スズ・クラネルという少女の物語 (へたペン)
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一章『白猫と白兎』 プロローグ01『眷族』

ベルと『少女』をヘスティアが見つけて【ファミリア】になるお話。
『少女』という異分子がまぎれたことで過程は大きく変わってしまいましたがご了承ください。
ハーメルン処女作品なのでお粗末でありますが、もしも楽しんでいただけたなら幸いです。


 下界に降り友の『ヘファイストス』の世話になっていた『ヘスティア』だが眷族も作らず働きもせず甘えていたのがいけなかったのだろう。

 ついにヘスティアはヘファイストスに「働け」と追い出されてしまったのだ。

 ヘスティアだって好きでごろごろとしていた訳ではなかった。

 処女神であり家庭の象徴であるヘスティアは眷族である自分の子供達との暮らしに憧れてはいた。ただ中々【ヘスティア・ファミリア】に入りたいと自分から申し出てくれる子が現れず、それを大好きな本を読みながら待っているだけじゃないかと反論したところヘファイストスが激怒したのだ。

 

「何も追い出すことないじゃないか。ボク達は神友だろ!? ボクだって好きで一人でいる訳じゃないんだぞ!!」

 寝床としておんぼろな教会を用意もしてくれたしバイト先も紹介してもらっているのでなんだかんだで面倒は見てもらってはいる。

 それでも一人で暮らしていくのは心細すぎる。寂しすぎる。ある程度人間の不便な生活は望んでいたが、それは家族達と一緒に過ごす生活であって一人寂しく余生を送ることでは断じてない。

 

 だからヘスティアは必至で自分の眷族になってくれる子供達を探していた。商店街のおじさんやおばさんはもちろんのこと、これから冒険者達になろうとしている人にも声をかけてみた。

 それでも無名な【ファミリア】は嫌だ。入りたい【ファミリア】が既にある。ついてきてくれた子もいたが住まいの教会を見るなり断られる。などなどの理由から頑張ってみたものの今だ眷族ができずにいた。

 

 何度もヘファイストスに泣きついたが、それでも頑張りが足りないと言われるばかりで次第にお金すら貸してくれなくなってしまった。

 一体何がいけないのだろう。ボクだって神様なのに何で誰も私の子供になってくれないのだろう。そう悩みながら街を歩いている時だった。

 

 

「もっと強くなってから来るんだな!」

 

 

 そんな怒鳴り声の方向に目を向けると白髪と赤目が特徴的な、頼りなさそうな小さな少年と【少女】がまるで捨てられた小動物のようにその場に座り込んでいた。

 次は大丈夫だよ。と強がりな笑顔で自分より小柄な少女の頭を撫でる少年。

 そんな寄り添う二人の姿を見て、神の力を禁じられているとはいえ孤児院の象徴でもあるヘスティアは見ただけで理解できた。

 

 

 

 

 ――――――この子達は行く当てのない孤児なのだと――――――

 

 

 

 

 助けてあげなきゃと思った。

 今までは自分の為に眷族を求めていた。

 初めて相手の為に自分がこの子達を守ってあげたいと思ったのだ。

 

 

 

「やあお二人さん。ファミリア探しているのかい?」

 そう笑顔で接してあげるとおそらく兄妹であろう二人はきょとんとした後、少女の方は本当に幸せそうに笑顔を返してくれた。

 手を差し伸べてあげると少年も状況を理解できたらしく、その手を取り立ち上がり笑顔になってくれた。

 その時初めてヘスティアは眷族が欲しいあまり今まで相手のことを考えてあげられてなかったことに気づけた。

 自分はこうやって困っている子供達を支えてあげる神様なのにそのことを忘れていた。

 これでは友達のヘファイストスに怒られても仕方がないなと内心苦笑してしまう。

 

 歩きながら自己紹介をしていると少年方が『ベル・クラネル』。

 少女の方は『スズ』と答えた。

 二人は冒険者になる為に外からこの街に訪れたようだ。

「ベル君とスズ君だね。良い響きの名前じゃないか。ボクの名前はヘスティア。ここでは無名で君達が最初の家族だけど神界ではそれなりに有名な神様なんだぜ!」

 子供達を安心させるためにえっへんと弱音を見せずに胸を張って自己紹介をすませる。

 ヘスティアは最初の子供に『恩恵』を与える時は大好きな本がたくさんあるお気に入りの書店でやろうと決めていたが、目の前の子供達は【家族】を求めている。

 

 なら家族になるなら家で家族になろう。

 

 だからヘスティアは二人の手を引いてホームである廃墟同然の教会に案内してあげた。

 幻滅されるかもしれないと不安で二人の表情を横目でちらちら確認してみると二人とも驚いた顔はしているものの嫌そうな顔はしていない。

 

「大きな教会ですね! さすが神様!!」

「今日からここが私達の家になるんですよね。路頭に迷うところだった私達を向かえ入れてくれてありがとうございます」

 

 ベルの尊敬の眼差しと本当に嬉しいのか無垢な笑顔を浮かべるスズの顔が目に入って、それがたまらなく嬉しくてヘスティアは自然と口元が緩む。

 崩れかけた教会の地下室。

 いつも使っている生活感あふれる小さな部屋。

 そこが【ヘスティア・ファミリア】の拠点だった。

 

「そうさ。ここがボク達三人の家だ! まだまだ始まったばかりで貧乏だけど遠慮なんていらないよ! さあさあみんなの我が家にただいまだ!! おじゃましますなんて言っちゃぁダメだぞ?」

 先に部屋のドアをくぐってベルとスズを受け入れるように両手を広げて待ってあげる。

「ありがとうございます! ただいま神様!!」

「ただいま神様。今日からお世話になりますね」

 さすがに男性のベルは胸に飛び込んできてはくれなかったが、スズはヘスティアに飛びついてギュッと抱きついてきてくれた。

 それが愛おしくて抱きっかえして頭を撫でてあげると本当に嬉しそうな顔で笑ってくれる甘えん坊な子だ。

 

「ベル君も遠慮せず抱き着いてもいいんだぜ?」

「そそそそ、そんな神様に大それたことできませんよ!? 僕はこれでも男なんですよ!?」

「はっはっはっは、ベル君も純情で可愛いなぁ。さっきも言った通り貧乏で大したおもてなしは出来ないけど、まずはなにはなくともボク達が家族になった記念日だ! 歓迎パーティーとしゃれこもうじゃないか!」

 本当に二人の子供が愛おしくてたまらない。まだ始まったばかりだけど下界に来て本当によかったとヘスティアは思えた。

 おもてなしもたった二つのジャガ丸くんをみんなで分け合って水を出すことしかできなくて申し訳なく感じてしまったが、二人からは不満の色は一切見えずみんなで分かち合うことに喜びを感じている。

 

 貧乏なことを謝ると「神様が裕福な暮らしができるよう僕達頑張りますから安心して下さい!」と言ってくれた。

 

 良い子達すぎて本当に愛おしすぎる。

 それと同時にこんないい子達を邪険に扱った【ファミリア】達は何様なんだと腹立たしく感じてしまう。

 すると先ほどまで幸せそうだったスズから笑顔が消えてしまいベルもそのことに気付いて「どうしたの?」と心配されている。

 

「何でもないよベル。神様の為にも一所懸命頑張ろうね!」

 

 スズはそう笑顔を作りベルはそれを見て安心したようだが、ヘスティアにはそれが無理して心配掛けないように笑顔を作っているようにしか見えなかった。

 一体なぜ突然気落ちしてしまったのかを考えてみるとすぐにヘスティアはやってしまったと後悔した。

「勘違いしないでおくれスズ君! ボクが機嫌が悪くなったのは君達のような良い子を邪険に扱って断った他の【ファミリア】達さ! ボクは君達のこと大好きだし頼りにしてるんだぜ」

 だから慌ててフォローを入れて笑顔で親指を立てて笑顔を作り安心させてあげる。

 この子達はひ弱な見た目から【ファミリア】への加入を断れ続けていたのだ。おそらくスズは『頑張りますから安心して下さい!』とベルが言った直後にヘスティアの表情に一瞬曇ったのを感じとって自分達は『必要とされてない』『期待されてない』と思われているのではないかと不安になってしまったのだろう。

 スズの作り笑いに気付けなかったベルは人の感情にうとそうだが、スズの方は人の感情に敏感なようだ。

 

 感情に敏感な分、真っ直ぐ向き合って正直な気持ちを伝えてあげる分には問題ないのか「早とちりしてしまってすみません神様。ひ弱な私ですが頑張りますね」とまた幸せそうな笑顔に戻ってくれた。

 

 そのやり取りが何だったのかベルは終始分からなかったようだがスズもヘスティアも仲良く話をしているのを見て「よかった」とよう分からないまま安心している。

 無事楽しい食事をしながら神と冒険者の関係や『神の恩恵(ファルナ)』のことを説明し終えた。

 ダンジョンについての詳しいことやルールについてはギルドに申請書を出した時に専属のアドバイザーもつくように頼んで担当になったアドバイザーに任せればいいだろう。

 

「さて、楽しいパーティーの締めはお待ちかねの『恩恵』を君達に与えてあげるよ!」

 その言葉にベルは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。

 冒険者を目指していたのだから当然の反応だ。

 スズの方も満面の笑みを浮かべて幸せそうに「ありがとうございます!」と大喜びしているようだがどこか違和感を感じる。

 

 ベルは【ステイタス】のことやどんな【スキル】や【魔法】が発現するのかなと『これから』のことに想いを馳せているのに対し、スズはそういった夢を膨らませている様子は眷族になれる『今』を満足している様子だ。

 

 スズは兄のベルにくっついてきただけで冒険には興味ないのだろうか。

 もしそうならしっかり話し合って一緒にバイトをしたり家事をしたりしてベルの帰りを待つ方針の方がいいのではないだろうか。

 見たところスズの年齢は大きく見積もっても十歳程度だ。冒険者に年齢は関係ないと言われているとはいえ今更ながら心配になってくる。

 まだ幼いのだから本人がしっかり冒険者になりたいという気持ちを持っていても『神の恩恵』を与えた結果を見てから三人で今後のことを相談した方がいいだろう。

 

 まず最初は本人の希望やスズの薦めもあってベルから『神の恩恵』を与えることになった。

 指に針を刺して血を垂らす様子を見てスズが「痛くないですか。大丈夫ですか」と心配してくれたから全然大丈夫だとぐっとまた親指をたてて笑顔を作ってあげる。

 そのやり取りを聞いてベルまで心配し出すものだからこの二人、冒険者になるには優しすぎる子達だ。でもそれがまた愛おしい。

 

 

 もっとも『恩恵』を与えている最中に聞いたベルの冒険者になりたがった理由、『ダンジョンに運命的な出会いを求めている』ことと『ハーレムは最高だ』という亡き祖父の迷言を力説するベルの姿には思わず苦笑してしまったが。

 

 

 それでも自宅でこんな何でもないことを話しながら【神聖文字(ヒエログリフ)】が浮かぶベルの背中を見ていると、それが幸せな家族生活を綴った日記調帖の一ページに思えてならなくて、ヘスティアは思わずその背中を愛おしく優しく撫でてしまう。

 冒険者の歴史を刻む冒険譚とは少し違う雰囲気になってしまったが、兄妹達との暮らしを毎日更新させていく日記のような『眷族物語』も悪くない。

 最初に眷族になってくれる子達がこの子達で本当に自分は幸せ者だなとヘスティアは心の底から思えた。

 




分割したのにこの見にくさである(ゴフ
勢いで書いたのもありますが、見やすくコンパクトにくどくないよう表現するのって難しいと感じた今日この頃でした。
ひとまとまりの文を改行せず書ききるよりも、もっと改行した方が見やすいのでしょうか。
自己満足で書き始めた作品であるもののいざ投稿してみるとやはり気になってくるものですね。
超がつくほど未熟な私ですが少しでも楽しく読んでもらえるように頑張っていきたいと思います。


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プロローグ02『レアスキル』

勢いで書きすぎて区切るところが見当たらない(ガク
今回はスズの【レアスキル】についての解説するお話。


 『恩恵』の結果はごくごく普通で【スキル】も【魔法】もなくベルは少し気落ちしていた。

「焦ることはないさベル君! 有名な冒険者だってみんなスタートラインは同じ。君のこれからの成長期待してるぜベル君!」

「そうだよベル。それとおめでとう。これで念願の冒険者生活のはじまりだよ!」

「ありがとう神様! スズ! 神様の期待に応えられるように僕頑張ります!」

 それでも冒険者のスタートラインに立てたのがやはり嬉しいようでベルのテンションは高い。

 

 これからダンジョンか。ダンジョンにはどんな魔物がいるんだろと再び期待に胸を膨らませているベルの様子にヘスティアもスズも思わず頬が緩んでしまう。

「それじゃあ今度はスズ君の番だ! ベル君。スズ君だって女の子なんだから覗いたりしたらダメだぜ?」

「しませんって! 神様、外に出てるんで終わったら呼んで下さいね。スズもまた後で!」

「うん。また後でね、ベル。一人で先にダンジョンに行ったら嫌だよ?」

「スズを置いて行ったりしないって。それじゃあ神様。スズのことよろしくお願いします!」

 そんな仲慎ましい兄妹の姿を満喫したヘスティアはスズに『神の恩恵』を与える作業に移った。

 

 これからこんな素敵な二人と家族になれる。

 小さなスズが無理をしたりしないか不安はあるが、そこはしっかりと話し合って冒険に行くならベルに面倒を見てもらえば二人で支えあってどんな困難だって乗り越えて帰ってきてくれる。

 そんな二人を『おかえり』と出迎えてあげられる。

 冒険の話を聞いて笑いあい悩み事があったら相談を聞いてあげられる。

 ヘスティアにはそんな素晴らしい未来を思い描いていた。

 

 

 『神の恩恵』を与えたスズの【ステイタス】を見るまでは。

 

 

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 スズ LV.1 ヒューマン

力:i 0 耐久:i 0 器用:i 0

敏捷:i 0 魔力:i 0

 

 魔法

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ』

【】

【】

 

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 一生魔法が発現しないまま終わる冒険者がほとんどの中最初から魔法が発現しており魔法スロットが最大の三つ。

 そんな魔法使いとしての才能を持つスズの将来が楽しみでしかたなく、ここまでは項目表記がどこかおかしい【魔法】についても気づけずに頬を緩ませていた。

 だが【スキル】項目に目をやった途端一気にヘスティアの血の気が引いてしまった。

 

(なんだよこれ。こんなのってあんまりじゃないか!!)

 

 幸いうつ伏せになっているスズにヘスティアの表情が見えないおかげで動揺を悟られずに済んでいるがひとまず落ち着いて気持ちを整理しなければ向き合った時に違和感を感じられてしまう。こんな『酷いレアスキル』を持ったスズが感情だけを読み取り変に解釈してしまっては大変だ。かといって優しくしすぎても取り返しのつかない事態になりかねないとんでもない【スキル】だ。

 

 

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心理破棄(スクラップ・ハート)

・心が壊れている。

・大切な者の為なら自分という個を切り離し一時的に能力限界を突破する。

・行動起源となっているその心は決して折れることなく曲がることもない。

・想いの丈(たけ)により効果向上。

 

愛情欲求(ラヴ・ファミリア)

・愛情を求めている。

・愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える。

・親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る。

 

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 【愛情欲求】の方はまだ分かる。

 肉親を失い路頭に迷うところだった寂しがり屋なスズが愛情を求めているのは当然のことだ。

 いわば家族愛のようなものだろう。

 それがメリットになるなんてなんてすばらしいスキルだ。

 

 その一方で家族を失った悲しみを知っていることから親しい者が自分の前から居なくなることを一番恐れていてそれがデメリットになっているのだろうと推測できる。

 【愛情欲求】とは実に的を射た言葉だ。

 このことから親しい者の『死亡』も『関係に不安を抱く』に含まれると思われる。

 実に分かりやすい【レアスキル】だと思う。

 

 

 問題なのはもう一つの【心理破棄】だ。

 

 

(心が壊れてるだって? あんな優しいスズ君が? いや、優しすぎているからこそ自分よりも他の親しい人を優先しすぎてしまうことが壊れていると扱われているのかも……)

 

 一部以外神の力を禁止されているとはいえ、超越存在(デウスデア)である神は子供の噓を見抜ける。

 その人物の良し悪しも簡単に感じることができる。

 スズから感じ取ったものは『心に傷を持ちながらも思いやりのある綺麗な心』であり悪いものなんて『心の傷』以外一切感じられない子だ。

 その『心の傷』がスキルとして発現してしまったのだろう。

 

 もう失いたくない一心から『自分という個』つまり『感情』を捨てて対象の為に使う。

 必要なら文字通り『盾』にもなるだろうし大切な者以外に対しての『剣』にもなる。

 その結果自分の心が傷つくことになっても、体が傷ついても、死ぬことになったとしても、脊髄反射のように大切な者の為に動く。

 

 そうなってくるとこのメリット部分である『能力限界を突破する』の項目も怪しく思えてくる。

 自分のことを一切配慮しない限界突破に果たして体が耐えられるのだろうかと。

 しかもそれが『折れることもなく曲がることもない』ということはこの【スキル】は消えない。

 癒えることのないスズという少女の心の傷の象徴なのだ。

 

 スズは、このヘスティアが愛しくてやまない我が子の一人は、一生この傷と共に生きていかなければならない。

 

 それがたまらなく悲しくて辛くて、この【スキル】を消してあげられる手段をいくら考えても思いつけないへっぽこで無力な自分自身が腹立たしかった。

 

「神様。どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。もう少しだけ時間掛かるからちょっとだけ待っておくれ」

 何とか動揺を悟られないように言ったつもりだった。

「もしお疲れでしたら私への神の恩恵は明日でも大丈夫ですよ? 私、神様が無理をして倒れたりしたら嫌です」

 それでもちょっとした声の変化にも敏感だ。

 真意を問わず意識を向けている相手の感情に敏感すぎるのだ。

 スズには冒険させずに一緒にアルバイトするのが一番彼女にとって幸せだろうとヘスティアは一瞬だけ考えた。

 

 彼女が求めているものは『愛情』だ。

 

 【スキル】にすら現れるほど彼女は『愛情』を求めているのだから家族と幸せに暮らすことが一番の望みなはずだ。

 冒険したいベルの帰りを二人で待てばいい。

 それもきっと幸せな生活だ。

 でもおそらく【心理破棄】のせいでそれすらもできない。

 ベルが一人でダンジョンに潜ったら気が気でならず「もしもベルになにかあったら」とどんな状況でも丸腰のままでもダンジョンに突入しようとするだろう。

 頭で理解してても行動原理となってしまったそれは抑えられない。

 そうでなければ『心が壊れている』なんて表記が【スキル】事態に現れるわけがない。

 【スキル】のことを話しても隠しても、ダンジョンに行かせても行かせなくても結局このスズという少女は『大切な者のことを想い自分の命と心を削っていく』ことは容易に想像出来た。

 

 これだけでも頭を悩ませているのにもう一つだけ【レアスキル】のバーゲンセールが続き別の意味でヘスティアの悩みの種となっている。

 

(絶対この【スキル】のせいで感情まで【スキル】化してるに決まってる! まったくスズ君はどれだけ『北西の神』に恨まれているか愛されて生まれ落ちたんだよ。スズ君はボクの眷族なんだぞ!)

 

 

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 雷魔戦鎚(ミョルニル・マジック)

・魔法高速詠唱。

・魔法並列処理。

・魔法術式制御。

・雷魔法のみ習得可能。

 

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 属性は限定されるものの【魔法】の高等技術を無条件でできてしまうとんでもなく優秀な【レアスキル】に加えてその一番の問題はその名前だ。

 『ミョルニル』という戦鎚は北西最強の【戦神】であり【雷神】と呼ばれる『トール』の武器名だ。

 『トールハンマー』と言った方が伝わることが多いだろう。

 超有名神の武器名を【スキル】を持ち合計【レアスキル】が三つ。

 最初から魔法が使えて小さく愛くるしい少女のことを知れば他の神々が面白がって玩具にするのは目に見えている。

 特に忌々しいことに『ロキ』の一番の友達は雷神トールだったという噂も聞いたことがある。

 

 腹立たしい。

 実に腹立たしい。

 

 

 もしロキなんかに愛しの眷族を持ってかれた日には自分を押さえられる気が全くしない。

 もっともそれは他の神々に対しても言えたことだが。

 ともかく外への露見を防ぐためにも、【心理破棄】の効果で大切なものの為に情報を漏らしてしまうかもしれない現状【スキル】のことは伏せておくのが一番得策だ。

 でも向き合っている相手の感情『だけ』に敏感すぎるスズを不安がらせずに隠し通せる自信はヘスティアにはなかった。

 

(だから正直に向き合って話そう。それが一番この子の為なんだ)

 

 同じ【心理破棄】で無茶をされるなら、負担が少なくなるようにスズ自身を強くしてあげた方がいい。

 もしかしたら心の変化が起きて【心理破棄】を押さえる【スキル】や【スキル】自体がなくなってしまうかもしれない。

 とにかく今スズが求めているものは『愛情』なのだから、しっかり向き合って相談して、やりたいことをやらしてあげて『愛情』を注いであげる。

 ヘスティアに出来るのはそのくらいのことしかない。

 

 それに『心が壊れている』『自分という個を切り離し』の一文から悪い方向に考えてしまっているだけで『大切な者を守る為なら一時的に能力が上がる』だけの優しさを表した【スキル】なだけなのかもしれないから早とちりしてはいけない。

 そうと決まればいつまでも待たせていてはスズにも外で待たせているベルにも悪いと洋紙に【ステイタス】を写し取る。

 

「もう大丈夫だよ。ごめんよスズ君。色々相談しないといけないこと頭の中でまとめてたら時間掛かっちゃったよ」

「相談って……私の【ステイタス】は冒険に行けないくらい低かったんですか?」

「まあまあ。まずは上着を羽織って落ち着いてから話そうぜ。向き合った方がスズ君も分かりやすくて安心だろ?」

 不安げなスズをひとまず落ち着かせて上着を羽織らせそのままベッドの上で向き合う。

 

「まず【ステイタス】。【基本アビリティ】の方の数字は気にしなくていい。これは【経験値(エクセリア)】、これからの君の冒険や経験で増えていく熟練度のようなものだ。よくいる駆け出し冒険者と同じだし君の場合はなんと最初から【魔法】が発現しているんだ。スズ君は将来が楽しみな立派な魔法使いの卵だよ。『無理』しないよう互いに助け合いながら行けばベル君と一緒に冒険できるくらいにはしっかり強いからそこは安心してくれ」

 

 その言葉に安心したのかスズがほっと息をついていてこれからいうことが心苦しい。

 そのことをやはり感じ取ったのかスズの体が少し強張る。

「スズ君。ボクはこれから君の【スキル】と今後について大切な話をするよ。言おうか言うまいか本当に悩んだけどスズ君はよくボクのことを見てくれているからね。また勘違いで傷つけてしまいたくないんだ。ボクはボクの眷族になってくれたスズ君のこととベル君のことが好きだ。会って間もないけど愛おしくてしかたないんだよ。だから正直に話すことにしたんだ」

 まずは素直にまた好きだと思っていることを伝えてあげるとスズから不安の色は消えた。

 

 本当に愛情に飢えた臆病な子だ。

 

「だからね、スズ君も正直にボクの質問に答えてほしいんだ」

「そんなこと言わなくても神様になら何でも素直にお答えしますよ?」

 さも当然のようにそう答える。何の疑問も持たないとても綺麗な心。【スキル】のことがなければ本当にただそれだけのことですんでいたことなのが歯がゆかった。

「まずボクのことは好きかい?」

「はい。大好きです」

「頬を赤らめながらも即答してくれるスズ君は本当に可愛いな。愛してるぜスズ君」

 そう頭を撫でてあげると懐いている家猫のようにおとなしく気持ちよさそうに撫でられて「くすぐったいですよ神様」と笑っている。

 もうスズにとってヘスティアも大切な者に含まれているのだろう。『大切な者』に認定した者の為ならどんな無茶な欲求にも答えそうで、可愛いスズに変な虫がつかないかが既に不安だった。

 

「どうして冒険者になりたかったんだい?」

「私、身寄りがいないじゃないですか。大好きな家族が死んじゃって生きてる意味が感じられなくなっちゃったんです。でも自殺とかいけないことだし誰も得しないじゃないですか。痛いだけなのは嫌ですし。だから誰にも迷惑を掛けず人の役に立てて死ねる場所を探してたんです。そうしたらダンジョンに潜ってその素材が人々の役に立ってると聞いて天職かなと――――」

 本来なら言いにくいことがたんたんと小さな少女の口から語られていく。

 聞く人が聞けば恐怖を感じられずにはいられない狂気。

 大切だと思った者の為ならどんな欲求にも答えるという予想は間違いではなかった。

 間違いであって欲しかった。

 これを『心が壊れている』と言わずなんと言えるだろう。

 それでも、壊れた心の持ち主でも、優しい子だと知っているから、愛情を求めているだけなことを知っているから、ヘスティアは最後まで可愛い眷族と向き合おうと決めたのだ。

 

「あ……お見苦しい話すみません。神様に不快な思いをさせてしまいましたよね」

「正直に話して欲しいと言ったのはボクの方さ。ボクは君のことを心配しているのであって不快には思っていないよ。これからも思うもんか。スズ君、君はここに居ていいんだ。ボクは君に幸せになってほしいんだよ」

 

 抱きしめてあげずにはいられなかった。

 きっとこの子は【スキル】なんかに支配されなくても心優しい良い子だったはずだ。

 そんな優しい子の優しさがこんなに歪んだ形で表れていいわけがない。

 こんな優しい子の幸せがたった一つの【スキル】表示で奪われていいはずがない。

 スズは人並みの幸せを得るべき子だ。その想いから抱きしめる手に力が入る。

 

「神様……ちょっと苦しいです」

 【神の恩恵】を与えなくてもスズの心が壊れていたのはダンジョンを目指した理由から察することは出来る。

 それでも経験から拾い上げ【スキル】化させてしまったのは『神の恩恵』の力だ。

 ヘスティアが癒えたかもしれない心の傷に『決して折れることも曲がることもない』という制限を付けてしまった。

 

 謝ってすむ問題ではない。

 それでも悔いるのは後だ。

 今大切なのはスズが人並みの幸せを満喫して天寿を全うできるように導いてあげることだ。

 

 ただひとつ疑問があった。

 スズには兄のベルがまだ残っているのに何故これほどまで壊れた考えを持って冒険者になることを求めたのだろうか。

 冒険者に憧れ冒険者になれたことを喜んでいたベルの姿はまさに無垢な少年そのもので死にたがっている様子には見えないし、ヘスティアが最初見た時もこの教会でのやり取りも仲睦まじく感じとれた。

 

「親族はベル君もいるだろう。それでもスズ君は自分の命を粗末なものと思ったのかい?」

「ベルは親族じゃないですよ?」

「え?」

 予想外の回答が返ってきた。

「ベルはこの街で【ファミリア】を探している時に出会ったんです。私が【ファミリア】申請を断られているのを見かねて声を掛けてくれたみたいで。私も同じ髪と目でビックリしました。きっと遠い親戚が同じなんだと思います。ベルが一緒だったおかげで神様に出会うまでも寂しくなかったです。私の家族になってくださった神様とベルには感謝してもしきれませんよ」

 てっきり兄妹だと思っていたのにどうやら違ったようだ。もしもスズに声を掛けたのが純粋で綺麗な心の持ち主なベルではなく、人を騙すような人物だったらと思うとぞっとした。

 

 最初に見つけたのがベルで、ベルとスズを勧誘したのがヘスティアだったのは幸運なことだ。手を差し伸べてあげることができて本当によかったとヘスティアは心の底から思った。

 

「まだスズ君は、ベル君やボクと知り合っても、家族になっても、まだ……死にたいと思うのかい?」

 一番聞かなければならなくて一番聞くのが怖かったこと。もしもこれで『死にたい』と答えられたらどう返してあげたらいいのか思いつかないくらい頭が真っ白になってしまうだろう。

 

 それでも聞かなければならない。

 

 自分の眷族になってくれたスズの為に、愛しの子供の為に正面から向き合うと決めたのだから。

 返答は先ほどと同じく一瞬だったがヘスティアの中でその時間は途方もなく長い時間のように感じられた。

 

「できることならずっと一緒に生きたいです。一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、泣いて、また笑って。ずっと、ずっと頑張っていきたい」

 ぎゅっとスズが抱きしめ返してくれてヘスティアは抱きしめていた片方の手から力を抜き子供をあやすように優しくスズの頭を撫でてあげる。

 

「よかった。ボクもスズ君とベル君とずっと暮らしていたいよ。ボク達は【ファミリア】だ。二人と一緒に暮らせればボクは幸せなんだ。ボクの家族になってボクに幸せにしてくれた二人にはボク以上に幸せになってもらわないといけないからね」

 だからスズに人並みに幸せになってもらう為に、命を粗末にしてもらわない為に、ヘスティアはスズにさらに『約束という名の呪い』を掛けなければならない。

 

「今から見せるけど、スズ君。君には自分の命を粗末にしたり恋愛親愛感情問わず好きになった人の命令に絶対服従してしまうと言ってもいいほどの呪いじみた【スキル】だ」

「神様。大好きな人の言うことを聞くのはいけないことなんですか?」

「ボクやベル君みたいに誠実な人間ならまだいい。いや、よくはないけど君は幸せな生活が送れるだろう。でもねスズ君、考えてもみてくれ。悪い人に騙されてその人間に好意を抱いてしまった場合『盗んで来い』と命令されれば君におそらく拒否権はないんだ。それがいけないことだと思っていたとしても、実行した後に罪悪感は感じる行為だとしてもね」

「それはなんというか、その……嫌な【スキル】ですね。【スキル】は取り消すことは出来ないんですか?」

 その言葉にヘスティアはほんの少しだけ安心した。

 これで「それが何か問題あるのですか?」と聞き返されるほどスズの心は壊れきっていないようだ。

 

 【心理破棄】の効果範囲は今だ分からないが常に操り人形のように好きになった人物に従い続ける訳ではないらしい。

 

「残念ながら無理なんだ。ご丁寧なことにこのスキルは消えませんよ的なことまで書かれていてね。何度いじってみても元に戻ってしまうんだよ。ごめんよスズ君。こんな嫌な【スキル】を発現させてしまって」

「そんな頭を下げないでください! 冒険者になろうとしたのは私自身ですし神様が悪い訳ではありませんよ。それに『神の恩恵』はどの神様が行っても同じなんですから神様は何も悪くありません!」

 淡々と機械的にしゃべっていた先ほどまでの『正直にボクの質問に答えて欲しい』への回答とは違い明らかに感情を出した心のこもった否定の言葉。

 

「たとえ今後どんな【スキル】が発現したとしても、私は神様の事を恨んだりなんて絶対にしませんよ。だって、私にとってはもう大好きな家族なんですから」

 

 【愛情欲求】による強制力なのかそれとも元々心優しい聖女のような寂しがり屋で人懐っこい少女だったのかは今になっては分からない。

 それでもヘスティアは絶対にこれがスズの本心なんだろうなと思った。

 ただ家族が大好きで何よりもかけがえのないものだと思っていただけの少女の気持ちが度が過ぎて呪いじみた【スキル】になってしまうなんてなんて皮肉な話だろう。

 

「ボクもどんなことがあっても、もしもスズ君やベル君が悪い子になっても決して嫌いになんかならない。道を踏み外したら大好きだからこそ怒ってでも、ひっぱたいてでも、手を引いて元の道に戻してあげるさ。たかが【スキル】なんかでボクの大切な子供達の幸せを壊させやしない。絶対にだ!」

「神様。ありがとうございます。私……神様の家族になれて幸せものです」

「ボクもだぜスズ君。スズ君とベル君と家族になれたボクはすごく幸せものさ!」

 気づけばヘスティアの肩に暖かい雫がスズの瞳から零れ落ちていたのでまた優しく撫でてあげる。

 

「その悪い【スキル】は【心理破棄】っていうんだけど、こいつに関してはボクが何とかしてみせるから大船に乗ったつもりでいておくれよ!」

「はい頼りにしてます神様ッ」

「それじゃあさっそくボクとの『約束』だ!」

 無効化できないとできない【心理破棄】をどうするか考えて考えて考え抜いた結果、結局これに頼るしかないのが悔しかった。

 それでも少しでも可能性があるなら、少しでも強制力を減らせるなら悪いと分かっていることだってする。

 だが出来ることなら眷族になってくれた大切なスズにこんなことをするのは最後にしてあげたい。スズは気にしないだろうがヘスティアの方が耐えがたい苦痛を感じるからだ。

 

 

「一つ『【大好きなボクやベル君】の為』に『必ず生きて【ボク達】のホームに帰ること』。『ホーム外での宿泊などは許可とする』。『外出時間も問わない』。最終的に『【ボク達】のホームに生きて帰って来てくれればいい』。『そうしてくれないと【ボク】は耐えがたい『苦痛』を感じてしまう』んだ。何度も言うけど『早く帰ってこなくてもいい。』『自分の時間と都合を最優先』にして構わない。『『自分の命を粗末』に扱わず時間が掛かっても帰って来てくれれば【ボク】も【ベル君】も『嬉しい』』んだ」

 

 

 強制的に命令に従うなら同じ【心理破棄】によって最優先事項を決めてしまえばいい。

 ようやくできた愛おしい眷族にこんな呪いに呪いを上乗せするだけの行いをしたくはないがこれしか方法が思いつかなかった。

 

 

「二つ。『【大切な者】を守る時、『必ず』最後の最後まで自分の生存方法を模索して行動すること』。『君が死んでしまったら【ボク】も【ベル君】も悲しい』。もしかしたら『悲しみ』のあまり『後を追って自害してしまうかもしれない』。だから『何があっても『絶対』にあきらめてはいけない』よ」

 

 

 効果範囲や強制力が分からないから念の為に重ね重ね自分を大切にするように縛り付ける。言っているヘスティアの方が気がめいってしまいそうになるが『スズの為に負担が掛かっている』なんて思われてはいけない。おそらくスズは【愛情欲求】の効果と【心理破棄】の効果の重複で『大好きな人に自分のせいで負担をかけている』と思っただけで心に激しい痛みを感じてしまっているはずだ。

 こんな心が張り裂けそうな思いをするのは主神である自分だけでいいとヘスティアは必死に平常心を保つ。

 

 

「三つ。『一つ二つの『約束』は『最優先』にする』こと。『守ってくれると【ボク】は『とても嬉しい』」

 

 

「四つ『『倫理観に背く行為』は【大好きな人】の命令でも考えなしに従わない』こと。『しっかり考えて行動する』こと。『どうしても基準が分からない時は『必ず』【ボク】か【ベル君】に相談する』こと。わかっているとは思うけど『『盗み』や『善人への理由無き暴力行為』は『倫理観』に背く行為』だからね。『倫理観に背く行為はしたらダメ』だぞ」

 

 

「五つ。『この五つ目の約束以降の命令やお願いに』心理破棄の効果は及ばない。『及んだとしても物事を判断できる思考力は残る』。『一から五の約束を守ろう』とする考える力がスズ君にはある。君の心は決して壊れてなんかいない。君の傷ついた心の傷は必ず癒える。だからスズ君。『心理破棄の効果関係なしにボク達は家族』なんだ。『心理破棄関係なしに遠慮なく『ありのままの自分』で【好きな人】と接して』欲しい。そうしてくれたら【ボク】は『幸せ』だ。『以上が【ボク】との『五つの約束』』だ」

 

 

 効果があることを祈るしかない。

 【心理破棄】が間違った解釈をしていないかを祈るしかない。

 見落としがあって取り返しのつかない強制効果を付けていないことを祈るしかない。

 愛しの眷族をただ幸せにしてあげたくて祈りながら唱えた呪いの言葉を終えたヘステイアは自分の無力さに大きくため息をついた。

 

「ごめんよスズ君。大船に乗ったつもりでいておくれなんて言っておいて君がしっかり嫌だと思えた【心理破棄】に頼り切った解決法で」

 恐る恐るスズに変化がないか強く抱きしめていた手を放して真っ直ぐ前を向き合う。

「いえ。神様が私のこと思ってくれてたのすごく感じました。家族になったばかりなのにいきなり難題を押し付けてしまって私の方こそ申し訳ないです」

 目がしらに涙を浮かべて少し苦笑しているスズの姿がそこにはあった。

 

「何か変化はあるかい?」

「よく分からないです。元々神様に教えていただくまで【心理破棄】の効果の自覚すらありませんでしたし」

 特に変化があったようには見られないが少なくとも今は様子を見るしかないのだろう。

「よーし! ちょっと試してみようぜ。スズ君の好きな食べ物は何だい?」

 試しにそう聞くとスズは少し「んー」と悩んでくれた。

 

「えっと、猪肉の味噌漬けでしょうか。父が狩ってきた猪を母が血抜きをして付け込んでくれて。月に何度かだけだけど家のご馳走と言えばそれでしたし」

 即答でなく考えて答えてくれた。思わず嬉しくて「スズ君!」と名前を叫んで抱きついた勢いでベッドから床に押し倒してしまった。 

「わわわわわ、ごめんよスズ君!! 大丈夫かい!? ケガしなかったかい!?」

「少し腰をうっただけなので大丈夫ですよ。その様子だとさっきの『約束』は効果あったということでしょうか?」

「効果があったも何も大成功だよ! スズ君、君は今私の要求に悩んで答えたんだ! 言いにくいことも淡々と即答し続けた呪いじみた【心理破棄】が発動しなかったんだよ!!」

 壊れた心を持ってしまった優しく愛おしい眷族がこれでようやく人らしい感情で人と接することができる。

 これを喜ばずに何を喜べっていうんだいとヘスティアはスズの体を思いっきり抱きしめた後愛おしく撫でまわす。

 

「神様。くすぐったい。くすぐったいですよッ」

「よかった。本当によかったよ! もしかしたら忌まわしい【スキル】が変わってるかもしれない! さっそく【ステイタス】の更新といこうじゃないか!」

「自分で脱げますからッ」

 ヘスティアは喜びのあまりすぐにでも【ステイタス】の確認をしようと上着をはぎとっていく。

 全力で嫌がってはいないが女性同士とはいえスズは脱がされるのが恥ずかしいのか抵抗をしてくれている。

 

 間違いなく【心理破棄】の効果は消えている。

 少なくとも効果は確実に薄れている。

 元から馬乗りに押し倒して有利なポジションだったこともありスズの抵抗はむなしく衣服がはぎとられ年相応な平らな胸の大草原があらわになる。

 

「そんなにまじまじと見ないでくださいよ神様。恥ずかしいです。貧相ですし……」

「大丈夫! ロキよりあるしなによりも君はまだ成長期だ! きっと君はナイスバディーな美人さんになるに違いない!」

 

 

 そんなやり取りをしていた時だった。

 

 

「神様! スズ! 今の大きな音は何!? 大丈夫なの!?」

 スズを押し倒してしまった時の大きな音を聞きつけてベルが心配して飛び込んできたのだ。

 

 覗いてしまった少年。

 いたいけな少女を押し倒して襲っているようにしか見えない神様。

 ひん剥かれた姿を異性に見られてしまった涙目の少女の図の完成である。

 

 ある意味お約束であるシチュエーションであるが当人達にとってはたまったものでない状況に三人の顔は真っ赤なトマトのように赤く染まった。

 

「ベル君違うんだ!! ボクは処女神だけどそっちの趣味はないんだ!! というかボクは覗いたらダメだぜって言ったよね!? 言ったよね!?」

「ベル見ないでッ。神様もどいて下さいッ。どかないならせめて服を返してくださいッ!!」

「ごめんなさああああああああああい!!!」

 

 結論から言うと結局このことはそれぞれ思うところもありベルの覗きは不問としてカウントせずヘスティアの案で「なかったことにしよう」ということが夜の家族会議で決まった。

 今後は同じ事故が起こらないよう緊急時でも最低3回はノックしてから入ろうねということでまとまり、娯楽に飢えた神々の笑いの種になりかねないこの一件を互いの為にもなかったことにしたのだ。

 そんな色々あった一日だったなとヘスティアはベッドで一緒に安らかに眠る愛おしいスズの安らかな寝顔と、同じくソファーで眠る可愛く愛おしいベルの寝顔を横目にして頬を緩ませる。

 初めて出来た眷族が二人とも可愛く良い子達で本当に自分は幸せ者だなと何度も何度も繰り返し思った。

 

 

 

-----------------------------------------------------------

 

     スズ・クラネルという少女の物語

 

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 スズ LV.1 ヒューマン

力:i 0 耐久:i 0 器用:i 10

敏捷:i 0 魔力:i 30

 

 

 魔法

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ』

【】

【】

 

 

【心理破棄】

・心が壊れている。

・大切な者の為なら自分という個を切り離し一時的に能力限界を突破する。

・行動起源となっているその心は決して折れることなく曲がることもない。

・想いの丈(たけ)により効果向上。

 

【愛情欲求】

・愛情を求めている。

・愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える。

・親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る。

 

【雷魔戦鎚】

・魔法高速詠唱。

・魔法並列処理。

・魔法術式制御。

・雷魔法のみ習得可能。

 

幻想約束(プロミス・ファンタズム)

・大切な者の為に人間らしく振る舞う。

・心理破棄に干渉。

・愛情欲求に干渉。

・想いの丈(たけ)により効果変動。

 




ヘスティア様がイケメンすぎる気がしないでもないですが孤児院の象徴ですし、ぽんこつ神でもやるときはやるロリ巨乳神だと思います。
後、ベル君可愛いよベル君!


 追記(2015/08/10)
ついうっかり『北欧』と普通に地球の地域名を使っていたので、日本がモチーフになっている『極東』の位置を勝手に妄想し、大体こんな位置なんじゃないかと『北欧』から言葉を『北西』に変えました。


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Chapter01『はじめての冒険』

はじめて戦闘するお話。
オリジナルの武器防具や無名の冒険者がモブとして登場します。
また一部『見せられないよ!』な看板が立ってしまうようなお下品パートもございますので『掘る』などの単語にトラウマのある男性女性の方はご注意ください?
勢いって怖いですッ!


 ベルとスズが【ヘスティア・ファミリア】となって三日目。

 ギルドに冒険者登録も終わり申請したアドバイザーは『エイナ・チュール』というメガネを掛けた美しいハーフエルフの女性となった。

 

 親族を失い冒険者を目指したスズは家名を捨てていたらしく、同じ目と髪の色からベルの妹『スズ・クラネル』として冒険者登録している。

 ヘスティア曰くその方が『面倒事を受け持ってくれる』心優しい親切なアドバイザーがついてくれるかもしれない、何よりも兄妹というだけで幼いスズがダンジョンに潜る最適な理由になり誰も深く理由を追及してはこないだろうとのこと。

 

 ベルはスズの事情は自分と同じく孤児で冒険者を目指してこの街にやってきたことくらいしか知らない。

 だからその話を聞いてベルは祖父が怪物(モンスター)に襲われ谷に転落したという知らせを受けてショックを受けたのと同じように、スズにもそういった悲しい出来事があって、それを話すのは辛いことなんだろうなと思った。

 出会って二日だがベルはスズのことを守ってあげなければいけない妹のように思っていたし、スズもベルのことを兄のように慕っていた。

 

 

 だからなのか、ヘスティアとベルと本当の家族になりたいという願いが反映されたのか【ステイタス】の真名にも『スズ・クラネル』と表示されている。

 

 

 名前とは魂につくものであり本人が心の底からそうだと受け入れれば魂の名前も変化する。

 なので結婚して家名が変わっても表記は変化する()()があるらしい。

 そういった『有り方の変化』も下界の子供達特有だということをヘスティアは教えてくれた。

 

 

「最初の冒険ってのもあるけどスズちゃんもいるんだから絶対に無理をしてはダメよ? 一層で『ゴブリン』や『コボルト』と一回戦闘をしたら一度ここに戻って報告すること。もしも数が多くて危ないと思ったら戦わずに逃げること。いいわね?」

 そしてヘスティアの言う通りアドバイザーになってくれたエイナは冒険者の事を心の底から心配してくれるような優しい女性だった。

 

 ダンジョンにどんな敵が出るのか、どう対処したらいいのか、戦ったことのないベルに合った支給品(八六〇〇ヴァリス借金して購入)を選んでくれたり、その他の支給品の使い方や魔石の換金はどうやったらいいのかなどの基礎知識を分かりやすく説明してくれた。

 

 なんでも『冒険者は冒険をしてはいけない』とのことで、一見矛盾しているように思える言葉だが『ダンジョンを甘く見るとすぐに命を落としてしまう』らしい。

 

 例えばスズは【魔法】を使えるので一層の敵くらいならおそらく一撃で倒せるらしいのだが、【魔法】は使いすぎれば精神力が尽きて精神疲弊(マインドダウン)を起こし気絶してしまう。

 身体能力の低い後衛のスズに気を配らずにベルが目の前の怪物(モンスター)を調子に乗って倒し続けていたら、後ろに潜んでいた怪物(モンスター)やその瞬間に湧いた新たな怪物(モンスター)に後衛のスズが襲われて命を落としてしまうことだってある。

 

 焦らずゆっくりでも前進していけば、生きて冒険し続ければそれが糧となりいつか一人前の冒険者になれる。

 ダンジョンは何度も挑めるけど命は一つしかないことを忘れないようにと注意してくれたのだ。

 

「それでは行ってきますエイナさん」

「行ってらっしゃいスズちゃん。絶対に無理はしないようにね?」

「はい。心配してくれてありがとうございますエイナさん。無事に戻ってきてお土産話持って帰りますね」

「楽しみにしてるわ。ベル君もお兄ちゃんなんだからスズちゃんが無理しないようしっかり見てあげてね」

「もちろんです! 大切な家族のスズには指一本触れさせたりしませんよ!」

 

 数人程度だがその光景を微笑ましく思った他の冒険者やギルド職員達も思わず頬が緩まずにはいられなかった。

 元気よく手を振るスズの姿は年相応な元気な少女そのもので、できることならこのままずっと何事もなくあの笑顔を見居送って「おかえり」と言ってあげたいなとエイナと同様に思ったことだろう。

 

 

§

 

 

 ベルはダンジョン入口である一〇Mはある深い竪穴に続く螺旋階段を見下ろしてから、ふと隣を歩いているスズの姿を見てみる。

 自分と同じ赤い瞳。肩まで伸びた白髪には出会った時と同じく大きな白いリボンがまるで猫の耳のようにぴょこたんと飛び出しており、白いロングコートを羽織って全身真っ白なことも相まって、身長130Cも満たない小さな愛らしい少女の姿はまるで白猫のようにも感じられた。

 

 そんなスズの背中には、小柄な彼女には不釣り合いな片手用の諸刃剣と中型の盾が背負わされている。

 

 この剣と盾は支給品ではなく自宅から衣服などの生活品と一緒に持ってきたらしいのだが、その大きさは一般的な剣と中型盾であるものの、小さな少女にはまだ大きくまるで亀の甲羅を背負っているようにも見えてバランスを崩してこの長い螺旋階段から転落してしまわないかベルは心配になってきた。

 

 羨ましいことに【魔法】を最初から取得していているスズは本来なら剣と盾なんてただの重りでしかなく杖、もしくは【精神疲労】を押さえる為の攻撃手段として弓のような遠距離武器やベルが渡された短剣のような軽量装備が好ましいのだが、「家宝だからお守りとして持っていきたい」とエイナの的確なアドバイスを心苦しそうにスズは断った。

 

 エイナはそんなスズに困った顔をしていた。

 その剣や盾、着ている白いコートは『神が降臨する前』から伝わる『古代』からの【アンティーク】であるらしいが、支給品よりはマシな能力はある。

 剣も斬ることよりも相手に衝撃を与えて叩き潰す鈍器としてなら上層で十分通用するし、盾もその厚みから身を守る手段として貢献してくれるだろう。

 

 だが観賞用と化してしまっている【アンティーク】で戦うよりも、高価な【アンティーク】を売り払い武器防具をそろえた方が冒険者としては正しいのも事実だ。

 それでも思い出を大切にすることも人間としては大切なことなので、お守り代わりに持っていくだけで魔法攻撃に専念すること。ベルに間違っても魔法を誤射しないことを厳重注意してエイナはスズのワガママを許し、スズはワガママを許してくれたエイナに「エイナさんありがとう!」と嬉しさのあまり抱きついていた。

 

 ベルとスズの付き合いはたった二日だが、それでもスズが良い子だということを知っている。

 ワガママを言わずに相手のことを考えられる優しい子だということを知っている。

 だからこそ【ファミリア】に入れず暴言を吐かれる中も気丈に振る舞いベルのことを元気づけてくれたのだから、そのことをベルはよく理解しているつもりでいた。

 そのスズがワガママを言ってでも家宝をお守りとして持ち込んだのだ。

 それほど一緒に暮らしていた家族のことが大好きだったのだろう。

 やっぱりクラネルの家名ではなくスズ自身の家名で冒険者登録させてあげたかったとベルは思った。

 でもクラネルの名前も嫌いでないことは魂がその家名を受け入れたことから間違いない。

 なら家族になってくれたスズの気持ちに兄として全力で答えてあげないと失礼だとも同時に思う。

 

「スズは壁側を歩いて。転ばないように気を付けてね」

「ありがとうベル」

 スズを壁側に誘導して手を引いてスズのペースに合わせて螺旋階段を下りていく。

「なんだかこれから冒険だって思うとドキドキしちゃうね」

 眩しく思えるほど幸せそうに笑うスズに対して一瞬ドキっと胸が高鳴ってしまったが妹と恋愛なんてしたらいけないと邪念を振り払う。初日のノーカウントになったスズの裸を思い出してしまうが邪念を振り払う。すごく綺麗な肌だったなと思ってしまうが子供にしかも自分の妹になってくれた子に何を欲情しているんだ僕はと煩悩から全力疾走で逃げる。

「そ、そうだね。うん、そうだ。僕は冒険者になったんだ」

 この街に、ダンジョンに出会いを求めてやってきた。

 まだ守ってあげる運命的な女性とは巡り会っていないが、守ってあげたい家族ができた。ヘスティアとスズという大切な家族ができた。今はそれでいいじゃないか。

 そう思うとまだ少し気恥ずかしいものの邪念は自然と消えてくれた。

 

「神様の為にも頑張ろうねスズ」

「うん。神様に沢山のお土産話と夕食を持って帰ろうね」

 

 祖父の言葉は間違っていなかった。

 だってこんなにも素敵な出会いを果たしているのだから。

 スズと出会わせてくれてありがとう。

 神様に出会わせてくれてありがとう。

 家族を失った僕達にまた家族を与えてくれてありがとう。

 そうベルはこの運命的な出会いに心の底から感謝して、スズに笑顔を返してあげる。

 

 

「はっはっはっは。ダンジョンに遠足にでも来たのかガキども?」

 そんな雰囲気を壊すように後ろから声が聞こえた。

 振り向くとそこには髭の生えたドワーフに眼鏡を掛けたポニーテールのエルフ。

 筋肉質なスキンヘッドの男の特徴的な三人パーティーが立っている。

 エルフの女性が「ちょっと大人げないわよ」と止めるのも聞かずに声をかけてきたドワーフがベル達のことを睨みつけている。

 

 そこでようやく自分達が横に並びながらゆっくり歩いていたせいで通行の邪魔になっていたことに気付いてベルの血の気が一気に冷え切った。

 ファミリア申請を断られるだけでなく邪険に扱われたことを嫌でも思い出させられてしまう。

 

 とにかく謝って道を開けよう。

 それでもガンつけられたらスズだけでも見逃してもらおう。

 今は自分が兄なのだ。

 自分がスズを守らなければならないのだ。

 

「あのすみ」

「はい。今日が初めての冒険なんですよ。おじ様方は何階層に向かわれるのですか?」

 ベルが謝る前にスズは道を開けつつも真っ直ぐガンを飛ばしてきたドワーフの男を見つめて笑顔を作って見せた。

 三人パーティーの冒険者達はその反応は予想外だったのかしばらくの間きょとんとたたずんでしまっている。

 ファミリアを探している時も「時間を取らせてしまって申し訳ございません。それと心配してくれてありがとうございました」と自分を邪見に扱い放り投げた相手に対して笑顔を見せて、相手の毒気を抜いていたことは何度かあった。

 だからこそベルは今度は自分が助けてあげないとと思ったのに結局また助けられてしまった。

 

「十三階層だ。なんか文句でもあんのか?」

「すごい! 中層階層に到達した冒険者さん達だったんですね! これからも頑張って下さいね」

 天使のような笑顔と尊敬の眼差しを向けられて応援されてはさすがに食いつきようがない。

 むしろガンを飛ばしてしまったことをドワーフは申し訳なさそうに顔をそらして「おうよ。あんがとな嬢ちゃん」と頭を掻いている。

「なんだ嬢ちゃん。なかなかヤンチャでキモすわってんじゃねぇか。気に入ったぜ! 嬢ちゃんも頑張りな!」

 ガシガシとスキンヘッドの男がスズの頭を乱暴に撫でまわすが「えへへ」とそれすらも頬を赤らめながらも嬉しそうに受け入れる。

「ごめんね初日に嫌な思いさせちゃって。うちのバカ短気だから」

「なんだとやんのかクソエルフ!?」

「いいけどその時にはあんたの尻植物で掘るわよ?」

「あ!? やってみ……あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 とても子供に見せてはいけないことが行われそうだったのでベルは慌ててスズの目を塞いだ。

 ガンを飛ばされたとはいえ同じ男性としてアレは同情してしまう。

 

「ドワーフさんの悲鳴が聞こえたんですけど大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だからスズ! ただお仕置きされてるだけだから見たらダメ! 絶対にダメ! あんなのスズに見せたら僕が神様に怒られちゃうよ!」

「??? なんだかすみません。私達が道を塞いでいたせいでドワーフさんを酷い目に合わせてしまって……」

「気にすんな気にすんな。あんなもん日常茶飯事だ。十層あたりまでついたころにはアイツもう忘れちまってるよ。何度見てもえげつねぇ魔法だよな、アレ」

 そんな男の言葉に「日常茶飯事なんだ」と教育に悪い光景が日常茶飯事な変わった冒険者もいるんだなと苦笑してしまった。

 

「それにしてもお前らおもしれぇな。どうだ兄ちゃんに嬢ちゃん。兄妹揃って俺達のパーティーに入らねぇか?」

「いえ、上層と中層では冒険者のレベルも当然違いますし、まだダンジョンの入口をくぐってもいないのにおんぶにだっこでは私達が冒険を楽しめないじゃないですか。だから行けるところまでは二人で行こうと思っているんです。せっかく私なんかを誘って下さったのに本当に申し訳ありません」

「言うな嬢ちゃん。楽しようと強いファミリアやパーティーに寄生しようとする奴らだっているってのに、その心意気ますます気に入った! あいつらのいちゃつきも終わったし俺達はもう行くぜ。兄ちゃんに嬢ちゃんも冒険頑張れよ!」

「はい。おじ様もお気をつけて! 私達が強くなったらまた誘って下さると嬉しいです!」

「おう! 成長楽しみにしてるぜ! 兄ちゃん元気な妹泣かせるんじゃねぇぞ!」

「泣かせたりなんかしませんよ。大切な家族なんですから」

 今までおどおどしていたベルがその問いにだけははっきりと向き合って答える様を見て男は「お前らのファンになりそうだぜ」と口元を緩ませて尻を押さえているドワーフを担ぎ上げる。

 スズは最後まで笑顔でドワーフを担いだ男とエルフ達を手を振り、女エルフがぺこりと頭を下げたのでつられてベルも頭を下げた。「ファンってあの幼気な少年を掘る気?」「掘らねぇよ!」などのやり取りは聞かなかったことにしようと最後の最後でやはり苦笑させられてしまう変な冒険者達だった。

 

「ごめんなさいベル。勝手に断っちゃって」

「え?」

「さっき言った通り私はね、冒険者になるなら最初から最後まで冒険者としてベルと冒険を楽しみたかったから。ランクが上の冒険者と一緒に冒険するのは何か違うんじゃないかなって思って。ベルの意見も聞かずにパーティーのお誘いを断っちゃってごめんなさい」

 本当に申し訳なさそうにスズは苦笑していた。

「僕もそう思ってたから大丈夫だよ! 僕も冒険するなら一緒にいたい相手と冒険したいから。僕の方こそごめん。僕はスズのお兄さんになったのにスズに任せっきりにさせちゃって」

「失敗しちゃったのも一緒だね。これから失敗しながらも一緒に成長していこうね。いつかあの冒険者さん達とも一緒に冒険ができるように」

「そうだね。スズをしっかり守ってあげられるよう僕も頑張るよ。でもアレが日常茶飯事になるのはちょっと嫌かな」

「?」

 不思議そうな顔をスズは純粋なのか誰にでも優しいだけなのかわからないが、お世辞でも何でもなく本気でいつかあの冒険者達とも冒険をしてみたいと思っているのだろう。

「それじゃあ気を改めて一層に降りようか」

「うん。今度はみんなの邪魔にならないように気を付けないとね。ベル、もっとよってもいい?」

「あ、うん。大丈夫だよ。歩きにくかったら言うんだよ?」

 今度は道を塞がないように気を付けながら壁際で肌が触れ合うほどの近い距離でスズの手を引いて歩いていく。スズの130Cも満たない小さな体だとちょうど肩がベルの脇腹を当たってベルはくすぐったくもあり女の子と直接触れ合うような至近距離に恥ずかしさも感じたが、人のぬくもりが好きなスズが「えへへ」と嬉しそうに笑っているのを見て、やっぱり家族っていいなとベルは兄として自然と笑顔を返してあげることができた。

 

 その後もゆっくり螺旋階段を降りる中、スズは男女問わずすれ違う冒険者に挨拶をして「これからお兄さんとダンジョン。気を付けてね?」「元気なのに礼儀正しい冒険者だな。頑張れよ!」とスズの幼さとそれを頑張って守ろうとしている頼りなさそうな兄という構図は他の【ファミリア】とあまり関係を持たずダンジョン内で『他のパーティーと干渉しない』という暗黙の了解がある中、意外にも冒険者達に好印象を与えているようだった。

 

 積極的に話しかけている様子からスズもまたベルと同じようにダンジョンに出会いを求めている。

 異性との出会いを求めているのではなく純粋に家族や友達を求めている。

 そうベルでも感じ取れた。

 

 そんなこんなで色々な冒険者と雑談しながら螺旋階段を下りていたので思いのほかダンジョンの入口の先にある『はじまりの通路』に到達するのに時間が掛かってしまったが、スズの空気に飲まれてベルも他の冒険者と雑談し応援を受けたのでダンジョンへの期待は今まで以上に高まっている。

 良い冒険者達も沢山いる。

 だからきっと、スズや神様と出会ったとの同じような『運命的な出会い』がダンジョンにはある。

 そうダンジョンに出会いを夢見る少年は確信できた。

 

 

 ダンジョンの入口をしばらく歩いていると一匹だけ『ゴブリン』がポツンと立っていた。

 一階層の入口付近とはいえもっと怪物(モンスター)が群れで襲ってくるのではないかと内心身構えていたベルは呆然とたたずむゴブリンを見て呆気にとられてしまった。

 

「先に潜っていった冒険者さん達に気を使わせちゃったみたいだね」

 だがスズのその言葉で、スズと話をした冒険者達がベルとスズのことを思って一匹だけ意図的に残してくれたのだろうと分かった。

 エイナから聞いた話では一階層は怪物(モンスター)が生まれてくる間隔が遅いから駆け出しの冒険者でも難なく戦える。

 逆に言うと邪魔だからと高レベルの冒険者が入口付近の怪物(モンスター)を倒してしまうと一階層が目的の冒険者が怪物(モンスター)に出会うためには怪物(モンスター)を探して奥へ奥へ。脇道まで探すことになり、そうやって長い時間怪物(モンスター)を探して一階層を探索している間に帰り道にちょうど新たな怪物(モンスター)が出現してしまう。

 駆け出し冒険者は帰り道で遭遇する予想外の数(多くはないが行きとのギャップと探索による疲労により)そこでリタイアしてしまうことだってあるらしい。

 そうならないよう入口の怪物(モンスター)を一匹だけ残してくれたのだろう。

 

「そうだね。よし! その優しさに応える為にも頑張ろうねスズ!」

「うん!」

 

 ダンジョン最弱怪物(モンスター)ゴブリン。

 それでも怪物(モンスター)怪物(モンスター)だ。

 本能的に人を襲う危険な生物だ。

 

 気を引き締めてベルとスズは武器を構えて向き合うと放心状態だったゴブリンもまた唸り声をあげて戦闘態勢をとる。

 

 その唸り声にベルは恐怖を感じた。

 幼いころゴブリンに殺されかけたことが嫌でも脳裏に浮かび上がり、体の震えが止まらなくなって今すぐにでも逃げ出したくなる。

 でも自分の後ろにはスズがいる。

 自分より小さな守りたい家族がいる。

 

 自分を助けてくれ祖父のたくましい背中が思い浮かぶ。

 祖父から聞かされてきた数々の英雄譚を思い出す。

 女の子は守ってあげないといけない。

 なによりも、もう家族を失いたくない。

 

 

 だからここで逃げ出す訳にはいかない。

 

 

「僕がゴブリンを押さえてるからスズは僕の後ろから魔法を!」

「【(いかずち)よ。第一の唄ソル】」

「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 ベルがスズに指示を飛ばす前にスズが諸刃剣をゴブリンに向け剣先から放電しながら直進する電撃魔法を放ちゴブリンを黒焦げにしていた。

 あまりに容赦なく躊躇なく相談もなしに【魔法】をゴブリンに放ったスズに思わずベルの口から変な悲鳴が上がってしまう。

 

「ベル! まだ怪物(モンスター)は生きてる! 怯んでる隙にトドメをお願い!」

「あ、うん。わ、わかった」

 とにかくまずは戦闘に集中しよう。

 ベルは支給品の短刀を構えて倒れないよう地面に足を踏ん張り体制を立て直そうとしているゴブリンに向かって走った。

 いつもより体が速く動いている。

 こんなに速く走れたことは今までなかった。

 これが『神の恩恵』を受けた冒険者の力なんだと実感できるほど身体能力が向上している。

 

 その勢いのまま突撃してゴブリンの胸に短刀を突き刺したのがトドメになりゴブリンの体が少し痙攣した後力なく後ろに倒れ動かなくなった。

 スズが先制で魔法を撃って既にゴブリンは虫の息だったとはいえ貧弱だった自分の手で、最弱とはいえ恐ろしい怪物(モンスター)を自分の手で倒すことができたのだ。

 

 魔法や【スキル】がまだ発現してないし【経験値】も積んでいない平凡でひ弱な自分がゴブリンを倒した事実。神様の言う通りスタートラインはみんな同じなんだと自分に少しだけ自信を持てた。

 

「ケガもなく勝ててよかった。お疲れ様ベル」

「うん。スズもお疲れ様」

 ハイタッチを求めてきたスズにベルはすぐさまそれに応え手と手を合わせて初勝利を互いに喜び笑い合う。

「『神の恩恵』がここまですごいなんて思わなかったよ。流石神様!」

「神様には感謝しきりませんね。【魔法の効果】も分かったし、次はベルに合わせられそうだよ。誤射が怖くて先走っちゃってごめんね」

「そんなこと気にしなくていいのに。スズのおかげで楽に怪物(モンスター)を倒せたんだし、なによりスズは僕のことを思って【魔法】を使ってくれたんだから謝る必要なんて全然ないよ!」

 

 少ししゅんとスズが勝手に行動してしまったことを気にしていたから「ありがとねスズ」と頭を撫でてほめてあげた。するとすぐにスズの笑顔が戻ってくれる。

 

「ところでスズ、今【魔法】の効果も分かったしって言ってたけど、【魔法】の効果って自分では分からないものなの?」

「うん。だいたいの人は【魔法】の名前と書かれている効果や詠唱文から主神の神様が考察してくれるみたいなんだけど、私の場合よく分からない説明文があって。私の【スキル】の一つが雷属性専用だから単純な雷撃だとは思ってたんだけど……先に試してよかった。射線は直進だけど電撃が放電して拡散してたから威力は低いけどちょっとした範囲攻撃だね。拡散しながら直進していくから有効射程も短いのかなぁ。撃つ時はベルに当たらないようにしないと――――」

 

 電撃が拡散しながら直進する範囲攻撃ということは、もしも当初の予定通りベルが接近戦で押さえながら【魔法】を撃ってもらっていたらベルまで丸焦げになっているところだった。

 スズが気を利かせてくれてなかったらと思うと黒焦げになった自分の姿が容易に想像できたし、スズがいなければ恐怖のあまり怪物(モンスター)と向き合えず逃げてしまっていたかもしれない。

 ベルはスズには世話になりっぱなしで神様と同じく感謝してもしきれなと思い、そして一人だったら何もできなかっただろう自分が情けなくも思えてしまう。

 

 それに【スキル】の『一つ』が雷属性専用ということはスズは【魔法】の他にも【スキル】を最低でも二つ以上持っている。【スキル】【魔法】を持っていないのが一般的な駆け出し冒険者なのをヘスティアやエイナから教えてもらっているが、ゴブリンにトドメを刺して上がったベルの自信は有能なスズを前に転落死寸前だった。

 

 それに加えてスズは自分の【魔法】についての考察と使い方。

 ベルとのコンビネーションをどうするかの相談をこの場でし始めている。

 なんというか、初めての冒険の割に慣れているというか、自分にできる最大限のことを必死に模索しては相談してきている感じがした。

 

「そのあたりは一度帰ってエイナさんにも相談してみよっか。神様にゴブリンを倒せたことを報告したいし!」

「そうだね。エイナさんも心配してると思うし。神様にお土産話とお金を持って帰って喜ばせてあげよう!」

 スズはいつものように笑ってから背負っていた剣を鞘から引き抜き、その剣で器用にゴブリンの死体を解体して魔石を取り出してみせた。

 すると魔石という核を失ったゴブリンの体は崩れて灰になって消えていく。

 小さいのにたくましいなと思うと同時にスズの綺麗な純白のコートがゴブリンの血で薄汚れてしまっているのを見て、ベルはゴブリンを倒せたことに浮かれて魔石のことをすっかり忘れていた自分に、同じ冒険者になったとはいえ小さな女の子…妹を血みどろにしてしまった自分に、ワガママまで言って着こむほど大切にしていた純白なコートを赤く染める行為をさせてしまった自分に、腹が立った。

 

「ごめんスズ! 次から僕が魔石を取り出すよ! 剣だと取り出しにくいでしょ? それに大切にしてるコートだって汚れちゃうよ!」

「コートは気にしないで。冒険に着ていくんだから汚れて当然だし。これを着ていきたいってワガママ言ったの私なんだから」

 スズはそうゴブリンの血で汚れた魔石の欠片をコートの綺麗な部分で拭いてから自分のバックパックにしまった。

「それにこのエプロンは汚れても大丈夫なんだよ」

「え?」

 最初ベルはスズが何を言っているのか分からなかったが、その異様な光景を見て『汚れても大丈夫』という意味だけは無理やり理解させられた。

 コートに付着して染みついた黒いゴブリンの血がみるみる内に小さくなり、まるで最初から汚れなどなかったかのように消えてしまった。

 

「えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 その光景にベルは本日二度目になる変な悲鳴を上げてしまい「驚いた?」とスズが悪戯っぽく笑う。

 

「実はね、このコートは『古代』の時代にドワーフの鍛冶屋さんと精霊様が協力して作ったエプロンなんだ。どんな油汚れもすぐに綺麗にしてくれるし、破れてもすぐ直ってくれる家庭の強い味方なんだよ? 『純白の究極(アルティメット・アンド・)無限前掛け(インフィニティー・ホワイト)』なんて無駄にすごい名前がついてるけど」

 今のように『神の恩師』の『鍛冶』アビリティーがない時代にも関わらずものすごい効果だ。

 ものすごい効果なのにどうしようもない方面に特化してしまっている。

 なぜ真面目に防具を作らずエプロンに全力を尽くしてしまったのかと今よりも生きるのに必死だったはずである『古代』の制作者に問い詰めたくなる一品だった。

 

「その剣と盾は……その」

 さすがにまともな武器だよね、とまでは流石に聞く勇気がなくてベルの言葉がそこで詰まってしまう。

「剣の鞘は物干し竿にすれば洗濯物がすぐ乾いたし、盾は漬物石として使ってたかな。リボンは……髪のうるおいを保ってくれるんだっけ? 全部友好の証としていただいたものだってお母さ……ん言ってたよ」

 すごい効果なのに戦闘では全くと言っていいほど役に立たない【アンティーク】の数々にベルは驚愕する。

 なるほど、確かに冒険者としてなら高価な【アンティーク】を売って装備を新調した方がいいというアドバイスは適格だと思う。

 これらの『無駄にすごい【アンティーク】』は少数ながら存在し、金持ちの収集家達が集めているので高値で取引きされているらしい。

 

「だからね、ベル。私は汚れても大丈夫だよ?」

「でも!」

「でもそうだね。怪物(モンスター)となるべく二対一の状況を作るようにエイナさんから言われてるけど、今後の集団戦や連戦を考えると私も解体用のナイフを買っておいた方がよかったかな。一緒に解体したり私かベルのどちらかが周りを警戒したりしないといけないこともありそうだし――――。でも次はベルに甘えさせてもらおうかな」

 

 スズの『私は汚れても大丈夫だよ』という言葉が、コートのことではなく、そのままの意味で自分自身は汚れても大丈夫だよと言っているようにベルは聞こえてしまったが、それに反論しようと口を開くと同時に理屈を付け加え最終的にはベルにも頼った。

 どうやらベルが心配しすぎていただけのようだ。

 

「うん! そこは僕に任せて!」

「任せて、じゃなくて私はベルと一緒にやっていきたい。ダメかな?」

 その言い方は反則だ。その捨て猫のような不安げな表情は反則だ。それでいて最後は「ダメかな?」と甘えるように言ってくるのは反則だ。とにかく何もかもが反則だ。

 冷めた頭からの不意打ちにベルの鼓動は早くなり赤面してしまう。妹に欲情したらダメだとそれに相手は小さな子供じゃないかと何度も何度も心の中で今日何度目になるかもわからない呪文を繰り返し唱える。

 結局のところ祖父の英才教育で英雄と女性への憧れがすさまじいことになっているが、ベル本人はどこまでも純粋無垢で女性に耐性のない初心な少年という矛盾した存在だった。

 そんなベルが妹になったとはいえ可愛い女の子の勢いある『お願い』を断れるわけもなく、後々冷静になって考えても『一緒に頑張りたい』スズの気持ちを無碍にしてはいけないと思えたからきっとこれでよかったのだろう。

 




なんて痛いコートの名前なんだッ(驚愕)
神様達の中で『なぜそこに全力を尽くしてしまったのか』な【無駄アンティーク】は有名な『腹筋クラッシャー』のようです。
コートの防御能力は一般的なローブ程度、形状が騎士剣型である諸刃剣の攻撃力も一般的なロングソードやメイスを使った方が使い勝手がよく思える程度であり、盾は中型にしては無駄に重量があると戦闘では使いにくい一品ばかり。
最後の最後まで持ち歩きますが、そのうち武器防具を新しく買ったり作ってもらったりする予定です。
でも冒険には役に立たないけど一家に一セット欲しいところ(切実)


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Chapter02『はじめての報告』

エイナとヘスティアにゴブリン退治を報告するお話。
少し更新抑えようと思っていましたが挿絵が反映されたのでテストもかねて投稿しました。
後書きに雑なラフ画ですがズズのデザインイメージを載せております。


 無事に戻ってきたベルとスズからゴブリンの撃破と戦闘報告を聞いたエイナは、一層の探索なら二人で行っても油断しなければ問題ないとハンコを押してあげた。

 

「一層は許可するけど戦闘に慣れるまで二層に降りるのはダメよ? 貴方達はまだ『神の恩恵』の力に慣れていない状態なの。探索に夢中になりすぎて体力配分を間違えないようにそこは絶対厳守! いいわね?」

「「はい!」」

「元気のいい返事で安心した。それで初戦闘で何か気づいたり疑問に思ったことはあるかな?」

 ただ一度だけの戦闘だからこそその一戦が印象に残って気になることや気づいたことも多いはずだ。「些細なことでもいいから何でも聞いてね」と付け加えたエイナにベルとスズは互いに顔を見合わせた後、ベルが恐る恐る手を上げてくれる。

 

「えっと、スズが相談したいことがあるみたいなんですけど」

「何かな?」

 エイナが笑顔でスズの返答を待ってくれているが、スズは珍しく何かを迷っているように困ったような顔をしていた。

 だけどスズはすぐにぎゅっと自分の胸で拳を握りしめて勇気を振り絞るかのように真っ直ぐとエイナと向き合う。

「えっと、エイナさん。私は【スキル】のおかげで既に魔法の並列処理や、たぶん魔法制御の方も暴走することなくできちゃうんですけど……これってやっぱり『異常』でしょうか?」

 その言葉にエイナの表情が固まる。そして深くため息をついた後、怖がらせないように優しく語り掛けてあげる。

 

「スズちゃん。レベル以外の冒険者の情報はその冒険者にとって生命線なの。確かに私の方から『なんでも聞いてね』とは言ったけど、次からは【スキル】や【魔法】に関しては極力他人に知られないようにしてね」

「僕がスズに相談してみたらって言ったんです! だから怒られるべきなのは僕であって……その」

「ベル君。私は別にスズちゃんを怒っている訳じゃないの。あまりの不用心さに心配しているだけ。ベル君もスズちゃんもよく聞いて? 優秀な【スキル】ほど他の神様や冒険者達の目を引いてしまうの。さらに言うと、いくら優秀な【スキル】や【魔法】でも詳細情報がバレてしまうと対策も立てやすいし、その情報を元に脅迫されて他の【ファミリア】に引き抜かれたり、自分の驚異になる前に排除しようとする悪い冒険者だって世の中にはいるわ。特に【魔法並行処理】なんて高等技術を無条件で習得できてしまう【レアスキル】のことは同じ【ファミリア】の人にしか話してはダメよ?」

 

 そうエイナはめっと子供を優しく叱るようにスズの額を人差し指で軽くつつく。

「それは神様にも注意していただきました。でもベルとの戦い方の相談に私の【魔法並列処理】と【魔法】の効果は大雑把でもエイナさんに知ってもらわないと相談のしようがありませんし…それに信じてくれるかとか注意してくれるかとか、エイナさんのアドバイザーとしての人柄を知りたくて。その、ごめんなさいエイナさん」

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げるスズにエイナは驚きを隠せないでいた。スズは正直すぎる優しい子だけど、考えなしに行動している訳ではないようだ。

 エイナが自分の為に真剣に物事を考えて的確にアドバイスをくれるかどうかを今のやり取りで計りに掛けたのだろう。

 そういった意味ではベルよりもよほどしっかりしている。

 でも、信じ切れていなかったことを申し訳なさそうに謝る姿はやはり冒険者になるには優しすぎる性格だ。

 

 しっかりアドバイザーとしてエイナが支えてあげなければ、その優しさはいつか取り返しのつかない事態に巻き込まれてしまう可能性が高いだろう。

 

「私を試したのは別に構わないわ。相談には乗るけど、自分の情報を混ぜての相談は今回みたいに個室にいる時だけにすること。ロビーみたいに人が多いところでは絶対に口にしないこと。後、私は絶対に口にするつもりはないけど、情報提示も詳細ではなくさっきみたいに曖昧にぼかすこと。いい?」

「はい。初日からご迷惑をおかけします」

「それがアドバイザーの仕事だから気にしないで。でも個人情報については本当に気を付けてよ? スズちゃんやベル君はことのはずみでうっかりポロっと口から情報が飛び出しそうで心配でならないわ。特にベル君!」

「は、はぃぃっ!」

「スズちゃんを色々なことからしっかり守ってあげられるようにこれからビシバシ冒険者のノウハウを教えてあげるから覚悟してね」

「お、お手柔らかにお願いします」

「だーめ。ベル君はお兄ちゃんなんだからスズちゃんを守れるようにならないとダメじゃない。でも、とっさにスズちゃんを庇おうとしたところはお兄ちゃんしてたぞ」

 自分が美人であることを一応自覚しているハーフエルフであるエイナは、不意に褒められて恥ずかしさのあまり赤くなるベルの様子が初々しく、少し可愛く感じてしまいついついクスクスと笑みをこぼしてしまう。

 

 

「それでスズちゃん。本題の私に相談したいことって何かな?」

「はい。えっと……私の魔法は短詠唱の小範囲直線魔法みたいなんですけど、ベルの武器は短剣で主にヒットアンドウェイが主流になっていくと思うんです。ベルが敵の注意を引きつけて私の詠唱が終わったらベルに射線から引いてもらって魔法を放つ。これが魔法使いとして見た私の理想的な戦法だと思います」

 

「そうね。前衛が壁ではなく避けに徹するのに不安はあるけど、今のベル君とスズちゃんにとってそれが最も理想的であることを私も同意するわ」

「でも、一層ならまだしも次第に狭い通路や敵も増えていくので………エイナさんが先ほど言った壁役の不在からベルが引きつけきれなかった魔物が私のところに来る可能性がありますし、ベルが正面にいると狭い通路ではベルまで魔法に巻き込んでしまいます。それを避ける為には前衛で魔物を引きつけているベルが私の背後に回りこむしかありません」

 スズが何を言いたいかエイナはすぐに察することができた。前衛で敵を引きつけているベルが自分の後ろに回り込んだら必然的にスズが最前衛となりベルを追いかけてきた魔物と正面からぶつかることになる。それは固定砲台としての役割である魔法使いにとって死活問題だ。

 

「スズちゃん。本当に初心者?」

「はい。あの……やっぱり見当違いのこと考えてましたか?」

「うんん。その逆。まだ少ししか教えていないのにしっかりそのことに気づけたスズちゃんにちょっと驚いただけよ。スズちゃんが優等生で私は嬉しいわ」

 エイナは偉い偉いとスズの頭を撫でてあげると人なれした飼い猫のようにおとなしく、嬉しそうにエイナの手に身をゆだねてくれるスズを愛らしく感じてしまう。

 

 それと同時にスズが『危なっかしいほど優しく正直で人懐っこい子』で、それでいて『物事をしっかり考えられる聡い子』だということを理解させられた。

 魔法使いは魔法で戦うから前に出ないようにと簡単に説明したし、魔法は強力だから絶対に誤射しないようにともエイナは既に教えている。

 

 だけど【パーティー】の役割分担などの細かい部分はまだ早いかなと教えていない。それなのに【前衛】【中衛】【後衛】などの概念を少しの説明から自分で想像して、今のままの編成ではいずれ手詰まりになることを理解できている。

 

「それでスズちゃんは私に『解決策』を聞きたいのかな?」

「それもありますけど、魔物がまだ弱い一層のうちから前衛よりで経験を積んでおくのはどうかなって。私が魔物を引きつけてベルがヒットアンドウェイで牽制。隙を見つけたら【魔法】を撃ち込む感じです。これなら私が器用貧乏になってしまいますが、【魔法】による先制攻撃で魔物が生き残っても地形問わずに魔法を撃ち込めると思うんですよ。それに私が接近戦で魔物を引きつけていればベルの負担も減るし、いざという時に必要な私の精神力も節約できるかなって。エイナさんから見てどう思います?」

 

 スズが目指しているものはどこでも立ち回れる移動砲台。第三級冒険者以上が目指してどの【パーティー】も求めている『魔法剣士』そのものだ。

 もしも本当に【魔法並列処理】と【魔力暴走】が【レアスキル】によって起こらないのだとしたら、早めに『魔法剣士』としての経験を積ませておいた方がいい。

 

 その一方で本来【ファミリア】で【魔法並列処理】などの高等魔法技術を教えてくれる魔法の指導者が【ヘスティア・ファミリア】にはいない不安もある。

 積み重ねていく過程を飛ばし【レアスキル】で解決してしまっていいものだろうか。

 

「それだとスズの負担がすごくなっちゃうんじゃない!?」

「【魔法】は精神力を使うから無限に撃てないし、接近も早いうちに出来るように調整しておいた方が今後の為になるんじゃないかなって思っただけだよ。接近攻撃自体はベルが主力で、私はベルに当たらない位置から魔法を撃てるように移動したり、ベルが魔法の射程外に退避するまでの時間魔物の注意を引きつけるだけだから大丈夫だと思うんだけど……やっぱりダメでしょうか?」

 

 ちらりとスズがエイナを横目で見て返答を待っている。

 

「ベル君の言う通りスズちゃんの負担は大きくなるけど、ペアとして見ると中衛と後衛よりも中衛と前衛もこなせる『魔法剣士』の方が安定度だけなら増すわ。だけど正直な話スズちゃんの【スキル】の詳細を知らない私からはなんとも言えないわね。本来『魔法剣士』は技術を身につけてから目指していくものだから。私よりも【スキル】の詳細を知っておられる神ヘスティアにお伺いするのはどうかしら? それで許可が下りたらしっかり防具を着こんで、ベル君にサポートしてもらいながらゴブリンやコボルトが一匹の時に練習してみるといいかもしれないわね」

 

 スズが装備しているものは精霊の加護がついているがただの汚れず破けてもそのうち直るエプロンである。

 珍しい【アンティーク】だが【アンティーク】の中で『無駄な家庭シリーズ』は割と有名だ。主に神々の中で有名で「こんなのなんのために作ったんだよ」「さすが古代の変態技術! そこにしびれる憧れるッ!」と【アンティーク】の話題になると真っ先に飛び出してくるのが今スズの身につけている【家庭アンティークセット】だ。

 

 一応新米冒険者が装備してくるかもしれない【アンティーク】として資料に載っていたが、神々が「そんな装備で大丈夫か?」「大丈夫じゃない。問題だ」とバカ笑いするほどの無駄装備を着込んでくる冒険者がいるとは思いもしなかった。

 思い出の品でスズ自身が後衛ということもあり鎧を着込まなかったことを許可したが前衛もやる気なら話は変わってくる。

 

 攻撃を受けることが前提である前衛が、それも駆け出しの冒険者が防具一つ着込まずに魔物に挑むのは自殺行為でしかない。

 面倒見のいいエイナはスズにエプロンの下に支給品の鎧くらいは着てもらわなければ心配で気が気でならなくなってしまう。

 

「魔法剣士の装備って、避けるよりも受ける前提の重量鎧や大盾の方が安定しますか?」

「普通は動きまわりながら魔法を唱える移動砲台だから軽装の魔法剣士の方が多いかな。受けるよりも避ける方が精神の乱れも少ないと思うし。でも重装が悪いという訳ではないわ。【パーティー】について行ける最低限の機動力さえ確保できていれば避けるよりも硬さで耐える方が確実性があるし不意の事態に強いのは確かよ。ただスズちゃんの場合体が小さいし駆け出しということもあって無理して背伸びしてまで重装装備をする必要はないと私は思うな」

 

「なら間を取って中装ですかね。動き回るよりも弾く方がたぶん性に合っていると思いますし。そういえば【精神疲労】の感覚も知りたいのでダンジョンの入口で限界まで【魔法】を撃ってみたいんですけど――――」

 

 スズは積極的に気になったことを尋ねてきてくれてエイナも教え甲斐のある子だと嬉しくも思うが、そろそろ止めておかないと駆け出しの冒険者であるベルの頭があまりの情報量にパンクしそうだ。そのことにスズも気が付いたのかそこで言葉をいったん止めている。

 

 

「この話はまた後にして、神様に相談に行ってきますね。神様に許可をいただけなければ『魔法剣士』を目指すのはしばらく先になりそうですし」

「そうね。ベル君もスズちゃんと神ヘスティアと一緒に今後の方針をしっかり考えてあげてね」

「僕なんかが上手く相談に乗れるかはわかりませんが……スズの為に一生懸命考えます!」

「よろしい。さすがお兄ちゃん。偉いぞ」

 

 ベルも恥ずかしがり屋で頼りないところが目立つものの、妹思いで人のことを考えてあげられる優しい男の子だ。

 スズが固定砲台としての魔法使いの道を選んだとしても魔法剣士の道を選んだとしてもしっかりアドバイスが出来るように、主神の元に向かう二人を笑顔で見送りながらも二通りの立ち回りとコンビネーションをエイナは今のうちに考え始める。

 他の冒険者達ももちろんそうだが、こんな良い子達を死なせるわけにはいかない。

 幸なことにベルは妹想いだしスズは聡い子だ。しっかり知識を与えればスズがベルが無理をしないようにフォローしてベルは妹を無理させたくないからその言葉を聞いてくれるだろう。

 二人が生きてダンジョンから帰って来てくれるよう今まで受け持った冒険者以上にスパルタに行こうと「よし!」と拳を握りしめて頑張ろうとエイナは気合を入れた。

 エイナのスパルタっぷりを知っている者達がその気合を入れている様子を見て、小さなあの兄妹達もお気の毒にと苦笑していたのはまた別の話である。

 

 

§

 

 

「やりました神様! 僕達、ゴブリンを倒しました!」

 ヘスティアが教会の隠し部屋でごろごろと読書にふけっていた昼下がり。勢いよくベルがドアを開けて飛び込んできた。その後ろにはどこかご機嫌そうなスズの姿もある。

 

 ゴブリンはダンジョンの中でも最弱のモンスターだ。

 それの撃破報告を誇らしげに語るベルの姿に若干の不安を覚えてしまうが、愛しの眷族達が何事もなく帰ってきてくれたのは何よりも嬉しいことだ。

 ヘスティアは読んでいた本を閉じて笑顔で二人を出迎えてあげる。

 

「おかえりベル君。スズ君」

「「ただいま神様!」」

 生活費を稼ぐことはもちろん大切であるが、今のヘスティアは愛しの眷族達との暮らしが楽しくてしかたないのだ。

 

 日常会話はもちろんのこと、例えゴブリン一匹を倒しただけの話でもこんなにも嬉しそうに話す二人の顔を見れるだけで幸福を感じられる。

 なんでもベルは幼い頃ゴブリンに殺されかけたところを祖父に助けられたらしく、その恐怖の対象をスズと一緒に倒せたのがベルは嬉しかったらしい。

 これも『恩恵』をくれた神様やスズのおかげですと頬を上気させて目を輝かせながら語るベルの姿は何と微笑ましいことだろう。

 

「それで今日はこのままゆっくりするのかい?」

「えっと、もうちょっと頑張って今日は神様に美味しいもの食べてもらおうと思ってるんですけど……。その前に実は神様に相談があって」

 ベルのその短い言葉だけで『自分の為に頑張ろうとしている』ことと『自分を頼ってくれている』こと。その二重の嬉しさでヘスティアのテンションが一気に向上する。

 

「ベル君は本当に神様孝行だね。ボクはとても嬉しいよ! さぁさぁなんでも言っておくれよ!」

「えっと………スズ。なんだっけ?」

「魔物が弱い一層の内から『魔法剣士』を目指したいんですけど、私の【スキル】でそれは可能かどうか、目指しても大丈夫かどうかを聞きたくて」

 

 しかしあまり相談されたくない相談だった。

 ベルとスズはペアでダンジョンに潜っている為、いつかは相談されることとは思っていたがまさか初日、それもたかがゴブリン一匹との戦闘で『魔法剣士』という発想にたどり着くとはヘスティアは思いもしなかった。

 

 これも【心理破棄】を上書きしている【五つの約束の二】『最後の最後まで自分の生存方法を模索すること』の影響なのだろうか。

 思った以上の【心理破棄】の強制力の強さに、問題ないと思って浮かれていた【五つの約束】がスズに悪影響を与えてしまうかもしれないという不安が再び襲ってくる。

 

「神様?」

 気が付くと事情を知らないベルが心配そうに見つめていた。

 ベルにまでこんな重いことを背負わせるわけにはいかない。

 ひとまず【心理破棄】については二人が出かけた後にまた対策を考えて今は相談ごとに集中することにした。

 

「そうだね。スズ君の【スキル】なら問題なく『魔法剣士』として動けるはずだ。でもボクはあまりスズ君に目立ってほしくはないかな。【レアスキル】ってだけでも娯楽に飢えた他の神が興味本位で飛びついてくるってのに、『魔法剣士』自体が冒険者達にひっぱりだこだ。下手に目立つと引き抜こうとちょっかいをかけてくる輩が出てくるだろうね。忌々しいかぎりだよ、まったく。スズ君とベル君はボクの大切な家族だっていうのにさ!」

 

 それがまぎれもなくヘスティアの本音だ。

 スズはそれに加えて幼く可愛いので、ただでさえ『幼女はぁはぁ』とか『やっぱり小学生は最高だぜ!』とか叫びながら変な神が近寄ってきそうなのにこれ以上神達の興味を引くようなことを表立たせたくはなかった。

 

 でも過保護にスズを他の神から守った結果、力及ばずにダンジョンで命を落としてしまっては本末転倒だ。

 『魔法剣士』としての経験を積むならLV.2になる前から【基本アビリティの貯金(隠しステイタス)】を上げておくに越したことはない。

 

「だからスズ君とベル君。その【スキル】のことは何が何でも伏せておくこと。今後【ファミリア】に入ってきてくれた子達含めてだ。それと信用できる人物の前以外では『魔法剣士』としてではなく魔法使いとして振る舞うこと。知らない人にお菓子とかもらってもついていかないこと。いいね?」

「神様。さすがに人懐っこいスズでもお菓子にはつられないと思いますよ? 【パーティー】の誘いも断ってましたし……」

 

「もうかい!? もうなのかい!? 初日からボクのスズ君を奪いに来た不届き者が現れたってのかい!? うわああああスズ君! ボクの元からいなくならないでおくれええええ!!」

「お、おちついて下さい神様! 私は他の【ファミリア】や【パーティー】には入りませんし、変な人についていったりはしませんからッ」

「そうですよ! スズは絶対に僕が守りますから。だから安心して下さい神様!」

 

