魔法少女リリカルなのは ~若草色の妖精~ (八九寺)
しおりを挟む

番外編・特別編etc
お正月番外:『姫始め』(1/5:後書き追加)


あけましておめでとうございます。
本年もまたよろしくお願いいたします。

正月のノリと、12月の間忙しくて更新できなかった分の埋め合わせ的な短編。

時系列としては、1期の大体10年後くらい。
分かりやすく言えば、大学2~3年生をイメージして頂けると。

このお話は、二人が大学生になったお話。本編がこう流れるかは神のみぞ知る(作者しか知らない)。
お正月と正ヒロイン(18歳以上)の組み合わせといったらこれでしょう?(ゲスい笑み

勢いで書いた(所要時間は30分)ので、長さに関してはご愛嬌。



お正月番外:『姫始め』

 

「あ、日付変わったわね……あけましておめでとー」

「ん、おめでとう。今年もよろしく」

 

 一緒にコタツに入り、くてーっと『ゆく年くる年』を見ていたアリサが顔を上げて僕に微笑みながらそう告げる。

 なんだかんだで、この世界に来て以来10回以上このイベントをこなした俺も、この国の年越しの流れは詳細に把握済み。おなじように微笑み返して俺も返事をした。

 

 

 数年前に紆余曲折有って以来、俺たちはアリサのご両親公認の婚約者として過ごしてきた。

 

 

 アリサに付き合う形で、赤い門が有名な首都の大学に進学を決めた俺たちは、上京と同時に都内のマンション――デビットさんが“合格祝い”と称してポンと買ってくれた――で、共に大学に通う傍らで、仲睦まじく甘々と恋人らしい生活を送っていた。

 

 

「んー、お正月の私たち予定ってどうなってたっけ?」

「えーっと、ちょい待って」

 

 俺は電子端末を取り出して、スケジュールを確認しなおす。

 

「本日の予定は、フェイトとヴィータが朝方に地球へ戻るから一緒に初詣。他の面々は言わずもがなで――」

「――管理局の仕事ね。実家の都合で海外旅行に行ってるすずかはいいとして……全くもう、なんで私の友達はみんなワーカーホリックばっかりなのよ! ちょっとはフェイトとヴィータを見習ったらどうかしら!」

「逆に例年通りで俺は安心だけど。高町がお正月に帰ってきたら天変地異を疑う」

「それもそうね――って考える位には私も毒されてるわけか……」

 

 10年も続けばそうなるさ、と俺は肩をすくめて見せる。

 

「あ、カップもう空ね、ついでにジークのも下げてきちゃうわ」

「ありがと」

 

 コタツから抜け出たアリサが、空になったマグカップを持って台所へ行ってしまう。

 前かがみになって机上からカップを取る際、アリサのパジャマの胸元から僅かに谷間が見えた。んむ、新年早々に眼福(がんぷく)だ。

 

 少しして、そそくさと戻ってきたアリサが、元の位置ではなく僕と同じ場所からスッとコタツに入り込んでくる。このへんの身のこなしの速さは、10年欠かさず続けている修行の賜物だろう。

 

「狭くない?」

「狭いくらいがいいのよ」

 

 一部の隙間も無いほどにピタリと肩を寄せてきたアリサが、こてんと頭を俺の肩へと預けてきた。

 

 俺はコタツの上の籠に入れておいたミカンの皮を剥くと、一つ摘んで隣に座るアリサに近づける。

 

「アリサ、あーん」

「あ~ん♪ はむっ……れろれろ♪」

「む」

 

 悪戯っぽく微笑んだアリサが、差し出したミカンごと俺のひとさし指を口に含むと、そのまま指を舌で舐めてきた。

 仕方ないのでそれに付き合って、指と舌とを少しばかり絡ませあう。

 …………ええい、上目遣いでこっちを見ながら舐めるな。

 

 ちゅぱっ、という音と共に指が解放された。

 

「……指、美味しい?」

「美味しかった♪」

 

 トロンと(とろ)けた表情で、アリサが俺の胸に顔を押し付ける。

 

「――――ねぇジーク? ジークも……私を食べちゃわない?」

「――――それはどういう意味かなぁ?」

 

 顔を俺に押し付けたままのアリサの言葉に、ちょっと笑い出しそうなのを堪えて聞き返す。

 

「……イジワル、分かってるくせに」

 

 表情は見えないけれど、どんな表情(かお)をしてるかは想像が付く。

 ああもう、アリサがひじょーに可愛い。

 アリサを胸元から離して、チュッと頬に口付ける。

 

「ん、ごめん。……ではお嬢様、寝室へお連れ致します」

「…………バカ」

 

 コタツから抜けると、俺はそのままアリサをお姫様抱っこで抱き上げて寝室に連れ込んだ。

 

 程なくして、寝室からはアリサの嬌声が漏れ聞こえ始めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

――――翌朝、マンションにやってきたフェイト&ヴィータがツヤツヤしたアリサとジークを見てジト目になるまで後、……9時間。

 




勢いで書いた、後悔はしていない、公開はしている。

この後のR18編?
50人以上から『続きはよ!』って感想貰ったら考えますw(そこまで感想来ないと分かってるから言える(苦笑い)

suryu-様
感想の返信少々お待ちください(土下座
返信の文字数が3000文字オーバーのペースなので時間掛かってます。

後書きは後で書き足します、眠いorz(現在1/1の朝5時

追加あとがき
早いよ、早すぎるよ50件突破するの!?(予定では半月を目処にしていた)
ええい、エロめッ!

ということで、R18版の続編決定。
ですが、今月は(卒業が掛かった)テスト月間なので、ちょっと更新はご容赦をば。暇を見つけて書いてますが、今月中の更新は期待しないほうが宜しいかと……(土下座
感想返しも時間のある時に致しますのでご容赦いただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無印編(アニメ1期~)
00:プロローグ


00:プロローグ

 

暗い、闇の中を、僕は膝を抱え流されていた。

故郷を追われ、異世界を転々と渡る日々。何処へ行こうという目的意識もないまま、何処ぞの世界に偶然流れ着くまでそれが続く。

何もないその空間をたゆたい初めて三ヶ月を過ぎたところで、日数を数えるのを止めた。

 

偶然着いた世界にさえ滞在するのはごく短時間、それでいて最小限。

空腹を満たすだけの最低限の食料・飲料などを摂取したら、『世界を渡る』魔法を使って時空の狭間に身を委ねる。“常人なら”3日と経たず水分が不足して脱水症状に陥り死に至るだろうけど、あいにくこの身はその程度じゃ死ねないのは良く知っていた。

 

 

……流される間、やる事は無い、…だけど考える事はある。

 

『あのときの選択は、正しかったのか?』

 

僕は何度も、それこそ数え切れないくらい自問してきた。

 

 

故郷の街――都市国家…もっというなら貿易都市ってやつ――を襲った狂信者の集団。

目的は『世界の破壊と再生』……正直、僕には彼らのやりたい事の意味がわからなかったけど。

その集団の名は『輪廻の終焉』、彼らは国境を跨いで、大陸中にはびこっていた。

 

故郷を襲われる以前から周辺国家は危機を予測、連合軍を結成し、彼らの撃滅のため戦っていた。

 

実際、その集団は壊滅寸前。

全滅までもう一歩って所だった。

 

そんな時、故郷にそのメンバーが紛れ込んで起こした細菌テロ。

……時期が悪かった、そのときは年に一度の祭りの最中、警備も甘くなっていた。

 

ばら撒かれた細菌は、考えうる限り最悪の効果。

それは『人間を含む生物全ての凶悪モンスター化』。

 

街の騎士団――とっても強かった。だからこそ大国に周囲を囲まれていても、独立を保っていられた――も防衛態勢をとったけど、手遅れだった。

 

……その事件が起こったとき、僕は街を囲む城壁の外にいた。

 

父上――同時に街の代表…つまりは王様ってこと。よって僕も『王子』ってことになる。『元』って付くけど――と喧嘩して、街を飛び出してたんだ。

 

父上は都市を結界で囲んで、被害が城壁の外に拡大しないように手を打った。

だけど、それはつまり『自分も逃げられない』っていうことに他ならない。

 

父上は僕に『結界内の消滅』を命じた。

反論したけれど、意見は覆らない。

 

……最終的に、僕は自分の意思で故郷を消した、王家に伝わる禁じられた魔法で。

 

 

そのあと、僕は連合軍に身を投じた。

親から授かった…というよりはもはや血統である膨大な魔力。そして、亡き師匠達に教え込まれた剣術。

生まれつき攻撃魔法が使えない身体だったけれど、敵を蹂躙するには充分すぎた。

 

返り血を浴びながら戦い続け、最後にはこの手で相手のリーダーの首を討ち取った。

『敵を倒す』、その目標を遂げてしまった僕にやる事など無かった。

 

残滓すら残らずに世界から消滅した故郷。僕は故郷にほど近く、同時に故郷の聖地でもあった泉のほとりで空を眺めていた。

 

そんな僕に刺客が差し向けられた。

殺されかけた理由は、『一人で国一つ消せる危険因子の抹殺』。

彼の話によると、自身は尖兵で、ここには連合軍が向かっているとの事だった。

 

…僕だって、次の王として教育を受けてきた。

だからこそ理解できる。危険分子は潰すに限るということを。

だって、それが失敗したからこそ、街は攻撃されたんだから…。

 

…僕は泉に身を投げた。一度は一緒に戦った人たちに剣を向けたくはなかったし、…それ以前に生きる事に疲れちゃっていた。

 

 

………知らなかったことだけど、その泉には妖精がすんでいた。

 

 

『ご先祖様ー―つまりは初代様――は泉の妖精と恋に落ち、結ばれた』そういう伝説は確かにあった。でもそれはおとぎ話にすぎないとされていた。

 

住んでいたのは初代――つまり、何代か前の人。他界してるから会ったことは無い――と結ばれた妖精の末裔。

 

僕は彼女に助けられた。

同情してくれた彼女に、初代が後世に残さず、心の内に秘めた禁術『時空の転移』を教えられ、故郷のあった『世界』を離れた。

 

……彼女には感謝してもしきれない。

旅立つ僕に餞別として、妖精の製法で作った剣に盾、鎧までくれた。

 

けど、旅立った僕は、目標も、生きる意味も見つけられず、ただ流れのままに生きるだけ。

 

闇の中、考える事は一つ。

『あの時、こうしていればよかったんじゃないか?』

『もしかしたら』なんて現実を考えるなんて不毛な事だとは思うけど、考えずにはいられない。

 

あの時もう少し考えていれば、父上や母上、剣の師匠や魔法の師匠、街の人々を救えていたんじゃないか…って。

 

「!?」

 

思考の海に落ちていた僕を暫くぶりに表へ引き上げたのは、不意に発生した時空の揺れ。

咄嗟の対応も出来ないまま、僕は半ば強制的にその揺れの発生した世界へ引きずりこまれたのだった。




2013/06/13:感想にてご意見を頂いたため、それを鑑み表現を増量並びに訂正。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01:出会いは廃ビルで

01:出会いは廃ビルで

 

「…痛い」

 

僕は頭をさすりながら立ち上がる。

訳がわからないままに時空の狭間から叩き落されて、頭から地面に落下。

 

いきなりだったのと、地面までの距離が短すぎたせいで全然受身ができなかった。

 

「火山の火口や、深海に出なかっただけマシ…かな?」

 

とりあえず、さっさと時空の狭間に戻ろう…。

そう思って、魔法を発動させる。

 

「………?」

 

…時空の狭間へと繋がるトビラが開かない。

僕は、細心の注意を払って時空に対し探査の魔法を掛けた。

 

探査結果は、『時空の乱れ』。

 

 

…これに関してはどうしようもない。

天気みたいなものだから、治まるのを待つしかない。

……こういう何の予兆も無く乱れが起きるときは、何かしら原因があるはずなんだけど。

 

しょうがないので、僕は現状を確認する事にした。

 

ここは…おそらく廃棄された建築物、照明は無し。

窓から見える景色から時間は夜、そして2階。

半径100メートルに危険な野生生物の反応なし。

 

「……居候けって~い」

 

雨風が凌げるのは幸せな事だからね。

僕は魔法を使って毛布を取り出すと、部屋の片隅に行って丸くなる。

 

「…………?」

 

…下の階から声が聞こえた気がした。

………女の子の声と、…下卑た数人の年若い男の声。

 

僕は耳を澄ませる。

 

「ちょっと!アンタ達、放しなさいよ!!」

 

「黙れ!このクソガキが!!」

 

「威勢のいいガキだぜ!騒がしい!!」

 

「……………」

 

……僕はゆっくり身体を起こし、足音を殺して階下へと降りる。

 

慎重に慎重に、気取られないように歩き、声の音源の部屋の入口にたどり着いた。

僕は、スッと僅かに顔を覗かせて室内の様子を窺う。

 

明かりがついていないから、窓の外から差す月明かりだけが頼りだ。

 

視界に入ってきたのは、こちらに背を向けて立つ3人の男。そして、男達の隙間から垣間見えた腰まで届くキレイな金髪の女の子。

男が邪魔でよく見えないけれど、女の子は後ろ手で縛られ、冷たい床に座らされているようだった。

 

「私を誘拐して、何のつもり!?」

 

「はァ!?カネに決まってんだろう?知ってるぜ、お前のオヤジが実業家で金持ちだって事もなぁ!!」

 

「カネってぇのはあるとこにはあるもんだからな!」

 

「……………」

 

…どうやら、あの女の子は誘拐されたらしかった。

 

とりあえず、さっきから馬鹿みたいに大声を上げてる2人はたいした事無い。

危険度的には、故郷にもいた酒癖の悪い人間程度だろう。

 

…でも、その2人が、女の子を威圧するよう目の前に立って恫喝してる中、壁に背を預けてずっと黙ってるヤツ。

あれは、…キケンだ。

 

傭兵崩れのような、かといって無能でもなさそうな。

……恐らくは、暴力が仕事。

 

 

そして――――

 

――――僕みたいに――――

 

――――人を幾人も手に掛けて、血に塗<まみ>れている。

 

 

………この一件、見なかったことにしよう。

僕は、この女の子を見捨てようと決めた。

 

不意を撃った攻撃を仕掛ければ、ほぼ確実に勝てる…とおもう。

 

けど、わざわざリスクを冒す必要は無い。

 

 

「ねぇアニキ。コイツ、カネを貰ったら殺しちまうんでしょう?その前にヤらせてもらってもいいですかね?」

 

「はぁ?オマエこんなちんちくりんがいいのか?」

 

「いいじゃねえぇかよ。…で、どうです、アニキ?」

 

「…勝手にしろ。…俺はカネさえ貰えればそれでいい」

 

「ちょ、ちょっと!何言ってるのよ!?やめなさいったら!!ねえ!!」

 

「アァ、黙れって言ってんだよ!?」

 

男が女の子の髪を掴んで持ち上げると、もう片方の手で彼女の頬を打った。

室内にその音がこだまする。

 

男が女の子を持ち上げたせいで、僕は女の子の顔を窺い見ることが出来た。

 

 

――――目の淵に涙を溜め、おびえる彼女を。そして――――

 

「さぁて、どうしてやろうかなァ!!」

 

――――その口が、小さく『だれか、たすけて』と動くのを。

 

 

……僕は馬鹿なのかもしれない。

 

自分の安全ではなく、見ず知らずの他人の女の子を『助けよう』…そう思うなんて……。

 

 

でも、どうしてか、僕はそんな思いを抱いた自分が……不思議と、嫌いじゃなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02:急襲、そして、出会い

02:急襲、そして、出会い

 

「…武器」

 

とりあえず、手ごろな武器を探す。

 

僕の命の恩人でもある彼女――本来、妖精に性別は存在しないらしいけど――のくれた剣は出せばある。

 

……けど、僕は故郷を後にして以来、剣を握っていない。

 

……剣を持つと思い出してしまう。故郷をコワされた憎しみに身を委ね、敵を斬っていたあの時を、…あの肉を斬る感触を、……あの断末魔の声を。

 

いったんその場を離れ、周囲を物色する。

その後、すぐに手ごろな武器は見つかった。

よく判らない金属で出来たパイプ。部屋の片隅にほうられていたやつだ。

 

…………それにしても、この建物は何で出来てるんだろう。

灰色だからレンガじゃないし、土壁でもないし。

 

……まぁ、そんなこと、どうでもいいか。

 

ちょうどいい長さ。ちょっと軽いけど、殴るには充分。

 

僕は軽く素振りをして感触を確かめた。

 

「…使い勝手を求めてもしょうがないよね」

 

このパイプは武器じゃないから、剣に比べて握りくいのはあきらめるしかない。

 

 

 

僕は、心持ち早く先ほどの場所に舞い戻る。

 

 

 

さっきと同じ場所に身を潜めた瞬間、布地が破れ、ボタンが引きちぎられる音が

響く。

 

「ねぇ…、やめてよ…、やめてったら…」

「助けなんてこねえよ、大人しくしてな」

 

…覗き見るまでも無い、何が起こっているのかは簡単に想像が付く。

でも、同時に安心する。『間に合ったみたい』と。

…だけど、これ以上の余裕は無い。

 

 

僕は身体の隅々にまで魔力を行き渡らせ、膂力を強化する。

 

その強化の影響で、僕の髪が烏羽色から白銀に。

そして、自分の目で確認は出来ないけれど眼の色も茶色から碧色へと変わる。

 

……この変貌の原因はこの身体に流れている妖精の血脈。

 

僕の体に流れる妖精の血は、初代様の子供…つまりは妖精とのハーフである二代目に比肩するくらい非常に濃いものらしい。

 

魔力を行使する事で、体内の妖精の血が活性化するから~とか恩人の彼女が言ってたけど、細かい事は判らない。

 

重要なのは、その力をどう使うか。…ただ、それだけ。

僕は、入口の陰から飛び出した。

 

 

◇◇◇

 

 

背を極力低くし、地面をスレスレを矢の様に駆ける。

 

最初に片付ける敵は、女の子を襲おうとしている男。

 

僕は、勢いをそのままパイプに乗せ、しゃがんで彼女の服に手を掛けていた男の首筋を叩き払う。

 

………『ぐしゃり』と手に残る嫌な感触。

 

死んではいないだろうけど、脊椎に損傷はあると思う。

 

……まぁ、取りあえず奇襲の第一段階は成功。

一撃を食らわせた男が昏倒し、ゆっくりと前のめりに倒れていく。

 

そのままでは、男が女の子がのしかかる形になりそうなので、振り向きざまに上段蹴りで顎を蹴り上げた。

 

一瞬だが、少女と視線が重なる。

『…え?』という表情。

 

僕はそれを視界から外し、もう一人の弱そうな方へと駆ける。

こちらも、まだ状況が掴めていないらしい。

 

一瞬で距離を詰め、両足の向こう脛を強打。

立っていられず、しゃがみ込んだ所を最初の一人と同様に首筋に一撃を叩き込んで意識を刈り取る。

 

 

この間、僅かに3秒。

 

 

僕はすぐさま最後の1人に向き直る。

 

……僕の読みは合っていたらしい。

彼は、声一つあげずに服の内側からナイフを取り出し、僕に向かって投擲していた。

 

牽制などではない、僕の眉間<みけん>を狙った死の一撃。

 

僕は眼前に迫っていたソレを顔を逸らすことで避ける。

わずかに間に合わず頬に一筋の赤い線が走るが、戦闘に支障は無い。

 

僕は彼の寸前で跳ね、全体重を乗せて上段から頭めがけてパイプを振り下ろす。

 

……いくら筋力を強化しようが、リーチは子供。

 

長期戦に持ち込まれたら、…殺される。

 

 

僕としてはこの一撃で決めるつもりだった。

………だけど、男は暗闇の中、明かりの差さない天井近くからの一撃に反応してみせた。

 

 

もう一方の手に握ったナイフでパイプの勢いを弱め、空中で一瞬動きが止まった僕の腹に蹴りを放つ。

 

「ッ……!」

 

僕はそのまま壁に叩きつけられた。

 

 

…先の戦い以来、鍛錬を避け、何もをやらなかったツケだ。

 

 

戦場で剣を振るっていた頃はこの蹴りにも反応できていただろうし、食らっていたとしても空中で態勢を立て直して壁に足をつき、そのまま反撃に移れていたはず。

 

男は流れるように次の行動に移っていた。

パイプを受けたナイフをそのまま投擲。僕は避けることが出来ず、腕を盾にする事で辛うじて顔面への一撃を防ぐ。

 

……もちろんその代償は大きかった。

 

盾にした左腕に深々と突き刺さった刃、焼けるような痛みと、その傷から血が抜け、体が冷えていく感覚。

……慣れたくは無い感覚だった

 

「……ガキ、お前カタギの人間じゃねえな?」

 

暗くてよく分からないが、手に僕の見たことがない黒光りする武器をこちらに向け、油断無く構えた男が僕に声を掛ける。

 

 

…『カタギ』? 何かの隠語だろうか? あるいはこの世界の身分、あるいは職業なのか?

 

 

頭の片隅でそんな事を考えながら、僕は立ち上がる。

幸い、パイプは手に握られていたままだった。

 

僕は無言を貫き、パイプを右腕のみで構える。

 

「…だんまりか。……まあいい、おとなしく死――――」

 

話の途中で、僕は床を蹴った。

 

相手の出鼻をくじき、この一撃で仕留める。

 

出せうる限り全力での速度の踏み込み。

この暗闇の中では瞬間的に移動したかのように見えているだろう。

 

僕は一瞬で彼の懐に入り込んだ。

 

…彼は、辛うじて僕の動きに反応してみせた。

半歩引き、手に持っていた金属を僕に向ける。

 

この距離まで近づくと、ソレの細部まで確認できた。

 

黒く光るソレは、引き金が付き、その形状は故郷にあった何処と無くボウガンを彷彿とさせて……

 

 

――――背筋に走る悪寒。

 

 

だが、ここまで来た身体をとめる事は出来なかった。

ほとんど同時に僕の持ったパイプが彼の鳩尾を突き、引き金に掛かった彼の指が引かれる。

 

鳴り響く轟音、放たれた不可視の何か。

 

それが僕の右胸を貫いた。

矢が深々と刺さったような…、いや、経験したことの無い痛み。

僕は、自分でも予想以上に冷静な頭で『左腕の出血の倍くらい』と目算する。

 

「――――…くそったれ」

 

男がつぶやきながら力なく崩れ落ちた。

 

それを見届けた瞬間、足から力が抜け、床に膝を突く。

 

「……が…はっ」

 

僕はほぼ同時に吐血した。……おそらく肺がやられてる。

 

痛みはきちんと感じるけれど、僕は誰か他人の怪我を見ているような気分だった。

『…倒れこんだらもう起き上がれないな』そう思いながらパイプを杖代わりに使って、僕は女の子の元へ近づく。

 

「…ちょ、え? あなた、血が、たくさん、え? だいじょうぶなの?」

 

…?

……何でこの子は見ず知らずの僕を心配するんだろう?

 

僕は彼女の手を縛っていたロープを解こうとして、あきらめる。

…手が震えて結び目を解けそうに無い。

 

しょうがないから、腕に刺さっていたナイフを抜いて、それでロープを切った。

 

「…………」

 

…彼女の服は破られていて、ちょっと目のやりどころに困る格好だったから、僕は魔法で毛布を取り出すと、無言で肩に掛けてやる。

……ちょっと血がついちゃってるのは許して欲しい。

 

「…あ、ありがとう」

「…ん」

 

…………どうしよう、ここしばらく人間と話してなかったから、どう話せばいいのかわからない。

 

「…ってそうじゃなくて、あなたは誰!? その怪我は!? 何でここにいるの!?」

 

…うん、彼女、パニックだね。

人間って、パニックになってる人を目にすると、逆に落ち着くんだよね。

 

とりあえず、血の流れすぎで手足の感覚が無いから早急に傷を塞ごう。

 

「…『傷を、癒やせ。精霊サフィラスの名の下に』」

 

……うん、これで5分もしないうちに傷はふさがる。

ついでに、男に叩かれたせいで腫れていた彼女の頬をひと撫でして、治療する。

 

…………あれ、何か驚いてる?

 

僕、なにかマズイ事した?

 

「…ああ、もう!とりあえずあなたの名前を教えなさい! 私はアリサ、アリサ・バニングス!」

 

女の子が大声で怒鳴る。

怒鳴られながら自己紹介されたのは、初めての経験だよ…。

 

「…僕はジーク。ジーク・G・アントワーク」

 

これが僕とアリサの、初めての出会い。

そして、長い、長い付き合いの始まりだった。

 

 




ちょっと補足:主人公は『拳銃』という文化?が無い世界の人間なので銃火器の存在を知りません。

それにしても、やっと主人公の名前が出てきましたねww

誤字脱字などありましたらご一報ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03:予想外な状況

03:予想外な状況

 

「…………あれ? ここ…どこ?」

 

目の先には天井が見える。

……というか、僕は何でベッドにいるの?

 

寝た覚えはないよ?

 

「っ…よいしょっと」

 

僕は反動をつけて身体を起こす。

 

部屋の調度品は…うん、かなりいいやつだ。見た目は普通だけど、細かい所まで綺麗に作り込まれてる品々。

 

……って、いつの間にか服も変わってるし。

 

 

………何があったか思いだそう。

 

 

…確か、いきなり時空の狭間から叩き出されて――――

 

 

ガチャリ

 

 

この部屋の扉が開く。

 

「…ん?」

 

僕はそちらに目をやる。

 

扉の向こうから金髪の女の子が顔を出し、僕と目が合うと石になったかの様に動きを止めた。

 

「ジ、ジ、ジ、ジーク!? 目が覚めたのね!? パパ呼んで来るからおとなしくしてなさいよ!!」

 

勢いよく扉が閉められ、ダダダ……....と足音が遠ざかっていく。

 

……あぁ、思い出した。

 

 

――――アリサ、アリサ・バニングス。僕は彼女を助けたんだった……。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「まずは娘を助けてくれた事、礼を言う。…ありがとう」

 

アリサの父親…らしき人が僕に向けて頭を下げる。

 

「……えっと、どう、いたしまして…」

 

………人にこんなふうに『ありがとう』って言われるの…いつぶりだろう。

 

この人がアリサのお父さん…。

この部屋まで走ってきたみたいだ。息がかなり荒い。

 

「…パパ、名前、名前」

「む、そうだなアリサ。私の名はデビッドだ」

 

デビッドさん?が、アリサに小突かれて自己紹介をした。

 

「……僕は、ジーク・G・アントワーク、です」

「ああ、知っているよ」

 

………何だろう、この徒労感は…!

 

「あんた、2日も寝っぱなしだったのよ?」

 

………え?

 

「……2日?」

 

僕は首を傾げた。

 

「………覚えてないの?」

 

僕は素直に、こくこくと頷く。

 

「アンタ、2日前、自己紹介したあとすぐに倒れたのよ……」

 

………ああ、それ、たぶん、貧血。

血、流し過ぎてたか……。

 

それよりも――

 

「…アリサ、ケガ無い?」

 

僕はデビッドさんと並んで座っていたアリサに手を伸ばし頬をつついてみた。

 

………うん、ふにふにしてる。腫れてはない。ちゃんと治ってた。

 

…あれ?

アリサの顔が赤い…

 

「アリサ、熱あるの?」

 

僕は手を上にスライドさせて、おでこに当てた。

…うぁ。どんどん真っ赤になってく。こんな症状見た事ないよ?

 

 

うん、『治療してあげた子の健康状態を気にかける』。僕のこの対応は間違ってないはず。

治療後の病状確認は重要だからね。

 

 

「………あ、―――」

 

アリさがぷるぷる震えながらうつむいちゃった。

 

「……?」

「―――あんたのせいでしょうが!!」

 

 

………まさか!?

 

 

異世界から来た僕自体が病気の原因…!?

しまった…!その可能性は考えてなかった!!

 

……早くこの場を離れなくちゃ…。

 

「………お世話になりました。すぐに出て行きます」

 

僕は小さく頭を下げてベッドの上でくるりと回り、床に足をつける。

 

「は!?なんでそうなるのよ!?!?」

 

……それ以外にどう解釈すればいいの?

 

「ふむ、私としてもそれは困る。……あの場に何故君がいて、何が起こったのか。私は君に聞かなければならない」

 

デビッドさんの鋭い眼光が僕を貫いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…実際に目にしてもいまだに信じられん」

「本当に魔法なのね…」

 

…僕としては2人のその反応にビックリ。

 

 

説明を始めてすぐにわかったこと。

それは、この世界には『魔法』という文化、そして技術が無いって事実。

 

 

……僕としてはそれが信じられないんだけどね。

 

天井の明かりは『電灯』っていうものらしいけど、僕はガラスの球体の中に光を閉じ込める魔法だなぁ。って解釈だったのに…。

 

話が進まなかったので、簡単な魔法をいくつか披露して『魔法』って存在の証明。

それから時空の狭間から叩きだされた時からアリサ救出戦の説明まで行って――――

 

「…納得してもらえました…よね?」

 

――――今は、2人が現実を直視するのを待っているところ。

 

……2人には、故郷の事は喋っていない。

………まだ僕の中でも整理がついてないし、ちゃんと話せるかもわからない。

 

 

………それに――――

 

 

「…OK。理解したわ。つまりアンタはこの世界の住人じゃなく、異世界の人間。世界の間を移動してる最中にいきなり…地震みたいなものに出くわした。結果としてこの世界に落ちてきて、誘拐されていた私を助けた。……あと、その地震の影響でこの世界から出られない。……これでいい?」

 

 

――――話したとき、拒絶されるのが………怖い。

 

 

僕は内心の想いを表に出さず、アリサの言葉にうなずいた。

 

「…うん、概<おおむ>ねは」

 

「わかったわ!じゃあアンタ、ウチに住みなさい!!いいでしょ、パパ?」

 

……え?

………なんでそうなるの?

 

「ああ、娘の命の恩人だ。構わない」

 

……デビッドさんまで…!?

 

「…え、いや、でも――――」

「――――いいからおとなしくお世話になってなさい!いいわね!!」

 

……よくない。

 

僕のそんな内心のつぶやきを無視して、アリサは一方的に話を終わらせると部屋から去っていった。

 

明日は、『学校』というものがあるからもう寝るらしい。

…『学校』っていうのは、よく分からないけど。

 

今の時間は…夜の11時。

きっと、学校っていうのは朝早いんだろう。

 

「……まぁ、娘は言い出したら聞かないからな…。我が家だと思って滞在してくれ。……何なら永住してもいいぞ?」

「………前向きに検討しておきます」

 

こういっておけば何事も穏便に納まる。昔、師匠がそう教えてくれた。

 

「…さて、私には聞きたい事がもうひとつある」

「…?」

 

…まだあるの?

 

「君は、これまで、いったいどんな人生を送ってきた?」

 

……ッ!?

 

「…どういう、意味ですか?」

 

僕は動揺を押し隠し、聞き返す。

 

「君が倒した男達…、ああ、彼らについては安心してくれ。警察…つまりはこの国の治安を守る組織に引き渡した」

「…それは、よかったですね」

「……この話には続きがあってね、その関係者に話を聞く機会が有ったんだが、…興味深い事を教えてもらったよ」

 

…僕は、沈黙を貫く。

 

「彼らは、人間の急所を的確に攻撃されていたらしい。一歩間違えば命すら奪える箇所をね」

 

…当然だ、敢えてそういった箇所を狙ったんだから。

 

「…その人はこうも言っていたよ『普通、人間というのは急所を攻撃するときにはどうしても躊躇<ためら>いが生じる。当然だよな、命を奪うかもしれないんだ。でもこの犯人達につけられたキズはためらわれた痕跡が無い。……こいつらを倒したのは人を殺す事を辞さない人間だ』…とね」

 

「……じゃああなたは、…あなたはどうしてそんなキケンな人間を家に居させるような真似を?」

 

……僕はデビッドさんの言葉を否定しない。

………否定など、出来るはずがない。

 

想いに反して、結果的に僕が手を掛けた街の人。

憎しみ、怒りを抱いて明確に『殺す』意志を持って斬った故郷の仇〈かたき〉達。

 

万を軽く凌駕するヒトの血で、僕の手は染まってる。

 

 

見知った人を斬るのはためらわれる。だけど、僕は僕に仇なす者、身内――もう、居ないけど…ね――に害なす者は慈悲なく斬り伏せる。

 

 

『生命〈いのち〉というモノは平等だ』そんな事を言う奴が居るかもしれない。

 

 

……でもそれはウソ。

 

 

そう言ってる人だって、『身内』と『見ず知らずの他人』、命の天秤にかけられたら『身内』をとる。

 

ニンゲンなんて、そんなものだから……。

 

「君を家に置いた理由かい?」

 

僕は黙ってデビッドさんの瞳の内を覗く。

…真意を、知りたかった。

 

「私の私見だが、君は本来…とても優しい子なんじゃないかと思ってね」

「…何を、根拠に?」

 

そんな風に思える理由が、…わからない。

 

「…ふむ、勘だよ、勘。……そう睨まないでくれ、冗談だよ。………私は仕事上多くの人に会う。…人を見る目はあるつもりだよ」

 

デビッドさんの目は、妙に確信を持っているようだった。

 

「…とりあえず、しばらく……お世話になります」

「ああ、狭い屋敷だが寛いでくれ」

 

デビッドさんが部屋を出て行く。

 

 

…確かに僕の住んでいた城よりは狭いと思うけど、……世間一般ではかなり広い部類なんじゃない?

 

 

僕はそう思いながら再びベッドに身を委ねる。

傷はふさがってるけど、血が足らない。

 

……休息が、必要だった。

 

 

 

この時は全然思いもしなかったけど、これが僕の人生の3番目――1番目は故郷のテロ、2番目はアリサとの出会い、…だ――の転機。

 

 

心の闇から、僕が引き上げられる、その、……第一歩だった事に、………間違いは無い。

 

 

 

 




…色気が、足りないなぁ。

次回は、ジークがちょっと子供っぽくなります……たぶん。

アニメ展開に入るのは、数話先の予定です。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04:やっく・でかるちゃー!

大学の期末考査の始まり&バイト&運転免許取得の三連コンボで更新が…orz
更新遅れて申し訳ありません。

細部の修正や、増量をしておりますのでお許しいただけると幸いです。

『目指せ、最悪でも3日に1度は更新! ……え、来週から期末考査の第2波!?』


04:やっく・でかるちゃー!

 

「アリサ!アリサ!! アレは何だ!?」

「アレ? ああ、アレは信号機よ」

 

すごい!この世界すごいよ!?

僕は、いまとっても感動しているよ!!

 

僕がいま乗ってるヤツは『車』って言うらしいけど、金属の塊が動くなんて信じられないよ!!

 

わーい!!

 

 

……ごめんなさい、ちょっと取り乱しました。

 

 

僕は目が覚めた次の日、デビッドさんと交渉し、アリサの護衛として雇ってもらうことにした。

何もせずに、衣食住だけを貰うのは情けないからね、半ば強引にだけど仕事を貰った。

『働かざるもの食うべからず』、この国の口伝(くでん)らしいけど、この世の真実だ。

 

今は学校から帰る途中のアリサに説明をして貰いながら帰っているところ。

アリサの家の使用人、鮫島――「さん」はつけなくていいって言ってた――がアリサの迎えに行くって言ってたから、便乗させてもらったけど……ホントにすごい!!

 

「まったく、アンタの居た世界ってどんだけ遅れてるのよ? 移動手段ってなんだったの?」

「ん、遅い順に、徒歩、馬、――――」

「意外と普通ね」

 

……アリサが考える普通じゃない移動手段ってなんなの?

 

「――――飛行魔法、飛竜、…で、一番速いのが転移魔法」

「待てぃ!?ちょっと待てぃ!!」

 

アリサ、顔が怖い、あと近い。

あと、裏拳でツッコミ――漫才って伝統芸能における重要な要素らしい――を入れないで。

 

「なにか変?」

 

ごくごく一般的な移動方法だよね?

 

「なに?飛べるの?それ以前に飛竜って!?それに転移魔法!?

ワープなの?ワープなのね!?」

 

……重い。

ええい身を乗り出すな、押し倒すな。

 

「説明、する。鮫島、この『車』は、どのくらいの速さ?」

 

僕はこの世界の速度の基準がわからないから聞いてみる。

あ、ついでに言うと、鮫島にも『魔法』の存在は教えた。…同じ敷地でお世話になるから、教えといた方が楽だ。

 

「速度ですか?時速60kmほどですな」

 

……何たることだ、距離の感覚がわからない。

 

「普通の飛行魔法がこれくらいの速さ。飛竜は、この倍か、もっと速いくらい。

転移魔法は、発動条件があるけど、ほとんど一瞬」

「魔法って、魔法って……」

 

……アリサが頭を抱えて呻いてる。

僕、何かヘンなこと言った?

 

「頭痛?」

「違うわよ! はぁ、アンタの世界ってやっぱり『魔法』の世界なのね。ちょっと楽しそう」

 

……そう思える理由がわからない。

 

「僕は、こっちの世界の方が、……羨ましい」

「え、なんで?」

 

不思議そうなその顔に、僕は、ちょっと寂しくなる。

……アリサと僕は、科学とか魔法とか抜きにして、住んでいた『セカイ』が違う。

 

ほんの短い時間だけど、こうやって街の中を周って、気がついた。

この街には『死の臭い』がしない。皆が、笑っている。

 

……たぶん、この国は戦争とかも、無いんだろう。

 

「ジーク?」

「……なんでもない」

 

アリサの問いかけに、僕は首を振って、窓の外を見つめるのだった。

 

……今は亡き、故郷の街並みを、胸に、抱きながら

 

 

◇◇◇

 

 

結局、アリサは僕に無理にその理由を聞き出そうとはしなかった。

心の内を悟られたつもりは無いけれど、態度に…現れたのかもしれない。

 

僕は、まだまだ未熟だ。

 

「ねぇジーク、そういえば、今は『時空の乱れ』ってどうなってるの?」

「僕、居たら邪魔?」

 

……現状のところ、時空の乱れは治まる兆候すら見えない。

こんな事、これまでに無かった。

 

明けない夜、止まない雨、死なない人間。

……つまりは『ありえない事』、だ。

 

「あーもう! そういう意味じゃなくてっ! あの、その、ね?」

 

今のアリサは『あわあわっ』て感じで、顔も真っ赤だ。

……新種の病気?

 

「と、特にアテも無く旅をしてるなら、……ずっとうちに居てもいいわよ、って」

「迷惑掛けるから、いい」

「(……迷惑なんかじゃないのに)」

「? 何か、言った?」

 

何か言ったみたいだけど、声が小さすぎて聞こえなかった。

 

「バカ!」

「………」

 

……いきなり罵倒される理由がわからない。

 

 

◇◇◇

 

 

町並みに関する話題が尽きたので、僕はアリサに気になっていたことを聞いてみる。

 

「そういえば、あのアリサを助けた時、男が使ってたのは、なんて武器?」

「は? そんなのも……知るはず、無いわよね」

 

理解が早くて、結構。

 

「あー、『大砲』ってわかる?」

「うん。火薬で鉄の玉を飛ばす兵器。故郷に在った」

「それを個人が携行できるようにしたモノ、って言えばわかる?『ケンジュウ』っていうの」

 

この世界の科学力、恐るべし。

 

「……欲しい」

「…………は?」

 

アリサが硬直した。

 

「……高価?」

「いえ、高価とかそういう問題じゃなくって」

 

あぁ、護衛対象――アリサ――が頭を抱えだした。

武器屋に行けば、手ごろな物も売ってるだろうに?

 

「ふむ、ジーク坊っちゃん、非合法なのを除けば、この国では一部の公的な人間を除いて拳銃は持てないのですよ」

 

……なんですと。

あの時奪っとけばよかった。

……欲しかったなぁ、少し後悔。

 

「じ、ジーク? そんなに落ち込まなくても…」

 

落ち込んでなんか、ないから。

……ああ、欲しかったなぁ。

 

「……ああ、もう!! 鮫島! なんかいい方法ない!?」

「ふむ……ご主人様が明日からアメリカに出張ですので、それを利用するというのは?」

「その手があったわね!! 鮫島、ナイスよ!!」

「お褒めに預かり、光栄です」

 

『ケンジュウ』かぁ。

 

「私からパパに言ってあげるから、そうやって暗い雰囲気を纏わない!」

「!! 手に入る!?」

 

僕はアリサの手を取って、アリサを見つめる。

 

「ほ、保障は出来ないんだからね?(無表情なのに目だけがキラキラしてるし!?)」

「いい、それでもいい!」

「は、恥ずかしいからやめなさいよ!」

 

アリサが慌てた声を上げてたみたい――正直、聞こえてなかった――だけど、僕の耳には入らなかった。

 

……こんなに気持ちが逸ったのは、故郷で皆と一緒に過ごしていたとき以来かもしれない。

 

それに、再び剣を握る勇気は……今の僕にはないから、ちょうどいい機会なんだと思う。

護衛するからには、武器が欲しいし――筋力強化した状態で殴ったら…相手が死ぬかもしれないし(デビッドさんに、殺害は厳禁されたからね…)――、ね。

 




オマケ

「アリサ、アリサ!」
「ん? なに?」
「『ホテル』って…『宿<やど>』と一緒?」
「まぁ、おなじようなもんね。…で、それがどうしたの?」
「うん、あのホテルの看板に書いてある『宿泊』はわかるけど、『ご休憩』ってどういう意味?」
「…『ご休憩』? …私も意味がわかんない。…何で『休憩』なのか、鮫島わかる?」
「………お二人には、まだ(はよ)うごさいますよ」

「「ふ~ん」」

数年後、その意味を知り、ちょっとギクシャクしてしまうことになるとは思いもしなかった2人であった。

終わり


作者より皆様へ
移転に伴い改行間隔なども調整しておりますが、未だ試行錯誤の段階です。
改行に関して、皆様の意見を賜りたいと思います。
ご協力いただけたら幸いです。

『その手があったわね!! 鮫島、ナイスよ!!』
そこは、銃を入手しようとしてる自分の護衛を窘めるところでしょw!? by作者


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05:オルタナティブ <代替品>

前話の感想にて、三点リーダーの使用に関してコメントがありましたので改善してみました。
本話以前の三点リーダーに関しましては、暇を見て修正いたします


05:オルタナティブ <代替品>

 

「La~♪ Lu~♪」

 

てっぽう、てっぽう、け・ん・じゅう!!

 

「随分と嬉しそうだね」

 

デビッドさんが僕を困った目で見ている。

 

「気のせい」

 

武器を買って貰って喜ぶなんて、子供じゃないんだから。

僕は未知の科学で出来た『工業製品』に胸を躍らせてるだけなのに。

 

「そういう台詞は、もらった銃器のカタログから視線を放してから言いなさい。

付箋でマークまで付けてるじゃないか……」

 

僕は今、デビッドさんの仕事にお供して『日本――アリサが居る国――』ではなく『アメリカ――海の向こうの大きな国だ――』に来ていた。

目的はただ一つ『拳銃』の入手。

 

アリサの護衛を請合う以上、手は抜かない。

けど、前回の男みたいのを相手に剣を使わないで戦うと、僕は……アリサを守れないかもしれない。

だからこそ、剣の代替品が欲しかった。

 

日本では銃を手に入れるのは難しいらしいので、僕はその規則がゆるい『アメリカ』に連れてきてもらったのだ。

 

で、現状としては、無事に拳銃を2丁入手。

 

車――リムジンという名前らしい――の後ろの席で、僕はデビッドさんと2人で会話の真っ最中なのだ。

 

「気のせい、断じて気のせい。これは有事に備えて、敵の使用可能性のある武器に目を通しているだけ」

「き、気のせいか」

「うん」

 

デビッドさんがなんとも微妙な表情でうなずいてくれた。

この武器の危険さは、僕が身を持って知ってるのに。

 

「まあいい。だが君に渡す弾丸は『SRゴム弾』……つまりは非殺傷の弾丸だ。これだけは私も譲れない」

「それで充分」

 

『日本』って国だけではなくほとんどの国では『人を殺す事』は犯罪らしい。

正当防衛でも殺しはダメなんて、理解できない。

でも、デビッドさんやアリサに迷惑を掛けるわけにはいかないから、僕はそれに従う。

 

「だが、どうやってそれを日本国内に持ち帰るんだ?」

 

この人は何で気づかないんだろう?

 

「転移魔法で、この国からアリサの家まで一瞬で着くから、問題ない」

 

というか、ここまで来るほうが大変だった。

 

 

転移魔法は発動条件として、

『一度訪れた事がある』

『転移先の目印となる魔方陣』

この二つがある。

 

つまり、僕は地図を見せてもらってもアメリカまでこれない。

もっと言うと戸籍も無いから出国できない(らしい)。

 

仕方ないから、タイヘイヨウ?を飛行魔法で横断するはめに。

 

……二度とやりたくない。

 

「魔法とは……便利なものだな」

 

ため息を吐かれた。

 

「ん、便利」

 

とりあえず、僕はうなずき返しておくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ジーク君そういえば気になっていた事が一つあるんだが……質問して良いかね?」

「? 内容による」

 

故郷の事なら……話せない。

 

「そう構えないでくれ。……君がこの銃を選んだ理由だ。強化プラスチックで出来た軽いものもあったのに、なぜこの銃を?」

 

僕が買ってもらった銃は、『ベレッタM92F』。1丁が1キログラムくらいの鉄砲だ。

 

「剣は、もっと重いよ?」

 

剣に比べたらこんなの軽い。

それに、筋力強化の魔法も使うから重さはあんまり気にならない。

 

「む、……質問が悪かった。『なぜ性能が似た、軽い銃があるのにそちらを選ばない?』

という意味だ。軽い方が取り回しが良いだろう?」

 

……ふむ。

 

「デビッドさんは、戦争に出征して、イノチの奪い合いしたこと……ある?」

「いや、ない」

「じゃあ、わからないかもしれない。……デビッドさんは、戦場で一番怖い事って、何だと思う?」

「それは……殺される事じゃないのか?」

 

違う。

僕は頭を振ってそれを否定する。

 

「そうじゃない。それは、お互い。そんな事考えたヤツは死ぬ」

 

デビッドさんは、その後いくつか答えたけども、正解には近づかない。

 

「さっぱりわからん。降参だ。」

「これは、僕個人の見解――――」

 

僕はそう前置きして口を開く。

 

「――――僕が戦場で一番怖い事は、武器が壊れる事。素手でも戦えない事は無いけど、

その場しのぎが精一杯。

たぶん、遠からず殺される。……戦場で命を預けるのは仲間じゃなくて、結局のところ自分の腕と武器。

……命を預けるものだから、重くてズッシリしたほうが存在感があって安心できる。違う?」

 

細い剣は取り回しやすいけど、どこか頼りない。

それが良いっていうヤツも居るけど、僕はその意見に賛成できない。

……というか、重ければいざというときに鈍器として使えるし。

 

「……そうなのかも、しれないな」

「ん、そう。……僕はここで降りる。じゃ、日本で」

「む? ああ、ではアリサを頼む」

 

僕はデビッドさんと別れ、車から降ろしてもらい人気の無い建物の影に行くと、チョークで足元に魔方陣を描くと、アリサの家に飛んだのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ただいま」

「あ、ジークお帰りなさい。パパは?」

 

家に着いた僕は、まず最初にアリサの部屋に向かった。

アリサはテレビ――薄い5センチくらいのヤツだ。僕が驚く事を予測していたアリサに注意されていたおかげで、初見の際にテレビに殴りかからずに済んだ――から目を離さない。

 

「まだ、アメリカ。先に魔法で帰ってきた」

「ふ~ん。魔法って便利ね~」

 

目を離さない。

 

「……何、見てるの?」

「ん~?昨日の夜、近所で原因不明の事件があったのよ。ほら、見て」

 

僕はテレビに目を向ける。

 

「動物病院?」

 

こちらに来てから1週間くらい。

 

勉強の結果、ひらがな、カタカナ、漢字はなんとなく読めるようになった。

魔法使いに語学は必須だったからね、覚え方のコツがわかるから楽だった。

……数学――統治者の嗜みとして、経済・経営学は修めてるけど――は全然出来ないけど。

 

 

「そ。怪我人は居なかったらしいけど、建物が壊れたんだって」

 

映し出された事故現場、…僕の動きが止まった。

違和感、圧倒的な違和感。

 

この慣れ親しんだ感覚、間違いない。

精神を研ぎ澄まして、確信を得た。

 

「この病院って、あっちのほう?」

「あれ? ジークってあっちのほう行ったことあったっけ?」

「……アリサ、僕以外の魔法使いって、いないよね?」

「…………ちょっと、それって!?」

 

アリサは察しがいい、余計な手間が省けて助かる。

魔法が無い世界だからこそ、本来なら気付けない距離の場所でのその痕跡が際立っていた。

 

「これ、魔法での戦闘の跡。魔力の残滓が感じられる」

 

この事件が、これからこの街――海鳴市――でおこる騒ぎの始まりであったとは、今の僕達には気づかなかった。

 




補足:SRゴム弾<ショックラウンズ・ラバーブリット>
弾頭がゴム。
着弾時に高圧電流が流れ、意識が飛ぶ。

スタンガンが弾丸になったものだと考えればOKです。
テイザーという名前で似たような効果の銃が売られていますね。
(日本で持ち歩いてはいけません^^;)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06:捜査、そして気づいてしまった現状

少し余裕の時間が出来ました~^^


06:捜査、そして気づいてしまった現状

 

テレビを見ていたアリサが『学校』に向かった後、――言い忘れてたけど今は朝だ。アメリカと日本は離れてるから時差が存在する。……僕の些細なプライドのために言わせて貰えば、僕の故郷とこの世界の科学技術の差は歴然だけれど、『時差』の概念くらいあったからね?――僕は鮫島に頼んでテレビの『ニュース』に出ていた病院のところに車で案内してもらっていた。

 

「ジーク坊っちゃん、申し訳ありませんがこの車ではこの先の道が狭くて入れませんので…ここからは歩いて頂けますか?この通りをまっすぐ行くとその病院が右手に見えますので」

 

申し訳なさそうな鮫島の言葉。僕は鮫島の指す通りを見やる。……確かにこの車じゃこの道を通るのは難しそうな道幅だった。

 

「ん、わかった。…鮫島、ありがと。歩いて帰るから、先に帰ってて大丈夫」

「はい。では、お気をつけて」

 

僕は手を振って鮫島を見送ると、踵を返して病院のほうへと歩いていく。

僕はここの地理に自信が無かったけど、……どうやらそれは杞憂だったみたいだ。

 

「……うわぁ」

 

通りに群がる野次馬たち、いい目印だった。

 

テレビ越しで全体を把握できてなかったから被害の度合いがわからなかったけど、こうやって直接見ると被害は意外と広範囲に及んでいた。

 

酷く陥没した道路、倒れた壁、傾いた石の柱――『でんしんばしら』と言って、それらを結ぶ『でんせん?』に雷(いかずち)を通して各家々に電気を届けるためのものらしい――、………戦場になった村や町に比べればほんの些細な破壊なんだけど、この平和な国では大きな事件なんだろう。

 

道路は黄色のテープでふさがれ、紺色?の同じ服を着た大人たちが野次馬が入らないように視線を巡らせている。

……腰に堂々と『拳銃』を下げているから、アレがアリサの言っていた『お巡りさん』という存在なんだろう。

 

詳しく調べるにはもう少し近づきたいんだけど、人ごみを掻き分けるのは難しいし、何よりお巡りさん<見張り>がいるから諦めた。

大まかに調べるだけなら、この距離でも充分だし。

 

「『残留魔力探査術式 弐型 術式名「ミネルヴァの眼」』」

 

小声でそう囁いた僕を中心に展開される魔方陣。

周りの人の目には見える事は無いけども、ソレは一瞬でこの辺り一帯をその内に収めた。

僕の脳内に周囲の魔力情報が、滝から流れ落ちる水のような奔流となって入り込んでくる。

 

体感的には、20秒くらいかな?

 

 

……結果はアリサに伝えていた確信どおり。

 

 

新たにわかった事は次の3つ。

 

まず1つ、感じ取れた魔力は3つぶん。

中くらいなモノ――仮称はαだ――と、大きなモノ――仮称はβ――、そしてソレより更に大きなモノ――仮称はγ……念のため言っておくけど、『α・β・γ』って名称は

 

手抜きじゃないからね?ただ名付けるのがめんどくさかっただけで……――。

 

2つ、感じ取った魔法の残滓から考えるに、僕の知っている『魔法』とは全く違う系統に属している事。

3つ、辺り一帯を破壊したのは対象β。αとγ…たぶんγがβをどうにかしたっぽい事。

 

簡単な調査だから、今はこれくらいが精一杯。

僕は術式を破棄すると、その現場に背を向けた。

長居をする必要はない。

 

僕はアリサの家に向かって歩き出した。

 

ん?

……とりあえず歩く。

…………?

………………あれ?

 

「これは……迷子って状況?」

 

おーけーおーけー。落ち着こう、僕。

こんなときこそ冷静に。

 

僕は目に付いた公園に入って現状の把握を図った。

僕はぐるりとあたりを見回す。

 

似たような建物、似たような風景。画一化された構造物――『でんしんばしら』や『でんせん』、あと『ゆうびんぽすと』?とか言う奴――の群れ。

…………ここは、どこなんだろう?

 

「鮫島の車に頼りすぎてたのが仇になるとは……」

 

自分の足で歩かなくちゃ、地理はつかめないってわかってた筈なのに…。

 

……認めよう、僕は『迷子』だ。

 

「うわぁ……情けない」

 

ソレを認めた瞬間、情けなさが僕を押しつぶす。

知らない土地で、見知らぬ科学技術にガラにも無く浮かれちゃって、挙句の果てに迷子とは……。

 

「あ゛~!!」

 

僕は頭を抱えて呻く。

……そんな風に呻き続けて数分後。

僕は街を当ても無く散歩する事にした。

 

え?そうゆう結論に至った理由?

……ただ単に、暗くなってから飛行魔法を使って高いところに行けば、アリサの家を見つけられる――大きなお屋敷だったからね――なぁ、って事に気づいた。ただそれだけ。

 

……お恥ずかしいところをお見せしました。

 

僕はそんなお詫び文句を頭の片隅に流しながら街を歩く。

 

二度と道に迷う事が無いよう、この機会に街の地理を把握しておきたい。

……まあ、道に迷った状態で地理の把握ができるのか?と言われたら身も蓋も無いんだけどね………。

 

そんな事を考えながらも、僕は見知らぬ街を歩き続けるのだった。

 




リリカルなのはのSSは数あれど、居候している家に帰れなくなる主人公などかつて居ただろうか、いや居ない(反語)。

感想をお待ちしています。

P.S本作に付けるタグで、何か妥当なものがありましたら感想欄からアドバイスいただけるとありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07:尽きせぬ想い そして 出会い

時間に空きが出来ている隙に投稿しておかねば^^;


07:尽きせぬ想い そして 出会い

 

僕は特に当ても無く、見知らぬ街を歩いていく。

今歩いているのは、おそらくこの街の大通り。

 

高い建物、不思議な店――『こんびに』というらしい。アリサと前に街を回ったときに教えてもらった。

1日中休まず1年間営業するということ、それは継続的な労働力の確保や商品の入荷、店内の環境維持、他にもたくさんの事が必要だ。

……アリサに『こんびに』の『ぽす<POS>しすてむ』と言うのを聞いたときには衝撃を受けた。この世界の『あいてぃー技術』を生かした商業方法……学ぶところが多い――、街を行き交う車。

 

……ちゃんとした意思を持って異世界の街――魔法が存在しない世界は初めての事だけど――を歩いたのはこれが初めてだ。

 

これまでは必要最低限の物資を手に入れたら、再び時空の狭間を流れ行くままにたゆたう暮らしだった。

 

必然的にそのセカイにいる時間はほんの少し。

 

こうやって長い間留まるのは……初めてだった。

 

僕はアリサに聞いたこの国の話を、頭の中で反芻する。

飢えを知らない人々、あふれる物資、戦争を放棄した憲法――……逆を返せば、周囲の国に攻め込まれないだけの力を持っているということの証左なんだろうけど――。

 

………僕には全て考えられない事だった。

亡くした故郷で、これらのことが実現できれば――――

 

「……馬鹿らしい」

 

――――僕はその考えを即座に頭から打ち消した。

 

失ったモノをとり戻すのは不可能。

決して小さくはなかった故郷を一瞬で、尚且つ余裕を持って消滅させた僕の膨大な魔力。

 

全てを使って、さらにこの命を代償にしても、亡くしたモノは帰ってこない。

 

「……はぁ」

 

僕は、重い、重い溜息を吐くと、いつの間にか止まっていた足を、再度動かしだすのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

繁華街を離れ、僕はまたさっきとは別の住宅が立ち並ぶ辺りに歩を進めていた。

 

街の中心部から離れたこの辺りは、住宅街と個人商店――この世界には『ちぇーん店』という営業形式があって、国の違いによって多少の特色は有るけども、飲食店の場合その店ではどこでも同じ味のものが食べられるとか。……恐るべし――が主として構成されている。

 

 

 

……くー

 

 

 

「おなか空いた」

 

 

体感時計での現在時刻は13時38分46秒――魔法使いにとって、時間というのはとても重要な要素。大規模儀式魔法なんかは特にそう。時計を見ながら儀式を行うなんていうのは論外だから――だ。

 

話を戻そう。

 

朝、アリサと一緒にご飯を食べてから何も食べずに散策してたせいで、おなかが空いた。

どの世界でも常識だけど、食事をするにはお金がかかる。

 

そして僕の財布の中には――――

 

「な~つ~め~♪」

 

――――デビッドさんから『お小遣い』として貰ったお金――紙で作られたお金を見るのも初めてだ――が一枚入っている。

 

この国では、一番偉い人…ではなく、文化的な貢献?をした人がお金の肖像画として使われるらしい。

僕が持っているお札に描かれている人物は、『我輩は猫である』とかいう本を書いた人だ。

 

……この本を読んだ後、アリサに『この世界の猫もしゃべるのか!?』と聞いたら、『猫が喋るわけないじゃない!』大笑いされた。

………大真面目だったのに。

 

というわけで、僕は昼食を摂るためにお店を探す。

『○○のお店がおいしい!』っていう情報がないから、自分の嗅覚だけが頼りだ。

 

歩き回ること10分弱、僕の足が一軒の店の前で止まる。

 

僕の嗅覚と勘が正常なら、この店は当たりのはず。

問題はお値段なんだけど――――

 

 

『☆ 本日のランチセット 750円 (+100円で食後の飲み物とデザートを付けられます) ☆  ランチタイムは11:00~14:00まで』

 

 

僕は手に持つお札と、店の前におかれた黒板に書かれた値段を見比べる。

大丈夫、お札のほうが桁が多い。

 

僕は意を決して店の扉を押す。

 

 

カランカラン

 

 

扉についていた鐘が音を立てる。店内から溢れたコーヒーの香り――名前は違ったけど同じ飲み物が僕の世界にもあった――が僕を包み込んだ。

 

そして、出会うのだった――――

 

「「いらっしゃいませ。喫茶『翠屋<みどりや>』にようこそ」」

 

――――僕と同じ“におい”がする人物に。

 

 




この頃はまだ、投稿速度重視で文章量が少なかった時期。
進むに従い、だんだんと文字数が増えていくんですよね、私…… (^^;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08:なつかしい気配 そして 疑問

リアルが忙しく、更新滞って申し訳ないです><
地味に改訂や誤字脱字・三点リーダなども直してますので、お許しください……

フフフ、また明日から地獄の7連勤が始まるのか……orz
(↑そんなシフトを組んだ自分の責任ですね、はい)


08:なつかしい気配 そして 疑問

 

最初は、気づかなかった。

 

テーブル席に座って、頼んだランチセット――『かるぼなーら』っていう麺とサラダ、+100円したから飲み物とデザートが付く――が運ばれて来るまでの間、僕は店内を観察していてソレに気が付いた。

 

「……?」

 

調理場を横切った男性。

一瞬見えただけのその姿に、僕は違和感を感じて注意を向けた。

料理が運ばれてからも、意識をそちらに割きながら――念のため言わせてもらうと、料理はきちんと味わって頂かせてもらった――観察を続ける。

 

作業の合間にだけ垣間見る事ができるわずかな機会から情報を集め、精査、推測を交えて結論を導き出す。

 

 

男性を見て、僕の出した一時的な結論。

 

それは、“剣士”。

それも、僕に近い鍛え方。

この国の『剣道』みたいな精神の鍛錬などでなく、人を斬るために特化した武術を突き詰めた者。

 

服やズボンの上から窺える腕や脚についた、しなやかで強靭な筋肉の質と量、そして左右の筋肉量の均衡。

一定の、乱れることのない歩幅に、些細な足運びの妙。

耳を澄ますと聞こえる、独特の歩法が奏でる軽快な音楽。

 

上げ始めればきりが無い。

僕は行動を観察し、最終的な結論に至った。

 

腕の筋肉量から察するに、彼の使う武器は刃渡りがそれほどない刀剣類。

かつ、両腕とも同じ位の筋肉量であることから、流派としては二刀流。

脚の筋肉の付き具合から鑑みるに、“戦闘すたいる”は反撃を軸に戦う“かうんたーすたいる”ではなく一瞬で敵の間合いに飛び込んで戦う“一撃必殺すたいる”。

 

仮に戦ったとしても、苦戦こそすれ負けは無い……と思う。

ただ、第一線からは去って久しいみたいだ、何と言うか纏う空気が僅かに鋭さを欠く。

 

だけど、彼から薫<かお>る武術の残り香、こればかりはどんなに時を経ても消えることはない。

 

 

そして僕は同時に考える。

 

 

『どうして、彼ほどの剣士が戦いから身を引けたのだ?』…と。

当然、僕の世界にも体の衰えや完治しなかった怪我を理由に軍を退役する剣士や魔法使いは居る。

 

だけど、得てしてそういう人々は、後進の育成に励む・武具店を開く、自身の戦いで培った魔法の叡智を書物として編纂する……といった戦場から程近い道に進む。

 

理由は簡単。……どうしても戦いから離れられない。戦場での高揚を忘れられない。戦場から薫る死の匂いの誘惑に耐えられない。

非日常から日常へ戻れない。

命を賭す戦い以外に生きる意味を見出せない。

 

僕だってソレは同じだ。短い間とはいえ、いまこうして平和な時を過ごしていると、夢の世界にでも迷い込んだ、あるいは半身を失ったような奇妙な喪失感が感じられる。

 

だからこそ僕は興味を引かれた。

 

彼が戦いから離れ、こんな風に喫茶店をやっていられる理由を知りたかった。

 

だから僕は――――

「お待たせしました。食後のコーヒーとデザートの翠屋特製シュークリームです」

――――デザートを配膳し、去ろうとした彼の背中に、殺意をぶつけた。

 

 

結果は、顕著だった。

 

 

去りかけた彼の動きがピタリと止まる。

 

「……お客様、ご用件は?」

「……聞きたいことが、あります」

「そうですか……。桃子、他の皆も、後の片付けは僕がやっておくから、もうあがっていいぞ~!」

 

厨房に向けて放たれたその声に、各々から返事が返ってくる。

気配がひとつ、ふたつと離れて行き、残ったのは僕と彼の二人だけ。

彼はそのまま、入り口の立て看板を引っ込め、扉に掛かっていた札を『Closed』にして戻ってくる。

 

「すいません、気を使わせました」

「構わないさ、時間的にもうランチタイムは終わりだから。皆もしばらく休憩時間だ。……それに、皆に聞かせられる話でもないだろう?」

 

表面上柔らかな笑顔を浮かべてはいるが、その目は研ぎ澄まされた戦闘者の目だ。

何か不審な動きをしたら、見逃さず反応するだろう。

 

「そうですね。……僕に戦闘の意思はありません、どうぞお座りください」

「では失礼するよ」

 

彼が僕の対面の席へと腰を下ろす。

 

「僕の名前はジーク・G・アントワークです。好きなようにお呼びください」

「……ではジーク君で。僕は高町士郎。士郎が名で高町が姓だ」

「じゃあ士郎さんということで」

 

お互い、一片も気を抜かず慎重に自己紹介をする。

握手などは交わさない、当然だけど。

 

「さて、君がこの街……いや、この店に来たのは――――」

「――――偶然です。こんな平和なセカイで、僕みたいな人間に出会って驚いてますから」

「それは私もだけどね。娘と同じくらいな年の子に、店でいきなり殺気を浴びるとは思ってもみなかった」

 

“僕みたいな人間”。明確に言わずともそう言うだけで分かり合える。

それはつまり、士郎さんも“僕みたいな人間”だったということの証左だ。

 

僕たちの間に沈黙が降りる。

 

それを破ったのは士郎さんだった。

 

「ジーク君、君は聞きたいことがあると言ったね。……それはなんだい?」

「それは――――」

 

僕は――“しゅーくりーむ”とコーヒーを頂きながらだけど。…非常に美味だった――戦いから身を引けた理由を問いかけた。

その問いを聞き終えた士郎さんが、ふむ。と腕を組む。

 

彼はしばらく沈黙し、口を開く。

 

「家族を愛しているからかな。……君は誰かを好きになったことがあるかい?」

「無いです」

 

僕は即座に否定する。

王族に恋愛という概念も自由も存在しない。

 

国を安泰、発展させるために、隣国の見ず知らずの相手と結婚させられる。

仮にも一国の王子だった僕にもそれは当てはまる。

 

『誰かと恋に落ち、愛をつむぎ、結婚する』

 

そんなこと、夢のまた夢。それ以前に夢見ることさえない。

……だから僕は“人を好きになった”という経験もないし、それがどういうものなのか想像も付かない。

 

「年齢的に、仕方ないといえば仕方ないのかな? まぁ、それじゃあ分からないかもしれないな」

 

僕のその返答に、士郎さんが困った風な笑みを浮かべると、改めて口を開いた。

 

「……私は桃子、妻と結婚し、子供が出来てからも“そういった仕事”をしていた。……そしてその仕事の最中に怪我をし、しばらく生死の境をさまよった。

 そのあいだ妻はもちろん、家族に心配をかけた。一番下の…君と同じくらいの年の娘は親に構ってほしい盛りだったろうに、私の怪我のせいで構ってやれず随分と寂しい思いをさせてしまった。

 だから私は怪我が治った後、“仕事”から身を引いたんだ。愛している家族に心配をかけず、一緒に暮らせるようにね。……これが私の戦いから身を引いた理由だ、納得できたかい?」

「……理由はわかりましたけど、理解は出来ないです」

「そうか。…ま、いつかわかる日が来るさ」

 

そう言うと、士郎さんが席を立った。

会話はこれで終わり…ということだろう。

 

「そういえば、君はいつまでこの街にいる予定だい?」

「……さぁ?しばらく居ることになると思います」

 

時空の乱れは収まるどころか、徐々に強さを増してきている。

こんな現象は、初めてだ。

 

「そうか。話してみた感じ、君は悪い子ではなさそうだ。暇があったらまたおいで」

「……お金があったら来ます」

 

……暇かどうかである以前に、お金が無い。

 

先ほどまでとは違う、なんと言うか……非常に痛い沈黙が辺りを支配した。

 

「……元同業者のよしみで、コーヒーとデザートくらいなら半額で提供してあげるから」

 

同業者――僕は魔法騎士だから、恐らくどこかで見解の相違があるんだろう――じゃないけど説明が面倒だし、当たらずとも遠からずだろうから気にすることは無いだろう。

 

というか、殺気がこもっているわけでもないのに、視線に痛み…もとい悼みを感じたのは……さすがに情けないなぁ。

と思う僕であった。

 

 

◇◇◇

 

 

翠屋を後にした僕は、今度は明確な意思を持って住宅街を歩いていた。

僕の手に握られているのは士郎さんから頂いた、お店の外に置かれていた黒板に字を書くためのチョーク。

束で貰ったソレを使って、僕は一定の距離、一定の範囲ごとに小さな魔法陣を書き、それに魔力を込めると同時に隠匿の魔法をかけていく。

 

事故現場で感じられた3つの魔力反応。

それらといつどこで戦<や>り合う事態になってもいいように、準備をする。

 

『不測の、自然の状態での戦いでこそ真価が現れる』そういうやつもいるけど、僕に言わせれば大馬鹿だ。

常に最悪を想定して対策し行動する。戦いに身をおき、命を懸ける者なら当然の行動だ。

 

そして、そんな風に道を歩いていたとき、大きな魔力の胎動が僕を襲った。

 

「ッ!?」

 

今朝調べた魔力と同質な、だけどもっと大きい反応。

 

場所も悪い、方向で言えば今いる地点の真逆。

……おまけにその地点までの道のりもわからない。

 

「ああもう!」

 

今この時間はアリサが通う学校の終わる時間。

もし帰り道ででも出くわしたら不味い。

 

アリサに危害が加わらない場所や時間帯だったら無視するつもりだったのに!

 

護衛として雇われている以上、不確定要素は潰す。徹底的に潰す

 

僕は意識、そして体を戦闘態勢へと切り替えた。

髪が白銀へと変貌し、自分ではわからないけど瞳が碧色に変化する。

 

僕は脚に力をこめると、近くの住宅の屋根へと駆け上った。

穏行の魔法を使って姿・気配を隠しても、自身から発する音は消せない。つまり、飛行魔法を使ったら風切り音で周囲の人間に不信感を与えてしまう。

 

だから僕は“飛ぶ”のではなく“跳ぶ”。

 

僕は屋根を蹴ると、魔力が発生した方角に向かって一直線に向かう。

屋根を飛び石代わりに、飛行ではなく跳躍で目的地へ。

……これなら道がわからなくても問題ない!!

 

 

僕は疾風のごとく空を駆けるのだった

 

 

 

 




誤字脱字・改善点、そのた本作につけるべきタグ等ありましたらご連絡ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09:魔犬、出会い、そして……魔法使い

皆様、4ヶ月ほど何の告知もないままに、更新を途絶えさせていた事、まことに申し訳ありませんでした。

2~4月とリアルがごたごたが続き、4~5月と新学年が始まった影響でずるずると今まで更新がとまってしまいました。
ちまちまと、新話は書き溜めてたんですよ(小声)?

時間に余裕が出来てまいりましたので、更新を再開したいと思います。

更新速度は2~4日に1度くらいのペースで行こうかと思ってます。
リアルの事情で、毎日更新は厳しそうなので……><


09:魔犬、出会い、そして……魔法使い

 

空を駆けた僕は、十分もしないうちに魔力発生の目的地階下に到達した。

 

アリサに教えてもらった知識が正しければ、ここは神社。…この国独自の神を祭る一種の祭儀施設みたいなものらしい。

そしてどこの世界でも同じく、祭儀場というものは周辺で最も高い位置に作られる。

 

だから僕は――――

 

「……なんでこんなことしてるんだろ」

 

――――ため息を吐きながら飛行魔法を使って石段上の神社に向かっていた。

 

……いや、だってね、面倒くさいでしょ。階段を駆け上るのは。

というわけで、魔法の隠匿なんかより、楽なほうを選ばせて貰いました~。わーい(棒読み)。

 

……考えてみたらね、ここにアリサのいる確率は低いんだよ。

帰りは鮫島がアリサを迎えに行くのが日課で、この山の麓には鮫島の車が停まってなかった。

あんな事件があった直後だし、アリサを一人で帰すことはまずあり得ない。

 

つまり、アリサがここに寄り道をしている可能性はほぼゼロ。

 

そう考えるともうこれより上に行く必要はないんだけど、ここまで来たからには原因を突き止めたほうがいい。

 

「……原因め、覚悟しろ」

 

僕は不穏な気配を振りまきながら宙を翔け、ものの数十秒で階段の終焉へと到達し、そこで――――

 

「なのは! レイジングハートの起動を!!」

「え? 起動って何だっけ?」

「え゛!?」

 

――――迫る魔獣を前に、あたふたしている一人の少女とその傍らに立つ(ちなみに2足歩行だった!!)人語を話す一匹の小動物に遭遇した。

 

 

◇◇◇

 

 

「……?」

 

魔獣と少女と小動物、この3つを見て一瞬で判った……というか感じられた事。それは目の前の3つが僕が事故現場で命名した仮称α(小動物)、β(魔獣)、γ(少女)だって事だ。

 

けど不思議なのは、事故現場でβを倒したはずのγが、なんというか、間違って戦場に迷い込んだ町娘ちっくな雰囲気……はっきり言えば違和感しか感じない。

魔獣と相対してるのに、気迫……というか戦う覚悟が感じられない。

 

目の前の魔獣くらい呼吸するように容易く殺()れるからの余裕か、あるいはただ単に目の前の脅威を理解できないダメな奴なのか……間違いなく後者だと僕は断言できる。

 

とり合えず、目の前の少女と一匹を見殺しにするという選択肢は消えた。

 

目の前で死なれるのは気分が悪いし……それに――どちらかというとこっちが本命の理由だけど――着ている服が、アリサの通っている学校――私立聖祥大付属小学校。えすかれーたー式に中学、高校、大学があるとアリサに説明されたけど、いまだに僕は“えすかれーたー”と“えれべーたー”の区別が付かない。いいじゃないか、上下に移動する手段に変わりはないんだし……――の制服だ。

 

万が一アリサの知り合いだったら、彼女が悲しむかもしれない。

護衛対象の“めんたる”面にも気を配るのが一流の護衛である条件らしい。これは一流の執事である鮫島が教えてくれたことだ。

 

ちなみに、鮫島には『なれる! 一流執事!』『これであなたも護衛(ガーディアン)!』という書物をもらった。

とりあえず、覚えて実践してみる。

 

というわけで残った選択肢は1つ。それは『元凶の排除』、……ということで――――

 

「……始末する」

 

――――“狩り”を開始した。

 

 

◇◇◇

 

 

「ひゃっ!?」

「うわっ!!」

 

僕は地に足を着くと後ろから一人と一匹の間を駆け抜け、真正面から魔獣に接近した。

 

それと同時に頭の中で“獲物”の情報を整理する。

敵は魔犬型で小型――故郷には家一軒分の大きさの魔犬がいる――種、4つ眼で口部には鋭い牙。注意すべきはその体躯と牙。

 

……そう、“たった二つだけ”。

そしてただの牙と体躯など脅威に値しない。

 

「……ふん」

 

ゴキリ…!

 

「グォォォォォォッ!?」

 

僕はただ自分の身体を強化し、自分の速さと近づく相手の速さ、その二つを拳に乗せて鼻面を殴っただけだ。

吹っ飛んだのは明らかに僕より巨躯な魔犬のほう。感触からして、相手の顔面の骨は砕けている。

 

たかが魔犬相手に策なんて必要ない。ただ力で蹂躙する。

 

僕は、殴り飛ばされ未だ空中に浮かんだままのソレに対し、瞬動――超高速移動する技。魔法というより体術に近い――でその吹き飛び方向に回り込むと、今度は下から突き上げるようにソレを殴る。

魔犬なんてモノは足場がなければ何も出来ない、ただの肉の塊だ。

 

僕はそのまま瞬動を繰り返し、ソレを宙に浮かべたまま全方位から殴打する。

 

とり合えず、一秒間に八回を目安に拳を叩き込む。

四肢の骨を粉々に、体中の骨全てを最低一度折ったあたりで殴打は終了。

 

一瞬、宙で静止したソレに、僕は両手を組んで槌が如く振り下ろした。

 

「………………」

 

もはや何の声も発しないソレが、地面に叩きつけられ地面を陥没させる。

魔犬の返り血で両拳が紅い。

 

……剣を持てれば一瞬で頸を落として楽に“殺して”やれるんだけど、素手だからしょうがない。

ちなみにこの場合拳銃を使うのは論外だ。対人用の非殺傷弾で倒せる魔犬がいたら見てみたい。

 

「……ォォォォォォオオオオオオッ!!!!」

 

……完璧に殺したはず。

だからこそソレがあげた雄たけびに、僕は眉をひそめた。

砕いたはずの骨が治り、粉砕したはずの四肢で立ち上がろうとする魔犬の姿。

 

「そこの小動物、これは不死身の生物なのか?」

 

目の前の魔犬から目を離さずに、僕は一番状況を理解してそうな背後の小動物に語りかける。

……不死の生物なら、少々どころかかなり厄介だ。

 

「い、いえ!おそらくその原住生物の体内に取り込まれたジュエルシード……魔力の核になっているものがその異常な回復力の原因です」

 

何故か小動物の声が震えてるんだけど、僕何かしたっけ?

 

不死じゃないならそれに越したことはないね。

…それにしても、『核』か……。

 

僕は目を細め、注意深く魔力の流れを感じ見る。

 

普通のときよりも魔力に近い今なら、朝のように魔法を使わないでも魔力の基点探しくらい造作もなくできる。

 

「……見つけた」

「……は?」

 

間の抜けた小動物の声。

 

「核、見つけた。どうすればいい?」

 

僕は自分の言葉に補足を入れる。

知らないものにうかつに手を出すとろくでもない目にあうのは常識だ。

 

「え、えっと、核の位置がわかったなら封印を――――」

「――――やり方がわからない」

 

僕は小動物の言葉を遮る。

“じゅえるしーど?”ってものがどんなものかわからない以上、最適な封印が出来るはずがない。

 

「じゃ、じゃあ僕たちが封印しますから、その原住生物の動きを止めてください!……やり過ぎない程度に」

 

……殺()りすぎない程度?

うん、つまり半殺しにしろと。

 

………………いまこそ拳銃を使おう。

 

下手に素手で殴るより、拳銃を使ったほうが確実だ。

手加減を間違って殺しちゃうこともない。

 

僕は異空間にある僕の倉庫――的確な説明が出来ない。……いつでもどこでも使える物入れって言えば伝わるかな?――から虚空にM92F(けんじゅう)を2丁取り出すと、両手で掴み取る。

 

練習が足りなくて、敵に弾を中てる確信が持てない。

……それならば、中てられる距離まで敵に近づけばいい。

僕は地を蹴ると、再度魔犬に肉薄した。

 

 

ガガガガガン!!

 

 

魔犬の喉笛、そして腹部に零距離から連続して銃弾を叩き込む。

銃の反動は、強化した筋力で上手く相殺する。

殴っていたときの感じだと、そこが一番肉質が柔らかかった。

大砲を撃ったあとのような、硝煙の臭いが鼻に付く。

 

魔犬の体躯を紫電が奔り、その動きを停めた。

 

そして――――

 

「な、なのは!封印を!!」

「う、うん!レイジングハート、セットアップ!!……リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアルⅩⅥ。…封印!!」

 

――――戦いが、終わった。

 

 

◇◇◇

 

 

「…あ、あの――――」

 

あっけない終わりに虚無感を味わっていた僕は、背後からの少女の声に振り向いた。

 

「ん?」

「――――ひぃ!?な、何でもないですっ!!」

 

何でもないと言うわりに、その少女の顔は恐怖に歪んでいる。

……いや、ホントになんでそんなに怯えられてるんですか、僕は?

何かしたっけ?

 

「え、えっとですね、とりあえずその手や服、顔に飛び散ってる返り血と質量兵器がなのはを怯えさせてるので、どうにかしていただけると……」

「……あ」

 

小動物の指摘に、僕は間抜けな声を上げる。

 

……盲点だった。

両手、そして体中が返り血に染まって、なおかつその手には鈍く輝く鋼鉄の武器。

そしてさらには無表情。

 

…………確かに客観的に見るとかなり恐怖を与える姿だ。

 

僕は銃をしまうと、布を取り出して返り血をふき取る。

乾く前にやっておかないと、こびりついて落ちにくくなってしまう。

 

ふきふきふき…と

 

「……落ちた?」

「は、…はい」

 

少女が頷く。

 

「……貴方は、現地の魔導師の方でしょうか? 僕の名前はユーノ・スクライアといいます」

「あ。わ、私は高町なのはです!!」

「(……魔導師?)……声が大きい」

 

僕は小動物の言葉に違和感を覚えつつも、それを表情には出さない。

 

「ひいっ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」

「………………ジーク・アントワーク」

 

よく判らない初対面のこいつら相手に、『G』の名を教える必要もない。

………僕にとって大事なものなのだ、『G』の名は。

 

それにしても、僕は悪くないはずなのに、そこまで怯えられるととても傷つく…。

 

「……えっと、じゃあ、ジーク…君?」

「気安く名前で呼ぶな」

「ひぃ!?」

「…………僕はここの魔法使いじゃない。この場に来たのもただの気まぐれ」

 

僕は話の通じそうな小動物のほうの問いに答えてやる。

 

「そうでしたか……。このたびはご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした」

「問題ない。確認したいことが合ったから来た、謝まらなくていい。……じゃ、僕は帰る」

 

この神社の高さから飛べば、下の人たちに見つかる可能性を限りなく低く出来る。

地を蹴りかけた僕を、少女が呼び止めた。

 

「あ、あの!よかったら一緒にジュエルシード探しを手伝って――――」

「――――やだ。手伝う義理はないし、こっちにだって仕事がある」

「でも――――」

「――――なのは!!……すいません、無理を言ってしまって…」

 

礼儀正しい小動物…ユーノって言ったか。

僕は認識を改めながら頷いた。

 

「……仕事の障害になったらこっちで始末する。それ以外は勝手にやって」

「いえ、それだけでもありがたいです」

「ん、ユーノは名前で呼んでくれてかまわない。……じゃ、ユーノとあとついでに少女Aも、また機会があれば」

「し、少女A!? その未成年犯罪者の名前みたいなのはイヤなの!! 私は、た・か・ま・ち、な・の・は!!」

「……うるさい黙れ静かにしろ」

 

騒がしい少女を睨みつけて黙らせる。

僕は地を蹴ると空へと舞い上がり、一匹と一人から離れると、アリサの家――視力を強化したらすぐに見つかった――へまっすぐ翔けるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

時は流れて、夜。与えられた僕の部屋。

夕食を食べ終えた僕とアリサは机に向かっていた。

 

何をしているのかと言うと――――

 

「はい、ジーク、次はこれを日本語に訳しなさい! 『I am home.』」

「アリサ、僕を馬鹿にしてるのか? 『私はホメです』でしょ?」

「んなわけないでしょうがっ!? 誰よホメって!? なんで『私は家です』っていうベターな間違いじゃなくそんなぶっ飛んだ解答になるのよ!? 『私は家にいます』っていう意味よ!!」

 

――――英語の勉強である。

 

日本語――ひらがな、漢字、基本文法は網羅した。カタカナ語は鋭意努力中――の勉強がひと段落した僕は、新たな言語に食指を伸ばしていた。

 

「はい、次! 次の会話文を英訳せよ『ごめんなさい。僕は英語がしゃべれないんです』」

「えーっと、『Sorry. I can't speak English.』。…………アリサ、その問題文おかしい。なんで英語がしゃべれないことを英語で謝ってる?」

「……問題文がおかしいわね」

「あとこれも。…次の英文を和訳せよ『The cat's name is Mike.』。『そのネコの名前はマイクです』が正しいんだろうけど、一緒に書いてある図が三毛猫なんだけど。……『そのネコの名前はミケです』の方が正しいと思う」

「………ジーク。この国の英語教育は色々と遅れてるのよ、きっと」

 

アリサが書店で買ってきたという英語の教科書をパタリと閉じると、そのまま僕のベッドに倒れこんだ。

 

「今日の授業はここまで」

「ん、わかった」

 

僕はノートとペンをしまうと――言葉に自然とカタカナ語が混じっている。これが僕の努力の成果だ!!――アリサの隣に倒れこんだ。

 

「……それにしてもジークってなんだかんだ言って理数系は散々だったけど語学に関してはかなり優秀よね~。日本語の勉強を始めてからたった数週間で英語の勉強に入れるなんて。教えるほうも結構楽しいわ」

「アリサの教え方がいいから」

 

先生役をやれるアリサの能力がすごいんだと思うけど。

 

「…………」

「…………」

 

その会話を最後に、お互い何とは無しに黙ってしまい、僕たちの間に沈黙の帳(とばり)が降りた。

チラリ、隣に目をやると、同じくこっちを向いたアリサと目が合ってしまう。

 

「な、なによ」

「……なんでもない、よ?」

 

この戦場でも感じたことがない焦りは何だろう。

アリサも似た気持ちだったのか、強引な感じの話題転換をしてきた。

 

「そ、そうだ! 今朝言ってた魔力の件はどうだったのよ」

「え、ああ、うん。このセカイの魔法使いに会った。小動物に連れられたアリサや僕くらいの女の子」

 

それを聞いたアリサが『日曜8時からやってるアニメみたいな話ね』と肩をすくめる。

 

「……それって逆じゃないの? 小動物を連れた魔法少女じゃなくて、小動物に連れられた魔法少女って……」

「だって、小動物のほうが有能そうだったから」

 

それを聞いたアリサがなんとも不憫そうな表情を浮かべた。

 

「ちょっとその子に同情するわ……」

「事実だし」

 

僕は少女A――名前を覚える価値は無さそうだった――を思い出し、内心でうなずく。

あの少女は、魔力が水のように満ちた水瓶みたいな存在。

戦場に立つ器じゃない。

 

「まあいいけど……どんな子だったの?」

「アリサの学校の制服着てた……割には頭が良さそうじゃない子」

「魔法って実はとっても身近な存在なのかしら。……それにしてもそこまで言われて……不憫な子」

 

アリサはちょっと顔をしかめた後、遠い目をして見も知らぬ少女に向かって憐憫の情を向けていた。

 

ただしそれはほんの刹那のこと。

 

アリサがいきなりベッドから飛び起きた。

その目は爛々と輝いている。

 

「……どしたの?」

 

僕も身体を起こし、アリサに頸を傾げた。

 

「ジーク! 私たちのこの世界にも、貴方みたいなイレギュラー以外にも魔法という理(ことわり)は存在する…そうよね!?」

「……断言は出来ないけれど、状況を鑑みるに、恐らくは」

「で、ジークの見立てだと、その子は魔法ってモノに慣れてない……つまり、少し前までは魔法の存在を知らなかった。それから推測できるのはその子が生粋のこの世界の人だったって事!

どうして魔法が使えるようになったかは判らないけど、それは元々この世界の人間にも魔法を扱えるだけの素地が有ったってことよね!?」

「もしかして、アリサ……」

 

僕はようやくアリサの言わんとしていることを察した。

 

そしてそれは――――

 

「ジーク、あなたは私に魔法を教えなさい!!」

 

――――僕の想像を裏切らないものだった。

 

 

おまけ

 

Another Side

~ジークが少女A(なのは)の話をしていたころ~

 

「へくしょん!!」

「わ!? なのは、大丈夫? カゼでもひいた?」

「引いてないと思うんだけど…。誰かにウワサでもされたのかな?」

「? この世界の人たちは、自分がウワサされるとくしゃみが出るの?」

「うーん、昔からそういわれてるけど迷信みたいなものだか――――へくしょん!? ひ、ひた(舌)はんだ(噛んだ)~!?!?」

「なのは!?」

 

おしまい

 




2013/06/10改訂
地の文や、描写などを調整
ご意見ご感想などありましたら、コメントにてどうぞ^^

P.S:私のもう一作の『ウィッチーズ~』のほうは、明日更新する予定です。

以下、改定前のあとがき

猫に関しての英文は、中学校時代に実際に出題され、物議をかもした問題ですww
アリサに魔法使いのフラグが立ちました。

念のため言っておきますが、なのは的な『魔導士』ではなく、別口の『魔法使い』です。

また、主人公のセリフへ徐々にカタカナ語が混ざり始めました。彼の進歩にご期待を

なのはの扱いが酷い件:…仕様です♪


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10:魔法使いの弟子、過去の記憶、そしてショッピングへ

10:魔法使いの弟子、過去の記憶、そしてショッピングへ

 

草木も眠り始めるそんな時間、僕とアリサはまだ眠りに落ちてはいなかった。

 

「ん~~!!」

「……肩にそんなに力を込める必要ない。力を抜いて、呼吸するように」

 

アリサが僕に魔法の指導を頼んでから数日。

僕たちの間には一定のサイクル、そしてそれまでの倍以上の共に過ごす時間が増えていた。

 

夕食を食べ終えた後、ちょっと時間を置いて、アリサを先生役に僕の語学の勉強が始まる。

決められた勉強が終わると、今度は僕が先生、アリサが生徒になって魔法の勉強。

 

そんなわけで、必然的に僕とアリサの共有する時間は単純計算で倍増していた。

 

「で、出来たわ! これでどう!?」

「……10点」

「き、厳しいわね」

 

今は僕の指導時間。

練習している魔法は初歩の初歩、物体を飛行させる魔法だった。

 

水の入った1.5Lの“ぺっとぼとる”――ぷらすっちく? を加工して作るとか……。そのぷっすらちく?も、地面を掘ると出てくる燃える水が原料とのこと。……恐るべき発想だ――を浮かばせているのだけど、そのぺっとぼとるはあっちにフラフラ、こっちにフラフラといった感じで、空中に固定できてない。

 

……率直に言わせて貰うと、とても危なっかし――――

 

「…!?」

 

とっさに伏せた僕の頭上を、風斬り音を立てながらペットボトル――……現地語っぽく発音できた!――が通過した。

 

「きゃっ!? じ、ジーク!? だいじょぶだった!?」

「なんとか。……ちょっと、休憩にしよう」

 

――――……訂正、非常に危なかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「アリサはどんな魔法使いになりたいの?」

 

鮫島が淹れてくれたお茶を飲みながら、僕はアリサに尋ねる。

 

「え、どんな魔法使いになりたいか? ……RPGとかのジョブ的な意味で?」

 

 

アリサが学校に行ってる間、この世界の文化を研究するために色々している。

ゲームもその一環だ。

 

……そして、自慢じゃないけど『高○名人の冒険島』をノーミスでクリアした。

宇宙からの侵略者を倒すゲームでは“名古屋撃ち”もマスターした。

連打能力測定器で秒間60連打を記録した。

格ゲーで一度空中に浮かんだ敵に、そのまま連撃を加えて倒す空中殺法もこなせる。

蛇のおじさんを操作するゲームではノーキル&ノーアラートで全クリ。

東方ってゲームのEXTRAも、戦闘で鍛えた動体視力と先読みのおかげで弾幕の美しさを愛でる余裕さえある。

 

僕に死角は無い。

 

「ん、F○とかドラ○エとかの職業的な意味で」

 

この世界(リアル)は科学が発達してるのに、非現実(2次元)の世界では『魔法』の存在を肯定している。

この事から、以前この世界には確かに魔法文化が有ったのではないかという仮説が立てられるのではないか。

 

……非常に興味深い。

この世界の人間の魔法に対する発想、実際に生かせるんじゃないだろうか?

 

それは追々研究するとして、話を戻そう。

 

「そうねえ……。……賢者?」

「アリサがもし賢者に成れたとしても、僕がプレイヤーだとしたら、総魔力量的に勇者のパーティーから外すよ?」

 

もっと手厳しく言うなら、勇者のパーティーに加入した当初は、そこそこパラメーターが高いから使ってもらえるけど、そのすぐ後に入ったメンバーに出番をとられるような扱い。

 

……実を言うと、アリサの魔法の資質を調べたとき、総魔法量が中の中から中の上くらいだった事に、僕は言いようのない安心感を覚えた。

強い素質を持つ者は、必然的に争いへ巻き込まれる。

 

…………この僕のように。

 

 

「く……、才能のない自分が悔しいわ…!」

 

僕は内心のそんな想いを隠し、口を開く。

 

「その言葉、僕以外の人の前で言わないほうがいいよ?」

 

アリサの『才能がない』なんて言葉は、世間一般の人が聞いたらただの嫌味だと思う。

 

「……ま、いいわ。貴方に会えなかったら魔法になんて一生出会えなかったと思うし。……ありがと、ジーク」

「お礼はいらない、魔力の最大量を増やす方法はあるけど、それでもきびしい」

「方法を考えてくれただけでも嬉しいわよ。それにしても賢者はムリか~、ざ~んねん」

 

本当に残念そうなアリサを見るうちに、僕はいつの間にか新たに言葉を紡いでいた。

 

「――――決して魔法使いとして大成できないって意味じゃ無い」

「え? どういうこと?」

「ん。アリサはゲームの賢者みたいに、大魔法・高位魔法をバンバン、全体全回復の魔法をジャンジャン使えない。だから、自分にあった使い方で巧く魔法を使えばいい」

 

僕はそう言いながら、練習用に使われていたペットボトルの一群――総数24本。別名2“だーす”とも表現できるらしい――に手を向ける。

使うのは、アリサが練習していた純然たる、対物飛行魔法。

 

そして、それの行き着く最高峰。

 

ペットボトルが一糸乱れぬ動きで均一な高さ、距離で虚空に固定される。

 

「アリサ、動かないで」

 

僕はまっすぐ向けていた手のひとさし指を『くい』と曲げた。

 

 

その瞬間――――

 

「ひゃッ!?」

 

――――24本の容器が各々別の鋭角的な軌跡を描くと、瞬きをする間もなくアリサを全方位から殺到し包囲する。

 

 

「これがアリサのさっきまで練習してた魔法の行き着く終着点。複数のものを同時かつバラバラに、それを高速で飛ばせるだけで有効すぎる攻撃手段。……現に、僕の師匠の一人はこの魔法と剣技だけで大陸中に名を馳せてた」

 

最強の双剣士と呼び名の高かった師匠。

 

『剣技だけ』と条件をつければ、僕でさえ一閃のもとに切り伏せられる。それほどの腕だった。

 

不利な戦局を一瞬でひっくり返すような大魔法は当然ながら、戦場で戦う剣士に最低限必要とされていた筋力強化の魔法でさえ使えなかった師匠に、唯一使えたこの魔法。

彼はこの魔法を極め、その魔法と己が両手の剣だけで戦乱を戦い抜いた。

 

空を駆ける無数の剣群を従え、蒼銀と紅銀の双剣を手に真っ先に敵陣に切り込んで敵に恐怖を、味方に勢いを与えるその姿。

 

敵味方を通して呼ばれた二つ名は“剣爛武踏”。

 

……そして、あの悪夢の日、最後まで国民を背に庇ったまま戦い続け、………僕の魔法でその生涯を終えた。

 

酒癖は悪かったけれども、守るべき民の笑顔を見るのが大好きな人だった。

 

「…………………………」

「えっと、ジーク……。とっても辛そうだけど、大丈夫?」

 

……そんな表情を浮かべてるつもりは無かったんだけど、アリサがそう言うなら本当なんだろう。

だけど、僕はそれを否定する。

 

「……気のせい。アリサ、今日の練習はこれでお仕舞い。明日は朝からサッカー? とか言う運動の試合を見に行くんでしょ? ……もう寝たほうがいい」

「あ! 明日はすずか達と試合見に行くんだっけ!! 明日はジークも一緒に来る?」

「ん、行かない。午前中はちょっと家でやっておきたい事がある」

「そ、解ったわ。午後からはパパと一緒に買い物に行くから、そのときには付き合いなさいよ?」

 

僕はコクリと頷く。

アリサはそれを見て、満足げに首を縦に振ると「ジーク、おやすみ~」と言って僕の部屋を後にしていった。

 

アリサの気配が遠ざかっていくのを確認して、僕はため息を吐く。

 

「辛そう……か」

 

僕はのろのろとパジャマに着替えると、魔法で何処からともなく一本の酒瓶を取り出し、一緒に出したグラスになみなみと注ぐ。

中身は“火の酒”とも呼ばれる非常に度数の高い蒸留酒だ。

 

魔法の触媒(カタリスト)にも使われるソレを、僕は一息に呷(あお)った。

熱いソレが喉を焼く一瞬を耐えると、僕はベッドに潜り込み、固く目を瞑る。

 

僕は、こうして一度(ひとたび)故郷の人を深く思い出してしまうと、酒精に頼らなければ寝つけない。

 

こうすれば、いつの間にか意識が途絶え、いつの間にか朝が来る。

そう、…こんな風に……意識が………闇に………飲まれ…て。

 

――――僕の意識は闇に落ちた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……いってらっしゃい」

 

次の日、僕は鮫島の運殿する車で出て行くアリサを見送ると、その足でデビッドさんの元へと向かう。

 

「おはようございます」

「うん、ジーク君、おはよう」

 

コーヒーを飲みながら新聞――昨日の出来事が次の日には国全体に伝えられる。……すさまじい情報網だ――を読んでいたデビッドさんが顔を上げ、僕に笑顔を向けた。

 

僕はそれに頷き返すと、デビッドさんに話を切り出した。

 

「デビッドさん、頼みがあります。僕に拳銃以上の火力を持つ銃器の保有許可を下さい」

「……ふむ、詳しく話を聞かせてもらおうか」

 

デビッドさんが、新聞を畳むと、僕に視線を向ける。

僕は昨日の神社での出来事を掻い摘んで話した。

 

この街に起こっている異変とその原因である青い宝石“ジュエルシード”、昨日の魔犬、そして僕以外の魔法使いの存在を。

 

「……つまり、非殺傷のSRゴム弾では相手にダメージを与えるのが難しく、アリサのガードに支障をきたすと?」

「そう。人間用の弾じゃ、ダメ。それに、魔法使いもいる。障壁を張られたら、普通の弾丸なんて徹(とお)らない」

 

……殺していいというのなら、楽なんだ。

素手だろうがなんだろうが、障壁の可能防御力以上の力で攻撃すればいい。でも、そんな硬い障壁を破れる力で殴られたら、魔法使いだろうがひとたまりもない。

 

僕は言葉を続ける。

 

「障壁だけなら、弾丸に対障壁用の術式を埋め込めばどうとでも出来る。問題なのは魔犬なんか問題じゃないほどの防御力を持った魔法生物が出てきた時。

いまの武器じゃ、アリサのそばから離れないでどうにかするのはムリ」

 

魔犬と言っても所詮は“犬”。

 

飛竜(ワイバーン)や岩人形(ゴーレム)、機械人形(オートマタ)が出てきたら拳銃の弾丸なんて、子供の投げる小石みたいなものだ。

牽制の効果もない。

言いたいことを言い終えた僕は黙ってデビッドさんを見つめた。

視線を伏せ、思案に耽っていた彼は一つ大きなため息を吐くと、僕と目を合わせる。

 

「……いいだろう。ただし、人間にはこれまで通りSRゴム弾の拳銃を使用すること。これ以上は譲歩できない」

 

「それで構わないです。……じゃ、ちょっとアメリカまで銃の入手に行ってきます。アリサと買い物に行くまでには戻ってきますから」

 

デビッドさんの前から辞すと、僕は以前作成したアメリカ直通の魔方陣を発動させ、単身アメリカに降り立ったのだった。

 

年齢?見た目?

そんなの魔法でごまかせばいいんだから。

 

 

◇◇◇

 

 

アメリカから無事帰国?した僕は、アリサ、デビッドさん、お供の鮫島と一緒に買い物に出かけていた。

 

其の一  ~ ケータイを買おう!! ~

 

「……ケータイ?」

「そう、ケータイ。アンタは仮にも私のボディーガードなのに、私からの連絡手段がないのはマズいでしょ? どんなのがいい?」

 

アリサの言葉に、僕は周りを見回す。

 

『ケータイ』と呼ばれるものが周りにたくさん置かれてるけど……正直、どれがどう違うんだか解らない。

 

「そういわれても」

「……あー、確かにそうよね。……ジーク、それ以前にあなたケータイってどういうものかは解る?」

 

僕はアリサの言葉に力強くうなずく。

 

「当然だよ、この世界の文化はテレビとか見て勉強したんだから。……ボタンを押してベルトに着けると、ライダーになれるんでしょ? しかも遠く離れた相手と話せる機能がおまけで付いてくるすごい機器」

「ちがーう!! そんなケータイは日曜の朝の30分だけにしか存在しない架空のものだから!! それに通話機能はおまけじゃないから! むしろメイン機能だから!!」

「そんな馬鹿な!?」

 

この世界の科学力なら普通に存在してると思ったのに……!!

 

「……まぁ、早いうちに気づけたんだから良しとしましょう」

「アリサ、ということは、バイクが人型に変形して一緒に戦わないのか!?」

「そのネタはもういいから!!」

 

……夢も希望もない。

 

「……選ぶのは、アリサに任せる」

「それが一番無難そうね。……じゃ、じゃあ私も機種変して、あんたと同じやつの色違いにするから!」

「え? なんで? まだ使えるのに新しいのにするの?」

「ケ、ケータイってのはそういうもんなのよ! そ、それにほら、同じケータイならあんたにも使い方教えやすいでしょ!! けけけ決してジークとお揃いがいいとかじゃないんだからね!?」

 

僕はアリサの言葉に首をかしげた。

 

「……おそろいに何か意味があるの?」

 

アリサが薄っすらと頬を紅くしたまま、表情を引きつらせる。

 

「ふん!」

 

アリサに向こう脛(ずね)を全力で蹴り貫()かれた。

正直、死ぬかと思うほど痛かったです。

 

 

其の二 ~服屋さん~

 

「さて、次はアンタの服ね、服屋さんに行くわよ!!」

「……仕立て屋さんに来てもらうんじゃないの?」

 

僕は首をひねる。

 

「……アンタはどういう世界の住人だったのよ?」

 

いや、確かに僕は王族だったけども――――

 

「……普通じゃないの? 僕の居たところでは、肌着の類を除けば新しい服を買うとしたら王族だろうが庶民だろうが、服は採寸を取ってもらってから作るんだよ?」

 

――――仕立て屋が城まで来てくれる。という点を除けば一般庶民と同じはずだ。……たぶん。

 

 

「そんな非効率なことがあるわけ――――」

「――――いや、恐らくジーク君の言っていることは真実だ」

 

再度否定しようとしたアリサに、話を聞いていたらしいデビッドさんが会話に入ってきた。

 

「え、パパ、どうして?」

「うむ、話を聞いた限りだと、ジーク君の居た世界は我々でいう中世ヨーロッパぐらいの文化水準だと考えられる。

その時代には当然化学繊維は存在しないから、服の原料は必然的に麻や木綿、絹といった物が主流だろう。それらは化学繊維のように大量生産も出来ないから、在庫を作り万人に対応できるようにしたんではなく、その都度注文に応じて製作するというのがデフォルトだったんじゃないかな?」

「……ところどころ解らないところがあったけど、たぶんそれで合ってます」

 

“服”あるいは“布”というのは貴重品だ。

着れなくなった服は、古着屋に持っていって大きさを手直ししてもらったり、古着屋に売ってそこで新しい古着――古いのに新しいって変な表現だ――を買うのが普通。

 

僕は王族という立場上、他国に対して最低限の体裁を保たなきゃいけないから新品ばかりで“古着”には縁がなかったけれど、そういった物流があることは教わっている。

 

擦り切れて着れなくなった服も、ただ捨てるのではなく雑巾として最後まで利用する。

布というのは、農家の方々の血と汗の結晶なんだから。

 

僕はそういったことを掻い摘んで二人に説明した。

 

「……消費社会に生きる私達には耳が痛い言葉だな」

「今度から買い物のときは無駄なものを買わないよう注意するわね」

 

微妙な雰囲気の二人に、僕は首を捻るのだった。

 

 

其の三 ~ペットショップにて~

 

「ま、足りないのはこんなとこかしら。……ジーク、私はちょっとお会計に行ってくるから、このあたりで待ってて」

「ん、わかった」

 

アリサを見送り、僕は周りを見渡す。

 

このお店は動物の飼育品などを扱っているお店らしい。

アリサの家にたくさん居る犬達用の物を買いに来たみたいだけど、細かいところは解らない。

……この世界の文化ならともかく、犬のことまではさすがに勉強していないし。

 

僕は、なんとは無しに周りに積まれているカンヅメ――金属の器に食物を入れて密閉すると、年単位で保存が利くらしい。これを聞いたときには身体に雷が落ちたかのような衝撃が走った――を手に取り、描かれている絵を見て硬直した。

 

 

描かれていたのは――――

 

「……ま、まさか………!?」

 

――――犬の絵だった。

 

 

僕は、カンヅメというものを知った際、鮫島に色々と聞いてみた。

そして解ったことの一つに、『カンヅメの表に描かれている絵は、中身が何かを表すモノ』という事実がある。

その事実から導き出すに、このカンヅメの中身は、犬の肉。

 

…………この世界の人間は犬を食べるのか!? 人類の古くからの友人である犬を!?

 

僕は驚愕の事実に身体を硬直させた。

同時に僕の頭の中で恐るべき推測が立っていく。

 

……アリサは犬をたくさん飼っている。もしやそれは食用?

あの犬達に向ける目は、仲間や家族に向けるものじゃなく、自分の血肉になるモノ達へのだったのか!?

 

「……ア、アリサ、なんて恐ろしい子」

 

僕は久しぶりに戦慄が走ったことを自覚するのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ちょ、イヌの、カンヅメなんてッ……そんな発想、誰も……わ、笑いすぎて、お腹が痛いわ……!!」

「ア、アリサ、そこまで笑ってやるな、ジーク君は大真面目なんだから……ブフッ!!」

「…………ッ(恥)」

 

帰りの車中、意を決して質問した僕は、アリサとデビッドさんに爆笑されていた。

 

「真面目な顔して、何を言うのかと思ったら、『アリサ、この世界ではイヌを食べるんだな!!』って」

「さ、さすがにその発想はなかった!! こ、こんなに笑ったのはいつ振りだろうな!」

 

穴があったら入りたい。……おぉ、この国の諺が咄嗟に浮かんだ、うん、進歩だ。

 

「……そんなに気を落とす必要はありませんよ、坊ちゃん。誰にだって勘違いはあるものです、今こうやって間違いに気づけたのだから、良いではありませんか」

「……鮫島」

 

……運転席からバックミラーを通してやさしく諭してくれた鮫島が、神様に見えた。

 

「鮫島、ありがッ――――」

 

瞬間、首筋に走る怖気。

戦場から離れた今でも本能的に危険を知らせるこの“嫌な予感”は、何度も僕の命を救ってきた。

 

僕は脊髄反射で鮫島に告げる。

 

「――――鮫島!! 車を脇に寄せて!! 早く!!!!」

「!? はい、坊ちゃん!!」

 

躊躇はほんの一瞬、鮫島は僕の剣幕にただ事ではないと察したのか、すぐさま路肩に車を停めた。

 

「ッ、ジーク君、何事だ!?」

「いきなりどうしたってい――――これ……地震?」

 

混乱から我に戻ったアリサのつぶやき。

確かに車が、街が、大地が揺れている。

 

だけどこれは地震なんかじゃない、魔力によって引き起こされたナニカ。

まあ無理もないとは思う、魔法に触れてまだ少ししか経ってないんだから。

……だけど、長年空気と同じように魔力と触れてきた僕には、明らかな違和感として感じられる。

 

……そして、これと同じ魔力と、僕は神社で相対していた。

 

ソレは――――

 

「ジュエル……シード………!!」

 

――――青い宝石の、魔力だった。

 




おまけ:もしジュエルシードが発動してなかったら

「……そんなに気を落とす必要はありませんよ、坊ちゃん。誰にだって勘違いはあるものです、今こうやって間違いに気づけたのだから、良いではありませんか」
「……鮫島」

僕は鮫島のその言葉に救われた気がした。
だがしかし、その心は続く言葉で砕かれる。

「それに、この国にはございませんがお隣の国には犬肉の缶詰も御座いますゆえ、厳密には間違いでは御座いませんよ」
「「「……え゛?」」」

鮫島の言葉に車内の空気が凍るのだった。

2013/6/12改訂
おまけは改訂から追加しました。

実際に犬肉の缶詰は存在します。
国によっては蛙肉も食べますし、ザリガニなんかは高級食材だったりします。
海外の方から見たら日本のホヤとかイナゴとかナマコとか、そんな印象を抱くんでしょうね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11:失くしたモノと、手に入れたモノ

*スカトロ(でいいのかな?)表現あり。苦手な方、ご注意ください。

追伸:作者にスカトロ趣味は無いですよ?


11:失くしたモノと、手に入れたモノ

 

ジュエルシードの魔力を感知した後の、僕の動きは素早かった。

瞬時に僕の髪が白銀に、そして眼は碧く変貌する。

 

「――――『天に煌(きら)めく星々の加護を以て、彼()の者たちを守護の環の内に…「八天方陣」』……!!」

 

即座に発動できる防御魔法の中で、最も硬いモノを発動させる。

……古竜の一撃すら防ぐ魔法なんだけど、瞬間消費魔力が多いのが欠点だ。

 

全周囲に障壁が張られた魔法が、地面の振動から車を切り離す。

 

「これは……!?」

「……収まったの?」

 

咄嗟に僕に掴まってきたアリサをそのままに、僕は追撃に備え気を張り詰めさせる。

 

「一体なにが……?」

「ちょっと待ってて」

 

一変した周囲の景色に唖然とする運転席の鮫島と、状況が解らず混乱しているアリサとデビッドさんに告げて――柔らかにアリサの手も解いておいた――、僕は未だ揺れの収まらない車の外に躍り出た。

 

「これは………樹の根?」

 

安全な障壁の内側から、現在進行形で周囲に起きている異変に目を向けた僕は、この現象の効果範囲に動きを停めざるをえなかった。

 

街の中心に、いきなりそびえたった異様なほどの大きさな大樹。

それから枝分かれし、街中に生えた、少し小さな大樹?――『小さな大樹』……この大樹なのに小さいっていう表現がおかしいのは自覚しているけれど、それ以外に的確な言葉が見当たらない――に、当然のように付随する、これまた巨大すぎる樹の根。

 

キレイに舗装されていた道路は、隆起した根によって無残にも破壊されている。

木々は、街の中心部の半分以上を飲み込んでいた。

 

僕は周囲の安全を確認すると、コンコンと窓を叩いて半分くらい開けてもらう。

 

「ジーク! 外の樹はいったいなんなのよ!?」

 

……こういった非常識な状況に慣れていないから、こんな質問が出来るのかな? と僕は思う。

僕の故郷だったら、原因不明の現象が発生したら、皆がとり合えず全力でその場から離れる。

それが一番自分の命を守れる方法なのだから。

 

「最近、街で起こってる魔法現象が原因」

 

実のところ、アリサにはジュエルシードのことは伝えずに、『原因不明の魔法現象』という風にぼかして伝えてある。

アリサに真実を語ろうものなら、自ら赴いて解決するといいかねない。

これに関してはデビッドさんも『あぁ、アリサなら間違いなくそうするだろうな……』と頷いていたから確実だ。

 

対してデビッドさんと鮫島は冷静さを取り戻している、流石。

 

「転送魔法で、車ごとアリサの家まで送る。そしたら家でじっとしてて」

 

僕は話しながら取り出したチョークで車の周りに魔方陣を書き込んでいく。車一台と、魔法を使えない人間3人を転送する都合上、陣が巨大、かつ複雑精緻になるから、多少手間がかかるのはしょうがない。

 

「ジーク君、君は!?」

「あれを始末したら帰る」

「ちょ!? そんなの自衛隊にでも任せて、私達と一緒に戻りなさい!!」

 

アリサの大声に、僕は首を左右に振り返した。

 

「……それは出来ない相談。こういう広範囲魔力現象は、早く手を打たないと際限なく拡大する。自衛隊とやらが凄いのは知ってるけど、その人たちはすぐ来れるの?

