高校教師になったらToLoveるな毎日を過ごすことになりました。 (くるぶし戦線)
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0話 初めまして

 


「うわぁっ!?」

 

 朝の教室に、男子生徒の悲鳴が響く。ホームルームの連絡を聞いていたクラス中の視線が悲鳴をあげた彼、結城梨斗くんに集まる。

 「いてて……」

 結城くんが頭に手を当てながら地面に倒れている。どうやらバランスを崩して椅子から転げ落ちてしまったらしい。……ただ、椅子に座っていただけでバランスを崩すなんてことあるんだろうか。俺はこの教室に物理法則が通用しないという可能性に身を震わせる。

 

 「ゆ、結城くん……貴方……」

 1人の女子生徒がわなわなと震えながら、結城くんを指さす。黒髪の真面目そうな印象を受ける子だ。たしか風紀委員会に在籍していた気がする。

 

「……?うわっ!!?」

 そんな古手川さんの声に不思議そうに首をかしげていた結城くんだったが、何かに気付きすぐに体を起こす。

 

「ごごごごごめんっララ!!そ、そんなつもりじゃ…」

 ……そう、彼は前の席に座るピンクの髪の美少女、ララさんを巻き込んでこけていたのだ。ちょうど結城くんがララさんを押し倒すような形で……。そして彼の両手はしっかりとララさんの胸を鷲掴みにしている。俺は再び、物理ってなんだっけと言いたくなるような現象に恐怖し、この光景を朝のホームルームでやらかしてもいいのかと心配になる。

 

 慌てて起き上がり、手をぶんぶんと振りながら、おぼつかない口調で謝る結城くんを見つめるララさんが口を開き、息を吸い込むのが見えた。俺は続いて起こるであろう、悲鳴や罵声に身構えた。

 

 

 「あははっ!リトは相変わらずおっちょこちょいだねぇっ!!」

 

 だが俺の予想を裏切り、体を起こしたララさんはそう言って笑いながら結城くんに抱き付いた。

 

 「ちょっ、ララ!?」

 「ララさんっ!?」

 驚いて結城くんと風紀委員の…えっと古手川さんが声を上げるが、驚いているのは彼ら2人だけではない。クラス中の生徒たちが驚きの表情で抱きつくララさんと抱きつかれる結城くんを見ている。そして男子生徒達は驚きに加え、うらやましそうな目線を結城くんに送っている。

 

 「ゆ、結城くん!!朝からなんてハレンチな!!」

 なかなか結城くんから離れようとしないララさんに業を煮やしたのか、古手川さんは顔を真っ赤にしながら、結城くんを睨みつける。その眼にはただ非難するだけでなくやきもちも入っている……ような気がする。

 

 「ち、違うって!!これはララが……おいっララ!離れろって!!」

 慌てて半ば無理矢理にララさんを引きはがそうとする結城くん。だが、なかなかララさんは離れない。嬉しそうな表情で結城くんに抱き付いたままだ。その眼には結城くんしか映っていないかのようだ。それをみた男子生徒達からは怒りの野次が飛び、女子生徒達からはこの状況を楽しむかのような笑い声が起こる。

 

 なんだこのカオスな空間は……。俺は軽い眩暈を覚え、教卓に手をつき寄りかかる。駄目だ、このクラスを仕切れる気がしない。個性豊かすぎるだろ、この子達。新学期初日なのに全然緊張感がないよ……。親戚の集まりでももうちょっと神妙な空気が流れるよ……。

 

 「そろそろホームルーム再開したいんだけど……」 

 俺は胃の痛みを感じながらなんとか口を開く。

 

 「結城くん、ララさん、2人とも大丈夫?」

 そして教室の真ん中で愛を叫んでいるような感じの二人に声をかける。

 

 「だ、大丈夫です!すみませんっ」

 「ごめんなさい……先生」

 ララさんがやっとこっちの世界に戻ってきたのか、少し恥ずかしそうに頬を染めながら結城くんから離れる。クラスも少しづつ落ち着きを取り戻してきた。

 

 「まったく……もう」

 古手川さんも気が済んだのか腰を下ろす。……いや、君も結構騒いでたくない?

 

 「ふぅ……それじゃ改めて、ホームルームを再開します……えっと、どこまで話したっけ?」

 「えっと、先生の自己紹介まで…」

 目の前に座っていたおとなしそうな女子生徒に尋ねると可愛い声で返事が返ってきた。

 

 「そっか、ありがとね。それじゃあ、次の連絡を…」

 「先生、も一回自己紹介からやってほしいんだけど」

 目の前の女子生徒にお礼を言って、連絡を続けようとすると、後ろのほうに座る茶髪のギャルっぽい生徒、籾岡さんが声を上げた。

 「えと、別にかまわないけど…なんで?」

 「いや、さっきのことで先生の名前忘れちゃってさぁ」

 そう言って、きゃははと笑う籾岡さん。嘘……泣きそうなんだけど。

 

 「……み、みんなは覚えてくれたよね?先生の名前」

 籾岡さんの一言にショックを受けながら、ほかの生徒に恐る恐る尋ねる。

 

 「覚えてませーん」

 「俺も忘れましたー」

 「おひつじ座ってとこしか覚えてませーん」

 それ、一番どうでもいいとこぉ!!!俺は膝から崩れ落ちそうになる。嘘だろ……そんな印象が薄かったなんて……。

 「えっと……西連寺さんは先生の名前覚えてくれたよね……?」

 目の前に座る彼女ならばと最後の望みを託す。

 

 「……」

 

 「……嘘でしょ?西連寺さん?」

 西連寺さんは申し訳なさそうに俯いて俺と目を合わせようとしない。

 

 「……ちゃんと聞いてたんですけど…そのさっきの…結城くんとララさんの見たら…頭真っ白になっちゃって……ごめんなさい…」

 プルプルと震えながら、西連寺さんは俺に謝ってきた。その構図はまるで俺が西連寺さんをいじめているようにも見える。

 「ちょっと先生ぇ!うちの春菜いじめないでもらえます!?」

籾岡さんがそういって唇を尖らせる。いや、逆に俺がクラスからイジメられてるといっても過言じゃなくね?

 

 「ご、ごめん。そ、それじゃもう一回自己紹介するから……よく聞いてね」

 あれ、なんか俺の声も震えてない?

 

 「先生の名前は……後藤大輔です。えっとぉ……今年から」

 「あれ、先生もしかして泣いてる?」

 「い、いや泣いてな」

 「ちょっとぉ!男子やめたげなよぉ!先生困ってんじゃん!!」

 「いや…君がやめてもらえるかな。先生ほんとにイジメられてるみたいじゃん」

 「ごめん、先生…」

 「いや、お前もやめろやぁ!そのいじめっ子が先生に言われてイヤイヤ謝るみたいなの!ていうか先生俺だから!」

 「さ、ほら、ちゃんと聞いてるから…続けて?」

 

 「もういやぁ!!」

 

 こうして俺の教師生活初日はクラスのみんなのことがちょっとずつ嫌いになるという形で始まった。うん、なかなかいないねそんな先生。

 

 そもそもなぜ俺がこうして教師としてこの彩南高校に来ることになったのか。そもそもの始まりは俺が父と母の間に生まれたところから……すいません真面目にやります。

 

 話は二か月前にさかのぼることになる。



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1話 転機

 2月のある晴れた朝のことだった。

 俺は駅までの道を全力で走っていた。リクルートスーツを着た学生が全力で走っている姿は誰が見ても変だろうが、人の目を気にするなんて余裕、その時の俺にはなかった。寝坊して面接に遅れそうだったからだ。

 教員採用試験に落ち、もう来月には卒業だというのにまだ就職先が決まっていなかった俺はがけっぷちに立たされていた。そんな中、神様が授けてくれた隣町の一般企業が新規採用を行っているというチャンス、俺は絶対に逃すわけにはいかなかった。

 

 それなのに……。

 当日、目覚まし時計が奇跡的なタイミングで昇天(電池切れ)し、俺はさらなるがけっぷちへと立たされている。ちくしょう!目覚まししか確認せずに

「わーい、まだ朝の5時だー。こんな清々しい朝は散歩にでも出かけようかな~」

 とか言っていた朝8時時点の俺をしばき倒したいところだが、あいにく俺にタイムスリップは出来ない。だからこうやって駅までの道を走っているのだ。

 頼む神様、せめて、せめて面接は受けさせてぇ!

