リットル瓶の僅か十分の一、一.八デシリットル程度の量しか入っていない小さな小さな瓶。

 

 ユートはそれわソーマに渡してやる。

 

「これが……」

 

 コルク栓を開けると匂うは果実の香りか?

 

 ソーマはそれを煽った。

 

「っっっ!?」

 

 飲んだ瞬間目を見開き、何処か恍惚とした表情となって飲み込んだ。

 

「ま、まさか……この味は天界で作った神酒さえ凌駕するのか!?」

 

 驚愕するソーマだけど、何しろこの酒の素材となるのは皇家の樹の実、津名魅という頂神の一柱が樹雷に贈った神の()の実。

 

 ソーマが神だとはいえ、天界版の神酒の素材は天界に存在する物で、其処へ以てソーマが【神の力(アルカナム)】を用いて作り上げたというモノ。

 

 素材としてはどうしても二段は劣り、それが味へとダイレクトに反映された。

 

 結果、天界版神酒と神樹の酒では後者に軍配が挙がったという。

 

「さて、それじゃあこれがリリの脱退金で一千万だ」

 

 ユートが袋をアイテムストレージから取り出すと、それをソーマとザニスの前に置いた。

 

「一万ヴァリス硬貨で千枚が入っている」

 

「くっ!」

 

 何だかよく判らない内、要求額たる一億ヴァリスが一千万ヴァリスになってしまったが仕方ない、ザニスが取り敢えず袋を受け取ろうと手を伸ばす。

 

「その前に袋のエンブレムを見て貰おうか」

 

「エンブレム? これは、ウィンクする道化師!?」

 

 それが意味する処は──

 

「ロキ・ファミリア?」

 

「そう、そいつは僕が先に手に入れたとあるアイテムを買い取るべく、ロキ・ファミリアの団長フィン・ディムナが手ずから数えて封をした金だ。若し、それにケチを付けるならその場合はロキ・ファミリアに──延いては【勇者(ブレイバー)】と【怒蛇(ヨルムガンド)】に喧嘩を売る行為だと知れ」

 

「何故に【怒蛇(ヨルムガンド)】まで?」

 

 リリが首を傾げる。

 

「【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテってのはフィン・ディムナを愛しているから、フィンを虚仮にされたとなればぶちギレるんじゃないかな?」

 

「うわぁ……」

 

 ぶちギレるLV.5……恐ろしい結果にしかならないだろう。

 

「わ、解った」

 

 ザニスは大人しく頷き、一千万ヴァリスの入った袋を受け取る。

 

「後は、改宗が出来る様にして貰おうかな」

 

「了解した」

 

 ソーマはリリの背中に在る恩恵に手を加える。

 

 その作業に時間は殆んど掛からず、僅か一分足らずで終了した。

 

「これで別の神が恩恵を引き継ぐ形で眷属に出来る」

 

「そう、ならそろそろ失礼させて貰うか」

 

 リリの手を取り踵を返すユート、リリは真っ赤になってされるが侭だ。

 

「待ってくれ!」

 

「何かな? 早くリリを連れ帰って改宗させたいんだけどな……」

 

「あの酒の素材が欲しい、手に入らないだろうか?」

 

「……元から希少品だから難しいな」

 

 嘘ではないからソーマは気付かないが、実は真実ともちょっと異なる。

 

 実は【津希媛】であれば割と手に入るから。

 

 けど、その【津希媛】は地球側に置いてきている。

 

 一応、皇家の樹の実なら幾つかアイテムストレージにキープしており、渡せない訳でもなかったのだが、ホイホイと渡す代物でもないのは確かなのだ。

 

「ま、もう一つくらいなら渡しても良い。サンプルに上げるよ」

 

「神樹の酒……」

 

 新たに渡された酒瓶を、ソーマは大切そうに懐へと納めるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 リリとお手々を繋いで、ファミリアの本拠地へ戻るユート。

 

「ふん、予想の範疇だな」

 

「え?」

 

 行き成りの言葉に疑問を感じる前に、十人くらいの者に囲まれてしまう。

 

「あ、カヌゥさん?」

 

 犬人(シアンスロープ)なオッサンは、どうやらリリの知り合いであるらしい。

 

「へへ、神酒とアーデは返して貰うぜぇ」

 

 厭らしい笑いを浮かべるカヌゥとその一味。

 

「本当に予想の範疇内にしか動かんな」

 

 ユートは嘆息をしながらザニスからの刺客を冷やかに見つめ、愚かなオッサン達とザニスの末路を決める手に出るのだった。

 

 

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第26話:リリルカ・アーデの改宗は間違っているだろうか

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「それにしても……リリ」

 

「な、何ですか?」

 

 十人から囲まれた状況、リリは緊張感から堅い返事になってしまう。

 

「あのカヌゥとかオッサン……オッサンがケモミミって誰得なんだろうな?」

 

 リリはずっこけた。

 

「な、な、何を益体も無い事を仰有りますか!?」

 

 そうは言うが、ケモミミとはやはり美少女とか美女が付けているから萌えるのであって、汚いオッサンに付いていても萌えるよりは寧ろ萎えるであろう。

 

「……取り敢えず、リリが犬耳を付けて上げますから今はこれを何とかして欲しいです」

 

「犬耳を付ける?」

 

「は、はい……」

 

 リリには魔法が有る。

 

 その名も【シンダー・エラ】と云い、解り易く云えばシンデレラの事。

 

 【神の恩恵】にて顕れる魔法やスキル、これは当人の願望や潜在意識(ほんしつ)などにより千差万別、そこは顕れたスキルや魔法の名前も含まれてるとか。

 

 ならばリリは実に解り易く顕れていた。

 

 即ち、【上昇志向と変身願望】というやつである。

 

 【シンデレラ】は大抵の者なら知る有名な御伽噺、それはみすぼらしい少女が一夜の夢とばかりにお城の舞踏会に参加して、最終的には王子様に見初められて婚姻にまで至る、サクセス・ストーリー。

 

 舞踏会に参加するべく、Cinder(灰被り)Ella(エラ)はまるでお姫様みたいに姿を変えて、最後に本物のお姫様に成った。

 

 今のリリから変わりたいという願望が、こんな最低最悪な所から抜け出したいという潜在意識が、リリにこの魔法(シンダー・エラ)を与えたのだろう。

 

 まあ、体格が近いモノにしか成れないし想像が至らないと失敗するが、単純に犬人(シアンスロープ)に成った自分を想像するのなら割と上手くいく。

 

 リリが言う犬耳を付けるというのはこういう意味。

 

「じゃあさ、犬耳なリリとヤりたいな♪」

 

「ユート様……」

 

 ぶれない、本当にぶれないユートにリリは緊張感が抜けてしまう。

 

「別に、シたけりゃ犬耳だろうがエルフ耳だろうが生やして差し上げますから! 今はこの状況をどうにかしてください!」

 

 泣きたいリリは叫ぶ。

 

 リリは現在、アテナ・ファミリアに移籍──改宗をするべくソーマからの措置を受けている。

 

 普通は移籍先の神が同時に【神の恩恵】を授けて、すぐにも戦える様にするのだろうが、生憎とアテナはヘファイストス・ファミリアで引っ越し準備中。

 

 現在のリリは普通の小人族程度の力しか無いから、LV.1ばかりのカヌゥ達とはいえ、一人でもリリに向かって来たら死ねる。

 

 何しろ、雑魚だとはいえモンスターを殺せる冒険者な訳で、一般人なんて正に赤子の手を捻るが如し。

 

 曲がり形にも恩恵を持っていたリリは、非力だったにしても一般人に負ける程ではなかったのだ。

 

 それが恩恵を一時的に使えなくなったりした訳で、不安で不安で仕方がないとユートの服の裾を掴む。

 

「絶対だいじょうぶだよ」

 

「ユート様……」

 

 頭を撫でながら何処ぞの札捕獲者な無敵の呪文を囁くと、ポケットにスッと手を突っ込んでまた出す。

 

 リリの提案は美味しい。

 

 汚ならしいオッサン共のケモミミで穢れた目だが、可愛いリリのケモミミにて目の保養をしながら、性的に可愛がれるのだから。

 

「さて、オッサン。あんたはリリの知り合いみたいだからソーマ・ファミリアの連中か? ザニスの命令で動いている訳だな」

 

「そうさ、大人しくてめえが持ち出した神酒(ソーマ)と其処のアーデを寄越せば生命だけは助けてやる」

 

「まあ、ボコるけどな!」

 

「ギャハハ!」

 

「ちげーねーぜ!」

 

 カヌゥとかいうオッサンに追従する連中。

 

 バカ笑いとかがウザイ。

 

 コイツら何処のチーマーだよと言いたくなる。

 

「アーデとはリリの事か。神酒は正式な報酬として、ソーマ本神から受け取った物だが、それを寄越せとかザニスは言っているのか? 流石にそれはどうだ? 況してやリリはもうソーマ・ファミリアの一員じゃあ無い、お前らに渡す理由は産毛の先程にも無いな」

 

「てめえの意見なんざ聞いちゃいねーんだ。この数をどうにか出来るのかよ……アアン?」

 

 数の暴力に酔った莫迦、カヌゥとその他のソーマ・ファミリアの連中は、相手の実力も計れないらしい。

 

「こんな事をしたらギルドだって黙っちゃいないぞ」

 

 基本的に中立だとはいってみても、こんな騒ぎを起こされてはオラリオの民が冒険者を危険視しかねないから、場合によっては動く事も考えられる。

 

 例えば警告が飛んだり、何処かの趣味神の唯一とも云える趣味を、アッサリとギルドが取り上げたりもするのだから。

 

「は、ギルドなんざ怖かねーんだよ! 中立とか抜かして碌に介入もしねー!」

 

「あんな弱腰連中、俺らが怖がると思ったかよ!」

 

「そーそー、ギルド連中はチキンだからな!」

 

「ギャハハッ!」

 

 この場にギルド員が居ないからと言いたい放題。

 

 そしてやはりバカ笑いがウザかった。

 

 というか、コイツら本当にギルドに悪意でもあるのだろうか? と思えるが、恐らくはユートから神酒とリリを奪い返すべくハッタリをかましているのだ。

 

 ギルドなんて怖くないと言えばギルドに頼れない、そう考えるだろうと安易な思考に陥った。

 

 愚かに過ぎる。

 

 実際に高がLV.1程度の一冒険者如きがギルドに睨まれるなど、自殺行為でしかない事はカヌゥ達だってよく知っているだろう。

 

「そうか。エイナ、ソーマ・ファミリア団長ザニスの一派がこう言ってるけど、どんな感じかな?」

 

 手にした小さな某かを耳に添え、この場に居ない筈の者の名前を呼ぶ。

 

〔粛清でしょうか?〕

 

 機械から声が響いた。

 

 しかも声の主は明らかにエイナ・チュール。

 

 しかも普段の受付嬢としての声色では決してなく、ドスの利いた893も裸足で逃げ出しそうな声。

 

 まあ、自分が誇りを持ってしている仕事を貶されれば怒り心頭は已む得まい。

 

〔ギルドとしては貴方が暴れたとしても、周囲へ余り迷惑を掛けなければ中立ですので目を瞑りましょう。それがロイマン氏達トップの判断です〕

 

 スピーカーモードで周囲にも聞こえる様にしていた訳だが、それを聞いていたカヌゥ達は青褪める。

 

 散々にギルドへの陰口を叩いたのも、知られていないと思い込んでいたからに過ぎない。

 

「ギルドからの了解は取れたな。だったら、さっさとお前らを始末させて貰う」

 

「くっ、クソがぁぁっ!」

 

 最早、これまでと思ったか某・八代将軍様に『御手向かいしますぞ』的に襲って来るカヌゥ達。

 

極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)!」

 

『『『『『ウギャァァァァァァァッッ!』』』』』

 

 相手が悪い。

 

 全員が吹き上がる冷たい竜巻に上空へ吹き飛ばされてしまい、零下二〇〇度の白銀聖衣さえ凍り付くだろうマイナスの空気に身体が凍結していく。

 

「コンボ・氷結唐櫃(フリージングコフィン)

 

 何処かの世界線に於いて氷河が時貞に使ったコンボだが、極光処刑にまで至る程にカヌゥ達は強くない。

 

 ゴトン! ゴトン! 鈍い音と共に墜ちてきたのはカヌゥ達の氷像。

 

「ふん、汚ねー花火というより汚ねー氷像だな」

 

 魔力という二段は劣った力で再現した技だったが、凍結して氷像となってしまったカヌゥ達は最早、生きてはいても二度と元に戻る事などあるまい。

 

「周囲が凍結しないよう、極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)の方にしたのは、やっぱり正解だったな」

 

 とはいえ空気が急速冷凍された為、辺りには季節感がずれた雪が降っている。

 

 地を滑る様に進むだろう極光処刑や極小氷晶より、巻き上げる形の極冷竜巻の方が周囲への被害も少ないと考えたが、取り敢えずは間違いではなかった。

 

「にしても、アイズやティオナは割と強かったけど、奴らは弱かった。LV.1というのはやっぱり一般人に毛が生えた様なもんか」

 

 実はLV.2も密かに居たのだが、所詮はアイズ達みたいな第一級冒険者などと比べるのは酷だろう。

 

 アッサリと極冷竜巻にて吹っ飛んだカヌゥ達だが、アイズやティオナやベートなら防ぐなり躱すなりと、幾らでも対処は出来た。

 

 況んや、フィンみたいなLV.6となって久しい、オラリオの強者なら反撃すらするだろう。

 

 最終的に勝てるかどうかは別にして、この一撃を受けて殺られる程に弱くはないのだから。

 

 結局、魔力を用いた魔法に劣化した技だし。

 

「エイナ、終わった。現場検証をしたいなら早目に。早く来ないと僕も帰るぞ」

 

〔判った、すぐに行くわ〕

 

 携帯電話──ユート謹製の携帯魔伝話の通話を切ったらしく音が消える。

 

「それじゃ、少し待とう」

 

「は、はい……」

 

 リリは素直に頷く。

 

 待っている間は退屈そのものだし、リリはギューッとユートの手を握った侭、意を決した様に目を見開いて背の高いユートを見上げると、口を開いた。

 

「あの、ユート様はどうしてあんなにも御強いのでしょうか?」

 

「うん? たゆまぬ修業と激しい実戦……だね」

 

 実際には三度に亘る転生により、魂の純度と強度が増しているのもあったし、転生特典(ギフト)もそう。

 

 更に今回の転生に於いて津名魅から与えられた特典──真祖の船・津希姫。

 

 樹雷四大皇家が一つ柾木に生まれたからか、光鷹翼を天地同様に自力で構築する能力も得ている。

 

 矢陰が欲した光鷹真剣も天地と同じく出せた。

 

 ズルとまで云わないが、それなりに外部干渉を受けたのも事実である。

 

 全ては【侵食するモノ】を討ち滅ぼす為に。

 

 星騎士の宿命の侭に。

 

 とはいえ、リリにそれを話してどうなるでも無い。

 

「ひゃわっ!?」

 

 だからユートはリリの手から逃れ、背後に回り込むとギュッと抱き締めた。

 

 突然の事に驚くリリ。

 

 周囲には誰も居ないからと頬を撫で、小振りながら出ている胸を揉む。

 

「あ、アン!」

 

 ユートの手技で敏感になったのか、リリの小さな口から甘ったるい嬌声が漏れ出てしまう。

 

「い、行き成り……ナニをするんです……かぁ……」

 

 頬を朱にそめて甘い声で抗議をするが、リリは振りほどく素振りを見せない。

 

 続けて欲しいという意思表示として、キスにまで及ぶユートだったがリリは未だに抵抗が弱かった。

 

「こうしてリリの温もりを堪能すると、実はリリ自身のパワーアップに繋がるとしたらどうだ?」

 

「はえ? そ、そんな訳が無いでしゅ……」

 

「僕のスキルに【情交飛躍(ラブ・ライブ)】ってのが在って、効果は有り体に云うとヤれば一発で十〜十二くらいの数値が上がる」

 

「えっと、冗談?」

 

「いや、マジ」

 

「え? だとしたらリリは若しかして……」

 

「御察しの通り、既に以前の情交で四〇くらいは上がっている筈」

 

 余りな内容についていけないリリだけど、まさかの展開にゴクリと思わず固唾を呑んだ。

 

 実際には口の中に出して半分になったり、同時にイって倍くらいになったりしたから総計で五二ポイントとなっていた。

 

 ユートは見ていないし、リリも知らないが主に俊敏や器用が上がり、次点として魔力に振られている。

 

 力は入っているというのも烏滸がましいし、耐久に至っては入っていない。

 

 それがリリの資質。

 

 攻撃力が低い上に耐久も無いとなれば、近接戦闘には堪えられないだろうし、攻撃魔法が使える訳でも無く遠距離攻撃も叶わない。

 

 実際、リリは右腕に小さなボーガンっぽい弓を身に付けており、力のパラメーターに依存はしない。

 

 軽く弾ける上にある程度の連射が可能、威力的には上層くらいしか使えないにしても、どうせ中層なんて足を踏み入れた事も無い。

 

「(【情交飛躍】のパラメーター振り分け、あれって自動だからな。手動で振り分けとか出来ればリリにも力や耐久を与えられる)」

 

 何とかならないかと考えていると……

 

「(あれ? ひょっとしたら何とかなるか……)」

 

 何だか閃いた。

 

 カンピオーネの勘はこういった部分に聡く、出来るなら出来ると閃くのだ。

 

 よく【サルバトーレ・ドニ】辺りが、『何かやれそうなんだよね』とか『出来ない気がしない』と言ってはやり遂げているのが正にそれであろう。

 

「(スキル──それは恩恵を受けた者の本質や経験や知識などにより発現する。そして願望が程好く影響を及ぼすとか。つまりスキルを『こう扱いたい』と強く願えば幾らか変化が起きてもおかしくはない)」

 

「(出来る! 出来るじゃないか! パラメーターの手動振り分け!)」

 

 リリの為に強く強く願ったからか、ユートのスキル【情交飛躍(ラブ・ライブ)】に変化が顕れていた。

 

 

 

情交飛躍(ラブ・ライブ)

・発現者が男の場合で女性との情交を一回で基本アビリティに一〇〜十二上昇。

・同時に絶頂を迎えれば効果は倍増。

・絆が深まればボーナスがプラス。

・プレイヤーの意志でパラメーターの振り分けを自動と手動の切り換え可。

 

 

 

 早い話が面倒なり不要なりでパラメーターを自動、リリみたいに狙った部分を強化したいなら手動と変えられる様になったらしい。

 

 次にリリを抱くのが俄然楽しみになる。

 

 リリを今、正に弄びながらそんな事を考えてふと、リリを見れば……

 

「ふにゃ〜」

 

 快楽に蕩けていた。

 

「おや?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 暫くすると、エイナ・チュールがギルドの査察団を率いてやって来る。

 

 その侭、現場検証を命じてからエイナ本人はユートとリリに近付く。

 

「お疲れ様、ユート君」

 

「御苦労様、エイナ」

 

「もう、吃驚したよ〜? 行き成り貴方から渡された魔伝話機が鳴って、此方の会話が流れてくるし」

 

「それでもすっかりと事態を把握するエイナ。僕に出来ない事を平然とやってのける。そこにしびれるあこがれるぅ!」

 

「って、神様達みたいな事を言わないで! お願い、頭が痛くなるから……」

 

 ゲンナリしている辺り、本当に色々と頭痛がしているらしい。

 

「神って中二病だったり、2Chの住人なのかな?」

 

 JOJOネタが浸透しているとか、この世界の神はいったいナニをしているのかと、小一時間ばかり問い詰めたくなる。

 

 事情聴取を受けたユートとリリだが、粗方は携帯型魔伝話機で知っていたから事実確認が主だった。

 

 その後、ザニス・ルストラが色々とツッコミ処の多い犯罪を暴かれ逮捕され、後にはソーマ・ファミリアの新しい団長に、ドワーフのチャンドラ・イヒトが就いたとか風の噂で聴く。

 

 携帯型魔伝話機はユートがオラリオに来る前から、ユーキのアドバイスを受けつつ造っていた物であり、動力にこの世界の魔石を使える様に改良してある。

 

 魔導具はユートの領分。

 

 持っているのはユート、エイナ、ヘスティア、ヘファイストス、新たにアテナであるサーシャだ。

 

 まだ普及はしてないが、その内に量産体制を整えて普及させる予定。

 

 エイナに渡したのは遠征から帰ってから、報告に向かった際だったけどこの時はこっぴどく怒られた。

 

 一ヶ月近く連絡が無く、死亡を視野に入れて涙していたら、明るく受付に来たのだからそりゃ怒る。

 

 魔伝話機を渡してから、早々に退散をした。

 

 それは兎も角、リリとは手を繋いでいるからか? エイナは気を利かせてすぐに解放してくれる。

 

 再び歩く二人。

 

「ユート様、これから宿屋にでも行くのですか?」

 

「宿屋? ああ! いや、まずはリリの改宗をしないといけないから、僕の主神に会って貰う」

 

「そ、そうでしたか」

 

 てっきりすぐにでも戴かれるものだとばかり思い、ちょっと恥ずかしくなる。

 

 だけど場所がおかしい。

 

「あの〜、ユート様は確かヘスティア様の眷属ではありませんでしたか?」

 

「いや、改宗してアテナ・ファミリアに移籍する予定になってる。だから暫定的にサーシャ……アテナが僕の主神だよ」

 

「──は?」

 

 改宗自体は引っ越し後、だから背中のステイタスは未だにヘスティア・ファミリアのものだが、精神的にアテナ・ファミリアの一員となっていた。

 

「アテナはファミリアを作る前、ヘファイストスの所で世話になっていたから、今は引っ越しの準備中だ。だからリリの改宗はそっちで行う」

 

「判りました」

 

 ユート自身の改宗に関しては予定通り引っ越し後に行うにしても、リリの場合は【神の恩恵】が無いと困るから先に行う。

 

 だったらユートの改宗も序でに……と考えるかも知れないが、元々が強大な力を持つユートが改宗に伴う更新でパラメーターが上がると、今後で上げ難くなるから遅くても構わないという考え方だった。

 

「サーシャ、アテナは在宅かな?」

 

「うん? あんたか。居る筈だぜ、待ってな」

 

 ヘファイストス・ファミリアの本拠地、門番に問い合わせるとサーシャを連れてきてくれる。

 

「ユート、どうしたの?」

 

「この子……リリルカ・アーデと云うんだが、ソーマ・ファミリアからの改宗を頼みたいんだ」

 

「ああ、新しい眷属(こども)という訳ね。判った。リリルカ・アーデさん、着いて来て貰えるかな?」

 

「は、はい!」

 

 ヘファイストス・ファミリア本拠地に宛がわれていた自室に招き入れ、リリの服を脱がせて背中に自らの神血(イコル)を使い、更新の要領で改宗を行う。

 

 背中の紋様がソーマからアテナに変化し、更に更新も同時に進んでいく。

 

「あれ? リリルカ」

 

「はい?」

 

「若しかしてユートに抱かれた?」

 

「ブフッ! な、な、何でですか!?」

 

「だって、更新と無関係な部分で数値が出てるし」

 

「あ゛!」

 

 そういえば、スキルによって数値が上がると言っていた気がする。

 

 スキル名は【情交飛躍(ラブ・ライブ)】だとか。

 

「飛躍ポイント五二か〜。お腹に三回とお口に一回って処かな?」

 

 スッゴい的確だった。

 

 一回目で一二。

 

 二回目で一一。

 

 口で五。

 

 三回目で二四。

 

 総計で五二ポイント。

 

 処女だったから身体への御触りを主に時間を取り、本番は三回で済ませた。

 

 

 

リリルカ・アーデ

所属:アテナ・ファミリア

種族:パルゥム

職業:サポーター

LV.1

力:I42→45(+1)

耐久:I42→48

器用:H143→148(+20)

俊敏:G285→296(+18)

魔力:F317→325(+13)

 

飛躍ポイント:52

 

《魔法》

【シンダー・エラ】

・変身魔法。

・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗(ファンブル)

模倣推奨。

・詠唱式【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

 

《スキル》

縁下力持(アーテル・アシスト)

・一定以上の装備過重時に於ける補正。

・能力補正は重量に比例。

 

 

 

 微妙な数値に、ちょっと複雑な表情となってしまうリリルカ・アーデだった。

 

 

.




 ユートがやったみたいなスキルの進化? が可能かどうかはさて置きます。




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第27話:詐欺行為を見咎めるのは間違っているだろうか

.

 無事に改宗も終わって、サーシャに連れられたリリが戻ってくる。

 

「はい、ユート」

 

 サーシャから渡されたのはリリのステイタスが書かれた羊皮紙で、それをジッと見つめられてしまうリリは背筋がむず痒い。

 

 ステイタスを見られるのは謂わば、自分の全てを詳細に視られるのと同じ。

 

 基本アビリティのパラメーターから魔法にスキル、ランクやそれに伴った発展スキルまで全てを……だ。

 

 これらを晒せば弱点なども判るし、当人の成長傾向も魔法やスキルで思想なんかも解ってしまう。

 

 裸身を晒して胸や秘裂や菊門を見せるのと何が違うというのか? 実は何も違いなど無かったりする。

 

「シンダー・エラ、灰被りのエラ……シンデレラか。内容的には強い変身願望が魔法に顕れたのか?」

 

 ビクッ! リリの肩が震えると視線を彷徨わせて、顔は真っ赤な染まる。

 

「若しかして犬耳やエルフ耳を生やすって、この魔法による変身なのかな?」

 

「は、はい……」

 

「この魔法、系統的にどんな感じなんだ?」

 

「系統ですか?」

 

「幻影を駆使するとか色々とあるよね」

 

「ああ、成程。幻影とかではないです。変身自体は、私の体格に近くないと出来ませんが、モンスターの姿に成る事だって可能です。耳を生やすのも私は耳の感覚を感じられますし、温もりも確りありますね」

 

 実際、その耳はリリの耳が変化したものだろうか?

 

「実際、一部だけの変身も可能ですから。リリの姿にエルフ耳や犬耳で種族を変えて魅せられます」

 

「へぇ……」

 

 正にリリに犬耳エルフ耳が生えた状態。

 

 ユートは下半身の一部が少し硬化したのを自覚し、リリの姿を想像したら性欲が沸き上がり、ゴクリと唾を呑み込んでしまう。

 

 やはりケモミミは汚ないオッサン(カヌゥ)よりも、美少女が生やしているに限るのだから。

 

 エルフ耳だってロイマンなるギルド長とリヴェリアやレフィーヤやエイナで、どちらを支持するのか訊かれればユートは間違いなく後者を選ぶだろう。

 

 ロイマンを選んだ人間が居るなら、彼と結婚を前提に付き合うと良い。

 

 金だけなら持っている。

 

「何ならちょっと御見せしましょうか?」

 

「う〜ん、リリの可愛らしいとこを見たら我慢が出来なくなりそうだな」

 

「えうっ! も、もう……リップサービスが過ぎますユート様。リリはヒューマンの尺度で見れば子供にしか見えない筈です」

 

 パルゥムの尺度ならば、それなりに大人っぽいのかも知れない、何しろリリはこう見えて一五歳だし。

 

 だけど頬を朱に染めて、俯くリリの顔は恥ずかしそうだけど喜んでいる。

 

 今、犬人に変身をしていたなら尻尾をブンブンと振っていただろうし、そんな可愛い姿を見たらユートも萌えて木陰にリリを連れ込んで、押し倒してしまっていたかも知れない。

 

 閃姫招喚をしてないし、いつでもヤれる状況が整ってないから、何気にユートも少し溜まり気味だから。

 

 ミッテルトとはヤれるのだが、ここ暫くはファミリア関連リリ関連でバタバタとしていたし。

 

 リリを割と気に入っているのも理由だが……

 

「うん、まずは冒険用とかの装備品や服を整えて食事をしてからとか思ったが、やっぱり我慢出来ないな」

 

「ふえ?」

 

 がっしりと手を繋いで、ユートは〝自分で準備〟をしていたオラリオ郊外へと建てたラブホテルに直行、リリを連れ込みユート専用の部屋に入る。

 

 お金は勿論支払ってなどいないし、ホテルの従業員も何も言わない。

 

 土地を買って瞬時に建物を建造、二日くらい前から営業を始めたばかりの真新しいラブホテル。

 

 営業云々に関してギルドの許可はエイナに怒られたあの日に既に取っており、僅か二日とはいえそれなりに盛況だと聞いた。

 

 宿屋でヤるにしても問題がちょっとあり、その問題が解決したラブホテル故に利用者も多い。

 

 二時間で千ヴァリスに、二十四時間をフルに泊まるなら一万二千ヴァリスと、バカみたいに高い金額ではあったが、サービスも良いから爆発的な人気らしい。

 

 勿論、行列を作るだとかは無いのだが……

 

 まず、宿屋と違って造りから音が漏れない。

 

 ヤってる最中の嬌声が響くのは恥ずかしいものだ。

 

 避妊具も完備。

 

 ヤりたいが子供がデキたら困る時に必須。

 

 飲み物や軽食も有るし、バスルームも完備したから休憩したい時、ヤった後の汚れを落としたい時に役立つ設備である。

 

 ユート専用の部屋とは、ユートが女の子を連れ込む為に宿屋を捜すより、簡単に使える部屋を持っていた方が便利で、他の部屋より絢爛で広く造られ最上階に存在していた。

 

 工事期間も無くて土地を購入すれば、イメージだけで建造してしまえるユートな訳で、千年前にバベルの前身となる建造物でダンジョンの蓋を造ろうとしていた古代人を嘲笑う行為だ。

 

 尚、ギルド関連の施設を幾つか建造する契約を交わして土地を購入したから、実は割と良い土地だったにも拘わらず、二束三文的な値段で購入している。

 

「す、凄いお部屋ですね」

 

 扉を閉め内側からロックしたから、誰かが訪ねて来るなんて事にはならない。

 

「リリ、始めようか?」

 

「は、はい……」

 

 頭を撫でられて嬉しそうに返事をしたリリ。

 

「貴方の刻印(キズ)は私のもの、私の刻印(キズ)は私のもの」

 

 詠唱式を唱えてイメージを固める事により変身。

 

 光を放ってそれが収まると其処には、犬耳が頭に付いて尻尾を腰に揺らすリリの姿が在った。

 

「おお! やっぱり汚ないオッサンなんかとは一線を画するね。凄く可愛いよ」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

 などと言いつつ腰の尻尾はブンブンと揺れていて、それがより一層に可愛いらしさを演出している。

 

 耳もピクピク動く。

 

「本当に可愛いな」

 

「はひゃっ!? ん!」

 

 我慢が出来ずに触ってしまうと、普通に神経が通っているらしくリリは感触に声を漏らす。

 

「やん、ダメ……ですぅ。ん、あ……はう!?」

 

 別に性感帯を触れられている訳でもないのに嬌声を上げ、遂には腰砕けとなってユートの腰にしがみ付きながら所謂、女の子座りで腰をへたり込ませる。

 

 甘い息を荒く吐きながら目に涙を浮かべ、恥ずかしそうに顔を伏せる姿は性欲を助長させる結果となり、ふとリリが顔を上げてみれば下半身の一部が自己主張をしており、リリは更に顔を真っ赤にしてしまう。

 

「く、苦しそうですから」

 

 そう言ってリリはユートのズボンのベルトを取り、チャックを降ろしてパンツからユートの分身を外へと解放してやる。

 

「ひやっ!?」

 

 自分の腕くらいはありそうなサイズが露わとなり、一度は視たとはいえやはり驚いてしまった。

 

「す、すごっ!」

 

 嘗て、前々世でクトゥルーなる邪神に犯された為、勃起時には普通を逸脱したサイズにまで脹れ上がり、数多の少女を女性を虜とした要因の一つだ。

 

 ここまで来たなら最早、言葉より行動であろう。

 

「リリ……」

 

「キャッ!?」

 

 お姫様抱っこで抱えて、キングサイズのベッドへと転がし、小さなリリの肢体へと覆い被さると唇を自分の唇で塞ぎ、優しく肢体をまさぐりながらギシギシとベッドのスプリングを軋ませつつ、望んでいたケモミミなリリと激しい一夜を過ごすのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 チュンチュンと雀の鳴き声が響く中、然しラブホテル内には聞こえないからか未だに昨夜の痕が残っている状態の侭、抱き締め合って眠るユートとリリ。

 

 いつの間にかエルフ耳なリリだが、どうやら何度か変身した姿を変えており、その度に萌えて燃えあがっていたらしい。

 

 リリは身長がユートの腰くらいまでしかないから、ユートの胸にスッポリ納まった形で寝ている。

 

 否、正確には既に目は覚ましていた。

 

 まだ夕方にさえならない時間帯にホテルまで来て、食事を摂るのとトイレ以外ではヤり続け、いつの間にかリリは疲労から眠ってしまっていたが、覚えている限りで五十発もの行為。

 

 普通ならユートだけなら未だしも、リリはとっくに体力の限界だったろうに、何故か五十回ものセ○クスに耐えていた。

 

 理由は簡単。

 

 とあるマッド製ドリンクを飲ませながらヤった為、リリの体力が常人に比べて遥かに高くなったから。

 

 しかも閨事専用。

 

 お陰で精神強化まで為されており、しかも性欲をも強化されていたからリリも欲しくて欲しくて堪らないといった風情で、ユートを求め続ける事に。

 

「響く十二時のお告げ」

 

 解除式を口にして本来のリリに戻る。

 

「ユート様……」

 

 リリの小さな肢体の中、ユートの指や舌が触れていない場所など最早無くて、リリは肉体的にも精神的にもユート無しは考えられない程、性の絶頂を味わい続けていたからかユート胸に顔を伏せその名前を呟く。

 

 今、この瞬間だけは貴方はリリだけのモノですと、そう言いたかったから。

 

 ユートが起きてホテルを出れば、この幸せな時間も終わりを告げるのだ。

 

 だからこそ、今だけでも想いを享受したかった。

 

 ユートが起きて、二人でシャワーを浴びて昨夜から付着した乾いた液体を洗い流し、すっきりした表情で部屋に戻ると……

 

「あの、これは? 手切れ金とかでは無いですよね」

 

「手切れ金? リリを手放す気は無いんだが?」

 

「そうですか……」

 

 やはり恥ずかしい。

 

「じゃあ、この水晶は?」

 

「うん? 良いものを魅せて貰ったからお礼かな」

 

「は、はぁ……」

 

「僕は故郷に弟が居てね。とある理由から水晶が好きだから、修業とかを上手くやったら御褒美に水晶を上げていたんだ。上げると喜ぶから遂……ね」

 

 

「リリにも水晶をと?」

 

「他の宝石でも良いが?」

 

「いえ、喜んで戴きます」

 

 それなりに良質な水晶、売ったらお小遣いくらいにはなりそうだが、リリに売る心算など毛頭無かった。

 

「じゃあ、僕のファミリアの本拠地に行こうか」

 

「はい、ユート様!」

 

 再び手を繋いでユートとリリは本拠地へ向かう。

 

 そして辿り着いた。

 

「うわ……」

 

 其処はとてもではないが本拠地とは思えない建物、廃教会は今にも崩れてきそうで怖い。

 

「地上部分は無関係じゃないけど、取り敢えずどうでも良いんだ。地下に行く」

 

「は、はい!」

 

 地下に下りたら下りたでボロボロな部屋だったが、更に先の扉を開いたらリリも吃驚してしまう。

 

 先程までの廃教会や部屋とまるで違う別世界。

 

「ようこそ、ヘスティア・アテナ同盟の本拠地へ」

 

 広大なリビング。

 

 恐らくは先程の部屋こそが入口で、此処が真の意味で団員が集う部屋。

 

 其処から更に奥に続くであろう扉が在り、この地下が地上の廃教会などものともしない広さだと理解し、そしてそれを考えると此処──オラリオの地下は凄い事になっているのでは? という疑念が沸く。

 

 実は空間圧縮技術の賜物で拡げており、実際に使った空間は大した面積ではなかったりするが、リリには判らない事実である。

 

 柾木家で明らかに面積がおかしい鷹羽の部屋とか、それを鑑みれば理解も出来るのだが、オラリオの人間に理解を求めるのは間違っているだろう。

 

 ユートの技術なら普通に【精神と時の部屋】レベルにおかしな拡げ方が可能な訳で、この程度の広さなら自重をした方であった。

 

「此処がリリの部屋で良いかな?」

 

 まだネームプレートには名前が記載されておらず、誰も部屋の住人が居ないと判る扉を開けると、其処は隣の扉の距離を考えれば明らかに有り得ない広さを持った空間が広がっており、机と椅子に普通のサイズなベッド、本棚や鏡台や服棚まで完備されている上に、布団や季節違いの服などを仕舞う為の空間も確保されていつ、しかもバスルームやトイレに冷蔵庫や水道や小さなキッチンまでも付属していたり。

 

 流石に昨夜泊まったラブホテルの部屋に比べたら、二段階は落ちる部屋なのかも知れないが、寝る為やら休むだけなら充分過ぎる程の内装である。

 

 しかも、すぐに住めるという至れり尽くせりな環境だから、リリとしてはもう驚きを通り越して呆れた。

 

 アテナ──サーシャが、引っ越しでてんやわんやとしているのは飽く迄も私物の整理、部屋の片付けなどに時間を取られているからに過ぎず、ヘファイストスに全てを丸投げしていれば引っ越しはすぐに終わる。

 

 勿論、そんな真似が出来る程に豪胆な性格はしていないから、サーシャは部屋を確り片していた。

 

 尚、主神の二柱とユートとベルの部屋は特別製で、他より広くて多機能を有したものである。

 

「部屋は防音が確りしているから、お互いに時間が合えば同じ部屋の同じベッドで色々とヤれるよ?」

 

「ブッ!」

 

 耳元で囁かれたリリは、思わず噴き出してしまう。

 

「バ、バカですか! 昨夜はあれだけリリをいぢめた癖に! まだ足りないって云う御心算ですかっ!? 性欲の権化!」

 

 恥ずかしさと照れ隠し、綯い混ぜになった気持ちが抑え切れず、リリはユートを部屋から押し出して扉をバタンッ! と乱暴に閉めてしまった。

 

 五十発というリリからすれば前代未聞な回数をヤり続け、ユートの有り得ない性欲はよく知る訳だけど、まさか一日足らずでまたも性に関して話してくるとは思いも寄らない。

 

「ハァ……柔らかい御布団ですね」

 

 上着代わりのローブを脱いで、下に着ていた襤褸服やスカートや下衣まで脱ぎ捨てて、全裸になってからベッドへとダイブした。

 

 昨夜のユートとの閨事の疲労感もあってか、すぐにウトウトとして意識を手放し寝息を立て始める。

 

 殆んど無かった安心感を全開の就寝、リリは自分の幸福を漸く満喫していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 もうすぐ怪物祭(モンスターフィリア)が始まる訳だが、その前に怪物祭後のダンジョン攻略などの為、ユートはベルと共に使った消耗品の補充をするべく、【青の薬舖】へと訪れる。

 

 聞けばベルは貧乏な零細ファミリア故にか、此処が薬品の類いの補充場であると云う。

 

「こんにちは〜、ナァーザさん」

 

「こんにちは、ベル」

 

 眠たそうな瞳をしている亜麻色の髪の毛な犬人が、ベルと気軽い挨拶を交わす辺り御得意様だと判る。

 

「おや、新しいお客様?」

 

「ん、まあね」

 

 ミアハとは知り合いな訳だが、ヘスティアから直に紹介されてポーションを貰っただけだし、この店には顔を出してはいなかった。

 

 だからこそ、ナァーザと呼ばれた少女ともユートは初対面なのだ。

 

「良ければ御得意様(カモ)になって欲しい」

 

 眠たげな瞳ながらニコリと言うが、何だかおかしな副音声が聞こえた様な?

 

「それでベル、今日はどんな用?」

 

「あ、はい。消耗品であるポーションを買い揃えないといけなくって」

 

「成程、大口の買い注文は嬉しいよ」

 

 見た処、ディアンケヒト・ファミリアに比べると、御世辞にも流行っているとは思えないし、ベルの買い物が収入源なのだろう。

 

「それじゃあ、ポーションを二十個で一万ヴァリス。オマケして九千ヴァリスで良いよ」

 

「ありがとう御座います」

 

「それは此方の科白」

 

「あ、そうですよね」

 

 和気藹々と話す二人ではあるが、ユートの視る目が厳しく光る。

 

「待て!」

 

「何?」

 

「このポーション……」

 

 その言葉にナァーザの頬を汗が伝う。

 

 銀色の義手とは反対方向の腕を取り……

 

「ぎっあっ!?」

 

 ナイフで突き刺し二つの傷を穿つ。

 

「ナ、ナァーザさん!? ユートさん何を!」

 

 驚愕のベルが(ルベライト)の瞳を見開いて抗議をしてきた。

 

「さて御立ち合い、此処に取り出したるはミアハから貰ったポーション、そしてベルにナァーザが売ろうとしたポーションだ」

 

 ベルは首を傾げるけど、ナァーザは青褪める。

 

 ミアハのポーションと、ナァーザのポーション。

 

 同時に同じ深さの傷へと垂らす。

 

「……え?」

 

 明らかにナァーザから買おうとしたポーションでの治りが遅く、ベルはそれを呆然とした顔で見ていた。

 

「ど、どうして?」

 

「恐らくこいつは幾つかに分けたポーションに水増しして、甘味とかで味を整えただけの物だからだよ」

 

「なっ!?」

 

「当然、そんな代物だから回復力は低くなるわな」

 

 未だに治り切らない手の甲の傷、そしてミアハから貰ったポーションの方は既に完全治癒している。

 

「商売とは信用が第一だ。然し彼女はその信用を喪う詐欺行為を働いた。ギルドに通報したら【青の薬舖】は活動停止処分かな?」

 

「そ、それじゃナァーザさんやミアハ様は?」

 

「ナァーザは自業自得で、ミアハは監督不行き届き。いずれにせよ店なんてやれはしないだろう」

 

 最早、ナァーザは青褪めるというより顔面蒼白で、幽鬼みたいな有り様だ。

 

「お願い、何でもするから通報はしないで」

 

 土下座してまで頼んでくるナァーザ。

 

「通報されて営業が停止に追い込まれたら……」

 

 銀色の腕に目を向けて、兎にも角にも土下座をして赦しを得なければならない理由、それがナァーザには存在していた。

 

 だが、現実は厳しい。

 

「一応、ベルと僕は別々のファミリアだ。だが残念な事に君が詐欺を働いていた期間、僕はヘスティア・ファミリアに所属していた。つまり間接的には僕に対しても詐欺を働いているし、ベルが無かった事にすれば良い話じゃないんだ」

 

「それは……」

 

「それとも」

 

 土下座しているナァーザの顎を掴み上向かせると、ニヤリと悪い笑みを浮かべるユート。

 

「何ならその肢体(からだ)で媚を売ってみるか?」

 

「っ!?」

 

 相変わらず眠たげな瞳ではあるが、それでも最大限に見開いて頬を朱に染め、その視線から逃れる様に顔を無理矢理に逸らす。

 

「空音で騙してきたんだ、言葉じゃなく肢体で返すのも一つの手だぞ?」

 

「そんな事……は」

 

「だいいち、さっき何でもするからと言った筈だが、それすら詐欺の一環か?」

 

「あ……」

 

 もうナァーザにはユートの追及を躱す術が無いし、ベルからの援護を期待するのも実質的に筋違いだ。

 

「待っては貰えないか」

 

「「ミアハ様!」」

 

 青いローブ姿の男神──ミアハの登場にナァーザとベルがハモった。

 

「ミアハ、ナァーザの責任は商売人としては重たい。先にも言ったけど商売ってのは信用が第一、そいつを彼女は喪った訳だからね」

 

「む、むう……」

 

「イカサマはバレなければイカサマじゃなく技術だ。然し一度バレたらサマ師に生き延びる機会は無い」

 

「そ、そうなのだが」

 

 ミアハも理解はする。

 

 とはいえ、ナァーザとの二人三脚のファミリア運営は切っ掛けがナァーザに、そしてやらかしたミアハ。

 

 つまり今回の件にミアハは関わってないが、間接的にはミアハにも責はある。

 

 ナァーザだけに責任を押し付ける訳にもいかない。

 

「それとも、ミアハも今回の件に関わってるのか?」

 

「違う! ミアハ様は関係無い! 責任は私にある、だから私だけに問うて!」

 

「ナァーザよ、そなた」

 

 ユートの言葉を全否定、流石にミアハも驚く。

 

 まあ、ミアハが関わっているなんて実際には考えてもいない事だ。

 

「それで? こんな詐欺を働いたのは何故だ?」

 

「……言わずもがな、お金が欲しかったから」

 

 それは正に意外でも何でも無い、至極真っ当な理由であったと云う。

 

 

.




.
リリルカ・アーデ
所属:アテナ・ファミリア
種族:パルゥム
職業:サポーター
LV.1
力:I45(+224)
耐久:I48(+200)
器用:H148(+120)
俊敏:G296(+118)
魔力:F325(+113)

飛躍ポイント:52+723

《魔法》
【シンダー・エラ】
・変身魔法。
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗(ファンブル)。
模倣推奨。
・詠唱式【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】
・解呪式【響く十二時のお告げ】

《スキル》
【縁下力持(アーテル・アシスト)】
・一定以上の装備過重時に於ける補正。
・能力補正は重量に比例。


 リリが飛躍ポイントによりパワーアップしました。




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第28話:ミアハ・ファミリアの取り込みは間違っているだろうか

 着々と進む同盟強化。





.

「確かにお金は大事だね。お金が欲しくて犯罪を犯す人間の何と多い事か」

 

「……くっ!」

 

 ナァーザが居た堪れない様子で顔を逸らす。

 

「僕もお金は必要なだけは欲しい。だから冒険者となったんだ」

 

「っ! 私だって冒険者……だった! けど!」

 

 銀色の右腕を左手で押さえながら叫ぶ。

 

「義手……か。モンスターにでも喰われたのか?」

 

 ビクリッ! 肩を震わせて驚愕に目を見開きつつ、ナァーザはユートを見た。

 

「図星みたいだね。冒険者ならよくある悲劇ってやつかな? 察するにその義手は魔導具だろうし高価なんだろう、ならば可成り借金を抱えたんだろうが……」

 

「うっ、私は……っ!」

 

 ヨロリと足下が揺れた気がするナァーザ、痛ましい過去が頭の中を過る。

 

「待って欲しい。全ては私が……私が悪いのだ!」

 

「違う! ミアハ様が悪いんじゃない、私が彼処でモンスターに斃されたから、生きた侭喰われて!」

 

 元々、ミアハ・ファミリアは零細ファミリアなんかではなく、中堅処のそれなりに知れたファミリアだったのだが、冒険者をしていたナァーザとそのパーティが全滅の憂き目に遭う。

 

 ナァーザ・エリスイスは生きた侭に肉体を喰われ、救助こそされたがボロボロの死に掛けという有り様。

 

 万能薬(エリクサー)などを使い、何とか肉体の再生こそ叶ったものの、完全に喰われて喪った右腕だけは再生も利かなかった。

 

 しかも生きた侭喰われた経験はナァーザの心に影を落とし、PTSDを患ってしまいダンジョンに潜る事も出来なくなった。

 

『痛い、もうやめて、もう許して、私を食べないで! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!』

 

 泣こうが叫ぼうが群がるモンスターはナァーザの肉を貪り、その度に神経は痛みを脳へ訴える。

 

 血が流れ、涙を零して、恐怖で股から臭い液体すら垂れ流し、救助されるまでの間に受けた痛みと傷は、ナァーザの心胆をへし折るには充分なもの。

 

 そんなナァーザのせめて肉体だけでも何とかしたいと思い、ミアハはファミリアの団員が止めるのも聞かずにライバルというか天敵とも云える神──ディアンケヒトに大借金を拵えてまでも【銀の腕(アガートラム)】を造って貰い、それをナァーザへと与えた。

 

 団員はミアハを見限り、ナァーザを除く全員が改宗を望んで、ミアハはそれを仕方がないと認める。

 

 ダンジョンにも潜れない元冒険者のナァーザが唯一の団員となり、ミアハに残されたのは借金のみ。

 

 幸い、ナァーザは調合の発展アビリティを持っていたから、【青の薬舖】にて売るポーションなどを作成する事は出来たし、取り敢えず利子だけでも返済していく方針で再動。

 

 だが、ミアハの八方美人っ振りや無自覚な天然ジゴロ的な行動、しかも作ったポーションを無料で配ったりして、(ナァーザ)の心を(ミアハ)が知らずだ。

 

 だから悪いとは思ったのだが、都会慣れしていないベルに親切にする振りをして水増しポーションを売り付けるなんてマネをする。

 

 理解はしていた。

 

 あんな僅かにしか効果が無いポーションを持って、ダンジョン探索なんか出掛けたらいつか死ぬ。

 

 五分の一に分けたとて、水増しや香料甘味料などで匂いや味を誤魔化した物、実際の効果はもっと下回る程度であろう。

 

 本来のHP回復量が仮に一〇〇だったなら、下手をすれば一〇程度にしかならないかも知れないのだ。

 

 躱すタイプなベルは今までそこまでの怪我はせず、水増しポーションで回復をし切れる程度だった。

 

 だいいち、本来の回復量

を余り知らなかったベルは気付く余地も無い。

 

 ミアハのポーションも、気付かぬ間にちょっと酷い怪我に使い、同じくらいの回復量だと思い込んだ。

 

 そう、ベルは運が良い。

 

 無謀なダンジョン探索をエイナに止められており、それをソロの時には忠実に守っていたから、死なずに済んでいたのである。

 

「ベルには悪いと本当に思っていたけど、私には他に選択肢も無かった」

 

 迫る借金返済の日。

 

 まともな経営をしてくれない主神。

 

 ダンジョンに潜れなくなった元冒険者な自分。

 

 日々の糧は必須だったし借金も返さねばならない、だからベルを食い物に金を稼ごうとしたのだ。

 

 新しい薬の案もあるが、それを実現する為には足りない物も多いから。

 

「そうか、話は理解した。じゃあギルドに行こうか」

 

 シン……

 

 辺りが凍結したかの如く静寂が支配をする。

 

「あの、ユートさん?」

 

「何だ、ベル?」

 

「此処は普通、ナァーザさんを赦す場面なのでは?」

 

「どうして? 理由は聞いたが、だからといって罪が消えたりはしないんだぞ」

 

「そ、それは……」

 

「まあ、これでファミリアは消滅するし、残されるのは借金と犯罪者のレッテルのみか。ミアハも二度とはファミリアを作れなくなるだろうな」

 

 言われて青褪めてしまうナァーザ、普段の無表情に近い眠たげな顔とは全く異なる涙目でユートのズボンに縋り付き……

 

「お願い、何でもする! 貴方が望む事なら何だってするから、それだけは!」

 

 自分がどうなろうと構わない、せめてミアハだけでも救いたかった。

 

「運も間も悪かったんだ。もう少し発覚が遅けりゃ、僕は改宗してアテナ・ファミリアに移籍していたが、今はまだベルと同じヘスティア・ファミリア所属で、しかもベルより先輩だからベルに命令権なんて無い。ベルが受けた被害だからと放っても置けないからね」

 

 アテナ・ファミリアへと移籍した後なら、同盟関係とはいえベルに全てを任せる選択も有り得たのだが、生憎とユートはヘスティア・ファミリアだし、ファミリアに損害を与えた輩には厳しくならざるを得ない。

 

「あの、僕は!」

 

「ベルは御人好しだから、ナァーザ・エリスイスを赦すかも知れない。だけど、世の中にはやって良い事と悪い事がある。何よりベルの目指すモノは邪を討ち、魔を滅し、悪を許さぬ存在だった筈だけど?」

 

「うぐっ!」

 

 その名は【英雄】……

 

 西に盗賊が居れば残らず撃退し、東に魔王が在れば命懸けで殲滅する。

 

 それが英雄だ。

 

 ナァーザはそれに比べれば小悪党レベルの悪事に過ぎないが、それでも悪は悪であるし何より冒険者になって日が浅いベル・クラネルの生命に関わった。

 

「ユートよ、思い留まっては貰えぬか? 私はどうなっても構わぬのだ。だが、せめてナァーザだけは別のファミリアに改宗をさせるくらいしてやりたいのだ」

 

 ギルドに報告をしたならナァーザは間違いなく犯罪者として扱われる訳だし、そうなれば何処のファミリアも受け容れまい。

 

 況してや、ダンジョンに潜れない半端者では役立たずと断じられるだろう。

 

 ミアハは最後の手段として天界に帰還すれば良い、だけどこの先にも人生があるナァーザは、ミアハとしても放っては置けない。

 

「やれやれ、互いに庇い合うとか。単なる悪党なら、ギルドにさっさと報告して断罪するんだが……」

 

 ミアハもナァーザも自分より仲間……というには少し語弊もあるが、取り敢えず好感は持てる相手。

 

 それにナァーザは普通に美少女だし、ファミリアの事を考えれば断罪するより取り込みが良いかも知れないと二人を交互に見遣り、小さく溜息を吐いた。

 

「まあ、他ならない被害者のベルが怒っていないし、そうだね……許すのも違うから此方からの提案ってのを提示しよう。乗るならば執行猶予とするけど?」

 

「執行猶予って?」

 

 ナァーザが首を傾げている辺り、この世界には無い制度なのだろうか?

 

「執行猶予ってのは、罪を犯した者が執行猶予期間に何らかの事件を起こさずに居れば、言い渡された刑が将来的に効力を失う制度。とはいえ、そういった刑を言い渡されたって云う事実までは消えないけどね」

 

 例えば──『禁錮三年、執行猶予五年』の判決が出た場面だと、実際に禁錮刑三年の刑が執行される前に五年間の猶予期間が有り、この五年間で微罪すら犯さずに居れば、五年後に金錮三年に伏さなくてもよくなる制度。

 

 但し、刑の言い渡し自体が消える訳ではない。

 

 謂わば、それはレッテルとして生涯に亘り残る。

 

 当たり前だが決して無罪になる訳ではないのだ。

 

「それで、提案とは?」

 

「まず、アテナ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの同盟専属薬師として、ダンジョンに潜るのに必要な薬品を作って貰う」

 

無料(タダ)で!?」

 

「少なくとも、個人部屋に薬品工房もある生活だし、素材は此方で用意をする。衣食住の心配は要らない」

 

「うっ!」

 

 生活が保証されるなら、確かに赤字とは云えない。

 

「次に、ミアハも主神としてではなく薬神として薬の製造に頑張って貰う。此方が使うポーション以上に作れば【青の薬舖】で売っても構わない」

 

「ふむ、それなら貯蓄も少しは可能であるな」

 

 ミアハが頷く。

 

「後、ナァーザにはダンジョンに潜って貰う」

 

「「なっ!?」」

 

 大抵の命令には従う心算だった二人だが、ナァーザがダンジョンに潜るなんてトラウマを刺激するだけの命令など、流石に受け容れる事は不可能だった。

 

 ナァーザ的にはそれなら寧ろ、『夜の相手をしろ』と言われて初めてを散らす方がまだマシなのだ。

 

「む、無理……そんな事が出来るなら臨時パーティを組んでダンジョンで稼いでいた。出来ないからあんな莫迦な詐欺をしてたのに」

 

 トラウマとは簡単に払拭が出来ないから心的障害と呼ばれ、専門のカウンセラーだって存在している。

 

「トラウマね、問題無い。例えばその時の記憶を消せば良いんだし。まあ、若干パーになるけどな」

 

「嫌です!」

 

 パーになるとか言われて記憶を消したくない。

 

「あれって記憶消去魔法とか云って、実は痴呆魔法だったりするからな〜」

 

 新しい事柄を覚えるのが苦手になり、少し能天気な性格にもなるらしい。

 

 【魔法先生ネギま!】系の記憶消去魔法。

 

「心配は要らない、アテナの黄金聖闘士・双子座(ジェミニ)の優斗。空間とか頭脳に関してはプロフェッショナルだよ」

 

「ぬ? 黄金聖闘士とな? まさか……」

 

「? どうかされましたかミアハ様?」

 

「まだ天界に居た頃だが、アテナに聞いた事がある。嘗てのアテナは地上の愛と平和を護るべく、聖闘士と呼ばれる少年や少女と共に邪悪と闘ったのだとな」

 

「地上の? ですが聞いたのは天界では?」

 

 おかしな話にナァーザが質問をする。

 

 それではまるでアテナが一度は地上に降臨した後、天界へと還ったみたいではないか……と。

 

「酒の席故の夢物語と思っておったがな」

 

 聖闘士を名乗る人物が、正にこの場へ立っていた。

 

「サーシャ」

 

「ふむ、それは常日頃からアテナが名乗る名であり、ヘスティアだけは彼女の事をそう呼ぶな」

 

「この名前は彼女の前世、別世界でアテナと呼ばれていた頃、人の腹より生まれて名付けられた名前だよ」

 

「な、に……?」

 

「聖闘士もその頃の地上を守護する聖なる闘士だね」

 

 サーシャと名付けられたアテナは、冥王ハーデスの器となったアローンの妹として誕生をした為、本来とは異なるメンタリティを持った女神だった。

 

 しかも下層の貧民街に住まう少女として育ったからだろうか、毅然とした女神として立ってはいない。

 

 雑兵から黄金聖闘士まで跪く聖域の最上位、戦女神たるアテナとして中々自覚を持てなかったものだ。

 

「僕がサーシャの居た世界に降り立ったのは、蟹座のマニゴルドと魚座のアルバフィカ──二人の黄金聖闘士が暗黒聖闘士と呼ばれる聖闘士の面汚しの討伐任務の最中だった。まあ、その時は白銀聖闘士・杯座(クラテリス)を名乗ったが」

 

「何で?」

 

「ベル、双子座は別に存在していたからだよ。杯座はその宿星を持つ者が純粋な冥闘士──敵側だったから現れて無かったんだ」

 

「へぇ?」

 

 よく解っていない顔だったが、別に理解する意味も無いから放置する。

 

 杯座の宿星はあの当時は一人だけ、然るに杯座を賜る水鏡はあの世界では純粋にアイアコスと成り果て、杯座の白銀聖闘士は聖戦に列してはおらず、それが故にユートが手持ちの杯座の聖衣を纏って、サーシャと教皇セージに謁見をした。

 

 杯座の水鏡は二巡目──実際にユートの世界線へと続く歴史の中、ガルーダではなく聖闘士として登場。

 

 最終的にはとある理由から冥闘士となり、聖域へと現れたのだが……

 

「話を戻すぞ」

 

「うん、私が冒険者に戻れるのは本当?」

 

 眠たげな瞳は変わらず、然しながらキラキラと煌めいてユートを見つめる。

 

「ああ、トラウマってのはそうだね……この世界でも解り易く言うと、過剰なまでの危険に陥った記憶が、それに類する事に対しては脳が異常な程の拒絶反応を示す。だからダンジョンに入るだけで拒否感を覚え、動けなくなってしまう」

 

「……成程」

 

「それをブロックすれば、ナァーザはトラウマに悩まされる事も無くなる筈だ。まあ、危機意識をブロックするから少し危ないけど、そこら辺は微調整するさ」

 

「お願いします!」

 

 本当は冒険者で在りたかったナァーザ、トラウマがそれを押し留めていた。

 

「それと夜の相手もして貰うから」

 

 ビクッ! やはりキタ、固くなるナァーザ。

 

 噂の【剣姫】程ではないにしろ、ナァーザも自分の容姿には自信がある。

 

 そのくらいの要求がくるのは想定内。

 

「そうすれば基本アビリティも上がるしね」

 

「は?」

 

 行き成り想定外だった。

 ソッとユートがナァーザの耳許にまで近寄ったら、息が吹き掛かるくらい処か耳にキスするレベルで唇を近付け、耳打ちをする様にフッと囁いてくる。

 

「僕のスキル──【情交飛躍(ラブ・ライブ)】というのが有ってね、それの効果がヤればヤる程に強くなるってものだ。基本アビリティの数値的に一回のセ○クスで約一〇〜一二くらい。絆や同時に絶頂に達したりでボーナスが掛かるから、命の危険も無く百や二百は上げられる」

 

「う、嘘……」

 

「いや、マジに」

 

 基本アビリティの上昇に必要なのは経験値、それを積む事で数値が上がるわけだけど、訓練で上がるのはそれこそ雀の涙であるし、アイズ辺りは第五一層での激戦を潜り抜けてきて尚、総計で二十かそこら。

 

 それだけ数値上昇というのは簡単ではない。

 

 それがユートの欲望を受け留めれば簡単に上がると云う、それが異常なスキルだとはすぐに理解した。

 

 とはいえ、一人の女の子としては決断がし難い。

 

 まあ、懸想の相手が鈍い上に使用済みでも気にしなさそうだし、寧ろそっち的には何とも思われていない辺り、女のプライド的には甚く傷付いている。

 

 そういう意味で云えば、女の子扱いしてくれているユートには惹かれた。

 

「す、少し考えさせて」

 

「良い返事を待ってるよ」

 

「ひうっ!?」

 

 首筋に息が吹き掛かり、ゾクゾクっと背筋に掛けて快感が奔る。

 

 危なかった。

 

 もう少し性的な接触をされていたら、股を濡らしてへたり込んだかも知れないと頬を朱に染め、ナァーザは戦慄を覚えてしまう。

 

 ユートがその気ならば、いつでも女を絶頂に導けるのでは? そう思った。

 

「取り敢えず話は纏まった感じかな?」

 

「むう、ユートよ」

 

「何かな?」

 

「先程の言葉だが、ナァーザを無理に押し倒すなどはせぬ様にな?」

 

「勿論だよ」

 

 そんな気は更々無い。

 

 今さっきのデモンストレーションとスキルの説明、これで忌避感を薄れさせて理由付けも完了している。

 

 後は本人がその気になったら、ユートがベッドの上でナァーザを啼かせるだけなのだから。

 

 事実、既にナァーザには性欲に濁った瞳でチラホラとユートを視ていた。

 

 時間の問題だろう。

 

「ならナァーザの装備か。武器は何を使う?」

 

「……あ、弓を」

 

「弓か、ならば防具的には中衛用かな?」

 

 ユートは弓術師の装備品を頭に思い浮かべ、それを纏うナァーザを想定してのシミュレーションを頭の中で行ってみる。

 

「オッケー、なら本拠地に戻ったら装備品を渡そう。ああ、それからナァーザとミアハもウチの本拠地へと引っ越しして貰う」

 

「何? 良いのか?」

 

「ああ、また神用の部屋を一部屋用立てるだけだし」

 

 ナァーザの部屋は有り余る部屋を与えれば良い。

 

「薬品工房も明日には始動が出来る。確りと働いて貰うから覚悟する様に」

 

「ふふ、心しよう」

 

「序でにナァーザの借金も肩代わりするよ」

 

「え?」

 

 驚くナァーザ。

 

「ディアンから受けた借金は百万や二百万では足らぬ金額だが、ユートは用立てる事が出来るのか?」

 

「大丈夫。前の遠征で獲たヴァリスがまだ有るしね。若し足りないならアレを少しロキ辺りに売るさ」

 

 きっとロキならば良い金を支払ってくれるだろう、何しろ待望の完成版な神酒(ソーマ)なのだから。

 

 その後日、ミアハにより耳を揃えて借金が返済されてしまい、ディアンケヒトの悔しそうな絶叫が響いたとか響かなかったとか……

 

 

.




ナァーザ・エリスイス
所属:ミアハ・ファミリア
種族:犬人

LV.2
力:G218
耐久:G204
器用:G293
俊敏:F339
魔力:H187

《発展アビリティ》
調合:I

《魔法》
ダルヴ・ダオル



 現状で、判っているのはこのくらいです。




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第29話:装備品の新調は間違っているだろうか

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 怪物祭(モンスター・フィリア)──ガネーシャ・ファミリアが主催している祭典であり、オラリオでも可成りの盛り上がりを見せる祭だが、その目玉となるのがガネーシャ・ファミリアの団員による怪物調教。

 

 それを見世物とするのがギルドからの指令として、ガネーシャ・ファミリアが直々に受けたもの。

 

 まあ、ティムには興味も無いユートだったのだが、折角の盛り上がった祭だから女の子とデートと洒落込む気満々だし、その後には夜の逢瀬を楽しみたいという欲望も強かった。

 

 自身を幾つにも分身させる事も可能な為、ユートはダブルブッキングやトリプルブッキングも怖くない。

 

 木ノ葉隠れの里でどん尻少年が使う多重影分身の術を視て、それを扱える様になった上で権能の一つである【重なる双顔の双子(ジェミニ・アルターエゴ)】を使う事により、完全なる分身として出現させられる程になっている。

 

 但し、これだと本体は未だしも分体は戦闘能力的には百分の一程度、影分身の方が戦闘力は高かった。

 

 まあ、デートに戦闘能力は基本的に必要は無い。

 

 某・おっぱいドラゴンみたいに、デートの相手から殺される可能性もそんなに高くは無いと思うし。

 

 リューやエイナやサーシャやラブレスなど、出逢った中でもデートの約束をした相手はそれなりに多く、ユートはこの分身で熟そうと考えている。

 

 何処ぞのシドーみたく、トリプルブッキングで走り回る必要なんて無い。

 

 しかも影分身と違って、強い衝撃でも消えない上にチャクラ切れも考慮しなくて良いから、使い勝手などは格段に上だから。

 

 早く怪物祭(モンスター・フィリア)を楽しみたいものだと、ユートはダンジョンを動きながら思う。

 

 中層の第一四階層。

 

 来ているのはユート以外だと、ラブレスとナァーザとリリとヴェルフとベル。

 

 敵対するのはヘルハウンドやベル──ではなくて、アルミラージだ。

 

 六人パーティに対して、モンスターは実に三〇匹を越えている。

 

 怪物の宴(モンスター・パーティー)と云われているダンジョン内で最悪な罠の一種、次から次へと生まれるモンスターの群群群、この第一四階層に現れるであろう凡そのモンスターがユートのパーティを襲う。

 

 ナァーザなど、トラウマこそユートの力で払拭する事も出来たが、記憶を消した訳ではないからあの時を思い出して真っ青に。

 

「チィッ、ヘルハウンドが火ぃ吹きそうだぞ!」

 

 ヴェルフが叫ぶ。

 

「させるか、氷結呪文(ヒャダルコ)ッッ!」

 

 同時にユートが手を翳して呪文を放つと……

 

「キャァッ!」

 

「なにぃ!?」

 

 ラブレスが目の前に躍り出て喰らってしまう。

 

「冷たっ! 寒い寒い寒い寒い! ブルブルブル!」

 

 そして至極真っ当な感想を叫びながら暴れた。

 

「何してるんだ!」

 

「往きます! 氷結呪文(ヒャダルコ)ッ!」

 

 ユートの問いに答えず、ラブレスがヒャダルコを撃ち放った。

 

『ギャァァァッ!』

 

 数匹のヘルハウンドが、凍気によって倒れる。

 

「ラーニングか!」

 

 ラブレスのスキルには確かに、喰らって修得をするというものが在る。

 

 それが【体感学習(ラーニング)】だ。

 

 攻撃呪文を喰らうからにはダメージを受ける。

 

 その代わり呪文を修得、使う事が可能となるのだ。

 

 便利なのか不便なのか、微妙な使い勝手ではあるのだが、ラブレスは割と積極的に使っているらしい。

 

「アルビオン!」

 

 ユートが手にした機器、それがベルト化して腰へと装着された。

 

「変身!」

 

 ハンドルを引きながらも叫ぶユート。

 

《TURN UP》

 

 オリハルコンエレメントがベルトから出現すると、ユートがそれを潜る。

 

《Vanishing Dragon Balance Breaker!!》

 

 人型ながらも龍を模した白亜の鎧兜、背中には光を放つ翼が輝いていた。

 

 【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】の禁手──即ち、それは【白龍皇(ディバイン・ディバイディング)(・スケイルメイル)】である。

 

 嘗て、まだスプリングフィールドだった時代の事、ユートは闘神都市と呼ばれる場所に喚ばれて、色々とやらかしたりしたのだが、その際に【仮面ライダー】に関するあれこれに力を入れて手を出した。

 

 その時に造った一つが、【仮面ライダー剣】系。

 

 但し、ブレイドはブレイブという似て非なるものであり、他にも混ぜたりしていたけど基本はブレイドと変わらない。

 

 このブレイブバックルはユーキが造った代物だが、仮面ライダー自体はユートが【ハイスクールD×D】世界でレオナルドという名の少年から奪った神滅具──【魔獣創造】の亜禁手の【至高と究極の聖魔獣】で創造した聖魔獣だ。

 

 まあ、それは兎も角……それと同時にユーキが別口の転生者から奪った転生特典(ギフト)がこの【白龍皇の光翼】で、仮面ライダーブレイブのシステムに組み込んでみた。

 

 一般的にキングフォームとされるフォームに組み込んでおり、更にブレイドのキングフォームには覇龍を応用したりしたが、現在は初期フォームが【白龍皇の鎧】の状態に調整してる。

 

《久し振りの出番だな》

 

 アルビオンも何処か嬉しそうな声色。

 

「派手な鎧だけに使える様な機会は少ないからね」

 

 三大勢力だのアースガルズだのと、神や天使や悪魔や堕天使が跳梁跋扈していた世界ではなく、あの地球は本当に地球その物は普通が普通に普遍する世界だ。

 

 こんなド派手な真っ白い鎧兜を纏う機会など在ろう筈もなく、柾木に転生してから使った最初の事例とは【天地無用! 魎皇鬼】の原作が始まってから。

 

 尤も、【地球では】との注釈は付くが……。

 

 しかしよく調べてみると異星人は割とそこかしこ、地球に潜り込んでいるみたいで、異星人のアイドルがテレビに出ていたり。

 

 他にも養護教諭だったりお姫様だったり暗殺者だったりと、とある地域に密集しているから恐ろしい。

 

 他は【スーパーロボット大戦Z】の世界に跳ばされた挙げ句、第三次から第二次の破界篇に跳ばされた時に使えるロボットが無く、已むを得ず使った時。

 

 そして何故か原作前に、宇宙へと上がった際に見付けた『ちょっと過剰なまでに自らの美しさを強調する少女』と出逢った際、行き違いから黒髪の少年と戦闘になった時だろう。

 

 割と使っている気もしないではないが、アルビオンからすれば不満なのか?

 

 使う時は嬉しそうだ。

 

 尚、黒髪の少年はユートが遙照の孫と知り、生まれたのが娘で且つ二人目とか三人目なら政略的に嫁に出してやると言われたけど、まさか本当に双子の娘達を送り込んでくるとは思いもしなかった。

 

「さて、取り敢えず数減らしだろうね」

 

 ダンジョン内を縦横無尽に三次元軌道で駆け巡り、飛び回った挙げ句手にしたダークリパルサーで敵対するモンスターを斬り裂く。

 

 死んだモンスターはソッコーで灰化し、魔石もドロップアイテムも落としてはいなかったが、全てユートのアイテムストレージへと格納されているだけ。

 

 怪物の宴で大量に顕れたモンスター、それは百すら越えたが今や二十匹を切っているだろう。

 

「このくらいが適量かな? それじゃ始めようか」

 

 ユートに言われてベル達は驚愕を冷め遣らぬ内に、再び戦闘を開始した。

 

 未だに全員がLV.1、それなのに中層での戦闘を余儀無くされ、然しながら小型のモンスターなら何とか斃せている。

 

 ラブレスの魔法が強力なのもあるが、短剣やリトル・バリスタを駆使しているリリが意外と強い。

 

 リリ本人もこんなに戦えるとは思わなかった。

 

 一度、アテナに確認して貰った際に見た基本アビリティに付いたプラスの数値が凄まじく、それがユートとのセ○クスが原因だとはすぐに理解する。

 

 問題は新しいスキル。

 

 【練氣発招(オーラパワー)】と書かれていた。

 

 どうして発現したのか? 疑問なリリだったけど、ユートが推測を含めて説明をしている。

 

 やはりそれは、ユートとの目眩く退廃的なセ○クスが原因だったらしい。

 

 ティオナとヤった時には思い付かなかった事だが、昔は普通にやった方法での性交を試してみた。

 

 自らの氣を相手に送り、混ぜて循環させる手法。

 

 全身が触れ合っていて、尚且つユートの極一部分が相手の内に入り込み、粘膜接触をしている状態だからこそ可能なもの。

 

 この状態で息吹きの如く互いの氣を混ぜて循環し、まるで一つの生命体の様に交わると、突き抜けた快楽を得られると知った。

 

 全身が性感帯にでもなったかの様な、肌と肌が触れ合い擦れ合う毎に絶頂にも似た快楽が脳を中心に刺激をお越し、実際に絶頂にまで到達すればそれこそ頭が真っ白に漂白されたみたいな鮮烈なる快感が雪崩れの如く襲ってくる。

 

 リリは熱い欲望の塊を流し込まれる度、荒波の様な強い快楽悦楽に流されて、意識を手放し気絶すらしていたにも拘わらず、強過ぎる快感にすぐ強制的に覚醒させられてしまう程に。

 

 終わって一眠りした後、目を覚ましたリリはユートに言う──『お願いしますからもうあれはやめて下さい……』──と。

 

 好きで受け容れてもあれは廃人になりかねない。

 

 否、氣の循環の所為だろうか? 廃人になる事すら出来ないのだから。

 

 あの拷問にも似た性交、あれで行われた氣の循環は陰陽合一で完全なる存在と認識、誤認されたらしく、ユートが行っていたにも拘わらずリリの経験値として計上され、スキルの発現と相成ったという訳だ。

 

 その効果を要約すると、DB染みた氣の扱い方とかが可能で、更にH×Hっぽくも扱えるらしい。

 

 しかも魔力と合一までも可能とあっては夢が広がる一方で、LV.1の身ながらLV.3くらいの能力にまで引き上がっていた。

 

 氣の大きさが大した事もなかったが、魔力と合一をすればそれでも可成り増強が成されたのだ。

 

 但し、成長を阻害するから強敵以外には使わない。

 

 久し振りにやったアレ、自分も凄いとかどうとかを超越した快楽を得られて、しかも棚ぼたでリリが大幅にパワーアップした。

 

 因みにエセルドレーダにも試した処、流石に初めての感覚だったらしくて──『もう教える事は無いわ』──なんて意識も朦朧としながら呟いていたり。

 

 今もリトル・バリスタでダメージを与えながらも、一気に突撃をして短剣を用いてトドメを刺している。

 

 ヘルハウンドも炎を吐く前に脳天に矢に射抜かれ、動きを止めた瞬間に首への斬撃を喰らって死ぬ。

 

 まあ、闘氣が在ってこその戦術となるが……

 

 勿論、ベルもヴェルフもリリやラブレスに負けず劣らずの活躍をしていたし、ナァーザもトラウマさえ無ければ、百発百中の射撃の腕を確りと魅せている。

 

 ナァーザは存外と拾い物だったかも知れないなと、ユートは彼女の働きに満足をしていた。

 

「ふむ、リリの装備はそろそろ新調しても良いかな」

 

 短剣は【聖なるナイフ】を持たせていたが、使い勝手が良いのか使いまくっていたから刃も劣化著しい。

 

 間に合わせで渡した武器なだけに仕方が無かった。

 

「アサシンダガーか、或いはもう少し上の銀の短剣でも使わせるか?」

 

 自分で造った物でなく、別世界で大量に購入したり造って貰ったり、鍛造ではなく錬金釜と呼ばれる物で合成したりと、幾つも持っているその別世界の武具。

 

 まあその別世界は所謂、ナンバリングを持たせればゲームが幾つも作れそうな世界が沢山存在しており、そんな世界群でもユートはブレずに女の子と仲好くしたり、好感度がMAXになれば勿論の事ながら閨事に進んだものだ。

 

 偶に仲好くなる前に閨事に持ち込む事もあったが、それはユート自身が気にしていない。

 

 ナンバリングの四番目、第二の物語のメインキャラである彼女、勝負に勝って王女様を守ると意気込んでユートに敗北、少女は自らを捧げて王女様を戴きますするのを止めて貰った。

 

 その後は急速に仲好くなった──存外と思い込みが激しくヤった後で堕ちたらしい──事もあり、武具を造ってやったりもする。

 

 特に鉄の爪がメイン武器の時点で、炎の爪より威力が高くてヒャダルコの効果を生む【凍華の爪】を渡したら喜んだ。

 

 それは兎も角としても、そろそろ全員の武具類更新を考えたい時期。

 

 ラブレスは魔法がメインとはいえ、ラブレスを使えるからそれに近い物を。

 

 ナァーザは昔に使っていた弓を引っ張り出し直してから使っており、LV.2として中層に足を踏み入れていたとはいえ、やっぱり心許ない武器であろう。

 

 リリの短剣は候補も出たけど、リトル・バリスタも何とかしてやりたい。

 

 ベルとヴェルフ? 野郎は知らん……ではなくて、そもそもベルはヴェルフと鍛冶師契約を結んでおり、ベルの武具はヴェルフへと一任しているし、ヴェルフ本人はそもそも自分自身で武具を造れば良い。

 

 女の子達にそういったのが無いから、ユートが普通に世話を焼いているのだ。

 

 ユートは一時期、鍛冶師に傾倒した事もあったし、件の別世界では魔界一とされる名工と腕を競った程。

 

 そんな経験を生かして、SAO主体世界ではゲーム内にてリアル鍛冶を行い、強力な武器を高値で取り引きしたりしたものである。

 

 普通の武具から魔法武具まで様々に、幅広く造っては他者に与えていた。

 

 お陰様で聖衣などを造るのにも腕前的に一役買い、今や最上位の聖衣さえ造る事が出来ているのは、本拠地のアテナ──サーシャの部屋に飾られた小さな神像が物語っている。

 

 嘗て、まつろわぬアテナにも与えた事があるから、もう手慣れたものだ。

 

 あの【アテナの聖衣】を造るのも。

 

 二十にも満たぬモンスターなど、ベルやヴェルフの様な今はLV.相当でしかない二人を除き、LV.を超克したリリやラブレスにLV.2のナァーザが居るから割と楽に終わった。

 

「みんな御苦労さん。魔石やドロップアイテムを抜き取ろうか。メインは長年のサポーター生活で慣れているリリ、ヴェルフは素材類の勉強も兼ねて。ナァーザとラブレスは周辺警戒を、ベルはリリのを見て覚えたら自分でもやってみろ」

 

 指示を飛ばしたユートはその場から離れる。

 

 気配からモンスターらしいが、少しおかしいと思える存在に気付いたのだ。

 

 ダークリパルサーを正眼に構えると、覇気を籠め隠れている者へ声を掛ける。

 

「其処に居る奴、モンスターらしいが何か用か?」

 

「バ、バレていたのか」

 

「リザードマンか」

 

 ユートも何度か殺して、魔石やドロップアイテムを手にした事がある。

 

「珍しいな喋るってのは。僕が今まで遭遇した連中は喋ったりしなかったが」

 

「俺はちょっと別物さ」

 

「ふーん。用は?」

 

「アンタを見に来たのさ」

 

「僕……を?」

 

「フェルズが言っていた。今は警戒も必要だが或いは希望足り得るかもとな」

 

「フェルズ? あの黒衣の骸骨っぽい奴か?」

 

「ああ、そうだ」

 

 フェルズとは最初の遠征から帰還、魔石をヴァリスに交換する際に芋虫モンスターから出た極彩色の魔石を大金で引き取った黒衣。

 

 魂は人間だったが肉体的にはリッチに近い。

 

 実は素顔を見ていたから元人間だと知っている。

 

「アンタ、俺を見て攻撃的にならないんだな?」

 

「殺気も無いし、襲っても来ないなら闘う意味だって無いだろう?」

 

「フッ、フェルズが言った通りだな。希望になるかも知れない」

 

「希望?」

 

「俺──俺達【異端者(ゼノス)】の事を知りたければフェルズに訊け。聞いても俺と会いたいならアイツが段取りをするさ」

 

「……解った。詳しくは、フェルズに訊こう」

 

 ユートがそう言うとリザードマンは首肯。

 

「俺の名前はリドだ」

 

「ユート。柾木ユート」

 

「そうか、またな」

 

 リドはダンジョンの奥へと消えて行った。

 

「ダンジョン。一筋縄ではいかない場所みたいだね。にしても、僕の場所を正確に把握してる辺り覗き見(ピーピングトム)か?」

 

 ユートは一度だけリドの去った奥を見遣り、頭を振ってパーティメンバーの居るフロアへと戻る。

 

 帰り際、ベルがキラキラとした瞳でユートに【白龍皇の光翼】について訊いてきて、少し鬱陶しかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 フェルズに会えとリドは言っていたが、そもそもにしてフェルズが何処に居るのか知らない。

 

 あんな(なり)だから、何処か暗い場所にでも引き篭っていそうだ。

 

 まあ、別に会いに行かずともいずれ向こうから接触をしてくるだろう。

 

「完成。何とか怪物祭までに出来上がったな」

 

 腕へと装着するタイプのボーガンで、魔力をその侭で矢へと変換する【ビームボーガン】というやつだ。

 

 リリの為に製作した。

 

 本人の魔力でも良いが、バッテリー式で魔石の魔力をチャージ、矢へ変換する機能も備え付けてある。

 

 連射も可能で威力もリリのリトル・バリスタに比べて高く、しかも一撃必殺のパワーチャージも出来る。

 

 小振りながら極めて高い性能に纏まった武器だ。

 

「んゆ? ユートさまぁ、何してらしたのでしゅ?」

 

 寝惚け眼で呂律が若干回らない口調、素っ裸なリリがムクリと上半身を起こして訊ねてきた。

 

「リリの新しい武器を完成させていたんだよ」

 

「ぶき〜?」

 

「まだ寝惚けているな」

 

「ふにゃ〜」

 

 服装も新調したい。

 

 白いローブもボロボロだったし、下に着ている服は裾が破れて臍出しルック。

 

「今度、服屋にでも連れて行こうかな?」

 

 ユートに凭れ掛かって、明らかに甘えん坊になっているリリ、そんな可愛いらしい寝顔を見ながら新しい服に身を包む彼女に思いを馳せつつ、【リリルカ・ボーガン】の最終調整をして次に備えるのだった。

 

 

.




.
リリルカ・アーデ
所属:アテナ・ファミリア
種族:パルゥム
職業:サポーター
LV.1
力:I45(+274)
耐久:I48(+250)
器用:H148(+170)
俊敏:G296(+168)
魔力:F325(+143)

飛躍ポイント:52+723+230

《魔法》
【シンダー・エラ】
・変身魔法。
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗(ファンブル)。
模倣推奨。
・詠唱式【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】
・解呪式【響く十二時のお告げ】

《スキル》
【縁下力持(アーテル・アシスト)】
・一定以上の装備過重時に於ける補正。
・能力補正は重量に比例。
【練氣発詔(オーラ・パワー)】
・身体に纏う事で器用と魔力以外の基本アビリティに上昇補正。
・纏わせ方を変えると補正値に変動。
・特殊なオーラを展開可。




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第30話:リュー・リオンとのデートは間違っているだろうか

 リューとのデートです。





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 怪物祭の当日。

 

 元から賑やかなオラリオだったが、いつにも増して騒々しい程に賑やかに人々が行き交うメインストリートに美女と称して良い薄い翠の髪の毛の女性──リュー・リオンが、いつも着ているウェイトレスとしての服装とは異なり、お洒落な余所行きの服に身を包み、ストリートでもよく目立つ噴水の前に立っていた。

 

 しかもミニスカートで、普段のロングスカートなら隠せる武器も流石に身に付けられず、本当に何年か振りに無防備に近い姿だ。

 

 というか、ヒラヒラした服装はいつもの事だけど、これは流石に恥ずかしい。

 

 エルフらしいスレンダーな体型であるリューだが、容姿そのものは非常に美しくある意味で完成されて、道行く男共の好奇の視線に晒されていた。

 

 待ち合わせ時間の三十分も前に来てしまった辺り、リューも実は昨日からソワソワしており、楽しみにしていたのかも知れない。

 

 無表情がデフォながら、何処か愉しそうだし。

 

 本来、リューはある理由から自らを厳しく律して、余り(エルフ)生を満喫していないから、友人であるシル・フローヴァはそこを気にしていた。

 

 そんなリューがまさかのデートである。

 

 本来ならシルが休みを貰って怪物祭に行く予定を、態々変更してまでリューに休みを譲り、シルのセンス全開でおめかしさせると、デートへと送り出した。

 

『お土産、期待してるね』

 

 これが男であれば瞬く間にも堕ちてしまいそうな、だけどあざといウィンクをしながらリューの背中を押してやる。

 

 いつになく頬を朱に染めながら、リューはシルに対して『行ってきます』──そう言って出掛けたのだ。

 

 普段はしないおめかし、しかも店のウェイトレス服とは異なる超ミニスカートは全力全開で白い太股を晒しており、下手に動いたら間違いなくショーツが丸見えになってしまう。

 

 これは如何にも頼り無い着心地で、チラホラと周囲を観察しながらスカートを然り気無く下に引っ張り、ショーツが見えない様にと気を付けている。

 

「シル、やはり幾ら何でもこれは有り得ない……」

 

 武器を取り出す際であれば惜し気も無く太股や下衣を晒すリュー・リオンも、こんな無防備全開な格好で晒すのはやはり意味合いが違い、先程から感じる視線に居心地の悪さを感じた。

 

 約束の時間には相当に早いから、ユートがこの場に現れるのは未だ先。

 

 シルが曰く──『待たせ待つのがデートのいろは、今回はリューが早目に現場に居て、彼が『待たせたか?』って訊いてきたら──『今来たばかりよ』って返すのよ?』

 

 なんて、いったい何処から仕入れた知識なのか? 愉しそうに教えてくれた。

 

「よー、ねーちゃん」

 

 二人組の冒険者らしき男がヘラヘラしながらリューに近付き、馴れ馴れしくも声を掛けてくるが無視。

 

 基本的にリューは余り口数が多くない。

 

 無言ではないが言葉少なに語るタイプだからだ。

 

 昔はそうでもなかったのだが、今は戒めと共に少し口数が減ったという事。

 

「おいおい、無視は悲しいじゃねーの」

 

「そうだぜ、ねーちゃん。暇してんならよー、俺らと祭を楽しまねーか?」

 

 正にオラリオのチャラ男というべきか、リューから見た感じだとLV.2だろうか? 丁度、調子に乗っている時期っぽい。

 

「私は人を待っています。貴殿方と出掛ける心算などありません」

 

 丁寧な物言いで返す。

 

 若し、こいつらが調子に乗ってリューにセクハラでもしてきたとして、彼女はそれをあっさり鎮圧可能。

 

 何故ならリューは元冒険者だったのだから。

 

 しかも主神はオラリオに居ないだけで、未だ地上に存在しているからリューの背中の【神の恩恵(ファルナ)】は生きている。

 

 主神が天界に還ってしまうと恩恵は自動的に封じられてしまい、他の神からの恩恵を再び授からない限りは冒険者としての力は喪われてしまう。

 

 リュー・リオンの主神は正義の女神アストレア。

 

 とある理由からオラリオを出たが、リューの恩恵は残された侭となっている。

 

 そして、リュー・リオン──【疾風のリオン】だった彼女のLV.は4。

 

 元第二級冒険者だった。

 

 元──とはいってみても冒険者を辞めただけでしかなくて、力が……【神の恩恵】が健在なのだから目の前の上級冒険者風情を打ちのめすのは、このリューにとって如何にも容易い作業でしかない。

 

 問題はシルの言葉。

 

『リューは美人なんだからきっと待ってる間、誰かしら声を掛けてくると思う。だけど自分で対処なんてしちゃ駄目!』

 

『シル、貴女はいったい何を言っているのです?』

 

『リューは強いよ。でも、明日のリューはデートを心待ちにするか弱い乙女! 決して相手を返り討ちにする冒険者じゃないの!』

 

 返り討ちにする処か――『イヤ、放して!』とか、弱々しく言うのがポイントだとか何とかレクチャーを受けている。

 

 今更ながら頭を抱えたいシルの授業内容、はっきり言ってしまえば無理だ。

 

 普段が普段、無表情を貫き口数も少ないキャラクターでウエイトレスをしていたリュー、それが恥ずかしがりながらユートを見て、『今日のデートは何処へ連れてってくれるの?』とか『イヤ、恐い……』とか、頬を朱に染めたり恐怖から涙目になったり、ホンッとうに今更過ぎて出来ない。

 

「シル、貴女は私を何処に導く心算ですか?」

 

 チンピラ冒険者を胡乱な瞳で見遣りつつ、この場には居ないアッシュブロンドで小悪魔チックな美少女の同僚に対して呟いた。

 

 因みに、チンピラ冒険者の二人は自分自慢に余念が無く、リューが聴いてすらいない事に気付いてない。

 

「で、どーよ? 俺らが、祭を案内してやるぜ」

 

「そーそー、んで夜は宿でしけ込もうぜぇ?」

 

 コイツら本気でナンパを成功させる気があるのか、リューは先程の科白だけで疑問となる。

 

 エルフの潔癖症を知らないのか? 初対面な男なぞと宿にしけ込む筈エルフなら有り得ないと、どうして理解していないのだろう?

 

 リューもユートなら或いは暫く人となりを見極め、リュー本人がユートから触れられる事を前提にであれば吝かでもないが、こんな連中と宿で性交なんてヤりたい筈も無かった。

 

 溜息を吐く。

 

「今一度言います。貴殿方と遊ぶ気はありません! 私はツレを待っている」

 

「そう言うなよ……」

 

 ニヤニヤしたチンピラAがリューの左手首を掴み、その侭腰にまで触れようとするが……

 

「私に触れるなっっ!」

 

 一瞬で地面に叩き伏せ、頭を踏み抜いてやる。

 

「ガブッ!?」

 

 後頭部を靴底の踵で踏まれた為か、あっという間に気絶させられてしまう。

 

 やっちまったぜ……

 

 何処かのRPGのエンディングが流れてきそうで、リューは内心では再び頭を抱えてしまった。

 

「そうだ! ユートさんに見られていなければセーフの筈です!」

 

 ちょっと混乱気味だ。

 

「て、てめえ!? よくもケンちゃんを!」

 

 腰のベルトに着けていた短剣を抜くチンピラB。

 

「はい、ソコまでだ」

 

 然し短剣は背後から奪われてしまう。

 

「なっ! 何だてめえ?」

 

「その娘のツレだよ」

 

 相手はユートだった。

 

 茫然となるリュー。

 

 ──視られた?

 

 自分を掴んだチンピラAを叩き伏せた場面を?

 

 やはり自分にシルみたいなのは似合わないのだと、チンピラBに奪ったのとは別の短剣を突き刺すのを見ながら思うリューだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 何故か気絶したチンピラにも短剣を刺すユートではあるが、プスッ! という間の抜けた音が出るだけで出血は無い。

 

「フッ、不能の短剣だ……お前らの股間の粗末なモノが勃ち上がる事は最早二度とは無いだろう」

 

 何だか空恐ろしい事実を平然と宣うユートに対し、周りの男共が股間を押さえるという珍妙な場面。

 

 短剣を仕舞うとユートがリューの方を振り向き……

 

「待たせたね。今日はとても可愛い格好だなリュー」

 

 ニコリと笑顔でナチュラルに褒めてきた。

 

「そ、そうでしょうか? 私に似合うとは思えないのですが、シルがどうしてもと言いますので」

 

「気合いを入れてデートに臨んでくれて嬉しいよ」

 

 手を差し出されて逡巡をするが、ソーッと右手にて差し出された手を取る。

 

 やはり拒絶反応は無い。

 

 若干、リューの頬が朱に染まっているのはテレか、或いは触れる相手を見付けた事への昂りか?

 

 いずれにせよ、リューはユートと触れ合えた。

 

 嘗てリューは、仲間であった女性に言われていた事がある。

 

 若し、自分が触れ合える相手に巡り逢えたのなら、必ずその絆を大切にしろといった感じに。

 

 そんな相手など居ないと思っていたのに、ヘスティアと食事に来ていたユートと偶々だが触れ合う機会を得て、すぐに引っ込めようとしたのにユートから薫る懐かしい気配に遅れてしまった結果、ユートに触れても拒絶反応が出ない事実に気付いてしまった。

 

 懐かしい気配――故郷の森を思わせる〝匂い〟だというべきか、土と風と水と樹の渾然一体となったものがリューの五感を直撃し、思わず真っ赤になってしまったのがイケない。

 

 シルにはからかわれる、アーニャ達からは変なものを見る目で視られる、碌な事がないと思えば今度は何と本人からデートに誘われてしまったり。

 

 この感覚は自分のみならずエルフに共通する筈と、リューは自身の感じたモノに確信を持っている。

 

 事実、自分達の王族(ハイエルフ)たるロキ・ファミリアの副首領とも云えるリヴェリア・ヨルス・アールヴが、随分と気安い感じで接していた上に肌に触れられても拒絶しなかった。

 

 同じく、【千の妖精】と名高い第三級冒険者であるレフィーヤ・ウィリディスなど、今の自分と同じ様な顔をしていたくらい。

 

 そう、リューはユートにどうしようもなく惹かれ、だからこそ内心ではとても苦しんでいる。

 

 ――『私は汚れている』と自嘲しているから。

 

 勿論、それは性的な意味には非ずだ。

 

 意図せず性行為に及ばされた場合は『汚された』と揶揄されるが、このリューの場合は手が血で汚れているというもの。

 

 リューはデートの最中であるが故に、固いながらも笑みを浮かべながら所謂、【恋人繋ぎ】で手を繋いでユートに付いていくけど、同時に自分は幸せなど感じてはいけないのだと頑なに思ってもいた。

 

 寧ろ、あの頃であったら性的に汚されても何も感じなかったろう。

 

 というより、血塗れでなければシルが見付けた際のリューは、性的暴行を受けて絶望した少女の如く倒れ伏していた訳で……

 

 思い出すは自らの業。

 

 ユートも見目の良い自分――基本的にエルフは美麗な容姿を誇り、リュー自身も客観的に美人だと自負があったりする――にアプローチをしてくるが、若しもあの頃の自分を知れば離れるだろうと思っている。

 

 因みにだがエルフの中にはブタ君も存在していて、しかもそれが実はギルドのお偉いさんだと云う事実。

 

 金に執着する事もあり、エルフの矜持を忘れた者として蔑視されている。

 

 まあ、リューは間違いなく美人なので問題は無い。

 

「どうした?」

 

「――え?」

 

「心ここに在らずだな?」

 

「そ、そんな事は……」

 

 考え事をしていたのだから――『ありません』とは続けられず、ふと気が付く手の温もりを感じてしまい恥ずかしくなる。

 

 手が血で汚れていると思っているのに、彼の手に温もりを感じ安らいでいた。

 

 意外とがっしりした掌、それに細身に見えて筋肉は確り付いており、普通っぽくも中性的でどちらかと云えば女性よりな顔立ちで、見た目に細いからこんなに細身の筋肉質とは思いも寄らなかったリュー。

 

 ユートは高負荷トレーニングの後、低負荷トレーニングを行うのを常として、結果的に瞬発力の高い白筋でも持久力の高い赤筋でもない、どちらも兼ね備えたピンク筋というやつだ。

 

 聖闘士なれば余りに連続で高強度の動きを強要されるが故、ピンク筋肉の割合いが赤筋や白筋より多い。

 

 ユートは意図してこれを作る修業を取り入れた為、某・哲学する柔術家の如く全身がそれだったり。

 

 だから一見すると細身な優男――あの木場祐斗程にイケメンではないにせよ――に見えるユートだけど、実は筋骨隆々だという罠。

 

「楽しくないか?」

 

「いえ、恐らくは私が嘗て冒険者であった頃、仲間達や主神と共に在った時の様な気分の高揚を感じます」

 

「それは光栄だね」

 

 それは仲間と比べていると言われたのに等しいが、逆に考えればそんな仲間に互するとも言われたのだ。

 

 悪くはない。

 

「……貴方なら女性など、選び放題でしょうに何故……私にアプローチを?」

 

「君がアプローチを一時的にしろ受けてくれた理由、それを聞かせてくれるなら答えるよ? 序でにそんな憂いの顔をしている理由、それも教えて欲しいな」

 

「……まったく貴方は」

 

 驚きながら軽く瞑目し、だけど確りと頷いた。

 

 軽食店に入ると認識阻害の魔法をユートが仕掛け、それの確認をしたリューはポツポツと語り始める。

 

 正義と秩序を標榜して、壊滅した【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】を。

 

 そして、唯一の生き残りがそれを善しとはせずに、愚かにも走った復讐劇を。

 

 数年前、このオラリオに正義と秩序を司る女神――アストレアがファミリアを結成していた。

 

 女神アストレアに賛同した団長や仲間達、其処には若いと云うかまだ幼さの残るリュー・リオンも居た。

 

 LV.4の第二級冒険者――【疾風】のリオン。

 

 その疾風の如く動きは、何者も捉える事が叶わない高速の戦闘を可能とする。

 

 誇りだった。

 

 不正を暴き悪を懲らしめ常に正しき義を以て動く。

 

 女神アストレアの名前の下に、アストレア・ファミリアは獅子奮迅の目覚ましい働きをしていたのだ。

 

 だが、栄枯盛衰は世の中の必定というもの。

 

 一五年前に最大派閥だった筈の【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】がオラリオから消えてしまった様に、敵対派閥からすればアストレア・ファミリアなぞ目の上の瘤でしかないのだから、悪と断じられた連中がやらかす事など決まりきっていた。

 

 連中はアストレア・ファミリアを誘き出し、彼らへ怪物進呈(パス・パレード)を敢行をしたのである。

 

 次々と倒れる仲間達に、遂には団長までもが。

 

 仲間は団長はリューだけでもと逃がしてくれた。

 

 仲間を喪ったリューは、アストレアに必死に頼み込んでオラリオから退避して貰い、奪われた者としての権利――復讐を開始する。

 

 怪物進呈を行った連中は言うに及ばず、それに乗った連中や支援者だけでは厭き足らないのだとばかりにちょっとした関係者やら、最早一般人でさえ連中との関わりが僅かにでも疑われれば斬り捨てた。

 

 復讐などとっくに超過をして、既に暴走でしかないリュー・リオンの所業に対しギルドは【疾風のリオン】をブラックリスト入り。

 

 賞金すら掛けられた。

 

 逐われる立場となって、流血に塗れたリューは街の裏角で倒れ、雨が降り頻る中でその生命を終えるのだろうと、既にナニモノも映さない視線で曇天をボーッと見つめるのみ。

 

 そんな時、アッシュブロンドの少女が手を差し伸べてくれたのだ。

 

 爾来、リューはその少女――シル・フローヴァには感謝の念が絶えず、しかもこんな自分を【豊穣の女主人】で雇って貰える様に、ミア・グランドに話を付けてすらくれた。

 

 正しく恩人である。

 

「……これが私の過去となります」

 

「……」

 

「どうですか? 軽蔑しましたか? 私のこの両手は大量の血で汚れている」

 

 憂いに充ちた表情に歪められつつ、何処か窺う様な瞳を向けてくるリュー。

 

「リュー」

 

 ビクッ! いつもならばこんな弱々しい部分を見せたりはしないが、今回ばかりは気に入った――気に入ってしまった相手に嫌われたかも知れないと思うと、思わず肩を震わせずに居られないリュー。

 

「第一に、僕も大概で血に塗れているんだがな」

 

「――え?」

 

「地上の愛と平和を護りしアテナの聖闘士、だが実質的にやっているのは敵対者たる人間の排除が基本だ。アテナと意見を違えた存在に仕える闘士を邪と断じ、実力行使で排除するからにはまず生き残らないしな」

 

 ハルケギニア時代の事、その他の事は解り難いだろうけど、この話はリューにも理解はし易い筈だ。

 

 アストレア・ファミリアがやってきた事にだいたいが通じるし、実際にリューは理解の色を示している。

 

「復讐だって虐げられた者の権利だ。まあ、殺って殺られて殺り返されてって、何処かで連鎖を断たなければキリが無いけど」

 

「ユート……さん……」

 

「第二に、僕は自分の視る目に自信があるし、リューが勝手に僕の目を見縊らないで欲しいね。確かに僕はリューの見た目で最初とかはアプローチしてきたよ。美しいエルフだ、男ならば惹かれても当然だろう? だけどね、美人がイコール人間(エルフ)性じゃない。よく云うだろう? 美しい薔薇には刺があるって」

 

 ユートは短い間でしかないが、リューの人となりはアプローチしながら観察をしていたし、周りの評判も確りと把握している。

 

 その上でアプローチを止めなかったのだ。

 

「第三に、女好きエロ野郎な僕だけど気に入らない女をデートに誘う程、酔狂な心算なんか無いんだよ」

 

 スッと手を握る。

 

「……あ、その……やはり行き成りは困る」

 

 だけど拒絶はしない……というより出来ない。

 

「貴方で三人目です」

 

「三人目?」

 

「私が他人との触れ合いに拒絶しなかったのは」

 

「光栄だけど、三人目か。初めてじゃないのは残念」

 

「あ、違う……男性は初めて……です……」

 

「というと?」

 

「最初の方も、二番目だったシルも同性ですよ」

 

「そっか、全体として見れば三番目だけど男としては初めてか」

 

 本当に嬉しそうにしているユートに、頬が熱く燃える様な感覚に囚われる。

 

「ちょっと嬉しいな」

 

「――あ」

 

 リューの腕を取って身体を軽く自分へ引き寄せて、背中に腕を回して固定をすると更に彼女の顔を自らへと近付け……

 

「うっ」

 

 もう少しで唇が重なるといった直前。

 

「チッ、あと少しでリューの唇を奪えたのに!」

 

 ユートはリューを手放して悪態を吐く。

 

「な、何が?」

 

 リューはユートの異変に訊ねるが、理由はすぐにも理解が出来た。

 

「キャァァァッ!」

 

「うわぁぁぁぁああっ!」

 

 人々の悲鳴が響く。

 

「どうやら何者かが街を騒がせているらしいね」

 

 特殊な影分身が還ってきた事で、周囲の状況を把握したユート。

 

「デートが台無しだっ! 誰か知らんが許さんぞ! リューは一般人の避難誘導に努めてくれ」

 

「ユートさんは?」

 

「原因を叩く!」

 

「わ、判りました」

 

 今のリューは冒険者としての全てをギルドから剥奪されており、力は在っても何もしなくても咎められる理由は無い。

 

「デートは楽しかったよ」

 

 踵を返すユート。

 

「ユートさん!」

 

 そんなユートを停めて、リューは爪先立ちになるとユートの頬へ唇を当てた。

 

「く、唇同士は恥ずかしいので……」

 

 そう言い捨てて自分自身が踵を返して駆ける。

 

 茫然となったユートではあるが、口角を吊り上げてやる気充填は一二〇パーセントだと謂わんばかりに、闘氣と魔力を漲ぎらせるのであった。

 

 

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 リューとデートをしてますが、特殊な影分身を使ってサーシャやリリやラブレスといった面々ともデートをしています。




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第31話:触手プレイ擬きは間違っているだろうか

 二ヶ月振りくらいかな?





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 人々が右往左往しながら悲鳴を上げている。

 

 誰よりも遠くへ安全圏へ逃げる為、だけどどこに逃げれば安全なのかも判らぬ侭に、だからどうしたって錯綜してしまうのだ。

 

 ユートは逆にモンスターが居るであろう地へ向け、ひたすらに走って……少なくとも逃げる一般人と真逆の方向へと駆けた。

 

 その最中、ユートは機器を取り出してカードを装填すると、その機器を自らの腰へと宛がう。

 

 待機音が流れる中で機器に付いたレバーを引いた。

 

「変身!」

 

《TURN UP》

 

 展開されるは蒼白い龍の紋様が描かれた光の膜――オリハルコンエレメント。

 

 それを潜ると……

 

《Vanishing Dragon Balance Breaker!!!》

 

 ベルトとは違う声で音声が響き、白い鋭角的な鎧に龍の如く兜と尻尾を持ち、背中には青い光翼を展開した姿へと変わっていた。

 

 【白龍皇の鎧】と呼ばれるこの鎧は、二天龍と呼ばれていた龍の一角――バニシング・ドラゴンのアルビオンが封じられている。

 

 嘗てユートが行った――【ハイスクールD×D】の世界、其処には聖書の神が創り上げた神器(セイクリッド・ギア)なる物が存在しており、【神の子(にんげん)】か或いはその血を引くハーフやクォーターに宿るとされている。

 

 勿論、神が『貴方にこれを授けよう』とか言って、選定している訳ではない。

 

 神のシステムに神器についてのものが在り、それによって誕生時にランダムで与えられるのだ。

 

 だから、とある事件の折りに堕天使の女が言っていた科白――『こんな餓鬼に神滅具が!?』とかはハッキリ言ってナンセンス。

 

 人間の血を引く者であるならば、餓鬼や家無し子であろうが宿るのだから。

 

 というか、誕生時に宿るのだから基本的に最初の頃は赤子で子供で……二十年くらいしてやっと大人。

 

 某・堕天使は何を思ってあんな科白を言ったのか?

 

 本来の二天龍は聖書の神より遥かに強く、三大勢力が戦争をしていた処へ喧嘩をしながら雪崩れ込んで、怒り心頭な神や魔王を相手に取り――『高が神如きが魔王如きが、我らの邪魔をするな!』と逆ギレして、三大勢力全てに喧嘩を売ったから堪らない。

 

 彼らは一時休戦をして、二天龍と戦う羽目に。

 

 幾ら強い二天龍とはいえBRAVE PHOENIX(フルボッコ)されてしまい、最終的には神により八つ裂きにされた挙げ句、神器に魂を封じられて今に至る。

 

 ユートは生まれついての神器保有者(セイクリッドギア・ホルダー)でなく、後から入手をして宿らせた神器所持者(セイクリッドギア・ユーザー)だ。

 

 【白龍皇の光翼】も実は別世界で保有者から義妹が奪い、それを宿す事により後天的な白龍皇となった。

 

 故に、この姿に成れる。

 

「何処の誰がやらかしたかは知らないがアルビオン、こうなれば暴れるぞ!」

 

《応! 私の力、存分に揮うが良い!》

 

 神器に封じられてしまったアルビオンも、暴れる事に異論は無いのかはっきりと言い放つ。

 

 早駆けするユートは手早くモンスターを見付けて、タンッ! とジャンプ一番で近付いて手にした武器――偽・瞬撃槍にて突き殺してしまう。

 

「モンスターの気配が余りに多いな。首謀者は何を思ってこんな数を……」

 

 少なく見積もって五〇、下手をすれば百に届く。

 

 そんな数が闊歩しているのだから、オラリオの一般人は戦々恐々としていた。

 

 ヒューマンなら恩恵無しだと最弱なゴブリンに劣る能力だから、明らかにそれより強いモンスターに襲われれば普通にログアウトをするだろう。

 

 リアル・デスゲームだ。

 

「次は……あっちか!」

 

 飛行して現場に着くと、ユートは降りる勢いの侭にモンスターを一刀両断!

 

 断っ!

 

「早く逃げろ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 腰を抜かしていた一般人を一喝、逃げたのを確認して再び戦場を移す。

 

 白き龍は青い光の翼にて羽ばたき、大空へ向かって飛び立つのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「おかしいわね」

 

 フードを被った女性が、辺りの騒ぎに首を傾げた。

 

「私が解放したのは九体。それなのに十倍はモンスターが暴れている?」

 

 彼女こそがモンスターを解き放った首謀者だけど、そもそもにして八体は謂わば捨て駒に過ぎず、本命の一体がとある人物――神物を追い回し、その眷属たる白髪紅目の少年が戦う。

 

 どんな結果になるにしろ少年は成長する筈。

 

 それが目論見だったし、必要以上のモンスターなど居ても意味が無い。

 

「まあ、モンスターは彼が斃してくれてるし、ロキの眷属もやってくれてるから問題は無さそうだけど」

 

 そう言って女性――女神は路地裏から姿を消した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ロキ・ファミリアの面々――ティオネとティオナ、レフィーヤの三人だが普通に怪物祭に興じていた。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは勝手にダンジョンへ潜った罰として、ロキから自分のお供という名のデートに連れ出されている。

 

 ベート・ローガがこんな祭に興味を懐く筈も無く、ロキ・ファミリア三幹部はそもそも細かい仕事が山盛りだから動けない。

 

 他のメンバーは何処かに居るのだろう。

 

 少なくともこの三人だけで今は動いていた。

 

 ガネーシャ・ファミリアの怪物調教は派手さ加減もあり、見応えがあったのは見物客として良かったが、どうにも様子がおかしい。

 

 明らかにトリを務めると思われる調教が行われて、ガネーシャ・ファミリアのメンバーが慌ただしい。

 

 不審。

 

 三人はすぐに行動開始。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインもロキの許可を得て、モンスター退治に出掛けるのであった。

 

 高い建物の屋根の上……アイズはトロールを見付けると――「目覚めよ(テンペスト)」――唯一使える魔法の詠唱をする。

 

 超短文魔法に属するものであり、一言――つまりは一小節で紡げる魔法だ。

 

 当然ながら高威力なんて期待は出来ない魔法だが、使い勝手という意味でならアイズとしてはホイホイと使うくらいの具合の良さ。

 

 自らに纏う事により防御が可能、脚に纏って速度を上げられるし軽く飛翔すら出来る上、剣に纏わせての切れ味向上すら出来る。

 

 必殺技もこの魔法を発動してのものだ。

 

「リル・ラファーガ!」

 

 飛翔しながら目標へ突っ込み、アイズの持つレイピアがトロールを串刺しにしてしまう。

 

 尚、技名を呟くのは前にロキから『技名を口にすると威力が増すんやでぇ』と言われたから。

 

 元来のアイズが使う武器の威力自体は実際の処で、第一級冒険者が扱うにしては大した事のない物だが、一部の上級鍛冶師にしか造れない不壊属性が施された特殊武装(スペリオルズ)

 

 例えるなら威力だけなら銀の剣の方が倍くらい高いけど、ナバールが初期装備で持つキルソードはクリティカルの嵐で、最終的には後者の方が役立つとかそういった感じだ。

 

 勿論、文字通り刃が立たなければ意味が無いが……

 

 ダンジョンという武装の磨耗が激しい場所、少しでも長く戦う為にアイズ・ヴァレンシュタインが選択をした武器――それこそが【デスペレート】であるが、今はそれはゴブニュに預けて無いら、代剣のレイピアの扱いには慎重を期する。

 

 壊したら弁償だし。

 

「それにしても、数が……多い、過ぎる!?」

 

 次々とモンスターを屠りながら、それでも減った気がしない数に辟易する。

 

 自然に発生する筈なく、誰かが持ち込むしかない。

 

 持ち込んだのは当然だがガネーシャ・ファミリア、彼らが怪物祭の為に捕獲していたモンスターが逃亡。

 

 だが幾ら何でも多い。

 

 そもそも、ガネーシャ・ファミリアが捕獲してきたモンスターは二十にも及ばない筈が、明らかに百近い数が解き放たれていた。

 

 つまり、有り得ない。

 

 そうなると、ガネーシャ・ファミリア以外の誰かが持ち込んだという事に。

 

「三!」

 

 撃破数を口にしながら、アイズは思考する。

 

「四!」

 

 そんなアイズを見遣り、ティオネ達もモンスターを狩り始めた。

 

「哈ッ!」

 

 武器なぞ持ってきてはいないアマゾネスの姉妹は、素手による戦いを余儀なくされていた。

 

「チッ! 幾ら何でも素手じゃ殺り難いわ……ね!」

 

 それでも雑魚なら一撃で粉砕している辺り、流石は第一級冒険者と云えよう。

 

「うりゃ! 本当だねぇ」

 

 ティオナが姉に応えるかの如く呟く。

 

「お二人共、素手だというのに余裕ですね」

 

 杖くらいは持っているからレフィーヤも戦えるが、あの二人程に余裕を持っている訳ではない。

 

 レフィーヤは魔導師で、魔法を扱うのが主だ。

 

 詠唱には時間が掛かり、無防備にもなるから下手に使えないし、強すぎる魔法を地上で……しかも街中で使うなら注意が必要。

 

 一般人を巻き込んでしまったら目も当てられない。

 

 引き替えて、ティオネとティオナは殲滅能力にこそ劣るが、一撃一撃を確実に打ち込める分だけ一般人を巻き込む心配が無かった。

 

 まあ、モンスターをぶっ飛ばした先に一般人が居ました……とかなら別だが、そんなマヌケで無様を晒す素人な二人では無い。

 

 ゴゴゴ……

 

「? 何、この震動」

 

「ちょ、ティオネ! これヤバくない?」

 

「ヤバいわよ!」

 

 突然の震動。

 

 それが間近で起きる意味は余りにも怖い。

 

 まだモンスターも数十と存在するのに、ここに来て謎の震動が近場に在るとか勘弁して欲しい処。

 

 どう考えても嫌な予感しかしないのだから。

 

「レフィーヤ、注意しなさいよ!」

 

「は、はいぃぃっ!」

 

 前線へと常に出る戦士、ティオネとティオナとアイズは兎も角、レフィーヤは後衛職たる魔導師であるが故に、戦闘に於ける直感はこの四人の中で最も低い。

 

 これが副団長のリヴェリア辺りなら話も違うけど、このレベルに到達するにはレフィーヤでは、LV.も経験も全く足りなかった。

 

 まだモンスターの半数が残る中、またぞろ出てこられたら鬱陶しいで済むのはレフィーヤ以外の三人。

 

 LV.的にも場数的にもレフィーヤに余裕は無く、兎にも角にも余り派手ではない魔法で斃すか、杖での撲殺かを選んでいた。

 

 幸い、現れたモンスターは上層のものばかりだったから、飽く迄も比較的非力なレフィーヤも撲殺が可能だったのである、

 

 だが然し……

 

「キャァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 女性の悲鳴、通りの一角から湧き出す膨大な土煙、石畳を押し退けて現れたるは蛇にも似た長大なモンスターであった。

 

 ゾクリ! と背筋に奔る悪寒に、ティオナ達は顔色を変えると……

 

「ティオネ、何かアイツってヤバくない?」

 

「ええ、征くわよ!」

 

 叫ぶのと同時に駆けた。

 

「ふっ!」

 

「おらぁぁっ!」

 

 ティオナはまだ兎も角、ティオネは凡そ女性らしくない雄叫びを上げ、モンスターへと殴り掛かった。

 

 ガンッ!

 

「かったぁぁぁーっ!」

 

「〜〜っっっ!」

 

 だがモンスターを打ってみて判ったが、第一級冒険者たる二人の攻撃を受けてビクともしない処か、逆にティオナ達の方が拳にダメージを受ける硬さ。

 

 如何に素手とはいえど、仮にもLV.5の拳ならばそこら辺のモンスターなど粉砕されるというのに。

 

 特にパワフルなティオナなど、ステゴロでも充分な戦闘力を発揮するだろう。

 

 それを防ぐのだから相当な防御力となる。

 

「くっそー! こんな事なら武器持ってくれば良かったよ〜!」

 

「アンタのバカでかいのを持ち歩かれても困るわ! だけど確かに打撃じゃ埒が明かないわね……」

 

 硬過ぎる、ダメージは通っているみたいだが如何せん打撃耐性からか、怒らせただけらしい。

 

 魔法円――マジックサークルを展開しレフィーヤが詠唱をする。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)……汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿(うが)て、必中の矢……】」

 

 其処まで唱えてみたが、魔法を放つべく魔力を集中した途端、モンスターが振り向いてきた。

 

「っ!?」

 

 先程まで戦っていた筈のティオナ達を放ってまで、明らかにレフィーヤの魔力が集中された瞬間に振り向いたという事は――

 

「まさか、魔力に反のっ! しまっ!?」

 

 ボコリ! と地面が捲り上がって、黄緑色の突起物が伸びてきて……

 

「キャァァァッ!?」

 

 四本の突起物がレフィーヤの四肢を拘束した。

 

「は、放して!」

 

 空中に磔にされたみたいな形で晒され、ミニスカートだか白いショーツが下からも前からも丸見え。

 

 それを理解しているのかレフィーヤの頬がほんのりと赤く、序でに化け物に触られている嫌悪感が表情に出ていた。

 

 唯でさえこの状態であれショーツがチラ見えしているのに、モンスターはあろう事かレフィーヤの脚を、Mの字に開かせる。

 

 所謂、M字開脚だ。

 

「イヤァァッ! 見ないで下さぁぁぁぁいっっ!?」

 

 余りの恥ずかしさに涙ながらに訴える。

 

 白いショーツだけでなく透明感ある白い美脚、太股すらもバッチリと見える様になって、避難しようとしていた一般人の男共が思わず足を止めてガン見。

 

 気持ちは判らんでもないがさっさと避難をしろと、ティオネやティオナは叫びたい気分であった。

 

 だが、今はレフィーヤを救出するのが先であると、打撃耐性持ちの気色の悪い黄緑色モンスターを殴る。

 

「くっ、このモンスター! レフィーヤをHA☆NA☆SE!」

 

「ティオナそれ、使い方を間違ってるわよ!」

 

 意外と余裕か?

 

 神々――正確にはロキが偶に口にする神語(笑)を出せる程度には。

 

 だけどそんな余裕もぶち壊す所業を、モンスターは始めてしまった。

 

 もう一本の四肢を拘束するのよりも比較的に細身な突起物、それがボコリッと地面から現れたかと思うとまたもう一本がレフィーヤのショーツをビリッと破り取ってしまう。

 

「イヤァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 秘裂が公衆の元に晒されて絶叫を上げた。

 

 レフィーヤを拘束していた四本は、彼女を更に高く空へ上げると今度は勢いよく下へ……

 

「ヒッ! まさか!?」

 

 事ここに至ってその意図に気付いたレフィーヤは、叫ぶのもやめて顔を血の気を引かせ真っ青になる。

 

 軌道上に突起物が先端を向けて待ち構えていたし、何よりわざわざショーツを破って秘裂を露わにしたという事実。

 

「嫌っ! ダメ! あんなのが挿入(はい)ったら私、壊れてしまいます!」

 

 何の準備もなくそんな事になったら、レフィーヤのアソコは二度と使い物にはならなくなるだろう。

 

 レフィーヤ・ウィリディスの優秀な魔導師エルフの遺伝子、モンスターはそれを後世に残させない心算なのかも知れない。

 

 仮に壊れずともエルフ、肌を触れられる事すら厭う種族が、モンスターに処女を散らされたなんて事になれば自殺もの。

 

 確かに恐ろしい話だ。

 

「「レフィーヤ!」」

 

 ティオナもティオネも、叫びながら殴る力と速度を更に上げるが、やはりビクともしない。

 

「チクショウ!」

 

「レフィーヤを放しなさいモンスター!」

 

 斬っ! 斬っ!

 

 LV.5の第一級冒険者二人が、目にも留まらない迅さで突起物が斬り落とされてしまい、レフィーヤがその場から居なくなる。

 

「「え?」」

 

 辺りを見回すと空中に、真っ白なフルプレートの鎧兜に身を包み、背中に青く輝く翼を持ったナニかが、レフィーヤをお姫様抱っこで抱えて浮いていた。

 

「新手のモンスター?」

 

 ティオネが首を傾げながら呟くと……

 

「モンスターは酷いな……確かに龍がモチーフっていうか、龍なんだろうけど」

 

 背後から声が響く。

 

「嘘……」

 

 目を放した訳でもないのに見失い、背中を見せてしまった段階で相手が敵なら終わっている。

 

「その声、ユート?」

 

 ティオナが訊ねた。

 

 カシャン!

 

 兜の部位がどんな理屈か消え、其処には確かに見知った顔が在る。

 

「よく判ったねティオナ」

 

「そりゃ、夜にあんだけ声を聞かされたし……」

 

 ちょっと照れながら言うティオナ。

 

 ユートは黙ってひたすら腰を動かしてた訳でなく、相手が股を開き易くて熱くなる科白を、耳許で囁いたりしていたからティオナも声は確り耳に残る。

 

「ユ、ユート……さん?」

 

 素顔を見せられたからかレフィーヤが掠れた声で、ユートの名前を呼んだ。

 

「済まなかったなレフィーヤ……遅くなって。怖い思いをしただろう?」

 

 優しい表情に優しい声、レフィーヤは涙を浮かべてゴツゴツした鎧を着込んでいるが、ユートの胸に顔を押し付けて泣いた。

 

 突起物は全部斬ったから多少の猶予はある。

 

 とはいえ、すぐに新しい突起物が地面から現れた。

 

「チッ、情緒の無いモンスターだな!」

 

「あれ、蛇とかじゃなくて植物なの!?」

 

 ティオネは漸くモンスターの正体を覚る。

 

「ま、植物系なら火なんだろうが……街中だからね」

 こんな街中で炎系の魔法を使うのは如何にも拙い。

 

「本体も出てきたか」

 

 成程、蛇には非ず植物のモンスターである。

 

 突起物が付いた触手は、植物の蔓だったらしい、

 

「レフィーヤを頼む」

 

 ユートは、ティオネへとレフィーヤを託す。

 

「どうする心算よ?」

 

「奴を討つ」

 

「出来るの?」

 

「勿論だ」

 

「判ったわ」

 

 レフィーヤを抱えて下がるティオネ。

 

「本当に大丈夫かな?」

 

「ユートの実力、LV.1とは思えない程なのは知ってるでしょ? ティオナ」

 

「う、うん」

 

 それでも肌を重ねた相手を心配する。

 

「ティオネ、ティオナ! レフィーヤは?」

 

「「アイズ!」」

 

「アイズさん!」

 

 バカみたいに多くて邪魔なモンスターを蹴散らし、漸くこの場まで辿り着いたアイズを三人は見遣る。

 

「レフィーヤは無事よ」

 

「良かった」

 

 胸を撫で下ろすアイズ。

 

「心配をお掛けして申し訳ありません」

 

「ううん、レフィーヤが無事だったなら良かったよ」

 

「は、はい……」

 

 レフィーヤの胸には熱い何かが灯るが、その何かはユートに救われた際に感じた熱さとは違う。

 

 それが故に気付いた。

 

 アイズからは安堵感からくる熱さだが、ユートへと感じたのはもっと甘くて、蕩ける様な熱さだ……と。

 

「ユートさん、何をするんでしょうか?」

 

「……多分」

 

 アイズは理解している。

 

 ダンジョンであの巨体を斃したのをみていたから。

 

「此処で消えて貰う!」

 

 ユートは腕を前に伸ばして両手を組み、それを高らかに天へと掲げた。

 

 魔力を使った劣化版……

 

極光処刑(オーロラエクスキューション)!」

 

 ユートの言葉と共に放たれた凍気、それは植物型のモンスターは躱せる筈もなくまともに浴びて、全身がガチガチに凍り付いた。

 

 この技は本来だと小宇宙で放つが、今はすぐに使えないから劣化版として魔力を用いて使用したのだ。

 

 劣化版とはいっても強力な必殺技な為、黄緑色をしている植物型のモンスターはアッサリ死んでしまう。

 

 ユートは凍結したそれを邪魔だと謂わんばかりに、思い切り蹴飛ばして破壊をしてしまった。

 

 見てないから判らなかったけど、ユートのアイテムストレージにこのモンスターの極彩色の魔石とドロップアイテムが格納される。

 

「アイズ、他のモンスターはどうなっている?」

 

「何人か強い冒険者が出てきて退治してくれてる」

 

「そうか」

 

 その強い冒険者というのはユートの知る連中。

 

 ラブレスやミッテルト、二人は一応LV.1でしかないが、ユートと同じくで普通より遥か上を往く。

 

 その実力は見た目の可憐さとは裏腹で、下手に手出しをすれば粉微塵にされる強さだった。

 

 まあ、ラブレスは能力的には間違いなくLV.1なのだが……

 

「ベルはどうしたかな? 今日はヘスティアとデートしていた筈だけど」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 短い漆黒の刃に灯っている神聖文字(ヒエログリフ)……そんな短剣を手にしたベル・クラネルは肩で息を吐きながら構えていた。

 

 此処はダイダロス通り。

 

 東と南東のメインストリートに挟まれる区画にある広域住宅街で、都市の貧困層が住む複雑怪奇な領域は一度迷い込んだなら最期、二度とは出て来られないとまで言わしめる。

 

 ベルはモンスターであるシルバーバック――白い毛並みの大型な猿を相手に、背後にはヘスティアを庇いながら戦っていた。

 

 互いに一進一退の激戦、今正に最後の決着を着けるべく互いが動く。

 

「せやぁぁぁっ!」

 

「ウゴオオオオオッッ!」

 

 ゾブリ!

 

 跳躍したベルが空中前転をしながらシルバーバックの攻撃を躱し、返す刀とばかりに姿勢制御して脳天に刃を突き立てた。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 堪らず暴れて暴れてベルを振り払おうとしてたが、遂には力尽きたのかピタリと止まって倒れ伏す。

 

「や、った?」

 

 最早、ピクリとも動かないシルバーバック。

 

「ふぃぃ……」

 

 相手の確かな死に安堵をしてしまうベルに……

 

「ベルく〜ん!」

 

 感極まったヘスティアが抱き付いた。

 

「ベル君ベル君ベル君! ありがとう、やっぱり君って奴は最高だぜ!」

 

 グリグリと胸に顔を埋めて言うヘスティアに対し、悪い気はしないベルはされるが侭になっている。

 

「ハハハ、程々でお願いしますね神様」

 

 ユートの心配を他所に、ベルは確りと上がっていた実力を発揮、シルバーバックというデカブツを討ち斃してしまうのだった。

 

 

.




 ベルは強化されていたからシルバーバック戦では、原作程にボロボロにはなりませんでした。

 アイズはモンスターへの処理で遅れ、レフィーヤは触手プレイをされたり……




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第32話:魔導具談義は間違っているだろうか

.

「やれやれ、これで全部が片付いたかな?」

 

「ユート君、お疲れ様……ロキ・ファミリアの皆さんもありがとうございます」

 

 漸く闊歩するモンスター総勢――九八体+αを討滅したユートと愉快な仲間達へと、ギルド職員を代表する形でハーフエルフでありユートとベルの担当官たるエイナ・チュールが頭を下げて礼を言ってきた。

 

 エイナの近くに立っていたピンク髪のギルド職員、ミーシャ・フロットも同じく頭を下げている。

 

 彼女はヒューマンだが、エイナにも負けず劣らずの美少女で、やはりカウンターを任されるだけあった。

 

 カウンターを任されるのは謂わばギルドの顔な為、基本的には見目麗しい女性やイケメンフェイスな男が担当をしている。

 

 少なくともギルド長をしているエルフなど、絶対にカウンターを任せられたりはしないであろう。

 

「冒険者の立場上、やるしかなかったってのもある。それにこれでも僕はアテナの聖闘士。アテナが守護する地上の愛と平和を護るのは当然の話だよ」

 

「は、はぁ……アテナの聖闘士ですか?」

 

 まあ、言っても意味など理解は出来まい。

 

 解るのは嘗て地球で実際に聖闘士を統括したアテナ――サーシャと、黄金聖闘士として聖域を守護していたユートだけ。

 

「ま、感謝してくれるならその内にデートでもしてくれりゃ良いさ」

 

「〜〜っ!?」

 

 エイナの脇を抜ける際、ポンと手を頭に置きながらエイナにだけ聴こえる声で呟くと、ボッ! 瞬間湯沸し器の如く真っ赤になって頭から湯気を出す。

 

 ハーフとはいえエルフ、エイナもリヴェリアやレフィーヤ達と同じく、ユートに森の如く安らぎを感じて好感が高いらしい。

 

 ユートを追い掛ける形でアイズ達も歩く。

 

 暫く歩くと、レフィーヤが丈の短いスカートを押さえているのに気付いた。

 

「ああ、【豊穣の女主人】で打ち上げっぽく食事でも……とか思ったんだけど、先にレフィーヤの為に店へ行かないとな」

 

「お店……ですか?」

 

「下着、買わないと」

 

「う゛!」

 

 必死でスカートが捲れない様に押さえていたのは、恐らく惰性だったのだろう……今更ながら顔を真っ赤にしてある事実に気付く。

 

「あの、ユートさん!」

 

「何だ?」

 

「若しかしてですけど……み、視ましたか?」

 

「うっすら亜麻色の毛に守られた筋、可愛かったよ」

 

「キャァァァァァァッ! 忘れて、忘れてくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 

 わたわたと慌ただしく、レフィーヤは涙目になりながら訴えたものだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うう、もうお嫁には行けません……」

 

 バッチリ視られていたと理解してか、レフィーヤは【豊穣の女主人】に着いてからもシクシクと泣く。

 

 バッと顔を上げると……

 

「ユートさん、責任を取って下さい!」

 

 行き成り責任を追及してきたレフィーヤ。

 

 ウルウルと涙を溜めて、口もへの字に曲げながら見つめてくるけど、ユートは答えは決まっていた。

 

「アテナ・ファミリアへと改宗するのなら、沢山居る中の一人的に責任を取って面倒を見ても構わないよ」

 

 それは酷く最低な答えであったと云う。

 

「な、何なんですかそれはぁぁぁぁっ!」

 

「いや、だってな? 僕が異世界から来たのは話したけど、ならその異世界には付き合いのある女の子が居ると思わないか?」

 

「そ、それは……」

 

 レフィーヤが口篭った。

 

「居るの?」

 

「い、るの?」

 

 そしてティオナとアイズが食い付いてくる。

 

「数えてないから詳しくは知らないが、千人規模にはなるんじゃないかな?」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 余りな言葉にフィンに恋する乙女以外の、何故だかウエイトレスのエルフまでが驚愕して戦慄を覚えた。

 

「むむ、どんな子だよぉ」

 

 ティオナはスキル実験の為とはいえ、その身体を許した関係からやはり其処は訊きたい処。

 

 それはデートをしていたエルフのウエイトレスとて同様なのか、気配を消して怖い顔で長い耳にて聞き耳を立てている。

 

「千人以上、全て言えと? 何日掛ける気だよ」

 

「んじゃ、何人か」

 

 絞れという。

 

「ハァ……僕の生家で居候をしている中にその何人かが居るよ」

 

「一緒に暮らしてたっていう事かな?」

 

「ああ。血筋的に同じになる柾木・阿重霞・樹雷」

 

「マサキ……」

 

 呟くアイズ。

 

 ユートが名乗るファミリーネームと同じ。

 

 敢えて言わなかったが、阿重霞はユートにとっては血脈的に大叔母だ。

 

 そして同じく大叔母。

 

「阿重霞の妹、柾木・砂沙美・樹雷」

 

「うぇ? 姉妹でって?」

 

 姉妹共々、『戴きます』的な間柄ともなれば姉を持つティオナが反応した。

 

 尚、ティオネはリアクションが無い。

 

 原典では色々とやらかしている阿重霞ではあるが、見た目は好みから外れていなかったし、大抵が魎呼との絡みによるものだった。

 

 取り敢えず、天地に想いを抱く前にユートは阿重霞を『戴きます』しており、美味しく喰っている。

 

 砂沙美は流石に生理年齢が低いので、高校生になるまでは直に接触は余りしていなかったが、それでも唇は割と早めに奪っていた。

 

 おませな砂沙美にはそれでも充分だったらしくて、天地よりもユートへと心を許していたもの。

 

「とはいえ、名前だけ聞かされてもよく解らないだろうからね」

 

 アイテムストレージから写真を取り出し、テーブルに滑らせる様に投げた。

 

 大きな集合写真であり、其処に写るのは柾木家全体で撮ったもの。

 

 真ん中に冴えない男性と頭に被り物をした美女。

 

 一番後ろには巨大な女性の姿が在り、すぐ前に黒髪と緑髪の女性が居てその間にユートが立っている。

 

 また、ユートの前に笑顔を浮かべる水色の髪の毛をツインテールにした少女、横には赤毛が蟹みたいな型の少女、さらに隣端に白っぽい青み掛かった長い髪の毛に長い耳の女性、そのすぐ前には短い翠髪の女性と黒髪の青年、主役っぽい冴えない男性の隣に銀髪を纏めた女性、更に隣に老人、銀髪女性の後ろには金髪でティオナみたいな茶褐色の肌の女性、その隣に内ハネした黒髪の女性。

 

「これは?」

 

 ティオネが興味を示す。

 

「写真。現風景を記録出来る物で撮影したものだよ」

 

「へぇ?」

 

「で、この子が阿重霞だ。んで……僕の前に居る子が砂沙美だね」

 

「小さくない?」

 

 阿重霞はティオナよりも歳上っぽいが、砂沙美だと明らかに子供である。

 

「可成り前の写真だしね。これ、父さんが玲亜さんと再婚した時に撮ったんだ」

 

 原典第三期、砂沙美の後ろにユートが居るだけで、後は原典と変わらない風景を思い浮かべると良い。

 

「因みに、この内ハネした髪の毛の人もそうだよ? 名前は柾木水穂」

 

「全員、マサキじゃん!」

 

「血筋的には親族だから」

 

 但し、水穂は母親の姉だから完全に三親等の伯母、少なくとも日本の法律では結ばれない相手だ。

 

 言わなかっただけだが、実は銀髪の女性もそういう関係である。

 

 柾木天女。

 

 地球なら老婆ともいえる年齢の女性であら、ユートと天地にとっては血の繋がった実姉だったり。

 

 阿重霞や砂沙美や水穂と仲好くしていて、自分だけ仲間外れなのが余程悔しかったのか、何よりも天地の婚約者として神木・ノイケ・樹雷を、更に何の因果かユートにも婚約者を連れて行かねばならない事から、フラストレーション大爆発してしまい、寝室に押し掛けて来たのが切っ掛け。

 

 ユートは基本的に裸で寝るから、押し掛けた天女の方が真っ赤になって停止、眠りを妨げられたユートが寝惚け眼で天女を抱いた。

 

 ん十年を独身だったらしい天女、翌朝になってみれば布団に赤い染みと裸体の天女の姿に、ヤっちまったと頭を抱えてしまう。

 

「それでこれが今の砂沙美だね」

 

 もう一枚を取り出して、それをテーブルに置く。

 

「っ!? 何、このスッゴい美人は!」

 

 津名魅と完全に融合した姿は、当然ながら砂沙美の未来の姿だっただけに今は津名魅と全く同じ顔形で、スタイルも可成り良い。

 

 そんな砂沙美の今現在を見て、ティオナは驚愕から叫んでしまったし、アイズもレフィーヤも目を見開いてしまう。

 

 二人とて、ティオナとかエルフのウエイトレスも、美人なのは変わらないのだろうが、砂沙美は一線を画するくらいの美女であり、まるでそれは……

 

「女神様みたい」

 

 アイズの言う通り完成度は正に女神。

 

 原典で初めて津名魅の姿が=未来の砂沙美だと知ってしまい、阿重霞と魎呼が大慌てしたのも無理からぬ超が付く美女に成長した。

 

 まあ、実母の美砂樹とて同じくらいの美人な訳で、正に母親の遺伝子万歳だ。

 

「そっちの三……四人とは違ってティオネは興味も無さそうだね」

 

「アンタの色恋沙汰なんて聞かされても……ねぇ」

 

 ティオネが愛しているのはロキ・ファミリアに於けるトップ、小人族フィン・ディムナ団長である。

 

「……その様子じゃ脈は全く無しかな?」

 

「当たり前……というか、アンタは千人規模で女を囲っていながら、まだ欲しいとか思ってるのかしら?」

 

「ヒトの欲望に際限なんて無いよ。何より僕は性欲が限り無いからね、何千人居ても全く足りないな」

 

「アンタって……けど納得はしたかな?」

 

「納得?」

 

「ティオナが言ってたわ、一晩で二〇発とか……」

 

 正確には二〇発以上。

 

 普通の男なら五回も出せば打ち止め、量だって限り無く少なくなるものだし、六回目なんて余程でもなければ不可能だ。

 

 寧ろ搾り尽くされ木乃伊となりかねない。

 

 それが四倍を越え二〇発以上とか、どんな冗談みたいな性欲かと。

 

「私の興味は寧ろあの鎧、いつの間にか脱いじゃってるけど、あの白亜の鎧には興味津々ね」

 

「流石はアマゾネスか」

 

 性欲関連を除けば戦力、正に彼女はアマゾネス。

 

 ティオナもアマゾネスの本能が目覚めたらしくて、戦闘に関してにのみならず性関係も興味津々。

 

 正しくこれがアマゾネスだと謂わんばかり。

 

「あの鎧は異世界で手に入れた特殊なアイテムだよ」

 

「アイテム?」

 

神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれ、それを宿せば神器毎に特殊な能力を手に入れられる」

 

「例えば?」

 

「【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】、聖なる波動を持つ様々な属性の剣を造り出す神器」

 

 結構レア物な神器だが、ユートも【禍の団】と闘っていた最中、敵から奪って手に入れている。

 

「【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】、様々な能力の魔獣を造り出せる先の【聖剣創造】と同じく創造系の神器」

 

 まだ少年のレオナルドから奪い取った神器であり、上位神滅具(ハイ・ロンギヌス)と呼んでいる。

 

「それに僕が使っていた、【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】だと、触れた相手に対して十秒毎に力を半減させる」

 

 千の力を持っていても、十秒で五百、二十秒で二百五十と激減させてしまう。

 

 他にも空間圧縮によってあらゆるモノを半分にしてみたり、反射で敵の攻撃を跳ね返したりも可能。

 

「あの白亜の鎧の名前が、ディバイン・ディバイディングって訳ね?」

 

「正確にはその禁手(バランスブレイカー)と呼ばれる現象、【白龍皇の鎧】が僕の纏っていた鎧だよ」

 

「ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル? 長い名前ね。それにバランスブレイカーって?」

 

「神器の裏技的なパワーアップ法。使い手が流れにすら逆らう某かに至る時に、神器が強大な力を発露するのが禁じ手――禁手と呼ばれる現象が起きるんだよ」

 

 そこら辺の何でも無い様な下級神器なら未だしも、神滅具クラスになると手が付けられない。

 

「じゃあ、あの鎧と同じ物は無いのか……在ったんなら買うのもアリだけど」

 

 ティオネの呟きに反応をしたのはアイズ。

 

「ふむ、アルビオン!」

 

 バッ!