 ……今は街の繁華街あたりで収まっているけど、このままじゃずっと離れたアリサの家のほうまで拡大するかもしれない。

 そうなったら最悪。そこまで大きいともう手が着けられない。……僕の仕事はアリサを守ること。この場合、最善の一手は、アリサたちをこの場から逃がして、アレの手がつけられなくなる前に決着をつけること」

 

デビッドさんとアリサの声を聞き、返事をしながら、僕は魔方陣を完成させる。

 

「しかし、だからと言って君を危険な目には――――」

「――――デビッドさん、危険じゃない戦いなんて、無いです」

 

僕の言葉に、何かを言いかけたデビッドさんの動きが止まる。

 

「じゃ、じゃあ私も残る!! 私だってちょっとは魔法を使えるんだから――――」

「――――あのレベルの魔法じゃ戦闘になんて出せない……鮫島、車のドアをロックして。アリサが出てこられないように」

 

 

ガチャリ

 

 

瞬間、車内で伸ばされたアリサの手より早く、鮫島によって運転席からドアに鍵がかけられた。

 

「っ!? 鮫島、開けなさい!!」

 

「……申し訳ありません、アリサお嬢様。バニングス家の執事として、お嬢様や旦那様を危険に晒す手助けはできません」

 

……鮫島が僕の見込んだとおりの人でよかった。

“家”に仕える人は、“家”の人間のためならば、身内ですら切り捨てられなきゃならない。

 

まったく違うこの世界でも、それだけは変わらなかった。

 

「じゃあ、転送する。家に着いたら、屋敷の中に籠もってて。屋敷には、僕の魔力に依存しない形式の対魔結界が張られてるから、万が一のときは……自衛隊? が来るまで持ちこたえて」

 

僕は簡単に指示を出すと、転送魔法を発動させる。

 

「……ジーク坊ちゃん、申し訳――――」

 

――――深い悔恨に包まれた鮫島の表情。

 

「……ッ! ジーク君、決して無理はしな――――」

 

――――こちらを深く心配する、デビッドさんの顔。

 

そして――――

 

「ジークのバカバカバカバカバカ! 帰ってきたらタダじゃ――――」

 

――――怒り、悲しみ、悔しさ、辛さ、恐怖、様々な感情全てがない交ぜになったアリサの顔。

 

何かを言い切るより先に、三人が乗っていたリムジンと共に姿を消した。

 

「……行こう」

 

僕は頭を振って、寸前の光景を意識から外す。

 

「方向は……あっちか」

 

魔力が強い方向を察知する。

僕は地を蹴って空へと翔けたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

空から巨大な樹を見下ろしながら、僕はこの状況をいぶかしんでいた。

 

これほどまで大きな魔術を発動させるとなれば、かなりの下準備が必要なはず。

だけど、今日街を見てまわったけど、そんな残滓は微塵も感じられなかった。

 

もしこれが“ジュエルシード”単体で下準備なしに引き起こされたものだとするなら、……僕はジュエルシードに対する見方を変えなくちゃいけない。

 

「……ふッ!」

 

僕は頭の片隅でそんな思考をしながら、脚で手近な細さの枝に攻撃を加えてみる。

 

鈍い音と共に枝が折れるが、樹は何の反応も示さない。

折れた部分が修復されるでもなく、攻撃を加えた僕に対する排除行動も起こさない。

異様な大きさという一点を除けば、これはただの樹木。

 

僕はそう結論付けた。

同時に対処方法を模索する。

 

さすがにこれだけ大きいものが対象だと、個人で取れる行動はどうしても限られる。

僕はいくつか上げた案を吟味し、最終的にそれを一つに絞り込んだ。

 

その案とは、前回魔犬を相手にしたときのように、術式の核を見つけ、それを封印する手段。

ただ、範囲が広すぎるから、前回みたいに簡単に核は見つけられない。

時間をかけて見て周れば見つけられるだろうけど、今回はそうも言ってられない

 

だから僕は――――

 

「……御代はここに置いておきます」

 

――――自分の“眼”の代わりになるものを作りあげる。

 

 

僕はさっきまでアリサ達と居たお店――ショッピングモールとか言うらしいけど――に行って、円状に巻かれて売られている針金を手に入れた。

 

この騒動のせいで、お店の人も居ないから、お会計の場所にお金を置いておいた。

火事場泥棒は僕の尊厳が許せない。

店を後にした僕は、針金を手に持ち、唱える。

 

「『……貴方にイノチを授けましょう、仮初<かりそ>めなれど、気高く、清く、聖なるものを。鋼の身体(からだ)に鋼の翼、鋼の魂をその身に宿し、我が下に馳せ参ぜよ』」

 

魔力を込めた言葉。詠唱の途中から、針金の先がスルスルと伸びていき、最後には鋼でかたどられた、本物の半分くらいの大きさの鷹<たか>の姿が現れた。

 

それを幾度と無く繰り返す。

数分後、僕の周りを50羽を越える鋼の鳥が埋め尽くした。

 

「散って」

 

僕のその言葉を待っていたかのように、鋼の鳥達がいっせいに四方八方へと飛び去る。

針金で構成された、簡易的な使い魔。

1体だけの使役なら初級の高位魔法だけど、これだけの数の一斉使役なら上級の最高位に位置する魔法だ。

 

その身に宿った魔力が尽きるまで、創り手の眼となり耳となり、時には刃になって使命を全うする存在。

だけど、この世界の“ろぼっと”のような自我の無い物体でなく、自らの自我をもった存在だ。

……欠点としては、長く共にいると愛着が湧いてしまい、破壊されたときに哀しくなってしまうことだ。

 

話を戻そう。

 

鳥達を見送った僕も再び空に上がり、この魔法の核を探す。

数分後、使い魔から僕の下へ術式の中心の発見を示す連絡が届いた。

 

その報告があった地点に急行した僕の眼に飛び込んできたのは、樹の内に取り込まれた僕より少し年上らしい少年と少女。

少年の手には、青い宝石――ジュエルシード――が鈍く光を放っている。

 

僕は鳥達に周辺の警戒を命じると、封印作業に移った。

その途中、僕の遥か後方で少女Aの魔力が溢れ出たが、気にも留めずに作業を続行する。

 

ただでさえ、このよくわからない危険な宝石の封印作業中に、そんなどうでもいい存在に気を向ける余裕は無い。

僕の顔を、汗が一筋流れていく。

 

そして――――

 

「……封印、完了」

 

――――無事、宝石に封印を施すことに成功する。繊細という点を除けば、それほど難しくはない魔法だ。失敗などありえない。

 

僕は小さい皮袋を取り出すと、それに封印したジュエルシードを仕舞っておく。

いつの間にか停めていた息を吐き、身体を弛緩させた瞬間、使い魔から危険を知らせる警報が寄せられると同時に、その使い魔を含む幾匹が破壊される。

 

その使い魔たちを配置していた方角――僕の真後ろだ――へ振り向いた僕の視界は、……桃色の光に埋め尽くされていた。

 

「――――ッ!?」

 

反射的に展開した、本日二度目、無詠唱による『八天方陣』。

無詠唱での魔法というのは、消費魔力が多いのだが、僕のこの判断は間違っていないと確信する。

 

僕の守りは光線と拮抗し、散らしていく。

桃色の光の奔流に耐え抜いた僕は、その攻撃が飛んできた方向を睨んだ。

 

魔力から判断して、敵は少女Aであるのは間違いない。

 

「……敵対行為」

 

僕は……少女Aを敵と認定した。

 

 

◇◇◇

 

 

~一分後~

 

「ユーノ、どいてそいつころせない」

「お、落ち着いて下さいジークさん!!」

 

僕は少女Aの命を摘み取る一歩手前で、立ちふさがったユーノに阻まれていた。

少女Aは口を開かない……というか話せる状態にない。

 

……………だって口からぶくぶく泡を吹いてるし、眼は白目をむいてる。

……明らかに意識がない。

 

どうしてこんな状況になったのか、順を追って思い返す。

 

少女Aを敵と認識した僕は、ほんの1秒足らずで距離を詰めた。

大きく目を見開き、動こうとする少女Aの腕を取って床に背中から叩きつけ、そのまま身動きが取れないように膝と足を使って手足を押さえ込む。

 

空いた両手に拳銃を持って、至近距離から顔面に射撃。

 

一発だけのつもりだったけど、少女の杖が自動で弾丸を防いでしまったので、腹いせに1弾倉×2(両手)を叩き込むもあえなく防がれてしまった。

対魔法障壁用の弾丸を作る暇が無かったことを悔やんだけど、どうしようもない。

 

この時点で少女Aは、眼前で寸止めされる銃弾への恐怖で気絶。何の打撃も与えられなかったのは癪なので、僕が出せる限界の殺気を叩き込んだら、一瞬目を覚ました後、今度は泡を吹いて気絶した。

 

ちなみにこれはわずか3秒の出来事だ。

 

ようやくユーノが状況を把握して、少女Aから引き離されて今に至る。

 

「ごめんなさい!! 僕がなのはにきちんと射線上を確認するよう、注意をしなかったせいで危険に晒してしまい――――」

「――――ユーノ、ごめんで済んだら戦争は起こらない」

 

話しながらも、僕は微妙に間を空けながら、少女Aに濃密な本気の殺気をぶつけ続ける。

意識を取り戻しかけたらすぐ殺気、これ大事。

 

……僕の本気の殺気は、たぶんこの世界で言うドラ○エのスライムの群れくらいなら瞬殺できる。

 

現に、少女Aも気絶したまま体が痙攣しているし。

どんなに強固な障壁だろうと、殺気を防げるわけもない。

 

「ユーノ、もう一度言う、……『退()け』」

 

僕はユーノにも殺気を向ける。

言葉に魔力を乗せて、力を持たせる。

 

……さっきはユーノに『ころす』といったけど、デビッドさんとの契約がある以上、少女Aを殺すわけにはいかない。

 

だけど、この青い宝石――ジュエルシード――の戦いに介入させるわけにはいかない。

 

だから、肉体は殺さずに少女の心を恐怖で砕く。

しばらくの間、こんな場所にしゃしゃり出ようだなんて思えないほどに。

コレが危険なものとわかった以上、こんな初心者に任せてはおけない。

この少女は、僕の仕事の邪魔になり得る。

 

……なら、その不安の芽は摘み取っておく。

 

「退け……ません!!」

 

だけど、殺気を受けて体を強ばらせながら、四本の脚を震わせながらも、ユーノはそう宣言した。

内心でその事に驚くけど、僕はそれを表には出さない。

 

ただ、未だに握り慣れない両手のケンジュウをユーノに向けるだけだ。

 

「そう、じゃあ仕方な――――」

「なのはには指一本ふ――――」

 

辺りを漂う匂いに、今にも動き出そうとしていた僕たちの動きが止まる。

御手洗いなど嗅ぐ、ツンと鼻を刺すような匂い。

 

ユーノと僕はお互いに目を見合わせ、同時に首を振る。

消去法で、匂いの発生源であろう少女Aに僕たちの視線が向けられ――――

 

「……………………ばっちい」

「なっ、なのはぁ!?」

 

少女Aは、気絶したまま大洪水――あえて正確な表現にしないのは、せめてもの慈悲だ――を引き起こしていた。

 

オロオロとうろたえるユーノとは逆に、僕は少女Aから視線を逸らしてやる。

敵とは言え、そんな姿を見たら男としてダメだろう。

 

本気で殺気を向けていたけど、まさか漏らすとは思わなかった……。

僕はため息を吐くとそんな一匹と一人に背を向ける。

 

「え!? ちょ!? ジークさん」

「……興を削がれた、帰る」

「とり合えずこの状況をどうにか――――」

 

ユーノが半泣きだけど、知ったことか。

 

「――――僕の仕事に“お漏らし少女”のお守りは入ってない」

 

……まぁ、漏らすほどの恐怖を体験すれば、二度と戦おうとは思わないだろう。

そう言い捨てると、僕は縋<すが>るようなユーノの声を無視してその場を立ち去ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ただいま~」

 

時刻はすでに深夜。

 

あの後すぐに帰れば良かったのに、どんな顔をしてアリサに会えば解らなかった僕は、飛行魔法を使わずにわざわざ徒歩で帰路に着いていた。

 

かなり距離があるとは言っても、大陸の端から端までの距離が有るはずもなく、遅かれ早かれ到着することは自明の理だった。

明日の朝、何食わぬ顔で食事の席にでればいいな。と僕は足音を殺して、真っ暗な自室に滑り込む。

 

まだ慣れていない部屋、手探りで照明のスイッチを探す。

 

 

パチリ

 

 

「……ッ!?」

 

勝手に部屋の明かりが点いたせいで目がくらんだ。

眩しさから回復した目に飛び込んできたのは――

 

「……遅かったわね、ジーク」

 

――妙な威圧感をまき散らかす、アリサの姿だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……さて、ジーク。今の内に言っておきたいことは?」

「…………この座り方は、なんていう拷問?」

 

僕はアリサの威圧感に気おされて、ベッドに足を曲げた変な座りかたで座らせられていた。

正面では僕と向かい合うようにアリサも同じ座り方で座ってる。

 

「ああ、それは“正座”って言って、この国の公の場の座り方だけど……慣れていない貴方には拷問になるわよね」

「…………………………」

 

説明はとても丁寧なのに、何ともいえない気配が滲み出ている…。

 

「……言いたいことは以上ね? ……どうして今日の昼間、あんなことしたの?」

「それは――――」

 

アリサの言葉に、僕の言葉は遮られる。

 

「――――どうして私やパパや鮫島を逃がして、アンタも一緒に逃げないの? 初めて会ったときも、今日も、危ないって解ってるのにどうして立ち向かうの?」

「アリサ、僕は――――ッ!?」

 

僕が口を開いた瞬間、いきなり立ち上がったアリサに押し倒される。

不意を打たれたのと、痺れる足のせいでまったく反応できなかった。

 

僕の腰に跨(またが)って動きを封じ、両手が僕の両手首を掴んでそのままベッドに組み敷かれる。

昼間、僕が少女Aにした格好に似てるけど、状況がまるで違う。

 

普段のように縛られていないアリサの長い髪が垂れ、幕のように僕たちの視界を部屋から切り離し、僕とアリサ、二人だけの空間を作り出した。

 

「――――ジーク、私の魔法じゃジークを助けてあげられないの? ……怖い、怖いのよ、これからもこんな事があった時、一人残ったジークが帰ってこなかったらと思うと………!」

 

アリサの瞳からこぼれた雫<しずく>が僕の頬に落ち、流れていく。

その慟哭は、鋭い棘となって僕を突き刺した。

 

「……ごめん、アリサ。心配かけた」

「……命令よ」

「……?」

 

先ほどまでの弱弱しい態度から、唐突に強い言葉が飛び出る。

 

「護衛対象の私の命令よ? 聞けないの?」

「……依頼主はデビッドさんだけど、護衛対象からの命令なら聞いても大丈夫」

「そう………」

 

小さくつぶやいたアリサから腕の力が抜け、彼女の身体<からだ>が薄い寝巻き越しに密着する。

 

「あ、アリサ?」

 

戸惑う僕を知ってか知らずか、アリサが僕の耳元に口を寄せた。

 

「ジーク、私に力を…………魔法を教えて」

「……今だって魔法は教えてるけ――――」

「――――ゴメン、言い方が悪かったわ。……ジーク、私に力を…どんな戦いでも貴方の隣に居られるような魔法を教えて……!」

 

アリサの言葉に、僕は反射的に首を左右に振った。

 

「……アリサは解ってない。普通の魔法を教える分には僕も構わない、だけど戦いの魔法……しかも僕の隣で戦える位の力ってことは、戦いで、もしかしたら訓練の段階で死ぬかもしれないって事。

……僕は護衛としてアリサを守らなきゃいけない、だから――――」

「――――護衛である以前に、あんたは私の友達でしょ! 私は友達を危険に晒して、一人守られてるなんてイヤなの!!」

「……友、達?」

 

鏡が無いから正確なことは言えないけど、きっと今の僕の顔はこの国で言う“鳩が豆鉄砲で撃たれたような”顔をしているに違いない。

……恥ずかしい話しだけれど、僕は“友達”というものを概念でしか知らない。

当然の事だとは思う。

 

『王子』という立場上、同年代の子と触れ合う機会は無かった。

 

基本的に毎日が大人に混じっての勉強と剣技・魔法の訓練ばかり。

実力を認められ、騎士に叙任されて戦いに出るようになってからは更に忙しくなってそんな暇もない。

 

物心付いた頃、本を読んでて“友達”という意味が解らなくて、周りの騎士の仲間達――皆僕より20歳は年上だ――に聞いたら『お互いに信頼し隠し事などもしないような、好感を持てる間柄』って答えを貰った。

 

『……じゃあ皆は僕の友達?』

『友達か……と言われれば「いいえ」です。私達はジークに友愛の情も信頼もありますが、それ以前に臣下として接さざるをえませんから』

『ですね。「友達」というよりは「戦友」というか「部隊全体の弟」ですし。……俺じゃ歯が立たないくらい強いですけど』

『そうそう。どっちかってぇとそっちだな、こんなむさ苦しい男どもに囲まれてたら難しいかもしれないが、何でも話し合える同じ年くらいの「友達」を作ってくだせぇな』

 

『……じゃあ“友達”ってどうやって作るの?』

『どう作るの?……と言われましても、料理みたいにレシピがあるわけじゃないですからねぇ……』

『自分も意識して友達を作った覚えは無いですね。いつの間にか友達になっていた……という感じです』

 

こんなのが、僕と騎士達の間でずっと昔に交わされた会話だ。

 

僕はその言葉が信じられず、アリサに聞き返す。

 

「アリサは僕を“友達”って思ってくれるの?」

「当然でしょ! 一緒にご飯食べて、遊んで、勉強して! これで『友達じゃない』とか言ったら殴るわよ!?」

 

ものすごい剣幕で、アリサが僕を怒鳴りつける。

 

そんな風に大真面目に怒るアリサを見て、……僕はこんな状況――いまさらだけどベッドに押し倒されてるんだよね、僕――なのに無性に可笑しくなって笑いだしてしまった。

 

「……あは、あはははっ」

「ちょ!? 何が可笑しいのよ!? 私何か変なこと言った!?」

 

いきなり笑い出した僕に、アリサは顔を紅くして困惑と怒りが入り混じった表情を浮かべている。

 

……うん、当然の事だと思う。

僕だって、真面目な話しをしているのに、相手がいきなり笑い出したらそんな風になるだろうし。

 

そんなアリサの隙を突いて僕は体を起こし、組み敷かれていた状態からきちんと目の高さをあわせた。

そしてそのまま笑いながら、アリサに正面から抱きつく。

 

「え!? ちょ!? ジーク、私まだ心の準備がッ……!?」

 

アリサが混乱して何か喚いているけど、そんなことを気にする余裕は今の僕には無かった。

 

――――ああ、友達を作るのってこんなにも簡単なことだったんだ。

 

“故郷”を失くして、それと一緒に同じ部隊の騎士“仲間”を亡くして、何もかも無くして独りでセカイを飛び出したのに、遠く離れたこのセカイで作り方も分からなかった“友達”が出来た。

 

……こんなに不思議なことは無い。

 

しばらく笑い続けようやく笑いが収まった僕は、途中から僕の笑いを停めることを諦めたらしいアリサに話しかける。

無論、抱きついたままだ。

 

「……アリサは僕の友達で、アリサにとって僕は護衛である前に友達……でいいんだね?」

「…………ようやく笑い止んだと思ったら、言いたいことはそれだけ? ……そうよ、それで合ってるわ」

 

顔は見れないけど、呆れた声でアリサが僕に告げる。

 

「ん、わかった。アリサは僕の友達で、僕はアリサの友達。……これからは、“アリサの護衛”の仕事としてじゃなく“アリサの友達”として、義務とかそういうこと関係なくアリサに魔法を教えるし、実力が伴えば仲間はずれにしない」

「……そ、もっと渋られるかと思ってたわ、……ありがと。でもいいの? 頼んだ私が言うのもなんだけど、ジークの敵って危ないんでしょ? ジークがパパに怒られちゃわない? 『アリサを戦いに巻き込むな』って」

「それは、大丈夫――――」

 

アリサを抱きしめていた腕から開放して正面から向き合い、恐らく故郷を離れてから初めて、心からの笑顔で告げた。

 

「――――もうこれ以上何も失くしたくないから。初めてできた“友達”のアリサを護ってみせるから」

 

アリサは、紅い顔で百面相をしているみたいに表情を様々に変えながらそんな僕の言葉を聞いて――――

 

「…………うん。……これからよろしく、ジーク」

 

――――今日一番の顔の紅さで俯いたまま、そうつぶやき返してくれたのだった。

 

これがきっと、僕がこのセカイに“意味”を抱いた瞬間だったのだと、ずっと後になってから思うようになったのだった。

 




予定より1日遅れましたが、無事(改訂)更新。
書き直していくと、いろいろ矛盾点が出てきて凹みますねぇ……

ご意見ご感想ご質問etc、お待ちしております。
感想を餌に、私はSSを書くのです(笑)

同時に評価もいただけたりすると、嬉しいです^^

2013/06/15:改訂済


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12:魔法使いの杖

信じられないだろ、3ヶ月ぶりのお休みと思ったら、これから緊急でバイトに召集されるんだぜ……。

と愚痴りつつも更新;;

休暇が欲しい、連休なんて贅沢は言わないから1日でいい;;


12:魔法使いの杖

 

カチャカチャ、カチャカチャカチャ

 

アリサが学校に行ってる間、僕は部屋に籠もり、ちょっとした工作を行なっていた。

朝から始めたのに、もう日は傾いて部屋の中を茜色に染めている。

 

カチャカチャ、カチャカチャカチャ……パチリ

 

「……ひとまずは、完成」

 

自分で引いた図面と見比べて、誤差が無いか綿密に確認を繰り返す。

……うん、我ながらいい仕事。

これで“外枠”は完成、後はコレに“力”を込めるだけ。

僕は懐から拳を縦に二つ重ねたくらいの大きさの水晶と、ナイフを取り出す。

水晶を机に固定して、動かないことを確認すると、ナイフを手首に当てる。

 

そして――――

 

「えい」

 

―――― 一思いにナイフを一閃した。

 

「わととと……」

 

僕は傷口から勢いよくあふれ出た血を顔に跳ねさせながら、受け皿に入れた水晶に掛けていく。

水晶と血が触れた場所が、ほのかに光を発した後に血を吸って紅く染まっていく。

 

「……こんなものかな?」

 

水晶が血を限界まで吸ったことを確認すると、僕は傷口を舐めて血を止める。

同時に、部屋の扉が開かれて、学校から帰ってきたアリサが顔をのぞかせ――――

 

「ただいま~……ってあんたは部屋で何をやってるのッ!? 何でアンタの周囲3メートルが殺人現場みたいにスプラッタな状況になってるのよ!? そこに正座して何やってたか話しなさい!!

やっぱその前に手に持った刃物置きなさい!!」

「……血溜まりに正座するの?」

 

流石にそれは、僕としてもご遠慮願いたいよ?

 

「~~~~ッ! ああもう! 血は止まってるみたいだから、お風呂に行ってさっさとその血を流してきなさい!! 話はその後で聞くから!!」

「ん。分かった、入ってくる」

 

確かに血は乾くと、こびり付いて落ちにくくなるから

 

「ちゃんと血をキレイに流してくるのよ!(……まったく、いきなり見たとき私がどれだけ心配したかも知らないで…………)」

「うん? 最後に何か言った?」

「言ってないわよッ! いいからさっさと入ってきなさい!」

 

これ以上怒鳴られないために、僕はそそくさと部屋を後にするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「…で、何をしてたのか正直に話してもらうわよ?」

「アリサにプレゼントを作ってた」

 

お風呂上がり、ホカホカ気分のまま正座で尋問される僕……“しゅーる”だ。

僕は今日1日掛けて組み上げたモノをアリサに差し出した。

 

「……これ……『杖』?」

「そう」

 

僕が差し出したのは、アリサの身長より長い金属製の杖。

さっき僕の血で赤く染めた水晶は、その先端に取り付けてある。

 

僕が使うんだったら装飾なんて付けないけど、女の子のアリサのために装飾をつけて見栄えをよくしておいた。

 

「綺麗な杖……でも、何で今更? 魔法の訓練を始めたときには渡してくれなかったのに」

「本気で僕と一緒に戦いに出るとしたら、アリサじゃ足手まとい。それを補うには、いい武器で底上げするしかないから」

 

……あーるぴーじー――当然だけど“携行型対戦車砲”のほうじゃない――と同じだ。

レベルも上げずにボスと戦うには、強い武器を手に入れるしかない。

 

「ふ~ん。……でもソレとさっきのリストカット……手首を切ってた事は何の関係があるのよ?」

 

……? ……ああ、そっか。この世界には魔法が存在しないから、分からないのか。

 

「……あれは、杖の材料として、血が必要だったから。魔術師の髪や血には魔力が宿る、魔法関係の武器や防具を作るときに血は比較的“ぽぴゅらー”な材料」

「へ~、ファンタジー物の小説なんかでもそういうのがあったりするけど、ホンモノがいうと説得力があるわね~」

「試しに持ってみて。……けっこう自信作」

 

久しぶりに作ってみたけど、腕が鈍ってなくてよかった。

 

「あれ? 意外と軽いのね? この杖、綺麗だけどゴツいから結構重そうなのに…」

「ん。鮫島に頼んで買ってきてもらった金属パイプとかを材料に『軽化』と『強化』の魔法を重ねがけして部品を作った後、溶接の魔法で杖の形に組んで、最後に先端に水晶を付けて完成。……材料たったの2980円」

 

☆材料内訳☆

ステンレスのパイプ ほぉむせんたーで購入

各部金属パーツ 同上

水晶 手持ちの材料

 

☆作り方☆

1.完成像を思い浮かべます

2.パーツを力技――筋力強化の魔法――で“くにゃ”っと好みの形に加工します。

3.パーツに『軽化』・『強化』の魔法を“これでもか!”というほど重ねがけ。

4.溶接の魔法でパーツをくっ付けて、外郭は完成

5.ナイフと、水晶を手元に用意します。

6.ナイフを手首に添えて“すぱぁっ”っと切ります。

(※注意1 躊躇うと逆に危ないので一気に行きましょう)

(※注意2 止血できる準備をしておきましょう、失敗しても責任は取れません)

7.血が新鮮なうちに水晶に掛けます。

8.紅水晶が完成したら止血し、水晶についた余分な血を落とします。

9.紅水晶を4で完成した外郭へ組みこんだら完成です。

 

「安っ!? 下手したらお昼のショッピング番組の商品より安いわね!? ……そんな材料でいい杖なんて出来るの?」

 

うん、まぁ、普通の魔術師が作ったんだったらダメだけどね――――

 

「ゲームで例えるなら、クリア後に手に入るオマケ武装並みにいい杖だよ?」

 

――――杖の核が……もとい血の格が違うから。

 

「何そのチート武器!?」

 

アリサが唖然とした表情で僕を見ている。

……ちょっと、恥ずかしい。

 

「材料費は2980円、だけど売ったら小さな国一つ買えるから」

 

僕は控えめに胸を張って自慢する。

この体に流れている妖精の血は、それくらいの価値がある。

元いた世界で僕を追っていた人間の中には、僕を生け捕りにして一儲けしようという集団だっていたんだから。

 

そんなことを思い出しながらも、表情には浮かべない。

 

「うわぁ……スゴイのねこの杖。……でもいいの? そんな貴重な杖を貰っちゃって」

 

……価値を知って怖気づいたのか、腰が引けているアリサの姿を見て楽しんでなんか無いよ?

 

「構わない。アリサは友達、だから対価は要らない」

 

僕はアリサに杖を押し付けた。

僕には無用の長物、殴るくらいにしか用途が無い。

 

ちょっと躊躇うそぶりを見せたけど、アリサは一度頭を振るとそれを受け取った。

 

「ありがたく使わせてもらうわ」

「それでいい」

 

これがいま僕に打てる最高の手段。

後は、僕がどれだけ上手に“闘い方”に教えられるかと、アリサの努力しだい。

 

本当は、一ヶ月くらい掛けて基礎から鍛え上げたいけど、いつ次の事件が起こるかわからない以上しょうがない。

 

「後でアリサの戦装束を作るから、それが終わったら技術や理論を後回しにして戦闘訓練を始める。1週間でとり合えず戦いに出せるくらいには鍛えるつもりだから、覚悟して――――」

 

――――臨(のぞ)んで欲しい。

 

そう繋げようとした僕を、アリサの言葉が停めた。

 

「――――5日よ、どんなに厳しくてもいいから5日で教えて。」

「いや、それは――――……わかった」

 

……もちろん最初は止めるつもりだった。

けど、アリサの目を見てやめた。

 

あの目に宿ってる意思の光は、ホンモノだ。

 

その意思を頭ごなしに止められるはずも無い。

 

「明日から5日間、習い事やお稽古は全て断って。学校から寄り道しないで帰ってくること、……それが5日で教える条件」

「わかったわ、明日からヨロシクね。……『センセイ』って呼んだほうがいいかしら?」

 

「……別に名前でもどっちでもいい、だけど『師匠』の方が好み」

 

…………取り急ぎ、明日からの練習のため今日は徹夜で針仕事――アリサの戦装束造り――に打ち込む必要がありそうだった。

 

 




2013/6/22 改訂済み

さて……アリサをどれだけ強くしてみたものか…。
戦闘スタイルは、とりあえず物理型(?)魔法使い。

亀更新ですが、ご容赦いただけると幸いです。
また、ご意見ご質問などあればどうぞ。
くだらない事から裏設定まで、出来うる限り細かくお答えいたします(感想欄など参照)

ではまた次の更新でお会いしましょう ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13:~幕間 戻らぬ過去~

期末考査が終わるまでは更新しないつもりだったんですが、テスト失敗したので厄落としに(?)投稿……

今回は過去話です、唐突ですがご容赦を・・・・・・
たしか当時これを書いたときは、スランプで『過去編でも書いてみるか!』ってノリで書いた記憶があったり無かったり。


~幕間 戻らぬ過去~

 

 

突き抜けるような晴天の下、城内の中庭に僕のあきれた声が響く。

 

城……と言っても、御伽噺(おとぎばなし)に出てくるような高い石造りの城ではなく、周囲を城壁で囲んでいる巨大な邸宅っていうのが正しい表現だと思う。

 

もともと街の周囲は見上げると首が痛くなるほど高い城壁で囲まれている。

つまりはこの街そのものが巨大な城のようなもので、差し詰めこの屋敷は城で言う“本丸”みたいな物だ。

 

この都市(くに)は自由商業都市『アルカディア』。

どの国家にも属さず自立、各国に囲まれた地でありながら流通の要所にある事、そして少数精鋭、強力な魔法騎士団を持つ事で自治権を守る都市国家だ。

 

 

……話を戻そう。

 

 

僕の目の前に居る細身で長身、藍色の短髪で掴みどころの無い男……彼が僕の師匠の『レンフィールド・フォン・メイザース』だ。

 

「……師匠、訓練の前に酒を馬鹿飲みするのは愚かだと思います」

 

僕は訓練用に刃引きされた剣を腰に下げたままため息をはいた。

刃引きされた剣による訓練とはいえ金属の塊ではあるから、斬りつけられたら間違いなく骨折する。

だから、僕も師匠も得物以外は完全な戦装束。

 

僕は魔鋼金属製の肩当て・胸甲・腰当て・手甲、武装は片手用長剣と魔鋼金属製の盾、後は体の各部に小刀が備えられている。

 

対して師匠は龍革製の革鎧一式。武装は愛用する片刃の双剣『紅空(べにぞら)』『蒼天(そうてん)』の刃引きされた影打ちのみ。

……後は、手に持っている安酒の酒瓶だろうか。

あの大きさの瓶なら充分鈍器になる。

 

……酒は命と豪語する師匠が、酒瓶を武器にするとも思えないけど。

 

「我が弟子ジークよ、甘いな……。少し酒が入ってた方が動きにキレが出るって――――うぇっぷ」

 

……飲みすぎて吐きかけているこの人間がこの国、それどころかこの大陸最強の剣士だとはとても見えない。

この酒癖の悪さが無ければ非の打ち所のない人なのに……。

 

「どうします? 酔いが醒めるのを待ちますか?」

「……うんにゃ、剣を振るってた方が気が紛れる」

 

師匠がふらつきながらも立ち上がる。

 

「本当に大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。酔いの醒めるような鮮烈な攻撃を頼――――」

 

――――話しが終わる前に距離を詰めて抜剣、首筋に向け本気で振るってみた。

 

しかしその一撃は師匠が抜いた剣に迎撃されて不発に終わる。

 

「ちょ!? おま!? 万が一止め損ねたらどーするんだよ!?」

「……不意を打ったのに“万が一”なんですね、僕の攻撃が師匠に通るのは」

 

……僕と師匠とのこの理不尽なまでの力の差は何なんだろう?

僕は師との差にため息を吐くしかない。

 

「うんにゃ、並の奴なら剣の柄を握った瞬間にソイツのクビが飛んでるからな。お前さんは充分一流だよ」

「……それは、褒めてるんですか?」

「おう」

「…………」

 

……正直に言う、そこまで認められようと師匠に勝てるとは全く思えない。

そんな思いが顔に出たのか、師匠が苦笑いを浮かべた。

 

「やれやれ、将来はこの国を背負って立つご身分――王子様――なのに何処まで剣の高みに至ろうとするんだか……」

「……この街(くに)と市民(こくみん)を守れるくらいの高みまで」

 

僕の答えを聞いた師匠が呆れた表情で、僕の頭を小突く。

 

「戦いは大人に任せて、年相応に遊んだらどうだ?」

「“年相応”って言われても、周りは年上ばっかりですから」

「……それが最大の問題だよなぁ」

 

師匠がため息を吐くけれど、僕は剣の修行が楽しいから別に気にならない。

 

「……それより師匠は早くお相手を見つけたらいかがですか? 身を落ち着けろとお父君から急かされているのでしょう?」

「余計なお世話だ! 俺だってその気になりゃあオンナの一人や二人……簡単に…………簡単に…………」

「…………」

「…………」

 

えもいわれぬ沈黙が僕たちの間に落ちた。

 

「……良いんだ良いんだ! 俺は酒と添い遂げるんだ!!」

「……すいません、謝りますから拗ねないでください」

 

呑んだくれてなければいい男なんだろうけど、いつもこんなだから……深く語らないであげるべきだろう。

 

「…………ええい! どうしてこんな話題になった!? 訓練だ! 訓練を開始する!! 使用可能なものは、己の体と両の手の武器と剣技のみィ!!」

「……ん。わかりました」

「準備はいいな? じゃあ始めェ!!」

「ちょっと僕の準備はまd――――ッ!!」

 

金属と金属がぶつかる甲高い音が響く。

 

(イカズチ)の如く斬り込んできた師匠の双剣を、左手に持つ盾で受け止める。

けど、勢いを殺すことが出来ず、腕1本分ほど後退させられた。

 

僕は魔法で自分の筋力を強化して戦っているが、筋力強化の魔法すら師匠は純然たる生身。

本来なら拮抗するはずも無いんだけど、師匠は拮抗どころか軽くソレを凌駕してくる。

……あぁ、なんて理不尽な。

 

心の中でそう呻いた刹那、師匠と僕の視線が交差した。

 

「フッ……!」

 

一気に左腕に力を込めて双剣を上に弾くと、その勢いのまま独楽(コマ)のように1回転して、がら空きになった師匠の胴体に剣を振るう。

双剣が弾かれた瞬間に師匠が全力で後ろに飛ぶが、それは読み通り。

 

読んだ上で、ただ普通の一閃を放つはずが無い。

 

「アルカディア騎士団流魔法剣闘術、壱の型、『烈斬』」

 

僕の剣の斬線に沿って、魔力で編まれた刃が飛ぶ。

風を斬り裂き高速で駆ける魔法刃が、狙いを違<たが>わず着弾する寸前、後退し地に足を着いた師匠がそれを迎撃した。

 

「ハッ! 我流剣技『朧霞<おぼろがすみ>』!」

 

双剣が目にも止まらぬ速さで縦横無尽に幾重にも奔った。

ガガガガガッという音が刃から響き、魔力刃が粉々になって四散する。

 

「……非常識にも程があります」

 

普通、魔力刃に対抗するには障壁で受け止めるか、同じく魔力刃で相殺するのが一般的で、何の加工も施されていない純粋な金属剣でいとも簡単に魔力刃を破壊できるのは、世界広しと言えども師匠以外に存在しない……と信じたい。

 

“一点への瞬時多重斬撃”……師匠が行なっているのはそういう行為だ。

 

魔力刃という存在は、結合した魔力の集合体……みたいなもの。

師匠がやってみせたのはその魔力結合の一点を破壊することで、魔力刃の構造を連鎖的に破壊している……言葉にすればこれだけだけど、実行するのは至難の業だ。

 

……さすが、“剣爛武踏”の二つ名は伊達じゃない。

 

これが戦だとこの剣技に加えて、浮遊魔法によって浮かべられた無数の剣が全方位からそれぞれが意思を持ったみたいに飛んでくるんだから、想像しただけでゾッとする。

 

「ほらほらまだまだァ! それで仕舞いか!?」

「……まだまだ、訓練は始まったばかり」

 

さらりと言い放つと、僕は剣を握りなおす。

 

次の瞬間、高速移動技法“瞬動”で師匠に肉薄すると、僕は再び剣戟を開始する。

 

そして――――

 

 

◇◇◇

 

 

「――――師匠はホントに純粋な人間なんですか?」

 

現在、試合の反省会の真っ最中。

……うん、もちろん負けたよ?

 

“はふはふちゅるちゅる”と、初めて食べる目の前のものに息を吹きかけ冷まして口に運びながら、僕は師匠に問いかける。

 

「む、失敬な。お前と違って、俺は純粋な人間だぜ?」

 

いかにも『心外だ』という表情を浮かべる師匠。

 

「亜人種……特に蜥蜴人系の血を引いてたりはしません?」

「んなわけないだろ、俺の体の何処にウロコがあるよ?」

 

知ってる、聞いてみただけだ。

 

「……確かにウロコは無いですけど。…………じゃあ、あの訓練中のアレは一体どうやって」

「ん? 俺何か変なことしたっけ?」

 

……本当に心当たりが無いらしい。

僕は意を決して口を開いた。

 

「普通の人間は、壁を走らないです」

 

今日、僕の“師匠の信じられない行動烈伝”に新たな伝説が刻まれていた。

 

それは訓練の途中、僕に中庭の片隅にまで追い詰められた師匠は、中庭の壁を走って逃げると言う奇想天外な行動だ。

 

真剣な僕に対し、師匠は“ずぞぞぞぞぞッ”と凄まじい音と共に目の前のお椀の中身を口の中へと消していきつつ答えた。

……というか僕と同じものを食べているはずなのに、どうしてここまで音が違うんだろう?

 

「あ? あれか? あれは、ほら、アレだよ……勢い?」

 

……なんで疑問系。

 

「…………(ジト目)」

「……いや、仮にも師匠をそんな胡乱な目で見るなよ。ホントだって、勢いつけて走れば出来るんだよ!?」

「僕だって中庭の壁の一面くらいなら出来ますよ? でも師匠は中庭の壁を延々とぐるぐる走れるじゃないですか、もっと言えばさっき走って城壁乗り越えたじゃないですか……非常識極まりないです」

 

走って上れるような壁じゃ、屋敷の防衛網を見直す必要さえあるんだけど。

 

「…………………………ああ、そういやこのメシはどうだ? 東方の国の料理で“うどん”とか言うらしいぞ?」

 

形勢不利を悟ったらしい師匠があからさまな話題転換を行なった。

ここで師匠の傷口をえぐるように追撃を加えるほど僕は残酷じゃない。

 

「はい、つるつるしてて食べにくいですが、美味しいです」

 

今更だけど、僕たちは城の外の『屋台広場』と呼ばれる所に居た。

この広場は名前の通り、小さな飲食店が軒を連ねている一角だ。

 

店を持つほど資金が無い人々や、流れの料理人などが屋台を借りて店を出している。

 

『ここにくれば大陸中の料理が食べられる』……そういう話しがまことしやかに囁かれているけど、あながち間違いじゃない。

 

交易都市でも有る此処は各地の食材も集まってくるから、誰がどんな材料を求めようと大抵対応できる。

料理人にとっては夢の如き環境だとも言われているが、あいにく僕はその辺りに詳しくないからなんとも言えないけど……。

 

「他の騎士連中が話してるのを聞いてな、一度行ってみようと思ってたんだが当たりだったな」

 

話しながらも、お椀の中のつゆを一息で飲み干した師匠が“ふぅ~”と一息ついた。

すっかりくつろぎ体制に移行した師匠を横目に僕はあくまで自分の速度で食べ進め、少し遅れて完食する。

 

そして、重大な事態が現在進行形で進んでいることを突きつけた。

 

「師匠、僕を城から連れ出すこと……許可取りましたか?」

「…………ヤベェ」

 

師匠の頬に冷や汗が流れた。

 

「というかそれ以前に『メシだ、メシに行くぞ! 最短距離でな!』って言いながら僕を担いで城壁駆け上って城から出ましたけど、事情を知らない人が見たら、城から誰かを担いで逃亡した怪しい人間ですし」

 

心なしか、雑踏にまぎれて僕を探す仲間の騎士たちの聞こえてくる。

同時にそれに比例するように師匠の顔色が青くなってきた。

 

「…………ふ、酔った勢いってのは恐ろしいぜ!」

「何でも酒のせいにすればいいってもんじゃないですけど?」

 

爽やかに笑って誤魔化そうとする師匠を、僕は笑顔で追及する。

間違っても負けた腹いせなどではない、断じて違う。

 

そうこうしているうちに、明らかに僕を探している声が聞こえてきた。

 

「……さて、ジーク、……食後ではあるが帰りは城まで競争だ! 今ならまだ誤魔化せる!」

「手遅れだと思いますけど……」

 

うどんの代金を払う師匠を待つ間、軽く筋肉を解す。

 

「まだ間に合う! というか間に合わないと俺の給料が減らされる! 経路は自由、追っ手の騎士に捕まったら無条件で負けだ! それでいいな!?」

「はい、了解です」

 

あたふたと財布を仕舞っている師匠とは対照的に、僕は静かに競争の開始を待つ。

 

そして――――

 

「位置について――――」

「――――よーい」

 

僕と師匠の声が重なる。

 

「「ドン!!」」

 

――――僕たちは、城へと向けて駆け出した。

 

 

◇◇◇

 

 

――――この一ヶ月後、街が滅び、この日常が二度と見られなくなるとは思っていなかった。

 

――――……思えるはずも、無かった。

 

……これは僕の取り戻せない、遥か遠くの故郷での、大切な、大切な思い出。




2013/07/18:改訂完了
旧版とは各所変更あり。


以下、どうでもいい戯言

島風ちゃん、ウサ耳可愛い。
雷ちゃん、八重歯可愛い。
電ちゃん、なのです可愛い。
文月ちゃん、ドジっ娘可愛い
皐月ちゃん、ボクっ娘可愛い。
響ちゃん、銀髪可愛い。

全て改造済みの艦娘たち。
ふと悟る、『やっぱり私は貧乳が好きなんだ!』と。

『艦これ』横須賀鎮守府にて提督中。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14:戦装束

……え、期末考査?
……もうどうにでもな~れ♪(レイプ目)

これを見ている中高生の方、大学に入ったらちゃんと授業出て単位とる努力をしましょ。
作者との約束だぞ……


14:戦装束

 

「……眠い」

 

……夜なべして、アリサの戦装束を手縫いして、『やっと縫い終わった』と顔を上げてみたら朝……というか昼の11時でした……わーい。

 

布地の魔術的処理に始まって、縫う際も魔術的に意味を持たせるために特殊な縫込みも必須。

取り回し易いよう各所にポケットを付けたり、袖口にナイフなんかを仕込めるようにしてみたり。

 

途中で差し入れを持ってきてくれた鮫島の意見を取り入れつつ、現代風なデザインで日常生活で合わせやすく、更には女の子らしい物に。

 

そしてこの完成したコートの布地を強靭にするため魔法を重ね掛け。

急所には裏地へ魔鋼製の薄いプレートを縫いこんでおく。

 

ついでに体温調整の術式や軽量化の術式、持ち運びがしやすいように異空間へ仕舞える術式などその他諸々あると便利な術式も組み込んでおこう。

 

そして、なんと洗濯機で普通に洗えるように!

 

……………………。

………………。

…………。

……Zzz。

 

……(ハッ!?)……気のせい気のせい、居眠りなんてしてない。

 

「……まだ、寝るわけにはいかない」

 

唇の端から垂れかけてたよだれをぬぐう。

僕は死力を尽くしてベッドに向かいそうになる脚を停めて、部屋の外に出る。

 

今日の夕方からアリサを教える都合上、それまでに最低限の準備を済まさなくちゃならない。

 

……それまでは、頭の中の睡魔を叩きのめすしかない。

…………ふふふ、少女Aより楽しめそうだ。……ひゃっほー!

 

りーすとかっとで、てーけつあーつ♪ 夜なべでチクチク、てーけつあーつ♪

 

「…………あぁ、脳内が末期だ」

 

自分でそう認識できるだけまだマシだった。

 

とり合えずそう思って、僕は自分を鼓舞する。

どんな場でもぷらす思考は大事なのである。

 

顔でも洗って眠気を覚まそうと、水場に向かう。

僕は蛇口をひねって水を出すと、顔を洗った。

 

………この国では、こうやって簡単にいくらでも綺麗な水が手に入るんだからありがたい。

 

故郷では井戸まで行って水を汲み、それを水瓶に溜めて使うっていうのが一般的――魔法で“どばーっ”と水を出すような事をしたら別だけど――だったから、この環境は目を見開くくらいの差だ。

国、街、村……程度の違いこそあっても特殊な場合を除けば、それらは水源の近くに作られる。

 

しかしこの国では治水技術が非常に進んでいるらしく、貴賎を問わず各家庭に水が引かれているのだから驚きだ。

しかも、干ばつなどへの対策として、ガムとかダムとかいう“人工の大きな池”(アリサ談)を作っているらしい。

恐るべきかな科学力……。

 

『僕たちには魔法で雨を降らせることくらいが限界かな』

 

そうアリサに言ったときの何ともいえぬ表情は、未だ鮮明に記憶に残っている。

広域の天候干渉術式は手間がかかるから、楽なわけじゃないんだけどね。

 

……さて。

 

「眠くない、眠くない、僕は全然眠くない」

 

自己暗示をしながら、僕は部屋へと戻る。

あくまでまだ『縫い終わった』ただそれだけ。

これからその戦装束に魔術的な処理を施さなければならない。

 

“たいむりみっと”はアリサが帰ってくるまで、残り……6時間。

対して普通の職人が魔術処理にかかる時間……約12時間。

 

魔術加工の並立運用、術式の効率化ならびに高速化して時間を短縮。されど品質は最高級に……!

 

「ふははははー、僕の戦いはこれからだー」

 

自分を鼓舞するために、一人で笑う。

……ああ、虚しい。

 

…………僕の戦いは、ようやく折り返し地点にたどり着いた所だった。

 

 

◇◇◇

 

 

終わった。

ついに完成だ。

 

僕は万感の想いと共に、使っていた器具を机に置く。

 

努力――と言う名の別な何かかもしれない……――の結果、僕は仕事を4時間で完遂させた。

くじけそうになる心を叱咤激励し、体に鞭打って確保した猶予の2時間。

 

2時間あれば、シャワーを浴びてちょっと午睡(おひるね)できるはずだ。

 

それくらいしたってバチはあたらない…と思う、いや思いたい。

 

「汗を流して一休み――――」

 

そんな僕の些細な願いは次の瞬間、泡沫(うたかた)の幻想の如く消え去った。

 

「――――たっだいま~!!」

「…………へ?」

 

……こんな反応をしてしまった僕は、きわめて普通だと思う。

 

『鳩が豆鉄砲を食ったよう』、『寝耳に水』、『青天の霹靂』、『藪から棒』……勉強の成果か、様々な“ことわざ――古くから伝わる格言のようなことをいうらしい――”が頭の中に浮かんでは消えていく。

 

「……いつもより、早い?」

「ええ。今日は先生方の会議があったから、B日課の短縮授業だったの。それに、帰り道で鮫島にちょっとスピード出してもらったのよ。そうすれば、今日の特訓に長い時間取れるでしょ?」

 

…………いつか師匠が言っていた。『人間、どうしても「いいえ」って答えられない機会が何度もやってくるんだぜ…』と。

 

師匠は、正しかった。

 

キラキラした期待に満ちた目で、こちらを見つめてくるアリサに対して『ちょっと休ませて?』などと口に出来るほど、僕は冷酷非道に――これが敵だったら躊躇わないけども――成りきれるはずもなく……。

 

「…………うん、ちょっと顔を洗ってくるから、玄関で待ってて」

 

この世の無情を感じ零れそうになった涙を隠すため、僕はフラリと自分の部屋を後にしたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……だいじょうぶ? ちょっと目が虚ろと言うかなんと言うか……死んだ魚の目?」

「気のせい、断じて気のせい」

 

場所は変わってアリサの家の庭、青々とした芝生が広がる空間である。

いつもはアリサが飼っている犬が居るんだけど、今日は避難してもらった。

 

せっかくなので、アリサには完成したばかりの戦装束を着てもらっている。

採寸を取っていなかったから目分量で作ったけど、大きさはあっているようだったのでほっと一安心。

 

本当は肌着から何まで全部揃えてこその“戦装束”なんだけど、そんな戦装束はそれこそ正式な戦い用なので即応性に欠ける。

だからいきなりやってくる戦いに備えた“戦装束”が主流なのだ。

 

僕たち基準では、“戦装束”=“それぞれが戦いやすい鎧に最低限の装飾をしたもの”だ。

けど、この世界で鎧を着て出歩くと、『けーさつ』に『しょくむしつもん』される(アリサに聞いた)らしい。

 

僕たちの世界では『装飾の着いた鎧=騎士』、『簡素な鎧=傭兵と職業軍人』みたいに身分を証明するものなのにね。

『拳銃と警棒=警察官』、『赤い車と銀色の服=消防士』みたいなもの~とアリサに説明したら「同列にするようなものじゃない!」と怒られた。……理不尽だ。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

だからこそ、持ち運べるような外套型の戦装束にしてみたのだ。

 

「ねぇ、似合ってる?」

「ん、綺麗、似合ってる。アリサのためだけに作った、逆に似合ってなかったら困る」

「……あ、ありがと、大事にする」

「……? アリサ顔真っ赤、もしかして暑い? 温度調節の術式組み込んだはずだけど」

 

いくら眠気交じりでも、単純な術式だから間違えるとも思えない。

でも万が一ということもあるし。

 

「ち、違うから! これは照れk……じゃなくて……えっと、そう! 嬉しくて顔が火照っちゃっただけだから!?」

「そう、喜んでもらえて嬉しい。……じゃ、問題ないみたいだから、始めよう」

「え、ええ。……今日もいつも通り浮遊魔法の練習?」

 

僕はその質問に首を左右に振る。

 

「違う、今日は新しい魔法。あの浮遊魔法は遠・中距離用。今日の魔法は、近接戦闘用の術式。アリサ、その杖貸して」

「え? はい」

 

僕はアリサから、自分の作った杖を受け取った。

アリサのために調整された杖だから他の人間は使えないだろうけど、作り手である僕は別だ。

アリサほどじゃないけど、この杖と僕の相性はいい。

 

「今日教える魔法はコレ」

 

僕は鮫島に準備してもらった球――野球とかいう運動に使う球とのこと――を取り出す。

 

「野球のボール?」

「ん。これに今日教える魔法をかけると・・・・・・」

 

魔法を発動させ、それと同時に球を落下させる。

 

――ドスリ

 

本来、地面に跳ね返るはずの球が鈍い音とともに半分ほど地中へとめり込んだ。

 

「……え?」

「アリサ、その球を持ち上げてみて」

「うん。……あれ?」

 

球をつかんだアリサが、持ち上げようとして首をひねる。

もう一度、今度は両手で試してみるもその結果は変わらない。

 

「アリサ、気がついた?」

「……たぶんね。これって物体に対する重量操作魔法ってとこ?」

 

僕は黙ってその言葉に頷く。

 

「さすがアリサ、察しがいい。じゃあどう使うか、わかる?」

「えっと、重くした物を投げつける?」

「残念、違う」

 

さすがのアリサでも、戦いにコレをどう応用するかはわからないか。

僕は大きな鉄の杭ーー例にもよって鮫島に準備してもらったーーを倒れない程度に地面に軽く指す。

 

そして――――

 

「これは、……こう使う!」

 

『ゴスッ!』

 

「……え、ウソ!?」

 

――――その杭の頭に向けて、僕は杖を叩きつけた。

その一撃で、鉄杭は地面に完全に埋まってしまう。

 

「これは、単純な技法。叩く武器の重さを重くして叩くことで、威力を上げてる。分かりやすく例えるなら、鎚(はんまー)でトラックがぶつかったくらいの攻撃が出来る」

「けどそんなに重いもの持ち上げられ……ッ!? 分かった! もしかして対象に対するインパクト……攻撃して触れた瞬間だけ重さを!?」

 

聡いアリサに僕は頷く。

教え子が優秀だと、教え甲斐もある。

 

「そう。さらに言うと、さっきの僕はその攻撃の瞬間だけじゃなく、振りあげてる時には杖の重さを軽く、振りおろす瞬間には杖の先端だけを重くしてぶつける瞬間の速さを出来る限り速くしてる。今すぐアリサに僕のやってることを出来るようにとは言わない。けど、敵に当たる瞬間にだけ重さを変える位は今日中に形にする」

 

アリサは僕の使った魔法の説明に少し唖然としていたけれど、僕の言葉を理解するにすれ徐々に笑みを浮かべていく。

 

「今日で今ジー……師匠が見せてくれたこと、モノにしてみせるから!」

「ん。なんかアリサなら出来そうな気がして怖い」

 

本当なら、1日でできるようになる術式じゃあない。

 

だけど、アリサの生き生きとした輝いている表情を見ていると、そんな無粋なことを指摘する気はなくなった。

それにアリサなら何とかしてしまいそうな気がする僕も確かにいるのだった。

 

アリサの宣言した日数まで、あと4日。

 

 




2013/07/30:改訂完了
旧版とは各所変更あり。

10日近く間を空けての更新です……。

前書きにも書きましたが、今期は油断しました……orz
とった教科、昨年とは教授が変わり、カモだったはずが超難易度の高い教科に……
それが2教科、計4単位。

もう嫌だw

ご意見ご感想、誤字脱字などありましたら、感想欄からご連絡くださいませ。

次回→目指せ10日以内;;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15:訓練模様

失踪していた事、まことに申し訳ありません。

艦これやら、単位を落とすやら、就活が始まるやら……なんというか、忙しかったです (--;

P.S:完全書き下ろしの新話です



15:訓練模様

 

「師匠、今日もよろしくお願いします!」

「ん、よろしく」

 

訓練二日目、戦装束と近距離打撃戦での加重魔法を教えた次の日。

学校から帰ってきたアリサが、屋敷の庭で待っていた僕の元へ走ってきた。

動きやすい(らしい)制服の上に、僕の作ったコートと杖をもった

 

「ん、石鹸の匂い、シャワー浴びた? いい匂いがする」

「いい匂……!? ……う、うん。学校で汗かいちゃったから……もしかして魔法的に不味かった?」

 

風に乗って流れてきた香りに、僕は鼻をヒクつかせた。

アリサが頬を赤く染めたあと、不安げな表情を浮かべて髪を抑えるけど、僕はそれを否定する。

 

「んん、清潔にしておくのはいい事。戦場|<いくさば>で衛生面を疎かにすると、病が蔓延する」

「汗かいたままじゃイヤってのも有るけどね」

「アリサ、髪長いから洗うの大変そう」

「そういうジー、いえ師匠だって割と長いじゃない」

 

アリサがそう言いながら手を伸ばし、僕の後ろで括ってる髪を梳|<す>いてくる。

 

「うっわ、前から触ってみたかったけど、凄いサラサラ。なにか手入れにコツでもあるの?」

「髪質を良くする魔法がある、それでこんな風になる」

「何それ便利……戦うだけの魔法じゃないのね」

「魔法は生活に根ざすべきものだから、これが正しい使い方。アリサに昨日教えた魔法も、本来土木工事なんかで使う魔法」

「あぁ、杭を打ったり?」

「そゆこと」

「物は使いようって訳ね・・・・・・Dea○ Sp○ceでの工具最強理論と同じ?」

「そう。……(圭)さんの、身近な工具でどんな状況にも対応できる点は見習う価値がある」

 

話が逸れた、盛大に。

 

後々、この事件が落ち着いたら日常で役に立つ魔法を教えよう。

アリサは戦闘者になる必要ない、こっちの魔法のほうが将来的に有益のはずだし。

 

「よし。師匠の髪は堪能したし、そろそろ始めましょ?」

「うん」

 

僕は頷くと、どこからともなくホワイトボード(鮫島に前もって準備してもらった)を取り出した。

 

「いったん座っていい。昨日はなし崩し的に魔法を教えたけど、今日は最初にこの5日間の予定をざっと説明する」

 

そう言いながら、スラスラと背後でペンを浮かせて操作しながら説明する。

 

①:近距離戦~加重魔法とその使用~

②:中距離戦~浮遊魔法応用及び発展『剣群乱舞』~

③:遠距離戦~遠距離戦適性調査~

④:基本補助魔法とその応用

⑤:上記①~④を使用して、僕と戦闘訓練

 

「と、こんな感じで1日につき1項目をこなしていくように。昨日が①ね、何か今の時点で質問は?」

「はい! 各距離での戦闘用魔法のバリエーションは増やさないの? 見た感じ、近距離戦は昨日教わった魔法だけみたいだけど」

「ん、純粋に時間が無い。無理に種類を増やすよりも、一つの精度と確実性を上げる事が肝要」

 

ここ一番の場面で、魔法が不発だったりしたら目も当てられない。

5日で最低限に育てるんだ、これくらいが精一杯。

 

「なるほど、そういうことなら納得したわ」

「ならよし。じゃあ今日の訓練に入る」

 

その言葉とともに、僕は虚空から準備していた物を山のように取り出した。

着地の瞬間、重い音が大地に響く。

 

「これは……水風船?」

「そう。鮫島に頼んで準備してもらった。前はペットボトルで訓練したけど今日はこれ」

 

赤と青、2色の水風船のうち、僕は青いほうの入った籠を手に取る。

 

「アリサ、僕が前にお手本見せたの、覚えてる?」

「え、あぁ。貴方の師匠の人が得意だったっていう?」

「そう、それ。これに関しては幸い基礎が出来てる、だから実用的な使用法と質の向上に重点を置いて教える」

 

僕は籠をひっくり返し、水風船を辺りにぶちまけた。

その数、およそ60以上。

 

「それに僕自身、この魔法には思い入れがある。この術の怖さも強さも良く知ってる」

 

腕を地面に水平に素早く一振り。

その動作で、地面に転がっていた水風船が一斉に宙へと浮かんだ。

 

「な!? 一気にそんなにたくさん!?」

「僕は今からアリサを追い立てる。そこに置いてある赤い水風船、持ってる杖、庭に生えてる木や置物。何を使ってもいいから抗ってみせろ」

「ちょ、え、勝利条件とか無し!?」

「え、勝てる気でいるの?」

 

僕の浮かべた表情とその一言に、アリサが後ろへ跳び下がる。

アリサ自身、何で飛びのいたか分からないみたいだけど、恐らく本能だろう。

 

杖を一閃、赤の水風船が浮かび上がるけどその個数は僕の半分以下だ。

 

「1時間逃げ切るか、どちらかの水風船がなくなったら終了。……そうだね、アリサが僕に1発でも水風船を中てるか、昨日教えた近接戦で直接殴れたらそれで勝ちでいい」

「1発、1発ね……。随分ハードル高そうね、ソレ」

 

ジリ……とアリサが少し距離をとる。

 

「アリサ考えて、実力じゃ僕には勝てない。それを埋める何かを探すのが最善」

「言われなくても分かってるわよ!」

「じゃあ5秒後に開始、いい?」

「……私は準備万端よ! いつでも掛かってきなさい!」

「5、4、3、2、1……開始」

 

先手は譲ろう、内心でそう身構えてのスタート。

僕の心の内を知ってか知らずか、開始早々アリサは仕掛けてきた。

 

「ッ!」

「ふぅん?」

 

アリサが選んだのは浮かべた全弾での一斉攻撃。

僕には遥かに劣るものの、そこそこの鋭さと速度、幾多の軌道を描かせて僕へと水弾を奔らせた。

 

アリサにしては特に捻りの無い攻撃に眉を潜めながら、同じく浮かべた風船、そして空の籠で掴み取り、それで相殺し打ち落とす。

 

初撃を危なげなく凌ぎ、アリサの居たところへ視線を向けるとそこは既に無人。

辺りに視線を向けてみると、建物の影へとアリサが走って姿を消したところだった。

よく見てみると籠ごとアリサの水風船も無くなっている。

 

「なるほど、真っ向からじゃ勝てないから待ち伏せての不意打ち狙い。そして全部の水風船は浮かべられないから、残りは持って移動か」

 

きちんと考えて、なおかつ冷静な行動に感心する。

ここに水風船を置いていくようだったら、全部潰すつもりだったのに……。

 

本来なら、相手の準備してる策に敢えて乗るのはいい策とは言えないけど、これはアリサの初陣といっていい。

 

先達|<せんだつ>として、敢えてその策に乗ってあげるとしよう。

アリサに少しでも策を張り巡らせる時間を上げるため、僕はゆっくり歩いてアリサを追うのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「」チーン

「着眼点は素晴らしかった」

 

息も絶え絶えと言った感じで膝をつき、足元に倒れこんでいるアリサの隣に座る。

 

張られた策に何度かヒヤリとしたり感心する場面はあったものの、僕との経験と実力の差はどうしようもなく、アリサは開始30分で水風船を使いきって練習終了。

ちなみに僕の反撃でアリサの服からは水が滴っている。

 

実際、アリサが僕に仕掛けてきた策の数々は、即興のわりに見事なものだった。

 

予め水風船をセットしておき、僕が通り過ぎたと同時に死角からの強襲。

視認が困難な遥か上空に浮遊魔法で水風船を固定、僕が下を通るタイミングで魔法を解き自由落下に任せて攻撃。

 

極めつけは、空になり放置していた籠を横から僕に飛ばしつつ、水風船一個をその陰に隠して追撃。

しかもそれに合わせて正面から、周囲に水風船を浮かせての近接戦だ。

 

「……ジーク」

 

手と膝を地面についたまま、顔だけをくるりと回しアリサがこちらを見る。

 

「む? 師匠って呼ん――――」

 

いきなり抱きついてきたアリサに押し倒された。

 

『ビシャリ』

 

胸元で何かが破裂する感触……これは――――

 

「勝ったーッ!」

「――――……なんと」

 

――――水風船が僕たちの間で割れていた。

 

「……むぅ、種明かしを要求する」

 

どうにも腑に落ちない。

僕は間違いなくアリサの持っていた風船を全て迎撃したはずだった。

準備した個数を間違えるはずもない。

 

「あー、うん。……怒らない?」

「怒らない」

 

怒りはしない、怒りは。

 

「えっとね、師匠から逃げたあと鮫島に『赤い水風船の予備を頂戴!』って頼んだの。かといって増やしすぎるとバレちゃうだろうから、1個だけね。

 それを普通に空気で膨らませて、昨日の加重魔法で重みがあるように見せて師匠に向わせたのよ。で、余らせた1個を服の内側に仕舞って……ね」

「……確かに何でも使っていいとはいったから、うん……まぁ」

 

勝つために手段を選ばないのは良い事だけど、微妙に納得もいかなかった。

 

「な、なによ、その目は!?」

「ナンデモナイヨ?」

 

僕の裏を斯いたことを褒めるべきなのか否か。

 

昔、僕が似たような事をして師匠から一本を取ったときの表情を、今更ながらに理解できた気がする。

ちなみに僕が仕掛けたのは、試合開始と同時に『あ! あっちでメイドさんが水の入った桶をひっくり返して濡れ濡れのスケスケにー(棒読み)』と、師匠の背後に視線をやって言い放つ事だ。

ものの見事に振り返ってくれたので、容赦なく脇腹に木剣を叩き込んだ記憶がある。

 

「――――くしゅん!」

「あぁ、そう言えばびしょびしょだった、……アリサも僕も」

 

いくら寒くない季節とはいえ、濡れたままでいるのは体に悪い。

僕も濡れるのは想定外だったけど。

 

「実技は一旦お仕舞い。反省会と座学をやってからもう一度実技に移る」

 

僕を押し倒しているアリサごと、体を起こす。

 

「ひゃ!? あ、ごめん、重かったわよね?」

「大丈夫、鍛えてる」

 

……この格好は傍から見れば、脚を伸ばして座ってる僕に、アリサが真正面から抱きついてるように見えるんじゃなかろうか。

……まぁいいや。

 

「……よっ、と」

「ちょーッ!?」

 

アリサの脇の下に手を入れ、5メートルくらい真上に投げた。

落ちてくる間に立ち上がり、前へ差し出した両腕の間に『ぽすり』とアリサが収まった。

 

「いきなり何すんのーッ!? っていうかこの状況は何!? なんでお姫様抱っこ!?」

「んむ、急な状況変化には即座に反応できるようにならないと、後々辛いよ?」

 

ジタバタと足を動かしてるけど、僕の鍛え上げられた体幹にはまったく影響を及ぼさない。

 

「そーいう問題じゃないから!? 恥ずかしいから降ろしなさい! 誰にも見られないうちに早くッ!?」

「鮫島しか居ないし、見られても問題ない。お風呂にゴー、体を冷やしたままなのは宜しくない」

「ねぇ私の話聞いてる!? ねぇ!?」

「こっちのが早い」

 

とりあえず無視してアリサを運ぶ。

……断じて不意打ちを食らった腹いせではない。

断じて違う。

 

浴室近くへたどり着く頃には、すっかりアリサは静かになっていた。

それに途中からは僕が運びやすいようにか、ぴったりと僕の胸に体を預けてくれている。

 

「……よ、よかった。こんな姿、鮫島には見つからなくて」

「みつかっちゃ困るの?」

「……べ、別に困るわけじゃないけど、恥ずかしいっていうかなんかその……」

 

……ふむ、これは。

 

「……“ツンデレ”っていう文化の“デレ”ってやつ?」

「ツンd……!? あ、貴方はいったいどんな情報媒体で日ごろ勉強してるのよ!?」

「たしか、図書館にあった『近現代における文化史~萌えとは何か~』って本に書いてあったと思う」

「何よそのチョイス!?」

「その本の内容から鑑みるに、アリサって所謂“ツンデレ”って奴に分類されると思う……正しい?」

「答えるわけないでしょ!?」

 

仕方ない、あとで鮫島に聞いてみよう。

 

そう言えば、こんなに騒がしくしてたら鮫島が様子を見に来るんじゃ――――

 

「どうなされましたか、お二人とも……おや」

 

――――そうそうこんな風に。

 

「&%#?!¥%&!?」

 

鮫島の姿を見た瞬間、アリサが赤い顔を隠して言葉にならない声を上げた。

 

「鮫島、ちょうどいい所に。アリサの着替えを準備して欲しい」

「心得ました。……あぁ、坊ちゃん、そのまま少々停まっていてください」

 

 

――――『ピロリロリン♪』

 

 

「……はい、ありがとうございます。『アリサお嬢様の初お姫様抱っこ』……と、送信」

「おー、それは写メっていうやつ? 鮫島すごい、ケータイを使いこなしてる」

「ふふふ、お褒めに預かり光栄です。基本的なことで宜しければ、お答えしますよ」

「ん、何か困ったら教えてもらう」

 

僕たちが言葉を交わす中、その間に挟まれていたアリサがプルプルと震えだす。

 

「ななな、何をしてるの鮫島ーッ!?」

「いえ、お嬢様の成長を旦那様と奥様にお伝えするのも執事の務めですので」

「なんでパパとママに送るのよ!?」

 

――――『ピロリロリン♪』

 

「おや、お二人から返信が」

「早い!? ママは時差あるんじゃ!? パパは仕事中じゃないの!?」

「なんて帰ってきたの?」

 

僕の言葉に、鮫島がメールを見せてくれた。

 

「これが旦那様のメールですね」

 

 

『流石は我がバニングス家の執事だな! Σd(≧ω≦*) グッ』

 

 

「パパー!? しかも絵文字可愛い!?」

「お次は奥様のものを」

 

 

『いつもありがとう、鮫島。

私が海外に出張している内にも、こうしてアリサはまた一歩成長していくのね……

(*´σω・、)ホロリ

 

デビィからその男の子の事は聞いています、アリサをよろしくと伝えておいてください』

 

 

アリサの母君からよろしくお願いされた。

 

「ママー!? っていうか“いつも”って何よ“いつも”って!?」

「もう一度申しますが、家を空けられる事の多いお二人にお嬢様の成長をお伝えする事は、大事なお勤めですので」

「仕事なら仕方ない」

「仕方なくあるかッ!」

 

流石の僕も、胸元で叫ばれると耳に辛い。

 

「これ以上話し込んでたらホントに体が冷えちゃうから、とりあえずお風呂まで連れて行く」

「では私は着替えを取りに行ってまいります」

「……泣きたい」

「泣きたい時に泣けばいいと思う」

「アンタが言うな!」

 

……怒られた。

 

このあと、アリサがお風呂から上がるのを待って、さっきの宣言通り座学(主に戦術)と反省会を行うのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

翌日、その翌日とアリサは順調に進歩を重ねていった。

そして本日は特訓の最終日、アリサにとっては初めての対人戦を迎える。

 

僕は少し離れた場所で柔軟体操をしていたアリサに声を掛ける。

 

「体は解|<ほぐ>れた?」

「うん、いい感じ」

 

肩の関節周りをぐるぐる回しながらアリサがうなずいた。

 

「そう、じゃあそろそろ始めよう」

「ええ、とりあえず一撃は入れてみせるからね!」

 

こんなアリサの言葉だが、目標が低いとは怒らない。

僕との戦力差を考えて、勝てないと自覚出来ているならそれでいい。

敵の力量を読むことは、戦いにおいて重要な要素なのだから。

 

アリサの装備は僕の作った外套と杖、そして新たに製作した『剣群乱舞』用の短刀が数十振り。

この短刀、見た目は持ち手だけであるのだが、魔力を込める事によって刃が発生する代物なのだ。

 

僕が日頃使うのは、アリサの持つ魔力刃型ではなく実刃型と呼ばれる物。

実刃型のほうは頑丈で貫通性に長け、魔力刃は電撃や治癒効果などを纏わせて放つ際の威力や効率に長ける。

 

僕的に刃を形成する都合上、魔力消費が多い魔力刃型よりも実刃型の方がアリサには向いていると思って後者を勧めたのだけど、鮫島から物言いが付いてしまった。

曰く、『お嬢様に相手を怪我させるような可能性は、出来うる限り排除して欲しい』と。

 

確かに実刃型は刺されば出血、当たり所が悪ければ、と言うか急所に当たればそれだけで相手を死に至らしめられる。

対して魔力刃型は、魔法の構成次第で切断効果を消して、付随効果のみに特化させる事が可能なのだ。

 

切断効果を外せば、消費魔力の削減も可能。

そして何より、僕が失念していたアリサに血を見せる可能性も極力抑えられる。

 

これが昔の僕の部下だったら『甘ったれたこと言うな』と一喝するところだけど、アリサはつい数日前まで戦闘訓練なんてやった事のない、それどころか争いごと・血を見る機会すら滅多にない一般人。

そんな彼女に、僕が頼み込む形で戦いに引き込むのだ。鮫島の指摘も尤もだった。

 

今回の勝敗条件はどちらか、というかアリサの戦闘不能。

時間は無制限だ。

 

そして対する僕の装備は、庭にあった物干し竿(お値段:¥2280-)。

 

……行けるかとも思ったけど、未だに剣は握れなかった。

体が、心が剣を持つのを拒絶してる。

 

仕方が無いので手近にあった物で代用した結果がこれだよ。

 

棒術は少し噛じっただけだけど、まぁ大丈夫かな。

そう思いつつ、軽く型を幾つかこなす。

 

「……ねぇ師匠? 確か師匠の本来の武器は、……剣なのよね?」

「そうだけど」

 

ヒュンヒュンと風切り音を出しながら、棒の両端が暴れ狂う。

 

「……もう驚かないわよ」

「?」

 

……何なのさ、その悟りきった目は。

一通り型をこなして、構える。

 

「ん。僕の準備はだいじょぶ、いつでもどうぞ」

「ちょっと前の模擬戦みたく、勝ってみせるわよ?」

 

ふふん、とアリサが僕に笑ってみせる。

挑発だろうけど、気に食わない。

 

アリサが体の前で杖を構えた。

 

「では、尋常に――――」

「――――勝負!!」

 

その言葉と同時に僕たちの姿が消える。

次の瞬間、僕たちの棒と杖が、中央で激突した。

 




ご意見・ご感想などお待ちしております。

ご意見・ご感想を餌に、私は頑張るのです……就職活動を(おぃ。

次回:新規書下ろしの16話を揚げます。現在8割完成。
更新日時は、とりあえず年内の予定。
その16話を揚げれば、あとは28話までストックがあるのです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16:激突

昨年内に次話を投稿するといったな、あれは嘘だ!
……いやホントごめんなさい。




第16話

 

Side.Arisa

 

ジークに師事してから、分かったことがある。

底が見えない、私とどれだけ実力差があるのか分からない。

 

魔法を学べば学ぶほど、ジークが遙か彼方にいるのが分かる。

 

「……っ」

 

眼前で止められた杖を跳ね上げ、その勢いを使って石突きで胴体を狙い――――既にそこにジークは居ない。

 

「……」

 

表情を揺らがせもせず、私の攻撃を下がって避ける。

 

魔法の発動からして、全く違う。

前に聞いた話によると、ジークはありとあらゆる事に意味を見いだして、“魔法”を組み込んでいるらしい。

 

私が聞いた限り、こんな方法で魔法を常時発動できるらしい。

 

マンガやアニメみたいに、呪文や手で印を組んで魔法を使う……魔法使いらしいと思う。

戦闘時に、足や腕の運びかた・移動の仕方で魔法を組む……まだ普通。

防御の時、武器を動かす軌跡で、空中に見えない魔法陣を描くのは……まぁまだわかる。

歌とか口笛なんかで魔法を組むなんてのは、それこそファンタジー向けだと思う。

 

呼吸のリズム・間隔で魔法を構成、心臓の鼓動のリズムで魔法を構成、まばたきの回数で魔法を構成……もう、理解できない。

 

心臓とかって、不随意筋だから意識的に止められないはずなんだけど、ジークはそれをやってのける。

信じない私に、心臓を三三七拍子で動かして見せた時点で、ジークはそういうもんなのだと、割り切ることにした。

 

まぁ、何が言いたいのかっていうと、純粋な魔法合戦じゃ勝ちようが無いって事。

ジークもそんなことは百も承知だろうし、望んで無いと思う。

 

「『ブレイズ』っ!」

 

コートの内側に両手を突っ込んで、魔力刃の柄を掴めるだけ掴んで目の前へバラマくと、声を張り上げる。

放られた柄に、魔力の刃が生えた。

 

魔力のナイフは、重力に逆らって空中に固定される。

 

「術式付与、障壁突破!」

 

これで、準備と“仕込み”は済んだ。

 

ここで私に取れる戦術は3つ。

一つ。私の周りに滞空させて、ジークが接近戦を仕掛けてきた場合の壁にする。

二つ。このナイフの群れだけを突っ込ませて、出方を探る。

 

そして三つ目――――

 

「鏃(やじり)の陣 壱型|<アローヘッド・ワン>!」

 

――――この群と共に、突貫する。

 

実質、この手段しか取れない。

長期戦になればなるほど、技の引き出しの少ない私に、取れる手段は減っていく。

 

だから、狙うのは短期決戦ただ一つ!

 

私の命令に従って、30近くの刃が、私の前に円錐状へ並ぶ。

さながらそれは、ジークに向けられた巨大な槍<ランス>。

 

「突撃ッ!」

 

それが魚の群れのようにジークへ向かう。

私は筋力強化を脚に掛けて、死角へ周る。(練習の時点で試したら、100メートル走のタイムが4秒切ってた)

 

「……ん」

 

目を、スッと細めたジークが、息を短く深く吸うのが視界の端で見えた。

 

「A――――An!!」

 

耳をつんざくような大声。

反射的に体がビクリと跳ねそうになるのを押さえ込む。

 

ただし、押さえこめたのは体だけ。

正面からジークの声を浴びた剣群の陣形は声の衝撃で崩され、四方八方へと散らばっていた。

 

「ちょ、そんなのアリ!?」

「近接戦技『響声|<ひびきごえ>』って技名がある。音声に魔力を乗せて、牽制や威嚇に使う。分類は攻撃魔法じゃなく体術と筋力強化の混合」

「説明どうも!」

 

律儀に説明してくれてるジークに杖を振るう。

もう止まれない距離に来てたし、散らばったナイフの陣形を再構築する時間を稼ぐっきゃない。

 

「イン……パクトっ!」

 

互いの武器同士がぶつかるホンの刹那、瞬間的な加重魔法の発動、ここ1週間の修行の成果だ。

 

トラック同士が激突したような音と共に、物干し竿と私の杖が衝突する。

真っ向から攻撃を受け止めたジークが、20メートルほど先まで砂煙を上げて後退する……が、全く体勢が崩れてない。

 

「おぉ、重い重い。今のでどのくらい?」

「……杖の重さを2tに、発動時間は0.001秒」

 

無論0.001秒なんて、素の状態じゃ知覚しようもない。

攻撃の当たる瞬間だけ、視力と思考力の強化魔法を併用した上での一撃だ。

 

「そう、其れだけ出来てれば上々。可能ならば攻撃が当たる瞬間までは、逆に杖の重さをゼロにして、速度を乗せるべき」

「そこは練習中よ!」

 

それをしながら強化魔法をかけつつ攻撃は、さすがに処理が追いつかない。

 

勝つためには、“罠”をはった場所にジークを誘導する、ただそれだけ。

それだけの事が、難関なんだけどね・・・・・・。

 

私は、どうやってジークを罠に誘い込むかを考えつつ、再度魔法を構成するのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

Side.Sieg

 

 

・・・・・・ふむ。

 

10分近く、武器と魔法を交し合ったところで、僕はいったん手を止める。

 

アリサの動きから、ある一地点に僕を誘導しようとしてるのは理解できた。

 

偶に視線を誘導したい場所に向けるから、バレバレだ。

後で注意しておかないと。

 

既にアリサは息も上がって満身創痍だし、戦いを引き延ばすのは無駄か。

敢えて誘いに乗って、どんな策を張ってるのか見てから止めを刺そう。

 

偶然を装って、アリサの望む場所へ踏み込んだ。

 

「!!」

 

『してやったり』って表情を浮かべるアリサ。

いきなりそんな顔をしたら、『何かあるよ!』って自分から言ってるようなものなのに……。

まぁ、それは追々直していくよう教えよ――――

 

「……む!」

 

踏み込んだ瞬間いきなり地面が液状化して、僕のふくらはぎの半ばまでを一気に飲み込んだかと思えば、次の瞬間にはもう地面は元のように固まっていた。

 

設置型の魔法?

何時の間に……なるほど!

 

「掛かったわね!」

 

アリサが杖の石突で地面を叩くと、僕を中心にした円の上、六芒星<ろくぼうせい>の基点の地中から現れる6つの柄が浮かび上がる。

 

「……最初か、僕の響声で柄が散ったときに、一部を透過の魔法で地下に埋め込んだのか」

「その通り! これでしばらくは身動き取れないし、物干し竿も振りにくいでしょ!」

 

全く持ってその通り。物干し竿の長さが、ここにきて悪影響を及ぼすとは想定外。

ふくらはぎまで埋まったせいで、その長さが仇になった。

 

「まだまだ続くわよ! 『ブレイズ』、行きなさい!」

 

剣郡を2分割して、その場を動けない僕の真上と、地面スレスレからの同時攻撃。

さらには視線の先で、アリサがこちらに向かって槍投げの要領で、下がってから助走を付けている。

 

多分、投げる杖にも着弾の瞬間に重量増加が掛かるように魔法を待機させてあるだろう。

……いや、見た感じ、それに加えて障壁突破の魔法も重ねがけしてる。

 

避けられず、防げもしないとは……エグイ、なんともエグイ。

さすがは僕の弟子だ、うん。

 

 

――――ただ、相手が悪かったね。

 

 

この設置魔法で動きを封じるんだったら首元まで、最悪でも腕が動かないように沈めておくべきだった。

 

僕は物干し竿を真上に投げる。

 

 

「『回れ』」

 

 

頭上に浮かんだ物干し竿が、僕の上で高速で回転する。

その竿の動きは、僕の頭上には銀の円盤が浮かんでいるように見えるだろう。

これで真上から降ってくる剣郡は捌<さば>ける。

 

続いて、言葉と両の腕で地面から来る剣郡と、アリサの投げる杖を捌く術を組む。

 

 

『地に沸く清き泉の加護を以()て、我に守護の要害を与えたまえ…「玲瓏絶禍(れいろうぜっか)」』

 

 

口を動かし呪文を紡ぎながらも、手で高速で印を組み、指で虚空に魔方陣をなぞる。

僕を基点に水晶のように澄んだ壁が現れ、僕を囲んだ。

 

「幾ら防御を固めたところで!」

 

アリサが勝利を確信した笑みを浮かべながら、杖を僕へと向けて投擲した。

 

剣郡が防がれるのはアリサも分かっているだろう、本命はこの杖だ。

流石に動けないこの状態で、これを食らったら衝撃を逃せない分、痛いじゃすまない。

 

見た感じ、音速に近い勢いで迫る杖。

 

僕は、防ぐでも避けるでもなく、“食らわない”選択肢を選んだ。

 

 

「『開け』」

「……はぁ!?」

 

玲瓏絶禍に杖がぶつかる直前で、僕が開いた時空の門に杖が吸い込まれていった。

 

門の先は、僕がいつも荷物をしまいこんでる空間のようなもの。

つまり、無限の空間が広がってるところだと思えばいい。

 

そしてこの魔法の便利なところ、それは“準備さえしておけば、どこにでも出口を作れる”ことだ。

 

「ちょっと! 私の杖はどこn――――ごっふぅッ!?」

 

愕然とするアリサの真正面に開かれた出口から、自分の投げた杖が勢いそのままで飛び出してくる。

 

アリサに作った戦装束なら、この程度の攻撃は軽減するから大丈夫。

大丈夫、死にはしない。……ただ、何もいえず悶絶する位には痛いだろうけど。

 

当然避けられなかったアリサの鳩尾(みぞおち)に、杖が突き刺さる。

女の子があげちゃいけない声が出てるけど、聞かなかったことにしよう。

 

吹っ飛ばされたアリサは、そのまま後ろ向きに倒れこむ。

 

拘束を強引に外して近寄って確認してみると、アリサは完全に気を失っていた。

 

こうして、最終講義は僕の勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……ん」

 

アリサが声を上げ、小さく身じろぎする。

薄く目を開けたアリサが、寝起きの焦点の合わない目で周りをみやり、最後に僕と目が会った。

 

期せずして、僕とアリサは見つめあう。

睡眠から覚醒したのか、徐々にアリサの目に理性が宿っていき。次の瞬間――――

 

「わっひゃいっ!?」

 

飛び起きようとして、傷口が傷んだのかそのまま悶絶状態に陥った。

うぅむ、なんという変な悲鳴。

 

「起きた?」

「なななな、何で私はジークに膝枕されてるわけ!?」

 

 

そう、今の僕は気を失ったアリサを膝枕していた。

 

 

「これは、目の前に倒れた異性が居るときにやるべき様式美だと教わった、違う?」

「ま、また変な知識をッ! 今度はなんてタイトルの本からの知識よッ!?」

「いや、さっき鮫島に教わった」

「鮫島ぁッ! どこに居るの!」

「アリサのご両親に写メを送らねば! って去ってった、写真をたくさん撮った後に」

「……死にたい」

 

起き上がることを放棄したらしいアリサが、両手で顔を隠した。

かと思えば、指の隙間からじっとこっちを見てる。

 

「……どしたの?」

「…………で、結果は?」

 

そう言えばこの講義、アリサがジュエルシードの件に絡めるかどうかの試験をかねているんだった。

 

「問題なし。基礎は抑えられてるし、後は追々技術と知識を追加していけば大丈夫。後は経験とか所謂“戦闘勘”みたいな物を養ってくこと」

「……よし」

 

アリサが小さくガッツポーズ。

 

「……精進を怠るなよ、わが弟子よ」

「はい、お師匠サマ。これからも、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

 

お互いにそう言いあってから、小さく笑いあったのだった。

 




次の投稿は……2週間以内?

説明会やらなにやらで、非常に慌しいです、はい。

ご意見ご感想、誤字脱字などありましたら、感想欄からご指摘お願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17:振って湧いた休日の邂逅 うぃず(with) 剣士

皆様、UA15000突破しました(^_^)
まことにご愛顧ありがとうございます。

さて……何故か更新早いでしょう?
それはね、ストックがあるからなんだ……(遠い目)

あと、期末考査の季節だから、更新が早いのですよ。

その理由?
私は、試験前に部屋の掃除をするんではなく、SS書きに熱中するからです……



17:振って湧いた休日の邂逅 うぃず(with) 剣士

 

 

「ねえマスター、明日の魔法の練習お休みにしてもらって平気?」

「ん? ……他の習い事と被った?」

 

1週間の集中講義を行ってから数日後の夜、自室で説明書片手に銃器の整備を行っていた僕の所にやってきたアリサの言葉に首を傾げた。

 

アリサは学校の勉強以外にも多くの習い事をしている。

そうやって多くの習い事をしている都合上、講師の方の急な用事の変更や何かしらの発表会の前はその日程がずれ込んだり増えたりするらしい。

 

あの1週間以来、毎日寝る前に僕の魔法の授業はもちろんの事、それ他の習い事も手を抜かず打ち込んでいる姿を見ているから文句なんて言えない。

それに最近は自主的に早起きして僕の日課の朝練の隣で魔法の練習をしていたりもするのだ。結果として予想以上の成長の早さになっている。

 

「あー、そう言うのじゃなくて、すずか、私の親友に『明日一緒に遊ぼう』って誘われたから……やっぱりダメ?」

「……構わない。アリサはこのところ頑張ってたから、1日くらい休んでもいい」

 

適度に体を休めないと、訓練の能率も下がる。

それに、最後の最後では生まれ持った才能や血筋――家柄……という意味じゃない。たとえば父が人間、母が竜人だったりするとその子は総魔力量の伸びしろが純粋な人間より大きかったりする――に左右されるけど、ある一定量まで総魔力量は訓練で伸ばすことが出来る。数日間、絶やすことなく魔法を使い、1日休む。たったこれだけで総魔力量は僅かだが確実に増えるのだ。

 

後はこれは長い年月地道に繰り返すことで魔力量が増えていく……って寸法だ。

 

手軽に魔力を増やす方法は有るんだけど、えっと、うん……・・異性同士の目合<まぐわい>が手段だから……。

手軽だけど一番重い手段だ。

 

「ありがと、じゃあ明日はお休みね。それじゃジーク、おやすみー」

「ん、おやすみー」

 

お互いに手を振って別れてから、僕は少し悩む。

 

「…………明日なにしよう」

 

降って沸いたいきなりの休日。

その浪費の仕方を僕は思案するのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「――――という訳です」

「なるほど、いつも平日に来るのに今日はどうしたのかと思ったらそう言う事か」

 

翌日、銃の手入れなどを一通り終わらせ、暇になった僕は『喫茶 翠屋』の休日限定のランチセットを食べながら今日の経緯をここのマスターと話していた。

 

海鮮……ドリル?ドリア?ドリヤ?……とにかくそんな名前のランチセット、初めて食べたけど中々に美味しい。

 

ここのマスターは“こっち側――世界の裏側――”の人だったから、気兼ねなく“そっちの”会話ができる。

結構、僕は翠屋にお世話になっているのだ。

 

しかも、ここのマスター――僕はマスターマスター言ってるが、ちゃんと“高町士郎”と名前がある。念のため――こっち側を引退する前は護衛を専門にしていたとか。

その都合で、僕は不慣れ――というかアリサが初体験――な護衛のコツを教えてもらっていたりした。

 

「ふむ、それにしても残念だ」

「……(もきゅもきゅ)?」

 

口の中がドリアで一杯なので、首をひねるだけで意志表示する。

 

「いや、うちの娘がジーク君と同じくらいの年だから、店に来ていたら紹介しようと思ってたんだが……あいにく今日は友達の家に行ってしまっててね」

「(ごっくん)……それは残念」

「まったく、タイミング悪く恭也も居ないとは……」

「……ご子息?」

 

見た目は若いマスターさんだが、そこそこ大きい息子さんが居るらしい。

 

「ああ。我が家に伝わる武道を修めていてな、ジーク君と話が合うと思ってたんだが……」

「(あむあむ)腕のほどは?」

「親としての甘い目があるかもしれないが、一流だな。既に奥義も会得している遣い手だ」

「(はふはふ……熱い)……俄然興味がわいてきました」

「ま、居ないものはしょうがない。またの機会があるさ」

「(……舌ヤケドした)そうですね。……ごちそうさまでした」

 

両手をあわせて小さく頭を下げる。

僕の国には無かった文化だけど、食事の風習に関してはその地の物を守るのが当然だろう。

 

「おっと、今コーヒーを淹れてくる。ちょっと待っててくれ」

「はい」

 

マスター士郎の後ろ姿を眺めながら、僕はこれからの予定を考えるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……平和だ」

 

春先とはいえ、少し肌寒い風に晒されながら僕はつぶやく。

身動きせず、ただ一点を見つめ続ける。

 

「……へくちゅん」

 

僕は今、アリサの“しんゆー”の家の屋根の上に寝そべってアリサを見守っていた。

 

ただただ単純に、なにをするか思いつかなかったので、魔力を読んで――弟子の位置を把握することなどたやすい――アリサを探し、休日返上で護衛に勤しんでいるのである。

 

しかしながら、位置が悪くアリサを含め3人で会話しているのは分かるのだけど後の二人は背を向けているので顔が見えない。

 

とりあえず一見したところ、特に危険は無さそうだったので気を抜こうとした瞬間――――

 

「……ッ!」

 

――――背筋に寒さとは一線を画する悪寒が走った。

立ち上がろうとはせず、そのまま即座に横に転がる。

 

ほぼ同時、ついさっきまで僕の体があった場所に数本の針――と言っても裁縫用の物ではなく、投擲などに使う戦闘用の物だ――が深々と刺さっていた。

 

「……何か用でも?」

 

転がりながらその勢いで起きあがり、投擲者へ向きなおる。

同時に、魔法で異空間に格納していた、以前模擬戦で使った物干し竿を取り出した。

 

本当は拳銃を使いたかったんだけど、音が出るから確実に階下のアリサに気づかれてしまう。

それは避けなくてはいけない。

 

さいれんさーとか言う物があるらしいけど、あいにく僕は持ってないわけだし。

 

彼は僕の問いに答えず、問いを返す。

 

「いったいどこからそんな物を出した?」

「……答える義務なんてあります?」

 

僕は会話をしながらも落ち着いて相対している相手を観察する。

 

 

男性、年は……僕の倍くらい、20歳くらいだろうか?

両の手に一振りづつ短剣……いや、短刀を順手に構えている。

即応できるように程良く脚に力を蓄えて、機を伺っているようだった。

 

先の攻撃から鑑みるに、暗器も隠し持っているだろう。

 

「その年齢でここまで侵入してきたか……月村邸の警備は並大抵の人間には突破できない、それだけでお前が普通の人間じゃないのは明らかだ」

 

 

……僕は空を飛んでこの屋根に直接来たんだけど、その大層な警備は関係あるんだろうか?

……普通の人間じゃ無いことは認めるけどね。

 

というかそれ以前に、そんな警備を敷いてるこの館は何なのだろう?

彼はこの屋敷を守護する役職に就いているのだろうと、僕は当たりをつけた。

 

「目的は何だ!」

「…………」

「……黙<だんま>りか、いいだろ――――」

「――――……ずいぶんとおしゃべりですね」

 

僕は、相手の声にかぶせてそう言い放つ。

相手をいらつかせて冷静さを奪うのが目的だったけど、効果は早かった。

 

「フ……ッ!」

「……!」

 

一瞬で距離を詰めてきた彼の双刀と僕の物干し竿が噛み合い、火花が散る。

 

……結構驚いた。

彼からは魔力を一切感じない。

 

つまりは鍛え上げた自らの技量と肉体だけであそこまでの速度を出していると言うことだ。

 

そんなことを考えている合間にも、僕と彼の間では銀の閃光が縦横無尽に駆け、そのたびに橙の火花が周りに散る。

手足の間合いの広い彼は嵐のように。手足の間合いの狭い僕は体全体を使い、舞踊を舞うようにそれぞれの獲物を振るう。

 

鋼<はがね>同士の打ち合いが百を数えたあたりで彼がいったん距離をとった。

追撃はせず、そのまま相手を伺う。

 

「……存外保つな」

 

「……それは、お互いさま」

 

正直、予想外。

“故郷でのあの時”以来、腕の立つ者と戦うどころか、最近まで自主練習すら怠っていた僕の技量が下がっているのは予測済みだったけど、彼の技量の見積もりが甘かった。

 

魔法で速度や筋力を上げている僕とやり合えるというのは、にわかには信じ難い。

 

「……敵を褒めたくはないが、真っ直ぐないい剣筋だ。……いい師に学んだな」

「……そちらも、師に恵まれている」

 

師匠のことを褒められて悪い気はしない。

事実、彼の剣からは師の面影――言うまでもないけど戦い方の“雰囲気”であって短刀に“霊が憑いている”わけではない――が感じられる。

 

「そう言えば互いの名も流派も知らず戦いを始めていたな……」

「……確かに」

 

一騎打ち、しかも百合近く斬り結んでいるのに互いの名前、流派も知らないと言うのは極めて稀だ。

 

わずかに逡巡し、僕は口を開く。

今の僕にこの名を名乗る資格があるとは思えないけど、これ以外に名乗れる名前もない。

 

「……アルカディア騎士団流ま……剣闘術、ジーク・アントワーク」

 

……危うく、『“魔法”剣闘術』って言いかけた、あぶない。

 

「先に名乗りを上げたこと、感謝する。……俺は御剣流、高町恭也、推して参る!」

 

 

…………あれ?

 

 

 

ほんの少し前に聞いた名前に、僕は変な表情を浮かべたらしい。

彼がそんな僕の様子を見て怪訝な表情を浮かべた。

 

「……どうした?」

「……つかぬ事を聞くけども、お父上の名前は“士郎”?」

 

どうやら僕は、面倒くさい状況に陥っていたようだった。




旧話を各所改定してます。

ご意見ご感想、誤字脱字などありましたら、感想欄からお願いいたします。
また、幾つかタグを追加してますので、よろしければ確認をば。

そう言えば、15話と16話の投稿の間で、総合評価が3956ptから3870ptに下がったんですが……どうやって算出してるんでしょうね、これ?

あと、高校3年生は今日がセンター試験ですね。
落ち着いて頑張ってくださいな~(←当時、国語しかまともに出来なかった人)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18:振って湧いた休日の邂逅 うぃず(with) 金色の魔法使い

ストックがありますからね、更新が早い^^;


17:振って湧いた休日の邂逅 うぃず(with) 金色の魔法使い

 

 

 

――――その日、僕は金色の魔法使いに出会った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「なるほど、父さんが言ってたのは君のことか」

「……お互い、致命傷を負う前に気が付いてよかった」

 

……まぁ、あのまま続けていれば十中八九僕が勝っていた――自惚れでは無い、生身ならまだしも魔法を使って負けるとは思えない――だろうけど、そんなことを言ってわざわざ雰囲気を悪くすることもない。

無事、お互いの素性を把握できた僕は、彼に誘われ屋敷内に招かれていた。

 

今この部屋に居るのは計4人。

ボク、恭也――姓で呼ぶと、マスター士郎とごっちゃで分かりにくい――、月村忍――恐らくこの家の主――、家令長のノエル――鮫島と同じ雰囲気――、この4人だ。

 

「恭也もキミも怪我が無くてホントによかった……」

「……仕事の都合上、身を隠す必要があったとは言え断りもなく敷地内に侵入したこと、申し訳ありませんでした。お詫びいたします」

「いいのよ、気にしないで。お陰で屋敷の警備に穴があるって分かったことだし」

 

……いやいや、本当にこの屋敷は何に備えてるんだ?

屋根の上に対空兵器でも付け足す気なんだろうか。

 

月村さん、何で『グッ』って拳を握って意欲的に改善をしようと……。

 

…………うん、きっと家庭の事情か何か。

僕は深く考えないことにした。

 

「……で、ジーク君は何の目的でこの屋敷に?」

 

僅かに剣気を放ちながら、恭也がボクにたずねてくる。

 

 

『僕の仕事を明かしてもいいものか?』

そんな剣気を華麗に受け流した僕は、少し悩んで口を開く。

 

 

「……いま、こちらに遊びに来ているアリサ・バニングスの警護役。今日はお休みだったのだけど、やることが無くて結局警護をしてたら見つかって、現在に至ります」

 

『アリサの“しんゆー ――きっと、“友達”の上位個体だろう――”とやらの家族の方々に納得してもらったほうが動きやすいだろう』……そんな考えである。

下手に言い繕って、アリサの家に確認でもされたら面倒だし。

 

僕の答えに、忍さん――仮にも年上の女性を呼び捨てには出来ない、男は時と場合によるけども――が家令のノエルさんに目配せすると、彼女は目礼してその場を後にしていった。

 

予想が正しければ、バニングス家に確認を取りに行ったんだろう。

どうやらこの家も、ちょっと世間一般――今更だけど、アリサの家はこの国の一般的な水準からみるとかなり裕福。とてもじゃないが“一般”の範疇に入らないことを最近知った――ではないみたい。

ただし、“表側”や“裏側”という意味でだけど。

 

「ふむ、それにしても見事な武技だった。敵味方なんかじゃなく、一人の剣士として最後まで戦ってみたかった」

「……僕はそうでもないです」

 

僕のそんな言葉に、恭也が神妙な表情を浮かべる。

 

「……なにか嫌な経験でも?」

「……言いたくないです」

 

僕の態度に、目の前の二人が目を見合わせた。

 

「……ん、別に言わなくていいわ。どうしても聞かなきゃいけない事じゃないんだし」

「ああ。忍の言うとおりだ。俺じゃ相談に乗れないと思うが、父さんならきっと相談に乗ってくれる。心の整理がついたら話してみるといい」

「……気遣い、ありがとうございます」

 

 

 

――――ザワリ……

 

 

 

チビリ、出された紅茶に口を付けた瞬間、僕は近くで発生したジュエルシードの鳴動に僅かにに動きを止める。

 

とても近く。

この屋敷の敷地内。

 

自然、僕の纏う雰囲気も硬くなった。

 

「……どうした?」

 

この中で唯一、そういった気配に聡い恭也が僕の異変を感じ取る。

 

「……野暮用です、お気遣い無く」

 

そう返事をしながら一息にカップ内の紅茶を飲み干すと、僕は立ち上がった。

 

「どうしたんだ? とりあえず屋敷の敷地内に不穏な気配は感じないが……?」

 

恭也が忍さんに視線を向ける。

 

「家のセキュリティにも何の反応もないわよ?」

 

突然の僕の行動に首を傾げつつ、忍さんがそう返す。

当然、彼らに魔力の反応など気付けるはずも無い。

 

同時にジュエルシードの発動する気配が波となって僕を襲う。

 

「……これは、僕の領分の問題ですから」

「なんだかよく分からんが、手伝おうか?」

 

その発動に少し遅れ、最近馴染んできたユーノの魔力が、彼?の発動した結界魔法――僕には初見の魔法だけど、魔力の質で大体の効果は察することが出来る――が徐々に僕たちへ近づいてきて――――

 

「いえ、貴方達が関わるべき事じゃ――――……ああ、もう聞こえないか」

 

――――世界を、ウチとソトに切り離す。

 

 

二人の姿が、僕の目の前から消えた。

 

 

『恐らく、ソトとウチの時間進行をずらす系の結界だろう』、僕はそう当たりをつける。

 

『紅茶、美味しかったです』

 

結界に隔てられているからから、聞こえるはずもないので、僕は書置きを残して窓からその場を後にする。

アリサが結界内に取り込まれなかったことに内心で安堵。

 

対物・対魔獣戦だったら結界の外から引っ張り込んででも参加させた――1度の実戦経験は5回の訓練より得るものが多い――だろう。

だけど、ユーノの反応があるということは、あの“お漏らし少女”も一緒に居る――僕に言わせてみれば、『どうしてこんな所(アリサの“しんゆー”の家)に居るんだか』……だ――可能性がある。

 

同じ学校の生徒らしいし、何よりニンゲンに()てれば殺せる攻撃を何の覚悟もなしに繰り出せる――僕はその辺り、殺せるか殺せないかの見極めが出来る――とは思えない。

初めての実戦で、ニンゲンと戦わせるのは宜しくない。

 

師匠が見ていたら過保護と笑うだろうけど、初めての弟子で、何よりも……初めての友達だ。

これくらいの甘さは許される、きっと。

 

「……あっちか」

 

僕は、魔力反応の高い方向へと空を駆けたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……にゃんこ?」

 

猫だった、子猫だった。

……ただし一軒家くらいに大きいのだけど。

 

「ア、アントワーク君!?」

「ジークさん、何時の間に!?」

「ん、ユーノ、久しぶり」

 

目の前の現実――おっきな子猫――から目を逸らしながら、眼下の二人を見下ろしつつユーノに挨拶する。

 

「ふぇ!? 私は!? 私はスルーなの!?」

「お漏らしは黙ってて」

「にゃあ!? 男の子はそういう事を思っても言っちゃいけないと思うの!! デリカシーに欠けてるの!」

 

お漏らしの発する雑音を右耳から左耳に素通りさせ、僕はユーノに問いかける。

 

「……で、これは何?」

「えっと、ジュエルシードの効果は知ってますか?」

「知らない」

 

今更ではあるのだけど、特に効果に関心を持たないまま今日に至ってる。

 

「ジュエルシードは、『持ち主の願い』を叶える宝石なんですが……融通の利かないところがありまして」

「……つまり?」

「たぶん、あの子猫の『大きくなりたい』という想いが正しく叶えられたのかな……と」

「…………なんていう欠陥品」

 

改めて分かったけど、僕も1個持っているこの『ジュエルシード』とやら、中々に扱いにくい代物のようだった。

どうでもいいことだけど、子猫の首輪や鈴まで大きくなってるね。

 

「取り合えず、あの猫からジュエルシードを取り出して封印しなくっちゃ……!」

「……僕がやる」

 

僕は空中で身を躍らせ、猫の鼻先で滞空する。

 

『にゃー?』

 

いきなり眼前に割り込んできた僕に、子猫の歩みが止まった。

本当は可愛らしい鳴き声なんだろうけど、これだけ大きいせいで声が低く、重く聞こえる

 

 

僕は大きく息を吸う。

 

そして――――

 

「……にゃあーー」

 

――――()いた。

 

 

「……えっと、ユーノくん。アントワークくんは……何してるのかな?」

「…………うーん、会話……かな?」

 

後ろで二人が何か言ってるけど、僕は無視して目の前の子猫に向かう。

 

『ふにゃーー?』

「にゃ、にゃー。ふしゃー」

『にゃあー♪』

「にゃーお」

 

彼女――女の子だった――は少しの対話で、僕と意思疎通してその場に伏せてくれた。

うん、理性のある魔獣は暴走してる魔獣と違ってやりやすい。

 

 

「「いやいやいやいや!?」」

「……二人ともうるさい、何か言いたいことでも有るの?」

 

ミィ――さっき自己紹介された――の耳の裏を掻いてやりながら、僕は二人に向き直る。

 

「何で!? 何で猫と会話出来ちゃうの!? ユーノくん! 魔法ってなんなの!?」

「ぼ、僕にも分からないよ! そんな魔法聞いたこと無い!」

「……魔法使いなら、理性のある魔獣と最低限度は話せて当然」

 

 

……例えば街の近くにやってきて営巣を始めた野生の龍種に『この近くにニンゲンの街があるから、ちょっかい出したり出されたりしないようにしてね?』と交渉するのは当然だろう。

対話が成立しない――種族とか体質(人間が主食とか)――魔獣にはしょうがないけど、基本的に理性のある高位魔獣と人間は持ちつ持たれつだ。

世界は人間だけのものじゃない。

 

ちなみに、僕たちが乗り物にしていた飛竜だってきちんと書類を交わして雇用の契約をする。

『週休2日3食込み、月給は金貨5枚分の買い物権(当然雇用主が買いに行く)』って感じだ。

 

僕の国では父と竜王の間で友好条約が結ばれてたから、その辺りの規則はきちんとしている。

 

竜としては週に5回ちょっと軽い運動をするだけで食事と贅沢が出来るし、人間は人間でかなり便利な移動手段が手に入るのだ。

 

 

「…………魔導師の世界は奥が深いの」

「いや、僕もそんな“当然”は知らないから。勘違いしないでね?」

 

……むぅ、この二人は他種族に会話を試みないのか。

そんな不満を心に抱きながら地に降り、僕はミィにジュエルシードを摘出する話しをしようとして――――

 

「…………いきなり、何の用だ」

 

――――ミィに向かって放たれた金色<こんじき>の魔力弾を、右手に握ったベレッタM92FのSRゴム通常弾で相殺した。

 

 

「……バルディッシュ、フォトンランサー、連撃」

 

離れた電信柱の上、金の髪に赤みがかった瞳。

黒紅のマントを身に纏ったその少女は、僕の言葉に答えることなく追撃を放ってきた。

 

「…………魔導師?」

 

僕は空いていた左手にも同じ拳銃を握り、放たれた10発近い魔力弾を全て迎撃し撃ち落とす。

反動は強化された筋力と、魔術制御で押し留める。

 

「……ユーノ、あれは知り合いか」

「い、いえ! でも僕と同じ世界の魔法、同系の魔導師です!!」

「……そう」

「え? え?」

「なのはも急いでバリアジャケットを!」

「う、うん!」

 

ユーノと言葉を交わした一瞬の合間にその少女は距離を詰め、僕とユーノ、そしてお漏らしを見下ろす高さの樹に陣取った。

 

「……同系の魔導師と、質量兵器をつかう……現地の魔導師。……ロストロギアの探索者か」

「ッ!? この子、ジュエルシードの正体を……!?」

 

……このタイミングで言うべきことじゃないんだろうけど、口ぶりから判断するとどうやら彼女は僕とお漏らしを仲間だと思ってるらしい。

……無性に殺意が芽生えた。

 

「バルディッシュ」

『Scythe form. Set up』

「……杖が喋った、しかも勝手に魔法発動した」

「……? インテリジェントデバイスだから」

 

彼女の杖が何かを発声し、魔法刃を持つ鎌へと変形した。

これはアレか!? 僕たちの世界で実現不可能と言われてた『意思と発声器官を持たせ、自動で詠唱し戦う魔法杖』か?