 

 

「はぁ……はぁ……なんとか間に合った……」

 5分後、俺は駅のホームに立っていた。良かった…正直絶対間に合わないと思った。まさか普段なら20分はかかる道を5分ちょっとで来れるなんて……。神様ありがとう。そして俺の両足、ありがとう。

 

間もなくホームに入ってきた電車に乗り込む。行き先が違う電車に乗るとかいう初歩的なミスはしない。こちとら周りの友人たちが次々と車やバイクを買っていく中、最後まで徒歩と電車という地球にやさしいスタイルを大学4年間貫いたんや!……まあ、地球に優しいっていうより財布に優しかったからなんだけどね。ほら、俺の財布は万年氷河期だから。

 

電車の中で、身なりを直しながら、昨日考えた面接の受け答えを頭の中で繰り返す。えっと、好きな偉人はアウストラロピテクス、好きな土器は縄文土器で、好きなタイプは澤○希と……。いや、ちょっと狙い過ぎか……いやでも正直に好きなタイプが佐々○希とか言ったら引かれないだろうか。いやでも澤でいって入社後に澤似の女の子とか紹介されたらどうしよう……。

 

そうこうしているうちに隣町に電車が到着した。ここ、彩南町は俺の住んでいる街よりだいぶ発展していて、今みたいな通勤ラッシュを少し過ぎたような時間でも、多くの人がホームで電車を待っていた。俺は朝の全力疾走でほとんどのHPを削られ、大きめのおばちゃんに押しのけられる形で電車を降りた。疲れた……もう帰って寝たい……。

いや、面接行かないと駄目だろ!俺は自分で自分の頬をはたく。

 ただでさえがけっぷちなのにこの採用試験まで落ちたら、もうほんとに後がないから。2時間ドラマの1時間40分くらいで船越○一郎に追いつめられる犯人並みのがけっぷちっぷりだから。

 

改札をくぐり、バスターミナルへと下りる。ここから目的地の会社が入るビルまで行けるバスが発車するのだ。バス乗り場にはまだバスは来ていないようで、何人かの人が並んで待っていた。腕時計を確認すると面接開始まであと30分。次に来るバスに乗ればぎりぎり間に合う計算になる。

 

 「何とか間に合いそうだな……」

 自然と安堵のため息がこぼれる。

 「ん?」

 俺の独り言が聞こえたのか前に居たお爺さんがくるっとこちらを向いた。70歳くらいだろうか。背筋こそ曲がり杖をついているが、スーツを着たそのお爺さんにはどこか独特の雰囲気が漂っていた。

 「なんじゃ、学生さんか?」

 俺のリクルートスーツを見てそう思ったのだろう。お爺さんがニヤニヤと笑いながら訊ねてくる。

 「はい、大学生っす」

 「そうかそうか、今日は面接かの?」

 「そうなんですよ。というかよくわかりましたね」

 「君のそのカッコとさっきから時計を何度も見たり、目をつぶって考え事をしているようなしぐさでな。まぁ簡単な推理じゃわい」

なにこのお爺さん。コ○ン君なの?黒ずくめの組織の怪しい薬でよぼよぼにされたの?

「見た目は老人。頭脳は大人」とかいう若々しさを全面にだした売り込みをしてるの?

 

俺が驚いているとお爺さんはフォフォフォとバルタン星人のような笑い声をあげ、

「まぁ、頑張りなさい。応援してるよ」

と肩を叩いてくれた。

「はい!ありがとうございます!」

 そうしているうちにバスが来た。俺たちの列の少し先で止まり、プシューという音とともにドアが開く。そして列に並んでいた人たちが次々と乗り込んでいく。

 

「来たみたいですね」

「……」

声をかけるが、お爺さんは前を向いたまま返事がない。あれ?何?私とはバスが来るまでの付き合いだったの?そんなの酷いじゃない!

 

とまあ軽く落ち込んだ俺だったが、すぐにお爺さんの様子がおかしいことに気が付いた。

もうお爺さんより前に並んでいた人はみんな乗り込んだのに前に進もうとしない。ずっと少し前かがみで立ち止まったままだ。どしたんだろう、もしかして息子さんがお立ちになってるのかな……いやいや中学生じゃないんだから……。

 

「お爺さん?」

「う、うぅ……」

心配になり、お爺さんの肩に手を当てる。するとお爺さんは小さくうめき声をあげ、その場に倒れこんでしまった。両手は胸のあたりに当てられ、顔色もものすごく悪い。

これは……誰かが病院に連れてかないと……!!俺は周りを見渡す。みんな突然倒れこんだお爺さんを心配そうに見ているが誰もお爺さんには近づこうとしない。俺がお爺さんの連れだと思われているのか、関わるのが嫌なだけなのかわからないが……。

 

俺しかいないか……。

 

だが、お爺さんを病院に連れていけば確実に面接には間に合わないだろう。どうする。駅員さんを呼んでくるか?いや、でも……。

 

「お客さん、乗らないの?」

 

バスの運転手のおっちゃんが声をかけてくる。

 

「い、痛い……」

 

お爺さんが苦しげにうめくその声をきいたとき、俺の中で答えは決まった。煩わしそうにこちらを見てくる運転手のおっちゃんに声を返す。

 

「運転手さん」

 

 

「ここから一番近い病院ってどこですか?」

 

 

「…意外と駅から近くてよかったな……」

 俺は長椅子に腰掛け、はぁと息を吐く。

現在時刻は午前11時30分。そしてここは駅から徒歩3分の場所に位置する総合病院だ。

あの後、運転手さんから最寄りの病院を聞いた俺はお爺さんをおぶり、病院へと走った。

現在、このドアの向こうでお爺さんは治療を受けている。幸い手術を受けなければならないというほどではないらしい。点滴を打って回復すれば、今日中にでも退院できるとのことだ。

 

それで、俺が何をしているのかというと……かれこれ30分スマホの画面を見つめていた。

病院についてすぐに面接を受ける予定だった会社へ電話を入れた。すると、帰ってきた答えは「とりあえず用事が終わり次第来なさい」とのことだった。もしかして特別に面接をしてくれるとか……そんなわけないよなぁ。怒られて終わりだろう。でも行かないのは社会人としてマナー違反だし……このように電話を切った後ずっと、スマホの通話履歴を見ながら悩んでいるのだった。

 

あぁ、やっぱり行くのが正解だったのかな……?でも、もしあの時お爺さんを置いてバスに乗ってたら……後悔しただろうなぁ。自分の選択には後悔してない。だが、この後のことを考えると、ただひたすら気が重いのだった。

 

1時を少し過ぎたくらいにお爺さんは治療室から出てきた。看護婦さんが一応横についているが、お爺さんは自分で歩けるくらいに回復していた。

 

「あ、大丈夫ですか?歩けるみたいで良かったですね」

 

俺が声をかけるとお爺さんはバツが悪そうな顔で俯き頭を下げてきた。

 

「すまんかったな……儂のせいで面接……行きそびれてしまったな」

「ちょ!?頭を上げてください!!俺がしたかったからしただけなんで気にしなくて大丈夫ですよ」

「本当にすまんかった……」

俺は頭を下げるお爺さんに慌てて頭を上げるよう言うが、お爺さんは腰を曲げたままだった。まいったな……お年寄りに頭を下げさせるような趣味は持ち合わせてないんだけどな……。俺がどうしたものかと悩んでいると、お爺さんが俺を見上げるようにして呟くように言った。

「それで…もう会社のほうには連絡したのかの……?」

「いや、連絡はしたんですけど……直接来いって……」

お爺さんに痛いところを突かれ、俺は頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。

 

「そうか……なんていう会社なんじゃ?」

「?……○×エレクトロニクスってとこですけど……?」

なんで、そんなことが知りたいんだろうか?と疑問に思いながら答えると

 

「○×エレクトロニクスって……あの○×電工のことかの!?」

お爺さんが驚いたように訊き返してきた。あー、なんか何年か前まではそんな名前だったってパンフレットに乗ってた気がするな……。

「多分、そうだと思いますけど……ご存じなんですか?」

俺がそう、尋ねるとおじいさんはさっきまでの青ざめた顔から一転、

「青年、着いてきなさい。今度は儂が助ける番じゃ」

よニヒルな笑みを浮かべながら言った。

 

「さあ行くぞ!」

「行くって……○×エレクトロニクスにですか!?」

「そうじゃ!」

「ちょっと待ってください。まだ怒られるための心の準備が…あとバスの時間も調べないと…」

「そんなもんタクシーで行くぞ!若いうちから見栄張ってでも贅沢せんと、年取ってから楽しくないぞ!」

いや、この人、俺との出会いがバス停だったこと忘れてるんじゃないかな?