 

 ユートがおもむろに立ち上がり叫んだかと思うと、背中に白い骨組みに青い光の翼が生えた。

 

「これが【白龍皇の光翼】の通常モード」

 

 但し、普段はブレイバックルを使って最初から禁手で運用をしている。

 

「ミアさんに睨まれても困るから、流石に禁手化とか出来ないけど……見ているから解るよね?」

 

「まあね」

 

 禁手化した【白龍皇の鎧】は戦闘で見せた。

 

 わざわざ食事処でやる様な事でもあるまい。

 

「取り敢えず、情報は教えたんだ。対価に酒くらいは奢って貰いたいね」

 

「それくらいなら構わないわよ。ウエイトレスさん、上等なお酒を頂戴」

 

「了解……」

 

 デートはしたが、モンスターが現れたから一仕事をした後、リューは此方に帰って来てウエイトレスとしての仕事に戻っていたが、ユートが女の子とワイワイしているのはちょっと納得がいかないらしい。

 

 とはいえ、今はウエイトレスなのだから仕事をするしかなかった。

 

「お待ちどう」

 

 ミア母さんから渡されたのは、この店でも最高級品の酒であった。

 

「ほら、私が御酌して上げるんだから喜びなさいな」

 

「そりゃ光栄だね」

 

 ティオネの御酌を受けられる男なぞ、通常であればフィンくらいだろうから。

 

 彼女は妹の絶壁と違い、中々のモノを持っている上に基本的には薄着、だから目の保養にはもってこい。

 

 美女だから余計にだ。

 

 ユートもティオネの想いがフィンに向いてないなら口説いたが、片思いらしいとはいえ好きな相手が居るなら仕方ないと考えた。

 

 まあ、胸はロキ並に無いけど妹のティオナとは閨を共にしてるし、それで構わないとも思っている。

 

「あんな鎧みたいなのって他には無いの?」

 

 ティオナが、御酌をしながら更に情報を得るべく話しかけてきた。

 

 酔えないが美女の御酌は心地好いし、ユートもお酒と御酌の分くらいは情報を開示しても良いかと考え、クイッとグラスを煽ってから口を開く。

 

 因みに、空になっているグラスにはティオネが再び酒で満たしていた。

 

「無い事はないな」

 

「へぇ? それもセイクリッド・ギアってやつ?」

 

「いや、此方は僕が造り出した魔導具(マジックアイテム)の類いだよ」

 

「なら私達にも扱えるという事よね?」

 

「この地の冒険者には余り勧めないけどな」

 

「あら、どうして?」

 

 再びグラスを煽りつつ、その答えを口にする。

 

「僕の考えでは弱い者が、強い相手に挑めばそれだけ基本アビリティが増える。増え易い傾向にある」

 

「……そうね」

 

「なら、強い力を与えてくれるアイテムに頼り過ぎてしまうと、経験値(エクセリア)の取得が遠ざかり、基本アビリティの伸びだって悪くならないか?」

 

「確かに有り得るわね」

 

 だからこそユートはベルのステイタス更新に待ったを掛け、ある程度は伸ばさない状態で強敵と戦わせ、一気に基本アビリティを伸ばす修業をさせていた。

 

 ユートの識らない原典、あれの基本アビリティより恐らく、今のベルは少しだけど高いのであろう。

 

 シルバーバックも割かし簡単に斃せたし。

 

「これ」

 

 そう言ってテーブルへと置いたのは、白銀に輝いた腕輪であった。

 

 但し、聖衣石ではない。

 

 腕輪のデザインや填まる宝石も異なる代物。

 

「僕が偶に造るモノだよ」

 

「これが?」

 

 ティオネが興味深い顔で見ているが、写真を観賞していた三人も魔導具に興味を持って見つめ始めた。

 

「元々はゴーレム召喚器の派生系アイテムだ」

 

「ゴーレムって、石人形のモンスター?」

 

「いや、モンスターとは違う代物だな」

 

 取り出したのはコイン。

 

「ヴァリス金貨じゃあないわね、これは」

 

「それがゴーレム召喚器。魔力を籠めて名前を呼べば自律稼働のゴーレムが召喚され、召喚者の命令に従って戦ってくれる」

 

 ゲシュペンストMk-III、ヴァイスリッター・アーベント、ソウルゲインを召喚が可能な召喚器のコイン。

 

 その気になったらウダイオスやバロールといった、高レベルな階層主とさえも戦える戦力となる。

 

「そしてこの腕輪はそんなゴーレムを着込むタイプ、鎧として扱えるモノだね」

 

「成程……」

 

 実は鎧だけを自律稼働するゴーレムとして召喚とかも可能であり、単純な戦力の増加にも使える物だ。

 

「この腕輪は最近になって造った物だな。召喚されるのは風の魔神シュロウガ」

 

「風?」

 

 エアリエルを扱うアイズがピクリと反応した。

 

 スーパーロボット大戦Zな世界で現れた漆黒の魔神――シュロウガ。

 

 闇堕ちしたサイバスターみたいな機体で、ユート的にはグッとくるデザインでもあったし、シュロウガを基に造った鎧である。

 

 他にもエルドランシリーズの鎧もあり、ユートは剣だけ槍だけで召喚して技を繰り出す事もあった。

 

 自律稼働ゴーレムとして召喚した機体と合体とか、そんな芸当も可能である。

 

「売るとしたら幾ら?」

 

「数打ちの量産型なら安いけど、シュロウガ級となれば可成り高値になるかな」

 

「そうでしょうね」

 

「一億ヴァリス。シュロウガの最低限の売値だよ」

 

「本当に安くはないわね」

 

 思わず呆れる値段。

 

 少なくとも個人で購入をするには色々と難しい。

 

 まあ、造ろうと思ったら再建が可能なものであり、そもそもこれ以上の高値では買えない事を鑑みれば、これが妥当な値段設定である筈と考えての事。

 

「どんな感じなのかしら」

 

「あ、それは私も気になるかな〜」

 

「コクコク」

 

「わ、私も……」

 

 ティオネに追従する形でティオナが言い、アイズは無言だが首を縦に振って、レフィーヤも遠慮がちながら軽く手を挙げた。

 

「けど、まさかこの店ん中で展開は出来ないぞ」

 

 間違いなくミア・グランドに叱られてしまう。

 

「じゃあ、食べたらちょっとダンジョンにでも行ってみましょうか」

 

「……ま、良いけど」

 

 他も特に異論は無いらしく首肯している。

 

「リュー?」

 

 何だか凄い勢いで睨まれている気がするのだけど、間違っているだろうか?

 

「くっ!」

 

 そして何だか悔しそう。

 

「どうしたんだ?」

 

「い、いえ……別に……」

 

「今日、休みだったんじゃなかったか? 何で戻ったら仕事をやってる?」

 

「先の騒ぎで祭も終了したからか、お客でごった返していたので自主的に」

 

「それは、また」

 

 御苦労様な話である。

 

「リュー、もう上がんな」

 

「え? ミア母さん?」

 

「アンタは今日、休みだったんだから。もう充分さ」

 

「けど……」

 

「気になるんだろ? そんな気もそぞろじゃあ邪魔にしかならないよ」

 

 口は悪いがリューを思っての科白、それが理解出来たからだろう……

 

「ありがとうございます」

 

 リューは頭を下げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 バベルからダンジョン内に入ったユート、リュー、アイズ、ティオナ、レフィーヤ、ティオネの六人。

 

 フィリア祭だったからか普段は冒険者でごった返す入口も、まばらな感じでしか居なかった。

 

「じゃあ、始めるか」

 

 ユートは腕輪を右手首に装着すると……

 

「来よ、漆黒の暴風っ! シュロウガ!」

 

 二つ名に相応しい黒い風が逆巻き、それがユートに重なって一秒……

 

「フッ!」

 

 正に漆黒と呼べる装甲を持つ魔神と成っていた。

 

「何ていうか……」

 

「禍々しい」

 

 ティオネとリューの感想は仕方がない。

 

 漆黒だし鋭角的な装甲にギラつく緋の眼、どう見ても悪者な姿でしかなかったのだから。

 

「まあ、殆んど敵対していた奴の愛機だからね」

 

 シュロウガを駆るのは、アサキム・ドーウィン。

 

 パイロットを喪っていたシュロウガが、嘗ての操者を思わせる形で再現したという存在で、殺される度に直前までの記憶をインストールされて投影される為、自らを不死身だと勘違いしていた哀しい人形。

 

 大罪なんてアサキム・ドーウィン本人には在りもしないし、還れる場所なんて存在していなかった。

 

「それじゃ、ゴブリンとか少し虐めてから解散しようかな?」

 

 その後、再湧出(リポップ)するまで第一層に於けるモンスターが、一時的に全滅したのは余談である。

 

 

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 ユートは悪っぽい禍々しいデザインが好みです。




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第33話:ユートが【反英雄】なのは間違っているだろうか

 1章より短いけどそろそろ2章も終わりかな?





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 ヘスティア&アテナ&ミアハ・ファミリア同盟の本拠地。

 

 本来は廃教会の地下に在る一室に過ぎなかったが、ユートによる魔改造というか魔改装で地下には広大な基地が広がっていた。

 

 しかも空間圧縮技術などもふんだんに使われているが故に、オラリオ迷宮都市の地表面積と同じレベルで拡がっており、たった二つのファミリアの基地に使うには広過ぎる。

 

 最大のファミリアであるロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアの本拠地、それすら遥かに凌駕するであろう広大さであった。

 

 そんな本拠地内の一室、其処はアテナ――サーシャの住まう部屋。

 

 サーシャの部屋には三人といおうか、一人と二柱が居てベッドに座っている。

 

 二柱は女神で一人は男、だからといって3Pとかをして楽しんでいる訳では決してなく、だけど男は服を脱いで上半身が裸だ。

 

 勿論、パンツは疎かズボンだって穿いている。

 

 男は背中を二柱に見せた状態でベッドの端に座り、女神の二柱はそんな男の後ろで背中を見ていた。

 

「やっと、やっと私のファミリアを発足出来る」

 

「じゃあ、始めようか? サーシャ」

 

「うん、お願いヘス」

 

 男の背中には焔を象った紋様や神聖文字が描かれ、それは意味を持ったモノとして成立していた。

 

「良いね、ユート君」

 

「ああ、ヘスティア。改宗……やってくれ」

 

 男――ユートの背中へと刻まれた【神の恩恵】を、主神たるヘスティアが一旦無効にして……

 

「よし、サーシャ。今度は君の番だよ」

 

 サーシャが再び有効化。

 

改宗(コンバージョン)……ユートをアテナ・ファミリアの眷属に」

 

 背中の神聖文字は変化をしないが、紋様が変わっていてそれが改宗をした証明となっていた。

 

 まあ、アッサリとしているものではある。

 

「じゃ早速、ステイタスの更新もしちゃおうね」

 

「はうう……」

 

「どうしたの、ヘス?」

 

「うん……結局ユート君のステイタスをボクは一回もしなかったなってさ」

 

「アハハ……」

 

 へちゃ顔なヘスティア、そんな彼女の言い分に苦笑いなサーシャ。

 

 そう……結局はユートのステイタスは更新されない侭で改宗が行われた。

 

 そもそも、随時の更新が不要なレベルでユートは強かったから。

 

 LV.は間違いなく1でしかないが、その実力自体は素の身体能力でLV.5に匹敵しており、更に戦闘の技術は千年以上仕込み。

 

 故に高がモンスター風情に後れは取らず、ステイタスの更新はしなかった。

 

 血を、神の血を流しつつ背中のステイタスから経験値を元に更新していく。

 

「ふあ!?」

 

「ウソ……」

 

 アテナとヘスティアが驚きに目を見開いた。

 

「どうしたんだサーシャ、ヘスティア?」

 

「「LV.2、キタァァァァァァァッ!」」

 

 絶叫する駄女神に対し、ユートは耳を塞いだ。

 

 

 

柾木優斗

種族:カンピオーネ

所属:アテナ・ファミリア

LV.1

力:SS1080

耐久:A820

器用:S962

俊敏:SS1090

魔力:SS1012

 

《魔法》

【精霊干渉】──精霊との交信で魔術を発生させる。詠唱は魔術により区々で、水火風地>雷氷光闇影樹となっている。

【黒魔術】──異世界に住まう魔の眷属の存在力へと干渉して力と成す。

【神威魔術】──この世界の神々との交流によって、存在力へと干渉をする事が可能。それを魔術に変換をする事が出来る。

 

《スキル》

情交飛躍(ラブ・ライブ)

・発現者が男の場合だと女性との情交を一回で基本アビリティに十前後上昇。

・同時に絶頂を迎えれば効果は倍増。

・絆が深まればボーナスがプラス。

権能発詔(イェヒー・オール)

・権能を扱う事が出来る。

聖剣附与(エクシード・チャージ)

・施術者の識る聖剣の機能を武器へと附与。

・武器でさえあるなら種類は問わない。

・附与時間は六十分で恒常附与の為には宝石を媒介とする。

 

 

 

「っていうか、何かなこの異常な数値は……」

 

「SSっていったい」

 

 サーシャ自身はファミリアを持った事は無いけど、ヘファイストスの所に居てその眷属がステイタス数値に一喜一憂しているのを見てきており、其処から類推する事も出来た。

 

 そもそも、基本アビリティの数値は評価Sの999がカンストなのに、千を越えている評価SSをユートは記録していた。

 

「ヘファから教えて貰っていたけど、どんなに頑張っても基本アビリティはSが最大だって話なのに……」

 

「うん。しかもベル君みたいなスキルも無いのに」

 

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)は早熟すると明記されているから、数値の上がりが早いのは理解も出来るのだが、ユートにそんなスキルは無い。

 

「兎に角、羊皮紙に共通語で写しておこうか」

 

 ステイタスをコピーした羊皮紙、それを渡すと手にしたユートが読み始める。

 

「へぇ、初めての更新だったけど僅か一ヶ月でこんな上がるもんか?」

 

「上がらないよ! っていうか、ボクの時と対応が違わないかい?」

 

「共通語は覚えたからね」

 

「はやっ!」

 

「今は神聖文字を習得中」

 

 意外と勤勉でヘスティアは吃驚だ。

 

「でも、有り得なくはないのかな?」

 

「サーシャ、それはいったいどういう事だい?」

 

「ユートはね、何回か転生をしているの。しかも記憶保持者だから魂の格も格段に上がってる。【神の恩恵】の正体は眷属の肉体を、徐々に神に等しいレベルに昇華させる補助具だよね? 魂の格が上がればそれだけ原始的な存在へと還る。成長も早まるんだよ」

 

「転生したから……か」

 

 その理屈はヘスティアも理解が出来る。

 

「さて、それじゃあランクアップもしちゃうね」

 

 再び神血を以てステイタスへと干渉した。

 

「(あれ? これは)」

 

 どうやら何かしらが埋まっていたから、サーシャはそれを引っ張り出す。

 

 それは化石の発掘をする作業にも似ていた。

 

 

 

柾木優斗

種族:カンピオーネ

所属:アテナ・ファミリア

職業:聖闘士

 

LV.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【精霊干渉】──精霊との交信で魔術を発生させる。詠唱は魔術により区々で、水火風地>雷氷光闇影樹となっている。

【黒魔術】──異世界に住まう魔の眷属の存在力へと干渉して力と成す。

【神威魔術】──この世界の神々との交流によって、存在力へと干渉をする事が可能。それを魔術に変換をする事が出来る。

 

《スキル》

情交飛躍(ラブ・ライブ)

・発現者が男の場合だと女性との情交を一回で基本アビリティに十前後上昇。

・同時に絶頂を迎えれば効果は倍増。

・絆が深まればボーナスがプラス。

権能発詔(イェヒー・オール)

・権能を扱う事が出来る。

聖剣附与(エクシード・チャージ)

・施術者の識る聖剣の機能を武器へと附与。

・武器でさえあるなら種類は問わない。

・附与時間は六十分で恒常附与の為には宝石を媒介とする。

女神聖闘士(アテナノセイント)

・早熟する

・聖闘士である限り効果は持続する

・アテナとの絆により効果向上し、経験値に無条件の加算が行われる

 

 サーシャは新しいスキルを見て真っ赤になる。

 

「わわ、私とのって……」

 

 言うなればユートはこの世界で唯一アテナの聖闘士であり、サーシャにとっては心の拠り所でもあった。

 

 そんなユートが自分との絆をと考えれば、まだまだ乙女なサーシャからすれば赤面しても仕方がない。

 

 まあ、天界で億年も在り続けて処女を拗らせている処女神なのだが……

 

 職業が聖闘士となったのもサーシャの影響か?

 

「えっと、それから発展アビリティが複数出てるんだけど、どれにする?」

 

「発展アビリティか……」

 

 他とは違って説明が無いのが難点だが、使われ続けたものは大概に効果が判明している。

 

「出てるのは……【狩人】と【耐異常】と【剣士】と【鍛冶】と【調合】と【神秘】って、多いね……それに【反英雄】?」

 

「【反英雄】? そんなのが出てるのか」

 

「うん、効果は判らない。ヘファん所で色々と勉強をしてたから、だいたいのは識っているんだけどね? 多分、これはレアだから」

 

「レアアビリティ……ね」

 

 SAO時代を思い出す。

 

 ユートもレアスキルとか騒がれたものだ。

 

 寧ろあれはレアスキルというより、ユニークスキルだった訳だが……

 

「だけど、何でユートに付いたのが【反英雄】だったのかな? 聖闘士となって人々を……地上の愛と平和をずっと護ってきたんだから【英雄】とかなら判るんだけどなぁ」

 

 ボヤくサーシャだけど、ユートには心当たりがあったから受け容れていた。

 

 ユートは悪党は嫌いだったけど、悪役は割と好きな方だったから。

 

 寧ろ、正義には反吐が出るとまで言わないのだが、余り好きにはなれない。

 

 だから他の聖闘士ならば『愛と正義を護る』と言うのを、『愛と平和を護る』と言っているくらいだ。

 

 何より、ナギからセカンド呼ばわりされても迷惑に感じていたユートなのに、マスターテリオンからなら受け容れた程だ。

 

 二代目マスターテリオンと名乗る事もある。

 

 英雄に退治される側として有名なのが反英雄。

 

 退治された事は無くともユートはやはり反英雄とも云えたし、この発展アビリティにも納得なのだ。

 

「で、どうする? 【狩人】ってLV.2に上がる時にしか出ないし」

 

「効果は?」

 

「一度でも戦ったモンスターの同種相手に、基本アビリティにボーナスが付く」

 

「在れば便利だろうけど、必要って程でもないな」

 

「【耐異常】とか?」

 

「もっと要らない。基本的に僕は異常耐性が強い」

 

 というか、毒なんて完全に無効化が出来るのに態々【耐異常】は必要無い。

 

「【調合】や【鍛冶】や【神秘】は?」

 

「サーシャ、【反英雄】で頼む。これも多分なんだが今回限りだろう。他ならばまた出るだろうけどね」

 

「うう、敢えて避けていたのに……」

 

 逆らう気も起きなかったのか、サーシャはちょっと辿々しい感じで発展アビリティを有効化した。

 

「へぇ……」

 

「どうしたんだい?」

 

 感心するユートに訊ねたのはヘスティア。

 

「いや、発展アビリティを有効化されたら途端に理解が出来た」

 

「「へ?」」

 

 恐らくカンピオーネとしての理解力だろう。

 

 自身の力を何と無くだが本能で理解する。

 

 カンピオーネとは多分に直感的な処が多々見受けられるし、サルバトーレ・ドニなど直感の申し子みたいな存在は『何と無く』で全てを解決してたくらいだ。

 

「【反英雄】は基本アビリティに数値化されない+αを与える。更に【英雄】と認められる敵と相対したら更に+α、相手が【反英雄】の場合は【英雄】だった場合の半分が+αされる。また、人類を脅かすモノを相手にしたら【英雄】の倍の数値を+αされるのと、こりゃ【狩人】と【耐異常】がセットになってるな」

 

「「どんなチート!?」」

 

 サーシャもヘスティアも効果に驚く。

 

「恐らく【英雄】の発展アビリティも在って、やっぱり【狩人】と【耐異常】がセットで、敵対者であった場合意外は反対のアビリティなんだろうね」

 

 だから【反英雄】。

 

「+αって?」

 

「評価で数値が変わるんだろうけど、仮に【英雄】に対して数値が五〇上がるとしたら、【反英雄】に対しては二五のプラスだろう。敵対者には一〇〇かな?」

 

 実際の数値は判らない、だけどユートのカンピオーネとしての直感が、正しくそう感じているのだ。

 

 まあ、別に【耐異常】は死にアビリティだろうが、【狩人】は使えなくもないからラッキーであろう。

 

 しかも、ユートは基本的に獲た能力を魂に刻み込むから、元の世界に還ったとしてサーシャが居なくなっても――連れ帰る気だが――恩恵は消えない。

 

 恐らくユートに慣らされて染み込み、完全に一体化してしまう筈である。

 

「にしても【反英雄】か、クックッ……神殺しの魔王にはお似合いだよね」

 

 転生の影響だろうか? 昔なら僅かでも神氣を感じれば身体が戦闘体勢を取っていたが、今はすぐ近くにサーシャやヘスティアが居ても問題が無いし、神々もユートに敵意を持たない。

 

「けど、ランクアップか。何でユート君がランクアップしたんだろうね?」

 

「さあ? ヘスが知らないなら私にはもっと判らないから……」

 

 二人の疑問。

 

「「何で?」」

 

 二人の質問。

 

 なんちゃらプリ――?

 

「遍ねく疑問に祝福を……じゃなく、多分だが五〇層まで階層主を殺しながら進んだのが偉業と見なされたんじゃないか?」

 

 数値は今回の更新で足りた訳だろうし。

 

「なっ!? 階層主を?」

 

 ヘスティアは驚愕して、おっぱいを揺らした。

 

「階層主とか云われても、『叩いて砕け』は死神百足より弱かったしな……」

 

 ザ・スカルリーパーの事を言っている。

 

「「叩いて砕け?」」

 

「知ってる娘が『叩いて砕けゴライアス』とか言ってゴーレムを創成するから、ゴライアスと聞くとどうもそっちを想像してさ」

 

 コロナ・ティミルは泣いても良い。

 

「じゃあ、僕は行くよ」

 

「あ、うん。怪物祭も終わった事だし、また暫く普通に冒険なのかな?」

 

「さて……ね」

 

 手をヒラヒラさせながらサーシャの部屋を辞する。

 

 少なくとも、ヘスティア・ファミリアの団長であるベルと一緒に動くとなれば流石に深層へ行けないし、だからといって最初みたくソロはちょっと退屈だ。

 

 果たしてどうするか? ソコはまだ決めていない。

 

「あ、ユート……」

 

「ナァーザか」

 

 ミアハ・ファミリアに於ける団長だ。

 

 何処と無く挙動不審なのはユートに対する苦手意識からか、けど逃げるで無し真っ直ぐ相対している。

 

 モンスター程のトラウマを植え付けて無いらしい。

 

 まあ、何度かダンジョンへ一緒に潜っている訳で、少しはナァーザも慣れてきたのだろう。

 

「そういえば、まだ武器を与えてなかったか」

 

「渡された弓だけで充分」

 

「上層ならな」

 

「? 中層をメインに?」

 

 今でも中層まで進出をしてはいるが、飽く迄も上層の序でレベルだ。

 

 それにユートが付いてのパーティだから。

 

 ユートとベルとヴェルフとリリとナァーザとラブレスという、六人のパーティで挑むダンジョンは割と上手く機能している。

 

 まあ、長めのブランクがあるLV2が一人、ユートを含む残り全員LV.1、ユートは素でならLV.5相当で、恩恵のお陰で実はLV.6にまで実力がある訳ではあるが、ユートが抜ければ間違いなく中層には早いパーティだろう。

 

 いざとなればユートが助けつつ、強いモンスターと戦わせて早期に基本アビリティを伸ばす方針だから、わざわざ中層まで降りての探索をしている。

 

「ナァーザの弓って普通のとボーガンと、どっちが好みになる?」

 

「どちらでも。リリルカがボーガンタイプだったし、私は通常タイプで良いかも知れない」

 

「そうか。シュトルムカイザーとか良いかもな」

 

 颶風弓か嵐皇帝(シュトルムカイザー)か、いずれにせよ通常の弓タイプの方がお好みらしい。

 

「そういえばまだ手を出さないけど、契約条項に載せていた筈……」

 

 眠たそうな瞳ながらも、ナァーザの頬は若干赤く染まっている。

 

「それはその内に愉しませて貰うよ。今は取り敢えず仕事に精を出してくれ」

 

「……ん」

 

「仕事と云えば【青の薬舖】はどうだ?」

 

「最近は順調……かも」

 

 客足がそれなりになっていたからだ。

 

「口コミ作戦は成功か」

 

「口コミ?」

 

「ああ、ピンチのパーティにポーションを使って宣伝をしているだろ?」

 

「あれの効果か……」

 

「後は何か目玉商品でも有ればもっと客足が伸びる……と思うんだがね」

 

「目玉商品……」

 

 一応、考えてはいる。

 

 デュアルポーション。

 

 それは謂わば、HP回復ポーションとMP回復マジックポーション、この効果を同時に顕せるポーションの事だった。

 

 まだ素材が足りないが、完成まで後少し。

 

「取り敢えず、これを置いてみるか?」

 

 見せたのは翠色の液体が入った試験管。

 

「これは?」

 

「スピードスター」

 

「スピードスター?」

 

 ユラユラと揺らしながら答えると、中身もユラユラと揺れる液体。

 

「飲むと俊敏の基本アビリティが一時的、凡そ数分間だけど倍加される薬だよ」

 

「――なっ!?」

 

 余りの効果に開いた口が塞がらない。

 

 他にも基本アビリティを一時的に上げる【スター】と名の付く薬は有るけど、取り敢えずは俊敏を上げる薬を出してみた。

 

 数分間のみの倍加とはいえ便利な薬だ。

 

「ちゃんとレシピさえ有れば君でも作れる」

 

 素材はこの世界で採取をした物ばかり。

 

「これを【青の薬舖】に置くの?」

 

「嫌ならそれでも構わないんだけど?」

 

「いえ、是非!」

 

 確かに使えるアイテム、置かない理由が無い。

 

 SAOに存在した結晶アイテムも幾つか作ったが、【青の薬舖】は薬屋さんだから置くのもどうかと思って出していない。

 

 ユートは、自重をしないと割かしとんでもない事を仕出かす。

 

「じゃあ、商品用の【スピードスター】とレシピ……後で部屋に持っていくよ」

 

「ん、待ってる」

 

 ナァーザと別れたユートは本拠地を離れ、ヘファイストス・ファミリアの方へと向かった。

 

 ファミリアの本拠地……其処には右目に黒い眼帯をした女神――ヘファイストス本神が立っている。

 

 恐らくはあの眼帯の下はアレなんだろうが、ユートからすれば美しい女神だという判断だ。

 

「待っていたのか」

 

「フフ、まあね」

 

 ヴェルフ・クロッゾにも用事があるが、ヘファイストスにも用はあった。

 

「これが注文の品だ」

 

 出したのは黒いインゴット――黒鍛鋼(ブラックメタル)である。

 

 それがトランクに詰められて五〇本、ヘファイストスからの注文だった。

 

「フフフ、確かに。これが代金よ」

 

 一本が五〇万ヴァリス、これが五〇本も詰まっているから、二五〇〇〇〇〇〇ヴァリスとなる。

 

 すぐに仕舞うユート。

 

 ウィンドウには、間違いなく二千五百万ヴァリスが加算されている。

 

「ヴェルフから聞いていたけど便利なものね」

 

 数えずとも仕舞えば幾ら増えたか表示されるから、確かに便利な能力だった。

 

「欲しいなら最低限の機能で百万ヴァリス。フルスペックで十億ヴァリスだよ」

 

「微妙に払えなくもない額……なのよね、ウチなら」

 

 最大手となる鍛冶ファミリアであり、それこそ何億もの武具を売っている。

 

 売り上げと製造コスト、鑑みればそれでも大金が動くファミリアだけに、十億ヴァリスなら支払えてしまうのがヘファイストス。

 

 当たり前だが本人が稼いだ個人のお金で……だ。

 

「でも、探索をしない私が持ってどうするって感じ。そういえばヴェルフ自身は持ってるのかしら?」

 

「持ってるよ。機能的にはアイテムストレージの中に二〇種類を九個ずつ格納が出来る一千万ヴァリスの」

 

「よく買えたわね」

 

 驚くヘファイストス。

 

「借金ですがね」

 

 すると背後から声が……

 

「ヴェルフ! 借金って、貴方……一千万ヴァリスも借金をしたの?」

 

「ええ、お陰で暫くはベル達の防具を無料提供です」

 

 言いながら空中に顕れたコンソールを操作、アイテムストレージから箱を出してユートに差し出す。

 

「注文されてたベルとラブレスの防具だ」

 

 ユートが二つの箱の蓋を開け、中身を確認して頷きながら再び蓋を閉める。

 

「確かに受け取ったよ」

 

 良い出来。

 

 間違いなく数万ヴァリスの価値がある。

 

 ラブレスもレオタード姿であり、防具らしい防具は身に付けていなかったからベルの新しい防具を頼んだ際に、ラブレスの防具も頼んでおいたのだ。

 

「本当に便利ね」

 

 ヴェルフがアイテムストレージを使ったのを見て、『ほう……』とヘファイストスが感心をする。

 

 二〇種類を九個ずつとはまた微妙な数字だろうが、それでも探索の役には立っているのだから、後は借金を支払い終えてお金を貯めて機能を拡張するのみ。

 

 分割払いに近い形だし、どうしても最終的には一億ヴァリスよりも高くはなるだろうが、それでも本当に役立つ〝魔法〟であった。

 

 ヴェルフが持つ魔法……ちょっと癖のあるものではあるが、一応はベルとは違って魔法が発現している。

 

 魔力の暴発たる【イグニス・ファトゥス】を引き起こす魔法で、ユートもそれ――【ウィル・オ・ウィスプ】であった。

 

 ヘルハウンドの吐き出す炎すら暴発可能。

 

 因みに、【体感学習(ラーニング)】を持つラブレスはヘルハウンドの炎を受けて、何ときっちり覚えてしまったとか。

 

 炎を吐き出すラブレス、それはシュールな光景。

 

 ユートも【火遁・業火滅却】とか、炎を吐き出す術を扱えるのだけど。

 

 用事を済ませたユート、次の目的地へと向かった。

 

 

.

 



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第34話:ランクアップの報告は間違っているだろうか

.

 ゴブニュ・ファミリアでもヘファイストス・ファミリアの時と同じく、黒鍛鋼を五〇本ばかり卸してきて再びオラリオの都市を巡るユートは、イシュタル・ファミリアが経営する娼館で春姫を抱き、色々と不穏なこのファミリアの情報を集めてみたりした。

 

 どうもイシュタル主導で春姫にマイナス要素しかない事が企まれて、その事がアーシアを思い起こす程の不愉快さがある。

 

 いずれはアクションを入れる事になりそうだ。

 

 そして、ユートは天を衝く白亜の塔――バベルへと足を向ける。

 

 一方、バベルでは一足先にベル・クラネルが担当官のエイナ・チュールの元へ訪れていた。

 

 ハーフながらエルフという種族の美しさを醸し出すエイナは、担当官としては厳しいながらも人気は高いから、ベルもそれなりには幸運だったのだろう。

 

 まあ尤も、エイナから見たベルは弟分でしかなく、ベルはベルで姉貴分くらいの認識だ。

 

「ベル君、もう一度言って貰えるかな?」

 

「え? はい。僕、あの人から第一二層までならソロ活動の許可を得まして」

 

「一二層? いったい何を考えてるの! ベル君……君は冒険者になってどのくらい経つ?」

 

「へ? 半月が過ぎました……かね」

 

「そう、まだ一ヶ月も経っていないんだよ? それがソロで一二層とか、有り得ないでしょうが!」

 

 厳しい事を言うエイナ、然しながらせめて担当した冒険者には長生きして欲しいという思いが強く出て、何よりまるで頼り無い弟分なベルは、冒険者になってからこっち全く言う事を聞いてくれない。

 

「前々から言ってるよね、『冒険者は冒険しちゃいけない』って! 理解してくれてるのかな!?」

 

「そ、それは勿論!」

 

「じゃあ何で?」

 

「だから予め師匠でもある先輩、ユートさんから許可を貰ったんですよ」

 

「ユート君からね。ベル君が嘘を吐くとは思わない、だけど何を根拠に?」

 

「ステイタスが殊の他上がりまして、中には可成りのアップをしていたものまで在ったんです」

 

「あのね、ベル君。ステイタスってのはそんな簡単には上がらないのよ?」

 

 そんなポンポンと上がるなら、世の冒険者は苦労などしやしないだろう。

 

 命懸けで戦って経験値を取得し、それで漸く数値が上昇していくのである。

 

 まだベルは知らないが、ユートのランクアップにしても、自身の持つもの全てを使ってでも闘う姿勢が、良質な経験値となって数値を上げて、数回に亘っての階層主との戦闘経験による偉業達成が理由だ。

 

 そしてベルはユートとの修業、そしてランクや数値に見合わない階層での戦いに加え、【憧憬一途】というスキルの――早熟するの一文から窺える成長速度、それらが綯い交ぜとなってユートがソロで上層全てを廻る許可を与える程度に、数値的な成長をしていた。

 

「……本当は良くない事だと解ってはいるんだけど、ベル君のステイタスを見せて貰えるかしら? ああ、勿論だけどスキルとかまでは見ないわ」

 

「判りました」

 

 口先だけで語っても信じては貰えないであろうし、実際にシルバーバック戦後に行った更新で得た数値を見せた方が確かに早い。

 

 エイナの事は信用しているし、きっと問題は無いだろうとステイタスを見せる事を了承した。

 

 別室に移って服を脱いだベルは、エイナへと自分の背中を向ける。

 

 神聖文字(ヒエログリフ)を読めるエイナは、まじまじとベルの基本アビリティを見て驚愕してしまった。

 

「う、嘘……何なのこの伸び方は?」

 

 実際に数値化されたのを見てしまっては、エイナとて認めざるを得ない。

 

 

 

ベル・クラネル

所属:ヘスティア・ファミリア

種族:ヒューマン

職業:冒険者

 

LV.1

力:A872

耐久:C638

器用:B771

俊敏:S924

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続・懸想の丈により効果向上

 

 

 

 エイナが見たのは飽く迄も基本アビリティのみで、他は全く見ていない。

 

 だが然し、その基本アビリティの数値が一ヶ月足らずの冒険者生活としては、決して有り得ない数値を弾き出していた。

 

「力がA評価、俊敏に至ってはSゥ!?」

 

 極めて低い数値の時に、ベルは中層で死に掛けながらも奮闘、それが今の高い数値を出している。

 

 当たり前だがユート達が居なければ死んでいた。

 

 死が日常茶飯事なベル、そんなダンジョン生活では温い事は出来ない、更にはスキル補正まで付いていては上がらずを得まい。

 

 余りにも余りな事に驚愕して、エイナは茫然自失でベルの背中に書かれていた神聖文字を眺めている。

 

 この数値なら後は何かしら偉業さえ達成をしたら、ランクアップする事も夢ではないだろう。

 

「確かにこの数値なら……認めざるを得ないかも」

 

 それに最近になってベルが纏う鎧、あれは中々に良い代物である。

 

 少なくとも、今まで使っていた胸だけを申し訳程度に覆う安物とは大違い。

 

 ユートは気付かないが、何気に原作のデートイベントが潰れた瞬間だった。

 

 本来ならこのイベントが起きたなら、ベルの防御に不安があったエイナが新しい防具を捜そうと、デートに誘う筈であったが……

 

 今のベルの防具は所謂、兎鎧改(ピョンキチ・マジ)という銘で、ヴェルフ・クロッゾが売りに出していた鎧を改良した物で、非常に防御能力が高くなっている上層では一線級の代物。

 

 パーティに加わった際、ヴェルフはメンバーに合った防具を贈ったのだ。

 

 ユートは必要が無かったから辞退したけど。

 

 というか、ヴェルフによる武器防具の命名が余りにもアレだったから。

 

 ピョンキチ・マジかマジキチかで迷われても困る。

 

 それは兎も角、エイナは上層に置けるベルの防具に不安が無く、だからデートも誘わなかった訳だ。

 

「仕方がない。本当にソロは上層だけだよ? 中層にはまだソロで行かないと、私に約束をして」

 

「判りました! っていうか基本的にパーティで進みますから大丈夫です」

 

「パーティか。そういえばパーティを組んでたわね。確か、ヘファイストス・ファミリアのヴェルフ・クロッゾ氏。アテナ・ファミリアのラブレス・ソーディアン氏。アテナ・ファミリアのリリルカ・アーデ氏に、ミアハ・ファミリアからはナァーザ・エリスイス氏。それにユート君……もか」

 

 エイナも知っていた。

 

 ユートがランクとかとは無関係に強いのは。

 

 まあ、ユートは少し弱らせたりダンジョンに於ける【モンスターハウス】――【怪物の宴】が起きた場合の潰し役ばかりだ。

 

 後は必要に応じて戦闘補助呪文を掛ける。

 

 まだナァーザ以外は中層進出が早いLV.1だし、【全員に攻撃力防御力速度が倍加される合体呪文】を使ったりもしていたり。

 

 そして、ラブレスはそれすらラーニングしていた。

 

「取り敢えず、無茶だけはしないでね?」

 

「はい、エイナさん!」

 

 エイナはベルを心配しているが、それでも担当官としてやるべき仕事はする。

 

 コンコン。

 

 話が一通り終わった頃、扉を叩く音が響く。

 

「どなた?」

 

「あ、エイナ。私」

 

「ミィシャ?」

 

 ミドルショートな桃髪、ミィシャ・フロット。

 

 エイナと同じくカウンターを任される女の子だ。

 

「どうしたの?」

 

「エイナにお客様まだよ、ユート君」

 

「え? 判ったわ」

 

 どうやら一仕事が終わったらまた仕事らしいけど、エイナは無意識に髪の毛を手櫛で鋤いて扉を開けた。

 

「ユート君、今日は何か用があったかしら?」

 

「まあね。ん? ベル」

 

「え、あ! いえ、違うの! ベル君にはダンジョンの事で話をしてて!」

 

「そりゃ、担当なんだから当然だけど……何を慌てているんだ?」

 

「っ! べ、別に……」

 

 ユートに指摘されてしまったエイナは、仄かに赤い頬でそっぽを向いた。

 

「僕の今のステイタスなら一二層くらいまではソロで行けそうで、エイナさんに相談をして貰ったんです」

 

「その話か。許可は?」

 

「無茶はしないように言われましたが、取り敢えずは許可を貰えましたよ」

 

「そうか。まあ、基本的にはラブレスやヴェルフ達と潜るんだけどな」

 

「アハハ、そうですね」

 

 とはいえ、パーティメンバーの都合がつかない場合もあるし、予め相談をしておくのも必要な事だ。

 

「で、ユート君の用は?」

 

「正式にアテナ・ファミリアに改宗したから、ギルドに報告しに来たんだよ」

 

「ああ、以前に話していた事よね。改宗したんだ」

 

「ああ、それに伴って僕がアテナ・ファミリアの団長に就任。ヘスティア・ファミリアはベルが団長って事になるかな」

 

「うぇ? 僕がですか?」

 

「そう。まあ、今はミッテが居るだけで実働部隊にはベルしか居ないけどな」

 

 ミッテルトが居なければベルしか存在しない。

 

 そもそも、三つのファミリアを合わせて十人足らずな同盟、団員が居ないなら団長になるしかなかった。

 

「それと、ランクアップをしたからその報告もね」

 

「「へ?」」

 

 エイナだけでなくベルも驚き、ちょっと間抜けな声で返してしまう。

 

「「ラ、ランクアップゥゥゥゥッ!?」」

 

 図らずも同時に絶叫を上げる二人。

 

「え、だって! ユート君が冒険者になったのって確か一ヶ月半くらい前で!」

 

「ん? 早いのか?」

 

「早いなんてものじゃないよ! 今までで最速記録はロキ・ファミリアに於けるアイズ・ヴァレンシュタイン氏の一年だよ? 彼女でさえ一年も掛けたのに!」

 

「ほう、なら随分と早かった訳だね。アイズが記録の元保持者……か」

 

 だが、今のアイズは伸び悩んでいるみたいだ。

 

 LV.5となって三年、基本アビリティが深層での暴れっ振りでも二〇か其処らの上昇でしかない。

 

 こうなるとアイズが更に強くなりたいのであれば、器の昇華――即ちLV.6へのランクアップをする、若しくはユートに抱かれて基本アビリティを伸ばす。

 

 まあ、お勧めはランクアップであろう。

 

 器自体が昇華されれば、単純な基本アビリティによる伸びより遥かに強い。

 

 力を九九九にまで伸ばすより、ランクアップをしてしまった方が実質伸びている事になるからだ。

 

 まあ、ギリギリまで基本アビリティを伸ばしてからランクアップした方が良いのだろうが、伸び悩むならランクアップした方が早いという訳だった。

 

「発展アビリティは多分、未だに出てないレアモノ。【反英雄】を選んだ」

 

「「【反英雄】?」」

 

「効果は……」

 

 その効果を説明すると、ベルは複雑な表情ながらも瞳が輝き、エイナはちょっと考え込んでしまう。

 

「複合アビリティ。確かにレアだわ、ギルド職員になってから今までに聞いた事すら無いもの……」

 

 アビリティに二つ以上の効果を持つものなどとは、寡聞にして聞いた事が無かったが故に驚愕する。

 

 普通は【狩人】であれば『交戦経験のあるモンスターに対して基本アビリティに補正』とか、【耐異常】なら『状態異常に対する耐性アップ』など一つの効果があるのみ。

 

 それだけに、レアな発展アビリティだと云える。

 

「ユート君」

 

「うん?」

 

「ベル君にも言うんだけど……この発展アビリティに関しては基本、秘匿していく方向でお願いするわ」

 

 真剣な顔で言うエイナ。

 

 そんな顔も可愛らしいとは思うが、茶化す雰囲気では無さそうなので黙る。

 

「それは他の冒険者からのやっかみか?」

 

「……まあ、無いとは言わないんだけどね。一番厄介なのは神々よ」

 

「――へ?」

 

 いまいちよく解らないのかベルが首を傾げた。

 

 神々と言われてユートも『はて?』と疑問に思うのだが、すぐにその理由へと辿り着いてしまう。

 

「成程、神々は天界が退屈だから地上に降りてきた。神々にとって地上の出来事は謂わば娯楽劇でもあり、其処にはスパイスが入ると嬉しい訳だ。つまりレアとかユニークとか、そういった某かが出てくれば愉しくて仕方がない。ファミリアを持つ神なら欲しくもなるという事だね」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

 純朴なベル・クラネルには理解が追い付かないが、如何せんユートはネットワークゲーム、MMORPGをそれなりにプレイしてきた身なれば、そういう現象には心当たりがあった。

 

 SAOやALOやGGOといったVRMMORPGもプレイしたし、その中でレアやユニークなど手に入れたプレイヤーの対応とは基本的に二種類、自慢するか秘匿をするかである。

 

 例えば、SAOに於いてキリトは【二刀流】というユニークスキルを、ギリギリまで秘匿していた。

 

 理由は悪目立ちする為。

 

『スキルの出し方は?』

 

『何でお前が!』

 

 そういった煩わしさから逃れる為に……だ。

 

 だからこそユートも最初は冒険者のやっかみを例に挙げたのだし、すぐに神々の暴挙にも気付けた。

 

 因みに、ユートもユニークスキルは少し早めに――本来は九〇層以降でないと手に入らないが、二刀流と神聖剣とユートが手にしたのは別――取得をしたが、何と無く取得理由が判っていたから公開してみたら、誰も乗らなかったり。

 

 ソロで二五層以上は上のボスモンスターを屠る事。

 

 出来る訳がないから。

 

 それは即ち、クォーターポイントのボスに一人で挑めという事である。

 

 ユートはとある場所にてそれを成し遂げた。

 

 そしてそのユニークスキルは第七五層で大いに活躍をしてくれて、ユートの識らない原典に比べて死者が一桁と少なく済んだ。

 

「神様達がそんな?」

 

「今のベルはヘスティアやサーシャやミアハという、善良な神としか付き合いが無いからね。だけど覚えておくと良い、神々は基本的に享楽的なモノが多いし、人間を玩具扱いモノ扱いな連中だって居る」

 

 エイナがウンウンと瞑目しながら首肯する。

 

 中には路傍の石扱いとかだってあるのだから。

 

「そ、そうなんですか?」

 

 事実、ヘスティアがベルのスキルを隠しているのもレアスキルだからだ。

 

 知られればベルは間違いなく弄ばれる。

 

「それで、もう一つ……」

 

「もう一つ?」

 

「うん。決まりでね、次のLV.にランクアップした冒険者に、その道程を訊く事になってるんだ」

 

「道程を……何故?」

 

「他の冒険者に勧めて早くランクアップ出来る様に」

 

「……エイナって、誰かしら抹殺したいLV.1とか居るのか?」

 

「「えええっ!?」」

 

 目を見開いて訊ねてくるユートに、エイナもベルも寧ろ吃驚してしまう。

 

「ま、抹殺って何!?」

 

「いや、だって……な? セクハラされたとか」

 

「されてないし、別に抹殺なんて考えてません!」

 

 目を逸らすユート。

 

「何で目を逸らすのかな? 本当だからね!」

 

 若干、焦っている感じで慌てて言う。

 

「まあ、話せと言うのなら話すのは吝かじゃないよ」

 

「そ、そう? ならお願いするわ」

 

 ユートは語る。

 

 自分が一ヶ月と半くらい前から、ダンジョンに潜ったその道程を。

 

「先ず、恩恵と肉体の擦り合わせに第一層でゴブリンやコボルトを叩いた」

 

「ふんふん……」

 

 比較的に普通だ。

 

「取り敢えず大丈夫だったから、さっさとダンジョンを降りて第七層。キラーアントを数匹ばかり半殺しにしてやった」

 

「ふんふん……うん?」

 

 行き成り怪しくなった。

 

「半殺しになったキラーアントが放つフェロモンに惹かれて、続々と現れた仲間を次々に剣と魔法を駆使して屠ったけど、余りに退屈な作業になったから一二層まで降りた」

 

「――は?」

 

 エイナは目を点にする。

 

「インファント・ドラゴンとかオークとか叩いていったけど、どれも大した事が無かったから中層に降りて戦ったな」

 

「ええっと……」

 

 表情がおかしくなっているエイナ。

 

「ヘルハウンドも火を吐くくらいしか能が無かった、ミノタウロスも馬鹿力しか無いし、一気に一七層最奥の【嘆きの大壁】まで進んで迷宮の孤王ゴライアスを打ちのめした」

 

「……」

 

 絶句。

 

「一八層のリヴィラの街のある森で一泊して、さっさと一九層に降りた後は取り敢えず出てくるモンスターを斃しながら、ウダイオスやバロールとか迷宮の孤王も屠って、深層五一層では強竜(カドモス)を斃した。しかも何でも溶かす体液を吐く新種とかも」

 

「つまり、ソロで深層まで降りた……と?」

 

「そうだね」

 

 エイナの確認にユートがあっけらかんと答えると、ぷるぷると肩を震わせて顔を俯かせ……

 

「ぼ……」

 

「ぼ?」

 

「冒険者は冒険をしちゃ、いけませぇぇぇんっっ!」

 

 大爆発をして絶叫をしたのだと云う。

 

「いや、冒険者は冒険するのが仕事だろう。冒険しない冒険者は単なるニートでしかないぞ?」

 

「ニートって何?」

 

 どうもこの世界にこの手の言葉はまだ無いらしい。

 

「サーシャやヘスティアは普通に使っていたんだが」

 

「ああ、神語なんだ」

 

「神語って……」

 

 色々と認識に隔たりがありそうだった。

 

「だいたい、冒険しなきゃランクアップなんて出来やしないぞ。偉業を成すってそういう事なんだからな」

 

「だけど、死んじゃったらそれまでなのよ!?」

 

「そうだね。死ねば終わりなのが冒険だからさ」

 

 ハイリスクだがハイリターンでもある。

 

 危険を避けてはLV.も上がり難いのだし、思い切って冒険をするのもアリだとユートは考えていた。

 

 勿論、死ねば終わりであるからには軽々しく勧める心算もないのだが……

 

「兎に角……エイナが言いたい事もまぁ判るんだが、いざという時に冒険が出来る冒険者が、真に冒険者とよべるんじゃないかな?」

 

「……」

 

 それでもエイナは冒険者が冒険をして帰って来ないのは嫌だから……

 

「私は言い続けますから。冒険者は冒険しちゃいけないんです!」

 

「それはそれで良いのさ。忠告に従って安全に動く、それもまた選択肢だから」

 

 手をヒラヒラと動かし、ユートはギルドを出た。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ゴブニュ・ファミリアへアイズ・ヴァレンシュタインは訪れ、借りていた剣を主神ゴブニュへと見せる。

 

「よもや、たったの数日で使い潰してしまうとはな。お前にしろ誰にしろロキ・ファミリアの面子は本当に鍛冶屋泣かせだな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 そう、アイズは借りていたレイピアを折ってしまっていたのだ。

 

 原典でも折っていたが、その時はあの花を斬ろうとしての事、だがこの世界線では大量のモンスターを、数十と斬っていたら限界がきたのかポキッと逝った。

 

「そ、それで……あの……弁償代金は?」

 

「これ、安くはないのだぞ……締めて四千万ヴァリスといった処か」

 

 ガンッ!

 

 四〇〇〇〇〇〇〇という数字が、まるで物理的衝撃を持つかの如くアイズの頭を直撃してくれる。

 

 今のアイズには自身の剣――デスペレートの修理費だけでカツカツだった。

 

 こうなると強くなるならない以前に、お金を稼ぐ為にもダンジョンへ潜る必要があるであろう。

 

 一応、御得意様でもあるアイズは弁償代金を稼ぐまで待って貰えるが、こうなれば早急に稼がねばならないから、明日か遅くなっても明後日にはダンジョンに潜ろうと決心した。

 

 新たな何かが起きる事も知らないで……

 

 

.




 今章、前章の半分程度で終わってしまった……




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第3章:剣姫
第35話:フィルヴィス・シャリアとの出会いは間違っているだろうか


 明けましておめでとうございます。

 新年最初の更新。




.

 黒いフードを被る者――声質からして男だろうか? ユートが歩いていると話し掛けて来た。

 

「やあ、暫く振りだ」

 

「確かフェズル?」

 

「惜しい、フェルズだ」

 

 意外にもノリが良い。

 

「で、話し掛けて来たって事は何か用事?」

 

「また幾つか極彩色の魔石を手に入れたろう?」

 

「ああ、あれね」

 

「コチラで引き取ろう」

 

 例の花のモンスターから手に入れた魔石だったが、フェルズからはギルドだけでなく基本的には売らない様に言われており、高値で買ってくれるからユートも敢えて言う通りにした。

 

「まだ大して手に入ってはいないが……まあ、小遣い程度にはなるか」

 

 幾つかの魔石を取り出してフェルズに渡すと……

 

「これだとこんなもんか」

 

 フェルズがヴァリスの入った袋を出してきた。

 

「多少の色は付けている。だから次に手に入れた場合も私に渡して欲しい」

 

「了解」

 

 持ちつ持たれつだ。

 

 食人花(ヴィオラス)というモンスターの魔石。

 

 ユートにとってちょっと高めな売りアイテム。

 

「話は終わりか?」

 

「否、もう一つあるんだ。冒険者依頼(クエスト)を君に頼みたくてね」

 

「へぇ、どんな?」

 

「ダンジョンの三〇層まで行き、とあるモノを回収して貰いたい」

 

「三〇層? 構わないが、どんな代物だ?」

 

「このくらいの玉状のモノであり、中に胎児が入っているみたいなモノだな」

 

「そりゃ、一風変わっているモノだね。手に入れたら持って来てアンタに渡せば良いのか?」

 

「否、一八層に運び屋を用立てるから渡してくれれば冒険者依頼はクリアされたと見なす。合言葉を設定しているから、ある場所まで行って合言葉を言い反応した者に渡して欲しい」

 

「了解した。報酬は?」

 

「戻ってくれば報酬の保管場所と、それを手に入れる鍵を君に渡そう」

 

「……ふむ、まあ良いか。すぐに行った方が良い?」

 

「出来るだけ早く頼む」

 

「判った。なら、サーシャ……アテナに手紙を渡して貰えないか? 今から行くなら彼女に言付けはしておかないと……ね」

 

「その程度なら承ろう」

 

 ユートはサラサラと……〝日本語〟で書いて渡す。

 

 サーシャは日本語の読み書きが出来るらしいから。

 

「ああ、そうだ。異端者(ゼノス)のリドってリザードマンに会ったんだが」

 

「聞いているよ。どうやら君はモンスターに隔意を持たないみたいだ」

 

「直に何かされた訳じゃあ無いからね。同種のモンスターは殺しまくったけど、【リド】という個体からは何もされていない」

 

「成程、興味深い。いつか彼らについて話す時がくるやも知れないな」

 

「楽しみにしていよう」

 

 手をヒラヒラさせて踵を返すと、ユートはダンジョンへと向けて歩き出す。

 

 この事により、原典では無惨な死に様を晒す羽目に陥ったとある第二級冒険者だが、彼はこの世界線では生き延びる事となった。

 

 少なくとも、この時点ではの話ではあるが……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「待って欲しい」

 

「ん?」

 

 ユートがバベルでとある事をした後に少しブラついていると、背後から女性らしき高めな声を掛けられ、付けられていたのは承知していたからか振り返る。

 

 とても整っている美しい容姿だ。

 

 白い肌は恐らく種族的なものだろうし、長い耳からしてエルフだと判った。

 

 ユートが出逢ったエルフだと、非常に珍しい黒髪を背中にまで伸ばしたロングヘアーで緋色の瞳、頭に着けた水色のあれは額冠などの類いだろうか?

 

 全体的に白いヒラヒラな服装、ケープや上着は水色で縁取られていて清潔感が漂ってくる。

 

 腰に佩くのは細剣……というか短めな辺りバゼラートっぽい。

 

 頬を仄かに朱に染めているのは……ユートがエルフを惹き付けるからか。

 

「初めまして……だよな」

 

「はい。私は貴方を知っていますが、話すのは初めてに相違ありません」

 

 凛とした涼やかな声質、クールビューティーといった処だろうか?

 

「成程、何処で知った?」

 

「先日……貴方が食人花のモンスターを屠った処を」

 

「ああ、フィリア祭か」

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)……通称フィリア祭と呼ばれるガネーシャ・ファミリア主催の祭。

 

 あの時にどうやら視ていたらしい。

 

「名乗らせて貰おう。私はディオニュソス・ファミリアが団長、フィルヴィス・シャリアという」

 

 ΔΙΟΝΥΣΟΣ(ディオニュソス)……ギリシア神話に於ける若きゼウスを意味する名前、ヘスティアに代わりオリンポス一二神にも数えられる。

 

 葡萄酒を伝えた酒の神でもあり、ローマ神話に於けるバッカスと同一視をされたりもした。

 

 嘗ての世界では特に関わり合いにならなかったが、この世界では会ったりするのかも知れない。

 

「それで、用事なのだが」

 

「うん?」

 

「貴方は、あの食人花を斃した後に魔石を手に入れただろうか?」

 

「手に入れたけど?」

 

「出来るなら一つ譲って貰いたい」

 

「魔石を?」

 

 フィルヴィス・シャリアは首肯する。

 

「一〇万ヴァリスでなら」

 

「じゅっ? 高過ぎる!」

 

「とはいってもな。少なくともそれくらいで買ってくれる奴も居てね」

 

「っ!?」

 

「一応、一つだけ残してあるのを渡すのは構わない。だけど同じ値段を付けるのは当然だろ? 一〇万以下で渡すよりソイツに一〇万で渡した方が良いし」

 

「そ、それは……」

 

 一〇万ヴァリスともなればそこそこの大金であり、そんな額を持ち歩いたりは普通しない。

 

 況してや、中堅層ファミリアでは割と大金なのだ。

 

「じゃあ、デートしよう」

 

「――は?」

 

 ぽかんとなり開いた口が塞がらないフィルヴィス、意味が解らないのだろう。

 

「金は良いからその代わりにデートをしようって話。美女とのデートなら、多少のあれこれは問題にならないからね」

 

「わ、私には触れない方が良いと思う」

 

 苦々しい表情で言う。

 

「触れるなではなく?」

 

「……私は死神に憑かれているからな」

 

「死神……ねぇ。どれ?」

 

「なっ!? 触れない方が良いと言っただろう!」

 

 ユートがおもむろに髪の毛へと触れると、驚いた様に飛び退き頭を押さえる。

 

 顔が最初より紅くなり、嫌がっているというよりは自らを危険視した行動で、成程とユートはフィルヴィスを見遣った。

 

「エルフ特有の特定の者にしか触れさせない……とかじゃなく、自分が死神に憑かれているから離れたか」

 

「わ、解ったら二度と触れないでくれ!」

 

「そうか……」

 

 何処か寂しそうな瞳。

 

「だが断る!」

 

「何故に!?」

 

 あっさり『そうか』などと言いながら、行き成りの『断る!』という科白には驚愕を隠し得ない。

 

 しかも不意なその科白、寧ろ断られた瞬間に薄くだが笑みを浮かべた自覚と、高鳴る心音に戸惑う。

 

 ユートから感じられている懐かしい故郷の森の如く雰囲気、フィルヴィスとしては声を掛ける前から少し自分らしくもない高揚感があったけど、『触れるな』と言った瞬間に寂しいとさえ感じたもの。

 

 だからだろう、断られてきっと嬉しかったのだ。

 

 つまりはまた触れてくれるという事だから。

 

 だけど頭を振る。

 

 エルフとしての本能的にはユートを求めながらも、理性ととある存在しか自分を受け止められないという気持ちが、本能と鬩ぎ合っていて動きが止まった。

 

「濡羽色の綺麗な髪の毛、ルビーの様な輝きの緋色の瞳に誰にも踏まれた事のない初雪の様な肌、触れられないなんて男として我慢がならないな」

 

 スラスラと歯の浮きそうな科白を紡ぐユート。

 

「わ、私は神会(デナトゥス)で神々に与えられるだろう二つ名とは別に、冒険者の間で『死妖精(バンシー)』などと呼ばれて忌避をされているんだぞ!」

 

「バンシー?」

 

「そうだ! 私とパーティを組めば私以外が必ず死ぬ事から、そう呼ばれる様になってから久しい。今や、ディオニュソス・ファミリアの団長でありながらも、ファミリア内ですら孤立をしているくらいだ!」

 

 主神たるディオニュソス以外、彼女とは顔すら合わせたくないくらいに。

 

「ならそのジンクスで僕を殺してみなよ?」

 

「っ! 何を?」

 

「例えば僕とパーティを組んでダンジョンに行けば、僕をそのジンクスで殺せるって話だろ?」

 

「そ、それは……」

 

 そうだったが、フィルヴィスは誰も死なせたくなどないのだ。

 

「僕を殺したいならせめてゲッターエンペラーでも……じゃあ解り難いかな? フルスペックの神々でも連れて来いと言っておく!」

 

 それでも死んでやる気は更々無かったが……

 

 神々は今はルール上から【神の力(アルカナム)】は使えないし、身体能力とて普通の人間の一般人レベルにまで落ちている。

 

 然しフルスペックなら、指パッチンで大陸すら沈める程の神力(デュナミス)を操り、身体能力も人間では仮に彼の【猛者(おうじゃ)】だとしても掠り傷一つも負わせられない。

 

 大言壮語にも程がある。

 

 【神の恩恵】を授けられた眷属とは、確かに神々の子としてランクアップすれば器たる肉体が昇華され、徐々にだが確実に神々へと近付いていく。

 

 だが然し、フレイヤ・ファミリア団長の【猛者】たるオッタルのLV.7とて神々のフルスペックからしたら、弱卒と呼ぶのでさえ烏滸がましいもの。

 

 きっと、神々の末席へと名を列ねる事さえ最低限でキリ良くLV.12くらいは欲しいのでは?

 

 そのくらい神々は強い。

 

 恩恵無しでも古代の英雄はモンスターと戦えたが、それでも甚大な被害を出してきたし、一般人なぞ言わずもがなだったろう。

 

 そんな人々からすれば、巫山戯た理由で降臨してきた神々、それでも片手間のレベルでダンジョンに蓋をしてしまい、【神の力】を封じたウラノスの祈祷にて封じ続けているくらいだ。

 

 その力は推して知るべしと云うしかあるまい。

 

 尚、そんな神々の降臨がとある種族を腐らせたが、それはその種族の復興を願う男が起っている。

 

 そんな神々を連れてこいと豪語するユートだけど、実際には異世界で神々と呼ばれる存在と闘い、勝利さえ掴んできた実績を持ち、だからこそそれだけ豪語をしても堂々としていた。

 

 そして、自分の不吉過ぎる二つ名をものともしないと言われたフィルヴィス、自分がエルフで彼が異種族であると理解しているし、ディオニュソス以外は決して受け容れて貰えなかった現実は確かに有るのだが、余りにも威風堂々と言われて自らの〝女〟が疼くのを感じている。

 

 ドキドキと心音が高まっていたし、羞恥心とは違う意味で血流が激しくなって顔は赤みを増していた上、お腹の奥ではジュン! と甘い痺れが襲っていた。

 

 若しも、端から今現在のフィルヴィスを視たなら、誰もが目前の男に恋焦がれる乙女に見えたであろう。

 

 何しろ瞳がウットリと蕩けていたのだから。

 

 エルフを堕とすのに定評があるユート、それは正にエルフキラーだったとか。

 

 というか、今回のユートのあれは独りが内心で寂しい女性に、自分が付いていると熱く語るナンパに他ならなかったり。

 

 それでもフィルヴィスは普通は堕ちないだろうし、今の現状で決して堕ちた訳でも無い。

 

 とはいえ、神しか居ないという殉教者的な彼女が、今を生きるヒトに再び目を向けた瞬間でもある。

 

 異種族だけど。

 

「死なないとは言うけど、貴方のLV.は?」

 

「LV.なら2だよ」

 

「私より低いが……?」

 

 思わずジト目になる。

 

 大言壮語してLV.的には自分より下では、余りにも格好が付かないのではなかろうかと思ったのだ。

 

「言っておくけど確かに、背中の恩恵はLV.2だ。しかも成り立てだから全てがI評価の数値は0だよ。だけど、僕は元々の実力が〝素〟でLV.5相当……恩恵を受けた時点で6相当だったし、今や7相当だ」

 

「なっ!? 莫迦な!」

 

 明らかにユートの見た目はヒューマン、この世界の全ての種族の中でも能力が極めて低く平均的なモノ。

 

 ドワーフみたいな腕力、狼人みたいな速度、エルフみたいな魔力といった特化された強味が無く、しかも極めて低いからドワーフであれば恩恵無しでも小鬼は斃せるが、ヒューマンではそれこそ逃げ回る事くらいしか出来ない程だ。

 

 それが恩恵無しな状態でLV.5相当であるとか、余りにも有り得ない事であると言わざるを得ない。

 

「信じてないね?」

 

「それはそうだろう」

 

「まあ、仕方がないかな。だったら証明して見せれば良い訳だよ」

 

「な、何を!?」

 

 ユートはフィルヴィスを引っ張り、人気の無い場所にまで移動をした。

 

 路地裏の全くヒトが出入りしない場所。

 

「ナニをする気だ?」

 

 流石に少し声が固い。

 

「ダンジョンに行く」

 

「……ダンジョン?」

 

 ユートは赤い結晶体を取り出して、それに指先へと力を籠めてやる。

 

 パキン! 結晶体は脆くも壊れてしまう。

 

 キン! 耳鳴りがしたかと思えば目の前が真っ暗になり、再び視界が開けたのを見て驚愕した。

 

「こ、これは!?」

 

「ダンジョンの深層域……第五〇層に当たる」

 

「何だと!?」

 

 パーティを組んでも彼女でさえ到達し得ない深層、第五〇層なんて今時分ではロキ・ファミリアの遠征が良い処だろう。

 

「さっきのは転移結晶劣化版って処でね。二つ一組になった赤い結晶体で片方をセーブのポイントにして、もう一つを壊すと魔法陣内のモノをローディング……セーブポイントに転移させてくれる魔導具の一種だ。僕が前回此処に来た際に、労せず来れる様にセーブポイントを作っておいたって訳だよ。使い捨てだから、一回でも使うとまたセーブポイントを作らないといけなくなるけどね」

 

「……前回此処に来た?」

 

「そ、フィリア祭の前に。強竜(カドモス)の皮膜って可成り高値で売れたよ」

 

「カ、カドモス……」

 

 自分では戦った事すらもないが、噂だけは聞き知っている強力なモンスター。

 

 階層主を除けば最強だと云われていた筈。

 

「パーティで?」

 

「いや、あの時はまだソロだったから」

 

「ソロ!?」

 

 そもそも、ベルさえ入団していなかった頃の事だ。

 

「じゃ、行こうか」

 

「何処へ?」

 

「この五〇層にモンスターは産まれない。だから下に降りないといけないよ」

 

 更に降りるとか、LV.がまだ3のフィルヴィスには余りに遠い場所。

 

 第一八層の街などから判る通り、ダンジョンには偶にモンスターが産まれない階層が存在している。

 

 ユートが第五〇層に転移結晶を使ったのも、此処がモンスターの産まれてこない空白地だったからだ。

 

 まあ、リヴィラの街の在る第一八層もそうだけど、上や下からモンスターが現れるから、決して存在しない訳でもなかった。

 

「あ、あの黒いのは?」

 

「ブラックライノスだね。この階層じゃあ蜘蛛型と同じく主流のモンスターだ」

 

 黒い肌の犀型モンスターであり、突進力には目を見張るものがある。

 

 赤と紫の混ざり合ってるデフォルミス・スパイダーという蜘蛛型、他にも蠍型や蛇型なども散見された。

 

 そのどれもがLV.3のフィルヴィスには脅威で、結果としてユートのすぐ後ろに付くより他にない。

 

 そのユートはと云えば、ブラックライノスやデフォルミス・スパイダーやサンダー・スネークやヴェノム・スコーピオンやシルバー・ワームを、煌めく刃を持つダークリパルサーで斬り捨てて往く。

 

 前回程にも感じない。

 

 器の昇華と【反英雄】の発展アビリティによって、ユートが着実に強くなっている証明だろう。

 

 何しろ、【反英雄】には【狩人】の効果も含まれているのだから。

 

 【狩人】は一度でも戦ったモンスターの同種相手に対し、ステイタスの数値に補正が掛かる。

 

 それはカドモスや階層主でさえ例外は無い。

 

 ユートがあっさりと彼の強竜を討ち果たしたのを見てしまい、フィルヴィスは珍しく目を丸く白黒させてしまった程。

 

「どうだ? 死神に憑かれているとか『死妖精』とか云われても、僕を殺す事は出来ないだろう?」

 

 だからといって、女の子にベタベタと無遠慮に触るのもどうかとは思うけど、ユートはフィルヴィスに対して解り易い実績を示す。

 

 その時だった。

 

 ビキビキ……

 

 ダンジョンの壁が罅割れて大量のブラックライノスなど、モンスターが誕生して襲い掛かってきた。

 

「【怪物の宴(モンスター・パーティー)】!」

 

 ユートがゲームから解り易く【モンスターハウス】と呼ぶ現象、ダンジョンからの猛烈なる悪意。

 

 だがユートは動じない。

 

 バチバチとスパークする両手を頭上で組み、両腕を拡げて真横に伸ばすと閃熱エネルギーが半円のアーチを描く。

 

 此処までは前と同じ。

 

 エネルギーを片手ずつにチャージ、最終的に見た目かめはめ波かギャリック砲かといった感じに両手を合わせて腕を伸ばした。

 

極限閃熱呪文(ギラグレイド)!」

 

 極大すら越えた極限……ベギラゴン以上の閃熱エネルギーがダンジョンの壁とは言わず床とは言わず天井とは言わず、全体を舐めてモンスターを焼き尽くす。

 

 後にはモンスターは存在すら許されず、ダンジョンが全体的に爛れていた。

 

 勿論、モンスターが絶命した瞬間に魔石もドロップアイテムも、全てがアイテムストレージに格納され、壁や床や天井に存在していた鉱石なども同じくだ。

 

 アダマンタイトやオリハルコンやミスリルなどと、結構な高値で売れる鉱石を大量にゲットである。

 

 フィルヴィスとしては、茫然となるしかない。

 

「こ、これがLV.2? 冗談じゃない!」

 

 これならユートが言う通りで、LV.7相当なのだと納得した方がマシ。

 

 だけどフィルヴィスは、殆んどの者は知らない。

 

 今のユートは前世に比べて相当に弱体化している。

 

 転生して百年すら経たないのだから当然、スプリングフィールド時代には正にゲッターロボの頂点ですら討ち果たし、他の如何なる存在をも斃し虚空の侵食者と闘うにすら至った。

 

 だが勝てなかったのだ。

 

 転生したという事は即ち死んだという事。

 

 ならば死因は何だ?

 

 それが最終決戦に敗れ、侵食されて滅びる前に転生の術で死を受け容れた。

 

 まあ、判っていた事。

 

 既定路線。

 

 柾木優斗が存在するのはハルケギニア時代、漂流期に羽鷲や津名魅と出逢って知れていたのだから。

 

 今は雌伏の時。

 

 いずれまたアレと闘い、今度こそ滅ぼす為に。

 

 そんなユートが、死妖精のジンクス如きに殺されてなるものか!

 

 そういう事だった。

 

「今はまだこの程度だが、君の謂われに押し潰されたりはしないさ」

 

「……はい」

 

 魅せられてしまっていたフィルヴィス、思わず返事をしてしまった訳で……

 

 ディオニュソス・ファミリアの本拠地、其処に帰ってきた際のフィルヴィスを見た主神ディオニュソスは驚愕に目を見開いていた。

 

「フィルヴィス?」

 

「あ、ディオニュソス様。ただいま戻りました」

 

「あ、ああ……」

 

「魔石は譲り受けました」

 

「う、うむ」

 

 渡された極彩色の魔石。

 

「えっと、彼に何かされたりしたのかい?」

 

「いえ、何も。デート……楽しかったです」

 

「そうかい?」

 

 デート? とか思うが、夢見心地な表情をした自身のファミリアの団長、余りにも出掛けと違う表情にはディオニュソスは面食らうしかない。

 

 ダンジョンからリレミトで出た後、ユートとデートをしたフィルヴィス。

 

 色々と常識を壊されてしまったからか、放心していたけどデートはリードされて楽しく過ごせた。

 

「私の『死妖精』なんて、不吉な謂われも彼には無いに等しいと言われました」

 

「っ! そうか」

 

「はい」

 

 嬉しそうに微笑みを浮かべるフィルヴィス、主神としてそれは嬉しいと思う。

 

 主神(おや)としては少し寂しい限りだが……

 

 その日の晩にフィルヴィスのステイタスを更新し、それによりディオニュソスは彼女がLV.4になったのを確認するのであった。

 

 

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 間違って投稿してしまったのは削除……




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第36話:柾木優雅のダンジョン探索は間違っているだろうか

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 一旦はイシュタル・ファミリアの歓楽街に泊まり、サンジョウノ・春姫と寝てから翌朝には再びオラリオを歩いている。

 

 今までと違ってユートには慣れたらしく、抱かれるのにも忌避感は無い様だ。

 

 専用というか専属契約をしているから初めてを貫かれて以来、ユートしか知らない春姫だけど優しく抱かれていて夢見心地になれるからか、来てくれるのを待ちわびている節があった。

 

 美しい狐人(ルナール)の春姫から、色々と甲斐甲斐しくされるのは嬉しいし、スタイルも良くて玉の様な肌はスベスベで、触れれば心地が良かった。

 

 射精する度に穏やかに、嬉しそうな微笑みを向けられては、ユートの男が堪らないくらい固くなる。

 

 尚、春姫にも恩恵が在るのを知ったユートは彼女の基本アビリティに補正を与えているが、取り敢えずは耐久と俊敏と魔力を中心に引き上げている。

 

 武器を扱えない春姫には力は要らないし、器用だって必要ではないからだ。

 

 要るのは生命を守る為の耐久と俊敏、そして魔法を扱う魔力くらい。

 

 出すモノを射精()して下半身がすっきりしたし、朝食も食べたユートが歩いていると、昼前だと云うのに知り合いが白亜の摩天楼バベルに集まっているのを見付けた。

 

「フィン、幹部と準幹部が屯って何してんだ?」

 

「やあ、ユート」

 

 小人族でありロキ・ファミリアの首領――フィン・ディムナが、声を掛けてきたユートへ爽やかな笑顔を浮かべながら手を挙げる。

 

 見た処、全員が武装をしているからダンジョンにでも潜るのだろう。

 

「これからダンジョン?」

 

「まあねぇ。実はアイズが先日ゴブニュから借りていたレイピアを壊してね? 弁償しなきゃならないらしいんだよ」

 

「それは御愁傷様だな」

 

「序でにティオナも未だにウルガのお金を返し切ってなくてね、しかも遠征では刃が可成り劣化して修理にまたお金が掛かってさ」

 

 テヘペロと頭を掻きながら舌を出すティオナ。

 

「それで皆でダンジョンって訳か」

 

 フィンにリヴェリアという首領と副首領、ガレスは留守番という事だろう。

 

 他にアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ。

 

 ベートが居ないのは恐らくだけど、ティオナ辺りが意図的にハブったのだ。

 

 別段、ティオナが殊更にベートを嫌っているという訳ではなく、普段から態度がアレだからと見た。

 

 ベート・ローガ――神々が与えた二つ名は【凶狼(ヴァナルガンド)】。

 

 それは速度と鋭い攻撃により敵を八つ裂き、食い荒らすが如く凶暴な戦い振りから名付けられたと云う。

 

 普段から彼は弱い存在を『雑魚』と言って、決して優しい行動なぞ起こさない気質である。

 

 それ処か『強者は弱者を高みから見下ろす義務がある』とまで嘯き、甘やかしたりはしないものだった。

 

 意味はある。

 

 決してベート・ローガに悪意は……無い?

 

 彼には彼でLV.5――第一級冒険者としての矜持というものがあり。

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴでさえ、強者の驕りだと切って捨てているし、実際にそれが無いとは言い切れまい。

 

 ベートは弱さに甘える者が嫌いなだけだ。

 

 嘗ての弱かった自分を思い出すのも嫌なのだろう。

 

 周囲との軋轢も気にしない孤高の狼、ベートは自らが実践をしていた。

 

 強者の位置で弱者を見下ろすという事を。

 

 ユートは決して彼を嫌ってはいなかった。

 

「そうだ! どうせならば君も一緒にどうだい?」

 

「僕は他派閥だぞ? 前は成り行きで一緒になった訳だけど、余りに好ましいとは云えないんじゃ?」

 

「ええ? 一緒に行こ!」

 

 フィンの誘いに遠回しな断りを入れると、ティオナが腕を掴んで自分の無い胸へと押し付けて、甘える様な猫なで声で誘ってくる。

 

 すっかりハマり込んでいる妹を、温かな瞳で見据えるティオネが居た。

 

「ユートも、一緒しよ?」

 

 アイズも賛成らしい。

 

 見る限りでリヴェリアもレフィーヤも反対はしていないらしく、ユートは溜息を吐きながら……

 

「判った、一緒に行こう。どうせダンジョンには潜る心算だったしね」

 

 頷いて言った。

 

 ユートの場合は装備品も消耗品も全て、アイテム・ストレージ内に入れてあるからそれを出せば良い。

 

 装備フィギアで装備品を装着して、腰へと佩くのはダークリパルサーR。

 

 黒鍛鋼製のエリュシデータRでも別に良かったが、そこら辺は好みの問題でると云えよう。

 

 また、これらにはちょっと改良が加わっていた。

 

 ユートのスキル【聖剣附与(エクシードチャージ)】を用い、宝石にそれを附与して剣に填め込んでいる。

 

 その内容はデュランダル――シャルルマーニュ十二勇士のローランが用いていたのが特に有名だろう。

 

 この世界でもデュランダルは不壊属性の名前として存在するが、ユートの使うスキルは同じく不壊属性を与え、更に強力な切れ味をも与えてくれる。

 

 ドラクエ的には攻撃力が+20といった処か。

 

 よって、ダークリパルサーRは攻撃力が上がって、更に不壊属性を附与されているのだ。

 

 最早、王者の剣も斯くやな攻撃力である。

 

 鍛冶師の技能を持っているユートからしたならば、これは単純に機能拡張とかが出来る福音となった。

 

 ユートは足りなければ他から持ってくるタイプだ。

 

 全てを自身の腕前だけで何とかしたがる方ではないから、こういうのはそれこそウェルカムであろう。

 

「相変わらず見事な剣だ。僕の槍も一度造って貰いたいくらいだね」

 

 フィンが感心した表情となり、抜剣したダークリパルサーRの刃を見遣る。

 

 その左肩には自分が持つ槍を掛けていた。

 

「お金さえ支払うなら造るのは構わないよ。使う金属次第で値段もピンキリになるのは他と変わらん」

 

「ふむ、本当に頼むか?」

 

「【聖剣附与】のスキルを使った拡張強化もすると、更に値段が高値にはなるんだけど、便利な能力を付加したりも出来る」

 

「へぇ、面白いな」

 

「【鍛冶】の発展アビリティは無いが、それでも僕は最上級鍛冶師(マスタースミス)のレベルの心算だ」

 

 勿論、【鍛冶】を取れば更なる高性能化が可能。

 

「……前に見た時と少し違うけど」

 

 宝石を指差してアイズが問うてきた。

 

 鍔の部分の宝石の色が、明らかに違ったからだ。

 

「ほぅ、よく気付いたね。僕の【聖剣附与】は宝石に籠めて剣に填め込んだら、恒常的に効果を与える事が可能なんだ。今のダークリパルサーRには、不壊属性と攻撃力の増加が附与されているって訳だね」

 

 文字通りデュランダルの能力を付加したのだから。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 少し時は遡る。

 

「フッ、意外と簡単に手に入ったな」

 

 目付きの鋭い黒髪黒瞳の青年が、手に入れた宝玉をポンポンと二度三度と宙に投げながら呟く。

 

「ま、いつまでも遊んでないでさっさと行くか」

 

 三〇層から一八層にまで上がらねばならないから、宝玉を仕舞うと元来た道を駆け上がる青年。

 

 あっという間にリヴィラの街にまで着き、約束をしている酒場まで足を伸ばした青年は、キョロキョロと入るなり辺りを見回して、ウェイターの居るカウンター席に座り、合言葉となる注目をウェイターに頼む。

 

 すると赤いレザーに同じ色のホットパンツという、ボーイッシュながら女であるのを主張してる服装で、癖の強いショートカットの黒髪、茶色の瞳に茶褐色の肌を持つ二十歳には届かない犬人の少女が、青年の隣に擦り寄ってきた。

 

 恐らく日焼けではなく、アマゾネスみたいな純粋なる褐色の肌なのか、見た感じで白い肌は存在しない。

 

 短刀を武器にしているのは彼女が盗賊――冒険者という意味で――だからか。

 

「貴方がブツを?」

 

「つまり、お前が運び屋って訳だな?」

 

「じゃあすぐに渡して」

 

 手を出してくる少女。

 

「せっかちだな? 名前くらい名乗り合わねーか? 折角の男女の出逢いだぜ、一杯か二杯は付き合えよ。一仕事が終わったばかりなんだしな。アンタはこれから始まる訳だが」

 

「……余り強いのは飲めないよ? さっき貴方が言った通りこれから仕事だし」

 

「ああ、構わねーよ」

 

「ハァ、私はルルネ・ルーイという」

 

「柾木優雅だ」

 

 注文をするとウェイターがすぐに応えて品を出す。

 

「じゃ、乾杯」

 

「乾杯」

 

 二人は――優雅とルルネは互いにグイッとグラスを煽り、次の酒を注文した。

 

 ルルネより飲む優雅は、つまみも注文しておく。

 

「ふぅ、それじゃブツを」

 

「既にルルネのバッグん中に入れてあるからこの侭、何事も無かったかの様にしていろ」

 

「――え?」

 

「運び屋がいちいち動揺をするな。それと荷物も確かめたりせず、依頼人に渡したら速やかに忘れろ」

 

「う、うん」

 

「酔った振りをしろよ」

 

「? 判った」

 

 軽く立ち上がったルルネがフラリと揺れる。

 

「おっと、脚にキタんなら御泊まりでもどうだ?」

 

「ん!?」

 

 唇を奪われて動揺してしまうが、先程の優雅の科白を思い出して……

 

「さ、流石にそこまで安い女の心算は無いから」

 

 ソッと押してその場を離れる様に店を出た。

 

「アララ、フラれたかな。マスター、酒持ってきな」

 

 一頻り飲んだ優雅は先のルルネの分も酒代を払い、酔った振りをしながらフラフラと酒場を出る。

 

 実際には酔わないから。

 

 流石はリヴィラの街か、割高な酒代となってしまった訳だが、ルルネはそれなりな美少女だったからその唇の代価として支払った。

 

「ふむ、どうやら掛かってくれたみたいだな」

 

 視線を感じていた。

 

 それこそ、リヴィラの街に入った時点でビンビンに感じる視線を。

 

 暫し歩くと白いフードに顔を隠す長身の女が優雅の前に現れ、ニコリと笑みを浮かべながら近付く。

 

 目付きが鋭いからニコリというかニヤリだが……

 

 然しながら風に棚引いて見える顔立ちはルルネより整い、短めな赤毛が綺羅綺羅と煌めいている。

 

 スタイルも良さそうで、モデル体質なのだろう。

 

「何か用かな?」

 

「何、それ程難しい用ではない。私を買わないか?」

 

「は? 流れの娼婦だっていうのか?」

 

「いや、私は別に娼婦などではないな」

 

「何だそりゃ」

 

「とはいえ、ヒトであるからには女と云えど性欲というものはある。ならば羽振りが良い男と寝て金も貰えれば一石二鳥だ」

 

「羽振りだぁ?」

 

「私はそこら辺を嗅ぎ付けるのが上手くてな。大方、大きな依頼を成功させた後なんじゃないか? 折角だから寝物語に聞きたいな」

 

 優雅に擦り寄りながら、女が柔らかく艶やかな肢体をくっ付けてきた。

 

「ふーん、良いぜ」

 

 寄り添い、近くの洞窟を改良したらしき宿に入る。

 

「いらっしゃい」

 

「一日、貸し切りで頼む」

 

「貸し切り? って、ああ……そういう事か」

 

 はっきりと顔は見えなかったが、それでもチラホラと見える顔立ちがとても整っており、スタイルも出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ良い肢体なのは見て取れた。

 

 思わず舌打ちをしたくなるのは仕方がない。

 

「代金だ」

 

 ドン! とカウンターに置かれた袋、高純度な魔石がタップリ入っていた。

 

「良いのかよ?」

 

「迷惑料込みだ」

 

「オッケー。戴いとく」

 

 奥に入る二人を見送り、宿屋の主は溜息を吐く。

 

 宿の作りから喘ぎ声など丸聴こえな為、やってられないとばかりに飲みに行こうとカウンターを出た。

 

 そんな宿屋の主人の気持ちなぞ知らぬとばかりに、ベッドに腰掛けた優雅が女を見遣る。

 

 思った以上の美女だ。

 

「どうした? 今更ながら怖じ気付いたか?」

 

「まさか、中々のモノじゃないか。これなら私も楽しませて貰えそうだ」

 

 優雅の屹立したモノ……それはそこら辺の男が持ち得ぬサイズであり、脈打つ血管が浮き出てグロテスクでさえある。

 

「さあ、始めるか」

 

「そんなにがっつくな」

 

「男と女が二人きりだぜ、ヤる事をヤらない訳にゃあいかんだろ」

 

 女をベッドに押し倒し、そして目眩く動物の本能に沿った性衝動の侭、二人の影が重なるのであった。

 

 どれだけの時間が経ったのか優雅が何度目か射精を行い、それに伴って女の方も甲高い嬌声を上げ上と下が入れ替わった瞬間……

 

「ぐっ!?」

 

 女が凄まじい握力で優雅の首を締め付ける。

 

「テメエ!」

 

「中々、楽しめたぞ。だがここまでだ!」

 

 その握力はいったい何tあるのかと謂わんばかり、明らかに一般人は疎か第一級冒険者以上。

 

 ゴキュッ!

 

 為す術も無く首がへし折られてしまう。

 

「フン、最後に楽しめて逝けたんだ。幸運だったな。好みから外れたオッサンならヤらせず殺していたぞ」

 

 嘲る様に言い放つ。

 

「そういえば、荷物らしき物を持っていないが何処にアレを仕舞った?」

 

 取り敢えずは服を漁ってみたが、捜し物それらしき某かは明らかに無かった。

 

「おかしい、コイツが手に入れたのは間違いない」

 

 パンパンパンパン!

 

「っ!?」

 

 背後から拍手の音が鳴り響き、女は目を見開きながらバッ! と後ろを向く。

 

 殺した筈の男がニヤニヤしながら素っ裸の侭に拍手をしており、その傍に間違いなく首の骨が砕けた男が倒れていた。

 

「ど、どういう事だ!?」

 

「クックッ、中々に良い尻してるじゃねーか。その侭で犯してやりたいくらいだったぜ?」

 

「質問に答えろ!」

 

「脳筋な奴だな。んなの、テメエが殺ったのが影分身だったからに決まってんだろうが?」

 

「影分身……だと?」

 

 ボンッ!

 

 消える死体。

 

「まさか!? 私の目を誤魔化していたのか! だが……いったいいつから!」

 

「バックから射精()した時に入れ替わったのさ」

 

「なっ!?」

 

 最後の射精の一回前だ。

 

「初めから気付いていた……という事か!」

 

「気付かれないと思っていたのか?」

 

「くそっ!」

 

「この侭、二〜三回くらいヤらせんなら生命だけは助けてやるぞ?」

 

「ほざけ! 貴様こそ手に入れたモノを寄越せ!」

 

「平行線だな。ならヤるべきは戦闘かねぇ?」

 

 いつの間にか手にしていたのは何か機械的な物で、少し右寄りに銀縁に赤い丸な状態でクリスタルが張り付いている。

 

 其処に赤い龍が描かれたカード――ワイルドベスタと呼称される物を機器へと装填すると、シャッフルラップが伸びベルトとなって優雅の腰へと巻き付く。

 

 立ち上がる優雅は未だに臍まで反り返る分身を堂々と晒しながら、右手で機器――ミスリルゲートをスライドさせて叫ぶ。

 

「変身っ!」

 

《OPEN UP》

 

 ベルトからオリハルコンエレメントが回転しながら顕れ……

 

「がはっ!?」

 

 赤毛の女を物理的に吹き飛ばして、優雅の方へ向かってゆっくり移動。

 

 優雅がオリハルコンエレメントを潜る。

 

《Welsh Dragon Balance Breaker!!》

 

 先のベルトからの音声と異なる野太い音声が響き、優雅はその姿を大幅に変化せしめていた。

 

 全身を赤い鎧兜のフルプレートアーマーとも云える姿となり、胸に緑で大きめな宝玉を填め込んでいて、肘や膝や手の甲には比較的に小さい緑色の宝玉、仮面に覆われた両の眼も翠色に輝く――小さな赤い人型龍とも云うべき存在と成る。

 

「な、何だその姿は!?」

 

「赤龍帝」

 

《jet!》

 

 龍の翼を開いて更に電子音声を響かせ、赤龍帝となった優雅が赤毛の女へ攻撃を開始するのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ワイワイと話をしていても始まらないし、ロキ・ファミリア幹部陣とユートが合同で降りるダンジョン行を正午ぴったりに行った。

 

 中衛に魔導師のリヴェリアとレフィーヤを据えて、後衛にフィンとティオネを置き、前衛にはティオナとアイズが入り、ユートには遊撃が宛がわれている。

 

 ゲームでは後衛に魔導師みたいなタイプを入れるのだが、普通に考えて後衛に直接戦闘を行う者を入れてしまうと、背後から強力な敵が現れた場合だと一気に劣勢になってしまう。

 

 特にこのダンジョンでは意地悪く、背後にモンスターを産み出す事もあった。

 

 故にこそ中衛だ。

 

 とはいえ、最低であってもLV.3たるレフィーヤ――第二級冒険者。

 

 少なくとも中層までなら脅威も感じない。

 

 仮令、後衛職と呼ばれる魔導師だとしても。

 

 まあ、レフィーヤは若干ながら怪しいのだが……

 

 あっという間に上層最後の一二層まで降り、其処に上層で最強とも実質的には上層の【迷宮の孤王(モンスターレックス)】とも云われるインファント・ドラゴンが湧出した。

 

「ドラゴンが僕に敵う筈もないと云うのに……」

 

 ユラリと近付くユート、その口角は吊り上がる。

 

「あ、不用意に近付いたら流石に危ないですよ?」

 

 インファント・ドラゴンは近接だとレフィーヤとて苦戦は免れないし、それが判るからこその忠告だった訳だが、ユートは振り返るとニコリと笑う。

 

 とても穏やかな笑みに、レフィーヤはトクン……と胸を高鳴らせた。

 

 顔が熱くて赤らめていたのを、両手で押さえながらブンブンと頭を振る。

 

 先日、痴態を見せてしまったのを思い出した上に、お姫様抱っこをされたのも同時に想起されたのだ。

 

「呪え、呪われよ我が怒り以て竜蛇を呪え赤き堕天使……神の毒。我が悪意にて全ての竜蛇を呪え呪え呪え呪え呪え……呪い在れ!

神の毒より呪い在れ(ドラゴン・イーター)】!」

 ドロッとした赤い空気、結界型の権能であるこれは龍喰者【神の毒(サマエル)】から獲たモノ。

 

 その効果は龍という属性に対し、自身の能力を十倍にも引き上げる上に龍因子の持ち主は、そのダメージの修復が結界内に限ってだが不可能となる。

 

 欠点は龍の因子を自分も扱えなくなるという事で、色々と持っている龍関連の能力が、権能も神器も起動しなくなるし【竜戦士(ルシファー)】も使えまい。

 

 因みに、【竜戦士】というのは文明が崩壊した地球の四〇〇年後、幾つか存在したのをどさくさ紛れにて掠め取った一機である。

 

 それはハルケギニア時代の漂流期の話だった。

 

「さて、死ね!」

 

 斬っ!

 

 首を刎ねて殺した。

 

「やっぱ必要無かったか」

 

 カドモスなら未だしも、インファント・ドラゴンが相手に不要らしい。

 

 とはいっても龍を喰らうのが好きなユート的には、喰えない龍はこうして虐殺するのみだった。

 

 この世界のモンスターは死ねば灰となり崩れる為、どうやろうとも喰えたものではないから。

 

 一五層まで降りると普通にミノタウロスとか現れ、レフィーヤも杖の先で攻撃を仕掛けるが、魔導師だから涙目になりながらドカバキと殴り付け、トドメとばかりに首に突き付けた。

 

「やれやれ、まだまだだ」

 

「ふわっ!?」

 

 師匠でもあるリヴェリアが大量に斃しているのに、レフィーヤは二〜三匹程度でしかない。

 

 その差にはズーンと心が重くなる。

 

 ライガーファングが現れたが、ティオナの大双刃が一撃で叩き伏せた。

 

「うん、ウルガも絶好調ってやつだね!」

 

 SS評価になってしまった力の基本アビリティも、ティオナの攻撃力を引き上げているのだろう。

 

 本来ならS999が最高の数値だが、ユートに抱かれて獲た余剰数値が彼女に限界突破をさせた。

 

「あれ? ゴライアスが居ませんよ」

 

「ホントだ〜」

 

 レフィーヤの疑問に右手を額に添え、【嘆きの大壁】を見上げながらティオナが大口を開けて言う。

 

「優雅兄が潰したからね」

 

 聞こえない様に小さく呟くユート。

 

「居ないなら居ないで丁度良いさ。皆、リヴィラの街へ向かうよ」

 

 フィンの号令の下に一行は第一八層に降りた。

 

 【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】と呼ばれて、第五〇層と同じくモンスターが産まれない空白地帯。

 

 この地には冒険者達が、自ら街を造り出している。

 

 ぼったくりな街だが……

 

「今は……どうやら昼の様だな」

 

 手で傘を作って見上げたリヴェリアが呟く。

 

 上空のクリスタルの輝きで外と同じく、だけど独特な時間経過をする此処は、普通に昼夜が存在した。

 

「この侭、一九層に行っちゃう?」

 

「そうねぇ。ドロップアイテムや魔石はユートに預かって貰ってるし、団長はどうしますか?」

 

 ティオナの質問に然し、決定権はフィンだと謂わんばかりに訊ねるティオネ。

 

「折角だし街に寄ろうか。確かにアイテムはユートに持って貰っているけどね、休息を偶にはベッドで取りたいじゃないか」

 

「はい、団長♪」

 

 取り敢えずフィンの決定なら基本的に従うらしく、ティオネがニコニコしながらフィンの腕に組み付く。

 

 ユートが居なければ選択肢として確実に寄らねばならないが、今現在はユートのアイテム・ストレージに仕舞える利点がある。

 

 一行は南に存在する森から西部に在る街に向かう。

 

 冒険者がダンジョンを行く際の、最初に訪れるであろう安全地帯だ。

 

 ダンジョンとは思えない美しい場所で、自然豊かな場所だからレフィーヤとしても嬉しい。

 

 リヴィラの街へと着いた途端……

 

 ドガァァンッ!

 

 ダンジョンを揺るがす程の揺れと爆音が、彼ら一行を大歓迎してくれた。

 

 

.




 う〜ん、未完にするか?




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第37話:【二天龍】のツープラトンは間違っているだろうか

 やっと書けました……





.

 砕け散る岩山に縦横無尽に動き回っている人影に、その〝戦闘模様〟にLV.が6であるフィンでも瞠目せざるを得ない。

 

 超高速で動き回る人影の内で、一つは赤毛に長身な女であると理解したけど、今一つは真っ赤なフルプレートアーマーで、しかも兜にフルフェイスときては、正体すら判らなかった。

 

「あれは!」

 

「何か知っているのかい、アイズ?」

 

「ユートが着けていた白い鎧に似ている」

 

「そうなのかな?」

 

 アイズの言葉にフィンが振り返る。

 

「そりゃ、鎧の形は似ているだろうね。同じドラゴンを封印した神器(セイクリッド・ギア)だから」

 

「せいくりど・ぎあ?」

 

「一種のマジックアイテムだと思えば正解だよ」

 

「へぇ?」

 

 異世界に於ける聖書の神が創り、バラ撒いた魔導具が神器と呼ばれるモノで、中でも一三種の神すら滅する神滅具が存在しており、ユートが使う【白龍皇の光翼】もその一つ。

 

「あれは【赤龍帝の籠手】の禁手、【赤龍帝の鎧】と呼ばれている。僕が使っている【白龍皇の光翼】とは対極に位置して、二天龍と呼ばしめた存在を封じられた特殊な代物だよ」

 

「龍……か」

 

 想像もつかない。

 

 フィンにとってのリュウとは、即ち竜というモンスターでしかないのだから。

 

 龍という場合によっては神に等しい存在は、フィンの常識の範囲外のもの。

 

 一二階層のインファント・ドラゴン、宝石樹を守る木竜、第五一階層の強竜、更に下の翼竜や砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)等。

 

 龍というより竜であり、人語を解さないモンスターでしかなく、だから力は知りつつも人の身に宿るなど想像の埒外。

 

「何処かで売っていたりするのかな?」

 

「流石に神器は無いかな。まあ、アイズ達に見せたみたいな魔導具は在るけど」

 

 シュロウガだけでなく、様々な鎧の魔導具が在る。

 

「へぇ、後で見たいね」

 

「これが終わればな」

 

「御尤も」

 

 片目を瞑り頷いた。

 

「相手は女……か。赤毛でたっぱもあるな。スタイルだけならモデルみたいなんだが、厳つい美女だと少し微妙かもね」

 

「どうしてあんな戦闘になったんだろうか?」

 

「そこら辺はリヴィラで訊くしかないだろ」

 

 フィンの疑問にユートは至極尤もな方法を言う。

 

 赤龍帝が戦っている相手は美女は美女だが、どうにも厳つい雰囲気が漂っていたからか、ユート的に食指が動いていなかった。

 

 存外、優雅の趣味なのかも知れないと思いつつ……

 

 リヴィラの街は壊滅こそしていないが、優雅が暴れ回った影響がそこかしこに見て取れた。

 

「や、ボールス」

 

「フィン? ロキ・ファミリア……遠征か何かか?」

 

 話し掛けられて驚くのは眼帯を着けた筋肉達磨で、道々に話された処どうやら彼はLV.3の冒険者という立場から、リヴィラでの顔役をしているのだとか。

 

 リヴィラの冒険者は最高でボールスのLV.3。

 

 後は基本的にLV.2の集まりらしい。

 

 LV.1は連れてくるのも危なっかしいし。

 

「何があったんだい?」

 

「よく判らねーんだがよ、行き成りあの赤い鎧と赤毛の女が戦い始めてんだ」

 

 しかも埒外な戦いから、明らかにボールスより高いLV.なので、止めたくても止められない状況。

 

 赤い鎧も赤毛も明らかに第一級冒険者クラスだし、しかもLV.5すら超越していそうな勢いだ。

 

 あちこちを破壊しながら戦っており、店の商品すら破壊されて泣き叫びたいのは店の主達。

 

 ユートは『後で修復しないと拙いな』と考えた。

 

「ボールスだったっけ?」

 

「あん? 誰だ小僧」

 

 行き成りガンくれる。

 

 ズガン!

 

「オボッ!?」

 

 取り敢えず頭を押さえ、地面にキスさせた。

 

「余り舐めた口聞いてると殺すぞ?」

 

「ず、びばぜん……」

 

 本当に殺されかねない程の殺気に、ビビったらしいボールスは素直に謝る。

 

 上下関係は確りと構築をするべきなのだ。

 

「取り敢えず後でこの辺りは修復してやるし、商品も元に戻してやるから今は……破壊されても容認しろ」

 

「〜〜っ、判った」

 

 ボールスとしては容認をし難いが、ここまで破壊をされていてはもう仕方がないと頷く。

 

 というか、容認しないと言って保障されなかったら大損害である。

 

「さて、あの女をしばく」

 

 ユートは腰にブレイバックル……と云いたいけど、仮面ライダーブレイブという名前が公式に出てしまったと某・白い魔王様から聞いたので、まんまアルビオンの名前を採用した。

 

 紛らわしいから。

 

 なので、ブレイバックル改めアルビオンバックル。

 

 紋様もドラゴンの顔で、竜の紋章や龍騎のデッキっぽい感じに。

 

 まあ、ドライグバックルも似たものだけど。

 

 【チェンジ・アルビオン】のカードを、ラウズリーダーに挿入。

 

 赤いシャッフルラップが伸長して腰に巻き付くと、ユートはターンアップハンドルを引いて叫んだ。

 

「変身っ!」

 

 ガチャリと一八〇度回転するラウズリーダー。

 

《TURN UP!》

 

 電子音声が鳴り響くと、同時にバックルから蒼白いオリハルコンエレメントが前方に顕れ、ユートに向かって徐々に進んでくる。

 

 それを潜るユート。

 

《Vanishing Dragon Balance Breaker!!》

 

 ベルトとは違う声の電子音声が鳴り響き、其処には蒼い光の翼を背負う尻尾の生えた白亜の全身鎧姿をした騎士、身体のあちこちに蒼い宝玉を持った龍人であったと云う。

 

「仮面ライダーアルビオン……推参!」

 

 何だかこの名前も何処かで使われていそうだけど、公式でなければ問題もあるまいと名乗っている。

 

 尚、当然ながら優雅の方は仮面ライダードライグと名乗っていた。

 

「って、アイツと色違いっぽい鎧だと!?」

 

 ボールスが叫んだ。

 

 まあ、多少は似ている。

 

 元々が同じ伝承から成る龍なのだから。

 

「当然だろ? あの鎧も、此方の鎧も……起源は同じ伝説のドラゴン。あっちは赤龍帝ドライグ。こっちは白龍皇アルビオン」

 

 本来は二天龍と呼ばれ、互いに相反する属性を持つ不倶戴天の敵同士だけど、どちらもユートが手にした事により事態は変革されたとも云える。

 

 正確にはユートが白龍皇の力を、優雅が赤龍帝の力を内包する運びになった。

 

「今や、赤龍真帝となったドライグと白龍神皇となったアルビオンの能力」

 

 翼を羽ばたかせ……

 

「魅せよう!」

 

 ユートは翔び出した。

 

「うっわぁ! 怪物祭の時にも見たけど、あんな風に翔べちゃうんだね……」

 

 右手を額に当てながら、遠くを見るポーズを取ったティオナが感心していた。

 

「変身……あの黒い魔神になったみたいな」

 

 アイズからすればやはり風の魔神――シュロウガをイメージしてしまう。

 

 怪物祭での一件が終わった後の打ち上げ、その時に見せられた漆黒の魔神こそシュロウガだ。

 

「うん?」

 

 アイズは見た。

 

 誰かがこの場から逃げようとしているのを。

 

 勿論、顔も名前も知らない相手ではあるのだけど、少し気になってしまう。

 

「レフィーヤ」

 

「はい?」

 

「あそこ、見て」

 

「え?」

 

 アイズに言われたレフィーヤが見れば、確かに人影がリヴィラから離れようとしているのが見えた。

 

「あれは……」

 

「何か、知ってるかも」

 

「アイズさん! なら捕まえましょう!」

 

「うん……」

 

 二人は人影を追う。

 

 一方の人影――ルルネは余りの恐怖にリヴィラを逃げ出したものの、どうするべきかを全く考えてない。

 

 優雅と酒を飲んだ後で、すぐにリヴィラを出る様に言われていたが、優雅とのキスが矢鱈と印象深かったから宿屋に宿泊、自分の唇に左手で触れながら空きの右手を股間へ持って行き、たっぷりと二時間その感覚を愉しんだのである。

 

 虚脱感や倦怠感やら自己嫌悪と共に眠りに身を任せてしまったルルネだけど、翌朝になってリヴィラの街が大騒ぎになっているのに気付き、宿屋を慌てて出てみれば赤毛の女が赤い龍を思わせる意匠の鎧兜を纏う人物――優雅と気付いてはいない――の戦闘を目の当たりにしたのだ。

 

 街を破壊し尽くす勢いで戦う両者、しかも赤毛の女は『宝玉を出せ』がどうのと叫んでおり、まさかと思ったルルネがバッグをソッと見てみれば、優雅から渡された荷物こそが宝玉だと理解が出来た。

 

 つまり、下手をしたならあの怪力が自分に向かってくる恐れがあり、ルルネに死の恐怖を植え付けるには充分過ぎるファクター。

 

 リヴィラの街を逃げ出すべく動いたのである。

 

 よもや、ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインやレフィーヤ・ウィリディスに見付かったなど思いもよらずに。

 

 だからアッサリと挟み撃ちにされ、ルルネはアイズとレフィーヤに捕まる。

 

「貴女……は、どうして逃げようとしていたの?」

 

 アイズからの質問に怯えるルルネ。

 

「こ、恐かったから」

 

「恐い? 取り敢えず……フィン達に合流を」

 

「や、やめて! お願いだからやめて。彼処に戻ったら私、殺されてしまう!」

 

「どういう事ですか?」

 

 縋り付かれたレフィーヤが困りながら訊ねた。

 

「彼処は嫌だ、お願い! お願いだから!」

 

 涙目な彼女に仕方がないとアイズ達は、バトルが行われていない荷物置き場に身を隠して、彼女から事情を聴く事にする。

 

 下では今でも赤い鎧が、赤毛の女と戦っていた上に更に白い鎧が増えた。

 

 アイズは見ていたから知っているが、白い鎧の方は一応は仲間となるユート。

 

 派閥が違うし、主神であるロキが前のユートの主神のヘスティアと仲が悪いのがアレだが、現主神アテナはロキと仲が良いらしい。

 

「此処なら他に誰も居ないから、安心して話を聞かせて貰えるかな?」

 

「う、うん……」

 

「貴女の名前は?」

 

「ルルネ・ルーイ」

 

 アイズからの質問に素直に答える。

 

「所属とLV.は?」

 

「第三級のLV.2。所属はヘルメス・ファミリア」

 

「どうして逃げていたんですか?」

 

 レフィーヤも質問する。

 

「殺されると思ったから」

 

「それは、何でそんな風に思ったんですか?」

 

「っ!」

 

 ルルネが目を逸らすのを見たアイズは……

 

「若しかして、貴女が彼処で戦っている誰かが欲する物を持っている?」

 

「うっ!」

 

 核心を突いて訊ねた。

 

「多分だけど、私が受けた冒険者依頼(クエスト)で受け取った物だと思う」

 

「見せて貰えるかな?」

 

「絶対に他人には見せるなって言われたけど……」

 

 事ここに到っては已むを得ないと、鞄から取り出したのは中に小さな胎児みたいな怪物が入った宝玉。

 

「な、何ですかこれ?」

 

 その悍ましさに恐れ戦くレフィーヤ。

 

 宝玉を受け取ったアイズだが、その中身に睨まれた感覚を覚えた瞬間……

 

「うっ!?」

 

 立ち眩みしてしまった。

 

「え? アイズさん?」

 

 種族的な何かか知らないけど、行き成りフラついたアイズをレフィーヤは心配するしかない。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ん、大……丈夫……」

 

(いったい、アイズさんに何が起きたのでしょう? やっぱりこの宝玉の所為って事なのかな?)

 

 兎も角、これ以上は宝玉をアイズに近付けてはイケない気がした。

 

「見付けた……間違いなく宝玉(タネ)!」

 

 赤と白から苛烈な攻撃を受けながらも、赤毛の女は周りを見て遂に目的の代物を見付け出したらしい。

 

「何処見てやがる!」

 

「お前は殺す!」

 

 赤き鎧の優雅と白き鎧のユートが、赤毛の女の腕を片方ずつ取ると脚も片方ずつ極め、ロメロスペシャルというプロレス技を右と左に別れて仕掛けた。

 

「くっ!? な、何だこの攻撃は?」

 

「昇技!」

 

 ユートが叫び……

 

「トライアングルドリーマァァァァーッッ!」

 

 優雅が叫ぶ。

 

 ミチリッ!

 

 上空へと上昇しながら、二人で左右対称に仕掛ける半分ロメロスペシャル……トライアングルドリーマーが完璧に極っていた。

 

「うがっ!?」

 

 ミチミチと肉が裂ける嫌な音が胸元から響く。

 

 昇技トライアングルドリーマーとは、キン肉マンという作品に登場する超人の中で、キン肉マンスーパーフェニックスのチームに入っていた者の必殺技。

 

 サムソン・ティーチャーと寄生超人サタンクロス、この二人のコンビネーションで放たれる技は、極れば相手の胸元引き裂く程の凄まじい破壊力を発揮した。

 

 実際にアニメでは何故か省略されたが、ザ・ニンジャを相手に使用してその力を如何無く発揮、彼の胸を引き裂いて殺している。

 

「ふん、流石にタフだな。俺との激しいセ○クスにも耐えただけはあるぜ!」

 

「くっ!」

 

 本来なら腰も立たなくなるくらいに抜ける激しさ、それを以てヤり続けたにも拘わらず、全く根を上げなかった辺り相当にタフだ。

 

「アンタ、恐らくは人間じゃないな?」

 

 ユートが問い掛ける。

 

「だからどうした? そもそもこの程度で私を斃せる心算なのか!?」

 

「ま、無理っぽいな……」

 

「だな、まさかのトライアングルドリーマー耐えか。超人すら引き裂く必殺技を耐えるだとか、少なくとも防御は超人すら越える」

 

 ミチミチと音はするが、裂ける様子は無い。

 

 ドンッ!

 

 下降して地面にぶつかる衝撃、然しながら赤毛の女はそれすらも耐えた。

 

(LV.にして5……じゃ足りないよな。6クラスって処か?)

 

 それも上位に入る。

 

 ユラリと立ち上がる赤毛の女だったが、ユート達はこれでもLV.7相当になっているからなのだろう、流石にフラフラと満身創痍の様相だ。

 

「漸く目的の物を見付けたのだ……出てこい食人花(ヴィオラス)!」

 

「む!?」

 

「こいつぁ……」

 

 汚い花花花で咲き乱れ、アンダーリゾートは安全圏である通説をぶち壊しに、食人花が何十……下手すれば百を越えて現れた。

 

「狙いは、やはりアレか」

 

「あれ?」

 

「フェズルからの依頼品」

 

「ああ、成程ね」

 

「取り敢えず、あの女は殺っとこう」

 

「優雅兄、一応は一晩の閨を共にしたクセに……」

 

 呆れるユートだったが、優雅は気にした風でなく。

 

「性欲解消の目的だしな。マスターベーションみたいなもんだぜ? そもそも、俺があの女を気に入っていたらお前だってそれなりに好意を持つ筈だろうが」

 

「そりゃ……ね」

 

 ユートと優雅は同じ人間の謂わば光と影。

 

 然しながら嗜好は変わらないらしく、ユートが好むモノは優雅も好むし優雅が愛するならユートもまた愛するだろうくらい、繋がりが深かったりする。

 

 そして、優雅は性欲処理にあの赤毛の女を使ったに過ぎず、決して気に入った訳では無かった。

 

 優雅にとって赤毛の女はダッチワイフよりマシ程度の相手でしかなく、敵対をしたら殺すのに躊躇いを覚えたりはしない。

 

「じゃあ、殺るけど問題は無いよね?」

 

「ああ、なら俺は花を処理して来るぜ」

 

 赤は花へ、白は女へ。

 

「貴様は何者だ?」

 

「白龍神皇ユート。アンタの相手をしていた優雅兄、彼の双子の弟だよ」

 

 白龍神皇のユート。

 

 赤龍真帝の優雅。

 

 二人にはそれを名乗れるだけの力が有る。

 

 嘗て、【ハイスクールD×D】世界の本来の白龍皇であるヴァーリ・ルシファーが欲した称号でもあり、ユート的にも今や白龍神皇という称号を欲しい侭にしていた。

 

「余り時間を掛ける心算も無い。早々にあの世へ旅立って貰おうか!」

 

「させん!」

 

 二人がぶつかり合う。

 

「む?」

 

 瞬間、ユートが赤毛の女の右腕を取りグルグルと振り回し始めた。

 

「はっ!」

 

 上空へ高く上げたユートは両手両足を地面に付け、ブリッジの状態になる。

 

 ドム! ドム!

 

 空高くブリッジで上げ、その度にユートも上空に。

 

「この圧力は何だ? 身体が云う事を聞かんとは!」

 

 最大限の高さまで跳ね、ユートも更にジャンプして追い付き、赤毛の女の右腕と左腕を後ろから絡ませ、脇から右脚を首に掛けると左脚は相手の左脚を極めて荒々しい関節技が完成。

 

「がっ!?」

 

 だがこれで終わらない。

 

《Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid! Divid!》

 

「な!? 力が……どんどん抜けていくだと?」

 

 【白龍皇の光翼】の謂わば真骨頂、十秒毎に触れた相手の力を半減してしまった上で、その力を自分へとプラスしてしまう能力。

 

 しかもヴァーリ・ルシファーですらすぐ上限に至るのに、ユートは無制限で力を溜める事が可能。

 

「トドメだ!」

 

「っ!」

 

「アロガント・スパァァァァァァァァァァクッッ!」

 

 落ちる際にブリッジしながら本人の腕により首を圧迫しつつ、両脚で両脚を極めた状態となってその侭、赤毛の女の脳天を地上の硬い凶器へと叩き付けた。

 

「ゲボッ!」

 

 然しもの赤毛の女とて、完璧超人始祖・完璧弐式のシルバーマンが必殺技たるアロガント・スパークに、クリティカルなダメージを受けてしまう。

 

「模倣技とはいえ痛いだろうな。何て、もう聴こえてはいないだろうね」

 

 白目を剥いた赤毛の女は間違いなく死亡していた。

 

 背中の光翼を広げると、ユートはヴィオラスを斃すべく飛翔する。

 

「あ〜あ、まったくなっちゃいないですね」

 

 ユートが去った後に顕れたのは銀髪アホ毛、顔立ちは正しく美少女然としているものの、翠の瞳は邪悪に満ち充ちている。

 

「仕方がありませんから、貴女に素敵なパワーをプレゼント・フォーユーです」

 

「がっ!?」

 

 それは何かの薬なのか? 小さなカプセルを口へと放り込んだ。

 

「アガガガガッッ!?」

 

 苦しそうに呻き声を上げる赤毛の女、涙をボロボロと溢しながら涎を垂らす。

 

 首をガリガリ引っ掻き、のた打ち回っていた。

 

「本当なら直に介入をする気は無かったんですがね、やはりイレギュラーであるユートさんを相手に貴女では話にもなりませんか……貴女は精々がLV.6程度の能力しか持ち合わせないのに、ユートさんときたら素でLV.5なんですからそりゃ無理ですよねぇ」

 

 つまり、魔力や氣力などを纏えば更に力は上がる。

 

「しかもLV.2にランクアップしましたからねぇ、素で今やLV.7ですよ。この世界で最強の【猛者】オッタルさんもおったまげなんですからね。ですから貴女にはLV.10にまでパワーアップが可能な様、私が介入する事にしましたから……クスクス」

 

 勿論、行き成りそこまでパワーアップさせても使い熟せないでは意味が無い。

 

「先ずは剣姫……彼女の風を見定めると良いですよ」

 

 銀髪少女の名前は【這い寄る混沌】のニャル子。

 

 その名の通りにソッと、傍へと這い寄って破滅させる為に囁くのである。

 

「さあ、ユートさん。私達のゲームを今こそ再開しましょう。ナニモのにも邪魔はさせませんよ。そいつが仮令、我が母君であろうと【ゲッターエンペラー】であろうと……貴方の敵たる侵食者の彼奴だろうとね」

 

 頬を染める這い寄る混沌はユートを見つめ、濡れる股間を自らの手で慰めながら呟くのであった。

 

 

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第38話:リヴィラの街での大乱戦は間違っているだろうか

 久方振りに書けました。





.

「貴様は何の為に私を生き返らせた?」

 

「私の目的の為ですよ」

 

「目的……だと?」

 

「貴女を殺したあの方……ユートさんと愉しく遊ぶ。それが私の目的ですから、行き成り原作キャラクターに死なれては困ってしまうんですよ」

 

「……礼は言わん」

 

 原作キャラクターの意味は解らないが、取り敢えずこの見た目には単なる少女に過ぎない彼女によって、自身が甦った事だけは事実として受け取ったらしい。

 

「要りませんね。私は私の目的さえ果たされるなら、それで充分ですから」

 

 ニャル子の目的はユートと遊ぶ事であり、その為に悉く事象へと介入をしてきたのである。

 

 彼女のユートを――白い鎧の男を視る目は明らかに恋する乙女でありながら、何処か邪悪で淫靡な色が混じっていた。

 

「では、その力を存分に揮って下さいな」

 

 そう言って転移する。

 

 残されたのは赤毛の女が唯一人だけ。

 

「剣姫の風……とか言っていたな」

 

 剣姫とは誰なのか?

 

 ダンジョンに何年間も篭り続けていた赤毛の女には判らなかったが、姫と呼ばれたからには性別は女であると考え、力の有りそうな女を捜してみる事にした。

 

 また、剣の姫とされるのならば剣士である事も予測される。

 

 力が高くて剣を持つ女、一気に絞られてくる筈だ。

 

「では往くか」

 

 その有り余る身体能力を駆使し、赤毛の女はその場から文字通り飛び出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 赤龍真帝の優雅は食人花(ヴィオラス)を相手に一歩も退かず、そのパワーを以て蹂躙をしていく。

 

 尤も、どれだけのパワーであろうと拳打に耐性が有るだろうヴィオラスには、拳の一撃なんて幾らでも耐えられるみたいだ。

 

「だけどな!」

 

 赤龍帝の能力は全て解放済みな優雅にとってみればそんなのは全く関係無く、その特殊な能力を如何無く発揮して潰していた。

 

《Penetrate!》

 

 透過という、ドライグが生前に持っていた能力で、神器に封じられてしまった際に聖書の神により封印を受けていたが、瑠韻の力を借りてアッサリと解除してしまった。

 

 外に人格を顕すと破滅の因子全開となる瑠韻だが、内部で力を揮うのは関係が無いらしく、優雅は新しい妹? の力を確り使う。

 

 結果、【白龍皇の光翼】の反射も合わせて能力解放に至り、こうしてヴィオラスの防御を透過させて一撃のダメージを通している。

 

「うらぁぁっ!」

 

 よって、ヴィオラスは殴られる度に表皮がひしゃげてしまい、LV.7相当の拳打を内部で直接的に受ける事で絶命し、魔石が優雅のアイテムストレージへと格納されて灰に還る。

 

「数だけゃ多いな」

 

 ユートや優雅の識らない原作でも、数十匹は現れていたヴィオラスだったが、この場の数は優に百を越えて存在していた。

 

 勿論、LV.2の冒険者如きにどうにかなる事などあろう筈もなく、犠牲者も出ている可能性が高い。

 

 リヴィラの街を造っているのは、LV.3冒険者であったボールスを筆頭にしている事からも判る通り、基本的にLV.4を越える冒険者は常駐していない。

 

 今回、ロキ・ファミリアの首領たる【勇者】フィンや幹部達が居たのは偶々、然しながらフィンも個人戦なら強いのだが、こうまでモンスターが闊歩をしていては中々に苦戦をする。

 

 LV.6のフィン。

 

 LV.6のリヴェリア。

 

 LV.5のアイズ。

 

 LV.5のティオネ。

 

 LV.5のティオナ。

 

 LV.3のレフィーヤ。

 

 対外的にはユートはまだLV.2だが、実質的にはLV.7相当であったし、優雅も同じである。

 

 とはいえ多勢に無勢。

 

 それでピンチに陥る事は無いが、冒険者達を救う事が出来ない状況だった。

 

 其処へ優雅の乱入。

 

 槍使いのフィンは一応、ダメージを入れていたとはいえ元々の防御も高くて、一撃の許に斃すには腕力が足りない。

 

 にも拘らず、赤い鎧の男は普通に斃しているのだから驚くしかなかった。

 

「あれがユート君の兄か」

 

 苛烈に激烈。

 

 ユートとは真逆な存在に見える優雅。

 

「よう、【勇者】様よぅ。意外に苦戦しているな?」

 

「ゴライアス程じゃないにせよ、巨体で防御力もあるモンスターだからね。比較的に腕力が低い僕には少し大変ではあるよ」

 

「ふん、それでもピンチにならない辺りが流石だな。くれてやるから使え」

 

「っ?」

 

《Transfer!》

 

「これは!?」

 

 溢れてくる力。

 

 全身がまるで強化されたみたいで、しかも腕力上昇が著しいまでだ。

 

「【赤龍帝の籠手】の第二能力の【譲渡】は、増幅をした力を他者に与える」

 

「よくは判らないが使えるみたいだ」

 

「序でにコイツもだ」

 

 それは呪文。

 

「バイキルト、ピオリム、スクルト……バイスピオクルト!」

 

「うっ!? この輝きは」

 

「攻防速強化合体呪文……まぁ、頑張ってくれや」

 

 本来は複数に掛けるが、範囲内にはフィンしか居なかったから個人に掛けた。

 

 再び離れる優雅を見送ったフィンは、襲いくる食人花を片手間で屠る。

 

「譲渡……か。素晴らしい能力だね。しかもこの魔法はアイズの風みたいな付与魔法か何かかな?」

 

 それだけに敵対するのは恐ろしい相手だった。

 

 リヴェリアはレフィーヤとは違い、魔導師としての格が非常に高いレベルで、動き回りながら魔法の詠唱をする【並行詠唱】を難なく熟するが、基本的に高い威力と広範囲な魔法だから乱戦では使い難い。

 

 故に近接戦闘をしながら機会を窺っていた。

 

「メ・ラ・ゾー・マ……」

 

 五本の指にメラゾーマを灯す白い鎧を纏うユート。

 

五指鳳凰焔舞(フィンガー・フレア・フェニックス)ッッ!」

 

 解き放つと火の呪文は、不死鳥の姿となって戦場を翔び回り、ヴィオラス共を焼き尽くさんとぶつかる。

 

「何と……魔法をあの様に使えるのか」

 

 バカ魔力任せに放たれる極大魔法とは違う技巧に、先天的な魔法の使い手であるハイエルフとして驚愕を露わにしていた。

 

 悪党の技故にイメージ的に最悪なモノ、しかも片や歴史が無いが故に出世欲に目が眩んでいた小悪党で、片や偉大な大魔王様が放つ必殺技というか呪文だ。

 

 とはいえ、ユートは使えるなら使うタイプだから、普通に行使していた。

 

 火の鳥が指向性を持って敵を追い回し、その高熱を以て敵を焼き尽くす。

 

 それも基本的に大魔王が一羽で撃っていた呪文を、五指から五羽の火の鳥を放ったのだから敵からすれば堪らなかった。

 

「リヴェリア、こいつを使って戦え!」

 

「け、剣? いや、然し私は魔導師だぞ。近接戦闘は嗜み程度でしかない」

 

 一応、リヴェリアも近接戦闘が出来るのだろうが、飽く迄も魔導師として戦闘スタイルを確立している。

 

 しかも渡されているのは明らかに両手剣、あんなのを振り回すのは難しい。

 

 まあ、魔導師とはいってもリヴェリアはLV.6、力のアビリティもそれなりには有るから、この両手剣を振り回せない訳では決してないのだが、技術は拙いから余り意味も為さない。

 

「誰も近接戦闘をしろなんて魔導師に言わないさね。こいつの銘は【雷神の剣】といってね。確かに武器としても一級品な代物だが、実は別の側面もあるんだ」

 

 攻撃力は95。

 

「別の側面?」

 

「放てという意を籠めて、この雷神の剣を揮ったなら極大閃熱呪文(ベギラゴン)と同じ熱量を放てる」

 

「ま、魔剣なのか!?」

 

 魔剣――決してオリジナルを越える事は無いにせよ魔法の力を籠めた武器。

 

 但し、何度か使えば砕け散る運命の剣。

 

 剣の形をしながら剣としては使われず、単に魔法モドキを放つ道具に過ぎない入れ物の器である。

 

 ユートが得た情報では、十回も保てば御の字とか。

 

 オリジナルたる魔法には届かず、僅か十回未満しか使えない魔剣。

 

 唯一の例外はオリジナルを遥かに越える力を放てる【クロッゾの魔剣】とか、即ちヴェルフ・クロッゾがそれを鍛てるらしい。

 

 本人は魔剣を鍛ちたくはないと聞くが……

 

「壊してしまっても弁償は難しいのではないか?」

 

 高価な魔剣だ。

 

 たったの数回だけ炎を出せる魔剣、それですら何と百万ヴァリスもの値段。

 

 強大な魔法モドキを放つ魔剣なら、それこそ何千万ヴァリスにもなる。

 

「魔法を放っただけでは壊れないよ」

 

「莫迦な!?」

 

「この世界の魔剣の作り方とは根本的に違うからね」

 

「む、むう……」

 

 当然、ゲーム的な縛りも無いからリヴェリアであれ問題無く使用可能。

 

「それで、ベギラゴンとはどの様な魔法なのだ?」

 

「熱エネルギーを拡散して放つ魔法で、ギラ系と呼ばれる中で二番目に強い」

 

 それでも攻撃魔力の概念が無いナンバリングでも、100前後ものダメージを与える程だ。

 

 熱に強いモンスターでなければの話だが……

 

 そして現れたモンスターは植物系、高熱を放つ魔法に強いとは云えない。

 

「判った。有り難く借りておこう」

 

 頷いたリヴェリアはその手に【雷神の剣】を取り、刃の腹部分を一撫ですると『放て』と意志を伝えながら揮った。

 

 轟っ!

 

 凄まじい熱量のエネルギーが剣身から放たれると、食人花のモンスターであるヴィオラスを数匹ばかり、呑み込んで纏めて焼き尽くしてしまう。

 

「な、何と!」

 

 ベギラゴンなる魔法とはどんなモノか? リヴェリアにもはっきり理解出来た訳だが、下手をしたら自分の炎の魔法並の威力。

 

「越える……のか? 我々(オリジナル)を」

 

 エルフ達が忌み嫌う彼の【クロッゾの魔剣】を思わせるが、今は精神力の消耗も無く使えるのが有り難いとリヴェリアは感謝した。

 

 ヒリュテ姉妹が戦っている戦場まで、赤と白の龍人が飛んでくる。

 

 姉のティオネ・ヒリュテは短剣を二振り、器用に操ってヴィオラスにダメージを与えていた。

 

 逆に妹のティオナ・ヒリュテはバカでかい剣を豪快に揮って、ザックザックとヴィオラスの本体を斬り裂いている。

 

「頑張ってる様だな」

 

「そうみたいだね」

 

「「っ!」」

 

 ヘッドマスクを収納した素顔、それは寸分違わぬ程に似た青年のもの。

 

「ユート……と、誰?」

 

 似ているし赤い方を兄だと言っていたから、兄弟だとは理解もするティオナではあるが、赤い方の名前は知らなかったから。

 

「柾木優雅。ユーガだ」

 

「ユーガね。うん、名前は覚えたよ」

 

 優雅の名乗りに頷くのはティオナ。

 

「で、用件は? 此方も忙しいんだけど」

 

 ティオネがジト目だ。

 

 ヴィオラスは取り敢えず今は居ないが、すぐにまた現れるなら確かに忙しい。

 

「二人にはこれを貸そう」

 

 それは同じ形をした腕輪が二組で四つある。

 

「腕輪?」

 

「豪傑の腕輪と星降る腕輪という魔導具。片や力を上げる腕輪で片や素早さを上げる腕輪だ」

 

「! そんな物が?」

 

 ティオネが驚く。

 

 取り敢えず豪傑の腕輪と星降る腕輪、片腕に一つずつ装備をしてみた。

 

「確かに何だか身体が軽い感じだし、軽々と大双刃(ウルガ)を持てるみたい」

 

 今までも軽々と振っていた気もするが……

 

「序でにこれ。【聖魔装身(エクシード・チャージ)……絶世の名剣(デュランダル)】!」

 

 二人の武器にスキルの力を附与する。

 

「うわ、うわぁ!」

 

 大喜びなティオナ。

 

 前にも掛けて貰ったが、不壊属性に加えて切れ味が数段上がったのだ。

 

 竜が相手ならデュランダルより、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を掛けてやり対竜の剣にしただろう。

 

「少し前と輝きが違う?」

 

「流石はティオネ。実は、LV.が2に上がった際にこのスキルにも変化があったんだよ」

 

「LV.が上がったのね。だけどスキルに変化って? そんな事が起きるものなのかしら?」

 

「さて、神々でさえ把握してない恩恵らしいからね。絶対に有り得ないとも言えないだろう?」

 

「まあ、確かに……」

 

「変化も性能が上がったんだから問題は無いしね」

 

 【聖魔装身(エクシード・チャージ)】――ユートが識る聖や魔の力を持った装身具の能力を附与する。

 

 つまり聖剣のみならず、聖槍や聖弓や聖鎧や聖盾や逆に、魔剣や魔槍や魔弓や魔鎧や魔盾などの魔に属する武装の附与も可能。

 

 しかも〝ユートの識る〟とある様に実際がどうだかは無関係で、ユートが認識している能力で附与する事が出来るという。

 

 デュランダルの附与も、切れ味に関してはゼノヴィア・クァルタの持っていたデュランダルに、決して壊れなかったという逸話を持った状態での附与だ。

 

 しかも効力や持続時間も二倍になっている。

 

「おーし、ぐわんばるぞぉぉぉぉぉぉおっ!」

 

「ティオナ、煩いわよ」

 

 ブンブンと大双刃を振り回すティオナと、煩そうに文句を言うティオネが立ち去った後、ユートと優雅も空を翔んで次を目指す。

 

「アイズやレフィーヤは……っと、どうしたかな?」

 

 捜すのはアイズ・ヴァレンシュタインとレフィーヤ・ウィリディスの二人で、レフィーヤの事だからきっとアイズと一緒だろうとか考えて捜してみる。

 

「おい、ユート!」

 

「どうした、優雅兄?」

 

「あそこ、アイツはさっき殺した赤毛じゃねーか?」

 

「――何?」

 

 髪の毛が短髪になってはいたが、顔立ちや着ている服から確かにさっきの女。

 

「莫迦な、確かに息の根を止めた筈! 心音も無かったのは確認したんだぞ?」

 

 アロガント・スパークはシルバーマンが使う、殺意の塊みたいな業であるが故に〝殺す〟という一点に於いて最高のもの。

 

 柔らかい場所に落としたなら万が一も有り得たが、ユートが極めた場所は硬い岩場であった。

 

 超人レスラーでさえ死ぬ秘技に、人間の肉体が耐えられる筈がないのだ。

 

 確かに強靭な肉体だった赤毛の女だが……

 

「だけど奴は生きている。間違いなく……な」

 

「チィッ! どういう絡繰りかは知らんが、なら今度は息の根を止めるだけでは済まさない! 肉体諸共に魂すら消滅させてやる!」

 

 言っている事は物騒極まりないが、カンピオーネであれば仮に肉体が消滅しても生き返る場合があるし、割と普通な考えであろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 一方のアイズとレフィーヤの二人は、未だにルルネ・ルーイと一緒に居た。

 

「貴女は!」

 

 其処へ現れたのが赤毛、赤い鎧と戦って……明らかに死んだと思われた必殺技を喰らっていた女。

 

「お前が奴の言っていた」

 

「何の……事?」

 

「見せて貰うぞ」

 

 剣姫の風の意味を。

 

 駆け出して放たれるは、モンスターがいつも手にするみたいな石造りな手斧。

 

「こ、れは……ネイチャーウェポン!?」

 

 手斧の一撃を愛剣(デスペレート)で受ける。

 

「クッ!」

 

 パワーがおかしいレベルで吹き飛ばされ掛けた。

 

 アイズが踏み留まったのは偶然でしかない。

 

「成程、奴が言っていた通りの力だ」

 

 自らの拳を見つめつつ、赤毛の女が呟いた。

 

「つ、強い……」

 

 アイズは驚愕する。

 

 見ていたレフィーヤとて驚くしかないし、ルルネは恐怖からか血の気が引いて青褪めていた。

 

 アイズはLV.5である第一級冒険者だが、決して無敵や不死身などではない事は本人が一番理解している事で、常に強くなりたいと考えている程。

 

 だが、弱者でもない心算なアイズではあったけど、目の前の敵はそんな自分を遥かに凌駕している。

 

(LV.6なんかじゃとても足りない、【猛者】より力強い剣だった)

 

 見た目だけなら鍛えられた女だが、その腕力は明らかに筋肉漢(きんにくまん)なガチムチ猪人のオッタルよりもパワフル。

 

(まさか、LV.8?)

 

 単純にオラリオ最強たるLV.7のオッタルよりも強いなら、それは即ち彼女のLV.が7を越えていると考えるしかない。

 

「本気で来い。然もなければ……死ぬしかないぞ」

 

 恫喝でも脅迫でもない、単なる事実として言う。

 

 ゾッ!

 

 言葉に籠められた威圧感に背筋が凍る。

 

目覚めよ(テンペスト)……!」

 

 一言だけ。

 

 それはアイズを【剣姫】足らしめる魔法、風の付加魔法の……

 

「エアリエル!」

 

 吹き上がる風がアイズの周囲を巡る。

 

 それを見た赤毛は驚き、そして歓喜を上げた。

 

「そうか、その風! お前が『アリア』か!」

 

「っ!? 何故、その名を知っているの?」

 

 アリアとはアイズ・ヴァレンシュタインの母の名。

 

 だが、それ処ではなかったのを知らしめす出来事が更に起きた。

 

「うわっ!?」

 

 ルルネが持っていた荷物の中身、不可思議な胎児の化物が入った宝玉が飛び出したかと思えばモンスターに寄生したのだ。

 

「しまった! ええい! 全てが台無しではないか。こうなればアリアだけでも……連れて行く!」

 

 赤毛が何か言っているがそれ処では正に無い。

 

 宝玉が寄生した食人花が他の食人花共を取り込み、次から次へと融合をしていくではないか?

 

 目を見開くレフィーヤ。

 

 その巨体は下半身が根、上半身がヒトの姿を冒涜するかの如く人型。

 

「に、似てる……」

 

「アイツ、あの五〇階層に出てきた?」

 

 前回の遠征時にユートとアイズが斃したモンスターと似た感じで、視るからに気色が悪いモンスターだ。

 

「こっちに来るな」

 

「何処から現れた……と、問い質したいが。こいつは始末する方が先決か」

 

「ああ、そうだね」

 

 慌てないロキ・ファミリアの団長と副団長、ボールスは――『何でてめぇらはんな冷静なんだよ!』とかヒートアップする。

 

 下半身の融合した食人花が周囲を襲い始めた。

 

「狙いはアイズか?」

 

「アイズの風に反応しているのかな?」

 

 明らかに主なターゲットはアイズである。

 

 リヴェリアもフィンも、冷静に事を対処せねはならない身の上、今は慌てずに騒がずに観察を続けた。

 

 アイズは自分が追われているのに気付き、人気が無い方へ誘導していく。

 

 褐色肌のアマゾネス姉妹――ティオネとティオナも攻撃し始めた。

 

 下半身の食人花を斬ったティオナだが、既に首ではなく脚の一部故にか堪えてはいないらしい。

 

 

「借りるぞ!」

 

「へ? あ、リヴェリア様……?」

 

 何処かのファミリアだろうエルフから弓矢を奪ったリヴェリアだが、他の派閥とはいえリヴェリアは謂わばエルフの王族。

 

 ハイエルフだ。

 

 文句も言えない。

 

 三本の矢を矢筒から取り出すと番えた。

 

「フィン!」

 

「オッケー!」

 

 何がしたいか阿吽の呼吸で理解したフィンは走る。

 

 ロキ・ファミリア創立からの付き合い、まだ十代の若造だった彼も今や四十路に突入して久しい。

 

 つまりは、二十年以上の付き合いとなるのだから、これも当然なのだろう。

 

 放たれるは三本の矢で、牽制の意味があるそいつが命中、フィンが透かさずに脚の部位を複数斬る。

 

 ヒリュテ姉妹やフィンとリヴェリアの攻撃により、アイズへの追撃が止まったのを見たアイズも反撃に転じようとするが……

 

「お前の相手はこの私だ、アリア!」

 

「くっ!」

 

 ネイチャーウェポンによる攻撃を、アイズは自身のデスペレートで受ける。

 

「この侭では帰れんからな……付き合って貰うぞ!」

 

「アイズッ!?」

 

 その様子はティオナから見えていた。

 

「もう、うざい!」

 

 とはいえ、余りにも多い攻撃の手……というより脚に援護も出来ない。

 

「ボールス、皆を下がらせるんだ!」

 

「ああ? 下がらせりゃ良いんだな!」

 

 ユートの言葉に従うのは先の躾が効いたのか?

 

 すぐにも実行された。

 

「優雅兄、やるぞ!」

 

「応よ!」

 

《Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!》

 

 赤龍帝の籠手による増幅を行う優雅。

 

「右手にメラゾーマ、左手にベギラゴン……」

 

 ユートは両手に強大なる呪文を籠めた。

 

「合体――閃熱大炎【メゾラゴン】!」

 

 それを一つに融合。

 

「今だ!」

 

《Transfer》

 

 それを第二の能力である譲渡で増幅し……

 

《Penetrate!》

 

 更には第三の能力である透過能力を発動。

 

「「いぃぃぃっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」」

 

 防御無視の閃熱炎球が、巨大なモンスターに向けて放たれた。

 

 

.