 ベルのその言葉にヘスティアは涙目になったままベルの方に目を向ける。

 頼りなさそうな兎にも見えてしまうベルがはたして他の【ファミリア】の魔の手からスズを守り切れるだろうか。

 失礼ながらものすごく不安だと思ってしまう。

 

 先ほどだって、ほめてほめてと自分より小さな獲物を狩ってきた小動物のように部屋に駆け込んできてゴブリンを仕留めたことを伝えに来た少年だ。

 不安である。

 

 それでも優しい少年だということは知っている。

 ダンジョンに出会いを求めてやってきたと不純極まりない理由で冒険者になったので女の子のお尻ばかりを追いかけるんじゃないかと心配していたが、ゴブリン一匹の撃破報告をあそこまで喜びながら語り、嘘偽りなく真っ直ぐ「スズは絶対に僕が守りますから」と宣言する姿は頼りなくも純粋で優しい兄そのものだ。

 

 神が自分の子供達を信じなくてどうすると思いつつも、それでも念のために不純な動機のベルに確認を取っておくことは忘れない。

 

「そう言っておいてスズ君を放ったらかしに女の子のお尻なんかを追いかけまわしたりしたら、さすがのボクも怒るぞ?」

「し、しませんよっ! そんなこと!?」

 ベルは顔を真っ赤にして否定をする。うん、嘘は言っていない。

 

「君は女の子との出会いを求めているんだろう? 可愛い冒険者の娘なんか見つけたら、それこそモンスターなんて放ったらかしにして口説きにいくんじゃないのかい?」

「口説くっ……! ち、違いますっ! 僕は下心で女の人と仲良くなりたいんじゃなくてっ……いえ少しはありますけど…僕がしたいことはそういうんじゃなくて、運命の出会いがしたいんです! 英雄譚に出てくるような!」

「ハーレムがどうたらなんて口にもしてたじゃないか」

「ハ、ハーレムは男の浪漫なんです。男に生まれたら目指さなきゃいけないもので、昔の英雄達だって―――――」

 

 頬を赤くしたまま祖父から教わったらしい『男の浪漫』をベルは語りだす。

 酷い奥手なくせに女好きという言うことなすこと噛み合っていない純情な少年。

 奥手でなければ幼いとはいえどこかの令嬢を思わせる美しさと可愛さを持つスズを妹としてではなく異性として見るだろうからこんなことだろうとは思ってはいたが、『だいたいお前のせい』なベルの祖父が戦犯なのは十分に分かった。

 

「じゃあ私もベルのハーレムなんだ」

 そんなやり取りをしていると、スズが不意にそんなことを聞いてきてヘスティアもベルも言葉を失って凍り付いてしまう。

 

 スズの話をしていたはずなのにすっかり幼いスズがすぐ隣にいるのを忘れて教育に悪い話をしてしまったと二人の額から嫌な汗が出てくる。

 

「いや、その、スズは妹だから! そう妹だからっ!」

「でも、助けたお姫様とか身分の違う人もハーレムに入るし。エルフやドワーフとか種族も関係なくて年上や年下もハーレムに入るから年齢も関係ないんだよね。ハーレムって守りたい女性のことだと思ったんだけど……えっと、違った?」

 今までのちぐはぐなベルの言動と解説で、どうやらスズは『女の子をはべらす』のではなく『女の子を守る』方をハーレムの本質だと解釈してしまったようだ。

 嫌な汗が止まらない。

 

「おとうさ……んも言ってたよ。男なら守りたいものを命がけで守るものだって。一度守ったものは最後まで守り通すんだって。そういった誓が『ハーレム』だと思ったんだけど……えっと、その、もしかしなくても見当違い?」

 

 眩しすぎた。汚れを知らなすぎる少女が眩しすぎて思わず二人は目をそらしてしまった。

 

 間違った知識を正さなければいつか勘違いが勘違いを呼んでスズが『薄い本』な目にあってしまうかもしれない。

 それは絶対にあってはならないことだ。

 ヘスティアにとっても『薄い本』という単語を知らないベルにとっても耐えがたい『事案』だ。

 でも純粋な少女に汚れた欲望の真実を教えてもよいものかとヘスティアは非常に悩んだ。

 

 ベルに目を向けるとベルがヘスティアに助けを求めるように情けない顔をしている。

 そんな二人の様子を見てスズがあたふたしだしている。

 早く決めなければ余計な混乱を招くだけだ。

 ヘスティアは覚悟を決めてゆっくりと深呼吸をしてから真っ直ぐベルを見つめる。

 

「ベル君。教えてあげよう。君の手で、汚れを知らない純粋無垢な少女に自分の欲望をありのまま! たとえそれで君がスズ君に嫌われたとしても君も大事なボクの家族だ! 最後までボクは君を見捨てないから安心してくれたまえ!」

「見捨ててますよね!? もう見捨ててますよね絶対!? これ見捨てられてますよね!?」

「ボクにはスズ君に『サンタクロース』の正体を教えることは出来ない。君はボクの手で愛しくてやまないスズ君の夢を壊せと言うのかい!?」

「サンタクロースってなんですか!?」

「勘違いしてるのは私だよ? それを教えてもらっただけで私がベルを嫌いになるわけないよッ」

 

 眩しすぎてもうスズの顔を直視できない。

 この話題を先に出したのはヘスティアだし、それに対して熱く語ってしまったのはベルだ。

 本来なら何でもない会話でどちらが悪い訳でもないし、どちらのせいという訳ではない。

 だからこそ男なら責任をとらなければならない。

 

「えっと……スズ。ハーレムっていうのは―――――」

 ベルはありったけの勇気を振り絞って顔を真っ青にしながらも、何も知らない少女に一から説明する羞恥心で真っ赤になるという器用な変色をしながら説明を始めた。

 

 

§

 

 

「なんだ。一夫多妻のことだったんだね。それならそうと言ってくれればいいのに」

 解釈の仕方がどこかずれていたが、スズは恥ずかしさに頬を赤めているもののベルを嫌悪している節は一切見られなかった。

「えっと……嫌じゃないの? その、こんなやましいこと思ってる男の人が近くにいて」

「ベルはロマンを語っただけで、ベルの語るハーレムはどちらかというと英雄譚への憧れだと思うんだ。ベルは優しいし恥ずかしがり屋だから女の子を手籠めにすることはまずないし、沢山の子に好かれることがハーレムの本質なら、沢山の人に好かれるほど魅力的でいい人ってことだよね。嫌いになる要素なんてやっぱり思い浮かばないよ」

 

 天使がいた。

 『スズちゃんマジ天使』な純粋な笑顔とフォローに「スズ君はやっぱりいい子だなぁ!」とヘスティアは抱き着いて頭を撫で回す。

 スズに嫌われることなく無事やり過ごせてたことでようやくベルの張りつめていた緊張はほぐれ、強張らせていた体から力が抜けていくのを感じて大きく安堵の息をついた。

 

 これでもしもスズに汚物でも見るかのような目で見られていたらベルは再起不能になっていただろう。

 

 自業自得とはいえベルはまたスズの優しさに救われた。

 何度も何度も助けられているからこそ、何があってもスズを守ってあげたい。

 まだ弱い自分だけど、情けない自分だけど、今度こそ大切な家族を守れるようになろう。

 

 ベルはヘスティアとスズのじゃれ合いに頬を緩ませてから、強くなろうと真っ直ぐな瞳で自分自身に誓った。

 




 スズのデザインイメージラフ画

【挿絵表示】

装飾品や剣と盾のデザインはさらに雑でとても見れるものではない状態なので現在保留中です。
文章も見にくく誤字脱字などによる編集が多い雑な私ですが、今後ともよろしくしてくださると嬉しいです。


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Chapter03『心理破棄の唄』

心理破棄の唄(スクラップ・ハート・ソング)
新しい防具の説明と初日最後のダンジョンアタックのお話。
少しでも見やすくなるといいなと相変わらず長くなりすぎないよう分割投稿をしております。


 ヘスティアとエイナから『魔法剣士』として冒険する許可をもらったスズはどこかご機嫌そうだった。

 

「それで防具なんだけど、ドワーフの女の子用の装備がスズちゃんの体にはピッタリかな。問い合わせてみたら新品同様の中古品が今すぐ安く仕入れられるけどどうする?」

「えっと、物とお値段の方は」

「動きやすさも考えてプレートメイルよ。チェインメイルの上から鉄の胸当、肩当、小手、腰当、ロングブーツを付けるタイプの鎧セットでお値段はなんと三九八〇ヴァリス! 前に出るなら兜も被ってもらいたいところなんだけど、魔法を使うなら視界が狭まるのはあまりよろしくないし、兜のない安いセットを問い合わせたらちょうどいいのがあったのよ」

「中古とはいえものすごく安いですね。その、何かいわくつきのものなんですか、それ」

 ついつい気になって口をはさんだベルが現在装備している軽装が五〇〇〇ヴァリスだ。

 それよりも高いはずのプレートメイルが三九八〇と格安なのは何か不備があるのではないかと世間にうといベルでもさすがに不安になってくる。

 

「いわくつきというか……名前がね。『鎧式(よろきち)』なんて変な名前のせいで返却されて、それ以来全く売れずに店主も処分に困ってたみたいなの。怪物(モンスター)の素材やレアメタルも使ってない普通の鎧だし、どうせならギルドの支給品として使ってくれって。でも安心して! 性能の方は保障済みよ!」

 性能は良くても酷いネーミングセンスだなぁとベルは思わず苦笑してしまった。

 

「私はそれで大丈夫ですよ。それに可愛い名前じゃないですか。私それがいいですッ」

「そう。ならすぐに持ってくるから少しだけ待っててね」

 エイナがパタパタと駆け足で相談用の個室から出ていき、すぐに「おまたせ」と防具が入っている段ボール箱を持って戻ってきた。

 おそらくベルとスズがヘスティアと相談している間に取り寄せていたのだろう。

 

「エイナさん。私が魔法剣士にならなかったりその防具が嫌だって言ったらどうしてたんですか?」

「その時はその時。別の冒険者の為の支給品になるだけだからスズちゃんは気にしなくていいのよ。それに防具をつけるように言いつけたのは私なんだし、私はアドバイザーとして当然のことをやったまでなの」

 少し申し訳なさそうにしているスズの頭をエイナは「だから気にしないの」と優しく撫でてあげる。

 

「さあ、他の支給品と同じくローン払いで大丈夫だからこの書類にサインしてもらえるかな?」

「ありがとうエイナさん。大切に使いますね!」

 そしてスズは契約書にサインをして箱の中から防具を取り出し、まじまじと手に取ってチェインメイルとそれにつけるパーツを見ていく。

 

 素人のベルには物の良し悪しは分からないが「あ、丁寧」「オラリオの鍛冶屋さんってやっぱりすごいですね」「鎧下まで入ってとは思いませんでした。使い手のこと考えてくれる良い鍛冶屋さんが作ったんですね」とスズが防具を優しく撫でながら絶賛していることから、きっとすごいものなんだろうなと自分も目を輝かせながらついつい見入ってしまう。

 

「あ、ちゃんと足首は別パーツなんだ」

「そうでないと走りにくいでしょ? それと回避行動が間に合わなかったり盾や剣で攻撃を受けられなかった時の注意点なんだけど、機動力重視のせいで足回りがチェーンメイルの範囲外で太腿が露出してしまってるから、頭部と太腿への攻撃は特に注意して立ち回ること。後チェーンメイルで防げるのは斬撃だけだから打撃はしっかりプレートで受けるように。わかった?」

「はい。痛いのは嫌なのでケガしないように気を付けますね」

「よろしい。他に何か気になることはあるかな?」

「えっと、チェーンメイルは付属している鎧下の上から着こんで、パーツを革紐で縛るだけでいいんですよね?」

「そうよ。その上から精霊のコートを着込めば一層の相手ならよほどのことがない限り大怪我をさせられることはないと思うけど、ダンジョンは何が起こるか分からない場所だから絶対に油断や慢心なんてしないこと。何度も言うけど頭部の守りがおろそかなんだから不意打ちで頭を狙われたらそれだけで致命傷になりかねないわ。しっかりベル君とフォローしあってダンジョンに挑むように!」

 エイナは今度はベルの方に目を向ける。

 

「可愛い妹に無理なんてさせたらダメなんだからね、ベル君。わかった?」

「は、はい!」

「うんうん。偉いぞお兄ちゃん。それで、これからまたダンジョンに行くのかな?」

「そうですね。私の防具でローンの返済額も上がったのもありますが、お祝いに神様にも美味しいもの食べてもらいたいです」

「初日はジャガ丸くん二つを三人で分け合ったからね。神様とスズにひもじい思いをさせないように食費ぐらいは稼ぎたいですから」

 そんな予想以上の二人の貧困生活にエイナの表情が引きつった。

 もしかしなくても三九八〇ヴァリスのローンすらかなりの負担だったのではないだろうか。

 アドバイザーとして良かれと思ってしたことが逆にローンというものすごいプレッシャーを与えてしまっているのではないかと思わずにはいられない貧困状態だ。

 

「「それじゃあ行ってきますエイナさん!」」

「ちょ、ちょっとまったーっ!! む、無理だけは絶対しないでね!? ローンはいつまででも待ってあげられるから絶対に無理したらダメよ!?」

 心優しい兄妹が自分のせいで無理をして死んでしまったら夢見が悪くなるどころか首をくくりたくなる。

 

 エイナはいったんベルとスズを引き止め、初日だから絶対に無理をせず日が暮れるころには帰ってくるようにと何度も何度も言い聞かせてから二人を心配しながらも見送った。

 仕事仲間からは心配しすぎだよと笑われてしまったが、さすがにジャガ丸くん二つを三人で分け合う生活をおくっていることを知ってしまったら心配するなという方が無理がある。

 お願いだから本当に無理しないでよねと、魔石の換金にベルとスズが帰ってくるまでエイナは心配のあまりずっとそわそわしていたらしい。

 

 

§

 

 

 スズが怪物(モンスター)を引きつけてベルがヒットアンドアウェイで仕留める。

 この戦法は予想以上にうまくいっていた。

 

 最初の内はスズがケガしてしまうのではないかと心配で気が気でならなかったベルだが、もう既に十以上の怪物(モンスター)を倒して魔石の欠片を回収しているが一対一においてスズが怪物(モンスター)から攻撃を受けたことは一度もない。

 全ての攻撃を上手く剣や盾で受け流して、攻撃をそらされ体勢が崩れた怪物(モンスター)をベルが仕留める。そんな単調な作業がここしばらく続いていた。

 

 かといって手を抜ける状況ではなかった。

 スズは相手の攻撃を上手くいなす技量はあるが、体力がまだないのか、それとも神経を集中させているせいなのか一回攻撃をそらすだけで軽く肩で息を切らしている。

 それに加えて一度だけ行った剣での攻撃はゴブリンを吹き飛ばしはしたが、そんな闇雲に放つ一撃は決定打にはならなかった。

 

 スズの剣は斬るのではなく重量で叩き潰すことに特化している。

 『恩恵』の効果があるとはいえ、力の少ないスズが怪物(モンスター)に致命傷を与える為には頭をかち割るなどの急所への攻撃が要求されてしまうのだ。

 まだ初日で防御するのに必死なスズは剣による反撃まで手が回らないのが現状である。

 

 だから少しでもベルの攻撃が遅れれば二発三発と怪物(モンスター)の攻撃が続きスズは体力はどんどん消耗されていき、連戦を重ねればいずれ攻撃をそらす体力すらなくなってしまうだろう。

 そういったベルの初動が遅れた時や複数怪物(モンスター)が現れた時にスズは【魔法】を使って今のところ何とか状況を打破していた。

 スズの負担を減らすためにもベルが最速で怪物(モンスター)を仕留めなければならない。

 

「スズ。大丈夫?」

「大丈夫だよ。ごめんね、さっき一匹漏らしちゃった」

「コボルト一匹くらいなら僕でもどうにでもなるから気にしないで。それよりも疲れてるなら少し休みに地上に戻る?」

「まだ大丈夫かな。今日はもう【ソル】を五発撃ってるけど精神力の方はまだまだ余裕ありそうだし、ちょっと後衛で魔法使いやりながら休ませてもらえば大丈夫だよ」

 少し汗をかいて息を切らせながらもスズにはまだ笑顔を作る余裕はあるようだ。

 スズのことが心配だし、何度も何度も「絶対に無理はしないこと」とエイナに念を押されているが、ベルも今後の為に、スズの為に前に出て戦えるようになりたかったし、何よりも『神の恩恵』で上がった力をまだ試しきれていないので今の自分がどんな動きが出来るのかを試したい気持ちも大きい。

 

「私も試したいこと『出来た』し、危なそうになったらすぐに私も前に出るから……ベルもやりたいように色々試していいんだよ?」

「え?」

「前に出たくてうずうずしてるって顔に出てるよ?」

 スズの言葉にベルは慌てて自分の顔をぺたぺたと触って確かめるがそんなことで自分が今どんな表情をしているのかわかるはずもなく、スズにクスクスと笑われてしまった恥ずかしさでベルの頬が赤く染まる。

 

 そうしたやり取りをしている間にもダンジョンは、怪物(モンスター)達は待っていてはくれない。

 奥の方から獲物を見つけたと言わんばかりにコボルトが二体唸り声を上げながら真っ直ぐとベル達の方に向かってくるのが見えた。

「後ろからは…多分きてないかな。正面から追加がくるかもだけど、頼んでも大丈夫?」

「スズのおかげで僕はまだ全然疲れてないから大丈夫だよ。任せて!」

 ベルはスズの期待に応える為に真っ直ぐ正面からコボルトを迎え撃つ。

 最初ゴブリンに感じたような恐怖心はもうない。

 二体くらいまでならまだ何とかなる。

 

 

 

 

 ――――――――そう思っていた時期が僕にもありましたとも、ええ!

 

 

 

 

 二匹のコボルトを相手にしてベルが思ったこと、それはいつ攻撃したらいいのかが全く分からないことだった。

 コボルトの爪が、牙が連続してベルの体を引き裂こうと迫ってくる中いつ反撃をすればいい?

 一匹の時は難なく倒せたコボルトが一匹増えただけでこのありさまである。

 

 基本二対一の状況。

 最悪でも一対一の状況で戦うようにと注意してくれたエイナのアドバイスは的確だったと身をもって思い知らされた。

 気づけばいつの間にかコボルトにはさまれるようなポジションを取られており、スズの放電しながら拡散する電撃魔法【ソル】が撃てない状態にもちこまれていた。

 任せてと意気揚々と飛び込んでおいて結局スズに前に出てもらわなければならない状況を作ってしまった自分が情けない。

 

「【雷よ。第一の唄ソル】」

 そんな中、コボルトの真後ろに電撃の『閃光』が走った。

 ベルに当たらないように注意して放たれたいわばコボルトの注意を一瞬だけそらすだけの魔法。

 その一瞬の隙をついてベルは正面のコボルトの懐に潜り込み心臓にナイフを突き刺してそのままコボルトの体を蹴り飛ばして強引に突き刺した短刀を引き抜いたところでようやく背後のコボルトが行動を起こした。

 背後からの奇襲が来るかと慌てて振り向くと、コボルトがベルのことを無視して一直線にスズの方めがけて突撃していく光景を目のあたりにしてベルは目を見開く。

 

「スズ!」

 今までだってコボルトの攻撃をスズはさばいていたが、それは武具をしっかりと装備していたからだ。

 後衛として休もうとしていたスズは剣と盾を背中に背負い直している。

 スズには【魔法】があるから迎撃なら問題なくできるが、短詠唱のスズの【ソル】は威力が低い。

 直撃でゴブリンを瀕死にする程度の能力だ。

 姿勢を低くして駆け回るコボルトは狙いが付きにくく、拡散する電撃がかすめる程度ではダメージを与えても怯ませることすらできずに怪物(モンスター)の一撃を貰ってしまうかもしれない。

 

 

 防具があるとはいえスズは女の子だ。

 大事な家族だ。

 ケガなんてさせたくないし、エイナが言ったように『もしも』ということがある。

 頭部が無防備なスズの防御力は完璧ではないのだ。

 

 

 ベルは慌ててコボルトを追いかけるが間に合わない。

 間に合わないとわかっていても走る。

 もう家族を失いたくないから無我夢中で走る。

 予想通りコボルトはスズが迎撃で放った【ソル】がかすめる程度では止まらない。

 その鋭い牙がスズの無防備な頭部めがけて無情にも飛びかかった。

 

 

 

 

「【雷よ。敵を貫け。第二の唄】」

 

 

 

 まるで氷のように冷たい声が静かにダンジョンに木霊した。

 スズがコボルトの口に右手を入れた瞬間にコボルトの頭がはじけ飛び、雷の閃光がダンジョンの壁に炸裂してくぼみを作り出す。

 ベルはその光景に唖然となり無意識のうちに足を止めてしまっていた。

 

 スズは自分の右手についた血を手を軽く振って払った後、冷めきった瞳で頭部のないコボルトの死体を見下ろしている。

 

 こんな人形のように無表情な少女なんてベルは知らない。

 でもあの場にいたのはスズのはずだ。

 笑顔がよく似合う愛らしい少女だったはずだ。

 ベルは状況が上手く理解できずに混乱してしまう。

 ゴブリンとの初戦闘以上に今目の前にいる少女を本能的に恐ろしく感じてしまう。

 それでもベルはごく自然に『それ』ができた。

 

「スズ大丈夫!?」

 本心から出た言葉。

 本心からくるスズが無事だったことへの安堵感。

 ベルのその言葉にスズはペタンと地面にへたり込んでしまい、ベルは一瞬抱いてしまった恐怖心なんて置き去りにしてスズを支えに走る。

 

「手は大丈夫!? ケガしてない!?」

 ベルはスズの右手を手に取ってケガをしていないか確かめてみたが、コボルトの血と唾液、それに加えて焦げた肉片が少しこびりついているだけで傷は見当たらない。

 でも尋常ではないほど、目に見えてスズの体がガタガタと震えている。

「ケガはしてないけど……ちょっと怖くて腰抜かしちゃった。ごめんね心配掛けちゃって」

 そうスズは笑顔を見せた。

 心配掛けないように強がって作る笑顔。

 大丈夫とは思えない状態だがいつもの心優しいスズがそこにはいた。

 きっとさっきのはパニックになっていた自分の見間違いだろうとベルは安堵の息を漏らす。

 

「謝るのは僕の方だよ。任せてなんて言っておいてこんなことになって本当にごめん。無事で本当によかった」

 スズを安心させてあげたい気持ちはあった。

 でも何よりも家族を失わずにすんだことが嬉しくてぎゅっとスズを正面から抱きしめる。

 掛けてあげられる言葉が思いつかなくて、ベルは無言のままスズの震えが止まるまでその小さな体を抱きしめてあげた。

 そこまではよかったのだが、スズの震えが止まりいざベルも冷静さを取り戻してくると異性を抱きしめているというこの状況が、柔らかくも温かいスズの頬の感触が、さらさらの髪の感触とどこか甘い香りが、強く抱きしめすぎたせいで「ん」「ぁ」と漏れるスズの甘い吐息が、ベルの顔を沸騰させる。

 

「いいいいいいい、いやこれは違うんだ! 違わないけど違うんだっ! ただスズを安心させてあげたいと思っただけで他に他意はないわけでっ! やましい気持ちとかはぜんぜんなくって! えっと、その、とにかく違うんだっ!」

 慌ててスズを放してベルは脊髄反射のごとく高速で頭を下げた。

「恥ずかしかったけど、ベルが私のこと安心させようとしてくれてたのはわかってたから。や、じゃなかったよ」

 スズの頬を赤めながら出たその言葉に、ベルはまともにスズの顔を見ることもできなくなってしまう。

 毎度のことながらスズは妹なんだ家族なんだまだ幼い子供なんだと必死に心の中で唱え続けて邪念を振り払った。

 

「ベル。心配してくれてありがとう。ベルのおかげで震えももう止まったから大丈夫だよ」

 その言葉にちらりと目を向けると、頬を赤めているがいつもの人懐っこい笑顔をしているスズの姿がある。

 もうすっかりベルの頭からも人形のようなスズの姿は消えていた。

「でもエイナさんも絶対に無理はしないでって言ってたし、一度換金に戻って落ち着こうか」

「そうだね。私はこっちのコボルトから魔石の欠片を取るからベルは向こうのコボルトをお願い。慎重すぎるくらいの方がちょうどいいって思い知らされたばかりだし」

 二人で魔石の欠片を回収して小休憩の意味も込めて一度換金に戻りエイナに戦果報告をしに行く。

 

 最初の内は無事に帰ってきたことと安定して怪物(モンスター)を倒せていたことを嬉しそうに聞いていたエイナだが、最後の危なげな一戦の報告をスズから聞くと顔を真っ青にさせた後「キィミィタァチはっ! 私の言ったこと全然わかってないじゃない!!」と怒られダンジョンの知識や危険性、戦闘のノウハウなどなどスパルタに叩き込まれてしまった。

 




新参者で未熟な私の作品を読んでくださっている皆様、立ち寄って下さるだけではなくお気に入り登録やコメントまでして下さりありがとうございます。
これを励みにスローペースではありますが完走できるよう自分のペースで頑張らせていただきます。

それにしても『鎧式』なんて名前を考えたヴェルなんとか……いったい何者なんだッ


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Chapter04『一家団欒』

世知辛いじぇんこの話と、それでも楽しく暮らしている幸せな【ファミリア】の日常。



 本日の稼ぎはベルの短刀の整備費を差っ引いて六〇〇ヴァリス。一層に初めて短期間潜った稼ぎとしてみれば上々の稼ぎだと思うのが二人で頑張ってこれだ。

 ローンも大量にあるので貧困生活からの脱出はまだまだ先になりそうである。

 

 エイナからはもしもの時の為に五〇〇ヴァリスもするポーションを買っておくよう言われているが、そうすると一〇〇ヴァリスしか手元に残らない。

 一般的な食事なら五〇ヴァリスもあれば十分お腹は満たせるが三人が一日三食を食べようと思うと節約しても一〇〇ヴァリスでは心もとなかった。

 

 前衛で戦っているのが自分自身であったならベルはポーションを買わずに節約しようと思うのだが、前衛で戦っているのはスズだ。

 もしもの時に一番ケガを負うリスクをスズが受け持っていることを考えるとポーションは必需品である。

 

 だけど今日は攻撃を食らわなかったから鎧の整備は必要なかったが、そのうち鎧の整備費も必要になってくるから蓄えは早い内から貯めておいた方が安心できる。

 帰り道にどうしたものかとうんうん唸っているとスズが不意にベルの服の袖をくいくいと引っ張ってきた。

 

「ん、どうしたのスズ?」

「ポーションは明日頑張って買おう。今日の【経験値】で少しは強くなれてると思うし、エイナさんが色々教えてくれたから今日よりも明日の方が楽になっていると思うし。頑張る為にもお腹いっぱいじゃないと元気が出なくて頑張れなくなっちゃうよ?」

 だから食材のお買い物しよ、と笑顔をベルに見せた後に北のメインストリートの方向、商店街の方に少し目を向ける。

 

「ダンジョンだけじゃなくって、まだ街のこと全然知らないからこのオラリオも冒険したいかなって。これからもベルと神様と一緒に暮らしていく街をもっと知りたいの。ダメ?」

 夕日に照らされるスズの笑顔が少し幻想的に見えて、上目遣いでおねだりするスズの姿がとても愛らしく感じてベルの鼓動がまた高まる。

 

 女の子に免疫がなく押しに弱いベルがそのおねだりを断れるわけもなく、ご機嫌そうに鼻歌を歌うスズに北のメインストリートまで手を引っ張られ連れていかれる。

 その様子を仲のいい兄妹ねと街の住人達や冒険者に暖かい目で見送られている。

 可愛い兄妹ね。頼りなさそうなお兄さんねとまで言われる始末だ。主に女性から。スズの愛らしさもあって女性からの注目の的になってしまいベルの顔を上気させてしまう。

 

 

 照れ隠しにスズの様子を見ると、スズは声を掛けられ笑顔で返事を返すものの相変わらず周りの目は気にせず鼻歌を歌っていた。

 大きな手持ちのバックに剣と盾をしまって無邪気にはしゃぐ姿は年相応の女の子そのもので、はたから見れば誰が彼女を冒険者だと思うだろう。

 

 商店街で食材を求めて色々な店を周っていると肉屋や八百屋から「兄ちゃんの手伝いかい? 偉いね」「お、元気がいいね。サービスしちゃうよ!」と頭を撫でられ、世間話から冒険の帰りだと語ると驚き、ヘスティアのところで一昨日から世話になってることを話すと「ああ、ジャガ丸くんの屋台のヘスティアちゃんとこの子か」「昨日ようやく自分に子供が出来たって喜びながら【ファミリア】の勧誘に来たわね」「勿論断ったが、必死だったのはよく知ってるからな。本当によかったぜ!」と商店街の人達はヘスティアに眷族ができたことを自分のように喜んでくれていた。

 

 なんでも可愛いヘスティアはジャガ丸くんのお店のマスコットとして有名で、肉屋や八百屋含めた商店街の人達にも「ボクのファミリアにならないかい?」と聞いて周っていたそうだ。

 調理用の発火装置の取り扱いを間違えてジャガ丸くんの露店を爆発させてしまったこともあるらしく商店街では有名な神であることを聞いて、「神様なにやってるんですか!?」とベルは頭を抱えずにはいられなかった。

 

「神様がご迷惑をおかけしました!」

「いいのよ。怪我人は出なかったし、ヘスティアちゃんのおかげでここ最近売上が伸びてるから。はいこれ、お近づきの印。妹ちゃんと二人で食べてね」

 ジャガ丸くんのお店にベルが謝りに行くと獣人のおばさんから逆にジャガ丸くんを貰ってしまった。申し訳なくて遠慮したのだが「いいからいいから。お腹すかせてるでしょ?」とぐいぐいと押し付けられる勢いに押し負けて結局貰ってしまったのだ。

 

 冒険の後で空腹ということもあったが、何よりも誰かと一緒に食べる食事が、スズと歩きながら頬張る揚げたてのジャガ丸くんはとても美味しく感じられた。

 街の人達の勢いに、ベルの中からスズと手をつないでいることへの緊張感は消えていて、周りに目を配る余裕が出てくると田舎暮らしだったベルが見たことのない物ばかりを取り扱っていて、いつの間にかスズと一緒に目を輝かせながら色々なものを見て周っていた自分に「これじゃあ人のこと言えないな」と子供のようにはしゃぎまわってしまったことが恥ずかしくなってくる。

 

 

 

 

「いい街ね。すごく暖かい」

 

 

 

 日が落ちて二人で教会に戻る途中、スズが静かに口を開いた。

 冒険者の街なだけあって商店街も活気づいていて、荒くれ者が多い中仲慎ましい兄妹の姿が癒しになったのかかなりおまけをしてもらった気がする。

 

 商店街での失費はウサギ肉(一〇ヴァリス)、タマネギ(四ヴァリス)、ニンジン(七ヴァリス)、ジャガイモ(六ヴァリス)、調理用にと葡萄酒に小麦粉、ニンニクや塩やバターなどなどに加えて数日分の固焼きパンやサラダ用の野菜まで買ったものだから二〇〇ヴァリスを軽く超えた買い物になってしまった。

 

 おまけしてもらった分の食材もありベルの両手は荷物で塞がれ、スズの手も自分の荷物のバックと食材の入った紙袋でやはり両手がふさがって歩きにくそうだ。

 それでもスズは嬉しそうに、幸せそうに、表情を見なくても間違いなくスズなら笑っていると思う場面なのに、なぜか不意にダンジョンで見た冷たい表情をしたスズの姿を思い出して慌ててその表情を確かめる。

 

「どうしたの?」

 やはりそこにはいつものスズがいた。

 ベルがなかなか返事を返さなかったせいで眉をひそめた後心配そうにベルの顔を見上げている。

 一瞬だがベルはスズから違和感を感じた気がしたのは気のせいだったようだ。

 

「なんでもないよ。転ばないように気を付けてね」

「ありがとう。ベーコンや卵まで少しおまけしてもらっちゃったんだもん。みんなの好意を落として無駄にしないようにしないとね。神様喜んでくれるかな?」

「喜んでくれると思うけど、この荷物の量はさすがにびっくりしちゃうんじゃないかな」

「数日分の食費と考えれば安いと思うんだけどな。シチューは火を通せば明日も食べられるし……」

 

 スズはウサギのシチューとパンに加えてスズが故郷から持ち込んでいたボトルの蜂蜜酒(ミード)で豪華な夕食をヘスティアに食べてもらいたいらしい。

 本当はこれに加えて食卓に豚か猪肉も並べたかったと言うのだから、元はいいところのお嬢さまだったのかもしれない。

 

「スズはいつもそういうもの食べてたの?」

「いつもって訳ではないけど……騎士の宴会のたしなみだってお母さ……んがお祝いごとの日はもっと沢山の食べ物やデザートまで出してたから。里全体がね、ここでいう【ファミリア】みたいなもので、みんなで持ち寄ったものを大きなテーブルに並べて好きなものをみんなで食べていくの。中でもお母さんが作ってくれた猪肉料理はみんなに好評で、私も大好きだったな。うん、みんなのこと大好きだった」

 

 スズは星が見え始めた空を悲しげに見上げた後、またベルに笑顔を向ける。

「この街も好きになれそうでよかったなって思っただけだよ。心配してくれてありがとう」

 家族を失った痛みを知っているベルは、自分の知った痛みをすぐに理解してあげられるベルは、何かを言ってあげないと、と思った。

 

 しかし何かを言う前に教会に辿りついてしまい、言うタイミングを完全に逃して結局何も言ってあげられなかった。

 だからせめて幸せな家族で居続けてあげないと。ベルは片手の荷物を降ろしてポンポンと優しくスズの頭を撫でてあげた後に地下室のドアを開けた。

 

 

「「ただいま神様!」」

「おお! おかえりスズ君にベル君! ちょっと遅かったからボクはとても心配したよ。その大荷物からして初めての冒険は大成功として見ていいんだね?」

「えっと、そこまで稼げませんでしたけどスズのおかげで食材も少しおまけしてもらっちゃって。今日はスズが初ダンジョンのお祝いにシチューを作ってくれるそうです!」

「スズ君の手料理か! そいつは何よりのご馳走でボクはとても嬉しいよ! でも君も冒険で疲れているだろう? 晩御飯くらいボクが――――」

 

「ごめんなさい神様。ご好意は嬉しいんですけど……その、爆発はちょっと嫌です」

 スズがそう申し訳なさそうに目をそらしたのにグサっと胸を突き刺されたヘスティアは「なぜスズ君がそれをおおおおおおっ!? おばちゃん言わないって約束してくれたじゃないかあああああああっ!!」とソファーに顔をうずくめてバンバンと何度もソファーを叩く。

「えっと、八百屋のおじ様や肉屋のおば様から聞きまして。神様が働いているお店のおば様は『神様のおかげで売り上げが伸びたから気にしないで』とだけ。ですのでおば様はしっかり神様との約束を守っていますよ」

「うぐぬぬぬ。あのおっちゃんやおばちゃん達が犯人か!! もう頭撫でさせてあげないぞ!!」

「な、撫でられてたんですか」

 神様なのに完全に商店街の可愛いマスコットと化している主神についついベルは引きつった笑みを浮かべてしまう。

 

「爆発は嫌なので分担作業にしようと思います。ベルと神様は野菜を洗ってきざんでてください。私はウサギ肉をさばいていますので」

 皮がはがれた状態で売られていた子兎を黙々と解体していくスズの姿に圧倒されながらも、ベルはヘスティアに「僕もスズもそのくらいで神様を幻滅なんてしませんよ」と手を差し伸べて、一緒にスズの手伝いをし始めた。

 手伝いと言ってもスズの希望で野菜を刻んだり簡単なサラダを作っただけでメインとなるシチューの味付けは完全にスズが担当している。

 

 手慣れた手つきからスズは家事や故郷でのお祝いごとで振る舞う料理作りの手伝いをしてきたことが容易に想像できた。

 シチューの出来は田舎暮らししていたベルや貧乏生活をおくっていたヘスティアにとってほっぺが落ちるかと思うほどのご馳走で、「飲んで欲しいな」と一口だけ勧められたミードは蜂蜜の香りが強く、酸味と甘味……ハチミツの甘味というよりはベリーなどの果汁だろうか。

 その甘味が口の中に広がり、それでいてさっぱりした喉越しである。

 ミードの糖度が強すぎてベルはその一口しか飲めなかったが、決して不味い訳ではなく美味しいのに数量で満足しまうものだった。

 流石にこれを薄めずにコップ一杯飲み切る自信はない。

 スズもヘスティアも舐める程度の量しか飲んでいないのでそういうものなのだろう。

 

 皆で作った豪華な食事を食べながらベルとスズは今日の出来事をヘスティアに語り、ヘスティアはそれを嬉しそうに聞いてくれる。

 そんな家族団欒な生活を三人は心の底から幸せだと感じることができた。

 

 

§

 

 

 楽しい食事も終わり、ベルの【ステイタス】の更新も終え、いよいよスズの【ステイタス】更新となりヘスティアの表情に緊張の色が見える。

 女の子であるスズの更新をするのでベルには一昨日と同じくドアの外で待機してもらっているからあまり長い間待たせると悪いと思うのだが、【レアスキル】のバーゲンセールであり【心理破棄】なんて爆弾を抱えたスズの【経験値】からまた変な【レアスキル】を発現させないように慎重に更新を済ませなければならない。

 

 

 息を飲み込み覚悟を決めてスズの【ステイタス】更新作業に取り掛かる。

 

 

---------------------------------------------------------------

 

 スズ・クラネル LV.1 ヒューマン

力:i 0⇒6  耐久:i 0⇒15 器用:i 10⇒23

敏捷:i 0⇒1 魔力:i 30⇒70

 

---------------------------------------------------------------

 

 

 ベルと同じく初回だけあって基本アビリティの伸びがトータル七五と大きい。

 ダメージを食らっていないものの攻撃を立ち止まって受け流し続けたことから耐久と器用の伸びが大きく、そのせいもあって敏捷が一しか伸びていない。

 魔力上昇がやけに大きいのはおそらく『愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える』効果である【愛情欲求】のおかげだろう。

 

 上昇値が多い分『親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る』による減少の幅も怖いところだが魔力は魔法使いにとって最大の武器だ。今は何事もなく幸福を感じて魔力が伸びたことを祝福してあげよう。

 

 問題になっている【スキル】項目は追加もなければ変化もない。

 本来【スキル】は簡単に追加されるものではないのでこれが普通であるが、でもできることなら【心理破棄】には消えてもらいたいところだった。

 

「神様。魔法に何か変化はありますか? 多分、新しい魔法が魔法スロットに現れていると思うんですけど」

「魔法スロット? 二つ空いたままだけど――――」

 どこか不安げなスズの言葉に魔法の項目に目を向ける。

 

 

--------------------------------------------------------------

 

    魔法

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ』

・第二の唄ソルガ『雷よ。敵を貫け。』

【】

【】

 

--------------------------------------------------------------

 

 

 魔法スロットは埋まっていないが、【ソル】の項目に一行追加されている。前回まで『第二の唄ソルガ』なんて項目はなかったはずだ。

 魔法スロットを使わずに新たな魔法っぽいものが項目に追加されているのを見てヘスティアは唖然としてしまう。

 

「スズ君。確かに君の【ソル】の項目に【第二の唄ソルガ】という追加詠唱だと思われるものが発現している。それも魔法スロットを使わずにだ。どうしてそのことが分かったんだい?」

 魔法が発現するとしてもそれは【ステイタス】を更新させてからのはずだ。

 後天系の魔法は度重なる【経験値】によって魔法スロットに発現し魔法スロットは最大で三つ。

 二つ魔法を持った魔法使いは【パーティー】に引っ張りだこ。

 これが神々の、そして冒険者達の常識だ。明らかにこの現象は異常である。

 

「よかった。いじった術式はしっかり保存されているみたいですね。多分ですけど『追加詠唱による効果変動』は『私が作った術式による効果変動』で、この【ソル】という魔法は『雷よ』から組まれる術式をトリガーに発動する【創作魔法】の通称だと思います。拡散を直線に書き換えるだけでも結構苦労してしまいましたけど魔法スロットを使わないならどんどん新しいのを考えてみようかな」

 

 スズが何を言っているのかが分からなかった。

 そのあまりに希少価値のある魔法が怖くて理解したくなかった。

 『魔法を創作でき』『創作した術式は保存され』『その術式を自由に選択可能』な便利【魔法】を一スロットで使える。

 エルフの【魔法】限定だが全てのエルフの【魔法】を【召喚魔法】として行使できる魔法使い泣かせがいるという風噂を聞いたことがあるが、『一から術式を組み立て』て『詠唱文として要約し』それを『一スロットにまとめる』なんて【とんでも魔法】なんて見たことも聞いたこともない。

 

 しかもその異常性にスズはまだ気づいておらず『スロットを消費しないから便利だな』程度にしか思っていない。

 このままだと人前でも平気で三つ以上の魔法を使ってしまい、神々からも冒険者からも色々な意味で狙われることになるだろう。

 

 【雷魔戦鎚】に加えて【魔法】までも知られるだけで本人の意思関係なく取り合い待ったなし。

 むしろ【雷魔戦鎚】の効果である『魔法術式制御』というよく分からない項目が【ソル】という【創作魔法】を作り出してしまっているのだろう。

 拡散させる電撃を直進させるだけで苦労したという言葉を信じるならそう簡単には新しい術式は登録されないとは思うが、雷属性限定とはいえ時間を掛けて術式を作ればスズは好きな効果の長詠唱魔法を三つ以上所持して使い分けることができることになる。

 

 『レアスキル』や『オリジナル』という言葉が大好きな娯楽に飢えた神も戦力が欲しい神も何が何でもこの貴重なスズという少女を欲しがることだろう。

 

「スズ君。魔法は最大で三スロットだ。聡い君なら、一昨日の注意事項だけでもこの意味わかるだろう?」

「あ……すみません。ちょっと浮かれてました。そうですね、人前では三つ。詠唱の方もなるべく聞かれないようにします。でも、自分で術式を組んで発展させる【ソル】は発展させていかなければゴブリンすら一撃で倒せないほど低威力です。ですから―――」

 

「気を付けてくれればそれでいいんだ。ボクはスズ君を失うのが怖い。理不尽に他人に奪われてしまうのが怖いだけなんだよ。ボクやベル君の為に頑張りたいっていう君の意志をボクは反対しない。尊重もすする。応援もする。でもボクやベル君も同じようにスズ君の為に頑張りたいんだ。家族を失いたくないのは皆同じなんだぜ?」

 一番最初に眷族になってくれたスズとベルを失いたくないから、子供をあやすように優しくスズの頭を撫でてあげる。

 

「神様。その……このことはベルにも話したらいけないのでしょうか?」

「うむむむむ。ベル君は人に嘘をついたりごまかしたりするのが得意ではなさそうなんだよなぁ。でも【ファミリア】内で信頼できる人物ならこのことを話した方がいいと思うな。パーティーで戦う中どんな魔法が必要だとか何かいいアイディアはないかとか相談するのもいいし、大切な人に隠し事をし続けるというのも辛いだろ? ベル君としっかり話し合って外に情報を漏らさないように気を付ければ問題ないと思うぜ、スズ君」

「ありがとうございます神様ッ!! ベルを呼びに行ってきますね!!」

 ぱたぱたと嬉しそうに駆けていくスズの後姿が、大きなリボンの先から生える小さなポニーテールが小さく揺らす姿が、なんとなく猫が嬉しさに尻尾を直立させて振っているように見えてしまい、これからベルにもスズについての大切な話をするというのにヘスティアの頬が思わずゆるんでしまう。

 

 ベルにこのことを簡単に説明するとスズがすごい魔法使いとしてすごい才能を持っていることを自分のことのように喜んで「スズはすごいな。僕も頑張らないと!」と気合を入れ、外に知られると狙われるかもしれないことを話すと顔を青ざめさせ、すぐに真剣な顔つきで話を聞いて今後注意していくことを三人で話し合った。

 

 結局、冒険者の情報は生命線という基本を守れば何事も起こらないので普段通り気を付ければいいだけということに落ち着いてしまい、やや拍子抜けで終わった家族会議になってしまったが、取り返しのつかない事態になる前にスズとベルに情報の大切さと珍しい物への周りの執着心を知ってもらえたのは大きいだろう。

 

「スズ!! 眠そうだけど大丈夫!?」

 そんな家族会議の後、ベルの慌てたような言葉にヘスティアがスズに目を向けると、うとうとと今にでも床にこてんと倒れて眠ってしまいそうな状態になっていた。

 

 まだ幼いということもあるが、今日が初めてのダンジョンで疲れもたまっているし、少量とはいえ酒も飲んでいる。昨日も一昨日もスズは夜の八時ごろには床に入っていたのに、現在の時刻は夜の十時を超えているのだ。スズの活動時間は限界にきている。

 

「うわー!わー! すまないスズ君! 君の床の時間をすっかり忘れていたよっ! もう大事なことは話し終わっているから早く寝るんだっ! 今すぐに! あ、歯磨きはちゃんとしたかい!? そうだ寝巻に着替えさせてあげないと!! そんなことも気づけないへっぽこ神様でごめんよおおおおおおおっ!!」

「かかかかかか、神様!! 落ち着いて下さい!! まだ僕も部屋にいますしスズを着替えさせてあげるのは僕が出て行ってからにしてあげてくださいっ!!!」

「わー! わー! わーつ!! ベル君見てはダメだっ!! スズ君も女の子なんだから同じ家族でも着替えをのぞくなんて絶対にダメだっ!! 君はスズ君をまた泣かせる気かい!?」

「脱がせてるのは神様でしょう!? すぐに出ていきますから!!」

 顔を耳まで真っ赤にさせながらベルは既に背中を向けてドアまで走り出していた。

 

 そんな中よほど眠くて頭が働いていないのかスズの反応は皆無で「お母様……自分できがえられますからぁ」と完全に寝ぼけてしまっている。

 意識もはっきりしてなくてこのことは覚えていないだろうから、スズの為にもまたちらっとだけだがベルに素肌を見させてしまったことは黙っておくことにした。

 

 それとヘスティア自身が脱がせておいてなんだが、コートの下の上着がハイネックの黒いインナーだけというのもまだ子供とはいえ危機感が足りないなと思ってしまう。

 外に出る時や家事をしている時は破れても汚れても大丈夫な無駄に高性能なコートを着ているからいいものの、今日家で生活している時はコートを脱いでこのインナーとフリルのついたミニスカートというあまりにもラフすぎる格好であり、そのインナーの下には薄いキャミソールを着ているだけだ。

 

 濡れたり汗でもかこうものなら肌に張り付いてベルがとても直視できないことになってしまうだろう。

 そうでなくとも肌にフィットしているせいでキャミソールのラインがまるわかりである。

 

 

 よくよく見ればおへそも透けているではないか。危険だ。実に危険である。

 

 

 スズ本人からすればこのままさっと防具を着てその上からコートを着れるような格好として選んでいるのだと思うのだが、ミニスカートと黒いハイーニーソックスの『絶対領域』も加わり、『パンチラ』を防ぐ為にはかれているだろうストッキングインナーは逆にショーツが透けて見え、その食い込みに加え小さなお尻のラインを強調させてしまっており『キタこれ』『ダンケダンケ』『無知シチュキタこれ』『幼女ハァハァ』と防具をつけていない状態でコートを脱いだだけでも飛びついてくる神は多いだろう。

 

 スズは『純粋無垢』なのに『エロス』をかね揃えた『ロリコンホイホイ』を作り出してしまっているのだ。

 愛しの眷族を無意識のまま『ハイエースまったなし』な状態にしておくのは大問題である。

 

 初日にベルに裸を見られて赤面していたことからスズには羞恥心がある。

 それでも幼さから『服を着ているから大丈夫』と透けてしまうことなんて頭になく単純に考えてしまっているのだろう。

 冒険用ではなくお出かけ用の衣服はフリルのついた可愛らしいものを二着もってきているし、冒険に出なかった昨日一昨日はその衣服で過ごしていたことからも好んで露出しているわけではないのは確かだ。

 

 子供ゆえの無邪気で無知というのは恐ろしいものである。

 

 今度貯めているお金を使って冒険に着ていく用に、透けにくい似たようなハイネックのインナーシャツを買ってあげた方がいいだろう。

 同じ大きさのスパッツも必要だ。

 『見られても大丈夫だもん』なものを薄い生地にしたら『エロス』が増すだけで何の防御にもなりはしない。

 これらスズの衣服や生活品を荷造りをしてくれたのは同じ里で交易をしているお姉さんらしいのだがそのお姉さんは狙ってこのような『あざといエロス』を『純真無垢な少女』に着させようとしていたのだろうか。

 

 そう思うと大っ嫌いなロキも可愛い服や『エロス』な服を眷族に無理を言って着させているという噂を思い出し、まだ見ぬ交易お姉さんのことも腹立たしく思えてきてしまう。

 

 とにかく今はスズの貞操と初心なベルの精神を守る為にも必要な失費だとヘスティアは可愛い眷族達の為に失費を覚悟するのであった。

 

 




 チート【魔法】である【ソル】についての補足説明
雷神トール(ソール)を由来に雷属性の魔法を自由に創作する『ソル』という名前が付けられました。また【ソルガ】は語感が良かったことと、ある小惑星の名前元である【スルガ(天国)】から名付けられております。
この【ソルガ】に主神がスティア様なことから【ギリシャ語の単語】をくつけたものが魔法名となり、それぞれ【雷よ。】から始まる専用の詠唱文が一スロットに詳細文として記載されていくのが【創作魔法】である【ソル】です。

 例
・カルディア・フィリ・ソルガ『雷よ。私の想いを届け給え。』

一から術式をくみ上げるので座標設定などにも四苦八苦しながらゆっくり【創作魔法】を作ったり、時には【スキル】の影響で急に【魔法】が発現したりしますが、これからも『少女』を見守って下さると幸いです。


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Chapter05『早起きは三文の徳』

急ぐ理由はないのにはりきって早朝から冒険に行ったお話。


 畑仕事をしていたベルの朝は早い。

 畑仕事で早起きが習慣として身についてしまっている為、ベルは体内時計が五時ごろになると目を覚ましてしまうのだ。

 

 時計に目をやると五時ちょうどなことに今日も絶好調だと、そんななんでもないことに喜びを感じて頬を緩ませてから寝床であるソファーから体を起こして「んー」と背伸びをする。

 

 【ヘスティア・ファミリア】に入ってから三回目の朝。

 昨日一昨日のスズの起床時間はだいたい六時から七時の間だったのでまだヘスティアと一緒にベッドで寝ている時間だろうとベッドの方に目を向けるとそこにはヘスティアの姿しかない。

 

「あれ?」

 地下の隠し部屋を見回してみるとスズが既に水で顔を洗っていた。

「おはようベル。今日もいい天気になりそうだよ」

「おはよう。今日は早いねスズ。昨日は寝るの遅かったけど大丈夫なの?」

「うん。心配してくれてありがとう。昨日もベルはこの時間に起きてたみたいだから私もこの時間に起きようかなって」 

「そんな無理しないでもいいのに」

「これでも私、里では早起きしてみんなのお手伝いしてたんだよ? 最近はちょっと疲れててお寝坊さんだっただけなんだよ?」

 

 失礼しちゃうなと言いたげに「むぅ」とスズの頬を膨らまさせてしまった。

 失礼だと思うのだが少しすねているスズの姿は斬新で愛らしくも思えてしまう。

 

 でもすぐにスズは気分屋の猫みたいにころっと気持ちを切り替えて「ベルはもうごはん食べるの?」と笑顔で聞いてきた。

 そんな表情豊かなスズの愛らしい笑顔に相変わらずドキっとしてしまい「た、食べようかな」とぎこちない笑顔で返事を返してしまった自分が我ながら情けなく思う。

 

「それじゃあ昨日のシチュー暖めるね」

 スズがぱたぱたぱたと小走りで冷蔵庫から昨日の残りのシチューの鍋を取り出していっているのを見て、ベルは自分も何か手伝わないととシチュー用の食器を三つテーブルに並べる。

 

「にゃむぅー。なんだい二人とも今日はやけに早起きじゃないかぁ……」

 もそり、とヘスティアも眠たそうに眼をこすりながらベッドから体を起こした。

「あ、神様おはようございます。すみませんどたばたしちゃって」

「あー、スズ君。怒ってはいないから気にしないでおくれぇ~。二人とも精が出てるって関心しただけさ。でも無理したらダメだぜ?」

 そう注意しながらヘスティアはよろよろとおぼつかない足取りで水場に行き顔を洗って身だしなみを整え始める。

 

 早起きは相当苦手なのだろう。

 次の日からは起こさないように気を付けないといけないねとベルはスズと顔を見合わせて互いに笑みをこぼす。

 

「神様も今からスズのシチュー食べますか?」

「起きたから食べるよ。自分で用意しなくても朝起きたら大好き子供達がごはん作ってくれてるなんてボクは幸せものだなー。愛してるぜベル君~スズ君~」

 顔を洗って髪をまとめていつものツインテール姿になってもまだ眠たいのかテーブルに顔をうずくめてぐったりしている。

 

 そんなだらけきった神様の世話をしながら二人でやる作業は家族と一緒に暮らしていることが実感できて、ただ朝食の準備をしているだけなのにベルはこの時間をとても幸福に感じることができた。

 きっとスズもヘスティアもそう感じてくれているだろうと思うとさらに嬉しさは増してくる。

 

「それで、こんな早起きしてもうダンジョンへ行くのかい?」

「そうですね。最初はお散歩でもしようかなって思っていたんですけど、オーブンもほしいですし、借り金もありますし……ダンジョンで稼ぎたいところではありますね。ベルはどうしようと思ってるの?」

「僕はスズが大丈夫ならダンジョンに行きたいかな。神様に【ステイタス】を更新してもらってどのくらい強くなったか試してみたいし」

「期待してるところ悪いけどベル君。【基本アビリティ】が10くらい伸びただけだと劇的な伸びはないからくれぐれも無理だけはしないでおくれよ?」

「ですよねー」

 

 能力を数値化してあらわしてくれている【基本アビリティ】はiの0が最低値でS999が最大値。

 iの次のhに行くのだって100必要で100単位でランクが上がっていくのだ。

 さらに最初の内は伸びが良くてもランクが上がるにつれて【基本アビリティ】の伸びしろはどんどん悪くなっていくらしい。

 

 だから10程度上がったところであまり能力は変わらないとは予想はしていたのだが、こうもはっきり言われるとさすがにショックが大きくベルはがっくりと肩を落としてしまう。

 

「うむむむむぅ、やっぱりまだねむぃ~」

 朝食が終わる頃にはまたヘスティアが眠そうに目をこすっていた。

「次からは神様を起こさないように気をつけますね」

「あーうー、眠いは眠いんだけどさ、「いってきます」だけは起こしてもいいから言ってくれるとボクは嬉しいかなぁ。朝食はボクにもバイトがあるし、こんな朝早くから起きてられる自信ないから明日からこの時間に出るなら二人で食べおくれよ。ボクは適当に何か食べるからさ」

「でしたら出かける前に神様が起きた時すぐ食べられそうなものを僕が用意しておきますよ」

「おおー! ベル君も本当にいい子だなぁ。それじゃあ明日からお言葉に甘えさせてもらうよぅ~」

 ふらふらとヘスティアがベッドに戻っていく。

 

「「いってきます神様!」」

「いってらっしゃい。何度も言うけど無理したらダメだぞー。君達が帰ってこなかったらボクはがらにもなく泣いちゃうんだぞー」

 完全にそこから沈黙してしまったヘスティアに「おやすみなさい。今日も頑張ってきますね」と小声でスズと一緒に挨拶をしてから、ゆっくりと音をたてないように気を付けながらベルはダンジョンに行く準備を済ませてそっと地下室から出た。

 

 ベルがいた為寝巻から着替えられなかったスズが冒険用の衣服と装備を着込んでいつもの白いコートを羽織り、帰りに武具を入れていく用の大きな手持ち鞄を持って後を追ってくる。

 

 この大きな鞄は積載量が多い為、魔石の欠片やドロップアイテムが沢山入り昨日はダンジョン内でも充穂していたのだが、バックパックと違って持ったままだと戦闘に支障をきたしてしまう。

 そのため戦闘が始まると無造作に地面に置くしかなく、前衛よりの『魔法剣士』であるスズが剣と盾を構える時間が遅れてしまう欠点もある。

 

 そのことから担当アドバイザーであるエイナは、魔石やドロップアイテムの回収にスペアの装備やアイテムを持ち運び管理してくれるサポーターを雇うように薦めていたが、無名の【ファミリア】についてきてくれる無所属のサポーターの当てもなければ雇うお金すらままならない状態である。

 なのでしばらくは金銭的な問題から雇うことはないだろう。

 

「やっぱり街は田舎とは違うね」

 スズのそのつぶやきに周りに目を配ると早朝のメインストリートには人気がほとんどなく、いろどりみどりの店もすべて閉まっている。

 ちらほら見える人影はベル達と同じく早朝からダンジョンに潜ろうと摩天楼施設を目指す武装した冒険者が少しと、開店準備をしている店員が少し見える程度で昼間の賑やかな街の雰囲気とは全く違っていた。

 

「スズが住んでいたところはこんな時間でも賑やかだったの?」

「うん。道を歩くとね、この時間でも「おはよう」ってみんな挨拶してくれてね、「ありがとう」って言われるのが嬉しくてお手伝いして周ってたんだよ。鍛冶屋のドワーフさんには危ないから他行きなさいって何度も怒られちゃったけど……。ベルはおじいさんと畑仕事してたんだよね?」

「そうだよ。早朝から畑仕事してたからこの時間に起きるのが体に染みついちゃってて。だからもう少しゆっくりしててもよかったんだよ?」

「お散歩するのもダンジョンに行くのも同じかなって。それに教会も直したいし……オーブン欲しいし……。その為にもまずは借り金を返済しないとッ」

 朝食の時も言っていたからよほどオーブンが恋しいのだろう。

 「その為にも頑張らないとッ」とスズはぎゅっと拳を握りしめて気合を入れていた。

 

 

§

 

 

 螺旋階段を降りた先、ダンジョン一階層での狩は順調だった。

 昨日の戦闘でだいぶ慣れたのもあるが、やはりわずかな【基本アビリティ】の上昇でもスズは昨日よりもいい動きをしている。

 

 昨日は怪物(モンスター)の攻撃を弾く度に緊張と体力の消耗から肩で息を切らせていたが、今日は余裕を持って攻撃を剣や盾で反らし剣で反撃する余裕も出てきていた。

 まだまだ単純な剣での攻撃ではゴブリンも一撃で倒せる力はないが、盾でゴブリンの打撃をそらして体勢を崩し、そこからズブリと体重を掛けた剣の一撃がゴブリンの胸を貫通した時は「あれ僕って必要なのかな」と真剣に思えてしまった。

 

 何よりもスズが新しく【創作魔法】で作り出した【ソルガ】の威力はすさまじく、怪物(モンスター)を引きつけきれずに撃ち漏らしてベルに向かっていったのはまだ二回だけだが、その二回とも凝縮された貫通電撃魔法【ソルガ】で一撃必殺されている。

 

 それに比べて先ほどからヒットアンドウェイを繰り返しているだけのベルはイマイチ自分が強くなった実感がわかずにいた。

 英雄の必殺技と言ったらやっぱりこうでなければならないなと英雄願望のあるベルは目に見えて強くなる【魔法】という力がうらやましく思えた。

 というよりもカッコよく思えた。

 自分はいつ【魔法】が発現するんだろうと思いながらもスズが体勢を崩した本日十五匹目の怪物(モンスター)、コボルトの喉を切り裂く。

 

 周りの安全を確認した後に二人で魔石の回収をして、地面に無造作に転がしていたスズのバックに魔石の欠片を入れていく。

 でも、こんなに順調なのにスズはどこか不安げな表情をしていた。

 やはり昨日コボルトに頭をかぶりつかれそうになった恐怖がまだ尾を引いているのだろうか。

 

「スズ。無理しなくてもいいんだよ?」

「うん。ちょっと【ソルガ】の燃費が悪いみたいだから抑えるね。すごく強力だけど、二発でこれだとちょっと辛いかな」

「え?」

「だいたい【ソル】の七倍くらい【精神力】を消費してるのに三倍程度の威力なんだもの。威力を押さえるように調整すればもう少し使いやすくなるかなぁ。今のままだと四発くらい撃ったら【精神疲労】しそうで怖いし、ベルは何か良い魔法の案ないかな?」

 スズは予想を斜め上を行く悩みをしていたようだ。

 自分より小さなスズが自分よりもよほど肝が据わった冒険者をしていることをベルは思い知らされてしまう。

 

「ベル?」

「あ、うん。雷魔法ならやっぱり上から降るイメージがあるかな。こうズガーンって怪物(モンスター)の大群を薙ぎ払うような感じの!」

 英雄の必殺話技といったら大群を薙ぎ払いドラゴンも倒せる大魔法だ。

 正しい答えかは分からないが、ベルはありのまま自分の中にある雷魔法のイメージをスズに伝えてあげる。

 

「座標指定に広範囲かぁ。燃費はもっと悪くなりそうだけど強力な範囲魔法はそのうち必要になってくるし、座標指定もベルの援護に必要だから少しずつ組んでみるね。【ソルガ】一発分の【精神力】を残して、後はちょっとお試しに使って大丈夫かな。完全に前衛になるから漏れた怪物(モンスター)にいざって時以外援護射撃できなくてベルに負担掛けちゃうかもしれないけど……」

「全然大丈夫だよ。むしろスズは一人で背負いすぎなんじゃないかって見ててハラハラしてたし。全部の怪物(モンスター)を一人で引き受けるなんて無理なんだからもっと僕に頼っていいんだよ?」

「私、すごくベルに頼り切った戦い方してるんだけど……。走りまわってる分ベルの方が負担大きかったと思うよ?」

「そうかな。スズが引きつけてくれてる敵をただ倒してただけなんだけど」

 怪物(モンスター)を攻撃してるだけなので一番楽してるのではないかと思っていたのに違ったのだろうかとベルは首をかしげる。

 

「ベルは毎日畑仕事してたから足腰が強いんだね。それじゃあ、帰り道はちょっとお願いね。バックにまだ余裕はあるけど、昨日の今日で無理したらまたエイナさんに怒られちゃうし」

「これから徹底的にダンジョンの怖さを教え込んであげるんだからって張り切ってたしね」

 昨日、危なげな戦闘の報告をして怒られた後、今日もエイナが特別講義の時間を設けてくれることになった。

 

 美しいハーフエルフであるエイナにドキっとする間すら与えてもらえない徹底的なスパルタ講義は初日からベルの頭をパンク寸前まで追い込んだが、それだけ自分達のことを心配して真剣に取り組んでいることは理解できたし、スパルタながらも丁寧に教えてくれる世話焼きなエイナの好意は正直なところ嬉しい。

 

美人なエイナに世話を焼かれるのは男として喜ばしいことだとも思う。

思うけど、あのスパルタ講義が毎日続く光景を想像したら引きつった笑いしか出てこなかった。

 

 一方スズの方は「今日は何をおしえてくれるんだろう」とエイナのスパルタ講義を楽しみにしているようだ。

 『魔法剣士』の時や防具の時もそうだが、スズは農民であるベルではよく分からない、冒険譚には載っていないような細かいことも知っている様子だった。

 

 祖父に読んでもらった英雄譚以外にこれといった本を読んだことがあまりないベルとは違い、スズは沢山のことを学びながら生活していたのだろう。

今朝「ありがとう」と言われるのが好きで里のみんなのお手伝いをしていたと言っていたので、もしかしたら「ありがとう」と言ってもらいたくて沢山勉強して、その知識を誰かの為に使いたくて学ぶのが好きになったのかもしれない。

自分の為に知識を蓄えるインテリというよりも、そちらの方が優しいスズにしっくりくるイメージだ。

 

 そんなことをベルが考えていると唐突にスズが足を止めるのを見てベルも足を止めた。

昨日エイナから前衛に歩幅を合わせるようにと言われたので今日実際にそれをやっているのだが、さすがに初日ということもあって止まるのが少し遅れてスズより数歩先に進んでしまう。

でも、だんだん意識しなくても合わせられるようになってきた気もしないでもない。

 

「また三匹……かな。多分ゴブリン。帰り道なのに多いね」

 どうやらスズが遠くの足音を聞きつけたようだ。

 スズは地面にバックを置いて剣と盾を構え、ベルも手に持ったままの短刀を構えた。

 

 油断していた訳でもないし、ベルも不意打ちされないように気も配っているのだが、いつもスズの方が先に怪物(モンスター)を発見する。

 どうやって察知しているのか気になって少し前に聞いたら、「足音と息遣いでなんとなく判断してるだけだからあまり当てにしない方がいいよ」と技術として説明ができないことを申し訳なさそうに謝られてしまった。

 それでいてだいたい怪物(モンスター)の数と種類が的中しているのだからすごいと思う。

 

「二匹までなら何とか魔法なしでも引きつけられるから、一匹倒したら援護をお願いね。どうしてもダメそうだったら【魔法】を使うから気を付けて」

「わかった。スズもケガしないようにね」

 スズがようやく姿が確認できるところまで近づいてきたゴブリン三匹に向かって勢いよく駆け出し、ベルはその後ろを追い越さないように速度を落としながらついて走る。

 

 ゴブリン達もベル達に気づき唸り声を上げて地を駆ける。

 それは速度も合わせていなければ隊列も何もないただの本能に赴くままの猪突猛進な突撃だった。

 

 一番足が速いせいで先頭に立つことになったゴブリンに向かってスズは速度を落とさないまま盾を突き出して突進し、一匹目を盾で跳ね飛ばして転倒させてから、次に近いゴブリンに向かって速度を落としながら軽く地を蹴り、体を右にひねらせその遠心力に任せた剣による薙ぎ払いを二匹目のゴブリンの体に叩き込み、二匹目のゴブリンは勢いよく吹き飛ばされて二回三回と地面をバウンドしていく。

 

 三匹目のゴブリンが隙だらけになったスズに狙いを定め襲い掛かろうとしたところでベルは一気に加速。三匹目の横腹に膝蹴りを食らわせて怯ませた後、すぐさま逆手に持った短刀の柄に左手も添えて体重を掛けた振り降ろしで脳天一撃惨殺。

 一匹目が起き上がろうとしていたので反撃を受けないよう腹を思いっきり踏みつけてから同じく体重を掛けた一撃で心臓一突き惨殺。

 最後の一匹は衝撃で骨が粉々になっているのか起き上がることも出来ないようだが怪物(モンスター)に慈悲はない。

 おまけとばかりに惨殺。

 昨日エイナのスパルタで学んだとおり一匹ずつ確実に仕留めていき今回も何事もなく戦闘は終わった。

 

 スズがバックを取りに戻っている間にベルがゴブリン達から魔石の欠片を取り出し終わらせ、この作業にもだんだん慣れてきたものだと『怪物(モンスター)をスムーズに倒せた』ことよりも『魔石の欠片を早く回収できた』ことに満足していた。

 

「やっぱりベルが一番負担掛かってると思うんだけどなぁ」

「そうかな?」

 初動はスズの方が多く敵を受け持って【魔法】も使えるものだからベルは自分があまり活躍していないと思い込んでいるだけで、このペアの攻撃の要は間違いなくベルだった。

 

 一対一の状況を作り出す為にスズは多数戦になると今回のように怪物(モンスター)を転倒させたり吹き飛ばしたりしている訳だが、それに対してもしっかりトドメを刺して周っているベルの運動量は本人が気づいていないだけでスズの倍くらいにはなっている。

 

「エイナさんじゃないけど、ベルのことちょっと心配になってくるよ。無理したらやだよ?」

「どちらかというとスズの方が心配だったけど。さっきも無防備で危なかったし……」

「それはベルが一匹なら確実に止めてくれるってわかってたから。でもそうだね、今のはおあいこかな」

 そうスズは自分の非も認めた後「ケガしないようこれからも頑張ろうね」と笑顔を作り魔石の欠片を回収したバックを担ぐ。

 

「そういえばスズ。術式の創作はやらなくていいの?」

「移動中にちょこちょこ調整中かな」

「そうなの?」

「うん。まだ試してないから結果は分からないけど、ちょっと目の前の壁……出っ張ってるところを見てて」

 スズが指さす先のT字路の壁に一目でわかるくらいの出っ張りがある。

 おそらくアレのことだろう。

 

「【雷よ】」

 スズが【創作魔法】である【ソル】の基本詠唱を唱えると、壁の出っ張りからかなり左上にずれたところでバチンと小さな火花が飛び散った。

「出っ張りに座標を設定したつもりなんだけどやっぱり難しいね」

 

 【雷よ】の詠唱でバチンと今度は地面に火花が飛び散り、詠唱をする度にバチン、バチンと徐々に火花が近づいてくる。

 近づくにつれてブレが無くなっていき、スズの一M手前くらいになると壁の出っ張りから見て一直線の位置で火花が散った。

 確かめるように【雷よ】ともう一度唱えると同じところでまた火花が散る。

 

「もうできたってこと?」

「そうとも言えるし、そうとも言えないかな。今の術式だとこの距離までしか正確な座標設定ができないみたいで。【雷よ】」

 バチンと再び壁に火花を散らすが今度は右下にずれてしまっていた。

 

「ただの火花でこれだから、もっと複雑な術式になる広範囲に雷を落とせるようになるのは先になりそうだよ」

「【魔法】ってやっぱり難しいんだね」

「普通は『神の恩恵』の力で【経験値】から【魔法】の術式をそのまま詠唱文として作り出すと思うから、頭の中でいちいち術式なんて組まないと思うよ?」

 暴走しないように制御は必要だと思うけどね、とスズが苦笑している姿を見て、そんな苦労も知らずに無責任に英雄譚に出てくるような【大魔法】のイメージを言ってしまったことをベルは申し訳なく思えてきた。

 

「でもベルのアイディアのおかげで座標指定の術式感覚は何となく掴めたかな。ありがとう、ベル」

 それでもスズは笑顔でお礼を言ってくれる。

 どんなことでも純粋な好意として受け入れて純粋な好意で返してくれる。

 ベルはそれが嬉しい反面、ずっと助けられてばかりで恥ずかしくも思えた。

 これで突然隠された力が目覚めて【スキル】や【魔法】なんかが発現してくれれば「これからは僕が守るよ」と格好がつくのだが、まだ冒険は二日目。

 

 そんな都合のいいことが起こる訳もなく、今は少しでもスズに負担が掛からないようエイナの講義を真面目に聞かないとな、と帰る途中にまた遭遇したコボルト二匹にトドメを刺しながら思ったのであった。

 

 




『神の恩恵』を受ければ誰でもゴブリンなどの低級な魔物は倒せるので、しっかり立ち回りを覚えれば駆け出しの冒険者でもこんなものかなと自分はイメージしております。


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Chapter06『よくばりなのは悪いこと?』

エイナの講座とよくばりするお話。


 魔石を換金した後、エイナに早朝のダンジョンに行ったことを報告をしたら「そんな朝早くからダンジョンなんて……。借り金は増えないしダンジョンも逃げないんだから急がなくてもいいのよ。ちゃんとご飯は食べた?」とダンジョンのことではなく私生活の方を心配されてしまった。

 

「お腹すいてたら頑張れなくなっちゃうかなって、ポーションではなく昨日は食材を買っちゃいました。その、ごめんなさい……」

「うんん。スズちゃんが正しいわ。私の方こそついつい冒険者へのアドバイスになってごめんね。まずは生活基盤を整えるのを一番に考えて。借り金を返すのはそれからで大丈夫だから、ね」

 なんだかものすごく貧乏に見られてた。

 

 間違ってはいないのだが、エイナが必死に諭すように優しくスズに語り掛けているのを見ていると、習慣で朝五時に目が覚めたからダンジョンに潜っただけなのをベルは申し訳なく感じてしまう。

 

「無理な荒稼ぎはしてないので大丈夫ですよ。エイナさん、心配してくれてありがとうございます」

「そう。ならいいんだけど……それで今日の戦闘はどんな感じだったの?」

「戦闘になれてきた…というのもありますが、エイナさんの教えやベルのおかげで怪物(モンスター)が三匹相手でも一対一の状態を作れるようになりました。帰り道は【魔法】なしでも安定して怪物(モンスター)を倒せたので一階層はもう問題ないと思います」

 

「飲み込みが早くて関心関心。でもゴブリンやコボルトは『恩恵』を受けた冒険者なら誰にでも倒せる怪物(モンスター)なの。それを安定して倒せるようになったのは、ようやく冒険者としての立ち回りを覚えてスタートラインに立っただけなんだから調子に乗ったりしたらダメよ?」

 優しくて面倒見がいいけど判定はやはり厳しいものだった。

 

「えっと、やっぱり今の僕だと二階層に降りるのは早いですかね?」

「ソロという訳ではないし、二階層なら適正だと思うけど……そうね……」

 エイナは少し考えてから「やっぱりこれが一番かな」とベルを真っ直ぐ見つめ返す。

 

「このまま無理をせず一階層を探索して、ダンジョンを歩きなれた頃に二階層に向かうのが一番いいかな。ダンジョンは何が起きるかわからない。ダンジョンから生まれる怪物(モンスター)は層によって決まっているけど、たまに層を移動してくる怪物(モンスター)もいるの。大きく見積もってもせいぜい移動範囲は上下二階層程度だけど、何かの間違いで逃げ回る冒険者を追ってきた六階層から出る強敵『ウォーシャドウ』が三階層や二階層に紛れ込んでしまうこともない訳ではないわ。そういった『勝てない相手』と遭遇してしまった時、どのルートをどう移動すれば『無事に逃げられる』かをとっさに判断できる力は必要よ。だから『闇雲に逃げ回って袋小路に追い込まれないよう』安全なところで道や地形を覚える力を身につけておくのがいいんじゃないかな」

 

 ギルドが管理している『古代』から続く冒険者たちの冒険記録からダンジョンの階層ごとの適正能力値はある程度割り出されている。

 六階層から生まれる『ウォーシャドウ』はゴブリンやコボルトはもちろんのこと、二階層から出てくる『ダンジョン・リザード』どころか五階層からガラリと怪物(モンスター)の種類が変わり、怪物(モンスター)の能力が一気に上昇する中でも『ウォーシャドウ』はその素早い動きとナイフのように鋭い指を持つ六階層からの難問。

 囲まれでもしたら六階層適正能力値を持ったパーティーでも全滅してしまうことがある難敵らしい。

 

 さらに七階層からは剣を弾くほどの外殻と鉄も切り裂くほどの攻撃力を持つ『新米殺し』と冒険者から恐れられている『キラーアント』が出現し、この『キラーアント』は何とフェロモンで仲間を呼んでくる恐ろしい怪物(モンスター)なのだ。

 一体そんなのとどうやって戦えばいいのか今のベルには見当もつかない。

 無知のまま階層を降りて行くと強力な怪物(モンスター)と出会ってなすすべなく冒険者はやられてしまう。

 勇気と無謀は違うということと、冒険者には『逃げる勇気』も必要だということを教えてくれた。

 

 恐怖に腰を抜かしてしまうのは問題外。

 パニックを起こして冷静に物事を判断できなくなるのも問題外。

 変なプライドで『勝てない敵』相手に挑むのも問題外。

 欲にくらむなんてもってのほか。常に余裕を持つように心がけ『何が何でも生き残る』ことを『選択する勇気』がダンジョン攻略には必要なのだ。

 

 もしも『自分より強い敵』と戦う時は『自分の長所』を活かし、『地形』『弱点の把握』『道具』『不意打ち』『仲間との連携』などを駆使して『相手を倒せる状況』を計画的に作る必要があるらしく、『冒険者は冒険しちゃいけない』んだと口を酸っぱくしてエイナは言った。

 スズには一度しか言わないのにベルに何度も何度も念を押すように言っている。

 

「えっと、エイナさん……なんで僕ばかりに念を押すんですか?」

「それはベル君が一番私の言うこと聞いてくれそうにないからよ。なんというかこう、冒険に憧れを抱いてるって感じがしてすっっごく危なっかしく感じる。ねー、スズちゃん?」

「そんなことないですよ。ベルはその……ま、真面目ですしッ」

「今一瞬目が泳いだよね!? フォローする言葉も迷ったよね!?」 

「ごごご、ごめんねベルッ! 悪気があったわけじゃないんだよ!? でもベルが冒険に憧れてるの知ってるし、英雄譚好きなの知ってるし……嘘つくのはよくないかなって迷って……。その……ごめんなさいッ!」

 珍しくスズが慌てふためいていた。

 

 こんなに取り乱しているところを見るのは初日に裸を見てしまった時と、取り乱したという意味だけなら昨日恐怖に体を震わせて動けなくなっていた時くらいだ。

 今までだったら悪いことをしたと思ったら申し訳なさそうに「ごめんね」と素直に誤ってその後すぐ笑顔に戻ってくれるはずなのに、今は『何か』に必死になって慌てふためいている。

 自分のせいで取り乱してしまっているのは分かってあげられるのに、何でそんなに取り乱してしまっているのかが分からなくてベルは頭を混乱させてしまう。

 

 

 

『女が怒った時は先に謝れ』

 

 

 

 そんな中祖父の言葉が頭に浮かび、自分の言った言葉でスズが傷ついてしまったんだと思い、慌てて謝らないとと口を開こうとする。

「こら、妹をいじめちゃダメだぞ。女の子は男の子が思っている以上にデリケートなんだから急に怒鳴ったりしたらダメなの! スズちゃんごめんね、私が無茶ぶりしちゃったせいで嫌な思いさせちゃって。そうだよね、スズちゃんはお兄ちゃんのこと大好きだもんね」

 先にエイナがスズに近づいて行き、かがんで視線を合わせてから壊れ物を扱うに丁重に、優しく頭を撫でてあげる。

 

「スズごめん! 僕が何か言っちゃって、気づかずにスズのこと傷つけちゃったんだよね? 本当にごめん!!」

「ベルもエイナさんも悪くないッ。悪いのは私で……その、嫌いになってない?」

 不安そうにスズがそんなことを聞いてきた。

 何でそんなことを聞いてきたのかベルには全く分からなかったが答えは決まっている。

 

「嫌いになるわけないじゃない。何があっても僕はスズのこと嫌いになんてならないよ。ごめんねスズ。なんだか不安がらせちゃったみたいで。僕って馬鹿だから、そういうの言ってくれないとわからないんだ」

 安心させるように笑顔でそう言ってあげると「よかった」と落ち着きを取り戻してくれた。

 

 その様子を見守って呉れたエイナは安堵の息をついた後ベルとスズを交互に見る。

「スズちゃん聡くていい子だから、今まで兄妹なのに喧嘩どころか激しい口論すらしたことないでしょ? だから頑張ってフォローしてあげたお兄ちゃんがいきなり大きな声を出してビックリしちゃったんだよね」

「恥ずかしながら……その、その通りです……。あ、エイナさん私の勘違いを笑わないでくださいッ」

 クスクスと笑うエイナにスズは顔を真っ赤にさせて「もう」と頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 

 まだ四日目だから当たり前だが、まだ知らないスズの新しい顔が見れて、また少しスズのことが分かってあげられてベルは嬉しかった。

「あう、ベルまで。あぁもぅ恥ずかしいよッ」 

 ついにスズは両手で顔を覆って机の上に頭をうずくめてしまう。

 聡いけどやっぱりまだまだ子供で、優しくて寂しがり屋な少女。

 下手に聡かった分、自分の見当違いの勘違いが余計に恥ずかしく思えてしまったのだろう。

 そんな年相応な反応をして悶えている姿がとても愛おしく思えてしまう。

 

 ペアの司令塔であるスズが恥ずかしさのあまりまともに講義を聞ける状態ではなく、現在の時刻は昼の十二時とちょうどいい時間だったので今日のエイナの講義はここまでになった。

 

 二階層までの攻略ならスズがしっかり理解してくれているはずだけど、また相談ごとや三階層に挑もうと思った時は気軽に声を掛けてね、とエイナに笑顔で軽く手を振られながら見送られのが気恥ずかしくて頬を染めながらもベルも軽く手を振り返し、そこでスズもまだ恥ずかしいのか顔を上気させたままだが、真っ直ぐエイナを見つめる。

 

「今日はお恥ずかしいところを見せてしまいすみません。その、また来ますね」

「うん。いつでもおいで。ちゃんと冒険のこと以外も相談に乗ってあげるから。無理して節約せずにちゃんとご食べないとダメよ?」

「はい。人間体が資本ですからご飯は大切ですッ。いつも心配してくれてありがとうエイナさん」

 挨拶を終えるころにはスズはもう平常心を取り戻しており笑顔でお礼を言い元気よく手を振ってエイナに別れを告げた。

 

 

§

 

 

 行先は昨日と同じく北のメインストリートにある商店街。

 ダンジョンに夢中になりすぎてお弁当を作らず冒険に出てしまった……のではなく、スズがオラリオの食べ物に興味を持っていたので今日はここで食事をとることになっていた。

 

 ダンジョンへの行き帰りに通る北西にある冒険者達が利用する武具や道具、酒場などの施設が集まる賑やかでありながらもどっしりとした店構えをした『冒険者通り』とは打って変わって、商店街の飲食店はこじゃれた店からこじんまりとした店まで様々な店や、ジャガ丸くんの屋台と同様に食べ物や家庭用品を取り扱っている屋台が並んでいるより取り見取りな光景。

 それは冒険者にも負けない活気づいた生活感あふれた賑やかさがあった。

 

「おお、スズ君にベル君!! 今お昼かい?」

 繁盛しているジャガ丸くんの露店からヘスティアが大きな声を上げて手を振ったことで商店街の人達がヘスティアの目線の先に居るベルとスズの方に目を向ける。「ああ、この子達がヘスティアちゃんが言ってた子達か」「まあまあ、二人とも可愛いわね」「ヘスティアちゃんどこからこんな可愛い子達をさらってきたんだい?」と一気に注目の的になったベルは当然のようにあたふたと緊張に頬を赤らませ、スズは昨日と同じように元気よく挨拶して頭を撫でてもらったりしている。

 

「よおスズちゃん。今日も元気そうだな!」

「あ、八百屋のおじさん。昨日はおまけしてくれてありがとうございます!」

「はっはっは、あまりもんだったんだから気にすんな気にすんな」

 八百屋のおじさんもスズの頭を撫でた後、今度はジャガ丸くんの屋台に向かっていく。

 

「ヘスティアちゃんジャガ丸くん五つ頼むよ」

「いいけどもうおっちゃんには撫でさせてあげないよっ」

 手を伸ばす八百屋の手をぺちんとヘスティアはむすっとした顔で叩き落とす。

 

「そんなせっしょうな! 最近女房も娘も冷たくてヘスティアちゃんなでるのが唯一の癒しなんだぞ?」

「おっちゃんスズ君達にあのことバラしただろう!! だからもう撫でさせてあげない! 後ボクの可愛いスズちゃんも撫でたらダメだからね!!」

 いーっと見た目通りな幼い威嚇をするヘスティアを商店街のみんなが微笑ましく見守っている。

 それぞれの生活があるから眷族にはなってくれはしなかったが商店街のみんなはヘスティアのことを本当に好いているのだろう。

 実の娘や近所の子供を見守るような目で見られているのは神としてどうかと思うところはあるが、みんなに好かれるヘスティアとスズはやっぱりすごいなとベルは思う。

 

 この後ヘスティアは八百屋のおじさんにジャガ丸くんを十個購入を請求して、その内六個を押収し、自分とベルとスズで二個ずつ頂戴することで八百屋のおじさんを許した。

 ジャガ丸くんの屋台のおばさんからヘスティアは休憩を貰って、三人で一緒に食べた熱々の揚げたてジャガ丸くんは八百屋のおじさんには悪いと思ってしまったがとても温かかった。

 

 ヘスティアの休憩時間も終わり別れた後、ジャガ丸くんだけだと栄養バランスが悪いとスズは別の露店で肉と野菜のパイ包みを買い、それを二人でかじりながら再びダンジョンのあるバベルへと足を運んだ。

 

 

§

 

 

 エイナに言われた通りダンジョンの探索はまだ一層のみに止め、怪物(モンスター)を倒しながら脇道にそれて一層を歩き回り『探索』という行為になれようとしてみた。

 

 実際に『怪物(モンスター)を倒す』のではなく『探索』に重点を置くと勝手が変わってきた。『怪物(モンスター)を倒す』目的だけなら不意打ちされそうな岩陰が多い場所や狭い通路など戦いにくい場所を避けて、自分が戦いやすい場所を徘徊して怪物(モンスター)を探すだけでいい。

 しかし『探索』の場合は『目的の場所』や『まだ見ぬ場所』を目指そうとするとそういった『危険かもしれない場所』を通らなければいけないことだって出てくる。

 

 一階層だから全体的に通路も広いし道もそれほど多くはない。

 怪物(モンスター)も弱く不意打ちを受けても立て直しがまだ可能だが、下の階層に降りて行けば行くほど狭い通路も増えていくし道も複雑になり怪物(モンスター)だって強くなる。

 何よりも怪物(モンスター)が生まれる間隔も早まり倒したすぐ側から壁から怪物(モンスター)が生れ落ちて連続戦闘を強いられてしまうことだってある。

 

 

 スズもベルも注意しながら歩いていたし、「どれだけいるかどうかちょっと分からないけど、最低でも三匹かな。この広間物陰多いから気をつけないとね」とスズに言われていたのに、スズの後をついて広間に出た瞬間、まさかの壁の出っ張りに張り付いていたゴブリンによる上からの奇襲に後頭部を殴られ、悶絶させられるはめになってしまったのだ。

 

 

 ダンジョンは何が起きるかわからないとは言われていたが、戦略もへったくれもないゴブリンに上から奇襲されたのは予想外すぎる。

 そのゴブリンはスズの【ソルガ】で核である魔石ごと体を貫通したが、ベルの方を振り向くのを待っていたかのように物陰からゴブリン二体が飛び出してスズに襲い掛かってきたのだ。

 

 それにもスズは反応して一匹目の攻撃は盾で防いだが、慌てて行った無理な防御のせいもあって体制は崩され、突撃してきた二匹目の拳がスズのみぞおちに叩き込まれた。

 

 

「あぐっ……ぁ」

 

 

 聞いたことのない音がした。

 悶絶していたベルが頭を上げて目にしたのは、手から力が抜けたのか剣がカランと地面に落とし、ゴブリンの体重を足の踏ん張りで支えられずにそのまま後ろに倒れこんでしまい、ゴブリンに馬乗りにされたスズの姿だった。

 

「スズ!」

 痛みに悶絶している暇なんてあるわけがない。

 『神の恩恵』のおかげでベルは致命傷でもなければ血すら出ていない。

 ただ痛みを感じただけ。

 ベルも最初の奇襲で武器である短刀を地面に落としてしまっていたが、それすら構わずに無我夢中でスズに向かって拳を振り上げるゴブリンに体当たりをして突き飛ばす。

 

 そこからのスズの行動は迅速だった。

 ベルが地面に落下するよりも早くに横に転がり一匹目の追撃をかわし、ベルが地面についたころには起き上がり、盾でゴブリンの横顔を横殴りしながらその遠心力を利用してそのまま回し蹴りをゴブリンの脊髄に叩き込んでいた。

 

 無事動けているスズの姿にベルは安堵の息をついている間にスズは盾を取り外し、ベルに突き飛ばされた二匹目のゴブリンに向かって投擲。

 立ち上がってベルを襲おうとしていたゴブリンの額に勢いよく投擲した盾が食い込む。

 

「ケホッ……ぁ……ぐ……」

 そこでようやくスズは苦しそうに息を吐き出して、目線を横に流した。

 その目線の先を追うとベルの落とした短刀が転がっている。

 音は出せずにいるがスズの口が四度動いた。

 その伝えたい言葉が「おねがい」だと悟ったベルは短剣の元に駆け出して拾い、額に盾が突き刺さっているがまだ息のあるゴブリンにトドメを刺し、念のために全く動かないスズに蹴られたゴブリンにも短刀を振り下ろす。

 

 初めて攻撃を食らってしまった。

 それも二人同時に。

 これが一層だったからよかったものの、もっと奥で今の状況に陥っていたなら最初の不意打ちでなすすべなく殺されていた。

 

 スズがいなかったらゴブリンに時間を掛けられて嬲り殺されていた。

 探索面はスズに任せきりだったせいで、気を付けてと言われたのにいきなり不意打ちを受けてダウンしていたせいで、スズがしゃがみこんで苦しそうに呼吸をしている。

 

 気を付けているつもりでいた。

 そう、いただけなんだとベルは思い知らされてしまった。

 

「スズ大丈夫!?」

 スズに駆け寄ると大丈夫だよと訴えるかのようにしゃがみこんだままやせ我慢した笑顔を作って見せた。

 それがゴブリンに強打された後頭部よりもずっと痛かった。

 胸が締め付けられる痛みだった。

 祖父の死の知らせを受けた時と同じような激しい胸の痛みを感じてしまう。

 

「……ご……ぇ……ね……。ケホッ。場所と、数、ちょっと読み違えちゃったよ……」

 スズは呼吸を整えてまず言った言葉がそれだった。

 

「あそこまで的確に……人体急所を……それも……ゴブリンに攻撃されると、ちょっとショックだよね。防具や『恩恵』のおかげで中は内臓自体は大丈夫かな。うん、大丈夫そう。ごめんね、心配掛けさせちゃって」

 なんで自分が悪いみたいに言うんだよ、と言ってあげたかった。

 

 悪いのは不意打ちを受けた僕じゃないかと言いたかった。

 助けられてばかりの僕じゃないか。

 そうベルは言いたかった。

 