 

「タクシー!!」

お爺さんが病院を出て、片腕を上げるとすぐに目の前にタクシーが止まった。

お爺さんは素早くドアを開け、タクシーに乗り込むと、威勢よく運転手に告げる。

「運転手さん!○×エリクト……エレクトン……○×エキゾチックジャパンまで頼む!!」

「いや、全然違うんですけど。そっちにGOするつもりは全くないんですけど」

「そうじゃった。○×電工まで頼む!!」

「わ、わかりました」

なんとか運転手さんに行き先をつげ、タクシーは走りだし……かけたところで看護婦さんが慌てて走ってきた。

「金次郎さん!治療費のお支払がまだですぅ!!」

「おっと、忘れておった。すまん、5分ほど待っといてくれるかの」

お爺さんはそういうと看護婦さんに連れられて病院に戻っていった。

大丈夫なのこのお爺さん……なんかだんだん高○純次に見えてきたんだけど……。

 

タクシーの運転手さんがやくざに絡まれた話がクライマックスを迎えようとしたところでお爺さんは帰ってきた。タイミング悪すぎるって!!捕えられた運転手さんの奥さんと娘さんはその後どうなったの!!?教えてよ運転手さん!!

 

「それじゃ行くかの!!」

お爺さんの元気な声とともにタクシーは○×エレクトロニクスへ向けて走り出した。




すいません。あと2話くらいおっさんしか出てきません。


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2話 お願い

なんでこんなオジサンの絡みを書いてるんだろ…。


「着きましたよ」

 運転手さんに言われタクシーから降りると、目の前には想像の2倍以上ある大きなビルがそびえたっていた。この中に○×エレクトロニクスがあるらしい。

 

 「ほっほっほ、しばらく来ないうちにえらくでかい建物になったの」

 お爺さんは笑いながら、俺と同じようにビルを見上げている。こんな凄そうな会社の面接に行かなかったって……俺、生きて帰れるんだろうか……直接顔出せって言われたのにもタクシーで来ちゃったし。タクシーから降りたとことか誰かに見られてたらどうしよう。

 

そう思い、キョロキョロと辺りを見回していると

 「なんじゃ、不安か青年?」

 お爺さんが声をかけてきた。

 「そりゃあ……面接ドタキャンしたようなもんですし……」

 「どた……?まあいい。大丈夫じゃ、儂に任せておきなさい」

 やだかっこいい……。振り返ることなくビルへと向かっていくお爺さんの背中はとても大きく頼もしく見えた。俺は慌ててお爺さんを追いながら考える。もしかして……この人、めちゃくちゃ偉い人なんじゃ……。もしかすると俺はとてつもない幸運な出会いをしたのかもしれない。

 

 ビルの中に入り、エレベーターで○×エレクトロニクスの入るフロアまで上がる。どうやら3階から上を全部○×エレクトロニクスが所有しているらしい。改めて大きな会社だと感じる。

 

ピンポーン、と電子音がしてエレベーターは3階に到着した。ここから先の出来事は俺の運命を大きく左右することになる。ドアが開く前に俺は一度、大きく息を吐いた。よし、大丈夫。後悔しないようにやるだけだ。

 

 「あ、あの」

受付のお姉さんに話しかける声は上ずっていて自分でも緊張しているのが分かる。

 「はい、当社にどのようなご用件で来られたのでしょうか?」

受付のお姉さんは俺の斜め後ろにいるお爺さんにチラッと目をやった後、業務用スマイルで

 「今日、面接を受けさせていただく予定だった後藤という者ですが、事情があり遅れてしまいました。担当者の方にお詫びをさせていただきたく参りました。お会いさせてもらえませんでしょうか?」

よし、言えた。エレベーターの中で考えておいて良かったぁ!

 「少々お待ちいただけますか?」

お姉さんは手元の受話器をとり、どこかにかける。おそらく担当者の人に繋いでくれているのだろう。このタイミングで出前なんかとる人いないよね!

 「すぐに担当者の者が来るとのことですので、おかけになってお待ちください」

そう言ってお姉さんは窓際にあるソファーセットを手で示す。

 「分かりました、ありがとうございます」

俺はそう言って、ソファーのほうに向かう。お爺さんも無言でついてきた。だが、その顔はどこか嬉しそうだ。

 

 「後藤くん、と言うんじゃな。中々しっかりしたしゃべり方をしよるわい」

ソファーに座ったお爺さんはそう言うとほっほっほと笑った。

 「ははは、とにかく必死だったので……この後が一番の山場ですけど」

俺はそんなお爺さんの横で乾いた笑いを上げながら、担当者の人を待つ。もちろんソファーには座らない。

 

 「君かい?後藤君は」

2,3分ほどして小柄で眼鏡をかけた男性がこちらに向かって歩いてきた。

 「は、はい!本日は私の不注意で多大なるご迷惑をおかけしてしまい「あぁそういうのいいから」

俺の台詞を遮り、担当者の人は手をヒラヒラと振る。どうやら橋本さんというらしい。胸に下げられたカードに書いてある。

 「君さぁ、なんで遅れてきたの?理由から言えよ」

 「は、はい!バス停で前の方が倒れられたので、病院にぐっ!!?」

突然腹部に鈍い衝撃が走った。目線を落とすと橋本さんの握られたこぶしが腹に当たっている。小柄なせいかあまり痛くはないが、殴られたという精神的なショックの方が大きい。

 

 「お前さぁ、うちの会社舐めてんの?大事な面接だよ?それを何?倒れた人を助けた?小学生でももうちょっとましな嘘つくわ」

橋本さんがそのまま見上げるようにして俺を睨んでくる。社会人怖ぇぇぇ!!何、みんなこんな洗礼を受けて立派になっていくの!?

 

 「嘘じゃありません。本当にお爺さんが……」

 「ホントだとしても嘘だとしてもそんなことどうだっていいんだよ。大事なのはお前が大事な大事なうちの会社の面接よりその野垂れ死にかけた爺さんを優先したってことなんだよ!」

橋本さんは俺の足をぐりぐりと踏みながら、低い声で話す。コイツ……嫌な奴だ。俺のことを完璧に下とみなして話しかけてきてる。身長は確実に俺のほうが上なのに……。それに……。

 「ちょっと!!野垂れ死にかけたって言い方はないでしょう!?」

 「あ?お前口答えする気か?分かってんのか?俺の一言でお前を採用にでも不採用にでもできるんだぞ?」

 「取り消してください!」

 「なんだとぉ…?」

 橋本さん、いや橋本は俺の胸ぐらをつかんできた。だが、身長差のせいで俺の首にほとんど圧迫感はない。

 

 俺が一番許せなかったのは会社の面接が人の命より大切だとでもいうようなと言い方だ。自分の勤める会社にいくら誇りをもってようと、それは構わない。自分の命より大切だと思っていたとしても俺が口出しすることじゃない。でも……それを口に出したら駄目でしょ!!