 ユートが地味にパワーアップしています。




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第39話:赤毛との仮初めな決着は間違っているだろうか

 ベルのランクアップまでまだ遠い……





.

 モンスターは透過により防御を無視され、極大なる閃熱炎に焼き尽くされた。

 

 文字通り焼滅してしまったモンスターなど、ユートも優雅ももう興味は無いとばかりに次へと向かう。

 

 赤毛の女が居る場所へ。

 

 まあ、ドロップアイテムや魔石はアイテムストレージ内に格納されてるし。

 

 向かうとアイズが苦戦を強いられていたのを確認、ユートと優雅が赤毛の攻撃を二人で防いで助ける。

 

「其処までだ!」

 

「これ以上は好き勝手させねーぜ?」

 

 白て赤が言う。

 

「貴様らか!」

 

 赤毛は不愉快そうに表情を歪め、忌々しそうな口調で吐き捨てるが如く。

 

「ユ、ユート……」

 

「ユートさん!」

 

「……」

 

 アイズとレフィーヤと、更にはルルネのリアクションというか……

 

「俺の名前が出ねーし?」

 

 解せぬとばかりに優雅は呟いた。

 

「名前を知らないから」

 

「あ? そりゃ剣姫が言う通りだったな。俺は優雅、赤龍真帝の優雅だ」

 

 詳しく名乗っている場合でもないから、取り敢えずは通り名と名前だけを名乗っておく。

 

 真なる赤龍神帝とも違う赤龍真帝、それは今現在のノーマル状態を指す訳ではなく、この上位版の姿となった場合を示す名前だ。

 

 ユートと優雅のそれは、仮面ライダー剣系のバックルにより、カードを装填して変身をするタイプ。

 

 上位変身とはつまりは、JフォームとKフォームと全融合の王国フォームだ。

 

 Jフォームはちょっとした変化で、Kフォームというのが覇龍(ジャガーノート・ドライブ)に位置し、王国(キングダム)フォームがヴァーリでいう魔王形態であり、一誠でいう龍神形態みたいな感じだろう。

 

 また、覇龍も無様に巨大化したあんな暴走形態とかではなく、確り鎧の進化系としての変化をする。

 

「どうやらパワーアップしての蘇生らしいが、どうやってそんな真似をした?」

 

「知らんな。銀髪の女が私を生き返らせた以外は」

 

「ぎ、んぱつ……だと? それはこんな感じか?」

 

 空中に写真を投影してみると、目を見開いて驚愕をする赤毛の女。

 

「どうやったか知らないが……まあ、良いか。確かにソイツだ」

 

 素直に教えてくれた辺り思う処でもあるのか?

 

「チッ、ニャル子の介入って訳かよ!」

 

 這い寄る混沌ニャルラトホテプ星人のニャル子……ナイアルラトホテップという神の一存在。

 

 トリックスターであり、外なる神々(アウター・ゴッズ)の中では唯一、封印を免れた存在でもある。

 

 その所為で彼方此方での暗躍が成されていた。

 

 ユートが識るのは基本的にナイアとニャル子だが、ナイアは大十字九郎とその眷属に御執心で、ニャル子こそがユートに御執心だ。

 

 他にも出会った這い寄る混沌も居るには居るけど、別の誰かに御執心だったからユートと深くは関わっていなかった。

 

 例えば、丸目蔵人に御執心だったのが上泉信綱。

 

 剣聖上泉伊勢守信綱本人と吹くが、それだけの剣術を使える腕前でもある。

 

 這い寄る混沌は本性を晒していない状態だと、人間なら紛う事なく人間でしかなくなる為、ユートも正体には気付けなかった。

 

 邪神の介入があった時点で這い寄る混沌の介入とか確かに疑われていたが……どうやらアレが黒幕という訳でも無かったらしい。

 

 扨置き、あの赤毛の能力の上がり具合だが?

 

 ユートは考察する

 

(さてそうなると、生半可なパワーアップじゃない)

 

 ハルケギニア時代でも、ヴィンダールヴのジュリオに与える力として、火竜山脈にブリミルが封じていたエンシェント・ドラゴンを使ったくらいである。

 

(元々、【神の恩恵(ファルナ)】ってのは地上人を神に引き上げる法を簡易化したモノだ。経験値を稼いでステイタスを引き上げ、偉業を以て器である肉体を昇華させていき、それにより最大限にまで昇華し切ったら神化に及ぶ。僕の見立てではLV.12くらいが目安なんだが……)

 

 とはいえ、それは目安のLV.12になれば最下級の神くらいになれるという事でしかなく、中級〜上級に上がるには更に別の意味で経験値が必要だろう。

 

 神々はサーシャから聞いた話が正しければ、出でたその時から姿形に変化は訪れないが、ヒトから神に成った場合はその限りではないらしい。

 

 何しろ、これが千年くらい前に始まった初めての試みであり、古代から現代までに実際に成り上がった者は皆無だから、神々にさえどうなるのかが判らないというのが正しいとか。

 

 随分といい加減な話だ。

 

(聖衣に神血を掛けたら、神聖衣という夢幻の形へと進化するし、確かにヒトが神に神化してもおかしな事じゃないんだけどな)

 

 何にせよ、現代オラリオでの最高峰がLV.7たる【猛者】オッタルだ。

 

 それだって相当な年月を掛けただろうし、ソコから更に5つもLV.を上げるのは容易ではあるまい。

 

 それこそヒトとして寿命が保つかどうか。

 

(まあ、寿命はLV.が上がると見た目の変化が乏しくなる辺り、間違いなく延びていると思うけどな)

 

 ユートの拳と赤毛の武器がぶつかる毎、周囲へ激震が奔って空間を揺さぶる。

 

 マルチタスクがあるから考察しながら闘えるけど、それが出来ない者なら疾うに終わっていそうだ。

 

「迅すぎて見えない……」

 

 アイズはショックを受けてしまう。

 

 この身はLV.5。

 

 第一級冒険者となってより約三年、周りから持て囃されても未だに力を貪欲に求めてきたが、ユートみたいな高みには全く至らず、自分は足踏みをしている。

 

 アビリティの数値などは仮令、第五一層でどれだけ多くのモンスターを殺しても僅かにしか伸びない。

 

 あの芋虫モンスターが出た遠征後、ロキにステイタス更新をして貰ったけど、前回からの伸びは殆んど無かったのだ。

 

 伸びてはいたがそんなのは誤差の範疇。

 

 強くなりたい。

 

 誰にも負けないくらい、お母さんを取り戻しに往けるくらいに。

 

『――待ってて』

 

 よく視る夢だ。

 

『――待っててっ!?』

 

 黒いナニかに母親を奪われる悪夢であり、事実上の現実に起きた事への抽象。

 

『必ず、そこに行くから。必ず、迎えに行くから――絶対に取り戻すから!』

 

 なのに現実のアイズは、全くの足踏み状態。

 

 三年間で今が限界となるならば、必要なのはやはり器の昇華――LV.を上げるという事になる。

 

 LV.5からLV.6へ……器が昇華されたなら、その伸び代は再び上がる。

 

 数値的には今までのものが消える訳でなく、確りと踏襲された状態でオール0にリセットされ、ソコからまた伸ばす形になる。

 

 しかも、器が昇華された時点で今までより明らかに能力が上がるのだ。

 

 それはゴブリンという、最弱モンスター一匹にすら勝てないヒューマンでも、【神の恩恵】を受けた途端に数値がI0でも勝てる様になる事からも判る。

 

 それに……

 

「ユートは強い」

 

 ユートのあの異常なまでの強さ、その秘密を知りたいと思っていた。

 

 公式なLV.は1であると聞いていたが、明らかに第一級冒険者の自分よりも力量が上である。

 

 そしてギルドに通達しているLV.が偽りでないというのは、アイズ自身が既に背中のステイタスを見て確認もしていた。

 

 まあ、今はランクアップしてLV.2だが……

 

 本人はそもそも【神の恩恵】を受ける前、初めからLV.5相当の能力を持っていたかららしいのだが、そこまで鍛えるのにどれだけの時間が掛かるか?

 

 単純に能力を上げるなら【神の恩恵】を貰った方がやはり早いし、今は伸びが悪いアイズにせよ約十年間でそのLV.5まで上げたのはそれなりの早さだと、首領であるフィンにも絶賛された程だ。

 

 何しろフィンもLV.6という、アイズ以上の能力を持つが年齢は四十路など既に過ぎている。

 

 それだけの年月が必要であり、未だにオラリオ最強のオッタルに追い付かないのが現実だった。

 

 そして今一つ。

 

 今回のダンジョン探索の前に、ティオナと模擬戦をしたら敗けてしまった。

 

 勿論、模擬戦くらいなら何度か行っている。

 

 その度に、勝ったり負けたりを繰り返していたのも事実ではあるが、あの日はアッサリと敗北していた。

 

 信じられない話だけど、ティオナのアビリティは明らかにアイズを越える。

 

 同じLV.5であるし、能力は得意分野で伸び率が異なるが、総合的には大した違いは無かった筈。

 

 技術が上がった訳でないのなら、単純明快にアビリティがアイズを遥かに越えたという事になる。

 

 付与魔法たるエアリエル込みで敗けた為、ショックは余りにも大きかった。

 

「私は……弱い……」

 

 こんな様ではいつまで経っても目的は達せない。

 

「強くなりたいっっ!」

 

 アイズはギリッと奥歯を噛み締めるのだった。

 

 一方、レフィーヤ・ウィリディスもアイズと同じく衝撃を受けている。

 

 ユートがLV.の垣根を越えて強いのは知っていた事だし、地上で怪物祭に於いては食人花にエロティカルな目に遭わされた際に、救出されてもいたから理解はしていたのだ。

 

 LV.1ながらLV.3の自分を遥かに越えるし、憧れの『アイズさん』より強いのもおかしくない。

 

 だけど、ユートの魔法を少しだけ見知ったが余りに自分を越えていた。

 

 魔法に関してだけなら、LV.5のアイズやティオナやティオネをも遥かに越える実力を持ち、三つ目の最後の魔法スロットに顕れた魔法――エルフ・リングは条件さえ満たせば同胞の魔法を召喚出来るという、規格外の魔法だったりするくらいのモノ。

 

 その気になれば、リヴェリア・リヨス・アールヴの魔法さえ使えるのだ。

 

 魔法能力の高さだけなら第一級冒険者並と云えて、自分に未だ自信を持てないレフィーヤだが、取り敢えず良いモノは持っていると言われていた。

 

 先天的魔法行使者であるエルフだからだが……

 

 それに対してユートは、種族的には平均的に低めな能力のヒューマン。

 

 アイズもそうではあるが……ヒューマンの魔法行使能力は大概が低い。

 

 それは器の資質的問題。

 

 エルフみたいな高い素地を持たないが故に、魔法という意味ではレフィーヤもアイズを越える。

 

 だけどヒューマンの筈のユートが使う魔法、それは明らかに自分の最大行使の魔法を上回っていた。

 

「メラゾーマ……カイザーフェニックス!」

 

 今現在、使っている魔法だけでもそうなのだ。

 

 どんな仕組みかは理解が及ばないが、ユートは火の魔法を行使する際に火の鳥に変化させている。

 

 別に変化させたからどうだという話だが、魔導師のレフィーヤから見てアレは明らかに威力が弥増していた為、最初に見た時にそれは衝撃を受けたもの。

 

 しかもユートは【魔導】を持つ魔導師ではないが、どう考えても並行詠唱でもするかの如く動き回りつつ魔法を使うし、そもそもが詠唱をしている様子自体が無かった。

 

 詠唱文の長い魔法は威力が高く、短い魔法は威力という意味では劣る。

 

 なのにユートの無詠唱な火の鳥(カイザーフェニックス)は、長文詠唱であるレフィーヤのエルフ・リングからのレア・ラーヴァテインを確かに越えていた。

 

 それは威力がレフィーヤの魔力に依存しているとはいえ、仮にもリヴェリア・リヨス・アールヴの魔法を越えたという事。

 

 レフィーヤがユートについて知る事は少ない。

 

 精々がLV.1でヘスティア・ファミリアの団員であるという事、スキルには何かとんでもない事実が有ってティオナと……

 

 考えるだけで赤面してしまう行為に耽っていたが、何故かユートに対してだと警戒心が沸かない。

 

 まるで故郷――ウィーシェの森の香りを放つ樹木の如く、または同胞みたいな感覚で触れ合うのも忌避感を覚えないのだ。

 

 レフィーヤは、基本的に余程の嫌悪感を持たない限りは触れ合いを忌避しないタイプだが、初めて会った相手には多少の躊躇いくらいは持つ。

 

 だけどユートにはそれすら無かった程。

 

 いや、まあ……ティオナとの情事を視て無意識にも自らの股間へ手を伸ばし、ティオナを自分に置き換えて真っ白になったのも理由ではあるのだが……

 

「ライトニング・バスタァァァァァーッッ!」

 

 そうこう考えていると、ユートが凄まじい魔力を籠めた魔法を、右手に収束させてから赤毛の鳩尾へ叩き込むのが見えた。

 

「あの女の人、あんな一撃を受けてもまだあれだけの動きが!?」

 

 ライトニング・バスターとやら、レフィーヤの魔導師としての視点から視ると爆裂魔法を右手に収束し、相手を殴り付けたと同時にエネルギーを解放、内部に衝撃を叩き込む必殺技だと見えたが、そんな一撃から普通に戦闘を継続している赤毛もまた既知外である。

 

 レフィーヤはユートや、敵の赤毛を見て口に出す。

 

「私は……弱い……強く、強くなりたいです……」

 

 それは、憧れのアイズ・ヴァレンシュタインと同じ呟きだったと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「やはり、LV.8相当って処か……」

 

「どうだろうな?」

 

 参ったというか困った。

 

 今のユートは素で視ればLV.7相当、赤毛に能力がワンランク劣る形だ。

 

 闘氣や魔力を使って能力を上げる事は可能、単純に【白龍皇の鎧】を進化形態にするのも良い。

 

 だけど問題がある。

 

 あの銀髪アホ毛(ニャル子)が単に赤毛をLV.8にしたとも思えない訳で、下手に能力を見せ付けると逃げに徹して逃げ切られた場合、どんなパワーアップを図るか想像が出来ない。

 

 ユートの見立てで最下級の神を造る法と思われる、【神の恩恵】による最大限のLV.12にまで上がる可能性も無きにしも非ず。

 

 そうなると迷宮都市(オラリオ)にどんな厄災を運んでくるか、何より赤毛が本来の原典で絡む相手とはロキ・ファミリアであると考えれば、今から自分自身の勝利の為に力を見せて、結果として赤毛がパワーアップを果たすと、原典では勝てる戦で敗北してしまうなんて事になりかねない。

 

 そうなればアイズにせよレフィーヤにせよ、その他のロキ・ファミリア団員にせよ生き残れるのか?

 

 ティオナはスキル実験とはいえ、肌を重ねた相手なだけに死んで欲しくない。

 

 ならば姉のティオネとて死なせたくなかった。

 

 柵で雁字搦めにはなりなくないが、既にアテナ・ファミリアのみならずヘスティア・ファミリアやロキ・ファミリアやミアハ・ファミリアと友誼を結んだ間柄であり、ディアンケヒト・ファミリアの【戦場の聖女(デア・セイント)】アミッド・テアサナーレやゴブニュ・ファミリアの主神たるゴブニュ、ヘファイストス・ファミリアの主神ヘファイストスや鍛冶師ヴェルフ・クロッゾや豊穣の女主人の店員達、デュオニュソス・ファミリアの【白巫女(マイナデス)】フィルヴィス・シャリア、もう無関係では居られない勢いで知り合いは沢山居た。

 

 いつもの事。

 

 よく解らない理由で何処かに転移、そこで知り合いを作って柵が出来る。

 

「どうしたものか……」

 

 いずれは決着しなければならないにせよ、間違いなくこの日この時この瞬間ではないなら、赤毛には逃げられる羽目に陥るだろう。

 

 如何な繰り返そうとも、決して変えられない事象を文学的に【運命】と呼ぶ。

 

 というか、赤毛をニャル子が蘇生させた理由とは、恐らく原典で赤毛は決してこの時に死ななかった筈だからであろうし、況してやイレギュラーのユートだか優雅だかが殺すのはニャル子的にNGだったのか?

 

 ならば此処で自分の力を余り見せたくはない訳で、既に見せた力だけで乗り切るしか無いだろう。

 

「闘氣くらいなら……否、魔力の方が馴染みあるか」

 

 両方を使い融合をさせる咸卦法もあるが、伸び率が大きくなり過ぎるかも。

 

 ニャル子が関わるだけで途端に面倒臭い。

 

 ハルケギニア時代にしてもそうだ、ヴィンダールヴのジュリオにエンシェント・ドラゴンを与えたら行き成りジュリオが喰われた。

 

 自体はそれでややこしくなったのだから。

 

「バイキルト、ピオリム、スクルト……三種合体! 攻防速強化呪文(バイスピオクルト)!」

 

 ユートが選んだのは先程でもフィンに掛けた呪文、飽く迄も常識的な伸び率を見せるものだった。

 

「往くぞ、おおおっ!」

 

「ぬっ!」

 

 まるで瞬動の如く速度で赤毛に近付き、アイズでさえ見切れぬ逸さで拳を揮って殴り付ける。

 

 二人が動き出すと最早、この場では優雅でもなければ事態を掴めない速度で、時に現れては岩壁に激突をしていたり、空気を引き裂く音が彼方此方で響く。

 

 そう、アイズでさえ見切れないくらいであるから、赤毛がLV.7すらも超克しているのは間違いない。

 

 アイズはLV.7である【猛者】と、勝てないまでも見切れないとまではいかないのだから。

 

 まあ、オッタルが速度よりパワーなタイプだからであろうが……

 

 破壊痕がそこら中に出来ているが、ダンジョン内の一部ならダンジョンが勝手に修復してくれる。

 

 一時的な能力ブースト、そしてユート本人の技術が赤毛を上回った結果だが、何とかなりそうだ。

 

 ユートは赤毛の両脚を取ると天高く飛ぶ。

 

「くっ!?」

 

 逆背中合わせ。

 

 両脚をクロスさせて左手で上側となる足首を掴み、右膝に赤毛の顎を引っ掛ける形で背中を折る勢いにて固めた。

 

「これは昔に見た超人レスラーの必殺技。完璧・零式奥義……千兵殲滅落としぃぃぃぃぃっ!」

 

 ゴガァァァァァンッ!

 

 ハルケギニア時代の時空放浪期、超人レスラーが闘う世界に行った事がある。

 

 その中でも【キン肉星王位争奪戦】の更に先で起きた闘い、完璧超人始祖襲来というか悪魔将軍の率いた悪魔超人軍による超人墓場襲撃から始まる闘いにて、悪魔将軍と超人閻魔による一騎討ちが起きた。

 

 それにより超人閻魔とは元神で、完璧超人始祖零式のザ・マンだと判明。

 

 その奥義が炸裂した。

 

 完璧超人始祖の闘いを、ユートは全て視ていたから取り敢えず、技の入りから極めまでを頭に入れていた訳だが、確実に扱うのにはまた難しいものだった。

 

 何とか完璧超人始祖弐式シルバーマンの完璧・弐式奥義のアロガント・スパークは使えたが、それにしたってマッスルスパークまでは使えたから、その応用でやれたに過ぎなかった。

 

 尚、その犠牲者は清秋院恵那の持つ天叢雲劍だ。

 

 そのすぐ後のメティス戦を闘い抜き、簒奪した権能――【智慧の創成者(ミスティック・アーク)】を以て獲た【神秘の瞳(ミスティック・アイ)】で奥義のプロセスを完全に理解し、扱える様になった。

 

 その一つが赤毛に使った千兵殲滅落とし。

 

「ぐっ、まだこの身は完全とはいかないか……」

 

 赤毛は生きていたらしく立ち上がると、バッと一気に後ろの崖っぷちにまで飛んで下がった。

 

「あ、逃げられる……」

 

 まだ『アリア』を知る事について訊けてない。

 

 アイズは追いたかった、だけど間に合わない位置。

 

「どうにも分が悪い」

 

 そう言って崖から落下をする形で逃走した。

 

「チッ、やはり逃げに徹したか……」

 

 後味の悪さと胸騒ぎ……アイズに影を落とした闘争は終わり、取り敢えず凌いだという感じか?

 

 その後、ユートは約束をした通りにリヴィラの街の修復を行う。

 

 【智慧の創成者(ミスティック・アーク)】によるもう一つの恩恵、それ即ち【創成】によってだ。

 

 この力は最近だと本拠地の改装に振るわれている。

 

 想像による創造と云う。

 

 そして一度、このパーティは地上へと戻る事になるのであった。

 

 

 

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第40話:ダンジョン探索で和気藹々は間違っているだろうか

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 再びダンジョンに入ったロキ・ファミリアの面々、アイズ、フィン、ティオネ&ティオナ、レフィーヤ、リヴェリアという面子には変わりが無い。

 

 ユートも同じくだ。

 

 元々がユートは優雅を代わりに向かわせ、自分自身は別な用事を済ませてから向かっただけではあるが、アイズのたっての願いというのもあり、一緒に向かう事となったのである。

 

「そういえばフィン」

 

「何だい?」

 

「フィンは野望を持って、ファミリアを結成したとか聞いたけどさ、その野望は達成出来たのか?」

 

「残念ながら」

 

 フィンは苦笑いをしながら答えてくる。

 

「そもそも、フィンの野望ってどんなんだ?」

 

「ああ、その辺は聞いていなかったんだね」

 

「流石にプライベートが過ぎるからね」

 

「そうだね。取り敢えず、野望その一は一族の復興ってやつかな」

 

「一族? フィンの家族的なやつ? それとも小人族(パルゥム)全体の衰退?」

 

「後者さ」

 

 フィン・ディムナ。

 

 一族の衰退振りに辟易をした一〇歳児、両親は他の種族にペコペコしながらも愛想笑いを振り撒く。

 

 それが苛々する原因でもあり、〝ディムナ〟という少年の始まりだった。

 

 決して負けないなんて、ディムナは鼻持ちならない餓鬼にしか見えず、生傷の絶えない生活を繰り返す。

 

 そんなある日の出来事、それはきっと一つの転機。

 

 モンスターの襲来。

 

 ディムナ少年は蛮勇とすらも呼べない精神を以て、モンスターへと突っ掛かり当たり前の様に死に掛けてしまった。

 

 そんなディムナ少年を救ったのは、他ならない少年を苛立たせていた両親であったと云う。

 

 ディムナ少年はその後、四年間を自ら鍛えるのに使って、一四歳になってから一柱の神と出逢った。

 

 初恋は夢破れたものの、新たな出逢いはディムナにとって、そして神にとって大いなりし福音となる。

 

 ロキ・ファミリア発足の第一歩だった。

 

「初恋?」

 

「初恋ぃぃっ!?」

 

 ユートと同時に反応したのは、フィン・ディムナに絶賛片思い中なティオネ・ヒリュテである。

 

「何処のどいつよ! 私の団長に色目を使って誑かそうとした雌は!?」

 

 全員が苦笑いだ。

 

 尚、ティオナは暴走する姉を羽交い締めにした。

 

「ま、初恋は実らないって云うだろ? 僕もご多分に漏れなかった訳さ」

 

 此処で――『え? 僕は実ったけど』とかKY発言はしないユート。

 

 ユートの初恋。

 

 無自覚だっただけで確り最初の人生で致しており、その初恋の相手は次の――ハルケギニア時代で上手く事が運び、余り長く居られないという理由もあって、〝他の娘達〟共々ではあれセ○クスにまで至った。

 

 とはいえ、その娘は僅か数年後に兄の暴走によって死亡、ハルケギニア時代を過ぎたスプリングフィールド時代に再誕世界を出て、幾つかの平行世界を巡った際にとある世界で転生した彼女と再会をしている。

 

 本当の意味で閃姫契約をしたのはこの時だ。

 

 彼女の名は狼摩白夜。

 

 緒方の分家筋の狼摩家に生まれた長女であった。

 

「然し、フィン自身は初恋というだけあって気にしていたんだろう? という事はフィンがフラれたのか」

 

「違うけど……ある意味でそうなるのかな?」

 

「……というと?」

 

「僕は伴侶には〝資格〟を求めるのさ」

 

「また、それは重苦しい。その資格とは?」

 

「僕の事を慕ってくれているティオネには悪いけど、僕が求める伴侶には同族を――小人族を考えている」

 

「……ああ! 後継者か」

 

「御明察さ」

 

 フィン・ディムナによる後継者問題であるという。

 

 今やオラリオ内外にて、フィン・ディムナを知らないヒトは少ない。

 

 少なくとも、オラリオに在住でロキ・ファミリアの首魁たるフィンの名前を識らないならモグリも良い処くらい、彼の名前は轟いていると云っても過言ではないであろう。

 

 LV.5〜LV.7……第一級冒険者の名前とは、それだけ重く受け止められているのだから。

 

 まあ、とはいえ今時ならLV.5はそれなりに居るからか、余程の活躍をしているか有名ファミリアでもない限りそうでもない。

 

 やっぱり壁を一段破ったLV.6からが本番だ。

 

 その一人がフィン。

 

 ロキ・ファミリアに於ける初めての団員。

 

 フィンは名声もそうだが小人族として、ヒトとして美男に当たるからか非常にモテるらしい。

 

 だけど何故か小人族から彼女が出来ない。

 

「正直、小人族の女の子を嫁に迎えたいのだけどね。どうにも出会いに恵まれないんだよ」

 

 正にフィン・ディムナ、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』的な動きだった。

 

「ユートのファミリアとか知り合いに居ないかい?」

 

「小人族のというのなら、居ない訳じゃないけど……紹介する気は無いよ」

 

「どうして?」

 

「もうヤっちゃったし」

 

「構わないと言ったら?」

 

「だとしても、あの子を他の男に渡す心算は無いな」

 

 リリルカ・アーデは苦労したからか、そのスキル――恩恵ではない――が非常に高いのだ。

 

 しかも、美少女で小人族という括りから鑑みて巨乳な部類だと思われる。

 

 何しろ全体的に小さく、フィンはユートの半分すら身長がないくらい。

 

 故にか小人族はそんなに胸がある方ではないのに、リリの場合ははっきり判る程度には出ている。

 

 実際、ナニをとは云わないが挟めるのだから。

 

 能力も肢体も魅力的で、誰かに渡すなどとんでもない暴挙であろう。

 

 戦闘力はユートとヤって上がっていても、そこそこのレベルでしかないが……

 

「それは残念だ」

 

 肩を竦めるフィン。

 

 とはいっても、LV.が上がり、器が昇華されればされる程に不変たる神々に肉体は近付くが故、歳も取り難くなり寿命も延びるのだからまだ時間はある。

 

 だからフィンもそれ程に焦りは感じていない。

 

「そうだ、君が纏っていた鎧だけど……」

 

「白龍皇の鎧?」

 

「そうだね」

 

「それが?」

 

「買えないかい?」

 

「ロキ・ファミリアの総意として? それともフィン個人としてかな?」

 

「取り敢えず、僕個人としてだね」

 

「あれは言った通り神器という特殊なモノ。売るのは不可能だ」

 

 神器は一度宿せば魂へと定着化する為、抜き出せばそれは即ち魂を削る行為。

 

 つまり死ぬ。

 

「ああ、あれじゃなくてね……アイズ達に見せたという鎧でも構わない」

 

「あれはあれで特殊だよ、何しろ殆んどワンオフだ。漆黒のシュロウガは本来のシュロウガを鎧に見立てた代物だ」

 

「本来のシュロウガ?」

 

「階層主ゴライアスよりも巨大な兵器」

 

「――それは何とも、想像すら出来ないね」

 

 ゴライアスも相当巨大なモンスターだというのに、それよりも巨大となってはフィンにも想像の埒外。

 

「FG式回天特機装束なんてのも不可能じゃないが、面倒だからなアレは」

 

 何より必要不可欠となるパーツ、聖遺物の欠片という物が存在しない。

 

 ちょっと調べた限りで、英雄が実在したのが千年前という短いスパン。

 

 何千年と掛けて聖遺物が遺されていたなら兎も角、千年ではどうにも足りない感があったし、何よりそれらしい伝説や伝承は英雄譚に在るけど、実在が疑わしいモノばかりなのだ。

 

 実在しなけりゃ意味など無いのだから。

 

 かといってユートが保有する聖遺物やその欠片を、彼らロキ・ファミリアへと提供する気も特に無い。

 

 まあ、個人に対して提供するのはアリだろうが……

 

 ユートは飽く迄もアテナ・ファミリア、完全な同盟関係となったヘスティア・ファミリアとミアハ・ファミリアならいざ知らずだ。

 

 実際、ユートはベルに対して【パプニカのナイフ・レプリカ】を与えている。

 

 あれは支給品というか、初心者に借金的な形で貸し出されていたナイフより、遥かに攻撃力が高い。

 

 あのナイフ、下手をしたら棍棒よりずっと攻撃力が低そうだったし。

 

 【パプニカのナイフ・レプリカ】の攻撃力は24、【鋼鉄の剣】に比べると些か低いにしても、それにしたって大した切れ味だ。

 

 ドラクエⅢに於ける棍棒の攻撃力は8、檜の棒だと攻撃力は2、支給品ナイフは恐らく6かそこらか?

 

 それに比べれば今現在の【パプニカのナイフ・レプリカ】は、ベル・クラネルにとって伝説の剣を幻視したくなる威力であろう。

 

 鋼鉄の剣にも劣るけど、攻撃力18の差はやっぱりそれなりにデカイ。

 

「それに余り装備品に頼った戦いは感心しない」

 

「ふむ?」

 

「下手に武装に頼ったら、アビリティの上がりに影響を及ぼすだろうからね」

 

「……有り得るか」

 

 【神の恩恵】のアビリティ値の上がりは、どれだけの伸び代があるかどれだけ必死だったかなどが影響される為、強力な武具におんぶに抱っこではパラメーターも上がらない。

 

 そもそも、ユートがベルに課したステイタス更新をせず戦うというのだって、ステイタスの伸びを良くする為の修業法だ。

 

 ユート自身は修業法なぞ心得たもので、鎧を纏っても戦力が増すだけ。

 

「だからアイズにも渡せないんだよね」

 

 唯でさえ伸び悩むアイズに渡しても、単純に鎧の分は戦力が増しても残念ながらステイタスは更に伸びなくなってしまう。

 

「単純にアビリティ値を伸ばすだけなら簡単だけど、流石にロキが許さないだろうしね」

 

「ハハハ、確かに」

 

 ロキは家族として自らのファミリアを愛しており、中でもアイズ・ヴァレンシュタインは目の中に入れても痛くないくらい可愛がっていたし、何よりロキ曰く『アイズたんに手ぇ出すやつぁ、八つ裂きにしたる』とか公言している。

 

 ティオナは手を出されている訳だが、彼女なら良いのか? となるけど種族がアマゾネスなだけに今まで処女だったのが珍しいくらいだと考えていそうだ。

 

 いや、別にアマゾネスだからといって早々に処女を捨ててるばかりではなく、普通にティオナくらいでも処女なアマゾネスも居る。

 

 だが然し、アマゾネスは基本的に女だけの種族で、生まれるのもどの種族との間に孕もうがアマゾネスという種族特性がある為に、自然と雄を求める本能が強くなっていた。

 

 特に自分を打ち倒せる雄は大好きで、強さが可成りの基準を占めている。

 

 ロキもアマゾネスに本能を捨てろとは言えない。

 

 ユートがアイズに手出ししない理由、それはロキの事だけではなかった。

 

 そもそもアイズにそっち方面の知識が余り無い。

 

 まあ、素肌を異性に視られれば赤面する恥じらいはあるのだが、恐らく子供の作り方は識らないというかロキが教えない方向性……

 

 教育係だったリヴェリアもどれだけ教えたか?

 

 そんな何も識らない相手に騙し討ちに等しい行為は流石に出来ず、だからこそユートはスキルでアビリティ値を伸ばせる事を言わないのに頷いたのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「大分、稼げたかな?」

 

 ロキ・ファミリア勢が手に入れた魔石やドロップアイテム、それだけでも大量な物となった頃にフィンが訊ねてきた。

 

「そうだね、概算ではあるけど……地上で売却すれば一億や二億は確実な程度には稼げてる。流石は深層」

 

 何故かユートが答えたのだが、実は彼らの稼ぎは全てユートがアイテムストレージに預かっている。

 

 別枠を作ってそちらへと格納している訳だ。

 

 別枠にズラリと並んでいる文字は、魔石やドロップアイテムの名前。

 

 一八階層のリヴィラの街で売った場合、半分にも満たない端金で引き取られるのを嫌い、稼ぎの一割譲渡を条件にユートに預かって貰う事にしたのである。

 

 勿論、ユートが斃しているモンスターの魔石など、普通にユート側のストレージに格納されていた。

 

 また、本来なら下層での稼ぎ回りをしていた処を、ユートが居たから深層にまで足を運んだ。

 

「上手く売却で二億ヴァリスって事かい?」

 

「概算だからね。どれだけの交渉力かで上下するからには、ハッキリ幾らと言える訳も無いから」

 

「それはそうだ」

 

 二億も有ればアイズが壊した細剣の代金は支払えるだろうし、ティオネが消耗したナイフ類の買い足しも出来るだろう。

 

 原典とは違いティオナが大双刃を喪っていないのも大きく、余れば次の遠征で使える資金にプールすれば良いのだからウハウハだ。

 

「何しろ資金は有って困る事はないからね」

 

 次の遠征。

 

 あの芋虫が現れた場合を想定するなら、幹部クラス――フィンやリヴェリアやガレスに加えて、ベートやティオナやティオネに不壊属性(デュランダル)の武器を造らせる必要があるし、キャンプの守りに魔剣とて購入せねばならない。

 

 芋虫に直接攻撃は武器を溶かされる為、遠くからの魔法攻撃をするしかなく、だけど攻撃魔法の使い手がそんなに居る訳でもないからには、回数制限があるとはいえ魔剣で補うしかないのだから。

 

 そしてそれはそんな遠い未来ではない筈である。

 

「そういえばユート」

 

「どうした、リヴェリア」

 

「こないだ借りた魔剣……あれを購入したいと言ったら幾らになる?」

 

「六億五千万ヴァリス」

 

「っ!? 法外……とも云えないのか……」

 

 GBC版で雷神の剣とは六万五千Gであり、単純に此方側の貨幣価値や武具の値段などから一万倍の値段にしてみた。

 

 ベートが隠し持ちつつ、前回のリヴィラでの一件の間にロキの護衛をした際、喪った数回ばかりしか使えないメラミにも劣る炎を出す程度の魔剣で百万ヴァリスらしく、ならば威力的に高くて壊れない上に剣としても上級な雷神の剣なら、数億ヴァリスでも安いくらいではなかろうか?

 

「リヴェリアが借りた魔剣……か。聞いた話だけでは判らないが、そんなに凄い物なのかい?」

 

「我らエルフには少しばかり逆縁のある【クロッゾの魔剣】にも匹敵する魔法を放ちながら、幾ら使っても壊れないし剣としても上等な切れ味。魔剣にはやはり思う処もあるが、ファミリアの副団長としては欲しい逸品だと思うぞ」

 

「それ程なのか。それなら数億ヴァリスも当然の値段だろうね」

 

 ヘファイストス・ファミリアの上級鍛冶師が造り出す武具は、七桁八桁が当たり前の値段設定である。

 

 況んや、マスタークラスなら億の値段も普通だ。

 

 実際、アイズがゴブニュから借りた細剣はデスペレートに比べて多少の切れ味は勝る程度で四千万。

 

 デスペレート自体では、殆んど一億に近い。

 

 壊れないだけで威力自体は其処までではないのが、不壊属性を施された武装の特徴となる。

 

 デスペレートは謂わば、ファイアーエムブレムに於ける【キルソード】だ。

 

 無論、あれよりは上級な武器だろうけど。

 

 それにリヴェリアが持つ杖など、填め込まれている魔法石の金額を除いた上、ロキが値切った価格が何と三億以上と云う。

 

 だからこそ高いと思いつつも、リヴェリアが納得してしまう価格設定だった。

 

 魔剣に思う処があれど、そこら辺で数千万のモノを一〇振り買って数億出すのなら、雷神の剣を一振りで六億五千万ヴァリス支払う方が良い気がする。

 

 それにファミリアの安全には代えられない。

 

「リヴェリア、買いたいと思っているのかい?」

 

「ああ、あれが有ればあのモンスターに二線級の者も対抗が叶うからな」

 

 LV.4の第二級冒険者でも……だ。

 

「じゃあ、購入するって事で良いんだな?」

 

「頼む」

 

 リヴェリアが頭を下げ、フィンは頭を振る。

 

「ロキに言い訳する身にもなって欲しいね」

 

 言いながらも何処か愉しそうだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……フィン」

 

「何だい?」

 

「アリアって何だ?」

 

「! 何処でそれを?」

 

「あの赤毛がアイズをそう呼んだらしい」

 

 レフィーヤから軽く聞いただけだが、赤毛は確かにアイズの風を視て『アリア』と呼んだ。

 

 

「済まないが、流石にそれは話せないんだ」

 

「そうか……」

 

 可成り踏み込んだ質問であると判断したユートは、割とあっさり聞くのを断念して頷く。

 

 とはいえ、アイズの状態はどうにも宜しくない。

 

 ロキの方でもどうやら、某かがあったみたいだ。

 

 しかもその事態は繋がりを持つらしいから、どうにも断片的な情報だけで踏み込むには躊躇われる。

 

「参ったね、どうも……」

 

 所詮、ユートは別派閥の人間に過ぎないのだ。

 

 仲良くはなったとして、然し踏み込める域は然して深くはなかった。

 

 とはいえ、アイズのアレは想像する事は可能。

 

(アリア。恐らくアイズの母親か何かの名前だろう)

 

 アイズがアリアとやらに生き写しなのか、若しくはアイズの風魔法がアリアと同じナニかなのか……

 

(まだアイズとは会ってから間もない。話して貰える程度に仲が深まっている訳でもない……か)

 

 気長に待つしか無い。

 

 それがユートの答え。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 そんなユートのダンジョン探索が成されている頃、地上でも少しだけ変化が訪れていた。

 

 【豊穣の女主人】という酒場は、嘗てフレイヤ・ファミリアの団長でもあったドワーフ、ミア・グランドが主神の許可を得て半脱退状態で開いた店だ。

 

 LV.6であり半脱退しているとはいえ、背中に与えられたステイタスは活きているから可成り強い。

 

 神々が与えた二つ名とは小巨人(デミ・ユミル)

 

 そんな彼女が主人を務めるこの酒場、その実は大半がLV.4のステイタスを持っている。

 

 唯一の例外がシル・フローヴァという、鈍色の髪の毛の少女であった。

 

 そんなシル・フローヴァがヘスティア・ファミリア所属のベルに対し、客が忘れたのか店に置きっ放しにされていた一冊の本を貸与したのだが……

 

「ま、魔法……」

 

「はい?」

 

「魔法が発現した!」

 

「えええっ!?」

 

 本を読んだら眠くなり、そして起きてステイタスの更新をしたら、何と魔法が発現していたのだと云う。

 

 ファイアボルト。

 

 詠唱文を用いない『速攻魔法』であり、名前の通り炎雷の属性を持つ。

 

 威力は然程でもないと思われるが、ベルからしてみれば憧れの魔法。

 

 然しながらその喜びは、すぐ絶望に変わる。

 

 魔法の発現が魔導書を読んだ事に依るものであり、魔導書とは他ならないシル・フローヴァから借りていた本だったから。

 

 しかも、魔導書(グリモア)は読んでしまうとその効力を喪ってしまう。

 

 謂わば使い捨て。

 

 しかも売値ともなれば、安くて数千万ヴァリスであり下手すれば、億にも届いてしまう高値である。

 

 それを猫ババしたともなれば、果たしてベルはどれだけの負債を抱えるか?

 

 ヘスティアは『ベル君は何も読まなかった』などと言い放ち、無かった事にしようとした訳だが生真面目なベルがそれを赦せない。

 

「放せベル君! 世界は神より気紛れなんだぞ!」

 

「こんな時に名言を生まないで下さい!」

 

 そんな騒ぎの後に魔導書を持って【豊穣の女主人】に赴き、シル・フローヴァへ魔導書を返す。

 

 謝りながら。

 

「それは……とても大変な事をしてしまいましたね、ベルさん」

 

 シルはプイッと顔を背けながら言ったものだった。

 

 尚、ミア・グランドからは気にするなと言われる。

 

 魔導書なんてものを無くせば最早、返って来ないのは持ち主も理解しているだろうから……と。

 

 そもそも、どれだけ謝罪しようがどうしようもないのだから諦めるしかない。

 

 ミア・グランドから説得されて、ベルも『良いのかなぁ?』と思いつつ享受する事にした。

 

 実はこれは元々、ベルに読ませるべくとある女神が策を弄したものである為、気にする必要など無かったりするが、ベルにそんな事が判る筈もない。

 

 折角の魔法だしダンジョンで試し撃ちに出掛けて、精神枯渇(マインド・ゼロ)に陥り倒れる。

 

 そこへ通り掛かったのはユートや仲間達と別れて、LV.6階層主ウダイオスと戦って勝利したアイズ、そして付き添いのリヴェリアだった。

 

 倒れたベルをリヴェリアの提案で膝枕したのだが、何故か目を覚ましたベルに逃げられてしまう。

 

「……何で、いつも逃げちゃうの?」

 

 心の中の小さなアイズは頭を抱えて、当のアイズも悲し気な表情で寂しそうに呟くのであった。

 

 

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第41話:ベル君の修業は間違っているだろうか

 四ヶ月振りに……





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 久し振りの更新だ。

 

 ベルはウキウキと少しばかり浮わついていた。

 

 上半身は裸となって俯せに寝転び、腰には小柄ながら胸部の装甲が素晴らしい幼い顔立ちの少女が乗っかっている。

 

 仰向けだったら角度次第でヤバい絵面だが、当然だけどそんな理由でやっている体勢ではない。

 

 ステイタス更新。

 

 オラリオの冒険者なら、当たり前に行われる事。

 

 主神に刻まれた神聖文字による【神の恩恵】だが、これは謂わば冒険者にとって能力値を意味する。

 

 数値化されてない経験値(エクセリア)を、訓練やら実戦やらで貯めていく事によって、基本アビリティの数値が上がっていく。

 

 ゲームみたいに自動的なLV.アップはしない為、こうして主神の手ずからでステイタスの更新が必須となっている。

 

 だからこそベルの腰にはヘスティアが乗っていた。

 

「さあ、久々にイクぜ? ベル君!」

 

「御願いします神様」

 

 プツッと針で指を刺したヘスティア、その人差し指から神血がプクリと溢れ出てきて、それを使ってベルの背中のステイタスへ干渉を始める。

 

 書き換えるとは云うが、神々が行っている行為とは飽く迄も、既に書き換わる準備が出来た数値の有効化によるプラスアップ。

 

 それと可能性の発掘だ。

 

 前者は更新すれば普通に書き換わり、それが反映をされて恩恵を受けた人間の身体機能を引き上げる。

 

 後者はスキルや魔法などが発現をする事が可能か、LV.アップした場合では発展アビリティが出ているかなど、取捨選択を多少なり行ったりも出来た。

 

 実際、ユートがアテナ――サーシャによる更新を受けた時には、幾つかの発展アビリティが顕れてたからその中の一つ、【反英雄】をユートが選択して有効化もしている。

 

 発展アビリティは複数が出ても、一回のランクアップに一つしか有効化が出来ない仕様だから。

 

「ようっし、完了」

 

 良い汗を掻いたと謂わんばかりに額を腕で拭う。

 

 

 

ベル・クラネル

所属:ヘスティア・ファミリア

種族:ヒューマン

LV.1

力:SS1085

耐久:SS1010

器用:SS1072

俊敏:SSS1184

魔力:G263

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

【憧憬一途】

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

 

 別の意味で汗が出た。

 

(マ、マヂかい?)

 

 その数値の上がり具合、そして何よりヘスティアの目を惹くのが……

 

(SSSって何だよ?)

 

 最近、魔法を獲たばかりのベルだから魔力の数値は低いのだが、軒並みSSの中でも一際綺羅星の如く煌めく俊敏の値。

 

 元来、アビリティ数値はS999を上限とする。

 

 つまりはこれ以上は上がらない、カウンターストップ……所謂カンストだ。

 

 それが上限を超克されたSSである。

 

(明らかにベル君のスキル――【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の効果……だよなぁ)

 

 他には考えられない。

 

(これ、ランクアップ可能になる頃にはオールSSSとかにならないよな?)

 

 絶対にアテナやミアハなど神友以外、これを知られてはならないだろう。

 

 基本的に神々とは享楽に飢えている。

 

 何しろ地上に降臨してきた理由が――『遊びに来た』だったくらいだ。

 

 他ならないヘスティアも元々はそうなのである。

 

「取り敢えず終わったぜ」

 

「あ、はい」

 

「じゃあこれね、ベル君のステイタスの写しだ」

 

 ベルはドキドキしながら受け取って読む。

 

 スキル以外はちゃんと写され、【憧憬一途】というスキルは書いてない。

 

「……へ? これって」

 

 前回、魔法が発現した時の更新から少し経っていた訳だが、その時から相当なアップしたものであるし、何よりもSSSというのはベルとて驚愕だった。

 

「この侭だったら、ランクアップする頃にはいったいどんな数値になるんだい? ベル君、恐ろしい子!」

 

 ランクアップをすると、数値そのものはI0に戻ってしまうが、今までの数値が無かった事になるという訳ではない。

 

 例えば力:A840だった場合、潜在数値となってちゃんと残るのだ。

 

 つまり、ランクアップ後はI0+840となる上、ランクアップをした時点で今までより能力は上がる。

 

 実際にはもっと複雑なのだろうが、単純に数値化をしたら力:I0+840+ランクアップ分の100というくらいにはなるかも知れない。

 

 そうでなければ今まではゴブリンにすら勝てなかった人間が、恩恵を受けただけで勝てる様になりはしないであろう……

 

 流石に楽勝とはならないにせよだ。

 

 数値に出てないだけで。

 

 事実として、最近になってウダイオスの単独討伐に成功し、ランクアップを果たしたアイズ・ヴァレンシュタインは、LV.6へと更新しただけでLV.5の頃より身体能力が上がり、肉体的な擦り合わせを必要と今現在は考えている。

 

「神様、魔力って使えば使う程に上がるんですよね」

 

「そうだよ。実際にベル君の魔力値は魔法を覚える前の一回目の更新では0だった筈だろ?」

 

「はい」

 

「だけど今、君の魔力値は確かに上がっている」

 

「ファイアボルトを結構な頻度で使いましたから」

 

「そう、使ったから上がったんだよ」

 

 ベルはギュッと右手を拳にして握り締めた。

 

 顔は笑顔。

 

「そういえば、ユートさんはどうしたんでしょうね。ランクアップしたのは聞いたんですけど……」

 

「同盟関係だし、元はボクの派閥だから色々と融通をして貰ってるからなぁ」

 

 独自に動き回っているのは知っているが、今現在の細かい動きまでヘスティアも知らなかった。

 

「あ、それで訊いてみたかった事が」

 

「うん? 何だい? ボクのスリーサイズなら上から……」

 

「って、わああああっ! 何を言おうとしちゃってるんですか、神様!」

 

 女神の暴挙で頬を真っ赤に染めたベルが、慌てながら口を無理矢理に塞ぐ。

 

「おい、ベル……明後日のダンジョンたんさ……」

 

 其処へやって来たのは、明日からの予定を訊くべく訪れた赤毛の男。

 

「ヴェ、ヴェルフ……」

 

 ヴェルフ・クロッゾの目の前で展開されてたのは、兎の如く草食系男子の筈のベル・クラネルが、主神の背後から羽交い締めにしながら口を塞いでいる姿。

 

「ああ、ベル? 昼間っから主神を襲うのは感心しないぞ? 取り敢えずお楽しみは鍵くらい掛けてヤれ」

 

 そう言いながら回れ右、ベルの部屋を辞した。

 

「ちょ、待っ! 誤解! ヴェルフ! それは誤解だからぁぁぁぁぁっ!」

 

 そんなヴェルフをベルは大慌てで、俊敏を活かして追ったものだった。

 

 一応、誤解は解けたので一安心であったと云う。

 

「それで? スリーサイズじゃなけりゃ何かな?」

 

「まだ僕はランクアップをしてませんが、ユートさんがランクアップして新しく発展アビリティを得たと聞きました」

 

「ああ、発展アビリティ」

 

 勿論、ヘスティアもソレの存在は識っている。

 

 ユートがランクアップ前に改宗したし、ベルはまだだから未だに発展アビリティを目にした事はないが、いつかは自分のファミリアをと思っていて、ニート神だった頃もそこらはきちんと勉強をしていたのだ。

 

「【反英雄】という名前のアビリティらしいてすが、それってどんなものなんでしょうか?」

 

「いや、ボクも初めて聞いたよ【反英雄】なんてさ」

 

「その……良くないものだったりは?」

 

「発展アビリティはその子がどんな生き方をしたか、それで発現をするとか変わってくるらしい。とはいっても彼が悪党宛らな生き方をしてきた訳じゃない……と思うけどね」

 

 ベルは英雄志望。

 

 強く願望を持っているが故に、英雄に反するという【反英雄】なんてのには、ちょっと抵抗感があった。

 

「ヘス、明後日のラブレスとリリの探索だけど……って……あれ? 居ない?」

 

 外でサーシャがヘスティアを呼んでいるが、少し奥の方にある本来の部屋の前にいるらしい。

 

「ああ、サーシャ。ボクは此方だよ」

 

「え? ベルの部屋から? ごめんね、昼間からお楽しみの最中だとは思わなかったから。二時間くらいで済む? 部屋で待ってるからシャワーを浴びてから来てね?」

 

 そう言ってサーシャが離れていく足音が響く。

 

「ち、違くて! 致したいってのは無きにしも非ずだけど、ヤってないから! ボクは処女(むじつ)だああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ヘスティアの絶叫が本拠地内な響いたと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「処女神が妄りに男の子と二人切りにならない!」

 

「はい……」

 

「そりゃ、アルテミス姉様とは違って私達の場合は、単純に男神に興味が持てなかっただけ。好んで処女(ひとりみ)だった訳じゃないんだけど……」

 

 ヘスティアもアホロン……もとい、アポロンの顔を思い出して嫌な顔になる。

 

 天界に居た頃、あの優男から求婚されたのを思い出してしまったのだ。

 

「そ、そうだよね。ボクとサーシャとアルテミスは、三大処女神とか呼ばれてはいたけど、男嫌いなアルテミスは兎も角として、ボクらは天界の男神に興味が無かったに過ぎないよ」

 

 実際のギリシア神話でのアテナとヘスティアだと、天帝ゼウスに頼んで永遠に処女である事を約束させるくらい、普通に処女神然としていたりするが……

 

 尚、サーシャがアルテミスを“姉様”と呼ぶのは、地球に於ける関係で沙織が呼んでいた通りだからで、この世界で姉妹かどうかは扨置くものである。

 

「それにしても、ボクらって結局は地上人(こども)に恋しちゃったのかな?」

 

「あ……う……」

 

 サーシャの顔が真っ赤に染まる。

 

 サーシャにとって仲好しと呼べた男は過去に三人、兄のアローンと幼馴染みのテンマ、そして冥王との闘いが激しくなり始めた頃に現れたユートだ。

 

 最初は先代がした様に、牡羊座のアヴニールを疑ったのと同じく、ユートに対して疑念を懐かざるを得なかった。

 

 それはアヴニールの友として、前聖戦――ユートから見たら前々聖戦――を闘った者として、教皇セージも矛盾点に疑念を持つしかなかったから。

 

 何故なら、アヴニールの時代が一九九〇年代であるという二百数十年後だと云うのに、ユートも同じ時代――より十年程の未来――から来たのだと云う。

 

 アヴニールが嘘を吐いていないなら、教皇や聖闘士は疎かアテナでさえ冥王軍に殺され、唯一の生き残りが彼だった筈。

 

 なのに同じ時代の聖闘士であり、しかもアテナが生きているとかアヴニールの話と違い過ぎたのだ。

 

 然しながらセージとしては別の可能性も考えた。

 

 つまりアヴニールが時間を遡行した事で、未来が変わったのではないか?

 

 その結果、未来での彼がどうなったかまでは計り知れないが、牡羊座の名前が違った事から聖闘士にならず冥王とも関わらず、普通に生きて死んだのか或いは存在すらしないのか?

 

 どちらにせよ、彼は本懐を果たせたのかも知れない……という期待。

 

 そしてユートが騙りかも知れないという疑念。

 

 だからこそ積極的な排除も出来ず、簡単に受け容れるのも難しかった。

 

 まあ、その疑念も死んだ魚座のアルバフィカに代わって本来の星座と違う聖衣を纏い、聖戦に参戦をしたユートを見て晴れたが……

 

 幼馴染みとはいっても、青銅聖闘士で余りに身分が離れてしまい、会うに会えなかったテンマの代わりとはいわないが、ユートが傍で護っていたけどその扱いがアテナというより少女、一人の人間のサーシャとしてだったのが嬉しかった。

 

 蠍座のカルディアも似た扱いだったが、年齢差から寧ろ妹の感覚だったからかまた違ったのである。

 

 アローンは実兄であり、テンマは幼い頃から知っていたからか、関係性としては少し近過ぎた。

 

 アテナとそれを守護する聖闘士の関係になったのも拍車を掛け、結果としてはユートが唯一の恋愛関係に発展し易かったのがユートのみとなる

 

 更に悪い事に本来ならば天界の本体と一体化をする――座に居る英霊本体と降りた英霊みたいな関係――筈が、何故か本体と切り離されてこの世界のアテナとして何億か何十億か最早、知らないくらい存在をしてきた為、唯一の知り合いとしてユートが顕れた事実は福音ですらあった。

 

 男神なんかに興味も無かったから、普通に処女神として在り続けていたに過ぎなかったサーシャとして、そんなおバカな肩書きには矜持など露程にも無い。

 

「ベルの訓練をするけど、そっちに居るんだろ?」

 

「あ、ユート」

 

 ユートが入ってきたら、ちょっと顔を紅くしながらサーシャが口を開く。

 

 神としてではなくヒトとして、アテナでは決してなくサーシャとしての万感の想いを籠めて。

 

「ベル君なら訓練室に行ったよ?」

 

「ほう、やる気満々だな」

 

「それでさ、ボクらも見て構わないかい?」

 

「ベルの修業を?」

 

「勿論さ」

 

 ヘスティアの申し出に、ユートは少しばかり難しい表情となる。

 

「駄目かい?」

 

 小首を傾げる仕草が中々にあざとい。

 

「良いか駄目かで云うと、別に構いやしないけど……余りお勧めはしないな」

 

「どうして?」

 

「僕が明後日に向けてベルに施す修業は、第一に更新をしてパワーアップするというものだ。その為にも、実力差のある相手と闘って貰う。当然ながらそんなのはリンチでしかない」

 

「うっ!?」

 

 ズタボロのボロ雑巾と化すベルを見たいのか?

 

 そう言っているのだ。

 

「アドバイザーのエイナに『冒険者は冒険してはいけない』と、口を酸っぱくして言われているだろうし、だから“冒険をしないで”ステイタスを上げる訳だ」

 

 確かにギリギリを見極めて叩きのめせば、冒険せずパワーアップも叶うかも知れないが、痛い事には変わりはなかったし何よりも、当たり所が悪ければ死ぬ。

 

 そういう修業だ。

 

 ダメージを受ければ耐久が上がるし、魔法を放ったら魔力が上がる。

 

 それを生命の心配無しにやれる修業。

 

 但し、極めて死に等しいまでに傷付くだろう。

 

 だからこそヘスティアは見ない方が良い。

 

「ヘス、私もやめた方が良いと思うよ」

 

「サーシャまで?」

 

「修業とはいってもベルが実戦宛らの闘いをするし、その結果として腕がひしゃげて脚が曲がっちゃいけない方向に曲がり、まるで死んでるみたいな感じに倒れてしまう。ヘスが乱入とかしても構わずユートは攻撃を加えるよ?」

 

 数十億年もアテナとして暮らし、ヘスティアやロキやヘファイストスなどとの交流からか、すっかり言葉遣いが変わってはいても、やはりサーシャはサーシャなのだろう。

 

 そしてサーシャはアテナとしてではなく、飽く迄も神友としての立場で苦言をヘスティアに言っていた。

 

「そうかも知れないね……けどねサーシャ、ボクらは普段だとダンジョンに潜れないから、ベル君の闘いなんて見る機会も全く無い。けど一度は見るべきと思うんだ。サーシャはユート君の闘いを見た事は?」

 

「あるよ」

 

 仮初めなれど魚座の黄金聖闘士として、志し半ばで落命をしたアルバフィカに代わり、ユートが冥王軍と闘う姿をサーシャは見守っていたのだから。

 

(そういえば、双子座として闘う姿を実際に見たのはアスプロスが死んでから。一回こっきりだったっけ)

 

 神聖衣を纏うテンマと、双子座の黄金聖衣を纏ったユート、その二人が並んでアテナの聖衣を纏いアテナとして立つサーシャの護りとなって闘う。

 

 もう一度見てみたいが、残念ながら異世界で小宇宙が封じられるらしいから、聖衣を持っていても纏えない状態だろうし、ちょっとサーシャは残念に思った。

 

 所変わって訓練室。

 

 ユートが【創成】により造った地下本拠の中でも、一際に広く高く創られている上に、ユートが仮に全力で暴れても簡単には崩れないくらい頑丈だ。

 

 ある世界で、全宇宙一硬いとされるカチカッチン鋼にて固めているし。

 

 尤も、弱体化していた筈の天津飯でも砕けたが……

 

 嘆きの壁の素材を使う手も考えたが、地獄の底の更に奥深く第九獄ジュデッカの更なる深奥という、陽が間違いなく射さない地でもないと活用が叶わないのが頂けない。

 

 天秤座の武器と黄金聖闘士の小宇宙でも傷一つつかない程に強固なのは良い、だけど欠点として陽の光にとことん弱かった。

 

 なので、次点として重さにさえ気を配れば密度が凄まじいカチカッチン鋼は、素晴らしいまでの強度を持っている事から選んだ。

 

 重過ぎて鎧兜に仕立てても使えないけど。

 

 ユートがカチカッチン鋼を【創成】出来た理由とは到って単純、その世界へと関わった事があり武舞台として使われたソレを視た事があったからだ。

 

 そして始まる修業。

 

 取り敢えず簡潔に云うのなら、そもそも相手にすらならない……であろう。

 

 幾ら背中のステイタスの基本アビリティが高くて、下手をすればLV.2に成ったばかりの冒険者にすら匹敵する程、身体能力が上がっているベルとはいえ、ユートは正真正銘LV.2である上、元々の身体能力がLV.5の上位クラス。

 

 現在は推定LV.7。

 

 それが“何もしない素での”身体能力である。

 

 ユートも困った事だが、柾木に転生してからこっち神殺し――カンピオーネとしての身体能力以上には、どうにも鍛えても向上とかが見られなかった。

 

 カンピオーネの基本身体能力が、この世界に於けるLV.5の“カンスト級”だったらしい。

 

 つまり、単なる身体能力だけで成り立てだった頃の草薙護堂でも、ティオネやティオナやベートやアイズに勝てるのである。

 

 正確にはカンストして、更に向上したらこうなるというレベルだから。

 

 流石にフィンやガレスを相手に、“身体能力だけ”で勝てるか? と訊かれたら難しいのだろう。

 

 飽く迄も素の身体能力の話ではあるが……

 

 翻ってベルである。

 

 彼は所詮、LV.2にもならない駆け出しだ。

 

 身体能力の高さは成程、LV.1の中ではトップ。

 

 だけど必ずベルより弱いステイタスたる冒険者が、ベルに敗けるのか? といえばそれはまた別の話。

 

 某・魔砲少女でも魔力が遥かに高い筈の主人公達が二人掛かりで、それよりもずっと劣る魔力の御歳を召した先生に敗けた。

 

 能力が高い方が必ずしも勝つとは限らないという、つまりはそういう事だ。

 

 能力の高さだけでかつのなら余程、隔絶していないとならないのだから。

 

「暗黒の玉座もて来たれ風の精霊……」

 

「え? 魔法の詠唱!」

 

 させじと、ベルが太股に佩くホルスターからナイフを数本取り出し、ユートに向けて投げ付ける。

 

「古き御力の一つ、今その御座に来臨す」

 

「嘘!? 詠唱をしながら普通に躱した!」

 

「闇の王にして光の王、闇より出でて其を打ち砕く者……」

 

「やらせない!」

 

 スローイングダガー。

 

 先程のよりも投げる事に特化した短刀を投げた。

 

「九十九なる光の蛇にて、我が敵を打ち滅ぼせ」

 

 だが然し、平然と躱しながらも詠唱は続いていた。

 

「へ、並行詠唱……」

 

 絶句をするベル。

 

打て(スート)!」

 

 前方にルーンが展開し、ユートは魔法名を唱えた。

「……雷撃(ソールスラーグ)ッッ!」

 

 室内にも拘わらず放たれる雷撃。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 ベルの身体を九十九なる蛇が這い擦る。

 

 本来、この魔法の性質上から室内で使えるものではなかったりするが、ユートなら室内に雷雲を作り出して放つくらいは出来た。

 

「イヤァァァァァアアッ! ボクのベル君がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 吹き飛んだベルを見て、某・ガンダムヒロイン張りの絶叫を上げるヘスティアをサーシャが宥める。

 

「ベル、お前の魔法は速攻魔法とはいえ一瞬でも足を止めている。だけど魔法の速度に並行詠唱の技術……素早く駆け回りながら魔法を放つのは使えるだろう。今すぐは無理でも覚えておくと便利だ」

 

 その後も正しくリンチにしか見えない、一方的な闘いに近かった戦闘訓練の後にボロ雑巾と化したベル。

 

 ユートはそんなベルに、エリキシル剤を与えて快復させ、明後日のダンジョン探索に送り出すのだった。

 

 新装備を与えて。

 

 

 

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第42話:ベル達のダンジョン探索行は間違っているだろうか

 更新しました。





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「おい、ベル」

 

「何? ヴェルフ」

 

 赤毛の青年ヴェルフ・クロッゾに話し掛けられて、ベルは振り返りながらその言葉に応える。

 

「いつまで入口で待ってりゃ良いんだ? ダンジョンに行かないのかよ?」

 

「そうですよ、ベル様? それにラブレス様は遅刻なのでしょうか?」

 

 疑問に思ったのは小人族の少女――リリルカ・アーデも同様らしい。

 

 ヴェルフはヘファイストス・ファミリアの鍛冶師、リリルカ――リリはアテナ・ファミリアのサポーターという立場。

 

 勿論、二人は冒険者として戦う事も可能である。

 

 特にリリはユートに何度も抱かれ、スキル【情交飛躍(ラブ・ライブ)】により可成りプラスされており、基本アビリティが軒並みに高くなっていた。

 

 流石にこれだけ上がっていれば、リリも能力の違いがよく判るもの。

 

 本来であれば小人族は、身体能力が極めて低い。

 

 俊敏はそれなり程度で、力や魔力はヒューマンにも劣るだろうし、精々が器用の値は有るかなといった処でしかなかった。

 

 リリも手先の器用さなら自信はあるが、大剣を振り回す自分なんて想像すらも出来ない、

 

 リリが識る小人族で活躍している冒険者といえば、筆頭がロキ・ファミリアの首領たるフィン・ディムナが挙がる。

 

 次がフレイヤ・ファミリアの【炎金の四戦士(ブリンガル)】、ガリバー兄弟という四人組であった。

 

 四兄弟で一組の二つ名を頂戴し、一人ではLV.5ながら四人が組めば実力はLV.6に匹敵するとか。

 

 だがそれだけだ。

 

 万は居る冒険者の中で、僅かに五人しか識らない。

 

 広い世界にまで拡がってみても、この五人の名前しかリリは挙げようがないくらいなのだ。

 

 元より身体能力が低く、しかも千年前に神々が降りてきて知った事実により、矜持すらも失って種族全体が腐れている。

 

 小人族が信仰してきたのは女神フィアナ。

 

 然し、そんな女神は存在しない事が判ってしまう、

 

 今まで信じていた対象が根刮ぎ否定されたのだ。

 

 他ならぬ神々によって。

 

 ガリバー兄弟はどうあれフィン・ディムナの場合、ユートが聞いた話の通りなら一族の復興の為、自らが小人族の英雄となって立とうとしたと云う。

 

 リリを後継者の為に紹介して欲しいと言われたらしいが、其処ははっきりと断わったと聞いてちょっと嬉しくなり、その日の晩には大サービスをした。

 

 ヴェルフの場合は造った盾が役立たずに終わったと聞いて、相当に悔しかったらしく改宗こそしないが、アテナ&ヘスティア・ファミリア同盟にくっつく形でダンジョンに降りている。

 

 まあ、ユートは兎も角としてベルみたいな駆け出しとか、幼い時分から経験を積んでいるもののLV.1でしかないリリ、ラブレスみたいな実力はあるけれどLV.1という、装備品のレベルが今のヴェルフでも間に合う装備を団員に提供する名目もあった。

 

 ヴェルフ自身も今までは十一階層までしか降りてはいないし、LV.も未だに1でしかないから発展アビリティの【鍛冶】を得てはいない。

 

 当面の目標はランクアップをして、発展アビリティを発現させる事。

 

 発現すればまず間違いなく【鍛冶】が出るから。

 

 ヴェルフはラキア王国の没落した鍛冶貴族で所謂、【クロッゾの魔剣】を鍛つ事で発展した家の出。

 

 没落したのはクロッゾ家が魔剣を鍛てなくなってしまったからだが、ヴェルフだけは背中の【神の恩恵】と関係無く魔剣を鍛てた。

 

 だけど魔剣は儚い。

 

 使い手を残してあっさり砕け散るのだ。

 

 だからヴェルフは魔剣を鍛たないし、決して頼ろうともしていなかった。

 

 ヴェルフの作品は隅っこに追いやられ、不遇な扱いをされているにも拘わらず意地を貫いて。

 

 まあ、魔剣を鍛てるのに鍛たないヴェルフが鼻に付くという事か。

 

 それと恐らくもう一つ、ユートはこれを疑っていたりする。

 

 ヒトがウラノスの考案した【神の恩恵】を受ける様になって千年、エルフからしてもそれは可成り永い時が流れたと云えよう。

 

 当時、生きていた存在はもう居ないであろう時間。

 

 ヒトは慣れる生き物で、【神の恩恵】が当たり前にもなっていた。

 

 少なくともこの迷宮都市(オラリオ)の冒険者には。

 

 故にだろう、この都市の冒険者は恩恵に頼り過ぎているきらいがあった。

 

 嘗て、神々が降臨をする前の【古代】に於いては、魔法種族(マジックユーザー)たるエルフ達は、自らが魔力を律する詠唱を構築して発動させる魔法を編み出してきたが、今現在では王族(ハイエルフ)である処のリヴェリア・リヨス・アールヴでさえ、【神の恩恵】頼りでの魔法しか行使が出来ていない。

 

 それだけ【神の恩恵】が浸透していると云えばそれまでだが、この傾向は余り良いものだとはユートからすればは云えなかったし、ある意味ではこれを弱体化とも呼んでいる。

 

 そして何より神々から与えられた事実が、ある一つの信仰にすらなっていた。

 

 それが故に背中の恩恵に無い能力が認められない。

 

 魔法みたいな如何にも解り易い現象すら、冒険者達は有り得ないと思うのではないだろうか?

 

 事実、ユートの魔法に対して随分と驚いていた。

 

 ヴェルフの魔剣を鍛つという能力は元々、彼の先祖が精霊を救った際に死に描けたのを救われた精霊が、自らの血を与えて生かした事に由来する能力。

 

 その人物の子孫は魔剣を鍛てる様になり、ラキアに仕える様になってから魔剣を王国に卸していた。

 

 まあ、やり過ぎた結果が力を喪うという愚かに過ぎる顛末な訳だが……

 

 だからヴェルフは魔剣を鍛てるとはいえ、他者からは疎まれ僻まれていた。

 

 幸いなのは魔剣を鍛つという能力が、彼の背中――恩恵に刻まれていた事。

 

 だからまだマシなのだ。

 

 若しも、この迷宮都市に【神の恩恵】由来ではない生まれ付き、某かの能力を持つ者が居た場合はそれが目には見えないあやふやな能力だと、きっと誰からも信じて貰えないとか不遇を味わっているのだろう。

 

 ユートは確信すらある。

 

「ごめん、二人共。だけどラブレスさんもまだ来てはいないし、ユートさんから待つ様にも言われてて」

 

「ユート様から? それなら仕方がありませんね」

 

 あっさり言うリリ。

 

「おいおい、リリスケ……お前なぁ」

 

 ヴェルフからすれば呆れるしかなかったと云う。

 

「済まない、待たせたな」

 

 話をしていたらユートがラブレスと共に現れた。

 

 ユートは全くの軽装に、何やら木櫃を背中に背負っている。

 

 ラブレスはヴェルフ印の胸当てや腰アーマーや籠手や脚当てといった、一通りの装身具を身に付けた上で黒に赤の裏打ちが成されたマントを羽織っていた。

 

 腰に佩くのはヴェルフ製のスピア、サブウェポンにラブレスというナイフ。

 

 様はいつものダンジョン探索の格好だ。

 

 スピアは普通に鋼鉄製、ヴェルフが鍛った短槍ではあるが、一応は長く伸ばす事も可能に出来ている。

 

 多少の脆さは鋼の硬さを少し増してフォローした。

 

 ラブレスはこいつを器用に使い、斬ったり突いたり様々に活用をしている。

 

 

 尚、背中の特製バッグには馬上槍……ランスが納められており、大型のモンスターには此方を揮う。

 

 そして鎧の名前だけど、ヴェルフが名付けようとしたら止められ、ラブレスが自ら名前を付けた。

 

 【アネス】……と。

 

 ラブレスが身に付けている武器防具の種類や名前、これは彼女と縁が深い処から選ばれている。

 

 ラブレスは云わずもがな本人の名前だし、スピアとランスは幼馴染みの男女の名前であった。

 

 ヴェルフ製のアーマー、【アネス】とは嘗て二つに分けられた半身が、きっと一緒になったであろう少年に――食おうと飼っていたペットの名前だが――名付けられたモノ。

 

 記憶は殆んど喪っているにせよ、決して忘れていないものも確かに在った。

 

 尚、マントはユート製で名前は【ホーリー】。

 

 スピアが人間へと化けて少年やアネスと同行していた頃、旅の僧兵(モンク)として名乗っていた偽名だ。

 

 また、ラブレスとは関係無くリリのバックパックにもユート製のアイテムが入っている。

 

 【フラッグ・オブ・ヴァラー】と呼ばれる魔導具であり、通称【シャクマ】と名付けられていた。

 

 その性能は地面に突き立てたら、登録したパーティに半径一〇〇(メドル)に亘りバフを掛けると云う。

 

 とはいっても、ユートが普段からやっている呪文を旗に付けただけだが……

 

 バイキルト。

 

 スカラ。

 

 ピオラ。

 

 フバーハ。

 

 打撃力を二倍、防御力を数値的に直して四分の一だけプラス、俊敏値をステイタスの値から四分の一だけプラス、炎と氷属性の攻撃を半減という割と壊れ能力を持っている。

 

 元ネタはユートが前世に経験したゲームからだが、ちょっと能力には差違というのがある。

 

 それは兎も角、一〇〇Mとはいえ探索で常にバフを掛けられているのは心強いものがあり、リリとしても上手く活用をしていた。

 

 全員が背中に背負っているバックパックも、ユートにより製作された逸品。

 

 元々はリリのバカでかいバックパックを見てから、ずっと考えていた物だとはユートも言っていた。

 

 リリ自身は背中に刻まれたスキル――【縁下力持(アーテル・アシスト)】により、バックパックの重さなど気にしていない。

 

 一定以上に掛かる荷重に対して補正が掛かるから、どれだけ重くなったとしても一定以上には感じない様になっているからだ。

 

 とはいえサポーターとして荷物を預かる身であり、戦闘には全くの不向きな事には変わりない。

 

 理想としては荷物をわざわざ降ろしてから参戦するより、背負った侭で参戦が出来た方が良かった。

 

 ステータス・ウィンドウを与えれば済む話だけど、幾ら同じファミリアだとはいっても無償で渡したら、場合によってはてんやわんやになりかねない。

 

 だからコレだ。

 

 同盟内のファミリアのみに配備した装備品扱いで、バックパックに登録をした者以外では取り出せない――盗り出せない――システムもあって、可成り便利に活用をしていた。

 

 元ネタは様々であるが、大元となったのはソフィーという少女が、錬金術にて造った特製バックパック。

 

 ユートが初めて錬金術に触れた時に出逢った少女、ユート自身はステータス・ウィンドウが在ったから、特に必要を感じてはいなかったのだが、それを持たせていないベル達には必須なアイテムだった。

 

 あの特製バックパックに比べて、小振りで大容量なやはり壊れ性能。

 

 全員に持たせているが、用途は万が一バラけてしまった場合、リリが一極して荷物を持っていたら詰むというのと、各自が武器などを保管しておく為だ。

 

 荷重もバックパックの分しか掛からない。

 

 リリのスキルが無意味になった瞬間でもあったが、他者を運ぶ事になった場合には有効だからマシか。

 

「で、結局は俺らって何で待たされたんだ?」

 

 ユートが櫃を降ろす。

 

「ベル、今からこいつに着替えて来い」

 

「へ?」

 

 渡されたのは一着の上下一組の黒いインナー。

 

「これは?」

 

「勿論、防具だ。普通の服を渡しても仕方ないだろ」

 

「は、はぁ……」

 

「違和感があれば言えよ。調整をするからな」

 

「判りました」

 

 ベルは一旦引っ込むと、服を着替えに行く。

 

「ベルの武具は俺担当なんだけど……」

 

「悪いな。けどヴェルフは衣服系の防具なんて造れたりするのか?」

 

「うぐっ、造れねー」

 

 衣服は流石に鍛冶の範疇からは外れている。

 

 少し経つとベルがソッと扉を開いて現れた。

 

「どうだ?」

 

「あ、はい。キツくないし緩くもない。丁度良くって肌触りも悪くありません。動きも阻害されないし……凄く軽いです」

 

「そりゃ良かったな」

 

 ユートも満足気に頷く。

 

「けど、何でインナーを? 僕が着てたのも悪い品物じゃなかったのに……」

 

「それは特別製なんだよ」

 

「は、あぁ……」

 

 ベルの目には違いがよく判らなかった。

 

「見た目的にはさっきまでベルが着ていたのと大差は無いが、中身は全くの別物と云っても過言じゃない」

 

「と、云いますと?」

 

「服の生地は精製金属(ミスリル)糸で編んだ物だ」

 

「え、ミスリルで?」

 

「魔力の通りが良いからねミスリルは」

 

「高かったんじゃ?」

 

「ん? 前にちょっとした迷宮逢瀬(ダンジョン・デート)に出た時、ぶっ放した魔法で熔けたダンジョンの壁や床や天井からドロップしてたからな。買った訳じゃないから元手は無料」

 

「デート? って、何ですかユート様」

 

「……これも神語なのか。男女が逢う約束をして出掛ける事……かな?」

 

「え゛? だ、誰と!?」

 

 リリではないのは確か。

 

「フィルヴィス」

 

「フィルヴィス……様? それってまさかディオニュソス・ファミリアの団長、フィルヴィス・シャリア様の事でしょうか?」

 

「そうだが?」

 

「……【死妖精(バンシー)】と本来の【白巫女】以外の二つ名、渾名で呼ばれる方ですよね?」

 

「リリ、それ以上は流石に僕も許さないぞ?」

 

「ごめんなさい……」

 

 リリは素直に頭を下げ、言い過ぎを謝罪した。

 

「えっと、【白巫女(マイナデス)】って二つ名ってやつですよね」

 

「ん? ああ、LV.2になったら神会(デナトゥス)とやらで決まるらしいな」

 

「ユートさんの二つ名って何ですか?」

 

「僕がランクアップしてからまだ神会は開かれていないからね、当然ながら付いていないな。次に開かれたら付けられるんじゃね?」

 

「そうなんですか」

 

 どうにも瞳を無垢な輝きで光らせているベル。

 

 

 自分が二つ名を授かるのを幻視しているらしい。

 

「続けるぞ?」

 

「あ、はい!」

 

「内側……ミスリル糸の服の表と裏の間にゴライアスの皮を鞣し革にしたモノを挟んである」

 

「ゴライアスって確か……一七層の階層主の?」

 

「そうだ。最初の探索で、僕が斃したゴライアスからドロップした」

 

迷宮の弧王(モンスターレックス)を!?」

 

 ソロのユートがと思えば信じ難いが、実際に到達した階層は五一層だと聞く。

 

 迷宮の弧王(モンスターレックス)とは、一七階層以降から配置をされているモンスターの中ボス。

 

 一七階層にゴライアス。

 

 二七階層にアンフィス・バエナ。

 

 三七階層にウダイオス。

 

 四九階層にバロール。

 

 嘗てゼウス・ファミリアが潜った五九階層までに、現状にて確認をされている階層主がこの四体となる。

 

 尚、階層主ではないけど第一二階層のレアモンスターたるインファント・ドラゴンが、ある意味で階層主的な扱いをされてたり。

 

「で、ゴライアスの鞣し革の裏にアンフィス・バエナの鱗を張り付けた。そいつも魔導具にしてある」

 

「アンフィス・バエナ?」

 

「二七階層の階層主だよ」

 

「……それも?」

 

「斃した。あいつ、移動するから参ったわ」

 

 階層主は基本的に一ヶ所に配置され、其処から動く事はないとされているが、アンフィス・バエナは例外的に移動型の階層主。

 

 その姿は双頭の竜。

 

 インファント・ドラゴンといい、喰えないのが残念だとユートは思った。

 

「アンフィス・バエナの鱗で造った護符(アミュレット)の効果は、四大属性への防御能力になる。一応だけど光や闇や雷や氷もある程度防いでくれるけどな」

 

 本来の竜はただの鱗でさえ強力な魔力を含むけど、アンフィス・バエナの鱗はドロップアイテム。

 

 そもそもがモンスターの中でも強力な部位こそが、死んだ後にも残りドロップアイテムとなる。

 

 だからドロップアイテムは高値が付くのだ。

 

 高がゴブリンの牙でも。

 

「す、凄いんですね」

 

「紙装甲の侭で行かせて、死なれても困るしな」

 

 グサッ! ヴェルフの頭にナニかが突き刺さる。

 

「くっ、俺の兎鎧改(マジキチ)が……紙装甲かよ」

 

 恐らくユート製インナーにも劣る金属鎧。

 

 とはいっても、ユートの造ったインナーは魔導具。

 

 対抗するなら【万能者(ペルセウス)】でも連れてくるしかない。

 

「にしても、発展アビリティの【鍛冶】も【神秘】も無しに、本職顔負けな技能とかどーなってんだよ? アンタは……」

 

「別にそれらが無くても出来るのは、ヴェルフ自身が証明しているだろう?

 

「そりゃ……」

 

「だいたい、聞いた話だと【神秘】持ちはオラリオでも五人と居ないらしいし、オラリオの魔導具の全てがそいつら作じゃない筈だ。まあ、開発は【神秘】持ちかも知れないが」

 

 【万能者】が造ったとされる魔導具は多岐に亘る。

 

 だけど別に彼の者が量産まで担っている筈もなく、ならば量産している人間は【神秘】を持つか? といえば有り得ない。

 

「ひょっとしてよ、そっちのラブレスの服もか?」

 

「勿論、そうだが?」

 

「――え?」

 

 ベルだけならまだしも、ラブレスまでとなるとリリは聞き逃せなかった。

 

「ず、ズルいです! 何でラブレス様だけ?」

 

「ああ……ゴライアスの皮が足りなかった。だから、取り敢えず最前線な二人に造ったんだよ。欲しいならゴライアスから皮を刈ってきてくれ」

 

「無理です!」

 

 LV.1なリリに出来る事ではない。

 

「じゃあ、何だか刺激的な格好なのって?」

 

「皮が少なかったからな。露出が割かし増えた」

 

 防御力は魔導具であるが故に問題無いが、見た目は露出という意味で凄い。

 

 とはいえ、ラブレス王女として活動していた時と、大して変わらないレオタードみたいな服なだけ。

 

 背中が開いてるデザインなのは、シャーマン一族としての羽根が在るからだ。

 

 尤も、昔の格好の侭では当然ながらなくて、腕には籠手を脚には脚当てを着けている。

 

 勿論、腰にはレイピアを佩く為の腰アーマーを身に付けてているし、胸アーマーもちゃんと装備済み。

 

 ぶっちゃけてしまうと、今やハイレグアーマーという体だった。

 

「じゃ、四人共行って来ると良い」

 

「はい!」

 

 こうしてベルはヴェルフとリリとラブレスを伴い、ダンジョンの探索へと乗り出すのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「それで、何の用かな? 確か……フェルズ」

 

「フッ、気付かれてしまうのか。御見逸れする」

 

 建物の影から現れたのは顔も判らぬ黒衣。

 

「にしても、愚者(フェルズ)とは……偽名か?」

 

「嘗ては賢者を名乗っていた愚者、私の人生を表しているとだけ言っておこう」

 

「……用件は?」

 

 四方山話に花を咲かせる為に来た訳でもあるまい、ユートはフェルズに用件を促した。

 

「君に【剣姫】を追って欲しいのだ」

 

「アイズを? それはどういう意味だ?」

 

「二四階層で、モンスターの大量発生というイレギュラーが起きた。既に冒険者が幾人も犠牲になっている非常事態、そこで【剣姫】に調査或いは鎮圧の依頼を託したのだ」

 

「ふーん。大量発生ね」

 

 特に興味は無い。

 

 犠牲者が出てるらしいが知り合いでもない冒険者、それが何百人犠牲になろうが知った事でもなかった。

 

「階層の最奥の食料庫(パントリー)、其処こそが私の目星を付けた場所だが、実は君に以前頼んだ依頼……三〇階層でもやはり同じ事が起きていた」

 

「あの宝玉の……」

 

 モンスターの胎児が篭る宝玉、あれをどさくさ紛れに手にした“優雅”は確かにそれらしきを見ていた。

 

「報酬は勿論、用意をさせて貰おう」

 

「……」

 

 報酬は確かに美味しかったと云える。

 

 幾つもの貴金属や指輪、一角獣の角なんてレア物や魔導書までも在った。

 

 単純にヴァリス金貨まで山と積まれていたし。

 

 魔法王国(アルテナ)にて造られたと思しき魔導書、あれを一冊でも売り払えば捨て値で数千万、オークションにすれば一億二億など当たり前に付く。

 

 それが数冊とか。

 

「了解した。アイズを追って事件解決に手を貸せば良いんだな?」

 

「助かるよ。それとどうやら【凶狼(ヴァナルガンド)】と【千の妖精(サウザンド・エルフ)】が、【白巫女(マイナデス)】と共に【剣姫】を追った様だ」

 

「レフィーヤとフィルヴィスが? ベートと?」

 

 ちょっと順番が違う。

 

「なら、先ずはそっちとの合流だな。他には?」

 

「【剣姫】には協力者としてヘルメス・ファミリアに合流して貰った」

 

「ふむ、【万能者】が率いるファミリア……か」

 

 ベルを送り出したユートは再びアイズと。

 

 運命の交叉路が再びまじわるのであった。

 

 

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第43話:ベルのパーティプレイは間違っているだろうか

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「ロキ・ファミリアに行ってみるか」

 

 ユートは【黄昏の館】と呼ばれる彼らの本拠地へ。

 

「ロキに取り次いでくれ」

 

「はぁ? 誰だよお前」

 

「僕はアテナ・ファミリアのマサキ・優斗」

 

「知らねーよ、アテナ・ファミリアなんざ。ほら……とっとと立ち去れ!」

 

「……」

 

 流石に此処でぶっ飛ばしたら面倒になる。

 

 前にも似た事はあったのだが、その時は門番よりも遥かに……それこそトップの一人が一緒だったし何より招かれていた。

 

 あの時はぶっ飛ばしたからこそ、門番は彼女からの罰を受けずに済んだ。

 

 今回は一応、繋いでおこうという程度の事だから、これでこの名も知らぬ門番が後で罰を受けても知った事じゃない。

 

 ユートが立ち去ると門番はドヤ顔だったと云う。

 

 仕方ないからバベルへ、白亜の巨塔へと向かった。

 

 それにユートがわざわざ罰する必要などない。

 

 何故ならロキ・ファミリアの幹部や準幹部、候補生の殆んど全てが知り合いなユートを門前払いしたと、フィンやリヴェリアや……更にはロキが知ったら?

 

 まあ、ある程度の懲罰は喰らうであろう。

 

 況してやユートが訪れた目的は、アイズやベートやレフィーヤの援護だ。

 

 フェルズから冒険者依頼を受けたからといっても、元々が危険な任務となるであろうクエスト、その追加戦力を自分の判断で門前払いなど、会社なら間違いなくクビである。

 

 相手が相手なら懲戒免職すら有り得る程に。

 

 まあ、名前も知らない様な相手の進退なぞ、正しく全く興味が無い。

 

 

 ベート・ローガとレフィーヤ・ウィリディス。

 

 そしてフィルヴィス・シャリアが先に行っている。

 

 出来たらリヴィラの街に着く前に追い付きたい。

 

 故に急いで駆けていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 一方その頃……

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは第一八階層に存在するリヴィラの街に訪れて、黒衣に言われた場所を目指して歩いていた。

 

 そもそもにしてアイズはウダイオスを単身で討ち、限界にまで至ったLV.5のアビリティ上昇の経験値に加え、より上位の経験値を獲得して偉業を達したと【神の恩恵】認めその器が昇華された為、LV.6にランクアップを果たした事で能力が激変している。

 

 それによる今とこれまでの肉体的な齟齬を解消するべく、ちょっと下層にまで行ってモンスターを斃す事で調整しようと、第一〇層まで降りてオークの群れと戦った後、あの黒衣が現れて冒険者依頼を託された。

 

 乗り気ではなかったが、自分自身も下層まで行こうと考えていたし、黒衣からあの時の宝玉や赤毛が決して無関係ではないと聞かされてしまい、クエストを受ける事を了承する。

 

 あの話が自分を釣る餌と知りつつ、だけど無視を決め込める程にアイズ・ヴァレンシュタインは達観の域には無い。

 

 あの赤毛の大女が言っていた【アリア】なる名前、それはアイズの母親であり本来は有り得ないのだが、神の遣わせた精霊の一人。

 

 アイズの風は母親であるアリアから受け継いだ。

 

 父と共に消えた母親……

 

 必ず見付け出すから!

 

 追い付くから!

 

 待ってて!

 

 まだ幼かったアイズの、謂わばビギンズナイトというやつであり、彼女の中に今も燻る黒い炎の原典。

 

 だから動いたのだ。

 

『先ずはリヴィラの街へと寄ってくれ。【黄金の穴蔵亭】という店に協力者が待っている』

 

 フェルズはそう言った。

 

 教えられた場所は穴蔵と確かに呼べる洞穴が在り、入口の穴のすぐ上に店名が【黄金の穴蔵亭】と派手に書かれている。

 

 こんな所に酒場があったのかと、そう思いながらもアイズは店に入った。

 

 階段を降りた店内には、十数名もの客がカードをしたり唄ったり、或いは楽器を弾いていたりと各々が特に纏まる事無く居た。

 

(この中に協力者が……)

 

 種族も様々。

 

 ヒューマンも居れば犬人やエルフ、他にもドワーフや小人族まで居る。

 

 勿論ながらその協力者とコンタクトを取る手段は、フェルズからもきっちりと聞いていた。

 

「おおい、【剣姫】じゃないか! こんな所で会うなんて奇遇だな」

 

「え、ルルネさん?」

 

 褐色肌に臍出しホットパンツな少女、それは赤毛や宝玉絡みでこのリヴィラにて出会ったルルネ・ルーイという犬人(シアンスロープ)であったと云う。

 

「こないだの一件では世話んなったな。お陰で死なずに済んだよ。御礼に一杯、奢らせてくれ」

 

 笑顔で言ってくる。

 

 フェルズが説明するにはカウンターの端から二番目に座り……

 

「あ、其処の席は!」

 

「御注文は?」

 

「じゃが丸くん抹茶クリーム味」

 

 と注文をしろと。

 

 アイズが注文をした瞬間にルルネがコケる。

 

「あ、ああ……アンタが、援軍なのか!?」

 

「……え?」

 

 指差しながら言ってきたルルネを見遣るアイズ。

 

 そして立ち上がる全ての客達の姿。

 

(まさか、協力者ってここの客……全員?)

 

 そう、全員一斉にアイズの方を見つめているのだ。

 

「彼女が協力者で間違いありませんか? ルルネ」

 

「ア、アスフィ……」

 

(この人は!)

 

 ルルネに話し掛ける女性――碧い髪の毛に眼鏡を掛けた、ポーチが幾つも付いているベルトに白いマントの戦闘衣、アイズでさえもよく知る人物だ。

 

 【ヘルメス・ファミリア】団長――アスフィ・アル・アンドロメダ。

 

 オラリオでも五人と居ない【神秘】の保有者。

 

 その稀代とも云える魔道具製作者の彼女に、神々が与えた二つ名は【万能者(ペルセウス)】である。

 

 アイズも彼女が発明した僅かな血をインクに出来る羽ペンを所有しているが、他にも彼女しか持ち得ない様々なアイテムが在るとかロキから聞いていた。

 

 ルルネもヘルメス・ファミリアな筈だし、アスフィが居てもおかしくはない。

 

 ならばこの協力者達とは全てが、ヘルメス・ファミリアの眷属という事か?

 

 何しろ団長が直々に此処へ来ているくらいだ。

 

「ルルネ達も依頼を受けたんですか?」

 

 コケていたルルネに手を貸しながら訊く。

 

「ああ、ほんの数日前だ。黒衣の奴が現れてさ。私は最初『もうゴメンだ』って突っぱねたんだけどね」

 

「LV.を偽っている事をバラす……と脅されたのだそうです」

 

「うぐっ!」

 

「その挙げ句、私達に皺寄せまできて……」

 

 このオラリオを運営しているギルドは、都市内に在る全てのファミリアから、ファミリアのランクに応じた税金を徴収している。

 

 例えばまだ結成をして間もないアテナ・ファミリアやヘスティア・ファミリアなんかは、団長のユートがLV.2でしかなかったしベルもLV.1、ランクは最低ランクと低いから支払う税金も安い。

 

 だが、多数の第一級冒険者を抱えるロキ・ファミリアは最高ランク、支払うべき税金もトップクラスだ。

 

 ヘルメスは中立気取りで団員のLV.を低く申請をしており、結果として多額の脱税をしているらしい。

 

 それはルルネがアイズにLV.3を2と偽っていた事から明らかで、ヘルメス・ファミリアではそれこそが主神の神意という事か。

 

 グチグチとアスフィが、ルルネを叱り飛ばす。

 

 脱税がバレたらどれだけのペナルティを負うのか、アスフィは想像もしたくないのであろう。

 

「兎に角、依頼内容を確認します。我々は二四階層の食料庫を目指し、モンスターの大量発生の原因を突き止め、場合によっては排除をする……それに間違いはありませんか?」

 

「はい」

 

 頷くアイズ。

 

 あの黒衣から引き受けた依頼内容の侭だ。

 

 食料庫(パントリー)とはダンジョン内、一〜二階層を除く全ての階層に二〜三ヶ所存在する巨体な石英が聳える大空洞で、石英から染み出している透明な液体がモンスターの栄養源。

 

 故にヒトは其処をモンスターの為の食料庫と呼ぶ。

 その後、アイズはヘルメス・ファミリアのメンバーと共に下へ降りた。

 

 彼らにとってもLV.6となったアイズにとっても、正に地獄の淵となるであろう二四階層へと。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 同じ頃、特に困る事もないダンジョン探索をしているベルの一行。

 

 今回のパーティメンバーはナァーザが、犬人であるミアハ・ファミリアの団長――一人だけしかいない――のナァーザ・エリスィスが外れていた。

 

 ダンジョン探索の心理的外傷はユートに封じられているのに来なかった理由は簡単、今現在のナァーザはミアハ・ファミリアの新商品を造るべくあくせく働いていたからだ。

 

 二属性回復薬(デュアルポーション)、傷や疲れと共に精神力も回復する薬。

 

 見事に完成したら確かにバカ売れするだろう。

 

 本来なら両方の回復には回復薬と精神回復薬の両方を飲まねばならないけど、これなら一度の服薬でどちらも回復が叶うのだから。

 

 僅かな隙が命取りとなるダンジョンで、この差は大きなモノとなる筈。

 

 彼女がユートに身を任せる代償として与えられている武器、これは可成り強力な飛び道具だから居ないのは辛いが、二重回復薬さえ完成をしたらダンジョン内での探索が楽になる。

 

 稀少種ブルー・パピリオは第七層に現れるモンスターであり、二属性回復薬の素材となるのがその翅だ。

 

 ユートはその入手を快く応じた。

 

 只でさえブルー・パピリオは【稀少種】だから遭遇し難いが、ドロップアイテムともなれば更に稀少。

 

 だけどユートには切札(ジョーカー)が在った。

 

 神々から簒奪した権能。

 

 その中でも“幸運”を司どる【女神エリス】から、柾木に転生をする前に得た権能が殊の外に使えた。

 

 【この素晴らしい世界に祝福を!(ブレッシング・オブ・ジ・ゴッデス)】。

 

 勿論、エリスを殺めたという訳ではない。

 

 そもそも、あの世界へと敷かれていたエピメテウス施術し、パンドラが管理と運営していた神殺し誕生の【簒奪の円環】は別世界にも働くものか?

 

 ユートの場合は魂の特性――大陰が在り、自ら相手の神氣を取り込む事により権能を増やせた。

 

 その手法というのは自分が男で、相手が“女神”だから使えるモノ。

 

 兎も角、ユートはエリスとの約定を守って魔王との戦いに終止符を打った後、ちゃんとした転生をする前に彼女をあの世界の【死せる者の番人】という役目から解放をして、その証を刻んだ際に彼女の神氣を吸収して権能としたのだ。

 

 結果として得たこれは、常時発動型の権能となって機能しており、運気が働く場面でそれとなく補正をしてくれている。

 

 例えばこの世界に来た時にもそれは働いた。

 

 何故かこの世界に跳ばされたのは兎も角、何処に跳ばされるかは運次第であったろうけど、“幸運”にもヘスティアの住まう教会に跳んでいたのである。

 

 尚、その気になって聖句を唱えた場合は因果率すら操作が可能とか。

 

 お陰で接敵は運次第というブルー・パピリオだが、文字通りの“幸運”な事に数十もの群れに出会して、斃したら斃したでユートのアイテムストレージ内に、群れを斃した数だけの翅が格納されていた。

 

 接敵が運次第であるならドロップも運次第。

 

 その結果がこれ。

 

 薬を調合する素材に困る事は当分無いだろう。

 

 寝不足は困るけど。

 

 リリが左腕に装着をする武器を発射。

 

「喰らえ!」

 

 リリが使うのは魔力を矢に変換する【リリルカ・ボーガン】、リトル・バリスタもサブウェポンとして持ち歩いているが、やっぱりメインは此方となる。

 

 精神力さえ切れなければ矢継ぎ早に装填が可能で、威力もそんじょそこら辺の武器など及びも付かない。

 

 当然ながら小人族として精神力は多くないからか、精神回復薬(マジック・ポーション)は大量に所持をしていた。

 

 場合によっては精神力を消耗しないリトル・バリスタに換えて、自然回復を待ってからというのも可能。

 

 リリルカ・ボーガンとはデバイスの技術を取り入れているから、収納時は単なる腕輪にしか見えない代物だけど、本人の意志であっという間に展開が出来る。

 

 使わない時にも邪魔にはならないという訳だ。

 

 リリの腕から放たれる矢が正確にモンスターの急所を貫き、魔石を破壊する事無く絶命させている。

 

「どうですか! リリだって成長してるんです!」

 

 思わずガッツポーズ。

 

爆裂弾(ダズ・ライヒ)ッッ!」

 

 ドガン! けたたましい爆発音が響く中で驚くリリが見れば、傍にモンスターが居たらしい。

 

「油断大敵よ?」

 

「すみませんラブレス様」

 

 確かにちょっと浮かれ過ぎていたかもと、自省しながらラブレスに礼を言う。

 

「スピアーズ・トワイライト!」

 

 ヘルハウンドへ投げ付けたスピアは、その脳髄を突き刺し貫通してラブレスの手に還ってくる。

 

「念動力とか云いましたか……魔法とは違う技」

 

 何がどうトワイライトなのかは扨置いて、この技は念動力により槍を操作して相手を貫くモノ。

 

 単純に腕を使って刺すのと違い、リーチは視界一杯に伸ばせるのが良い。

 

「おら、征くぞ!」

 

 ヴェルフが揮うは太刀、単純にデカイ武器だ。

 

 銘は無い。

 

 ヴェルフは他者が使うだろう武器には銘を打つが、自身の使う武器に銘などは付けていなかった。

 

 そんな無銘の太刀にて、ヴェルフは中層のモンスターとやり合う。

 

 発展アビリティ無しでの最大限で造った太刀。

 

 それでも自分の武器には矜持もあった。

 

 今の自分に鍛てる最高の武具を! ヴェルフが想いと技術の全てを籠めて。

 

 鍛冶師とはいえダンジョンに潜るなら、冒険者へと渡す武器並のエモノを持って然るべき……とユートに言われ、今までの太刀を鍛え直して完成させた。

 

 仮に攻撃力+三〇だったとして、恐らく四〇くらいには強化されている筈。

 

 SAO的には……

 

 鋭さ――Sharpness。

 

 速さ――Quickness。

 

 正確さ――Accuracy。

 

 重さ――Heaviness。

 

 丈夫さ――Durability。

 

 この中で主に重さと丈夫さへ振り分けた感じだ。

 

「おらおらおら!」

 

 ヴェルフの太刀が次々とモンスターを屠る。

 

 ヘルハウンドみたいなのが居ない現状、ヴェルフの攻撃を阻む敵は無かった。

 

 とか思えば……

 

「ヘルハウンドか!」

 

 ヘルハウンドが現れて、ヴェルフが呻いた。

 

「離れなさい! ベルだと魔法の効果も薄い!」

 

「ラ、ラブレスさん!?」

 

「私は氷結が使える!」

 

「は、はい!」

 

 全員が下がったのを感じたラブレスは、氷結呪文を放つべく手を翳す。

 

『ガァァッ!』

 

 放たれた炎。

 

 放火魔と呼ばれる存在、ヘルハウンドのこれは幾多のLV.が低い冒険者達を燃やし、その生命の悉くを奪い去ってきたのだ。

 

「チッ、向こうが速い!」

 

 簡単な詠唱も要らない様なタイプだが、僅かな集中をする時間は必要だ。

 

「【燃え尽きろ外法の業】……ウィル・オ・ウィスプ!」

 

『ギャワッ!?』

 

 ヴェルフの声が唱ったかと思えば、ヘルハウンドの炎が口の中で暴発する。

 

「ヒャダルコ!」

 

 今だ! と謂わんばかりにラブレスがヒャダルコを撃ち放ち、ヘルハウンドを凍らせていった。

 

「ふぅ、危なかった」

 

 刹那の隙がダンジョンでは命取り、ラブレスもそれを思い知ったらしい。

 

 尤も、炎なら旗の効果もあって死に至るダメージにはならなかったが……

 

 ヘルハウンドというか、モンスターのこの手の攻撃は基本的に魔力由来だが、ユートの【防御光幕呪文(フバーハ)】は呪文が相手でも効果を持つ。

 

 この辺りは結局破られたものの、フレイザードの使う五指爆炎弾(フィンガーフレアボムズ)を僅かなり防いだパプニカ三賢者たるアポロのあれがイメージにあったからだ。

 

 だからこそヘルハウンドの炎も防げる。

 

 まあ、完全防御は無理だから喰らえば熱いけど。

 

「さあ、残敵掃討を!」

 

「「「応!」」」

 

 ラブレスによる叱咤激励を受けて、ベル達は残った敵の殲滅に向かう。

 

「んんっ! くうっ!」

 

「ベル、何してるの?」

 

 何だか戦闘中に踏ん張った顔のベルを、ラブレスが呆れた表情で問い掛ける。

 

「え、いや……ユートさんがやっていたみたいに出来ないかなって」

 

「どんな? 少なくとも、ユートがそんなお通じみたいな踏ん張り方で戦った事は無いけど?」

 

「お、お通じって……」

 

 ガックリ項垂れる。

 

「あの……ラブレスさんはユートさんのあの魔法の使い方って知ってますか?」

 

「……“あの”とか言われてもね。昨日のベルの訓練は見てないもの」

 

「えっと、周りに炎を浮かべて雨霰と降らせるって感じなんですが……」

 

「ああ、つまりこれね」

 

 そう言いながらラブレスは周囲に氷の刃を生む。

 

「往け、氷結豪雨(ヒャドレイン)ッ!」

 

 モンスターに向け一直線に周囲のヒャドが飛んで、アルミラージやら何やらを串刺していく。

 

「ユート程に豪快じゃないけど、私もやろうと思えば出来るからね」

 

「……ユートさんだけしかやれない訳じゃないのか」

 

「結局はこれも技術だし、確りイメージをすれば可能な事よ?」

 

「イメージ?」

 

「何をしたいか明確に想像しなさいな」

 

 昨日の訓練で並行詠唱を見せたユート、その後に見せたのが先程のラブレスがやった呪文行使法。

 

 別に難しい理論なんかは特に無い。

 

 前世での双子の兄であるネギも、原典で高畑を相手にやっていたし。

 

 杖や掌や指先から出すのではなく、周囲へと魔法を展開して放つ技。

 

 ユート的にはちょっとした手妻に過ぎない。

 

 それを必殺技っぽくしたのが小規模呪文の雨霰だ。

 

 先日、ユートがやったの火炎豪雨(メラレイン)

 

 火の玉を放つメラを周囲に浮かべ、それを相手へと雨霰と降り注がせるもの。

 

 転生前にもキャベツ相手にラブレスがやったみたいな【氷結豪雨】を放って、キャベツを軒並みにゲットした事もある。

 

 呪文の規模が少しでも上がると、途端に難易度も上がってしまうから専ら下位呪文で行使していた。

 

 【爆裂豪雨(イオレイン)】や【閃熱豪雨(ギラレイン)】など、絨毯爆撃みたいな感覚でやっている。

 

「魔法はイメージが肝要。集中力(コンセトレーション)想像力(イマジネーション)を確りしないと」

 

 勇者ダイや竜騎将バランがやる魔法剣も、呪文を剣に纏わせる“技術”であるという側面がある。

 

 決して不可能ではない。

 

 想像力不足もあったが、魔法使いが剣を使う事など無く、逆に戦士が呪文を使う事も基本的には無い世界だから、両方を合わせようという発想が無かった。

 

 単にそれだけの事。

 

「ベルに足りないのは経験と想像力、それと集中力も実は足りてない」

 

「無い無い尽くし!?」

 

「後、実戦中にやらない。今は戦闘に集中なさい!」

 

「は、はい……」

 

 再びベルも参戦。

 

 程無くしてモンスターは居なくなってしまう。

 

爆雷弾(メガ・ライヒ)ッッ!」

 

 掃討後、壁を破壊してから四人はピクニックシートを敷いて、取り敢えず昼にしようという話になる。

 

 壁を壊す理由、ダンジョンは破壊されても再生するのだが、壁などを再生中はモンスターを生まない。

 

 冒険者はこの習性を利用してキャンプする。

 

 弁当はリリがバックパックに入れて持ってきていた物で、作ったのはメイドを兼ねているミッテルト。

 

「あれ? ベル様……そのお弁当は何ですか?」

 

「え、と……シルさんから戴いてしまって」

 

「シル……【豊穣の女主人】の店員でしたか」

 

 割と確りベルもダンジョンで出逢いがある様だ。

 

 

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第44話:ユートの捜索活動は間違っているだろうか

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 ベル一行が和気藹々と戦っている最中に、ユートはアイズ延いては彼女を追うレフィーヤ達との合流を目指して駆けていた。

 

 脚は逸い方だから割かしあっという間に一二階層、琥珀色の鱗を持った四M程の怪物が往く手を塞ぐ。

 

「インファント・ドラゴン……ね。邪魔だ!」

 

 食えないドラゴンなぞ、そこら辺の蜥蜴にも劣る。

 

 ちっこい蜥蜴は論外ではあるが、両手で抱えられるくらいの大きさなら蜥蜴もちゃんと食えるし、それなりに肉が美味いからだ。

 

 オラリオ産のドラゴンは魔石を抜いたら灰化して、肉がドロップをするなんて事も無かった。

 

 ユートの権能【この素晴らしい世界に祝福を!】、これは常時発動型な権能であり、だからといって何処かの【幸運男】みたいな、常に豪運な訳では無い。

 

 “運”が左右するであろう事象に対し、一定以上の補正を与える権能である。

 

 例えば運が良ければ会いたい時に会えるレアモンスターとか、運が良ければ落とすドロップアイテム。

 

 ユートが他の冒険者から見れば、驚く程にドロップアイテムを手に入れられるのもこの権能の仕業。

 

 ギャンブルをすれば大抵は勝ってしまう。

 

 尤もギャンブルの場合、“運が仕事をしない状況”も有り得る為、必ずしも勝つとは限らなかったり。

 

 兎も角、余りにも邪魔でしかないインファント・ドラゴンの鎌首を叩き落としたユートは、後ろで灰化する死骸には目も呉れず目的の一八階層を目指す。

 

 尚、後で確認をしてみたらインファント・ドラゴンの魔石以外、牙と爪と鱗がドロップアイテムとなってストレージ内に在った。

 

 ユートとしては血や眼も欲しいけど、眼はまだありそうだが血は流石に無理かと諦めている。

 

 眼も無理っぽいが……

 

 元来、竜とは全てが有用な素材と成るのだ。

 

 だけどこの世界に於けるモンスターという存在は、魔石を喪えば力が最も高い部位をドロップアイテムとして遺す以外、全てが灰となって消えてしまう訳だ。

 

 その後もヘルハウンドやアルミラージ(ベル)など、中層のモンスターが現れては屠られていく。

 

「今度はミノタウロスか、ホントに面倒臭いな……」

 

『ブモォォォッ!』

 

「喧しいわ!」

 

 【迷宮の武器庫(ランドフォーム)】から調達したであろう、天然武器(ネイチャーウェポン)の斧を手に振り翳したミノタウロスに対し、ダークリパルサーを揮って首を叩き落とす。

 

 その生命を喪った瞬間、魔石がユートのアイテムストレージに格納された為、筋肉質な巨体が灰化して崩れ去った。

 

 ダンジョン内に存在している岩やや木の枝などは、【迷宮の武器庫】と称されるモンスターの為の武具置き場である。

 

 人型に近いモンスター、ゴブリンやコボルトやミノタウロス、果てはベル……アルミラージもその武器を携えている場合が多い。

 

 大剣や短刀や戦斧など、様々な武器をダンジョンのモンスターが持っているのはそれが理由だ。

 

「くっ、変な処で権能が働いているな……」

 

 モンスターが現れては、ユートにドロップアイテムを貢いでいるが、いい加減で急いでいるので勘弁して欲しい処だ。

 

 当然、上層より中層だし中層より下層に行けば行くだけドロップアイテムの質も魔石の質も上がる。

 

 ユートがストレージ内のドロップアイテムを売却したなら、すぐにも数千万ヴァリスは貯まるだろう。

 

 深層まで降りた場合は。

 

 事実、単独探索(ソロ)でアタックして一億ヴァリスを稼いだ事もある。

 

 何しろ獲物はモンスターばかりではなく、鉱物やらダンジョン産の食べ物もあるのだから。

 

 宝石の生る樹やソイツを守護する木竜――グリーンドラゴンは、ある意味では美味しい獲物だし。

 

 ユートの“幸運”が地味に効いて、毎回の探索の度に他の冒険者が見付けられなかった宝石樹を入手し、それを貯蓄している。

 

 それにセーブポイントを魔導具で造り、転移をしているから一時間で数百万を稼げていた。

 

 今回、それを使わなかったのは飽く迄もレフィーヤ達を追う為に、追い抜かない様にする措置である。

 

 若し、原典となるラノベを識っていたらレフィーヤを追い抜いてでも先行し、アイズの救助に向かっていたのだろうが、識らないのだからどうしようもない。

 

 暫くして漸く第一八階層のリヴィラの街に着く。

 

「ボールス!」

 

「あん?」

 

 ユートは筋肉質で眼帯を着けた男を呼ぶ。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインはこの街に来たか? 或いはベート・ローガでもレフィーヤ・ウィリディスでもフィルヴィス・シャリアでも構わん!」

 

「何だ、てめえは?」

 

 どうやらすっかり忘れているらしい。

 

 というより、ユートの事はアルビオンの姿が強過ぎて素顔は忘却したのか?

 

 行き成りガンくれてきたボールス・エルダー。

 

 ヒューマンの男であり、派閥は知らないがリヴィラで唯一のLV.3とか。

 

 この街の顔役だとも聞いているし、アイズやベートが訪ねた可能性は高い。

 

 ユートの失敗。

 

 それは深刻だと言われたこの依頼、自分の尺度で計ってしまった事にある。

 

 事実、ユートが一人だけならどうとでもなる事件でしかなく、それが油断に繋がってしまった。

 

 アイズもランクアップをしたし、普段から偉そうに雑魚を見下ろすベートなら簡単にくたばらないと。

 

 彼の言いたい事もやりたい事も理解は出来たから、強い言葉を紡ぐだけの実力と矜持はあるから……と。

 

 フィルヴィスもLV.4になったと、ギルドからの情報公開で知っていた。

 

 こうなると唯一LV.3なレフィーヤが危ないが、第一級冒険者が二人も居るなら問題も無かろう。

 

 優雅が三〇階層で【宝玉の胎児】を手に入れた際の脅威度、ソコから計っての判断でもあった。

 

 それにレフィーヤはあのリヴェリアの後継者候補、魔力だけで云えばLV.3の中でも群を抜いている。

 

 それにサモン・バーストはリスクもあるが、極めて強力な魔法でもあった。

 

 だからユートは判断を間違えたのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 取り敢えず一発、殴って思い出させてやってから、酒場に情報を捜すべく入ってみるユート。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインは此処に来たか?」

 

「来てないな。アンタみたいに捜しに来たのは三人ばかり居たが」

 

「! レフィーヤ達か」

 

 やはり出遅れている。

 

「お前もロキ・ファミリアなのかよ?」

 

「はぁ?」

 

 振り向けば両脚を喪って頭に包帯を巻いた男。

 

 否、よくよく視ればそこかしこに傷だらけの冒険者で溢れ返っていた。

 

 ユートはそいつらを冷めた表情で見つめる。

 

「二四階層は地獄だよ! てめえらがちんたらしてるから! 何が最強派閥だ! どうしてくれるっ!? こんなになっちまったら、もう冒険者を続けられねーじゃないか!」

 

「そうだ!」

 

「あの狼人もエルフも! 何の償いもしねー!」

 

 要するに連中は二四階層で地獄とやらを見た冒険者であり、ロキ・ファミリアに意味不明な賠償を求めているらしい。

 

「知った事かよ」

 

「な、なにぃ!?」

 

「僕はそも、ロキ・ファミリアじゃない。レフィーヤ達に冒険者依頼をした奴から依頼された追加戦力だ。それに冒険者は自己責任、実力不足でそうなったのを他人の所為にするな!」

 

「なっ!?」

 

 断じられた名も知らない冒険者が絶句する。

 

「それに暗黙の了解なんだろうが、ダンジョン内では基本的に他派閥には極力、関わらないんだろうに! だいたい冒険者に危険は付き物。引き際をミスったら死ぬのなんざ常識だ!」

 

 当然ながら連中に賠償を恵んでやる気は更々無い。

 

 ユートは自分にとっての必要事に金は惜しみ無く使うけど、こういう“無駄”でしかない事に使う金など一ヴァリスも無いのだ。

 

 例えば、ナァーザを手に入れる為にディアンケヒトへ借金を支払うのは良い。

 

 だけどコイツらに賠償? とやらを支払うのは無駄以外の何物でもなかった。

 

「こりゃ、時間の無駄だったな。こんな事なら当てずっぽうで三ヶ所を回った方が建設的だったかもね」

 

 そう言って絶句している連中を放っておき、ユートは酒場の外に出るとさっさと一九階層へと向かう。

 

「さて、問題は二四階層の食料庫は三ヶ所で、離れているから一ヶ所で間違ってもロスが酷い事……か」

 

 走りながらモンスターを叩き斬り、マルチタスクで思考を同時に行う。

 

「運の要素が強いなら……上手く働くか?」

 

 エリスを抱いて得た権能――【この素晴らしい世界に祝福を!】……が。

 

 二〇階層、二一階層……

 

 どんどん踏破していた。

 

「だけど、くそっ!」

 

 苦虫を噛み潰したみたいな表情で叫んだ。

 

「アイズは疎か、後発だったレフィーヤ達にも追い付かないとか!」

 

 若しやすればレフィーヤらは追い抜いたか? とも思ったのだが、正規ルートを走るユートが追い抜くなら三人はソコを通らなかった事になる。

 

 正規ルートとは安全面、距離などが考慮されて設定をされている筈。

 

 ならば意味も無く外れた道は往かないだろう。

 

「っ!?」

 

 ルームに入った途端に、壁には無数の罅が。

 

「まさか、こんな時に……モンスターハウスか!?」

 

 オラリオ風に云うなら、【怪物の宴(モンスター・パーティー)】だ。

 

「チィッ! こんな時に当たりを引かなくても!」

 

 普段ならバッチコイ的な状況だったけど、急いでいる今は道を塞ぐだけで厄介な出来事だった。

 

 ルームの向こう側こそが目的地の最短ルートであるからには、ユートとしては外れて遠回りは避けたい。

 

 モンスターを殲滅なり、取り敢えず道を作るなりの戦闘行為と、回り道をした場合の時間差というリスクを鑑みて決めた。

 

 ユートはダークリパルサーとは逆の手に、もう一降りの黒剣……エリュシデータを出して二刀流となる。

 

「ジ・イクリプス!」

 

 嘗て、SAOでキリトが使っていた怒涛の二七連撃ソードスキル。

 

 勿論、アシストなぞ無い完全に見よう見まねな技。

 

 兎に角、今は手数が欲しいから二刀流で二七連撃。

 

 目論見の通りにモンスターは斬り刻まれて、次々とその身を灰に変えていく。

 

 こういう様を視てると、SAOでモンスターやプレイヤーがポリゴン片に変わったあれを思い出した。

 

閃熱呪文(ベギラマ)!」

 

 放射状ではなく収束してビームみたいなベギラマ、それで薄くなったモンスターの壁に完全な穴を穿つ。

 

 極大呪文に比べて出すのが早い為、剣で壁を薄くして使う呪文も此方を選んだという訳だ。

 

「抜けた!」

 

 そして遂に二三階層をも踏破して、目的地の二四階層にまでやって来る。

 

「問題はどの食料庫に向かったか……だけど」

 

 アイズは最近になってからLV.6となったから、目的地に着くまでに大量のモンスターを斃し、肉体と認識の齟齬を解消しようとした筈だとユートは思う。

 

 ならばその往く先には、モンスターの灰が在る筈。

 

 問題は今現在だとそれが見当たらない為、其処へと辿り着く前に当てずっぽうで進むしかない点。

 

「やってみるか」

 

 ユートは目を閉じると、一気に身体を回転させる。

 

 そして止まったら自分から見て真っ直ぐ前を。

 

 “幸運”の使い方。

 

 様はギャンブル的な状態を作り出せば、それで良い方向に進めるという考え。

 

 普通の冒険者なら危険が無い方向が当たりだけど、ユートの場合は全くその逆こそが当たり。

 

「神殺しが神頼みとはね、随分と皮肉が利いてる」

 

 天に運を任せるやり方。

 

 ユートは天運ではなく、寧ろその質は破凰が……

 

「見付けた!」

 

 大量のモンスターの灰、そこら辺の冒険者では幾らパーティを組もうが殺られるしかない数、アイズなら一人で殺し尽くせる量でしかないだろう。

 

 

「此方は位置的に北か」

 

 死骸たる灰を辿った結果として、アイズの往く先が北の食料庫と判明した。

 

「可成り出遅れた感があるけど、さて? モンスターの大量発生の原因くらいは突き止めたのかね?」

 

 食料庫の入口まで着いたユートは首を傾げた。

 

「うん? 此処が入口だったと思ったんだが……」

 

 存在しない筈のちょっと有機的な壁。

 

「まあ、門? みたいなのも在るから向こう側に通じてはいるのか? それなら……喰らえ!」

 

 両手を頭上で組んで横に腕を広げると、エネルギーが右手と左手でアーチを描く形になる。

 

「征け、極大閃熱呪文(ベギラゴン)ッッ!」

 

 先のベギラマと同じく、収束をしたベギラゴン。

 

 ゲーム的には一グループに有効な呪文が単体呪文に変わった分、その威力が上がったモノとなる。

 

「何だ、割と脆かったな。これならベギラマでもいけただろうか?」

 

 大穴が穿たれたのを見てそう洩らしつつ、ユートはアイズなりレフィーヤ達なり追い掛ける為に走った。

 

「別れ道……か」

 

 どっちが目的地か?

 

「正に運次第っと!」

 

 適当に決めて進む。

 

 更に進むと流石に気配が近いのに気付いた。

 

「これは……当たりか?」

 

 複数人の気配、だが……

 

「一つ消えた?」

 

 つまりは誰か死んだ。

 

 それが敵かアイズ側の誰かまでは判断が付かない。

 

 抜けた先の広場。

 

 其処には死が広がる地獄みたいな場所だった

 

「我が名はアールヴ!」

 

 それを唱えるは当然ながらリヴェリア・リヨス・アールヴではなく、サモン・バーストでレフィーヤが使っていたのだろう。

 

 レフィーヤの足下には、ゴツい女性が倒れていた。

 

 背中が血塗れなのは彼女がレフィーヤを護ったからと判るが、他にも複数に亘る死が充満している。

 

 ハーデスやタナトスなど死の神の権能を持つ身だ、濃厚なる死の馨りというものを感じられた。

 

 “レフィーヤへと迫る”死の気配すら。

 

 だが全ては遅い。

 

 ゾブリ……

 

「――あ?」

 

 先程まで制御されていた魔力が無制御状態に。

 

「ヤバ!」

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)だ。

 

 この侭では、レフィーヤの強大なる魔力で編まれた魔法が暴走してしまう。

 

 そうなればすぐ傍に居るレフィーヤは、遺体すらも残さず消し飛ぶだろう。

 

 已むを得ない。

 

 ユートは手を伸ばすと、指先を指鉄砲に構えた。

 

「BANG!」

 

 ナニかを撃つ仕草と言葉に合わせて、レフィーヤの暴発し掛かった魔力が雲散霧消してしまう。

 

 術式解散(グラムディスパーション)の応用。

 

 想子ではなく魔力によるモノという違いはあれど、相対する術式に対抗をする術式をぶつけて無効化する過程は同じ。

 

 ユートの眼は彼の眼とは似て非なるモノ。

 

 だけど似てはいるのだ。

 

 更には知恵の女神とされたメティスから権能を簒奪した際、常時発動型として【智慧の瞳(ウイズダム・アイ)】が【神秘の瞳(ミスティック・アイ)】に進化をして昔より遥かにやれる事が増えている。

 

 これと組み合わせれば、術式解散(グラムディスパーション)は正に魔導師殺し足り得る力だ。

 

 問答無用で術式を吹き飛ばす術式解体(グラムデモリッション)もあったが、あれは此方よりも消耗が激しいから選んだ。

 

 ユートの瞳に映っる術式から、対抗術式を編み込んでやった方が少ない消耗で済んだから。

 

 タンッ! と、ユートはその場から縮地法で彼女――レフィーヤの傍にまで近寄ると、倒れそうになったその華奢な肢体を優しく抱き寄せてやる。

 

 その腹には後ろから刺された傷が有り、レフィーヤの戦闘衣(バトルクロス)を紅く染めていた。

 

「手ぇ前ぇ! よくもやりやがったな?」

 

 睨む相手はあの赤毛。

 

 彼女からすれば敵を斃す行為に過ぎず、それその物は間違いではない。

 

 何より戦うならお互いに生死を掛ける。

 

 リスクは五分五分だ。

 

 一方的に赤毛を悪と断じる心算は勿論無い。

 

 だけど親しい相手と敵、どちらを支持するかに関しては私情を挟む。

 

 背後から攻撃を『卑怯』とか『汚ない』とか、そうやって罵る気持ちも無い。

 

 バックアタックは立派な戦術なのだから。

 

 そういう意味で云えば、背後を取られたレフィーヤが未熟なだけ。

 

 だからこの怒りは謂わば醜い私情、ユートは天に住ます神でも何でも無い。

 

 三度までの過ちなら赦す仏でも無いのだ。

 

 愚かで間違いだらけで、移ろい易い只の人間。

 

 神の力が在ろうと超越者に成ろうとも、ユートの心は結局……人間なのだ。

 

「またお前か……」

 

 赤毛。

 

 名前は識らない。

 

 優雅が抱いた時にも名前なんて聞いてなかった。

 

「ベホマ」

 

 時間さえ有れば完全回復すら可能な呪文。

 

 流石に一瞬でといかないのが、現実(リアル)虚構(ゲーム)の違いだろうか?

 

 負傷者の数が捜していたアイズやベートやフィルヴィスも含め、死者は兎も角として十人を越えるのを知りながらベホマ。

 

 単体回復に留めた理由もやはり現実と虚構の差違。

 

 ベホマズンを使ってしまうと、すぐ傍の赤毛にまで回復を施してしまうから。

 

 これが回復のスペシャリストたる【聖銀の乙女】――アーシア・アルジェントならば、サイフラッシュの回復版みたいに敵と味方を識別して回復をさせる事も可能だが、流石にユートは其処まで器用ではない。

 

 一応、練習はしてみたが上手くはならなかった。

 

 こんな場面でそんな拙い技術を使う気など無い。

 

 ユートはレフィーヤを抱えて赤毛から離れ、倒れ伏しているアイズの傍にまで退避をする。

 

「ベホマ!」

 

 そしてすぐにも回復呪文を施してやった。

 

 何があったのかユートは窺い知れないが、ベートも脚の片方が砕けているし、フィルヴィスも満身創痍とまではいかないにしても、傷だらけで疲労感が全身から漂っている。

 

 アスフィ・アル・アンドロメダらしき女性、その他にもルルネ・ルーイが居るからヘルメス・ファミリアだと知れる連中も、やはり傷だらけで疲労困憊だ。

 

 敵は赤毛。

 

 使うモンスターは食人花(ヴィオラス)なのだろう、そこかしこに生きた食人花がうようよとしていた。

 

「ヘルメス・ファミリア、戦闘を中断して此方に全員で集まれ! フィルヴィスはベートを連れて来い!」

 

 アスフィは乱入者が味方だと判断……

 

「全員、生きている者は集まりなさい!」

 

 命令を下した。

 

 フィルヴィスも言われるが侭、他者との触れ合いを嘗ての悲劇からより忌避する様になったが、ベートを肩に担いでユートの傍にまで退避をした。

 

 ユートは、ベホマズンによる“回復の識別”は出来ないに等しい。

 

 処が“攻撃の識別”となると話が別だ。

 

 そう、即ちユートはアレが出来るのである。

 

「消え去れ、サァァァイ……フラァァァッシュ!」

 

 放たれた攻撃エネルギーが味方と識別した相手には被害を与えず、赤毛と食人花とにだけダメージを……

 

「ぐわぁぁぁっ!」

 

 見事に与えていた。

 

 食人花は完全に消滅し、極彩色の魔石だけはユートのストレージへ。

 

 とはいえ、やはり赤毛には大したダメージも無い。

 

 すぐに立ち上がった。

 

「邪魔されては仕方がない……アリアに伝えろ」

 

「――何?」

 

「五九階層に行け。丁度、面白い事になっている」

 

 そう言って赤毛は何処かへ行ってしまう。

 

 残されたのは傷だらけの捜し人や、今回の冒険者依頼を受けたヘルメス・ファミリアの面々、食人花の灰と敵か味方かも判別が出来ない遺体ばかりだった。

 

 

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第45話:アスフィとの交渉は間違っているだろうか

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 ヘルメス・ファミリアの面々は神妙な面持ちで見下ろしていた、それは頭が砕けた男や背中に無数の刺し傷があったゴツい女性……その謂わば遺体。

 

 しかも遺体が遺されているのはまだマシ、他に三人ばかり吹き飛んだり食人花に喰われたりして、遺体すら無い仲間も居るらしい。

 

「キークス、エリリー」

 

 どうやら遺体の名前らしきを呟くアスフィ。

 

「レフィーヤ、どうやら僕は随分と遅れを取ってしまったみたいだね」

 

「それは……」

 

「まあ、僕が一人だけ加わっても犠牲が出なかったとは口が裂けても言えんが、それにしてもあの赤毛……推定LV.はもう8でも収まらないな」

 

 アイズとベート、第一級冒険者を同時に二人も相手取り、赤毛は全く怯みもしなかったらしい。

 

「いえ、最初は何とかなっていました。でも【白髪鬼(ヴェンデッタ)】オリヴァス・アクトから魔石を抜き取って食べた瞬間、能力が信じられないくらい上がったみたいで……」

 

「【白髪鬼】っていうと、確か嘗ての闇派閥(イヴィルス)の使徒だった?」

 

「はい」

 

「死んだと聞いていたが、生きていたのか?」

 

「魔石を得て、モンスターとの混合種(ハイブリッド)となっていましたが……」

 

「個人じゃないなそれは。誰かしらが生かして使った……という訳か。魔石を喰って強くなるなら赤毛も、そいつと同じくモンスターとのハイブリッドだな」

 

「恐らくは」

 

「面倒な話だ」

 

 ユートは独り言ちる。

 

 何者なのかは知らない、優雅と一つに戻り得た知識から、判ったのはどうやらあの宝玉は連中……そう、“連中”にとっては必要な某かという事。

 

 組織立って動いているのは間違いない。

 

 少なくとも闇派閥が絡んでいるのは、【白髪鬼】が指揮をしていたからクロと見て良かろう。

 

 そして赤毛は闇派閥とは無関係だった。

 

 【白髪鬼】の魔石を奪った事から、利用し合う関係でしかなかったのだろう。

 

「ルルネ・ルーイ、君らが戦った闇派閥の連中は死兵だったという話だが?」

 

「え、ああ。身体に火炎石を巻き付けて、神の名前か何かそれを叫びながら自爆してきて……ウチのセインが巻き込まれちまった」

 

「セイン?」

 

「アンタのくれた治療薬で治したこいつ」

 

 帽子を被ったエルフを指差すルルネ。

 

「いやぁ、ホントに助かったよ。君のお陰ですっかり快復したさ」

 

 何故か気障ったらしい言い回しだが、感謝をしているのは違いない様だ。

 

「何故だろうね、君からは何処かしら懐かしい匂い……みたいなのを感じる」

 

「! ああ、男でもエルフならそう感じるか」

 

 レフィーヤもフィルヴィスもそうだし、リヴェリアでさえ同じ感想を懐いた。

 

 エルフとは世界は違えど可成り親しくしていたし、何より今のユートは樹というものに親愛を受ける。

 

 それ以前からも津名魅の加護を受けていたらしく、光鷹翼すら自力でハルケギニア時代は二枚、スプリングフィールド時代には三枚も生成が出来ていた。

 

 尚、柾木に転生したばかりの頃は五枚……Zと同じだけ生成が可能だったし、それを越えてからは三次元に十枚、更に高位次元に対して二枚という合計十二枚の光鷹翼を展開が出来る。

 

 お陰ですっかり三頂神に天地と同様、目を付けられてしまった様だった。

 

 まあ、津名魅が一番最初に目を付けていたという事で優先権を主張してたが。

 

 樹に森にと、エルフにとってはやはり懐かしさみたいなのが薫るらしい。

 

「それにしてもよく効く薬を御持ちですね。どちらで購入された物でしょう?」

 

 アスフィが加わる。

 

「メルキシル剤か? あれは自前だ。自分で調合をした薬だよ」

 

「メルキシル剤という名前ですか?」

 

「まあね」

 

 ユートはアトリエ世界に幾つか行ったが、その中でアーランドに滞在をした際に得たレシピである。

 

 中々に使えるのだけど、【ネクタル】に【妙薬ドラッヘン】に【竜の鱗】に【マーメイドの涙】を使う薬なだけに、調合はちょっと大変な代物だったり。

 

「容れ物がファンシーに過ぎますが……」

 

 ピンクにメルルっぽい顔が描かれた容れ物だけに。

 

 一応、此方の世界に来てから調合をしたアイテム。

 

 つまり、このオラリオで入手可能な素材から造られているので、誰かに渡しても特に問題は生じない。

 

「幾ら掛かるかも知れない薬では? タダで配っても良かったのですか?」

 

「単なる善意じゃないよ。僕の主神が懇意にしている薬神は、知り合いに謂わば胡麻擂りとか言って宣伝用のポーションを配り歩いていてね。気に入ったのなら今度は金を出して買ってくれれば良い」

 

「ふふ、成程。ではいずれ買わせて戴きましょう」

 

 アスフィも回復薬くらい造れるし改良も出来てしまうが、流石にレシピすらも未知の薬を造れたりはしなかった。

 

 ユートは遺体を見遣る。

 

(エリリーというドワーフは兎も角、キークスってのは無理だな。頭部が無いとか損壊が激し過ぎるから。況んや、ポット? ポック? とかホセとやらは遺体すら残っていない)

 

 蘇生呪文(ザオリク)にせよカドルトにせよサマリカームにせよ、遺体の損傷が激しい場合はやはり復活も出来ないのである。

 

 どれも使えるが、問題無く復活が可能なのは損傷が小さなエリリーだけだ。

 

 それにユートは便利な『蘇生まっすぃーん』になる気など一切無く、一人だけを無料で蘇生して後から続く連中に味を占めさせたくはない。

 

 仲間ならまだしも他派閥では、やはり言い訳の仕様が無いのだから。

 

『生き返らせてやれば良いじゃねーか』

 

『優雅兄? 知ってるだろうに、僕が蘇生だなんだとやらない理由を』

 

『一つは蘇生まっすぃーんになりたくない。今一つは次元の魔女と同じくだな』

 

『そう、何かをするのなら或いはして貰うなら、必ず対価のやり取りをしないといけないんだよ』

 

『なら、対価を支払わせれば良いだけだろ?』

 

『目には目を歯には歯を、生命の対価には生命をだ。本来は簡単にはいかない』

 

『フッ、まあな』

 

 とはいえ、其処ら辺に関してはユートの匙加減次第とも云える。

 

『どちらにせよ、エリリーだったか? 一人だけ生き返らせても余程の図太さがないと気にするだろ?』

 

『とはいっても、ルルネがどうも……な』

 

『ルルネ? あの犬人が? そういや、優雅兄にやって貰った依頼で荷の運び屋は彼女だったか』

 

 何と無く察した。

 

 割と気に入っていたのであろう、赤毛は単純に性欲を満たすだけの道具扱いだったみたいだが、ルルネ・ルーイはお気に入りか何かという訳だ。

 

 本気という事でないのはユートの感情に何も無いから解るし、単純なお気に入りを哀しませたり後悔を出来る限りさせたくない……そういう話か。

 

 対価をどうするのかという話が無ければ確かにアリだが、ルルネを哀しませたくないだけでは動けない。

 

 所詮、オラリオには死が満ちているのだから。

 

 彼女らの死は、オラリオでも世界にも当たり前にある悲劇の一つでしかない。

 

「はぁ、取り敢えず話は持っていくけどな」

 

 対価は貰うが取り敢えずだが、死んだ四人の蘇生を話してみる事にした。

 

 わざわざ自分から話す様な事ではないが、対価を貰って蘇生をさせるからには自分が蘇生可能なのを話さないと始まらない。

 

 ちょっとしたジレンマ。

 

「やれやれ、優雅兄からの珍しい頼み事だしな」

 

 基本的には前に出ずに、飽く迄も陰の存在として影に徹する緒方というか柾木優雅なだけに、余程の事が無ければ内部で大人しくしている。

 

 本来はユートにとっては魂の相剋であり、相争うのが運命だった優雅ではあるのだが、そんなの“前世”で“遣り尽くした”から、もうやりたくないと云う。

 

 すっかり丸くなったと、ユートは溜息を吐くしかなかったものである。

 

 

「アスフィ、君にというかヘルメス・ファミリアに……となるか? 提案という名の選択肢が在るんだが」

 

「何でしょう?」

 

「自然界の理をねじ曲げる覚悟、それからある意味で仲間を喪う覚悟があるなら聞くと良い」

 

「……覚悟ですか?」

 

「どうする?」

 

「覚悟すれば団員が戻って来るとでも?」

 

 溜息を吐きながらやれやれという身振り。

 

「そうだ」

 

「……冗談でも言って良い事と悪い事がありますよ」

 

「冗談でこんな時にこんな事を言う程に、空気が読めない事は無いんでね」

 

「……聞きましょう」

 

「それを話すには先ず僕が何者か語る必要性がある。ロキ・ファミリアにそれを告げる心算は無い。だからアイズ達は悪いがちょっと向こうに」

 

「それは……」

 

 レフィーヤが辛そうな顔で立ち尽くす。

 

 精神力の使い過ぎによる後遺症、自分を護って死んだ二人への申し訳なさなどが綯い混ぜになっており、それが余計に苦しめているのかも知れない。

 

「残念ながらさっきも言った様に、これは自然界の理をねじ曲げる行為なんだ。レフィーヤにも理解は出来るだろう? 死者が戻るって意味を……さ」

 

 それを聞いて青褪めてしまうレフィーヤ。

 

 死は神ならぬ地上人には基本的に平等に訪れる。

 

 【神の恩恵】を背中に刻まれた冒険者であるなら、LV.の上昇により神へと近付く為に寿命が延びて、更には死に難い肉体に変わっていくのだ。

 

 見た目に若いロキ・ファミリアの首領、フィン・ディムナもLV.6であるから若々しいというだけで、実年齢は四十路を越える。

 それでも死なないという訳ではない。

 

 否、目の前の遺体がそれを指し示している。

 

「判り……ました……」

 

 ベートが眠る場所にまでレフィーヤは下がった。

 

 アイズも言いたい事や訊きたい事は有るだろうが、レフィーヤと共に下がる。

 

 これでも第一級冒険者、他派閥の秘密を知りたがる我侭を、平然と口にする程の恥知らずではない。

 

「さて、覚悟があるのなら私達の仲間を戻してくれる……とは? 生き返らせるとでも言う心算ですか?」

 

「慌てなさんな。急ぐ必要はあるけど、これもさっき言ったが僕の事を教えるのが先だ。とはいっても……吹聴されては困るんだよ。仮令、それがアスフィにとって主神たるヘルメスに対してもね」

 

「……私だけでなくそれは蘇生された仲間も含めて、この場の全員がという意味なのでしょうね」

 

「当然だ。死者蘇生というのが神々の忌避する行為なのは勿論、余り僕の能力を当てにされても困るのさ。僕は『冒険者蘇生まっすぃーん』になる気は一切合切無いんだよ」

 

「だから対価を取ると?」

 

「誰かに無料でやったら、不公平だと不平不満を叫ぶ奴は必ず出るからね」

 

 身の程知らずな恥知らずは実に多いから。

 

「お金で解決は?」

 

「御一人様で一〇億ヴァリス戴きます。しかも明確に遺体が残っている場合に限り……だ」

 

「……残ってない場合は、どうなりますか?」

 

「一〇〇〇億ヴァリスで」

 

「ほ、法外にも程がある! 払える訳がない!」

 

 ルルネが叫ぶ。

 

「それが支払えない程度の相手ならば、生き返らせる価値も無いんじゃないか? なら蘇生なんてせず墓を作って拝めば良い」

 

「うっ!」

 

 それは道理だ。

 

 生命を金で買いたいならこの程度は安いもの。

 

 金持ちに寿命と引き換えに要求すれば、恐らく容易く支払うであろう。

 

 一年につき一億ヴァリスとか言っても。

 

「取り敢えず、仮にそれが可能としましょう」

 

「ふむ、で?」

 

「どうして貴方は、そんな話を我々に持ち掛けたのでしょうか?」

 

 それが解せない。

 

 アスフィはそう言っているのだろう。

 

「だから言っているんだ。先ずは僕が何者か話す必要があるってな」

 

「成程……」

 

「余り時間は掛けられないんだ。神が存在しない世界なら未だしも、この世界には神と死後の世界が在る。時間を掛けたら魂があの世……天界に召されてしまうからね。そうなれば手出しが出来なくなる」

 

「! そういう事ですか。そして面白い事を言うものですね、この世界……」

 

 何かを察したらしい。

 

 アスフィは他のメンバーにも他言無用を伝えた。

 

「先ず、アスフィは察したろうけど僕は異世界からの異邦人(ストレンジャー)。つまりこの世界に初めから暮らす人間じゃあない」

 

 アスフィ以外が驚愕して目を見開く。

 

「とはいえ、僕にとっては異世界巡りなんていつもの事だし、寿命なんかも無いから千年二千年を異世界で暮らし元の世界の元の時代に帰るなんて普通にやる」

 

「寿命が……無い?」

 

「そう。とある存在と契約した際に魂へ刻まれた紋様……【共生】、それによってその存在と同じ寿命を得たのが切っ掛けだな」

 

 相手は精神生命体だとか若しくは、高位次元生命体と呼ばれる存在の魔族。

 

 覇王将軍シェーラだ。

 

 ハルケギニア時代に滅び掛けていたシェーラを例のなのはさん――【純白の天魔王】が召喚させ、ユートは彼女に勝利する事により契約をした。

 

 まあ、金色の女王の魔法を使えたり、シェーラが可成り弱体化していたが故に勝てただけだが……

 

 契約をするとその身体にルーンが刻まれる。

 

 処が、高位次元生命体のシェーラは肉体とは即ち、自らの魂に等しい訳だ。

 

 契約したらシェーラの魂とも云える核にルーンが刻まれて、同じくユートにも魂の方にルーンは刻まれ、本来ならシェーラがユートの寿命に従う筈だったが、逆にシェーラの無限に等しい寿命をユートが獲た。

 

 シェーラが滅びない限りユートは不滅。

 

 それ故にユートの転生のスパンが永くなった。

 

 今や光鷹翼の十二枚を持つ頂神に等しい身、だから既にシェーラすらも越えた魂を持っている。

 

「幾つか巡った世界の中、カンピオーネと呼ばれている存在が、世界に君臨するみたいな世界も有った」

 

「カンピオーネ?」

 

「その世界の言葉で意味は【王者】となる。故に彼らは神すら殺す神殺しの魔王とも呼ばれた。何故なら、カンピオーネとは世界に降り立つ神を弑逆した魔王……だからね」

 

 ゾクッ!