 でも、スズはきっとその言葉を受け入れてくれない。

 望んでもいない。

 スズが望んでいることはきっと『楽しい家族生活』なのだ。

 自暴自棄になった姿なんて見せたら逆に悲しませてしまう。

 だからベルはぎりっと歯を食いしばり、自分への怒りを抑え込む。

 

「僕の方こそ注意不足でごめんね、スズ。それと助けてくれてありがとう。今のはすごく危なかったからまたエイナさんに叱られちゃうかな」

「怒られちゃうけど緊急時の対策も聞きたいから報告しないとダメだよ? 私も一緒に怒られるから、ね?」

 強くなろうとベルは本気で思った。

 

「それに私もベルに助けてもらったからお互い様だよ。助けてくれてありがとう。すごく嬉しかったし、カッコよかったよ」

 本心からこんなことを思って口にしてくれている優しい妹を失いたくないから、『お互い様』と、なんでも一緒に共有したがる寂しがり屋の妹を失いたくないから、一人でも戦えるように、スズを一人でも守れるように強くなりたかった。

 

 

 今までだって何度も強くなりたいと思って来た。

 いつだって英雄に憧れていた。

 強い自分に憧れていた。

 でもそれは、ただ憧れるだけで満足していただけだったんだとベルは気付いたのだ。

 

 

 だから今は情けなくてもいいから、いつか必ずスズを守れるくらい強くなりたい。

 いつか出会うであろう『運命の人』も含めて、大切なものすべてを守れるくらいに、よくばりだと言われるくらいになりたい。

 

 

 前にスズが勘違いしていた『ハーレム』の意味である『大切なものを守る誓い』が、ベルの心の奥底で、鐘の音のような大きく響き渡る音ではなく、鈴の音のような心地のよい音色として時には強く時には弱く、リンリンと鳴り響き続け始めた。

 

 




ベル君はまだ【スキル】が目覚めないものの若干心境変化が出てきたもよう。
実のところ二人の時だけではなく一人の時でも冒険する理由付け回だったりします。


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Chapter07『プレゼントの選び方』

ダンジョンから帰ってプレゼントを選ぶお話。
『少女』の介入でプレゼントを買おうと思った日もプレゼントを渡す日も繰り上がっております。


 ダンジョンから出てからスズに異常がないかバベルの医療施設で見てもらおうとしたら「痣になってるだけだから大丈夫だよ」と断られてしまった。

 

 逆にお金が掛かるからベルだけ見てもらおうと提案されたがここで折れる訳には行かないので、ベルは少し卑怯かなと思ったが『二人一緒』に診察を受けようと提案すると、予想通り「私は大丈夫なのにな」とつぶやきながらもすんなり診察を受けてくれた。

 

 ベルのことを心配する『優しい』性格と『家族と物事を共有』したい寂しがり屋な性格からこう言えばきっと診察を受けてくれると確信があった。

 だんだんスズのことがわかってきたのは嬉しいのだが、それを利用するみたいなことはいけないことなのに、でもスズのことは心配だし、とベルのもやもやとした気持ちは止まらない。

 

 診察結果は二人して少し痣になっている程度で中身は問題はないと診断された。

 ただスズは少し疲れがたまっているらしいのであまり無理はしないようにと注意されている。

 

 『神の恩恵』を受けた冒険者の体は丈夫でこの程度なら『ポーション』や【回復魔法】に頼らなくてもその内自然治癒するらしいが、「診察料込みで『ポーション』を相場である五〇〇ヴァリスでお譲りいたします。それを二人で分け合ってみてはいかがでしょうか?」とバベルの女性医務官にオススメされた。

 市販のポーション半分でもこの程度の痣なら消えてくれるらしい。

 

 今日ダンジョンで稼いだ金額は早朝と昼合わせて三九〇〇と、軽く潜っただけの昨日と比べてかなりの金額を稼げている。

 最後の最後でゴブリン相手に痛い目を見なければもう少し稼げていたと思うと診察料込で五〇〇という金額で痛みがすぐに引いてくれるのは魅力的な話だった。

 

「ポーションはまだ飲んだことないし、私は賛成かな。ベルはどう?」

「僕も賛成だよ。それでお願いします」

 五〇〇ヴァリスを女性医務官に渡すとポーションの入った試験管を棚から出して物欲しげにそれを見つめていたスズに「はい」と笑顔で手渡ししてくれた。

 

「少々お待ちくださいね。今カップをご用意いたしますので」

「このままでも大丈夫ですよ。診察料おまけしてくれてありがとうございます」

「そう? ……そうね、それじゃあケガしないようこれからも冒険頑張ってね可愛い冒険者さん」

 女性医務官はなぜかほっこりした笑顔で優しくスズの頭を撫でるのを相変わらずスズは嬉しそうに受け入れていた。

 

「ベルが先に飲む?」

「スズからでいいよ。試してみたくて買ったんでしょ?」

「うん。どんな味なのかちょっと楽しみ」

 スズはポーションが入った試験管の栓を外して香りをくんくんと嗅いだ後、ちびちびと試験管に口を付けてしっかり半分になるようにポーションを口に含みごくんと液体を飲み込んだ。

 

「香りも味は甘くて、即効性があるみたいだね。里のポーションと全然違うけど原料はなんなんだろう。半分でもってことは量や質でどれだけの損傷を治せるか変わるのかな。痛みも腫れももう引いてるし、戦闘中でも十分効果は期待できそうだけど、試験管のままだと割れそうで怖いかな。容器を移し替えたら香りや味が飛んでやっぱり質がおちちゃうのかなぁ」

 んーと顎に手を当てて少し考えてから「ごめんねベル!! ベルもケガしてるのに私が持ったままだったッ!! 早く飲んでッ!!」と慌ててポーションをベルに押し付けるように渡してきた。

 

「そんなに痛まないから大丈夫だよ」

 スズから受け取ったポーションを一気に飲み干して試験管を女性医務官に返すと「あらあら」となぜか少し残念そうな顔をされてしまったが、医務室を出る時は頑張って下さいねと笑顔で見送られた。

 

「ベル、腫れてるところ治った?」

「あ、それでじっと僕の顔見てたんだ。ポーションの効き目はスズが体験済みの通りばっちしだよ。次からはポーションも買わないとね」

「そうだね。それと試験管を割らずに戦闘する方法とかないかエイナさんに相談しないとね。今日のことふくめて相談ごと山積みでもうエイナさんに足向けて寝られないよ」

「一階層なら大丈夫って言ってくれた翌日にするのは怖いんだけど、やっぱり相談しないとダメだよね」

「怒られちゃうけど、正直に相談しないと誰のためにもならないよ。エイナさんすごく心配してくれてるんだよ? 私がエイナさんだったら、ベルの相談に乗って力になりたいな。ベルは違うの?」

「僕もそう思うけど……一緒にあやまるしかないかぁ」

 明日もスパルタ講義が始まりそうだなと、情報量の多さに頭を沸騰させる自分の姿が明確に頭の中に浮かび上がってベルは思わず苦笑してしまう。

 

 そんなやり取りをしながら歩いているといつの間にかバベルの外に出ていた。

 日は既に落ちて夕暮れ時。帰るには程よい時間帯で同じようにダンジョンから帰ってきた冒険者や客引きをしている酒場で『冒険者通り』の方からにぎわった声が聞こえてくる。

 

「昨日おまけで貰ったのと調味料なら……パンのミルク炒めくらいつくれるかな。神様が帰りに何か買ってるかもしれないし、今日はこのまま真っ直ぐ帰ろっか」

「そうだね。早朝からダンジョンに行ったから疲れたし。スズは平気? さっきっからぼーと僕のこと見てるけど気分悪いの?」

「そ、そんなことないよ。うん、そんなことない」

「顔赤いよ?」

「本当に大丈夫だよ。ただ、ベルがちゃんとピンチになったら助けてくれたのが嬉しかっただけだよ」

 とてとてとベルの少し先まで小走りで走ったと思うと立ち止まり、くるっと振り向いてスズはそう嬉しそうに笑った。

 

 ゴブリンに体当たりすることしかできなかったベルを、痛い思いをさせて、怖い思いをさせてしまった原因を作ったベルを、そういう風にスズはとらえていた。

 

「ごめんね、危なかったのに不謹慎なこと言っちゃって。でもあの時……」

 

 

 

 

 

 ―――またダメかと思ったから。だから嬉しかった。ありがとう―――

 

 

 

 

 

 静かな声でそう言い切ると、そこで会話は途切れてしまう。

 

 『冒険者通り』はにぎわっているはずなのにその瞬間だけ音が消えてしまったような、茜色に染まる空が哀愁を漂わせているせいなのか、それともスズのピンチと祖父の死を重なって見てしまったせいなのか、音が戻ったら今目の前にいるスズが消えてしまいそうな気がして、手を伸ばしてあげても届かない気がして、伸ばした手すら取ってもらえない気がして、スズは奈落の底に沈んでいってしまう気がして、なんでこんなことを思ってしまったのかも分からないままベルはこの一秒にも満たない一瞬の間がとてつもなく怖かった。

 

「スズ?」

「今晩のミルク炒めも頑張って美味しく作るよ。神様また喜んでくれるかな」

 また、いつものスズがいた。隣に戻ってきて昨日と同じようにご機嫌そうに鼻歌を歌っている。

 しばらくそのまま歩いていると、突然足を止めて「あ」と何かを見つけたのか目を輝かせてた。

 

「ごめんね。ちょっと寄り道させてッ」

 そう店の陳列窓の前までベルの手を引っ張って行く。

「わ、すごい武器ッ。オラリオってやっぱりすごいんだね」

 陳列窓の奥の奥には沢山の武器が並べられており、見るからに強そうな立派な見た目の武器から機能美を追求したのかシンプルな見た目の武器まであるがどれも一級品だというのは素人のベルが見ても分かるほど、何か人をひきつけるようなオーラのようなものをまとっていそうな物しか置いていない立派な武器屋だった。

 

「ほんとだ。あ、短剣も……って、八百万ヴァリスゥッ!?」

「お話に出てくる英雄が使ってそうなすごいのばかりだもの。しかたないよ。むしろ伝説の剣がおいてるお店って思うと値段では語れないものがあると思うよ。いいな、本当にこういうの作れちゃうんだ。あ、あの短槍についてる赤布なんだろう。きっと私じゃ想像できないすごい効果持ってるんだろうね」

 エイナが取り寄せてくれた防具の時もそうだったがスズは目をキラキラさせて物を見ている。

 

「武器や防具が好きなの?」

「うん。特にね、作る姿が好きなんだ。誰かのために一生懸命鉄に命を吹き込むの。あの瞬間が一番大好き。料理もね、誰かのために食材に一生懸命命を吹き込むから大好きなんだ。作るのも食べてもらうのも食べるのも。鍛冶と家事を一緒に考えるのって、その、やっぱり変かな?」

「そんな難しく考えずに好きなものは好きでいいんじゃないかな」

「そっか。そうだね。えへへ、ありがとうベル」

 本当に武器と料理が好きなのだろう。

 認めてもらったのが嬉しかったのかその笑顔は今までで一番輝いて見えた。

 

「そろそろ日が沈んじゃうね。神様も待ってるだろうし帰ろっか」

「うん。ミルク炒めっていうの楽しみにしてるよ」

「うん、少ない食材だけど頑張るよッ!!」

 ぎゅっと拳を胸のあたりで握りしめて気合を入た。

 

 今夜もご馳走になるだろうなと歩き出してしばらくすると賑やかな声の中に混じってヘスティアの声が聞こえた気がして、耳のいいスズもそれに気づいたのか同時に立ち止って顔を見合わせてから後ろを振り向いてみる。

 

 流れゆく人ごみの中ヘ背の低いヘスティアを探すのは大変なことだ。

 もっと小さなスズとはぐれたら合流するのも難しいから手をつないで二人できょろきょろと主神の姿を探していると、何やら陳列窓の前で自分の髪、いや髪止めを気にしているヘスティアの姿があった。

 

 そして邪念を振り払うかのように首をぶんぶんと横に振ってため息をついた後、人波のせいで見ていた二人に気付かずそのままホームの方に歩いて行った。

 

 二人でもう一度顔を見合わせて頷く。

 間違いなく今見ていたのは髪止めだ。

 にぶいベルにでもそれが分かるからスズも気づいているはずだ。

 大好きな神様のために言葉を交わさずとも意思疎通して、ヘスティアが見ていた陳列窓の中からそれらしいものを二人で探し出す。

 

「あったよベル。多分これだよ!」

「どれ?」

 スズが指さした商品を着飾っている観賞人形のツインテールに蒼い花に小さな鐘が付いている髪飾りがつけられていた。

 飾られているツインテールの人形はこれだけなので間違いないだろう。

 

「保護の髪飾り五〇〇〇ヴァリス。このお値段だから効果はおまじない程度かな。ここ冒険者の装飾品店なんだ」

「スズ。普通の髪飾りの相場っていくらくらいなの?」

「まちまちだけど、三〇ヴァリスで普通の、二〇〇ヴァリスもあればオシャレなの、九五〇ヴァリスもあれば貴族様やお姫様がつけてるようなのが買えるかな。ダンジョンに行かない神様なら冒険者用よりも立派なリボンプレゼントした方がいいと思うけど、でも――――」

「すごく欲しそうにしてたよね、神様」

 

 ヘスティアはベルとスズに手を差し伸べてくれた大切な、大好きな家族だ。

 恩返しにヘスティアが欲しがったこの髪飾りを買ってあげたい気持ちは一緒だった。

「今日くらいの稼ぎでも、明日ダンジョンに行けば買えるね」

「エイナさんに怒られるような無理しなくても、僕達で買えちゃうね」

「買っちゃっていいよね!」

「買っちゃうしかないよね!」

 まだ買ってもいないのに神様が喜んでいる姿を想像して思わずパチンとハイタッチを交わした。

 

「私、ちょっとキープしてくるね!」

「あ、僕もいくよ!」

 今日だけで三九〇〇ヴァリス。

 ポーションで消費した分を差っ引いても三四〇〇ヴァリス。

 ヘスティアに一〇〇〇貯蓄として渡しても二四〇〇ヴァリスも手元に残るので、探索でなく魔物を倒す気で一層だけで稼ぎまわってもなんとか明日、少なくとも明後日には買えるはずである。

 

「すみません店員さん。明日か明後日ごろ……長くても一週間後に買いたい商品があるんですけど、ここって商品の予約はできるでしょうか?」

「はい。発注やご予約共に取り扱っておりますよ。どちらの商品をご予約でしょうか?」

「外に飾られているドールについていた『加護の髪飾り』蒼い花形に鐘の飾りがついた五〇〇〇ヴァリスのやつですッ」

「かしこまりました。ただいま用意しますので少々お待ちください」

 相変わらずスズは子供なのに社交性が高くて、田舎暮らしをしていたベルには何んとなくしか今のやり取りが理解できなかった。

 

 物の相場にも詳しいし他の知識も豊富で飲み込みも早い。

 本をあまり読まないベルとは知識量が段違いで、男なのに、兄なのにスズをエスコートするどころかされている自分が情けなく感じてしまうが、それでも今の自分でもできるスズが喜んでもらえることがあるんじゃないかと少ない知識を振り絞って必死に考えている。

 

「それで、お兄さんにプレゼントしてもらうのかな?」

「いえ、主神様にいつもお世話になっているお返しをしたいなって思いまして。だから二人でプレゼントしたいなって」

「神様思いの兄妹で貴女の主神様は幸せものね。プレゼント用の箱をご用意いたしますか?」

「はい。可愛いのお願いしますッ!」

「ふふふ。いい記念日にしてあげるから任せておいて」

 そんないつの間にかもう仲良くなっているスズと店員のやり取りを聞いて『これだ!』とベルの頭の中に電撃が走った。

 

 

§

 

 

 少し寄り道をしていたのかベルとスズはヘスティアよりも遅く帰ってきた。

「「ただいま神様!」」

「おかえり二人とも。やけにご機嫌そうだけど何かいいことでもあったのかい?」

 

「えへへ、まだ秘密です。楽しみにしててくださいね?」

「お、スズ君言うねぇ。何をたくらんでるのか知らないけど楽しみにしておくよ。昨日よりも早く帰ってきたけど朝早かったし疲れただろう? ささ、スズ君もベル君そんなところ突っ立ってないで座った座った!」

 ヘスティアはソファーの真ん中に座ってぱんぱんと軽く叩いて二人を両サイドに座らせるように誘導する。

 

 二人が帰り道に『冒険者通り』で武器屋の武器を欲しそうに見ていたのを目撃したヘスティアは、へそくりを使ってでも武器を二人にプレゼントしたかったのだが、よりにもよって二人が見ていたのは神友の【ファミリア】が経営している高級ブランド【ヘファイストス・ファミリア】の店だった。

 とてもではないが露店爆破で自給三〇ヴァリスになってしまったバイト代で手が届く品物ではなく、こうして愛情を注いであげることしか可愛い子供達に出来ることがなかった。

 

「今日は簡単にパンのミルク煮にしますね。すぐに作るからベルと待っていてください」

「神様。今日は沢山稼げましたよ!」

 なのにスズは洗い場に向かい、ベルはまずジャラリとなる小袋を手渡してきた。

 隣に座って甘えてもらいたかったのに、これでは完全に養われているだけではないか。

 自分を想って神として慕ってくれているのは嬉しいのだが、自分も何かしたいのにとヘスティアは複雑な心境である。

 

「って、一〇〇〇ヴァリスも入ってるじゃないか!? ちゃんと次の冒険用のお金や自分用のお金は抜いているのかい!?」

「はい。そこはばっちし。明日はポーションも買ってからダンジョンに挑めると思うので安心して下さい神様!」

 二日目でこれとは恐れ入った。

 ポーションも買えるということは最低でも手持ちに一〇〇〇ヴァリス以上は残しているだろう。

 自給三〇ヴァリスの仕事をしている自分はいったい何なんだと思えてきてしまうほど二人はダンジョンで頑張ってくれているようだ。

 でも、早朝から夕方まで休み休みとはいえダンジョンに潜りっぱなしなのだから、慣れた冒険者二人なら三〇〇〇から四〇〇〇ヴァリスなら楽に稼げる範囲だ。

 

「スズ。僕も手伝うよ」

「さっと作れるものだから大丈夫だよ。神様に今日の報告と、まだ時間が余ってたら先に【ステイタス】の更新をしてもらってて」

 そんな二人の家族らしいやり取りに癒される反面、たった二日で冒険に慣れてしまったのか、それとも無理して稼いでいるのか。どちらだとしてもスズの【心理破棄】や二人とも優しいのに自分を蔑ろにしている節があって心配になってくる。

 

「頑張ってくる嬉しいけど、ちょっと無理しすぎじゃないのかい?」

「えっと、アドバイザーのエイナさんの教えやスズのおかげで余裕はまだありそうなんですけど……」

「けど?」

「ちょっと今日、僕の不注意でゴブリンに二人して一発いただいちゃいました」

 あちゃーとヘスティアは少し調子に乗ってしまったのだと思われるベルに頭を抱えてしまう。

 

「ケガはしなかったかい? ゴブリンに一発もらった程度で致命傷になるほど『神の恩恵』は軟じゃないけど、ベル君もスズ君も大丈夫かい?」

「はい。念のためにバベルの施設で見てもらってみましたけど痣になっていただけでした。ポーションも試しに使ってみたのでその痣ももう治ってます」

「それならいいけど、ベル君も自分のせいだってあまり自分を追い込んだりしたらダメだぞ? 君達はまだ冒険をして二日目の駆け出しなんだ。失敗だってするし間違いだってする。その失敗を次にどう生かすかが大切だとボクは思うな。だからほら、そんな暗い顔なんてしてたらダメだぜベル君!」

 相当気にしていたのか暗い顔をしていたベルの背中をポンと叩いて励ましてあげる。

 

「そうだよベル。それに攻撃を食らったおかげでベルの耐久も上がってると思うし。エイナさんの言う通り一層で学べたことをプラスに思わないと。何事も経験してみないと分からないよ?」

 野菜を刻む音と一緒にスズの声が聞こえてくる。

 地下室が狭いので部屋内だと声が丸聞こえなのでこうやって調理しながらも会話に参加できるのだ。

 広くないからこその利点だろう。

 

「うん。いつかスズを守れるように頑張るよ」

「もう充分守ってもらってるよ。ベルが魔物を倒してくれるから私は安定して魔物を引きつけていられること忘れちゃダメだよ?」

「そうだぜベル君。決まった時間しか生きられない人間に出来ることなんて限られているんだ。だからこそ必死に出来ることを伸ばして努力する姿が綺麗なんじゃないか。なんでもかんでも一人で背負い込まず自分に出来ることを頑張って、自分に出来ないことを相手に手伝ってもらって、そうやって互いに支え合って、不自由な世界を幸せに生きていくのが家族ってもんだとボクは思うなぁ」

 隣に座っているベルの体を引き寄せてよしよしと撫でてあげる。

 

「か、か、か、か、神様! なにやってるんですか!?」

「いいじゃないか家族なんだから。もう、ハーレムなんて言っておきながら顔真っ赤にしてー。ベル君も可愛いなぁ。このん。泣きたい時は思いっきりボクの胸で泣いていいんだぜ?」

「む、む、むむねぇ!? ボクだって男なんですよ!! そ、そ、そ、そんな神様にめっそうなことできませんっ!!」

 ベルが顔を真っ赤にして追いかけられる兎のようにヘスティアの手から逃げていく。

 

「本当に初心なんだからベル君は。スズ君と一緒の時もこうなのかい?」

「私と一緒の時は落ち着いてますよ。私、貧相ですし……」

「ち、違うよ!! スズだって魅力的で可愛いよ!! 可愛いし綺麗だよ!! 可愛いけど、その、妹だしっ!!」

「ボクは神様、つまりこの家のお母さんなんだぞ?」

「か、神様は神様です!!」

 ベルはダンジョンに女の子との出会いを求めてやってきたというのに初心で既に近くに可愛い子がいるというのに変なところで強情になる。

 必死に『妹』だから『神様』だからと自制心を働かして、羞恥心と煩悩と理性が脳内でものすごい大決戦をしているに違いない。

 

「はっはっは、本当にベル君は面白いなぁ。からかってごめんよベル君。ほら、もうちょっかい出さないからベッドに横になっておくれ。スズ君の料理が出来上がる前に君の【ステイタス】を更新させてあげるからさ。ほらいつまでも顔真っ赤にさせてないで上着を脱いだ脱いだ。それともベル君、君はボクに脱がしてもらいたいのかい?」

「じ、自分で脱ぎますから!」

 顔を真っ赤にさせながらも素直に上着を脱いでベッドに横になってくれたので、これ以上からかうのはさすがに可愛そうだなと真面目に【ステイタス】更新に取り掛かる。

 

 当然ながら【スキル】や【魔法】は発現していないが、【基本アビリティ】の伸びは中々にいい。ヒットアンドウェイの戦法から力は37、敏捷に至っては87ともうすぐ『I』から『H』になりそうだ。耐久も今日で0だったのが5まで上がっており、しっかりダンジョンで経験したことが身になっている。

 今日一日でよほどたくさんのことを経験して頑張ったのだろう。

 

「神様、【スキル】や【魔法】は発現してます?」

「いや、相変わらず空欄のままだよ」

「ですよね……」

「でも【基本アビリティ】の伸びは昨日よりずっといいよ。同じことをしても人それぞれ頑張りの度合【経験値】は違ってくる。これはベル君が頑張った証なんだからもっと誇るべきことさ」

「あ、敏捷が87も行ってる!?」

 書き写した【ステイタス】を食い入るように見てベルは「よし」とガッツポーズをした。

 

「ベルすごく頑張ったもの。もうすぐご飯出来るから服を着て食器を用意してて」

 スズがつくった物は固いパンを一口サイズに細切れにしてミルクに浸し、それを炒めたタマネギとベーコンと合わせてさらにミルクと調味料を足して水気が少なくなるまで炒めた食べ物だった。

 

 熱々のパンのミルク煮の上には薄くスライスされたチーズが乗せてられており、それが熱でいい具合に溶けだして、その上からさらに塩コショウを軽く振りかけられているそれは香りからも見た目からも食欲をわかせるものだった。

 

「パセリとかも振りかけたかったけど、今できる精一杯のを作ってみたよ。どうかな?」

「すごく美味しそうだよ!」

「うんうん。スズ君は本当に料理が上手いね。いいお嫁さんになれるよ。家庭生活の守護神であるボクが保障するんだから間違いない!! でも、変な男について行ったりしたらダメだぞ!! いいね!」

「私だっていい人と悪い人の区別くらいつきますよ。それに神様を置いて勝手に嫁いだりなんてしませんから安心して下さいね」

 いつもの家族団欒な賑やかで美味しい夕食。

 

 そんな中、途中からスズがぼーとベルの方を見つめていた。

「これは……ははん。ベル君とならボクは安心だよ。ベル君、君は既に運命の人との出会いを果たしてるみたいじゃないか!!」

「え? それって……いやいやいやいやそれはあるわけないじゃないですか!! だって僕ですよ!? 可愛いスズがこんな僕みたいな―――」

「ほらスズ君。遠慮せずに―――」

 ヘスティアとベルがその異変に気付くのは同時だった。

 

 スズが会話に参加せずにずっと顔を火照らせて、虚ろな瞳をしていることに気付いて二人同時に慌ててスズの元に駆け寄る。

 

「スズ! 熱あるんじゃないの!?」

「スズ君!! 何でこんなになるまで黙ってたんだい!?」

 ヘスティアがスズの額に自分の額を当てると明らかに高い体温を感じとって慌ててスズを抱き運ぼうとするが、軽いスズの体でもヘスティアの筋力が足りなくって引きずる形になってしまう。

 

 持った時点でそのことに気付いたヘスティアはベルに目を向けると、ベルは無言のまま頷いてスズを抱き上げてベッドまで運び、ヘスティアは桶に水を汲んでタオルと一緒に持ってきた。

 

「大丈夫ですから……心配しすぎですよ……」

 力弱く無理して作られた笑顔。

「大丈夫なもんか!! ベル君。これからスズ君の汗を拭いて寝巻に着替えさせてあげるから少しの間出て行ってもらうけど……このことはボクも全く気付かなかったし、ギルドの医務官だって気づかなかったんだ。気負いしないでおくれよ。これはベル君のせいでも、きっとスズ君のせいでもないんだ。誰のせいでもない。だから君もボク達の大切な家族だってこと忘れないようにしてくれ。スズ君が辛そうな姿を見てボクとベル君がショックを受けたように、ベル君が辛そうにしたらボクもスズ君もショックなんだ」

「わかってますけどっ……神様、スズのことよろしくお願いします」

 ベルは悔やんでいる。

 でも、【心理破棄】の効果を知っているヘスティアはもっと後悔した。

 

 たかがゴブリンの一撃。

 けれどベルが攻撃されたことには変わりない。

 おそらくその戦闘で『大切なもの』ベルを守るためにスズの【心理破棄】が発動して一時的に【限界解除(リミット・オフ)】してしまったのだろう。

 

 どこまで【ステイタス】が変化したのかは分からないが、本来『神の恩恵』で【経験値】を引き上げることで変化させる【ステイタス】を【スキル】の効果とはいえ人の身のみで急激に変化させてしまったのだ。

 単純な疲れや負傷ではないその器を超えた反動にポーションなんかが効くわけがない。

 

 【心理破棄】を知っているヘスティアはベルが攻撃を受けたことを聞いた時にこのことに気付かなければいけなかった。

 スズのコートを脱がし、大量に汗を吸っているアンダーシャツも下着も何もかも脱がして汗を拭いてあげ、寝巻に着替えさせてあげる。

 

 

「本当にごめんよスズ君。体調不良を感じ始めたのはいつごろか言えるかい?」

「ちょっと……よくわかりません……。帰り道は多分、まだ元気……あれ、でも何かあったような……ごめんなさい。ちょっと曖昧です」

「そういう【スキル】なんだ。スズ君のせいじゃない。だから何か変だなって思ったら些細なことでもすぐに言っておくれ。その方がボクは嬉しいから」

「はい…次からは気を付けますね……」

 そこで限界だったのか、スズの言葉が途切れた。

 苦しそうな吐息だけが聞こえてくる。

 ヘスティアはもう一度タオルを桶で濡らして、スズの顔の汗をぬぐってあげてからそのまま額に乗せる。

 

 ベルもヘスティアと同じように、すごく自分のことを追い込んでいるはずだから早くフォローしてあげないといけない。

 ヘスティアはベルを呼ぶために卸していた腰を上げる。

 

「……神様……心配しすぎ……ベルのこと……お願い……」

「わかってるよ。だからスズくんは心配させないよう今はゆっくり寝てるんだ。今ベル君呼びに行ってくるから」

 

 

 

 

 

 

 ―――ええ。【限界解除(リミット・オフ)】も最低限までしかしてないから早く行きなさい。明日一日休めば『この子』もよくなってるから。

 

 

 

 

 

 慌てて声のした方を見るとスズが苦しそうに吐息を漏らしている状態が続いているだけで、他に何も変化はない。

 

「――――誰だ。私の眷族に手を出す輩は。『神の力(アルカナム)』は地上で禁止されていることを知らぬとは言わせんぞ」

 ヘスティアはこの部屋から漏れない程度のほんのわずかだけ神威(しんい)を解放してスズの中の『ソレ』を威嚇する。

 

 返事もなければ神威(しんい)も感じない。今の声の冷たさは神威(しんい)を解放した神に似たものを感じたのだが気のせいだろうか。

 いや、そんな訳はない。

 今のスズの口から飛び出した冷たい言葉を見過ごせるわけない。

 ヘスティアはじっとスズの中にある『ソレ』を睨みつける。

 

 

『あなたが【スキル】にしたんでしょう。『私』と違って『この子』は人間なんだからわずかな神威(しんい)でも体にこたえるわ。あなた、自分の眷族を殺す気?』

 そう『ソレ』はスズの体でため息をついて、辛そうにタオルを右手で押さえたまま体を起こした。

 

『起きてると『この子』の体に負担が掛かるし、外にはベルもいる。『この子』は『私』のこと認識できてないけど、『私』は『この子』と五感を共通してるから、正直今とても辛いの。話があるなら早く済ませてもらいたいのだけど?』

 苦しそうに吐息を漏らしながらも淡々と語るその姿は、敬語を使っていないものの『五つの約束』をする前の、質問に対して淡々と言いにくいことも語り続けたスズと同じ雰囲気だった。

 

 だから認めたくはないなくても分かってしまう。

 【スキル】が意志を持つなんてありえないことだがそれしか今の状況を説明しようがない。

 

「君は……【心理破棄(スクラップ・ハート)】だね」

『初めまして。いえ、お久しぶりかしら。あなたが大嫌いで【心理破棄(スクラップ・ハート)】と呼んでいるモノよ。『スズ・クラネル』がいつもお世話になってるわね。体調不良のせいでお茶も用意できないけど、よろしくしてくださるとありがたいかしら?』

 ヘスティアがスズに刻み込んでしまった消したくてやまない【スキル】が吐息を漏らしながらも、よりにもよってスズの体で不敵に笑う。

 

 これはとんだサプライズプレゼントだと、ヘスティアは愛しくてやまないスズの体を勝手に動かす【心理破棄(スクラップ・ハート)】を睨みつけた。

 

 




今までもたまに出てきていた【心理破棄(スクラップ・ハート)】さん登場。
Chapter08からダンまち1巻に続く予定でしたが、話が長すぎたので毎度のことながら分割して話数が増えました。
次回【心理破棄(スクラップ・ハート)】さんの話少しと、選んだプレゼントを渡すお話になる予定です。
次回で少し語られますが【心理破棄(スクラップ・ハート)】さんは『解離性同一性障害』の【スキル】化程度に今は考えていただけると助かります。


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Chapter08『看病のされ方』

Chapter07から直接つながる『少女』が看病されるお話。


『初めまして。いえ、お久しぶりかしら。あなたが大嫌いで【心理破棄(スクラップ・ハート)】と呼んでいるモノよ。『スズ・クラネル』がいつもお世話になってるわね。体調不良のせいでお茶も用意できないけど、よろしくしてくださるとありがたいかしら?』

 

「君がスズに無理をさせたんだろう」

『心外ね。私だって無理はしてもらいたくないのよ? でも私は所詮【スキル】だから、こうやって体を借りるか出力調整しかできないのよ。そこのところ、勘違いしないでもらえるかしら』

 突然のことにヘスティアは混乱しそうになったが、ひとまず消し去りたい【心理破棄(スクラップ・ハート)】を名乗るモノへの怒りは抑え込んで情報を整理する。

 

 【スキル】の中には自動的に発動するものや能動的に発動するもの、条件で発動するものと様々だが、意志を持って所持者を操る【スキル】なんて聞いたこともない。

 聞いたこともないが、スズは悪ふざけでこんなことをする子でもないし、許可されていない『神の力(アルカナム)』を使用した神は天界に強制送還されてしまうので、他の神の悪ふざけでもないだろう。

 

 一番しっくりくるのは【スキル】による二重人格化。

 もしくは二重人格の部分を【スキル】化させてしまったかだ。

 

 スズは心が壊れるほどの『何か』を体験した。

 それは【スキル】発現前からの冒険者になろうとした理由から察することができる。

 その『何か』の出来事から『解離性同一性障害』を引き起こし、その部分を【スキル】化させてしまった。

 そう考えると後者の方が納得いく説明だろう。

 

 

『話すことがないのなら『スズ・クラネル』のために横になりたいんだけど』

「君はボクのことを怒らせたいのかい、【心理破棄(スクラップ・ハート)】君」

『ベルが来てしまうから怒鳴るのは勘弁してもらいたいわね。『スズ・クラネル』にとってもベルにとってもそれは不幸なことよ。『私』が無害とは言えないけど、心配しなくても『スズ・クラネル』は無事回復することと、『私』も『スズ・クラネル』のこと想ってあげてることを伝えたかったのだけれど、これでは逆効果だったかしら?』

 

 大好きなスズの体を勝手に使われているのは気に食わないが、存在を隠さずに出てきてスズの現状を知らせたことを考えるとわざわざ噓を言うメリットはない。よほどこの【心理破棄(スクラップ・ハート)】の性根が腐っていない限り噓はないはずだ。相手が『人間』なら噓を見抜けるのだが【スキル】である【心理破棄(スクラップ・ハート)】からは文字通り何も感じることができない。

 

 スズの魂は今穏やかに眠っているだけなのだ。

 

「今は君の言葉信じるけど、絶対君なんか消してやるからな」

『ええ。『スズ・クラネル』を幸せにして『私』を消してくれることを祈ってるわ。あ、これ、皮肉じゃなくて本心だから、そこも勘違いしないように。あとそうね、『私』が眠ったら『スズ・クラネル』を一度起こして、飲み水を飲ませてあげてくれないかしら。汗で水分を失ってあまりよろしくないコンディションよ。でも『スズ・クラネル』の優先順位的には、まずはベルに落ち着いてもらいたいところだろうけど。まあなんにせよ、ここが限界よ。これ以上は『スズ・クラネル』に『悪夢』を見させてしまうから寝させてもらうわね』

 

「お、おい!」

 パタンとスズの体が後ろに倒れたので慌てて支えて布団をしっかりと掛け直してあげる。

 結局聞きたいことも聞けないまま【心理破棄(スクラップ・ハート)】に言い逃げされてしまった。

 

 だが収穫がなかったわけではない。

 少なくとも【心理破棄(スクラップ・ハート)】は『スズ・クラネル』という表の人格を大事に思っている。

 スズの心を壊したと思われる『悪夢』からスズを守ろうとしており、体調にも気遣ってくれているのは、最後の最後に早口で物事を伝えて眠りについたことを考えると間違いないだろう。

 

 それがわかってもなおヘスティアは気に食わなかったが、今は【心理破棄(スクラップ・ハート)】の言った手順で物事を解決していくしかない。

 

「ベル君!! もう入ってきて構わないよ!! スズ君落ち着いたみたいだから!!」

 ヘスティアは大声でベルを呼びながらコップに水を注いでいるとバタンとものすごい勢いでドアを開けてベルが戻ってくる。

 

「神様! スズは!?」

「やっぱり疲れが溜まっていたみたいだね。今寝付いたところだけど、水分とらせてあげないといけないから優しく起こして水を飲ませてあげてくれないかな?」

 そうベルに水を渡すとベルはスズの体を優しく布団ごしにゆすっている。

 

「スズ……スズ……。大丈夫?」

「ん……ベル……?」

「うん。僕だよ。水、飲めそう?」

 ベルは無理しているのに気づけなくてごめんと謝るのを我慢して、ただ優しくスズに語り掛けている。

 

「んっ……。ごめんね。ちょっと無理そうかな。体を起こすの……手伝ってもらってもいいかな…」

「気にしないで。もしも僕が倒れてもスズは同じことしてくれるでしょ? だからおあいこだよ」

「うん。ありがとう、ベル」

 スズはベルに起こしてもらいながらゆっくりと水を飲ましてもらっている。

 

 昨日までのベルならきっと真っ先に謝っていて気まずい空気になっていただろうに、たった一日で【経験値】関係なしに人はここまで強くなれる。

 

 不変の(じぶん)とは違う。

 だからいつかきっとスズの心の傷である【心理破棄(スクラップ・ハート)】だって変わったり消えたりしてくれる。

 

 

 

 

 

 でも、もしも『解離性同一性障害』が

 【心理破棄(スクラップ・ハート)】というスキルを作り上げているとしたら。

 

 

 

 

 そこまで考えてヘスティアは自分が出した結論を首を振って否定した。

 

「スズ君の様子はどうだい?」

「また眠ったみたいです。すみません神様。スズに無理させちゃって」

「ギルドの医務官が気づかなかったんだ。きっと帰ってから緊張がほぐれて一気に疲れが出てしまったんだろう。だから気づけなかったのはボクも同じさ。ベル君、これからのことなんだけど」

 さて、どうしたものかとまだ考えていなかったので、そこでヘスティアの言葉は止まってしまう。

 

「スズは寂しがり屋だし心配性で、なによりも優しいからきっと僕がダンジョンに行く限りスズもダンジョンに行こうとすると思います」

「そうだね。しっかりスズ君のこと見てあげられてるじゃないか」

「ずっと助けられっぱなしでしたから。だから二人でダンジョンに潜っている時間を減らしてスズの体力調整してあげようかなって思ってるんです。収入がかなり減っちゃうと思いますけど、スズが無理するのは嫌ですから、その」

 

「その先は聞くまでもないだろ? ボクはベルとスズ君がいれば幸せなんだ。たとえまた貧乏ぐらしになっても、三人で元気に暮らせるなら下水道にだって住んでも構わないさ」

「下水道はちょっと」

「たとえ話だよたとえ話! だからベル君。君がスズ君を大切に思っているのと同じくらい自分を大切にしてくれ。ボクは二人が大好きなんだ」

「大丈夫ですよ神様。僕は神様やスズを路頭に迷わせたりなんかしませんから。まだ僕は頼りないけど、まだまだ僕は弱いけど―――」

 真っ直ぐで綺麗な瞳だった。

 

 

「僕は、僕が大好きになったみんなの幸せを守れるように頑張りますから。だから安心して下さい、神様」

 

 

 真っ直ぐで綺麗な夢だった。

 本当に地上の子供達は変わりやすいんだなと、ヘスティアの頬は嬉しさに緩み、とくんと胸が高鳴るのを感じた。

 

 

§

 

 

 いつも通りベルは朝五時に起きたが、スズが心配だから昨日のようにダンジョンに向かわずに、ヘスティアとスズを起こさないように気を付けながら、夜中付きっ切りで看病していたのであろうベッドに上半身をうつぶせにして座りながら寝ているヘスティアに自分の使っていた毛布を掛けてあげ、スズの額に乗っている乾いたタオルを濡らして絞った新しいタオルに代えてあげる。

 

「ん……」

「寝てて大丈夫だよ。ダンジョンまだ行かないから」

 うっすらと目を開けるスズの頭を優しく撫でてそう言ってあげると安心したのかそのままゆっくりと目を閉じた。

 

 まだスズの体温は高い。

 まだ辛そうなスズをダンジョンに連れていけないので、スズには今日一日しっかり休んでもらおう。

 お金は今日一日くらいダンジョンに行かなくてもまだまだ余裕はある。

 でもエイナに相談したいことがあるしプレゼントにはお金がいる。

 だからベルは状況次第では一人でダンジョンに挑むつもりでいたが、二人を不安がらせないためにも二人が起きてからしっかり話し合って、ヘスティアがスズの看病できるようならダンジョンでお金を稼ごうとベルは思った。

 

 二人が起きる時間までまだ時間があるのでスズのことを度々見てはタオルを代えながら、音を立てないように気を付けて地下室の掃除を始める。

 スズが熱を出したことで洗われず流しに水漬けされただけの状態のお椀を洗い、ヘスティアが出しっぱなしにしていた本をとりあえずテーブルの上にまとめておいて棚のホコリをはたきではたいた後に床を箒で掃いて最後に雑巾を掛ける。

 

 それでもまだ六時前で、二人が起きる様子はない。

 本を読む趣味もないベルは何をしようと暇を持て余すことになった。

 家族になったとはいえ女性の衣服……特に下着なんかを洗うのはまだ抵抗があるので洗濯はできない。

 買い物に行こうにもまだ店が開いていない。

 楽しく会話をする相手は今は眠っている。

 

 本を読む趣味もないベルはどうやって二人が起きるまで時間をつぶそうか悩んだ。

 やはり洗濯だろうか。

 昨日ヘスティアが脱がしたスズの衣服は、勝手に綺麗になる白いコート、『純白の究極(アルティメット・アンド・)無限前掛け(インフィニティ・ホワイト)』はそのままクローゼットの中にしまい、残りは洗面所の籠に入れていたはずだ。

 

 女の子の衣服の洗い方なんて知らないがたぶんお湯で洗って干せば大丈夫だろうと人生初になる異性の衣服を洗濯することを決める。

 

 

 

 ――――僕は今日、初めて冒険をする。

 

 

 

 ごくりと息を飲み込み、二人が起きないかちらちらと後ろを確認しながら洗面所にそろりそろりと近づいていくところで、別にやましいことしようとしているわけじゃないだろ僕のバカとベルはぶんぶんと大きく首を横に振り、恐る恐ると籠の中をのぞき込むと真っ先にスズのものだと思われるショーツが目に飛び込み立ちくらみがする。

 

 

 冒険者は冒険をしてはいけない。

 妹のものでも女性の下着であることは変わりなく、僕にはまだ早かったよおじいちゃんと戦術的撤退を試みる。

 

 

 無事挙動不審な姿を見つからずにソファーまで戻ってこれたベルは、何をやっているんだろうと自分自身に大きくため息をついた後、スズの額に乗せているタオルをまた冷たい水につけて絞ってから乗せ直してあげる。するとまたうっすらとスズが目を開けて横になったままベルをおぼろげな瞳で見上げた。

 

「ベル……今何時?」

「六時半だよ」

「……そっか。朝ごはんつくらないとね……」

「今日は僕が作るよ。食べられそう?」

 そう聞くとスズは少し考え込む。

「おかゆは……小麦は買ってなかったよね。味付けはいいから、昨日みたいにパンを細かくして……ミルクと一緒にトロトロになるまで煮て。パン粥にしてもらってもいいかな……?」

「わかった。ちょっと待っててね」

 言われた通りにパンを細かく切って鍋でミルクと一緒に煮る。

 

 トロトロの目安はわからないが喉に通りやすいかなと思ったところで火を止めてお椀に移す。

 麦粥と同じような感じだとしたらこのくらいだろう。

 少しだけ味見をしてみるとミルクの甘味がしみ込んだとろけかけのパンはとても美味しかったが、出来立てのせいで冷まさないと舌を火傷してしまいそうだ。

 

「できたよ。体、起こすね」

「うん。ありがとう」

「あーんして」

 スズの上半身を起こしてあげて、スプーンでパン粥を掬ってふーふーと息を吹きかけて冷ましてあげてからスズの口に運んであげる。

 

「美味しい。なんだかベル、お母様みたい……」

「お母さんポジションはボクのポジションだぞ、スズ君」

 ヘスティアが体を起こして眠そうに目をこすりながら大きな欠伸をした。

 

「おはようございます神様。今神様のごはんも作りますね」

「おはようベル君。スズ君。それじゃあボクがお母さん役を代わるよ。はいスズ君、ふうふうしてあげるからあーんするんだ!」

「おはようございます……神様。ずっと付き添っていてくれたの……嬉しかったです……。また、お言葉に甘えさせていただきますね」

 そうスズは今できる精一杯の笑顔で気持ちを返して、これまたものすごく嬉しそうにスズの口にふーふーして冷ましたパン粥を運ぶヘスティアの姿を少しの間見守り、ベルは「やっぱいいね家族って」と頬を緩ませながら自分とヘスティアの分の朝ごはんの調理に取り掛かる。

 

「じゃあ……ベルはお父様……?」

 そこで熱で頭が思考力が低下しているのかスズが突然にそんなことを言うものだから、それが不意打ちすぎて思わずベルはヘスティアと同時に吹いてしまう。

 危なく野菜を刻もうとしていた包丁で指を切ってしまうところだった。

 

 ヘスティアみたいな包容力のある可愛い子が奥さんで、スズみたいに優しくこれまた可愛い子が娘な家庭を想像してしまい、いいなと思ってしまうが邪念を振り払うために慌てて首を横に振る。

 ヘスティアは神様なのだ。

 行き場のないベルとスズに手を差し伸べてくれて家族を与えてくれた神様なのだ。

 そんな自分の欲望にまみれた妄想で汚していいわけがない。

 恐れ多いとパンパンとベルは自分の頬を両手ではたいて僅かに残った邪念も振り払う。

 

「僕はスズのお兄さんだよ」

「お兄さん……か。里の人みんな慕ってくれてたけど……すごく幸せだったけど……。私、一人っ子だったから、実は憧れてたんだ……。お兄様かお姉様がいたらおもいっきり甘えられたかなって。えへへ」

 スズは思考力が落ちているせいか、遠慮なく『甘えたい』という本心を口にしていた。

 

「今はボクがお母さんで、ベル君がお兄さんだ。だから遠慮せずに甘えて、今日はゆっくりお休み」

 ヘスティアは食べさせた後、そう言ってスズ横の額を合わせて熱を測る。

「まだ熱は下がってないんだから今日はダンジョンは休むんだよ。ボクもバイト休みもらうから」

「でも……お金稼がないと……」

 

 お金を稼がないとヘスティアにプレゼントが渡せない。

 そう言いたげにスズがベルの方を見る。

 

「大丈夫だよスズ。元気になったら明日からまた頑張ろう。だから今日くらいおもいっきり甘えてワガママを言ってもいいんだよ? その方が僕も安心できるし、スズが甘えてくれたら僕も嬉しいかな、なんて。あ、神様。朝ごはん簡単なものですけどできましたよ!」

「ありがとうベル君。ベル君の言う通りさ。無理してもいいことなんて一つもないんだぜ。ご飯食べ終えたらちょっとおばちゃんに休むこと伝えに行ってくるから、しっかり休んでるんだよ?」

 ヘスティアがテーブルにつき、一緒にパンと残りの野菜で作ったサラダを食べる。いよいよもってスズが買った食材が底を尽きてきたので今日は買い物もしないといけなさそうだ。

 

「それでボクはさっき言った通りだけど、ベル君はどうするんだい?」

「エイナさんに相談ごともありますし、エイナさん……アドバイザーになってくれた人と相談して一階層を少し探索出来そうだったら今日の夕食代くらいは稼ぎたいと思ってます。食材ももう底を尽きてますし、少なくとも買い出しは行っておかないといけませんから。なので神様が帰って来てからギルド本部に顔を出しに行きますよ」

 

 無理をすると二人に心配を掛けてしまうのはわかっているから、エイナが無理だと断言したなら悔しいところはあるが一人でダンジョンに潜る気はなかった。

 でも、出来ることならスズを神様を、大好きなもの全部を守るためにも強くなりたかったし、ヘスティアだけではなくスズにも何かプレゼントをしてあげたらスズも喜んでくれるのではないかと、冒険者用の装飾品を取り扱っている店でベルは少ない知識を振り絞って考え付いたのだ。

 

 

 サプライズプレゼントを買っておくなら今日しかない。

 出来ることならダンジョンに潜りたいのが本音ではある。

 

 

「ベル……一人で行くの?」

「大丈夫だよ。まだ自分が弱いこと十分わかってるから無茶はしないし、エイナさんと相談して許可が下りても一度報告に戻ってくるから。そうしたら一緒にお昼ご飯食べよう」

 不安そうに眉を細めて見つめてくるスズを安心させてあげようと微笑んで優しく頭を撫でてベルはそう言ってあげる。

 

「そういうことなら止めないけど。本当に無理はしないでおくれよ? それじゃあボクはおばちゃんに知らせてくるからそれまでスズ君のこと頼んだよ」

「いってらっしゃい神様。任せてください」

「……いってらっしゃい……」

 神様が出ていくのを見送ってから、ベルはコップに水を汲んでスズに飲ませてあげる。

 

「ありがとうベル。ごめんね」

「ありがとうだけでいいのに。神様も言ってたじゃないか。遠慮せずにあまえてもいいんだよ?」

「もう甘えてるよ……。出会ってからずっと、頼りにしてるし甘えてる。里にいた頃からみんなに甘えっぱなしだよ、私は」

 甘えたいと言い、それでいてもう甘えていると言う。

 

 きっと、もっと甘えたいのにどこか相手のことを思って遠慮して、昔からいい子で居続けようとしていたのだろう。

 だからそういった遠慮しないで甘えることができる兄か姉に憧れていたんだろうな、とベルは何となくだけどそう思えた。

 

 

「もっと甘えてもいいってことだよ。何かしてほしいことはある?」

「えっと……あるにはあるけど……その、ちょっと無理かな」

 スズがただでさえ熱で火照っている顔をさらに真っ赤にさせて顔をそらしてきた。

「遠慮しなくてもいいのに」

「汗が気持ち悪くて……えっと、着替えとか……その、体拭いてもらいたいとか……。ベルにやってもらうの、私が恥ずかしくて無理だよッ」

「ごごごごご、ごめん! 僕も無理だよ!! それは僕が出かけた後に神様にお願いしてっ!!」

 お互いに顔を真っ赤にして顔をそらして、しばらくしてからそんな自分のことも相手のことも可笑しく思えて、微笑ましく思えて、互いになぜか笑いがこらえきれなくなってしまう。 

 

「神様へのプレゼント早く渡したいのは私も同じだけど、無理したら、やだよ?」 

「大丈夫だよ。無理なんてしない。ずっとスズのお兄さんでいてあげるから」

「そっか……エイナさんにポーションを割らないようにする対策……聞いてね」

「うん。覚えてるよ」

「攻撃受けちゃったことも、どういう状況だったかも、しっかり言ってごめんなさいするんだよ?」

「わかってるって」

「私も一緒にあやまるからって言ったのに、ごめんね。後、お買い物は買い置きのこと考えなくても大丈夫だから――――」

 

「これだと、なんだかスズの方がお姉さんっぽくなってない?」

「あはは、そうだね」

 くすくすとまた二人そろって笑みをこぼす。

 

「ちょっと、また寝るね……。だから、起きれるかちょっと自信ないから、今言うね。いってらっしゃい……ベル」

 返事を返す間もなくスズの瞳が閉じられる。

 

 きっと今までだって無理して起きて、精一杯元気に振る舞っていたのだろう。

 

「いってきます、スズ」

 まだ出かける訳ではないけど、もしかしたらまだ耳に届くかもしれないとベルは耳元で優しくつぶやいた。

 

 しばらく待っているとヘスティアがバイトの休みをもらって帰ってきたので、ベルはスズが汗でぬれた寝巻が気持ち悪いと言っていたことを伝えてから、どちらにしろ一度ホームには戻ってくるので装備を付けずにギルドへ向かう最低限の身支度を整えて、ヘスティアに見送られながらもう一度「行ってきます神様。スズ」と言葉を返してホームを後にした。

 




慢心によりまた分割となってしまいました。
こんな私ですが原作一巻スタートはもうしばらくお待ちくださると幸いです。


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Chapter09『子供のあやし方』

ヘスティアが『少女』に付きっ切りで看病するお話。


 ヘスティアが眠っているスズの看病をしていると、予定通り昼前にベルが沢山の食材を持って帰ってきた。

 

「ただいま神様。スズ」

「おかえりベル君。すごい荷物だね、ちょっとしまうの手伝うよ」

「ありがとうございます。これ商店街のみんなが栄養あるものたべさせてあげなさいって沢山おまけしてくれたんです」

 おそらくジャガ丸くんの屋台から情報が伝達していったのだろう。

 

「みんな神様とスズによろしくって言ってました。神様すっかり商店街のマスコットですね」

「なんだいなんだい。ボクの【ファミリア】に入ってくれないくせに。すごくありがたいけどさ、これでもボクは神様なんだぞっ。これじゃあ野良猫が餌付けされてるみたいじゃないかっ!」

 まったく失礼な、とむすっとしながらもありがたく、見た目がよくなかったり小さかったりして売り物にならないと判断されたのであろう野菜や果物をしまっていく。

 

「漬物屋さんから大根の葉や株の葉もいただいちゃいました。米穀も買ったのでこれでお粥を作りますね。神様、スズの様子はどうですか?」

「今はぐっすり寝てるよ。熱も少し引いてきてるみたいだしこのまま安静にしてれば明日にはよくなるはずだよ」

 その言葉にベルは「よかったと」と安堵の息をついて粥を作る準備に取り掛かる。

 

「それで、アドバイザー君は何だって?」

「一階層は僕一人でも問題ないそうです。色々言われちゃいましたけど……」

 

 無事世話を焼いてくれるアドバイザーが担当になっていたことは冒険初日から聞いていたので、おそらくスズが倒れたことと、それなのにソロでダンジョンに潜ろうとしていることをこっぴどく叱られたのだろう。

 ベルはダンジョンにまだ潜っていないのに疲れ切った笑みを浮かべていた。

 

「何も言われなかったらボクの方が心配するところだったけど、その様子だと安心してベル君とスズ君のこと任せられそうだ。いいアドバイザー君じゃないか」

「はい。僕達のことすごく心配してくれる面倒見がよくて優しい人ですよ。ただ、すごくスパルタで、エイナさんとスズの会話に時々僕がついて行けませんけどね……」

「ベル君はもっと本を読んで知識を蓄えるといいかもしれないね。そうしたら【魔法】だって発現するかもしれないぜ?」

「う、ぜ、善処します」

 言葉通りの意味ではないその言葉に本好きのヘスティアは、こんなに面白いんだから敬遠せずにもっと沢山本を読めばいいのにと軽くため息をついてしまう。

 

 でも不変の神と違って子供達の時間は有限なので強制はしない。

 特に愛しの眷族であるベルやスズの貴重な時間を身勝手な押し付けで削るなんて真似はしたくない。

 どうせ身勝手に時間を奪うなら無駄話したり三人で遊びに出かけたりした方が有意義な時間を過ごせるし、ベルもスズもそういった家族としての時間を望んでいる。

 でも好きなものを共有したいという自分のワガママがあるのは否定せずに、お勧め程度はするのだ。自分のことながら神様とは実に身勝手なものだとヘスティアは思った。

 

 そんなことをヘスティアは思っていると、静かだったスズが「ん…」と声を漏らしてもそりと体を動かした。

 

 どうやらベルの家事をしている音で目を覚ましてしまったようである。

「……ベル、帰ってきた?」

「うん。ただいまスズ。調子はどう?」

「おかえりベル。だいぶ良くなったかな。さっきも一人でトイレに行けたし。あのまま動けなくなっちゃったらどうしようって……ちょっと不安だったんだ。エイナさんは何て?」

「すごくスズのこと心配してたよ。意外にもそこまで怒られなかったけど、すっごく注意されちゃったよ。回復薬(ポーション)の方は元々丈夫な容器に入ったのを買うか、攻撃を受けない後衛やサポーターの人に持ってもらわないと、せいぜい紙ややわらかい布に包んで気休め程度に周りにやわらかい物を詰めるか、回復薬(ポーション)専用に試験管や瓶をセットできるポーチを用意するかくらいだって。どっちも攻撃を受ける前提だと心もとないけどやらないよりは断然割れにくいらしいよ。後、一応支給品のバックパックにも回復薬(ポーション)をセットできる箇所があるみたいだけど」

「梱包するか専用のポーチを用意するか、かぁ。梱包で保護するならお買い物した時の紙袋とか使えそうだけど、動き回ったら不安だしバックパックや私のバックを圧迫したり、さっと取り出せないと意味ないし……。パックパックは……側面に二本ずつ……計四本試験管を刺せる場所があるみたいだね。ちょっと気づかなかったよ。でも、これなら専用ポーチの方が比較的使いやすいかも? 支給品にセット箇所があるなら、基本はフラスコでなく試験管タイプなのかな」

 

 眠って体力が回復したのかスズはかすれた声を出していた今朝とは違い、はきとしゃべりながらベッドの上でベルのバックパックをいじっている。

「ボクが下界(こっち)に着てから知り合った神友にミアハっていう神がいるんだけど【ミアハ・ファミリア】は回復薬(ポーション)の販売をしてる【ファミリア】らしいから、今度ボクがミアハに聞いてあげるよ」

「神様のお知り合いにそういう方がいらっしゃるなら、回復薬(ポーション)の購入先はもう決まりですね。明日にでも挨拶に行かないとッ」

「その為にも早く元気にならないとね。お粥できたから皆で食べよう。起きて食事は出来そう?」

「うん。もう全然大丈夫だよ」

 スズは笑顔を作ってそう言っているが、まだ顔が熱でほてっており目に見えて辛そうだ。

 

 でも体を起こして食事をする分には問題ないくらいには回復しているし、しっかりベルの作ったお粥を「美味しい」と一人で残さず食べられるくらい食欲もある。

 【心理破棄(スクラップ・ハート)】の言う通り、今日一日休めば明日には完治しているだろう。

 

 ヘスティアは昨日の夜からスズにずっと付き添って看病をしていたが、あれから【心理破棄(スクラップ・ハート)】が出てくる様子は一切ない。

 おそらくスズが不利益になることがなければこの先も【心理破棄(スクラップ・ハート)】がヘスティアの目の前に現れることはないだろう。

 彼女は『スズ・クラネル』という表の人格を大切に思っているのだから、むやみやたらに体の主導権を入れ替えるとは考えにくい。

 何よりもヘスティアが【心理破棄(スクラップ・ハート)】という【スキル】を嫌っていることを【心理破棄(スクラップ・ハート)】自身が知っているのだ。

 出てくるはずがなかった。

 

「そういえば、お粥。小麦じゃなかったみたいだけど、もしかして米穀かな?」

「そうだよ。極東では主食になってるくらい有名な穀物なんだって。お粥にするならこっちの方がいいよって商店街の人達に勧められて買ってみたんだけど美味しかったね」

「うん。独特の甘味があったね。やっぱりオラリオには色々なものがあるんだね。極東の味噌は里でも使ってたけど米穀は初めて食べたよ。今度米穀料理を少し調べてみようかな」

 

 食事が終わるとスズは楽しそうにベッドで横になりながら、洗い物をしているベルと雑談している。

 ヘスティアは料理のことはあまりよくわからないがこの話題の流れなら自分も楽しい会話に参加できると大きな胸を張ってその会話に飛び込んでいく。

 

「調べものならいい本屋を知ってるぜスズ君。ボクがよく行ってる本屋なんだけど、料理の本なんかもあるんじゃないかな?」

「本当ですか!? 神様がバイトお休みの日に一緒に行ってみたいですッ」

 よほどスズは料理が好きなのだろう。

 それだけでなく本を読むことも好きなのか、楽しみだな、他にどんな本があるんですか、と興味津々な様子だ。

 

 やはり自分が好きなものを好きな人と共有できるのは嬉しくてヘスティアの頬は『にやにやが止まらなく』なってしまっていた。

 だが突然スズが話題を振るのを止めて、不安げに眉を細めてしまった。

 

 不安げに見つめる先を見てみるとベルがダンジョンへ行く準備を始めていた。

「ベル、ダンジョン一人で行くの? エイナさんは止めなかったの?」

「うん。入口からあまり離れないようにとか色々注意されたけど、冒険せずに、調子に乗らずにただ怪物(モンスター)を狩るだけなら問題ないって。一階層なら『神の恩恵』を受けたばかりの冒険者でもソロで行けるらしいから」

 スズの不安の色がさらに増して、会話をしながらも今だお気に入りの人形のようにぱかぱかと暇な手でいじっていたベルのバックパックをぎゅっと強く抱きしめた。

 

「大丈夫だよ。本当に無理はしないから」

「私もう元気だから一緒にッ」

「今日は安静にしてないとダメだよ。稼ぐのは今日の食費くらいにしておくから」

 一緒に行こうと体を起こしたスズにベルは視線を合わせて、もっと幼い子供に言い聞かせるように優しくそう言った。

 

「僕はちょっとスズに頼りすぎちゃってたから」

「私もすっごくすっごく頼ってるよッ」

「そうじゃないんだ。頼ってくれてるのは知ってる。でも、そういうのじゃなくて、なんていうのかな。上手く言葉に出来ないけど……多分、今のままの僕じゃダメなんだって思ったんだ。知識も探索もスズに頼りっぱなしで、安全なところから敵を攻撃してるだけの僕じゃダメなんだって昨日思ったんだ」

「昨日のは想定外だったし、私もダメダメだったし……」

 

 

「だからこそ、そういう事態の時にお互いに補えるように、僕は強くなりたいんだ。スズを守るために強くなりたい。神様を守るために強くなりたい。僕は、僕が大好きになったもの全部守れるように強くなりたいんだ。だから今日だけ、自分の力で、自分の『弱いところ』をもう一度見つめ直したい。これからスズと一緒に強くなって、いつか大好きなもの全部を守れるようになりたいから。今はすごく弱くてスズに心配されちゃう僕だけど、いつかスズに心配されないような頼れるお兄さんになりたいから。だから僕は、ダンジョンで『弱い自分』を見つけて『強い自分』を目指すために、一人でダンジョンに行ってみたいんだよ」

 

 

 自分の強さを確かめる訳でもなく、強くなりに行くわけでもなく、弱い自分を見て、どれだけスズに頼り切っていたかを思い知って、強い自分に憧れるのではなく、強い自分を目指すための冒険。

 みんなを守るなんて綺麗な夢を掲げておきながらなんて遠回りで不器用なやり方だろう。

 君はマゾなのかと、好きな人に足蹴りされるのが趣味なのかと言いたくなるほどの無駄な冒険。

 

 

 それでも強くなりたいという気持ちは本物で、守りたいという気持ちも本物で、スズを真っ直ぐ見つめる瞳は、その夢は幼い少年のように澄んでいた。

 

 

「……そっか……弱い自分を見つけに行くなら、一人じゃないと、ダメだもんね。私が『強い』って言っても意味ないもんね……」

 何を言ってもこの真っ直ぐで綺麗な夢は止められない。

 聡いスズはそれに気づいて、諦めるように顔を伏せて抱きしめていたバックパックをベルに手渡した。

 

「ごめんねスズ。心配してくれてるのにワガママ言っちゃって。色々試して自分の弱さを思い知ったらすぐに帰ってくるから」

「ケガ、しない?」

「多分しちゃうかな。でも必ず帰ってくるから。流石の僕でも一階層の見回しのいいところではやられないよ。怪物(モンスター)の数が多かったらすぐ逃げるから」

 

「慢心するとエイナさんに怒られちゃうよ?」

「うっ、そうならないように頑張るよ」

「私も怒っちゃうし、たぶん泣いちゃうよ?」

「それは絶対に嫌だから必ず帰ってくるよ」

 ベルはいつものように優しくスズの頭を撫でる。

 

 スズがワガママだったなら、きっと諦めずに何が何でもベルを止めていただろう。

 ここまで言い切ってもまだベルを引き止めていたなら、ベルもスズのためを思って『安心して』今日は冒険にでなかったとヘスティアは思う。

 

でもいい子でいようとするスズはそれをしない。

 それができない。

 そんなスズがワガママを言えるようになるためにも、スズがワガママが言えるほど強くなろうとベルは冒険の第一歩を踏み出そうとしているのだ。

 

「スズ君もそんなに心配しなくて大丈夫だぜ。面倒見のいいアドバイザーが許可したんだから大丈夫さ。なによりもベル君にはボクの『恩恵』がついてるんだぜ? ゴブリンの一〇匹や二〇匹にタコ殴りにあってもベル君は帰ってくるさ!」

「神様、それ流石に一目散で逃げますから! その数だと通路埋まっちゃいますから!!」

 

 ベルは今変わろうとしてる。

 もっともっと高みを目指そうと頑張ろうとしている。

 それを主神として、家族として後押ししないのは間違っている。

 

 だからスズのためにもベルのためにも、笑顔で見送ってあげられる状況を作ってあげようとヘスティアは思った。

 

「そうですね。ベルはベルが思っているほど弱くないもんね。それによくよく考えてみたら……耐久も殴ったり防いだりしないと上がらないし、やっぱり無理しなければ一人で行くのも悪くないのかも……。あれ、なんで私こんなに引き止めてたんだろう。無理しなければベル一人でも大丈夫なの、私自身がわかってたはずなのに……」

 自分自身の感情を整理しきれていないのかスズは首をかしげている。

 

 一階層なら『神の恩恵』を授かったばかりの冒険者一人でも不用意なことをしなければ十分にやっていけるのはヘスティアですら知っていることだ。

 それをダンジョンに実際潜っていたスズが知らないわけがない。

 おそらく原因は大切な者を守ろうとする【スキル】としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】の効果のせいだろう。

 理屈ではなく失う可能性があるだけで何らかの作用があるのだと思われる。

 

「それじゃあ神様、スズ。行ってきます」

「いってらっしゃいベル。無理しないようにね?」

「いってらっしゃいベル君。ボクやスズ君をあまり心配させるような真似はしないでおくれよ」

 こうして無事ベルの後押しと見送りが出来たが、【心理破棄(スクラップ・ハート)】の効果は理屈ではない。

 

 納得していたはずなのにやはりスズはベルが出かけるとそわそわしだし、少しでも目を離すとベッドから抜け出そうとして、それをヘスティアに見つかると「つい」と苦笑しておとなしくベッドに戻っていく。

 

 【心理破棄(スクラップ・ハート)】に『意志』があったのは予想外だったが、【スキル】としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】はおおよそ最初ヘスティアが思った通りのものなのだろう。

 『五つの約束』で条件付けしていなかったら今頃寝巻のまま丸腰でダンジョンに向かっていたかもしれない。

 

「やっぱりこれって、【心理破棄(スクラップ・ハート)】のせいでしょうか?」

 さすがのスズも自分の居ても立っても居られないもやもやに違和感を覚えて不安げに聞いてくる。

 

 この状態のスズなら、鎌を掛ければ『アレ』が出てきてくれるかもしれない。

 少なくとも本当に『スズ・クラネル』のことを心配しているなら出てこずにはいられないはずだ。

 

 

 話をするなら今しかない。

 そうヘスティアは思い行動を起こす。

 

 

「間違いなくそうだろうね。そこのところ、『君』はどう思っているのかな?」

『そういう『私』の存在をほのめかすのやめてくれないかしら』

 当然のようにすぐさま『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】が出てきて、スズの体で呆れたようにため息をついた。

 

「ベル君も出かけているし、聞くなら今しかないと思っただけだよ」

『これでも貴女が施した『条件付け』を優先するの大変なのよ。人格が『私』になっても出力制御は私が受け持ったままなのに、【スキル】の優先順位は『スズ・クラネル』依存なんだから』

「つまり君がスズ君を突き動かしているわけではないと?」

『ええ。だから『スズ・クラネル』の前で『悪夢』を引き受けている『私』をほのめかす言動やめてもらえないかしら。それをきっかけに詳細を思い出したらどうするつもり?』

 

 やはり『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】は表の人格を過剰なほどに守ろうとしている。

 『解離性同一性障害』である彼女は元々スズが自己防衛のために作り出した人格なのだから当然と言えば当然だろう。

 一先ず『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】がスズにとって友好的であり、言葉を信じるなら【スキル】としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】の効果のせいでスズが大切に思っているものを守ろうするため、『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】は『スズ・クラネルが大切に思っているものを傷つけることができない』と見て間違いないだろう。

 

 なので『スズ・クラネル』という表人格のために『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】が『スズ・クラネルのためを思って大切なものを排除する』という最悪な事態は起こらないはずだ。

 

 あくまでこの人格は『悪夢』を引き受けたスズの一部なのだ。

 ここまでくると『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】は無害だと思っていいだろう。

 

『その様子だとまた信じてくれたのかしら。私が言うのもなんだけど、貴方は嘘が見えない相手の言葉をもう少し疑った方がいいと思うのだけれど』

「一応そんなひねくれていても『解離性同一性障害』な以上、君だってスズ君だからね。ボクのスズ君に危害を加えない以上、君もボクの眷族だ。色々考えたけど【スキル】とは別ものとして君を見ることにしたよ」

『あら、そう。意外ね。もっと猟犬みたいに食いついてくるかと思ったのだけれど』

 表情を変えていないもののその言葉に【心理破棄(スクラップ・ハート)】が目をそらした。

 

 元は同じスズなのだ。

 スズが生み出したものなのだ。

 そう思うと『意志』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】が意地をはってすねてみせているだけの子供のように見えてきてしまって笑いがこみあげてきてしまう。

 

『寝るわ。後で覚えておきなさい』

「寂しくなったらまた話し相手にはなってあげるぜ【心理破棄(スクラップ・ハート)】君。その時は君の方から話しかけておくれよ?」

『貴方とはもう絶対口聞いてあげない。これだからお人好しは嫌いなのよ』

 そう言い残し、今回は時間的余裕はあるのか自分から布団をふて寝するように頭からかぶって沈黙した。

 

 しばらくするともぞもぞと布団が動き、スズが何事もなかったかのように体を起こす。

「おはよう、スズ君」

「神様おはようございます……。すみません、お話し中に眠ってしまったみたいで……」

「病人なんだから気にしないでおくれよ。リンゴ食べるかい?」

 

 

 ヘスティアが色々考えて出した結論。

 一番いい未来が待っていると希望を抱いた結論。

 そうであってほしいと今一番に願ってやまないこと。

 

 

 それは【心理破棄(スクラップ・ハート)】が抱えている『悪夢』という『トラウマ』を和らげてあげることで、【スキル】の効果に影響を及ぼしてあげることだ。

 

 スズの『トラウマ』で出来た『人格』が【スキル】化したのなら、その『トラウマ』を和らげてあげれば【スキル】としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】にも変化が現れるのではないかと期待しているのだ。

 この『トラウマ』を抱えたまま【スキル】だけを消してしまった場合、最悪人格が統合化され、そのショックでスズ・クラネルという表の人格がショックに耐えられず、最初に出会った時以上に心が壊れてしまう可能性だってある。

 それは何としても避けなければならない。

 

 だから『人格』としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】がスズに無害なら、三人目の眷族として受け入れてあげようと思って今日は話しかけてみた。

 出来ることならスズの一部である彼女にも手を差し伸べてあげようと思ったのだ。

 

 話してみると癖はあるものの、スズの一部なだけあっていい子だったので、次に会う時はもっと仲良く話が出来たらいいな、とヘスティアはまだよく知らない三人目の眷族のことを思いながらスズのためにリンゴをむくのであった。

 

 

 




なんだかんだで釣竿たらせば釣れる【心理破棄(スクラップ・ハート)】さんでした。
時間が掛かったのに特に進展がなく申し訳ございません。

バックパックの回復薬(ポーション)数は個人的なもの。ギルドの支給品としてお金出してまで買ったのだから回復薬(ポーション)を保護してくれるポケットくらいあるだろうと、一番衝撃が行きにくいバックパック側面に捏造しました。

次回ベル君のソロの結果報告と二人でダンジョンに行ってプレゼントを買うところまで行けたら嬉しいところです。


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Chapter10『挨拶の仕方』

色々な人に挨拶をするお話。


 翌日スズは無事本調子に戻ってくれていたのでベルは安堵の息をついた。

 

 また無理をさせて倒れさせるわけにはいかないので、早朝はゆったりとスズと何でもない話をしながら家事をして、ヘスティアが起きる七時ごろに二人で朝食を作る。

 一日ぶりのスズの手料理はやはり美味しく、スズが元気になってくれてほっとした分三人で気持ちよく食事ができてより美味しく感じられた。

 

 たった六日だけど、もうこの生活が三人にとっての掛け替えのない慣れた日常なんだと実感する。

 朝食の後ヘスティアの神友であるミアハの【ミアハ・ファミリア】ところに挨拶をしに行くと、お近づきの印にと回復薬(ポーション)を二本も貰ってしまった。

 

 回復薬(ポーション)のセット先は足に装着できるレッグホルスターが使いやすいと教えてくれて、餞別にとレッグホルダーも二つプレゼントしてくれたミアハを【ミアハ・ファミリア】の構成員である犬人(シアンスロープ)のナァーザが無言のまま睨みつけていた。

 【ミアハ・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】と同様に【貧乏ファミリア】で構成員もナァーザ一人らしい。

 こんなに大盤振る舞いしたら家計が火の車になること間違いなしだ。

 

 それを見かねたのか、スズがベルの袖をくいくいと引っ張って顔を見上げてきたので、「思うようにやっていいよ」という意味を込めて笑顔で頷いてあげると、スズは嬉しそうにベルに笑顔を返してナァーザと向き合う。

 

「これからも末永くお付き合いしたいので、普通の回復薬(ポーション)を二つ買わせていただきますね。ナァーザさん、一〇〇〇ヴァリスでいいんでしょうか?」

「ん。ありがとう。この調子でお得意様になってくれると嬉しい……」

「はい。これからよろしくお願いしますねナァーザさん」

 スズは笑顔を作って一〇〇〇ヴァリスちょうど共通資産にしている冒険準備費の袋から取り出し、それをスズがいつも自分用に持ち歩いていた花の刺繡が施されたピンクの巾着袋を移してナァーザの左手に手渡す。

 

「巾着袋は私からのプレゼントです。私達が貰ってばかりでは悪いので、ナァーザさんが使ってくれたら嬉しいかなって。お勘定の確認お願いします」

「……」

 ナァーザが少し顔を伏せた後、巾着袋の中身を確認して「ありがとう」ともう一度だけお礼を言って商品である回復薬(ポーション)の試験管を二本スズに手渡しする。

 

「ふふっ、ヘスティアよ、そなたの子もずいぶんよい子ではないか」

「当り前さ。スズ君もベル君とてもいい子な自慢の子供達だよ」

 そんな子供思いな神様達に見守れながら、さっそくベルはスズと一緒に足にレッグホルスターを装着して二本ずつ回復薬(ポーション)をセットする。

 

「ありがとうございます。ミアハ様。ナァーザさん。大切に使わせていただきますね!」

「……ベルも妹さん困らせないように……。しっかり稼いでまた買ってくれたら、私もミアハ様もお腹もふくれる……。ベルもスズも回復薬(ポーション)で安心できる……」

「そ、そうですね。回復薬(ポーション)があるのとないのとじゃ気持ちもだいぶ違うし、スズもナァーザさんと仲良くやっていきたいみたいですし、これからもちょくちょくよらせていただきますよ」

 

「……お得意様ゲット……」

 ナァーザが小さくガッツポーズをするのを見てたくましいなと感心する反面、すごく苦労してるんだなと同じ貧乏生活を送っている身として、明日は我が身にならないように気を付けないとと思わず苦笑してしまう。

 

 別れ際にスズが笑顔で大きく手を振るのに対してナァーザは小さく胸のあたりで手を振り返してくれた。

 それをミアハはどこか嬉しそうに見守っていたのを見て、ヘスティアの神友だけあっていい【ファミリア】だなとベルは思った。

 

 

§

 

 

 バイトがあるヘスティアと別れた後、エイナにスズが無事回復したことと、レッグホルスターと回復薬(ポーション)を二本ずつ用意したことを報告しに行くためにギルド本部に顔を出しに行った。

「スズちゃん。もう具合は大丈夫なの?」

「はい……。その、心配をお掛けてすみませんでした……」

「心配するのが私のお仕事だからそこは気にしないでいいけど、体調管理は気を付けないとダメよ? 【神の恩恵(ファルナ)】を受けたばかりの冒険者は急激な身体能力向上のせいで自分の無理を自覚できないことが多いんだから。特にスズちゃんは家事も頑張ってるんだから、毎日ダンジョンに行かずにたまには休むことをも忘れちゃダメ。駆け出しの冒険者は勘違いしがちだけど、他の冒険者だって毎日ダンジョンに行っているわけじゃないの。たまには遊んだり羽を伸ばしたりしないと、第一級冒険者だって心の方が先に疲れちゃうんだから」

 

 ベルもそこは意外に思えた。

 冒険者はみんな超人で毎日ダンジョンに潜って怪物(モンスター)相手に無双をしているイメージがあった。でも実際は【神の恩恵(ファルナ)】でランクアップして神に近づいても、まだまだ魂が人間は人間のままらしい。

 体が疲れにくくなっても心が疲れ切ってしまえば熱も出すし、ランクアップで急激な身体能力上昇に慣れるのにも多少時間が掛かってしまうようだ。

 

「今度神様がバイトお休みの日に、一緒に本屋さん行こうかなと思ってるんですけど。そういうのでも大丈夫でしょうか?」

「もちろん。楽しめることならなんだって構わないわ。ベル君も何か趣味を見つけないとダメよ?」

「えっと、なんだか自分を見つめ直したら僕、冒険するのが趣味なような気がしてるんですけど。子供のころもそれで野生のゴブリンに遭遇して危なかったこともありますし……その、えっと」

「却下。それは問題外っ!!」

「ですよねー」

 英雄譚に憧れていたベルは畑仕事や家事の時以外は、異性との素敵な出会いと冒険を夢見ていたせいで、それ以外これといったことが思いつかなくて、それを否定されてしまい軽く肩を落とした。

 

「スズちゃん。ベル君が無理しないようにしっかり見ておいてあげて。昨日の一人で冒険に出た時は言いつけ『だけ』は守ってくれたけど、いつかほいほい調子に乗って一人で下の階層まで降りて行きそうで怖いわ」

「私も昨日すごく心配しちゃいましたよ。一階層なら十分通用するってわかってたけど、ベルは英雄に憧れてますし。私もそこのところすごく心配です。ね、ベル」

 くすくすと嬉しそうにスズがベルを見て笑って、一人でダンジョンに潜ってヘスティアに【ステイタス】を更新してもらった昨日の夜のことを思い出して、恥ずかしさに顔を上気させてしまう。

 

 昨日の更新でベルは念願であった【スキル】が発現した。

 それはベルにとって喜ばしいことだし、スズもヘスティアも自分のことのように喜んでくれた。

 なのに思い出せば出すほど恥ずかしくなる理由は、その【スキル】の名前にあった。

 

 

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英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 

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 ご大層な名前の【スキル】だった。

 【魔法】や【スキル】は【経験値(エクセリア)】はもちろんのこと、『恩恵』を受けた者の本質や望みなど反映される。

 つまり背中に刻まれたこんなご大層な【英雄願望(アルゴノゥト)】なんて【スキル】は、『僕は英雄になりたいんだああああああああああ!!』と穴に向かって誰にも話せない本心を叫んでいる現場を目撃されたようなもので、この年で本気で英雄になりたいという夢を持ち続けているのが二人にばれて、【スキル】発現の喜びから一気に穴があったら入りたい気分に陥ってしまった。

 

 ヘスティアには「ベル君可愛いね」と微笑まれて、スズには「私応援してるよッ」と何の悪気もなく純粋に応援されたせいで部屋の隅で膝を抱えてうずくまるはめになった。

 

 

 そのせいでスズに「恥ずかしくないよッ」「英雄ってかっこいいよッ」「えっと、剣とか輝くんだよッ」「とにかくすごいんだから憧れるの当たり前だよッ」「私達を守る英雄になりたかったんだよね。ありがとうベル」と色々とフォローされてしまった。特に最後の本当に嬉しそうに言ってくれた言葉がトドメになって、そう思っていたことは自分自身で言ったはずなのに、いざ他の人の口からそんな恥ずかしい台詞を言った自分のことを語られると、過去に行って「もっとマシなこと言えよっ!!」と自分自身を殴り飛ばしたくなる。

 

 

 おかげで昨日はまたしばらくの間、恥ずかしさのあまりスズの顔をまともに見ることができなくなってしまった。

 

「ダメよベル君。ダンジョンなんて危ないだけのところにそんな憧れを抱いちゃ。妹のスズちゃんと神ヘスティアとの暮らしを守ることだけを考えないとダメ。ベル君はお兄ちゃんなんだから」

 その妹と神様を守ろうとしたら、【英雄願望(アルゴノゥト)】なんてスキルが発現しちゃいましたなんて言える訳もなく、英雄みたいに強くなれば大切な者全部守れるなんて本気で考えてしまったことをこれ以上知られたら恥ずかしさのあまり外を出歩けなくなってしまう。

 

 今日もまた『冒険者は冒険しちゃいけない』ということから始まるエイナの講義で、不意打ちでピンチになったら本来そこで終わりなことと、何とか運よく生き残れた場合、敵を倒すことよりも怪我人を連れて戦線の離脱を第一に考えなければならないことを今日は教えてくれた。

 

 もしも他に冒険者達がいる場合、不干渉が暗黙の了解であるものの緊急事態としてその冒険者達に頼るのもありらしい。

 逆に中には相談なしに無理やり怪物(モンスター)を押し付けて逃げていく冒険者もいるらしいので下の階層に行けば行くほど様々なことに気を付けなければいけないそうだ。

 

 まだ講義の途中であったが、ギルドの事務仕事も押しているらしく、エイナはまだまだ教え足りないのにと残念そうに講義を中断して「今日も無理せず頑張ってね」と外まで見送ってくれた。

 

 

§

 

 

 そして一日ぶりのスズとのダンジョンだが、やはり昨日一人で潜った時とは段違いに戦いやすい。

 スズも一昨日の冒険で溜まっていた【経験値(エクセリア)】で【ステイタス】を更新してもらったおかげで、ただの【ソル】や剣の攻撃でもゴブリンやコボルトなら一撃で粉砕できるようになっていた。

 

 いよいよもって一層なら問題なく怪物(モンスター)を蹴散らせるようになってきたので、回復薬(ポーション)もあり防御の数値も伸ばすために、今はベルも前衛に二体までならそれぞれ撃破。

 三体以上と出くわしたら今まで通り連携で撃破。

 探索時も今まで通りスズが先頭のポジションを維持して周囲を警戒しながら一階層をふらふらとふらついている。

 

 昨日のソロ探索の効果が出ているのか、ごくまれにだがスズが事前に察知できなかった分の怪物(モンスター)にベルが気づくことができて、今のところすべての怪物(モンスター)に対して先制攻撃を仕掛けることができて圧勝している。

 【基本アビリティ】0でも探索可能な場所だけあって、ほんの数日でも連携をして油断さえしなければ楽勝である。

 その分、楽勝だと思いこんだまま下の階層を同じ気分で降りていたら一昨日のような不意打ちをもっと強い怪物(モンスター)から受けて全滅していただろうから、一階層で探索に慣れてから二階層に行くようにアドバイスをしてくれたエイナには本当に頭が上がらない気持ちだった。

 

「ところでベル。【英雄願望(アルゴノゥト)】は使ってるの?」

「どうなんだろ。攻撃とか特に変わった感じはしないけど。発動条件なんなんだろう」

「チャージ実行権だから、【魔法】の溜めみたいに自分の意志で発動できるはずなんだけど……。攻撃する時に「守るぞ!」とか「倒してやるぞ!」とか想いを込めてみたらどうかな? 【英雄願望(アルゴノゥト)】なんだから、そういう挑んだり守ったりする時の戦う気持ちを力に代えてチャージするのかもしれないし。私の【ソル】も、精神力追加してチャージ自体は可能なんだよ」

 スズはそう言うと剣を壁に向ける。

 

「【(いかずち)よ】」

 

 いつもはすぐに発射される雷光が分かりやすくバチバチと剣先に溜まって放電して、しばらくするといつもより大きめの拡散する電撃が発射されて壁に炸裂して壁が雷の熱で熱しられて煙を上げる。

 

「今のが普通にチャージするだけの術式なんだけど、これに気持ちを込めてやると」

 再び剣先が放電し出すが先ほどより放電の規模が広く激しさも増し、さらに巨大な電撃が発射された。

 【ソルガ】ほどの威力ではないが炸裂した衝撃で今度は壁が少し削れていた。

 

「同じ術式でも気持ちだけでもずいぶん変わるから、発動トリガーがない【英雄願望(アルゴノゥト)】は想いと行動に反応する【スキル】だと思うんだ」

「神様も攻撃や自発的な動きで発動するものかもしれないって言ってたし、ちょっと試してみるね」

 真っ直ぐ壁を見て短剣を構える。

 

 何を想おうかすぐに決まった。

 

 

 スズを守りたい。

 神様を守りたい。

 そのために強くなりたい。

 おとぎ話に出てくるような英雄になって大切な人を守りたい。

 そう強く願う。

 

 

 すると短剣を持つ右手に光が集まり始めた。

 沢山の氷の結晶のように小さな淡く輝く純白な光達が右手に集まり収縮されていく。

 リン、リンという小さな鐘を鳴らすような心地のいい音と共に光粒が右手に集まっていく。

 

『綺麗な光。ベルみたいに綺麗で心地いい音色。おそらくだけど、次のアクション……攻撃に効果が乗るんじゃないかしら。巻き込まれたくないし、少し下がらせてもらう、ね』

 スズがそう言うとT字路後ろの広間まで下がった。何が起こるかわからない分大げさなくらいがちょうどいいだろう。

 

「それじゃあ壁に攻撃してみるよ?」

「うん。気を付けてね!」

 今まではベルの攻撃力と支給された短剣ではダンジョンの壁を壊すどころか、ひっかき傷程度のかすり傷しかつけられなかった。

 

 それがスキルでチャージしたらどのくらい伸びたかすごく気になる。

 あわよくば短刀の刃痕をくっきり残せるんじゃないかと期待して短刀を一振り壁に向かって薙ぎ払う。

 

 するとざっくりと壁に裂け目が出来た。

 それは刃渡り二〇Cではどうあがいても幅が足りない裂け目。

 轟音と共に放たれた光の斬撃は三M以上の横幅の大きな裂け目を作り、その奥行は五M以上は続いているだろうか。

 刃痕を残すどころではないその威力に思わずベルは腰を抜かしてしまう。

 

「すすすすすスズ! なんかすごいことにならなかったっ!?」

「【魔法】を使う私が言うのもなんだけど、物理法則もなにもあったものじゃない一撃だったね。これだと英雄願望というよりも英雄になるための一撃かな?」

 スズがまじまじとベルが作り出した裂け目を覗き込んでそう言った。

 

「ベル。今の一撃で何か消費した感じはした?」

「いや、特になにも……」

 ないよ、と立ち上がろうとしたらガクリと膝に力が入らず前のめりに倒れそうになって、ズズに慌てて支えられてしまう。

 

「一発でこの威力だから体力がすごく消費されるみたいだね。チャージ時間中は無防備だし使いどころが難しそうだけど……おめでとうベル。憧れてた必殺技だよ!」

 スズが自分のことように喜んで思いっきりベルの頭を抱きしめる。

 

 スズの胸が顔に当たって痛い。

 スズの平らな胸が洗濯板みたいでゴリゴリして痛いという失礼な意味でなく、コート下に着こんでいるプレートメイルのせいで痛い。

 

「ありがとうスズ。でも鎧で痛いからっ! 嬉しいけどすごく痛いから!!」

「ご、ご、ごめんね! 私も嬉しくてついッ」

 慌ててスズはベルを解放してあげる。

 

「ベル、歩けそう?」

「うん。力が一気に抜けた感じがしてビックリしたけど、何とか大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、スズ」

 不安そうに見つめてくるスズを安心させるためにいつも通り頭を撫でてゆっくりと立ち上がる。

 

 少し短剣を素振りしたり軽く反復飛びをしたりして今の自分のコンディションを確かめてみる。

 そんな確かめるだけの少しの行動で眩暈がした。

 気を抜くと膝の力が抜け足の踏ん張りが効かずに倒れそうになる。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】の威力は絶大だが、スズの言う通り体力消費が激しく、一発で戦況をひっくり返せそうな反面、その一発の後が続かない正真正銘の必殺の一撃だ。

 

 休憩を挟まないと戦闘に支障が出るレベルの消費量でとても連戦には向いていない。

 それでもこの一撃は、絶対的な不条理にも立ち向かえる。

 立ち向かえなくても自分を奮い立たせてくれる原動力になってくれる。

 そう信じさせてくれる切り札だった。

 

「それじゃあお昼を食べに戻ろうか。スズのバックも膨れてきたし、【英雄願望(アルゴノゥト)】の効果が何となくわかったから無理する必要はないしね。簡単に使える【スキル】じゃないけどスズの言う通りまさに必殺技って感じで嬉しいよ」

「ベルが願って発現した【スキル】だもん。カッコいいに決まってるよ。今度は武器の攻撃力も反映されるかとか、チャージ時間とか色々検証してみないとね」

「何度も使うのは勘弁かな」

『どうせなら回復薬(ポーション)が効くかどうか今から試してみない? もしも回復薬(ポーション)が効くなら入口付近で何度も検証できるし、色々検証すれば格上相手に遭遇した時の戦術も考えられると思うのだけれど』

「なにそれこわい」

 さすがに回復できたとしてもあの疲労感を何度も味わうのは勘弁してもらいたい。

 

