【改稿版】リボーンの世界に呼ばれてしまいました (ちびっこ)
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プロローグ
神様に会う 1


初めましての方。他の作品を読んでる方。そして懐かしい作品と思う方。
ども、ちびっこです。
相変わらずの駄文ですが、書き直しました。
完結まで時間がかかると思いますが、よろしくお願いします。

では、最後に私の合言葉を。
『無理と思えばすぐUターン!ストレスが溜まるだけですよ!』


 帰りたくないけど、帰らなくちゃいけない。その思いが少女の足取りを重くする。

 

「どこか、行きたい」

 

 口にして笑う。いったいどこに居場所があるのだろうか。少女と言っても、この春から中学生だ。現実がわからないわけではない。

 

 下がっている視線をあげ、好きな空を見る。少し元気を貰った気がして、先程と違う笑みを浮かべる。

 

 そして、気合を入れる。

 

 嫌味を言われないように。これ以上鬱陶しく思われないように。

 

「……で」

 

 ふと呼ばれたような気がして振り向く。しかし誰もいない。気のせいかなと再び歩き始める。

 

 

「…………いで」

 

 また聞こえた。もう1度少女は振り返る。やはり誰もいない。少し考えたが、まぁいいかと歩き始める。

 

「こっちにおいで」

 

 今度ははっきりと聞こえ、勢いよく振り向く。すると、目の前にはトラック。

 

 驚く間もなかった。いや、どちらかというと諦めに近かったのかもしれない。悲鳴もあげることもなく、少女は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 幼い時、不思議だったことがある。

 

 どうして名前で呼んでくれないのだろう。視界に入れようとしないのだろう。どうして良い点数をとっても褒めてくれないのだろう。どうして家族のお出かけに連れて行ってもらえなくて、1人で食べているんだろう。

 

 悲しくて、悲しくて、泣きながら何度も寝た。でも起きたときには、心があったかかった。

 

 その理由はすぐにわかった。眠っている間に、頭を撫でられていたから。

 

 寝ぼけた目で見れば、口に指を当ててシーという仕草をした。そして一言だけ。

 

「寝るんだ」

 

 ポンポンと頭を撫でられ安心して眠ってしまった。

 

 少し大きくなれば、不思議でしかなかった。顔は覚えていないが、あの2人ではなかった。鍵をかけられ、自由に出入りすることは出来ない部屋に居たはずだ。2人に聞いても、バカにしたような目で見るだけだった。

 

 夢だったのかもしれない。

 

 でも、たとえ夢でも嬉しかった。眠るのが怖くなくなったから。……寝続けたいと思って寝起きが悪くなってしまったけど。

 

 

 

 

 

「起きろ」

「うーん……」

 

 はぁと溜息を吐く。何度も声をかけても起きない。否、返事をしているのだから起きているのだろう。困った風にガリガリと頭をかき、息を吸い込む。

 

「風早 優!! おきろーーーー!!!」

 

 声に驚き、少女――優は飛び起きた。そして声を出した人物を睨みつける。起こされたのが不服だったようだ。

 

「起きたか……」

 

 疲れたような声を聞き、優は瞬きをする。見知らぬ人物が目の前に居たからだ。ただ見知らぬだけならまだいいが、これほどかというレベルで顔が整っている。

 

 目をこすりながら、この人は誰だろうと考える。

 

「俺は神様だ」

 

 ふんふんと頷き、優は再び寝転ぶ。

 

「お、おい」

 

 焦るような声が聞こえたが、優は無視をする。

 

 そういえば、夢は自分の理想が出るんだったっけ?と考え、自身の理想の高さに呆れた。クラスメイトから借りた漫画の影響かもしれない。

 

「いやいや、リアル神様だ!!」

 

 変なツッコミと思いながらも、優は眠る体勢に入った。そして、夢と認識してでも眠ろうとするのだから、どれほど眠るのが好きなのだろうとも思った。

 

 はぁと大きな溜息。自身を神と言った男は優に手を伸ばす。

 

「いひゃい!」

 

 頬をつねられ、優は叫ぶ。そして、痛いと思ったことに疑問を感じる。

 

「ったく、起きたか?」

「……すみませんでした」

 

 現実だったことがわかり、優は起き上がり頭を下げた。自分の寝起きの悪さを知っているため、つねられたことに対しては何も思わない。申し訳ない気持ちの方が圧倒的に強かった。

 

「ここに来る前のことを覚えているかー?」

 

 軽い口調で聞くので、怒っていないと判断し優は質問の内容を考える。

 

「ここに来る前?」

 

 ここでやっと周りに目を向ける。どこからどこを見ても、何もない真っ白な世界。優が知っているところにこのような場所はない。

 

「……ひかれた?」

 

 知っている場所を思い浮かべたことで、トラックが迫っていたことを優は思い出した。

 

「覚えているようだな。ぶっちゃけ死んだんだ」

 

 軽い。

 

「重い感じで言ってほしかったか?」

 

 首を振る。重く言ったとしても答えがかわるわけでもない。周りをもう1度見て、天国だったことを喜んだほうがいい。短い人生の中、何か残した記憶はなかったから。

 

「天国でも地獄でもないぞ」

 

 へ?と優は首を傾げる。

 

「まぁどっちかというと天国に近いけどな。ここは現実世界と天国の間だ」

 

 感心し、神を見る。天国はどんなところだろうと期待が生まれる。どこかへ行きたかった優は死んだことよりも新しい世界の方が興味があったのだ。しかし、手間を取らせるわけにはいかないので、心の中で思うだけだ。

 

「あー……期待を膨らませてるところ悪いが、残念ながら天国には行かないぞ」

 

 まさか……地獄!?なんでー!?犯罪とかした覚えはないのに!と思いながらも、やはり優は口にすることはない。心の中で思うだけだ。

 

「そうだな、犯罪とかは問題ないな」

 

 じゃぁ何で!?

 

「今から違う世界に行くからだ」

 

 え!?どこどこ!?と思いながらも、口にしたのは「どこにですか?」という冷静な言葉だった。

 

 そのため神は僅かに眉を寄せる。

 

「あ、そっか。会話が成立してたし、心の中が読まれてるのか」

 

 顔色をうかがう事に慣れている優はすぐに気付き、原因を考えたのだった。一歩引いたような言葉を使えば、心を読まれれば違和感でしかないだろう。

 

「ああ。思ったまま口にすればいい。すぐに出来ないなら、声にしなくていい」

「はぁい」

 

 バレているなら、面倒なことをする必要がない。優は軽く言葉を崩してみた。

 

「少しは神様と認めたようだし、話を進めるぞ。お前にはマンガの世界に行ってもらうつもりだ」

「ほんと!?」

「ああ」

 

 まさかマンガの世界とは思わなかった優は、はしゃいだ声を出してしまった。しかしすぐに神の返事がかえってきたので、本当に良いんだと理解する。

 

 理解すれば、マンガの世界という言葉に胸を膨らませる。

 

 君○届けとかだったら、主人公と同じ名字だし仲良くなるかも!2人の仲の良さを見てキャーキャーって感じで見たい!

 

 優はテンションがあがり、他のマンガも思い浮かべていく。思いつく世界の割合のほとんどが少女系のマンガになるのは、優の好みというより、優の性別が女だからだ。周りに合わせるために読む必要があったのが少女系だったに過ぎない。

 

「妄想してるところ悪いが、行く世界は決まってる。そもそもそこしか無理だ」

 

 えー。と不満げに思いながらも優の顔はニコニコと笑っている。思うことはあるが、焦らせることはないと神は考え、話を進める。

 

 少し神の態度に違和感を感じていた優だったが、続いた神の言葉に興味を持っていかれる。

 

「行く世界は、家庭教師ヒットマンREBORN!だ」

「リボーン!?」

「好きだろー」

 

 パチパチと瞬きし、優は本音を口にする。

 

「いや、無理。そこまで詳しくストーリーを覚えてないし、途中からバトルマンガじゃん。すぐに死んじゃうってば。……そか、主人公と関わらなければいいのか」

「関わるぞ」

 

 死んだ、と優は思った。

 

「雲雀、好きだろ?」

 

 一瞬驚いた優だが、世界の名を聞いた時に思い浮かべたキャラでわかったのだろうと考え、再び本音を言う。

 

「まぁカッコイイし好きだよ。ただし、見ているだけならね。絶対に関わりたくないね」

「そ、そうか……」

 

 優の言葉に神は頬を引きつらせる。心を読める神は、優がどれだけ嫌がってるのかわかってしまうからだ。

 

「理想と現実は違うもんだよ」

 

 バッサリ切る優。

 

「いきなり咬み殺されたくはないし。ってか、まずリボーンの世界に関わりたくない。私、人を殴ったこともないんだよ? 絶対死ぬもん」

「まぁ……多少は問題ないと思うぞ」

 

 少し真面目な雰囲気を出した神に優は背筋を伸ばした。



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神様と会う 2

「まずリボーンの世界に行く理由は、リボーンの世界がお前を呼んだからだ」

 

 話が見えず、優は首を傾げた。

 

「あほの神がリボーンの世界に大量に転生させたんだ。好き勝手にしてはいけないことなのにな。そのせいでリボーンの世界に異変が起きてしまった。その穴埋めとしてお前が呼ばれたんだ」

 

 トラックにひかれる前に声を聞いたことが関係あるのかな?と優が考えていると神は頷いた。

 

「1番の異変がボンゴレリング、マーレリングとアルコバレーノのおしゃぶりが一個ずつ増えた」

 

 再び瞬きをする優。あまり表情には出さないが、心の声が聞こえる神はかなり驚いてることに気付いてる。

 

「増えたのはいいが、誰も使いこなせなくてお前が呼ばれたってわけだ」

「つまり、その増えたのが私にしか扱えないんだね」

「そういうことだ」

 

 わかったという意味を込めて優は頷く。ちなみに神は気にせずに返事をしていたが、優は心の中でマジかーーーと叫びっぱなしである。

 

 しばらく優の心が落ち着くのを神は待つ。すると、再び優は瞬きをした。

 

「心配しなくても赤ん坊にはならない。呪いは一応もう受けたから」

 

 赤ん坊は嫌ーーーーと心の中で叫んでいたので、先に神は教えてあげることにしたのだ。

 

「どういうこと?」

「こっちの世界に無理矢理に来たっていうのが呪いだ」

 

 優は頷く。今度は心が落ち着いてるので、待つ必要はない。

 

「俺はお前の記憶の内容を知ってるだけだ。たとえ知ったとしても話せない」

 

 決まりというものがあるのだろう。そのため優は深く気にすることなく頷いた。しかし、整理する時間がほしいと思った。

 

「ちょっとだけ待ってもらえる?」

「ああ」

 

 まず最後まで読んでいない。ツナと炎真の誓いの炎を見たまでだね。流れはわかる。けど、季節ぐらいで日付まではわからない。それに流れと言ってもはっきりとしていないところもある。最初の方なんか、順番も覚えていない。特に1番大事なところはさっぱりだね。リボーンの呪いは赤ん坊になっただけなのかな。原因とかはわからないし、ツナが継いだのかもわからない。

 

 ほぼ手探り状態か……詰んだね。

 

 優は諦めるのが早かった。

 

「出来る範囲のサポートはするぞ」

「え?」

「こっちの世界でも問題になってる。俺がサポートすることは当然のことだ。お前がリボーンの世界に行くというのは他の神から聞いたからだ。マンガがあるのもオレは知らなかった。つまり、オレは教えても問題ない内容だけを知っている。お前と一緒に手探り状態で進めていく感じだ」

 

 優からすれば、出来る範囲があったとしても、神に一緒というのは心強い。

 

「ありがとう」

 

 心がこもった優の笑顔に神も笑う。

 

「困った時はいつでも頼ればいい」

 

 ポンッと頭を撫でられ、優が固まる。

 

「わ、悪い」

「……んーん、ありがと」

 

 幼かった時のことを思い出しただけで嫌なことではない。むしろ嬉しい。だからまた笑ってもう1度礼を言った。神は優の感情もわかるのでもう1度頭を撫でた。

 

 しばらくの間、和やかな空気が流れる。しかし限度はある。いつまでたっても神が話を戻さないことに優は疑問を浮かべ始める。

 

 神は手を下ろし、1度軽く息を吸って言った。

 

「……はっきりいっていいか?」

「大丈夫」

 

 隠されるより話してほしい気持ちの方が優は強かった。

 

「死なないでくれ。……1回で終わらせたいんだ」

 

 直接的な言葉を避けたのは神の優しさだと優は思った。

 

「私が1番最初……の、犠牲者?」

「ああ」

「わかった。頑張るよ」

 

 優自身は前の世界の未練はなかったので、リボーンの世界に行くことを入れてもそこまで気にしていない。だが、すべての人がそうとは限らない。だからこそ神とは違い、優は言葉を濁さずに聞いたのだ。

 

「あ! 質問です! あほの神がしたのは転生ですよね? んじゃ原作を知っていれば、私の存在ってすぐにばれるんじゃないんですか?」

 

 空気をかえるための質問だと気付いたのだろう。すぐに神は優の言葉に返事をする。

 

「その点は問題ない。力は与えたが、原作の知識は全くない」

「へぇ。与えた方が楽なのにね」

「そうだろうな。それだけアレがあほだったということだ」

 

 ついにアレ呼ばわりである。だが、優も深く頷いてるのでそのまま流される。

 

「オレの予想で話すぞ。異変をなくそうとするために呼ばれたってことは、ツナの守護者という立場になるはずだ。そして転生した奴が敵だろうな。中にはただの一般人として生きている人もいるだろう」

 

 神の言葉に納得したように優は頷いた。覚えていなければ、その可能性の方が高いだろう。自分の才能に気付けるのは一握りだ。

 

 これには少しばかり優の気が楽になる。優は良く言えば、争うくらいなら身を引き譲ることができる。悪く言えば、誰かを傷つけるならば、自分が傷つく方を選ぶ。育った環境のせいで、自身の価値が低いという意識が根本にあるからだ。

 

 神はもう1度優の頭を撫でた。初めは不思議そうに見つめる優だったが、次第に笑顔になる。

 

「はい! 質問です! 私にしかリングが扱えないなら、戦わなくても私の物じゃないんですか?」

 

 本音で話せるのが大きいのだろう。優は取り繕うのをやめた。子どもっぽく手を上げて質問する。

 

「俺にもわからん」

「それだよねー。元々なかったもんねー。ってか、私は何の力?」

 

 わからなければ、わからないと返事をすると知ったので、遠慮なく質問し始める優。神も笑ってるので問題ないと思ったのもあるが。

 

「アルコバレーノの力は風だ」

「風?」

「ああ。風を操れる力だ。炎の色は水色で性質は加速」

 

 大好きな空を飛べる可能性に優は目を輝かせる。

 

「問題なく飛べるだろうな」

「やった!!」

 

 思わず優は立ち上がり飛び跳ねる。呆れるような顔を少しでも神がすれば優はすぐさま座りなおしただろう。しかし、神は見守るような目を向けていたので、優は気の済むまで喜んだ。

 

「えへへ、ごめんね」

 

 気まずくなったところで、優は謝った。

 

「気にするな、時間はある」

「神様、ありがとう!」

 

 神にむかって初めて神様と優は呼んだ。ありのままで居ることを許して、さらに見守ってくれる心の広さに優は信じたのだ。目の前に居る人物が神だと。

 

「ああ。じゃ、まず出来るだけサポートってことで、身体能力アップだな」

「素早さとか?」

「そうだ。雲雀よりいいぞ」

 

 後々のことを考えると頷くしかない。それでも……と優は口を開く。

 

「あの、神様。力? 攻撃力? そういうのを減らしたい……」

 

 優は誰かを傷つける力を持つことを怖がったのである。

 

「苦労してもいいのか?」

 

 神の言葉に優は笑顔になる。絶対に反対されると思っていた。

 

「うん! だってさ、そうすれば当たったとしても致命傷にならないんでしょ。避けたり受け流したりするよ!」

「お前が納得するならいい」

「ありがと。……実はね、女なのに力がすっごく強いっていうのも嫌だったんだ」

 

 言わなくてもわかるのに、ちょっと恥ずかしそうに話した優に、神は笑いながら頭を撫でた。

 

「女性の一般より良くする程度でいいか? 後、頭も良くしておくぞ」

「うん!」

 

 優の言葉をきき、神は指を鳴らす。

 

「金銭面や住む場所とかはこっちで用意しているから問題ない」

「はぁい」

「困ったことがあれば、念じると俺と話が出来るぞ」

 

 優は嬉しそうに頷いた。本音で話せる神との会話が好きになったのだ。

 

「で、特殊能力は何にする?」

「特殊能力ーー!?」

「ああ。出来るだけサポートって言っただろ? まぁ5つまでだけどな」

「サポートのレベル高っ!?」

 

 ツッコミはしているが、優の頭の中は特殊能力のことでいっぱいだ。

 

「んー……風を操る能力を使ったらすぐにバレるかな?」

「思いっきり使わなければ大丈夫だろう」

 

 隠す能力はいらない、と。いつかバレてしまうことに力を使うことを優は無駄と判断する。

 

「やっぱり治癒能力かなぁ」

 

 争いが苦手な優らしい考えである。

 

「あー……すまん。特殊能力っていっても、特殊能力によってお前の身体が特異体質に変わると思ってくれ」

「体質が変わって私の回復力をあげる、とかは?」

「出来なくはない。ただ、与えたものは戻ってこないんだ。お前の回復力がどんどんなくなっていく」

 

 いくら優でもその能力を選ぶことは出来なかった。争うなら身を引くが、自殺願望者というわけではない。

 

「じゃぁ、自分の体力は?」

「それなら大丈夫だ。体力は寝れば回復するからな」

「それにしよう。終わった後に分けてあげれば楽になると思う。それに死ぬ確率も減ると思うし」

「使う時は自分の体力が減るから気をつけろよ?」

 

 神の言葉にしっかりと優が頷いた。それから最終確認をし、再び神は指をパチンと鳴らした。優は身体を見る。指を鳴らすだけで変わると気付いたからだ。しかし、特に変わった様子はない。だが、頭に体力を送る方法が流れた。

 

 神から聞いていた通り、体力を渡すには相手に触れることが条件だった。

 

「次は、幻覚封じだね」

「まぁいるだろうな」

 

 厄介と考えていたのは同じだった。

 

「ただ目の色が変わってしまうんだ。それでもいいのか?」

「いいよ。こだわりないし」

 

 水色から薄い緑に変わると聞いても、優は何も思わず了承した。すると、再び神が指を鳴らす。

 

「これで幻覚と幻覚じゃない景色が見える」

「わかった」

 

 鏡がいるか?と聞かれたが、首を振る。優は鏡を見るのが苦手だった。茶色というより赤に近い髪の色が好きではなかったからだ。かといって、髪の色をかえるために特殊能力を使うのはバカらしい。

 

 ちなみに、優の容姿はかなり良い。ただ本人が自覚していないのもあり、異性からの好意には気付かなかった。優の中では自分の価値が低すぎて、嫉妬や悪意に気付いても、好意には恐ろしいほど鈍感なのだ。

 

「ん-……思いつかない」

「後で決めるか?」

「え? いいの?」

 

 相談するつもりで言えば、まさかそんな選択があるとは優は思いつかなかった。

 

「ああ。俺も念のために1つは残せと言うつもりだった」

「そっか」

 

 特殊能力の話はまた今度と決まったので、優はジッと神を見る。神が心を読んでも、お願いしてもいいかなと考えているだけで内容がわからない。

 

「どうした?」

「出来れば、アルコバレーノってすぐにバレないようにしたいなぁ……」

「それぐらいなら大丈夫だ。ただマーモンの鎖と一緒で力は少し抑えることになるぞ」

 

 弱まることに抵抗がない優はすぐさま頷く。

 

「他にはないか?」

「じゃぁ武器とかほしいです!」

「希望は?」

 

 優は困ったように笑う。普通の武器がほしいと願ってるわけじゃないと気付かれているとわかったからだ。

 

「るろ○に剣心に出てくる逆刃刀がほしいんだ」

 

 普通の刀とは違い、刃と峰が逆向きの刀。少しでも殺傷能力が低くしたくて、優は数ある武器の中からこれを選んだ。棍棒なども一瞬よぎったが、やはり刃はあったほうが便利だからだ。

 

「……お前らしいな」

「えへへー。長さとかは神様に任せてもいい?」

「ああ。身長にあうものを用意する」

「うん、ありがと」

「他には?」

 

 優は首を振った。これ以上、欲しい物は思いつかなかった。それにいつでも頼むことが出来る。

 

「私って、出来るだけ原作の流れにするために呼ばれたんだよね?」

「まぁそうだろうな」

 

 言動には気をつけなければならないが、はっきりと覚えているわけではないので、気に病むほどではないと判断した。……どうしようもないとも言う。

 

「ちょっと待って! 私って行くタイミングはいつ?」

「中学入学前日だな。ツナと同じ歳になる」

 

 ホッと息を吐く。バタフライ効果が生まれる可能性は少ない方がいい。

 

「場所は家でいいだろ?」

「違う場所でも出来るの?」

 

 もちろん優は神の提案に賛成である。ただの興味で聞いただけだ。神は面倒な雰囲気を出すこともなく、説明する。

 

「まぁオレが調節しないと、どこに行くかわからないからな」

「ええ!?」

「並盛の可能性は高いと思うぞ?」

 

 優の中で疑問が生まれていく。金銭面や住む場所とかはこっちで用意しているから問題ないと神は言った。もし神のサポートがなければ、どうなっていただろうか。

 

 神に目を向ければ、ゆっくりと頷いた。優の考えは間違っていないと意味する。

 

「神様、ありがとう!!!」

 

 土下座する勢いで頭を下げる。無一文で放り出されることを考えれば、それぐらいどうってことない。むしろもっと礼を尽くさなければならない。

 

「……元々はオレと同じ神のせいって忘れてないか?」

「それとこれは別! 神様が悪いわけじゃないし」

「あー、わかったわかった。頭をあげてくれ」

 

 困ったように神が言うので、優は素直に頭を上げた。

 

「恐らく向こうの世界に行けば、アルコバレーノのおしゃぶりはすぐにとんでくる。後は……戸籍とかは作ったが、親を作ることは出来なかった」

「いいよー」

 

 気をつかうだけ、1人の方が楽。

 

 優の言葉と本音の差が1番大きかった瞬間だった。

 

「……優」

「あれ? 名前で呼んでくれるの?」

「……呼んでもいいのか?」

 

 瞬きした後、笑う。

 

「もちろん!」

「よろしくな、優」

「うん。神様、これからよろしくー」

 

 キリが良くなったので、優は立ち上がる。

 

「大丈夫か?」

「多分。何かあったらすぐに念じるよ」

「そうか。いつでも大丈夫だからな」

「じゃ、行って来ます」

「おう! 行ってこい!」

 

 頭を撫でながらパチンと鳴らせば、優の姿はそこにはない。

 

 独りになった神は自身の手を見つめる。優を撫でた感触がまだ残っていた。




一週間は毎日更新が確定しています。



星森アキラさんにいただきました!
※ネタバレ要素を含んでいるので注意!