 

橋本は俺の胸ぐらをつかみながら

 「俺に意見してんじゃねぇよ!!野垂れ死にそうな爺さんの何が悪いんだ!!」

 「本人がここにいるからじゃないかの?」

 突然、後ろから声が聞こえた。振り向くとお爺さんがニコニコとしながら俺たちを見つめている。だが……その眼は全く笑っていなかった。

 

 「あん?だれだ爺さ……」

 俺が前に立っていたせいで、お爺さんの存在に今まで気づかなかった橋本は突然目の前に現れたお爺さんを睨みつけたが、すぐに何かに気付き、真っ青な顔になった。

 

 「こ、近藤理事……」

 

 「野垂れ死にそうな爺さんを助けることよりも大事な面接をするようになったのかの、○×電工は?儂の知らない間にいつの間にか偉くなったもんじゃのう」

顔を青くしてがくがくと震える橋本にお爺さんは続けた。

 「……いつまで儂の恩人の胸ぐらをつかんでおるんだ?早く離さんかこの馬鹿者が!!」

 「は、はいぃぃ!」

 お爺さんに一喝され、慌てて俺のシャツから手を放す橋本。

 

 「君じゃ話にならん。間宮を出しなさい」

 「しょ、少々お待ちください!!」

 静かな声に戻ったお爺さんの一言で橋本は慌ててドアの向こうに消えていった。橋本がドアの向こうに消えるのを見送ったお爺さんはくるりと俺のほうに向きなおった。そして

 

 「大丈夫かの?後藤君。すまんの、助け舟を出すのが遅れてしもうたわい」

 といってにっこりと笑う。

 

 「お爺さ……近藤さんって実はも、物凄く偉い方なんじゃ……?」

 さっきの迫力に橋本と同じように面食らった俺は震える声で尋ねる。

 「別に偉くなんかないわい。ただ君よりちぃっとばかし長く生きとるだけじゃよ」

 そういってお爺さんはウインクをした。なんていうか……かなわないなぁ。

 

 

 しばらくして会社の奥から、お爺さんと同い年くらいの長身の男性が出てきた。どうやらこの人が間宮さんらしい。受付の人が間宮さんの顔を見るなり慌てて45度に頭を下げたことから相当偉い人だとわかる。

 「あっ、あの「ジロちゃん!!来てたのかい!!」

 俺が頭を下げようとするのをするっと避け、間宮さんは近藤さんに嬉しそうに近寄る。

 「あぁ、ちょっと頼みたいことがあってな……それより変わっとらんのうお前は!」

 「ジロちゃんも!あ!橋本君から聞いたが倒れたんだって?大丈夫なのか?」

 「この通りピンピンしとるわ!で、頼み事というんがそのことでの」

 「?」

 間宮さんが不思議そうに首をかしげる。

 「ちょっと後ろを向いてくれんか?」

 

 言われたままに俺のほうを向く間宮さん。初めて俺の存在を確認したようで少し驚いたような顔をする。

 「おぉ、いたのか。気付かなくてすまない。……で彼がジロちゃんが倒れたことと何の関係があるんだい?」

 「実は彼、後藤君が儂を助けて病院まで連れて行ってくれたんじゃ」

 「へぇ、そうだったのか!ありがとうね、後藤君。私からもお礼を言うよ」

 「それでなんじゃが……儂を助けてくれたせいでここの面接に遅れてしもうての。さっき橋本とかいう小童から説教されていたんじゃ」

 「あぁ、だから橋本君が……」

 「話は逸れるがあやつ、駄目そうじゃぞ?下の者に対する態度がなってなさすぎるわい」

 「そうか…きつく言っておくよ」

 「それでじゃ、後藤君にもう一度面接を受けさせてやってはもらえんかの?人格は儂が保証する」

 「ジロちゃんがそこまで言うなんて…」

 「あぁ、ほんとは儂のとこで働いてもらいたいくらいなんじゃが、ほら、儂のとこは特殊じゃからの」

 「なるほどね……いや、面接を受けさせるのは構わないんだけど…」

 「だけど、なんじゃ?」

 「実はもう、全部埋まっちゃたんだ……採用枠」

 「何と!?全部か!?」

 「うん、だから彼…後藤君には気の毒なんだけど…」

 「なんということじゃ……」

 

 ここまで聞いても俺はそこまでショックを受けることは無かった。そもそも遅刻したのにここまで来れたこと自体が奇跡に近い。近藤さんも今日初めて会った俺の為に、ここまで来てくれて俺をかばい、なんとかしようとしてくれた。これ以上、何かを望めばそれこそ罰が当たるだろう。

 

 さてこれからどうしようかな……やっぱりもう1年教師を目指して頑張ってみようかな。一応ずっと憧れて、目指していた職業だし。ほんとになれるかは分からいないけど…頑張ってみるか。

 

 「あの…近藤さん…間宮さん」

 俺は近藤さんと間宮さんにお礼を言おうと口を開いた。

 

 「後藤君、少し離れておれ…」

しかし、俺の声が聞こえてないのか近藤さんは立ち上がり、両腕を身体の前でゆらゆらと揺らし始めた。

 「ジロちゃん!?もしかして!!」

間宮さんも驚いて、立ち上がる。なんだ、何が始まるんだ!?俺は慌ててソファーセットから離れる。

 

 ソファーや観葉植物のせいでよく様子は見えないが

 「ジロちゃん、頭を上げて!!」とか「一生のお願い!!」とか聞こえる。

 

 これは……。

俺は慌てて、ソファーセットの近くに戻り、

 「近藤さん、やめてください!!もう、十分ですから!!」

 「後藤君……」

 「もう、もう十分ですよ、近藤さん。遅刻した僕が本当は一番駄目なのにここまで着いてきてくださって、僕をかばってくれて……」

 近藤さんも間宮さんも静かに俺の話を聞いている。駄目だ……なんか泣きそう。

 「だから……もういいんです。本当にありがとうござ」ピロロロロロロ!

 そこまで言ったところで突然電子音が鳴り響いた。どうやら、近藤さんの胸元の携帯のようだ。

 「すまん…大事なとこじゃのに……出ていいかの?」

 「……どうぞ」

 最悪だ。なんかこの会社に入ってからまともに台詞を聞いてもらってない。なにこの会社、会話ジャマーとか開発してるの?間宮さんを横を向いて肩を震わせてるし……なんなの?これ。

 

 「儂じゃ。なんじゃ、どうし……何?新卒の先生が内定辞退じゃと?教科は?理科か……心当たりないのぉ……校長先生は?ないかの?……」

 大声で携帯に向かって話す近藤さんの口から、すごく聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。

 「あ、あの……」

 「ん?……なんだ?」

 笑いをこらえるために間宮さんが呼吸を整えるのを待って、俺は尋ねる。駄目だ、胸の高鳴りが抑えられない。

 「近藤さんって何のお仕事をされてるんですか?」

間宮さんは少し驚いたような顔をして答えた。

 

 「あれ、聞いてなかったのかね?ジロちゃ……近藤金次郎は彩南高校の理事をされてる方だよ」

 

それを聞いた瞬間、俺は間宮さんに飛びつくようにしていった。

 「あ、あの!お、俺、教員免許持ってます!しかも理科で!」

間宮さんが驚いて目を見開く。そして

 

 「聞こえたかジロちゃん!?後藤君、先生になれるぞ!!」

 

ばっちり聞こえたらしく、ジロちゃん、じゃなくて近藤さんも震える声で

 「いや、ある!!心当たりあるわい!!とびっきり優秀そうなのを一人知っとるぞ!!」

 と叫んだ。その顔は驚きと歓喜でしわくちゃだ

「「!!」」

それを聞いた俺と間宮さんも顔を見合わせる。お互い近藤さんと同じような顔をしているのだろう。

 

もしかして、俺は世界中で一番ついてる男なのかもしれない。




次からやっと彩南高校行きます。ゆっくり展開するってこれで合ってるんですかね。ご都合主義のほうがいい気がしてきた……。


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3話 通達

「それじゃあ近いうちに連れていくからの」

近藤さんはそう言って電話を切った。そして俺の方に改めて向き直る。

 

「教員免許を持ってるというのは本当かの?」

「は、はい!教育学部で大学を出たので…」

「そうか…そんな偶然もあるんじゃの…」

近藤さんもまだ驚いているようだ。俺を見つめながら思わず口から出たような感じで呟いている。だが、言わせてほしい。1番驚いているのは間違いなく俺だ。さっきから驚きすぎて頭が回らないくらいだ。

 

「とりあえず良かったじゃないか後藤くん」

間宮さんがニコニコしながら俺と近藤さんを交互に見ている。

 

「ジロちゃん、良かったね。こんな偶然なかなかないよ」

「そうじゃの…これも何かのめぐり合わせなのかも知れぬの…」

近藤さんはふむ、と顎に手を当てて、しばらく思案した後、

「よし、後藤くん、とりあえず彩南高校の理科の常勤教師として内定ということで…詳しいことは後日、書類で送るから、住所と電話番号を教えてくれるかの?」

と言って、懐から折りたたまれた紙を出してきた。

 

「は、はい!ありがとうございます!」

俺は今日何度目か分からないお辞儀をする。ボールペンを出しながら紙を開けると、目にアイドルのグラビア写真が飛び込んできた。確か今流行ってるアイドル歌手の子だ。

 

「あ、あの…」

俺が困り顔で近藤さんに紙を向けると、

「おっと、いかん!これは違うやつじゃわい!」

と紙(裏はグラビア)をひったくっていった。

 

「ちょっと待ってくれ…他の紙を…」

そう言って近藤さんはポケットをゴソゴソ、懐をゴソゴソと漁るが、メモに使えそうな紙が出てこない。てかなんでグラビアを1枚だけ懐に入れてるんだろうか…?よっぽど好きなのかな…。

「あの…他にないようでしたらその写真の裏に…」

「後藤くん…儂より早くあの世に行きたいのか…?」

「すみませんなんでもないです」

俺の提案は近藤さんの鋭い眼光によって叩き折られてしまった。

 

結局、間宮さんに頼んでコピー用紙を貰い、住所と名前、電話番号を記入する。

 

「あ、あとLINEも交換しとくかの」

 

いや、良いですけど…なんで?