 なんだか最近エイナのスパルタの影響がスズにまで出ているんじゃないかとベルは心配になることがある。

 それでも回復薬(ポーション)が効くなら戦術の幅がぐっと広がるのは確かなので、回復薬(ポーション)を飲んでみると少しは体が軽くなったが、やはり反動を回復したとは言えず歩くにつれてどんどん足が重くなっていくのを感じた。

 回復薬(ポーション)は多少体をごまかす程度で反動の回復には本格的な休養が必要なのかもしれない。

 

「ちょっと回復薬(ポーション)じゃ反動は回復しそうにないかな」

「あ、試したんだ。そっか……じゃあ本当に最後の最後の切り札として使わないとダメだね。階層主なんかとはLV以前に人数が足りないし、『キラーアント』とか想定外の怪物(モンスター)と出会ってどうしても倒さないと生き残れないような状況の時の切り札になるのかな。【レアスキル】のことだからエイナさんにも相談できないし、強力な【スキル】を腐らせるのはもったいないから、ちょっとだけ連携での使い道考えてみるよ」

 うんうん考えながらも索敵は怠らず、ベルが反動で疲れていることもあって大盤振る舞いに【ソル】で怪物(モンスター)を蹴散らしながら地上へと戻った。

 

 帰り道、ふとそういえば今日はスズから短い期間で二度も違和感を感じたなと思ったものの、さすがに慣れてきたので特に深く考えることはない。

 ただ、もしも自分が感じた通り違和感が別人のスズだったなら、そっちのスズとも仲良くしてあげたいなと純粋に思った。

 

 

§

 

 

 お昼を食べにジャガ丸くんのお店に行く途中、商店街の人達が目ざとくスズのことを見つけて、スズが元気になったことを喜びながら撫でまわし、「やっぱうちの野菜が効いたんだな」「うちの米だろ」「体力つけるなら肉に決まってるでしょ!」と各々自分の商品を宣伝しているのだからたくましい。

 

 お客さんがスズに興味を持つと買ったら撫でさせてやると別に宣伝等でもないのに好き勝手言ってるのだから、冒険者の街というだけあって冒険者だけでなく商人達もまたたくましいなとベルは苦笑してしまうが、それでもスズが嫌なそぶりを一切見せず楽しそうに初めて会う冒険者や一般の買い物客と世間話をしているから、しばらく見守ってあげる。

 

「ちょっと、スズちゃんはうちの、ジャガ丸くんのところの子だよ。撫でたきゃジャガ丸くん買って行きな!」

 ヘスティアがバイトさせてもらっているジャガ丸くんの屋台のおばさんが通りの方が騒がしくなっているのに気付いてスズを手招きすると、ぺこりと頭を愛らしく下げてとてとてとその後をついて行く。

 それにつられて「可愛いは正義」「幼女におさわり出来ると聞いて」と男神らしき人物や、まだスズをいじり足りないと思ったのか、自分達も人懐っこいスズとおしゃべりしたいのか何人かの人達がその後に続いていく。

 

 スズはジャガ丸くんの宣伝等でもないのだが、今日もベルとスズが来るのに合わせてヘスティアの休憩を回してくれているので文句は出ない。

 三人でジャガ丸くんを食べながら雑談していると「ジャガ丸くん一〇〇個でハグさせてくれ!」「俺は二〇〇個出す!」「なら三〇〇個!」と屋台でありえない量のジャガ丸くんを注文し出す男神もおりヘスティアが「こらっ! お前らはあっちいけ! しっし!」と威嚇をしているが、男神達によるジャガ丸くんデートヒートは止まらない。

 

 しかし最終的には「そんなにジャガ丸くん買って誰が食べるんですか!!」と耳を引っ張られながら各々の【ファミリア】構成員達に見つかり耳を引っ張られ連れ去られていく。

 

「ああいう神様もいるんですね」

「ベル君よく覚えておくんだ。男神も女神もあんなんばっかさ! みんな娯楽に飢えた変人ばかりだからスズ君もベル君も気を付けるんだよ!! いいね!! って、そこ家族団欒のスペースに勝手に入るなああああっ!!」

 気づけば普通にジャガ丸くんを買ったお客さん達が男女問わずスズと雑談を交わしていた。

 

 たまに「お兄ちゃんも可愛いわね」とベルの方にも話題が飛んでくるから、スズと違って異性との耐性が皆無なベルは反応に困る。

 後、可愛いのは少し気にしてるのだから放っておいてもらいたい。

 

 触れ合いたい人もいれば、そういった【ヘスティア・ファミリア】の様子をただ見て楽しんでいるお客の姿もちらほらと見える。

 ヘスティアとスズは可愛いからわかるのだが、自分まで見ている男性までいて、何か変なところでもあるのかと慌てて自分の姿を確認するが特にこれといって変ではないと思う。

 するとクスクスと微笑ましいものを見守るかのような笑い声が聞こえてきて、やっぱり変なところがあったのかもしれないとベルは恥ずかしさのあまり顔を上気させてしまう。

 

「宣伝効果抜群ね。ヘスティアちゃん。少し時給アップと、お昼のジャガ丸くんはただでいいから、この子達が来た時はこの調子でお願いよ」

「うぅ、ベル君とスズ君はボクの眷族なんだぞ。ボクの大切な家族なんだぞっ」

「とらないよとらない。ヘスティアちゃんはかわいいなー。スズちゃんも可愛いけど私はヘスティアちゃん一筋だよ。ああ眼福眼福」

 お得意様らしいお姉さんがジャガ丸くんを買って「この後のバイトも頑張ってね」とヘスティアの頭を撫でて手を振って大通りに戻っていく。

 

 

「スズちゃんって言うのか。いいね、可愛いね。君、うちの【ファミリア】にこない? うち中堅の商業系なんだけどさぁ、君みたいな可愛い子がいたら、みんなのやる気も上がると思うんだよね」

 当然こんな客もいる。

 

 

 スズに手を伸ばすその手をヘスティアが掴み、スズも初めて自分の触ろうとするその手を身を引いて避けた。

 

「神が子供の噓や好し悪しが分からないとでもおもっているのかい? こんな愚弄を犯す君は、どこかの眷族ですらないだろ。外から来た新参者かい? ボクのスズ君に何をさせるつもりだったのか、この場で言ってもらおうか」

 ヘスティアのその言葉に癒しを求めてやってきていた一般人だけでなく、この場に集まっていた亜人冒険者男神女神様々な人達が一斉にスズに手を伸ばした男を睨みつける。

 

 「吊るすか」「薄い本キタこれ」「埋めるか」「去勢でしょ」「やめたげてよぅ!」と主に神々が面白いおもちゃを見つけたかのような目で男を見下し不敵な笑みを浮かべ、男はガクガクと震えだす。

 

 男は簀巻きにされ、ついでとばかりに「薄い本キタこれ」と言った男神も簀巻きにされて邪魔にならないところに転がされている。

 

 ここは冒険者の街オラリオ。

 こういった身の程知らずの扱いにも慣れた街なのだ。

 だからこそ、可愛いのに嫌がらず撫でさせてくれるヘスティアやスズといったものは希少であり癒しになる。

 

「まったく、スズ君はボクの子なんだから、撫でたかったらこんなこと絶対したらダメだぞ。いいね!」

「「「イエス、マム!」」」

「……君達のノリはボクにはついて行けないよ。さて、スズ君ごめんよ。バイト先で嫌な思いさせ…って、スズ君!?」

 突然スズはヘスティアが言葉を言い切る前に、顔を伏せたまま、体を震わせながら、勢いよく大通りに飛び出していってしまった。

 

 「お前のせいで天使が逃げちまっただろ!」と男神や女神達が簀巻きを蹴る音がしたが「なんで俺まで」と男神の声も聞こえたが、それらを一切無視してベルは慌ててスズのことを追い掛ける。

 様々な雑踏の中から「スズ君を頼むよ!」というヘスティアの声だけ力強く「はい!」と返事を返して大通りに飛び出した。

 

 人の波がすごくて見回しても既にスズの姿は見当たらない。

 ダンジョンに向かうにも家に向かうにも、いつも通っている道なら同じだが本当にそっちに向かったのだろうか。

 一瞬でも迷っている時間がもったいなく思えたが、『冒険者は冒険しちゃダメ』というエイナの言葉を思い出して軽く深呼吸する。

 

「すみません! スズを見ませんでしたか!?」

 飛び出した大通りで、誰に向かってでもなく周りに聞こえるように全力で叫ぶ。

 むやみやたらに駆け回るよりも、数日とはいえこのジャガ丸くん周辺においてだけならスズの知名度は高いはずだ。

 

 事情を全く知らない人も多い中、突然の叫び声に人波が何事かと一瞬ぴたりと止まる。

「こっちだこっち! さっきこっちの路地に真っ直ぐ飛び出してったよ!! ものすごい勢いだったけど何かあったのか!?」

 人ごみの中目立つように八百屋のおじさんが手を振っていた。

「ありがとうございます! さっき知らない人にセクハラされて飛び出して行っちゃいました!!」

 事情もよくわからないし説明している暇もないので簡略的に叫んで八百屋が教えてくれた路地、家とは全く違う方向へと続く道を走る。

 

 

 その場に居合わせた何人かがジャガ丸くんの店に向かっていき、蹴りを追加していったらしいが、そんなことには構わずにただ走る。

 

 

 見たこともない高級住宅街に飛び出してしまうがスズの姿はまだ見えない。

 敏捷は圧倒的にベルの方が高いはずなのに追いつけないということは道を間違えたのだろうか。

 焦りに汗が浮かぶ。

 

「さっきそっちの方スズちゃん走ってったけど喧嘩でもしたの? もしもそうなら私がヘスティアちゃんからスズちゃんさらっていっちゃうぞ?」

 知らない女性、いや、前に一度だけジャガ丸くんの店でスズを愛でていた冒険者の中にこんな女性が覚えがある。

 確か「ヘスティアちゃんどこからこんな可愛い子達をさらってきたんだい?」とヘスティアをからかっていた気がする。

 そのただ一度の出会いでスズのことを覚えてくれていたこの女性に感謝してもしきれなかった。

「ありがとうございます! スズがセクハラに合いました!!」

 

 

 女性がなんだか背丈に不釣り合いな鉄塊のような大剣を背負ってジャガ丸くんの店に向かっていったらしいが、そんなことに構わずただただ走る。

 

 

 色々な人達から道を聞いてはただがむしゃらに走って、ようやくスズの後姿が見えて、スズのの手をつかもうと手を伸ばす。

 するとスズは震えながらその手を振り払って、振り払った手がベルの手だと気づいて、立ち止まり、体を震わせて、信じられないような目で自分の手を見つめている。

 

 

 

「違うの。違う。違うのベルッ! 私は……そんなつもりじゃ……私ッ……」

 

 

 

 コボルトに襲われて【ソルガ】を撃った後のようにその場に力なく座り込んで震え、ベルがただツッコミで怒鳴ったのを嫌われたと勘違いした時のようにうろたえている。

 

 きっとスズの心の傷は、ベルが祖父を失った時より比べ物にならないほど大きい。

 大きすぎて何かのきっかけで震えて、何かのきっかけで失うのが無性に怖くなって、嫌いになられるのが怖くて、嫌いになるのも怖くて、ただただ寂しがり屋で、優しくて、いい子であり続けようとする小さな少女がそこにいた。

 

「大丈夫だから。神様も心配してるし戻ろう。僕も神様も絶対にいなくならないから。何があってもスズを守ってあげるから。ね?」

 優しく頭を撫でてあげると、スズの目からぼろぼろぼろぼろと涙があふれ出ていた。

 初めて見る涙だった。

 ただただ「ごめんなさい」と繰り返し謝り続けている痛々しい姿だった。

 

 それを見てもベルは臆さない。

 見てしまったからこそ止まれない。

 

「スズは何も悪くないから。だから泣かないで、ね」

 

 優しく正面から抱きしめてあげて、あやすように言い聞かせて頭を撫でてあげると、次第にスズの震えも止まっていき、スズは「心配掛けてごめんね」とぎゅっとベルの背中を抱き返すとゆっくりと立ち上がろうとしたので、ベルも抱きしめていた手から力を抜いてあげる。

 

「ありがとう。ごめんね、よくわからないけど急に怖くなっちゃって。みんなみんな怖くなっちゃって。ベルのことも……怖く感じちゃって。もう、大丈夫だから」

 また強がりな笑顔を見せる。

 いつもの笑顔は好きだけど、この強がっているだけの笑顔は好きではなかった。

 

「気にせず甘えてもいいのに」

 

 

 

 

 

『それじゃあ、何も聞かずに憂さ晴らしに付き合ってもらっても大丈夫かしら。ベルのおかげで落ち着いたけど、発散しないと今にも押しつぶされそうで怖いわ』

 

 

 

 

 

 スズがベルから少し目をそらして、バックからハンカチを取り出し自分の涙をぬぐう。

 

「発散って……これから遊びに行くってこと?」

『ダンジョンよ。八つ当たりをするならちょうどいいでしょう?』

 ベルの顔を一度も見ずにもと来た道を戻るのではなく、商店街を通らないように路地裏を大回りをしてバベルを目指し始めた。

 

 ベルもその後ろに続いて歩く。

 

『本当に何も聞かないのね。貴方はずいぶんと前から私のこと気づいていたと思っていたのだけれど』

 

「スズはスズだし。聞かれたくないことは聞かない方がいいかなって」

『そう。なら『私』のことは『スズ・クラネル』には秘密でお願いするわ。ヘスティアにはそうね、言ってみるのも不意打になるかしら? そうすれば昨日の仕返しになるかもしれないし、悪くないと思うわね。貴方にとっては私もスズなのだから、そのままスズなりもう一人のスズなり好きな表現で呼びなさい。ため込んだストレスを発散しに出てくる程度だけど、よろしくしてくれるとやりやすくて助かるわ』

 

 いつものスズと違って感情を込めずに淡々と物事を伝えてくる。

 出てきてから一度も顔も見てくれない。

 いや、顔を合わせて話はしないが、たまにちらちらとベルの顔色をうかがってきている。

 なんというか、表情の変化はないがスズよりもずっと子供っぽい気がした。

 

「僕はベル・クラネル。あらためてよろしくスズ」

『知ってるから自己紹介はいいわ』

「それでも真っ直ぐ言葉を交わしたのは初めてだから」

『……早くダンジョン行くわよ。日が沈む前に髪飾り代稼いでおきたいし』

 スズが早歩きになった。

 

 わかりやすい。

 いつものスズよりもずっとわかりやすくてついつい笑みをこぼしてしまうと、それが恥ずかしかったのかさらに早歩きでずかずかとダンジョンへ向かっていく。

 

 これは二重人格という奴なのだろうか。

 そのあたりはベルにはよくわからないが、どんなスズでもスズに変わりはないし、妹が二人になったみたいな感じがしてベルは単純に嬉しかった。

 

 




気づけば長くなる病によりいつもの分割です。
映像が頭に浮かんで、それを文章に起こす勢いで書いてしまうタイプの人間なので、脳内でキャラクター達が生き生きしすぎていて逆に困ってしまった今日この頃でした。

レッグホルスターの存在をベル君の画像を見て思い出したので、今回ミアハ様からの頂き物として追加しました。絶対あれも支給品だよと思いながらorz


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Chapter11『プレゼントの渡し方』

プレゼントを渡すお話。


 文字通りダンジョンでスズは暴れていた。

 

 怪物(モンスター)を見つけては特攻を仕掛けて剣で怪物(モンスター)を叩きつぶし、敵の攻撃は盾で器用にそらしてはまた剣で叩き潰す。

 いつものスズのように守りを固めて堅実に反撃するのではなく、攻撃の一環として盾を使い攻めて攻めて攻め続ける。

 

 珍しく五匹もコボルトがまとまっていたが、先制で一匹、反撃で一匹、さらに襲い掛かるのを【ソル】で一匹、同時に来た二匹を薙ぎ払いでいっぺんに吹き飛ばしてトドメに一匹と、結局その戦闘でベルは動けなくなったもう一匹にトドメを刺して全部の怪物(モンスター)から魔石の欠片を回収することしかやることがなかった。

 

『【限界解除(リミット・オフ)】なしでも動けるじゃない。消極的なのと優先順位が響いているのかしら。まあ、一昨日に比べると【基本アビリティ】が上がってるってのもあるだろうけど、それを差っ引いても速攻すれば『恩恵』と技量だけでどうにでもなりそうな相手よね。『恩恵』を授かるだけで一流の剣士の身体能力を得るとか人間をバカにしてるのかしら』

 

 そう呟きながらもゴブリンを二匹撲殺どころか惨殺する。

 昨日ベルが潜った時ここまで楽には倒せていなかったし、力や敏捷の【基本アビリティ】はベルの方が高いはずだ。

 

「簡単に倒してるけど、何かこつとかあるの?」

『そうね、しいて言えば経験の差かしら。知識としてだけなら武術の心得もあるし、ベルだって効率よく的確な順番で怪物(モンスター)を仕留めていけば無傷で五匹……いえ、八匹は今でも行けると思うのだけれど。先制で二匹を倒して、一度引いてから追いかけて来たところをまた二匹と繰り返してもいいし、そのまま呆気にとられている怪物(モンスター)を蹂躙するのも悪くないわ。自信があるなら最初の不意打ちから兎のように飛び回って攪乱するのも面白そうだけど、【基本アビリティ】が足りなくて三次元戦闘はまだ無理そうね。それは壁蹴りが出来るようになってから見せてもらおうかしら』

 

 好き勝手に怪物(モンスター)を倒したことで少し機嫌を取り戻したのか、しっかりとベルを見つめてスズは会話している。

 仕舞には視線から気配を察知するだの、わざと隙を見せて攻撃を誘うだの、得意げに、すごいんだから褒めてもいいのよ、と言わんばかりに横目でちらちらとベルのことを確認しながら説明しつつ怪物(モンスター)を倒していく。

 

 どこかひねくれてるところもあるがやはりこのスズも寂しがり屋で愛情に飢えているようだ。

 

「スズはやっぱりすごいね。だけどケガしないように気を付けてね」

『ええ。わかってるわ。ストレス発散のためとはいえ『スズ・クラネル』の体を使ってるのは十分承知よ。体力配分やケガにはこれでも気を使っているから安心しなさい』

「そうじゃなくて。いや、それもあるけど、今のスズにも傷ついてほしくないかなって。詳しい事情は僕にはわからないけど、今のスズにもケガとか無理とかしてもらいたくないから」

 

『そう。気を付けるわ』

 

 また目をそらした。

 しかも眉を少し顰めている。

 おそらく嫌がられたのではなく、よほど恥ずかしかったのだろう。

 寂しがり屋だけど照れ屋なようだ。

 

 ダンジョンに潜っているだけなのにどんどん新しい妹のことがわかってベルは嬉しくなってくる。

 

『それにしてもリスポーンが遅くて稼ぐには向いてないわね。二階層に行きましょうか。エイナにも適正だと言われてるし問題ないでしょう。イレギュラー対策も完成させたいところだし』

「完成させたいって……もしかして魔法?」

 

『ええ。本来『スズ・クラネル』のサポートが私の本分なのよ。即席の【ソルガ】は少し調整ミスをしてしまったけれど、なかなか『スズ・クラネル』は優秀でね。既に術式の無駄を改良しているみたいなの。だから私のお役目を取られないよう『スズ・クラネル』が作ろうとしていた内一つだけど、その術式はおおよそ完成させているわ。後はそうね、ベルがピンチにでもなってくれたらお披露目してあげられるかもしれないわね。ピンチになることを期待しているわ』

 

「ピンチになることを期待されるのはちょっと」

『貴方は英雄に憧れる男の子なのだから、冒険をせずに一体何をするというの? 私を守ってくれるのでしょう、アルゴノゥト君』

 

 今まで恥ずかしがらせてきたことへの反撃とばかりに、不敵な笑みを浮かべながら恥ずかしい台詞と【スキル】名を思い出させてくる。

 スズが体験したことはこのスズも知っているようだ。不意の反撃でベルの顔が一気に上気する。

 

『ベル君、可愛い』

 

 さらにここでヘスティアが言った言葉も放って追い打ちを仕掛けてきた。恥ずかしさのあまりのたうち回るベルを見下ろして満足そうに「ふふ」と軽く口元を緩ませる。

 

 

『さて、ダンジョンでのおふざけはこのくらいにしましょうか。まだざっと計算しても二〇〇〇ヴァリス程度。プレゼント代や借金に加えて、オーブンも欲しいし、出来ることならシャワーではなく湯船に浸かりたいわね。温泉はこの街にはないのかしら。極東文化も取り入れられているから有ってもよさそうなのだけれど』

「スズは極東に詳しいんだね」

 

『里から出ない引きこもりなお母様のワガママで色々な文化を取り入れていただけよ。火の山が近かったから天然ものも近くに多かったし。銭湯もあったわね。それなのにもっと大きなのに入りたいと言って里よりも大きな人工温泉を作ろうとするあたり、神よりも神らしい気まぐれで気ままな人というか……騎士のたしなみと言いつつも何も考えてないというか、そんなお母様を慕っていた里の皆も本当にバカなお人好しだったと思うわ。私も含めてね』

 

 口調は同じままで、どこか寂しげだけど、いつものスズのように穏やかな表情で思い出を語る。

 その後そっと目を閉じて、自分の感情を押し殺すようにまた不愛想な表情に戻す。

 

『まあなにはともあれ、『私』が出ていられる内に荒稼ぎはしておいて損はないわ。『スズ・クラネル』の時ではそんな荒稼ぎ精神衛生上よろしくないもの』

「今のスズは大丈夫なの?」

『ええ。恐怖は私の担当ではないし、怪物(モンスター)は駆逐する対象としか見てないからストレスの発散になるわ。『スズ・クラネル』はエイナの言う通り冒険せず、堅実に階層を進んでいくのが一番よ』

 

 普段のスズは頑張りすぎて無理しそうで心配なのに対して、こっちのスズは好戦的すぎて無茶をしそうでさらに心配になってくる。 

 それでもストレス発散に付き合ってと頼まれてしまった以上、大丈夫そうなところまでならとことん付き合ってあげないとと思った。

 

 それに、こっちのスズはいつものスズのことを思って行動していると思うし、暴れまわっているもののなんだかんだでベルのことを頼りにしてくれているのか、しっかり移動の時はベルの足並みに合わせて進んでくれている。

 立ち止まれば立ち止まってくれるし、試しに急いでみるとそれに合わせて駆け足になる。

 だから初めての二階層でも好き勝手やりたい放題ということはないと思うので、そこまで心配する必要はないかもしれない。

 

 

『なに、そんなに私が歩幅を合わせてるのが気に入らないの。もしかして『もう全部お前一人でいいんじゃないかな』とか思ってしまったのかしら。もし不快にさせたなら謝るけれど』

「いや、スズってやっぱり優しいなって」

『ヘスティアといい、貴方といい、もう好きにしなさい』

 スズが大きくため息をついて、またそっぽを向く。

 

 優しいと言われてきっと嬉しかったのだろうなとベルは勝手に解釈しておいた。

「好きにか……」

『衣服を脱げ、とか。奉仕しろ、とか言うのであれば、私は貴方を軽蔑しなければならなくなるわ』

「言わないよそんなことっ!!」

 

『知ってたけど、さっきのお返しよ。それで言いたいことは何?』

「やっぱりスズとスズだと区別がつけにくいと言うか、僕の頭がこんがらがると言うか。呼び名を変えて区別しようかなって思うんだけどどうかな?」

 そう言うとまた呆れたようにスズがため息をついてしまった。

 

『今日は緊急事態でストレス発散を『私』が代わりにやっているだけであって、ここまで『私』が長時間表に出ていることなんて本来あってはならないことよ。そんな相手の呼び方なんて考えてどうするつもり。最初に私が言った通り『もう一人のスズ』でいいと思うのだけれど。安易に『ちゃん付け』で区別でもするつもりかしら?』

 

「でもこうやって話してが出来るんだから何かないかなって。僕にとってスズはスズだけど、どっちも大切なスズなんだけど、ほら、なんだか説明する時だってややこしいし」

『そういうことならそうね……私自身は元の家名を自分として、『スズ・クラネル』をあの子にしてるけど、元の家名で呼ばれるのはあまり好ましくないわ。『スズ・クラネル』のトラウマを刺激しかねないし。そうね、どうしても呼びたければ『スクハ』とでも呼んでもらえるかしら。ただ、『スズ・クラネル』の時に呼び間違えても私は一切責任を取らないわよ?』

「大丈夫。スズはスズでも、スズとスクハは雰囲気が違うし絶対に間違えないよ」

 ようやく伸ばした手を掴んでもらえた気がした。

 

 今まで何度か違和感を感じる度に手を伸ばしていいのかわからなくて、いざ手を伸ばしても掴んでくれなかった『スクハ』がようやく手を掴んでくれた気がして嬉しかった。

 

 

『そう。貴方がそう思うならそうしなさい。さすがに貴方達のお人好しかげんには慣れたわ。でも、これだけは言わせてもらうわね。もしも『私』と『スズ・クラネル』のどちらかしか選べない状況になったら、迷わずに『私』を切り捨てなさい。『私』は消えても『スズ・クラネル』のどこかに残るけど、もしも『スズ・クラネル』が消えてしまえば、残るものはただの壊れきった『私』だけなのだから。そこのところは肝に免じておくことね』

 

 

 スクハが何を思ってそんなことを言ったのかはスズの事情を全く知らないベルにはわからない。

 でもベルは大切な者を全部守るために英雄になりたいのだ。

 何一つあきらめたくないから、そんなものへの答えは初めから決まっていた。

 

 

 

「その時は両方助けるよ。約束する」

 

 

 

『呆れた。本当にワガママな英雄願望ね。期待はしてないけど、応援だけはしてあげるわ』

 相変わらずスクハにはため息をつかれてしまったが、そんなスクハの頬はかすかに緩んでいるように見えた。

 

 

§ 

 

 

『心配性のエイナが適正というだけあって拍子抜けね』

「僕はいきなりひやひやさせられたんだけど」

 二階層に降りてしばらく歩くとゴブリン二匹とコボルト四匹の混成部隊に正面から遭遇して、スクハが『適当なの二体任せた』とだけ言ってバックを投げ捨て突撃。

 慌ててスクハを追いかけてスクハに攻撃しようとしていたゴブリン一匹とコボルト一匹を何とか倒した頃には何事もなかったかのようにバックを取りに戻っていて、それでいてそんなことを言いながらため息をつかれたのだから、確かにこんな大胆な戦闘方法は早く敵を倒せるが精神衛生上よろしくないとベルは苦笑してしまう。

 

『私は五匹くらいなら受け持てるし、今の貴方は二匹くらい楽に倒せるでしょう。何か問題でも?』

「ナニモゴザイマセン」

『よろしい。この調子で行くわよ。食糧庫(パントリー)でもあれば思いっきりストレス発散できそうなんだけど、一階層や二階層にはないのかしら』

食糧庫(パントリー)?」

怪物(モンスター)の食糧庫よ。あれでも一応生き物だから食事もするし、ダンジョンの外の怪物(モンスター)は繁殖だってする。ダンジョンには怪物(モンスター)のための食糧庫(パントリー)が三階層以降から最低でも二カ所存在すると聞いてたから、もしも見つけたらどうせ再生するのだし、怪物(モンスター)共々壊してやろうかと思ったのだけれど。一階層や二階層に怪物(モンスター)が少ないのはおそらく生まれる速度が遅いのに加え、三階層の食糧庫(パントリー)と縄張りを行き来しているせいもあるのでしょうね』

 

「今の数って少なかった?」

『さあ、たぶん二階層にしては多かったのでないのかしら。でも怪物(モンスター)の繁殖力を考えると……そうね。下に降りて行けばその内一〇匹や二〇匹くらいに囲まれることだってありえるのだから、『スズ・クラネル』とダンジョンに潜るんだから、今のうちにこの程度の数は慣れておきなさい』

 そんな会話をしているとスクハが天井に張り付いている全長一六〇Cはあるヤモリ型の怪物(モンスター)『ダンジョンリザード』を見つけて【ソル】で撃ち落とし、剣を突き立ててトドメを刺す。

 

『体力は間違いなくゴブリン以上だけど、毒や炎を吐かないトカゲに何の意味があるのかしら。でもそうね、大きくて目立つけれど、伸し掛かれたりでもしたら今の【基本アビリティ】だと身動きが取れなくなるから、不意打ちには気を配ってあげなさい。階層も近いし一階層や階層移動中にだって襲われるかもしれないのだから』

「スクハだって気を付けないと」

『私は『スズ・クラネル』以上に敏感だからそうそう後れを取ることはないわ。むしろ私のせいであそこまで過剰に警戒しているんじゃないのかしら。だから私が表に出ている限り心配無用よ。貴方はただ『スズ・クラネル』の心配をしてあげてればそれでいいの』

 まるで自分のことはどうだっていいというような態度に、ベルは少しむっとしてしまう。

 

 スクハだって知ったからにはもう家族なのだ。

 どうでもいい存在なんかではない。

 それにスズの時の記憶も持っているのだからスズが表の時だって、ずっと一緒にいる家族だ。

 スズの体やスズのことを心配しているが自分のことは無頓着なスクハにむっと来たのだ。

 

「って、スクハ上ッ!!」

 気づいた時には遅かった。

 ゼリー状の紫色をした液体がダンジョンの天井からスクハめがけて降り注いだのだ。

 

 スクハはその奇襲に気付くのが遅れたがベルが叫びきる前から降り注ぐ液体を避けようと勢いよく後ろに飛びのく。

 しかし液体の範囲は広く、離脱に間に合わずにスズの右手が液体に飲まれた。

 

 二階層から四階層に出現する低級の液体生物(スライム)『バブリースライム』だ。

 液状の体を利用して様々なところに身を潜め、獲物を待ち、不用意に近寄った獲物を体内に捕獲してじわりじわりと栄養源にする『一般人』にとって恐ろしい怪物(モンスター)である。

 

『【(いかずち)よ】』

 液体を雷撃で焼こうと剣を持つ右手から【ソル】を放つが液体はそれを避けるようにうごめき、スクハのコートの中に潜り込む。

 

 

『ッッ!?』

 

 

 武器を投げ捨ててまで衣服の中に侵入してくるバブリースライムの進行を手で押さえこもうとするがスライムの進行は止まらない。

 外から見ても分かるほどコートの中をスライムが激しく蠢いているのがわかる。

 大変なことになっている。

 大変なことになっていてすぐにでも助けなければならないのに、大変なことになりすぎていてどうしたらいいのかベルには全く分からなく、『ッ』『ァッ』と頬を上気させながら大変な声を漏らすスクハに何をしてあげたらいいのか全く思いつかなかった。

 

 もう少し下の階層に出現する上位の液体生物(スライム)は恐ろしい存在だが、バブリースライムに毒や強力な酸性はない。

 勢いよく体当たりされたらコボルトに殴られるのと同じくらい痛いが『恩恵』を授かった冒険者にとってそれはさほど脅威ではないのだ。

 動けなくなったところまで追い詰められて完全に取り込まれ窒息死させられない限り、そうそう一匹のバブリースライムにやられることはないのでまだ命の危険ではないのだが、スクハとスズの体は明らかに別の『危険』にさらされている。

 

 兄として男として大切な人が『危険』にさらされるのはよろしくない。

 絶対にダメだ。

 慌ててベルは羞恥心を捨てて、赤面しながらもスクハのコートを剥いでバブリースライムを取るのを手伝ってあげようと近づくと、ものすごい剣幕で睨まれてしまう。

 そんな意地を張っている事態じゃないと訴えかけても、まさかの涙目による無言の圧力を掛けられてしまう。

 

 

 どうしろと。

 

 

『ッ……ノッ、いい加減にッ!!』

 蠢く液体が首や膝先まで広がったあたりで、スクハは胸のコートの隙間に右手を突っ込み勢いよく『ソレ』引き抜く。

 その手には魔石の欠片が握られており、液体は灰となって消えていった。

 

 顔を上気させたままスクハは激しく呼吸を乱している。

 こんな時なんて声を掛けてあげればいいのだろう。

 謝ればいいのだろうか。

 何を言ってもスクハが傷ついてしまいそうで、ベルが言葉に悩んでいるとスクハが涙目のままベルを睨みつける。

 

 

『忘れなさい』

 

 

「は、はい?」

『いいから忘れなさい。体内には侵入されてないから忘れなさい。今すぐ忘れなさい。『スズ・クラネル』のためにも忘れなさい。今すぐに。いいわね』

「そ、それはいいけど……えっと、スクハ大丈夫?」

『な に が』

 ずかずかとスクハが進んでいく。

 

 八つ当たりとばかりに怪物(モンスター)を見つけ次第【ソル】で焼き払い進んでいく。

 おそらくもう一度この件に触れたらベルもああやって焼かれてしまうのだろう。

 でもスクハも不意打ちを受けることがあるのは覚えておかなければいけない。

 特にスクハは不愛想無感情を装っているが意外と感情的だ。

 スズ以上に気を配ってあげないといけなさそうである。

 

 一度スクハを落ち着かせるためにも換金に戻り、さらにたまりにたまったストレスを発散するために二層を二往復するころには、ようやくスクハの機嫌が顔を見て喋ってくれる程度に戻ってくれた。

 

 本日の稼ぎは整備代を差っ引いて八〇〇〇ヴァリス以上と、スズと慎重に潜っていたのと比べて倍以上の荒稼ぎで、サポートが主だったベルの防具や体すらくたくたになるほどの大暴れだった。

 

 

§

 

 

『なんとか時間内に発散しきったから寝るわ。『スズ・クラネル』は二人でダンジョンに潜ったこと『だけ』は覚えてると思うから、そのヴァリスでヘスティアへのプレゼントを二人で買に行きなさい。くれぐれも『私』の存在をほのめかすことや、ダンジョン内での出来事には触れないように。いつも通りダンジョンに潜ったのにお金があるのは、昨日貴方が頑張って稼いだからよ。いいわね。後は忘れなさい』

「な、なにが?」

『よろしい。物わかりがいい人は好きよ。また『私』が出ることにならないようしっかり『スズ・クラネル』の面倒を見るように。いいわね?』

「大丈夫だよ。もうこんなことにならないようにしっかりスズを支えてあげるから。それじゃあまたねスクハ」

 

 

『……本当にわかっているのかしら。まあいいわ。また逢えたら会いましょうベル・クラネル』

 

 

 スクハはそう言ってゆっくりと目を閉じて、目を開けると、スズはきょろきょろと周りを見回してた後に、夕焼け空を見て首をかしげた。

 

「あれ?」

「どうしたの、スズ」

「あ、うんん。なんでもないよ。ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって。神様や商店街の皆に心配掛けちゃったね。ベルにも…たくさん心配掛けちゃった」

 スズにとってジャガ丸くんの店を飛び出して泣いてしまったのはつい先ほどのことなのだろう。

 

「気にしないで。きっと今も心配してくれていると思うから、心配してくれたみんなにありがとうって言いに行こうか」

「うん。ごめんね。それといつもありがとう」

 スクハがストレス発散をしてくれたおかげなのだろう。

 心配させないように無理して作った笑顔ではなく、スズはいつもの笑顔で頬を少し赤らめながらそう言った。

 

 商店街に足を運ぶと、スズが無事見つかったことをみんなして喜んでくれた。

 なんでもあの場にいて時間が空いていた人は長い時間探し周ってくれていたらしい。

 なんでも最終的にはヘスティアが「ベル君なら必ず見つけてくれる」と皆を説得して解散させ、バイト時間が終わっても二人なら必ずジャガ丸くんの店まで戻ってきてくれると信じて待ち続けてくれていたようだ。

 

 ベルは先に皆にスズが無事なことを皆に伝えてからダンジョンに潜ればよかったと申し訳なく思った。

 でも、スクハは明らかにスズの知り合いのいる商店街を避けるように裏路地からバベルを目指していたので、今思えばスクハはスズと全く違う雰囲気である自分の姿を商店街の皆に見せて、スズの印象を変えてしまわないように人目を気にしていたのだろう。

 

 ヘスティアが「無事でよかったよぅ!!」と涙と鼻水を垂らしながらスズのことを抱きしめているのを見て、さらに申し訳なくて胸が締め付けられる痛みに襲われたが、スクハのワガママに付き合ってダンジョンに潜ったのも、きっと間違いではなかった。

 でも、伝言でもいいから誰かにジャガ丸くんのお店に伝えてもらえばよかったと後悔もしている。

 

 大切なもの全部を守るのは本当に難しい。

 だけど、このヘスティアの涙を見て、締め付けられる胸の痛みを感じて、弱い自分への悔しさと同時に、もっと頑張らないとという気持ちも奮い立たる。

 

 

 今はまだ弱くてもいい、時間が掛かってもいい、時には立ち止まったり迷ったりすることもあるかもしれない。

 転んでしまうこともあるかもしれない。

 みっともなく泣きわめくこともあるかもしれない。

 それでもベルは憧れたものになりたいと思った。

 ならなくちゃと思った。

 今の自分より明日の自分が強くなるように頑張って、頑張り続けて、いつか大切なもの全部守り通すというワガママが許されるほどの英雄になりたい。

 心の底からそうベルは想い続ける。

 

 

 帰り道、秘密にしておきたかったけど、少しでもヘスティアとスズを元気づけてあげたかったこともあり冒険者用の装飾品屋に寄った。

 スズが予約してくれていたヘスティアへのプレゼントと、昨日スズには内緒で予約した小さな鐘のついた魔除けの首飾り。

 魔除けの首飾りは怪物(モンスター)には耳障りに聞こえる音を出してくれるらしいのだが、近くにいる怪物(モンスター)は耳障りな音に激怒して襲ってきてしまうこともあるので、魔除けなのか魔寄せなのか安定しない効果の装飾品だ。

 

 スズが欲しいものが『オーブン』以外わからなくて昨日エイナに相談したところ、隠密には不向きだけど敵を引きつける壁役としての安定度を増しつつ綺麗な音色でお手軽な値段。

 何よりも鐘のついた装飾品ということでエイナに紹介された一品だ。

 

 髪飾り五〇〇〇ヴァリスと魔除けの首飾り一〇〇〇ヴァリス。

 それに加えてもう一品新しく、目に留まった白い花を模り。

 下部につけられた四つの紐にはいくつもの蝶を模った小さなパーツが付いており、先端には魔除けの鈴がつけられている可愛らしい髪留めの値段は三〇〇〇ヴァリス。

 今日の稼ぎがまるまる飛んでしまうが、昨日一昨日稼いだ分がほぼ丸々残っているので生活には困らないと思い、計九〇〇〇ヴァリスの大盤振る舞いとなった。

 

 この場でスズにばれると遠慮して返却されてしまうかもしれないので、会計はベルがやって家に帰ってから渡す手はずなのは昨日の内に店員と相談済みだ。

 買うものを追加したことで「お兄ちゃん頑張ったじゃないの。妹ちゃんもお兄ちゃん大好きって飛びついてくれること間違いなしね」と店員に小声でからかわれてしまった。

 

 スズへのプレゼントはバックパックに隠したまま、雑談しているスズとヘスティアの元に戻り、ヘスティアへのプレゼントをスズに手渡す。

 

「おや、ベル君。スズ君へのプレゼントかい? 感心感心」

「神様。開けてみてください」

 スズが満面の笑みで可愛くラッピングされた箱をヘスティアに手渡すと、ヘスティアはきょとんとした顔でしばらくそれを見つめる。

「僕とスズからの、神様へのプレゼントです。開けてみてください」

「なんだい、スズ君が秘密にしてたのはこれのことだったのか。全く本当に二人とも神様孝行で優しい子供達でボクは幸せものだよ。さて何が入っているのかな?」

 ヘスティアは箱を丁寧に開けていくと、その中身を見てまた驚きに目を見開いた。

 

「これって……」

「神様の今使っている髪留めが痛んでいるように見えましたので、えっと」

「ベルと一緒に神様が欲しがってるこれ買ってあげたいなって」

 ヘスティアが口元を押さえてポロリと涙をこぼす。

「あ、えっと、もしかして欲しかったのと違いましたか!?」

「私もしかして間違えちゃいましたか!? その、えっと、私がこれを神様が欲しいに違いないって見つけたから、ベルは悪くなくて、悪いのは私でッ」

「そんなわけないじゃないか。馬鹿だな。嬉し涙に決まってるじゃないか。そっか…見てるつもりが、見られちゃってたのか」

 ヘスティアは愛おしく髪飾りを優しく抱きしめて「ボクは十分幸せなのに、幸せすぎて幸せがあふれ出ちゃったじゃないか」とポロポロと涙を流しながら嬉しそうに笑ってくれた。

 

「まったく、いい子達すぎてボクが何してあげたらいいのかわからなくなっちゃうじゃないか。二人でつけてくれるかい?」

 まだ店の中で客や店員に見られているのも気にせずに、ヘスティアはボロボロになった髪飾りを解いて、スズが手が届くように屈んでそれを求めた。

 

 ヘスティアの綺麗でさらさらした美しい髪を、二人で左右片方ずつ髪飾りを付けていつものツインテール姿にしてあげる。

「ベル君。スズ君。ありがとう。君達に会えて、君達が最初の眷族(ファミリア)で……家族になれて、嬉しかったよ。ボクは本当に幸せものな神だ」

 

 

 これからも嬉しいこと悲しいこと色々なことが起こるだろう。

 この先どんなことがあろうとも、この【眷族物語(ファミリア・ミィス)】がどんな結末になろうとも、きっとこの輝かしい日々を胸を張って「幸せ」だったと誇らしく言えるだろう。

 三人はこの時、その想いを共有することができたのだった。

 

 




セウト。ようやくプレゼントの髪飾りを駆け足ながら渡せました。
『バブリースライム』は原作にはいない、ゲーム『ウィザードリィ』に登場する低級スライムです。
二階層からの敵追加が一種類だけというのは物足りなかったので出張してきていただきました。その為今作から『パロディー』タグも追加されます。
今後も種類が少ないなと思った階層(ガラリと相手が変わる五階層)はウィザードリィからの出張があると思いますが、今後ともよろしくしていただけると幸いです。
また暇人様とユースティティア様のご感想より、略称がステキだったので、家名も【スキル】名も名乗りたくない【心理破棄(スクラップ・ハート)】さんの名称を『スクハ』としました。
暇人様、ユースティティア様とてもよい略称をありがとうございました。


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Epilogue『プレゼントのされ方』

プレゼントをされるお話。


 高まったテンションに身を任せたヘスティアが「今夜はパーティーだ」と一度商店街まで戻り、商店街の皆に新しい髪飾りを自慢しながらスズが食材を買い集める。

 

 スズが無事に見つかったことと嬉しそうに自慢し周るヘスティアへのささやかな贈り物としてやっぱり今日も沢山おまけを貰ってしまった。

 

「スズをちゃんと見つけられるなんて、兄ちゃんも偉いじゃねぇか。ほらもってけもってけ」

「頼りなさそうに見えてお兄ちゃんしてるのね。これ持ってきなさい」

 とベルにもホイホイと今日のあまりものや質の悪い商品だけではなく、選別にと明日も販売できるだろう商品までくれた。

 

 たった数日間だけど、本当にこの商店街の人達はスズのことを好きになってくれたのだろう。

 

 それが自分のことのように嬉しかった。

 

 さすがに商店街に戻ってしまったからもう日が落ちきってしまい、魔石灯が街を照らし出す。

 この時間になると一般人の出歩きも少なくなり、商店街の店は閉まり露店は撤収準備に取り掛かり始めている。

 逆に酒場のある冒険者通りの方は人の波はないものの人の行き来は目立ち、様々な酒場からは今日の武勇伝を語る男性の笑い声や華やかな女性の話し声など大いににぎわっているいるが、ベル達【ヘスティア・ファミリア】にとってのパーティーと言えば、小さな教会の地下室でスズの手料理を食べながら家族団欒することなので三人は特に目移りすることなく、いつも通りの何でもない会話をしながら教会の地下室に「ただいま」と帰宅した。

 

 スズも落ち着いているし、買い物もし終わって外に出る口実がない今がプレゼントを渡す一番のタイミングだろう。

 

「スズ」

「今日はソーセージは使わないからしまってもいいよ」

「そうじゃなくって、はい、これ」

 バックパックに隠していた魔除けの首飾りが入ったラッピングされた箱を取り出して、食材をしまっているスズに見せる。

 それが何なのかまだわからないのかスズは不思議そうに首をかしげていた。

 

「スズにもプレゼントだよ。昨日稼いだお金で買ったんだ。一〇〇〇ヴァリスの魔除けの首飾りなんだけど、エイナさんと相談して、その、スズにもいつもお世話になっているお礼がしたいかなって」

 面と向かって言うのがなんだか照れ臭かったが、それでも一生懸命にスズが喜んでくれるよう考えて買ったものなので、受け取ってもらうように真っ直ぐスズを見つめて言ってあげられた。

 

 するとスズの顔がみるみる内に赤く染めあがって頭を沸騰させてしまう。

 

「そ、そ、そんなの受け取れないよッ! 私なんかにもったいないよッ!! 私、ベルには何も用意してあげられてないし、それに魔除けならベルが持っていた方がッ」

「ははーん。それでベル君は昨日一人でダンジョン頑張っていたのかい。スズ君。ボクにプレゼントを受け取ってもらった時、嬉しかったろう?」

 そんなベルとスズの様子を見てヘスティアが助け舟を出してくれた。

 

 渡す側の気持ちを体験しているスズはプレゼントを否定されたら嫌な気持ちになるのも知っているはずだ。

 

「嬉しかった……ですけど。ベルからプレゼントされるのすごくすごくすごく嬉しいけど。どんなもの貰っても大切な宝物になるけど。ありがとうってたくさん言いたいけどッ。一昨日も昨日も今日もベル、とっても私のこと心配してくれて、いっぱいいっぱいお世話焼いてくれて、それなのに私……何も用意してあげられてないのに……。いつもお世話になってるの、私の方なんだよ? ありがとうって何度言っても足りないくらい私はベルにお世話になってるんだよ?」

 プレゼントのことはすごく喜んでくれている。

 

 それでも申し訳ない気持ちもいっぱいなのか、受け取ってはダメだと自分に言い聞かせるように遠慮しなければならない言い訳を並べている。

 自分はお返しをしなければいけない方で、お返しなんて受け取ったらバチが当たってしまう。そう思っているかのように必死に受け取りたいプレゼントを受け取らずに、相手を傷つけないように気を付けながら断ろうとしていた。

 

 

 だからベルはもっと簡単で単純な気持ちをスズに伝えてあげることにした。

 

 

「ありがとうって言ってもらえるだけで十分だよ。その一回だけで十分。僕はただスズに『ありがとう』って言ってもらいたい。スズに喜んで笑ってもらいたいだけなんだ。お世話を焼くとか焼かないとか関係なくて、ただそれだけの単純な理由じゃダメかな?」

 スズの言い訳が止まった。

 その瞳にジワリと涙が浮かんでいる。

 

「受け取って、もらえるかな?」

「ありがとう、ベル。大切にするね。すごく大切にする。断ろうとしてごめんね。すごく嬉しかったから。すごくすごく嬉しかったから、受け取ったら、これから先の幸せが全部逃げていちゃいそうで怖かった。ただベルと神様と暮らしていけるだけで幸せなのに、贅沢したら、全部全部逃げて行きそうで怖かった。ごめんね。ありがとう」

 しばらく箱も開けずに大切に抱きしめて、嬉し涙も我慢して、だけど本当に幸せそうに箱を抱きしめ続ける。

 

 

 感じている幸せを逃がさないように、長い間プレゼントを愛おしく抱きしめるその姿をベルとヘスティアは温かく見守る。

 

 

「なくなったりしないさ。なくならせたりしない。この先ずっと僕達は家族だよ」

「そうさ。ボク達は家族でこれからもずっとずっと一緒さ。だからスズ君。箱開けてごらん?」

「うん。ありがとう。ベル。神様。ありがとう」

 スズは丁重にラッピングを取り、箱を開け、小さな魔除けの鐘が付いたシルバーネックレスを取り出すと、リンと心地がよい音を小さな鐘が奏でた。

 

 スズは魔除けの首飾りを愛おしく両手でもう一度抱きしめてから、自分の首に掛けて「どうかな?」と顔を赤めながら魔除けの首飾りを見せびらかすようにスズは愛らしく舞い、リンリンとそれに合わせて鐘鳴る。

 

「とてもよく似合ってるよスズ君。ベル君もなかなかいいセンスしてるじゃないか」

「スズが気に入ってくれたなら僕も嬉しいんだけど」

「気に入ったも何も、大喜びだよッ! 幸せいっぱいいっぱいだよッ! ベル、本当にありがとね。新しい家宝にするねッ」

 スズの笑顔に合わせて、揺れる大きなリボンと髪に合わせてリンリンと鐘が鳴る。

 

「それともう一つあるんだけど、こっちの髪飾りも受け取ってもらえないかな?」

 最後にもう一つ、新しい家族、スクハのために衝動買いしてしまった髪飾りの入った箱を取り出す。

 

 スクハはスズの記憶を持っているから魔除けの首飾りだけでも喜んでくれているとは思ったが、やはりプレゼントするなら家族みんなに一つずつプレゼントしたいと思い切って購入したのだ。

 約束もあってスズにはスクハのことは話せないけど、別々のタイミングで渡せば、きっとスクハなら自分へのプレゼントだとわかってくれるだろう。

 

「えっと、スズがまた怖くなって走り出しても、すぐ見つけられるように……極東では鈴って呼ばれてるタイプの丸い鐘がついた髪飾りなんだけど。その、これも受け取ってもらえるかな?」

 そういう気持ちもあったから嘘ではないが、嘘やごまかしが下手なベルは少し目が泳いでしまった。

 

 なのでそれがものすごく後ろめたい気持ちがあるようにスズの目に映ってしまったのではないかと不安になってくる。

 

「嬉しいけど、その、えっと、貧乏なんだからあまり無駄使いしたらダメだよ? でも、ありがとね、ベル。迷惑掛けっぱなしな私だけど、こんな私を大切に思ってくれてありがとう」

 それを無駄使いしたせいだとスズは思ってくれようで、スズはそう注意しながらもまた大切にプレゼントを抱きしめて受け取った幸せを堪能した後、取り出した髪飾りを右耳少し上あたり、四つの鈴が付いた紐が耳の横に垂れ下がるように、ヘアピンとしてではなくただの飾りとしてセットする。

 この程度なら紐が激しく動いても邪魔にならず視界もおそらくさえぎらないだろう。

 

 スズがくるりと一回周るとリンリンリンと鐘と鈴の音が心地よく響いた。

 魔除けの音なおかげか近くで聞いていても不思議と耳障りには感じない。

 でも、ベル自身が買っておいてなんだがついつい思ってしまう。

 

「えっと、うるさくないかな?」

「大丈夫だよ。この音好きだから。多分このくらいなら索敵の邪魔にはならないかな」

 スズは嬉しそうに何度も踊るように舞ってリンリンと鈴と鐘の音を堪能しながら髪飾りの紐の動きを確かめて「うん、大丈夫。聞こえるし見えるよ」とダンジョン探索時のことももうしっかり考えているあたり本当にしっかりしている。

 

「丁寧な装飾だし高かったよね。私のために頑張ってくれてありがとう。本当にありがとうベル。大好きだよ」

 そして不意に、幸せそうに、満面の笑みで、そう言った。

 

 

 その晩の食事は今日帰りに買って来た子羊を燻製にした肉のスライスと、温めてすりつぶしたポテトにグリンピースを加え砂糖、塩コショウと調味料におまけとばかりに魚肉ソーセージまで入れて、ヨーグルトとマヨネーズに加え、そこにタマネギのみじん切りとまた塩コショウ。

 最後の仕上げに刻んだゆで卵を振りかけて横にはスライスされたトマトやブロッコリーが添えられている気合の入れっぷりだ。

 それだけでは収まらず、半分に切ったパンを軽く焼き、その間に香ばしく焼き上げたベーコンとすりつぶしたゆで卵にとろけかけたチーズを挟んでいるものと、野菜のスープまである始末だ。

 

 はっきり言うと、スズは超ご機嫌だった。

 ご機嫌すぎて腕によりをかけすぎていた。

 完璧に何かを祝うような大量のメニューに加え、冒険初日に出されたミードのビンまで置かれている。

 

 これらの品を作っている時も鼻歌を歌っていたし、全ての品をこしらえ終えてみんなでテーブルに着いた時もすごくニコニコして「どうぞ!」と満面の笑みで両手を広げて食べてもらうのを待っている。すごく美味しそうな品の数々だが、田舎暮らしだったベルはその品と量に圧倒されていた。

 

 食べきれない量では決してないし、これだけ食べればお腹いっぱいになること間違いなしなのだが、豪華すぎじゃないかなと食事をしながらもベルはヘスティアの方に目を向ける。

 

「よっぽどう嬉しかったんだろうね。ボクも君達のプレゼントでもう泣くほど嬉しかったしこうなっても仕方ないかな。ベル君、大好きなんて言われちゃってさ、責任とらないとダメだぞ?」

「か、か、か、神様!! からかわないで下さい!! スズだってそういう意味で言った訳じゃないんですから!!」

「ん?」

 フォークを銜えたまま何のことかわからないのか、スズはリンリンと鈴の音を立てながら不思議そうに首をかしげる。

 

「えっと、スズは異性として僕が大好きなんじゃなくて、その、兄妹として大好きなんだよね?」

「異性として?」

 しばらく何の事だか本当にわからないのか「んー」とフォークを銜えたまま固まっていたが、言葉の意味に気付いたのか一気にボッとスズの顔が真っ赤になった。

 

「ち、ち、違うよッ!! ベルのこと大好きだけど、そういう大好きじゃなくって、結婚したいとかじゃなくて、えっと、違うんです神様ッ!!」

「本当かい?」

「本当です!! 神様は私の噓がわかるんじゃないんですかッ!?」

「うん。スズ君は噓をついてないね。だからダメだよスズ君。嬉しいのはわかるけど、大好きなんて不用意に異性の前で言ったりしたら。スズ君可愛いんだから勘違いされてしまったら大変だろう? ベル君だってこれでも男の子なんだから、ボクがフォローしなかったら、あんなことやこんなことされてたかもしれないじゃないか。まあベル君がそんなこと――――」

 

 

「ベルはエッチなことできませんッ!!」

 

 

 するわけないけどねとヘスティアが言う前に、スズが勢いでそんなことを言ってのけた。

 フォローのつもりで言ったであろうその言葉はそれはそれで失礼な言葉であり、せめて「エッチなことしません」と言ってもらいたかった。

 きっとスズは意図して言ったわけでもなく意味も知らないだろうが、男として『できない』と断言されて地味にショックを受けているベルを見てヘスティアはついつい噴き出して声を出して笑ってしまう。

 

「え、あ、ちがうのベル!! 魅力がないとかそういうのじゃなくって、えっと、ベルにならどんなことされても大丈夫だよッ!!」

 慌ててスズが言った考えなしのフォローの言葉に今度は「なんてこといっちゃってるの!?」とベルが噴出してしまう。

 ヘスティアにいたっては笑いが止まって顔面蒼白になってしまった。

 

「恥ずかしくてもベルが嬉しいなら我慢、するよ? でも、えっと、大好きだけど、そういうのじゃ、その、ないから……エッチなのはいけないと思いますッ」

 ぷしゅーと湯気を立ち上げるかのように顔を上気させてそう言ってスズは顔を伏せてしまう。

 

「ごめんよスズ君。ちょっとボクもからかいすぎたよ。機嫌なおしておくれ?」

「……機嫌は悪くないですけど……あまりそういうこと言わないでください」

 頬を赤めたまま食事にまた手を付け始める。それを機にその話題はそこでばっさりと打ち切られた。それでも少し気にしているのか、スズはミードをちびちびとコップで飲みながらちらちらとベルの様子をうかがっている。

 

「あ、そうだ。神様、ベルの【スキル】の効果が何となくわかりましたよ」

「お、早いね。さっそくダンジョンで試してきたのかい?」

「はい。スズが想いがトリガーなんじゃないかって言って、それで『守りたい』って思っていたら右手に光が集まってきたんですよ。その後攻撃してみたら支給品のナイフなのにダンジョンの壁がざっくり斬れちゃいまして。でもその分体力消費が大きくて――――」

「なるほどね。勝手な見解を言わせてもらうと――――」

 スズが話の軌道を変えてくれたおかげで、話の尾を引くこともなく今朝試した【英雄願望(アルゴノゥト)】の考察が始まった。

 

 ヘスティアが言うにはなんでも、一撃にすべてを賭けた逆転の一撃らしく、自分より強大な敵を倒すための、強大な敵から大切な人を守るための、英雄に憧れたベルが英雄になるために編み出した【スキル】らしい。

 おそらく最大まで力を溜めればLV.2相当の攻撃が出来るが、その瞬間出力に体が耐えられず反動で一気に体力を消耗しているのではないかとのことだ。

 

 今日はかなりの怪物(モンスター)をスクハのおかげで相手にした【経験値(エクセリア)】も大量に手に入れているはずだし、少しずつではあるが確実に大切なものを守るための力がついているんだと、ヘスティアの考察を聞いてベルはまた一歩前進できたんだと嬉しかった。

 

 

§

 

 

 いつものようにベルの【ステイタス】の更新からし、その後ベルには一度出て行ってもらいスズの【ステイタス】の更新作業に入る。

 

 今日ベルの【基本アビリティ】はずいぶん伸びていたのでおそらくスズの【基本アビリティ】も伸びているだろうなと、子供の成長記録を嬉しそうにつけていくヘスティアだが、スズの中に『何か』妙な【経験値(エクセリア)】があることに気付いた。

 

 今日経験した出来事だと思われるが、それにしては地面にそびえたつ大樹の根のように古く深くまで伸びているような感覚がする奇妙な【経験値(エクセリア)】だ。

 引っ張り出せば【スキル】になりそうだが、【心理破棄(スクラップ・ハート)】の件もあるので【スキル】化していいものかと迷ってしまう。

 

 

 

『それに手を出すのはやめておきなさい。『スズ・クラネル』まで壊れてしまうわ』

 

 

 

 迷っていると呆れたようにスズが、【心理破棄(スクラップ・ハート)】が溜息をついた。

 

「またすぐに出てくるとは驚きだよ。ベル君がプレゼントを二つ買ったということは、ベル君の前にも出たんだろう?」

『貴女が安易にトラウマを刺激しようとするから注意しにきただけよ。すぐに引っ込むから安心なさい』

「まあせっかく出てきてくれたんだ。ゆっくりまた話そうじゃないか【心理破棄(スクラップ・ハート)】君」

『スクハよ。その名前をベルに話す訳にもいかないし、少し文字ってクスハでも可愛いと思ったのだけれど、スクハの方が私らしいと思ったからそう名乗ったわ』

 いつも通り淡々と喋っているが、その表情はどこか少しむっとした感じだった。

 

 昨日の時点で【心理破棄(スクラップ・ハート)】……スクハはわかりやすい子だったが、表情の変化は全くなかった。

 おそらく【心理破棄(スクラップ・ハート)】に干渉している【幻想約束(プロミス・ファンタズム)】の効果で『人間らしさ』を少し得たのだろう。

 やっぱり話しかけて眷族として迎え入れてあげたのは間違いでなかったことが嬉しくて、突然出てきたにもかかわらずスクハを受け入れて優しくしてくれたであろうベルに感謝した。

 

『人の顔覗き込んでいる暇があったら、そんな『物騒なもの』には触れず早く【ステイタス】の更新を終わらせなさい。そんなもの掴まれたままでは安心して眠れもしないわ』

「トラウマを刺激、と言ったね。昼にスズ君が怯えて走り出したのと関係あるのかい?」

 

『ええ。でも話せないわ。今のところ『スズ・クラネル』は『私』を認識してないけど、もしものことがあるしあんなものを知るのは私一人で十分よ。貴女はベルと一緒に『スズ・クラネル』に愛情を注いでくれていればそれでいいの。今後の更新で『それ』を見つけても必ず無視しなさい。『スズ・クラネル』のことを思うなら『それ』を覗こうなどとも思わないことね。後、早く更新を終わらせてくれないかしら。上半身丸出しで話をする趣味は私にはないのだけれど。それともなに、貴女は幼気な少女の服を剥いで馬乗りになる趣味でもあるのかしら。だとしたらごめんなさい、貴女とは仲良くなれそうにないわ』

 

「初日のあれは事故でボクはノーマルだっ!!」

「……ん。神様。更新終わりましたか?」

 スクハではなくいつの間にかスズに戻っている。

 前回の仕返しとばかりにからかわれて逃げられたようだ。

 

 今頃スズのなかでしてやったりと思っているだろうスクハに今度はヘスティアがムッとさせられてしまった。

 

「もうすぐ終わるから待っていておくれ、っと」

 魂の奥底まで根づいてしまっている『それ』を元の位置に戻すと、『それ』はまるで最初からなかったかのように見えなくなってしまった。

 おそらくスクハが隠したのだろう。

 魂の奥底まで根づいているそれを神の目からも隠すなんて器用な子だとヘスティアは関心と同時に呆れてしまい、そしてなによりも心配にもなってくる。

 

 スクハは魂まで根を張っている『トラウマ』を【心理破棄(スクラップ・ハート)】という【スキル】と共に一人で抱えているのだ。

 そんなもの一人の人間の心が耐えられるわけがない。

 心どころか魂を壊すレベルの問題だ。

 最初スクハから感じた寒気や冷たさの正体はおそらく、この魂に根付いた『トラウマ』そのものだろう。

 

 それなのに最初出会った『恩恵』を授ける前のスズからはそう言った『冷たい』ものは一切感じられなかった。

 【スキル】化する前からスクハはそんなトラウマからスズを守り続けていたのだろうか。

 

 何か違和感がある気がするが、その違和感がわからない。

 でもスクハがずっとそんな『トラウマ』を背負い続けている事実だけは変わらない。

 そんな辛い思いをし続けているのに、手が届くところにいるのに、幸せにして上げるどころか手を差し伸べてあげることも出来ないなんて、孤児院の象徴としてあってはならない。何が何でもスクハにも幸せになってもらおうという気持ちが強くなる。

 

「はい、スズ君。終わったよ」

「【基本アビリティ】どうでしたか?」

「かなり上がってるよ。ベル君もそうだけど頑張っているね」

 

 

 

 スズ・クラネル LV.1 ヒューマン

力:i 30⇒60  耐久:i 42⇒98 器用:i 38⇒62

敏捷:i 15⇒30 魔力:h 94⇒106

 

 

 

「やっぱり一日分ベルに遅れたの大きいですね……」

「今日はベル君もやたら伸びていたからね。まだ【基本アビリティ】が上がりやすい数字とはいえ、どれだけ大暴れしたんだい?」

「確か……普通に潜っていたと思いますけど」

 よく思い出せないのか、「んー」と悩んでいる。

 

 おそらくスクハがベルを連れまわって暴れまわったのだろう。

 それはいいとして、ヘスティアが予想していたよりも魔力の伸びがあまりよくないのが気がかりだった。

 ダンジョンで魔法を控えていたとしても【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】の『愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える』効果で、だいたい今まで嬉しいこと一つにつき10は上がっていると見積もっていたのだが、今日あんなにも幸せそうに笑っていたのに普通の冒険程度の魔力上昇しかしていない。

 

 蓄積魔力が頭打ちになったのだろうか。

 それとも蓄積魔力量とは【基本アビリティ】とは別のところにあるのだろうか。

 

「ベル。もう入って来ても大丈夫だよ。なんだか今日はすごく丈夫になってるけどどうしてだろ?」

「え、えっと……な、なんででしょう?」

「どうしたのベル。赤くなって」

「なんでもないよ! うん、なんでもない! なにもなかったよ」

 ふと二人の会話に目をやるとベルがスズから目をそらしていて、スズがリンと鈴を鳴らしながら不思議そうに首をかしげていた。

 

 きっとスクハが何かしでかしでかしてしまったのだろう。

 次にあったらスクハにも無理をしないように注意しないといけないなとヘスティアは軽くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------------------

             §鈴の音色だけは届いた気がした§

-----------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 夜、『スズ・クラネル』が『悪夢』を見そうになったので慌てて受け持ち目を覚ます。

 

 暗くてよくわからないがおそらく午前二時ごろだろうか。

 また中途半端な時間に目が覚めたものだ。

 節約のため魔石灯の灯を最低まで落としてしまっているのでなかなか目が暗闇になれてくれなかったが、ようやく薄暗い部屋の様子が目視できた。

 ベッドから手の届くほど近くの化粧台に『スズ・クラネル』が閉まった魔除けの首飾りと髪飾りを『スズ・クラネル』が少しでも落ち着いてくれるように身につけて、リンリンと鈴と鐘を鳴らす。

 

 鳴らしてからベルとヘスティアを起こしてしまったのではないかと心配になって二人の様子を慌てて確認してみた。

 ベルにこれといった動きはない。

 ヘスティアは、のんきにも幸せな顔で眠っている。

 ヘスティアが『アレ』に少し触れたせいで『スズ・クラネル』が『悪夢』を見そうになったかもしれないと思うとこののんきな寝顔が途端に憎ったらしくなり落書きでもしてやろうかしらと思ってしまうが、それは『スズ・クラネル』が望むことではないので止めておく。

 

 それに昼間は別のことが引き金となり『トラウマ』が私から漏れ出してしまったのだから、幸せそうな空間に安心をして油断をしていた私が悪いのは明白だ。

 

 自分の失態に憂鬱な気分になるのはいつ振りだろうか。

 そんなに昔の話でもないはずなのに遠い過去のように感じてしまう。

 今日はもう眠れそうにないが、ベルのプレゼントのおかげか、先ほど不意に『悪夢』に襲われそうになったにも関わらず『スズ・クラネル』は穏やかに眠ってくれている。

 

 

 

 

 ―――――ベルには感謝しておこう―――――

 

 

 

 だけどこのまま何もせずに『スズ・クラネル』が目覚めるまで待つのは堪える。

 術式を考えてもいいのだがそんな気分にすらなれない。

 

 そういう時は何も考えずに故郷のミードに酔うのもたまには悪くないだろうと冒険初日に『スズ・クラネル』が開けたミードのボトルとコップを持って、二人を起こさないように静かに地下室を出る。

 

 リンリンと何度も鈴を鳴らしてしまったが何とか二人を起こさずに地下室から出られたことに私は安堵の息をついた。

 

 魔石灯がない階段は真っ暗闇だが夜目は効く方だし、階段を上がり切った先の祭壇真上は天井が壊れており星空の光がうっすらと祭壇を照らしている。

 あそこで星空を眺めながらミードをちみちみ飲むのも悪くないだろう。

 私はゆっくりと暗闇の階段を登っていく。

 

 

 

「っ」

 

 

 

 階段の段数を一段多く数え間違えて危うくバランスを崩して地面と接吻をする破目になるところだった。『スズ・クラネル』の体もミードもコップも無事。

 今のは危なかったと思う。

 素直に携帯用の魔石灯を用意しておくか、【ソル】の術式を代えて灯を燈すべきだった。

 だけど階段の段数を少なく数え足の小指を角にぶつけなかっただけマシだと思おう。

 

 先ほどの失態はなかったことにして祭壇に腰掛け、コップにミードを灌ぎ星空を見上げる。

 

 雲一つない澄み渡る星の海。

 明日もいい天気になるだろうと思いながら甘いミードを一口含む。

 お母様の作ったミード。

 里に戻って屋敷内を探せばまだあるかもしれないが、そんな危険な真似は出来ない。

 

 このボトルを空にしてしまうと残りボトルは二本。

 私の精神安定剤としてはいささか心もとない本数だ。

 下手したら今日だけで今のボトルを空にしてしまうかもしれない。

 

 同じ味には絶対なりえないが、多少妥協して自家製のミードを今の内から作り始めた方がいいだろう。

 ずいぶん酒に頼った堕落した生活なことでと自分に溜息をつき、もう一口含み長い時間舌で転がすように味わいながまた星空を見上げると、リンリンと耳元で心地のよい音色が響いた。

 

 ベルが『スズ・クラネル』……いや、おそらく私のために買った髪飾りの鈴が上を見上げた時に鳴ったのだろう。

 優しく髪飾りの紐を撫でてリンリンと自分で鈴を鳴らしてみる。

 

 心安らぐ音色だ。

 『スズ・クラネル』もこの音が好きなのか幸せな夢を見てくれている。

 私なんかに買ってどうするのと渡された時は呆れてしまったが、魔除けの鈴とはよく言ったものだ。

 この穏やかな音色を聞いていると『悪夢』がほんのわずかだけど和らいだ気がした。

 

 本当に気がしただけで、気のせいだというのも、無駄だというのもわかっている。

 それでも私は星空をただただ見つめ、ミードを一口含んではリンリンと自分の手で髪飾りの鈴を鳴らし続ける。

 

 

 

 リンリンとスズの音が鳴る。

 少なくとも、『私』はまだ人間だと実感できて嬉しかった。

 リンリン、リンリンと鈴の音が鳴る。

 少なくとも、『私』は『私』でまだいられているんだと実感が出来たのが嬉しくて、口元が緩んでいる自分に気付いた。

 リンと鈴の音が止まる。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――ああ、私はまだ生きているんだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 もうそれ自体は嬉しいのか悲しいのかすらわからない。

 それでも、『私』はまだ、プレゼントをされて『喜び』を感じることができる。

 それがたまらなく嬉しくて、それでいて悲しい。

 リンリン、リンリンと鈴の音をまた鳴らす。

 

 故郷の味を味わうのも忘れて、ただただ無心で私は壊さないように気を付けながら、優しく髪飾りの紐を撫でて鈴を鳴らし続けた。

 

 




スズとスクハがどういう子かを伝える一章はこれにて終了です。
次章から『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』1巻の物語がようやく始まる予定です。


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二章『白猫と剣姫』 Prologue『迷宮での出会い方』

ダンジョンで出会った人に憧れるお話。


「スズ、その先バブリースライム潜んでるよ! 気を付けて!!」

「あ、本当だ。ベルよく気づいたね」

 リンと鈴の音に反応して、天井に潜んでいたバブリースライムがピクリと動いているのにスズも気が付いて立ち止まり、不意打ちを受ける前に【ソル】で焼き払う。

 

 笑顔で「ありがとう」と言うスズに対して、スズをまたスクハと同じ目に合わせるわけにはいかなかったから、バブリースライムをひたすら注意して進んでいたなんて言える訳もなく「たまたまだよ」とベルは苦笑してしまう。

 

 現在三階層。

 【ヘスティア・ファミリア】結成から約半月。

 ついこの間二階層も安定して周れるようになったので、食糧庫(パントリー)付近には近づかないことを条件にエイナに探索許可を貰えたのだ。

 

 言いつけを守りながらもペアにしては順調に階層を探索しながら進んでいる二人にエイナは嬉しい反面、優秀だからこそ躓いた時には取り返しの事態になってしまうから、くれぐれも注意して無理をしないように『冒険者は冒険をしちゃいけない』んだといつも通り心配してくれていた。

 

 リンリンと鈴と鐘を鳴らしすスズの後ろを一定距離を保ちながら、辺りを警戒しながら歩いているとベルはある異変に気が付いた。

 今日は三階層に降りてから一〇分以上経過しているにもかかわらず、今のところ三階層で遭遇したのは先ほどのバブリースライムだけで他の怪物とは一切遭遇していない。

 

 

「ベル。ダンジョンが静かすぎない?」

 スズもそう思ったようで一度立ち止まり、不安そうにベルの方を振り向いてきた。

「そうだね。何が起こるかわからない時は戻った方が――――」

 次の瞬間、何かが吠えた。

 

 

 

 

 

『■ヴォ■■■ォ゛■ォ゛■■ォ゛■■■■ォ゛ォ゛ッ!!』

 

 

 

 

 

 身を凍らせるようなその咆哮に恐怖して一瞬体が動かず強制停止(リストレイト)を起こす。

 恐怖で停止しかけた頭でエイナの講義の内容を思い出す。

 三階層なんかよりも奥、もっとダンジョンの奥底一三階層以降の怪物の中には雄叫びだけで冒険者に恐怖を与え強制停止(リストレイト)させる『咆哮(ハウル)』を使える恐ろしい怪物がいることを。

 それらの怪物はLV.2以上の能力を持った怪物だから、まず出会うことはないがもしもその声を聞いたなら『勇気を振り絞って逃げること』という教え。

 

「ベルッ!!」

「手を掴んでッ!!」

 スズが震えながらも叫ぶのとベルがスズの手を取り走り出すのは同時だった。

 

 ここはまだ『三階層』だ。

 怪物が一気に強くなる難易度が跳ね上がる『五階層』ですらない。

 『咆哮(ハウル)』が使える怪物がいる訳がない。

 それでも何かから怪物が逃げて道を開けたかのように静まり返ったダンジョンと、今の聞いただけで身を凍らすほどの恐怖を与える雄叫びを無視できるわけがない。

 急いでこの場から離れようと、ダンジョンから脱出しようと、震えるスズの手を引いてベルは走った。

 

 

 

『ヴォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォォ゛ォオ゛ォォオ゛ォォ゛ォオ゛ォオ゛ォ゛ォォォオ゛ォ゛ォ゛ッ!!』

 

 

 

 『咆哮(ハウル)』が近くなる。

 地響きが響く。

 振り返るな。振り返るな。振り返るな。振り返るな。

 ただ走るだけを考えろと、恐怖を捨ててスズの手を引く。

 

 スズも恐怖に震えながらも全力で走ってくれている。

 けれどスズの足は決して速くはない。

 堅実に受けて反撃する盾役のスズの敏捷は40にも達していない。

 ベルと数値差は100以上離れていた。

 手を引いてあげているとはいえスズの速度が追い付けていない。

 

 かといって抱き替えて走るよりも今の方が早い。

 『ソレ』が真っ直ぐ向かってこずに別の道を選んでくれていたならまだ逃げ切れたかもしれないが、よりによってその雄叫びは、重量感漂う地響きは真っ直ぐと近づき、もうすぐ側まで迫ってきている。

 

 まるでスズを一直線に目指しているかのように、リンリンと鳴るスズの音が気に入らないかのように、すぐそこまで圧倒的な絶望が迫っていた。

 

「ベルだけでも逃げてッ! 何とか私は隠れてやり過ごしてみるからッ!! なんとか絶対に帰るから私を置いて逃げてッ!!」

「そんなことできるわけないだろッ!!」

 スズを置いて逃げることなんてできない。

 

 だから無駄だとわかっていても絶対にこの手を離すわけにはいかない。

 離すものかと、ただただ走ることしかできなかった。

 もうすぐそこまで『死』が迫ってきている。追いつかれたら間違いなく『アレ』に殺されてしまう。

 でもスズを見捨てて逃げるなんて選択肢はベルにはなかった。

 

 

『なら、倒すしかないわね。まったくめんどくさい』

「スクハ!?」

『あら、覚えてくれていたの。嬉しいわ』

 スクハがベルの手を振り払い『ソレ』を振り向いてしまったのでベルも慌てて立ち止まり、無謀なスクハを助けるために『ソレ』を見た。

 

 『ソレ』は人型の牛だった。

 強靭な筋肉を持つその巨体は軽くベルの二回りも大きく、その力は軽々とスクハが先ほどまで立っていた床を拳で破砕するほどの破壊力。

 スクハはそれをかわし飛び散る床の破片を剣と盾で弾いて無事だが、圧倒的な牛人『ミノタウロス』に挑んで勝てるわけがなかい。

 

『一分ぐらい何とか稼ぐから早くチャージしなさい。お姫様を守るんじゃなかったのかしら、アルゴノゥト君?』

 

 冷や汗をかきながらもスズはすれ違い際にミノタウロスのあばらに剣を叩き込むが全く効いている様子はない。

 それでも圧倒的な不条理を逆転する、格上にも通用する英雄になる為の力だとヘスティアが言ってくれた【英雄願望(アルゴノゥト)】ならミノタウロスにも通用するかもしれない。

 

 ベルは恐怖心を捨てて、圧倒的な力量の差があるミノタウロスを倒すために、スズと頑張って時間を稼ごうとしてくれているスクハを守るために、ベルは【英雄願望(アルゴノゥト)】を発動させて光粒を右手に収束させていく。

 

『【雷よ。敵を貫け】』

 

 スズは攻撃をかろうじで避けながら、注意をベルからそらすために【ソルガ】をミノタウロスの顔に当てるが、今まで圧倒的な火力だった【ソルガ】すら頬に少し焦げ目が付く程度でダメージになっていない。

 ミノタウロスの反撃をぎりぎりでかわすがその拳は壁を砕き破片がスクハの背中に当たり前のめりに吹き飛ぶ。

 

 

 

 

 ――――早く早く早く早く早く。

 

 

 

 

 まだ一〇秒も経っていない。

 これではミノタウロスを少し傷つけられるかもしれないが倒せない。

 ミノタウロス自身の攻撃力と比較してまだ足りない。

 

 スクハは受け身を取り何とか次に続くミノタウロスの追撃をかわし『化け物ね』と軽く舌打ちをする。

 プレートメイルのおかげで破片の直撃を受けても致命的なダメージは避けたが、飛び散った破片がスクハの額をかすめ、切り傷から血が流れおちる。

 

『【雷よ。粉砕せよ。第三の唄ミョルニル・ソルガ】』

 

 聞いたことのない初めての詠唱。

 おそらくスクハがスズのために完成させていたのであろう巨大な雷が、ミノタウロスを押しつぶすかのように戦鎚のごとく振り下ろされ、ミノタウロスが膝をつく。

 

『【雷よ。粉砕せよ。雷よ。粉砕せよ。雷よ。粉砕せよ。雷よ。粉砕せよ】』

 

 効果があったその雷の戦鎚をひたすらに振り下ろし続けるが、それでもミノタウロスは倒れず、ゆっくりと体制を整えて雷の戦鎚を受けながらもその拳を振り上げる。

 

『【雷よ。粉砕せよ】』

 

 ここで攻撃を止めれば終わりとばかりに【ミョルニル・ソルガ】を唱え、振り下ろされるミノタウロスの拳に直撃させて着弾地点をずらした。

 

 

 

 

 ―――――溜まれ溜まれ溜まれ溜まれ溜まれ溜まれ溜まれ溜まれ溜まれ。

 

 

 

 

 まだ三〇秒。

 一分がとてつもなく長く感じられる。

 ただ見てるだけなのが辛くて、飛び出すのを我慢するためにぐっと歯を食いしばる。

 

 突然スクハが舌打ちをして【魔法】を撃つのを止める。

 おそらく今ので精神力をほとんど使い切ってしまったのだろう。

 完全に受けに徹している。敏捷が足りず、力が足りず、耐久も足りない中、一撃食らえば即死級の攻撃をただただ衝撃を受けないように剣と盾で受け流し続ける。

 

 壁や床の破片がスクハを傷つけ、受け流しきれなかった衝撃力で両腕を痛め、ついにそのミノタウロスの太い足から繰り出される蹴りが、強固な蹄がスズを吹き飛ばした。

 

 いや、吹き飛ばしたように見えた。

 一分ちょうど。『緊急事態だから大目に見なさい』とスクハは後ろに飛びのき盾を構え左腕を犠牲にする代わりにベルの後ろまで吹き飛ばされていった。

 受け身もとる余裕がなかったのか、スクハは地面を跳ねながら力なく地面に転がる。

 

 

「……ベル…っ……」

 

 

 スズが苦しそうに名前を呼ぶ。

 すぐにでも駆け寄ってあげたいけど、ここでスクハの努力を無駄にしてはいけない。

 ここでミノタウロスを仕留めなければ自分もスズも、スクハも死んでしまう。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 そんなこと絶対に許す訳にはいかない。

 ベルは力の限り叫び、自分を奮い立たせ、【英雄願望(アルゴノゥト)】で蓄力(チャージ)した力を、英雄の一撃をミノタウロスに向かって解き放った。

 たった刃渡り二〇Cの短刀がミノタウロスの肉を切り裂く。

 

 

『ヴォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォォ゛ォオ゛ォォオ゛ォォ゛ォオ゛ォオ゛ォ゛ォォォオ゛ォ゛ォ゛ッ!!』

 

 

 ミノタウロスが雄叫びを上げた。

 断末魔ではなく悲鳴でもなく、敵を発見し威嚇するかのように叫びを上げた。

 

 傷は深かったが骨を絶つことができなかった。

 支給品の短刀の攻撃力が足りなかった。ベルの【基本アビリティ】も足りなかった。

 蓄力(チャージ)時間もわずかに足りなかった。

 

 なによりも、急所である魔石を外した。

 いや、外された。

 ミノタウロスが本能的に【英雄願望(アルゴノゥト)】による一撃に危機感を感じ、寸前のところで避け直撃を避けたのだ。

 

 斬撃の衝撃はミノタウロスをかすめただけだった。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】の反動で体から力が抜けていく。

 ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』で震えあがる。

 それでもここで自分が死んだらスズはどうなる。

 次に狙われるのは怪我をして動けないスズだ。

 ベルは『咆哮(ハウル)』の恐怖を守りたいという気持ちのみで抑え込む。

 

 

 それでも体が動いてくれない。

 

 

「……ベ……ル……逃げ……『早く逃げなさいッ』」

 スズとスクハの声が聞こえた。

 守らないといけない。

 守りたい。

 

 

 

 ――――――動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。

 

 

 

 【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄力(チャージ)を開始しようとする。

 十秒でもいい。

 五秒でもいい。

 最後まで諦めてたまるかとベルは歯を食いしばりミノタウロスを睨みつけるが、【英雄願望(アルゴノゥト)】が発動してくれない。体力が足りないのか気持ちが足りないのかはわからない。

 

 でも最後の悪あがきすらできない事実をはっきりした形で叩きつけられて、ベルは膝をつく。

 

 誰でもいいから助けてもらいたかった。

 スズだけでも助けてもらいたかった。

 自分はどうなってもいいから、もう自分から家族を奪わないでくれと叫びたかった。

 

 でも、その叫びすら膝を屈してしまったベルの口からは出てくれなかった。

 無力な自分が悔しくて、スズの英雄になってあげられなかったのが悔しくて、震えが止まらなくなる。

 ダンジョンに憧れを求めずに、ヘスティアとスズと一緒にジャガ丸くんの屋台などのバイトで頑張っていれば、ずっと幸せな日々が続いていたのだろうか。

 そう思うと、余計に悔しくなってくる。

 

 

 

 そんな時だった。ミノタウロスが拳を振り上げた瞬間、ダンジョン内にも関わらず風の感じた。

 

 

 

 嵐のように激しいのに、春風のようにどこか暖かくも感じる不思議な風が吹き込み、次の瞬間にはミノタウロスの胴体と元下半身が分裂し、連続で繰り出される閃光によりミノタウロスの体は落下する暇もなく細切れの肉片に変化して、その血しぶきがベルの体を真っ赤に染め上げる。

 

「……大丈夫ですか?」

 ベルが呆然としている中、そんな凛とした声が聞こえた。

 

 呆然とその声を見上げると、まるでおとぎ話から出てきたような、そんな美しくも凛々しい少女が片手剣を携えていた。

 腰まで伸ばしたさらさらで綺麗な金髪がふわりとなびき、金色の瞳がベルのことを見下ろしている。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 数ある【ファミリア】の中でも二強の一つの内に数えられている【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者であるアイズ・ヴァレンシュタイン。

 ヒューマンであり、女性でありながらわずか16という年でLV.5まで上り詰め、その美しい容姿からこのオラリオでは知らない人の方が珍しい冒険者の憧れの的。

 

 

 

 絶体絶命のピンチに表れてくれた、自分とスズを助けてくれた少女に、ベルは憧れを抱き、恋を抱いた。

 

 

 

 やはりダンジョンに出会いを求めていたのは間違いなんかじゃなかったとベルは確信する。

 しかし、そんな憧れを抱いた少女が、運命の出会いだと一目惚れしてしまった少女が、いざ自分に手を差し伸べてくれると、ただでさえ異性に耐性がなく、妹だと思っているスズに対しても今だドキっとしてしまうことがあるベルが恥じらいなくその手を取ることなんて出来るわけなかった。

 

「だ」

「だ?」

「だああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 ベルは【英雄願望(アルゴノゥト)】の反動で悲鳴を上げる体も無視して恥ずかしさのあまり逃げ出してしまう。

 

 それはまるで肉食動物に追われる子兎のごとく全力疾走だった。

 

 

§

 

 

 五九階層を目指して遠征していた【ロキ・ファミリア】は異常事態(イレギュラー)に遭遇して武器と物資の大半を失いやむを得ず五〇階層から撤退することになった。

 

 ダンジョンの攻略最前線である五〇階層にたどり着くには大規模な【ファミリア】である【ロキ・ファミリア】でも、怪物が生まれない安全階層(セーフティーポイント)を利用しながらキャンプを張っての進軍しなければ心身ともに持たず、最低でも五日も掛かってしまうだけあって、落胆する者は多かった。

 

 そんな帰り道の途中、そうそう起こらないはずの異常事態(イレギュラー)が今度は一七階層で起きてしまったのだ。

 

 今回遠征に出ている【ロキ・ファミリア】の部隊はサポーター役すら【中堅ファミリア】の冒険者以上の実力を持っているため、一七階層で決して遅れを取ることはなく、下層の怪物などは彼ら彼女らの【経験値(エクセリア)】稼ぎのためにもアイズ含む第一級冒険者の主力メンバーは手を一切ださないのが基本だ。

 

 しかし疲れや途中撤退による苛立ち、まず負けることはないとはいえ武器がほとんどない状態で怪物の群れに遭遇したものだから、めんどくさいと第一級冒険者達もその戦闘に参加した。五九階層攻略を目的に編成された精鋭部隊がたかが一七階層のミノタウロスの群れなどとるに足らない存在だ。

 

 まるで赤子を捻るかのようにミノタウロスを蹴散らしていると、その圧倒的戦力差にミノタウロスの群れが恐怖しまさかの集団逃亡を図ったのだ。

 

 

 【ロキ・ファミリア】にとってはとるに足らない存在でも、普通にこの階層を攻略中の冒険者にとって不意にミノタウロスの群れに乱入されたら死活問題だ。

 さらにLV.2相当のミノタウロスがもし万が一にでも駆け出しの冒険者がいる上層に逃げ込みでもしたら、一匹だけでも大参事である。

 

 今【ロキ・ファミリア】がミノタウロスを蹂躙したように、ミノタウロスが駆け出し冒険者を蹂躙してしまうのだ。

 慌ててこの場にいる【ロキ・ファミリア】総出で逃げるミノタウロスの群れを駆逐しようとするが、ミノタウロスの群れに釣られて他の怪物まで逃げ出し、一六階層、一五階層、一四階層と本来ならあり得ない階層移動を何かに吸い寄せられているかのように引き起こす。

 

 倒しては逃走する数が増え、枝分かれして逃げ廻るミノタウロスの群れに焦りが出てくる。

 

 ついには五層まで来て、ここまで追ってこれているのはアイズと狼人(ウェアウルフ)のベートしかいない。

 それなのにまだミノタウロスの群れは上を目指して上がっていく。

 まだ犠牲者は出ていないと思うが、最初の難所である五層より上を冒険している冒険者は本当に駆け出しの冒険者だ。

 遭遇しただけでも、ただ逃げ回るミノタウロスに突撃されるだけでも挽肉にされてしまうほどの能力差がある。

 

 四階層。

 広い迷宮の中をたった二人でまだ大量に残って逃げ回るミノタウロスの群れを倒すのは無理があった。

 今だ犠牲者や見失ったミノタウロスがいないのが奇跡だと思う。

 

 そして三階層。

 ついに本格的に冒険者になって一か月もたたない初心者が探索する階層まで来てしまった。

 

「……ッ……一匹いない」

「来い、アイズ!」

 狼人(ウェアウルフ)であるベートの嗅覚がミノタウロスの臭いをとらえた。

 

「二階層入口付近まで続いてるじゃねぇか!? くそが、てめえは怪物だろ!! こんなクソ弱えぇひよっこんとこ逃げ込んでんじゃねぇっ!!」

 

 

『ヴォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォォ゛ォオ゛ォォオ゛ォォ゛ォオ゛ォオ゛ォ゛ォォォオ゛ォ゛ォ゛ッ!!』

 

 

 ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』が聞こえた。

 激しい攻防ではなく一方的なミノタウロスによる攻撃音がダンジョン内に鳴り響く。

 戦っているのではなく、間違いなく襲われている。

 それも三階層入口付近で。

 

「【目覚めよ】」

 アイズは【魔法】で風をまとい一気に加速した。

 そして遠くに目にしたのは、ミノタウロスの背中と、貧弱な装備をした少女と少年。

 

 同じ白髪に赤目からおそらく兄妹だろう。

 少年の方が長詠唱でもしているのかその場から動かず、少女の方がただひたすら攻撃を食らわないように、必死に傷つきながらも攻撃をいなしている。

 

 少女は既に限界なのか呼吸をする暇さえなく、ただただ少年が詠唱し終わるまで技量のみでミノタウロスの圧倒的な暴力から時間を稼いでいる。

 

 そしてアイズがたどり着く前に少女がミノタウロスの蹴りで吹き飛ばされ、小さな少女がボールのように地面をバウンドして転がり動かなくなる姿を目のあたりにして、ぎりぎり間に合うことが出来なくてズキリと心が痛んだ。

 

 

 

 少年が悔しさに歯を食いしばっているのが遠くからでもはっきりとわかった。

 それでも真っ直ぐと敵であるミノタウロスを睨みつけ少年は雄叫びを上げる。

 

 

 一閃。

 それが長詠唱の効果なのか、その閃光の刃自体が長詠唱の魔法なのか、身の危険を感じたミノタウロスはそれを寸前のところでかわして、長詠唱魔法はミノタウロスの肉を切り裂くだけに終わった。

 もしも狙い通り急所に当たっていれば倒せていたであろう長詠唱の切り札が外れ、今の一撃に精神力をほとんど使いこんだのだろう。

 少年の膝から力が抜けた。

 