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日常編
リボーンの世界へ 1


 目を開けると、ソファーに座っていた。神が用意した家に興味があり、優は片っ端から扉をあけようとしたところで頭に声が響く。

 

『聞こえるか?』

「神様?」

『ああ。念のため、先に窓を開けた方がいいと思うぞ』

「あ、そうだった」

 

 神に言われ、飛んでくる可能性があるという話を思い出す。初日から窓を割られたくはないので、慌てて窓を開く。

 

 開けた拍子にキラッと光るものが見え、優は冷や汗を流す。おしゃぶりかもしれないが、勢いのついたまま飛んでくるならば逃げたい。

 

 優の懸念に気付いたかのように、おしゃぶりは優の前で止まる。

 

「おー」

 

 つい優は声をあげ、さらに拍手もする。

 

「じゃなくて……首からさげないと」

 

 手を差し出せば、優の手の中に落ちる。先程まで飛んでいたのがウソのようだ。首にさげると、どこかしっくり来る。

 

「適合者ってことかな?」

『机の上に、おしゃぶりを入れる袋を置いたぞー』

「え? もう? ありがとう」

 

 袋以外にも先程見た時にはなかったものがあるが、優は袋を持った。リボーンがまだ並盛にいないとしても、優は詳しい日付を覚えていないので今から入れることにしたのだ。

 

『特別製だから風呂に入っても取る必要はないから安心しろよ』

「うわー。助かります」

 

 人目がないところで自分のことになると優は途端にめんどくさがりになる。神の気配りに喜んだ。

 

『次はネックレスを見てくれ』

 

 神に言われ、目を向ける。ただの十字架のネックレスにしか見えない。

 

『「発動」と言えば逆刃刀になる。「解除」で元のネックレスに戻るからな。これは優の声で登録しているから他の者が言っても使えないぞ』

「まじか」

 

 優が思わず言ってしまうのも無理もない。匣兵器よりも凄そうな物をあっさりと用意出来るのは神だから出来ることだ。

 

『まぁ未来では匣になるだろう』

「だね。その方が使いやすいもんね」

 

 ハイスペックなものを持っていれば、一体どこから入手したのかという問題が起きてしまう。そんな面倒を背負うことになるなら、その時代に合わせた武器の方がいい。

 

『最後に並盛の地図。後で確認してくれ。他にも隣の寝室には学校生活に必要な物があるからこれも確認してくれよ』

「わかったー」

『学校には歩いて5分もかからない。登校時間は8時半まで。遅れると……わかるよな?』

 

 神妙な顔で頷く。咬み殺されたくはない。

 

『細かいところはあるが、それはその都度説明したほうがいいだろ?』

「……そうかも」

 

 覚えられなくはないが、一つ一つ説明してもらった方が楽だ。

 

『じゃ、困ったら念じてくれ』

「ありがとー」

 

 神との話を終え、優は家の探索を始めたのだった。

 

 

 二階のない、洋室と和室が1つずつある2LDKの一軒家。家具や日用品、食材なども揃っていて、服などを見ると優の好みにあわせているようだ。はっきり言って十分すぎる。

 

 他にも通帳の金額がありえない額だったので、優は神との金銭感覚のズレを認識した。

 

「……学校、行ってみよう。遅れたら怖いし」

 

 気分転換も兼ね、優は外に繰り出したのだった。

 

 神の言葉通り5分も経たずに優は校門の前に居た。地図を片手に歩いたが、必要がないほど近かった。当然、優は中に入るという無謀なことはしない。一歩でも敷地内に入れば、どうなるか知っている。

 

「ねぇ、何してるの?」

 

 ギギギという音が聞こえそうなほどゆっくりと振り返る。無視する選択はどうしても出来なかった。

 

 声をかけた人物――雲雀の顔を見て優の心の中は絶叫の嵐である。それでも顔には出さなかったのは、日ごろの行いの成果なのだろう。

 

「え? 私ですか?」

 

 キョロキョロと周りを見渡しながら、問いかける。

 

「そうだよ」

「明日ここに入学するんです。引っ越したばかりで道を確認しにきたんです」

 

 ニコニコと嬉しそうに返事をする優は、雲雀の怖さを知ってるとは思えない態度である。

 

「ふぅん」

 

 雲雀の目を誤魔化すほど、優は新しい生活を楽しみにしているとしか見えないただの少女だった。

 

「入ってみるかい?」

(えええええ!? ちょっと待って、なんでそんな方向になった!?)

「え? いいんですか?」

 

 本音と違う言葉を口にする優。ここまで来るといっそ清々しい。

 

「僕が良いって言えばいいよ」

「はぁ……?」

「行くよ」

「あ、はい」

 

 すぐに流されるのは育った環境のせいなのだろう。優は大人しく雲雀の後をついていくしかなかった。

 

 内心ビクビクしていた優だが、目の前にマンガの景色があると、テンションがあがっていく。会話はなく、ただ雲雀の後ろをついて歩いていくだけだが、楽しい。無意識に感嘆のため息が出る。

 

「君は風早優だよね」

 

 雲雀の声に現実に戻る。

 

「ええ! 何で知ってるんですか?」

(風紀委員こわっ! 個人情報、関係ないっ!! もう新入生の名前を覚えたのー!?)

 

 優の質問を無視し、雲雀は歩き続ける。間違ってないか確認したかっただけのようだ。

 

「ここが君の教室だよ」

(うおっ!? そう来たか!)

 

 淡々と話す雲雀に対し、優の本音は忙しい。

 

「そうなんですか? 1-Aなんだぁ……」

 

 ツナと同じクラスなのは、呼ばれたからなのだろうかと考える。だが、目の前には1-Aの教室。すぐにその考えは頭の隅に消えていった。

 

「……そろそろ行くよ」

「わっ、すみません」

 

 雲雀の存在をすっかり忘れ、見入ってしまった。慌てて優は謝り、雲雀の後をついていく。しばらく歩けば、校門まで戻ってきた。1度も同じ道を通らなかったのは、案内だからなのだろう。1-Aの教室しか説明はなかったが。

 

 それでも優が知っている雲雀と違う。疑問に感じていても言葉にすることは出来ない。

 

「じゃぁね」

「はい。先輩、ありがとうございました!」

 

 優の言葉に雲雀は足を止め振り返る。

 

「どうかしましたか?」

 

 おかしな言葉を言ったつもりはない。先輩と言ったが、それは制服を来て案内をしたのだから変なことではない。雲雀さんと言えば問題だっただろうが。

 

「……雲雀恭弥」

「え……?」

 

 ほんの数秒、見つめ合う。

 

 我に返った優はすぐに頭を下げる。

 

「ありがとうございました! 雲雀先輩!」

 

 優が顔をあげた時には、雲雀はもう校舎に向かって歩き出していた。

 

(あー、しまったなぁ。最後の最後で気が抜けてしまった。咬み殺される恐怖を抜きにしても、1番好きなキャラだから、気をつけようと考えていたのに……)

 

 忘れるように首を振り、歩き出す。出来るだけ関わらないようにしようと考えながら――。

 



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リボーンの世界へ 2

 遅刻することなく入学式に出た優は、話を真面目に聞いているフリをしクラスメイトを確認する。ツナと山本、さらに京子と黒川の姿があった。もしかすると転生者がクラスメイトにいるかもしれないが、主要メンバー以外は覚えていないので、考えるのをすぐに止める。

 

 入学式が終わると、教室移動になる。雲雀から場所を教えてもらっていたので先に行っても良かったが、優は後ろから観察することにした。

 

 山本は元気そうな男子と歩いていたので、野球部関連なのだろう。京子は黒川と一緒に居た。ツナはというと、優と同じで後ろの方で歩いていた。チラチラと京子を見ているので、一目ぼれなのか昔から好きだったのかは知らないが、原作通り進んでるようだ。問題はツナを抜かすついでのように体格のいい人物が小突いていくことだろう。見ていて気分が良いものではない。優はツナの被害が減るように隣を歩くことにした。

 

 教室に着くと好きな席に座るようにと担任が言った。普通ならば、出席番号順になりそうなところである。おのずと小学校グループで別れていく。知り合いの居ない優は場所を優先しさっさと席に座った。

 

(おー、そうくるか)

 

 暇つぶしで空を見ていると、優の前の席にツナが座ったのだ。

 

(やっぱり関わるようになってるんだねー)

 

 この世界の流れを感じた瞬間だった。

 

 

 

 

 入学式から数日たったが、優は未だにツナと会話がない。ただしそれはツナに対してだけじゃなく、他のクラスメイトもだ。必要最低限で当たり障りのない内容しか話していない。人見知りというわけじゃないが、後々のことを思えば、巻き込まれるのは原作キャラだけでいいという考えなのだ。

 

 というのは、半分建前である。優にはとある懸念があった。

 

(また雲雀先輩と会ったよーー! 目が合うたびに軽く頭を下げるけど大丈夫なのかな……。まさか狙われてる!? 強いかもしれないって疑われてるのかも!?)

 

 移動教室や、トイレへ行くときに雲雀と会うのだ。距離が離れているので会話はない分、何を考えているのがわからず優は怖かったのである。

 

 内心ビクビクしながら優はゴミ捨てに向かっていた。今日はもう3度雲雀と会っていたので教室から出るのを極力避けたかったが、ジャンケンに負けてしまったのだ。これは自分の運の無さを嘆くしかない。

 

「よいしょっと」

 

 そこまで重いわけでもないが、癖で声を出してゴミを捨て、手をパンパンと叩く。後は戻るだけと方向転換した時、優の耳にツナの声が届く。悲鳴に近い声だったので、風を使って周囲の声を拾う。

 

(……いじめられてる?)

 

 知ってしまったからには無視することが出来ない優はツナが居る場所へ向かう。

 

「あれ? 何してるの?」

 

 キョトンとした態度で声をかける。優の性別が女子で、さらに容姿がいいこともあり、気まずそうにツナをいじめていた生徒は去っていく。その時にツナに話すなよと睨みつけていたが、優は気付かないことにした。

 

 完全に足音が去ったので、優はツナの前に屈む。

 

「大丈夫? 沢田君」

(うわー、ツナって呼びたい! あーでもツナ君だろうなー。現実では男の子の呼び捨てってあんまり好きじゃないし)

 

 声をかけられ、女子に手を差し伸べられたことにツナは驚く。まさか優が仲良くなる気満々だと露ほども思っていないようだ。

 

 恐る恐る手を出し、ツナは立ち上がる。すぐに手が離れたが、ツナからすれば感動ものである。

 

「次は保健室だね」

「えっ」

「歩けないほど痛いの……?」

「だ、大丈夫」

 

 心配するような目で見られ、ツナは必死に首を振った。当たり前のように自身の隣を歩く優に、ツナは驚きっぱなしだった。

 

 一方、優は京子とハルと話しているツナのイメージが強く、いったい何を仕出かしてるのか気付かず、ただツナの怪我を気遣っていた。

 

「失礼します。……あれ?」

「せっ、先生居ないのかな」

「とりあえず、沢田君座りなよ」

「う、うん」

 

 風で人の気配がないと気付いているが、優はベッドの方も覗く。もちろん誰もいない。

 

「うーん……」

 

 どうしようかと悩ませる。そもそも保健の先生は居るのだろうか。優はDrシャマルのイメージしかない。

 

 ツナはツナで、優が困ってるのを見て、これぐらい大丈夫と言おうか、言うまいかと悩んでいた。実際いつもより、怪我は少ない。

 

「まっ、いっか。沢田君は怪我してるところを水で洗って」

「う、うん」

 

 ガサゴソと何かを探してる優を横目で見ながら、ツナは言われたとおりに動く。

 

「イテテ……」

「それは我慢してね。水で流さないとダメなんだ」

「だ、大丈夫。消毒より痛くないし……」

「ん? 擦り傷に消毒しちゃうと怪我の治りが遅くなるよ?」

「そうなの!?」

「うん。ガーゼとかもダメみたい。だから普通の絆創膏じゃないのを探してるんだ。……あ、あったあった」

 

 救急絆創膏をはりながらも、怪我した時の対応のために最近読み出した本の内容を優はツナに教える。ツナが素直に驚くので、話すのが楽しいのだ。

 

「これで終わりかな?」

「ありがとう!」

「どういたしまして」

 

 治療が終わるころには、ツナは優に緊張しなくなっていた。

 

「風早さんって無口だから何考えてるかわからなかったけど、優しいんだね!」

「褒めたって何も出ないよ」

 

 ツナの言葉に優は笑みをこぼす。

 

「笑った!」

「へ?」

「笑ったほうがいいよ!」

 

 前の世界ではいつも笑っていた優だが、興奮が抜けると新しい生活に不安を抱き、最近は笑うことが少なくなっていた。ツナに言われてそのことを自覚し、さらに真っ直ぐな目で褒められ、優は頬に熱があつまる。

 

「あ……ありがとう……」

 

 優の顔が赤くなったことで、ツナも自分が何を言ったのか気付く。互いに真っ赤になり、しばらく沈黙が流れる。

 

 この事態を終わらすために優は口を開いた。

 

「だ、大丈夫。ちゃんとわかってるよ。沢田君は笹川さんのことが好きってね」

「えええええ!?」

 

 ツナの悲鳴のような叫びに優は首を僅かに傾げながら言った。

 

「後ろの席から見ていれば、何となくわかるよ? 沢田君、良く見てるし」

(原作を知らなくても、すぐにわかるレベルだったし……)

 

 ツナは口をパクパクと動かすだけである。

 

「心配しなくても誰にも話さないよ」

「ほ、ほんとに?」

「うん、約束する」

 

 優の笑顔にツナはホッと息を吐く。

 

「そろそろ教室戻ろっか。HRが始まりそうだし、怒られちゃうよ」

「そうだね」

 

 イスから立ち上がる時にまた優に手を差し伸べられる。ツナは驚きはしたものの、すぐに優の手をとった。

 

「あ、あのさ……」

 

 保健室を出ようとした優にツナは声をかける。

 

「どうしたの? 沢田君」

「ツナでいいよ。みんな、オレのことツナって呼ぶし……」

「ツナ君でいい?」

「う、うん!」

「じゃぁ私のことは優って呼んでいいよ。あ、本当に急がないと」

 

 ツナの返事を待たずに、優は歩き出す。慌ててツナは声をかけた。

 

「ま、待って……優!」

 

 ツナの声に優は置いていきそうだったことに気付き、立ち止まる。自身をバカにしたりしないで、耳を傾けてくれる優にツナは笑顔になる。

 

「ごめんね、ツナ君」

「オレこそ、遅くてごめん」

 

 2人は笑いあい、並んで教室に向かったのだった。



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原作開始!

 月日は流れ、ダメツナと呼ばれるツナと可愛く男子から人気のある優が、一緒にいてもクラスメイトが疑問に思わなくなった頃、ついに原作が始まる日がやってきた。

 

 全くそのことに気付いていない優は、登校してすぐにツナの姿を探す。見当たらないのでまだだと判断し、本を開く。

 

「風早さん」

 

 声をかけられ、顔をあげる。クラスメイトの男子というのはわかるが、名前は出てこない。

 

「聞いた? ツナがパンツ一丁で笹川さんに告白したって」

「そうなんだー」

 

 彼は優に好意を抱き、ツナの好感度を落とすためにわざと教えたのだが、肝心の優は原作が始まったのかと思っただけである。

 

「え? ツナが変態とか思わないの?」

「えっと、特に。ツナ君はツナ君だし」

「そう、だよな……」

 

 肩を落として去っていたクラスメイトに首をひねっていた優だが、深く気にしないことにした。ツナと一緒に居ることで変わり者と思われてるから今更だと考えたのだ。哀れ、名も無き男子。

 

 教室が騒がしくなったため、優は本を閉じ立ち上がる。ツナが登校したからだ。

 

 目が合い、優はいつものようにツナの方へ行こうとしたが、先にツナは他の生徒によって道場に連れて行かれてしまう。

 

(関わるなってことかなぁ……)

 

 そう思ったとしても、優はツナが心配なため道場に向かうのをやめるつもりはなかった。ただ、人ごみを避けるため、少し時間がたってから向かうことにした。ツナが死ぬ気になるまで時間があることを優は覚えていたのだ。

 

 人が減り、静かになった優は廊下を歩く。

 

「あっ」

 

 慌てて口を押さえる。雲雀が見え、つい優は声をあげてしまったのだ。雲雀は声に反応してしまったので、目が合った優は慌てて頭を下げる。

 

 雲雀は気にした風もなく、何事もなくすれ違った。

 

 優はホッと息を吐く。あれから数ヶ月たっても、未だに雲雀と良く会うので、どうしても緊張してしまうのだ。優は先程より少し速度をあげ道場に向かう。

 

 途中で振り返った雲雀が後姿をジッと見ていたことに優は気付かなかった。

 

 

 

 死ぬ気になったツナが現れたタイミングで到着した優は、後ろの方で背伸びをしながらツナを見る。

 

(おー原作通りっぽい。ツナ君、怪我してるけど元気そうで良かったー)

 

 すぐに声をかけようとしたが、京子と話してる姿を見て、優は教室に戻ることにした。せっかくの交流の邪魔をすれば可哀相である。それにメールを送っていれば、応援していたことは伝わるだろう。

 

(友達が取られて、ちょっと寂しいかも)

 

 苦笑いしながらメールを打つ。前の世界では当たり障りのない付き合いしかしていなかったと気付いたからだった。

 

 

 

 バレーの試合も応援はしていたが、優は深く関わることをしなかった。

 

 だが、一昨日までずっとリボーンにつけられていた。風では人の判別は出来ないが、リボーンの動きは一般人と違うので、わかりやすかったのである。

 

(ツナ君に私のことを聞いたのかな? まぁ昨日は何もなかったし、問題ないって思ったのかな? まぁどう思ってるかはすぐにわかるか……)

 

 ツナの友達なので、近いうちに接触があるだろうし、強さに気付いていればファミリーに誘い、一般人と思っていれば京子と同じように扱いになるだろうと判断したのだ。……面倒なので悩むのを放棄したともいう。

 

(それに……今はこっちの方が重要だし……)

 

 優は教壇に目を向ける。

 

「イタリアに留学していた、転校生の獄寺隼人君だ」

 

 優はこれから起こることを思うと、ツナが心配だったのだ。

 

「ツナ君、大丈夫!?」

 

 ガッとツナの机が蹴られたので、慌てて優は声をかける。ここまでは覚えてなかったのである。

 

「だ、大丈夫だよ」

「何かあれば、すぐに言ってね?」

「……うん」

 

 ツナは曖昧に返事をするしかなかった。女子である優にかばってもらうのはあまりにも情けないからだ。ただでさえ、心配性の優に変な赤ん坊が家にきて、マフィアのことなどを話せていないのだから。

 

 

 

 

 ツナが教室を出て行くと、その後を追いかけるように獄寺が出て行ったことに優は気付いた。

 

(心配だなぁ……)

 

 悩んだ末、優は屋上に向かったのだった。

 

 屋上に来たものの、リボーンがいるので覗くことも出来ず、結局は風で音を拾うことしか出来ない。

 

(堂々とすればいいのに、自分勝手だよねー……)

 

 獄寺がツナについていくという声を聞き、優は風を操るのをやめて思ったことだった。怖いのも痛いのも嫌で、転生者が現れツナがピンチにならない限り、手を出そうとしない自分に嫌気が差したのだ。

 

 空を見上げる。リボーンが来る前までは夜中に何度か飛んでいたが、最近はさっぱりだった。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 チャイムの音にハッとし、優は教室に向かおうとする。が、動きを止める。

 

(いつから居たのー!? で、でもダイナマイトの音が聞こえないみたいだし、ついさっきだよね!?)

「こ、こんにちは。雲雀先輩」

(うお。自分でもビックリ! 焦って言葉が詰まったよ!)

 

 心の中は忙しいが、冷静に「あ! 教室に戻らないと……」と逃げる口実を呟き、歩き始める。

 

「し、失礼しました」

 

 何も言われずにすれ違う。そのことに安心し肩の力を抜いた瞬間、腕をとられる。

 

「えっ」

 

 急に後ろから引っ張られる形になったが転ぶことは無い。身体能力があがったのだから当然だ。しかしあがったからこそ、振り返る余裕が出来、雲雀と目が合う。

 

「……うん。君だったらいいかな」

「へ?」

「そこに座って」

 

 咬み殺されたくはない優は、言われたままに座る。何が起こるのだろうと不安に思いながら、ジッと待つっていると、ゴロンと雲雀が寝転がった。

 

「えええええ!?」

「ふぁ、何?」

「な、なにって……」

(これって膝枕じゃん!!)