僕はたった今、不可能が可能になる瞬間を目の当たりにした。

 

金色の子が首を傾げてるけど、そのインテリ何とかの事は知らないし。

未知の技術だ……。

 

きっと僕の目は、興味で輝いていることだろう。

 

「……?? ……申し訳ないけど、頂いていきます」

 

その声とともに、金色の少女が僕に向かって突進し鎌を振るう。

足元を狙ってきた辺りを(かんが)みるに、戦闘経験が豊富なのだろう。

 

脚に攻撃を加え怪我を負わせることで機動力を削ぐのは、戦士なら知っていてしかるべき戦法だ。

しかも『大鎌』という武器は剣や槍と違って攻撃をあてるのが難しい。

 

目測を誤り、対象と近すぎると柄の部分に当たってしまい斬ることが出来ず、かといって遠すぎると刃自体が届かない。

玄人向けの武器なのだ。

 

現に僕も戦場で相対したことは数えるほどしかない。

 

だけど当てればその刃の切っ先は一撃で肉を大きく裂き、相手に甚大な怪我を負わせることが出来るのも事実。

高位の使い手ともなると、その一閃で敵の首を複数一気に斬り飛ばしたりする。

 

見た目僕と同じくらいの年齢で、大鎌を使ってくる相手がいるとは思わなかった。

彼女のその一振りを、僕は後ろに跳ぶことで避ける。

 

『Arc Saber』

 

少女は避けられた事に対し微塵の停滞もせず、更にもう一閃し手に持つ鎌から三日月形の刃を飛ばして追撃まで放ってきた。

 

「……おもしろい」

 

滞空中、かなりの速さで弧を描き近づいてくるその刃を見て小さく(わら)う。

次の瞬間、防御の上から着弾し、僕を小さな魔力爆発が襲った。

 

爆炎で僕の視界が閉ざされていた、ほんの僅かな時間に距離を一気に詰めてきた彼女の上段からの一閃を――――

 

「……久しぶりに、骨のある相手と戦えそう」

 

――――虚空に浮かせた総計64本のナイフ、その内の2本を交差させ、防ぐ。

 

驚愕に見開かれる彼女の双眸。

 

 

先ほどまで全くの無表情だったことを思い出し、『ああ、そんな顔も出来るんだ』。そう思考の片隅で考えて…………残り62本を眼前の少女に殺到させる。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

これが僕とフェイト、“運命”と言う意味の名を持つ金色の女の子とのいささか過激過ぎる出会いだった。

 

 

 




質問や感想、誤字脱字などありましたら、感想欄からお願いいたします。

極力早い返答を心がけますので、ご容赦くださいませ。

地味に変わっている点:ナイフの数が、改定前は総数24振りだった。原因は、アリサが強化されたため。……アリサぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19:剣群乱舞

19:剣群乱舞

 

「……剣群乱舞(けんぐんらんぶ)壱の型『怒涛乱撃(どとうらんげき)』」

「……なんて……数ッ!」

 

少女は僕の62振りのナイフによる反撃を寸での所で回避し、いったん距離を取る。

目標を射抜けなかった白銀の一閃がぶつかり合い、火花を散らす。

 

僕はそのうちの半数31本を彼女の追撃へと飛ばす。

 

「初見で避けてみせるとは思わなかった、1本くらいは(あた)ると思ってたのに」

「……クッ! バルディッシュ!! フォトンランサー連撃!」

『Yes,Sir』

 

先ほど僕が彼女の攻撃にしたように、彼女は攻撃で僕の追撃を迎え撃とうとし――――

 

「――――ッ!?」

 

――――光弾がナイフに切り裂かれ霧散するのを目の当たりにし、周りの木々より高い空へと回避行動を取る。

 

「……対魔刻印を刻んだナイフに“真正面から”攻撃を仕掛けても無意味、その程度の魔法なら抵抗も無く切り裂ける」

 

“わざわざ”そう相手に告げながら、僕は残りの31振りを後詰として追従させる。

 

ちなみにこのナイフ、市販のもの(バニングス家の経費で落としてもらった)に僕が「リューター?――硝子(がらす)細工なんかに使うらしい――」とか言う工具で根気良く彫り込んだものだ。この工具が無かったら、僕は裁縫用の針とかでカリカリと恐ろしい時間をかけて彫るはめになったろう……科学技術に感謝だ。

 

ナイフそれぞれに対魔・切断を標準に、その他用途に応じた魔術刻印を別途、それぞれが反発しあわないように配置するのは中々に難しい仕事だった。

いま使ってる型のナイフに描く刻印の設計図は出来たけど、この発売元が販売中止にしたら僕は泣くかもしれない、割と本気で。

 

「…………!」

 

僕は間断なく全方位から攻撃を持続させる。

ただし初撃とはとは違い、一振りずつの攻撃。

 

直撃を狙ったり、回避先を僕の望んだように誘導させたり。

彼女の力量を測るため、死線に触れるか触れないかの攻撃を放ち続ける。

 

……まぁ、これで死んじゃっても、彼女の力がそれまでだというだけのことだし。

…………もっと言うと、彼女は多分この世界の人間じゃないみたいだから、間違って殺しちゃっても僕はこの世界の法で裁けないだろうし。これは同時に、この世界に国籍のない僕も、何かあった時に法の庇護を受けられないということだけど、こればっかりは仕方ない。

 

「あんなにたくさんのナイフを自由自在に……」

「なのはも大概だとは思ってたけど……どんな思考分割(マルチタスク)をしたらあんなことが……」

 

お漏らしとユーノが何か言ってるけど、僕は気にせず目の前の彼女に集中する。

彼女のほうはナイフの動きに目が慣れてきたらしく、先ほどまでより危なげなく回避を続けていた。

 

「……む」

 

回避をしながらその間隙(かんげき)を縫って、術者である僕を狙っての一撃が放たれるが直射であった事もあり、見切って身体を傾けることで避ける。

僕を射抜けなかった光弾が地面を直撃して、鈍い音ともに爆ぜた。

 

「……剣群乱舞《けんぐんらんぶ》弐の型『銀閃転華《ぎんせんてんか》』」

 

腕を一振り、手で印を切って僕は術式を組みかえる。

先ほどまでの『怒涛乱撃』が海嘯(かいしょう)瀑布(ばくふ)のような、存在だけで相対するものを圧倒する自然現象だとすれば、この『銀閃転華《ぎんせんてんか》』はそれを切り取り洗練を重ね、芸術という域に達した庭園。

 

「な……ッ!? さっきと……軌道が!?」

 

『怒涛乱撃』はナイフの群れに勢いを持たせ、この国のことわざ『下手な鉄砲数撃ちゃあたる』『弾幕はパワー』の言葉の通り、数の暴力で防御を抜く。

それゆえに攻撃は大味、そもそもこの技は個ではなく群に対して使用される術式だ。

 

そして『銀閃転華』は真逆を行く。

 

緻密な計算を尽くし、一振り一振りに必殺の軌道を奔らせ対象を狩る。

外れたナイフは旋回して群れを作ることなく、その場で反転して半永久的に牙をむき続ける。

その光景は、まるで散りゆく華が再度咲き誇るが如し。

 

ただし高速で動き回るナイフは、最初の防御に使ったものを合わせて半数の32振り、残りの半数は『銀閃転華』の効果内に閉じ込めるための檻の役目を担っている。

 

――――(はじ)

 

――――避ける

 

――――弾く

 

――――避ける

 

――――弾く

 

――――避ける

 

――――弾く

 

――――避ける

 

彼女が必死の形相を浮かべて『銀閃転華』を大鎌の柄で弾き、避けて、己の命を絶つ牙に抗い続ける。

 

だが、ついに9振り目、10振り目が彼女の肩と頬を浅く切り裂いた。

 

「く……ぁ!?」

 

痛みに彼女の動きが一瞬止まる。

僕はその隙を見逃さない。

 

 

虚空より拳銃を抜き放ち狙いを定め、解き放つ。

鈍い音が連続、鼓膜を震わせた。

 

 

『Protection!』

 

彼女の杖がそれに反応し、半自動的に発動された魔力楯を――――

 

「……無駄」

 

――――着弾の瞬間の刹那の停滞を経て、喰い破る。

 

「か……は……っ」

 

3、4、5発。

 

次々に楯を抜いた弾丸が彼女の腹部にめり込み、その衝撃で強制的に吸い込んでいた息を吐き出させた。

使った弾丸は、お漏らしとの戦闘――あれが“戦闘”と呼べる水準ではなかったことは別として――を教訓に改良された対魔楯徹甲(アンチマジック・シールドピアス)加工を施したSRゴム弾。

 

本来ならば彼女の肉体を貫き血を撒き散らせていたはずのその一撃は、着弾ごとにその肢体(したい)に紫電を奔らせた。

 

苦悶の表情を浮かべ、半ば意識を失った彼女が地へと堕ちていく。

 

杖が何かをしたんだろう、落下速度がいきなり緩やかになりつつ木々の間に姿が隠れた。

 

「……」

 

無論、僕もそれを黙って見守っていたわけではない。

即座に予想着地点へと走っていた。

 

「な、なのは! 僕たちも!!」

 

「う、うん!!」

 

足音を殺して疾走する僕とは裏腹に、後ろを騒がしく着いて来る二人を鬱陶しく思いながらも無視を決め込んで引き離し、彼女の元へ走る。

 

「……う……ぁ」

 

林の僅かに開けた場所、樹に背を預け座り込んでいた彼女がこちらに気付き、震える腕で必死に杖をこちらに向ける。

反撃など、許すはずもない。

 

瞬動を使い、彼女の直前まで一気に距離を詰める。

 

眼前にいきなり現れた僕に、半ば閉じられていた彼女の目が見開かれた。

 

「……はっ!」

 

飛び込んだ勢いを上乗せし、脚を鞭のようにしならせて回し蹴りを放って彼女の腕から杖を蹴り飛ばす。

もとより電撃で握力の落ちている手で、その衝撃を受け止められるはずもない、ほぼ無抵抗に彼女の杖が彼方へ飛ばされる。

 

同時に追撃として、上空に待機させていたナイフ32振りを彼女へ向けて解き放ち、彼女の羽織っていた外套ごと樹に縫い付け、固定。

 

僕はそのまま片手で彼女の両の手を掴み、頭の上で樹に押し付けて拘束。

もう一方の手で拳銃を(あご)の下から突きつけつつ、彼女の両脚に馬乗りになって完全に動きを封じ込めた。

 

「……久しぶりにまともに戦えて楽しかった。……僕はジーク・G・アントワーク、ジークでいい。貴女は?」

「………………フェイト、……フェイト・テスタロッサ」

「そう。……僕としてはミィ……あの猫を任せてくれれば今日のところは見逃してもいいと思ってる」

 

正直、これは護衛対象であるアリサには何の関係もない出来事なので、彼女……フェイトをこの場でどうこうしてもいい。

後顧の憂いを残さないために殺すのも良いけれど、反撃もままならない相手に止めを刺すのも気が引ける。

そんな状況だった。

 

「…………嫌といったら?」

「そのときは今日の夜を迎えられないだけ」

 

銃口で彼女の顎をグリグリと押しやる。

暗に『殺す』と言っているのだが、幸いにも彼女はその意味を察してくれて反射的に身体を硬くした。

 

「………………………………………………分かった」

 

長い沈黙を経て、フェイトが頷いた。

その沈黙の間にどんな葛藤があったのか、僕には伺い知ることは出来ない。

 

「物分りが良くてよかった」

 

僕は鷹揚(おうよう)に頷くと、肩と頬の裂傷を見やる。

 

両方ともそこそこ深く切れていて『傷痕が残るかな?』とも思ったが、『戦いの結果だし、しょうがない』と自己完結しようとして、僕はこの世界の勉強の途中で読んだ本の一節を思い出して動きを止めた。

 

 

 

『あ、あなた! わ、私を傷物にした責任は重いんだからね!?』

 

 

 

細かな状況は忘れたけど、確か誤まって主人公が女性に傷跡の残るような怪我をさせてしまい、最終的にその責任を取って婚姻(こんいん)の契りを交わす……といった話だったと思う。

 

……つまり、このままだともしかしたら僕は彼女と婚姻を結ばなくてはならないのだろうか?

…………非常にまずい、それは非常にまずいと言えた。

 

そんなことになったら、アリサの護衛に支障が出る可能性もある。看過できない事態だった。

 

「………………………………………………」

「………………?」

 

急に黙り込んだ僕に、フェイトが怪訝そうな表情を浮かべる。

内心焦って治癒魔法を発動させようとして、そこでまた動きが止まる。

 

「………………………………………………」

「………………??」

 

手で印を切ろうとして、両手がふさがっていることを思い出す。

 

本来、治癒系の魔法は難易度が高い。

術者自身(この場合は僕自身)を回復する魔法ならともかく、第三者を治癒させる魔法となるとその差は歴然。

第三者に対して、言葉……つまりは呪文だけで傷口に触れずに治癒するのは、かなり高位の術者でも厳しかったりする。

 

少なくとも、魔方陣を書くなり、手で印を組むなりとサポートが欲しい。

 

拘束している手を離すわけにもいかないし、押し付けている拳銃を手放すわけにもいかない。

 

何か方法はないかと思案し、少しして妙案を思いついた。

試したことはないけども、理論的には可能なはず。

 

僕は即座に行動へ移った。

 

「…………何を――――」

 

……ちろり

 

「――――ひぁっ!?」

 

肩の傷に舌先を這わせ、流れる血で回復の魔法文字を書き上げる。

 

「んぁ!? ちょ、ふぇう!?」

 

ちろり

 

「……動かないで、文字がずれる」

 

彼女にそう釘を刺し、文字を仕上げた。

舌先が離れた瞬間、強ばっていた彼女の体が弛緩する。

 

……なんで吐息が甘いんだろう?

 

内心で首を捻りながらも僕は彼女の体に魔力を流し込む。

 

「~~~~っ!  はぁっ……はぁっ……あ……れ?」

「……うん、治った」

 

僕は仮説が正しかったことに満足して頷く。

 

「ええええっ……と、その、傷を治してくれたのはうれしいんだけど、少し恥ずかs――――」

「大丈夫、すぐにほっぺたの傷も治す」

 

ちろちろ

 

「――――ひぁぁ!?」

 

肩で一度試したぶん勝手が分かったので、今度は流れるように文字が描きあがる。

 

「もうすぐ済むからじっとして」

 

言葉と同時、魔力を流し文字を発動させる。

 

「――――……ふわぁ……」

「……熱でもある?」

「…………だ、だいじょうぶ」

 

治癒をかけて完全に治ったはずなのに、フェイトは熱に浮かされたみたいに目の焦点があっておらず、顔も赤い。

癒しの魔法だから、気持ちいいことはあっても痛かったり副作用はないと思うのだけど……。

 

「……ん。じゃあ治療終わり、傷一つ無し」

 

反抗の意志はなさそうなので、僕は拘束を解き、立ち上がらせる。

ついでに蹴り飛ばしてしまっていた杖を取ってきて彼女に渡す。

 

「……えっと、怪我、治してくれたこと感謝する」

「礼はいらない、これは僕のため。……じゃあねフェイト、また戦えたら楽しそうだけど、そうならないことを祈ってる」

「……たぶん、その祈りは叶わない。キミがジュエルシードを手に入れようとするなら、私とキミはきっとまた戦うことになる」

「そう。じゃあそれまでに精進して、せめて僕に一太刀当てられるくらいには。僕の護衛対象に危害が及ぼさなければ命までは取らない……と思うから」

「……今度は、負けない」

「今度も、負ける予定はない」

 

僕は小さく笑みをこぼすと、久しぶりに楽しめた戦いを提供してくれたフェイトにそう告げる。

僕のその言葉に応えなかったが僅かに目元を柔らかくすると、フェイトは若干ふらつきながらその場から飛び去った。

 

「……そうだ、封印忘れてた」

 

振り向いた僕は、顔を赤くし固まっているお漏らしとユーノを発見する。

お漏らしのほうは、顔を手で隠してる……ように見えるんだけど、指の隙間から思い切りこちらを見てた。

 

「……何か用?」

「にゃ、にゃ、にゃ――――」

「……にゃ?」

「――――わ、私は何も見てないの~~~~~!」

「――――な、なのは!? 置いていかないで!?」

 

きびすを返したお漏らしが走り去り、ユーノが慌ててそれに着いていった。

 

「…………なんだったんだろう」

 

理由に見当のつかなかった僕は、気持ちを切り替えるとミィの元へ戻りジュエルシードに封印を施したのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

その晩遅く、僕のベッドの上で魔法の鍛錬をしていたアリサが『そういえば――――』と前置きして口を開く。

 

「今日、すずかの家にいたとき一瞬だけ魔法の反応があった気がするんだけど、これって私の気のせい?」

「……気のせい」

 

嘘をつくのは心苦しいけれど、正直にアリサに告げる訳にも行かない。

僕は今日の件は沈黙を貫くことにした。

 

「むー、私も魔法使い見習いくらいにはなったと思ったのに……まだまだってことね」

 

……褒めてあげたいけど、褒めるわけにも行かなかった。

代わりに、アリサの言葉に首をふる。

 

「この期間で、これだけ出来るようになれば充分。だから、明日また新しい技を教える」

「ホント!? 最近ずっと反復練習ばっかりだったから、ちょっとだけうれしいわね♪ で、どんな、魔法なのよ?」

「ん、魔法と言うより、剣爛武踏の技の型。僕の師匠の技を二つ『怒濤乱撃』と『銀閃転華』」

「……ホント、何から何までありがとね、ジーク」

「アリサは僕の弟子で、何といっても僕の大事な友達だから」

「……うん♪ そうと決まれば今日までに習った魔法のおさらいしなくっちゃね! ジーク、付き合って!」

「んむ、わかった」

 

結局その晩は夜更かししすぎて、僕たち二人はいつの間にか眠ってしまったらしい。

 

翌朝、そのせいでひと騒動あったらしいのだが、完全に寝入っていた僕は気付くことはなかったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

朝の一幕

Side.Arisa

 

「ん……あぅ!?」

 

目を覚ました私は、すぐ目の前にあったジークの顔に変な声を上げてしまう。

 

慌てて体を起こし、私は昨日の夜のことを思い出す。

 

「……そっか、私昨日、あのまま寝ちゃって…………」

 

ベッドの上に無造作に置かれていた魔法のテキスト――ジークが作ってくれた手書きのものだ――や杖なんかを一カ所に固めてどかし身の回りを綺麗にすると、私は眠り続けるジークを観察する。

 

こんな時でもないと、こうやってじっくりジークを観察する機会はあんまりない。

 

朝晩、魔法を教えて貰っているとはいえ、小学生である私の1日の大部分は学校で消費されている。

ジークが学校に通ってくれれば話は変わるんだけど、ジークの出自からも――戸籍も無いしね――そう言うわけには行かなかった。

 

というわけで、私がジークと過ごせる時間は、休日をのぞけば本当に少しだけ。

習い事を減らせばもっとジークとの時間も取れるんだけど、バニングス家の跡取りとして教養は必須、(ないがし)ろにするわけにはいかない。

 

 

もう一度ベッドに戻り、ぼーっとジークを観察しながら、私はこいつの事を考える。

 

 

ジークの言葉が正しければ、私とジークは同い年。

つまり、すずかやなのは、学校のクラスのみんなと同じ年ってこと。

 

だけど、ジークはその誰よりも大人っぽくて、誰よりも子供っぽい。

 

並の大人より達観した考えや落ち着いた行動や言動。

かと思えば見慣れない物や知識に対する無邪気な反応。

 

どこかがちぐはぐで(いびつ)

それが私が抱くジークのイメージ。

 

 

…………で、私はたぶんジークの事が好きだ。

 

 

危ないところを身を挺して助けてくれたから?

同学年の男子たちより変に大人っぽくて優しいから?

それとも変にカッコつけない、純粋なところに惹かれたから?

 

正直なところよく解らない。

 

ジークが私のパパに話していて、私に話していない事――ジークの過去のこと全般だ――があるのは何となく気づいている。

 

聞いてみたいけど、我慢する。

 

 

『何か理由があるから私には伏せている』それくらいは私にだって解っている。

 

 

きっと軽々しく聞いちゃいけない内容。

 

だからこそ私はジークが話してくれるのを待つ。

 

「……まったく、平和な寝顔なんだから……私がこうして悩んでるのがバカみたい」

 

苦笑いしながら、つんつんとジークの頬をつつく。

 

「……」

「……起きないわよね?」

 

ジークが目を覚まさない事を確認し、私は左右を見回す。

私の家なんだから平気なんだろうとけど、心の問題だ。

 

 

……chu♪

 

 

私はジークの頬に一瞬だけキスすると急いで、だけど静かにジークの部屋を後にしたのだった。

 

 




現在書いている最新話にあわせ、各所を変更中……
変更し忘れて、齟齬が発生してる箇所があるかもしれません。
そのような箇所を見つけましたら、連絡いただけると幸いです。

また、ご意見ご感想・誤字脱字・質問などありましたら感想欄からお願いいたします。

P.S:ちょいと前に確認したら、日刊ランキング50位に入ってました^^
皆様、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20:夕暮れ時の訓練模様、そして温泉旅行へ

少々間が空きましたが、無事に更新です。

そう言えば、日間ランキングで、本作が7位にはいりました~
週間だと(この更新の時点で)30位ですね。

そしてUAも20000を突破~
お気に入りも400名を突破~
総合評価も5000pt越え~

と、確認した瞬間に自身の目を疑いました^^;

皆様のご愛顧、まことにありがとうございます。


20:夕暮れ時の訓練模様、そして温泉旅行へ

 

 

夕焼け空、茜色の雲、そして――――

 

「い~や~!?」

 

――――その空に響き渡るアリサの悲鳴。

 

「頑張れアリサ、僕はアリサを応援している」

 

――――空中を逃げまわるアリサの背後を、複数の半透明な弾丸が風を切って追いかける。

 

「ムリ、ムリだから! これまでもムリだと思ったけどこれはホントにムリだから!?」

「だいじょぶ、それだけ弱音を吐く暇があったら何とかなる」

 

――――そんなアリサの真正面から背後の物とは別群の弾丸が挟み撃ちを狙って急襲する。

 

「いいいぃぃやぁぁぁぁ!?」

 

悲鳴を上げながらも正面からの弾丸を、自身に当たるものだけを的確に選び、手に握る魔杖で地へと叩き落す。

 

当然だ。一瞬でも躊躇していたら、あの場で前後から弾丸に挟み撃ち。

後ろのじゃなく、前から向かってくるものに挑んでいったのは、なんともアリサらしいけど。

 

ここ数日の内に飛行魔法の基礎を教わったアリサは、危なっかしくも徐々に飛行技術を上達させていた。

 

空中と地上での戦闘における違いは、攻撃の来る方向だ。

地上では自身の足元を中心に半球状――地中と言う例外はあるにしても――、だけど空中の場合足元を含めた全方位から攻撃が来る。

 

今やっている訓練は、空間把握能力ととっさの判断力を身に付けるモノ。

 

2発分の物体で始めたこの訓練も、今では既に30を優に超える弾丸がアリサを追い回している。

 

 

そろそろ日も完全に(かげ)ってきて視界も良くないから、訓練を切り上げようと――――

 

「いったぁ!?」

 

――――声をかけようとした所でアリサに着弾。

 

 

その拍子に飛行魔法が解かれ、アリサが地面へと急降下……というか落下する。

普通だったらこんな簡単に飛行魔法が解けたりはしないんだけど……うん、もう少し厳しめに訓練しよう。

 

「……っと」

 

咄嗟に飛び出して、アリサを空中で抱きとめる。

さすがに墜落したら危ないし。

 

「じ、じ、じ、じ、じ――――」

「――――痔? 辛いらしいけど、僕は違うよ?」

 

生きているのが辛くなると聞いたことがある。

恐ろしい病だ。

 

「ちがーう!! ジーク! お姫様抱っこ!? お姫様抱っこナンデ!?」

「……アリサ、何処か頭うった?」

「……ちょ、ちょっと取り乱しただけよ」

 

何だその取り乱し方。

 

「それとも『親方! 空から女の子が!』っていいながら受け止めたほうが良かった?」

「……ちなみにそれを貴方に教えたのは?」

「んむ、鮫島に教わった」

「あぁ、私もう最近鮫島がなに考えてるか分からないわ……」

 

……むぅ、アリサが力なく笑ってる。

とりあえず、アリサとともにゆっくり地上に降りる。

 

「……えっとね、ジーク……私、重くない?」

「……それは今の抱っこと何か関係が?」

 

……体重と今の抱っこは関係ないと思う。

 

「いーから! 答えなさい!」

「ん、……もうちょっと筋肉付けて重くならないと、打ち合った時に弾き飛ばされちゃうかも」

「……アンタに聞いた私がバカだったわ」

 

何故かアリサに溜息を吐かれた、助けたのになんて理不尽な……。

僕はひとつため息を吐いた。

 

「まぁいいや。アリサ、ちょっと動かないで」

「ふぇ!?」

 

腕に抱えているアリサの額に、僕の額をコツンとぶつける。

アリサが身じろぎしないまま顔を真っ赤にし、表情だけ百面相状態に。

最終的に、真っ赤なまま目を閉じた状態で落ち着いた……どうしたのだろう?

 

アリサの奇行を観察しつつ、一方でアリサの状態を接触した額を介した探査の魔法で確認する。

腕がアリサ塞がってるから、接触状態で精査魔法っと。

一応僕の作ったコートの上からの着弾だったし、そこまでスピードが出ていたわけでもないから怪我はしてないだろうけど……念のためだ。

 

「……ん、特に打撲もなし」

「…………は?」

 

案の定、特に怪我も無い。僕は一安心して額を離した。

目を瞑っていたアリサが、変な声を上げつつまぶたを開ける。

 

「いや、だから、さっきの訓練で着弾してたけど怪我がないかの確n――――」

「――――……ふんッ!」

「あ゛ぅっ!?」

 

『ゴン』とひどい音が僕とアリサの額から鳴った。

脈絡も無く放たれた頭突きには、さすがの僕も対処できず、へんな声を上げる羽目になった。。

 

「……いった~」

 

頭突きをしたほうのアリサは、涙目でこっちを見ながら恨みがましい声を上げている。

 

「なぜにいきなり僕へ頭突きを?」

「まさかありえないとは思ったけど、乙女の純情を踏みにじった罰よ!」

 

取り合えず、空に浮かばせていた半透明の弾丸……半分くらい水の入った500mlのペットボトルを、放置しておいた籠に回収する。

それとは別に、冷やしておいたスポーツドリンクのペットボトルを手元まで浮かせてそのままアリサに渡し、彼女を腕から降ろす。。

 

「ん……、飲み物ありがと」

「問題ない、弟子の健康管理は師匠の義務」

「…………はぁ…・・・。(弟子の気持ち――想い――も察してくれたら完璧なのに)」

「んむ? 何か言った?」

「なんでも無いですよーだ」

「?」

 

アリサの言葉に、僕は首を傾げる。

 

「そろそろ晩御飯の仕度(したく)も出来るころでしょ。体のほこり落としたいから、軽くシャワー浴びてから行くって鮫島に伝えといて」

「了解」

「よろしくね。じゃ……行きましょ!」

 

アリサが僕の手を握ると、足早に歩き出す。

さらに空いているほうの手の指を、『ひょいっ』っと一振りするとボトルの入った籠が浮きあがり、僕たちの後をついてくる。

 

んむんむ、見事なものだ。……それにしても――

 

「何で手、繋いでるの?」

「……気分よ、気分!」

「そ。気分なら仕方ない」

 

辺りが薄暗くてはっきりとはしないけど、何だかアリサの顔が紅い。

……怪我は無かったはずなんだけど。

そんな事を思いつつも、僕は素直にアリサに引かれて歩き続ける。

 

僕たち二人は連れ添って、そのまま屋敷へと戻るのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「――――というわけで、私は今週の連休に友達達と温泉旅行に行くから」

「……で?」

 

時は変わって夕食後、アリサが教鞭をとる語学(日本語)の時間、何の脈略も無く放たれたその言葉に僕はそう返すしかない。

 

旅行の件は既に知らされている。

デビッドさんによると、同行するアリサの友人のご家族の方々は非常に腕が立つそうなので、護衛の必要は無いそうだ。

まさか旅行先まで行って、ジュエルシードがらみの騒動に巻き込まれはしないだろう、きっと。

 

「だーかーらー! 今ならまだ予約できるから、一緒に行こうってコトよ!」

「……だーかーらー、……僕の事はどう説明するの」

 

正直な所、理由は幾つか有るけど僕がアリサと一緒にこの旅行に行くのは宜しくない。

アリサの友達の……すずか?――ミィの件の現場になった家の人だ――嬢の方の家族もこの旅行に参加するらしい。つまり、僕と面識のある忍さんも来ている可能性が非常に高い。

 

……たんとーちょくにゅーに言うと、僕は前回のミィのとき、会話の途中で結界に巻き込まれた。

つまりあの場にいた忍さんと恭也からしたら、僕は目の前からいきなり消えた不可思議人物に他ならない。

 

 

…………会ってしまった時、僕はどう説明しろと?

 

 

……危ない橋は渡りたくない。

 

それ以前に、アリサからしたら僕はあの時あの現場にいなかったことになってるのが、この件を更に複雑にしてしまってる原因だ、ちょっと後悔。

 

「だ、だから海外からの留学生だとか、理由の付けようなんて――――」

「――――それはそれで、『何処の学校に通ってるの?』って聞かれたら終わりだと思う」

 

アリサの家に……ほーむすてー?しているとしたら、常識的に僕はアリサと同じ学校に通ってないとおかしい。

ほーむすてーさせている家族の子と一緒の学校じゃないっていうのは流石に変だと思う。

 

見ず知らずの国に来て、言葉も碌に分からない人を知り合いのいないところに放り込むとか……どんな拷問だろ?

 

「あーもう! 行きたそうな顔して……行きたいの行きたくないの!?」

「……行くわけにはいかない」

 

 

………………とても行ってみたい。

 

温泉とか言うのにも入ってみたいし、この国の郷土料理っていう「和食」も食べてみたいし、この国独自の“和風”っていうのも堪能してみたい。

せんべー布団って何? 畳ってどういうの? 鹿威(ししおど)しってホントに“ッコーン”って音がするの?

 

…………………………うん、とても行ってみたい。

 

 

「…………行くわけにはいかない」

 

大事なことだから二回言った。

 

「…………わかったわよ、これ以上無理には誘わないから(……もう、せっかくジークをすずか達に紹介できるいい機会だと思ったのに……)」

「……ん、わがまま言ってごめん」

 

哀しそうなアリサを見て小さく心が痛んだけど、こればっかりは仕方ない。

 

 

その日の授業は、その少し後にお開きになった……。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ねぇ、ホントに一緒に行かない?」

「…………行かない。アリサ、行ってらっしゃい」

 

「むぅ、ジークの分からず屋……。……行ってきま~す」

 

翌朝、僕は玄関でアリサを見送っていた。

ホントは門の所まで送るべきなんだろうけど、車を運転してくるのは月村家の人たちらしいからそうも行かない。

 

待ち合わせ時間ぎりぎりまで僕を説得しようとしたアリサだったけど、しぶしぶといった感じで諦めて出掛けていった。

 

僕はアリサが見えなくなるまで見送ると、自分の部屋に戻ってベッドに飛び込む。

 

「…………むー」

 

……………………何もする気が起きない。

 

1時間か2時間か。

それくらいの間、意味も無くベッドの上でごろごろーとしていると、不意に部屋の扉が『コンコン』と叩かれ二人の人物が入ってきた。

 

「ジーク君、居るかね?」

「失礼します、坊ちゃま」

「……デビッドさんと鮫島、何か御用ですか?」

 

アリサの父上で僕の雇い主のデビッドさんと、いつもお世話になっている鮫島だった。

何か大事な用件かと、僕は姿勢を正す。

 

「いや、用というわけではないんだが……。……あー、そうだ鮫島、最近ちょっと疲れているんじゃないか?」

「ええ、旦那様。最近年のせいか疲れが取れませんで、多少ですが疲労が溜まっているかもしれません」

「……?」

 

話しの導入がいきなりすぎるし、何故か二人とも棒読みな三文芝居。

僕はいきなり目の前で始まった二人の寸劇に首を傾げる。

 

「ふ~む、それはよくないな。我が家に長年仕えてくれている鮫島に、疲労で倒れられでもしたら一大事だ。……おお! 何と言うことだ、ちょうど手元にアリサたちが行った旅館のご招待ペアチケットが!」

「おやおや、期限は今週の連休までですか。使わなければ勿体のうございますな」

 

……なんなんだろう、この台本を丸覚えしたような――――

 

「………………!?」

 

――――瞬間、僕の脳内にとある仮説が浮かび上がった。

 

僕は感情を表に出さないように心がけながら二人の会話を見守る。

 

「しかし困った、残念なことに私はこの連休はどうしても外せない用事が有ってな……」

「左様でございますか……」

 

 

……どきどき

 

 

「おおそうだ、いい案を思いついた!」

「ほう、その案とは?」

 

 

……どきどきどきどき

 

 

「アリサが不在なのだから、ちょうど護衛の仕事がないジーク君と――――」

「――――お供させてもらいます」

 

ダメだった、言い切るまで我慢できなかった。

そんな僕に対し、デビッドさんと鮫島が非常にいい笑顔を浮かべてハイタッチしてる。

最近この二人が主従関係だと、たまに忘れそうで困る。

 

「鮫島、今回の連休の間休暇を与える、ジーク君とともに温泉に行って日頃の疲れを解消して来い。これは当主としての命令だ」

「「承知いたしました!」」

 

こうして僕と鮫島二人、アリサに遅れること2時間半、旅館へ湯治(とうじ)に向け出発したのだった。

 

 

◇◇◇

 




最新話にあわせ、各所を変更中……
そしてそれとは別に、各所へ変更を加えています。

そのせいで、齟齬が発生してる箇所があるかもしれません。
そのような箇所を見つけましたら、連絡いただけると幸いです。

また、ご意見ご感想・誤字脱字・疑問質問などありましたら感想欄からお願いいたします。
感想を餌に、頑張って改訂続けていきますのでw ^^;

では、これからも拙作をよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21:ここは湯の街、海鳴温泉!&和(ワ)んだふるな出会い?

就活忙しいです……はい。 (--;

そういえば、就活の移動途中の電車内で、ふと隣に座った方のスマホ見たら、本作を読んでいらっしゃる方がいました。
……世界って思いのほか狭いもんですねぇ。


21:ここは湯の街、海鳴温泉!&和(ワ)んだふるな出会い?

 

 

電車・バスといった公共交通機関を乗り継ぎ、僕と鮫島は無事旅館に向かう。

本当は鮫島が『車をお出しします』と言ってくれたんだけど、僕がそれを断った。

 

鮫島の慰安旅行なのに当の本人が運転しちゃ話にならないし、こんな機会でもなくちゃ電車に乗って遠出――基本的に外出は徒歩か駆け足か鮫島任せだし――出来ないから。

 

 

1時間半ほど乗り物に揺られ、僕たちは旅館に到着。

 

 

鮫島がフロントで受付をする姿を見つつ、僕は周囲をきょろきょろと観察する。

おぉ、あれは鹿威し(ししおどし)、現物は初めて見た。

 

「ようこそ当旅館へ、お待ちしておりました。……後ろのお子さんは、お孫さんでしょうか?」

「えぇ。そんなところですな」

「ふふ、周りに興味津々みたいですね」

「こういった所に泊まるのは初めてですからな、気になっているんでしょう」

「可愛い盛りですねぇ。……では、こちらへサインをお願いいたします」

 

僕が旅館の中庭に視線を奪われているうちに鮫島が手続きを終わらせたらしく、僕たちは部屋へと案内された。

 

「では、ごゆっくりお(くつろ)ぎ下さいませ」

 

案内の女将さんが去ったのを確認し、僕は足早に室内の探索に入った。

 

「むぅ!? 室内なのに草の匂い……鮫島、これが畳の匂い!?」

「はい坊ちゃま。これが日本人の心に訴えかける“和”の匂いでございます」

「室内なのに、草原に寝転んだ時みたいな……。鮫島、畳すごい!」

 

僕は興奮して畳を『ぺしぺしぺしぺし』と叩く。

 

「気に入っていただけたようで、私も日本人として鼻が高いです」

 

旅館に到着――付け加えるならアリサと同じ旅館の“別館”とのこと――し、部屋に入ると漂ってくるのは本の中でしか聞いた――この場合は“読んだ”?――ことのない畳の匂い。

事前調査によると、匂いの原料は材料の“イグサ”で、この香りには鎮静効果があるらしい。

 

しかも、空気中の水分を吸って、室内の湿度を保つことも出来るとか……。

 

石造りの建物が多かった僕としては、床材に草木を使おうとする発想が無かった。

この国の昔の人間の発想、学ぶべき所が多すぎる。

 

 

そのまま僕は室内の探索を続けた。

 

 

「鮫島、これは?」

「お茶のセットでございますな」

「お茶……じゃあこれが“きゅーす”ってやつ?」

 

僕は異国情緒(いこくじょうちょ)溢れる形状の陶器を鮫島に見せる。

 

「左様です。お屋敷では紅茶を出すことが多いですのでお目にかかる機会は少のうございますが、こういった日本の茶器も揃っておりますので、帰ったらお見せしましょう」

 

鮫島が置かれていたセットを使ってお茶を淹れてくれたので、一緒にあったお菓子に舌鼓を打ちながら、二人でちょっと小休止。

紅茶と風味が違うけど、緑茶って奴も中々美味しい……はふぅ。

 

 

小休止終了、探索続行。

 

 

その後も室内中を事細かに調べつくした僕は、最後に取っておいた箇所に注目する。

 

部屋の僅かに奥まった場所、この国では“床の間”とか呼ばれる場所の壁に掛けられた1枚の書。

その名も『掛け軸――なんて書いてあるかはぐにゃぐにゃで読めない、下手なのか達筆なのか……恐らく後者――』!

 

僕の事前調査によると、この国に古来より生息する“ニンジャ”といった人にして人ならざる者たちがいた。

諜報活動から護衛、要人の暗殺までこなす万能性。

更には壁を走り、水の上を駆け、火を吹く事まで出来たとか。

 

時代とともに進化を続け、最近では“強化外骨格”と“ステルス迷彩”とやらを装備した『サイボーグ・ニンジャ』なる者の存在がゲームで語られていた。

グレイとかいうあのサイボーグニンジャ、見た限りだとかなりの強敵。油断したら僕も危ないかもしれない。

 

で、昔のニンジャは常在戦場(じょうざいせんじょう)の意識の元、いつ何時に攻めてこられても対応できるよう屋敷内の各所に抜け穴や仕掛けを施していたという……。

 

そのうちの一つに、『掛け軸などの家具の後ろに通路を隠し非常時の脱出口とする』といったものがあった。

そう、僕は今この国の神秘の一端に触れているのかもしれない。

 

心躍らせながらも、冷静に掛け軸に手を伸ばす。

もしかするとこの裏には……!

 

心を落ち着け、一息にめくり上げる。

 

「………………」

 

……現実は非情だった。

掛け軸の後ろは普通に壁、通路など影も形も無かった。

 

「……む? ジーク坊ちゃま、どうなされました? 肩を落とされて……」

 

僕は黙って掛け軸を元に戻す。

 

「なんでもない。……鮫島」

「はい、何でございましょう?」

「……現実って、残酷だよね」

「ですな。それでも人は理想を夢見て、努力し続けるのですよ」

 

僕のつぶやきに返ってきたのは、思った以上に深い言葉。

 

「……鮫島はカッコいいね」

「年の功にございますよ」

 

『ニヤリ』と鮫島が唇の片端を持ち上げ、笑う。

僕の中で鮫島の株がすさまじい勢いで上昇したのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「タオルは――――」

「――――湯船にいれちゃダメ」

 

 

――――鮫島と僕の間で矢継ぎ早に言葉が飛び交う。

 

 

「湯船に入る前に――――」

「――――身体を洗って清潔にしておく」

 

 

――――互いに正座、目を逸らすことなく掛け合いは続く。

 

 

「湯船では――――」

「――――泳がない」

 

 

――――暫しの問答を終え、鮫島が静まり返った。

 

 

「……ふむ、これなら大丈夫でしょう。行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」

 

敬礼とともにお風呂セットを持って温泉に向かう。

今まで繰り広げられてたのは、鮫島による『公共浴場に入る時のマナー講座』の最終口頭テスト。

 

お風呂に入るにも色々な礼儀があるのだ、この国は。

 

鮫島に着付け方を習った浴衣(ゆかた)(?)を纏い、僕は男湯へと走……る訳にはいかないので、早足で向かう。

この『浴衣』とやらも、襟の合わせ方を逆にすると死人を意味する着かたになるとか。“左前”とか言うらしい。

 

そんなこんなで、鮫島のお眼鏡にかなった僕は悠々と浴場へ向かえているのだ。

 

ちなみに鮫島は『私はしばらく部屋で休んでから行きますので、御気になさらず』とのこと。

 

「Lu~♪」

 

鼻歌交じりで男湯に向かう。

僕達の部屋は別館なので、お風呂はアリサの泊まる本館に行かなきゃならない。

 

アリサに見つかるようなヘマはしない。

館内図で女湯と男湯が離れてる(一日ごとに、男湯と女湯が入れ替わるらしい)のは確認済みだし、アリサの気配を確認しながら移動している。

曲がり角で、いきなり出くわすような事態には陥らない。

 

 

だからこそ、その出会いは想定していなかった。

 

 

「……お前、ニンゲンじゃないな」

「…………!」

 

前から来た橙の髪を持つ女性、僕はすれ違いざまに足を止め、そう声をかける。

動きを止めたその女性同様、僕も脚を止めた。

 

「……狼……いや、犬? 詳しいことは分からないけど、そんな妙な気配、ニンゲンから出るモノじゃない」

「……ニンゲン形態なのに見抜くとか、アンタ何者だい?」

 

見なくても、彼女の体が強張るのが手に取るように分かる。

 

「……僕も似たようなモノだから、見抜くのは訳ない」

「ふぅん、、似た者……ねぇ? ……ん……え!? ……アンタがフェイトの出くわした“銀髪”の魔法使い……だけど髪は黒……じゃないね、何色だいその髪の色?」

 

通話の魔法でも使ったのか、虚空に意識を向けていた彼女が素っ頓狂な声を上げた。

僕の戦闘状態の姿を知ってるということは、白服組み(おもらし&ユーノ)か黒服(フェイト)位だとおもうのだけど。

 

僕は後ろで(くく)っている自分の髪をつまんでみせる。

見た目は黒だけど、光の加減で所々に青色や翡翠色の光沢が混じって見える。

 

僕が普通の人間じゃない事の証左でもある。

 

烏羽(からすば)色と呼ばれてる。……年がら年中、白銀の髪な訳じゃあない。……で、お前は……ああ、よくみればフェイトに良く似た魔力の気配を感じる……使い魔か何か?」

「まぁね」

「それで、この場所に何か用? 返答次第ではこの場で――――」

 

浴衣の袖に手を隠し、拳銃を実体化させると同時に殺気を纏う。

前回の教訓から、サイレンサーなるものを装備してるので、無音とは言えないまでもかなり音量を低減した。

これなら、攻撃と同時に相手を巻き込んで無作為転移に持ち込めば、幾らでもごまかしが聞く。

 

「――――ちょい待ち!? ……この付近でジュエルシードの反応があったから、回収のために来ただけさ」

「……『僕の護衛対象がこの旅館に居る、ちょっかい出すな』、そう伝えればフェイトは理解する」

 

僕の言葉に彼女が頷いた。

 

「了解、伝えとくよ。……まったく、心臓に悪いったらありゃしない。風呂上りだってのに嫌な汗を掻いちゃったよ。……入りなおそうかね」

「……相手の力量を測れるだけお前はマシ。……もう一人の探索者は、相手との実力差すら把握できてないのに攻撃してくる」

「そりゃ厄介だねぇ……。ま、長話もなんだし、私は退散するよ。それじゃあね」

 

彼女が僕の認識範囲外に立ち去るのを待ってから、拳銃を異空に仕舞う。

気を取り直して、温泉に向かおうとしてふと気付く。

 

「……名前、聞きそびれた。……まぁいいか」

 

次の一歩を踏み出すと同時、そのことは思考の海の奥底に沈むことになる。

それよりも今はお風呂に入ることが僕にとっての優先事項だった。

 

 

◇◇◇

 

 

その後は誰に遭遇することも無く、僕は無事に男湯の脱衣場に入り込んだ。

空いていた籐籠(とうかご)に服を入れて、浴場に足を踏み入れ――――

 

「――――……む?」

「――――……ジーク君?」

「――――……士郎さんと……恭也……さん?」

 

出会う予定のない人達と、遭遇することになったのだった。

 




あまり変更点は無いはず……しいて言えば、少々加筆したのみです。

一応、参考までに烏羽色のイメージ画像URLを付けておきます。
実際のカラスの写真ですが、たぶんこれが分かりやすいかと。
先頭にhをつけて検索どうぞ。
ttp://pds.exblog.jp/pds/1/200803/20/81/a0083081_1543303.jpg
(これより良い画像があれば教えていただけると幸いです。実際のカラスの画像である必要はありません)

ご意見ご感想・誤字脱字・質問などありましたら感想欄からご連絡くださいませ。
では、これからも拙作をよろしくお願いいたします。


P.S:アリサの(戦闘力的な)成長予定
釘宮病で魔法少女……なにを言いたいかわかるな(煽り)?
※予定は未定、未来は不確定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22:歩んだ過去、剣を握る理由

少々遅れました……ESやら何やらで忙しくorz

ちょいと駆け足で(かつ短く)進みます……え、理由?
男だけの入浴シーンなんて……需要あります?


22:歩んだ過去、剣を握る理由

 

「……士郎さんに、恭也……さん?」

「お? やぁ、ジーク君じゃないか」

「む、忍の家で会った少年!? あの時はどうやって……いや、聞くまい」

 

出会ったのは、『喫茶 翠屋』の店長とその息子。

高町士郎さんと、恭也だ。

 

僕の見た限り二人ともかなり高位の剣士で、恭也は不幸な偶然から僕と相対した時にその実力の一端を垣間見ることが出来た。

……まぁ士郎さんはともかく、恭也に関しては負けはしないと断言できるけど。

 

「……お二人とも、奇遇です」

「そうだね、店以外で会うのは初めてかな? 今日は仕事? それともプライベートかい?」

「プライベート……休暇です。……演技下手な雇い主さんに、気を使われました」

 

僕は士郎さんに小さく頷く。

僕の返答が不完全だったのか、士郎さんが少し不思議そうな表情を浮かべたけど、『まあいいか』と言わんばかりの表情で話しを続けてくれた。

 

「演技下手? ……まあいい、ここの泉質は疲労回復・肩こり・打ち身に良く効く。疲れを取るにはぴったりだよ」

「俺やジーク君は若いから、打ち身はともかく肩こりは無いさ」

 

効能を説明してくれた士郎さんに、恭也が苦笑を向ける。

そんな恭也に士郎さんも苦笑を返した。

 

「ハハハ、確かに違いない。……さて、いつまでもこんな所で立ち話してるのもアレだ。続きは奥でしよう」

 

確かにここは浴場の扉のすぐ近く。僕たち3人が立ちっぱなしじゃ、出入りの時に迷惑極まり無い。

僕らは足早に奥へと進むのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ふむ、ウチの娘たちより髪の手入れが行き届いている気がするね」

 

 

――――わっしゃわっしゃわっしゃわっしゃ

 

 

「……士郎さん?」

「うん? なんだい?」

 

 

――――わっしゃわっしゃわっしゃ

 

 

「なんで気配を消してまで背後を取って、僕の髪を洗ってる?」

「大人は子供の髪を洗ってやるもんなのさ、この国の様式美と言ってもいい」

 

その言葉に、僕は渋々ながら頷くしかない。

 

「……様式美ならいい。…………でも、僕は子供じゃないから」

 

一応、そう苦言を呈しておく。

あと、士郎さんの手が首筋に触れる度、緊張で体が固くなるのは仕方ないと僕は思う。

 

いくら士郎さんでも、背後に立たれるのは落ち着かない。

 

 

――――わっしゃわっしゃ

 

 

「わかったわかった。それにしても、ジーク君のこの髪は生まれつきかい? 黒でいて、だけど薄く青みがかってて……何色というべきか……」

 

「……『烏羽(からすば)色』って呼ばれる。この髪の色は生まれつき、僕はご先祖様の血を強く引いてるから、その証」

 

「ほう、ご先祖様からか……。あ、流すから目を瞑ってくれ」

 

「ん」

 

素直に目を瞑る。

この“しゃんぷー”とか言うもの、目にはいると猛烈に染みるのだ。

こっちにきた頃、知らずに目に入れて悶絶する羽目になったけど、もうそんなへまはしない。

 

一時期、これを目潰しに使えないかと真剣に考えたことが、僕にはある。

あれだ、水鉄砲を使うとか、転移魔法で相手の目にシャンプーを直接転移させるとか。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

「……はふぅ」

「極楽極楽……」

「いい湯加減だ」

 

背中を流してくれようとする士郎さんの申し出を固辞し、各各(おのおの)で体を洗った僕達は、ついに温泉に浸かっていた。

 

僕の故郷では、蒸し風呂が主流――火山地帯に行けば一応温泉もあった――でこんな風に肩までお湯に浸かれる機会は少なかったけど、こっちに来て今の形式に慣れてしまった後では、もはや昔には戻れない。

温泉の人を引きつける魔力、恐るべし。

 

「……ジーク君、いくつか聞いてもいいかい?」

「内容によりけりです」

 

士郎さんの問いかけに僕は鷹揚(おうよう)にうなずいた。

 

「ではまず一つ、君の“仕事”は僕も恭也も承知している。怪我をする機会も多いだろう、それは僕も経験があるから承知している。……だけど君の体中に残っている傷の跡は、……こう言っては変かもしれないけれど、年齢に対して不相応に多く……深手すぎる。……君はどんな場所――――いや、過去を歩んできたんだい?」

 

いきなり答えにくい質問をしてきた士郎さんに、僕は閉口する。

 

確かに僕の体は傷跡だらけ。

僕は自己回復・補助魔法の術式に特化している。

僕の回復魔法は新鮮な……というのも変だけど、負ったばかりの怪我は傷跡なんて微塵も残さず――そうは言っても怪我の限度はあるけど――治せる。

 

……だけど、怪我の回復が遅れた時とかはどうしても傷跡が残る。

 

僕は回復魔法を使う暇すらおぼつかない戦場にいた。

つまりはそう言うこと。

自身の血と、それ以上の斬った敵の返り血。

剣戟の音や悲鳴、攻撃魔法の炸裂音。僕はいつも真っ赤に染まっていた。

 

慎重に言葉を選びながら閉じていた口を開く。

 

「……故郷を亡くして、故郷の(かたき)を討って、最後は仲間全員が敵になった。

斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って、気づいたら剣が握れなくなってた。体は平気なのに、心が言うことを聞いてくれない。……で、紆余曲折の後、今の場所に落ち着いてる……これで充分ですか?」

 

「…………ああ、充分だ。……もう一つ、君は誰かに強制されて剣を握っていたのかい?」

 

僕は過去に意識をとばし、首を横に振る。

 

「違う。確かに僕の家は故郷を守り導く立場だった、だけど自分の意志で剣を握ってた」

「そうか……」 

 

質問はそれが最期だったようで、士郎さんはそれきり何かを考えるように黙り込んでしまった。

僕はこの期に、恭也さんに話しかける。

 

「……恭也さん、僕の見立てだと恭也さんはヒトを手に掛けたことがない」

「……ああ。その通りだ」

「じゃあ僕からの忠告。斬った相手の顔も姿も、それどころか人数さえも思い出せなくなるくらいにヒトを斬っちゃいけない。その一線を越えちゃうと今の僕みたいになる」

 

僕はそれだけ言うと返答を待たず湯船から立ち上がる。

 

「僕はそろそろ上がります。お二人はごゆっくりどうぞ」

 

……話しすぎた。脳内に過去の出来事が溢れだし、心の中で形容し難い淀みとなって滞留し始める。

 

「ジーク君、僕は君の背負った物を軽くすることは出来ない――――」

 

引き留めるように掛けられる士郎さんの声から逃げるように僕は歩み続ける。

 

「――――でも、君がそれを話すことで楽になれるようだったら、喜んで聞き手に回ろう。……いつでも、翠屋においで」

「……ありがとう、ございます」

 

聞こえたかは分からないけど、振り向かず僕はそう返す。

 

 

…………このセカイには、優しい人が多すぎる。

 

 

そう、心の中でつぶやきながら…………。




いつもより短いですが、ご容赦いただけると幸いです。
次の話とくっつけるのも手かと思ったのですが、それはそれで長すぎるので……。


では、ご意見ご感想をお待ちしております。
一応確認したつもりですが、誤字脱字・前話との齟齬などありましたらご一報ください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23:金色の小休止

23:金色の小休止

 

 あの後浴場を後にした僕は、胸の中にくすぶる嫌な気持ちを鎮めるべく、ふらふらと旅館周辺を歩き回っていた。

 近くにあったお寺に、散歩がてら足を延ばしてみたり、お土産屋さんを意味も無くぶらついてみたり……

 

 お饅頭屋さんがあったので、客室で待っててくれてる鮫島のために蒸かしたて熱々のお饅頭を買う。

 鮫島にはとてもお世話になってる、だからこれくらいの出費は痛くも痒くもない。

 

 買ったお饅頭は異空間の特別収納“すぺーす”に収納。

 このすぺーす内は、空間固定――端的に言うと、入れた瞬間時間の流れが止まる――が掛かってるので、次に取り出すまでお饅頭は熱いままだ。

 

 こんな感じで、ただ遊んでいるように見えるかもしれないけど、ちゃんとアリサの護衛のため十数匹の鋼糸(ワイヤー)で編まれた使い魔が、周辺に散開して警戒を続けている。

 士郎さん達との件で心は穏やかじゃないけど、心情と仕事はごっちゃにしてはいない。

 

「Lu~♪」

 

 故郷のモノではなく、敢えてこの世界で知った曲を鼻歌で奏でつつ、適当な場所を探して歩き回る。

 

「……む」

 

 どれくらい歩き回った頃だろうか?

 ちょっと林のようになっていたところを歩き回っていた僕は、上から気配を感じ足を止めた。

 

 頭上に視線を投げ探すうちに、同じくこちらを探していたらしい気配の主と目があい――――

 

「……ん、フェイト?」

「……あれ、ジーク?」

 

――――期せずして木の幹に背を預けこちらを見下ろす金色の魔法使い、以前僕と刃を交わした少女と再び邂逅したのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「さっき使い魔の女性に会った。ここへはジュエルシードの回収に……だっけ?」

「……うん、近くで発動しそうなジュエルシードの反応があったから……。えっと、ジークの方は?」

「僕の方は護衛対象がこっちに来てるから、その護衛をしつつ休暇中。そもそも僕は発動前のジュエルシードの反応を察知して動いてるわけじゃないから。それに、僕はフェイトの言う“発動しそうなジュエルシードの反応”が分からないから探しようもないんだけど」

 

 フェイトの座る枝に跳び乗って、枝の少し先に跨るよう座る。

 お互い見上げたり見下ろしたりしたまま話すのは、首が痛くなりそうだったので仕方ない。

 

「そうなんだ、ちょっと意外。……戦闘の腕が良かったから、探索系も出来るかと思ってた」

「ん……僕はフェイト達と魔法体系が違う……つまり魔法使いとして全くの別物だと思うから探しようがないだけ。たぶん探そうと思えば出来る……はず」

 

 やったことはないから分からないけど、たぶん何とか出来るはず。

 要は特定の魔力――つまりはフェイトの言う“近くで発動しそうなジュエルシードの反応”――を捜索魔法の対象に設定すれば良いはずだし。

 

 それよりも意外だったのは、思った以上にフェイトとの会話が弾んでることだ。

 ジュエルシードが絡んでない状況なら、特に喧嘩腰にならなそうなので少し安心した。

 

 戦闘の時以外も警戒されてたら、僕も即応できるよう気を張ってなきゃいけないから落ち着けないし。

 

 

――――く~ぅ

 

 

 僕たちの会話は、突如聞こえてきた何処と無く気の抜ける音に中断した。

 その音源に目をやり、顔を上げてその本人の顔を見やる。

 僕の耳に間違いがなければ、あれは空腹の時になるものだ。

 

「……お腹空いてる?」

「……す、空いてないよ?」

 

 

――――くぅ

 

 

 再度その音を発した張本人の顔は、羞恥で見ているこっちが心配になるくらい真っ赤になっていた。

 

「……お饅頭、一緒に食べる?」

「……えっと、その…………はい」

 

 そんなわけで、僕たちは一緒にちょっと遅めの3時のおやつを食べることになったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 僕たちはさっきの場所から、もう少し奥に行ったところにある小さな池の畔に移動していた。

 さすがにあんな場所でご飯を食べるのはヤダ。

 

「ご馳走になっちゃってごめんなさい……」

「ん、まだあるからもっと食べても平気」

 

 僕は隣に座るフェイトに、もう一つお饅頭を手渡した。

 

 昔、領地内の小さな出城で籠城戦をする羽目になったとき、兵糧責めをされてひもじい思いをしたことがある。

 その時は援軍が来たから助かったけど、あのまま兵糧責めをされていたらと思うと……。

 

 つまり僕が言いたいのは、空腹がどれだけ辛いかって事なのだ。

 

「この世界……ていうかこの国の料理は基本的に美味しいよね(あむあむあむ)」

「そうだね(はむはむはむ)」

 

 黒糖風味の皮と、漉し餡が絶妙にマッチしている……美味美味。

 お饅頭を食べつつ、ジュエルシードについて話してみる。

 

「フェイトはジュエルシード集めてどうするの?」

「……私がジェルシードを集めてるのは、お母さんに頼まれたから。お母さんがどうしてジュエルシードを集めてるか知らないから、理由は教えられない……ごめんね」

「ん、わかった。……アレ、危ないから保管には気をつけて、間違っても衝撃を与えちゃだめ」

 

 僕は封印したジュエルシードを片手間に調べた結果、判明したことをフェイトに伝えておく。

 ジュエルシード集めに奔走してるフェイトは、自分が集めているモノがどんなものか知っておくべきだ。

 ほかにもいくつか注意点を伝えておく。

 

「わかった、ありがとう。……今度、ジークの持ってるジュエルシードと私の持ってるジュエルシードを掛けて勝負を挑む」

「別に今すぐでも良いよ?(もぐもぐもぐ)」

「……まだ、勝てる気がしないから(もきゅもきゅも……むぐ!?)」

 

 うん、フェイトは僕との力量差をわきまえてる。

 ユーノはともかく、どこかのお漏らしにも見習ってほしい。

 こんな所であの白色のお漏らしの事を思い出してしまい、僕はため息を吐く。

 

 ジュエルシードを集めてるみたいだけど、海鳴市街からは結構離れた場所だし会うことは無いだろう。

 そう思うと気が楽だ。

 

 僕はペットボトルのお茶――これは普通の異空間内に備蓄し始めたものだ、これで生水を飲んでお腹を壊す機会が減らせる――を飲んでを一口飲んで唇を湿らせると、再度口を開く。

 

「わかった、フェイトからの挑戦を待ってる」

「………………………………」

「……フェイト?」

 

 何の返事も返ってこず、僕は訝しげにフェイトに視線を向ける。

 その視線の先で、喉にお饅頭を詰まらせたフェイトが眼を白黒させながら胸を叩いていた。

 

「ってフェイト!?」

 

 僕は慌てて持っていたお茶をフェイトに渡す。

 ペットボトルを受け取ったフェイトは一息にお茶を(あお)って、詰まらせていたお饅頭を無事飲み下した。

 

……僕に挑戦を誓った直後に、僕からもらったお饅頭で喉を詰まらせて死にかけるとは…………。

 

 僕は内心でそうボヤきながら、フェイトの背をさする。

 しばらくせき込んでいたフェイトだったが、ようやく落ち着いたのか顔を上げた。

 

「……お饅頭は逃げないから、ゆっくり食べて良いよ?」

「ち、違う! そんな理由で喉につかえたんじゃ――――」

「――――このお茶あげるから、今度からは気をつけて?」

「…………はい」

 

 僕は残り少ないお茶をボトルごとフェイトに譲る。

 ふう、良いことをすると気持ちがいいね。

 

 それにしても英雄伝とかだったら、敵の挑戦を受ける緊迫感の溢れる場面だったのに……。

 なんとも締まらない、僕とフェイトとの勝負の誓いになったのだった。

 

 

 

 

おまけ ~むしろ本編~

Side.Fate

 

「じゃ、また……次のジュエルシードが発生したときに?」

「えっと、そう……なるのかな?」

 

 お饅頭を食べ終えた私とジークは、池の(ほとり)を後にした。

 偶然出会った所まで一緒に戻って、その場で別れる。

 

 首をひねりながらのジークの別れの言葉に、私も首をひねってそう返した。

 

 『……まぁいっか、じゃあまた次の機会に』そう言ってジークは背を向けて去っていく。

 私は彼の姿が木々に隠れて見えなくなるまで見送った。

 

 とりあえず、最初に居た樹の上に戻って座り直す。

 

 『半分も残って無いから』……と言ってジークが私にくれた物だ。

 バルディッッシュを胸に抱きながら、渡されたお茶のボトルを両手の中で(もてあそ)ぶ。

 

 ゆらゆらとボトルの中でお茶を揺らしながら、私は彼との出会いを振り返った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ジークとの出会いは突然だった。

 

 母さんの頼みでこの第97管理外世界――通称“地球”――にジュエルシードを集めに来た私。

 最初の反応の元へ向かった私。ジュエルシードを取り込んだ原生生物と会話――魔力を持った生物なら話せるらしい――していたジークと戦いになって……負けた。

 

 私より(はや)く、鋭く、圧倒的。

 

 私の攻撃は(ことごと)くが避けられて、防がれた。

 対して彼の攻撃はその悉くが避けにくく、私のプロテクションに至っては彼の質量兵器に打ち抜かれた。

 

 殺傷能力の低い特殊な弾――『SRゴム弾』って言うらしい、さっき教えてもらった――であの威力。

 あれが本当の弾丸だったら、私は今この場に居られなかったかもしれない。

 

 空から墜とされた後、朦朧(もうろう)とする意識で迎撃しようとする私を、ジークはそれまで以上の速度で距離を詰めてきた。

 私は何の反応もできず、放さずにいたバルディッシュも手から蹴り飛ばされ……反撃する手を失った私は、ジークに降伏した。

 

 ……い、今改めて思い出しても顔が赤くなっちゃいそうな方法で怪我を治してもらい、私は見逃された。

 

 それ以来、バルディッシュに手伝ってもらって、脳内でジーク相手の戦闘シュミレーションを行うようになったけど……未だに勝ちを拾えてない。

 

 

 そして今日、ここでまた会えた。

 

 

 最初はアルフとの視覚共有で、その後に偶然バッタリとここで会って。

 前回戦った時みたいな鋭い刃のような気配が収まった、ジークとの落ち着いた話し合い。

 

 ……うん、自業自得で、恥ずかしい姿を見せることになっちゃったけど、私は改めてジークとの再戦を誓った。

 

 きっとそう遠くない未来に、私はきっと彼に再戦(さいせん)を挑む。

 そして母さんのためにも、勝ってジュエルシードを譲ってもらう。

 ……そう、決めたんだ。

 

 

 …………あ、さっき念押されたんだけど、ジークが言うには『前回の戦いの時にいた白い子と使い魔っぽい子とは仲間じゃないからね?』ってこと。闘気……ってより殺気混じりの剣幕で言われたのは怖かった……。

 ……私の知らないところで何があったのかな?

 

 

「私は……負けるわけには、行かないんだ」

 

 決心を新たに、私は自分にそう言い聞かせる。

 私は貰ったボトルを光に透かしつつ、強い目でそれを睨みつけて――――

 

「……あれ?」

 

――――ふと、ボトルの飲み口を見て気付く。

 

 ……これって、“間接キス”って言うんじゃないかな!?

 ……あ、あぅ!? どどどどうしよう!?

 

『フェイト~?』

「ななななな何かなアルフ!?」

 

 私はいきなりのアルフからの念話に、飛び上がりながら返事をする。

 

『え? いや、フェイトとの精神リンクを通じて、なんか混乱というか……テンパってる感情が流れてきて……。戦闘じゃないみたいだけど、何かあったのかい?』

「き、気のせいだよアルフ! あ、アルフは安心して温泉を楽しんできてね!」

『あ、ああ、うん。そうさせてもらうよ、フェイトも無理しないようにね? あと、夜は私がジュエルシードの探索代わるから、その間にでも一回温泉に入ってきなよ』

「う、うん! じゃあねアルフ」

 

 私はそのまま念話を切った。

 

「……つ、次会った時、どうすればいいんだろう?」

 

 唇を指で「つっ」となぞりつつ、私はアルフが帰ってくるまで悩み続けることになったのでした。




ご意見ご感想、誤字脱字などお待ちしています~。

……え、フェイトの入浴シーン(or期せずしてジークと混浴)?
需要があるなら次の次くらいの話に追加しますよ(笑)

では、これからもよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24:鮫島の夢&なんでお前がここにいる

 3月頭のエントリーシート&履歴書ラッシュが小休止状態になりましたので、一旦投稿~。

 え、フェイトとの混浴?
 残念ながら次話へ持ち越した、異論は受け付ける。


24:鮫島の夢&なんでお前がここにいる

 

 

「……まんぷく、まんぷく」

「……育ち盛りとはいえ、食べ過ぎな気がしないでもないですな」

「食べられる内に食べとく、それが大事なこと」

 

鮫島の言葉に、そう返しておく。

温泉饅頭を手始めに温泉卵や何やらを食べた後、〆として夕食を食べた僕だけど、決して無理してまで食べてない。

 

ちゃんと余裕を持って間食……じゃなく完食した。

今は鮫島の淹れてくれたお茶を飲みつつ、晩酌中の鮫島に酌をしてあげている。

 

「……ふぅむ、五臓六腑に染み渡りますな」

「…………おつまみもどうぞ」

「おや坊ちゃん、ありがとうございます」

 

日頃鮫島には迷惑をかけてる自覚があるので、こんな時くらいその恩を返してあげなくては……!

そんな決意を胸に、僕は鮫島に甲斐甲斐しくおつまみを勧めてあげる。

 

 ちなみに、勧めたおつまみは“ホタテ貝のひも”……非常にお酒に合う味だ。

 僕もお酒を飲みたかったのだけど、鮫島に“こちらでは飲酒は20歳以上の特権です”と止められたので我慢中。

 ……これじゃ蛇の生殺し。

 

「鮫島、杯が空。……はい」

「おっとっと……。……ふふふ」

「……鮫島?」

 

 小さく笑う鮫島に僕は首を傾げる。

 

「いえいえ。以前、旦那様と私で『坊ちゃんが来てから、息子か孫が出来たみたいだ』と話したことを思い出しましてな」

 

 む、そんな話ししてたんだ……。

 

「それと今の笑い、何か関係してる?」

「ええ、しておりますとも。アリサお嬢様は女性でございますから…旦那様も私も内心を把握しずらいのですが、ジーク坊ちゃんは同性ですので。……ここだけの話、最近旦那様が『息子がいたら、一緒にキャッチボールするのが夢だったんだ』……と、グローブとボール一式を買っておりました」

 

 ……酔ってるせいか、いつもより鮫島が饒舌だ。

 

 ……とりあえず、帰宅したらデビッドさんを、その“きゃっちぼーる”とやらに誘ってみよう。

 “きゃっちぼーる”が何かはよくわからないけど。

 僕はそう決意した。

 

 そんな風に僕が密かに決意している合間にも、鮫島は次々と杯を重ねている。

 

「坊ちゃん、私はね、嬉しいのでございますよ……。坊ちゃんが屋敷に来られて以来、お嬢様が毎日楽しそうで……」

「……? アリサはいつも楽しそう。学校の話も、習い事の話も、魔法の勉強も」

 

 僕の言葉に、鮫島が少し寂しそうに言葉を繋ぐ。

 ついでに僕は少なくなっていたおつまみを補充した。ちなみにチー鱈だ。

 

「いえ、そうではないのでございます。最近が例外なだけで旦那様は本来この屋敷にいらっしゃらず、仕事で海外を回られていることが多いのです。

奥様も今は海外を飛び回っておりますので……、現に坊ちゃんは奥様にお会いしたことがございませんでしょう?」

「ん。……確かに」

 

 確か、デビッドさんと入れ替わりで海外に出張に行ってるとか。

 

「ええ。……ですので屋敷にいるのはお嬢様と私たち使用人のみ、先ほど坊ちゃんが言ったような事を話せる機会は多くないのでございますよ。ですが坊ちゃんが来て以来、屋敷で何でも話せるお相手が出来たお嬢様は毎日が輝いておられます……」

「……僕は僕が来る前のアリサのことを知らないから何とも言えないけど、役に立ててるなら嬉しい」

 

 僕は『ずずず』とお茶を飲みながらそう答える。

 

「……私としましては、このまま坊ちゃんとお嬢様がご結婚していただけると嬉しいのでございます。万が一どこぞの馬の骨にお嬢様が(たぶら)かされたらと思うと……」

「……僕がアリサを(めと)るの?」

 

 ちょっと予想外な鮫島の言葉に、僕は少しだけ目を見開く。

 ……僕がアリサを娶ってもいいんだろうか?

 

 そんな僕を視界に納めつつ、目の据わった鮫島が話し続ける。

 

「私はお嬢様がお生まれになったときからずっとその成長を見守って参りました。親バカと言われるものかもしれませんが、お嬢様は利発で気立てもよく、数年も経てばさぞ美しくなられるでしょう」

「……ん、アリサは綺麗、それに聡明で向上心もある。だけど、僕でいいの?」

 

 鮫島の言葉には僕も大いに同意するけど……、最大の疑問はやっぱりそれだ。

 過去が薄ら暗い僕より、もっとふさわしい奴が居るんじゃないだろうか?

 

「こう言いたくは無いですが、旦那様の元へはお嬢様への縁談が毎日のように舞い込んできます。全員が全員とは言いませんが、彼らの目には“バニングス”という家名とグループ企業の利益しか見えていないのです。

そんな者たちとお嬢様が結婚するより、お嬢様と直接触れあっている坊ちゃんこそふさわしいと私は思うのですよ」

「むぅ……」

 

 故郷では立場的に政略結婚しなければいけない――父上は例外で、城下にて母を見初めて身分を隠したまま告白、何度もフられたが諦めずに言い寄り……。紆余曲折あって相思相愛になって結婚した……と師匠に聞かされた――立場だったから考えたことはなかったけど、今となってはそんなことは関係無くなってる。

 父上は一途で、正室の母上以外の側室を持ってなかったし。

 

「……それとも、何かお嬢様に及ばぬところがございましたか?」

「ん、そういう訳じゃない。……大事なのはアリサの意志だから。僕としては何の不服もない」

「そう言って頂けると、私も安心でございます…………。……いつか……アリサお嬢様と……ジーク坊ちゃんの………お子を……抱ける……事を――――」

「――――……鮫島?」

 

 急に黙り込んだ鮫島を訝しく見やった僕は、その理由を理解して苦笑いする。

 さっきまで意外なほど語っていた鮫島は机に突っ伏して寝息をたてていた。

 

「……えいやー」

 

 鮫島を持ち上げて、敷いておいた布団まで運ぶ。

 筋力強化と軽量化の魔法を使ってるから楽々だ。

 

 布団を掛けてあげて、(さかずき)やおつまみを片づける。

 

 ……騎士団の連中が酒宴を開いた後の惨状に比べれば、これくらい可愛いものだ。

 

 そんな考えが頭をよぎり、僕はそれを頭を振ることで打ち消す。

 最近、事あるごとに昔の記憶が浮かぶ自分に、ため息を吐きたくなる

 

 いつになったら、この記憶は僕の内から消えるのだろう?

 

 歯磨きを済ませ、僕も布団に入る。

 ベッドとはまた違う寝心地だけど、野宿とは比べられないくらいまし。

 

 そんな思いを抱きながら僕は目を閉じ、意識を闇へと落としたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「――――ッ!?」

 

 夜遅く、僕は最近お馴染みになった魔力の波動に飛び起きた。

 一瞬で意識が覚醒する。

 

「……ジュエルシード。何で今夜発動する……」

 

 フェイトに聞いてたから、ジュエルシードが近くにあったのは把握済み。

 だからこそ、これはフェイトの意志でないことも理解できる。

 

 僕に敵対することの愚かさを知ってるフェイトが、危険を犯してまで強引に発動させるはずもない。

 これはフェイトにとっても望まない事態だったはずだ。

 

「放っておくには……近すぎる」

 

 旅館から離れてればフェイトに丸投げしてただろうけど、残念なことに旅館からほど近い場所だ。

 アリサに危害が加わる可能性もある。

 

「……気が乗らない」

 

 体中に魔力が流れ渡る。

 薄く青みがかった僕の髪が、月の銀光を乱反射させる銀色へと変貌を遂げる。

 重いため息を吐きながら窓を開け、窓枠に足をかけたところで振り返り、返事を期待せずに言葉を投げる。

 

「いってきます」

 

「ZZZzzz……いって…………らっしゃいませ………………」

 

「……!?!?」

 

 鮫島くらい凄腕の執事になると、寝ていても無意識で反応するらしい。

 鮫島の執事力に戦慄を覚えながら、僕は部屋を後にしたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「…………何でお前が居る」

「そ、それは私のセリフなの……!?」

 

 僕がジュエルシードの発動現場で出くわしたのはフェイトとアルフ、ユーノとお漏らしだった。

 

「……フェイト、なんでコイツがここに居るの?」

 

 ジト目で白服を睨みながら僕はフェイトに問いかける。

 

「えっと……私はその子とは初対面だと思う」

 

 フェイトの言葉に、お漏らしが愕然とした表情で叫ぶ。

 

「え!? 私、あなたとアントワーク君が子猫の持ってたジュエルシードをかけて戦ってたとき、一緒にいたの!」

「……ゴメン、記憶にない。……ジーク、この子は?」

 

……僕に聞かれても困る。

とりあえずわかる範囲で答えておく。

 

「そのフェレットの方がユーノ、なかなかいい腕をもった魔法使い。白い方が……お漏らし?」

 

 白い方の本名はずいぶん前に聞いた……気がするけど、覚える価値を見いだせなかったので記憶にない。

 

「えっと……いい名前…………なのかな?」

「違うの! その名前って信じちゃダメなの!! あとアントワーク君! 私の名前忘れてるでしょ!?」

 

 ……僕は人の名前を忘れるような不躾者じゃない――――

 

「何を失礼な。……お前の名前、忘れる以前に覚えてないから」

 

 ――――ただ、覚えようと思わなかっただけだから。

 

「ひ、酷いの……。わ、私の名前は高町なのは! 忘れないで!!」

 

 お漏らしの心からの叫びが、僕の記憶をわずかに刺激する。

 高町……って、士郎さんや恭也と同じ名字だ。

 

「……気に入らない」

「…………え?」

「お前が僕の知り合いと同じ名字っていうのが腹に立つ」

「理不尽すぎるの!?」

 

 白服が(わめ)いているけど、僕にとっては些末(さまつ)ごとだ。

 

「やっぱりお前は“お漏らし”でいい」

「「……!」」

 

 僕は二組それぞれに拳銃を向ける。

 フェイトとお漏らし、二人の後ろでは、アルフとユーノがそれぞれが即応態勢に移行していた。

 

 僕がここに来た時には、既にジュエルシードの封印は――おそらくフェイトによって――為されていた。

 今ここで僕がすべき事はただ一つ、不穏な雰囲気を纏って向かい合っていた双方を、この場所から遠ざけること。

 

 ユーノによって、この周囲一帯に空間隔離の結界が張られてはいるようだけど、極々近くにアリサが泊まっている。

 万が一億が一、目覚めて感づかれ、ここに来られでもしたら厄介。……というか、僕がここに居ることを知られたら拙い。

 

 只でさえ、最近のアリサの魔法の腕は怒濤の勢いで向上中。

 気づかれる前に、双方には退散願いたい。

 

「ジュエルシードの回収が終わってるなら、双方さっさと退いて。ここで争われると迷惑、用件があるなら迅速に済ませて」

 

 僕の言葉に、お漏らしが堰を切ったように口を開く。

 

「……ッ! わ、私はその子とお話がしたいの! 貴女がジュエルシードを集める理由、それを教えて!」

「……きっと話しても仕方ない」

「でも、話してくれなきゃわからないの!」

「――――ジュエルシードを賭けて勝負。貴女が勝ったら、私は理由を話す」

 

 小さくため息を吐いたフェイトがお漏らしに譲歩する。

 僕としてはこの場が早く収まってくれればいいので、口は挟まない。

 

「……わかったの。ユーノ君は手、出さないでね!」

「アルフも手を出さないでいいよ。ジーク、見届け人やって……もらえる?」

 

 2人の言葉に、ユーノとアルフが首肯する。

 

 確かに、中立の見届け人が居たほうがいい。面倒ではあるけれど、この場に中立の立場でいるのは僕しかいない

 僕も小さく頷いて、フェイトに言葉をかけた。

 

「……ん、仕方ない。出来るだけすぐに片づけちゃって」

「大丈夫だよ、……そう何分もかからないと思うから」

 

 その言葉が終わるか終わらないか、そのタイミングでフェイトが宙へと舞い上がった。

 慌てて白服の方も飛び上がるけど、フェイトの方は悠々と空で相手があがるのを待ち構えている。

 

 さながらそれは、格下の相手に対する余裕、自負であり――――

 

「……ちょっと前に僕が排除した時より動きは良くなった。……けど、ただそれだけ」

 

 ――――事実そのお漏らしは、フェイトの高速機動により戦いの主導権を掴めずに、僅か数十秒で一方的に敗北した。

 力の差を見せつけられるように、首への斬撃を寸止めする形で。

 

「……うそ、そんな」

「……キミは確かにすごい。……だけど、ジークより遅くて攻撃も緩い。ジークを倒そうと訓練してる私が負けるはず無いから」

 

 為す術もなく封殺され、呆然とするお漏らしと、当然と言った風に言い放つフェイト。

 現時点での力の差は誰の目から見ても明らかだった。

 

「お漏らし、お前の負け」

 

 僕は見届け人として、勝敗を宣告する。

 

『Pull out』

「レイジングハート!?」

 

 お漏らしの持つ杖からジュエルシードが1つ排出される。

 光輝くその粒は、フェイトの手へと収まった。

 

 離れた二人は、そのまま地面へと降り立つ。

 

「私の勝ち。……アルフ、行こう」

「ん~♪ さっすが私のご主人様だね♪ ちびっ子にフェレット、力の差はわかっただろう? もうコッチの邪魔はしないでおくれよ。それじゃ~ね」

「……じゃあジーク、またこんど」

「ん」

 

 小さく手を振ってくるフェイトに、僕も手を小さく振り返す。

 そのままフェイトとアルフは闇夜に紛れて、空へと消えていった。

 

「――――待って」

 

 同じく背を向けて帰ろうとした僕に、お漏らしから力無い声がかけられる。

 

「……なに?」

 

 言葉から滲む不満を隠そうとしないで振り向き、僕はそう返す。

 

「……どうしたら、どうしたらアントワーク君やあの子と分かりあえるの? どうやったらお話を聞いてもらえるの?」

「…………相手を話し合いに持ち込めるくらい、強くなればいい。……どんなに高尚(こうしょう)な考えだろうと、相手が聞こうとしないと始まらない。

 僕は分かり合うための手段の1つに“強さ”を選んだ、ただそれだけ」

「……強さ。……強くなれば、強くなればアントワーク君やあの子は話を聞いてくれるの?」

「さぁ? そんなこと自分で考えて。僕は強さを選んだだけ、他の道を選ぼうがそれはお前の自由」

「……わかんない、わかんないよ。……私はどうすればいいの?」

「なのは……」

 

 これ以上、言ってやる義理もない。

 僕は後処理をユーノに任せ、その場を立ち去る。

 

 今度は、呼び止められなかった。

 

 

 




 ご意見ご感想お待ちしております~
 誤字脱字報告も感想欄からお願いいたします。

 では、次回の混浴回をお楽しみにー。
 …………この話だけでコメントが5つ以上付いたら、アルフも一緒に混浴させるんだ(遠い目

2014/3/10
痛恨のミスに感想欄の指摘で気づき、あわてて修正。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25:月下の混浴

今回のあらすじ:混浴

みんながアルフとの混浴を所望した結果がコレだよ!!(訳:更新が遅れて申し訳ない……)

内定を取ったら更新しようと思ってたんだ、うん……内定、どこかで売ってないかなぁ(白目

あと、入浴中の飲酒は危険なのでやめましょう。


25:月下の混浴

 

 

「むぅ……」

 

 ジュエルシードのせいとは言え、完全に目が覚めてしまった。

 部屋に戻り、布団に入って眠くなるのを待つか、思案しつつほとんどの明かりが落とされた旅館へ戻る。

 

 隠密の魔法を使い、気配を消して正面から旅館に入った。

 

 時間としては、この国で言う『草木も眠る丑三つ時(深夜2時すぎ)』……とやらだ。

 従業員で起きているのは、寝ずの番をする者くらいだろう。

 

 人っ子一人居ない廊下を『てとてと』と歩き、部屋に戻る途中にふと壁にかけられた標記に気づく。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『←大浴場 山の湯   大浴場 海の湯→』

『入浴時間 02:00~12:00 14:00~00:00 ※00:00~02:00、12:00~14:00に関しましては、浴室の清掃を行うため、ご入浴できません』

『また、夜間の清掃後から浴場が入れ替わります ただ今の時間は、男湯:『海の湯』、女湯:『山の湯』です』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「おぉ」

 

 僕が昼間入った山の湯は、屋内が主の大浴場――打たせ湯やら、泡風呂、サウナなんかがあった――だった。

 しかし、ちょうど今は昼と入れ替わって海の湯のほう。

 

 たしかこっちには、大きな露天風呂があったはず。

 

 ……これは、行かざるを得ない。

 

 幸い、お風呂に必要な道具は一揃い持ち歩いてるから、部屋まで取りに帰る必要もない。

 それに、たぶん清掃明けのこの時間なら、ほとんど人も居ないだろうし。

 

 お風呂に入って体を暖めてから寝なおそう。

 僕はそう結論付けると、足音も軽やかに、海の湯へと向かうのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 脱衣所に入ってみると、案の定誰もおらず、服を入れる藤籠(とうかご)が全て空な事からも、無人であることは明白だ。

 いそいそと服を脱ぎ、勇み足で大浴場を通り過ぎて、目的の露天風呂に向かい――――

 

「――――……なぜ居る」

「――――……キャアァアア!?」

「――――ちょ!? とりあえずボーヤは後ろ向いて、フェイトはとりあえずバスタオル巻きな」

 

――――ちょっと前に別れた、フェイト・アルフと出くわしたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「げ、一日ごとにお風呂が入れ替わるのかい!?」

「ん」

「あっちゃー、知らなかったよ。昼過ぎと同じつもりで、空から侵入しちゃったからねぇ……

 まぁ、他の男が居なくて良かったよ」

 

 しまったと言わんばかりの表情で、アルフが頬を掻く。

 出くわしてしまった僕たち三人は、それぞれタオルを巻いて――無論、綺麗なタオルだ――なし崩し的に混浴していた。

 

「わ、私たちここに居ちゃ駄目だよね。ね、アルh――――」

「大丈夫、まったく問題ない。ここの条例だと、混浴の禁止は10歳以上から」

「あぁ、それなら問題ないねぇ。フェイトはまだ9歳だし」

「む、そういうアルフは?」

 

 フェイトの言葉を僕が否定し、アルフもそれに同調した。

 興味がてら、アルフにも歳を聞く。

 というか、今は人型とはいえ、犬が素体の使い魔である以上、この人間向けの条例の対象にはならないんだろうけど。

 …………厳密には僕も、この条例の対象にならないな。

 

「え、外見は16歳で、実年齢は2歳児」

「なんだ子供か」

「アンタだって子供だろうに」

「ごもっとも」

「「ははははは」」

 

 アルフと二人で笑う。

 

「……なんで二人は、そんな自然に会話してるの。私は顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのに……」

「「え、タオル巻いてるし、恥ずかしがる必要ないよね?」」

「…………ぶくぶくぶく(そういう問題じゃないよぅ……)」

 

 流石の僕も、フェイトが水中で何言ってるのか分からない。

 ちなみに、フェイトはいつも後ろで二つに縛っている髪の毛を、お湯につけないようタオルで頭上にまとめてる。

 かくいう僕も、髪は長いから似たような感じ。

 

 アルフはアルフで髪を上げている……が、さっきから頭で犬(狼?)耳がぴょぴょこしてる。

 

「アルフは……犬?」

「いーや、狼。……耳触ってみるかい?」

 

 耳を見てたら、アルフがこちらに頭を近づけてくれたので、後学のために触らせてもらうことにした。

 

「ふむふむ」

 

 狼が素体だと聞いたので、狼耳の付け根と裏のあたりをカリカリと掻いてみる。

 犬系の扱いは、軍用犬とバニングス家の飼い犬たちで慣れてるし。

 

「あ……ふぅ、……ん」

「こことかはどう?」

 

 経験則に(のっと)って、あごの下もなでてやる。

 

「んっ……わふ」

「ええんかー? ここがええのんかー?」

 

 撫でるときのお約束――この世界のテレビを見て知った――の言葉を言いながら、アルフを構い倒す。

 

「ぐるるるるー」

 

 うん、見た目は人だけど、喉を鳴らしてるところを見るとやっぱり狼(犬)だ。

 

「うーむ、少年の撫でテクは一流だね!」

「ん、慣れてる」

「そーかい。じゃあ、お返しに私は髪を洗ってやろう」

「んー、ん、分かった」

 

 まぁ変な真似しても対応できるからいいか。

 二人揃って湯船から出て、シャワーのあるスペースに移動する。

 

 一応は気を張りつつ、髪を洗ってもらう。

 

「んむ、存外に洗い方が丁寧?」

「フェイトの髪を洗うので慣れてるからね」

「なるほど」

「フェイトね、昔独りで頭洗ってるとき、目を瞑ったまま桶を探してたら、お風呂に落ちて溺れたことが――」

「――なんでそのこと言っちゃうの!?」

 

 後ろで『ざばぁ』と音を立ててフェイトが立ち上がる気配。

 そのまま『じゃばじゃば』とお湯を掻き分けてこちらに近づいてくる音。

 そんなフェイトに、アルフが手を停めて振り返る。

 

「あ、こらフェイト、タオル巻いてるのに、そんなに急いで歩いたら転んじゃ――」

「――っあ!?」

 

 アルフの忠告が役立たず、後ろでフェイトが前のめりに足を滑らせたのを正面の鏡越しに見る。

 この温泉、地面は石畳だから、転ぶと洒落にならないくらい痛い――

 

「――大丈夫?」

 

――だから、地面にぶつかる前に受け止めた。

 

「え、ちょ、速ッ!? 今ここに居たよね!?」

 

 アルフが僕と、頭を洗っていた状態で止まっていた手元を交互に見やる。

 受け止めた僕の胸元から顔を上げた状態で、酸欠の魚みたく口をパクパクさせてるフェイト。

 

「……フェイト?」

 

 あまりに反応を返さないものだから、空いている手で頬をぷにぷにと突いてみる。

 

「ふにゃあぁ!?――ぁ!」

 

 飛び退(すさ)ろうとして、今度は後ろにバランスを崩して転びかける。

 

「んむ、危ないから気をつける」

 

 黙って背後に回りこんで、お姫様抱っこで抱き上げた。

 もはや、僕がアルフの所まで連れてったほうが安全だ。

 

 とことこアルフのところへ歩きながら、気になったことを聞いてみる。

 

「……フェイトは、もしかするといわゆる『うっかりやさん』?」

「……ひ、否定できない、かも」

「……うぁ、フェイトが見事に手玉に取られてる。というか、フェイトのあんな表情始めて見た」

 

 顔が真っ赤、お湯につかり過ぎてのぼせたんだろうか?

 僕がさっきまで使っていたものとは別の湯椅子に視線をやり、魔法で浮かせてこちらに持ってくる。

 そしてそのまま、僕の座っていた湯椅子の前に置いて、そこにフェイトを座らせた。

 

「物の(つい)で、頭洗ったげる」

「え、はわわ、あうあう……えっとその、お、お願い、します?」

「ん、お湯かける、目(つむ)ってて」

 

 桶に溜めたお湯を、フェイトの頭に掛けた。

 シャンプーを手にとって、フェイトの髪をわしゃわしゃと泡立てる。

 

「……あぁ、そういや私も少年の頭洗ってる途中だったね」

 

 アルフが僕の洗髪を再開した。

 んむ、人の頭を洗ったげるの……結構久しぶり。

 僕の部隊で副隊長やってた彼女に仕込まれたシャンプー技術、未だに錆付いてない。

 

「あ、そうそう――」

「うん?」

 

 一つ思い出し、フェイトに向けて口を開く。

 

「――一応、お湯の入った桶は右横にあるから、今度は探して湯船に落ちないように」

「はうっ!?」

 

 僕の言葉に、うっかりやのフェイトは目を開いてしまう。

 

「っ!? 目にシャンプー入ったっ!?」

 

 おろおろと手探りで湯桶を探すフェイトだが、間隔を誤り手を引っ掛けて湯桶を倒す。

 一通りわたわたと独りで慌て、ようやくこちらに振り返る。

 

「じ、ジーク、顔にお湯掛けてっ」

「……はいはい」

 

 手元にあったシャワーで、顔の泡を流してやる。

 

「……ねぇアルフ?」

「なんだい少年?」

アルフのご主人様(うっかりやさん)は、いつもこんな感じ?」

「…………戦闘のとき以外、こんな感じだねぇ」

 

 なんと容赦のない物言い。

 

 ……次回の戦闘のとき、この話題を振れば勝手に自滅してくれるんではなかろうか。

 そんな感じの収穫があった一幕だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 一通り頭を洗い終え、僕たちは湯船へ戻る。

 体を洗うには、タオルを外さなければいけないから、今回は省略。

 

「うっかりやさんうっかりやさん」

「……むぅー」

 

 ジト目でこっちを見るフェイト。

 

「……ふーんだ」

 

 そっぽを向かれた。

 ちょっと腹が立ったので、ちょっと前に街を散策してるときに100円ショップで買っていた、小さな水鉄砲を取り出す。

 フェイトがそっぽを向いてるのをいい事に、魔法で洗い場からシャンプーを取り寄せ、石鹸水を作り水鉄砲に充填する。

 

 アルフは僕が何をしようとしてるのか察したらしく、苦笑して静観の構えを取っていた。

 

「フェイトフェイト――」

「――……なn」

「――えい」

 

 容赦せず、振り向いたフェイトの顔に引き金を引いた。

 飛び出すのは弾丸ではなく石鹸水。無論……目に入ったらとても痛い。

 

「~~~~~ッ!?」

 

 無言で眼を押さえつつ、フェイトが悶絶した。

 

「ふぅー」

「なんで、やり遂げた感じで息はいてるの!?」

 

 半泣きでこっちを見るフェイト。

 ……うぅむ、楽しい。だけどこれ以上やったら、変な性癖が芽生えそうだ、……自重しよう。

 

「アルフも気づいてたなら止めてよ……」

「私の中の本能が、『面白そうだから放置』って」

「本能に流されちゃダメだと思うな……」

「いや、本能とか直感はとても大事、だからアルフはそのまま本能に忠実であればいい」

 

 フェイトが『え゛?』って表情でこっちを見てるけど、気にしない。

 

「そう? じゃあ本能に忠実に、ドッグフードをおつまみにお酒飲んでみたい。ほら、たしかこの国の文化には、露天風呂で浮かべた桶の中に、徳利とかツマミを入れといて呑む習慣があるって聞いた」

「お酒はあるけどドッグフードは……いや、干し肉がある、犬用じゃないけど」

「お、ビーフジャーキーとお酒、いい組み合わせじゃないか!」

 

 んー、んー……まぁいいか。

 僕たちは湯船の端の段差になってる所に移動して腰掛ける。

 肩まで浸かった状態だと、お風呂の深さと僕たちの身長的に辛いから、上半身だけお湯から出てる状態だ。

 

「葡萄酒の白でいい?」

「いいよ」

 

 桶の中にグラスとボトルを入れて浮かべるけど……なんか違う気がする。

 やっぱり日本酒とやらのほうがサマになるんだろうけど、残念ながら手元に無い。

 

「んぁ、栓抜きある?」

「え、必要?」

 

 ボトルを手に取りもう一方の手を一閃。

 ゴトリと鈍い音を立てて、ボトルの上部が切れ落ちる。

 

「……なにやったんだい?」

「こう、手でスパッっと」

 

 分かりやすいように、僕は手を温泉に漬け、高速で振りぬく。

 ――次の瞬間、お湯が左右に割れた。

 

「……ねぇアルフ、私も素手でこれくらいやれないと、ジークには勝てないのかな?」

 

 なんかフェイトが小さく震えてる。武者震いとかいう奴かな?

 

「……い、いや、フェイトはフェイトらしく鍛えれば良いんじゃない?」

 

 まったく持ってその通りだと思う。

 そう考えつつ、グラスに注いでアルフに渡し、僕の分もグラスに注ぐ。

 

「んむ、美味しい」

「あ、コラ、子供がお酒飲んじゃ駄目だぞ」

「大丈夫、生まれ故郷では飲酒可能」

 

 鮫島が見たら怒るかもしれないけど、僕だってたまには飲みたい。

 

「あー、それじゃあアリなのかね?」

 

 アルフが首傾げて唸ってるけど、気にしない。

 うむうむ、この干し肉の塩加減が絶妙。

 二人で注いだり注がれたりしながら飲み進める。

 フェイトには良く冷えた麦茶を贈呈しておいた。

 

「……ジーク、お酒って美味しいの?」

「僕は美味しいと思う」

 

 興味津々といった感じで、僕の持つグラスを見るフェイト。

 

「……フェイトはお酒飲んだことは?」

「無いよ」

 

 飲ませても大丈夫?

 僕が視線で問いかけると、アルフは『少しくらいなら大丈夫だと思う』といわんばかりに小さくうなずいて見せた。

 

「待ってて、呑みやすいの開ける」

 

 僕は別のボトルを取り出して、今度は普通にコルクを抜く。

 ボトルを切っちゃうと、呑みきるしかないからね。

 グラスに注いで、フェイトに渡す。

 

「……あ、これ甘くて美味しい、ジュースみたい」

「でしょ?」

 

 ほんの少し舐めるように飲んだフェイトが、驚きの表情を浮かべる。

 ちょっと珍しい製法の葡萄酒、確かこの国で言うと……貴腐ワイン?

 

 こくこくと飲んで、グラスを空にしたフェイトに、もう一杯注いであげる。

 

「ありがと、ジーク」

「まぁ、1~2杯なら大丈夫でしょ」

「うん、大丈夫らよ?」

「……」

 

 ……若干、大丈夫じゃないかも知れなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「えへへ、このお酒おいしーね?」

「(ねぇアルフ、フェイトってお酒弱い?)」

「(……見た感じ完全に酔ってる、しかも酔うと性格変わる感じかね? 精神リンクで、なんだか凄い“ぽわぽわ”してるのが伝わってくる)」

 

 フェイトの目がトロンとして、空のグラスを両手で包むように持ちつつ、幸せそうに笑ってる……というのが今の状況だ。

 

 2杯目をチビチビ飲み、グラスを空にしたあたりで、なんとなくフェイトの感じがおかしくなってきてる。

 たぶん、半身とは言えお湯に浸かってるのと、初めてなぶん、酒精のまわりが早いせいだろうけど……

 

 ちなみに僕とアルフはそうでもない。

 

「(……大丈夫?)」

「(ほんとに不味かったら、バルディッシュが警告するし、アルコールの分解もしてくれる……たぶん)」

「(バルディッシュすごい)」

「(You're welcome)」

「(フェイトが不味そうだったら伝えて、酔い覚ましの薬飲ませるから)」

「(……Thank's)」

 

 フェイトから少し離れ、アルフ(ほごしゃ)を交え話し合う。

 アルフがどこからともなく取り出したバルディッシュとそう話す。

 

「ねーねー、ジークも飲もー?」

 

 少し目を離してた隙に、自分で注いでもう一杯飲んでたらしいフェイトが、こっちに擦り寄ってくる。

 

「ジーク、アルフとくっつき過ぎー」

「……フェイト?」

「えへへ、私もくっつくー」

 

 フェイトが僕と腕を組ませ、ぴったりとくっついてくる。

 ……これはアレだ、酔っ払うと性格が変わるタイプだ。

 

 くっついてくるフェイトの身体は、ちゃんと毎日戦闘訓練を怠って居ないせいか、うっすらと付いている筋肉のせいで、触れる肌の感触は柔らかいというより、しなやかで弾力がある感じ。

 

「フェイト、お酒ストップ。ちょっと酔いすぎ」

「酔っへないれすもーん」

 

 ……どの世界でも、酔ってる人はみんなそう言うんだよ、フェイト。

 というか、呂律(ろれつ)が回らない口で、何が『酔ってない』だ……。

 

「……ん、わかったわかった、フェイトは酔ってない」

「そのとーり!」

「じゃあ酔ってないフェイトは、この麦茶飲んで。お湯に浸かりっぱなしだし、そろそろ熱い。冷たい麦茶を飲むべき」

「飲む~」

 

 酔っ払いは否定すると反抗するから、肯定しつつ多少強引にでも話を持っていけばいい。

 大丈夫、判断力が鈍ってるから強引でも何とかなる。

 

 麦茶の入ったグラスをコクコク飲むフェイト。唇の端から、僅かに零れたひと雫がツッと一筋の線を引いた。

 

「麦茶美味し~、ジークの体もひんやりして気持ちい~」

「……まぁ、アレくらいじゃ酔わないから」

 

 お風呂とお酒のせいで体が温かいフェイトと比べたら、大半の人はひんやりしてるだろう。

 

「ふふふ♪」

 

 フェイトが腕に引っ付いたままニコニコしながら、僕の肩に頭を乗せる。

 そしてそのまま僕の体に付いてる古傷を、指でツーッとなぞり出す。

 ――――むず痒くてちょっと身じろぎしたら、フェイトが急に一人で立ち上がった。

 

「……どしたの?」

 

 酔っ払いの行動は、理性に則ってないから想定できない。

 

「……暑い」

「あぁ、うん、もうちょっと麦茶飲む?」

「――脱ぐ!」

「こら待て止まれ」

 

 言うが早いか、体に巻いていたタオルをばっと脱ぎ去るフェイト。

 

「ちょ、フェイト!?」

 

 のんびりお酒を飲みつつ見守ってたアルフが慌てて立ち上がった。

 

「すずし~」

「……目のやり所に困るんだけど」

 

 酔ってる人が、我を忘れて脱いじゃってるのを見るの、どうかと思うし。

 ……そしてフェイト、裸で抱きつき直すのはどうかと思う。

 

「アルフ、フェイトに酔い覚ましを飲ませても?」

「……お願いしたほうが良さそうだね。バルディッシュも手伝って上げなよ」

『OK、Ring Bind』

 

 僕は酔い覚まし薬の入ったビンを、黙って動けなくなったフェイトの口に突っ込むのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

僕とバルディッシュの尽力によって、酔いが醒めたフェイトは酷いものだった。

 

「……うー」

 

 フェイトは残念なことに、酔っている間の記憶が飛んでしまうタイプではなかったらしい。

 つまりは、自分のやらかした事を事細かに覚えているというわけだった。

 

 タオルをきっちりと巻き直し、さっきまでのくっ付き具合は何処へ行ったのか、間に3人分くらい離れて肩までお湯に浸かり、さっきから『うーうー』唸りっぱなしだ。

 

 アルフはそんなフェイトを、なんとも生暖かい目で見守っている。

 

 こういう時は余計なことを言わず、相手から言い出すのを待ったほうがいい。

 僕は経験に基づき、フェイトが言い出すのを待つことにした。

 

 僕はボーっと夜空を眺める。

 空には綺麗な満月が光っていた。

 

「……ジーク、私の裸、見ちゃった……よね?」

 

 『うん』と素直に答えても、『いいや』と嘘をついても、不味い方向にしか行く気がしない。

 フェイト自身、見られた自覚があるんだろうし。

 

 話題をそらしてごまかそう。

 

「……今夜は月が綺麗」

「…………恥ずかしくて死にたい」

「初めてお酒飲んだから、仕方ない」

「仕方ないじゃすまないもん……」

 

 ……話し方が若干幼児退行してる。

 そして涙目でほっぺたを膨らませながら、お湯に口まで沈めてブクブク泡立てて凹んでるし。

 あぁ、僕と初めて会ったころの、キリッとしていたフェイトは何処に。

 

「母さんとアルフやリニスにしか見られたこと無かったのに……」

 

 試しに飲ませてしまったのは僕なので、流石に少々罪悪感がある。

 どうしたものかと考え、以前酔っ払ってた師匠に与太話ついでに聞いた『風呂で期せずして異性と鉢合わせた場合の対処法』を実践してみることにした。

 

 水音を立てないよう、静かに気配を消しながら、無音でフェイトの傍まで寄る。

 

「フェイト」

 

 急に掛けられた声に、フェイトの体が小さくピクリと跳ねた。

 

「……なに?」

 

 『別に驚いてないよ?』とでも言いたげな表情で、フェイトがこちらに顔だけ向ける。

 

「フェイト、綺麗だった」

「ふぇっ?」

 

 師匠から学んだ対処法は到ってシンプル、すなわち『褒めて褒めて褒め倒せ』。

 褒められてうれしくない人は居ないから、褒め倒してごまかせと言うのが師匠の言だ。

 

「き、綺麗なんかじゃないよっ……。わ、私なんて毎日訓練してるから、腕とか筋肉ついちゃってるもん……!」

「うん、知ってる。体全体に筋肉が薄く、それでいてバランス付いてたから、体のラインが滑らかで、芸術品みたい」

「そ、そんなこと無いよ!?」

「む、フェイトは僕がお世辞を言うように見える?」

「あぅ……」

「それに――」

 

 その後も僕は美辞麗句を並び立て、フェイトを褒めそやしていく。

 

 結果、数分と()たずして、フェイトが()を上げた。

 やたら滅多らに褒められ続けたフェイトの脳は、一時的に思考停止状態らしい。

 

 今のうちに撤退しよう。

 

「じゃ、僕はそろそろ上がる。二人も(のぼ)せないうちにあがるといい」

「あいよ~。ボーヤ、お酒ご馳走様。……あ、フェイトに何か伝えとく?」

「んー」

 

 なにか伝えることが有ったかと首をひねり、ふと思い出す。

 

「温泉の入湯料、あとでフロントに払っとくよう言っといて」

「……あ、そういや払って無かったね」

「僕たちは今日で帰るから、入れ替わりで一泊しても良いと思う」

「考えとくよ。それじゃ、また今度……ってのもおかしいね」

 

 まぁ、確かに今度あうときは、十中八九ジュエルシードの争奪戦で、可能なら出くわさないのが最善だろうし。

 

「……故郷の傭兵の流儀で言うなら『またいつか、きっと何処かの戦場で』だけど」

「じゃあそれをちょっと借りて、『またいつか、きっと何処かの発動場所で』ってとこかね」

「違いない。じゃ、長湯には気をつけて」

 

 それだけいうと、僕は露天風呂を後にした。

 

 

 ちなみに、アルフに言った傭兵の言葉には続きがある。正式にはこうだ――――

 

 『またいつか、きっと何処かの戦場で――――願わくば、今度は共に並んで戦えることを』

 

 僕とフェイト達が味方同士となる未来があるのか否か、こればかりは流石の僕も分からないのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 そして、なんて言うか……この旅行にはオチが付いた。

 

 翌朝、僕と鮫島はアリサ達に先んじて屋敷へと帰った。

 ……うん、そこまでは良かった。

 

「ただいま~♪」

「おかえり、アリサ」

「お帰りなさいませ、アリサお嬢様」

 

 帰ってきたアリサを玄関で迎え、持っていた荷物を預かる。

 鮫島は洋服などが入ったカバンを持って洗濯に、僕はアリサの手荷物を預かって私室まで“えすこーと”していく。

 

「私がいない間、屋敷の方はどうだった?」

「特に問題もなく平和だった(……はず)」

 

 語尾に小さくそう付け足しながら部屋の扉を開けて、アリサを先に通してから追従し私室に入る。

 

「荷物、どこに置く?」

「あ、ベッドまで持って来ちゃっていいわよ」

 

 ベッドに座るアリサからの言葉、それに従って僕はカバンを運び込む。

 

“ぽむぽむ”

 

 指示を仰ごうとした僕に、アリサが無言で自分の隣の場所を叩く。

 僕は素直に従ってアリサの隣に腰を下ろした。

 

「はいコレ、ジークへのお土産ね」

 

 がさごそ…と手持ちの袋を漁っていたアリサが僕に箱を渡す。

 表には『海鳴温泉饅頭』の文字が踊ってる。

 

 

 …………ここで僕は初歩的なポカをやってしまった。

 

 

「ん、これ旅館の部屋に置かれてたお菓子、美味しかった」

「……うん? ……ジーク、今なんて?」

「……あ」

 

 ……僕は屋敷で留守番していることになってたんだった。

 

「急用を思い出し――――」

「――――逃がさないわよ?」

 

 ……逃げ損ねた。

 立ち上がろうとした僕に先んじてアリサが動く。

 

 一瞬とは言え、(ほう)けてしまっていた僕は僅かに後れをとった。

 

 僕の襟を掴んだアリサが、そのまま僕を背中からベッドに引き倒す。

 最近目に見えて上達してきたアリサの魔法、そのうちのひとつ『筋力強化』。

 不安定な体勢だったのも裏目にでて、碌な対応もできなかった。

 

 そのまま流れるような動きで僕の腰あたりに馬乗りになって動きを制限。

 さらには両手で僕の肘をベッドに押さえ込んで――手首を押さえ込むより肘を押さえ込んだほうが、効果的なのだ――完全に僕を捕縛した。

 

 この間、僅かに0,2秒。

 ……弟子の成長をこんな形で実感するとは思ってなかった。

 

 試しに抜けようとしてみるけど、物理的には――方法を問わなければ手段はあるけど――どうしようもない。

 

「……お見事」

「ありがとう。……さて、まずは何から聞こうかしら――――」

 

 イイ笑顔で思案するアリサに、僕は師匠から教わった『寝所に押し倒されたときに言わねばならない台詞(せりふ)』を言ってみる。

 

「――――……優しくしてね?」

 

 『涙目で、僅かに頬を赤らめること』という師匠の注意も忘れない。

 

「ッ…………ふん!」

「ぎゃふぅ」

 

 胸にアリサから強烈――魔力による強化済み――な頭突きをくらい、僕は悶絶する。

 

「と、ときめいてなんて無い。普段とは違う、涙目で押し倒されてるジークのギャップに私がときめくなんて――――」

「痛たたたた……アリサ、何か言った?」

「うるさい! 気のせい、気のせいなんだからぁ!」

「……ごふぅ」

 

 鳩尾に頭突きが決まって、意識が薄れていくのに、なまじ丈夫なせいで完全に意識を失えず、苦しさだけを延々と味わう羽目になった。

 

 ……いま言葉は届かないけど、もしあの世で師匠にあったときには渾身の力で殴ろうと、僕は薄れゆく意識の中で堅く誓ったのだった。

 




本作のフェイトさんはお色気担当になりそうな感じ……?
ただし、お色気担当でも恋仲になれるかは未定という。

タグの『ヒロインは○○○と○○○○』の4文字枠に入ることが出来るのか……
予告として、無印終了時点で一人が埋まり、A's終了時にもう一人が埋まります。

酔うと、姉のアリシア(漫画版・劇場版準拠)とマテリアルズのレヴィが混じった感じの性格になります。

そして、条例を楯に混浴を肯定する主人公は、たぶん初出じゃなかろうか。


>僕の部隊で副隊長やってた彼女に
 部隊の女性メンバーに、訓練の後で女子風呂に引っ張られて行った過去。

 『タオルで隠してくれないから、目のやりどころに困った。というか、みんな僕が戸惑ってるのを見て楽しそうだった』byジーク
 『問答無用で女湯に連れて行かれるわが弟子よ。師匠権限だ、代わr――』by後に血まみれで見つかった師匠(顔に『女の敵』とかかれた張り紙

ジークが今の性格(あまり喋らず、ほとんど無感情)になったのは、故郷が無くなった直後から。
それ以前は、ちょっと大人びてはいたものの、年相応の男の子(ただし今より強い)。

主人公であるジークは、最初のほうに比べるとずいぶん雰囲気が柔らかくなってきている(はず)。

>「……今夜は月が綺麗」
>「…………恥ずかしくて死にたい」
この二人、地球(日本)生まれではないので、夏目漱石や二葉亭四迷の逸話を知らない設定。(意味が分からない方は、『夏目漱石 月が綺麗ですね』でググって見ましょう)

P.S:内定欲しいです……。
内定もらえたら、週に一度更新を半年続けられると思います(白目

とりあえず、29話まではストックありますが、各々が文字数1万近いので、適度に切って4~5千字に分割します。

追記:フェイトの性格がなんか違う……という意見ありましたら、ご連絡ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26:新たな暴走

某喫茶店チェーンの最終面接受けてきました、1週間以内に返答が来るらしいです……。

ない……てい……(バイオハザードの日記っぽく)

誰か、読んだ人をクスリとさせるような、センスのある前書きの書き方を教えてください(切実)


26:新たな暴走

 

 

 5月頭、海鳴郊外の温泉へ湯治に行った連休。

 まぁ、湯治のはずがジュエルシードの封印も行うというオマケがついた。……あとフェイトたちとの混浴と、アリサからの折檻。

 

 さて、その連休明けて数日、学校へと行くアリサを見送った僕は、鮫島に声をかけてから屋敷を後にし、街へと繰り出した。

 

 そういえば連休明け、学校に行って以来アリサの機嫌が思わしくない。

 僕と鮫島が黙って湯治(とうじ)に言った件は許してもらったから、怒ってるのは別のことでなんだろうけど、詳細がわからない身としてはちょっと不安になる。

 

 この街に止まり、アリサの護衛をすることが決まった頃から定期的に――前もどこかで言ったけど――街……というか海鳴市全域に出向いて、各所の地理を把握したり、魔法的な刻印を刻んだりして、僕は有事に備えている。

 

 アリサの屋敷を中心に巨大な五芒星を、更にそれを囲むように六芒星を描く。

そして更にその星々を円で囲むように基点を選んで刻印を作り、それらの基点を結んでいく。

 

 そんな作業は連休前に大方が完成、今はその保全と細部の修正なんかを行っている。

 

 これでジュエルシード事件に対する初動を、幾らかは早くできると思う。

 効果としては範囲内の魔力発生の察知から、その最寄り基点までの転移まで。

 

 大地に魔法陣、空には鋼の使い魔。

 今やこの街は僕の庭と言っても過言じゃないくらいに掌握した。

 

 実験的に各所へ転移を行った僕は、1時過ぎに最後と決めていた基点に降りたって少し歩く。

 

 向かう先はそろそろ“常連”と言われるくらいには通っているお店、士郎さんのお店『喫茶 翠屋』だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――――からりん♪

 

 扉についている鈴の音と共に僕は店内に入り、最近指定席になり始めているカウンターの端の席に座る。

 

「おや、ジーク君いらっしゃい。いつも通り『今日のランチ』でいいかい?」

「ん、それでお願いします」

 

 暫くして運ばれてきた料理を『あむあむ』と食べ進めていく。

 いつもと同じく美味しい料理に舌鼓(したづつみ)を打ちながら、ランチ目当てのお客さんが()けていくのをゆっくり待つ。

 

 大方のお客さんが出ていった頃、士郎さんが食後のコーヒーとデザートを持って僕の所にやってきた。

 

「……お疲れさまでした」

「うん、ジーク君もいつもご贔屓にどうも。来週から出す予定のデザートなんだけど、良ければどうぞ。木苺とブルーベリーのムースだ」

 

 にこにことこちらを見る士郎さんの視線を受けながら、僕は削るように少しづつそれを食べる。

 合間を縫ってちびちびとコーヒーも飲んでいく。冷めてしまっては風味も落ちてしまう。

 

「……美味(おい)し」

 

 甘さとほのかな酸味が絶妙な加減で混ざりあい、口の中でゆったりと解れていく。

 “ぱてぃしえ”とやらの桃子さん、相変わらずいい仕事だ。

 

 黙々とムースを食べているところに、奧から最近聞きなれた声と共に一人の姿が現れる。

 

「父さん、とりあえず洗い物は終わった。俺と忍は――――む、ジーク君か」

「あら、あのときの可愛い侵入者さん、久しぶりね~」

「恭也さんに忍さん、お久しぶりです」

 

 奥の厨房から『ひょひょいっ』と姿を見せた二人に、僕は小さく会釈を送る。

 忍さんとは結界に隔離されたいきなりの別れだったから、そのお詫びもかねておいた。

 

「二人ともご苦労様、しばらく休憩に入っていいぞ」

 

 その言葉に二人はいったん厨房に引っ込むと、手に飲み物を持って戻ってくる。

色からして、何か柑橘系の飲み物。

 

 忍さんはそのまま近づいてくると、僕の隣に座る。

 

「ジーク君、ジーク君って10歳くらいだよね?」

「そう、いま9歳」

 

 視線だけを向けて、小さく頷いてみせた。

 本腰を入れて目の前のデザートに取り組もうとするんだけど、横からは忍さんの視線が『じー』と突き刺さってきて、気が散って仕方ない。

 

「……なに?」

 

 根負けした僕はそう彼女に問いかける。

 

「ん~? 前に会ったときは一瞬で消えちゃったでしょ? 怪しい者じゃないのは後の調べではっきりしたんだけど、何者かなー? と思ってね」

「…僕は僕、それ以上でもそれ以下でもない」

「あらら、つれない反応ね……。……人見知りだったりする?」

「よく知らない相手だから、警戒心を解いてないだけ」

 

 ジト目で、軽く睨むように忍さんを見つめる。

 それを見かねてか、恭也が助け船を出してくれた。

 

「忍、ジーク君が慣れてくれるのを待つしかないさ。忍の家の猫だって、最初は人に慣れないだろう。俺の知る限りジーク君が一番警戒心を抱かないで話してるのは父さんんだけだ」

「そっか……。……時間は掛かってもいいから、いつか私や恭也にも慣れてくれると嬉しいな」

「僕を犬猫と同列に見てるのは心外だけど……善処はする」

「(…………恭也と真っ向から戦って引き分けてたから、もしかしたら『私たちの同族』かと思ってたけど、アテがが外れちゃったか)」

 

 残り少ないムースに集中を戻していた僕は、忍さんのつぶやきを聞きそびれた。

 少し気になったので、忍さんに『くいっ』と首を傾げてみせる。

 

「…………(くいっ)?」

「……恭也、この子のデザート食べてる姿とかたまに見せる動作がなんだか小動物みたいで可愛いんだけど。……テイクアウトしていいかしら?」

「……俺はその質問にどう返せばいいんだ?」

 

 恭也の困った表情が僕に向けられた。

 と言うか、そんな表情を僕に向けられても困る。

 僕は恭也から目をそらし、最後の一口となったムースを食べ、カップの底に少し残っていたコーヒーを飲むと立ち上がった。

 そのまま視線から逃げるようにレジへと向かう。

 

「ごちそうさまでした」

 

 僕は代金の硬貨を士郎さんに渡す。

 

「ひぃふぅみぃ……はい、確かに。あ、あとこれ当店の割引券」

「ありがとうございます。あ、そうだ士郎さん――――」

 

 僕は今朝方、鮫島に言われたことを思い出す。

 

「――――“りょーしゅーしょ”ください」

 

 鮫島曰く、お昼ご飯代はバニングス家が持ってくれる事になったらしい。

 ……お金が掛からないのは、良いことだ。

 

「……下の娘と同じ年の子に、領収書を切る機会がくるとは思わなかったよ」

 

 何とも微妙な表情を浮かべながら、士郎さんは僕に“りょーしゅーしょ”とやらを渡してくれたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 翠屋でランチを食べた僕は転移魔法陣の試験も兼ねてお屋敷へ帰る。

 

 本来なら鮫島と一緒にアリサの迎えに行くんだけど、今日は学校からまっすぐお稽古らしいのでそれは免除された。

 護衛が僕の仕事だけど、正直今のアリサの実力なら並の相手は返り討ちにできると思う。

 

 僕ばっかりと戦わせて変な癖がついても困るし、そろそろアリサの“でびゅー”戦を考えるべきかもしれない。

 再戦を餌にフェイトを誘って戦わせてみようかとも思いつつ、僕は机の上で手を動かす。

 

 覚えているだろうか、あの市街で大樹が発生する少し前に拳銃以上の火力を求めて、アメリカまで行って入手したアレだ。

 ちょっとずつちょっとずつ、刻印や文字を刻んだり強化の魔法を重ねがけしたり……。

けっこう長い時間が掛かったけど、ようやくの完成だった。

 

「……我ながら良い出来」

 

 『P-90TR』、それが僕の新戦力。

 この銃を選んだ理由はいくつかある。

 第一に大きさと攻撃の貫通性。第二に平面の多さ。

 これはその二つを兼ね備えていた。

 

 大きいようだと僕の手に余るし、元々の貫通性が高くないと相手の障壁を抜けない可能性もある。

 平面の多さは、単純にそのほうが刻印を刻みやすいからだ。

 

 最後に一通り確認してから、それを異空内に仕舞い込む。さすがに室内で試射をしたら怒られる。

 いつ使うことになるかは分からないけど、準備しておいて損はない。

 

 

 ――――コンコン

 

 

 部屋のドアが叩かれ、鮫島が顔を覗かせた。

 

「ジーク坊ちゃん、そろそろアリサお嬢様のお出迎えに参りますよ」

「ん」

 

 机の上を簡単に掃除し、僕は鮫島に付いていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 鮫島の運転するリムジンの車内、その道すがらの事だった――――

 

「……鮫島、停めて」

 

 僕は虚空……市街地の方を睨みつける。

 晴れていたはずの夜空はいつの間にか厚い雲が広がり、雷鳴が鳴り響いていた。

 

 この魔力の感じは……フェイトかアルフ?