 

「あ、私もいいかな」

 

いや、なんで?必要性が感じられないんですけど。

 

「よし…ちゃんと書けてるの…今日のところはこれでお開きにするかの。悪いの、場所だけ借りる形になってしもうて」

「いや、いいんだよ。それくらい。良かったね後藤くん。また来なさい」

「本当に有り難うございました。ですが…また来なさいとは…?」

「ははっ、それはそのうちわかるさ」

 

 

こうして俺は、彩南高校の内定と新しい友達「きんちゃん」と「みやたん」をGetして家路についた。

 

2人ともLINEのアカウントはっちゃけ過ぎだよ…。

 

 

彩南高校からの正式な書類はあの日から3日後くらいに来た。内容は、俺を特別採用枠という形で4月から採用してくれるというものだった。本来は有り得ないことだが、理事の鶴の一声というやつで決まったらしい。彩南高校が私立で良かったとつくづく感じる。

 

だが、その日から1通も手紙が来ない。来ないままもう1か月が経とうとしている。もうすぐ春休みだ。

 

いくら新任と言っても、いや新任だからこそ4月から仕事をするために早くから色々学ばなければならないと思うのだが、学校から連絡が来ない。思い切ってきんちゃん、もとい近藤さんにLINEで尋ねてみてもあやふやな返事しか返ってこない。皆忘れてるんだろうか…俺のこと…。

 

世間の学生が春休みに入る2日前、悲しみに打ちひしがれる俺の元にやっと彩南高校から封筒が届いた。

アパートのポストに見慣れぬ封筒を見つけた俺は光の速さで部屋に戻り、急いで封筒を開ける。中の書類には少ない文字で3月20日つまり明後日、彩南高校に出勤するように、と書いてあった。

 

いよいよか…。ちょっと通達が遅い気もするけど…。

 

遠足の前の晩の小学生と、テスト前の高校生を足して2で割ったような…そんなそわそわした感じであっという間に3月20日がやってきた。

 

電車で2駅と徒歩10分、気がつくと俺は彩南高校の校門前に立っていた。春休み初日だというのに部活のためか運動着を来た生徒がちらほらと見えた。まだ朝の9時だというのに…熱心なことだ。

 

よし、俺も行くか…。口から飛び出んばかりの心臓の鼓動を必死に抑えながら、俺は彩南高校の門をくぐった。

 



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4話 初出勤

今回から徐々にTo LOVEるキャラを出していきます。学校生活に入るまでにはもう少しかかるかな……?気長にお待ちいただければ嬉しいです。


「おぉ…」

 

門を通り抜けた俺は思わず感嘆の声をあげた。

彩南高校は部活にも力をいれているらしく、左手に見えるテニスコートでは女子生徒達がランニングをしているし、校舎の向こう側にあるらしいグラウンドの方からは野太い掛け声が聴こえてくる。校舎も、まだ出来てそれほど経っていないのか白い塗装が朝の日差しを反射して眩しいほどだ。

 

だが俺が声を漏らしてしまったのは、別に校舎や設備が綺麗だったからではない。

 

こう……高校独特の雰囲気とか、時間とか…上手くは言えないが、校門をまたいだ瞬間に、何かを感じたのだ。これがもしかしたら「青春」なのかもしれない。

 

「この中で働けるんだ…」

俺は改めて先生になれたことを実感した。……これだよ!俺が教師になりたかった理由は!この感覚をずっと味わいたかったからなんだよ!

 

俺は嬉しさのあまり、小躍りしそうになったが、周りの生徒達がチラチラとこちらに目線をやっているのに気付き、そそくさと校舎の中に入っていった。

 

 

で、校舎の中に入ったのはいいんだけど…

 

「うーん…」

困った。封筒に書いてあった校長室が分からない。いや、探し回れば見つかるんだろうけど…ここは初めて来る学校だ。校舎の中には先生方と学生しかいない。そんな中をリクルートスーツを着た俺がうろうろするのはあまり得策とは言えないだろう。もしかしたら不審者扱いされるということもあるかもしれない…。

要は初めてくる高校にビビってるだけです。

 

「近藤さんに…聞いてもいいかな…?」

理事の人にこんなことで連絡をするのは気が引けるが、今の俺にそんな精神的余裕はない。スマホをポケットから取り出し、SNSを開こうとすると、

 

「あの、」

後ろから誰かが話しかけてきた。近藤さんと連絡を取ることしか頭になかった俺はビクッと震える。

 

「ひゃ、ひゃいっ!なんでしょうか!!」

噛みまくりながら振り向くと、黒髪の真面目そうな女の子が立っていた。腕には「風紀委員」と書かれた腕章をつけている。

 

「本校に何か御用でしょうか?」

俺を真っ直ぐ見ながらその子は尋ねてくる。口調は柔らかいが、どこか目つきは鋭い。

 

「あ、あぁ、そうなんだけど、校長室が判らなくて…」

俺がそう返すと、女子生徒はニコッと微笑みながら

「そうでしたか。案内するので着いてきてください」

と言った。そのまま俺に背を向けてスタスタと廊下を歩いていく。

 

…笑ったら可愛いのにな…目つきがちょっと怖いけど。

 

そんなことを考えながらその子の後をついて行く。

 

「ここです」

階段を上り、廊下を2、3回曲がったところでその子は立ち止まって振り向いた。

校長室は2階の奥にあったようだ。自分で探していたら、結構時間がかかっただろう。

 

「助かったよ、ありがとう」

「いえ、校長先生をお呼びしましょうか?」

「大丈夫。自分で入るよ」

「そうですか、それでは失礼します」

彼女はそう言うと、一礼して廊下の向こうへと歩いていった。

 

彼女が見えなくなったところで、校長室のドアに向き直る。

 

「すぅ…はぁ…よし」

深呼吸をし、ドアをノックする。……だが、中から返答はない。もう一度ノックしてみてもそれは変わらなかった。おかしいな…指定された時間通りのはずなんだけど…。

 

不思議に思いながらドアノブを回す。

 

「あの…連絡を頂いた後藤という者ですが…」

おそるおそるドアを開け、中を覗き込む。校長室の中は思ったより広く、手前には豪華な応接セットが置かれていた。

 

「校長先生…?」

校長室に入り、中を見回しても校長先生の姿は見えない。勝手に入って良かったんだろうか?なんか変な匂いがする気もするし…。なんだこれ?

 

「はぁ…はぁ…」

 

突然部屋の奥から聞こえてきた荒い息遣いに俺は驚いて肩を震わせた。

声は奥にあるデスクの方から聞こえたようだ。校長先生だろうか……もしかしたらこの変な匂いで気分を悪くして倒れられてるのかもしれない。

 

「校長先生!?大丈夫で……」

慌ててデスク裏を覗き込んだ俺が見たのは、

 

パンツ一丁でアイドルがプリントされた抱き枕にしがみつくオッサンの姿だった。

 

「…おやおや?」

俺に気づいたのかサングラスをかけた目がこちらを向く。どうしよう…恐怖で動けない…。

 

「おぉ、後藤くん。もう入っとったのか」

「こ、近藤さぁん!デスクの下に不審者がぁ!」

そこへ入ってきた近藤さんの足元に俺はすがりついた。

「なんじゃと?」

怪訝そうな顔で、デスクのほうへと目を向ける近藤さん。ちょうどデスクからは半裸の不審者がゴソゴソと這い出てくるところだった。

 

「近藤さん、あの人です!はやく警察に…」

「はぁ……やっぱり君じゃったか、校長先生…」

近藤さんがやれやれといった感じで頭を押さえる。

「……コウチョウセンセイ?」

近藤さんの言った言葉が理解できず、オウムのように繰り返す。近藤さんが苦々しい顔でうなずく。

 

「校長先生……ですか?」

「そおです!私がこの彩南高校の校長です!」

恐る恐る尋ねるとかぶり気味で答え、胸を張る校長先生。パン一だってこと忘れてませんか……?