 

 アワアワとするだけで、優は言葉が出てこない。そのため、雲雀は何事もなかったように目を閉じた。

 

(えーーー)

 

 完全に眠る体勢に入ってしまった雲雀に、優は何も言うことが出来ず、大人しく枕代わりになるのだった。

 

 

 

 

「本当に寝ちゃったし……」

 

 スヤスヤと雲雀が寝息を立て始めたので呟く。悔しいことに寝顔は可愛い。気付けば、手が雲雀の頭に伸び、撫でていた。今まで膝枕をしたことがない優は、手持ち無沙汰だったのだ。

 

(しまった! 小さな音でも起きんじゃなかった!? 咬み殺されるじゃん!!)

 

 詳しいところは覚えていない優だが、一番好きなキャラだった雲雀のことは細かいところまで覚えていたようだ。

 

(……あれ? 起きない?)

 

 不思議に思い、再び優しく撫でる。やはり一向に起きる気配が無い。

 

(なんだ、全然起きないじゃん。……って、起きなかったらずっとこの状態なの!? 影にいるけど、暑くないのかな? あ、そっか。風を送ればいいのか)

 

 真っ先に思うのが雲雀の心配である。優の性格のズレが良くわかる。

 

 しばらくすると風の心地よさに優もウトウトし始める。まぶたも落ち、もう眠る寸前だ。

 

「委員長!」

「ひゃっい!」

 

 雲雀の頭から手を離し、優は胸を押さえる。心臓が飛び出るかと思うほど驚いたのだ。その証拠に、わけも分からず返事をしていた。

 

「…………なに」

 

 不機嫌そうな声を出しながらムクリと起き上がり、雲雀は草壁に目を向ける。

 

 その草壁はというと、あんぐりと口を開け、銜えていた草が落ちていた。

 

(うん、うん。わかるよ。……キャラ崩壊してるもんね)

 

 草壁の気持ちがわかる優は心の中で相槌を打つ。

 

「草壁哲矢、用もなく僕を起こしたの?」

「っ! い、いえ! その少々問題が……」

 

 雲雀は殺気を感じ、取り繕いながら草壁は言葉をかえす。

 

「そう。君、もう行っていいよ」

(私はただの枕か……)

 

 文句を飲みこみ、優は立ちあがる。

 

「またね」

 

 雲雀の言葉に瞬きを繰り返す。

 

(また? またってなに!? 草壁さんもこっち見ないで! 私の方が意味わかってないから!)

 

 精神的に疲れた優は、教室に戻る気になれず、その授業時間だけサボった。次の授業の時に怒られなかったのは、草壁が手をまわしたんだろうなと優はボンヤリした頭で思った。



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テスト返却

 前で頭をかかえたツナを見て、優は気付く。

 

(そういえば、原作だったかも。……ボンヤリしながら受けたから、手ごたえとか覚えてないし)

 

 昨日は雲雀の言動でパニックになった優だが、1日たてば落ち着き、昨日のミスに気付く。

 

(どうか、本気でやってませんように!)

 

 頭が良くなったことに調子に乗った優は、片っ端から勉強し、今は大学の参考書を読むレベルである。手を抜かなければ100点を取ってしまうのだ。

 

(ツナ君がいろいろ言われてる。……段々、ムカついてきた)

「うわーー」

 

 テストの点数が見せびらかされ、悲鳴をあげるツナ。優の中で何かがキレた。

 

「先生! 今のは故意でしましたよね? ツナ君に謝ってください!」

「……優」

「風早だな。……君のような人物が沢田のようなクズに付き合うのは、人生の無駄遣いだ」

 

 根津の言葉に苛立った優は机を叩き、立ち上がる。これには教室が静まる。優が怒る姿は今まで見たことがないのだ。庇ってもらったことに感動していたツナだったが、いくらなんでもこの状況はまずいとわかり、優に駆け寄る。

 

「ゆ、優。オレは気にしてないから……」

「でも……!」

 

 優が反論しようとした時に、教室の扉が開く。遅刻した獄寺がやってきたのだ。根津の注意を睨みで黙らせ、真っ直ぐにツナの元に来て、頭を下げる。

 

「10代目! おはようございます! ……どうかしたんスか?」

 

 ハッと優は周りを見渡す。クラス中の視線が集まっていた。

 

(わ、私……何してたっけ?)

 

 熱くなってしまった自分の行動に恥ずかしくなり、カアアアと頬を真っ赤に染める。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 か細い声で謝り、視線から逃れるように優は大人しく席につく。が、当然逃げれるわけも無い。特に優に好意を抱いている男子がこれを逃すわけがない。結果、視線を感じ優は真っ赤な顔のままだ。

 

 ツナ、グッジョブ!と指を立てられ、ツナはもう苦笑いするしかない。

 

 このまま話が流れれば良かったのだが、優が謝ったことで根津は理解したと思い、ツナと獄寺に嫌味を言ったのだった。

 

 

 

 

 休憩時間になり、復活した優はもう1度ツナに謝る。

 

「ごめん。迷惑かけちゃった……」

「いいってば。それにオレも嬉しかったし」

「ツナ君……」

 

 和やかな空気が流れるのをぶった切るように、ツナと獄寺の呼び出しの放送がかかる。

 

「私も一緒に行くよ!」

「大丈夫だよ。それに優は何もしてないし」

 

 オレも何もしてないけど……という言葉を飲み込み、ツナは優を落ち着かせる。ツナは優と獄寺の接触を出来るだけ控えたかったのだ。

 

 実は、獄寺がファミリーに入ると宣言した後に、リボーンが余計なことを言ったせいである。

 

「まずは風早優っていう奴ぐれーに、ツナに信頼されねーとな」

 

 この言葉のせいで、獄寺は優の存在を知ってしまったのだ。優をマフィアに関わらせたくないと思ってるツナは当然リボーンに怒る。

 

「優にボンゴレやマフィアとか、そういうのを教えるなって何度も言ってるだろ!」

「オレは獄寺に教えただけだぞ。ツナが1番信頼してるのは優で間違ってねーしな」

「……1番」

「ああ、そうだぞ」

 

 ひいいいと頭を抱え、ツナは獄寺に何度も優にダイナマイトを見せたり、怪我させちゃダメなどと注意をしていたのだった。

 

 その前に盗み聞きをやめた優は、ツナの考えを知る由もなく、若干落ち込みながらも言われたとおり教室でツナの帰りを待つことになった。

 

 

 

 

 はぁと溜息を吐く。

 

「辛気臭いわね、なに溜息はいてるのよ」

 

 優が顔をあげれば、そこには黒川が居た。

 

「ご、ごめん」

「別に謝ってほしくて言ったわけじゃないわよ。そんなに沢田が心配なの?」

「そういうわけじゃないけど……」

 

 原作を知っているのでツナが上手くやることは知っている。さらにツナと接したことで、大空のようなツナの安心感を何度も肌で実感している。怪我などの心配はしているが、ツナが獄寺をファミリーに出来ないという心配は一切していなかった。

 

「じゃ何よ」

 

 今まで当たり障りのない付き合いしかしてなかった優は、友人関係で悩んだのは初めてで、黒川に相談することにした。

 

「……あんまりツナ君に信頼されてないかなって。話してくれないし……」

 

 困ったことがあれば言ってねと友達になった日から何度も声をかけているのに、未だにマフィアの話を聞いていない。友達だからといって全て話してほしいとまでは思わないが、ツナにとってリボーンの登場は一大事のはずだ。

 

 その割りに、自分から関わろうとしないので、更に優は落ち込むのだ。

 

「沢田はあんたに頼りっきりじゃない」

 

 呆れたように話す黒川に、優は困ったように眉を下げる。重症と判断した黒川は、言葉を続ける。

 

「それと、大事にしてるから話せないってこともあるわよ」

 

 優は瞬きを繰り返す。今までその考えには辿り着かなかったのだ。

 

「まっ最近の沢田は変だから、話してほしいって思う気持ちは普通のことよ」

「ツナ君は変わってないよ。ツナ君はツナ君だもん」

「じゃ、あんたがそういうならそうなんだろうね」

「え?」

「あんたが1番沢田のことをわかってるじゃない」

「そうかなぁ」

 

 リボーンの姿が浮かぶので、優は黒川の言葉に曖昧に返す。が、「そうよ!」と黒川に断言され、優は笑みをこぼれた。

 

「ありがとう、ちょっと自信が出た」

 

 ツナが話さないのは、巻き込みたくないと思っている可能性に優は気付いたのだ。

 

「いいわよ。で、正直なところ……ツナのことどう思ってるの?」

「黒川さん?」

 

 いきなり話が変わり、優は首をひねる。

 

「花でいいわよ。で、どうなのよ」

「ツナ君とは友達だよ」

「恋愛感情は一切ないの?」

「ない、ない。私はツナ君を応援してるだけ」

「ですって。良かったわねー」

 

 周りを見渡しながら、大きな声で黒川は言った。聞き耳を立てていた男子達はビクッと肩が跳ねる。鈍感の優は当然気付かず、黒川の言葉に疑問を浮かべるだけだ。そして、優の反応を見て黒川は溜息を吐く。

 

「京子と同じレベルのようね……」

「えーと……何が?」

「こっちの話よ。それより、再来週のオニギリ実習なんだけど一緒に組まない? 他にも京子……笹川京子も誘ってるわ」

「ありがとう。よろしくね、花」

「よろしく」

 

 優と黒川の話がちょうど途切れた時に、グラウンドから爆発のような音が響く。

 

(ツナ君、頑張れ!)

 

 黒川のおかげで気持ちが軽くなった優は、心の中でツナの応援したのだった。



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神様に相談

 トイレから帰ってきた優は、首をひねった。

 

「誰もいない……」

 

 まだHRが始まるまで時間があったこともあり、優は席に座る。

 

(多分、原作なんだろうなぁ。順番からすれば、山本君の話かな? 問題はリボーンの気配がするんだよねー)

 

 見に行きたいが、何も知らないのに屋上へ行くことは出来ず、優は動けなくなったのだ。

 

「……ツナ君にメールしよう」

 

 ポチポチと打っているとリボーンの気配が廊下に移動する。恐らく死ぬ気弾の準備をしているのだろう。

 

(接触してくれた方が楽なのになぁ……。ちょっと相談しよ。神様ー)

『呼んだか?』

(うん。私の行動知ってるよね?)

『まぁ一応な』

 

 当然だよねと優は心の中で頷く。神の世界で問題になっていることを放置する方がおかしい。

 

『言っておくが、プライベートは守ってるぞ?』

(ありがと。それでさ、私の行動って変だった?)

『俺は気付かなかったな』

 

 ますます疑問が生まれる。いくらリボーンでも神が気付かないことを気付くとは思えない。

 

『どっちにしろ、向こうからの接触を待つしかないだろ』

(まぁそうだよねー)

『それより、雲雀の対策はしないのか?』

 

 「またね」と言われたことを忘れたことにしていた優は、神の言葉に机に突っ伏す。ついでにこのまま眠るように顔を隠す。

 

『対策って言っても、優が本音をいうぐらいしかないけどな』

 

 その本音が言えれば苦労しないのである。

 

(そういえば草壁さんの反応を見ると、普段は群れてないっぽいんだよねー。なんで私と群れたんだろ?)

『……相性がいいのかもしれない』

(相性?)

『ああ。恐らく風と雲は相性がいいんだ。風が吹けば雲は動くからな』

(あー、なるほど。……どっちかというと、私が引きずられてる気がするけどね)

 

 愚痴りながらもこの法則で優は他の守護者の相性を考えていく。

 

 結果。晴、雷、雨は普通、嵐と雲が良く、霧とは相性が悪いと考えた。

 

(霧と相性が悪いのかぁ。クロームは可愛いから好きだったのに……)

『霧は風が吹けば無くなるからなぁ。それに幻覚封じをしている分、向こうも相性が悪いと思うだろうな』

 

 自分で相性を更に悪くしたことにショックを受ける優。

 

『ただの相性なんだ。仲良くなる奴はなると思うぞ』

 

 神のフォローにより、優は元気を少し取り戻す。

 

(あのさ、私って戦いのセンスあるの?)

 

 それでもこれ以上その話をする気力がないようで、話題をかえる。

 

『当然だな。俺が忘れるわけないだろ』

(おお。んじゃ、練習しなくても勝てるの?』

『現時点なら、風の力を使わなくても雲雀には勝てるだろうな』

(つよっ!?)

『当然だろ。身体能力も高いんだ』

 

 強すぎる力に優は不安を覚える。

 

『何もしなければ、リング争奪戦ぐらいには同じぐらいになると思うぞ。宝の持ち腐れだ。それに雲雀も天才だからなぁ』

 

 それでももっと強くならなければ死んでしまう現実に、普段は使わなければいいだけと諦める。

 

(誰にも見られず練習できる場所とかある?)

『それなら精神世界で俺が鍛えてやってもいいぞ?』

(ええ!? いいの?)

『ああ。ただ1日1時間しか出来ない。それでもいいか?』

(もちろん!)

 

 神の提案に優は両手をあげて喜びたいほどだ。練習しようとは思うが、何時間もやりたくはない。

 

(そうだ! 神様にお願いがあるんだけど……)

『なんだ?』

(フゥ太の並盛中の戦い? ケンカ? とにかくランキングがあったでしょ。それって私が1番になるってことだよね?)

『ああ。1位の名前をなんとかしたいんだな』

(流石神様、話が早くて助かる!)

 

 心を読んでるだけなのだが、優はわかってて言ってるので神も聞き流す。

 

『1位の欄を「ヒミツ」にすることは出来る。順位から抜けることは出来ないな。』

(それだけでも十分です!)

『そうか。全てを有耶無耶にすることも出来るが、それはしないほうが良いだろう』

(だねー)

 

 後々の展開を考えるとランキングは必要だ。

 

『まぁこれはギリギリの範囲だけどな』

(そうなの?)

『ああ。操作となるとフゥ太を優が見なければいけないが、今回は抜け道がある』

 

 へぇと優は相槌をする。何とかなるなら詳しく聞く気が無いのである。

 

『隠れて修行し、ランキングをヒミツってことは……正体を教える気はないんだな』

(うん。ちょっとツナ君の気持ちがわかったの)

 

 優も心配させたくないと思ったのだ。

 

『……そうか。じゃぁ服も用意しておくぞ』

(いいの?)

『もちろんだ。やるなら、幻覚作用のある服にするか。そうすれば体格や声も誤魔化せれるしな』

(そんなことも出来るんだ……)

『ああ。ただ……いろいろ詰め込む分、コンパクト化することは難しい』

(問題ないよー)

 

 気にするほどではない。刀と違い、服はカバンに入れることが出来る。

 

「優、そろそろ起きないとHR始まるよ」

 

 ツナに肩をゆすられ、慌てて神との会話を切る。

 

(神様、ゴメン!)

『気にするな。また何かあれば呼んでくれ』

 

 優が顔をあげると心配そうな顔をしてるツナと目が合った。

 

「大丈夫? 疲れてるの?」

「ちょっと眠かっただけだよ」

「そっか。……優、ゴメン! ケイタイ、教室に置き忘れててさっき気付いたんだ」

「気にしなくていいよー。返事かえしてもらっても、寝ちゃってて気付かなかったと思うし」

 

 本当は送ったときにツナのカバンから振動があったことに気付いてたが、優はツナが気にしないように言葉を返した。そして、何があったのかと聞き、ツナの口から「山本とちょっと仲良くなったんだ」と教えてもらい、優は自分のように喜んだのだった。



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おにぎり実習

 ケイタイの着信音に優はモゾモゾと動く。目覚ましの音ではないので、まだ布団から出る気はないのだ。それでもケイタイを見るのはツナからと思っているから。未だ優のケイタイに登録しているのはツナだけなのだ。

 

「……なんだ、ツナ君じゃないや」

 

 見知らぬ番号からだったので、容赦なく電話を切る。そして、再び眠り落ちる。

 

 しかしすぐに着信音が鳴る。チラッと確認し、ツナからではないとわかれば、今度は放置だ。しばらく鳴っていたが留守番サービスに繋がったのだろう、電話が切れる。

 

 数秒後、またも鳴り始めたケイタイ。さすがに優は手を伸ばし、電話に出る。

 

「もしもひ」

 

 寝ぼけすぎで噛んだ。これは酷い。

 

『やっと起きたみたいだね』

「え? は、はい! ……ひゃあああ!?」

 

 聞こえた声で一気に目が覚めたのはいいが、慌てて起き上がったのが悪かったのか、ベッドから落ちる。

 

『……大丈夫かい?』

「な、なんとか……」

 

 フワフワと浮きながら優は返事をする。身体を打ち付ける寸前に、風が間に合ったのだ。

 

「えーと、雲雀先輩ですよね……?」

『そうだよ』

 

 あれから目が会った時に何度か目で屋上に来いと言われ膝枕はしていたが、ケイタイ番号を教えた記憶はない。

 

(風紀委員怖っ!! マジで怖っ!!)

「あの……なんで番号を知ってるんですか?」

 

 無駄な質問な気もしたが、知ってて当然というのも変な話なので優は聞いてみる。

 

『僕だからね』

(答えになってない!)

「……そうですか。それで用件は何です?」

 

 ゴッソリと気力を使った気がした優は、早く話を終わらせることにした。

 

『鮭でお願いね』

「はい?」

『頼んだよ』

 

 次に耳から聞こえたのは機械音。つまりもう繋がっていないことを意味する。

 

「えーーー!? 切られたし! 意味わかんないし! ってか、鮭って何!?」

 

 ツッコミの嵐である。しかし声に出したことで、少し気の済んだ優は雲雀の言葉を考えはじめる。

 

「……もしかして、今日のおにぎり実習?」

 

 雲雀ならば、授業内容を把握してる可能性がある。さらに雲雀は「鮭で」と言った。他の選択は許さないとも取れる。

 

「うん。いくら雲雀先輩でも鮭を丸ごと持ってこいとは言わないよね」

 

 自分の考えは間違ってないと頷く。答えがわかりスッキリである。

 

「……なんでやねん!」

 

 優のツッコミレベルがあがった。

 

 

 

 

 

 優はトボトボと歩く。慌てて冷凍庫にあった鮭の切り身を解凍して、朝っぱらから焼くことになり、いろいろと疲れているのだ。

 

「優、おはよ」

「……ツナ君、おはよ」

「どうしたの? なにかあった?」

 

 優はこのタイミングでツナと雲雀が出会ってるのかわからないので、口ごもる。

 

「……ツナ君、ごめん!!」

「え!? どうしたの、優」

「あのね、今日のおにぎり実習、ツナ君にあげるつもりだったのに、無理になっちゃったんだ……」

 

 優は肩を落とす。予定ではビアンキが去ってから、こっそり渡そうと思っていたのだ。

 

「え!? 気にしなくて大丈夫だよ!!」

 

 京子からは無理かもしれないが、優からは絶対に貰えると思っていたツナはショックを受けていたが、優の落ち込みを見れば態度に出すことは出来なかった。

 

「……こんなことになるなら、弁当の準備しておけば良かった」

「オレは気にしてないから」

「うぅ……ツナ君、ごめん。それに、ありがとう」

 

 少し元気の出た優に、ツナは安心する。そのため心の余裕が出来、周りの様子に気づいてしまった。いったい誰に渡すつもりなのか聞けと視線が飛んでいることに。

 

「ち、ちなみになんだけど……誰に渡すの?」

「……風紀委員の人」

 

 サッと目を逸らしたクラスメイトを見て、ツナは納得したと勘違いし、深く聞くのを止めたのだった。

 

 

 

 ワイワイと楽しい雰囲気の中、優は1人溜息を吐きながら、おにぎりを握る。

 

「ちょっとは元気を出しなさいよ」

「……花」

「まっ気持ちはわからなくはないけどね」

「聞いていたんだ」

 

 ツナとの会話が聞こえていたと優は思ったが、実際は違う。噂になり、嘆いてる男子が数多く居たから知っているだけなのだ。向かっていく勇気も無い男子のために、わざわざ教えるつもりはないので、黒川はそのまま流す。

 

「沢田に頼んでみたら? 一緒に行って付き合ってるとか言えば、諦めるかもしれないわよ」

 

 黒川の提案に必死に首を振る。ツナにそんなことをさせるわけにはいかない。

 

「……もし付き合うように言われ時はどうするのよ」

「ないないない! 群れるのダメだし!」

「それもそうね。雲雀恭弥が許すわけないか。持っていくときは気をつけなさいよ?」

(その雲雀恭弥に持っていくんだけど……。どうやって気をつければいいの?)

 

 危うく喉から出そうになった言葉を優は飲み込んだ。言ってしまえば、黒川がどんな反応をするのかわからない。

 

「雲雀さん?」

「あれ? 京子ちゃんって、知ってたんだ」

 

 雲雀の名に反応した京子に優は声をかける。優の記憶の中ではあまり関わってるイメージがなかった。

 

「うん。お兄ちゃんがよく話してるよ」

「へぇ……」

(守護者になる前から、雲雀先輩と京子ちゃんのお兄ちゃんは仲が良かった?みたいだねー)

 

「京子にはお兄さんがいて、2年生でボクシングの主将をするぐらい強いのよ」

「うーん、京子ちゃんからはあんまりイメージ出来ないね」

 

 もちろん、本音である。

 

「後でケイタイでとった写真見せるね」

「……そうよ! あんた、ケイタイ番号教えなさいよ!」

「じゃ後で交換しよっか」

 

 作り終わるころには2人の笑顔に優は癒されていたのだった。

 

 

 

 

 家庭科教室の前で優は京子と黒川を見送り、とりあえず教室から離れるように歩き出す。

 

(どこに持っていけばいいのかな。屋上? それとも応接室? でも私は応接室が風紀委員の部屋って知らないことになってるよね?)