 

「ジュエルシードとやら……でございますか?」

「違うけど……本質的にはそう」

 

 多分、ジュエルシードのありそうな場所に、魔力を打ち込んで見つけ出そうとしてるんだろうけど……結界すら張らないのはどういう了見なんだろう。

 鮫島の言葉に頷きを返すと、僕は車外に出る。

 

「……たぶんアリサの所まで被害は及ばない。だけど、アリサの方で何か起こったらケータイで連絡して」

「承知いたしました。……くれぐれもお気をつけて」

「これだけ盛大にやってると、多分アリサも何が起きてるかは感づいてるかも。……来ようとしても、引き留めて」

「分かりました、万一の際は鮫島流体術で意識を刈り取りますゆえ。では、私は急ぎアリサ様の元へ向かいます……坊ちゃん、御武運を」

 

 その言葉に手を振ることだけで応え、僕は地を蹴って市街へ向かう。

 とゆーか、そこそこ戦えるだろうアリサを圧倒できると自負する鮫島は、さすが一流の執事だ。

 

 魔力の発生元を細かに確認しつつ、現場へと急ぐ。

 ――――その現場で僕がこのセカイに落ちた理由が明らかになろうとは、この時の僕はまったく想像もしていなかったのだった。




というわけで26話でございました。
次元震発生までの繋ぎのお話なので、若干短いですがご容赦を。

なお、前回の更新で日間ランキング23位、累計UA36000突破、お気に入り登録530件突破です。

アレですね、フェイトが脱いだから(あと、タイトル効果)ですね!(おい
だってね、25話のアクセス数だけ異様なんだよ…… (´・ω・`)
やはり肌色成分が足りないと、ダメだというのか……


>『私たちの同族』
『リリカルなのは』の原作(?)、とらハ3の『夜の一族』参照

>『鮫島流体術』
必殺・執事殺法。
奥義は『神槍无二打(にのうちいらず)




     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

鮫島さんがアサシン……有りか?

ご意見ご感想、誤字脱字など指摘、疑問質問などありましたら感想欄にてお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27:揺れるセカイ

最終面接に落ちて、意気消沈してる筆者です。

ですが、放送中のアニメ『ブラック・ブレット』8~9話のティナのシーン集をエンドレスで3時間くらいループしてたら、なんだかどうでも良くなりました(白目

ふふふ、内定なんて、内定なんて無いんだ……

あ、1万文字超えたので、半分にカットしました。基本的に、3000~5000字前後になるよう調整していますので、ご容赦を。
カットした後半は、明日更新します。
もしかしたら、3つに分割するかも


27:揺れるセカイ

 

 

Side.Fate

 

 その日、私とアルフは街でジュエルシードの探索をしていました。

 ジュエルシードを強制発動させるために、アルフが魔力流を周りに打ち込んでくれたんだけど――――

 

「……アルフ、やっぱりこれってジークに迷惑かけちゃわないかな?」

「そうは言ってもねぇ…。これでフェイトに封時結界を張って貰っちゃ、アタシが代わりに魔力流を打ち込んだ意味が無いじゃないか」

 

 うん、確かにそのおかげでジュエルシードも見つかったし、私は魔力を温存できた。

でも、……大丈夫かな?

 

「……怒られない? ジークが怒ったら……」

「そ、その時はその時さ。ほらそれに運良く近くにいた白い子の使い魔が、代わりに結界を張ってくれたみたいだし」

 

 ……ちょっとアルフの声に震えが混じった。

 正直に言って、怒ったジークと戦いたくない……それに戦っても勝てる気がしない。

 

 白い子――名前……というか顔が浮かんでこない――は私がジュエルシードを集めるのを邪魔してるんだけど、今はその子の使い魔にちょっと感謝。

 

 そんなことを考えてる内に、ジュエルシードの反応がヒットする

 

「行こう、アルフ。白い子達より先に確保しよう」

「オーケー、フェイト。頑張ろうね!」

 

Side.End......

 

 

◇◇◇

 

 

 僕は市街地に向けて走っていた。

 すれ違った人がその早さに振り返るけど、その頃にはすでに視界の外へ出ている。

 

「この結界……ユーノか」

 

 魔力的な何かに突っ込んだ感覚と同時、周囲から人間の姿が消える。

 結界の張り方から、僕はユーノの姿を思い浮かべた。

 

 一瞬足を止めて周囲の魔力を探る。

 1、2……4つ。

 最近よく見知った4つだ。

 

 別れて二組、お漏らしとフェイト、ユーノとアルフの組み合わせ。

 どちらに向かおうか考えて、今回真っ先に感じられた魔力――つまりは結界を張ろうとしなかった不届き者――につま先を向けた。

 ……取りあえず、生かさず殺さず。

 叩きのめしてから聞いてみよう。

 

 僕は足に力を込めるとそちらに向けて全力で跳ぶ。

 地面が『べこり』とへこんだけど、結界が解除されたときに治る――これはユーノに確認済みだ――らしいから気にしない。

 

 とにもかくにも状況を確認するために、僕は急いで移動しつつある二匹に向かったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 僕の眼下で橙の獣の爪牙と黄緑の魔力盾がせめぎあい火花が散る。

 

「……見つけた」

 

 

『――――どくん』

 

 

「…………?」

 

 その瞬間、わずかに“セカイ”が揺らいだ気がして周囲を探るけど、原因がつかめない。

 違和感を(かぶり)をふって振り払う。今は目の前の事態に対処するべきだ。

 

 道路で追撃戦を繰り広げていた二匹をビルの上から見つけた僕は、下に向けて飛び降りた。

 速度を落とさない自由落下。その過程で僕は体に魔力を通し、戦闘態勢へと移行する。

 

 上空から強襲した僕はアルフの首を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。

 

「が……は…ッ!?」

「ア、アントワークさん!?」

「ん、ユーノ結界の展開ありがとう。……で、アルフ。言いたい事があるなら言って」

「……………………!?!?」

 

 アルフはもがくだけで、口を開こうとしない。

 僕よりも巨躯だけど、力を強化しているからその動きは無駄だ。

 『仕方ない、もう少し痛めつけよう』そう思って、空いている手に(おろ)したばかりのP90TRを取り出す。

 

 銃口をアルフに向けたとき、おずおずといった感じでユーノが口を開いた。

 

「……あ、あの、アントワークさん?」

「ん、なに?」

「えっと、その人が話さないのは……首が完全に締まってるからじゃ?」

 

 …………試しに押さえつけを緩めてみた。

 

「――――ッ……はぁっ、はぁッ! 死ぬかと思ったよ!!」

「……お詫びにこれ以上の追撃は止めて、結界の件は不問にする。妙なまねしたら別だけど」

「ホントにこの至近距離で撃つつもりだったの!? 脅しとかじゃなくて!?」

 

 押さえつけを完全に解除して立ち上がる。

 この距離まで近づいたんだ、解放してもどうにでもなるし。

 ユーノが『信じられない』って顔で戦慄してるけど、まあいい。

 

 今は争う二人の間に僕が割り込んで、双方を牽制してる状態。

 面倒になる前に――――

 

 

『――――どくん』

 

 

「…また……?」

 

 空間が脈打つように揺れる感覚。

 

「……ふぅ。…? どうしたんだい、周りなんか見回して」

「…………何か、変な感じがした」

「僕は何も感じなかったけど……」

「私も感じなかったねぇ」

 

 一息ついたのか、喉を鳴らすアルフとこちらを見上げるユーノ。

 二人の反応に僕は内心で首を傾げたけど、どうにも原因が掴めない。

 

「…まぁいいや、現状を教えて。ちなみに拒否権はない」

 

 ごりごりと、取り出したM92Fの銃口をアルフのわき腹に押しつけてみる。

 

「……あー、少し長い話し――――」

「――――3文以内かつ100文字以内で纏めろ」

「……『ジュエルシード強制発動。フェイトと近くにいたこのフェレットの相方が同時にジュエルシードを封印。そのままなし崩し的に戦闘……で今に至る』これでどうさ!?」

 

 僕は視線でユーノに確認する。

 

「どう?」

「え、うん。大筋は合って――」

「いや、文字数」

「そんなの数える余裕あるわけ無いでしょ、ねぇ!?」

 

 すごい剣幕で怒鳴られた。

 

「ただの冗談、そんなに怒られても困る。で、内容の方は?」

「……概ね間違ってないかと」

「そう。……で、今はどっちが暫定的にジュエルシードの保管を?」

 

僕の言葉に、2匹が目を見合わせる。

 

「わ、私はフェイトの戦いの邪魔にならないようにと思って移動しちゃったから――――」

「――――ぼ、僕もその、アルフさんに着いてきたから……」

「……つまり、封印して置きっぱなし? お前達、アレ危険なモノって認識ある?」

 

 ……きっと、今の僕の頬は引き攣ってるだろう。

 2匹は無言、僕はそれを肯定と受け取った。

 P90TRをしまい、M92Fを構えて安全装置を外す。

 

「……封印した場所に案内しろ」

「「……………………はい」」

 

 先導して走り出した二人の後を追って走る。

 

『――――どくん』

 

 ……僕にはこの揺らぎが何なのか、薄々想像がつき始めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「――――見つけた」

「ッ!?」

「は、速いッ!」

 

 僕は視線の先にジュエルシード、それを挟むように上空でにらみ合うフェイトとお漏らしを捕捉した。

 案内役の二人を追い抜き、さらに加速する。

 

 ジュエルシードに瞬動で一気に距離を詰められれば一番だけど、状況がそれを許さない。

 瞬動を発動させたときに外部へ漏れる魔力、発動の余波で出る衝撃ですら、万が一を考えると恐ろしい。

 そう考えると、強化した脚力だけで近づくのが最善の手段だ。

 

 

『――――どくん、…どくん』

 

 

 ここまで来たら、もうハッキリとわかる。

 アレが、ジュエルシードがこのセカイを、空間を揺らがせている原因そのもの。

 

 二人が同時に封印したことが原因か、それとも封印したままで放置したのが原因か。

 それともその両方が原因なのか。

 僕にも判別がつかないけど、アレがマズいものだって事は、恐らくこの場の誰よりも把握できていた。

 

「…ッ! ジーク!?」

「え、アントワーク君!?」

「…………!」

「…あっ――――」

 

 先に僕の接近に気づいたフェイト。

 その言葉にお漏らしが一瞬、ほんの一瞬だけ完全に目の前のフェイトから意識をはずしてこちらに視線を向けた。

 ……そんな大きすぎる隙を、フェイトが見逃すはずもない。

 

 その隙にフェイトが宙を駆けてジュエルシードに向かい、それにわずか遅れて状況を悟ったお漏らしがそれに追従する。

 

 ……どう足掻いても、僕の間に合わない距離だった。

 せめてもと、大きく声を張り上げる――――

 

「――――止まれぇッ!!!!!」

 

 

 

――――……その声は、二人に届かなかった。

 

 

 

「「…………!?」」

 

 二人の杖がジュエルシードに激突する。

 

 目を焼くような白い閃光。

 その瞬間、その蒼き宝石を震源に……セカイが、時空が、――――軋みとともに揺れ動いた。

 

 激突で発生した衝撃に耐えつつ、僕の脳内が最大の疑問だった答えに至る。

 この激突の衝撃が、セカイの、時空の揺れこそが――――

 

(ああ、なるほど。これが、これが原因だったのか……!)

 

 

 

――――時空を漂っていた僕を、このセカイにたたき落とした原因だ。

 

 

 




>『原作よりジュエルシードの危険性が上昇』
 原作ではフェイトが強引に押さえ込んでましたが、アレはかなり運任せだったんではないかという私見です。
 あと、ジークの影響で、原作よりもなのは&フェイトが力を付けたため、封印に使われた魔力が多かったから&魔力密度が跳ね上がってたから……という理由付けが有り。
 いや、だってね? 原作の時点でフェイトは『手に暴走したジュエルシードを包んで、強引封印』という事をしてましたが、それでもバリアジャケットを抜いて、手にダメージが行くと。
 あれより威力が高くなってたら、押さえ込んだ手と上半身がぱーんとはじけると思うんだ……(グロ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28:ヒトならざる力と、その代償

最近思うこと:昔に比べ、『廚二力(ちゅうにパワー)』が落ちてるせいで、いい呪文とか詠唱を考えるのに苦労する。

これで大体7000文字、結局前後編に相成りました。


28:若草色の羽

 

 

 そもそも、『時空』っていうのは何なのか。

 これの捉え方は、僕たちの世界でも諸説ある。

 

 僕の場合“時空”っていうモノは、過去と未来に連なる上位存在……って認識だ。

 ……今回の事例で説明してみる。

 

 たった今発生した揺れ――現在――を震源に、さながら地震のように周囲へ――過去と未来――広がっていく。

 

 視覚的に考えるなら、ピンと張ったリボンの真ん中を爪弾くところを想像すればいい。

 リボンの両端それぞれが過去と未来、弾いた場所が今だ。

 この揺れが過去の時空に影響を与え、しばらく前の僕に影響を与えたというわけだ。そしてそのせいで、僕は今もこの世界から抜け出せない……という事か。

 

 無論、発生点から離れれば離れるほど揺れの大きさは小さい。

 今回はその震源が近すぎて、僕はその被害を如実に受けることになった……言葉にすればタダそれだけの事。

 だけど、起こった事態はそう生半可なものじゃない。

 

 セカイを軋ませるだけの衝撃を放った後でなお、僕の視線の先の蒼き宝石は、さらに鼓動の力を強めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

『――――ど・く・ん!』

 

 

 ジュエルシードに向けて、再度駆け出そうとして僅かに逡巡する。

 あの場所まで行って、僕は何をしようとした?

 

 ……アレを止められるだろう手段はある。

 だけど僕は、“その結果起こる事態”を思って初動が鈍った。

 

 これはアリサの身にも危険が及びかねない事態。“結果”なんて無視して行動に移すべきだったんだ。

 

 その隙の間に、吹き飛ばされていたフェイトが地を蹴って低く跳ぶ。

 目標は言わずもがな、鼓動を刻み続けている蒼い宝玉。

 

 それを認識した瞬間、僕は瞬動で一気のその距離を詰めた。

 ジュエルシードが完全に発動してる今、細かな気遣いはもはや不要。

 

 脈打つソレとフェイトの間、彼女の突進を遮るように僕は停止する。

 

「ジーク!?」

 

 驚愕の表情で声を上げるフェイト。

 僕はそれに答えずに、足を止めた彼女に肉薄してマントと腕を掴むと、こちらに向けて駆けてくるアルフに全力で投擲した。

 

「フェイト、大丈夫かい!?」

「う……うん、平気」

「よかった……ウチのフェイトに何してくれるんだい!」

 

 人型に戻ってフェイトを抱き止めたアルフが食ってかかるが、相手をする暇はない。

 ……一応腕とかを変に捻らないように気を使って投げたのに、文句を言われるのはどういうことだ。

 

 そんな事を思いつつ、僕はジュエルシードに体を向ける。

 背後からフェイトとアルフの声が響いた。

 

「フェイト、行っちゃダメだ! バルディッシュも無しにあんなの封印しようとしたら危ないよ!!」

「ダメ、ダメなの! そのジュエルシードは私が――――」

 

 いつもの冷静さ欠いて、アルフの拘束から抜け出ようともがきつつ叫ぶフェイト。

 そんな彼女に怒りを覚え、今の事態に苛立ちを感じていた僕は反射的に怒鳴りつけていた。

 

「――――黙って見てろ! “ニンゲン風情(ふぜい)”がどうこうしようとする状況じゃない!」

 

 怒りと、もしかしたら殺気も混じったその怒声に一人と一匹が水を打ったように沈黙する。

 

「ユーノ! 白いのが近づかないように見張っといて」

「は、はい! 白い…なのはは僕が責任を持って見張ります1」

「(ユーノ君、私のこと『白いの』って言いかけたよね?)」

「(ちょ、なのは!? 言葉の綾だから! レイジングハートをグリグリ押しつけないで!?)」

 

 後ろでなにか言い合ってるけど、聞く価値もなさそうなので無視。

 ジュエルシードに視点を固定したままで、僕は背中で髪を括っている紐をほどく。

 

 戒めから解かれた髪が、僕の魔力放出を受けて盛大に波打つ。

 力の解放に掛かる時間と、それによる力の反動を推し量る。

 

 下準備をしたり、時間を掛けて開放すれば、僕に対する反動も一定程度までは下げられる。

 だけど今回は準備無しの短時間開放、最後に開放した故郷での“あの時”でさえ準備に時間を割けた。

 

 言葉を紡ごうとして口を開き、声が出せないことに気付いて喉に手を当てる。

 とっさに手を当ててみると、自分の身体では無いかのように強張っていた。

 ……その事実に折れかけた心を、首を振って持ち直す。

 

 これをどうにかしないといけなくて、それを確実に出来るのは、間違いなくこの場では僕。

 

「……『我が杖よ』」

 

 前に伸ばされた僕の手の先に、一振りの魔杖が現れる。

 杖とは言えどアリサの物のような如何にも御伽噺に出てくるような“魔法使いらしい”物じゃない。

 

 これを言い表すとすれば斧槍(ふそう)、現にこの杖の銘も『斧槍杖 ユグドラシル』だ。

 

 大きさは僕の背丈の2倍近い。

 石突から刃まで全てが闇色、柄には金色の螺旋がツタのように絡み付いてる。

 

 初代から我が家に伝わり、“故郷でのあの日あの時から”僕に受け継がれた因縁の杖。

 僕とともに戦場(いくさば)を駆けて、数多(あまた)の血を吸った刃。

 ……そして同時に、この杖は僕の力を解放する鍵でもある。

 

 手を伸ばすと、ユグドラシルを掴みとった。

 眼前のジュエルシードの力は刻一刻と増していく、もはや猶予は無い。

 

 

 目を瞑り、僕はボクを変えるための言葉を紡ぐ。

 

 

「『紅き太陽、蒼の月、金の大地に翠銀の風――――』」

 

 一語一句一音節、声が大気を震わせることに連動して僕から発せられる魔力の密度が、質が上がっていく。

 僕の周囲の風景だけが、膨大な魔力のせいで不規則に、砂漠に浮かぶ陽炎(かげろう)の如く歪む。

 

「……『翠緑の風となり大地を馳せた旧き精よ、その末裔たる我が(こいねが)う』」

 

 

『ド・ク・ン……!』

 

 

「『今この時この場所で、我は人でいられるか、……(いいや)』」

 

 ジュエルシードとは明らかに異なる魔力の鳴動が僕から響く。

 そう、これは人であろうとする僕が、ヒトでなくなる呪文。

 

「『――――我が名はジーク・ゴスペリア・アントワーク、“翡翠の福音”の血を継ぎし者、ヒトとの狭間に生きし者』」

 

 瞬間、僕の体から強烈な光が放たれる。

 その光は、閉じられた僕の瞼の上からも感じ取れた。

 体の奥から、泉の水ように際限無い魔力が溢れ出る。

 

「…………」

 

 ゆっくりと目を開いた僕は背中に意識を向ける。

 そこに有るのは、ヒトにあるはずがないモノ……3対6枚の翼があった。

 

 

 ――――その色は、若草。

 

 

◇◇◇

 

 

 翼といっても鳥あるいは伝説の天使のように、羽毛に覆われたものじゃない。

 半透明で若草色、翼というよりは“羽根”って言う方が正確かもしれない。

 

 一度だけ、パタ……と翼を羽ばたかせる。

 同時、漏れ出た魔力が烈風となって周囲を軋ませた。

 

 僕は改めてジュエルシードに意識を向ける。

 その青い宝石から発せられる揺れがさっきよりも詳細に、精密に、それこそ自分の体の一部がごとく知覚出来た。

 

 

“コツン”

 

 

 僕はユグドラシルの石突きで地面を軽く突く。

 ただその動作だけで十分だった。

 そこを起点に、半径50メートル近くに及ぶ巨大で精緻な魔法陣が浮かび上がる。

 

 時空を揺らす振動のその波形、それと全く同じ大きさ・正反対の波形をジュエルシードに叩き込む。

 僕がやったのは逆位相の振動をぶつけての相殺。

 

 

 ジュエルシードが100の力を発するなら、僕はマイナス100の力を。少し弱まり、97の力が来れば、マイナス97の力をぶつけて、徐々に0へと近づける。

 恐らく、0になるまでに掛かった時間は10秒足らず。僕の頬を、汗が一筋流れていく。

 

 セカイを揺るがしていたその青い宝石は完全に沈黙し、のばした僕の手のひらに収まった。

 

「なに……を?」

「……ジークさん、あなたは、いま……いったい?」

 

 一連の状況を見ていたフェイトとユーノから、茫然自失といった感じの言葉が漏れる。

 魔法について疎い白いのは論外として、それ相応に魔法を修めてるだろう二人から見た僕の行動は異質だろう。

 

 

 ――――“人間が、セカイを揺らすようなモノと対等な魔力を放てるはずがない”

 

 

 僕のやり方は別種で異質、異様な代物だ。

 

 ジュエルシードを懐にしまい込む。

 

「……双方、この場は引け。争いを続けるようで有れば僕が相手になる」

 

 ユグドラシルを両手で構え、切っ先を向け通告する。

 荒れる僕の気持ちを表すように、僅かな魔力が制御をはずれ吹きすさんだ。

 

 その魔力の圧力に二人と二匹がよろめき後ずさる。

 先んじて引いたのはフェイトだった。

 

「……分かりました。……さっきは、その、ありがとう」

 

 僕はその言葉に手を挙げることで応える。

 彼女はそのままアルフとともに飛び立つとビルの狭間へ消えていった。

 

「僕たちも引きます。行こう、なのは」

「う、うん……」

 

 ちらちらとこちらを振り返る白いのを引き連れるように彼が去る。

 二組が結界内――この結界の主導権は片手間にユーノから奪い取った――から離れたのを確認した 僕は、その足で人目に付きにくいビルの間の路地へと進む。

 

 結界を解き止まっていた世界が動き出すと同時に、緊張が弛んだ僕は足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 荒く息を吐きながら、必死で体内を荒れ狂う魔力をなだめ、鎮めてゆく。

 

「ゴ……フ――――ッ」

 

 強引に魔力を押さえ込んだ瞬間、体内に溶岩を流し込んだかのような激痛が走った。耐え切れず膝を付き、そのまま背後のビルの壁に背中を預けた。

 とっさに押さえた口から鮮血があふれ落ちる。

 ソレはびちゃびちゃと地面にこぼれコンクリートを濡らした。

 

 胸元から取り出した携帯電話が“僕の右手をすり抜けて”地面に落ちる。

 震える逆の手で電話を拾い上げると、ボタンを押してコールした。

 

 

――――プルルルル……ガシャリ

 

 

 繋がった。

 僕は安堵の息を吐く。

 

「もしもし? ジーク? さっき凄い量の魔力が発生してたけど何かあったの?」

 

 ……うん、結界外からさっきの揺れを感じ取ったのか、上出来上出来。

 弟子の進歩に少し誇らしい気持ちを抱きながら、枯れた声で言葉を紡ぐ。

 

「鮫島を迎えによこして、場所は市街中心部。細かい場所は……ちょっとわかんない。GPSとやらで調べて」

「ちょっと、その声……もしかしてケガしてるの!?」

「…………少し無茶した。じゃ、ごめん、……おねがい」

 

 電話の向こう側でアリサが鮫島に指示をとばす声を聞いて、通話をオフにする。

 耳から声が途絶えたのと時を同じくして、僕の視界も幕が下りるかのように闇に閉ざされたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――――う……ぁ?

 

「……ん」

 

 瞼を開けてそのまま左右を見舞わす。

 

「ジーク!? 気がついたのね!? 大丈夫!? 体起こせる!?」

「……ん、起こせそう。どのくらい寝てた?」

「家に運ばれてから1時間ちょっと、もう少しして起きなかったらお医者様を呼ぼうかと思ってたわ」

 

 真っ先に目に入ってきたのは、ベッドの傍らに座り僕を見つめていたアリサの姿。

 手を貸そうとしてくるアリサを目で制し、自分の力で体を起こして改めて周りを見渡す。

 服もさっきまで着ていた――袖元と胸元に吐いた血が付いている――もの。とり急ぎ僕をここまで運んで寝かせたらしい。

 

 見慣れた調度品、景色……この屋敷での僕の部屋だった。

 

 アリサの大声が聞こえたのか、デビットさんと鮫島も僕の部屋へ駆けつけてくる。

 

「ぼっちゃん、意識を取り戻されたようでなによりです。さ、口の中が気持ち悪いでしょう。こちらですすいで下さい」

 

 空のボウルに、鮫島がくれた水を含んで吐き出す。吐いた血のせいで、ボウルに溜まった水はどす黒かった。

 

「ジーク君、必要ならば医者を手配するが……」

「……鮫島、水と迎えありがとう。デビッドさん、お医者さんは大丈夫、これは魔法関係だから」

 

 心配げな二人に簡素ながら返事をする。

 もう少し言葉を尽くしてお礼を言うべき何だろうけど、あいにく饒舌に話せるほど僕の体調はよろしくなかった。

 

「……何があったのか、簡単に説明します――――」

 

 心配をかけたうえ、こんなザマである以上、今の状態を説明するのは義務だろう。

 僕はざっと起こったことを説明する。

 

 異常を察知しあの場所へ向かったこと、発見したジュエルシードが戦闘の余波で暴走して、街の危機どころか世界の危機だったこと、ソレを僕が収めてこうなったこと。

 とりあえず現状で説明できること全部だ。

 

「……つまりこういうことね? 最近のいろんな事件の原因だったジュエルシードって言うのが、ジークの思ってた以上に危ないシロモノで、派手に暴走したソレを押さえ込んだジークは今の状態になった。……これでOK?」

「ソレで合ってる。……僕の認識が甘かった」

 

 ジュエルシードの内包する危険性を甘く見ていた僕の過失、言い訳のしようがない。

 下手したらこの街どころか世界が滅んでたかもしれない重大な問題。

 こんな二の轍を踏むわけには行かない、内心で決意をした僕はデビッドさんと視線を結ぶ。

 

「デビッドさん、失礼を承知でお願いしたいことがあります」

「……聞こう」

 

 僕の目から何かを感じ取ったのか、デビッドさんが居住まいを正す。

 

「情けない話で申し訳ないですが、アリサの力を、お借りしたい」

「ちょっとジーク、それは私に聞くべき――――」

「……アリサ、少し待ちなさい。……その理由は?」

 

 口を開いたアリサを、デビッドさんが手で遮って僕に尋ねる。

 

「ジュエルシードへの対処を受動的な体制から積極的な体制に変えるため。僕一人じゃ手が足りないかもしれない」

「これをアリサにではなく私に聞いたのは……危険を伴うから、だね」

「はい」

 

 僕はしっかりとうなずきを返す。

 ここでごまかすことなんて出来はしない。

 僕の返答に、アリサの顔が憮然としたものから、ハッとしたものへと代わる。

 

「アリサは戦闘技術だけなら、もういい線行っている。もちろん、僕は優先的にアリサを守ります」

「……アリサ、お前はどうしたい?」

 

 デビッドさんが隣のアリサに問いかける。

 

「私は……私はジークの力になりたい! 私たちの住んでる世界だもん、ここで生まれた私たちが守って当然でしょ!」

 

 そこには胸を張り、澄んだ目に強い光を宿して僕を見返すアリサの姿があった。

 

「そうか……私はアリサの意見を支持しよう。……ジーク君、くれぐれも娘を頼む」

 

 デビッドさんが僕に頭を下げる。

 

「はい、僕の血に誓って」

 

 僕を信頼してくれたデビッドさんを、裏切ることなど出来はしない。

 僕も力強くうなずきを返した。

 

「さて……お話が纏まったようで。旦那様、アリサお嬢様ももう遅い時間です、明日に差し支えますのでお休みください。ぼっちゃんも、今夜はゆっくりとお休みください」

「私、もうちょっとジークと話してから寝るわ」

「アリサ、ジーク君も疲れてるだろう、明日にしなさい」

「パパ、お願い」

 

 アリサの言葉と表情を見たデビッドさんが、少しの逡巡のあと、頷いた。

 

「分かった。あまり遅くならないようにな」

 

 鮫島が一礼し、デビッドさんはアリサにそう付け加えてから部屋を出ていく。

 

「……ジーク、のど渇いたでしょ。水でも飲む?」

「ん、もら――――」

 

 アリサがベッドの横の水差しから、コップに水を注いでくれた。

 受け取ろうと掛けられている布団から、手を出そうとした直前で踏みとどまる。

 

「――――……飲ませて」

「え?」

「腕が重くて持ち上がらない、飲ませて」

「そ、それくらい頑張んなさいよ!」

 

 アリサが頬をうっすら赤くして、僕から目をそらす。

 困らせるのは本意じゃないけど、僕にも引けない事情がある。

 

「……飲ーまーせーて~、飲ーまーせーて~」

 

 ベッドの中でだだっ子みたいに足をパタパタさせてアリサにねだる。

 ……こんな恥ずかしい真似、出来ることならしたくない。

 

「(……ジークにぱたぱたしてる犬耳としっぽが見えるッ!?)」

「何か言った?」

 

 何か愕然としてるアリサに僕は問いかける。

 

「ななな何でもないわ! ほら、飲ませてあげるから顔こっちに向けて!」

「ん」

 

 アリサが口元に近づけてくれたコップから水を飲む。

 しばらくぶりに飲んだ水は決して冷たくは無かったけど、体の隅々までしみこんでいくようだった。

 

「ん、もう十分。ありがと、アリサ」

「そう、ならいいわ。……もう心配かけさせないでよね?」

「ごめん、約束できないかも」

「男なんだからそれくらい胸張って安請け合いしなさいよ、まったくもう」

 

 言ってることは厳しいけど、表情と声が優しい。

 コップをサイドボードに置いたアリサが、こちらへと腕を伸ばし……僕を抱きしめた。

 僕の胸に顔を埋めているせいで、アリサの表情を伺えない。

 

「……アリサ?」

「……ばか」

「ごめん」

「……悪いと思ったなら、少しの間だけおとなしく抱かれてなさいよ」

「……ん」

 

 アリサの言葉に、僕は体の力を抜くことで答えるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「早く元気になりなさいよ、……ばか」

「むぅ……2回もバカと言われた」

「言われないようにしなさいよ」

 

 結局10分ほど僕を拘束していたアリサは、僕の髪を一撫ですると立ち上がって扉へと歩く。

 最後に小さく手を振ると、照明を消して部屋を後にしていった。

 

「…………」

 

 目礼してアリサを見送った僕は、布団の下に隠されていた腕を引き抜く。

 袖をまくり、その腕を目の前に持ち上げた僕は小さく息を吐いた。

 

 見えるのは、見えてはいけない景色。

 “手のひらを透かして”見える部屋の内装。

 

 腕を横にスライドさせ、窓から見える夜空に向ける。

 月の光が腕を透過して僕の顔を照らした。

 

「……不味い、かな?」

 

 目を凝らすと、辛うじて腕の輪郭が見て取れる。

 

 秘奥の技の対価は、確実に僕を蝕んでいた。

 

 

 




主人公の秘密の一端が除ける話……さて、人間なのかね?
アリサ、次回より戦闘に参戦。


次回更新は……1週間から10日以内?

誤字脱字、疑問質問あるようでしたら、どしどし質問してくださいませ。

物語のネタバレ以外でしたら、極力答えさせていただきます。

では、今回もお付き合い頂き、真にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29:一夜明けて

内定ほすぃ


29:一夜明けて

 

 

「――――んー……ぁ」

 

 窓から差し込む朝日に目が覚める。

 頭を振って眠気を覚ますと、腕を見やった。

 

「……大丈夫」

 

 透けているようなことはなく、見た目は健康そのもの。

 触ってみると実体もある。

 だけど意識をこらしてみれば、自分の体が自分のものでないような、なんとも変な感じが体全体を覆っているのがわかった。

 

 アリサ達に気づかれなければいいや。

 そう自分を納得させる。

 

「……ジーク、起きてる?」

「アリサ? うん、起きてる。入ってきていい」

 

 僕の言葉が終わるか終わらないかといった辺りで、扉を開けたアリサがベッドの横までやってくる。

 制服を着てるから、これから学校なんだろう。

 僕は横たえていた体を起こす。

 

「おはよ、ジーク。体調はどう?」

「ぼちぼち。寝たらかなりよくなった」

 

 柄にもなく小さく胸をはったりして、問題ないことをアピールする。

 

「よかった。朝ご飯、食べられそう?」

「ん、食べる」

「ちょっと待ってなさい、持ってこさせるわ。鮫島~!」

「お待たせしました」

 

 呼ばれた瞬間に、鮫島が台車を押して部屋に入ってきた。

 執事ってホントすごい。

 台車の上には小さな鍋が乗っている。

 

「栄養補給が第一かと思いましたので、白粥でなく卵粥にいたしました。鰹ダシと塩で薄く味を付けておりますが、物足りないようでしたら醤油を付けておきますので、適宜調味してください」

「鮫島、ありがと」

 

 土鍋と小皿、そしてレンゲ。

 一式が並べられ手早く並べられ、パカっと土鍋の蓋が開けられる。

 

 仄かな塩の匂いと目にやさしい柔らかな黄色にがうれしい。

 その上に少し散らされた、三つ葉の緑が目に鮮やかだ。

 

 このダシの匂いに心が安らぐのは、こっちの世界に馴染んできた証拠なんだろうか? この世界の調理技法や、繊細な調味方は学ぶべきところが多い

 鮫島に小さく頭を下げて礼を言う。

 

「いえいえ。これが食べられるようでしたら、お昼はお肉と野菜をたっぷり入れた煮込みうどんにいたします。……フォークはご入り用ですかな?」

「大丈夫、問題ない」

 

 麺類を箸で食べるのはもう大丈夫。

 卵豆腐とか玉コンニャクなんかはまだまだ要練習だけど。

 

「ありがとう、鮫島。あとは私がやるから、仕事に戻って良いわ」

「かしこまりました」

 

 すっ、と音もなく鮫島が退室した。

 ううむ、体の軸もブレず、見事な足運び。

 

「じゃ、いただきます」

「あ、私がやるわ。怪我人なんだから大人しくして世話されてなさい」

 

 お粥をよそろうと手を伸ばすと、それをアリサが制した。

 レンゲで土鍋内を軽く混ぜ、小皿に移してくれる。

 護衛としては論外なんだろうけど、アリサが言い出したことを反論するのは宜しくない。

 

 そこまでは良かったのだけど、小皿とレンゲを僕に渡してくれない。

 その二つを持ったまま何かを葛藤するような表情を浮かべたかと思えば、顔を赤くする。

 顔を赤くしたかと思えば、そのまま『いやいやいや』ばかりに首を左右に振り出す。

 

「……アリサ?」

「お、女は度胸! これは看病だからおかしくないわね、うん!」

 

 それって『男は度胸、女は愛嬌』じゃなかったかな?

 僕が心の中でそう呟いてるうちに、アリサはアリサの内で何か折り合いをつけたのか、力強く頷く。

 

 レンゲでお粥をすくうと、僕の前に突きだした。

 

「ほ、ほら。あ、あ~ん」

 

 明後日の方向を見ながら顔を真っ赤にしてつき出されたレンゲは、フルフルと小さく揺れている。

 

「さ、さっさと食べなさいよ! 看病、これは看病なんだから何にもおかしく無いんだから!」

「……熱そう」

 

 口の中に入れるには、そのお粥は熱すぎる。

 

「そ、それくらい我慢しなさいよ……しょ、しょうがないわね」

 

 そんな理不尽な。体が丈夫な僕だって、熱い物は熱いんだよ。

 アリサはそういいながらも、息を吹きかけて冷ましてくれた。

 改めてレンゲが突き出される。

 

「あ、あ~ん」

「……あむ」

 

 レンゲからお粥を食べる・

 美味美味、流石は鮫島。

 ダシの利き具合と塩加減が絶妙だ。

 

「美味しい?」

「ん、美味しい」

「そう、まだまだあるからちょっと待ちなさい」

 

 1度やって何か吹っ切れたのか、今度はちゃんと冷まして差し出してくれた。。

 

「あ~ん」

「あむあむ」

 

 結局、アリサは最後まで甲斐甲斐しく僕にお粥を食べさせてくれたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 鮫島に食器類を下げさせたアリサが、僕と一緒に食後のお茶を飲んでいる。

 んむ。和食の食後は、やっぱりほうじ茶が一番だと思う。

 

「ジーク、念のため聞くけど、今日は一日安静にしてるのよね?」

「その予定。何かベッドで出きる事してる」

「そ、ならいいわ。これから学校だけど、私が帰ってくるまで今日は大人しく寝てること」

「ん、ジュエルシードが発動しなければそうする。……ちゃんと杖と戦装束は持った?」

「もちろん」

 

 アリサはそう言って腕を一振り。

 次の瞬間アリサの手には杖、制服の上からは戦装束が着込まれていた。

 

「おー、早い早い。上出来上出来」

「ふふん、もっと誉めなさい」

 

 満更では無さそうに、腰に手を当てたアリサが胸を張る。

 

「アリサ凄い、優秀、才能の塊。だから明日からはもっと訓練を厳しくしてあげる」

「ちょ、それはやめて!?」

「大丈夫、基礎は出来てるから、今以上に厳しくしても死にはしない」

「何やらせる気なのよ!?!?」

 

 アリサの表情が見事にひきつっていた。

 

「――――お嬢様、そろそろ出発いたしませんと間に合わなくなってしまいます」

 

 ひょっこりと扉から顔を覗かせた鮫島の言葉に、アリサがハッとした表情で時計を見やる。

 

「うっそ、もうこんな時間!? じゃ、行ってくるわ!」

「いってらっしゃい」

 

 手を振ってベッドからアリサを見送る。

 

「ん――――」

 

 小さく息を吐いてベッドの背もたれに体を預ける。

 今日は体を動かさないで、ここで大人しくしていよう。

 

 

◇◇◇

 

 

「坊ちゃん、御加減は如何ですかな?」

「ん、割と良好」

 

 太陽が真上にあがった頃、ノックの音とともに鮫島が顔を覗かせた。

 僕は膝の上で開いていたノート、幾つかの本を閉じて万年筆を置く。

 

「それはよかった。昼食をお持ちしました、一緒にいただきませんか?」

「ありがと、鮫島」

「お気になさらず、ジーク坊ちゃん」

 

 小さな手押し車にサンドイッチを乗せて部屋に入ってくる。

 動けずここで暇にしている僕を気遣ってくれたんだろう、本当に頭が下がる思いだ。

 

「ふむ、お勉強ですかな?」

「ううん、違う」

 

 鮫島とサンドイッチを摘みながら、ノートを見せる。

 

「これは……ラテン語ですかな?」

「ん」

「……日本語より先にラテン語をマスターされたので? いえ、それはともかく何が書かれているのです?」

「ん。魔法。この世界の歴史や文化を紐解いて、魔法にあれんじ?してる」

「……申し訳ございません。私は魔法に関してずぶの素人ですので、もう少し分かりやすく説明をお願いできますか?」

 

 その意見はもっともだ。そう思って、分かりやすい説明をするため言葉を選ぶ。

 

「……魔法って言うのは色々と形に違いはあれど単純な物。いろんな物に意味を見いだして、それを魔力で形にすればいい、それが魔法」

「ふむ、抽象的ですな」

「言葉で説明するのは難しいから、仕方ない」

 

 曲がりなりにも自身で魔法を使ったアリサなら分かってくれると思うんだけど、そうでない鮫島に説明するのは難しい……。

 八つ眼のある蜘蛛はどんな風に世界が見えているか、そんな質問を人間に聞くようなものだから。

 

「……たとえば『血管』、鮫島は血管にどんなイメージがある?」

「体内に血を運ぶ役割……でしょうか」

「ん、そう。僕は体内での血の通り道である血管に、“循環”って意味を見いだして、ソレ自体を魔法にしてる。

つまり、僕の血管そのものを魔法陣にしてると思ってもらえればいい」

 

 ノートにペンを走らせて『血管⇒循環⇒永久(疑似的な不老不死)⇒回復』と書き連ねる。

 『専門的な話になるんだけど――――』そう僕は前置きして話を続けた。

 

「魔術的に“円”や“循環”する物には、『永久』や『破壊と再生』、『無限性』って意味を見いだせる。この世界でもそんな感じの物はない?」

「……エジプト神話や北欧神話などに登場する『ウロボロス』などですかな?」

「イメージが掴めたならそれで大丈夫。僕はその中から『永久』って意味を寄せ集めて、ソレを『永久=不老不死』に認識を置き換えて常時発動の回復魔法にしてるの」

「なるほどなるほど……実に興味深いですな」

「逆に血管じゃなく、流れる“鮮血”の“赤色”に意味を見いだす魔術だっていい。捉え方によって魔法は無限に形作られる物だから」

 

 『血→赤色→火炎』、『血→液体→凝固(武器なりなんなり)』色々と書き連ねて、少しでも分かりやすいように説明する。

 興味深そうに頷きながら、鮫島は僕の話を聞いてくれる。

 

「で、話を最初に戻すと、今の僕はこの世界の神話なんかから意味を抽出して、新しい魔法を作ってる最中。アリサには英語の方が都合いいんだろうけど、歴史が浅すぎて、神話や古典を纏めるには不都合。

ラテン語なのは現在でも使える最も古い言語で、歴史があるぶん応用が利くから」

「ラテン語は応用が利く……ですか?」

「そう。本来は神話ごとにその国の言語を使うのが一番、だけどそれだと効率が悪い。だからこんな事をしてる」

 

 今の基本的な筋力強化とかでも十分事足りてるんだけど、(僕は攻撃性の魔法を使えないにしても、アリサ用に)手数が多いに越したことはない。

 調べてみたところこの国、日本古来の神事なんかに由来した神道やら密教とかいうものが有るみたいなんだけど、漢字が難しくてどうしようもなかったので、後回し。

 

 そんな経緯はどうあれ、アリサを戦いに巻き込むんだ。

 打てる手を多くするに越したことはない。

 

「根を詰めすぎて気負いすぎないようご自愛ください。旦那様も私もアリサお嬢様を大切に思っておりますが、同じくらい坊ちゃんのことも大切に思っておりますれば」

「……ありがと、極力気をつける」

 

 ……心配してくれる人がいるって、本当にありがたい。

 

 そんな人たちの思いを裏切らないよう、戦っていこう。

 そう改めて思った昼下がり、親子以上に年の離れた僕たちの食事会での出来事だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ただいまー!」

「おかえりなさい、……今日は真っ直ぐ帰ってきたの?」

 

 勢いよく僕の部屋に入ってきたアリサに、僕は読んでいた本を閉じながら、挨拶と同時に問いかける。

 いつもは習い事があれば学校から直接に現地へ、無くても友達の家に遊びに行ったりするからこういうのは珍しい。

 

 アリサはそのままぱたぱたとこちらまで歩いてくると、そのまま僕のベッドに腰掛けた。

 

「ええ、すずかに『遊びに来ない?』って誘われたんだけど断っちゃった」

「……気を使わせた?」

「気にしないでいいわよ、私がそうしたくてそうしてるんだから。すずかも訳を話したら納得してくれたし」

 

 小さく肩をすくめてそう話すアリサの言葉に、僕は小さく首を傾げて聞いてみる。

 この家にお邪魔させてもらうようになって暫く経つけど、今まで聞いたこともなかった事だ。

 

「……そういえばアリサは僕のこと周りにどう話してるの?」

「ん、ジークのこと? 『海外からお父様の友達の子供』が家庭の事情でホームステイしに来てるって事にしてるわ」

「大丈夫? 変に話題になって、アリサに迷惑かけてない?」

「だいじょーぶよ、『まだ日本語もおぼつかないし、ちょっと人見知りだから』って説明してる。

 これならジークを紹介しないでおけるでしょ?」

 

 アリサはその辺り気配りしてくれるから、本当にありがたい。

 

「ありがと。……それにしても、僕って人見知り?」

「言葉の綾ってやつよ、人見知りとは思ってないわ。ただ――――」

「……ただ?」

 

 言いかけて、口をつぐんだアリサを促す。

 

「――――ただ、ジークって感情表現が薄いっていうか、滅多に笑わないのよね」

「…………気のせい、だと思う」

「気のせいじゃないわよ。『びっくり』とか『わくわく』、『うれしい』なんかは態度や表情に出るのに、笑顔は私が覚えてる限り数回しかないもの」

 

 僕はひょいっと首をひねる。

 

「数回……あぁ、前にベッドでアリサに押し倒されたときとか?」

「押し倒した言うな!? へんな誤解されるでしょ!?」

 

 ……アリサの記憶力が優秀なのはよく知ってる、たぶん事実なんだろう。

 言われてみれば、その時から笑った記憶がない。

 

『ふにふに』

 

 そんな事を考えていると、いつの間にやら布団越しに僕の膝に跨り、手を伸ばしたアリサに両頬を摘ままれていた。

 

「……なに?」

「え? とりあえず人力で笑わせてみようかと思って」

 

 うにー、とアリサが僕の頬を上下左右にのばす。

 振り払うわけにもいかないので、そのまま我慢する。

 

「……わりゃいひゃなしを聞かひぇるでもなふぃに(笑い話を聞かせるでも無しに)、ふぉういんにふぁらわせるのふぁどうふぁと思う(強引に笑わせるのはどうかと思う)」

 

 ……引っ張られてるせいで、まともな発音すらままなら無い。

 

 というか、アリサは僕の頬で遊んでるんでは無かろうか。

 それとも、これはアリサなりのコミュニケーションなんだろうか。

 

 試しに僕もアリサの両頬をつまんでみた。

 そのまま痛みがない程度にのばしてみる。

 

「ひょ!? にゃにするのよ!?」

「……こみゅにけーひょん?」

「なんへ疑問けぇなのひょ!? ひゃめなしゃいっへ」

「ありしゃがひゃめたらやへる」

 

 僕の視線とアリサの視線が交錯した。

 

「…………(むにむにむに!)」

「…………(うにうにうに!)」

 

 このよく分からないコミュニケーション?は、鮫島が部屋にやってくるまでしばらくの間続いたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ホントに大丈夫なの?」

「鍛え方が違う」

 

 むん、と力こぶを作ってみせる。

 ……というか、今の状態は逆に体が軽いしキレもいい。

 ……僕にとっては好調。だけど生物学的にみると、人間じゃない何かの領域に足を踏み入れている……そんな感じ。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 僕とアリサ、二人揃って臨戦態勢だ。

 

 僕は戦闘用の外套にたすき肩掛けの要領でP90を左右に1丁ずつ掛けて、両脇下のホルスターにはファイブセブンが同様に1丁ずつ。どちらも対魔盾貫通弾――無論、デビッドさんとの契約通り非殺傷用――だ。

 アリサは僕と揃いの戦闘用外套――前に作った奴だ――に、僕の作った杖。

 

 それもこれもつい先ほど、市街の空を巡回させていた使い魔――この一連の事件の最初のほうに放った鋼の鷹だ。日に一回、僕の元へ魔力補充に来る以外は完全独立状態で街の情報を送ってきてくれている――がジュエルシードの発動する気配を伝えてくれたからだ。

 

 こっちの都合を考えてはくれないんだろうか、まったく。

 

 そんな会話を交わしつつも、現場に向かって走る――――

 

「――――れ、練習はしてきてたけど、怖いわねコレ!?」

 

 ――――屋根の上を、目にも留まらぬスピードで。

 

「アリサが高速飛行できるなら、普通に飛んで向かう」

「怖さ的には五十歩百歩よねソレ!?」

「ん、否定はしない」

 

 一応、僕の手で認識阻害の魔法をかけてあるから人目には付かない。

 屋根の上を走るのにいっぱいいっぱいのアリサに、そこまでさせるつもりはない。

 認識阻害の魔法の持続に気を取られ、民家に激突でもされたら困る。

 

 “ぶつかって壊れた民家”を直すのは僕なのだ。

 アリサ自身は身体強化の魔法もあるから大丈夫だろうし。

 

 そんな会話を交わしながら、情報収集用の膝下サイズの物より数倍大きな、腰下サイズくらいの戦闘補助用の鋼糸の鷹を、追加で何羽も作っては飛ばしていく。

 とりあえず十数羽くらい作って僕らより高空に配置、そして幾羽かを先行させた。

 

「……む」

 

 先行させた一羽から、脳内に警告が入った。

 おそらくはユーノに張られたらしい結界に突っ込んだ僕とアリサ、僕は急制動を掛けて停止する。

 

「ちょ! 止まるなら言いなさいよ!?」

「アリサ、真上に盾型防御魔法」

「っ!!」

 

 脊髄反射もかくやの速さで、アリサが言われた通りに杖を一閃、深紅(ふかべに)色の魔法障壁を展開する。

 展開速度と反応は及第点、修行の成果だ。

 

 僕も同時に展開した魔法盾に、橙色の槍雨が降り注ぐ。

 

「――――ッ! いきなり何だってのよ!?」

「待ち伏せされてた。……上の二人、素直に姿を見せろ」

 

 橙の弾丸を凌ぎきった僕は、空を睨む。

 

「ありゃりゃ、やっぱ無理か」

「…………」

 

 空高き頭上に、姿を隠していたらしいフェイトとアルフ――今日は人型だ――が現れた。

 そのまま高度を落とし、僕たちの進路をふさぐように立ちふさがる。

 

「アルフ、気配と魔力の隠蔽が甘かった。二人とも昨夜ぶり……息災そうで何より」

 

 フェイトはあの至近距離で時空の揺れを食らっていた。

 何か影響が出てるかとも思ったけど、その見込みは外れたみたい。

 破損していた杖も修復が済んでいた。

 

「いや、アタシ的には昨日あんなよく分からない力で、ジュエルシードの暴走を押さえ込んだジークが元気なことにビックリなんだけどさ。……そっちの()は久しぶり、かね?」

「……あ! アンタ温泉の時の!」

「…………」

「……? アルフ、さっきから黙ってるフェイトはどうした。心なしか顔色が悪い気もする」

 

 僕のその言葉にアルフが怒りと無力さ、その他諸々を混ぜて飲み込んだ表情を浮かべ、苦々しげに口を開く。

 

「…………顔色はちょっと、色々こっちにも事情が有ってね。ほら、それよりフェイト、ジークに言うことが有るんだろう?」

「……うん。あの……ね、ジーク、・・・・・・・・・・・・昨日は迷惑かけてごめんなさい」

「気にしてない。あれは僕がすべき仕事の範囲だっただけ」

「……うん、でも私が謝りたかっただけだから」

 

 ……フェイト、なかなか強情。

 だけどちゃんと謝ることを知ってる人間だ、悪い奴じゃない。

 

「ちょっといい?」

「ん?」

 

 攻撃以来、一言も喋っていなかったアリサが口を開く。

 

「ジーク、あの人たちとどういう関係?」

 

 その言葉に僕たち3人は目を見合わせると、全く期せずして同時に口を開く。

 

「ジュエルシードを取り合う敵?」

「アタシのご主人様の敵?」

「私がジュエルシードを集めるのをじゃまする敵?」

 

 見事にハモり、僕たち3人は目を見合わせた。僕は肩をすくめ、アルフは面白いこともあるもんだと言わんばかりに笑顔をこぼす。フェイトは『はうっ』と言うと、恥ずかしげに視線を伏せ、両手で頬を押さえると、ふるふると首を振る。

 

「……敵同士なのに、なんか和気藹々としてるのは気のせい? しかも全員が疑問形? さてジーク、とりあえずあの子たちについてキリキリと喋って貰いましょうか」

 

 そう告げるアリサの顔は笑顔なのだけど、何とも言えない凄みがにじみ出ているのだった。

 




ご意見ご感想、疑問質問は随時受付中です。

ジークの魔法に対する認識とか、分かりやすい表現を心がけましたが、分かりにくい場合は感想欄にて質問等して頂ければ、対応いたします。

>すっ、と音もなく鮫島が退室した。
>ううむ、体の軸もブレず、見事な足運び。

本作の鮫島さんが、段々人間離れしていく件。どーしてこーなった。


>「アリサ凄い、優秀、才能の塊。だから明日からはもっと訓練を厳しくしてあげる」
>「ちょ、それはやめて!?」

育成方針:死線を越えたその先に――――。


> そんな事を考えていると、いつの間にやら布団越しに僕の膝に跨り、手を伸ばしたアリサに両頬を摘ままれていた。

ベッドの上の異性に跨る、自称“れでぃー”の小学3年生女子。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30:弟子の初陣、そして黒服の参戦

お客様ー! お客様の中に内定をお持ちの方はいらっしゃいませんかー!
作者が、作者が息してないのー!

内定がもらえたら、3日連続更新します(フラグ


 

 

 

 説明終了、アリサの異様な気迫に気圧(けお)された……、我が弟子ながら恐ろしい。

 僕の後ろでは、同じく気圧されてたフェイトとアルフが、抱き合ってカタカタと震えてたり。

 

「OK、事情はだいたい把握したわ。アナタがジークの言ってた黒服の子ね」

「えっと――――」

「あ、私はアリサ。アリサ・バニングスよ、よろしく」

「ふぇ、フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします……?」

 

 会話慣れしてないのか、フェイトがおろおろとしてぎこちない。

 そのままアリサ主導でがーるずとーく?――“ぼーいずとーく”という言葉は無いし、需要もないらしい――に突入した。

 

「……どうしてこうなった」

「あの娘、場の空気を掴むのが巧いというか、主導権を取り慣れてるというか……。いい子であることは間違いなさそうだけど」

 

 必然的というか何というか、戦闘に突入する事もできず、僕とアルフも少し離れた所でそれぞれの身内を眺めつつ会話に興じる事となっていた。

 二人揃って、絶賛空中体育座り中である。

 本当ならさっさとジュエルシードを封印に行くべきなんだろうけど、結界も張られてるしユーノと白服に任せておけばいいや、もう。

 

「……ん、フェイトはどこか怪我でも? 動きが硬い」

「……見ただけでわかるもんなのかい?」

「武術を噛じってればわかる」

 

 さっきから見てた感じだと、肩か背中かな……?

 そこを庇って動いてる節がある

 とりあえずそう尋ねてみた。

 

「当たり、一応治療はしたんだけどね、私もフェイトも治癒魔法は得意じゃないんだよ」

 

 それを聞いて少し思案した。

 頭の中でとっさに損得勘定をする。

 

「……あげる」

 

 僕は虚空から空色の液体が入った半透明のビンを取り出して、アルフに渡す。

 

「怪我用の薬。お風呂にお湯張って、それを全部入れて痛みが消えるまで浸かればいい」

「どういうつもりだい?」

 

 僕の意図が分からなかったらしいアルフが警戒した面持ちでビンを眺めてる。

 仕方ないので簡単に説明する。

 

「僕的には野良ジュエルシードを誰でも良いから早急に管理下に置いて欲しい。フェイトもジュエルシードを集めたいけど万全じゃない」

「つまり、アンタとアタシ達両方に得ってことかい?」

「そゆこと」

 

 ……理解が早くて助かる。

 

「毒とかじゃあ無いって保証は?」

「お望みならこの場で飲んでみせる。……飲用じゃないから、美味しくは無いけど」

「……嘘じゃないみたいだね、そういうことならありがたく受け取っておくよ」

 

 納得したのか、アルフがビンを懐に仕舞い込んだ。

 ちょうどこちらの話が纏まったところで、アリサ達側に向き直る。

 

「その、バニングスs「『アリサ』で良いわよ、私もフェイトって呼ぶから」え、えっと、アリサ、ジークが何か私のこと話してた?」

「ええ、フェイトのことは見込みのある筋がいい魔法使いって」

「……ホント?」

 

 ……いつの間にか仲良くなってるし。

 あとフェイト、なんかキラキラした目でこっちを見るな。

 

「……まだまだ伸びしろは有るし、自分の不得意を把握してるから強い。実戦経験を積めばもっと強くなれる」

「へぇ? ジークにしちゃベタ褒めじゃない」

「スジはいいから、これからの経験と努力次第」

 

 ――――……ふむ。

 そこまで言って、僕の頭に妙案が浮かんだ。

 

「アリサ、フェイトと戦え」

「「……はい?」」

 

 アリサと、なぜかフェイトも間の抜けた声を上げる。

 

「師匠命令。僕とばかり戦闘訓練して変なクセがついちゃ困る、たまには相手を変えてみた方がいい」

「ちょ、そんなのアタシ達に何の旨みが――――」

 

 言い募ろうとしたアルフに、昨晩手に入れたジュエルシードを見せる。

 

「アリサと戦って勝てたら、昨日封印したコレを贈呈。僕と戦うよりは勝ち目も有るし、負けても何も求めない」

 

 僕はそのまま『どう?』とフェイトに視線を投げた。

 先ほどまでの表情は何処に行ったのか、闘志に満ちた気配でフェイトがうなずいた。

 

「……わかった、その勝負受けて立つ。……母さんのためにも負けられない」

「ジークの“師匠命令”は絶対なのよね……仕方ないか」

 

 二人が自然と距離をとる。

 

 アリサは右手に杖、左手は外套の中に。

 フェイトは漆黒の戦斧を腰で溜めるように。

 各々が構えを取ったところで声をかける。

 

「相手の胴体に直撃を入れた方が勝ち。では、始め!!」

 

 開始の号令と同時、斧と杖が噛み合い火花を上げた。

 

 

◇◇◇

 

 

 杖と斧で切り(?)結ぶ二人を尻目に、僕はアルフに一声かける。

 

「アルフ、審判よろしく。僕はちょっと出かけてくる」

「え? 別に良いけど……アンタは弟子の戦いを見てかないのかい?」

「見てたいのは山々、だけど白いのが未だにジュエルシードを封印できてないみたいだから、ちょっと行ってくる」

「あ。そういえばアタシ達はジュエルシードの封印に……っていうかあの白い子の方はまだ封印できて無かったのかい、アタシ達結構長いこと話し込んでた気がするんだけど」

 

 全くだ、不甲斐ない。そんな会話の合間にも、僕たちの眼前で戦いが続く。

 距離を取ったフェイトが金色の弾幕を展開する。

 

「フォトンランサー、――――シュート!!」

「ッ! ブレイズ――――」

 

魔力を込めたアリサの一声。

アリサのコートの裾から、魔法のように――実際に魔法を使ってるけど――ナイフがフェイトの攻撃と同数、十数振り射出される。

 

「――――シュート!!」

「――――!」

 

 フェイトの攻撃とアリサの迎撃。

 それがぶつかり合い、二人の中間に魔力爆発の花が咲く。

 

 僕の『剣群乱舞』をアリサなりに解釈して、形にした魔法。その名は『ブレイズ』

 基礎の術式は同じ、されど運用方法なんかの細部はアリサのオリジナル。

 アリサ自身で名付けた初めての魔法だ、愛着も持ってくれるだろう。

 

 激突を潜り抜けた幾振りかがフェイトに迫るも、危なげなく杖で叩き落とされる。

 

「……それ、ジークの技?」

「そ。私はジークの弟子だから。だけど、私のアレンジ入ってるから別物って言っちゃ別物なんだけどね」

 

 ……うむうむ、初手としてはいい攻防。

 

「じゃ、アルフお願い。可能なら、フェイトに『色々な戦い方(魔法)を見せてあげて』と」

「あいよ、こっちはちゃんと見といてあげるから。そっちもヘマするんじゃないよ?」

「ん」

 

 さっき作った鷹の半分を僕との連絡用兼、予測外の事態用に残す。

 特にそれはアルフへ伝えない。どうやら気づいて無いみたいだし。

 

 僕はこの場をアルフに任せると、未だ収まっていないジュエルシードの反応の方へ跳んだのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「未熟者め、封印にどれだけ手間取ればこんなに時間がかかる」

「「じ、ジーク君(さん)!?」」

 

 目的の場所へたどり着いた僕は、大きな木の化け物に向き合って滞空する白服と地から助言を与えていたらしいユーノを見下ろす。

 

 前回はただ木が大樹と化して街を覆っただけだった。

 けど今回はそれより小さい代わりに自我を持っているみたいだ、……全く面倒な。

 白服が全体的に薄汚れてるから、苦戦してたんだろう。

 

「この木、障壁使ってくるの!」

「なら障壁を抜く方法を考えろ、未熟者」

「ひ、酷い言われようなの……」

 

 わざわざ尻拭いをするのもイヤだけど、ジュエルシードを放って置くわけにも行かない。

 肩へたすき掛けに2丁、P90TRを吊して初弾を装填して構える。

 

「ジークさん、無理です! 質量兵器じゃあの障壁は――」

「――無策で魔法障壁を相手にする訳ないだろうに」

 

 ユーノにそう返して、僕は暴走体と距離を詰める。

 地から大人五人で腕を回しても抱え切れなそうな太い根が棘のように、目の前からは電柱より二周りは太い枝が僕を貫こうと槍襖<やりぶすま>の如く突き出された。

 

 ジュエルシードの防衛行動であろうそれらを避け、四肢を使って受け流して接近する。

 

「なんて無茶苦茶な空戦機動(マニューバ)……!」

「……射程内」

 

 細かく狙うならもっと近づくべきなんだろうけど、相手はこれほどの巨躯。

 手足の如く銃器を取り扱えない僕だけど、この距離なら外す方が難しい。

 

――――パララララララ

 

 空気を入れた紙袋を勢いよく叩き潰したような音を連続させて、腰だめに構えた銃の銃口から弾丸が放たれる。

 短弓以上の連射に長弓以上の射程、そして弩弓以上の破壊力……科学とは恐ろしい。

 そして僕はそれに魔法を組み合わせる。

 

「――あぁ、良かった、抜けた」

「嘘……!?」

 

 着弾した瞬間、弾が当たったあたりに紫電が疾り、障壁を抜いた。

 作ってはみたものの、白服やフェイトに使えず――電撃ゴム弾じゃないから当たり所によっては死んでしまうので、デビットさんとの約定が(かせ)になる――死蔵する羽目になっていた、対魔法障壁用特装弾が暴走体の体躯を喰い破る。

 

 ダメージは徹っているようで、化け物が苦悶の声――声帯は無いだろうから、これは“軋み”や“葉のさざめき”だと思うけど――を上げた。

 

「――む」

 

 ……だが、決定打にはならない。

 

 僕の攻撃は確かに被害を与えているけど、体の大きさに対して如何せん火力不足すぎる。

 ヒトで例えるなら、針で無数にちくちく刺されてる感じだろう。

 

 機関銃とか呼ばれてる銃は連射で大木を削り切れるらしいけど、この銃じゃ無理みたい。

 

 どうしたものかと悩みつつも射撃は止めない。

 暴走体の回復力じゃ、これくらいのダメージは瞬時に元通りだろう。

 

 攻撃を絶やさないように注意しつつ、交互に弾装を交換した。

 弾装にも魔法をかけて、入る弾を倍以上に増やしてるけどこれじゃキリがない。

 奴の体内に留まった弾が一時的にだろうけど、障壁の再生成を阻害している。

 

 今の内に障壁の内側に入り込み、肉弾戦を仕掛けるか。

 面倒だけど仕方ない。

 

 そんなことを考え、突撃をかけようとしたところで下から声が響いた。

 

「なのは、今だ!!」

「うん!! ディバイン――」

 

 ……いやちょっと待て、何故魔力を溜める。

 

「――バスター!!」

 

 桃色の光線が化け物を抉っ……もとい着弾した場所を消し飛ばした。

 

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアルⅦ、封印!」

 

 暴走した魔力が押さえ込まれ、収束する。

 白服はそのまま流れるようにジュエルシードを封印して見せた。

 

 ……それ自体はいい。

 攻撃から封印に移る切り替えは見事だったし、そのおかげで僕は面倒な思いをせずに済んだ。

 

 …………だけど、何でこうも癪に触る介入をしてくるのか。

 言葉で表すなら、『読んでたマンガのラストを、隣に来たアリサがポロリと喋ってしまった』時くらい癪に触ってる。

 

「やったよユーノ君!!」

「なのは、やったね!」

 

 ……付き合いきれん。

 とっととジュエルシードを回収してアリサたちの所に戻ろう。

 

 青き宝石に手を伸ばしたところで唐突に叫ばれる。

 

「あー! ジーク君! そのジュエルシードがどっちのか勝負だよ! 1対1の真剣勝負!」

「その理論はおかしい」

 

 僕の作った隙に、勝手に攻撃打ち込んで封印しときながら、何を言ってるのだこの阿呆は。

 

「封印したの私だもん!!」

「……むぅ」

 

 過程はどうあれ、事実だけに反論しにくい。

 ……問答するだけ時間の無駄か、さっさとケリを付けてしまおう。

 

「……わかった、その決闘受ける。殺さないようにはするけど、大怪我しても文句言うな」

「の、望むところなの!」

 

 ……腰が引けてるぞ、白いの。

 

 対人外仕様のP90TRを仕舞い、弾丸をSRゴム弾(ショックラウンズ・ラバーブレット)――当然『対障壁加工済み』――を装填した拳銃・ファイブセブンに持ち代える。

 とりあえず、宝石を掴んで白服の眉間めがけて投げ渡した。

 

「痛っ!?」

 

 見事に眉間に当たったジュエルシードを掴めず、胸の前でお手玉しだす。

 運動神経か反射神経が鈍いのか、どっちだ。

 

「預かってろ、昨日の二の舞になったら困る」

「え、ちょ!? レイジングハート、お願い!」

 

 無事、白服の杖にジュエルシードが仕舞い込まれたのを確認して、僕は距離をとって構えをとる。

 ざっ! っと海風が頬を撫でた。

 今晩のご飯は魚が食べたいな、うん。

 

「用意はいいな、――良くなくても始めるけど」

「い、いつでもい――」

 

 白服が構えをとった瞬間、言葉の途中だけど一瞬の加速で距離を詰めた。

 

「――ッ!?」

 

 右手の飛び道具に意識を向けさせたうえでの、左手による近距離戦闘。

 心の隙をつく戦法だ。

 

 白服もとっさに後ろへ下がって杖の柄で防ごうとするが、僕の踏み込みの方が早い。

 

 空いている左手の掌底で、白服の顎を下から掠る軌道を描く。

 脳を揺らせて戦闘不能に持ち込むつもりで――

 

 

「ストップだ!!」

 

 

 ――突如割り込んだ黒い影の手によって、僕の掌が止められたのだった。

 




少々間が空いてしまいましたが、30話更新です。
おそらく、後10~15話以内に無印編は終わりそうです。

アリサVSフェイトは、キンクリされる予定ですが、コメント次第によっては30.5話の扱いで補筆しようかと。

次回(31話)予告:クロノ君は噛ませ

感想の返信は、主に次話更新前に行われることが多いです、ご容赦ください。



Q.こいつを見てくれ、これをどう思う?

http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im3716166

A.……将来的に、どうジークを動かせばこんな状況に出来るか、小一時間考えました(白目
このシリーズの存在を今更知りました。教えてくれたとある人、ありがとう。
……見つからなければ、あんな目にあうことも無かったのに。(意味深&メモ帳を開きながら


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31:時空管理局執務官

来週忙しいので、ちょっと早いけど更新。
その代わり、次の更新が少々遅れる見込み。

……忙しい理由? ははは、最終面接が月・水・金があるのでね(虚ろな目


31:時空管理局執務官

 

 

『掌を掴まれた』

 

 それに気づいた瞬間に腕を振って拘束から離れると、目の前の黒服の少年へ蹴りを放つ。

 

「……!」

 

 だけど蹴り出した僕の靴裏は、彼の割り込ませた手甲に防がれた。

腕を振って拘束を解き、蹴った勢いで後ろへ一気に距離を稼ぐ。

 

 いきなり割り込まれたのは転移か、あるいはただ単に速く動いたのか。

判断が付かず、再度攻撃に移るのがはばかられる。

 

「……戦いの途中に割り込むとか、無粋にもほどがある」

 

 銃口をそいつへ向けて牽制しながら、そう言葉を投げた。

 黒服を挟んで反対側に移動した白服の方は、いきなりの事態にどうしたらいいか分からないよう。

 

「時空管理局執務官のクロノ・ハラウオンだ! ここでの戦闘は危険すぎる、双方杖を下げろ! 話を聞かせて貰う!」

「断る、そんな組織聞いたこともない。そんな組織の命令、誰が聞くか」

 

 一応、この世界については色々勉強してるのだ。

 適当に組織の名前をでっち上げて、油断させ近づこうとする(やから)かもしれないし。

 

「な!? 君だって魔導師だろう! そんな言い訳通用するか! それ以前に君は質量火器所持の現行犯だ、管理局法違反でついてきて貰う!」

 

 ……ダメだこいつ、言葉が通じるのに会話が成立しない。

 そんな法を()く組織、知らないと言ってるのに。

 

 無論、この国の法律で銃の所持が禁じられてるのは知ってるけど、ソレはソレだ。この国の治安機構にばれなきゃいい。

 『バレなきゃ犯罪じゃないんです』なんて言葉がこの国にはあるらしいし。

 

「それでも嫌だと言ったら?」

「力ずくで連れていく!」

 

 もうやだコイツ、それとも僕の言語理解が間違ってるの?

 

「スティンガー!」

『Stinger Snipe』

 

 現れた光球、計8つ。

 それらが高速で一斉に僕へと放たれた。

 

 この速度なら、避け――

 

「ッ!」

 

 ――避けた光球がそのまま軌跡を描いてターンし、僕を再撃しようと殺到した。

 僕自身が加速し距離をとり、そのまま離脱。

 追尾性は、落ちない。

 

「誘導型か、面倒な」

「無駄口を叩く暇があったら投降しろ!」

 

 そう言い放つ黒服の周囲には新たな光球が4つ待機。

 僕の出方次第で、あれを追撃に撃つつもりだろう。

 

 間違いなく白服よりは対人戦に慣れている。

 

 逃げ回ってるのも芸がない、反撃に移ろう。

 

 一瞬の最大加速、追ってくる光球と距離をとって反転し、正面から向かい立って拳銃を構える。

 着弾まで、猶予はおそらく5秒足らず。

 

 一秒一弾一球で迎撃、しかも目標は拳大でこっちへ猛スピードで接近中。

 言葉にすると無理そうに見える。

 

 だけど、戦いに重要なのは武器に対する最低限の技能、そして――

 

「な!?」

 

 ――ここ一番の一瞬で極限まで集中力を上げられること!

 

 バババババッ!

 

 僅かに間を空けながらの5連射で、光球を相殺した。

 その光景に黒服が絶句する。

 

 僕はそのまま振り返り、黒服へ接近を狙った。

 驚きはそのままに、黒服が反応を見せる。

 

「S2U!!」

『Stinger Ray』

 

 周囲に滞空していた弾が、一直線に僕へと迫る。

 相対速度も加わって、その速度はさっきの物よりも圧倒的に早い……だけど軌跡は直線!

 

 両腕にそれぞれ魔力の盾を纏わせる。

 四式対魔防戦技――――

 

「騎士団流魔力手甲『戦鎧(いくさよろい)』!」

 

 この魔法は、金属鎧を身につけず高速近接戦を挑む剣士――故郷では先陣を切って敵陣に突貫、一撃離脱攻撃が専門の『抜剣隊』なんていう部隊もあったくらいだ――が攻撃を受ける瞬間によく使う魔法だ。

 発動時間がほんの1秒足らずという制約はあれど、その防御力は非常に高い。

 

 腕で光の弾丸を真正面からではなく横から当てて逸らし、そのまま砕く。

 迎撃の衝撃で腕に若干の痺れ、そのまま『戦鎧』を破棄する。

 

「!」

 

 黒服はもう驚かない。接近戦を覚悟して、ただ口を強く引き結び杖を構えて待ちかまえていた。

 近接戦の覚えが有るのか、その構えはサマになっている。

 

 ……いい対応、あの程度じゃ僕が止まらないと想定していたか。

 

 直前で身体強化と速度上昇の魔法を重ね掛け。

 まずは牽制、鞭のようにしならせた左脚で肩を狙う――が杖で受け止められ、そのまま流される。

 

 脚を振った勢いで1回転、左手で抉るように撃ちおろす!

 その攻撃も杖の柄で止められるが、勢いは殺しきれなかったようで、黒服は背後へとたたらを踏んだ。

 

 距離は取らせない。……僕は空中で更に一歩踏み込んで、下がった分以上に近づく。

 

 両膝、両足、両手両腕。

 連撃を放つ僕に、黒服は防戦に追いやられる。

 

 腕と杖で辛うじて防いでいる様子だ、たぶん近接格闘は本領じゃないんだろう。

 かくいう僕も手足を使った肉弾戦は本領とは言えないせいか、止めを刺しきれない。

 

 数秒間の攻防、軍配が上がったのはこちらだった。

 

 手数で上回った僕の左拳が、相手が握った両腕ごと杖を弾く――が最後の足掻きか、弾かれつつも杖の石突きで右手から拳銃を弾き飛ばした。

 

「しま……っ!」

 

 がら空きの相手の胴体、対して無手の僕。

 予備の拳銃を取り出そうとはしない。

 

 銃を弾かれた右手を握り、構えた。

 体全体で、螺旋を描くように拳を振り……抜く!

 

「騎士団流格闘戦技『破城(はじょう)』!」

 

 足裏から膝、腰、肩、腕……そして拳へ。

 螺旋に(ねじ)られていた体を戻す勢いを魔力で増大、そのまま拳に乗せる。

 

「ガッ……!?」

 

 斜めに振りおろされた拳は、黒服のみぞおちに吸い込まれるようにめり込む。

 寸前で何らかの防御術式を感じ取るも、気にも留めず貫いた。

 

 そのまま流星の如く、黒服は海面へ飛び、数度海面を跳ねた後と海中に突っ込んだ。

 

 手ごたえあり、内臓破裂とまでは行かないけども、まぁ1週間は固形物を食べれないだろう。

 

「……ふぅー」

 

 残心、止めていた息を一気に吐く。

 

 ――――Piririri!Piririri!

 

 その瞬間、ポケットにしまっていた携帯電話が鳴り響いた。

 あたふたと取り出すと、画面には『アリサ』の文字。

 どれが通話ボタンか5秒くらい悩んで――買ったときにアリサが何時間も教えてくれたけど、電話とメールくらいが今の僕の限界だった――電話にでた。

 

「も、もしもし?」

『もしもし、ジーク!? そっち今どんな状況?』

 

 通話ボタンで合ってた。

 なんか、電話口の向こうから爆発音やらなにやら、戦闘音が聞こえてきてる。

 

「『時空管理局』とかいう組織の人に襲われて、倒したところ」

『奇遇ね、私とフェイトたちもその組織を名乗ってる人たちと戦って――あぁ、いまフェイトが最後の人を倒したわ』

 

 ……!

 しまった、アリサの方にも行ってたか……!

 

「……大丈夫だった?」

『大丈夫よ、ジークより弱かったから。フェイト達と私、8:2で受け持ってちょっと手こずったけど、傷一つ無いわ』

 

 こっちは質、あっちは数で押してきたのか。

 フェイトとアルフ二人がかりとはいえ、ほとんど受け持ってくれたのか。

 フェイト:アルフ:アリサで、5:3:2くらいの比率かな。

 

 それより問題なのは、管理局というのがこっちを観察しているらしいってことか。

 相手側は、それぞれ十分だと思って戦力送ってきたんだろうし。

 

「なら良かった。……あれ? そういえば模擬戦はどっちが勝ったの?」

『……フェイト。負けちゃって、ごめん』

 

 戦闘後だからか高揚していた声音だったのに、一転して『ずーん』と沈んだ声になるアリサ。

 声からは悔しさと情けなさが滲み出てきているように感じられた。

 

 話を聞いてあげたいけど、今はその場から離れることが重要。

 

「そう、その話は帰ってから細かく聞く。ちょっとアルフ、いやフェイトに代わって貰ってもいい?」

『フェイトに? いいわよ、ちょっと待って』

 

 フェイト~、ジークがちょっと話ししたいって。

 ふぇ、ジークが? この通信機、どうやって使うのかな?

 ボタンとか押さないで、普通にそのまま話せばOKよ。

 

 そんな向こうでの会話の後に、耳元からフェイトの声が聞こえた。

 

『えっと、フェイトです』

「ん、とりあえず勝利おめでとう。で、いきなりで悪いけど『時空管理局』って言うのは知ってるか?」

『……うん』

 

 ……なるほど、良い関係じゃなさそうだ。

 

「フェイト、僕たちどうも管理局とやらに目を付けられてたみたい。監視の目を逃げる方法、ある?」

『多重転移で、後を追われないようにすれば、たぶん行けると思う』

「んむ……。頼みが有るんだけど、いい?」

『私に出来ることなら、いいです』

 

 良かった、断られたら大変だった。

 

「僕の弟子と一緒に転移して、逃げてもらえる? ア……彼女、まだそういう監視の目から逃げる魔法、使えないから」

『わかった。場所は?』

「彼女の家で、そこなら結界も張って有るから安全。細かい場所は彼女に聞いて」

『わかった。ん、(電話の向こうで何かやりとりしてる声が聞こえた)代わるね』

 

 どうもこっちの様子は監視されてる節がある。極力、アリサの名前は出さないほうがいい。

 ちょっとの間をおいて、アリサに代わった。

 

『もしもし、私はフェイトに付いていくのはいいけど、ジークは?』

「僕も僕で逃げ――いやちょっと待って」

 

 僕の前にいきなり現れた半透明な画面とそれに映る女性の姿。

 電話口を指で押さえる。

 

『初めまして、時空管理局次元空間航行艦船『アースラ』艦長、リンディ・ハラオウンです。先ほどはこちらの執務官が失礼をいたしました。お話を聞かせていただいても宜しいでしょうか?』

 

 ふむ……。

 

「あぁ、もしもし? 管理局とやらから連絡があった、ちょっとお話(落とし前を付け)に行ってくる。晩ご飯までには帰るから」

『なんか不穏な響きが聞こえたんだけど!? ねぇ!?』

 

 ははは、なにを言っているのやら。

 

『……し、心配する訳じゃないけど、病み上がりなんだから、気をつけなさいよ?』

「わかってる。じゃ、フェイトによろしく」

 

 僕は通話終了のボタンを押す。

 

「失礼、待たせました」

『いいえ、それくらい構わないわよ……。もう一方で戦っていた仲間の方にも来て欲しかったのは事実ですけど』

「冗談がお上手で、敵地に赴くのに弟子を連れて行くわけには行かないでしょう?」

 

 相手さんの言葉に嫌味で返しておく。

 

『そちらの白服の子も一緒にお願いね?』

「は、はい!」

『たぶん、貴方にやられた執務官もそろそろ復帰してくると思うからちょっと待っててね』

「あぁ、はい。 ……そうそう、言い忘れてました――」

 

 僕は全力で上っ面だけの笑顔を作って言い放つ。

 

「――そちらの出方によっては、船ごと壊して逃げさせていただきますので、死にたくなければ注意してください」

 

 さて、何が出てくることやら。

 

 

◇◇◇

 

 

Side.アースラ

 

「クロノ執務官のバイタル、確認できました!」

「もう一方に派遣していた局員チームの転送を確認、直ちに救護班を向かわせます!」

「もう一方の捜索者一行が多重転移で逃走……ロストしました」

「……そう」

 

 スタッフから矢継ぎ早に入ってくる報告にアースラ艦長、リンディ・ハラオウンはため息とともにうなずきを返した。

 

 2箇所での戦闘行動で、本艦の切り札であるクロノと、一般局員隊が敗北。

 更にはロストロギアの確保も失敗……ああ、白服の子がクロノを落とした子に渡しちゃったわね。

 渡すのを渋ってたみたいだけど、フェレットの子が必死に説得したみたい。まぁ、あんな戦いを見せられた後じゃ仕方ないわね。

 

 ウィンドウに映る向こうの風景に、更にため息。

 

 ……良いことは、交渉のテーブルに着いてくれたことくらいかしら?

 

「艦長、残存部隊を編成し待機させておきますか?」

 

 オペレータのアレックスの提言を一考し、否定する。

 

「……止めておきましょう。へんに感づかれて、あの子に艦内で暴れられたら厄介だもの。最悪、私が刺し違えて食い止めるしか無くなるわ」

 

 艦長になって以来、対人戦なんて暫くぶりだけど……

 クロノが負けた以上、あの子を相手取れるのは、私だけだもの。

 

 この世界に来て初めての出動で、戦闘要員が一気に戦闘不能になるなんて……。

 ロストロギアの回収、どうしましょう?

 

「……はぁ」

 

 いきなり前途多難な任務に、私は何度目かわからないため息を吐くのだった。

 

 

 




クロノさん、相も変わらず不憫な初登場(他の方のSSを見つつ)
しかしながら、単純な時間で言うと、現時点で最もジーク相手に持ちこたえた人である……。

特にコメントも無かったので、アリサVSフェイトは、キングクリムゾンされました、ご容赦ください。

ご意見ご感想、誤字脱字等、ありましたらお聞かせください。
また、設定などで疑問点があった際もお答えいたします。

評価などもいただけると、励みになります。

p.s感想返しは、基本的に次話投稿前後に纏めて行います。
ご了承くださいませ。

p.s2 早いですが感想返しを行いました。
あと、なのはさんの待遇改善は数話後に待っていますので、ご安心くださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32:時空管理局~巡航艦『アースラ』~

UAが50000突破いたしました、皆様いつもありがとうございます。

追記:タイトル話数が『33話』になっていたので、『32話』に訂正。


32:時空管理局~巡航艦『アースラ』~

 

 

「……ふぅん、転移した先で待ちかまえられてるかとも思ったら、案外そうでもないのか」

「……君と君の仲間、あと黒服の探索者とその使い魔。その4人のおかげで、僕を含めたこの船の全戦力のほとんどがやられてるからね」

 

 黒服の執務官とやらに連れられ、僕と白服・ユーノはアースラという敵の本陣へ乗り込んでいた。

 ちなみに執務官は、海水に突っ込んだせいで髪と服がしっとり塗れて、なおかつ磯臭い。

 

 はいている靴からは、『ぐちょぐちょ』と水が染みてる音がする。

 気持ち悪いんだよね、靴に水が入ってると。

 

 周囲の気配を探りつつ、周囲を観察する。

 白服とユーノは、何やら魔法で密談してるみたい。

 試しに割り込んでみたら上手く行ったので、とりあえず聞いておく。

 

『時空航行船?』

『そう、世界と世界を渡る船って言えば早いかな?』

 

 ……ふぅん?

 この船が時空の海を世界から世界へ渡る船なのか。

 あぁ、これがいわゆる“戦艦”とかいう船なのか?

 

 調べてみると、確かに現在地は世界の狭間の時空間……だと思ったら何かが違う。

 片手間に深く精査して、その理由が判明した。

 なるほど、なるほどね。

 

 “全くの別物なのか”

 

 それなら納得だ。

 今更ながらに、自分のいる場所を知る。

 

 勝手に自己完結して、内心でうなずく。

 

「あぁ、そういえば君たち、いつまでもその格好のままじゃ窮屈だろう。バリアジャケットは解除していい」

「あ、はい」

 

 白服の着ていた服がアリサの小学校と同じ制服に替わり、持っていた杖も赤い玉に変わる。

 ……いやいや、何でこいつは敵地かもしれないところで武装解除してるのか。

 

 取りあえず、『バリアジャケット』ってのが何だかわからない。

 言葉尻から考えると、『防護服』?

 横文字、慣れてきたとは言っても完璧じゃないし。

 

「君もそのバリアジャケット解除したらどうだ。というか抜き身の銃を仕舞え!」

「銃は良いけど、服は脱がない。……なに、僕の裸でも見たいの?」

 

 半歩引いて、腕で体を隠して見せる。

 僕の行動にユーノが『そういう趣味なの!?』と言った目でみるが、白服は『なんのこと?』って感じだ。

 

「人聞き悪いこと言うな! バリアジャケットの下は普通の服だろう、普通は!」

「……ユーノ、バリアジャケットやらは私服の上に防護用の服を展開する形態の魔法?」

「え、あぁ、はいそうです」

「そう、ありがとう」

 

 答えてくれたユーノに礼を言う。

 これで取りあえずの疑問は氷解した。

 

「これ、バリアジャケットじゃなく、現物の服。魔法的に加工してるから魔力を帯びてるだけ」

「……魔法的な加工? ……まあいい、そういうことなら脱げとは言わないが……」

 

 いかにも渋々と言った表情で黒服がうなずいた。

 露出狂のケは僕に無い。

 

「まあいい、とりあえずフェレットの君は元の姿に戻って良い、その方が楽だろう」

「そうですね」

 

 ユーノが光り、その姿が人型になった。

 

「ふぇ!? え!? ユーノ君って男の子だったの!?」

 

 ……あれ、気づいてなかったのか。

 

「……君たち二人に、何か見解の相違でも?」

 

 どうやら二人、ちょっと意志疎通が足りなかったらしい。

 

「とりあえずその話は後でゆっくりしてくれ、行くぞ」

 

 

◇◇◇

 

 

「……これが世に聞く『和の心』というやつ?」

「えっと、これが一般的な和の心だと思われちゃ心外かな……って私は思うの」

 

 艦長室と言われ通された先は、僕が未だ良く把握できていない“和風文化”の固まりみたいな感じだった。

 これが和の心なのかと感心しかけたけど、白服の言葉を信じることにした。

 業腹だけど、明らかにこの世界の組織じゃない人間よりかは、和の心について信憑性が高い。

 

「艦長の趣味はこの際置いておいて、話を進めよう。」

「そもそもの始まりは、僕がジュエルシードを発掘したことなんです――――」

 

 ユーノが話したことを簡単に纏めるとこうだ。

 

 古代遺跡の発掘を生業とするユーノが、ジュエルシードを発掘。その輸送中に事故でジュエルシードをこの世界にバラマいてしまった。

 管理外世界と呼ばれるこの世界への渡航許可を管理局に取ると同時に、ジュエルシードの回収を開始。

 しかし、元々戦闘が専門では無かったため、2個目の封印中にジュエルシードの暴走体に敗北。

 偶然魔法の資質を持っていた白服に力を貸し、ジュエルシードの収集を続け今に至る……と。

 

「立派な考えだわ」

「だが、無謀すぎる」

 

 ……僕の押さえ込んだ歪みが発生するまで、介入してこなかったくせに良く言う。

 そもそも、ジュエルシードの危険性を含めてユーノが連絡済みだったのに、問題が起こってから動くのか。初動が遅い。

 

 艦長とやらと黒服の言葉に、僕は内心でそう毒づく。

 

 そんな話をしつつ、やはり白服の魔力がこの世界はおろか、時空管理局の中でも上位5%に入ること、ユーノの一族が遺跡探索を生業(なりわい)にしていることなんかを聞きつつ、会話は進んでいく。

 

「そっちの二人の話は理解した。次は君の番だ、特に君には聞きたいことが山ほどある」

「……面倒くさい、さっさと済ませて」

 

 遅くなるとアリサが心配するし。

 

「では貴方がこの件に介入した経緯と意図について話してもらえるかしら?」

「……時空間を旅してるときに、時空の揺れを受けてこの世界に落とされた」

「まて、じゃあ出身は?」

 

 黒服の質問に、肩をすくめる。

 

「確実に貴方たちは知らない世界」

「……どういうこと?」

 

 自信をもって断言する僕に、艦長殿が問いかけた。

 僕はさっき確信した事実を簡単に説明する。

 

「時空管理局なんて存在を聞いたことも無いのも理由の一つだけど、本質は単純な話。僕の認識する“世界”と貴方たちの認識する“世界”が根本的に異なってる。簡単に説明すると、こう」

 

 僕は、一般的にトウモロコシと呼ばれる野菜を虚空から取り出した。

 

「この中の1粒がこの世界、えっと――――」

「――――……第97管理外世界?」

「ん、そう」

 

 僕は指さした粒に、目印代わりに針を刺す。

 

「で、貴方たち管理局とやらがある世界が……」

「第1世界『ミッドチルダ』ね」

「じゃあそれはココで」

 

 さっき刺した針とは離れた粒に、違う針を刺す。

 

「これら一粒一粒が貴方がたの言う世界の単位。僕のいう世界はこういうこと」

 

 僕は幾つものトウモロコシを取り出して、その中から適当な一つを選び取った。

 

「僕のいう世界はこういうこと、粒じゃなくてこのトウモロコシの房の1つ1つが世界。つまり、この時空と、僕の生まれた時空は全くの別位置にある物」

「な……、つまり僕たちの認識する世界と君の言う世界の規模は全くの別物だと!? そんな突拍子も無いこと、信じられるか!」

「理解してもらおうとは思わないから別にいい。ただ、それならそれで僕の使う魔法がココにいる面々と違う理由の説明になるけど。世界が全く違うなら、発展した魔法や使う魔法が違うのも当然の流れ」

「む……」

 

 とっさに上手い反論が思いつかなかったのか、黒服が黙り込む。

 

「その話は一旦後に回しましょう。今ここで世界の枠組みに関して話しても証明する手段がないもの」

「……そうですね」

「賢明な判断だと思う」

 

 ここで話すには時間が惜しい。

 

「……とりあえずアントワークさんが言ってるのは、世界は管理局っていう人達が考えてるより多いってこと?」

「とりあえずはその認識であってると思う……合ってますよね?」

「まぁ大体はあってる」

 

 今はソレくらいで十分。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃあ次は、貴方ともう一方の探索者、あとお弟子さんについてかしら」

 

 振られたその話題に、僕は内心で心を引き締めた。

 ここで下手な対応をすると、アリサ達にまで累が及んで不味くなるかもしれない。

 

「そう、どっちから聞きたい?」

「ではお弟子さんからで」

「……概ね、ユーノと白服の関係に似てる。」

 

 僕はチラッと二人に視線をやって、話し続ける。

 

「さっき言ったとおり、この世界に落ちて、その時に色々あってある家にお世話になることになった」

 

 思い出してみると、少し前の事のはずが異様に内容が濃く、何から話したものかしばし悩む。

 少し悩んで、結局僕は簡単に纏めることにした。

 

「ジュエルシードの暴走が発生して、その対処に動いたのが最初。しばらくは一人で動いた、だけど体が本調子じゃなかったこと、ジュエルシードの危険性が想定以上だったこと。この二つから、素養があったその家のお嬢様に手伝ってもらうことにした」

「そうなの……。あら? ということは、お弟子さんはなのはさんより経験が浅いって事かしら?」

「そう、ちなみに今日が初陣。相手が弱くて助かった、これで自信がつく」

「……うちの隊員、もう少し鍛え直さないと駄目ね」

 

 まぁ、確かに少し鍛え直すべきだろう。

 そうしたらアリサの成長にあわせていい実戦相手(実験台)になってくれるかもしれないし。

 

 そんなことを思いながら、何か言いたそうに視線を向ける白服に目を向けた。

 

「なに?」

「その子ってどんな子なの?」

「守秘義務あるから言わない。強いて言うなら、年はお前や僕と同じくらい」

「そう言えばあの子や貴方をサーチャー越しに見たのだけど、写すとどうしてもぼやけてはっきり映らなかったのは……それも貴方が?」

 

 あぁ、やっぱり監視してたのか。

 内心の納得とともに、その理由を軽く説明しておく。

 

「む……? ん、あぁ。着てるコートに認識阻害の魔法を込めてあるからそのせいだと思う」

「服に魔法を込める……か。今日だけで良くわからない技術がポンポン出てくるな……」

 

 黒服が目頭を抑えてうめく。

 いい気味だ、まったく。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃあ次はは貴方の魔法ね。発動時に魔法陣も出たりでなかったり、デバイスも使ってるようには見えないなんてイレギュラーにもほどがあるわ」

「魔法の形態が違う。その答えで十分だと思うけど」

 

 僕の言葉に、艦長が困った顔で首を傾げて見せた。

 

「具体的に……って言っても私たちの魔法を知らないから比較は無理か……。試しに何か披露してくれない? あ、もちろん安全なものよ?」

「……適当な紙を数枚。それと何か書くもの」

 

 僕が取り出したものじゃ、何か仕込んだのかと思われてもしかたないし。

 

「えっと、じゃあこの便せんとペンでいいかしら?」

 

 3~4枚出された紙と、一本の黒いペン。

 受け取って、その内の1枚に基礎的な魔法陣を大きく一つ、10秒足らずで書き上げる。

 

「フリーハンドで……見事なものね」

「なんだか、とっても魔法使いみたいなの!」

 

 艦長のほうは感嘆の声を、白服の方はなんだか目をキラキラさせてこっちを見てる。

 というか白服、そういうお前も魔法使いだろう。

 

 対する黒服とユーノは僕の一挙一投足を見逃さないように注視。

 前者は警戒、後者は学者って仕事柄からくる興味だろう。

 

 一度見直し、ペンを置く。

 どうせこの部屋の中は監視されてるんだろうし、極力相手に情報を与えないように。

 

「……『宿(やど)れ』」

 

 魔法陣に人差し指を当てながら魔力を流し、ほんの一言。

 それで魔法は組みあがる。

 

 ぱたぱたぱた、紙がひとりでに折られてゆく。

 ものの数秒で、ただの紙が手のひら大の一羽の紙の鷹になる。

 

「「「……!」」」」

 

 4人の目が見開かれてるが、これは断じてただ自動で折り紙をしてくれる魔法ではない。

 それを証明するために言葉を重ねる。

 

「『動け』」

 

 ただの紙のオブジェだったソレが羽ばたき、そして飛んだ。

 部屋の中を飛び回りだす。

 

「コレくらいで充分?」

「え、あぁその、この魔法はいったい?」

「物体に仮初めの命を与える魔法、簡単なものだから複雑なことはできないけど」

 

 艦長の言葉に、簡単に概要をはなす。

 

「スゴい! ねぇ! 私にもできる?」

「試してみればいい、……たぶん無理だけど」

「試す前から無理って言っちゃダメだよ!」

 

 更に一枚紙に魔法陣を書いて白服に渡し、やってみさせるが紙は全く動かない。

 ほかの3人も同様だった。

 

「むぅ、確かに魔力が発生してるのは感じるから魔法なのは違いないのに……。デバイスとかを隠し持ってたりは?」

「僕は喋る珍妙な杖なんて持ってない」

「私たちが見てた感じだと、デバイス使わないで殴って蹴って、鉄砲撃ってで敵を倒してたの……」

「暴走体相手に、肉弾戦挑もうとするか?」

 

 じゃあどうしろと。

 

「素手の方の攻撃の威力はウチのクロノが身を持って体験してくれたから、効果は実証済みだけど、質量兵器で暴走体に太刀打ちなんて出来るものかしら?」

「銃も弾もこの世界の物。ただ、その市販品――市販されないものも混じってるとは言わない――に魔法的に少し手を加えただけ」

「……ソレを見せてもらうことは?」

「見るだけならどうぞ、これも理解は出来ないだろうけど」

「映像記録を残しても?」

「どうぞお好きに」

 

 弾丸を1発、ひょいと投げ渡す。

 しげしげと弾頭に刻まれた文字に目をやるけど結局理解できなかったようで、写真を何枚か撮ると返してくれた。

 

「分かりました、仮ですが貴方の魔法が我々の物と別々の物としましょう」

「艦長!?」

「一応後で無限書庫に調査依頼を出してみるけど、こんな魔法聞いたことがないもの」

 

 理解が早くて助かった。

 

 その後もいくつか魔法に対する相手の疑問と、それに対する僕の応答が繰り返される。

 割と平穏に続く会話、だけどこれらは本命の質問ではなくただの探り。

 

 あくまで表面上だけ緩みだしていた空気は、続く言葉で一気に緊張状態に陥った。

 スッと目を細めた彼女が幾分張りつめた空気を纏う。

 

「私たちが一番知りたいのはね、貴方が次元震を起こしたジュエルシードに使った魔法なの」

「……ふん、それが本命か」

「え……? え?」

 

 変質した雰囲気に付いていけない白服が戸惑いの声を上げるが構うまい。

 さて、これからが本番だ。

 




繋ぎのお話です。

>白服とユーノは、何やら魔法で密談してるみたい
距離があったら無理ですが、目の前での念話なら盗聴できます。

>現物の服。魔法的に加工してる
需要があるようなら、後で細かな解説入れます。

>ユーノが光り、その姿が人型になった。
温泉回で、アリサの裸を見たとジークが知ったら……合掌

>これが世に聞く『和の心』
よく話題に上がる『リンディ茶(緑茶にミルクと砂糖がIN)』ですが、緑茶を良く知ってる日本人から見ると異質なだけであって、海外の人から見れば『おー、抹茶ラテねー!』って感じだと思う。

>あの子や貴方をサーチャー越しに見たのだけど、写すとどうしてもぼやけてはっきり映らなかった
このお陰で、なのはやユーノは映像越しだと『正体不明のジークの弟子=アリサ』だと認識が繋がらない。

>無限書庫に調査依頼を出してみるけど、こんな魔法
Vividにて『ファビア・クロゼルグ』が『魔導師ではなく正統派魔女(トゥルーウィッチ)』という設定があるので、この世界ではジークの使うような魔法は過去に廃れてしまった……とも受け取れる。
つまり、知らなくても仕方ない。

そういえば、拳銃……質量火器に関してですが、知らない人のために補足。
リリカルなのはのドラマCD(StrikerS サウンドステージX)において、とある非魔導師の鑑識官が『デバイス登録された拳銃』を所持しています。このことから察するに、一定以上の立場?があれば所持の許可は下りる模様。
まぁ、これ以外の所持例に心当たりはないですが・・・

では、ご意見ご感想お待ちしております。
感想をいただけると、……作者は就活を頑張れます(小声

割と感想には長々と返事をしますので、気になる方は過去の質問を見てみられるといいかもしれません。

次回更新:1週間~10日後くらいの間に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33:魔法の秘奥と交渉《ネゴシエイト》

んほぉおおおおおおおお!
内定貰えちゃったのぉおおおおおおおお!
というわけで3日連続更新しちゃうのほぉおおおおおおおおおっ!!