 少女はまだ息があるようで必死に少年に逃げるように訴えかけるが、少年は少女を守るように足を踏ん張り、まだミノタウロスの『咆哮(ハウル)』に臆さず睨みつける。

 

 それでも心身ともにもう限界だったのだろう。

 少年は地面に膝をついて、ミノタウロスがその腕を振り上げる。

 

 少年の装備はただの支給品だった。

 本当にただの駆け出しの冒険者だったのだろう。

 駆け出しの冒険者がミノタウロスに勝てるわけがないのに、生き残るためにこの兄妹は必死にあがいたに違いない。

 

 だからこそ間に合った。

 助けてあげることができた。

 場所を特定してから最初から最後まで加速し続けたアイズはミノタウロスの胴体を切断し、その腕を一切振り下ろさせないためにも連撃で細切れにする。

 

 少年の方は無傷。

 少女の方はここからでは分かりにくいがおそらく擦り傷と打ち身、左腕は重症だろう。

 ケガをさせてしまって心苦しかったが、それでも助けてあげることができてよかったとアイズは安堵の息をついた。

 

「……大丈夫ですか?」

 念のためにアイズは少年に問いかけるが、少年はまだ状況を理解できていないのかアイズのことを見上げたまま身動き一つとらない。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 もう一度確認してあげるが、返事はない。

 ミノタウロスの返り血を浴びせさせてしまったが遠目から見た時はケガはなかったはずだ。

 腰を抜かしてしまって立てないのだろうか。

 なら助け起こしてあげないといけない、とアイズは少年に手を差し伸べてあげる。

 

「だっ」

「だ?」

「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 少年が勢いよく飛び跳ねたかと思うといきなり走り去ってしまった。

 その姿を見てアイズも少女もきょとんとしてしまう。

 

「……くっ……っ……助けた相手に……っ……逃げられてやんのっ……」

 後ろを振り向くとベートが必死で笑いを押さえるかのように腹を押さえていたので、アイズは思わずむっとなってしまった。

 

「あの……助けてくださりありがとうございます。少し……失礼しますね」

 そんな中少女が辛そうに上半身を起こしてお礼を言った後、自身のレッグホルスターにセットしていた回復薬(ポーション)の試験管を取り出してちびちびと飲んでいた。

 

「大丈夫?」

「はい。おかげさまでなんとか。受け身はとれませんでしたけど、ぎりぎり後ろには飛べましたし」

 少女はミノタウロスの蹴りでへこんでしまったであろう盾を見せて苦笑していた。

 

「って、あん時のガキかよ」

「ベートさんの……知り合い、ですか?」

「いや、遠征前に拠点近くで【ファミリア】入れてくれなんてぬかすから、雑魚の癖に身の程弁えろって追い出してやっただけだ。雑魚は雑魚らしく媚びて物でも売ってりゃいいんだよ。雑魚はおとなしくしてろって言ってやったのに……結局冒険者なんかになりやがったのか」

 

 遠征前と言えば大きく見積もっても半月ほど前だろう。

 そんな駆け出しの冒険者にミノタウロスを襲わせるようなきっかけを作ってしまった自分達が申し訳なく思えてしまう。

 

「心配してくれてありがとうございます。【ロキ・ファミリア】さんのおかげで助かりました」

「心配なんてしてねぇっつうの! 身の程を弁えろ雑魚が」

 プイとベートがそっぽを向く。

 こんな言葉使いだし態度だから勘違いされやすいがベートは悪い人ではない。

 

 それを他人がしっかり理解してくれているのが【ロキ・ファミリア】の仲間として少し嬉しく思えた。

 

「えっと、アイズ・ヴァレンシュタインさん、ですよね?」

「うん……そうだよ」

「やっぱりッ。女の人でもすごい冒険者さんがいるよってエイナさん……あ、担当してくださっているアドバイザーさんが教えてくれて、憧れてたんですよ。ベルを助けて下さって本当にありがとうございます!!」

「だから弁えろ雑魚が」

「……ベートさん」

「アイズ。弱ぇ奴にかかわるだけ時間の無駄だろうが!」

「ベートさん」

「ちっ。どうせ下の連中が上がってくるまでしばらくかかるんだ。勝手にしてろっ」

 ベートはすねたようにそっぽを向いてしまった。

 

「にしてもよ、あいつ気に食わねえな。てめぇの妹置いて、てめぇだけ逃げやがって」

「元々私が足遅いから、戦うしかなくなっちゃったんです。それなのに私を置いて逃げずに一緒に戦ってくれて、私のこと守ろうとしてくれたんです。まだまだ私もベルも弱いけど、それでも私のこと最後の最後まで守ろうとしてくれたベルのこと、悪く言わないでください……」

「だからこそ身の程を弁えろつってんだろ。気持ちだけで守れるほどダンジョンは甘くねぇんだよ、たく。まあ、『咆哮(ハウル)』にビビらず、うちのお姫様にビビっちまうんだから、格の違いは理解してるんだろうよ。身の程弁えれば少しはマシな雑魚になるんじゃねえのか? 少なくとも、クズじゃねぇよ」

 

 さすがに不用意な言葉で小さな少女を傷つけてしまったのは悪いと思ったのだろう。

 大切な兄が自分を置いて一人で行ってしまったのに一番ショックを受けているのはこの少女のはずだ。

 ベートはベートなりに珍しく気遣いの言葉を投げかけてあげていた。

 

「気遣ってくださりありがとうございます。ベートさんは優しいんですね」

「どう解釈したらそうなんだよ!! ああっ!?」

 きっとベートは照れているのだろう。

 珍しいこともあるものだとぼんやりとアイズは思う。

 

「……私の方からもごめんね。ミノタウロス…ここまで追い立てたの、私達のミスだから。怖い思いさせて……ごめん」

「……ま、たしかにこんな雑魚どものとこに追いやっちまったのは俺達の落ち度だな。だけどよ、悪いのは化物の癖に逃げ回るあいつ等で――――」

「それでも、助けてくれたのすごく嬉しかったです。アイズさん、物語に出てくる英雄みたいでカッコよかったですッ」

 その言葉でアイズの表情が固まった。

 

 『彼』の言葉が不意に頭をよぎる。

「私は、貴女の英雄になることはできないよ」

 

 

 

 

 

 私はお前の英雄になることはできないよ。

 既にお前の母親がいるから。

 いつかお前だけの英雄に巡り合えるといいな。

 

 

 ――――彼はそう言ってくれたけど、私は――――――

 

 

 

 

 

 ――――――――私は、そんなに強くない。

 彼と違って強くなくて、全然まだ手が届かない。

 だから、貴女の英雄になれるほど私は偉くない――――――――

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 暗い気持ちがそんな変な奇声で吹き飛ばされた。

 

 先ほど逃げて行った少年がものすごい勢いで戻ってきて、少女をお姫様抱っこして、そのまま奇声を上げながらまた走り去っていく。

 

 その光景をポカンと見ていることしかできなかったアイズの後ろで、今度こそベートは笑いをこらえきれずにバカ笑いをした。

 

「くっ……はっ……くる……しっ……アイズ、お前よぉ、よっぽど怖がられてるみたいだぜ。あいつ、てめぇで逃げといて、第一級冒険者アイズ・ヴァレンシュタインが妹についてるにもかかわらず、そのアイズ・ヴァレンシュタインから妹助けに戻ってきやがったっ! ほんと身の程弁えろっつうんのっ! くっ、ぶはっ!」

 ひーひーと呼吸を乱してバカ笑いするベートをアイズは頬を赤めて睨めつけたのだった。

 

 その後、そんなに自分は怖いのかなと気落ちしながら、少年が少女を連れて走り去った先をぼんやりと見つめる。

 きっとあの少女にとっての英雄はあの少年なのだろう。

 アイズはほんの少し少女のことが羨ましく思えた。

 

 




原作一巻プロローグが結果はあまり変わらないものの、『少女』がいたことでだいぶ変化しました。
ベートを可愛く書くの難しいですね。口調はともかくとして、だいたい私の中でのベートはこんな感じのイメージだったりします。


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Chapter01『相談の仕方』

エイナさんに色々相談するお話し。


 アイズに憧れを抱き一目惚れしたベルは恥ずかしさのあまりスズを抱きかかえて逃走した。

 一直線にギルドの医務室にスズを連れていくと「いいから君は早くシャワーあびてきなさい!」と医務室から追い出されてしまう。

 

 一瞬でもケガをしているスズのことを忘れて気恥ずかしさに逃げてしまった自分を殴りたい。

 抱きかかえて走っている時もスズは無言だったし、心配でしかたなく本当は付き添ってあげたいのだが、医務室に入れてもらえないのではそれすらできない。

 なので、さっとシャワールームでミノタウロスの血を洗い流し、洗い流している間にざっとゆすいだだけの衣服を魔石乾燥機の中に放り込んでおく。

 

 シミが残ってしまうが服なんて帰ってからまた洗えばいいし、シミが残り続けてもまだ着れる。なによりもスズのことが心配でいてもたってもいられず、シャワーを浴び終えるとさっと体を拭いてまだ生乾きの衣服を着てシャワー室を飛び出した。

 

「……あ、ベル。もっとゆっくりしててよかったのに」

 すると下をうつむきながらシャワー室の前で待っていたスズが、ベルが出て来たのに気付いて顔を上げる。

 

「スズの方こそ大丈夫なの!? ケガはっ!?」

「盾はその内直ってくれるけど、小手は完全にダメかな。砕けたチェインメイルの部位は修復してもらってる最中だよ。腕は高等回復薬(ハイ・ポーション)をオススメされたけど、回復薬(ポーション)でも大丈夫かなって、私の回復薬(ポーション)全部使っちゃった。まだ少し痛むけど、これならすぐ治るかな。動かすだけならできるし、利き手じゃないから家事には支障でないよ。やっぱり回復薬(ポーション)ってすごいね。だから全然大丈夫だよ」

 

「ごめんねスズ。守ってあげられなくて、置いて行ったりして」

「うんん、ベル一人なら逃げられたのに、私の為にベルは最後まで私のこと守ろうとしてくれたの、嬉しかったよ。でも、それと同時にすごく怖かった。ベルが死んじゃうんじゃないかって、すごくすごく怖かった」

 スズは無理に笑っていたが、その体はまた震えていた。

 

 ミノタウロスが怖かったのもあるが、なによりも失うのが怖くて震えている。

 おそらくミノタウロスなんかと向き合って、それと戦って、ベルが無事だったことに実感がわかなくなって、怖くなって医務室で待たずにシャワー室前まで来てしまったのだろう。

 

「僕も怖かったよ。僕じゃまだ守ってあげられなかったけど、スズが無事で本当によかった」

 スズを優しく抱きしめてあげる。

 

 スズがぴったりと生乾きの服なんて構わずにベルの胸に顔をうずくめて、ぎゅっと力強く抱き返してきた。

 声は押し殺しているけど、スズが泣いているのが何となくベルにはわかった。

 

 出会ってから二度目の涙だ。

 それをスズは必死に声を押し殺して隠している。

 泣いてもいいんだよ、そう言ってあげたかったけど、スズはきっとそれを望んでいない。

 

 泣いていることを知られて心配されることを相手に負担を掛けてしまっていると思い込んでしまい、ますます自分を追い込んでしまう。

 スズはそういう子なのだ。

 だからベルは気づかない振りをして、泣き止むまで優しく抱きしめて頭を撫でてあげた。

 

「本当に置いて行ったりしてごめんね」

 スズが泣き止んだ頃合を見計らって、もう一度だけそのことを謝った。

「あの場にはアイズさんやベートさん、第一級冒険者が二人もいたから私は安全だったのに、ちゃんとベルは戻ってきてくれたし。それに……アイズさん綺麗だったし……カッコよかったし、ベルが恥ずかしくて逃げちゃったの仕方ないよ」

「うっ、やっぱり逃げた理由までわかっちゃう?」

「ベル恥ずかしがり屋さんだもん。でもアイズさん難易度高いと思うし、エイナさんに相談かなぁ。お、お付き合いするにしても……ベルの上がり症をなんとかしないといけないし」

「おおおおおお、お付き合いって……いや、その……うん、やっぱりそこもわかっちゃうんだ」

「大好きなベルのことだもん。あんな反応見ちゃったらわかるよ」

 そう、くすくすとスズに笑われてしまう。

 

 もうスズからは不安の色は見えないことにベルは安堵の息を漏らす。

 

「心配してくれてありがとう。ミノタウロスのこともあるし、エイナさんのところに報告に行こう」

 そのままスズはベルの手をぐいぐい引っ張ってギルド本部まで強制連行された。

 

 

§

 

 

「三階層の入口にミノタウロス……二人が無事で本当によかったわ」

「ベル一人なら逃げられたんですけど、私の足が遅いせいで結局時間稼ぎしかできない戦闘をすることになってしまいました。エイナさん、約束を破ってすみません」

「うんん。三階層にミノタウロスなんて想定外すぎるし、それにスズちゃんもベル君も『咆哮(ハウル)』で強制停止(リストレイト)せずに必死に逃げようとしたのだから正しいわ。どちらかというと話を聞く限り、防御に重点を置きすぎてスズちゃんの敏捷をおろそかにしていた私の責任でもあるわ。格上からは逃げるようにと言っておきながら、アドバイザー失格ね……。まさかベル君との敏捷差が半月で100以上もついてしまうだなんて……」

 

「そんなことないです! エイナさんのアドバイスのおかげで私もベルも安全に三階層まで足を運べたんですよ。これからも頼りにさせてください」

「ありがとうスズちゃん」

 キラーアントやウォーシャドウならともかく、さすがにミノタウロスまで来ると対策の考えようがなく、アイズに助けられるまで粘れたのは本当に幸運なことだったとエイナは教えてくれた。

 

 ベルがスズを見捨てずに勇気を振り絞って一緒に戦うことを選んだのも、スズが離脱できないと確定した以上、無謀ではあるが間違ったことではないと叱られることもなかった。

 

 だけど最後はいつも通り『冒険者は冒険をしちゃいけない』と、また異常事態(イレギュラー)に遭遇した時も、今回のように逃げることを最優先にしてどうしようもないと思ったら何とか時間を稼いで他の冒険者に助けを求めるように行動することと念を押された。

 

 スクハの案で二人で倒そうとしていたなんてとても言える状況ではなかったので、それはそっとベルの心の中にしまわれた。

 

「それで、えっと、アイズ・ヴァレンシュタインさんのことを教えてもらいたいんですけど……」

「冒険者としての情報ではなく、噂程度でいいので趣味とか好きな食べ物とかを教えてくれると嬉しいです。助けてくれたアイズさんのこと、ベルが一目惚れしてしまったみたいで。ギルドでの情報は一切なしで大丈夫ですのでお願いできますか?」

 遠まわしに聞こうとしていたベルとは違って、スズがストレートにそう言いなおした。

 

「あはは、まあしょうがないかな。同性の私でも思わず溜息ついちゃうし」

「アイズさんすごくカッコよかったです。スタイルもいいですし……綺麗ですし……。なので、その、ダメでしょうか?」

「恋愛相談は受け付けてないんだけど、【ロキ・ファミリア】の幹部を務めるヴァレンシュタイン氏とお付き合いするのは、私は難しいと思う」

 【ヘスティア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と仲がいいと聞いた話はない。

 

 そこの幹部であるアイズと底辺中の底辺であるベルがお付き合いするのは、本人達が同意したとしてもなかなかに難しいことだと言うのはベルも理解はしている。

 しかし、そこでスズがなぜか不思議そうに首を傾げていた。

 

「そういえば何で【ファミリア】同士は基本不干渉なんでしょうか。うちの里はその、『恩恵』はさずかってないもののみんなが【ファミリア】みたいなものだったから、あまりイメージができないんですけど」

「あ、ベル君とスズちゃんは『あそこ』の出身なんだ。それで誰とでも気兼ねなく話していたのね。国や派遣の概念はわかる?」

「はい。物を売る商業系はライバルなのはわかるのですが、同じダンジョン攻略という目的を持っているのに何で基本不干渉なのかなって。一緒に頑張った方が魔石も集まってギルドも潤うし、冒険者達だって強くなるのに」

 

「簡単に説明してしまうと、ただの主神の趣味嗜好の問題ね。自分の趣味のためだけに【ファミリア】を作る神もいるけど、基本神々は自分の眷族を愛しているのよ。娯楽や好きなものへの執着心は特にすごくて独占欲も高いわ。わかりやすく言ってしまえば親バカといったところかしら。どこの馬の骨かもわからない人に自分の可愛い子供をお嫁に出してたまるかって、頑固なお父さんみたいになっているのよ。スズちゃんの里にもそういうおじさんいなかった?」

「いました。そっか。【ファミリア】の規模が大きいと、そんないがみ合いでも、国と国同士の戦争みたいに被害が拡大しちゃうんですね。私が神様を慕っていて神様が私を愛してくれるように、構成員みんなが主神を慕って主神が構成員全員を愛しているから…何かのきっかけでいがみ合いになると収拾がつかなくなって……」

 

「ええ。神々は遊び感覚で下界に降りてきているけど、その遊びを本気で楽しんでいるの。だからその遊びを邪魔するものは許さない。一応衝突した時、他の神々も楽しめるように戦争にもルールを設けているけど、逆鱗に触れればルールやペナルティを無視して気に入らない【ファミリア】を全力でつぶしにかかる主神だって中にはいるわ。そういったことが起こらないよう【ファミリア】の問題はデリケートで、ダンジョン内で基本他のパーティーへの干渉はもめ事の原因になりえるから暗黙の了解としてタブーになっているのよ。スズちゃんは『あそこ』出身だから人懐っこくって可愛いって他の冒険者からの受けもいいけど、スズちゃんも気を付けないとダメよ?」

 

 エイナはスズの里に心当たりがあるのか、納得したようにそう言った。

 兄妹であることになっているベルがスズの里について今尋ねるのもおかしいので、黙ってベルはその話を聞いている。

 

 そして話の中で出て来たとおり、【ファミリア】の問題となってくると世話になっているヘスティアやスズにまで迷惑を掛けてしまうのでベルにはどうすることもできない。

 遠まわしにあきらめなさいと言われているようなものだったので、ベルは一気に落胆した。

 

「でも、相思相愛になってヴァレンシュタイン氏が神ロキに頼み込めば、神ロキはその想いを蔑ろにしたりはしないんじゃないかな、たぶん。女性は強くて頼りがいのある男性に魅力を感じるものだし……頑張ばって強くなれば、その、ね? ヴァレンシュタイン氏もベル君に振り向いてくれるかもしれないよ?」

 

 しかし落胆したベルを見かねてエイナはそうフォローを入れてくれる。

 その言葉に、いつも正しかったエイナの的確なアドバイスに、ベルの表情が一気にパァッっと明るくなる。

 

「ありがとう! エイナさん大好き!!」

 嬉しさにお礼を言い、こうしてはいられないとスズの手を取って魔石の換金所に向かって走る。

 

 

「ベル。神様に一度注意されちゃった私が言うのもおかしな話だけど……」

「どうしたのスズ?」

「……なんでもない。換金する前にまずバックとりに行かないと、ダンジョンに置きっぱなしだよ?」

「あ、あああああああああああああああああああああああああああああっ!! ごめんスズ!!」

 スズの姿を改めて確認してみると、いつもダンジョンに持ち歩いているバックと、鞘に収納すべき剣が見当たらない。

 

 慌ててスズを抱きかかえて逃げてきてしまったので三階層に置き去りにしているのだ。

 特に剣はスズの家宝だと知っているから浮かれていた気分が急降下してベルの顔が真っ青になる。

 

 バックと鞘を回収しにダンジョンに戻ろうとスズの手を取ったままダンジョンに戻ろうとギルド本部を出てバベルに入ると、「白猫ちゃん」とベルが知らないギルドの制服を着た女性が声を掛けてきて「落し物が届いてるよ」とバックと剣を渡してくれた。

 それを見たスズは「ありがとうございますッ!」と嬉しそうに家宝の剣とバックを抱きしめた。

 

「こらこら、嬉しいのはわかるけど、昔の騎士剣とはいえ抜身の剣を抱きしめたら危ないよ」

「すみません、わざわざ届けていただいちゃって」

「気にしないで。届けてくれたのはあのヴァレンシュタインさんで私驚いちゃった。白猫ちゃんにもしものことがあったら承知しないんだぞ、へたれお兄ちゃん」

 ギルド局員の女性はからかうようにそう言って、軽くベルにデコピンをした後にスズのことを撫でまわす。

 

「えっと、白猫ちゃんって……スズのことですよね?」

「そうよ。名前は調べればすぐわかるけど、それやっちゃうのはギルドとして問題あるしね。冒険者さん達や神様達もそんな感じに呼んでるのもしかして知らなかったのかな?」

「スズ知ってた?」

「えっと、お買い物の時や、バベルで『白猫ちゃん』って呼ばれること最近多いかな。何でだろう?」

 スズが首をかしげるとリンと鈴の音が鳴った。

 

 全身白に加えて大きなリボンが猫耳に見えて鈴の音。

 撫でれば頬を少し赤めながらも身をゆだねる人懐っこいところ。

 どう見ても人なれした飼い猫だ。

 それでいて白いから白猫だ。

 思い返してみると最近スズのことをそう呼んでいる人が増えてきている気がする。

 

 スズはジャガ丸くんの屋台や商店街では割と有名だし、おそらくスズの名前を知らずにスズが愛でられている様子を微笑ましく思った誰かが言い出して広まってしまったあだ名なんだろうなと何となく思った。

 

「それじゃあ白猫ちゃん。落し物と体に気を付けて、これからも冒険者とギルドに癒しをよろしくね?」

「はい。心配してくれてありがとうございます。癒しになれるかはわかりませんが、これからも冒険頑張りますね」

 軽く手を振って別れを告げるギルドの制服を着た女性に、スズは笑顔で大きく手を振って見送っている。

 

 ふと周りを見てみると、その様子を何人かの人達が足を止めて見守っていた。

 ヘスティアのおかげで今までも商店街では皆によくしてもらっていたが、商店街を利用する冒険者やギルド局員もいるせいか、最近バベルやダンジョンの入口でもスズのことを見守る冒険者が出て来たような気がする。

 

 スズはベルがひいき目に見なくてもヘスティアと同様に……幼い女神のように可愛らしい容姿なのに加え、そんな子が人懐っこく接してくれるということがここ半月でずいぶんと知れ渡ってきた様子だ。

 

 過保護なヘスティアではないが、スズが怯えて逃げ出してしまったこともあったためベルも最近少し周りの目が気になってきた。

 一昨日なんて買い物をするベルとスズを見ながら『爆発しろ』などと物騒なことをひそひそと話している男神達がいた。

 物騒な発言を不安に感じたベルはスズが寝静まった頃合を見計らってヘスティアにそれを相談してみると、ヘスティアは呆れたようにため息をついて、それは実害のない神々の用語だから気にするなと説明してくれた。

 

 

 可愛いスズと仲良くしている姿が羨ましかっただけで、そう呟いているだけなら害をなすつもりは全くないらしい。神様用語は難解である。

 

 

「ベル……どうしよう」

 くいくいと突然スズがベルの袖を引っ張て来たので見てみると、スズが自分のバックの中身を見て青ざめた顔をしていた。

 

 家宝である剣は無事戻ってきたし、バックには魔石くらいしか入っていなかったはずだ。

 バック自体も特に思い入れのある品ではないのか戦闘になる度に投げ捨て、破れた個所はホームで補修するの繰り返しだったから破れていてもこんな顔はしないはずである。

 破れたところから魔石が零れ落ちたのかな、と思ったがミノタウロスに遭遇して途中撤退した今日の稼ぎは一五〇〇ヴァリスくらいで、悲しいは悲しいがここまでショックを受けたような顔はしないはずである。

 

「どうしたのスズ。何か大切な物いれてたの?」

 ベルはその理由を確かめるためにスズが覗き込んでいるバックを自分も覗き込んでみた。

 

 中には今日稼いだ分の魔石と、見覚えのないボトルが一本入っている。

 

「これ……多分万能薬(エリクサー)だよ。少なくともボトルに【ディアンケヒト・ファミリア】のエンブレムが描かれてるから……高級品だよ。きっと第一級冒険者が使うお薬なんだよね、これ。……たしか【ミアハ・ファミリア】の高等回復薬(ハイ・ポーション)でも何万ヴァリスかしたよね……。それ、何本分なんだろ……。何十本分? 借金も返済できて余裕ができてきたと思ったのに……」

 

 そんなポケットの中の家計簿手帳と睨めっこしながら放たれたスズの言葉にベルの顔もみるみる内に青ざめた。

 おそらく傷ついてしまったスズを治してあげたいと思って入れてくれたのだろう。

 それはベルもスズも理解できている。

 単純な好意なんだと理解できているが、駆け出し冒険者では決して手が届かない禁断の秘薬を前に思わず立ちくらみが起きてしまう。

 

 ヘスティアがここに居れば間違いなく「使おう!」と即答してくれるし、好意でもらったのだから使わないと失礼だし、傷を直で見ていないから何とも言えないが、あのスズが「まだ痛むけど」なんて言うくらいなのだからきっと全然大丈夫でない痛さをスズは我慢している可能性だってある。

 

 使うべきだとベルも思う。

 思うけど、ミノタウロスの時とはまた違った恐怖が目の前の薬からは感じられた。

 『冒険者は冒険しちゃいけない』というエイナの言葉がスズとベルの頭に浮かび上がり、同時に顔を見合わせて頷く。

 

 

 

 

 

 

 ――――常識人のエイナさんに相談しよう。

 

 

 

 

 

 

 無言のまま意思疎通をして二人でまっすぐギルド本部に戻ってエイナに相談することにした。

 少なくともエイナが許可してくれれば安心できる。

 とにかく誰かから使っても大丈夫だよと言ってもらわなければ、とてもではないがこんな高級な薬を使うことは出来ない。

 

 受付のギルド局員に事務仕事をしているであろうエイナを呼んでもらう。

 昼頃は冒険者はほとんどダンジョンに潜っているのでギルド局員もそこまで忙しくはないので、受付からギルド局員が「エイナー。担当してる可愛い兄妹ちゃんがまたきてくれたよー。スズちゃんが用があるって!!」と声を掛けるだけですぐにエイナがやってきてくれた。

 

「どうしたのスズちゃん。もしかして壊れた装備の代わりを探したいのかな?」

 笑顔でスズに視線を合わせてくれるエイナの質問にスズは小さく首を振る。

「アイズさんがダンジョンでバック拾ってくれてギルドに届けてくれたんですけど」

「よかったじゃない。ヴァレンシュタイン氏に会ったらまたお礼を言わないとね。あ、もしかして、お礼を言うための場が欲しいのかな?」

「そうしたらバックに、これが入ってたんです」

 スズがバックからボトルを取り出して、それをエイナに見せるとエイナが笑顔のまま固まった。

 

「これ、万能薬(エリクサー)ですよね。【ディアンケヒト・ファミリア】の。こんな高級なもの使うの怖くて、その、エイナさん相談したいなって」

「できればスズのケガがまだ完全に治ってないから、使わせてあげたいんですけど、どうしたらいいでしょうか」

 エイナは少し困った顔をして腰を上げる。

 

 高等回復薬(ハイ・ポーション)ならきっと笑顔で使っても大丈夫なのよと言ってあげられたが、物がものである。

 それでもエイナは担当になったベルやスズのことが好きだし、ギルドのアドバイザーとしてのプライドだってある。

 

 外道なアドバイスをするのなら、万能薬(エリクサー)を売ったお金で高等回復薬(ハイ・ポーション)を購入する。

 完全にお得な選択だが、人の好意を踏みにじり人の足を踏み外した行為なので却下。

 何よりも駆け出しの冒険者が万能薬(エリクサー)を売ったらすぐ足がついて、なぜ所持していたかを調べ上げられ【ロキ・ファミリア】の好意を蹴り飛ばしたと大問題になるから、そもそもアドバイスでもなんでもなくただ奈落の底に突き落とすだけの行為だ。

 

 

 そう先に絶対やってはいけないことを考えると、普通に使うことが一番だと納得できる。

 うん、一番安全で妥当だ。

 

 

「高いものを貰って怖いのはわかるけど、ヴァレンシュタイン氏のご好意をしっかり受け取ってあげて。それで次会った時、万能薬(エリクサー)のこともお礼を言ってあげるのが一番いいんじゃないかな。少なくとも私がヴァレンシュタイン氏だったら、遠慮なく使ってケガを治してもらいたいって思うな」

 エイナがそうスズを安心させるように笑顔で頭を撫でたことで、スズは万能薬(エリクサー)を飲むことにした。

 

 スズは万能薬(エリクサー)を一口の飲んだ後、左腕を動かし、手のひらを開いたり閉じたりを繰り返す。

 

『エイナ……さん。開けたボトルは何日間持つ……ちますか? 薄めても大丈夫……ですか?』

 その瞬間だけ無理に敬語を使っているが明らかにスクハだった。

 

 体を借りてまでものすごく貧乏性なことを言っている。

 ただしそのことを自覚しているのか、それとも下手なスズの真似が恥ずかしいのか頬を赤めている。

 ずいぶん見ないうちに表情豊かになったものだと嬉しくなる反面、何言っちゃってるのこの子はとベルはツッコミを入れたくなってしまったが必死に我慢する。

 

回復薬(ポーション)程度の効果を期待したいなら、香りが抜けても大丈夫だと思うけど。そうね、憧れのヴァレンシュタイン氏からの贈り物なんだものね。無駄に一回で使い切らずに、取っておいても大丈夫よ」

「そうなんですか?」

「ええ。薄めるならそうね……。いつもスズちゃんが使ってる試験管なら半々でも大丈夫だけど、味がかなり落ちちゃうしそれはおすすめしないかな。なんだかもったいないし」

「そうですね。薄めるのは私もちょっともったいないかなって思います。一口分くらいを空の試験管に移して大切に使いますね。ありがとうございますエイナさん!」

 どこかおかしい会話になっているが、エイナもスズもそれを特に気にした様子はない。

 

 スクハの存在を知っていないとそんなものなのだろうか。

 スズとエイナはいつも通り笑顔で手を振って別れた。

 




気づいたら15000字を突破していたのでキリのいいところで分割しました。
次回スクハさんいじりが加速します?


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Chapter02『目標の決め方』

それぞれが目標を決めるお話。
若干の下ネタとスクハさんいじりご注意ください。


 バベルから外に出てまだ時間は昼の三時。ダンジョンに行くのも中途半端な時間というのもあるが、スズの防具はまだ修繕中でそもそもダンジョンに潜れない。

 

 どうしたものかと少し考えてから、ベルはスズの方を見る。

「ねぇ」

『何も言わないで。私ではどうしようもない『スズ・クラネル』の優先順位が周りに回って私にきただけよ。それともなに、貴方は本気で、今日の修理費や整備費が高かったとか、もうすぐオーブンを買うから少しでも失費を押さえたいとか、これでしばらく回復薬(ポーション)代が節約できるとか、そういった貧乏臭いことを私が考えていたと思っていたわけ? だとしたら――――』

 

「いや、僕はただスズに今日の晩ご飯のおかず今から買に行かないって、言おうとしただけなんだけど……その、えっと、ごめんスクハ」

 スクハからの返事もスズからの返事も返ってこない。

 

 特にベルに落ち度はないのだが、なんだかスクハにものすごく悪いことをしてしまった気がして申し訳なく思えた。

 

『帰る』

「あ、うん。えっと、またねスクハ」

『帰るッ!!』

 スクハはスズに引っ込む訳でもなく、ものすごい勢いでホームの方へ走り去ってしまった。

 まさか物理的に帰るとは思ってもみなくてベルは唖然としてしまうが、慌てて何かフォローをしてあげないととスクハを追いかけた。

 

 

 ベルがホームに戻っていた時にはクスハは布団をかぶって完全にふて寝しており、声を掛けても全く反応してくれない。

 どうしたらいいのかわからないから、とりあえずスクハの内に話しておきたいことを話しておこうとベルは思った。

 

「スクハ。髪飾り、気に入ってくれたかな?」

『……それなりに』

 返事を返してくれた。

 髪飾りがスクハへのプレゼントだということにも気づいてくれていたみたいでベルはほっとする。

 

「今日はせっかく時間稼いでくれたのに、期待に応えてあげられなくてごめん」

『戦闘前から風の気配は感じてたし、上々よ。私が稼いだ一分と貴方が放った一撃という時間が、アイズ・ヴァレンシュタインという冒険者を間に合わせた。できれば私一人で時間を稼ぎたかったけど、あそこが私の限界。『スズ・クラネル』が傷ついたのは私のせいであって貴方は十分よくやったわ。最後の最後で多少誤差が出て焦りはしたけどね』

 

「スクハは最初から……その、アイズ・ヴァレンシュタインさんが来るのわかっていたの?」

『『剣姫』が来るとは思っても見なかったけど、ダンジョン内で風を感じたからね。魔力を帯びた風の速度とエイナが食糧庫(パントリー)に近づかないようにと見せてくれた地図から照らし合わせて、あの場所で一分二〇秒持ちこたえれば助けが来るという確信はあったわ』

「それであの場所から引かずに戦ったんだ。やっぱりスクハはすごいね」

『三秒足りなくて焦ったけど、『剣姫』のおかげで助かったわ。あの攻撃速度は想定外よ。人間やめてるんじゃない?』

 スクハが体は少し機嫌を取り戻したのか体を起こす。

 

 そして何かを言おうか迷ったのか、少し組んだ手の指をあそばせて目をそらすが、軽くため息をついた後真っ直ぐとベルを見つめた。

 

『私が想定した残り三秒は、貴方が【英雄願望(アルゴノゥト)】でミノタウロスを仕留められなかったことに恐怖して、子兎のように逃げ回る時間だったのに……貴方ときたら。想定通り攻撃を外して無様だったけど、しっかり英雄してたわよ。少なくとも『私』と『スズ・クラネル』にとって、今日のベルの後ろ姿は英雄に見えた。だから『アイズ・ヴァレンシュタイン』なんて化け物を倒せるくらい強い英雄になりなさい。そうしないと私達の目が腐ってるように見られるじゃない』

 

 プイと最後の最後でスクハは目をそらした。

 おそらく今のはアイズより強くなってアイズを振り向かせてやれと激励してくれているのだろう。

 スズに加えてスクハまで応援してくれている。

 それがベルはとても嬉しかった。

 

 

§

 

 

 夕食後、いつも通りベルの【ステイタス】更新の後にスズの更新作業が始まる。

「まったく何が【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】だい。ボクやスズ君というものがありながらっ! そうとは思わないかいスクハ君!」

『そこで私に振るのやめてもらえないかしら。私が出てこなければスズに丸聞こえだし、あまり大声で叫ぶとベルに聞こえるわよ。わざわざ紙から文字を消していたし隠したいのではないの?』

 

「更新の度に話しかけるやめてくれないかしら、はもう言わないのかい?」

『……いい加減諦めたわ。で、そのフレーズからして『剣姫』への想いでも【スキル】化させてしまったのかしら? だとしたらまたあなたの自業自得としか言いようがないのだけれど』

「うっ……ボクはただ……有望そうな【経験値(エクセリア)】を見つけたから引き揚げただけで……」

 痛いところをついてくるスクハに思わずヘスティはたじろいでしまう。

 

 ここ最近【ステイタス】更新の度にヘスティアはスクハに特に用もなく話しかけている。

 それがスクハの心の傷を癒してくれると信じて頑張って努力したかいもあり、スクハは最近ずいぶんと色々な表情をしてくれるようになった。

 今も不愛想で乏しい表情だが、内心『ざまぁ』と笑う神々のようににやにやとしていることだろう。

 

『それで効果の方はどうなの。デメリットでもあったのかしら。『剣姫』に振られたら二度とたたなくなるとか? だとしたらそうね、さすがに同情してあげなければ可哀相かしら』

「君は純情なスズ君のどこからそういう知識を覚えてくるんだ。効果の方は、『早熟する』『懸想(おもい)が続く限り効果持続』『懸想(おもい)(たけ)により効果向上』の三つだね」

 

『ベルは足だけでなく、はやいのね』

「スクハ君。絶対にボクのこと、からかってるだろ。ボクはもう突っ込まないぞっ!」

『ええ。私、結構根に持つタイプだもの。それとヘスティア、処女神が突っ込むなんてはしたないわよ』

「はしたないのはどっちだっ!!」

『まあ、真面目な話に戻すけど、そうね……少なくとも『私』よりはよっぽど純粋で素晴らしい【スキル】ではないかしら。成長加速に加えて【英雄願望(アルゴノゥト)】だなんて、英雄になるために生まれたような組み合わせね。英雄に憧れて大切なものを守ろうと無理するであろうベルにとって、これほどいい【スキル】の組み合わせはないと私は思うわ。片思いし続けるだけでパワーアップなんて童貞男子の鑑だと思うのだけれど、貴女はそうは思わないのかしら?』

 

 本当にどこからこんな下品な知識をスズに与えずに仕入れてくるんだスクハはと呆れつつも、ヘスティア自身も【スキル】効果自体はスクハと同じ意見だ。

 童貞男子うんぬんを除いて。

 

「そりゃ優秀な【スキル】で嬉しいさ。祝ってあげたいさ。でもなんでよりによって相手が【ロキ・ファミリア】のヴァレンなにがしなんだい!? ボクやスズ君じゃダメなのかい!?」

『大切な家族として見てるのでしょうね。『スズ・クラネル』は……まあ納得はしてくれてるんだし、一夫多妻も英雄の特権とヘスティアは二号でも目指しなさい』

「一番じゃなきゃやなんだよぅ!! なんでよりによって【ロキ・ファミリア】なんだよぅ!! なんでスズ君じゃないんだよぅ!! ベル君ボクを置いていかないでおくれぇっ!!」

 

『言ってること滅茶苦茶よ。ま、置いて行かれることはないでしょ。子兎に見えて心が強くて大切な物は欲張って離さないし。それとヘスティア。そろそろ更新を始めるか、服を返すかしてもらいたいのだけれど』

「わかったよ。……それで、スクハ君、君自身はどう思っているんだい、ベル君のこと」

『なにを言ってるの。私には貴女の言っている言葉の意味が理解できないわ』

 

 そんなことを言いながらスクハが顔を覆い隠すように枕に顔をうずくめる。

 いつもながらからかわれると弱い子だな、と知識だけあって無理に背伸びしているだけのいじっぱりな子供であるスクハの様子に頬を緩ませながら、ヘスティアはスズの【経験値(エクセリア)】を引き出す。

 

 

 

 スズ・クラネル LV.1 ヒューマン

力:i 68⇒79  耐久:h 109⇒161 器用:i 98⇒h147

敏捷:i 36⇒37 魔力:g 239⇒h186

 

 

 

「やけに上がったね。今度はなにをしたんだい?」

『ミノタウロスに襲われたところを『剣姫』に助けられたって言ったでしょ。一分間ミノタウロスの攻撃を正面から受け流してたわ』

 

「ぶうううううううううううううううううううううううううううううっ!!」

 予想外すぎる言葉でヘスティアは思いっきり吹き出しドアが三度ノックされる。

「何かあったの!?」

『私がヘスティアと話をしているだけよ。私の裸まで見たいんだったらそのままドアを開けてもいいけれど、その時は男に生まれたことを後悔する覚悟で挑むことね』

「スクハが……? もしかして毎日スズの更新が長いのって」

『ヘスティアの無駄話に付き合わされてるだけ。いいからドアから離れなさい。乙女の会話に聞き耳なんて立てないように、いいわね?』

 

「わ、わかった。でも次から僕もスクハとお話ししたいな~なんて」

『いいからドアから離れなさい。それとも何、鍵穴から私の裸でも覗いているの? だとしたら私は貴方のこと見損なってしまうのだけれど……』

「そ、そ、そんなことしてないよ!! 上で待ってるから更新終わったらまた!!」

 相当慌てて駆け上がっていったのだろう、階段を駆け上がる音が地下室の部屋にまで響いてきた。

 

「すまないスクハ君。でもベル君の言う通り、本当はボクも三人で家族団欒したいと思ってるんだけど」

『背中に居座られて脅迫されてるから付き合ってるだけよ。そういう時間は『スズ・クラネル』に割いてあげなさい』

 相変わらずこうやって【ステイタス】の更新で逃げられないように確保した状態で、スズに自分の存在を知らせないためにしかスクハは出てきてくれない。

 

 会話自体はしっかり楽しんでくれているはずなのに頑固でいじっぱりなところだけは変わってはくれない。

 

「ミノタウロスに襲われたって聞いただけでボクの心臓は止まりかけたっていうのに……でもそういう【スキル】だから仕方ないか」

『ええ。『スズ・クラネル』の時も『私』の時も、大切な者共々生きて帰ることを優先しているから、緊急時は適した方が表に出ているだけで、生き残ることを最優先した結果がこれなんだから仕方ないでしょ。でもまあ、再び異常事態(イレギュラー)が起きても必ず『私』が二人を連れて帰るから安心しなさい』

 

「穏便に頼むよ。ボクの心臓のためにも」

『私が表に出てる時点でそんな言葉はあきらめなさい。だから今後一切話しかけないでもらえると助かるのだけれど……。お人好しな貴女達には無理な相談ね。知られたからにはベルも話しかけてきそうだし、憂鬱だわ』

 スクハが大きくため息をついた。

 

 ベルに毎日話していることを知られてしまったのは本当に悪いと思っているので許してもらいたい。

 

『そういえば、スズも『剣姫』にずいぶん憧れを抱いていたみたいだけど』

「なぬぅ!?」

 慌てて【スキル】欄やそれっぽい【スキル】が発現しそうな【経験値(エクセリア)】を探すが見当たらない。

 

『【スキル】にはなっていないわ。せいぜい蓄積魔力が少し回復してくれたくらいよ』

「君、またボクのことからかっただろう。って、わ、わ、わあああああああっ!!」

『なによ藪から棒に叫んで』

「第三の唄作ったの君だろ!? なんて名前つけてるんだ!!」

『あら、トールハンマーはお嫌い? 短詠唱ではこれ以上ないってくらい威力を発揮するよう上手く術式を組んだつもりなんだけれど』

 

「目立つだろ【ミョルニル・ソルガ】なんて名前!! スズ君が他の神に目をつけられたらどうするんだい!?」

『それはもうあきらめなさい。愛でる対象としてだけどもう充分目立っているから。まったく、ここにはロリコンしかいないのかしら?』

「だから君はどこからそういう言葉を仕入れてくるんだい……まったく」

 最近のスクハはヘスティアを突っ込み疲れさせてさっさと更新を終わらせようとずっとこの調子だ。

 

 たまに自爆して自分で言った言葉に自分で恥ずかしがることもあるが、四六時中ベルかヘスティアと一緒にいるはずのスズからどうやってこれらのいかがわしい言葉や天界用語を仕入れているのか不思議でならなかった。

 

『それで、まだ一番重要なところに気付いてくれないのかしら。さすがにこれ以上気づいてくれないと、私から真面目に話しを振らなければならなくなるわ。貴女『スズ・クラネル』の主神であり母親代わりをしてあげているのだから気づいてあげなさい』

 久々に、スクハが神威をまとった神と同じような、冷たく人間らしさのない声で話した。

 

 気づいてあげなければならないこと、その言葉にもう一度更新したスズの【ステイタス】を見る。

 

 

 スズ・クラネル LV.1 ヒューマン

力:i 68⇒79  耐久:h 109⇒161 器用:i 98⇒h147

敏捷:i 36⇒37 魔力:g 239⇒h186

 

 

「どういうことだよ、これは」

『見ての通りよ』

「だって君はさっき」

『私は増えたとは一言も言っていないわ。蓄積魔力が少し回復したくらい、と言ったのよ』

 ヘスティアはスクハの言葉にもう一度、何かの間違いであってほしいと、魔力の更新履歴を見た。

 

 

 魔力:g 239⇒h186

 

 

 魔力は53ポイント下がっていた。

『『スズ・クラネル』は愛情を注がれると、他者から幸せを与えられると【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】の効果で蓄積魔力量が増えて、一定値を超えるとそれが【基本アビリティ】にまで影響を及ぼすわ。幸せいっぱいのビン一本溜まると固定値10増えると適当に考えてもらえばいい。それが今日、大量に割れた。ベルのことを英雄のように感じた気持ちも、お姫様抱っこをされたのが嬉しくてドキドキしていた気持ちも、『剣姫』に憧れを抱いた気持ちも、そんな『剣姫』から気遣いされて万能薬(エリクサー)をもらえた嬉しさも、それらでは追いつかないほどに大量の幸せのビンが割れたの。幸せなんて溜めるのは難しいけど、失うのは本当に一瞬ね。些細なことで簡単に壊れてしまう。『大好きな兄が遠くに行ってしまう』と思っただけで、もろいものよね。もう本人は気にせずケロっとしているけど、こうも簡単に割れるとこの先不安にもなってくるわ。下手に数値化されている分、見える側としてはとても辛い。ベルと『剣姫』が付き合っても、貴方とベルが付き合っても、ビンに幸せは満たされていくけど、寂しさを感じさせないように気を付けてあげて。これだけは私が受け持ってあげられないから』

 

 

 

【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】

・愛情を求めている。

・愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える。

・親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る。

 

 

 

 愛情をいっぱい注いであげても、少し不安を抱くだけで一気に零れ落ちてしまう。

 ヘスティアが最初に考察した通りの効果であるものの、スクハの言う通り数値としてはっきり表れてしまうと、それをはっきりと突きつけられてしまっている分そのショックは大きい。

 

『貴女は『スズ・クラネル』に【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】の効果を説明しているから、たぶんだけど、いえ、確実に自分の魔力が減ってると思っているはずよ。『スズ・クラネル』は無駄に聡い子だから。だから私が眠ったら正直に魔力のことを話しなさい。ベルはしっかり戻ってきてくれたし、お姫様抱っこしてくれたし、『剣姫』を好きになってもベルはベルのままだって安心したし、お姫様様抱っこしてくれたし、その『剣姫』自体に憧れを抱いたし、また同じようなことが起きても幸せのビンが割れることはないと思うから、貴女はいつも通りの貴女でまたビンを満たしてあげればいい。簡単な話よ』

 

「スクハ君、もしかして君も嬉しかったのかい? ベル君にお姫様抱っこされたの」

『……その調子で話しかけてあげればいいのよ。今のはわざとだから。わざと二回言ったのよ。これでも貴女を元気付けるために気を利かせてあげたのよ?』

 よほどそれが嬉しかったのか、それとも単純に言い間違えたのか、スクハは二度もお姫様抱っこをしてもらったことを語ってしまい、また恥ずかしさにボフっと枕に顔をうずくめてしまったので、頭を撫でて慰めてあげようとしたら、ばしんと手で払われてしまう。

 

『寝るわ』

「ああ。また明日スクハ君」

『これだからお人好しは嫌いなのよ』

 そんな最近日課になりつつあるやり取りでスクハが眠りにつき、スズが目を覚ます。

 

 スズが【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】の効果で蓄積魔力量が減ってしまったのは、数値の問題ではなく心が痛いが、減っても減った以上に絶対に幸せにしてあげる。

「スズ君、更新終わったよ」

「はい。その……結果はどうでしたか?」

 溜まりにくいとしても、一度に減る量の方が多かったとしても、絶対に限界値であるSにしてみせる。

 

「写した【ステイタス】を見てごらん」

「結構伸びましたけど…やっぱり魔力減っちゃいましたか。十分幸せなのにな、私……」

「人間ショックなこと一つや二つくらいあるものさ! 気にせずまた幸せ溜めようぜスズ君。一度のショックで50落としたくらいなんだい。明日また50取り戻すほど幸せになればいいんだ。一度に100幸せになったっていいんだよ」

 ぐっと親指を立ててあげる。

 

「そんなによくして下さらなくても、いつも通りで大丈夫ですよ。私は十分幸せですから」

「幸せに十分なんてないんだぜ、スズ君。いつも通りの生活でも、ふと目を向ければたくさんの幸せが転がってるんだ。だから、幸せは両手からこぼれるくらい拾ってもバチなんてあたりはしないんだよ。難しく考えずにいて大丈夫さ。ボクとベル君と一緒に暮らす日々だけで十分と思うくらいに幸せを感じられるなら、気づいた時には400、500にもなってるんだから。スズ君、君はいつも通りにしていればいいんだ。特別でなくても幸せはたくさんやってきてくれること、ボクがゆっくり教えてあげるからさ」

 

 いつも通りに優しく頭を撫でてあげるだけで、スズは幸せを感じてくれる。

 スズの作ったご飯を美味しいって言ってあげるだけでスズは幸せを感じてくれる。

 だから50なんて数字は大したことはない。

 

「いつも通り?」

「そうさ。特別なんてなくったって零れ落ちるくらいの幸せを与えてあげられること、ボクが証明してあげるから、また大船に乗ったつもりでいておくれよ」

「そう、ですね。本当に毎日が幸せなら、一日くらい減っても問題ないのに……それに気づかなかったんだ、私。もうたくさんたくさん幸せあるのに、不安になることなんてなにもないはずなのに。神様やベルだけでなく、商店街のみんなからもたくさんたくさんたくさん愛情もらってるのに、十分だと決めつけて、やっぱりこれ以上幸せを求めるのは罰当たりなんだって十分だって自分からラインを引いて……」

 

 

 

 

 

「私、これ以上、幸せになってもいいのでしょうか?」

 

 

 

 

 頭で理解できていても、スズは恐る恐るそんなことを聞いてきてしまう。

 幸せなんて人の感じ方次第だ。

 十分なんて思っている内はどこか遠慮して、きっとたくさんの幸せに埋もれていてもそれに気づけない。

 気づけても十分だからと拾わない。

 

「当り前さ。ボクのスズ君への愛情は無限大なんだから、受け取ってもらえないと行き場をなくしたボクの愛情で世界が押しつぶされてしまうよ。そうならないためにも頑張って受け取っておくれ。何度だって言う。スズ君やベル君が幸せならボクは幸せなんだよ。十分なんかで満足されたらボクが困るんだ」

 だからヘスティアは、いつも通りに接しながら、スズにそのことを気づかせてあげて、幸せに限界なんてないんだということを証明するためにも、スズの魔力を限界値である999以上にしてあげることを新たな目標にした。

 

「だから、さっそくだけどスズ君。今日は家族としてものすごく幸せな寝方を教えてあげるよ」

「寝方、ですか?」

「そうさ!! いいかいスズ君――――――」

 ごにょごにょと耳元でささやくヘスティアの提案にスズは顔を赤めるも、家族としては普通のことだと納得し、さらに顔を上気させながらも無言のまま頷く。

 

 スズはヘスティアの期待に応えるために、今夜ヘスティアと共にそれをお試しで決行してみることした。

 

 




なんだかんだであれから毎日ヘスティア様とスクハはなんでもない会話のドッチボールをしていた模様。


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Chapter03『甘え方(初級編)』

ベルに頑張って甘えてみるお話。

【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】

 【注意】
例えば『黒くて硬いヘスティアナイフ』などのお下品でおバカなネタが嫌いな方は
ご注意下さい。この話にはそんなおバカな成分が含まれております。

【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】


 温かいぬくもりを感じながらベルは穏やかな目覚めをすることができた。

 

 毛布以外の温かく柔らかい何かが体全身を包んでいるような感覚がして、うっすらと少し寝ぼけた眼差しでその暖かさに目を向けると、スズがベルの胸に顔を埋めるように密着して穏やかに眠っていた。

 

 とても柔らかく温かいスズの体に、スズが実家から持ち込んで毎日清潔さを保つために使っているシャンプーの心地よい香りに、もぞりと少し動いて「んっ」と声を漏らすスズに、それを抱き枕のように抱きしめてしまっている自分自身に、ベルの鼓動は一瞬だけ高まりぎょっとしてしまうが、すぐに「寝ぼけちゃったのかな」と微笑ましくも苦笑する。

 

 時刻はまだぎりぎり五時を周っておらず、五感が鋭いスズを起こさずに抜け出すのは至難の業だ。

 下手に動いて起こしてしまうのは心苦しいしどうしたものか。

 まだ幼くベルにとっては妹であるスズだが、その可愛さは神様達や商店街の皆にお墨付きで、男としても兄としても母性本能を持った人にとしても最高級の抱き枕であり、もう少しだけ堪能してもいいよね、とついつい思ってしまう。

 

 甘える猫のようにベルの胸に頬を幸せそうにこすりつけるスズの寝顔に思わず頬が緩む。

 

 しかし、別の異変がベルの背中を襲った。

 いや、正確には気づいてしまった。

 ものすごく柔らかく温かいものが背中に当たっている。

 後ろからもなんか「んっ」と小さく身じろぎしている存在がいる。

 そしていつもの少し固いソファーの感覚が一切しない。

 温もりはない個所すらふかふかだった。

 

 

 ベルの顔が一気に青ざめる。

 まるで天国行きだったのを神の八つ当たりで理不尽にも地獄へ叩き込まれたかのような絶望感。

 自分の眠っているところを横目でちらりと確認してみると、そこはいつもベルが寝床に使っているソファーではなく、ヘスティアとスズがいつも使っているベッドの上だった。

 

 もしかしなくても寝ぼけていたのは自分ではないのだろうかと冷や汗が止まらない。

 

 誰にでも甘えるスズだが、女の子としての羞恥心はしっかり持っている。

 兄とはいえ目が覚めたら自分のベッドに異性が眠っていたら、抱きしめられていたらなんて思うだろうか。

 

 

 「お兄ちゃんキモイ」なんてスズの口調でもスクハの口調でもない変な電波がベルの脳内に駆け巡る。

 

 

 スズを起こさずに速やかにここから抜け出さなくてはならない。嫌われることは……多分、きっと、優しいスズのことだからないと思うが、間違いなく多少なりとも幻滅されてしまう。

 いい兄であり続けたいベルは自分の持てる【基本アビリティ】や、やや乏しい頭脳をフル稼働させて考える。

 

 

 勇気を持って行動しようと【英雄願望(アルゴノゥト)】も発動させてみるが、手足に光粒が集まって隠密性能上昇などの効果が起こる様子もなく、この状況で絶対に熱くなってはならない個所に光が集まっていく。違うそこじゃない!

 

 

 下半身股関節中心に光粒が集中しているところなんて見られた日には誤解を通り越して、危険人物としてしか見られない。

 少なくともベルはそんな人間を見たらまず間違いなくスズを近づかせない。

 光粒を集めたそれで一体ナニする気だよ、倫理観と立ち向かう勇気なんていらないよ、と自分で自分にツッコミを入れながら慌てて【英雄願望(アルゴノゥト)】をキャンセルする。

 

 断じて妹に性欲なんて感じていない、断じて背中に当たる神様の殺人兵器に性欲なんて恐れ多いことは感じていない。久々に自分に呪文を唱え続けて煩悩を消し去る。

 

「……ベル……おはよう……」

 むくりと目を軽くこすりながらスズが起きてしまった。

 光粒が集まっているところを目撃されなかったことは不幸中の幸いだがピンチに変わりはない。

 

 【英雄願望(アルゴノゥト)】も役に立たない。

 いや、起ったけど勃ってはけないところしか発動してくれなかった。

 そんな勇気は奮い立たなくていいし、そんな行動を起こそうとしたわけでは断じてない。

 

「びっくりさせてごめんね……。えっとね、神様がね、家族で川の字で寝たら……怖いのも忘れて安心できるよって、それでベルが寝てから私が運んだの。ベル恥ずかしがり屋だから絶対に一緒に寝てくれないし、ベルと寝るの恥ずかしかったけど、その、神様の言う通りすごく安心できて……」

 

 そうスズがもじもじと顔を上気させながら説明してくれた。

 どうやらベルが寝ぼけて迷い込んだのではなく、ヘスティアが提案してスズが実行したらしい。

 ミノタウロスとの遭遇で怖い思いをしたので、きっと不安で温もりが欲しかったのだろう。

 

「その……えっと……や、だったかな。ごめんね、私の勝手な都合でびっくりさせちゃって……」

「びっくりしたし恥ずかしかったけど、嫌じゃなかったよ。スズの温もりを感じてたおかげでいつもよりすっきり目が覚められたし」

 そんなスズの姿を見たら、自然と兄として振る舞ってあげられた。

 

「じゃあ、えっと……毎日みんなで寝るのは――――」

「それはちょっと僕の気がめいっちゃうかも。恥ずかしすぎて」

「だよね。私だってすごく恥ずかしかったから。でも、ベルと一緒に寝れて、三人で一緒に寝れて、それをベルが嫌じゃないって知って、すごく嬉しかったよ」

 スズが顔を真っ赤にさせながらも幸せそうに笑ってくれる。

 

 それがいつもながら嬉しく思えた。

 なのにふと上半身を起こして幸せそうな笑顔の下、首元の下、鎖骨の下に目が行ってしまう。

 スズの寝巻が着くずれしていて、上のボタンが数個とれて大平原の出っ張りが見えそうで見えないラインまで寝巻がはだけてしまっている。

 当の本人はそれに全く気付いていない。

 教えてあげるべきだろうが、このスズの幸せな気分を羞恥心で壊していいものだろうか。

 

 そう思うとベルの行動は早かった。

 飛び跳ねるかのように危険地帯であったベッドから離脱して慌ただしくダンジョンに行く準備を整え始める。

 

「まだ朝ご飯も食べてないよ?」

「あ、アイズ・ヴァレンシュタインさんに手が届くように、が、頑張りたいんだよ!」

「そっか。そうだね。私もアイズさんみたいになれるよう頑張りたいし、少しだけダンジョンに潜って、その後朝ごはんにしよっか。私も準備するから外で待っててね」

「うん。待ってるから! 慌てて準備しなくても外で待ってるから、急がなくても大丈夫だから!!」

 それらしい理由を並べて即全力逃走。

 

 多分指摘しなければ自分の服がはだけていたことにスズは気にせずに、幸せな気分のままダンジョンの準備をしてくれるだろう。スズは意識すれば恥ずかしがるけど、意識するまでは不用心にもそういったことに無警戒なのだ。ヘスティアが心配する気持ちがすごくベルにもわかるくらい無警戒で純粋無垢な少女なのだ。

 

 しばらく待っていると最低限の身だしなみを整えて、ダンジョンに行く準備を整えたスズが「おまたせ」とドアを開けて、祭壇のところで待っているベルのところまで小走りで駆け上がりリンリンと鈴を鳴らす。

 

「神様がいってらっしゃいだって。それと張り切るのはいいけど無理しないようにって」

「頑張るのと無理するのは違うからね。今日も張り切って行こうか」

「うん! そろそろ新しい防具も買い換えないといけなさそうだし、その為にも頑張らないとね」

 スズの防具は左小手のついていないプレートメイルと、簡単な整備で左手部分を無理やり補強されたチェインメイル。プレートメイルの他の箇所もところどころ簡易整備ではどうしようもできない傷が目立ってきており、家宝の盾はミノタウロスの蹴りでへこんで……。

 

「あれ、盾直ってる?」

「うん。不壊属性はついてないけど、生きているから、核が壊れない限りその内直ってくれるんだよ。コートやリボンと同じで強い家庭の味方なんだよ? 剣は大きさが足りなくて調理道具には使えないけど、盾は漬物石だけじゃなくて、勝手に綺麗になってくれるからどこでも皿にもなってくれるし、熱すれば蓋にも鉄板にもなってくれるんだ。支え棒があれば小さな小鍋としても使えるかな? 量つくれないから鍋として使っているところは見たことないけど」

 

 新品同様に煌めく盾が今までどんな使われ方をしてきたのかだいたい察することができた。

 確かに【無駄にすごい家庭セット】である。

 

「でも固い盾や強い武器も必要だね。ミノタウロス相手に全く通用しなかったし…。お金がまた貯まったらエイナさんに相談してみようね」

「そうだね。いつまでも支給品っていうのもなんだし……。その為にも今は行けるところで稼がないと―――――」

 いつも通り話しながら冒険者通りを歩いていると、ふとベルは視線を感じた気がして足を止めた。

 

 それに合わせてスズも立ち止まり、ベルを見上げて首をかしげている。

 ある程度気配を読むなんて立派なことができるスズが気づかないからベルの気のせいだろうか。

 

 でも妙に気になるというか、ざわつくというか、うまく言葉に出来ないような視線を感じてしまったため、ベルは過剰にどこから視線を感じたのかを探すために辺りを見回す。

 

 周りに異常はない。

 むしろ異常なのは急に立ち止まり周りをきょろきょろとしていたベルくらいだ。

 

「あの……」

 不意な声に大げさにベルは後ろを振り向いてしまうと、そこには近くのカフェテラスを準備している途中でベルを行動に不審に思ったのか心配したのか、とにかくどこから見てもただの一般人である給仕服だと思われる服を着た少女が、大げさに振り向いたベルに驚きを隠せぬ表情で固まってしまっていた。

 

「おどかしたらダメだよベル。すみません、なんだか視線を感じた気がして、冒険者のくせで、その、ベルは条件反射で警戒してただけで悪気はなかったんですッ」

「ごめんなさいっ!! ちょっとびっくりしちゃって!!」

「い、いえ、こちらこそ脅かしてしまって……」

 慌ててスズがフォローを入れ、ベルも謝ると、話しかけてきたベルよりも少し年が上くらいの少女もまた頭をさげてきて、ベルは一般人を脅かしてしまったことを余計に申し訳なく思った。

 

「え、えっと、僕に何か?」

「あ……はい。これ、落としましたよ」

 少女が見せたのはほんの小さな魔石の欠片だった。

 

 魔石は全てスズのバックに入れていて滅多に持ち歩かないが、倒した魔物が多い時は一時的に自分の腰巾着に回収する。たまにバックを拾いに戻っているスズに腰巾着に入れていた魔石の欠片を渡し忘ることが何度かあった。

 昨日はミノタウロスと遭遇して心に余裕なんてなかったので、おそらく存在自体を忘れていた魔石の欠片が腰巾着からこぼれてしまったのだろう。

 

「す、すみません。ありがとうございます!」

「いえ、お気になさらないでください」

 少女は笑顔でそう答えた後に、その様子をじっと見守るスズの頭を「大好きなお兄さんが怖い人だって誤解されたら嫌だもんね。お兄さんをかばうなんて偉い偉い」と撫でてあげている。

 スズはそれを嬉しそうに受けれていた。

 

 どうやっているかはわからないが、スズはいい人にしか自分から近づかずに、見るからにガラの悪かったり、怪しかったりする人には話しかけない。

 前に震えながら走り出してしまったジャガ丸くんの露店での出来事のようなことはもう起こっていないが、よこしまな思考に敏感なのか、セクハラ目的で近づく客や神に対しては猫のように触られる前に逃げてしまう。

 

 おそらくこれはスクハがスズのことを思って避けているのだろう。

 

 そんなスクハの敏感な謎センサーがこの少女には働いていないので、本当にただの一般人なのだ。

 善意で魔石の欠片を届けてくれたのに脅かしてしまったことが本当に申し訳なく感じてしまう。

 

「こんな朝早くからダンジョンへ行かれるんですか?」

「はい。目標にしている人が出来たので、えっと、頑張っちゃおうかな、なんて」

 妹の胸が見えそうで慌てて飛び出したなんて言える訳もなく、ダンジョンへ行く動機も間違っていないのでそう話のお茶を濁そうと笑って見せると同時に、ぐぅとベルの腹の虫が鳴いた。

 

 実に閉まりのない絶妙なタイミングで鳴いたので恥ずかしさのあまりベルの顔は真っ赤に染まった。

 いつも起きたらスズの手料理が食べられる幸せな生活に慣れすぎていたせいもあり、腹の虫が食事はまだかまだかと訴えているのだろう。

 

「ベル、やっぱり朝ごはん食べてから行こう。食べないと元気でないよ?」

「ふふふ、お兄さんが張り切りすぎちゃったのね。ちょっと待ってて」

 少女はそうスズに言った後ベルに笑顔を見せてパタパタと小走りで店の中に入っていき、小さなバスケットを持って戻ってくる。

 そのバスケットの中には小さ目なパンが二つとチーズが入っているのが見えた。

 

「これよかったら妹さんと二人で食べてください。まだお店がやっていなくて、賄いじゃあないんですけど……」

「そんな悪いですよ! これって貴女の朝ごはんじゃあっ」

 そこでまたぐぅとベルの腹の虫が鳴った。

 腹の虫が正直すぎるせいで少女と一緒にスズまでもがくすくすと笑ってしまう。

 

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから冒険者さん、妹さんのお腹のことも考えて、どうか受け取ってくれませんか?」

「ず、ずるいっ……」

 そんな眩しい笑顔で、そんな殺し文句で、さらにスズのことまで引き合いに出されては断れるわけもない。

 少女はスズの頭を優しく撫でながら「お兄さんのお腹の虫さん退治しないと怪物も退治できないよね?」とスズに同意を求めているあたりかなりずるい。

 

「すみません、お姉さんの分なのに、いただいちゃって……」

 スズがバスケットを受け取って、ぺこりと申し訳なさそうに少女に頭をさげた。

 それなのにベルの腹の虫は相変わらず鳴いているのだから、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 その音とベルの真っ赤に染まる表情を見て、やっぱり食べて出てくればよかったねとスズに苦笑されてしまったのがさらに恥ずかしく感じてしまう。

 腹の虫が鳴りやまないかぎり恥ずかしさの無限ループは続くことだろう。

 そんな様子を見て、また少女がくすくすと笑う。

 

「子供なんだから遠慮しないで。それにこれは利害の一致でもあるのよ?」

 パンを貰うだけなのに利害の一致とはどういうことだろうと、ベルとスズは顔を見合わせた後に首をかしげる。

 なんでもここでベル達に自分の食事を分けてあげる代わりに、夜は少女が働いている酒場『豊饒の女主人』という店で少し奮発して夕食をたべてもらい、自分の支給を少しでもあげて欲しいというたくらみがあるから遠慮なさらずにとのことらしい。

 そう少女は少しいたずらっぽく笑っていた。

 

「それに妹さん可愛いから、少しお手伝いしてもらいたいってのも本音かな」

 少女がスズを撫でたままベルの方に顔を向ける。

「えっと、変なお店とかじゃ、その、ないですよね?」

「安心して下さい。冒険者さんが心配するような、おさわりできるお店じゃありませんよ。給仕服を着て、お兄さんと一緒にご飯食べながら「いらっしゃいませ」って言ってくれるだけでいいの。きっとお客さんも妹さんに癒されてたくさんご注文してくれると思うんですよ。そうしたら私の今日のお給金は、高くなること間違いなしなんですから」

 今度はスズの目線に合わせて「ダメ?」と聞いてくる。

 

 中々に子供の扱いも客引きも上手い少女の対応に、にこにこと笑う少女の笑顔に、ベルは完全にペースを持っていかれ、この短期間でずいぶんと少女との距離が縮まった気がしたのはきっと気のせいではないだろう。

 この少女、きっとものすごく商売上手な子なんだろうなと思わずベルは内心苦笑してしまった。

 

「私はお手伝いしても大丈夫ですよ。少し雑な接客でよろしければ私にもできますし、それにオラリオに来てから大きなお店で外食はまだないし、ちょっと興味あるかなって……ベル、いい?」

「スズがいいなら僕も賛成かな」

 そう言ってあげるとスズも少女も嬉しそうに笑ってくれた。

 

「それでは今晩お手伝いしに行きますね。私はスズ・クラネルです。朝ごはんのパンなのに、分けてくださりありがとうございました。美味しくいただきますね!」

「気にしないで。お店のお手伝いを引き受けてくれてありがとうスズちゃん。私はシル・フローヴァ。冒険者さんは?」

「僕はベル・クラネルです。お礼になるかはわかりませんが、今日の夜に伺わせてもらいます」

「はい。お待ちしてますね」

 しっかり自己紹介も終えて、スズが笑顔で大きく手を振るのに対して、「待ってるね」とシルは笑顔で手を振り返す。

 

 小さな子ども扱いに手馴れている感じがしているし、パンのことといい、ちゃっかりしてるけどシルは心優しい少女なんだなとベルは感じた。

 なのでスズが仕事の手伝いをする時もきっと、本当にさっき言った言葉通り、給仕服を着せて楽しく食事しているところを他の客への宣伝として使いたいだけなのか、もしくはただ可愛いスズに給仕服を着せて眺めたかっただけなのだろう。

 少なくとも子供に対して酷い仕打ちをするような人物には一切見えなかったので、店の手伝いも安心して見守ることができるんじゃないかなとベルは思った。

 

「大きな酒場だったけどどんな料理出してるんだろ。楽しみだね、ベル」

 スズがバスケットを大事そうに抱えながら嬉しそうに笑っている。

「そうだね。食事の値段もわからないし今日は少し余分に稼いどこうか」

「うん。立派なお店だし、三〇〇ヴァリスとか八〇〇ヴァリスとか、すごい料理ありそうだよね。冒険者さんのお店だからスタミナ料理がメインなのかな」

 ああなのかな、こうなのかな、とスズが想像を膨らませて楽しそうに話し掛けてくれる。

 そんな無邪気にはしゃぐスズの姿が、リンリンと踊るスズの音が心地いい。

 

 澄み渡る早朝の空、今日も幸せな一日が始まるんだなベルは実感できて、いつものように自然と頬が緩んだのだった。

 

 




少し甘えさせた結果がこれです。
シルさんが子供を呼んでいるシーンが「みんな」しかなかった気がしたので、色々迷いましたがスズのことは「ちゃん」付けの子ども扱いにしました。


そしてドラマCDをようやく視聴。
支給品のライトアーマーが分割払い可能とはいえ、バックパックとレッグホルスター合わせずにあのお値段だったことに驚愕しました。支給品ですらなくエイナさんからのプレゼントだったとは…最初から尽くしてくれるエイナさんがヒロインでいいんじゃないかなベル君!
原作文でベル君が独白していた通り、絶対ギルド本部は冒険者の足元見てますよね(笑)


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Chapter04『外食の仕方』

外食をするお話。


 夕刻。

 今日はスズもベルも冒険者の酒場で食事をする予定らしく、神様も一緒に食べに行きましょうと【ステイタス】の更新中にベルから誘われた時は、ヘスティアは飛んで喜びそうになったが、聞いてもいないのにベルは酒場に行くことになった経緯であるシルという女性のことを『嬉しそう』に話し、それでもベルのアイズへの想いは一切ぶれていないのか【基本アビリティ】の伸びがすさまじいことになっている。

 

 敏捷がGに、力がもうすぐGに、器用がHにまで上がっており、一回コボルトの攻撃をナイフで反らしただけらしいのに耐久の値もかなり上がっていて、憧憬一途(リアリス・フレーゼ)を知らないスズは純粋にベルのことをすごいすごいと喜んでいるのに対して、あろうことかベルは書き写し間違えではないかと尋ねて来た。

 

 そうであってくれたならヘスティアはこんなにもやもやとした気持ちになったりはしない。

 ついつい三人で外食したいのに「バイトの打ち上げがある」と誘いを突っぱねて、スズの更新を理由に自分勝手な怒りに任せてベルを部屋の外に追い出してしまったことにヘスティアは「やってしまった」と情けない自分に深くため息をついてしまう。

 

『頑張っているベルに八つ当たりをするのはあまり関心できないと思うのだけれど。大切な者同士のいがみ合いも、『スズ・クラネル』の心が蝕まれること、自覚しているの?』

 仕舞には話しかけてもいないのにスクハが出てくる始末だ。

 

「数値に現れる分辛いって昨日スクハ君も言っていたじゃないか。ボクだって……ベル君やスズ君が傷つくようなことしたいわけじゃなかったさ……。スズ君は……かなりショックを受けているのかい?」

『いえ、心拍数は変わっていなかったから気にしてないんじゃないのかしら。『悪夢』にも襲われなかったし、何よりも貴女がベルのこと異性として好きなんじゃないかと考えている節がところどころ見られるから、シルに焼きもちを焼いている程度に思っているのではないのかしら。昨日も大好きな貴女とベルの間でなく、ベルが貴方の隣で、いつもは一緒に寝られない、ベ、ベルの隣に…自分を置くポジションをとっていたし……』

 

 後半の方はよほどスズと共有していた感覚が恥ずかしかったのか、頬を少し赤く染めて目が泳いでいた。 

 

「そっか……スズ君が傷つかなかったのは不幸中の幸いだよ」

『でも本当に気をつけなさい。この程度の焼きもちならともかくとして、大切な人の口から出る暴言や罵声でもおそらく『悪夢』を刺激するわ。それとベルは疎いから何で貴女が機嫌が悪いのかもわからないだろうけど、些細なことを根に持つタイプの人間ではないわ。私はとことん根に持つけど』

「君が心配してくれてボクはとても嬉しいよ」

『……さっさと更新すませなさい。服脱ぐから』

 そうスクハはそっぽを向くと、インナーとキャミソールが背中だけ見えるようにめくり上げてベッドにうつ伏せになる。

 

『それに振り向いてもらいたいのなら、もっとアプローチを掛ければいいじゃない。幸せに十分なんてないんじゃなかったのかしら?』

「それはそれこれはこれだよ。それにボク自身まだ気持ちの整理ができていないんだ。ベル君のことはスズ君やスクハ君同様に好きさ。でもその好きが異性としての好きかがわからないんだよ」

『下手に孤児院の象徴なんてやっているものだから、子供を子供と見ようと意地を張っているだけなのではないのかしら。神は皆傲慢で強欲だと思っていたけど、貴女はもっと自分の気持ちに素直になりなさい』

 

「それはボクが君に言ってあげたい言葉だよ。お人好しは嫌いなんじゃなかったのかい?」

『処女神なんて生き遅れを気に掛けた私がバカだったわ』

 ボフっと枕に顔をうずくめてしまう。

 

 噓をついているのか神としての感覚ではわからないがやはりわかりやすい子だな、とヘスティアはそんな微笑ましいスクハの様子を見ていつも通り頬を緩ませてしまう。

 

『それでどうなの。『スズ・クラネル』の【ステイタス】は。嫌なこともなかったし、結構早朝だけで溜まったはずなのだけれど』

「効果抜群さ! これからは毎日四人で寝ようぜ!」

『さりげなく私をカウントするのやめてもらえないかしら。確かに私は『スズ・クラネル』と感覚を共有しているわ。けれど、私に『スズ・クラネル』の行動を拒否する権利はないの。お願いだから意識させるような言動はやめて頂戴』

 またまたボフっと枕に顔をうずくめてスズと感覚を共有してベルにくっついていた時のことを思い出したのか恥ずかしさのあまり悶えてしまっている。

 

 さすがにここまで来るとからかいすぎたかと悪い気になってきてしまって、何か声を掛けようしたところでピタリとスクハの動きが止まった。

 おそらく恥ずかしさのあまりスズに体の主導権を返したのだろう。

 

「神様……私の【ステイタス】はどうでしたか?」

「ん、ああ。今書き写すから待っておくれ、っと」

 

 

 

 スズ・クラネル LV.1 ヒューマン

力:i 79⇒83  耐久:h 161⇒162 器用:h147⇒148

敏捷:i 36⇒37 魔力:h186⇒g229

 

 

 

「三人で一緒に寝るだけでも効果覿面だろう? もっとボクに甘えてもいいんだぜ、スズ君?」

「もう甘えてますよ。たくさんたくさん甘えてます。でも、なんだか一気に他の【基本アビリティ】の上りが悪くなっちゃいましたね。私も今日、たくさん頑張ったんだけどな」

「ミノタウロスを相手にしてかなりの【経験値(エクセリア)】を稼いでしまったからね。【基本アビリティ】がH半ばまでくると、ゴブリンやコボルト相手だとどうしても良質な【経験値(エクセリア)】は得られなくなってしまうし、そろそろアドバイザー君と相談して5階層とは言わないが、4階層くらい探索してもいいんじゃないかな?」

 

「でもベルはすごく上がったし……もしかしてベル、『憧れ』や『恋』で成長が上がるような【スキル】発現したんですか?」

 スズのそんな鋭い指摘にヘスティアは思わず目をそらしてしまう。

 スズもスクハの感覚を共有しているのではないかと思うくらいピンポイントの狙い撃ちである。

 でも、スズには【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】があるから、【基本アビリティ】に影響を及ぼす【スキル】を持っているので、ただ単純に魔力だけは上がる自分と同じような状態で、なおかつ今ベルが最も意識していることに的を当てて来ただけだろう。

 

「そうだね。スズ君の言う通りだよ。君も知っての通りベル君はアイズ・ヴァレンシュタインに恋憧れている。その思いが強ければ強いほどベル君の能力は成長していくんだ。当然【レアスキル】だから他言無用だし、うっかり口が滑りそうなベル君にも内緒にしているけど」

「それで神様焼きもちをやいていたんですね。ベルの【基本アビリティ】の伸びがよかったから」

「うっ、自分のことには疎いのに、スズ君は他の人のことになると聡くなるね。本当にボク達のことをよく見てくれているいい子だね、君は」

 よしよしと撫でてあげると「えへへ」と嬉しそうに笑ってくれるスズが愛おしくたまらないが、いつもながら自分にはうといというか無関心というか、周りに気を遣いすぎていて自分をないがしろにしてしまっているスズのことが心配になってくる。

 

 三人で一緒に寝ることに幸福を感じてくれているのにほっとしているが、まだ『十分』というところで遠慮してしまっているのは今している会話だけでも感じられてしまう。

 もっとスズに幸せになってもらいたいヘスティアにとってこの壁はやはり難敵だ。

 

「神様はその……本当にきてくれないんですか?」

「ちょっとベル君に理不尽な怒りをぶつけてしまったからね。打ち上げがあるなんてのも言っちゃったし、ベル君に気負いさせたくないし、少し頭を冷やしてくるよ。だから今日は二人で楽しんできておくれ」

「そうですか……。私も昔友達と喧嘩しちゃった時とか、一人でいたいって思ったことあるから、その気持ちちょっとわかります」

「スズ君も喧嘩したことあるのかい?」

 優しく人懐っこいスズの性格から誰かと衝突したことなんてないとヘスティアは思っていたのに意外にもしっかり喧嘩をしたことがあるらしい。

 

「当り前じゃないですか。すいぶん昔のことですけど、みんなで遠出してオーロラ見ようって話になって、テントを張って、まだかまだかとみんなで待ってたんですけど、私、途中で疲れちゃって。オーロラ出たことを私が起きるまでずっと『えっちゃん』は教えてくれたのに、私起きれなくて。私だけオーロラ見れなくて。そうしたら『えっちゃん』、みんなでワルキューレ様の甲冑を見たかったのにって、すごく怒って……。しばらく『えっちゃん』口聞いてくれなかったんです」

 

「それで君まで怒っちゃったのかい?」

「いえ、ずっと謝っても許してくれなくて、お母様の【宴会】にも出る気になれなかったこと私にもありましたから。大好きな人でも顔を合わせたくない時があるの何となくですがわかるかなって」

 

「それ、スズ君は全く悪くなくないだろ」

「そうでしょうか? 約束したのに起きれなかった私が悪いと思うんですけど……」

 スズが本気で首をかしげている。きっと昔からこんな子だったのだろう。

「それで『えっちゃん』とやらとは仲直りできたのかい?」

「はい。部屋の前で『お母様』や『お父様』『ぶっくん』に『いーちゃん』里のみんなも心配して来てくれたのに……私、ずっと部屋から出ずにいたんです。そうしたら『えっちゃん』が二階なのに窓から入ってきて…次こそはみんなで一緒にみようねって。約束、したんです」

 人懐っこくって、優しくて、自分よりも相手のことを考えてしまう女の子。

 それでいてそんなスズのことが心配で、色々な人達がスズのことを見守っていただろうことは容易に想像できた。

 きっとそんな穏やかで温かい幸せな生活を送ってきたに違いない。

 

 

 

 ――――だからこれ以上は聞いてはいけない、そうヘスティアは思った。

 

 

 

 こんな幸せな環境にいるスズが『死に場所を求めてオラリオを訪れた』時点で、その穏やかな日常がもう遠い過去なことは確定してしまっているのだ。

 これ以上聞くと、またスクハに怒られてしまうだろう。

 

「さあさあ、スズ君。いつまでベル君を待たせておくんだい?」

「あ、ついつい長話になっちゃいましたね。私、行ってきますね」

 慌ててパタパタ駆け回りとさっと身支度を整えてドアノブに手を掛ける。

 

 

 

「神様、次はみんなで行きましょうね。約束ですよ?」

 

 

 

 せめて、スズと『えっちゃん』が交わしたささやかな約束だけは果たしていてほしいが、それを聞く勇気はヘスティアにはなかった。

 

 

§

 

 

 ベルとスズが『豊饒の女主人』前にたどり着くと、外で客引きをしていたのかすぐにシルが駆けつけてきて店の中、ドワーフとは思えない巨体の女将さんと向き合う形でカウンター席に案内され、スズは給仕服に着替えさせるためにシルに連れていかれた。

 

 真後ろが壁のカウンター席は一つしかなく、その隣の小さなスペースにポツンとドワーフ用の少し座高の高い置き椅子が置かれている。

 シルがゆっくり兄妹水入らずに食事ができるように配慮してくれたのだろう。

 そんな小さくも大きな気遣いに、やっぱり心優しい人なんだなとベルは実感できた。

 

「アンタがシルのお客さんかい? 冒険者のわりには可愛い顔してるね!」

 女将さんが「はっはっは」と元気に笑ってそんなことを言ってくるが、スクハなら「そう言う女将は女ドワーフなのにごついのね」とジャブを返しそうだがベルにそんな度胸はない。

 ベルは可愛いなんて気にしていることを言われても内心で「ほっとけよ」と言うしかできなかった。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよ!」

「え」

 自分でも効いたこともない設定にベルは驚いて表情が固まる。

 ちょうどシルがスズに給仕服を着せて戻って来て、あ、給仕服のスズ可愛いなと思ってしまうが、リボンと鈴と鐘はそのまんまなんだ、とか思考がそれたが、そうじゃないと首を振りシルに目を向けると、シルは目をそらした。

 状況がまだわかっていないスズはチリンと音を立てて首をかしげている。

 

「えへへ」

「えへへ、じゃねー!!」

 心優しいと思ったらとんだ魔女だった。

 この後も散々からかわれて、最後には冗談ですと笑い、ちょっと奮発してくれるだけでいいと言うあたり、本当にちゃっかりしている人だとベルは思った。

 スズはスズでお客さんが入るとしっかり「いらっしゃいませー」と店員と一緒になって笑顔でお迎えしにいっている。

 

 それに対しての冒険者の反応は様々だが、可愛い子に出迎えられて嬉しくないわけがなく、「『白猫ちゃん』がいるだと」、「俺毎日ここ通うわ」と言い出す冒険者もいたものだから、きっとシルも『白猫ちゃん』の噂を知っていて見た限りでももうかなり繁盛しているであろう店の常連客をさらに増やそうと企んでいたのだろう。

 悪い人では決してないけどシルからは小悪魔的な何かを感じてしまった。

 

「女将さん女将さん。今日のおすすめって何ですか?」

「珍しい魚を仕入れてきてね。特性のキレミット・バルックだけど食べてみるかい?」

「八五〇ヴァリスかぁ……。では奮発してそれでお願いします。ベルは?」

「八五……え、えっと……パスタがあったらそれでお願いします……」

「はっはっは、若いのに遠慮しなさんな! 大盛りにしとくよ!」

 女将のその言葉にちらりと壁に掛けられている注文票を見てみるとパスタですら三〇〇ヴァリスした。

 

 カウンターの奥に見える料理の数々は洒落たものばかりで、本当に高級なお店なんだなとベルは引きつった笑いが止まらなくなるが、家計簿と睨めっこをしていることが多いスズがあまり気にしている様子はない。

 そういえば今朝も三〇〇から八〇〇とあたりを付けていたので、店の大きさや装飾からそのくらいかなとあたりを付けていたのだろう。

 普段はずいぶん言葉を崩しているが、やっぱりどこかのお嬢さまなのではないかと思えてきてしまうが、料理が来るのが待ち遠しいのか、足を少しぷらぷらさせながら鼻歌を小声で歌っているスズの姿は幼い普通の少女そのものだ。

 

「ほら出来たよ。追加があるならどんどん注文しな。味、見た目、速さ。うちはどれをとっても一級品だよ!」

 ドデンと食べきれるか自信がなくなる量のパスタと、大きな魚丸々一匹オーブンで焼いたものがテーブルに並べられる。味付けが濃いのか、丸焼きにしか見えないが中に何か詰めているのか、食欲を誘う様々な香りが漂う。

 

「わ、おいしそう。女将さんいただきますねッ」

「い、いただきます……」

「上品に喰うねお嬢ちゃん。それなのに本当に美味しそうに食ってくれるなんて、ワタシ達も作ったかいがあるってもだよ。シルは本当に面白い子達を見つけて来たもんだね!」

 ナイフとフォークを上手に使い上品に、なおかつ子供のように純粋に美味しいものを食べるスズの姿に女将も満足の様子だった。

 

 ベルはというとただ黙々とパスタを食べ続けるが減る様子がない。

 減っても「ん、おかわりかい?」と女将に追加される。

 これは何のいじめだろうか。

 

「スズ、だったかい。ワインも置いてるけど酒はどうする?」

「ミードはありますか?」

「ああ、あるとも。いいとこから仕入れてるからストレートでいってみるかい?」

「はい、元の味を楽しみたいのでストレートでお願いします。ベルは何飲む?」

「さすがにこれ以上は、えっと、お金大丈夫?」

「うん。パーティーの時はお金を惜しむなってお母様も言ってたし、今日の稼ぎだって頑張って七〇〇〇ヴァリス以上稼いだんだから遠慮することないんだよ?」

「そうさ! パーとやんな! パーと!」

 ミードのボトルを開けて二人分のコップに女将が灌いでまたドンと目の前に出された。まだ物頼んでないのに勝手に目の前に物が増えていく。

 

「あ、野菜足りないかも。一人前でいいんで、サラダを何か一品お願いします。ベルと食べるのでそれなりの量があると助かるんですけど」

「あいよ!」

 スズの言葉でまた品が追加された。

 サラダと一緒に頼んでもいない牛パテと二人分のスープも出される。

 いよいよ持って食べきれる気がしなかったが、特にスズはうろたえている様子はない。

 「ありがとうございます」とちまちまとどれも美味しそうに食べながらミードを一口飲む。

 

 

「……ボトルキープでお願いします」

「お、気に入ったのかい。お目が高いね」

「はい。大好きな味ですから」

 本当に手馴れているなぁと感心しながらベルもミードを口に含む。

 相変わらず糖度が高くて一気に飲めないけど悪くない味だ。

 ただやはり生産地が違うせいなのかスズが飲ませてくれたミードとは何かの甘味が足りない気がするが、食に通じていないベルにはそれが何なのかはわからない。

 

 でも限りなくスズの持ってきたミードと同じ味がしたから、ミードとはこういう味の飲み物なのだろうと思いながら、頑張って目の前の食事(難敵)を減らしていく。

 流石にもう追加攻撃が来る様子がなくて一先ずほっとした。

 

「楽しんでいますか?」

「……圧倒されてます」

 戻ってきたシルが声を掛けて来たので、ベルは素直な感想を言った。

 店の雰囲気や女将もそうだが、完全になじんでいるスズ含めて全てに圧倒されている。

 

「でもスズちゃんとても楽しそうでよかった。しっかりお客さんに挨拶してくれているし、とてもいい妹さんですね」

「うん、スズはとてもいい子だよ。」

 だから守ってあげたいのに、なかなか引っ張ってあげることができない。

 もっとお店とかでも引っ張ってあげられるようにならないとなと自分に苦笑してしまう。

 

 それから少しの間シルから『豊饒の女主人』の事情やシルの話を聞いていると、集団客が店内に案内されて、一瞬だけ騒がしくもにぎやかだった酒場の空気が止まり、別のざわつきが始まる。

 

 そのざわめきを不思議に思って集団客に目を移すと、その中にベルが恋い焦がれるアイズ・ヴァレンシュタインの姿を見つけて、ベルの動きが完全にそこで止まってしまった。

 

「【ロキ・ファミリア】のエンブレム……あ、有名な第一級冒険者さんばかり。あ、ベートさんやアイズさんもいるよ。みんなでパーティーにしに来たのかな」

「そ、そうだね」

 目を輝かせるスズの顔を見て話すのも忘れ、ついついベルはアイズに見とれてしまっていた。

 

 シルによると【ロキ・ファミリア】の主神であるロキがえらくこの『豊饒の女主人』を気に入っていて常連さんらしい。

 ベルは冷めないうちに一気に食事を喉に押し込むように食べてアイズの仕草を観察する。

 

「お礼を言いに行きたいけど、宴会の席にお邪魔するのは失礼だよね」

 スズも食事をし終えてナフキンで口元を拭き「ミアさん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです!」と女将……ミアに満面の笑みを浮かべていたが、それでもベルはアイズに見とれっぱなしの自分に気付かないままアイズを見つめ続ける。

 

 

 

 だから、気づかされた時のショックは大きかった。

 

 

 

「そうだ、アイズ。お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話?」

「ほらあれだって、三階層まで逃げちまったミノタウロスに襲われてた駆け出しのトマト野郎!」

 ずっとアイズに意識を向けていたベルは、すぐにそれが何のことなのかわかった。

 

 

 駆け出しのトマト野郎、自分のことだ。

 

 

 他の会話はよく聞き取れないが、アイズの周辺だけは騒がしい酒場の中でもはっきりとベルの頭の中に突き刺さっていく。

 

「遠征前に【ファミリア】探してたガキと兄妹だから長くて半月ってとこか? ちっこい妹が前衛で、ひょろっちい兄貴が後衛の魔法使いでよ。ちっこい妹が足遅かったらしくて、身の程しらずにも駆け出し半月でミノタウロスとやりあいやがったんだ。必死にちっこい妹が攻撃受けないよう粘って、兄貴の方が長詠唱で一発逆転狙ってたみてぇなんだが、妹が頑張ってミノタウロスに一発もらってまで時間稼いだってのに、長詠唱魔法をスカして仕留めきれずにな――――――――――」

 攻撃をスカした。

 

 そう、あの時ベルは攻撃を外してしまった。

 アイズが助けてくれたから運良く助かっただけで、あそこは絶対にはずしてはならなかった。

 スクハはアイズの接近に気付いていたから時間稼ぎの選択を取ったから十分頑張ったと言ってくれたが、そういった要素がなく異常事態(イレギュラー)に遭遇していたら、あそこでベルもスズも死んでいた。

 

 

「ああ、傷つけやがった。駆け出しの雑魚のくせして正面から粘りやがってよ――――」

「それで、その兄妹どうなったん? 助かったん?」

「どっちとも無事だ。アイズが間一髪のところでミノを細切れにしてやったんだよ。な?」

「………」

 アイズが軽く眉をひそめていた。

 

「それであいつ、くっせー牛の血あびて全身真っ赤になっちまってよ。それがまた滑稽でよ。だからトマト野郎って呼んでんだ。アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? くくくっ」

「……そんなこと、ないです」

 笑っているベートに、「うわー」とアイズと仲良くしていたアマゾネスの少女の表情に、周りの他の客の笑い声にベルは完全に凍り付く。

 

 いや、そこにではない。

 その先に待っているだろう『事実』を突き付けられたくなかった。

 笑いものになってもいいからここで言葉を止めてもらいたかった。

 

「ベル、違うの。ベートさん口悪いけど、えっと、悪い人じゃないと思うの。それにベルのこと悪く言ってるわけじゃないんだよ?」

 震えるベルにスズが心配そうに声を掛けてくれている。

 それが逆にベルにとって辛かった。

 酷い悪口でないこと自体はわかっている。

 でも、この先に待っている言葉を自分自身が知っているから、スズの心遣いがよけいに辛かった。

 

「それにだぜ、そのトマト野郎。てめぇの妹置いて叫びながらどっか行っちまってよ……ぶっ、くく……うちのお姫さん助けた相手に逃げられてやんのっ!」

 

 

 

 

 ―――――そう、一瞬とはいえスズを置いて行ってしまった。

 

 

 

 

 さっきまでだって、スズとご飯を食べに来たのに、スズのことを放ったらかしにしてアイズのことだけを見ていた。

 

 全部守るなんて言っておきながら、そうじゃないだろ。

 ハーレムってそういうものじゃないだろ。英雄ってそういうものじゃないだろ、と今の自分が嫌になって、自分の腿を思いっきり叩いて、またスズを置いて逃げ出してしまった。

 

 スズにこんな情けない自分見せたくなかった。

 今日よりも強い明日の自分になれればいいと、『いつか』大切なもの全部守れる英雄になりたいと、高い目標を持っていながらスズに頼りきりで、冒険せずに甘えて少しずつ強くなって、その『いつか』はあの【英雄願望(アルゴノゥト)】を放った時だったはずだ。

 

 あそこは絶対に外したらいけなかった場面だ。

 外したら『いつか』なんて永遠にこない場所だった。

 

 ベルは悔しかった。

 何よりも弱い自分が悔しかった。

 全部守りたいのにアイズばかり見ていた自分が情けなかった。

 大好きな祖父が教えてくれたハーレムはこんなものではない。

 英雄になるための長く険しい道だと教えてくれたハーレムは、英雄になる道はこんな微温湯なんかでは決してない。

 

 好きな女の子と出会って、その女の子を守って、他の大切なもの全部守らなければ意味がない。

 それなのに、アイズのことしか見てなくて、そのことを気づかされて、ベルは自分が嫌になって、大切な者全部を守れるって胸を張って言える資格が欲しくて、無我夢中でダンジョンを目指して走る。

 

 

 

「一番好きと大切は違うけど、どちらも守らないと意味がないだろっ!!」

 ただただ自分自身に吠えながら無我夢中でダンジョンで暴れる。自分自身が嫌で、前スクハがやったようにただただ怪物を求めてさまよい暴れまわる。

 

 アイズが好きなことも、大切な人を守りたい気持ちも噓はない。

 でも、まだ『いつか』なんて言葉に甘えていた。

 その結果が、こうしてまたスズを置いて逃げ出してしまった自分自身だ。

 

 そんな自分を変えたくて、ただただ強くなりたくて、アイズ・ヴァレンシュタインのように、それ以上に強くなって全部を守りたくて、ただただその気持ちを怪物にぶつけていった。

 

 




ベートさんの反応ずいぶん変わっております。誰やこれ!?
次回『豊饒の女主人』の【ロキ・ファミリア】側とダンジョン場面をやれたらいいなと思っております。
ベル君による理不尽なスクハ式八つ当たり術が怪物を襲う!