 

 しばらく悩んでいるとポケットから震えを感じ、ケイタイを開く。

 

(雲雀先輩からだし。……エスパー?)

 

 授業内容を知ってると予想しているが、半分本気でそう思いながら通話に出る。

 

「もしもし?」

『応接室に持ってきて』

 

 再び機械音。言うだけ言って、切られたのだ。

 

(……行きますよ。行けばいいんでしょ……)

 

 若干、恨みながら優は応接室に向かう。

 

 

 

 無事に応接室の前まで来たのはいいが、優はノックをすることを躊躇する。

 

(果たし状をたたきつける道場破りの気分だ……)

 

 深呼吸を繰り返し、気合をいれ扉を叩く。

 

「どうぞ」

 

 雲雀の声ではなかったので、草壁なのだろう。2人っきりじゃないだけ、ましだと優は判断し、そーっと扉をあける。

 

「失礼します……」

 

 優の姿を見た草壁は驚いた顔をする。「どうぞ」という言葉から誰か来るのは知っていたが、優だとは思っていなかったらしい。

 

「やぁ。来たね」

「……はい。これどうぞ」

「そっちのは?」

 

 もう1つのおにぎりセットを見ながら雲雀は言ったので、優は守るようにおにぎりと水筒を隠す。昼ごはん抜きは避けたい。

 

「これは私のです。では、私はこれで」

 

 雲雀が座ってる机の上におにぎりを置けば、優はすぐさま扉の方へ向かう。早く出て行きたいのだ。

 

「待ちなよ」

(まだ何かあるの!?)

 

 恐る恐る振り返る。もう取り繕う余裕もない。

 

「ここで食べなよ」

(……はぁーーーー!?)

 

 絶叫の嵐である。優は助けを求めるように草壁を見るが、「ソファーをおつかいください」と勧められる。味方がいない。

 

「……失礼します」

 

 拒否できない優は、観念したようにソファーに腰をかける。

 

(こうなったらやけだ! 食べてやる!)

「いただきます!」

 

 パンッと手を叩き、優はおにぎりに手を伸ばした。

 

 モグモグとおにぎりを食べていると、やはり喉が渇く。優は水筒に手を伸ばし飲もうとしたところで、視線を感じ手を止める。

 

「…………」

 

 ジッと雲雀が優の水筒を見ていた。

 

「……あの、コップありますか?」

「はい」

(ちくしょう! あるのかよ!)

 

 草壁に助けを求めれば、すぐに湯飲みが用意される。受け取ってしまった優は、お茶を注ぎ、雲雀の元へ持っていく。

 

「雲雀先輩、どうぞ」

 

 疲れた優は、先程よりペースをあげて食べる。一刻も早く食べ終わりたい。だが、雲雀のお茶がなくなると再び視線を感じ、お茶を注ぎにいく羽目になる。さらに優の食べるスピードより雲雀の方が早く、結果優だけが食べている時間が出来る。気まずい。

 

「……ごちそうさまでした。では、失礼しますね」

 

 返事を待たずに優は動き始める。が、そう上手く行くわけもなく、雲雀に「待ちなよ」と声をかけられる。

 

「草壁、僕は屋上にいるからね」

「……わかりました」

 

 まさか……と優は冷や汗を流す。今は昼休みでここから一緒に屋上へ向かえば必ず人目に付く。草壁も優と同じことを思ったようだが、雲雀を止めることは出来ない。

 

「行くよ」

 

 声をかけられたが、歩き出さそうとしない優をみて、雲雀は腕を取る。

 

(のぉぉぉぉ!!)

 

 雲雀にズルズルと引きずられ、泣きそうな顔をしている優の姿を見たという嘘か本当かわからない噂が流れた。

 



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リボーン登場?

 原作に絡むことなく8月になった。

 

「……おかしい」

 

 たとえツナが隠していたとしても、優は京子のように巻き込まれる嵌めになると考えていたのだ。

 

 もちろん夏休みに入ってからも、ツナと遊びに行ったりもしている。が、リボーンとは会わない。未だに家に連れて行ってもらえないのが関係しているのかもしれない。

 

 そして優の最大の悩みは、原作に絡まない癖に雲雀と絡んでいることだ。授業中や夏休みも関係なく呼び出され、優は雲雀の枕になっている。授業を抜け出す時は教師に注意されることもない。通達されているのだろう。

 

 まだツナが優に聞いてこないのが、優の心の平穏だった。ちなみにツナは教師が黙認しているので、家の事情と思っている。友達でも家族の事情まで簡単に踏み込めない。ツナは優が話してくれた時は出来るかはわからないが力になろうと考えていた。

 

 それを知らない優は雲雀の行動がわからないと悩む。相性がいいというレベルが超えている。最近では、当たり前のように雲雀が晩ご飯を食べていく。ついに優は家をなぜ知ってるのかと聞く気力も失せた。

 

 

 雲雀に絡まれているが、毎日というわけではない。今日はもう18時を過ぎたので枕の呼び出しはないだろう。晩ご飯を食べに来るかもしれないが。

 

 優は溜息を吐く。雲雀が来なければ、料理に手が抜けるのだ。雲雀が来る前はご飯と吸い物だけで優は良かった。神にちゃんと食べろと言われるが、優の本音はカップ麺を選ばないだけましと考えていた。今は雲雀がいつ来るかわからないので、毎日栄養バランスを考えて作らなければならない。来なければ少し味を変えて昼に食べることになる。さすがに捨てるのはもったいない。

 

 他にも家に来るので、掃除しなければならない。雲雀の行動が予想できず、どこを見られるかわからない。いつでも綺麗な状態を保っていた。

 

 優は不満に思っているが、実は雲雀のおかげで清潔で健康的な生活を送っているのである。

 

 

 

 来るかわからない雲雀のために晩ご飯の準備をするため、優は腰をあげるとケイタイが鳴った。

 

 時計と空の色を見て、眉間に皺がよる。今まで遅い時間に呼び出しがなかったが、これからは増えるのかもしれない。

 

 はぁと溜息をし、ケイタイに手を伸ばす。

 

「あれ? ツナ君から?」

 

 画面にある名前を見て、テンションが急上昇である。すぐさま通話に出る。

 

「もしもーし」

『あ! もしもし? 優?』

「そうだよー。どうしたのー?」

 

 優の中で、余程のことがない限りツナが遅い時間に電話をかけてこないという信頼があった。……雲雀と違って。

 

「その、補習のプリントがわからなくて……全問解けないと落第なんだ……」

 

 成績がよく、難しい本を読んでることを知っているツナは優に助けを求めたのだ。もちろん、優の中で手伝わないという選択はない。

 

 家の場所を聞き、優は急いで向かったのだった。

 

 

 

(マンガと一緒!)

 

 ツナの家を見上げ、優のテンションは上がりっぱなしである。ドキドキしながら呼び鈴を鳴らせば、ドタバタとツナが下りてくるだろう音が聞こえる。

 

「優、ごめん! ありがとう! あがって!!」

「お邪魔しまーす」

 

 家に入ってからずっとキョロキョロと見渡す優に、ツナは照れくさくなる。

 

「優、階段だから気をつけてね」

「うん」

 

 返事をしているが優は落ち着ていない。そんな優の子どもっぽい一面を知り、ツナは笑いを抑えるので必死だ。

 

「ここがオレの部屋。散らかってるけど、入って入って」

「うん!」

 

 ツナがドアを開けると、机の囲むかたちで山本、ハルが座っている。ベッドの上で寝込んでいるのは獄寺だ。そして視線を少し下に向ければ、正面にリボーンがいた。

 

「げっ、リボーン!? 眠ったんじゃなかったのかよっ!」

 

 眠ったから優に連絡したツナは起きていることに驚き、声をあげた。

 

「ちゃおッス」

 

 優は瞬きを繰り返した後、膝を折って腰を下ろす。

 

「か、かわいい……! 抱いちゃダメかな?」

 

 ツナに確認するように優は目を向ける。何度もいうが優の容姿はいい。友達と思っていても、ツナは顔が赤くなりすぐに返事が出来なかった。

 

 一方、優は本気でリボーンを抱っこしたいと思っていた。リボーンの危険性を知っているが、それとこれとは話が別だと思っている。優は可愛いものに弱いのだ。

 

「さわんじゃねーぞ。オレは殺し屋だからな」

「っ!? リボーン!!」

 

 照れている間に、物騒なことを教えたリボーンにツナは怒鳴る。それを見て、ツナのために聞き流すことにした。

 

「ゴメンね、知らなかったの。殺し屋かぁ……カッコイイね!」

「まぁな」

 

 残念と思いながらも優は立ち上がり、視線を他へうつす。

 

「山本君、こんばんは。獄寺君は……大丈夫なの……? 可愛い女の子も、こんばんは」

「ははっ! わりぃな来てもらって!」

 

 ツナを通して山本とは気兼ねなく話せるようになっていた。逆に獄寺とはさっぱりで、優は気にしないようにしているが、ツナと話しているとよく睨まれる。

 

「はひ! 可愛いなんて照れちゃいますぅ! ……はっ! もしかしてツナさんの彼女さんですか!? そんなぁ……」

(ええ!? 決め付けちゃって落ち込んじゃった!?)

 

 優は驚いているが、傍から見えば恋人と勘違いされるのは無理もない。それほど優が隣に立っていてもツナは自然体なのだ。

 

「違うよー。私達はただの友達だよ。ね、ツナ君」

「うん。そうだね」

 

 ハルはしばらくジッと2人を見ていたが、女の勘が働いたようで勘違いに気付く。

 

「はひ! そうでしたか! ハル、勘違いしました! 三浦ハルって言います! 将来の夢はツナさんの妻になることです!」

「ハ、ハル! 何言ってんだよ!?」

 

 慌てるツナに、優は軽くイジる。

 

「ツナ君も隅におけないなー」

「冗談だからっ」

 

 ツナは怒ったわけではない。笑いながらツッコミをしている。ツナは優がからかってるだけとわかっていたのだ。そしてツナが嫌がるまで言わないこともわかっている。だからツナは笑っているのだ。

 

「ごめんごめん」

 

 案の定、優はすぐにツナに謝った。

 

「私は風早優だよ。よろしくね、ハルちゃん!」

「はひ! よろしくお願いします、優ちゃん!」

 

 仲良くなった2人を見て、ツナはホッとする。最近は京子や黒川、山本と話すようになったが、優は周りに関心が無さすぎる。密かに心配だったのだ。

 

「さて……ツナ君、どの問題がわからないの?」

「あ、これだよ!」

 

 優は目を見開く。ツナに見せてもらった問題はあまりにもレベルが高すぎる。

 

(……これ、答えまでは覚えていないけど、原作にあった話だ。今気付いたよ!)

 

 原作に絡んだことで驚き、優は黙り込む。

 

「優でもわからないんだ……」

 

 はぁと落ち込むツナに慌てて優は声をかける。

 

「大丈夫。解き方はわかったよ」

「え!? 本当!?」

「うん。ただ……説明してもわからないと思う。まだ習ってない公式をいっぱい使うんだ。私が解いたのをそのまま写す?」

「それでいいよ!」

 

 見知らぬ記号を使いながら、スラスラと解いていく優に、ツナは驚く。助けを求めたが、ここまで頭がいいとは思っていなかったのだ。

 

「……あってると思う」

「あってるぞ」

「リボーン君がそういうならあってるかな?」

 

 笑ってリボーンに話しかけながらも、優は心の中でホッとした。リボーンが言えば、間違ってないと知っているからだ。

 

「わからない問題ってこれだけ?」

「う、うん」

「じゃ今日はもう帰るよ。ご飯作らないといけないし……」

「え? 優がご飯作ってるの?」

 

 ツナの言葉に優は首をひねる。

 

「言ってなかった? 1人暮らししてるって」

「聞いてないよ!」

 

 そうだったかなぁと優は笑う。ツナもつられて笑うが、優の家庭環境が心配になった。

 

「優! ここでご飯食べていけ」

「リボーン! おまえ何勝手に決めてんだよ! でも、優がいいならオレん家でご飯食べない?」

「え!? いいの?」

 

 遠慮せず嬉しそうにする優を見て、やっぱり寂しかったのかなとツナは思う。幸いにもツナの母は大人数で食べることが好きだ。今度から誘ってみようと思った。

 

 その時、優のケイタイが鳴る。画面を開けば、優は困ったように眉を寄せた。

 

「優?」

「……ツナ君、ごめん。ちょっと電話に出るね」

「う、うん」

「もしもし? ……すみません、友達の家に出かけてました。えっと、どこにいるんですか? ……リビング? え、鍵は?」

 

 聞こえてくる優の言葉から、深く聞いちゃいけない内容だと判断する。そして、帰らないといけないことが起きていることも、何となくわかる。

 

 電話を切った優は、ケイタイとツナの顔を見比べる。

 

「また今度誘うよ」

「……ごめん」

 

 肩を落とした優に、気にしないでとツナは声をかける。

 

「ありがとう……。今日は帰るね、バイバイ!」

 

 見送りする間もなく、優が出て行ったのでツナは窓から顔を出して叫ぶ。

 

「優、ありがとう! 今日は助かったよ!」

「うん!」

 

 振り返った優を見て、困ってはいたが嫌な相手ではないとツナは思った。そして、空の色を見て送っていく時間だったなぁとツナは反省する。

 

「山本、ハル、ご飯食べていく?」

「今日は止めとくぜ」

「はい。優ちゃんに悪いです」

 

 獄寺は体調が悪そうなので声をかけてから、ツナはもう1人の女子のハルを送っていくのだった。

 




通話の全容

「もしもし?」
『君、どこにいるの?』
「……すみません、友達の家に出てかけてました」
『僕、お腹すいたんだけど』
「えっと、どこにいるんですか?」
『君の家のリビング』
「……リビング? え、鍵は?」
『僕が持ってないと思ってたの?』
「…………」
『はやく帰って作ってね(ブチッ)』
「…………」


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雲雀先輩と原作

 新学期から一週間ほどがたち、落ち着いた頃に事件は起きた。

 

 

 優は応接室に向かっていた。また電話で呼び出されたのだ。

 

 何度かご飯などをツナに誘われ、夏休みが終わる頃には更に親しくなることが出来た。が、夏休みで変わったのはツナとの関係だけではない。

 

 雲雀との関係も進んだのである。だが、一般とは少しずれた進み方だった。

 

 優の知らぬ間に合鍵を作られていて、雲雀が自由に優の家を出入り出来るようになった。どんどん雲雀が優のプライベートを侵食していくので、優が雲雀に取り繕う回数は減っていった。……面倒になったとも言う。

 

 そのため電話で「えー」と1度文句を言ってから、今日も優は応接室にやってきたのだ。

 

 視界に入った応接室の扉を見て優は首を傾げる。いつも閉まってる扉が開いていたのだ。だが、もうノックすることにも緊張しなくなっている優は、そんな些細なことで止まることはなく入っていく。

 

「失礼しま……す」

 

 何とか言い切った優だが、目の前の状況にかなり驚いている。ゆっくりと視線を向ければ、山本と獄寺が倒れている。更にツナがパンツ一丁。トドメに雲雀とリボーンの武器が交差していた。

 

(原作きたーーーー!)

 

 優は雲雀の初登場シーンをしっかりと覚えていたようだ。

 

(ってか、この後って……爆弾やだーー!!)

 

 唐突に身の危険を感じ、優の顔が強張る。

 

「ゆ、優!?」

「……ツナ君」

「逃げて、優! オレらのことはいいから!」

 

 ツナに強い口調で言われ、優は狼狽する。もうツナの死ぬ気モードは解けている。否、解けているからこそ優は狼狽したのだ。普段のツナが優を守ろうとしているのだから。

 

「……君の知り合い?」

「は、はい! 友達です!」

 

 雲雀の声で我に返り、反射的に答える。

 

「ふぅん。今日はこれで見逃してあげるよ。次はないからね」

「……ありがとうございます?」

 

 見逃されたのはツナ達であって優ではない。そのため、疑問系になってしまった。

 

 気を取り直し、優はツナに駆け寄る。

 

「ツナ君、大丈夫?」

「う、うん。優、どういうこと……?」

 

 チラっと雲雀の顔を見てからツナは言った。どんな関係か知りたかったのだ。

 

「後で話すよ。今は先に……」

 

 最後まで優は言わなかったが、ツナには通じた。雲雀の気が変わらない内に出て行ったほうがいい、と。

 

 獄寺と優はあまり仲良くないことが互いにわかっているので、おのずとどちらが誰を担当するか決まっていく。

 

 優は山本に駆け寄り、ユサユサと肩を揺らす。

 

「ここは……?」

 

 目が覚めたことにホッと息を吐き、すぐ簡潔に説明する。

 

「急いでこの部屋から出て行った方がいいと思う」

 

 ハッと思い出したように山本は起き上がり、雲雀が黙って立ってる姿を見て状況はわからないが、優の言うとおりだと理解する。

 

 一方、ツナに起こされた獄寺は「あの野郎」といいながらダイナマイトを持っていた。それでもツナの必死の頼みで、渋々出て行くことに納得した。

 

 ツナ達が出て行く流れで、優も一緒に付いていこうとしたが、雲雀が許すわけが無く……。

 

「どこに行くつもり?」

「……ですよねー」

 

 心配そうなツナに大丈夫という意味で笑って手を振り、扉を閉めたのだった。

 

「さっきの赤ん坊、知ってる?」

「リボーン君のことですよね? ツナ君の家に住んでるみたいです」

「ふぅん」

 

 話しすぎたかなと思いながらも、風紀委員が調べればわかると考え、優は気にするのをやめた。

 

「……君のいう友達って、さっきの男のこと?」

 

 優は軽く首を傾げた。この時にリボーンに興味を持つのは知っていたが、ツナにも興味を持っているとは思っていなかったのだ。

 

「そうですね」

「ふぅん」

 

 目をパチパチと繰り返す。少し前の「ふぅん」と今の「ふぅん」は全く違うからだ。最初は機嫌が良くて、今のは悪い。経験で優はわかったのである。

 

「ツナ君がどうかしましたか?」

「……別に」

 

 更に機嫌が悪くなったことに気付いたが、雲雀が話さないとわかったので、話を変える。

 

「それで、私ってなんで呼ばれたんですか?」

 

 この時間ならば応接室でなく、屋上に呼び出されるからだ。今日は応接室で昼寝をするのだろうか。

 

「なにが?」

「えー。雲雀先輩が電話できてって言ったじゃないですかー」

「……ああ。君、頭が良いみたいだね」

 

 優は今更?と思った。住所を知る前に、なぜそっちを知らないのだろうか。

 

「それ、やって」

 

 机の上にある書類に優は頬を引きつらせる。これからは書類関係でも呼び出されるかもしれない。

 

「あの……風紀委員じゃないのに、なぜ私がその書類を?」

「何か問題でもあるの?」

 

 圧力をかけられ、優はグヌヌと悔しそうな顔をする。が、ふと何かを思いついたように顔をあげる。

 

「さっきのお礼ってことで今日だけですよ!」

 

 優は目の前にある書類に対して質問し、雲雀は問題があるのかと答えた。つまり他の書類については何も話していない。言葉のスキをついて優は遠まわしに他のはやりませんよ、と先手を打ったのだ。

 

「……僕が思っていたよりも頭が良さそうだね」

 

 失敗した!という顔をした優を見て、雲雀は満足したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ! あいつとわざと会わせたぁ!?」

 

 屋上でツナの声が響く。リボーンの差し金で雲雀と合う羽目になったと知ったのだ。

 

「キケンな賭けだったけどな。打撲とスリ傷ですんだのはラッキーだったぞ。後で優に礼を言っとけよ」

 

 リボーンの言葉でツナはハッとする。確かに優が「友達」と言ったから、雲雀は見逃したのだ。

 

「……優、大丈夫かなぁ」

 

 親しいのはわかったが、心配だ。雲雀は応接室に入っただけでトンファーで殴る男なのだから。

 

「大丈夫だろ。ヒバリが唯一気に入ってる人物だからな」

「ええ!?」

「わざわざ昼寝のたびに呼び出して、優の膝を枕につかってるぞ」

 

 リボーンの言葉に、ツナだけでなく、雲雀のことを知っていた山本も驚いた声を上げる。

 

「雲雀が優に恋愛感情を抱いているかはわからねぇが、気に入ってるのは間違いねぇな」

「……そうなんだ。全然知らなかった」

「オレも最近知ったぞ」

 

 それを聞き、ツナはホッと息を吐く。知ったのは最近だが、随分前からしているというは黙ってた方が良さそうだなとリボーンは心の中で呟く。

 

 なぜならツナの中で優は特別だからだ。これはリボーンが来る前から自力で優と友達になれたことが関係している。ツナをボスにするためにスパルタで鍛えているが、リボーンはやりすぎてはいけないラインを超えないようにしている。

 

 そして、リボーンの見立てでは、惚れている京子よりも優に気を配らなければいけなかった。

 

 

 

 ツナ達と別れたリボーンは、今後のことで悩んでいた。

 

 雲雀と優が繋がっているので、雲雀をファミリーに入れれば、優も巻き込まれることになるだろうとリボーンは考えていたのだ。

 