「…とりあえず服を着なさい、話さねばならんことが沢山あるでの…」

そう校長先生に言う近藤さんの顔はすでに疲れ切っていた。

 

 

「ふむ…なるほど…事情は分かりました」

校長先生が服を着るのを待って、近藤さんが今回の事情を説明してくれた。ソファーで真剣に話を聞いている校長先生だが、さっきの半裸姿が脳裏に焼き付いて離れない。

「それで、4月から彼、後藤大輔くんを理科の教員として雇いたいんじゃが……何か問題はあるかの?」

「いえ、問題ありません。むしろこちらも理科担当の穴をどうやって埋めようかと思っていたので助かりました」

「そうかの……普段もそういう話し方をしてくれると助かるんじゃが……」

「おや?私は普段からこんな感じではないですかな?」

「…そうじゃったかも知れぬの…」

近藤さんのほうが折れたようだ。

 

「後藤君」

校長先生が俺の方を向く。

「4月から一緒に頑張っていきましょう」

「は、はい!」

なんだ、思ったより普通の先生じゃないか…。

 

「それじゃ、後藤君、いや後藤先生、この後のことは国枝先生に任せてありますので……もう、よろしいですかな近藤理事…?」

「あ、あぁ、この後じゃが、どうじゃ?久しぶりにぜんざいでも食いに行かんか?」

「ははは、ありがたいですが、この後もやることがありますので、今日は遠慮させてください」

「そうかの?じゃあ、また来るわい、後藤君もまたな」

「はい、ありがとうございました!じゃあ校長先生…僕も国枝先生のところにいってきます」

「うむ、頑張ってくれたまえ」

 一礼して、校長室を出る。廊下にはまだ、近藤さんが立っていた。

「さっきはまたなと言うたけど、よう考えたら会う機会ももうないじゃろうからな」

「そうですね…本当にお世話になり「ルンちゅわ~~~~ん!!!」

 

校長室から聞こえてきた絶叫に二人とも固まる。さっき俺と話していたあの真面目な校長はどこに行ったんだろうか。

 

「くくく……このまま笑って別れたほうがよさそうじゃの」

近藤さんは苦笑いを浮かべながら、手を差し出してきた。

「はい、お世話になりました。お元気で」

俺も両手で握手に応じ、別れを言う。

 

近藤さんは後ろ手を振りながら、玄関の方へと歩いて行った。見えなくなるまで頭を下げる。

 

「もう、お別れは済みましたか?」

突然後ろから聞こえた声に驚く。振り返ると眼鏡をかけた男の人が壁に寄り掛かっていた。

 

「は、はい。あの、国枝先生です「そうです。私が国枝、担当は社会科です。」

「あ、僕は「校長から聞いてます。後藤大輔、22歳。担当は理科。合っていますか?」

「は、はい!だいじょ「ついてきてください。色々と教えることがあるので」

そういうと、国枝先生はスタスタと歩き始めた。

「ま、待ってください!」

俺も慌てて後を追うが、国枝先生の歩くペースに追いつけない。あれ?この人、ハンター×○ンターに出てなかった?あの一次試験のやつに。

 

それから、10分ほどで学校中の施設を見てまわった。見てまわるというか走り抜けたと言う方が合ってる気がする。理科室くらいしか覚えられなかったんだけど…。

「はぁ…はぁ…」

「次は普段の仕事について教えるのでついてきてください」

そういって国枝先生はまた振り返ることなく歩き始める。ついて来いという割には、俺のことを撒こうとしてるように思えるのは気のせいだろうか?

「うおっ!?待ってくださいっ!!」

俺は再び国枝先生を追って走り出した。

 

職員室にすごいスピードで到着した後の国枝先生は、すごく丁寧に仕事のやり方、朝来たらすることなどを教えてくれた。まるで人が変わったようだ。

 

「すごく丁寧に教えてくださってありがとうござい「いえ、ただ、君が仕事を覚えられないと困るだけなので」

また被せられた。なかなか厳しい先輩だ。でも俺は橋本というもっと理不尽な奴を知ってるからこれくらいは平気なんだぜ。……はやく仲良くなりたいぜ……ぐすん。

 

一通り説明を聞き終わり、時計を見るともうそろそろ12時になるかというところだった。

 

「他に何か質問はありますか」

「いえ、大丈夫です。国枝先生のほかの先生方は…?」

「今は春休み期間中なので出勤してくる先生はそんなに多くおられません。出勤されてる先生方も部活動の指導などに行かれてるのでしょう」

「そうですか…他に何かすることはありますか?」

「いえ、もう今日は特にありません。次はそうですね……明後日の9時にまた来てください」

「分かりました、ありがとうございました」

「はい」

国枝先生は眼鏡をクイ、とあげた後自分の席に戻って行った。もう俺に関心はないらしく黙々とパソコンに何か打ち込んでいる。

 

じゃあ帰るかな…。俺は職員室を出て、下駄箱に向けて歩く。緊張したせいでのど乾いたな……。何か飲んで帰るか。そういえば、テニスコートの近くに自販機が並んでたな……。

寄っていくか。



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5話 担任

 朝の記憶を頼りにテニスコートの方へ向かうと、自動販売機が並んでいるのが見えた。小銭を入れ、適当にボタンを押す。出てきたスポーツドリンクを飲みながら、テニスコートの方に目を向けると、女子生徒たちがまだ練習をしていた。

 朝来た時からやってたから……大体3時間くらいか。こんな暑い中よく頑張るなぁ…。

練習しているところをぼんやりと見ていると、

「あっ!!」

と高い声が聞こえてきた。どうやら打ち損ねてしまったようだ。テニスコート周りの出入り口を出たボールは俺の足元に転がってきた。

 

「すいませーん!大丈夫ですか!?」

すぐにテニスウェアを着た生徒たちが2人走ってくる。

「大丈夫だよ、…ほら」

「あ、ありがとうございまーす……あれ?」

ボールを女子生徒の足元に転がし返す。受け取った茶髪の彼女はお礼を言った後、俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、春菜。あんな先生いたっけ?」

春菜、と呼ばれた後ろの子も俺の顔をちらっと見て

「さぁ…?」

と首を傾げた。これは、名前を知ってもらういい機会かもしれない。どうせ、4月になったら生徒に覚えてもらわないといけないし。

「いや、実は4月からここで働くことになってるんだ」

「えっ!そうなんですか?」

「へー、結構かっこいいじゃん♪先生、名前は?何の教科の先生なの?」

少し警戒していた様子の2人も、俺が教師であるとわかると途端に興味がわいたのか質問を返してきた。

 

「おーい!里紗ぁ、春菜ぁ!なにしてるのー?」

そこにもう一人眼鏡をかけた女の子が走ってきた。同じテニス部の子のようだ。

「あっ!未央、あのね、この人新しい先生なんだって!」

「へぇ!そうなんだぁ!…じゃなくて、先生が集合だって!みんな集まってるよ!」

「げ!やば……じゃあ、先生また今度いろいろ教えてね!」

茶髪の子はそう言ってテニスコートのほうへ走っていく。ショートカットのおとなしそうな子の方も俺にぺこりとお辞儀をすると茶髪の子にならってテニスコートのほうに戻っていた。自販機の前には再び俺だけが残された。名前言えなかったな……。まぁ機会なんていくらでもあるだろ。また今度会えたら言おうっと。

 俺はそう決めると、スポーツドリンクの残りを飲みほし、彩南高校を後にした。それにしても、あんなに不味いスポーツドリンクが売ってあるとは…。恐るべし彩南高校。

 

2日後、国枝先生に言われた通りに出勤し、職員室のドアを開けるとすでにたくさんの先生が仕事をしていた。みんなの顔が一斉に俺に向く。

 

「初めまして、後藤大輔です。4月からお世話になります。よろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げると、パラパラと拍手がおこった。そしていかつい感じの年輩の先生が話しかけてくる。