 

 神々が降臨して恩恵を与えるこの世界では、神々の弑逆は可成りの罪だろう。

 

 背筋が震えた。

 

「カンピオーネが王者足り得る理由、それは弑逆した神々から権能を簒奪して、その肉体が神々とも戦えるモノへ進化するから。人間では敵わないからさ」

 

「因みに……さ、私らから見た場合はどんな感じ?」

 

「それはルルネ、冒険者の視点でか?」

 

「あ、ああ」

 

「何もしない素の状態で、LV.5相当の身体能力。それは確認された事実だ」

 

「確認されたって?」

 

「僕自身がカンピオーネ、そして恩恵を受ける前までそうだった」

 

「なっ!? あ、だったらLV.6以上には敵わないって事か?」

 

「ハズレだ」

 

「……へ?」

 

 ユートが首を横に振りながら否定すると、ルルネは目を丸くしながら間抜けた声を上げる。

 

「素の状態でと言ったろ。僕に限らずカンピオーネは神の権能を持ち、神の氣をその身に宿した存在だぞ。例えば【剣の王】と謳われたカンピオーネ、コイツは如何な駄剣や玩具の剣をも名剣に変えてしまうんだ。『ここに誓おう。僕は僕に斬れぬ物の存在を許さない……この剣は地上の全てを斬り裂き断ち切る無敵の刃だと』という言霊が示す通りに、恐らくはこの世界の超硬金属すら両断する」

 

 この世界の超硬金属とは神鍛鋼と、名前自体は同じであるが別物。

 

 斬る事は可能だろう。

 

「LV.6だからといって超硬金属より硬いって訳では無いだろ? 耐久がSでLV.6まで駆け抜けたのだとしても」

 

「それは……」

 

「今一つ、恩恵を受けたらLV.が上がったのと同じ扱いらしくて、僕もLV.が6相当になっていたよ」

 

「うなっ!?」

 

「【猛者(おうじゃ)】でもなければ勝つのは難しい、そういう事ですか?」

 

「更に言えば僕は最近になってランクアップしてる。つまりLV.7相当だ」

 

「【猛者】と互角ぅ!?」

 

 更に叫ぶルルネ。

 

 飽く迄も“素の状態”で恩恵を受けていた場合だ。

 

 ユートにせよ【剣の王】にせよ【仮面の魔王】にせよ【黒王子】にせよ、皆が神の氣を僅かながらも使えるが故に、それを十全として闘えば結果は容易く覆るかも知れない。

 

 いずれにせよカンピオーネは皆が皆、生き汚いとも云われるくらいにサバイバビリティに溢れている。

 

 完全に息の根を止めない限り、油断なぞ決して出来ない面子ばかりだ。

 

 ユートが殺したサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵みたいに。

 

 転生してまで生きているユート本人も含めて。

 

「さて、僕が異世界を巡り神殺しになったのは理解もしたな?」

 

「そう……ですね」

 

「そして先程も言った様にカンピオーネとは、神々より権能を簒奪した存在だ。例えば死を司る神からなら他者に死を与える権能とかだね。ならば冥界を司る神から簒奪した権能とはどんなモノかな?」

 

「死者を蘇生すると?」

 

「少なくとも、僕の知っている冥王はそれが可能で、簒奪をしたからには僕にも可能となる。但し、その魂が天界に昇ってしまったらアウトだけどな」

 

「時間が無いとはつまり、そういう事ですか……」

 

「死んでから一日は掛けられない。だから対価を聞いた上で今すぐ決めろ。仲間を蘇生するかしないか」

 

「……少し時間を頂いても宜しいですか?」

 

「余り遅いと間に合わなくなるから、それさえ弁えるなら話し合うと良い」

 

 アスフィは残されているメンバーを集め話し合う。

 

 確かに対価を気にしなければ魅力的な話。

 

 問題は対価だ。

 

 十億ヴァリスは普通なら法外だが、生命の対価ならそれは安いかも知れない。

 

 まあ、払える払えないは別にしても。

 

「対価をと言ってたよね、仲間を喪うとも」

 

「それはつまり、我々の中の誰かを対価に?」

 

 セインとファルガーというメンバーが言う。

 

「恐らくそうでしょうね。生命の対価は生命、ならば誰かの人生を寄越せと言うのも道理でしょう」

 

「だ、誰を? ってかさ、一対一が対価なら五人?」

 

「ルルネ、ちょっと訊いて来なさい」

 

「私が? うう、判った」

 

 今回の出来事はルルネが原因、ならばこのくらいは引き受けざるを得ない。

 

「えっと、さ……」

 

「どうした?」

 

「うんと、対価ってやっぱ一対一のレート?」

 

「普通はな。今回はサービスで一人で五人を蘇生させてやる」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「他に質問は?」

 

「……っと、遺体が無くなったホセとポットとポックはどうするんだ?」

 

「心配無い。彼の冥王は、仮初めの肉体を与えて生命を甦らせた。僕にも同じ事が出来るし、ちゃんとした肉体も与える用意はある」

 

「わ、判ったよ」

 

 頷いてアスフィに報告。

 

「そうですか。彼が欲しているのは誰でしょうね」

 

「やっぱ女だと思うけど」

 

「男性ですからそれは有り得ますか。ルルネを出してしまいましょうかね?」

 

「ア、アスフィ!?」

 

「冗談ですよ……多分」

 

 何故か目を逸らされた。

 

「兎に角、向こうは一応ですが好意で言ってくれているのでしょうし、乗らない手は確かにありません」

 

「だが、対価にメンバーの誰かを差し出さないといけないのだろう?」

 

「それでも、死ぬ訳では無いでしょうファルガー」

 

「むう……それは……」

 

 獣人で前衛のリーダーのファルガー、人当たりの良い無骨な戦士だ。

 

 話し合いも終わった為、アスフィが団長として代表になり、自らがユートの前に立って結果を伝える。

 

「貴方が欲しいのは誰でしょうか?」

 

「受けるって事で良いみたいだね」

 

「ええ、以前にヘルメス様からも言われていますよ。人は……生命は平等ではないとね。ですから一人を差し出して五人を救えるなら……という決断です」

 

 冷静を装ってはいるが、苦渋の決断だったのは想像に難くない。

 

「そうか。実は僕の派閥は以前に所属していた派閥と同盟関係にある」

 

「それが?」

 

「今尚、その派閥は団長になった彼だけでね。メイドとして一人は残したけど。基本的にはウチからメンバーを貸してるんだけど……LV.は兎も角、ちょっと実力に差があり過ぎるのが困りものだ。なので実力に相応な魔導師が居ると助かる訳だね」

 

「メリル……ですか」

 

 ラブレスはLV.こそは1だが、実力的にはもっと能力が高いからベルの修業の妨げになる。

 

 魔導師役で付いていっているラブレスを除くなら、当然ながら魔導師を新たに加えねばならない。

 

 故に、見るからに魔法使い然とした小人族の魔導師――メリルが選ばれた。

 

 LV.は3だが魔導師である為、純粋な戦闘能力は極めて低いだろうから。

 

 

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第46話:無事の帰還は間違っているだろうか

 漸くの完成。





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 ユートが使う神の権能、それは死者に仮初めの肉体を与え、十二時間に限定の生命として甦らせるモノ。

 

 【冥界返し(ヘブンズ・キャンセラー)】である。

 

 名前の元ネタは【とある魔術の禁書目録】などに出てくるカエル顔の医師で、その二つ名は【冥土帰し(ヘブンキャンセラー)】。

 

「我は願う。それは深淵の底より来る者、忌むべきはその非道の行い。我が下僕となりて死界の穴より這い上がれ、その名を以て我は命じよう……」

 

 朗々と詠われる聖句。

 

「【冥界返し(ヘブンズ・キャンセラー)】」

 

 別に権能の名前を言わなくても発動するが、何と無く慣れみたいなものからか名前を発してしまう。

 

 遺体の有無は関係無く、ボコリと迷宮の地面が盛り上がり、腕がにょきにょきと生えてきた。

 

「ヒィィィッ!?」

 

 少し怖がりなのか小人族の魔導師メリルが、ホラー映画宛らな場面に絶叫を上げて謎の覆面に抱き付く。

 

「う、ぐっ……」

 

「うう……」

 

「ぁはあ……」

 

 ポック、ポット、ホセの三人が虚ろな瞳で地面から現れたのである。

 

 更にはキークスとエリリーの二人も、光に包まれたと思ったら五体満足な姿で立ち上がった。

 

「くっ、俺?」

 

「私、死んだんじゃ……」

 

「某、食人花に喰われたと思ったのだがな」

 

「俺、どうなったんだ?」

 

「私は……」

 

 小人族の双子の姉弟であるポットとポック。

 

 獣人で詩人を自称しているホセ。

 

 アスフィLOVEなやる時はやるキークス。

 

 ドワーフでゴツいけど、実は一番の乙女であるというエリリー。

 

 五人の死者が甦る。

 

「本当に生き返るとは……こんな事があるなんて?」

 

 アスフィも目の前で起きた奇跡に驚愕した。

 

 正に神の奇跡を簒奪したからこそだろう。

 

「さて、蘇生組。君らは今現在だと仮に生き返っている状態だ」

 

「生き返った?」

 

 小人族の少女のポットが小首を傾げる。

 

「実際、君らは死んでる。それは理解してるだろ?」

 

「……確かに。それに私は両目が潰れていたのに治っているわ」

 

「そういや俺も、両手が無くなってた筈なのに?」

 

「某、喰われたから肉体は消化されたのでは?」

 

 それを言ったらポットとポックは火炎石で自爆し、肉体は木端微塵のミジンコちゃんになっていた。

 

 とはいえ、一発で粉微塵になった双子とは違って、徐々に生きながら喰われたホセの苦しみは如何ばかりかとも思える。

 

「その状態は五人共が仮初めの蘇生だ。十二時間が過ぎたらまた死ぬだろう」

 

「「「「「っ!」」」」」

 

「それを本当の蘇生にするに辺り、君らからは訊いておきたい事がある」

 

「訊いておきたい事?」

 

 ポットが代表して首を傾げながら鸚鵡返しにした。

 

 彼女は素で毒舌を吐くから余り交渉事に向かないのだが、取り敢えず今が大事な時なのは理解している。

 

「君らを蘇生するに当たり対価を要求した。此方側の事情も鑑みて魔導師をね」

 

「まさかメリルを?」

 

 ポットだけでなくポックも驚きに目を見開く。

 

 メリルは双子と同じ種族――小人族(パルゥム)だ。

 

 だけど、LV:2で目を惹く特技が在る訳でもなかった双子と違い、メリルはLV:2にランクアップをした際に発展アビリティの【魔導】を得た小人族としては才能を発揮した者。

 

 現在はLV:3で双子よりLV:が高い。

 

 替えの利くポット達とは異なり、【魔導】を得ている魔導師は貴重だ。

 

 それを五人のファミリアメンバー蘇生の為にせよ、そんな貴重な魔導師を渡すなど二人からしたなら暴挙にも等しい。

 

 それが双子、特にポックの持つ純然たる意見。

 

 実際にポットとそういう話をした事がある。

 

『小人族に期待はするな、だって小人族だから』

 

 自嘲しながらポックが言った科白である。

 

 だけど例外はどんな場所にも存在するものであり、それこそが小人族の英雄と見做される【勇者】フィン・ディムナだし、ポック達と同じヘルメス・ファミリアの魔導師メリルだ。

 

 尚、この話をした時に姉から聴かされたのがフィンの年齢は四十路という。

 

 ポックの倍以上を生き、少なくとも二十数年に亘って冒険者をしていた。

 

 十五年前のゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアによる黒竜討伐失敗を契機とし、フレイア・ファミリアと同じ時期に一気に頂点に立ったロキ・ファミリアの首領(トップ)

 

 そもそもにしてロキ・ファミリアの最初の団員で、リヴェリア・リヨス・アールヴとガレス・ランドロックと共に最古参な訳だし、当然ながらそれなりの年齢であるのだ。

 

 LV.が6から上がらないのは、首領であるが故に“冒険”をやり辛くなったのが原因だろう。

 

 自分よりファミリア優先なのは仕方がない。

 

 これはリヴェリアだとかガレス辺りも同様り

 

 そんなフィン・ディムナだが、ポックは憎まれ口を叩きながらも憧憬の対象としていた。

 

 ポックの今際の科白――『サイン、欲しかったな』というのがそれを深く表していよう。

 

 そしてメリル。

 

 小人族ながら【魔導】を得た魔導師、それが貴重でない筈がなかった。

 

 だからメリルと引き換えに生き返って良いのか? そんな思いを持つのは当然の帰結である。

 

「まあ、単純に能力を上げたいならポットだったか? 君なら可能だけどね」

 

「ポックが無理なら女の子限定?」

 

「そうなるな」

 

 当然ながらメリルも可能であり、改宗(コンバージョン)をしたら普通に励むのも良いと思う。

 

 勿論、本人がそれを望まないならしないけど。

 

 ナァーザみたく強制される立場ではないから。

 

「どうやって?」

 

「僕のスキルにあるんだ。女の子限定で“一発”に付き約一〇ポイント程だが、基本アビリティが上がるのが……ね」

 

 わざわざ“一発”とか、割と解り易く言ったからだろうか? ポットが理解の色を示していた。

 

 とはいえ高が一〇ポイントと侮る勿れ。

 

 単純に出すだけの作業という意味なら、始めてから一〇分も掛からない訳で、前戯からゆっくりヤっても三〇分か其処らで一発。

 

 それこそ一発に限らず、一通りを熟して休むまでの彼是なら、二時間くらいを掛けて三発か四発くらい。

 

 つまり僅か二時間程度をベッドの上にて運動会をするだけで、約四〇ポイントの基本アビリティの+。

 

 まだLV.5だった頃、アイズが遠征で深層域での戦闘を、命懸けで何日間も行ってさえ僅か一〇ポイントも稼げなかった事を鑑みれば、単純に能力を上げるだけならユートのスキルの方が安全で確実だ。

 

 しかも今のユートなら、欲しい部分へ任意に上げる事さえ可能。

 

 ゲーム風に云うと能力値は上がるものの、プレイヤーとしての技能は上がらないから頼り切りも良くなかったりするが……

 

 それでも基本アビリティを上げるだけであるけど、ポットみたいなタイプには垂涎モノのスキル。

 

 無論、これが子のデキ難いユートでなければ孕むというリスクが高い。

 

 と思っていたのだけど、どうやらスキルを発動した場合は孕まないらしい。

 

 このスキル、パッシブではなくアクティブだから、ちょっと詳しく調べてみた結果である。

 

 つまりは冒険者の女性は妊娠の心配をする事無く、幾らでも基本アビリティを稼げるという。

 

 勿論、貞操観念や処女とかだった場合の抵抗など、誘えば必ず引っ掛かるものでもないが、アマゾネスであるならばティオネみたいに特殊な事情が無ければ、実力さえ示せば割と簡単に引っ掛けられそうだ。

 

 尚、現在でこのスキルの恩恵を受けているのは……

 

 リリルカ・アーデ。

 

 ティオナ・ヒリュテ。

 

 ナァーザ・エリスイス。

 

 ラブレス。

 

 ミッテルト。

 

 そして本人は知らないがサンジョウノ・春姫という娼婦、彼女はイシュタル・ファミリアで【神の恩恵】を受けているからユートのスキル対象となる。

 

 娼婦ながらユートに会うまで処女で、軽く男の肌を見ただけで気絶する初心に過ぎる娘だった。

 

 気絶した女じゃつまらないという事か? その度に客はチェンジで放置されてきたらしい。

 

 それは兎も角、ポットは少し考えたものの首を横に振って断る。

 

「私はポックと一緒に強くなる心算だから」

 

「ポット……ちぇ」

 

 そっぽを向くポックだが心なし頬が赤い。

 

 双子で常に二人でやってきたポットとポックだが、若しこの姉が頷いたら少し寂しかっただけに、素直にはなれずともちょっとばかり嬉しそうだ。

 

「なら君らとしては生き返るので構わないな?」

 

「それは……メルルは本当に良いの?」

 

「うん。みんなと離れるのは寂しいけど、ポット達がまた居なくなるのはイヤ」

 

 現実に生きて動いて話している五人を見て、これを台無しにしたくないという欲がメルルに湧いた。

 

 本来は取り返しが付かない落命を覆す力、メルルは自分が行く事でそれが成されるならと思ったのだ。

 

「それじゃあ、肉体を創るから少し待ってろ」

 

「肉体を創る……ですか、それはいったい?」

 

「アスフィ、今の五人に与えた肉体は一二時間限定。時間が過ぎたら肉体は消失するし、魂は天界に導かれて死ぬんだが……」

 

「そういえばそうな事を言っていましたね」

 

 今現在は、生前の肉体を完全エミュレートしているとはいえ、飽く迄も仮初めに与えた肉体に過ぎない。

 

 この完全エミュレートをした肉体のデータを基に、ユートが神器【魔獣創造】の禁手――【至高と究極の聖魔獣】で創造をする。

 

 因みに、今やあの世界のシステムからも離されて、神器システムとは別になっていたりする為、何処ぞのキャンセラーにも無効化は出来ない。

 

 創られた聖魔獣。

 

 とはいってもヒトとして完璧にエミュレートされ、更には上手く恩恵も引き継がれている……けど主神がちゃんと有効化をしないとならない。

 

 後は魂を肉体に宿すだけで終わりであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 帰りは特にトラブルなど無く、普通にリヴィラの街まで戻って一泊……とはいっても宿は高いからユートのコテージ――FFで使われる消費アイテム――を街から離れた場所に展開し、それで寝泊まりをした。

 

 後は朝になってから地上に戻るだけ、本来なら墓を作るとか色々な話もあったのだろうが、仲間の死が覆されたから無くなった。

 

「それではユート、貴方には我がヘルメス・ファミリアのアジトまで御足労を願います。ある程度の説明をヘルメス様にして頂きませんと、メリルの改宗の為に恩恵に手を加えて貰わないといけませんし」

 

「そうだな。僕もヘルメスには会ってみたい」

 

「そうなのですか?」

 

「随分と愉快な神らしいからね」

 

「誰からそんな話を?」

 

「ルルネ」

 

「――へ? わ、私?」

 

 褐色肌な犬人(シアンスロープ)のルルネ・ルーイが驚愕、いったいいつ自分がユートと話したのか? それが判らないのだ。

 

「酒を飲みながら話してくれたじゃないか?」

 

「お酒? ちょっと待って……それってユーガと話した記憶はあるけど……」

 

 あの時に優雅と飲んで、軽く話というか愚痴ったのは確かだ。

 

「言ってなかったけどね、柾木優斗と柾木優雅は二人で一人の探て……じゃなくヒューマンなんだよ」

 

「二人で一人?」

 

「柾木優雅とは本来、実体と呼べるモノは持たない。柾木優斗と柾木優雅という二つと、更に柾木瑠韻という三つ目の人格が一つの魂に同居する多重人格者……それが僕なんだ」

 

「それってつまり?」

 

「一時的に優雅兄に実体を与える術がある。そいつを使って仕事を頼んだんだ。それが例の宝玉絡みだね」

 

「ああ……」

 

「んで、優雅兄が僕の内に戻れば記憶は共有される。だからどんな会話をしたかも覚えてるし……」

 

 ルルネの耳許にまで顔を近付け……

 

「キスの感触だって確りと覚えてるよ」

 

 なんて言い放つ。

 

「うなっ!?」

 

 キスを思い出したのか、真っ赤になるルルネ。

 

 うなじに掛かる吐息とかが余計に想起させた。

 

 ホットパンツとか短髪、見るからにボーイッシュな装いは飽く迄も探索者……冒険者としてのもの。

 

 彼女自身は紛れもなく、女の子なのである。

 

 ユートはイケメンなんかではないが、転生する毎に女性方面に顔が寄るからか整ってはいた。

 

 しかも優雅とそっくりな顔で、自分の唇に重ねた唇を耳許に近付けられては、心穏やかには居られない。

 

 ドッキンドッキンと心臓が早鐘を打つ。

 

 尚、女性側に顔が寄るのは単純に母親の遺伝子が、父親の遺伝子よりも強く出る為である。

 

 最初が緒方蓉子。

 

 次がユリアナ・ド・オルニエール。

 

 その次がアリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

 

 現在が柾木清音。

 

 いずれも美女ばかりで、これではユートの顔は男としてのイケメンにはならずとも、中性的な意味合いでは充分に整うだろう。

 

 況してや祖母はアイリ・マグマで、曾祖母が船穂という美女のオンパレード。

 

 整わなかったら遺伝子の奇跡だろう、正しく真逆な意味合いでだが……

 

 それだけに、更には腹黒なイケメン神を間近で見てきた彼女からしたならば、ユートは一推し出来る。

 

 優雅とユートが同一人物に近いなら、問題なんかは派閥くらいしかない。

 

 あの時はアスフィからの宣告に首を横に振ったが、勿体無い事をしたかもなどと今は思う。

 

 優雅は荒々しい感じで、ユートは優しそうだから。

 

 ある意味では一人で二度美味しい相手。

 

「まあ、取り敢えず君らの主神には会うよ。メリルの改宗の話も確かにあるし」

 

 アスフィが言った様に、改宗には派閥の主神が許可の許、背中の恩恵を弄らないといけない。

 

 だからユートもヘルメスには直に会おうと考えた。

 

 どうにもアスフィらからの反応や説明、胡散臭さが服を着て歩いている神らしいのは理解したし、やはりこういう事は下手に他人任せに出来まい。

 

 ダンジョンを出た一行、フィルヴィス・シャリアは笑顔を浮かべ、同胞の得難い親友……と呼べるかも知れないレフィーヤに別れの挨拶をしていた。

 

「ユート」

 

「どうしたフィルヴィス」

 

「あの日の逢瀬で実は私はランクアップしたんだ」

 

「へぇ、LV.4にか? それはおめでとう」

 

「ディオニュソス様の護衛を主にする様になってからというもの、ステイタスの上昇も無くランクアップもしないと思っていたんだ。貴方のお陰だ、本当にありがとう」

 

 やはり嬉しかったのか、一際に美しい笑顔を魅せてくれたフィルヴィス。

 

「なら、いずれまたダンジョンにでも行くかな?」

 

「ディオニュソス様の護衛もあるから難しいが……」

 

 それでも頷いてくれた。

 

 顔がほんのり朱に染まっている辺り、前回のデートは割と愉しかったらしい。

 

 その様子をレフィーヤは見守り、『むむむ?』とかちょっと膨れっ面に。

 

 別に“まだ”恋愛的な事まで考えてはいないけど、ちょっと気になる男の子? が他の女の子に仲良くしているのを見るのは複雑なのか? 或いはフィルヴィスがユートと仲良くしているのが複雑なのか、それはレフィーヤにも判断が出来ないでいた。

 

「む〜。ティオナさんとはあんな事までしておいて、フィルヴィスさんとも仲が良さそうです!」

 

 あんな事……

 

 普段からエロエロな服装だが、正真正銘に裸身を晒したティオナが股を開き、ユートの見た事もない大きさ――ユートのが初めて見るモノだが――な分身を、胎内に受け容れて甘い声で啼いているのを思い出し、レフィーヤはお腹の奥底が熱くなる気がした。

 

 レフィーヤからすれば、あんなティオナは初めて見たから衝撃的だ。

 

 ティオネならフィン限定であんな感じだが……

 

 そもそも、出会った当時からティオナ・ヒリュテは『元気が取り柄』で『色気より食い気』で『姉に双丘の栄養を吸われて産まれた』とか、恋? 男? 何かなそれは? な状態。

 

 快楽的な性格に愉しければ良いと感じるタイプで、それなりにアマゾネス的なファッションは愉しむみたいだけど、男に魅せるとか考えてはいないだろう。

 

 それがあんな女の貌を魅せながら股を開いていた、それがレフィーヤには信じられないくらいの話。

 

 実際に見ても『あれは誰ですか!?』と言いたいくらいだった。

 

「どうした、レフィーヤ? 百面相をして」

 

「うひぃやぁっ!?」

 

 急に話し掛けられて驚き叫ぶレフィーヤ。

 

「ユ、ユートさん?」

 

「ちょいっと遅れて悪かったな。何かベートも脚とか砕けてたし」

 

「あ、いえ……」

 

 先程、ユートとティオナの艶事を思い返していたから挙動不審となる。

 

「まあ、君が無事だったのは良かったよ」

 

「そ、そうですか?」

 

万能薬(エリクサー)の持ち合わせが無かったから、取り敢えずハイポーションで治したけど、綺麗に治ったから本当に良かった」

 

「きれっ!?」

 

 傷が綺麗に治ったと言われたのだが、ちょっとした勘違いをして真っ赤に。

 

 そういえば大事な部位を視姦された事もあったし、何だか恥ずかしい処ばかり見られている気がする。

 

 それにエルフとして感覚が囁く、ユートの匂いというか気配には【ウィーシェの森】、故郷を思い出させるナニかがあった。

 

 それに関しては王族たるリヴェリア、仲間の先輩たるアリシアも認めている。

 

 それが心地好いのも手伝ってか、レフィーヤを含むエルフはユートに好意的。

 

「まぁ、また危なくなったら僕の名前を呼ぶと良い。呼ぶとは即ち喚ぶ事に繋がるからね」

 

「どういう意味ですか?」

 

「嘗て、ちょっと敵対した奴から力を簒奪してね? それの使い勝手を良くしてみたら、同じ時空間に居るなら扱える様になった」

 

「えっと……」

 

「強風の権能ってね」

 

 本来、双方が風の吹いた場所に居なければ発動が叶わない権能だが、印を付けてさえいれば同じ時空間、同じ世界間に居れば発動が容易く可能。

 

 そう、【最後の王】との戦いに関して割れた意見、最後の最後に敵対する事になった草薙護堂から奪った権能――【東方の軍神(The Persian Warlord)】。

 

 一〇の内の一つたる派生能力【強風】だった。

 

 とはいえ、やはりユート・クオリティだろうか?

 

 やり方がやり方なだけに男には使い難く、基本的に女の子にしか使わない。

 

 チュッ……

 

「へあうっ!?」

 

 額にキス。

 

 これが印の付け方だ。

 

「ピンチに陥ったなら名前を呼んで。それできっと僕に届くから」

 

「は、はい……」

 

 完全に陥落した少女の図……かも知れない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ダンジョンから出た後、【ヘルメス・ファミリア】の主神、ヘルメスとユートは会った訳だ。

 

 ロキ・ファミリアは各々が行くべき場へ。

 

 アイズとレフィーヤは館に帰り、ロキからの罰としてメイドさんに。

 

 ベートはディアンケヒト・ファミリアで、砕けていた脚や傷付いた肉体の治療を行っている。

 

 話し合いは進んだ。

 

「つまりは、エリリー達の蘇生の条件にメリルの改宗をしろと?」

 

「既に団長のアスフィとは話が付いている」

 

「それでもと断ったら?」

 

「僕には閃姫と呼ばれる謂わば従者が居る」

 

「……それで?」

 

「能力にセーブ&ロードがある。その力の真髄とは、【死に戻り】ってね。時間を巻き戻して歴史そのものを書き換える。更に上書き型だからこの歴史は無かった事になるな」

 

 ニヤリと笑うユート。

 

「嘘……ではなさそうだ」

 

 神に子の嘘は通用しないが故に、“ユートの嘘”がヘルメスに通用した。

 

 嘘吐きの真髄とは真実の中に、ほんのちょっぴりの嘘を混ぜる事にあるとか。

 そう、嘘は吐いてない。

 

 ユートの閃姫の中には、確かに存在しているのだ。

 

 歴史を書き換えるギフトを持つ少女が。

 

 再誕世界で死に掛けていたのを助けたから。

 

 餓死で。

 

 だけど今現在、喚べない状況でありこの場に居る訳でもない。

 

 嘘なのだ、それが今すぐ可能という事は。

 

 誤解させただけ。

 

 嘘を見抜くからこそ。

 

「了解したよ。これで僕が眷属を見捨ててしまったら流石にアスフィに見限られてしまうだろうしね」

 

 交渉は此処に成立した。

 

 

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第47話:ロキ・ファミリア首領達のランクアップは間違っているだろうか

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「それにしても、彼の下には随分ととんでもない人材が居るのですね」

 

「そうだね。時空間を往き来する人間……か。中々に面白い。本当は“彼”の事を見に帰った心算だけど、うん……あの子も面白いみたいだね」

 

 ニヤリとヘルメスは口角を吊り上げながら、ユートが行った先を見つめた。

 

「それに死者蘇生。これは流石に拡散はヤバイね」

 

「すれば我々は彼の報復を受けますね。ヘルメス様も天界に帰る事になるかと」

 

「うわぁ、本当にヤバイ」

 

 淡々と告げるアスフィ、ヘルメスは苦笑いを浮かべるしかなかったと云う。

 

 黒衣――フェルズへ報告をした後、ルルネは三つの鍵を渡された。

 

 オラリオ東区画保管庫、ノームの貸金庫の鍵だ。

 

 ユートとアイズの分も渡されていたから、ルルネは三人で貸金庫まで行く。

 

 開けて吃驚な宝箱。

 

「うわ!? 何だこりゃ? スゲー御宝じゃん!」

 

「スゴい……」

 

 ルルネもアイズも中身に感嘆をしてしまう。

 

 それもその筈。

 

「各種色取りどりな貴石、高価そうながらシンプルで品の良い指環、一角獣の角に本は全部が魔導書か? 随分とまたぶっ込んだな」

 

「スッゲー! これ、全部で何千万……何億ヴァリスになるんだよ?」

 

 魔導書は売り方次第で、それこそ一冊が一億を越えて売却が可能だ。

 

 数冊もの魔導書ならば、それこそ数億ヴァリス。

 

「ユートがあいつらを生き返らせてくれてなけりゃ、素直な気持ちでこの御宝を見る事は出来なかったな」

 

 ルルネの表情は暗い。

 

 五人もの仲間の死は確かにルルネへ陰を落とした。

 

 元々は彼女が受けた依頼なだけに、死んだ仲間達への責も充分過ぎたから。

 

 事実、ユートの識らない原典のコミカライズ版で、御宝を目の前に『こんな物の為に私は!』……と激昂をしている。

 

 この世界では生き返ったから幾らか心も軽いけど、やはり落とした陰が無くなる訳ではない。

 

 安易に『気にするな』とは言えないし、何より本当に気にしないならユートも優雅も見限った。

 

「ふむ、上手く売り捌けば数億ヴァリスか。僕は遅れ気味だったからちょ〜っと後ろめたいが、くれるんなら貰っておこうか」

 

 向こうがユートの働きを知っている上で用意した、ならば後ろめたさを感じていても貰うのみ。

 

「魔法王国アルテナ製か。使えば魔法スロットが増えるとも聞くな」

 

 魔法王国アルテナで製造された魔導書(グリモア)であれば、最大限の三個を越えはしないもののスロットが一個で埋まっていても、二個に増えて魔法が発現をする程の出来だとか。

 

 リヴェリアが御得意様をしているレノアの魔法具店にも、アルテナ製の魔導書を誼で分けて貰ったとかで店内にて競売(オークション)をしている。

 

 今頃は一億ヴァリス越えを楽々と果たしていよう。

 

 とはいってもユートには無用の長物、何故なら既にスロットは三個共に埋まっているからだ。

 

 最大限を越えないなら、使っても意味が無い。

 

(ベルにやっても良いが、どうも誰かが用意したらしい魔導書で【ファイヤボルト】を得てるしな)

 

 ユートの勘が告げる。

 

 あの魔導書は何処かしら神が用意した物だ……と。

 

 カンピオーネとしての勘だが、他の連中とは違って単純な戦闘関連以外にも割と使える。

 

 こうだ……と閃けばそれは大概が事実に基づく。

 

 魔導書の件も、力を喪ったソレを視た瞬間に銀髪の女が閃いた。

 

 何処と無くシルを思わせる鈍色を鮮やかにした銀、そしてベルや自分に向けられた視線。

 

 何処ぞの女神が魂までも見定めようとしていた。

 

 だからこそ勘も働いた。

 

「あ、そうだ!」

 

「どうしたアイズ?」

 

「あの、ね。フィンが貴方に会いたいって言ってた」

 

「フィンが?」

 

「うん。私が二四層の報告をした後、五九層に行きたいって言ったの」

 

「ああ、赤毛が何かそんな事を言っていたな」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「邪魔されては仕方がない……アリアに伝えろ」

 

「――何?」

 

「五九階層に行け。丁度、面白い事になっている」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 アリア=アイズの事なのは把握していて、赤毛からの科白は帰り際にアイズへと伝えてあった。

 

「然し、それとフィンがって意味が解らないな」

 

「何か、珍しくフィンが思い詰めてた……から」

 

「そうか。まあ、ならこれから会いに行こうか」

 

「うん」

 

 ロキ・ファミリアの本拠たる【黄昏の館】に向かう事になり、ユートはルルネと別れてからアイズと共にそちらへ行く。

 

 道すがら話を聞いたら、どうやら五九階層へ向かうのは決定したらしい。

 

 今はその準備に余念が無い様だが、フィンの用事はそれに則したものなのか?

 

 着いた先の【黄昏の館】では、訓練所らしき場所でフィンがスタンバっているのが判る。

 

 金髪で小柄な槍使い。

 

 小さいながらもやっぱり流石にLV.6、存在感というものが周囲の野次馬であるLV.2や3と違う。

 

 少しでも対等なのが同じ第一級冒険者、LV.5であるティオネやティオナ、それにベートだろう。

 

 無事に砕けた脚は治っているらしい。

 

「やあ、来てくれて嬉しいよユート」

 

「とはいっても、アイズも伝言をしてくれただけだ。用件すら聞かされていないんだが?」

 

「僕らが第五九階層に遠征を予定してるのは?」

 

「其処は聞いているよ? あの赤毛が指し示した謂わば何かしらの手掛かり……だからアイズは五九階層に行きたがったし、フィンも遠征に行く予定を立てた。それと僕を呼んだ意味が解らないんだよ。まさか僕に遠征に付き合えとかか?」

 

「実はそれも考えていない訳じゃない」

 

 ギョッとなるファミリアの第三級や第四級冒険者、それとは裏腹に第二級以上の面子、つまりはLV.4以上のロキ・ファミリアのメンバーは驚きながらも、然し歓迎をしているムードで多少の温度差があった。

 

 現在のロキ・ファミリアの第二級冒険者から上は、ユートの実力も正しく把握をしている連中ばかりで、それ以下の者はユートの事を全く知らない。

 

 それが温度差の原因だ。

 

「だけど今回、君を呼んだ理由はちょっと違うかな」

 

「ふむ?」

 

 フィンは槍をブルン! と風切り音を響かせながら振るうと……

 

「僕と戦って欲しいんだ」

 

 などと宣った。

 

「だ、団長!?」

 

 驚いたのはティオネ・ヒリュテである。

 

 ティオネは当然ながら、初めてのロキ・ファミリアとの邂逅時に居た一人で、ユートの実力を何度か目の当たりにしてもいた。

 

 話だけは聞いていたし、故にユートがLV.1ながら素でLV.6相当なのも知っており、前回の事件でLV.2――LV.7相当になったのもアイズからの情報で聞いている。

 

 あのフレイヤ・フレイヤの団長、【猛者(おうじゃ)】オッタルと同レベルだ。

 

 如何にフィンとはいえ、只では済まないであろう。

 

 尚、何度も記しているがLV.7相当なのは素での話である。

 

「勿論、対価は用意した」

 

 其処には大きな袋が幾つも積み重なっていた。

 

 ジャラッという金属音、恐らくはヴァリス硬貨。

 

「僕の個人資産で十億だ」

 

「それはまたぶっ込むな」

 十億ヴァリスともなれば相当だし、恐らくはフィンがロキ・ファミリアを結成してから貯めたお金だ。

 

 多分だが全財産だろう。

 

 給金制度ではないから、ファミリアの団長となれば動かせる金が増える訳では無いだろうし、昔に個人で潜って獲た資金だと考え、十億ヴァリスの袋群を自分の資金庫に格納した。

 

 間違いなく十億ヴァリスが加算される。

 

「確かに頂戴した。これだけの額だし、オラリオでも一、二を争うロキ・ファミリアの団長とはいえ個人で動かす金としてはすっからかんだろうに。其処までして遠征前の大事な時期に戦いたいとなると、ひょっとしなくてもランクアップを狙っているかな?」

 

 周囲の団員がざわめき、人形姫とまで呼ばれているアイズでさえ目を見開く。

 

「正解だ。普通なら流石に僕も自重をしたんだけど、アイズを狙う赤毛の大女は少なく見てLV.8以上の実力だと報告を受けたよ。となると、今までのLV.では居られないさ」

 

 フィン・ディムナ。

 

 ガレス・ランドロック。

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 ロキ・ファミリア発足から黎明期を駆け抜けたという最初期メンバーであり、この中の一人を抜粋しただけで物語が成立する程に、重厚な人生を生きてきたのだと解る。

 

 ガレスは兎も角として、フィンもリヴェリアも各々が【超凡夫(ハイ・ノービス)】や【千の妖精(サウザンド・エルフ)】を後継者に見定め、育成をしている真っ最中だった為に、ある意味では一線を退いた形でLV.6からランクアップを何年も果たしていない。

 

 だが、後身たるアイズがランクアップしてLV.6になり、すぐにもベートやヒリュテ姉妹も駆け上がる事は想像に難くない。

 

 【千の妖精】レフィーヤ・ウィリディスも今でこそLV.3だが、基本アビリティ次第ではすぐLV.4に……第二級冒険者としてランクアップする筈。

 

 フィンとしては願わくは【超凡夫】ラウル・ノールドも、この遠征中とまでは言わないまでも成るべく早くLV.5になって欲しいと欲もある。

 

 云ってみれば戦闘者から育成者に半ばなっていて、ランクアップを果たす為の偉業に挑めない環境だ。

 

 其処に現れたのがLV.こそ駆け出しでありつつ、実力は自分と同等でもありながら、ソロで第五一階層に降りた強者のユート。

 

 今やランクアップをしてLV.2がとなったから、既に実力だけでも【猛者】と同等と云えた。

 

 ならば七面倒臭い迷宮で偉業達成より、ユートとの本気の戦いでなら或いはと考えたのである。

 

「まあ、戦うだけで十億ヴァリスは流石に取り過ぎ。与えられたモノには須くそれに見合うだけの代償が、対価が必要だよ。与えすぎてもいけない、奪いすぎてもいけない。過不足なく対等に均等に……でないと、様々にキズが付くからね」

 

「ならば?」

 

「リヴェリアとガレスも、“フィンと同時に”相手をしようか」

 

「なっ!?」

 

 驚愕したのはフィンだけでなく、周りに居た団員達も同様であった。

 

 幾ら実力が【猛者】とも同等とはいえ、この三人が同時に掛かればオッタルとはいえ勝ち目は無い。

 

 否、少なくとも無傷では決して居られないのだ。

 

 首級は落ちねど腕や脚に欠落は覚悟する必要が……

 

「フッ、恩恵に頼り過ぎてる君らに敗ける気はしないってね」

 

「どういう意味かな?」

 

「流石に第一級冒険者なら理解してるだろ?」

 

「む、う……」

 

 苦々しいフィン。

 

 そう、理解している。

 

 遥かな昔の英雄達は恩恵も無く戦わねばならなかったが故に、己れの全てを引き出さずにはいられなかったのに対して、神が安易に可能性という力を引き出す今現在、それに頼り切っている節が見られた。

 

 例えば恩恵に無い力など有り得ない。

 

 例えば魔法種族なエルフが恩恵無しには使えない。

 

 正に便利になった弊害。

 

 一応、エルフには恩恵無しでも魔法は扱えるらしいのだが、ユートは恩恵関連以外の魔法を見た事がまるで無い。

 

 リヴェリアにレフィーヤにフィルヴィスにアリシアにリュー、オラリオで知り合いのエルフ自体が少ないとも云えるが、五人が五人共に割と強い魔力持ち――恩恵で強化されてる――な訳で、特にリヴェリアが使えないなら他も同じというのは納得してしまう処。

 

「さあ、実験を始めよう」

 

 何処かの戦う兎みたいな科白を宣うユート。

 

 これは正に実験。

 

 LV.6をして恩恵へとおんぶに抱っこだという、謂わば証明をしようとしているのだから。

 

 当たり前だが周囲の団員は虚仮にされたみたいで、面白くないといった顔をしながら、ユートがボコられるのを見ようとしている。

 

 だが、ティオナやアイズはユートの言葉に偽りが無い事は理解をしていたし、ベートも面白くは無くともやはり理解していたから、特に何か言う心算は無い。

 

 ティオネは愛しの団長にあんな口を利いたのが面白くないだけで、ティオナと同じくアマゾネスとしての本能が訴えていた。

 

 子宮に直撃をする様な、甘い電撃的な衝動がだ。

 

 既に団長――フィンへの想いが在るから頷けないだけで、若しフリーだったらティオナと同じ選択をした自信がある程だ。

 

 ユートの子胤が『欲しい欲しい』と疼き、御股の方が受け容れ体勢を整えるのだから冷や汗モノ。

 

 訓練所に設えた闘技場、それなりの広さを持つ場に立つは四人、ユートを相手にフィンとガレスとリヴェリアの三人が対する。

 

 驚きはしたがユートを侮れないと、フィンの親指が疼いているからリヴェリアも後方で魔法の準備をし、ガレスは前衛でドッシリと斧を構えていた。

 

 ハイエルフの【九魔姫】とドワーフの【重傑】が、小人族の【勇者】と組んでたった一人と戦う図。

 

 珍しいを通り越す戦い、リヴェリアの弟子的扱いなレフィーヤも識らない。

 

 年齢が一桁な幼い頃からダンジョンに潜るアイズ、それでもこんな絵図なんて見た事が無かった。

 

 冒険者は冒険で死に易いから、最初期メンバー以外に実は初期メンバーが居ないが故に、彼らが揃っての戦闘など滅多には無い事も手伝って、アイズすら識らないレアな戦いだった。

 

 見られない理由は簡単、フィンが第一隊を率いての遠征などでは、リヴェリアが魔導師部隊を取り仕切って纏め、ガレスは第二隊を引き連れて動く形だから。

 

 同じ場所に居ないから、同じ戦場では戦わない。

 

 何より実力が高い三人が同じ相手に挑む、そんな事が起きるならそれは=全滅に近い被害を受けた後という事になるだろう。

 

 始まりのゴングは無く、リヴェリアはフルバックとして魔法の詠唱を始めて、ガレスがフロントアタッカーとして突進し、フィンはガードウィングとして動くのを前提にロキ・ファミリア三大幹部――この場合はロキが首領――は戦う。

 

「――え?」

 

 ガンッ! という鈍くも甲高い音と共にフィンがぶっ飛んで、闘技場の外へと弾き出されたのと同時に、リヴェリアの【魔導】で作られた魔法陣が消え去り、次の瞬間にはガレスが顎を打たれて空中に舞ったかと思えば、そんなガレスの背に乗ったユートがサーフィンみたいに前進し……

 

「ヌオオオオオッ!?」

 

 壁へガレスの頭から激突させていた。

 

「ガハッ!」

 

 更にガレスの身体を床の代わりにバックジャンプ、丁度良く跳躍の最大点へと到達したら、手にはでっかい火球を湛えて放つ。

 

「メラゾーマ!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 リヴェリアが火炎呪文に巻かれてしまった。

 

 そして闘技場の中央へと威風堂々と立つユート。

 

 まさかのLV.6の三人を秒殺に、その凄まじさが見えもしなかったその事実に誰もが口を開けない。

 

 LV.5の幹部は一応、ある程度は見えていた。

 

 だけど本当に霞んで見えた程度でしかなったから、対処が出来たかと訊かれたら首を横に振る。

 

「っそだろ?」

 

 嘗ては自分こそを秒殺にした三人が、秒殺されてしまった様にベートは掠れた声で呻いた。

 

「戦いの真髄とは相手に力を出させず勝つ事。まんまと魔法なぞ使わせないし、わざわざ力自慢と力競べなんてやらない。技巧派相手に技の打ち合いなんて以ての外だろうね」

 

 魅せる戦いなプロレスなら批判モノな戦い方だが、命懸けのダンジョン探索をするなら正しく真理。

 

「だ、団長ぉぉぉぉっ!」

 

「リ、リヴェリア様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ティオネとレフィーヤが叫びながら駆け付けるが、ガレスには『ガレスさん!』とラウルが駆け付けた辺りが物悲しい。

 

「凄い……」

 

 スピードが心情みたいな戦い方だからか、アイズはベート以上に見えていた。

 

 それでも見切れない。

 

「まあ、これだとやっぱりランクアップにはならないだろうし、少し押さえないと駄目……かね」

 

 秒殺のレベルでは偉業も何も無いだろうから。

 

「な、何をしやがった?」

 

「戦いに関して説明するのもアレなんだがな」

 

 ベートからの問いに苦笑いをしながら説明開始。

 

「先ずはリヴェリアの魔法をAMF――アンチ・マギリング・フィールドを発生させて封じ、スピードにより掻き回す心算なフィンより疾く動いて横薙ぎ一閃、闘技場から弾き出してからガレスを掌底で上空に飛ばしてすぐ、マッスルインフェルノで潰してリヴェリアにメラゾーマ、大火球を放って〆たって感じだ」

 

 ユートの説明は一連の動きを話したが……

 

(とはいえ、マッスルインフェルノは未完成版の更に不完全バージョンだけど)

 

 マッスルインフェルノ、それはキン肉星王位争奪戦にてキン肉マンゼブラが主に使った技だが、本来なら相手の周囲を飛び回っての背後で上空へ一蹴しつつ、その侭サーフィン状態へと移行して壁にぶつける技。

 

 ユートのはそれをしない謂わば不完全な技だった。

 

 問題なのはこれだけの事を一分以内、秒殺という形で行ったという事。

 

「ま、魔法を……封じる……とは?」

 

 火傷を負ったリヴェリアが同族……アリシアに肩を借りて質問してきた。

 

「アンチ・マギリング・フィールド。魔力結合を阻害するフィールドで覆う為、敵味方拘わらず魔法が成立しなくなる。此方は魔法を使わなければ良いだけだ」

 

「最後のは……魔法ではないのか?」

 

「あの瞬間だけAMF解除をしたんだ。術者だけに、ON/OFF自在だよ」

 

「そういう……事……か」

 

 相当に辛いらしい。

 

「ベホマ」

 

 輝きがリヴェリアを覆って傷を癒していく。

 

「これは、ダメージが癒えていく……のか?」

 

 リヴェリアも治療魔法を扱えるから解る光。

 

 程無くリヴェリアは完全に快復をしていた。

 

 回復系呪文は幾つか存在するが、ゲームだと数値の違いで威力を表す。

 

 ホイミで約三〇程度。

 

 べホイミで約八〇。

 

 ベホイムで約一六〇。

 

 ベホマが完全回復。

 

 これが現実だとどうなるのか? というと完全治療までの時間が変わる。

 

 例えばベホマで数秒間としたら、ベホイムで十数秒掛かる感じだろう。

 

 よく考えたら解るけど、どの呪文も回数こそ変われど完全回復は出来る。

 

 その回復の回数が時間という訳だった。

 

「回復はバッチリしてやるから始めようか?」

 

「な、何をかな?」

 

 いつの間にかティオネに支えられて来てたフィン、そしてラウルに肩を借りるまでもないと単独で歩いてきたタフネスなガレス。

 

「LV.6の蹂躙劇」

 

 言葉通りとはやらずに、ユートは三人を相手取りながらぶっ飛ばす。

 

「莫迦な! レア・ラーヴァテインが効かない?」

 

 【九魔姫】の二つ名……背中の恩恵に刻まれている三つの魔法、それをそれぞれ段階的に詠唱文を増やす事で効果が三段階の変化をする事から来ている。

 

 例えば吹雪の魔法【ウィン・フィンブルヴェトル】から更に詠唱すると、炎の魔法【レア・ラーヴァテイン】に変化→【ヴァース・ヴィンドヘイム】に変化をする訳だ。

 

 攻撃と防御と回復の三種がそれぞれ三段階、つまり九種類の異なる効果の魔法を扱えた。

 

 レア・ラーヴァテイン、つまりは炎の魔法という訳だからユートに効かない。

 

「悪いけど魔法を使うなら前段階、ウィン・フィンブルヴェトルの方が良かっただろうね」

 

「どういう意味だ?」

 

「僕は最高位の精霊神との契約を果たした契約者だ。しかも四魂契約者(フル・コントラクター)と云い、四大元素の精霊神とだよ。精霊術師にその属性の力は効果を成さない。炎術者に炎系統で火傷はしない」

 

「な、何と!?」

 

 雷撃か氷雪か閃光系統、或いは樹木でも良いだろうけど、炎、水、土、風でのダメージは受け付けない。

 

 また、ユートの真属性は【闇】であるから闇系統や影系統も無駄だ。

 

「確かに耐性のあるモンスターには効き難いが……」

 

 まるで効かないのも少し珍しいかも知れない。

 

「続けようか」

 

 こうして最上位幹部である三人は、その日の夜中にロキからステイタス更新を申し出て……

 

「フィン、ガレス、リヴェリア……LV.7キタァァァァァァァァァァッ!」

 

 ロキをして喜びと興奮から絶叫をさせたと云う。

 

 

.




 何かロキ・ファミリアの首領が弱く感じる形に……

 一応、詳しい説明は次回に回した感じです。




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第4章:昇格
第48話:ベルの真・訓練メニューは間違っているだろうか


.

神会(デナトゥス)?」

 

「うん。私も遂に……って感覚は無いんだけどね? LV.2の子が出た訳じゃない? 早い話がユートなんだけど」

 

「まあ、そうだね」

 

「だから呼ばれる筈!」

 

 神会に出る為の条件は、LV.2以上の冒険者を自らの派閥に持つ事。

 

 今まではそもそも冒険者を持たないフリーだったから呼ばれる呼ばれない以前の問題だったサーシャは、ユートというファミリアのメンバーを得て僅か一ヶ月と少しで神会に行く権利をもぎ取った。

 

「それにしても……」

 

「何?」

 

「んにゃ、何でも」

 

 喋り方が昔と比べて大分変わったと思う。

 

 聖域より以前、射手座のシジフォスにイタリアから連れ出される前の彼女は、漫画での描写から一応判っていたが、それともまた違うが明らかに聖域に居た頃とも違う話し方だ。

 

 恐らくはこの世界の神々との会話から、以前と違った話し方になったのだろうと推測が出来る。

 

「さて、出掛けるか」

 

「あれ? また私を放っておいて御出掛け?」

 

「人聞きの悪い。サーシャの事は本拠地に居る時に、ちゃんと相手してるだろ」

 

「もっと構って欲しいって思うのは悪い?」

 

「悪くは無いけどゴメン、やっぱり柵ってのはある。サーシャの相手は落ち着いたらって事で」

 

「……仕方がないか」

 

 我侭は言えない。

 

 ユートが自分の許へ改宗してくれただけで救われたと考えねば、泣く泣く改宗を了承してくれた神友――ヘスティアにも悪いし。

 

「行ってらっしゃい」

 

「ああ、行ってきます」

 

 こんな当たり前な挨拶を交わせる事を喜ぼう。

 

「テンマ、アローン兄さん……私達は生きています。貴方達の来世はどうだったのでしょうか?」

 

 偶には過去に想いを馳せる事もあるのだが……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あの、ユートさん?」

 

「どうした?」

 

「僕は何で連れ出されてるんでしょうか?」

 

 ユートは本拠地から出る際にベルを連れていたが、無論ながら男とデートなんてする気は更々無い。

 

 目的があって連れ出したのである。

 

「ベル、君はヘスティア・ファミリアの団長だ」

 

「は、え?」

 

「まだまともに団員が居ないから自覚に乏しいけど、いずれはポツポツでも団員が増える……かもだ」

 

「かも……ですか」

 

 こればかりはベル本人の頑張りが必須。

 

 今現在のヘスティア・ファミリアはギルドランクEであり、構成員はLV.1の初心者団長のみ。

 

 正確には生活班的な形でミッテルトを残したけど、飽く迄も彼女の派閥内立場とは萌衣奴(メイド)でしかないのである。

 

 ヘスティア・ファミリアに在籍させているだけで、要は派閥同盟(クラン)全体の生活を切り盛りするのが御仕事という訳だ。

 

 掃除に洗濯に料理など、ミッテルトはもうプロ級の腕前で行えた。

 

 当然、ユートに対しての御奉仕も……である。

 

「そんな時に何ら力も知識も有りません、そんなのが許されると思うかベル?」

 

「う、思わない……です」

 

「ベルならそんな団長を信じて付いていくか?」

 

「遠慮したいかなぁ」

 

 実際にどうかは兎も角、ベルの心境としては勘弁願いたいらしい。

 

「だけどベルは今だとそんな存在なんだ」

 

「う、うん……」

 

「だからお前は鍛え学ばねばならない」

 

「鍛え学ぶ……」

 

「知識はエイナに頼める。問題は力を鍛える方だ」

 

「ユートさんが鍛えてくれるんですか?」

 

「LV.7相当と模擬戦、ヤりたいか?」

 

 ユートの質問にブンブンと激しく首を横に振る。

 

「レ、LV.7っていったらフレイヤ・ファミリアの【猛者】と同じですよ?」

 

「そうだな。戦れば勝てると思うよ」

 

「本当ですか?」

 

 “素の力”でLV.7、それと同じだけの能力。

 

「ああ、能力は同等な筈だから……ね」

 

 寧ろ恩恵無しでも勝って魅せる勢いで。

 

「けど、ユートさんじゃないとしたらいったい?」

 

「すぐに判るから黙って付いてきな」

 

「は、はぁ……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 そうして連れて来られた場所、それはベルは来た事が無いが【黄昏の館】――ロキ・ファミリアの本拠地だったと云う。

 

「あの、此処は?」

 

「ロキ・ファミリアの本拠地である【黄昏の館】」

 

「へ? うぇぇぇっ!?」

 

 主神たるヘスティアとは犬猿の仲であり、二人に付いた渾名は【ロリ巨乳】と【ロキ無乳】だとか。

 

 そしてベルの憧れの君、アイズ・ヴァレンシュタインが所属するファミリア、なれば当然だが彼女はこの館に住んでいる。

 

「何だ、またお前か」

 

「っ!?」

 

 館に近付くと門番をしていたのは、名前も知らないヒューマンの青年だけど、前にユートが冒険者依頼をフェルズから受けた際に、此処へ来た時も彼が門番をしていた。

 

 そしてロキへの取り次ぎをして貰えなかった訳で、やれやれと肩を竦ませるしかない。

 

「で、また通してくれないのかな?」

 

 青年は睨み付けてくる。

 

「何をしてるのよ!」

 

 もう一人は女性であり、猫耳から猫人(キャットピープル)らしい。

 

「貴方はユート・柾木さんですね?」

 

「ああ、フィンとロキに呼ばれてるんで参上した」

 

「はい、聞いています」

 

 猫人の女性は頷いて門を開いてくれた。

 

 約束をした時間に黒髪で黒瞳の青年が来る事自体、彼女も聞かされていたからすぐに対応をしたのだ。

 

 それに彼女からしたら、喧嘩を売られても困る。

 

 ユートが団長達、ロキ・ファミリア最高戦力を相手に圧勝したのを、模擬戦を観て実は知っていたから。

 

 LV.6の三人を相手に圧勝、LV.2でしかない彼女からしたら敵対するのは悪夢でしかない。

 

 団長からも言われているのだから通せば良いのだ。

 

 それに青年の巻き添えは御免被る。

 

 前にユートを相手に彼は莫迦をやり、ロキからこっぴどく怒られた挙げ句に、団長や副団長らからも睨まれてしまった。

 

 LV.2でも上位でいずれはLV.3になれると、彼女に対して嘯きナンパ紛いをされた事もあったが、最早見る影も無かった。

 

 【黄昏の館】の団長室に案内され、入ると其処にはフィン・ディムナだけでなくロキやガレスやリヴェリアが立っていた。

 

「やあ、ユート。よく来てくれた。時間通りだね」

 

「返事に来た」

 

 軽い挨拶を交わして話を始める二人。

 

「今度のロキ・ファミリアの遠征、それに付いていく事はオッケーだ。サーシャ――アテナも許可を出したからね」

 

「そうか、助かるよ」

 

 公式にはLV.2とはいえども、ロキ・ファミリアの首領と最高幹部陣を瞬殺する戦闘力、五九階層では何が起きるかも判らないから是非とも来て欲しいと、あの日の模擬戦の後に勧誘をされた結果、サーシャに相談をしたユートは許可を得てこうして返事をする。

 

「それに当たって幾らかの取り決めをするのは当然として、対価の代わりに少し頼みがあるんだが」

 

「察するに彼かい?」

 

 フィンはベルを見た。

 

「確か、ベートが謗った……改めて済まないな少年。我々のファミリアの者が、君に無礼を働いて」

 

 リヴェリアが先の酒場での事を謝罪するが、ベルは恐縮してしまって困った顔で慌ててしまう。

 

「ベルはヘスティア・ファミリアの団長。とはいえ、実質的に一人しか居ない。アテナ・ファミリアとミアハ・ファミリアが同盟を結んだクランで活動はしているけど、LV.もまだ1でしかない」

 

「ふむ? クランとは?」

 

「ギルド……じゃないな、複数のファミリアが合同で動く場合の呼び方……とでも思ってくれれば良いよ。団員が少なかったり弱体化したり、そんなファミリアが寄り集まったのさ」

 

「成程……」

 

 得心がいったのかフィンは頷いて先を促す。

 

「ベルはまだ弱い。戦い方もなっちゃいないんだよ。一応はある程度ながら教えているけど、余り伸びが良くなくてね」

 

「それは基本アビリティがという意味かな?」

 

「否、そっちはバンバンと伸びている。これでも伸び盛りみたいでね。けど技術が追い付かないんだ」

 

「そういう事か。前に言っていた冒険者が恩恵に頼り過ぎているっていう」

 

「それでも第一級冒険者なら技術を磨いている」

 

「確かにね」

 

 ベルは弱い。

 

 だけど決して雑魚ではないと、自らが証明をするかの様に邁進している。

 

 あの日、ベート・ローガに謗られたあの時に思ったのは『何もかもが足りないなら、何もかもしなければならない』という現実。

 

 まあ、本来ならその足でダンジョンに突撃をかましたのだろうが、この世界線では生憎とユートに捕まってロキ・ファミリアの宴会に同席させられたが……

 

「さて、そんな弱々しい事この上ないベルなんだが、取り敢えずロキ・ファミリアから人を借りたい」

 

「誰をかな?」

 

「それは……」

 

 一拍置く。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

 フィンからの確認を受けて堂々と宣うと……

 

「ええええええええええええええええええええええええええええっっ!?」

 

 ベルの絶叫が館内に響いたのだと云う。

 

「ちょ、ちょ、ちょっ! ちょっと待って下さいよ、ユートさん!?」

 

「どうした、ベル? 嬉しくないのか?」

 

「う、嬉しいか嬉しくないかで言えばそりゃあ勿論、嬉しいに決まってますよ! だけど何の脈絡も無く、こんな頼み事なんて?」

 

 慌てるベルは真っ赤な顔をしながら腕を振ったり、或いは指先を彷徨わせたりと忙しない。

 

「言ったろベル。君には何もかもが足りないんだと。知識はギルドで補完も出来るさ、エイナが幾らでも教えてくれるからな」

 

「うう……?」

 

 此処に来るまでに言っていた通り、エイナ・チュールならば嬉々として勉強をさせてくれるだろう。

 

 時間が許す限りは。

 

 エイナは受付嬢であり、ベルのアドバイザーでもあるから、ベルへの勉強に関しては『業務です』の一言で済むのだから。

 

 それにどうも弟みたいに感じているらしいエイナ、他の冒険者に対するよりも明らかに特別視している。

 

 尤も、ベルは勉強が好きという訳でもなさそうだ。

 

 眼鏡女教師とマンツーマンで個人レッスン、美味しい萌え要素だと思うが……

 

「だけど戦闘経験はエイナじゃどうにもならない」

 

「はい」

 

 エイナ・チュールは決して戦闘者ではないから。

 

「然し、それでアイズをというのは何故だい?」

 

「【神の恩恵(ファルナ)】では経験値(エクセリア)を蓄積させる為に、冒険者は戦闘行為をする訳だが……弱い相手からは雀の涙程度にしか入らない経験値が、強い相手からだと多量に入ってくる。まあ、当たり前といえば当たり前だけど。これは単純に強さによるのだけでなく、相手が強いと高いストレスに晒されるのが原因と視ている」

 

「ふむ? ストレスね」

 

 敵が強ければ死に直結をする故に、人間は精神的にストレスを抱え込む。

 

 ユートはヘファイストスから恩恵について訊いた事がある――ヘスティアじゃないのはロックすら識らない彼女が判ると思わなかった――訳だけど、その際の回答から予測したのが今回のベルに答えたこれだ。

 

 そもそも恩恵は与えている神々でさえ未知であり、よく理解が出来ていないと云うとんでもな代物。

 

 ギルドを創設して祈祷によりダンジョンを封じているウラノス、彼の老神により初めて造られた概念。

 

 それが爆発的に神々の中で広まり、千年という刻が経った今現在までこうして使われていた。

 

 それでも尚、プレイヤーたるヒトは疎か神々さえ、全容が見えないのである。

 

 何故ならヒトに与えられる【神の恩恵】とは即ち、ヒトの中の“可能性”というモノを発掘するから。

 

 本質的には有限であれ、ヒトの数だけ可能性という名の未知が在り、無限にも思えるナニかに満ち充ちているもの。

 

 娯楽に飢えた神々からすれば正に愉しいゲーム。

 

 だけどだからこそか? 神々も全容が解らない。

 

 どうして基本アビリティや発展スキルが得られているのか、魔法やスキルなどが発現するのか?

 

 経験値が溜まるシステムはどうなっているのか?

 

 一応は調べたのだろう、だけど完全には理解に及ばなかった。

 

 ユートは経験値の多寡というのは、ストレスで判断されていると考えている。

 

 人間は感じる感じないは兎も角、行動の一つ一つにストレスを持つ。

 

 ストレスとは生命体が持つ謂わば防衛反応、歩くだけでも無意識に感じているストレス、これが戦いともなれば凄まじいものだ。

 

 このストレスに反応して【神の恩恵】は経験値としており、基本アビリティを上げていくのではないかと推測をしていた。

 

 弱い敵より強い敵の方がストレスは強まる。

 

 だから経験値足り得た。

 

 意思など持たない恩恵、それがいったい何を基準に経験値(エクセリア)としているのか? ストレスだと答えれば何と無くストンと腑に落ちた。

 

 どんな場面でどんな場合にどの様なストレスを感じるのか、それを判断基準にして恩恵はステイタスへと経験値を還元する。

 

 成程、解り易い。

 

 勿論ながらこれは飽く迄もユートの推測に過ぎず、正解かと問われても首を傾げるしかないが……

 

 然し、【神の恩恵】が何を以て『経験値』としているか理解をしたのならば、効率良く基本アビリティを上げられそうだ。

 

 事実として割かし強い筈のユートは、緊張感を持つストレスからLV.1ながら有り得ない上がり方をしており、ランクアップすら出来てしまった。

 

 そもそもユートがベルだけでなく、全員のステイタス更新をさせずに戦わせていたのも、程良くストレスを感じさせる為である。

 

 特にベルは修業を始めて以来、全く更新させて貰えなかったストレスが半端ではない。

 

 久方振りに更新を許可された時、そのストレスから一気に解放されたベルは、その基本アビリティを大きく上げていた。

 

 【神の恩恵】が莫大なる経験値と判断するくらい、それは正に童貞が脱童貞をして、初めて中出しの射精を決めた程のサッパリとした解放感だろうか?

 

 兎も角、それは間違いなくベルの力となった。

 

「中々に面白い推察だよ」

 

 フィンも割と満足そうに頷いている。

 

 所詮、神すら解らないのが【神の恩恵】である為、一応にでも納得が出来そうな内容にフィンも感心してしまったのだ。

 

「とはいえ、アイズを彼の修業に宛がう理由がまだ解らないな」

 

「ベルはアイズにミノタウロスから救われ、憧憬というのを一途に懐いている」

 

「ちょっ!?」

 

 密か? な想いを暴露されたベルが叫ぶ。

 

「憧れの君に稽古を付けて貰う……少年からしたなら随分なストレスだろ?」

 

「ああ……」

 

 流石は【勇者】フィン、この称号というか神会にて与えられた二つ名、そもそもがロキを介してフィンが一族再興の旗頭となるべく自ら捩じ込んだものではあるのだが、その意味は武勇のみを讃えるには非ず。

 

 一族の纏め、ファミリアの首領として知略にも長けているという。

 

 だから察した。

 

 元より他者に視られるのはストレスを加速するが、それが何ら無関心な相手ならいざ知らず、気になっている女の子ともなれば話は可成り変わる。

 

 男のプライドとかも刺激される事であろう。

 

 それがどれだけストレスを溜め込むか、フィンにも理解が出来てしまった。

 

「解った。君を遠征に連れて行きたいのは確かだし、本来ならアイズの技術とは我々、延いてはロキ・ファミリアの財産。他派閥へと流布すべきではないが」

 

「そのマイナス分の働きはして見せるよ」

 

「頼もしいね」

 

「具体的にはサポーターと同じく荷物の運び手だな」

 

「君には第一軍でのそれを頼みたい」

 

 ロキ・ファミリアは人数が多い為、基本的にチームを分けて行動している。

 

 ガレスが第二軍を率い、フィンとリヴェリアにより第一軍が率いられ、先ずは幹部を詰め込んだ第一軍によるアタック。

 

 第二軍がその後を付いていく形が多い。

 

 また、第二軍はダンジョン産の拾得物を集めるのも任務であり、その役割とは決して第一軍に劣るものではなかった。

 

 何故ならそんな拾得物は地上で売却され、次の遠征の資金に充てられるから。

 

 勿論、第一軍でも拾得物を獲たりするであろうが、飽く迄もそれは余裕があればの序でに過ぎない余録。

 

 基本的には魔石すら拾わない事もある。

 

 それらは第二軍に追従をするサポーターの仕事。

 

 そもそも第一軍は戦ってモンスターを減らしていくのが役割で、第二軍はその減った後に湧いたのを潰しつつアイテムを拾う。

 

 第一軍に団長と副団長が居るのも指揮というより、最高の戦力として前線へと出ている為。

 

 当然ながら第一軍には、LV.4〜5までの準幹部や幹部が揃い踏みをして、第二軍はLV.2〜3までの連中で占められる。

 

 LV.1は余程の伸びをしていないと、遠征に連れて行くには戦力不足で死んでしまいかねないからか、殆んどが館で待機するなり別口でダンジョンに潜り、鍛えるなりをしていた。

 

 尚、第一軍にも飛び抜けたLV.3は居る。

 

 レフィーヤ・ウィリディスがその代表だろうか? 何しろリヴェリアの後釜と目されているのだし。

 

 いずれにせよ飛び抜けた者でなければならない。

 

 死はヒトに対して平等に訪れるのだから。

 

 フィンがユートに頼みたいのがサポーターであり、無制限に入るアイテム・ストレージに期待が掛かる。

 

 少し前にアイズらと共にダンジョンアタックして、ユートがモンスターを屠る毎に消える魔石やドロップアイテムに、聞いてはいても驚きを禁じ得ない。

 

 武器だけ片手に潜れるのは大きなメリットだ。

 

「そういえば……」

 

「何だ?」

 

「ユートさんの苦ぎょ……修業で筋力トレーニングをやらされますけど」

 

「苦行って、まぁ良いが。それがどうした?」

 

「あれって意味とかあるんでしょうか? ステイタスに影響とか、それとも単純に筋肉が付くだけですか? やっている内に気になっちゃって」

 

 ベルへの修業でユートが課しているのは、模擬戦やダンジョンでの実戦や更新無しでの戦い、それに加えて聖闘士の修業に近いだろう筋力トレーニングだ。

 

 基本的に魔改造をされた本拠地内、訓練施設で修業をしているベル達だけど、ちょっとした仕掛けにより外で修業しているみたいな光景に変えられる。

 

 其処で所謂、魔鈴に命じられた星矢よろしく崖っぷちに鉄棒を刺して、踵を棒に引っ掛けての腹筋だとか懸垂だとか千回。

 

 兎に角、科学的トレーニングとは何だったのか? みたいな至極原始的な修業をやらされていた。

 

 因みに、最初は腹筋など千回は疎か百回にも充たなかったが、今現在は取り敢えず千回に達している。

 

 恩恵様々だろう。

 

「筋肉も付くだろうけど、ちゃんとステイタスも僅かながら上がる」

 

「そうなんですか?」

 

「さっきも言った事だが、ステイタス――基本アビリティの上昇にはストレスが関わる。そしてヒトの行動には必ずストレスが掛かる訳だが、筋力トレーニングでもストレスは掛かるからそれを元に算出されてる。それにプラス筋肉が付く」

 

「筋肉が?」

 

「僕は恩恵を得る前に可成り鍛えていた。お陰で今はLV.7相当の身体能力になっている。だけどその礎となっているのは、鍛え抜いた素の肉体。冒険者で云えばLV.5クラスにまで鍛えていたから……だ」

 

「それはまた……」

 

「ドワーフはヒューマンより力が強く、エルフならば魔力が強い。だけど恩恵のスタート地点はI評価0。つまり、素の肉体がどれだけ強くてもステイタスの値は誰もが同じ。ドワーフのH評価100とヒューマンのH評価100、力はどちらが強いか? 答えは勿論ドワーフなんだ」

 

「鍛えた筋力は無駄にならないって事ですか?」

 

「仮にヘスティアが天界に送還されベルの恩恵が封じられても、鍛えた筋力までは無くならないしな」

 

 それはそれで嫌だなと、ベルは苦笑いをした。

 

 

.



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第49話:レフィーヤがやらかすのは間違っているだろうか

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 やらかしたぁぁぁっ!?

 

 レフィーヤ・ウィリディスは心の中で絶叫する。

 

 今現在、ユートと二人っ切りで個室に篭っているのだが、場所は女子用トイレというのはどうだろう?

 

 やらかしたという事から判る通り、レフィーヤこそがユートをトイレに連れ込んだのだ。

 

 これではまるで誘っているにも等しい。

 

 この状況下で求められてしまうと、レフィーヤとしても拒絶し難かった。

 

 近くにユートの顔。

 

 密着する二人の身体。

 

 顔が熱くて身体も体温が上がっている気がするし、心音がバクバクと早鐘を打っていた。

 

 レフィーヤがユートを好きか? 愛しているか? と訪ねられたら『判らない』と答えるのであろうが、少なからず意識をしているのは間違いない。

 

 理由は主に三つ。

 

 ユートとティオナの情事を諸に覗いてしまった。

 

 何故か故郷の木々の匂いを感じて心地好い。

 

 自分が食人花に捕まってしまった際、救われた時に大事な部位を完全に視られてしまった。

 

 特に一番目は、ティオナのスリットに挟み込まれたブツが出入りする様が見えてしまい、三番目は自分のスリットが広がって中の膜まで見えた訳だから。

 

 穴があったら入りたいと思ったが、ふと自分の穴にユートの分身(ユート)が入るのを連想した辺り、少しばかり病んでいるかも。

 

「えっと、こうなったら訊いちゃいますけど」

 

「こんな場所で?」

 

 女子用トイレでする事ではないと思うが……

 

「だって、どうしろと?」

 

合流呪文(リリルーラ)を使えば、ベルの所に跳ぶのも可能なんだけど」

 

 あの呪文はルーラと付いているが、瞬間移動呪文(ルーラ)とは違って空間を渡り移動するモノであり、部屋やダンジョン内で使って頭を打つ事は無い。

 

 どちらかと云うならば、【迷宮脱出呪文(リレミト)】に近いと云えよう。

 

 つまり、ベルを合流基点にしてるなら女子用トイレから、ワープしてベルの所まで跳べるのである。

 

「或いは僕の部屋にもマーキングはしてあるからね、【黄昏の館】から僕の本拠に跳ぶ?」

 

 【合流呪文(リリルーラ)】は基本的に、ダンジョンなどで仲間と文字通り合流する為の呪文だ。

 

 つまり射程距離は短いのでは? とも思えるけど、魔族がこれを使って消える際には下手すれば可成りの距離を跳んでいる。

 

 ロモス王国から死の大地の鬼岩城までとか。

 

 つまりは可能。

 

「そうですね。私達が連れ立って御トイレから出たらどんな噂が立つか」

 

 だからといってユートだけで出て、他のロキ・ファミリアの誰かに見付かればシャレにならない。

 

「じゃあ、本拠の部屋に跳ぶからな」

 

「え、待っ!」

 

「リリルーラ!」

 

 その瞬間に、二人の姿が女子用トイレから消失。

 

「……て下さい!」

 

 暗い部屋らしき場所へと転移をしていた。

 

 パチンと指パッチンすると電気が点く。

 

 大きめな……キングサイズのベッドの上に、ユートとレフィーヤは座っていたらしい。

 

 その事実には真っ赤になるレフィーヤ、今はちょっと淫らな発想が頭にあるにしても、基本的には潔癖症なエルフなのだ。

 

 尤も、レフィーヤはそれを良しとはしてないけど。

 

 同性とはいえ異種族である先輩と仲良くしてたり、シャワーなども御一緒したりと積極的に交流してる。

 

 流石に異性では他派閥なユートのみだし、理由的にレフィーヤだけが特殊な訳ではない。

 

 王族(ハイエルフ)であるリヴェリアですら、ユートには可成り気安い態度にて接しているし、LV.4と準幹部級なアリシア辺りも割と気安い。

 

「それで……」

 

「ひゃうっ!?」

 

 ベッド上に座り込んでいたレフィーヤにユートが話し掛けると、軽く手が触れ合ったのを相当に意識したらしく悲鳴を上げた。

 

「ああ、この世界のエルフは触れ合いが苦手だった」

 

「ち、違います! いえ、違いませんけど違くて!」

 

「いや、何を言ってる?」

 

「た、確かにエルフは少し排他的なきらいはありますけど、私はそういうの良くないと思ってますから!」

 

「そっか、それは良かったかな。レフィーヤに何度か触れてるから、実は嫌われていたのかと思ったよ」

 

 ブンブンブン!

 

 首を横に振る。

 

「寧ろ………………何でもありません」

 

 言い掛けた科白を呑み込んで呟いた。

 

 色々と恥ずかしい場面を視たり視られたりしたし、だけど大いなる故郷の森――ウィーシュにも似ている気配(におい)に惹かれていたから嫌悪感は無い。

 

 寧ろ……好きという感情の方が先立つ。

 

 正確には『視た』時は、そんな気配は判らなかった訳で、単に知り合いが男とヤっていたから好奇心に負けた形であり、『視られた』時は既に気配的に惹かれていたのもあったし助けられた事実もあったが故に、嫌悪感など懐く環境が少なかったのである。

 

 これが某・Yや某・Iであれば、出会って間も無くそんな事になれば魔法にて吹っ飛ばしていたろう。

 

 長く付き合っていたなら別なのだろうが……

 

「改めて訊くがレフィーヤは結局、何であんな蛮行に及んだんだ?」

 

 蛮行=ユートを女子用トイレに連れ込んだ理由。

 

「あ、その……ユートさんの知り合いがアイズさんの訓練を受けるみたいな話を耳にしまして、そのぉ……事実確認みたいな?」

 

「ああ、間違いないな」

 

「な、何で!?」

 

「何を驚く? まあ、そりゃ他派閥の者がとなったら面白くないか?」

 

「う゛……」

 

 言われて言葉に詰まる、早い話がその通りだった。

 

 それなりに一緒のファミリアなレフィーヤでさえ、二人切りで訓練なんて普通には無いのに、他派閥の……しかも男がなんて面白くないに決まっている。

 

「どうして……だったか? 理由はベル――ベル・クラネルという名前だけど、彼はミノタウロスに追われた挙げ句、【豊穣の女主人】でベートに謗られた」

 

「あ、あの時の!」

 

 ベートが謗った後に店を出ようとして、ユートにより阻止されてから何故だか一緒に食事をした白髪赤瞳の少年の事を思い出す。

 

 あの時の彼がベル・クラネルなのは、自己紹介されていたから判った。

 

「アイズに救われたベルはアイズに憧憬を懐いた」

 

「よくある話ですね」

 

 斯く言う自分もそうで、レフィーヤはアイズに何度も救われ、強い憧憬を懐いているのは間違いない。

 

 ロキ・ファミリアの幹部であり、神様でさえ欲しがる人形の如く整った美貌、エルフも大概が整った容姿ではあるが、アイズのそれはレフィーヤからしたなら正に神憑っていた。

 

 生命を救われた思春期の男の子が、アイズに憧憬を懐くなど別に特別でも何でもない話でしかない。

 

 実際、ロキ・ファミリアの男連中はアイズ・ヴァレンシュタインを偶像崇拝しているレベルだ。

 

 まあ、苦労人な【超凡夫】は流石に偶像崇拝なんかはしてないらしいが……

 

「これはまだオフレコ……非公開な情報だからロキにも言っちゃだめだぞ。ベルはその憧憬をスキルとして顕したんだ」

 

「スキル……ですか?」

 

「【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】、未だギルドが未確認なレアスキル」

 

「未確認!?」

 

「内緒だよ? ロキにも、アイズにも、リヴェリアやフィンやガレスにもね」

 

 レフィーヤの左頬に右手を添えながら、笑顔なのに笑わない目を向けて言う。

 

 更には念による威圧。

 

 レフィーヤは無防備に念を受けたからか、ガクガクと歯の根が合わず震えた。

 

「い、言いません!」

 

「良い子だ」

 

 威圧の解除をして今度は普通に微笑んだ。

 

 先程までの震えは無く、そんな微笑みに安堵したからなのか、真っ青だった顔を今度は赤らめている。

 

「あ、その、リアリス・フレーゼってどんなスキルなんですか?」

 

 流石に落ち着いたのか、レフィーヤが訊ねてきた。

 

「さっきも言ったろうが、ギルドも未確認な成長促進系のレアスキルだ」

 

「成長促進系!?」

 

 確かに知らない。

 

 そもそも【神の恩恵】が神ウラノスより開発されて早千年と経つが、成長促進をするスキルなんて今までに存在すらしてない。

 

「その効果は早熟するという文言通り、恐らく他者に比べて可成り基本アビリティが早く上がる」

 

「早くって?」

 

「さて? 他をよく知らないからな。少なくともベルと他をちょっと比べてみたけど、同じLV.1であるラブレスやヴェルフの伸びよりベルの方が伸びてた。それは確かだよ」

 

 それも二倍や三倍は当たり前な感じであり、例えばヴェルフが総合で四〇くらい上がっていたとしたら、ベルは三〇〇くらい上がっているのだから凄まじい。

 

「懸想が続く限り効果持続と懸想の丈により効果向上という文言、つまり憧憬の対象への憧憬が続いている限りは効果を持ち、その想いの強さが上がれば上がる程に効果は更に増える」

 

「んなっ!? 無茶苦茶じゃないですかそれ!」

 

「それでちょっと詳しく調べたら、文言には無い効果が存在しているのが判明したんだよね」

 

「ど、どんな?」

 

「副次効果っていうのか、何しろ惚れれば惚れる程に強くなるスキルだからか、魅了に掛からなくなるみたいなんだ」

 

「魅了……ですか?」

 

「美の女神が使えるだろ? フレイヤ・ファミリアの主神フレイヤ、イシュタル・ファミリアの主神イシュタルとか」

 

「まさか、女神の魅了すら弾いてしまえると?」

 

「まあね。だけど文言にもある通り憧憬が途切れたらスキルを喪う。例えば合意も無く無理矢理に襲われたりしたら……ね」

 

「無理矢理にって……」

 

 想像したのか真っ赤になるレフィーヤ。

 

「それから実際に明るみに出た効果。基本アビリティのカウンターストップをも超克する」

 

「カウンターストップ?」

 

「通称カンスト。つまりは数値が止まってしまうって状態だ。基本アビリティの最大値はS999だろ?」

 

「はい、そうで……え? それってまさか!?」

 

「ベルの数値は現段階でもSSも越えている。俊敏に至ってはSSSだしな」

 

「ト、トリプルS……」

 

「SSS評価は変わらないにせよ、基本アビリティはその範囲すら越えて伸びると見ている。まあ、魔力は魔法を使い始めたばかりだからまだ低いけど」

 

 飽く迄も他よりは。

 

「其処まで……」

 

 最早絶句するしかなく、そして嫉妬してしまう。

 

「どうして……」

 

「うん?」

 

「わ、私だってアイズさんに憧れてます! だけど、そんなスキルは!」

 

「推測に過ぎないけど……聞くか?」

 

「え、はい」

 

 ベルとレフィーヤ。

 

 アイズへと憧憬を懐く者同士ながら、成長促進系のレアスキルを発現したベルとしなかったレフィーヤ、その違いは何か? ユートはある程度の推測くらいはしていた。

 

「単純な部分は同性であるという点。憧憬の対象への恋愛感情と友愛感情の違いという処だ」

 

「性別……っ!」

 

 確かにレフィーヤの持つ感情は飽く迄も友愛。

 

 ベルは異性だから仄かに宿る恋心があった。

 

「そんな、性別なんてどうにもなりませんよ……」

 

「……」

 

 ユートは僅かに目を逸らしてしまう、何故なら実はどうにでもなるから。

 

 所謂、TSさせる能力をユートは【千貌(フェイスレス)】によって持っているのだ。

 

 事実として男の娘をTSさせた事例が存在する。

 

 【ハイスクールD×D】世界のハーフヴァンパイア……ギャスパー・ヴラディという女装好きな少年。

 

 【魔法科高校の劣等生】世界の黒羽文弥。

 

 後者は敵対してきた黒羽の者を撃退後、ペルセウスから簒奪した権能を使う為にわざわざTSさせた。

 

 勿論、強制的にサイオンを吸い上げて男に戻らなくしてやった為、文弥は常時『ヤミちゃん』となってしまい学校にも“男装”して通うしかなくなる。

 

 尚、TS状態を維持していると意識も肉体に併せて変化するのは、ギャスパーの時で判明していた。

 

 黒羽文弥もヤミちゃんと呼ばれるのに嫌がらなくなってしまうし、女の子モノな服を嬉しそうに買う姿が見られたりしたものだ。

 

 最終的に黒羽弥深と改名してしまうし、戸籍も遡って女の子として登録し直してしまうくらい。

 

 TSさせられた際だが、童貞より前に処女を散らされた衝撃もあるだろう。

 

 それは兎も角……

 

 男の娘を女の子にするのは抵抗も無いが、逆は余りやりたくないから黙っておく事にした。

 

 結局はユートの能力。

 

 使いたければ使うけど、嫌なら使わないだけだ。

 

「そして、経験値というのがストレスと=となる事」

 

「経験値がストレス?」

 

「ストレスとは生物に於ける物理的、精神的な謂わば防衛反応の事。生命体とは如何なる行動にも多寡こそあれど、何かしらストレスを持ってしまうものだよ。故にそのストレスを恩恵は経験値と判断するんだ」

 

「は、はぁ?」

 

 よく解らないらしい。

 

「生命を懸けての戦いならストレスは半端じゃない。弱い敵より強い敵と戦う方がよりストレスを感じるから経験値も高いとなれば、実際に筋も通っているとは思わないか?」

 

「……成程。ですがそれとレアスキルの関係は?」

 

「スキルにせよ魔法にせよ経験値が決め手となるな。アテナ・ファミリア所属の小人族(パルゥム)、リリルカ・アーデなんかだと実に“らしい”スキルや魔法を発現させているぞ?」

 

「リリルカ・アーデさん……ですか?」

 

「ああ、ステイタスってのは本来だと他派閥は疎か、同じ派閥でも内緒にするのが基本だから内緒だぞ?」

 

「は、はい……」

 

 又もや怖い気配や笑顔にドン引きしてしまう。

 

「魔法は『シンダー・エラ』という。効果は変身」

 

「変身ですか?」

 

 一風変わった魔法だ。

 

 『シンダー・エラ』とは即ち『シンデレラ』。

 

 襤褸を着た娘が魔法使いによりお姫様に変化した、そんな物語にあやかる効果と名前である。

 

「リリルカ・アーデ、リリは変身願望があったんだ。小人族はフィンや【炎金の四戦士(ブリンガル)】なら兎も角、それ以外の名前は有名じゃないだろ?」

 

「そうですね」

 

「小人族は身体能力が他の種族より劣るのが一般的、だからリリも元のファミリアでは常にサポーターだ。しかも稼ぎを搾取され続けてきたらしいね」

 

「元……の?」

 

「ソーマ・ファミリアだったんだが、僕が引き抜いたんだリリを」

 

「ユートさんが……って、ひょっとしてそのリリルカ・アーデさんは、まさか……ユートさんと……」

 

「元々は手癖の悪い事を考えていたみたいだったが、僕はサポーターが要らないから断った。それでもとか言うから賭けをしたんだ。リリが勝てばお金を余分に支払う。僕が勝てば一晩の権利をってね」

 

 上のローブがゆったりとした服装だから判り難かったのだが、実は小人族という括りとしては巨乳な方だったリリは、割と愉しませて貰えたものだった。

 

「そ、そうですか……」

 

 ちょっと膨れっ面。

 

「スキルは【縁下力持(アーテル・アシスト)】で、文言は――『一定以上の装備過重時に於ける補正』と『能力補正は重量に比例』となっている。サポーターとしては不可欠なスキルと思わないか?」

 

「それは確かに……」

 

「願望や必要性もストレスとしては強い。だから背中の恩恵は経験値として認めて与えたんだろうね」

 

 望まない力など与えられはしないと云う事。

 

「その上で、ベルはアイズに憧憬を懐いて仄かな想いを胸に舞い上がっていた、其処へベートによるベルの全否定。想いも何も全てをぶち壊された。ベルは現実を突き付けられ、甘さや愚かさを嫌って程に思い知らされた。何一つ言い返せず事実として弱い自分が許せなかった。悔しくて悔しくて悔しくて、『いつかきっと』だとか夢を視ていただけの、何かしら期待をして待っていただけの自分自身(ベル・クラネル)を許せなかった。何もかもが足りないなら『何もかもをしなければならない』、そうしないとアイズの前に立つ以前に並ぶ事すら出来やしないって……ね」

 

 レフィーヤは胸に痛みを感じていた。

 

 『いつかきっと』だとか“夢を視ていただけ”の、何かしら期待をして待っていただけの自分自身(レフィーヤ・ウィリディス)

 

 そういえばベートに指摘されたではないか? 似た様な科白を。

 

「だから強くなりたいと、そう願ったベルに応えたのが【神の恩恵】、それにより得たのが【憧憬一途】」

 

「な、成程!」

 

「まあ、スキル自体は謗られる前から発現していたんだけどな」

 

「ズコーッ!」

 

 なので実はベート云々は無関係であったと云う。

 

 レフィーヤは盛大にコケてしまった。

 

「だからやっぱり単純な話なのかも……ね」

 

「そ、そうですか……」

 

 深刻そうな話はいったい何だったのか?

 

「で、ベルがアイズと訓練をした場合の伸び率とか、他にも色々と頑張って貰う為に僕が遠征に付き合うって代わりに、アイズによるベルの訓練をロキやフィンに頼んだって訳だね」

 

「うう……何て羨ましい」

 

 他派閥の癖に他派閥の癖に他派閥の癖に! とブツブツ言いたくなる。

 

「ロキは渋面作ってたが、僕が戦闘要員兼サポーターをすると遠征で助かると、フィンもリヴェリアもガレスもお墨付きをくれてね。まあ、LV.6を軒並みにLV.7に押し上げた僕が居れば、あの赤毛や仲間が現れたり、第五二階層以下の階層に行くにも都合が良いらしいからね」

 

「第五二階層以下?」

 

「ラウルからちょっと聞いたんだが、第五二階層からは地獄らしい」

 

「地獄!?」

 

 レフィーヤは以前の遠征では降りてないらしくて、第五二階層からの知識など無いのか吃驚している。

 

 

「五〇階層までの常識は、最早彼処からは通用しないと震えていた」

 

 ゴクリと固唾を飲んだ。

 

「特に階層無視の砲竜による狙撃とかね、ラウルには探知が出来ないから少しでも油断すればあじゃぱー! って感じらしいし」

 

「そういえばロキ・ファミリアの最大到達階層って、確か第五八階層です」

 

 砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)――【ゼウス・ファミリア】が未だ到達階層の最高記録を誇った彼らが名付けたこの層域の名は、【竜の壺】と云う。

 

 第五二階層から数百M先たる壺の最下層、五八階層からの階層無視の砲撃をするドラゴン。

 

 第五二階層からは地獄、規模が尺度が脅威度の全てが第五一階層より上と違い過ぎる、ダンジョンの恐ろしさ……真なる地獄。

 

 それに立ち向かう為に、一人でも常識外れな戦力が欲しいフィン・ディムナ、彼はアイズを他派閥に出向させてでも、マサキ・優斗という極東の出身であるらしきヒューマンを頼った。

 

 大幹部や首領がLV.7に到達して尚、フィンには油断なんて無いと云う事。

 

「何なら、この場で君と寝て基本アビリティを上げるのも許容するかもね?」

 

「寝っ!?」

 

 真っ赤になって後退り、肢体の胸を腕で隠す。

 

「あ、赤ちゃんがデキたら本末転倒ですよ!」

 

「デキない」

 

「……へ?」

 

「元々、デキ難い体質だ。そしてあのスキルを使ったら精子は相手の強化にのみに使われるらしい。だから妊娠は絶対にしないよ」

 

「そ、そうですか……」

 

「まあ、そっちが嫌なら……僕が修業を付けようか」

 

「はい?」

 

 本来ならアイズやフィルヴィスがやる筈な修業……それをユートが代わる事になるが、原典を識らないから介入した事にすらユートは気付いていない。

 

 そして、これが廻り廻ってフレイヤ・ファミリアに大打撃を与えてしまうのだけど、当然ながらユートはそれに気付かなかった。

 

 

.




 ベルのあのスキルを勝手にバラしましたが、どうせこの小説ではもうすぐバラすのでレフィーヤさえ口を閉ざせば問題無しです。

 リリのスキルや魔法に関しては、ベル程の問題も無いのでやはりレフィーヤさえ黙っていれば大丈夫?

 ぶっちゃけ良くはないんですけどね……

 次回は今回のラストでのアレまでイケたらなとか。




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第50話:襲撃者を叩き潰すのは間違っているだろうか

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 アイズ・ヴァレンシュタインがベル・クラネルに、ユートがレフィーヤ・ウィリディスに修業を付ける。

 

 ロキはまぁ、仕方がないと許容をしたのだが……

 

『何でヴァレン某とベル君がそんな話になるんだ!』

 

 とか言って大反対。

 

 ベルがダンジョンで生き残る為の術を得る機会を、主神が我侭で叩き潰す心算かと問われて無理矢理だが納得したらしい。

 

 まぁ、ユートが殺気混じりに言ったんだが……

 

 その際、神殺しの殺気を【神の力(アルカナム)】を封じ弱体化したヘスティアが受けた形で、思わず神にあるまじき粗相をしてしまっていた。

 

 アイズの修業はベルにとって必ず良い結果を齎らす筈だと、【神の恩恵】を鑑みて確信していただけに、邪魔をするなどヘスティアでも許さない。

 

 ロキ・ファミリア遠征まで原典より時間もあるし、それまでにどれだけアイズの技術を修得が出来るか、それがベルの真骨頂を魅せる唯一の手段だ。

 

「ほわぁぁぁっ!?」

 

 先程からアイズがユートから渡された木刀により、ベルを幾度となくぶっとばしていたりするが、LV.も技術も素の能力も丸っきり低いベルが、アイズに勝てる訳はないのだから仕方がないといえば仕方がない話である。

 

「余所見なんかしてるとは余裕綽々だな?」

 

「ふぇ?」

 

 モミモミ。

 

「ひゃわぁぁぁっ!?」

 

 決して大きくはないが、慎ましくも膨らむおっぱいを揉まれて、涙目になりながら悲鳴を上げる修業中なレフィーヤ。

 

 ベルみたいな痛い目には遭わないが、胸を揉まれる羞恥心と絶妙な匙加減による快感に、へたり込んでしまう事既に十数回。

 

 木刀で吹き飛ばされる度にアイズの膝枕で数分間、僅かなり眠りに落ちて休むベルと同じく、レフィーヤも揉まれる度にトイレへと駆け込んで湿って潤う下衣を変えていた。

 

 アイズは理論的に教える教導は苦手で、だから戦おうといった感じで模擬戦を続けつつ、ベルの悪い部分を指摘する形だ。

 

 憧れの『アイズさん』にいつまでも格好悪い処を見せたくないと、指摘された部分は即修正をして頑張っているが、元々がユートの知っている修業法アバン流スペシャルハードコースを施していただけであって、型なんかは殆んど自己流のベルだけに、アイズからの修業で自己流の型を洗練させていく形になる。

 

 単純な能力は【神の恩恵】でじゃんじゃん上がり、型なんて無くてもある程度は戦えたのも理由。

 

 というか、ユートが教えられるのは【緒方逸真流】であり、アバン流は飽く迄も本人からやり方を聞いていたに過ぎない。

 

 スペシャルハードコースは漫画でダイが三日間だけ受けたアレだが、取り敢えず一週間という限られた中で試しにやらせた。

 

 取り敢えず、覚えがダイより悪かったベルは大地斬と海波斬を覚えるのがやっとで、空裂斬は未だに修得には至っていない。

 

 魔法に関しては世界が違うから、その世界に縛られたベルには扱えない訳で、ファイアボルトの練度を上げるべく兎に角、撃って撃って撃ちまくらせている。

 

 勿論、インストール・カードを使えば修得は可能ではあるが、まだランクアップしてないから使わせる訳にもいかない。

 

 取り敢えず、ファイアボルトを撃ちまくって中層のモンスターを屠れる程度な魔力も上がり、今やその値もSSS1215と他とも遜色無いSSS評価を得ていたのに驚いた。

 

 流石は【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】か。

 

「あの、ユートさん」

 

「どうした?」

 

「替えの下衣が無くなっちゃったんですけど?」

 

「用意が悪いな」

 

「十枚以上がですか?」

 

「たったの十枚か其処らで足りるとでも?」

 

「うぐっ! 昨日は足りていました!」

 

「だが集中力が足りない」

 

「うっ!」

 

 呻いた辺り、レフィーヤにも自覚は有ったらしい。

 

 昨日はベルの修業前。

 

 今日からベルは修業中。

 

 同じ場所での修業なだけにレフィーヤは嫉妬から、ベルの方へと憎々し気な目を向ける事十数回。

 

 その度に揉まれて濡らして下衣を替えて。

 

 間抜けの極みである。

 

「レフィーヤ、真面目にやらないなら追い出すぞ?」

 

「うぐっ! 済みません」

 

 流石に反省はしたらしいのだが、やはりベルにムカつくのは止められない。

 

「君は並行詠唱を舐めているのか?」

 

「そ、そんな事は!」

 

「いちいち気を散らして、それで並行詠唱が出来るとリヴェリアから習ったか? そんな莫迦な教えをされていたのかな?」

 

「ち、違います!」

 

「なら、君は今何をしている心算なんだ?」

 

「へ、並行詠唱の練習……です……はい」

 

「僕には背中の恩恵と関係無いスキルに【教導B】というのが有る」

 

「背中の恩恵と関係無く? そんな事が……」

 

「信じられないか? 僕の居た世界に恩恵など無い。だけど素でLV.5くらいなら普通に居たぞ?」

 

「それは……」

 

 ユートがそれだ。

 

 闘氣や魔力などで強化をせず、純粋な身体能力だけで()()()()()LV.5を往く。

 

 樹雷の皇族や側近レベルがそれに当たった。

 

 況してや、樹雷皇家など【皇家の樹】からエネルギーを受けて強化が可能で、それが謂わば高いレベルの恩恵みたいなもの。

 

 凄まじいエネルギーを、外部から供給されて更なる強化が成され、個人レベルで解り易く云えば第三形態フリーザ並になれる。

 

 飽く迄も第二世代以上の【皇家の樹】ならだが……

 

 そういう意味ではやはり遙照とも互角に戦り合えた魎呼は、流石の頂神の愛娘といった処だろうか?

 

 最終形態やゴールデンはどうか判らないが、第三形態(エクレア頭)程度ならば確実に間違い無く斃せてしまう事だろう。

 

「その僕らに恩恵と関係無くスキルが有ったからと、それがそんなにもおかしな話かな?」

 

「それは……」

 

「効果は才能が僅かにでも有れば、そしてやる気さえ持っていれば時間は掛かっても必ず開花する」

 

 ゴクリと固唾を呑む。

 

「1に2を掛けたら2だ。だけど其処に0が在ったら0でしかない。才能が無いかやる気が無いか、どちらかが0なら開花しない」

 

「うう……」

 

「レフィーヤは才能こそ有るが、やる気が見当たらないんだよな。ベルがそんなにも気になるか?」

 

「そんな事は!」

 

「じゃあ、ベルを見てないで修業に専念しろ」

 

「は、はい……」

 

 こうして修業は続く。

 

「ぎゃびりぃぃぃん!?」

 

「アハァァァン!?」

 

 少年の悲鳴と少女の嬌声を朝露の時間に響かせて。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ダンジョン内での修業、それは魔石やドロップアイテムも手に入り、一石二鳥な実戦型の修業である。

 

「……」

 

「……」

 

「どうした、二人共?」

 

「いえ、何と云うか」

 

「何でユートさんが斃したら一〇〇%でドロップアイテムが?」

 

 ベルもレフィーヤも余りの不可思議現象を受けて、茫然自失となってしまっている様だ。

 

「僕には神の権能が幾つか宿っている」

 

「え゛?」

 

「神の権能……ですか?」

 

「様々な神だ」

 

 

「あ、そういえばあの時のアレがそうでした!」

 

 レフィーヤは見ていた。

 

 生死を司る冥王ハーデスの権能、それでヘルメス・ファミリアの死亡者を蘇生させた事実。

 

 権能は呪力と呼ばれるの中でも最上位、神氣に近い小宇宙によって行使される特殊な能力。

 

 最早、神氣そのものとも云えるレベルである為に、仮に死の世界に入ったとしても自意識を喪わない。

 

 所謂、阿頼耶識(エイトセンシズ)のレベルだ。

 

 それだけにこの世界では下手に使えたりしない筈だったが、魔力を代わりにするスキルが背中の恩恵に宿った為に、多少の劣化こそあるが行使可能となった。

 

 結果として再々転生する前に行った世界の幸運を司る女神――エリスを完全に手に入れて抱いた際に神氣を獲た為、それが権能へと変化をしている。

 

 自らの氣と相手の氣を混ぜ合わせ、陰陽の理による合一法で擬似的に一つと成ったそれで、エリスの神氣を獲たのだから当然だ。

 

 以前に関わったスパロボ世界Xで、機械的にそれを可能としたシステムが在った訳だが、あのシステム――カップリング――と似た様な感じだろうか?

 

 あれも二人の人間の意識を無意識レベルで一体化、擬似的にとはいえど一人の人間みたいにする。

 

 ユートのは相手が女性体限定だが、あちらは男同士でナイスカップリングとか云っていたけど。

 

 まあ、後にヒナ・リャザンが加わって3Pになったりした訳で、口に出したらディオに怒鳴られた。

 

 それは兎も角……

 

 エリスから獲た権能――【この素晴らしい世界に祝福を!】という、常時展開型の権能によりある意味で幸運になっていた。

 

 何処かのラッキーな男みたく、道を歩けばお金を拾うとかでは勿論無い。

 

 全体的に見て幸運。

 

 モンスターを斃せば必ずドロップするとかだ。

 

 ギャンブルをすれば相手がサマ師でも無い限りは、普通に運勝負なら敗けたりする事は有り得ない。

 

 チェス盤を引っくり返して見れば、ユートが敗けるならそれは相手がイカサマをしている証明となる。

 

 その場合、ユートは権能の聖句を唱えるだろう。

 

『この素晴らしい世界に祝福を!』……と。

 

 因果をすら操作する恐るべき権能となるから。

 

「ほら、僕が片付けていては僕の経験値にしかならないんだ。さっさと戦え」

 

「は、はい!」

 

 とはいってもLV.1のベルはまだしも、LV.3なレフィーヤであればこんな中層の中でも浅い階層の第一三階層では物足りないだろうか?

 

「ヘルハウンドが五匹……殺れ、レフィーヤ!」

 

「ちょっ!」

 

 放火魔とさえ呼ばれて、【火精霊の護符(サラマンダー・ウール)】という護符を纏わねば危険と云われるヘルハウンド。

 

 とはいっても、ユートの識らない原典でも実際には最初にベルのパーティが身に着けただけで、他は全く見ない死にアイテム的な扱いだけど。

 

 詠唱をする。

 

「アルクス・レイ!」

 

 火属性なヒュゼレイド・ファラーリカだと、向こうが耐性を持っていて殺り切れない可能性があるから、単体攻撃ながら威力もある此方でヘルハウンドを攻撃した模様。

 

 絶対耐性ではないから、斃せない訳じゃあない。

 

 生き残ったら反撃を喰らうからである。

 

 この世界のモンスターが使うのは基本的に魔法で、ヘルハウンドの吐く炎とてヴェルフ・クロッゾが使う魔法、ウィル・オ・ウィスプが有効となる。

 

 あれは敵の魔力を乱し、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を誘発する術。

 

 ユートの防御光幕呪文(フバーハ)は呪文でも防げる為、ゲーム版とは違って割かし便利に使える。

 

 ヴェルフが居てもそんな再々、使っていけるものでもないから魔導具として扱える物を造った。

 

 それが例の旗である。

 

 魔剣の造り手としての彼は何だか複雑そうだけど、ユートの知る魔剣の類いは剣としても魔法具としても良い物が多い。

 

 この世界の魔剣は剣としては五流、魔法具としては三流の代物ばかりだった。

 

 例外がヴェルフ・クロッゾがヘファイストスに命じられ、唯一造ったとかいう魔剣――火月であろう。

 

 ユートが視た処で剣としては他と変わらないけど、魔法具としてなら一流とも云える力を宿す。

 

 使ったら一撃で壊れそうな脆さだったが……

 

 だから魔剣ではないが、魔導具に少し拘りみたいなものがあるらしい。

 

 因みに、魔剣を持っていたベートに剣として扱うかと訊けば――『んな、莫迦な使い方をするかよ!』とか言われてしまう。

 

 何の為に剣の形をしているのだろうか?

 

 ユートは吹雪の剣で魔法の効果を発揮。

 

 ヒャダルコ級の攻撃力を発揮し、ヘルハウンド数匹を纏めて始末した。

 

 ユートのステータスウィンドウが自動的に、魔石やドロップアイテムを回収してヘルハウンドは灰化。

 

 正にサポーター要らず。

 

 朝は修業で昼はダンジョン行き、夜も夕飯を食べてから修業をしていた。

 

 そんなある夜中。

 

 珍しくヘスティアが見学をしていた日の事。

 

 バイザーで顔を隠している連中、数人からユート達は襲撃を受けていた。

 

「何だ、コイツらは?」

 

 主にアイズが狙われているらしく、一番の実力者らしき小柄であるが筋骨隆々で橙色の癖毛に猫耳に尻尾の男が、業物だと思われる銀色の槍を揮っている。

 

 アイズと互角くらい……LV.6だろう。

 

 他にも身長が低い四人、剣や槌や斧や槍をそれぞれが手にしていた。

 

 コイツらも以前のアイズと同じくらいの実力か? 一人一人がLV.5くらいだと思う。

 

 他にはベルやユートへと向かって来るが、LV.はアイズに向かう五人に比べるべくもない。

 

 恐らくはLV.1程度でしかないのでは?

 

「襲撃者……舐めてくれるもんだね」

 

 ベルにしても既に魔力すらSSSに到達、他は全てがSSS評価は変わらないにせよ、数値は1500にも達していた。

 

 要するにLV.1でありながら、LV.2と遜色の無いパラメーター。

 

 ランクアップをしたら、今までとこれからで肉体の擦り合わせが必要なくらい上がり、単純にランクアップしただけでもこれまでのLV.を凌駕する。

 

 事実、ランクアップしただけで数値がI0でしかないアイズも、LV.5だった頃より遥かに能力値が上がっていたから、何百というモンスターを斬り殺して調整をしたくらいだ。

 

 今のベルならば平均的なLV.2に準じる程。

 

 これだけ上がったのも、ユートの修業を迷わず熟していたからだろう。

 

 LV.1はベルでも簡単に斃せていた。

 

 況んや、ユートに向かってきたLV.1はベルに斃されるより酷く、刹那の刻に両腕両脚を粉砕されてしまった挙げ句、胸元が陥没する一撃を喰らって昏倒をさせられている。

 

「雑魚いな」

 

 所詮はLV.1であり、ベル程にパラメーターも高くは無い。

 

 さて、アイズは?

 

 やはり苦戦は免れない、猫男はアイズと同じLV.であり、小人族らしき四人はそれより一つ下のLV.5。

 

 しかも四人一体の戦闘法でLV.6クラスの戦闘力を発揮し、謂わばLV.6の二人を相手しているのに等しい状態だ。

 

 パラメーターはまだ碌に上がっていないアイズは、確実に不利な戦闘を強いられていた。

 

 此方に注意を払う余裕もあるのか、猫男が舌打ちをしながらアイズに言う。

 

「おい、警告だ【剣姫】。俺達の……あの方の邪魔をしたならば殺す! 奴らにこれ以上は関わるな!」

 

「それは……どういう?」

 

「遠征だろうが何だろうが行ってしまえってんだよ! 人形女が!」

 

「まさか、貴方達は!?」

 

 それには応えず猫男が指差し指示、倒れたLV.1を引っ張って小人族と共に離脱を試みるが……

 

「うわっ!?」

 

「な、何だこりゃ?」

 

「ぐわっ!」

 

「ちょっ!?」

 

 何かにぶつかって弾き飛ばされてしまう。

 

「壁……だと?」

 

 猫男は其処に見えざる壁が有るのに気付いた。

 

「愚かな。まさか逃げられると本気で思ったのか? とある世界の大魔王の格言を教えてやる。『大魔王からは逃げられない』」

 

 流石にユートは大魔王とはいかないが、こう見えて神殺しの魔王と呼ばれた。

 

 逃がしてやる義理立ては一切合切、存在していないと云う訳である。

 

「高がLV.1か2の分際で吠えるか?」

 

 銀槍を構えながら猫男は怒声を抑えて言う。

 

「フッ! 高がLV.6か其処らでまさか僕に敵うとでも思ったか?」

 

 鼻で笑いながら応えた。

 

「なら、死ね!」

 

「余り強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ」

 

 某・A氏の科白で挑発をしてやると……

 

「貴様!」

 

 意外と……でもないか、猫男の性格は短気らしくて怒鳴ってくる。

 

 残りの小人族の四名も、凄まじいまでの連携をして襲撃をしてきた。

 

「ユート!」

 

「ユートさん!」

 

「ユートさん!」

 

「ユート君!」

 

 アイズとレフィーヤが、同じくベルとヘスティアが叫ぶ。

 

「動くな!」

 

 特に加勢しようとしていたアイズだが、その言葉に足を止めてしまった。

 

「コイツらは僕が片付けるから……」

 

 手にしたのは鉄扇。

 

「緒方逸真流狼摩派鉄扇術……一手、我が舞いを馳走しようか!」

 

「舐めるな!」

 

「此方の科白だよ!」

 

 ユートの鉄扇は猫男の持つ銀槍、小人族の剣や槍や斧や槌を代わる代わるのらりくらりと躱す、当たった瞬間に軽く引く事で打点をずらす訳だ。

 

 派手にクルクルと動き回る割に付け入る隙が無くて、攻撃が当たらない事で次第に猫男も小人族四人も苛立ちが募る。

 

「隙あり!」

 

 カッ!

 

 逆に隙を突いて斧使いの小人族、その持ち手の手首に鉄扇を軽く触れさせる。

 

「な、にぃっ!?」

 

 ガラン!

 

 手首が折れてしまい斧を手落としてしまう。

 

「ば、莫迦な!?」

 

 信じられないとばかりに動きを止めた。

 

「莫迦は貴様だ!」

 

 メキョッ!

 

「ギッ!?」

 

 鉄扇で殴り首の骨をへし折る。

 

 斧使いはガクリと膝を落とし、恐らくは主神の名前だろう言葉を呟いて俯せとなり倒れ伏した。

 

「先ずは一匹」

 

 即死させた訳ではなく、飽く迄も意識を奪ったに過ぎないが、下手な動かし方をしたら死ぬと思われる。

 

 下手に時間が経過しても死ぬダメージ。

 

 謂わば瀕死状態……HPの数値を一桁にした感じであろうか。

 

「貴様、我々にここまでの事をして只で済むと思うなよ?」

 

「済むだろうな」

 

「なにぃ!?」

 

「まさか、弱小ファミリアなら泣き寝入りするとでも思ったか? 生憎と僕は、ヘスティア・ファミリアでもロキ・ファミリアでも無いんでね。何よりお前らを閉じ込めているのは結界。時空間をずらして異界化をさせた様な空間だ。この場で何をしようが現実世界に何ら影響は及ばん。建物を破壊しようがどうしようが一切……な。その上でお前らの主神は――フレイヤは襲撃したら返り討ちに遭ったから抗争だとか抜かす、ぱーぷりんな女神なのか? ヘスティアみたいに」

 

「キィサッマァァァァッ! 我らが女神を愚弄するというのかぁぁぁぁっ!」

 

 キレた。

 

 完膚無き迄にプッツンとキレてしまった。

 

「待て、激しく待つんだ! 襲撃者君! そこでキレるとか、それは君の主神がボク並と言われたのがそんなになる理由なのか!?」

 

 甚だ不本意だと遺憾の意を発するヘスティア、よく見れば他の三人も可成りキレている。

 

 フレイヤ・ファミリア……その団員は基本的に主神への愛を持ち、主神から愛される事が至上目的。

 

 貶されればそりゃキレる。

 

 これがロキ・ファミリアなら、団員はきっと苦笑いをしながら認めるだろう。

 

 愛すべき家族であれど、狂信者ではないのだから。

 

「ふん、怒りでパワーは上がったみたいだけど雑になっているぞ?」

 

「がっ!?」

 

「げはっ!?」

 

「ぐふっ!」

 

「これで【炎金の四戦士(ブリンガル)】は終わり」

 

 フレイヤ・ファミリアと知れれば、この四人の小人族が何者かは判る。

 

 連中の武器を交い潜り一瞬にして三人の首筋に鉄扇を当ててボキッ! とヤってやった。

 

「チィッ!」

 

「そして、フレイヤ・ファミリアでアイズに匹敵する猫男――【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】だな? アレン・フローメル」

 

「くっ!?」

 

「嘗て、アーニャ・フローメルが【戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)】と呼ばれていた……と、酒場で聞いた事があるが? お前がアーニャの兄貴か」

 

 正確にはシル・フローヴァを除く殆んどが、基本的にLV.4とかの恩恵を持っているらしい。

 

 ミア・グランドに至ってはLV.6、フレイヤ・ファミリアの元団長だとか、リューからこっそり教えて貰っていた。

 

 それを知ったのは同僚、ルノア・ファウストやクロエ・ロロが店に働く理由となった事件で、その名前がそうだと知ったらしい。

 

 すぐ判らなかったのは、ミア・グランドが()()な……と評されているから。

 

 確かに可憐なというより肝っ玉母ちゃんだ。

 

「奴とは既に縁を切った。あの様な愚妹なぞ俺は最早知らん!」

 

「ま、良いさ」

 

 槍使いが疾いのは英霊であるランサーを相手にして判っていたが成程、この疾風の如き疾さならばベート・ローガ――否や“エアリアル”を行使したアイズにさえ勝るだろう。

 

「だが、微風の様に軽過ぎる」

 

「テェメェ!」

 

 事実を言ったらキレられた。

 

「だったら轢き殺してくれる!」

 

 ザザッと下がったアレン・フローメルは魔力を漂わせ口上を口ずさむ。

 

「【金の車輪、銀の首輪、憎悪の愛、骸の幻想、宿命は此処に】」

 

「詠唱式、魔法……つまり切札か」

 

 ユートはニヤリと口角を吊り上げた。

 

「【消えろ金輪、轍がお前を殺すその前に、栄光の鞭、寵愛の唇、代償は此処に】」

 

 その詠唱式は長文、ならば邪魔をするのは容易い事だったがユート的にはしようと思わない。

 

「ユート?」

 

 動かないユートにアイズが首を傾げる。

 

「ユートさん! 早く詠唱を潰さないと危険ですよ! “女神の戦車”が!」

 

「問題無い」

 

 レフィーヤの叫びに答えるユート。

 

(舐めやがって!)

 

 アレン・フローメルは詠唱を続ける。

 

「【回れ銀輪、この首落ちるその日まで、天の彼方、車輪の(ゆめ)を聞くその死後(とき)まで駆け抜けよ――女神の神意を乗せて】」

 

 そして完成する魔法。

 

「【グラリネーゼ・フローメル】!」

 

 力在る言葉と共に駆け出すアレン・フローメルの速度は先程までの比では無い。

 

俊敏(アジリティ)の極強化魔法か」

 

 駆け出すアレン・フローメルの全身を覆っているのは蒼銀なる閃光、即ち彼の魔力光による輝きがまるで大地を照らす月明かりの如く閃く。

 

 しかも駆ければ駆けるだけ更に速度が弥増す、それはアレン・フローメルに神々が――否、彼の女神(フレイヤ)が与えた二つ名に相応しく戦車の様に。

 

「成程成程、速度が上がるだけなら欠陥魔法に過ぎない。恐らくは速度が上がれば上がる程に威力も上がる“速度の威力変換”も付随されているな。つまり軽さを超克する魔法って訳だ」

 

「轢き殺されやがれぇぇぇっ!」

 

 その蛇行は恐らくアレン・フローメル自身が、その余りの疾さ故に持て余している証明。

 

「僕がお前らみたいに神時代の寵児であったなら単なるLV.2、詰まりは第一級冒険者の中でも中位に位置するLV.6たるお前には決して敵わなかっただろうな」

 

「っ!?」

 

 LV.を上げる――ランクアップをするという行為は詰まる処、ヒトとしての肉体を神血によって少しずつ神々へと近付ける神化の秘法。

 

 ヒトが精霊から血を受けてその身を精霊へと近付ける事で、喩えばヴェルフ・クロッゾの一族みたいな特別たる力を発現する様に、神血によってヒトとしての可能性を……神々でさえ知り得ない未知を引き出されつつ、肉体をそんな神々へ日々近付けていくのだ。

 

 フィン・ディムナが一〇代でロキの眷族と成ってから約三〇年近く、今や四〇代に到達していながらも若々しいのは小人族としての特性上というだけでは無く、肉体がLV.6という半ば程度とはいえ不変たる神々に近付いているから。

 

 徐々に徐々に眷族(こども)主神(おや)に近付く。

 

 日々の経験値を蓄えて、神々さえも認めるであろう偉業を達して進化を繰り返し、ユートの大体の所見で恐らくだけど切りの良いLV.12にまで到達すれば真なる神化が促される。

 

 残念ながら神時代が始まってより千年期を経ても尚、ゼウス・ファミリアのLV.9が最大値でしか無いらしいが……

 

「素晴らしい、侮ったのは詫びよう。然しながら格下は格下でしかない。お前が幾ら力を注ぎ込もうが真に格上たる僕に敵うと思うてくれるな」

 

 事実上は最大限など存在しない、だけれどこの魔法はアレン・フローメル自身の最大限界を越えられない、故に其処を限界点とした最上の一手を銀の槍へと込めた戦車の砲弾とする。

 

 これが謂わば、アレン・フローメルという男が放てる全力全開!

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 “女神の戦車”が闇派閥にでさえ恐らくは放った事の無い最上の一撃が放たれた。

 

 ガシッ!

 

「なっ!?」

 

「言った筈だ、格上は僕でお前が格下」

 

 いつの間にか着込まれていた黄金に燦然と夜の帳すら引き裂きめく全身鎧。

 

「だけどそんなお前に敬意を込めて残されていた僅か数秒間をくれてやろう」

 

「お、お前は……」

 

「名乗ろう、“女神の戦車(ヴァナ・フレイア)”アレン・フローメル。僕は女神アテナの眷族……アテナの黄金聖闘士、双子座(ジェミニ)の優斗!」

 

 纏うは正真正銘、ユートの再誕世界に存在していた聖域の神器とも云うべき双子座の黄金聖衣、再誕世界へ代わりに置いてきたユート作の双子座の黄金聖衣では決して放てない、天より地上を照らす太陽の煌めきすら放つ真の黄金聖衣だ。

 

 とはいえ、小宇宙を使わないと纏う事も赦されぬ聖衣は異世界で扱うには癖がある。

 

 何故ならユートは異世界では小宇宙を使えないのだから、ギリギリで氣力と魔力を合成した咸卦の氣ならば扱えても聖衣を纏う事は出来ない。

 

 異世界で聖衣を纏う――小宇宙を扱う方法とはその世界の神々から許可を得ねばならなかった。

 

 そしてユートはこの迷宮都市のダンジョンにて数柱から許可を得ており、そろは僅か数秒間でしかないとはいえ残されていたのだ。

 

 使う必要性は無かった、何処かで切札に出来たかも知れない、それでも襲撃してきた敵だとはいえ男を魅せたアレン・フローメルに敬意を評してこれを使ったのである。

 

 数秒間故に【グラリネーゼ・フローメル】を止める瞬間にしか纏えなかったが、それだけでも別にユートからしたら問題なんて無かった。

 

 この最大で最上の攻撃の瞬間だけで。

 

 ユートが双子座の黄金聖衣のパージをすると、聖衣は規則正しく双貌と四本の腕を持つ上半身のみの人型――双子座の名前の通り双生児を象った姿へと戻る。

 

「うりゃっ!」

 

「うっ!?」

 

 上空へアレン・フローメルを放った。

 

「ぐおっ!?」

 

 重力に従い落ちてきたアレン・フローメルへとブリッジで再び宙へ。

 

「な、何だこれはぁぁぁっ!?」

 

 ブリッジで何度も何度も弾かれる度にまじいまでの圧力が掛かり、アレン・フローメルとはいえ容易く抜け出す事が出来ない。

 

 そして最大限に上空へ放られた瞬間にユートも追って上空へ、アレン・フローメルの首をユートの右脚がギッチリと極まり、左脚が彼の左脚を決めてしまい、股座から伸びた左腕をユートは左腕で極め、右腕は右腕でガッシリと極める。

 

「マッスルスパーク!」

 

「ガハッ!?」

 

 苦しむアレン・フローメルにユートは更なる技を仕掛けにいく。

 

 このマッスルスパーク二種類の技が一体と成る事で完成する奥義、両方を仕掛けてこそ完全なる技として完遂が成される

 

 ユートはブリッジ状態でアレンの腕を自らの腕にて、そして脚を脚で固めて首は背中というか肩から地面へと落とす。

 

 激しい炸裂音と揺れる大地。

 

「ゲホォッ!」

 

 アレン・フローメルは、吐血をして完全に沈んでしまった。

 

 辛うじて意識はある。

 

「敗け猫、お前の魔法は面白かった。折角だから貰ってやるよ」

 

「な、なにぃ?」

 

「死ね」

 

「がっ!?」

 

 心臓へ衝撃を与えて心停止させると、ユートはアレン・フローメルの魂魄を掌握してやる。

 

「念能力……“模倣の極致”」

 

 それは使い手が相手を殺して逝かせる乃至は、性的にイカせる事によってのみ行える能力。

 

 能力の内容は相手の持つ技能や魔法を模倣するか簒奪する事、但し模倣では威力や使い勝手などが一ランク下がってしまう。

 

 よって、今回は簒奪だ。

 

「“神の恩恵”絡みの魔法でも簒奪可能か、やってみるもんだね」

 

 こうして奪ってやったたからにはもうアレン・フローメルは、先程使った魔法――【グラリネーゼ・フローメル】は行使不可能となる。

 

 ドンッ! と再び衝撃を与えて心臓を動かしてやると……

 

「ガハッ!」

 

 止まっていた息の根を吹き返した。

 

「ゲホッゲホッ!」

 

「さて、お前の魔法のグラリネーゼ・フローメルは戴いた」

 

「――?」

 

「理解が及ばないか? さっきも言っただろう、お前の魔法は面白かったから貰ってやるってな。僕の特殊能力で他人のスキルや魔法を奪えるって言えばりかいが出来るか?」

 

「き、貴様!」

 

「どうせ今からお前は恩恵を喪うんだ。そうなればどっち道、魔法も消失するだけだから勿体ないだろうに」

 

「っ!?」

 

 ユートは歪んだ短剣を取り出す。

 

「コイツはとある闘いにて、僕のサーヴァントの本来の形として顕れた敵であるキャスターから奪ったもんだ」

 

「……だから何だ!」

 

「効果は刺した相手の契約を白紙にする……みたいな感じかな?」

 

「……ま、まさか!」

 

「お前に刺せば背中の恩恵がどうなるのかな? さあ、早速実験を始めようか」

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!」

 

 ブスリッ!

 

 痛みも何も無く、アレン・フローメルの肉体にスッと短剣は突き刺さるのであった。

 

 

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第51話:エイナとの約束は間違っているだろうか

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 翌朝、ユートは襲撃者を担ぎギルドを訪ねていた。

 

「エイナ」

 

「あら、ユート君」

 

 ニコニコと迎えてくれるのは、やっぱりエイナにもハーフとはいえエルフの血が入っているからか?

 

「よっと」

 

 ドサドサ!

 

「え? え?」

 

 担いでいた“それ”らを床に投げ捨てたのを見て、ソレが何人ものヒトであると気付き混乱する。

 

「この人達は?」

 

 何だか見た事があり過ぎる面々で、更に混乱をしてしまうエイナに対して……

 

「襲撃者」

 

 端的に答えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「つまり、フレイヤ・ファミリアのフローメル氏を始めとするメンバーが、行き成り夜襲を仕掛けてきた……という事?」

 

「そう。証拠が欲しいなら……津希媛(つきひめ)

 

「了解、マスター」

 

 リリカル系デバイスっぽいが、実はユートの持っている【皇家の樹】。

 

 そのマスターキーであり津希媛の意志の一部が宿るモノで、その気になったら時空間さえ越えてユートにエネルギーを与える事すら可能だが、今現在は単純にデバイスとしてのみの機能を使っている。

 

 余り表立って使う機会も無いが、必要な時にこうして活用が可能だ。

 

 映し出された映像には、第三者視点での襲撃の様子がありありと。

 

「これは……」

 

「フレイヤ・ファミリア。延いては女神フレイヤは、ウチやロキ・ファミリアに戦争を仕掛けたいのか?」

 

「そ、それは……」

 

「少なくともアレン・フローメルの独断は無い」

 

「それは何故?」

 

「アイズに言っている」

 

 同時に映し出されたのはアイズとアレンの会話。

 

『おい、警告だ【剣姫】。俺達の……あの方の邪魔をしたならば殺す! 奴らにこれ以上は関わるな!』

 

『それは……どういう?』

 

『遠征だろうが何だろうが行ってしまえってんだよ! 人形女が!』

 

『まさか、貴方達は!?』

 

 その科白は明らかに女神フレイヤが何か画策して、その邪魔だとアイズを排除しようとした意図、神意が反映されていた。

 

「女神フレイヤの狙いは、恐らくベルだ。というよりは僕も入ってるかな?」

 

「確かにフローメル氏が言っているのは複数に対し、ベル君だけでなくユート君の事も入っていそうね」

 

「僕は詳しくないんだが、フレイヤってのは他派閥の引き抜きに余念が無かったりするのか?」

 

「……えっと、気に入ったら神も地上人(こども)も、それこそ他派閥云々に関係無くという感じかしら」

 

 フレイヤのこれは随分と有名な話でもある。

 

 現在はロキ・ファミリアと並ぶ二大派閥である為、手出しなんて不可能に近い相手だから泣き寝入りするしかない。

 

 特にフレイヤ・ファミリアの現団長のオッタルは、オラリオ唯一のギルド公式LV.7である。

 

 故に【猛者(おうじゃ)】の二つ名を与えられた。

 

 これにLV.4以下では太刀打ちも叶わない。

 

 尚、フィン達は遠征前にギルドへ昇格の申請をし、ギルド公式LV.7が三人も増える事になる。

 

「一度、神フレイヤとは話をしないといけないか?」

 

 ベルを狙うフレイヤという図式、余り好ましくないのが現状だから。

 

「あの、直接会うのはやめた方が……」

 

「何で?」

 

「……それは、その」

 

 口篭るのも無理は無い、下手な言い方をしたら神を侮辱する事になる。

 

 フレイヤ大好きなファミリアの団員に知られたら、ちょっと怖いと思ってしまうエイナ。

 

「その、神フレイヤは男性に好かれる美の女神様……ですから下手に会ってしまうと……ですね……」

 

 魅了されてしまうのだ、本神にその気が無くとも。

 

 勿論、その気になっての魅了は最早呪いのレベル。

 

「まあ、美の女神なだけに美しいんだろうが……所謂ビッチなのか?」

 

「びっち?」

 

 通じなかった。

 

 どうもこの手の言葉は、地上では上手く通じない。

 

 謂わばこれは神々が好んで使う【神語】らしい。

 

「要するに……娼館のアマゾネスみたいな感じか?」

 

「……それは、間違ってもフレイヤ・ファミリアの人の前では決して言わないで下さいね?」

 

 確実にキレるから。

 

「そういや、アレン・フローメルにフレイヤの悪口っぽい事を言ったらぶちギレたっけな」

 

「既に喧嘩を売ってた?」

 

「何を仰有るウサギさん、喧嘩を売ってきたのは寧ろ連中の方だけどな」

 

「まあ、確かに」

 

 ウサギさん呼びはスルーをして、顎に手を添えながら頷くエイナ。

 

「ま、取り敢えずエイナに教えて貰いたい事がある」

 

「何かな?」

 

「フレイヤ・ファミリアの本拠地(ホーム)

 

「ま、まさか! 殴り込みに行く心算なの!?」

 

「いや、コイツらを返しにいかないと」

 

 未だにグッタリしている小人族の四人、そして茫然自失となるアレン・フローメルの合計五人を見遣る。

 

 よもやそこら辺に捨て置く訳にもいかない。

 

 強いファミリアのメンバーというだけでも愚か者は嫉妬をしたりするのだが、だけど第一級冒険者とされるLV.5以上を相手に、愚かな連中は小賢しく小心であるが故に、喧嘩なんて売ったりはしないものだ。

 

 エイナが提唱をしている『冒険者は冒険をしてはいけない』を、ある意味では実践しているとも云えた。

 

 だが履き違えてはいけないのも事実だ。

 

 只の愚かで臆病者な奴と慎重な人間は、似ている様で全くの別物であると。

 

 問題なのは力を失ったり怪我、しかも致命傷で動けないこの五人を嗤いながら殺す奴も居る筈という。

 

 ユートは、『そんな人間が居る筈が無い』と断じる程に人間性善説を信じていないのだ。

 

 だからこそ、ファミリアに返すだけはしておく。

 

 その後にどうなろうが、其処までは知った事でもないのだが……

 

 それこそアレンや四つ子の態度で、普段から嫌っている冒険者から復讐されようが、ファミリア的な理由で逆恨みにより殺されようが知った事ではないから。

 

 ユートの知らない場所で勝手に殺って欲しい。

 

「で、でも……」

 

 ちょっと赤らめた頬で、エイナは視線を揺らす。

 

「若しかしてフレイヤに会ったら魅了されて、もう戻って来ないと思ってる?」

 

「うっ!」

 

 呻きながら肩がビクッと小刻みに動いた。

 

 どうやら図星らしい。

 

「心配は要らない」

 

「けど……」

 

 随分と強力なものらしい魅了、エイナが可成り心配性なのではない限り凄まじいのだろう。

 

「心配無い無い」

 

「だけど……」

 

「そりゃ、まあ……若しもフレイヤの方が罷り間違って誘ってきたら乗るけど」

 

「乗るの!?」

 

「そっちの方が愉しめる」

 

「うう……」

 

 ユートはフレイヤを見た事など無いが、噂程度には容姿を識っていた。

 

 美しい銀髪。

 

 どんな女神より整った顔に紫水晶より輝く瞳。

 

 下品な大きさではなく、貧乳でもない黄金率とも云える美乳。

 

 輝く様な初雪にも勝るであろう白い肌。

 

 妖艶でありながらまるで少女の様な可愛らしさ。

 

 正に非の打ち所の無いだろう美神(びじん)だとか。

 

 誘われたら一夜くらいは構わないくらい、それこそ正に天界の至宝であった。

 

 とはいえ、エイナは可成り不満そうな顔でユートを見つめてくる。

 

「判ったよ。コイツら返品したら少し話すくらいするにせよ、閨事には及ばずに“エイナの所”に帰ろう」

 

「へ? え、あ……う」

 

 その意味を理解したのか顔を真っ赤にして、エイナは言葉に詰まってしまう。

 

「代わりにエイナをたっぷりと愉しませて欲しいな」

 

 長めの耳にキスが出来るくらい近付け、エイナへとソッと囁き掛けたら……

 

「うなぁぁっ!?」

 

 最早、瞬間湯沸し器も斯くやで頭から勢いよく湯気を出しながら叫んだ。

 

 ユートとエイナの出逢いから今まで、決して長い時を過ごした訳ではない、

 

 出逢いはユートの冒険者としての登録時、それから半月は遠征に出ていて会っていなかった。

 

 恋愛系アドベンチャー、謂わばギャルゲーみたいなのと同じで、好感度が上がらない選択である。

 

 基本は会う事。

 

 そして選択肢が出たなら相手が気に入る答えを。

 

 そうして好感度を上げ、最終的に恋人となる。

 

 尚、エロゲの場合の最終的はベッドインだったり。

 

 本来なら好感度が絶対に足りず、下手に誘えば寧ろフラれていただろう。

 

 其処にユートのエルフから無条件に好かれるナニかが有り、会う度に隠しパラメーター的なモノが上がっていたとしたら?

 

 それが好感度に補正されるなら、こういった条件付きでいけば割とハマる……かも知れない。

 

 その証左か? エイナの両頬は瑞々しい林檎の如く真っ赤に染まり、視線の方は一方向に定まる事を知らず右往左往と彷徨ってて、時折にユートへ視線が往く度に慌てて逸らすを幾度となく繰り返していた。

 

 ハーフエルフとはいえ、別にGATE世界のテュカみたく百歳越えではなく、今までにユートが会ってきたハーフ――ティファニアやリーフと同じく見た目と年齢が一致しており、現在は一九歳というファンタジー世界ではそろそろ微妙な御年頃だが、現代日本ならまだ大学生の小娘。

 

 そもそも仕事で私事を挟まない方で、奔放な処があった母親のアイナより真面目で仕事に一筋な性格。

 

 それでいて面倒見は良く世話好きな一面を持つ為、ギルド職員や担当をされた主に男性冒険者からの信頼は篤く、実はストーカーをされてもおかしくないくらいにモテても良い、エルフ側の血筋として容姿が整ってもいる。

 

 その癖、浮いた話が一切無い……つまりは男と交際した経験が皆無。

 

 こういう時はどんな顔してどういう反応を返すのか理解はしていても、好意を持った相手へはマニュアルなんて意味が無い様だ。

 

 最早、どうしょうもない程に狼狽えている。

 

 これが男ならシオン様の直伝――『狼狽えるな小僧共ぉぉぉっ!』が炸裂していた事だろう。

 

 エイナだからこそ優しく笑顔で見守っていた。

 

(もう一押し欲しいか?)