 優が女子というのもあり、今まではツナの希望を優先させていたが、雲雀は何があってもファミリーに入れるべきだ。ツナには必要な人材である。だから、優が呼び出されたタイミングで仕掛けた。

 

 それが、あの結果になった。

 

 リボーンは逃げる対策として爆弾を用意していたが、あまり優のことは心配していなかった。入り口から入ってくるとわかっていたし、雲雀が優を庇うと思ったからだ。まさか雲雀が優のために楽しみを止めるとは思ってもいなかった。

 

 リボーンが予想していたよりも、雲雀は優に甘い。

 

「ツナにはわりぃが、優から攻めた方が雲雀のファミリー入りは確実だな」

 

 ツナを怒らせるラインを超えず、怖がらせずに頭のいい優をどうやって誘おうかとリボーンは考え始めたのだった。

 

 

 

 

 

 次の日、優はツナ達に今までの成り行きを説明した。

 

「優はヒバリさんが怖くないの?」

 

 怖い?と優は首を傾げる。確かに優も雲雀が怖いと思っているが、ツナが思っているような怖さではない。何を言い出すかわからない怖さなのだ。

 

 悩み始めた優を見て、リボーンの言うとおり雲雀は優を気に入ってるとわかり、そこまで心配する必要はないとツナは思ったのだった。

 



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体育祭♪

「極限必勝!!!」

 

 声の大きさにビクッと優は肩を弾ませる。友達の京子には悪いが、優は暑苦しいタイプの了平が苦手だった。更に周りの熱気に引き気味だ。初めて雲雀に呼び出されてほしいと思ったほどである。

 

 進行していくとメインの棒倒しの大将にツナの名が呼ばれ、挙手を求められていたが優は手をあげなかった。ツナがやりたくないと気付いているから。

 

「……決まっちゃった」

 

 原作で知っていたが、ツナのことを思うと優は不憫としか思えない。

 

「あんた、京子のお兄さんと合わなさそうね」

 

 ケタケタと笑いながら話す黒川に優は苦笑いを返すしかない。黒川の隣には京子がいるのだから。

 

 大将が決まった後も了平の熱気が凄く、優は目をそらし、未だハラハラしている京子を見て癒されることにしたのだった。

 

 ちなみに、その優の癒された姿を見て癒されている人物もいたが、当然のように優は気付かなかった。

 

 

 

 

 体育祭当日、少々風は強いが、晴天。

 

 優は珍しく一発で起き、朝からは張り切っていた。

 

「お弁当、お弁当ー♪」

 

 あまりにも楽しみにで、適当に作った歌まで口ずさむほどだ。

 

 そのテンションのまま優は学校に行き、周りの男子をソワソワとさせていたのだが、みんなも体育祭が楽しみなんだね!という鈍感ぶりをまたも発揮していた。

 

「ここまで来ると見事ね……」

「花?」

「なんでもないわよ。それより、あんた今日もあの格好で行くの? 絶対、暑いわよ」

 

 黒川が言っている優の格好とは、半袖の体操着の上に、長袖の体操着であるジャージも着るからだ。

 

「うん、焼けたくないしね」

 

 優も面倒で暑いと思っているが、体操着は制服と違い体系がはっきりと現れ、おしゃぶりをさげているとバレてしまうため脱げない。

 

「熱中症には気をつけなさいよ?」

「うん、ありがとう」

 

 黒川の優しさにホッコリしつつ、優は体育祭が始まるのを楽しみに待っていた。

 

 体操着に着替え終わり、A組の待機場所でツナを見かけた優は声をかける。朝からすれ違い、まだ会っていなかったのだ。

 

「ツナ君、おはよっ!」

「……おはよう、優」

 

 優は首を傾げる。大将をするのが嫌でテンションが低いのかなと一瞬思ったが、ツナの頬がいつもより赤いことに気付く。

 

「もしかして、熱がある?」

「……うん、37.5℃あったんだ」

「え! 保健室に行かないと!」

 

 ツナは感動する。やっと心配してくれる人物が現れたのだから。ただし、現実は残酷である。

 

「もう行ってダメだったんだ……」

 

 困ったように眉を下げた優を見て、ほんの少しツナは癒される。心配してくれる人物が1人でもいれば、気持ちが楽になる。

 

「……そうだ! 凍らしたペットボトルがあるよ!」

 

 優の好意に甘え、ツナはペットボトルを受け取り額に当てる。その間に優は影になる場所を探しだし、ツナを手招きする。

 

「ここで休めば、少しは楽になるよ」

「ありがとう、優」

「気にしなくていいよ。じゃツナ君どうぞー」

 

 ツナは不思議な顔をする。どうぞと言われたが、優は何も持っていないので、受け取るものがない。

 

 優は優でツナの反応がないので首を傾げる。

 

「遠慮しなくていいよ?」

 

 そう言って優がポンポンと膝を叩いたことで、ツナはやっと意味を理解する。

 

「えええ!?」

「ん?」

 

 雲雀で慣れてしまった優は、ツナが驚いてる理由がわからない。ツナに対して恋愛感情が全く無く、親切心から言っているのも気付かない要因の1つだろう。

 

「そ、それは出来ないよ!」

 

 男子から殺気を感じたのもあり、必死にツナは拒否をする。

 

「……あ、そっか。私じゃ嫌だよね」

 

 前の世界のことを思い出し、ツナの優しさに甘えていたと優は反省する。そして、ツナに嫌われたくない優は「ゴメンね」と言って笑った。

 

 これにツナは罪悪感でいっぱいになる。殺気を出していた男子も、どうにかしろとツナに目で訴え始める。しかしツナは上手く言葉が出てこなく、アワアワとするだけだ。

 

「まったく、しょうがない子ね」

「花?」

 

 少し前まで面白がっていた花だったが、この不穏な空気に見かねて声をかけたのだ。ツナのためじゃなく、優のために。

 

「いい? 沢田はあんたが嫌だったわけじゃないの。ただ勘違いされたくなかっただけよ」

「……ゴメン! ツナ君! 私、もうちょっとでツナ君の邪魔をするところだった!」

「う、ううん。気にしなくていいよ」

 

 元気が出た優を見て、ツナは「助かった、ありがとう」と黒川に視線を送ったのだった。

 

 体育祭が始まると、優は陸上部を抜いて100M走で1位をとる。元々足が速く選ばれていたので、騒ぎになることはなく、よくやったと思うぐらいだ。しかしいつまでも優は1位になれたことを喜んでいる。仲の良いツナと黒川と京子は優の様子がおかしいと気付く。

 

「優ちゃん、すっごく元気だね」

「元気というより……あれは浮かれてるって感じよ。見ているこっちが心配になるわ」

 

 京子と黒川の会話を盗み聞きしていたツナも心の中で同意していた。今日の優はテンションの浮き沈みが激しい。黒川の言うとおり、ちょっと心配だ。

 

 優が出る種目は今から始まる借り物競争で終わりなので、それからはゆっくりさせた方がいいかもしれないと、ツナと黒川は考えていた。

 

 

 心配をかけていることに全く気付いていない優はというと、借り物競争でも1位を取ろうと意気込んでいた。

 

「よーい」

 

 パンっ!というスターターピストルの音が聞こえ、優は借り物を書いてる紙の場所へと走り出す。1番最初に到達した優は目の前に会った紙を広げた。

 

『風紀委員長(雲雀恭弥)の武器(トンファー)』

 

 何度か瞬きを繰り返した後、優はケイタイを取り出す。体操着でもケイタイを持っているのは雲雀から呼び出しがいつあるか、わからないからだ。そのため教師も黙認している。

 

 片方の耳からは待機音が聞こえ、もう片方の耳からは校歌の音がするので、雲雀が近くにいることがわかる。

 

『なに』

「借り物競争の紙が雲雀先輩の……」

 

 そこまで言ったところでいつものような通話が切れた音が聞こえた。

 

「切られちゃった……」

 

 ガックリと優は肩を落とす。順位云々の話どころではない、棄権である。トボトボと歩き、実行委員に近づく。

 

「……それで、何?」

「雲雀先輩!」

 

 はぁと溜息を吐きながらも現れた雲雀の姿を見て、パァァァと優は顔を輝かせる。

 

「見てください!」

 

 よく見えるように紙を広げ、優は期待したような目を雲雀に向ける。そこでまたも雲雀は溜息を吐く。思った通り、優がおかしい。

 

 周りの状況が見えていない。

 

 最近の優の態度はわかりやすいので、優が人目があるところで雲雀に会うのが嫌だと思っていることを、雲雀は気付いていた。それなのに、全校生徒の前で雲雀と話しているのだ。自分が何をしているのかわかっていない。

 

「ダメ、ですか?」

「……行くよ」

「はい!」

 

 優が走り出そうとしたので、再び雲雀は溜息を吐く。

 

「歩いていれば、1位になれませんー」

 

 この事態に周りがついていけずに固まり、走る必要がなくなってることにも優は気付いていない。仕方なく雲雀は優の腕を掴む。そして近くに居た実行委員らしき人物に声をかける。

 

「ねぇ、君。1位だよね?」

「は、はい!」

 

 何度か瞬きした後、優は笑った。

 

「まぁいっか。次はお楽しみのお弁当だしねー!」

 

 雲雀の記憶では昼まで後3種目は残っていたはずだ。それなのに優は鼻歌を歌いそうなほど上機嫌だ。随分と浮かれている。

 

「嬉しそうだね」

「はい! 運動会で誰かと一緒に食べるのが、小さい頃からの夢だったんです!」

 

 これが原因かと雲雀は溜息を吐く。恐らく優のいう友達のあの男と食べるのだろう、と。

 

「…………僕、お腹すいた」

「え? それじゃぁ雲雀先輩が私と一緒に食べてくれます?」

「いいよ」

「わかりました。では、今すぐ教室から取ってきますね!」

 

 優が走り出しそうと感じ、掴んでいた腕に力を軽く込める。いくらなんでも浮かれすぎだ。取りに行った後、どこに持ってくるつもりなのか。

 

「いい、取りに行かせるから」

「え? でも……」

「君はこっち」

 

 腕を引っ張れば大人しくついてきたことに安堵のため息が出る。さっさと移動させなければ、学校行事が再開しそうにない。

 

 それに……と優に視線を向ける。今は大丈夫かもしれないが、このまま放っておけば反動で熱が出そうである。

 

 どうして僕が……と思いながらも、ツナの顔が浮かぶと掴んでる腕を外す気にはならなかった。

 

 

 

 本部にある風紀委員のテントに入ると、優は落ち着き無く周りを見渡していた。風紀委員のテントは周りを遮断するように横幕が張ってあり、真ん中には応接にあるソファーと机が置いてあった。さらに空調が効いて涼しい。

 

「凄いですね!」

「……いいから座りなよ」

「はぁい」

 

 優の様子を見て食べ終わるまでは落ち着かないと判断し、風紀委員に指示を出す。待っている間もニコニコしている優。呆れながらも優の前に座り、雲雀はジッと観察する。その視線に気付いた優は雲雀にニパッと笑いかける。随分と子どもっぽい姿である。

 

 すると今度は真っ赤な顔になる。耳まで真っ赤だ。

 

 雲雀は僅かに眉をひそめる。熱が出たのかもしれない。

 

「あれ? 見間違い?」

 

 先程の熱はどこに行ったのかというぐらい優の顔色は元に戻ったので、雲雀は気にしないことにした。今日は浮かれているからずっと変なのだ、と。

 

 そうこうしている内に弁当が届き、うーん……と楽しそうに悩んでる優の前の机に置く。

 

「わぁ、ありがとうございます! 今日のお弁当は張り切ったので期待しても大丈夫ですよ!」

 

 弁当を広げ終わると1つ1つ楽しそうに説明しだすので、雲雀は言われたとおり口に運ぶ。一通り雲雀が食べたことで満足したらしく、優も食べ始めたのだった。

 

 

「委員長、少々問題が……」

 

 テントの外から草壁の声がし、優に目を向ける。食べ終わり、ハフゥと満足そうな息を出しているので多少は落ち着いたのだろう。だが、まだ休ませたほうがいい。

 

「……僕の許可無く、勝手に出て行かないように」

「えー」

「わかった?」

「……はぁい」

 

 渋々だったが、返事をしたので雲雀はテントを出る。テントの入り口で話を聞けば、B・C組の総大将がA組の総大将に襲われて倒れ、食中毒で何名かの生徒が倒れたという報告だった。

 

「A組の総大将って誰?」

「笹川了平ですが、今回の件は棒倒しの総大将という意味らしく、犯人は1年の沢田綱吉という男です」

 

 ピクリと反応し、呟く。

 

「……赤ん坊かな」

 

 裏でリボーンが操ってると感じた雲雀は、グランドへ向かうことにした。が、数歩進んだところで振り返り、テント前で警備している風紀委員の顔を見る。

 

「草壁、テントに誰も通さないで」

「……わかりました」

 

 本部へ向かうつもりだった草壁は、雲雀の一言で道を引き換えし、テントの前にいる風紀委員に持ち場をかわるように指示を出した。それを横目で確認してから雲雀はグランドへ向かったのだった。

 

 B・C組の総大将として雲雀が登場すると、A組の雰囲気が変わる。諦めたわけではない、闘志に火がついたのだ。殴り合いでは勝てないが、棒倒しなら雲雀を倒せる可能性がある。

 

「ひっ!」

 

 殺気だった気配にツナは軽く悲鳴をあげる。特に、優が雲雀に連れて行かれた後、ツナにどういうことかと詰め寄った人達がヤバイ。よく見れば、B・C組も殺気立ってるので、A組へ寝返る人もいるかもしれない。

 

 改めて優の人気の高さにツナは驚くのだった。

 

 

 

 

 棒倒しが終わり、雲雀は機嫌よくテントに戻っていた。

 

 ツナがすぐに落ちた時はつまらないと思ったが、その後乱戦になり、珍しく雲雀に向かってくる生徒が多数いたため、意気揚々と雲雀は咬み殺した。倒してもまたかかってくる人物もいたので、リボーンには会えなかったが、雲雀は大いに満足したのである。

 

 テントに入ると優の姿が見えず、雲雀は眉をひそめる。入る時に草壁からは報告を受けていない。草壁を咬み殺してこようかと思った時、優の靴が見えた。

 

 僅かに首をかしげ、ソファーに近づく。

 

「はぁ」

 

 雲雀は溜息を吐く、優がソファーで眠っていたからだ。ちょうど入り口から死角になり見えなかったのだ。

 

 優の体勢を見るからして、座ったまま眠ってしまい、そのまま倒れこんだようだ。恐らく浮かれすぎて疲れたのだろう。

 

 仕方なく雲雀は腕章をシャツに移し、学ランを優にかける。そして頬へと手を伸ばす。

 

「……熱はない」

 

 優の目がゆっくりと開く。雲雀の冷たい手が触れたからだろう。

 

「起きたようだね」

 

 雲雀は声をかけたが、優からの返事は無い。怪しんだ雲雀は優の顔を覗き込む。

 

 まだ目がボーっとしているので、完全に起きたわけじゃないようだ。起こすために雲雀は触れたままだった手で頬を撫でる。

 

 すると、ふわりと優が微笑み、目を閉じた。

 

「っ!」

 

 少し声がもれるほど雲雀は驚いた。一瞬油断したのは否定しない。だが、触れていた手を優に掴まれるほど油断したつもりはなかった。

 

「…………はぁ」

 

 仕方なく雲雀はその場に座り込む。大事そうに掴んでいる自身の手を雲雀から離すことはどうしても出来なかった。

 



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ある日の休日

 目をこする。まだ寝ぼけているのだろうか。だが、念のためにリビングのソファーに座ってる人物に優は声をかけた。

 

「……おはようございます?」

「やあ」

 

 雲雀本人で間違っていないようだ。合い鍵があるのでいつでも入れることはわかっているが、朝から来たことは今までなかった。

 

 優は目をこすりながらもいつから雲雀が来たのだろうと考える。起こされなかったので、来たばかりなのだろうか。

 

「……うわあああああ!」

「なに」

「ちょっとこっちを向かないでください!! 着替えてきます!!」

 

 雲雀にパジャマ姿を見られて、優は慌てて寝室に引き返す。

 

「うぅぅぅぅ……」

(寝起きとか恥ずかしいよーーー。ってか、おしゃぶり見えてたし! まぁ袋に入ってたけど……)

 

 嘆きながらも着替え終えれば、次は顔を洗ってないことに気付く。

 

「……どうしよう」

 

 悩んだ末、デフォルメされた恐竜の人形で顔を隠して扉を開ける。そーっと移動するが、雲雀が気付かないわけがない。近づいてくる雲雀に気付いているが、気付いていないフリをするべきが悩んでるうちに、雲雀が優に手を伸ばす。

 

「やっ、見ないでください!!」

 

 あからさまに怪しい行動をしていたため、雲雀は優が持っていた人形を取ったのである。

 

「どうして?」

「……か、顔を洗ってないから……」

「はぁ」

 

 大きな溜息を付いてしまうほど、雲雀にとって至極どうでもいいことだった。

 

 だが、両手で隠しきれていない隙間から、優の顔が真っ赤になってることがわかる。

 

「……向こうで座ってるから、さっさと済ませてきなよ」

「あ、ありがとう……」

 

 雲雀が離れていく気配を感じ、優は洗面所へ駆け込んだのだった。

 

 

 

 

 朝ご飯を終えても雲雀が出て行かないので、妙に落ち着かない優はソファーの上に置かれていた恐竜の人形に手を伸ばす。膝の上に置き、ぎゅうぎゅうと後ろから抱きしめながら雲雀を見る。

 

(この世界に私が来て1番の異変ってやっぱり雲雀先輩だよね。体育祭の時に笑ったのは見間違いかもしれないけど、雲雀先輩の雰囲気が柔らかいのは間違いないよね。だってソファーで寝ちゃったのに、起きたとき何も言わなかったもん。それに、学ランかけてくれてたし)

 

 実は次の日に黒川に詰め寄られたぐらいで、特に騒動も無く終わったと思ってる優は、コソコソする必要がなくなったとしか考えていなかった。そのため、体育祭はいい思い出になっていた。

 

「なに?」

「なんでもないです」

 

 誤魔化すようにえへへと笑ってると気付いたが、雲雀は深く突っ込まないことにした。

 

 家にあった本を雲雀が読み始めたので、優は動き出す。1人暮らしなのでやることは多い。

 

「あ、雲雀先輩。お昼食べていきます?」

「食べる」

 

 冷蔵庫の中身を確認しながら優は何を作るのかを考える。雲雀は希望を言わないので困る。結局、余ってるご飯をどうにかしたいのでオムライスに決めた。

 

 仕込みが終わる頃、雲雀のケイタイが鳴り響く。

 

(うわー、せっかく準備したのに出かけるかも。先に仕込みするんじゃなかったなぁ……)

 

 はぁと軽く溜息を吐き、まだ炒めてないだけ良かったと冷蔵庫になおす。

 

「出かけるよ」

「はぁい。行ってらっしゃーい」

 

 予想してたので優はすぐに言葉を返した。

 

「何言ってるの? 君も行くよ」

「へ?」

 

 優の疑問を他所に雲雀は玄関に向かって歩き出したので、優は慌てて追いかけるのだった。

 

 外に出ると雲雀がバイクのキーをまわしエンジンをかけていた。

 

「あの、法律……」

「僕がここの法律だよ」

(いや、違うだろ)

 

 すぐさま心の中でツッコミを入れる優。

 

「何か文句あるの?」

「いえ、ありません!」

 

 ピシッと敬礼する優を見て雲雀は溜息を吐く。

 

「君のためにヘルメット用意したんだから」

 

 ポフッとかぶせられ、優は目を見開く。その間に雲雀はカバーを降ろし、あご紐を締める。

 

「え? え?」

「早く乗りなよ」

 

 優が気付いた時には、雲雀はもうバイクに跨っていた。慌てて乗ったのはいいが、雲雀の腰に手をまわすのは躊躇われ、学ランを掴む。

 

「それじゃ落ちる」

「えーと……。では、失礼します」

 

 風のおかげで落ちないと言えない優は、結局雲雀の腰を掴むことにした。

 

「……はぁ。行くよ」

「は、はい。うわぁ!?」

 

 あまりのスピードに驚き、気付けば雲雀の腰に手をまわしていたのだった。

 

 

 

 

 初めは怖がっていた優だったが、次第に上機嫌になっていた。

 

「すごい、すごいです! 風が気持ち良かったです!」

 

 バイクが止まると、雲雀に報告し始める優。

 

「……わかったから。少し待ってて」

「あ、はい。すみません……」

 

 自分が興奮してることに気付いた優は、気まずそうに目を逸らす。すると、沢田と書かれている表札が目に入る。

 

「え? ツナ君の家!?」

 

 驚いている間に雲雀が外壁を掴み、登って行く。

 

(危ないなー。まぁ雲雀先輩なら問題ないか。……じゃなくて、ツナ君と雲雀先輩の絡みだったら原作だよね? なんだろう?)