「君が後藤先生か。俺は生徒指導課の吉田。話は国枝先生から聞いてるから。新卒で緊張することも多いだろうけど、うちは若い先生も多いから早く馴染めるといいな、ガハハハハ」

そう言って豪快に俺の肩を叩く。国枝先生…言ってくれてたんだ。周りの拍手をしてくれてる先生方の中から国枝先生を探す。……いた。椅子に座りながらパラパラと手を叩いている。視線は完全にパソコンに向いているが……。

吉田先生やその周りの先生達に頭を下げながら、国枝先生の席に向かう。

「く、国枝先生!」

「…なんでしょうか」

「あ、あの、なんか俺のこと言ってくださってたみたいでありがとうございます!」

そう言って、頭を下げると

「…君のことを校長から任されてますから…当然のことをしただけです」

国枝先生は俺から顔を背け、ぼそぼそとした声でそう答えた。……まだまだ仲良くなるのは難しそうだ。

「じゃあそろそろ会議を始めたいんですが」

教頭先生らしい中年の先生の一言で、みんなぞろぞろと席に戻っていく。俺の席ってもうあるんだろうか?そう思いチラッと国枝先生の方を見ると、

「君の席はここですから…」

俺の視線に気づいてくれた国枝先生が真新しいデスクを指さした。国枝先生の隣の席を。

「あ、ありがとうございます…」

いや、席があるのは凄く嬉しいんだけど……国枝先生はいいんだろうか?俺が隣で。好かれてはないけど大事にはしてくれてるのかな…と俺は勝手に思っておくことにした。

 

「では、そろそろ春休みの定例会議を始めたいと思います」

大体の先生が席に座ったのを見た教頭先生の一言で会議は始まった。

内容は、春休み中の生徒指導、入学式前の打ち合わせの日程など、あまり新任の俺が参加できそうな内容ではなかった。どうして国枝先生は今日来るように言ったんだろうか…?会議の日は先生が集まるから、俺が挨拶できるようにとか……?

そんな俺の疑問は割とすぐ解決することになる。

 

「えーっと、では今日の本題のクラス担任を決めたいと思います。今年は転出された先生が多いので学年団を3年以外は組織し直しということで行きたいと思います。まずは1年A組から…」

次々とクラスと担任をすることになったらしい先生の名前が呼ばれていく。ある程度は春休みになる前から決まっていたんだろう。まぁ新任の俺に回ってくる役ではないだろうな…。そんなことを考えながら、教頭先生の発表を聞き流す。

「えー、次は2年の担任を…まずは…あぁ、2年A組が決まってないんですね…」

途端に職員室に重い空気が流れる。何か決まらない理由があるんだろうか…?

「B組は国枝先生、C組は花村先生ということなんですけど…どうしましょうか?」

そう尋ねる教頭先生だが誰も目を合わせようとしない。

「皆さんA組は敬遠されてるみたいですけど…何かあるんですか…?」

不思議に思い、隣の国枝先生に小声で尋ねる。

「あぁ…少し生徒のことで問題があるんです……ふむ…」

そう小声で答える国枝先生の目が俺を見てキラリと光った気がした。そしてそのまま腕を真っ直ぐ上げる。

「教頭先生」

「ん?国枝先生、何か考えが?」

「はい、2‐Aですが後藤先生に担任していただいてはどうかと」

「!?本気ですか…?」

途端に職員室全体がざわつく。俺は国枝先生の言っている意味がわからなかった。ゴトウセンセイニタンニン……?担任ってなんだっけ?

しばらくしてやっと頭が正常運転しだした俺はおもわず立ち上がって叫ぶ。

「く、国枝先生!無理ですって!」

「?どうしてですか…?」

「どうしてって…2‐Aは問題があると国枝先生が…!」

「あぁ、あれは嘘です。大丈夫、2‐Aには何の問題もありません」

「いや、それならこんな雰囲気にならないでしょう!?」

2‐Aには何の問題もないと聞いて一斉に顔を伏せる先生方。とても問題がないようには思えない。

「しかしですね…新任の後藤先生に担任は…」

「もし、荷が思いようなら後で副担任を付ければいいのでは?骨川先生も近いうちに復帰できるとのことですし」

「それはそうですが…」

「それなら誰か他の先生が担当してくださるのでしょうか…?」

国枝先生の言葉に再び静かになる職員室。……はぁ、俺に決まりそうだな。

「うーん…」

「教頭先生」

腕を組んで悩む教頭先生に声をかける。

「?なんですか後藤先生?」

「あの…もし、自分に担任をやらせていただけるなら…精一杯頑張ります」

俺の答えが意外だったのか驚いて俺を見つめる教頭先生。いろいろ心配だけど、国枝先生が俺を推してくれるのには、何か理由があるんだろう。それに教師になるのが夢だったくせに担任を嫌がっていたら、俺を教師にさせてくれた近藤さんや校長にも失礼な気がする。

だから…。

 

「ですから…僕にやらせていただけないでしょうか?」

 

結局、はっきりとした反対意見は出ず、俺は2‐Aを担任するということになった。みんな自分が担任を避けることで精一杯だったんだろう。そこまで避けられる2‐A…。物凄く不安だが、もう後戻りはできない。苦しいようなら途中で副担任も入れてもらえるらしいし…。

 

「後藤先生…」

会議が終わり先生方が部活を見に行ったり、各々の仕事をし始めたころ、俺は国枝先生に話しかけられた。

「?何でしょうか」

「あの…相談もせずに推薦してしまってすみませんでした…」

そう言って頭を下げる国枝先生。

「あぁ、確かにびっくりしましたが何か国枝先生の考えがあったんでしょう?」

「それは…そうですが」

「なら、僕はそれを信じただけです」

俺はそう言って、国枝先生に笑いかける。国枝先生とは出会ってまだ日が浅いし、仲良くはないけど…。この人が俺にとってめちゃくちゃ不利なことはしない気がする。なんとなくだけど…。

「そうですか……一緒に頑張りましょう…」

国枝先生もそう言ってぎこちなく、ぎこちなくだが笑い返してくれた。

「おぉ…」

「なんですか?」

「いえ、なんでもないです」

口が裂けても「国枝先生も笑ったりするんですね」なんて言えない。そんなことすれば2度と俺に対して笑ってくれない気がする。

「そうですか……担任になったからには始業式までに沢山仕事がありますから毎日出勤してくださいね」

「はい!毎に…え?毎日ですか?」

「もちろん。後藤先生はもう彩南高校の職員ですから…」

「……わかりました…」

毎日出勤という言葉に、頭痛を覚えながらもやっと国枝先生と少し打ち解けられた気がして俺は明日からが楽しみだと感じていた。



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6話 自己紹介

やっと、教室の場面だ……。まぁこれでやっとスタートラインなんですけど…。


 それから、始業式を迎えるまでの2週間は地獄のような忙しさだった。ただでさえ、新任教師として覚えなければいけないこと、やることが山ほどあるのに、担任としての仕事が加わったせいで毎日文字通り朝から晩まで働かなければならなかった。

 「うひぃ、大変ですね…手伝えることがあったら言ってくださぁい」

 とどこかのんびりと言う2-C担任の花村先生に軽い殺意を覚えながら、俺はなんとか始業式までに仕事を終わらせた。ていうか花村先生、俺より2つ年上らしいけど…どう見ても中学生くらいにしか見えない。いつも何かもそもそと食べてるし…。

 

 いよいよ明日から始業式。仕事のせいでほとんどクラスの子の名前覚えてないし、あのテニス部の子たちにも会えなかったけど大丈夫かな?いや、なんとかなるよね、うん!!余裕だよ、始業式とそのあとのホームルームくらい。

……あの時の俺はこの根拠のない自信が、テスト前日全く勉強してなかったときに感じる謎の自信と、酷似していることに気が付かなかった。

 

 

それで、だ。

 

「ほらぁ、後藤先生!名前もしっかり覚えたからぁ!元気出してよぉ」

「里紗、そういえば春休みのはじめに会ったって言ってたの…後藤先生のことじゃない?」

「え?…ほんとだ…忘れて…じゃなくてぇ!ど忘れ!ど忘れしてた!!」

いや、結局忘れてるじゃん……。

 