 

 元より好感度がまだ足りないのを、エルフに好かれるという特性に任せた科白なだけに、ちょっと一押しするべきかと思案をする。

 

 ユートはエイナの頬を優しく撫でた。

 

 勿論、普通はセクハラに過ぎない行為であろうが、ある程度の好感度は稼げているからか、何より今現在のエイナは軽く発情をした状態であり、パニクっているからか寧ろ心地好さそうに瞳を閉じた。

 

 数度程撫でてソッと顎へ手をやり、エイナの顔を軽く上向かせてやるとピクッと肩を震わせたが、目を閉じた侭で動かなくなる。

 

 そして白い喉がコクリと動き、エイナの額をシットリと汗が滲んでいた。

 

 ナニをしようとしているか明らかにに理解をして、その行為に期待した素振りなのは間違いない。

 

 今なら場は個室な訳で、気絶をしたフレイヤ・ファミリアのメンバー五人が倒れているだけ。

 

 チュッと唇を軽く、本当に触れるか触れないか程度に重ねた。

 

 ほんの刹那の触れ合い、だけど初心なエイナにとっては充分だったらしくて、ポーッと瞳を潤ませながら焦点の合わぬ視点でユートを見つめていた。

 

 普段は冷静なのだけど、突発的に過ぎて頭が付いてこなかったみたいである。

 

「家で待っててくれる?」

 

「うん、待ってるね……」

 

 言質は取ったとばかりに五人を浮かせ、ユートは扉を開いて個室を出る。

 

「あ、ミィシャ」

 

「はい?」

 

 桃髪なヒューマンにしてエイナの同僚、ミィシャ・フロットを呼び止める。

 

「フレイヤ・ファミリアの主神は何処?」

 

「はぁ? 神フレイヤでしたら摩天楼施設(バベル)の最上階に……」

 

「確か五〇階」

 

「ええ」

 

「ありがと」

 

「いえいえ。あ、エイナが何処か知りませんか?」

 

「其処に居る」

 

 ユートは先程、自分自身が出てきた扉を指差す。

 

「そうですか、ありがとうございます。エイナ〜!」

 

 頭を下げてミィシャ・フロットは個室へ。

 

「さて、行きますか」

 

 目的地はバベルの最上階たるフレイヤの居場所。

 

 尚、ミィシャが入ってきた時点でのエイナは未だに夢心地(トリップ)中だったと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「来たか」

 

 扉の前には猪人(ボアズ)の男が腕を組んで陣取り、静かに瞑目をしながら待っていた。

 

「フレイヤ・ファミリアの団長……【猛者(おうじゃ)】オッタル」

 

「アレン達はこの場で引き取ろう。貴様は黙って扉を潜れ。あの御方が貴様を待っているんでな」

 

「……判った」

 

 初めての対面に会話ではあるが、恐らくこれ以上の問答は無用なのだろうと、ユートはすぐにも理解してアレンらを置く。

 

 開かれる扉。

 

 その奥へと進んだ。

 

「初めまして、アテナの子……名前を聞かせて頂けるかしら?」

 

 知っているだろうに……とは口に出さない。

 

「初めて御目に掛かるな、神フレイヤ。マサキ・優斗という」

 

 この世界の極東に於いて名は、サンジョウノ・春姫みたいに片仮名の姓を前に漢字の名前を後ろにみたいな為、ユートも現状は極東の出身的に名乗っている。

 

「フフ、よもや私の送り込んだアレン達を斃すなんて思わなかったわ。貴方が強いのは判っていたのだけれどね」

 

「狙いはベルか?」

 

「ええ、偶然だったけれどあの子を見付けて、その魂の色に驚かされたわ」

 

「魂の……色……ねぇ」

 

 それなら理解も出来た。

 

 嘗てそれなりに長い時を暮らした地球の成れの果てな世界、ロシアに位置するヤマトという國の鎖の巫が魂を色で視ていたから。

 

(そういや、ウルゥルとサラァナは僕の魂は吸い込まれる程の暗黒、闇そのものとか評していたな)

 

 然もありなん。

 

 ユートのハルケギニアの時代、最終決戦で露見した“正体”からすれば。

 

「ベルの魂の色、無色透明って処か?」

 

「フフ、とても近いわね」

 

 まるで恋い焦がれる乙女の如く、フレイヤは頬を染めながら言う。

 

 その所作からして美しいと云えるフレイヤ、それは紛う事無き美の女神としての計算され尽くしている様に見えて、全てが天然自然の淀みの無い動き。

 

 成程、あのオッタルをも虜とするだけはある。

 

 本来であれば護衛の筈のオッタルを、然し敢えて離してみせる度量も堂々として美しい。

 

「だけど貴方も素敵よ? 貴方はベルとは真逆とも云えるわ」

 

 ピクリと眉を顰める。

 

「へぇ?」

 

「貴方は黒。それも吸い込まれそうなくらいの闇黒、まるで宙天に在る重力の檻たる天体」

 

「ブラックホール……か」

 

「あら、識っているの? 随分と博識なのね」

 

「僕の元居た世界では既に天体から天体へ、星系から星系へくらいは普通に出来る文明が有るからね」

 

「元居た世界? つまり、貴方は異世界人という事なのかしら?」

 

「そうだよ。何の為にこの世界に来たかは訊かれても『判らない』としか答え様が無いがね」

 

「……そうなの」

 

 考える仕草。

 

(そのいちいちが美麗か)

 

 パーフェクトビューティーと褒め称えるしかない。

 

「ねぇ、折角だから私の元に来なさいな」

 

「断る」

 

「あら、あっさり即答ね」

 

「サーシャの元で満足しているんでね」

 

「サーシャ? ああ、そういえばヘスティアはアテナをそう呼んでいるわね」

 

 勿論、フレイヤも理由までは知らないらしい。

 

「確かにアテナも美しい、まるで美の女神だと称されてもおかしくは無いわね。でも、三大処女神なんて呼ばれる堅物よ?」

 

 白く眩しいまでの太股をまざまざと見せ付けるかの如く、フレイヤは脚を組み直しつつ語り掛けてきた。

 

 実際に見せ付けているのであろう、男の情欲を煽る事に掛けてフレイヤは正に天災のレベル。

 

 判ってはいてもユートだって男であり、しかも性欲はひたすらに高いからか、既に半勃ちな待機状態へとシフトしている。

 

(戻ったらエイナには覚悟を決めて貰うか)

 

 アレに手を出さず帰れと云うのは可成り酷。

 

 エイナとの約束が無くばむしゃぶり付きたい程だ。

 

 尤も、それはフレイヤの肢体の見事さ故の性欲からくるモノで、それ以外では特に思う処は無いけれど。

 

「問題は無い。僕はアテナの聖闘士・双子座(ジェミニ)のユートだ。サーシャの傍こそ僕の本領」

 

 勿論ながらこの名乗り、この世界では意味も無い。

 

「どうやら貴方には私の力が及ばないのね」

 

「魅了?」

 

「ええ。使わなくても見つめるだけで大概は掛かるものなのだけどね」

 

「僕に状態異常系は効果が無いんだよ。それこそ毒や麻痺や石化や魅了みたいな有名処は……ね」

 

「石化? 有名かしら?」

 

「うん?」

 

「麻痺や毒は兎も角、石化された冒険者なんて余り聞かないわね」

 

「……バジリスクみたいなのは滅多に出ないのか?」

 

 取り敢えず、ユート自身はまだ出会っていないが。

 

 まあ、毒は可成りポピュラーな状態異常な訳だし、そいつが効かないだけでも充分に過ぎよう。

 

「そろそろ御暇をするよ。人を待たせていてね」

 

「あら、女の子かしら?」

 

「……まぁね」

 

「ウフフ、妬いちゃうわ。貴方が私よりの事より優先する相手なんてね」

 

 コロコロと鈴の音みたいな声で笑うフレイヤ。

 

「僕は女の子に対して誠実ではないけど、だからこそ約束は破らない主義だよ」

 

 彼方此方にセ○クス可能なまでに堕とした女の子を侍らせ、一夫一妻が基本的な相手なら面白くは無いであろう。

 

 この迷宮都市オラリオ、来てから半年すら経たない今現在でさえ、娼婦である春姫を含めて複数人が存在している程だ。

 

 云ってみれば、エイナはソコに混ざる訳である。

 

 尚、ティオナは種族的な意味で普通に気にしない。

 

 というよりアマゾネス、気に入れば女が居ようとも無関係に迫る。

 

 ティオネみたいに嫉妬をするのが珍しい筈だ。

 

「良いわ、御行きなさい。機会が有ればまたこうして会いましょう」

 

「ああ、機会が有ればね」

 

 ユートはクルリと踵を返して、フレイヤの居る部屋をパタパタと手を振りながら辞する。

 

「反応はしていたわよね、自信を無くすわ」

 

 肉体の性欲に抗ってまで此処を去る、男神でさえも魅了をするフレイヤにヒトが出来たのである。

 

「フフ、あの子とは違った意味で面白いわ」

 

 取り敢えず、フレイヤは火照った肢体をどう鎮めようかと、部屋へ戻ってくるオッタルを見つめながらも悩んだものだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 もう深夜。

 

 相当に遅い時間ではあるけど、エイナ・チュールは家の前で佇んでいる。

 

「遅いな……」

 

 待ち人来たらず。

 

 待ち人に自宅を教えてあるからには、何処に居るか迷って遅くなる筈は無い。

 

 フレイヤの所から帰ってきたら直接、エイナ宅に来るだろうから夕飯だって作っているのだ。

 

 もうすっかり冷めたが、また温めれば良いだけ。

 

 冬ではないが夜中の街は決して暖かくはない訳で、エイナの身体はもうすっかり冷えている。

 

「御嬢さん、こんな夜更けに身体は冷えませんか?」

 

「! なら、貴方が私を温めて下さい!」

 

「喜んで」

 

 よく知る声でのナンパ、エイナはゴシゴシと浮かぶナニかを拭い、振り返りながら冗談で返すとにこやかな待ち人が手を差し出す。

 

 エイナはその手に自分の手で握り返し、待ち人たるユートの胸に飛び込んで往くのであったと云う。

 

 勿論だが、夕飯もエイナもユートは美味しく『戴きます』をしました。

 

 

.




 フレイヤの色に中られて頑張った結果、一日跨いで朝帰りをしました。

 エイナは休日でしたよ?




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第52話:白兎の危機は間違ってるだろうか

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 ロキ・ファミリアによる遠征の当日、ユートは集合場所である白亜の塔の下へ既に来ていた。

 

 ロキ・ファミリアの面子は未だに(まば)らだし、取り敢えずは知り合いとの会話に勤しむ。

 

「早いな、レフィーヤ」

 

「お早う御座います」

 

「お早う」

 

 いつもの冒険者スタイルなレフィーヤは、頭に銀色に輝くバレッタを身に着けており、手には長い魔法杖を持っている。

 

「早く来ればユートさんと話せるかと思いまして」

 

「何か話しでも?」

 

「フィルヴィスさんを御存知ですよね」

 

「【白巫女(マイナデス)】の二つ名を持つLV.4。所謂、第二級冒険者だね。戦闘スタイルは魔法剣士、腰に佩く細剣を揮いながらも短文詠唱の魔法を扱う。ディオニュソス・ファミリアの団長でもあるな」

 

「はい。そのフィルヴィスさんに先日、並行詠唱を習いまして。何とかモノに出来ましたよ!」

 

 胸を張る様に言ってくるレフィーヤ、そんな彼女の頭を撫でながら優しい口調で誉めてやる。

 

「よく頑張ったね」

 

「はい!」

 

 普通は見も知らぬ異性から頭を撫でられたら嫌悪感しか沸かないであろうし、況んやエルフがそんな事をされたら刺されてもおかしくない話。

 

 レフィーヤはエルフ特有のそれが薄い上、ユートに対して好意らしきものを懐くが故に、まるでアイズにされたみたいに頬を朱に染めながら目を細めていた。

 

 若しアイズが……

 

『レフィーヤ、スゴいね』

 

 とか言いながら微笑みを浮かべ、レフィーヤの頭を撫でたら興奮で有頂天になっていたのは間違いない。

 

 現に今のレフィーヤは、『はにゃ〜ん』となって嬉しそうにしている。

 

 何処の桜ちゃん?

 

「やあ、ユート」

 

「フィンか。荷物は纏めて置いてくれるかな?」

 

「了解したよ。あ、これはウチからの荷物のリスト。きちんと調べてあるから、これを参照して欲しい」

 

 こういう時に荷物の中身の食い違いが、時に厄介な擦れ違いを引き起こす。

 

 ユートは纏められた荷物をストレージ、【ロキ・ファミリア】とフォルダ分けをした部分に仕舞い込み、中身のリストと実際に仕舞った荷物を調べていく。

 

「間違いない様だね」

 

 リストと実際の荷物には差違も無く、仕舞った荷物は基本的にユートが持ち運んで行き、必要に応じて出す事になるだろう。

 

 まあ、基本的には食糧と水とキャンプ用品。

 

 ダンジョンに入ってからは魔石やドロップアイテムも預かり、自分が斃して獲た物以外はロキ・ファミリア・フォルダへと格納していく事になる。

 

「では、出発しよう!」

 

 団長のフィンから受けた檄に応え、ロキ・ファミリアが出発を開始する。

 

 何があるのか?

 

 何が起きるのか?

 

 ロキが、ウラノス達が、フレイヤが注視をする中での遠征が始まった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「雷神の剣は誰が持つ?」

 

「私ですよ」

 

 エルフのアリシアが手にした雷神の剣を見せる。

 

「クロッゾの魔剣をエルフは嫌うと聞いたんだが?」

 

「これはクロッゾの魔剣とは別物でしょう?」

 

「まぁね。魔剣の全てを嫌う訳じゃないのか」

 

「魔剣に思う処は実際にありますよ。だけど言ってる場合でもありませんから。何より、リヴェリア様から見せられたあの威力と耐久はダンジョン遠征に役立ちますからね」

 

「成程、ベギラゴンの威力を見たのか」

 

 正確にはベギラゴン並の熱量を噴き出す剣であり、本当にベギラゴンを放っている訳ではない。

 

「他にもああいう魔剣とか持っているの?」

 

「有るっちゃ有るね」

 

「そうなんだ……」

 

 やはり気になるらしい。

 

「例えば【吹雪の剣】なら名前の通り、吹雪を起こして攻撃が出来るな」

 

 精々がヒャダルコ級でしかないが、MP消費無しと考えれば良いのだろう。

 

 ゲームでは手に入るのが終盤、高がヒャダルコでしかないとはいえ剣として考えれば威力もある。

 

「この【王者の剣】なら、凄まじい鎌鼬を伴った竜巻が十字状に動いて、敵を切り刻んでくれるな」

 

 つまりはバギクロス。

 

「これらも壊れない魔剣というの?」

 

「壊れないな。少なくとも魔法の力を解放したくらいで自壊したりはしない」

 

 この世界の魔剣とカテゴライズされるモノは基本、何度か使っていけば自壊をしてしまう。

 

 それは量産品だろうが、ヴェルフ・クロッゾが鍛つ【クロッゾの魔剣】だろうが変わりない。

 

 ユートがリヴェリアに売った【雷神の剣】にせよ、【吹雪の剣】や【王者の剣】にしても全てがDQ由来の物ばかりで、この世界の魔剣とは別格である。

 

 そもそも、明らかに武器として使えなさそうな剣、この形の意味が不明だ。

 

 少なくとも彼らは魔剣を剣として使わない。

 

 まあ、普通に使って壊れたら大事だからだろうか、魔剣というのはバカみたいに高いのだし。

 

「はぁぁっ!」

 

 斬っ、斬っ!

 

 ブルーパピリオを斬り、その羽根がアイテムストレージへと格納される。

 

「何で稀少(レア)なブルー・パピリオがこんなに?」

 

「ひょっとしたら翅とか手に入ってるの?」

 

 ボヤくティオネとは別にティオナが訊いてきた。

 

「ああ、今までに出てきた全部のブルー・パピリオが落としていたからね」

 

「うわぁ、それって希少なブルー・パピリオの中でも更に稀少なドロップだよ。割と高値で売れるんじゃないかな?」

 

「そうだな」

 

 そもそもブルー・パピリオとは、【稀少種】に数えられるモンスターであり、他の【稀少種】よりは遭遇し易いのだが、やはり普通に探索をして見付けるのはちょっと面倒臭い。

 

 青い透き通った四枚翅、淡く輝く鱗粉を撒きながら飛翔する様は、冒険者達が思わず動きを止めて見惚れる程だとか。

 

 当然ながら簡単に出逢えないモンスターで、時たま落とすドロップアイテムはそれなりに高価で取り引きをされていた。

 

 美しさからだけでなく、あの翅から零れる青い鱗粉には、モンスターの傷口を治療する作用があるのだ。

 

 つまり回復薬を作る素材となる訳である。

 

 一枚で約二〇〇〇ヴァリスくらいだろうか?

 

 ユートのアイテムストレージ内には、既に遭遇をしたブルー・パピリオの翅が斃した数だけ格納された。

 

 ブラッドサウルスの卵とブルー・パピリオの翅で、ナァーザは【調合】という発展アビリティを駆使して二属性回復薬を造る。

 

 但し、ダンジョン三〇層で遭遇するブラッドサウルスは卵なんて産まないし、ドロップアイテムにも当たり前だが存在しない。

 

 そも、ドロップアイテムとはモンスターの躰の一部でも特に発達した部位が、魔石を失っても灰に還らず残った物を指す。

 

 卵を産まないモンスターが卵をドロップする筈もなくて、ならばどうするかと云えばセオロの密林に棲み着いたブラッドサウルスから奪って来るのだ。

 

 地上とダンジョンという二つが可能性を拡げた。

 

 遠征前に、ナァーザから二属性回復薬(デュアルポーション)の素材として、採って来て欲しいと閨にて御強請りされていたから、ユートとしては売る心算なんて更々無い。

 

「にしても、何でブルー・パピリオばっかり出て、しかも軒並みユートへ向かうのかしら?」

 

 ティオネは合点がいかないらしく、先程からブルー・パピリオを斃していたのがユートのみで、その理由がユートに連中が突っ込んで逝くからだった。

 

(多分、僕がブルー・パピリオの翅を欲したからだ。まあ、ナァーザの普段見る表情とは全然別物なアレを魅せられたらなぁ)

 

 やる気満々ともなろう。

 

 先ずは閨だからヤってる最中で、感じて瞳を潤ませながら頬を真っ赤に染め、上目遣いで強請ってくる。

 

 いつものナァーザを識るが故に、凄まじい破壊力に満ちた御強請りだった。

 

 勿論、たっぷりと性欲の解消をさせて貰った上で、御強請りもきちんと聞いてやったのだと云う。

 

「雰囲気がおかしいな」

 

「雰囲気って?」

 

 ユートはその空間に限るにせよ、可成り高い精度の探知を可能としている。

 

 大気さえ有るならばそれが出来る能力、風の精霊王と契約した【契約者】の力を持つが故に。

 

「四人……か?」

 

「え? あ、誰か来る」

 

 言われてアイズも気付いたらしい。

 

「冒険者だろうな。モンスターに追われている訳じゃないから【怪物進呈】とかにはならないが、随分と慌てているな……」

 

 そして確かに現れたのは冒険者な風体な四人の男。

 

「げぇっ! ア、【大切断(アマゾン)】ッ!?」

 

 

 

「ティオナ・ヒリュテだとぉぉぉっ!?」

 

 

 

「ていうかロキ・ファミリア!? え……遠征か?」

 

 所謂、下級冒険者というやつだろうか? LV.1なのが丸判りなのはこんな上層で、あんなに慌てているのが何よりの証だから。

 

 ロキ・ファミリアの中でも第一級冒険者が何人も揃っているのに気が付くと、まるで関羽に遭遇した雑魚の如くリアクション。

 

「ね〜、どったの〜?」

 

「やめなさいよティオナ、知っての通りダンジョン内では、他所のパーティには基本的に不干渉なのよ」

 

 ティオネは双子の妹を咎めたが、傍に居たベートは『そんなの関係ねーっ!』とばかりに彼らを遠慮無く問い詰める。

 

「で、お前らはいったい何をしてんだ? ひょっとして御仲間を置き去りにでもしてきたのか?」

 

 その物言いにイラッとした彼らは表情を顰めたが、すぐにも恐怖を湛えた顔で叫んだ。

 

「ミ、ミノタウロスだ! あの牛の化け物がこの上層に彷徨いてたんだよっ!」

 ミノタウロスといえば、前の遠征で大量に遭遇していたロキ・ファミリアだったけど、何故か恐れ慄いて上層へと逃げ出した。

 

 あの時はベル・クラネルが襲われていたが……

 

「白髪のガキが襲われてるのを見て、俺たちは必死に逃げてきたんだよ!」

 

 またぞろベルが襲われていたらしい。

 

「そのミノタウロスを見たのは何処ですか? 冒険者が襲われていた階層は?」

「きゅ、九階層だ!」

 

 アイズは彼の答えを聞いた瞬間、遠征なんて放り投げて飛び出して行く。

 

「ちょ、アイズ!? 遠征の真っ最中に何を!」

 

 ティオネが止めようと叫ぶが止まらない。

 

「チッ、拙いな」

 

「どういう事?」

 

「確かに今日、ベルは来ていた筈だったんだがな……ぶっちゃけパーティの都合が付かなくて、リリと二人だけで上層を攻めていた」

 

 普段は組んでいる鍛冶師のヴェルフ、現在は珍しく仕事が有ったから来ない。

 

 その仕事とはベルの鎧、【兎鎧Mk-Ⅲ】の作製だ。

 

 【兎鎧改式】から新たに造った【兎鎧Mk-Ⅱ】が、改修不可能なレベルで壊れたのを機に、新しい素材を試すべく製作に没頭中。

 

 パルゥムの魔導師であるメリルは、古巣にちょっとした帰省をしていた。

 

 残していた荷物を取りに行く為に……だ。

 

 ラブレスは既にメンバーから外れていたし、ユートとの閨事で疲れ果てていたナァーザは動けない。

 

 初めてを奪われて以来、それとなくヤっている訳だけど、あの耳と尻尾をモフるとユートの分身が信じられないくらいに天元突破、結果として毎回毎回の事でナァーザが気絶をするまで解放されない。

 

 閨でのナァーザが可愛い過ぎたのがいけなかった。

 

 だからリリしか動かせる仲間が居なかったのだ。

 

 尚、萌衣奴(ミッテルト)は戦闘関連に一切合切出してなかったり。

 

「フィン、悪いがちょっと抜けさせて貰う」

 

「仕方がないな。これで君の仲間に何かあったら流石に後味が悪いしね」

 

 答えを聞くなりユートは駆け出した。

 

「うわ、疾い!」

 

「僕らも行こうか」

 

「え? 良いのかな?」

 

「団長?」

 

 フィンの判断にティオナとティオネが驚く。

 

「気になるだろ?」

 

「それは……」

 

「確かに」

 

 ユートが気に掛けているだけでもそうだが、アイズが矢も盾も堪らず駆け出したのが何より気になる。

 

 それはフィンばかりではなく、ベートやリヴェリアも同様だったらしい。

 

 その場をラウルに任せて皆が走って行く。

 

 その場の第一級冒険者が全員が行ってしまっては、ラウルとしてもこの場にて待機を余儀無くされた。

 

「どうしてこうなったっス……」

 

 誰も答え様が無いボヤきだったと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「何? これは……」

 

 第九階層に着いた途端、大気の繋がりからオッタルの気配を感じ取る。

 

「どうしてオッタルがこんな低層帯に居る?」

 

 オッタルは公式には未だだが、僅か四人しか存在しないLV.7の冒険者。

 

 しかも成り立てで身体の齟齬すら取れてない三人、フィンとリヴェリアとガレスとは違い、何年も今現在のLV.で動いてきた。

 

 そんなオッタルが九階層で今更?

 

「っ! そういう事か」

 

 閃きみたいなものだが、ユートは気が付いた。

 

「フレイヤはベルを気に入っている感じだ。アイズがベルに構うのが苛ついたから眷属に襲わせた訳だし。オッタルはベルを成長させる為に動いている?」

 

 だとするなら九階層へ、まるでベルを狙ったみたいにミノタウロスが現れたのも理解が出来る。

 

 否、“狙ったみたい”にではなく正しく“狙った”のだろう。

 

 ベルにとりミノタウロスとは特別なモンスターで、初めてダンジョンで死の瀬戸際にまで追い詰められ、最大限の恐怖……今でさえ消えないトラウマを懐かせた対象にして、アイズ・ヴァレンシュタインとの出会いをプロデュースしてくれた存在でもある。

 

 経験値(エクセリア)というのがユートの考え通り、ストレスを元にして計られるのだとしたら、あれとの闘争こそ最大限のストレスとなる筈だ。

 

(そういう意味では、ベルがミノタウロスと戦うってのも悪くはない……な)

 

 

 勝てれば今のベルなら、間違いなくランクアップをするだろうし、あれを乗り越えるには丁度良い相手となるから。

 

(寧ろ、オッタルの狙いは其処にあるんだろうな)

 

 ストレス云々をオッタルが考えたとも思えないし、消えない恐怖とトラウマを解消させるのが目的。

 

「となると、下手に助けるよりは戦わせるか?」

 

 オッタルが態々、こんな場所に留まる理由は此方の足止めだろう。

 

 事実……アイズの気配がオッタルと重なると同時にストップ、闘氣と魔力を漲切らせていた。

 

「やはり足止め……か」

 

 そう言いながらユートもオッタルの許へ。

 

 そして辿り着いた場所、其処には互いに剣を構えたアイズとオッタル。

 

「……ユート」

 

「ぬ、貴様か」

 

 遂、先日に会ったばかりの猪人(ボアズ)がジロリとユートを睨む。

 

「やぁ、先日振りだな? 【猛者】オッタル」

 

「何をしに来た? とは訊くまでも無いか」

 

「いやいや、存外とあるかもよ? 例えば……」

 

 スラリと【王者の剣】を腰から抜剣。

 

「戦うってのはどうだ?」

 

「ほう?」

 

 とはいえ、ユートの武器が【王者の剣】では流石にオッタルは勝てまい。

 

 エリュシデータやダークリパルサーより高い攻撃力を持ち、この世界で魔剣と呼ばれる能力で真空斬を放てる高性能、しかも材質はこの世界のオリハルコンとは別物な神代の金属である【神鍛鋼(オリハルコン)】を鍛えた代物。

 

 此方の場合は魔力の通りが良くて硬いだけの物で、とても【神の金属】を名乗れなかった。

 

 オッタルの大剣は切れ味が良い様には見えないし、重さで叩き潰す為の鈍器的な扱いなのかも知れない。

 

 材質的にも鋼鉄よりマシな程度だろう。

 

「アイズはベルの許へ」

 

「それはやらせん!」

 

「行くだけだ」

 

「っ!?」

 

 オッタルが驚愕に目を見開いてしまう。

 

「ユート?」

 

 勿論、アイズもだ。

 

「万が一、ベルがどうしても現状を覆せなかったら仕方がない。フレイヤには悪いが助けてやってくれないかな? だけど自身の脚で立ち上がる限りは手出しをしないでくれ」

 

「ど、どうして!?」

 

「ベルはもう、『アイズ・ヴァレンシュタインに助けられる訳にはいかない』からだよ」

 

「私……に?」

 

 ベルは最初の出会いからして命を助けられており、ベート・ローガに謗られて初めて気付いた。

 

 何も出来ない自分では、憧れた人間の隣に立つ資格処か、追い掛ける資格すら持ち得ないのだと。

 

 だからユートの修業を受け容れたし、辛くとも頑張ってやってきたのだ。

 

「此処が分水嶺だろうね」

 

 ユートはオッタルの気配をこの第九層で感じた際、その目的に関して考察をしてみた。

 

 フレイヤがベルを気に入っている点、ベルがボロ敗けしたミノタウロスの出現という唐突且つ、必然性の無さと因縁などを鑑みれば『だいたい判った』と言える訳である。

 

 オッタルの目的は因縁のミノタウロスを焚き付け、それを斃させる事で小さな影を払う事だと気付けた。

 

 ベルの中の小さな影を。

 

 

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第53話:白兎の死闘を観察するのは間違っているだろうか

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 あっさりとオッタルの剣は斬り落とされた。

 

「……大した剣ではなかったが、こうも簡単に斬られてしまうとはな」

 

「【王者の剣】は神の金属――【神鍛鋼(オリハルコン)】製だからね」

 

「オリハルコンが神の金属……だと?」

 

「ダンジョンで排出される程度、オリハルコンなんて呼べないよ。大方、普通より硬くて見た事が無かったからオリハルコンだアダマンタイトだと名付けたって感じゃないかな?」

 

「それにしても【王者の剣】とは大それた銘だ」

 

「【猛者(おうじゃ)】に言われても……ねっ!」

 

「違いないっ!」

 

 ユートは剣を佩いた鞘に納め、オッタルとは同時に前へと駆け出した。

 

 ステゴロに切り換える、ユートは別にオッタルを殺したい訳ではなく、単純に今まで唯一だったLV.7の実力を視たいだけ。

 

 フィン達も確かに今ならLV.7だが、成り立てで数値も低いから余り勉強にはならない。

 

 何よりユートがLV.7に昇格後、相手をしたのも肉体との擦り合わせの為。

 

 LV.が上がると数値はI0に戻るけど、今までの数値もちゃんと残る。

 

 それは新たな皮を張り合わせた感じで、つまり例えば力:S999だった場合ならば、昇格後も999の数値は0の下に在る。

 

 しかも肉体的な擦り合わせが必要なくらい、昇格をした後は数値に出ていない能力値が上がってしまう。

 

 ランクアップしただけで能力は飛躍的に上がる為、今までと同じ動きでは遅れが出てしまうのだ。

 

 フィン達も擦り合わせをしており、序でに幾らかの経験値も獲得していた。

 

 オッタルは今まで何年間をLV.7で過ごしたのか判らないが、もうそこら辺の深層域では碌に数値が上がらないくらい高い筈。

 

 ガレス・ランドロックは巨大船を担ぎ上げた逸話を持つが、オッタルだったら同じ事が出来るのではないかと思えるパワフルだし、かと云えばスピードも相当なものだ。

 

「貴様、モンスターよりも寧ろ対人戦に慣れてるな」

 

「【神の恩恵】を受けた者を【神の闘士】としたら、僕は異世界でそんな闘士を散々っぱら殺したからな」

 

 海闘士も冥闘士も天闘士も剣闘士も、況んや聖闘士でさえ必要ならば殺した。

 

 暗黒聖闘士も青銅聖闘士も白銀聖闘士も黄金聖闘士も殺したし、鋼鉄聖闘士と聖闘少女(セインティア)くらいではなかろうか? 聖闘士で殺した事が無いのは。

 

 鋼鉄聖闘士はそもそもがユートの創った組織だし、聖闘少女は斃すより抱きたいといえる美少女ばかり。

 

 まあ、聖闘少女は純潔も求められるからヤっちゃうとアウトだけど。

 

 だけど何人かヤっちゃったから補充がががが!

 

 ちゃんと補充はしたよ?

 

 何故かユーキの【世界扉】でロアと呼ばれる異世界に落とされ、その世界にて最初に出逢ったアップルナイツのココノとか、お姫様のティアナとかをスカウトしたし、地上に戻った後も私立国際教導学院の女生徒などをスカウトした。

 

 まあ、数年後に出逢った少女達は鋼鉄聖闘士に成って貰ったが……

 

 尚、女王様は娘が覗き見している中で美味しく戴きました。

 

 ユートの聖闘士としての来歴も長く、一九九〇年のアスガルド戦から正式参戦をして、海皇戦や冥王戦も普通に参加をしているし、黄金聖闘士がティターンと闘った時期にも参戦する。

 また、過去へとアテナが干渉する際にも付いていっており、時の神のクロノスによる干渉によりLC世界とND世界、両方の闘いに臨む事となってしまった。

 

 因みに、LC世界に於いてユートはアルバフィカと接触しており、聖戦の間は彼に代わり魚座(ピスケス)の黄金聖闘士として参戦、聖戦後は暫く双子座として聖域へと残留している。

 

 また、過去の闘いも終わったら次の聖戦が地上暦の一九九九年に勃発。

 

 火星の戦神マルスと彼が擁する火星士と闘う。

 

 この聖戦にはまだ幼かったユートも麒麟星座として参戦し、最終的に裏切りの魔女メディアと上級火星士(ハイマーシアン)・コーカサスのアムールを仕留め、原典での彼是は無くなる。

 

 更に一三年後に邪神大戦が勃発し、その一年後にはパラスやサターンが現れたのを相手取った。

 

 また、パラレルワールド的な闘いにも身を投じて、剣闘士や遺失聖域とも闘っている。

 

 希望の勇者を喪失してしまった世界と、未だ喪われていない世界の闘い。

 

 それから二百数十年間、教皇を途中で紫龍と交代をしたユートは、次代聖闘士の育成と次代アテナの生誕に関わって後、新世代たる双子座に教皇の地位を譲って再誕世界を出た。

 

 この際、アテナの許可で自分の造った双子座の聖衣と元の双子座の聖衣を交換しており、他の世界で使っていたりする。

 

 それだけの功績を残していたからだ。

 

 教皇として二百数十年間も地上を守護し、聖衣に関しても青銅も白銀も幾つか予備を造ってある。

 

 雑兵制の見直しと伴い、鋼鉄聖闘士を制式化。

 

 鋼鉄聖衣の量産体制も、グラード財団で確保した。

 

 何より次代のアテナは、ユートを父と慕っていたから問題も無い。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「はぁぁっ!」

 

「ぬぅぅ!」

 

 ユートはオッタルを昇格させる心算も無いからか、フィン達を相手にしたみたいな圧倒的な闘い方はしておらず、飽く迄もオッタルに合わせて闘っていた。

 

「ペガサス流星拳!」

 

「ぐううっ!?」

 

 マッハ1程度の拳なぞ、オッタルは普通に見切る。

 

 とはいえアトランダムな拳は見切るに難く、何発かの拳はオッタルの身体へとヒットしている。

 

 因みに云うと小宇宙など使用はしていない。

 

 マッハ1なんて今更ながら簡単に出せる速度。

 

 小宇宙が在れば普通にも出せるか、ユートなら既に白銀聖闘士処か雷速くらいなら魔法で平然と出せた。

 

 ネギみたいな無茶な変身も要らない。

 

 【雷神之槌(ミョルニル)】という特殊魔法であり、効果は攻撃力増強と雷速化というもの。

 

 それにスレイヤーズ魔法みたく、詠唱中の魔力余波がバリア代わりになる様な感じで、身体中をバリバリと覆う雷が鎧代わりになって防御力も上がる。

 

 物理的にも魔法的にも。

 

 元々は【闇の魔法(マギア・エレベア)】の代わりにと、ネギに提案した魔法ではあったのだが……

 

 つまり開発して千年越えの古い魔法だ。

 

 そして、音速や超音速や極超音速くらいは魔法無しでもやれた。

 

 それは【神の恩恵】を持つ第一級冒険者でも可能。

 

 とはいえ……

 

「オッタル、名残惜しいがベルが気になるから仕舞いにさせて貰う」

 

「逃がしはせん! アレンをやった貴様の実力を見せて貰わねばな!」

 

 アレンはLV.6。

 

 しかも小人族の四つ子、彼らはLV.5だが四人が揃えばLV.6級。

 

 それを倒せたLV.2、ユートの実力を計りたくなったのだろう。

 

「いいや、仕舞いだよ……【刻の支配者(ハイパークロックアップ)】!」

 

 ポンと何も無い右側の腰を叩いた瞬間……

 

《HYPER CLOCK UP》

 

 少女の聲が響いた。

 

「なにぃ!?」

 

 その刹那、ユートの姿が掻き消えたかと思ったら、オッタルは空高く跳ね飛ばされてしまう。

 

「ぐうっ!?」

 

 見えないが明らかに攻撃の意志を持っての行為で、ユートの仕業なのは丸判りなものだ。

 

 当人はブリッジをしながらオッタルを徐々に上へ、押し上げる様に高い天井の近くまで上げる。

 

《HYPER CLOCK OVER》

 

 再び少女の聲。

 

 阿澄佳奈に似ています、そう云えば解るだろうか?

 

 行き成り出現したユートがオッタルを極めに往く。

 

 右脚を膝の裏側から首に引っ掛け、左腕はオッタルの左手首を握り、左肩へと股間を乗せて左脚は左の膝の裏から極めて、右手首を右手で握った形に。

 

「グハッ!?」

 

 更にブリッジ状態から、相手の両足首を膝裏の間接で挟み込み、両腕は両手で握り締めて背中合わせに。

 

「マッスルスパーク!」

 

 マッスルスパーク天と、マッスルスパーク地。

 

 どちらかだけでも充分な必殺技を合わせ技にして、オッタルを首から頭を叩き付ける形で地面に落とす。

 

 キン肉王族三大ホールドとされる必殺技の一つで、嘗ては完璧超人弐式であるシルバーマンの【アロガント・スパーク】をマイルドにしたもの。

 

 キン肉マンが完成させた『究極の峰打ち技』だ。

 

「ぐ……」

 

 赤毛の女に使った方が、【アロガント・スパーク】であり、殺意を振り撒いて行使をしている。

 

『聖闘士に一度視た技は、二度と通用しない』

 

 ユートの場合少し違う。

 

『ユートは一度視た技なら模倣が可能』

 

 勿論、模倣は模倣。

 

 然しながら練習を重ねればオリジナルにも届く。

 

 ユートはこの三大奥義を視た限りで修得していた。

 

「行こうか、フィン」

 

「気付いてたのかい?」

 

「まぁね」

 

「人が悪いな」

 

 ユートはフィン達も引き連れて走る。

 

「処で、あの消えたのは何だったのかな?」

 

「僕の能力。恩恵云々とは無関係に修得って言うか、簒奪したもんだよ」

 

「簒奪?」

 

「カンピオーネ。僕の本来の住む地の一部国家で使われる言葉で『王者』と意味で使われている」

 

「【猛者】?」

 

「今、オッタルの二つ名を考えたろ? 違うからな。神を弑逆し神の権能を簒奪する存在だよ」

 

「神……を?」

 

「オラリオじゃあ、罪深い行為に思うだろうけどね。その世界では謂わば自然災害が人型を取ったみたいな存在でさ、殺しでもしない限りはガタガタと震えているしか無い。実際に行える人間は少なくて、豊作世代でも八人程度だったよ」

 

 豊作世代。

 

 【剣の王】サルバトーレ・ドニ。

 

 【狼王】サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 

 【夫人】アイーシャ。

 

 【武王】羅濠翠蓮

 

 【冥王】ジョン・プルートー・スミス。

 

 【黒王子】アレクサンド・ガスコイン。

 

 【女殺し】草薙護堂。

 

 【双子座】緒方優斗。

 

 護堂の二つ名は味方から付けられたモノで、ユートのそれは自らを『双子座の黄金聖闘士』と名乗った事によるモノ。

 

 【夫人】とされているがアイーシャは独身だけど、ユートと出逢っている……後は解るな(非処女)

 

 【冥王】はユートも名乗りたい処だった。

 

 【武王】は【武林の至尊】が長いからと、ユートが付けたら殊の外喜ばれた。

 

 【狼王】はユートが殺害しており、彼が持てるその権能は念能力――【模倣の極致(コピー&スティール)】によってユートが簒奪をしている。

 

 【剣の王】は面倒臭かったから仮死状態になったのを良い事に、【模倣の極致(コピー&スティール)】で【斬り裂く銀の腕】を簒奪してやり、氷結凍櫃に封じ込めてからマリアナ海溝へとダイブさせてやった。

 

 【黒王子】とは存外仲良くやれている。

 

「……」

 

 フィン達は考え込む。

 

 ユートが異邦人であり、異世界から来たのは聞いていた事だし、世界が違えば理も変わると言われた。

 

「あの能力【刻の支配者】ってのは、【這い寄る混沌】の神氣を喰らって得た。尤も、神氣が駄々漏れなのはダメらしくて今は魔力で扱える様になってるよ」

 

 【神の恩恵】によって、神氣ではなく魔力で扱える謂わば魔法の一種な訳だ。

 

「成程……」

 

「というか、ベートがベルを謗った日にも使っているんだけど……ね」

 

「ああ、そういえば!」

 

 【刻の支配者】は原典に【仮面ライダーカブト】を持つが、簒奪した相手神は這い寄る混沌ナイアルラトホテップというハワード・フィリップス・ラヴクラフト系の邪神である。

 

 元々は無名な作家に過ぎなかったけど、彼の死後に友人達が作品を出版をして名前が挙がる様になった。

 

 怪奇幻想小説の先駆者(パイオニア)の一人。

 

 ナイアルラトホテップはそんな小説に登場している邪神で、炎神クトゥグアとは非常に仲が悪い。

 

 その所為か? ユートが会ったクトゥグアの力は、やはりユートが出会っていたナイアルラトホテップの力を減衰、無力化まで出来なかったがユートを侵した【邪神の種】を抑えた。

 

 ユートに関わるナイアルラトホテップはニャル子、銀髪アホ気な美少女風という容姿で、這い寄る混沌でさえなければ好みである。

 

 クトゥグアはクー子で、時空放浪期を終えたユートは決戦時の約束通り、彼女との初夜を迎えていたり。

 

 ユートが彼女から権能を簒奪したのは、邪神大戦の後の事だったりする。

 

 二度の邪神大戦。

 

 最初はハルケギニア時代の最終決戦、次は地球での地上暦二〇一二年に勃発をしたものだ。

 

 本来の歴史ではマルスの復活、アテナの誘拐、光牙がペガサスを継いだという【聖闘士星矢Ω】の闘いであったが、マルスが最初の一九九九年で斃されてしまった上、利用していた筈の魔女メディアも弟と死亡。

 

 落とそうとした隕石も、聖闘士により破壊される。

 

 ニャル子はその歴史を埋める為に動いたらしいが、その決戦時にユートは彼女に押し倒され、逆レ○プをされる憂き目に遭った。

 

 とはいえされるが侭とか癪に障り、逆に押し倒して自分のペースでニャル子をイカせてやる。

 

 その際、【模倣の極致】でニャル子の【時間操作】スキルを模写、【時間の支配者(クロノ・クロック)】を手に入れた。

 

 【刻の支配者】は其処から派生した権能である。

 

「見えた!」

 

 それは戦いだった。

 

 黒いナイフを手にして、白い胴鎧を纏っていた筈の白髪で紅瞳(ルベライト)な少年冒険者、ベル・クラネルが初めて行う冒険。

 

「ミノタウロス……こいつはちょっとした冒険だな」

 

「LV.1な彼にとって、ちょっとしたじゃ済まないと思うんだけど……」

 

 フィンは呆れる。

 

「リリ!」

 

「ユ、ユート様……済みません。注意されていたのに結局はこうなりました」

 

「そこは良い。怪我をしているな……ベホマ」

 

 緑色の光がリリの全身を包み、脚に負っていた怪我も完治をした。

 

「傷は治した。とはいえ、失った血やスタミナまでは戻らないけどな」

 

「充分です」

 

「あのミノタウロスは!」

 

「どうされましたか?」

 

「あの時、ベルを襲っていた個体じゃないか!」

 

「は? え、それって確か【剣姫】様に細切れにされたミノタウロスでは?」

 

「ああ。魂の色が同じだ」

 

「魂の色って……」

 

 言っている事がフレイヤと同じだが、ユートのこれは彼の女神とは無関係。

 

 転生前に行った終末世界の大国で、ちょっと大会に出て優勝をした副賞として白い肌と褐色の肌の双子の姉妹を貰い、彼女らと肌を重ねた際に【模倣の極致】で模写した能力だ。

 

 劣化コピーだから二人に比べて視辛いが、それでもあのミノタウロスがベルを前に襲った個体と同じ魂であると解る。

 

(あのミノタウロスは間違いなくアイズが殺ってる。そもそも角を遺して灰化しているし、魔石も回収済みなんだから生きている筈が無い。考えられるのは……ダンジョンがモンスターの魂を回収、再びモンスターとして“転生”させた? まさか【異端者(ゼノス)】っていうのは!」

 

 魂は輪廻する。

 

 ユートみたいなタイプとは違うが、生まれてから死ぬ【死と新生】の繰り返しをして、魂の位階を上げていくのが生けとし生ける者の宿命だ。

 

 それがダンジョン産たるモンスターにも適用されるなら、【異端者】というのは何度も生まれては死ぬのを繰り返し、魂の位階を上げる事でヒトに近い知性を手にしたモンスターかのかも知れない。

 

(考えられそうな理由だ)

 

 神々でさえダンジョンの深奥を識らない訳であり、ダンジョンですら思いもよらないのではないか?

 

「なら、リベンジマッチってやつだな……ベル」

 

 ベルの戦いはユートの識らない原典と似ている様で違っており、【神のナイフ】と【パプニカのナイフ・レプリカ】の二刀流により手数を増やし、原典よりも素早く動いてダメージを少しでも入れていた。

 

「力が足りていないな」

 

「迅さはLV.1としちゃ大したもんだし、力もそれなりにたけーみてーだが」

 

 フィンとベートは辛口で評価をしている。

 

「ファイアボルト!」

 

 ベルはパプニカのナイフ・レプリカを後ろ側の腰に佩いた鞘に戻し、魔法であるファイアボルトを放つ。

 

「い、今、詠唱した?」

 

「何ですかあのズルっ子な魔法は!?」

 

 原典との差違の一つに、何故かレフィーヤが居る。

 

「ベルのファイアボルトは速攻魔法。アイズの風……エアリエルの超短文魔法の詠唱すら無い。放ちたいと思えばいつでも放てるよ。とはいえ一長一短ってね、それだけに威力が低い」

 

「確かに。ミノタウロスは只でさえ火に強いからね、外皮に焦げ目を付けるだけで精一杯か」

 

 フィンが見る限り焦げ目が付いてはいるが、ダメージが入ったのかと聞かれると微妙である。

 

 短剣でも魔法でも丸っきり届かない。

 

「魔法の行使速度に目を見張るものはあるが、これではミノタウロスは斃せないだろう」

 

「手詰まりだっての?」

 

 ティオナが叫ぶ。

 

 決め手に欠けるというのは原典と変わらないのか、迅さは兎も角として攻撃力はやはり低いベル。

 

 力の値は高くなったが、俊敏は天性のものだからか一段は劣っていた。

 

「ファイアボルト!」

 

 轟っ!

 

『『『なっ!?』』』

 

 ユートとアイズを除く、その場の全員が驚愕した。

 

 レフィーヤも知らなかったから驚く側だ。

 

「火炎双刀!」

 

 【神のナイフ】と【パプニカのナイフ・レプリカ】の二刀に、ベルは自分の使う【ファイアボルト】を纏わせたのである。

 

「ベルには異なった二つの闘技(アーツ)を教えた……【緒方逸真流双刀術】と、【アバン流殺法】だ」

 

「オガタイッシンリュウとアバン流?」

 

「【緒方逸真流】は僕自身の扱う流派。アバン流とは嘗て知り合った勇者アバンが開発した技だよ」

 

「【勇者(ブレイバー)】なのかい?」

 

「フィンとは違って、目的を果たしてから勇者と呼ばれる様になったけどな」

 

「成程……」

 

「そして魔技(マギア)との組み合わせ、魔闘技(マギアーツ)があれだよ」

 

 【DQダイの大冒険】でダイが使った魔法剣と差違は特に無く、武器に魔法を纏わせる術として全く同じ技術である。

 

 勿論、ベルはユートからの指導の下で修業をしたから修得が出来た。

 

 無意識に発想して即使用したダイが異常なのだ。

 

 とはいえ、あの世界には剣と魔法の同時使用自体、発想すら無かったみたいだから、竜の騎士が長年に亘り使ってきた技術故に使えたのであろう。

 

 実際、バランは息を吸うかの如くギガブレイクとか放ってきたし。

 

「【緒方逸真流八雲派双刀術】と【魔闘技(マギアーツ)】とアバン流殺法……その合わせ技だ」

 

 ユートが【緒方逸真流】の中で、宗家の刀舞術以外で修得をしていた【狼摩派鉄扇術】、そして僅かとはいえ【八雲派双刀術】。

 

 とはいえ、【八雲派双刀術】の方は【宗家刀舞術】と【狼摩派鉄扇術】を同時に使う参考にする為にと、八雲白伽に頭を下げ頼み込んで教わった訳で、全てを修得している訳でも無い。

 

 まあ、何故かこんな失礼極まりない頼みに白伽は頷いてくれた。

 

(それを教えたんだから、ベル……勝てよ)

 

 ベルの猛攻が始まる。

 

 舞いを基本とした闘技、威力はファイアボルトの炎が底上げしてくれており、ミノタウロスもダメージを蓄積している。

 

「よく動くけど、どうやら師匠の動きを受け継いでいるのかな?」

 

「確かに……な」

 

「ま、ベルには合っていた闘技だったって話だよ」

 

 フィンもリヴェリアも、ユートとの模擬戦で動きを見せられている為、ベルの動きがユートによるものとすぐに理解をした。

 

 一同が見守る中でベルは逆手に持ったナイフ二刀、それぞれをミノタウロスへと揮う。

 

「火焔ダブルアバンストラッシュ!」

 

 連続で放たれるはアバンストラッシュBタイプで、威力は単発に比べて些かながら落ちるものの、ベルに足りなかった火力を補って余りある。

 

 其処に更なる火力上げ、ファイアボルトの魔闘技でミノタウロスは葬られた。

 

 代償としてベルは完全に精神力枯渇状態となって、技を放った姿の侭に気絶をしてしまった。

 

 

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第54話:星の海の知り合いを見付けたのは間違っているだろうか

 今回、筆者以外は与り知らない設定やキャラクターが登場します。

 その前に所謂、っぽい噺で書く予定だったんだけど何度か消えて、結局は書かない侭になっていた噺で、今回に登場となってしまいました。

 余り宜しく無いですが、大目に見て下さい。




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「おい、ユート!」

 

「何だ? ベート」

 

「その兎野郎の背中ぁ見せろや!」

 

「ステイタスを……か?」

 

「そうだ!」

 

 ベートは気になって仕方がない、ミノタウロスとは推定ランク2とギルドには登録されており、その中で第一五層からと中層という場所から見て半ばから現れるランク2としては強めのモンスター。

 

 ベートの常識から云えばLV.1、しかも一ヶ月前に恩恵を得たばかりの駆け出しが斃せる相手では決して無いのだ。

 

 にも拘らずベルは見事に斃して魅せた。

 

 本当に一ヶ月前は逃げ惑うしかなかった筈のベル、それが立ち向かった挙げ句に勝利したのは解せない。

 

「解錠薬は有るのか?」

 

「む?」

 

 解錠薬(ステイタス・シーフ)とは、神より恩恵を与えられた者の【神の恩恵(ファルナ)】を暴くという一点、それだけの為に造られたマジックアイテムだ。

 

 原典ヘスティアみたいにロックも掛けてないのは、基本的に有り得ないからこそ必要なアイテムであり、何処から調達したのか? これを造る素材の一つとは神の血(イコル)だとか。

 

「チッ、持ってねーよ」

 

「じゃあ無理だろ。解錠薬が無けりゃ神が施しているロックは解けん」

 

「私も……知りたい……」

 

 解錠薬は無いのだと云うのに、アイズの空気が読めてない一言。

 

「アイズにはベルの修業を手伝って貰ったからなぁ、どうにかしてやりたいとは思うが、流石にロックが掛かっていては……ねぇ?」

 

「う……ん」

 

 ロキもアイズ達の背中の恩恵にはロックを掛けて、他者がステイタスを読めない様にしてあり、ロックをどうにかしないと見れないのはアイズだってちゃんと理解をしていた。

 

「細かい数値は変動してて無理だが、口頭でどれだけの能力かは伝えられる」

 

「……判った」

 

「あっさり言うけど嘘を伝えるとは思わないのか?」

 

「嘘を……吐くの?」

 

 コテンと小首を傾げながらも、アイズは不思議そうな表情で訊ねてくる。

 

「否、吐かないがな」

 

「うん」

 

 元からの性格なのか? 或いは何らかの障害持ちかは判らないが、アイズ・ヴァレンシュタインとは純真無垢に過ぎる。

 

 その癖、戦いに於いては黒い炎を噴き出しての疾風一陣なのだから。

 

 そして強くなる事に掛けては誰よりも貪欲となり、ティオナ達が休んでいても訓練したりダンジョンへと潜り続けるらしい。

 

「魔力値以外はオールS」

 

『『『『っ!?』』』』

 

 その場の全員が驚愕して息を呑んだ。

 

「マジかよ?」

 

「ミノタウロスの単独撃破……これは証に不充分か? ベート」

 

「否、充分だな」

 

 ミノタウロスがランク2であるからには、冒険者側も最低限で同じLV.2である事が望ましかった。

 

 力が弱い魔導師ならば、例えばレフィーヤとかであるなら、単独撃破をするにはLV.3は必要。

 

 事実、呆然としてベルを見るレフィーヤは今現在のLV.で漸く可能となる。

 

「オールS……」

 

「魔力は魔法が最近になって発現したからね。他に比べるとちょっと低い」

 

 とはいっても、ユートが見ぬ間にSを越えていても驚かないが……

 

「本当に凄いね、アルゴノゥト君は」

 

「アルゴノゥト君?」

 

「うん。私、あの英雄譚が好きだったんだぁ。彼ってまるでアルゴノゥトみたいだったんだよ!」

 

「そうか」

 

 ティオナが小さかった頃にはテルスキュラという、アマゾネスの国で暮らして支配者――女神カーリーの率いるカーリー・ファミリアの一員だったが、その時に実姉ティオネとはまた別に姉みたいな女性が居り、本を読んで貰っていたという話は、ティオナとの寝物語で聞かされていた。

 

(確か……バーチェだったっけか?)

 

 バーチェ・カリフ。

 

 ティオナが居た頃でさえ相当な強さだったらしく、普通にLV.4になっていたとか。

 

 オラリオの外はモンスターが居るには居るのだが、本場のダンジョンに比べて弱体化している。

 

 故に、オラリオ外の神の眷属は通常だとLV.3が精々らしいのに、バーチェとその姉のアルガナはそれを越えていたと云う。

 

(そういや、姉妹共に可成りの美女だとかティオナが言っていたな)

 

 取り敢えずカーリー・ファミリアやテルスキュラは今は無関係で、思考は其処で一時中断をする。

 

「さて、ベルを地上に帰すから暫く離れるけど問題は無いか?」

 

「食糧関係やポーション類を置いていってくれたら、取り敢えずは問題無いね」

 

「ああ、そういやそこら辺も預かっていたな」

 

 ユートはバックパックらしき物を取り出す。

 

「それは?」

 

「一般的なサポーター用に造った魔導具でね、『魔法の鞄』と名付けた」

 

「一般的なサポーター用というのは?」

 

「其処のリリ――リリルカ・アーデは、スキルによってバカでかいバックパックに大量の荷物を容れてても背負えるが、普通は無理だから専用のバックパックを造ってみた。入る量もそれなりだし、重量も可成り軽くなっている。尤も、僕のアイテム・ストレージとは比べるべくもないけどね」

 

「へぇ、便利だね。是非とも買いたい代物だよ」

 

 大手ファミリアになればなる程、ドロップアイテムや魔石など手に入れたり、ダンジョンアイテムである鉱石や宝石や食糧を手に入れたり、或いは必要不可欠な水や食糧を運ぶのに難儀をしていた。

 

 パーティ規模でも大変なのに、ロキ・ファミリアの遠征は数十人を食わせなければならない。

 

 当然、本来ならば大量の水と食糧と交換用武具を運ぶ専門部隊を用意する。

 

 今回はそれをユートが担うから、そういう補給部隊は可成り規模が小さい。

 

 即応する為に決して無い訳ではないが、LV.2を何人も付けていた補給部隊が小さくなった分、動ける人員は当然ながら増えた。

 

 【魔法の鞄】とやらは、それをユート無しでも行える代物であり、冒険者ならば垂涎の的だとも云える。

 

 尚、別世界のユートが造った可成り初期の魔導具でもあった。

 

 何故に此処まで同じ物を造る時間がズレたのか? 理由は此方側のユートには亜空間ポケットが【純白の天魔王】から与えられて、そういうアイテムが不要だったからに他ならない。

 

 彼方側のユートの場合、こっそりスキルを付けられただけで、アイテムボックス的なナニかが無かった。

 

 今回、【魔法の鞄】を造ったのはオラリオの冒険者に需要が有りそうだったからで、正しく必要こそ発明の母という典型であろう。

 

「一個で百万ヴァリスだ。纏めて一〇個を買うなら、九百九〇万ヴァリスにマケて上げよう」

 

「買わせて貰うよ」

 

 一個辺りディアンケヒト・ファミリアで売られてる【万能薬(エリクサー)】の倍の値段だが、間違いなく値段以上の効果を期待する事が出来ると、フィンには確信が持てていた。

 

 簡単な契約書を交わし、今回の遠征が終了してから三ヶ月後までに納品をする手筈に、一〇個ならユートにとって素材さえあったらそんなに時間は掛からないので問題は無い。

 

 造る工房は【ダイオラマ魔法球】の内部だし。

 

「じゃあ、五〇階層に着いたらコイツを人気の無い所に投げてくれ」

 

「これは?」

 

「【セーブポインター】といって、半分に折った片割れの許へ転移が出来る」

 

「それは……便利な……」

 

「遠征じゃ使えないぞ」

 

「何故だい?」

 

「転移可能人数が六人で、売る場合の値段も一個辺り二〇万ヴァリス。使い捨てで一回しか使えないから、六〇人の転移に一〇個必要だから、遠征の一回で居る値段は二〇〇万ヴァリス。誰か最低でも一人が運び屋として潜る必要もあるな」

 

「う〜ん、対費用効果を考えると難しいか」

 

 【魔法の鞄】に対しては約一千万ヴァリスを支払っても惜しくないが、使い捨てのアイテムに二〇〇万はちょっと勿体無いだろう。

 

 何より遠征の目的とは、ファミリアの人員を鍛える事や、ダンジョンアイテムの収集や、モンスターから魔石やドロップアイテムを得て遠征で掛かる資金回収など、様々な目的があって行われるのだから一足跳びしても意味は無い。

 

 ギルドからの強制任務を果たし、階層を増やすなどミッションもあるし。

 

 対費用効果として考えたらマイナスであった。

 

「じゃあ、行くから」

 

「……待って!」

 

「どうした、アイズ?」

 

「私も行く」

 

「……は?」

 

「私はベルに戦い方を教えている。だから、ちょっと気になってる……」

 

 気になるのはミノタウロスを単独撃破したベルの、強さの秘密といった処なのだろうが……

 

「フィン?」

 

「アイズを連れて行ってくれないか?」

 

「良いのか?」

 

「目的は五〇層より下だ。それまでは他の団員に頑張って貰うさ」

 

「判ったよ」

 

 ユートはベルを背負い、怪我をしていたリリはお姫様抱っこし、アイズに肩を掴ませる形で一言……

 

「リレミト!」

 

 その瞬間、ユート達の姿が掻き消えたからフィン達は驚愕するしかない。

 

「まさか、ダンジョン脱出の魔法……なのか?」

 

 不可思議現象を見た為、リヴェリアが呆然と呟くのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「クラネルさん!?」

 

「ベルさん!」

 

 【豊穣の女主人】の前を通ると、偶さか外の方にて掃き掃除をしていた二人、リュー・リオンとシル・フローヴァに見咎められる。

 

「いったい何があったのですか!」

 

 いつも通り丁寧な物言いだったが、明らかに詰問をする迫力があった。

 

「九層でミノタウロスと戦ったんだ……ベルがね」

 

「なっ!?」

 

「ミノタウロス!?」

 

 驚愕に目を見開くリューと両手で口元を押さえながら青褪めるシル、然しながらリューはすぐにも只でさえ鋭い目の眦を上げた。

 

「何故、九層にミノタウロスが? いえ、それよりも貴方が付いて居ながらどうしてクラネルさんがこんな事になっているのです?」

 

 背中に背負われたベルを見て憤慨するリュー。

 

「付いていた訳じゃない。僕はちょっとした契約からロキ・ファミリアの遠征に出ていてね、ベルはリリと二人で一二層辺りの探索に出ていたんだ」

 

「……その途中でミノタウロスに遭遇したと?」

 

「そうなるな。当然ながら偶発的な遭遇じゃあない。何しろ事態を知った僕への足止めに、とある女神様の忠犬……というか忠猪に阻まれてね」

 

「忠猪? 猪人(ボアズ)、【猛者】……ですか!」

 

 美の女神フレイヤを主神とするフレイヤ・ファミリアの団長、種族は獣人族の猪人でありLV.7というオラリオ最強の冒険者。

 

「忠猪は斃したんだけど、ベルVSミノタウロス自体は干渉が出来なくってね。アレはベルが独力で斃したって訳だ」

 

「未だにLV.1でしかないクラネルさんが!?」

 

 数値だけなら更新込みで魔力以外が二千くらいには達していて、ミノタウロスとも互角に戦える程度には強かった。

 

 そして恐らく……

 

「今回の事でベルの上位の経験値は達した」

 

「それは、まさか?」

 

「更新したらランクアップをするだろうね」

 

 より上位の経験値を得る――即ち偉業を成し遂げるという事。

 

 これが一定を越えたならランクアップが叶う。

 

 ユートの推論が当たっているか見当外れかは兎も角として、ベルは因縁の相手たるミノタウロスを討ち、正しくそれは【神の恩恵】から見て偉業と判断をされる筈だと考えている。

 

 ベルにとりミノタウロスとは、全ての始まりだったのだから無理もない。

 

 謂わばベル・クラネルの物語の最初の一頁。

 

 まあ、その最初の一頁が筋骨隆々な牛面に追い回されるとか、ちょっと嫌かも知れないのだが……

 

「さて、ヘスティアの所に連れて行ったら強制的に叩き起こして、ステイタスの更新をさせるかな」

 

「余りクラネルさんに無理はさせません様に」

 

「無理をしなけりゃランクアップしないんだよ」

 

「それは……」

 

「解るだろ? リューだってLV.4の第二級冒険者だったんなら」

 

「っ! 何故、それを?」

 

「動きで判るよ。クロエやルノア……というよりは、シル以外は基本的にLV.が3〜4の実力者ばかり。あのミアさんに至っては、LV.6だからねぇ」

 

 ミア・グランドに関しては単純に調べたら出てきた情報で、フレイヤ・ファミリアの元団長にしてLV.は6、二つ名は【小巨人(デア・ユミル)】。

 

 流石に半脱退状態になり【豊穣の女主人】を経営する理由までは知らないが、フレイヤの許可を得ているから出来るのだろう。

 

「そういやリューは何処のファミリアに? クロエとルノアは何だか外の方でのファミリアだったらしいんだが……」

 

「……アストレア・ファミリアです」

 

「アストレア?」

 

「はい。今現在はあの方はこのオラリオには居らっしゃいません。私の我侭から私以外の最後の団員と都市を出て頂きましたから」

 

「最後の……団員……ね。若しかしてそいつクロードって名前だったり?」

 

「クロードを御存知なのですか!?」

 

「ああ、やっぱりか」

 

 アストレアの名前を聞いて何と無く察した。

 

 嘗てユートは星の海での戦いに参戦し、その所為で一人の少女の運命をねじ曲げてしまう。

 

 更に二〇年後くらいか? 仲間に請われてある星の探査に出たが、本来ならば彼の息子が跳ぶべき星へとユートが跳ばされ、捜したが仲間の息子……クロードは見付からなかった。

 

 最終決戦後、しれっと帰ってきたクロードの隣にはとんでもない美女。

 

 名前はアストレア。

 

 ユートの目から視て彼女は女神だった。

 

 見た目がとか性格がとかでなく、神氣を持った正真正銘の女神である。

 

 その気になればそこら辺の惑星の大陸なぞ、クン! と指を二本立てるだけで破壊もするだろう。

 

 何ら封印すらされてない女神と、似た気配を強く漂わせるクロード・C・ケニーに驚くしかない。

 

 クロードとアストレアが似た様な気配だったのは、つまり彼がアストレア・ファミリアの眷属だったからという訳だ。

 

 漸く理解をした。

 

 アストレアもクロードも黙りを決め込んでいたが、恐らくはユートに口止めをされていたという事か。

 

(で、今の僕はクロード達へと口止めするんだな)

 

 二人は恋人だった。

 

 アストレアはクロードと所謂、恋人繋ぎで手を繋いでいたから間違いない。

 

 流石にカルナス内部では事に及ばなかったのだが、艦船カルナスから降りてから泊まったホテルで早速、二人は閨事に及んだらしいのが翌朝の雰囲気から全員に理解が出来た程。

 

 何処で引っ掛けて来たのか判らないが、その余りの美女っ振りにクルーからは嫉妬の視線を受けていた。

 

 尤も、今なら理解も出来るが“LV.8”になったクロード故に、只人に過ぎないクルーなど歯牙にも掛けていなかったが……

 

(LV.8……戦闘力に直すと最大で四八〇〇〇か。闘氣を操れればもっと高まるんだけどな)

 

 ユートの見立てに於いて云えば、基本アビリティの五つのパラメーターの数値1に付き、戦闘力が1上がる感じである。

 

 元々の戦闘力+恩恵によるLV.分の数値+ランクアップ時の上昇数値として1000、LV.が1に付き0〜999の数値で上昇するのは1000。

 

 基本アビリティとは力、俊敏、耐久、器用、魔力の五つが存在する。

 

 LV.1になった時点で隠しボーナスが1000、飽く迄も隠しパラメーターだから数値に反映されず、最初は普通にI0と表示をされている。

 

 この隠しボーナスというのは何か?

 

 【神の恩恵】を得ると、数値的に全てがI0なのに得た途端、ゴブリンなどのモンスターを斃せる様になるし、ランクアップすると身体機能が上がってズレを修正せねばならない。

 

 つまり、ランクアップをしても隠しボーナスが与えられているのだ。

 

 見立てに過ぎないけど、それが1000と考えた。

 

 だから、ランクアップも充分に数値を上げておかないと、戦闘力も大した数値にはならない。

 

 その点で云うのならベルは素晴らしい、限界突破のスキルのお陰で戦闘力の方も相当に高くなる。

 

 LV.1の最大数値とは6000だが、ベルならばそれを遥かに越えよう。

 

 飽く迄も恩恵だけで視たならば……だが。

 

(クロードの代わりと云わんばかりに惑星エクスペルの【神護の森】に跳ばされるし、其処でレナに逢って結局はアイツに代わっての大冒険だったが、クロードはクロードで大冒険をしていたって訳か)

 

 尚、レナ・ランフォードを助ける際には使い易かったラグド・メゼギス・レプリカを使った為、彼女からバッチリ『光の勇者様』に認定をされた。

 

「リュー、クロードと連絡を取れないか?」

 

「万が一に備えてと渡された物が有りますが、使い方がよく判りませんから」

 

 それをいつも持ち歩いていたのか、リューがポケットから取り出したのは連邦規格の通信機。

 

「これ、向こうに受信が出来るのか?」

 

「その、本当に全く解らない物でして……」

 

 機械がとことんまで苦手なのか、或いは使い方を聞いていなかったのか?

 

「貸して」

 

「あ、はい」

 

 リリを片手抱きに直し、ユートは通信機を受け取ってスイッチを入れた。

 

「此方、銀河連邦軍方面探査艦カルナス所属のユート・S・オガタだ。クロード・C・ケニー少尉、早急な応答を願う」

 

 もう所属していないが、当時は一応だがそういう扱いでカルナスに乗ってた。

 

 因みに、カルナスという名称は二〇年前の戦争でもロニキスが乗っていた艦、とはいえ当たり前だが新造された物である。

 

〔こ、ち……ら、クロード・C・ケニー!〕

 

 多少のノイズ混じりにではあるけど、懐かしい声が通信機から聞こえた。

 

「クロードか? 名乗った通り僕だ……ユートだ」

 

〔ユート? 本当にか? どうしてリューに渡していた通信機で?〕

 

「今はオラリオに居てね。君をカルナスへと還す為に通信をした」

 

〔帰れる? けど、僕にはアストレアが……〕

 

「一緒に帰れば良いよ」

 

〔……え?〕

 

「一緒にカルナスに帰れ。大丈夫だから」

 

〔わ、判った。オラリオに向かえば良いのか?〕

 

「そうだ」

 

〔アストレアとすぐに向かうよ!〕

 

 通信機が切れた。

 

「助かったよリュー」

 

「いえ……アストレア様を何処に連れて行く心算なのですか?」

 

「クロードの故郷」

 

「っ!? 然し、神であるアストレア様を?」

 

「不可能じゃないよ」

 

 事実としてアストレアはカルナスに来ている。

 

「そういや、クロードって冒険者としては?」

 

「私と同じくLV.4でしたが?」

 

「LV.が合わないな……となると、すぐに帰ったって訳じゃないのかね?」

 

 彼は【猛者】すら越えたLV.8だった筈。

 

 不可能だとは思わない、本来のクロードはロニキスと同じく英雄とさえ呼ばれた筈で、惑星エクスペルの危機処かある意味で宇宙的な危機を救う程に強くなれたのだから。

 

「だけど、何でクロードは通信機を二つも持っていたんだ?」

 

 原典ではカルナスからの通信を受信した一個だけ、そもそも一人で二個を持っても意味は無い。

 

「そういえば僕の通信機が無くなってたよな?」

 

 ユートが借りた通信機を視ると、裏側に『ユート』と小さく削ってあった。

 

「これ、僕の通信機じゃないか!?」

 

 それは転生越しに見付かった通信機だったと云う。

 

 

.




名前:クロード・C・ケニー
所属:アストレア・ファミリア
種族:ヒューマン

レベル:4
力:B756
耐久:C623
器用:S999
俊敏:B790
魔力:D503

《発展アビリティ》
【狩人】
【耐異常】
【剣士】

《魔法》
【フェイズガン】──指鉄砲の形で指先から光の弾丸を放つ。詠唱式『光来たりて我が銃口に集え』


《スキル》
【氣力纏開(オーラバトラー)】──氣を体内で練る事が可能。戦闘力を大幅に上昇させる。

【七星双破斬】──英雄の記憶より抜粋。強力な剣技を放つ必殺技。




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第55話:ベルのスキル検証は間違っているだろうか

 ありふれが早めに上がった為に此方もちょっと頑張ってみました。





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「う、ん?」

 

 自室のベッドで目を覚ますベル。

 

「ベル君っっ!」

 

「うぇ、神様?」

 

「ベルく~ん!」

 

「うわ、神様……いったいどうしたんですか!?」

 

 目を覚ましたベルに感極まったヘスティア、思わず抱き付いてしまったのだ。

 

 かくかくしかじか的に何があったのかをベルへヘスティアが説明をする。

 

「そうですか、ミノタウロスを斃した後で僕は気絶していたんですね。それでユートさんが連れて戻って来てくれた……と」

 

 だいたいは察したベル。

 

「ユートさんは?」

 

「今はヴァレン某と食事中だよ」

 

「アイズさん……って、どうしてアイズさんが僕らの本拠に来てるんですか!?」

 

「ユート君が連れて来たんだ。ヴァレン某も君の師匠だから権利があるってさ」

 

「権利?」

 

「ベル君がランクアップするのを見る権利さ」

 

「ラ、ランクアップゥゥッ!?」

 

「当然じゃないか。君は今までにもランクアップに必要な経験値(ファルナ)を得てきている。此処に来てその経験値が貯まり切ったんだよ」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「おめでとう、ベル君。君は遂に登り始めたんだ……果てしない英雄坂をね」

 

「何だか終わりそうな科白ですね」

 

 とはいえ、ベル・クラネルは確かに門を一つ開いた事になるだろう。

 

「という訳で、ユート君やヴァレン某やリリ君を呼んで来たまえ。皆の見ている前でランクアップの儀式を行うからね」

 

「は、恥ずかしいんですけど?」

 

 上半身は裸になるから女の子が居る前でやる事ではない気もするが、師匠だからと言われてしまうとアイズを拒絶は出来ない。

 

「若しかしてラブレスさん達も来るんですか?」

 

「流石に来ないよ」

 

「そ、そうですか……」

 

「この場を赦されるのは君の師匠たるユート君とヴァレン某、そしてミノタウロス戦で一緒だったリリ君だけさ。ボクを除いたらね」

 

 ホッと胸を撫で下ろすが、ユートは師匠だから兎も角としてラブレスはヘスティア・ファミリアではなくアテナ・ファミリア、同盟して仲間ではあっても違う派閥なのだから当然だろう。

 

 早速、食堂に居た三人を連れて戻ると服を脱いで上半身を晒したベルはベッドに俯せとなる。

 

「では始めよう」

 

 針でプツッと傷を付けるとプク~と赤い血玉が人差し指に浮かび、それをベルの背中へツーッと縦に一線を入れた。

 

 ロック解除。

 

 ベルの背中にステイタスが浮かんだ。

 

 

 

ベル・クラネル

所属:ヘスティア・ファミリア

種族:ヒューマン

LV.1

力:SSS1620

耐久:SSS1333

器用:SSS1321

俊敏:SSS2000

魔力:S920

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

【憧憬一途】

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

 

 

 LV.1でラストの数値である。

 

 此処から更にランクアップさせるヘスティアの指の動きは少しウキウキ気分。

 

 それはそうだろう、謂わば初めての眷属が初めてのランクアップを果たしたのだから。

 

「そういや、調べもしないでランクアップしちゃったけど……ベル君の発展アビリティが複数出ちゃってるぜ?」

 

「……え゛? どうしましょうか?」

 

 そういえばランクアップをすれば、前ランクの行動如何で発展アビリティが発現するのだと今更ながら気付くベル。

 

「始めちゃったからギルドのエイナさんに相談とかは出来ませんし……」

 

「確かアドバイザー君だったね」

 

 エイナ・チュールはユートとベルの担当アドバイザーであり種族はハーフエルフ、ロキ・ファミリア副団長たるリヴェリア・リヨス・アールヴの親友な母親を持っていた。

 

 仕事に真摯で口癖は『冒険者は冒険をしてはいけない』である。

 

「ヘスティア、何が出てる?」

 

「うん、【狩人】と【耐異常】と【幸運】」

 

「確か【狩人】は一度斃したモンスターの同種に対してステイタス値アップ。【耐異常】はデバフに耐性が付くんだったな。【幸運】はギルドにも情報は無かったな、僕の【反英雄】もそうだけど恐らくレア物だろう」

 

 ユートの説明にベルが唸る。

 

「【狩人】とか格好良いかな……じゃなく、無視は出来ないと思う」

 

「初見のモンスターには意味が無いがな」

 

「う゛っ、そうだけど……」

 

「【耐異常】はアクセサリーでも装備してりゃあどうとでもなるな」

 

 例えばFFのリボンとか。

 

「ベル君には【幸運】のアビリティが必要だ! 是非に取るべきだよ!」

 

 ヘスティアは【幸運】をイチオシしてきた。

 

「うう、エイナさんに相談しておきたかった」

 

 だからオロオロしてしまう。

 

「そうだな、ダンジョン探索を着実堅実に進ませたいなら【狩人】ってのはこの上無くベルの力になるだろうな」

 

「で、ですよね!」

 

 ベル自身も【狩人】が欲しいからか、パーっと

表情を明るくしながら首肯する。

 

「特に【耐異常】と違って【狩人】はLV.2の時にしか発現しない、つまりは今回取らなかったら二度と機会は無くなるからな」

 

「それじゃあ!」

 

「だけど……」

 

「え?」

 

「【幸運】も恐らくは今回だけだろう」

 

「……うっ!?」

 

 確かにレア物なら今回限りな気もする。

 

「だけど、どんなアビリティか判らないし」

 

「想像は付くさ」

 

「想像ですか?」

 

「恐らく僕が持つ権能である【この素晴らしい世界に祝福を!(ブレッシング・ジ・ゴッデス)】の下位互換的な発展アビリティだろう」

 

「ぶれ?」

 

「僕のこれはこの世界由来の力じゃないんだけど魔力を使って発動が可能な様、此方の世界で調整を受けているんだ。能力は常時発動、確率変動によるパーセンテージの上昇が主だな」

 

「は、はい?」

 

 やはりベルには意味不明だったらしい。

 

 というか、リリもアイズも首を傾げている辺り理解をしていないのであろう。

 

「例えばレアモンスターのブルーパピリオが居るだろう?」

 

「居ますね。確か羽が良いドロップアイテム」

 

 ブルーパピリオの羽は取り引きをされる中に在って低層では狙い目だが、コイツがレアモンスターであるが故にリアルラックが良くないと中々に出会えない。

 

 羽その物も必ず出る訳ではないのだ。

 

 それなりに低確率の湧出だけど、ユートならば必要としていれば普通に顕れて羽も基本的に必ずドロップしている。

 

 需要に供給が追い付かない程ではないが品不足は否めないアイテムだけに、ブルーパピリオの羽が欲しいファミリアはそれなりの数に上った。

 

 そんなユートのブルーパピリオ狩りを支えている権能こそ、【この素晴らしい世界に祝福を!】世界の幸運の女神エリスを抱いて神氣を喰らった事で獲た【この素晴らしい世界に祝福を!(ブレッシング・ジ・ゴッデス)】という訳だ。

 

 本当は【この素晴らしい世界に祝福を!(ブレッシング・オブ・エリス)】だったのだが、当事者であるエリスが恥ずかしがって頭から布団を被り出て来なくなった為に変更をした経緯がある。

 

「恐らく【幸運】は確率のパーセンテージ上昇って感じの発展アビリティだよ」

 

「そうなると何が出来ますか?」

 

「ドロップアイテムのドロップ率向上がダンジョンでの恩恵だろうね」

 

 ギャンブルでも色々と勝ちそうなものではあるがそれは言わぬが花。

 

「悪くはないですね」

 

 ユートのアテナ・ファミリアと同盟関係じゃなければ間違いなく、貧乏な零細ファミリアとして

廃教会の地下部屋でじゃが丸くんを食べて暮らしていたと確信しているベルは、お金を稼ぐという事が如何に大切な事かきちんと認識している。

 

「決めました神様、僕は【幸運】にします!」

 

「よしきた!」

 

 気が変わらない内にベルのランクアップを果たしてしまい、発展アビリティも【幸運】に決定をしてそれを確りと背中に刻んでいく。

 

「いやー、然し到頭ベル君もLV.2かぁ……って普通は言うんだろうけど、ベル君の場合は感慨に拭ける暇すら無かったよね。ユート君もだけど」

 

「あはは……」

 

「はい、終わったよ」

 

 ガバッと起き上がるベルは右手を握々、左手を握々としながらそれを見つめていた。

 

「特に何も変わらないですね」

 

「そりゃ、身体の構造が行き成り変化をする訳でもないしね。『何だこの変化は……ち、力が溢れてくるぜ!』みたいな事にはならないよ」

 

 ベルの感想にヘスティアが答える。

 

「とはいえ、ステイタスの昇華は本物だ。実際にランクアップしたから判るんだが、ステイタスを昇華するといざ戦闘になったら肉体が齟齬を来すからな」

 

「ユートさん、齟齬ですか?」

 

「普通なら単純に数値がリセットされただけの筈なのに、ちゃんとした調整をしないと逸過ぎたり跳び過ぎたりと思ったより身体が動く」

 

「それって……」

 

「明らかにランクアップ前より能力が上がっている事になるな。アイズもだろ?」

 

「……うん、そう」

 

 だからアイズもランクアップの直後には手頃な階層で微調整を行う。

 

「実際、ゴブリンも斃せないヒューマンが背中に【神の恩恵】を得た途端に斃せる様になるって、つまりは得ただけでボーナス数値を獲ているって事なんだろうね」

 

「それがランクアップでも適用されると?」

 

「そういう事」

 

 事実かどうかは扨置き、確かにパワーアップをしているのは間違いないのだから。

 

「それからベル君、待望のスキルが出てたよ」

 

「えっ!?」

 

 ヘスティアが写した羊皮紙を取り上げて睨み付けるが如く視た。

 

 新しいベルのステイタス……

 

 

ベル・クラネル

所属:ヘスティア・ファミリア

種族:ヒューマン

LV.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

英雄願望(アルゴノゥト)

・能動的行動に対するチャージ実行権

 

 

 

 但し、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】はヘスティアにより羊皮紙からは抹消されていたりする。

 

「ほ、本当だ! 僕にも遂にスキルが……っ!? 【英雄願望】……? 英雄……願望……?」

 

 能力どうこうは取り敢えず良しとして、問題なのはスキルの名前である。

 

 即ち【英雄願望】という。

 

(ちょっと待ってよ? 確か冒険者に発現をする魔法やスキルって本人の()()()()も影響するんだよね!? その辺は名称も同じで……つまりっ!)

 

「英雄願望か。そんな歳になっても君は本っ気で御伽噺の英雄に憧れてるんだね」

 

 ヘスティアがニヤニヤしてるし。

 

「うわぁぁぁぁあああっ!?」

 

 よくよく見れば周りが微妙に優しい目をしているのにベルは気付く。

 

 選りに選ってアイズにまで心の奥底に仕舞っていた願望がバレたのだ。

 

「ベル君、可愛いね」

 

「うわぁぁぁぁあああん! 神様のバカァァァァァァアアアッ!」

 

 ニヤニヤしながら言われたベルは絶叫するしか無かったと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「戯れ事はもう終わりにして、スキルの検証をした方が良いだろうな」

 

「そうですね、ベル様が今後使われるからには私達も把握しているべきでしょう」

 

 ユートの言葉に頷くリリ。

 

「でもユートさん、名前はもうこの際だから置いておくにしてもいまいち要領を得ませんよ」

 

英雄願望(アルゴノゥト)

・能動的行動に対するチャージ実行権

 

「恐らく使おうという意志に反応して攻撃なんかの行動をすると、それらの力をパワーチャージしてくれるんじゃないかな?」

 

「え? つまりはどういう事ですか?」

 

「そうだな……」

 

 ユートはドライグバックルをアイテムストレージから取り出し、スロットの中へ赤い龍が描かれたカードを装填して閉じる。

 

 腰に据えるとシャッフルラップがギュンと巻き付くと装着、低い待機音が喧しいくらいに鳴り響き始めてミスリルゲートを開いた。

 

「変身!」

 

《OPEN UP!》

 

 電子音声が響くと共にカードと同じ龍の紋様が描かれたオリハルコンエレメントが顕れ、それをユートが駆け出しながら潜るとゴツい感じで龍を思わせる赤い鎧兜の姿に変わる。

 

《Welsh Dragon Balance Breaker!!》

 

 それは赤龍帝ドライグ・ア・コッホを封印した神滅具の一つ、【赤龍帝の籠手】と呼ばれている神器が禁手化したものだった。

 

 仮面ライダー剣系のライダーシステムに落とし込んで、仮面ライダードライグと名乗るその姿は

いつもは優雅が使っているが、ユートも当然ながら使用する事が出来るのである。

 

「見ていろ」

 

《Boost!》

 

 電子音声が響く。

 

「これが能動的なチャージだ。今の音声一つに付き力が倍加される」

 

《Boost Boost Boost!》

 

「倍加×4回。これで例えば1の力は最初の倍加で2に、次の倍加で4に、次の倍加で8に、次の倍加で16になる。恐らく此処まで派手に上がらないにせよ、何秒間かのチャージにより振るわれる力が……魔法にせよ剣技にせよパワーアップさせるのが可能なスキルなんだろう」

 

「パワーチャージ!」

 

「例えばだが、ベルのファイヤボルトは即効性という意味では良いが、やはり火力は不足しているといわざるを得ない。だが、【英雄願望】によりチャージを一分間ばかり行えばある程度の詠唱をした魔法と同等レベルの火力になるんじゃなあか……とか思う。いざって時の【英雄の一撃】って事じゃないかね」

 

「だとしたら凄いかも知れないです」

 

 ベルは両手を広げた状態で見ながら頬を朱に染めて興奮気味に答えた。

 

「取り敢えず実戦で使う前に訓練してどの程度の能力か把握しとこうか」

 

「は、はい!」

 

 実に良い返事である。

 

「アイズ、戻る前に少しベルの相手を頼んでも構わないか?」

 

「……いい、よ。私も興味あるから」

 

「じゃあ、頼んだ」

 

 ユートはリリの方を見て口を開いた。

 

「で、リリだが」

 

「はい?」

 

「単純に基本アビリティなら僕が抱いたら際限も無く上がるだろうが、それだといつまで経ってもランクアップは望めない。君は危ない思いをしてもランクアップを望むか? それとも僕に抱かれて能力だけを積み重ねるか?」

 

「……リリは、リリもベル様みたいにランクアップしたいです! でも、ランクアップなんてリリに出来るんでしょうか?」

 

「種族特性なのかは知らんが上がり難いのはあるかもだが、現にフィン・ディムナはLV.7にまで上がっているぞ」

 

「そ、それは……」

 

「僕が一番使いたくない科白って知ってる?」

 

「え、いえ」

 

「バケモノとテンサイ」

 

「っ!」

 

「昔ね、妹に一度だけ言っちゃったんだ。お前は天才だからってね。後でスッゴい恥ずかしくなってのた打ち回ったよ」

 

「ユート様が?」

 

「昔は僕も強くは無かったのさ。五歳も下の妹に敗ける程度に……ね。あれ以来は僕もそんな科白を言わなくなった。言いたくないから。言うくらいなら自分を追い詰めてでも、我武者羅に強くなるべく闘ったし訓練したよ」

 

 ユートにとっては前々々世の黒歴史。

 

「フィンには確かに才能が有ったんだろうけど、リリにそれが無いとは思えないよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

 自信無さそうに顔を伏せるリリ。

 

「伏せるな、顔を上げて前を向け!」

 

「っ!?」

 

 行き成り怒鳴られて言いなりになるリリ。

 

「幾ら才能があっても、僻みや嫉妬なんかの後ろ向きな精神で才能が伸びるものかよっ! 仮令、そういう精神でも前を向けば伸びるんだ!」

 

「そういうものでしょうか?」

 

「そういうものだ」

 

 リリはもう一度下を向いて再び顔を上げた。

 

「お願いします!」

 

 リリはユートのスキル【情交飛躍(ラブ・ライブ)】の力により単純なパラメーターは高まったが、ランクアップはしていないからどうあっても一段は力が劣る。

 

 それを何とかしないと今にベルに付いていけなくなるのは間違いなく、況んやユートとパーティを組むなんて夢のまた夢でしかない。

 

 ユートは基本的に深層で動くからLV.1でしかないリリは足手纏い、連れて行って貰いたくても自殺行為にしかならないのだ。

 

 ユートはLV.こそ2に成って間もないけど、

実力はLV.5や6を相手に何ら感情を露わとするでなく勝てるし、LV.7の【猛者】と闘ってすら割と余裕で勝てるだけの力を持つ。

 

 【神の恩恵】を受ける前の地力が古の英雄とか【猛者】や【勇者】を凌ぐモノだったらしいし、背中に書かれていない魔法や技能を百や二百では足りないくらい持っているとか。

 

 しかも幾つも有る自作の魔導具や特殊な力を持った魔導具、ユートはLV.に囚われず深層まで平然と進めてしまう。

 

 リリも出逢ってから一ヶ月と少しに過ぎないにせよ、ユートの技能である【情交飛躍】とかにより一夜で一〇発を越えて抱かれたから数値は割ととんでもなかったりする。

 

 何しろ最大値で一二〇ポイント、それを入れたい基本アビリティに好きな数値を加点出来た。

 

 最初は出来なかったらしいが、ちょっと頑張ったら出来る様になったのだと云う。

 

 この廃教会地下をベースに設えた本拠に存在する訓練所、何処かの宇宙一硬いとされる金属により覆われているから多少の暴発にも耐える。

 

 ベルがアイズと【英雄願望】の使い熟し訓練をする傍ら、リリもユートからランクアップをする為の実戦訓練を行う事になった。

 

 そんなリリの目の前に居るのはモンスターではなく、巨大な肉食爬虫類でモンスターと見紛う程に凶暴そうな獣である。

 

「ユート様、これは?」

 

 全長は約一〇mはあり、脚は八本で赤い体躯に緑の不気味な眼を輝かせるワニだろうか?

 

「こいつは今晩の晩御飯のメインディッシュで、そんで名前はガララワニと云う」

 

「メインディッシュって、食材なんですか?」

 

「肉が美味いんだよ。美味いからって流石に竜を相手にさせられないからこいつなんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 リリは要領を得ないのか首を傾げる。

 

 竜とはいってもインファント・ドラゴンなんて雑魚い方、ユートが云う竜は()()()()強竜とよばれるカドモスのレベルだ。

 

「こいつは其処まで強くないよ。一般人な猟師が五〇人くらいで、こういう武器を使えば何とか仕留められるレベルだからね」

 

「つまり、弱くも無いと?」

 

 冒険者ではない一般人だとはいえど五〇人もの

人間が、しかもユートが持つのは猟銃でリリも知らない武器ではあるが、飛び道具らしいのは同じ飛び道具を使うリリには想像が出来た。

 

 捕獲レベルというのが有って、ガララワニだと

それの基本は【5】という事らしい。

 

「けど、こんな生き物なんて見た事も聞いた事も無いですよ? そりゃ勿論、リリだって世界中の動植物を把握してる訳じゃありませんけど」

 

「異世界産だからね。ちょっと特殊な環境で育まれたグルメ地球とでも云うか、美食に溢れている世界で生まれた美味い生物ってやつだよ」

 

「へぇ」

 

「とはいえ、喰われるだけの生物じゃないから。大概は凶悪だったり喰われ難い環境に棲んだり、捕獲レベルと呼ばれる規準が設けられていてね。ガララワニは【捕獲レベル5】なんだ。はっきり云えば目茶苦茶に低い」

 

「……訊きますが、リリが闘うのだとしたらどうなるとお考えですか?」

 

「ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張ってどうにもこうにもならないって事は無いかな? って感じだよ」

 

「つまり、上手く闘えば勝てる……と?」

 

「確りと奮闘すればね」

 

「判りました、やります」

 

 リリも与えられてばかりでは居られないから、これまでにも与えられてばかりだった事を思えば少しでも役立つ為、ユートの試練を乗り越えなければならないだろうと覚悟を決めた。

 

 ふんす! とガッツポーズを取る。

 

「上手く勝てばデザートには特別な食材を使った物を出してやるから頑張れ」

 

「はい!」

 

 戒めから解き放たれたガララワニがリリへと向かって動き出した。

 

 リリは右腕に装着した小型ボーガン以外にも、剥ぎ取り用に短剣を持ってダンジョンに潜る。

 

 聖なるナイフは既に三代目になるくらい使い込まれ、流石にもうちょっとマシなナイフを渡してからはもう少し保つ。

 

 それとは別に魔力を矢に転換するボーガンである【リリルカ・ボーガン】を主武装てしており、近接用にはパプニカのナイフ・レプリカを用いて戦闘をしていた。

 

 放たれる魔力矢。

 

 まだそれ程に強力な矢は構築したり出来ないまでも、それにしても普通の矢を放つよりは貫通力も高い矢を構築は可能。

 

 ガララワニの皮も越えて身を貫く。

 

 然りとてガララワニも無脳ではないから矢を躱して肉薄してきた。

 

「させません!」

 

 左手に持つパプニカのナイフ・レプリカを下から振り上げ、ガララワニの顔……取り分けて柔らかい眼球を斬り裂いてやる。

 

「ぐっ!」

 

 それでも飛び掛かられた勢いは死ななかった、リリの胴体に体当たりが打ち込まれたのだ。

 

 ゴロゴロと床を派手に転がるがこれは態とで、敵のガララワニから距離を開けるのが目的。

 

「ダメージは大したものでは無いですね」

 

 半ば後ろに自分で跳んだのが功を奏した。

 

 まだガララワニは動きに戸惑いがある。

 

「チャンスです!」

 

 スキルの発動、練氣発詔(オーラ・パワー)

 

 但し今は魔力と同時に扱えない為に矢も練氣によるモノへ転換、赤い矢が黄色い矢へと変化して幾条にも放たれてガララワニの皮を穿つ。

 

 単純に基本アビリティが上がるスキルではあるものの、矢が練氣に換わると魔力より構築が高度になっていて威力も上がっていた。

 

 故に数も威力も魔力でやるよりやや多く高い。

 

 リリも戦闘に参加するから防具の着用を義務付けられており、動きを阻害しない服型と革の胸当てを装備していて更に、それに付属している籠手と脚当ても装備をしていた。

 

 勿論、プロテクターが着いてない部分が当たれば痛いし怪我もするだろうが、其処はユート謹製の防具セットなのだからある程度の防御力くらいは確保している。

 

 服その物が魔導具であり、スカラとピオラとバイキルトのDQ強化呪文が僅かな魔力を徴収して発動をする仕組みだ。

 

 スピオキルトの効果を旗により周囲へ与えるという魔導具も有るが、効果範囲外には効かないから同時にこういう防御も必須となる。

 

 実際、今のリリは御旗の下に闘う訳では無いから防具の呪文効果で防御を上げていた。

 

 無論、直接的な攻撃ならバイキルトの効果も在って攻撃力が上がる。

 

 ゲームならいざ知らず、飛び道具系だとどうやらバイキルトは掛からないらしい。

 

 呪文の効果は飽く迄も生命体に掛かっていて、武器は握っているから強化されるのであり離れたら効果を失うのは道理だろう。

 

 リリがリリルカ・ボーガンで次々と串刺しにしていき、ガララワニの俊敏性が可成り下がってしまって鈍ったのを見計らい、ワニの心臓部に対してパプニカのナイフ・レプリカを突き立てた。

 

 中々に苦戦はしていたけど、ダメージはベルがミノタウロスと闘った時程に大きくない。

 

 それでも痛みがあるからかヒョコヒョコと足取りが宜しくなく、ユートの腹にフラリと抱き付く形で倒れてしまった。

 

「はぁ、何とか勝てました……」

 

 頬を朱に染めている辺り、ダメージというよりは女の子として好きな男に甘えているらしい。

 

 まぁ、ちゃんと勝って戻って来たのだから甘えるのも別に構わないし、取り敢えず甘やかしながらベルとアイズの模擬戦を観てみる。

 

 模擬戦とはいってもベルのスキルの使い勝手などを調べるのが主だし、完全にアイズが守勢へと回ってベルの攻撃を往なし躱し受けていた。

 

 それとどうやら一回一回で可成り疲労してしまって、連続では相当に使い難いものらしくベルは体力回復薬――スタミナポーションをガブガブ飲みながらやっている。

 

 この世界にはスタミナを回復させる専用薬みたいなのは無いらしく、ユートの造るこの魔導薬を知ったディアンケヒトがレシピを欲しがったが、錬金術士として調合のレシピを管理している関係から簡単には渡せない。

 

 【戦場の聖女(デア・セイント)】アミッド・テアサナーレを寄越すのならば、他にも色々と付けて渡しても構わないと言ったら流石に諦めた。

 

 所謂、地球にもあるスタミナドリンクなんかの類いと違って確実に回復をするから重宝されて、事実としてベルも飲んで回復して再びスキルを使っている。

 

 リンリンリンと鈴の音が響く音が鳴り響いて、ベルの右手が光を放ち唸っていた。

 

「ファイヤボルト!」

 

 火力が期待出来ない速攻魔法でLV.6となったアイズでさえ吹き飛ばすが、本人は自身の愛剣たるデスペレートで受け止めたからダメージを受けた訳ではない。

 

 ムクリと起き上がったアイズに火傷は疎か焦げ痕すら見当たらず、瞑目をした侭でフワッと長い金髪を手で掻き上げるとデスペレートを構える。

 

「……さ、次」

 

 ちょっと心が折れそうなベルではあったけど、LV.2に昇格したばかりの自分とLV.6であるアイズ、その差が明確に出ているだけだと首を横に振って体力回復薬(スタミナポーション)を煽った。

 

 スキルを発動……リンリンリンリンリンリンリンリンリンと、煩いくらいに鳴り響いてベルの右手に再びチャージが成されていく。

 

 後ろ腰に佩いた黒い短刀――ヘスティアナイフを抜き放ってアイズに斬り付けた。

 

「大地斬っっ!」

 

 ユートがベルに教えたのはシンプル・イズ・ベストな剣技、即ち勇者アバンが使った心技体による技――アバン流。

 

 ユートの使う【緒方逸真流】はベルに向かず、だからといってロト流剣術もいまいちだと思ったし幻魔剣は呪われた武具が無いから意味も無く、ロイター流剣術もベルには向かない。

 

 余り複雑な剣術ではベルがそもそも修得出来ないと予測され、自然体で力任せや疾さ任せや闘氣任せなだけの剣技なアバン流ならいけそうか? などと考えた末である。

 

 そして教えてやった結果、空裂斬こそまだ扱えないが大地を斬る大地斬と形無き物を斬る海波斬は修得をしてくれた。

 

 紛い物で良ければベルはアバンストラッシュも或いは放てるであろう。

 

「ベルの方も上手く出来ていたみたいだな」

 

「ユートさん、一応の検証は終わりました」

 

 使うのに相当の消耗があるから正に一撃必殺に懸けたい、そんな時にこそ使う切札という印象が強いスキルなのは間違いない。

 

「それじゃ、御祝いにベルにも特別なデザートを出してやろう」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。アイズも御礼代わりに」

 

「……うん」

 

 その日の夜、【聖域の竈】に於けるキッチンを預かるミッテルトは大変な思いをしはしたけど、確りとガララワニのステーキと特別なデザートを作り上げている。

 

 ガララワニと同じ世界出身の食材であり可成りの巨大なフルーツで、オパールみたく七色に輝いた余りにも美味過ぎる代物をゼリーにしたものであったと云う。

 

 ミッテルトが普通に調理を出来ているのはその世界に行き、四苦八苦をして料理人としての技能を上げたからである。

 

 勿論、ミッテルトも美味しくデザートを戴いた訳だけどその夜、ミッテルト自身がリリも含めてユートに美味しく戴かれたのであった。

 

 翌日、アテナ=サーシャがリリのステイタスを更新した際にLV.が2へ上がっていて驚愕をしたと同時に、ギルドでは可成りギリギリになってその報告が成された為に、エイナ・チュールを含むギルド職員が割を喰ってしまう。

 

 後日、例のデザートをユートがエイナ達に贈ったのは言うまでもあるまい。

 

 余談だが、ロキが疲れ果てたエイナ達を見て少し哀れに思ったのかフィン達のランクアップに関して次回回しにしたらしかった。

 

 

.




 久々に書いたから変な部分があったかも……




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第56話:リリルカ・アーデのランクアップは間違ってるだろうか

 ダンまち本編の16巻も出た事だし更新をしてみました……





 

.

 リリの昇格が決まった。

 

 どうやら今までもそれなりにチマチマと経験値が蓄積されていたらしく、最近はLV.に合わない階層での奮闘もありガララワニとの戦闘に勝利したのが決定打となったらしく、サーシャもリリの昇格を喜んでいる。

 

「良かったですね、リリルカ。貴女の今までの頑張りを【神の恩恵】が認めたのです」

 

「あ、有り難う御座いますアテナ様!」

 

 尚、リリはユートに裸を見せるのは今更だからユートが同席していたりする。

 

「サーシャがアテナっぽい……」

 

「っぽいって、正真正銘のアテナなんだけど」

 

 普段のユートとの会話は普通に振る舞うのに、それ以外では昔みたいな喋り方だった。

 

 

 

名前:リリルカ・アーデ

所属:アテナ・ファミリア

種族:パルゥム

職業:サポーター

LV.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

《発展アビリティ》

【冒険者I】

 

《魔法》

【シンダー・エラ】

・変身魔法。

・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗(ファンブル)

模倣推奨。

・詠唱式【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

 

【シュネーウィットヘン】

・支援魔法。

・七つの小人が様々な効果を齎らす。

・詠唱式【私は小雪、真白の小雪。小さな小さな貴方達、私を悪意(はは)から護って欲しい】

 

《スキル》

縁下力持(アーテル・アシスト)

・一定以上の装備過重時に於ける補正。

・能力補正は重量に比例。

 

練氣発詔(オーラ・パワー)

・身体に纏う事で器用と魔力以外の基本アビリティに上昇補正。

・纏わせ方を変えると補正値に変動。

・特殊なオーラを展開可。

 

 

 

「さぁ、これがリリルカの新しいステイタスとなります」

 

「は、はい!」

 

 羊皮紙を受け取ったリリが内容を見て驚く。

 

「魔法が増えてますね」

 

 発展アビリティに関しては出ているのは聞かされたが、そもそも名前では内容を推測も出来なかったから取り敢えず置いておく。

 

「魔法名、シュネーウィットヘンっていうのは何なんでしょうか?」

 

「白雪姫の事だよ」

 

「白雪姫?」

 

 どうやら英雄譚でもない童話は伝わっていないのか、単純に存在していないだけなのか? リリは首を傾げている。

 

「そもそも、リリの『シンダー・エラ』にしても灰被りのエラって童話から付いている」

 

「灰被り……ですか……」

 

「義姉の二人と継母に虐められていたエラという少女、最後には王子様に見初められて結婚にまで成ったサクセス・ストーリーだ」

 

 所謂、【シンデレラ】である。

 

 白雪姫も継母の魔女に命を狙われた噺であり、シュネーウィットヘンは本来の名前だ。

 

「けど、リリって魔法のスロットは一つだけだった筈なんですが……どうして二つ目が発現しているんでしょうか?」

 

「それは多分、ユートとその……チョメチョメをしちゃったから……じゃないかな?」

 

 恥ずかしそうに言うサーシャは言葉遣いが少しユートとの会話寄りに。

 

「つまり、ユートさんに抱かれたから?」

 

「そう」

 

「誰でもそうなるのですか?」

 

「其処までは知らない。だけどユートに抱かれて某か強くなるのは確認された事実なのよね」

 

 本格的な【閃姫】契約をしなくても前段階にて抱かれただけで強くなり、何らかの能力が発現をする事もあるのは実際によくある事だった。

 

 リリの魔法スロットは三つに拡大されており、切っ掛けさえあればもう一つ発現をするだろう。

 

 

「ユートさん、アテナ様の御言葉は本当の事なのでしょうか? 勿論、アテナ様を疑う訳ではありませんが……」

 

「それに関してはちょっと違う」

 

「違う?」

 

「サーシャの言っていた事は事実なんだけどな、対象となるのは生娘……男との性行為という経験をしていない者だ。リリは処女だったからそういった能力拡大が成されたんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 ユート自身は処女かどうかはそれ程に拘らない方なのだが、持っている能力の方はそのシステムの関係上から単なる襞の集まりに過ぎないにせよ大いに不可欠となる。

 

 実際に天神かんなという少女は妖怪に犯された後でユートに治療として抱かれたが、特に能力を拡大されたりする事も身体能力が上がる事なども無かった。

 

 これは複数の箇所の治療が必要な事からその日の内に治療をしておきたい天神うづきも、木島 卓からの治療の後でまた治療をされたけどやっぱり上がる事が無かった事から、処女である必要性に関しては間違いないと考えている。

 

「上手くすれば【輝威(トゥインクル)】を発現する場合もあるね」

 

「トゥインクル?」

 

「ちょっとした特殊能力だよ」

 

 尤も、あれは発現自体が稀有だけど。

 

「まぁ、魔法が増えたのは良かった事だと思うとして……発展アビリティの【冒険者】って何なんでしょうか?」

 

「ボーケンジャー?」

 

「は?」

 

「ああ、いや。五色の戦士の集まりの中に在った【轟轟戦隊ボーケンジャー】ってのが居てね」

 

「ボーケンジャーですか」

 

「リーダーは冒険者として様々な冒険を愉しめる人間だったな……とね」

 

「それが発展アビリティと何の関係が?」

 

「その発展アビリティも僕との“関係”で顕れたんなら、ひょっとしたらそういった意味合いが有るのかも知れないと思ってさ」

 

「そうですか……って、あの? 流石に恥ずかしいですから見つめないで下さい。そういうのは夜のベッドの中で……」

 

「違う違う。【鑑定】を使ったんだ」

 

「鑑定?」

 

「そ、鑑定というスキルだ」

 

 【神の恩恵】由来では無いから背中にそんなのは存在しないが、ユートの能力の一つに滅多矢鱈とは使わないスキルの中には存在している。

 

「発展アビリティ【冒険者】、『冒険』をしている認識を持つ事で経験値に強補正。基本アビリティに微補正が付く」

 

「冒険をしている認識?」

 

「これは『冒険』だと強く認識したら経験値が貯まり易くなるのと、一割か二割程度に能力値が一時的に上昇するんだろうね」

 

「それは便利そうです」

 

 正しく【轟轟戦隊ボーケンジャー】みたいな、そんな能力ではなかろうか?

 

(僕の知識をリリに伝えた訳じゃないんだがな、相変わらず訳の判らないモンだよ。流石は神の血なんてのを触媒にしてるだけはある)

 

 【神の血(イコル)】を触媒にしてよく解らない力を持つのは、聖衣が神の【超空間】に耐えたり神聖衣に変化したりで経験済み。

 

 少し不可思議ではあるが仮にも神の血であれば想定の範囲内でもある。

 

「どちらにせよ努力が実を結んだ。産まれてからソーマ・ファミリアでの涙と悪行、アテナ・ファミリアに移ってからの全てがリリの糧となり今に繋がったんだ。だから敢えて『おめでとう』……って言わせて貰うよ」

 

「っ! あ、有り難う御座います!」

 

 生きる為に必死で、神酒(ソーマ)を飲んでからは呑まれて再び飲む為に必死で、酔いから醒めてからはファミリアを抜ける為に必死になって駆け抜けて来たリリルカ・アーデ。

 

 ユートに悪行をあっさり気取られてしまって、女の子としての初めてを逆に奪われてから暫くしたら何もかもが変わり、あれだけ頭を悩ませていた改宗すらあっさりと叶ってしまった。

 

 そして遂にソーマ・ファミリアに在っては叶わなかったランクアップまで。

 

 嬉しい反面で躊躇いもある。

 

『本当に自分なんかが良いのだろうか?』

 

 ユートには沢山の娘が周りに居るから……なればこそ()()()自分みたいな娘を摘まみ食いするくらいはあるかも知れない……と、最初はそう思いながら身を委ねていた部分もあった。

 

 ベッドで肌を晒して重ね合わせ熱に浮かされ、ユートのモノを自らの内に納めながら突き動かされて浅ましい吐息を吐き出し、そしてユートからは熱い欲望の塊を吐き出されてお腹を焼かれる。

 

 薄汚い婢に過ぎなかった筈の自分が悦びに身を浸している瞬間だった。

 

 今もこうして喜んで貰えて嬉しい。

 

 思わず子を成し育てる子宮がユートの胤を欲してキュンキュンしてしまい、身体が勝手にトロリと受け容れの為の潤滑剤を溢れさせる程に。

 

 リリは紅くなりながら内股となってスリスリと

擦り合わせていた。

 

「そ、そういえば! リリもですが、ユート様やベル様もランクアップしましたよね。そうなると次回の神会で二つ名が戴けますね」

 

「ああ……」

 

「二つ名……ね」

 

 照れ隠しからリリが振った話題は非常に残念な事ながら、ユートとサーシャには余り受ける内容とはいかなかったらしい。

 

「どうかしましたか?」

 

「ベルは楽しみにしているんだけど僕はなぁ」

 

「ユートもやっぱり判っちゃうか~」

 

「???」

 

 何故か遠い目をする僚友と主神にリリは意味が解らず小首を傾げた。

 

「あの……?」

 

「リリにはってか、この世界の人間にはというべきかな? まだ早いって事だろうね」

 

「そうね……」

 

 リリは益々以て解らない。

 

 二つ名――それはLV.2に成った上級冒険者が神々から与えられる名前の事だが、千年を経ても地上のヒト達は神々の名付けに関して嬉々と受け容れていた。

 

 彼らはまだ知らない。

 

 この二つ名は神々の悪戯心が満載で、悪意こそ無いが其処に羅列されるのは謂わば『痛々しくも名乗るのは恥ずかしい中二病真っ盛り』な名前であり、ユートはそういうのを名乗ったりもしない訳ではなかったにせよ神々に任せたらどんなアホな名前を与えられるか。

 

「サーシャ、君が頼りだ」

 

「うん、任せておいて」

 

 サーシャは腰に佩いた刀を恐る恐る触りつつ、ユートの言葉に確りと頷いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 今宵はリリのランクアップの御祝いも込めて、同盟ファミリアが総出で夕食を摂る事に。

 

 メインディッシュを飾るのは勿論の事ながら、リリが仕留めたガララワニのステーキ。

 

 その味わいには祝われているリリとベルは舌鼓を打ち、ユートもすっかり萌衣奴が板に付いているミッテルトの腕に満足していたと云う。

 

 そして序でにとデザートには虹の実のゼリーを出させて更に皆を驚かせた。

 

 神々――サーシャとヘスティアとミアハも満足する料理だったのは間違いない。

 

 ユート的にはリリこそがデザートで、その夜はベッド上でたっぷりとリリを愛したのだった。

 

 尚、アイズも夕飯に関しては御相伴に与っていて驚愕をしていたのは新鮮かも知れない。

 

「明日から再びダンジョンに潜る訳だが」

 

「……うん」

 

「僕はちょっとした武器製作に入るから相手が出来ない。今日はベルのステイタスの向上の為にも

アイズが模擬戦をしてやってくれ」

 

「……判った」

 

 二つ返事なアイズ。

 

 この世界に於けるアイズ・ヴァレンシュタインは超有名人であり、超絶美少女で剣の腕も立つと云う事から神々が与えた二つ名は【剣姫】。

 

 まぁ、フレイヤ・ファミリアからは嫌われているらしいが概ね良好らしい。

 

 そんな今やLV.6のアイズから稽古を付けて貰えるなんて公にでもなれば、ベルはきっと闇討ちの対象にすらなるであろう。

 

「……何を造るの?」

 

「銘は決まってないけど……マヒャデドスを放てる魔力剣、君ら風に言うなら魔剣の類いになる」

 

「……魔剣?」

 

 アイズが識るのはこの世界の常識的な……使えば使い手を残して砕ける普通の魔剣と、ユートが齎らした【雷神の剣】というちゃんと武器として、しかもそこら辺の武器を遥かに凌駕しながら魔道士の魔法を越えた高熱を放てる魔力剣。

 

 ユート的には【吹雪の剣】や【氷の刃】などを越える武器に仕上げたい。

 

 ヒャダルコ相当の吹雪を放つ剣ではなく氷結系最大のマヒャデドス、言うなればそれを思わせるレベルの吹雪を放つ武器である。

 

 他にもギガデイン辺りを放つ剣なり槍なりを、鉄槌的な意味で槌も良いかも知れない。

 

 魔法の力を持たせた魔力武器はドラクエⅡからは普通に登場するが、出てくる時期と与えられている魔法的に余り役に立たないものだ。

 

 ドラクエⅣの序盤も序盤、王宮戦士ライアンが【破邪の剣】を手に入れた時期ならばまだギラの効果も役に立つし、武器屋トルネコも一人旅であるからには一グループを攻撃可能なギラは大いに役立つ。

 

 だけどドラクエⅡの後半に雷の杖を手に入れて、今更ながらバギをどうしろと? みたいな入手のタイミングが微妙な物も多かった。

 

 【雷神の剣】は地上のボストロールから入手が出来たら最高のタイミング、武器としても籠められたベギラゴン的な熱量としても……だ。

 

 勿論、手に入ればだけど。

 

 何しろドロップ率が極めて低いから二百回を闘っても落とさないのはザラ。

 

「……ベルはランクアップしたばかりだから身体と心がちぐはぐ、だから私がベルの身体の調整をすれば良いんだね?」

 

「ああ、頼めるか?」

 

「……うん、任せて」

 

 違うファミリア所属ながらアイズはレフィーヤやティオナと同じく、ユートに対しての思慕の念を懐いていたのも確かにあるのだろうが、ベルの事も切っ掛けはあれだったけど気にしていたから否など無く頷いた。

 

 ユートはいつか来るであろう刻に仲間の強化は必須と考えており、必要とあらばそれこそユートは自らが持つ全ての力を解放する事すらも視野に入れている。

 

 流石に異世界で封印される小宇宙という縛りに関してはどうにもならないけど、ユートが本当にその気になれば使える力がまだ存在していた。

 

 これはまだ弱いながら前世でも扱えていたし、今ならば前世より遥かに強く扱える。

 

(僕はいつか()()と敵対する)

 

 それは直に彼女を視たユートの確信であったのだと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「どうだった?」

 

「ランクアップを果たしたよ」

 

「それは何より。僕も見ていて奮えたよ。ベル・クラネル……勇者と呼ばれる僕が他者の勇気に感服させられたんだ。彼、良いね。実に良い」

 

 遣るべき事の全てを終えるとアイズを連れて、ユートはロキ・ファミリアが居る第五〇層に戻ってきていた。

 

 報告を受けたフィンは親指を口元に添えながら笑いを抑え切れない。

 

 それは高がLV.1の上位者がLV.2相当のミノタウロスという、彼らからすれば狩り慣れたモンスターと死闘を繰り広げただけの闘い。

 

 今やLV.7のオラリオ最大級の一人に数えられるフィン・ディムナ、まだ成り立てであるからには流石にフレイヤ・ファミリアのLV.7たる【猛者】オッタルには敵わないにせよ、迷宮都市最強の一角なのは間違い様が無い事実。

 

 そんなフィンをして、ベルのミノタウロスとの

闘いは心が奮える出来事だったのだ。

 

 幾らベルがLV.1の上位者だったとはいえ、ミノタウロスはLV.2相当の格上の敵。

 

 そんな相手に決して折れる事も無く果敢に立ち向かって、遂には降してしまったベルをフィンは確かに敬意を持つに至った。

 

「君の弟子だったよね」

 

「一応は。アイズの弟子でもある」

 

「確かに」

 

 アイズはコミュ障な処があるから模擬戦による実戦形式で教えていたが、元より勉強より身体で判らせる方がベルには向いているからだろうか、存外と師弟的にベストマッチな二人だったとか。

 

 

「それで、いつ向かう?」

 

「明日には」

 

「了解した」

 

 ロキ・ファミリアの今回のミッションは未知なる階層、嘗てのゼウス・ファミリアが打ち立てた

最高階層の更新にある。

 

「処でそれが新しい魔剣かい?」

 

「まぁね」

 

 ユートが腰に佩くのはいつもの【黒の剣士】張りのエリュシデータやダークリパルサーでなく、地上に戻った際に()った魔法剣――凍魔剣コキュートスだった。

 

 名前は気にするな!

 

 冥界の最奥たる第九獄ジュデッカに存在している神に歯向かう愚者を堕とす地獄の一つの名称、嘗て冥王ハーデスが冥界の統治をしていた頃には

聖闘士が堕とされていた場所だ。

 

 因みにだが、今のコキュートスに堕ちているのは当然ながらユートに歯向かった愚者である。

 

 例えば檜山大介なる見るからに日本の高校生に過ぎない男、こいつもユートに対する敵意を以て歯向かったから地獄逝きとなった。

 

 本来の死者は基本的に思考回路がショートしているから何も考えない、地獄でも地上での罪科に従って苦しむだけである筈。

 

 ドラゴンボールなどのあの世とは異なり自分の意識を殆んど持たない。

 

 星矢達は阿頼耶識により意識を保っていたに過ぎず仮令、嘗ては冥闘士の三巨頭の一角だったとはいえ天雄星ガルーダの水鏡ですらそうなった。

 

 だけどユートの冥界では意識を確りと持つ為、檜山大介はコキュートスの刺す様な地獄の寒さに震えつつ、何も出来ず身動ぎすら許されず狂う事も思考を止める事もさせて貰えず後悔と苦痛に苛まれている。

 

 死という安寧は最早有り得ず、発狂する幸福も許されない檜山大介は転生もされない侭に終わり無き()()を味わっていた。

 

「凍魔剣コキュートス、放つは氷結呪文の中でも最大級のマヒャデドスだ。剣としても当然ながら使えるからね」

 

「素晴らしいけど、余り見ない形状だ」

 

「この世界の極東で使われる刀だよ」

 

 所謂、地球では西洋剣とされる重さで叩き砕くタイプが多いオラリオで、アイズの武器みたいなのも確かに存在しているのだが刀は極東くらいでしか見掛けないらしい。

 

 ヘスティアの神友タケミカヅチのファミリアには使う者も居るそうだが……

 

 氷結の魔剣で刀にした理由は、嘗て【泡の中央界】で神の武器と呼ばれる八体の存在の中には、漆黒の刀サン・ジュオウが居たのだが彼が氷結系の魔法を扱っていたからである。

 

 況してや自分が使うならやはり刀が一番扱い易いというのもあった。

 

 当然だけどサン・ジュオウみたく人型や龍型に成ったりはしない。

 

「本当に素晴らしい、魔剣の極致とでも云うか。壊れない上に武器としても最高級、是非とも僕に槍を造って貰いたいものだよ」

 

「代価は億越えになるぞ?」

 

「雷神の剣もそうだかったからね。僕の専用となる槍を造って貰えるなら僕の貯金を切り崩してでも支払うさ」

 

 それは本気の目だ。

 

「随分と闘争心が刺激されたみたいじゃないか、ロキ・ファミリアの首領らしくしていた小人族の中年とは思えないな」

 

「其処は青年と言って欲しいな」

 

「【神の恩恵】を受けた影響からLV.が上がれば上がる程に老化は緩やか、恐らく最大LV.にまで上がれば神に等しくなるだろうから四十路を越えながら二十代の姿を維持しているからね」

 

「だから焦らなくて済むのさ」

 

 後継者の事を言っているのだとユートは理解をしたけど、だからといって自分のモノたるリリをくれてやる気にはならない。

 

 【勇者】フィン・ディムナの目的は零落してしまった小人族を再び奮い立たせて再興する事で、別に小人族の王に成る気など更々無いが夢を叶える為にオラリオの冒険者となるべく、ロキと契りを交わして最初の団員として名を連ねた。

 

 未だに一族の再興は成らない。

 

 現状では自分自身を除けば名を挙げた小人族はフレイヤ・ファミリアの【炎金の四戦士(ブリンガル)】と呼ばれるガリバー兄弟――アルフリッグとグレールとドヴァリンとベーリングくらいだ。

 

 

 尤も、ユートを襲撃して斃されたけど。

 

「注文されたという事で構わないな?」

 

「勿論だとも。是非に頼みたい」

 

「判った。発注書を作るからサインを」

 

 ユートは諸々の手続きを行う。

 

 物は槍、宿す魔法は雷、それを【勇者】に相応しいであろう武具として造られる為にもフィンの肉体的な情報を網羅する。

 

 腕や脚の長さや身体バランスなどの必須項目となるデータ、持ち手から武器その物の重心なんかも鑑みて逸品物として――フィン・ディムナ専用の槍として造る為に。

 

(雷なら籠める呪文はデイン系。ジゴデインでも籠めておくか?)

 

 デイン、ライデイン、ギガデイン、ミナデインときて更に上がジゴデイン。

 

 威力だけなら最大級の雷撃呪文だった。

 

 夕餉を摂ってからは自由時間となる訳だけど、ユートは取り敢えず竪琴を出して弾く。

 

 ポロンポロンと弦が爪弾かれ音楽を奏でているユート、それは勇壮なる勇者が冒険に出て戸惑いながらも『広野を行く』曲であったと云う。

 

 明日に行く第五三階層より下は地獄だと叫んだ者も居り、緊張感から眠れない者まで出ては敵わないから音楽でリラックスさせるのだ。

 

「助かったよ」

 

 フィンが礼を言いに来た。

 

 【超凡夫】がガタガタ震えていたのが落ち着いたらしいし、明日には降りる地下への階段を睨み付ける【凶狼】とか怯える者や逸る者がリラックスしたのだと伝えてくれる。

 

「役立ったなら良かったよ」

 

「明日の冒険では君にも充分に闘って貰いたい、なるべく早く休んでくれよ」

 

「判っているさ」

 

 此処までは低LV.な団員の経験値の為に闘いは控えたが、これから向かう先でそんな団員など連れては行かないからアタックのメンバーに選ばれた者が闘う手筈。

 

 ユートはLV.2だが三人のLV.6を歯牙にも掛けぬが故に、推定LV.7として扱われているからロキ・ファミリアの面子を差し置いて選ばれているのだ。

 

 ロキ・ファミリアの面子ではレフィーヤ以外は基本的にLV.4以上の者しか降りない。

 

 フィン・ディムナLV.7。

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴLV.7。

 

 ガレス・ランドロックLV.7。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインLV.6。

 

 ティオネ・ヒリュテLV.5。

 

 ティオナ・ヒリュテLV.5。

 

 ベート・ローガLV.5。

 

 レフィーヤ・ウィリディスLV.3。

 

 ユートと直に交流して久しいメンバーであり、これにLV.4の者らを含めて降りる。

 

 二軍扱いのリーダー格のラウルとアキは兎も角として、他はエルフであるアリシアくらいだろう

か? ユートとの親交が有るのは。

 

 




 この時点で忙しくて半分くらいしか読めてないダンまち16巻、何だかフレイヤがあちこち絶望を与えている印象が……



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第57話:神会に臨むのは間違っているだろうか

 ダンまちの18巻は戦争遊戯か~、ひょっとしてメンバーを決めるだけで丸々使うんじゃ……

 それともメンバーはあっさり決まって即始まったりするんだろうか?



.

 【単眼の巨師(キュクロプス)】椿・コルブランド。

 

 ヘファイストス・ファミリアに所属をしているLV.5の第一級冒険者であり、ファミリア内で最上級鍛冶師(マスター・スミス)の称号を与えられた首領でもある。

 

 

 名前が漢字だから判る通り極東出身でヒューマンとドワーフのハーフ、不壊属性武器を鍛えたり魔剣を鍛ったりが可能で第一等級武装を造り出す腕前で、特殊武装までも造り出せる正しく首領の身分は伊達ではない。

 

 そんな彼女が今回の遠征の為にも多額の代価を受け取り鍛ったのが不壊属性武器、手入れこそは必要となるものの仮にヴィルガが放つ溶解液にも溶かされてしまわない破壊が難しい武器だ。

 

 アイズのデスペレートも不壊属性の武具だが、敵に溶解液を放つヴィルガが現れるのを鑑みての複数投入に踏み切り、ファミリアの懐事情は他にも多額の資金を注ぎ込んだ事も手伝って火の車。

 

 第五九階層への遠征は成功をさせねば全く以て元が取れない大赤字となる。

 

 ガレス・ランドロックが戦斧。

 

 ティオナ・ヒリュテが両手剣。

 

 ティオネ・ヒリュテが斧槍。

 

 ベート・ローガが短剣。

 

 フィン・ディムナが長槍。

 

 連作【ローラン】と呼ばれるこれらは材質に拘って威力を突き詰め、武器の形状により異なるにせよ第二等級武装並みの攻撃力だと云う。

 

「そう言えば御主はどうするのだ? 優斗よ」

 

 椿・コルブランド――椿が馴れ馴れしくも名前で呼びながら訊いてきた。

 

「椿には僕の佩く武器が見えないか?」

 

「見えておるよ、やはり不壊属性かの?」

 

「勿論、折角の武器をモンスターに溶かされたりはしたくないからね。そして魔剣でもある」

 

「っ! それが魔剣だと!?」

 

「凍魔剣コキュートス。形状は椿なら知っているだろうが刀、当たり前だが武器としては第一等級の威力を持たせてある」

 

「魔剣でありながら武器として使える上に攻撃力が第一等級の不壊属性と!? ヘファイストス・ファミリアの首領たる手前ですら不壊属性ともなれば威力は第二等級武装レベルだというに、何とも有り得ん話しだろうが!」

 

 地下迷宮地下五〇階層の森を会話しながら歩くのは二人だけではない。

 

「んもう、何でベートと前衛なのよ?」

 

「うっせー、莫迦ゾネス」

 

 ベートと共に前衛を任されたティオナ。

 

「レフィーヤ、少し呼吸が浅いぞ。身体から少し力を抜いておけ」

 

「は、はいぃっ!」

 

 リヴェリアにとってレフィーヤとはロキ・ファミリアに於ける自らの後継者、だから常に彼女を気に掛けては教えを伝えていた。

 

「ラウルよ、それはお前さんもじゃ。どっしりと構えておらんか」

 

「は、はいっす!」

 

 【超凡夫】ラウル・ノールドはスキルも魔法も発現しておらず、ステイタス値も魔力の0を除けばだいたい600くらいと平凡な数値。

 

 発展アビリティは【狩人】と【耐異常】と【逃走】を持ち、見た目は何処にでも溶け込めそうな

モブ顔といった処。

 

 『器用有能』と呼ばれて団内での評判は決して悪くは無く、本人は恐らく聞かされていないだろうがフィンはラウルを次期首領の候補として期待を寄せている為、こういう重要な場面でサポーターとして連れ回されてもいた。

 

 そんな彼をガレスも気に掛けている。

 

 尚、今回のLV.4サポーターとしてラウルとナルヴィとクルスとアリシアが付き、レフィーヤもLV.3ながら連れ出されていた。

 

「さて、此処から先の無駄口は無しだ。総員戦闘準備――」

 

 安全地帯たる第五〇階層から下へ。

 

「征け! ベート、ティオナ!」

 

 一斉に二人が階段を駆け降りる。

 

 顕れるブラックライノスをベートもティオナも容易く斬り伏せていった。

 

 ユートもコキュートスの鯉口を切りつつ走り、刹那でブラックライノスの隣を駆け抜ける。

 

「何をやっておる?」

 

 訝しい表情の椿だったが……

 

『グギャッ!?』

 

 ブラックライノスの首が落ちた。

 

「な、何と? あれは抜刀術か!」

 

 緒方逸真流宗家刀舞抜刀術――弐真刀。

 

 目にも留まらぬ抜刀と納刀で二度の攻撃を行い敵二人の首を斬る技だ。

 

 ユートが前々々世の最初の人生で習い修得をしていた剣術であり、前々世や前世でも活用をしてきた魂にまで染み付いた技術。

 

 故に最早、息をする様に放てる。

 

 首を落とされたブラックライノスは次から次へと灰と化しており、斃された瞬間には体内の魔石が抜かれているというのが判る現象だ。

 

 ドロップアイテムが出ないのは運が悪いからではなく、これもドロップをした端からユートが持つアイテムストレージへと格納が成されているからに他ならない。

 

 寧ろこの手の運に関しては幸運であるが故に、実は物凄い勢いでドロップアイテムが貯まっていく一方である。

 

 ユートが転生前に行った世界で出逢った女神の神氣を得て、それを基に構築された特殊な権能がこの手の幸運を齎らしてくれていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユート達のダンジョンアタックとはまた別に、戦女神アテナ――サーシャも別の意味で闘いへと赴いており、これは特にコネも無い神々からしたなら兎にも角にも闘いであったと云う。

 

 【神会(デナトゥス)】――殆んど有名無実ではあるが管理機関からも認められる神々の諮問機関。

 

 これは三ヶ月に一度の、つまり一年間に四回は開かれる神々の会合なのである。

 

 オラリオの中心まる『摩天楼(バベル)』……その三〇階を丸々使っての交わされる討議とは不真面目で且つ巫座戯た内容が多々有るものの、冒険者にとっては生涯にも関わりかねない称号の進呈を行われる『命名式』や、オラリオで開かれる催しの発案や精査をする場でもあった。

 

 参加資格はLV.2以上の上級冒険者を眷属として擁する主神のみで、この会合に主神が居るという事実はオラリオの有力ファミリアとして名を列ねた証でもある。

 

「くっ、ベル君……待っていておくれ、ボクが必ず無難な名前を手に入れるからさ!」

 

 それは隣で悲壮な決意を持つ神友ヘスティアにとっても同じ事。

 

「アテナ、ヘスティア……私もアンタ達の気持ちは判るから味方はするけど、私の言葉は単なる一票に過ぎないからそれは理解してよ」

 

「判っていますよ、ヘファ」

 

 赤い髪の毛で大きな眼帯にて顔半分を覆う女神ヘファイストス、鍛冶神の一柱でオラリオに於ける鍛冶派閥としてはゴブニュ・ファミリアと合わせて二大ファミリアと呼べる規模を誇るのだが、『神会(デナトゥス)』での発言力は飽く迄も一票の価値にしかならないのだ。

 

「それとアテナ、今はまだ私達しか居ないんだから他所行きの言葉遣いは止めてくれる?」

 

「仕方無いわね」

 

 サーシャは相手や場所――謂わばTPOを弁えて言葉遣いを変えており、親しい者しか居ない場所では普通の喋り方をしているのだが、公式な場や周りにそれを気にする者が居た場合は丁寧な喋り方というか【沙織さん喋り】になる。

 

 誰が相手でもざっくばらんでやっちまう訳にはいかないからだ。

 

 とはいっても、親しいヘファイストスからしたらサーシャの【沙織さん喋り】は距離を感じるから余り好きではない。

 

 地球のギリシア神話とは異なり同性であるから恋慕や性欲を感じたりしないが、それでも好意的な神友であるのだから無理も無いけど。

 

「ほら、ヘスも行くよ」

 

「あ、うん。サーシャは何だか落ち着いてるな、ボクなんて昨夜は眠れなかったよ」

 

「私には切札が有るからね」

 

「切札……かい?」

 

 言われた瞬間にサーシャの腰に何故だか佩かれている武器を見つめる二人。

 

 正直に云うと凄まじいまでに恐いと感じてしまう圧迫感の武器、サーシャは武器を嫌うのに敢えて腰に佩いている辺り余程の事だろう。

 

(アテナ、まさかと思うけど優斗可愛さに暴れたりはしないわよね?)

 

 隣に居るヘスティアと更にアルテミスを含めて『三大処女神』と呼ばれ、男との経験は数億年を過ごして皆無なサーシャではあるが、その理由は愛する者が居るからだと真しやかに囁かれていたのはヘファイストスも知る処だけど、最近は(とみ)に美しく見えるサーシャを鑑みればそれはユートの事では? とも考えていた。

 

 単純に抱かれたい相手が居ないからだというのはヘスティアの談。

 

 尚、ヘファイストスも処女ではあるが理由的にあの三美神とは違う。

 

「さ、会場入りしましょうか」

 

 ヘファイストスに促されてサーシャとヘスティアは頷いた。

 

 会場内はある意味で熱狂に包まれている。

 

「「タケ……」」

 

 極東の武神と名高いタケミカヅチが何やら祈る様に――否、様にではなく間違いなく祈っているらしく両手を合わせて握り呟いていた。

 

「そういえばタケの所の(みこと)って娘が最近になってランクアップしたんだっけ?」

 

「つまり、ボクらと同じ心境なんだね」

 

 命名式。

 

 LV.2以上に成った上級冒険者には神々より二つ名を与えられる――といえば聞こえは良いが、その実態は娯楽に飢えた神々による悪巫座戯した中ニ病患者も真っ青な名前の乱立である。

 

 謂わば『ぼくのかんがえたさいこうのなまえ』発表会であり、眷属の為にも無難な名前を手に入れたいのはヘスティアだけではない。

 

 どうせ付けられるのが強制ならばせめて無難な二つ名を……と。

 

 因みにロキ・ファミリアで云うと――フィン・ディムナ【勇者(ブレイバー)】、リヴェリア・リヨス・アールヴ【九魔姫(ナイン・ヘル)】、ガレス・ランドロック【重傑(エルガルム)】などがそれに当たる。

 

「司会はロキかい? 何で彼奴が司会役?」

 

「自分から買って出たらしいわ。ほら、ユートが一緒してる遠征でファミリアの御気に入りが軒並み居ないから手持ち無沙汰らしいのよ」

 

 ヘスティアとヘファイストスの会話をチラリと見遣るロキ。

 

(ファイたんにアテナに、ほんまにドチビが来とるやないか。かーっ、生意気やな)

 

 とはいえ、ロキは目的があって司会なんて面倒を引き受けたのだし、先ずは普通に情報交換といきたい処。

 

「では、第ン千回になるか判らんけど神会を開かせて貰います。司会進行を今回仰せ遣ったんは、ウチことロキや! 皆、よろしゅーなー!」

 

『『『『『イェー!』』』』』

 

 巨大な円卓に皆が付いたのを見てロキが挨拶を入れると、ノリの良い神々が一斉に拍手をしたり何故かスタンディング・オベーションをしたりと嬉しそうに声を上げた。

 

「んなら情報交換するでぇ、誰かおもしろネタを報告するモン居るか?」

 

 原典ではソーマがネタにされていたりするが、この世界線では逸早く真面目な酒作りに没頭をしているから、酒作りを禁止されてネタ化するのを地味に防がれている。

 

 とはいってもネタは多々有るらしくて大抵の神は面白可笑しく報告をしてきた。

 

「予想はしていたけど酷いなこれは」

 

「フフ、いつもの事よ」

 

 取り敢えずラキア王国が又候、オラリオ侵攻の準備をしているらしい事は確からしい。

 

 ラキア王国は謂わばアレス・ファミリアとも呼べる国で、戦の神アレスが中心となって莫迦みたいに戦争を起こしている。

 

 ヴェルフの先祖もこのラキア王国に所属して、沢山の『クロッゾの魔剣』を献上してきた。

 

 ヴェルフ・クロッゾは自らの血に流れる精霊の力がスキル化したそれを嫌う――否、憎しみすらも抱いているくらいに鍛とうとはしない。

 

 今のクロッゾで魔剣を鍛てるのはヴェルフのみであり、彼が鍛たないなら事実上で新たな魔剣は産み出されない事になる。

 

「一回黙ろか。纏めとくとアレスん動向は気にせなあかんやろな。一応はギルドに報告しとくが、此処に居るもんのファミリアは召集掛けられるかも知れんから宜しくな」

 

 ちゃんと話し合っている自覚はあるらしくて、司会のロキが言うとピタリと止まった。

 

「あ、そや。ウチからもちょーええか? 最近は気色悪い新種のモンスターが現れる様になっとるみたいや。フィリア祭や安全階層なんかになぁ。絵具をぶち撒けたみたいな極彩色の化物共やで、力は第二級冒険者並で神出鬼没。ダンジョンだろうと都市内だろうと御構い無しみたいやからな。昔にやんちゃしとった闇派閥共の残り滓がこそこそと動き回っとる……ちゅう話も耳にするからの、皆も気ぃ付けてや」

 

 ちょっとした牽制球みたいなものではあるが、仮にこの中に件の存在が居ても鉄面皮は崩せないらしく、ニヤニヤしているのも何かが起きたら愉しいと考えての事であろう。

 

 但し、ヘスティアは除く。

 

 何しろオロオロとしながら周りを見ている辺り事情を理解していない。

 

 尚、原典ではガネーシャがハシャーナの死に関して語るけど、この世界線では優雅が代わっていたからハシャーナは存命していてガネーシャが動く理由が無かった。

 

「んじゃ、いよいよ皆大好き『命名式』やで! さぁ、新参は覚悟せーよ?」

 

 細目なロキがニヤリと口角を吊り上げながら、サーシャとヘスティアを見て言う。

 

 又もや神々が万歳三唱。

 

「先ず一人目はセト・ファミリアのセティっつー冒険者からや」

 

「み、皆! 何卒御手柔らかに!」

 

 細身な筋肉質で褐色肌にオールバックなセトが慌てながら叫ぶが……

 

『『『『『だが断る!』』』』』

 

「ギャァァァァァァァァァァアアアッ!」

 

 其処に神々の慈悲なんてモノは一欠片足りとも無かったのだと云う。

 

 『命名式』などと気障ったらしい儀式に聞こえはしても、所詮は娯楽に飢えた神々にとってみれば中ニ心に溢れた名前を付けるのが愉しいとか、正しく愉悦でしかないこの瞬間。

 

「エリカ・ローザリアの称号は【美尾爛手(ビオランテ)】やな、これに決まったで」

 

「ヒィィィッ! イヤァァァァァアアッ!」

 

 神々の時代に追い付けていない人類の間でならとても誇らしい二つ名でも、神々の間では大半が悶絶するくらいに()()()()()()の数々。

 

「く、狂ってるぜ……」

 

「思っていた以上ですね、これは。それにしてもいずれ護慈羅とか母守螺とか出てきそうですね」

 

 青褪めるヘスティアと腰に佩いた武器に触れるサーシャ、そして先程まで神の癖に神頼みしていた武神の眷属がターゲットにされる。

 

「ヤマト・(ミコト)ちゃん、LV.2かぁ。結構可愛らしい娘やな」

 

 長い黒髪を右側でサイドテールに結わい付けた所謂、地球の日ノ本では大和撫子と充分に呼べる美少女なヤマト・命は正に絶好の餌。

 

「【極東神風(ジャンヌ・オブ・ヤマト)】!」

 

「【聖忍(セイント・テール)】!」

 

「【星裸月光(セーラー・ムーン)】!」

 

「ばっか、此処は【天使(テ・シーオ)】の一択だろ!」

 

 最早カオスである。

 

「や、やめろ! やめてくれぇぇぇ! 命は、命は……本当に手塩に掛けて育てて来たんだぞ!」

 

 幼い頃から慕って笑顔を魅せてくれていた命、自分の為にファミリアの為に精一杯で尽くしてくれていた命、ランクアップが叶ってとても嬉しそうにしていた命……

 

 何としても無難な名前にしたかった。

 

「処でディオニュソス君」

 

「ん?」

 

「折角、久し振りに顔を出したんだ。君も意見の一つくらい出してみたらどうだい?」

 

「そうだな……」

 

 ふと見遣れば、身振り手振りでタケミカヅチが無難な名前をとジェスチャーを。

 

 ディオニュソスがニコリと微笑みを浮かべるとタケミカヅチは救われた表情に……

 

「【絶†影】……なんてどうかな?」

 

 なったかと思えば、次の瞬間には遥かな絶望へと叩き落とされるのであった。

 

「ディオニュソスゥゥゥッ、てっめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」

 

 無情にも命の二つ名は【絶†影】に。

 

 次は大本命としてロキの眷属であるアイズ・ヴァレンシュタイン――LV.6。

 

 これはアイズのイメージから【剣姫】が継続される事になった。

 

(次はドチビん所の子。ほんまにランクアップをしとるんやな。せやけど、1ヶ月半って何や? まぁ、アテナん所のユートも変わらんけどな)

 

 『ロキ無乳』な~んて呼ばれる()()なだけに、『ロリ巨乳』なヘスティアが気に食わない。

 

 それに今から約八年前に八歳の少女が身の程を弁えない異常な速度でLV.2に上り詰めたが、その所要時間である一年間を約一二分の一近くも縮めた『世界最速兎(レコードホルダー)』でもある。

 

 本当に気に食わない。

 

「二つ名を決める前にちょー聞かせろやドチビ! 1ヶ月半でランクアップってのはいったいどうゆう事や? ウチん所のアイズでさえ一年も掛かったんやぞ!? はっきり言うとウチらの【恩恵】ゆうんは、こういうもんやない!」

 

 ヘスティアは押し黙るしかなかった。

 

 とはいえ、ロキも実際にヘスティアが反則をしていたり闇派閥と繋がりを持ち、怪人レヴィスや白髪鬼(ヴァンデッタ)みたいな強化をしたとは思っていない。

 

 ヘスティアは自分と違って間違いなく善神で、【神の力】によるズルだってしてないだろう。

 

「おい、こらドチビ! 説明せんか!」

 

「うぐぐ……」

 

 ヘスティアはヘスティアでまさか成長促進系のスキルを発現した……などと、口が裂けても言えないから話せる筈も無く。

 

「ちょっと良いかしら?」

 

「何や、アテナ?」

 

 其処に口を挟むのはサーシャ。

 

「サ、サーシャ?」

 

 ヘスティアはこんな突然の神友の行動に面喰らってしまう。

 

「ヘスティアのファミリアとは同盟を組んでいる私が代わりに説明をしましょう」

 

「ほう?」

 

「サーシャ!?」

 

 微笑みを浮かべているが先のディオニュソスとは明らかに異なる慈愛の笑み。

 

「話の前にベル・クラネルに関して報告書には無い情報を一つ、彼がオラリオに来たのは二か月近く前と意外に最近ですね。死んだ祖父に言われてオラリオに来たのは祖父からの薫陶を受けていて出会いを求めてらしいわ。だけど見た目が貧相だからか、冒険者に成るにはファミリアに所属をして【神の恩恵】を受けねばなりませんが基本的に門前払い。聞くにダンジョン探索系ファミリアは全て回ったとか」

 

「全部? ウチん所もか?」

 

「ええ、余程に目立たない超小規模ファミリアでもない限りは全てですね」

 

 それこそヘスティア・ファミリアとか。

 

 フレイヤ・ファミリア、アポロン・ファミリアにロキ・ファミリアなど判り易いファミリアは回ったが門前払いされている。

 

 ソーマ・ファミリアみたいなよく判らない所や製作系ファミリアの門戸は叩いていない。

 

 因みにだが、抑々にしてベル本人も門戸を叩いたファミリアが何処のファミリアか理解せずに居た場合もあって、当時は探索系のファミリアであるなら何処でも良いからという感じだ。

 

「その上で語るなら、ベル・クラネルは成長促進系のスキル――【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を得ています」

 

「ちょっ、サーシャァァァァアッ!?」

 

 まんま話した神友にヘスティアは思わず絶叫をしてしまったものだった。

 

「リアリス・フレーゼやと?」

 

「ええ、その効果はある特定の人物に対する憧憬を一途に想う事で経験値の大量取得及びステイタスの上がり幅の増加。それからスキルの説明文は『早熟する。懸想が続く限り効果持続。懸想の丈により効果向上』とあります。ベルは懸想の相手にLV.で追い付くか若しくは自らの想いを裏切るかするまでこのスキルの恩恵に与るでしょう」

 

「LV.……で?」

 

「今のベルはLV.2ですが、懸想の相手は既にLV.6と遥かな高みに居ます」

 

「っ! まさか、アイズたんか!?」

 

「そうです。彼がスキルに目覚めたのは奇しくも分水嶺とも云えるミノタウロスとの闘いとも取れない逃走から、アイズ・ヴァレンシュタインに救われたその日ですから」

 

 アイズとユートに救われて、ベートに謗られ、そして立ったベルの背中の恩恵に発現したスキルにより飛躍――更には進化とも云える成長を。

 

「後、懸想を裏切るっちゅーのは?」

 

「何処までが境界線なのかは私にも不明ですが、少なくともベル自身が納得しない形で性交渉をした場合、スキルは消失してしまうのではないかとユートは考えています」

 

「つまりは強姦でもされるとかか?」

 

「そうですね。フレイヤはそんな真似をしないと思いますが……イシュタル、貴女は?」

 

「さぁ、どうかねぇ?」

 

 若しベルが豊穣の女神にして美の化身とも云える彼女らに囚われたら?