 

 ポンっと思い出したように手を叩く。やはり雲雀が登場する話の覚えは良い。

 

(仮死状態になる人の話だ! 原作ではツナ君視点だからわからなかったなぁ)

 

 ふんふんと頷いてると、雲雀が戻ってくる。窓からツナの顔が見えたので優は手を振る。

 

「ツナくーん!」

「優!?」

「大丈夫ーー?」

 

 雲雀が変わったとは思っているが、咬み殺すことはやめないだろうという妙な信頼感があった。

 

 一方、ツナはツナで初めて人を殺してしまったと勘違いしてるのもあり、優の言った意味が正しく伝わらなく口ごもる。すると、獄寺がツナを押しのくように顔を出す。

 

「果てろ!!」

 

 落ちてくるダイナマイトを見て、つい神との修行のように風を使って火を消す。

 

「あ」

「ゆ、優!?」

 

 思わずあげた声は、ツナの焦る声でかき消される。そして優の視界が真っ黒になる。

 

(ビックリしたー。雲雀先輩の学ランかぁ)

 

 雲雀の背中を見ながら優は心の中で呟く。

 

「?」

 

 火がついていないことに気付いた雲雀は、変だと思いながらも念のためにダイナマイトを二階の部屋へ返す。やはり爆発しない。

 

「……まぁいい。行くよ」

「あ、はい」

 

 原作と違う結果になり心配になったが、雲雀に言われたので優はバイクに跨った。

 

「もう帰るんですよね?」

「どこか行くかい?」

「へ?」

 

 すぐツナにメール出来るかの確認のために聞けば、思わぬ方向へ進む。

 

 結果、バイクで海まで行き、しばらくの間眺めてから帰ったため、遅めの昼食をとることになった。

 



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保育係

 呼び出しもなく、真面目に授業を受けていると教室がざわついた。目をむければ、トイレを我慢しているランボが居る。

 

「ランボーーー!?」

「うわー、大変」

 

 ツナと優は慌てて廊下に出る。そしてすぐに優はランボの脇に両手をいれる。

 

「優!?」

「トイレ、行ってくる!」

 

 間に合って!と思いながら優が走ろうとした時、ランボがおもらししてしまう。

 

「あちゃー……」

「うわああああん!!」

「大丈夫。大丈夫」

 

 泣き出したランボに優はあやしながら、ツナに声をかける。

 

「ごめん、ツナ君。悪いんだけど、トイレまで私の体操服を持ってきてくれない?」

「まさか……優……」

「あはは。まぁ気にしないで。後、急がなくていいよ」

 

 そういってトイレに向かって歩き出した優に慌ててツナが追いかける。

 

「ごめん! ランボの面倒はオレがするから」

「いいって、ツナ君も汚れちゃうよ」

 

 ツナは何も言えなくなった。

 

 

 

 

 

「最悪だ。最悪だ。優に迷惑かけちゃった!!」

 

 家に帰り部屋で1人になったツナは頭を抱える。迷惑はいつもかけているが、今日のは酷い。優がツナの家に来ていた時に何度かランボの面倒をみてくれていたが、あそこまで面倒をみさせたことはなかった。

 

 リボーンはツナの様子を見ながら、優を巻き込むにはランボから攻めてもいいかもしれないと考え始める。

 

「オレの知り合いの保育係を手配してやろーか?」

「え、まじで?」

「ああ」

 

 リボーンの考えを知らないツナはリボーンに感動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 リボーンに呼び出された優は首を傾げていた。

 

(いったい何だろう? 今まで積極的に絡んでこなかったのに)

 

 場所だけではなく細かな時間指定もあり、どうしても優は怪しんでしまう。

 

「はひ! 優ちゃんじゃないですかー!」

 

 聞こえた声に顔をあげ、周りを見渡す。

 

「あれ? ハルちゃんどうしたの?」

「新体操の交流会ですー」

「そうなんだー」

 

 それならば雲雀に出会っても咬み殺されないだろうと優は安心する。

 

「優ちゃんは今から帰るんですか?」

「ううん。リボーン君に来てほしいって言われてるの」

「ハルもお付き合いします!」

 

 一瞬ハルは来ない方がいい可能性もあると考えたが、もし危なくなってもハルならばリボーンが助けるだろうと思い、一緒に行くことにした。

 

 目的地に近づいていくと泣き声が聞こえてくる。

 

「ハルちゃん」

「優ちゃん」

 

 優とハルは顔を見合わせ、聞こえてくる方へ走り出したのだった。

 

 声の発信源はランボで、偶然にもリボーンに呼び出された場所だ。

 

(あれ? もしかして保育係の話?)

 

 優が疑問に思ってる間に、ハルがツナ達を怒鳴っていた。そのため、優はランボに駆け寄る。

 

「ランボ君、よしよーし」

「わりぃ。風早」

「ん? 山本君が泣かしたの? 珍しいね」

「ああ。やっちまったんだ」

 

 話しながらも手を動かす。だが、ランボの涙を何度もハンカチで拭ってもすぐ流れてくるので、意味が無い。先に鼻水をどうにかしようとティッシュを取り出す。

 

「ランボ君、お鼻綺麗にしようね。ちーん」

 

 すっきりしたのでランボは少し落ち着いたらしく、まだグズってはいるが泣き叫ばなくなる。ツナ達を怒り終えたハルも加わり、ランボを笑わそうと2人で話しかけたのだった。

 

 一方、ツナ達は優の手際の良さに、唖然としていた。

 

「ハルもいけそうだが、優が1番保育係に向いてそうだな」

「だ、だめ! 優にこれ以上迷惑はかけれない!」

「よく考えろ、ツナ。ランボは優と一緒にいれば、大人しいはずだぞ。迷惑っていうほど迷惑かけねーぞ」

「……そ、そうかも」

 

 ツナとリボーンの会話を聞き、獄寺は口に銜えていたタバコが落ちる。

 

「オレは認めません!!」

「そうはいってもな。優が1番慣れてるぞ」

「あ、あいつはファミリーじゃありません!!」

 

 獄寺の言葉にツナはハッとする。ランボは幼いが、マフィアだ。優を巻き込むわけにはいかない。

 

 リボーンはチッと舌打ちし、余計な一言をいった獄寺をツナが見ていない内に蹴り飛ばす。鳩尾に一発はいり、獄寺は膝から崩れ落ちた。

 

「ご、獄寺君!? リボーン何したんだよ!!」

「オレは何もしてねぇぞ」

「……獄寺君、しっかり!」

 

 いきなり倒れだした獄寺を見て、リボーンが何かしたとは思ったが、はっきり見ていなかったのでリボーンの否定に口を閉ざす。

 

「ぎゃははは! バカだもんね!!」

 

 獄寺が倒れたことでランボが笑い声をあげる。ツナの焦る声を聞き、山本とハル、そしてランボを抱いた優がツナ達のところに集まってきたのだ。

 

「ん? これって獄寺の勝ちか?」

「山本君、勝ちって?」

「誰がランボを笑わせるかって勝負してたんだよ」

 

 そうなんだと知ってるのに知らないフリをして優は頷く。最近はよく顔に出ているが、やはり隠すのは上手いのだ。

 

「……誰が、バカだ!! あほ牛!!」

 

 いつまでたっても笑ってるランボの声で獄寺が起き、いつもの癖でランボの胸倉を掴む。

 

「わっ!」

 

 ランボを抱いていたため、無理矢理奪われたランボの反動で優は尻餅をついてしまった。この事態にツナを筆頭に優に声をかける。獄寺も罰が悪そうな顔をし、すぐにランボを掴んでる手を離す。

 

「大丈夫だよ。そんなに痛くなかったし」

 

 地面につく前に風が優を守ったので、驚きはしたが痛くは無かった。それに尻餅をつかないことも出来たのだ。心配されると優の心にくるものがある。だが、優の性格を知っているツナ達は無理をして言ってるのではないかと思ってしまうのだ。

 

 可哀相なことに放置されてしまったランボは、再び泣き始め10年バーズカを自身に向ける。

 

 ドカン!という音と煙の元にランボと10年後のランボが入れ替わった。

 

「はひーー!! 誰ですかーーーー!!」

 

 原作と違い、ハルはランボを抱いていたわけではなかったので、頬を叩くことはなかった。が、優に小さな声で「あの人なんかエロいです! 一緒に逃げましょう!」と言った。

 

 ばっちり聞こえてしまったランボはショックを受ける。大人になっても打たれ弱い。10年後のランボと知っている優は「まぁまぁ」といいながら立ち上がる。いつまでも座ってるのはどうかと思ったのだ。

 

「優さん、ですか?」

 

 バッチリと優と目が合ったすランボはすぐさま辺りを見渡す。いっそう挙動不審に見える。

 

「……すみません。あの人が一緒にいるかと思いました。お久しぶりです。無茶はしていませんか? 若き優さん」

 

 よくわからなかった優は首をひねる。なぜすぐに無茶という言葉が出てくるのだろうか。それに、あの人というのは誰だろう。ちょっと興味が出た。

 

「あの人って誰ですか?」

「ダ、ダメです。優さんが言えば、出てきちゃいます」

 

 顔が青くなりながら拒否するので、優は諦めた。無理に聞き出すのは悪い。

 

「優ちゃん、やっぱりエロイですー。帰りましょう」

 

 この後のことが気になったが、ハルが本当に困ってそうだったので優は帰ることにした。

 

 2人が帰り、獄寺が大人ランボに絡み始めたが、リボーンは無視し考える。

 

 大人ランボと優の様子を見て、リボーンはランボから攻めるのは難しいかもしれないと思い始めたのだ。優にランボをくっつかせていれば、優を巻き込むことは出来るが、雲雀の怒りを買うようだ。

 

 優がランボを大事にしているので大丈夫と思っていたが、そうではなかったらしい。世話になったはずの10年後ランボが優を見ると真っ先に逃げ出したくなっているのだ。余程、優が気付かないところで嫌な目にあってるらしい。

 

「獄寺はまた泣かしたからノーカンだぞ。ハルは大人ランボがダメで、優に迷惑かけたくねーとなると……やっぱツナが面倒みるしかねーな」

 

 リボーンの一言でツナがランボの保育係になったのだった。



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栗拾い 1

小話作品(ちょい甘)

リクエスト内容。
「主人公がツナ君たちとどこかへ遊びに行って雲雀さんが乱入」



※小話作品とは。
リクエストや記念日や作者のノリで書き「リボーンの世界に呼ばれてしまいました ~小話~」という場所に載せていた作品のこと。現在は本編と同じでチラシ裏にある。全体的に甘い。砂糖たっぷりすぎて吐きそうなものまであるかも。作者基準ですが念のため糖度レベルを前書きにて表示。

最後に。
書き直してるので本編に関わる内容になる可能性大。


 季節は秋。

 

 優はツナ、リボーン、獄寺、山本、ランボと一緒に栗拾いをするため並盛山にきていた。

 

「はぁ……」

「ツナ君、大丈夫?」

「なんとか……優がいて助かったよ」

 

 疲れてそうなツナに優は声をかける。栗拾いが始まる前に疲れているのは、並盛山へ向かうバスの中でランボが悪戯を何度も仕掛けたからだ。優の膝の上にいればランボは良い子になろうとすることに気付くまで、振り回されっぱなしだったのだ。

 

「このあほ牛! 10代目に迷惑をかけやがって!!」

 

 ゴンっと獄寺がランボの頭を殴り、ランボが泣き始める。優は慌ててランボをあやし、獄寺に注意をする。

 

「コラ! すぐに殴らないの!」

「あ!?」

「ランボ君、大丈夫ー?」

 

 未だに優と獄寺の中はあまり良くない。今回もツナが優を庇ったので、獄寺は渋々引き下がった。

 

 少し悪くなった空気を戻すために優は口を開く。ちょうど聞きたいこともあったのだ。

 

「このメンバーってツナ君が決めたの?」

「え?」

「栗拾いするってしか聞いてなかったからさー。まさか女の子が私だけなんて思わなかったの」

 

 ツナに誘われやってきたが、バス停で集合した人の顔を見て失敗したと思ったのだ。危険にあっても大丈夫そうなメンバーしかいない。

 

「オレだぞ」

「リボーン君だったんだー」

 

 答えを聞き、優の中で警戒心があがった。少しでも危険を回避しようと原作を思い出そうとするが、残念ながら原作にはない。

 

(でもまぁ、リボーン君の私の扱いって一般人だから気をつければ何とかなるかな?)

 

 自己紹介の時に言った殺し屋という言葉以外、リボーンの口から優はマフィア関連の話を聞いていなかった。

 

「今から栗拾いで勝負だぞ」

「んなーーーっ!!」

 

 ツナの叫びを聞きながら、優はやっぱりと思った。企んでない方がおかしい。

 

「小僧、栗拾いでどうやって勝負するんだ」

「そのままの意味だぞ。栗を多く拾った方が勝ちだ。勝てばオレから豪華商品が出るぞ」

 

 優は豪華商品はあまりいいものじゃないだろうなと頭の隅で思った。リボーンが用意する豪華商品はオチにつかわれることが多いからだ。

 

「んー負けたら何があるの?」

「負けても何もねぇぞ」

「ええええ!?」

 

 ツナは驚いた声をあげる。リボーンが負けても罰ゲームがないと言ったことが今まであっただろうか。ツナが思ったとおり、今回は特殊である。メリットとデメリットを考える優を参加させ、尚且つ警戒を下げるために無くしたのだ。

 

「そっか。でも女子の私とランボ君は不利だし、参加せず私がランボ君をみてるよ」

「オレもそう思ってな。2つのチームに分けたぞ」

 

 やはり優は勝負事に興味はない。回避しようとしている。盛り上がってる山本や獄寺とは大違いである。

 

「獄寺・山本・ランボチームとツナ・優チームだぞ」

「へ?」

 

 リボーンは優の意表をつけてニヤリと笑う。優は獄寺か山本のどちらかと組むことになると考えていたはずだからだ。

 

 優を参加させるためには、勝負事は公平でなければならなかった。出なければ、優が抜けたり諦めてビリになるからだ。つまりハンデとなる優とランボは一緒に組ませることは出来ない。そしてハンデとなる優とランボでも差がある。ランボがいるチームを3人にするのは必然である。

 

 ランボの面倒をツナがみるという普段の流れをあえて無視し、リボーンはこの組み合わせにしたのだった。ただ優を驚かせたいためだけに。

 

「待ってください! リボーンさん! なんでオレと10代目のチームが別なんスか!」

「ボスがいないところでファミリーの連携をとるのも右腕の仕事だぞ。今回の勝負でお前ら2人のどっちがいいか決める参考にしてーからな」

 

 文句が出そうな内容は予想していたので、スラスラとリボーンは答える。

 

「……わかりました。ですが、こいつの相手は無理ッス」

 

 ランボに指をさしながら獄寺は言った。

 

「それは私も賛成かなー」

「そ、そうだよ!」

「あほ牛の保育係ができれば、右腕決定なのは今でもかわってないぞ」

「……任せてください。オレがしっかりと面倒をみます」

 

 不安だ。不安でしかない。だが、やる気になった獄寺を止めることは難しい。右腕が関わってるので尚更だ。

 

「山本君お願いね……」

「……頼んだよ、山本」

 

 優の言葉に納得し、ツナも声をかけた。

 

「ハハッ。任せとけってな!」

「10代目! どうしてオレじゃなく、山本に頼むんスか!?」

 

 ツナと優は目を合わせる。しょがないよね、と。

 

 再び優は話をかえるために質問する。返事次第では中止に出来るかもしれないからだ。

 

「そういえば、勝手に栗拾いとかしていいの?」

「ヒバリの許可はとってるぞ」

「んなーーー! ヒバリさんの許可いるのーーー!?」

 

 ツナが驚きの声をあげてる時、優は溜息を吐いていた。もう回避出来るいいわけが見つからない。

 

「んじゃ今から3時間後、ここに集合だぞ。よーい、スタート!」

 

 優が観念したと感じ、リボーンはすぐさまスタートの合図をした。時間をかければ、優が何か思いつく可能性があったからだった。

 

「山本! さっさと着いて来い! 10代目、また後で会いましょう!」

「ツナ、風早。またな!」

 

 スタートの合図を聞き、獄寺はツナにきっちり頭をさげてから登り始める。慌てて山本は優からランボを預かり登っていった。

 

「じゃオレ達も行こっか」

 

 3人を見送ったツナはゆっくりと動き出す。今回は負けても罰ゲームがないので必死になる必要がなく、女子である優のペースにあわせる気だったからだ。

 

「んーちょっと待ってほしいかも。今から3時間後って何時?」

「えーっと……13時半?」

「でしょ。途中で絶対お腹が減るよ。おにぎりでも買って山に入ったほうがいいと思う。私は獄寺君達みたいに体力はないよー」

「そうだね! 買ってから行こう!」

 

 これぐらいの山の往復ならば、正直たいしたことがないがツナのために優は提案する。ツナも自分の体力がないと自覚しているし、自分のワガママではなく優のために行くので気が楽になり、すぐに賛成する。

 

「んじゃ行くぞ」

「リボーン! あっちに行ったんじゃなかったのかよ!?」

「腹減るからな」

 

 もっともらしいいいわけをし、優とツナの後をリボーンはついていったのだった。

 

 

 買い物を終えたツナは1人でいた。優がちょっとだけ待っててと言ったので、待ってるのだ。ちょっと寂しいが、優に置いていかれる心配は全くない。

 

「ごめーん。遅くなっちゃったー!」

「大丈夫だよ! 急いでないし!」

 

 走ってきた優にツナは慌てて声をかける。本当にたいして待っていない。

 

 優の呼吸が落ち着いてから2人とリボーンは登りはじめる。真っ先に出てくる会話の内容がランボの心配である。中学生っぽくない。それでも無理のないペースで登っているので、リボーンの企画にしては初めてツナは楽しむことができた。

 

 一方、リボーンはジッと優を観察していた。

 

 優はツナを動かすのが上手い。ツナを嫌な気分にさせず、納得させ誘導している。そしてそれをツナに気付かさせない。リボーンも舌を巻くほど、手際が良かった。

 

 特にツナは気付いていないが、栗の木はあっさり見つかるものではない。ここは農園ではないのだ。

 

 先に優が聞き込みをし、教えれないと言われれば、雲雀の協力を得て聞き出していたのである。後で栗料理を作るという条件をつけてるが、雲雀を動かしたのだ。誰にも出来ないようなことを簡単にやってのけている。

 

「優、どこまで気付いてるんだ?」

 

 栗拾いをしてる優にリボーンは真正面から聞いた。これが最善と判断したのだ。誤魔化した聞き方をすれば、優も誤魔化す。

 

「ん? マフィアのこと? それともリボーン君が本当に殺し屋ってこと?」

 

 真っ直ぐな目で見られ、これ以上は無理かと判断し優は答えた。

 

「えーー!? な、なんで知ってんのーー!?」

 

 ツナは驚いた声をあげたが、リボーンはやはりと思った。栗拾いの間、一度も優はリボーンを子ども扱いしなかった。一番弱いものを優先するはずの優が、ツナにしか気をつかわなかったのだ。ツナの努力も虚しく、バレてると考えるのが妥当だ。

 

「山本君とハルちゃんの話からなんとなく? 決定打は2つあるかな。雲雀先輩がリボーン君と戦いたいと思ってることと、獄寺君がリボーン君に対する態度」

「あの2人はわかりやすいからな」

「そうそう。2人とも周りの目を全く気にしないしね。獄寺君は時と場合によってはウソをつくこともあるけど、わかりやすいし。雲雀先輩はウソつかないもん。だから黙り込むことも多いかな」

 

 優は気にした風もなく、栗拾いを続ける。だからツナも少し落ち着けた。

 

「優はマフィアとか怖くないの?」

「ツナ君はツナ君だもん。それにツナ君は全然怖くないし」

 

 ガーンとショックを受けたツナに向かって、優は笑いかけながら言った。

 

「だってツナ君はいつも優しいから」

「……優」

 

 上手い。ツナが気にしていた優との壁をあっさりと乗り越えた。

 

「京子ちゃんとかの前では、今まで通りよくわからないフリしてるよ。ツナ君は広めてほしくないでしょ?」

「そうなんだ! ありがとう、優!」

「どういたしまして」

 

 顔を見合わせ、笑いあう。いつもと一緒だ。

 

 ドカン!と響く音を聞き、話のキリもいいので優は立ち上がる。

 

「行こっか。早く行かないと山火事になりそうだし」

 

 そう言ってツナを気にしながら優は歩き出した。

 

「……優って本当にどこまで知ってるの?」

「んー、ダイナマイトや手榴弾、10年バズーカのことも知ってるよ。大人ランボ君が教えてくれたんだ」

 

 優には隠し事が出来ないかもしれないとツナは思ったのだった。

 



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栗拾い 2

 煙から方角を推測し、ランボの泣き声で居場所をツナ達は特定した。最初に目に入った光景が、まぁまぁと宥めながら山本が獄寺を後ろから抑えてる姿だった。そして2人から少し離れたところで大泣きしているランボがいた。

 

「みんな!!」

「10代目!? オレ達はうまくやってます!!」

 

 誰がどう見てもその嘘は無理があると思うだろう。

 

 はぁと優は溜息を吐き、時計を確認する。そしてリボーンの顔を見る。

 

「もうすぐ終了時刻だし、試験も終わりでいいよね?」

「ああ。もう十分だぞ」

 

 まだ時間は30分ほどあると気付いていたが、優が目で頼んできたのでリボーンは話をあわせた。優の真意が聞けたので十分収穫はある。

 

 ツナと優がランボをあやしながら事情を聞けば、ランボがお腹がすいたと駄々をこね始めたことが発端だったようだ。

 

「食べに戻れば良かったのに……」

「それが迷っちまってよ」

 

 ハハッと笑う山本にツナと優は何も言えなくなった。これはフォロー出来ない。仕方がないと息を吐き、優はカバンをあさる。ご飯は食べてしまってもう無いが、おやつは持ってきていたのだ。あまり良くないが、渡しすぎなければ大丈夫だろう。

 

「ランボ君、クッキーあったよー。でも食べるなら、おてて拭いてからね」

 

 優の言葉にランボは目をキラキラさせ、優が渡したウエットティッシュで手を拭き始める。

 

「優って慣れてるよね」

「まぁねー」

 

 前の世界では家政婦のような扱いだったと言えないので、笑って優は言葉を濁した。優にお金があったから、引き取ってたようなものだった。

 