……失礼、少々取り乱しましたが、予告通り3日連続更新です。
なお本日は1日目。


33:魔法の秘奥と交渉《ネゴシエイト》

 

「正直に言おう。僕たちアースラは君のジュエルシードに対し行った“行為”を危険視している。正直、僕としては君の身柄を拘束すべきだとも思ってる」

 

 ……“行為”、“行為”ね。

 こういった『話し合い』の基本の定石は、相手の言葉・態度・状況から内心を推測し動く事。

 

「その言いようだと、僕のやったことがなんだか理解できてないと思うのだけど」

「……推測はたっている、と言っておく」

 

 色々と感情が入り交じっているせいか、黒服の表情からは内心が読みとれない。

 

「ふぅん、聞かせてもらっても?」

「……ウチの観測班から貰ったデータを見ての推測だ。あの時、次元震は二つ発生していた。一つはジュエルシードを起点に、もう観測班を信じたいし、言ってる僕自身信じられないが……お前は“次元震に次元震をぶつけて相殺”したんだろう」

「……ふん」

 

 管理局とやらの技術力、そして黒服の洞察力に対する認識を一段階改める。

 思ったほど無能ではないらしい。

 

「その反応から見るに、合ってるのか?」

「一つ訂正するなら、時空の揺れを真っ向から力技で相殺したんじゃなく、逆波長の揺れをぶつけて相殺した高等技術なんだけど……まぁ結果は同じだからいい」

 

 強いて言うと、前者じゃこの世界に被害が及ぶだろうし、僕も生きて今この場にはいない。

 それを聞いた黒服が呻くが、知った事じゃない。

 

「正直、今こうして直接聞いても半信半疑よ。人間が単独で次元震を、しかもそれを細かに制御して発生させたなんて」

「信じてくれなくてもいい、別に困らない」

「魔法の詳細に付いて、詳しく聞かせて貰っても?」

「残念、これは僕の秘奥の技。それに教えても再現なんて出来るはずない」

 

 は、と鼻で笑って返す。

 

「……信じられない」

「ユーノ君、これもやっぱりスゴいことなんだよね?」

「うん。どんな術式を使えばそんなことが……」

 

 顎に手をあて、しかめっ面のユーノ。

 何となく、気まぐれでヒントを出すことにした。

 

「ユーノ、それ違う」

「え?」

「厳密には“魔法を使った”んじゃない、魔法を発生させはしたけど」

「え、一体どういうこと?」

「教えてあげるのはソレだけ、後は自分達で考えて。答え合わせはしてあげる」

 

 この件はこれまで。そうここの艦長に目で伝える。

 承知してくれたようで、彼女が仕方ないと言わんばかりに渋々とうなずいた。

 

「ジークさんの魔法についてのお話の続きは、また今度にしましょ。いいわね、クロノ執務官?」

「……はい」

 

 黒服が恨めしげに僕を見てくるが、華麗に気づかぬ振りで無視。

 僕は素知らぬ顔で、出されたお抹茶を啜るのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「さて、用がないなら僕はもう帰るけど?」

 

 腰を浮かせかけた僕を、眼前の二人があわてて制止する。

 

「待て待て! このジュエルシードの件に関して、3人に伝える事がある!」

「申し訳ないのだけど、これが最後だからもう少しだけ付き合って貰えないかしら?」

「……さっさと済ませて。弟子を心配させたくない」

 

 浮かせかけた腰を再び座布団へおろす。

 

「すぐに終わるわ。この事件に関しての話よ、クロノ?」

「はい、艦長。……これ以降、この事件は時空管理局が全権を持って捜査する。君たちは今回の事件から身を引いて、一般人として元の生活に戻ってくれていい」

 

 裏表の無さそうな、真摯な態度での言葉。

 出会ってからそうは経っていないけど、これまでの話し合いで黒服が余り交渉事で感情を隠すことに長けてないことは分かった。

 僕はともかく、一般人の白服をこの件から離したいというのは本心なんだろう。

 

 だからこそ続いて話された艦長の言葉に、僕は不信感を抱かずにはいられなかった。

 

「まぁ急に言われても、気持ちの整理が出来ないでしょう。今夜一晩、ゆっくりと話すといいわ。その後で改めてお話しましょう」

 

 優しい笑みを浮かべての言葉だが、内面で何を考えているのを察した僕は、彼女に向ける視線の力を強めた。

 一晩なんて時間を与える必要はない。

 仮にも“時空管理局”なんて大層な名前を名乗る治安維持組織(?)――さらには法定組織でもあるらしい――だ。そんな組織が『考える時間を一晩与える』なんていうのはおかしい。

 

 黒服のようにに元の生活へ戻るよう言って、聞かないようだったら一時的にデバイス(?)を取り上げてでも不介入を命令すればいいのだ。

 時空に影響を与えるような、下手を打てば命に関わるだろう事柄に一般人を踏み入れさせるべきではない。

 

「……一晩なんて時間、与える必要ないだろうに」

 

 これまで見た感じ、白服は無駄に責任感が高い。そして幸か不幸か腕はともかく人並み以上の、天賦の才といってもいい魔力量。

 かくいう僕は言わずもがな、相手から見れば未知の魔法で次元震を相殺する者だ。

 

 十中八九、これは誘導なのだ。

 僕たちから『協力をしたい』と言わせ、あわよくば取り込むための。

 

「え、どういうこと?」

「簡潔に言うとこの人たちは、この件に僕たちから自発的に巻き込まれて欲しいらしい」

 

 ねめつけるように正面の艦長を睨みながら、そこまで考えが至らない白服に簡潔に説明していく。

 こういった場は初めてだろうから、流石に相手の思惑を察しろなんていうのは酷だろう。

 

 無知は罪じゃない、経験して学べばいいだけだ。

 そのあたりの心遣いは出来る。

 

「まさか! そんな事考える訳がない! そうですよね、艦長!?」

「…………」

 

 黒服の問いに、艦長は沈黙をつらぬいて答えない。

 

「沈黙は肯定と取らせていただくけども?」

「……艦長!」

 

 黒服の悲痛な声に、彼女は小さく首を振った。

 

「ごめんなさいね、クロノ。彼の言うとおり、私は彼らにこの事件の解決を手伝って貰おうとしたわ」

「……母さん」

「私はこの艦の艦長として、この事件を解決しなければいけない立場として、解決確率を高めたかったの」

「ふん、綺麗事を……。こっちが子供だから、御しやすいとでも思ったか、危険性くらい説明するのが道理だろうに。少年兵の斡旋業者にすら劣る」

 

 もはや不快な態度を隠そうともせず睨み、殺気を放ちながら舌打ちを一つ。

 

 どんなに子供であれ、自分の意志で戦場に出るなら――無論、自分の意志に関係なく戦場に立たされる者がいるのも事実だけど――それは一人前の“大人”で“戦士”なのだ。

 年下と侮ることはあれど、心の奥の最後の一線で互いに対する敬意は持つ。

 

 だけどこいつらがやったのは騙し討ちもいいところ、命を懸ける者に対する侮辱だ。

 

 険悪な僕の雰囲気に、白服とユーノは狼狽えた表情で僕たちの間で視線をオロオロとさせる。

 

「……反論のしようも無いわ」

「もはやお前達管理局と、足並み揃えて対処するつもりは無い。元々指図される言われも無いんだ、こっちで勝手に対応させて貰う。ジュエルシードが欲しいって言うなら買い取れ、力付くでも奪うってなら受けて立つ」

 

 態度や殺気だけでなく、同時に魔力の放出も始めた。

 もはや紛れもない威嚇、臨戦態勢だ。

 

 放たれた始めた魔力で、茶器に残っているお茶がさざ波だつ。

 

「僕にはこれ以上話すこともないから帰る。……白服とユーノ、お前達はどうする」

 

 いったん殺気と魔力の放出を止めて、固まっていた二人に問いかける。

 

「ユーノ君……」

「僕はなのはの決めた考えに従うよ。無責任かもしれないけど、僕が巻き込んじゃった事だから。僕はなのはの意見を全力でサポートする」

「……ユーノ君、ありがとう」

 

 二人は見つめあい、小さく笑いあった

 白服はいったん目を閉じたが、少しして何かを決心したのか、そっと目を開く。

 

「私は、私は中途半端で終わりたくない。……ううん、終われない! フェイトちゃんともっとお話しして、分かりあいたい!」

「日常には戻らない……と、それがお前の選択か」

「うん!」

 

 考えた上での結論で、決心で、決意だろう。

 思うところはあるけれど、ソレを尊重しよう。

 

「立ち位置はどうする。僕みたいに管理局とは離れるか、それとも逆か」

「……アントワークさんがさっき言ってた事は分かるの。管理局、リンディさん達が信用できないって事だよね? ……私は魔法に触れてまだほんの少しだから、私の使ってる力がどんな物なのかもよく知らないの。

……変な話だよね、自分の力がなんだか分からないなんて――」

 

 困ったようにはにかむ白服に、僕は続きを話すように促した。

 

「――……だからね、とりあえず今回は管理局さんをお手伝いしようと思うの。私が使ってる魔法が、持ってる力がなんなのか、私は役に立てるのか、知ってみたいから」

 

 ……まぁ、筋は通ってるか。

 

 出会った頃みたいに、場や状況に流されて戦いに身を投じてる訳じゃあ無い。

 

「……ふん」

 

 意志を明確に定めて戦うと決めたんだ、その在り方を認めよう。

 

「……えっと、怒ってる?」

「怒ってなんかない、お前自身が決めたこと」

 

 ……乗りかかった船、餞別代わりだ。

 最後まで面倒をみてやろう。

 

「高町なのは、――」

「え!? いま、名前……!?」

「――お前、管理局側を手伝うとして、見返りにはなにを求める?」

「……ふぇ?」

 

 質問が予想外だったのか、高町が戸惑いを浮かべた。

 分かりやすく、管理局の面子に聞かせるように説明する。

 

「本来ならこれは管理局が始末する事件で、こいつらはそういった事件を解決することが仕事。……そのあたりは理解してる?」

「え、……うん」

「なら話は早い、その仕事を手伝わせるんだ。管理局なんて大仰な名前を名乗る組織が、『彼女が自主的に』といってもタダ働きで一般人を前線で、しかも見返り無しに奉仕させる訳がないだろう」

 

 『当然だよね?』という表情を管理局側の二人に向けたら、目を見合わせたあとに強ばった表情で頷きを返された。

 

「ユーノ、こういった交渉の経験は?」

「……ごめんなさい、無いです」

「そう、じゃあ見とくといい。遺跡の発掘を生業にするなら、こういった場面に出くわすこともきっとあるから」

「えっと、私は見返りとかそういうものは別になくても……」

 

 高町がバカな事を言いそうなので、今のうちに諭しておく。

 

「自分の力を安売りしちゃ駄目。それ相応の対価も無しに力を振るうな、自分のためにも相手のためにも、後々同じような状況に出くわした他人のためにもならない。『前の人はタダでやってくれましたよ』なんて前例を作っちゃいけない。確かこの国にもあったでしょ『タダより高い物はない』って」

「え、あー、そうなの……かも?」

 

 取りあえずは納得したようなので、話を進める。

 

「待ってて。今から毟れるだけ毟りとる(・・・・・・・・・)から」

 

 

 久しぶりの舌戦だ、心が躍る。

 断言しよう、今の僕は満面の凶悪な笑みを浮かべている。

 

 

 ……ん、話し合いの結果?

 管理局の二人の顔色は蒼白を通り越して、土気色になったとだけ言っておく。

 

 

 




28話でジークが行ったことに対する(部分的な)ネタバレと、なのは組との若干の関係改善回……といった感じでしょうか。

>“次元震に次元震をぶつけて相殺”した
ジュエルシードの封印or破壊で次元震を食い止めたのではなく、次元震自体を押さえ込んだ感じです。

>厳密には“魔法を使った”んじゃない、魔法を発生させはした
おそらく、勘のいい人にはわかります。
ヒントを述べるなら、『某魔術ラノベ』といった感じ。

>今夜一晩、ゆっくりと話すといいわ。その後で改めてお話しましょう
自主的に参加してくれれば、管理責任には発展しない……。
さらには管理外世界だから、どんな扱いをしても“管理局の法(労基法的なもの)”で守らずに済む優秀な戦力の確保……不可読みすると、何処までも悪く言える不思議。

>考えた上での結論で、決心で、決意だろう。
>思うところはあるけれど、ソレを尊重しよう。
自分の意見をしっかり持って、立ち向かうならば、主人公も認めます。
当然、相容れない思考・立ち位置の際は認めた上で敵対しますが。
感想欄等で、『なのはの扱いが酷い』と何度か言われてしまいましたが、これ以降は(人並みに)改善されていきます

>毟れるだけ毟りとる
原作だと、小学校を休ませてまでジュエルシードの捜索を手伝って貰っていた管理局……。特に触れられていませんでしたが、あれはなのはの無償での助力だったと私は考えています。
ジークは契約する際、金銭面や待遇面で細部まできっちり詰める派(しかもエグい)

では、ご意見ご感想・質問などありましたら、感想ページからお願いいたします。
次回もよろしくお願いいたします。


次回予告:ジークがお風呂でラッキースケベ
ラッキースケベに会ってしまうのは、何処の誰でしょうねぇ・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34:脱衣場での遭遇&砲火後ティータイム

3日連続投稿の2日目です。


34:脱衣場での遭遇&砲火後ティータイム

 

「……有意義な話し合いだった」

「あれは断じて話し合いなんてものじゃないの、言葉の殴りあいというか、別の何かなの」

 

 ゆすr……いや、脅はk……ではなく、話死合いを無事終えた僕と、それをただ呆然と眺めているしかなかった高町とユーノは、ついさっき戦闘していた海沿いの公園へと戻ってきていた。

 

 仕事をやりきった後の爽快感を覚えながら息を吐く僕に、半ば恐怖の混じった視線を向けた高町がありえないとばかりに大きく首を横に振った。

 

「艦長さんと執務官さん、最後はひどい表情だったね……」

「人を舐めてかかるのが悪い」

 

 にべもなくそうユーノに言ったら、苦笑いで返された。

 

 あちらに行く前は14時過ぎ位だったのに、もう夕焼けが綺麗な時間になっている。

 さすがの携帯電話もあの船の中じゃ通じなかったから、アリサに連絡も取れなかった。

 心配を掛けてないといいんだけど。

 

「じゃあ僕はもう行く、あんまり帰りが遅れると弟子が心配する。今度現場で会って、邪魔するようなら敵だから」

 

 暗に『邪魔しなきゃ、こっちから手は出さない』と言ってるのだけど、察してくれたかどうか。

 

「う、うん。あれで良かったのか分からないけど、交渉ありがとうございましたなの」

「お礼を言われる事のほどじゃない。あと、なのなの言い過ぎ」

「それは私のアイデンティティなの……!?」

「知らないよ、そんなこと」

「あ……そう言えば預かったままのジュエルシードは……」

「……保留、また後で。お前が預かっといて、ただし管理局に渡さないこと。僕はさっさと帰りたい」

 

 それだけ返事をして、地面に手を当てて転移魔法陣を展開する。

 別に跳んだり走ったりして帰ってもいいんだけど、こっちのが早い。

 

「う、うん、分かった。……えっと、またね!」

「会わずに済んだ方が、平和だとは思うけど」

 

 その言葉を最後に、僕たちは別れたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 無事にアリサの家へ戻ってきた僕は、取りあえずお風呂へ向かってた。

 戦闘でP-90をかなり撃ったせいで、髪が火薬臭い。

 あと、体が全体的に埃っぽい。

 

 こんな姿でアリサに会いに行ったら怒られる。

 

 そんなこんなで、とにもかくにも汚れを落とすことを最優先にしたのだ。

 

 シャワーだけでいいかなと思いつつ、敗北とはいえ初戦闘をこなしたアリサをどう褒めようか――というか僕自身は初陣の 後、師匠にどうされたか――をぼーっと考えながら、不用心にも脱衣所の扉を開けた。

 

「「「…………」」」

 

 扉を開けた先、肌色成分9割位の3人と目があった。

 

 まず一人目、こっちを向いて前かがみになりつつ下着を履こうと、膝まで引き上げた状態で固まるフェイト。

 上半身はなにも身につけず、申し訳程度に肩からバスタオルを掛けてた程度なので、隠れてないも同然。

 露出度合いで言ったら、前の温泉の時より数倍ヒドい。

 

 そして二人目。

 下がミニのズボンで、上半身が生まれたまま、肩に掛けたタオルで濡れた髪をタオルで拭いていた犬耳人型のアルフ。

 目があった瞬間、『……ありゃ』って表情を浮かべた後で、困った感じで頬を掻きながら腕で胸を隠しつつ、『よっ』と小さく手を挙げて挨拶された。

 

 最後に三人目、護衛対象でありながら僕の弟子で友人、アリサの姿。

 こちらはまだマシで上下共に下着は着用済み、シャツを羽織ってボタンを留めてるまっ最中。

 そして、一番奥にいたアリサの対応は見事の一言だった。

 

「ふッ……!」

 

 手元にあったタオルを掴んで素早く一振りしつつ、まっすぐ延びきった所で固定の魔法と硬化の魔法を同時施行。

 これでタオルが一種の鈍器に様変わり。

 そしてそのまま加速と筋力強化の魔法で自分を加速、アルフとフェイトの間を縫って僕に肉薄した。

 

「目を閉じて、さっさと……扉を……閉めなさい!!」

 

 そう言いながら自ら後ろ手で扉を閉めて、フェイト達を隠した手腕は見事なものだ。

 もとから運動神経がいいお陰だろう。

 

 『な、なんでまたこんなカッコの時にッ!?』、脱衣所内からそんなフェイトの悲鳴にも似た叫びが聞こえるが、全くもってその通りだと僕だって思う。

 

 と、現実逃避をしている場合では無かった。

 アリサの命令に、体は反射的に目を閉じている。

 

「お゛ぅ!?」

 

 勘で体を後ろへ反らして初撃を避けたが、つい寸前まで顔があった場所を鈍器が通り過ぎていった。

 そのまま勢いをつけて後ろに体を倒しバク転、そのまま距離をとる。

 

 感じた風圧的に、タオルへ重量増加の魔法も発動してるな、これ。

 

「待って、話せば分かる」

「問答無用ッ! 一発叩く!」

 

 いま、脳内に5・15事件って言葉がよぎった。

 僕が首相で、アリサが青年将校だ。

 

 僕の状況的に、死亡フラグって呼ばれる台詞なんじゃないか。

 

 明らかに悪いのは僕なので、防御に徹する構えをとった。

 短剣での刺突の如き踏み込みを半身で避けた瞬間、近づいたアリサが囁いた。

 

「(急ぎで話したいことがあるの、争う振りして此処を離れて)」

「(わかった)」

 

 小さく頷いて、扉の向こうのフェイトに聞こえる程度の声を出す。

 

「ふはは、師匠より優れた弟子など居ないのだよー。悔しかったら一撃与えて見せろー(棒読み)」

「……今更だけど、随分こっちの世界に毒されて来てるわねッ!」

 

 言葉の割に、アリサの攻撃が苛烈極まりない……。

 

 そんなこんなで脱衣所から距離を取った僕らは、近かったアリサの部屋で落ち着いた。

 

「……ちょっと後ろ向いてて、着替えるから」

「……んむ、そう言えばさっきはゴメン」

「…………良いわよ、もう。偶然だったんだろうし。でも、あとでフェイトたちには謝っておきなさいよ?」

 

 『ん』とコクリと頷いておく。

 しかし、フェイト達の裸を見るのは二回目か……この国のことわざを信じるなら、もう一度見る機会があるのかもしれない。

 

「着替えたからこっち向いていいわよ」

 

 そう言われて振り向いたものの、非常に気まずい。

 アリサ自身に許されたのだから気にする必要はないんだろうけど、とうのアリサ本人が顔を赤くしたまま僕から目を逸らしている。

 

 気まずさをかき消すように、僕はアリサへ話を振った。

 

「で、話っていうのは?」

「さっきお風呂に入ってたのは知ってるわよね。その時に見たフェイトの背中、鞭で打たれたみたいなヒドい怪我があったのよ――――」

 

 

◇◇◇

 

 

 アリサから聞いた話を纏めるとこうだ。

 

 僕と別れた後、共にアリサの家へ転移した3人は、『爆風なんかで埃っぽいし、親睦も兼ねて一緒にお風呂にでも入らない?』とアリサの強引な誘いでお風呂に入る流れになったらしい。

 

 で、そこで服を脱いだフェイトの背中の傷をアリサが発見、どうしたのかと問いつめようか躊躇した時に、フェイトも傷を見られた事に気がついて気まずい雰囲気に。

 そこでアルフが僕に貰った魔法薬を見せて、とりあえず使ってみようという話に。

 

 お湯に溶かして入ってみたら、フェイトの傷はみるみる内に治っていってアルフが大喜び。

 オマケでアリサとアルフの肌もツルツルに。

 

 その喜びように流されて、どうして怪我したのか聞けないまま、さっきの事態に至ったそうだ。

 

 『ちょっと話しただけだけど、フェイトは何か追いつめられてるというか余裕が無いというか……。ジークも少し注意して見てあげて?』

 との言葉でこの話題を締めくくった。

 

 背中を預けて戦ったせいか、アリサはフェイトとアルフに“戦友”っぽい気持ちを抱いたらしい。

 互いに信頼できてるなら戦友っていうのは良いものだ、うん。

 

 

 閑話休題(ソレはともかく)

 

 

 あまり話が長引くと二人を心配させるということで、僕たちは脱衣所に戻った。

 フェイト達にさっきのことを謝ってから入れ違いに僕はシャワーを、アリサ達はリビングへと向かう。

 

 ちゃちゃっとシャワーを終えた僕がリビングに向かうと、そこではちょっとしたお茶会が開かれていた。

 

「おー、ふぃーふふぁふぁいふぁ。ふぁやいふぇ、おとふぉのふぉふぁ」

「アルフ、口一杯に食べながら話しちゃダメだよ」

 

 ほっぺたをお茶受けのビスケットでハムスターみたいに――狼なのにハムスターとはこれ如何に――膨らませたアルフが何かを喋ったけど、さすがに解読できなかった。

 そしてその隣に座るフェイトに咎められてしまっている。

 

「んくっ……。さっきは助かったよ、とりあえずはありがと」

「どういたしまして、こっちもアリサを送って貰えて助かった」

「あ、私からもお礼言わせて貰うわ、ありがとう」

「あ、その、私もシャワーまでお借りした上に、お菓子もご馳走になって……」

 

 ……おぉ、なんだこのお礼の言い合い。

 

「鮫島呼ぶから、お茶淹れて貰いなさい」

「だいじょぶ。淹れ方は教わった」

 

 アリサの護衛をするなら知っておいた方が何かと便利だと、何だかんだで教えもらった知識は非常に多い。

 自分の分を淹れるついでに、ほかの3人にも新しいお茶を淹れる。

 

 特に今は仕事――つまりは護衛業務――中じゃないから、わざわざ立ったままではいない。

 

 そのまま、空いていたアリサの隣に座る。

 

 仕事中はともかく、アリサはプライベートでは一歩引いたつき合いをされるのは嫌らしい。

 現状は『護衛』・『師弟』・『プライベート』と、計3つの使い分けか。

 

「ありがとう。……あ、そのクッキー、美味しかったわよ」

「どれ?」

「コレよ。……あ~ん」

「……あむ」

 

 差し出されたクッキーをくわえる。

 濃厚なバターの香りと、厚い見た目に対して軽い食感、そしてすっきりとした甘さ。

 これは確かに――――

 

「ん、美味しい」

「そう、まだあるわよ?」

「…………えっと、二人はお付き合いしてたりするのかな?」

「ぶ……っ!? つつつ付き合ってないわよ!?」

 

 お茶を飲んでいたアリサが()せる。

 苦しそうなので、アリサの背中をさする。

 

「そ、そうなんだ。…………よかった」

「え、何か言った?」

「な、何でもないよ!?」

 

 安心というか何というか、よく分からない表情で、フェイトが首をぶんぶんと左右に振ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「さて、じゃ一息ついたところで……今回出くわした、管理局とかいう奴らとの、話し合いの結果を話したいのだけど」

 

 僕の言葉に、3人が居住まいを正した。

 

「見解の相違、相手の対応その他諸々、納得いかないところが有ったから、敵対関係……とは言わないまでも、無駄に関わるな、と釘を差してきた」

「……穏便に?」

「もちろん、交渉における常識の範囲内で」

 

 嘘は言ってない、嘘は言ってないから問題ない。

 

「ただし、さっきからこっちを調べようと、何か飛ばしていろいろ調査してるみたいだから、絶賛妨害中」

「飛ばしてるって……サーチャーの事かな?」

「たぶん、そうだとは思うけど……」

 

 フェイトとアルフが、何か納得してる。

 

「サーチャーって?」

「えっとね、アリサが分かるように言うなら……魔力で動く機動型の調査端末?」

「……地上を思い通りに動かせる、監視衛星みたいな認識でいいのかしら」

「うん、いいと思う」

「フェイト、分かりやすい説明ありがとう」

 

 僕からフェイトにお礼を言って、説明を続けていく。

 

「相手さん、よっぽど僕たちを調査したいのか、街中にソレをばらまいてる。

現在、僕の鋼鷹の部隊が、そのサーチャーを全力で破壊して回ってるところ」

 

 大型(一般的な鷹の実寸大)の隊長格が1羽、中型(大型の半分)の分隊長が4羽、小型(両手に乗るくらいの大きさ)が分隊につき30羽ずつの計120羽。

 

 それらを市内全域を四分割、サーチャーとやらを警戒し、見つけた8割程度(全滅させると、相手も躍起になるだろうし……)を随時破壊。

 この屋敷を中心とした警戒にしないのは、そうすることで警戒範囲がばれ、この屋敷周辺に注意が向けられるのを防ぐためだ。

 

「それ、結構ジークに負担掛かるんじゃないのかな?」

「大丈夫。僕が現時点で指示を出してるのは、隊長機だけ。それより下の部隊は、一度作れば後は半自動だから」

「便利なんだね、ジークの魔法は」

 

 挙手したフェイトの質問に、近くを飛んでいた小型を呼んで見せ、答えておく。

 

「わぁ……♪」

 

 僕の肩の上を、小さくぴょんぴょん跳ね、時折首の部分を『クリッ?』と傾ける小型から、フェイトの視線が外れない。

 というか、見る目が心なしかキラキラしてる気がしないでもない。

 

「――――腕、こっちに伸ばして」

「え、うん」

「お手を拝借」

 

 僕へと伸ばされた手を取る。 

 僕たちの間で繋がった道を、鋼鷹が跳ねてフェイトへと渡っていった。

 

「小型でも、これくらいは利口」

「ふ~ん? 私たちのサーチャーと違って、可愛げがあるね」

 

 アルフがフェイトの肩に乗った小型を、指でつつく。

 

「あ、でもその子の(くちばし)、鉄板くらいは普通に貫くわよ」

 

 首筋に鉄板を貫くような生物が止まってたら、誰だってこんな反応を返すだろう。

 アリサの言葉に、フェイトが固まるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃあ、そろそろ真面目な話に移る」

 

 僕は日常生活レベルに緩んでいた空気を引き締める。

 僕の雰囲気が変わったのを察した3人が、それぞれ居住まいを正した。

 

「僕たちは管理局に不干渉を要求した。ただし、相応の対価があれば助力はするし、ジュエルシードの引き渡し……というか売り渡しも応じる。

 さて、フェイトとアルフはどうする?」

 

 同様に敵対するか、不干渉か。

 あるいは共同戦線を張るか……まぁこの3つが大体の選択肢だろう。

 

「とりあえず、僕の立場……というかスタンス?はアリサの安全、ひいてはこの街の安全を守ること。これに反する意向なら、共同戦線は無いと思えばいい」

 

 僕の言葉に、目を合わせるフェイトとアルフ。

 二人の間で念話か何かが交わされたのか、フェイトがうなずいて話し出す。

 

「私がジュエルシードを集めてるのは、母さんがそれを望むから。……集める理由は分からないけど」

「ふむ……個数の指定は?」

「可能な限り多く……21個全てが目標」

「……あんな危険物、21個も集めて何するつもりだ」

「私は何も知らないから……」

 

 僕はまだ見ぬフェイトの母親に疑念を抱く。

 あれだけの物、2~3個あれば並大抵の魔法を使うに十分な魔力が供給できるだろう。

 あるいは、ジュエルシードの願望器としての効果を期待しているのか?

 

「ダメだな、現状じゃ僕からは共同戦線は組めない。極論だけど、フェイトの母君(ははぎみ)がジュエルシードに世界の破滅を願ってたりしたら、目も当てられない」

「母さんはそんなことしない!」

「あくまで例え。『最悪を想定し、最善の準備をする』、が基本だもの」

 

 フェイトの母に対する感情を探りつつ、僕は小さく肩を竦めてみせる。

 この盲信に似たフェイトの母に対する言動……これはもしかして。

 

 1個の暴走を相殺しただけであのザマだ、あれが複数個同時に暴走したら目も当てられない。

 

「それに、だ――――」

 

 僕は眼を細めてフェイトに問いかける。

 

「――――お風呂でアリサが見た、背中に付いてたっていう傷、それはもしかして母君に付けられたんじゃないのか」

「そ、それは私が母さんの頼みを叶えられ無かったから……ッ!」

「……図星か」

 

 フェイトほどの実力者が、ただただ黙って鞭に打たれるはずもない。

 だとしたら考えられるのは、逆らえない相手によって傷つけられたと言うこと。

 

 僕の言葉に否定じゃなく、母君への弁護が飛び出すあたりが既に異様だ。

 母君なりのフェイトに対する(しつけ)なのかもしれないが、戦闘に影響がでるほど痛めつけている時点でその線は消える。

 

 ……そもそもが、自分の娘にそれほどの真似ができるのだろうか?

 

 母君はフェイトのことを嫌っている、あるいは憎んでいる?

 ……いかんせん、判断するには情報が足り無すぎる。

 

 アリサが何か言おうとするのを目線で制す。

 

「僕たち側の結論を伝える。管理局は治安維持と平和を名目に、僕はこの街の……ひいてはアリサの安全のためにジュエルシードを集めている。だけど、フェイト側が目指してる先が僕には分からない。それがはっきりするまで、僕たちは味方にも敵にも成れないし、交渉でのジュエルシードの取引にも応じない」

 

 管理局には、まだ商談によるジュエルシードの譲渡という選択肢がある。つまり、現状のフェイトはそれ以下の状況と言うわけだ。

 

 フェイトは何か言おうと、何度か口を開きかけ……結局何もいえずにそのまま黙り込んでしまった。

 

「……とは言え――――」

 

 僕の言葉に、視線を落としていたフェイトが顔を上げる。

 

「僕としては、さっさとこれらの回収を終えて、元通りのこの街になってくれればそれでいい」

「……?」

「つまり、だ。フェイトが先にジュエルシードを見つけて、処理してれば僕から強奪には動かない。無理しない程度にさっさと回収してしまえ。……それにまぁ、疲れたらこの屋敷に来ればいい。アリサが喜んでもてなすだろうし、鮫島の料理も美味しい」

「……いいの?」

 

 いつでもいらっしゃい!とばかりにウィンクしながらグーサインをフェイトに突きつけるアリサを片目に見つつ、僕は付け加える。

 

「この屋敷の敷地内は不戦区域だ、敵意の無い者は拒まない」

 

 まぁ、悪意ある者が入り込もうとしたら、手ひどい目に会う結界なんかも組んであるし。

 管理局のあの黒服レベルの奴らなら、1個師団で来ても帰り討てるはず。

 

 フェイトとアリサが、『ありがとう、ございます』『いーのよ! ……あー、それにほら、私たちはもう友達でしょ?』『と、友達……私が、友達でいいの?』『いいのよ! 私たちは友達、いいわね! Yesかハイで答えなさい!』『……う、うん!』『ハイかYesって言ったでしょ!』『ふぇえ!?』などと会話している横で、感極まった表情でご主人を見ているアルフを手招きする。

 

 近づいてきたアルフの耳元に口を寄せてささやく。

 

「アルフ、お前のご主人様はたぶん、ここまで言っても遠慮したり、決心付かずおろおろするだろうから、何かあったら簀巻きにして連れてくること」

「わ、分かった。フェイトの為なら、アタシは何でもする! バインドは得意なんだ、何かあったら言われたとおりに連れてくるよ!」

 

 アルフが力強くうなずきを返す。

 これで何かあったら、芋虫状態のフェイトが僕たちの元へ来ることになる。

 

 まぁ、そんな事になったら、魔法で動けないフェイトをくすぐり回そう。

 笑わせて笑わせて笑わせて、死んだ目で痙攣が止まらない状態にまで追い込めば、次からは自主的に来てくれるだろう、うん。

 

 故郷だと、これへ更に体中の感度を上げる薬を飲ませることで、拷も……いや、なんでもない。

 強引に笑わせ続けるとね、呼吸できなくなって……みなまで言うまい。

 

 度を過ぎたくすぐりは『死に至る(やまい)』ならぬ、『死に至る笑い』足りえるのだ。

 

『コンコン』

 

 

 軽いノックの音とともに、鮫島が顔をのぞかせる。

 

「お嬢様方、坊ちゃん、お夕食の支度が整いました。食堂へどうぞ」

「ありがとう、鮫島。じゃあフェイト、続きはご飯食べながら話しましょ?」

「ん」

「うん、アリサ」

 

 僕たちは連れ添って食堂へ向かう。

 

 

 結局このあと、フェイト達はバニングス邸に泊まることになるのだった。

 




>……有意義な話し合いだった
本文中ではテンポの関係で割愛。この場でなのは組の契約(ジークが代理で交渉)とジーク組の契約がそれぞれ交わされた。
内容を箇条書きで纏めると、
①命令に対する拒否権(管理局に手を貸すなのは組のみ)
②出撃1回当たりの固定報酬と、ジュエルシード確保成功の際の成功報酬の設定(なのは組のみ)
ジュエルシードの売買交渉に関して(手に入れたジュエルシードを、それぞれ値段交渉の上で管理局へ譲渡~という感じの内容)(ジーク組のみ)
その他、細かい条件設定などが為されたが、メインは上記の2つ。

毎回、リリカルなのはを見た際に疑問に思ってたのが上記の2点。
義務教育の小学生を、学校を休ませた上でジュエルシードの回収任務につかせる管理局に、一言物申したい所存。


>無事にアリサの家へ戻ってきた僕は、取りあえずお風呂へ向かってた。
『Q:汚れや臭いくらい、魔法でなんとかなるんじゃね?』
 ↓
『A:何とかなるが、気持ちの問題。あと、ラッキースケベを起こさせるための布石』


>扉を開けた先、肌色成分9割位の3人と目があった。
独断と偏見による、三人の下着の色の予測
アリサ:淡いブルー
フェイト:黒
アルフ:白
異論・別案がある方は感想欄にてどうぞ、長々と語りますw


>サーチャー(アースラの監視班)vsジークの鋼の鷹の群れ(オートパイロット)
現在、海鳴市各所にて熾烈な攻防中。
鋼鷹のイメージは、『Fate/Zero』にてアイリスフィールが使用したワイヤーの鷹。
あるいは『仮面ライダー 響鬼』のディスクアニマル。
お好きなイメージでどうぞ。


>悪意ある者が入り込もうとしたら、手ひどい目に会う結界なんかも組んであるし。
護衛対象の屋敷を魔法で要塞化していく、まさに護衛の鏡。攻める者にとっては、悪夢でしかない。

というわけで34話です。
ご意見ご感想・誤字脱字・その他質問事項などありましたら感想欄にてお聞きくださいませ。
些細な事でも真面目に回答いたします。

また、評価ポイントなどつけていただけますと嬉しいです。

では、次回更新をお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34.5:お泊り会

3日連続投稿最終日ですー。

この話が生まれたきっかけ
=主に感想にてアルフ推しのコメントをいただいたせい。

前話のオマケとして書いたものの、結構文字数が行ったので、0.5話扱いにしてみました。

そういえば、誰にもタグが増えてることを突っ込まれなかったw


34.5:一流の執事&ベッドの中にて

 

オマケ1:~一流の執事~

 

「ご飯か~。お肉だといいなぁ……」

 

 食堂への道中でポツリと呟くアルフに、僕は『大丈夫だ』と頷いてみせる。

 

「アルフは鮫島を甘く見すぎている」

「へ? だってあの人、魔導士でも何でもないだろう?」

「鮫島は執事だから」

「いや、それなんの理由にも――――」

「一流の執事だもの、十分理由として成り立つ」

 

 胡乱な目でこっちを見るアルフを黙殺しつつ、食堂へ向かう。

 

 僕の読み通り、席に着いたアルフの前に運ばれたのは、塩・胡椒でシンプルにこんがり焼かれた骨付きの大きな牛肉であった。

 

「じ、ジークぅ! す、すごいよコレ! 外側はパリッパリなのに、切れ込みを入れると肉汁が溢れ出る!」

 

 目をキラッキラと光らせて肉を頬張るアルフ。

 流石に直接(かぶ)り付いたら火傷するほど熱いらしく、ナイフとフォークで(せわ)しなく口へと詰め込んでいる。

 

「あぁ、幸せ……♪」

「アルフ、バニングス家の子になったら、毎日食べられる……どう?」

「ま、毎日……ちょっと考えさせて」

「あ、アルフっ……!?」

 

 さすが鮫島、仲のいい主従の絆を崩しかけるとは……恐るべし。

 

「魔法の存在を知りましたからな、狼が人の姿をしていても不思議ではありますまい。狼なら普通の料理より、こう言った物がいいかと思った次第です」

「しかもアタシを狼だって見抜いてるぅ!? 何で!? 誰かアタシのこと話した!?」

 

 アルフの言葉に、僕たち3人が首を振る。

 

「ふふふ、私は執事ですからな、それくらい見抜けます」

 

 そう言う鮫島からは、明らかにその道を極めた者が放つオーラがにじみ出ていた。

 

「……し、執事ってスゴいんだね」

 

 『これが執事って言うものだから』 

 

 すっかり感服しているアルフに、僕はそう肩を竦めるのだった。

 

オマケ1:~一流の執事~ End

 

 

オマケ2:~夜、二人、ベッドにて~

~アリサとフェイト~

 

 夕食後、紆余曲折あって泊まることになったフェイトとアルフであったが、この部屋――アリサの寝室――にいるのは、フェイトとアリサの二人組であった。

 

 出会って半日もしないうちに、ここまで打ち解けられるのはアリサのコミュニケーション能力の賜物(たまもの)だろう。

 

「んー? フェイトはこういうお泊まり会は初めてなの?」

「う、うん。私はジュエルシードの収集に出るまで、ずっと家に居たから……」

「へぇ~、じゃあ学校とかは?」

「えっと、リニス……家庭教師みたいな、母さんの使い魔が教えてくれてたから」

 

 揃って同じベッドに入り、お互いに色々と話すフェイトとアリサ。

 もともとアリサのベッドは大きいので、二人が寝ていても特に窮屈と言うことはない。

 

 アリサはもとより、ほぼ初めて同性で同年代の相手と話すフェイトも興奮からか、二人には眠気が訪れない。

 

 魔法のことや、次元世界のこと、はたまたこの世界の流行や文化まで、話題は尽きることなく会話が続く。

 

「あ、じゃあジークは次元漂流者なんだね?」

「え、何それ?」

「ん……と。管理世界、つまりは私たちは魔法のある世界、無い世界をそれぞれ『管理世界』『管理外世界』って呼ぶんだけどね、魔法災害やらなにやらで他の世界に飛ばされちゃった人のことをそう言うの」

「へー」

「この世界は通称『第97管理外世界』……つまりは魔法文化の無い世界なんだけど、こっちに来る前にちょっと調べたら、ごく(まれ)に強い魔法資質を持った人が居て、そう言った人は管理局で働いてるみたい」

「おぉ……、普通に過ごしてたら知るはず無い情報が……」

「まぁ、管理外世界での魔法使用は推奨されないからね」

 

 驚きの事実に表情をひきつらせるアリサに、フェイトは苦笑するしかない。

 

「でも、アリサだって魔法覚えて間もないって聞いてるよ? それなのにいい腕だと思うけど……」

「ありがと。でもジーク……師匠には本気すら出させて無いわよ」

「た、たぶんジークに勝とうと思うなら、5人の私を一瞬で倒せるくらい強くないと無理なんじゃないかな……」

「……ま、まぁ、頑張るわよ?」

 

 フェイトは戦力見込みの甘さを知らない、本気のジークは天災級の強さを発揮することを。

 

「そう言えばジークが言ってたけど、私とフェイトの魔法って全くの別物みたいね?」

「どういう意味?」

 

 唐突な話題に、フェイトが首を傾げてみせる。

 

「えらく抽象的な表現だったけど、『僕たちの魔法は文字的あるいは言語的、あっちの魔法は数字的あるいは数学的』って」

「言語的……っていうのはよく分からないけど、数学的って言うのは的を射てると思う。私のバルディッシュもそうだけど、私達の(デバイス)は電子演算機械みたいな物だから」

「あー、そう言えばフェイトの杖は変形するし、喋ってたっけ」

 

 『スゴいわよね』と続けながら彼女のデバイスを思い出すアリサに、フェイトが首を振る。

 

「アリサの杖だってスゴいんだよ? アリサの赤い結晶が付いてた杖、素の状態でも凄い魔力を放ってた。 一瞬、ロストロギアの杖かと思うくらいに」

「た、確かに凄い魔力放ってる自覚はあったけど、これが一般的なんだとばかり……。ロストロギアって、ジェルシード並って事よね……。それをホームセンターの材料で作るジークって、今更だけど、いったい何者なのかしら?」

「それは私も知りたいよ……」

 

 彼にほのかな恋心を抱く二人は、小さくため息を吐くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 横になり、和やかに話していた二人だったが、その平穏はアリサが期せずして投げ入れた爆弾で終わりを告げた。

 

「そう言えば、さっき脱衣所でジークとはち合わせちゃった時、なんか『なんでまた』って感じに言ってたけど、なにかあったの?」

「な、ななな何でも無いよッ?」

 

 口ではそう言いつつも、視線が四方八方に行く事に加え、さらには色白な顔が桜色に染めあがる。

 コレを見て、何でも無かったと信じる方が凄いだろう。

 

 なんの気なしに振った話題の反応に、最初は戸惑った表情を浮かべたアリサだったが、何かを悟ったのか徐々に目が細められる。

 

「……フェイト、師匠とは言え使用人の不始末は私の責任よ。何が有ったか教えてちょうだい?」

 

 言葉尻は使用人の不始末を詫びるものだが、その表情がオカシい。

 落ち着いているわけでも、怒って居るわけでもなく、清々しいほどの笑顔なのだ。

 ただし、発する気配は地獄から溢れ出る瘴気を連想させた。

 

「ひ、秘密だよ」

 

 言ってしまえば、ジークに被害が及ぶ。

 

 直感でそう悟ったフェイトは、答えられないとばかりに目を反らしたが、何とも表現に困る激情が胸中で溢れていたアリサには無意味だった。

 

「ここは私の距離だから」

 

 気が付けば、首筋に触れるアリサの杖。

 杖からは如何にも剣呑な魔力がにじみ出ていた。

 

 対するフェイトの愛杖バルディッシュは、ベッドのサイドボードの上である。

 どうあがいても逆転の方法は思いつかなかった。

 

 一縷の望みを抱いてアリサを見返したフェイトは、絶望する。アリサの目はハイライトが消え、まるで底の見えない井戸のような暗く(よど)んだ色を(たた)えていた。

 

「ごめんなさい、すべてはなしますから、いのちだけはおたすけください」

 

 数年後にフェイトは、自身の保護した赤髪の槍騎士と竜使いの少女にこう語る。

 

 『あのときのアリサに刃向かうくらいなら、本局の武装隊を満載したクラウディア級を、魔法なしで制圧する方が勝率は有ると思うな』

 なお、乗船人員を考慮しなければ魔法により撃沈できるだろうが、間違ってもそんな事は口にしないフェイトであった。

 

「(ごめんねジーク、私は母さんの願いを叶えるまで死ねないんだ……!)」

 

 悲壮な表情を浮かべ、フェイトは月下の混浴について洗いざらい喋らされる事になったのだった。

 

 

 

~ジークとアルフ~

 

 アリサたちが部屋へ消えるのを見届けた僕たちは、僕の部屋へと来ていた。

 

「フェイト、大丈夫かなぁ……」

「この屋敷で、大丈夫じゃない事態に巻き込まれる事は無いと思うけど」

「いや、アタシのご主人様……フェイトは……ねぇ?」

「……なんとなく分かった」

 

 僕は戦闘時とそれ以外の時のフェイトのギャップを思い出し、小さく頷いた。

 平常時のフェイトは、何というか……逆に危うい。

 

「ま、たぶん大丈夫でしょ。ご主人様同士仲良く、主従の“従”同士仲良くって事で」

「んむ……心配するだけ無駄」

 

 確かこの国で言うと、『案ずるより生むが易し』?

 

「まぁ、それはそれとして……こっち来れば?」

「んー、私が入ったら狭く無いかい?」

 

 もぞもぞと、狼形態で床に丸まるアルフに声をかける。

 狼だし、床の方が落ち着くのかもだけど、ベッドの上と下だと会話がしにくくてかなわない。

 

 アリサの物と違って、確かに二人用と言うほど大きいベッドじゃないけど、それでも一人で寝るには十分広い。

 

「別に問題ない。それとも寝相悪い?」

「いや、そうでもないよ」

「なら構わない」

 

 僕は端によって、ベッドにスペースを空けると掛け布団を持ち上げ、アルフを手招いた。

 

「うーん、ホントに良いのかい?」

「僕は別にいい。というか理由はどうあれ、仮にも客人が床で寝るのはよろしくない」

「そう言うことなら……お邪魔するよ。布団に毛がついちゃ、鮫島さんに申し訳ないから人間モードになっちゃうけど」

 

 人間姿(パジャマ姿)になったアルフが、僕の隣へスッと入り込んでくる。

 さすがに二人で寝ると、若干狭く感じた。

 お互い、間違って落ちないように中央で寄り添う。

 

「ようこそ。いつもは狼状態?」

「そそ。フェイトは狼状態の私をモフモフ抱きながら寝たりするからねぇ……。人様の家のベッドでやっちゃ、迷惑だからしないけどさ」

 

 こちらを向いたアルフが、耳をピコピコしながら身じろぎする。

 直接は見えないけど、布団の内でしっぽがぱたぱた動いてるのが分かった。

 

「にしても、適度に柔らかくていいベッドだねぇ。布団も羽みたいに軽いのに、暖かいし」

「僕もそう思うけど、アリサのベッドは更に一段階グレードが高いと聞いた」

「……私はこれで十分なんだけどねぇ」

「同じく」

 

 アルフと見解が一致した。

 立場の有る者は、その立場に見合った物を持たねばならないという考えは事実だと思うけど、僕としてはもう少し貧相でも構わない。

 野宿で地面に寝るよりいいのは確実だもの。

 

 そこまで話して、会話が途切れる。

 と言うよりは、アルフがこっちをじっと見つめてるので、何事かと会話を止めたのだけど。

 

「どしたの?」

「いや、アタシはボーヤ……ジークの事をよく知らないなと思ってね」

「それは僕も同じだけど……生い立ちとかそのあたり?」

「そうそう、そんな事ね。今更だけど、お互いに自己紹介する?」

 

 一つ考え、頷いておく。

 

「そ、じゃあアタシからね。アタシは2年前、怪我で群から捨てられてた所をフェイトに拾われて、使い魔やってる。それからは年を取ってないけど、数えで3歳くらいかな? 専門は陸・空両方こなせる中・後衛(ウィングバック)系だね」

「……僕は、国が滅ぼされて居場所が無くなって、宛もなく旅してたら、ジュエルシードのせいでここにたどり着いた。今はこうしてこの屋敷にお世話になってる。僕の得意距離は近・中距離、本職は自己強化と回復の魔法を纏って戦う魔法騎士。得物は剣と盾だけど、今は銃を使ってる」

 

 大まかな事実ではあれど、正確な過去でもない。国と言っても、都市国家という物だ。

 僕の答えに、アルフが意外そうに目を瞬かせた。

 

「……?」

「……いや、割と細かく教えてくれたな~と思ってね。もっと秘密主義かと思ってた」

「コレくらいなら、知られててもハンデにすらならないし、見せたことが有る程度の情報だもの」

「余裕……ってわけじゃなく、自分に対する絶対の自信って訳か」

 

 教えた程度の情報で取られる対策に、負けるつもりなど微塵もない。

 

「……あー、あと、言いにくいならいいんだけど、聞いた限りジークの両親は……」

「…………ん、滅んだときに、一緒に。一族郎党、それどころか国民全部が一緒に滅んだから。生き残りは僕と、運良く国外に出ていた人だけ。悔いしか残らなかったけど、(かたき)は討ったし」

 

 ……まぁ、やりすぎたせいで、後々追われることになったのだけど。

 

 そんなことを考えてると、アルフがもぞもぞ体を動かして、僕に少し身を寄せた。

 

「…………なんかゴメン」

「なんで謝る?」

「気づいてないのかい? ……今のジーク、すごい虚ろな、濁った目をしてるよ」

「……そう」

 

 鏡を見ながら、昔の事を思い出す事なんてそうそう無いし、気づかなかった。

 ……確かに、故郷の(かたき)を討って回ってるとき、一緒に戦ってた他の国の連中は、僕の目を見ようとしなかったかもしれない。

 

 

 そのとき、唐突に寒気が僕を襲った。

 ……なんだこれ、アリサの部屋の方から殺気?

 

 

 ぶるっと反射的に体を震わせる。

 

「ん……どうしたの?」

「……何か一瞬寒気が」

「……んー、よっと」

 

 僕に向けて腕を伸ばし、アルフが僕をぎゅっと抱き寄せた。

 アルフの体の柔らかさが、寝間着越しに僕へ伝わってくる。

 

「……アルフ?」

「ほら、これで寒くないだろ?……あと、なんか、親近感沸いちゃって」

「親近感?」

「ほら、アタシも群から捨てられたから、フェイトは居るけど血の繋がった家族はいないし……。狼特有の仲間意識みたいな感じ?」

「……僕は狼なのか」

「いや、狼じゃないにしても、ジークは自分が犬猫だと思う?」

「……それもそうか」

 

 アルフの言葉に、それもそうだと納得する。

 僕が狼なら、アリサは犬、フェイトは……(ひょう)かな、色合い的にも黄色と黒で。

 

「……ん」

 

 腕を伸ばし、アルフの体に腕をまわして、“きゅっ”と抱きすくめる。

 んむ、(あった)かくていい感じ。

 

 しばらくそのまま取り留めもない話をしていたけれど、不意にアルフが一つあくびをする。

 それに釣られたのか、僕もあくびを一つ。

 

「……さーて、そろそろ寝ようか」

「ん、おやすみ、アルフ」

 

 訪れた眠気に逆らわず、目を閉じて身を任す。

 

 何となくだけど、今日は悪夢を見ない気がした。

 

 

 

 そして何というか、今回のオチ

 

「ねぇジーク、フェイト達と混浴したって何の話かしら?」

「……なぜそれを」

「鮫島と一緒に行ったことがバレたときに、洗いざらい話したんじゃ無かったのかしら?」

「…………ほら、軽々しく話す内容じゃないから」

「し、仕方ないから、私とも一緒にオフロ入りなさい! それでチャラよ、いいわね!?」

「いや、そのりくつはおかしい」

「ジークに反論の権利は無いわ」

「……ぐぬぅ」

 

 結局、その夜はアリサと一緒にお風呂に入って、洗いっこをする羽目になったのだった。

 




>一流の執事だもの、十分理由として成り立つ
困ったら執事に頼れば何とかなる。

>骨付きの大きな牛肉
イメージはいわゆる『マンガ肉』

>僕たちの魔法は文字的あるいは言語的、あっちの魔法は数字的あるいは数学的』
個人的に気を使っている部分。
私見ですが『リリカルなのは』の魔法体系は、デバイス(電子演算機器)を用いた0と1で構成されるような理路整然としたもの。

対する主人公たちの魔法は、イメージとしては一般的に“ファンタジーな魔法”と聞いて思い浮かぶものです。(雑な説明

『リリカルなのは』の魔法体系は、魔法(=デバイス上のプログラム)であり万人が画一の魔法を使える。
(無論、個々人の魔力量や処理能力で質や数は異なるけども、本質は同じ)
主人公の魔法体系は、ベースとなるものはあれど個々人の創意工夫によって全く別の進化をする魔法といった感じでしょうか。

>アリサの杖だってスゴいんだよ? アリサの赤い結晶が付いてた杖、素の状態でも凄い魔力を放ってた。 一瞬、ロストロギアの杖かと思うくらいに
主人公の血と汗の結晶である(文字通りの意味で)

>それはそれとして……こっち(ベッドに)来れば?
『見た目は人間の女性でも本体は狼だし、一緒に寝てもいいや』……という主人公の思考回路。

>…………ん、滅んだときに、一緒に。一族郎党、それどころか国民全部が一緒に滅んだ
プロローグでも触れてますが、改めてあらましを箇条書きで書いておきます。
①狂信者集団のテロ行為で、故郷の(都市)国家にバイオハザード発生。
②周辺諸国への細菌の蔓延を防ぐべく、主人公の父(都市のトップ)が都市を城壁ごと結界で隔離。内部で解決を図るも失敗し断念(主人公は諸事情で壁外に)
③父から“国家の代表として”命令をされ、主人公が結界内を魔法で消滅させる。
④復讐スタート
⑤復讐終了後、いろいろあって『リリカルなのは』の世界へ


>フェイトは……(ひょう)かな
ベッドの上でフェイトが雌豹のポーズで誘ってきたら……うん、すばらしい。


>その夜はアリサと一緒にお風呂に入って、洗いっこをする羽目に
アリサ:『……ジークジーク、私(悪意ある省略:ついさっきから急に)肌が弱いの』
ジーク:『初めて聞いたけど……(タオルをあわ立てつつ)』
アリサ:『で、雑誌で読んだんだけど、そういう人は手で体を洗うといいんだって!』
ジーク:『…………つまりアリサの体を手で洗えと』

って感じで途中まで書いてR18になりそうだったので、本文はあのような終わり方に。

>「いや、そのりくつはおかしい」
某未来製青狸の名言。


ご意見ご感想・誤字脱字・内容に関する質問などありましたら、感想欄にてお問い合わせくださいませ。
また、評価をつけていただけると励みになります。

話のストックが切れたので、次回更新は少々間が空くかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35:海上の共闘、そして不意打ち

前話の混浴&同衾(性的な意味でない)ネタが好評だったのか、UA数が異常なことに。
同時に、前話でのお気に入り登録数も過去最大に。
……エロめ。


*注意*
今回、クロノが割りと酷い目に会います。クロノファンの方はご注意ください。


35:海上の共闘、そして不意打ち

 

 

 管理局と、フェイト側への立ち位置を明確にした後は、スムーズにコトが進んでいった。

 スムーズと言っても、何事もなく平々凡々……なんてことが有るわけなく、とくに現場でかち合うコトなく物事が進んだというだけなのだけど。

 

 相手が先に取りかかってたなら、割り込んでまで奪取はしないし、幸い相手も僕が封印に掛かってるときに邪魔だてしてはこなかった。

 まぁ、素直に傍観してたフェイトはともかく、高町なのは達が後から来るというコトがなかっただけ。

 

 ……というか、高町なのはは平日の昼間にまで封印に出てるけど、学校はいいのだろうか?

 僕自身は、アリサに学業優先を厳命している。まぁ、人の方針に口出しても仕方ないのだろうけど。

 

 ちなみに、フェイトとアルフは2日に1回ないしは3日に1回くらいのペースでバニングス邸に遊びに来ている。単にご飯を食べるだけだったり、そのまま(アリサが割りと強引に誘って)泊り込んでみたり。

 フェイトはアリサの部屋にあったTVゲームとマンガを興味深げに、アルフはバニングス邸のお風呂と鮫島のご飯が気に入ったらしい。

 余談だけど当然マンガは日本語だ。読めないんじゃ無いかと心配してたら、バルディッシュ――フェイトの杖だ――が翻訳してくれるとか……なんと有能な。

 

 それはさておき、僕は封印したジュエルシードを目の前に並べつつ、今後の動きを思案する。

 

「これまで全体で確保されたジュエルシード、占めて15個。ここ数日は発生の兆候も無いところを見ると、人目に付かないところに有るとして……」

 

 一人で言葉を出しつつ、この街一帯の地図に書き込みを加えていく。

 こう言うときは、無言で考えてるよりなにかしら話してた方が、考えがまとまったりするものだ

 

「飛ばしてる鋼鷹達の行動半径を書き加え……と」

 

 この街全体を監視させている使い魔の監視網に引っかからないところを見ると……消去法で海中・海の底か。

 

「海中を捜索するとなると、水中用の使い魔がいるな……」

 

 魚型にするか、海蛇型にするか。奇をてらって蟹とかの甲殻類系統の使い魔もありかな。

 考えを巡らすうちに、手元に置かれていた携帯電話が『ぶるるるる』と鳴動した。

 

 画面を見てみると……非通知?

 アリサが携帯の電池でも切れて公衆電話から?とりあえず出てみようと通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『も、もしもし、フェイトです! ……ジークの電話であってる?』

「あってる。何か用でも?」

「えっと、少し相談があってね――――」

 

 電話越しのフェイトの口から飛び出した提案に、僕は了解と返事を返す。

 この提案が成立すれば、この街のジュエルシードの1件は集結する。

 

 僕は収束の目処が立ったことに、ひとまずは安堵の息を吐いたのだった。

 

 「そういえばフェイト、電話買ったの?」

 『ううん、バルディッシュにこの世界の通信回線に割り込みを掛けて貰ったの――――』

 

 ……それ、犯罪なんじゃなかろうか。

 心の中でそう思ったけど、僕も人のことは言えないので指摘しない。アレだ、『バレなきゃ犯罪じゃない』ってやつなのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 フェイトの電話から二日後、僕とフェイト一行の三人は海鳴の海の上へと来ていた。

 アリサは別任務のためここにはいない。その代わりにアリサと連絡が取れるよう、僕たちの耳にはマイクが一体化されたインカムが装着されている。

 

「じゃ、最後にもう一度意見の擦り合わせを」

「はい。……私たちは、未発見のジュエルシード6つないしはそれに近い数が、この海中に没して居ると判断しました。なるべく早く回収に動きたかったけど、一つずつ回収して時間を掛けすぎたら、管理局の介入で確実にジュエルシードを確保できるかわからない」

 

 フェイトの言葉に頷きを返し、僕が彼女の言葉を引き継いだ。

 

「そこで、海に大量の魔力を流し込み、強制発動させる案が出たけど、これは危険度が高いし、下手をすると一つもてに入れられずに暴走だけが残る。そこで、アルフに発動をしてもらい、僕とフェイトで封印を掛ける。お互いが手に入れるジュエルシードは、ぴったり半分ずつ。

 後日、日を改めてジュエルシードを賭けた争奪戦を行う……これがフェイトからの提案。……相違無い?」

「大丈夫だよ。……利用するような形でごめんなさい」

 

 頭を下げるフェイトに、僕が首を振る。

 

「構わない、勝手に先走って一人相撲して、後始末に動かされるよりよっぽどまし」

『そうそう。ほら、それに私たちは友達だもの、ジークがダメって言っても、二つ返事で手伝ってあげるわよ』

「……アリサ、()に乗りすぎ」

『冗談よ。そもそも、ジークはこの提案断る理由がないもの』

「まぁ、最善か次善の案で有ることは確かだから」

 

 一応フェイトがこの案について母君にお伺いを立てた所、『構わない』と投げやりに返事を返されたらしい。

 腹立たしげにアルフがそう答えを返してくれた。

 

 さて、こっちの契約は成った。……問題は管理局がどう動くか読めないところか。

 

「ん……、そろそろ始める」

「わかった。アルフ、頑張ってね」

「わかってるよ、フェイト」

 

 目を瞑ったアルフの魔力が高まっていく。

 

 今回の作戦ではアルフがジュエルシードの発動役で、僕とフェイトが封印担当。

 アリサは近くの港湾部で、暴走による被害が出ないよう警戒してもらうことに加え、周囲から怪しまれないよう展開する結界の維持だ。

 

「ようし、二人とも行くよッ!」

 

 カッと目を開いたアルフが、海中に大量の魔力を流し込む。

 

 結果は――――

 

『ひぃふぅみぃ……よし、6つ全部発動したわよ!』

 

 海から立ち上った極光を数えたアリサが、通信機越しに声を上げる。

 僕たちには事前に機械式の小さなインカムが、アリサから渡されている。フェイト曰く、『魔法の構成が違うせいで、念話がジークとアリサに通りにくい』との事らしく、それを聞いた鮫島が何処からか工面して来てくれた。

 

「了解、こちらでも確認した。これより、ジュエルシード6つの封印作業を開始、受け持ちは僕とフェイトで3:3。アルフは魔力が回復次第、フェイトの援護に」

「あいよ、そっちは大丈夫なのかい?」

「問題ない」

 

 アルフに頷きを返して、竜巻となり暴走するジュエルシードに向き直る。

 タダ単に各個で暴走してるだけのジュエルシード3つ分など恐れるに足らず。極論、3対1でなく1対1を3回やればいいだけなのだ。

 

「さて、早く終わらせて帰ろ」

 

 荒れ狂う海の上、大粒の雨に打たれながら僕とフェイトはジュエルシードの竜巻……というか蛇のようにのた打ち回る渦巻いた海水へと向き直る。

 

「そうだね、長引くと母さんも心配する」

『フェイト、帰る前にシャワー浴びていきなさいよ、雨で冷えるから』

「そうだねフェイト。濡れたままじゃ体に悪いし、お言葉に甘えさせてもらおうよ」

「でも……」

「……フェイト、雨に濡れたせいで体調を崩してジュエルシードの回収に支障が出たら、母君が怒る」

 

 アリサの誘いに遠慮がちなフェイトを、アルフと僕で後押しする。

 フェイトが来ればアリサの機嫌がいいから僕としては万々歳だし、アルフにしたらフェイトの健康を守れるので万々歳、つまりは双方に利益があるのだ。

 

「それもそう……だね。わかった、この後はアリサの家にお邪魔します――――」

『オッケー、気にしなくていいわよ』

「ありがとね、お世話になるよ――――あ、ジーク私と一緒にシャワー入ろ?」

「『アルフ!?』」

 

 アルフから僕への誘いに、フェイトとアリサの声がイヤホン越しに響いた。……耳が痛い、比喩じゃなく物理的な意味で。

 一緒に寝たあの日以来、アルフはフェイトの次くらいに僕を気に掛けてくれているっぽい。泊まりの時とか、フェイトとアリサを二人きりにしようと僕の部屋へ来るし……たまに僕がフェイトとアリサのベッドに引っ張りこまれそうになるけど、上手く逃げ切っている。

 

「いいよ」

「『ジーク!?』」

 

 再度、耳のイヤホンから大音響……二人とも僕の鼓膜を破りたいのか。

 アルフも四六時中ご主人様のフェイトと一緒に居たら気苦労も多いだろうし、従者同士息抜きも大事だと僕は思う。

 

『フェ、フェイト、これが終わったらちょっと話しましょ?』

「そ、そうだね、ちょっと会議開こうか?」

 

 ……んむ、主人同士も仲がいいようで何より。

 

 後の予定を決めたところで、いい加減ジュエルシードの封印に動こう。流石に放置しすぎるのもよろしくない。

 僕たちはジュエルシードの封印を開始したのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「案外あっさり片付いた」

「そうだね」

 

 僕とフェイトは海から浮かび上がってきた封印済みのジュエルシード6つを前に、肩の力を少し抜く。

 

 僕は手際よく3つ順番に、フェイトはアルフの拘束魔法で竜巻を固定し大規模魔法――サンダーレイジとかいうやつ――で一網打尽に。やり方はどうあれ、一人でこなすよりは圧倒的に早く片付いた。

 

「じゃあ、3個ずつという事で――――」

 

 首筋にゾクリと走る悪寒、同時に時空の乱れを感じ、咄嗟に周囲を魔法で走査する。

 ――――これは、空間攻撃の予兆?

 

 僕がその答えに至ったのとほぼ同時に、近くに巨大な紫の魔力雷(まりょくらい)が着弾し爆発する。

 

「――――母さん?」

 

 呆然としたフェイトの呟きを、確かに僕は聞き取った。

 だけど、それについて問いただす時間は無い。

 

「フェイト、防御魔法を! また来る!」

 

 指示を出したものの、呆然としていたフェイトは咄嗟に動けない。次弾着弾まで、恐らく2秒足らずッ……!

 

「――――ッ!」

 

 フェイトを片手で抱き寄せ、右手を上に上げて防御系・軽減系の魔法を展開出来るだけ展開する。

 以前、市街地戦でつかった『八天方陣』や、執務官戦で使った戦鎧(いくさよろい)まで、一斉に平行発動させるが恐らく――――

 

「――――ぐ……あ゛ぁあああああッ!」

「――――っあぁあああ!?」

 

 僕の防御を抜いて僕とフェイトに攻撃が通った。

 次元越しに攻撃出来る時点で、術者の腕と魔法の威力は疑いようも無い。いかんせん時間が足りなさ過ぎた。

 

 辛うじて軽減したとは言え、防御に使った僕の右腕は爛れて酷い火傷だ。

 急いで魔法で体の損傷をチェックする。フェイトは電撃の衝撃で意識が持っていかれてるだけで、命に別状は無い。バリアジャケットとかいう戦闘服のお陰か。

 対する僕は、右腕に重度の雷撃傷(らいげきしょう)、内臓に若干の損傷、そして電撃による行動力の低下……か。

 

 回復魔法を発動するが、流石に僕の傷はすぐには治らない。フェイトはすぐに目覚めるだろう。

 

 この後考えられるのは、この隙を突いての次元空間越しのジュエルシード強奪かあるいは……!

 次元空間越しに雷撃を撃ってくるような相手だ、それくらいやりかねない!

 

「フェイト! ジーク! ッ!? 酷い怪我じゃないか!?」

「フェイト任せる! アリサに撤退準備の指示を!」

 

 僕を引きとめようとしたアルフにフェイトを押し付け、ジュエルシードの回収に動く。

 僕のインカムは先の雷撃で雑音ばかりで使用不能、アリサへの伝言をアルフに頼む。

 その瞬間、近くに次元転移の反応が一つ――――

 

「火事場泥棒とはいいご身分でッ!」

「ぐあっ!?」

 

 現れた黒服に回し蹴りを放つ――――が、手足の痺れのせいで威力が乗らず距離を取らせるのみ。

 構うまい、ジュエルシードの確保が最優先!

 

 無事に6つ確保したジュエルシード手にアルフの元へ向かう。

 

「約束のジュエルシード3つ! アルフ予定変更、二手に分かれて多重転移で管理局を撒きつつ撤退! 異存は!」

「~~~~~~っ!! ……無いッ!」

 

 余計な問答をしている時間はないと分かっているのか、何か言いたげだった口を歯を食いしばることで黙らせたアルフがうなずく。

 ジュエルシードはきっちり3つをアルフに押し付けた。

 

「執務官はこっちで引き付ける、先に行って」

「ごめん……頼んだ!」

 

 無傷の執務官を放置して追われても厄介だ、ここで足止めさせる。

 

「ジーク・アントワーク! その怪我じゃ勝ち目は無い、投降しろ!」

 

 蹴りから復帰した黒服が、僕を見下ろす位置からそう告げる。

 その周囲には、恐らく100を越える光の剣が浮かんでいた。

 

 個人に対する攻撃としては、随分と大規模な魔法だろう。

 

「断る……と言ったら?」

「力づくでも拘束する!」

「管理局としては、僕とフェイトにジュエルシードを回収されるのを指を咥えて見てる訳には行かないって事か」

 

 本当ならばあの混乱に乗じて奪おうとしたのだろうけど、そうはさせない。

 ――――それにしても、舐められたものだ。

 

「話はアースラで聞かせてもらう、素直に――――」

「黒服、お前は狩りをした経験は?」

「いや、あいにくそういった経験は無いが?」

「そう、ならば覚えておくといい」

 

 僕は無事な左手で空間を右から左に()ぐ。

 目の前に現れるのは、黒服の10倍の剣の群れ。今回使用している剣はフェイトのときと違い、込めた魔力によって刃が出現する『魔力刃型』だ。

 

「――――なッ!?」

「――――手負いの獣を甘く見るな」

 

 

剣群乱舞(けんぐんらんぶ)(つい)の型『千剣万華(せんけんばんか)』』

 

 

 以前温泉での戦闘でフェイトに使った技でもあるが、あの時とは質も量も段違い。本家本元、この術式の攻撃における完成形。

 千の刃が織り成す舞いは、万を越える戦術を為す。

 

「手を出してきたのはそっちだ、言い訳は聞かないしさせる気も無い。……お前ら、しばらく退場してろ」

 

 黒服が動き出すが……遅い。

 僕を見下ろす光の剣を動く前に相殺、その勢いで黒服に突き刺さり空中に縫いとめる。

 

「フェイトに聞いたんだ、そのバリアジャケットとやらはとても頑丈だとか。確かに前に殴ったときもそこまでのダメージじゃ無かった」

 

 声も上げられぬほど悶絶する黒服に近づき、拳銃を抜く。

 

「いい機会だし、バリアジャケットに対して僕の|対魔SRゴム弾《アンチマジック・ショックラウンズ・ラバーブレット》が効くのか試させてもらう」

 

 作ったは良いものの、人外相手の戦闘ばかりでお蔵入りになってた対人弾だ。

 ほぼ零距離、一息で一弾装分を胴体に叩き込む。途中で気を失ったが別にいい。

 見た限り4割は威力が減衰してるし非殺傷弾だ、死にはしないだろう。

 

 拘束を解き黒服を自由落下させるが、途中で強制的に空間転移させられたのか姿が消える。

 

 

 ああそうだ、あのデカブツ(アースラ)もどうにかしよう。

 

 

 数日前にアースラ内部に入った際、魔法の実演で作った紙の鷹……あれと感覚を繋ぐ事を試みる。

 幸い破壊はされていなかったようで、無事に僕との感覚が繋がった。

 倉庫のようなところに保管されていたようだが、その部屋の換気口らしきものを通って艦内のダクトに侵入し、目的のものを探す。

 

「――――見つけた」

 

 目的のモノ(ソレ)は案外早く見つかった。

 

 僕の探していたもの、それはアースラを稼動させるには欠かせないと思われるもの……魔力駆動炉だった。

 

 この世界に来てから、僕は様々なことを勉強した。

 その中で学んだ事がある。それは帆船や手漕ぎのボート、馬車などの生体・自然の力を使用する乗り物以外は何らかの“動力(エンジン)”を持っているらしい。

 

 たとえば鮫島がいつもアリサの送迎に使っているような自動車なら、エンジンを破壊するか、それを動かす燃料の供給を止めれば動かなくなる。僕はそれをアースラに置き換えて考えたのだ。

 

 僕が狙うのは前者、エンジンの破壊だ。

 

 使い魔の小柄な体躯を最大限活かし、隙間から巨大なエンジン内部に侵入する。

 エンジンの内部は良く分からない装置で埋め尽くされていたが、そのほかに無数のコード類が走っていた。

 

 いい案が浮かび、僕は即座に実行に移す。

 

 適当なコードを使い魔の(くちばし)で挟んで抜いては別のところに差込み、抜け無さそうなコードは(つつ)いて断線させる。ただし、コードが密集している部位は後回しだ。

 数分もそんなことをしているうちに、明らかに炉から放出される魔力が激減した。

 

 いい頃合かとエンジン内部を見渡せば、断線したコードからパチパチと火花が散っている。

 そこに使い魔を近づけて、その身に火を付けた。紙製だから容易に燃える。

 即座に放置していたコードの密集地点に潜り込ませ、コードに火が(とも)ったのを見届けて使い魔との感覚を切断した。

 

 これで修理するまではアースラの足止め、最低でも行動力の低下が狙えるはず。証拠は燃え尽きてしまったし、あとは僕が『知らぬ存ぜぬ』を貫けばいい。

 

「アリサを回収して、撤収と」

 

 僕は結果に満足しつつ、アリサを迎えに行くのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 そして何と言うか今回のオチ。

 

「遅いじゃ――――ってジークその怪我ッ!?」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。痛覚切ってるから痛くない」

「こ、こういうときはどうしたらいいんだっけ!? 人工呼吸の前に気道の確保!? ああもう、学校の避難訓練のときの講習ちゃんと聞いとけばッ!」

 

 僕の怪我を見て盛大に取り乱したアリサを宥めるのに、アースラのエンジンを破壊したときの倍近い時間が掛かったのだった。

 

 




皆様お待たせしました、35話です。
いつもどおり、追記を少々。

>フェイトはアリサの部屋にあったTVゲームと少女マンガを興味深げに
フェイト:(少女マンガ閲覧中)『夕焼けに染まる教室の中で告白……これがもし私とジークだったら……はふぅ』
 フェイト達の年齢って、そんな感じのロマンチックな(?)事に興味が出始めるお年頃だと思う次第。

>アリサは別任務のためここにはいない
極力危険な目に会わせないよう気を使って戦場から遠ざけているとは、敢えて口にしない主人公。実はアリサの周囲には護衛代わりに使い魔が潜んでいたり。

>『フェ、フェイト、これが終わったらちょっと話しましょ?』
>「そ、そうだね、ちょっと会議開こうか?」
少女たちの同盟結成の瞬間である。

>「案外あっさり片付いた」
>「そうだね」
事前に魔力流を打ち込んだのはアルフのため魔力は万全であるとともに、割とバニングス邸で(くつろ)いでいるため心身ともに充実。それに加え二人掛かりで封印作業のため、原作と比べかなりサクサクと封印。
これを見ていた管理局が大慌てしたため、後に暴挙に出た。

>対する僕は、右腕に重度の雷撃傷(らいげきしょう)、内臓に若干の損傷、そして電撃による行動力の低下
実は、魔力攻撃分はほぼ防いでいたのだが、フェイト同様プレシアの魔法にも付与されている雷撃によるダメージ。フェイトはバリアジャケットで軽減されたが、主人公はほぼ生身状態で雷を喰らった感じに。
それでも生きてる主人公は正に人でなし。

>僕のインカムは先の雷撃で雑音ばかりで使用不能
鮫島:『次は雷程度で壊れない品を用意します』
ジーク:『さすが鮫島』

>恐らく100を越える光の剣が浮かんでいた
原作二期の第4話にて登場した『スティンガーブレイド・エクスキューションシフト』です。主人公が避けられないよう範囲攻撃を使用。

>「――――手負いの獣を甘く見るな」
怪我に加え、美味しいとこ取りをしようとした管理局側に、主人公がキレました。

>ほぼ零距離、一息で一弾装分を胴体に叩き込む
生身の人間だったら、ゴム弾でも死にます。

> 僕が狙うのは前者、エンジンの破壊だ。
『機関部に異常、出力低下!』『出火を確認、ただちに消火活動に移ります!』
艦橋はプレシアの雷撃に続き、エンジンの破損で混乱状態が悲惨なことに。
ちなみに結果はメインエンジンの稼動停止。
ただ、この破損は雷撃により機関部に負荷が掛かったためと解釈された。
やったねプレシア、罪状が増えるよ!
プレシア:『ふぁっ!?』

恐らく、管理局アンチのなのはSSでも、この時点でアースラを行動不能にする作品は滅多に無いと思う。

以上35話解説でした。


ご意見ご感想・誤字脱字・質問などありましたら、感想欄にてご連絡ください。
作者は感想がいただけると、小躍りするタイプです。

感想の内容によって色々と手が加えられますので、ドシドシご意見をどうぞ~
前話のアルフとのイチャイチャ(?)も、元はといえば感想欄のコメントが原因だったり(笑。

では、次回更新をお待ちくださいませ。

次回更新予告:キス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36:あくまで治療行為

更新遅れて申し訳ありませぬ……

前話のあとがきの末尾に一言付け加えてます。
一度確認してから本話を読んで頂くと、より一層wktkが止まらないと思います。


36:あくまで治療行為

 

「――――んむぅ」

 

 カーテンの隙間から差す日光に照らされ、目が覚める。

 ベッドから体を起こそうとして右半身に掛かる重みにそちらを見やった。

 

「……あー」

 

 そこにいたのは僕の右腕を抱き枕に寝息をたてる、アリサの姿だった。

 すーすーと静かな寝息を立てながらこちらに顔を向けて眠っているアリサの寝顔は、何とも無防備で(はかな)げだった。窓から差す光がアリサの髪に反射し、キラキラと幻想的な雰囲気を(かも)し出している。

 僕はそそくさとベッドのサイドボードに手を伸ばしてケータイを掴むと、カメラ機能を起動させた。

 

 ケータイに消音の魔法を掛けてシャッター音を消し、そのままアリサの寝顔を写真に収めていく。

 ……んむ、いい感じだ。

 

 満足行く写真が撮れたので、それを海外へ単身赴任中のアリサの母君(ははぎみ)へメールに添付して送っておく。

 

 確か、昨夜は僕の看病と称したアリサが半ば強引に押し切ってベッドに入ってきた。雷撃による腕の火傷や内蔵の損傷は、回復魔法と魔法薬の併用で一晩で治せるとアリサに説いたのだけど聞き入れられず、僕が折れたのだ。

 ……で、起きてみれば怪我して治療していた右手をアリサが抱き枕にしていると。

 

 完治しているから痛くはないのだけど、看病という建前でベッドに潜り込んだ人物がそれでいいのかと物申したい。

 

 この写メは、その意趣返しと母君への定時報告だ。

 アリサもこんな写真を母君に見られたと知れば、恥ずかしがるだろう。

 

 それにしても、ケータイの扱いが未だ不得手な僕にしては見事な写真が撮れた。

 自画自賛しつつ、その写真をケータイの待ち受けへと登録しておく。

 

 時計を見ると、いつもアリサが起きる時間よりかなり早い。最近は魔法の朝練なんかもやってるけど、昨日の今日で僕が練習に付き合うわけにも行かないし、今日の朝は無しで良いか。

 

 そう僕は自己完結すると、アリサが蹴り除けていたタオルケットを掛け直してやるついでに、少し寝相の悪い彼女がベッドから落ちないよう抱き寄せて二度寝に入るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 二度寝の後、目を覚ましたアリサを小学校へ送り出す。起床の際、アリサが顔を真っ赤にして何か言いたそうにパクパクと口を動かしていたのだけど、埒があかなかったのでとりあえず『おはよう』と伝えたら、『おおおおおおおおはよう』と盛大に取り乱した姿を見せてくれた。

 

 『絶対安静』というアリサの命令の元、ベッドの上で本を読んだり魔法のアイディアを書き溜めて時間を潰しているうちに、いつしか時は昼を過ぎ夕方へと差し掛かっていた。

 デビッドさんは仕事で出張中で鮫島は学校へアリサの迎えに行ってしまったから、都合この家に居るのは僕と余りかかわりの無い使用人の方々のみ。

 

 さすがに話し相手になってもらうわけにも行くまい。

 

 そんな感じでだらだらと過ごしていた僕を覚醒させたのは、アリサからの1本の電話だった。

 

「――もしもし?」

『もしもしジーク、緊急事態!』

 

 緊迫したアリサの第一声に目を見開くと、開いていたノートを閉じてベッドから立ち上がる。

 

「落ち着いて、どうしたの?」

『帰り道で怪我したアルフを拾って、お腹に酷い怪我があって――』

 

 電話越しに説明を受けたけど、どうもアルフが怪我したことしか分からない。

 

 無理も無いか、流石に既知の友人が傷口から血を流してる状態で意識を失ってるのに平静を保つのは難しいし。

 以前僕が倒れた時は血まみれだけど傷自体は塞いであったし。

 

 僕は椅子に掛けてあった上着を羽織るとベッドからシーツを剥がして抱え込む。

 

「ん、わかった。鮫島は運転中? ちょっと電話代わってもらって」

『わ。わかったわ! 鮫島!――』

『――お電話代わりました、ジーク坊ちゃん』

「ん。取り急ぎアルフの状態を教えて、大体で構わない」

『はい、アルフ様の現状としましては、獣型で意識は無い状態。腹部に傷があるのと、口から血を吐いていることから内臓にも損傷があるのかと。私の素人見立てではこれくらいしか。

今はアリサお嬢様に指示をして腹部の傷を圧迫止血していただきながら、急ぎ邸宅へと戻っております』

「さすが鮫島、たぶん最善の判断」

『いえ、恐縮です。ほかに何かございますか?』

 

 僕はデビッドさんから魔法の屋内練習用にと借りてあった大部屋に入ると治療の準備を開始した。

 

「大丈夫。1階の部屋に治療の準備しておく、終わり次第門の前に行くけど、僕がいないようならそのまま連れてきて」

『委細承知しました』

 

 鮫島との通話を切ってケータイをポケットへ。

 持ってきたシーツを床に広げると、取り出したマジックでその上に魔方陣を書き込んでいく。アルフくらいの大きさの真円(しんえん)を書き、その内側に一回り小さな真円(しんえん)を書き込む。

 更にその内側に五芒星(ごぼうせい)を書き加えた上で、外円と内円の間を埋めるように書き込みを入れていく。

 

 一通り書き終えたところで指の腹を薄く斬って傷を付けると、魔方陣の要所要所に血を垂らして魔法式を強化していった。

 

 ここで張った魔法陣の効果は『陣内の殺菌・消毒』と『治癒速度の向上』の混合結界の展開だ。

 

「……こんなもんかな」

 

 軽く魔力を流してみて問題の無いことを確認すると、ちょうどいいタイミングで外から鮫島の運転する車の音が聞こえる。

僕はアリサたちを出迎えるため、屋敷の外へと出るのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ふむ」

 

 僕は運び込んだアルフを魔方陣に寝かせて傷を見る。

 見たところアルフの怪我は腹部のモノのみ。

 

 外傷は回復魔法でどうにかなるのだけど、内臓系は外からの魔法だと効率悪いから内服の魔法薬に頼るべきなのだけど……

 

 『薬も過ぎれば毒となる』って(ことわざ)が有るように、薬の分量は重要である。ここで問題なのは今のアルフが動物形態であることだ。

 あくまで僕の持ってる薬は人用であって、動物用ではない。僕は薬の分量を相手の性別と体重で調整する……が、もちろん人間を基準に算出した数値であって、動物状態のアルフには当てはまらない。

 

 ひとまずは外傷だけでもふさぐ為に回復魔法を発動する。

 

「ジーク、アルフは大丈夫?」

「……ん、大丈夫。ここに着いた時点で血もほとんど止まってたから、後は傷を治すだけ……その後は1日くらい休めば大丈夫」

「そ、……よかった」

 

 失った分の血も、増血剤なんて便利なもの(魔法薬)があるから大丈夫。

 後ろでホッと息をつくアリサを見る事無く、僕はアルフの回復魔法を止めて傷が塞がったことを目と触覚で確かめるけど……恐らく大丈夫。

 ちなみに鮫島はここには居ない。魔法による治療なので、手伝いようが無いからバニングス邸の仕事に戻ってもらった。

 

 詳しくは人型になってもらってから確認しよう。

 アルフを目覚めさせるため、気付け薬を嗅がせる

 

「――っ……ここは……」

「動かないで話を聞いて」

 

 薄く目を開けたアルフに動かないように言って話を続ける。

 外傷はともかく内側はまだ未治療なのだ、下手に起き上がられでもしたら不味い。

 

「いまアルフの治療をしてるのだけど、人型になれる?」

「あ、ああ、ちょっと待って」

 

 意識を集中させたアルフの姿が獣から人へと変わった。

 横向きで寝ていたアルフを仰向けに直す。ちらりと見た感じ腹部には傷一つ見当たらないが、呼吸は細く弱弱しい。

 

「ありがと、楽にして」

 

 アルフの体に魔法を走らせて身長と体重を調べ、それを元に薬の分量を決めて量りとる。

 粉薬なので、今の状態でも飲ませやすいようコップに入れた水に溶かす。

 粉薬をゼリーで包んで飲みやすくする奴もあるらしいけど、幼児用ということでバニングス邸に常備されていなかった。

 

 薬がきちんと溶けたことを確認し、混ぜるのに使っていたスプーンを抜く。上手く溶けないと底に沈殿しちゃうけど、ちゃんと溶かすと練乳を水で薄めたようなとろみのある白い薬液になるのだ。

 

 僕は背中に片手を入れて支えながら、アルフの上半身を起こす。見ているだけだったアリサもアルフの背中側に回って抑えてくれた。

 

「これ……飲める?」

 

 小さく頷いたアルフだったけど、少し飲んだところで(むせ)て吐いてしまう。

 

 ……この薬は非常に効くのだけど、かなり苦い。ちなみに5歳の頃に僕も初めて飲んだときは盛大に(むせ)た。

 ただでさえ意識が朦朧としてる状態でこの薬は厳しいだろう。

 

 昔、母上がこの薬を僕に飲ませたときはどうやったか……。

 過去に思いを馳せているうちに、その方法を思い出す。

 

 

 …………まぁ、アルフにならいいか。

 

 

「アリサ、アルフのこと膝枕してあげて」

「いいけど……どうする気?」

 

 首をかしげながらも、アリサは言われたとおりにしてくれる。ベッドの上じゃないから枕も無いし、アリサに代わりになってもらう。

 アルフ自身も『何する気だい?』と気配が告げている。

 

 僕はアルフをアリサに任せ、位置を少し変える。

 

「昔、母上がした方法を再現する」

 

 飲み薬の量は……200mlくらい?

 2回に分ければいいか。

 

 苦いんだよね、これ…………仕方ないか。

 

 覚悟を決めた僕はグラスを(あお)って、大体半量を口に含むとそのままアルフへ口付けた。

 極力隙間が出来ない様に僕とアルフの唇を合わせて、様子を見ながら少しずつアルフ側へ流し込んでいく。

 

 暴れないよう、両手でアルフの二の腕あたりを押さえておくのも忘れない。

 

「~~~~~~!?」

 

 最初は目を白黒させて少々もがいたアルフだったけど、状況を理解したのかすぐに力が抜けて目を瞑るとされるがままになり、僕が口移しで飲ませる薬を少しづつではあるが嚥下(えんか)していく。

 もう暴れなさそうだったので手を離し、『もう少し我慢して』と心の中で念じつつアルフの髪をすく。

 

 2分くらい掛けて飲ませきると、一旦口を離して一息つく。

 アルフと僕の唇の間に掛かった半透明の橋が自重に耐え切れず、アルフの胸元に垂れた。

 

「後半分……大丈夫?」

 

 目を開けたアルフを見つめ、ささやくように問いかける。

 

「ん……いつでも、いいよ?」

 

 小さく首肯したアルフが再び目を瞑る。

 僕はその言葉に頷くと、薬の残った半分を口に含んで再度アルフに口付けた。

 

 飲ませすぎてアルフがむせないようゆっくりと時間をかけながら、僕は最後の一滴まで薬を飲ませきるのだった。

 

 

「……………………」

 

 僕たち二人が死んだ目で固まっているアリサに気づくまで、あと3分。

 

 

◇◇◇

 

 

 薬の効果で寝てしまったアルフが、起床後に第一声で僕たちに告げたのは『フェイトを助けて欲しい』ということだった。

 話を聞く限りだと、やはりフェイトの母君……プレシア・テスタロッサが暴力を振るっているらしい。アルフの傷も母君と一戦交えてつけられたものとのこと。

 

「お願いだよジーク、アリサ。フェイトを助けてやって……私だって何でもするから」

「ん、母君から救い出すのは難しくない」

「じゃあ――」

「――けど、物事はそう単純じゃない。アリサ、何かいい案ある」

「……知らない」

 

 だめだ、隣に座るアリサがさっきから不機嫌極まりない。

 そっぽを向いたまま、僕と目をあわせようともしないとは。

 

 仕方ないので、僕は腕を組んで考え込む。

 

 フェイトを拉致するだけなら問題ない。一気に近づいてノックアウト、そのまま抱えて行ってしまえばいいだけだ。

 問題なのはそこじゃなく、フェイトの母君へ対する盲目的なまでの信望だ。

 

 そこをどうにかしないと、無理をしてでも脱出して母君の下へ帰ろうとするはずだ。そのあたりをどう都合つけるべきか……

 フェイトが素直にこちらへ篭絡されてくれれば楽なのだけど。

 

 …………そうだ――――

 

「――――ジュエルシードで釣ればあるいは……」

 

 フェイトが執着しているもの、それは母君が欲するジュエルシード。

 僕のジュエルシードを餌にフェイトを交渉の場所に引き釣り出して―――――

 

 そのひらめきを元に脳内で策を発展させていき、実際の動きをシュミレートしていく。たぶん、これならば十中八九いけるはず。

 

 ……だが、ダメ押しの一手が欲しい。

 

「……そうだ巻き込もう」

 

 ――――餌は多いほうがいい。

 

 そして、この策に乗ってもらうにはアリサの協力が不可欠。

 

「アリサ、頼みがある」

「……何よ」

 

 つっけんどんだが、返事は返してくれた。

 

「これはアリサにしか出来ないこと、アリサが居ないと上手く行かない」

「……アルフに手伝ってもらえばいいじゃない。……そ、それにアルフとは……キ、キ、キ、キ、キスだってした仲なんだし!」

「キスって……さっき薬飲ませたときの?」

「ちょ……あぅ」

 

 あれは医療行為だし、何の問題も無いと思うのだけど……。

 傍らで僕たちの会話を聞いていたアルフが顔を赤くする。

 

「そ、そうよ!」

「んー、んー、……んー?」

 

 ――――んむ、取り合えずアリサが僕との口付け(キス)(こだわ)っていることはわかった。

 けどそれならば話は簡単だ。

 

「アリサ――」

「ちょ、なに―――」

 

 隣に向き直り、こっちを見たアリサの頬に片手を伸ばして手を添える。

 

「――先払い」

「――……ふぇ?」

 

 そのままアリサのほうに乗り出した僕は、空いてるほうの彼女の頬に口付けた。

 きょとんした表情のままで固まったアリサは、3秒ほど後に座ったまま飛び上がるという珍しいリアクションを披露してくれた。

 

「え、ちょ、ええええええええ!?」

 

 僕が口付けしたほうの頬を押さえ、顔を真っ赤にしたアリサが絶叫する。

 

「嫌だった?」

「い、嫌じゃない! 嫌じゃないけどっ!」

「そう、ならよかった。……頼みを聞いてくれたら、後でアルフと同じことをしてあげる」

 

 『どう?』とアリサに問いかける。

 僕の問いに、アリサは一瞬の間も置かず即答した。

 

「わ、わかったわよ! どんな頼みでも聞いてあげるわよッ!」

 

 頬を真っ赤に染めたまま、半ば自棄(やけ)といった感じでアリサが宣言してくれる。

 それだけいうとアリサは部屋を飛び出して行ってしまった。

 

「……狙ってやったの?」

「何が?」

「…………え、天然で今のアレ?」

「?」

 

 一部始終を目撃したアルフが、なぜか戦慄した表情で僕を見るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――『思い立ったが吉日』。

 

 僕はそのことわざに従って動いた。

 鋼糸で大きめの鷹を二羽作って、一羽は管理局のアースラへ。

 もう一羽をアルフに場所を聞いて、プレシアとフェイトの居るという『時の庭園』へと送る。フェイト宛の鋼鷹にはアルフの無事を伝言させておく。

 

 二羽に共通して僕が持たせたのは一枚の書状。色々堅苦しく書いたけど、簡潔に言えば内容はこうだ――

 

 

 『それぞれの持つジュエルシードを全て賭け、各陣営2対2対2の勝ち抜き戦を提案するものである。

 明後日の12:00に海鳴公園にて詳細な規則の設定を行う、参加を希望するものは来られたし』

 

 

 現状のジュエルシード所持数は僕達が8個でフェイトが7個、そして管理局の高町組が6個。

 フェイトは母君の為に、管理局組は“危険なもの"を自分達が管理する為に一つでも多く、叶うならば全てのジュエルシードを手中に収めたいはず。

 

 この提案は、最も個数を持っている僕達だからこそ力を発揮する。

 

 参加しなければ手に入れる機会はないし、一陣営が後から漁夫の利を狙おうとも他の二陣営が邪魔に入る。

 リスクはあれど、参加せざるを得ない。

 

 

 ――――結果としてこの二日後、僕たち三陣営は海鳴公園へそろい踏みをするのだった。

 




 前話のあとがきの末尾に追加された一文を読んだ方々へ作者より。
 『アルフへの口付け→アリサへのキスの流れ、読めなかっただろう!(煽っていく』

 というわけで36話の更新です。
 文量はいつもの1.5倍なので、更新の遅れは許して頂けるとありがたいです。

 今更ですが、未だに主人公の弟子=アリサをなのはが知らない状況。同時にアリサも主人公と敵対しているのがなのはと知らない状況です。
 あと、前話のアースラ・メインエンジンの破壊により、転送装置が使用不可&出力の低いサブエンジンで動くよう設定変更作業のため、なのはは原作と異なり地球へ一時帰還できていません。

 また感想欄&私個人宛へのメッセージ同一人物により、『アンチ・ヘイトタグをつけろ』という旨の意見をいただいたので付けてしまいました。
 これまではつけていなかった分、まだまだ酷い行動(主にクロノへの攻撃etc)は自重してたのに……これで心置きなく書けてしまう……すまぬクロノ、そしてヴォルケンリッター……達者でな(プロットを書き足しつつ。

 以下、いつもどおり解説をば
>『アリサもこんな写真を母君に見られたと知れば、恥ずかしがるだろう。』
後に主人公はアリサから折檻を受けました。

>『粉薬をゼリーで包んで飲みやすくする奴』
龍○散の『おくすり○めたね』を想像すると吉。

>『練乳を水で薄めたようなとろみのある白い薬液』
「練乳」or「カルピス」、この二語を見て、真っ先にエロイ想像が浮かんだ人……私です。年齢×10の腹筋をしましょう。

>『昔、母上がこの薬を僕に飲ませたとき』
主人公の母親は天然系クールビューティ。

>『苦いんだよね、これ』
味のイメージは『デナトニウム』。治療のためとはいえ、ぐいっと口に含める主人公って一体……。

>『僕が口移しで飲ませる薬を少しづつではあるが嚥下(えんか)していく。』
ジーク:「よく飲めたね」
アルフ:「……なんか、ジークが口移ししてくれたら途中から甘くなった……気がした」

>『私だって何でもするから』
アルフさん、今なんでもするって(ry

>『取り合えずアリサが僕との口付け(キス)(こだわ)っていることはわかった』
うちの主人公は鈍くないです、ただ人一倍想像の斜め上の考えに至るのです(小声

>『後でアルフと同じことをしてあげる』
よく覚えておこう、フラグである。


ご意見ご感想・誤字脱字などありましたら、感想欄からよろしくお願いいたします。
では、次回更新をお待ちくださいませ。

ちょっと旅行に行きますので、次回更新は遅れるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37:円卓協議&デート

更新遅れて申し訳ないです。

ツーリングがてら伊豆へ4泊5日、山梨へ日帰りなど旅行に明け暮れ、そのまま大学スタートしたせいで執筆時間取れていませんでした。

なお、予定していた戦闘回は次回へ持ち越された模様。


37:円卓協議&デート

 

 僕が二陣営に指定した明後日の海鳴公園、そこには僕を含め三人が集まっていた。

 

「まずはこの場に参加してくれたことに感謝を」

「……僕たち管理局側としては、一つでも多くのジュエルシードを回収したい都合上、参加せざるを得ないからね」

「私も、ジュエルシードを一つでも多くって母さんが望むから」

 

 公園に有る円卓で、僕と黒服そしてフェイトが顔を付き合わせる。

 各陣営の代表者一人がこの場に参加してる、おそらくはフェイト側も管理局側もサーチャーとやらでこの場を監視してるのだろうけど、構うまい。

 

 呼び出した側の僕が司会役としてこの場を進めていく。

 

「事前に伝えた上でこの場に来ているという事は、2対2対2の勝負形式には賛成して貰えたと言う前提で話を進める。……僕たちの側は僕と僕の弟子が参加する」

「僕たち管理局は、現地協力者の高町なのはとジュエルシードの発掘者であるユーノ・スクライアが参加者だ」

 

 …………ふむ、黒服は参加せず……か。

 

「私たちは、私とアルフの二人」

 

 フェイトがそう言って僕にチラリと視線を投げる。

 傷ついたアルフを僕たちが保護したことは、この場へ招待する書状に付け足して送ってあるから、そのことだろう。

 この場には連れてこれないけど、この話し合いの後に引き合わせる予定。

 

 とりあえず視線で肯定を返しながら話を続ける。

 そのまま戦闘場所やら日時やらルールやら、細かい点を詰めていく。

 

 戦闘場所は管理局が海鳴市の海上を魔法で封鎖し、専用の空間を準備すると申し出てきたので丸投げしておく。管理局側の2人に有利なステージ構成になるだろうけど、それは織り込み済み。

 僕たちにとっての本題はココからだ。

 

「――さて、現状最多のジュエルシードを持ってる僕たちの側にとって、この変則タッグ戦を提案するメリットは正直無い」

 

 僕の言葉に、黒服とフェイトが『来たか』と言わんばかりの表情を浮かべて言葉の続きを待つ。

 

「そこで、各陣営に一つずつ要求を通したい。……心配している人がいるから言っておくけど、この戦闘で有利な条件にしろというものじゃない。最終的に僕達が勝った場合、ジュエルシードの全取りに加えて更に要求を一つ飲んで貰いたいと言うこと」

「……その要求が分からないと、僕の一存では何とも言えないな」

「無論、その要求は今から提示する」

 

 僕は胸元から2通の封筒を取り出して、二人の手元にそれぞれ置く。

 

「互いに見せないように中身を見て。……3分待つから、各陣営条件を飲むかそれぞれ上司にお伺いを立てるといい」

 

 二人がそれぞれ封筒を開け、中に入れられていた便箋に目を通す。

 黒服は苦虫を潰したような表情を浮かべ、対するフェイトはきょとんとした表情を浮かべて固まった。

 

 黒服のほうは上司の艦長へ確認を取っているのか思案顔、フェイトは少し困惑した顔だが、恐らく母親に連絡しているはず。

 

 3分後、僕はそれぞれに問いかける。

 

「3分たった、回答を」

「……艦長からの回答を伝える、『委細承知しました』とのことだ。あと、確認なんだが『互いの生命に関わる怪我は負わせない』という条文を加えて貰うことは可能だろうか?」

「構わない、規則に付け加える」

 

 黒服の言葉に頷きを返す。

 僕が管理局側に要求したのは、この事件後の『僕たちに対する不干渉』だ。

 

 分散したジュエルシードと未知の僕たち、管理局はジュエルシードの方を確実に手中に収めたいらしい。

 

「母さんからの伝言……『それで構わない』って」

「ん……、これにて双方の参加が確定したものとする。両者とも、こちらに署名を」

 

 僕は準備しておいた一枚の羊皮紙を卓の上に出す。

 それには今回の戦闘などの規則、僕がそれぞれに設けた条件が書き出され、最下部に3者の署名欄を設けたものだ。

 

 双方のに出した条件の部分は、もう一方に見えなくなるよう魔法的なモザイクを入れてある。

 

「……これは?」

強制魔術契約書(セルフギアス・スクロール)、こちらに署名するとそこに書かれた内容を破れなくなる」

「破ろうとしたら、あるいは破ったらどうなるの?」

「いや、破ろうとしても破れないからその質問に意味がない」

「……うん、わかった」

 

 黒服とフェイトの質問に答え、それぞれから署名を貰う。

 

「――――では、これをもって契約は相成った。二日後、再度この場所で会い(まみ)えん事を」

 

 僕が席を立ったのを皮切りに全員が立ち上がる。

 

「フェイト、じゃあこのあと時間を」

「うん、わかった」

「ちょっと待て、次の戦闘に関して談合でもされたら困る、僕も同席を――――」

 

 ……なんか、黒服が面倒くさい事を言い出した。

 (てい)よくお引き取り願うには――――

 

 僕はフェイトの傍らに寄ると、すっと彼女と腕を組む。

 

「これからフェイトとデートの予定、管理局はそんなことにまで出歯亀(でばがめ)するの?」

 

 フェイトは真っ赤に、黒服の方もうっすらとだが顔を赤くした。

 

「ジ、ジーク!?」

「なっ――――い、いや決してそう言うわけでは! そ、そもそもキミ達は敵同士だろう!?」

 

 『あぅあぅ』と意味を為してない言葉を漏らしながら、フェイトがあたふたと空いてる腕を動かす――――が、組んでいる腕を解こうとはしなかった。

 最終的に、彼女は僕の腕をきゅっと抱きしめた状態で落ち着く。

 その黒服の反論に、僕は本心から首を傾げて問い返した。

 

「敵とそういう仲になるのはおかしい?」

「おかし……くは無いのかもしれないが――――」

『――――ゴメンなさいね、ジークさんフェイトさん。ウチのクロノ、そういった空気読めなくって……クロノ、戻ってらっしゃい』

「か、母さん!?」

 

 不意に現れたウィンドウから映し出され、アースラ艦長が黒服の引き留めを図ってきた。

 彼女は腕を組む僕たちを見て、何かとても微笑ましいものを見たかのように口元を手で隠しながらも笑みをこぼしている。

 

『ふふ、若いっていいわね。二人とも『最初に管理局側を倒そう』って談合するつもり無いでしょ?』

「しかし――!」

「ん、メリットも無いからやらない。ね、フェイト?」

「……は、はい! 母さんからはより多くのジュエルシードを手に入れるよう言付(ことづ)かってるので、管理局を先に倒してジークと山分けっていう選択肢は無いです。……そもそも、先に管理局を倒しちゃってジーク達との一騎打ちになったら不利ですから」

 

 んむ、あぅあぅしてる割には冷静な分析、さすがフェイト。

 開き直ったのか誤魔化すためか、更にぎゅっと僕の腕に身を寄せたせいで、僕たちはさらに密着する。

 

「というわけで、僕たちはこれで失礼しても?」

『ええ、構わないわよ』

「そう。一応連絡手段として使い魔を一体送っておく、何かのときはそれを使って。……じゃ」

 

 相手側の上司からお墨付きも貰えた所で、僕はフェイトを連れて転移魔法でその場を離れるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 念のため、連続転移で管理局側に追跡されてないことを確認し、僕はフェイトと組んでいた腕を解く。

 

「ごめん、あのままだとこっちにくっ付いてきそうだったから」

「う、うん、別に嫌じゃ無かったから気にしないで? デートなんて言われたの初めてで、嬉しかった。……ちょっと緊張した、けど」

 

 まだうっすら赤味の残る顔のまま名残惜しそうな表情で、フェイトが離れた僕の腕を見た。

 

 ……ふむ。

 

 すんなり交渉がまとまったお陰で、予定よりだいぶ早く終わってよかった。だけど同時に、アルフへ伝えておいた交渉の終了目安時間よりも早くなりすぎた。

 単にフェイトがアルフへ念話を使って、呼び出してもらえばその問題は解決する……けど――

 

「フェイト――」

 

 僕はそうフェイトに呼びかけつつ、(ほど)いた腕を再度フェイトの方へ伸ばす。

 フェイトは僕の意図が掴めなかったのか、疑問顔で僕の顔と手に視線を行ったり来たりさせた。

 

「――アルフに伝えた時間までしばらくある。その間、ホントにデート……する?」

 

 伝えた途端、フェイトの表情がぱぁっとほころんだ。

 

「――する……!」

 

 フェイトはおずおずと僕の手を取るとぎこちなくはあるけど、自分から僕と腕を絡ませたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「――初めてのゲームセンター、どうだった?」

「最初は大きな音とかびっくりしたけど、最後は楽しかった」

 

 カラン、と澄んだ氷の音を立てながら、フェイトはストローから口を離して微笑む。

 あのあと、転移魔法で近くのショッピングモールに行ってみた僕たちは、その中にあるゲームセンターで遊んだのだ。

 

「そう、なら良かった」

 

 一緒にシューティングゲームをやってみたり、太鼓を叩く音楽ゲームをやってみたり……。

 もぐら叩きに挑戦したフェイトが『ルナティック』とかいう難易度の前に敗北し、悔しかったのか魔法まで使って完全クリアしてみたり……最後のほうは言葉通り目にも留まらぬ速さでハンマーを振るうフェイトの周りに、ギャラリーまで出現しているほどだった。

 

「もぐら叩き、完全クリアした瞬間に周りから歓声上がってた」

「い、言わないで……!? あ、あれはちょっとムキになったせいで周りが見えなくなっちゃってっ……!」

 

 というかあれだけの難易度のもぐら叩き、魔法の使えない普通の人間にクリアできるんだろうか?

 現に歓声に混じって『すげぇ、製作陣が《人間の限界を超える難易度》とか銘打ってるとおり、誰も7割以上取ったこと無かったのに完全クリアだと!?」』、

『ヤバイ、いま俺は奇跡を目の当たりにしている……!』、

『あぁ、あの金髪っ子に罵られながらハンマーで叩かれたいっ!』とかいう声が漏れ聞こえていた。

 

 ……あ、最後の奴は危ない視線を感じたので、途中で鳩尾(みぞおち)にゲームのコインを指で弾いて打ち込んでノックアウトしておいた。

 

 で、最後にフェイトが興味を抱いたプリクラ? というもので写真を撮ったあと、僕たちはいま休憩を兼ねて『翠屋』で寛いでいるのだ。

 

 ちなみに僕が飲んでるのはアイスコーヒーで、フェイトが飲んでるのはアイスティー。フェイトはミルクもガムシロップも入れない派らしい。

 

「はい、シュークリーム2つお待たせしました。ジーク君、いつもご贔屓にどうも」

「ん」

 

 僕は小さく頭を下げる。

 

「そっちの子は初めまして、だよね? この店のオーナーの高町士郎です」

「えっと、私はフェイト・テスタロッサ……です」

「フェイトちゃんか、よろしく」

 

 そう言って微笑んだ士郎さんが、僕たちを見て『ふむ』と頷いた。

 

「デートかい?」

「んむ」

「……はぅ」

 

 シュークリームを齧りつつ、小さく頷く。対するフェイトは顔を真っ赤にして俯いた。

 そんなフェイトの様子を見て、士郎さんが『うんうん』と何処か懐かしげに頷いている。

 

「初々しいなぁ、桃子と出合った頃を思い出す」

「そういうもの?」

「そういうものさ」

 

 そう言って士郎さんは肩を(すく)めた。

 

「ウチの娘もジーク君と同い年くらいなんだけどね、男の子を家に連れて来たことが無い。喜んでいいのやら悪いのやら」

 

 ……ふむ。

 

「父親としては、娘が家に異性……たとえば恋人を連れてくるとして、何を求めるものなの?」

「ん? 我が家かい?」

「そう」

 

 しばし考え込むこと数十秒、ようやく復帰したフェイトも興味深げに僕たち二人の会話を聞いている。

 

「まず第一に、娘のことを第一に想ってくれることだろうな」

 

 ……んむ、仮にも恋人ならその点は問題ないと思う。

 

「第二に、如何なるときも娘を守れる実力があること」

 

 …………戦闘技術必須と?

 

「第三に――――僕と恭也を真っ向勝負で同時に相手取って、倒せるくらいの強者であることかな」

 

 ………………その条件を満たせる相手は、この惑星上に何人いるのだろうか。

 可哀想に、士郎さんの娘さんは行き遅れるに違いない。

 

 顔も合わせたことの無い娘さんに、僕は心のうちで哀悼を捧げておく。

 

「(ジーク、ジーク)」

「(どしたの?)」

 

 テーブルに乗り出して、小声でこちらに声をかけるフェイトに僕も聞き返す。

 

「(この男の人、強いの?)」

「(うん)」

「(どのくらい?)」

 

 割と真剣にフェイトと士郎さんの戦力差を考察した上で、僕は大真面目に解答した。

 

「(接近戦を挑んだ段階、あるいは士郎さんの間合いに入った段階でフェイトが戦闘不能になる。無論、フェイトが魔法で強化された状態で)」

「(なにそれ怖い)」

 

 フェイトが戦慄した表情で士郎さんを見た。

 

「ん? どうかしたかな?」

 

 ニコリと笑いながら士郎さんが首を傾げてみせる。

 

「(……魔導師じゃないよね? ……ホント?)」

 

 ……あ、信じてない。

 

「士郎さん、フェイトが士郎さんの実力を疑ってる」

「あ、やっぱりフェイトちゃんも関係者か」

「え゛?」

 

 フェイトが『魔法の事教えちゃってるの?』と言わんばかりの表情でこっちを見た。

 

「ここは一つ、実力を見せるべき」

 

 というか僕自身、士郎さんの実際の動きを見てみたい。

 

「うーん、僕は現役を引退した身だからねぇ――――これくらいしか出来ないよ?」

 

 ――ぽん。

 

「……ひゃぃいいい!?」

 

 一瞬で僕たち二人の視界から消え、次の瞬間にはフェイトの背後に立って彼女の肩に手を置いている。

 その事実に遅れて気が付いたフェイトが変な悲鳴を上げた。

 

「おー、速い速い」

「いやいや、ジーク君完全に僕の動き目で追ってたじゃないか。いやー、僕も衰えたなぁ」

 

 参ったと言わんばかりに苦笑する士郎さんに、いやいやと僕は首を振る。

 

「実戦から離れて、その速さは立派」

「現役の子に褒められると嬉しくなるね」

 

 僕と士郎さんは目を合わせて小さく笑いあう。

 

「……どうしよう、今度の戦い勝てる気がしない」

 

 そんな僕たち二人を見たフェイトは、ズーンと影が落ちたように肩を落とすのだった

 

 

◇◇◇

 

 

「フェイトー!」

「アルフっ!」

 

 アルフとの待ち合わせ場所。お互いの姿を認めあった瞬間に二人は駆け寄って抱き合った。

 んむ、二人ともいい笑顔だ。

 

「母さんがアルフを追い出したって聞いて……怪我は大丈夫?」

「うん、アリサとジークが助けてくれたからね、逆に調子が良くなったくらいさ」

「良かった、本当に良かった」

 

 一度強く抱きしめてからフェイトはアルフから離れた。

 

「ジーク、アルフのことありがとう」

「ん、気にしないでいい」

 

 僕は手をひらひらと振りつつ頷いてみせる。

 怪我したアルフをアリサが見つけ、僕が治療した。言葉にすればこれだけだけど、アリサが見つけたということはこれはそういう運命だろう。

 

「じゃ、次は今度の戦いのときに」

「……あ、――うん。……そうだよね、次に会うときは敵だもんね」

 

 そう告げた途端、フェイトが少し悲しそうな表情を浮かべてこちらを見て俯いた。

 ……むぅ?

 

「次に会うときは敵だけど、その後はそうとは限らない」

「――え?」

「この一件が片付いたら、また今日みたいに遊べばいい。今度はアリサやアルフも一緒に」

「――……うん!」

 

 パッと花開くようにフェイトが笑顔で頷いた。

 

 フェイトは少し頭が固い。争ってもその敵味方がずっとそのままなんて事の方が少数派だもの。

 争いの根本は基本的に利害関係なのだから。

 

 今回はジュエルシードの利害関係で僕たちは敵対した、だけどジュエルシードの件が解決してしまえば敵対の理由も無くなる。

 そうしたら今日みたいな関係に戻ればいいだけだ。

 

「……あ、でも――」

「……?」

 

 今日何度目かの赤面状態になったフェイトがアルフの背後に隠れ、ちょっとこちらに顔を出す。

 

「―― 一緒もいいけど、また二人っきりでデートしたい、かな」

「ん、構わない」

 

 別段不利益もないし、いいだろう。

 ……どうせ、僕はアリサが学校に行ってる間は割りと暇なのだ。

 

「……えへへ♪ 約束、しちゃった」

「…………いったい、アタシの居ないところで何が有ったんだい?」

 

 我慢しきれないという風に小さなはにかみを零すフェイトに、困惑の表情を浮かべるアルフの姿がとても僕の印象に残るのであった。

 

 

 

オマケ ~ フォルダ名『Dear My Sir』 ~

 

「んー? フェイトフェイト、このジークとフェイトが写ってる写真みたいなのはなに?」

「『プリクラ』って言って、この世界のゲームセンターっていう遊戯施設に置いてある、取った写真をシールにしてくれる機械で撮ったやつ……かな」

「へー、シールになってるんだ。何処に貼るんだい?」

「うん、私もそれをジークに聞いてみたら、『好きなところに貼っていいと思う』って。

 アリサとかは手帳やよく目に付くもの、使う物に貼ってるって言ってたよ」

「うーん。よく目に付くもの――」

「あとは何かよく使うもの――」

 

 元々持ち物の少ない二人、ほぼ必然的に二人の視線が一箇所で固まった。

 

『…………Sir?』

 

 無機質なはずの合成音声が、心なしか震えた気がした。

 

「バルディッシュ、貼ってもいい?」

 

 バルディッシュは逡巡していた、だがそれはほんの一瞬。

 

『……………………Yes,Sir』

 

 主人を支える愛機として、期待と信頼に満ちた目でこちらを見つめられては断ることなど出来はしない。

 

「えへへへ♪」 (パシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)

 

 嬉しそうに(とろ)けた笑顔を浮かべる自分の主を、高画質で自身の記憶装置(メモリー)に保存した彼は、そのデータを自身の領域の奥深くの専用フォルダにしまいこむのであった。

 

 

~ フォルダ名『Dear My Sir』 ~ End

 




というわけで37話です、お待たせいたしました。

ではいつもどおりに、若干の解説をば。
>『…………ふむ、黒服は参加せず……か。』
クロノが参加しない理由は、タッグ戦という相性が必要な形式という理由と、プレシアが攻撃してきた際のカウンターアタック用です。

>『委細承知しました』
ジュエルシードの危険性と、詳細の掴めないジーク達を天秤にかけました。
連絡を取れるぶん、『あとで改めて交渉しよう』とリンディ女史は思案中。

>『強制魔術契約書』
契約は双方の同意ない限り絶対である。

>『次の戦闘に関して談合でもされたら困る、僕も同席を――――』
もっともな言い分であるが、KYである。ただし、クロノがこの場に居ないとデートは行われなかった事を付け加えておく。

>『敵とそういう仲になるのはおかしい?』
仕事(アリサの護衛に伴うジュエルシード集め)とプライベート(フェイトとのデート)は分ける主人公。

>『ゴメンなさいね、ジークさんフェイトさん。ウチのクロノ、そういった空気読めなくって……』
このあと、ひそかにサーチャーを飛ばそうとしたクロノに雷を落としました。
フェイトも話しているとおり、談合の可能性はほぼ無いと推測をたてていました。

>『使い魔を一体送っておく』
=自爆テロリスト と脳内変換された方は吉。

>『顔も合わせたことの無い娘さん』
士郎の娘がなのはだとは思っても居ない主人公。
理由:(殺気的な意味合いで)雰囲気が似てない

>オマケ『フォルダ名『Dear My Sir』』に関して。
本作のバルディッシュさんはムッツリな変態紳士。
バリアジャケットの装着時は全力で高画質高レート撮影を敢行する傍ら、空いたりソースでバリアジャケット構築の演算を行っている。

解説はこんなところでしょうか。

ご意見ご感想・誤字脱字疑問質問などありましたら感想欄からご連絡お願いいたします。
感想いただけると励みになります(あと、感想で次話情報や短編がリークされたりします)

では、次回更新をお待ちくださいませ。
次回更新予定(予定は未定):恐らく1~2週間後


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38:戦闘前夜&アリサの初めて

さて、投稿しようかな(PC起動)
     ↓
『Reboot and Select proper Boot device or Insert Boot Media in Selected Boot device and press a key』(ウィンドウ上)
     ↓
    ふぁっ!?