 

 とはいっても、ベルが魅了を受ける事は無いとユートが御墨付きを出していた。

 

 ユートがベルを【鑑定】した結果として見付けた『魅了の効果の無効化』がある。

 

 何処まで効果を期待出来るかまでは判らないにせよ、単純な魅了ではベルを虜にする事など不可能であると結論付けていた。

 

 これに付いてはサーシャも語る気は無い……というのも、フレイヤの狙いがどうやらベルであるらしいとユートから聞いていたから。

 

「フフフ、ヘスティアの眷属の御話しは余り聴かないから知れて嬉しかったわ」

 

「フレイヤ?」

 

 イシュタルと同じ豊穣にして美の女神として、謂わば淫蕩に耽るのが倣いの存在である。

 

 本人の本意ではないとはいえ処女神の一柱たるヘスティアとしては、淫らな本質を持つ女神には苦手意識を自然と懐いてしまうのだ。

 

 とはいえ、大地母神たる女神は処女では居られないし居てはならない。

 

 処女とは即ち男との性的な交渉を持たない者、子供としての女――少女を意味する。

 

 子を成す為には性交渉は必要不可欠であるし、それは快楽に堕ちる事も不可分だった。

 

 子を成す為に性的な交渉をして孕む者とは即ち大人としての女――母を意味する。

 

 まぁ、だからといって美の女神の皆が大人かと云えばそうではなく、イシュタルはフレイヤへの醜い妬心を隠そうともしていない。

 

 ある意味ではデメテルが一番に理想的な母の像を醸し出しているだろうか?

 

 尚、オラリオには五柱の豊穣の女神が降りて来ているのだが、ユートが知るのはファミリア結成の際に野菜を卸す直接交渉をしたデメテル、眷属と闘った事で会う事になったフレイヤ、娼館が並ぶ歓楽街の女王たるイシュタルの三柱のみだ。

 

 イシュタルには会って無いけど。

 

「超激レアスキル持ちとか? このヒューマン、欲っすぃぃぃぃいっっ!」

 

「完全なダークホース!」

 

「ヘスティア、是非くれないか?」

 

「寧ろベルたんとヤ・ら・な・い・か?」

 

 男神共が騒ぐ騒ぐ。

 

「やるか! ってか、最後の奴は誰だい!?」

 

 神々の中にはそんなのも居るのだろうか? 何て邪推したくなるが、そんなものを吹き飛ばすくらいの圧がサーシャより放たれた。

 

『『『『『っ!?』』』』』

 

 正確にはサーシャ本神からではないが……

 

「駄目ですよ、貴方達」

 

「な、何でだよアテナ!?」

 

「言った筈です。ベルは貴方達のファミリアにて門戸を叩いて門前払いにされたのだ……と」

 

「うっ!?」

 

「貧弱だからとか、見た目がショボいからだとか田舎者だと彼を拒絶しておきながら、レアスキルを得たからと今更欲しがるなどと」

 

 ベルを受け容れたのは唯一、ヘスティアのみだったのだ。

 

 ベル本人が移籍を望んだなら未だしも、それで欲しがるのは正しく恥知らずも良い処。

 

 娯楽大好きな神々とはいえ自らを貶めたい訳では無いからか黙るしかなく皆が皆、辺りを見回して動きを見守る雰囲気になってしまう。

 

 そんな様子を見ていたフレイヤはスッと立ち上がると、優雅な動きで入口の方へ向かうべく回れ右をしたのをロキが見つめ口を開いた。

 

「何や、もう行くんか?」

 

「ええ、知りたい事は知れたしね。それと出来れば『白兎』君には可愛い名前を付けて上げてね」

 

 パチンとウインクしながら投げキッスをする、それだけで蕩けた男神達が『Yes』と答える。

 

 その後に付けられたベル・クラネルの二つ名は――【未完の少年(リトル・ルーキー)】であったと云う。

 

(無難な名前で良かったぜ)

 

 ヘスティアとしては【美尾爛手】や【絶†影】よりはマシで喜んでいた。

 

「次はアテナん所の子やな。滑り込みで二人とは大したもんやけど……」

 

 一人はユート、もう一人がリリだ。

 

「じゃあ、先ずはリリ――リリルカ・アーデで御願い出来ますか?」

 

「かめへんけど……」

 

 資料に目を通す神々。

 

「ほう、リリルカ・アーデ。元ソーマ・ファミリアのサポーターかぁ」

 

 サポーターはロキ・ファミリアみたいな潤沢に過ぎる人材が居るのでなくば、基本的に冒険者の成り損ないとも云われる落伍者の小銭稼ぎという認識が強い。

 

 ロキ・ファミリアでもLV.1~2の者が普段はサポーターをしているし、パーティレベルでのダンジョンアタックなら中・後衛がサポーターとして荷物持ちをしたりする。

 

 ユートの居るアテナ・ファミリアでも基本的にはリリの立ち位置はサポーター、だけど此処ではサポーターだからと低く見られたりはしない。

 

 それに小人族の低い能力値がまるで補われる様に今、リリのステイタスには高い補正値が付いているから単純な腕力も低くはなかった。

 

「単なる荷物持ちちゃうんやな」

 

 荷物持ちだけで経験値が得られる程に簡単では無いのはロキも言っていた通り、だからこそ何かがあると考えるのは当然だと云えよう。

 

「この子はウチの団長が可愛がっていますから。ロキなら意味が解りますね?」

 

「ああ、そういう……な」

 

 ロキ・ファミリアの幹部――LV.5以上である第一級の冒険者ティオナ・ヒリュテ、彼女こそがユートに()()()()()()()()女の一人だ。

 

 ユートのスキル――本来の能力に加えてスキル化したソレ、元々からユートは抱いた処女を飛躍的にパワーアップさせる能力を持っている訳だが、スキル化されたコレは上げ幅こそ小さなものだったりするが、好きな部位にまるでその手のゲームみたいに数値の振り分けが可能となった。

 

 漠然と能力が上がるのもアリといえばアリなのかも知れない、だけど好きな部位に数値をぶっ込めるのも極振りが出来て愉しいもの。

 

 このスキルは元々からの能力とコンフリクトをしない為、数値にこそ表れていないがティオナもリリも普通に能力を増している。

 

 能力の恩恵を得る条件は処女をユートに捧げるという一点のみで、処女喪失というある意味では女として一つの壁を崩せれば意外と簡単に容易く手に入るのだ。

 

 数値に表れないから気付き難いけどティオナは元の能力値が高いから上げ幅も大きく、LV.6と云われても違和感が無いくらいの筈。

 

(いずれアイズたんも……とかかなぁ? ちゅーかレフィーヤ辺りはもう怪しいしのぉ)

 

 ロキは頭を抱えたくなったが、そんなロキを見てサーシャが割と余計な一言を添える。

 

「余り干渉するとアイズ・ヴァレンシュタインがお腹を大きくして報告されますよ?」

 

「……ハァ?」

 

「『ロキ、私デキた』――何て」

 

「ウギャァァァァァァァァアアアアアッ!」

 

 故に叫ぶ。

 

「な、何だ?」

 

「ロキが発狂したぞ!?」

 

 まさか『神々の嫁(アイズ・ヴァレンシュタイン)』が妊娠した想像で叫んでいるとは思わない神々。

 

 取り敢えずぶん殴って正気に戻してからリリの二つ名を話し合う。

 

「んじゃ、リリルカちゃんの二つ名は決定やな」

 

 いまいち巫座戯る雰囲気では無くなったからか意外とまともな二つ名となった。

 

「次はユートやね」

 

「そうですね」

 

 何だか凄まじい神威が放たれた気がするのは、果たして気の所為という訳では無さそうだ。

 

 その手の錫杖は嘗ての刻に地球で女神アテナが握っていたニケのレプリカ、ユートが最初に行った眷属としての仕事は彼の廃教会の地下を改造した事だったが、次の仕事としたのが聖戦で何度か視たアテナの身を鎧う物――アテナの聖衣の製作、この聖衣の左手にはアテナの楯を持ち、右の掌の上にはニケを乗せている。

 

 サーシャは【アテナの聖衣】その物は神室へと安置され、地球に於けるアテナ神殿の如く成されているのと同時に正しく神域化されていた。

 

 尚、サーシャも【神の力】を扱えないのは変わらないが【アテナの聖衣】を纏えば黄金聖闘士に匹敵する力を行使可能だが、当然ながらそれに関しては誰にも話をしてはいない。

 

 それは兎も角、普段のサーシャは街娘とも変わらぬ装いや雰囲気を醸し出しているが、いざとなればこうした厳粛な雰囲気も出せる。

 

 つまりは『沙織さんモード』。

 

 サーシャは次代のアテナたる城戸沙織みたいな事も出来る様になっていた。

 

「ロキ、先ずはユートからの伝言を」

 

「でんご~ん?」

 

「邪神なら天に還しても罪じゃないよな?」

 

「は? 邪神って何やの!?」

 

「例えば――子供の名前を弄ぶ神」

 

『『『『『っ!?』』』』』

 

 神々が思い切り目を逸らした辺りで愈々、腰に佩いた刀を抜刀する。

 

『『『『『ヒッ!?』』』』』

 

 その()()()()()に神々が息を呑んだ。

 

 

「ロキの子、地を揺らす者――の牙を以て鍛たれた白亜の刀です」

 

「ウチの子? 地を揺らす者ってフェンリルの事を言うとるんか?」

 

 嘗て前世程の昔に【ハイスクールD×D】世界でロキと敵対した時、神喰狼たるフェンリルとの闘いで両の牙を叩き折って手にしたそれを鍛える事で二振りの白亜の刀を造り上げた。

 

 元より神殺しの牙を改めて鍛えたそれは神殺しの刃と成り、更には神を斬り裂く事で正真正銘の神殺しの概念を付与している。

 

 その時に斬った神の名は――()()

 

 この神殺剣は正しくゴッドスレイヤーであり、ロキスレイヤーとして誕生するのであった。

 

 

.




 本編小説と外伝小説とアニメとwikiがウチの情報源だったりする為、アルテミスの噺やソシャゲの噺は概要くらいしか判らないけど……

 アルテミスの噺って時間軸的に何処に当たるんだろう? まだ通り過ぎて無いとは思うけど。




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第58話:第五八階層に降り立つのは間違っているだろうか

 神会の続きからです。





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 ユートの二つ名を決めるのに何故か神を殺せる神殺剣を抜き放つサーシャ、その刃から立ち上る威容と『神様を絶対殺すマン』みたいな寒気を感じる白亜の刃の美しさ。

 

 日本刀は現代日本でも武器としてのみならず、美術品としての側面も持っていると云う。

 

 武威と美観を併せ持つ武器たる刀、とある世界の国の名前からユートは蓬莱刀とも呼ぶそれは、特にロキに対して凄まじい殺意を漲らせていた。

 

「若しこの刃に晒された場合は仮に送還をされてもダメージが残るでしょうね、そして数万年くらいは癒えない傷と収まらない痛みに苛まれます。邪神として斬られてみる勇気はありますか?」

 

 ブンブンブン! ロキを含めた神の全員が首を横に振っていたという。

 

「んで、サーシャ」

 

「何ですか、ロキ?」

 

「其処までするからにゃ、ユートには二つ名に関して要望が有るんか?」

 

「ええ、貴方が【勇者】に対してした様にね」

 

 その時は可成りのお金が動いたのだが……

 

「ハァ、一応は言うてみ? 叶えられるかどうかは知らんけど」

 

 流石に神殺剣を前に意地は張れない。

 

「私の聖闘士として双子座(ジェミニ)が候補の一つですね。今一つは白い龍の皇で――白龍皇と書いてバニシング・ドラゴンです。そして真なる皇という意味で真皇」

 

 ユートは双子座と白龍皇の二つ名を名乗る事もそれなりにあるし、どうせ痛々しい中二病みたいな二つ名を戴くならどちらかを……と考え候補として挙げていた。

 

 どうせユート自身もまるで中二病を拗らせた様な二つ名――真皇や双子座や白龍皇を名乗っていたのだし、今更だから痛い二つ名を名乗るくらいは屁でも無いと言い切れるのだが、意味不明なのを他人から名付けられるのだけは御免蒙る。

 

 だからこそサーシャに神殺剣を見せびらかしながら、予めに此方の要望を伝える様に……と頼んでおいたのだ。

 

 サーシャとしても真皇とか白龍皇は兎も角としても、黄金聖闘士としての双子座であるのならば名乗って貰うのは吝かではない。

 

 それにユートの部屋には前世の再誕世界から、城戸沙織の許可の許に本物の双子座の黄金聖衣を持ち出しており、それをまるで武将の鎧兜の如く飾っているからちょっと嬉しかった。

 

 まぁ、オラリオでは小宇宙(コスモ)()()()使えないから纏うのは専ら双子座の黄金星聖衣(ゴールドスタークロス)の方。

 

 真皇は前世の刻に【魔法少女リリカルなのは】主体世界の過去で、ベルカ戦争時代の最後期にてユートが諸王との闘いで名乗った真王から。

 

 戦争をバックレて各無人世界を開拓していき、領国として成立をさせてしまってからアシュリアーナ真皇国として纏め、自らを真王から真皇へと改めてから数百年を暮らした事による。

 

 小さかったアシュリアーナ公国はアシュリアーナ真王国に成り、そして幾つもの領国を持っているアシュリアーナ真皇国に。

 

 真王妃にはアシュリアーナ公女のリルベルト・ル・ビジューを筆頭に、【黄昏の魔女】と呼ばれた暁美ほむらと【暁の魔王】とされたシュテル・スタークス。

 

 リルベルト・ル・ビジューの姉たるラルジェント・ルビジューは数百年間を沈黙していたけど、ありふれた世界に向かった時に自らを第四真皇妃と名乗っている。

 

 また、ヴィルフリッド・エレミアが愛人の如く侍ていた事実は余り知られていない。

 

 そしてこの事実から判る事、前世のあの世界に於けるジークリンデ・エレミアとはユートの子孫であると云う。

 

「それで? ロキは邪神として始末されますか? それともユートの提案を受けますか?」

 

「うぬ!」

 

「それはロキだけではありません。貴方達にも言える事ですよ?」

 

 周囲を見回せば目を逸らす神々。

 

「せ、せやけどこの神降臨の時代に神を殺すんはどう言い訳しても重罪やぞ?」

 

「それこそ闇派閥が悪しき前例を幾らでも残しているでしょう?」

 

「あ、暗殺……か……」

 

「何もユートがそれをする必要も無い。いつの間にか邪神の一柱が消え逝く……それだけの事」

 

 我知らず固唾を呑む誰か。

 

「まぁ、余り脅かしてばかりも良くありません。実のある話をしましょうか」

 

「実のある話?」

 

「ロキとヘファならもう知っています。ユートが鍛冶を出来る事とLV.6に教導が可能な事」

 

「そうね。彼のインゴットは見事な品だったのは鍛冶神ヘファイストスの名に懸けても言い放てる程だったもの」

 

 黒鍛鋼(ブラックメタル)はユートが昔に漆黒聖衣――暗黒聖衣へと名前まで変化したそれを造り直す素材としてムウや貴鬼に渡した物で、青鍛鋼(ブルーメタル)に合わせて名前を付けている。

 

 ヘファイストスも受け取っているが良い出来なのは間違いないと判断をしていたし、魔法金属としても青鍛鋼や流白銀に並ぶだけの硬度や効果を持っていた。

 

 勿論、この世界の名前が同じなだけでしかない神金剛(アダマンタイト)神剛鋼(オリハルコン)みたいな神秘金属とは比べようが無いのだけど、流石にこれらと比べるのは何かが間違っているのだろう。

 

 ユートの見立てではこの世界の超硬金属や最硬金属とは、【ありふれた職業で世界最強】の世界で最も硬いとされるアザンチウムに近い。

 

 神金剛や神剛鋼はユートの再誕世界に於いて、聖衣(クロス)鱗衣(スケイル)金剛衣(アダマース)などに使われていた。

 

 冥衣は素材からして違っていたけど。

 

「何や、それを提供する言うんか?」

 

「まさか。鍛冶系のファミリアに売りはしても、無償での提供はユートの性格からして有り得ませんね。それは雷神の剣を買ったロキ・ファミリアなら判る筈でしょう」

 

「……せやな」

 

 魔剣でありながら剣としても超特級品と云える雷神の剣、この世界の武器は第一級武装とされる椿・コルブランドの鍛った武器ですら、ドラクエで云えば九〇か其処らの攻撃力でしかない。

 

 アイズのデスペレートは不壊属性であるが故に攻撃力は七〇前後と低いし、椿の『ローラン』も一番破壊力の高い斧でさえ八〇もあれば御の字。

 

 比べて雷神の剣は攻撃力が九五、椿が全力にて最硬金属で第一級武装として鍛てば届く……かも知れないレベルだ。

 

 しかも壊れぬ魔剣としてベギラゴン級の熱量を放つ事が可能。

 

 DQに於ける呪文の効果を放つ魔法の武器というのは、それと判る相応の力を放っているのであって呪文その物を放つ訳では無い。

 

 例えば【破邪の剣】――その効果とはギラ相当の熱量をモンスターの一グループに放つ……だ。

 

 魔法力が使われているからギラ相当のというかその物でも間違いではないが、それでも実際に放つ呪文とは分けて考えるべきであろう。

 

 この世界の魔剣は触媒として剣の形状こそしてはいるが、武器としては碌な攻撃力も持たない上に下手な攻撃に使えばすぐ刃毀れをしてしまい、最悪では刃が折れてしまう羽目になる。

 

 また、魔法を放てばいつかは刃が消失して使えなくなるのに威力はオリジナルに及ばない。

 

 唯一、オリジナルすら越える威力を放てるのがクロッゾの一族が鍛った【クロッゾの魔剣】。

 

 精霊を救い、精霊の血で命を救われたのだという初代クロッゾは精霊の力を内包する事になり、魔剣鍛冶師の力を欲しい侭にした。

 

 後に喪われるまでラキア王国に言われるが侭、『鍛冶貴族』などと呼ばれて鍛ち続ける。

 

「ユートが黒鍛鋼を放出する相手なのは飽く迄もヘファやゴブニュ。当然ながら素材も鍛冶も鍛冶師が持つなら高くなります。ですが素材を別に獲られるならある程度は安くなるでしょう」

 

 実際にユートから買う方が安く付く。

 

「それと女性の冒険者で初めての交わりすら持たない者が、その初めてを捨てる覚悟さえあるならユートと交わると良いでしょう」

 

 サーシャが凄まじい事を言う。

 

「但し、自称『私は美しい』じゃなく正真正銘で美女か美少女に限りますが』

 

「へぇ、交わるとどうなるんだい?」

 

 褐色肌の美女神イシュタルが訊ねる。

 

「強くなりますね」

 

 ピクリとイシュタルの目元が蠢いた。

 

「へ、へぇ? それはどれくらい?」

 

「回数次第で限り無く。スキルの恩寵であると思って下さい」

 

「限り無く?」

 

「一度の情交で約10程度ですが、つまり一〇回も情を交わせば100となりますね」

 

「男なんて数度も出せば涸れ果てるじゃないか、そんな事ではいつになるやら」

 

「ユートは際限無く出せますよ」

 

「ハァ?」

 

「現にウチの眷属の娘も一晩に二〇回もされて、気を幾度と無く遣っていたからかされる度に気絶をしています」

 

 サーシャがコロコロと笑う。

 

「お陰で今や5000以上稼いでランクアップまでしましたから」

 

「っ!?」

 

 単純計算で一ヶ月程度をヤりまくった事になるのだが、実はまだ二〇日もヤれていないというのはベルがランクアップに要した期間が約一ヶ月半と考えれば判るであろう。

 

 イシュタルは考える。

 

 ユートというのは、サンジョウノ・春姫という自分が眷属にした狐人の少女と専属契約で寝ている男だった筈だが、春姫のステイタスを更新なんて基本的にはしないから気付かなかっただけで、若しかしたら彼女も基本アビリティの数値が上がっている可能性があった。

 

 春姫にとっては正真正銘で初めての男であり、現在での唯一の相手でもある。

 

 彼女は娼婦として遊郭で美少女の狐人であるが故に男に指名こそされたが、元がサンジョウノ家というそれなりの良家で暮らしていた事もあって極度の恥ずかしがり、ちょっと男の肌を見ただけで簡単に気絶をしてしまうのだ。

 

 幾ら美少女とはいえ気絶した女ではヤる意味が半減、それならオナホールやダッチワイフで自慰をするのと同じでしかないのだから。

 

 まぁ、この世界にそんな性具が在る訳もないにしても自慰と変わらないのなら、代わりの娼婦を派遣して貰った方がまだマシだと放置されていたから実はずっと処女の侭だった。

 

 そんな中でユートだけは根気よく待ってやり、うまうまと春姫の処女を散らしたのだ。

 

 狐耳に尻尾持ちは他にも抱いているのだけど、総じて美しくその胎内は気持ちが良い。

 

 【ハイスクールD×D】世界の八坂という母親と九重という娘、当たり前だが八坂は処女ではなかったけど幼い頃に出逢った九重は普通に処女で、九重の初めては親子丼で八坂が快感に導きながらというものだった。

 

 処女の九重と非処女の八坂という両方を味わった訳で、ユートはどちらも多少の違いこそ有れど最高のモノだったと判断している。

 

 春姫とて容姿も然る事ながら矢張りその胎内は最高に良く、彼女の真の意味での処女喪失を自分がヤれた事が嬉しくて他に遣りたくないと思ったから専属の契約をしたのだ。

 

 春姫の処女の味を知るのはユートだけであり、春姫の肌の柔らかさや温もりを知るのもユートだけでしかなく、春姫の胎内の素晴らしさを知るのもユートのみである。

 

(もう少し取り込みたいねぇ)

 

 イシュタルにとって同じ美の女神フレイヤという目の上のたん瘤が目障りで、春姫は切札と呼べる存在だからまさかくれてやる訳にもいかない、一応は身請けしたいと話はされているが春姫とは抑々が必要不可欠なだけに断っていた。

 

(誰かしら……ウチの子を奴にくれてやるかね? 代わりに優先して強くして貰うとか……ねぇ)

 

 勿論、団長の()()美女には御溢れすら与えられないのはサーシャの言葉通り。

 

 イシュタル・ファミリアはフレイヤ・ファミリアとは異なり、大半が女性の団員で構成をされている上に春姫みたいなタイプを覗けば戦闘娼婦はその殆んどがアマゾネスという種族。

 

 アマゾネスとは種族の特性上から女性しか産まれない為に本国となれば男は種馬の如く扱いで、こうして迷宮都市オラリオに来たアマゾネス達の大半が美味しい雄を求めていた。

 

(春姫に傾倒しちゃいるが、アイシャ達を邪険にしている訳でもない。何より普通に歓楽街の娼館に来れる辺りからして貞潔って訳でもあるまい。素人が好みか? ならまだ未熟なレナ辺りをくれてやるのも良さそうだね)

 

 未熟だとはいってもイシュタル・ファミリアの戦闘娼婦(バーベラ)になっているだけあって、娼婦として客もそれなりには取っているから真の意味では素人という訳ではない。

 

 データ上は【爛花(プールス)】のレナ・タリーでLV.2の一六歳、詰まりは娼婦歴が最低でも二年で年齢から最大で四年くらいだろう。

 

 戦闘種族のアマゾネスだから幼い頃から戦闘の経験は有るだろうが、流石に初めてを散らしたのは一二歳を越えてからであろうし。

 

 只、娼婦という仕事は好きでヤっているという事は間違いがなく、レナ・タリーは運命を感じられる雄を捜して今日も元気に娼婦をしている。

 

 そんな彼女をユートが受け容れるか?

 

 少なくともレナ・タリーはイシュタルの眷属、故にその神意に逆らう事は無い……筈?

 

「アテナ、一つ訊きたい」

 

「何ですか、イシュタル?」

 

「貴女の眷属、そのスキルで力を与えるというのは聴いたけれど……それは何かしらの制限などは有るのかい?」

 

「女性である事が大前提、そして先にも言った通りで自称美女では流石に無理でしょうね」

 

 つまり団長のフリュネは矢張り駄目、能力云々以前に美的感覚から不可能――というのもユートは下半身のJr.の滾りを自分でコントロールが出来るが故に、気に入らない相手に対して勃たせる事は決して無いから。

 

 有り得ないが仮にフリュネが無理矢理に襲って刺激を与えたとしても、薬を使ってもユートのJr.は反応すらしないであろう。

 

「ウチには戦闘娼婦が殊の外居るんだけどさぁ、LV.の最高が団長のフリュネの5でね?」

 

「ええ、確かに」

 

「もう少し力を付けて欲しいけど私達の恩恵ってのは簡単にはいかないもの。其処へ抱いて力を与える存在だ。私の眷属を脱退状態で一人をそちらに寄越す代わりに何人かを、LV.3~4の戦闘娼婦をユートが抱いて能力を上げてやってはくれないかい? 勿論、寄越す女も戦闘娼婦だからには処女とはいかないが美少女なのは保証するし、力を与えて貰う女も娼館で人気の高い美女美少女で固めるさね」

 

 イシュタルは理解していなかった。

 

 数人は疎かユートはイシュタル・ファミリアの全員――但し団長は除く――を、気絶してしまうまで何日間でも抱き潰す勢いでヤれる事を。

 

 そして、その意味を……

 

「今はまだユートはロキ・ファミリアの遠征に付いて行って居ません、帰ってきたら連絡をしますからその時にでも人員を送り込んで貰えますか。そうなると暫く帰れませんから一ヶ月間くらいの交代人員を用意しておくと良いでしょう」

 

「そうだねぇ、そうさせて貰うさ」

 

 煙管を燻らせながら立ち上がると会議場を出て行くイシュタルは……

 

「取り敢えずは双子座(ジェミニ)だったか? アテナ、私はそれを推してやるよ」

 

 そう言いながら去った。

 

「イシュタルがこの侭、ユートとの握手を望んでくれれば良いですが……無理でしょうね」

 

 【美の女神】の一柱が言った言葉は絶大な為、矢張りというか多くの男神が支持をしてしまう。

 

 こうなると流石に女神達も仕方がないと考えるしかないし、何柱かの女神はユートと知り合いだったからその望みを叶えたいと思っていた。

 

 デメテル・ファミリアの主神デメテルもそんな一柱で、大きな胸をたゆんたゆんと弾ませながらユートの二つ名を双子座に推す。

 

「デメテルはユートと知り合い?」

 

「ええ、ちょっとした……ね」

 

 友神ではないデメテルを愛称では呼ばないが、ヘスティアとロキみたいな関係ではないから普通に話すサーシャ。

 

 ユートがこの二ヶ月も掛からない時間でした事は多くないが、女神ヘファイストスに素材を卸したり女神デメテルの所へ堆肥を卸したりと女神と関わりを持つのは普通にやっていた。

 

 男神? 知らんがな……ではないが女神が優先をされたのがユートクオリティー。

 

 但し、美少女が居るファミリアは別というのも正しくユートクオリティーかも知れない。

 

 例えば【ディアンケヒト・ファミリア】であるならば、彼の【戦場の聖女(デア・セイント)】が居るから手を貸すだろう。

 

「フフフ、イシュタルと同意見なのはちょとどうかと思うけれど、折角だから私もアテナの眷属の二つ名に双子座を推すわ」

 

 二人の【美の女神】の推しとなれば男神に否やは無く、ヘルメスなんかは『フレイヤ様が推すのなら僕も推すよ!』とか騒いでいた。

 

 そのお陰で賛成が多数としてユートの二つ名は【双子座(ジェミニ)】に決定する。

 

 半ば神殺しの大罪をちらつかせた脅迫となりはしたが、殆んどの神はそれを『面白い』と冗談の類いでないと知りつつ絶賛したのだと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ダンジョンの深奥。

 

 オラリオに於いてダンジョンは何が起きるか判らないとされ、どれだけ浅い階層でも油断だけは決してしてはならないとされる。

 

 例えばロキ・ファミリアの殺意にミノタウロスの群が逃走、挙げ句にどんどんと階段を駆け抜けて最終的に五階層まで逃げられた。

 

 例えばその逃げたミノタウロスが冒険者に成って半月足らずな新人を襲ったとか。

 

 魔石を喰らったモンスターが強化をされたりだとか、或いはダンジョンを破壊し過ぎた結果として強力無比で凶悪なモンスターが顕れたり……だ。

 

 今、目の前でトラップが生成をされたとしてもユートはきっと驚かない。

 

 第五二層より下は地獄――【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル君はそう言って怯えていたが、それは成程と頷きたくなるもので砲竜による第五八層からの階層無視による砲撃に、ロキ・ファミリアとユートは情けも容赦もどうしようも無く晒されてしまう。

 

 まぁ、ユートはマップも有るし気配を感じれば何処から砲撃が来るか判るけど。

 

 だけどラウルは元より仮にフィンであっても、砲竜の砲撃を躱し続けるのは骨が折れる作業。

 

 ラウルとの違いはそれでも危なげ無く避け続けているという点であり、LV.5以上の幹部達や同じくLV.の椿・コルブランドは流石という他に無いくらい躱していた。

 

「ラウルさん、危ない!」

 

「レ、レフィーヤ!?」

 

 ラウルが立っていた位置に蜘蛛の糸が飛んできたのを見たレフィーヤがラウルを庇い、蜘蛛の糸に絡め取られてしまう。

 

 蜘蛛の牙がレフィーヤを待つがそんな場合ではない事態――砲撃により蜘蛛は消滅したのだけど、レフィーヤがその巨大な穴に抵抗のしようも無く落ちてしまったのだ。

 

 五二層からは規模が違う、尺度が違う、脅威が違い過ぎる――正しくダンジョンは地獄である。

 

「フィン、先に行くぞ!」

 

「判った、頼む!」

 

 ユートの科白で覚ったフィンはレフィーヤの事をユートに任せる。

 

「はっ!」

 

 ユートなら舞空術なり飛翔呪文(トベルーラ)なり光鷹翼を使うなり白龍皇の光翼なり、空を翔ぶ為の術なんて幾らでも見繕えるのをフィンは知っていた。

 

 穴に入って先ずは自由落下で落ちるユートだったけど、すぐに姿勢制御して白龍皇の光翼を背中に出すと高速飛翔に切り換える。

 

 単なる自由落下では先に落ちたレフィーヤには絶対に追い付かないからだ。

 

 重くなれば先に落ちる『ゆで理論』? それはキン肉マンの世界でやってくれ。

 

 すぐに追い付いてレフィーヤを拾うユートは、謂わばお姫様抱っこにして抱えてやる。

 

「御待たせ」

 

「ユ、ユート……さん?」

 

「ティオナ、ティオネ、ベートも間も無く来る。踏ん張り所だと心得ろよ?」

 

 気配から三人が穴に飛び込んだのは気付いていたが故の科白。

 

「は、はい!」

 

 情けなくも涙ぐんでいたレフィーヤだったが、その涙を拭って元気な返事をした。

 

 レフィーヤは顔をユートの胸に埋めた時に幸せな気分を味わっており、自分が如何に好意を懐いていたかを知るには充分過ぎる。

 

 最初の接触からして女の子としてはダメダメなもので、スキルの検証らしいがティオナとの睦み愛をこっそり視てしまった事。

 

 レフィーヤの種族柄でか目が良いから、褐色に出入りする肌色もバッチリと見えていてユートのJr.の長さと太さと逞しさがモロだったのは、乙女のハートに可成りキツかったのは覚えている。

 

 しかも何処か子供っぽい所作なティオナなのが魅力でもあるのに、あの女の貌をして悦んでいる如何にもアマゾネスな彼女は更に魅力的だった。

 

 ドキドキしたのは確かだ。

 

 ウィーシェの森――レフィーヤ・ウィリディスの故郷の森、ユートからはそんな森の薫りが漂っている気がして安堵が出来る。

 

「レフィーヤ」

 

「は、はい」

 

「フィン達はアイズも含めて恐らく正規ルートを使って五八階層を目指す筈だ。ヴィルガ――溶解液を持つ魔蟲を最速で突破するなら彼女が必須となるからね」

 

「助けは期待出来ないですか?」

 

「そうだ。だから君が闘え」

 

「っ!」

 

「今の僕は両手が塞がっている。理由は言わずもがなだけどね」

 

 レフィーヤを抱えているから両手が塞がるのはどうしようもない。

 

 まぁ、ユートなら発射位置をある程度であれば変えられるから実は大した問題では無いのだが、レフィーヤを鍛えるならそれは秘密にして闘わせた方が良いだろう。

 

 ユートはレフィーヤを気に入っている。

 

 元よりエルフは好きな方だから、『握手』を求めるエルフに限るが仲良くするのを厭わない。

 

「私を投げて下さい」

 

「ふむ?」

 

「既に階層無視で飛べるモンスターが現れ始めていますし、両手が塞がっていては翔べても不利は否めませんよね? 私は私で何とかします!」

 

「そうか、判った」

 

「へ? うきゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ユートはあっさりとレフィーヤを上へ放り投げると、白龍皇の光翼にまるで話し掛けるかの様に口を開いた。

 

 勿論、見えない妖精さんと話す痛々しいまでの趣味はユートには無い。

 

「アルビオン、禁手化をやるぞ!」

 

『私は構わんが、変身はしないのか?』

 

「普段なら様式美的にやるけど、今はやっている場合じゃないだろう」

 

『そうだな』

 

 くつくつと笑うアルビオン。

 

 ユートは前世のスプリングフィールド時代に、闘神都市と呼ばれる場所に行く事があったのだがその際に、【白龍皇の光翼】を転生特典に選んだ転生者と義妹のユーキが闘って勝利を納めた為、問答無用で転生者の某から奪ってきたのだ。

 

 よく出来た義妹にして恋人である。

 

 尚、本来のユーキはハルケギニア時代に初志を貫徹してコルベール先生と結婚をして初めても彼に捧げているが、ユートの相棒的な立場もあるから【Muv-Luv】世界へ再転生を果たして今度こそはユートに処女を捧げた。

 

禁手化(バランス・ブレイク)!」

 

《Vanishing Dragon Balance Breaker!!!》

 

 ユートはそれを宿した時から白龍皇だ。

 

 元々の白龍皇たるアルビオンとの仲も良好ではあるし、ユートの中にはもう一つ同じ龍の力が宿っているけど元来は仲が悪かったのに今は普通に話せる関係――赤龍帝ドライグとは。

 

 普段はアルビオンバックルやドライグバックルで仮面ライダーブレイドみたいな変身をするが、今回はそんな暇は無かったから普通に禁手化をしてしまった。

 

 様式美は大切なのだが……

 

 ユートが飛翔しながら見上げるとレフィーヤがアルクス・レイというマジックアローを撃って、何だか『まっがーれ!』とか言っていた。

 

「何で涼宮ハルヒなネタに走った?」

 

 否、ひょっとしたら普通に『曲がれぇっ!』と叫んだのが、ユートにはネタに走った科白に聴こえただけかも知れない。

 

 取り敢えず効果は抜群だったらしく、アルクス・レイが軌道を変えて超高速型のワイバーンらしきモンスターに追い縋り、遂には撃墜をしてしまっていたからネタに走ったとは思えなかった。

 

 レフィーヤの並行詠唱に触発されたティオネがハルバードを回転させながらワイバーンを刻む。

 

「おい、バカゾネス! 一発で構わねーからあの火の玉を何とかしろ!」

 

「確かに火耐性が付いたから大ダメージにはなんないけど、それでも私だって喰らえば熱いもんは熱いんだからね?」

 

「うっせーよ、後輩の後塵に甘んじる気かよ? やれったらやれ!」

 

「くっそー、後で覚えてろ!」

 

 ティオナはユートとのえちぃ性活を何度か繰り返したが、何度目の夜だったか? 『属性に対する耐性が選べるけどどれが良い?』と訊ねられ、よくダンジョンで使われている火に対する耐性を――と言ったら本当に火耐性が上がっていた。

 

 完全耐性ではないから受けたらダメージ〇とまではいかないが、余程でなければ『熱い』で済む程度に耐性が付いていたのである。

 

 今のティオナであるならば、リヴェリアが全力全開手加減抜きで放つ『レア・ラーヴァテイン』を喰らったとしても、その褐色の肌が無様に焼け爛れたりはしないであろう。

 

 況んや、砲竜が放つブレス如き……

 

「せぇぇのっ!」

 

 ドグゥゥゥンッッ!

 

 何という事も無かった。

 

 ティオナが盾となって砲竜のブレスを防いでいる隙を突き、ベートが一気呵成に穴を駆け抜けると踵落としの要領で砲竜を攻撃。

 

「死ねや!」

 

 ド頭を砕いて殺った。

 

 ロキ・ファミリアのダンジョンアタックに於ける最高到達階層は五八階層となってはいるけど、砲竜による階層無視の砲撃に晒された彼らは体力も道具や装備類も喪い、後一階層でゼウス・ファミリアのレコードに並ぶという時に断念する。

 

「戻って来てやったぜ、チクショー共が!」

 

「二番乗りっと」

 

 降り立つはベートとティオナ。

 

「【雨の如く降り注ぎ】【蛮族共を焼き払え】」

 

「避けなさい、あんた達!」

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカ!」

 

 無数の炎球が文字通り降り注ぐ。

 

「レフィーヤ、ティオネ!」

 

 三番手と四番手にレフィーヤとティオネが降り立って……

 

「竜ばかりだな」

 

『フッ、私の足下にも及ばんがな』

 

 五番手に真なる白き龍の神皇たるユートが降り立つのだった。

 

 

.




 本来なら神殺しは大罪ですがユートは飴を用いる事で和らげ、神々も面白い事が大好きな性分だからかジョークか何かで済ませました。

 尚、原作でフレイヤの一言がベルの二つ名の方向性を決めた様に、美の女神の二柱が意見を出した為に二つ名は決まってしまいます。




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第59話:穢れた精霊との邂逅は間違っているだろうか

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 深層域の第五八階層。

 

 砲竜と呼ばれるドラゴン以外にも飛竜が飛んでいたりと、竜種が数多く見られる階層なのかも知れないとユートは辺りを見回す。

 

『これならアレを使えば存外簡単ではないか? とはいえアレを使うと私の力は使えなくなるのだがな』

 

「確かに……ね」

 

 ユートは【白龍皇の鎧ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル】を解除する。

 

 ユートはカンピオーネだ。

 

 正確にはユート・スプリングフィールドだった頃に【ハイスクールD×D】世界で消滅し掛けて、それを救うべく真の上司たる【朱翼の天陽神】たる日乃森シオンに連れられて【カンピオーネ!】の世界に降り立ち、既に幾らか神氣を獲ていたからパンドラにその場でカンピオーネに転生させて貰ったのである。

 

 因みに幾つか世界観が混ざる混淆世界だったのだが、【風の聖痕】が大きな位置を占めていたので八神和麻を筆頭に仲良くしていた。

 

 カンピオーネへの転生はどれだけ死に掛けている肉体でも修復される為、転生をした時点で来た目的そのものは達成しをていたのだけど基本的に【最後の王】との決戦まで残ったし、後にまだやり残していた【風の聖痕】のイベント――本来ならメインヒロインな神凪綾乃が高校生になってから起きるそれを消化すべく再び行っている。

 

 本来ならというのは主人公たる八神和麻には、愛して止まない恋人たる翠鈴がユート介入で生きているから、綾乃へと興味を全く移さなかったのでヒロインに成れる訳が無かった。

 

 【カンピオーネ】の特徴として幾つか挙げられるのは、何と云っても矢張り神から簒奪した権能を扱える事であろう。

 

 簒奪した神によって様々な権能を得られるし、仮に全く同じ神を弑逆したとしても同じ権能を得るとは限らない辺りが面白い。

 

 次に挙げるのは権能を扱うに相応しい肉体へと転生時に改造される事。

 

 骨は鋼鉄みたいに強靭となり、筋肉も可成りの強化をされ、皮膚もまるで強化ゴムみたいなしなやかさと硬さを兼ね備えたモノと成る。

 

 簡単に云うと何処かの格闘技のチャンピオンに挑んでも勝てるくらい強くなる筈だ。

 

 【刃牙シリーズ】を識るならこう云えば解り易いか? そこら辺のモブ程度の能力しか無かった人間が行き成り範馬勇次郎並になる……と。

 

 別に勝てるとは言っていない。

 

 まぁ識らなけりゃイミフだけど。

 

 只人とカンピオーネではそれだけ隔絶した差が付いてしまう。

 

 勿論、元々の能力も影響されるが……

 

 そしてやはり高いMPと魔力強度を得る事で、例えるならばポップが大魔王バーン並に成る様なものである。

 

 ユートはこれを水場に例えていた。

 

 一般人が水溜まり、魔術師がプール、カンピオーネが湖――カスピ海くらい――で神が海だと。

 

 その規模を鑑みれば解るだろう、如何に頑張ろうが()()()()魔術師がカンピオーネに敵う道理など有りはしない。

 

 そんなカンピオーネとしてユートは神々など、力を持つ存在の力の根源を簒奪する事により得た権能はそれなりに有するが、その中には特定の敵を弱体化する権能なんてのも在った。

 

 即ち竜蛇の類いである。

 

 ユートの場合はその元々の太陰体質上からか、力さえ取り込めば自動的に――パンドラの力に頼らずとも、果ては【カンピオーネ!】世界の中で無くとも権能を得られた。

 

 竜蛇の弱体化を招く権能は【カンピオーネ!】世界から【ハイスクールD×D】世界へと還って、【龍喰者(ドラゴン・イーター)】サマエルとの闘いの果てに手に入れた権能である。

 

 本来の【聖書の神】が決して持ち得ない筈であろう『悪意』、それを堕天使となったサマエルは一身に受けて半龍半堕天使のキメラみたいな姿に堕とされ、理性も奪われて本能で龍を喰らうだけの云わば怪物に成り果てていた。

 

 それを喰らい力と成したユートは骸骨神により危険視されたが、知った事では無かったし何より三大勢力の幹部陣の全てがそれを受け容れた上、他の神話体系――選りに選ってギリシア神話体系も含めて――もハーデスの味方は殆んど居なかったのだからどうしようもない。

 

 当然だろう、勝手に封印を解いてテロリストに平然と貸し出す骸骨と理性と知性を持つユート、どちらの手に【龍喰者】が在るのを善しとするかは瞭然なのだから。

 

 況してやユートは異邦人(ストレンジャー)、ならばいずれは居なくなるのだ……厄介なサマエルの力と共に。

 

 とはいっても、厄介なサマエルを内包していながらユートを慕い最終的には後継者を育て上げ、ユートに付いて行った幹部が何人か居るけど。

 

 セラフォルーとかガブリエルとかベネムネと、天界や冥界の美女ばかりだけど前者二人は元々が仲好くしていたから、ベネムネはトライヘキサ戦で救われたのが切っ掛けとなった。

 

 因みにレイナーレが女性幹部として昇進をした形になっている。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

「四人共、ドラゴン系は僕が叩くから暫く詠唱の時間稼ぎをしてくれ!」

 

「ああ? まぁ、やってやんよ」

 

「任せて、ユート!」

 

「構わないわ」

 

「私、ユートさんに近付けさせません!」

 

 四人が頷いたのを見て聖句を唱える。

 

「呪え、呪われよ我が怒り以て竜蛇を呪え赤き堕天使……神の毒。我が悪意にて全ての竜蛇を呪え呪え呪え呪え呪え……呪い在れ!」

 

 それは正しく竜蛇に対しての悪意。

 

「【神の毒より呪い在れ(ドラゴン・イーター)】!」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 ユートがその権能に与えた名前を唱えた瞬間、世界がドロリとした禍々しくも静脈から流れ出る血流の如く紅黒い世界に反転をした。

 

 人間に悪影響を及ぼしたりしない結界だけど、余りに重苦しくて吐き気を催したり息が止まり掛けたり、本当に悪影響が無いのか問い質したい程に三人は苦しそうにしている。

 

 だけれど、諸に悪影響を受けているのであろうヴァルガング・ドラゴンやワイバーンからしたら堪ったものではなく、ブレスを吐き出す事は疎か空を飛んだり地を歩くのも億劫となる程。

 

 上空からボトボトと墜ちてくるワイバーンに、地を這うかの如くなヴァルガング・ドラゴン。

 

 その力は一〇〇分の一にまで弱体化する上に、再生などは決して出来なくなってブレスや飛行も不可能となり、更にはユートが闘うのに限って云えば一〇倍の能力を出せてしまう。

 

 正しく竜蛇への悪意しかない結界。

 

 但し、ユートも龍因子を持つ能力など一切合切が使用不可能となる諸刃の剣。

 

「フッ、ティオですら墜ちる権能をお前らが如き雑魚が敵うと思ってくれるなよ? これを喰らえ……そして死ね! 爆裂豪雨(イオ・レイン)!」

 

 ユートによる爆裂豪雨(イオ・レイン)が降り注ぐ。

 

 ユートの魔力量は膨大で魔力強度も強大な為、流石に大魔王バーン程では無いが一段階くらいなら強大な呪文が放てる。

 

 それを応用して小さな呪文に分割した。

 

 極限爆裂呪文(イオグランデ)を準備してそれを数百個に分割をして、一発一発は大きさがイオで威力がイオラのレベルにまで落とす。

 

 そして集中豪雨の如く降り注がせる事で完成と成すのが豪雨(レイン)の呪文だ。

 

 これの良い所はどの攻撃呪文にも応用が利くという事で、即ち火炎呪文(メラ)氷結呪文(ヒャド)爆裂呪文(イオ)真空呪文(バギ)閃熱呪文(ギラ)雷撃呪文(デイン)暗黒呪文(ドルマ)などで豪雨の呪文に変換が可能。

 

 実は以前――とある世界に疑似転生をした際には小さな呪文そのものを数百発くらい用意して放っていた豪雨だが、それだと消費MPが一番小さなメラですら五〇〇発も用意したら一〇〇〇の消費をしてしまう。

 

 だから逆に考えてみた、いっそ大呪文を分割したらどうだろうか?

 

 つまりはメラガイアー、バギムーチョ、ギラグレイド、ジゴデイン、ドルマドン、イオグランデ、マヒャデドスの最大呪文を分割し小型化をして撃ち放つのだ。

 

 目論見は大成功を収めて一〇〇にも届かないだろうMP消費で同じ規模、寧ろ単純な威力だけなら勝る程の豪雨呪文となってしまった。

 

 何とも頼もしい結果。

 

 イオラ級のイオという見た目の呪文が雨霰と降り注ぐのを、砲竜も飛竜も避けるでもなく耐えるでもなく等しく喰らって死んでいく。

 

「マ、マジかよ?」

 

「凄いよユートってば!」

 

「やってくれるわ、団長が居なかったらティオナみたいにアマゾネスの本能が昂ったわね」

 

「あ、あんな大規模殲滅魔法を!?」

 

 威力は中級に過ぎなくても魔力強度が高いからダメージ加算が大きく、ドラゴンだとはいえども弱体化していては死亡をする事は必至。

 

 ズドォォォォォォオオオンッッ!

 

 驚いていると自分達が落ちてきた穴から何かが再び落ちて、凄まじいまでの重低音が地響きと共に鳴り響いて思わず目を向けると……

 

「よぉ、生きとるかひよっこ共にユート」

 

 其処には巨大な戦斧を肩に担ぎながらも此方を視る【重傑】ガレス・ランドロックが居た。

 

「って、ドラゴン共が全滅じゃと!?」

 

 砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)飛竜(ワイバーン)の灰を見て驚きの声を上げてしまうガレスだが、すぐにそれがユートの仕業であると看破したらしく瞑目しながら溜息を吐く。

 

「成程、ユートが某かしたのじゃな」

 

「まぁね。ドラゴンにとって僕は最悪の相性ってやつなのさ」

 

「何とまぁ……五一階層の強竜(カドモス)を一人で二匹も屠るだけはあるもんじゃわい」

 

 手にした『カドモスの表皮』なるドロップアイテムが二枚、ディアンケヒト・ファミリアに売却をしているそれはユートの常時発動型である権能――【この素晴らしい世界に祝福を!(ブレッシング・ジ・ゴッデス)】により容易く手に入った。

 

「おっと、どうやら来たらしい」

 

「む、新種じゃな」

 

 ロキ・ファミリアでは新種で通っているのは、芋虫っぽい巨蟲のモンスターで名前はヴィルガ。

 

「うぇ、五七階層への階段が~」

 

 以前に自分の武器を溶かされたからだろうか、凄く厭そうな顔をしてヴィルガを視るティオナ

 

「見事に埋まってますね」

 

「団長の邪魔でしかないわね」

 

「フン、邪魔なら取り除くまでだろうが。やる事は同じだ」

 

 レフィーヤは出入口がヴィルガで埋まってしまって困り、ティオネとベートはそんな巨蟲に対する殺意がマシマシである。

 

「フィン達が来るまでは凌ぐぞ、良いな?」

 

 攻撃力重視の得物を右手で右肩に担ぎ上げて、不壊属性『ローラン』の斧を左手に持って瞑目をするガレスはロキ・ファミリア幹部に言う。

 

「『ヴィルガの表皮』や『ヴィルガの溶解液』、ギルドでは買い取ってくれないんだよな」

 

 本来は斃せば当の巨蟲自身の腐食液で溶けて無くなるヴィルガだけど、ユートの権能やアイテムストレージの機能によりドロップアイテムとして入手が出来る。

 

「ふむ、では征くぞ!」

 

 ガレスが音頭を取って六人が進む、階層を降って来た無数のヴィルガに向かって。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 果たしてこの階層に来てからどれくらい闘っていたろうか?

 

 ヴィルガは新たに湧いた砲竜を襲う連中も居る中で、普通にユート達の方へと向かってくる個体も矢張り存在していた。

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカ!」

 

 ヴィルガに放たれる火の魔法、MPがどんどん削られていくレフィーヤに疲労が見て取れるが、それは溶解液を吐かれる緊張感でストレスを感じるベート達も同様。

 

「レフィーヤ!」

 

「はい?」

 

 ユートに呼ばれたレフィーヤが素直に振り向いたのを見て……

 

 ズッキュゥゥゥゥゥンッ!

 

「んんっ!?」

 

 ディープに舌を絡めるキスをした。

 

「何を盛ってやがんだ!?」

 

 忙しい中で行き成りラブコメを始めたのを視たベートがキレる。

 

 ヌルリと唇が離れる際に唾液が絡み橋を架けており、余りの突然過ぎる感覚に真っ赤になりながらトロンと蕩けた瞳のレフィーヤ。

 

「未だ【閃姫】じゃないレフィーヤではエネルギータンクを使えないからな」

 

「っ! 精神力が回復した?」

 

「口移しでディバイド・エナジーを使ったんだ。戦闘中に精神力枯渇(マインド・ダウン)とか困るからな」

 

「それは確かに助かりましたけど、キスなんてする必要あったんですか?」

 

 戦闘中の仲間の居る中でキスをされてしまい、レフィーヤは羞恥に晒されて長い耳まで真っ赤になっていたのだが、それでも訊くべき事は訊こうというのかユートに質問を投げ掛ける。

 

「普通にディバイド・エナジーをやるより口移しの方が抵抗やロスが小さいんだよ。当たり前だが仲好く無い相手や男にはやらんがね」

 

 というより、レフィーヤとキスをしたかっただけというのが大きいかも知れない。

 

(レフィーヤも大分、受け容れ易くなったもんだよな。エルフの性質を初めから気にしていなかったとはいえ、だからといって身持ちは普通に堅かったからな)

 

 この世界のエルフ族は種族全体で基本的に肌を晒すのを忌避しており、同性異性に拘わらず素肌での接触を厭う方向性にある。

 

 然しながらレフィーヤはそういったエルフが持つ特有の性癖に染まらず、勿論ながら下手に肌を晒したりする訳では無いにせよ、異性が相手でも肌を触れて忌避したりはしていない。

 

 キスなんて肌の触れ合い云々を差し引いてみても有り得ないが、其処はレフィーヤがユートに対してLoveの方向で好意を持っているからこそ許されたに過ぎなかった。

 

 そうでなければひっぱたかれる以前に魔法を撃たれて処されていたであろう。

 

 第一級冒険者【重傑】のガレス・ランドロックの力と耐久はオラリオでも一、二を争う程だからドラゴンが相手でもその超が付くくらい前衛特化型の彼ならば、尻尾をふん捕まえ振り回して他のドラゴンにぶつけるなんて離れ業も可能ではあるのだがどの道、そう何度も出来る事では無いからユートが砲竜や飛竜などを落としてくれたのは、正直に言って有り難かったらしい。

 

 レフィーヤの魔法で腐食液を飛ばす芋虫を潰しつつ、弱ったドラゴンをヒリュテ姉妹やガレスやベートが順次斃していく。

 

 ユートはユートで魔法を使って芋虫を屠りつつ剣で砲竜などを斬っていた。

 

 上ではフィンを中心に、アイズやリヴェリアを攻撃の中核としてロキ・ファミリアの第二軍達がサポートをしている形で下を目指す。

 

 LV.5の第一級冒険者たる椿・コルブランドも攻撃部隊、LV.4の二軍――【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドや【純潔の園(エルリーフ)】アリシア・フォレストライトやナルヴィ・ロールやクルス・バッセルの支えも充分に必要性が高い。

 

 尚、ナルヴィとクルスも第二級冒険者であるからには二つ名が在る筈だが、ユートは特に親しい訳でも無い上に大して話した事も無かったから、この二人の二つ名は知らなかったりする。

 

 この最中に巨蟲を操る謎の黒ローブとの戦闘になったが、ラウル達の活躍もあって上手く撃退をした事は後にアリシアから聞いた。

 

 レフィーヤだけではなくアリシアまでも? とか思うかも知れないが、元よりユートはエルフに隔意を持たないからか何時しかエルフに好かれ易くなっていたし、何より真祖樹との契約によってエルフが好むフェロモンでも出ているかの如く、故にこそリュー相手に手を繋ぐ事すら出来る。

 

 第五八階層では芋虫が他のモンスターを襲撃しつつ、何故か更に下へ向かう階段を目指して移動をしていた。

 

 ユートな竜系モンスターを弱体化させたのが、謂わば裏目に出てしまった形であろう。

 

「奴ら、モンスターを喰らっているけど強化種に成った感じはしないな」

 

「確かにのぉ、あれだけ喰っておれば強化されようものじゃがな……」

 

 芋虫――ヴィルガは見る限り砲竜などを襲っては喰っているのに通常は強化種という形に所謂、進化する筈がそんな様子を微塵にも見せない。

 

(モンスターがモンスターを喰らうという現象、然し……ダンジョンでは本来なら有り得ないともされている。何故なら全てのモンスターとは即ちダンジョンを母とするダンジョンの子供だから)

 

 神々の子供とされる地上のヒト種は互いに相争う事を平然とするが、ダンジョンのモンスターは普段だと決して同士討ちをしないとか。

 

 ヴィルガは操られている上に人工的に産み出されたモンスターだから除く。

 

(モンスターの排除対象はヒト種の筈、それでもモンスター同士が喰らい合う背景が有るのだとすれば、例えばそのモンスターがヒト種の魂を内包していたのだとしたら?」

 

 一度でも喰らえば箍が外れてしまうのだろう、だけど最初の一匹はヒト種の魂を内包しているならば? ユートが思い出すのは知能を持って接してきたリザードマンのモンスター。

 

(彼らの目的は地上に出て明るい陽の下に人間達と暮らす事。ならば知能を持つとはいえモンスターがどうしてそんな夢を持った? ダンジョンが顕れてどれだけが過ぎたか、バベルにより蓋をされてかれこれ千年が経つという。ダンジョン産のモンスターが転生して新たなモンスターに成るのは間違い無い、ならば幾千幾万もの人間が殺された()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をしてもおかしくは……無い!)

 

 ユートがダンジョンに潜る理由の一つとなっているのが彼ら、知能を持ったモンスターに関する考察にあるとも云えた。

 

 この世界には神々が普通に存在してあの世にしても神々の各系列で創られており、あの世を支配する神によって各々が管理運営をされている。

 

 ハーデスも居ればアヌビスも居る、だからこそユートの創造した冥界がこの世界に干渉をする事が叶わない為、地縛霊や浮遊霊としてこの世に残る魂以外にはコンタクトも出来ない。

 

 だから人間の魂が果たして十全に昇天しているか判らないし、故にこそ赤いリザードマンのリドという異端児(ゼノス)にも興味が湧いた。

 

 リド達の夢や欲求は人間だった頃の『地上へ帰りたい』という、死ぬ前に抱いていた原初の記憶に他ならないのではなかろうか?

 

 問題は仮に嘗ては人間だったのだとしても今はモンスター、地上の人間は基本的にモンスターを憎んでいる場合が多いから上手くは往くまい。

 

(怪物祭はその為のもの……か)

 

 ガネーシャ・ファミリアが催す祭ではあるが、ギルドからの指令だという事もあったらしいのはアテナ――サーシャからも聞いた。

 

(少なくとも神の中でガネーシャは肯定的に捉えている。他にも神の協力者が居る可能性が高いけど誰だろうな?)

 

 サーシャは気付いているみたいだけど特に協力者という感じではないし、ロキ・ファミリアとかフレイヤ・ファミリアは有り得ない。

 

(ヘファイストスも違う、最近までファミリアすら持たなかったヘスティアも無い。性格的にならミアハは協力しそうだけどカツカツな生活をしていた彼にそんな余裕も無い。ああ、ヘルメスなら有り得そうだよな)

 

 色々と思惑は有りそうだが……

 

(ウラノスに渡りを付けるしかないか)

 

 あのメイジが独力でやっているとは思えない、ならば神の協力者――というよりそちらが黒幕的な存在であろうが、ウラノスこそそうではないかとユートは考えていた。

 

「ウィン・フィンブルヴェトル!」

 

「む?」

 

 第五七層に上がる階段から迸る程の冷気が吹き荒ぶ、その勢いに押されてしまって巨蟲共がこの階層に凍り浸けとなって吹っ飛ばされてくる。

 

「フィン達が来たみたいだな」

 

 ユートが呟く。

 

「アイズさん!」

 

「リヴェリア!」

 

「団長ぉぉ~っ!」

 

 降りてきたアイズ、リヴェリア、フィンを見てレフィーヤもティオナもティオネも嬉しそうだ。

 

「喜ぶのは後だ! 残存するモンスターを掃討するぞ!」

 

 フィンからのオーダーを受けて揃った第一級冒険者による掃討戦が始まる。

 

 殲滅力の高いリヴェリアが魔法で減らしつつ、火力のあるアイズが個別に破砕していった。

 

「アイズさん、大丈夫でしたか!?」

 

「うん、平気。皆も大丈夫そう?」

 

「ユートも居たし、ガレスも居たからね」

 

 レフィーヤの質問に答えたアイズが逆に問う、それに応えたのはユートに組み付くティオナ。

 

 LV.7に到達したガレスと、そんなガレスと更に足踏み状態なリヴェリアとフィンをオラリオ最高峰にまで押し上げたユート、この二人が居たから安心感は半端なく高かったらしい。

 

「それにしても、パーティは二分されてしまったが第五八階層は攻略が出来たな」

 

「ふん、初見じゃなけりゃどーとでもなるっつーんだよ!」

 

 リヴェリアが辺りを見回しながら言うと胸を張ってベートが答えた。

 

「ユート、どうしたの?」

 

「いや、確か第五九階層から先は『氷河の領域』だと聞いていたんだがな。嘗て最強を誇ったとされるゼウス・ファミリアですらまともに進めなかった程の極寒……の割には階段から冷気が伝わって来ないなと思ってね」

 

 組み付いたティオナの質問、ユートは下へ降りる階段を見つめながら訝しい表情となる。

 

「そうだな、ゼウス・ファミリアの誇張だったとも考え難いし……」

 

 フィンも階段に手袋を外した素手を翳しながらユートの言葉を肯定した。

 

「フィン、どうする?」

 

「用意していた耐寒装備は無し、総員は速やかに食事と回復を。そして装備品の確認へと移れ! 半刻後に出発をするぞ」

 

 この先は最早、誰もが……神々でさえ目撃をした事が無いであろう『未知』の領域である。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 降りた第五九階層は『氷河の領域』処か蒸し暑さを感じる密林だった。

 

 前進をすると天井にはあのモンスターの卵? ぽい、第二四階層でも見たそれが所狭しと並んでぶら下がっている。

 

 そして開けた場所に巨蟲共が跪く兵隊の如く、自らの魔石を女王へと捧げている姿が。

 

「あれは『宝玉』の女体型(モンスター)……」

 

「寄生したのは『死体の王花(タイタン・アルム)』か?」

 

 ガレスもリヴェリアも驚愕する。

 

「チッ、そういう事かよ。ヴィルガは初めっから強化種に成らない様に調整されていたって訳だ。そして溜め込んだ力を『宝玉』の女体型モンスターに喰わせる役割って事だな」

 

「拙い、つまりアレこそが強化種か!」

 

 ユートの推察にフィンが叫んだ。

 

 それを顕すかの如く女体型モンスターの先端が変異を始め、何とも見た目には美しい長い髪の毛を棚引かせる女性の姿を取り……

 

「そ、そんな……まさか!?」

 

 アイズはその姿に目を見開いて呟く。

 

「アリア!」

 

 女性はアイズを視て嬉しそうに叫んだ。

 

「アリア、アリア、アリアッッ!」

 

 アイズ……では無く()()()……と。

 

 上半身の見た目だけなら可成りそそる容姿をした正に絶世の美女、流石は完全たる高次元知性体の神々により生み出された存在――精霊。

 

 だが然し、その在り方は反転している。

 

 Fate/stay nightなどで云えばオルタナティブ化だろう、例えば美味しい料理に舌鼓を打っていた高潔な騎士王がジャンクフード大好きな憎悪にでも駆られた目をした黒騎士王に成るみたいな。

 

 人間達に合力し、その末に敗れてモンスターに喰われ死した挙げ句の果てにこうして再利用をされている精霊を憐れんでも意味なんかは無くて、今は単純明快に一つの脅威として闘い斃してしまわねばならない存在であったと云う。

 

「神々の子とモンスターの融合、正しく地上に於ける可能性だけどウラヌスは喜びと哀しみのどちらの度合いが大きいかね?」

 

 下界の可能性を見出すべく下天したウラヌス、だがその可能性の一つはまさかの“穢れた精霊”とでも呼ぶべき存在、完璧な美貌を持った女性体な上半身が“死体の王花”から不気味に迫り出して、まるで子供の様な無邪気に過ぎる瞳をキラキラとさせながらアイズをアリアと呼んでいた。

 

「アリア、 アリア! 会イタカッタ会イタカッタ会イタカッタ! 貴方モ一緒ニ成リマショウ」

 

 其処に浮かぶは狂喜。

 

「新種のモンスター達は言ってみれば触手に過ぎなかったという訳か。女体型をあの最終形態とでも云うべき姿へ昇華させる為の!」

 

 フィンが青褪めながら言う。

 

「貴方ヲ食ベサセテ?」

 

 最早、名前すら喪われた穢れた精霊が狂喜とも無邪気とも取れる完璧な美貌から、腹を空かした餓鬼にも等しい笑みで口をパッカリと開いた。

 

「総員、戦闘準備だ!」

 

 フィンは普段使いの槍と不壊属性の槍で二槍流にしながら指示を出し、アイズもデスペレートを握り締め、ティオナとティオネも同じく椿謹製な不壊属性ローランの武器を手に構えを執る。

 

 美貌……という意味ならアイズも負けてはいないのだが、あの精霊の言葉を受け止めるなら恐らくアイズも精霊――アリアなる存在と近しい。

 

 事実、ユートが観察をしていたら穢れた精霊の『アリア』呼びに表情を変えていた。

 

(精霊は神々と同じく子を成さないとは聞くが、一応はヴェルフみたいな例も存在しているしな)

 

 或いは子を成す事に性行……成功した精霊が居てもおかしくは無い。

 

 ヴェルフ・クロッゾ――先祖が精霊を助けた事でその生命を失い掛けた際、精霊が自らの血を飲ませる事によって生命を繋いだのだが、それにより魔剣鍛冶師の力を獲得している。

 

 その力は子々孫々に受け継がれたけど、それに溺れたクロッゾの一族は強大なクロッゾの魔剣を鍛ち続けていき、エルフの故郷すらも焼き尽くしてしまった挙げ句の果てに魔剣鍛冶の力を喪う。

 

 何の因果かはたまた祟りか、魔剣鍛冶を望まぬヴェルフ・クロッゾに再び力が宿っていた。

 

 そんなヴェルフも或る意味で精霊の子、正確には初代クロッゾが精霊の子でヴェルフはその子孫という形となるのだろう。

 

「フフッ」

 

 穢れた精霊は自身こそが上位存在だと云わんばかりに指示を出し、それに応えるかの如く纏めて群れにて動き始めるヴィルガ。

 

「フィンよ、儂も前衛に上がるぞ!」

 

「当然やる事ぁいつもと変わらねえ! 要するにぶっ殺す!」

 

 ガレスとベートが駆けると同時に……

 

「レフィーヤ、狙いはあの女体型だ! すぐにも詠唱を始めろ! ラウル達は魔剣を使ってアイズ達の援護を!」

 

 レフィーヤ達へ指示を飛ばす。

 

「わ、判りました!」

 

「了解っす!」

 

 リヴェリアが雷神の剣を二軍組に渡すと自らの武器たる杖を構えた。

 

「リヴェリア、詠唱は待て」

 

「どうした?」

 

「親指の疼きが止まらない、何かが……そうだ……何かが来る!」

 

 ティオナとティオネの攻撃が触手とも触腕とも取れる太い蔦で防がれる。

 

「重いっ!」

 

「どんだけ魔石を喰らったのよ!?」

 

 二人が愚痴った。

 

「【火ヨ来タレ】……」

 

 そしてフィンの懸念は当たる。

 

「モンスターが詠唱じゃと!?」

 

 その不可思議に驚愕のガレス。

 

「リヴェリア、結界を張れ! 砲撃だ、敵の詠唱を止めろぉぉっ!」

 

 先ずはリヴェリアへの指示、故にそれに従って九魔姫は自らの魔法を詠唱し始めた。

 

「【舞い踊れ大気の精よ光の主よ】」

 

 レフィーヤが魔法を、ラウルやクルス達も手にした魔剣から篭められた力を解き放つ。

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカ!」

 

「い、一斉射っ!」

 

 幾条幾重にも魔法がぶつかる。

 

「【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ】」

 

 然し欠片にも、爪の先程度にも穢れた精霊がには痛痒をまるっ切り与えてはいない。

 

 その可憐な声はまるで唄うかの如く下位存在たる自意識を持たない小精霊へと指示を出してて、その精霊部分の美しい上半身は舞い踊るかの様に華麗に動いていた。

 

「【紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ】」

 

「【森の守りの手と契りを結び】……」

 

「【突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命】」

 

 驚愕に打ち震えるリヴェリア、その穢れた精霊が唱えていたのは超長文詠唱だったのだ。

 

「【大地の歌を以て我等を包め】」

 

「【全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄(カレ)(トキ)ノ代償ヲ――】」

 

 しかも疾い、其処まででは無い筈のリヴェリアの詠唱と明らかに互角以上の速度。

 

「【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)――】」

 

 間に合うか?

 

「【大いなる森光の障壁となって我等を守れ――我が名はアールヴ】!」

 

 アイズもヒリュテ姉妹も前衛としての働きが出来ず詠唱を潰す処か近付く事すら困難、それ故にフィンは即座に見切りを付けて命令を叫んだ。

 

「全員、リヴェリアの結界まで下がれ!」

 

 モンスターに堕ちても精霊は精霊。

 

「【ヴィア・シルヘイム】ッッ!」

 

「【ファイアー・ストーム】」

 

 半球状の結界がリヴェリアを中心に展開され、仲間達が背後に回って結界の内部に退避。

 

 逆に穢れた精霊はそのぷっくりとした形の良い唇を“う”の字を紡ぎ、両掌の上に小さく儚い輝きを灯す蝋燭の如き炎に息を吹き掛ける。

 

 小炎は放たれて地上へと落下、地面へと辿り着いたその瞬間――轟っ! 文字通りの炎嵐(ファイアー・ストーム)と成りて階層全体を燃やし始めた。

 

 地上のヒト種族が【神の恩恵】を授かってからコッチ、赦された魔法の数は基本的に一~三つまでだと定められている。

 

 背中の【神の恩恵】に魔法スロットが存在し、それを埋める形で魔法が発現していくからだ。

 

 魔法に秀でたエルフ族ならその三つのスロットを持つ者も当然居るだろう。

 

 事実としてハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴ、そしてレフィーヤ・ウィリディスの背には三つの魔法スロットが存在していた。

 

 然しながらロキ・ファミリア幹部のリヴェリアと弟子であり、彼女の後釜であるとリヴェリア本人が認めるレフィーヤはその枠に囚われない。

 

 三種の魔法に三段の位階、都合にして九つもの魔法を操るリヴェリアという規格外、そして誰が使いどんな魔法か理解していれば“召喚”という形で魔法を使える矢張り規格外なレフィーヤ。

 

 正しく規格から外れた存在だ。

 

 神々から与えられた二つ名には、リヴェリアが【九魔姫(ナイン・ヘル)】でレフィーヤが【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。

 

 魔法国家たるアルテナを揺るがす二人の規格外ではあるが、そんなリヴェリアが使う結界魔法を僅かな――時間にして数秒と保たず罅割れさせる穢れた精霊の炎。

 

「ガレス、アイズ達を守れぇぇっ!」

 

 驚愕しながらも叫ぶリヴェリア、それに応える様にガレスがデカい楯を前面に押し出して防御をするも、結界と同じく……正確には結界より早く破壊された楯、ガレス・ランドロックは自らの肉体を以て最後の楯と成した。

 

 全員が吹き飛び喘ぐ。

 

 第五九階層の森が全て消し飛び、階層その物の地形すら変えてしまった魔法に誰もが戦慄するしかない。

 

 LV.7とはいえ成り立てでしかない最高幹部達、矢張り成り立てなLV.6のアイズ、後は未だにLV.5でしかないベートやヒリュテ姉妹や椿・コルブランドに、オマケにしか成れていないLV.4のラウルやアリシア達。

 

(ふむ、増援を喚ぶか?)

 

 そして結界内に居なかったにも拘わらず無傷で佇み、腕組みをしながら穢れた精霊を見上げているユートはそんな事を考えていたのだと云う。

 

 

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第60話:穢れた精霊を“浄解”するのは間違っているだろうか

 可成りハチャメチャな内容に……





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 第五九階層の森が全て焼滅してしまっており、ガレスが全身を以て守らなければ下手したら死者すら出ていた攻撃に、ロキ・ファミリアは統領のフィンも最高幹部のリヴェリアも楯になっていたガレスも、そして幹部であるアイズもティオナもティオネもベートも……況んやLV.4のラウル達や魔力の強さは兎も角として能力的にはLV.3であるレフィーヤも、ユートを除く誰もが死々累々にして這々の体で倒れ伏していた。

 

 ナルヴィはユートを見て――(何であの人だけ無傷なの?)と、世の理不尽というものを見せ付けられた気分になっていたと云う。

 

「【地ヨ唸レ――】」

 

 殆んど間を空けずに再び可憐にして死を誘う詩が美しい、然れども間違い無く恐怖を煽る精霊の声が上半身から紡がれ始めた。

 

「【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃(ヒカリ)ヨ星ノ鉄槌ヨ 開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地(ヒトツ)ト為レ 降りソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災 代行者ノ名ニオイテ命ジル 与エラレシ我ガ名ハ地精霊(ノーム)大地ノ化身大地ノ女王(オウ)――】」

 

 余りにも美しい歌声でありながら、それを聴く者達は悍ましさすらも感じてしまう反転精霊の唄、しかも唱われるその詠唱は破壊に特化した魔法の其れである。

 

「ラウル達を守れえええええっ!」

 

 声よ枯れよと云わんばかりの絶叫にも等しい、フィン・ディムナの命令に第一級冒険者たる幹部が即座に動くも、穢れた精霊は何ら躊躇いも無く呪文詠唱を完成させた。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 アイズもレフィーヤの前でエアリエルの詠唱を行って、自らが手にしたデスペレートを眼前へと持って行き防御をする。

 

「【メテオ・スォーム】」

 

 そして遂に魔法は放たれた。

 

 天井を埋め尽くす魔法陣の輝きの一つ一つから召喚される巨大なる岩石、それは重量も然る事ながら形が尖鋭化されていて兇悪な事窮まりない。

 

 そんなモノが雨霰と降り注ぐ。

 

 駄目だ……と、誰もが絶望の表情を浮かべてしまうのも無理からぬ事であろう。

 

「流石に見過ごせないな……光鷹翼!」

 

 それは其処に見えていながらにして存在が否定される光の翼、“白龍皇の光翼”のモノとも全くの別物であるそれは攻撃に使って良し、防御に使って良し、自らの強化に使って良しと使い勝手が凄まじく良い代物だ。

 

 しかもユートは樹雷の皇家とは違って皇家の樹のバックアップを受けずとも、自らの意志で自らの力を以て発現させる事が可能となっている。

 

 ユートは元からハルケギニア時代の次元放浪期に於いて、【天地無用! 魎皇鬼】の世界に行って“三命の頂神”の一柱たる白眉羽鷲と津名魅との出逢いにて彼女達を視る事により、二枚だけだが光鷹翼を発現させる事に成功をさせていた。

 

 それを使ってハルケギニアに帰還をしたのだから当然の帰結である。

 

 転生後は三枚、更に今世ではZと同じく五枚、そして全てが終わってからは一二枚もの光鷹翼を発現させる事が出来ていた。

 

 更にバックルを手にすると、ミスリルゲートを開いて内部へカードを装填してやる。

 

 バックルからトランプカードみたいなベルト――シャッフルラップが伸長して腰に合着……

 

「変身!」

 

《OPEN UP!!》

 

 スピリチュアルエレメントがバックルから顕れると、龍を模したエムブレムが赤く浮かび上がってユートを自動的に通過する。

 

《Welsh Dragon Balance Breaker!!》

 

 即ちその姿は神器“赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)”の禁手である“赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイル・メイル)”だった。

 

 ユートは複数の神器を先の――【ハイスクールD×D】の世界で、“禍の団”が襲撃をしてきた際に強奪をしてその内に有している。

 

 それは大した事の無い神器から“聖剣創造”みたいな高位の神器、更には神霊をも弑奉る神滅具と呼ばれる最上位の神器まで……だ。

 

 それが“魔獣創造”と呼ばれている上位神滅具、ユートはこれを使ってデジモンを創造してみたり仮面ライダーのガワを創造したりと、本来の持ち主では思い付きもしないし、仮に思い付いたとしても能力的に創れないモノを創って可成り好きに使っている訳だけど、別の――【闘神都市2】の世界観を強く持った世界に居た転生者から“白龍皇の光翼”を、そして狼摩白夜と共に死んで転生していた狼摩優世から“赤龍帝の籠手”を獲ている。

 

 より正確には狼摩優世の死に伴って“赤龍帝の籠手”も消えた……というか、普通に新たな持ち主の許へ転生をした筈だったのだが、何故かユートの中に存在していたドライグが普通に覚醒した。

 

 記憶の有無から間違い無く狼摩優世の使っていた神器のドライグであり、しかもどうやら昔から事ある毎にユートは力を行使していたらしい。

 

 確かに行き成りパワーアップしたり、敵の硬い防御をすり抜けたりと明らかに“赤龍帝の籠手”と思しき力を用いた記憶が有り、故にこそ赤龍帝のドライグがユートの魂と結び付いていたというのも間違え様が無い事実。

 

 実際問題、ハルケギニア時代のニャル子との闘いでも不可思議な増力が在ったればこその勝利、それに次元放浪期での最初の一歩にて芳賀という鬼神が真の姿を再構築した際、神様ないっちゃんとなっちゃんを抱いて力を取り戻したユートではあるが、意外なレベルでパワーアップすらしていた為に鬼人の木島 卓やその恋人な天神うづきに、ユートと情を交わしたうづきの姉の天神かんなも倒れ伏してしまっていた程、ユートも力こそ取り戻したけどパワーアップの幅が予想外なくらいでヤバかったのも確かであり、その時に行き成り力が何倍にも成ったからこそ勝てていた。

 

 今なら解る、それは間違い無く増幅と貫通というドライグの――赤龍帝の特殊能力。

 

「行け、そして貫け! 爆裂豪雨(イオレイン)!」

 

《Penetrate!!》

 

 それは極限爆裂呪文(イオグランデ)を数百にも分割した高熱のミサイル、しかも一発一発にドライグの“貫通”が付与されたモノで放たれた爆裂豪雨がメテオ・スォームの岩を貫き通し、半ばまで到達したのと同時に爆発し破壊をしていく。

 

 ロキ・ファミリアのメンバーは首領であり最も冷静沈着たるフィンをして、茫然自失となりながらその或る種の理不尽な光景を眺めていた。

 

 そしてLV.4な二軍のラウル達は、理不尽を超越した不可思議なナニかを感じずにはいられないのか、味方である筈のユートを視ながら絶望の表情すらをも浮かべている。

 

 ユートはまだこのオラリオに来て余り日が経っていない、ベル・クラネルより本当に一ヶ月程度違うくらいだからかいまいち、自分とオラリオの冒険者のLV.というのを理解していない。

 

 当初の素ならLV.5くらいというのにせよ、第一級冒険者の端くれがどの程度なのかを理解してなかったからこそ、実際には素でオラリオ最強たるLV.7――某かの偉業を成し遂げて上位の経験値を獲られればLV.8にも到達が可能な程の数値――な【猛者(おうじゃ)】オッタルをも下す。

 

 成り立てなロキ・ファミリア首領と最高幹部なんかは何を況んや。

 

「フィン、立てないか? それなら僕がアレを斃すまでだが」

 

「冗談を言わないでくれ。僕らのダメージは可成り抑えて貰ったのに立てないなんて有り得ない。勿論、君だけに闘わせる心算も無いさ」

 

「そうか、なら使え」

 

 ユートは槍を渡す。

 

「これは?」

 

「グラディウス・レプリカ」

 

「グラディウス・レプリカ? 詰まりグラディウスと呼ばれる槍の複製かい?」

 

「そうだ」

 

 アカネイア大陸はラーマン神殿に置かれていた神器、それは剣の“メリクル”と槍の“グラディウス”と弓の“パルティア”、そしてマケドニア王国には斧の“オートクレール”が存在していた。

 

 ユートがフィンへと手渡したのは槍の神器である“グラディウス”の複製品、ユート自身がよく視て全てを識り尽くしてから鍛った贋作。

 

 勿論、贋作が真作に劣るとは限らない。

 

 フィンが振り回すグラディウス・レプリカは、グラディウス真作と変わらぬ攻撃力を持つ。

 

「貸してやるだけだ、後で返せよ」

 

「これ程の槍、中々見付からないね。正直に言えば欲しいと思うよ」

 

 輝きが違う、まるで伝説にすら謳われる程の槍であるとすら思えるし、或いは女神フィアナが携えた武器はこのくらい輝きを放つのかも知れないとまで考えてしまう。

 

「欲しけりゃ売ってやる……が、雷神の剣と同じか或いはそれ以上の高値になるぞ」

 

「出来たら勉強して欲しいね」

 

 軽口を叩きながらグラディウス・レプリカを構えるフィンは、背後で未だに倒れ伏してしまっているファミリアへと声を掛けた。

 

「あのモンスターを……討つ! 君達に勇気を問おう、その瞳には何が見えている? 恐怖か? それとも絶望か? 或いは破滅か! 僕の目には斃すべき敵、そして勝機しか見えていない!」

 

 グラディウス・レプリカの石突きを地面に突き刺すと甲高い音が響く。

 

「只でさえ、あのモンスターは僕らだけでもやれない訳じゃ無い筈だ! それに加えて彼が居る、ユートが居るんだ! 退路など不要、彼より受け取りし槍を以て道を切り開こう! 小人族(パルゥム)の女神フィアナの名に誓って君達に勝利を約束する! 僕に付いて来いっっ!」

 

 ちゃっかりユートの名を出す。

 

「それとも……君達にベル・クラネルの真似事は荷が克ち過ぎているかな?」

 

 ニヤリと笑うフィン、そんな彼の科白に発憤をしない者はロキ・ファミリアの第一級冒険者の中に居る筈も無く、いの一番にベルを謗ったベートが自分の脚で確り大地を踏み立ち上がる。

 

 ベート・ローガ、彼は勿論だが初めから今みたいな性格だった訳では無い。

 

 牙の部族が居た。

 

 身体は弱いが芯の強い幼馴染みも居た。

 

 それはきっと初恋だった。

 

 父が居た。

 

 部族を引っ張る偉大な長だった。

 

 仲間が居た。

 

 冗談を言い合える仲間達だった。

 

 全部が過去形、自分が居ない間にモンスターにより全てが壊されたから。

 

 新たな居場所が出来た。

 

 新たな恋慕も有った……かも知れない。

 

 部族の仇を討つべく留守にしていた間に又もや大切なナニかを喪った。

 

 ベート・ローガの牙は全てが傷である。

 

 己れを傷付ける度にその牙は、鋭く硬いモノへ変わっていき敵を喰い千切る力と成るのだ。

 

 彼の侮蔑は須く発破、ベート・ローガは誰も守れず誰しもを傷付ける事しか出来ない……だからこそ! フィンの言葉に立ち上がれないなら自分を決して許しはしないであろう。

 

「自身より強大な敵を前に彼は臆したか? 君はどうだベート?」

 

「ああっ!? この俺に、んなもんは聞くまでもねーだろうがよ!」

 

 ティオネ・ヒリュテ。

 

 ティオナ・ヒリュテ。

 

 褐色の肌を持つアマゾネスの姉妹、オラリオの出身では無くて嘗ては女神カーリーが治める国である闘国(テルスキュラ)で生まれ育ち、仲間と称される者達同士で殺し合いをさせられていた。

 

 それを不服に思った姉妹は国を出る。

 

 神カーリーには何らかの意図が有ったのだろうとティオネ――ティオナは特に考えていない――は思ったけど、それはそれとして闘国を脱してから色々とあったものの迷宮都市に辿り着き、何やかんやでティオネはフィンと闘り合った後に彼の強さと魔法による獣性に惹かれたらしい。

 

 ロキ・ファミリアに改宗後は今と変わらない、ティオナがヘラヘラしつつティオネはフィンへの恋のアタック、そうしてユートとの出会いまでに二人はLV.5の第一級冒険者に。

 

「彼は全てを出し切って闘った。君は本当に全力を出し切ったのかいティオネ?」

 

「っ! 未だ、全っ然です団長っ!」

 

 顔を上げて不敵な笑みを浮かべたティオネは、ボヨンと巨乳を揺らして跳ね起きる。

 

「彼は冒険をした。襲い来る理不尽な生死の境に身を投じたよティオナ」

 

「ん、だね! 私達だってこんな所で負けてらんないんだよっ!」

 

 ティオナもまた、身体の痛みなど知らぬとばかりに起き上がった。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 未だに七歳の幼女に過ぎなかった頃、ロキ・ファミリアにて神ロキと契りを結んだ。

 

 三大クエストの最後の一つである黒竜の討伐がゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの合同で行われたが、敢え無く失敗に終わってしまった際にアイズは両親を喪った。

 

 即ち、アイズの両親はどちらかのファミリアの関係者だったという事になる。

 

 ユートは勿論だけど知らない。

 

 知らされていないからだが、流石にこの辺の事は可成り微妙なバランスで保たれているだろう、それに本人が話さないならユートも訊こうとまでは思わなかった。

 

 とはいえ、精霊アリアとの関連性があるという事だけは知り得てしまった訳だが……

 

 精霊アリアはアイズの力が風である事を視ても風属性に関わる精霊だろう、そんなアイズの風を視たレヴィスが彼女を『アリア』と呼んだ。

 

 アイズの風を『アリアの風』だと、そしてこの第五九層へと誘ったのである。

 

 三大クエストは大地のベヒモスと大海のリヴァイアサンこそ斃されたが、大空を舞う隻眼の黒竜は未だに健在で終わっていない。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインに倒れている暇は無い、況してやモンスター相手に手折れている訳にはいかない、そして弟子であるベル・クラネルが最初の階段を昇ったのを見たからには……

 

「アイズ、彼は限界を越えて見せた」

 

「……うんっ!」

 

 俯いてなど居られなかった。

 

 弟子がたった一人で格上のモンスターを叩き伏せたのに、師匠である自分が闘えませんでしただなんて絶対に言いたくない。

 

 トリはレフィーヤ・ウィリディス。

 

 未だLV.3と、この場に居るロキ・ファミリアのメンバーの中では一番低い。

 

 抑々、学区からロキ・ファミリアにリクルートで入ったのが約四年前であり、LV.も上がってはいるけど僅か1のみ。

 

 然しながら魔力の値も高いのでリヴェリアからは自身の後釜、後継者として育てられているので期待値は高いと云う事だ。

 

 ユートと非常に仲好くなっているのはユートがエルフに好かれ易い体質な為で、エルフ達が曰わく『まるで故郷の森に包まれているみたいだ』と男女を問わずに言われていた。

 

 レフィーヤ自身も『ウィーシェの森に帰ってきたみたい』と、思わずユートの胸に飛び込んでしまうという()()()()()事をしている。

 

 同じくロキ・ファミリアの二軍の中に在っても高位に位置をしていて、レフィーヤを除けばエルフの中でも最高位かも知れない“純潔の園(エルリーフ)”アリシアですらもユートに対して肌触れを許している程だ。

 

 まぁ、ユートからしたらエルフが(こぞ)って森の香やら気配やらを感じるので、『ひょっとしたら僕はフィトンチッドでも撒いてるのか?』などと本気で悩んだ事もある。

 

 とはいっても周りに虫が出てそれが落ちたみたいな事も無いが……

 

(ベル・クラネル、アイズさんの弟子扱いされてる白髪赤目のヒューマン……じゃあ無くって実はアルミラージ?)

 

 それは兎型モンスターである。

 

(……でも、強かった。団長やリヴェリア様が、アイズさんもティオネさんもティオナさんも……それ処かベートさんまでが見惚れるくらいに? 未だLV.1でしかない未熟者、だけどあんな熱い闘いは私だって経験が無い)

 

 格上を相手に傷付きながら相手にダメージを負わせていき、最後には華麗でも優雅でも無い泥臭さ満点の激闘に相応しいトドメ。

 

 今の処のレフィーヤには確かにそんな経験は無いのであろう、だけど果たして原典とは異なっていてベルとミノタウロスの闘いを視た。

 

 それが何を成すかは誰にも判らない。

 

「フィン、ちょっと先に行ってろ」

 

「君の助けをこれでも当てにしていたんだがね、何か大事な用件でも有るのかな?」

 

「何ね、ちょいと準備をするだけさ」

 

 パチンとウィンクしながら右手の親指と人差し指だけ立てた状態でBANGと呟く。

 

「まぁ、先に行くのは良いが……別にアレを斃してしまっても構わないんだろう?」

 

「何で其処で死亡フラグを建てたし? だったらこう返そうか……遠慮は要らない、がつんと痛い目に遭わせてやれフィン……と」

 

「フッ、そうか。ならば期待に応えるとしよう」

 

 そう言って駆け出すフィン。

 

「ラウル達はこの場に後方に残って支援しろ! 僕とアイズ達で女体型に突撃をする!」

 

「はいっす!」

 

「レフィーヤ、君も来るんだ!」

 

「はい!」

 

 先ずは指令を出す。

 

「リヴェリア、ガレス、此処で終わりか? なら其処で寝ていると良い。僕は先に行く」

 

 そして最高幹部たる二人に激励。

 

「クソ、生意気な小僧(パルゥム)めっ! おい、いけ好かないエルフ! 其処で寝とる場合か!?」

 

「……黙れ、野蛮なドワーフ!」

 

 そんな激励に二人は起き上がった。

 

「斧を寄越せええええっっ!」

 

「最大砲撃に移る! 私を守れお前達!」

 

「はいっ!」

 

 叫ぶはガレス、リヴェリアも新たに魔法の準備に移り、アリシアは涙目で返事をする。

 

 それを視た椿は……

 

「良いモノを見た、手前も一助となろう!」

 

 抜刀しながら叫んだと云う。

 

「たった今、この突撃を以て奴を貫く! 出し尽くせ全てを!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 細かな指示を出したフィンは狂化魔法によって自らを強化した。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 

 これにより最早、この先に指揮は不要となり、要るのは純粋な荒れ狂う狂者のみだ。

 

「【凶猛の魔槍(ヘル・フィネガス)】!」

 

 それは術者の理性を狂暴な野生にて駆逐して、自身の能力を大幅に引き上げる魔法。

 

 獣を越え、人を越える神の戦士としては可成り皮肉な魔法であろう。

 

「さて、実験を始めよう」

 

 先ずは変身を解除。

 

 ユートは魔力を抑えると氣力を全開に、そして自らの埋に眠る記憶から引き出す力。

 

「ファントムガオーッ!」

 

 それは勇者王の力の模造。

 

融合(フュージョン)ッ!」

 

 ファントムガオーと融合すると同時に変形を、それは飛ぶ為の飛翔型から人型を執る。

 

「ガオファーッ!」

 

 更にユートから謎の信号が放たれた。

 

 何処とも知らぬ場所、ユートを捜していた者の一人にそのシグナルが届く。

 

 卯都木 命だ。

 

「祐希ちゃん、優斗さんからファイナルフュージョン要請のシグナルです!」

 

 直ぐにユーキへ【閃姫】専用のリストバンド、通信装置でもあるそれで連絡を入れた。

 

〔ファイナルフュージョン承認!〕

 

「了解!」

 

 尚、彼女が真っ赤に成っているのは空きっ腹を満たすべく寄ったバーガーショップでハンバーガーにかぶり付いていたから。

 

 こんな場所で行き成り寸劇をさせられているのだから無理も無いが、【準閃姫】扱いから正式な【閃姫】と成った命は恥ずかしいのも我慢をし、嘗ての職場に有ったコンソールと同じ型の仮想コンソールを叩く。

 

「ファイナルフュージョン、プログラム……ドラァァァァァァイブッ!」

 

 叩かれるスイッチ。

 

 だけどこの後の事を考えると安心なんてしていられない為、命はバーガーショップをさっさと出て特殊な空間へと入り込む。

 

「フッ、ドンと来い! よ」

 

 ファイナルフュージョンのプログラムが飛び、ユートのガオファーが受信をした。

 

「よっしゃ、ファイナルッ……フュージョォォォォォォォォォンッ!」

 

 念能力“勇者王新生”、物自体は“勇者王誕生”とも大して変わりはしないのだが、ガオガイガーかガオファイガーかの見た目の差は出る。

 

 尚、本来は独力で出来る念能力ながらシークエンスを確りやると出力アップなどが見込めた為、可哀相に卯都木 命を始めとした『チームGGG』は突発的な寸劇をさせられていた。

 

 役割は持ち回りで、プログラムドライブも三人の中から一人がランダムで選出される。

 

 『チームGGG』とは、何処ぞの銀髪アホ毛様によりあらゆる平行世界から跳ばされてきた【勇者王ガオガイガー】に関わる女性陣から構成された組織であり、何故かGGGとは全く無関係な筈のユーキが長官役に収まっていた。

 

 というか、抑々にして銀髪アホ毛様が何故に彼女達――【勇者王ガオガイガー】関連の女性陣を跳ばして来たのかも意味不明。

 

 最初はプロトJアークに乗った形でオリジナルのパルス・アベルと卯都木 命の二人。

 

 此処で云うオリジナルとはパスキューマシンで肉体は疎か記憶でさえ複製されたレプリジンでは無くて、本来ならば疾うに消えて死んでいた筈のオリジンたるパルス・アベルの方だ。

 

 パルス・アベルにせよ、他のソール11遊星主にせよ、仮に死んでもレプリジンが無限に創られるから怖くは無いと考えていた様だが、実際に死ねばそれまででしかない。

 

 レプリジンというのは飽く迄もレプリジンという別個体に過ぎず、死んだらレプリジンの肉体で甦る訳では決して無くて記憶を引き継いだだけの別人に過ぎなかったのである。

 

 恐らく本人達に自覚は無かった。

 

 複製されたレプリジンは記憶引き継ぎで幾らでも再生されていると勘違いを重ねていたろうが、死んでしまった個体は普通に消滅をしていた訳だったし、オリジンなんて最初の方で消滅してから完全に終わっている。

 

 例えるならウルトラマントレギア、彼は斃されても何故だか復活をしてウルトラマンタイガ達を苛立たせたものだが、あれも実際にはトレギアは死んでいて平行世界の同一人物を召喚して記憶を引き継がせていただけだ。

 

 他にも【スーパーロボット大戦Z】に於いて現れた敵機シュロウガ、その機体のパイロットであるアサキム・ドーウィンは機体が破壊される度に死んでいて、復活をしている様に見えているのは記憶を引き継いでいるだけでシュロウガが造り出した虚像であった。

 

 それと同種だと思えば解り易い。

 

 転生して肉体を変えているだけで、魂が同一のユートとは全くの真逆であろう。

 

 アホ毛様が何故にこんな事を仕出かしたのかは解りかねるが、どうも未だに初心だったユートを揶揄うのが主目的だったみたいだ。

 

 故に、基本的にはああいった類いは前々世であるハルケギニア時代のみで終わっていた。

 

 偶に誰かが跳ばされて来る事はあったのだが、それはその世界での【閃姫】候補の関係者だとか理由は有ったし、揶揄うというのも矢張り有ったらしいのは確認をしている。

 

 アホ毛様の厭らしい処は全員が別の世界線から連れて来られた事と、彼女達から話を聞くに全員が死んだと思ったのに生きてハルケギニアに居たと証言していた事だ。

 

 つまり元の世界で彼女達は死亡判定されているので、若しも元の世界を捜し出して連れて帰っても既に居場所が無い訳だから。

 

 それでも時間こそ掛かったけど世界を捜す為の道具を手に入れ、彼女達の世界を全て捜し出して一度はその世界へと送り返した。

 

 それは“導越の羅針盤”と云う。

 

 前世で手に入れたソレはユートが欲していた、概念魔法と呼ばれる魔法を付与した魔導具。

 

 ユートも概念を力に換える力は持っていたが、本来だと概念には雑念を入れては失敗をしてしまうが故に、ユートでは彼女達を帰す為の概念を創る事が出来なかった。

 

 当然だろう、折角自らの手の内に在る彼女達を帰したいとは建前では兎も角としても、ユートの本心が決して思う訳が無いのだから。

 

 それに卯都木 命には問題もあった。

 

 彼女は【勇者王ガオガイガー】本編でも無く、回想シーンに出て来るJK時代でも無い。

 

 ニニ歳な【勇者王ガオガイガーFINAL】に於ける卯都木 命、記憶喪失で肉体的な損傷も可成りの割合で負っていた事から最終決戦手前まで来ていたのは間違い無かった。

 

 恐らくジェネシックドライブに失敗したのだと思われ、そうなった場合にジェネシックマシンは解放されない侭でジェネシックガイガーはソール11遊星主に敗北していたろう。

 

 そうなれば仮に三重連太陽系が本当に復活したとしても、宇宙そのものによる世界の破滅加速によって結局はどちらの宇宙も終わる。

 

 既に記憶を喪って恐怖心からユートに縋ってしまった彼女を、本人の同意の元に『戴きます』をしてした事もあって彼女を破滅した世界に一度は帰す約束をしていたから帰した。

 

 結果的に悲しませる羽目になってしまったのはどうにも成らなかった訳だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 三機のガオーマシン――ドリルガオーⅡとライナーガオーⅡとステルスガオーⅢがガオファーの周囲を巡りプログラムリングに乗って合体開始、上半身と下半身が反対方向に回転してガオファーの両腕は後ろへと回り、ドリルガオーⅡが両脚となってライナーガオーⅡが肩と二の腕に、そして背後へステルスガオーⅢが合体して腕部が二の腕に合着、ガオファーの顔をマスクが覆って緑色のGストーンが額に迫り出す。

 

「ガオッファイッガァァァァァーッ!」

 

 これが念能力“勇者王新生”。

 

 フィン達の側では……

 

「何じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 口だけかフィィィィィンッ!」

 

「……来てくれると信じていたんだよ、言わせないでくれ恥ずかしい」

 

「抜かせぇっ!」

 

 とかやっている。

 

 ガレスの斧が砕け散るのを視たユートは右側の腕部を回転させた。

 

「ファントムリング……プラス!」

 

 そしてファントムリングを腕部に纏わせると、そんな暴力的な腕を一気に解き放つ。

 

「ブロークンファントムッ!」

 

 それに気が付いたガレスが横に避けると腕部は下階層から壁となったそれへ激突、ファントムリングが壁を円状に削ってブロークンファントムが穢れた精霊の顔にぶち込まれた。

 

 再生する顔だったけど、勝利の法則が決まった瞬間を見逃す程に愚図はロキ・ファミリアに居よう筈も無く、フィンとベートが幾重もの攻撃を捌きながらアイズの道を切り開く。

 

「ゴルディーマーグッ!」

 

「おっしゃ、俺を使えガオファイガー!」

 

 念能力――“最強勇者機人軍団緑(ガッツィ・ギャラクシー・ガード)”は名前の通りGGGの勇者ロボをダウンジングサイズして具現化をさせるモノ、一斉に出したり今回みたいに一体だけを出すなど自在だ。

 

 無骨な橙色の機体のゴルディーマーグ、コイツもまたユートの念能力で創られた存在でありながら自由な意志を持つ。

 

 場所は再びユーキの元、彼女は仮想コンソールにキーを刺して回す。

 

「ゴルディオンハンマー、発動承認!」

 

 それを通信で聴いていた命はカードを裏側の胸ポケットから出した。

 

「了解! ゴルディオンハンマー、セーフティデバイス……リリーヴッ!」

 

 カードをスリットに通すとピンポーンという、とっても軽快な音が鳴り響いて承認される。

 

「ふぅ……」

 

 一人で寸劇させられた命は、矢張り顔を真っ赤に染めながら椅子の背凭れに身体を預けた。

 

「システムチェェェンジッ!」

 

 ゴルディーマーグがマーグハンドに。

 

「ハンマーコネクトッ!」

 

 分離されたハンマーが握られる。

 

「ゴルディオンハンマァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!」

 

 金色に輝けるガオファイガーが穢れた精霊へと向かうべく空中へ。

 

「アレは!」

 

 流石に異常に気付いたフィン。

 

 それは約三mという巨体が空中に居たら驚く、其処へユートが大声で叫んだ。

 

「アイズ! 此方が攻撃を極めた後に本体へトドメを刺せぇぇぇっ!」

 

 アイズはそれに頷く。

 

「ハンマーヘルッ!」

 

 穢れた精霊が口からアイシクル・エッジを放とうとするもハンマーで光の杭を突き刺す。

 

 勿論、何処ぞの魔王様では無いので尻パイルはしていない。

 

「ハンマーヘブン!」

 

 バールの様なモノ的なクローが迫り出てきて、光の杭を謂わば釘抜きの要領で引き抜く。

 

 杭には融合していた“種”が。

 

 精霊としての姿を喪った穢れた精霊は本来の姿たる強化“死体の王花(タイタン・アルム)”に戻っていた。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 エアリアルの最大出力。

 

「リル・ラファーガッッ!」

 

 皆の応援を背に受けて見事に“死体の王花”を絶命させたアイズ、因みにゴルディオンハンマーは念能力だったから普通に消している。

 

「さて、本実験に移る」

 

「実験とは?」

 

「誰か“宝玉の胎児”を持ってくれ。あ、アイズは駄目だからな?」

 

 フィンの言葉には答えず言う。

 

「これで良い?」

 

 ユートの頼みに応えたのはティオナ、矢っ張り身体を幾度も重ねているだけあって信頼度が高いのか、それと何をしたいのか好奇心で一杯といった表情をしていた。

 

 ガオファイガーからフュージョンアウトして、()()を天に掲げながら八枚の妖精みたいな羽根を出し緑色に輝く、そして手は親指と人差し指と小指で印を結んでいる。

 

「念能力――“緑之浄解(クーラティオー)”」

 

 元より“勇者王誕生”から始まる念能力は一連のモノ全てを合わせて一つ、ガオガイガーへの最終融合や勇者ロボ軍団の召喚に浄解の事だ。

 

Curatio(治療を)!」

 

 それは天海 護がゾンダー核や原種核を相手に行っている浄解、これが態々ユートが実験と称してまでやろうとしていた事だったらしい。

 

Teneritas sectio salus coctura(繊細に切断し安全に分解せよ)!」

 

 ユートの浄解に“宝玉の胎児”は消滅を余儀無くされ、消えた後には小さな人の姿をしたナニかがティオナの掌の上に残った。

 

 何故か手を前に合掌組みして涙を流しており、浄解をしたユートに感謝の念を送っている。

 

「成功したみたいだな」

 

「まさか、精霊?」

 

 アイズが驚愕を露わにした。

 

 見た目は先程の穢れた精霊の上半身とそっくりだったが、緑色の樹木染みた気色悪い肌では無く普通に肌色をした姿……服は着てない。

 

「反転して“穢れた精霊”を浄解して本来の神より遣わされた使徒に戻した」

 

 あの姿はモンスターに“宝玉の胎児”を寄生させた上で、魔石を喰らわせてエネルギーチャージを行って強化種にした完全体。

 

 ならば“宝玉の胎児”の中身とは謂ってみるなら精霊その者、通常なら“穢れた精霊”を斃した時点で中身も消滅したのだろうが、それをユートが無理矢理に生きた状態にて引っこ抜いてしまう。

 

 その上で浄解をして再反転させたのが今の姿であり、小さいのはエネルギーが足りていないからミニマムと成っている訳だ。

 

 即ち、実験成功であったと云う。

 

 

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 尚、ユートは赤の紋言の方が好みです。




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第61話:ロキ・ファミリア魔改造計画は間違っているだろうか

 漸く迎えが来た所まで書けた……





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「エヘヘ、ねぇ? 気持ち良い?」

 

「まぁ、気持ち良いかと訊かれりゃ気持ち良いと答えるしか無いんだけどな」

 

 穢れた精霊との闘いから約七日が経過しているけど、ユートとロキ・ファミリアとヘファイスト・ファミリアの上級鍛冶師達は未だに地上には出て居らず、第一八階層の“迷宮の楽園”に於ける第一七階層への連絡口に程近い南端部の森で天幕を張ってのキャンプをしていた。

 

 理由は第五九階層での闘いの後の地上への帰還真っ只中、劇毒とさえ云われている猛毒を吐いてくる“毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)”による集中的な集団戦――“怪物の宴(モンスターパーティー)”に遭遇。

 

 離脱こそ出来たものの、“対異常H”以下にて、この毒を浴びた者達は軒並み倒れてしまう。

 

 ユートは発展アビリティ“対異常”こそ持ち合わせていないが、ハルケギニア時代に水の精霊神との契約をして以降は基本的にその手のデバフは受け付けなくなっていた。

 

 とはいえ、アルコールも弾くから酒の味こそ判るけど酔えないのが困りもの。

 

「ティ、ティオナさん!」

 

「何? レフィーヤ」

 

「な、な、何をしてるんですか!」

 

「何って、ユートの()()()()()()()()()()()()をマッサージして上げてるんだよ」

 

 岩場に腰掛けているユートの下半身に於いて、凄まじいまで自己主張をしている部位をティオナの褐色肌な手が、その全体を揉みしだいたり撫で回したりとマッサージをしている。

 

 レフィーヤはそれを見咎めて叫ぶけど暖簾に腕押し、全く以て効果が無い上に周りもティオネは兎も角として、ロキ・ファミリアの女性陣は顔を紅く染めて視ているばかり。

 

 ヘファイストス・ファミリアの椿・コルブランドは慣れているのか、或いは感性として特に何とも思わないのか? 平然と視ている。

 

「ってか、何で僕は女性陣と仲良く沐浴をしているんだろうな?」

 

「今更ですか!?」

 

「レフィーヤ、良いツッコミだ」

 

「嗚呼! もう!」

 

 綺麗な髪の毛をワシャワシャと掻き乱しながら叫ぶレフィーヤ。

 

 抑々の始まりは第一八階層に着いて天幕を張ったり治療したりと、忙しく動き回るロキ・ファミリアのメンバーを手伝っていて汗も掻いたという事で、近場に在る湖で沐浴をしようという話になったまでは良かったのだけど、其処でティオナが『ユートも一緒に入ろうよ』と引っ張ったのだ。

 

 勿論、他者に触れさせるのは疎か肌を見せるのも厭うエルフのアリシア、好きな男が居るというリーネは大反対をしたものだったが、悪戯好きなエルフィは賛成派に回り、アイズも特に反対をしなかった上に団長LOVEなティオネも視るくらい好きにすれば良いと反対せず、結局は引っ張られるが侭に沐浴をする事になっていた。

 

 レフィーヤは一応だけど反対派だったのだが、何しろティオナとの情事を視た事があっただけに忌避感は余り無く、寧ろユートの裸を『見たい』とか私の肢体を『見て欲しい』なんて欲求すらを持て余しているくらい。

 

 原典ではアイズの肢体を良い視点で見つめて、椿から『神ロキの同類』呼ばわりされていたけど此方側では、エルフらしからぬ思考に頭を埋め尽くされている様だ。

 

 実際、真っ赤に成りながらユートの硬い部位をチラチラと視ているし、実はティオナがちょっとばかり羨ましいとすら思っている。

 

 ティオナがアマゾネスらしい思考で雄を求めているのは解るし、天真爛漫な性格と相俟って割と背徳感が溢れるのは胸が絶壁だからか?

 

 尚、ティオネも強い雄という事で認めているからか団長(フィン・ディムナ)ではないユートが視ても赦していた。

 

 無論、御触りは赦さないけど。

 

 エルフィはレフィーヤと同室の少女で、仲の良い彼女が懸想をしている男に興味津々だったからこそ、恥ずかしいという思いを押し殺してまでもティオナの発言を支持した。

 

 そして思った事――『ナニあれ? あんなのが入ったらレフィーヤが壊れちゃう!』だったり、『私も壊れちゃうな』だったりする。

 

 当然ながら後者は冗談混じりに。

 

 抑々が他派閥であり本来ならば色恋に走るのも禁じられる事、ティオナの一件はユートのスキルの検証の為だったのとアマゾネスという人種だったから、つまりはちょっと違う派閥の雄に目を向けても目立たない種族な為だった。

 

 これでレフィーヤだったりしたら目立つ事この上ないのだろうが、今やそんな彼女も普通にヤっていそうな雰囲気を醸し出している。

 

 雰囲気だけは……だが。

 

 ユートがロキ・ファミリアに移籍すれば或いはとも考えられる……か? ロキの性格からして難しそうだけど、移籍そのものが実際には現実的では無いのをエルフィは知っていた。

 

 “アテナの聖闘士”という言葉が在る。

 

 この迷宮都市が存在している世界に於いては、デメテル・ファミリアの眷族が“ペルセフォネ”と呼ばれているみたいなもので、アテナの眷族であるユートは“アテナの聖闘士”と名乗っていた。

 

 とはいえ、天界に居た頃からサーシャは自分には“聖闘士”という子供が存在する……と、ずっと言い続けていて当たり前だが地上に行った事も無い筈の彼女を信じる神は、神友で嘗ての世界観では天帝ゼウスの姉で伯母に当たるヘスティアと、同じく自身の子を孕んだメティスを喰らった父親に当たるゼウスくらい。

 

 この世界では似て非なる故に違いも多く在り、ヘスティアは伯母では無いしゼウスとて父親では無く、デメテルにペルセフォネなる娘は存在すらしていない。

 

 この世界のペルセフォネはデメテルの眷族の事を指しており、つまりは()()()()()()()であるという事実を以て存在していた。

 

 神友のヘファイストスですら肯定はしてくれても信じていなかった、自らを“アテナの聖闘士”だと名乗るユートが現れるまでは。

 

 扨置き、ユートはアテナ・ファミリアの眷族で敵対関係では無いものの他派閥なのは違いない、レフィーヤがユートにどんな想いを抱いているのか判らないでもないけど、ティオナの時みたいに

簡単に関係を持ったりは叶わないであろう。

 

 まぁ、エルフィからしたらレフィーヤのソレを見ているだけでも愉しいから構わないのだ。

 

 取り敢えず、レフィーヤの視線がアイズへ向かうよりユートの硬い部位に向くのは間違っているだろうか? 何だか白濁として粘り気の強い液体が放たれてビチャッとレフィーヤの顔を汚したりしていたけど……

 

 尚、流石に気絶したのでリーネとアナキティが支えて湖から連れ出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「この小さなのがアノ穢れた精霊だった者……という事か?」

 

 リアス・グレモリーを思わせる紅く輝く髪の毛を持ち、その瞳も紅玉と見紛う程の紅色をしている約三〇cmの小さな少女――ルベライトと名付けられた精霊である。

 

 愛称はルビー。

 

 その主な属性は火、だけど本来は火の精霊だったであろう彼女はモンスターに喰われた後に混ざりに混ざって、他の属性もある程度には扱えてしまうらしい。

 

 記憶も嘗ての英雄を補佐していた頃の思い出は最早皆無で、穢れた精霊――“精霊の分身(デミ・スピリット)”だった際のほの暗き記録が僅かに残るのみ。

 

「フィンからしたら危険な存在と映るのかな? 僕から見ればもう危険性は無いと思うがね」

 

「……モンスターだった存在、しかも本体からは切り離されたとはいえ遂七日前までは命懸けでの死闘を繰り広げた相手だからね」

 

「反転していた属性は再反転させた。僕の念能力の一種である“緑之浄解(クーラティオー)”でね」

 

「念能力とは?」

 

「魔力とは異なるエネルギーの氣力、その亜種だと思えば正解だけど……君らには氣力の事も説明しないとならないか」

 

 最高幹部の三人も他の幹部も頷く。

 

「魔法を扱う魔力は理解してるな? ガレスみたいに魔法を扱えない者でも」

 

「勿論じゃ」

 

「氣力とは生命エネルギーを根元とする。つまり魔法を使い過ぎれば精神枯渇で気絶をするけど、氣力を使い過ぎたら普通に死ぬと思ってくれ」

 

『『『『っ!』』』』

 

 その場の全員がハッとなり目を見開いた。

 

 尚、今この場には毒妖蛆の劇毒を消す特効薬を買い占めに走るベートは居らず、三人の最高幹部とアイズ、ティオネ、ティオナの第一級冒険者とユートのみである。

 

 因みに、その気になればユートが毒妖蛆の毒を消すのは解毒呪文を二重に使えば可能であるし、素材を消費して解毒剤を錬金術で調合する事なども出来なくは無いが、所詮は他派閥だから下手に甘えるのは良くないとフィン達は協力を断った。

 

 まぁ、手間だし素材も居るしとユートにしたって態々やりたい訳でも無い、当たり前だがユートも“治療まっすぃーん”になんぞ決して成りたくも無いのだから。

 

 ガレス曰わく――『不壊武器に魔剣が三〇以上でトドメに特効薬の買い占め、鍛冶大派閥に武器素材も譲らんといかんし、こりゃファミリアは暫く火の車かのう』だとか。

 

 オマケにユートから“雷神の剣”も購入しているとなれば、正しくロキ・ファミリアの財政状況は火の車であろう。

 

「生命力か、なら妄りに教えてくれとはちょっと言えないな」

 

 アイズが身を乗り出しているのをフィンが牽制するかの様に呟く。

 

「取り敢えず、ガオファイガーへのファイナルフュージョンである“勇者王新生(ガオファイガー)”も含めて念能力な訳だが、仮に教えたとしても同じ能力を得られる訳じゃ無いぞ」

 

「へぇ?」

 

「念能力には基礎に“纏”と“絶”と“練”と“発”っていう四大行が在り、他にも応用技が幾つか存在しているんだが……四大行の内の“発”以外を確りと修めたら、最終的には“発”――アイズで云う処の“リル・ラファーガ”みたいな必殺技を身に付けるって寸法だ。当然、僕の“勇者王新生”は“発”に該当している」

 

「ふむ……」

 

 ある程度は構うまいと話すユート。

 

「そして“発”には六性図、属性の相性ってのが在るんだが……それによって覚えられる念能力は変わってくるんだ。例えばアイズが仮に念能力を得た場合は強化系だろうな。魔法ですら付与魔法である“エアリアル”なんだしね」

 

「聴くに、某かを強化する能力かい?」

 

「正解。肉体や武器や防具といった主に身に着けるなり自身の肉体なりを強化する。単純明快なだけに実は一番癖が無いし強さの値も計り易い」

 

 アイズのエアリアルも自身に付与するのが一番に相性が良い使い方だ。

 

「六性図というからには六系統が存在していて、六角形を形成してそれぞれの角に系統を当て填める訳だけどね、強化系を一番上の角に持ってきた場合はこうなる」

 

 地面に六角形を書いて六系統を共通語(コイネー)で書く、強化系の向かって右に変化系、右下に具現化系、下に特質系、左下に操作系、左には放出系としてど真ん中に“発”と勿論だが共通語で書いた。

 

「系統は六性図で離れている程に修得が難しくなってきる。さっきのアイズが強化系だった場合の喩え話なら両隣の変化系と放出系は八〇%の威力や精度や修得率、更に離れた具現化と操作系なら六〇%、特質系は名前からして特殊な系統だと判るだろうが……コイツは〇%か一〇〇%になる。通常なら一番離れた場合は四〇%だけどな」

 

 ティオナは早くに理解を諦めている、ティオネもちょっと付いて来れてない、アイズは何とか喰らい付くも頭から煙を上げていた。

 

 アイズも勉強は苦手なのだ。

 

「で、君は?」

 

「具現化系寄りの特質系。二次創作あるあるな感じの『ぼくがかんがえたさいきょうのねんのうりょく』って感じだが、そうなっているのもきちんとした理念に基づくからな~」

 

 特質系というだけでもそうだが、ユートの場合だと正しく二次創作主人公万歳な能力。

 

「六性図に関しても絶対じゃないって証左になるんだが、僕は具現化系を一二〇%としてその他を一〇〇%とする特質系。それと念能力には覚えられる技能に容量制限が在り、容量を越えてしまうと能力は発現しない処かパンクして使えなくなってしまうかもな」

 

 これを某・道化師は『容量(メモリ)が足りない』という表現を使っていた。

 

 ユートが明らかに普通なら容量超過していそうな念能力を扱えるのは、通常転生に加え度重なる疑似転生により魂の格が向上していたから。

 

 記憶の有る無しに拘わらず、転生をしている者はその生に於いて大幅な強化が成されている為、端からは天才だ麒麟児だ化け物だと持て囃したり蔑んだりする。

 

 勿論だがそういう傾向が有るというだけに過ぎないので、血筋や努力やその他諸々に要因が多分に存在はしているが……

 

 ユートの場合は大体が魂の格の向上が原因で、普通の平均的な容量持ちの念能力者の容量が大体で一〇〇ギガバイトだったとして、ユートの場合は一〇〇テラバイトでもおかしくないであろう。

 

 尚、ユート・スプリングフィールドな前世より柾木優斗な今生の方が当然容量は上だ。

 

 念能力について大体の事を話したユートは取り敢えず、主に心の埋へ黒い炎を宿す程に力を渇望しているアイズに向かって口を開く。

 

「アイズ、念能力では無いけど似て非なる力には興味が有るかな?」

 

「……似て非なる?」

 

「これはアイズだけじゃ無い、フィンやガレスやリヴェリアでさえ可能な事だ」

 

 精霊剣士だけで無く槍騎士、斧戦士、魔導士と様々な職業でやれるパワーアップ法。

 

 まぁ、この世界に職業だの天職だのシステムは存在していないけど、何処ぞのVRーMMORPGでのとあるプレイヤーみたいに『気持ち的にナイトやってます』な感じだろうか?

 

「どうするの?」

 

「アイズは魔法……エアリアルを使っているから多分だけど解り易いと思うんだが、魔法では無く魔力その物を放出は出来るか?」

 

「魔力その物?」

 

「こんな感じに」

 

 ユートはまるで【ドラゴンボール】みたいな氣を放出するみたいな形で、炎が勢い良く噴き出すといった風情で魔力を放出して見せる。

 

「……やった事無い」

 

「ちょっと初めてでは難しいか」

 

 この世界の人間は千年前の英雄達はどうなのか伺い知れ無いが、少なくとも神時代と呼ばれている現代では背中の“神の恩恵(ファルナ)”有りきだ。

 

 主神より恩恵を与えられ、モンスターを斃して経験値(エクセリア)を得ていき、自らの能力値(アビリティ)を上げるというのが至極当たり前の事になっている。

 

 魔法は背中の恩恵に魔法スロットが有ったならば発現もするが、無ければ魔法は絶対に発現しないから諦めるより他に無い。

 

 但し、質の良い魔法王国アルテナの魔導書(グリモア)を読めばその限りでは無くて、魔法スロットが顕れて魔法を発現させてくれる場合もあると聴く。

 

 だけど考えてみよう。

 

 抑々にして魔法を発現させて魔法を使うという動作をしないと魔力の値はI0評価を変えられない訳だが、魔法が発現してI0で撃ったとしてもダメージは普通に入るのだ。

 

 ならば魔力I0とはいったい? という話になってくるが、エルフみたいな先天的な魔法使いも存在しながらも彼ら彼女らもまた魔力I0評価、最初はそれがステイタスの通常数値である。

 

 つまり元々の能力は数値に反映されていないだけで+されるし、魔力値も恩恵を与えられた時点で実は潜在的には持っているという事。

 

 それはそうだ。

 

 喩えばガレスみたいな力自慢で丈夫な事この上ないドワーフ、彼もロキから恩恵を与えられた時には力の評価はI0だった。

 

 だからといってガレスがパワーダウンしている訳では無く、外に出るゴブリンすら斃せなかったヒューマンでさえ恩恵を得ればダンジョン内でのゴブリンやコボルとを斃せる訳で、つまり恩恵を得れば数値とは別に潜在的には一段階は強く成っているという事。

 

 誤解を覚悟で極論すれば、能力値の評価というのは確かに数値が=で強さに直結をしているが、()()なんて云っている時点で最初がI0というのも当たり前、未だ何事も成し遂げていないのだから評価もクソも有りはしない。

 

 実際の数値は潜在的に持つ本来の能力と能力値を合算して初めて成り立つ。

 

 生命力たるHP、精神力たるMPは特に表示されていないのもそれを確定させていた。

 

 だからこそ管理も難しくて、精神枯渇(マインド・ダウン)なんて真似を素人はよくやらかしている。

 

 早い話が、魔力値そのものは魔法を扱えない筈のガレスにもどのなの程度かは兎も角としても、実は存在しているのに魔法を使えない……使わないから評価も能力値も伸びていないだけだ。

 

 若し本当に能力値が0なら魔導書で魔法が発現してもダメージが出ない。

 

 それが無いからにはそういう事である。

 

「アイズ、君の身体を使わせて貰えるか?」

 

「……え、それはちょっと」

 

 何をするかは判らないが、自分の身体を他人に預けたいとは確かに思わないだろう。

 

「あ、それってアイズじゃないと駄目なヤツ? 私なら構わないんだけどさ」

 

「ティオナでも構わない」

 

「んじゃ、ちゃちゃっとやっちゃお」

 

 ニカッとまるでおバカみたいな笑顔を向けて来るティオナに、ユートも苦笑いを浮かべながら互いに立ち上がって正面から向かい合う。

 

「始めるぞ」

 

「了解」

 

 ユートは両手で素早く印を切った。

 

「心転身の術!」

 

 ユートが行った【NARUTO】の世界、その中に山中一族の少女たる山中イノが存在する。

 

 彼女やその一族に伝承される秘伝忍術が今回でユートが使用したモノ、視ればだいたい理解してしまえる魔眼なだけに秘伝忍術といえど模倣してしまい、当然ながら山中イノからは可成り怒鳴り散らされてしまった。

 

 それは兎も角、精神を放出して相手の肉体へと憑依するこの忍術を使えば大概、普通に乗っ取ってしまえるけど弱点も幾つか在る。

 

 二重なり多重人格には通じない。

 

 つまり、優雅や瑠韻を内包しているユートには通用しない……と言いたいが、優雅は眠っている状態で瑠韻は未だ誕生していない頃だった。

 

 実はそれでも通用しなかったのだが、その際に山中イノは何だか赤くて恐ろしい某かに追い出されたのだと供述している。

 

 失敗すれば暫く意識が体外で浮遊する羽目に陥る為に危険で、肉体がお留守に成るから護衛無しで使うのはリスキーだという事も。

 

 ティオナには効いたらしく、既に彼女の意識は追いやられてユートが動かしていた。

 

『うわ、何これ!?』

 

「今のティオナの肉体は僕に主導権があるから、君は指の一本すら動かせはしないだろう」

 

『う、うん』

 

 ユートの意志に従ってティオナの右手がグッパグッパと閉じたり開いたりする。

 

「そろそろ始めたらどうよ?」

 

『『『『っ!?』』』』

 

 ユートは普通に起きていた。

 

「おっと、俺は優斗じゃねーよ」

 

「そうみたいだね。君の一人称が『僕』では無い上に話し方も別人みたいだ」

 

「俺は優雅、優斗ん中に存在する人格の一つさ。とは言っても普段は眠っているだけだがよ」

 

 フィンはすぐに優雅がユートとは別人であると気付いたらしい。

 

「それじゃ始める。ティオナ、今から僕がやる事を感覚で覚える様にしろよ」

 

『え、うん。判ったよ』

 

 ティオナの中に居るユートはグッと腰を落として中腰に、両の腕を曲げて腰に据えると全身へとまるで力を行き渡らせるかの様に魔力を練る。

 

 氣力とは使うべき路が違うだけで実際に遣るべき事は変わらない、ユートは自分の肉体で実演をした時と同じ様に魔力を全身から迸らせた。

 

 シュンシュンシュンシュンッ! 炎が揺蕩うが如く揺らめきつつも魔力は全身を包む。

 

「よし、上手くやれたな。とはいっても矢っ張りというべきか、魔力を通すべき路が可成り塞がっていたみたいで調律に時間が掛かったけど」

 

 チャクラにせよオーラにせよ、氣力は氣力で路を以て生き物の全身を巡っているものだ。

 

 それは魔力も霊力も変わりない。

 

 然るべき路を通して全身を巡らせるのが必要、それが経絡より吐き出され端からは噴き出して見えている。

 

「魔力をオーラの代わりにする……“纏”」

 

 ピタリ……と勢い良く魔力が噴き出しているのが停止をして、“纏”の言葉の通りにまるで全身へと纏わせるかの如く動きも止まった。

 

「術式を介し魔法として変換をする前段階となる純魔力、それを使っての身体強化をする訳だけど当然ながら無理に噴き出したら自らを傷付けるのがオチだ。故に無理無くゆっくりで良いから肉体に馴染ませる様に魔力を全身に巡らせて纏う」

 

『何となくだけど解る気がする』

 

 魔力を溶かしたプラスチックでも溶かした金属でも良いから喩えると、魔法とは金型みたいな物を喩えれば解り易い事だろう。

 

 金型という術式に当て填める事で形を定義し、それを金型から外す事により魔法は造型となる。

 

 だけどそれは多少の変化は付けられても金型を逸脱したりは出来ないとも云えた。

 

 ユートが教えたのは念能力の定義を基型とした純魔力の運用法、オーラでは無く魔力を使っての念能力だと思えば理解も叶う。

 

 念能力を識っていれば……だけど。

 

 魔力式念能力は術式という金型を用意し造型を行うのでは無く、溶けた金属を自由形で固めた物を自分の形式で形作っていく行為に等しい。

 

 容量として造り出せる数には限りが有る上に、下手くそな事をすれば誰からも見向きされやしないオンボロが出来上がるが、自分自身のインスピレーションの侭に形を決められる自由度が高い。

 

 オーラでは無く魔力であるが故に本来の念能力とは似て非なるモノになるが、実際に前世に於いても【魔法少女リリカルなのは】の世界で過去や空白期などで、主要人物達に同じ鍛練をやらせて明らかに原典よりパワーアップさせている。

 

 これはもっと過去、【ハイスクールD×D】の世界や【魔法先生ネギま!】な世界観でもやらせていたし、必ずしもオーラである必要性は無いのだと鍛練方法としては割と秀逸に思ったものだ。

 

「次は魔力を体内へ完全に閉じ込める“絶”だね、これをすれば発展アビリティの“精癒”が無くても徐々に精神力が回復するし、モンスターが魔力を目当てに此方を捜している場合も隠れる事に適した技術。だけど普段でも垂れ流している魔力での防御さえ出来なくなるから、敵からの攻撃を受けたら致命傷を負うリスクも有るんだ」

 

 これはオーラでも同じ事が云える訳だけれど、この世界では謂わば魔力がオーラの代わり。

 

 オーラは持たない――調べたら肉体的な戦闘が重視な筈のティオナでさえも精孔が殆んど閉じていた――代わりに、この世界では魔力が同じ効果を果たしているのだと見た。

 

「で、通常以上の魔力を生み出す“練”」

 

 これをやると擬似的な【ドラゴンボール】とかが出来る、実際に孫悟空が界王拳でも使っているか超化でもしたみたいに迸る魔力。

 

 矢張りというか、リヴェリアがこれには目を見開きながら驚愕の表情となっていた。

 

 純粋な魔導士なだけにこの技術は目を見張るものが有ったのだろう。

 

「最終的に魔力を自分なりの形にするのが四大行の最後で“発”だね」

 

 だからティオナの身体ではやれない。

 

「僕のは余り参考にならない。僕の場合は魔力じゃなく普通にオーラで“発”をしているから」

 

 飽く迄も似て非なる力なのだ。

 

『そうなんだ……』

 

「若しティオナが上手く魔力で念能力擬きを出来る様になれば、背中の恩恵にスキルとして発現をするかも知れないな」

 

『そうなの?』

 

「サーシャから聞いたんだが、恩恵に発現をする魔法やスキルってのは多分に個人のあれやこれやが関わってくるらしい。特にスキルは当人さえも知らない遺伝性の病すら引き出すマイナスな部分も出るんだとか。事実、魔法の詠唱にもそういった個性が出るそうだしな。アイズのエアリアルにしても血筋による魔法なんだろう」

 

 アイズが目を見開いた。

 

 ティオナから離脱して本体に戻ったユートは、更にアイズを見遣りながら説明を続ける。

 

「あの赤毛や穢れた精霊だったルビーがアイズを『アリア』と呼んでいた。恐らくアリアというのは風に属する精霊で……アイズの母親だろう」

 

 肩を震わせるアイズに、フィンとリヴェリアとガレスは瞑目をしつつも否定はしない。

 

「精霊アリア……私が知ってるのは迷宮神聖譚に詠われる英雄アルバートに寄り添った大精霊なんだけど、そんなアリアが実は子供を作っていたってのが判んない。だって精霊は神様と同じ子供は産めない筈だもん」

 

 解放されたティオナは座り込みながら自身が知る物語から話す。

 

「余りそういうのを暴くのは良くないんだろう、だけど赤毛やルビーの発言からティオナ達だって既に疑念を抱いていた。ならば取り敢えずそこら辺だけは答えて貰えないか?」

 

「……ああ、その通りだ。アイズは精霊の血を受け継いでいる」

 

 観念したのかリヴェリアが言う。

 

「本来であれば血に(まつ)わる事も含めて話さずに済ませたかったろう、実際にアイズもあのレヴィスとやらが現れてから動揺し続けている。この様な成り行きで過去を語るのはアイズも本意では無かったのだ」

 

 確かに他者との相違など誰かに吹聴したい事では決してあるまい、リヴェリアとしても話さずに済ませられるのならば……と考えていた。

 

「ごめん……なさい……」

 

「アイズが謝る必要なんて無いよ!」

 

「そうよ、家族(ファミリア)としては話して欲しいと思ったってだけでね」

 

 アイズの諦念にも似た謝罪だったが、そんなものは要らないとティオナもティオネも明るい笑顔を見せて言った。

 

「うん?」

 

「ユート、どうしたの?」

 

「この階層の入口で幾つか気配が……これは……ベルとラブレスとリリとヴェルフ……と何でこの二人も居る? それから知らない気配が幾つか混じっているみたいだな」

 

「気配? それにベルって確かアルゴノゥト君の事だったよね!」

 

 パッと顔を上げたティオナがベルという名前に反応を示す。

 

「へぇ、LV.2にランクアップしたのは聞いていたけど……来たのね。本当、中々に血を沸かせてくれるじゃない」

 

 ティオネも三つ編みお下げをファサリと掻き上げながらニヤリと笑った。

 

「ベルが……」

 

 他派閥とはいえ愛弟子、アイズもちょっと嬉しそうに小さく微笑みを浮かべている。

 

「少し迎えに行ってくる」

 

 ユートは返事も待たずに天幕の外へと駆け出すと気配の許へと急いだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第一八階層の連絡口にベル・クラネルが率いているパーティ+αと、背中に事切れていると思われる少女を背負った黒髪の大男が率いているらしきパーティという大所帯が辿り着く。

 

「漸く着きましたね、第一八階層に」

 

「まったく、本来ならこんな場所まで来る予定では無かったんですが。ユートさんに怒られたらどうしてくれるのですか?」

 

「う、ごめんなさい」

 

 困った表情でラブレスが言うと、ベルも矢張り困った表情となって謝る。

 

「大丈夫だ。手土産も持って来たしな」

 

「ウーンと、あれを手土産と呼んでも良いものなのでしょうか?」

 

 まるで双子の如くよく似た二人、姉らしき方が自信満々な反面で妹らしきは苦笑い。

 

 視線は大男の方へ向くが勿論、こんなむさ苦しいだけの筋肉質な大男が手土産では無かった。

 

「それにしても、ゴライアスが未だ再湧出していなくて助かりましたね」

 

 小人族の少女リリが安堵の表情で嘆きの大壁が在る第一七階層への階段を見詰める。

 

「そうだな、リリすけ」

 

 赤毛の鍛冶師ヴェルフが同意した。

 

「居たら居たで斃せば済む話ですよ。私ならソロでも斃せなくはありませんでしたし、何よりこの御二方が居ます」

 

 ラブレスが見るのは双子の姉妹みたいな二人、だけど実は双子では無いと明言している。

 

「そうだな。オレも独力でいけた」

 

「ボクは……どうでしょう?」

 

 妹らしきは頬を掻きながら苦笑い。

 

「久しいな二人共」

 

「お、ユート」

 

「ユートさん!」

 

 双子っぽい少女の二人が何処か嬉しそうにしながらユートの名を呼ぶ。

 

「何で君らがこの世界に?」

 

「先頃、ユートさんは念能力の“勇者王新生”を使われましたよね? 結果、命さんを通じて祐希さんにも伝わりました。捜していたボク達ですが、一番近かったので」

 

「そういう事か、キャロルとエルフナインが捜しに来てくれたのか」

 

 双子っぽい少女――キャロル・マールス・ディーンハイムとエルフナイン、でも双子では無いというのはエルフナインがキャロルのクローンとして誕生したから、意味合いとしては寧ろ姉妹というよりキャロルを母体とした娘だろう。

 

 出来の良いホムンクルスを自らの肉体としていた訳だが、造る過程でどうしても出来損ないみたいな個体も生まれてしまう為、“廃棄ナンバー11号”として名前も付けられていた。

 

 エルフはドイツ語で11を意味し、ナインというのは同じくドイツ語で否定を意味している。

 

 即ち、11番目の否定される者(Elf Nein)だ。

 

 あんまりな名前ではあるが、当時のキャロルではそれも仕方が無かったのかも知れない。

 

 尚、キャロルもエルフナインも肉体はユートが創り直したモノである為に、既に寿命など諸問題を抱えてはいない。

 

 どうでも良いけど、キャロルもエルフナインも望んで女性体に成っているから【閃姫】と成ってユートに侍ている

 

「然しそうか、【閃姫】招喚をするのが正解だったかも知れないな」

 

 そうすればユーキ辺りなら座標を獲得するくらい容易かっただろうし。

 

「おい!」

 

 少女を負んぶしていた大男が叫ぶ。

 

「お前が死人を生き返らせるレアスキルを持った奴なのか!?」

 

 そんなことをがなる大男を無視。

 

「あの不躾なのは?」

 

「タケミカヅチ・ファミリアとかいう組織の頭、負ぶってる死体はファミリアの仲間だとさ」

 

 余り興味無さそうな表情でキャロルが言うと、事情をよく知るエルフナインが苦笑いに。

 

「タケミカヅチ・ファミリア……ね。サーシャの神友の一柱だったな。極東の武神の眷族の割には行儀が悪いんだな」

 

「うっ!?」

 

 極東は日本にも通じる国家の筈、タケミカヅチという武神も日本の天津神が一柱だから神の名前からしても間違い無い、そして武神とは荒々しくて無作法な益荒男を容易く想像しがちだろうが、日本の武術は礼に始まり礼に終わるとまで云われており、日本神話の建御雷神自体がどうだったかまで窺い知れないけれど、少なくともサーシャが神友とする神タケミカヅチが無礼者と思えない。

 

「我がファミリアの長が御無礼仕りました」

 

 片膝を付いて恭しい礼をしてくるのは見た目的にちょっと好みな少女、艶やかな黒髪を真ん中で分けて右側へサイドテールに結わい付けており、首回りを守る赤い防具に繋ぐ形で左肩に肩当てを装備して、死んでいる少女と同じ薄い菫色の着物を戦闘衣としている。

 

「私はタケミカヅチ・ファミリアの一員でありますヤマト・命、此方はタケミカヅチ・ファミリアの団長でカシマ・桜花と申します」

 

「カシマ?」

 

「……? あの、何か?」

 

「ああ……いや、何でも無い」

 

 思い出したのはシード・カシマ、名前からしてJAPANに源流が有ると思われる【闘神都市】が存在する世界で、大会に敗れてしまいまんまと彼女をユートに奪われてしまった少年でもある。

 

 尚、奪われた彼女であった瑞原葉月は今でも【閃姫】の一人として生きていたり。

 

「それで?」

 

「桜花殿が背負っているのがヒタチ・千草殿と云いまして、見ての通り我々の力不足から逝ってしまわれました。そんな折り……その……御二方にモンスターを擦り付けようとしまして……」

 

「大方、キャロルがヘルメス・トリスメギストス辺りで防壁を張って大ピンチにでもなったか? なったんだな……可哀想に」

 

 ぷいとそっぽを向くキャロル。

 

「キャロル、エルフナイン」

 

「何だ?」

 

「はい?」

 

「僕は『人間蘇生まっすぃーん』に成る心算なんか更々無いって知ってるよな?」

 

「勿論、知っているともさ。オレ達がこうやって優斗の【閃姫】なのもそれが理由だしな」

 

 顔を赤らめている辺りが嫌々では無いという事になるが、当然ながらユートは二人にも願い事を叶えるのに必要となる対価を支払わせている。

 

 まぁ、錬金術師な彼女達は納得ずく。

 

 とあるキャロルの切なる願いをキャロル自身とエルフナインが、自らの身を差し出す事によって叶えて貰ったという訳だ。

 

 ホムンクルスの肉体をユートに創り換えて貰って普通に女性体、無性だった頃も何も言わなければ女の子にしか見えなかっただけに、何ら違和感も無く充分に受け容れが可能だった。

 

「なら、僕が蘇生をするならバカでかい対価が要るのも判っているだろ?」

 

「そうだな。この世界の貨幣価値は判らぬ。幾らくらいを考えてるんだ?」

 

「一〇億ヴァリス」

 

 それは、ヘスティア・ファミリアやタケミカヅチ・ファミリアみたいな貧乏ファミリアにとってみれば、呻いてしまったり目を見開いてしまう程には見た事も無い大金であったと云う。

 

 

.