 獄寺達は気付かなかったが、僅かに優の顔が濁ったことにツナは気付く。

 

「優……」

「どうしたの? ツナ君?」

 

 いつもと変わらない笑顔。ツナは何でもないよとしか言えなかった。

 

 ザッと土の音が響き、一斉に振り向く。

 

「ヒ、ヒバリさん!?」

「やぁ。この煙は誰の仕業かい?」

 

 突如現れた雲雀が口にした言葉に身をかたくする。言えるわけない。

 

「迷子になっちまって、SOSだぜ」

 

 山本の機転……というより、本気でそう思ったことを口にした。

 

「ふぅん。君が居たのに迷子になったんだ」

「私は救出の方ですよー。煙を見て来ました」

 

 本当にそうだったというように優は山本の話にのる。こっちは確信犯である。

 

「そう。でも群れすぎだよ」

 

 ウソまでついたが、回避は不可能だったようだ。雲雀がトンファーを構える。

 

「ちゃおッス」

 

 今すぐ咬み殺し始めような雲雀を牽制するかのようにリボーンが雲雀とツナ達の間に立つ。

 

「やっぱり会えたね。赤ん坊」

 

 リボーンはニッと笑う。雲雀の動きを止めたのは確かめたいことがあったからだ。今ので2つはわかった。雲雀は優からの電話で、ここに来た。そして、優にではなくリボーンに会いに来たことが。

 

「オレとバトルしてぇんだな。こいつらに勝てればしてもいいぞ」

 

 ツナの驚きを無視し、リボーンは話を進める。まだまだ知りたいことがある。

 

「リボーン君、危ないよ!!」

「いいよ。皆つぶすつもりだったし、さっさとはじめよう」

 

 雲雀はやる気だ。優の頼みよりリボーンとの戦いを選んだ。

 

「おめぇら、こいつらの中には優も入ってるぞ。勝たねぇと優の番が来るぞ」

「な、なんで優も!! 絶対ダメだ! 絶対!!」

「お前らが勝てばいいだけの話じゃねーか」

 

 そう言ったものの、今のツナ達の実力では勝てないとリボーンはわかっている。そしてそれを雲雀も気付いているはずだ。雲雀がどこまで優に甘いのか1度はっきりさせるために言ったのだ。

 

 巻き込まれた優はというと、うーん……と悩んでいた。リボーンの様子からまだ優の強さがばれていない。そのため出番が来ても助けてくれるだろう。ツナ達との実力を考えると雲雀と戦うには時期尚早だ。どうにかして雲雀をなだめる方法がないのかと考えていたのだ。

 

「…………帰る」

 

 へ?とツナと優の声がかぶる。

 

「お腹すいた。帰るよ」

 

 優の方を見て雲雀は言った。仕方ないように優は溜息を吐き、ツナの方を向く。

 

「栗拾いの勝負で勝ってればツナ君が豪華商品をもらってね。後、ランボ君のことよろしくね。道は……わかるよね?」

 

 最後の言葉はリボーンに問いかけた。頷いた姿を確認した後、優はもう去ってしまった雲雀の後を追った。

 

 その2人の後姿をツナ達は信じられない、でもどこか納得するような目で見ていた。

 

 2人の気配が完全になくなったところで、リボーンは口を開いた。

 

「ヒバリは優を咬み殺すことはできねーみたいだな」

「……うん」

 

 鈍いツナでも時間をかければわかる。優本人は気付いていないようだが、あれは雲雀の気まぐれではない。

 

「帰るぞ、お前ら」

 

 豪華商品という名目で優をファミリーに入れることは出来なかったが、収穫は十分すぎるほど得た。優を危険な目にあわせれば、雲雀のファミリー入りが難しくなるとわかったのだから。

 

「リボーンから守ったのかなぁ」

 

 ボソリとツナが呟いた。やめるだけではなく、優を連れて行ったから。

 

「ツナ、それはどういう意味で言ってるのかわかってんのか」

 

 ひぃとツナは声をあげる。ただ思ったことを言っただけなのに。……その思ったことを口にしたのが間違いである。

 

 ツナの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 優は足を止め振り返る。ツナの声が聞こえた気がしたから。風で声を拾ってみたが、今は何も聞こえない。

 

 気のせいかと首を振り、優は前を向く。

 

「わっ、雲雀先輩!?」

 

 前を歩いていたはずの雲雀が目の前にいたので優は驚いたのだ。気を抜きすぎたと反省しながら、優は心臓を押さえる。

 

「なに」

「ツナ君の声が聞こえた気がしたんですけど、多分気のせいだと思います」

「ふぅん」

 

 再び前を歩き始めた雲雀を見て首をひねる。今のは機嫌が悪い「ふぅん」だ。いったいどこで機嫌が悪くなったのだろうか。

 

(リボーン君と戦えなかったから? でも自分からやめたのにね)

 

 とことん自分のことになると鈍い優である。ここまでくると酷いを通り越し笑える。

 

「あ、雲雀先輩」

「なに」

「ちょっと失礼しますね」

 

 雲雀に駆け寄り、背を伸ばす。ちょうど雲雀の髪の上にカエデの葉がのったのだ。

 

「ついてました」

 

 優は雲雀にわかるようにカエデの葉を見せる。

 

「そう」

 

 雲雀は納得し再び歩き始める。だが、今度は先程と違って優の隣に居た。優が楽しそうにカエデの葉を見つめてるので、危なっかしいのだ。

 

「それ、いつまで持ってるの?」

「今日の思い出に栞にしようかと思いましてー」

 

 カエデの葉を眺め、ふふっと笑う優を見て、雲雀は溜息を吐いた。どうやら捨てる気はないらしい。

 

「……君の髪の色に似てるね」

「あ、本当ですね」

 

 自分の髪を持ち上げ、見比べ始める優。さらに危なっかしくなった。

 

「やっぱりこっちの方が綺麗」

 

 ポイっと自分の髪を捨てるかのように離し、優はカエデの葉を見て笑う。すると、捨てたはずのものを拾い上げられる。

 

「僕はこっちの方が好きだけど」

 

 信じられないような目で雲雀の顔をジッと優は見つめた。

 

「不快と思わないんですか?」

「どうして?」

「え、だって……」

 

 もごもごと口を動かした後、何もなかったように優は笑った。

 

「なに」

「気にしないでください」

「なに」

「何もありませんよ」

「…………」

「…………」

 

 片方は睨み、片方は笑い、水面下で激しい戦いが起こる。はっきりいって、怖い。

 

「はぁ」

 

 よしっと優は心の中でガッツボーズをする。雲雀が折れたと思ったから。だが、そうではなかった。優の取り扱い方を知ってるのはリボーンだけではない。

 

「……遠くからでも君がいることがわかる。綺麗な色だよ」

「は、初めて言われました……。誰の子かわからなくて、目立つし気持ち悪いとしか……」

「こんなに綺麗なのに?」

 

 雲雀が誤魔化すことはあっても、ウソをつかないことを優は知っている。だから胸に響く。

 

「ありがとう……」

 

 泣きそうな目をしながらも笑ってる優に「行くよ」と雲雀は声をかけた。

 

 

 

 バイクで雲雀の後ろに乗り、家に帰ってきた優は口を開いた。

 

「栗料理は時間がかかりますし、明日にしましょうか?」

「今日でいいよ」

「じゃぁ軽く先に何か作りますね」

「どうして?」

「え? だってお腹減ってるんですよね?」

 

 不思議そうに首をひねる優に雲雀は「いらない」と押し切った。

 

 優が料理にかかったのを見て、雲雀は溜息を吐く。

 

 最近は誰かさんのせいでウソをつくようになり面倒なことがおきる、と。



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跳ね馬ディーノ

 よいしょっと優は荷物をかかえ、フラフラと歩いていた。両手には食材だけじゃなく生活品もある。重いものは配達を頼んだが、それでも細かいものが積み重なれば、結構な量になってしまう。風をつかえば荷物は軽くなるが、嵩が減るわけではないので覚束ない足取りになってしまったのだ。

 

 優がここまで考えなしに買い物をしたのは、時間がないからだ。いつ雲雀から呼び出されるかわからない。ツナ達は事情をわかってくれるので、途中で抜けても許してくれるのでまだいい。……本音は良くないのだが、買い物中に呼び出されるのは本当に困るのだ。生活に支障が出る。

 

 そのため食材がなくなる前日に雲雀に訴え、絶対に放課後の呼び出しがないように交渉する。毎日は許さないので、おのずと買い込む流れになってしまうのだ。

 

「危ないぜ」

 

 流れるように荷物を奪った男の姿に、優は目を見開く。

 

「家はどこなんだ? 送っていくぜ」

「おいおい。目を離したスキにボスがナンパしてるぜ」

「ちげぇよ!」

 

 和気藹々とした空気に優も肩の力を抜く。油断している優の荷物を奪うぐらいこの人物なら造作もないこと。そして100%の親切心から出た行動だと優は知っていた。

 

「ありがとうございます。でも近いですし大丈夫ですよ」

「近いならすぐに終わるな」

 

 ツナに似た温かさを持つディーノに、結局優は甘えることにした。

 

 

 

 

「へぇ、昨日から日本に……」

「ああ」

 

 大人数がいても仕方が無いので、優の周りにはディーノとロマーリオだけである。ロマーリオは一歩引き歩いているので、優の話し相手はもっぱらディーノだった。

 

「せっかくの観光中にすみません」

「しばらく滞在する予定だし、部下と買い物はいつでも出来る。気にするな」

「ありがとうございます、ディーノさん」

 

 もちろん自己紹介は最初の方に済んでいる。優は名を知っていたが、聞かない方がおかしい。

 

「それにしても……日本語、お上手ですね」

「ガキの頃から勉強しているからなぁ」

「それは凄いですね」

 

 マフィアのボスはそういう勉強もあるらしい。優は感心した。

 

「優は生まれも育ちも日本なのか?」

 

 髪と目の色を見てディーノは思ったことを言っただけなのだろう。しかし優はどうやって説明しようかと悩んでしまった。神から過去は向こうの世界と同じと聞いていたにも関わらず。

 

「優?」

「すみません。実はよくわかっていなくて……。5歳の頃に引き取られた家は日本だったんですが、その前にどこで何をしていたのかサッパリなんです。母は日本人というのはわかってますが……」

 

 優が言葉を濁した意味をディーノは察した。

 

「……すまん」

「いえ。私は聞いてもらえて楽になりました」

 

 説明の仕方を悩んだが話したくないと優は思わなかった。恐らくディーノから流れる雰囲気が温かいからだろう。

 

「あ、ここです! ありがとうございました! 良かったらお茶でも飲んでいってください」

「じゃ頂くぜ」

 

 先程の空気を打ち消すように話す優をみて、ディーノはお邪魔することにしたのだった。

 

 家にあがったディーノとロマーリオは勧められたソファーに座り、リビングを見渡す。随分と綺麗に片付いている。ただ、広い家の割りに荷物が少ない。

 

「1人で住んでるのか?」

「はい。殺風景な部屋ですみません」

 

 顔に出したつもりはなかったので、気付かれたことにディーノは驚く。だが、優はたいしたことではない風に、話を続けた。

 

「新しく引き取ってくれた人はもっと好きにつかっていいって言うんですけど、何を買っていいのかわからなくて、結局用意してくれた家具しかないんです」

 

 ちなみに新しく引き取ってくれた人というのは神のことである。詳しくは聞いていないが、なぜかこの世界に神の戸籍があり、優は神の養子になっているのだ。

 

「あ、とても良い人ですよ! 服とか季節が変わるたびにいっぱい送ってくれるんで困ってるぐらいです」

『別に困るほど送ってないだろ。普通だ、普通』

 

 頭に響いた声を優は無視し、ディーノ達にお茶を出す。

 

「寂しくないのか?」

「はい。友達がいっぱい出来ましたから」

「そうか」

「それに私の都合もお構いなしに家に来ては、ご飯作れっていう先輩もいますし」

 

 口をとがらしながらも優が笑っているので、ディーノとロマーリオも笑う。

 

「変わった先輩だな」

「はい。とーっても、変な先輩です」

 

 一変して優は真面目な顔をしてディーノの言葉に同意した。が、途中でおかしくなり耐え切れず揃って噴出す。

 

「ここに居たのか」

「リボーン!?」

「こんばんは、リボーン君」

 

 突如現れたリボーンにディーノは驚くが、優は何事もなかったように挨拶する。気配に気付いていたのもあるが、殺し屋のリボーンの行動にいちいち驚いていられないのだ。

 

「おめーの部下からディーノがナンパしたって聞いて、見にきてやったぞ」

「あいつら……」

 

 ディーノが心配だからこそ、リボーンに声をかけたのだろう。ディーノのファミリーのあまりの仲の良さに優は笑うしかない。

 

「リボーン君の関係者ってことでいいのかな?」

「ああ。ツナの兄弟子だぞ」

 

 そうなんだと言って笑う優をみて、ディーノは詳しい事情を知っているとわかり改めて挨拶する。

 

「キャバッローネファミリー、10代目ボスのディーノだ。まさかリボーンの知り合いだったとは思わなかったぜ」

「私はツナ君の友達ですから」

「ちげぇぞ。ファミリーの一員だぞ」

 

 この機会にちゃっかりと勧誘するリボーン。

 

「私をいれても、雲雀先輩が入るとは限らないよ」

 

 優はクスクスと笑いながら言った。リボーンの思惑に気付いてたようだ。そして、優が雲雀の好意に気付いていたことも驚いた。知っていてあの態度だとすれば、かなりの小悪魔である。

 

「雲雀はおめーに甘いからわからねーぞ」

「え? リボーン君大丈夫? 雲雀先輩が私に甘いわけないじゃん。多少は他の人より優しいのは否定しないけど、それはご飯に困るからだし」

 

 ……そうではなかったらしい。

 

「まぁもし……もしそれが事実だとして、リボーン君がそれで私を誘ってるなら絶対に入らないよ」

 

 リボーンは真意を掴むために優の顔をみた。

 

「必要なのは雲雀先輩であって私じゃないってことでしょ? 足枷になるのは勘弁。ファミリーに入らなくてもツナ君の友達は続けれるしね」

「……今回はリボーンの負けだな。しっかし珍しいじゃねーか、リボーンが一本とられるなんて」

 

 空気をかえるかのようにディーノが笑い出し、優もそれにのる。

 

「それだけ雲雀先輩をファミリーに入れたいってことですよ」

「強いのか?」

「はい。とっても。それでいて変な先輩なんです」

 

 またも真面目な顔して言ったことで、先程のことを思い出し途中で耐え切れずに笑いあう。

 

「気に入ったぜ、優。オレのところへ来ないか?」

「それ、面白そうですね。……でも今は保留かな。ツナ君が困った時にすぐ駆けつけたいから」

「そうか。それは残念だ」

 

 本当に残念そうにディーノが言ったので、優はまた笑った。

 

 

 

 

 

 優の家からツナの家へ帰り道、ディーノは真面目な顔をしてリボーンに声をかけた。

 

「なんであんな方法を取った。お前らしくもない」

「……優は自分の価値が低いと考えている。だからツナを自分よりも大切にしている。他にも頭が良くて、オレがいる限りツナがボンゴレを継ぐことになるのは時間の問題だと気付いている」

「で、ヒバリっていう奴が強くて、ツナの助けになることもわかっている、か……」

 

 ああ。とリボーンは白い息を出しながら言った。

 

 リボーンは雲雀が優に甘いと知れば、優はツナのために協力するだろうと思っていた。だが、足枷になるのは勘弁と優は言った。

 

 雲雀の、という意味ではない。

 

 では、いったい誰の足枷か。

 

 答えは簡単だ。続いた言葉はツナのことだった。

 

「ツナはいい友達を持ったなぁ」

「そうだな」

 

 もし雲雀を手に入れるために優を巻き込んでしまったと知ってしまえば、ツナは一生後悔することになるだろう。

 

 優はツナの心の足枷になるのを拒んだのだった。

 



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お見舞い

 朝からケイタイの着信音が鳴り響く。寝起きの悪い優は当然無視する。休日でこんな時間にかけてくる人物は1人しか居ないからだ。だが、一向に鳴り止む気配が無い。切れてもまたかかってくるのだ。

 

 あまりにもしつこい。嫌がらせなのだろうか。優はケイタイに手を伸ばし、通話ボタンを押し叫んだ。

 

「何ですか!!!」

『すみません。草壁です』

 

 聞こえた言葉に固まる。そういえば、ケイタイ画面を確認しなかった。

 

「す、すみません……。雲雀先輩と思いました……」

『いえ、こちらこそ朝から何度もすみません』

 

 電話だというのに、優は首を振った。常識のある草壁がこんなことをするのは雲雀が原因だとわかっているからだ。

 

「どうかしたんですか?」

『委員長が今日入院し、ご飯を持ってきてほしいと伝言を受け取りまして』

「雲雀先輩が怪我したんですか?」

 

 雲雀が怪我をするなんて余程強い相手だったのだろう。もしかすると転生者かもしれない。

 

『いいえ、風邪をこじらせたみたいで……』

「えっ、風邪ですか?」

 

 思わずもう1度確認する優。咳き込んでる雲雀が想像できなかったのである。しかし返って来たのは肯定だった。

 

「どこの病院ですか?」

『並盛中央病院です』

「わかりました。わざわざありがとうございました」

 

 電話を切り、優は風邪に効きそうな料理を考え始めたのだった。

 

 

 

 

 弁当とフルーツを持って優は並盛中央病院に来ていた。まずは雲雀の病室を聞くために受付に顔を出す。

 

「すみません。今日入院した人のお見舞いなんですが、部屋番号を聞くのを忘れてしまって……」

「お名前の方を教えてもらえますか?」

「雲雀恭弥っていうんですけど」

 

 雲雀の名を聞き、真っ青になる看護師。

 

 優は不安になる。ご飯が食べれるなら、そこまで症状が酷くはないと優は思っていた。だが、看護師の顔色をみれば、あまり良くないのかもしれない。

 

「何号室ですか!?」

「あ、案内させていただきます!」

 

 看護師が早歩きだったので、優は不安になる気持ちを抑えることが出来なかった。

 

 病室の前で別れた看護師を見送る余裕も無く優はノックをした。そして返事を待たずにドアを開ける。

 

「雲雀先輩!!」

「やぁ」

 

 いつものようにトンファーで咬み殺している雲雀に優は駆け寄る。

 

「なんで起き上がってるんですか!!」

「退屈だからゲームをしててね」

「ゲーム?」

「僕が寝てる間に音をたてたら咬み殺すっていうゲーム」

 

 雲雀の言葉に優はプルプルと震えだす。そしてキッと睨みつけ、雲雀に怒鳴った。

 

「なに、バカなことをしてるんですかーー!!!」

 

 雲雀は目を細めた。いつもは咬み殺されている人を心配そうに見てはいたが、今まで一度も雲雀のことを止めたことはなかった。

 

「僕に命令するんだ」

「……だって、悪化したらどうするんですかっ」

 

 さっきの睨みはどこにいったのかというぐらいに、優の顔は泣きそうだった。

 

「……喉が痛いだけだから」

「へ?」

「だから症状が」

 

 何度も瞬きを繰り返し、やっとの思いで口にする。

 

「か、風邪をこじらせてって……」

「僕が喉を痛めたからね」

 

 優が固まってる間に、雲雀は咬み殺した残骸を部屋の外へ放り出す。

 

「………はぁーーーー!?」

 

 理解した途端、優の絶叫が病院に響き渡った。

 

 

 

 

 

 5分後、ぷりぷりと怒りながらも優はリンゴをむいていた。

 

「勘違いしたのは君でしょ」

「普通は喉を痛めたぐらいで入院しません」

 

 優の言葉はまさしく正論だが、どこ吹く風と聞き流された。

 

「まったく人の気もしらないで」

 

 そういって、優はむき終わったリンゴを口にした。

 

「それ、僕のために持ってきたんじゃなかったの?」

「私のお金で買ったものです」

 

 黙らせるように切ったりんごの1つを雲雀の口に押し付けた。仕方なく雲雀は口を開く。

 

 シャリ……とリンゴの食べる音だけが病室に響く。誤魔化そうとして怒っていたが、流石にそろそろ限界だった。

 

「……一瞬で死ぬことだってあるんです」

 

 ポツリと優は呟き、胸を押さえるかのように服の上からおしゃぶりを握った。

 

「雲雀先輩は強くて丈夫かもしれないけど、心配にならないわけじゃありません。どうしても抗えない運命はあるから……」

 

 途中から優自身のことについて話してる口ぶりに雲雀は眉を寄せた。

 

「君がそう決め付けてるだけだ」

 

 雲雀の言葉に悲しそうに優は笑った。

 

「……助けてあげてもいいけど」

「ありがとうございます。でも、もう十分助けてもらってますよ」

 

 何かした記憶のない雲雀は説明しろと優を睨み圧力をかけた。

 

「並中に通ってる間は抗えてますから」

「……なにそれ」

 

 まだどこのマフィアにも所属していないアルコバレーノ。存在がバレれば、恐らくもう学校に通うことは出来ない。マフィアが放置するわけがないからだ。この事実に気付いた時、優はもうツナ達と仲良くなった後だった。

 

 だから、離れたくないと優は思ってしまった。

 

「雲雀先輩には感謝してますよ」

 

 転生者を雲雀が今まで咬み殺していた可能性がないとは言い切れない。雲雀のおかげで優はまだ動かなく済んでいる。

 

「じゃ、帰ります。お弁当、食べてくださいね」

 

 話は終わりと立ち上がろうとした優の腕を雲雀が掴んだ。

 

「僕の許可無く学校をやめるなんて許さないよ」

 