 ほとんど生徒の名前も覚えず、不幸な事故にも出くわした俺は、自己紹介を誰にも覚えてもらえず、こうして生徒に慰めてもらうという苦々しい教師デビューを飾った。もう……なんか帰りたい。実家に…それでお袋の肉じゃがとか食べたい……。

 

「あぁ…ごめん。もう大丈夫だから……ホームルーム続けます…」

俺は激しいホームシックに襲われながら、何とか話し続ける。

「先生の自己紹介は終わったし、今度はみんなに自己紹介してもらいます。えー…出席番号順に名前と、前のクラスと部活くらいかな…あと一言お願いします」

「「「えー…」」」

一斉に不満の声が出るが、どのクラスでもやってるんだからしょうがない。お互いにまずは相手のことを知らないと。まぁ、俺が生徒の名前を覚えるためというのもあるが。

 

「じゃあ、1番…新井さん、よろしく」

俺がそう声をかけると窓際の一番前に座っている女子が小さく深呼吸をして立ち上がった。

「えぇっと、出席番号1番、新井紗弥香です。1年の時はA組で、部活はテニス部に入っています。よろしくお願いしますっ!」

明るそうな子だな、よし明るい新井で覚えよう。

「はい、どんどん言っていってー」

続いて、新井さんの後ろに座る男子が立ち上がった。

「出席番号2番、井川です。1年の時は…」

自己紹介はどんどん進み、俺の前に座る西連寺さんが恥ずかしそうに立ち上がる。なんか人前でしゃべるのとかあんまり得意そうじゃないな…。

「えっと…出席番号12番西連寺春菜です…1年A組でテニス部に入ってます。よろしくお願いします…」

「春菜ちゃーん!」

「ピー!ピー!」

西連寺さんが自己紹介を終えると男子から歓声が上がった。西連寺さんが余計恥ずかしそうにうつむいて身をよじらせる。男子もからかってるわけじゃないと思うけど…一言注意しておくか…。

「男子ー、静かに「そこの男子!騒がない!」

俺の声を遮り、西連寺さんの1つ前に自己紹介を終えていた古手川さんが立ち上がり鋭い声で注意する。さっき風紀委員に入ってるって言ってたし、きっと不真面目な生徒が許せないんだろうな。…なんかすいませんね、俺の代わりに注意してもらって…。

「ちっ…真面目だな風紀委員は…」

「あれじゃね?自分の自己紹介の時はワーワー言われなかったから…」

後ろの方に座る見るからにやんちゃそうな二人組が大声で話す。おい…そんな大声で話したら古手川さんに聞こえるぞ…。

「あぁ、すねてんのか。古手川さんって意外と可愛いんだな」

「ちっ、違うわよ!!」

「「ギャハハハハハ!!」」

古手川さんが顔を真っ赤にするのを見て、さらに爆笑する2人組。

「おーい、その辺にしとけよ」

流石に耐えかねて、注意したあと、2人組を睨むと「ちっ」と舌打ちをしつつ静かになった。

「古手川さんも注意してくれてありがとね」

そうフォローを入れてみるも、古手川さんは顔を真っ赤にして俯いたまま座ってしまった。

あとで、またフォロー入れとかないとな…。

「…じゃあ、自己紹介続けてもらえる?」

中断していた自己紹介を続けるよう促す。やんちゃそうな2人組を睨んでいた眼鏡の蚊が立ち上がる。そういえばこの子も春休みにちらっと見た気がするな…。

「…はーい。出席番号13番沢田奈々です。1年A組で……」

少し空気が悪くなりながら、何とか最後まで自己紹介が進んだ。

 

 あ、ちなみにホームルームのはじめに盛大にコケたあと熱いハグをかわし、俺の自己紹介をみんなの記憶から消し去った2人組はララ・サタリン・デビルークと結城梨斗という名前らしい。ララさんは外国の人みたいだから仕方ないとしても……結城くん、君はそのへんわかってるだろ。

 

「えっと、次は学級委員を決めます。学級委員はまず今日の午後にある始業式に在校生代表で出てもらいます」

「えー、それっていきなり居残りってことですか?」

えっと、サル顔だから……猿山くんが不服そうな声を上げる。

「まぁ、そうなるね…。誰かやってくれる人いないかな…?」

クラスを見回すが、だれも手を上げないし、声を上げようともしない。完璧に存在を消そうとしてるな…。くっ、朝はあんなに騒いでたのにこういうときだけ団結しやがって…。

引き受けてくれそうな古手川さんをちらっと見るが、さっきのやりとりからまだ立ち直っていないらしく、俯いて座ったままだ。

 

「うーん、誰もいないか…。じゃあ紙配るから推薦で」

手元にあった、もう使わないプリントを細かくちぎって配る。

 

「1人1票で、推薦の多かった人2人にやってもらうから」

「「「えー…」」」

不満を口にしながらもしぶしぶ書き始める生徒たち。クラス委員を決めるついでにクラスで信頼されてる人もわかるし、我ながら良いアイデアなんじゃないですかね?

 

「よし、書き終わったか?じゃあ後ろから集めてください」

二つ折りにされた紙が、教卓に集まる。俺はそれを開きながら、書いてある生徒の名前をカウントしていく。

 

「えっと、結果は圧倒的多数で……俺に決まりましたー…」

パラパラと拍手が起きる。

「……いやいやいや、みんなクラス委員の意味わかってる?先生は駄目だから」

 だから、なんでこういうときだけみんな統率が取れてんの?誰かが裏で糸を引いてるの?ならそいつの名前を書いてほしんだけど。

「せんせー、俺は先生のこともっと友達みたいに感じてるんで」

「いやフレンドリー路線で行こうとしても駄目だから。てか、お前だろ「後藤」って書いたの」

駄目だ、全然決まらない。なんでこんなとんち勝負みたいなことしないとダメなんだ…?一休みどころか1週間くらい入院させてやりたいんだけど。

「ホントに誰もやりたくないんだな…?」

「「「やりたくないでーす」」」

「……よし」

立候補制に諦めた俺は名簿を開く。今日は始業式で4月8日だから…

「…西連寺さん、4+8は?」

「え?12です…?」

「結城くん、4×8は?」

「32ですか…?」

この時点で何かを察したのか二人の顔が引きつる。

「よし、今日は4月8日だから、出席番号12番西連寺春菜さん、出席番号32番結城梨斗くん、クラス委員よろしく」

「えー!?」

結城くんが不満そうに叫び、西連寺さんが嫌そうに眉をしかめるが、誰も彼らに加勢しない。みんな自分がクラス委員を避けることに精いっぱいなんだろう。……あれ?これ、職員会議の時も同じようなこと言った気がする。そう思うと可哀想になってきた。

 

「じゃあ2人ともホームルーム終わったら先生のところ来てね。プリント配ったら終わりです。みんな気を付けて帰ってね」

同情してたら話が進まないので、俺は強引に話を終えた。連絡事項や一年間の予定が書かれたプリントを配り終えると、生徒たちは我先にと教室を出ていった。

 

「春菜ぁ、今日は部活休みって先生に言っとくねー」

「うん…ごめんね、ありがとう。里紗と未央はどうするの?」

「えー?今日は春菜こないならもう帰ろっかな」

「そうしよっか」

「ごめんねー、西連寺さん、テニス部だったのうっかりしてた」

残念そうに話すテニス部3人組に謝ると、西連寺さんは手をぶんぶんと振りながら

「いえ!任されたからには頑張りましゅ!」

と噛みながらも、意気込みを露わにした。その視線はチラチラと別の方へと泳いでいる。

 

「…?」

不思議に思い、西連寺さんがチラチラ見ている方向を見ると、

 

「めんどくせー」

と猿山君に愚痴をこぼしながらも、同じようにチラチラと西連寺さんを見る結城くんの姿があった。

そういえば、朝もお互いに見てたな…。結城くん、君らのほうがよっぽどめんどくさいよ…。

 

「なるほど、そゆことね♪」

「頑張りなよ春菜っ♪」

俺と同じく、西連寺さんの目線の先の結城くんに気付いたのか、籾岡さんと沢田さんは西連寺さんの肩を叩くと、ニヤニヤと面白そうに笑いながら教室から出ていった。

 

そういえば、古手川さんもいない。もう立ち直って帰ったんだろうか……?それならそれでいいんだけど…。

 

「それじゃ、今日の説明するね」

教室に西連寺さんと結城くんの2人になるのを待って、俺は話し始めた。



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