 次回はキャロル達がダンジョンに来てタケミカヅチ・ファミリアやベル達との邂逅の回想に。




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第62話:奇跡の殺戮者が奇跡を提示するのは間違っているだろうか

 第50話のアレンとの戦闘で魔法を使わせるといった程度に書き足しました。





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 その余りの額にベル――ヘスティア・ファミリアとタケミカヅチ・ファミリアは茫然自失。

 

 ロキ・ファミリアでさえ一〇人も蘇生させたらファミリアは火の車、少なくとも現時点でソレである彼らにも支払い能力は低いだろう。

 

「ふ、巫山戯るな!」

 

 堪らず叫ぶ大男。

 

「じゅ、一〇億ヴァリスだと? 俺達のファミリアが何十年ダンジョンに潜らず生活が出来ると思っていやがる!?」

 

「慎ましやかに生きれば数人でも生涯を暮らせるんじゃないか?」

 

「そんな大金なぞ誰が支払うか!」

 

「はぁ? まさか値切る以前に無償奉仕しろとか巫山戯てんのはお前だろう、冗談は顔だけにしろって話だな」

 

「なっ!」

 

 まるで不細工な人間でも視るかの如く……よりも酷く、ユートはカシマ・桜花と呼ばれた大男をGでも視た表情で睨んだ。

 

「桜花殿は黙っていて下さい!」

 

「し、然し命! 一〇億ヴァリスなんて支払える訳が無いだろう?」

 

 言外に自分達が貧乏ファミリアだと言っている訳だが、だからといって『支払うか!』なんて叫ぶなどマイナス査定は必至である。

 

「確かに一〇億ヴァリスなんで私達のファミリアでは支払えませんが、キャロル殿が態々連れて来られたのならば手段は有る筈です! 仮に手段が余り言葉に出せないモノだとしても!」

 

 顔が赤いのはカシマ・桜花に対して怒っているから……のみでは無く、余り言葉に出せないモノの意味を自らが考えてしまったから。

 

 ヤマト・命は花も恥じらう乙女であり処女でもあるが故に、ユートの目の前で命じられるが侭に両脚をM字に開いて大事な部位を晒しながらも、両手で真っ赤になった顔を隠しているあられもない姿を思い切り考えてしまったのである。

 

 それはもう、御股がジュンとなるくらい恥ずかしい妄想であったと云う。

 

 ちょっとだけ湿ったのは内緒だ。

 

「まぁ、確かに蘇生するに当たって報酬はお金とは別なモンで支払って貰う事はあるがな」

 

「それでは!」

 

「サーシャの神友たる神タケミカヅチの眷族でもあるからには多少、融通を利かすくらいはしても良かったんだよな……その男の態度が悪くなければの話だけどさ」

 

「うっ!」

 

 ユートも人間だし機嫌次第な処もある訳だが、カシマ・桜花とやらはすっかりユートの御機嫌を損ねたらしくて、それを指摘されたヤマト・命も思わず息を呑んでしまう。

 

 そして恨みがましい目でカシマ・桜花を睨むと流石に拙いと思ったらしく、ジャンピング土下座でユートへの謝罪を敢行してきた。

 

「申し訳無い!」

 

 ユートの識る由も無い原典に於いては謝らないて言い張っていたカシマ・桜花、然しながら仲間の一人にして唯一のランクアップ者……詰まりは副団長と呼んで差し支え無いのが彼女。

 

 団長とはいえ無視も出来ない。

 

「取り敢えず、キャロルはどういう意図で此奴らを連れて来たんだ?」

 

「それはだな」

 

 キャロルは遠い目をしながら語る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 砂沙美が暴れては地球が困る、それが故に嘗ては【準閃姫】ながらも今や誰憚る事も無い押しも押されぬ【閃姫】の長なユーキは、仲間と云える【閃姫】達を殆んど総動員して探索に乗り出す。

 

 一応、前世ではその世界の“世界神”謹製というスマートフォンで連絡を試みたのだったけれど、急な事過ぎてそこら辺がおざなりにされてしまっていたらしく、何とスマホはユートの部屋に置き去り状態であったと云う。

 

 失せモノ捜しに役立つ“導越の羅針盤”に関してはユートが所持をしていて、ミレディとメイルとリューティリスの三人では新たに造るというのもちょっと不可能だった。

 

 ユートが居ればオスカーやナイズやヴァンドゥルやラウスも喚べるが、そのユート本人を捜したいアイテムを造るのが主旨では意味が無い。

 

 という事で、ユーキはゲートを用いて殆んど全ての【閃姫】を動員して捜しに行かせた。

 

 勿論、行かせていない者も居る。

 

 戦闘能力が皆無から殆んど持たない者達、喩えば【ゼロの使い魔】のカトレア、喩えば【マリーのアトリエ】に於けるシア――は闘えるけど――やフレア、【天地無用! 魎皇鬼】では砂沙美を向かわせるのを拙いと判断して彼女も行かせなかったし、 阿重霞が実は懐妊を確認されていたから行かせるなんてとんでもないと御兄様や御義母様や御義父様に止められた。

 

 阿重霞も流石に数百発では足りないくらいにヤりまくって、漸く授かった子供なだけに仕方が無いと諦めて留守番している。

 

 尚、男の子なら優砂(ユーザ)と名付ける予定で、女の子ならば阿瑠慧(あるえ)とする予定だ。

 

 それは兎も角、最初は謂わば原典組合――【戦姫絶唱シンフォギア】組とか【ゼロの使い魔】組とか――みたいな形でゲートを抜けたのだけど、キャロルはすぐにも仲間に提案を出した。

 

「人海戦術で捜そうってのに纏まって動いていたら意味が有るまい?」

 

「ふむ、それはそうだな」

 

 頷いたのは誰であろう、サンジェルマン。

 

 原典では消滅してしまったけど、此方側に於いては消滅したのは撃った某国大統領である。

 

 敵側だったとはいえきちんと話せる美女を死なせる心算は無かったし、数百年の人生の中で普通に男との経験も無い様だったから【閃姫】契約に何ら支障も無かった。

 

「それで、どう分ける心算な訳だ?」

 

「そんなもん、オレとエルフナイン。サンジェルマンとお前らの三人、響達はそれぞれに二人組を作れば問題もあるまいよ」

 

 サンジェルマンの仲間だった二人、プレラーティとカリオストロも原典では消滅していたけれどサンジェルマンが生きているからには、この二人も当然ながら普通に生きていた。

 

 実はこの二人はサンジェルマンとは異なって、嘗ては虚飾と快楽に耽るとか嘘に塗れた詐欺師だったりな“男”だったが、サンジェルマンとの出逢いにより人として完全な肉体――女性と成ってからはそれを改めたらしい。

 

 元男だとはいえ数百年も前の事ではあったし、ユートは前の姿を知らない上、基本的に元男ならTS転生者なレンや可愛らしい服を着たいからと女物な服を着ていたギャスパー、更には任務として女装をさせられていた黒羽文弥を【千貌】の力で女性化させたりと、女の子に成った男を抱いた経験は幾らか有ったから特に問題も無かった。

 

 まぁ、女物な服を着るのに相応しい肉体として女性化を喜んで受け容れたギャスパーとは違い、黒羽文弥は父親からの命令で黒羽家一堂にて襲撃した結果惨敗してしまって、無理矢理に念能力の“修得之札”を押し込められて女性化させられただけであり、彼女を作って童貞を捨てる前に処女を散らされた辺り可哀想な話ではある。

 

 しかも完全にメス堕ちさせられた。

 

 それは扨置き、元男故に男との経験などしたいとも思わなかったプレラーティとカリオストロではあったが、生命を救われた事で心情的な変化も在ったらしくサンジェルマンと共に平伏したのと同時に抱かれたのである。

 

 因みに、原典的にキャロルは【戦姫絶唱シンフォギアGX】の闘いは行っていない。

 

 理由は簡単、【戦姫絶唱シンフォギア】世界は【ソードアート・オンライン】世界と習合をしていて、彼女が動く頃には響達がSAOに囚われていた時期だったからだ。

 

 結果としてユートと天羽 奏とセレナ・カテンツァヴナ・イヴを相手にする事になり、目的であった呪歌を手に入れる事も叶わなかった。

 

 何やかんやで目的とは異なる願いを得た事で、最終的にエルフナインと共に投降をする。

 

 戦力にして呪歌を得る手段だった自動人形が斃されてしまっていたのも手伝い、チフォージュ・シャトーの起動すら侭ならなかったのもあった。

 

「んじゃ、あーしらは向こうに」

 

 サンジェルマン組として別方向へと向かったのとは真逆の方へ、キャロルとエルフナインは他の連中と離れてユート捜しを行う。

 

 それから暫くは探索を行っていたけど成果は上がらず月日は流れ、そんなある日に契機となるであろう連絡がキャロル達に入った。

 

『此方、ユーキ』

 

「何だ?」

 

『兄貴が念能力を使った。“勇者王新生”に於けるファイナルフュージョン承認シグナルのお陰で、兄貴が居る世界の座標とその世界の主軸となるであろう原典も判明したよ』

 

「それは何よりだが、オレらにそれを伝えて来たって事は?」

 

『そう、キャロル達が一番近場だねぇ』

 

「ふん、ならば捜し回った甲斐もあるというものだろうさ。座標をエルフナインに渡せ、受け取ったらすぐにも向かうぞ」

 

『うん、お願いするよ』

 

 こうして座標を得たキャロルとエルフナイン、二人は【ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか】の世界へと降り立つ。

 

「って、何処だ此処は?」

 

「多分ですがダンジョンじゃないでしょうか? 原典名が【ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか】ですし」

 

「多少のズレは仕方が無いにしても、まさかこんな場所に出るとはな」

 

 何階層かも判らないがダンジョン内であるというなら、恐らく今現在のユートはダンジョン探索の真っ最中なのだろうとは考えられた。

 

「あ、向こうから幾つか生体反応です。二つの勢力による争いですね……どうやら逃げている方でしょうか、一人分の反応が消失」

 

「チィッ、エルフナイン! 魔物か? それとも人間による同士討ちか?」

 

「其処までは流石に判りません」

 

「……だったな」

 

 判るのは方角と生体反応くらい。

 

 だけどそれはすぐに判明する事になる、何故ならばエルフナインの言っていた方角から数人の駆ける人間と、それを明らかに追い掛けていると見られる大量のモンスターの姿が現れたから。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 キャロルとエルフナインがダンジョンに顕れた少し前に遡る。

 

 タケミカヅチ・ファミリアは赤貧なファミリアではあるが、今日も元気に主神に見送られながらダンジョンへと潜っていく。

 

 先日、仲間であるヤマト・命がランクアップを果たした事もあって、今日はもう少し奥を目指しても良いのでは? 何て冗談混じりに言い合う。

 

 友人のヒタチ・千草は未だにLV.1、それを云えば他の仲間も全員がLV.1でしかなくて、唯一のLV.2だったのが団長の“武神男児(マスラタケオ)”であるカシマ・桜花だったのだけど、漸くヤマト・命もランクアップして意気揚々としていた。

 

 きっと浮かれていたのだろう、だからこそ皆が忘れていたのかも知れない……ダンジョンでは何が起きるか判らないという現実を。

 

「キャァァッ!?」

 

「千草殿!」

 

 カシマ・桜花、ヤマト・命に次いで戦闘能力が高いのは実はヒタチ・千草だったのだが、そんな彼女が数匹の群れで現れた人間の子供程度の大きさで、天然武器(ネイチャー・ウェポン)の石斧を手にした二本の角を頭に持つ兎型のモンスターであるアルミラージの投げた石斧により、大きなダメージを受けてしまった。

 

 倒れ込むヒタチ・千草。

 

「落ち着け命! 治療を急ぐんだ! 中衛は一人が上がって千草の穴を埋めろ!」

 

 すぐに団長としてカシマ・桜花が指示を出すが、ヒタチ・千草の受けた傷は余りにも深い……深過ぎた。

 

「アルミラージを近付けないで桜花!」

 

 仲間の一人が叫ぶ。

 

「ああ、俺も前に出るから行くぞ命!」

 

「は、はい!」

 

 然しそんなタケミカヅチ・ファミリアのパーティをアルミラージだけで無く、ハード・アーマードやヘルハウンドやライガーファングなどゾロゾロとモンスターが現れて囲んで来た。

 

「くっ、拙い! “怪物の宴(モンスター・パーティー)”か!」

 

 ユートならばモンスターハウスとか呼びそうなダンジョンの仕掛け、その中でも場合によってはパーティを全滅させかねない罠。

 

「桜花殿、撤退を!」

 

「くっ! 総員、撤退だ!」

 

 幸いだったのは未だ一三階層、若し一五階層にまで進出をしていたらミノタウロスが居た可能性もあったのだから。

 

「千草殿の様子は?」

 

「どうにも芳しく無いな、果たして手持ちの回復薬で間に合うかすら際どいぞ……此処は一二階層まで一旦引き返してから落ち着いて治療を」

 

「うぉっ! 拙いぜ、追ってきてるモンスターが増えてやがる! 放火魔まで来やがった!」

 

 サポーターを兼任する少年が叫ぶ。

 

「畜生! 急げ!」

 

 此処で不運だったのがカシマ・桜花はヒタチ・千草を負ぶっていた事、そして厄介にもアルミラージの一匹が個体として優れていた事。

 

 別の世界線では起きなかった不幸が起こってしまったのがこの世界線で、アルミラージが石斧を投擲して来てソイツが真っ直ぐにヒタチ・千草の背中を貫いたのだ。

 

「あぎぃぃっ!」

 

「千草!」

 

「千草殿!?」

 

 悲鳴を上げたヒタチ・千草は、カシマ・桜花の背中でグッタリと力無く臥してしまい……徐々に冷たくなっていくのが判る、判ってしまった。

 

「クソッ! クソクソクソが!」

 

 触れている肌の温もりが消えていく。

 

 細い通路のド真ん中に二人の少女が立ち尽くしているのを見付た。

 

「あれは?」

 

「おい、突っ込むぞ……彼処へ」

 

「なっ! 待って下さい桜花殿! そんな事をしたらあの人達が!」

 

「俺は……誰とも知らない奴らの命より、お前等の方がよっぽど大事なんだ!」

 

「ですが……」

 

「命、お前達、胸糞が悪いってなら後で好きなだけ幾らでも罵ってくれて構わない!」

 

 タケミカヅチ・ファミリアのメンバーはグッと奥歯を噛み締めながら走り抜ける。

 

「ヘルメス・トリスメギストス!」

 

 四重の結界が放たれてタケミカヅチ・ファミリアのメンバーがぶつかった。

 

「ぐわっ!?」

 

「くっ!」

 

「キャァァッ!?」

 

 ガンガンと結界を殴ってもビクともしないし、後ろからはモンスターが迫って来ている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「何だ此奴らは」

 

「ダンジョンアタックしているパーティじゃないんですか?」

 

「あの後ろのモンスターは?」

 

「……どうやらボク達へと擦り付ける心算だったみたいですね。所謂、モンスタートレインによる

MPKというやつでしょうか?」

 

「フン、なら見捨てるか」

 

「そ、それは……」

 

 あっさりと見捨てる心算なキャロルに対して、エルフナインとしては矢っ張り捨て置けない。

 

 キャロルには冷酷非情な判断を平然と出来る、然しエルフナインにはそれが無理だったからだ。

 

「情報を得る為にも助けましょう」

 

「チッ、まぁ構うまい」

 

 亜空間から引き出されるのは巨大なる竪琴で、これこそがキャロルにとっては武器であり防具。

 

「ダウルダブラ!」

 

 キャロルがダウルダブラを一弾きすると琴線が彼女の身体を覆っていき、それは魔女っ子を思わせる帽子とローブの様な形へと姿を変えた。

 

 これこそダウルダブラ・ファウストローブで、嘗ては複数のシンフォギアを相手に大立ち回りをする予定だったが、何しろ響達……装者がSAOに閉じこめられていただけに闘いは天羽 奏などの本来は居ない人間と闘う事に。

 

 結界を解除するとエルフナインも無銘でしかないが、量産型のファウストローブを纏って自分達を殺害しようとした連中の前に立つ。

 

 歌を唄い上げる事です出力も上がる。

 

 思い出を焼却すれば詠わずとも出力は上がるのだけど、今更そんな無理繰りな出力アップなんてのは望まない。

 

 唄うのは“殲琴・ダウルダブラ”だ。

 

「な、何だ?」

 

「唄い始めた?」

 

 琴線を器用に操ってモンスターを殲滅していく様は、タケミカヅチ・ファミリアのメンバーから視ると矢張り異常に映るのか真っ青になる。

 

 追い掛けて来ていたモンスターは三〇匹にまで増えており、これは彼らの知る由の無いα世界線での“怪物の宴(モンスター・パーティー)”より多い数。

 

 そんなモンスターが見る見る内に細切れにされていき、或いは燃やされたり吹き飛ばされたり押し潰されたりして三分もしたら全滅していた。

 

「す、凄い……」

 

 ヤマト・命はその闘い振りに恐怖以上の感動すら覚えて見つめている。

 

「いったい何処のファミリアの?」

 

 どうやら、冒険者の一角だと勘違いをしたらしくファミリアが何処なのかと考えていた。

 

「さて、貴様らに訊ねよう。何故にオレ達を害そうとしたのかをな」

 

「うっ、それは……」

 

 言葉に詰まってしまうヤマト・命、彼女自身は決してキャロルとエルフナインを害そうとか考えていた訳では無いが、カシマ・桜花を止めなかった時点で同罪だと云って差し支えは無い。

 

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

 

 だから俺は謝らないと言外に云っているのかも知れないが……

 

「ぶはっ!」

 

 ヤマト・命の拳がカシマ・桜花の後頭部へ突き刺さっていた。

 

 更に無理矢理に土下座をさせる。

 

「何を莫迦な事を言っているのですか! この場は謝る一択ですよ!」

 

「ちょ、痛いぞ命!?」

 

「巫山戯た事を言ってないで土下座で謝意を示して下さい!」

 

 ポカンとなるキャロルとエルフナイン。

 

 冒険者は自分ばかりか仲間の為に、こういった行為はいつか自分が加害者になるかも知れない、それが故にかこの手の行為――“怪物進呈(パス・パレード)”は悪意が無い限り一定の理解を払わねばならない。

 

 実際にカシマ・桜花に悪意が有った訳で無く、見知らぬ他人と仲間の生命を天秤へと掛けた上で仮に恨まれようと、憎まれようとも罵倒など覚悟してキャロル達を犠牲にしようとしたのだ。

 

 それは、一種のカルネアデスの板的な非情なる判断だったと云えよう。

 

 問題はタケミカヅチ・ファミリアのメンバーは知らない事だけど、抑々にしてキャロル・マールス・ディーンハイムとエルフナインは冒険者なんかでは無かったので、その()()()()()を得られないという事だったりする。

 

 否、エルフナインは理解してくれそうだけれどキャロルはどうだろう?

 

「チッ、まぁ良い。折角の情報源だからな。壊してしまっては助けた意味が全く以て有るまい」

 

「じょ、情報源……ですか?」

 

「そうだ。取り敢えずはフム、お前達の取った行動について話して貰おうか」

 

 キャロルに言われタケミカヅチ・ファミリアは代表でヤマト・命が話をした。

 

「ほう? 成程、私欲によるものでは無かったと言いたいのだな」

 

「は、はい。仲間を殺されてしまい、パーティとしての体裁を保つのも難しい有り様でしたから。悪い事だと判りつつも……」

 

「まぁ、良かろう。それでそやつが死した娘か。エルフナインよ、ユートから受け取った神代魔法の中でもお前は昇華魔法と魂魄魔法に適正が有った故、今なら魂魄を保護出来るのではないか?」

 

 この二人に限らず何人か興味を持っていた者にユートは、“修得之札(インストール・カード)”で神代魔法と呼ばれている強力な魔法を覚えさせていた。

 

 この二人の場合、同じホムンクルスから造られた肉体を持っていたにも拘わらず神代魔法の適正が異なり、キャロルが“生成魔法”と“変成魔法”でエルフナインが“昇華魔法”と“魂魄魔法”だ。

 

 他は適正という意味では大した事が無かったので修得してはいない。

 

 別に数が限定されている訳では無かったけど、あれを挿入すると男なら極度の熱で熱い思いをしなければならず、女性であれば性的な熱によって絶頂にも似た快楽を味わってしまう。

 

 正確には絶頂にイクにイケないもどかしい感覚を延々と……である。

 

 未通だった昔なら兎も角、ユートに散々っぱら絶頂の良さ――通常のモノより数倍の快感――を知ってしまったキャロルは、あんなもどかしさを甘受する事は出来なかったのだと云う。

 

「確かにボクは魂魄魔法を扱えます。少し診せて貰いますね」

 

 仰向けに寝かされたヒタチ・千草の遺体を調べていくエルフナイン。

 

「確かに未だこの人の魂は消滅していませんね。いえ、神様が存在する世界ならあの世が在る訳ですから昇天していないと言うべきでしょうか」

 

「そうだな、忌々しいものだが神とやらが存在しているなら……」

 

「“奇跡の殺戮者”は止めて下さいね」

 

「チッ、判っているともさ」

 

 或る意味で奇跡に救われたキャロルとしては、『奇跡は殺す皆殺す』とは言えなくなっていた。

 

「若しかしたらですが、この方を今なら生き返らせる術が有るかも知れません」

 

『『『っ!』』』

 

 目を見開くタケミカヅチ・ファミリア、死者の蘇生など彼らの知識や常識的には有り得る筈が無いからだ。

 

「ボク達の捜し人なら可能です。然し彼はいつも言っています。『僕は蘇生まっすぃーんに成る心算は無い』……と。従って対価は必ず要りますので覚悟はしていて下さい」

 

 そしてエルフナインが調べた結果、捜している件の人物は今の階層より更に五階層は下であるという事で、カシマ・桜花がヒタチ・千草の遺体を再び背負って第一八階層へと向かう。

 

 その最中の第一五階層で白髪に深紅の瞳を持つ見るからにアルミラージっぽい少年、赤毛に着流しで背中に大剣を背負った青年、白いローブを着て自分の身長より大きなバックパックを背負った小人族の少女、黒髪をショートボブにして何故か虫っぽい羽根が生えてレオタードを着た少女というパーティと出逢った。

 

 即ち、ベル・クラネルとヴェルフ・クロッゾとリリルカ・アーデとラブレスである。

 

 タケミカヅチ・ファミリアが本来、怪物進呈をする相手がベルの率いるパーティだったのだが、原典よりベルとリリがくなっているのとラブレスの存在、これによりタケミカヅチ・ファミリアより先に進んでいたから、キャロルとエルフナインにお鉢が回って来たらしい。

 

 また、怪物の宴でモンスターの数が多かったのもそんな影響が出たからだろう。

 

 原典との相違点が小さな部分で変化をしてしまって、本来ならば死ななかったヒタチ・千草の死という事象が発生したのかも知れない。

 

 ベル達は日帰りを予定していたらしいのだが、ロキ・ファミリアの遠征に同行をしているユートが第一八階層に居ると聞き、それならば一緒に行こうという話になって第一六階層から第一七階層へと降りて行く。

 

 そして第一七階層の“嘆きの大壁”、此処は基本的に階層主(ボス)たる迷宮の孤王(モンスター・レックス)のゴライアスのみしか生まれない。

 

「クソが、未だ生まれてねーのかよ!」

 

 そんな“嘆きの大壁”で毒吐いているのは、銀色の大槍を担ぐ猫人族(キットピープル)の男だった。

 

「生まれていたら轢き殺してやったものをっ! こうなりゃ仕方がねー、生まれるのを待つか」

 

 そう言って“嘆きの大壁”の傍で座り込む猫人族の男は、ジロリとベル達へと視線を送って忌々しそうに舌打ちをする。

 

 階層主の再湧出には次産間隔(インターバル)というものが有るが故にその期間は生まれて来ない、ゴライアスの次産間隔は約二週間前後であるとされていた。

 

「あ、あれは確かアレン・フローメル様? 何でフレイヤ・ファミリアのLV.6……第一級冒険者がこんな中層で暴れてるんですか!?」

 

 リリが驚愕するのも無理は無い、LV.6ともなれば中層で経験値などもう雀の涙程度にも入らない筈で、云ってみればこんな浅い階層で貰える経験値はカンストしているも同然なのだから。

 

「刺激しない様に降りよう。ゴライアスが生まれたら多分だけど巻き込まれるから」

 

「判りました、ベル様」

 

 道中、ラブレスとリリがキャロルとエルフナインにとって同じ穴の狢というか、同じ【閃姫】である事が互いの気配から理解をした事で同行した訳だが、ダウルダブラ・ファウストローブを纏ったキャロルなら普通にアレン・フローメルにも勝てると、ラブレスは彼女の……彼女達の実力を正しく認識している。

 

「皆様、今すぐに降りますよ」

 

 リリはアレン・フローメルを横目に皆を促す、それに全員が頷くとソッと第一八階層への入口へ入っていった。

 

 アレン・フローメル自身はチラッと一瞥をしてきただけ、特に追って来るでも何かを言ってくるでも無く見過ごしただけ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「これが全貌だ」

 

 キャロルは話を終える。

 

「成程。確かに僕は魂さえ保全されているならば蘇生は可能だろう。だけど無償奉仕など僕の立場からしたら以ての外だ」

 

「ぐっ!」

 

 カシマ・桜花も本気で支払いを渋っている訳では無いが、矢張り赤貧清貧……言い方は様々だったけど一言で判り易く云えば貧乏一直線であるのがタケミカヅチ・ファミリア、何しろファミリアの稼ぎだけでは立ち往かないから主神がジャガ丸くんの屋台でアルバイトをしてるくらい。

 

 本来なら、ヘスティア・ファミリアの主神であるヘスティアも今のタケミカヅチと変わらない、ジャガ丸くんの屋台でアルバイトをしているくらいに貧乏だったが、今現在はアテナ・ファミリアとの同盟(ユニオン)によって資金が潤沢だからアルバイトをする理由も無くなっていた。

 

 尚、ベルが持つ“神様のナイフ”が二億ヴァリスというのは変わらないが、そこら辺は同盟の資金を動かして二億ヴァリスを捻出している。

 

 流石に本神も渋ったが……

 

「で、キャロル。タケミカヅチ・ファミリアは支払いたくない……極論、支払い能力が無いって話な訳だけど? 代替案は勿論だけど有るよな」

 

「勿論だともさ。いつもの手だろ? 生き返ったその娘が身を以て生涯を懸け優斗に支払いをすれば良いのだからな!」

 

 目を見開くタケミカヅチ・ファミリアの面子、それは即ちヒタチ・千草を奴隷に出すに等しい。

 

「ま、待って下さい!」

 

「は、ほっ!」

 

 ユートは鉄扇を出して舞い始める。

 

「舞って下さいではありません!」

 

 よくやる鉄板だったけど相変わらず不評の様でユートは肩を竦めた。

 

「ち、千草殿は……あの……」

 

 口に出せないけど視線がカシマ・桜花へと向いている辺り、普通にヤマト・命はヒタチ・千草の想いとやらを知っているらしい。

 

「駄目だな。だからこそ対価足り得るのだから、当然だが貴様が代わるなど赦さん」

 

「そ、そんな……」

 

「それとも、今此処で全てをぶっちゃけてみるのも良いか?」

 

「それはいけません!」

 

 本人の知らない場所で自分の気持ちが知られたなど、ヒタチ・千草の性格上から可成り居た堪れない気分になるのは請け合いだ。

 

 そしてキャロルも既にヒタチ・千草の想いに関しては、タケミカヅチ・ファミリアの周りの反応からだいたいを察している。

 

 唯一、その想い人たるカシマ・桜花が全く以て理解をしていないのは御約束だろう。

 

「それともこの娘は自分の人生の負債を他人に押し付けるを良しとするのか?」

 

「そんな訳! ありません……」

 

「どの道、優斗に縋らねば人生の続きなぞ歩めぬと知れ! 言っておくがオレとエルフナインも同じ様な選択をしてこの場に居るぞ」

 

「ううっ!?」

 

 キャロルの場合は大切な人間の救助だったが、それをエルフナインと共に対価として支払う。

 

 だからこそ同情はしても情けは掛けないというスタンスだし、エルフナインも錬金術師には違いないから対価を支払うのは当たり前だった。

 

「ま、本人から訊いてみよう。キャロル」

 

「応よ」

 

 魂魄魔法で保全した魂にユートが触れて本人たるヒタチ・千草に語り掛け、タケミカヅチ・ファミリアの面子に結果を伝えるべく口を開く。

 

「生き返れるならそれで構わないそうだ。曰わく『命ちゃんが身代わりになる必要は無いよ』……だとさ」

 

「千草殿!」

 

 過去にヒタチ・千草と会話などした事が無い筈のユートが、彼女の口調や命を呼ぶ時の敬称なんかを言えたという意味を理解した。

 

「希望としては僕の所の本拠に移るのは吝かじゃかいけど、ファミリアは移籍せずタケミカヅチ・ファミリアの侭で居たいそうだ。其方がそれで構わないなら此方も了承するけど、それで一歩を踏み出してみないか?」

 

「一歩ですか?」

 

「アテナ・ファミリアと同盟を結ぶんだ。現在はベルのヘスティア・ファミリアと“青の薬補”を経営するミアハ・ファミリアが同盟に参加してる。どちらも神同士が神友ってのも有るけどな」

 

「同盟……それは流石にタケミカヅチ様にもお窺いをしないと何とも言えませんが」

 

「同盟を結べばそれなりのメリットも提供が出来るから取り敢えず考えてみてくれ、神タケミカヅチに相談がしたいなら帰ってしてみれば良い」

 

「は、はい」

 

 小さなファミリア同士が同盟を結んで、大きなファミリアにも対抗が出来る様にしたいというのがユートの目論見、前なら兎も角として今現在ならソーマ・ファミリアも候補に入れている。

 

 彼の神酒は僅かながらユートに酩酊を与える事が出来たし、素材を提供して新しい酒を造らせるのも良いと考えていたからだ。

 

「それじゃ、ヒタチ・千草を蘇生する」

 

 ユートが手を掲げると漆黒の宝石の如く輝きを持つオブジェが顕れ、それがカシャーンと軽快な金属音を鳴り響かせて分解されてヒタチ・千草の肉体を覆っていくのであった。

 

 

.




 内容は基本的に最初の通りですが、考えた頃には未だ千草の気持ちとか出てなかったり……

 でも変えない。



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第63話:アイズのユナイトは間違っているだろうか

 千草の冥衣を決めるのに時間が掛かった。





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 ふわりと浮かんで大地に立ったヒタチ・千草、異世界では冥界の宝石の如く輝きを放つとも云われる漆黒の鎧――冥衣(サープリス)を纏った状態で、ユートの前に立ちサッと目許を隠してる前髪を払って跪き(こうべ)を垂れる。

 

「冥王ユート様……地劣星エルフの千草。心身共に貴方様へ御仕えすべく罷り越しました」

 

 勿論ながらタケミカヅチ・ファミリアの面子はあたふたと慌てふためき、実情をよく知っているキャロルとエルフナインは特に思う所はは無く、ベル達は全く意味が解らないといった具合なのか茫然と見つめていた。

 

「ち、千草殿?」

 

 まるっきり人が変わったヒタチ・千草の様子に心配してしまうヤマト・命。

 

「テメェ、千草に何をしやがった!」

 

 掴み掛かろうとするも……

 

「桜花、ヤメテ! この方は私が御仕えするべき冥王様なんだよ!?」

 

 当のヒタチ・千草に止められた。

 

「なっ、俺達の主神はタケミカヅチ様だろう? どういう事なんだ千草!」

 

「タケミカヅチ様にもちゃんと敬意は払うよ? だけど今の私はタケミカヅチ様の眷族でもあり、冥王ユート様の冥闘士(スペクター)でもあるんだよ」

 

「すぺくたぁ?」

 

 意味が解らないのか、首を傾げて棒読みで鸚鵡返しに呟くカシマ・桜花にクスリと笑うその姿、それはいつものタケミカヅチ・ファミリアで話すヒタチ・千草そのものである。

 

 それが何だか嬉しくて涙が零れ落ちそうになるヤマト・命、本当にあの鎧を着て人が変わってしまったくらいに違う親友に拳を握り締めた。

 

「一つ、勘違いが無い様に言っておく。冥衣には別に洗脳効果なんて無いし、別人がヒタチ・千草を名乗って肉体を乗っ取っている訳でも無いぞ。冥衣を纏った冥闘士として初めての挨拶って事で一種の御約束みたいなもんだ。確かに冥闘士に成ったからには冥王の僕に忠誠は誓うけどな」

 

「あの、冥王というのは?」

 

「この世界にも同じ名前の神――ハーデスが居る筈だが、僕の元々居た世界にギリシアはオリンポスの三大神として天帝ゼウス、海皇ポセイドン、冥王ハーデスが存在していた」

 

「ゼウス!?」

 

「ポセイドン……」

 

 ハーデスの名前は挙がらなかったけど、抑々にして迷宮都市で嘗て二大勢力と云えばLV.9やLV.8を擁していた彼のゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア、そしてポセイドン・ファミリアも海の覇者リヴァイサアサンを両ファミリアと共に討ち斃した事で有名だ。

 

「その三大神は地上の覇権を握るべく地上を守護(まも)る戦神アテナと、神代の頃より闘いに明け暮れていたんだ」

 

「アテナ様って、貴方の主神の?」

 

「ああ、ガチで間違いじゃない。今、この世界でアテナを名乗るサーシャ……逆か、サーシャを名乗るアテナは嘗て地球で地上の愛と平和を守護(まも)っていた彼女だからな」

 

 ヤマト・命の質問に答えたけど、サーシャというのは本来だとユートが共に在った城戸沙織であるアテナの先代――神格は兎も角として名前だけはNDとLCのどちらも共通――に当たる。

 

 星矢に刺さったインビジブル・ソードをどうにかするべく、城戸沙織が時空神の方のクロノスに嘆願して過去へ戻った際に、ユートだけ世界線の異なる【聖闘士星矢LC】の方へ跳ばされた。

 

 尚、この時には蟹座のマニゴルドとごっつんこをかましていたりする。

 

 この迷宮都市でサーシャを名乗るアテナというのはLCの方のサーシャだ。

 

 理由不明だったけど、何億年か数えるのも既に億劫なくらい前にアテナとして生誕していたが、当のサーシャとしては意味が解らなくて困惑をしていたし、天界から地上に降りるなんて当時には意味が無かった事もあり涙を流していた。

 

 テンマもアローンも居ない、当然ながら未来から来た優斗も居ない世界な上に名前や司るモノこそ変わらないが、この世界では神は個体で完結をしている超常存在だったからサーシャはゼウスやメティスの娘では無いし、ヘファイストスからは粗相をされたりもしていないというか、性別からして違っていたからそれは有り得ない話。

 

 だけど司るモノが同じなだけに、ヘファイストスは鍛冶の神でゼウスは雷霆の神でオリンポスの主神であるし、ヘルメスはゼウスの使い走りをしていたし、ヘスティアとアルテミスは処女神で、自分と合わせて『三大処女神』なんて余りな呼ばれ方をしてもいる。

 

 前世では伯母に当たるヘスティアと姉に当たるアルテミスは共に神友として、姿も性格も全く違うから仲良くなるのは割と早かったものだ。

 

 それから人間臭い神も……否、そんな神しか居ないと云っても過言ではなく、オリンポス一二神にして界隈での美の女神アフロディーテが何故かアルテミスに絡んで来ては泣きを見ていた。

 

 アレだろうか? 好きな子に意識して貰うべくイジワルをする心境で、天界時代にアルテミスとヘスティアを伴って湖に沐浴に出掛けたら何故かアフロディーテが現れ、サーシャとヘスティアには目も暮れずアルテミスだけを標的に口撃して、最終的にはアルテミスの勘気に触れて矢で尻を射抜かれてしまっていたし。

 

 ヘスティア曰わく、矢女神なんて或る意味では斬新過ぎるのだとか。

 

 ヘスティアやアルテミスとは神友になれたし、前世とは違って女性なヘファイストスとも神友の間柄、領地こそ離れていたけど気の良い武神であるタケミカヅチ、薬神ミアナなど善神とは普通に友神関係を結べたので寂しさは減った。

 

 それでも折に触れて地球の聖域で出逢った人達――聖闘士や、孤児院で暮らしたテンマや兄であったアローンを思い出しては涙を零し、そんな処をヘスティアに見られて訳を話す事にもなる。

 

 はっきりと云えば神友関係でも流石に信じては貰えず、サーシャの妄想か夢物語みたいな扱いに成っていたのだけれど、ヘスティアだけはガチに信じて――『そっか、また会えたら嬉しいね』と嫌味や嘲りなど決して無い、本気でそんな風に言ってくれて思わず抱き付いてしまった。

 

 素直過ぎるヘスティアであっと云う。

 

 とはいえ、地上になど降りても居ない筈なのに『地上には聖闘士という子供が居る』とか言われても、誰だって素直に頷ける筈も無いというのが正直な処――ヘスティアを除いては。

 

 今から約千年前から地上に光臨するのが一種のトレンドとなり、真っ先に降り立った中に居たのが天空神ウラノスだったり雷霆神ゼウス、後発組で割と最近に降りたのがヘスティアやサーシャ。

 

 そしてサーシャはヘスティアと共にヘファイストス・ファミリアで居候をしつつ、サボって怠けるヘスティアとは異なり一応は積極的な活動をしていたけど――『私と契約して聖闘士になりませんか?』だとか、どっかの白い宇宙生物みたいな勧誘の仕方が良くなかったのか? 全く誰も勧誘には乗ってくれなかったのである。

 

 ヘファイストス曰く、『真面目に活動をしているだけヘスティアよりはマシだわ』らしい。

 

 どちらにしても神友の(よしみ)で世話をしているが、無駄飯食らいの厄介者なのは変わらないから。

 

 因みにだが、二柱によるこの期間での寝食代金に関してはユートが支払っている。

 

 それは扨置き説明を続けるユート。

 

「どうやらゼウスとポセイドンは知っているみたいだな、この世界とは無関係だがハーデスという神とアテナの最終聖戦で聖闘士の一人のペガサス星矢が胸に剣を突き立てられて、その剣を引っこ抜いてハーデスを真っ二つにしてやった」

 

「そ、それって神を殺した?」

 

 神殺しは当たり前だけどやらかして良い事では決して無く、特に神時代である現代に於いて明確に罪人扱いされるだろう。

 

「この世界で殺れば罵倒されても仕方が無いが、飽く迄も別の世界だし……前世の話だからな」

 

 故に糾弾対象にはならない。

 

「ハーデスだって普通に生きてるだろうしな……光臨してるかは知らんが」

 

 少なくともユートが知る限りハーデスが光臨をしていたり、或いは光臨後に送還されてしまったり……といった話は聞かなかった。

 

「兎に角、真っ二つしたら噴き出した神血で全身が真っ赤――神血は青いけど受肉しているからか赤く見える――に染まった。更に奴の神氣を喰らった事で多少の能力向上もあった。その後にとある理由から“カンピオーネ”と呼ばれる存在に成ってからが劇的に変わった。ハーデスの神氣を操れる様に成ったからだ」

 

「は? 神の力を……ですか?」

 

 ヤマト・命は……だけでなく、その場で知らなかった者達は全員が驚愕をしている。

 

「主な力は三つで魔法みたいに名前を付けているから解り易い。その中でも神氣の大部分が使われたのが“冥王の箱庭と掟(ヘル&ヘブン)”だな」

 

 名前の由来は勇者王の必殺技、その能力は想像が赴く侭の冥界創造というちょっと意味が判らないもので、正しく名前の通り天国と地獄を創ってしまえる能力だった。

 

 ユートは既知の通りに冥界を創造したけれど、天国とされるエリシオンと通常の天国を完全に分けており、エリシオンは【閃姫】や嘗て黄金聖闘士と呼ばれた勇士などが住んでいる。

 

 勿論、ユートの冥闘士もだ。

 

 それに伴って冥闘士や【閃姫】達の関係者達も望むなら受け容れていた。

 

 例えば――【ソードアート・オンライン】という世界の【閃姫】の一人である桐ヶ谷直葉だが、彼女は兄と義姉の事を受け容れて欲しいと願ったので、本人達がそれを望むのならばと受け容れてエリシオンに家を与えている。

 

 必要とあらばユートからの要請を受けるという契約の許にだが……

 

 黄金聖闘士にしても城戸沙織の時代の人間と、先代的には童虎とシオンを受け容れていた。

 

 但し、流石に与えたのは黄金聖衣では無く形が似ていて刺々しい冥衣の方である。

 

「二つ目が“天輪する一〇八の魔星(ランブル・スペクターズ)”。この能力がヒタチ・千草が纏う冥衣を創るものだ」

 

 それは矢張り驚愕を以て迎えられた。

 

 一〇八の魔星とか云いながら実は幾らでも創ろうと思えば創れてしまい、モチーフも原典以外から普通に象る事が可能となっている。

 

 抑々、元黄金聖闘士が纏う冥衣だって似た形で創っているのだから当然。

 

「一番しょぼいのが三つ目だけど、この世界での基準ならこれも大きい。ま、僕の感覚が【DB】の孫悟空並に鈍ってきている証左だろうけどな。それが“冥界返し(ヘブンズ・キャンセラー)”、一二時間限定で仮初めの肉体を創って蘇生させる権能だよ」

 

『『『『『ハァ!?』』』』』

 

 矢張り知らない者が叫んだ。

 

 この権能は一二時間限定だが蘇生が可能という事から、冥王ハーデスが黄金聖闘士達――OVAでは白銀聖闘士も――を蘇らせた能力である。

 

 但し、肉体をどうにか出来るなら一二時間という限界を解除してしまえるの、何らかの術さえ持ち合わせれば一二時間は最早限界に非ず。

 

 名前の由来は【とある魔術の禁書目録】に出て来る蛙顔の医者の渾名“冥土帰し(ヘブン・キャンセラー)”。

 

「無茶苦茶だ……」

 

 タケミカヅチ・ファミリアの白衣の少女が震えながら呟いた。

 

「神々を弑奉り権能を簒奪するってのはその無茶苦茶をやれる存在に進化するって事、故に僕みたいな存在を極東の言葉で王者、僕の世界の英国語でチャンピオン、そしてイタリア語で書かれていた書物から『カンピオーネ』と呼ぶんだよ」

 

「王者……カンピオーネ……」

 

 ヤマト・命は呟く。

 

 恐怖心と好奇心が綯い交ぜとなった複雑怪奇な震えと興奮を呼び起こし、それは小さいながらも何処か性的な快感をも与えていたと云う。

 

「それに同類連中も中々にぶっ飛んだ権能持ちが居たぞ? 死んでも生き返って黒竜化をしたり、何かを生贄にして姿を変えてみたり、たった一柱を殺しただけで一〇種も能力を扱えたり、異界へのゲートを開いたり、そこら辺のなまくらをだいたいの物を叩っ斬る名刀に変えたりな」

 

「何て理不尽な」

 

「って言うか、黒竜化って何だ!?」

 

 白衣の少女が頭を抱え、カシマ・桜花は黒竜という名前に酷く反応をしている。

 

 正確にはこの世界に於ける黒竜のネームバリューについて識らない、ユートとラブレスとキャロルとエルフナイン以外がと云うべきだろう。

 

 神を弑奉る事は重罪なれど、余所の世界で起きた出来事で此方でやらかした訳では無いからか、極めて考えない様にしているっぽい。

 

 故に余計と黒竜に反応したのかも知れないと、ユートは話をしながらそう考えている。

 

「黒竜化は黒竜化だ。古代メソポタミアとか言っても判らんだろうが、ひょっとしたら同じ名前の女神が居るのかも知れんな。地母神イナンナからヴォバンの爺さんが簒奪した権能だ。自らの霊魂――霊体を伴う魂魄を肉体から剥離させて体長が三〇(メドル)くらいの黒竜に変える。そんな権能だ」

 

 全員が意味不明とばかりに首を傾げた。

 

 ガサガサッ! 少し離れた場所で草音が響き、皆が振り向くと驚愕に目を見開くアイズの姿。

 

 ヤバいと思ったのか回れ右をして逃走を開始するアイズ、だけど幾ら魔法を使ったら瞬間的にはベートをも凌駕するスピードファイターであるとはいえ、トップスピードに行き成り乗れる筈も無くて数秒間のラグが発生する。

 

「……え?」

 

 気付けば目の前にユートは居た。

 

「う、そ……」

 

 疾さには自信があっただけに、気付かれぬ内に回り込まれていたのに衝撃を禁じ得ない。

 

「何処から聞いていた?」

 

 実はだいたい判っている。

 

「……こ、黒竜の話。ユートが居たから声を……掛けようとしたら……黒竜って聞こえて……」

 

「フム、黒竜ね。どうにもオラリオって言うよりこの世界の人間にとっては特別らしいな」

 

 陸の王者ベヒーモス、海の覇王リヴァイアサンに関してはある程度の情報は得ていたのだけど、名前が判別しない“隻眼の黒竜”に関してはユートも些か情報不足だった。

 

「隻眼の黒竜、ユート様は御存知では無かったのですか?」

 

「三大冒険者依頼(クエスト)でベヒーモスとリヴァイアサンが退治されたのは人伝に聞いたが、最後の一体に関しては特に聞かなかったし、今は関係も無いから調べてもいなかったからな。とはいえ情報不足は良くないか」

 

 リリの質問に自分らしくなかったと反省をしながらも、現在は未だにギルドランクが低いのだから余り意味が無いとも考えていた。

 

 今現在に限ればと注釈は付くが……

 

 それに残された三大冒険者依頼が黒竜ならば、ユートからしたらカモでしかないのだから其処まで警戒してはいない。

 

 ユートは竜蛇という属性に対してなら絶対的なアドバンテージを持っているのだから。

 

 最早、単なるIFに過ぎないが若しユートが来たのが一五年前より以前だったなら、ひょっとしたらヘラ・ファミリアにでも入団したかも?

 

 そして或いはベル・クラネルは誕生する事も無くて、柾木優鐘という白髪紅瞳の息子が産まれていたのかも知れない。

 

 ユートならあの二人の病を癒やす事が或いは出来たかも知れず、最低限で病が背中の恩恵の中でスキル化していた姉の方は……ユートを受け容れていたらだけど確実に治っただろう。

 

 そうなれば病の無い彼女に竜蛇を圧倒が出来るユート、その他にLV.9やLV.8を含めて複数のLV.7達の戦闘となれば隻眼の黒竜すらも屠った筈だ。

 

 そうなれば姉妹丼を病を癒やすという理由から『戴きます』をしても、姉やヘラも邪険には出来なかったであろうし……本来のベル・クラネルの父親を近付けさせもしなかった。

 

 アイズの両親も黒竜戦で居なくならなかった事を鑑みれば、或いは柾木優鐘――IFのベルとは幼馴染みとして仲良くしていたかも知れない。

 

 英雄が現れなかったからと自らが英雄に成るべく強さに生き急いだり、復讐姫なんて黒い炎を燃やす燃料みたいなスキルも出なかったろう。

 

 迷宮都市の二大ファミリアとてゼウスとヘラの侭で、ロキ・ファミリアもフレイヤ・ファミリアも三番手四番手に甘んじていたかもである。

 

 そしてきっと、闇派閥(イヴィルス)の跳梁跋扈を当時を生きたユートならば許しはしなかった。

 

 何より恐らく舐められてたロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアと違い、嘗ての二大ファミリアが健在だったなら連中はド派手に事を起こそうとはしなかったであろうから。

 

 そうなれば正義のアストレア・ファミリアが、迷宮都市から消えてしまう事も無かった筈だ。

 

 リュー・リオンの運命も変わっていた可能性が高いし、正義は余り好きじゃないがアストレア・ファミリアと存外仲良くなれたかも知れない。

 

 まぁ、所詮起きなかったIFである。

 

「アイズ、黒竜との因縁は知らないから何とも言えない。だけど君が生き急ぎながら強さを得たい理由が黒竜なのは理解した。魔力式念能力を本格的に学びたいなら教えてやるから」

 

「っ! うん」

 

「それとフィンに此方の人員が増えたから天幕を新たに張る事を伝えてくれ」

 

「……判った」

 

 アイズは頷いて今度こそ立ち去ろうとしたが、其処へ待ったを掛ける存在が居た。

 

「んみゅ? ありあ~?」

 

「っ!?」

 

 精霊ルベライト――ルビーである。

 

「貴女は……精霊の……」

 

 先程まではユートの胸元、服の中で眠っていたルビーがアイズの風に反応したらしく起きた。

 

 見た目は可愛らしい少女だけど、力を喪っているから身長が約三〇cmくらいしか無い。

 

「ありあ、ありあ!」

 

 苦々しい表情になるのは矢張り穢れた精霊を思い出してしまうからか、確かに容姿は幼くなって肌は白く瞳も髪の色も紅に輝くルビーではあるけれど、あの穢れた精霊を彷彿させる容貌をしているのも間違い無い。

 

「わたしといっしょになりましょう?」

 

 ビックゥゥッ!

 

 バッとバックステップして鎧こそ装備していないけど、モンスターが第一八階層には産まれないだけで越階してくるから存在しているが故に佩いたデスペレートを抜剣。

 

「心配するなアイズ。ルビーのは穢れた精霊による『貴女ヲ食ベサセテ』って意味じゃ無いから」

 

「そ、そうな……の?」

 

 ユートの肩に乗ったルビーをアイズが見遣るとキャッキャッと笑いつつ……

 

「ゆないと! ゆないと!」

 

 子供みたいにはしゃぎながら叫んだ。

 

「ゆ、ゆないと……って?」

 

「融合みたいなもんかな? 言葉自体は僕が教えたんだよ」

 

 ユニゾンデバイスに近い事が可能となる為に、ルビーにはユナイトという言葉とやり方について既に伝達済み、現状では精霊神との契約をしている契約者なユートか、精霊の血族であるアイズかヴェルフであればユナイトが可能であろう。

 

 勿論、クロッゾ一族なら基本的に誰でも可能と成ってはいるのだが、それはルビー自身が嫌がるのでそういう意味では不可能だった。

 

 今現在のクロッゾ一族はヴェルフを除き精霊には嫌われているのだから。

 

「試しにユナイトしてみるか?」

 

「……えっと……それは」

 

「心配は要らない、その子は無害だよ」

 

「う、うん……ならちょっとだけ」

 

 特に教えた訳でも無いが、アイズが可愛らしいポーズを執りながら右腕を掲げるとルビーが掌に収まり、クルクルとこれまた可愛らしいポーズで回って一言をルビーと口ずさむ。

 

「「ユナイト(ゆないと)!」」

 

 同時にアイズがルビーを胸元へと、目を閉じたルビーがスッと胸からアイズの中へ吸い込まれ、彼女の長い金髪が炎の如く色へ煌めき、瞳の色も真紅と呼べそうな程に紅い。

 

 轟っと全身を焔が纏い、佩いていたデスペレートをスラッと抜き放ったアイズの背中には炎の翼が二枚、ちょっとした魔法少女の様な変身シーンと共にユナイトを完了した。

 

「力が……湧き上がる?」

 

「ユナイトで大幅にアイズの身体能力が上がったんだよ。因みに基本アビリティという意味でなら力の値が大きく伸びている筈だ」

 

「力が?」

 

「これが風の精霊なら俊敏、水の精霊なら魔力、土の精霊なら耐久って処だろうね」

 

 雷や闇や氷や樹や影などはまた違った形に成ってくると思われる。

 

「然し炎髪灼眼とはまた懐かしいね」

 

 ユートはクスリと笑った。

 

 実際にユートはその世界にも行ってはいるし、何なら主人公が最初に死んだ平行世界でメインヒロインを喰っちゃったりもして、あの世界では中々に愉しい事が出来ていたとは思っている。

 

 因みに敗けヒロインになった彼女を、本来的なβ世界線では『戴きます』をしていた。

 

 故に違う世界線での『シャナ』と『吉田さん』がエリシオンの、同じ家に仲良く暮らしていたりする……勿論だけどアラストールも。

 

「ルビー、ユナイトアウト」

 

 ポンッ! とアイズの中から出て来たルビー、アイズの姿も金髪に戻っている。

 

「あ……」

 

 ちょっと残念そう、ユナイトしている真っ最中は万能感に浸れて少し心地良いらしい。

 

「ラブレス」

 

「はい?」

 

「魔法に長けてるシャーマン一族であり、伝説の戦士たる父親を持つシャーマン一族の姫であった君は、ルビーとのユナイトは出来るか?」

 

「……私はアネスの残滓みたいなものですけど、そうですね……ユートさんの【閃姫】に成ってから私も御父様みたいな伝説の戦士に近い能力が有りますし、試してみないと判りませんけど恐らくはやれるのではないかと」

 

「ならルビーはラブレスに預ける」

 

「判りました」

 

 伝説の戦士とは剛魔神族の力とシャーマン族の魔力を併せ持つ者、前者はシャクマという若者で後者はラブレスの父親のシャーマン王イシュタルの事を指している。

 

 嘗てのシャクマは鬼光術の修得に成功、そしてラブレスも恩恵を得た時に鬼光術は修得済み。

 

 シャーマン系以外の氣と自然の力を融合させる剛魔神系の術も扱え、見た目にはとても細い身体で力や俊敏の伸びも良いらしく剣術に堪能とか、正しく父親と同じ伝説の戦士を彷彿とさせる。

 

「あの~、ユート様」

 

「どうかしたか、リリ?」

 

「ルビー様とのユナイト? でしたか、それをする条件が精霊との親和性なのは理解しましたが、ラブレス様はどうしてでしょう?」

 

 アイズやヴェルフみたいな精霊の血族なら判るリリだが、ラブレスは今までパーティを組んでの戦闘を見た限りで精霊は無関係だった。

 

「シャーマン族は精獣と呼ばれる生き物を取り込んで力に換える能力がある。まぁ、中には剛魔神や同じシャーマンまで取り込む悪魔みたいな連中も居たけどな。兎に角、そういう特性もあるからいけるかもと思ったんだよ」

 

「はぁ、成程」

 

 少なくともリリがユナイトは無理っぽいというのは確かみたいだ。

 

「ユート」

 

「アイズ?」

 

「若しまた穢れた精霊……見付けたら……精霊に戻せる?」

 

「浄解自体は幾らでも出来るが、恐らく次に出会う時は浄解なんてやってられないくらいに切羽詰まってるだろう。ルビーみたいなのがアイズも欲しいってのは判るがね、だからって僕が来るまで斃さずに居て仲間が殺られたら困るだろ?」

 

「……そう……だね」

 

 流石にアイズも其処は諦める。

 

「それに今回の浄解だってルビーの為って訳じゃ無く、僕の目的……穢れた精霊に浄解が効くかを確かめておきたかったってのがある」

 

「そうなんだ」

 

 ユートは“緑之浄解(クーラティオ)”と“赤之浄解(ペンテルム)”を扱えるのだが、実は能力的にはどっちも大して変わりが無いものだ。

 

 その差違は何故か知らないけど“赤之浄解”では浄解された対象が生物だった場合、激しい痛みに襲われるので味方じゃ無い対象に使っている。

 

 元々この浄解は爆弾魔を相手にした際に犠牲になる連中を助ける建前で創った、詰まる話がこれは“除念”を行う為の念能力であった。

 

 建前……というのは無償で救う訳では無かったから、当然ながら“GI”を攻略するのに必須となる指定ポケットカードを渡して貰う。

 

 そして爆弾魔はその場で斃した。

 

 ゴンやキルアの成長の事も鑑みてユートが斃したのは、原典でビスケット・クルーガーが相手をした奴だけである。

 

 元より原典に比べても強かったから問題無くいけて、あの連中――爆弾魔共の時限爆弾の除念も普通に出来た。

 

 因みに、ビスケット・クルーガーには請われてユートは念能力の“人物再設定”を行使しており、あのムキムキなマッチョスタイルから普段使っているキャピルンなスタイルへと変更をした。

 

 再設定は自在に名前や年齢や姿形も遺伝子の在るべきレベルで、能力値にしても今現在の数値を最大値として振り直しが可能。

 

 但し一生涯に一度だけという制約が有るから、もう一度の再設定をするには心臓を停めて死なないといけなかったりする。

 

 名前はビスケット・クルーガーの侭だけれど、年齢は16歳に変更していつも使う姿を標準化してしまい、能力の数値は力と耐久と俊敏に振り直した形で彼女の理想的な戦闘スタイルになった。

 

 それは兎も角、アイズも取り敢えずは納得をしたらしくてコクリと頷く。

 

「ねぇ、ユート」

 

「今度は何だ?」

 

「序でだから訊きたい」

 

「構わんが」

 

「貴方なら……三大冒険者依頼……受けるとしてどれを受けたい?」

 

 三大冒険者依頼とは即ち陸の王者ベヒーモス、海の覇王リヴァイアサン、隻眼の黒竜の討伐依頼の事なのは周知の通りな訳だが、依頼を受けるも何もソロでやる様なもんでもあるまいに。

 

「それはまさかソロでか?」

 

「……貴方なら或いはやれる……かも?」

 

 コテンと小首を傾げる仕草はアイズを一六歳よりも幼く魅せる。

 

「基本的にどれでも構わない」

 

「黒竜……でも?」

 

 あのゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアを以てして敗走――否、壊走に陥ざるを得なかった空の皇帝と呼んでも差し支え無いモンスター。

 

「竜であるからには僕の敵じゃない」

 

「っ!?」

 

 アイズが目を見開く。

 

「海の覇王リヴァイアサンも海竜の類いだったから矢っ張り敵じゃないな。陸の王者ベヒーモスがそういう意味では一番の難敵だろうが、奴の毒は僕のみにという制限は有るけど効かない」

 

「どうして?」

 

「僕が異様にエルフから好かれているのには気付いているか?」

 

「あ、うん。レフィーヤもリヴェリアもアリシアもユートが気になって仕方がないみたいだから」

 

 何だか代表みたいに言われた三人はユートとの接触が最も多い。

 

「僕は昔に四大精霊神と契約をしているからね、エルフやハイエルフならそれを感じられるんだ。それ以外でも同じ頃にヒューマンがエルフと敵対的だったんだが、僕だけは敵対的なエルフ以外とは仲良くしていたからかな? フィトンチッドでも垂れ流してるのかって思うくらい好かれ易くなったみたいだ」

 

「……そうなんだね」

 

「飽く迄も好かれ易いってだけ、向こうが敵対的だったら余り意味は無いからね」

 

 例えばハルケギニアの鉄血団結党なんて集まりのエスマイールみたいな。

 

 精霊神との契約によりその精霊神が司る属性ではダメージを負わなくなるし、小精霊や大精霊や精霊主との交感力も可成り増してくれる。

 

 勿論だが単なる術師では其処までの能力は得られない、精霊神と契約をした契約者だからこその大きな力であるという事だ。

 

 更に力は血筋に宿る為、直系であれば初代程では無くとも強大な力を揮う事が出来、仮に婚姻により家に入った外様でも直系の家に入った時点で能力が増すのだと云う。

 

 四大精霊神な為に他は未契約、闇は初めから強い親和性が有ったから兎も角としても、光や影や樹や氷や雷などはどうしようもない。

 

「水の精霊神の加護ってやつでね、如何なる毒も僕には効果が無いんだよ。アルコールでさえね。酒の味は判るけどアルコールに酔う事は出来ないのがちょっとした悩みだな」

 

「……お酒」

 

 まだ幼い頃に冗談混じりに団員から酒を飲まされた事があるアイズだが、その際に大暴れをしてファミリアの連中を半殺しにした挙げ句、翌朝には何も覚えていなかった彼女に新たなるルールとして、苦笑いをしていたフィンから酒禁止令が出たのは言うまでも無い。

 

 一応、ドワーフの火酒くらいに強いのを一升瓶でがぶ飲みすれば刹那の酩酊感くらいは得られ、全く酔いの感覚を知らない訳では無いとはいえど矢張りすぐに浄化されてしまう。

 

「アイズ、いずれ黒竜との決戦やダンジョンとのあれこれは起きるだろう。僕に頼り切らないとならない……そんな状況が許せないならせめて僕が教えた技術くらいはマスターして見せろ」

 

「……やってみる」

 

 あれを修得すれば間違い無く今のLV.以上に強さを発揮が可能となる。

 

 オーラを発揮させる手段が無いでもなかったにせよ、それでは魔力を使うのに邪魔となってしまって結局は中途半端で終わる可能性もあった。

 

 ならば魔力をオーラ代わりにというのが一番の道となるだろう。

 

 今度こそ立ち去るアイズを眺めていると……

 

「優斗」

 

 キャロルが話し掛けてきた。

 

「どうした?」

 

「優斗はまだ彼方側には帰らないのだろうというのは判る。それならばオレとエルフナインはどうするべきだ?」

 

「取り敢えず冒険者って立場でオラリオに逗留をしてみるか?」

 

「む、話に聞く限り冒険者とは神の恩恵とやらを得ねばならぬだろう。オレが神から? 正直な話としてぞっとしないな」

 

「まぁ、キャロルの立場からはな」

 

 苦笑いしか出ない。

 

「冒険者をやる上でのルールだから従ってくれとしか言えないな。冒険者ギルドに登録をするにも神の恩恵を得て各ファミリアに所属しないといけないみたいでね」

 

「チッ、已むを得んのか」

 

「神とか考えるからいけない。高位次元生命体と思えばどうだ? 要は津名魅や訪希深や鷲羽みたいな者の下位互換だと思えば良い」

 

「彼奴らか……」

 

 津名魅を内包し更に一体化しつつある砂沙美には可成り世話になり、流石に神を名乗るからといって邪険には出来ていない。

 

 砂沙美は津名魅と殆んど完全な一体化を果たしており、同名の艦船である津名魅も自由自在に操る権能を有していた。

 

 年齢的にはもう完全な一体化をしている頃ではあったが、どうにも津名魅には心残りがある所為で意識が残されている状態であり、ユートも何を心残りにしているのか理解をしているからこそ、津名魅のその心残りを解消させてはいない。

 

 どの道、いつかは解消してしまう。

 

 それまではせめて共に在りたかったからこそ、そして砂沙美も津名魅も理解をしていたからこそ何も言わず、何も起こさずにゆるりと今という時を共に過ごしているのである。

 

 まぁ、今回で砂沙美も遂にブチ切れてしまったかも知れないけど。

 

「オレ達は構わない、然しいずれ砂沙美も来る。それはお前にとって都合が悪かろう?」

 

「今は祐希さんが抑えてくれてますが、我慢の限界を越えれば流石にどうしようも無いかと」

 

 キャロルとエルフナインが言いたい事は理解してしまう、確かに下手に抑えつける真似をしてはいずれ精神的に破綻を来し爆発してしまいかねない。

 

「仕方が無いな。この遠征が終わったら向こうへ一度帰宅して……決着も着けておくか」

 

 敢えてやらなかった事、だけど砂沙美に此方へ来られては不都合が生じるのは目に見えて明らかな為に、ユートは彼女達……二人といつまでも変えなかった事に決着する決意を固めるのだった。

 

 

.




 これ、ソード・オラトリアと本編が微妙に擦れ違って黒ゴライアスとロキ・ファミリアは闘って無いんだよな~。




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第64話:白兎達の第一八階層入りは間違っているだろうか

 思った程に進まなかった。





.

「毒にヤられた団員も居るけれど、今宵は此処まで進出を果たした新たなるファミリアとの交流会と洒落込みたい。特にヘスティア・ファミリアはユートのアテナ・ファミリアとは同盟を結んでいるそうだし皆、仲良くして貰えると僕としても嬉しい限りだ!」

 

 ロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナから宣言をされては、まさか一団員に否やを云えよう筈も無かったから表面上は振る舞われた酒の杯を掲げて同意を示す。

 

「ふむ、ドワーフの火酒を樽に一杯飲まないと僕は酔えもしないんだよな。アルコールの入ってるジュースと変わらないのは残念無念また来週」

 

 チビチビと飲んでも意味が無いから乾杯後には一口で杯内の酒を飲み干した。

 

 酔えないからには食事を愉しむしか無かったから自身のストレージ一杯に入った食材を、料理が得意な女性陣――といっても毒にヤられていなかった者に限られたが――により調理された物を、ガツガツと食べ続けて消費をしていく。

 

「ふむ、あのLV.2のヒーラーの娘が今回のを主導したらしいけど中々に美味いね」

 

 少なくとも普通の料理としては良い味わいを出していたし、見た目も可愛らしさが有るから欲しいくらいだけどロキが赦すまい。

 

(確かリーネだったかな)

 

 それにベートを見る目が優しいというべきか、今はこの場に居ないけど普段からそんな目で視ている辺り、どんな感情を持っているのかがありありと見て取れる。

 

「然し、オレとエルフナインは冒険者じゃないんだがな? 良いのかね」

 

「どうせ地上に戻ったらアテナ・ファミリアへと入るんだし構わないだろう」

 

 尚、ヘスティア・ファミリアとフィンは説明をしたものの、現在のベルのパーティ構成はベルがヘスティア・ファミリア、ラブレスとリリがアテナ・ファミリア、ヴェルフがヘファイストス・ファミリアだから実はベルだけしか所属してない。

 

 冥衣を解除したヒタチ・千草はいつもの格好でヤマト・命とアルコールの入ってない飲み物を、ヴェルフとカシマ・桜花には原典みたいな蟠りが無いから、普通に会話をして武器の整備を頼んだりしていた。

 

「そうだ、ユート」

 

「どうした? フィン」

 

「例の槍なんだが」

 

「ああ、貸したヤツな」

 

 【ファイアーエムブレム】世界に存在している槍の神器――グラディウス、その謂わば贋作というか模造品たるグラディウス・レプリカを先の闘いにて貸与している。

 

 ユートがグラディウスを視て鍛ったレプリカではあるが、素材は同じ金属を用いて技術も聖衣という神代の神器を鍛えられるし、魔界の名工から薫陶を受けてもいただけに真作に迫るだけの逸品として完成をしていた。

 

 それは剣の神器――メリクルや弓の神器――パルティアや斧の神器――オートクレールも同様、必ず“レプリカ”だと銘打って真作と贋作を分けている辺り、ユートにも拘りみたいなものが有るのが理解を出来てしまう。

 

 実際、“偽・瞬撃槍(ラグド・メゼギス・レプリカ)”なんかにも同じくレプリカと銘打っているから判る事。

 

「あれ程の輝き、あれ程の性能、そしてまるで手に吸い付く様な手応え……グラディウス・レプリカと云ったかな、ヘファイストス・ファミリアやゴブニュ・ファミリアの最上級鍛冶師の作品ですら御目に掛かれない素晴らしい槍だったよ」

 

 暗に椿・コルブランドすら越えているのだと、フィンはグラディウス・レプリカを大絶賛。

 

「ほほう、手前を越えるとな? 確かにフィンが最後に使っておった槍は見事であったな」

 

 それを聴いた椿・コルブランドがニヤリと笑いながらユートに近付く。

 

「出来れば見せて貰いたいものよの」

 

「やれやれって感じだな」

 

 ストレージから出したのは一振りの鞘に納まっている細身の武器――刀。

 

「これは?」

 

「偽・贄殿遮那。つっても、本来のオリジナルである贄殿遮那は紅世の王と呼ばれる存在を相槌に据えて、自身の存在をミステスという存在に落とし込む程に存在の力を捧げて鍛え上げた刃だし、贄殿遮那には鞘なんて無かったから担い手となっていた天目一箇やシャナは抜き身で持っていた」

 

 故に造り方は似ていてもオリジナルとは相当に異なる偽・贄殿遮那、自在法が存在しない世界で似た特性を持たせるべく魔法や超能力や鬼道といった能力に対する不干渉が有った。

 

「ま、所詮それはレプリカだよ。形と能力を似せただけの……ね」

 

 椿・コルブランドは目を輝かせながら偽・贄殿遮那を視ている。

 

 ふと見遣ればヴェルフもユートの造った所謂、モドキでしかないレプリカに目が釘付けと成っており、モノとしては矢張りモドキでしかないにしても作り自体は自身を処か、ヘファイストス・ファミリアの団長たる椿・コルブランドですら越える腕前で鍛造された刀だから仕方が無かった。

 

 事実として椿・コルブランドが絶賛しているからには、ヴェルフとしても鍛冶師として無視など出来る筈も無いのだから。

 

「それでフィン、買い取りたいというのだろうけどさ、どうやってグラディウス・レプリカのお金を用意する心算でいるんだ? 前に呼ばれた際の戦闘で一〇億ヴァリスを個人資産で出していた。多分あれってフィンの全財産だったと思うけど、それって実は違ったのか?」

 

「いや、間違い無く全財産だったさ。だけれど、君がガレスとリヴェリアとも闘ってくれたから、二人も三億ヴァリスずつ出してくれたんだ」

 

 今、フィン達がLV.7なのはフィンの一〇億ヴァリスを対価にした闘い有ってこそだ。

 

 その恩恵は計り知れず、二人もフィンに全額を負担させるのは偲び無いとして三分の一よりは少ないけど支払いに宛てた。

 

「という事は実際に支払ったのは四億ヴァリスって事、詰まりは六億ヴァリスは個人資産としての貯蓄が残されてるんだな」

 

「ま、まぁね」

 

「本当は魔剣的な効果は無いけど、本来の仕様とは異なる機能も付けていて雷神の剣より高くしようなと思ったが……六億で譲ろう」

 

「ほ、本当かい!?」

 

「嘘など言わないさ。地上に戻ったら支払いをして貰うからな?」

 

「勿論だとも!」

 

 フィンは小人族な上に恩恵もLV.7に至っているから、見た目が子供に見えてしまうけど実際は一四歳からロキに恩恵を貰って約三〇年も年月が経ったアラフォー、然しながら今のフィンは瞳を輝かせて欲しかった玩具を手に入れた子供の様に他者の目には映る。

 

「ソイツの銘は仮称グラディウス・レプリカだ。本当の銘は持ち主になったフィンが付けな」

 

「え、僕がかい?」

 

「それと柄の部分に魔法陣が有るだろ?」

 

「確かに有るね」

 

 柄に刻み込まれた魔法陣。

 

「血を垂らして自身の名前と共に魂の契約を捧げる事で、完全にフィン専用の槍と成ってマイスターである僕とマスターのフィンしか扱えなくなる仕組みでね、仮に盗まれたり紛失しても完全破壊されない限りはフィンの意志で召喚可能だ」

 

「っ! それがさっき言ってた?」

 

「そう、オリジナルには無い仕様だ」

 

「そうか……」

 

 ギュッとグラディウス・レプリカを抱き締めるフィン、そんなフィンを視ていたティオネの瞳はハートを宿していたと云う。

 

 ユートとしては【DQ~ダイの大冒険~】に於ける、ヒュンケルが闘う意志を漲らせた時に飛来した鎧の魔剣を再現したかったというのがある。

 

 一応、ユートが造った黄金聖衣はそんな領域に在るから契約云々関係無く飛んで来るが……

 

「売買詐欺だけはするなよ?」

 

「しないよ!」

 

 売った後に戻ってくる槍、正しく詐欺だったからやらかすなと釘を刺しておいた。

 

 和気藹々? と食事を愉しんで宴も闌といった頃に凄まじい音が第一七階層との連絡口から響いてきて、何事かと向かうと何故だかヘスティアとヘルメスがリュー・リオンやアスフィ・アル・アンドロメダやナァーザ・エリスイスを率いてやって来たのだ。

 

「何をやってるヘスティア? それにヘルメス。リューとアスフィとナァーザまで!」

 

「だって、ベル君がちっとも帰って来なくてさ。某かが有ったんじゃないかって思ったら居ても立っても居られなくって!」

 

 ヘスティアが言い訳する

 

「サーシャは?」

 

「サーシャは君を信じれば大丈夫だって言って取り合ってくれないんだ、だから彼女は一緒には来てないんだよ」

 

「それが正解だ」

 

「うぐぅ!」

 

 ぐうの音しか出ない。

 

 ナァーザも一応はダンジョン恐怖症みたいな、謂わばPTSDを発症していたのをユートの治療によって克服では無いが、取り敢えずダンジョンに入ってもフラッシュバックしたりしなくなっているとはいえ、未だ確実に症状が出なくなったと御墨付きが有る訳でも無いので下手に連れ回さないで欲しかった。

 

 少しずつ少しずつ慣らしていくべきだからこそベルのパーティにも入れて無かったのに。

 

 まぁ、仕事は調合の発展アビリティを活かしたポーションの作製が有るから退屈はしない。

 

「ゴライアスがそろそろ再湧出していた筈だが、アスフィやリューが斃したのか?」

 

「いえ、何故だか“女神の戦車”が待機をしていまして……彼が闘っている隙に此方へ」

 

「ああ、成程な」

 

 アレン・フローメルの事情を知るというより、云ってみれば災厄の根源こそがユート。

 

「アレン・フローメルの現在のLV.は1だから必死にランクアップを狙ってるんだな」

 

「? 彼がLV.1ですか?」

 

「ああ。裏切りの概念を宝具化した短剣で刺してやって、フレイヤとの眷族契約を破棄させたから恩恵を貰い直したんだろうね」

 

 ニィッと口角を吊り上げるユートに対し恩恵を持つ全員がドン引きである。

 

「序でに僕や今のベルやリリ達がやっている方法も教えたからな、LV.2くらいなら恐らくだけど一週間以内だと思っていた。残すは偉業としてゴライアスを斃しに来たって処だろ」

 

「うん? ベルやリリスケ達がやってるやり方って何だ? ひょっとしてステイタスを効率良く上げる方法とか確立してんのかよ?」

 

 ヴェルフが食い付く。

 

 ヴェルフ・クロッゾLV.1、今やリリにまで追い抜かれて少し焦りを覚える鍛冶師見習いで、実はヘファイストスに淡い恋心を抱いている事をユートに看破されていた。

 

 ユートが提供――といっても販売をしているという意味だが、黒鍛鋼(ブラックメタル)と呼ばれる魔導金属を安く仕入れているソレをヘファイストスはいたく気に入っており、黒鍛鋼製の鎧や盾や剣をガンガン鍛えている彼女をヴェルフは一度だけ見る機会に恵まれ、そんなヘファイストスに性的な興奮を覚えたヴェルフは大事な部位を硬くしたのだとか。

 

 他にも魔導金属としての真銀(ミスリル)、黒鍛鋼の青バージョンたる青鍛鋼(ブルーメタル)、この世界のオリハルコンに近い日緋色金(ヒヒイロカネ)、色違いの青生生魂(アポイタカラ)など様々な魔導金属をユートが保有している事を知って、それこそ日参して売って欲しいと頭を下げにいっているのをヴェルフは知っている。

 

 尚、この世界のオリハルコンやアダマンタイトやミスリルは特性こそ高いものの、通常金属へとカテゴライズをされている金属だった。

 

 真の意味での魔導金属、それを鍛える機会を得られたのならば鍛冶師としては狂うしかない。

 

 因みに、神鍛鋼(オリハルコン)神金剛(アダマンタイト)は名前こそ同一だけど神秘金属にカテゴライズされる。

 

 聖衣は神鍛鋼と星銀砂とガマニオンの合金製、鱗衣は純粋な神鍛鋼製、神金剛は楚真など一部の神々が纏う鎧に使われていた。

 

 ヘファイストスが鍛冶に狂うのも当然の帰結であり、若しこれが椿・コルブランドに知られでもしたら同じ事が起きそうだ。

 

 それは兎も角、ヴェルフはヘファイストスに対して確かな恋慕の情を持っていて、彼女が億年を在り続ける超越存在で恋人も居ただろう事は理解もするし、所詮は恩恵無しならば百年も生きれば上等なヒューマンでしかない自分。

 

 仮に、本当に仮に鍛冶の腕を認めさせて恋人の座をゲットしたとしても、超越存在である彼女にとっては僅かな寄り道程度の事でしかない。

 

 それでも永遠を在り続けるであろうヘファイストスの胸に残り続ければ……と、ヴェルフ自身は思っているけど如何せん鍛冶の発展アビリティを持たない見習い鍛冶師、せめてLV.2へと至り発展アビリティを獲得して上級鍛冶師に成って、自らの武具に“Hφαιστοs”のロゴを赦されなければ一〇〇%有り得ないと自嘲している。

 

 せめてロゴを赦され、更に鍛冶師として某かの偉業を残さなければ決して有り得ない夢物語。

 

 だけどユートは違う。

 

 フィンに売ったグラディウス・レプリカにしてもそうだ、レプリカなどと云っても単にガワだけ似せた贋作などとはモノが別物だ。

 

 武器としての威力は原典と変わらず、更に別の機能をもプラスしているのだから既に真作グラディウスをも鍛えられる腕前という事で、それこそがユートの鍛冶師としての腕が椿・コルブランドをして『主神様にも迫る』と言わしめる。

 

 それはヘファイストスも認めていた訳であり、眷族として男としてヴェルフ・クロッゾ個人だとしてもこれが焦らずに居られようか?

 

 況してや、いつだったかユートが鉱石の納品にやって来た翌朝に何故だか主神の神室から現れたのは疎か、ヘファイストスも何だか気怠げな表情で笑顔を魅せながら見送っていたのを偶々ではあるが見た事がある。

 

 いつものシャツはボタンが外れていて淫靡にも映るヘファイストス、ヴェルフは自分の工房に帰って思わずあられもない彼女の姿で抜いたもの。

 

 そして自己嫌悪に陥るのであった。

 

「確かに知っていると言うか、僕が聞いた恩恵の理論などから推測して可能だろうと自分で試し、それで上手くいったからベルとリリにもLV.2にランクアップしてからやらせている手法だな」

 

「マ、マジかよ! だったら俺も知りたいんだが駄目なのか? 同派閥じゃねーし同盟も組んでねーから無理か?」

 

「そんな難しい事じゃ無い。否、実践をするのは難しいんだけどな」

 

「? どういうこった?」

 

「評価Iの数値が0の時から一切合切の更新をしない。ランクアップをしたら兎に角、モンスターを殺して殺して殺しまくる。そして出来れば単独で階層主を討ち果たす。それだけだ」

 

「ハァァッ!?」

 

 ヴェルフは意味が解らない、更にはそんな事を実践するなどモノ狂いの類いだと叫んだ。

 

「実際、アレン・フローメルは現在がLV.1で恐らくフレイヤから更新をして貰わず闘い続け、今日はゴライアスが再湧出をしたから挑んだっていう事なんだろうな」

 

「確かに“女神の戦車”は単独でしたね」

 

 アスフィ・アル・アンドロメダが先程の光景を思い出して頷く。

 

「けど本当にランクアップすんのか?」

 

「ステイタスは基本的に誰が受けても誰から貰ってもI評価で数値は0……当然だ、“神の恩恵”を得てから何の実績も得ていないのだから評価なんか最低、経験値を得た御褒美の数値も有る筈がないんだからな。闘って或いは某かを成して経験値を得る事で“神の恩恵”が御褒美に数値を上げてくれる、それが一定量を越えたら評価がHに上がってくれるんだ。詰まり99を越えて100に成れば」

 

 詰まり数値の100とはH評価の数値0と同様、数値が200に成れば評価もGへと上がる。

 

「最終的にS評価と成り、数値も999まで上がってカウンターストップ……カンストだ」

 

「かんすと? 何だそりゃ?」

 

「さっきも言ったカウンターストップの略だよ。カウントされていた数値がストップする……あ、多分だけどこの世界だと所謂処の神語になるか」

 

 普段、ユートが何気なく使っている言葉の端々にこの世界では下界で使われず、天界の神々が使っている言葉回しというものが多々在った。

 

(まぁ、999がカンストなのは普通ならと注釈が付くけどな。ベルはスキル“憧憬一途”の効果で、カンストを超克するからな。オマケに番外となる僕のスキルで上げられる数値は計算外に当たるみたいだし、恐らくこっちも999だから総計1998までは上げられるって事だな)

 

 このユートのスキルの余剰的な数値は経験値に影響を及ばさない為、幾らでも上げてオッケーというのが嬉しい処でリリを抱いて数値を足してやっていた。

 

 とはいえ、割とすぐに遠征に戻ったから大した数値には成っていないが……

 

「これは飽く迄も喩え話、数値に関しては全くの検証無しだから適当だと思って欲しい」

 

 ユートはそう前置きをすると、それを聞いていた全員が一様に頷いたのを見て話し始める。

 

「アイズ辺りは判ると思うが、ステイタス更新をすればする程に上がる数値は基本アビリティが上がるのに比例するかの様に下がる。何なら一日中を第五〇階層で闘い続けても上がった数値は僅か10にも満たない何て事もザラにある」

 

 アイズが激しく頷いた。

 

 フィンやリヴェリアやガレスも頷く辺りから、三人も数値の微々たる上昇に悩んでいたらしい。

 

 そして実感が湧かないのが“憧憬一途”を持っているベルであろう。

 

 何しろヘスティアが曰わく、これは進歩じゃなく飛躍だと言わしめる程に数値がバグっているかの如く上がり、初期段階でも200オーバーかと思ったら、ちょっと油断するとあっという間に600オーバー800オーバーは当たり前の世界だ。

 

 LV.5の後期とはいえ、碌にステイタスが上がらず悩んでいたアイズを嘲笑うスキル。

 

「仮にゴブリンを一匹、LV.1で全ての数値が評価I0だった場合は経験値が10だとしようか」

 

「そう……なの?」

 

 コテンと首を傾げるアイズ。

 

「仮にだ、仮に! 飽く迄も喩え話だって前置きをしただろうが」

 

「あ、うん」

 

 流石はロキも認める天然さん。

 

「で、詰まり完全初期状態でゴブリンを一匹狩れば経験値が10入る。その後に更新を入れたら次にゴブリンを一匹狩ったら半分になるとしようか」

 

 アイズがうんうんと頷いた。

 

「更新をする毎に半分になるとして、五回の狩りで合計は幾つになる? 因みに小数点以下は四捨五入とする」

 

「う゛……」

 

 アイズが黙り込んでしまったのを見て溜息を吐いてしまうリヴェリア、勉強が苦手で嫌いだから算数も咄嗟には出来なかったらしい。

 

 無論、簡単な四則演算であれば出来る筈だけど小数点や四捨五入とか単語が入ってきた時点で、アイズは考えるのを止めた的なテロップでも流れたかの様にピタリと止まってしまう。

 

「アイズ、お前だって少しずつ計算すれば判る筈だぞ?」

 

「リヴェリア……」

 

「最初の狩りで10、二回目で5、三回目は2.5に成るが四捨五入なら3。四回目も1.5だが四捨五入をして2、五回目は普通に1だ」

 

「あ、答えは21!」

 

「そうだ。落ち着いてやれば出来るのだから少しは頭を使う事を覚えてくれ」

 

 ユートはそんな母娘(笑)の会話を聴きアイズの脳筋指数を上方修正した。

 

「さて、それを考えた上で一切の更新をしない侭で五回の狩りをした数値は幾つかな? そして、どちらがより多く経験値を得られる?」

 

「えっと、更新しなかった場合は50。だから倍以上の経験値になる……だよね」

 

「その通り」

 

 頷いてやるとアイズがパンと柏手を打ちながら笑顔を浮かべる。

 

「さっきから言っている通りに飽く迄も喩え話、本当にそうなのかは僕にも検証が出来ていない。だけど更新して強くなる程に上がる数値が小さくなるからには、経験値が減っていると考えた方が素直だとは思わないか?」

 

「確かにね。成程、だから“女神の戦車”に対して更新をせずに闘えと言ったのかい? しかも偉業を達成するのに単独でゴライアスを斃せという、アレン・フローメルでなければ先ず不可能だったんじゃないかな?」

 

 フィンが苦笑いを浮かべて言う。

 

「俺には無理っぽいんだが……」

 

「時間短縮の為に単独でやらせたに過ぎないよ、ヴェルフもランクアップしたら暫くは更新しないでダンジョンアタックしてみたらどうだ?」

 

「うーん、ベルやリリスケもやってるんなら俺もやってみるかな?」

 

「因みに、アレン・フローメルがランクアップしたら第一九階層でまた闘って闘って闘い抜いて、第二七階層の階層主アンフィス・バエナを単独で殺すってのを言い含めてある」

 

 フレイヤに……だが。

 

「君はアレンを殺したいのかい?」

 

「それなら襲撃してきた日に殺したよ。奴を恨む程に被害は受けていないし、奴の魔法を簒奪してやったから寧ろ『有り難う』と言いたいな」

 

「ま、魔法を簒奪? 彼の?」

 

「そうとも」

 

 アレン・フローメルの魔法はフィンも識ってはいるが、それを事も無げに簒奪したとか言い放つユートに対して流石に驚愕を隠せない。

 

「僕の念能力の一つに“模倣の極致”というのが有ってね、あれは対象者をその手で殺害をするか或いは性的に絶頂させるかして魂を掌握、それにより刻まれた情報からスキルや魔法をコピーしたり奪ったり出来るんだ」

 

「あれ? って事は私って常に奪われるリスクを背負ってた?」

 

 冷や汗を流すティオナだったけど、ユートは笑いながらそれを否定した。

 

「簒奪は基本的に敵を殺してから行う。因みにだが模倣は精度や威力などが一段下がる」

 

 奪うのは一〇〇%に成るが、模倣は完全なモノには成らないらしい。

 

「アレン・フローメルの契約を切り裂いて恩恵をリセットしたらどうせ魔法も消える。勿体ないから一回息の根を止めて魔法を奪ってやったのさ。とはいえ、魔法やスキルは当人の資質や願望を映し出す鏡にも等しいと聞く。ランクアップしたら同じ魔法が顕れるかも知れないな」

 

 顕著なのが矢張りベルの“憧憬一途(リアリス・フレーベ)”。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインに対し冒険者としても異性としても憧れを持ち、その気持ちが正しく一途に向けられているからこそ顕れたスキル。

 

 リリの魔法であるシンダー・エラも判り易く、今の自分から変わりたいという想いが形になった魔法であり、文字通り変身をする事が出来てしまうからソーマ・ファミリア時代には割と便利に使っていた様だ……悪事に。

 

 そういう意味で云えばユートユートのスキルも

大概で、“情交飛躍(ラブ・ライブ)”は恩恵を持った女性冒険者を抱いて体内に射精をしたら、その女性冒険者へと基本アビリティの上昇が出来るというモノ。

 

 射精した場所により数値は上下するらしくて、膣内>口内>菊門という準に高くなる様だ。

 

 膣内で12くらい上がるが、一緒に絶頂をしたらボーナスポイントとして倍に成る。

 

 何処までもセ○クス本意なスキル。

 

 半ばユーキや這い寄る混沌なニャル子によって意識改革された結果とはいえ、女の子を抱くのが好ましく感じる様に成ったユートにとってみれば可成りラッキーだろう。

 

 罪の意識を感じず基本アビリティを安全確実に上げたい女性冒険者に対して、このスキルを用いて数値を上げる謂わば代価みたいなものだから。

 

 男の冒険者? 知らんがな。

 

 ティオナやリリを相手に検証をしてきた結果、最大値は999で本来の基本アビリティとは別枠だったから、合計で1998というのはランクアップをした後にエクストラポイントとして残る。

 

 とはいっても、リリの基本アビリティは何とかランクアップに届いたという処でしかなかった、だから実際の数値が1998にまで至ったりしない。

 

 ティオナの場合は力の数値がユートと乳繰り合うだけで無くて、訓練をしていた事も手伝ってか999にまで到達して極まっていたからスキルにより更なる上昇は嬉しかった。

 

「ああ、それとだ……アイズだってウダイオスを単独撃破とかやってLV.6に成っただろうに」

 

「っ!」

 

 アイズが顔を上げる。

 

「まぁ、僕もゴライアスとアンフィス・バエナとウダイオスとバロールは単独撃破したけどな」

 

「っ!?」

 

 更にアイズは聞き耳を立てた。

 

「そういえば君は単独で第五一階層に居たよね、その時に単独撃破をしていたという訳だな」

 

 初めてロキ・ファミリアのメンバーと出逢ったのが第五一階層、暫くは階層主が斃されてはいなかったお陰で其処までに湧出する階層主はユートが全てを平らげている。

 

 しかも強敵以外は一般人レベルに身体能力を下げており、普段はそれこそLV.2としての能力で動きを慣らしているし、ダンジョンアタックではLV.的に第二級冒険者くらいの能力と普通に持っている念能力や魔法で闘う為に、割と経験値は普通以上に稼げている感覚だった。

 

 この分ならベルがLV.3に成る前後くらいで基本アビリティもカンストしそうで、何なら一緒にランクアップをして担当であるエイナを困らせるのも面白そうではある。

 

 余りやり過ぎるとガチ泣きしそうだから程々にやるのが吉だろうけど。

 

「アレン・フローメルも今はLV.1だろうが、フレイヤ・ファミリアとして闘った経歴や肉体は喪わない、闘う為に形作られた筋肉に戦闘技術は残っているんだ。そこら辺の恩恵頼りオンリーな一般冒険者より格上なのはそういうのが有るからってのは間違い無い。LV.が第一級冒険者にまで届くってのは結論として()()()()って事だよ」

 

 そんな意味でユートはアナキティ・オータムやラウル・ノールドに注目をしていた。

 

 そして、性格はアレだけど第一級冒険者にしてLV.6だったアレン・フローメルも其処は同様だった訳で、そういう意味では今のこの場に居るリュー・リオンがLV.4なのが不思議な程ではあるが、どうやら主神とは手紙の遣り取りくらいはしていそうだけど直に会ってはいないらしい。

 

 つまりは更新自体が不可能。

 

「どうかしましたか? ユート」

 

「いや、何でも無い」

 

 リューもデート中やその後の暫くはユートには『さん』付けだったが、今では気安い間柄にも慣れてきたのか呼び捨てになっている。

 

「そうですか」

 

 取り敢えず納得しておくらしい。

 

「停滞する事を僕は許されない、歩みを停める事を僕は選択が出来ない……強く在らねば僕の価値を語る事さえ愚かしい」

 

「それはどういう事だい?」

 

「嘗て僕が殺し合った宿敵(とも)に言われた科白だよ、真なる共通の敵に敗れたからには再び同じ舞台に立つだけの資格を得ねば、奴らに対して申し訳も無さ過ぎて……ね」

 

「ふむ?」

 

「それは君達にも云える事だと心得ろって話だ、お前達が追い払ったゼウスとヘラのファミリアに果たして追い縋れているのか?」

 

「「「っ!?」」」

 

「何故かな? 本当に不意に頭に過ったんだよ、嘗て殺し合った宿敵の言葉が……ね」

 

 全てを懸けて闘って、全てを以て真なる敵へと挑んだ結果としてユートは敗れた。

 

 死んで今のユートに転生しているのが今現在の立ち位置で今一度、奴らに出逢った時にユートは一発だけはぶん殴られる覚悟だったものだ。

 

「オッタルは聞く処によると七年前にLV.7に上がって、其処から一切のランクアップが成されていないらしいな。それはロキ・ファミリアに於ける首領や二大幹部も同様に」

 

「耳が痛いね」

 

「ああ」

 

「まったくじゃな」

 

 苦笑いを浮かべるフィン、リヴェリアとガレスも停滞をしていたのを気にしていた。

 

「君が現れるまで僕らはLV.6からの脱却すら考えていなかった。これは……彼らに会わせる顔が無いかな?」

 

「彼ら?」

 

「“暴食”と“静寂”。LV.7の冒険者でありながらオラリオに『失望』を以て戻った、嘗ての最強ファミリアの一角さ」

 

 それは、ゼウス・ファミリアへと所属していた“暴食”のザルドとヘラ・ファミリアに所属していた“静寂”のアルフィア、この二人はぬるま湯に浸かった迷宮都市に失望感を覚えて闇派閥という敵対する邪神が率いる組織に降り、オラリオへと襲撃を仕掛けてきたのだと云う。

 

「ザルドはオッタルに斃されたけど、そういえばアルフィアはどうなったんだろうな? リヴェリアとアイズとガレスがアストレア・ファミリアと共に対峙をして……顛末がよく判らないときた」

 

「私もアイズもあの時の闘いは記憶があやふやだったからな。ガレスもそれは変わらない」

 

「そうじゃな」

 

 ガレスも首肯する。

 

 何故かリューが身動ぎをしていたけど、確かにアストレア・ファミリアが関わっていたのであればリューも関わりが有ったのだろう。

 

 御開きと相成ってユートはリヴィラに向かうのも意味が無くて、自然が豊かなこの第一八階層を散策する事に費やしていた。

 

 前に来た時は特に寄る事も無くさっさと次なる階層を目指したから。

 

 尚、ヘルメスが覗きで捕まったりしたがベルはラブレスを相手に稽古、その為に激しく逃げ回る羽目にも陥る事が無かった。

 

「リュー?」

 

「ユート!」

 

 結果、リューの素肌を拝めたのはユートであったと云う事である。

 

「貴方に肌を見せるのは恥ずかしくはありますが……まぁ、良いでしょう。ですが流石に覗かれるのは不愉快です」

 

「済まんね、気配の赴く侭に来たら君が沐浴をしている処へ出会(でくわ)したんだ」

 

「……嘘では無さそうですね」

 

 そそくさと着替えたリューは信じてくれたみたいで矛を納めた。

 

「ユート、序でに少しお付き合いをして戴いても宜しいですか?」

 

「構わないけど」

 

 暫く歩いたら土が山の様に盛られた上に何故か武器が突き立てられた場所に。

 

「これ、墓標か?」

 

「御判りになりましたか。嘗て私が所属をしていたアストレア・ファミリアの仲間達。当時は未だLV.2の未熟でアストレア様の許に居たから助かったクロードと、アリーゼ達に逃がして貰えた私だけが生き残ってしまいました。この墓標となる武器達は遺体すら遺せなかった彼女達の代わりにこうして、アリーゼが好きだったこの地へと弔ったものです。事前に遺言みたいに聞かされていた事でもありましたしね」

 

「何があった?」

 

 リューの表情は悲痛、仲間を置いて逃げ出したというのがまるで剣となって今も尚、リュー・リオンの心に突き立てられているかの様だった。

 

 

.




 本当は例のアレのあれこれで引きの心算だったんだけど……




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第5章:暗黒期
第65話:暗黒期へと遡るのは間違っているだろうか


 本来は前話でこの噺の三分の一くらいまで進めて引きをする予定でした。

 新章ですが可成り短いと思います。





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「少し、昔語りをしましょう」

 

 リュー・リオンは生まれ育った森の排他的な、自分達を貴種の如く気位を持ちながら他者を見下すエルフらしいエルフを嫌い、飛び出してしまって迷宮都市たるオラリオへと辿り着いた。

 

 種族ま容姿も無関係に尊敬が出来る仲間というものを期待したが、結局の処でリュー・リオンは同胞以外では肌も晒す事が出来ずに覆面を被り、差し伸べられる手を悉く打ち払ってしまう。

 

 排他的で鼻持ちならないエルフを嫌って里を抜けた筈が、リュー・リオンは自らの心に壁を作って変わる事が叶わなかったのだ。

 

「所詮は私も里のエルフと変わらない……という事だったのでしょうね」

 

「それを理解しているだけマシだと僕は思っているんだけどね。それに……さ」

 

「あ……」

 

「ほら、振り払われない」

 

 ギュッと小さな、それに毎日の素振りで昔なら掌にマメを作っては潰していたから少し硬くて、シル・フローヴァみたいに柔らかいとは云えない手をユートに握られ、リューは頬を仄かに染めて小さな声を上げるものの振り払う事はしない。

 

「前にも言いましたが貴方で三人目、男性という意味では最初の一人です。とはいっても実は二人目にクラネルさんが居るんですが……」

 

「まぁ、ベルならな。僕がオラリオに来ていなかったらベルこそが最初の一人だったかもね」

 

「クス、そうかも知れませんね」

 

 握られた手が温かく心地好くて、アリーゼともシルとも異なる感触にリューの心臓が早鐘を打っており、モンスターが現れて御開きになってしまったデートを思い出す。

 

「デートをした時に軽くお話をしましたが、私はギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

「聞いたな。元アストレア・ファミリアに所属をしていた冒険者、二つ名は“疾風”でLV.4まで至った第二級冒険者に位置していた。闇派閥への復讐から闇派閥の連中のみならず怪しいと視たなら証拠も何も無く屠り、結果として賞金すら掛けられてしまったんだったか?」

 

「はい」

 

 視線をユートから外すリュー。

 

「汚泥と血に塗れた汚らわしいエルフだと云えるでしょう、そんな私が……貴方の手を取って安らぐ資格など有るのでしょうか?」

 

「そういった意味なら僕も大して変わらないし、何ならリューより血で濡れた手なんだがね。ベルとは違ってそれこそ戦争で敵兵を手に掛けたり、盗賊共を殲滅したり、戦神アテナの名の下に敵対する神の闘士を『愛と平和を護る為』にと謳いながら殺したり……何て事を日常茶飯事にしていたくらいだからな」

 

「ユート……」

 

「因みに、大概の聖闘士は『地上の愛と正義』を護るとか言っているな」

 

「貴方は言わないと?」

 

「僕はやってる事が暴力に対して暴力で返すって解決法で正義を謳うのもなぁ……ってね」

 

「……神エレンいえ、エレボスも似た様な事を言っていましたね」

 

「エレボス……ね」

 

 確かエレボスもギリシア神話体系の神だった筈だと思い出す。

 

(混沌の海から産まれた暗黒神、僕が【ハイスクールD×D】の世界で喰った夜の女神ニュクスとは兄妹で、神話的には二柱が交わってアイテルとヘーメラーを産んだんだったな)

 

 尤も、あの世界のニュクスはユートと敵対した上で敗れた為に、ユートの権能である“闇を祓いて娶る美姫(プリンセス・アンドロメダ)”によりユートの女と成り果てた。

 

 “童貞を殺す神衣”? 童貞な一誠と木場祐斗には兎も角としてユートに効く筈が無く、敢え無くぶっ飛ばされましたとさ。

 

 尚、神話と違って子供を産む処か初めての経験だったので愉しめたのと、完全にメス堕ちさせてしまって神域に在るから【閃姫】契約は不可能だったけど、あの世界から出た際に付いて来させられるくらいに成っていたりする。

 

 とはいっても、それは無限の龍神オーフィスや龍天如リリスも同じ事だったが……

 

「貴方との逢瀬に応じながら結局、最後まで進む事が出来ないのも七年前に有ります」

 

「七年前……ね。確か闇派閥との大抗争が起きたのがその年だったか」

 

「はい。そして元ゼウス・ファミリアの“暴食”と元ヘラ・ファミリアの“静寂”が襲って来ました。都市内で“暴食”を相手にしたのは“猛者”、私達はダンジョンの此処……第一八階層で“静寂”と闘う事になりました。更にエレボスが深層域から誘き出したモンスター、彼が名付けた“神獣の触手(デルピュネ)”の相手を我々アストレア・ファミリアとロキ・ファミリア――“九魔姫”と“重傑”と“剣姫”が闘う事になってしまいました。『死の七日間』と呼ばれた忌まわしき日々でした」

 

「“静寂”のアルフィアのLV.は?」

 

「LV.7です。恐るべき音の超短文詠唱により我々は翻弄されるしか無かった」

 

「音……ね」

 

 目には見えない上にそれはさぞかし疾い攻撃であろうと、音速や雷速や光速というのに造詣が深い聖闘士でもあるユートは思った。

 

 音速――音が出す速度とは実に三四〇m/sであり、相手との距離が三.四mを離れていた場合は一秒間に一〇〇発もの攻撃を叩き込める。

 

 見えなくてそんな速度ではアストレア・ファミリアのメンバーも苦慮したろう。

 

「しかも応用力の高い魔法でした。しかも彼女は視ただけでだいたいの動きを真似る事が出来るのだとかで、“暴食”の動きを真似て剣を扱うなんて事も出来てしまいます。“剣姫”の剣を取り上げて攻撃をされた時には驚愕しかなかった」

 

「ふーん」

 

「ふーんって、驚かないのですね」

 

「いや、僕も出来るから」

 

「はい?」

 

「視た動きを真似るのは僕にも出来る。完璧を期するなら訓練は必要だけど模倣するだけならな」

 

「そ、そうですか……」

 

 だとしたら、ユートが闇派閥でなくて良かったというべきか? 或いは当時に彼が居たのならばアルフィアとの闘いも少しは良くなったか? などと益体も無い事を考えるリュー。

 

 いずれにせよ“才禍の怪物”と名高いアルフィアと似た事が出来る才に憧憬を禁じ得ない。

 

「然し、“暴食”は当時に“猛者”が斃したのは間違いありませんが……“静寂”がどうなったかは私にも判りません」

 

「“静寂”のアルフィアはガレスかリヴェリアが斃したんじゃないのか? 七年前ならアイズもまだLV.3が精々だろうからLV.7を相手にしても実力経験共に足りないだろうしな」

 

 今はLV.4なリューを含めて、アストレア・ファミリアのメンバーもLV.3くらいだったらしいし、当時にLV.5だったあの二人が力を合わせたなら或いはといった処だろう。

 

「実は闘いにとある人物が加わって、自身が斃した彼女を連れ去ってしまって……」

 

「へぇ?」

 

 LV.7を単体で斃せたなら本人もLV.7かそれ以上、然し当時にLV.6だったオッタルは“暴食”のザルド相手に闘っていて余裕など全く無かっただろう。

 

 聞いた話だけど殆んどの迷宮都市産冒険者達はLVが現在の1少なく、七年前の暗黒期を境目にランクアップを果たしていたらしい。

 

 リューも当時はLV.3、現在のLV.4には“静寂”のアルフィアとの闘い於ける経験値からだとか、更にアリーゼ・ローヴェルやゴジョウノ・輝夜やライラといった仲間達もランクアップしていた。

 

 ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアなども同じくで、LV.5だったフィンやリヴェリアやガレスがLV.6に成って、LV.3であったアイズがLV.4に、フレイヤ・ファミリアだったら“猛者”オッタルが遂にLV.7に至る。

 

 それだけ“死の七日間”が過酷に過ぎたのだと、リューは当時を思い出して身震いをしていた。

 

「あの闘いの後に我々に捕らえられたエレボスはアストレア様の手で送還されました」

 

 エレボスはバベルの最上階――屋上にて送還される事を望み、その通りにアストレアにより傷を受けて自動的に“神の力”が発動して、神々により決められたルールの通りに送還されたのである。

 

「だけど……え?」

 

 伏せていた顔をリューが上げるとユートの後ろに黒い穴がポッカリと口を開けていた。

 

「ユート、後ろ!」

 

「っ!? 時空障壁が崩壊している?」

 

 黒い穴――正しく光も逃さぬブラックホールの如く吸収を始め、ユートですら抗えぬ程の吸引力により穴へと吸い込まれていく。

 

〔逝っちゃえハートの全部で! なーんちゃって……ですよ、優斗さん〕

 

 まるで六魔穴に吸われるアリババ神帝みたいに……というのはちょっと遠慮したい、何故ならアリババ神帝はその後にワンダーマリアの魔洗礼により、ゴーストアリババという悪魔のヘッドに変えられてしまうから。

 

「ユート!」

 

「よせ、リューも吸われる!」

 

「ですが!」

 

「心配要らない、すぐに帰るから」

 

 某か確信を得たのか、ユートは笑顔を向けながらはっきりと言い切る。

 

 ユート黒い穴に吸収されたら即座に閉じてしまって、リューは絶望感から表情が無くなってガクリと膝を付いてしまった。

 

「ユート……私は……こんな事なら貴方に初めてを捧げてしまえば良かった! あんな益体も無い()()なんか放っぽり出してしまえばっ!」

 

「え? じゃあ、今晩辺りにどう?」

 

「……へ?」

 

 声がした方を振り向けば、其処には特に怪我をした様子も無いユートが立っている。

 

 強いて云うなら装備品が変わっているくらい、何故だか黒いコートみたいな服を着ていた。

 

「ユ、ユート?」

 

「そうだが?」

 

「な、何で……」

 

 最早、リューの頭が追い付かなくなってしまったのか頭から煙を出す勢いで気絶する。

 

「ありゃりゃ、参ったねどうも」

 

 そんな可愛らしいリューの姿を視てしまっては下半身が元気になるが、取り敢えずお姫様抱っこに抱えてやるとロキ・ファミリアのキャンプへと戻るのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 場所的な移動は誤差の範囲内。

 

 然しながらユートがちょっとした既視感を覚えたのは、空中に投げ出されて真っ逆様に落ちてしまったからである。

 

 思えばよく同じ事は起きた。

 

 例えば【聖闘士星矢LC】で黄金聖闘士である蟹座のマニゴルド、彼との出会いからして今とは可成り状況が似ていたと云える。

 

「正邪の行進……否、正邪の決戦だ。嗚呼、そうだ――これが見たかった!」

 

 それは彼の邪神が身を震わせる程の光景であり両の腕を広げ、満面の笑みを以て本懐を遂げたのだと叫んでいた。

 

「過去と現在を繋ぎ、そして未来へと至る眷族の物語(ファミリア・ミィス)が! これこそ……え?」

 

 ゴチーンッ!

 

「うごっ!?」

 

「あがっ!」

 

 ユートが真っ逆様に落ちた先には黒衣に白髪の女性が居り、頭と頭でごっつんこをしてお互いに頭を抱えて悲鳴を上げている。

 

「ど、どうなったんだ? 何でこんな場所……ってか、此処はまさか……一八階層? 燃えているが間違い無い」

 

 それはユートにとって見慣れた第一八階層に似ているが、其処は燃える大地でおかしなモンスターが蠢いていた。

 

 ハッとして周りを見遣れば見知った顔が幾つか存在するが、緑の髪の毛のハイエルフやドワーフは兎も角として金髪金瞳の……大導師を思わせる容姿の幼い剣士――否、“剣姫”の二つ名を持った冒険者アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 竜にも似た怪物と戦闘中だ。

 

「過去……か」

 

 瞬時に理解をしたのはユートが既に幾度と無く過去へと戻る現象を体験してきたから、先程に於ける落下にて感じていた既視感とはゴッチンコもそうだけど、過去へと跳ばされた事によるものであったのは間違い無い。

 

「あの腐れ邪神が!」

 

 時間と空間に干渉してしまえる権能を持ちうる邪神、それは旧支配者の中に在って唯一封印を免れた存在――這い寄る混沌ナイアルラトホテップを意味している。

 

 となれば、下手にユートの姿を晒す訳にはいかないと未だに混乱する中で聖衣石を使って魔力でも使える黄金星聖衣を喚ぶ。

 

「我が身を鎧え、星双子座(スタージェミニ)よ!」

 

 オリヴィエというかヴィヴィオにも与えている星聖衣の双子座だが、ユートが造った魔導具であって本物の聖衣では無いから複数が存在した。

 

 バケツの様なマスクを装着していれば取り敢えず顔は見えなく出来る。

 

 バサリと水色で裏打ちされた純白のマントを棚引かせると、ユートは頭を抱えながら未だに何処か涙目な女性へと向き直った。

 

 周りからしたらギャグにしか見えない光景で、何故かモンスターですら茫然自失である。

 

「貴様、何者だ?」

 

「LV.2の上級冒険者にして双子座の黄金聖闘士……サガだ」

 

「セイント? 聞いた事も無い。それにLV.2だと? 其処の小娘共より下ではないか」

 

「フッ、実力は有りそうだが他者を見る目を養ってはいない様だな」

 

「ほう?」

 

「私が神より恩恵を得たのが一ヶ月程度前に過ぎないからLV.は確かに低い、だがそれ以前よりそこら辺の冒険者より実力が有ればLV.を超克しているとは思えぬか?」

 

 嘘と真実を混ぜ合わせたもの。

 

 基本的にユートは嘘など吐かない、然しながら基本は基本で応用という意味で嘘を吐く場合も。

 

「ならば見せて貰おうか。貴様が単なる()()か否かをな!」

 

「その前に此方は名乗った。お前も名前が有るならば名乗ったらどうだ?」

 

「ふん、存外と私も知られていないか。我が名はアルフィア。元ヘラ・ファミリアのLV.7であった“静寂”と呼ばれる者だ」

 

 態々、元の所属やLV.や二つ名まで明かしたのは此方の態度を見極める為なのだろう。

 

「そうか、では始めようか」

 

 当然ながら敵対的な相手に態度は変えないし、これだけ若くて美女なら斃した後は御楽しみ。

 

 まぁ、ロキ・ファミリアや後ろの少女達を鑑みれば流石に露骨な事は出来ないし、何より明らかに一桁歳なアイズ()()()の情操教育上に良くないから、ヤろうとしてもリヴェリアやガレスに間違い無く止められる。

 

 勿論だけど少女達からも。

 

 何しろ、リューが居るからには彼女達は正義なんて野暮を標榜するアストレア・ファミリアで、敵対していたとはいえ倒れた女を性的に貪るなど決して許しはしまい。

 

(まぁ、良いか)

 

 ユートが動かんとすると……

 

「【福音(ゴスペル)】!」

 

 一言、アルフィアの形が良くぷっくりした唇が動いてたったの一言で魔法が発動。

 

 パンッ!

 

 それは見えない一撃、それは余りに疾い一撃、総じて避ける事も防ぐ事も難しい、その名は音、音をその衝撃と共に放つ魔法だった。

 

 然しユートはそれをあろう事か拳を一振りするだけで掻き消す。

 

「なにぃ!?」

 

 流石に驚愕を禁じ得ない様だ。

 

「【福音】!」

 

 パンッ!

 

「我がサタナス・ヴェーリオンを先程砕いたのはマグレでも何でも無いという事なのか」

 

 超短文詠唱とは名ばかり、魔法名を唱えずとも詠唱式だけ唱えて放てるならそれはベルの使っている速攻魔法“ファイヤーボルト”と同じ。

 

 とはいってもそれならアイズの“エアリエル”も詠唱式――『【目覚めよ(テンペスト)】』だけでも発動しているから、そういった意味であるのならばユートは既に似た様な事例を視ていた。

 

「音による衝撃波、ならば同じく音による衝撃波で砕けぬ道理は無い!」

 

「貴様もサタナス・ヴェーリオンと同じ音の魔法を使うだと!?」

 

「違うな、間違っているぞアルフィア! 私がやったのは単に高速で拳を揮ったに過ぎん!」

 

「……は?」

 

 ポカンとなる美女顔、そしてそれは何だか矢鱈と格好付けた男神も同様だったし、何なら傍観者に成っていたアストレア・ファミリアのメンバーもマヌケ面を晒している。

 

「聖闘士は最下級の青銅聖闘士でもマッハ1の、と言っても解らぬのか……貴様の魔法が放たれる速度で動けるのだ。況んや、最上級に位置している我ら黄金聖闘士は光速――光と同等なのだ!」

 

 小宇宙を燃焼して黄金聖衣を纏っていたらという但し書きは付くけど。

 

「ひ、光? 何を言っている?」

 

「まぁ、解らないよな」

 

 秒速三四〇mとか理解していない、アルフィアが阿呆なのでは無くて物理学やら何やらが進んでいないからだ。

 

 或いは、迷宮都市とは異なる場所にそういった学び舎が存在するのかも知れないが、少なくともユートはそんなモノを知らなかった。

 

「クッ、ならばこれで!」

 

 それはユートが落ちて来なければアストレア・ファミリアに使っていた魔法。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】――」

 

 魔女による『第三の詠唱』。

 

「あれは短文詠唱じゃない! まさか、三つ目の魔法なの!?」

 

「しかもあれって……」

 

「超長文詠唱!?」

 

 リャーナ、マリュー、セルティというアストレア・ファミリアに於ける魔法の専門家、治療師と魔導士達がいち早く察知して口々に叫んだ。

 

 今までにアルフィアが使ってきたのは速度重視の音の砲撃、そして魔力無効化の付与魔法であったのに対してこれは『切札』とも云える魔法。

 

「莫迦なっ! あの男、あれ程の魔法を看過する心算なのか!?」

 

 輝夜が驚く。

 

「【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

 動かないサガと名乗った男にアルフィアも苛立ちを隠せない。

 

(余裕の心算か!)

 

 詠唱中だから口には出さないだけ。

 

「【神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪過の烙印】」

 

 この魔法の正体にリヴェリアとガレスだけは知っていた、嘗て海の覇王リヴァイアサンにトドメを刺したアルフィアの必殺魔法。

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ――砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】!」

 

 直に対峙するユート――サガが動こうとしないのに全員が焦りを覚える、それは大最悪と称された“神獣の触手”でさえ同じだったらしい。

 

「【代償は此処に。罪の証を以て万事を滅す――哭け、聖鐘楼】!」

 

 その詠唱が終わる。

 

 顔を照らして瞳すら灼く魔力の輝きは誰もが見惚れる美しき白では無く、魔女の荒む心象風景を映し出す“灰色の雪”であったと云う。

 

 アルフィアの病的に白い肌を露出した細い腕が天を掲げ、遥かな上空に魔力で構築されたであろう灰銀のオブジェが顕現化。

 

 正しく大鐘楼と呼べるモノだった。

 

 ゴーンゴーン! 詠唱の通り打ち振るえて慟哭を紡ぐ鐘の音色、それは終焉の訪れを示す未来とは決して繋がらぬ神聖にしてみれば破滅的、その気高く歪なそして荘厳な破壊の救世が全てを万事を消滅へと導く。

 

 アストレア・ファミリアの者が、リヴェリアとガレス……黒き暴風と化したアイズが、神獣の触手ですらも破滅に臆していた。

 

 海の覇王すら砕いた『滅界の咆哮』が灰銀の鐘の爆砕と共に放たれる。

 

「【ジェノス・アンジェラス】!」

 

 第一八階層を舐める炎を呑み込んで掻き消し、大地すら嘶く破局の濁流が破壊し尽くさんと洗い流していき、その余波でさえアストレア・ファミリアのメンバーに死を予感させた。

 

 LV.7が放つ砲撃、その効果範囲は対人戦としては広大な一〇〇Mを誇る。

 

(手ぇ出すべきなのによ!)

 

 アストレア・ファミリアの小人族のライラには必勝の策が在る、それは背中に取り着けていた盾で使えば間違い無くとまではいかないだろうが、アルフィアの必殺をどうにか出来る筈だった。

 

 だけど闘いが自分達とアルフィアから謎の男とアルフィアに移行、果たして“魔除けの大盾(アイギス)”を使うべきなのか逡巡してしまう。

 

 その刹那の逡巡が期を逸しさせた。

 

(ド畜生がぁぁぁっ!)

 

 間に合わない!

 

「確かに視せて貰ったぞ、“静寂”のアルフィアの三つの魔法の全てをな。次は我が双子座の奥義を魅せてくれる。見よ、銀河をも砕く煌めきを……銀河爆砕(ギャラクシアンエグスプロージョン)ッ!」

 

 ライラが目を閉じて顔を逸らした瞬間、頭上に両腕を掲げて十字に組んだユート――サガが両腕の間に膨大なるエネルギーを圧縮させて打ち合わせると同時に爆発、そのエネルギーの奔流により周囲に宇宙と銀河の星々のイメージを浮かべて、それが文字通りに爆砕するのが見えた瞬間に全てを押し流し破滅的な猛威を放つ。

 

 ジェノス・アンジェラスと銀河爆砕の二つによるぶつかり合い、果たして威力で押し負けたのはアルフィアのジェノス・アンジェラスの方。

 

「まさか!?」

 

 呑み込まれたアルフィアは悲鳴を上げる事すら赦されず吹き飛ばされた。

 

「見たか、双子座最大の拳を!」

 

 見た処か全身で浴びたアルフィアからしたなら堪ったものでは無く、聖衣という強硬な鎧を着けている訳では無い――一応は黒い衣服は防具として機能していたが――為に全身をスダズタにされて黒衣も下着も同じくスダズタに破れ去る。

 

 血塗れながら男を魅了する裸を晒して仰向けに倒れたアルフィア、大事な部位を隠すだけの力も既に喪って両目から血を流す様は泣いている様。

 

「ガフッ!」

 

 元より重病の身、それはあろう事か背中に刻まれた恩恵のスキルにさえ浮かぶ。

 

 最早、力無く地面に倒れ伏すアルフィアが背に感じる冷たい感触に身を委ねる。

 

「私の勝ちだな」

 

「ああ、ガフッ! 私の敗北だ」

 

「病か?」

 

「フッ、“才禍の怪物”と呼ばれながらも生まれ付いた病に苛まれてはこんなものか。我が双子の妹の才すら喰らった我が身の儚さよ」

 

「双子……か」

 

 成程、昔からユートは双子とは縁がある方だと思っていたけど、アルフィアも双子の姉といった立場に在ったらしい。

 

「まぁ、病に関してはどうとでもなる」

 

「な、なにぃ!?」

 

「勝ったからには貴様は我がモノ、二度と愚かな闇派閥とは縁を繋がせぬ」

 

 ユートはマントを外してアルフィアの身を包むとお姫様抱っこに抱え、アストレア・ファミリアとロキ・ファミリアと神獣の触手、更に闇派閥と共に居るエレボスを睥睨する。

 

「聞け! 私は七年後の未来よりとある邪神の力にて跳ばされた者! アルフィアは私が討ち果たした故に……七年後の未来に貰って往く!」

 

 我が耳を疑うアリーゼ達、エレボスはカオスを越えて来た未来人という言葉に驚くしかなかった。

 

「嘘は……言っていないな」

 

 神に下界の者の嘘は通じないからこそ解る為、エレボスは既にその笑いを止められない。

 

 邪神などと自ら宣うエレボスだったりするが、その実は下界の子供達を心から愛している。

 

 だが然し、邪神は邪神なのか下界を守護する為の手法は苛烈過激激烈だと云わざるを得ないものであり、即ち嘗ての最強二大派閥のLV.7であった“暴食”のザルドと“静寂”のアルフィアを以て見込みのある冒険者を篩いに掛けるという。

 

 それを成し遂げるべく闇派閥を率いて自らの事を『絶対悪』と評し、『正義』を掲げて活動をするアストレア・ファミリア……取り分け“疾風”のリオンに目を付け――というか目を掛けた。

 

 リューからしたら迷惑千万極まりない話だったろうし、殉職した親友の『正義は巡るよ』という言葉だって未だに上手く噛み砕けていない。

 

 この後に謂われる“大抗争”と“死の七日間”では迷宮都市が始まって以来で、最大限にヒトという種族がヒューマンやビーストやエルフやドワーフやパルゥムといった分け隔て無く死んだ。

 

 エレボスからしたら死んだヒト種族は篩いから零れ落ちただけ、生き残りは取り敢えず芽が出る可能性を秘めていた……とか、正しく神様視点で満足感に浸っていたのかも知れない。

 

 其処へ来て混沌の坩堝を抜けて顕れたのだと云う黄金に煌めく鎧を纏う双子座のサガ、名前には嘘を感じたから偽名なのはエレボスも理解をしていたが、彼が名乗った『聖闘士』という言葉には聞き覚えが有ったのだ。

 

(アテナ、三大処女神にして戦と技芸を司る女神である彼女が天界でも常々……言っていたな)

 

『私には聖闘士という主語を担う者達が居ます。黄金聖闘士、白銀聖闘士、青銅聖闘士……階級は様々ですが皆が皆、地上の愛と平和を守護(まも)るべく尽力をしてくれました』

 

(誰もが嘘だと断じた。彼女とは神友である筈のアルテミスやヘファイストスやタケミカヅチやミアハといった連中だって、やんわりとだが信じている様子では無かった。唯一、同じく三大処女神である炉神ヘスティアを除いては……ね)

 

 それがこんな極めつけな所に黄金聖闘士だと名乗る双子座のサガだ、しかもアテナは未だに降臨していないけど曰わく七年後の未来から来たのだとか、その言葉の意味を……重要性を理解しているのであろうか?

 

(七年後にアテナが降臨したのか?)

 

 アストレアに送還されたら是非ともアテナに問い質してみたいと思った。

 

 エレボス自身、これが分水嶺だったなどと全知零能たる神でありながら未だに理解をしていなかったのである。

 

 アテナ――サーシャが降臨したのは『聖闘士を見た』というエレボスの言葉が切っ掛け、彼こそ歴史を上塗りした張本神(ちょうほんにん)だったのだから。

 

「ま、待って下さい!」

 

「リオン?」

 

 ズタボロなリューが声を掛けて来たが、それをアリーゼが不思議だという表情で呟いていた。

 

 ユートとしてはアルフィアを抱き上げているから鉄板ネタは出せない。

 

「何だ? “疾風”」

 

「私を知ってるのですか?」

 

「私は何だと訊いた、疾く話せ」

 

「……わ、判りました」

 

 余計な話をする心算など無いと釘を刺されたのだと感じ、リューは少しだけ俯いたけど直ぐにも顔を上げると本題に入る。

 

「貴方が未来から来たという事は過去へと戻れるスキルか魔法を持つ筈、ならば貴方に親友を救って欲しいと頼みたいのです!」

 

 アリーゼ達が驚きに目を見開いた。

 

「無論、この様な頼み事を無償でやって欲しいと恥知らずな事は言いません。聞いて貰えるのなら私に出来るあらゆる事を厭いません」

 

「リオン、貴女……」

 

「この青二才が!」

 

 アリーゼのみならず輝夜も呟く。

 

「無理だな」

 

「……何故です!」

 

「私がこの地に来たのは時空間すら行き来が可能な邪神の仕業、私自身も一応は過去に戻る術を持ち合わせてはいるが……それは過去に私が居る事が前提条件。私は元々がこの世界の人間では無いのでね、この世界の過去に私は存在していないのだよ。彼の邪神ならば可能でもな」

 

「そ、そうですか」

 

「とは言え、私は自身の埋に願望器を内包しているのだ。“疾風”の願いが願望器を動かせる程に強いのならば、君の先程の言葉通り七年後に貰い受けに行くのを条件として叶えよう」

 

「っ! 本当ですか!?」

 

 ユートはリューの親友――アーディ・ヴァルマの死んだ日時と状況を話す。

 

「自爆テロか、よく有る手だが……」

 

 よく有って堪るかと叫びたいアストレア・ファミリアのメンバー、因みにだが神獣の触手と幼いアイズが戦闘を再開しているので時間は無い。

 

「チッ、カイロスの名に於いて……」

 

 それは自分達の時間を加速化、言い換えるならば周囲の時間を鈍化させる行為である。

 

「これは!」

 

「時間を加速化した。これを見破れるのは神であるエレボスくらいだろうな」

 

「なっ!?」

 

 全員が驚愕した。

 

「余り時間は掛けられぬ。手短に言うがな仮令、アーディ・ヴァルマを救ったとしても君らがそれを知る事は無い」

 

「それはどういう?」

 

「『親殺しのパラドックス』、アストレアに訊けばこれで通用するだろう」

 

「アストレア様に?」

 

「彼女も神なら解る筈だからな」

 

 ユートは小さな杯を取り出して渡す。

 

「これは願望器――聖杯の子機だ。それに強く願うが良い。アーディ・ヴァルマを救いたいと」

 

「は、はい! アーディッッ!」

 

「リオン、私も」

 

「アリーゼ」

 

「チッ、青二才め」

 

「私らも!」

 

「輝夜、ライラ、マリュー、リャーナ、セルティ……皆まで」

 

 今居るアストレア・ファミリアの全員が一つの想いで希う、『どうか我らが友を、アーディ・ヴァルマを救い給え』……と。

 

 この時ばかりは周囲、神獣の触手がどうのとかエレボスがどうのなど考えもしない。

 

 聖杯に罅が入って遂にはパリンと軽快な音を響かせて割れると、光が溢れ出してユートの中に在る親機とでも云う大聖杯が共鳴する。

 

「七年後の約定、違えるなよ」

 

 そう言って、アルフィアと共に消えてしまった双子座のサガをアストレア・ファミリアのメンバーは見送るしか出来なかった。

 

 その後はだいたいが本来の起こり得た歴史と些かの違いも無く、アストレアによるステイタスの更新でランクアップしたリュー達が加わった事で神獣の触手は討伐され、バベルの天辺にて最後の儀式として邪神エレボスが送還される。

 

 だけどアーディ・ヴァルマが生き返ったなどという話も無く、リュー達はアストレアからサガから聞いた話を以て問い質して理解した。

 

 歴史の分岐、それに伴う平行世界化、歴史の収束や世界線を意図的に増やす危険性などを。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あれか」

 

 アーディ・ヴァルマと思われる少女が小さな、幼女としか思えない娘へと近付いている。

 

 とある建物の中、白衣に顔を隠した幼女が手に短剣を持ってアーディ・ヴァルマに襲い掛かり、それを防いだ後に幼女へとゆっくりと歩み寄っているのが判った。

 

 ユート自身は透明化呪文で姿を消した上で念能力の自作応用技“然”により、気配を周囲と同化させる事で完全に姿も気配も見せない状態だ。

 

 可成り達人であろうゴジョウノ・輝夜、そして敏感なライラですらも気配の違和感に気付かない程に徹底している。

 

「ナイフを捨てて! 闘っちゃ駄目だよ! 君みたいな子に武器を持たせる大人なんかの言う事を聞いちゃいけない!」

 

 怖がらせない様にゆっくりと。

 

「私は君を傷付けたりしないよ? さぁ、此方へおいで」

 

 そんなアーディ・ヴァルマを視て邪悪な笑みを浮かべる女が居た。

 

「ヒャハッ!」

 

 ラフな美女ではあるが気持ちが悪いくらいには悪意を篭めた嗤い。

 

 幼女は涙を流しながら……

 

「…………かみさま……おとうさんとおかあさんに会わせて下さい――」

 

 呟いた。

 

 カチリと小さな音。

 

(此処だっ!)

 

 刹那の大きな爆音が幼女を中心に響き渡って、煙が晴れたその先に幼女もアーディ・ヴァルマも居なかった、爆発した跡が確かな存在を示しているのみであったと云う。

 

 唯一、アーディ・ヴァルマのモノと思われる小さな右腕が落ちていた。

 

 それは本来の世界線では無かった事、β世界線でのみ起きた意味の無い出来事であったと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「やれやれ、落ち着いたかな」

 

 自作の栄養剤を飲みながら呟くのは黄金聖衣を脱いだユート、正確には星聖衣と呼称をしている魔導具としての聖衣である。

 

 アルフィアとアーディ・ヴァルマはどちらも謂わば重病や重傷、取り敢えずアーディ・ヴァルマに関してはさっさと治療用ポッドに放り込む。

 

「さて、アルフィア」

 

「何だ?」

 

 マントは剥がされて黒衣も下着も無くしているアルフィアは、巨大なベッドの上で裸体を晒した侭で寝かされていた。

 

「生きる気は無いのか?」

 

「この生まれ付きの病、不治の病として医療の神ディアンケヒトやミアハですら治せないこれで、抑々が生き続ける事自体が不可能だろう」

 

「確かに医療神が匙を投げるレベルではそんじょそこらの医者では……な」

 

「だからヤりたいなら勝手にヤれ。敗北したからには抗ったりはせん、そして好きに犯したならば早々に死なせろ。本来ならこの身を焼いて灰としてしまい、この世に遺す心算など無かったがな」

 

 それは諦観からくる科白だろう。

 

「良かったな、私は美しいとは言われてきたものの病身であるが故に男と番う事も無かったから、男なら好きだろう? 初めての女を蹂躙して征服感に酔い痴れるのは」

 

「そうだな……死に対する飽く無き欲求は妹との再会を夢見てか?」

 

「フン、死の神との契約か? エレボスが言っていたが、そんな詰まらん契約などしていないさ」

 

 死の神と聞いて思い当たるのは自身の権能の基でもあるタナトス。

 

「始めるか……『我は東方より来たりし者也て闇を祓う燦然と耀ける存在。照らし出す曙光にて竜蛇を暴き、我は汝を妃として迎えよう』」

 

「魔法?」

 

「【闇を祓いて娶る美姫(プリンセス・アンドロメダ)】」

 

「む、うぅ……っ!?」

 

 唇を奪われたアルフィアは刹那、まるで蕩けるかの如く快感が襲い来て脳を灼かれてしまう。

 

 グルンと白目を剥いて気絶して、何故だかは知らないがベッドの白いシーツを濡らすのだった。

 

 

.




 アルフィアとアーディはズタボロだけど命だけは助かりました……まぁ、治すんですけどね。




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第66話:アルフィアとの話し合いは間違っているだろうか

 今回は話し合うだけの噺。




.