……ということが、10月半ばに起こってました。

更新遅れた理由は9割これのせい、残りの1割はグリザイアのシリーズをプレイしてたせいorz

    _______  
   / 睡眠の重要性!!
  / |      睡眠の重要性!!
/ (;`-ω)」☆
|  ノ  ノ
|  >⌒>

なお、あとがきにて皆様へのアンケートを実施します。


38:戦闘前夜&アリサの初めて

 

 予定されたタッグ戦の前日、僕とアリサは持っていく得物(えもの)や作戦を最終確認するために、僕の部屋へ集まっていた。

 僕たち二人、既にお風呂も入り終わって既に寝間着姿。寝る前に見直しておこうという話になったのだ。

 

「えーと、魔力刃(まりょくじん)用のノーマルタイプの(つか)が60振り、特殊効果付与のタイプが30振り……足りるかしら?」

「余裕で足りると思う」

 

 装備を一通り、何故か僕のベッドの上で並べて吟味するアリサにアドバイスしつつ、僕も持っていく武装類を点検していく。

 

 P90が2丁、ファイブセブンが1丁に非殺傷弾を詰めたマガジンを必要数。

 生命に関わる怪我をさせないという誓約の元、今回僕が使用する剣群乱舞用のナイフはアリサと同様に魔力刃タイプだ。

 実体剣型だと、不殺はともかく命に関わる怪我を負わせ無いというのはさすがに厳しい。

 

 基本の武器はこの2種だ。

 

 あとは回復魔法やら強化魔法――FFでいうケアルやマバリアだ――に必要な触媒やらだけど、これは既に準備済みだし使わないで発動するのも可能だ。

 純粋な攻撃魔法を使えない――ドラ○エで言うとメラゾーマやライデイン――僕は、攻撃魔法の触媒を準備しないだけ準備が楽でいい。自分の体と武器と触媒が有れば問題ないのだ。

 

 防具に関してはアリサと揃いで作ったコートで事足りるけど、今回は追加で急所部分の裏地に作ってあったポケット部分へ薄い金属板を差し込んで、防御力を増強しておく。

 物理防御的に強化されるのはもちろん、入れる金属プレートには防御の刻印を刻んであるから魔術防御的にも有用。

 

「はいアリサ」

「ありがと」

 

 プレートを入れ終わったコートをアリサに渡す。重量の増加量はそうでもないはずだ。現にアリサも持ったコートを何度か上げ下げしてみたあとに、頷いて異空間へとしまいこんだ。

 

「明日の戦闘、何か作戦はあるの?」

「いや、無いけど」

「はぁ!?」

 

 目を見開いたアリサが素っ頓狂な声を上げた。

 いや、なぜそこまで驚くのか。

 

「こーいうのは綿密に作戦練って挑むもんじゃないの?」

「……逆に、集団戦が初めてのアリサは綿密な作戦通りに動けるの?」

「……ぐぬぅ」

 

 反論しないところを見るに、自覚はしているようでなにより。

 

「ちょうどいい機会だし、アリサはフェイトに再挑戦でもしてればいい。僕が他の3人を相手取るから」

「いやいやいや、さすがにそれは無茶――――でもないの?」

「ん、3人位なら片手間でいける」

 

 そもそも僕と師匠そしてアリサの『剣群乱舞』は、『個 対 多』や『個 対 軍』などに向いている戦闘スタイルなのだ。

 複数相手の戦闘に不慣れなアリサは別として、僕には造作もない人数差である。

 

「……そ。じゃあ私はフェイトにリベンジマッチに専念するわ。……今度は負けないんだから」

「ん。今回はタッグ戦、久しぶりに僕の本領発揮」

「それ、どういう意味?」

「僕の使う魔法は僕一人でも良いけど、仲間がいるともっといい。だけど誰かと組んで戦うの、故郷にいたときぶりだから」

 

 ――――そう、僕の故郷がまだ有ったとき以来(・・・・・・・・・)……だ。

 

「……ジーク――」

「ん?」

「――今までパパに止められてたから聞こうとしなかったけど、ね。……いつか、ジークの故郷の話、私に聞かせて欲しいわ」

 

 僕の気配か表情から何か察したのか、神妙な面持(おもも)ちで僕に向かって身を乗り出してくる。

 というか、好奇心旺盛なアリサが聞いてこないのを不思議には思ってたけど、デビッドさんが言い聞かせてたのか。……気を、使われたのか……な。

 

 僕は少し逡巡し、小さく頷いた。

 

「……今すぐは無理だけど、いつかきっと時が来たら」

「うん、待ってるわ」

 

 ふふっとアリサが僕に小さく微笑んだ。

 

「――さて、私は点検終わったけど、そっちは?」

「問題なし」

 

 頷いて荷物一式をしまい込む。

 

「お疲れさまー」

「ん、お疲れさま」

 

 こてんと後ろ向きに倒れ、くてーっと力を抜いてベッドで横向けに寝転がる。『たれぱ○だ』ならぬ『たれありさ』だ。

 そしてそのまま僕の枕に顔を埋めると、『ん゛ー』と形容し難い声を上げつつ小さく足をパタつかせた。

 

「何してるの?」

「…………何でもない」

 

 いや、何でもないなら何故(なにゆえ)顔を枕に埋めて不満げな気配を滲ませてるのだろう。

 お風呂上がりでいい匂いのするアリサの長い髪が、そんな事をしているせいでベッドの上にふわっと広がってしまっている。

 

 髪同士が絡まらないよう、取り出した髪留めでアリサの髪を纏めておく

 

「……ありがと」

「ん、僕の髪留めで悪いけど……アリサの髪は綺麗だから絡まらせちゃもったいない」

「ふ、ふーん……ジークは女の子の髪が短いのと長いの、どっちが好き?」

「長いほうが好き」

 

 即答して、結んだアリサの髪を手櫛(てぐし)()く。

 んむんむ、柔らかくていい触り心地。

 

 髪は女の命……なんて言葉が有るけども、魔法的にも髪が長いほうが便利なのは事実だ。

 自身の髪は魔法を使う上での媒体に最適だし、過剰魔力の貯蔵なんかにも用いることが可能。

 そのため僕も髪をアリサ並に延ばしている。

 

 けど、そんな事を抜きにしても長い髪は好きなのだ。

 

「……ふふっ、そっか、長いほうが好きなのね」

「ん、好き」

 

 さっきまで放たれていた不満げな気配はドコへ行ったのか、喜色を隠そうともせず鼻歌を歌い出すアリサ。

 アリサの機嫌が良いに越したことはない。

 

 うつ伏せに寝るアリサの頭を撫でつつ髪を梳き続ける。

 しばらくの間、毛繕いをされている猫のように喉を鳴らしていたアリサだったけども、いつの間にか本当に寝入ってしまっていた。

 

 起こして自室まで連れていこうかと考えて、それを断念する。

 下手に起こした結果、寝付けなくなって明日の対戦に差し障ったら困る。

 

 ……しかし、ベッドを取られた。

 とりあえず明かりを消し、僕は適当に居間のソファで寝ようかと思いベッドを降りようとしたところで、寝間着の裾を引っ張るアリサの手に気がついた。

 

「…………」

 

 裾を摘んで、無言で引っ張ってみるが……ほどけない。

 指を解けば行けるかなと思い、試そうとして諦める。キツく握りしめてて、これじゃ解こうとした拍子に起こしかねない。

 

「……まぁいいか」

 

 早々に解くのを諦め、僕もアリサの隣に横になって布団を掛ける。

 むにゃむにゃと何かアリサが寝言をこぼしつつ、もぞもぞと僕の腕を抱き枕のようにして抱え込んで静まった。

 

「……おやすみ」

 

 聞こえてはいないだろうけど僕はそう呟いて、最後に一度髪を撫でると目を閉じるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「おはよー、フェイト」

「うん、おはようアリサ、ジーク」

「ん、おはよ」

「おはよう、二人とも体調は……万全そうだねぇ」

 

 決戦当日。僕とアリサ、フェイトとアルフは管理局が指定してきたポイント、海鳴公園に集まっていた。ここから転送で戦闘用に魔法結界で固定し、隔離した海上空域へ転送するらしい。

 

『――――すまない、待たせたようだ』

 

 目前に現れた画面に黒服の姿が現れる。

 

『じゃあ転送を行う、転送後の場所が初期地点だ、開始までそこを離れられないよう魔法陣が展開されている。転送後にカウントダウンを開始、0になり次第に戦闘開始だ』

 

 僕たちの足下に転送の魔法陣が浮かぶと同時に、目の前の画面が消える。

 若干の空間の揺るぎの後、僕達が転送された先は海上にある建造物の上だった。周囲を見渡すと似たようなビルが海上に建造されている。

 

 おそらくこれが戦闘空間で、話に聞いていた演習用の建築物なのだろう。

 今度は目の前にカウントダウンのウィンドウが現れた、数字は……5分。

 

 ――――仕込みをするには十分な時間だ。

 

「あー。……どうしよ、緊張してきた」

 

 服の上から戦闘用のコートを羽織り、装備類を装着し終えたアリサは意味もなく手を閉じたり開いたり、きょろきょろと周囲を見渡したりとせわしない。

 

 アリサの格好(かっこう)は動きやすさを重視した長袖のシャツとズボンに、僕が作ったお揃いのロングコート。

コートの両腰の部分に開けたスリットからは、左右それぞれズボンのベルトに装着された剣群用の魔法刃の柄が装備されたホルスターが出されている。

 

 対する僕の格好は同じくシャツとズボンにコート。アリサと違うのは、両腰のスリットから出るホルスターにはそれぞれ拳銃――ファイブセブン(対魔導師用弾頭)――、両手には肩からたすき掛けにSMG(サブマシンガン)のP90――こちらも対魔導師弾頭だ――を左右それぞれ一丁ずつ。

 両手が塞がってるけど、弾装交換に関しては魔法で代用するので問題なし。反動も魔力による筋力強化や反動制御で対応可能だ。

 腰の後ろの部分には大きめのウエストポーチが一つ、中には魔法に使う触媒などをすぐ取り出せるように保管中。

 剣軍乱舞用の柄を装備してないけども、これはただ単にアリサと違って魔法で取り出せるからだ。

 

 落ち着きの無いアリサを横目に、僕は一つ小さな缶を取り出すと中に入っていた飴玉大の半透明な薬を手にとって口に含む。

 前にアルフの治療で飲ませた薬と違って、これは甘みをつけても問題ないので飲みやすいように調味してある。ちなみにこの薬はレモン味だ、甘酸っぱくて美味。

 

 コロコロと口内でそれを転がしながら、アリサに呼びかけつつ肩を突ついた。

 

「アリサ、アリサ」

「なに、どうしたの?」

 

 僕に反応してこちらを向いたアリサの肩と腰に、手を伸ばして抱き寄せる。

 

「ちょ!?」

「アルフにシた時に約束したぶん、いまスるね――――」

「え……――――ん……む!」

 

 軽く眼を目を瞑ってアリサに口づけし、口内の薬を彼女側へ舌で押し込んだ。

 

「――――……ん、これでいい」

 

 薬が溶けて無くなるまで、たっぷり3分ほど続けていた口づけを終えて唇を離す。

 腕を緩めてアリサを解放すると、くてっと膝から崩れ落ちた。力の抜けたアリサの手から杖が離れ、カランと音を立てて床に転がった。

 

「……う」

「う?」

「うううーーーーっ!」

 

 どうかしたのかとしゃがんで様子を見ようとした僕を、アリサの両手が弱々しくぽかぽか叩く。

 

「――――は、初めてだったのに……ばかぁ」

 

 両手自身のを頬に当ててふるふると顔を振るアリサなのだけど、表情は嬉しそうというか恥ずかしそうというか……嫌がってはないと思うのだけど。

 

「緊張は吹っ飛んだ?」

「吹っ飛んだわよ、緊張なんて!」

「それはなにより。……いまの薬は僕とアリサを魔術的につなぐ薬」

「つまり?」

「アリサは僕の過剰分の魔力を使える、一度に使用できる総魔力量も増えるはず。あとは僕が発動する援護系の魔法が効きやすくなるとか……まぁ実感したほうが早いかも」

「……かなり凄いじゃない、ソレ」

 

 僕の説明を聞いたアリサが感心した風に声を上げた。

 

「まぁアリサ一人だから、これが六人七人とかになったら逆に全体的な弱体化すると思う」

 

 欠点や副作用の無い薬なんて、そうそう無い。カウントダウンを見てみれば、残りは30秒を切ったところだった。

 

「――――じゃあ、悔いのない戦いを」

 

僕は腕を伸ばすと、アリサに向かって拳を突き出す。

 

「――――ええ、ありがと。ジークも頑張って」

 

 片手に杖を握ったアリサが、空いた片手で僕の拳にコツンと自身の拳を触れさせた。

 二人揃って小さく笑う。

 

 

 ――――さぁ、戦いを始めよう。

 




前書きにもあったとおり、HDDが逝かれたので『全編書き下ろし』ならぬ『全編書き直し』になりました……泣ける。


以下説明、設定など。

『僕たち二人、既にお風呂も入り終わって』
――もちろん男女別ですよ?

『魔力刃型』と『実体剣型』
魔力刃型……柄の方に、刻印や術式を彫り込まれたタイプ。魔力を流し込むと魔力で編まれた刃が現れる。敵を極力傷つけずに捕らえることや、携行性に優れる。

実体剣型……金属の刃の方に刻印や術式を彫ってあるタイプ。魔法が無効化されても、実体を持った刃なのでダメージを与えられる可能性が高い。ただし、そこそこ嵩張るので主人公のように何らかの収納方がないと辛い。

『P90が2丁、ファイブセブンが1丁』
筆者がサバゲーで愛用している銃のため、手元にあるぶん勝手が分かるので採用した(小声)

『純粋な攻撃魔法を使えない』
主人公は『魔力で鍛えて物理で殴る』を地で行くスタイル。

『アリサと揃いで作ったコート』
ペアルック(死語
形状のイメージは、『ムシウタ(角川スニーカー文庫)』の特環のメンバーが着ているコート。夏涼しく冬暖かくなるように魔法を仕込んだりしている、無駄に技術力を積み込んだ一品。

『こーいうのは綿密に作戦練って挑む』
「(主人公が)高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に」対応する。つまりは行き当たりばったりの、主人公のアドリブ任せ。

『アリサはフェイトに再挑戦』
戦闘模様はカットされる予定。
要望があれば、番外編orオマケという形で書こうかと。

『『たれぱ○だ』ならぬ『たれありさ』だ』
どなたか、絵心のある人が描いてください、私は美術の成績がずっと『2』でした……。

『そしてそのまま僕の枕に顔を埋めると、『ん゛ー』と形容し難い声を上げつつ小さく足をパタつかせた。』
TVアニメ『グリザイアの果実 第3話』を見て、衝動的に書き加えた。後悔はしていない。
はたから見ると、『お風呂上り』の『男女が二人きり』で『一緒にベッドの上』である。

『「ふ、ふーん……ジークは女の子の髪が短いのと長いの、どっちが好き?」
「長いほうが好き」』
筆者がリリカルなのはのSSを書く上で、絶対に改変しようと決めていたところ。アリサはショート(A's最終話)より、ロングのほうが似合っていると思う。

『軽く眼を目を瞑ってアリサに口づけし、口内の薬を彼女側へ舌で押し込んだ』
拙作36話のフラグ回収、アルフと同様に薬の口移し。ただし、ファーストキスはレモン味。
恐らく『レモン味のキス』の初出は、ザ・ピーナッツ(日本語版)が歌っていた「レモンのキッス」だと思われる。

以上、説明ならびに設定などでした。
『ここ説明不足だっ!』などありましたら、感想欄からいただければお答えします。

また、ご意見ご感想などありましたら、こちらも感想欄からいただけると幸いです。感想を励みに頑張ります。

次回更新は、8割ほど終わってるのでわりとすぐです。

次回予告
「素晴らしい、さすが僕の弟子、愛してる。あとで何でもしてあげる」
『ちょおおおおぉ!? そ、その言葉、忘れないでよね!』
「ん!」
第39話『三つ巴の戦場&墜ちる雷光』
お楽しみに。

ご意見募集
『本作品におけるPSP版シナリオ 「魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE -THE GEARS OF DESTINY-」について』
活動報告に記事を挙げておきますので、そちらでご意見いただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39:三つ巴の戦場&墜ちる雷光

次回更新は割りとすぐだと言ったな……
ア レ は ホ ン ト だ 


誤字脱字などありましたら、ご指摘お願いいたします。


39:三つ巴の戦場&墜ちる雷光

 

 僕たちが転送された先は、高層ビルの屋上。周囲の景色は高層ビルやその残骸が点在する海上だった。

 

「先に行くわね!」

『んむ』

 

 離れた空中に浮かぶフェイト達を見つけたアリサが足下のコンクリートを蹴って突貫する。

 身につけたインカム越しに返事を返しつつ、僕も準備を開始した。

 

『術式展開、鋼の翼を持つ軍勢よ、我が元に顕現せよ』

 

 速度重視で極力削った詠唱を一言。

 ウェストポーチから引き出したワイヤーの端が二条、シュルシュルと擦過音を立てて溢れ出し、鋼の鷹を生み出していく。

 海鳴市街を巡回させている物同系統。違いは大きさが1mに届きそうな程に大きいことと、戦闘用にワイヤーをふんだんに用いて耐久性を上げたことだ。

 二羽ずつ大体10秒足らずずつで高速展開していく。

 

 これとは別口でワイヤーの丸い束を4束、各30kgほど転送魔法で取り出すと足下へと投げる。

 

『重ねて展開、四方を守る大いなる海竜よ、顕現せよ』

 

 僕の言葉に従い、4束のワイヤーがそれぞれ延びていき、海中へと吸い込まれていく。……後は完成を待つばかり。

 それを見守りつつ、僕は別の術式を発動する。

 

『強化術式、『筋力強化』、『防御強化』、『速度強化』、『自動回復』』

 

 パンと柏手(かしわで)を一つ、発動した強化魔法を自身に掛ける。先んじてアリサに飲ませた薬を通じて、彼女にも僕の8割ほどの効力で同じ効果が発動しているはずだ。

 

「アリサ、援護の魔法を発動した。いつもと感覚が変わるから、心にとめといて」

『らーじゃ♪』

 

 イヤホンから軽い返事が返ってくる。声を聞いた感じ、悪い意味で緊張はしていなそうだ。

 少しだけ安心すると、アリサの援護のために完成していた鋼鷹を12羽向かわせる。

 

 戦闘型のこいつらの速度なら、アリサの接敵前には直援に入れるはず。

 

 そして次が最後の一手。

 広い屋上に魔力を込めたチョークで屋上ぎりぎりの大きさに真円を描き、その中に自動筆記で精緻な魔法陣を書き込んでいく。

 

 さて、そろそろ――――

 

「チェーンバインド!」

「おっと」

 

 屋上の縁から這い寄るように、幾条かの緑色の鎖が僕の足下へと延びてくる。

 それを僕は跳んで避けた。下手に迎撃して、魔法陣を傷つけるわけにも行かない。

 

「ディバイン……バスターっ!」

 

 空中に跳び上がった僕を狙いすまして、隣のビルの屋上から放たれた桃色の魔力砲撃を、障壁を斜めに張ってアリサとフェイト達が戦っている空域へ受け流す。

 無線でアリサに『砲撃行ったよ』と伝えることも忘れない。避けて当然、その流れ弾を利用して自分の攻撃を当てられれば及第点だ。

 

「んむ、二人ともこっちに来たか……重畳重畳」

「最終的にジークさんもフェイトちゃんも倒さなくちゃいけないなら、最初の万全の状態で一番強いジークさんを相手取らなきゃいけない……ってユーノ君が」

 

 まぁそれもそうか。

 最善の策は『僕達とフェイト達をぶつけ、勝った方と戦うor隙を見て介入』なんだろうけど、今回の僕の目標からは外れるので、これが一番の策になる。

 

「ふむ……妥当な策。じゃあそっちに戦力を増やしたげる」

「「?」」

 

 いいタイミングで、アリサ方面に向かわせた鋼鷹達からの連絡が入る。

 

『お膳立てはした、あとは実力次第。……じゃ、武運と幸運に恵まれることを』、そう通信を一方的に送って切る。

 

 二対一のこの現状、第三勢力を交えたらどうなるだろうか?

 どう転ぶにせよ、多少の混乱は免れまい。

 

「……強制転移」

「――ィト!? …………やられたッ!」

 

 僕と管理局組の間に現れた銀線の魔方陣。

 その中から現れたのは、彼方(かなた)で自身の主人と共にアリサと戦っていたアルフの姿だった。

 

 僕と背後を見て事態を察したか、アルフが盛大に顔を(しか)めると悪態を吐く。

 

 さぁ、管理局組とアルフは『敵の敵』をどう扱うか。

 敵味方に分かれていた戦場は、第三勢力の出現により混迷を増そうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 僕がやったのは単純明快。

 

 フェイト達の戦域に派遣した鋼鷹12羽に命じたアルフの引き剥がし。その手段として僕が選んだのは、アルフを強制転移させる方法だ。

 

 鋼で編まれたの使い魔達、その素材は言わずもがな“ワイヤー”。

 

 フェイトとアルフが離れた瞬間を狙って鋼鷹の群を殺到させ、接触した個体を一時的に鷹状態から解いてワイヤーとして一気に身動きがとれないように縛り上げる。

 そしてアルフを中心に5羽の鋼鷹を円上に等間隔に配置、各個体の翼部分を部分的にワイヤー状態へ戻した上でそれぞれを連結。そうすることでアルフを中心に据えた円形五亡星の魔法陣の完成だ。あとは僕が魔力を送り、転送魔法を

発動させるだけ……というわけ。

 唯一の懸念は、フェイトによる妨害だったけど、そちらはアリサが押さえ込んでくれたらしい。

 

 アリサ方面の戦況は、使い魔を通して見た限りでは一進一退。

 そして僕の方面は――――

 

「ディバインシュートっ!」

 

 魔法陣を展開したビル屋上に足を着く僕は、放たれた光弾を防御せずに(・・・・・)受け止めて、着弾の際の爆煙に視界が塞がれつつも、待機させておいた魔力刃で反撃を掛けた。

 着弾に併せて自動発動していた足下の魔法陣から発していた光がスッと消える。そして、その瞬間に屋上の端の一部が音もなくさらりと崩れ落ちた。

 高町はいきなり煙を破って現れた攻撃に回避行動を取る間もなく、辛うじて張られた障壁に守られる。

 

「ありがとう、ユーノ君!」

「サポートは任せて! なのはは攻撃に専念を! でも、間違いなく当たったはずなのにどうして……」

「……随分と硬い障壁だ」

 

 あわよくば撃墜しようと思っていたこともあり、僕は小さく舌打ちする。

 

 でもまぁ、魔法陣の効果に気づかれなかったのでよしとする。

 

 この魔法陣の効果は、受けた攻撃を陣の書かれた物体に肩代わりさせる……と言ったものだ。便利そうだけど、もちろん欠点は存在する。

 それは第一に『魔法陣が書かれた物体に触れていなければならない』。

 第二に『魔法攻撃以外は防げない』……つまり魔法の弾や炎以外、例を挙げるなら剣や弓矢、投石などの直接攻撃は自力で防ぐほかない。

 

「っらぁああああああ!」

「む……」

 

 空中に浮かぶ僕の頭上から、気合いの入った雄叫びと共にアルフが殴りかかってくるのを視界に納め、障壁を展開して迎え撃つ。

 

「バリア……ブレイクッ!」

 

 僕の障壁と激突したアルフの拳が僅かに拮抗した後、障壁の方が引き裂かれた。

 

「覚悟ぉおッ!」

「――――するのはそっちだよ」

 

 左手から離れた銃が、肩紐に釣られて揺れる。

 僕を掴もうと伸ばした腕を空いた手で取り、柔道の投げ技の変則系で背中から屋上のコンクリートへ叩きつけた。そしてそのまま流れるように、ぶつけた反動と僕の腕の力とでアルフの体を一瞬宙に浮かせる。

 

「ぐ……ぁ!?」

 

 離した手を引き、掌底(しょうてい)でアルフの体を打つ。体に触れる寸前に、アルフに速度加速の術式を掛ける。

 

「ぷれぜんと・ふぉー・ゆー」

「ぐっ!?」

 

 アルフの体を弾丸に、管理局組の二人が居るところめがけて殴り飛ばした。

 

「にゃ!? ユーノ君、受け止めてっ!」

「ちょっ――!?」

 

 いきなりの言葉に慌てつつも、ユーノが魔法で網のような物を展開して受け止めて見せる。

 うむぅ、とっさの反応で見事な対応だ。体で受け止めようものなら、そこを狙って鋼鷹に強襲させて二人纏めてぐるぐる巻きにしてしまおうと思ってたのに。

 

「……うぅ、アントワークさんあの位置から動いても居ないのに手も足も出ない」

「……()っつう」

「大丈夫ですか?」

「……ああ、怪我しない程度に手加減されたっぽい、ありがと」

 

 転送された当時は一対一対二だったのだが、最初の内はバラバラに攻撃してきて居たのだが、10分もすると念話で話し合ったのかいつしか一対三へと状況が変わっていた。

 無論、最初はアルフも隙を見てフェイトの援護に戻ろうとしていたのだけど、悉くそれを妨害してこちらに釘付けている。

 

 逃がさず倒さず現状維持、僕が動くのはアリサ方面に動きが出たとき。

 僕がアリサ方面の動きに思考をやっている隙に何かを打ち合わせたのか、再度アルフがまっすぐこちらへ突っ込んでくる。

 

「考え無しに突っ込んで――――っ!?」

 

 さっきと同様に腕を掴んだ瞬間、アルフが自分から投げに先んじて飛んだ。僕の視界に現れたのは、アルフの体を死角に追従する形で放たれていたユーノの鎖状の魔法。数は――6本っ!

 数と速度から銃での迎撃を諦め、右手のP90を投げつけてその内の1本をぶつけて相殺。

 

 アルフを離して迎撃しようとするも、今度はアルフ自身が空いた手で僕の腕を掴んで離さない。

 彼女を見てみれば、してやったりと言わんばかりの表情だ。

 

 鋼鷹がこちらへ急行するが距離がありすぎて間に合わない、滞空させていた魔法刃を走らせて迎撃したが、寸前で鎖がうねって数本を迎撃し損ねる――――残り3本!

 ここでようやくアルフが僕の手を離す。

 

「ち……っ!」

 

 両手に一つずつ、コートの内からP90の弾層を取り出して鎖を左右に打ち払いつつそのまま投棄。長さ約30cmほどの真っ直ぐの弾層が鎖に絡め取られた。――――残り1本!

 この距離まで近づかれては、体を動かして避けるほかない。左右に避けては鎖をうねらせる事で対応されるし、背後に下がるだけでは意味もない。

 体を斜めにして被弾面積を極力減らしつつ、一歩前に踏み込んで片足で斜め上へ跳躍しつつ体を(ひね)って体操のひねり前方宙返りに似た動きで鎖を回避する。

 

 予想通り急激な方向転換は不可能なのか、鎖が寸前まで僕の居た地面を打って跳ねるのを、空中の上下逆になった視界に収める。こんな状態で高町なのはの魔力砲撃まで撃たれてはたまったものではない。

 確認しようと彼女に視線をやった先で僕が見たものは、道化師の様にニヤリと(くちびる)を釣り上げた笑みをこぼす姿だった。

 

 少し前まで僕との戦闘に恐怖を表情を浮かべていた彼女が、今じゃその最中で笑うか――! 僕は彼女の適応力に驚愕する。

 

 だがしかし、砲撃の準備は為されていない。

 ――――それが意味することは……?

 

 とにもかくにも体勢を整えて屋上から5mほど上の空中に立って、高町とユーノが居る方向に向いた瞬間に、今度は僕が先ほどまで居たビルの屋上がその階下から魔法陣ごと爆散する。

 

 ――――建造物の中に、誘導弾を通してきたか……!

 土煙から出てきたのは桃色の弾丸、数は……15。

 鎖を6本防いだと思ったら、今度は誘導系の弾丸15発か!

 

 集めた数羽のうち手元に二羽残すと、鋼鷹の翼を硬化させると突撃させてすれ違いざまに弾を切り裂かせて迎撃させる。どうしようもない物に関しては、鷹自体をぶつけて相殺。

 戦闘用とはいえ、数発も食らえば壊れてしまう。耐えきれなかった数羽が海面へと墜落していった。

 

 手元の一羽に後ろ腰のバッグから取り出したある物を持たせると、ちょっとした魔法を掛けて放つ。

 

 その合間に、向かわせた鋼鷹で相殺仕切れなかった弾丸8発が僕へと迫る。

 手元にいた最後の一羽を完全に元のワイヤーへと分解し、魔法陣型へと編み変えて障壁を発動する。

 

 もう鷹形態へは戻せないが、使い魔にする際に仕込んだ魔力に加え、障壁の為に追加で注いだ魔力のぶん、迫る攻撃を防いでみせた。

 爆風だけが僕へと吹き付ける。

 

「「チェーンバインド!」」

 

 投げ飛ばしたアルフ、高町の元のユーノが二方向から同時に鎖を僕へと放つ。

 

「……ええい!」

 

 幾つかは残っていた魔力刃で迎撃したものの、対応が間に合わずに左手と右足に鎖が巻き付いた。

 

 

「――――ディバイィーン、バスタァアアアアア!」

 

 

 この瞬間を待ち望んでいたのだろう。高町なのはの攻撃が僕へと撃ち込まれ、直撃した。

 

 

「「「――――やった!?」」」

 

 ――――そういうセリフ、この世界では“フラグ”というらしいぞ?

 

 

 管理局側の二人の眼前にフッと鋼鷹が現れ、脚で掴んでいた空き缶ほどの大きさの物を離す。何事かと離された物体に視線をやった二人を、目を焼くような閃光と大気を震わせるような爆音が襲った。

 

 認識阻害の魔法を掛けた鋼鷹に持たせたのは、いわゆる閃光手榴弾。 

 その名も『M84』、百万カンデラの閃光と160デシベル超の音を発生する、対テロや突入の際に使用されるアメリカ軍で制式採用されている一品だ。

 

 何の準備も気構えも無しにそんな物の一撃に晒され、平静を保てるものなど存在しない。――ましてや、気を失わないまでも、魔法を維持できる者なんて。

 僕の右手を縛っていた翠色の鎖が消失した。

 

 体を硬直させ、動けない二人を急襲させた鋼鷹を分解して二人仲良く簀巻(すま)きにする。

 魔法じゃなくワイヤーでの物理的な拘束、力付くでちぎれるならやってみろ。 この僕だってそれほど巻かれたら、力技じゃちぎれないぞ?

 

「な――――!?」

 

 目を見開き、反射的に共闘していた二人に視線をやってしまったアルフ。

 その隙に足に巻き付いた鎖を飛ばした魔法刃で切断、肉薄する。

 

 ほぼ同時に、耳のインカムから興奮したアリサの声が飛び込んできた。

 

『私の勝ち! ジーク、勝ったわ! あとフェイトが墜落したから回収に向かう!』

 

 

 ――――最ッ高のタイミングだ。

 

 

「素晴らしい、さすが僕の弟子、愛してる。あとで何でもしてあげる」

『ちょおおおおぉ!? そ、その言葉、忘れないでよね!』

「ん!」

 

 短くそう返し、右手で腰の拳銃を抜くと至近距離でアルフの胴体へ一発撃ち込んだ。

 着弾と同時にアルフの体に青白い電撃が走り――力無く崩れ落ちたのを抱き止める。

 

 これをもって、本戦闘の勝者は確定した。

 

『――……勝者、師弟組』

 

 目の前に現れたウィンドウに、苦虫を噛んだような表情の黒服が映る。

 

『フェイトの回収完了っ! あと、意識も戻ったわ』

「んむ。管理局、急いで転送準備を」

『いまやってる、30秒ほど待ってくれ』

「――いや、それじゃ間に合わない」

 

 僕は結界内の空を睨む。

 元々厚い雲に覆われた空だったが、戦闘の終了に端を発して急激に雲が黒く、稲光を走らせていた。

 

 僕は仕込んでいた仕掛けを発動させる。

 

『――え? フェイト、『母さん』って……?』

 

 アリサの無線越しの疑問の声。

 急激に高まった上空の雷雲から、僕たちへ向けて極大の(いかずち)が放たれ――――ドーム状に散らされると海上を電気で青白く染め上げた。

 

「……四龍海帝四方陣(しりゅうかいていしほうじん)。間違いなく仕掛けてくると思ってたし、その方法も予測済み」

 

 ここからでは僕にも目視できないが、近くに行けばはっきりと分かるだろう。

 結界の端まで行けば、網目に編まれたワイヤーとその表面に薄く張られた海水に気づくはずだ。

 

 僕が最初に鋼鷹と同時に海中で創造し、結界の端の四方に向かわせた使い魔達。

 彼らは四方へ散った後、鋼鷹で行ったように体の一部を(ほど)くと、4体は海中で結界の直径より僅かに小さい円を作った。

 それから誰にも気取られないよう細心の注意を払わせつつ、僕たちの戦闘する戦域を覆うように椀状のワイヤーの籠を形成させた。その状態で放置し、雷撃の前に海水を表面に張って壁としたのだ。

 海水もワイヤーも人体より電導率は高い。それ以前に張られたワイヤーの一条一条、張った海水の一面一面に対電系・避雷の防御魔法が込められている。

 

 一度この身に受けた攻撃、対策に抜かりなど無い。

 

 当然、近くで見れば存在はバレてしまうだろう、だが少しでも距離を取れば目視は急激に困難になる。さらにはこの結界内は曇り空でワイヤー自体も見にくく、視認は困難極まり無い。

 九割九分九厘、見つかるはずは無いと確信を抱いていた。

 

『……! 転送を急げ、次元跳躍攻撃だ!』

 

 画面の向こうで、状況を察したらしい黒服が矢継ぎ早に周囲の人員へ指示を飛ばす。

 

 僕が事前の契約で、管理局へ勝利ボーナスとして求めたのは『僕たちへの不干渉』。対してフェイトの側に求めた勝利ボーナスは、勝負である以上当然で、わざわざ明文化する必要も無い条件。

 円卓協議の際に、フェイトが困惑の表情を浮かべていたのはそのせいだ。

 

 ――――僕の提示した条件、それは『戦闘の結果を受け入れること』。

 ――――そして、その文言に続き『これが破られた際は“         ”となる』と記載している。要求が空白なのは、白紙の小切手……というのは変だけども、破られた際にこちらの裁量で要求を書き加えるためのものだ。

 それを警戒して規則破りを自重してくれることを狙ったのだけど……読み違えたか。

 

 ともかく戦闘後に攻撃という形で介入してきた以上、条件の無視と判断できる。 

 僕の足下に管理局の魔法陣が現れて、転送が開始される。

 

 契約違反確定だ、言い訳の余地はない。

 

 

 ――――それになにより、フェイトを抱いたアリサも狙ったのはいかんせん許しがたい。

 

 

「――さぁて、どうしてくれようか」

 

 

 転送により体が消える瞬間、僕の顔は完全な無表情であった。

 

 




というわけで39話でした。

いつもより、200文字くらい大目の6700文字超えです。

以下、いつものように説明など。
>『強化術式、『筋力強化』、『防御強化』、『速度強化』、『自動回復』』
弟子に対して厳しいこと言いつつ、かなり過保護な主人公

>アリサの援護のために完成していた鋼鷹を12羽向かわせる。
弟子に対して(ry

>『らーじゃ♪』
アリサの中の人つながりのネタ。
ググらずに分かった人は立派な釘宮病患者。

>桃色の魔力砲撃を、障壁を斜めに張って
個人的にリリカル世界最大のナゾの一つ。
なぜ、直射砲撃に対し垂直にシールドを張るのだろうと。

>無線でアリサに『砲撃行ったよ』と
なお、この砲撃はフェイトの右足を飲み込んだ模様

>魔法陣の効果は、受けた攻撃を陣の書かれた物体に肩代わりさせる
便利そうに見えて、結構使いどころが少ない魔法。
自身の防衛拠点に書こうものなら、防衛拠点の崩壊待ったなし。
使うとすれば、自身の身につけた鎧とかに展開して、生身への被害を鎧に転写するとか……。

また、作中のように魔方陣への直接攻撃にも弱い。

>アルフの体を弾丸に、管理局組の二人が居るところめがけて殴り飛ばした。
『超級覇王アルフ弾 』……このネタ分かる人何人居るんだろう。

>アントワークさんあの位置から動いても居ない
その理由に気づければ勝機があった。

>いわゆる閃光手榴弾
実は、レイジングハートさんは危険を察知して障壁を展開していたのだが、いわゆるグレネード(破片手榴弾)の想定で障壁張ってたので、光と轟音にマスターのほうは耐えられなかった。
M84:『バルス!』
なのは:『目が、目がぁああ!?』
レイハさん:『センサーが、センサーがぁあああ!?』

>何の準備も気構えも無しにそんな物の一撃に晒され、平静を保てるものなど存在しない
筆者はサバゲー(室内戦)で、目の前の仲間がポロっと落としたピンの抜けたグレネード(BB弾を数百発撒き散らす代物)を見て、一瞬思考停止に陥りました。……ええ、痛かったです。

>二人仲良く簀巻き
なのは:にゃ!? ユーノ君どこ触ってるの!?
ユーノ:ご、ごめん!?

向かい合わせで簀巻きになった二人の一幕。

>目を見開き、反射的に共闘していた二人に視線を
密室での仕様ではなかったので、アルフの所まで閃光手榴弾の被害は及びませんでした。

>ジーク、勝ったわ!
決まり手:フェイトのみぞおちに、強化した筋力+重量増加した杖での一撃。
フェイト談:『お腹に穴が開いたかと思いました
バルディッシュ談:『攻撃を受けるたび、折れるんじゃないかとヒヤヒヤしてました』

>「素晴らしい、さすが僕の弟子、愛してる。あとで何でもしてあげる」
盛大な次回以降への、読者参加型フラグ。
詳細はあとがき最下部へ。

>フェイトの回収完了っ! あと、意識も戻ったわ
実は、人工呼吸する事態になってました。

>ドーム状に散らされると海上を電気で青白く染め上げた。
下手に防ぐと電気にやられるので、全て海に受け流してみた。

>「――さぁて、どうしてくれようか」
主人公が激おこぷんぷん丸状態。
万が一アリサが怪我してたら、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態になっていた。

以上、説明など終わり。

さて、読者様方の参加企画のお知らせです。
『素晴らしい、さすが僕の弟子、愛してる。あとで何でもしてあげる』
と言い放った主人公……さて、何をさせますか?というアンケートです。
こちらは、活動報告のほうでアンケートを行っておりますので、どしどしご意見お待ちしております。

では、ご意見ご感想お待ちしております。

P.S:PSPシナリオの件に関する活動報告へのご意見もお待ちしております。
また、書き込みをして頂いた方々、誠に有難うございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40:明かされる真相

最近冷や汗をかいた事:本話の予約投稿が1年後の11月28日になっていた事

あと、本作のタグが更新されています、ご確認をば。
それに関する事をあとがきでも述べてますので、ご参照ください。


40:明かされる真相

 

「3人ともなにはともあれ、……お疲れさま」

 

 管理局の転送魔法で、結界内から緊急避難的にアースラへと戻ってきた僕は、同様に転送されてきたアリサとフェイト・アルフ組を(ねぎら)った。

 

「勝ったわ!」

 

 『褒めて褒めて!』と言わんばかりに鼻息荒く、僕を見とめた途端にアリサが感極まったかのように僕へと飛びついてくる。

 僕は膝をクッション代わりにして、ふわりと柔らかくアリサを抱き止めた。

 屋敷でアリサが飼っている犬にするように、わしわしと頭を撫でる。

 

「ん、よしよし」

「んー♪」

 

 満足げな声を上げて、アリサが僕から離れた。その際に小声で『フェイトの事、フォローしてあげて?』と言われたので、僕も『ん』と耳元で小さく囁きを返す。

 

 フェイトを見てみれば、母からのルール破りの攻撃が衝撃だったのか、それともアリサとの敗北が陰を落としているのか、いかにも“意気消沈”と言わんばかりの雰囲気で沈んでいた。あとは、戦闘での魔力の消費による倦怠感からか、顔色も悪い。

 

「フェイト、あーん」

「……? あーん」

 

 フェイトが開けた口に、先の戦闘でアリサに飲ませたのと同じレモン味の魔法薬を放り込む。

 

「……甘い」

「ん。疲労の回復と、魔力の回復になる。お疲れさま」

 

 アリサにするように、片手で頭を撫でて髪を軽く梳く。

 

「アルフもご苦労様」

「ぐるるるる~」

「――――あ」

 

 フェイトから手を離し、ちょっと背伸びして傍らのアルフを撫でた。アルフは人型でも、撫でられたら喉を鳴らすらしい。

 アルフを撫でるために手を離した瞬間、フェイトが名残惜しそうな声を上げたので、『ん?』とそちらを眺めてみる。

 

「……あぅ」

 

 顔を伏せて、フェイトが顔を赤く染めた。

 

「…………来る?」

 

 試しに両手を広げて、フェイトに向き直ってみる。

 

「? ……!?!?」

 

 最初、首を傾げたフェイトだったけど、アルフから何か念話で吹き込まれたのか『ぼんっ』と音を立てて、さっき以上に真っ赤になった。

 一歩こちらに踏み出したと思ったら、何か躊躇ったのか一歩下がる。そんなことを何度か繰り返す。

 

「……えい」

「!?!? ……あう」

 

 焦れったかったので、こっちから抱きしめてみた。

 わたわたと僕の腕の中で手足を動かすフェイトだったけど、吹っ切ったのか真っ赤なまま動かなくなる。胸元で静かになったフェイトを撫でた。抱き心地はアリサよりちょっと固い……かな?

 

 ん、そういえば海に落ちたんだっけか。

 濡れてはないけど若干磯の香りがするし、髪がちょっとごわついてる。

 

「ふむ」

「ふぁぁああ!?」

 

 魔法で髪の毛をケアしつつ、海水で汚れた体も魔法でちゃちゃっと清潔にしておく。

 この魔法ちょっと刺激があるせいか、フェイトが変な声を上げてビクンと体を跳ねさせたけど問題なし。あったかいお湯につま先から頭のてっぺんまで、ゆっくり浸かってく感覚だから、むしろ気持ちいいんじゃないかな?

 髪から磯臭さも消えたので、代わりに檸檬の香油で軽く匂いをつけておく。

 

「……ん」

 

 フェイトを少し離し、彼女の頬に片手を当ててこちらを向かせる。

 んむ、顔色も良くなって頬はうっすらと桜色、海水で冷えてた体温も温かい。

 

「……ぁ」

 

 フェイトが目を閉じ、薄く口を開けて僕に顔を――――

 

「スタアァアアアアァップ!!」

「!?!?」

 

 いきなり大声を出したアリサに、フェイトがビクリと肩を震わせた。

 

「いやいやいや、待って待って待って待って? その雰囲気はおかしい、私の初めてがアレで…………いや嬉しかったけど」

 

 取り乱した様子で僕とフェイトの間に割り込んだアリサが、頭をぶんぶん振りながら最後に何か小声で言いつつ、距離を取らせた。

 

「……あぅ、いい雰囲気だったのに」

「あ゛ん?」

「ぴゃっ!?」

 

 アリサの笑顔(・・)に気圧されたフェイトが、涙目でガクガクと震え出す。

 

「ジ、ジークはアタシのなんだからッ!」

「や、僕は僕のものだよ?」

「そこは空気読んで合わせなさいよッ!」

「アリサはなかなか無茶を言う」

「……よし」

「頑張れフェイト、チャンスはまだあるよ」

 

 ちょっと理不尽に僕をアリサと裏腹に、フェイトが小さくガッツポーズをしていた。アルフはその背後でフェイトにエールを送っている。

 

「…………あー、もういいか?」

 

 ちょっと遠くで様子を伺っていた黒服が、そう話しかけながら近づいてくる。

 

「よくなくても勝手に来るでしょ?」

「いや、さすがに僕も修羅場は勘弁願いたい」

「?」

「その『修羅場ってどこが?』みたいな顔止めろ!」

 

 いったいどこで血みどろの争いが起こっているというのか。

 

「……とにかく、こちらへ来て貰おう。そっちの二人は悪いが拘束させてもらう」

「なに、安全面か何か? 拘束なんかより僕が手を繋いどくのが確実だと思うけど」

 

 ひょいとフェイトの手を繋ぐ。至近でフェイトの早さはマズいけど、アルフ程度の早さなら対応できるし。

 片手でも繋いどけば、動きも封じれるし魔法の発生も感じ取れる。

 

「いや、なにを根拠に――――」

「――――魔力封じられでもしなきゃ、僕生身で拘束くらい力付くで破れるよ」

「……もうなにも言うまい」

 

 黒服が額を押さえてため息をはいた。物わかり良くなったようで非常に助かる。

 

「まぁいいわ、い……行きましょうか」

 

 ぎこちない動きで、アリサが僕の空いてる方の手を繋いできた。

 

「…………」

 

 僕の左右が埋まってるのを見て、ちょっと悲しげな顔のアルフはちょこちょこと近寄ってくると、僕の外套の裾を摘んで付いてくることにしたらしい。

 中央に僕、両翼に女の子、後詰めに使い魔というフォーメーションの完成だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「あ、アリサちゃん!?」

「ちょ、なんでなのはがココに居るのよ!?」

 

 この艦船の指令所らしき所に入った瞬間、目の合った高町とアリサは、目を見開くと無言で口をパクパクとした後、同時に叫んでいた。

 ふむ、同じ学校とは知ってたけど、知り合いだったのか。

 

「あー、二人とも少し落ち着い――――」

「「ちょっと(ユーノ君は)アンタは黙ってて!」」

「あ……はい」

 

 お互い出会った相手が本人とは信じられないらしく、僕から手を離したアリサが高町と混乱した様子で話し合ってるのを片耳で聞きつつ、僕は眼前のこの船の長に向き直る。

 背後はユーノに任せた。

 

「どうも。随分外からの介入に弱い結界だったようで?」

「……相手、プレシア女史の腕がこちらの想像を超えていたわ、ごめんなさい」

「それに関しては後々何かしら誠意を見せてくれればいい」

 

 さらりと要求をしつつ、僕は「現状は?」と問いかける。

 

「いま、ようやく突入隊を2部隊送り込んだところ」

「……相手の介入から随分と時間掛かってるけど、今頃?」

「ちょっと魔力炉の調子が悪くてね、部隊の転送に必要な出力を出すのに手間取ってしまったの」

「整備不足か何か? 情けない」

 

 間違いなく僕の使い魔のせいだけど、気づかれてなさそうなので管理局の不手際のせいにしておく。

 気づけない相手が悪い、非友好的な組織との交渉(はなしあい)とはそんなものだ。

 

「フェイト、母君が捕まる所を見たくないなら、場所を移すけど――――」

「――――大丈夫、ココに居る」

「……そう」 

 

 フェイトの右手は僕と繋がれ、握られた左手は胸元に、その拳には愛機のバルディッシュ。

 時折、確かめるように『にぎにぎ』と僕の手を握ってくるフェイトに、『にぎにぎにぎ』と握り返しつつ目の前の巨大な画面に映る突入隊の様子を見た。

 

 立派な作りの庭園を通り、建物に突入していく部隊員たち。これを映してるのが『サーチャー』という奴か。

 

 ……うんまぁ、突入部隊の練度はソコソコ? 戦力的に0.1アリサくらい?

 僕が戦力評価をしている合間に、捜索を続けていた部隊が、ついにフェイトの母親――プレシアと言うらしい――を見つけ、その部屋へと突入した。

 

 フェイトと繋がれた手が、一層強く握られた。

 

『プレシア・テスタロッサだな!』

『……』

 

 部隊の半数がプレシアの半包囲、もう半数が背後の部屋に突入した。

 その瞬間、囲まれ杖を突きつけられても泰然と椅子に腰掛け、沈黙を貫いていた彼女が――――突如、激昂した。

 

『――――な、これは……!?』

『私のアリシアに――――触れないで!』

 

 隠し通路に突入した管理局の面々が、目の前のソレに意識を奪われる。

 不用意に“ソレ”に近づいた局員を、すさまじい形相を浮かべて割り込んだプレシアがつかみ、投げ飛ばす。

 

 ……あの細腕に、どれほどの力が込められているというのか。

 

 

 僕たちの視界に飛び込んできたのは、透明な水槽に浮かぶ“フェイトと瓜二つな少女の体”だった。とは言っても筋肉の付き方とかは微妙に違う。

 フェイトの裸は二回も裸を見たんだ、間違えようもない。

 

 

 アースラの指令室の画面いっぱいに映し出されたソレに、後ろで言い合ってたアリサ達は勿論、全員が自失と行った感じに沈黙する。

 

『う、撃てッ!』

 

 立場上引くわけには行かないだろう彼らに、僕は同情さえ覚えた。……実力差が有りすぎる。

 彼らの攻撃は無言で防がれ、対するプレシアの反撃は突入部隊全員の意識を刈り取っている。

 

「いけない! 突入部隊の離脱を!」

「艦長! メインで使用中の予備魔力炉の出力が、庭園への転送の際の魔力使用で低下中! 一時的に出力を上げて突入部隊を戻すことは可能ですが、その後しばらくの間、再度転送装置を使用するのに十分な出力は得られません!!」

 

 ほんの刹那、艦長が逡巡し――――決断した。

 

「――――突入部隊の離脱を。彼らの身柄が確保されたら、こちらの動きに制限が出るわ」

「了解!」

 

 

 目の前で管理局の面々がそんなやりとりをしている間、僕はソレどころではなかった。

 

 

「――――アリ、シア……?」

「――――? ソレは、誰?」

「わからない、わからない……? 私はフェイトで、でもアリシアの記憶も有って――――母さんなんで? 私はフェイトで、アリシアじゃ――――私は……誰なの?」

 

 ……マズい。

 直感的にそう悟って、僕はフェイトの思考を止めさせるべく動いた。

 

「落ち着いて、僕の目を見て」

 

 両手でフェイトのそれぞれの手を繋ぎ、極至近距離まで顔を近づけてフェイトと視線を合わせる。……画面に映った液体に浮かぶ少女がフェイトの目に入らないように。

 そして、“見つめた相手が僕の話を素直に聞いてくれる”程度の弱い魔眼を発動させる。

 

「フェイト、初めて僕と会った時、完膚無きまでに負けたのは誰? アリサの家で、一緒にお茶会したのは誰?」

「それは……私」

「そう。僕はアリシアなんて知らない、フェイトしか知らない。

 だから誰が何と言おうと、僕の目の前にいるのはフェイト……違う?」

「……うん、違わない」

 

 フェイトの目に理性の光が戻ってきたのを見て、僕は内心でほっと息を吐く。

 そんな内心を悟らせないよう、わざとらしく笑って見せて付け加えた。

 

「大丈夫、酔っぱらったあげく、巻いてたタオル自分から脱いで裸になって、そのまま抱きついてきた女の子のこと、忘れようも間違えようも――――」

「あーーーーー! あーーーーーー! あーーーーーーーー!?」

 

 目の前のフェイトが取り乱し、両手をはなすとバタバタ手を振って大声を上げた。

 

 ――――ごしゅっ!

 

「い゛っだい゛。……なぜ殴るし」

「う、うるさいうるさいうるさい! なんとなくよ、文句ある!?」

 

 後ろからアリサに杖で頭を殴られた、しかも加重魔法込みで。

 僕じゃなきゃ頭が胴体とお別れしてる、流石に痛い。

 

 アリサはそのままむくれて、『露出か、露出が足りないのかッ』とつぶやいている。

 

「……えっと、大丈夫?」

「うわ、コブになってる」

「ん……平気」

 

 触って確かめてきたアルフが眉をひそめた。というか触られると地味に痛い。

 フェイトも手を伸ばし、恐る恐るといった感じで撫でてきた。

 

『……随分と、余裕のある会話だこと』

 

 サーチャー越しに届いたプレシアの声に、僕たちは一斉に視線をウィンドウへと向けたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

『お人形と仲良くするなんて、滑稽極まる連中ね』

「……“お人形”?」

「実はね――――」

 

 その言葉の意味を測りかね、疑問の呟きをこぼした僕に、顔を伏せた管理局の通信士が重い声で話してくれた。

 

 

 ソレを簡潔にまとめると、こういうことだった。

 

 

 26年前のこと、プレシアは自身が研究していた次元航行エネルギー駆動炉『ヒュウドラ』の暴走事故によって、娘である『アリシア・テスタロッサ』を亡くしたらしい。事故の責任を負わされ、地方に左遷された彼女は、そこで人造生命の研究に着手、そのノウハウを得た後、行方不明になって今日に至る。

 

――――そして、その人造生命の研究の呼称は…………『プロジェクト・フェイト(F.A.T.E)』。

 




 というわけで40話でした。
 半端なところで切れてますが、キリがいい所まで行くと8000文字近くなったので分割しました。

 前書きでも述べましたとおり、本作のタグを一部更新しました。
 理由といたしましては39話でのアンケートに起因しております。
 主人公のプロポーズ・婚約を希望される方がおられたのですが、そのイベントはA's編の最後付近のプロットに準備してあるのです。
 ですので、申し訳ありませんがそちらは採用できません、この場でお詫び申し上げます。

 お詫びといっては何ですが、婚約関係のネタバレを少々。

 『ジークがアリサに婿入りし、○○○○(A's)がジークに嫁入りし、○○○○(無印)がその二人公認の妾(愛人)』です。

 どうしてそうなった……というのはその時までお待ち下さい、納得の行く(と作者は思っている)理由を準備してあります。 

本作品におけるPSP版シナリオについて
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=54518&uid=8171
39話あとがきのアンケートについて
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=55027&uid=8171

共にまだまだご意見受付中です、未回答の方は奮ってご参加下さいませ。


以下、ネタ7割マジメ3割の説明です。(ツッコミ歓迎

>『褒めて褒めて!』と言わんばかりに鼻息荒く、僕を見とめた途端にアリサが感極まったかのように僕へと飛びついてくる。
作者的に、アリサは『犬』です。フェイトは『豹(ひょう)』ですかね、色合い的にもw

>『フェイトの事、フォローしてあげて?』
敵に塩を送るアリサさん、マジで正ヒロイン

>アルフから何か念話で吹き込まれた
アルフ:『チャンスだフェイト、一思いにギュッと!』
フェイト:『ふぇ!?』

>抱き心地はアリサよりちょっと固い
バルディッシュの素振りとかで鍛えてるぶん、アリサより筋肉多そうなので。

>この魔法ちょっと刺激があるせいか、フェイトが変な声を上げてビクンと体を跳ねさせた
10年後だったらR-18展開待った無しである。

>「スタアァアアアアァップ!!」
細胞はあります!

>いやいやいや、待って待って待って待って?
『グリザイアの楽園』の台詞が元ネタ。
果実→迷宮→楽園と一挙プレイしたのが更新遅れの一因。

>僕生身で拘束くらい力付くで破れるよ
言峰○礼:『……ほぅ?』

>アリサが僕の空いてる方の手を繋いできた
指を絡めあった、恋人繋ぎである

>アルフはちょこちょこと近寄ってくると、僕の外套の裾を摘んで付いてくることにした
かわいい(確信)

>「あ、アリサちゃん!?」
>「ちょ、なんでなのはがココに居るのよ!?」
40話目にして、ようやくの対面である。
作者視点だと、出会うまでに1年10ヶ月掛かっていることに戦慄(1話の投稿日を見返しつつ)

>後々何かしら誠意を見せてくれればいい
ヤク○の物言いである。

>突入隊を2部隊
原作の小説版を参照したところ、50人ほどらしい。
TV版・劇場版だと20人はいなそうな感じです。

>……あの細腕に、どれほどの力が込められているというのか
『母は強し』である。

>透明な水槽に浮かぶ“フェイトと瓜二つな少女の体”
NGにしたネタ
アリサ:『ふっ!(手をチョキにして目潰し』
ジーク:『目が、目がぁああ!?』

>フェイトの裸は二回も裸を見たんだ、間違えようもない。
主人公補正ってやつ、訴訟不可避(ry

>彼らの身柄が確保されたら、こちらの動きに制限が出るわ
20~50人を肉の壁にされでもしたら、それこそ困るという判断

>弱い魔眼を発動
本作の設定では、魔眼は『先天的なもの』と『修練で身につけられるもの』の2パターンがあるものとしています。
前者は強力でユニークな効果が多く、後者は難易度相応の効果という感じ。
ここで発動されたのは、『言うことを聞かせる』でなく『言った事が素直に頭に入る』点にご留意ください。前者は先天的な魔眼が必須です。

>うるさいうるさいうるさい!
中の人つながりのネタ、派生で
『うるちゃい うるちゃい うるちゃい!』
も存在する

>後ろからアリサに杖で頭を殴られた
その後の一幕
ア:『さっきは、その……悪かったわ』
ジ:『ん、大丈夫。…鍛えてますから』
ア:『……そう』(殴ったところ撫でつつ)

本作のアリサさんは、嫉妬から衝動的に手を出しちゃう自分に、本気で凹むタイプ。

>>鍛えてますから
主人公は日曜朝の『スーパーヒーロータイム(朝07:30~08:30)』の愛好者。
『この世界の文化を知るため』と言いつつ、朝の7:15には正座してTVの前に陣取っている。なお、最近はアリサも一緒。
『鍛えてますから』の元ネタが分かる人、感想で作者と語り合いましょう。(周囲は555派・000派・電王派・密林派

>26年前のこと~
『NanohaWiki』の時系列表を参照しました。

では、ご意見ご感想をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41:時の庭園~前哨戦~ (あとがきにてPSPシナリオに関する告知有り)

私を起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる。
クリスマスも正月もバレンタインも無かったんや……

年末のバイトラッシュから、そのまま卒業のかかった期末考査が1月末まで。
2月前半は東京から地元への引越しを行い、半ばはその流れで海外旅行。
そしてストレスと過労が要因で精密検査に引っかかると言うダブルアタックで今に至ってます、はい。

基本、感想返しは時間の有るときか次の話の投稿前後に纏めて返す形になります。

なお、今回の正月企画『続きはよ!』無事達成いたしました。
唯一の誤算は、達成までの期日を定めなかったことと、予想以上に達成が早かったこと……あれ唯一じゃねぇ。

R18の続きに関しては、正月特別版のあとがきに詳細を書いてありますので、しばしお待ちを。

たぶん、3月頭前後になりそう(忙しい

50件超の感想を一気に返信したせいで、両手が軽く腱鞘炎気味w




41:時の庭園~前哨戦~

 

 

『よく調べたわね……私の目的はただ一つ、アリシアの蘇生だけ』

 

 プレシアのフェイトを見る目は、娘に向けるものどころか、人に向けるものですら無い。

 

『でもダメね。ちっとも上手く行かなかった。まがい物の命は所詮作り物。アリシアと同じ体と記憶を与えたのに、その人形はアリシアの持っていなかった魔法資質を持っていた。利き手すら違う』

 

 フェイトと繋がれた手が、痛みを感じるほどキツく握りしめられる。

 

『手に入れた、たった8つのジュエルシード。これだけでアルハザードにたどり着けるか分からないけれど……。でも、もういいわ。これで終わりにする。

 アリシアを亡くしてからの陰鬱な時間も、その身代わりの人形に記憶を与えて娘扱いするのももう終わり。

……分かっているわよね、貴女のことよ――――フェイト』

 

 僕はプレシアの物言いに内心で舌を打つ。

 

「……バカめ」

『あぁ、貴方がフェイトの言っていた“強い男の子”かしら……それは、どういう意味?』

 

 濁りきった瞳でこちらを見たプレシアを、僕は真っ向から見つめ返す。

 

「同じ体を作って、同じ記憶を与えれば同じ人間になる……? そんなわけがない。

 剣の、武術の稽古は基本的に“型”を覚える所が基本。『知識』でも『理論』でもなく、反復練習で体に『経験』って形で覚え込ませる。記憶を失っても、剣の型は覚えてる……そんな奴だって見たことある」

 

『理論上は問題無いはずなの。だけど確かにその人形はアリシアじゃなかった、でも私の代わりに自由に動ける便利な人形が手に入ったと思えばいい。私はジュエルシードを使ってアルハザードに行き、その秘術でこの肉体を元にアリシアを蘇生させる……!』

 

 どうなろうとも、『アリシア』を蘇らせたいのか。妄執と言うべき……なんだろう。

 

『ねぇ貴方……私と手を組まない?』

「「「「!?」」」」

 

 アースラの管制室全体が、ザワリと確かにどよめいた。

 全員の視線が僕を射抜く。

 

 周りの視線を気に留める事無く問い返した。

 

「……理由を聞いても?」

『単純な話よ。私はより多くのジュエルシードを使って、確実にアルハザードへと至りたい。貴方のジュエルシードと併せて、アルハザードにたどり着けばこちらのモノ、アリシアを蘇らせたら貴方の願いをなんだって叶えてあげるわ。……どう? 悪い条件じゃ無い――――』

 

 隣で何か言おうと一歩踏み出したアリサを片手で遮る。

 

「――――オーケー、概ね理解した。確かにジュエルシードを使えば大抵の願いは叶う」

『そう、なら話が早いわ。理解が良くて助かる――――』

 

 

「――――だ が 断 る」

 

 

 僕の返答にプレシアは目を見開いて沈黙し……信じられないと言いたげに首を振った。

 

『……理解に苦しむわね、何でも願いが叶うのよ? 貴方にだって願いは有るでしょう?』

「もちろん。……でも、僕のこれはもう叶えるべき“願い”なんかじゃなくて、向かい合うべき“後悔”だから」

『言ってご覧なさいな、貴方一人程度の願い、私に比べれば――――』

 

 

「――――僕の願いは(こきょう)の再生。内訳は人口約5万弱並びに彼らの生活基盤及び財産すべて、なお死体も土地も遺品も、(ちり)一つ残ってない。……ねぇ、こんな願い叶うと思う?」

 

 

『…………』

 

 僕の言葉に、画面の向こうのプレシアだけでなく、こちらの管制室も痛いくらいの沈黙に包まれた。

 

「沈黙は否定と取らせてもらう。……プレシア、僕が言えた事では無いけども、無くしたモノも過去も戻らない」

『……黙りなさい』

「過去を振り返るのは悪くない、だけどずっと過去をみている訳にも行かないのも事実。……僕達が居るのは今というこの日この時なんだから」

『黙れ、黙れ、黙れッ!』

 

 僕は一歩下がると空いてる手でアリサの手を取り、握りしめる。アリサが僕のいきなりの行動に、ちょっと慌てたようだけど、すぐに握り返してくれた。

 僕はチラリとアリサに視線を投げて画面の向こうのプレシアを見返した。

 

「……プレシア、僕は未来(まえ)を見る理由――アリサ――を見つけたぞ?」

『黙れと言っているでしょう!』

 

 息を荒げ、目に怒りの色を(たた)えながらプレシアが怒声をあげた。

 

『私は、私にはアリシアしか居ないの!』

「……そ。まぁ交渉は決裂と言うことで」

 

 この件に関して、これ以上の交渉は無意味か。

 

 大声を出して我に返ったのか、呼吸を整え、見た目だけは落ち着きを取り戻したプレシアが、フェイトに向けてトドメの一言を言い放った。

 

『私はね、フェイト……貴女のことがずっと大嫌いだったの! アリシアが戻る目処が立った以上、貴女はもういらない。何処へなりとも消えてしまいなさい!』

「……ぁ」

「フェイト!」

「フェイトちゃん!?」

 

 その言葉がよほどの衝撃だったのか、あるいはこれまでの暴言の蓄積なのか。

 崩れ落ちるフェイトに、アリサと高町が反射的に声を上げた。

 フェイトの膝がカクンと折れて倒れ込みそうになるのを、僕は上手く受け止める。

 

『私たちは行くわ。失われた都、アルハザードへ!!』

 

 その言葉を最後に、映されていた画面が消えた。

 

「艦長! 時の庭園内より次元震発生! 30秒後に本艦に到達します!」

「ディストーションフィールド展開! 衝撃に備えて!」

「ダメです! さっきの武装隊の転送で落ちた出力が回復していません、ディストーションフィールド展開不可です!」

「――――ッ! 私が展開するわ!」

 

 言うが早いか、背から羽根を出現させた艦長が、何らかの障壁を展開させたのが感じられる。

 

「む、艦全体を次元震を防ぐ障壁で守ったか、見事」

 

 僕はわりと心からの賞賛を艦長に掛ける。

 あくまで“相殺”じゃなく“防御”だから、僕の物よりは劣るのだけど、あの状況でこれだけ張れれば十分以上に及第点。

 

「……ま、アントワーク君のやったことに比べたら劣るけど…………艦長だもの、これくらいはね?」

 

 そう言いつつこちらにウィンクして見せてはいるものの、そこまで余裕が在りそうにも見えない。現に彼女の頬を一筋の汗が伝って落ちた。

 

「でも……マズイわね。エイミィ、魔導エンジンの出力低下が改善されるまで何分?」

「整備班からの連絡によると……2時間です!」

「く……っ。ユーノ君、アントワーク君、二人は転送魔法が使えると思うけど、この時空震が発生してる状態で、転送ポートに頼らない個人レベルの転送は可能?」

「つ、通常状態ならともかく、この状況じゃ安全を断言できません」

「そう、……アントワーク君は?」

 

 ……ふむ。

 アリサに『ちょっと黙って見てて?』『わかったわ』と念話で言葉を交わす。

 

「可能、安全も保障できる。人数も10人くらいまでなら確実に」

「――――! 

 …………アントワーク君、管理局の提督として、庭園への転移を含めて事件の解決に協力を要請することは可能?」

「問題ない。ただし、見返り無しには手伝えない」

 

 僕の反応に、黒服が声を荒げた。

 

「君は状況が分かって言ってるのか!?」

「もちろん、これ以上無いくらいには」

「ならば見返りなんて言ってる場合じゃ――――」

「――――僕としては、別に手伝わなくてもいい事案だもの」

 

 その答えに黒服が絶句するが、すぐに僕へと言い返す。

 

「この次元震をどうにかしないと、次元断層が発生して第97管理外世界……君たちの地球だって滅びるかもしれないんだぞ!?」

 

 予想通りの言葉に、僕は鼻をフンと鳴らして黒服を見返し言い放つ。

 

 

「次元断層が発生したって、僕たちの世界だけ守ればいい話だもの。元凶を断つか、起こった断層に対処するかの違い」

 

 

 『そっちに協力するメリットは無いんだぞ?』と暗に告げてみせる。

 まぁ、この星を助ける代わりに知らない世界が滅びます~とか実際にそんなことしようもんなら、アリサに怒られる気がするからやれないけど。

 

 

 だけど『仕事には相応の対価を』だ。ここで助けて、後々ずっと頼られるもの癪だし。

 

 

「クロノ、構わないわ。こちらが一方的に負担も責任も押しつける形だもの。けど、この状況じゃ管理局本局に通信もできないから、あくまで“私の立場で出来る範囲”の見返りでも、構わないかしら」

「ん、それでいい。契約成立、証人はここにいる全員とデバイス達」

 

 ちらりとアリサを見てみたら、ケータイの録音機能をオンにして、一連のやりとりを撮っておいてくれたらしい。

 『どやぁ』という顔でこっちを見てたので、『あとでご褒美』と伝えておいた。小さくガッツポーズをするアリサを見守りつつ、僕は周りに宣言する。

 

「転移は20……いや、15分後。場所はこの艦の転送ポートから、問題は? じゃあ、状況開始」

 

 僕の言葉に、周囲の面々が準備に動き出す。

 さて、僕も時間までにフェイトを何処か、寝かせられるところに移動しよう。

 

 

◇◇◇

 

 

「ん……と」

 

 僕は抱いていたフェイトを、艦長に指示された医務室のベッドへ寝かせた。

 この部屋にいるのは、僕とフェイトだけ。管理局側は先の戦闘で負傷した部隊の治療や突入準備、アリサはアルフに呼び留められてここにはいない。

 

 寝かせたフェイトの様子を見てみるけども、茫然自失といった感じで開かれた目は、何も映していない。

 

 ……ま、反応を返せる心境に無いだけで目も耳も聞こえてはいるのだろうけど。

 ……そうじゃなきゃ、いまから僕が話すことはただの独り言だ、恥ずかしいにもほどがある。

 

「ねぇフェイト、フェイトがいま気に病んでるのは『プレシアから不要とされたこと』と『自分がアリシアを模して作られた存在』……ってことだよね?」

 

 僕の見立ては概ね間違ってはいない……はず。

 ああもう、こんな心神喪失状態じゃなく、泣き叫んでくれてた方がよっぽどマシだ。

 

 僕はフェイトを寝かせたベッドに腰掛け、手を握りしめる

 

「まずは第一点、プレシアに嫌悪されてる事に関して。……僕の私見を言うなら、残酷だけど仕方のないこと。『血は水よりも濃い』なんて言葉はあっても、互いに自己のある生命だもの、どうしたって好悪は存在しちゃう。

 歴史書を紐解けば、子供が親を殺す事もその逆もある。

 親が子供を愛しても、子が親を愛するとは限らない。子が親を愛しても、親が子を愛すとは限らない」

 

 

 …………かく言う僕も理由はどうあれ“親殺し(・・・)”なのだから。

 

 

「――――でも、これは時間や会話で解決できる事もある。プレシアに“嫌悪されている”事を甘受するか、それを改めてもらうよう頑張るか……それはフェイト次第」

 

 一つ目に関して僕が言えるのはこれくらい。

 ――――さて、次が僕にとっても本題だ。

 

「次に第二点、自分の出自に関して」

 

 僕は指を二本立ててみせながら、フェイトの反応を伺うが……無反応か。とりあえず気にせずに話を続ける。

 

「自分が作られた存在で、全うなニンゲンじゃ無いかもしれない……その点で気に病んでいると思うのだけど」

 

 フェイトの手を取り、僕の顔に当てさせる。フェイトの手からは、確かに血の通っている温かさが感じられた。

 ……まぁ、これで違和感に気づけるわけもないか。

 

 僕はそのままフェイトの手を下に誘導し、首筋を押さえるような位置に滑らせる。

 何の反応も見せなかったフェイトの瞳が、無表情ながらもわずかに疑問の色を帯びた。ただ、その疑問の理由は分からなかったらしい。

 

「ねぇフェイト、僕の体から……鼓動は感じられる?(・・・・・・・・)

 

 首筋に当てた手はそのままに、僕はベッドサイドの棚に置いたバルディッシュに声をかける。

 

「バルディッシュ、今の僕からは生体反応……出てないでしょ?」

『……Yeah』

 

 気のせいか、バルディッシュの機械音声も何処となく固く感じられた。

 

 今の僕の服の下には、血の通った実体のある肉体が無い。

 あるのは半透明の肉体の輪郭のみだ。

 

 僕は念のためバルディッシュの記録に残らないよう、フェイトの耳元に口を寄せる。

 

 

「今の僕はね、細かい説明抜きに表現すると『生命』じゃなく『魔法』そのものになっている。……フェイトは前に街で次元震を起こしたジュエルシードを僕が抑えたときに思わなかった?

 『“人間が、セカイを揺らすようなモノと対等な魔法を放てるはずがない”』

 って」

 

 

 フェイトの目が、確かにこちらに向いてることを確認し、僕は話を続けていく。

 

「生身で操作できる魔力を超えた魔法は使えない、ならば自分が肉体を捨てて『魔法そのものに昇華してしまえばいい』。そんな揚げ足取りみたいな理論を実践してるのが今の僕だ」

 

 まぁ、僕の生まれやら何やらがそんな無茶を許している理由では在るのだけど、いま説明する時間も無い。

 

「細かい話は後で話してあげるけど――――作り物だろうが何だろうが、僕と比べればフェイトはよっぽど人間さ。

 後悔は後からでも出来る。事が終わったら、泣き言だろうが懺悔だろうが、フェイトの話に付き合ってあげる。だから――――」

 

 僕はフェイトの手に魔法を込めた指輪を握らせる。これを使えば一人でも、時空震を気にせず時の庭園まで来れるだろう。

 

「――――今は前だけ、見ればいい」

 

 最後に一度、強くフェイトの手を握ってから離すと、僕は医務室を後にしたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「待たせた?」

「いま来たところよ」

 

 集合場所へ向かった僕に、代表でアリサが答えた。……なぜか、言った後でアリサが両頬を押さえて悶えている。

 そんなアリサに首を傾げつつ、僕はこの場に居るメンツに目をやる。

 

 アリサにアルフ、高町・ユーノと管理局の黒服の計5人。……まぁ、戦闘メンバーのほとんどは先の突入で戦闘不能だし、こんなものか。

 

「『我が杖よ、我が(よろい)よ』!」

 

 眼前に現れた因縁の斧槍杖『ユグドラシル』を掴み、フォンッと風を切るように回転させて両手で持つ。

 以前の街中でのジュエルシードの時と違うのは、久しく身につけていなかった鎧を身につけたことか。

 

 ドラゴンの(かわ)を素材に、動きを妨げないよう極力最小に抑えた胴体全てを守る、黒い艶を放つ革鎧。それに胸部などの急所を聖銀製の追加装甲で防御。

 これに肩当てと両前腕を覆う金属製の手甲を追加して完成だ。左腕の手甲は、防御にも用いるので一回り大きい。

 

 重さはどうにでも出来るから、全て金属鎧にしたほうがいいのだけど、金属鎧は成長期の体に合わせて調整するのが大変だから、その点で楽な革鎧なのだ。

 金属操作系の魔法で何とか出来なくも無いのだけど、大きくしたぶん薄くなって本末転倒になる。

 ドラゴン革なので、下手な金属鎧よりかは丈夫で、柔軟性もあるから嫌いじゃないのだけどね。

 

 久しぶりの戦装束だけども、……んむ、やはり馴染む。

 

 

 ――――さて、逝くか。

 

 

「アリサ、アルフ心の準備は?」

「準備万端、いつでも来なさい!」

「同じく!」

「よし、その他3名、行くぞ」

「「「……扱い酷くないか?(の!)」」」

「五月蠅い、転移は気を使う。おとなしく運ばれろ」

 

 転移先の時の庭園、時空震が絶賛発生中と。

 まずは時空震抑えて、転移の確実性を上げるか……。

 ――――まぁ、抑え方なんて一つしかないけど。

 

「『我が杖よ』」

 

 ――――さて、下手すると今度は無事に戻れないかもなぁ。

 数週間前の街での暴走時以上に、魔法へと置き換わっている自分の体の調子を思い……その雑念を振り払う。

 

 

「『紅き太陽、青の月、金の大地に翠銀の風。翠緑の風となり大地を馳せた旧き精よ、その末裔たる(われ)(こいねが)う』」

 

 

 僕の周囲の空間が、僕から溢れる魔力によって陽炎のごとく歪んでいく。

 ……魔力の出力の高まりが早い、1週ないしは半月位前に一度発動したばかり……無理もないか。

 

 

「『今この時この場所で、我は人でいられるか、……(いいや)』」

 

 

 フェイトを“人間”で無く“人形”と呼び捨てたプレシアをの計画を、“人間”から“人外”になる僕が邪魔をするっていうのは……皮肉だろうな。

 

 

「『――――我が名はジーク・ゴスペリオ・アントワーク、“翡翠の福音”の血を継ぎし者、ヒトとの狭間に生きし者』」

 

 

  背中からは3対6枚の羽根の形をした翼、体からは泉の水のようにこんこんと魔力が溢れ出る。

 

 自分の手を見ながらにぎにぎと動かし、きちんと実体があるか確かめた。

 

 まずは転移の間だけ、一時的に次元震を押さえ込もう。完全に押さえ込むのは震源である現場へ行ってからだ。

 逆位相の次元震を発生させて、この艦船周囲の空間を安定……よし完了。

 

「さて、行こう」

 

 振り返って見回してみたら、管理局ご一行の3名は唖然とした表情で、逆に初めて僕のこの姿を見たアリサは『なんかすごい、羽根生えてるし!』と僕の背中の羽根に手を伸ばしかけている。

 試しにふるふると震わせてみたら、ビクゥッと体を跳ねさせて手を引っ込めた。

 

「……いや、話には聞いていたが、次元震を防御じゃなく相殺だなんて、実際に見ても信じられん」

「信じるも信じないも勝手にすればいい」

 

 再度手を伸ばしていたアリサをデコピンで迎撃しつつ、腕を一振りして転送陣を展開する。

 

「転移――――時の庭園」

 

 ――――戦闘、開始。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 転移した僕たちを迎えてくれたのは、整然と隊列を組んだ無数の機械鎧の兵士たちだった。

 

「いっぱい居るわね……腕が鳴るわ」

「うわー……ユーノ君、あれって中身は――――」

「――――大丈夫、中身は機械だから、手加減せず壊して平気だよ」

「機械兵か……いずれもAランクかそれ以上、まったくよくもここまで揃えたもんだ」

 

 意気込んで杖を構え直す二人とユーノを制し、僕が前にでる。

 

「僕がやる」

「ちょ、私にも手伝わせなさ――――」

「――――僕に任せて。アリサはフェイトとの戦いで勝ってみせた。なら師匠の僕もいい所見せないと、立つ瀬が無い」

 

 手を伸ばし、アリサの頬に触れて微笑んでみせる。

 僕の師匠も、僕が腕を上げたと思ったときは、更に高みの技を見せて、次なる到達目標を作ってくれた。

 

 ならばその弟子である僕も、弟子に対してそう()ろう。

 

「う、うん」

「(顔赤くして、恥ずかしそうなアリサちゃんなんて初めて見たの……)」

 

 高町が愕然とした表情でアリサを見て何かつぶやいていたが、関係なさそうだったので聞き流す。

 僕が元いた世界にも、形は違えどもこうやって使役するタイプの傀儡(くぐつ)の兵は存在する。

 

「アリサ、僕がアリサにこれまで教えた技は、良くも悪くも1対1に特化させた力任せ。こういう数に物を言わせた相手には手数で負ける」

 

 前に出て、ユグドラシルを大きく一度回し、その石突きをスピードをあげてこちらに迫る敵へと向ける。

 剣を握れないから本式の技ではないけども、斧槍でも刃物ではあるから技の本質は変わらない。

 

「倒し方は色々あるけど、たぶんこれが一番速い――――」

 

 普通に振っては刃の届かない位置だが、この技はその例外。

 何故なら、これは物理的に刃で裂く技じゃないからだ。

 

「――――アルカディア騎士団流魔法剣闘術、特型 壱の太刀『傀儡(くぐつ)斬り』」

 

 構えたユグドラシルを真横に一閃、薙ぎ払いに併せて空間が波打った。

 こちらへ突進を仕掛けてきた部隊が、鎧の隙間から黒煙を噴いてそのまま崩れ落ちる。

 

「「「な!?(にゃ!?)」」」

「堅い装甲を持つ敵は、内部を狙って壊す。この技はこういった機械兵の中の核の魔法の流れを斬り壊し、暴走させて自壊させてる」

 

 もう一度お手本を見せるつもりで、今度はこちらから踏み込んでもう一閃。

 次は奥に控えていた部隊が同様に崩れ落ちた。

 

 今の二振りで4割は削ったのに、追加でその倍が魔法陣から出現した。

 数で一気に押そうとしたのか、全てが僕めがけて走り出す

 

 お手本はこれくらいで十分だろう。

 あとはただ駆逐するのみ。

 

 

 ――――空間指定、『前方15mから50m、幅30m高さ4mの直方体』。

 ――――分割指定、『上下に二分』

 

 

 「――――秘剣、『空裂(からわれ)』」

 

 僕は再度、ユグドラシルを横薙ぎに一閃した。

 次の瞬間、優に80を越える機械兵の下半身が停止、“斬線に沿って綺麗に分かたれた”上半身だけが慣性に従って進み……爆発した。

 

 ここからでは見えないけど、機械兵の切り口は鏡のようになめらかなはず。

 

 爆風と破片が後ろのアリサ達に飛ばないよう、障壁を張って防ぎきる。

 

 追加の兵力は……無し。

 

「片づいた、侵攻開始」

 

 僕はユグドラシルを肩に担ぐと、そのまま悠々と歩き出すのだった。

 




 お待たせしました、難産だった41話です。
 個人的に、もうちょっと上手い表現があったと考えつつ、更新を先延ばしにするわけにもいかなかった……
 あとで細部を手直しするかも知れません。

 また、お正月企画、無事に達成いたしました、有難うございます。
 詳細はお正月特別編のあとがきに記載しております。(文字数の関係上

 質問があったのでこの場でお答えしますが、本作は劇場版とTV版をミックスしつつ編集しております(ホントに今さら
 バリアジャケットなどヴィジュアル面の設定は、劇場版準拠でやっております。

 また、以前アンケートをとりましたPSPシナリオに関してですが、結果を発表いたします。
 結果としましては、執筆決定・本編とのリンク有り・メインヒロインはシュテルと相成りました。(数え間違いは無いはず…
 票をゲットしつつも選考から漏れたヒロインに関しましては、作中で多少の砂糖成分を入れる予定です、ご了承を。

 では、以下いつもどおりの説明など。

>利き手すら違う
利き手は3~4才くらいで決まるらしいです。

>「――――だ が 断 る」
元ネタは『ジョジョの奇妙な冒険・第4部』の登場人物の岸辺露伴のセリフより

>……ねぇ、こんな願い叶うと思う?
→Q.過去に戻れないの?
→A.主人公の世界の法則だと、どんなに膨大な魔力を使っても過去には戻れない。

>貴女はもういらない。何処へなりとも消えてしまいなさい!
よく覚えておこう、伏線である

>さっきの武装隊の転送で落ちた出力が回復していません
主人公のせいで、割と甚大な被害を受けているアースラであった

>私が展開するわ!
原作と異なる点として、フィールド展開に伴い、艦長がアースラへと釘付けになります。

>「む、艦全体を次元震を防ぐ障壁で守ったか、見事」
NGシーン
主人公:『さすが僕たちより年食ってるだけの事はある』
艦長:『あ゛ん?』

>「問題ない。ただし、見返り無しには手伝えない」
一度タダ働きすると、付け込まれますからね。
どんどん貸しを作っていくスタイル

>ちらりとアリサを見てみたら、ケータイの録音機能をオンにして、一連のやりとりを撮っておいてくれたらしい。
アリサさん、マジ有能
>(アリサが)『どやぁ』という顔でこっちを見てたので
可愛い(確信

>剣の、武術の稽古は基本的に“型”を覚える所が基本。『知識』でも『理論』でもなく、反復練習で体に『経験』って形で覚え込ませる。
 運動記憶とかそういった部類の話になります。私は文系で脳科学専門では無いので、本作ではそういうものだと思っていただけると幸いです。

 どうでもいいことですが、
 『記憶が無くても体は覚えてるんだよ』
 って台詞がエロく脳内変換された人……それは私です。年齢×10回の腹筋に励みましょう。

>僕はそのままフェイトの手を下に誘導し~
この誘導先が下半身だったらR18展開だっ(ry(このコメントは粛清されました)

>『生命』じゃなく『魔法』そのものになっている
個人的なイメージは、三田誠先生の『レンタルマギカ(角川スニーカー文庫)』内の『魔法使いが魔法になる』という感じ。
レンタルマギカは、私の初めて読んだラノベでもある愛読書。

>フェイトの手に魔法を込めた指輪を握らせる
ここで左手の薬指に嵌めてもらっていれば、正ヒロインルート一直線だった。
フェイトの意思に応じて、自動転送する優れもの。効果は使い捨てだが、指輪は残る(意味深

>――――今は前だけ、見ればいい
なのはStsの挿入歌『Pray』の歌詞の一節より。
『Pray』という曲名を見て、野球選手名のアレを連想した者は年齢×10の腹筋。

>「待たせた?」
>「いま来たところよ」
場所と持ち物が良ければ、デートの台詞である。

>――――僕に任せて。
クロノの出番を積極的に奪っていくスタイル

>たぶんこれが一番速い
元ネタは『多分これが一番早いと思います』
とあるTAS動画で生まれた名言。なお、私はリアルタイムでこの変遷を見ていたw

>――――秘剣、『空裂(からわれ)
主人公の特殊状態時限定の中級必殺技。
指定した空間を問答無用で叩き斬る

以上、説明etcでした。
その他説明が欲しいところありましたら、ご連絡いただけると幸いです。

主人公のステータスとか、需要あるんだろうかと思う今日この頃。

誤字脱字・ご意見ご感想などありましたら感想からお願いいたします。


また、最後になりますが、本年もまた本作をご愛読して頂けると幸いです。


P.S:夕方更新とか言いつつ、夜の19:00になってしもうた……すまぬ、すまぬ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42:時の庭園~突入戦~前編

魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE -THE GEARS OF DESTINY-

Sequence.1 ~異変~

「―――ん?」

 妙な魔力反応を感じた僕は、バニングス邸の庭木の剪定作業の手を止めて空を見やる。

「気のせい――では無いっぽいか」

 注意してこの海鳴一帯を探ってみると、どうも時空全体が歪んでいるというか……妙な感じだ。次元震とか断層とかそう言う物では無いから、危急と言う訳でも無さそうだけど。
 念のため、作業を中断して仕事道具を収納しつつ、念話を送りながら屋敷に向かう。

 本日、アリサとフェイトにアルフは“女子会”とやらで、翠屋に行っている。ただ、高町はユーノと一緒に次元世界の遺跡探索に行っているので不在だ。
 ヴォルケンリッター一同は出張中で、八神の主従は次元世界に行ってたはず。

『アリサ、フェイト、アルフ。ちょっと不穏な感じがする、念のため気を張っておいて』

 『面倒なことにならないといいのだけど』、そう思った時ほど既に面倒ごとが起こってるんだよなーと思いつつ、僕は屋敷へと戻るのだった。


◇◇◇

Side:???
「お? おおお?」

 あ…ありのままいま起こった事を話す!

 『俺は娘と一緒に山でキャンプ(やまごもり)していたと思ったら、いつの間にか何処かの世界の夜空に投げ出されていた』。
 な……何を言ってるのか、わからねーと思うが俺も何をされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだ……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わってるぜ……


 ……現実逃避やめて、さっさと現状認識しよう――む?


「ここは……海鳴市?」

 落下しながら見る街並みは、どこかで見たことのある物だった。

 ――――そんな風に観察しているうちにグングンとビルの屋上が眼前に迫ってくる。

「――っとぉおおおお! ……ふぅ」

 空中で姿勢を整えて足先から屋上に接地し、そのまま5点着地法で衝撃を逃がす。

 んむ、俺じゃなきゃ死んでた。
 しかし……状況が掴めないなぁ。

 周りを見渡して、更に首を傾げた。

「……あのスーパー、だいぶ前に潰れてた……よな?」

 ――もしや、いや十中八九で過去の海鳴市だったりするんだろうか?

「くそ……面倒な」

 舌打ちして、フードのついたマントを頭まで隠して着込む。この場所が本当に過去の地球だとして、知り合いに顔を見られるのは、色々と宜しくない。

「――――異世界渡航者だな? こちらは管理局員の八神シグナムという者だ、悪いが話を聞きたい。ついて来てくれ」
「……悪いが断る。こっちにも事情があるんでな」

 ……気をつけないと思った矢先に、初っ端でいきなり知人と出くわした。顔を見られないよう、目深にフードをかぶり直して、上空の彼女に視線をやった。

「事態は急を要している、力づくでも来てもらおう」

 ……あぁ、コイツ昔からこうだったなぁ。
 変わらないなぁ、うん。

 とまかく、剣を向けられた以上、こちらも対応せざるを得ない。ため息を吐きつつこちらも虚空から剣を掴み抜剣する。

「そういえば名前を聞いてなかったな……貴様、名前は何だ?」
「そうだな――――レイセン……とでも名乗っておこうか」

 俺は名乗りを上げると、先手を取って彼女へ切りかかるのだった。

Side End...

◇◇◇


という、なのはGoD編の嘘プロローグでしたw
『あれ、読む作品ミスった? それとも作者がミスった?』と思った皆様、エイプリールフールだからね、許してね?

なお、後書きにて重大発表をする模様。


42:時の庭園~突入戦~

 

「次の道は?」

「突き当たりまで行ったら左――――どりゃぁああああ!」

 

 時の庭園の屋外の敵を一掃し、庭園内に突入した僕たちは、そのまま出くわす敵を排除しつつ最奥部へと進んでいた。内部構造に精通しているアルフを先頭にその後を追う形で僕。僕の左右の後ろには左に高町で右にアリサ。その後ろにユーノ、黒服と続く鋒矢(ほうし)の陣の変形だ。

 

 立ちふさがった機械兵をアルフが殴り飛ばす。吹き飛ばされた機体が、広間の床が崩れた所に落ちて行った。

 

「……この下の空間、どうなってるの?」

「あの下は虚数空間だ! 落ちたら魔法の発動がデリートされる! 落ちたら飛行魔法もキャンセルされるから、重力に引かれて永遠に落ち続ける事になるぞ!」

「怖っ!?」

 

 黒服の説明に、アリサが顔を引きつらせる。

 

「いや、でもジーク達の魔法なら大丈夫かもよ?」

「よし、じゃあ黒服飛び込んでみろ、僕の魔法で救助できるか試す」

「誰が飛び込むか!」

「じゃあ高町でいいや、飛べ」

「悪魔なの、ここに悪魔がいるの!?」

「や め な さ い」

 

 後ろを走っていたアリサに小突かれた。

 

「むぅ」

 

 まぁ今回落ちなきゃ良いだけだ、実証は後でも何とかなる。

 

「で、もう少し進むと上下に分岐。上が庭園の駆動炉に続いて、下はプレシアが陣取ってるはず」

「そ。じゃあ僕とアリサとアルフが下、駆動炉の封印作業は任せた」

「……確かにそれが最善、か。くれぐれも気をつけてくれ!」

「んむ」

 

 アルフが言ったとおり、すぐにそれぞれ上下へと続く階段が現れた。

 互いに頷くと僕たちは二手に別れ、対プレシアと対駆動炉に向け動き出すのだった

 

 

 ◇◇◇

 

 

「そう、対機械兵の手順としては、敵の攻撃を食らわずに一撃で戦闘不能に持ち込むのが望ましい」

 

 敵の動きを見切って接敵、一撃を叩き込んで離脱。下手に攻撃を受け止めると、身体強化が未熟なアリサじゃ防御ごと質量差で押し切られかねない。

 斧槍でスパスパと機械兵を両断しつつ、アリサにそう指示を飛ばす。

 

「し、しんどいッ!」

 

 文句言いながらもきっちり倒してるから御の字。質量変化を駆使し、敵を殴るごとに『メキョ』っとスゴい音とともに機械兵が戦闘不能になっていく。

 

「……おっかしいなぁ、……ここにいる機械兵、みんなAクラス以上の戦闘力のはずなんだけど」

 

 僕とアリサで迫りくる全ての機械兵が始末されていくのを見ていたアルフが、理不尽な物を見るような目でこっちを見た。

 

「いや、たかがこの程度、手間取っちゃダメだから」

「いやいや、そんなはず。あ、ジーク、次の赤い奴は障壁を――――」

 

 他の兵の3倍くらいの早さでスラスター移動で突っ込んできた奴を、反射的に張られた障壁ごと一閃で切り伏せる。

 

「――――ん? ごめん聞いてなかった」

「…………いや、何でもないよ。あ、アリサ、その黒い奴もSクラスで障壁が――――」

「ブレイズッ!」

 

 アリサの投げた魔力刃の柄から刃が伸びて通路を塞ぎ、そこに突っ込んできた黒い機械兵が細切れに分断された。

 

「む、アリサ刃渡りの調整なんて教えた?」

「ふふ、自主鍛錬♪」

「ん、よしよし」

 

 鍛錬を怠らない弟子を撫でてやる。

 

「……ん♪ あ、アルフ何か言ってた?」

「……いや、何にも」

 

 ふむ、アルフの様子がおかしい気がする。

 ……まあ良いか。

 

 ……む。

 僕はフェイトに渡したアレが使われた事を察し、斜め上の虚空を見やる。

 ――――そうか、フェイトは踏み出したか。

 

 僕がせっついたことだ、お膳立てはやってやろう。

 

「にしても、結構降りてきたけどまだ下があるのかしら」

「いや、もうすぐ――――ここだ」

 

 体感的におそらく時の庭園の最下層、その広間は3mほどの高さがありそうな扉に閉ざされていた。

 扉に伸ばしたアルフの指から小さく火花が散る。

 

「ッ! ったく、障壁が張られてる……!」

「っせい! ……きゃっ!?」

 

 物は試しと言わんばかりに全力で殴り掛かったアリサが、障壁に阻まれ弾かれる。

 

「……む、ジュエルシードの魔力で障壁張ったのか」

 

 たぶん、僕を妨害するための障壁なんだろうけど――――

 

「ふん」

 

 ――――今の僕には造作もない。

 ユグドラシルを幾度か振るい、障壁ごと扉を切り崩した。

 

 舞い立つ砂埃(すなぼこり)を魔法で押さえつつ、僕たちは瓦礫(がれき)を乗り越えて広間へと入っていく。

 

「――――初めまして、プレシア・テスタロッサ。荒っぽい来訪、お詫びする」

 

 返事はない、その代わりに返ってきた物は無数の光弾の迎えだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 アリサに先んじて一歩前に立ち、迫りくる光弾を迎撃する。

 両手で構えた斧槍を握り直し、幹竹割りから刃を返して切り上げ、袈裟に切り返して水平に払い、柄や石突きなども用いつつ光弾を切り捨て、砕き割った。体感時間で1分ほど絶え間なく続いていた攻撃は唐突に終わりを告げる。

 

「――――全く、危ないな」

「……スゴい」

 

 たぶん、アリサには僕の動きを3割も見切れていないだろう。

 だけど、僕が何をしたかは分かってくれている。そして、自分じゃどうしたって今の攻撃を防げなかったことも。

 

「――――傷一つ負ってないのに、危ないも何も無いでしょう」

 

 ……初めて直接聞いたプレシアの声は、年齢以上に疲れ、張りの無い物だった。

 

「ずいぶん早いと思ったら……アルフ、貴女が手引きをしていたのね」

「アタシはフェイトの使い魔だ! フェイトを守るためなら、プレシアだって管理局に売ってやる!」

 

 今にも駆け出そうとするアルフの尻尾を掴んで止める。

 

「ひゃうん!? な、何で止めるんだい!」

「アルフ、ステイ」

「止め――――」

「――――……ステイ」

「……はい」

 

 尻尾をへにゃっとさせたアルフを引き下げて、前に立つ。

 

「一応聞くけども、投降する気は?」

「無いと思ってることを聞く必要は有って?」

「ごもっとも。あくまで形式」

 

 肩を竦め、改めてユグドラシルの穂先をプレシアに向けた。

 

「病人に手荒な真似はしたくないのだけど」

「ちょ、病人ってどういうことよ!?」

 

 僕の隣で臨戦状態を保っていたアリサが素っ頓狂な声を上げる。

 

「言葉通り。僕も直接会って気が付いたけど、プレシアは健康とはほど遠い。肺と……内臓系全般ってところ?」

「医者でも無いくせに、鋭い子供ね……」

「こう見えて、治癒系の魔法が一番得意だもの」

 

 大陸一と名高かった母上直伝の魔法だ、治癒・強化系で遅れを取るわけにもいかない。

 まぁ、外傷はともかく、プレシアみたいな病気だと専門からは外れるけど。

 

「……もう一度聞いておくわ。貴方、私に協力する気は無い?」

「くどい」

「そう……じゃあ死になさい」

 

 放たれた紫光の極太な魔力砲撃を、眼前の空間を曲げる事で斜め上の方向へ受け流す。

 ……しかし、なんて魔力量。管理局に聞いた前情報だと、『条件付きSS』クラスだとか。

 今はそれにジュエルシードの魔力を上乗せしてるようだから、魔力の出力だけなら測定不能に近いだろう。

 

 ちなみに、高町とフェイトのクラス推定はともに『AAA』らしいから、戦闘の巧さは別として単純計算でも二つ上のスペックということらしい。

 

 傷一つ負わない僕たちに、プレシアは目を細めて苛立たしげにこちらをにらむ。

 

「……いったい、貴方は何なの?」

 

 ……うん。まぁもっともな疑問だろう。

 

「私の攻撃はどれも、SSクラス以上の攻撃だったはず。さっきの砲撃はSSS+の出力は出ていた……私のようにジュエルシードでも使わない限り、個人で傷一つ防げるような物じゃ無かったはず」

 

 僕がジュエルシードを使ってないのは、プレシアなら分かっているだろう。

 …………頃合いか。僕はチラリとアリサに視線をやって、前に向きなおる。

 

 

「――――少し、説明をしようか」

 

 

 僕は構えを解いてプレシアを見つめ返す。

 

「僕たちとそちらの魔法の系統が根本的に違うのは把握してると思うけど、根本的な違いは魔力の使い方。そちらの魔法は自分を魔力のタンクに見立て、そのタンクに付いた蛇口から魔法を放つ……っていう認識で大丈夫?」

「ええ。タンクが『魔力総量』、付いている蛇口から出せる瞬間の水量が『魔力出力』と言えるでしょうね」

 

 プレシアが話に乗ってくるのは、僕が積極的に攻めて行かないと分かっての時間稼ぎというのも有るのだろうけど、自身が研究者っていうのも有るのだろう。

 あわよくば、僕の技術を盗んでアリシアの蘇生に活かそうとも考えているのだろうし。

 フェイトがこちらに来るまでのちょっと掛かるだろうから、時間稼ぎはこっちとしても歓迎で別にいいのだけど。

 

「対する僕たちの魔力の使い方は……そう、自分の魔力を『着火剤』として周囲の自然にある魔力を『燃料』にして、魔法(ほのお)にする感じ」

「まさか、そんなことが可能なわけ――――いえ、収束系の術式を自己の散布した魔力じゃなく、効率度外視で周囲に有る魔力全てと捉えればあるいは……」

「勝手に続けさせてもらうけど……。当然、僕たちの方式だって限界はある。自身の魔力を一度に多くつぎ込んで、周囲の魔力をさらに多く運用しても、現れる“魔法――炎――”を御しきれなければ意味がない」

 

 プレシアと同時に、アリサに言い聞かせるように分かりやすい言葉を選んでいく。

 

「無論、僕たちの過去の偉人たちも、色々なアプローチを考えた。

『自分たちの魔力――着火剤――の質を上げれば良いのではないか?』

『周囲の魔力――燃料――の効率的な運用を行える方式を生み出せば良いのではないか?』

『よりよい魔法――高温の炎――を生み出すべきではないか』

それこそ、それぞれの流派、国、歴史で無数の考えがあった」

 

 『高品質の杖――火炎放射機――を開発し、炎を制御する』なんてのも、その一部と言えるだろう。

 

 そこまで話したところで、広間の天井が壊れ、その穴から人影が飛び出した。

 

 高町とユーノに黒服、そして――――フェイト。

 ……なぜか黒服の髪型がスゴいことになっている、ボーンッって感じ。

 

「――――よく来た」

「――――うん」

 

 万感の思いを込めて、フェイトに言葉を投げる。

 凛々しくバルディッシュを構えていたフェイトが相好を崩してはにかみ、僕に頷きを返してくれた。

 僕の指示通りおすわりの体勢――人型である――で座り込んでいたアルフがフェイトに駆け寄った。

 

「フェイトっ!」

「……うん、アルフ、心配かけてごめんね? 私はもう大丈夫。ジークに、背中を押してもらったから」

 

 ……ふむ、大勢は決した。

 

「フェイト、少し待ってて。プレシアと話を終わらせる。……黒服は髪型なんとかしろ」

 

 アフロ(?)で真面目な顔しつつ何か言われても反応に困る。

 高町とユーノは黙って僕の様子を伺っている。口を挟むと僕が怒ることを理解しているようだった。

 

 

後編へ続く




 拝啓、読者の皆様方へ

 桜の花が開き嘘の飛び交う今日という日、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 貴方がこの後書きを読んでいるとき、私はもう既にこの世(シャバ)にはいません。
 更新予定は『予定が未定』を地で行くスタイルで、皆様にはいつもご迷惑をおかけ致しました。謹んでお詫びいたします。

 以前、私が『内定決定祝い』と称して、連日投稿したことがありましたね。特に明言してはおりませんでしたが、私の就職先はとある都道府県警です。
 その都合で私は本日付で警察学校での生活となり、同時にケータイを含む電子機器類の持ち込みも制限されるため、執筆が非常に困難な状態となります。

 ですので、残念ですが本作の更新は凍結――――






























――――するとでも思ったかッ!