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Chapter05『無理な走り方』

無理して転んで起き上がるお話。


五階層からがらりと変わるのに肝心のモンスターがいないので、前回同様ゲーム『ウィザードリィ』から『ボーリング・ビートル』と『ジャイアント・ラット』が出張。
魔物名で困ったら『ウィザードリィ』で使いやすそうな名前を選んでおります。


「で、ここからが一番の傑作なんだけどよ、逃げたトマト野郎がすぐに叫びながら戻って来て。あいつ、てめぇで逃げといて、第一級冒険者アイズ・ヴァレンシュタインが妹についてるにもかかわらず、そのアイズ・ヴァレンシュタインから妹助けに戻ってきやがったんだぜ! ほんと身の程弁えろっつうんのっ!」

 

「冒険者に怖がれるアイズたん萌え」

 仲間が馬鹿笑いする中、アイズの心は冷え切っていた。

 

 ベートは酔ってアイズをからかっているだけで、助けた少年少女をバカにした発言を一切していないことは、なんだかんだで付き合いが長い仲間なのでわかる。

 誤解されやすいがベートは狼人(ウェアウルフ)特有の実力主義者な部分があるだけで決して悪い人ではない。

 

 だがアイズは見てしまった。

 少年が店から飛び出していく姿を。

 きっと自分のことをバカにされたと思ってしまったのだろう。

 また嫌な思いをさせてしまった。

 

 昔、幼い頃のアイズはただ震えることしかできなかったのに、少女は弱くても真っ直ぐ少年を信じて勝てない敵に立ち向かった。

 少年は弱くても必死に少女を守ろうとしていた。

 少女にとって少年はまさに英雄だっただろう。

 そんな少女の英雄を、少女の夢を、傷つけてしまったと、呆然とカウンター席で今にも泣きそうな顔で少年が出ていった先を見つめる少女の姿を見て、アイズの胸がえぐられるように痛かった。

 

 

 昔の無邪気な自分だったら少年を追いかけていただろう。

 すぐに少女を慰めに行っただろう。

 でも今のアイズにはそれができなかった。

 

 

「なんや、痴話喧嘩か?」

 少年が飛び出していった時に椅子が勢いよく倒れ、その場で頭をさげてお勘定をしている少女の姿を見たロキが面白半分でミアに何があったかを聞きに行こうとしたので、これ以上少女に迷惑を掛けたくなかったアイズは慌ててロキの前に立ちふさがろうと席を立つが、少女の方から【ロキ・ファミリア】の方へ歩いてやってきてしまう。

 

「あ? なんだよ。身の程弁えて給仕にでもなってか。って、ことはさっきのはトマト野郎かよ、クソが。……で、何か俺に文句でもあんのか? あ゛?」

「お、この子がアイズたんが助けたっちゅう……って、白猫ちゃんやないか!! でかしたでアイズたん!! あいしてれぅぅぅっ!!」

 ベートがやってきた少女に気付いてそう言うのと、ロキがそう言ってアイズに飛びつくのは同時だった。

 

 落ち込んで気が動転していても、セクハラ攻撃はなれたもので、いつも通り何事もなかったかのようにアイズはそれをかわす。

 

「……ロキの知り合い、ですか?」

「んー。知り合いではないんやけど、みんな遠征行ってる間は暇で寂しゅうてたまらんくてな、なにかおもろいもんないかなぁて探してたら『白猫ちゃんを見守る会』なんてバカげたもんみつけてもうて、どんな子かなぁと写真や色々伏せられた資料見て『ティンと来た』わ。この子『マジ天使』やって! 中々『なでポ券』が当たらなくて悔しかったんやけど、そっかー、ミア母ちゃんとこの子やったんやな。通りでレベル高いわけや! ほら白猫ちゃん、うちがなでなでしてあげるからこっちきてーな。こっち来て一緒に遊ぼう、な?」

 

 自分達が遠征をやっている間に何をバカなことをやっていたんだこいつは、といつも通り【ロキ・ファミリア】な面々はため息交じりで、そんなロキから少女を守るように「来たらセクハラされちゃうよ」「こない方がいいぞ」「こいつは生粋の変態だからこないほうがいい」と口をそろえて言う安定と信頼の【ロキ・ファミリア】ご一行様の日常風景が繰り広げられる。

 

 それでもロキがおいでおいでーと動かす指にむかって、ちりんちりと装飾品の綺麗な鐘の音色を奏でながらゆっくりと近づき、頭を撫でてあげるとそのままおとなしくロキに撫で続けられる。

 

 

 なるほど、猫だ。それも人なれした飼い猫だと一同は納得した。

 

 

「ロキ様。私はここの子じゃないです。今朝シルさんにお世話になったお礼にお手伝いしているだけなんですよ。ですからベートさん、私はまだ冒険者です。私が冒険者を辞める時があるとすれば、完全に動けなくなった時か、死ぬ時です。だから私は天寿を全うするまで冒険者を辞めるつもりはありませんよ。何度も心配して下さっているのに、すみませんベートさん」

 ベートに対して笑い掛ける少女に再び【ロキ・ファミリア】の面々に衝撃が走る。

 

 「あのベートが心配した」「いまの言葉を気遣いだと思う仲!?」「なになに、ベートって年下趣味だったの? 私はてっきりアイズ一筋か……」「うっせえお前ら!! そんなんじゃねぇよ!!」と一気に話題がベートに集中する。

 

 

 そんな中、王族(ハイエルフ)のリヴェリアがアイズとベートの表情を確かめた後にゆっくりと口を開く。

 

「ロキの声が大きすぎてベートの声がよく聞き取れなかったが、先ほど店を飛び出していったのはお前の兄上か?」

 静かなリヴェリアのその言葉に騒いでいた団員達も状況が理解できてしまい、あちゃーと頭を抱え、ベートやらかしたなという目が一点集中する。

 

「ごめんなぁ白猫ちゃん。大好きなお兄ちゃんトマト呼ばわりされて、楽しい食事邪魔されたら白猫ちゃんだって気分わるうなるわな。うちの胸で泣いてもええで? しっかりベート吊るすから」

「あ、いえ。ロキ様違うんです! ちゃんとフォローしたので、ベルが出て行っちゃったの、アイズさんやベートさんが来てくれなかったら、私を守れなかったってことを思い出して……その、飛び出しちゃったんだと思うので……」

 

 

「なんや、やっぱりベートのせいやないか。みんな吊るせ吊るせ。うちが許可したる!

 『白猫ちゃんを見守る会五箇条』!!

一つ:権力にものを言わせない。白猫ちゃんは神々(おれたち)の嫁!

一つ:ストーキング禁止。ハイエースでダンケダンケなんてもっての他!

   イエスロリータノータッチ!

一つ:怖がらせてはダメ! 絶対! 一日一回くじ引きのなでポ権利。

   例外として向こうから来たら思いっきり愛でてあげよう。

   白猫ちゃん可愛いよ白猫ちゃん!

一つ:白猫ちゃんに迷惑を掛けない。どの神が主神でも変わらず愛でてあげよう。

   ただし主神、お前は爆発しろ!

一つ:白猫ちゃんの行動を暖かく見守ろう。白猫ちゃんマジ天使ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

吊るせ吊るせー!! 景気よく『満開』連打やっ!!」

 

 

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁっ!? ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! てめぇら!! なにマジで縛ってやがるんだ!?」

 ロキはどちらかというと、『白猫ちゃんを見守る会』を口実にベートで遊んでいた。

 

 『白猫ちゃん』はとても愛らしく喉から手が出るほど欲しいが、会員規約で聞き込みや尾行、特に商店街での触れ合いは『なでポ券』を引き当てなければ禁止されているので、最近『白猫ちゃん』を知り『白猫ちゃんを見守る会』に入ったばかりのロキはどこの【ファミリア】の者かもわからない相手よりも、全員無事に帰って来てくれた愛しの子供達と遊びたいのだ。

 

 『豊饒の女主人』が『白猫ちゃん』の行動範囲内ならまた愛でる機会は出てくるだろう。

 だからベートと遊ぶついでに可愛い『白猫ちゃん』を愛でる。

 これが一番楽しめるとロキは思ったのだ。

 

「守れなかった……というがベートの言葉が本当ならば、お前達は駆け出しの身でありながら、恐怖に屈することなくミノタウロスに挑み、傷をつけた。それだけでも誇るべきことだ。お前の兄上にそう伝えてあげて欲しい」

 リヴェリアは兄妹を気遣いフォローを入れてあげるのだが、少女はそれに対して軽く首を横に振った。

 

 

「エルフ様、私が言いたかったの、そこじゃないんです。なんで同じ【ファミリア】なのに、アイズさん傷ついてるの気づいてあげられてるのエルフ様しかいないんですか? ベートさんにからかわれている時のアイズさん、すごく辛そうな顔をしていたのに……」

 

 

 またその場が静まり返った。

 全員がアイズの顔を見る。

 表情の乏しいアイズからは明らかに悲しみの感情が感じられた。

 普段のアイズなら子供みたいにすねるだろう程度の笑い話だったはずなのに、その表情の色は暗い。

 

 でもスズの言葉できょとんとして「…私は」とそこで言葉を止めて歯を食いしばっていた。

 それが答えなのはその場にいる全員が理解できた。

 

「白猫ちゃん、お兄ちゃんのことやなくて、うちのアイズのこと心配してくれてありがとうな」

「いえ……私の方こそすみません。宴会の席にお邪魔して空気を悪くしてしまって……」

「気にせんでええ。気づけないまま明日アイズがどんよりしとったら、もっとショック大きかったんやし。そうやろ、みんな。だから白猫ちゃん、名前と所属【ファミリア】、教えてもろうてええやろか?」

 その言葉に少女がビクっと怯えた。

 

「あ、勘違いせんといて。報復とか引き抜きとかそういうこと考えてるんとちゃうで。うちは白猫ちゃんの家壊したりせえへんから安心してええよ。ただうちは優しい白猫ちゃんの名前と、こんなええ子捕まえた幸せもんな神の名前を知りたいだけや」

 

「あれ、そういえばその子……遠征行く前くらいにベートが追っ払った子じゃなかったっけ。あー、だから半月の冒険者だって覚えてたんだ。またこいつが犯人みたいだよロキ」

「ま た お ま え か。アイズたん傷つけただけでなく、白猫たんまで逃がすなんてなに考えとんねんベート! かわええ子来たらまずうちに会わせろ言うたやろが!? ティオナそのままベートにこの首輪つけたり!! 白猫たんがうちんとこ来てくれたらええなぁ妄想しながら買うた可愛い首輪やっ! 一か月その首輪つけたまま生活せぇっ!」

 

 ロキが与えた罰。

 ピンク色の花柄首輪に思わず暗い雰囲気が吹き飛びぶふっと周りが一斉に噴き出した。

 

「てめぇっ!! こら!! 放せクソアマゾネスッ!!」

「ロキ~、こいつもっと可愛いの欲しいって」

「よし、じゃあ妄想しながら買うた尻尾は……あかん、ベートにはもう尻尾があった。そうやな。この揉み上げにつけてあげよう思うて買うたハートのリボンもベートにつけたりっ!!」

「ちくしょうっ!! 放せ!! いっそ殺せっ!!」

 吊るされたままベートにどんどんロキの無駄使いの結晶が装着されていく。

 

 アイズはまだ暗いものの、仲間達に謝られ先ほどよりは落ち着きを取り戻しているし、ロキのとっさのベートいじりでその場の空気は何とか立て直している。

 

「すみません、勝手にお邪魔しておいて大変失礼なのですが、そろそろベルを……兄を追いたいのですが」

「ええよええよ、お兄ちゃん心配でたまらんのにうちのアイズこと心配して来てくれたんやもんな。行ってええけど、名前とかどうしても言えへん?」

 少しの間『白猫ちゃん』は困った顔をして、その後真っ直ぐロキの顔を見つめて「ロキ様のこと信じます」と笑った。

 最初から最後まで嘘がなくぶれない。

 

「スズ・クラネルです。【ヘスティア・ファミリア】に所属しています」

「よりによってあのドチビかい!? なんなん!? うちが欲しいもん持って何なん!? でっかいのぶらさげておいて天使まで持ってるなんて何なん!? あ、スズたん怯えないでええよ!! うち本当にスズたんのお家壊したり迷惑かけたりせえへんから、だからたまになでなでもふもふさせてぇな。な?」

「えっと……その……【ファミリア】関係なしのお付き合いなら……」

「キタコレ!! スズたんの甘い香りくんかくんか! スズたん! うちや、結婚してくれー!」

「け、け、け、結婚は無理ですっ!! ごめんなさいっ!!」

 ある程度のセクハラはスキンシップだと思ったのか頬を赤めながらも受け入れていたスズだが、結婚という言葉に顔を真っ赤にして頭をさげ奥へと引っ込んでいってしまう。

 

「逃げられてしもうた。ベートのせいや。罰としてその格好一年な」

「今のは俺悪くねぇだろ!?」

 気づけば宴会の雰囲気はすっかり元通りになっており、さすがのトリックスターである。

 しばらくすると給仕服ではなく白いコートに着替えたスズが奥から出て来た。

 

「ロキ様、【ロキ・ファミリア】の皆様ご迷惑をおかけしました。これからも当店をよろしくお願いします! それとロキ様、結婚は出来ませんがお友達ならっ!! また遊んでくださると嬉しいです!!」

 顔を少し赤めながらも笑顔で手を振った後、気持ちを切り替えたのか凛とした表情で外に飛び出していく。

 

 

 最初から最後まで嘘がなくぶれない。

 本当に自由気ままで人懐っこい白猫だった。

 LV.1でミノタウロスの攻撃を避けて時間を稼げる戦闘センスといい魂の有り方といい、本当にスカウトできなかったのが残念に思えてならないとロキは大きくため息をついてしまう。

 

 懐かしい香りと大好きな香りが魂にしみ込んでいたのできっと『あの里』出身なのだろう。

 戦闘センスがあるのも頷ける。

 きっと美の神フレイヤもそれを感じとっているはずである。

 交易以外で『あの里』の者がオラリオに来るのは、しかも里離れするのは珍しいことだ。

 本当にベートは惜しいことをしてくれたとロキは思ってしまう。

 

「完全にふられてもうた。ベートが変なことせんかったら今頃あの天使がうちの子で、おさわりしほうだいの『無知シチュ』やったのに……。体に染みついた蜂蜜酒の甘い香りくんかくんかし放題やったのに……。あのドチビのもんにならへんかったのにっ!! ベート、後一年追加な?」

 そんな悪魔じみたロキの笑顔にベートの悲鳴がまた『豊饒の女主人』に響くのであった。

 

 

§

 

 

 ベルはただただ怪物(モンスター)を求めてさまよっていた。自分自身が許せなくて、半ば自暴自棄な部分もあったが、何よりも情けない自分を変えたい一心で、強くなりたくてダンジョンを突き進む。

 

 三階層は一人でも楽に倒せてしまう。

だからもっと奥へ行こう。

気が付けば防具を一切まとわないまま短刀一本でどんどん下へ向かう。

 

 無我夢中で戦っている最中、ふと頭の中で遥か彼方にあるアイズの後姿が思い浮かんだ。

 

 

これでは全然届かない。

 

 

 無我夢中で戦っている最中、ふと頭の中で隣を歩いてくれているスズの笑顔が思い浮かんだ。

 

 

守れるようにならないと。

 

 でも、優しいスズのことだ。

 今頃すごく心配している。

 置いて行ってしまったことに、また逃げ出してしまったことに、不安を覚えているかもしれない。

 

 ベルが居ない間に何かもめ事に巻き込まれているかもしれない。

 そもそも、スズの性格から自分を追って来てしまうかもしれない。

 ベルがダンジョンに潜った姿は目撃されていないが、スズはよくベルのことを見ている。

 聡いスズはベルが何に悔しがっているのかきっと気づいてしまっている。

 そんなスズのことをよく知っているベルの顔がみるみる内に青ざめていく。

 

 スズなら、間違いなく、本当にベルがダンジョンに潜っていなくても、まず初めにダンジョンに探しに来てしまうのではないだろうか。

 

 

 

 

 ―――――――――また失敗した。

 

 

 

 

 ベルを追っていたとしてスズは今何階層にいるのか。

 そもそもベルは自分が何階層まで降りて来たのかすらはっきり意識せずただがむしゃらに戦っていた。

 

 広いダンジョンの中で人を探すのは本来なら不可能に近い。

 そもそもソロでダンジョンに挑むなんて危険すぎる。

 だから何としてでもスズが下に降りる前に合流しなければならなかった。

 焦る中、何とか心を落ち着かせて自分がいくつ階層を降りたのかを記憶をたどって思い出す。

 

 

 現在の階層は、五階層を飛び越え六階層。五階層は危険だけどペアならやっていけると言われていたが、六階層だけは絶対にまだ行ってはいけない。五階層に行く時もしっかりと新しい武器防具を揃えてから挑みなさい。エイナにそう言われていたのにも関わらず、今単独でいる場所が六階層なことにベルは思わず驚愕してしまう。

 

 

 道理で前の階層の怪物(モンスター)も今まで戦って来た怪物(モンスター)よりも強かったわけだ。

 こんな階層まで、いや、五階層でもスズ一人で歩かせるわけにはいかない。

 敏捷差や戦闘スタイルから考えると、あの後すぐにベルのことを追って来たとしても、まだスズは二階層か三階層辺りにいるはずだ。

 

 そこならまだスズは一人でもやっていける。

 うっかりしているものの戦闘に関してはスクハだっているので、自分と同じようにエイナのスパルタ講義で叩き込まれた地図を元に真っ直ぐ降りてきてくれているのなら、元の道を引き返せば何とか四層で合流できるはずである。

 

 

 防具を身につけず傷だらけになった体を、無茶な戦闘で疲労困憊になった体を無視して、ベルは真っ直ぐ五階層へ戻ろうとすると、ピキリと音がなった。

 

 

 ダンジョンの壁が罅割れる。

 破片が飛び散り、黒い怪物(モンスター)の腕が、刃物のように鋭い三本指が、鳥の雛が卵の殻を破るかのように壁から突き出した。

 

 ダンジョンは生きている。

 成長の過程を飛ばしすぐさま戦闘が行える状態の完成された怪物(モンスター)を延々と生み続ける母胎だ。

 『古代』の時代から人族はそんな延々と生まれ続ける怪物(モンスター)と戦って来た。

 神々が降りてからはダンジョンにバベルという強固な蓋をして、『神の恩恵』を受けて手軽に『古代』の強固な戦士達と同等になれる冒険者のおかげで、英雄に頼らなくてもあふれ出る怪物(モンスター)から世界が危機に陥ることがなくなった。

 

 それでも、毎日冒険者が各々の目的で怪物(モンスター)を狩り続けても怪物(モンスター)は決して途絶えることはない。

 ダンジョンは怪物(モンスター)を生むのを止めない。

 力を全く衰えさせずに怪物(モンスター)を生み続けている。

 

 深ければ深いほど壁から生まれる怪物(モンスター)は強い種族が生まれ、生れ落ちる間隔も早い。

 だからエイナに何度も注意された。不用意に階層を降りて行ってはいけないと。

 五階層からは一気に怪物(モンスター)が強くなり怪物(モンスター)が生まれてくる間隔も早くなって地形の構成自体も広く複雑なものになるから、五階層で命を落とす駆け出しの冒険者も多い。

 

 特にここの六階層。

 冒険者になりたての時から注意されてきた新米殺しの筆頭である『ウォーシャドウ』。

 その鋭い三本指の特徴と六階層というだけでその怪物(モンスター)だと判断できたのはエイナのスパルタ教育のおかげである。

 

 

 ウォーシャドウの特徴は刃物のように鋭い爪による高い斬撃攻撃能力、今までの怪物(モンスター)とは段違いの素早さ、そしてゴブリン程度の耐久力。

 ベルの真後ろでまたピキリと音が立ってからのベルの行動は迅速だった。

 今までと段違いの素早さという主観的な表現では相手がどれほど早いのかわからない以上下手に逃げると追いつかれる可能性がある。

 

 攻撃力はどのみち防具をつけてないので、当たったら即死級と思えばいい。

 そしてダンジョンでは一対二の状況、しかも挟み撃ちなどされたら圧倒的に不利だ。

 頭の中に情報があっても、一度も戦闘したことのない怪物(モンスター)相手に不利な条件で戦うのは自殺行為でしかない。

 なのではっきりと基準がわかっているゴブリン程度の耐久力を目安に、正面から生れ落ちて真っ黒な人の影を連想させる怪物(モンスター)ウォーシャドウが地面に足を付ける前に、生まれた瞬間を狙いその首を短刀で切断する。

 

 胴体から首が離れれば基本人型の怪物(モンスター)は絶命したと思っていい。

 その様すぐに反転すると、既に二体目のウォーシャドウが戦闘態勢をとっていた。

 不意打ちで二体撃破にはならなかったがこれでひとまずは一対一。まずは相手の能力を把握するために避けに徹する。

 

 ウォーシャドウの攻撃は今までの怪物(モンスター)同様にただ単純に本能的で人を襲っているだけで技術の欠片も見当たらないが、単純に攻撃速度や移動速度が速く強い。

 腕が長くまるで鞭が伸びてくるように激しい攻撃がベルの衣服を割き切り傷を作っていく。

 今は何とか避けられているが、鋭い刃物状の指をあんな速度で直撃を受けたら、間違いなくベルの体は三つにスライスされた肉と化すことだろう。

 

 でもスズが押さえてくれていたミノタウロスはこんなものではなかった。

 攻撃の一撃一撃がもっと重く早かった。

 単純な打撃だけでダンジョンの壁や床を砕いていた。

 あれと比べたら大したことはないし、こちらの攻撃が通るのは実証済みだ。

 リーチの差は圧倒的だが一対一で勝てない相手ではない。

 それに新たな怪物(モンスター)が生まれる前に方を付けなければならない。

 

 ベルは真っ直ぐウォーシャドウに向かって走った。

 それに合わせてウォーシャドウの腕がまるで伸びるように迫る。

 直線的な突き攻撃。

 それをベルは短刀に左手を添えて、ただ突きの軌道を短刀で反らす。

 

 前衛のスズをずっと後ろから見ていた。

 様々な攻撃の反らし方を後ろから見て来た。

 ただそれを真似て攻撃を反らしたのだ。

 伸び切った腕を戻すのにほんのわずかなタイムラグが生まれる。

 なのでウォーシャドウは今度はもう片方の手でベルを薙ぎ払おうとするが、それも直進したまま姿勢を低くして攻撃を素通りさせる。

 

 防御よりも攻撃に重点を置いていたスクハが怪物(モンスター)の群れに突っ込む時にこうやっていた気がして、それを真似した。そこから短刀で一閃してもよかったのだが、短刀を構え直して振り下ろしている間に三発目が来るかもしれない。

 

 だからただ勢いに任せ、姿勢を低くしたところから勢いよく地を蹴り膝をウォーシャドウの腹にあたる部分に叩き込んだ。

 ウォーシャドウの体が衝撃で浮き、そこから短刀を振り下ろすとウォーシャドウの体はあっけなく一刀両断される。

 

 

 今日はなぜか【基本アビリティ】の上りがよかったものの、実にあっけなかった。

 耐久力がゴブリン並なので一撃なのは予想していたが、エイナに新米殺しだと散々注意されていた分、簡単に勝ててしまったことが意外でならなかった。

 それでも慢心はしない。

 

 エイナが熱心に怪物(モンスター)やダンジョンの知識を教えてくれて、スズとスクハの真似事がたまたま上手くいっただけだ。

 再び怪物(モンスター)が生れ落ちる前に六階層から撤退して、スズと合流しなければならない。

 立ち止まっている暇も余裕もなく、疲れた体に鞭を撃って六階層の入口を目指す。

 

 

 

 

 

 ピキリとまた音が鳴る。

 

 

 

 

 まるで弱った獲物を逃さないかのように、先ほどのような不意打ちはもう意味がないぞとあざ笑うかのように、背後から、上から、目指すべき六階層入口へ行く退路から、怪物(モンスター)が次々に生れ落ちる。

 

 今いる場所は狭い通路だ。

 この数に挟まれたら例え自分の方が強くても一巻の終わりである。

 

 慌ててベルは帰り道の途中にある広間まで退避することを決める。

 少しでも怪物(モンスター)の数を減らそうと、退避に支障が出ない怪物(モンスター)は生れ落ちた手前に倒しながら、広間まで無事飛び出すことは出来た。

 

 しかし、また広間の正面にある通路にも怪物(モンスター)の群れが見える。

 この場所は狭い通路より戦いやすいが、このままでは挟み撃ちの状態であることに変わりはない。

 五階層を目指して無理やり正面の通路を突破するべきか、この場に残って戦うべきか。

 見たところ正面の怪物(モンスター)はウォーシャドウ三匹にフロッグ・シューター一匹。

 

 背後にいる今もなお生まれ続けている怪物(モンスター)の数は正直数えたくないほどいた。

 

 エイナから多いとは聞いていたが、多すぎる。

 聞いていた話よりもずっと多い。

 この広間でも物量による四方八方からの攻撃を避けることなんて不可能だ。

 そもそもダンジョン攻略の大前提が一対一に持ち込んで倒すの繰り返しである。

 背後の敵とやりあうのは問題外だった。

 

 立ち止まれば死ぬ。

 そう覚悟を決めて正面突破を試みる。

 伸びてくるウォーシャドウの腕を斬り払い、脇腹を割かれながらも突進。

 突破してスズと合流しなければ、ベルを探しに来たスズがこの数と対面することになる。

 

 ここでベルが命を落としたら、間違いなくスズも死ぬ。急がなければここにたどり着く前に五階層で怪物(モンスター)の群れに襲われて命を落としてしまうかもしれない。

 

 

 

 ―――――行き場のないベルとスズに手を差し伸べてくれたヘスティアの笑顔が浮かんだ。

 突然何かに怯えるように飛び出して、声を出して泣いてしまった時の、怯えきったスズの泣き顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 自業自得とはいえ、自業自得だからこそ、彼女達を巻き込んではいけない。

 ベルが死んでスズまでもが帰ってこなかったらヘスティアはどんな顔をするだろう。

 考えたくもない。

 

 スズが無事だったとして、ダンジョンまで追いかけてすらいなかったとして、ベルが死んだらどんな顔をするだろう。

 二人とも泣くに決まっている。

 大好きだった祖父が亡くなった悲しみをベルは知っている。

 だから絶対に死ねないし、絶対に守らないといけない。

 

 

 一匹目のウォーシャドウから伸びる両腕を薙ぎ払い、頬や脇腹をかすめ痛みを感じるがベルは立ち止まらない。

 一匹、二匹とウォーシャドウを短刀で仕留めると、その短刀をピンポイントでフロッグ・シューターが舌を伸ばして弾き飛ばしてきた。

 怪物(モンスター)が後続の為に武器を狙って来たことに驚くが、ベルはそれでも止まらない。

 最初に薙ぎ払い切断したウォーシャドウの腕を拾い上げ、それでフロッグ・シューターを切り裂き、その際に武器として使ったウォーシャドウの腕がもう使い物にならないくらいポッキリと折れてしまったので、両腕を切断してほぼ無力化した最後のウォーシャドウに向かってそれを勢いよく投擲した。

 

 投擲した腕はウォーシャドウの腹に直撃し、衝撃で怯んだ隙をついて全力でウォーシャドウの顔面に拳を叩き込み、その拳が頭部を貫通する。

 

 これで前方に敵はいなくなった。

 まだ新たに怪物(モンスター)が湧く気配はない。

 後方の怪物(モンスター)は隊列も組まずに無秩序にただ真っ直ぐベルを目指している。

 

 この集団を連れてスズと合流する訳にはいかない。

 ベルは弾かれた短刀を拾い上げ、一匹、また一匹と怪物(モンスター)を切り裂いては少し引き、切り裂いては引き、相手の足並みを揃えさせないように一匹ずつ仕留め、時には曲がり角なども利用して怪物(モンスター)を処理していく。

 

 

 それでも、撤退途中に遭遇した敵とは正面からぶつかるしかないため、一戦ごとに体力が減り傷もどんどん増えていく。

 限界が近いのは自分が一番よくわかっていた。

 それでもスズとヘスティアを悲しませたくないから、絶対に死ぬわけにはいかないと自分を奮い立たせる。

 

 追いかけてくる最後の怪物(モンスター)を倒した時には、六階層の入口までたどり着いていた。

 ようやくまともに肺に酸素を入れることができて、激しく息を切らしながらベルは地面に力なく膝をついてしまう。

 

 限界なんてずいぶん前から超えていた。

 それでも大切なスズとヘスティアのためにも帰らないといけない。

 そんな気持ちだけで立ち上がり五階層に上がっていく。

 

 

 上がった先で待ち構えていたのは『ボーリング・ビートル』の群れに加えて『ジャイアント・ラット』が混ざっている。

 どちらも五階層の怪物(モンスター)で『ウォーシャドウ』のような新米殺しではない。

 しかし『ボーリング・ビートル』はとにかく固くタフである。

 むろん七階層に出てくる『キラー・アント』と比べると当然柔らかい部類に入ってしまうのだが、『キラー・アント』を倒したければまずは『ボーリング・ビートル』を楽に倒せるようになってからと言われている最初に遭遇する硬い怪物(モンスター)である。

 

 一方『ジャイアント・ラット』の方は飛びぬけた能力はないものの、能力が完全にコボルトを五階層の怪物(モンスター)レベルに合わせたような怪物(モンスター)だ。

 コボルトより少しばかり大きい巨大鼠『ジャイアント。ラット』をコボルト相手の気分のまま挑んだら返り討ちにあったという間抜けな話はよく笑い話にされているが、数で来られるの困るのはどの怪物(モンスター)でも同じことだ。

 

 何よりもこの『ジャイアント・ラット』は微弱ながら『毒』を持っている。

 状態異常や何かに特化した能力などなど、今後出てくるであろうダンジョンの脅威の顔見せをしてくるのがこの五階層なのだ。

 

 

 四階層と比べても一気に対策しなければならないことも増え、飛びぬけた脅威はいないもののダンジョンらしさが出始める階層である。

 

 来る途中はしっかりと倒せていたが、今は疲労困憊な状態。

 それなのに硬くて持久戦を強いられてしまうボーリング・ビートルが五匹。

 ジャイアント・ラットが二匹だ。

 ボーリング・ビートルは足が遅いので無視したいところだが、ジャイアント・ラットが逃走を阻んでくるだろう。

 スズを置いて行った罰があたったのかな、とベルは思わず苦笑してしまう。

 

 

 

 

 ――――リンと鈴の音が響いた。

 

 

 

 

 それと同時に電光がボーリング・ビートルの体を貫く。

 勢いよく真っ直ぐ直進するスズの姿が怪物(モンスター)の群れの奥に見え、ホーン・ビートル四匹とジャイアント・ラット二匹がスズのことを脅威とみなして一斉に飛びかかる。

 

「【雷よ。粉砕せよ】」

 

 続いて放たれる巨大な雷で怪物(モンスター)の群れが同時に焼かれ、射程外で一匹だけ残って飛びかかるジャイアント・ラットは恐れることなくスズに飛びかかっていく。

 詠唱する時間はないと判断したのだろう。

 スズは飛びかかるジャイアント・ラットの頭部を鷲掴みにして地面に勢いよく叩きつけてから【ソル】で仕留めた。

 

 今のは明らかにスクハが好みそうな攻撃に重点を置いた突撃だった。

 自動修復が間に合っていないコートはところどころ破れており、破れた個所から痛々しい傷跡が見えた。

 拳からも血が滴り落ちている。

 ベルと同じく防具をつけていない。

 それどころか盾も剣も持っていない。そんな無茶な戦い方をしていたのがスクハでなく、間違いなくスズだと見た瞬間から何となくわかってしまった。

 

 やっぱり無理してまで一人で五階層まで来てしまったのだ。

 スズを優先するスクハの意志を跳ねのけて、無茶な戦い方をしてボロボロになりながら、ベルの予想よりもずっと早くに五層までたどり着いてしまった。

 

「ベル生きてる!? 生きてるよね!? いなくならないよねッ!?」

 スズが涙目で飛びついてくる。

 

 また泣かせてしまった。

 またスズに助けられてしまった。

 

 自業自得で危ない目にあったのに、スズのことを置いてきてしまったのに、自分だってぼろぼろのはずなのに、子供らしく泣きながらベルの胸にしがみついている。

 結局泣かせてしまった。

 弱い自分のせいで、スズに辛い思いをさせてしまった。

 

「もっと下にも一緒にいくからッ……一緒に頑張るからッ……。みっともないとか思ってないからッ……。ベルのこと大好きだからッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――――――――お願いだから、いなくならないで――――――――

 

 

 

 

 

 そう、スズは泣き続けた。

 当然、回復薬(ポーション)なんて持っている訳もなくボロボロの状態で上へ上へと階層を上がって行く。

 

 怪物(モンスター)と遭遇しても、移動してても、スズは震えながらベルの手を離さなかった。

 怪物(モンスター)を見つけては【魔法】で倒し、震えては泣き出す。

 ただただそれの繰り返しだった。

 

 会話はなかった。

 会話をする余力なんかなかったけど、スズの泣き声と悲しげに鳴り響く鈴の音しか聞こえないのは、とても辛かった。

 

「いなくならないから。僕はどこにもいなくならないから。スズ、心配掛けてごめんね。本当にごめんね」

 そう言っても泣き止んでくれない。ただただ何かに謝り続けて泣き続けている。

 

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 

 

 

 螺旋階段を上がる頃には表情は暗いままだがようやくスズは泣き止み、バベルの外に出ると、スズは緊張がほぐれたのかそこで意識を手放した。

 スクハが出てくることもなく完全に意識を失ってしまっている。

 ベルの体が悲鳴を上げるが、それに構わずにスズを背負ってホームに向かって歩き出す。

 

 人通りはない。

 もうすぐ夜明けだから当然か、そうぼんやりと思いながら、日が少し見え始めた頃、ようやくホームの教会が見え、いつまでたっても帰ってこない二人をよほど心配していたのか、ヘスティアが教会前に立っていた。

 

 かなりの間探し回っていたのだろうか普段着の上から羽織られているヘスティアのコートはたった一日で薄汚れてしまっている。

 

「ベル君!! スズ君!!」

 ヘスティアの悲鳴に近い声、いや、悲鳴が聞こえた。

 逃げたから、二人とも傷つけてしまった。

 危うくまた取り返しのつかないことになるところだった。

 身も心も弱いから、自暴自棄になって、大切な二人を巻き込んでしまった。

 

 

 

 

 ―――――神様……僕、強くなりたいです。

 

 

 

 大切な者を傷つけないように、大切な者を守れるように、身も心も強くなりたい。

 大きく躓いたにも関わらず、ベルの心は、ベルの夢は、さらに輝きを増すのだった。

 

 




泣いたって転んだって失敗したって、男なら最後まで折れずにハーレムを目指すもの。
ベル君これでも折れません。



 【暑さで沸騰した頭から飛び出でたどうでもいい執筆中の小話】
五階層でスズに助けられて泣き付かれた後、六階層から上がってきたフロッグ・シューターにスズが丸呑みされでもしたら、無事に助けることができてもベル君立ち直れるビジョンがまったく浮かばなかったので、一瞬頭によぎったもののそれはボツとなりました。幼女は大切に。ペンギンさんとの約束だ!


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Chapter06『力の貸し方』

大切な人の力になりたいと思うお話。


【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】

 【注意】
例えば『黒くて硬いヘスティアナイフ』などのお下品でおバカなネタが嫌いな方は
ご注意下さい。この話にはそんなおバカな成分が含まれております。

【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】



 ボロボロのベルが同じくボロボロのスズを背負って帰って来た時、ヘスティアは叫ばずにはいられなかった。

 

 何があったかは二の次で二人の傷の具合を見る。

 ベルもずいぶん落ち込んでいるのか反応がない。

 スズがアイズから貰ったらしい万能薬(エリクサー)を一口分に小分けして移した試験管を二つ冷蔵庫から取り出し、一つをベルに飲ませ、気を失っているスズにどうやってもう一つを飲ませてあげようか悩む。

 

 飲むだけではなく体に塗っても効果を及ぼすが、体全体の切り傷や打撲だと飲ませた方が効率がいい。

 

『……貸して……』

 すると弱々しい声でスクハが試験管を受け取りそれを口に含んだ。

『……何も……聞かないで……』

 それだけを言ってスクハがベッドまでおぼつかない足取りで歩き、そのまま力なくベッドの上で倒れ込んでしまう。

 

 傷は回復しているように見える。

 疲れか、もしくは精神疲労(マインド・ダウン)だろう。

 

 一先ず休んでいれば治ってくれそうなことに安堵の息をついて、今度はベルをソファーまで誘導して座らせてあげる。

 

「スクハ君がかばったんだ。理由は聞かない。怒ってるけど聞かない。でもこれだけは聞かせてくれ。誰かに……襲われたのかい?」

「いえ……僕は……」

「そこから先は言わなくてもいいよ。反省どころか、後悔しているのは顔を見ればわかる。訳を言って怒られたいという気持ちは君の自己満足でしかないからね。ボクは死ぬほど心配したし、今すごく怒っているけど、君達が無事帰って来てくれたことが嬉しいんだ。もう自暴自棄になって無茶なことしないでおくれよ」

 おそらく何らかの理由でベル一人がダンジョンに行くことになり、スズがその後を追っていったのだろう。

 

 防具もつけず、スズにいたっては武器すら持たずなんて無茶をしたものだ。

「……ごめんなさい……」

「傷は癒えても失った体力までは回復していない。先にシャワーを浴びておいで。その間にボクがスズ君の体を拭いてあげているから」

「……はい、ありがとうございます。スズのこと…よろしくお願いします」

 ベルがおぼつかない足取りでシャワー室まで向かうので、ヘスティアはベルの体を支えながらシャワー室に送ってあげる。

 

 劣化しはじめた万能薬(エリクサー)一口でも傷やある程度の状態異常は治せるが失った体力……疲れまでは完全には回復しない。

 だから回復薬(ポーション)に頼った不眠不休の探索は出来ず、アイテムの節約という意味合いもあるが、遠征など数日間ダンジョンに籠る時は安全階層(セーフティポイント)でキャンプなどを張り交代制で見張りを立てながら休息をとるのだ。

 

 ベルがシャワーを浴びている間にスズの衣服を脱がしてお湯で湿らせたタオルで汚れた体を拭いてあげる。

 お出かけ用の普段着どころかキャミソールまで引き裂かれ、いたるところに自分か怪物(モンスター)かもわからない血や泥が付着している。

 万能薬(エリクサー)を先に飲ませていなかったら、自動修復されるコートに覆い隠された痛々しい傷の数々を目にすることになり、今以上にショックを受けてきっと取り乱してしまったことだろう。

 

 スズの体を綺麗にして寝巻に着替えさせてあげてからしばらく経つとベルがシャワー室から戻ってきた。

 その足取りは相変わらずおぼついておらず、いつ倒れても不思議ではないほど疲労困憊してしまっている。

 

「今は恥ずかしがらずスズ君と一緒にベッドで休むように。ボクも疲れているから三人一緒だけどいいね?」

「はい……ありがとうございます……」

 よほど疲れているのか、ショックだったのか、そこで力尽きるようにベルは前のめりに倒れた。

 

 ヘスティアは慌てて崩れ落ちるかのように倒れるベルをその胸で抱き留める。

 

 

 

 

 

 ―――――神様。僕、強くなりたいです。

 

 

 

 

 

 意識を手放す瞬間にベルはそう言った。

 ベルはぼろぼろになったスズを見てもうこんな目に遭わせないようにもっと強くなろうとしている。

 心身ともに疲労困憊になっているにもかかわらず、自暴自棄になって自分を追い詰めるくらいのショックを受けてもなお、もう二度とそんなことを起こさないように身心共に強くなろうと、心の芯は折れていない。

 

 とても強いな、とヘスティアは思った。

 もう充分にベルの心は強い。

 それでも今のままだといつか大切なものを取りこぼしてしまうから、もっと強くなって絶対に取りこぼさないために本気で物語に出てくるような英雄を目指している。

 

 そんな綺麗な夢をヘスティアは手伝ってあげたかった。

 力になってあげたいと思った。

 綺麗な夢を見続けさせてあげるためにも、その夢に一歩でも近づかせてあげたいと思った。

 

 ベルとスズの為に無力な自分が出来ることを必死に考えると、陳列棚を楽しそうに眺めるベルとスズの姿を思い出した。

 自分に出来ることはこれしかない。

 相変わらず人頼みになってしまうが、どうしてもヘスティアはベルとスズを、綺麗な夢も守りたくて半月ぶりにヘファイストスに頼み込む覚悟をする。

 

 きっと断られてしまうだろうが、みっともなくても、自分自身のことならどんな対価だって払う覚悟で頼みごとを引き受けてくれるまで頼み込もうと決めた。

 

 ヘスティアはもう、自分だけ見ているだけなのは、ただ養われているだけなのは嫌だった。

 母らしく子供達を守り、やりたいことを後押しをしてあげたいと思ったのだ。

 ちょうど今日の夜、ガネーシャ主催の神々のどうでもいい雑談会『神の宴』が開かれ、その招待状がヘスティアにも届いている。

 きっと『神の宴』にはヘファイストスも参加するだろう。

 

 宴に参加するのに徹夜は不味い。

 ヘスティアは自分の胸で眠るベルを頑張って引きずってベッドの上まで運び、自分も少し仮眠をとることにした。

 

 

§

 

 

 万能薬(エリクサー)のおかげで睡眠時間三時間程度でベルは目を覚ました。

 体のだるさもほとんど感じず、まだ少し気落ちしてしまいそうになってしまうが、自分が元気がないとまたスズやヘスティアに心配を掛けてしまう。

 

 ベルはそんな自分に活を入れようと体を起こそうとするが、軽い何かが引っかかりその行動を妨害してくる。

 

 何だろうと目を向けると、またもやスズがベルの胸に顔を埋めて、今度はスズ自身ががっしりとベルの体を抱き枕がわりにするかのように抱きしめていた。

 当然のように背中には殺人兵器級の柔らかく温かい感触が引っ付いていて、ヘスティアもまたベルに抱き着いている。

 

 嬉しいけどこれは耐えられない。

 兄として男としてとても耐えられる状態ではない。

 自制心は保てても自分の硬くなるモノは自制心なんかでは抑えきれず、そんなモノを大切な妹の体に当てる訳にもいかない。妹を守ろうとする行動実行に対して【英雄願望(アルゴノゥト)】が蓄力(チャージ)を開始する。

 

 だからそうじゃない、と余計なところで勝手に発動する【英雄願望(アルゴノゥト)】を慌ててキャンセルして、スズとヘスティアを起こしても構わないとベルは緊急離脱を試みた。

 

 飛び跳ねるように逃げるベルの体からヘスティアの手がするりと抜けおちる。

 が、スズは眠っているにも関わらずその手の力を一切緩めずにベルの体と一緒に飛び上がってしまう。

 

 これで手を離さないなんて思いもよらず、バランスを崩してベッドから転落してしまう。

 このままではスズを押しつぶしてしまうのでそれは不味いと床に落下する前に体をひねり、ベルはスズをかばって床に背中を打った。

 

 少し打ち付けられた背中が痛むが、冒険者として向上した肉体はこの程度の高さから落ちたくらいで傷つくほど軟ではない。

 軟ではないのだが、普段軟なのに今は硬い部分にちょうどスズがまたがる形でベルの体に身を任せており、六階層で遭遇した怪物(モンスター)の群れとの戦闘以上の危機にベルは瀕していた。

 

 

 

 『あなたが(リト)か』と謎の電波が天から発せられた気がしたが構っている余裕はない。

 

 

 

 ベルの顔と頭が沸騰してしまう。

 なぜか再び蓄力(チャージ)を開始しようとする【英雄願望(アルゴノゥト)】で正気に戻り、いい加減にしろと慌ててキャンセル。

 スズの手からはもう力が抜けていたので、そこから急いで抜け出し、スズをベッドに寝かしつけてから洗い場に猛ダッシュ。

 服が濡れるのも構わずにベルは頭から冷たい水を被る。

 

「……ベル?」

 さすがにあれだけどたばたすれば目を覚ましてしまうのは当然だ。

 スズがいつものように軽く目をこすりながら「んー」と軽く背伸びをしてきょろきょろとベルの姿を探し、そして目が合う。

 

「ベル、おはよう」

 いつものスズの笑顔がそこにはあった。

 その笑顔にほっとして、大切な日常がまたはじまってくれて、いつの間にか頭の熱は冷めてベルは平常心を取り戻していた。

 

「おはようスズ。体の具合はどう?」

「もう元気いっぱいだよ。朝ごはんの準備ちょっと待っててね」

 エプロン替わりの白いコートを寝巻の上から羽織って、ぱたぱたぱたと小走りに洗面所に向かい、顔を洗って、軽く身だしなみを整えていつものリボンと、プレゼントした首飾りと髪飾りを付け、鏡の前でちょんちょんと髪飾りの位置をいつもの場所に調整し、満足したのか「うんうん」と鈴の音と共に何度か頷く。

 

 そして綺麗な音が鳴り響くように舞ながらベルの方を振り返り、両手を後ろに組んで「変なところないよね」と愛らしい笑顔を見せてくれた。

「うん、いつも通り可愛いよ」

「ありがとう。朝ごはんはスープとパンと…この卵はそろそろ使っておいた方がいいかな。ベーコンエッグだけでいい? サラダの分のお野菜足りなくて」

「大丈夫だよ。いつも十分すぎるほど食べさせてもらってるし」

 スズのおかげで田舎暮らしの時ではしたことがないほど毎日品目が多い食生活を送らせてもらっている。

 

 その分食費もかさんでしまっているが、商店街の人からおまけしてもらったりしているし、ダンジョンでの稼ぎも悪くない。

 

 何よりも毎日美味しいものをご馳走してくれるのだから文句なんてある訳がなかった。

 スズ自身が料理を作るのも食べてもらうのも食べるのも好きなので、ベルやヘスティアも手伝いはしても【ヘスティア・ファミリア】の食事事情は完全にスズが担当している。

 

 家計簿もつけているようで、生活面では完全にスズに頼りっきりになってしまって申し訳なく思ってしまうが、趣味でやっていることだからそれを取らないでほしいなと苦笑されてしまい、そう言われてしまうとやらせてあげるしかなくなる。

 

 そんな大好きな日常を、幸せな生活を、大切な人達を守るために頑張り続けたいとベルは思う。

 

 大切な人が悲しまないように、自分のことを粗末に扱わないように、恋い焦がれるアイズ・ヴァレンシュタインすら守れるくらいに強くなろう。

 そうすればきっと、全部を守れるくらい強くなっているに違いないのだから。

 

 

§

 

 

「「神様、心配おかけしました」」

「本当に死ぬほど心配したんだから、今後は気を付けておくれよ。スクハ君も君達も本当に心臓に悪いよ。ささ、しっかり反省しているようだし、湿った話は抜きにして朝ごはん食べようぜ。昨日はスズ君が晩ご飯作ってくれなかったから、ボクは今、圧倒的にスズ君成分が足りないんだよっ!!」

 これ以上この話を長引かせても二人のためにならないし、二人とも理解してくれているはずなので、ヘスティアはスズに頬ずりをして撫でまわして場を和ませた。

 

 いつもどおり「くすぐったいですよっ」と頬を赤めてもスキンシップとしてそれを受け入れてくれるスズが誰かに襲われて事件に巻き込まれたのではないかと心配してしまった分、無事帰って来てくれたことが何よりも嬉しい。

 

 相手のことを考えて心遣いが出来る二人なので、特に尾を引くこともなく、そのままいつも通り何でもない会話をしながら美味しく食事をして、三人で食器を片付ける。

 

「さて、今日の夜からしばらく用事で出かけないといけないから、今のうちに【ステイタス】の更新をしておこうぜ」

「もしかしてガネーシャ様の宴に参加するんですか?」

「お、よくわかったねスズ君。ミアハから教えてもらったのかい?」

「いえ、部屋のお掃除で棚の整理してたら【神聖文字(ヒエログリフ)】で書かれた手紙があったもので。招待状はわかりやすいよう封筒の入った戸棚の一番上に置いてありますよ」

 

 まさか一〇歳という年で【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めるとは思わず、どんな英才教育を受けて育ってきたんだとヘスティアの笑顔は思わず引きつってしまった。

 

 そういえば最近、ずいぶんとこった蜂蜜酒をスクハが造酒しているのも思い出す。

 テストを兼ねて一週間で作られた簡易蜂蜜酒を飲ませてもらったが、ヘスティアは十分市場に流しても大丈夫なものに感じたのに、スクハは全然その味に納得しておらず、造酒技術もかなりのものとうかがえた。

 

 とにかくスズとスクハは知識面において度が過ぎるほど優秀である。

 実は北西の神々の誰かに改造された『IQ600の改造人間』で、腰のベルトで変身して人知れず悪の秘密結社と戦っていると言われても納得できてしまうほどの優秀だ。

 でもスズのイメージ的には、『みなぎる愛のハート戦士』の方がピッタリか。

 そこまで思ったところでヘスティアは、これじゃ自分も娯楽に飢えた他の神と同じじゃないかと勢いよく首を横に振って変な妄想を振り払う。

 

「それじゃあまずは、いつも通りベル君から更新いこうか」

 そんな妄想をごまかすためにもベルをベッドに誘導して、いつも通り更新に入ると、スズがベルの背中をじっと見つめている。

 おそらく伸びがいいベルの【基本アビリティ】が気になるのだろう。

 

「スズ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」

「あ、ごめんね。でも、なんだか今回もすごく伸びてるからちょっと実況させて? わ、力がG、耐久もH、って、すごいよベルッ! 耐久と敏捷以外全部Gで、敏捷はFまで伸びたよ!」

「え゛、いや、さすがにそれは……ないですよね、神様?」

「畑仕事してたからかな。たくましいし、ベルのこと本当にすごいと思ってるよ?」

「そこは実況しなくていいから!!」

 スズの言葉にベルの顔が真っ赤に染まる。

 

 ヘスティアはその微笑ましいやり取りに頬を緩ませてからどういう風に言ってあげるのが一番いいかを考える。

 今のベルなら一気に強くなったからといって慢心することもないし、何より大切なものを守るために強くなろうとしているのだから、憧憬一途(リアリス・フレーゼ)だけは自覚したらどんな心境の変化を起こすかわからないので伏せておき、ありのままの【基本アビリティ】を教えてあげた方がいいだろう。

 

「魔力は【魔法】が発現してないから0のままだけど、その他はスズ君が言った通りだよ。何故だか知らないけど、今の君は恐ろしく成長する速度が早い。言っちゃえば成長期だ。聞く限りだとスズ君やアドバイザー君が提案した戦術やコンビネーションをすぐに実行できて、ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』にも耐えた。君には才能がある。冒険者としての器量も、素質も、君は兼ね備えていると思うんだ。君は強くなれるよ、ベル君」

 だから無理をしないと信じて背中を押してあげた。

 

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)の部分だけ消して、共通語に写し変えてあげた【ステイタス】をベルに渡してあげる。

 

「ただし調子に乗ってまた無茶なことしないでおくれよ。もうわかっているとは思うけどね」

「わかっています。神様やスズを心配させるようなことはもうしません。神様の期待に応えられるよう僕頑張ります!!」

 だけど褒められたのが嬉しくて目をキラキラさせているベルを見てしまうと、ついつい頑張りすぎてしまいそうでやはり心配になってくる。

 

 少し褒めすぎただろうか。

 でも、「心配させるようなことはもうしません」と真剣に真っ直ぐ目を見て言ってくれたから、しっかりわかってはくれているはずだ。

 

「さて、スズ君の【ステイタス】も更新させるから、ベル君は少しの間外で待っていておくれ」

「はい。それじゃあまた後で!」

 ベルが出ていくのを二人で見送り、スズに寝間着の上を脱いでもらってベッドで横になってもらう。

 

 また魔力が下がっていそうで怖いが、下がっていたらまた上げてあげればいいと覚悟を決めて更新作業に取り掛かる。

 

「それで、調子はどうだい?」

「ケガの方はもう大丈夫です。無茶だってわかってたんですけど、いてもたってもいられなくて……すみません、神様」

 いつも通り釣竿を垂らしてみたのにスクハが出てこなかった。

 

「そ、そういう【スキル】だから仕方ないさ。無事に帰って来てくれて本当によかったよ。武器くらいはただの外出でも携帯した方がいいんじゃないかな。ダンジョンだけでなく、もめ事に巻き込まれることだってあるんだ。特にスズ君は可愛いんだから、護身用の武器は持っておいてくれるとボクも少しは安心できるよ。口をふさがれてしまっては【魔法】も使えないしね」

「そうですね。携帯用の武器を買うまでは、いつも通り剣と盾くらい背負っておくことにしますよ」

 普通にスズとの会話が続いて行き、弱々しい声で二言だけしか話さなかったスクハのことがだんだん心配になってくる。

 

「スクハ君」

『……聞こえてるわ……。疲れているのだから……今日は勘弁してもらいたいのだけれど……。『スズ・クラネル』の前で『二度』も私のこと口にするの…やめてもらえないかしら』

 ようやく返事があったがやはり声が弱々しい。

 

「無事ではなさそうだけど、君がいなくなってなくてボクは安心したよ。何があったんだい?」

『……疲れてるって言っているのに、貴方、弱っている私をいじめてそんなに楽しいの? だとしたら、さすがに軽蔑するのだけれど……』

「それだけ言えれば十分安心できたよ。ごめんよスクハ君。無理をさせてしまって。スズ君を守ってくれたのだろ?」

 

『……間接的には……ね。主導権がとれなかったから……私が行ったことと言ったら『悪夢』の引き受けと出力調整だけよ。後は『スズ・クラネル』が無茶をして、そのしわ寄せが全部私に来ただけ。ビンはおそらく減ってないわ。怖い思いはしたけど、何も失ってないし、嫌な思いはしてないもの。全部私が持っていったから大丈夫なはずよ』

「それは君が大丈夫じゃないだろ!!」

 

『だから……疲れてるって、言っているでしょう。お願いだから休ませて。『悪夢』を引き受けてるだけでも大変なんだから……。安定したら、私から声を掛けるわ……。だから『一度目』のようなうっかりは……やめてちょうだい……』

「一度目?」

「……『スズ・クラネル』の前で貴女……堂々と私の名前を呼んだでしょ……」

 一度目とはいつのことだろうとヘスティアは自分の記憶をたどる。

 

 呼びかけた「調子はどうだい?」ではないはずだ。

 毎回気を使ってヘスティアは最悪出てこなくてもいい言葉で話しかけているのはいつものことである。

 

『『スクハ君も君達も本当に心臓に悪いよ』……なんて言って。わざわざ私を分けないでもらえないかしら。気にしてはいなさそうだけれど……その言葉素通りさせてしまったわ……』

 

 言われてみれば最初二人を注意する時に言ってしまった気がして、ヘスティアの血の気が引いてしまった。

 自分のミスもそうだが、あのスクハがとっさに出てこれないほど消耗しきっているのだ。

 

 大丈夫どころの騒ぎではない。

 明らかに一番の重症者だ。

 これ以上引き止める訳にはいかなかった。

 

 ヘスティアは深呼吸を一度し、平常心を何とか保つように心掛けてからスズの方に話しかける。

 

「スズ君。【ステイタス】の更新終わったよ」

「えっと、ずいぶんなりふり構わず戦っていたんですけど、【基本アビリティ】の伸びはどうでしたか?」

「かなり伸びた方なんじゃないかな。流石にベル君と比べることは出来ないけど」

 

 

 

力:i 83⇒95  耐久:h 162⇒180 器用:h148⇒151

敏捷:i 37⇒81 魔力:g229⇒249

 

 

 

 器用があまり上がっておらず、今まで伸びが悪かった敏捷が一気に跳ね上がったのは、よほど急いで階層を降りて行ったのだろう。

 耐久の上りがよく器用の上りが悪い事からただひたすら目的地を目指して力任せに正面突破をし続けたことがうかがえる。

 これも敏捷の伸びに結びついていると思われる。

 

 少なくとも今まで戦っていた三階層、それと同等程度の四階層ではなく、一気に難易度が上がる五階層辺りまで単独で直進し続けたのが今回の更新結果だ。

 魔力が下がっていないのはスクハが無理をしてくれたおかげなのか、それと『親しい者との関係に不安を抱く』という条件に当てはまらなかっただけなのか。

 いまいちヘスティアには基準がわからないので何とも言えないが、スズが何も言ってこない以上、条件に当てはまらなかったと思っておいた方がいいだろう。

 

「ベルの更新を見た後だと感覚がマヒしちゃいますけど、無茶なことしちゃった分、すごいことになってますね」

「わざと無茶なことして【経験値(エクセリア)】の荒稼ぎなんてしないでおくれよ」

「しませんって。そんなことをしても多分すぐに伸びが悪くなってしまうと思うので、私はゆっくり術式を作りながら頑張ります。ベルがあの調子で伸びていったら、いつか私は後衛に回ることになると思いますし、これから先【基本アビリティ】が伸び悩んでも、魔力以外はおまけみたいなものだって割り切りますよ。だから神様が心配すること、なるべくしないよう頑張ります」

 スズはそう笑った。

 

 今後の方針をしっかり見据えて、自分を無理させるであろう【心理破棄(スクラップ・ハート)】のことまで考えて、そう言ったのだ。

 

 本当に聡い子で、それでいて気遣いのできる優しい子だ。

 そんなスズにしてあげること、愛情を注いであげる以外に出来ること、ヘファイストスに何を作ってもらった方がいいかを考える。

 やはり杖だろうか。

 でも鍛冶屋(スミス)である【ヘファイストス・ファミリア】と杖を扱っている魔法関係専門の魔術師(メイジ)はカテゴリーが全く違うので、杖は取り扱っていないかもしれない。

 

 それも含めてヘファイストスに相談してみようとヘスティアは思った。

 

 




ええ、また光らせてしまいましたとも。
ベル君だって男の子なんだから許してあげてください(笑)

【追記】
致命的な補足不足をご指摘していただいたため、更新シーンに補足が入りました。うっかりだったのはヘスティア様ではなく私だったようです(ゴフ)


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Chapter07『神の宴』

ヘスティア様がヘファイストス様にお願いするお話。


 神々の宴。

 それは気ままな神がやりたい時に開く気まぐれな神らしい社交場である。

 

 今回の主催者である「俺がガネーシャだ!」な挨拶を聞き流した後、ヘスティアは豪華な食事にも目もくれずに神友であるヘファイストスの姿を探して会場である派手なホールを歩き回る。

 

「二次元くらいハイエースしたっていいだろ!」

「貴様それでも見守る会の会員か!」

「鬼畜! マジお前鬼畜!」

「らぶらぶちゅっちゅが最高だろ常考」

「いや剣姫との百合百合だろ。猫ちゃん憧れてるらしいぜ。勿論受けな。フヒヒ」

 途中でいつにもまして変な会話をしてる神々を見かけてしまう。

 

「お前達何を言っている! 二次元は自由だ!! 好きな発想をしていいんだぞ! 現実では優しく愛でて見守り、二次元では己の欲望を爆発させろ!! 二次元はいいぞ二次元は!! 実によくなじむ!! お兄ちゃんとの温泉旅行から鬼畜物まで貴様らの為に描いてきてやったぞ!! 存分に味わうがいい!! お土産にストラップやマグカップもある!! さあ宴だ!! 好きな物を持っていくがいい!! 我等の至高は子供達の笑顔!! それを汚さず欲望を満たすのだ!!」

「「「「エロス、貴方が神か」」」」

「俺はガネーシャだ!」 

 

 あまりにも馬鹿らしい会話をしていたので近づきたくなくなり、ヘスティアは別の場所を探すことにする。

 

「あらヘスティア、久しぶり。宴に来たとしても日持ちするものをタッパーにつめているんじゃないかと心配したわ」

「ヘファイストス! 会いたかったよっ!!」

 するとヘファイストスの方から自分を見つけてくれて、嬉しくて思わず飛び込んでしまった。

 

 ヘファイストスはそれを抱き留めて「元気そうでなによりだわ」と微笑んでくれる。

「だけど、もう貴女には一ヴァリスも貸さないわよ」

「失敬な。お金はもう借りないよ。食事だってボクの可愛い子供が美味しいものを毎日作ってくれるんだ。そんな貧乏くさい真似なんかするもんかっ!」

「ならせめてもう少しましな服を着てきて欲しかったけど……。でも良い髪飾りしてるじゃないの」

「へへへ、いいだろ。ベル君とスズ君がボクにプレゼントしてくれたんだぜ!」

「ただ養われているのは相変わらずなのね」

 ヘファイストスは軽く頭を抱えて大きくため息をついてしまっていた。

 

「ボクだってヘファイストスが紹介してくれたバイトだけど、これでも頑張ってるんだぞ。ほらこれ、泣き付いて借りちゃったお金。用意してくれた家具の分はわからなくて入ってないけど、全部ボクが稼いだお金なんだ」

 ベルとスズのおかげで生活費は安定しているので、ヘスティアが稼いだバイト代はヘファイストスに返すために貯めていた。

 

 それなりに重いヴァリスの入った巾着袋の中身を見て、ヘファイストスはよほど衝撃をうけたのかぽっかりと口を開けてしまっている。

 

「ヘスティア。熱はない? 本当にしっかり食事をしているの?」

「してるよ! ヘファイストス、ボクが恩を仇で返すような神に見えるかい?」

「そこまでは思っていないけど、とにかく何とかやっていけているみたいで本当に私は嬉しいわ」

 ヘファイストスが嬉しそうに安堵の息をついた。

 どうやらかなりヘスティアのことを心配してくれていたらしい。

 

「ふふ……相変わらず仲がいいのね」

「え、フ、フレイヤ?」

 ヘファイストスとやり取りをしてる中、美の女神フレイヤがヘスティアに微笑んできた。

 

 その美貌だけで下界の子供達も神すらも虜にしてしまう美の神。

 【ロキ・ファミリア】と並んで、いやオラリオの頂点に君臨する【ファミリア】だ。

 唯一のLV.7である最強の冒険者が所属している【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤは、その姿を見せるだけで男女問わず下界の者を骨抜きにしてしまう為、滅多にバベルの最上階から降りてくることはなく、こうして神の宴に顔を出すことすらない。

 

 

 そんなフレイヤがなぜ今目の前にいるのだろう。

 それも大きな袋を抱えて。

 

 

「さっきそこで会ったのよ。久しぶりーっ、て話しかけたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」

「ヘファイストス、それは軽すぎじゃないか? まあ君の【ファミリア】も有名だから底辺のボクからはなんとも言えないけど」

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

「そんなことないけど……ボクは君のこと、苦手なんだ」

「うふふ、貴女のそういうところ、私は好きよ?」

 そういうフレイヤが苦手なのだ。

 

 美貌に権力も加え、この食えない性格である。

  嫌悪感をいだくとかそういうことは一切ないのだが、あまり関わりたくないのが本音だ。

 

「おーい! ファーイたーん、フレイヤー! ……このドチビがああああああああああああああ!!」

 笑顔で手を振りながら、ヘスティアの大嫌いなロキが現れたかと思うと、なぜかヘスティアの元にものすごい勢いで走ってきた。

 

 ロキが理由もなく、いや無乳なロキが幼いのに巨乳なヘスティアに嫉妬して突っかかってくるのはいつものことだが、今日は初めから巨乳に完全敗北したような血の涙を流しながらやってきたのだ。

 

「なんなん!? その格好なんなん!? どんだけ貧乏なん!? もっとましな格好できへんの!? そんなんでしっかり子供達にご飯食べさせてあげられてんの!? このドチビがっ!!」

 ロキの姿を目にした時ヘスティアは「貧乏くさい奴を笑いにきてやったでー」くらいのジャブをロキが繰り出してくるかと思ったのに、なぜだか心配してくれているような感じがした。

 

 でも血の涙は流している。

 

「ろ、ロキ。君は頭でも打ったのかい!? ボクの心配なんかするキミじゃないだろ!?」

「誰がドチビなんかの心配なんかするアホォッ!! いいからまともな生活できてんか答えんかいっ!!」

「も、もちろんさ! ぼ、ボクの子供達はとても良い子達でね。スズ君が毎日ボクやベル君の為にご飯を作ってくれて、それがとても美味しいんだ」

「『おっぱいぶるんぶるんしたお前なんか大っ嫌いだっ!!!! ちくしょうめええええええええええええええええええっ!!!!』」

 突然ロキが血の涙を流したまま走り去ってしまった。

 

「無乳ロキが戦わずして負けた!?」

「あー、無乳神様も会員だからね。知っちゃったんだろ」

「『完全勝利したロリ巨乳』」

 いったい何だったのだろうか。

 

 なぜだか数人の神々がヘスティアのことを見て『爆発しろ』と嫉妬めいたことを呟いている。

 

「本当に丸くなったわ、ロキ……」

「丸くなったというか……小物を通り越して『総統閣下』にしか見えなかったんだけど……」

 呆れているヘファイストスに今のロキの方が可愛いし危なっかしくないとフレイヤが微笑えむ。

 

 フレイヤが言うにはロキは今の子供達が大好きでだいぶ変わったらしい。

 大好きな子供達の為なら不変の神だって心だけは変われるのだ。

 だからこそこの無駄で不自由だらけな下界がとても美しく見えて素晴らしく感じられるのだとヘスティアは思っている。

 

「じゃあ、私も失礼させてもらうわ。戦利品も手に入れたし、確認したいことは聞けたし……」

「あらそう。珍しい面々が揃ったのに残念ね。ずっとその袋が気になってたんだけど、それが戦利品? また男から貢物でもされたの?」

「そんなところね。食べ飽きちゃったここにいる男よりも、ずっと私を満足させてくれると思っているわ。ガネーシャには感謝しなくてはね」

 どこか満足そうに笑い、フレイヤが珍しく優雅に歩くのではなく少し小走り気味に去って行く。

 

 ロキといいフレイヤといい一体どうしたのだろうか。

 

「で、あんたはどうするの? 私はもう少しみんなの顔を見に回ろうかと思うけど、帰る?」

「帰らない。借りたお金を返したり、近況報告をしたい気持ちももちろん大きかったけど、ボクはヘファイストス、君に相談ごとと頼みごとがあって来たんだよ」

 その言葉に機嫌がよかったヘファイストスが眉を細めた。

 

「今までだって散々頼っておいておこがましいと思っている。それでも地上でのボクはただ子供達を見守ってあげることしかできない、養ってもらうことしかできないへっぽこな神だ。そんなボクのことを子供達は一緒にいてくれるだけで幸せだって言ってくれるけど、ボクも子供達になにかしてあげたい。力になってあげたいんだよ! ボクに出来ることなら、ボクだけに負担が掛かることならなんだってする! 借りだって今日みたいに返すから! どうか話を聞いて欲しい!」

 

 真剣なヘスティアの態度にヘファイストスは深くため息をついて、それでも嬉しそうに「ヘスティアもずいぶん変わったわね」と頬を緩ませた。

 

「一応話だけは聞いてあげるわ。言ってみなさい」

「ベル君とスズ君に……ボクの【ファミリア】の子達に、武器を作ってもらいたいんだ!」

 

 

§

 

 

 頼み込んだものの見事に断られた。

 神友の為だからと言って大手【ファミリア】が簡単に武器を渡したら示しがつかないし、愛しの子供達が丹精込めて作った努力の結晶を簡単に渡せない気持ちは子供達の為に頭をさげている貴女が一番よく知っているはずだ、そうわかりやすく理由を説明され、子供達の為に自分でもできることを探してあげなさいと言われてしまった。

 

 【ヘファイストス・ファミリア】のLV.1鍛冶師(スミス)が打った武器もバベルのテナントで扱っていており、それらもしっかりした自慢の子供達の武器だから、バイト代をまた貯めて、そのお金で買ってあげた方が子供達も喜んでくれると子供を諭すかのように優しく言ってくれる。

 

 それでも、これが一番ベルとスズの力になれる方法だと思っているヘスティアは一歩も引かず、神友のタケミカヅチから教えてもらった土下座をし続けて頼み込むこと二日。

 仕事をしている時も食事をしている時も眠っている時も起きた時でさえ、ずっと土下座をし続けるヘスティアにヘファイストスはついに折れた。

 

 神友が痛々しいまでに頭をさげ続ける姿に耐えられなかったのだ。

 ただし何十年何百年掛かってもけじめとしてしっかり対価を返済することと、私事で制作する武器なので【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)ではなく、ヘファイストス自身が制作にあたることになった。

 

 

 今のヘファイストスは当然『神の力(アルカナム)』は使えず、【鍛冶アビリティ】のような特殊能力を武器につける特別な力は一切ない普通の人間と同じ状態だが、天界で神匠(しんしょう)と謳われていた技量から作り出される武具の完成度は【ヘファイストス・ファミリア】の目標であり憧れだ。

 

 そんなヘファイストスが作ってくれるのが、何よりも神友自身が作ってくれるヘスティアはとても嬉しかった。

 

「制作する得物はナイフ一本。これでいいね?」

「杖は確かにヘファイストスの専門外だけど、スズ君は剣も使うんだ!」

「……作ってあげてもいいけど、人間と精霊が鍛え上げた最高傑作を既に持っているじゃないの」

 ヘファイストスの予想外の言葉に一瞬何を言われているのかが分からなくて、ヘスティアはしばらく目をぱちくりとさせた後、ようやく何のことを言われているのかを理解できた。

 

「最高傑作って……君がそこまで言うものなのかい? あれは『無駄にすごい家庭セット』なんだろう?」

 少なくともヘスティアはスズからそう聞いているし、ギルドの方でもそう認識されている。

 

「無駄だらけの贋作でなく、『原物』を見たのは初めだったから遠目から見て驚いたものよ。どうやって持ち出したかは知らないけど、『白猫限定』でいうのなら、あの生きた『得物』より『使いやすい』得物は家には置いていないわ。まだ居眠りしているみたいだけど、一度スイッチが入れば文字通り化けるわよ、あの『鞘』と『柄』は」

 神匠(しんしょう)と謳わられたヘファイストスにここまで言わせる武器に思わずヘスティアはごくりと唾を飲んでしまう。

 

「ヘファイストスは……その、スズ君の里について何かしっているかい?」

「『あの里』については……とことん地味な精霊を慕って集まった集落程度にしか私は知らないわね。『あの里』のことならロキやフレイヤの方が詳しいから、彼女達に聞けばいいじゃない」

「難易度高いこと言わないでおくれよ。ボクはあの二人のこと苦手だし、何よりも二人はトップ【ファミリア】じゃないか!」

「はいはい、なら愛しの子供のことは本人に聞くことね。無駄口叩いてないで、これから制作に取り掛かるからあんたも手伝いなさい」

 スクハが下手な情報は『悪夢』に繋がるからと一切教えてくれないからそれはできない。

 

 スズの故郷についてまたもやわからず、もやもやした気持ちがおさまらないヘスティアだったが、今はいったんその気持ちをぐっと抑え込み、ベルの為に全力でヘファイストスの手伝いに取り掛かるのだった。

 

 




相変わらずのネタまみれの神々でした。
群衆の主ガネーシャさんだから仕方ないんです。仕方がなかったんです!
『白猫ちゃん』による汚染が徐々に拡大しているようです。


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Chapter08『後衛への移り方』

後衛への転機を相談するお話。


 ヘスティアに【ステイタス】を更新してもらった後、ベルはスズの為に今日一日くらい休もうと思っていたのだが、そのスズが少し新しい術式を考えたいと言い出した。

 ベルはヘスティアに意見を求めようと目線を送ると「しっかり引き際を考えて、絶対に無理なんかしたらダメだぞ、いいね?」と念を押すが反対はしない。

 なので今日もいつも通りダンジョンへ赴くことになったのだ。

 

 ダンジョンに行く途中、『豊饒の女主人』に立ち寄って昨日店を騒がせてしまったことを謝りに行く。

 スズが昨日の内に謝ってくれたようだが、突然飛び出してしまったのは自分だから自分の口で謝らないと意味がないとベルは思ったのだ。

 

 時刻は正午前で店はまだ開いていないが門をくぐり、キャットピープルとエルフの女性からまだ店は開いていないと注意されてしまうが、昨日迷惑を掛けてしまって謝りに来たことを伝えてシルと女将のミアを呼んできてもらう。

 

「シルさん、ミアさん。昨日はお騒がせして本当にすみませんでした!」

「そんなベルさん。頭を上げてください! ベルさんは別に暴れた訳でもありませんし、お金だってしっかり払っていただいてるのですから!」

「そうだよ。わざわざそんなこと謝りにくるなんて感心じゃないか。もしも暴れでもしてたら叩き出してやってたけどね!」

 ミアはそう豪快に笑ってバンバンと力強くベルの肩を叩いた。

 

「シルさんご心配をおかけしました」

「いいのよスズちゃん。また暇な時にお手伝いに来てね。可愛いスズちゃんの給仕服姿をまた見たいし。いいですよね、ミア母さん?」

「ああ。この子なら大歓迎さ。ただしシル。あんまりおいたするんじゃないよ! この子は従業員でなくてウチの客なんだ。またいつでも食べにおいで!」

 ミアに注意されながらもシルは優しくスズの頭を撫で続けている。

 

 子供が好きなのだろうか、その表情と手つきはまるで愛しの娘に向けるような優しさに満ちたもので、撫で終わると満足したのかどこかほっこりとしていた。

 

「後、坊主。冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になってればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね。最後まで二本足で立った奴が一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。そうすりゃ、帰って来たソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろ? まずは運だろうが人頼みだろうが妹と生きて帰ることだけ考えな。余計な後悔なんて坊主にはまだ早いよ!」

 そしてミアが真っ直ぐとベルを見つめてそう激励をしてくれた。

 

 伊達に冒険者の女将をやっている訳ではない。色々な冒険者と向き合ってきた分、ベルが何に対して口惜しさを感じていたのかはっきりと感じとっていたのだろう。

 

「アタシにここまで言わせたんだ。くたばったら許さないからねえ」

「大丈夫です。何が何でもスズと二人で帰って来ますから!」

 優しい人ばかりに囲まれて、この街に来て本当によかったと何度目かもう数えきれないほど同じこと思う日々に、ベルは色々な人との出会いに感謝した。

 

 スズもきっとそう感じているのだろう。

 愛おしそうにバスケットを抱いている。

 

「ん、スズ。そのバスケットどうしたの?」

「シルさんがお昼にどうぞって賄いをお弁当にしてくれたんだよ。ベルに食べてもらいたいって」

「すみませんシルさん……またご飯いただいちゃって」

「気にしないでください。私がそうしてあげたかっただけですから。少ないかもしれませんが妹さんと二人で食べてもらえると、私が嬉しいんです」

 相変わらず卑怯な言い方の笑顔で受け取るしかないので、その好意を素直に受け取る。

 スズもきっとこんな感じに丸め込まれたのだろう。

 

 スズと一緒にお礼を言い「行ってきます」笑顔で別れを告げた。

 「行ってきます」と「ただいま」が言える今の時間を大切に、この幸せを続けるために強くなりたい。

 そうベルの想いは膨らみ続ける。

 

 

§

 

 

 いつも通りエイナに今後のことを相談しにバベルに赴くと、昼間だというのにみんな忙しそうにしていた。

 本当に見た目通りギルド本部全体が忙しいならエイナを呼ぶのは悪いと思い、受付をしているギルド職員に話を聞いてみると、なんでももうすぐ怪物祭(モンスターフィリア)という祭りで怪物(モンスター)をダンジョンから地上に連れ出す為、安全確認や注意事項、広告パンフレットなどなど事務仕事が大量にあるようだ。

 

 それでもギルドの受付の女性は「白猫ちゃん、今エイナ呼んでくるね」と言ってきたので、さすがに忙しい中呼ぶのは悪いと慌てて二人でそれを止める。

 次エイナに相談するのは祭りが終わって落ち着いてからにした方がいいだろう。

 

 なので教えてくれた受付の職員と別れのあいさつを交わして、二人で雑談しながら真っ直ぐバベルを目指す。

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)なんてお祭りがあるんだね。怪物(モンスター)を調教できるなんてビックリだよ。狼さんなら餌付けして懐かれたことあるけど、怪物(モンスター)はちょっと想像できないかな」

「スズは狼を飼ってたの?」

「飼ってはいないかな。狩の手伝いをしようかなって森に出かけたんだけど…そこで大きな狼さんがケガしてて、つい手当てしてご飯あげてたら懐かれちゃって。里についてこなかったし、どちらかというと森にいる友達かな。よくご飯あげに行ったり、お話しに行ったりしてたし、『えっちゃん』や『ぶっくん』に『いーちゃん』みんなが忙しくて、里のお手伝いもすることもない時は、よく一人で遊びにいってたんだ」

 

 スズの口から初めて聞く名前がいっぱい出てきてベルは少し困惑してしまうが、きっと仲の良い友達なんだろうなと話の流れから感じることは出来た。

 

「でも一人で森なんて危なくなかったの? その狼さんは友達だけど、野生動物や、その……野生の怪物(モンスター)だっていただろうし」

 今ではゴブリンを簡単に倒せるが、子供のころはぼこぼこにされて怖かったなとベルは思わず苦い思い出に苦笑してしまう。

 

「外の怪物(モンスター)はダンジョンの怪物(モンスター)よりも弱いし、『えっちゃん』が作ってくれたブロードソードがあったから大丈夫だったよ。それに狼さんも私のこと守ってくれるし」

 【神の恩恵(ファルナ)】も授かっていないのに怪物(モンスター)と戦う気満々で森に入っていく、ブロードソードを片手にした今よりも小さいスズの姿を思い浮かべてベルは唖然としてしまう。

 

 なんというか逞しすぎる里だ。

 一人で森へ行くのを大人が止めない辺り付近の野生動物や野生の怪物(モンスター)を全く問題に思っていないのだろう。

 前に里全体が【ファミリア】みたいなものと言っていたが、【神の恩恵(ファルナ)】をしっかり授かった本物の【ファミリア】なのではないかと疑ってしまう。

 

 何も神が作る【ファミリア】があるのはオラリオだけではない。

 幼い子供すら戦う術を学んで【神の恩恵(ファルナ)】なしで怪物(モンスター)と戦うなんて、『古代』からやってきたのではあるまいしと思う反面、スズの戦闘技術を知っている分、【神の恩恵(ファルナ)】なしでも平気で外の弱体化している低級怪物(モンスター)くらいなら倒せるんじゃないかと思ってしまうところもある。

 

 幼い子供でそれなら大人は一体どれだけ強いのだろうか。

 もしかしてLV.1冒険者に匹敵する力でも持っているのだろうか。

 だけど、それこそ『古代』でなければそんなことありえないだろうとベルは自分の中の考えを否定した。

 

 外は神々のおかげでダンジョンに施された蓋が安定し、野生の怪物(モンスター)は生息しているものの『古代』と比べてしまうと安全そのものだ。

 強くなりたければ【ファミリア】のある都市に行くか、世界の中心であるここオラリオに来て【ファミリア】に入れてもらえば手軽に『古代』の戦士のような超人になれる。

 そこまで苦労して『古代』のように生身で戦えるほど強くなる必要なんてない。

 

 

「ベルは昨日六階層まで降りたんだよね。さすがに七階層には下りてないんだよね?」

「あ、うん。潜ったのは六階層だよ。見事にボロボロにされちゃったけど」

「しかたないよ。エイナさんが教えてくれた到達基準だと、五階層から七階層はGからFの【基本アビリティ】が必要だし。最低三人パーティーがダンジョン探索の基本なんだから」

 雑談をしながら考え事をしていたらいつの間にかバベルの螺旋階段まで来ていた。

 

「ベルの【基本アビリティ】なら五階層に言っても大丈夫だと思うけど、私がまだちょっと辛いから……まだ三階層の攻略でいいかな?」

「神様がしばらく留守で【ステイタス】の更新は出来ないし、病み上がりなんだからいつも通りで大丈夫だよ。いつも通り僕はスズのペースに合わせるから、僕の【ステイタス】が伸びがいいからって僕を基準に考えなくていいんだよ?」

 

「ありがとうベル。でも、私がゴブリンやコボルト相手だと伸びなくなって来ちゃったのは困りものだよね。後一人団員が増えてくれると思い切って五階層の探索に踏み切れるんだけど…特に回復役(ヒーラー)が欲しいところだよね」

「そうだね。僕達が入ってからまだ誰も【ファミリア】に入ってくれないし……なんでだろ」

「お金も人も家にはないからね。新人さんも出来ることなら最初から安定したパーティーと物資でダンジョンに挑みたいだろうし、仕方ないと言えば仕方ないかな。だからLV.2になって目立ち始めないと新しい団員はちょっと厳しいかもしれないね。次の団員が来るまで何年か掛かっちゃうかもだけど……頑張ろうね、ベル」

「そうだね。神様の為にも僕達が頑張らないと!」

 いつも通り二人で頑張ろうと言って螺旋階段を下りてダンジョンの入口を通る。

 

 目的地を目指して遭遇をする怪物(モンスター)を倒して魔石の欠片を回収しながら進んでいる。

 流石にゴブリンやコボルト相手だともう武器なんかいらないんじゃないかなと思うくらいあっけなく怪物(モンスター)を倒せた。

 

 実際に邪魔だなと思って放った蹴りだけでゴブリンの首が折れてしまう。

 【基本アビリティ】とは偉大である。

 スズの方も待ちなんてせずに速攻でゴブリンやコボルトを切り伏せているのだから、自分達も最初と比べればずいぶん成長したなと実感できた。

 

 そんな調子でバブリースライムやダンジョンリザードを倒し、目的の三階層を探索している途中でふとスズの足が止まった。

 それに合わせて一歩も遅れることなくピタリと止まれる。

 以前は数歩前に出てしまったが、今ではこれも慣れたものだ。

 

「スズ、どうかしたの?」

「ちょっと次の戦闘、ベル一人でやってもらって大丈夫かな。確かめたいこともあるし、危なそうだったらすぐに助けるから」

「いいけど……確かめたいことって?」

「新しい術式の練習もあるんだけど、ベルの動きを後ろから見てみたいなって。ダメ、かな?」

「全然大丈夫だよ。僕なんかの動きがスズの参考になるかはちょっと自信ないけど……」

 ちょうどよく通路の先の広間に怪物(モンスター)の姿が見えたので、スズはその入口で止まり、止まったのが合図だと感じたベルは一気にスズの横を駆け抜けて目標へと向かう。

 

 目視出来ているのはゴブリン三匹にコボルト二匹。

 手前のコブリンの首をすれ違いざまに短刀で切り裂き、並んでいたコボルトとゴブリンに対しては、コボルトの心臓を突き刺しそれを引き抜くと同時に後ろ回し蹴りでゴブリンの頭を吹き飛ばす。

 

 上に気配を感じた気がしたので慌てて後ろに跳び退いて上を見上げると、天井に張り付いていたダンジョンリザードがちょうど奇襲を仕掛けてきていた。

 遠距離攻撃手段を持たないベルにとってダンジョンリザードが天井から地面に降りたってくれたのは好都合である。

 短刀を逆手に持ち替えて不意打ちに失敗して地面についた直後のダンジョンリザードを走りながらナイフを振り上げるように走らせて縦真っ二つにした。

 

 その隙をつくようにゴブリンが拳を繰り出し、その後ろにはコボルトが控えている。

 ベルはゴブリンの腕を左手で掴んで、そのゴブリンを鈍器代わりに振り降ろし、後ろに控えているコボルトに向かって勢いよく叩きつけた。

 

 

 たったそれだけで戦闘が終わってしまう。今のでスズの参考になっただろうか。

「……IとGでもこんなに違うんだ。LV.2でCとSだったらもっと差が出ちゃうんだろうな。ランクアップ時の潜在値はどれだけ数字に効果を及ぼすのかな。十分の一だとしたら900あれば90……【基本アビリティ】1ランク分だけど、潜在ってことは、LV3へのランクアップでも基礎として加算されそうだから、次は180……ほぼ2ランク分……。やっぱり私が後衛しかないかな」

 

「えっと……どういうこと?」

「ベルがこのまま成長期が続けば私の【基本アビリティ】不足が目立って、ベルが前衛で私が後衛に変わった方がいいかなって話だよ。本当はエイナさんにそれとなく相談したかったんだけど、これは早い内から転向した方がいいかなって」

「そうかな。スズもすごいと思うんだけど。特に僕なんてスズと違って技術なんてないし、ただがむしゃらに攻撃してるだけだよ?」

「その技術も【ステイタス】差の前では意味ないってわかっちゃったから。二人でやるよりもずっと早くに怪物(モンスター)を倒しちゃうし、今回は力任せだったけど、ベルは私の受け流し技術をしっかり見て覚えてる感じがしたから。後で色々教えてあげるね。ベルならきっと、私よりも上手に出来ると思うから」

 スズは嬉しそうにそう言っていた。

 

 どう教えてあげるのが一番いいかなと楽しそうに考えている。

 ただ事実を述べただけなのか、その表情に強がりや悲しみの色は一切見えない。

 