 気絶をしたアルフィアの肢体を温水で濡らしたタオルにて拭いてやり、綺麗に清めてから簡単に着せれる白いワイシャツと彼女にサイズが合ったショーツを穿かせてやる。

 

 とはいえ、アルフィアは可成りの美女だったからちょっとユートのJr.が奮起していたから少し困ってしまい、已むを得ないから拠点として使ってる星帝ユニクロンで働く茶々号に相手を頼んだ。

 

 ガイノイドという括りにはなっているけれど、茶々号は基本的に生身の人間と変わらない。

 

 違いは流石に孕まないという点。

 

 はっきりと云えば人造人間18号と同じレベルな肉体であり、某・自慰人形何かとは訳が……モノからして全くの別物だ。

 

 皮膚の柔らかさも内部の温かみも全てが人間のソレと変わらない。

 

 また、茶々号にも意志は有るから嫌なら拒む事も出来るのだけど、マスターだからでは決して無くて好意を持つから受け容れていた。

 

 終わった後は頬を赤らめながら笑顔を向けて、一礼をしてからベッドメイキングを始める。

 

 正しく玄人の仕事で、手早く丁寧にベッドが整えられていくのは見ていて圧巻だ。

 

 全てを終えた茶々号は自らを清める為に部屋に備え付けのバスルームへ、小一時間も経った頃には身体は疎かメイド服もビシッと決めていた。

 

 これから夕飯を作るのだろう。

 

「目覚めてるな? アルフィア」

 

「ああ」

 

 ムクリと起き上がるアルフィア、眠りに就いて少しは体調も良くなったらしく死人みたいだった顔は溌剌では無くとも、充分に生きた人間である事が判るだけの表情ではある。

 

「身体に違和感は無いな。まだ犯していなかったのか? よもや不能……」

 

「んな訳があるか! 意識の無い女を抱けるか。ヤってる最中に気絶したのなら兎も角」

 

「……」

 

 ジト目になるアルフィア。

 

「まだ死にたいとか思うか?」

 

「……無いな」

 

 驚く程に妹の許へ逝きたいという負の思いが消えていた。

 

「上手く作用しているみたいだね」

 

「何をした?」

 

「僕が異世界から来た異邦人だとは言ったな? その異世界で僕は神を弑逆して権能を簒奪するに至っている」

 

「神を殺した?」

 

「ああ。少なくともこの世界の神みたいなおかしなルールの無い、つまり全知零能なんかでは無い神を……な」

 

 どちらの神が強いのかとかの議論はこの際だから扨置いて、全知零能で降臨をした此方の世界の神は肉体的に視ると人間とまるで変わらない。

 

 ユートが殺したのはそんな縛りの無い状態だった“まつろわぬ神”、一種の災害が人の形を執って顕れた様な存在であるけど、その正体はといえば遥かに続く神話から抜け出した神々。

 

 故に神話が書き換わればその在り様も変化をするし、何なら既に現世に現界をしている神とは別に同じ名前で性質も性格も違う神が現界するなんて事だって有り得る。

 

 それが【カンピオーネ!】という世界に顕れている“まつろわぬ神”であり、円環の理により斃された暁には斃した人間に神氣が吸収される事で、人間の肉体は神の権能を扱い得るモノへと作り替えられ、王者――チャンピオン――カンピオーネと呼ばれる存在に進化をしていた。

 

 また、ユートはその生まれ付いた特性によって【カンピオーネ!】世界から離れていても超常的な存在を斃し、そのエネルギーを喰らう事で権能を簒奪する事が出来る様に成っている。

 

 故にこそ、再誕世界で既に喰らっていた神々の神氣などから権能を獲得していたし、今回に於いてリュー・リオンの願いを叶える為に使われている権能――【万能の杯より溢れ出る(グレイテスト・ジ・ホーリーグラール)】は再誕世界に混淆をしていた【Fate/ZERO】の第四次聖杯戦争に勝ち抜き、あの悍ましい悪意の泥を喰らい尽くしていたのが権能へと変化したモノ。

 

 万能の願望器という設定が頭に有ったからか、他人の願望を叶える能力として発露していた。

 

 何故かユーキ――ハルケギニア時代から傍に居る義妹兼【閃姫】が、【Fate/stay night】に付いて教えてくれた際に『聖杯とは万能の願望器』という設定をしつこいくらいに繰り返していた為、ユートの中の方程式になってしまったくらい。

 

 但しユートが願いを恣意的に叶える場合は兎も角として、不特定多数だった場合はそれこそ何を措いても叶えたいという、切なる願いでなければ反応しないから大概はユートの望みを相手は聴いてしまう。

 

 それこそユートから『抱かせろ』と言われれば悩みこそすれ、最終的には願いを叶える事を優先して抱かれるのだから。

 

 存外とユーキはこの事を知っていた節があり、問い詰めたらユートが何処かしらのタイミングでカンピオーネに転生するのは、ハルケギニアに来ていたアイーシャ夫人から聞き知っていたとか。

 

 実際にも不特定多数からの願いで引っ張られた世界で出逢った三人、それは【コードギアス】の世界の各国トップクラスの美女だった。

 

 容姿は元より政治的にも。

 

 切り捨てた兄を、婚約者とか宣っておきながら切り捨てた男性を、兄で父で出来たら結ばれたならと夢想した男性を……救いたい。

 

 そんな願いを掛けてきた。

 

 それに引っ張られて三人が集まって開いていた御茶会に落っこちたのである。

 

 流石にごっつんことはいかなかったのだけど、三人の美女が酷く混乱していたのは間違い無い。

 

 それは扨置き説明する。

 

「アルフィアが気絶をした理由は、僕との濃厚なキスが原因だったわけだけどね。あれも神殺しで得た権能なんだよ」

 

「権能……確か神が神足らしめる力を権能と呼ぶとバんんっ、ヘラから聞いたな」

 

 彼女が怖いもの知らずなのは間違い無い様で、自身の元主神を割と悪口レベルで呼ぼうとした。

 

「僕の世界でペルセウス。神の血筋でアテナより武具を授かり、ゴーゴン三姉妹の末妹メドゥーサを討ち果たした後に帰還時、エチオピアの美しき王女アンドロメダの容姿を神を貶す形で褒め称えた王に対し、国を亡ぼされたく無ければ王女を海の獣に生贄として捧げる命令を出され、阿呆な王は泣く泣くアンドロメダ王女を生贄に……それに遭遇したペルセウスがメドゥーサの生首を使って海獣――ティアマトーを石化してアンドロメダ王女を自らの妃としたって神話がある」

 

「ほう?」

 

「僕はその神話から顕れた“まつろわぬペルセウス”を討って権能を簒奪したのさ」

 

「? 神が子を成したというのは世界が違うからで納得したが、ペルセウスとやらは神では無くて神の子の筈ではなかったか?」

 

 当然の疑問だろう。

 

「神話にも二種類以上、裏や表や側面や中心といった多面性が在るもんでね。ペルセウスの神話もさっき言ったのとは別の側面もあるのさ。例えば女神アテナとメドゥーサは同一神格、更にアテナの父親はゼウスで母親は智慧の女神メティスで、実はこれは三位一体を意味しているんだ。娘である処女神アテナ、母親であるメティス、女王であるメドゥーサというね。これを紐解けば女系社会から男系社会への移り変わりが見て取れる」

 

「ゼウス……だと?」

 

 ゼウス・ファミリアとは仲良く喧嘩しなみたいな関係、だから狒々爺で好々爺な主神ゼウスとも謂わば知り合いであった。

 

 よくセクハラされたものである……が、その都度で“福音(ゴスペル)”ッてぶっ飛ばしている。

 

「女系社会の頂点としての女王メドゥーサだが、これが零落してゼウスが妻とした母親メティスに移り、更にメティスも身籠もって王権を奪われんとメティスを呑み込み、頭から生まれた処女神として娘のアテナが誕生をした。男系社会に成って女王メドゥーサは単なる怪物として退治された。他なら無いアテナによる依頼で……ね」

 

「胸糞悪くなる話だな」

 

「その主人公ペルセウスもそうだ。怪物メドゥーサを退治した彼は美姫と名高いアンドロメダ王女を娶るべく、海獣ティアマトーを討ったというのが一般的な神話だ。だけど実は討ったティアマトーこそが助けたとされるアンドロメダ王女の事。神話上でティアマトーも海水を司る女神であり、淡水――地下水を司るアプスーの妻。神話の謂わば乗っ取りと書き換えで美談化しているんだ」

 

「敵の女を斃して娶るペルセウス……お前が言っていた権能というのは!」

 

「正解。その名を【闇を祓いて娶る美姫(プリンセス・アンドロメダ)】っていうんだよ」

 

「フッ、私の精神的な変革はその為か。全てを終わらせて未来の英雄共の礎と成った後は肉体を灰にして終わる……そんな末路を考えていたのに今は死にたいと思えん」

 

 この権能は洗脳して強制的に性の奴隷へと変える……とか、よく見るニコポやナデポ的な権能とは違うから仮に洗脳解除をしても治らない。

 

 単純に考えの優先順位の上位が入れ替わるだけでしかなく、その空いた上位にユートの存在が入っているから相対的に好意を持ち易くなる。

 

 事実として今のアルフィアはユートへの想いで熱に浮かされた感じは見えなかった。

 

 とはいえ、“才禍の怪物”と呼ばれる才能の権化たるアルフィアは苛烈な女帝でもあり、それが今はナリを潜めているのだから権能は効いている。

 

「さて、僕の事に関しては少しずつ理解して貰うとして……だ。今はアルフィアの事だな」

 

「私? 何を知りたいと? ゼウスの様にスリーサイズとかが知りたいのか?」

 

「それも興味は有るけどね、君が寝ている間に髪を一本だけ拝借した」

 

「髪? そんなものをどうする」

 

「髪の毛の一本だけでも遺伝情報の塊だからね、君の病に関しても判る事は有るだろうと思った。遺伝病の一種で恐らく身内に同じ病に罹患していた者が居たんじゃないか?」

 

「ああ、双子の妹メーテリアがな」

 

「そういや双子……か、それで」

 

 確かに遺伝性だから双子なら同じ病に罹っていてもおかしくは無い。

 

「それと思っていたより面白い事が判ったんだ。君には三親等内の身内が居るんじゃないかな? 妹のメーテリアだったか、彼女には息子が居る筈だよな?」

 

「な、何故知っている!?」

 

「アルフィアの遺伝情報と僕の知り合いの少年の遺伝情報に近似値が有ったからだよ」

 

「遺伝情報?」

 

「と言っても伝わらないよな」

 

 勿論、莫迦にしている訳では無い。

 

 その手の勉強をしていないアルフィアに通じないのは当たり前、ユートだって小学一年生の時に因数分解を求められても理解は出来なかった。

 

 求められた事は無いが……

 

「そうだな、アルフィアをアルフィア足らしめている設計図で判るか?」

 

「何となくだがな。要するに髪の毛をどうにかすれば私を構成する何やかんやが判る。親族であればその設計図とやらも似ているといった処か? つまりお前の知り合いの設計図と私の設計図には類似性が有り、それが似ていれば似ている程に近しい親族という事だな」

 

「理解が早い。そして近い事を親等と呼ぶんだ。三親等なら曾祖父母、甥や姪、おじやおば。つまりアルフィアと彼は三親等内の血縁者だね」

 

「そうか……」

 

 何故か浮かない表情。

 

「どうした?」

 

「いや、あの子から御義母さんと呼ばれるのなら未だしもオバサンと呼ばれたく無かったからな」

 

 事実はそうでも二四歳と若い身空、女心というのは矢張り複雑怪奇なのだろう。

 

「話は戻すが、アルフィアの病をどうにかしないといけないな」

 

「どうにかと言われてもな、不治の病だと言っただろう? しかもメーテリアとは違って私の場合はスキルにまで顕れている呪いにも近い病だ」

 

「スキル?」

 

「“才禍代償(ギア・ブレッシング)”というスキルでな、能力の常時限界解除の代わりに戦闘時や発作時には複数の状態異常を併発して、その発動中は半永久的に能力値や体力や精神力を低下させ続ける。忌々しい事にな」

 

「スキル……何だ、それなら簡単じゃないか! すぐにも治せる」

 

「ハァ?」

 

「僕の能力の中の一つにはとある世界で修得をした念能力というのが有ってね、その念能力の中に僕が直に殺した乃至は性的に絶頂させた相手の魂を掌握し、魔法やスキルを模倣や簒奪をする事が出来る“模倣の極致(コピー&スティール)”ってのが存在する」

 

「模倣や簒奪だと?」

 

 その意味に気付いたアルフィアが珍しく冷や汗を流しながら叫ぶ。

 

「お前は本当にLV.2なのか? 明らかにそんなLV.ではあるまい! 私を斃せた事実だけでLV.7は最低限で有る筈だ!」

 

「言っただろう? 僕は素で第一級冒険者と変わらんだけの力が有るんだよ。LV.にしたって僕が恩恵を得たのが約二ヶ月前くらい。寧ろランクアップの最速更新記録じゃないかね?」

 

 正確にはベルの方が僅かに早かったらしいから原典通りの渾名が付いている。

 

「フィンを知ってるか?」

 

「ロキ・ファミリアの首領だろう」

 

「彼奴はロキに出会うまで自身を限界まで鍛え抜いて、間違っても恩恵に振り回されない様にして備えていたらしい。だからフィンはLV.1当時からLV.に合わない強さを持っていたとガレスから聞いたぞ」

 

「ロキ・ファミリアと親交があるのか」

 

「というか、ロキ・ファミリアの遠征の真っ最中って訳でも無いか。帰りの真っ最中、この時間軸に跳ばされたんだよな」

 

「ほう、何階層だ?」

 

「第五九階層」

 

 アルフィアが失望感丸出しに……

 

「何だ、まだレコード更新ならずか。七年後だと云うならゼウス・ファミリアのレコードを破っても良さそうなものだがな」

 

 レコード更新が出来ていない事でロキ・ファミリアを批判する。

 

「無謀な賭けに出てファミリアを死なせたく無いってのもあるだろうし、無理して育てた連中が死ねばそれが全て無駄になるからな。育てるのってコストが掛かるから」

 

「冒険する気が無いなら冒険者など辞めてしまえとしか言えんな」

 

 自分とベルの担当アドバイザーなエイナと真逆の事を言うが、実際にユートも冒険者の在り方という意味ならアルフィアが正しいと思った。

 

 だけど無意味に冒険をするのも冒険者では無いと考えており、本当にその時が来たならばそんな時にこそ冒険をするべきだと考える。

 

 ()()()が来て冒険が出来ないのなら、それこそアルフィアが言う通り辞めた方が身の為だろう。

 

 未来の英雄に斃されて礎に成るべく『絶対悪』にまで身を堕としたアルフィアからしたならば、今現在……というか七年後のロキ・ファミリアの在り方は認められないらしい。

 

「兎に角、その“才禍代償”ってスキルを僕が奪えば病は無くなる。それとアルフィアの恩恵は破棄して貰うぞ」

 

「破棄?」

 

「この短刀、コイツは裏切りの概念が篭もっている概念兵装とでも呼ぶべき宝具。その効果は魔法的な契約事項を破壊する。“神の恩恵”も破棄が出来るのは実験済みだ」

 

「何故、そんな必要がある?」

 

「アルフィアには七年後、迷宮都市でアテナ・ファミリアに入団して貰う。だけどその際に恩恵が刻まれていたら不都合だからな。況してや嘗ての二大派閥の片割れでLV.7だぞ? 序でに言うならアルフィアは迷宮都市を恐怖のどん底に陥れた闇派閥だったんだしな。名前も姿もある程度は変えて恩恵を破棄すれば君自身の隠し子とかでも通用するだろうさ」

 

「待て、名前を変えても恩恵を刻まれたら本名が顕れるだろうし、神に訊ねられたら偽名なんてのは意味があるまい」

 

「大丈夫。僕の念能力に“人物再設定(キャラクター・リメイク)”というのが有ってね、それを使えば名前や身長なんかを割と変えてしまえるから」

 

 アルフィアの開いた口が塞がらない。

 

 変えられるとはいっても、髪の毛の色や瞳の色を自在には出来ないので瞳は虹彩異色からどちらかの色に変え、身長を一五歳の平均くらいにしてしまう程度であろう。

 

「精々が可能性から選べる程度でも意外と大金を支払ってでも依頼したいってのは有るみたいだ」

 

「成程な」

 

「先ずは病をどうにかしないと始まらないから、アルフィアとしては構わないのかな?」

 

「仕方があるまい」

 

 今のアルフィアの格好は裸の上にワイシャツとショーツを穿いただけ、余りにもエロティカルな格好をした二四歳な美女だったからユートの下半身のJr.がガチガチに反り返っており、よく襲わないものだと自分でもその自制心を褒め称えた。

 

 だがそろそろ限界を越えた天元を突破しそうだったから、病を取り除くのと同時にこのエロ気分を解消するべくアルフィアを押し倒し、憎まれ口を利くその口を塞いでやる。

 

 それから約三時間後、流石にヨレヨレな腰砕けになったアルフィアはベッドで俯せ状態であり、すっきりした表情のユートは未だに元気が有り余って四枚のカードを弄んでいた。

 

「それは?」

 

「念能力“修得之札”で創ったカード、この四枚にはそれぞれ“才禍代償”と“サタナス・ヴェーリオン”と“ジェノス・アンジェラス”と“静寂の園(シレンティウム・エデン)”を封じてある」

 

 因みに、試しだと発展アビリティにも手を出したら普通に簒奪が出来てしまう。

 

「そういえば魔法も取るのだったか。という事は今の私は何の力も無い女……だな」

 

「まだ恩恵を破棄していないからLV.7の身体能力は顕在だけどな」

 

 この身体能力だけでもLV.5の第一級冒険者を翻弄が出来るだろう。

 

「それに恩恵を破棄したら魔法もスキルも消失するんだし、流石に魔法は勿体ないからこうやって簒奪しておいたんだ。アルフィアが再び恩恵を得たら多分だけど同じ魔法が出るだろうし」

 

「そうだな、魔法やスキルはその者がどんな経験を積んだか、どんな人生を生きてきたか、どんな思想を持っているかで決まる。それならば私は再びサタナス・ヴェーリオンやジェノス・アンジェラスを得るのだろう」

 

「その上で才禍代償はもう出ない」

 

「ああ、こんなに軽やかなのは初めてだ。出来ればメーテリアにも感じさせてやりたかったな」

 

 アルフィアのこれは正しく愛ですよ! なんてウェル博士ムーヴをしたくなるくらい、妹であるメーテリアへの愛で溢れた科白を見た事も無いくらい優しい表情で呟いている。

 

「ジェノス・アンジェラスは使い様が無いだろうけど、サタナス・ヴェーリオンはベルでも普通に使えるだろうしやるのも有りか?」

 

「ベル?」

 

「ああ……って、メーテリアの息子の事だぞ? アルフィアの甥だ」

 

「! そうか、ベルというのか」

 

 どうやらアルフィアはメーテリアの息子の名を知らなかったらしい。

 

「まさか、知らなかったのか?」

 

「直接会った訳では無いからな。遠目に一度だけ見て……オラリオへ向かったんだ」

 

「ああ、そういう……」

 

 母親の姉だと名乗り出た場合、ベルの事だから十中八九で『伯母さん』呼ばわりするだろうし、そうなれば瞬時に『福音(ゴスペル)』の科白と共にベル君は吹っ飛ばされている筈。

 

 呼ばれたく無いから会話もせずに遠目に見るだけで満足したのだと云う。

 

「って事はベルは身内が居た事も知らない侭で、祖父との二人暮らしだったって訳か。しかもベルからの話の内容から如何にもゼウスっぽいよな。ハーレムは浪漫とか言っちゃってるしね」

 

「そうか、あの糞爺が……な。ベルの情操教育によく無いのは理解した」

 

 ゼウスで間違い無いらしい。

 

 ハーレムに関してはユートも別に言う事なんか無くて、何なら本人が千人クラスのハーレム保有者なのだから言える訳が無かった。

 

「あの子……ベルの冒険者としての資質はどうなんだ?」

 

「はっきり言っても良いか?」

 

「構わん、忖度されても困る」

 

「無いな。ベルの冒険者としての資質は、はっきりと言えば全く無い!」

 

「そうか……だろうな。メーテリアは私が資質を奪ってしまったし、奴は逃げ足だけのサポーターに過ぎなかったからな」

 

 それが事実かどうかは扨置いて、アルフィアがそれこそ誠だと言うなら否定をしても意味などは無いし、どうやらその逃げ足だけのサポーターとやらには可成り御立腹らしい。

 

 まぁ、可愛い(メーテリア)を孕まされたのだから仕方が無いのだろうが……

 

「とは言え、それは飽く迄も一切の出会いが無かった場合のベルの話だよ」

 

「と言うと?」

 

「【ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか】ってね、ベルは良きにしろ悪しきにしろ迷宮都市で様々な出会いをした。それが成長を促していたし、人間として冒険者として飛躍をしていく切っ掛けも得た」

 

「飛躍とは大きく出たな」

 

「特に初期はダンジョンに出会いを求めて……何て言って主神を驚かせたけど、第五階層で出会ったアイズに淡いときめきと強さへの憧れを抱いた時に発生したスキル、こいつのお蔭もあって僅か二ヶ月足らずでLV.2にランクアップした」

 

 そんなベルだから二つ名“リトル・ルーキー”と同じく、別名的に“世界最速兎(レコードホルダー)”なんてのを都市内で呼ばれていたりする。

 

 日数的にギリギリながらユートより早かった、それが原典通りに呼ばれている理由であった。

 

 若しもこんな出会いが無かったら何処ぞの数年前もLV.2で燻っているオッサンの如く、能力値の上昇が遅々として進まずLV.2に至るまでにそれこそ数年は掛けていた筈だ。

 

「莫迦な、二ヶ月足らず……だと?」

 

 アルフィア自身が十代でLV.7にまで至っている才能の権化、だけどメーテリアやあの男の血筋で自分より早くランクアップした事実に驚く。

 

「“憧憬一途”」

 

「リアリス・フレーゼ?」

 

「ベルがアイズ・ヴァレンシュタインに出会い、ミノタウロスから救われた際に得た成長促進系のレアスキル。お陰でちょっと冒険したらあっという間に基本アビリティが総計数百と上がったよ。アイズへの想いと憧れがベルを飛躍させたのさ」

 

 本来ならば何ら冒険者としての資質を持たない筈の子供が、力強い憧憬を刻んで英雄へと至るに足る資格を手にした。

 

 だけどユートは英雄に反対派、自身も発展アビリティに“反英雄”を取ったくらいには。

 

 “耐異常”と“狩人”の複合型アビリティであり、英雄的な存在とユートが認識する相手に対しては能力値が極度に上昇し、敵対的な反存在に対しても少し能力値が上昇、人類を脅かす存在に対しては英雄的な存在より更に能力値が上昇する。

 

 例えば三大冒険者以来の陸の王者や海の覇王や隻眼の黒竜は間違い無く対象だ。

 

「スキルにせよ魔法にせよ、その人間の想いこそが力に換わったモノ。神々はそれを発掘して顕象させている。想いが良きにしろ悪しきにしろな」

 

「ベルの場合は“剣姫”への初恋と憧憬か。それで肝心の“剣姫”はどう考えている? 私が知っているのは“神獣の触手”とエレボスが名付けたモンスターに挑む姿のみだからな」

 

「少なくとも、七年後(げんざい)のアイズは七年前(かこ)に比べれば丸くなってはいる。ダンジョン狂いや強さへの渇望は変わらないけどな。

 

 鍛冶師にしてLV.5の椿・コルブランドが、アイズのデスペレートを研ぎながら『鞘を得た』と言及していた。

 

「それで、肝心要のベルに対する気持ちはどうなっている?」

 

「今の処は考えられないんじゃないかね? 強く在らねばアイズの隣には立てない……とはベートの科白だが、実際にアイズ本人も恋愛より復讐心を燃やしたいみたいだからな」

 

 とは言え、原典主人公だと思われるベル・クラネルの全てを変えたのがアイズ。

 

(多分だけど本来はベルのハーレムメンバーだったと思われる連中、殆んどが僕の方に来ちゃっているんだよな。リリ、春姫、レフィーヤは微妙かな? 恐らくリューやエイナも怪しいよな)

 

 原典となる作品そのものを識らないのだから誰がヒロインで、誰がヒロインから落ちるのか或いはハーレム化で全員が嫁なのかなど判らない。

 

「まぁ、ヤる事もやるべき事も終わったんだから恩恵を破棄するぞ」

 

「ああ、やってくれ」

 

 どうせあの闘いで死ぬ予定だったのが想定外の出来事で生き延びただけ、だから基本的にユートの言う通りにする事に決めたアルフィアは短剣を前に平然としていた。

 

「術理、摂理、世の理。その万象の一切を原初へと返さん……破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!」

 

 広義では英霊の宝具もまたスキルや魔法の類であると、結構無茶苦茶な論理展開で第五次聖杯戦争に参戦した際に、自らが召喚したキャスターのメディア・リリィに抑え付けさせた敵側キャスターであるメディアを犯して簒奪した捻れた短剣、それこそメディアの宝具たる破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)であり、最初の犠牲者は他なら無い葛木宗一郎との契約を破棄させられたメディア本人であったと云う。

 

 パリンという軽快な音が鳴り響きアルフィアがガクリと崩れ落ち、膝立ちから更に両手を床に付けて四つん這いで少し青い表情となっていた。

 

「か、身体が重たい……」

 

 それは無重力から一気に地球の重力に引かれたかの如く重さなのか、LV.7でしかも全盛期より絶好調な状態からの一般人化は辛いらしい。

 

「先ずは一般人に戻った感覚を戻そうか。それから恩恵を再び貰う前に肉体の鍛錬をする」

 

「肉体の鍛錬……か。前は病でやりたくとも叶わなかったが」

 

 才覚だけで“暴食”さんの剣技を真似る事は出来ても、膂力が全く足りていないから本当の意味で模倣したとは云えなかった。

 

「ある程度の鍛錬をしたらコイツを填めて鍛錬をやっていく」

 

 ユートは自分自身の左の二の腕に着けた腕輪を見せながら言う。

 

「それは?」

 

「体内のエネルギーに対しての圧力を加えつつ、重力を変えて肉体の重さの変化をさせる修業用の腕輪でね、これを使えば魔力霊力氣力念力の全てを鍛えながら精神力の増加が見込める上に、肉体もコンスタントに鍛えていける魔導具だよ。僕は自身の能力の封印に使っているけどな」

 

 ユートは基本的に能力を封印しているのだが、これもそんな封印具として機能をしている。

 

 何しろ体内エネルギーに圧力を加えていくから鍛えられるのは確かだが、そんな事をしたら本来持つ出力を得られる筈が無いのだ。

 

 これは精神力――要はMPも同様の理由により着けていた場合は五分の一も出せなくなる。

 

 アルフィアのMPが三〇〇なら一五〇以下程度のMPと成り、可成り消費量に気を遣っていかないとすぐにも息切れしてしまうだろう。

 

 掛かる重力は二倍~一〇〇倍にまで調節が利くから、慣れない状態なら三倍くらいで止めておくのが吉である。

 

「それを着ければ良いのか?」

 

「今の状態に慣れてからな」

 

 これを着けて生活をしているだけで単純に精神力や肉体は鍛えられるが、これに戦闘訓練も加えればそれこそ爆発的に強くなれる筈だった。

 

 強さを渇望しているアイズに貸与しても構わないといえば構わないが、下手にダンジョンで使われて本来の実力より小さな能力で挑んでは危険極まりない。

 

「それから念能力も覚えて貰う」

 

「念能力とはお前が使っていた“人物再設定”だの“模倣の極致”だのをか?」

 

「その基礎中の基礎からな」

 

 アルフィアが列挙したのは“発”、基本技というか基本の四大行として数えられているモノ。

 

「四大行を修めるだけでも可成り違う」

 

 普段は只垂れ流しているだけのオーラ、しかも精口が開いていないから可成り微量でしかない、然し精口を開いて“纏”をするだけでも実際に闘うには有利に成る。

 

「見えるか?」

 

「揺らめいている何かが数字の1を形作っているみたいだが?」

 

「ちゃんと見えていて何より。さっきのセ○クス

でスキルや魔法を簒奪する序でに精口も開いておいた甲斐があるってもんだ」

 

 “隠”の状態なら“凝”を使わないと見えないが、普通の状態のオーラなら目の精口さえ開いていれば見える為、どうせユートはおしえるのだからと精口も一緒に開いておいたのだ。

 

 アルフィアは現在、神の恩恵無しで髪の毛の色は白て瞳が翠の一色と成り、当人が八歳だった頃の容姿にまで戻って病は取り除かれている。

 

 これから七年間を修業に費やし、見た目的にはベルより一歳上の従姉フィア・クラネルとして、アテナ若しくはヘスティアの眷族として改めての契約を結ぶ予定となっていた。

 

 

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 次回も似たり寄ったりでアーディ・ヴァルマとの話し合いの予定。




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第67話:アーディ・ヴァルマの目覚めは間違っているだろうか

 遅くなってしまった。




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 二四歳の成人女性だったアルフィアが八歳児な幼女と化した翌朝、ユートは治療用ポッドに裸体を晒して入った少女を見つめている。

 

 ガネーシャ・ファミリアのLV.3、冒険者というか憲兵として活動をしていた一五歳の少女であるアーディ・ヴァルマだ。

 

 右腕と左脚が喪われ、胸も半ばから吹き飛んでいて痛々しい姿ではあるものの、元が良かったから美少女としてギリギリ視れる姿だった。

 

 尚、ユートにリョナ嗜好は全く無いから今現在のアーディ・ヴァルマに興奮は覚えない。

 

 欠損部位が存在する以外の傷は治療が済んではいるものの、右腕と左脚と右側胸部の喪われてしまった部位が悲しみを思わせるが、ユートの中には当然ながら彼女を完全に治療する為のプランは幾つかが存在している。

 

「起こすか」

 

 スイッチオンで覚醒作業が行われて、アーディ・ヴァルマの意識が浮上した。

 

『こ、こは……私、どうしたの?』

 

 目を開いて呟くアーディ・ヴァルマはキョロキョロと辺りを見回し、自分が素っ裸なのに気付いて頬を赤らめるけど更に水の中で慌てる。

 

『え、水? 溺れ……って、息が出来ているね。いったい何がどうなってるんだろう? …………えっと、君は誰?』

 

 漸くポッド外のユートに気付いたらしく訊ねてくるアーディ・ヴァルマ、そして相手が男である事に気付いて身体を隠そうとして右腕が無いのに気が付いて驚きの表情に。

 

『これは……あ、そうだよね。あんな爆発で生きているだけでもみっけもんかな』

 

 闇派閥に属していた幼女、隠し持っていた自決装置により幼女とアーディ・ヴァルマは吹き飛んだ……筈であった。

 

 それでも彼女は生きている。

 

『若しかして、君が助けてくれたの? だったら御礼を言わなきゃだね』

 

「ああ、アーディ・ヴァルマ。君を救ったのは確かに僕だな。とは言え、見ての通り君の肉体には複数の欠損が有る」

 

『……だね、とても悲しいけど私は今生きてる。それは御礼を言いたいよ』

 

「そうか」

 

『私はどうすれば?』

 

「取り敢えず欠損部位以外の治療は済んでいる、だからポッドからはすぐにも出してやれるんだ。欠損部位の治療に関しては要相談って処だな」

 

『え、治せるの? ひょっとしてアミッドに治療を頼むとか?』

 

「彼女でも欠損は治せないだろ」

 

 治せるならナァーザの右腕も生身の筈であり、同じ値段か更に高くなるにせよ借金をこさえでもミアハは支払ったろう仮令、ディアンケヒトから土下座を命じられたとしても、自身の送還を命じられたとしても……だ。

 

 アミッド・テアサナーレは高潔な治療師であり未だに一九歳――ユートに於ける現代――という若さ、大抗争の時代は齢一二にしてその存在感を強く醸し出していたものである。

 

「幾つか治療プランは有るが、それのどれを選ぶかはアーディ・ヴァルマ……君自身で決めろ」

 

『わ、判った』

 

「じゃあ、治療ポッドから出す」

 

 内部の治療溶液が排水をされて水蒸気によって溶液を洗い流されると、今度は温風がアーディ・ヴァルマの身体を吹き付けて乾かしていく。

 

 一通りの作業が終わるとブンと音を響かせて、強化硝子で出来たポッドの扉が開いた。

 

「よっと」

 

「あう……」

 

「ん? 傷自体は癒えた筈なんだけどな。まだ痛むのか?」

 

「ち、違うよ。流石に素っ裸だから恥ずかしい。これでも一五歳で花も恥じらう乙女なんだよ?」

 

「我慢しろ。抱いてる時なら兎も角、今の状況で欲情……はするが襲ったりはせんよ」

 

「欲情はするんだ」

 

「何なら下半身を触ってみるか?」

 

「え?」

 

 アーディ・ヴァルマは思わず左手で言われた通りに股間を触ると……

 

「か、硬いよ」

 

 すぐにも硬くしたユートのJr.が当たって真っ赤な顔で呟いた。

 

「か、片腕片脚とオマケに胸の部位が無い傷だらけの女に欲情したの?」

 

「リョナ……傷だらけなのが好きなんじゃなく、単に裸の女の子の肌の温もりに反応してるんだ。男の性器なんて盛り易いからな。それにアーディ・ヴァルマは美少女なんだから仕方が無いんだと諦めてくれ」

 

「う、判ったよ」

 

 最初の科白では意味が通じないとすぐに気付いたユートは、そこら辺を言い直して取り敢えずは容姿の良さを誉めておく。

 

 実際、見た目にボーイッシュな髪型ではあるけど残された胸部は充分な張りがあって巨乳であると云えたし、腰付きも括れていて春姫を目当てに行った娼館で見掛ける戦闘娼婦(バーベラ)にも負けない。

 

 某・LV.5なアマゾネス(笑)は勿論の事だったけど除いてだ。

 

「さて、着いた」

 

「……へ? べ、ベッドって! 幾ら何でも気が早くないかな? 私達って会ったばかりだし!」

 

 愉快な勘違いをするアーディ・ヴァルマに対して嘆息をするユート。

 

「ヤりたいなら遠慮無くヤるけど? それとも、治療の説明を冷たい床に座ってして欲しいか?」

 

「え、あ……はい。柔らかなベッドの上で充分に嬉しいです」

 

 勘違いに気付いて元から男に裸を晒しているという気恥ずかしさから赤い顔を、更に赤面させてしまったアーディ・ヴァルマは頷きながらベッドを所望した。

 

「まぁ、選択した治療法次第では本来の使い方へシフトするんだけどな」

 

 幸い呟きは聞こえなかった様だ。

 

 ベッドに座らせると早速とばかりにストレージから紙の束を出して渡す。

 

「これは?」

 

「治療プラン。幾つか有る中から好きなのを選ぶと良い。だけど当たり前で物によっては莫大なる代金が発生する」

 

「う゛……代金かぁ」

 

 紙を見ると共通語で『義体プラン』と書かれており、簡素な人型の絵に人工的な腕や脚を装着している感じで描かれていた。

 

「義体プラン?」

 

「そう。言ってなかったけど僕は七年後の未来から来ていてね、ミアハ・ファミリアの娘が良い具合に焼き肉状態にされた挙げ句、生きた侭で美味しく喰われた事件があったんだが」

 

「ちょっ、焼き肉が食べられなくなるじゃない。ってか七年後の未来!?」

 

「尚、その未来のガネーシャ・ファミリアの中にアーディ・ヴァルマは存在しない」

 

「っ!? それってまさか……」

 

「あの幼女の自決で君は粉々に吹っ飛んで死んだみたいだ。未来に生き残っていたリューから聞いた話だけどね」

 

「リューって……リオン?」

 

「うん? そうだが、何でリオンの方で呼んでるんだ? そういやアストレア・ファミリアの連中もリオンと呼んでいたか」

 

「彼女がリオンと呼んでくれって言ってたから、私もアストレア・ファミリアの皆もそう呼んでるんだ。真名で呼ばないで欲しいってさ」

 

「七年後では“豊穣の女主人”の連中はリューって呼んでいたけどな」

 

 森の掟の違いだろうか? レフィーヤは自身のセカンドネームのウィリディスを同胞以外には呼んで欲しく無いと言っていた。

 

「ああ、リューは七年後には要注意人物としての手配を受けていたな。それが“疾風”のリオンだから敢えてリューと名乗ってるんだな」

 

「要注意人物?」

 

 今から二年後にリューは闇派閥から支援者に、果ては怪しければ罰するレベルで大暴れしたからギルドは彼女の冒険者資格や権利を剥奪したし、狙われた連中はリューに対して賞金まで掛けていたくらいに恐れていたらしい。

 

 尤も、今は取り下げられている。

 

「その話は扨置きアーディ・ヴァルマ、次の治療プランを見ていこうか」

 

 そう言われて気になりはしたが別の紙に書かれたプランを見た。

 

「生体義体プラン。機械的な義体ではなく細胞から培養した生体部品を用いる手法……ね」

 

 良い様にも聞こえるが、鍛えるのは生半な事では無いからリハビリも辛いだろう。

 

 魔導機械型ならばディアンケヒト・ファミリアの“銀の腕”を見知っているし、オスカー・オルクスが同じ様なプランを構築していた。

 

「で、此方は……念能力の再設定プラン? 意味がよく判らないよ」

 

 ユートの念能力である“人物再設定”であれば、喪われた欠損部位を再設定で戻す事が可能。

 

 義体より遥かに安全確実だ。

 

「そして代価がえげつないな」

 

 どのプランも基本的に億越えだったし、“人物再設定”が一番の高価であり然しながらプランとしてみれば一番良い。

 

 だけど義体プランには無い支払い方法が唯一、書かれているのが“人物再設定”プランだった。

 

「これ、支払いがお金じゃなくても良いっぽいんだけど……」

 

「ああ。それは女性限定だけど身体での支払いも受け付けている」

 

「何で?」

 

「前者のプランはどうしたって大金が必要になるプランだけど、三つ目のは僕の念能力という魔法とは異なるロジックの技術のみを使うからだよ。つまり支払い自体は必須だけど必ずしもお金である必要性は無いんだ」

 

「な、成程」

 

 義足義肢義手を機械的に造るにせよ、生体部品として造るにせよ、ドブにでも棄てるのかと言いたくなるくらいの大金が要るのに対して、三番目のプランは消耗するのはユートの精神力や体力であり、お金の掛かる某かという物の消費は一切が必要無いのである。

 

 だからこそ代金はユートの胸先三寸で、女性限定ではあれど肉体関係を……でも済んでいた。

 

 アーディ・ヴァルマは致命的なくらいお金が無いので、選べるプランは実質的に三つ目のプランのみという事になる。

 

 果てしなく貧乏という事では無い。

 

 別にお金の浪費が激しいといった意味では決して無くて、アーディ・ヴァルマもダンジョンには必要最低限潜っているのだけど、基本的には憲兵のガネーシャ・ファミリアとして仕事を優先的に行っており、単純に大金が無くても困らなかったから貯金も大した額には成らないのだ。

 

 況してや暗黒期と称される今の時代は、憲兵が確り働かないと不埒な輩は何処にでも湧き出てくるし、闇派閥なんて腐れた連中が幅を利かせているのが現状だった。

 

 正義を標榜するアストレア・ファミリアが率先をして働いてくれているものの、それでも闇派閥との闘いでファミリアの仲間が殉職だってするし人手不足は否めない。

 

 故に、お金稼ぎにダンジョンに行ってくる――何て出来る筈も無かった。

 

(お姉ちゃんに借金……無理だよねぇ)

 

 アーディ・ヴァルマにはシャクティ・ヴァルマという、義理でも何でも無い実の姉が居るけれど決してケチでは無いが大金は持ってない。

 

 ガネーシャ・ファミリアの幹部、次期団長とはいえ御給金はアーディ・ヴァルマとそんなに変わらないし、仮に倍の御給金であったとしても億を越えたヴァリスは持って無いだろう。

 

「そういえば、プランとは一切関係は無いけどさ……シャクティ・ヴァルマって知ってる?」

 

「ガネーシャ・ファミリアの団長だな、名前だけなら知ってるぞ。LV.5の第一級冒険者にして憲兵ファミリアの団長なだけに有名だからな」

 

「そっか、お姉ちゃんは普通に七年後も生きてるんだね。良かった」

 

 本来の世界線では自分が死んだっぽいから姉はどうかと思ったが、どうやら無事に暗黒期を生き延びてガネーシャ・ファミリアの団長を頑張って務めていると聞いて安堵する。

 

「で、プランはどうする?」

 

「か、身体で支払うならメリットは欲しいよね。他のプランに無いメリットって無いのかな?」

 

「治りが早い。正確には治すんじゃなく再設定をするだけだからな。それに機械型にしても生体型にしても結構な日数を入院しないといけないし、上手く着けても暫くはメンテナンス通いが必要になってくる。だけど再設定プランは元に戻すだけだからその日の内に終わる」

 

「確かにメリットが大きいね」

 

 この遅れた世界でも義肢の技術が存在するのはナァーザ・エリスイスの右腕を見れば明らかで、これはディアンケヒト・ファミリアにて製造された“銀の腕(アガート・ラム)”と呼ばれていた。

 

 ナァーザの名前はケルト神話の主神ヌァザから取られている為、ヌァザが喪った右腕をナァーザと同じく“銀の腕(アガート・ラム)”で補っている事からきている。

 

「君……あ!」

 

「どうした?」

 

「あの、さ……私は代価を身体で支払うんなら、君とシちゃうんだよね」

 

「何を当たり前な事を」

 

 腕組みして嘆息するユート。

 

「それなのに君の名前すら私は聞かされてない、七年後の未来から来たって胡乱な情報だけだよ」

 

「……あ」

 

 そういえば状況の説明をしていただけで名前を伝えていなかった気がする。

 

「そうだね、まだ名乗っていなかったよ。僕の名は……アストレア・ファミリアの連中には双子座のサガと伝えたが、君には普通に本名を教えても構うまい。アテナの黄金聖闘士で双子座(ジェミニ)の優斗だ」

 

「アテナ? それが君の……優斗のファミリアの主神様の名前? けどアテナ様なんて神様は居たっけな?」

 

「サーシャが、アテナが降臨したのは六年後だ。ヘファイストスの所で一年間を居候して過ごしたらしいからね」

 

「まだ降臨してない……あれ? じゃあ、優斗の恩恵ってどうなってるの? 主神が天界に送還されたら恩恵は封印される筈だよ。降臨していないなら送還されたのと状況自体は同じだよね?」

 

「ああ、恩恵ならこの時代に跳ばされて来てから封印状態だな」

 

「え、それは大丈夫なのかな?」

 

「問題無い。LV.2だから数値なんて誤差の範囲でしかないからな」

 

 ユートにとって“神の恩恵”は最近手に入れたというだけのオマケ、魔法は元々が使えていたのを此方の世界用に調律しただけだから本来の能力で使えたし、スキルは使えなくなったけど使えなくて困る事態になる様なモノでも無い。

 

 普段からバンバン使っているのなら未だしも、ティオナやリリやナァーザを相手にセ○クスをする云ってみれば大義名分的なモノ、【権能発詔】は権能を扱うのに魔力で肩代わりが可能なだけでしかなく、【聖剣附与】も鍛冶師でもあるまいし普段から鍛冶をしてないユートは使う事が余り無かった。

 

 正確にはナァーザの場合はポーションの水増しをして、味を甘味料で整えた劣化薬を売りつけてきた賠償代わりに抱いただけだが、余りの快感と好きだった男がバカ高い義手を自分の為に眷族達から見放されても手に入れてくれた主神であり、しかもこんな目に遭った理由が主神のポーションバラ撒きが原因で、流石に見放しこそしないにしても恋愛感情は主神への敬意に置き換わってしまっていて、一夜だけの関係の筈がズルズルと続いているだけに権能云々的には総じて困ってない。

 

 例えばオッタルやアイズが同じ状況になったら可成り困るだろう、アレン・フローメルにしてもユートが指針を打ち出さなければ自暴自棄になっていた可能性がある。

 

 まぁ、オッタル辺りはムスッとした表情が余り変わらないイメージもあるから慌てる姿がユートも思い浮かばなかった。

 

「普通は凄く困るんだよ」

 

「僕は聖闘士。元より“神の恩恵”ではなく自らが鍛えた肉体で闘えるからな。少なくとも“猛者”に負けたりしない程度には……ね」

 

「“猛者”って、あのフレイヤ・ファミリアの? まっさか~。だって彼はLV.6で私なんかじゃ足下にも及ばないんだよ? 猪人(ボアズ)だから力も耐久も始めからヒューマンの私より強いしね」

 

 猪人は総じて筋肉質でドワーフに近い肉体的な特性で、力と耐久が高くて俊敏や器用は低めといった感じだろうか? 魔力は矢張り高いといったイメージには無い。

 

 ヒューマンは勿論だが個人差こそあれだいたいが平均的な身体能力で、小人族は全体的にヒューマンと変わらない平均値が低い感じだろう。

 

 個人差――中には所謂、持っているという者も居るのが常であり、例えば元ヘルメス・ファミリアのメリルは基礎魔力値が高かったのであろう、魔法を修得して魔力の上がり方も良かったらしくLV.3にまで駆け上がっている。

 

 同じく現ヘルメス・ファミリアの小人族であるポットとポックは、最前線に自らの意志で出張って闘っているけど漸くLV.2。

 

 二人は正に平均的な小人族だった。

 

 ポット――少女の方だけなら“情交飛躍”を使えば幾らでも強く出来るが、やり方がえげつないのと双子のポックと共に強くなりたいらしいから、そこら辺は普通に断られている。

 

 尚、七年後であるユートの本来の時間軸に於けるα世界線ではポットとポックは、愚者(フェルズ)から受けた依頼でキークスやエリリーやホセ等と共に死亡をしている筈だった。

 

 生きているのは蘇生したから。

 

 それは兎も角、ヒューマンで平均的な能力だったアーディ・ヴァルマはLV.3に成った現在、矢張り割りかし平均的に上がった状態。

 

 力と耐久に優れ、ドワーフよりは俊敏も高いであろう猪人なオッタルは、LV.6とアーディ・ヴァルマの倍、器用や魔力以外では初めから太刀打ち出来なかっただけに同じLV.でもサシでは敵わないと思われる。

 

「実際、LV.7のオッタルに僕は勝っている。行き成り全力全開手加減無しで来ればもう少しくらいは闘えたろうに、様子見を優先してきたからってのも有るけど短時間で終わったな」

 

「レ、LV.7!?」

 

「どうやら少し未来、ゼウス・ファミリアに所属していたザルドって男との闘いの末に勝ち抜き、それでランクアップをしたらしいな」

 

「未来? どういう事?」

 

「僕は少し未来に顕れた。闇派閥の首領となったエレボスが連れて来たらしいな」

 

「た、大変だよそれ! お姉ちゃん達に報告をしないと!」

 

「駄目だ」

 

「な、何で!」

 

 余りにも冷たく言い放つユートに驚愕をしながら叫ぶアーディ・ヴァルマに対し、ユートは決して表情を変えずに告げる。

 

「そんな事実は七年後に無い。君は今の時点で既に死者として認識されているのに、現れたりしたら世界が僕の居た時間に繋がらなくなる。それは都合が悪いんだよ」

 

「けど!」

 

「仮に教えたとしてもザルドともう一人が現れ、オッタルやアストレア・ファミリアと闘うというのは変えられないし、万が一にも無理矢理にでも変えたりしたら余計な犠牲すら出るぞ? そして結果は僕が元の時間に回帰が出来なくなるとか、そんな無意味処か害悪な行為をさせるものかよ」

 

「が、害悪……」

 

「それに此処は星の海、迷宮都市が存在している惑星から約一光年は離れた位置に在るユニクロンの内部。抑々にして君は僕が連れ出さない限りは元居た場所には帰れない」

 

「なっ!? って、意味が判らないよ! 惑星とかいちこうねんって何?」

 

 ユートが手を振るとブンッと音を鳴らしながら顕れる球体、それには何やら青色が大半を占める中に茶色が混じったモノだ。

 

「惑星とは普段から君らが住まう大地を意味している。惑星の名前――ワールドネームは君らが決めて無いなら無名という事になる。一光年ってのは一秒間に約三〇万kmを進む光が一年を掛けて進む距離の事だ」

 

「よ、余計に解らなくなった」

 

 概念すら識らないからには理解が及ばない為、地頭は悪くないアーディ・ヴァルマにも理解が出来ないのは仕方が無い、アルフィアも概念を識らないから解らないというのが有った様に。

 

「其処らは君が望むなら勉強が出来る様にしてやるよ。どうせ七年間はこのユニクロンの内部に在るインナースペースの惑星に居るしか無いしな」

 

「七年間も!?」

 

「言ったろ? 僕は七年後の未来から来たんだ。そしてアーディ・ヴァルマは七年前の時点で自爆テロにより死亡している。少なくとも元の時間軸に回帰するまで君は万が一にも誰かに視られてはならないんだ」

 

「そんな……」

 

「事実上の軟禁生活だが、さっきも言った通りに望むなら勉強をさせる。家も建ててやるし食事も豪華にしてやるよ。太らない程度に愉しめ」

 

「つまり、帰れないだけで自由に過ごしていろって事なの?」

 

「まぁね。それとこの惑星には幾つかダンジョンが存在している」

 

「ダンジョン!」

 

「君の恩恵は破棄をするから“神の恩恵”から成るステイタスは無くなるが、異世界のステイタスを施してやるから探索してみると良い。それで強く成れば新たに“神の恩恵”を得た際にLV.1だとは思えない強さに成るだろうな」

 

「判ったよ……って、ん? 君が恩恵をくれるって意味なの?」

 

「ちょっと違う。異世界にはシステム的に似て非なるステイタスが存在するんだ。この世界程にはゆっくりじゃないレベルアップもするし、経験値が一定にまで上がれば勝手に上がる」

 

「へぇ」

 

「とはいえ一長一短でね。レベルアップするまではステイタスも上がらないんだ」

 

「それは確かに」

 

 “神の恩恵”は主神がアクティベートをしないと上がらないけど、それでもその気になれば毎日だって基本アビリティを上げられるのに相反して、勝手にレベルアップしてくれるけどステイタスが上がるのはその時だけ。

 

 成程、一長一短である。

 

「それと、身体はレベルと関係無く鍛えておいた方が良いぞ。確かにレベルアップで能力は上がるだろうが、若し“神の恩恵”みたいに無くなったら困るからな」

 

「それもそうだね」

 

「それじゃ、いつまでも肉体の欠損でもあるまいから始めるぞ」

 

「う、うん」

 

 ユートが全身全霊でオーラを集中して念能力を発動させると、仮想インターフェースが備え付けられたベッドが顕現化された。

 

「じゃあ、台に仰向けで寝ろ」

 

「判った」

 

 アーディ・ヴァルマが左手で大事な部位を隠して寝ころぶと、ユートはコンソールを操作していって過去にまで情報を遡行させていく。

 

 司波達也がエレメンタル・サイトを通じてやっているアレに近いが、遡るのは二四時間に限定をされるものでは無くて必要なだけ遡らせた。

 

 手脚や胸部が確り有った時点にまで遡行させ、それを現代のアーディ・ヴァルマに重ねる。

 

 仮想体だけどアーディ・ヴァルマは五体満足な姿で浮かび上がっていた。

 

「基礎はこれで良し」

 

 単純に肉体を元に戻すだけならこれで終わり、だけどユートはこの時点から更にアーディ・ヴァルマの姿を過去へと遡らせると、だいたい八歳くらいのミニマムな姿へと姿を変えさせる。

 

 七年後に元の一五歳にする為と、この年齢での鍛え直しをさせるのが目的であったと云う。

 

 実際、一五歳の侭で七年を迎えたら二二歳に成ってしまう訳だが、普通ならそれで正解であると断言も出来てしまうけれど、それはそれで伸び代を潰しているみたいで勿体ないと考えた。

 

 前世での再誕世界にて【聖闘士星矢】に於ける黄金聖闘士達は、その天才的な資質を以て九歳か其処らで修業をして、僅か一年で卒業して聖衣を授かったのだとか。

 

 故に半数もの黄金聖闘士が二〇歳前後であり、一番の歳上が双子座のサガが二八歳、射手座のアイオロスで二七歳、少し上で蟹座のデスマスクと山羊座のシュラが二三歳で魚座のアフロディーテが二二歳という若さだった。

 

 唯一、天秤座の童虎だけは前聖戦を生き残った上で教皇シオンみたいな代替わりもしてなくて、二六一歳というとんでもない老人聖闘士である。

 

 尚、教皇シオンは童虎みたいな女神の秘術を施される事も無く長生きしていた訳だが、これに関しては小宇宙を究極にまで燃やしてセブンセンシズに至ったが故に、老化をしてても細胞が元気に分裂を繰り返してくれたのであろう。

 

 なら唯一、第八感にまで目覚めていた乙女座のシャカであれば、教皇シオンよりも少しばかりは若い姿で生き残れた可能性もある。

 

 戦死をしなければ。

 

 飽く迄も可能性の話、夢の中か事実として生きたのかは判らないが龍星座の紫龍は普通に老いて死んだ……みたいに描かれていたし。

 

 次元の狭間で視た夢か現か、紫龍本人にさえも判らないそんな人生であったと云う。

 

 因みに、矢っ張りというか一輝は元の守護星座が鳳凰星座だからか、そして瞬はハーデスの器として魂を受け容れたからか? 長生きをした。

 

 決して二人が死ななかった訳では無いけれど、ユートと二百数十年後の聖域にて新しい聖闘士の指導をしたり、教皇と成って新しいアテナを迎えるユートの補佐役を任されたりしていたものだ。

 

 完全に人間の知り合いが居なくなった時点で、ユートは新しいアテナの許可の許に新教皇を新たに選出し、手土産代わりに双子座の黄金聖衣を貰ってから逆に、自分が造った双子座の黄金聖衣を置き土産として再誕世界を離れたのである。

 

 勿論、古い時代の人間がだ。

 

「ふむ、未来的にもう少しスタイルが良くなりそうだから一応は弄るか」

 

 但し、規則正しく学び遊び食べて眠るきちんとした生活リズムで暮らしていく事が大前提。

 

 例えば食っちゃ寝して碌に動かない人間が肥えずにスタイルが良く成るなど、よっぽど人生ってやつを舐め腐った才能の持ち主ぐらいだろう。

 

(ダンジョンだけでなく街以外のフィールドにも魔物が湧出する惑星アドベンチャー、はっきりと言って名前は判り易さ一直線に付けたけどな)

 

 食糧増産用惑星ユニウスセブン、特殊食材増産用惑星トリコ、海洋惑星オーシャン、機械生産惑星マシーン、金属生成惑星メタリオンなど判り易く名前を付けていた。

 

 そして惑星アドベンチャーは冒険者育成用で、ゲーム宛らに魔物が湧出する仕組みである。

 

 それはオルクス大迷宮みたいな環境だったし、仕組みとしては迷宮都市オラリオに近い。

 

 違うのは漂う瘴気が魔物に変換されるという、とある世界に於ける魔物の湧出システムを組み込んだという事、これにより魔物の死亡は=瘴気への拡散=魔物が湧出というループを作り出す。

 

 迷宮都市のダンジョンとは多少異なるシステムではあるだろうが、少なくとも似て非なるモノであるのは間違い無い筈だ。

 

 尚、ダンジョンでモンスターの素材とは死んだ人間も含まれている。

 

 瘴気が比較的だが少ない地に『始まりの街』と名付けた街が存在していて、最初に惑星アドベンチャーに降り立つ際には此処が選ばれる手筈。

 

 レベル1から鍛え直しなアーディ・ヴァルマからしたら丁度良い塩梅だろう。

 

「良し、これで終わりだ」

 

 最後の調律も終わってエンターキーを押したら作業も全過程を終了、アーディ・ヴァルマが目を覚まして起き上がると自分を見つめて驚く。

 

「ち、縮んでる!? 胸もペタンコで腰回りの括れも寸胴に……何で!」

 

「八歳にまで戻したからな」

 

「八歳ぃぃ?」

 

「折角だから惑星アドベンチャーで八歳児としてアドベンチャーズギルドに登録しろ。レベル1の状態から始められるから」

 

 ユートは笑いながら言う。

 

 惑星アドベンチャーはスタートが【Wizardry】に近く、バトルスタイルは【ドラクエ】シリーズに近いというか、顕れるモンスターは【ドラクエ】から選出されている。

 

 最初に種族は固定、得られたボーナスポイントを割り振って職業を決めてからギルドに登録する流れで、これが【Wizardry】のシステムに近いという事だ。

 

 選べる職業は【ドラクエ】シリーズからだが、プレイヤーとなるべき者は最初に基本職から選ぶ事に成っている。

 

 アーディ・ヴァルマなら戦士か武闘家辺りか、少なくとも僧侶や魔法使の類いは有り得ない。

 

 基礎能力次第では盗賊もいける。

 

「それじゃ、恩恵を破棄するぞ」

 

「それで刺すの?」

 

「そうだよ。心配しなくてもチクッとする程度で痛いって程じゃ無いさ」

 

 本来のコレは痛いけど。

 

 ユートはアルフィアの時と同じ様に真名による解放を行って、アーディ・ヴァルマの胸部へプスッと突き刺してやる。

 

「あ、うっ……」

 

 LV.3とはいえ恩恵を喪った事で肉体が枷を填められたみたいに重くなり、アーディ・ヴァルマはガクリと膝を付いてしまった。

 

「その状態にひとまずは慣れようか。普通に動ける様になったら惑星アドベンチャーのアドベンチャーズギルドに登録する」

 

「わ、判った」

 

「より正確には、念能力を修得してからって事になるんだけどな」

 

「ね、念能力? 君が私の身体を弄くり回したっていう能力だよね」

 

 悪気は無いのだろうが、それはえらく人聞きの悪い言い方だった。

 

 

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 基礎としては優秀なので発は扨置き他の念に関しては教えていく感じです。




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第68話:SAOサヴァイバーの登場は間違っているだろうか

 本来は次章から登場だったけど前もって登場をさせてみました。





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 オーラを……となるとハッキリと云って面倒臭い事この上ない為、未来にてアイズ達にも教えた魔力式念能力を教えていくのが吉。

 

 何より今のアーディ・ヴァルマは八歳児にまで姿が戻っており、流石にオーラをぶつけて生死を分ける覚醒は勿論だったけど、性行為でオーラをレッツラ混ぜ混ぜというのも憚れる。

 

 実際の年齢が一五歳だとしても。

 

 そんな風に説明したら……

 

「それなら何で八歳に戻したのさ? だ、抱いてから八歳に戻せば良かったのに」

 

 何て言ってきた辺り、存外と期待をしていたのかも知れない。

 

「念能力には性能や精度を上げる為に制約と誓約で縛るって手法が有ってね、僕の“人物再設定”にも制約として使えるのはその人物に対して一生涯に一度だけってのが有る。つまり一回しか使えないからやるなら一度に全部再設定しないといけなかったんだよ」

 

「そっか~」

 

 納得するアーディ・ヴァルマだったが、実際にこれには抜け道が有る。

 

 一生涯に一度だけなら即ち息の根を……心臓を停めて死んで蘇生したならもう一度、“人物再設定”の対象として能力を使う事が出来るからだ。

 

 とはいえ、冥王ハーデスの権能を使える今なら気軽に出来てしまう死亡から蘇生の流れだけど、それが可能になる前のハルケギニア時代や次元放浪期や再誕世界でも初期の頃は難しかった。

 

 まぁ、ハルケギニア時代とはいっても次元放浪期の後の話だから、原典で起きた事件は全て解決済みだった為に使い所は無かったりする。

 

「それじゃ、念能力を修得しつつ惑星アドベンチャーで共に冒険をする仲間を紹介しようか」

 

「仲間?」

 

「実は君と同じく此処に来ているあの惑星出身の人間が居てね」

 

 ユートがアーディ・ヴァルマを連れ出して違う部屋へと向かい、その部屋に居る人物の許可を得て入ると矢張り八歳児くらいのミニマムな少女、白い髪の毛に翠の瞳を持つ彼女はアーディ・ヴァルマを見詰めて溜息を吐く。

 

「其奴がお前の助けたというアーディ・ヴァルマとやらか。自己紹介をしておく、私は元ヘラ・ファミリアのアルフィアだ」

 

「え、元ヘラ・ファミリアのアルフィアって云ったらLV.7の“静寂”!」

 

「その通り。今のアルフィアは患っていた病から快復しているし、君と同様に恩恵は破棄しているけど一足早く念能力の修業をしている。従って、今の彼女はLV.3だった時の君より強い」

 

「……は? 恩恵無しで?」

 

「無しでだ」

 

 “神の恩恵”は人間の持つ可能性を引き上げてくれる成長ツール、LV.が一つ違うだけで殆んど勝ち目というのが無くなる。

 

 例えばLV.2がLV.3に若し勝てる可能性が有るとしたら、潜在値を高めていた上で此方がギリギリまで基本アビリティを高めて、より良いスキルか魔法を使うくらいであろう。

 

「昨日、君を起こす前にちょっと教えておこうかと思っただけなんだが……“才禍の怪物”とか言われてるだけあって、“発”以外の四大行と応用技を全部修得したんだよな」

 

 驚いた事だが、本当にちょっと教えただけなのに『こうか?』と言ってやって見せたのだ。

 

 お陰でアルフィアは“発”――必殺技となる念は兎も角、既に“隠”だの“円”だの“堅”だの“流”だのというのは使えるし、何ならユートが自身で構築をした“然”すらも覚えてしまっている。

 

 水見式もやらせてみたら水の色が銀色に変化をしていた、どうやらアルフィアは魔導士なだけあってか放出系に適性が有ったらしい。

 

(確か放出系は短気で大雑把だったよな。間違い無くアルフィアだよね)

 

 飽く迄もヒソカ・モロウがちょっと言っていた独断と偏見、つまり必ずしも一致している訳では無いが謂わばオーラ別の性格分析によると、放出系の人間は短気で大雑把となる。

 

 尚、ユートは具現化系寄りの特質系となってはいるのだが、神経質? カリスマ? 何ソレ美味しいの? みたいな感じだった。

 

 ユートはスマホを見る。

 

「そろそろ来る筈なんだが」

 

 実はこのユニクロンにて、とある人物との待ち合わせの時間がもうすぐだったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ねぇ皆? なーんで私だけが七年前に呼ばれたんだろう?」

 

「さぁ? 優斗君の事だから無意味に呼んだ訳じゃ無いと思いますけど」

 

 幾人かの明らかにヒューマンな人物達が口々に話しているが、ユートが喚ぶ予定の一人だけが時間軸の違う場所を指定されたとぼやいていた。

 

 黒髪をボブカットにしていて服装はジャージ姿で胸部装甲が分厚い少女、彼女は普通に喚ばれる予定だとスマホでメールが着ている。

 

 此処は謂わばハブステーションの役割も熟している星間帝王ユニクロン、その内部にユートが創り上げたインナースペースに創造された惑星で、名前は『クイーン』と付けられている【閃姫】の為に創られた星だった。

 

 惑星クイーンはユートでさえ入る事を憚れる、そんな星でインナースペース内でも時空壁により隔てられており、その気になれば時空間移動をする為のシステムまで組まれている。

 

 星帝ユニクロンはトランスフォーマーに於ける負の神――混沌を齎す存在、“闇を撒くもの(ダークスター)”も恐ろしいと言えるが所詮は先史文明が造ったとはいえ人間の御手製、本当の意味で負の神が宿ってこそ完成したユニクロンには敵わない。

 

 因みに云うと、トランスフォーマーで正の神はセイバートロン星として存在するプライマスだ。

 

 このユニクロンは【スーパーロボット大戦α】の世界にて、GGGの長官である大河幸太郎からの依頼で木星に行った際に見付けた死骸。

 

 恐らくサイバトロンとデストロン――若しくはオートボットとディセプティコンが連合をして、星帝ユニクロンとの血戦を敢行されて相討ちになったか或いは敗北を喫したのだろう。

 

 その内部にコンボイ型のトランスフォーマーの

遺骸が横たわっていた為、ユートは遺骸を研究してユニクロンのコピーとも云える衛星型の母艦であるダイコンボイ、万能型トランスフォーマーのオプティマスプライムを造っている。

 

 どちらも自意識は無い。

 

 実は同じユニクロン内に居ながら、【閃姫】達は惑星クイーンに居るから基本的に会う事などは無くて、特製のスマホを使っての連絡が主な手法として使われていた。

 

 彼女が使っていたスマホがそれであり、メール機能でユートからの連絡が着たという訳だ。

 

「ま、直葉の言う通りよね。取り敢えず私はクロノポートで七年前に行くわ」

 

「私達はその侭、オラリオの拠点に行けば良いんでしょうか?」

 

 見た目に幼い――実年齢は数百歳を越えているけど――ツインテールな少女が訊ねる。

 

「うん、迷宮には入らない様に言付かってるよ。だから直に拠点へ向かえば良いと思う」

 

 それに応える直葉なる少女。

 

「お兄ちゃんや明日奈さんは別途の召喚になるとして、抑々にして私達が降りないとその召喚にしたって出来ないからね」

 

「ですねぇ」

 

 この場に居るのはSAO組。

 

 【ソードアート・オンライン】と呼ばれている世界で出逢った【閃姫】達で、見た目に地味っぽい茶色で短い髪の少女は篠崎里香 といい、本来は別の男に走ったから【閃姫】では無かったけど、一〇〇歳まで夫と共に生きていたのを夫が老衰で死亡、夫の薦めというか『解放』するという科白を受けて涙を流しながら頷いた。

 

 夫に関して云うならば妻として愛していたし、子を成して孫も抱いて曾孫まで居て玄孫まで産まれた事で、家庭という意味では充分に過ぎるくらいの幸福を得ていたと云える。

 

 ユートの支援を受けての話だけど事業を興しており、『リズベット金具店』はそれなりの盛況で子供や孫達も普通に大学まで行かせてやれたし、結婚の資金を出してやれるくらいは出来た。

 

 唯一、まるで心の何処かに小さなトゲが刺さったかの様な痛みが無ければ、きっと絵に描いたかの如く幸福な人生だったのは間違い無い。

 

 篠崎里香はSAOサヴァイバーと呼ばれている約六千人かの一人。

 

 今すぐ近くに居て話している少女達の一人も同じくSAOサヴァイバーだ。

 

 名前は綾野珪子、見た目が小学生にも見えるのは彼女がSAOのプレイヤーだったのが一二歳、つまり本来はプレイしてはならない年齢だった訳だけど、基本的にはユートが出会った年齢と同じ年齢で固定して貰っていた為、今の年齢の見た目を選んでいたのである。

 

 全員で無く殆んどの【閃姫】がだ。

 

 中には成長した姿を好む者も居たし、其処まで強制をする心算も無かった。

 

 もう一人の黒髪でショートボブな少女の名前は桐ヶ谷直葉、綾野珪子は勿論だが篠崎里香でさえも羨む胸部装甲は可成りのもの。

 

 とはいっても、彼女をSAOサヴァイバーと呼べるかはちょっとばかり微妙だろう。

 

 SAO――ソードアート・オンラインは世界初のVRMMOーRPG、即ちナーヴギアというヘッドギアを装着して誤解を覚悟で云えば恣意的に見せられる夢の中で、実際にその世界へと降り立ったかの如く遊べる体感型ゲーム。

 

 然しながらそんな初のゲームはクリエーターである茅場晶彦が神の如く乗っ取り、そして悪魔の如く絶望的なルールで縛り付けるデスゲームと化してしまった。

 

 ログアウトボタンの消失、ナーヴギアを外すなどした場合は脳を焼き切られて死亡確定、ゲーム内での死亡はアバターの消滅と共に矢張り脳を焼き切られ、ゲームのみならずこの世からの永久的なログアウトという正に死のゲーム。

 

『これはゲームであっても遊びではない』というのが茅場晶彦の言葉。

 

 こんな狂気染みたゲームが二年以上にも亘り続けられた訳だが、桐ヶ谷直葉は初めから参加していたのではなく中途からの参加。

 

 本来ならば処分されていなければならなかったナーヴギアを友人から借り、それを使ってゲーム内に入り込んだ異物という扱いだろう。

 

 アバターは彼女が遊んでいたナーヴギアと別のアミュスフィア――次世代機であるハードで発売された“アルヴヘイム・オンライン”にて作っていた“リーファ”がコンバートされた形だった。

 

 羽根が退化した飛べない妖精ではあったけど、片手剣を使えばSAOのソードスキルは振るえるから、魔法もシステム的に使えないにせよ戦闘に支障は来さなかったのである。

 

 故に桐ヶ谷直葉がSAOに居た期間は極めて短いので、SAOサヴァイバーとはちょっと呼べないかも知れない。

 

「昔に行ったトータスみたいにリアルなファンタジー世界なんだよね? 私は闘いとか余りしたくは無いんだけど……」

 

 黒髪ぱっつんな少女は早見沙智。

 

 原典では死亡してしまったけど、ユートが介入したβ世界線では死なず普通に生き残っているが故に、SAOサヴァイバーという扱いでこの場に居るからには彼女も【閃姫】な訳だし、ユートが関わったからこそ生き延びたのだ。

 

 同じ【ソードアート・オンライン】の世界での【閃姫】の中で、今回の召喚にはSAOサヴァイバー以外は喚ばれていない。

 

 そういう意味では朝田詩乃も桐ヶ谷直葉と似たり寄ったり、彼女は事故という形でどういう訳か別のゲームと無関係な機器でログインした。

 

 SAOサヴァイバー以外には喚ばれていない、それは確かだった……確かなのだ間違いなく。

 

「何で私まで喚ばれたのよ?」

 

 高校生くらいで金髪碧眼な美少女が居るけど、彼女はSAOサヴァイバーでは無いのである。

 

 だけど【ソードアート・オンライン】の世界に生きた人間でも無い、SAOサヴァイバーのみが喚ばれたのは飽く迄もあの世界の人間に限って、つまり別の地球――平行異世界で生きてきた彼女はカテゴリーから外れていた。

 

 彼女が着ている服は第一高校魔法科の女子制服であり、出身世界が【魔法科高校の劣等生】だというのがよく判る。

 

「確かサイオン系で魔法を使うのも試しておきたいって優斗君が」

 

 彼女の質問に桐ヶ谷直葉が答えた。

 

 霊力系も居たら良かったのだが、生憎と其方に【閃姫】は居なかったから召喚も叶わない。

 

「サイオン系ならミユキ達も居るじゃないの? 何で私?」

 

「嫌なんですか?」

 

「い、嫌では無いけど」

 

 嫌がるくらいなら抑々にして【閃姫】契約など受け容れてはいない……が、彼女はユートと敵対した経緯もあるからちょっと居た堪れないのだ。

 

「リーナさんって確か、優斗君と闘ってバラバラ死体みたいにされたんでしたっけ?」

 

「そうよ、酷いと思わない?」

 

「国の思惑有りきとはいえ、リーナさんが襲い掛かったんだから自業自得じゃないんですか?」

 

「ウグゥッ!」

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズ、米国人で日本の十師族たる九島家の血筋で“老師”と呼ばれる九島 烈の姪孫、それが桐ヶ谷直葉と会話を交わしている彼女の素性である。

 

 嘗ては米国の魔法師集団の長を高校生の年齢で務めてきた才媛アンジー・シリウスだったけど、然しながら『パラサイト事件』で部下達を追った時の出来事が切っ掛けで零落した。

 

 無論、原典の【魔法科高校の劣等生】に於いても同様の出来事は有ったけど、その相手は主人公の司波達也だった事もあって零落までは無い。

 

 最終的に『灼熱のハロウィン』の容疑者としてユートと戦闘――α世界線ではこれが司波達也だった――となって、USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局ヴァージニア・バランス大佐がモニターで観ている前で敗北を喫した挙げ句の果てに、四肢を断たれ更には素っ首を刎ね跳ばされてしまい死亡判定を受けてしまった。

 

 米軍にとってシリウスの名は重い。

 

 よって、アンジェリーナ・クドウ・シールズは米軍に籍の無い単なる小娘であり、米軍最強たるシリウスはベンジャミン・カノープスである……とされた。

 

 それは兎も角、経緯が経緯だけどアンジェリーナ・クドウ・シールズはこうして【閃姫】と成りこの場に居るからには、【閃姫】としての責務となる『召喚に応える』事と『性交渉に応える』というのを行っている。

 

「だ、だいたい! サイオン使いって意味ならばミユキやホノカ達でも同じじゃないの!?」

 

「そういう意味では誰でも良かったんじゃないのかしら?」

 

 リーナの叫びに対して苦笑いしつつ篠崎里香が自分の見解を言う。

 

 確かに【魔法科高校の劣等生】という世界に於いては、原典から視ても第一高校の少女達を性的に喰いまくって【閃姫】は多い。

 

 況してや、任務の最中では強制的に女装をさせられている黒羽文弥も女体化をさせられた上で、童貞の侭に処女を奪われてしまって謂わば雌堕ちさせられているくらいだ。

 

「誰でもって……」

 

「多分ね、優斗の事だから籤引きくらいの安直なやり方で決めたんじゃない? 良いじゃないよ、ちょっと甘えてくるぐらいに考えれば」

 

「甘え……そうね、甘える権利くらいは有っても構わないわよね」

 

 篠崎里香の言葉にリーナは頬を朱に染めながら頷く辺り、切っ掛けはバラバラ死体も宛らな状態にされた上で権能を使われた事だったにしても、取り敢えず彼女はユートに愛情を抱いているのは間違いが無さそうだ。

 

 SAOサヴァイバー+αはそれぞれに行くべき場所へと向かう、篠崎里香は七年前に位置している暗黒期の惑星アドベンチャーへ、桐ヶ谷直葉と綾野珪子と早見沙智と朝田詩乃は現代のオラリオに在るサーシャやヘスティアの本拠地へ。

 

 尚、【戦姫絶唱シンフォギア】勢もSAOサヴァイバーではあるのだが、純粋な意味で云うなら彼女達は【ソードアート・オンライン】の世界の人間で無いから現状では含まれていない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「来たわよ」

 

「漸く来たかリズ」

 

「今は篠崎里香よ」

 

「ああ。そうだったな、里香」

 

 ユートはSAOでの出来事やその後のALOや他のVRで、アバターネームたるリズベットと呼ぶ機会が多かったからか普通に『リズ』と呼ぶ。

 

 とはいえ、矢張り篠崎里香も女であるからには名前で呼ばれたいみたいである。

 

「彼方の世界にも極東という日本の恐らく江戸時代に近い島国が在るが、里香と名乗るなら苗字を片仮名で名前を漢字でシノザキ・里香になるな。普通にオラリオ風で良いならリズベットと名乗るのもアリだけど……どうする?」

 

 一応、極東の人間――ヒューマンとドワーフのハーフ――である椿は“椿・コルブランド”という極東風では無い名乗り方をしていたが……

 

「うーん、折角だしリズベットで往こうかしら。リズベット・シノザキで問題は無いわよね?」

 

「君自身がそう認識したなら多分だが神の恩恵にも刻まれるだろう」

 

「神の恩恵って?」

 

 まだそこら辺を知らない篠崎里香は小首を傾げながら訊ねて来た。

 

「これから行く迷宮都市が存在する世界には神が実在する。そんな神が自らの血を以て背中に与えるのが“神の恩恵”でね、SAOやALOやGGOみたいなゲームのステイタスが得られるんだよ。因みに僕も持っていてアテナ・ファミリアって事に成っている。尤も、この時代にサーシャは未だに降臨してないから封印状態だけどな」

 

「アテナって、確か貴方の前世で行った世界に居着いたのがそうじゃなかった? ほら、銀髪の」

 

「あれは【カンピオーネ!】って世界に顕れていた闇のアテナ、一応は【魔法少女リリカルなのは】の世界に創った聖域の守護者として括ったけどな。彼女は“まつろわぬ神”に分類されている」

 

 いずれにしてもアテナという神に違いないし、属性が正反対なのは【カンピオーネ!】の世界で最源流のアテナだったから、とはいえ母の役割のメティスとは異なり処女神には違いないからか、どうにも性交渉には奥手になりがちだった。

 

 だからユートとしてもアテナとの性交渉は基本的に口と菊門だけ、普段は見た目が幼いから胸はぺったんこで使い様も無い。

 

 然しながら【ありふれた職業で世界最強】という世界にて、空間魔法を手に入れた際に性能に関して考察していたら思い付いた。

 

(処女神って処女膜さえ傷付けなければ実は良いんじゃなかろうか?)

 

 結果、空間魔法を使って処女膜に擬似的な穴を穿って抱いてやりましたとも。

 

 勿論だけど、魔法を解除したら処女膜は無傷で済んでいたのである。

 

 この魔法はこの世界の処女神にも当然だが通じるヤり方だから、サーシャとヤるにも問題は全く無かったり。

 

 自身がベルとはイチャイチャする事が出来ないというのに、サーシャがヤってはヘスティアがごねそうだったから今は未だヤっていないけど。

 

「僕の再誕世界のアテナこそが光のアテナって処でね、γ世界線の二百数十年前に降臨したアテナこそがサーシャの前世に当たる。抑々サーシャってのはイタリアに産まれた際に付けられた人間としての名前だからな」

 

「そうなんだ」

 

 ユートが介入したβ世界線はどちらも……だったから少々ややこしいが、αβ世界線とγβ世界線と分けて考えるのが吉。

 

「神の恩恵ねぇ……私は誰から恩恵を貰ったら良いのかしら? アテナ?」

 

「否、未だサーシャは降臨してないと言ったろ。それに里香はASOで鍛冶師をして、ALOでも鍛冶妖精レプラコーンを選んだ。リアルですらも僕からリアル鍛冶を学んで『リズベット金具店』を経営していたくらいだろう? なら得るべきは鍛冶神ヘファイストスの恩恵だな」

 

「鍛冶神ヘファイストス!」

 

「オラリオで有名処の鍛冶神はヘファイストスとゴブニュだが、ヘファイストスの所は見習い的な鍛冶師にも工房を与えてくれるからな」

 

 未だにLV.1で“鍛冶”の発展アビリティを持たないヴェルフですら、彼専用の工房を与えられて鍛冶仕事を熟しているくらいだ。

 

 小さくとも自分の城である。

 

「実際、僕ん所とヘスティア・ファミリアで使っている廃教会の周辺の土地。彼処だって工房を建てる為に確保していた場所だったんだろうしね」

 

 ユートが言うと何故だかピクリとアルフィアの額が動き、スッと閉じていた瞳の内で右側をうっすら開いて見つめてきた。

 

 ヘファイストスの派閥は人員もゴブニュ・ファミリアより多く、個人個人に工房を宛てがったら幾らお金と土地が有っても足りない筈。

 

 其処はヘファイストス・ファミリアのブランドと信用が活きてくる。

 

 あの廃教会も教会としては最早機能などしていないし、必要になったら教会を壊して工房を建てるべくヘファイストスが確保していたのだろう。

 

「それにゴブニュの所はな~」

 

「何かあんの?」

 

「如何にも男臭い職場って感じなのと、主神であるゴブニュは上半身を裸で歩き回る爺さんだ」

 

「へ、ヘファイストス様は?」

 

「地球ではアテナに粗相したりアフロディーテに浮気されたりした男神だけど、この世界では赤毛に眼帯付けた姐御肌な女神だな」

 

「ヘファイストス様一択で!」

 

 篠崎里香の決断は早かった。

 

 地球に於けるヘファイストスは男神、アテナに惚れて追い掛け回した挙げ句の果て無理矢理にでも致そうとして、男神の象徴をアテナの太股へと擦らせた瞬間に果ててしまい、白いのに汚らしくて熱い粘液をアテナの太股にぶっかけたのだ。

 

 無論、アテナが戦神としての顔を覗かせるくらい烈火の如く怒り狂ったのは言うまであるまい。

 

 アテナは天帝ゼウスより永遠の処女を赦された三柱の内の一柱、そんな処女神に男の穢れでしかないと認識する女を孕ませる為の駄液を掛けられたら鬼神にも成る。

 

 尚、三柱の残り二柱は炉神であるヘスティアと狩猟神にして月神アルテミスの事を指していた。

 

「で、里香がヘファイストス・ファミリアに行く前にだが……この二人に武器と防具を造ってやってくれないか」

 

「ああ、此処で繋がるのね」

 

 単純にヘファイストス・ファミリアに入団するだけなら、七年後のユートが一緒に連れて行けばそれで済む話なのに態々、一人で行かせてまでも七年前である現在に来させた理由。

 

「昔ならいざ知らず、今の里香……リズベットなら防具だって色々と造れるだろうからな」

 

「まぁね」

 

 ユートの鍛冶師としての弟子、恋人に浮気を疑われてまで師事されて腕を磨いたのである。

 

 武器のみならず防具や一般的な鍬や斧や鎚なども普通に造っていたし、何なら工業製品の手造りをしていたから板金工だって出来ていた。

 

 抜き出し、バリ取り、穴バリ、曲げ、溶接から仕上げといった感じに金具店の面目躍如だろう。

 

 そんな様子を見ては恋人も気が気でないのか、帰って来る度に寝室に連れ込んでは確かめるが如く抱いてその都度、篠崎里香から優しい口調にて『気は済んだ?』と頭を撫でられていたと云う。

 

 篠崎里香がユートから教わった鍛冶師の仕事は多岐に亘り、武器造り防具造り装身具造りだけには留まらず魔法具造りすら視野に入っていた。

 

「素材は工房にだいたいは揃えてある。此方側の素材としてミスリルやアダマンタイトやオリハルコンと呼ばれる金属は元より、日緋色金や青生生魂(アポイタカラ)黒鍛鋼(ブラックメタル)青鍛鋼(ブルーメタル)なんかも普通にな」

 

「……それは嬉しいわよ、出来たらで良いんだけどね? 電子青鉱(ブルーデジゾイド)も欲しいの」

 

「あれは確かに硬さと軽さを併せ持つけど扱い方がまた別だぞ?」

 

「そっちの青髪の娘、多分だけどそういった金属で造った防具が映えるし、それに扱いにもハマると思ったのよ」

 

「そうだな……」

 

 篠崎里香もSAOからリアルまで鍛冶師を続けてン百年、視ただけでもそれなりに判ってしまえるだけの経験値は持っている。

 

「そっちのアルフィアって云ったかしら? その娘はミスリル……私達の識る流白銀の方を金属糸にした物を使いたいわね」

 

「私は黒を好むのだがな」

 

「色はまた別に染めれば良いわ」

 

 神剛鋼(オリハルコン)なんかも用意してあるし、それを鍛える為の設備だって在る。

 

「ヘファイストス・ファミリアに入る方法だが、ヘファイストス本神か或いは椿・コルブランドに上手く武器を見せれば確実だと思う」

 

「そうなんだ」

 

 篠崎里香の鍛つ武器は、発展アビリティみたいなブースト無しにヘファイストス並に強力故に、彼女の武器を見せてしまえば確実に一発で食い付いて来るであろう。

 

「取り敢えず見せる為の武器も鍛えておく必要性はあるみたいね」

 

 篠崎里香――リズベットは苦笑いを浮かべながら新しい自分自身の武器を考えるのであった。

 

 

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 リズベットは本来だと【閃姫】には成っていないけど、夫の死後に【閃姫】契約をしたちょっと異例なタイプです。




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第69話:リズベットが鍛治神とまったりするのは間違っているだろうか

 Wi-Fiが使えない……




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 篠崎里香――改めリズベットはオーラを用いた念能力を使える戦闘鍛冶師。

 

 能力自体は割とよく在るモノ、英霊エミヤとか衛宮士郎が使う武器をビュンビュン飛ばすアレであり、リズベットも調子に乗って敵にぶっ放していたものである。

 

 能力名は――『私の最高の武具店(ウェポン・ショップ・リズベット)』。

 

 本来は篠崎里香の系統は具現化系である為に、対極に位置している筈の放出系とは相性が最悪だったが、其処で活きたのが彼女にどういう訳だか発現をした輝威(トゥインクル)

 

 放出系の力に一〇〇%を加えて一四〇%にまで引き上げ、一〇〇%の具現化で創った武器を放つ事に特化させる事で出鱈目な殺傷力を得た。

 

 篠崎里香は剣士では無いから剣は使えないし、侍では無いから刀を使えない、弓兵では無いのだから弓矢を使えない、銃士では無いから銃も扱えない、槍兵では無いから槍も使えない、斧兵でも樵でも無いから斧を扱えない、騎士では無いから細剣も騎士剣も使えない、鍛冶師だから扱えるのは当然ながら鎚系の武器のみである。

 

 某・英雄王が折角の様々な宝具を担い手ではないからが故に使い熟せず、単に発射してぶつける事しか出来ないのと似た様なものだ。

 

 だからか、篠崎里香(リズベット)も自らの具現化系能力で創った武器を射出する能力を選んだと云う。

 

 本来のオーラの性質なのか否か、基本的に自らの肉体から離れるとオーラは弱体化をする。

 

 或いはオーラを供給し続けないとならないからだろう、肉体から離れたらオーラの供給が途絶えるからこそ弱体化するのかも知れない。

 

 然し性質というなら放出系はその名が示す通り肉体から離して扱える系統、篠崎里香はこれを得る事で射出を可能とするのと同時に他者へ武器を貸し与える事も可能となっていた。

 

 SAO内で創った武器も念能力で構築可能である為にダークリパルサーも創れる、即ちキリトに渡して使わせる何て事も可能なのである。

 

 流石にドロップアイテムなエリュシデータまでは再現不可能だが……

 

「うーん、やっぱりランベントライトやダークリパルサーは創れるんだよね~。だけど中身を識っているのにエリュシデータは創れない。私の念能力の制約だから仕方が無いか」

 

 ユートとの話し合いが無事に終わって、リズベットは自分自身の念能力を発動して嘗てSAOにてアスナが使ったランベントライト、キリトが使ったダークリパルサーを創って見比べている。

 

 だけどあの独特な鍔の形状をした漆黒の魔剣であるエリュシデータ、何度も強化の為にキリトから預かっていたアレを創る事は出来ていない。

 

 制約と誓約――念能力の強化をする為に必要な事の一つにソレが有り、一種のルールに基づく強化方法で比較的簡単に行える。

 

 然しながら中身はエグくて、そのルールを破ると最悪で命を落とすし、良くて念能力を永遠に喪失する可能性があるからだ。

 

 “私の最高の武具店(ウェポン・ショップ・リズベット)”も制約として、自分が()った事がある武器のみしか具現化は出来ないとしている。

 

 能力名の由来でもあった。

 

 とはいえ、念能力を覚えた当初でさえそれなりの個数で武器の具現化を出来ていたというのに、今や数万くらい平然と具現化をしている。

 

 何しろリズベットがユートの【閃姫】に成ったのはユート・スプリングフィールドだった時で、柾木優斗である今から見れば前世に当たる数百年処か千年は過ぎ去っていたのだから。

 

「キリトに渡すならエリュシデータを鍛えた方が早そうだよね」

 

 勿論、キリト――桐ヶ谷和人は【閃姫】では無いのだけれど、桐ヶ谷直葉の兄貴枠や【閃姫】達の親友枠な結城明日奈の恋人枠としてエリシオンで明日奈と共に暮らしている。

 

 それはクラインやエギルも同様で、エギルなんて奥さんも一緒に連れ立って来ているのだから恐れ入るというべきか。

 

 残念ながらクラインのゲーム仲間までは居ないのだが……

 

 リズベットの念能力はゲームで造った武器でさえも再現してしまう、実際にその武器はオーラで具現化した物だからクリスタライト製とかどうなっているのか? みたいな考えは不要。

 

 要するに造れという事である。

 

「さて、本当に用意してくれるとは思わなかったわね……電子青鉱を」

 

 電子の海より情報が形を以て存在する特殊生体鉱石、それが金属の身体を持っていたり鎧を纏っているデジモンが使うクロンデジゾイド。

 

 色により性能が異なるが、電子青鉱(ブルーデジゾイド)は軽いのが最大のウリだと云っても良いだろう。

 

 疾さがウリのアルフォースブイドラモンが纏うのもコレを使った鎧、防御性能は他のクロンデジゾイドと比べれば柔いのかもだが、それでも凡百な通常金属よりも群を抜いて硬い。

 

 扱い方は他の金属と異なるけど、リズベットも一応はその扱いをユートから習っていた。

 

「先ずはアーディの戦闘衣とプロテクターよね、この電子青鉱を使って兎にも角にも軽くて丈夫な物に仕上げましょうか」

 

 戦闘衣(バトルクロス)という言葉もユートに教わった。

 

 どうやら戦闘時に着る衣服をそう呼ぶらしく、ユートが昔に着ていた勇者専用の衣みたいな物を云うのだとリズベットは正しく理解をしており、手にしている特殊生体鉱石――電子青鉱を弄びながら呟いている。

 

 電子生体鉱石――クロンデジゾイドを装備品へと換えるには火入れすら要らない。

 

 仮想世界は情報が全て、情報の変化こそ鍛つという行為に相当すると云っても良かった。

 

 リズベットの輝威の真なる力を発揮するべき時が来た……的な話で、彼女の輝威はユートの得た念能力である“人物再設定”が一番近い能力だ。

 

 それにより自身の能力値に変更を齎した訳で、強化系と変化系のパーセンテージを減じて一番にパーセンテージが低い放出系へ補填した。

 

 故にリズベットは強化系と変化系の二つに関しては初めから捨てていて、一〇〇%の具現化系と一四〇%に変わった放出系と系統的に六〇%なのが変わらない操作系へ訓練を集中したのである。

 

 無論、こんな変則的な能力の取得をするというのは【HUNTER×HUNTER】の世界では理論上で無理筋だろうが、異世界人でありユートから薫陶を受けて真面目に修練に費やしたリズベットなればこそ、輝威の力も相俟って『私の最高の武具店(ウェポン・ショップ・リズベット)』は成立する事が出来たのだ。

 

 操作系は基本的に放出した武器の軌道変更に使うのが精一杯だが、真っ直ぐにしか飛ばせないのは矢張り闘いに用いる際に片手落ちだから。

 

「アルフィア……じゃなくてフィア・クラネルって改名したんだったわね。彼女には黒鍛鋼糸で編んだドレスを造るのが良さそう。黒鍛鋼は未来でヘファイストス様に渡してるらしいけど、彼女がオラリオで活動するのはその未来だもの」

 

 故に問題は無い。

 

 黒鍛鋼は嘗てユートが再誕世界で暗黒聖衣を造り直すのに使った魔導金属の一種、同じ漆黒という色をしているが暗黒聖衣と黒鍛鋼では明らかに輝きの違いがある。

 

 というのも純粋なる単一元素な金属であるのが黒鍛鋼であり、暗黒聖衣は神剛鋼とガマニオンと銀星砂という神秘金属や魔導金属を混合しながらも通常金属まで使い量産し易くした物だからだ。

 

 元より暗黒聖衣とは漆黒聖衣とも呼ばれていた通常聖衣の予備にして、正規の聖闘士として資格だけは与えられながら聖衣を与えられなかった者の為の余剰聖衣の予定だった。

 

 故に通常金属で嵩増しをしたのだ。

 

 青銅聖衣や白銀聖衣と同じ守護星座の形なのはそれが理由、だけど色が色なだけに雑兵にすらも纏われなかったこの黒い聖衣は、デスクイーン島へと封じられる形で黒い聖衣箱に仕舞われた。

 

 尚、恐らく最後の聖衣として鳳凰星座の青銅聖衣が完成した後に量産聖衣計画が出たのだろう、暗黒鳳凰星座の聖衣を纏う暗黒聖闘士が雑魚として何人も現れたのだから笑える話。

 

「あっと……優斗、聞こえる?」

 

『どうした?』

 

「ちょっとエアリィの力を借りたいんだけれど、こっちに寄越してくれないかしら?」

 

『判った』

 

 ユートが応じた瞬間、長い碧銀の髪の毛に深くて蒼空の如く瞳を持ち緑葉色の布っぽい物を周囲に纏わせ、白い肌を惜しげも無く晒している耳が少し尖った三〇(セルチ)程度の少女が顕現化した。

 

「ゆか、ゆうとに言われて来たんだけど? 炉に風を送れば良いのね」

 

「さっすが、判ってる」

 

 エアリィ――エアリアルは風の上級精霊として存在しており、ユートが元の時代でサルベージをした火の上級精霊たるルベライトと存在としては同位となっている。

 

 然してその実態とは、とある異世界に於いては風の精霊を纏める王にも等しい四大精霊が一柱、風のエレメンタルたるシルフィード()()()存在。

 

 今のエアリィはといえば単なる風の上級精霊でしかなく、風の精霊王を名乗れる程の権能を揮えるだけの器を持っていない。

 

 理由は簡単、今のエアリィは風のエレメンタルであるシルフィードが嘗て自身の力と人格を封印して、小さな上級精霊エアリアルだった頃に構築していた人格を切り取った上で、上級精霊としての器を与えられたシルフィードの娘に近い存在。

 

 風の大精霊(エレメンタル)シルフィードはその世界の風を統べる役割上、ユートが世界を出たら二度とは会えなくなる可能性も高かったが、それを回避をする術として分体とも云えるエアリアルを渡してきた。

 

 風の精霊神と契約を交わした上に五源将とすら契約したユートは、手放すには余りにも惜しいというのがシルフィードの言い分だったのだけど、頬を赤らめてチラチラと目を背ける振りをしながらチラ見してきた辺り、()()()()()()()()()()()()()()()()よりも気に入られていたのは間違い無いのだろう。

 

 別にその主人公君を排除した訳では決して無いのだけど、抑々にして異世界側の召喚そのものに不備が有ったのも一つの原因であり、召喚され掛かった二人の少年少女を助けようとしてユートの持つ力が反応、結果としては少年の身代わり処かユートが本命と謂わんばかりに少女をオマケとして召喚されてしまった。

 

 尚、少女は原典でも主人公の少年のオマケとして召喚されているけど、それこそが異世界側での召喚の不備によるものだったらしい。

 

 また、これは似た事例が幾つか有ったからこそユートも混乱しなかったのだが、召喚の不備だけでなく本来の被召喚者では無かったユートを召喚した影響が少女に出てしまい、異世界生活の中で永らく記憶喪失に陥ってしまっていた。

 

 それは扨置き、ユートと精霊契約を交わしているエアリィはその求め――命令に従って誰かへと力を貸すなんて事もする。

 

 魔力を持った武器や防具を造る為にエアリィが風を送って熾した火、それは素材の純化を促進させて神剛鋼(オリハルコン)などの神秘金属さえ溶かす最上の炉として活用が出来るのだ。

 

 それならば火の上級精霊を使えば良いのだが、ルベライト――ルビーもそうだけどエアリィとは同郷の火の上級精霊も、七年後の世界に居るから基本的にユートに纏わり付いているエアリィだけしか喚ぶ事が現状では出来ない。

 

 精霊は精霊界に属しているけど、時の精霊ならまだしも他の精霊は時の概念に縛られる。

 

 まぁ、リズベットからしたらエアリィだけでも充分にお釣りが来るから特に問題も無かった。

 

 用意するのは精霊炉と神剛鋼製の鎚など道具類と素材、その素材も一流の魔導金属や神秘金属を用意して貰っておきながら二流の武器防具なんて造れはしない。

 

「さってと、鍛つわよ!」

 

 取り敢えず鍛つのは武器、アーディ・ヴァルマが使う為の短剣を二振りというのが注文。

 

 折角だから戦士という職業に就いた事も相俟って剣を使おうと考え、後に武闘家に転職をする事も視野に入れるならリーチが長い剣よりは短剣系が良いと考えたらしい。

 

名前:アーディ・ヴァルマ

ベースLV:1

職業【戦士】LV:1

 

 これが今のアーディである。

 

 ベースLVは基本となるアーディ本人のLVであり、職業LVはスキルや呪文を覚えたりボーナスポイントを加算したりする為のモノ。

 

 能力値はベースLVが上がると本人の資質に合わせて自動的に上昇する。

 

 現在の能力は飽く迄も彼女が恩恵を喪った状態でのもの、スライムやスライムベスやドラキーといった雑魚には普通に勝てる程度には能力が有る筈で、リズベット製の武器や防具を装備していればそれなりに進めるだろう。

 

 況してや、リズベットは自身の鍛冶師としての技能をフルパフォーマンスで使う気満々だ。

 

 それで出来上がるのは魔宝武器、ドラクエ的には魔法を撃てる武器の事を云う。

 

 この世界では魔剣と呼ばれる類いの武器に当たる訳だが、その殆んどは実際の威力はこの世界の魔剣から視て突出している事は無い。

 

 例えば“炎の剣”は初代ドラクエで店売りで最強の剣として登場するが、FC版は名前ばかりの謂わば張りぼてに近い物でしかかったけど、SFC版からは初級な閃熱呪文ギラを放つ事が可能。

 

 そう、ドラクエⅠとはいえ最高品質な武器でありながら初級である。

 

 はっきり言って後は竜王の城へLet's GOといった位置であり、剣としてはロトの剣を手に入れる迄の繋ぎにこそなるけど呪文の効果は特に必要の無い代物、炎の剣を装備して斬ればギラなんかより遥かにダメージが入るのだから。

 

 尚、実際の効果は火の玉を放つ……火炎呪文のメラだったのは驚いた。

 

 ユートは呪文を放つ武器は飽く迄も似た効果の呪文としているだけで、実際にその呪文を放っている訳では無いと考えている。

 

 雷神の剣は極大閃熱呪文(ベギラゴン)を放つ武器とされているけど、それは単に放たれているのがその呪文に酷似している現象だからに過ぎない。

 

 例えば、彼の偉大なる獣王クロコダインが使ったグレイトアックスにしても填められた魔法玉により、以前の真空の斧と同じく真空呪文に加えて新たに火炎呪文と爆裂呪文を放てるのだが、これもイオラに近い爆裂を放つのとメラミに近い火球を放っている訳だ。

 

 だけど他に言い様が無いから呪文に照らし合わせているだけ、その所為かは知らないが同じ武器でも効果が異なる事もあれば、抑々にして武器銘と呪文の効果が合わない物まで存在する。

 

 “雷の杖”……その効果はバギ。

 

 何故に雷で真空呪文? となるくらい、ならば風の杖で良かろうものだった。

 

 雷神の剣でベギラゴンなのは、説明書などによるギラ系の説明が雷を放つ呪文の名残りだろう。

 

 だからこそユートは、魔法を放つ武器は現象として呪文みたいな効果を放っていると定義した。

 

 リズベットも魔宝武具を鍛つ事が出来るので、アーディに渡す二振りの短剣には火炎呪文メラと氷結呪文ヒャドを放てる物を鍛つ。

 

 スタート直後なら初級呪文でも問題は無いし、あの世界の魔剣とは違って使っても壊れない。

 

 素材が違う、そして造り方が違うから効果的には兎も角として根本から視れば別物だった。

 

「ドラクエのゲームも武器の威力は普通で良いからさ、ちょっとお高い武器として魔宝武具ってか魔法の武器を売ってればな~」

 

 そういう意味で【ドラゴンクエストⅣ】に於ける『第一章 王宮の戦士たち』と『第三章 武器屋トルネコ』、この二つの章では絶妙なタイミングで“破邪の剣”が手に入るのだ。

 

 破邪の剣はどうぐとして使うとギラ相当の閃熱エネルギーを放射状に放つ……要するに一般的なギラと同じ効果を生む魔法の武器。

 

 それが手に入る、そのタイミングの良さは可成りのものだと云えるだろう。

 

 勿論、名も知らぬこの世界の魔剣とは違って壊れないから使いたい放題……ゲームでは。

 

 当たり前だけど現実では無茶な――【DQダイの大冒険】のα世界線で、マァムの魔弾銃の弾にベギラマが入った状態で更にギラを容れて撃つといった、本来の仕様で想定されていない事をやらかせば壊れて然るべき。

 

「出来たわ!」

 

 刃を鍛つ度に魔力を篭めていき、それを自分の目で視て正確に回路としていく鍛造の作業。

 

 そして魔宝玉と名付けられたユート謹製である魔導具を填め込むと、赤い刃と蒼い刃で二振りの短剣が完成をしたのだった。

 

「銘は……まぁ、初級呪文を撃つだけの攻撃力的には聖なるナイフよりはマシな物だし、御大層な銘にする必要性は無いよね」

 

 短剣を眺めて思案し……

 

「炎のナイフと氷のナイフでいっか」

 

 そしてシンプルに決めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 時代は進んで七年後。

 

 ヘファイストス・ファミリアの本拠地にていつもの通り、鍛冶師の仕事を嬉々として行っている短く刈ったピンクブロンドに赤系の服な少女――否や、実年齢にしたら既に数百か千歳すら越していてもおかしくないBBAが居た。

 

 彼女はファミリアの本拠地に工房を与えられている数少ない眷族の一人、七年前にファミリアへの門戸を叩いて爾来、順調にランクアップを繰り返して今や団長である椿・コルブランドと同等のLV.5にまで至っている。

 

「おっし、完成したわ!」

 

 喜色満面で鍛ち終わった漆黒の戦鎚を確り見詰めながら叫んだ。

 

 彼女の名前はリズベット・篠崎。

 

 LV.2へランクアップした時点で“鍛冶”という発展アビリティを取得、主神の名前を神聖文字で刻む事を赦された上級鍛冶師と成る。

 

 そして今は最上級鍛冶師の名を欲しい侭にしており、椿・コルブランドの次席として副団長の座にすら至っていた。

 

 コンコンというノック音。

 

「リズベット、入るわよ」

 

「どうぞ」

 

 特に恥いる何かが有る訳でも無いから主神の声に招き入れる。

 

 ガチャリと扉を開いて入ってきたのは声の通りにヘファイストス。

 

「相変わらず椿と変わらない鍛冶っ振りに恐れ入るわねリズベット」

 

「私の役割でアイデンティティですから。それで何か私に用事でしょうか、ヘファイストス様?」

 

「特に用事って訳では無いわ。少し篭もりっ切りだったから様子を見に来たのよ」

 

「そうでしたか」

 

 鍛冶バカなリズベットは偶に寝食すら惜しんで鍛冶に没頭する為、彼女の姿を数日も見なかったらこうして足を運ぶくらいはしていた。

 

 手慰みに造ったテーブルと椅子を用意すると、リズベットは紅茶を淹れて主神様へと出した。

 

「どうぞ、粗茶ですけど」

 

「有り難う。うん、美味しいわ」

 

 淹れて貰った紅茶はオラリオ産では無いので、何処の茶葉かは気になったけどヘファイストスからしたら充分に美味しく飲めるし、序でに出された茶菓子も舌鼓を打つだけの味わいだ。

 

 これらはリズベットが与えられたストレージの魔法に容れてあった物で、時間経過も無くて容量も可成り大きいから百年は愉しめる量。

 

 ヘファイストスがリズベットの工房へと頻繁にやって来る理由が、椿や他の団員では気を利かせて御茶を淹れたりしてくれないから。

 

 自身の眷族でこんなに気が利くのは後にも先にもリズベットくらいだろう。

 

「あら?」

 

 ふと完成された戦鎚を視てヘファイストスにとって素材が最近、手には入った希少な魔導金属と同じである事に気が付いた。

 

「これ、まさか黒鍛鋼?」

 

「そうですよ」

 

「どうして貴女が? 未だ私と椿にしか回していなかったのに」

 

 黒鍛鋼を鍛えられるのは“神匠”と天界にて名高かったヘファイストスか、或いは最上級鍛冶である椿・コルブランドくらいだと判断して今は鍛え方の試しをしている状態だ。

 

「私は恋人から貰ったのよ」

 

「恋人? 居るの?」

 

「居ますとも」

 

 前の夫と死別してすぐにユートと出会った頃の年齢に戻され、中身まで新品と成ったリズベットは()()()()()()を捧げて【閃姫】と成った。

 

 【閃姫】とは即ち恋人とか愛人とか何なら妻として見ても良く、いずれにしてもヤるべき事さえヤっていれば基本的に自由に動けるし、欲しい物が有るのであらば買って貰う事だって叶う。

 

 勿論、自由とはいっても恋愛の自由は当たり前の如く喪う訳で、下手に浮気に走ったりしたなら相手のJr.が爆発四散して御亡くなりになる。

 

 実際に前世で浮気では無くて男側が強姦に走った結果、挿入をしようとした瞬間にドパンッ! と逝ってしまって悲鳴と共にぶっ倒れた。

 

 哀れにも彼奴の薄汚くて粗末なモノは二度と使えなくなったのである。

 

 未だ【閃姫】に成る前なら挿入が出来ていた訳だから、そうなっていた場合はユートが間違い無くぶち殺していたであろう。

 

 正確には一瞬で殺るのでは無く、あの頃であれば先ずは死なない程度に加減をしつつズタボロに全身を、斬り傷(エクスカリバー)打ち身(グレートホーン)凍傷(オーロラエクスキューション)など様々な手痛いダメージを与えておいて更に真紅光針(スカーレットニードル)をギリギリの一四発、狂えて楽に成れない様に頭へと細工を施した上で天舞宝輪による五感消失……但し痛みは残る、更に黒鋸薔薇でズタズタにしながらも王魔薔薇で毒漬けに、死なせない為にも紅血薔薇は敢えて撃たず、というか手加減に手加減を加えても死にかねないからこれ以上はやらないけど、それから絶象で完全快復させてから直ぐに壊刻で先程治したダメージを再び与え、更にプログラムという魔法で発動条件に壊刻の終了として絶象→壊刻→絶象と無限ループさせるだろう。

 

 狂えないから気が触れたりせず、死ねないから痛みは延々と繰り返される、その程度はしないと女性も強姦の苦痛を忘れるに忘れられないから。

 

 因みに、当の強姦未遂だった女の子にそれを話したらドン引きされた……解せぬ!

 

 そんな訳で色欲が強くて沢山の娘を侍らせながら強欲であり、嫉妬深い部分もあるから自分の女に手出しをしたら酷い目に遭わせるユート。

 

 健啖で暴食も厭わずそれなりに矜持は持ち合わせているから傲慢にも成るし、勤勉かと思わせてだらけるのが好きな怠惰であり、更に某・強姦未遂犯が未遂でなければ激しい憤怒を見せたろう、未遂で報いは受けたから処分しなかったに過ぎないのだから。

 

 揃いも揃った七つの大罪の見本市。

 

「恋人からの贈り物ですね」

 

「名前は……ユート?」

 

「そうですよ」

 

「だけどそれはおかしいわ」

 

「何故?」

 

 小首を傾げるリズベット。

 

「彼は最近になってこの世界に来たと言っていたのよ? 異世界人とはいえ下界の子供である事には違いないわ、故に嘘を吐いたなら私達……神にはそれがすぐに判るのよ! ユートは嘘を吐いてはいなかった」

 

「でしょうね、それも間違いじゃありませんよ。少なくとも団長が随伴をしたロキ・ファミリアの遠征まで、優斗が実は二人存在していたんです。一人は遂最近になって顕れたヘファイストス様が出会った方、もう一人はロキ・ファミリアの遠征の帰りにえっと……何だっけ? カオスの歪みを越えて七年前に跳ばされてしまって七年間を過ごした優斗」

 

「なっ!? カオスの歪みを越えたですって? そんな……まさか?」

 

 この世界では時間跳躍をカオスの歪みを越えると称しており、神々としてもそれは基本的に有り得ない現象として認知をしている。

 

 つまりこの世界に時の神クロノスや刻の神カイロスは存在しないし、ニャル子さんみたいな存在も居ないという事であろう。

 

「そんなに驚きますか? 優斗からしたら時間跳躍って日常茶飯事まではいかなくても結構やっているみたいですよ」

 

「ハァ?」

 

 女神としてははしたないけど、顎が外れそうなくらい大口を開けて驚愕をしてしまった。

 

「私が聞いた中では再誕世界で二四三年前に起きた冥王ハーデスとの聖戦時代、しかも平行世界で別々の世界線に跳んだらしいですよ」

 

「ハーデス?」

 

「この世界にも居ますよね? ハーデス様って名前の神様が。同じ様にゼウス様やポセイドン様も居るんですし」

 

「い、居るけど……」

 

 この世界と地球では差違こそ有れど似たり寄ったりな部分も有り、神の名前の一致はその最たる例だと云っても良かろう。

 

 男神と女神の違いも有るのはリズベットの目の前のヘファイストスで判る。

 

 彼女は女神だけれども地球のヘファイストスは男神、それはロキ・ファミリアの主神たるロキにも同じ事が云えた。

 

 この世界の神々は個体で完結している存在で、従って親子や兄姉弟妹などは居ない。

 

 例えば女神デメテルに女神ペルセフォネという娘は存在せず、この世界ではデメテル・ファミリアの眷族達を指してペルセフォネと呼んでいる。

 

 アテナ・ファミリアであるユートが聖闘士で、フレイヤ・ファミリアの面々が“強靭な勇士(エインヘリヤル)”と呼ばれているのに等しい。

 

 更にヘスティアから以前にユートが聴いた話をリズベットも聴いているが、この世界にウェスタという女神は或る意味で存在しないとか。

 

 ウェスタは地球でローマ神話に於ける炉の神にして処女神であり、ギリシアの神話体系に於けるヘスティアに相当している女神の名前だ。

 

 ローマ神話は名前こそ異なるがギリシア神話のオリンポス一二神などに相当する神が居る。

 

 デジモンの場合は寧ろローマ神話の方で名前が挙がりながらオリンポス一二神だった。

 

 ユートの主神アテナはローマ神話でミネルヴァという戦女神、デジモンではミネルヴァモンという名前で存在している。

 

 そしてヘスティアのローマ神話ではウェスタ、つまりこの世界ではヘスティアの別名扱いだ。

 

 尚、目の前のヘファイストスのローマ神話名はバルカン という鍛冶神に当たる。

 

「参ったわね、まさかカオスの歪みさえ越えているだなんて……」

 

 頭を抱えるヘファイストス。

 

「抑々、私を七年前に喚び出してヘファイストス・ファミリアに入る様にいったのは優斗だし、それが無ければ私もこの時代でアテナ・ファミリアだかヘスティア・ファミリアだかに入団してたんじゃないですかね?」

 

「そうなるかぁ……」

 

 となると、椿・コルブランドのレベルで鍛治の腕が立つリズベットが来てくれたのは僥倖。

 

「リズベットはユートから鍛治素材を受け取ったりしてる訳よね?」

 

「見ての通りですね」

 

「私も融通して欲しいわ」

 

「ヘファイストス様も優斗に抱かれた事は有りますか?」

 

「へ? あ、有るけど」

 

 リズベットはユートがヘファイストス・ファミリアの本拠地に来ていたのは把握をしていたし、恐らくは七年前に言っていた黒鍛鋼の納品であると認知をしていたが、それだけにしては一晩中を部屋に篭もっていたのが気になっていた。

 

 それに朝一番で出て来たヘファイストスの頬が紅潮していたのも知っており、その日に限ってだけど女の顔をしていて凄く魅力的な雰囲気を醸し出しているので、数少ない女性鍛治師は兎も角として男共は一様に前屈みになっていたもの。

 

「だったら頼めばヘファイストス様も素材を貰えると思いますよ?」

 

「本当に?」

 

「はい、個人的に少量ですけど」

 

 それこそ、青生生魂や日緋色金や神秘金属としての神剛鋼(オリハルコン)神金剛(アダマンタイト)だって貰える筈である。

 

 この世界のとは違う真銀(ミスリル)もだ。

 

「ま、今は優斗がロキ・ファミリアの遠征で居ませんけどね」

 

 すぐに実行が出来ないという、ヘファイストスとしてもそれには苦笑いしか無かったと云う。

 

 

.




 何となく水増し感がある噺に……




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第70話:情報の摺り合わせは間違っているだろうか

 風邪を引いてしまいました……





.

 ユートはお姫様抱っこでリューを抱き上げて、ロキ・ファミリアやヘスティアやヘルメスといった連中が居る場所にまで戻ると、何かしら言いたげな者達を黙殺してリューを寝かせてやる。

 

「彼女、“疾風”はどうしたんだい? 敵に襲われたとも思えないけど」

 

「ちょっとした事故だよ。リューは戦闘時以外だと割りかしポンコツだからね」

 

「ポンコツエルフ……ね」

 

 フィンは苦笑いを浮かべた。

 

「そんな事より、さっき動いた結果だがどうやら闇派閥の残党が一八階層で蠢いているみたいだ」

 

「闇派閥!」

 

 フィンだけでなくヘスティアを除く全員がピリピリとしだす。

 

「イ、闇派閥(イヴィルス)って何だい?」

 

「ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが凋落をした一五年前から蠢く腐れ組織。邪神と呼ばれるヘスティアやヘルメスの御仲間の神が率いていてね、七年前にはエレボスが主導をして闇派閥を率いていたんだ」

 

「エレボスが!?」

 

 降臨してから未だ一年弱なヘスティアは当然ながら知らなかったらしい情報、エレボスというのは領土的にヘスティアとは同郷に近い。

 

 というのも、エレボスはヘスティア達が地球でギリシア神話体系の神々なのと同様の神であり、名前は『地下世界』を意味する原初の幽冥を神格化した存在である。

 

 名前が同じなだけあり差違も有るには有るが、似たり寄ったりな部分も当然ながら有った。

 

 司る権能も同様だ。

 

「確かに七年前になるかな? エレボスが天界に強制送還されてきたみたいだったけど……」

 

「正義の女神アストレアによって強制送還されたからな」

 

「アストレアに?」

 

「ああ。神々は下界に降りる際に厳格なルールを敷いている。“神の力”を使ってはならないというのもその一つ。故に神々は下界では全知全能から全知零能……肉体的には人間と変わらない強さへと成り下がる訳だな。まぁ、武神みたいに素でもLV.5クラスの力を持った神も居る訳だけど。それは兎も角としてだ、神々は致命傷を負ったら勝手に“神の力”が発動してしまうからそれによる強制送還が成される。だけど神を殺すのは重罪だ云々以前に神威を受けると下界の者は抗えない、だからこの手の事は同じく神でないと出来ないって訳だね。七年前に刑を執行したのがアストレアだったんだよ」

 

「そういう事なんだね」

 

 詳細というには穴だらけのガバガバな説明ではあるものの、ヘスティアにも今の説明は理解する事が出来る程度には解り易かった。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

「どうした? ヘルメス」

 

「ユート君はどうして七年前の詳細な出来事を知ってるんだ? 君がこの地に来たのは遂最近だった筈だろう」

 

「……あの時、バベルの頂上でアストレアに送還されたいと願ったエレボス。居たのは全部で四名だったな? 送還対象のエレボス、執行者となったアストレア、友神を見送ると言って憚らなかったヘルメス、そして七年前の第一八階層へ突如として現れた双子座のサガ」

 

「まさか……」

 

「双子座のサガ。それは地球と呼ばれる世界にて戦女神アテナの下に集った聖闘士という戦闘集団にして、その最高峰の一二人である黄金聖闘士の一人の名前だ。因みに双子座というのは地球から夜空を見上げた星々の並びを星座という形に見たものの一つ。その中でも太陽の周りを巡る一二の黄道一二星座の名前を与えられるのが黄金聖闘士って訳だね。そして僕が居た世界こそが地球で、僕はサガから双子座の位と黄金聖衣を引き継いだアテナの黄金聖闘士・双子座の優斗。エレボスを強制送還した際に居たのはサガの名を名乗っていた僕だよ……ヘルメス」

 

「それはおかしい。確かに双子座は兎も角としてサガという名前は偽名だと判ったが、君が最近にこの世界に来たというのに嘘は無かった。だが今の君の科白にも嘘を感じない! どういう事だい?」

 

「それこそリューが気絶している理由なんだよ。僕は遂先頃、とある邪神によってカオスの歪みを越えさせられて七年前に跳ばされた」

 

「なっ! カオスの歪みを?」

 

「それにより、第一八階層でアストレア・ファミリアがアルフィアと、アイズとリヴェリアとガレスが“神獣の触手”と闘っていた現場に落ちた」

 

 確かに黄金の鎧を身に纏う騎士が最初に目撃をされたのはあの現場だ。

 

「あれが……ユートだった?」

 

 アイズもそうだが、リヴェリアとガレスも驚きに目を見開いている。

 

「今、この場に居る僕は云ってみれば七年前から暮らしていた僕でね、先程まで此処に居た僕とは厳密に云えば別人に等しい。勿論、同一人物なのは保証するけど、違いは七年間の蓄積が有るか無いかって処だろうね」

 

「七年間……か」

 

 フィンが難しい表情となる。

 

「だとしたら、君ならアストレア・ファミリアの壊滅を止められたのではないかな?」

 

 全員がハッとした表情に。

 

「無理だ」

 

「何故だい?」

 

「この世界線でアストレア・ファミリア壊滅というのは既に起きた事、万が一にも仏心を出して救ったりしたらその時点で僕はこの世界線に戻れなくなり、アストレア・ファミリアが救われていてルドラ・ファミリアが消滅した別の世界線に移動をしていただろう」

 

「ほとけごころ? せかいせん?」

 

「仏心は慈悲の心、世界線とは幾つも存在している世界そのものを横線に喩えたもんだ」

 

 因みに縦軸は時間軸を意味している。

 

「そこら辺は神であるヘスティアやヘルメスの方が詳しいだろう?」

 

「まぁ、確かにね」

 

「ユート君が行った事は決して間違いでは無いんだよ“勇者(ブレイバー)”、下手に世界へ手を出せば彼は此方に戻れなくなる処だった」

 

 ヘスティアもヘルメスも頷く。

 

「仮にフィンが混沌の歪みを越えて両親が子を成す前に殺害したとしたら、親殺しを……殺害をしたフィンはどうなると思う?」

 

「歴史が変わって僕が消滅する……という訳では無さそうだね」

 

「歴史は変わらない。変わった歴史が新たに創られるってだけだ」

 

 ユートが一本の線を引いて両親在住とフィンの誕生と書き、更に別の線でカオスの歪みを越えたフィンと書いて両親の殺害と書く。

 

 また別の線を引いてフィンが誕生しない世界と書いて〆括った。

 

「成程、こういう話になるのか」

 

 頭が良いだけにこんな杜撰に過ぎる説明を受けただけで理解したらしい。

 

「アストレア・ファミリアの壊滅は墓参りと共にリューから聴いていたからな」

 

「え? リューさんですか?」

 

 よく解って無いベルが首を傾げる。

 

「恐らく大半の人間やヘルメスからしたら知っているんだろうが、リュー・リオンは嘗てアストレア・ファミリアで“疾風”のリオンと呼ばれていたLV.4の元冒険者だ」

 

「元……?」

 

「あの酒場には訳ありが集まっているみたいで、シル・フローヴァを除く殆んどがLV.3~4の元冒険者、或いは冒険者では無く迷宮都市外からの流入者みたいでね。酒を奢って話を聴いたけどルノア・ファウスト――正式な冒険者じゃなかったけど異名持ちで“黒拳”と、同じく“黒猫”のクロエ・ロロがLV.4だな。それにアーニャ・フローメルは元フレイヤ・ファミリアで“戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)”の二つ名を持ったLV.4、副団長のアレン・フローメルの妹だそうな」

 

「そ、そうだったんですか!?」

 

「聞き出せるまで仲良くなるのは苦労したけど、割りと酒好きだったらしくて神ソーマの作ったって失敗作な神酒には可成り揺れていたな」

 

 ユートは嘗ての事件で神ソーマの酒を失敗作と成功作な神酒をせしめているし、それを飲んだから既にレシピも頭に浮かんでいるから量産可能。

 

 流石に仲間の情報は教えてくれなかったけど、寧ろ彼女達がそのくらいに仲間思いなのが良い。

 

「シルさんだけは普通って事なんですね」

 

 確かにシル・フローヴァ以外を元冒険者みたいに言ったが……

 

(寧ろシル・フローヴァこそが普通とはかけ離れいるんだよな)

 

 その中身が明らかに神域に存在をしているであろう“超越存在(デウス・デア)”だったからこそ。

 

 神殺しの魔王(カンピオーネ)であるユートに幾ら神威を隠したとしても、神である事を確実に隠せる訳では無かったという事である。

 

 とはいえ、それを詳らかに明かしてしまうとか面倒だからやらないけど。

 

(それにシルって、神話でフレイヤが名乗っていた偽名の一つだしな)

 

 この世界では地球の神話に通じる名前がそこらかしらに存在し、フレイヤ・ファミリアが闘いに使う“戦いの野(フォールクヴァング)”も神話上で女神フレイヤの館の名前だった筈だ。

 

 尚、伴侶=オーズと呼ぶ辺り男神にオーズというのは居ないみたいである。

 

 因みに、『カオスの歪み』とか呼んで時間移動に対する忌避感から見るに、少なくとも時間の神であるクロノスは存在していないのだろう。

 

「まぁ、あの酒場は女将からしてLV.6らしいから普通じゃないんだろ」

 

「うぇ!?」

 

 当たり前だけど知らなかったベルは驚愕しつつも打ち振るえていた。

 

 元フレイヤ・ファミリア団長で“小巨人”の二つ名を持つミア・グランド、全盛期ではオッタルでさえも敵わなかった剛の者だ。

 

 今はLV.の差からミア・グランドも勝てないと思われるが……

 

 余り個人情報を明かすのも良くは無いけれど、現代日本なら未だしもこの世界に個人情報保護法なんて存在しないし、リュー達の情報はロキ・ファミリアならある程度ながら把握している筈。

 

 アイズもクロエ達の詳細は知らずとも、何となく強いというのは感じていただろうから。

 

「うっ!?」

 

「目が覚めたか、リュー」

 

「ユ、ユート? どうして、あの黒い穴は何なのですか!? 何故普通にこの場に居るのです?」

 

「落ち着け、ぽんこつエルフ!」

 

「はぐっ!?」

 

 頭にチョップをされて悲鳴を上げる。

 

「だ、誰がぽんこつエルフですか!」

 

「今、正にぽんこつだったろうが。ちゃんと教えてやるから落ち着け」

 

「わ、判りました」

 

 ユートは先程、ロキ・ファミリアやヘスティア・ファミリアやヘルメスやタケミカヅチ・ファミリアの面々にした話を改めて伝えてやった。

 

「七年前の一八階層で現れた双子座のサガが貴方であったと?」

 

「そうだよ。だけどリューは酒場で会った際には僕を知らなかった。つまりリューは七年前に僕と会った事は無かった筈なんだ。だから即顔を隠せる双子座の黄金聖衣を纏って、僕の先代――正確にはカノンが先代に当たるが――の双子座のサガの名前で活動をしたって訳だな」

 

「ゴールドクロス?」

 

「金綺羅金な鎧だったろ?」

 

「確かに……」

 

「戦女神アテナの擁する戦闘集団である聖闘士、その中でも謂わば幹部的な存在が黄金聖衣を身に纏う黄金聖闘士。合計で一二人、封印が成されたのを含めれば一三人が存在していた」

 

「過去形ですか?」

 

「今の黄金聖闘士は……否、聖闘士そのものが僕しか居なくてね」

 

 正確にはユートの冥界に嘗ての黄金聖闘士達が居るから、彼等にユートが造った黄金聖衣を渡してサーシャに引き合わせればフルメンバー+αが揃うのだが、この世界には神と神が管理をしている“あの世”が存在するから喚べない状態だ。

 

 牡羊座のムウ&シオン。

 

 牡牛座のアルデバラン。

 

 双子座のサガ&カノン。

 

 蟹座のデスマスク。

 

 獅子座のアイオリア。

 

 乙女座のシャカ。

 

 天秤座の童虎。

 

 蠍座のミロ。

 

 射手座のアイオロス。

 

 山羊座のシュラ。

 

 水瓶座のカミュ。

 

 魚座のアフロディーテ。

 

 彼らには黄金聖衣では無く冥衣を与えた上で、ユートの冥界のエリシオンに住まわせている。

 

 実は青銅聖闘士や白銀聖闘士も冥界を住まう場にする忌避感が無いなら……と、何人かを住まわせていて家賃はユートが必要とした時の戦力となり働いて貰うという。

 

 元青銅聖闘士や白銀聖闘士達には、青銅聖衣や白銀聖衣を与えていた

 

 つまり、氷河は水瓶座(アクエリアス)では無く白鳥星座(キグナス)として青銅聖衣を纏って闘うのだ。

 

 ムウとシオンの二人には聖衣造りをして貰っているから、比較的に造り易い青銅聖衣や白銀聖衣を造って貰っているから容易く与えられる。

 

 素材さえ豊富ならば修復の要領で製作も可能、これは再誕世界にてユートがある程度の形を造った上で、矢張り修復の要領で形を整えていったという経験があってこそだった。

 

 黄金聖衣は太陽の光を取り込ませないと真なる輝きにならないから造っていない。

 

 実際、聖域の双子座を貰い受けた代わりに置いていったユート謹製な双子座の黄金聖衣の場合、輝きが黄金聖衣というより寧ろ海闘士(マリーナ)海将軍(ジェネラル)鱗衣(スケイル)といった感じだ。

 

 海将軍の鱗衣は正しく()()といった感じの色合いだったけど、黄金聖闘士の黄金聖衣は名前の通り()()という豪華絢爛な太陽が燦然と煌めいているかの如く色をしている。

 

 まぁ、どちらかと云えば黄金聖衣は金メッキっぽいからそう見ると安っぽいが、いずれにしても黄金聖衣の方が鱗衣より煌びやかだった。

 

 素材の所為では無い。

 

 海将軍の鱗衣は純神剛鋼故の金色、黄金聖衣は神剛鋼とガマニオンと銀星砂の合金製となっている訳だが、ユート謹製な双子座の黄金聖衣が鱗衣と変わらないなら矢張り長い期間で太陽光を吸収した設定だからだろう。

 

 なので、ユートは黄金聖衣を一三個の全て造った後に太陽へぶち込む暴挙に出たが、太陽光と熱をたっぷり吸って黄金という色に燦然と輝いたのは良かった。

 

 ヘルメスとしては嘗てアテナが言っていた事を語る――然も人間であるが故に嘘を吐いていないと解るだけに、天界では余りにも信じられなかった話をもう一度訊いてみるのもアリかと考える。

 

 その後も小さな話し合いはした。

 

 その中に千草の所属は矢張り変更するべきだという話になり、暫定的に彼女はアテナ・ファミリアの一員として扱う事となる。

 

 単純なLV.とかスキルとかいう意味で団長のカシマ・桜花が一番強く、二番手がヤマト・命、そして団栗の背比べのレベルでヒタチ・千草こそが三番手の能力だったらしいから、彼女の移籍に対するトレード的な意味で武具を渡してタケミカヅチ・ファミリアの底上げを行う事になった。

 

 また、所属はアテナ・ファミリアでもアテナはタケミカヅチと友神という事もあり、千草さえ望むならアテナ・ファミリアの用事が無い時であれば遠征などを手伝うのはアリとする。

 

 本来のレフィーヤとベルの関係と違う事から、追い掛けっこが始まったりはしなかったにも拘わらず、離れた場所での稽古をしていた際に闇派閥のモンスターに引っ掛かる二人。

 

 これに関してはユートが即座に対応をした為、二人切りでモンスターの体内に……なんて事にはならず、ユートが共に対処をしたので被害といえばレフィーヤの戦闘衣が溶けて、ユートに半裸を視られてしまったくらいであろうか?

 

 レフィーヤの戦闘衣は新しい物をユートが贈る約束をする事で、取り敢えず機嫌を直す事に成功をしたので良しとする。

 

 尚、ベルの戦闘衣はあのモンスターの胃液では溶けたりしない程度に丈夫だったし、ヴェルフ製の軽鎧を訓練中は脱いでいたので無事だった。

 

 訓練とはいっても食後の腹ごなし程度の謂わば軽い運動でそれに態々、それで鎧を纏うのは正しく時間の無駄だったからだ。

 

 それにベル達が着ているアンダーは、それだけでそこら辺の鎧を装着しているくらいの防御力、故に軽く汗を流そうという程度なら充分過ぎる。

 

 抑々にしてあのアンダーは聖闘士が聖衣を纏う上で、漫画なんかでもよく破れているのを考慮に入れて編み上げた魔法の服。

 

 実際、星矢達もこのアンダーに変えてから余り大きな破れ目は無くなったくらいだし、白色なのにも拘わらず汚れも付き難い代物。

 

 勿論、聖闘士や海闘士や冥闘士など神の闘士の必殺技で破れずにいられないけれど、少なくとも簡単に彼方此方が破れてしまう程に脆くも無い。

 

 仮に、本当に仮にベルが原典なあれやこれやを発揮してしまった上に、補正が無くてハーレムを形成して泣かされた女が居たとして、短刀を持ったその泣かされた女が『ベルを殺して私も死ぬ』とか叫びながら刺したとしても、このアンダーの上からなら刺さる事も無くベルは無事だろう。

 

 まぁ態々、ベルに喩えなくてもユートであっても同じ事になるだけだ。

 

 実際にベルが第九階層で闘ったミノタウロスがドロップした“ミノタウロスの赤い角”、コイツをヴェルフが鍛えて製作をした『牛若丸』の試し斬りをしたが、ベルのアンダーには傷一つ付かなかった事にヴェルフは安堵するより落ち込んだ程。

 

 所詮は“鍛冶”の発展アビリティを持ってはいないLV.1だからか、それとも素材はミノタウロスの角としては良い物でも中層の物だからか? いずれにしてもベルの第二武器たる『牛若丸』の試し斬りとしては残念な結果に終わっていた。

 

 尚、ユートが似たミノタウロスの角を素材として()った短刀は普通にアンダーをぶった斬ったのを見て、ヴェルフが更に落ち込む羽目に陥ったのは仕方が無い事なのだろう。

 

 白衣を着て顔までがっちりと隠した連中は端から視て体型すら判らず、声で取り敢えず男女の別の判断が出来る程度でしか無かったが闇派閥だというのは間違い無いと、途中でやって来たリューから聴かされている上にユートも、七年前に連中の姿を見ていたから同じ判断を下していた。

 

巨靭蔓(ヴェネンテス)……ね。連中は何故か知らないけどヴァヴィヴヴェヴォから名前を付けたがるみたいだな」

 

 あの食人花もヴィオラス、巨大花はヴィスクムと呼ばれていたし巨蟲はヴィルガだと呼ばれた。

 

 連中を闇派閥と見抜いた理由は白衣より何より自決装置である。

 

 七年前のアーディ・ヴァルマの一件からして、連中はすぐに自決装置を使いたがるのだから。

 

 仮令、小さな幼女ですらも。

 

「神たるタナトスが契約したとは云うが、転生した先に転生させる気か? それに恋人だった場合は転生後もきちんと男女別なのか? 其処までの事をあれだけの人数にやれるのか? それに抑々が現在のタナトスは地上に降臨しているんだぞ。どうやって契約を遂行するんだ?」

 

 自決が出来ず生き残った連中に訊ねてみたら、どうしてか闇派閥の連中は真っ青に成っていた。

 

 タナトス自身が居なければ、転生なんて作業が出来るとも思えなかったのが一つなのだけれど、今一つとして“死を司る神”タナトスが転生という生に属する仕事を天界でしているものか? と。

 

 死と再生は表裏一体とも考えられるだろうが、どちらかと云えば転生は冥界の神の仕事だろう。

 

 例えばハーデス、例えばアヌビス。

 

 それとも、冥界神は存在しないで死の神であるタナトスみたいなのしか居ないのか? 何て事も考えてみたけど……

 

(少なくともゼウスとポセイドンは確認済みであるからには、ハーデスくらい居るだろうと当たりは付けてみたけどな)

 

 結論はこうなった。

 

 とはいえ、矢張りローマ神話体系はギリシアと混同されているみたいであり、ヘスティアの別な側面がローマ神話体系のウェスタらしい。

 

 更にジュピターはゼウスが地上に遣わしたと思しき雷霆の高位精霊で、アルゴノゥトに合力をしていたらしい事が判明している。

 

(アルゴノゥト……ね。どうやらベルの前世であるっぽいのは、あのミノタウロスの中にそれらしき記録が在ったからな。この事からあの個体の魂は嘗てアルゴノゥトと闘ったミノス将軍か)

 

 こうなってくると何と無く似ている連中に関しては、ひょっとしたら今現在に居る者達の前世の姿である可能性は高い。

 

(夢神オネイロスの権能で視てはみたけれどな、魂の行き先までは判らないから確実とまでは云えないんだが、明らかに似ている連中ばかりだったからな。フィンとかアリアドネーとかフィーナとか……顔を隠していたけどフィアナ騎士団の団長フィアナってリリっぽかったよな?)

 

 ユートは夢神オネイロスから簒奪した権能――【夢と現とその狭間(ドリーミング・ザ・ワンダーランド)】にて、この世界の神時代より前に当たる英雄伝に語られる時代を視た。

 

 其処にはヴェルフっぽい男、ガレスっぽい男、ベートっぽい男、ヒリュテ姉妹っぽい女性達に、フィンっぽい少年、アナキティっぽい少女、ラウルっぽい青年、レフィーヤっぽい少女、リリっぽい女性、リューっぽい多分だけで女性などが英雄の一角として存在していたのである。

 

 前世だか先祖だかは伺い知れ無かった、だけど無関係とするにはちょっとアレな訳だった。

 

(とはいえだ、ヴェルフはクロッゾの子孫にして転生体なんだろうな)

 

 そう考えれば魔剣製作が一族でも唯一、赦された立場なのにも納得が出来る。

 

 魂がクロッゾ本人のモノだから、精霊の祝福が肉体のみならず魂にも作用していたのだろうと、そう考えるならコレこそヴェルフが魔剣を鍛てた理由には充分過ぎるからだ。

 

 こうなると折角の転生も余り意味を成さない、僅かながら才能に+αが有る程度でしかないから殆んどの場合が頭角を顕す前に終わり、その一生を無駄に費やすだけになってしまうであろう。

 

 ユートみたいな転生者は記憶保持者だから魂も前世から能力も引き継ぐが、記憶を持たない場合はアイデンティティが喪われてしまうのもある。

 

 事実、ヴェルフはクロッゾに可成り近い同一性を持っているけど、リリの場合は全くの別人だとさえ云えるくらいだった。

 

 転生自体は無駄に成らないが、それでも現世に於いては無意味なものに成り果てる可能性も。

 

(方法は有るけど、下手をしたら前世に呑まれて別人に成ってしまいかねないから危険だよな)

 

 丁度良いからキャロルとエルフナインとラブレスの他にリリも連れて天幕へ、ティオナは基本的に別派閥なだけに余りそういうのも良くないし、冥闘士に成った千草はタケミカヅチ・ファミリアを抜ける事に成るから、成る可く今の派閥で共に居させてやる心算で放置をしておく。

 

 ユート用の天幕は特別製、錬金術士ソフィーが使っていたテントみたいな物を更に発展させて、天幕とかテントとかより寧ろ内部はコテージだと云われても納得が出来るだろう。

 

 しかも部屋が幾つも有るし、二階や三階が有るとかテントって何だっけ? とも思える室内で、水は矢張り錬金術で造った無限に水が湧き出てくるゲヌークの壷を基に水源を確保し、風呂場も作ってあるからシャワーを浴びたりゆったりと風呂で温まる事も可能だ。

 

 一番の広さを持つユートの部屋には巨大に過ぎるベッドが鎮座しており、ベッドメイクはこの場を仕切るメイド姿で同じ顔やスタイルの女性達、それは長い銀髪でスタイルもそれなりに良いので世界を移動したばかりなど、まだその世界で女性を確保していない際には女日照りにならない程度に御相手をさせる目的の存在、ヴァルキュリーズが数人掛かりで行っていた。

 

 嘗て、神を僭称する到達者が送り込んで来ていた使徒達のファーストナンバーズ、それを複数体――万単位で手に入れていたので研究して新たに創り出せる施設も構築していて、確保をしていた魂を新たな肉体に容れて復活させたのである。

 

 元の使徒達は感情を抑制されていたのだけど、ユートはその抑制を解除しているから元の使徒とは似ても似つかぬ微笑みを浮かべるし、ベッドの上に呼べば容姿をふんだんに使ってユートを悦ばせる事に腐心をしていた。

 

「エーアスト」

 

「はい、主様」

 

「キャロルとエルフナインは識っているだろう、こっちはリリルカ・アーデとラブレスだ。新しく【閃姫】に成った」

 

「畏まりました。ではリリルカ様にラブレス様、この天幕の内部を御案内申し上げます」

 

 行き成りの様付けに焦るリリ。

 

「リリルカ様っ!?」

 

「はい。私達は主様とその奥方様に当たられます【閃姫】様に御仕え致しますヴァルキュリアに御座いますれば、リリルカ様と呼ばせて頂きます。尚、この私はヴァルキュリア・ナンバーズの一番を拝命しますエーアストで御座います」

 

「は、はぁ……」

 

 自分が様付けするのには慣れていたリリだったけど、まさかの自分自身が様付けをされる立場になるとは思わなかった。

 

「ヴァルキュリア・ナンバーズは全部で九人だ。一番のエーアストから九番のノイントまで居て、この天幕では御早うから御休みまで全ての世話をさせている。その気になれば風呂やトイレの世話もさせられるから活用すると良い」

 

「奴隷じゃないですか!」

 

「其処まで人権無視はしていない心算だけどな。大元が主の為なら全てを投げ打つ様に設定されていただけだしね」

 

 行ったのは主の変更と感情の抑制の解除のみであり、命令に忠実な部分は信用とか信頼を於ける者として外すのは有り得ない。

 

「だからリリも遠慮無く、着替えを手伝わせたり風呂で身体を洗わせたりしても構わない。掃除に洗濯に料理にと各種メイド能力を大幅に高めてもいるし、閨に連れ込めば充分な知識と経験で素晴らしい時間を提供してくれる」

 

「閨って……」

 

 とはいえど、ユートの貴族生活はこう見えても可成りの年数に成るからメイドがあれやこれやと世話を焼く、これを当たり前にするには充分過ぎるくらいには王侯貴族だったのだ。

 

 何なら形だけは今でも樹雷皇族の柾木本家に属しているし、眷族に当たる正木家の一人を家に迎えてもいたりする。

 

 原典では別の人物の恋人だったりするのだが、知った事かと云わんばかりに幼い頃から連れ回した為に、抑々にして原典での恋人とは初めっから出逢う事すら殆んど無かった。

 

 リリ達に男が寄るのはムカつくが、ユートとしては女同士でなら目の保養として愉しめるから、ヴァルキュリア・ナンバーズと宜しくする分には煩い事を言う心算も無い。

 

「流石にファーストナンバーズは駄目だけどさ、ノーナンバーズからなら貸し出しても構わない」

 

「ノーナンバーズ?」

 

「容姿も能力も変わらん。単にファーストナンバーズみたいな一番~九番の数字じゃないだけだ」

 

 流石に数字を当てると後になれば凄まじいまでに長くなる為、エーアストからノイントまでに当たらないのは名前すら与えていなくて、必要に成ったらその時に応じて与える形にしてあった。

 

 尚、エーアストからノイントは当時に闘って斃した本人の魂を、新しく創造をした肉体に容れて定着させているから紛れもなく当時の本人だが、笑顔を浮かべたりジョークを言ったりそれなりの個性を持ったり、少なくともあの頃に闘った時に比べたら別人である。

 

 まぁ、ノイントはカードに封印して能力を利用していたから先ずは封印から解放したけど。

 

「さて、ラブレスは初めからある程度は強いから良しとして……リリだな」

 

「はい?」

 

「強く成りたいか?」

 

「はぁ、それは成りたいです」

 

「リリならではの方法が在りそうだけど、ちょっと危険性が高いんだ。そう言ってもやるか?」

 

「っ! 強く成れるなら!」

 

 弱い自分に絶望すらしていた嘗て、今でも強くは無い事から疎外感を少し感じているリリ故に、ユートからの『強く成れる方法』に関心を持つ。

 

「魂の喚起」

 

「……え?」

 

「“神の恩恵”はランクアップ毎に古い恩恵を覆う形で新たな恩恵が浮かぶ。それは古い恩恵が消えるのでは無く潜在値――エクストラポイントとしてきちんと活かされている。魂も似た様なもので転生をすると前世の記憶も全てが消えて無くなっているみたいに思える。事実、忘却のレテの川で魂は前世の記憶を漂白すると云われているしな。だけど実際には古い魂に新たな魄が覆って忘れはしても残り続ける。来世に於いて能力値が高かったり記憶力が良かったりするのは、潜在値として古い魂が新しい魄に影響を及ぼしているからだ。故に転生後にも記憶を保持している転生者というのは、成長力や成長率が殊の外に高かったり技能を覚えるのが早かったり、前世の能力を使えたりと強く成り易い傾向にあるんだ」

 

 だからこそユートも前々々世とも云えるだろう緒方優斗が持ち得た記憶から、【緒方逸真流】をハルケギニアの時代に初めから使えていた上に、芸術に高く振られていた能力に+して戦闘値が振られた事で、魔術や魔法や聖闘士としての技能へ――つまりは戦闘者としての高い適性を持って産まれていた。

 

 忘れがちだが、ハルケギニア時代の肉体も実はユートの前世での緒方家と同一のモノ。

 

 江戸時代でユートの先祖となった人物の弟が、妙法村正の召喚に巻き込まれてハルケギニアへと転移した後、生きて子を成して孫が産まれて子々孫々と受け継がれた血脈から成る。

 

 故にこそ緒方の血筋に必ず顕れる芸術家と戦闘者の割合が適用され、ハルケギニア時代には実に戦闘者として一〇〇%に振られたユートは即ち、芸術家が五〇%に戦闘者が一五〇%という巫山戯た割合と成っていた。

 

「ま、兎に角だ。今はエーアストから天幕案内をして貰って来なよ。僕はキャロルとエルフナインから情報を貰わないといけないからね」

 

「わ、判りました」

 

「では、ユート様。後程に」

 

 エーアストと共に去っていくリリとラブレスの二人、ユートはサッと腕を振るってあっという間に服装を簡易な物に着替えてしまう。

 

 所謂、【BASTARD‼-暗黒の破壊神-】に於ける超絶美形主人公――ダークシュナイダーが裸から行き成り服やマントを纏うアレである。

 

「さて、キャロルにエルフナイン」

 

「うむ」

 

「ハイ」

 

「簡単な事は外で聴いた訳だが、成る可く詳しい話を聴かせて貰えるか? 砂沙美の暴発みたいなのもあるからな」

 

 ユートが突如として消えたので情緒不安定に成った砂沙美は、あろう事か津名魅を喚び出してまでユートを捜そうとしたのは聴いている。

 

 七百年以上前、魎呼による樹雷星襲撃事件の際に皇家の樹の間で重傷を負った砂沙美は、その流れた血を以て始祖樹たる津名魅との契約を果たしており、津名魅の魂とも云うべき意識は砂沙美の中へと入り込んだ。

 

 津名魅が現界した時の姿は二五歳くらいにまで成長をした砂沙美自身のモノであり、津名魅の姿と砂沙美の身体が同じにまで成長をした暁には、津名魅の意識が砂沙美に逆流をして同体化する。

 

 既にウルトラマンジャックが郷 秀樹で郷 秀樹がウルトラマンジャックだったみたいに、砂沙美は津名魅とほぼ完全に一体化を成しているが故に、元より可成り前からでも出来ていた艦船としての津名魅の召喚は息をする様に可能。

 

 オマケに元から懐いていたユートから、自分というアイデンティティに不安を抱いていた時に慰められ、その答えの一つを導き出して貰えた事からすっかり参ってしまったらしい。

 

 原典のOVAで云うと九巻になる。

 

「では、オレ達が知る事を話そう」

 

「ボク達もそれなりに大変でしたから」

 

 不敵な笑みのキャロルと、苦笑いを浮かべているエルフナインは右目の泣き黒子以外は双子の如く似ていながら、その持ち前の性格が全く異なるが故に個性と成ってすぐにどちらか判るもの。

 

 取り敢えずユートは二人というか、砂沙美以外の【閃姫】――砂沙美は未だに【閃姫】では無いけど――の苦労話を聴かされるのであった。

 

 

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