 ご安心ください、警察学校に監禁されることを踏まえて、ストックを作って置きました!(更新が遅れた原因
 毎月15日(無論今月も)の12:00~14:00に投稿するよう、予約を掛けました。ですが流石に感想はすぐに返せません、休暇の際に纏めて見させて頂く形となります。
 それだけはご承知いただけると幸いです。

なお、今回の話は前後編です。
半端なところで切ってしまって申し訳ない…。後編が投稿され、しばらくしたら統合するかもです。

>じゃあ黒服飛び込んでみろ、僕の魔法で救助できるか試す
主人公は鬼である

>他の兵の3倍くらいの早さでスラスター移動で突っ込んできた奴
赤い彗星、頭部に角が生えている。

>魔力刃の柄から刃が伸びて通路を塞ぎ、そこに突っ込んできた黒い機械兵が細切れに分断された
イメージは劇場版バイオハザード(タイトル忘れた)の一場面。

 魔法・魔法概念に関する説明は、一応本文だけの説明にとどめておきます。
 その点に関して疑問質問などありましたらご連絡ください。

では、短いですが今回はこの辺で。

ご意見ご感想、誤字脱字報告など有りましたら、感想欄からお願いします。
 ……作者への激励も貰えたりすると、とても喜ぶかもしれません。(感想を見れるのは、恐らく5月半ばですが……

追伸:R18版はちょっと待っててください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42:時の庭園~突入戦~後編

自動更新第二弾

ちょっとした裏話。
本作のイメージソングはdoaの『英雄』だったりする。


42:時の庭園~突入戦~後編

 

 

「話を戻そう――――」

 

 僕はユグドラシルを地面に突き立て自立させると、着ていたコートのボタンをぷちぷちと外していく。

 管理局には話さないつもりだったけど、考えが変わった。

 

 どうせ追求されるのだし、僕以外に再現不可能な理由を見せてやろう。

 

「無論、理論は有っても易々と実現はできないアプローチも考え出された。そして、僕の家系は敢えてそれを選んだ、まぁ逆転の発想と言うべきなんだろうけど。……ユーノは薄々察しが付いたっぽい?」

「……推測は立った、けど突拍子が無さすぎて断言は出来ない」

「それは重畳」

 

 一応ユーノにはヒントも出していたけど、あれだけの情報で推測が立てられたのなら見事なものだ。

 

 縫いだコートを近くにいたフェイトに預け、着ていたシャツの袖元のボタンを外して一気に二の腕付近まで捲りあげる。

 

「それは……なに……?」

「ジーク、その腕っ……!?」

「嘘、腕が……」

 

 

 袖に隠されていた手首から肩まで、そこには有るべきはずの腕が無かった。

 

 

 分かりやすく言ってしまうと、今の僕の腕は手首から先しか無い状態だ……ホラーっぽい。

 さすがに手が消えると不味いので、皮膚の見える箇所――顔とか手とか――は何とか実体を保っている感じだ。服を全部脱げば、今の僕は生首と手首だけが浮かんでる状態なのでは無かろうか。……視認したくは無いので見ないけど。

 

 周囲がそれぞれ驚愕や動揺を露わにする中、ユーノだけは硬いままの表情を揺るがさない。……推測通りか、すばらしい洞察力だ。

 

「どうしたって、生身の肉体じゃ、一つの生命じゃ一度に扱える魔力、というよりは御しきれる魔力には限度がある。それならどうすればいい? 僕たちはそこで発想を逆転させた」

 

 魔法の制御をしない前提なら良いのだけど、それは魔法とは言えないので除外する。

 話しつつ、もう一方の袖も捲ってみせる。案の定、そちらの方も手首より上が存在しない。

 

「僕たちのアプローチはね、

 

――――『魔法使い自身が魔法そのものになってしまえばいい』って物だ。

 

肉体の枠から外れて、魔法を使う側じゃなく魔法になればいいんじゃないか? っていう理論らしい」

 

 話している間に制御がゆるみ、残っている手首が若干透け始める。

 

「待って、それじゃ辻褄が合わない……! 肉体を捨てて魔法に成れたとして、その後に元に戻れるはずが――」

「――ん、戻れない」

 

 プレシアの言葉にうなずくことで答えてみせる。

 

「数百年前にこの理論を初めて提唱した人は、そのまま人間にも戻れず意識も保てず()まい。そう上手い話は無かった」

「じゃあ貴方だって――」

「それを克服したのが僕の家系というわけ」

 

 フェイトがはっとした表情を僕に向ける。んむんむ、以前少し話したとはいえ察しがいいな。

 

 妖精の血を引く僕の家系、その中でも先祖帰りという形で少なくとも半分近くがヒトでなしになっている僕という存在だからこそ、選べた手段と言える。

 

 ――無論、ノーリスクという訳じゃない。

 

 大きな魔力を運用すればするほど、徐々に徐々に体からヒトの割合は失われていく。

 それに僕だって加減をミスったら、この理論の提唱者の後を追う羽目になるだろう。

 

「プレシア・テスタロッサ、詰みだ。貴女じゃ今の僕には及びようも無い……もう一度聞く、投降の意思は有るか否か?」

「――――ふふ、フフフフフフ、ハハハハハハハハハッ!」

 

 俯いていたプレシアが、狂ったような笑い声を上げる。

 顔を上げたプレシアの顔は、戦の前夜の兵士に見られるような、覚悟を決めたものだった

 

 

「私は……私は貴方みたいに“今”も、“未来”も見れないのッ! 私にはアリシアしか、アリシアの居た“過去”を取り戻さないと“今”とも“未来”とも向き合えないのよッ!」

 

 

 ……その覚悟見届けた、もはや何も言うまい。

 

 

「ならば最後に一つ、今のうちに清算しておきたいことがある」

 

 僕は虚空からスッと1枚の羊皮紙を取り出した。以前管理局陣営とフェイト陣営、そして僕らとの間で取り交わした、ジュエルシードを賭けた戦いの誓約書(37話参照)だ。

 

「既に一部は破綻している契約だけど、僕達が勝利した以上、特別条件として提示した要求に関して話しておきたい」

「あぁ、そう言えばそんな話も有ったわね……。いいわ、聞かせなさい」

 

 フェイトの体に刻まれていた傷を見て以来、念のため伏せておいた札を役立てよう。

 僕は羊皮紙と筆記用具を、プレシアへと魔法で寄越す。

 

「文書に纏めてある、これを見て良ければ下の書名欄にサインを。それで契約は成立する」

「これは…………ふん、そう。貴方も物好きね……いいわ、ソレは貴方にあげる、勝手になさい」

 

 文書に目を通したプレシアが僅かに目を(みは)った後に、サインをしてこちらへ寄越した。サインが書かれているか、一応確認する。

 

「……確かに。では、頂いていく」

「貴方が何でそんなモノを欲しがるか、理解に苦しむわ」

 

 プレシアが僕から視線を外してフェイトを見やり、『ふん』と鼻で笑って見せて、すぐに僕へと視線を戻した。

 

「言いたい事はもう無いでしょう? 私はアルハザード行く、もう止めさせないわ」

「僕からはな」

 

 僕はそう言って半歩横へずれる。

 

 

「――私から、伝えたいことがあります」

 

 

 僕がつい寸前まで立っていた所へ、フェイトが一歩踏み出して来てそう告げる。

 

「私は……私はアリシアになれなかったただの失敗作で、偽者なのかもしれません。

 だけど、生み出してもらってから今までずっと……今もきっと、母さんに笑って欲しい幸せになって欲しいって気持ちは本物です――私の、フェイト・テスタロッサの本当の気持ちです」

 

 そこまで言ったフェイトが、何か握った手を胸元に持ってくる。

 

「それにこんな私にも、友達になってくれる子が居て、一緒にデートしたりもして……。こんな幸せな気持ちになれるのは、母さんが私を生み出してくれたからだから――」

 

 フェイトが唇に薄く微笑みを浮かべ、プレシアに頭を下げた。

 

「――母さん、私を生んでくれて……ありがとう」

「――ッ……!」

 

 その言葉に口を開き かけたプレシアだったが、何かを言いかけたところで唇を噛んで天を仰ぎ沈黙する。

 もう一度口を開け、何かを言おうとしたプレシアが再度口を閉じ――数瞬して搾り出すような声を出した。

 

「――貴女はもう(・・)私のモノじゃ無いわ。貴女が思ったように勝手に生きて……勝手に死ぬと良いわ」

 

 それだけ言ったプレシアが、手にした杖の石突で床を叩き――それを皮切りに再度次元震が発生する。

 

「母さん……!」

「私は」

 

 これ以上フェイトに言うことは何も無いと言わんばかりに繋がっていた視線を切ると、僕のほうへ視線を向ける。

 

「私は行くわ、アルハザードへ」

「勝手にしろ、お前の選んだ選択だ。――契約外だけども、尻拭いはしてやる」

「あぁ、契約と言えば……私のジュエルシードはもう好きになさい。これだけの次元震を引き起こせれば十分」

「んむ」

 

 それだけ言って背を向けると、アリシアの遺体が安置されたポッドに寄り添った。僕とプレシアとの最後の会話は、それだけだった。

 

「――よせ!」

 

 黒服の静止に振り向くことは無い。より強くなった震動に崩落が開始し――プレシア達は崩れ行く足場と共に虚数空間へと落ちていく。

 

「母さん!」

 

 思わずといった感じにフェイトが飛び出し、眼下へ消えていくプレシアに手を伸ばすが、届くことは無い。

 フェイトに追いすがるようにアルフが追って体を支える。

 ついには天井から崩れ始め、虚数空間へと消えたプレシアとアリシアのポッドへ手を伸ばすフェイトと、それを支えるアルフに目掛けて落ちる岩盤を、ユグドラシルを一閃して消し飛ばす。

 

『みんな! 庭園から脱出して! 崩壊まで時間が無いのッ!』

「分かった! エイミィ、脱出ルートの指示を頼む!」

 

 アースラから撤退の指示が出るが、暴走をそのままに素直に従って黒服たちと戻るわけにも行かない。

 

「アースラの通信の人、転送の装置は動きそう」

『ちょっと待ってね――――OK、1回くらいは行けるって!』

「そ、なら帰り道はそちらに任せる」

 

 フェイトとアルフを引き起こし、アリサと高町の方へ押しやった。

 

「ちょ、危ないって言ってるのにジークはなにするのよ!?」

「大丈夫だとは思うけど、この次元震が断層を起こさないように相殺をかける」

 

 市街地での相殺のときと比べ、今回は更に大きい物だ。それ相応の覚悟を持って挑まざるを得ない。

 プレシアという一人の人間が、願いを突き通して旅逝く様を見たのだ……フェイトに対しての行いには言いたいことがあるけども、尻拭いをしてやろう。

 

「――――バッカじゃないの?」

 

 押しやったアリサが、『ふん!』と鼻息も荒くこちらに寄って、そのまま僕と手を繋ぐ。

 

「私は、私は守られてばっかはイヤで、ジークの隣で戦うために弟子入りしたんだから、危なかろうがなんだろうが最後まで付き合うわよ!」

「……いや、万が一って事も――」

「――私の師匠で、大事な友達で、護衛を名乗るならそれくらいやってのけなさいよ……!」

 

 言葉は強いけど、声からは震えとともに、組まれたアリサの腕からは意地でも話さないという意志がひしひしと伝わってくるようだった。

 

「……そ。弟子で、大事な友達で、ご主人にそこまで言わせたなら……やるしかないか」

 

 …………少し、弱気になっていたのかも知れないなぁ。

 

「わ、私もジークと一緒に残る!」

「フェイトが残るって言うなら、私も残るよ」

 

 アリサに遅れてフェイトがもう片方の空いた手に、アルフはススッと背中に近寄って、僕を後ろから抱きすくめた。

 ……頭にアルフの胸が乗っかって、非常に重い。

 

 念のため、僕達を包むように球状の障壁を展開し、外界と遮断する。

 

「私も――――」

「定員オーバーだ、管理局組みは勝手に帰れ」

「しかし――『クロノ君、なのはちゃん、急いで! 転送装置の出力が不安定になっちゃう前に早く』――……くっ! すまない、任せたッ!」

 

 高町と黒服まで面倒は見切れない。

 アースラからの通信もあり、黒服が高町を強引に引っ張って視界から消えていく。

 

 

 さて――――

 

 

「次元震確認、震動波形確認――」

 

 両手が塞がっているので、剣群の要領でユグドラシルを眼前に浮かべて干渉を開始する。

 市街での発動の時よりも規模が大きい、慎重に加減をしつつ……されど魔力運用は大胆に。

 

 

 現状を把握、逆位相の次元震を発生させ……

 

 

 拍子抜けるほど簡単に、あっけなく次元震は収束を遂げる。手早くプレシアのジュエルシードを回収し、防御のために貼られていた障壁を転移の術式に転用して、僕たち3人と1匹は地球のアリサ邸へと帰還を遂げた。

 

「ここは……私の家……?」

「戻った……の?」

 

 無事に屋敷に転移し、アリサとフェイトの声を聞いた僕は目の前が真っ暗になり――

 

「ちょ、ジークしっかり――――急いで運ぶよ!」

 

 

 ――そのまま意識を失ったのだった。

 

 

 




>……ユーノは薄々察しが付いたっぽい?
ユーノは有能、次元世界を又に掛けるWikipediaみたいな存在。

>『魔法使い自身が魔法そのものになってしまえばいい』
レンタルマギカ理論。

>「貴方が何でそんなモノを欲しがるか、理解に苦しむわ」
伏線、とここに書いて置くのは作者自身が見返すためだったりする(小声

>一緒にデートしたりもして……。
アリサ:『!?』

>――母さん、私を生んでくれて……ありがとう
ちょっとだけ、プレシアは『ウルッ』と来てたりする

>私のジュエルシードはもう好きになさい。これだけの次元震を引き起こせれば十分
原作だとプレシアの所持していたものは行方不明になりますが、本作では主人公サイドが全取りです。

>……頭にアルフの胸が乗っかって、非常に重い。
ちょっとそこ代われ! by作者

>あっけなく次元震は収束を遂げる
市街地の時よりあっさりなのは、それだけ主人公の力が開放されてるから
……つまり、そのフィードバックも(意味深

ご意見ご感想、誤字脱字報告、作者への激励などお待ちしています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43:新たなる日々 前編

無印編最終話

自動更新3話目
……のはずが、日時設定ミスに気がついて2ヶ月ぶりに実家に帰った今頃更新、久しぶりにPC起動して顔面蒼白になっていた私なのであった。

出かける直前に慌てて設定した結果がこれだ……

なお。手直ししたら1万文字を超えましたので2分割。
後編は水曜に自動更新します。……いい加減自動更新に慣れねば(白目



43:新たなる日々 前編

 

 朝05:00――目覚ましを止めて起床。身支度を整えて仕事着を身に纏うと、軽くストレッチをこなして部屋を出る。

 そのまま、つい先日まで空き室だった隣の部屋のドアをノックし…………返事がなかったので、そのままドアを開き室内へと進入した。

 

 気配を消して、膨らんだベッドに近づく。

 

 ベッドで寝息を立てる彼女は昼間と違い、縛らずに下ろされた金糸の如き髪が、白いシーツの上に広がって美しいコントラストを描いていた。

 

 ベッドサイドに腰掛け、安らかな寝息を立てるフェイトの肩を揺する。

 

「フェイト、起きて」

「……ぅぅん……それはだめだよぅ、じーくぅ」

「起きろ」

 

 問答し続けても仕方ないので、寝ているフェイトの鼻を摘んで強制的に起こしにかかった。

 鼻から呼吸が出来ずに寝苦しくなったのか、薄く目を開いたフェイトが体を起こす。

 

「――――んにゅ」

 

 まだ半覚醒なのか、寝ぼけ(まなこ)のままで僕の方を『ぽーっ』とフェイトが見つめ――――

 

「……んー♪」

「僕はアルフじゃないぞー」

 

 ――――喉を鳴らしながらフェイトが僕の胸元に顔を埋め、体に腕を回して抱きついてきた。

 そしてその状態で顔をこちらの胸にすり付けてきてるが……アルフと違って僕は胸がないから気づきそうな物だけど。

 

 と、そんな感じで僕の胸にスリスリしていたフェイトの動きが止まり……プルプルと小さく震えて顔を上げた。

 

「…………ジーク?」

「うん」

 

 完全に目が覚めたようで、目を見開いたフェイトが徐々に顔を赤くして『ばっ!』と僕から離れる。

 

「ごごごごご、ごめんなさい! これはその、寝ぼけちゃってて!」

「大丈夫、怒ってない。……それよりも、仕事の時間」

「え? ほ、ホントだ! すぐに着替えるからちょっと待ってて」

「ん」

 

 時計の針が指し示す時間を理解し、慌て出すフェイトに頷きを返して立ち上がると、背を向けて廊下へと続く扉へ向かい――――ちょっと気になったので、――日常生活では若干抜けてる所のあるフェイトのことだ、慌てて服を脱いでる気もするし――ノブに手をかけたまま、後ろを見ずにフェイトに問いかけた。

 

「そういえばさっき寝言で僕の名前を呼んでたけど、どんな夢を見てたの?」

 

 その瞬間、脱いでるパジャマにでも足を引っかけたのか、フェイトが盛大に()ける音がした。

 

「……だいじょぶ?」

「う、うん……」

「で、夢の内容は?」

「……それはヒミツ、ね?」

 

 消え入りそうな、だけど幸せそうな声で、フェイトは僕にそう告げたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「「本日よりこのお屋敷でお世話になります

――お嬢様専属メイドのフェイト・テスタロッサと

――同じく専属ボディガード兼、バニングス邸番犬のアルフです

これからよろしくお願いします!」」

 

 デビッドさんとアリサ、そして鮫島と僕しかいない朝食の席で、直立不動だったフェイトとアルフが挨拶とともに頭を下げた。

 フェイトの服装は、この国でいう英国式のメイド服。長いスカートのエプロンドレスと純白のホワイトブリムを装備した王道ともいえる格好だ。

 対するアルフは白いシャツに黒のパンツスーツを合わせた、大人っぽい格好。背も高く脚も長いから、その格好が非常に似合ってる。

 

「おー! 二人とも似合ってるわねー」

 

 席を立ったアリサが並び立つ二人の周りをグルリと周ってそう評す。

 

「うむ、悪くない」

「ええ、華がありますね旦那様」

 

 デビッドさんと鮫島も同意見の様子。

 一つ頷いたデビッドさんが口を開く。

 

「フェイト君、アルフ君。君たちの事情は娘とジーク君から聞き及んでいる。仕事の時間は手を抜くのは許さないが、それ以外の時間は我々を家族だと考えてくれ。これからこの家が君たちの新しい家だ、バニングス家は君たちを歓迎する」

「「……はい!」」

 

 一瞬瞳を潤ませた二人が、大きく頷いた。

 

「ではお二人はこれから1週間ほどはジーク君に付いて、おおまかな仕事の流れを学んでください。ジーク君、お二人を頼みます」

「ん、じゃあ二人はこっちに来て待機。気になることがあったら、念話でも直接でも随時聞いて」

 

 バニングス家の内の仕事を一手に管理する鮫島の指示は絶対だ。僕は頷いて二人を隣に呼び寄せる。

 

「(ねぇ、ジークジーク)」

「(ん?)」

 

 僕の斜め後ろから、服の裾を引っ張るフェイトに視線を向けた。

 

「(この服、似合ってる?)」

「(ん、似合ってる)」

「(……かわいい?)」

「(んむ、とてもかわいい)」

「(えへへ、嬉しい♪)」

 

 フェイトが相好を崩してふにゃっと笑みを浮かべる。

 

「……むー」

「「(ほぅ?)」」

 

 こっちをみて頬を膨らませてるアリサと、それを見て何やら面白そうだと言わんばかりのデビッドさんと鮫島なのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 さて、ジュエルシードの一件以降、フェイトとアルフがバニングス邸に厄介になって居るのには訳がある。

 

 つい先日の顛末を、僕はもう一度思い起こした。

 

 

◇◇◇

 

 

 目を開けるとそこは――

 

「……?」

 

 ――僕のベッドではあるのだが、何故ここに居るかの記憶がない。

 

 

 起き上がろうとして、体が動かない事に気がつく。

 

「……むぅ?」

 

 ベッドの左右に座ったアリサとフェイトが僕の体にもたれ掛かるように寝息を立てている。

 心なしか、いつもは綺麗な二人の髪に(つや)がない。

 

「ジっ!? ――っと……目が覚めたのかい!?」

 

 ベッドの足側の死角から顔を出した―狼モードである―アルフが大声を上げかけ――すぐに口元を押さえて僕に問いかけた。

 

「ん。どうして僕は――いや、思い出した。……何日くらい僕はこうして寝てた?」

 

 ようやく働き出したらしい脳を回転させ、僕は意識を失う前の記憶とその原因を思い出す。

 

 

 時の庭園で一戦交え、帰還後に倒れたんだった。

 

 

「丸4日だよ。ああもう全く、心配させて……!」

 

 人型になったアルフがベッドに上がり、四つんばいの格好で寄ってくる。

 その目からは涙をぽろぽろと零し、鼻をすするっている顔だけど、笑うことなど出来もしない。

 

「ん、心配かけた、申し訳ない」

 

 体をモゾモゾと動かして布団から半身抜き出してそのまま起こし、寄ってきたアルフの目から零れ落ちた涙を伸ばした指でぬぐう。

 僕が着せられていた浴衣のような寝巻きの裾から覗く腕は、確かに血の通う実体のあるものだった。

 

 『ふむ』と一つ頷き、体に魔力を流し精査して――思わず顔を顰める。

 

「ちょ、何処か痛むのかい!?」

「大丈夫、問題ない。――それよりも二人は?」

 

 調べた結果は、今すぐどうこう出来る物でもないし、特段痛みなども無い。

 ほとんど魔法になりかけていた身体は、欠損も無く五体満足。これだけ聞けば最高なのだけど……まあ当然か。

 

「ジークをここに運び込んでから丸4日、トイレに行くとき以外ベッドから離れずに、一日中ずっとこうさ……。デビッドさんや執事さんが言っても聞かなくってね」

「……そっか」

「目を離したら、ジークが消えて無くなっちゃうんじゃ無いかって不安がってね……無理も無いけどさ。

いい加減体力も気力も限界で、『私が見ててあげるから、二人ともちょっと寝なよ』って強引に寝かしつけたんだけど」

 

 アルフがそう言いつつ、アリサとフェイトの髪を()く。

 

「……二人とも無理して」

 

 髪のツヤもそうだけど、注意してみれば顔色も良いとは言えないし、目の下にはクマも出来ている。

 僕は左右に手を伸ばし、二人の頭を撫でた。

 

「……バカ共め、それで自分達が体調崩しちゃ元も子も無いだろうに」

「……そのセリフ、そんなに優しく微笑みながら言っても説得力無いけどね」

 

 僕の顔を覗き込み、アルフが僕の頬を指でつつく。

 

「むぅ」

 

 二人の頭を撫でる手を離す気にもなれず、アルフに頬を突かれるままに任せる。

 ……まぁあれだ、心配掛けたみたいだし二人が目覚めるまで、寝かせてあげるとしよう。

 

 

◇◇◇

 

 

「ジークぅう゛う゛う゛う゛、よ゛がっだよ゛ぉお゛お゛お゛」

「ジークぅうううう、ジークぅうううう」

「あぁほら二人とも泣かない。こういう時は落ち着いて暖かいスープのことでも考えて」

 

 しばらくして、ほぼ同時に目覚めた二人の取り乱し様は酷いものだった。

 

 タイミングも悪く、直前まで甲斐甲斐しくお茶やらお粥やらを食べさせてくれていたアルフは席を外している。

 

 現に30分経った今もこんな感じで僕の左右の胸に抱き着いて離れようとしない。二人の涙と鼻水で寝間着がびっしょりなんだけども……。

 

 どうしたら二人が泣き止んでくれるか検討もつかず、僕はお手上げと言わんばかりに当事者である二人に問いかけた。

 

「むぅ、どうすれば許してくれる?」

「私はジークが戻ってきてくれただけで「キス……して?」……ふぇっ!?」

「むぅ!?」

 

 ピタッと泣き止んだアリサの一言に、僕とフェイトが変な声をあげた。

 ……こやつ、謀ったか?

 

「ちゅーして?」

「ちょ、アリサ、え?」

 

 言い換えても意味は一緒だぞ、わが弟子よ。

 フェイトの動揺っぷりから、これはアリサの独断だろう。

 

「4日間ずっと心配させたぶん、それでチャラに――――」

 

 ――――ちゅ。

 

 不意打ちぎみにアリサの腰に腕を回して抱き寄せ、その唇に口付ける。

 

「満足?」

「……もっと」

「ん」

 

 ――――ちゅ。

 

 アリサの要望に応え、再度キスをする。

 

「……ジークは絶対に大丈夫って、信じてたもん」

「んむ」

 

 ――――ちゅ。

 

 小さく震えるアリサを改めて抱きしめ、三度目のキス。

 

「けど……心配、したんだからね、……バカ」

「ん、ごめん」

「居なくなっちゃ、ダメなんだからね」

 

 ――――……ちゅ。

 

 最後にアリサが僕の首に腕を回し、自分から僕に口付けた。

 

「……今度こそ満足?」

「うん。……フェイトはしてもらわなくていいの?」

「……あぅ!?」

 

 僕を解放したアリサが、手で顔を隠していたフェイトに声をかける。

 というか、隠したつもりで指の隙間から僕とアリサをずっと見てたようだ。

 

「どうする?」

「えっと、その――」

「――嫌なら、押し退けて」

 

 ――ちゅ。

 

 埒が明かないので、ちょっと強引にフェイトにキスをする。

 ほんの10秒足らず、先程までより気持ち長めに唇を重ね……離す。

 

「嫌、だった?」

「……ううん、心がぽわぽわして、不思議な感じ。もう一回してくれたら、わかると思う」

「ん」

 

 ――ちゅ。

 

 リクエストに応じてもう一度、フェイトの頬を指先で撫でつつ口付けた。

 

「……えへ♪」

 

 キスの間、目を閉じていたフェイトが『ふにゃっ』と相好を崩して目を開け、僕を見つめた。

 

「うん、どんな感じか分かった」

「そ、なら良かった」

 

 頷いた僕の胸元にフェイトが体を預け、耳元に顔を寄せた。

 

「ジークのおかげで、私は最後に母さんに気持ちを伝えられた、伝える勇気を持てた……ありがとう」

「……ん」

 

 ……僕は最後に父にも母にも、何も伝えられ無かったことを考えれば羨ましいな。

 

「あ、この指輪……どうすればいい?」

 

 フェイトが首に下げていたチェーンから、先日渡した指輪を外して見せる。

 込めた魔法は先の一件で使い終わってるから、既にこの指輪はただのアクセサリーだ。

 

「んー、貸して」

 

 指輪を受け取り、両手で包んで魔法を込める。

 

 フェイトは薄い鎧で、速度を活かし接近戦に持ち込むスタイル。

 それを鑑み、適当な魔法を見繕って指輪に込めた。

 

「利き手じゃ無い方を出して」

「うん」

 

 差し出された左手を握り、指輪と見比べてサイズが合いそうな指を選ぶ。

 ざっと見た感じ薬指が良さそうだったので、嵌めてみる……うむ、ぴったり。 

 

「新しく魔法を込めた、中身は『矢避けの加護』。フェイトに分かりやすく言うなら……誘導弾や直射弾が当たらなくなる。

あー、でも高町の砲撃は無理だと思う、素直に避けるなりして」

「うん、ありがとう」

「効果は1ヶ月くらい、効果が切れる頃に指輪の色が変わるから、そのときは持ってきて」

 

 指輪を見て微笑むフェイトの反対側で、アリサが酸欠の魚みたいに口をパクパクしてる。

 

「「どうかしたの?」」

 

 尋常じゃないアリサの様子に、僕とフェイトが首を傾げる。

 

「な、何でもないわ」

 

 ……そう言う割には、顔がひきつってるのだけど。

 

 

 まぁ本人がなんでもないって言うなら、とやかくは言わないでいいか。

 

 

◇◇◇

 

 

 フェイトに指輪を渡したあとは、デビッドさんと鮫島に快復の旨を伝えに行きつつ、お風呂に入ってさっぱりした後で4人一緒に部屋に戻る。

 

 アリサとフェイト、再度合流したアルフもオマケにお風呂に着いて来たので、なし崩しに混浴となったのだけど、まぁそれは割愛だ。

 

 今日一日はベッドで安静にしてくれと5人に言われてしまったので、素直にベッドに入る。

 左右にアリサとフェイト、僕の足の付近にアルフと両手両足に華の状態だ。

 

「さて……」

 

 僕の意識喪失に伴い、緊急事態として自動で強化された屋敷の魔術的な防御を緩くする。

 魔法的に要塞と化していた状態だから、恐らくは――

 

『――あ、艦長! 繋がりました!』

 

 ――完全に外部と遮断、それに対して連絡を取りたいであろう管理局。

 

 僕が防御を緩めるまで、ずっとアプローチは掛けてると思ったけど、図星か。

 

 眼前に浮かんだウィンドウ内の、アースラの通信士と目があった。

 

『……え、何これハーレム?』

 

 ハーレム? 何それ?

 

 こうして僕たちは庭園での一件以来、初めての会談の席を設けることになったのだった。




皆様、更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。orz
自動更新を間違えていたようです……

現在、学校生活も半分が終わるところで、若干猶予も出てきました~。
電子機器の持込ができないので、原稿用紙を持ち込んで本作を手書きし、帰宅した時に打ち込みなおしています^^;
非常に面倒くさいorz

ではいつものように以下で説明etcです。

>まだ半覚醒なのか、寝ぼけ(まなこ)のままで僕の方を『ぽーっ』とフェイトが見つめ――――
本作のフェイトさんは、朝は若干低血圧気味な女の子。

>その瞬間、脱いでるパジャマにでも足を引っかけたのか
フェイトの寝巻きはネグリジェ型でなく、普通に上下分かれてるタイプだと思う。

>「で、夢の内容は?」
>「……それはヒミツ、ね?」
主人公のお嫁さんをして、アルフと一緒に暮らしてる夢でした。
アリサ:「ねぇ私は!?」

>――お嬢様専属メイドのフェイト・テスタロッサと
労働基準法(ry

>この国でいう英国式のメイド服。長いスカートのエプロンドレスと~
メイド服を試着して、鏡の前でスカートを『ふわっ』とさせているフェイトを想像して萌えた。

>仕事の時間は手を抜くのは許さないが、それ以外の時間は我々を家族だと考えてくれ
主人公からの人物評を基に、『仕事もせずに世話になったら、聡い子らしいので逆に居づらいんじゃなかろうか……』と思ったデビッドさんが下した決断。
こうはいいつつも、折りを見て学校に通わせようと準備中。

>人型になったアルフがベッドに上がり、四つんばいの格好で寄ってくる。
角度的に胸の谷間が丸見えでした。

>そのセリフ、そんなに優しく微笑みながら言っても説得力無いけどね
最初に比べ、割と表情が顔に出るようになってきた主人公です。

>落ち着いて暖かいスープのことでも考えて
元ネタは『ウォレスとグルミット』の1シーンより。
知ってる人がいるのか疑問ではあるw

>……こやつ、謀ったか?
本作では
アリサ=策士系ヒロイン
フェイト=変態系(!?)ヒロイン
○○○○=親友系ヒロイン
の予定だったり。
あくまで予定、変更の恐れはある。

>「――嫌なら、押し退けて」
後編へのフラグだったりする。
なお、ここで妙にキス回数が多いのは、単純にR18版の執筆していたときに書いたからですw。

>指輪を見て微笑むフェイトの反対側で、アリサが酸欠の魚みたいに口をパクパクしてる。
>「「どうかしたの?」」
アリサ:「(結婚指輪ぁあああああああああ!?)」
主&フェイト:「(どうしたんだろう?)」

と、こんなところでしょうか。

後編はちょっとこれから手直しして、水曜か木曜に自動更新できるようにしておきます。

では、ご意見ご感想お待ちしております~
なお、警察学校での勉強内容とかはお答えできません、あしからず(保秘の徹底の義務)

6/28:誤字訂正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43:新たなる日々 後編

自動更新出来てる……よね?(小声

感想の返信は次回に出所、もとい帰宅したときにしますw。

次回から数話、A's編までの幕間および前日譚の話が続く予定です。


43:新たなる日々 後編

 

『お久しぶりね、4人とも。ジーク君は大丈夫?』

「4日ほど意識不明だったけど、まぁ幸い後遺症もなく」

『それなら良かったわ。通信も繋がらない、サーチャーも屋敷に入れない、直接人を送っても何故か屋敷に辿り着けない。完全にお手上げだったのよ』

 

 最悪本局の捜査班か、対結界専門の部隊でも呼ぼうかと思ってたのよ。と画面の向こうで艦長が肩をすくめて見せた。

 

 『そんなことしたら、半自動で容赦の無い反撃を喰らってるよ』と喉元まで言いかけ、口を閉じる。

 

 知らぬが仏、言わぬが華、だ。

 

 と、そんな感じで話始めた僕らは、いよいよ本題へと踏み込んだ。

 

『フェイトさんの事なのだけど、フェイトさんにはこの事件の重要参考人として、ミッドチルダの本局に来て貰って裁判を受けてもらわないといけません』

「ふむ? その必要は無いと思うのだけど」

 

 僕はそうとぼけてみせる。

 管理局の管轄する世界、いわゆる管理世界は『地球』と法制面で色々違うのは承知済みだ。

 

『いいえ、ジーク君の尽力で大惨事にはならなかったけど、人為的に次元断層が発生しかけた時点で大事だもの、裁判を受けて貰う必要があるわ。

 大丈夫、言い方は悪いけど、フェイトさんはプレシアに強制されていた面が強いわ。情状酌量の余地もあるし、刑は軽いはずよ』

「つまりはあれだ、『裁判に掛けたいから、さっさとフェイトを引き渡せ』ってことだ」

 

 僕は冷めた目で画面の向こうを見返す。

 隣のフェイトが沈痛な表情を浮かべたのを察し、僕はフェイトの腰に手を回して引き寄せた。

 

「ひゃぅ!?」

「断る、フェイトは“僕のもの”だ。話を聞くだけなら露知らず、身内の身柄を拘束なんかさせるものか」

『ジーク君、何の根拠が――』

「――根拠ならあるさ」

 

 僕は時の庭園でプレシアと交わした誓約書を突きつける。

 

 僕が以前の会談で、管理局に要求したのは『僕たちへの不干渉』。

 対してフェイトを通じてプレシアに伝えた勝利時の要求は一つ、『僕が指定したものを譲渡する(但しジュエルシードは例外とする)』だ。

 

 会談で指定物は特に明記せず、最終決戦の最後にプレシアに承諾のサインを貰った文面とは――

 

「『貴陣営のフェイト・テスタロッサ並びに使い魔アルフの自身を含む所有物、有形無形のモノ全てを、ジーク・アントワークに帰属させること』……フェイトもアルフも僕の身内(モノ)、手出しはしない契約だ」

『なっ……、そんな暴論通るわけ――』

「――通すよ」

 

 もう片側のアリサも抱き寄せつつ、鼻で笑ってみせる。

 なおアリサは慌てず自分からもピッタリと身を寄せてきてる。

 

「管理局、お前たちにもメンツってモノが、立場ってモノがある。けど、現状はどうだ?

 事件の第三勢力だった僕とアリサには手が出せないし出させない、事件の首謀者だったプレシアは次元の狭間に落ちて失踪、関係者であるフェイトとアルフもこちらの手の内。

 とどめに、元凶とも言えるジュエルシードはすべて僕の手元……メンツなんてあったもんじゃない」

『……えぇ、その通りね』

「尻尾を巻いてスゴスゴと、『何の成果も得られませんでしたぁー』と帰るわけにも行かない。その成果を得るためには僕と連絡を取らねばならない。

 しかし、僕が屋敷の防御を緩めないと連絡もとれない始末。この会話だって僕が打ち切ったら、もう一回繋がる保証は無いわけだ」

『…………』

 

 間違ったことは言っていないはず。艦長の方も否定する様子はない。

 

「少しでもいい報告をしたいなら、僕と”交渉”して譲歩して貰うのが一番確実。……さぁ、落とし所を見つけようか?」

 

 

◇◇◇

 

 

「――ジーク、どうかしたの? やっぱり何処か調子悪い?」

「んーん、違う。ちょっと考え事」

 

 立ちっぱなしだった僕を下から覗き込んだアリサが、心配げに訊ねてくる。

 なんてことは無い、管理局との一件を思い出していただけだ。

 

 あの後の交渉は"円満に"纏まった。

 

 1.ジュエルシードを10個、管理局側に譲渡

 2.フェイト・テスタロッサ並びに使い魔アルフの"司法取引"による、現場判断での逮捕の見送り

 3.フェイトはこの事件に関する証拠人として、裁判への陳述に出席

 4.僕たちに関する情報は、本局にはできうる限り伏せて報告を行う

 5.事件解決及び被害拡大の抑止の報酬として、見合った額・それに等しい物品を支払う

 

 一応、アースラの様な遠地の管理外世界に赴く船には、現場での司法取引等の裁量が認められているらしい。

 

 3に関しては、フェイトの身柄が拘束される恐れがあって渋ったのだが、『一度こちらで戸籍作ったり、健康診断を~』という言葉に、フェイトが強く惹かれた様でOKを出した。

 まぁ、護衛も付けるし、2日以上帰って来ないようなら本局とやらへ焼き討ちをかける所存。

 

 交渉の結果はまぁまぁと言ったところか。

 

 ジュエルシードはほぼ半数近く譲渡するけど、下手に持っていたら危なっかしい代物だから別にいい。こちらに過半数がある以上、渡した10個が暴走しても手持ちのもので相殺できるからね。

 

 無駄に気疲れした交渉の記憶を脳内から追い出し、デビッドさん達と話すフェイトとアルフをポーっと眺める。

 

 管理局へ裁判に裁判関連で赴くのは10日から2週間に一度の頻度、次フェイトが向かうのは確か9日後のはず。

 つまりはそれまでに、僕はフェイトの護衛体制を整えねばならない。無論、フェイトへの仕事内容の指導もある……忙しくなりそうだ。

 

 

◇◇◇

 

 

~9日後~

 

 ――――忙しかった、この数日間筆舌に尽くしがたいほどの忙しさだった。

 

 僕はため息を吐いて、公園のベンチに座り雲一つない青空を仰ぐ。

 『ご主人様のおはようからおやすみまで』をモットーに行われる執事業務は、早朝から深夜にまで及ぶ。仕事の一通りをフェイト達二人に教えつつ、同時進行で自分の仕事を片づける。

 その後に睡眠時間を削りつつ、フェイトの護身を兼ねた装備の準備に勤しんで、僕は今日このとき――――つまりはフェイト達を初めて管理局へ送り出す日を迎えていた。

 

 今僕たちがいるのは海に面した潮の香りが漂う公園、通称『海鳴海浜公園』。僕が居るのはその一角に設けられたベンチのスペース。アリサとフェイト、そしてオマケで高町は海に面した辺りで談笑中。

 少し離れた所ではアルフとユーノが何やら会話中。風に乗って流れてきた会話から推測するに、アルフはフェイトの、ユーノは高町と言った自分のご主人様(?)談義で盛り上がってるようだった。

 

 予定では本日10:00にこの地点から、管理局の転送でフェイトは地球を発つ……とは言っても明日中には帰ってくるのだけどね。

 管理局は黒服が既に迎えとして待機しているのだが、お互い特に話すこともないので僕は一人ボーッと空を眺めているのだった。

 

 

 しかし、ひじょーに眠い。

 

 

 欠伸を噛み殺しつつ、眠気覚ましに魔法を完成寸前まで構築しては破棄するという、非生産的すぎる事をしていると会話から抜けたらしいフェイトがこちらへと小走りで駆け寄ってきた。

 

「隣に座っても……いい?」

「ん」

「ありがとう、お邪魔します」

 

 そんなこと許可を取るまでも無いのに、フェイトは律儀だ。

 ちょこんと僕の隣にフェイトが座る。

 

「あれ、髪……解いたの?」

「うん。さっき、なのはと髪留めを交換したから」

 

 微笑んだフェイトが手に握りしめた紐を僕に見せてくれた。

 

「そ。仲良くなったようで何より」

「うん」

 

 出会いはどうあれ、仲良くなれたのならそれに越したことはない。

 

「そうだ、僕からもフェイトに」

 

 虚空からひょいっと綺麗に包装された、手のひら大の箱を取り出してフェイトに渡す。

 

「これ、私に? 開けてもいい?」

 

 『ん』と頷いてみせる。この数日間、睡眠時間を削って仕上げた渾身の作だ、気に入って貰えるといいのだけど。

 包装紙を破らないよう、丁寧に開ける所が何ともフェイトらしい。

 

「これは……ネックレス、じゃなくてチョーカー?」

「んむ」

 

 僕がフェイトに作ったのは、黒竜皮のベルトをベースに銀糸の刺繍を各部に主張しすぎないようにあわせ、シックな感じに纏めたものだ。

 竜の皮の希少価値は言わずもがなだけど、手間が掛かってるのは何と言っても銀刺繍のほう。まず第一に純銀に魔力を纏わせつつ精錬することで、常時魔力を発する『魔銀』に変質させる。

 それを満月の夜に月光を一晩浴びせることで、発する魔力をより上質なものにとグレードアップ。

 

 その銀を絹糸に魔法で纏わせ、銀糸とする。

 縫い方、縫う順序、刺繍の角度や模様など、様々な要素毎に魔法を幾つも仕込みつつ、見た目と性能を両立させた結果がこちらの品なのである。

 サイズもベルト部で調整可能なので、その点も問題なしだ。

 

「ありがとう、ジーク」

「どういたしまして……付けたげる?」

「うん!」

 

 チョーカーを受け取り、こちらを向いて白く透き通るような首元を晒すフェイトの首に、手を回し――問題なく装着を終える。

 

「ん。これでいい」

「――――うん」

 

 ……フェイトが何処か熱で浮かされたような、忘我の表情を浮かべてるんだけど、どうしたんだろうか。

 

「……フェイト?」

「なな、なんでもないなんでもないッ!」

「そ、そう?」

 

 そうは言ったものの、フェイトの表情……というか発してる雰囲気が尋常でない。

 指先でチョーカーをなぞっては、『はふぅ』ととろけそうな吐息を吐いている。

 

 

 ……んむ、これ以上は触れないことにしよう。

 

 

 そのまま何となく気分でフェイトの髪を梳こうとしたところで、無粋な声が掛けられた。

 

「――――フェイト・テスタロッサ、アルフ。そろそろ時間だ」

「チッ……空気の読めない奴め」

「これが僕の仕事だからな、艦長を待たせるわけにもいかない」

 

 もう少しで指先が届きそうな時に割り込んだ黒服の言葉に、僕は舌打ちをして文句を言う。僕の言い分など知らんとばかりに、しれっと答える黒服が腹立たしい。

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、黒服がそのまま自身の足下に転送魔法を起動させる。

 

「さぁ早く」

「今行きます、クロノ執務官」

 

 フェイトと一緒にベンチから立ち上がり、黒服の元へ向かう。

 各所に散っていたアリサ達やユーノ達も集まってきた。

 

 その中から二人、フェイトとアルフの主従が転送魔法の陣の中へと足を踏み入れる。

 

「フェイト、行ってらっしゃい」

「うん、明日の夜には帰るね、アリサ」

「明日何時頃に帰れるか、わかったら連絡を入れて。ご飯の支度とかあるから」

「あいよー、わかり次第連絡入れるよ。鮫島さんに『肉がいい』って伝えといてくれ」

「伝えとく、メニューの保証はしないけど」

 

 微笑み会ったアリサとフェイトが小さく手を振り合うその横で、僕もアルフに明日の事を話しておく。万に一つも帰ってこられないとは、互いに微塵も思っていない。

 

「よし、準備は良いな。後20秒で転送する」

「あいよ。そうだフェイト、耳貸して」

「なにアルフ、どうかした?」

「いーからいーから」

「?」

 

 アルフの言葉にフェイトが訝しみつつも耳を寄せた。

 

「――――ふぇっ!?」

「ほら、行ってきなっと」

「きゃ!?」

 

 何を言われたのか、顔を一気に赤くしたフェイトがアルフに背中を押されて転送陣の外、僕の目の前に突き出された。

 何事かとアリサや高町もフェイトを見やる。

 

「あ、こら、フェイト・テスタロッサ――」

「――大丈夫大丈夫、直ぐに済むよ」

 

 眉をつり上げた黒服を、アルフがまぁまぁと言わんばかりに押しとどめる。

 

「どしたの?」

「えっとその、何て言うか――」

「――あと10秒だ、早く!」

 

 急かす黒服の言葉に覚悟か何かを決めたのか、フェイトが上気した顔のまま僕の顔に視線を固定した。

 

「い、イヤなら押し退けてね?――」

 

 言うが早いか、フェイトが目にも留まらぬ早さで一気に僕との距離をほぼゼロにまで詰める。

 

「――行ってきます」

 

 ――ちゅ。

 軽く目を閉じたフェイトが、僕の唇に触れたか触れないか位のキスをしてきた。

 

 小声で『きゃーきゃー♪』言ってる高町は意識の外に放り出す。

 フェイトらしからぬいきなりの行動に驚きつつも、心の片隅で納得する。

 そういえばこの9日ほど、フェイトとアルフが暇を見つけては夢中になってアリサの持ってる少女マンガを読んでいた――僕もこの国の文化を勉強するため、そのシリーズを読破した――けど、確かそのマンガで今と似たようなシーンが有ったはず。

 確かあれだ、この国のマンガとかの“お約束”の一つ『行ってきますのキス』とか言う奴だ。

 

 開いた目が僕の目と合った途端、頭からボンッと湯気を出してフェイトが固まる。

 

 この“お約束”、もといその少女マンガのシーンには続きがあったはず。僕は記憶を頼りにそのシーンをなぞった。

 

「『行ってらっしゃい』」

 

 ――ちゅ。

 

 今度はこちらから、返礼としてフェイトに口づけて――時間もないので放心状態のフェイトを振り向かせ、アルフに向けて軽く突き飛ばす。

 フェイトを受け止めつつ、ウインクを投げてきたアルフに手を小さく挙げて応えた瞬間に、フェイト達の姿は跡形もなく消えていた。

 

 さて、無事に送り出したことだし、今日はこれから――――

 

「ばーかばーか、ジークのばーか」

 

 ――――……拗ねてしまったお嬢様のご機嫌取りから手を付けるとしよう。

 

 小さく肩を竦めた僕と頬を膨らませて拗ねたアリサの間を、春の風が潮の香りを乗せて吹き抜けていくのだった。




以下いつもどおりの補足etcです

>最悪本局の捜査班か、対結界専門の部隊でも呼ぼうかと
幼き白い悪魔:「結界なんて私一人で事足りるんじゃないかな?(暗黒微笑」

>管理局の管轄する世界、いわゆる管理世界は『地球』と法制面で色々違うのは承知済みだ。
様々な分野に関して、色々と勉強を怠っていない主人公である。

>なおアリサは慌てず自分からもピッタリと身を寄せてきてる。
アリサ:「最近正ヒロインとしての座が危うい気がする」

>『何の成果も得られませんでしたぁー』
元ネタは『進撃の巨人』から。

>事件解決及び被害拡大の抑止の報酬として、見合った額・それに等しい物品を支払う
色々とせびる予定、アースラの財務担当が泣かないレベルではある……はず。

>一応、アースラの様な遠地の管理外世界に赴く船には、現場での司法取引等の裁量が認められているらしい。
これは本作での独自設定です。
割と即応性が必要な職務だと思うので、これくらいの裁量権はあるだろうなぁ……と。

>『一度こちらで戸籍作ったり、健康診断を~』という言葉に、フェイトが強く惹かれた様でOKを出した。
女医さん:「はい、診断の結果なんの問題もありませんでした。普通の女の子と変わりません、健康そのものです。……フェイトちゃん、何か体の事で聴きたい事はある?」
フェイト:「……一つだけ」
女医さん:「なぁに?」
フェイト:「…………私はちゃんと赤ちゃん、作れますか?」
女医さん:「大丈夫よ」
フェイト:「(ぱぁあああああ♪)←安心と喜びの入り混じった表情」

という感じの割とシリアスな裏話があった設定。
プレシアが有能だったお陰で、『クローン』であることによる問題点、例えば『短命である』とか『子供が生めない』とかは全く有りません。

>つまりはそれまでに、僕はフェイトの護衛体制を整えねばならない。無論、フェイトへの仕事内容の指導もある……忙しくなりそうだ。
主人公:「216時間戦えますか~♪」
アリサ:「ちょ!?」

>『ご主人様のおはようからおやすみまで』
元ネタは(株)ライオンのキャッチコピー。

>管理局は黒服が既に迎えとして待機しているのだが、お互い特に話すこともないので僕は一人ボーッと空を眺めているのだった。
主&クロノ:「「コイツとは仲良くなれる気がしない」」

>「うん。さっき、なのはと髪留めを交換したから」
原作準拠でなのはと髪留めの交換を行いました。
アニメ1期最終話程度までは行かないまでも、和解しそこそこフェイトとなのはは仲がいい感じの設定。

>こちらを向いて白く透き通るような首元を晒すフェイトの首
prprしたいd(このコメントは粛清されました

>……フェイトが何処か熱で浮かされたような、忘我の表情を浮かべてるんだけど、どうしたんだろうか。
フェイト:「(ふわぁああ♥ ジークに“首輪”付けられちゃったよぉ……。 このドキドキはなに……?
あとでちょっとベルトきつくしてみよう)」

これからフェイトが段々アブノーマルになっていきます(小声


>そのまま何となく気分でフェイトの髪を梳こうとした
主人公は長い髪大好きです。

>「い、イヤなら押し退けてね?――」
前話で言われた台詞を言い返すフェイトなのであった。

>小声で『きゃーきゃー♪』言ってる高町は意識の外に放り出す。
意識の外に放り出された結果、この話ではこれ以降台詞どころか地の文でも認識されていない。
主人公の一人称だからね、ちかたないね。

>フェイトとアルフが暇を見つけては夢中になってアリサの持ってる少女マンガを読んでいた
フェイト:「ジーク。この国の文化ってどんな文献で勉強したらいいかな?」
主人公:「僕はマンガで勉強した」
という裏事情があったりなかったり。

と、こんなものですかね。
ほかに疑問点などありましたら、感想欄からご連絡くださいませ。

では、ご意見ご感想お待ちしております。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無印編→A's編『合間の物語』
44:授業参観と月村のお嬢様


更新が2ヶ月以上空いてしまい申し訳在りませんでした。

理由(言い訳)はあとがきにて……orz



44:授業参観と月村のお嬢様

 

「これは……私としたことが、しくじりましたな」

「鮫島、何か問題が?」

 

 先程、学校へアリサを送り届けて屋敷へと戻り、車を磨いていた鮫島がしまったと言わんばかりに眉をしかめた。

 珍しい鮫島の声音と表情に、近くで屋敷防護用の魔法式を調整していた僕が声をかける。

 

「はい、先程お嬢様を送り届けたのは知っての通りだと思いますが……お嬢様が御弁当をお忘れになっていたことに気がつきまして……。

私としたことが、不覚でございます」

「いや、自分の食料を責任をもって確認していなかったアリサが悪い。鮫島が気に病む必要ない」

 

 ふぅむ、食料の重要性を教え込むために、砂漠かどこかで絶食訓練でもさせるか……。

 まぁそれは追って考えるとして、今は目の前のお弁当が先決だ。

 

「ジーク坊っちゃま、申し訳ありませんがお嬢様のもとへお弁当を届けに行って頂いても宜しいですかな?

私はこれから旦那様の御付きとして、出掛けねばなりません故に……」

「ん、分かった」

 

 僕は頷いてお弁当を受けとる。

 

「ありがとうございます。学校の方へは私から連絡を――」

「――いや、巧く潜入するから学校への連絡はいい」

 

 お弁当を忘れたとか、プライドの高いアリサにしたら割りと恥ずかしい事だろう。

 なるべく内密に決着をつけたい。

 

「左様でございますか、ではお願い致します」

「任された」

 

 僕は頷いて、潜入の算段をたて始めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

――しゅとっ

 

 敷地を囲むように設置されている柵と、警備員の目を掻い潜り問題なく校庭へと侵入を遂げた。

 

「潜入成功、他愛もない」

 

 時は昼前、鮫島からの前情報によると4時間目とやらが始まって少しである。

 本来ならばもう少し遅め、昼食時間ギリギリに動こうと思っていたのだが、デビッドさんからの『そっとアリサの様子を窺って、気づかれないよう授業参観してくれ』との指示があり、このタイミングで潜入した次第だ。

 

 鮫島メモによれば、現時間のアリサは『体育』で屋外か体育館とやらにいるらしいが――いた。

 

「そぉぉぉおおおりゃぁぁああああ!!」

「避けろぉおお! 当たったら死ぬ――ぷべっ!?」

「おぉ……」

 

 白線に囲まれた四角の内から、アリサの投げたボールが直撃した男子がすごい回転をしながら吹っ飛ばされた。

 これはあれか、世に聴く『ドッジボール』とやらか。

 ちょうどいい、デビッドさんへの報告用に、ケータイで動画撮っておこう。

 

「縦列陣形だ、縦列陣形で先頭が吹っ飛ばされないよう押さえるんだ!」

「おいバカやめろ! 吹っ飛んで勢い殺せないぶん、先頭の奴が死ぬぞ!?」

「私に腹案がある!」

「何だ!」

「顔面に当たればセーフだ、顔面で受け止め空中に球を浮かせ、それを捕れば問題ない!」

「「「「それだ!!」」」」

 

 ……それ、首から上が曲がっちゃいけない角度に曲がるんではなかろうか?

 

「作戦会議は終了?」

 

 余裕の笑みを見せつつ、アリサが挑発的にそう声をかけた。

 

「「「「「か、かかってこいやぁ!」」」」」

「無駄無駄無駄ァ! 必殺『炎のシュート』ォオオオオオオオ!」

「「「「「さばげぶっ!?」」」」」

 

 必殺なのに死んでないじゃないか、とは言わない方がいいんだろう。

 見事5人を吹っ飛ばしているが、先頭にしか当たってないから枠外に出るのは1人なのだけど――――

 

「……ダメだ、5人とも完全に意識が飛んでる」

 

 ――――敵陣で駆け寄った一人が沈痛の面もちで首を振った。

 

「運が悪かったわね、コラテラル・ダメージって奴よ」

 

 んむんむ、ルール上はどうあれ敵戦力を“合法的”に削る良い手だ、師匠として鼻が高い。

 勝てば官軍、という諺がこの国にはある。勝てば良かろうなのだ。

 

「くそぅ……月村さんが居れば……!」

 

 相手陣営が何か言っているが、無い物ねだりをしても仕方あるまい。

 大勢は決したようなので、僕は動画撮影を打ち切り校庭を後にして校舎内へ歩を進める。

 

 

 それにしても『月村』か、偶然の一致なんだろうか?

 

 

◇◇◇

 

 

「(ふむふむ)」

 

 僕は透明化の魔法を使いつつ校内を探検する。

 足音や気配を殺して動けば十分だと思っていたら、そこかしこに防犯カメラが設置されていたので急遽予定変更だ。

 

 それにしてもアリサの話や本なんかでしか知らなかったものだけど、学校とはこういうものなのか。

 見るもの全てが新鮮で、いろいろと観察しながらしばし歩く。

 

「(――っと)」

 

 目の前の『保健室』と書かれた部屋のドアが開かれて人が出てきたため、音も立てずに壁際に身を寄せる。

 その際に壁の木の部分のささくれに指を引っかけて僅かに血が滲む――が治療するほどでもない。

 

 出てきたのは制服を着た、僕やアリサと同じくらいの女の子。

 第一印象は『お淑やか』って感じだ。

 

 その女の子がふとこちらに顔を向けた瞬間に、驚愕と不審の入り交じった表情を浮かべながら、姿の見えないはず(・・・・・・・・)の僕から距離をとる。

 

「……そこに隠れてるのは、誰……ですか?」

「……!」

 

 ――驚いた、割と本気で。

 

 気配を消して静かに移動してみたけど、彼女の目は確かに僕の姿を追い続けている。

 瞬動で逃げ切ろうとも思ったけど、僕はふと脳裏によぎった直感を信じ、彼女の前に姿を見せた。

 

「――初めまして、驚かせて申し訳ない。月並みな言葉だと思うけど、『怪しい者じゃない』よ」

 

 僕は慇懃(いんぎん)に鮫島に教わったとおりの礼をする。

 姿を現したのが同年代の僕だったからか、彼女の警戒心が若干だけど薄くなった。

 

「間違いだったら申し訳ないのだけど、もしかして月村家ゆかりの方だろうか? 僕は月村忍さんと高町恭也さんの……知人、みたいな者」

「お姉ちゃんと恭也さんの……?」

 

 そう答えつつも、ジリジリと非常ベルに近づく彼女。押されたらアリサの授業を妨害することになるので、それを手で制す。

 

「ん、二人の知り合い。だけどここへ来たのは別件、用事が済めば直ぐにお(いとま)するので、押さないで貰えるとありがたい」

「……学校に何のご用ですか?」

 

 尤もな質問に、僕は大きく頷いてお弁当の包みを見せつけた。

 

「ウチのアリサお嬢様に、ちょっとお弁当をお届けに」

「…………へ?」

 

 彼女は虚を突かれたかのように、変な声を上げるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃあお姉ちゃんや恭也さんの言ってた『ジーク君』と、アリサちゃんの言ってた『ウチに来てる事情持ちの留学生』って貴方の事だったんだね。……その“事情”が『魔法』っていうのは予想外だったけど」

「ん、そういうことになる」

「じゃあ改めまして、月村忍の妹の『月村すずか』です。呼ぶときはお姉ちゃんと同じで分かり難いから『すずか』でいいよ」

「バニングス家護衛兼執事見習い、ジーク・アントワーク、呼び方はお任せする」

「じゃあ『ジーク君』で」

「ん、了解。じゃあ僕は『すずか』、と」

 

 幸いにも直ぐに誤解は解け、僕はすずかに連れられて彼女が先ほどまで休んでいた“保健室”とやらにお邪魔していた。

 本当はここに教員の方が在室しているらしいのだが、偶然にも今日は出張で不在とのことだ。

 

 お互いに二つ三つ、主にアリサや忍さん関係の取り留めもない会話を交わしたところで、僕は気になっていたことを聞く。

 

「そういえば、さっきはなんで僕に気づけたの?」

「えっと……ジーク君は私たちの家の事情はどのくらい知ってる?」

「ん、いや全く知らないけど、特殊な事情が有りそうだな、とは」

 

 僕がせいぜい把握してるのは、屋敷の異常なまでの警備体制と、忍さんと恭也が恋仲である事くらいか。

 そもそもが、出会う機会が翠屋で僕がお茶している時に、恭也目当てでやってくる忍さん(店で働いてもいるらしいけど)と話すくらいの間柄である。

 

 僕もあちらもお互い特殊な事情が有りそうだと察しは付いているので、それに触れないよう注意はしているが。

 

「そっ……か。ちょっと待って」

 

 そう一言断りを入れた彼女が何やらケータイをポチポチいじると、ほぼ間を置かずに手の中のケータイが小刻みにバイブした。

 

「えっと、細かな事情はお姉ちゃんが後で説明するから、都合の良い時に私のウチに来て……って」

「ん。じゃあ恭也に会ったときに適当な日時を幾つか伝えるから、その中から選ぶ感じで」

「うん、そうお姉ちゃんに伝えておくね。…………えっと、それで、さっきジーク君に気づいた理由なんだけど――」

 

 僕の回答に頷いた彼女は、いったん間を置いて居住まいを正すと、言葉を慎重に選ぶようにゆっくりと口を開く。

 

「――私たちの一族はちょっと特殊で、月の満ち欠けの周期で力……というか能力が強くなると言うか…………ともかく、ちょうど今日は能力が強くなる日なんだけど……ジーク君、今日何処か怪我したりしなかった?」

「むぅ……? 怪我というか、ちょっと前に薄皮一枚剥けて血が滲んだくらい」

 

 僕の答えに得心がいったのか、すずかが小さく頷く。

 

「うん、たぶんそれかな。血の匂い(・・・・)がすぐそばでするのに、姿が見えなかったから、誰か隠れてるのかな……って」

「ふむ、そゆことか」

 

 かすり傷程度でこれなら、血煙漂う戦場に行こうものなら大変だろうなぁ……と益体(やくたい)もないことを考える。

 

「いま私が話せることはこのくらい、かな。後はお姉ちゃんが説明してくれると思う」

「んむ、それだけ分かれば充分」

 

 さすがにたったこれだけの出血で感づかれるとは想定外だ。とりあえずこれからは消臭系の魔法も組み込むべきかと頭の片隅に留めておく。

 

「あ、授業終わっちゃった」

「……む、これがチャイムって奴か」

 

 僕は頭上のスピーカーから響く鐘の音に目を細めた。

 

 チャイムの終了と同時に、校内が一気にざわざわと騒がしくなる。

 

「むぅ、お弁当アリサに渡さねば」

「あ、私がアリサちゃんに渡そうか? それともアリサちゃんを呼んだ方がいい?」

「ん……直接手渡しがいい」

 

 僕に託された届け物だ、直接渡すのが筋ってものだろう。

 

「そっか。……じゃあ、ジーク君は階段を登って屋上で待ってて? いつもアリサちゃんとは、そこでお昼ご飯だから」

「んむ、ありがとう、手間取らせて申し訳ない」

「気にしないで。……じゃあ屋上で」

「ん」

 

 僕は彼女に頷いて再度姿を消すと、そのまま静かに屋上へ向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「な、なんでジーク君がここにいるの!?」

「仕事だ。というかアリサとすずかはいいけど、高町はお呼びでない」

「酷い言われようなの!?」

 

 屋上にアリサとその同行者以外を人払いする魔法を掛けて待っていたら、アリサとすずかに加えて高町がオマケで付いてきた。

 

「アンタ達、いい加減仲良くなりなさいよ全くもう……ジークお弁当ありがとう、助かったわ」

「ん、以後気をつけるように」

 

 最初こそやれやれと言わんばかりにため息を吐いたアリサが、両手を合わせつつウィンクしながら小さく舌を出して僕に頭を下げる。

 僕も鷹揚にうなずき返してアリサにお弁当を手渡した。

 

「それにしても、今日は屋上が私たちの貸し切りね。いつもはもっと人がいるのに、珍しい」

「ちょっと細工したから」

 

 アリサに微笑みつつ片目をつむる、つまりはそういうことだ。

 

「ふぅん? ……帰ったら教えてね」

「ん」

 

 僕はアリサに首肯すると、その場を去ろうと口を開く。

 

「じゃ、僕はそろそろ――――」

「え、帰っちゃうの? せっかく来たんだから一緒にお昼食べなさいよ。お弁当は私のを分けたげるから」

「そうだよ、私のも分けてあげるから」

「むぅ――――」

 

 ここまで言われて、帰るのも悪いか。

 

「――――今日だけ、特別」

 

 

◇◇◇

 

 

「ふふ♪」

「どしたの?」

 

 食後のデザートと言うタイミングで、先ほどから上機嫌なアリサに疑問の目を向ける。

 

「んー、ジークと一緒に学校通えたら、こんな感じなのかなぁ……って」

「ん、きっとこんな感じ」

 

 僕は頷きつつ、デザートのイチゴをフォークに刺してアリサに差し出す。

 

「あむ♪」

 

 イチゴを頬張ったアリサは僕へと寄り添って、何処か楽しそうだ。

 

「――――ふふ♪ やっぱり♪」

 

 その様子を見ていたすずかが、得心が行ったと言わんばかりに笑みをこぼした。

 僕とアリサはその様子に目を見合わせて静観する。

 

「どうしたの、すずかちゃん?」

「ん……っと、なのはちゃんは少し前からアリサちゃんの雰囲気が変わったの気が付いてた?」

 

 高町の問いにすずかが疑問で返す。

 

「ふぇ、いつ頃から?」

「たぶん4月過ぎくらい」

「うーん……?」

 

 高町はすずかの言わんとすることが解らないらしい。僕は僕でアリサと初めて会ったのがそれくらいだなぁ、と思いを馳せる。

 対するアリサは何か心当たりが有るのか、ボッと顔を赤く染めた

 

「ちょ、すずかストップ、ちょっとあっちで話しましょう? ね?」

「ふふ、大丈夫だよアリサちゃん、そんなに怖い顔しないで」

「いーからこっち!」

「はいはい」

 

 すずかの腕をつかんだアリサが、半ば強引に物陰へと引き釣り込んだ。

 物陰からは二人の会話が漏れ聞こえるけど、細かいことは聞き取れない。

 

「……アリサとすずかはどうしたの?」

「わ、私に聞かれても」

 

 むぅ、高町に聞いた僕が悪かった。

 

「お待たせ。なのはちゃん、ジーク君」

「二人で何を?」

「じ、ジークは知らなくていいわ!」

「?」

 

 どうやら話の内容は秘密らしい。

 戻ってきたアリサは再び僕の隣へ陣取ったが、ぴったり寄り添っていた先ほどまでより若干の距離がある。いつもは自分から近寄ってくるから、そんなこと無いのに珍しい。

 

 首を傾げて、僕の方から距離を詰めてみた。

 

「――――ちょッ!?」

 

 それだけ言って口を数度パクパクさせたアリサは、そのまま頬を染めて黙り込んでしまう。だけど今度は離れたりしない。

 

「アリサちゃん、私はアリサちゃんのこと応援するからね♪」

 

 グッと拳を握ったすずかが、……何というか楽しそうな笑みを浮かべて宣言してるけど何のことだろう。

 

「…………ありがと」

「「?」」

 

 何か言おうとしたアリサがいったん口をつぐみ、すずかから目を逸らしてポツリと礼を言う。

 状況の飲み込めない僕と高町、お互いに目を見合わせると同時に首を傾げたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 あの昼食後に学校を辞した僕は、屋敷へと舞い戻る。ほぼ同時に、内ポケットのケータイが細かに振動した。

 

 届いたメールの送り主はデビッドさん、内容は今日の“授業参観”に関しての報告要請だ。

 

「ふむ」

 

 僕は今日の授業風景を思い起こしポチポチと感想を打ち込んで、撮影した動画を添付し返送した。その報告に返信が帰ってこなかったけど、デビッドさんは急がしい身の上だから良くあることだ。

 ちなみに送ったメールの末文はこうだ――――

 

『師匠として勝ちを褒めてやりたいけど、女の子としてはお淑やかさに欠けすぎる戦いだと思います』

 

 僕は送信を終えたケータイを閉じると、通常の仕事に復帰する。

 

 そして数時間後――――

 

「ジーク! パパに何てメール送ったのぉおおおおお!?」

 

 ――――帰宅したアリサに(すね)を蹴飛ばされるとは思いもしない僕なのであった。

 




2ヶ月ほど間が空いてしまい申し訳在りませんでした……orz

ちょっと“学校”のほうでテスト等色々とありまして、暇がありませんでした……。
今月末には卒業し、第一線に配属される予定です。

では、何時も通り補足等です。

>「これは……私としたことが、しくじりましたな」
デビッドさんによる、鮫島への指令です。
アリサがお弁当を忘れた場合、鮫島はそれを見逃してジークに届けさせる……という内容です。
ジークに『学校にいってみたい』と思わせるようにする策略の一環だったり。

>「顔面に当たればセーフだ、顔面で受け止め空中に球を浮かせ、それを捕れば問題ない!」
私の地元では顔面セーフでした。
サッカー部がヘディングで受けて取る……という技を披露していたことがありました。

>「無駄無駄無駄ァ! 必殺『炎のシュート』ォオオオオオオオ!」
元ネタは『炎の闘球児 ドッジ弾平』より。

>「「「「「さばげぶっ!?」」」」」
作者は忙しくて視聴できませんでした。orz

>コラテラル・ダメージ
シュワちゃんの某映画タイトルより、意味は『副次的な犠牲』。

>そこかしこに防犯カメラ
月村印の高性能品。

>「えっと、細かな事情はお姉ちゃんが後で説明するから、都合の良い時に私のウチに来て……って」
来訪フラグ立てました。(作者が忘れないようここに記載

> 僕は頷きつつ、デザートのイチゴをフォークに刺してアリサに差し出す。
お弁当はアリサがジークに『あーん』をしたので、逆にデザートではジークがアリサに『あーん』してる設定。

>「ん……っと、なのはちゃんは少し前からアリサちゃんの雰囲気が変わったの気が付いてた?」
本作のすずかさんには恋愛カウンターが装備されています。

>物陰からは二人の会話が漏れ聞こえるけど、細かいことは聞き取れない。
聞こうと思えば聞けるけど、聞いたらデリカシー的に不味いんじゃないかと言う思考が出来るようになった主人公の進歩。

>「アリサちゃん、私はアリサちゃんのこと応援するからね♪」
すずかはヒロイン候補ではありません、念のため。
アリサの恋愛成就のために、全力でサポートする気満々です。

これくらいですかね。
ではご意見ご感想、誤字脱字報告、作者への激励などお待ちしています。

現在45~47を平行作業で執筆中なので、今度は近いうちに更新できると思います。
R18版は7割ほど完成しました(小声


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45:ジークのとある一日 (2017.07.28:統合しました)

皆様、お久しぶりです。
お待たせして申し訳ありません(土下座

仕事が忙しく、今日は半月ぶりの帰宅です……が、明日からまた半月ほど職場に泊り込み(
orz

感想にて、『更新まだー』的なお言葉を頂いたのでちょっと頑張りましたー

12000文字くらいの作品を4つに分割して、4日間にわたり投稿しようと思います。(後で統合するかも

では、どうぞー。


45:ジークのとある一日

 

 

 僕の一日の始まりは早い。

 

「……ん」

 

 AM5:00、目覚ましを鳴り出す前に止めつつ起きあがる。

 本日は日曜日。デビッドさん、アリサ共に仕事・学校は休みの日。ただしアリサは昼過ぎからバイオリンのレッスンのため不在……と。

 

 動きやすい服に着替えつつ、スケジュール帳に書かれた予定に目を通す。

 今日は休日のため、執事見習いとしての勤務もそれに伴い休日シフトだ。

 

 屋敷内から庭へと出ると、水をいっぱいに入れたジョウロ片手に、その一角へと向かう。

 

「……んむんむ」

 

 向かった先にあるのは、ビニールハウスと花壇。ここは魔法薬・魔術用の薬草・魔草の育成のために借り受けたスペースだ。

 生育状況を確認しながら水をやり、ちょうど収穫時の物は採集して保存していく。

 

 ……む、この薬草は後で株分けして別の容器に移さねば。……こっちの鉢植えはここ2~3日の快晴に伴う強い日差しのせいで、葉が心なしか弱ってるように見える。直射日光の当たらない場所に移しておこう。

 

 そんな感じで30分ほど手入れに費やし、そのままその足で広い敷地内をぐるりと見て回り、様々な形式で敷地内に仕掛けた防衛用の魔法をチェックする。

 敷地の地脈の要所要所に植えた樹木による認識阻害の結界、庭の各所に置かれた陶器の小人を用いた侵入者感知用のトラップ、防衛戦時の自律固定砲台となる特殊な魔法植物の群生地、不可視状態で敷地を巡回させている鋼糸で編まれた戦闘用の獅子・熊を模した使い魔達etcetc...

 

 と、まぁ庭だけでもこんな具合に屋敷の防護は為されている。

 

 最近は僕やアリサ、フェイトやアルフと言った魔法を使える面々が居ないときに、鮫島が任意で発動できるような水道や電気を用いた防衛システムを考案中だ。

 

 今のところ考えているのは、敷地の地下に魔法陣の形に繋いだ塩ビのパイプを埋没させ、有事の際は蛇口を捻りそこに水を流し込むだけで発動する魔法。

 他にはライトを高速に特殊なパターンで明滅させることで、それを見た敵の感覚を狂わせる・幻覚に捕らえる……的な魔法などだ。

 

 だいたいこちらも30分ほどで片づけて、ここ最近増えた日課のために次の目的地に向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「おはよう、ジーク」

「ん。フェイト、おはよう。待たせた?」

「ううん、私も今来たところ」

 

 僕の接近に気づいたフェイトが、こちらに振り向いて微笑みながら小さく手を振った。

 フェイトの格好も、僕と同様に動き易いように上下とも半袖の薄い、黒基調のスポーツウェアだ。 

 

 敷地内の屋敷から少々離れた、音の届きにくい穴場的なこの一角で、僕たちが最近やっているのは――――

 

「じゃ、準備運動して始めよう」

「うん、よろしくね」

 

 ――――“朝練”と称した戦闘訓練だ。

 

 戦闘訓練とは言っても魔法を使った派手なものではなく、身長より少し大きい程度の長さの棒を得物に用いた組み手である。

 魔法の使用は身体強化系も含めて原則禁止、単純な技量を磨くための組み手だ。

 

 二人で軽く準備運動と協力してストレッチをこなし、距離をとって向かい合う。

 僕は上段、フェイトは中段に棒を構えた。

 

「じゃあルールはいつも通り。では尋常に――」

「――勝負ッ!」

 

 

◇◇◇

 

 

「うぅ、手も足も出ない」

「まぁ踏んできた場数も環境も違うから」

 

 鬼のように強い師匠と、豊富すぎる血で血をそそぐ実戦経験の賜物だ。

 

 15分ほど僕の優勢のままノンストップで打ち合った後、僕が跳ね上げた棒の先端がフェイトの持っていた棒を手から弾き飛ばし、そのまま首元に寸止めで触れさせて勝ち。訓練を始めてから現在まで、僕の連勝記録は継続中。

 朝の涼しい空気にも関わらず、全力で戦っていた僕とフェイトは二人揃って良い汗を流していた。

 

 クールダウンのストレッチを終え、今は木陰で休憩中だ。

 僕は火照る体を冷やそうと、着ていたシャツの胸元をパタパタとして空気を送る。

 

「はいジーク、使って」

「ありがと」

「ううん、どういたしまして」

 

 フェイトから受け取ったタオルで汗を拭く。

 

「飲み物もあるよ?」

「ん、貰う」

 

 差し出されたペットボトルの蓋を開け、大きく一口呷る。

 

「――あ」

「ん?」

「ううん、自分の分を入れてくるの忘れちゃっただけだから大丈夫」

「僕の口付けた奴で良ければ飲む?」

「うん、……ごめんね」

 

 クールダウンは済ませたはずなのに頬を紅潮させたフェイトが、僕から受け取ったペットボトルに口を付けてコクコクと少しずつ喉を潤した。

 僕は小さい欠伸をして、腕と一緒に体を伸ばす。

 

 「……ジーク」

 

 そんな僕の様子を目に留めたフェイトが、おずおずと言った感じに僕の肩をつついた。

 

 ちょっと首を傾げて見せたフェイトが、自分の膝を指さして僕に問いかける。

 

「んー?」

「ちょっとだけ……仮眠する?」

「……んー、ん。20分経ったら起こして」

「うん、いいよ」

「お願いね」

 

 僕はもう一つ欠伸をすると、フェイトが指した膝に頭をコテンと倒す。

 この朝練を始めてから、フェイトは毎朝僕が眠そうだと仮眠を勧めると同時に、枕代わりに自分の膝を貸してくれる。申し訳ない気はするのだけど、初めて膝を借りたときに少し寝たふりをして様子を伺ってみたら、フェイトが幸せそうに微笑みながら僕の髪を梳いていたので、罪悪感は感じないことにした。

 

 それ以来、僕はほぼ毎朝こうしてフェイトの膝枕で、ほんの一時の睡眠に身を任せるのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃ、フェイトはアリサの世話をよろしく。アルフは僕と一緒に朝食の支度ね」

「うん、行ってきます」

「了解」

 

 AM07:30、シャワーを浴びて汗を流した後(フェイトとは一緒じゃない、念のため)、それぞれ執事服とメイド服に着替えた僕とフェイトは、アルフと合流して軽く指示を出して動き出す。

 フェイトはアリサを起こして、着替えの手伝いやらの身支度の補助とベッドメイキングやらの諸業務、僕はアルフをサポートに付けての朝食の準備である。

 

「やぁジーク君アルフ君、おはよう」

「おはようございます、デビッドさん」

「おはようございます、ダンナサマ」

 

 アリサより一足早くやってきたデビッドさんに、二人揃って頭を下げる。

 

「うむ。ところでジーク君、今日の新聞は――」

「――こちらに」

 

 席に着いたデビッドさんに、新聞と同時にコーヒーも淹れて渡す。

 朝イチでデビッドさんが飲むコーヒーはミルク多めの砂糖少々、この流れはいつも通りだ。

 

「ありがとう」

 

 新聞を熟読し始めたデビッドさんに黙礼し、せっせと支度を進めていたアルフに再合流する。

 

「お待たせ」

「お疲れさま、こっちはもう少しで終わるよ」

「ん」

 

 言葉の通り、直ぐに準備を終えた僕たちは鮫島が待っている厨房へと向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 平日は“仕事”と言う都合上、僕たち使用人組はデビッドさんとアリサが食事を終え、それぞれ学校と職場へ送迎した後の朝食になる。

 だけど本日は休日と言うことで、僕たち使用人組も同じテーブルに着いての朝食なのだ。

 

 ただし鮫島は一人部屋の端で待機中、鮫島曰く『長い間こうでしたので、落ち着かないのですよ』とのことらしい。

 

「……♪」

 

 ナイフで切り分けたオムレツの断面から、固まりきっていない卵がトロリとこぼれ出る。今朝のオムレツの半熟具合は僕の好みな感じ、

 わかる範囲で言うと、アリサはもうちょっと生っぽい焼き加減、デビッドさんはしっかり火を通した物が好みだ。

 

 さすが鮫島、各人の好みに合わせてオムレツの焼き加減を変えてくれる仕事人の鑑だ。

 良い焼き加減に目を細めていると、僕の口元をじっと見ていたフェイトが不安そうに聞いてくる。

 

「……焼き加減、どうかな?」

「ちょうど良い、さすが鮫z――」

「――ジーク坊ちゃんの分は、私ではありませんよ」

「む?」

 

 部屋の調度品であるが如くに壁際に佇んでいた鮫島が口を挟む。いや、それじゃこれを焼いたのは――

 

「私が焼いたの……ホントのホントに大丈夫?」

「んむ、素晴らしい焼き加減。毎朝食べたいくらい」

 

 僕はフェイトに本心からそう返す。それを聞いて安心したのか、フェイトがあからさまに安堵のため息を漏らした。

 

「良かった……ジークが喜んでくれるなら、これからもずっと私が作りたいな」

「ん、この腕前なら是非にとも」

「ふふ、よう御座いましたな、フェイトお嬢様」

「はい! 鮫島さん、練習に付き合っていただきありがとう御座いました」

「いえいえ、毎晩の努力の賜物ですよ」

 

 ……会話から推測する限り、フェイトは毎晩鮫島にコーチをお願いしてまでオムレツの練習をしていたようだ。

 

「(……ぐぬぬ)」

「(アリサ、男は胃袋を掴まれると弱いぞ?)」

「(ちょ!?)」

 

 悔しそうな顔をしていたと思いきや、デビッドさんの囁きを聞いたアリサの表情がいきなり真っ赤になった、……なんなのだろう。

 

「さ、鮫島、フェイト、今夜から私も一緒に教わって良いかしら!?」

「ええ、もちろんですともお嬢様」

「うん、一緒に頑張ろうね、アリサ」

「ええ。…………待ってなさいジーク、口に入れた瞬間に、美味しすぎて『こ、これは!?』って言いつつ服が弾け飛ぶレベルになってみせるから!」

「何それ怖い」

 

 調理の過程で、口に含んだ瞬間に衣服が弾け飛ぶ魔法術式でも組み込む気なんだろうか?

 まぁ確かに食材や調理方法、スパイスを組み合わせることでも魔法は組めるだろうけど、手間と結果を比べると余り効率がいいとは言えないからなぁ……。

 

 えへへ、と微笑むフェイトと、妙な対抗心を出し始めたアリサ。……うんまぁ、仲良きことは良いことだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 朝食後、フェイトと手分けをして屋敷内の洗濯物を回収する。

 なお、鮫島はデビッドさんの補佐、アルフは屋敷敷地内の巡回警邏中だ。

 

 今日はいい天気だ、洗濯物もよく乾くだろう。

 

「アリサ、洗濯物の回収……入って大丈夫?」

『いいわよー』

 

 アリサの承諾を得て、彼女の部屋に入る。

 

「ん……自主勉強中?」

「そ、昨日借りた本でね」

「あぁ、僕が昔使ってた奴ね」

 

 部屋に入ると、机に向かったアリサが古ぼけた装丁の本を片手に魔法の練習中。

 僕が数年前に使っていた、中級者向けの本。昨日の夜に部屋に来たアリサに貸したものだ

 

 ちなみに、使われている言語が僕の国の物なので、読めるように翻訳機能を付けたメガネを新たに作る羽目になったのは余談だ。

 

「あ、洗濯物はそこのカゴに入ってるわ、ありがとね」

「ん、確かに。……どう、わかる?」

「だいたい分かるんだけど……所々翻訳がうまく働いてないのか、それとも固有の単語か何かなのか……ちょっと見て貰っていい?」

 

 ベッドのシーツを剥がして丸め、他の洗濯物をカゴごと回収しつつアリサの傍らに向かう。

 

「んむ、ちょい見せて」

「……!?」

 

 アリサの顔の横から顔を出して、開かれた本をのぞき込む。

 その拍子に、アリサの肩がピクンと跳ねた。

 

「?」

「な、なんでもないわ」

 

 それだけ言ったアリサが身じろぎし、僕と彼女の頬同士をピタリと触れ合わせる。

 

「そ。で、おかしいのはどの辺り?」

「えっと――――」

 

 確認してみると、アリサの言っている箇所は僕たちの世界の長さや重量の単位、それとこちらの言語の表音の関係で変換できなかった単語などだ。その辺りを簡潔明瞭に説明する。

 

「――オッケー、解ったわ」

「説明不足でゴメン。……あまり根を詰めすぎ無いように、後でお茶でも淹れてくる」

 

 頬が触れるほどの距離から離れ、勉強熱心な弟子の髪を撫でる。

 

「……ん、楽しみにしてるわ」

「んむ、じゃ仕事に戻る」

 

 こそばゆそうに微笑むアリサに小さく手を振って部屋を辞す。予想以上に時間を取ってしまった、洗濯物を回収し終えたフェイトが待っているかもしれない……急がねば。

 

 

◇◇◇

 

 

 結論として、フェイトは回収を終えていなかった。

 

『――――はふ……ジークぅ、ジークぅ』

「…………」

 

 僕の部屋の外に洗濯回収に使うカートが置いて有ったので、そっと部屋を覗いたら、フェイトが僕の洗濯物のワイシャツを羽織ってベッドにうつ伏せに寝転がりながら、枕に顔を押しつけたまま幸せそうな声で身悶えていた。

 えっと、うむ……どこからつっこめばいいのか、ちょっと僕には解らない。

 

 とりあえず気配を消して自室に滑り込み、こちらに気づかないフェイトを観察する。

 

「~♪」

 

 至福の時を過ごしているっぽいので、それを妨げるのは申し訳ない気がするけども

、状況が状況過ぎた。内容はどうあれ、仕事時間中なのはいただけない。

 

 アリサへ戦闘用に教えた魔法の応用で、僕は自分の体重をほぼ0にして床を蹴り、音も揺れもなくベッドの上に立つ。

 ……ここまで気づかれないと、逆にどう気づかせるか悩むな。

 

 ちょっとだけ悩んで、マイルドな起こし方をチョイスした。

 

 足下の方に畳んで置いておいた薄手の毛布をそっと持ちあげ、自分の両肩にマントのように掛けて構える。

 

 ステンバーイ……、ステンバーイ……、ゴーッ!

 

 僕は無言でフェイトに向かって、一気に毛布と僕の体で覆うようにダイブした。

 そのままフェイトの手足と胴体を、動けないように体全体で押さえ込む。

 

「――――!?!?」

 

 突然の事態に慌てふためき、うろたえるフェイト。

 

 体重はほぼ0ではあるが、筋力などはそのままである。

 フェイトからしてみたら、いきなり背中が毛布に包まれたと思ったら、謎の物体に身動きが取れないよう拘束されているのだ。

 恐怖以外の何物でもない。

 

 しかし、今回は恐怖を植え付けるのが目的ではない。

 

「なーにーをーしーてーいーるーかー!」

「この声ジークッ!? これは、その――――」

「おーしーおーきーだーべ~」

 

 それだけ宣告しておいて、フェイトの耳元でささやくように魔法を詠唱する。

 その名は『絶笑(ぜっしょう)』。変な名前と侮る無かれ、加減次第で子供の悪戯から死刑の一執行法にまで応用できる魔法である。

 

「ひゃっ!? 何か急に――――あははははははははははは! じ、ジーク止めて、くすぐったいぃぃいいいっぁははははははっ」

 

 魔法の効果としては単純なもので、皮膚の感覚を鋭敏にすると同時に体中各所のくすぐったい箇所を、自動でくすぐり回すというものだ。話だけ聞けば『何それ?』と思われそうな魔法だが、その実かなりエグい魔法なのである。

 フェイトみたいに意味のある言葉をしゃべることが出来るうちは、まだまだ序の口だ。

 

「――――あはははははは! ひゃめ、ひゃめっ、(くる)ひッ! わらひゃダメひゃのにわりゃうのが止めひゃははははははははは!?」

 

 呂律が回ってこなくなるくらいで、ようやく二段回目と言った感じ。

 加えてフェイトは僕に押さえられているから、全く身じろぎも出来ないぶん余計に苦しいだろう。

 

 フェイトの横顔からは、笑いすぎのせいで目からぽろぽろと涙がこぼれている。

 この魔法の怖いところは、笑いすぎによる呼吸困難を調整できる点だ。呼吸困難での笑いの強制終了は出来ずとも、適度に息が出来なくて苦しい感覚は残るというエグさを兼ね備えている魔法なのだ

 

 

 んー、まぁこれくらいで良いか。

 

 

 この程度で良いかと妥協して魔法を中断する。これくらいなら後遺症も残るまい。

 この魔法、極限までやりすぎると良くて廃人、最悪死に至りかねないのだ。

 

 ベッドにうつ伏せに倒れ込んだまま、ピクピクとしか動かないフェイト。試しに無防備な背筋を服の上から指でなぞってみたら、電流が流れたかのように体を跳ねさせ、沈黙した。

 

「――――ヒック……グスッ」

 

 ……。

 …………。

 ……………………あれ?

 

 仰向けにひっくり返してみたら、フェイトがその相貌から涙をぽろぽろとこぼしていた。

 

「私、やめてって、言ったのに――――」

 

 先ほどまでの魔法の影響で体中に力が入らないのか、身じろぎ一つしないまま恨みがましい目を向けられる。その間も僕を責めるように両目からは絶えることなく涙がこぼれている。

 

 ………………なんというか、もの凄い罪悪感だ。

 

「えっと、うん、その――――ゴメン」

 

 どうしたらいいか解らないので、フェイトを抱きしめておっかなびっくり彼女の背中を撫でる。対応が合っていたかは定かで無いけど、フェイトも弱い力ながら僕の腰に手を回して抱きしめ返してくれた。

 

「もう少しだけ、このままで。……そしたら、許す」

 

 僕の胸に顔を埋めたフェイトが、スンスンと鼻をすすりながらくぐもった声で呟く。

 

「ん、仰せのままに」

 

 (元凶)に拒否権など無いのであった。

 

 立ち直ったフェイトと僕は、途中だった仕事を片づけて別行動に移る。

 フェイトはそのまま洗濯関係、僕は屋敷内の諸業務だ。

 

 その合間にアリサへお茶を届けに行ったり、屋敷内の諸設備の点検・補修を行ったり、魔法を駆使しつつ屋敷内の一斉清掃を行ったり……。

 

 ささっと昼食をとった後も、アリサをバイオリンの稽古へと送迎したり、自身の鍛錬やらであっという間に時は流れ、気が付けば夕方一歩手前の時間になる感じだ。

 

 空がオレンジ色になりだした頃、鮫島が小さな紙を片手に僕の元へやってくる。

 

「坊ちゃん、フェイトお嬢様と一緒に買い物をお願いできますかな?」

「ん、了解」

 

 さっとメモに目を通し、うなずきを返す。これなら最寄りの商店街かスーパーで揃うな。

 

「特に急ぎの買い物では御座いませんので、お嬢様へ地理の把握をして貰うつもりで寄り道しつつどうぞ」

「ん」

 

 じゃあフェイトがまだ利用したことのない、商店街の方で買い物するとしよう。

 数ヶ月とは言え、“日本”もとい“海鳴”暮らしの先輩として、こちらに不慣れなフェイトに教えるのは僕の仕事だ。

 

 

 ――――ということで、私服に着替えた僕とフェイトは連れだって近所の商店街を歩いていた。

 

 

 ちょうど時間としては食事を支度し始める時間帯、ここ海鳴の商店街は、全国的に問題になってるらしい『シャッター商店街』とは甚だ縁がないようで主婦の方々や仕事帰りの方々、学校帰りの学生などで結構な混雑となっていた。

 

「わぁ……!」

 

 商店街の途中で物珍しげに左右をきょろきょろと見回しているフェイト。……たぶんこのままにしていたら、遠からずフェイトがはぐれそうそうな気がしたので、僕はひょいっと彼女の手を取った。

 

「……あ」

「ん、迷子防止」

「ま、迷子になんてならないよ……!」

 

 迷子になってからでは遅いので、僕はその抗弁を黙殺した。

 

「……えへへ♪」

「…………どしたの?」

「なんでもないよ」

「そう。ならいいけど」

 

 繋がれた手を見て、何とも嬉しそうなフェイトに首を傾げるが、彼女自身が何でもないというならそうなんだろう。

 そう納得して、僕は歩き出すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「疲れてない?」

「ううん、平気だよ」

 

 案内と買い物を終えた僕達は、商店街に一軒だけ有る和菓子店でちょっと一休みしていた。

 この和菓子店は普通の店頭販売に加え、奥のスペースでは甘味処としても営業しているのだ。なお、僕のお気に入りはシンプルに『豆かん』である。

 

 現に今食べているのも豆かんだ。夏になると限定メニューの宇治金時とやらが始まるらしいので要チェック、と。

 ちなみに鮫島はこの店の豆大福が好きなので、おみやげに買って帰ると吉である。

 

「でも、お使い中にいいの?」

「大丈夫、これはフェイトに対する商店街の案内と、実態把握を兼ねたもの」

「そうなんだ」

「――――それに一緒に食べてるフェイトも共犯、万が一怒られるときは一緒」

「そんな!?」

 

 『えっ?』という表情のフェイトの顔を見て、小さく笑みをこぼす。

 

「ん、ただの冗談」

「……もぅ、ジーク」

「フェイトをからかうのは、楽しいから仕方ない」

 

 口を三角にしたフェイトにちょっとジト眼で睨まれた。

 

「……いぢわる」

「どーとでも言うがいいさ」

 

 すまし顔で目の前の豆かんをつつく。

 

「これが食べ終わったら屋敷方向になるけど、買いたいものはある?」

「あ……私この国の本が欲しい、かな」

「本?」

「うん、話し言葉は魔法でどうにかなるんだけど、文字はちょっとね。バルディッシュにこの世界の言語ソフトをインストールすれば解決するんだけど、それじゃいつまで経っても覚えられないから」

「……とりあえず本屋に行けばいいか」

 

 ソフトとかインストールだとか、よく分からないけどそういうことだろう。僕の方も勉強不足だなぁ……。

 フェイトがこの機会に機械系?の勉強もしたほうが良いんだろうか……。

 

 まだまだ勉強することばかりだ、精進しないと。

 終わりの見えない勉強に、ちょっとだけ憂鬱になりかける僕であった。

 

 

◇◇◇

 

 PM03:00、買い物を終え屋敷に帰ってみたら、アリサは急遽一緒にバイオリンのレッスンに行ったすずか嬢のウチに泊まる事になり不在、デビッドさんも夕食後に旧い友人と会うことになったそうで、手早く夕食を終えてそちらに向かってしまった。

 

 こうなってしまうと、特に最低限の仕事以外、特段やることもない。

 PM08:00、鮫島に業務終了の指示を受けたら、後は自由な時間だ。ぱぱっと入浴を済ませて自室に戻る。

 

 珍しくまとまった時間が取れたので、自室に篭もり魔法薬の調薬作業を行う。

 薬研(やげん)と乳鉢、乳棒といった道具で、一心不乱にゴリゴリと薬草や香草(ハーブ)、薬石やらを細かな粉にして、それらを目的に合わせて混合し、それぞれ丸薬や飲み薬、粉薬等に加工していった。

 

 一通り作り上げ、時計を見てみれば23:00過ぎ。

 大きく伸びをして、座りっぱなしで凝り固まった体を解すと寝間着に着替えベッドに潜り込む。明日の朝も早いのだ、休息は十分に取らねばいけない。

 

 

◇◇◇

 

 

 AM01:00過ぎ、寝ていた僕は部屋に近づく何者かの気配に目を覚ました。

 徐々に近づいてきた複数の気配と音の主達は、僕の部屋の前で動きを停める。

 

『――――ジーク、起きてるかい?』

 

 僅かに開かれたドアの隙間から、か細いアルフの声が届く。

 僕は体を起こすとちょっとだけ身支度を整えてから、二人に入室を促した。

 

「ん。入って良いよ」

「ありがとね。ほら、フェイト?」

「…………うん」

「……どうしたの?」

 

 『ごめんね』と言わんばかりの表情で、小さく手を合わせるアルフの背後に隠れるように、枕を抱えたパジャマ姿のフェイトがちらりと覗く。

 

「あー……フェイトがプレシアの嫌な夢を見ちゃってね」

「なるほど、だいたい解った」

「察しが良くて助かるよ、まったく。じゃ、アタシは隅っこの方で寝るから」

 

 頬をポリポリと掻きながら、アルフが申し訳なさそうに苦笑しながら狼形態に変わると、そのまま部屋の隅で丸くなる。

 たぶん、ご主人様に気を使ったのだろう。

 

 

 時の庭園でのプレシアとの別離以降、フェイトは時たまこうして悪夢にうなされて目を覚ますと、僕の部屋を訪れるようになっていた。

 

 

「ゴメンねジーク、迷惑掛けちゃって……」

「大丈夫、迷惑かけられたなんて、思った事無い」

 

 左右に首を振って、アルフと同じく申し訳なさげなフェイトにそう告げる。僕だって両親を失った身だ、その辛さはよく分かる。

 

「……うん、ありがと」

 

 僅かに表情を和らげたフェイトに小さく頷きつつ、体をずらしてスペースを空けると、布団をめくって僕の傍らをポスポスと叩いた。

 

「その……えっと、お邪魔、します」

「ん、どうぞ」

 

 顔を真っ赤にし、枕片手に僕と同じ布団に潜り込んできたフェイトが僕の存在を確かめるよう、手に指を絡めてくる。

 

「……ん、大丈夫、大丈夫。僕はここにいる」

「…………うん。でも、寝るときまで……触ってても、いい?」

「ん」

「ありがとう、ジーク」

 

 そう呟いたフェイトが、きゅっと僕の腕を抱きしめる。そして潤んだ瞳でこちらを上目遣いに見上げつつ、今にも消え入りそうな声でささやいた。

 

「……あと――――」

「……?」

「――――“おまじない”、して?」

 

 その言葉に僕は頷き、ついでフェイトの髪を撫でる。

 

「わかった。目、(つむ)って」

「うん……」

 

 ――――それは僕が以前、寝る前に母上にされていた、“魔法”としての効能はない、ただの良く効く“おまじない”。

 

 僕はフェイトの前髪を指で払い、露わになった額へそっと触れるように口づけた。

 

「おやすみフェイト、良い夢を」

「うん。……おやすみなさい」

 

 目を瞑ったまま『ふにゃ』っと頬をほころばせたフェイトは、少しして静かに寝息を立て始める。

 フェイトが寝付いたのを見守り、僕も目を瞑る。

 

 明日の朝も早い、早く寝て明日に備えねば――――

 

 

 こんな感じに、僕の一日は終わるのであった。

 

 

 




[壁]д・)<「恐ろしく速い統合作業、オレじゃなきゃ見逃しちゃうね」

更新遅れの弁解は、次のおまけ編にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45.5:ジークのとある一日 ~幕間~(2017.07.28:統合しました)

あとがきに更新遅れのお詫びが……


45.5:ジークのとある一日

 

おまけ~アルフ編

 

 草木も眠る丑三つ時、僕はそっとベッドの側にやってきた彼女に、薄目を開けて声を掛ける。

 

「――――だいじょぶ、フェイトはよく寝てる」

「――――び、びっくりした、まだ寝てなかったのかい?」

「んん、誰かが近づく気配がしたから起きた」

 

 近づいてきた人型の彼女――アルフに僕はそう告げる。

 

「ったく、野生動物みたいな反応だね……」

「性分だから……何処行くつもり?」

「いや、フェイトもちゃんと寝付いたみたいだし、私は部屋にもどっとこうかな~ってね」

 

 『床で寝るより、ベッドの方がよく眠れるからね』、などと当然の事を言いつつ、アルフが肩を竦めて見せた。

 

「じゃ、ジーク。フェイトの事はよろし――――」

 

 僕は無言でフェイトと反対側の、空いている方の掛け布団を持ち上げてみせる。

 

「――――アルフも一緒。仲間外れ、ダメ」

「いや、でも……いいのかい?」

 

 ……んむ?

 

 アルフの言わんとする事はよく分からないけど、いい加減僕も眠いので端的にアルフに伝えることにする。

 

「僕がいいと言えばいーのだ、拒否権などない」

「……ジーク、実は半分くらい寝てるダロ?」

「ひてーしない。いい加減寝たいから、早く布団に入って。それにフェイトが起きる」

 

 現に布団を持ち上げてるせいで暖かい空気が逃げたのか、僅かに震えたフェイトがさらに僕へ身を寄せてきている。

 

「あー、解った解った、一緒に寝させて貰うよ」

「ん、それでいーのだ」

 

 もぞもぞとアルフがベッドに入り込んでくる。

 流石に3人も入ると大きめなこのベッドも若干手狭で、必然的にアルフもベッドから落ちないように僕へと寄り添った。

 

「……ねぇジーク」

「んー?」

 

 目を細め、うとうとしつつそう返す。

 

「なんかさ、最近不安なんだ。プレシアの事が一区切りついてフェイトは毎日幸せそうなのに、それを見てると――――」

 

 “――――不安なんだ”

 消え入りそうな声で、ポツリとアルフが漏らしてくれた。

 

 ――――呼び方はこっちに来てから知ったけど、いわゆる『幸せ恐怖症』……とかいう奴かな?

 故郷の頃、結婚を控えた部下にも、同じような不安を口にしてる者がいたっけ。

 おそらく、今の幸せそうなフェイトが、何かを切っ掛けに以前のような状況になったらどうしよう……という漠然とした不安なのだろう。

 

 この症状の改善に必要なのは、幸福を与えることでなく、不安を減らしてあげること。

 

「――――大丈夫」

「……?」

「フェイトの幸せは僕が守ると保証する。管理局だろうが何だろうが、その程度じゃフェイトの幸せを壊せないくらいに」

 

 僕の宣言に一瞬“きょとん”とした表情を浮かべたアルフが、ふっと笑みをこぼしてくれた。

 

「――――なら、安心だね」

「無論、アルフも含む」

「えぅ?」

 

 なんだその、生まれたばっかのドラゴンの赤ちゃんみたいな変な声?

 

「当然だろうに。アルフの居ないフェイトは幸せといえる?」

「い、いや、アタシを守る余力が有るなら、それはフェイトの――――」

 

 アルフの自身を省みない発言を、ぺしっと軽く頭を叩いて止めさせる。

 

「一人でも二人でも三人でも、手を伸ばせば届く範囲の幸せくらい、今も僕でも守ってみせる、よ?」

 

 ほんの少しだけ微笑み、獣耳がぴこぴこしてるアルフの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「――――あぅん、分かった、分かった。フェイトとアタシ、……二人揃って末永くよろしく」

「んむ、心得た」

 

 最後にもう一度、くしゃりと頭を撫でるとそのまま僕は睡魔へと身を委ねたのだった。

 

 

おまけ2

Side.Fate Testarossa

 

 ふと目を覚ますと、私の目の前には静かな寝息を立てて眠るジークの横顔が視界一杯に広がっていた。

 

「~~~~~~~ッ!?」

 

 個人的に刺激の強すぎる光景に、鏡を見なくても分かるほど私の頬が赤くなったのを自覚する。

 朝の日課になりかけている、膝枕の時とは距離感が違う。気づいてみれば、伸ばされたジークの腕を体全体で抱きしめて寝ていた。

 

 私は高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、無防備なジークの横顔を観察する。

 

 光の加減で青みを帯びる濡羽色(ぬればいろ)の髪に、中性的な顔立ち。

 普段、起きてるときは野生動物みたいに周囲を警戒してるジークの寝姿は、打って変わって湖面に写る月のような――――目を離したら消えてしまいそうな儚さがある。

 

 少しの間だが、ジークの横顔を目に焼き付けているうちに、無防備に晒されたジークの首筋に目が止まった。

 “思わず”ジークが起きていないか確認する。

 

 大丈夫、ジークも、いつの間にか私と反対側にいるアルフも寝てる。

 

 目に見えない何かに引き寄せられるように、私の顔はジークの首筋へ近づいていき――――

 

「すーはーすーはーすーはー」

 

 ――――そのまま全力でジークの匂いを嗅いでいた。

 

 くんかくんか、くんかくんかくんか!

 …………たぶん、5分くらい満喫してから顔を離す。

 

 あぁ、コレ、スゴいッ……!

 今の私、きっとスゴいだらしない表情(かお)してるよぉ……。いけないことなのに、何でだろう。

 ……あぅ、ちょっと鼻血が。

 

 私を信じて無防備に寝ているジークを裏切っているような、何ともいえない背徳感に背筋が震えた。

 

 昼間ベッドで時が経つのを忘れて、ベッドと服から匂うジークの残り香を嗅いでいた時も幸せだったけど…………直接嗅いでいる今となってはその幸せも色あせちゃう。

 

 あぁ、なんだか幸せすぎて頭がぼぉっとしてきた……。

 

「――――んにゅ」

 

 んにゅ、んにゅって!

 あーもー!起きてるときは格好いいけど、寝てるジークは可愛いんだからもぉ♪

 

 ちょっと魔が差して、寝言の拍子に薄く開かれたジークの唇を指先でなぞってみる。

 ――――で、そのジークの唇に触れた指先で、自分の唇をなぞった。

 

「~~~~~~~~!!!!」

 

 ……やってみて、恥ずかしさの余りちょっとジークの隣で悶えた。

 

 私がジークを独り占めして満喫できるまで、残りは後数時間。

 胸がキュンキュンして、なんだかお腹の下のほうが温かくなる不思議な感覚を覚えつつ、私はジークの頬に指先を走らせるのだった。

 

 

 

オマケのオマケ

翌朝、朝食時。

 

「あれ? ジーク、襟元のところ虫にでも刺された?」

「ん?」

 

 アリサの指摘に首を傾げる。

 特に襟元に痒みも無いし、触った感じだと腫れてもいない。

 

 視界の奥で、アリサの後ろで控えていたメイド姿のフェイトの肩が、小さくビクリと跳ねるのが見えた。

 

「なんか、3箇所くらい赤くポツポツっと痕が着いてるけど?」

「むぅ、なんだろう」

「なななな、なんだろうね? そうだアリサ、そろそろ学校行かないと! 鮫島さんも車で待ってるよ!」

 

 妙に慌てた感じのフェイトがアリサを急かす。

 確かにそろそろ出ないと、アリサは学校に間に合わない。

 

「あ、ホントだ。ジーク、念のため後で薬か何か塗っときなさいよ?

 じゃ、ジーク、フェイト、行ってきま~す」

「ん、気をつけて」

「い、行ってらっしゃ~い」

 

 手を振ってアリサを見送る。

 それにしても、今日のフェイトはどうしたというのだろう?

 

 

 




更新が盛大に遅れました、大変申し訳ありません。
皆様にお詫びをば。

私事ですが祖母の逝去や異動等が重なり、てんやわんやしており二次創作から離れておりました。

ですが、最近ようやく自身も周囲も落ち着きましたので再度筆を執ることにした次第です。

亀更新になるとは思いますが、お待ちいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46:動物園デート

1年半ほど更新が滞っておりました、真に申し訳ありません。


46:動物園デート

 

 

「ジーク――――」

「んむ?」

「――――動物園に行くわよ!」

「……ほわぃ?」

 

 いきなり僕の自室にやってきたアリサの宣言に、僕は首を傾げたのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とりあえず、テンション高めのアリサに聞いた事を簡潔に纏めれば、こういうことである。

 

 『二人っきりで動物園デートしたい』

 ――――とのことらしい。

 

 藪から棒にどういうことか問いただしたら、学校に行っている間など、最近フェイトとばっかり一緒にいるのがお気に召さないとのこと。

 『フェイトのことも大事だけど、私のこともちょっとくらい気に掛けなさいよ……ばーか』とはアリサの弁。

 

 ともかく、僕としては何の問題も無い。

 

「ん。じゃあ今週末、動物園に」

「約束よ、破ったら承知しないんだから♪」

 

 鼻歌交じりに軽やかな足取りで部屋を後にしたアリサを見送ったのはつい3日前、あっという間にアリサとの動物園デートの日を迎えたのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ん~! この動物園初めて来たけど良い所ね」

「ん、僕もイメージしてたものとだいぶ違う」

 

 車での移動で凝り固まった体をほぐすように、二人揃って大きく伸びをする。

 

 人生初動物園の僕は、書物やら映像やらでしか知識しか無かったわけだけど、僕のイメージでは動物園というのは檻の中で動物を見せ物にする所、という感じだった。

 

 僕のイメージに反して、この動物園は『動物の自然な生態を展示する』ことを売りとしている――屋敷に帰った後に調べたら、僕のイメージが『形態展示』、この動物園の形式は『行動展示』とのこと――らしい。

 そしてこの動物園、節操無しというか企業努力というか……小規模ながら牧場まで備えている。

 

 ぼーっと周囲を観察すると、真新しい立て看板に『最近動物への悪戯をする方がいらっしゃいます、そのような方を見かけた際は近くの係員までお知らせ下さい』とあるのが目に付いた。

 けしからん奴も居るもんだ。

 

「さ、行きましょ?」

「ん」

 

 ひょい、っと自然な動きでアリサが僕と腕を組む。逆に自然な動きすぎて驚いたくらいだ。

 そんな驚きが態度に出てたのか、アリサがふっと顔を綻ばせる。

 

「ジークのそんな顔が見れただけで、私としては努力の甲斐が有ったって感じよ」

「むぅ」

 

 僕の知らないところで、何かしら練習していたらしい。

 

「ふふ。じゃあまずは……レッサーパンダから見に行きましょうか」

 

 満面の笑みを浮かべたアリサは、僕を引くように歩き出すのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「わー、かーわいー」

 

 なんかアリサのIQがスゴい低さになっている。

 レッサーパンダ、狼、ホッキョクギツネetcetc、犬系の動物達を見て回った僕とアリサはちょっと休憩として、他のお客さん達から離れた木立に隠れるベンチで休んでいた。

 

「動物というか、アリサは犬系が好き?」

「そうね、動物全般好きだけど、何が良いかって言われたら犬科かしら」

 

 屋敷でも多くの犬を飼っていることからも、それは日を見るより明らかだ。

 かく言う僕も動物は嫌いじゃない、むしろ好きな部類に入るだろう。

 

「ただ一つ不満があるとすれば、動物園だと檻の向こうだから、撫で回せない事よねぇ……」

 

 わきわきと欲求不満げに指を動かすアリサに、ちょっと苦笑する。

 

「犬が居るかは解らないけど、もう少し見て回ってお昼ご飯にしたら、午後は『ふれあいスペース』とやらに行ってみる?」

「もちろん! そうと決まれば、まだ見てない動物制覇するわよ? 次は……そうね、猫系で!」

「ん、了解」

 

 とりあえずの予定を立てた僕たちは、思い立ったが吉日と言わんばかりに行動を再開したのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……重い」

「なんかスゴいことになってるわね、ジーク」

「見てないで助けて」

 

 昼食後、ふれあいスペースにて、僕はもふもふの群(小動物達)に纏わりつかれていた。

 

 ちょっと芝生にしゃがみ込んだ途端、子ウサギが頭に飛びついてきたと思ったら、あれよあれよという間に子犬やら子猫やらに群がれ、果ては膝上にカピバラに座り込まれて今に至る。乗りすぎてて下手に動けない。

 この身に流れる血のせいか、比較的動物には好かれやすいけど、こうまで群がられるのも珍しい。

 

「へるぷみー」

「はいはい、ちょっと待ってなさい」

 

 クスッと微笑んだアリサが、僕にひっついてる動物たちを一匹一匹外してくれた。

 

「……さんきゅー」

「You're welcome」

 

 なんか完璧な発音で返された。勉強関連じゃまだアリサには及ばないな、やっぱり。

 

「ばいばい」

 

 手を振って周囲に待機してた小動物達に解散してもらった。

 

「ふふ、ご苦労様」

「……地味に疲れた、ありがと」

「困ってるジークの顔なんて、初めて見れた気がするわ」

 

 困り顔を見れたのが余程嬉しかったのか、ご満悦の表情を浮かべるアリサに、僕としてはどんな表情を浮かべるものか悩む。

 

「むぅ、なんか複雑」

「ジークの新たな一面を知れただけでも嬉しいわよ?」

「そんなもの?」

「そんなものよ」

 

 ……んむぅ、アリサがそう言うならそうなんだろう。

 

 釈然としない顔の僕を見て、アリサは小さく笑みを浮かべるのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 食後、僕たちは腹ごなしも兼ねて、併設されている『ふれあい牧場』と銘打たれた一角を散歩していた。

 牧草の広がる広大な放牧場の柵の中を、一人の男性が艶やかな葦毛の馬の手綱を持って歩いている。

 

 この世界の馬は、長い時間をかけた品種改良とやらのお陰で体格もよく筋肉の付きも良い。

 重い物を運ぶためでなく、早さを追求したその姿に感嘆する。

 

「あの馬が気になるの?」

「ん、良い馬だな……って」

「んー、私は馬の善し悪しは分からないから何とも言えないけど、毛並みは綺麗ね。ジークは乗馬って出来るの?」

「ん。しばらく乗って無いけど、大丈夫」

 

 その場に留まり、馬を眺めていた僕たちに目が止まったのか、手綱を引いていた男性が馬と共にこちらへ歩いてくる。

 

「馬に興味があるのかい?」

「はい」

 

 僕は頷いて馬と目を合わせ、数秒間見つめ合う。

 

「この子、名前はなんて言うんですか」

「『ホワイトレディ』だ。まぁ厩舎員は単に『レディ』と呼ぶよ」

 

 間近で見る馬の迫力に、若干腰が引けていたアリサが厩舎の人に訪ねる。

 

「茶色なのに何で『ホワイト』?」

「父親が『ホワイトナイト』って名前だからね。そして母親が『レディーアゼル』……牝馬だから二人の名を取って『ホワイトレディ』と名付けられたとか」

 

 そんな会話を聞きつつ、僕は首を下げてこちらに鼻先を近づけて匂いを嗅いだり、軽く挙げた手のひらに触れてくる彼女に好きなようにさせ、こちらから触れるタイミングを見計らう。

 

「……レディ、こんにちは」

 

 声を掛けつつ、驚かせないようにゆっくりと頬を撫でる。

 軍馬なんかは音や不意の接触で驚かないように躾られているけど、この子はそんな躾もされていないだろうし万全の注意を払う。

 

「ん、お利口。アリサも触ってみる?」

「……噛まない?」

「大丈夫」

 

 おっかなびっくりアリサが伸ばす手に自分の手も添える。

 

「お、おぉ……」

 

 怖々とレディに触れたアリサが何とも言い難い声を挙げた。

 

「ふむ、彼氏くんの方は馬に慣れてるのかい?」

「はい」

 

 頷く僕の横でアリサが飼育員さんの言葉に『ふふ、彼氏かぁ……』と変な笑みを浮かべていたが、まぁいい。

 

「じゃあちょっと乗ってみるかい?」

「はい、可能なら」

「よし、じゃあ事務室から(くら)と装備品を持ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 馬用の鞍はそこそこ大きい、飼育員さん一人じゃ一度に運べないだろう。

 

「いえ、手伝います」

「あ、私も手伝うわ」

「そうかい? まぁ乗馬用のグローブとかは自分で試着した方が良いからね、じゃあ一緒に行こうか。レディ、ちょっと待っててくれ」

 

 首筋を撫でられたレディが、分かったと言わんばかりに首を振る。

 馬談義を交わしつつ、数10メートル離れた事務室に近づいたときの事だった。

 

 

 ――――『パパパパン!』

 

 

 軽い連続音とほぼ同時に、レディの悲痛な嘶きが放牧場に響く。

 

 唐突な事態に、とっさに振り返った僕たちが見たのは、手綱が解け竿立ちになるレディとその場から逃げるように駆け出す人影の姿だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「こら! 待ちなさい!」

「アリサ! これを!」

「ありがと!」

 

 呼びかけだけで僕の意図を理解してくれたアリサが、逃げる人物の追跡に動いた。

 アリサ愛用の杖は屋敷に置いてきているので、杖代わりの発動体として銀の指輪を投げ渡す。

 こちらを見ずに後ろ手で指輪を受け取ったアリサは身体強化の術式を発動し、建物の陰に消えた人影を追った。

 

 こちらはこちらで、興奮して鼻息を荒くして落ち着き無く動き回るレディをどうにかせにゃいかん。

 

 飼育員の人がレディを落ち着かせようと声を掛けつつ、垂れ下がる手綱を取ろうと機をうかがっているが、興奮して首を振るレディに翻弄され上手く行かない。

 僕は気配を殺すとそっとレディの傍らまで忍び寄り――――手綱を掴みその背に飛び乗った。

 

「おおい!?」

 

 飼育員さんが素っ頓狂な声を挙げるのを横目に、手綱を捌いてレディを落ち着かせるように御していく。

 

「……どうどう」

 

 両足で胴体を挟むように固定し、手綱を引いて興奮を納めていく。

 最初こそいきなりの騎乗に興奮の度合いを高めていたレディだったが、5分もしないうちに落ち着きを見せ始め、10分経った頃には完全に落ち着きを取り戻していた。

 

「よしよし」

 

 最後に首筋を撫でて少し歩かせる。

 

「スゴいな彼氏君、鞍が無くてもいけるのか」

「鞍は無くても何とか。手綱が無いと辛いですけど」

 

 ただし鞍がないと長時間の騎乗は辛い、お尻へのダメージがスゴくて。

 あと足への疲労がひどい事になる。

 

「ジーク、犯人を捕まえてきたわよー」

「お疲れさま」

 

 下手人を簀巻きにして引きずったアリサが戻ってくる。

 見た感じ後ろから一撃で昏倒させて簀巻きにして引きずってきたのか、見事見事。

 

「お、おお。彼女君もスゴいね……?」

「鍛えられてますから」

「鍛えてますので」

 

 僕に向かってウィンクを投げるアリサにうなずきを返す。

 

「飼育員さん、とりあえず警察か何かお願いします」

「あ、ああ。とりあえず事務所に行って電話してくる」

 

 小走りで事務所の方へ駆けていく飼育員さんが建物の陰に隠れたことを確認し、僕は下手人に目を向ける。

 レディが繋がれて居た場所を確認するとオレンジ色のBB弾が複数個、下手人の彼が持っていたバッグを開けてみると、中にはガスガンが1丁。

 

「……ふむ」

 

 ……『人を呪わば穴二つ』だったっけか。

 それなりの呪いを掛けてやろう。

 

 

◇◇◇

 

 

 警察に下手人を引き渡し、少しだけ話を聞かれた後に僕たちは事務所から解放された。

 どうも警察の方でも色々把握してる問題児だったとのこと。

 

 何はともあれ、放牧場に戻った僕らは当初の目的を果たしていた。

 

「うわ、スゴい視線高い。あと結構揺れる」

「慣れると楽しい……よ?」

 

 スカートのアリサを鞍の前に横座りで座らせ、その後ろに僕跨がり手綱を握り、初めての馬に興奮しっぱなしのアリサを温かい目で見守る。

 僕も初めて乗せて貰ったときはこんなだったなぁ……と思い出す。

 

 並足でトコトコとコースを2周ほど歩かせ、アリサが慣れてきた頃合いを見計らい声を掛ける。

 

「アリサ、ちょっと僕に腕回して」

「ふぇ、こ……こんな感じ?」

「もっとぎゅっと」

「こ、これでどうよ」

「そのまま抱きついてて」

 

 おずおずと回された腕できゅっと抱きしめられてるのを確認して手綱をふるう。

 

 並足から速歩、駈足と速度を上げて走らせる。

 時速で言えば20キロほどだけど、視界の高さと風を切って走るこの感覚は鮫島の車じゃ味わえないものだろう。

 

 こう言うのはデートっぽくて良いんでは無かろうか?