「そんなに差があるの?」

「うん。私も多分駆け出しなのに平均Hあるから人のこと言えないんだけど、ベルはもっとすごいから。ダンジョンに潜る前にも言ったけど、五階層から七階層はGからFが到達基準なの。そうなる前からベルは六階層まで一人で潜って五階層まで戻ってこれた。だから【ステイタス】だけでなく戦闘センスもあると思うんだ。だからね、私は長所である魔法で頑張ろうかなって。魔法でベルを助けて、ベルに守ってもらうのも悪くないかなって思ったの。なんだか騎士に守られているお姫様みたいだし」

 

 えへへ、と少し照れながら笑うスズの言葉に、ベルまで恥ずかしくなって頬を赤くしてしまう。

 

 女の子に守ってもらうのではなく女の子を守るポジション。

 憧れていたポジションだけど、座ろうとしていた席を強引に割り込んでしまったみたいで悪い気がしてならない。

 

「でも、いきなりポジションを変えるといざって時に安定しないかな。だから今は練習で、エイナさんに五階層の許可を貰っても、そこでは私も前衛よりの方がいいかな。圧倒的な差が出ちゃうのは多分八階層くらいだし。ポジションに慣れるまでは今まで通り前衛で攻略していくね」

 それでもスズの言っていることはいつだって正しいと信じているし、スズ自身がそれを望んでいるから否定する方が失礼だ。

 

「すっかりこの戦い方になれちゃったもんね。また慣れられるように頑張るよ」

「うん。ただ前衛壁役だけでなくて、今の攻伐特化(スコアラー)ポジションも忘れたらダメだよ? 接近戦だと一番動き回るポジションだから、メンバーが増えたら間違いなくベルはこのポジションに落ち着くと思うし」

「え゛」

「エイナさんみたいに上手く教えてあげられるかわからないけど、私も頑張るからベルも頑張ろうね」

 いつも通りの笑顔だけど、初めてほんの少しだけだがその笑顔が嬉しくないとベルは思ってしまった。

 

 間違いなくエイナのスパルタ講義を基準にスズは『教える』という行為を考えてしまっている。

 エイナは意識的にスパルタをしているが、スズの場合はきっと無意識なスパルタメニューだ。

 どちらが辛いかと言えばどちらも辛いと言うしかないが、きっと、多分、無意識なスパルタの方がハードな気がした。

 ただでさえ頭がパンク寸前だったのに、スパルタ講義が二つになったと考えると地獄にしか思えない。

 

 それでも一生懸命考えてくれているスズの為にも、自分自身の為にも頑張らないとなぁ、とベルは深くため息をつきながらも覚悟するのであった。

 

 




後衛に移る準備をするお話。
これからもベルの成長速度や自分の伸びの悪さ、新たな仲間の登場、憧れや挫折などなどで戦闘ポジションが定まらず、『スズ・クラネル』は色々なことで悩んでしまうことでしょう。
そういった悩みも『少女の物語』でやりたいことの一つだったりしますので、『少女』を暖かく見守ってあげてください。


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Chapter09『お風呂の入り方』

お風呂に入る話。


【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】

 【注意】
また光ります。

【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】


 いつも通り夕暮れ時にバベルから出て商店街でスズと一緒に買い物をする。

 正午にダンジョンに入った為、今日の稼ぎは4800ヴァリスといつもよりも少ないが十分すぎる額だ。

 今日含めた数日間ヘスティアは帰って来ないので買い物の量もいつもより少ない。

 

「そういえば肉屋さん。温泉……銭湯ってオラリオにはないんですか?」

「あらスズちゃん知らなかったの? この商店街や南のメインストリートの高級施設なんかには温泉施設あるわよ。シャワーを浴びる人がほとんどだし、【ファミリア】の方なんかはホームにお風呂をもっているから、商店街のは本当に狭い銭湯だけど」

 買い物中の何気ない会話でスズの動きが停止した。

 なぜだか涙目でベルのことを見つめている。

 

「ベル。もっと早く聞いておけばよかったよ……。半月お風呂我慢してたのに……。そうだよね、オラリオも色々な文化が混ざってるもんね。色々な神様がいるもんね。お風呂くらいあるの当然だよね……」

「す、スズ! あったんなら良かったじゃないか! ほら、今日から入れるよ!」

「うん……。距離や値段にもよるけど、商店街ならまだ近いし通えるかな。場所はすぐ近くですか?」

「そうだね。この通りを真っ直ぐ行けばすぐつくと思うよ。湯に浸かるだけで40ヴァリスもとられちゃうし、洗面用具の貸し出しなんて110ヴァリスもぼったくられるからね。行くのならタオルや石鹸は持っていった方がいいよ」

「近かったよ……。普通の値段だしすごく近かったよベル……」

 珍しく小さなことでスズがすごくへこんでしまっていて、肉屋のおばさんは申し訳なさそうに「教えてなくてごめんね」と謝った。

 

 ベルもジャガ丸くんだけで昼は満足してしまい、そのままスズが楽しみにしていたはずの商店街探索をおろそかにしてしまっていたので申し訳なく思った。

 それに、エイナに気分転換も大事と言われていたのに、貧乏とはいえ、朝から昼までダンジョン。

 昼はヘスティアと三人でジャガ丸くんの店でマスコット。

 それが終わるとエイナの講義。

 昼から夕方はまたダンジョン。

 帰りに顔なじみの商店街の店で買い物。

 エイナの講義がエイナの都合で変わったり、課題が多くて朝から昼までになったり、そういう時は早朝から朝までがダンジョンだったりと、多少のずれはあるものの、ほぼこのサイクルを毎日続けている。

 

 エイナに気分転換は必要と言われていたし、スズが無理して熱を出したこともあったのに気づけばダンジョン尽くしだ。

 丸一日スズに付き合って買い物や街の探索に付き合ってあげればよかったと、ベルもものすごく申し訳なく感じてしまう。

 

「晩ご飯の後に一緒に行こうね」

「僕も興味あるし全然それで大丈夫だよ! だから元気出して!」

「……そんなに私落ち込んでた?」

「いや、うん、すごく落ち込んでるように見えたんだけど…」

「心配掛けてごめんね。里では毎日入ってたから……露天風呂あるといいな」

 そこから機嫌を取り戻したのか、帰り道はいつも通りだった。

 晩御飯を作る時も鼻歌交じりで、チリンチリンとリズムを合わせて首を横に傾けていることからも、よほどお風呂に入るのが嬉しかったことが窺える。

 

 食事をしていざ銭湯に行く準備をし、商店街にある銭湯に行く途中もすごくご機嫌そうにベルとつないだ手を大きく揺らしていた。

 

 

「スズはお風呂が好きなの?」

「里では毎日温泉に入ってたから。天然の露天風呂で見上げる空は大好きだったんだ。青い空も夕焼けも星空も。何よりも友達と一緒だったからね、ついついはしゃいでのぼせちゃって、お母様にすごく笑われちゃったこともあったな」

「心配されたんじゃなくて?」

「心配もしてくれたよ? だけどのぼせるくらい好きに遊んでいいんだよって。沢山迷惑掛けてもいいんだよって、最後は優しく笑ってくれたのがすごく嬉しかったな」

 スズが星空を見上げるのにつられて、ベルも星空を見上げる。

 

 星の海がとても綺麗だった。

 幼い頃祖父に連れられて星空を見に行ったこともあるけど、「ハーレムはいいぞハーレムは。ぶっちゃけワシは星の数だけ女の子とむははなことをしてみたい。それができてこそ真の英雄というものよ。英雄の道とは実に険しい。いいかベル。出会いを求めろ。男だったらハーレムだ! さあ今日もワシに続け!」と祖父と楽しく話した思い出がとても遠くに感じた。

 

 それでも今もとても満たされた幸せな日々を送れている。

 これも祖父の言われた通り出会いを求めてオラリオに来たおかげである。

 

「ベルはおじいさんとどんな暮らしをしていたの?」

「畑仕事をしたりおじいちゃんに英雄譚を話してもらったりかな。小さい頃は童話やおとぎ話の絵本を読んでもらうのが大好きで」

 

「『ガラードの冒険』や『十二の月の森』『ルスニの不思議な旅』なんかも読んでたのかな?」

「聖杯を求めるガラードの冒険は知ってるけど、後の二つはちょっと知らないかな。どんなお話なの?」

「童話でね、邪険に扱われている孤児の娘が春に芽を出すマツユキ草を真冬にとって来いって雪降る森に追い出されちゃうんだけど、季節を司る12の精霊さん達のお祭りに偶然出会って、そこで良くしてもらうお話なんだ。不思議な旅は、わんぱくな少年ルスニが妖精さんに悪戯をしたせいで魔法で小さくされて、元の体に戻る旅の中で沢山の出会いをして、優しさや命の大切さを学んでいくお話なんだ」

 どちらも全くベルが知らない話だ。

 

 ベルは英雄譚以外はさっぱりなことを正直に話して謝ると、スズはベルに合わせてメジャーからマイナーまで様々な英雄譚の話題を振ってくれる。

 

 どれれもこれもベルが知っているもので、盛大に盛り上がりながら銭湯を目指して雑談を続ける。

 女の子とこうして英雄譚を語り合えるなんて思いもしなかった。

 スズの他にも英雄譚が好きな女性はいるだろうか。

 アイズは英雄譚は好きだろうか。

 好きだったらスズと三人でいつか語り合いたいなと思ったところで、今はスズと話をしてるのに失礼だろうとしっかりとスズと向き直した。

 

「童話も詳しかったらちょっと嬉しかったけど、久々に英雄譚の話題で盛り上がった気がするよ」

「童話にも詳しい人が【ファミリア】に入ってくれれば、もっと盛り上がりそうだよね。いないかな、英雄譚や童話が好きな人」

「うん。私は童話も大好きだから、そういう人が入ってきてくれたら嬉しいな」

 スズもベルの意見に同意して笑顔を見せてくれる。

 

 なのに、一瞬だけその表情が消えて、今度は寂しそうな顔で星空を見上げる。

 

 

 

 

『……『雪の娘』も好きだけど…ちょっと切ないわね。とても優しい子なのに、結末を変えても結局春を越すことはできないのだから――――』

 

 

 

 

 弱々しい声で、とても寂しそうに、意識的なのか無意識になのかはわからないが、スクハがそう一言付け足した。

 

 

「あ、銭湯見えて来たッ!」

 すぐにスズに戻って、肉屋のおばさんから教えてもらった銭湯を見つけて嬉しそうに指をさす。 

 スクハも話に参加したかったのだろうか。

 一瞬そう思ったものの、どこか様子がおかしくて弱り切っているように見えたので、ベルはスクハのことが心配になってくる。

 でもスクハとの約束でスズにはスクハのことを秘密にしていないといけないので、スクハが表に出ていない時聞く訳にはいかない。

 

「ベル、どうしたの?」

「なんでもないよ。それじゃあ入ろうか」

 

 銭湯の門をくぐると、入口サイドに小さなソファーが置かれており、正面にはこじんまりとしたカウンター……番台と、右側には『男』左側には『女』と書かれた暖簾が垂れ下がっている。

 階段やドアもあるが『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛けられていた。

 

「露店の猫か。珍しいな」

 こじんまりしている番台に座る黒髪の青年が、読んでいた本から目を離して不愛想な顔で挨拶をしてくる。

 極東出身に見えるその青年にベルは見覚えがあった。

 というよりも、毎日ジャガ丸くんの露店に昼頃になると現れる常連さんで、癖は強いが美女美男が揃う神々の中で唯一ぱっとしない見た目をした神様だ。

 

 何でも【ツクモガミ・ファミリア】の主神らしいのだが、本人も他の人も彼のことを『タワシ』と呼び、【タワシ・ファミリア】とネタにされているらしい。

 でもその歴史は長く、オラリオで活動している最長の弱小【ファミリア】だと商店街で小耳にはさんだことがはある。

 

 ジャガ丸くんを買いに来る時もさっとやってきてはスズやヘスティアを撫でたりはせず、話しかけて来たスズと数言だけ言葉を交わしては帰るの繰り返し。

 本当にただジャガ丸くんを買いにくるだけの珍しい男神なのだ。

 露天のおばさんが言うには店を始めた時からの常連さんらしいく、ジャガ丸くんと焦げる油の香りにつられてやってきたらしい。

 

 口数の少なさからベルとスズはタワシが何をやっているか一切しらなかったが、まさか銭湯をやっている神だとは思いもしなかった。

 

「こんばんはタワシ様。私、銭湯があるの知らなかったんですけど……」

「そうか。それは悪いことをした。種族問わず12歳以下は20ヴァリス、それ以上は40ヴァリスだ。タオル等の貸し出しは追加料金が発生する。男は滅多に来ない。12歳以下は保護者同伴が出来るようどちらの湯にも入浴可能だ。兄妹水入らずで入るのも構わん」

 しれっと一緒に風呂に入っても問題ないという不愛想なタワシにベルは顔を真っ赤にして吹き出し、スズも吹き出しはしなかったものの顔を真っ赤にさせてしまう。

 

「えっと、さすがに恥ずかしいので、それはちょっと……」

「ふむ。桶とタオルを持参しているから貸し出しは不要だな。お代は60ヴァリスだ。時間の制限はないが、営業終了時間は11時。まだ7時だが、長居するなら気を付けろ」

 スズが60ヴァリスを手渡すとそれを棚に仕舞い、またタワシは読んでいた本に目を移す。

 いつもこのようにスズのことを気に掛けているのか興味のないのかわからない神だが、スズが懐いているのできっと良い人なのだろう。

 

「それじゃあまた後でねベル」

「うん、また後で」

 

 スズと別れて男女別の入口をくぐると脱衣所なのか大量の棚と服を入れる為のカゴがある。

 鍵のついたロッカーなどはなく、他には洗面所と体重計。それと10ヴァリスで動く魔石乾燥機があるだけだ。

 正面の熱気の感じる引き戸の先におそらく湯船があるのだろうと、どういう施設かをすぐに理解したベルだが、突然何か音が聞こえてきたことに気が付いた。

 

 

 

 ――――――――――スル、スルスル。

 

 

 

 なんだろう、とベルは冒険者として鍛えられた五感でその音が何なのか意識を集中させる。

 

 布がこすれるような音。

 擦り落ちるような音だろうか。

 いや、衣服を脱ぐ音だ。

 チリンチリンと鈴の音が鳴る音もはっきりと聞こえてくる。

 

 入口から見てすぐ左側、女性の脱衣室の方向から音が丸聞こえだった。

 この壁薄すぎだろうとベルは驚愕する。

 この音を聞き続けて意識を向けるのは精神衛生上よろしくない。

 

 ベルは顔を真っ赤にさせながらも慌てて衣服を脱いで籠の中に放り込み、引き戸を開けて飛び込んだ。

 狭い個室にいつも使っているようなシャワーと、ベルには馴染みない木製の風呂椅子が左右に並んでいるだけで、湯船はまだ見当たらず奥には今度は普通のドアがある。

 隅の方にお湯ではなく水が張ってある囲いがあってなんだろうと手を浸けてみると水は思った以上に冷たかった。

 おそらく湯でのぼせてしまった時に掛ける水だろうとベルは解釈しておく。

 

 一通り見た後、ベルはいつも通りに体を洗っているが、さすがに石造の壁とシャワーの音で隣のスズが体を洗う音は聞こえてこない。

 

 

「あ、ベル。私もう少し洗うのに時間掛かるからもうちょっとだけ待ってて! 多分お風呂も壁が薄いと思うから壁越しにお話ししながらゆったりできるよ!」

 

 そう思っていたのにシャワーをベルが止めた音に反応してスズの声が隣から響いてきた。コスト削減の為か、それとも狭い土地を最大限に利用したかったのかはわからないが、とにかく壁が薄すぎて健康男子であるベルにとって隣から聞こえてくる音は毒だ。意識してしまうとやっぱりシャワーの音やちゃぷちゃぷと体を洗う音が聞こえてきてしまう。

 

「いや、僕は」

「おしゃべりしながらお風呂入るのって楽しいんだよ?」

 一緒に入るのは恥ずかしがっていたので、音については全くの盲点なのだろう。

 それともベルがただ意識しすぎているだけなのだろうか。

 そうかもしれないと思い始めてきた。

 

 それでも意識しているからには精神的によろしくないのに、スズなら引き戸を引く音にもきっと反応して声を掛け直してくるだろう。

 既に体を洗い終わっているベルはこの場でやることがない。

 そのせいで意識が隣に行って音がさっきより大きく聞こえてきた気がした。

 

 冒険者の五感は鋭い。

 意識してしまえばしまうほど冒険者としてのスイッチが入り聴覚も鋭くなるのだ。

 ついでに男としてのスイッチも立勃ってしまうが、誰もいないし今回は発光してないのでセーフ。

 いや、妹に反応するのはアウトだろうとベルは慌てて冷水に飛び込んで頭と体を冷やす。

 

 

「ベル? 冷水浴だったら交互に入った方がいいよ? 交互に入ると血行が良くなるって『いーちゃん』言ってたよ。それに急に冷たいお水に入ったら、冒険者でもきっと心臓がビックリしちゃうから気を付けてね?」

 行動理由は全く悟られていないが、行動が音だけで把握されてしまっている。

 しかもなんだかすごく心配されていた。

 

「ごめんね待たせちゃって。それじゃあ湯船に向かおう。寒いでしょ? お湯に浸かればすぐに身も心も温まるから」

「う、うん……」

「ベル? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。それじゃあドアを開けるね」

 これ以上無駄な心配させないようにそう言って、ベルはドアを開けた。

 

 引戸の先は温泉ではなく壁も床も木製の板が張られた螺旋階段が続いている。

 中は湯気が立ち籠っており暑苦しく息苦しい。

 少し急ぎ足で階段を上がるとまたドアがあり、そこを開くと心地よい風が体を癒してくれた。

 二階建ての建物の屋上は周りの建物よりも少し高く、低い木の柵で囲まれており、石を積んで作られたような大きな湯船が広がっていた。

 

 空や遠くの街並みを見渡せるけど、よほど視力が高くなければ遠くからの覗きを許さない最低限の作り。

 自分の持っている狭い土地で入浴を全力で楽しんでもらおうとしている工夫が伺える。

 ただ、やはり風呂の間の仕切りは薄そうだし、天井がないので今まで以上に音はただ漏れ、柵の高さも3Mにも満たないので、向こうに気付かれさえしなければ柵をよじ登って覗き放題である。

 

 もっとも、この薄い木の板が人の重量に耐えきれるかまでは保証しかねるが。

 

 シャワーの時もそうだったが男性客の姿は一度も見ていない。

 男があまり来ないのでは覗き対策にあまり重点を置いていないのだろう。

 

「ベル。サウナの後は露天風呂だよ! 狭い敷地なのにすごいね!」

「あ、白猫ちゃんだ。こんばんは白猫ちゃん」

「お兄さんと一緒に来たの?」

「こんばんは冒険者さん。はい、肉屋のおば様から銭湯があるって聞きまして」

 一方女風呂の方は一応客が他にもいるようだ。

 おそらくジャガ丸くんの露店の客であろう女冒険者との会話が聞こえてくる。

 

「すごく見晴らしがいいですね。お湯の温度も私的にはちょうどいいし」

「カウンターで飲み物も買えるよ。10ヴァリスで。うちの【ファミリア】はお風呂をホームに作れるほど立派じゃないし、私達は冒険の後はここに立ち寄ってるんだ。他の連中も来ればいいのに」

「節約じゃない? でも、こんな薄い板なんて取っ払って混浴にしちゃえば男共も来て繁盛するってのにさ。ここの店主絶対商売向いてないって」

「異性の方と一緒なのはさすがに恥ずかしいので……このままの方が嬉しいです」

「これだから年がら年中盛っているアマゾネスはもぅ。白猫ちゃん困ってるでしょ?」

「えー、エルフの貴女は当然綺麗だし、白猫ちゃんだってお肌すべすべぷにぷにで綺麗だし。超可愛いし羨ましい妬ましい!」

「貴方だって十分美人じゃない。男共みんな貴女の胸汚らしい目で見てるわよ」

「あー、私自分より弱い男は無理だからパス! 女の子は自分より弱い子守ってあげたくなるけど、あいつ等たかが40匹にビビるんだもん。貴女の【魔法】からも慌てて逃げるし」

「普通そうよ。毎回降り注ぐ矢の中で踊って何が楽しいんだか」

 

 会話の内容から一緒に入っているのはエルフとアマゾネスだろう。

 それもどちらも美人でアマゾネスは大きい。

 ついつい意識してしまう。

 

 スズが会話を終わらせて話しかけてきてくれないとベルは落ち着いて入浴もできない。

 のぼせてもいないのに、すぐそこに女の人が入浴していることをはっきりと理解させられるだけでベルの顔はもう真っ赤になっていた。

 

「それにしてもやっぱり白猫ちゃん可愛いよね。髪もすごくさらさらだし、若さだけでなくどうしたらエルフや女神みたいに綺麗になるのかお姉さんに教えてよー」

「くすぐったいですっ。やめっ……ん……それに私そんなに可愛く、ないですよ。その、貧相ですし……」

「気にしてたんだ。可愛いね! 今のお姉さん的にポイント高いよ! 白猫ちゃん10歳だっけ。一応……ひいき目に見れば少しふくらみがあるし、これからだよこれから! 気になるんならお姉さんがもんで大きくして上げるぞー。あ、まだもむほどはないからマッサージしてあげるよ!」

「やっ……んぁッ……」

 なんだか薄い木の板の向こうがすごいことになってきた。

 

 スズを助けに行くべきだろうか。

 でもさすがに女風呂に突入する訳にはいかない。

 声だけでやめるように説得するべきだろうかベルは悩んだ。

 

 

 

 

 ――――――――――――女子と出会い、女子を守れ―――――――――――――

 

 

 

 

 祖父の言葉が電流のように不意に頭の中に駆け巡った。

 スズを守ってあげないとと思った。

 

 

 

 

 ―――――――――――覗きは男の浪漫じゃ―――――――――――

 

 

 

 当然のように【英雄願望(アルゴノゥト)】が発光し出したのでキャンセルする。

 

 もう慣れてしまったので突っ込む気力さえ起きない。

 別にその言葉に深い意味はないからと自分自身にツッコミを入れてしまうが、夜の露天風呂で竿に光粒を集める不審者として目撃されなかったのは本当によかった。

 こうまで暴発すると、この【スキル】バグっているのではないのかと心配になってくる。

 

「こらバカゾネス! 白猫ちゃんにセクハラしない!」

「いったぁっ!」

「ごめんね白猫ちゃん。この子バカだから。白猫ちゃんは気にせず、お兄さんとお話しにいっていいからね?」

「……うぅ……はぃ……それじゃあちょっと行ってきますね……」

「もう、白猫ちゃん泣く寸前だったじゃない。何をやっているのよ貴女は」

「あ、もしかして妬いちゃった?」

「どう解釈したらそうなるのバカゾネスッ!!」

 ズゴンとものすごい音と柵以上にお湯が跳ね上がるのを目撃して、ベルの中のお淑やかで健全なエルフのイメージが少し壊れかけたが、スズの為に怒ってくれているし、人の為なら暴力暴言を吐く心優しいエルフなんだろうなと苦笑しながらも納得しておく。

 

「……ごめんね、ベル。お待たせ」

「酷い目にあってたみたいだけど……その、大丈夫?」

「うぅ……言わないで。大丈夫だから言わないで。すごく恥ずかしい思いしちゃったよ……」

 さすがに胸をもまれる行為は同性からでもセクハラされていると自覚しているようだ。

 これでセクハラとして認識していなかったら心配で銭湯に連れていけなくなるところだった。

 

「でも、やっぱりお風呂はいいね。天然ものではないけど、ここから眺められる空や景色、すごく好きかも。魔石灯で照らされる街並みと星空が宝石みたいに綺麗で、大好きになったこの街を見ながらお風呂に入れて、こうやってベルともお話できるから」

「そうだね。いつもシャワーだったけど、思った以上に気持ちいいね。なんだか疲れが取れる感じがする」

「ベルも気に入ってくれてよかった。壁のせいで全体が見渡せないのが残念だけど、水着とか持ってないから……壁がなかったらやっぱり困るかな。一緒に入るのは()、じゃないんだけど……裸を見られるのはちょっと恥ずかしいから」

 

 顔は見えないが、はにかみながらも、とても嬉しそうに笑顔を作るスズの姿が想像出来て、ベルはまたドキっとしてしまうが、すぐにそれも収まり自然に、スズがこんなに喜んでいるのだから銭湯に一緒に来てよかった。とベルの口元は緩んだ。

 

「なになに。この壁を取っ払えばいいの? お姉さんにまかせな―――――」

「バカゾネス。それやったら絶交だから」

「え゛」

 

 また愉快なやり取りが始まり、いい具合に体も温まって来たのでベルとスズはここで上がることにした。

 

 




温泉はいいものですね。

 童話の元ネタ
ニルスの不思議な旅
十二の月の物語
雪娘


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Chapter10『二人きりでの過ごし方』

二人きりで過ごすお話。


 体を拭いて着替えて番台のところまで戻り、女の子のスズは身だしなみを整えるのに時間かかるだろうなと、ベルはソファーに腰掛けながら待つ。

 

「露店の兎。飲み物は10ヴァリスだ」

「あ、タワシ様。スズが戻ってきたら一緒に飲みたいので今はまだ大丈夫です」

「そうか。時に露店の兎」

「はい、なんでしょう」

 

「兎は性欲の強い生き物と他のモノから聞いていたが、発光するとは初めて耳にしたぞ。風呂の岩が変態がいると騒ぎ立てて煩い。読書の邪魔だ。発光するのであれば自分の巣穴でしろ」

 その言葉にベルは思いっきり吹き出した。

 

 絶対にこの神は飲み物を吹かせる為に飲み物を勧めて今の話題を振っただろう、と不愛想でもどこかにやついているように見えてタワシも神なのだとベルは実感できた。

 

「の、覗いたんですか!?」

「岩が騒いでいると言ったはずだが。ワシにとって人も物も全て下界のモノ。『神の力』を使わずとも懐いているモノの声くらい手に取るようにわかる。ワシの存在意義は人に尽くし、人を楽しませること。ただ見ても意味はない。楽しみ楽しませる。それがワシだ。もうすぐ屋台の猫も来るだろう。こんな話題しか振れないが、暇つぶしにはなっただろ」

 タワシはそう言って本にまた目を移すと、ちょうどスズが脱衣所から出てきた。

 どうやら不器用なタワシなりのやり方で時間つぶしに付き合ってくれたらしい。

 

「ベル。いつも待たせてごめんね」

「うんん。気にしないでいいよ。飲み物何か飲む?」

「うん。タワシ様、飲み物何がありますか?」

 スズの問いかけにタワシは本をそっと閉じてカウンターに置いてスズの方に顔を向ける。

 

「冷えたものならば牛のミルクとコーヒーミルク、後はイチゴミルクだけだ。牛乳である意味は特にないが極東の風習だからな。嫌なら我慢しろ。ハーブティなど洒落た温かい飲物は扱っていない。白湯やワシの粗末な番茶でよければ、湯呑みを持参しているのならば無料で譲ろう。健康と美肌に気を使うなら冷たい物よりも温かい飲物を勧める。湯呑みの貸し出しは2ヴァリスだ」

 

「私はイチゴミルクがちょっと気になるのでそれをお願いします。ベルは?」

「僕は普通のミルクでいいかな」

 スズが20ヴァリスを渡すと、タワシはそれを棚に仕舞った後に床下を開け、その中にある魔石冷蔵庫からビンを二本取り出す。

 魔石冷蔵庫の収納スペースすらも床下にすることで、何とか狭い土地でも銭湯として楽しんでもらおうと工夫しているのだろう。

 

 でも、おかげで飲み物が売っていることも、壁に銭湯の利用方法と一緒に張り紙が一枚あるだけでわかり難く、飲み物あること自体気が付かないかことが多そうだ。

 何よりも目の前に物がなければ宣伝効果が一切なく、ついつい飲みたくなったりもしないので売れ行きもすこぶる悪いと思われる。

 

 湯船でスズと話していた女性冒険者が言っていた通り、このタワシはものすごく商売には向いていなさそうな神だった。

 それでも弱小ながらも長く続いているらしいので、根気強いなとそこは感心してしまう。

 

「あ、甘くて美味しい」

「普通のミルクもなんだか甘いよ。でもなんだろうこの甘さ……」

「ミルク自体は安物だからな。少し味付けでごまかしているのは許せ。邪道だが、経済難で高等なものを仕入れる余裕もなければ売れ行きも悪い。客自体も数えるほどの冒険者しか来ないからな。極東では民衆も入りに来てくれたのだが、異文化交流とは中々に難しい。漬物石のように腰を据え、じっくりと文化になじませようとしたのだが…上手く行かないものだな」

 タワシは軽くため息をついて、また本を手に取り読み始める。

 

「空きビンはカウンターに置け。湯を満喫したようで何よりだ。気が向いた時にまた来るといい」

「はい。また明日も来ますね、タワシ様」

 スズはもうここに通うのを日課にすることに決めているようで、笑顔でタワシに手を振って別れを告げている。

 タワシは「ふむ」と相変わらず必要なこと以外はあまり喋らないし不愛想な顔のままだが、常連客が増えてどこか嬉しそうな表情をしているように見えた。

 

 

§

 

 

 何でもないことを話しながら教会の地下室まで戻って、スズが寝間着に着替えるまで待ってからベルも部屋に入る。

 おかえりと言ってくれるヘスティアがいないせいもあり、いつも温かかったはずのこじんまりとした部屋が、すごく寂しく感じてしまった。

 

 さらに、いつもホームでは三人一緒だったこともあり、ダンジョンではいつも二人きりなはずなのに、夜に狭い部屋で二人きりという状況をベルはついつい意識してしまう。

 いつでも【英雄願望(アルゴノゥト)】をキャンセル出来るように身構えておくが、今のところ発光する様子はない。

 

「神様、いつ帰ってくるんだろう」

 もうスズがベッドの上でどこか寂しそうに布団にくるまりながら座り、布団越しに膝を寂しそうに抱きしめている。

 

「すぐ帰ってくるよ。神様が帰ってきたらおかえりパーティー開いてあげないとね」

「そうだね。何作るか明日考えておこうかな」

「スズの料理は美味しいから僕も楽しみにしてるよ」

「ありがとう。期待に応えられるように頑張るね」

 スズはそう笑って、胸元でぎゅっと拳を握りしめて両腕で小さくガッツポーズを取ってみせる。

 

「それじゃあベル。おやすみなさい」

「うん、おやすみ、スズ」

 スズが横になるまで見守ってから、ベルは魔石灯の出力を最小まで落とし、ソファーで横になって毛布を被る。

 

 いつもスズに合わせた消灯時間で早寝早起きは慣れていることだが、この日は妙に眠気がしない。

 『二人きりの夜』というどうでもいいフレーズが頭から離れずに、ついついスズの方に意識が向いてしまう。

 

 妹なのに、まだ小さい子なのに、僕という奴はとベルは必死によこしまな思いを振り払おうとするが、どうしてもスズが気になってしまう。

 

 

 不意に「ベルにならどんなことされても大丈夫だよッ!!」「恥ずかしくてもベルが嬉しいなら我慢、するよ?」という、一週間くらい前に、スズが顔を真っ赤にさせながらも言ってくれた言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返された。

 これは非常に不味い状態である。

 

 

 いつも一緒にいるヘスティアがいないので、ベルを止められるものはベル自身の自制心だけだ。

 時計の針の音と自分の心臓の高鳴りがとても大きく聞こえて、スズの呼吸音までもが聞こえてきた気がした。

 意識はしてしまっても、心優しく異性の前では上がり症のベルは実際に行動を移すことはない。

 

 ないのだが、気になりすぎて眠れない。

 長い間悶々とよこしまな思いを消し去ろうとすると、布がこすれる音とベッドが少しきしむ音が聞こえてきた。

 おそらくスズが体を起こしたのだろう。

 トイレだろうか。

 

「ベル……ベル……」

「ひゃい!?」

 意識していたスズに体を揺すられてベルの心臓が飛び跳ねそうになった。

「ご、ごめんねッ! そんなにビックリするとは思わなくて…」

「だ、だ、だ大丈夫だよ。それよりもスズ、どうしたの?」

 いつものスズなら夜中に目が覚めても、トイレに行きたくなっても、寝ている人を起こすような真似はせずに、周りを気にして音を立てないよう気を付けながら用事を済ますはずだ。

 少なくともベルはそう思っている。

 

 何かあったのだろうか。

 魔石灯の出力を上げようと立ち上がろうとすると、「そのままでいいの、ごめんね」と静止を掛ける。

 

「いつも神様と一緒に寝てたからね……その……いいかな?」

「いいかなって?」

 

 

 

 

 

「……一人じゃ寂しくて……その……ベルに一緒に寝てもらいたいの……。ダメ、かな……?」

 

 

 

 

 

 きっと魔石灯がついていたらお互いに顔を真っ赤にさせていただろう。

 聞き取る相手によってはものすごい勘違いをされてしまうような言葉だ。

 

「……よくわからないけど……一人で眠るの、すごく怖くて……。ごめんね…変なことで起こしちゃって……」

 わずかな灯りしかない暗闇に目が慣れてくると、スズの体が震えているのが見えた。

 スズはきっと震えている自分の姿を見られてベルを心配させてしまうのが嫌で、灯りの出力を上げさせず、ベルにはそのまま横になっていてほしかったのだろう。

 

「スズはまだ子供なんだから、もっとワガママ言ってもいいんだよ」

 スズの頭を優しく撫でて、手を引いてベッドまで連れていき、一緒に横になってあげる。

「……ありがとう……ベル……」

 スズはぎゅっと前と同じようにベルの胸に顔を埋めてベルに抱きついた。

 ベルはそんなスズを赤子をあやすように、頭と背中をぽんぽんと優しく撫でて寝かしつけてあげる。

 

 ここまでだけならいい話なのだが、スズの為にと思って頑張ってみたものの、スズが取り乱している間は何とかしてあげないとという気持ちでいっぱいで平気だったのに、スズが寝付いて心の余裕が出来た途端、再びベルの男としての葛藤が始まる。

 最高の抱き枕を得ても、余計に眠れなくなってしまった。

 結局この日、ベルはあまり眠れず悶々とするのであった。

 

 

§

 

 

 寝不足を隠してその日もダンジョンに潜っていた。

 本日から始まるスズの技術講座はいたってシンプルかつスパルタなものだった。

 

 まず口頭で説明しながらゴブリンやコボルト相手に数々の攻撃のいなし方、相手の攻撃の勢いを利用した相手の体勢の崩し方から、どこをどう力を加えれば少ない力で効率よく攻撃をそらすことができるのか、人型対策用に相手が抵抗しようとした時の力を利用して相手を投げ飛ばしたり関節を固めて動けなくする技術などなどを見せてくれる。

 

 その次にゆっくりベルに攻撃してもらって、やられた側がどうなっているのかを体験してもらい、次に受けの実施を一回丁寧に教えてくれる。

 

 スズを吹き飛ばしたり投げ飛ばしたり、体を密着させたりすることにベルは抵抗を覚えたものの、ゆっくりやるし受け身はとれるから大丈夫だよと丁寧にできるまで、何度も何度も繰り返し、ある程度出来るようになったらスズが攻撃内容を宣言して、手加減しているもののそれなりの速度で攻撃を仕掛け無事それをいなせたら次の段階へ。

 ベルが受けられず無様に吹き飛ばされてしまったら涙目で謝られて心配されるが、振り出しに戻る。

 

 実に分かりやすい天然スパルタだ。

 

 練習用の木製の短刀と木刀でやりあっているので痛いだけだが、当たると痛い目を見るだけでなく、スズを涙目でしばらく謝り続けてしまうから、嫌でも覚えなければいけない超スパルタだ。

 

 問題を一問間違えたら振り出しに戻ってやり直しさせられるエイナのスパルタ講義を参考にしているであろうスパルタ訓練は、必死さのかいもあって、実戦で使えるレベルとは言えないものの原理だけは何とか叩き込まれた気がする。

 

 これをどんな攻撃が来るかわからない怪物(モンスター)相手にやってのけるスズはやはり前衛向きなんじゃないかなと思ってしまうが、スズはやはり自分の【基本アビリティ】の伸びを気にしているようだった。

 

「そこまで気にするものかなぁ」

「前衛が攻撃を支えられないのは問題だから。せめて敏捷か耐久だけでももう少し伸びてくれれば、魔法剣士を続けられるんだけど……」

 

「自分に合った相手と全力で戦った方が【経験値(エクセリア)】って溜まるんでしょ? もう少し下の階層ならスズだってもっと伸びるかもしれないんじゃないかな」

「そうだと思うけど……ベルの足引っ張りたくないし、後衛が一番いいと思うよ?」

 急成長するベルに合わせてスズは考えているのだから、それこそスズに合わせた階層でゆっくりやっていけばいいのではないかと思ってしまう。

 

「【魔法】で盾とか出して耐えるとかはどうかな。これなら耐久関係なしにスズの伸びのいい魔力で何とかなりそうじゃない?」

「雷の盾か……。私もそれは考えてたんだけど、【魔法】は精神力を使うから、いざって時の切り札にはなりそうだけど、戦線維持は難しいんじゃないかな。それなら【範囲魔法】や強力な【単体魔法】に精神力を使った方が効率がよさそうだし。でも、盾はもうすぐ完成しそうなんだよ。これなら後方からもベルを庇ってあげられるし!」

 

 ちょうど話し中にゴブリンが襲い掛かってきていたので、スズは手をそのゴブリンに向けてかざす。

 

「【雷よ】」

 

 スズの目の前に半径3Mほどの黄金に光り輝く円形障壁が出現した。

 円形障壁はバチバチと放電しており、襲い掛かろうとしていたゴブリンが障壁にぶつかる。

 すると円形障壁の輝きがその瞬間だけ増し、ゴブリンが電気に焼かれながら勢いよく錐もみし、後方に吹き飛ばされていった。

 身を焼かれて勢いよく吹き飛ばされたゴブリンは地面を転がり動かなくなる。

 

「か、カッコいい!」

「指定したターゲット以外が接触したら電撃が炸裂するようにしたんだ。まだ自分の近くにしか展開できないけど、座標指定をもっと上手くできれば、後衛から前衛に盾を掛けてあげることができると思うよ」

「他に完成しそうなのはないの?」

「電気による回復も考えたんだけど……疲れが溜まってる今のベルには効果あるかな。後で試してみる?」

「電気で回復まで出来るの!?」

 ベルの中で電気と言ったら派手な攻撃魔法のイメージだったのでその意外な効果に驚きだ。

 

「回復と言っても電気マッサージだけどね。電気で筋肉をほぐしてあげるの。手で直接肌に触れないといけないから、あまり普通のマッサージと変わらないかな。流石にダンジョンで防具を脱ぐわけにはいかないから、家に帰ったらやってあげるね」

「て、手で直接肌!? えっと……それ、ちょっと恥ずかしくないかな?」

 意識しているのはやはりベルだけなのだろう。

 「ただのマッサージなのに何で?」とスズは不思議そうに首をかしげている。

 

「神様が帰ってくるまでに出来上がりそうなのはそのくらいで、【範囲魔法】とかはまだ全然ダメだよ。威力と燃費がなかなか吊り合ってくれなくて」

「十分じゃないかな。そんなに急ぐ必要はないんだから」

「そうだね。それじゃあ一度戻ろっか。そろそろ帰らないとお昼すぎちゃうし」

 

 ヘスティアがバイト先に居なくてもジャガ丸くんの屋台に立ち寄るのは習慣となっている。

 スズ自身が商店街の人達や冒険者との触れ合い、掛け合いを楽しみにしているので昼は少しジャガ丸くんの屋台でまったりするのは日課なのだ。

 

 いつも通り何事もなく地上に戻り、ジャガ丸くんの露店に行き、またダンジョンに潜り、ホームで夕食をとり、昨日行った銭湯に浸かってホームに戻った。

 

 

§

 

 

 『神の宴』から一日、まだヘスティアは帰って来ないことに寂しさを感じると同時にベルは危機感を感じた。

 スズは普段からベルにべったりだが、ヘスティアは毎日スズを抱きしめたり撫でまわしたりとものすごく可愛がっており、その抜けた日常の寂しさをスズはベルに求めているのだ。

 

 相変わらず指摘しないと異性として認識してくれず、それはもうべったりである。

 かといって甘えん坊で寂しがりなスズのことを知っているから断るに断れない。

 

「ベル。それじゃあ服を脱いで。電気治療術式のお試しをしてみるから。痛かったらすぐに言ってね?」

「う……うん……」

 ヘスティアに【ステイタス】を更新してもらう時と同じように、上半身裸にされたベルの腰のあたりにスズがまたがる。

 

 スズが寝間着姿のおかげで太腿が横っ腹に直接触れることはなかったが、普段着やラフな格好だったら危なかった。

 そう思っているとスズの手がベルの肩を優しく撫で、そこからびりびりと何か気持ちのいい振動が肩の奥底まで浸透する。

 

「ひゃっ!?」

「ご、ごめんねっ!! 痛かった!?」

「い、痛くはないんだけど……」

 

 味わったことのない電気による刺激と、剣を扱っているとは思えない柔らかい手のひらが優しくベルの体を撫でまわす。

 それは気持ちが良いし心地も良い。

 それでも未知の刺激と異性に肌を撫でまわされるというダブルパンチがベルの顔を沸騰させる。

 

「やっぱり結構首や背中……肩までこっちゃってるね。ごめんね、慣れないことやらせちゃったせいで」

 肩や首筋、背中のツボを「んっ」「んっ」と一生懸命押しながら気遣ってくれているが、電気とマッサージと声と、たまに電気で刺激するのに集中するために優しく上半身を撫でまわす柔らかい手の感覚が、ベルの体を癒してくれるが脳をとろけさせていく。

 仰向けに決してなってはいけない状態に下半身がなっている。

 このテントをスズに見せる訳にはいかない。

 こんな贅沢普通は一生掛けても味わえないはずなのに、快楽と恥ずかしさと絶望の三つが今ベルのことを襲っているのだ。

 

 腕までマッサージしてもらい、腿にまたがられ腰もマッサージしてくれる。

 

「気持ちいい?」

「キモチイイデス」

「よかった」

 

 えへへ、と笑うスズに対してとにかく自制心を保つ試練は続く。

 当然のようにこの日も眠る時に震えたスズがやって来て、またくっついて一緒に寝ることになり、ベルのように心の強い人間でなければいつ問題が起きてもおかしくない状況だ。

 早くヘスティアが帰って来てくれなければベルも不味いかもしれない。

 我慢の限界が来るよりも先にベルの気が参ってしまいそうだった。

 

 

§

 

 

 二日目、何とかスズのマッサージのおかげで体の疲れはとれたが寝不足でベルは眠かった。

 それでもスズに悟られないように気を付けながら、いつもと同じサイクルをこなして、銭湯から帰って来てもまだヘスティアが戻っていないことにスズ以上に落胆してしまう。

 

 身心共に限界だ。

 今のところおとなしくなってくれている【英雄願望(アルゴノゥト)】が眠っている最中に英雄の一撃を解き放つのは時間の問題である。

 ダンジョンでくたくたになっても、そろそろ生理現象まで抑えられる自信はない。

 体を引っ付けて安らかに眠り、たまに身動ぎするスズの動作で英雄の一撃が爆発してしまったらズボンも布団もスズのパジャマもおそらく大参事である。

 

 

 

 

『無理すると体壊すわよ。今日は私が『スズ・クラネル』を寝付かせるから、ソファーでゆっくり寝なさい』

 

 

 

 

 そんな悩める男子を救う女神がいた。

 だけど、久々に出てきたスクハはなんだかじと目でベルのことを睨んでいる。

「えっと、スクハ?」

『ただ呆れているだけよ。まあ、おかげで十分休めたから助かったのだけれど。『スズ・クラネル』が求める通り家族として側にいてくれたことは感謝するわ。トイレでも部屋の外でもいいから発散してきなさい』

 突然スクハにティッシュ箱を渡されてベルの表情は一瞬固まってしまった。

 

『生理現象だから目の前でしなければ軽蔑はしないわ。存分に人目につかない場所で『剣姫』をおかずに発散しなさい。見えないところでする分には気にしないから』

「そういう心遣いはいらないんですけど!?」

『コンニャクはないわ、あきらめなさい』

「何に使うの!?」

『なにって……な、ナニに決まってるじゃない』

 

 スクハが少し頬を赤めて目を反らした。

 それだけで恥ずかしいこと言って自爆しちゃったんだなとベルは察してあげる。

 

「スクハ、話すのは久しぶりだね」

『こんなしょうもないことを私が出なければならない緊急事態にしないでもらいたいのだけれど。素直に「可愛い妹が抱き枕だぜ、いやっほー」と抱きしめて眠るだけで満足できないのかしら。何ナニを固くして小さな幼気な少女に欲情しているの、貴方は。それでいてその瞬間を楽しまずに寝不足なんて……。貴方、バカなの初心なの男なの死ぬの?』

「うっ」

『それでハーレムなんてどうやって目指すのかぜひとも教えてもらいたいのだけれど。私よりも歪なんじゃないのかしら。そう思うと、貴方のことが心配になってきてしまうのだけれど』

 

 最後には大きくため息をつかれてしまった。

 散々な言われようだが、やはりベルのことを心配して出てきてくれたのだろう。

 

「心配してくれてありがとう、スクハ」

『……貴方、罵られてお礼を言うなんてマゾなの? 寝不足なのだから早く寝なさい』

 スクハは頬を赤めてプイと顔をそらしたので、きっとお礼を言われて嬉しかったのだろう。

 前出会った時よりもスクハが表情豊かになっていてベルは嬉しく思えた。

 

『早く寝なさい。それとも何、発散しにも行かないのは私の前で隠れながらするつもりだったのかしら。だとしたら、さすがに軽蔑してしまうのだけれど』

「しないから! そんなことしないから!」

『なら早く寝なさい。私も『スズ・クラネル』のお守をしながら眠るから』

「ありがとう。おやすみスクハ。スズ」

『……おやすみ』

 

 スズの時と同様に、スクハが布団に入って横になるのを見守ってから魔石灯の灯りを最小にしてソファーで横になる。

 眠気もあるが、元気そうなスクハの姿にほっとしたのもあり、二日間スズと密着して眠っていたこともあってか、ベルは『二人きりの夜』だということは意識せずすぐに眠ることができた。

 

 

 明日は怪物祭(モンスターフィリア)

 『スズ・クラネル』にとっての最初の祭りが始まろうとしていた。

 

 




ベル君は祖父から英才教育を受けているのに、よく我慢できるなと感心する今日この頃。
さすがフレイヤ様が見たことのない魂の持ち主ですね。
憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の効果込みとはいえ、イシュタル様に襲われても怯える小食兎は伊達ではないです(笑)


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Chapter11『お祭りの仕方』

お祭りに行くお話。


 ヘスティアが出かけて三日目の朝。

 スクハのおかげでぐっすりと眠れたので、ベルは健全で気持ちのいい朝を迎えられた。

 

 顔を洗っているといつも通りスズが起きてきたので、洗面所を代わってあげて、待っている間に部屋の掃除をしておく。

 そしてスズが朝食を作りだすと、ベルもその手伝いをして、二人で朝食を食べ、スズが洗濯物を洗っている間にベルが食器を洗う作業に入る。

 

「今日は神様帰ってくるかな……」

「数日って言っていたから、そろそろ帰って来ると思うんだけど」

「ミアハ様もタワシ様も『神の宴』に参加してなくて神様の行先誰も知らないし……商店街の人も見てないし…神様どこに行ったんだろ……」

「神様はああ見えてしっかりしてるし大丈夫だよ。だって僕達の神様なんだから。用事に時間が掛かっているだけで、必ず僕達の家に帰って来てくれるよ。絶対に」

 

 ベルもヘスティアのことが心配だったが、スズを安心させてあげる為にも、自分自身に言い聞かせる為にもそう言った。

 不安がっているスズの気を紛らわせる為にも、気分転換にどこか遊びに連れて行ってあげた方がいいかもしれない。

 

 食器を洗いながらも何かないかと考えていると、ベルは今日が怪物祭(モンスターフィリア)の日だったことを思い出した。

 

「ところでスズ。今日は怪物祭(モンスターフィリア)だけど、一緒に見に行ってみる?」

「お祭りには興味あるけど、怪物(モンスター)をテイムするところはあまり見たくないかな。朝はいつも通りダンジョンに行って、お昼に祭りで出てる露店を回ってみたいんだけど……ダメ、かな?」

「それでいいよ。お祭りの露店って何があるんだろうね」

「多分だけど、普段あまり見ない食べ物かな。大きな街のお祭りは本でしか見たことがないけど、私の里ではトール様に感謝してソーラマトゥルをお祭りの日に食べてたし。祭り特有の記念物が何かあると思うよ」

「トール様って……神様だよね? 里にいたの?」

「うんん。ちょっと地上に降りてきてるかもわからないかな。少なくとも里が出来た時はまだ地上に降りてきてないってお母さ……んは言ってたよ」

 

 主神でも地上に降りてきた訳でもないのに信仰するなんて本当に変わった里だ。

 ますますスズの里のことがよくわからなくなってくる。

 

「今、洗濯物を魔石乾燥機に入れたから、もう少し待っててね」

「こっちも洗い物はもう終わってるよ。どうする、今日も外の手入れしとく?」

「うん。少しずつやっていかないといつまでたってもホームが綺麗にならないもの。補修作業やお庭の手入れは時間がある時に進めておかないと」

 

 最近スズは廃屋となった教会や雑草が生えて荒れ放題の敷地内の手入れをし始めている。

 教会の地下室は三人で暮らすには十分な広さだが、【ファミリア】に新しい人が入って来たらさすがに狭すぎるし、ボロボロな見た目だと印象が悪くなってしまうと手入れを頑張っているのだ。

 

 資金の問題もあって本格的な改修作業にはまだ入れていないが、毎日コツコツと頑張っているかいもあって庭の方は大夫マシになっている。

 教会の方はまだ掃除をし始めたばかりで罅割れた壁や穴の開いた天井、割れたステンドグラスなどなど問題は山積みだが、鼻歌交じりに作業を進めているスズの姿を見ている限り、この大がかりになるだろう改装工事も、いつか綺麗な教会になることを夢見て楽しみながら作業をしていることがわかる。

 

 当然ベルも手伝っているのだが、知識の乏しいベルが出来ることは少ない。

 とりあえず出来ることをやろうと、今日は落ちている瓦礫や廃材の撤去や、割れたタイルの隙間から生えた雑草を抜いたり、タイルをブラシでよく磨いて綺麗にしておいた。

 

 一方今日のスズはというと、大きなタイルの破片は組み合わせ、ひび割れた部分共々パテで補強していき、色が合わずに歪ながらもしっかり床として見られるようにタイルを補修していた。

 

「雨降ると台無しだし、次は屋根の補強かな。先に屋根をやっておけばよかったよ」

「しばらく天気は続きそうだし大丈夫だよ。それにしてもすごいねスズ。教会の修復まで出来るなんて」

「職人さんみたいに一から作ることは出来ないけどね。色々なお手伝いをしてたから器用貧乏なだけだよ」

 

 スズはそう苦笑しているものの、少ない失費でしっかり修理できているのだからかなりすごいとベルは思っている。

 

「スズはもう少し自分に自信を持っていいと思うんだけど」

「それはベルもだよ。一緒に自信持てるように頑張らないとね。それじゃあ乾燥機止めて冒険の準備をしてくるよ」

 そろそろ魔石乾燥機を動かして30分は経つので洗濯物も乾いている頃だろう。スズは笑顔でそう言い地下室に戻って行く。

 

 しばらくするとスズが冒険の準備を整えて出てくる。

 洗濯物を洗うスズよりもベルの方が時間的に余裕があったので、教会の手入れ前からベルは鎧を着込んでバックパックもレッグホルスターも装備済みだ。

 そのままバベルを目指してホームである直し掛けの教会を後にした。

 

 

§

 

 

「おーいっ、待つにゃそこの兎猫兄妹(うさねこきょうだい)!」

 バベルに向かおうと歩き出してすぐに声を掛けられて、ベルとスズがその声のした方向を振り向くと、『豊饒の女主人』の入口から給仕服を着たキャットピープルが大きく手を振っていた。

 

「おはようございます。確かミアさんとシルさんを呼んでくれた人の一人でしたよね。あの時はありがとうございました」

「おはようございます、アーニャさん。どうかしたんですか?」

「おはようございます、にゃ。礼はいいにゃ。それよりも兎猫兄妹(うさねこきょうだい)はシルのマブダチにゃ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいにゃ」

 キャットピープルの少女が渡してきたのは紫色のこじんまりして可愛いがま口財布だった。

 ベルは上手く状況が理解できず少し首をかしげてしまう。

 

「シルさんお財布を忘れて行っちゃったんですか。行先は怪物祭(モンスターフィリア)の会場……東のメインストリートにある円形闘技場(アンフィテアトルム)ですか?」

「クラネルさん……の妹さんの言う通りです。アーニャの説明不足からしっかり状況を推測できるとは、妹さんはずいぶん聡いのですね」

 今度はエルフの店員さんが来てスズの言葉を肯定した。

 するとスズはなぜかぺこりと頭を下げてベルの後ろに隠れてしまう。

 スズの体は震えてはいないので怯えてはいないようだが、突然どうしたのだろうか。

 

「……すみませんクラネルさん。私が妹さんを怖がらせてしまったようです」

「そんなことないですっ! すみません、よくわからないけど……リューさん良い人なのに……なんでだろ……」

 

 自分でも何で隠れてしまったのかわからないのかスズも戸惑っていた。

 おそらくなぜだかスクハのセンサーに引っ掛かってしまったのだろう。

 

「いえ、貴女が感じたものは正しい。私の穢れは綺麗な貴女にとって害悪です。……では、私は仕事に戻らせていただきます」

「そんなことないです!」

 店に戻ろうとするエルフ……リューの手をスズが握りしめると、エルフの習慣のせいか反射的にリューはスズの手を払いのけてしまい尻餅をつかせてしまう。

 

 リューはそんな自分の手とスズを交互に悲しげに見つめる。

 その後、慌てて尻餅をついたスズに手を差し伸べようとするが、そこでピタリと手が止まった。

 

 エルフは気を許した相手でないと肌を許さない。

 手も触れられない。

 そんな習慣を持つ種族だ。

 リューが初対面で手を握れた人は今だ二人しかいない。

 

 自分で手を伸ばしておいて、それをまた自分で払ってしまうのではないか。

 きっとそうしてしまうに違いないと、周りに悟られないようにリューは歯を食いしばる。

 

「たいへん無礼なことを――――」

「どんなことがあっても、リューさんの手はとても綺麗です」

 

 スズは笑顔を作って立ち上がり、自分の手を振り払ったリューの手を両手で優しく包み込むように握りしめた。

 

「リューさんがどんな過ちをしたのか、私にはわかりません。でもリューさんは人のことを見下したりはせず、さっきだって私を助け起こそうとしてくれました。また手を払って私を傷つけてしまわないように、手を伸ばしたくても伸ばせなくて傷つく人が、悪い人なわけないじゃないですか。穢れていたとしても、その優しさはとても綺麗だと思います。だから穢れていたとしても今のリューさんは綺麗です。私の方こそびっくりしてしまってすみませんでした」

 

 今度は握られた手を振り払わなかった。

 今は無きリューが所属していた【アストレア・ファミリア】の仲間達から感じた、真っ直ぐで綺麗な生き方をスズから感じた。

 

「心遣い感謝します。その美徳、いつまでも大切にしてください」

 リューは一度振り払ってしまったスズの手を握り返してあげることができた。

 【アストレア・ファミリア】の仲間達を罠にはめて全滅させた【ファミリア】に対して、激情に任せ、復讐対象の【ファミリア】に関係を持つ疑いがあるだけの者さえ殺めてしまったリューのように汚れず、スズにはこのままいつまでも真っ直ぐ綺麗な生き方をしてもらいたいと心の底から思えた。

 

「クラネルさん。妹さんを傷つけてしまい申し訳ございません」

「い、いえ! 僕に頭なんか下げないでください! スズも大丈夫そうだし、エルフなのにこうやってすぐにスズと仲良くなってくれたの僕も嬉しいですから。これからもスズと仲良くしてあげて下さい」

 

 兄のベルも真っ直ぐで優しい人間だ。

 スズが尻餅をついたら駆け出そうとしたが、すぐに妹の行動を察してあげたのか踏みとどまり、やりたいことを最後まで見守ってあげていた。

 お互いのことをわかりあって、他人のことを気に掛けてあげられる美徳ある兄妹だ。

 

「はい。私なんかでよろしければ」

 振り払ってしまった手さえ優しく取ってくれたスズの手が、誰の手も取れなかった自分に手を差し伸べてくれ【ファミリア】に誘ってくれた少女の手のように感じて、自分の手を取ってくれる人達は本当におせっかいで優しい人達ばかりだなと、リューの口元が自然と少し緩むのだった。

 

 

§

 

 

 シルにサイフを届ける為に、ベルとスズは祭りで賑わい混み合った東のメインストリートを人波に逆らわないで真っ直ぐ進んでいく。

 花やリボンなどで飾り付けられた出店も多く華やかで、獅子と【ガネーシャ・ファミリア】の象徴である象が対峙している旗が雄々しく風で揺れている。

 

「スズ。はぐれないようにしっかり手を掴んで」

「うん。ありがとうベル。それにしてもすごくたくさんの出店だね。怪物(モンスター)のぬいぐるみなんかもあるよ。お面屋さんは……ガネーシャ様の仮面ばかり。あ、リンゴ飴! 極東では定番なんだって。シルさんにお財布渡したら色々回りたいね」

 

 スズがきょろきょろと楽しそうに辺りの出店を見回している。

 しばらくそんなスズが転ばないように気を使いながら通りやすい人ごみを選んで進んでいく。

 

 

「おーい!! ベールくーんっ!! スーズくーんっ!!」

 

 

 すると聞き間違えることなんて決してない久々に聞くヘスティアの声が聞こえてきて、ベルとスズは通行の邪魔にならないように人ごみがない路地裏付近に移動してから声をした方向を振り向くと、ヘスティアがものすごい勢いで二人に飛び込んできた。

 倒れ込まないように二人でそんなテンションの高いヘスティアをしっかりと抱き止めてあげる。

 行方がわからなかった神様がいきなり現れて驚いてしまったが、まず言うべき言葉はこれしかない。

 

「「おかえりなさい神様」」

「ただいま!! 無理してなかったかい? ケガしてないかい? 変な男や女に声を掛けられなかったかい? もう会いたくて会いたくて仕方なかったよボクはっ!」

「僕もスズも元気です。大丈夫ですよ神様。えっと、神様は今日までどちらに?」

「いやぁ、それにしても素晴らしいね! 会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて! これが家族の絆ってやつなんだろうね! ふふふっ」

 

 よほど会えたのが嬉しかったのかベルとの会話が成立していない。

 

「神様。目の下にクマが出来てますけど大丈夫ですか?」

「スズ君は本当に優しいな! このんこのん」

「神様っ、くすぐったいですよっ。ぁっ……ん……」

 

 ヘスティアがスズの頭を胸に抱き寄せて撫でまわす。

 同じことをやられたらたまったものではないのでベルはハイテンションのヘスティアに苦笑しながら少し距離を置いた。

 

「こんな眠気三人でお祭りを楽しめばすぐに吹き飛ぶさっ!! ベル君、スズ君。ボクとデートしようぜっ!」

「神様一度家に帰って寝た方が……」

「ベル君! 仮眠はいつでもできるけど祭りは今しかできないんだ!! それともなにかな、ベル君はボクとデート、嫌なのかい?」

「いいいいいい、嫌じゃないですよ! でもデートなんて恐れ多いと言いますか、そもそもスズもデートに誘っている時点でそれもうデートじゃないですよね!?」

 

 デートという言葉と、ヘスティアの上目遣いにベルは顔を真っ赤にさせながらも、ヘスティアが徹夜明けのようなテンションになっているので、何とか思考回路を元に戻してあげないとと思いツッコミを入れる。

 しかし、ヘスティアは一切聞く耳を持たずに「ならば行こうじゃないかー!!」とぐいぐいとベルとスズの手を引いて人波に戻っていった。

 

「神様。実は知り合いの方にお使いを頼まれてて、お財布届けてあげないとシルさんがお祭り楽しめないんです。私は先に円形闘技場(アンフィテアトルム)へ向かいますので、神様とベルはデートをしながらシルさんのことを探してあげててください。シルさんを見つけられても見つけられなくても円形闘技場(アンフィテアトルム)前で待っていますので」

「ああ、スズ君! デートと言ったけど気を利かせる必要は……」

 スズはヘスティアの言葉を聞く前に笑顔を作ってから、手を離して人ごみの奥へ奥へと進んでいってしまった。

 

「うう、ボクは三人で一緒に回りたかったけど……ベル君と二人きりというのも滅多にないことだしね、スズ君の言葉に甘えよう!」

「ええっ!? 追わないんですか!?」

「大丈夫。スズ君にはスクハ君がついて……あ、スクハ君はあれから出てきてくれたかい!?」

「あ、はい。昨日の夜少し話しに出てきてくれました」

 さすがに、寂しさから一緒に寝ようとするスズを意識しすぎたせいでベルが寝られず、それを見かねてスクハが話しかけてくれたとは言えなかった。

 

「元気そうだったかい?」

「はい。僕が前あった時よりも表情が豊かになってて嬉しかったです。神様が毎日話してくれたおかげですよね? 神様、ありがとうございます」

「スクハ君もボクにとっては三人目の眷族だからね。当然さ。それにしても最後に話した時は疲れてたみたいで心配してたから、元気になってくれて本当によかったよ」

 うん、よかったよかったとヘスティアは安堵の息をついた後、本当に嬉しそうに笑っていた。

 

 その様子を見てベルは、いつかスズと同じように、スクハと三人で何でもない普通の会話を楽しめたらいいなと思った。

 

「という訳でベル君。スクハ君が付いている以上、無防備なスズ君でも、『もしも』ということはありえない! 後で合流してくれるし、ボクとデートしようっ!」

「え゛」

 結局ベルは有無を言わさずヘスティアに連れまわされるのであった。

 

 




小出しに話を詰め込みすぎたので、戦闘パートを入れずに分割しました。
戦闘パートも割とあっさりしていますが、ストックも少し溜めたいので明日投稿予定です。


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Chapter12『応援の仕方』

応援してあげるお話。


 無事スズは、円形闘技場(アンフィテアトルム)前でシルを見つけて財布を渡すことが出来たので、通行人の邪魔にならないよう気遣い、円形闘技場(アンフィテアトルム)の入口…人の行列が見える闘技場奥の人気の少ない建物の物陰に座り込み、ベルとヘスティアが来るのを待っていた。

 

 すると、入口とは反対の方、スズよりももっと奥である闘技場の裏口の方から、長身で逞しく引き締まった筋肉を持つ猪人(ボアズ)の青年が近づいてきていることにスズは気づいた。

 猪人(ボアズ)の青年がスズの前で立ち止まり、表情を変えずにスズのことを見下ろしてくる。

 

「……お前は円形闘技場(アンフィテアトルム)に入らないのか?」

「もしかして、オッタルさん……?」

「私を知っていたか」

「私はまだ駆け出しの身ですが、【猛者(おうじゃ)】オッタルさんのことは【剣姫】であるアイズさん達と同じく、よく耳にしますので。オッタルさんは怪物祭(モンスターフィリア)を見にこられたんですか?」

「いや。闘技場にも入らず涼む幼子を見つけたものでな。気になって声を掛けただけだ」

「私は迷子じゃないので大丈夫ですよ。ここで家族が来るのを待ってるんです。心配して声を掛けて下さりありがとうございました。オッタルさん、優しいんですね」

「そうか。邪魔をしたな」

 それだけを言ってオッタルは来た道を引き返していく。

 

 その後姿を見つめていたが、スズは突然立ち上がり、苦しげに胸を押さえながら周りを警戒し出す。

 

 

 

 ―――――――――下に何かがいる、そうスクハは感じ取った。

 

 

 

 しばらくその場で警戒していると、様々な人のざわめき声と共に地上では決して聞こえてはいけないはずの雄叫びが聞こえた。

「モ、モンスターだああああああああああああああっ!?」

 誰かの悲鳴が聞こえた。

 脊髄反射のようにスズはその悲鳴が聞こえた方向に向かおうとするが目の前に巨体が立ちふさがる。

 

 身長3Mを超える、スズの2倍以上の大きさの『トロール』が血走った目で、興奮した瞳でスズのことを見つめ、なぜか一回だけ首をかしげるも、スズにその大きな腕を伸ばした。

 

 今のスズがまともにやりあって勝てる相手ではない。

 それでもスズは一般人を巻き込んではいけないと思ったのか逃げ出さずにトロールと対峙する。

 

「【雷よ。粉砕せよ。第三の唄ミョルニル・ソルガ】ッ!!」

 

 戦槌のように巨大な雷がトロールの体を飲み込み、トロールは膝をついた。

 その隙をついて背中に背負っていた剣と盾を装備し、地を蹴りトロールの肩を足場にさらに跳躍して、空中で反転しながら脊髄めがけ全力で剣を叩きつける。

 

 しかし力不足のせいか、人体の急所を狙ったにもかかわらず効いている様子はなかった。

 トロールがよろけながらも立ち上がり、再びスズに向かって何かを求めるように手を伸ばすところで、温かくも激しい風がスズの隣を通り抜け、砲弾のような一撃がトロールの体を粉砕した。

 

 

§

 

 

 ロキと外出中に、ギルド職員から円形闘技場(アンフィテアトルム)から怪物(モンスター)が逃げ出したと聞いたアイズは、高台に上り怪物(モンスター)の位置を風で感じ取る。

 

 聞いていた数と一匹数が合わない。

 既に遠くまで逃げてしまったのだろうか。

 しかし今はその一匹の怪物(モンスター)に構っている心の余裕がアイズにはなかった。

 

 闘技場の側面、人気のない場所で、また幼いスズが怪物(モンスター)に襲われていたのだ。

 スズがトロールに襲われ、ミノタウロスの時のように応戦しているが、ミノタウロスより劣るとはいえトロールも駆け出し冒険者が勝てる相手ではない。

 

 無駄のない動きで華麗に人体の急所を狙ったにもかかわらず、スズの剣撃はトロールに効いている様子はなかった。

 その瞬間を丁度目撃したアイズは「【目覚めよ(テンペスト)】」と風を身にまとい高速でトロールの体を射抜く。

 

 今度は間に合った。

 スズが無傷なのを確認して安堵の息を漏らしつつも、アイズは次々と逃げ出した怪物(モンスター)を仕留めていく。

 

 もう犠牲者は出したくない。

 その一心で圧倒的な力で怪物(モンスター)をねじ伏せ、索敵できなかった一匹を除いて、怪我人や犠牲者が出る前に仕留めることができた。

 

 安心する一方、不可解な点がいくつかある。

 一つ目は【ガネーシャ・ファミリア】が厳重に警備していたはずなのに突然怪物(モンスター)が逃げ出した理由。

 二つ目はスズを狙ったトロール以外はまるで何かを探すように逃げ回る一般人に興味を示さずにただ徘徊していたこと。

 最後はスズを襲っていたトロールが何らかの熱で焼かれ既に瀕死だったことだ。

 

 アイズの頭から離れないスズとミノタウロスとの戦闘では、スズはミノタウロス相手に無謀にも接近戦で攻撃をいなし続けて耐えていた。

 今回は後衛である少年の姿は見当たらなかったので、いったい誰がトロールにダメージを与えたのだろうか。

 

 

 アイズがそんなことを考えていると、突然地面が揺れた。

 

 

 通りの一角の地面から蛇に酷似した巨大な怪物(モンスター)が生えてくる。

 あれは不味い。

 逃げ出した怪物(モンスター)なんかとは格が違うし嫌な感じがする。

 

 冒険者としての本能がアイズにそんな警鐘を鳴らす。

 

 逃げ出した怪物(モンスター)を倒すために駆け回ったせいで、巨大な怪物(モンスター)との距離が遠い。

 急いで駆け付ける中、ティオネとティオナが武器なしで巨大な怪物(モンスター)を殴っているが、武器なしとはいえLV.5の冒険者の攻撃にもびくともしていない。

 あんなものが地上にいていいわけがない。

 いつ犠牲が出るかわからない状況にどんどんアイズから心の余裕がなくなっていく。

 

 アイズを慕う後輩のエルフの少女、レフィーヤが圧倒的な魔力で巨大な怪物(モンスター)を仕留めようとする。

 レフィーヤはLV.3だが【スキル】と魔力、そして魔法自体が強力なおかげで火力だけなら【ロキ・ファミリア】の遠征について行ける素晴らしい後衛火力だ。

 ティオナやティオネの拳が通らなくても彼女の【魔法】なら間違いなく通るだろう。

 あのベートですらレフィーヤの火力は「アホみたいに魔力だけは高い」と評価するほどだ。

 

 しかし、レフィーヤの詠唱に巨大な怪物(モンスター)が反応し、蛇だと見間違えていた怪物(モンスター)の頭部だと思っていた部分が、つぼみが花開き、地面に埋まっていた触手が真っ直ぐレフィーヤに向かって伸びていった。

 

 LV.5の打撃を耐える防御力を持った怪物(モンスター)の攻撃力に、完全に後衛火力役として育ったLV.3のレフィーヤが耐えられるわけがない。

 防げるわけがない。

 

 

 予想外の出来事にティオネもティオナも庇いに行ってあげられない。

 アイズも……またぎりぎり間に合わない。

 またぎりぎり助けられない。

 悔しさにアイズは唇を噛み切ってしまう。

 

 

 触手がレフィーヤの腹に食い込む前に、雷の閃光が触手の横っ腹に炸裂し、触手はほんのわずかに軌道をそらされたことで地面に突き刺さる。

 

 閃光の発射地点に目を向けると、ロキのお気に入りである少女で、アイズがぎりぎり間に合わずけがを負わせてしまった少女、スズ・クラネルが身の程を弁えずに剣と盾を構えていた。

 

 誰もが無謀だと思った。

 ベートでなくても身の程を弁えろと思ってしまう絶対にやってはいけない行為。

 次元が違う第一級冒険者の戦闘に冒険者歴半月の少女が加入してきたのだ。

 

 今まで見たことのない未知の怪物(モンスター)は、先ほどの閃光でダメージすら受けている様子はない。

 接近職だと思っていたスズが【魔法】を使えたことには驚くが、素人が第一級冒険者の次元が違いすぎる戦いに首を突っ込んでいいものではない。

 

 スズが放った【魔力】に反応して花の怪物(モンスター)がその触手を三本伸ばす。

 スズはそれを何とかかわそうと身を引くが敏捷が圧倒的に足りない。

 【基本アビリティ】の問題ではなくレベルが圧倒的に足りないのだ。

 

「【アルクス・レイ】」

 

 レフィーヤが慌てて詠唱が終了していた【魔法】を触手に指定して、必中の矢で三本まとめて吹き飛ばすが、そんなレフィーヤに構わずもう一本触手をスズに向けて伸ばす。

 

 

 

 それに対してスズの口が動く。

 

 

 

 聞き取れないがおそらく詠唱だろう。

 口が動き終わると、スズの目の前に黄金に輝く盾が出現した。

 冒険者になって半月で【魔法並列処理】に加えて2スロット目の【魔法】。

 間違いなく彼女の冒険者としての才能は飛び抜けている。

 飛び抜けているのに、レベル差という圧倒的な壁の前には才能なんてあってないようなものだった。

 

 【基本アビリティ】や技術よりもレベルがたった1違うだけで、圧倒的な能力差が出来てしまうのが冒険者の世界である。

 黄金に輝く盾が砕け、構えた盾も意味をなさず貫かれ、スズの腕の肉がえぐれた。

 それでもスズは、なんとか致命傷を受けないように立ち回ってくれた。

 

 

 またほんの3秒だけ時間を稼いでくれた。

 その3秒でアイズは花の怪物(モンスター)に特攻し全力の一撃を叩き込む。

 

 

 花の怪物(モンスター)は一刀両断されるが、それと同時に整備中の愛剣デスペレートの代わりに持っていた、借り物の武器だった剣がアイズの力に耐えきれずに砕け散ってしまう。

 それなのに追加で先ほどの怪物(モンスター)がアイズを取り囲む形で地面から三匹も生えてきた。

 今度は完全にアイズに狙いを定め、殴り掛かるティオナやティオネにも、レフィーヤやスズにも構わず、ひたすらアイズの風に引きつけられるように触手を伸ばしてくる。

 

 不可解な点が一つだけあったが、怪物(モンスター)が魔力に反応しているのだろうことをその場にいる全員が察する。

 

「アイズ! 魔法を解きなさい! 追いかけまわされるわよ!」

「一人一匹くらい何とかするって! 白猫ちゃんの姿も見えないし、きっともう退避してるよ!!」

 ティオネとティオナの声に、スズの姿を探す。

 血の跡が地面に残っているがその姿は……あった。

 屋台に隠れて震え上がっている獣人の小さな女の子の元に駆けつけ、ケガをしていない右手で女の子の手を引いて退避させている。

 今まさに触手から攻撃を避けようとしていた場所が、避けた後触手が通るだろう予想位置が、その小さな女の子が隠れていた屋台だった。

 

 スズが女の子を攻撃範囲外まで退避させてくれたおかげで触手を掻い潜ることが出来たが、なぜかこの花の怪物(モンスター)は魔力の高いレフィーヤよりもLV.1のスズの魔力に反応していた。

 下手に魔法を解くとまたスズの方に攻撃が行ってしまうかもしれない。

 アイズが魔法を解かないままどうするべきか考えていると、代わりにとばかりにレフィーヤが詠唱を開始し始める。

 

 長詠唱の魔法。

 『効果内容と詠唱文を把握しているエルフの魔法を召喚魔法として行使する』【エルフ・リング】で、エルフの女王リヴェリアの、時さえも凍てつかせると言われる無慈悲な雪波、広範囲凍結魔法【ウィン・フィンブルヴェトル】の詠唱をレフィーヤは開始したのだ。

 

 

 これが決まれば間違いなく勝てる。

 

 

 レフィーヤの魔力に信頼を寄せるアイズ、ティオネ、ティオナの動きは迅速だった。

 レフィーヤの詠唱が終わるまで強大な魔力に引きつけられる怪物(モンスター)からレフィーヤを守り続けるだけ。

 前衛アタッカーの三人にとっていつもやっている単純なことだ。

 

「アイズさん!!」

 

 そんな中、遠くからスズの大きな声が聞こえた。

 声の方向からスズが先ほどまで装備していた剣が飛んできたので、その柄をアイズは掴み取る。

 

「壊しても構いませんッ!! 守ってあげてくださいッ!!」

 左腕から血を流しながらも、辛そうに顔をゆがませながらも、遠くでハーフエルフのギルド職員に保護されながらも、アイズのいる所まで届くように大きな声でスズが叫んだ。

 

 

 

 

 ――――――――――そうだ、もう傷つけさせたりしない。

 

 

 

 

 アイズはスズの目を真っ直ぐ見つめて軽く頷き、スズから借りた剣でレフィーヤに迫る触手を薙ぎ払っていく。

 【エアリエル】の風が驚くほど剣によく馴染み、ブロートソードなのに、まるで愛用し続けている細身のデスペレートを握っているような感覚がした。

 

 レフィーヤと自分に迫る触手を斬り払い、逃した数本はティオネとティオナが打撃で打ち払っていく。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――――――我が名はアールヴ】」

 

 周りにもう人は残っていない。

 長詠唱最後の一句も終わった。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 王女だけに許された極大魔法が召喚魔法として行使され、怪物(モンスター)を、街を凍てつかせる。

 レフィーヤの二つ名【千の妖精(サウザンド・エルフ)】は伊達ではない。

 怪物(モンスター)は完全に凍結し、身動き一つとれない。

 ここまで凍り付いたらいくら硬い植物怪物(モンスター)でも成す術はない。

 

 アイズが、ティオネが、ティオナが、それぞれ一匹ずつ凍り付いた怪物(モンスター)を一撃で打ち砕いた。

 

 

§

 

 

 アイズがスズにお礼を言って剣を返すと、スズは「お役に立てて私も嬉しいです」と笑顔を作っていた。

 アイズの攻撃に耐えきれずに、スズの剣には大きな亀裂が走ってしまっているにも関わらず、左手は痛々しく肉を抉られてしまっているのに、冷や汗を掻きながらもスズは笑っている。

 

「ごめんね……また少し間に合わなくて……。それに剣、ひびが……」

「それでアイズさんの家族が守れたなら、私は嬉しいです。ケガや剣はちゃんと直りますから」

 どこまでも真っ直ぐで優しい少女だった。

 レフィーヤがスズに謝りながらもお礼をし、ティオネが叱りながらもお礼を言う。

 

「レフィーヤを助けてくれてありがとね。白猫ちゃんすごかったよ! でもこんな無理したら、もう絶対にダメだからね!」

 最後にティオナがスズの頭を優しく撫でてあげていた。

 ロキが「スズたん傷もんにしたのどこのどいつやっ!!」と叫びながらこちらに向かっているのが見え、この場にアイズが留まっていても、もう何もスズにしてあげることが思いつかない。

 

 ギルド職員やロキ達にスズのことは任せて、最後の一匹を探してアイズは屋根の上を飛び回る。

 すると、ダイダロス通りの方で人々の歓声が聞こえ、ツインテールの女神に抱き着かれる白髪赤目の少年の姿がアイズの目に映った。

 

 ミノタウロスの時と同じように、自分よりも強い相手に大切なものを守るために戦いを挑んで、今度は一人で守り切ったのだろう。

 

 

 

 

 

 ――――――すごいな、とアイズは素直に思った。

 

 

 

 

 

 怖がらせてしまったこと、ぎりぎり間に合わず妹に傷を負わせてしまったことをアイズは謝りたかったが、また妹に傷を負わせてしまったので合わせる顔がない。

 

 それにあんなに二人で喜んでいるところに、スズがケガをしたなんて悪い知らせをするのは、後で知るとしても、それを伝えに行く勇気はアイズにはなかった。

 今度はアイズが少年から逃げるように、屋根を飛び移りながら去って行く。

 

 

 

 

 

 ――――――――――私にも、英雄がいてくれたらよかったのに――――――――――

 

 

 

 

 

 抱いてはいけない幼い頃の気持ちに、ズキリとアイズは胸を痛ませた。

 

 一般人の犠牲者負傷者0人。

 冒険者の負傷者一名。

 

 ダイダロス通りで白髪赤目の少年がシルバーバックを撃破したという報告もあり、謎の怪物(モンスター)脱走事件は無事幕を閉じたのだった。

 

 

§

 

 

 南の繁華街にある高級酒場の個室でロキはフレイヤを睨みつけていた。

 何で呼ばれたのか理解しているのか、いつも優雅なフレイヤの表情はどこかばつが悪そうな顔をしていた。

 

「可愛いスズたん傷つけて、どういうつもりやフレイヤ」

「私だって可愛い白猫まで襲われたと聞いて心臓が止まるかと思ったのよ。私事で一般人を巻き込むのは悪いと思って魅了したんだけれど……なんであの子が襲われたのか私にもわからないわ」

「そんなことだろうと思っとったわ。ガネーシャんとこの子もギルドの連中も魅了。怪物(モンスター)も一般人無視して誰かを探したように徘徊しよるし、どっかの色ボケ女神が魅了したんやと思ってたんやけど、今回はずいぶん潔く白状するやないか」

 

「私だって白猫はお気に入りなのよ。あの子は自由にさせてあげている時が一番輝いている。錆びた鎖に絡まれてひび割れながらも綺麗な輝きを保つ魂なんて見たことないもの。そんな天使を不本意な事故に巻き込んでしまったら、私だってショックだわ」

 珍しく本当にへこんでいるフレイヤの姿を見て、ロキはギルドに報告してやろうかなと脅しを掛ける気も起きなかった。

 

 フレイヤはどこまでも自分の欲求に忠実だからまた近いうちに何かしでかすが、この反応を見る限りだと、気になる男に悪戯をしようとして珍しく想定外の出来事が起きてしまったのだろう。

 

 少なくとも【ロキ・ファミリア】の構成員や一般人、そしてスズを傷つける気がなかったことは、普段どんなことがあっても優雅さを保つフレイヤがどんよりとしているところを見れば一発でわかる。

 

「私だって、巻き込んだら悪いなと思ってオッタルに白猫の話し相手になってもらって気をそらそうとしたり、工夫はしたのよ?」

「【猛者(おうじゃ)】をお使いに使うとかどんだけスズたんのこと好きやねん! それオッタルが可哀相やろ!? 見た目ガチムチの最強が幼女に話しかけるだけとか、それどんな罰ゲームなん!?」

「仕方ないじゃない。私は貴女と違って『あの里』にさほど興味はないけど、あの子と来たらそこで育ったせいか自由気ままな可愛い子猫なんだもの。守りたくもなるわ」

 スズが可愛くて天使なことは完全に同意だが、やはり迷宮都市唯一のLV.7冒険者の扱いがあまりにあんまりで、ロキは思わずオッタルに同情してしまった。

 

「まあうちの子やスズたんのこと傷つけないっていうなら別にええんやけど。せやけどな、あのデカイ花の怪物(モンスター)はやりすぎやろ」

「?」

 きょとんと、フレイヤは本当に何のことかわからない表情をしていた。

 

「そんな怪物(モンスター)私は知らないわよ。それが白猫を傷つけたの?」

「らしいで。地面からにょきっと生えて来おって……。ん、地面から?」

「きな臭いわね」

「鏡見て言えや、アホ。まあええ、そんな表情ころころ変えてるんやから、ほんまに関係あらへんやろうし」

 その言葉にフレイヤが今度は眉を顰める。

 

「……そんな表情に出ていたかしら」

「付き合い長いうちやのうてもわかるくらいに変顔してたで。まあ、スズたん大好きなのはうちも一緒やし、気持ちはわからんことでもないんやけど。うちの子やスズたんに手出したら覚悟しとき?」

「直接危害を加える気はないわ。ただ、大変申し訳ないのだけどまた巻き込んでしまったらごめんなさい」

「『おまわりさんこっち』や」

「鷹の羽衣」

 不意にたった一言フレイヤはそう呟いた。

 天界にいた時に貸した羽衣をまだ返してもらえなかったことで逆にゆさぶりを掛けてきた。

 

「巻き込むかもしれないけど、それは私がやろうとしていることに自ら飛び込んできた時や、今回のような異常事態(イレギュラー)しかないわ。だから……今回のことと、これから私がやることに目を瞑ってくれるのなら、あの羽衣も貴女に差し上げるけど、どうかしら?」

「この性悪女っ」

「それに今朝話したけど、私がお目当てなのは一人よ。よほどのことがなければ貴女に迷惑は掛けないわ」

 

「本当に面倒な女やな。男一人捕まえるのに周りに迷惑かけるなっちゅうの。もうええわ、羽衣はうちのオキニやし見逃したるわ。きな臭いこと起こりそうやし、今いがみ合ってもしゃーないわ」

 ロキは年中盛っている神友に大きくため息をついた。

 天界にいた頃の神友トールも、ロキに散々振り回されてこんな気持ちだったのかと思うと、ほんの少しだけ申し訳なく思えてしまった。

 

 




章のタイトル『白猫と剣姫』でお気づきの方もいらっしゃったでしょうが、スズを外伝ルートに突っ込むことで、ベル君とヘスティア様のシルバーバック戦は大体似たようなものになりました。
書いていないものの変更点としてあげるとしたら、ヘスティア様がベル君に逃がされる前に、神のナイフと【ステイタス】更新を提案し、ベル君も戦う気満々だったことで、ヘスティア様が疲れで倒れる前に決着がついてしまったことくらいでしょうか。

オッタルさんによるベル君関係の初めてのお使い。あの体型で一人日陰でたたずむ小さな少女に声を掛けなければいけないとかなんて罰ゲーム(笑)
フレイヤ様もフレイヤ様で、ベル君で少しほくほくしたと思ったら、悪い知らせを聞いて一気にずどんと沈んでしまったようです。
それでも懲りずに原作同様ミノさん使いますけど、フレイヤ様だから仕方がないのです。

そしてアイズさんのダメージが地味に大きいです。ベル君頑張れ。超頑張れ!


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Epilogue『夢の見方』

夢を見るお話。


 寝不足によるダウンから目を覚ましたヘスティアは、久々に三人で食べるスズの作った夕食は格別だなと思った。

 

 シルバーバックに襲われた時は、完全に無力なヘスティアが狙われ続けたことで【英雄願望(アルゴノゥト)】を蓄力(チャージ)する暇もなく、一時はどうなるかと思った。

 

 しかし、ベルの憧憬一途(リアリス・フレーゼ)による急成長と、ベルと共に成長する生きたナイフ、『神の(ヘスティア)ナイフ』の相性は素晴らしく、ベルの溜まりに溜まった【経験値(エクセリア)】を更新すると、あっという間にシルバーバックを倒してしまったのだ。

 

 その喜びを分かち合った後、ヘスティアは三十時間にも渡る土下座やヘファイストスの手伝いによる疲れもあり、すぐに気を失うように眠ってしまった。

 おかげで、スズと一緒に三人でお祭りを回ることが出来ず残念で申し訳なく思ってしまうが、それでもベルにお姫様抱っこされ守られるあの感覚を思い出し「うへへ」とヘスティアは思わずよだれを垂らしそうになる。

 

 

『私の背中によだれを垂らしでもしたら、さすがに私は貴女のこと嫌いになってしまう自信があるわ。後、のろけ話はいい加減やめてもらえないかしら』

「だってベル君はボクからのプレゼントを泣いて喜んでくれたんだぜ。これでヴァレンなにがしのことなんて気にせず、ボクとベル君は相思相愛さ!」

『貴女だってプレゼントされて泣いていたでしょう。ベルの『剣姫』への想いは変わっていないと思うのだけど』

「またまたー」

『シルバーバック戦の【ステイタス】はまだ更新していないのでしょう? 更新をしてみて絶望すればいいと思うわよ。きっとまた羨ましいくらいに【基本アビリティ】が伸びていると思うのだけれど。浅はかな夢は捨てて、素直に二号を目指しなさい』

 スバリと言われてしまいヘスティアはぐうの音も出なかった。

 

 それを確認するのが怖くて、更新したばかりだからという理由にベルの更新を行わずにスズの更新をいきなり始めたことを完全に見抜かれている。

 

『図星ね』

「でも二号って言うな! ボクはベル君の一番がいいんだよ!」

『『スズ・クラネル』のことも見てあげなさいよ』

「もちろんスズ君やスクハ君にとっても一番になりたいんだよ! ボクはスクハ君のことも大好きだし、心配してるんだぜ?」

『………私にその()はないわ。処女神だからって、溜まった欲求を満たすために、女の子にまで手を出さないでもらえないかしら。はしたない』

 

 ボフっと枕に顔を埋めながら言っているので、性的対象としての好きではなく家族として大好きだと言われたことをしっかり理解してくれているのだろう。

 本当に背伸びをしているだけの恥ずかしがり屋な子だな、とヘスティアは頬を緩ませた。

 

『……『スズ・クラネル』にも後でプレゼント買ってあげなさい。安物のアクセサリーでもなんでもいいから。ベルだけにプレゼントなんて、あの子が不安がり……は、残念ながらしないわね。貴女がベルのこと好きだと思って遠慮してるみたいだし』

「ふっふっふ、ボクを甘く見てもらっちゃ困るなスクハ君! ミアハのところの子に財布をあげたみたいだから、スズ君の為に出店で見つけた可愛い財布を買ってあげているんだ! ただの巾着袋のままなのは可愛いスズ君には似合わないからねっ!」

『そう。貴女にしては良い心掛けね。感心したわ』

「スクハ君には同じく出店で買った鈴をプレゼントだ! スズ君にプレゼントする財布に付けておくから、ベル君からのプレゼントと一緒にチリンチリン遠慮なく鳴らしておくれよ」

 

 ヘスティアは温かい笑顔でスクハにそう言った。

 痛恨の一撃をもろに食らってしまったスクハは、ボフボフボフと何度も何度も頭突きをするかのように枕に顔を埋めて悶え始める。

 

『……見られてた……死にたい……』

「そりゃあ、何度も夜な夜な外で一人酒してたら気にもなるさ。スクハ君も嬉しそうに笑うんだって知れてボクはとても嬉しいよ」

『さすがにそれ以上言ったら二度と口聞かないわよ。後、絶対にベルには秘密にしなさい。後は忘れて、お願いだから……』

 

 力尽きたように動かなくなるスクハを見て、さすがにやりすぎたかと申し訳なく思ってしまう。

 

「ごめんよスクハ君。でも、嬉しかったのは本当だから覚えておいておくれ」

『……そこだけは一応覚えておいてあげるわ。余計なお世話だけど……』

 相変わらず言葉は素直になってくれないスクハに苦笑しながら本格的に【ステイタス】の更新を行う。

 

 

 

力:i 95⇒h120  耐久:h 180⇒g234 器用:h151⇒g205

敏捷:i 81⇒h101 魔力:g249⇒e468

 

 

 

「今度は何をしたんだい!? というかボクがいない間にナニをしたんだい!?」

『私には構わないけど、『スズ・クラネル』をそういう下品な目で見るのやめてくれないかしら。貴女がいなくて寂しさに震える『スズ・クラネル』をベルが必死に自制心を保ちながら、添い寝をしてあげていただけよ。私が見た限りだと『スズ・クラネル』にやましい気持ちはないから安心なさい。むしろなさ過ぎて無防備だから心配なのだけれど』

 

「そ、そうか。じゃあ今日からやっぱり四人で……」

『却下。ベルが眠れなくなるわ。それと私をカウントしないでって言ったでしょう』

 また思い出してしまったのかしばらく枕に顔を埋めてしまうのをヘスティアは見守ってあげた。

 

 1分ほど待ってあげるとようやく落ち着きを取り戻して、スクハが大きくため息をついた後に話を続けてくれる。

 

『後そうね……貴女が帰って来てくれたことや、『剣姫』達に世話になったことが嬉しかったのではないのかしら。念願の銭湯も見つけられたし、貴女がいない間に沢山の幸せを『スズ・クラネル』は受け入れてくれたみたいだけど。ねえ、ヘスティア。今どんな気持ち? 一生懸命幸せにしてあげたかった子が、自分がいない間に、今までにないくらい幸せを感じて目に見えて数字が伸びたのはどんな気持ち? 参考までに教えてもらえないかしら。留守中にNTRされた気分をぜひとも本人から聞きたいのだけれど』

 

 先ほどのお返しとばかりに神ばりのウザさで不敵に微笑んでくる。

 きっと悶えながらも、からかい返せる言葉を考えていたのだろう。

 

「だからスクハ君はどこからそういう言葉を仕入れてくるんだ。あれか、神達が吹き込んでいるのか!? 無知なのをいいことにスズ君の前であんなことやこんなことを言って満足してるっていうのか!? あの変態どもめ!! スズ君はボクの眷族なんだぞ!!」

『想像にお任せするわ。後はそうね……トロールに襲われて、その後すぐ第一級冒険者が苦戦するような魔物に襲われたくらいかしら』

「だから君はどうしてそんな危険なことに巻き込まれるんだい!?」

『私が聞きたいくらいよ。とっさに【限界解除(リミット・オフ)】の出力を上げて入れ替わったおかげで何とか生きてるけど、危なく左腕がもげるところだったわ。おかげで【基本アビリティ】の伸びはすさまじいものがあるけれど、『スズ・クラネル』の無鉄砲さは私ではどうにもならないわ。意志に背く行動だと主導権を奪えないのはやはり辛いわね。何とかならないものかしら』

 

 スクハは大きくため息をついた。

 何とかしたくても出来ない歯がゆさはヘスティアと同じなのだろう。

 お互い相変わらず苦労をしているようだ。

 

「それで新しい【創作魔法】は……二つか。よくもまあこの短期間で増やせるものだね」

 

 

 

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ。』

・第二の唄ソルガ『雷よ。敵を貫け。』

・第三の唄ミョルニル・ソルガ『雷よ。粉砕せよ。』

・第四の唄アスピダ・ソルガ『雷よ。邪気を払う盾となれ。』

・第五の唄カルディア・フィリ・ソルガ:『雷よ。想いを届け給え。』

 

 

 

『ええ。『スズ・クラネル』は本当に優秀だもの。私も手伝っているのだし、短詠唱なら役に立つかは別として、一応量産が出来るのでないのかしら。ただ、もう一つ私のお手製があるのに気づいてくれると嬉しいのだけれど』

「……またやらかしたのかい、スクハ君。流石に呆れてもう叫ぶ気力もわかないよ」

『仕方ないじゃない。こうも異常事態(イレギュラー)に遭遇したら命がいくつあっても足りないわ。だから一発逆転に【英雄願望(アルゴノゥト)】を真似たのだけれど、気に入らなかったかしら?』

 

 ヘスティアはどれどれと、増えている2スロット目の【魔法】に目を通す。

 

 

 

【ミョルニル・チャリオット】

・広域収縮魔砲。

・雷属性。

・高速詠唱不可。

・『雷よ。天空を貫く雷よ。偉大なる戦神の運び手よ。我の声に応え給え。雷よ。天空に轟く雷よ。偉大なる雷神の運び手よ。我の唄に応え給え。我はレスクヴァ。我は偉大なる戦神の従者なり。我は偉大なる雷神の従者なり。稲妻のごとく天空を駆け抜ける戦車よ。我が戦鎚となりて障害を粉砕せよ。第六の唄。貫け疾風迅雷。』

 

 

 

「気に入るも何も、名前は何とかならないのかい!? トールの関係者ですよというか、トールの従者ですよっていうこの詠唱文も何とかならなかったのかい!? ヘスティアの従者じゃダメだったのかい!? ボクの名前も入れておくれよ!! そもそも『魔法』の『砲』がおかしいだろ!? 何だよ広域収縮魔砲って!! 君は魔砲少女でも目指しているのかい!?」

『家庭の炉を燈す程度の火力に用はないから諦めなさい。でも、そうね。なんだかその魔砲少女というフレーズは気に入ったわ。このままルビでも振っていただけないかしら?』

「……他の神々が喜びそうな名前を君は名乗りたいのかい?」

『ごめんなさい。やはり今の言葉は取り消させてもらうわ。もしもベルや『スズ・クラネル』がランクアップした時は無難な名前を勝ち取りなさいよね。【天使(テ・シオ)】なんてつけられた日には、恥ずかしくて表に出られないわ』

「本当に神に近い感性の持ち主だね、君は。やっぱり神が乗り移ってるんじゃないかと心配になってくるよ」

 

『これらの知識はお母様のものだから安心しなさい。私はもう『スズ』という存在の欠片でしかないけれど、一応は人間……いえ、もう人間ではないわね。記憶の一部でしかない私が人間と名乗るのはおかしな話だったわ。私は『スズ・クラネル』の中に潜むトラウマという爆弾を抱えた寄生虫よ。ただの害虫にすぎないの。だから私なんかに構うよりも『スズ・クラネル』に愛情を――――――』

 

 更新も終わったので、ヘスティアは無理やりスクハの体を起こし、正面から強く抱きしめてあげた。

 

『な、な、なっ』

「言っただろう。君はボクにとっては三人目の眷族だ。スズ君もスクハ君もどちらもボクの大事な家族だ。自分のことを害虫なんて言わないでおくれ」

 

『……これだからお人好しは……嫌いなのよ。人の事情も考えずに優しさを押し付ける。私は消えなければいけない存在なのよ。そんなことをしたって貴女が辛くなるだけだと思うのだけれど』

 

「君が自分勝手な人格だったら、きっと君を消すのに躍起になっていたさ。でも、スクハ君はスズ君のことをしっかりと考えてくれている。こうやってボクのことも心配してくれている。君は君のまま、スズ君と一緒に幸せに満たされたっていいんだ。スクハ君が消えなくても、きっと幸せな日々が君達の心を満たして、辛かった出来事以上に幸せになってくれるって信じてる。ボクとベル君が君達を幸せにしてあげる。だから、自分のことをそんなに責めないでおくれよ」

 残ってもいい、自分を責めなくてもいい、そんな優しいヘスティアの言葉に、スクハの腕が少し動くが、ヘスティアを抱き返すことはなく、すぐに腕から力を抜いてしまう。

 

 受け入れてくれなかったが、嫌がってはいなかった。

 多分、スクハはどうしても自分自身のことを許せないのだろう。

 スクハがスズのトラウマを一人で抱え込んでくれているのに、スズにとってそのトラウマは害でしかないから、トラウマごと消え去りたいと思っているに違いない。

 

 スズの一部だけあって、どこまでも優しく、それでいて自分以外の人を優先して、自分を蔑ろにする。本当にどこまでも不器用な子だ。

 

『寝るわ。【ミョルニル・チャリオット】はスズには伏せておいて。いざという時は私が使うから。入れ替わるから横にならせて』

 スクハがヘスティアの腕から抜け出し、またベッドでうつ伏せになる。

『本当に貴方たちはお人好しね。ベルにももっと簡単に同じことを言われたし、期待はしてないけど、気持ちだけは受け取っておくわ。ありがとう』

 それでもしっかりお礼を言ってくれた。

 

 ほんの少しずつだけど、このままスクハが自分のことを許して、いつか心の底から笑い、差し伸べた手を取ってくれる日が来ると信じたい。

 

「ああ。それじゃまた、スクハ君」

『……ええ、また明日。愚痴を聞かないで済む日が来ることを祈っているわ』

 そうしてスクハは眠りにつき、スズが目を覚ます。

 

 

「えっと、どうでしたか。今回の【ステイタス】。かなり無理をしてしまったので、その、上がっちゃってると思うんですけど」

「ベル君ほどではないけど、かなり伸びているね。多分他の冒険者と比べ物にならないくらい伸びているんじゃないかな。でも、無理したのは感心できないよ、スズ君。一体どんな無茶をしたらこんなに【基本アビリティ】が伸びるんだい?」

「ご、ごめんなさい。トロールと少しだけ……後はよくわからない、嫌な感じがした植物系の魔物ですね。で、でも側にアイズさん達がいましたし、全然平気でした! また助けてもらっちゃって、その、少しだけお手伝いできたのは嬉しかったんですけど…。私は大丈夫ですから安心して下さい神様」

 

 スクハは危うく腕がもげるところだったと言っていたが、スズはヘスティアを心配させないためにそのことは伏せて、大丈夫だと笑顔を作ってみせていた。

 治療してもらったのか、左腕に傷跡は一切見当たらない。

 

「ケガしないように気を付けておくれよ。はい、これが今回の更新結果だぜ」

 スクハに言われた通り【ミョルニル・チャリオット】と、ベルにも見せてもいいように【スキル】項目を取り除いた更新結果を渡す。

「あ、これならアレが出来るかも……」

「ん、防御が上がったからまた近接に戻るのかい?」

「それもありますけど、この魔力量なら術式の幅も広げられそうな気がして。また色々実験してみますね。ベル! 更新終わったよ!! 8階層からはまだなんとも言えないけど、すごく伸びたから5階層から7階層は予定通り二人で前に出ても大丈夫そうかもっ!!」

 スズは【基本アビリティ】が伸びたのがよほど嬉しかったのだろう。いや、自分が幸せを感じていることが数字で実感できてさらに嬉しくなったのだろう。

 

 ベルの名前を大きな声で呼びながら、【ステイタス】を書き写した紙を抱きしめ、スズはパタパタとドアの方に早足で向かって行った。

 またスズが無茶なことをしてしまうかもしれないが、ベルとスクハが付いていれば大丈夫だろう。

 ヘスティアは嬉しそうに自分の【ステイタス】を語るスズと、今は眠っているスクハのことを温かく見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------------------

                §鈴の音色が聞こえない§

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 夢を見ていた。

 いつもの『悪夢』ではなく、『悪夢』が始まる前の、ただの夢。

 その日私は一人で森へ遊びに出かけていた。

 

 

 

 ――――――――それ以上進まないで。その声は当然過去の自分に届いてくれない。

 

 

 

 夕食の品目に新鮮なお肉を並べたら喜んでくれるかなと、猪などの倒しやすい獣を探している。

 探しても探しても獲物は見当たらないけど、苦しそうな息遣いが聞こえてきた。

 なんだろうなと幼い私は息遣いが聞こえるやぶの中に入っていく。

 

 

 

 ――――――――見つけないで。その声は当然過去の自分に届いてくれない。

 

 

 

 大きな狼がケガをしていた。

 見たことのない狼で、おそらく、どこか遠い地から魔物に追い立てられてやって来たのだろう。

 私の里では狼を食べる習慣なんてない。食べるものでなく、襲うものでなければ、助けてあげないとダメかなと単純に私は思ってしまった。

 初めは私のことを警戒していた狼だけど、私は「怖くないよ」と言ってあげると大人しくなってくれたから、非常用に持ってきている森の薬草を煎じて調合した薬と包帯で狼を手当てしてあげる。

 

 すると狼はお礼をしたいのか、それともただ私に懐いてしまっただけなのか、鼻先を私の頬にこすりつけてくれて、ぺろぺろと私の顔を舐めてくれた。

 少しくすぐったいけど、狼が「ありがとう」と言ってくれているみたいで、こんなに早くに懐いてくれたのがすごく嬉しい。

 

 だから調子に乗って、バスケットの中入っているおやつとして持ってきたパイを包みから取り出して狼と半分こした。

 また狼が鼻先を私の体になすりつける。 

 それが嬉しくて、私は狼のケガをしていない頭を優しく撫でてあげた。

 そんな幸せな思い出の一ページ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――なんで私達は出会ってしまったのだろう。私の疑問は誰にも届かなかった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リン、と不意に暗闇の中で波紋が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------------------

            §鈴の音色が聞こえた気がして少し安心した§

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 リンリンと、髪止めと財布の鈴を優しく撫でながら鳴らした。

 

 祭壇に腰を掛け、ミードのビンとコップを置き、右手で髪止めの鈴を鳴らし、左手の人差し指で祭壇に置い財布の鈴を鳴らす姿は、他人の目からはさぞ滑稽に見えることだろうと、私は思わず苦笑してしまう。

 

 お人好しなベルとヘスティアと出会ったおかげで『スズ・クラネル』は、少し依存気味になってしまっているものの幸せな生活を送ってくれている。

 『悪夢』もきっかけがなければあまり見ないが、油断するとすぐに『悪夢』が私から逆流しそうになるのはやめてもらいたい。

 

 やはり自分は消えるべきなのではないかと思ってしまうが、自我と共にトラウマまで消えてくれる保証はないし、今の『スズ・クラネル』は私や『悪夢』なんてなくても、きっと大切な人のために頑張りすぎてしまうだろう。あれは、『私』は元々そういう子だった。

 

 ただ心を壊してしまい度が過ぎているだけで、昔から自分よりも他人を優先して、それでいて何でもないことに幸せを感じていた気がするが、今の『私』は何がそんなに幸せだったのかを思い出すことも出来なければ、どう感じていたかもはっきりと思い出せない。

 

 ただ記憶があるだけ。

 当時の感情は『私』にはもう残っていない。

 それなのに、私を人間らしくし、一人の人間として扱うヘスティアとベルは本当にお人好しで、おせっかいだと思った。

 

 

 きっと今、嬉しいと思っているのだろう。

 自分でも少し頬が緩んでいることを自覚できた。

 

 

 本当に、ずいぶんと人間らしく振る舞えるようになったと思う反面、感情なんて『私』には必要なかったと思ってしまうことがある。

 

 

 リンリン、リンリンとまた鈴を鳴らす。

 

 

 不意に、『スズ・クラネル』がリューというエルフの女性に言った言葉を思い出す。

 確か、穢れていたとしても、その優しさはとても綺麗だと思う、だったか。

 あれは、こうして『スズ・クラネル』に巣食う私にも当てはめられるだろうか。

 

 

 リンと鈴の音が止まる。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――私が幸せになっていいわけがない――――――――――――――

 

 

 

 

 

 あまり考えると私自身が『悪夢』に成りかねないので、一度そこで思考をリセットする。

 ベルとヘスティアのおかげで、まだ『私』を保つことができる。『私』は『私』のまま『スズ・クラネル』を守ってあげられる。

 

 余計な感情がついて迷いが生まれてしまったものの、今の『私』がやることは『スズ・クラネル』を幸せにすることだ。

 ただそれだけでいい。

 

 

 

 リンリン、と鈴の音を鳴らす。

 

 

 

 鈴の音色は『私』を癒してくれる。

 そんな錯覚を信じて、私はただ鈴を優しく撫で続けた。

 

 




格上のトロールと食人花に挑んで生き残ったことで、ずいぶんと【基本アビリティ】が伸びました。
エイナさんが、冒険者になるまえから戦いの心得を持つものならまだ説得力があったのだが、とベル君から【基本アビリティ】を知らされた時に思っていたので、格上相手に【基本アビリティ】が伸びる行為をすれば【経験値(エクセリア)】も大量に稼げるのかなと思い、無茶な格上相手への戦闘行為をしたらそれなりに伸びるようにしてみました。

次回から二巻に突入します。


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三章『白猫と灰姫』 Prologue『物まねの仕方』

憧れた人の物真似をするお話。


 現在7階層。

 ただいま急成長中のベルとヘスティア・ナイフは絶好調だった。

 

 ダンジョン内で正方形に開けた空間、『ルーム』と呼ばれる広間で、新米殺しのキラーアントを硬い甲殻の隙間から柔らかい内部を狙うのではなく、硬い甲殻ごと一刀両断にする。

 

 やはり【ヘファイストス・ファミリア】の武器はすごいなとベルは感動し、プレゼントしてくれたヘスティアに何度も何度も感謝したが、別にベルが試し切りしたくて7階層まで足を運んだ訳ではない。

 いつも通り順を追って階層を攻略していこうかとベルは考えていたのだが、上がった能力と術式を試したいとスズが7階層に行こうと言い出したのだ。

 

「ベル!」

「大丈夫っ!」

 

 スズの叫びにベルは答え、後ろから突撃してくるニードルラビットに対し、振り向きざまにヘスティア・ナイフで首を跳ねる。

 

 ベル本人はヘスティア・ナイフのおかげだと思っているが、力と器用がE、敏捷に至ってはDまで伸びたベルは、攻略目安が【基本アビリティ】GからFである7階層なら、一人で探索を行っても問題ない水準に達していた。

 

「やっぱりベルは一人でも大丈夫だし、私の【ソル】でもパープルモスとニードルラビットは倒せる。【ソルガ】でキラーアントの甲殻も貫けるから…。うん、私が少し冒険しても大丈夫そうかな。ベル、この辺りのフロアで色々試すから、キラーアントだけは見つけ次第すぐ処理して、毒を持ったパープルモスには近づかないようにね。パープルモスは【ソル】で倒すから」

「ニードルラビットは?」

「私が怪物(モンスター)と一対一が出来る状態に持っていってもらえると、今足りない力を上げられるから嬉しいんだけど…いけそうかな?」

「神様のナイフがあるから大丈夫だよ。力を上げるということはやっぱりこのまま前衛で行くの?」

「この先どうなるかわからないけど、何とかなりそうな【魔法】を思いついたから、ちょっと色々試したいんだ。ごめんね、迷惑掛けちゃって」

 スズが申し訳なさそうにそう言った。

 

「迷惑なんて思ってないよ。スズが色々教えてくれてからずいぶん戦いやすくなったし、スズがやりたいことを出来るなら、僕も嬉しいかな。だけど無理は絶対しないでね」

怪物(モンスター)がいない時の術式実験はちょっと失敗しちゃいそうだけど、怪物(モンスター)との戦闘は油断しないから大丈夫だよ。それに回復薬(ポーション)使わないと、ナァーザさんのところにお金入らないし」

「ミアハ様のところ、ナァーザさん一人だからね。固定客も僕達しかいないみたいだし……」

 

 そう考えるとケガをしない安全な階層で戦い続けるのは悪い気もしてくる。

 それでも安全第一に、しばらく戦いやすいフロアを選んで怪物(モンスター)を倒して進んでいくと、袋小路のフロアにたどり着く。

 

 その間にスズはニードルラビットや、一体だけ紛れ込んでいたウォーシャドウも盾でいなして剣で難なく倒している。

 スズは耐久と魔力以外の【基本アビリティ】がベルよりも劣るとはいえ、その技量は折り紙付きであり、スズは近くに生れ落ちたキラーアントも器用に甲殻の間に剣を突き刺し、【ソル】で内部を焼いて難なく倒してしまう。

 十分接近戦できるじゃないかと思ったが、スズが心配していたのはもっと下の階層なので何とも言えない。

 

 そのスズがこうやって積極的に【基本アビリティ】を上げようとしているあたり、下の階層でも接近戦が出来る目途が立ったのだろう。

 

 

「ここでいいかな。音を聞きつけて通路から沢山怪物(モンスター)が来ちゃうかもしれないけど、その時は【魔法】で道を作るよ。これから色々試すから…私のこと守ってね、ベル」

 スズが少し照れながら、笑顔で「守ってね」なんて言ってくれたのだから、これで守ってあげなければ兄でも男でもない。

「スズのことは何があっても僕が守るから安心して」

「ありがとう、ベル。それじゃあ危ないから少しだけ離れててね」

 スズの言う通りに、ベルは何が起きてもスズを守りに行けるギリギリのところまで下がった。

 

 しっかりスズを守れるように、怪物(モンスター)が来た道からやってこないか、新たに怪物(モンスター)が生れ落ちないかを神経を研ぎ澄ませて警戒する。

 この7階層は6階層よりも怪物(モンスター)の生出頻度が上がっているはずだ。

 上がっていなくても、自暴自棄になって一人でダンジョンに潜った時に体験した、通路を埋め尽くすほどの怪物(モンスター)の群れが同時に生まれてしまうかもしれない。

 勝てるからといって、油断や慢心なんてベルはもう絶対にしないのだ。

 

「【雷】よ」

 

 スズがいつも通り【ソル】系の基本詠唱をトリガーに組み上げた術式を発動した。

 

 

 

 次の瞬間、スズの足に黄金の光が集まっていくかと思うと、集まった電気が破裂し、その反動でスズの体が勢いよく上に吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 あまりの予想外の出来事にベルは、スズが頭部をぶつけないように体を捻り、天井に背中を叩きつけられるまで何も出来なかった。

 痛みに声を漏らしながらスズが落下したところで、ようやくベルは地面に無防備に激突するところだったスズを抱き止める。

 

「スズっ! 大丈夫!?」

 ベルが声を掛けても、頭部を守るのが精一杯で受け身を取れなかったのか、返事を返せずケホケホと咳こむように息を吐いている。

 

 慌てて回復薬(ポーション)をレッグホルスターから取り出してゆっくり飲ませてあげると、咳き込んで一口吐き出してしまうが、何とか残りを飲んでくれて、ようやくスズの呼吸は落ち着いてくれた。

 

「途中で怪物(モンスター)が出なくて、よかったよ……。あの術式で大丈夫だと思ったんだけど、出力制御部分が雑だったのかな……。ごめんね、心配掛けて」

「本当にびっくりしたよ。今度は何をしようとしてたの?」

「自分に電気を付着させる【付着魔法(エンチャント)】で身体能力を上げようとしたんだけど……おかしいな。こんな感じの術式に見えたんだけど…やっぱり起動させてるところを見てないと真似ごとも難しいね」

「真似?」

「うん。アイズさんが風の【付着魔法(エンチャント)】で能力を底上げしてたから、それを雷でやれば私の接近能力を底上げできるかなって。でもやっぱり難しいね」

 

 思わぬところからベルが恋い焦がれるアイズの名前が出てきて思わず吹きそうになってしまう。

 

 いったいいつどこでスズはアイズと会って、しかも【魔法】まで見せてもらったのだろうと思ったが、そういえば思い返してみると、最初ミノタウロスから助けてもらった時にベルも風のようなものを感じた気がする。

 それに怪物祭(モンスターフィリア)で逃げ出したモンスターは、ベルが倒したシルバーバック以外、アイズが犠牲者を出さずに倒したことが掲示されていたので、その時にまたスズが襲われているところを助けてくれたのかもしれない。

 

 そう思うとその日ダンジョンにも潜っていないのにスズの【基本アビリティ】の伸びが高かったのも今更ながら納得してしまう。

 今度もしもアイズに会うことがあれば、恥ずかしがらずにしっかりお礼を言わないといけないなとベルは思った。

 

「危ないし1階層に戻って術式の練習してみる?」

「んー、【付着魔法(エンチャント)】は後でゆっくり試していけばいいから、せっかくここまで下りてきたんだし、今日はこのまま7階層でお金と【経験値(エクセリア)】を稼ごうかな。試したい術式はまだまだあるし。必中属性くらいは完成させたいところだよ」

「なにそれ怖い」

 

 必中ということは文字通り回避が不可能な【魔法】なのだろう。スズの【魔法】の火力は短詠唱にしては恐ろしく高い。

 高い敏捷と攻撃力でやりくりしている自分がもしもそんな【魔法】を受けたら、きっとなすすべなくやられてしまうだろう。

 

 やっぱりスズは自分と違ってすごいなと思いながら、ベルはキラーアントを仲間を呼ぶ暇も与えず次々に倒していくのだった。

 

 

§

 

 

「7階層……。ベル君、なんでスズちゃんのことを止めてあげなかったのっ!? 君達は冒険者になってからまだ半月しか経っていないでしょっ!!」

 

 魔石を換金した後、祭りも終わり落ち着いた頃だろうと、エイナに近況報告をしに行ったら当然のように怒られてしまった。

 

 一気に階層を飛ばしてしまったため、怒られる覚悟でスズに付き合ってあげていた分、エイナのお叱りにベルはぐうの根も出なかった。

 

「えっと、エイナさん。それを含めて相談したいことがあって……」

「相談も何も禁止! スズちゃんこの前は危なく死ぬところだったんだよ? 助かったのは本当に運がよかっただけ。そこを勘違いして取り返しのつかないことになったらどうするの。迂闊にもほどがあるわ。いつものスズちゃんらしくないじゃない。一体どうしちゃったの?」

 相当心配させてしまったのか、エイナは眉を顰めながら、自分の感情を押さえて、言い聞かせるように優しく言葉を投げかけて、真っ直ぐとスズのことを見つめている。

 

「その一件で、私の耐久と器用がGに、魔力はEまで上がりました。ベルなんて最近急成長してて、平均Eの敏捷がDなんです。弱い敵と戦い続けても【経験値(エクセリア)】がほとんど稼げなくなってしまって、急ぐ必要はないのはわかってはいるんですけど……。この能力なら7階層が適正かなって。心配掛けてごめんなさい、エイナさん……」

 

 申し訳なさそうにそう答えるスズに、エイナの表情が固まり、少し顎に手を当てて考え事をする。

 そして最後には大きく溜め息をついてしまった。

 その一連の動作が何だったのかベルにはわからないが、おそらく何かを納得してしまい諦めがついてしまったのだろう。

 

「そうよね、農家をやっていたとはいえ、『あの里』出身だものね。『神の恩恵』を授かれば鬼に金棒なのはわかっていたけど、簡単に【ステイタス】をバラしたらダメよ?」

「すみません。言わないとエイナさんを説得できる気がしなくて。それで、このまま8階層には下りずに、7階層で【経験値(エクセリア)】を稼いでおこうと思っているんですけど。キラーアントは私もベルも一撃で倒せましたし、解毒剤と回復薬(ポーション)は常備してます。ダメ、でしょうか?」

 

「私としては無理はしてほしくないんだけど……アドバイザーとしてはダメとは言えないわね。『あの里』特有の成長【スキル】でもついているの?」

「【スキル】については……すみません。伏せさせて頂きます。ただ、私の方は適正の怪物(モンスター)と戦わないと、どうしても魔力以外の【基本アビリティ】の伸びが悪くて」

「私の方こそごめんね。冒険者の生命線である情報を軽々しく口にさせようとしちゃって。その【ステイタス】で7階層に留まってくれるなら、今まで通り気を付けてくれさえすれば許可を出せるわ。理由もちゃんとあるから許すけど、焦ってまた大怪我したらダメよ?」

「はい! エイナさんありがとうございます!」

 

 また『あの里』とエイナの口から出てきた。

 

 言い回しからして『神の恩恵』を受けていない人達が住んでいる里だと思うが、『あの里』だからこの成長も納得できると言わせる何かが全く分からない。

 

 でも子供のスズが野生の怪物(モンスター)や獣を恐れずに一人で森へ狩をしに出かける辺り、里全体の身体能力が高いとみて間違いないだろう。

 ベルは里のことが気になるし、里とは関係ないはずの自分がスズよりも【基本アビリティ】の伸びが良いのも気になってしまったが、ベルとスズは兄妹としてギルド登録しているので聞くに聞けない状態だった。

 

 スズ自身に聞くのは、もしかしたら嫌なことを思い出させてしまうかもしれないし、『あの里』についてはスズかスクハが自然と話してくれるのを待つしかないだろう。

 

「でも、そうね。ちょっと装備の方が不安かな」

 エイナがもう簡易整備ではどうしようもなくなり始めているスズの小手やブーツと、ベルの貧弱な装備に目を向けた。

「そうなんですよ。ところどころプレートメイルも内側のチェインメイルもボロボロになってしまいましたし、ベルに至っては今だ支給品ですし……。直撃を受けないようにはしてるんですが、もしもの時を考えると、キラーアントの攻撃を少しは耐えられる防具を新調したいかなって。製作者の『ヴェルフ・クロッゾ』さんの防具って他にもあるんですか?」

「そこまではわからないけど……。そうね、ベル君、明日予定は開いてるかな?」

 エイナがベルの顔を見て、スズもベルの顔を窺う。

 

 基本スズはベルに同意や意見を求めることをエイナは知っているので、明日の予定を直接ベルに聞いてくる。

 

「あ、空いてますけど……」

「よかった。実は私も明日お仕事お休みなんだ。もしよかったら私が一緒にベル君とスズちゃんの防具探し手伝ってあげるけど、どうかな?」

 嬉しそうに手のひらをパンと合わせて満面の笑みを浮かべるエイナの誘いに、それがただの親切だとわかっていても、ベルは思わずドキっとしてしまった。

 

 スズと一緒だからデートという訳ではないが、ベルが憧れているエルフの女性と買い物というシチュエーションはとてもときめくものがある。

 せっかくの休みなのに悪いという気持ちもあったが、スズも行きたそうな顔をしていたので、ベルは少し頬を赤めながらも頷くのだった。

 

 

§

 

 

「聞いてくれよスクハ君! ベル君がまだ伸び続けているんだ! ボクやスズ君、スクハ君というものがありながら!」

『だから言ったでしょう。諦めなさいって。後、さりげなく私を混ぜないでくれないかしら。私はベルのことを何とも思っていないし、貴女の愚痴のはけ口でもないのだけれど』

「そんなこと言って、本当はお姫様抱っこしてもらったり、お姫様抱っこしてもらいたいんだろう?」

 

 今だこの同じことを二度言ってしまった痛恨のミスはスクハに効果覿面だ。

 しかし、今日は枕に顔を埋めることもなく、深く溜め息をつくだけだった。

 

『全く、いつまでそのネタで私をいじめれば気がすむのよ。まあいいわ。悪いとは思うのだけれど、おふざけはそろそろ終わりにして、真面目な話をさせてもらえないかしら』

「枕を使わないところを見ると、本当に緊急事態みたいだね。何があったんだい?」 

『枕で判断しないでもらえるかしら。本題に入るけど、今日は『スズ・クラネル』がこれでもかというくらい積極的に接近戦をしていたわ。能力の上がり具合はどうなのかしら』

「かなり高いと思うけど、そんなスズ君は積極的だったのかい?」

 

『悩ましいことにね。最低限の安全は確保してるけど、【経験値(エクセリア)】稼ぎの為に【魔法】を使わず、【剣姫】の真似事をするなんて止めてもらいたいわ。いきなり自分に高出力の【付着魔法(エンチャント)】を掛けようとした時は何事かと思ったわよ。あんな未完成で危なっかしいもの、止めていなかったら下半身が消し飛んでいたでしょうね』

 

「それは物騒すぎやしないかい!?」

 予想以上の危険性に思わず更新作業を中断してしまうところだったが、変なところで中断してしまうと【ステイタス】に悪影響が出てしまうかもしれないので、なんとか気を持ち直す。

 

 術式を創れるということは、神々が降り立つ前の『古代』と同じく、創った術式に致命的なミスがあれば魔力暴発《イグニス・ファトゥス》を起こしてしまう可能性があると思っていたが、まさか下半身が消し飛ぶほどの暴発が起きるとは思いもしなかった。

 

『物騒だから言ってるのよ。引っ込まないから【ステイタス】を写して私に見せなさい』

 スクハが引っ込まないとまで言うのだからよほどの緊急事態だ。

 ヘスティアは急いで更新を終わらせ、正面を向き合って【ステイタス】を写した紙をスクハに渡す。

 

 

 

力:h123⇒136  耐久:g235⇒238 器用:g206⇒210

敏捷:h106⇒120 魔力:e480⇒497

 

 

 

『さすがにベルにほとんど持っていかれたから、Gに達した【ステイタス】の伸びは普通だけど、遅れていたHの伸びはすさまじいものね。元々才能はある子だったし、今週でGと魔力Dに達しそうじゃない。何をそんなに焦っているんだか……』

「スクハ君に心当たりは?」

『ありすぎて困るわね。まず【剣姫】への憧れもあるだろうし、【剣姫】に追いつこうとするベルの足を引っ張るのが嫌なのも大きいわね。まあ、一番の理由としては、やはりベルに置いて行かれるのが不安でたまらなかったのではないのかしら。『皆』と遊べない日はすごくしょんぼりしてたはずだから。寂しがり屋の癖して、迷惑を掛けないよう気持ちを押さえこんでいるのだもの。まったく、本当に誰に似たんだか……』

 

 そんなスズに何もしてあげられないのが歯がゆいのか、スクハはぐっと唇を噛みしめていた。

 

『こんな爆弾実験を毎日されたら私もフォローしきれないわ。だから、この【基本アビリティ】を目安に術式を明日中に完成させたいのだけれど、既に『スズ・クラネル』が完成させる直前だった術式ならともかく、自分が理解もできない複雑な術式が突然増えていたら疑問を抱いてしまうでしょうね。残りの1スロットはいざという時の為に残しておきたいし、貴女は今のうちに根性論でも何でもいいから、『スズ・クラネル』を納得させられる屁理屈を考えておきなさい』

 

「それはなんというか、無茶ぶりな気もするけど……。ボクだってスズ君にそんな不発弾を抱えさせたくはないから何とか考えてみるよ」

『恩に着るわ。術式の調整に集中したいから、明日は顔を出せないわ。また明後日会いましょう』

「緊急事態でなければ、君の方からまた会いましょうと言ってくれたのは大満足なんだけど。健闘を祈ってるぜ、スクハ君」

『貴女もね』

 その言葉を聞くとスクハはまたベッドにうつ伏せになったので、その上に更新の時と同じようにヘスティアは跨る。

 

 スクハが術式を完成させた時、スズがそれを疑問に思った時、どう説明したものか悩みどころではあるが、複雑な術式とやらを二日で作らなければいけないスクハに比べれば楽な仕事なのだから、可愛い眷族達の為にも頑張らなければならない。

 

 

「えっと、神様、更新の方は……」

「もう写し終えてるよ。この調子なら力と敏捷もすぐにDになるんじゃないかな。でも、【経験値(エクセリア)】稼ぎで無茶な戦い方するのは感心できないな、スズ君」

 スズの上からどいてあげて、【ステイタス】を写した紙をスズに渡してあげる。

 

 ヘスティアはスズにスクハのことを話しても大丈夫だと思っているのだが、スズの一部であるスクハ自身が『悪夢』を刺激するとそれを拒否しているので、二人の為にも何事もなかったように振る舞うしかないだろう。

 

 高等な術式にスズが疑問を抱くだけで、スクハは不安を感じているのだ。

 ヘスティアが思っている以上に繊細な問題なのだろう。

 

「【経験値(エクセリア)】稼ぎを重視した戦い方はしてしまいましたけど、無茶なことはしてませんよ。でも、今日初めて魔力暴発(イグニス・ファトゥス)させちゃって……複雑な術式はやっぱり難しいですね」

「おいおい、大丈夫かい? 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)は本当に危ないんだから気を付けておくれよ?」

「ベルにもすごく心配されちゃいましたし、なるべく魔力暴発させないように頑張りますね。色々試しながら改良していかないと…」

 

 この様子からスズは魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こしてしまっても、その術式を諦めず完成させようとしている。

 スクハが被害を最小限に抑えてくれたおかげで、そこまで危険なものとは思っていないのか。

 それとも危険だとわかっていながら完成させたいのか。

 どちらにしろ、スズがまだ危険な術式に手を出そうとしているのは明白だ。こうなることがわかっていて、スクハはヘスティアにそのことを伝えて慌てて術式を完成させようとしているのだろう。

 

「スズ君、急いで強くなる必要はないんだぜ。ボクもベル君も、強い冒険者を求めているんじゃなくて、スズ君と一緒にいたいだけなんだ。それはわかってくれている

ね?」

「大丈夫ですよ、神様。わかっていますから。ただ、自分にできることと、やりたいこと、出来そうなことをやりたいなって、そう思ってるだけですから」

「わかっているならいいんだ。それにしても初めて魔力暴発(イグニス・ファトゥス)させるなんて、一体どんな【魔法】を創ろうとしているんだい?」

「えっと、アイズさんが使っていた【付着魔法(エンチャント)】を真似てみたんですけど、なかなか上手くいかなくて―――――」

 

 

 またヴァレンなにがしのせいか。

 そう、ヘスティアは思わず大きな溜め息をついてしまう。

 

 




ようやく二巻に突入しました。
『神の恩恵』がなかった『古代』ではエルフなどの魔法種族は自分で詠唱文を作り、失敗しては魔力暴発《イグニス・ファトゥス》を起こすことが多かったそうです。
今回は、大本は短詠唱なものの、いきなり難しい術式に挑戦してしまたせいでスズも失敗してしまいました。

アイズさんが元から持っていたであろう風、【エアリエル】による能力強化は中々のチート性能ですよね。


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Chapter01『買い物の仕方』

買い物をするお話。


「ベル、入口から見て屋根変じゃないかな? 継ぎ接ぎみたいになってないかな?」

「汚れてるところはやっぱり目立つけど、大丈夫なんじゃないかな」

 

 今日はエイナと買い物をする約束があるが、集合時間が10時といつもよりずっとのんびり出来るので、バイトに出かけるヘスティアを見送った後、いつもはあまり時間を掛けられていなかった教会の改修作業がずいぶんとはかどった。

 

 今日はついに屋根の穴もふさがったので、後は窓ガラスと入口のドアを取り換え、壁を改修すれば建物としては十分使えるようになるだろう。

 

 さすがに薄汚れたレンガと新しく張り替えたレンガの色の差は目立ってしまっているが、屋根のレンガを全部張り替えるとなると大変な作業になってしまうし、コストも掛かってしまうので、内部の穴の開いた個所はつぎ足した天井部分が固まるまで木材で補強して、屋根部分は木材にレンガを張り付けているだけだ。

 

「よかった。これでひとまず雨が降っても大丈夫だね。でも、やっぱり色々なところの腐食が酷いかな。そうでなかったら崩れたりしないとは思ってはいたけど…ここまでくると建て直してもらった方が早いかなぁ。でもそんなお金の余裕はないし……これからも出来る所までは節約しながら頑張ってみるよ。そろそろお出かけの準備しないといけないし、今降りるね」

「気を付けて降りるんだよ!」

「このくらいの高さなら大丈夫だよ」

 スズはそう笑顔で答えてから、ぴょんぴょんと猫のように塀を経由して綺麗に降り立つ。

 

「少しほこりまみれになっちゃったから、シャワー先に使わせてもらうね」

「僕はそんなに汚れてないし、手を洗うだけでいいからゆっくりでいいよ」

 ベルはスズの指示通りに廃棄物や物を持ち運んでいるだけだったので、手以外はそこまで汚れていないし汗も掻いていない。

 

「ダメだよ、ベル。これからエイナさんとお出かけなんだから。だらしがないって注意されちゃうよ?」

「うっ、ありそうで怖い」

 世話焼きなエイナのことだ。

 そういう生活面のことでも注意されてしまうかもしれない。

 それに、デートではないが身だしなみはきちんとしないと誘ってくれたエイナにも失礼である。

 

「今日ついでだからベルの外着を買いに行く?」

「それはいいかな。着飾ることなんて……僕にはまだ早いし」

 一瞬アイズと着飾った自分がデートをする姿を妄想してしまうが、妄想の中で出てきたタキシード姿の自分があまりにも不自然だった。

 

 似合うようないい男になりたい、主に身長が欲しいとベルは思わず「可愛い」とスズとセットに言われることが多い自分の容姿に苦笑してしまう。

 

「それじゃあ先にシャワー浴びてくるね。洗い終わったらすぐ呼ぶから」

「うん。まだ時間あるし、ゆっくりでいいから」

 スズが地下室に下りて行くのを見送ってから、時間を持て余すのはもったいないので教会の掃除を再開する。

 さすがにスズが戻ってまでに綺麗にするのはどうやっても不可能だが、こういった僅かな作業の蓄積で教会は直ってきているので、少しずつでも持続させるのは大事である。

 

 そしてスズがシャワーを浴び終わり、髪をセットし直している間にベルはさっとシャワーをすませ、いつもの普段着でエイナとの待ち合わせ場所に二人で向かうのだった。

 

 

§

 

 

 待ち合わせ時間よりも早く、待ち合わせのオラリオ北部広場で、これからエイナにどんな店に案内されるかの話題で盛り上がりながら、ベルとスズは楽しく時間を潰していた。

 

 スズは武具のことが好きだし、ベルも知識としては乏しいが英雄と言えばかっこいい武具を装備しているものだと思っているので、知識の差は激しいものの共通の話題として成り立つのだ。

 

「おーい、ベールくーん、スーズちゃーん!」

 待ち合わせ時間よりちょうど5分前、可愛らしいレースのついた白いブラウスに短めのスカートというラフな格好で小走りに手を振っている姿が見えた。

 

 いつも掛けているメガネは事務仕事をしないでいいからか掛けておらず、ベルにとって綺麗で頼りになるお姉さんだったエイナが、ものすごく可愛い年上の女の子に見えて、こんな美人で可愛い人とこれからデート、ではないが、一緒に買い物をすると思うと胸が高まり、つい気恥ずかしさにベルは頬を赤めてしまう。

 

「おはようございますエイナさん! 今日はすごく可愛いですね。いつものエイナさんと印象が違ってびっくりしちゃいましたけど、すごく似合ってますよ」

「おはようスズちゃん。私だって女の子だから四六時中びしっと決めている訳じゃないんだぞ。それに、スズちゃんだって今日はおしゃれしてて、冒険や家事のこと以外にも興味あるんだなって私も安心しちゃった。その服、いつもより可愛くて素敵だよ、スズちゃん」

 スズもいつものコートや剣と盾は手持ちのバックに仕舞っていて、今の服装は白が基本色で黒いフリルが付いている可愛らしいゴシック&ロリータのワンピースドレスだ。

 

 当然お気に入りの白いリボンと、ベルがプレゼントした首飾りと髪飾りも付けており、今日もリンリンと可愛らしい仕草と共に鈴を鳴らす白猫に変わりはない。

 

 いつものロングコート姿もシンプルで可愛らしいのだが、滅多に着ることがない外着用のゴスロリドレスは冒険者の街では非常に目立ち、いつも以上に注目を集めてしまっている。

 スズを知らない人が見たらどこかの令嬢か、もしくは女神だと見間違えてしまうかもしれない。

 里から持ってきた私物にこんな立派な衣服が入っているのだから、本当に令嬢な可能性が一番高いわけだが。

 

 それでいて、そんな令嬢が怪物(モンスター)を恐れずに一人で森へ狩に出かけるなんて、『あの里』とはいったいどんな人外魔境なのだろう。

 ベルの中で謎が深まるばかりだ。

 

「ベル君も私に何か言うことがあるんじゃないかな?」

「お、おはようございますエイナさん!」

「うん、おはよう。でも、今の会話の流れで挨拶だけっていうのは女の子に対して失礼なんじゃないかな。もしも私がベル君の彼女さんだったら今のものすごく減点だぞ?」

「かかかかかか彼女っ!? え、えっと、す、すごく綺麗で可愛いくて、その、えっと、似合ってます、で、と、思いますけど、こう――――――」

 もはや言葉が滅茶苦茶で顔を真っ赤にさせながら慌てふためくベルの姿を見て、エイナはくすくすと笑みをこぼしてしまう。

 

「いつもより若々しく思えますっ!」

「こら! 私はまだ19だぞっ!」

 

 テンパりすぎたベルから思わぬ言葉が出てきたので、エイナはベルにヘッドロックを掛けた。当然女性がそんなことをすれば柔らかいものが顔にあたってますよな状況になってしまい、さらにベルの顔と頭は沸騰してしまう。

 

「ほら、謝れー!」

「や、やめっ、ごめんなさああああああああああああああい!!」

 そんな仲のいい姉弟や友達を連想させる二人のやり取りを見て、スズもくすくすと嬉しそうに笑うのだった。

 

 

§

 

 

 エイナが案内する先はバベル内で商業者にテナントとして貸し出しているスペースらしい。

 

 スズがバベルの地図を見てどんな公衆施設があるかを調べたことがあるのでテナントを貸し出していること自体はベルも知っていたが、今まで生活費優先だったため興味はあったものの、まだ一度も足を踏み入れたことのない未知の領域だ。

 

 特に色々な商業系【ファミリア】が店を出している場所となればスズも当然興味津々である。

 

 本当は暇な時に見て回りたかったのではないかと思ってしまうが、「行こう」と言えば喜んで着いて来てくれるけど、「行きたいの?」と尋ねるとスズはきっと遠慮してしまうので、何がしたいかを察してベルの方から連れて行ってあげなければならない。

 

 今のところスズから言い出したのは、商店街への買い物と家事全般金銭管理の引き受け。

 教会の改修作業。

 これらはスズがやりたいことなものの、ベルとヘスティアのことを思った気遣いの部分もあるだろう。

 武器屋の陳列棚を見たり、冒険者や商店街の人、ギルド職員に挨拶をするのは道中に支障がない程度の寄り道だ。

 

 そう考えると、自分の為だけに行ったワガママは日課に銭湯通いを追加したくらいだろうか。

 もっと自由にやりたいことをやらせてあげたいと思うのだが、『家族と一緒に何かをする』のが一番やりたいことなようで、なかなか遠慮しすぎるスズの他のやりたいことを察してあげることができない。

 

 ただ、前衛で居続けるために無理に頑張ろうとしている姿は危なっかしくて不安にもなるが、やりたいことにワガママを言ってくれたのは嬉しいところでもあったので、今回の防具の新調をエイナが提案してくれたことには感謝してもしきれない。

 本当にエイナには頭が上がらないなとベルは思う。

 

「装備を新調せずに貯めてたからお金はあるし、流石に純正のミスリル装備は手が出ないけど、いい装備は買えそうだから楽しみだね、ベル」

 まだバベルにもたどり着いていないのに、ヘスティアから貰った可愛らしいデザインの大き目な財布を大切そうに抱きしめて、財布につけられた鈴もご機嫌そうに鳴っている。

 

「スズちゃんはベル君と一緒に毎日頑張ってたもんね」

「はいっ。セット装備二人分買えるくらいは用意してきたんですよ」

 

 

 

 

「そんな二人に今日紹介するのは【ヘファイストス・ファミリア】のテナントなんだけど、二人ともこの【ファミリア】については知っているかな?」

 

 

 

 

 そう悪戯っぽく笑うエイナにスズとベルの表情が固まった。

 冒険者通りにある【ヘファイストス・ファミリア】武器屋の陳列棚に並ぶ800万ヴァリス、2000万ヴァリスと恐ろしく次元の違うベル達にとって伝説級の武器が頭の中で微笑んだ。

 

「エイナさん、どういうことですか!? 僕達【ヘファイストス・ファミリア】で買い物できるような大金持ってませんよ!?」

「……エイナさん、えっと、上のテナントの方ですよね? そうですよね?」

「なんだ、スズちゃんは知ってたか。でもベル君は知らなそうだし…秘密にして着いてからのお楽しみってことにしてあげよっか」

 エイナが不安そうに顔を見上げているスズにそう笑いかけると、スズはほっと安堵の息をついていた。

 

 スズが安心したということは買えるのだろうか。

 いや、そんな訳がない。

 値段はピンからキリまであるが有名ブランドの高級防具なんて最低価格でも7桁は軽く行ってるはずだ。

 

 もっと安いものがあったとしても6桁後半はいっているだろう。

 使える金額なんて大きく見積もっても3万から4万くらいだ。

 とても手が届かない。

 それなのにベルは連行されるように、エイナとスズに手を引かれてバベルまで連れて行かれてしまう。

 

 そんな二人に手を引かれるベルの姿を見て、これからダンジョンへ潜ろうとしているであろう男性冒険者が『殺すゾ』と嫉妬の眼差しを送って来て、金銭的な危機よりも命の危険性を感じて放してもらうように説得を試みるが、エイナに「男の子なんだから、ぐずぐず言わない」とその申し出はきっぱりと断られてしまった。

 

 スズに助けを求めて目線を送ると「大丈夫だよ」と天使のような笑顔を向けてくれるが、回りの殺気がぐーんと二段階くらい上がった気がした。

 二人の柔らかく温かい手の感触と、回りの殺気に充てられて、もうベルに値段のことなんて考えている余裕はなかった。

 

 それでも、エイナが【ヘファイストス・ファミリア】のほとんどが【発展アビリティ】である『鍛冶』を持ったLV.2以上の冒険者だということや、『鍛冶』を持った鍛冶師(スミス)上級鍛冶師(ハイ・スミス)と呼ばれ、武器や防具に『属性』を付けられることなどのうんちくは、スパルタ講義やスパルタ特訓で慣れてしまったせいか自然とベルの頭の中に入ってきた。

 

 『鍛冶』でつけられる『属性』は様々で、『決して折れない』剣や『切れ味の落ちない』刀など、普通に武器や防具を作る中で絶対に起きない『奇跡』を付着させることが出来る。

 極めればおとぎ話や英雄譚に出てくるような精霊が生み出した伝説の武具や、使用回数に制限があるものの【魔法】を撃てる『魔剣』なども作れるらしい。

 

 【発展アビリティ】はランクアップした時に【経験値(エクセリア)】の趣向によっていくつか候補が現れ一つだけ取得出来、麻痺や毒などの嫌らしい効果を無効化する『状態異常』、【魔法】を強化補助する『魔導』などなど様々な種類があり、数値化されていないものの【基本アビリティ】と同じでIからSのランクはある。

 それらのランクを上げるのは【基本アビリティ】を上げるよりも遥かに難しいことをエイナは教えてくれた。

 

 エイナが一通り親切に教えてもらいながら三階まで登ると、階段が見当たらなくなってしまった。

 エイナに手を引かれるまま広間の中心にある、ガラスのように透明な壁に囲まれた円形の台座まで連れて行かれ、台座に置かれた謎の装置をエイナがいじると突然台座が登り始めた。

 

「「!?」」

 さすがにこの装置についてはスズも知らなかったのか、きょろきょろと回りを見回している。

 

「あはは、私も最初はそんな感じだったよ。スズちゃんをようやくビックリさせることが出来たよ」

「魔石で動く昇降機は初めて見ました。ダンジョンで魔石が取れるオラリオだからこその機構ですね。いきなりだったんですごくビックリしちゃいましたよ」

「ごめんごめん。スズちゃん優等生すぎてなかなかビックリしてくれないんだもの。だから、つい」

 どういうものかを説明せずに起動させてしまったことを軽く謝り、エイナは悪戯っぽく笑った。

 

 どうやらこの装置、魔石で動く昇降機のようだ。

 流石世界の中心、魔石が取れるダンジョン都市。

 魔石技術の水準がベルの発想の域を完全に超えていてカルチャーショックを受けてしまう。

 

「お目当てのお店はもっと上の階なんだけど、せっかくだから寄っていこうか? ベル君もスズちゃんもちょっと見てみたいでしょ?」

 

 興味がないと言えば噓になるし、武器好きなスズは間違いなく行きたいと思っているのでベルが頷くと、ベルの顔色を窺っていたスズも嬉しそうに頷いた。

 

 ざっと見渡しただけで四階は武器防具の店で埋め尽くされており、エイナの話では四階から八階は全て【ヘファイストス・ファミリア】のテナントらしい。

 

 さすが大手ブランド。

 規模が違った。

 近くの陳列棚の奥に見える剣の値段は3000万ヴァリス。

 値段もやはり規模が違いすぎる。

 そのあまりの値段の高さにベルは立ち眩みを起こしてエイナに苦笑されてしまうが、見る分にはただなのでスズは目をキラキラさせながら見える範囲の武器や防具を見つめている。

 

 

 

「いらっしゃいませー! 今日は何の御用でしょうか、お客様!」

 

 

 

 聞きなれない明るい口調だが、聞き間違えることがない声がして、ベルとスズは同時に声を掛けてきた店員に振り向いた。

 当然、そこにいたのはヘスティアだった。

 紅色の制服を着たヘスティアが、ベルとスズと顔を合わせたことで笑顔のまま固まってしまっている。

 スズが何かを察したのか珍しく頭を抱えているが、ベルにヘスティアがここにいる理由が全くわからなかった。

 

「何でこんなところに――――――」

「違うんだスズ君! バイトを掛け持ちしているだけであって、スズ君が考えているような深い意味はないんだ! それにここは君達が来るにはまだ早い! 今あったことは全部忘れて、目と耳を塞いで大人しく帰るんだっ…!!」

 ヘスティアが必死にベルの声を遮って追い返そうとする。

 

「スズのおかげで僕達は生活費に困ってないでしょう!! なのにバイトを掛け持ちなんて何やってるんですか神様!? ほら帰りましょう!? これ以上、笑い話の種になっちゃったらどうするんですか!?」

「ええい、離せ! 離すんだベル君! 神にはやらなくちゃいけない時があるんだっ!」

「神様がやらなくちゃいけない時ってどんな時ですか!? お願いですから言うことを聞いて下さい!! スズも神様を説得して!!」

 エイナが呆然とそのやり取りを見ている中、そんなことお構いなしにベルは神様の手を引っ張ってスズの方を見ると、スズがなぜか顔を真っ青にさせて首をゆっくり横に振っていた。

 

 誰がどう見ても異常な反応である。

 

「スズ? どうしたの!? 気分悪いの!?」

「うんん。なんでもないよベル。なんでもない。ベルは気にしないでいいから、ね?」

 ベルはいったんヘスティアの手を放して、慌てて様子がおかしいスズに駆け寄ると、スズが明らかに無理して笑顔を作っていた。

 なんだか目がすごく遠くを見ているような気がするが、体調が悪い訳ではなさそうだ。

 

 おそらくスズもヘスティアがバイトを掛け持ちしていたことにショックを受けてしまったのだろう。

 でもそれならなぜ首を横に振るのだろうかと疑問に思ってしまう。

 

 

 ベルはヘスティア・ナイフが30時間以上の土下座でヘスティアが神友から『貰った』ものだと信じているので、3000万ヴァリスなんて目じゃない、世界にただ一つのオーダーメイド製のナイフが原因だという結論にたどり着けずにいた。

 

 

「こら新入り!! 遊んでんじゃねえっ! とっとと次の仕事しろっ!!」

「はぁーい!!」

 ヘスティアが他の店員を出しに有無を言わさずその場から離脱した。

 

 店内に消えていくヘスティアの後姿に、また何か自分かスズにプレゼントを買おうと無理してバイトを増やしているのかな、もう充分神様に物だけではなく幸せを貰っているのだからそんな無理をしなくてもいいのに、とベルは的外れなことを思うのだった。

 

「あ、相変わらず、変わった神だね?」

「お見苦しいところを見せてすみません…」

「大丈夫だよ。じゃあ、上に行こうか」

 苦笑するエイナに案内されるまま八階まで昇降機で上がった。

 

 すると先ほどと同じく様々な武具の専門店が並んでいる。

 なんでもここ八階は今までの何百何千万という桁違いの高級ブランドの武具ではなく、駆け出しの鍛冶師(スミス)達の意欲と技術向上のために設けられた【ヘファイストス・ファミリア】のテナントらしい。壁に展示されている立派な槍が12000ヴァリスと何とか手の届く値段まで落ち着いていた。

 

 上級鍛冶師(ハイ・スミス)が作るような高級品と比べると見劣りしてしまうのは当たり前だが、下の下の冒険者達の客層も出来て店も損することなく、駆け出し冒険者と駆け出し鍛冶師(スミス)が繋がりを持って、冒険者が実際にその武具を使い、運営陣が見抜けなかった鍛冶師(スミス)の才能を発掘できる機会を与えているそうだ。

 

「特別な誰かのために打つ武具っていうのはね、思い入れが深い分、より特別な力を発揮するの。……なんて、これは他の人の受け売りなんだけど。スズちゃんのプレートメイルもここに問い合わせて条件が合うものを買い取ったから、もしかしたら探している鍛冶師(スミス)の作品が他にもあるかもしれないかな」

 

「あったら欲しいんですけど……。やっぱり【ファミリア】内だと同じ鍛冶師(スミス)と繋がりを持った方がいいのでしょうか?」

「そうね。もう顧客になるつもりなら、兄妹揃って同じ鍛冶師(スミス)の作品を買った方が融通は利くし、鍛冶師(スミス)間でのもめ事は起こらないわ。ただ、色々試してからでも遅くないのよ?」

「しっかり使い手のことを考えてくれているこの人の作品がいいです。その、ベルがよければ……なんだけど」

 スズがベルの顔色を眉を少し顰めながら「ダメ、かな?」と窺ってくる。

 

 自分から自分のために言い出すのは本当に珍しいことだし、防具の良し悪しに関してベルは完全に素人なので、鎧式(よろきち)なんて変なネーミングセンス以外ベルが気になるところは特にない。

 

 スズ本人はネーミングセンスを可愛いと気に入っているし、せっかくスズが自分からワガママを言ってくれたのだから、変な名前くらいで断る気なんて起きるわけがない。

 

「僕もそれで構わないよ」

「二人がそれでいいなら決定ね。その鍛冶師(スミス)と末永く良い関係でいられるよう私も応援してるわ。製作者リストと作品の在庫はしっかり管理しているから、店員の方に聞いておいで」

「はい!」

 

 ヘスティアがバイトをしているところを見た時のスズは顔色が悪くて心配だったが、やはり武具が好きだからか、武具に囲まれてテンションが上がり、そしてプレートメイルの制作者である鍛冶師(スミス)の作品を選んでもいいと許可が下りたのがよほど嬉しかったのか、スズからはもう不安の色はなく、嬉しそうにベルの手を引いてカウンターまで小走りで向かって行く。

 

 

「すみません。ヴェルフ・クロッゾさんの防具はまだ取り扱っていますでしょうか?」

 スズがそう聞くと、カウンターにいた店員は驚きに目を見開いた後、営業スマイルに戻る。

 

「ヴェルフ・クロッゾ氏の作品は、あちらのボックスにございます。大変失礼ながらお尋ねしますが、同鍛冶師(スミス)の作品、プレートメイル『鎧式(よろきち)』をご購入されたお客様でしょうか?」

「はい。ギルド経由ですがお安く譲って下さりありがとうございました」

 

「いえ、お客様が満足していただけたのであれば当店、そして製作者のヴェルフ・クロッゾ氏もこれほど嬉しいことはないでしょう。つきましては以前ご購入なされたプレートメイルの新型、『鎧式(よりきち)Mk-Ⅱ』をヴェルフ・クロッゾ氏が、ぜひ貴方が当店にお求めになった際にご購入して頂きたいと取り置きをしております。こちらの商品をお求めでしょうか?」

 

「素材とお値段の方は?」

「素材は鋼にキラーアントの甲殻を溶かした新たな合金にしたもの、とのことです。前回ご要望にありました、『小柄な魔法剣士用の中量級装備』に応える形で、耐久性の強化と関節部の機動回りを考慮した作りとなっており、鎧下に滑らかで弾力性のあるダンジョンリザードの皮を使うことで、チェーンメイル越しからの衝撃を吸収する作りにしたそうです。お値段は16000ヴァリス。お買い得ではありますが、いかがなされますか?」

 

 前回と違い怪物(モンスター)素材まで使われているせいか値段が高い。

 高いが、怪物(モンスター)の素材を使い、来るかもわからない購入者の最低限の情報から新しい防具を作る辺り、ヴェルフ・クロッゾという鍛冶師(スミス)が全力で使用者のことを考えて作ってくれていることが伺える。

 

 これだけで、ベルは良い人なんだなと思ってしまうが、見る人によってはただの変人である。

 

「私はそれで大丈夫です。連れが軽装備……ライトアーマーを使っているのですが、そちらは取り扱っているでしょうか?」

「ライトアーマーでしたらあちらのボックスにございます。すぐにご案内いたしますので少々お待ちください」

 

 店員がカウンターから出てきて、そのライトアーマーの入っているボックスまで案内してくれた。

 箱の中には胸、肘、小手、腰の最低限の個所を守るだけの白いライトアーマーのパーツが積まれている。

 

 ベルがサイズを確かめようと手に取ってみると、支給品のレザーアーマーより断然軽い。

 そして少し触った感じでもおそらく硬いだろうことがわかる。

 サイズも運よくベルにぴったりで、スズがファンになっただけの鍛冶師(スミス)の作品を選んだだけなはずだったのに、運命的な何かを感じてとても惹かれるものがあった。

 

「説明によりますと、メタルラビットの毛皮で作られた非常に軽く、それでいて硬いライトアーマーのようです。【ファミリア】の方針で隅のボックスに追いやられておりますが、性能面はその硬さがしっかり評価されておりますね。お値段の方は9900ヴァリスとなりますが、同時購入なされるのでしょうか?」

 

 こちらも高かったが、回りの値段と見比べて妥当な値段だとベルは思った。

 スズが「これでいい?」と確認のためにベルのことを見つめ首を軽く傾げてきたので「大丈夫だよ」と頷く。

 

「25000ヴァリスで両方購入させていただきます。それと、もしも製作者のヴェルフ・クロッゾさんがまたいらしたら、大事に使わせていただきます、とお伝えして下さい」

「かしこまりました。それでは商品は私がお持ちしますので、カウンターの方でお会計をお願いいたします」

 

 少々高い買い物になってしまったが、ベルもスズも満足する買い物が出来た。

 いつまでも案内してくれたエイナを待たせるのも悪いが、念のためにしっかり試着してから会計をすませて、エイナが待っているであろう店の入り口に戻った。

 

 しかし、エイナの姿が見当たらない。

 面倒見のいいエイナが一言も声を掛けず勝手に帰ることなんてないはずだ。

 少し長引いてしまったので、店の商品を見回りながら待っているのだろうか、そうエイナを探しているとちょうど隣の店からエイナが出てきた。

 

「ごめんねベル君、スズちゃん。さっと探したかったんだけど、少し待たせちゃったみたいだね。はい、これ」

 

 突然エイナがベルにエメラルド色のプロテクターを手渡し、スズには鞘に納められた、肉斬り包丁のように横幅のある片刃のショートソードを手渡してきた。

 ショートソードの鍔は手首を守るように太い円状になっている。

 

「相手の刃を支えるところはないですけど、これってディフェンダーですか?」

 

「正解。切れ味や耐久性もあってスズちゃんが使いやすそうな大きさのがちょうどあったから。鈍器としてはスズちゃんの剣の方が強いけど、こっちは楽に斬ったり刺したりは出来るから、キラーアントに圧し掛かられちゃった時とか、咄嗟に抜いて甲殻の間に突き刺せるんじゃないかなって。リーチが減っちゃうし、使い続ければ切れ味も落ちるから上手く使い分けてね。ベル君にはプロテクター。動きに支障が出なくて盾の代わりになるくらい頑丈なの選んだから、いざって時はこれで防御してね。私から二人へのプレゼントだよ。使ってくれると嬉しいな」

 

「ええ!? い、いいです! いらないです! か、返しますっ!」

「私が受け取ってもらいたいの。本当にさ、冒険者はいつ死んじゃうかわからないんだ。どんなに強いと思っていた人も、神の気まぐれみたいに簡単に亡くなっちゃう。私は、戻ってこなかった冒険者を沢山見てきた。私ね、ベル君やスズちゃんに、いなくなってもらいたくないんだ」

 

 大切な人にいなくなってもらいたくない、その気持ちはベルとスズは痛いほどよく知っていた。

 

「ベル君とスズちゃんのことね、世話を焼いている内に本当の弟や妹のように思えてきちゃって。あはは、これじゃあギルド職員としては失格かな、私。それでもね、こうやってプライベートの時くらい、アドバイス以外の何かをしてあげたいの。ほんの少しお節介を焼くだけで対策出来たかもしれないのに、それでベル君やスズちゃんも帰って来なかったらと思うと……ちょっと私自身が立ち直れそうにないから。だから私の為に受け取ってほしいな。ダメ、かな?」

 

 不安な気持ちをごまかすようにエイナは笑っておどけてみせた。

 そして、少し頬を赤めて真っ直ぐベルのことを見つめる。

 

 

 

 

「それに……ベル君、私のこと大好きって言ってくれたじゃない? 私も嬉しかったから。そういう意味じゃないってわかっていても」

 

 

 

 

「え……あぁっ!?」

 お礼を言う勢いで大好きと言ってしまったことを今更ながら思い出して、ベルの顔が一気に沸騰してしまう。

 

 なんて答えてあげたらいいのかわからなくて、スズに助けを求めて目線を送ると、胸元あたりでガッツポーズを作って「頑張って」とジェスチャーで返してくる。

 助け船はない。

 憧れのエルフからの衝撃の告白にベルの頭はパンク寸前だった。

 

「ふふふ、お返し成功。あの時ベル君のせいで、すごくからかわれちゃったんだぞ、私。でも、嬉しかったのは本当だし、ベル君とスズちゃんのこと大好きだから、力になってあげたくなっちゃったんだ。頑張っているキミ達に、渡したくなっちゃった。ね、受け取って?」

 

 そうエイナに鼻を人差し指でちょんとこつかれ、ようやく正気に戻ることが出来た。

 心配してくれているのは本当だけど、少しからかわれてしまったようだ。

 エイナには敵わないし、本当に頭が上がらないなとベルは苦笑してしまう。

 そして、もう一度スズに目線を送るとスズが頷く。

 

「「ありがとうございます、エイナさん」」

「どういたしまして」

 プレゼントをもらう喜びも渡す喜びも知っているから、本気で心配してプレゼントしてくれたものを粗末に扱うことなんてできない。

 

 ベルとスズはエイナの気持ちに応えようと、プレゼントを受け取って笑顔でお礼を言うと、エイナも笑顔を返してくれる。

 そんなやりとりが、とても温かかった。

 

 




プロテクターを無事もらいました。
スズだけ何ももらえないのもなんなので、詠唱が咄嗟にできなくて、鈍器代わりに使っている剣で何とかできない緊急事態を想定し、小回りの利く武器として刀身が短め(30~40cmくらい?)な片刃のディフェンダーを貰っています。
鍔や刀身に刃物を受ける為の出っ張りがついていないのは、モンスターの攻撃を受ける前提で、太目の鍔が手首を守る盾の役割になっております。


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Chapter02『女の子の助け方』

小さな女の子を助けるお話。


 買い物の後、喫茶店でエイナと昼食をとるだけだったはずが、ついついエイナとスズの話が弾んで、7階層での稼ぎ方を話し合うといういつもとあまり変わらない光景になってしまった。

 

 エイナを住居まで送り届けて帰路につき、西のメインストリートに着く頃にはもう夕方だった。

 いつも通りに教会に向かう路地裏に入って進んでいくと、スズが突然立ち止まり、ダンジョンの習慣でベルもまた合わせて立ち止る。

 

 

 耳を澄ますと路地裏の方から、小さい足音と大きな足音がこちらの方、大通りを目指して駆けてきているのを感じ取れた。

 音が近づいてくる方向はいつもホームへ帰るために曲がる路地裏の道。

 冒険者になって鍛え上げられた聴覚のおかげで、小さな足音が大きな足音に追い掛けられている状況まで感じることが出来た。

 

 あまり穏やかな事態ではないだろう。

 

 スズの判断は早い。

 すぐさま路地裏の方に駆けこみ、ベルもまたその後を追うと、身長110Cほどのスズより小さな少女、おそらく成人しても小さく、歌や踊り、食べたり騒いだりが大好きな、小さな見た目通り陽気で自由気ままである種族パルゥムだろう。

 

 距離はまだ開いているが、パルゥムの少女を追いかけているのは、人相が悪く、怒りに顔を歪ませたヒューマンの男。

 背中に大剣を背負っていることから間違いなく冒険者だろう。

 パルゥムの少女はベルとスズの姿を見て驚いたのか目を見開く。

 

 

 

「助けてください!!」

 

 

 

 パルゥムの少女がスズに向かってそう叫んで、ベルの後ろに隠れる。

 女の子が追われていて助けてを求めていたらやることは一つしかない。

 スズはとうに腹をくくっている様子だったが、ベルはここで初めての対人戦になるかもしれないと覚悟をした。

 

「てめぇら、そのチビの仲間か!? 仲間でねぇならそこをどきやがれガキ共がっ!!」

 追いついた男がそう怒鳴り散らす。

 

「この子とは初対面です。ですが、陽気なパルゥムがついつい食べ物や宝石などの商品に好奇心から手を伸ばしてしまったり、お金を払い忘れることなんて日常茶飯事なことで、そこまで目くじらを立てることではないと思うんですけど。彼方はそんな顔をして、この子に何をするつもりですか? まずは状況を――――――」

 

「うるせぇ!! 関係ねぇならすっこんでろ!!」

 男は話す気は一切ないようでスズの言葉を遮って怒鳴り散らす。

 怒鳴り声にスズの体が震えるが、それでもスズは引くことも顔をそらすこともしない。

「女の子が襲われてたら助けるでしょう、普通。」

 これ以上、話の通じない相手とスズを向き合わせたくなくて、パルゥムの女の子も純粋に助けてあげたいと思い、ベルはスズと前に出て男と向き合った。

 

 ヘスティア・ナイフをいつでも抜けるように相手の動きに細心の注意を払う。

 

「なに言ってんだこいつ……。ち、めんどくせぇ!! まずはテメエからぶっ殺す!!」

 男が剣に手を掛ける前にヘスティア・ナイフを抜き、先手必勝で喉元に刃を突き付けて脅してその場を鎮めようと第一歩を踏み出そうとした時だった。

 

『【雷よ】』

 

 何の躊躇もなくスクハが男を雷で焼いた。

 ものすごく不機嫌そうな顔で放たれた拡散する雷撃が男を焼いてしまった。

 

 男が煙を立てながら黒焦げになり、力なく前のめりに倒れる光景にベルもパルゥムの少女も唖然としてしまう。

 

 衝撃的すぎて、ベルの手からヘスティア・ナイフが零れ落ちてしまった。

 数秒だが、ベルの開いた口がふさがらない。

 

「容赦なさすぎだよ!! 相手は魔物じゃないんだよ!?」

『気に食わないけど、死なないように調整はしてあげているわ。ほら、動いてるでしょ? もう一発くらい大丈夫だと思うのだけれど、撃ってもいいかしら』

「動いてるって……この人痙攣してる! 痙攣してるだけだから! もう息絶え絶えで今にも死にそうだからっ!!」

 

『正当防衛よ。言葉も理解できない獣に情けなんて無用でしょ? でも、そうね。ここにこのまま放置というのは、さすがに可哀相かしら。『白猫ちゃんに手を出した変態です』とでも張り紙を張って、大通り手前に転がしておけば、その内誰かが拾ってくれるのではないのかしら』

「さすがにそれはその……冤罪で可哀相な気がするんだけど……」

 

『コレは『スズ・クラネル』を怯えさせたのよ。こっちは不眠不休でイライラしているというのに、(タマ)や玉を取らなかっただけ感謝してもらいたいところなのだけれど』

「やめてあげてよっ!!」

 

『まあ、いいわ。言葉の通じない獣は後で処理するとして、そちらのパルゥムはケガとかしていないかしら』

 パルゥムの少女に振り向かずスクハが声を掛けたところで、状況を確認しないととベルは後ろを振り向くと、パルゥムの少女は尻餅をついたようにその場に座り込んでいた。

 

「大丈夫ですか!? もしかして、ケガをしてるんですか!?」 

「い、いえ。大丈夫です。助けて下さりありがとうございました」

 ベルがパルゥムの少女は手を取って助け起こしてあげると、パルゥムの少女は礼儀正しく頭を下げてお礼を言った。

 追われるような悪い子にはとても見えない。

 

『私は何も聞かないから、ここであったことは忘れなさい。自慢話にもしないで頂けると助かるわね。もしもこの一件がばれたら『スズ・クラネル』、貴女が助けを求めた『白猫』のイメージを損なってしまうわ。貴女は『白猫』の噂を知っていて、それでベルではなく、心優しい少女と噂になっている『白猫』に助けを求めた。でも、聞いていた印象と違っているから驚いている。違うかしら?』

「はい。助けていただいた身でありながら、大変失礼だと思いますが…私が噂で耳にした白猫様とずいぶんとご印象が違いましたので驚きました。それが貴方様の素なのでしょうか?」

 

『『私』にとってはこれが素だけれど、『スズ・クラネル』は噂通りのヒューマンだから、もしも貴女が『白猫』のファンならば安心しなさい。『私』は別人よ。服装も噂とは違うでしょ? だから、貴女は知らない冒険者に助けられただけ。ケガをしていないようでよかったわ。パルゥムに理解のある人はそこまで多くないから都会では気をつけなさい』

 

 勢いで出てきてしまったので、スクハはスズのイメージを悪くしないように必死なのか、少し優しくパルゥムの少女に語り掛けている。

 スクハが優しいことをベルは知っているのだが、とても似合わないことをしているのをスクハ自身が自覚しているのか顔を赤くさせながら、ひくひくと羞恥を隠し切れないまま不器用な笑顔を作っている。

 

 それが可笑しくて、ついついベルは少しだけ「ぷっ」っと吹くように笑ってしまった。それに対して顔を真っ赤にしながらスクハが睨んでくる。

 

 

 そんな光景を見たパルゥムの少女も緊張がほぐれたのか、くすくすと笑いをこぼしてくれた。

 

 

『とにかく、この男については私が処理するから貴女は安心しなさい。ここは言葉も通じない獣が多い冒険者の街なのだから、本当に気をつけなさいよね。優しい人もいるけれど、無法者も多いのだから。興味が惹かれる物が多い街だけど、むやみやたら手に取るのはいけないことなの。私はパルゥムの好奇心は仕方がないことだって理解しているから安心しなさい』

「はい。冒険者様がお優しい方でリ……私はとても助かりました。本当にありがとうございます。それでは、私はこれで……」

 パルゥムの少女がスクハに向かって丁寧に頭を下げて、急いでいるのか小走りに大通りの方に走って行ってしまった。

 

 それを見送った後、スクハが無言のまま家計簿に使っている手帳に『白猫に手を出そうとした変態です』と書き、その一ページを破って男の頭に張り付けてから、ずるずると男を引きずり、大通りから見える位置に置いて戻ってきた。

 

 その間のスクハはとても暗いというか、落ち込んでいるというか、やってしまったというような顔をしていてなかなか声を掛け辛かったが、笑ってしまったことを怒っているなら謝らないといけない。

 

「えっと、スクハ」

『やっちゃった。人前でやらかしたちゃった……。しかもパルゥムの前で……絶対何の悪気もなく自慢話にされるわ。『スズ・クラネル』が交流してきた人達からの印象が酷くなったらどうしたら……。そもそも、気づいたら助けようとしていたパルゥムも怖い男もいないとか、記憶の補完なんて絶対に無理よね。イライラしていたとはいえ、これはあまりに……。あの男、腹いせに去勢しておけばよかったわ』

「スクハ落ち着いて! 大丈夫だから! あの子良い子そうだし約束守ってくれるから!」

 

『そう信じるしかないわね……。とりあえずベル。少しいいかしら?』

「な、なに?」

『今から『スズ・クラネル』に変わるから、とりあえず抱きしめてごまかしなさい。催眠術でも超高速でもなんでもいいから理由をでっち上げて、男を倒してパルゥムを逃がした。そして震える『スズ・クラネル』を抱きしめてあげた。これでいきましょう。勢いに任せていきましょう。勢いで乗り切るしかないわ』

「それすごく無理あるよね!? それにその案、僕すごく恥ずかしいんだけど!?」

 

『私だって感覚を共有していて恥ずかしいのだから我慢しなさい。とにかく、『スズ・クラネル』に不信感を抱かせる訳にはいかないわ。あの子のためだと思って我慢しなさい』

 

 スクハがやけくそ気味にベルに抱き着いてきた。本当に震えている時なら全く意識せずに抱きしめてあげられるが、いまいちベルには緊急時という実感がなく、可愛い女の子に抱きしめてなんて言われてギュッと抱きしめられたら意識しない方が可笑しい。

 

 さらにスクハが小さな声で「早くして」なんていうものだから、男として兄として嬉しくないわけがないのだが、初心なベルにはとてもできない。

 それでも、事情はよくわからないけど、スクハはスズのためを思ってやっているのだ。自分もスズのために、スクハが恥ずかしがってまで提案したこの案でいくしかない。

 ベルはそう勇気を振り絞ってスクハの体を抱きしめようとした。

 

 

 すると【英雄願望(アルゴノゥト)】が蓄力(チャージ)を開始してしまう。

 

 

 終わった。だからそこじゃない。

 よりによってこのタイミングで発動しないでくださいお願いします。

 

 ベルの胸に顔を埋める形でスクハは抱き着いているので、スクハには発光現象が見えていないはずだが、スクハが無言のまま脇腹を強くつねってきたので、多分発光現象に気付かれてしまっただろう。

 

 今のベルの心境は、『ベッドの下に隠していた秘蔵のエロ本を、偶然大切に思っている妹に発見されてしまった瞬間を目撃した兄の心境』だった。

 まさに絶望である。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】があまりのショックに萎えたのか勝手にキャンセルされる。

 これで輝きが増しでもしたら、ベルは首をくくりたくなるところだった。

 

 路地裏で股関節中心部を発光させながら妹を抱きしめている絵面を誰かに見られでもしたら、ベルはこの街で生きていけなくなる。

 ベルは再び【英雄願望(アルゴノゥト)】がまた勝手に蓄力(チャージ)しだす前に、スクハの体を抱き返した。

 

 

「……ベル?」

 抱きしめていたから、元に戻ったスズが体を震わせているのがすぐに分かった。

 それを感じ取ってしまったので、いつも通り自然と過激な羞恥心は消えてくれて、スズを安心させてあげるために、ベルは片手で抱きしめたまま優しく頭を撫でてあげる。

 

「大丈夫だから。パルゥムの女の子は無事に逃げたよ」

「ベルが……助けてくれたんだよね。ごめんね、なんだかまた、怖くなっちゃったみたいで……」

 実際は震えながらも、男と向き合ってパルゥムの少女を守ろうとしていた。

 そこでスクハと入れ替わったが、入れ替わりのせいか少し記憶が曖昧なようだった。

 

「スズは震えながらも頑張ってくれたよ。パルゥムの子もお礼を言ってた。覚えてない?」

「うん……。助けてあげないとって思ったのに、怖くて……よく、覚えてないかな……。でも、よかった。無事で」

 スズの体から震えが止まってくれて、ベルは安堵の息を漏らす。

 

 

「クラネルさん。ご無事ですか?」

 

 

 そんな凛とした声が真後ろから聞こえてきて、恐る恐るベルは後ろを振り向いてみると、いつの間にかリューが真後ろに立っていてベルの心臓は止まりそうになった。

 

 もしかしなくても見られていた。

 というよりも見られている。

 妹を路地裏なんかで抱きしめているところを。

 誤解されても仕方がない場面を。

 

 いったいいつから見られていたのだろうか。

 発光しているところを見られてしまったのではないか。

 ベルの顔が見る見るうちに青くなっていき、スズを離して慌てて離れた。

 

「ち、ちち、ち、ち、違うんですリューさん! 僕は、あのっ!」

「ご安心ください。不健全なことをしようとしていたのではないことは理解しております。買い出しの途中にクラネルさんの妹さんが襲われたと聞きまして」

 張り紙が張られた男が発見されて噂になってしまったのだろう。

 この言動から見て【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄力(チャージ)は見られていないだろう。

 どうやらベルはまだこの街にいられるようだ。

 

「リューさん、心配をお掛けてすみません。すこし怒鳴られて…怖かっただけなので大丈夫です。ベルが守ってくれましたから」

「それはよかった。貴女に何かあったら、また私は『やりすぎて』しまうところだったでしょう。道に落ちていた【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれたナイフとお荷物はクラネルさんのものですか?」

「うあああああああああああああああ!! 危なく落とした神様のナイフを忘れるところでしたッ!! ありがとうッ!! 本当に、ありがとうございます!!」

 

 スクハが【ソル】で男を黒焦げにして殺してしまったかと思ったショックで落したナイフをリューが拾って知らせてくれた。

 ヘスティアからの大切なプレゼントで、寝る時も一緒にするほど大事にしていたものを、ヘスティアが何日も土下座して貰ってきてくれた【ヘファイストス・ファミリア】の武器を色々あったせいで危なく忘れ去るところだった。

 

 そんな大事な落とし物を教えてくれたリューに感謝する気持ちと、ヘスティア・ナイフをもう二度と忘れないという気持ちから、相手がエルフだということも忘れて、ヘスティア・ナイフを持つリューの手を両手で包み込んで感謝の言葉を何度も告げた。

 

「クラネルさん、その、困る。このようなことは私ではなく、シルに向けてもらわなくては……」

 なぜそこでシルの名前が出てくるのかもベルは理解しようとせず、ただただリューにお礼を言っている。

 

「神様ゴメンナサイ。もう二度と落としたりしませんっ……!!」

「私もちょっと記憶があやふやで気づけませんでした。リューさん、本当にありがとうございます」

「いえ、このくらい何の問題もありません。それでは買い出しの途中でしたので、私はこれで失礼します。シルが寂しがっていたので、暇を見てはまた遊びに来てください」

「はい。その時はまた美味しいもの沢山食べさせていただきますね」

 

 リューがぺこりと頭を下げ、スズは大きく手を振り、ベルはもう一度大きな声でお礼を言って別れを告げた。

 

 

§

 

 

『いったい何億の借金をこしらえてきたのかしら、借金王さん』

 三人で夕食をすませた後、銭湯の湯に浸かりながら、隣の男湯に聞こえないように小声でスクハがジャブを仕掛けてきた。

 

 今日は女湯にスクハとヘスティア以外に人がいないし、ダンジョンに潜っていないので更新も行えないので、どうやら今日はお湯に浸かりながらまったりと話すつもりらしい。

 

「スズ君とスクハ君はやっぱり気づいちゃうか。でも、後でスズ君にも話すけど、君達には迷惑を一切掛けないボク個人の借金だから安心しておくれ。ヘファイストスはなんだかんだでボクのことを心配してくれているのか、利子や期間が設けられていなくてボクが何十年何百年でも働いて返してくれればいいってさ。すごくこき使われてるけど……」

『それを聞いて安心したわ。貴女ならともかく、『スズ・クラネル』が身売りをすることになりでもしたら、さすがの私も本気で貴女のことを恨んでしまうから。そんなこと、私にさせないでもらえると嬉しいわ』

 

「ボクだってそんなことスズ君にさせるくらいなら自分の体を売るさ。だから安心しておくれ。スズ君とベル君、スクハ君のこともボクがちゃんと守ってあげるからさ」

『物理的には家事も金銭管理もスズの役目だから貴女は本当に借金を返すだけだけれど……。そうね、心の支えとしてならもう十分すぎるほど、ベルと『スズ・クラネル』を守ってくれているのだから、この件に関しては、もう言うことはないわね。後、いちいち私を数に入れないでもらえるかしら』

 

 スクハがぶくぶくとお湯に沈んでしまう。

 

「のぼせないでおくれよ?」

『まだ平気よ。のぼせそうになったら、ベルには悪いけど適当に涼ませてもらうわ』

 お湯から顔をだしてそう言うと、お湯から上がり、湯船の淵に使われている石に腰掛け、足だけをお湯につける。

 

 きっと、今のでのぼせかけたのだろう。

 

「それで、スズ君から何もまだ言われていないけど、術式の方はどうなんだい?」

『改良の余地がないくらい完璧に仕上げたけど、この【付着魔法(エンチャント)】の正しい使い方に気付いてくれるか不安だわ』

「ボクに教えてくれれば、それとなくスズ君に伝えるけど、それじゃダメなのかい?」

『どちらかというと感覚的な問題だから、私自身どう説明したらいいのか困るわ。でもそうね、耐熱グローブは必要かしら。多分だけど、明日スズに相談されると思うから、屁理屈共々覚悟しておきなさい』

 

 耐熱グローブが必要とは、一体どういうことなのだろうかとヘスティアは考えるが、必要と言うだけで詳細を教えてこないということは、スズに身をもって必要だということを体験してもらいたいということだと思う。

 スクハがその失敗を良しとしているなら、下半身が吹き飛ぶような酷い事故が起こることはないと思うので、不自然がないようにスズに相談されたらアドバイスしてあげた方がいいだろう。

 

『後そうね、貴女に謝らなければならないことがあるのだけれど』

 よほど言いにくいことなのか、スクハは目をそらしている。聞くのがものすごく怖い。

『ベル。そっちに人はいる?』

「え、あ、スクハ? こっちには他に人いないけど、今日はお湯に浸かりながら話してるの?」

『ええ。スズの娯楽の時間を少し使わせてもらっているから、今日はいつもより長めになるわ。それと、今日のことをヘスティアに謝らないといけないから、一緒に謝ってもらえないかしら?』

「え゛」

 どうやらベルも知っている出来事らしい。

 なんだかものすごく不安になってくる。

 

「でもあれはスクハが」

『アレを言うわよ、アルゴノゥト君?』

「ボクモワルカッタデス」

 どうやらベルはスクハによほど言われたくない弱みを握られてしまったらしい。

 力ないベルの声が壁の先から聞こえてきた。

 

『よろしい。それじゃあ、なるべく叫ばせないようにさらっと言うけど、今日はパルゥムの少女が絡まれているのを助けたのだけれど、絡んでいる男が『スズ・クラネル』まで怯えさせるものだから、つい『私』が【ソル】で撃退したわ。まあ、これ自体は命を奪ってないし、向こうが先に剣を抜いた正当防衛だから問題は無いとは思うのだけれど』

 

「まあ正当防衛ならしかたないさ。君達にケガがなくて本当によかったよ。【ファミリア】間の抗争になるんじゃないかと心配しているのかい?」

『多分それはないわね。あの手のならず者は肝が小さいもの。それにパルゥムの方は少し盗み見たところ、エンブレムが【ソーマ・ファミリア】だったし』

「スクハはその【ファミリア】のこと知ってるの?」

 

『うちの里の蜂蜜酒はオラリオでも人気でね。メインで輸出していた関係上、どうしても酒を販売している【ソーマ・ファミリア】の話は、里にいてもお母様から愚痴られていたわ。同じ蜂蜜酒同士なら絶対に負けないのにって。【ソーマ・ファミリア】の主神は趣味の酒造りに没頭して、眷族のことはあまり気にしていないらしいわね。それもお母様が気に食わなかった理由の一つだと思うわ』

 

「なら、スクハ君がそのことを謝る必要はないじゃないか」 

『その後、あまりのストレスに色々と愚痴ってしまってね。助けたパルゥムの目の前で。中々聡そうな子だったけど、陽気なパルゥムは悪意はないけど口は軽いから、今まで『スズ・クラネル』が築き上げてきた人間関係を『私』というイメージのせいで壊されたりしたらたまったものではないわ。約束を守って口にチャックをしてくれたらいいのだけれど……。『スズ・クラネル』に迷惑を掛けるような真似をしてごめんなさい、ヘスティア』

 

 スクハは真っ直ぐとヘスティアを見て、眉を顰めて申し訳なさそうにそう言った。

 

「ベル君。スクハ君は優しくそのパルゥムと接したんだろう?」

「はい。だから僕も、そのパルゥムの女の子がスクハに助けられた様子とか語っても、スズの印象が悪くなるようなことはないと思うんですけど」

「実際に見ていないけど、ボクも同意見だよ。毎日キミと話しているボクが言うんだ。間違いない。だから無理に気負う必要はないんだぜ、スクハ君」

 ヘスティアがそう言ってあげると、スクハは大きくため息をついた後、目をそらした。

 

 

『……危機感なさすぎじゃないかしら。これだからお人好しは苦手なのよ』

 

 

 いつもスクハが照れ隠しで言っていた『嫌い』が『苦手』に変わっていた。

 

 ヘスティアとベルは楽観視しているが、きっとスクハは自分のせいでスズが嫌な思いをしてしまうのではないかと不安でしかたがなかったのだろう。

 その不安を大分取り除いてあげられたのが、今の一言だけでも実感できて、ヘスティアは嬉しさに頬を緩ませた。

 

『……言いたいのはそれだけよ。また機会があったら会いましょう』

「うん。今日はいっぱい話せて嬉しかったよ。また三人で話をしようね、スクハ」

「スクハ君。また明日」

 少しずつだけど、徐々に徐々にスクハとの距離が縮まってきてくれているのが、ヘスティアとベルはとても嬉しく感じるのだった。

 

 




勝ったッ! 第3部完!
いえ、しっかり続きます。
アニメで顔芸して下さったゲドの旦那はしっかりまた出てきてくれるのでご安心を?

食べたり踊ったり騒いだりするパルゥムは、【ロキ・ファミリア】のフィンが未知なことへしっかり好奇心を抱いていたことも含めて、全体的に陽気だったり好奇心旺盛だったり、ついつい何か興味のあることに夢中になって没頭しちゃうような、そんな種族かなと思っております。

次回サポーターを雇うお話になる予定です。


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Chapter03『サポーターの雇い方』

サポーターを雇うお話。


「白い髪のお兄さんとお嬢さん」

 バベルのある中央広場(セントラルパーク)でベルとスズは、クリーム色のローブを着込み、フードで頭を覆い隠した小さな少女に声を掛けられた。

 

 少女の身長は110Cくらいだろうか。

 その背中には少女の体よりも二回りは大きいバックパックが背負われている。

 ベルは少女に後ろから掛けられた時、少女の身長が低くてすぐには気づけなかったが、スズの見ている先に目線を下すことで少女の姿を確認することが出来た。

 

「初めまして、お兄さん、お嬢さん。突然ですがサポーターなんか探していませんか?」

 

 ローブの中から覗く甘栗色の髪の毛や背丈、声からして昨日助けたパルゥムの少女ととてもよく似ているが、ふさふさした尻尾をぱたぱたと振っているので獣人だ。

 種族が違うのだから、他人の空似なのだろうな、とベルは腰を少し降ろして少女に目線を合わせて答えを返してあげる。

 

「うん。もしかしてエイナさん、ギルドのアドバイザーから僕達のことを紹介されたのかな?」

「いえ、バックパックを背負ったお兄さんと、何度も放り投げられたかのようにすり切れたバックをお持ちになられているお嬢さんを見て、お声をおかけしました。今の状況は簡単ですよ? 冒険者さんの