 

 

 ◇◇◇

 

 

 帰り道の車内、その後部座席でこちらの肩に頭を預けて寝息を立てるアリサを見て、僕は僅かに目を細めた。

 

「どうでしたか、楽しまれましたかな?」

「ん。充分楽しんでくれたと思う」

「それなら何よりで御座います」

 

 送迎を務めてくれた鮫島とバックミラー越しに会話する。

 

「屋敷に着くまでまだ1時間ほど掛かります。直前になりましたら声を掛けますのでジーク坊ちゃんも少しお休み下さいな」

「……ん、じゃあお言葉に甘えて」

 

 万が一に備え車に対し防護の、周囲に観測用の魔法を展開して目を閉じる。

 ほどなくして僕の意識は闇へと落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 その夜、僕は無数の魔法薬を仕舞い込んでいる薬品庫で、犬好きのアリサのために昔作ったとある薬を探していた。

 

「ん……我、発見せり(ユーレカ)っと」

 

 錠剤の詰まった瓶を見つけた僕は、アリサの寝室へと向かうのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 アリサのベッドに二人で座り、薬の瓶を見せつつ薬効を説明する。

 

「へ? 犬になる薬?」

「んむ」

「……割と物騒な魔法ばっかり見てきたせいか、すごい久しぶりにファンタジーっぽい魔法な気がするわ」

「むぅ」

 

 酷い言われようである。

 そう言われると戦闘用の魔法、というか戦闘に転用できる魔法を教えてばかりな気もする。

 

 まぁ、実際に服用して見せた方が早いか。

 

 僕は一粒取り出すと、ためらうことなく嚥下した数秒後、カッと胃と頭頂部辺りが熱くなり――――

 

 「な!?」

 

 ――――髪色と同じ、烏羽色のイヌミミがぴょこんと頭に生える。

 

「……わんわん」

「――――(ぷぱっ)!」

 

 イヌミミをぴこぴこ動かしつつ戯れに鳴いてみたら、アリサが鼻から鮮血が吹き出して崩れ落ちた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なるほど、飲む粒数によって変化する度合いが変わるわけね」

 

 鼻にティッシュを詰めた状態で時折ふがふがしつつも、アリサはいつも通りの聡明さを発揮する。

 

「ん……む。その、通りでは有るの、だけっ……ど。ちょっ、と触るのやめ」

「イヤ♪」

 

 追加で一粒服用し、アルフの人型時と同様にイヌミミ+しっぽ姿になった僕を、アリサはこれまで見たことの無いようなヤバイ笑みを浮かべながら触りまくってきた。

 触られる僕としては、なんというか……そう、本来はない器官を触れられてるせいか、不快ではないのだけど、何とも妙な感覚が先ほどから走っている。

 

 だから犬耳の付け根をフニフニするのは止めなさい。

 日頃飼い犬を撫でてる成果を存分に発揮している。

 

「ジークジーク!」

「?」

「お手!」

「……わん」

 

 差し出された手に手を重ねる。

 

 満面の笑顔で……仮にも師匠をなんだと思ってるのだこの弟子は。

 見た目に変化が出るだけで、中身は変わらないのだけど。

 

 ……まぁ、今日のアリサは頑張ったことだし、好きにさせてあげるとしよう。




リハビリを兼ねて筆を執らせていただきました。

勤務が……勤務が忙しくって……!
異動先の交番、年間事案数二桁行かないとかいう前情報でしたが、蓋を開けてみたら半年で30件超えるとか言う当たり年です。

次からA's編に入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

A's編(アニメ2期~)
47:A's編プロローグ&おまけSS『朝のお散歩』


A's編開始、プロローグなので短め……

というか短すぎたので、最後のほうに短編を走り書きしました。
お楽しみいただければ幸いです。


Project:A's

 

Prologue

 

◇◇◇

 

 この国には“四季”と呼ばれるモノがある。

 “春夏秋冬”って奴だ。

 

 対して僕の故郷は“四季”では無く“三季”。

 強いて言うなら“春秋冬”となる。

 

 まぁ何が言いたいのかというと――――

 

 「……あちゅい」

 

 ――――高い気温と湿度というこの国の“夏”という環境にちょっと嫌気が出始めた、いわゆる“初夏”と言うらしい7月半ば。梅雨とか言うじめっとした時期が終わったかと思えば……見珍しい入道雲を見上げて感嘆していたのも今は昔、夏が嫌いになりそうだ。

 今日も頑張るぞと言わんばかりに暑くなりだした太陽の下、僕は“敵”としてその女の子に出会ったのであっ た。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ふぅ」

 

 時刻は午前10時頃、仕事をし始めた太陽の光が僕を刺す。

 僕は頬を垂れる汗を拭い、手に持つ槌型のスティックを握り直した。

 

 足下に転がる白地に赤で「10」と描かれたボールと、6メートル先に立つゴールポールを見比べる。

 

 現状は23対19、相手の攻撃は全て終了。僕がゴールにボールをぶつければ23対25で勝利が確定、逆に外せば23対22でゲームセット、敗北が確定してしまう。

 

 更に残り1分足らずでタイムオーバーにより、負けが確定してしまう。

 

 浅いゲーム経験を、剣技にも通じる“力加減”と“集中力”で補完する。

 

 軽く素振りをし、構える。

 敵味方の視線全てが僕に集ま

るのを肌で感じるも、気負いはない。

 

 イメージ通りにスティックを振り抜くと、弾かれたボールはまっすぐ転がり――――

 

「ふぉふぉふぉふぉ! ワシらの勝ちじゃ!」

「ぐぬぅ……!」

 

 両陣営からそれぞれ対照的な声があがる。

 

 

 鮫島の代理として出場した『老人会対抗 ゲートボール親善試合』、とりあえず鮫島の顔に泥を塗らずに済んだかな。

 

 

 そんな中、相手チームの中でも一際目を引く、綺麗な紅髪を三つ編みにした少女が、天を仰ぎながら悔しげな声を上げているのを目に留めた。

 

「あ゛ー、もう! 勝てると思ったのに!」

 

 出場者の中で最年少は僕だと思っていたけど、みた感じだと多分あの子は僕より年下 。

 いいとこ同い年だろう。

 

 本格的に暑くなりだした日差しを避けるため、両チームが纏めて荷物を置いている木陰へと集まってくる。

 

 敵味方関係なくお互いの健闘をねぎらい始めたところで、僕も唯一の同年代の彼女の元へ行ってみた。

 なんて話を切り出すべきか悩み、無難に声をかけてみる。

 

「……ん、お疲れさまでした」

「あ、相手チームの……あー、そっちもお疲れさま、です。……最後のショット、よく決まったな」

「どういたしまして。そっちもスゴかった、まるでスティックを体の一部みたいに使いこなしてた」

 

 事実として、彼女の試合運びは堅実、ミスショット無し。

 

「へへ、そりゃまぁ長い間使ってきたからな」

 

 彼女が当然と言わんばかりに笑みを浮かべて見せた。

 ……僕と同じくらいの年で、いったいゲートボール歴何年なんだろう?

 

 僕は彼女に向けて、手を差し出した。

 

「僕の名前はジーク、ジーク・アントワーク。……そっちは?」

 

 彼女は差し出した僕の手を握り返す。

 

「ヴィータ、八神ヴィータだ。……今度は負けねーぞ、“ジーク”?」

 

 

――――これが長い付き合いとなる、僕とヴィータとの馴れ初めであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ゲートボールの試合から幾週か後の夜、僕は自室でヴィータと電話中だった。

 あの後も何度か試合で顔を合わせている内に連絡先を交換することになった僕たちは、毎晩……とまでは いかないまでも、3日の内2日は電話をする仲になっていた。

 

「ジーク~、入っていいー?」

 

 僕の部屋のドアをノックする音と共に、廊下からアリサの声が響く

 

「ん、ちょっと待って。……ヴィータごめん、電話切るよ?」

『ああ。いま聞こえた声がジークの仕えてる“ご主人様”か?』

「ん、そう」

『そっか。……じゃ、明日はよろしくな。おやすみ、ジーク』

「ん。ヴィータ、おやすみ。…………アリサ、入っていいよー」

 

 通話を切り、携帯電話をしまうとアリサを部屋に招き入れる。

 

「おじゃましまーす。話声が聞こえてたけど、誰かと電話中だった?」

「ん、大丈夫、もう終わった」

「そう? ならいいけど。ちょっと ジークに魔法見てもらいたくて……いま大丈夫?」

「構わない」

 

 頷いたアリサが僕のベッドへ腰掛けて、持ち込んだ本と巻かれた鋼線を脇に置く。

 

「ふふふ、見てなさい」

 

 自信ありげに笑ったアリサが鋼線を軽く握り目をつむる。

 

「……おぉ」

 

 ひとりでにするすると伸び出した鋼線が、何かを形作っていく。ものの30秒ほどで鋼線は精緻な子犬を模したモノとなり、次の瞬間には本物の犬のように動き出した。

 僕がよく使っている使い魔を作る術式だ

 

「ふふ、どんなモンよ?」

「むぅ、いつの間に詠唱破棄を……」

「ジークに借りた魔法書読んで、トライ&エラーの繰り返しよ!」

 

 ……努力家だなぁ。

 

「で、次は どんな魔法を教えてくれるの?」

「いや、新しい魔法はいったんお預け」

 

 僕の答えに意気込んでいたアリサが頬を膨らませる。

 

「えー!? 理由は?」

「ん。近距離から遠距離まで一応はこなせるようになったことだし、いったんアリサの戦闘スタイルを確立させようと思って」

「戦闘スタイル?」

「そ、戦闘スタイル。フェイトなら近距離戦重視の万能・高速戦闘型。アルフなら同じ近接と戦闘支援の特化型。高町は典型的な遠距離特化型と言った感じ。とりあえず最初のウチはしっくりくるのを探していく」

「つまり――」

 

 ここまで説明をしたところで、察しのいいアリサは理解したらしい。

 

「――しばらく僕やフェイトなんかと 模擬戦、覚悟して挑むよーに」

「ふ、ふふふ、やったろーじゃない! 10戦でも50戦でもやってやるわよ!」

 

 桁が一つ足りないなぁ、たかが10戦や50戦でしっくりくるモノが見つかってたまるか。

 と、内心では思ったけども口には出さない。

 

「ちなみにジークの戦闘スタイルってなんなの? いつもは近距離でも遠距離でも何でも来いって感じだけど……」

 

 『そういえば』と言った感じに問いかけてくるアリサに、僕はちょっと視線を外して本心を隠すように答えた。

 

「……さぁ、なんだろ?」

 

 

 ――――今は、自分自身にも分からない。

 

 

 自分で言うのも何だけど、僕は近距離から遠距離の戦闘もそつなくこなすし 、最前衛から最後衛まで人並み以上に出来る自覚が有った。

 

 だけど、一番得意と言える距離は『剣と盾』を用いての近接戦闘“だった”……と言ったらアリサは信じてくれるだろうか?

 

 

 

 ……そしていつの日か、僕が剣を()れなくなった理由を話せる日は来るのだろうか。

 

プロローグEnd...

 

 

 

 

 

 

おまけSS『朝のお散歩』

 

 

「――――ぅん」

 

 僕は微睡みから目を覚ますと、ベッドサイドに置かれていた時計を見る。

 時間は早朝5時、朝の仕事は特になく6時半に起きれば良かったのだけど……習慣でこの時間には起きてしまった。

 

 二度寝するには目も冴えすぎていたのでそのまま起床し、顔でも洗うかと洗面所に行こうとしたところで――――

 

「んぁーおはよージーク」

「ん、おはよ」

 

 同じく寝ぼけ眼で歩いていたアルフに出会ったのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「今日もいい天気になりそう」

「だねぇ」

 

 二人で屋敷を出て、朝の川沿いを散歩する。

 いつもと違うのは、アルフが人型でも大型犬フォームでもなく、新バージョンの子犬フォームという事だ。

 

 アルフの首に巻いたリードを持ち、朝の澄んだ空気の道を歩いていく。

 朝早く人通りもないため、アルフも僕も念話じゃなく普通に会話できる。

 

「燃費が良いんだっけ、その状態?」

「うん。というか、いつもの大型犬フォームだと、屋敷の犬達に警戒されてねぇ……」

「あぁ……」

 

 確かに屋敷で飼育されている犬達に比べると、アルフは二回りくらい大きいから無理もない

 

「そういえば最近のフェイトだけど――」

「うん――」

 

 

 

 アルフと二人きり、それぞれアリサとフェイトというご主人が居るもの同士、色々と四方山話(よもやまばなし)をして屋敷に帰る。

 

 

 

「あっ、アルフずるい、ジークとお散歩なんて……!」

「あー、ゴメンねフェイト。よく寝てるみたいだったから起こさなかったんだよ」

「……うぅ、起こしてくれて良かったのに」

 

 僕の部屋の前まで来たところで起床してきたフェイトに遭遇したのだけど、なんかとてもご機嫌斜めなご様子。

 

「ん。じゃあ明日の朝、二人で散歩……する?」

「する!」

 

 若干食い気味な返答に、ウェットティッシュでアルフの前後の足を拭いてやり首輪を外しながら頷きを返す。

 薄く頬を染めて嬉しそうに微笑むフェイト。

 

「じゃ、明日の朝に」

「うん」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして翌朝、部屋を出た僕を出迎えたのは――――

 

「えへへ、お待たせ」

 

 片手に僕が プレゼントしたチョーカー、もう片手にはそれに繋ぐと思われるリードが1本。

 そして期待半分、恥ずかしさ半分の表情で僕を見るフェイトの姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「( ゜Д゜)!?」

 

 

 

 

フェイトの事がちょっと心配になる今日この頃の僕なのであった。

 

End...

 

 




よかった、1ヶ月以内に更新できた…
と安堵してる作者です。

A's編のヒロインはゲボ子こと、鉄槌の騎士ヴィータとなります。
二人が仲を深めていく様子を楽しみしていただければと思う次第。

A's編のテーマは
『過去と向き合い、未来へ進みだす』
です。
なおテーマソング(?)はウルトラマンネクサスのOPで
『英雄(doa)』
です。

ご意見ご感想、誤字脱字報告等有りましたら連絡頂けると幸いです。
次回更新もよろしくお願いいたします。


なお、本作のフェイトは天然で変態プレイを行ってくる方針になりそうです。(小声

2017.10.11:誤字訂正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48:甘味屋巡りデート

よし、10月内に間に合ったぜ……

この話を書くために東京へ取材に行ってきました(趣味9割・取材1割


48:甘味巡りデート

 

 

 ヴィータに電話をした翌朝、久しぶりに休日を貰った僕は屋敷の外へと繰り出していた。

 

「わりー、待たせたか?」

「んん、少し前に来たところ」

 

 待ち合わせ場所にしてた駅のモニュメントで、僕は昨夜の電話相手であるヴィータと落ち合っていた。

 彼女の服装はいつも通りゴスパンク(と言うらしい)っぽい感じの白黒基調の服に、赤いベルトと靴が良いアクセントになっている。

 

「じゃ、行こっか」

「おぉ!」

 

 二人揃って歩き出す、向かう先は――――甘味処である。

 

 以前電話の際にアイスが好きだと言っていたヴィータを、僕が食べ歩きに誘ったのだ。

 まぁさすがにアイスだけじゃお腹が痛くなるので、『甘いもの』ということで落ち着いたのだけれども。

 

 『『…………ぐぬぬ』』

 『『…………ぐふふ』』

 

 並んで1軒目に向かいだした僕らを見つめる人影が有ることに気がついたのは、少し後の事になる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「どらやきの皮って焼きたてで食べると、あんなにギガうまだなんて初めて知った」

「そうでしょ? 僕も初めて食べたときは衝撃だった」

「焼きたての皮に作りたてのバターをちょっと乗せて、甘さ控えめのアンコを乗せて一口……そこに牛乳を流し込むとか、どうあがいたってギガうま間違いなしだろ!」

 

 昼前の軽食のつもりでヴィータを連れて行ったのは、僕の知る店の中でも一度は食べて欲しいメニューのある某店だった。

 駅から少し離れた路地にぽつんと佇むそのお店は、老舗の和菓子屋さんが経営する喫茶店だ。

 

 少し近くの和菓子屋さんのほうで作られた焼きたての皮を熱い内に喫茶店の方に持ってきて、アンコとバターを添えてパンケーキ風に出してくれるメニューなのだけど、午前中の早い時間限定のメニューなのだ。

 

「そういやアタシがウサギ好きってなんで知ってんだ?」

「ん? そうなの?」

 

 店のレジの所に置いてあった、兎型の店名や電話番号が書かれた名詞みたいな物を大切そうにお財布へとしまっている。

 

「何だ、じゃあ偶然か。店の名前も皿も『うさぎ』だからすげぇなぁと思った」

「うさぎ好きなのか……じゃあ次行く所が決まった」

 

 僕は頷くとヴィータの手を取る。

 

「お、おい?」

「たぶんヴィータが気に入る……と思う」

 

 僕はそれだけ言うと、1軒の店にヴィータを連れて行くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ダメだ、私はこんな可愛い――――」

「えい」

 

 苦悶するヴィータの口に皿上の一口大のお饅頭を放り込む。

 

「――――なんでギガうまなんだよぉ……」

 

 苦悶の表情と美味な甘味により浮かびかけた笑顔がごっちゃになり、何とも形容し難い顔になるヴィータを眺めつつ濃いめの緑茶で一息をつく。

 

 

 この店の名物、その名も『兎饅(うさまん)』。

 兎を模した一口大の紅白饅頭である。

 

 

「――――はふ」

 

 幸せそうに頬を押さえながら饅頭を頬張るヴィータを眺めつつ、熱い緑茶を流し込んで一息つく。

 

「ん? どうかしたか?」

「いや。こんな風にのんびり気楽に居られて落ち着くなぁ……と思って」

「何だよ、そっちの“ご主人様”や“同僚”とかいうのとは仲悪い訳じゃないし、今みたいに外出することもあるだろ」

 

 一匹食べたことで吹っ切ったのか、二匹目三匹目と食べ進めるヴィータを眺めつつ

 

「それはそうだけど、やっぱり心の片隅では仕事の事を考えちゃうから」

「……なんていうか、子供らしくない悩みだなぁ」

 

 ヴィータの言葉に苦笑する。

 

「ヴィータとこうして居られる時間、なんというかこう……素の自分で居られるからとても気楽」

「……アタシも最近ジークとこうしてる時間、嫌いじゃねーです」

「なぜにいきなりですます調」

「うっさい笑うなバカ」

 

 こちらと目を合わせようとせず、そっぽを向いてそんな事を言うヴィータに、何というか心が安らぐのを感じるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 兎饅を食べ終えた後、腹ごなしに周辺を散策している最中にショーウィンドウのガラスに反射する背後の風景に視線を走らせる。

 

「……んー」

 

 しばらく前からこちらを捉える視線に気づき、確認してみれば建物の陰からチラリと覗く若干色合いの異なる金の髪をした二人組が。

 ……アリサもフェイトも何してるのだ。

 

「……あー、その、ジーク、ごめん」

「どしたの急に?」

「…………なんか、アタシの身内がアタシ達を尾行してるっぽい」

「……へ?」

 

 前を見つめたまま小声でささやくヴィータのいきなりの発言に、変な声が出る。

 

「出かけるときにジークと二人でって話をしたら、『我が家のヴィータに悪い虫が!?』とか言い出して……着いてこないように言ったんだけど、さっき後ろを見たら見覚えのある姿が……ごめん」

「……んん、僕もごめん。なんかウチのご主人と同僚も着いて来てるっぽい」

「は……!?」

 

 僕の言葉にヴィータが目を見開く。

 

「……よし、撒こう」

「いや、そう簡単に()くって言ってもそう上手くは――――」

「――――大丈夫、こう見えても見張りを撒くのは得意」

 

 この世界にくる前、屋敷を抜け出し、街に遊びに行っていた頃のやり口を思い出す。

 敵に追われるのは勘弁願いたいけど、身内の尾行を撒くのはやってみると存外に面白いのだ。

 

「――――来て」

 

 軽くヴィータの手を繋いで先導し、手近な曲がり角を曲がって追跡者からの視線を切る。

 ここでのコツはアリサ達からは目視できず、ヴィータ側の尾行からは目視できる位置を取ることだ。

 ヴィータ側の追跡者はともかく、僕側の追跡者にはフェイトが居るからには“さーちゃー”とやらで追跡されている可能性が高い……が、今回はソレを逆用する。

 

 ちらっと後ろを見てみれば、サングラスにマスク、ハンチング帽を被った如何にも怪しい二人組が慌てたように顔を引っ込めたのが見える。

 あれがヴィータ側の尾行者だろう。

 

 手始めにアリサ達向けに対応する。

 街の上空を巡航させていた鋼線細工の鷹型使い魔を数羽に対し、フェイトの魔力で作られたサーチャーの捜索を指示し――発見。

 破壊はせずに1羽の使い魔を鋼線に戻して魔法陣に編み直し、それを基点に幻惑の魔法を発動、これで二人は『居もしない僕たちの幻覚』を追って迷走を開始、誘導する。

 こちらはコレでOK。

 

 続いてヴィータ側の追跡者だ。

 相手がこちらを見失わないように加減をしつつ、適当に歩く間に上空の使い魔を通して周辺一帯のリアルタイムの俯瞰図を確認して、ちょっとだけ思案する。

 

「ん、よし。ヴィータ、僕が声を掛けたら後ろを見て?」

「お、おう?」

 

 二組の追跡班の位置関係を確認しつつ、丁字路に差し掛かる。

 丁字路をまっすぐ、信号のない横断歩道を渡って近くの建物の陰に入り停止した。

 

「……先ほどの丁字路をご覧下さいませ」

「すっげぇ……! どうやったんだアレ?」

 

 先ほどの丁字路を見てみれば、二組の追跡者が曲がり角でぶつかる姿。

 なんて事はない、幻覚を追いかけていたアリサ達と実際の僕たちを追いかけていたヴィータ側の尾行者、二組が曲がり角で出くわすように調整したのだ。

 

 ぶつかった衝撃でフェイトのマルチタスクが途切れたのか、サーチャーの反応が消えた。

 破壊する手間が省け、好都合とばかりにサーチャーに対する認識妨害の結界を展開する。

 

 頭を下げあう尾行者を後目(しりめ)に次の目的地へと向かう。

 

「なぁなぁ、ほんとにアレどうやったんだ?」

 

 『魔法で上手い感じに誘導して』とは言えないので、ちょっと思案して答える。

 

「……まぁ、これでも執事だから」

「『執事』ってスゲーな!」

 

 心なしかキラキラした視線を向けてくるヴィータに、なぜか僕は面映(おもは)ゆくなるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――――からりん♪

 

 ランチには少し遅い時間、僕は通い慣れた扉を開け、冷房の冷気が心地よい店内に入る。

 毎度おなじみ、『喫茶翠屋』だ。

 

「あらジーク君、いらっしゃいませ。……そっちの子は初めてかしら?」

「ん、忍さんこんにちは」

「……はじめまして、八神ヴィータ、です」

 

 ちょっと上目遣いで自己紹介するヴィータ。

 最近知ったことだけど、割とヴィータは初見の年上の人に対して人見知りだ。

 

「ふふ、初めまして。私は月村忍、このお店のアルバイトね。それにしても――――」

 

 面白い物を見たと言わんばかりに『うふふ』と笑みをこぼす忍さん。

 

「――――ジーク君も隅には置けないわねぇ」

 

 忍さんの視線の先を見てみれば、尾行を撒いたときから繋ぎっぱなしの僕たちの手。

 

「――――っ!」

 

 同じく視線の先に目を向けたヴィータが、頬を仄かに赤く染めた。

 

「えっと、これは(ちが)くて、アタシとジークは友達だから」

「あぁ、私も恭也とそんな風に手を繋いでデートを――――」

 

 ヴィータの話を切かずに自分の世界に入ってしまった忍さんに、“ゆらり”と厨房の方から彼女の背後に現れた影が頭をお盆の平たい面でポカリと叩く。

 

「――――忍。お客さんをからかう前に席にご案内しろ。ようこそジーク君と……ヴィータちゃんだっけか、忍が迷惑掛けたな」

「いや、そんなこと、ねーです」

 

 僕の背中に半分隠れてにヴィータが話す。

 

「なら良かった。じゃあいつもの席にどうぞ」

「あ、今日は桃子さんは居ますか?」

「うん? 厨房の方に居るけど呼ぼうか?」

 

 その言葉に首を横に振る。

 

「いえ、それなら後で大丈夫です。昨日の夜に頼みごとをしたのでそのお礼を言おうかと思って」

「そうか、とりあえずジーク君が来たことは伝えておこう」

 

 頷いて席へと移動し、メニューに手を伸ばしたヴィータに一声掛ける。

 

「デザートは昨日の内に頼んであるから、何か軽い物だけで大丈夫だと思うよ」

「さっきの頼みごとがどうたらって奴か?」

 

 察しがよくて助かる。

 

「今日の本命はココ。ヴィータは間違いなく気に入る」

「やけに自信ありげだな……オッケー、ジークを信じる」

「ん、信じて」

 

 気に入られない可能性を微塵も疑うことなく、僕は断言するのだった。

 

 

 ~ 数分後 ~

 

 

「ふぉおおおおおおおお!?」

「ふふふ、召し上がれ」

「いただきます!」

 

 正方形、4×4の16マスに区分けされた白磁の皿に彩られた16色の氷菓――――翠屋パティシエ高町桃子謹製のジェラート盛り合わせである。

 

「今日はありがとう御座いました」

「ふふ、良いのよ。お店に並べる分をこの種類作っちゃうと、どうしてもロスが出ちゃうし手間だから」

「それでも、です」

「良いの良いの。可愛い常連さんからのお願いなんだし、私も久々に作れて楽しかったから」

 

 僕は黙って頭を下げた。

 桃子さんが微笑みながら頭を撫でてくるが甘んじて受け入れる。

 

 ちらりと向かいの席のヴィータを見てみれば、16種のジェラートに目移りしつつも幸せそうにスプーンを右往左往させる姿。

 あぁ良かった、気に入ってもらえたみたいだ。

 

「ジーク君も溶けだしちゃう前に召し上がれ」

「はい」

 

 頷いて一口――――うむ、おいし。

 

 くどすぎないそれぞれの素材を生かした甘さに、口に入れた瞬間ふわりと溶けて消える触感。

 ほんとこの世界の調理技術は研鑽され、かつ洗練されていると思う。

 

「おかわりもあるから、欲しかったら言って頂戴ね?」

「おかわりー!」

 

 『桃子さんには頭が上がらない』改めてそう実感する僕であった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ギガうま……いやアレはテラうまだったな……!」

「僕の本命という言葉に嘘はない」

 

 夕暮れの街を歩きながら、足取りも軽く幸せそうな表情を浮かべるヴィータ。

 今はヴィータの家の近くまで、彼女を送っている最中だ。

 

 そういえば店を出たときに周囲を探っては見たものの、尾行の姿は無かった。

 

「今日は売り切れだったけど、あそこはシュークリームとか他のお菓子も美味しい」

「マジか。ジェラートは無理だろうけど、シュークリームならはやてにお土産に出来るかな?」

「出来ると思う、また今度一緒に来よう」

「おう! 今日はアリガトな、楽しかった」

「ん」

 

 満面の笑みを見せてくれたヴィータに、僕も僅かに微笑みを返す。

 

「あ、ココまでで大丈夫。ジークも気をつけて帰れよな?」

「んむ、わかった。ヴィータも迷子にならないように」

「だーれが家のご近所で迷子になるか」

 

 笑顔のヴィータが指先で僕のわき腹をグリグリしてくる。

 痛くはないけど、こそばゆい。

 

「じゃ、またな~」

「ん、またね」

 

 お互いに手を振って背を向ける。

 あぁ、楽しい一日だった。

 

 “またね”か、いい言葉だ。

 

 最後のヴィータの笑顔を思い出すと、何となく胸の奥が温かくなったような、そんな気がするのだった。

 

 




10月と11月は忙しい…(PB勤務員の宿命

一応細かいところ解説。

> 『『…………ぐぬぬ』』
> 『『…………ぐふふ』』
 前者がアリサ・フェイトペア、後者がはやて・シャマルペアです。
 笑い方の違いで双方の心中を読んでいただけると幸い。

>しばらく前からこちらを捉える視線
 なお、アリサ達が見ていたのはヴィータ、はやて達が見ていたのはジークのほうです。
 それぞれ相手が気になった模様。

>鋼線細工の鷹型使い魔
 久しぶりの登場、海鳴やその近辺を飛び回っております。

>翠屋パティシエ高町桃子
イタリアやフランスで修行してきた(公式設定)
優しい母親で、子供達を甘やかすのが大好き(公式設定)

>「僕の本命という言葉に嘘はない」
わりと珍しい主人公の『ドヤァ』な表情

なお、お互いに魔法関係者だとは現状全く思いもしていません。

今のところ、主人公とヴィータの関係は、仕事(主人公)や主従関係(ヴィータ)を抜きにして付き合えるプライベートの親友。
この距離感がどう変わって行くか、お楽しみに。

では次話もお待ちいただけると幸いです。
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49:過ぎ行く日々

よし、11月内に更新できたぞ(震え
あれ、似たようなセリフを先月も言った気が……


49:過ぎ行く日々

 

 

 残暑のまっただ中、未だ酷暑の続く日曜の午前中、自室で休んでいた僕の元へ、グローブ2つとボールを持ってデビッドさんがやってきた。

 

 『息子が居たら、こうやって休みにキャッチボールをするのが夢だったんだ』

 

 などと会話をしつつ、僕らは互いに受けた球を眼前の相手に投げ返す。

 そんな感じに十数分ほどキャッチボールをしていたところで、世間話をするかの如くデビットさんが話し出す。

 

「突然なんだが、アメリカに数ヶ月ほど出張することになった」

「へ?」

 

 いきなりの発言に手加減を誤った僕のボールは、グローブ越しにデビッドさんに命中するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あいたたたた」

「すいません」

 

 木陰に座りながら、デビッドさんの顔に治癒魔法を掛ける。

 軽い打撲のようだけど、治癒魔法を掛けておけば直りも早いし痛みも引く。

 

「いや、こちらこそすまん。……何と言い出すべきか迷ってね」

 

 肩をすくめてみせるデビッドさん。

 

「ちょっとアメリカ支社の方でゴタゴタが有って、ちょっとその始末を付けに行くんだ」

「むぅ、なるほど」

 

 理解はした、だけどソレではアリサのお母さんのジョディさんが既にアメリカ社の方へ単身赴任しているのに、ご両親が二人とも屋敷から居なくなってしまうのではないか。

 アリサもアメリカに連れて行くのだろうか。

 

 僕の懸念を表情から察したのか、デビッドさんが言葉を続ける。

 

「僕がいない代わりと言っちゃ何だけど、ジョディの案件は終わったから帰ってくるんだ」

 

 『ゴタゴタが無ければ普通にジョディも帰ってきて、久しぶりの家族勢ぞろいだったんだけどね』

 苦笑いしつつ、そうデビットさんが結んだ。

 

「と言うわけで僕はもう何日かしたら日本を発つ――アリサをよろしく頼むよ」

「はい」

「いい返事だ」

 

 デビッドさんは微笑みながら僕の頭を撫でるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――ファランクスシフト超コワい」

「ご、ゴメンねアリサ!」

 

 地面に突っ伏してピクリとも動かずプスプスと煙を上げるアリサと、わたわたと右往左往して謝るフェイト。

 周囲にはアリサが展開していた魔力剣用の柄が散乱している。

 見事に僕の作った外套の防御を抜けてダメージが入っている、バインド掛けてのフォトンランサー・ファランクスシフトはやはり有効だ。

 

「ぐぅうう、前は勝てたのにぃ……」

「忘れたの? 前は僕がバックアップしてたでしょ。とりあえず今日はコレまで、アルフはアリサをお風呂に連れてってあげて」

「りょーかーい」

「ぬぁあ……」

 

 米俵を担ぐようにアリサを担いだアルフが去っていく。

 お疲れさまでした、暖まってらっしゃい

 

「――で、フェイトから見て素のアリサはどう?」

「うん、荒削りだけど良いと思う。前にジュエルシードを賭けて戦ったときに比べれば、ジークのバックアップが無いぶん物足りないけど……」

「前は時間がなかったから仕方ないとは言え、僕のサポート無しでもそれなりに戦えないとダメ」

「そうだね」

 

 アリサの戦い方を決めるため、僕かフェイトあるいはアルフを含めた3人と動けなくなるまで模擬戦を繰り返すこと幾千回。

 ようやく方針が定まってきた所である。

 

「たぶん僕もフェイトも意見は一致してると思うけど――――」

「うん、アリサは――――」

 

 

「「――――中距離特化型が向いてる」」

 

 

 僕とフェイトは目を合わせて頷く。

 

「相手と付かず離れず、近距離特化の私みたいな相手にに一瞬で踏み込まれず、かといって遠距離特化のなのはみたいな相手に封殺されないような適度な距離感で戦うスタイル、コレが良いんじゃないかな」

「ん。性格的には近づいて殴る近接特化も向いてはいるんだけど、いかんせん近接の経験が無さすぎる」

 

 重量を操作した杖で殴るスタイルは強力無比なんだけど、近接の経験の少なさが足を引っ張っている。

 例を挙げるなら、近接のフェイントに引っかかる、速度の有る連撃に対応しきれない、こんなところだ。

 

「練習に付き合ってくれてありがと、フェイト」

「ううん、気にしないで、アリサの為だもん」

 

 タオルで汗を拭くフェイトに冷風を送って涼ませる。

 

「ありがとうジーク、やっぱり暑いね」

「コレが夏ってものらしい、……無くなればいいのに」

 

 かくいう僕もフェイトの前にアリサと一戦交えたので良い感じに全身しっとりと汗をかいている、後でシャワー浴びよう。

 

「えっと、その、汗拭くね?」

 

 新しいタオルを取り出したフェイトが、いそいそと僕の頭や首筋にタオルを当てて汗を拭き取ってくれる。

 

「ん、ありがと」

「い、いいのいいの、私が好きでやってることだから」

 

 んむ、確かにフェイトは世話好きって感じ、なんだろうか。

 

「せ、背中の汗も拭くね?」

 

 一方的にそう言ったフェイトが正面から僕に抱きつき、背中に手を回して服の下にタオルを差し入れる。

 

「ん……普通に後ろ回った方が早くない?」

「だ、ダメ! むしろこうじゃなきゃダメなの……!」

 

 僕の首筋に顔を埋めながら手を動かすフェイトがそう熱弁する。

 

 …………ん、フェイトの鼻息で首筋が涼しいからコレはコレで良し。

 

 とは言っても、さすがに1分を越えた辺りで首を傾げる。

 あと何分くらいこうするつもりなんだろう。

 

「そろそろ大丈夫じゃない?」

「だめ、もうちょっと、もうちょっとだけだから」

「ん、わかった」

 

 

 この後たっぷりもう5分ほど、僕はフェイトに抱きしめられているのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 アリサの成長方針を決めた翌日の午後のこと、僕とヴィータはスーパーのベンチでぐったりとしていた。

 

「あっついなぁ……」

「あっついねぇ……」

 

 ヴィータと二人、それぞれの家のお使いの帰りである。

 内容は僕が醤油、ヴィータはマヨネーズとキッチンペーパーだ。

 

 憎らしいほど暑い太陽は昼過ぎに出てきた雲に隠れたのに、今度は蒸し暑い。

 湿度の高さを伴った暑さとは、これほどまでに厄介だったのか。

 

「さっさとアイス食べよーぜ」

「ん、そだね」

 

 お使いのついでに買ったアイスを出す。

 

「おいしぃ」

「おいしーねー」

 

 だめだ、二人揃って暑さでダメになっている。

 

「夕立が来る前に帰ろう」

「おぅ。アタシは近いからいーけど、ジークは遠いもんな」

 

 空を眺め、雲行きの怪しさに眉をひそめた。

 何となく雨の匂いがする……

 

 僕たち二人ともささっとアイスを食べきり、席を立つ。

 

 経路的にはスーパーとアリサの屋敷の中間辺りにヴィータの家が有る感じ。

 二人で話しながら歩くうち、ポツリポツリと大粒の雨がアスファルトを濡らし始めた。

 

「うわ、降ってきた……!」

「っと。とりあえずアタシの家まで走るぞ!」

「ん!」

 

 二人揃って駆け出し、時間にして3分もしないうちにヴィータの家の玄関先まで走りきったけど二人とも完全にびしょ濡れであった。

 振り返って見れば滝のように降る夕立、そして同時に光った稲光が炸裂音と共に僕らを一瞬照らす。

 あぁ、濡れた髪で頭が重い。

 

 ……これはアレか、ニュースで聞いた『ゲリラ豪雨』とかいうやつか。

 

「あー、取りあえず雨が止むまで寄ってけよ、そのままじゃ風邪引くぞ」

 

 転移魔法で帰れば一発なんだけど、さすがにヴィータの前でこの雨に向かって駆け出していくわけにも行かない。

 

「ん、ありがと」

「いいって、こういう理由ならはやても良いって言うだろうし」

 

 こうして僕は、急遽ヴィータの家にお邪魔することになったのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――ふむ」

 

 お湯で濡れた髪をタオルで押さえて水気をとりつつ、いまの状況を再確認する。

 

 家にお邪魔したところ、家主であるというヴィータの家族の八神はやて以下他の家族は不在、卓上の書き置きを見るに別件で買い物に出たらしい。

 シャワーを浴びる順番でちょっと揉めたものの、この家の住人で有るヴィータに先に入ってもらい交代で僕が入った。

 濡れた服は全自動の洗濯乾燥機内でグルグル回ってる最中だ。

 

 脱衣場に用意された服を一瞥する。

 見た感じ、Tシャツと女物の長袖ワイシャツ、ジャージみたいな短パンという組み合わせ。

 残念ながら男物の下着は無かった。

 

 Tシャツを着て、ワイシャツを羽織って見るも明らかに袖も裾も長い。

 むぅ、シャツの裾がスカートみたいだ。

 

 とりあえず手が辛うじて出るくらいには袖を折る。

 よしよし、良い感じ。

 なんとか見られる格好になって人心地付くと脱衣場を後にする。

 

「――お待たせ」

「おう。遅かったn――ぶふぉ!?」

「!?」

 

 なんかテーブルでホットミルクを飲んでいたヴィータが変な声を上げて()せた。

 とっさに駆け寄って背中をさする。

 

「だいじょぶ?」

「お、おぅ。だいじょぶだいじょぶ」

 

 咳払いしつつヴィータがマジマジと僕を上下に眺めている。

 

「……?」

「大丈夫、大丈夫だから。ほら、ジークの分もミルク暖めて有るから冷める前に飲めって」

「ん、いただきます」

 

 ヴィータの向かいに座り、両手でマグカップを包むように持ってミルクを飲む。

 あー、手が暖かい。

 

 ほっとため息を吐いて向かいに座るヴィータを見てみれば、そこには僕から目をそらし手で口元を押さえ、ふるふると震える姿が。

 

「……だいじょぶ?」

「だ、大丈夫大丈夫」

 

 ……本人が大丈夫って言うなら大丈夫だろう。

 

 若干挙動不審、かつこちらをチラチラ見てくるヴィータを訝しみはするも追求はしない。

 ただ、僕の視線に耐えきれず、ヴィータが『ええぃ』と声を上げて立ち上がった。

 

「服が乾くまで暇だしゲームするぞ、ゲーム!」

「ん、勝負」

 

 

 妙な雰囲気でゲームをし始めた僕らだったけど、結局乾燥が終了する頃にはその雰囲気もどこかに行ってしまうのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夕立から3日後、僕とヴィータは再び一緒のお使いに来ていた。

 

 スーパーをぐるりと回り、お目当ての物をカートに入れてコロコロと押していく。

 

「ヴィータの家の晩ご飯は?」

「はやては豚の冷しゃぶって言ってたな、シャマルも何か作るとか言ってたけど皆に止められてた」

「あぁ、前に話してた“カオスクッキング”の人か、そんなにスゴいの?」

「シャマルのアレはヤベーぞ、見た目は普通なのに味がおかしい。ウチのザフィ――――番犬が食べた5分後には泡吹いて倒れたからな」

「何ソレ怖い」

「タマネギを薄切りにして鰹節と醤油をぶっかけるだけのサラダでどうしたらあんな惨状を……」

 

 ……それは調理法云々の前に、タマネギなことが問題なのではなかろうか。

 

 そんな会話をしつつレジへと向かい、それぞれ分かれて会計を済ませる。

 

「はい、こちら福引き券になります」

「? どうも」

 

 レシートと一緒に数枚渡された紙をチラッと見つつ、持参したマイバッグに買った物を詰める。

 ふむ、6枚で1回福引きに挑戦……?

 手元には3枚……足りぬ。

 

 そう言われれば入り口で何かガラガラ音のする物を回してたような気がするけど、アレがそうかな。

 

 バッグに物を詰め終えてヴィータの方を見てみれば、同じく詰め終えてこちらを見たのか目が合う。

 そしてその手には同じく福引き券が数枚ほど。

 

 合流し出口に向かう。

 

「ジーク、そっちは福引き券何枚もらえた?」

「3枚、そっちは?」

「アタシも3枚だ。一緒に1回回して、当たったら山分けでどうだ?」

「ん、それでいい」

 

 福引き会場で当たり商品を眺めてみる。

 んむ……3位の和牛1キロがいいな。

 

 ちょっと前に晩ご飯で食べたすき焼きは美味だった。

 年を取った牛を冬前に潰して食べることは有ったけど、この国のように食べるためだけに育てた肉とはアレほどまでに美味しい物とは思わなんだ。

 

「ヴィータ、狙いは?」

「んー、肉かな。正直洗剤とか貰ってもアタシは嬉しくねーし」

「ん、それは確かに」

 

 それに3位の肉は上位の賞に比べて倍以上当たりの本数も多い、狙い目だろう。

 

 2~3分ほど列に並び、ガラガラと音を立てる抽選機(?)を眺める。

 何かこう、ワクワクする時間だ。

 

「はい、次のお客様どうぞ~」

「1回お願いします」

 

 二人で福引き券を渡す。

 

「はい、じゃあ1回どうぞ」

 

 二人目を見合わせる。

 

「どっちが回す?」

「平等に一緒でいいんじゃねーか? 二人の券で引くんだし、当たっても外れても文句言いっこ無しで」

「ん」

 

 頷いて僕たち二人、手を重ねて持ち手を握りガラガラと抽選機を回し――――

 

 

「おめでとう御座います! 特賞の海鳴温泉1泊2日ペアチケットです!」

 

 

 ――――金色に光る玉、店員さんが鳴らす鐘と周囲からの拍手をBGMに僕たちは目を見合わせるのだった。

 

 




目標は半月に1回更新なんですが、現実は1ヶ月に1回更新でした。
真に申し訳ありません。

作者近況
仕事が忙しい、治安の乱れが酷い……年末年始に向けてこのペースは不味いんじゃないかなぁ、と思う所存。

あと数ヶ月前から始めたFGO、ようやく第一部終了しました。
ようやく新宿編をプレイできる……。
フレンドも空きがありますので、『私のサポート陣、最強じゃね?』と思う方はご連絡ください、IDお教えしますのでw。


そして恒例の各所解説。

> 『息子が居たら、こうやって休みにキャッチボールをするのが夢だったんだ』
24話で建てたフラグをようやく回収。

>アリサのお母さんのジョディさん
劇場版リリカルなのはReflectionで名前が初出……のはず。
なお作者は映画を2回見に行きました。

>「――ファランクスシフト超コワい」
アリサ:『あんなの防げるのは人間じゃないわね!』
なのは:『!?』

>この後たっぷりもう5分ほど、僕はフェイトに抱きしめられているのだった。
フェイト:『(くんかくんか!)』
この後、主人公の汗で濡れたタオルを真空パックで保管する姿が……!

>残念ながら男物の下着は無かった。
ノーパン主人公

>とりあえず手が辛うじて出るくらいには袖を折る。
萌え袖&サイズの大きい服&ショタ
書いてて思った、『これは誰得なのだ』

>咳払いしつつヴィータがマジマジと僕を上下に眺めている。
友人の湯上り姿の謎の色気&萌え袖に、ついジックリ見てしまうお年頃。
 ただし男女逆ではないかと書いてて思った。

>僕から目をそらし手で口元を押さえ、ふるふると震える姿が。
小動物チックな行動に、鼻から愛(比喩表現)が出そうになった。

>若干挙動不審、かつこちらをチラチラ見てくるヴィータ
ヴィータ:『この胸の高鳴りは……もしや不整脈ってやつ?』

>何かこう、ワクワクする時間だ。
幼少期のガラガラを待つ間のワクワク感、覚えがあると思います。

>特賞の海鳴温泉1泊2日ペアチケットです!」
次回、温泉回リターンズ。
……の前に短編の49.5話(八神サイド)です。

以上、解説でした。

ではご意見ご感想・誤字脱字報告お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49.5:八神はやて『我が家の末っ子の恋愛事情』

主人公サイドだけだと裏事情がわかり難いので其方の補足をかねて0.5話扱いで投稿。
字数が短いのはご勘弁をば…


49.5:八神はやて『我が家の末っ子の恋愛事情』

~Side八神家~

 

 ――トントントン

 

 小気味良い一定のリズムで包丁を動かし野菜を刻む。

 少し前まで広い家に一人暮らしであった少女の日常は歳の誕生日を機に一変し、自らを(あるじ)と慕う家族を4人が増えた結果、食事もソレ相応の量を作る必要が出た。

 

 一人用の料理だった時に比べ、明らかに手間は数倍になったけども大人数で囲む団らんは忘れていた家族という物を思い出させてくれ、少女――――八神はやてはとても幸せであった。

 

「はやて、ちょっといーか」

「んー、どーしたんヴィータ、晩ご飯はもうちょっとやから我慢してーな?」

「いや、晩ご飯の事じゃなくて、ちょっと調べて欲しい事があるんだ」

「わかった、ちょっと待っててぇな」

 

 キリの良いところまで調理を進め、包丁を置くとはやてはヴィータに向き直る。

 

「さて、急にどうしたんヴィータ?」

 

 八神はやては不安げな顔で思案する、家での末っ子役であるヴィータに内心で首を捻る。

 

「えっと、はやてはジークのこと知ってるよな?」

「え、ま、まぁな、ヴィータがよく話してくれる友達のことやろ?」

 

 動揺から上擦りそうな声を必死に取り繕い、はやては頷いた。

 我が家の末っ子が男友達と二人きりで出かけると知り、『すわデートやて!? 私だって男友達と出かけたことあらへんのに!?』、『我が家のヴィータに悪い虫が!?』とシャマル――新しく増えた家族の一人だ――と一緒に尾行……もとい見守りをしたのはつい先日のこと。

 興味8割心配2割くらいで付いて行ってみれば、現れたのは青みがかった艶のある長い黒髪を後頭部で括った中性的な少年。

 

 仲睦まじげに歩く二人をトラブルで見失うまで、シャマルと二人『ぐふふ』と変な笑い声を漏らしつつ追いかけた事を思い出す。

 はやての脳内では、友達以上恋人未満の二人を想像し、何ともいえない笑みを浮かべているのだが、其れはそれ、これはこれである。

 

「うん、そうジークの事なんだけど……、今日夕立があっただろ――――」

 

 

 かくかくしかじか、まるまるうまうま

 

 

「――――というわけで、ジークの湯上がり姿を見てから、ジークの姿を思い出すとなんか胸の奥がキュンってして、心臓がバクバクするんだけど、ちょっと闇の書でアタシのプログラムににどっかエラーが出てないか調べて欲しいんだけど……はやて、ちゃんと聞いて――――」

「――――シグナム! シャマル! 緊急事態や、ちょっと集合!!」

「え、私のこれ、実はかなり不味いエラーなのか!?」

「大丈夫や、ちょっと私たち3人で会議するから、ヴィータはちょっと待ってぇな?」

 

 何事かと2階やリビングからやってくるシグナムとシャマルを寝室へ連れ込む。

 

「我が主、私は――――」

「――――ザフィーラは雄だからダメや」

「――――……承知」

 

 

 女所帯の男性とは、得てしてこんな扱いである。

 

 

 数十分後、部屋から出てきたはやてが『ガシリ』とヴィータの両肩を掴む。

 

「ヴィータ、その胸の奥がキュンとする件、もしかしなくても恋とちゃうんか?」

 

 『コイ』

 予想外のその単語に、ヴィータは脳内で主の発言が『恋』だと変換されるまで間が空いた。

 

「は……? いやいやまさか、そんな事無いって。闇の書のプログラムの私たちにそんなモン有るわけ無いじゃんか」

「そうです、(あるじ)はやて、私たちが恋愛感情を持つとは考えにくい。やはりプログラムのエラーか何かなのでは?」

「そもそも私たちは闇の書の騎士として生きてきた時間があるから、見た目以上に年上だし……」

 

 同じく闇の書の騎士であるシグナムも(かぶり)を振るが、鼻息荒くはやては否定する。

 

「そんなはず無い、私の乙女センサーがビンビンに反応しとるもん!」

「ヴィータちゃん、試しにその彼の事を思い浮かべてくれる?」

「お、おう」

 

 目を爛々と輝かせる主の姿に狼狽えつつ、ヴィータは目を瞑るとついシャマルに指示されたように先ほどの光景を思い出す。

 

 湯上がりの僅かに湿る髪に上気した肌、シグナムの大きすぎるシャツを着て、半ばまで隠れた両手で小動物のように温かいミルクを飲んでいた姿だ。

 

「うーん、体温と脈拍数の若干の上昇は見られるけど、システム的なエラーは出てないわね」

「恋愛感情が数字で計れるもんなら苦労はせぇーへんよ!」

「とは言っても、ヴィータ本人に自覚が無く、プログラムをモニターしても誤差の範囲内……やはり勘違いなのでは?」

「そうそう、勘違いだって――――」

 

 

 ――Prrrrr,Prrrrrrr

 

 

「――あ、電w――」

 

 リビングの端で電話がコール。

 車イスをそちらへ動かそうとしたはやての横を一陣の風が駆け抜けた。

 

「――もしもし、八神です……ん、大丈夫だって、別に気にすんなよ…………うん、ちょっと待ってて」

 

 受話器を持ち上げて声を聞き、相手が誰だか分かった途端に滅多に浮かべないような笑顔で、いつもより柔らかなトーンで話す妹分の姿に八神はやては目を白黒させる。

 

「はやてー、晩ご飯までもうちょっとかかる?」

「あ、えっと、30分くらいかな?」

「おっけー。アタシちょっと部屋に行ってるから、晩ご飯になったら呼んで」

 

 母機で受けた電話を子機に切り替え、小走りでリビングを後にするヴィータを見て全員が視線を交わすと、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで全員揃って扉に耳を当てた。

 

『もしもし、お待たせジーク――――いや全然大丈夫、そういや今日アイス食べた話そうと思って忘れてたんだけど、新発売のアイス有るだろ――――そう、そのCMの奴!――――そーなんだよ、新味2種類有るから別々買って半分こしないか?』

 

 扉の向こうから聞こえるのは楽しげなヴィータの声。

 どんな表情を浮かべているのか、見なくても手に取るように分かる明るい声だ。

 

「……なーなーシャマル、私の思い過ごしじゃなきゃ会話の内容が、ただの友達同士にしては親密すぎるような感じがするんやけど」

「た、確かにそんな感じね……」

 

『――――オッケー、じゃあ次会ったときは頼んだ。――――え、翠屋の新商品の味見?行く行く!――――それじゃあ映画見てから翠屋でいっか――――待ち合わせは駅前でいいんだよな。じゃ、また週末に』

 

「……なーなーシグナム、気のせいじゃなきゃ男の子と映画館デートの約束をしてるようにしか聞こえへんのやけど」

「主はやて、お、落ち着いて下さい」

 

『ん、じゃあジーク、また寝る前にでもちょっと電話していいか?――――じゃ、そろそろそっちも晩ご飯の支度が有るだろ。ん、じゃーな、また夜に』

 

「ザフィーラぁ……、普通友達の異性と寝る前に電話とかするもんなんかなぁ、私の人生経験が乏しいだけなんかなぁ……」

「……私からは何とも」

 

 目が生気が失われ始めた自身の主に掛けるべき声が見つからない。

 

「うぉ!? 何でみんな居るんだよ!?」

 

 扉を開けた先に階下に居るはずの面々の姿が有ったことにヴィータが驚愕の表情を浮かべる。

 

「……ヴィータ、ちょーっとお話、しよっか?」

 

 この“お話”でヴィータのジークに対する態度が若干変わるのだが、それはまた別のお話である。




50話は年末を目標に(小声

ご意見ご感想、誤字脱字報告ありましたらお願いいたします。

前話でも少し触れましたが、FGOのフレも募集中…
私のIDは『493,933,614』、プレイヤー名は『イリアシオン』ですので、よろしければ是非…

では次回更新までしばしお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50:海鳴温泉リターンズ

50:海鳴温泉リターンズ

 

 

 どうしたものかと思い悩んでいた海鳴温泉のペアチケットに関しては、思いの外簡単に結論が出た。

 

 家長であるデビッドさんからの『夏休みの冒険のつもりで、一緒に当てた友人と行ってきたらどうだい』という提案である。

 

 ようやくこの国の常識について学んできた僕である、保護者が居ないと旅館に泊まれないのでは無いかと思ったのだけど、どうやらデビッドさんが馴染みのある宿らしく、話を通してくれた結果その点はクリア出来てしまった。

 デビッドさん曰く『夏休みに友達同士で旅行に行くのは、ちょっとした冒険である』だとか。

 

 アリサに関しては丁度チケットの指定するタイミングで、習い事の合宿とやらですずか嬢と共に県外へ。

 フェイトに関してはバルディッシュの定期メンテナンスをするために、ミッドチルダとかいう次元世界に泊まりがけで出かけてしまうとのこと。

 

 二人とも僕から話を聞いた途端、愕然とした表情で目を見合わせたが、如何せん急な話だったため予定の変更は利かなかったらしい。

 アリサもフェイトも居ないと仕事は激減、訓練相手も居ないので最低限の仕事と鮫島とお茶会するくらいしか予定がない。

 

 対するヴィータ側も難航するかと思えばそんなことは全くなく、彼女曰く『行かなきゃその日は家に入れてあげへん!』と自分の家族から半ば脅迫されたとかなんとか。

 

 

 かくして僕とヴィータが当てた温泉ペアチケットは、つつがなく使用される運びとなったのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……んー」

 

 待ち合わせ場所に指定した、駅前の動物を模したモニュメント前で、手持ちぶさたな僕は青く澄んだ空を見上げる。

 ここから路線バスに乗って2時間ほどの旅路だ。 

 

 一時期の猛烈な暑さはすっかり身を潜めたようだけど、照りつける日差しはそこそこ強く暑い。

 まぁ、湿気がそれほどでもないぶん、かなり過ごしやすい陽気ではあるけども。

 

 もう間もなく待ち合わせ時間だけど、未だヴィータの姿が見えない。

 僕たち二人、いつも待ち合わせをしてもお互い待ち合わせ時間より10分くらいは早く来る性質(たち)らしいので、これまでこう言ったことは無かったのだけど、どうかしたのだろうか。

 

 気長に待つか、そう思い直した瞬間に僕はタイルを蹴る軽い足音に反応し、そちらに視線をやって――――

 

「わりぃジーク、待たせた……か?」

「…………ヴィータ?」

「う、何だよその間は、やっぱ変か?」

 

 ――――初めて見るヴィータの装いにどきんと心臓が跳ね、一瞬呼吸を忘れた。

 

 いつもの動きやすそうな短いスカートとシャツ姿ではなく、白いふわっとした袖無しのワンピース。  

 そしてトレードマークの三つ編みのツインテールが解かれ、軽くウェーブが掛かった髪が下ろされている。

 

「その、私の家族がこれ着てけって、他の服全部隠しちゃって、髪型もこの服ならこっちのが良いって強制的に――――」

 

 そっぽを向きつつ、だけどチラチラとこちらを見てくるヴィータに何か言わねばと思い咄嗟に口を開く。

 

「――――似合ってる、すごく」

「に゛!?」

「えっと、その、……とても可愛い」

 

 ぅあ、何でだ、なんか顔が熱い。

 変な声を出して固まったヴィータの顔が徐々に赤く染まる。

 

「ヴィ――――」「ジ――――」

 

 お互いに何か言おうとして被ってしまう。

 視線を交わし、口を開く。

 

「えっと、お先にどうぞ?」

「あー、うん、その……今日は暑いな?」

「ん……、ちょっと顔が熱い」

「お、おう。私もちょっと顔が熱い」

「…………」

「…………」

 

 ……気まずい訳じゃないのだけど、何なのだこの感じは。

 

「あ、あのバス私たちが乗る奴じゃないのか?」

「ん、ホントだ、時間通り」

 

 駅のロータリーに入り込んできたバスの行き先表示を見たヴィータが声を上げた。

 確かに見てみれば海鳴温泉と書かれている。

 

 乗り遅れないよう、僕たち二人は小走りでバスに向かう。

 それと同時に僕たちの間に流れていた妙な感じは何処かに行ってくれた。

 

 『バスの運転手さん、時間通りでホントぐっじょぶ』

 僕は心の中でつぶやくのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「よし、着いたー!」

「ん、無事到着」

 

 旅館の部屋に入ったヴィータが畳に荷物を置いて背伸びをする。

 服装と髪型がいつもと全く違うけど、そんな所作が間違いなく彼女がヴィータだと理解させてくれる。

 

「で、これが畳かぁ……はやての家には無いからなぁ」

「んむ、これが和には必須だとか」

 

 座椅子に座り、ぺたぺたと畳に触れるヴィータ。

 僕はざっと室内に視線を巡らせる。

 ……あ、この部屋って小さいけど露天風呂付いてる。

 

 僕は荷物を床の間に置いて、備え付けのお茶セットでお茶を淹れる。

 ん、ここのお茶は雁ヶ音だ。

 

 『雁ヶ音』とは所謂『茎茶』と呼ばれる物である。

 茎だからと言って味が落ちるという事はなく、鮫島曰く『葉よりも甘味・旨味・香りが豊富、しかも値段も安めなので普段使いはこちらがおすすめです』とのこと。

 特に玉露の茎茶を『雁ヶ音(あるいは白折)』と呼ぶそうだ。

 

 脳内で鮫島のお茶講座を振り返りつつ、教わったとおりにお茶を淹れてヴィータに出そうとした段階で、じっと見られていた事に気が付き首を傾げつつも冷める前に提供し、ヴィータに向かい合った座椅子に座る。

 

「何か変だった?」

「いや、お茶を淹れる一連の所作が綺麗だなぁ……と思って」

「一流の執事は仕事の内容はもちろん、魅せ方も一流でないとダメだとか。『機敏に優雅に堂々と』を意識するように言われてる」

「そう言われると、ジークっていつも姿勢良いし、食べ物の食べ方も綺麗だもんな」

 

 んむ、見られてたのか……なんだか恥ずかしい。

 

「ん……執事ですから」

「ほんと執事ってすげーな」

「そういうヴィータだっていつも姿勢が綺麗、というか体幹が鍛えられてる感じかな……何かゲートボールの他にスポーツとか武術か何かやってるの?」

「そりゃ私は騎s――――」

 

 何かを言い掛けたヴィータが口をパクパクさせて沈黙した。

 

「?」

「――――き、筋トレしてんだよ」

「なるほど。でも僕たちの年で筋トレは良くないらしいから、止めた方が良いと思う」

「そ、そーだな。ジークがそう言うなら止める」

 

 うんうんと頷き、置かれていたお饅頭と一緒にお茶を楽しむ。

 

「「……はふぅ」」

 

 お茶もお茶請けも美味。

 

「お茶飲んだらその辺探索に行こうか」

「おう、そうだな」

 

 部屋に備え付けの旅館案内兼周辺の観光スポットが書かれた冊子を開く。

 

「んー」

「何か面白そうなとこ有るか?」

 

 反対側に座っていたヴィータが四つん這いでこちらに来て、僕の顔のすぐ脇から冊子をのぞき込む。

 

「お、ここどうだ?」

 

 ペラペラと冊子をめくっていたヴィータが指した一点を見てみれば『ガラス工房~ブレスレット作り体験~』の文字が。

 選択がヴィータっぽく無い気がするが、観光マップでガラス工房の位置を見てピンときた。

 

「……ヴィータ」

「な、何だよ?」

 

 隣のヴィータがフィっとそっぽを向く。

 地図を見てみれば、工房の隣に『アイス専門店』の文字があった。

 

「晩ご飯有るからたくさんはダメだからね」

「へへ♪アイスは別腹なんだよ」

「はいはい。じゃあアイス食べたらガラス工房ね」

「おう!」

 

 至近距離で満面の笑みを浮かべるヴィータに僕はドキリとするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……んむんむ」

 

 右腕でキラリと光るガラス玉――トンボ玉というらしい――を数種類組み合わせて作られたブレスレットを光に透かす。

 

 ちらりと横を見てみれば、僕の隣ではヴィータも同様にブレスレットに日光を当てていた。

 

「どう? ヴィータの好みに合うと良いけど」

「ん、気に入った。……ジークもアタシの作ったのはどーだよ?」

「僕の好きな色使い、ありがとヴィータ」

「ふふ、大事にしろよ」

「そっちこそ」

 

 なんてことはない、ブレスレットを作るに当たって僕たち二人ともデザインをどうしようかと思ったときに、『お互い用に作って交換でどうだ?』とヴィータが名案を思いついてくれたのだ。

 ヴィータが僕に作ってくれたのは澄んだ緑のトンボ玉をベースに、アクセントとして蒼を所々に混ぜたデザイン。

 対する僕がヴィータに作ったのは、紅のトンボ玉をベースに、澄んだ青いトンボ玉を

織り交ぜたデザインの物だ。

 

 ヴィータのイメージカラーはやはり紅だと思う。

 

「どーする、もう旅館に帰るか?」

「ん、そだね」

 

 ゆっくり散策しながら旅館に帰って一息いれれば丁度夕食の時間になるだろう。

 

「旅館の晩ご飯ってどんなのだろーな?」

「ん、たぶん和食、スゴい奴」

 

 僕たち二人、のんびり並んで旅館へと歩を向けるのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「では、お食事が終わりましたら内線でお呼びください」

 

 そう言って夕食の配膳を終えた仲居さんが退室していく。

 

「……ジークジーク、和食ってスゲーな!」

「でしょ?」

 

 卓上に並んだ目にも華やかな料理の数々、山の幸、海の幸がふんだんに使われていてどこから手を付けるべきか悩む。

 

「では――――」

 

 二人揃って手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 そそくさと箸を握って皿に手を伸ばす。

 本来なら出てくる順に食べるのが正解なんだろうけど、これなら興味のある物から箸を付けてもいいだろう……たぶん。

 

 ……あ、この熱い餡の掛かった海老風味の練り物っぽい奴おいしい。

 

 ヴィータの反応を窺って見ると、何やら箸を持った手がぷるぷると小さく震えていた。

 

「……ヴィータ?」

「あー、その、箸はまだ得意じゃ無いっていうかその……」

「ん、スプーンとフォークもらう?」

「……わざわざ貰うのは恥ずかしいから、別にいい」

 

 恥じらいで頬を染めたヴィータが目を反らして小声で呟く。

 割と珍しいヴィータの反応にちょっと胸がドキリとする。

 

 でも手がぎこちないし、これで食べてたらせっかくの服を汚しそうだ。

 

「ちょっと待って」

 

 僕はヴィータの後ろに回り、背後から彼女の右手に自分の両手を添える。

 

「ここをこう、鉛筆を持つようにして……そう、その間にもう一本を挟んで固定する感じで」

「こう、か?」

「ん、それが基本の形。後は親指と人差し指で上の箸を良い感じに動かして」

「良い感じってどんな感じだよ」

 

 ヴィータにジト目で見られた。

 うん、まぁ確かに僕も『良い感じ』と言われたら困る。

 

 僕はヴィータから箸を借りると、並んでいた料理から湯豆腐をチョイスする。

 ちなみにただの湯豆腐ではない、品書きには“温泉”湯豆腐と書かれている。

 どのへんが温泉なのかは分からなかったので後で鮫島に聞くけど、これまで食べた豆腐で一番美味しかった事には変わりない。

 

 取りあえず柔らかな豆腐を一口大に切ってつまむ。

 

「いやなんでそんな柔らかいもん摘めるんだよ?」

「訓練の成果。はいヴィータ、あーん」

「いやちょっと待て恥ずかしいから――――」

「――――あーん」

 

 ヴィータが恥ずかしさに頬を染めるけども、ためらわず更に箸をヴィータの口に近づける。

 

「……あーん」

 

 僕は小さく開かれた口の中に豆腐を突っ込んだ。

 

「熱っ――ってギガうまだなこれ!?」

「でしょう?」

 

 はい、とヴィータに箸を返す。

 

「お手本はみせた、実践するのみ。大丈夫、いきなり豆腐とは言わないから、何か摘みやすそうな奴からチャレンジ」

「お、おう」

 

 対するヴィータはマグロの刺身をチョイスした。

 適度に柔らかく、厚みも一定なので難易度は低いと思う。

 

 ふるふると震える手で何とかマグロを摘みあげた。

 

「よ、よし――――」

「――――じゃあ、あーん」

「あーん」

「……むぐ、うむ、美味。ただ今度から醤油を付けてくれると嬉しい――どしたの?」

「…………いや、何でもねー。それよりもうちょっと練習に付き合え」

「いいよ。次はその」

「難易度の上がりがハンパないな!?」

「はやくー、ちょーだい」

「あーもう、仕方ねーな。分かったからちょっと待て」

 

 口ではそんなことを言いつつ、ヴィータは何とも楽しそうな笑みを浮かべながら辿々(たどたど)しい手つきで僕にご飯を食べさせてくれるのだった。

 

 当然だけど、食べさせて貰った分はヴィータに『あーん』でお返しした。

 貰いすぎはダメだからね。

 

 

◇◇◇

 

 

「ふぅ……良い汗かいた」

「だなぁ」

 

 食後の腹ごなしと言わんばかりに浴衣に着替え、卓球をしてきた僕ら二人は揃って部屋へと歩く。

 お互い卓球はテレビで見ただけで初体験だったけど、少しの練習で普通に打ち合いが続ける程度にはなった。

 ヴィータって飲み込みが早いというか、コツを掴むのが上手いのか。

 

 部屋の襖を開けてみると、ふっくらとした布団が二組ピシッと綺麗に並べて敷かれていた。

 

「「……」」

 

 二人揃って目を合わせ、同時に頷く。

 

「「とぅ」」

 

 何の合図も無いけど、二人同時に布団に大の字で飛び込んだ。

 

 ぼふぅっ! という音と共に二人揃って布団に埋もれる。

 

「――ふふふ」

「――ははは」

 

 倒れ込んだまま二人で目を見合わせて笑う。

 

「はやての家じゃできねーもんな」

「うちだって……というか自分で敷いた布団に飛び込むのは何か違う」

 

 仕事の一環でメイキングしたベッドに飛び込んでどうするのだ。

 

「そういうもんか」

「ん」

 

 そう頷いて体を起こす。

 

「じゃ、そろそろ大浴場に行くけど、ヴィータはどうする?」

「あ、私も――――」

 

 起きあがったヴィータがぴしりと固まる。

 

「……どしたの?」

「……大浴場?」

「んむ」

「私、こういった温泉みたいなところ、入ったことねーんですが」

 

 あ、ヴィータの語尾がですます調になった。

 これ本当に動揺してる奴だ。

 

「んー、ヴィータ一人でお湯に髪の毛付けないように括れる?」

「……自信ない、かも」

「お風呂で知らないおばさんとかに話しかけられても、人見知りして返事しないとかダメだよ?」

「……ううぅ」

「そもそも一人で髪洗える?」

「おい待てバカにしてるのか?」

「――ちゃんとドライヤーでの乾燥も含めて」

「――え、適当に拭いて放置じゃダメか?」

「……ぎるてぃ」

 

 なんかダメそうだ、というか綺麗な髪なのに雑に扱うなんてとんでもない。

 たぶんよく話しに上がる、はやてって人がちゃんと面倒見てるんだろうなぁ。

 

 ……考えついた選択肢は2つ、ヴィータに選んで貰うほか無いか。

 

「ヴィータ、ヴィータ」

「何だよ」

「大浴場の入り方教えるから一人で入るのと、一人で部屋に備え付けの家族用の小さな露天風呂に入るの、どっちがいい?」

「ぐ……」

「大丈夫、部屋の露天風呂に入ってる間、僕は部屋で待機してる」

 

 難しい表情で俯いたヴィータが下を向いたまま何かを呟く。

 

「――――ぃる」

「ん?」

「私の都合でジークを待たせたくはねーから、露天風呂に一緒に入る…………ばか」

 

 消え入りそうな小さな声で、ヴィータはそう答えたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……良い湯だったな」

「……ん、良い感じだった」

 

 二人揃って窓際に座り、昼間より涼しさが増した夜風に当たる。

 ひんやりとした風が湯上がりの体に心地よい。

 

「……」

「……」

 

 …………むぅ、気まずい。

 ヴィータからの申し出で一緒に温泉に入ったけど、その間もいつもと違いなんかギクシャクしてしまう。

 フェイトと入ったときはそんなこと無かったのに、どうしてだろう。

 

「ん、ヴィータ、髪乾かすからこっちに」

「ん、おう」

 

 立ち上がって洗面所から備え付けのドライヤーを持ち出し、ヴィータに声を掛ける。

 短く応えたヴィータが僕の陣取る布団まで来て、背中を向けてちょこんと正座した。

 

 髪にダメージを与えないよう、適当な距離を空けて温風を当てて水分をとばしていく。

 

 髪を乾かす手の動きはそのままに、お互いに無言の時間が流れる。

 

「――――……なぁ」

「ん……?」

「……いや、なんでもねー」

 

 口を開いたヴィータにドライヤーを止めて問いかけるも、否定の声に再度ドライヤーを稼働させる。

 背中を向けてじっとドライヤーを当てられているヴィータの表情は伺えない。

 

 ドライヤーを置き、櫛でヴィータの緩く波打った髪を梳いていく。

 徐々に櫛を目が細かい物に交換しつつ仕上げていき、最後にヴィータが持ってきていたシュシュでうなじ辺りを髪を纏めて完成っと。

 

 ……むぅ、調子は悪くないはずなのに脈拍がいつもより早い。

 

「完成。ドライヤー置いてくるから、ヴィータは涼んでていいよ」

「いや、私が置いてくるから――――ぐぉ!?」

「――――み゛ぁ!?」

 

 足が痺れたのか、振り返りつつ立ち上がろうとしたヴィータが足をもつれさせて倒れ込んでくるのを抱き止めたけど、彼女の手が浴衣の襟元に引っかかったせいで二人揃って布団に横向きに倒れ込んだ。

 

「……っつう。わりー、足が痺れて――」

「……ん、こっちは大丈夫――」

 

 目を開けた僕たち二人、額同士が触れあいそうなくらいに近い距離に気づき固まった。

 

「…………おい、(なん)か言えよ」

「…………ヴィータこそ」

「じゃあ、あー……その、顔赤いぞ?」

「ヴィータも赤いよ、顔」

 

 ヴィータの顔がお風呂の時よりも赤く染まっている。

 かく言う僕も顔が熱い。

 

「………………あの、そういやさ、最近胸がドキドキしたり、色々変でうちのはやてに相談したんだよ。ジークはそんなこと、無いか?」

 

 長い沈黙を経て、何げなしにヴィータが話し出す。

 また変な間が空かないよう、僕もヴィータの話題に乗った。

 

「ん、僕も最近そんな事が多い」

「そっか、そっか……。で、はやてに聞いたら『確かめる方法がある』って言って、教えてくれたんだ」

「そうなの?」

「いや、それがさ、『キスして気持ちを確かめればいいんや!』とか言っててさ、図書館で借りてた本の影響みたいなんだけど……その、試して、みるか?」

「試して、みようか?」

 

 お互いに疑問形だ。

 キスなんて初めてじゃないし、魔法によっては必須。

 ――――だけど、こんなにも胸がバクバクしてるのは初めてなのだ。

 

「よ、よし、イヤだったら私のこと突き飛ばせよ?」

「ん、ヴィータもイヤだったら僕のこと突き飛ばして」

「おう……じゃあ一緒に3、2、1のカウントでするぞ」

「ん、了解」

「よし……」

 

 深く息を吸い込み、覚悟を決める。

 

「「3、――――」」

 

 

 ――――ゆっくりとお互いの唇同士が近づき始める。

 

 

「「2、――――」」

 

 

 ――――ヴィータと僕の目が閉じられる。

 

 

「「1、――――」」

 

 

 ――――Prrrrr! Prrrrr!

 

 

「「ッ!?!?」」

 

 

 ――――いきなりの着信音に、唇が触れ合う寸前に二人揃って飛び起きた。

 

 

 音の発信源に目をやれば、そこにはバッグの上で鳴る僕のケータイが。

 二人揃って目を見合わせる。

 

「えっと、電話出ちゃえよ」

「ん……」

 

 ケータイを開いて見てみると、『アリサ』の表示。

 

「――――もしもし?」

『こんばんは、ジーク。いま大丈夫?』

「ん――――どうしたの?」

 

 ちらりとヴィータに視線をやり、電話越しのアリサと会話を続ける。

 

『何かあった……って訳じゃないんだけど、なんとなくジークの声が聞きたいなーって』

「ん、そっか」

 

 そのまま1~2分話を続ける。

 

『じゃーね、おやすみなさい、ジーク』

「ん、おやすみ」

 

 通話を切り、ケータイをパタンと閉じる。

 ついでにマナーモードにしておいた。

 

「えっと――――」

「おう――――」

 

 さっきまでの僕たちの間に充満していた雰囲気は何処か彼方に行ってしまっていた。

 

「……寝るか」

「……そだね」

 

 寝支度をしてそれぞれ布団に入り、部屋の電気を消す。

 

「ヴィータ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ……寝れない。

 

「……ジーク、まだ起きてるか?」

「ん、起きてる」

 

 寝返りを打ち、声の方向を向いた。

 先ほどまでと似たような、けれど先ほどよりも少し離れ、手を伸ばせば届く距離。

 

「さっきはその、悪かった」

「ん……? 何が?」

「ちょっと気が()いてたと言うか、はやての言葉ははやての言葉で、私たちは私たちのやり方があったというか……うぁあ、頭の中がぐしゃぐしゃしてる」

「ん、大丈夫、言いたいことは何となく分かった」

「う、そうか?」

 

 不安げなヴィータの表情を見て、一言付け足す。

 

「あと――――」

「あと?」

「――――ヴィータを突き飛ばそうとは、思わなかった」

「っ!?」

 

 暗闇に慣れた目が、闇の中でも分かるほど再び赤く染まったヴィータを捉えた。

 ……まぁ、僕の顔も赤いんだろうけど。

 

「……手」

「手?」

「手、繋ぎたい」

「ん」

 

 布団の下で僕たち二人の手がつながった。

 

「私も――――」

 

 小さいけどはっきりした声で、ヴィータがまっすぐ僕を見つめて声をだす。

 

「――――私もきっとあのまま、突き飛ばさなかった」

「うん」

 

 二人揃って何とも婉曲な表現だと、そのまま小さく笑う。

 

「なに笑ってんだよ、ばーか」

「そういうヴィータも笑ってるけど」

 

 セリフとは裏腹に、ヴィータは笑みがこぼしている。

 

「うっさい、……もう寝るぞ」

「手は?」

「わかってんのに聞くんじゃねーです」

 

 きゅっ、と手が堅く握り直される。

 

「ん、おやすみ」

「おやすみ、ジーク」

 

 目を閉じ、そのまま睡魔に身を委ねる。

 

 

 

 この旅行を境に、僕とヴィータの距離はこれまで以上に近づいたのであった。

 

 

 

 




年末年始、気が遠くなるような忙しさでした。

本話を書くのに要したコーヒー10数杯(家計簿見つつ
皆様の口から砂糖がマーライオンのように吐き出されるような甘さになってるといいな、と思う今日この頃。

近況報告
FGOでフレンド登録してくれた方、まことに有難うございます。
様々な方が申請してくださったお陰で、攻略が捗るのなんの……。

最近作者が愕然としたこと
大掃除中、失くしたと思っていた本作のプロットを見つける。
 ↓
『よっしゃ、書き悩んでたけどこれで何とか』
 ↓
50話部分プロット:『なんかいい感じに書く(原文まま)』
 ↓
『それはプロットと言わない…!』


恒例の各所解説
>初めて見るヴィータの装い
服装でのギャップ萌えは重要。
そして髪を下ろすという主人公の好みにストライク、八神家主のファインプレー。

>お茶を淹れる一連の所作が綺麗だなぁ
自覚無く目で主人公を追っているヴィータである。

>ヴィータが四つん這いでこちらに
このとき主人公が振り向いてたら、ヴィータの胸元が丸見えだった。

>箸はまだ得意じゃ無い
アニメ版参照

>品書きには“温泉”湯豆腐
某温泉地の名物

>浴衣に着替え、卓球をしてきた僕ら二人
スットン共和国なので、揺れる描写は無い(何がとは言わない

>布団が二組ピシッと綺麗に並べて敷かれていた
男女二人でこれを見ても、気まずくならないお年頃

>綺麗な髪なのに雑に扱うなんてとんでもない
主人公は髪の長い女の子が好きです

>露天風呂に一緒に入る
混浴描写は無印編でフェイトとやったのでキンクリ

>持ってきていたシュシュ
はやて作:呪いウサギ柄のシュシュ

>『キスして気持ちを確かめればいいんや!』
人の恋愛事情に口を出すのは楽しいのです

>なんとなくジークの声が聞きたいなーって
アリサが女の勘で電話しました。


さて、甘い話は十分供給した、次話以降はシリアス先生の出番だ……(シリアス先生クラウチングスタートの体勢で待機中
実は甘々な話に見せかけて、これまでの数話でシリアスで使うフラグというか、エッセンスを要所要所に仕込んでいたりします。

誤字脱字報告、感想いただけると励みになります。
感想の返事が遅いのはご勘弁ください。
では、次回更新をお楽しみに。

仕事明けの深夜3時くらいに予約投稿してるので、チェックはしましたが誤字があっても許して……(小声


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51:母が来たりて

思ったより筆が早く進みました。
さくさく進めていきましょう。


51:母が来たりて

 

 

 ヴィータとの旅行から半月あまり、わずか2週間足らずの間に色々なことが変わり始めていた。

 

 アリサは中距離戦闘を実践し始めてようやく形になってきたところ。

 フェイトのような速攻近接型に近づかれなければ、何とか様になってきた。

 

 ヴィータと遊ぶ頻度は変わらず、けれども距離感は間違いなく近づいている。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 変わらない物なんて無いって身に染みて分かっているし、心構えはしているつもりだったけど、――――その程度の想定が甘すぎた事にこのころの僕は気が付いていなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 10月の半ば、バニングス家の車寄せで僕とフェイト、そしてアルフはさる人を待っていた。

 家長のデビッドさんは10日ほど前にアメリカへと発ち、アリサが臨時の家長となっていたけど、それも今日まで。

 

 アリサの母君であるジョディさんが帰国するのだ。

 現在、鮫島とアリサで空港へ行き、ジョディさんと合流し帰り道の途中。

 まもなく屋敷に到着するとの事で、出迎えるために出てきたのだ。

 

「ジーク、アリサのお母さんってどんな人なの?」

「ん……、メールでのやりとりはしたこと有るけど、直接会ったことも話したことも無いからなんとも」

「まぁ、プレシアよりヒドい母親なんてそうそう居ないから、私は気楽だけどねぇ」

「アルフ、そう言うこと言っちゃダメ」

「はーい」

 

 執事服を着た僕とアルフ、メイド姿のフェイトは軽口を叩いては居るけどやはり少し不安ではある。

 

「……優しい人だといいな」

「大丈夫、たぶん鞭を持ち出すような人ではない」

「もう、ジークまで母さんのことそう言うんだから……」

 

 頬を膨らませたフェイトがそっぽを向いた。

 アルフと目を見合わせ、膨らんでいるフェイトの頬を左右から指先で突っつく。

 

 『ぶふぅ』と間抜けな音がして、フェイトの口から空気が漏れた。

 

「もぅ……!」

「お迎えするのだから、怒った顔でも不安な顔でもダメ、笑顔……ね?」

 

 両手の指でフェイトの左右の頬をふにふにと揉む。

 

「……うん、わかってる」

「なら良し――――あ、来たよ」

 

 屋敷の周囲に張っている結界が、鮫島の運転するリムジンが入ってくるのを検知した。

 感知して間もなく、滑るようなゆったりとした動きで僕たちの眼前にクルマが停まる。

 

 運転席から降りた鮫島が、後部座席のドアを開く――――

 

「Hi! 初めまして、アリサの母親のジョディよ、みんなよろしくね?」

 

 ――――何というか、如何にもアリサの母親だなぁと内心安心する僕なのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「よーしよしよし、ここがいいのね~?」

「ちょお!? そこはダメ、何このテクニック!?」

 

 アルフの獣耳の付け根と顎の下をカリカリしてるジョディさん。

 

 人の体に獣耳としっぽがあるアルフの姿を見ても物怖じしている様子がない。

 アリサやデビッドさんから僕やフェイト達の話は聞いているのだろうけど、何ともパワフルというか行動力があるというか。

 

 フェイトはジョディさんからアルフを救出しようと思っているのは分かるんだけど、どうしたらいいか分からずオロオロとしている。

 

「お茶、お持ちしました」

「はい、ありがとう。貴方がジーク君ね、こうして直接話すのは初めてよね?」

「はい。ジーク・アントワークです、こちらで厄介になってます」

 

 スッと頭を下げる。

 

「ええ、執事見習い兼護衛で、魔法使い(・・・・)でOK?」

「はい」

「で、こっちの可愛いメイドさんが魔女っ()フェイトちゃんで、この獣耳(ケモミミ)さんがアルフさんと」

 

 いきなり呼ばれたフェイトがピクリと跳ねた。

 

「フェイト・テスタロッサです、よろしくお願いします」

 

 メイド服の裾をちょこんと摘み、綺麗なカーテシーをする。

 んむ、ちゃんと鮫島が教えたとおりだ。

 

「ふむふむ」

 

 ジョディさんの視線が僕とフェイト達、そしてアリサの間を行ったり来たりする。

 

「私が居ない間に、我が家はずいぶん楽しい事になってるみたいね」

「うん、その通りでは有るんだけど、それ一言で片づけるのはどうかと思うわ」

 

 ジョディさんの言葉にアリサが苦笑いで応じたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ん」

 

 机の上に広がっていた筆記具を片づけ、大きく背伸びをする。

 間もなく23時、そろそろ寝よう。

 

 手首で光るヴィータがくれたトンボ玉のブレスレットを見て、ちょっと目元が緩む。

 

 今夜はアリサの魔法の勉強はお休みだ。

 ジョディさんと一緒にお風呂に入って、久しぶりに親子水入らずで一緒に寝るらしい。

 

 

 ――――コンコン

 

 

「どうぞ」

「……お邪魔します」

「んむ、いらっしゃい」

 

 扉を開けて入ってきたのは寝間着姿のフェイトだ。

 ……まぁ、遠慮がちなノックの音でフェイトなのは察してたのだけども。

 

「適当に座って、何か飲む?」

「うん、ありがとう」

 

 指を一振りしてお湯を沸かしつつ紅茶の缶を取り出し、俯いてベッドに座るフェイトにの表情にちらりと視線をやって、違う缶を取り出した。

 ガラスのティーポットとカップ、小さなテーブルを出してフェイトの前に置く。

 

 ポットに適当に茶葉をいれる。

 

「フェイト、下ばっかり見てないで、お湯入れるからポットを見てて」

「あ、うん――――わ……!」

 

 紅ではなく、澄んだ水色で満たされたポットにフェイトの声が漏れた。

 

 癖が無いというか、悪く言えばあまり味がないお茶なので、カップに注ぎちょっと多めに蜂蜜を入れてフェイトに手渡す。

 自分の分も注いで、フェイトの隣に座る。

 

「きれいな色……だからガラスのティーセットなんだ」

「ん、おもしろいでしょ。これ、庭の薬草園で収穫した奴」

「何かの魔法薬の原料なの?」

「んん、ただの一般的なハーブ、安心して大丈夫。で、ここにレモンを加えると――――」

「わ、また色が?」

 

 鮮やかな青から、透明感のあるピンク色へと一瞬で色が変わる。

 目を楽しませるお茶だ。

 

 このハーブティーの効能としては、安眠だとか鎮静作用だとか。

 二人揃って少しの間、無言でお茶をすする。

 

「――で、どうしたの?」

 

 カップ半分ほど飲み終えたところで、手が停まっているフェイトに問いかける。

 

「うん……」

 

 煮え切らない反応だ。

 そのまま、コテンと僕の肩に頭を預けた。

 

 むぅ、状況がつかめない。

 

「アルフは?」

「アルフは部屋で寝ちゃってる。私は、その……寝付けなくて」

「で、僕の部屋に来たと」

「うん、……迷惑かけてゴメンなさい」

 

 心底申し訳なさそうに、か細い声で謝るフェイト。

 

「ん、別に大丈夫。……何かあったの?」

「何かあったわけじゃない。……けど、ベッドの中で今日のアリサとジョディさんの事を考えてたら、なんだか、その、ね」

「……あぁ」

 

 ……何となく、フェイトの言わんとすることを何となく察した。

 フェイトとプレシアの関係からしたら、今日のアリサとジョディさんの仲睦まじい関係は羨まざるを得ないものに見えたのだろう。

 

 フェイトにとっては望んでも得られなかったものだ。

 今日のアリサ達の姿を近くから見るのは、フェイトにとって酷だったに違いない。

 

 カップに半分ほど残っていたお茶を、一息に飲み干す。

 

「明日も朝は早い、そろそろ寝ないとダメ」

「うん、そうだよね、ゴメンね」

 

 フェイトが残っていたお茶を飲み干し、空になったカップを預かって勉強机にポットと一緒に置く。

 

「その様子じゃ、部屋に帰っても寝れないでしょ」

「……うん、そうだね」

 

 一人で思考の渦にハマって、眠気が覚めるのは目に見えている。

 自覚はあるだけ良いけれど。

 

「だから、今夜は一緒」

「……一緒?」

「きっと今頃、アリサとジョディさんも一緒にベッドで色々話し込んでる。だから、僕たちも眠くなるまで、ベッドでおしゃべり……どう?」

 

 ベッドに入り、ぺしぺしと隣を叩いてみせる。

 

「……ジークぅ」

 

 いきなりぼろぼろと涙をこぼし始めたフェイトが胸元に抱きついてくる。

 

「あぁもう、ほら、泣かない」

「……うん!……うん!」

 

 抱きしめ返し、布団をかけてやる。

 

「もう会えないって分かってるのに、母さんに会いたい、話がしたい、抱きしめてもらいたい……!」

「ん……」

 

 何も言わず、胸元で抱きしめたまま頭を撫で、背中をさする。

 

「もっと話がしたかった、誉めて欲しかった、認めてほしかった……!」

「ん」

 

 

 僕はそのままフェイトの嗚咽が止まるまで、30分ほどだろうか、静かに抱きしめ続けるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……落ち着いた?」

「……うん」

「そ、……フェイトは、まだプレシアの事を?」

 

 僕の問いかけに、フェイトが僕の胸で小さく戸惑い混じりの声を上げる。

 

「よく、分からない。今私は確かにここにいて、ジークやアリサ、アルフ、鮫島さんやデビッドさんと生活してるのは楽しいけど、心の何処かを『時の庭園』に置いて来ちゃったような……」

 

 ……あぁ、なるほど。

 

「――――フェイトが感じてること、僕にも何となく分かる」

「え?」

「僕も心の何処かを、『故郷』と一緒に亡くしちゃったから」

 

 僕の答えに何かを言おうとして一瞬逡巡し、フェイトが聞きにくそうに問いかけてくる。

 

「……これまで聞く機会がなかったけど、ジークの家族は――――」

「もう居ないよ、家族も、仲間も故郷もみんな、跡形も無くなっちゃった」

 

 自分でも酷く重い声だと思う。

 現にフェイトが小さくピクリと身じろぎした。

 

「ジークは、それで、どうしたの?」

「故郷の仇を斬って斬って斬り続けて、気が付いたら居場所もなくて、あてもなくふらふらとセカイを渡ってたらココに来て、今に至る」

 

 厳密に言えば、このセカイに来たのはフェイトと高町がジュエルシードを巡って争って、海鳴温泉で次元震を起こした余波が時間超えて影響を与えたせいなんだけど……まぁそれはそれだ。

 

「……フェイト?」

 

 布団の中で僕に抱きしめられていたフェイトが、ごそごそと動き出して逆に僕を胸元に抱きしめた。

 そしてそのまま、僕が先ほどまでやっていたように頭を撫で、背中をさすってくる。

 

「その、イヤなこと思い出させちゃったみたいだから、私もこうすればジークが落ち着くかなって」

「……そういうフェイトの胸、すさまじい勢いでバクバク言ってるけど大丈夫?」

「ふぇ!?」

「……まぁ、気遣いありがと」

「……えへへ、どういたしまして」

 

 ふにゃっとした笑みを浮かべるフェイト。

 そのまま、何を思ったか僕の額に口付けた。

 

「いつもしてくれる“おまじない”、悪い夢をみませんように……って、今日は私がしてあげるね」

「ん」

 

 一緒に寝るときはいつもフェイトにしていた“おまじない”だけど、されるのは初めてだ。

 ちょっとドキリとしてしまった、不覚。

 

「……おかえし」

「んっ」

 

 フェイトの腕から抜け、お返しにフェイトの額に口づけを返す。

 フェイトは口づけの瞬間目を瞑り、僕が離れると指先で触れた辺りを押さえ、またふにゃっとした笑みを浮かべた。

 

「おやすみ、ジーク」

「ん、おやすみフェイト」

 

 二人揃って目を瞑る。

 明日の朝も早い、ジョディさんの朝のルーティンを鮫島から学ばねば。

 

 フェイトの寝息を聞きつつ、僕も眠りにつくのだった。




どうも、チョコレートの製造に先が見えない作者です(FGO脳)

アリサ母がやってくる話でした。
4000文字位だと割とさくさく書けますね、やはり。

ジョディさんに関しては今話ではあくまで顔見せ、今後徐々に深く掘り下げていく予定。

お約束の各所説明
>アルフと目を見合わせ、膨らんでいるフェイトの頬を左右から指先で突っつく。
若干アリシアっぽい気がしなくもない。

>よーしよしよし
ムツゴロウさん

>ジョディさんの視線が僕とフェイト達、そしてアリサの間を行ったり来たりする。
ジョディ:『これは面白そうな三角関係……!』

>寝間着姿のフェイト
イメージはMovie 1stの青い奴。
気になる人は『 魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st 大判マウスパッド フェイト パジャマ』で検索。

>澄んだ水色で満たされたポット
マロウブルーという実在のお茶です。
筆者が官舎の花壇で育ててました。

>ただの一般的なハーブ、安心して大丈夫
もちろん危険物も植えている。

>いきなりぼろぼろと涙をこぼし始めたフェイト
仲睦まじい母娘の関係を(当人たちにその気はないにしても)見せ付けられて、精神的に不安定なフェイト。

>故郷の仇を斬って斬って斬り続けて、気が付いたら居場所もなくて、あてもなくふらふらとセカイを渡ってたらココに来て、今に至る
色々と端折ってますね。

>逆に僕を胸元に抱きしめた
もう五年位すると顔面に幸せな感触が(粛清

主人公とフェイト、大人から見たら傷を舐め合ってる子供にしか見えないな……と書きながら思いました。


ご意見ご感想・誤字脱字報告お待ちしております。
シリアス先生が準備運動してスタンバイ中……

わりと感想はモチベーション維持に繋がるのです(小声

では、次話をお待ちください。
これからも本作をよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52:騒乱の足音

| |д・) ソォーッ


52:騒乱の足音

 

 ジョディさんがやってきた翌日の夜、僕の部屋には屋敷の魔法関係者が勢ぞろいしていた。

 

「で、用件って言うのは?」

 

 フェイト、アルフと一緒にバルディッシュを介し、呼び出しを掛けてきたアースラの艦長と対峙する。

 

「用件は……そうね、“次元渡航者に対する注意喚起”といったところかしら?」

「注意喚起?」

「そう、注意喚起。最近、貴方達がいる第97管理外世界を中心に、付近の管理外世界で魔導師や魔法生物が襲撃される被害が相次いでてね」

 

 その言葉に僕は目を細めた。

 

「被害というと、狙いは?」

「金品狙いではないわ、同時に命が奪われたわけでもない……狙われたのは、リンカーコアよ」

 

 その言葉にフェイトとアルフが目を見合わせた。

 

「ジーク君は魔法体系が違うせいか、リンカーコアは無いようなんだけど、フェイトさんやアルフさんは狙われる可能性が高いの……これに関しては、既になのはさんにも伝えてあるわ」

「時間帯、あと相手について分かってるのは?」

「時間は概ね第97管理外世界の夜から早朝に掛けて、相手についての詳細はまだ不明……ただ、魔法生物の怪我を見た限りでは魔力砲じゃなくて切創や殴創、フェイトさんみたいな近接系の魔導師じゃないかって事くらいかしら」

 

 『で、ココからが本題』と画面の向こうで艦長が姿勢を正す。

 

「この事件に関して、私たちは第97管理外世界に捜査本部を設置することにしました。なのはさんは管理局の“現地協力者”という扱いで、有事の時は協力してもらうことになったのだけど……貴方達もどう?ってお誘い」

(てい)のいい戦力扱いされる気しかしない」

 

 フェイトに対する襲撃の可能性が有るからと言って、管理局が専属の護衛を付けてくれる訳でもない。

 というか、時の庭園でプレシアに一蹴された戦力を見た限り、管理局の面々が束で護衛するより僕独りの方がよっぽどいいだろう。

 

「でしょうね、私でも貴方達の立場なら断ると思うわ。……今のは建前、本音は敵対だけはしないでちょうだいってお願いかしら」

 

 僕たちと未知の相手との二正面作戦は避けたいのだろう、僕とフェイトだけでもあの艦の人員じゃ捌ききれない戦力だ。

 

「そちらがこちらに敵対しなければ、こちらとしても積極的に敵対する予定はない」

「そう、それを聞いて安心しました。いちおう、現地本部って事で部屋を借りてるから、何かあったらそっちを訪ねて頂戴ね」

 

 そういって現地本部の住所を教えて貰う。

 

「とりあえず情報提供には感謝する」

「リンディ提督、ありがとうございます」

「いいのよ、管理外世界に滞在する魔導師に対する危険情報の提供は、管理局の仕事の一環だもの。それじゃ、くれぐれも気をつけてね」

 

 フェイトとアルフに向けてウィンクを一つ、其れだけ言って通信が切れる。

 お役所仕事も大変だ。

 

「ジーク、どうする?」

 

 フェイトの言葉に少しだけ思案して口を開く。

 

「管理局の情報通りなら、狙われるのはフェイトとアルフ。これから屋敷の防衛機能も警戒状態に切り代えるけど……」

 

 話しつつ、屋敷周囲を警戒する鋼鷹の数を増やしがら警戒網を広げる指示を出す。

 話を聞く限り、昼間に襲撃してくる可能性は低そう……と言えども、敵の規模・思想が分からない以上、下手な思いこみは危険……。

 

 屋敷で穴熊をしているフェイトを引きずり出すために、アリサやジョディさん、鮫島を人質に取るような下衆外道な連中の可能性は否定できないし。

 

「しばらくの間は、フェイトとアルフは僕が夜に外出するときは一緒」

「ジークごめんね、アリサの護衛だけじゃなく私とアルフまで……」

 

 しょんぼりとしていたフェイトだったが、何かに気づいたのかハッと顔を上げた。

 

「……あれ、つまりおはようからおやすみまでジークと一緒?」

「うーん、いろいろと手間掛けるねぇ」

「というか既に昨夜のおやすみの段階から一緒だった気が」

 

 きらりん!

 と目が輝くフェイトと、其れを見て僕にすまなそうに応えるアルフ。

 

「とりあえず、フェイトもアルフも、その奴らからの襲撃があったら僕の指示に従って?」

「OK!」

「はい」

「あいよ」

 

 んむ、あとは鮫島とアリサに概要を話しておこう。

 内心でそう決意するのと同時に、アリサがひょっこりと僕の部屋に顔をのぞかせた。

 

「あ、ジーク、フェイトにアルフも、夕食前にやってたTVゲーム決着つけに行くわよ」

「ん」

「うん、じゃあ私お茶淹れてくね」

「んむ、手伝う」

「じゃあ私は先にゲームのセッティングしに行くわね」

 

 僕たちは分かれて動き出す。 

 不穏な気配を漂わせた会談を思い返しつつ、僕は厨房へと歩くのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「――――ヴィータ、ホントに大丈夫?」

「ん……、おー、大丈夫だ」

 

 翌日、実に10日ぶりにヴィータと会った僕は、どうも精細を欠くヴィータに今日何度目かになる言葉を掛ける。

 2日に一度くらいのペースで遊んでいた僕たちだったのだけど、ここ数日どうもヴィータの都合が悪く、今日の昼過ぎから夕方4時までの予定で久しぶりに会えたかと思えば、何だか心ここに有らずと言った感じ。

 

 あとは……寝不足?

 さっきから目元を揉んだりこすったり、かと思えば信号待ちで立ったままうとうとしたり……。

 

 んむ……、ゲートボールの練習でもしようと思ったけど、やめておこう。

 

 ちょっと挙動が危なっかしいヴィータの手を引き、道中のお店で鯛焼きとお茶を買って近くの公園のベンチまで歩く。

 

「小倉とクリーム」

「……おぐら」

 

 ひょいっと袋から小倉と思われるほうを取り出して、ヴィータに渡す。

 

「緑茶とほうじ茶」

「んぁ、緑茶」

「はい」

 

 半分くらいかじったところで、お茶のキャップをゆるめヴィータに手渡す。

 くぴくぴと喉を潤すヴィータを見守る。

 

「はふ」

「一息付いた?」

「……ついた」

 

 目元をくしくしと擦り、手を前に体ごと大きく伸ばす。

 

「……おつかれ?」

「んー……ちょっと、な」

「最近会えないのもそれが原因?」

「ああ」

 

 言葉からにじみ出る疲れも、体から漂う気配もズシリと重い。

 

「僕が手助けできることなら助けるけど?」

「……いや、だいじょーぶだ。これは私たち……はやての問題だから」

「ん、その問題を聞くのも?」

「わりぃ、今はまだ話せねー」

「そっか」

 

 そこまで長い付き合いでは無いけれど、こう言ったヴィータが心変わりして教えてくれる……何て事無いとは分かっている。

 

「……クリスマス、クリスマスまでには全部片づけて、話せなかったこと、全部話す」

「ん、分かった、それまでは何も聞かない、遊びにも誘わないようにする。……夜の電話、控えた方がいい?」

「…………電話……いっけね、忘れてた!」

 

 いきなり目を見開いたヴィータは、背負っていた呪いウサギのリュックをガサガサと漁ると何かを取り出した。

 

「見ろ!」

「おおー、今やってるCMの奴?」

「おう!」

 

 真っ赤な二つ折りのケータイを見せ、ふふんと胸を張るヴィータ。

 最近テレビのCMで流れてた新しい奴だ。

 なんでも、画面の方にもカメラがついて、自分の顔を簡単に撮れるんだとか。

 ケータイにも呪いウサギの小さなキーホルダーがついている。

 

「ジークといつでも電話できるようにって、はやてが買ってくれたんだ」

「ん、よかった」

 

 僕とヴィータはケータイを交換しあい、それぞれの電話番号と携帯のメールアドレスを入力して返却する。

 その際、お互いの手首に少し前の旅行で送りあったトンボ玉のブレスレットが光ってるのをみて、ちょっと嬉しくなる。

 

 

 ――――Piriririririri!

 

 

 手元に戻ってきた僕のケータイが着信で震える。

 ちらりとヴィータを見てみれば、ケータイを耳に当てて笑う姿が。

 

「……ヴィータ?」

「…………」

 

 問いかけるも、目で『早く出ろー』と促される。

 それ以上何も言わず、僕は素直に通話ボタンを押した。

 

『もしもし』

「ん、もしもし?」

『……よしよし』

 

 満足げに頷いて通話を切る。

 

「……さっきの話だけどさ」

「んむ?」

 

 僕はヴィータの言葉に何のことだったかと首を捻る。

 

「夜の電話の件だよ、なんつーかアレだ…………割と電話楽しみにしてるから、ちゃんと毎日掛けてこい、というか掛かって来なきゃアタシから掛ける」

「ん、りょーかい」

「ワンコールで出ろよー?」

「ん」

 

 僕の言葉にヴィータは満足げに頷く。

 その日はそのまま公園で、時間までヴィータと他愛ない話を続けるのだった。

 

 




更新遅れてすいませぬ……
感想などで心配してくださった方々、ありがとうございました。

今年度一年、仕事が激務でございました…
いや、FGOとかエスコン7とかはぼちぼちやってましたがね。

感想・激励などもらえると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53:主従として、師弟として。

異動無かったです、やったね。
忙しくて感想返しできてませぬ、すまぬ、すまぬ……。


53:主従として、師弟として。

 

 

 その日の夜、僕とフェイト、アリサは屋敷の庭で食後の運動を行っていた。

 ルールは一撃でも有効打が入れば負けのルール。

 

 僕の持つ身長と同じか若干長いくらいの木の杖と、フェイトのバルディッシュと同じ長さの木の杖が、最近冷え始めた夜の空気を鋭く裂いてぶつかり合う。

 

「――――ッシ!」

 

 雷光のような振り下ろしと切り上げ――からの、踏み込みつつ石突きを跳ね上げて僕の鳩尾を狙う一閃。

 それを棒の中間付近で受け、その勢いに逆らわず自ら後ろに跳んで衝撃を逃がす。

 

 距離を空けた僕をフェイトは間髪入れずに追撃、離れた間合いを詰めるために更に一歩大きく踏み込んで全身を伸ばし、片手で最速最短の動作で突きを放つ。

 

「――――ん!」

 

 恐らくは必勝を狙った一撃に、僕は防御ではなく迎撃を選択する。

 フェイトが突き込んできた木杖に僕の木杖を沿わせた瞬間、手首だけで木杖をくるりと一閃――――フェイトの手から巻き上げられた木杖が宙に舞った。

 

「あ――――」

 

 僕たちの一騎打ちを観戦していたアリサが思わずと言った感じに声を漏らし、視線が上空に行ったが……まだだ。

 フェイトは手から離れた杖を一顧だにもしていない、恐らくこの展開は折り込み済み。

 

 現に迎撃に動いた僕の僕の杖の間合いの内側に入り込み、勢いそのままに徒手での接近戦に持ち込んでくる。

 

 真っ直ぐ僕を射抜くように見つめるフェイトの視線。

 それを真っ向から見返しながら、間合いを殺された僕自身も杖を放棄し手ぶらになり、低い姿勢から上半身を狙って打ち込まれた右ストレート。

 

 「か――――はっ」

 

 僕はその右手を掴むと勢いを殺さないようフェイトを背負い投げの要領で地面に叩きつけた。

 受け身を取るも衝撃は殺しきれず、苦悶の息がフェイトからこぼれ、動きが止まる。

 

「……ん、ここまで」

 

 ゆっくり長く息を吐き、しゃがむと大の字で芝生に倒れ込んでいるフェイトを抱き起こす。

 

「…………今日こそは行けたと思ったのに」

「んむ、今日は良い出来だった。最後の格闘戦の狙いが単調、もう少し搦め手と技の構成の見直し」

 

 出会った頃のフェイトなら、杖が手から弾き飛ばされた段階で一瞬の隙が生まれて負けてただろう。

 十分に進歩してる。

 

「うん。……後で技のアドバイス貰っても良い?」

「もちろん。お風呂の後にでも部屋に来て」

「わかった」

 

 ……さて。

 

「アリサ、お待たせ」

「いやー、毎回思うけど私には二人の動きはできないわね」

「それは――」

「――まぁそうだよねぇ」

 

 フェイトと二人、目を合わせて頷いた。

 

「私やジークの体術は、昔からの積み重ねだからね」

「ん、身体強化の魔法で速度や反射神経は埋められるけど、技とか駆け引きは付け焼き刃じゃどうにもならない。現にアリサに教えた重量増加の魔法だって、近づかれた場合の最終手段、打ち合った相手の防御を重さで強引に抜くための物だったけど――――」

 

 そして僕はアリサの背後を一瞥し、一つため息を吐く。

 

「――――それだけの物量が有れば大抵の相手は封殺できる」

「あ、やっぱり?」

 

 アリサの背後に浮かぶのは、訓練用に水を入れた500ミリペットボトル。

 

 ――――ただし、その数なんと約40000本。

 

 その本数のペットボトルが、まるで海中の魚群の渦に夜の夜空を蠢いている。

 単純に考えてアリサの背後で動いているボトルの総重量は約2トン、これが実戦だと飛ばす物がより凶悪な装備に切り替わり、さらには重量操作で重さも倍アップ。

 本数だけなら僕の師匠の倍近い。

 

 ……なんというか、アリサの素の才能と魔法が組み合わさることで、割と真面目に凶悪な組み合わせになった。

 

「アリサってスゴいよね、これ私みたいにデバイスに演算して貰ってる訳じゃないんでしょ?」

「まーね。でもそんなに大変って訳でも無いわよ?」

 

 アリサの説明によれば

  1:全てのボトル相互の距離を一定に保つ魔法を掛ける。

  2:全ボトルを4部隊に分割、更にそれを4で割っていって最小約150本程度、計250前後の隊にして運用。

  3:リアルタイムで指揮するのは100部隊ぐらいが限度、慣れればもっと行けそうとは本人の弁。

との事らしいのだけど、まぁ有り体に言って普通ではない。

 少なくとも僕には無理だった。

 

 本人曰く『リアルタイム戦略ストラテジーゲームの部隊運用と似たようなもんよ』との事らしいけど、ゲームと同じ事を現実で再現できること自体がスゴい。

 それに加え、デビッドさんの会社で開発してる『クルマの自動運転研究』とかいうので扱った、イワシの魚群の行動アルゴリズムを応用した衝突回避技術云々かんぬんを応用した結果がこれらしいけど、僕にはもう良くわからない代物になっていた。

 

 僕たちが見ている間にも、アリサの指先の動きで背後の群が『ずぞぞぞぞ』と音が聞こえてきそうな動きを見せている。

 

「これくらいできれば、あの魔導師を襲ってるって奴がやってきてもフェイトを守れるわね!」

「だめ」

「なんでよ!?」

 

 アリサの反論をすげなく否定する。

 

「僕とフェイトの仕事はアリサのお世話とボディーガード、それはOK?」

「分かってるわよ、護衛対象が護衛と一緒に迎撃しちゃ本末転倒って言いたいんでしょ」

「そゆこと、現状の想定だと僕たち3人が揃ってる段階で襲撃が有れば、僕が殿(しんがり)で迎撃を受け持ってる間にフェイトとアルフがアリサを護衛しつつ安全なところまで……って筋書きだもの」

 

 下手に護衛対象を襲撃現場に残しておくのは危険なのである。

 

「……どうしてもダメ?」

「ダメ」

「…………護衛対象からの護衛に対する依頼って形なら?」

「くどい」

「フェイトぉ……」

「えっと、その……」

 

 上目遣いでアリサに見つめられたフェイトが困ったように僕をみる。

 

「……アリサ、フェイトを困らせない。フェイト、先に戻ってお風呂の支度しておいて」

「うん、分かった」

「………………私だって二人の力になりたいのに」

 

 小走りで走り去るフェイトを見送る。

 背を向けて拗ねるアリサを説得すべく、僕は彼女の前に回り込んだ。

 これは大事なことだ、アリサの為にも、フェイトの為にも、僕のためにも。

 僕はこういう説得が達者な方じゃない、だからこそ飾ることなく本心で語りかける。

 

「アリサ、僕たちを助けたいっていうアリサの気持ちは嬉しい」

「――――なら」

「だけどダメ。アリサの身を守る事を考えると襲撃場所を一刻も早く離れて、防御を固めてる屋敷に入って貰いたい」

 

 アリサと正面から視線をぶつけ合い、語りかける。

 

「僕はデビッドさんにアリサの護衛を任されてる、それは一種の信頼。その信頼を裏切って、アリサを危険な場所に置くのはダメ」

「詭弁よ、そもそもジークは強いんだから私を守りながらだって――――」

 

 アリサの言葉を遮るように目の前で右膝を地面につけて片膝立ち、彼女の手を取る。

 

「――――そう、大抵の手合いならアリサを守りながら戦ってみせる、だけど次の相手が“大抵の手合い”で有る保証はない。……だからこれは僕の我が儘、願わくばアリサには安全な後方にいて欲しい」

 

 僕は真っ直ぐアリサを見上げる。

 僕の行動に目を白黒させていてたアリサが、何かを言い(つの)ろうとしてぐっと唇を噛むと小さく息を吐いた。

 

「ジークの我が儘……かぁ、なら仕方ないわね。…………良いわよ、襲撃があったら素直にフェイトと逃げる。ただしそこまで言うなら私に擦り傷一つさせないように護ってみせなさいよ?」

 

 片目を瞑りつつ、微笑みながら僕を挑発するかのように言い放つアリサ。

 

「もちろん。………………我が儘を聞いてくれてありがとう、アリサ」

 

 僕の手に収まっていたアリサの手の甲に軽く口付ける。

 

「……もう、それくらいじゃ誤魔化されないんだから。お風呂の後にフェイトとさっきの手合わせの反省会するんでしょ、私も参加するから……そうね――――」

「――――ホットミルクに蜂蜜少々、マシュマロ乗っけてシナモン二振り、でどう?」

「……分かってるじゃない」

「まぁね」

 

 ウィンクを投げてくるアリサに小さく肩をすくめてみせる。

 アリサの手が支えていた僕の手を一度解くと、僕と指を絡ませ合うように繋ぎ直される。

 

「追加でもう一つ命令」

「なに?」

「……私を逃がすのに、擦り傷一つするなとは言わないけれど、ちゃんと無事に屋敷に帰ってきなさい。屋敷は職場である以前に、貴方の家なんだからね」

「ん、善処する」

「バカ、そこは嘘でも『わかった』って言うのよ」

「んむ、わかった」

 

 師匠と弟子であり、使用人と主人でもある僕たち二人。

 何とも不思議な関係だけど、僕は今の関係が割と気に入っているのである。




次回タイトル:鮮血のエンカウンター


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。