 優は笑った。引き止めようとしてくれたことに喜んで笑ったわけではない。雲雀から手を離すことになるとわかっていたから笑ったのだ。いくら雲雀でもアルコバレーノは手に負えない存在だ。獄寺のように正式なボンゴレファミリーの一員が学校に通うこととは話が違う。アルコバレーノとはそういう存在だ。出来るだけ隠すつもりだが、いつまで持つかはわからない。

 

 雲雀は力を込めた。優の笑顔の意味に気付いたから。

 

「痛いです。雲雀先輩」

「許さないから」

 

 雲雀に甘え、その手をとりたくなった。だが、それをすれば雲雀を縛ってしまいそうで出来なかった。

 

(そろそろ限界かなぁ……)

 

 雲雀のことは関係なく優を誘っていれば、すぐにでもボンゴレに入ったかもしれない。だが、結局は出来なかっただろう。優の存在がツナの将来を縛ってしまいそうで。

 

 キャバッローネで世話になり、影ながらツナ達を守るのが最善の選択だろう。

 

「……今はまだ」

「はい?」

「今はまだ僕に振りまわされておきなよ」

 

 決して納得したわけではない。だが、いくら脅したとしても優が頷かないと雲雀はわかってしまった。しっかりと腕を掴んでるはずなのに、このままではすり抜けてしまう。

 

「…………そうします」

 

 そういって、優は座わりなおした。優だってこのまま学校に通っていたい。……今はまだ。

 

「次、あれ食べたい」

「はい。ちょっと待ってくださいね」

 

 雲雀が指したオレンジを優はむき始めたのだった。

 

 

 

 この日から優は雲雀の呼び出しに文句を言わなくなった。



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クリスマスイブ 1

小話作品(ちょい甘)

2012年のクリスマス企画っぽい。


 コソコソと優の後ろを歩く人影があった。

 

(……何がしたいんだろ)

 

 チラっと優が振り返れば、慌てて隠れていた。

 

(まぁいいか。見られても困るもんじゃないし)

 

 気にせず優は店に入って行った。

 

 

 

 

 

 話は2日前の終業式に遡る。

 

 HRが終わり、クラス全体が冬休みに喜んだ時だった。

 

「ガハハハ! ランボさん登場だもんね!!」

 

 もう見慣れた光景なので誰も驚かない。

 

「ランボ!! 学校に来るなって言っただろ!!」

「優、今からオレっちと遊ぶ約束だもんね」

 

 ツナはランボを叱ったが、優のところへ楽しそうに向かっていくので話を聞いている気配がなかった。

 

「ツナ君、ごめん……。今日一緒に遊ぶ約束をしてたんだけど、まさか学校に来るとは思わなかったんだ……」

「ゆ、優は悪くないよ!」

 

 実際ランボが悪い。それでもツナに申し訳なく優はもう1度謝った。

 

「……あれ? ランボ君、イーピンちゃんは?」

 

 ツナの家に遊びに行ったりもするので、可愛いもの好きの優はイーピンとも仲良くなっていた。だから今日は3人で遊ぼうと約束していたのだ。しかし、姿が見えない。

 

「知らないもんね」

 

 置いてきたらしい。

 

「……ツナ君の家に1度行ってから公園に行こうね」

「ほーい」

 

 ふざけながらも大人しく優に返事をするランボ。ツナとはまるで違う反応である。実は叱るより、言い聞かせたほうがランボはよく話を聞くのだ。……その分、根気もいるが。

 

「優ちゃん!」

 

 帰ろうとランボを抱きあげた時、京子に呼び止められる。

 

「どうしたの?」

「クリスマスの予定ある? お昼に花と一緒に遊びに行こうって話してたの」

 

 羨ましいというツナの視線を感じ、ツナも一緒にどうかと声をかけようとすれば……。

 

「女だけのクリスマスよ!」

 

 優から距離をとりながらも、黒川が先手を打った。優の考えてることはお見通しだったらしい。ちなみに距離が離れてるのは黒川が子ども嫌いだからだ。優もそれを知ってるので、近づこうとはしない。

 

「25日のお昼だよね? 24日じゃないよね?」

「うん」

「じゃぁ大丈夫だよー」

 

 日付を確認し、了承する。雲雀には先に報告していれば、呼び出してくることはない。あの一件で雲雀も思うところがあったのだ。

 

「その言い方だと24日は予定があるみたいね」

「15時ごろに……ちょっと……」

 

 ぼかした言い方をした優に黒川は飛びついた。

 

「ははーん! デートね!」

「……えーっと、まぁ」

 

 ピシッと音がするぐらい男子達が固まる。黒川も冗談で言ったのに、まさか肯定の返事がかえってきて驚いていた。

 

「ちょっと優! どういうことか説明しなさいよ!」

 

 今すぐ詰め寄りたいが優がランボを抱きかかえているので、離れた距離から黒川は叫ぶしかない。

 

「遅いぞーー!」

 

 ランボから我慢出来ない声があがる。

 

「ご、ごめん。またね!」

 

 ランボが暴れ始めたので優は教室から逃げるように去っていったのだった。

 

 優がいなくなった後の教室では、男子達がツナに詰め寄っていた。

 

「風早さんとデートするのはお前か!?」

「ちっ違うよ!!」

「ってことは……」

 

 男子達に思い浮かぶのは体育祭でおきたあの光景。親密そうに話し、腕をひかれても嫌がる素振りも見せなかった。

 

 ぐおおおお!と両手と両膝をつき嘆く者が大量に現れた。よく見るとウソだと壁に頭をぶつける者までいる。優は人気があるとわかっているツナでもこれには引いた。

 

「…………君、何しているの?」

 

 突如現れた人物に、緊張が走る。だが、嘆いている男は気付かなかった。

 

「夢なら覚めてほしいんだ!」

「ふぅん。それで君は僕の学校を傷つけてるんだ」

 

 ゴンゴンと頭をぶつけていた男がゆっくりと振り向く。目に入った人物をみて、本当に夢なら覚めてほしい。

 

「一生……目を覚まさないようにしてあげるよ」

 

 死刑宣告をうけ、現実と知る。

 

「ちゃおッス、ヒバリ」

「赤ん坊かい? 今取り込み中だよ」

「聞きたいことがあるんだ。すぐ終わるぞ」

 

 すぐ終わるなら良いかと雲雀はリボーンに目を向ける。もちろん動かないように男を睨んでからだ。

 

「ヒバリは24日に何してるんだ?」

「? 特に決めてないけど、風紀委員の仕事をしてると思う」

「優のデートの相手はヒバリじゃなかったのか、サンキューな」

 

 ドカッ!とトンファーで咬み殺した音が響いた後、雲雀はすぐさま教室から去って行った。普段より音が大きかったのはきっと気のせいではない。

 

「京子も誰か知らねぇのか?」

「うん」

「きょ、京子! 先に帰るわよ」

 

 雲雀が教室にきたことで、京子と一緒に居た黒川は後ずさる。そしてリボーンから逃げるように黒川は教室を出て行った。

 

「おめーらも知らねぇのか?」

「ん? ああ」

「興味ないスよ」

 

 山本と獄寺にも確認を終えたリボーンは、ニッと笑いツナの顔を見る。

 

「ツナ! 24日に優をつけるぞ!」

「はぁーー!?」

「優はお人よしだからな。変な男と付き合ってるかもしれねーぞ」

 

 ツナは否定できなかった。普段周りに関心がない優だが、ダメツナと呼ばれるツナと友達になるぐらいである。仲良くなってしまえば、コロっと騙されるかもしれない。

 

「優ちゃん、大丈夫かな……」

「京子ちゃん……」

 

 ツナだけでなく、京子にも心配され始める優。普段から心配かけていることがよくわかる。

 

「でもよー、小僧。そういうのはやっぱダメじゃね?」

 

 あまりの天然でツナを驚かせることが多い山本だが、やってはいけないことはわかっている。

 

「普通はな。でも相手を誰も知らねぇんだ。もしもの時、どうするんだ?」

 

 黙りこむツナ達。自分のことになると優は途端に鈍くなる。身の危険を感じていない気がする。リボーンの言うとおり誰も知らない時点でおかしい。

 

「自業自得……」

 

 ポツリと呟いた獄寺の言葉に京子の顔が真っ青になったのをツナははっきりとわかった。かくいうツナも顔色が悪い。

 

「優のデートの邪魔するのも悪いからな。問題なさそうだったらそのまま帰ればいいだろ」

 

 リボーンの提案に乗りたい気持ちが強いツナだが、優に嫌われることが怖く、一歩踏み出せない。

 

「そうだね!!」

 

 だが、まさかの京子がやる気になった。普段大人しい姿からは想像できない大胆な行動である。

 

「ツナ、いいのか? 京子だけだと、もしもの時危ねぇぞ」

 

 結局、ツナと山本は心配だったこともあり、リボーンの案にのった。そしてツナが行くので、獄寺もついていくことになった。

 

 

 

 そして24日の朝。

 

 優は目をこすりながら洗面所にむかうと、リビングのソファーに雲雀が座ってることに気付く。

 

「おはようございます。ちょっと待っててくださいね」

 

 優が1人で大騒ぎしてから雲雀は見ないようになったので、優はトタトタと歩く。

 

 顔を洗って着替えを終わると改めて雲雀に挨拶する。

 

「おはようございます。雲雀先輩」

 

 チラっと優の姿を見て、僅かに眉があがったことに優は気付いた。

 

「……似合いませんよね」

 

 やっぱりと優は肩を落とす。クリスマスプレゼントで貰った服を着たのだが、いつもと雰囲気が違うので気後れしていたのだ。

 

「すぐに用意しますね。待っててください」

 

 そういってキッチンに向かった優の後姿を雲雀はジッと見ていた。

 

 

「ねぇ」

 

 ご飯を食べ終わり、お茶を飲んでると雲雀が口を開いた。優は肩の力を抜いた。今日はまだ一言も話してなかったので、優に対して怒ってる気がしていたのだ。

 

「はい。なんですか?」

「今日……出かけるの?」

「あ、はい」

 

 スッと雲雀の目が細くなる。

 

(やっぱり怒ってる!? でもちょっと前に許可貰ってたよね!?)

「あ、あの……雲雀先輩……。1時間ほどしか出かけませんので……用があるなら呼んでくれても大丈夫ですよ?」

 

 恐る恐る優は提案する。

 

「……1時間で帰ってこれるの?」

「は、はい。15時に約束してるので16時前には帰ってこれますよ。それほど時間がかかる用件ではないです」

 

 少し機嫌が良くなったので優はホッと息を吐く。

 

「……赤ん坊」

 

 思わず優は逃げる。とてつもなく、雲雀がリボーンに対して怒っているからだ。

 

「16時にくるから。それまでに戻っていないと……」

 

 ゴクリと喉がなる。怖い。雲雀がすぐに言わないのは何を言おうか考えてるからだ。こういうときは優が絶対に帰ってきたくなるようなことしか言わない。

 

「……食べちゃうよ」

「えーー! せっかくのご馳走がお預けとか酷いです! そもそも作るのは私なのに!!」

 

 半泣きになる優。前日から仕込みをしていたのを知ってるのに!と優は嘆いた。

 

「……冗談半分だったけど、これは酷いね」

「酷いのは先輩の方です! 半分本気じゃないですかー!」

 

 優の言葉に驚いたような顔をする雲雀。そして何か考えるように雲雀が黙り込んだので、優は「え、気付いてなかったんですか」と口を開こうとしたところで待ったがかかる。

 

『……優、それは言うな』

(え? 神様、なんで?)

『これ以上言えば、本当に食われるぞ』

 

 優は口を閉ざした。食事抜きは避けたい。

 

『わからなくてもいい。だけど、知ってろ。物事には順序があるんだ。追い討ちをかければ、暴走する可能性がある。ゆっくり考える時間をあげろ』

(んーわかった。雲雀先輩が何をそんなに考えるのかわからないけど、じっくり待つよ)

 

 雲雀が真剣に考えてるのはわかっていたので、神の言葉を素直に聞き、優は新しいお茶を準備する。

 

 コップを置けば音に反応したらしく雲雀が顔をあげた。

 

「温かいのをいれなおしたので、良かったらどうぞ」

 

 すると、お茶ではなくジッと雲雀が優の顔を見始めたので優は首をひねった。

 

「雲雀先輩?」

 

 バッ!と腕をつかって顔を隠し、立ち上がる雲雀。

 

「帰る」

「あ、はい。では夕方にお待ちしてますねー」

 

 そそくさと去っていったので聞こえてたのかも怪しい。

 

「変な雲雀先輩」

 

 ズズッとお茶を飲みながら、優は呟いた。

 



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クリスマスイブ 2

 待ち合わせ時間に余裕をもって優は家を出た。すると、コソコソと隠れるような気配を感じる。いくら優が気を抜いたとしても、素人丸出しの怪しい気配に気付かないわけがない。

 

 仕方なく、優は隠れてる気配がする方へ向かって歩く。慌てて逃げようとするが、やはり素人である。咄嗟に逃げることが出来ず、優に見つかる。

 

「あれ? みんな何してるの?」

 

 偶然出会ったように話しかけているが、優の本心である。まさか犯人がツナ達だとは思わなかった。

 

「あっ、いや……その……」

 

 口ごもるツナ。すぐに見つかると思っていなかったのもあるが、本当のことを言って嫌われたくない。

 

「今からみんなで出かけるのな」

 

 山本は誤魔化してるというより、半分本気で思っていた。

 

「てめぇのことはどうでもいいんだよ! オレは10代目についてきてるんだ!」

 

 半ばその反応は予想していたので優は驚かなかった。仕方ないと息を吐き、ツナ達に話しかける。

 

「よくわかんないけど……みんなで楽しんできてね?」

「う、うん」

 

 仕返しとばかりにツナを手招きし、耳打ちする。

 

「京子ちゃんとイブに遊べてよかったね!」

「んなーーー!?」

 

 ツナの反応に満足した優は、明日遊ぼうねと京子に声をかけてからツナ達と別れたのだった。

 

 

 

「おい、ツナ。風早が行っちまうぜ」

 

 優の言葉で今の状況に幸せを感じ、ポーッとしていたツナだったが、山本に声をかけられ復活する。

 

「そうだった。どっち行ったの?」

「あっちっスね」

 

 興味がないといいつつ、しっかりと見張ってる獄寺。変なところでノリがいい。

 

「ツナ君」

「な、なに?」

「優ちゃんの私服でスカート姿見たことある?」

 

 服装に目がつくのはやはり女子である京子だ。

 

「……ないかも」

 

 元の世界でおしゃれをしなかったことや、動きやすい服を好む優はズボンを選ぶ傾向にある。また急に雲雀に呼び出され、最近はバイクに乗ることも多い。更にツナと一緒にいるとなれば、子ども達の面倒がある。自ずとスカートはタンスの肥やしになる。数ヶ月に1回履けば良いほうだろう。

 

 その優がスカートを履いている。デートという言葉が頭をよぎる。

 

「あの荷物も男に渡すんスかね」

 

 追い討ちをかけるようにツナ達が気付かなかったことを獄寺は口にした。

 

 ツナはどんどん足取りが重くなっていく。偶然にもイブと京子と過ごし幸せと思った気持ちもどこかへ行ってしまった。

 

「10代目、店の中に入ったみたいスよ」

「どうする? ツナ」

「どうしよう。ツナ君」

 

 決断を迫られ、ツナは声を詰まりながらも「い、行こう!」と声をかけたのだ。

 

 店内に入ったツナ達はなんとか優が見える位置に座ることが出来た。

 

「ここからだとあんま見えねぇな」

 

 山本の言葉に頷く。見える位置だが、場所は良いわけではない。だが、今日がイブのことを考えると運が良かった方だった。

 

「……もう誰かいるみたいスよ」

「私もそう思う。誰かと話してそう」

 

 ツナは驚きの声をあげる。いつ来たのだろうか。

 

「簡単なことだぞ。相手が先に来てただけだぞ」

「リ……リボーン!?」

 

 ツナの思考を読み、答えたのは突如現れたリボーンである。そして、ちゃっかりと何か食べていた。

 

「お前! 自分の分は自分で払えよ!」

 

 思わずツッコミを入れるツナ。

 

「サイフ忘れた。京子貸してくれ」

「うん」

「きょ、京子ちゃん! いいよ! オレが出すから!」

「そうか。ツナのおごりだな。お前らドンドン食え」

「んなーーーー!!」

 

 リボーンの策略にツナはあっさりと嵌ってしまった。そして山本と獄寺も遠慮なく頼んでいくので、慌てて財布の中身を確認する。それを見た京子が心配し声をかけると男の意地で「だ、大丈夫!」と答えてしまう。

 

 思わずツナは普段味方をしてくれる優を見る。ちょうど荷物を相手に渡してしまうところを目撃し、さらに落ち込んだ。

 

「どーしたんだ?」

 

 リボーンに声をかけられ、少し迷ってからツナは口を開いた。

 

「……優の1番の友達はオレだと思っててさ。そりゃ勝手にオレが思ってるだけだし、優がどう思ってるのかわかんないよ。だけど、ずっとそう思ってたんだ。でも……オレ、何も知らないなって思って。よく考えるとさ、優ってヒントは出すことはあるけど肝心なことは絶対に自分から言わないんだ」

 

 雲雀に会ってることも言わなかった。1人暮らしをしていたことも。だが、この時はちゃんと優はヒントを言っていた。風紀委員の人におにぎりを渡す、ご飯を作るから帰るなど。

 

 それに気付いてツナが聞けば、答えてくれる。実際1人暮らしのことは教えてくれた。だが、見逃せばずっとわからないままだ。

 

 もっと肝心なことはヒントすら出していないかもしれない。

 

「友達でも聞いちゃいけないこともあるからさ。優の場合はどこまで聞いていいのかわかんないんだ。優は……難しい」

 

 仲良くなればなるほど、ツナが思ったことだった。そして、本音が出た。

 

「……だから、ヒバリさんがちょっと羨ましい」

 

 雲雀は平気な顔で優のプライベートに突っ込んでいく。最近は優から雲雀のグチを聞かなくなった。優の中で何か変わったのだろう。

 

 心当たりがあったのか、山本と京子は何も言えなかった。ガタリと獄寺が立ち上がる。

 

「……今から風早を絞めてきます」

「なんでそうなるのーー!?」

 

 獄寺を止めるためにツナ達は慌てて優の元へ向かうことになった。

 

「おい!!」

「あれ? 獄寺君?」

 

 不思議そうな顔をして優は獄寺は見た。もう隠れなくていいのだろうか。

 

「あら、獄寺君じゃなーい」

 

 優に突っかかろうとした獄寺は目の前にいる人物を見て急に大人しくなる。

 

「お、お母様……」

「……か、母さん!? どうして優と一緒に!?」

「あら。ツッ君も一緒だったの? まぁ! たくさんお友達がいるじゃない!」

 

 ツナの驚きに気づかなかったのか、ツナの母である沢田奈々は山本たちに挨拶し始める。説明してもらいたいツナは優に視線を送る。

 

「ツナ君のお母さんにお願いがあって、外で会う約束してたの」

「お、お願いって……?」

 

 あけらかんと話す優にツナはなかなかついていけない。

 

「ランボ君達にクリスマスプレゼントを渡そうと思って。今日の夜に枕元に置いた方が喜ぶでしょ? だからツナ君のお母さんにお願いしたんだ」

「そうなのよー。ツッ君も昔はサンタさんが来たって大喜びしたじゃない」

 

 まさかの展開にツナはフリーズした。

 

「……風早、今日はデートじゃなかったか?」

「へ? デート?」

 

 デートという言葉を理解した途端、優は必死に首を振る。

 

「ええええ!? 私が!? そんな相手いないよ……」

「でも花に聞かれて返事してなかった?」

 

 京子の言葉に首を傾げる。しばらくして、あ!と叫ぶ。

 

「ランボ君と一緒にいたから言えなかったんだ。夢を壊しちゃうでしょ? だから花の言葉にのったんだ」

「そうだったんだね」

「うん!」

 

 ニコニコと優は返事をする。京子の可愛さに癒されたのだ。ふと視線を向けると、ツナがへたりこんでるので、優は慌てて立ち上がりツナに駆け寄る。

 

「ツナ君! 大丈夫!?」

「な、なんとか……」

「ははっ。オレ達の心配しすぎだったな!」

 

 ツナを起こしながら、心配?と優は首を傾げた。

 

「……誰も相手を知らないし、もし何かあった時はどうするんだってリボーンが言って……。それで、オレ達心配で……」

 

 優はまたも驚いた声をあげた。だが口元が緩んでもいる。ツナ達に心配され嬉しかったのだ。ただ気になることがある。

 

「リボーン君はこの話を聞いていたと思うんだけど……」

「なあ!?」

 

 優はリボーンを子ども扱いしないので、直接渡すねと声をかけていたのだ。子ども扱いしないならいらないじゃないかと思うかもしれないが、優は可愛いもの好きである。その選択は初めからなかった。

 

「お前らの観察力を鍛えるのに、ちょうど良かったからな」

 

 悪ぶりもせず、リボーンは言った。山本達は笑って許してるが、ヘトヘトになってるツナを見れば、優は罪悪感しか出ない。

 

「……ツナ君、ごめん」

「優は悪くないよ……」

 

 もう1度、優は謝ったのだった。

 

 

 

 会計は全額ツナの母である奈々が払い、ツナはホッとしながら優の隣を歩いていた。

 

「優」

「どうしたの? リボーン君」

「ツナがヒバリを羨ましがってたぞ」

「バッ!」

 

 ジッと優に見つめられ、ツナは観念したように肩を落とした。

 

「ツナ君が雲雀先輩をねー」

 

 リボーンは全て話さなかったため、優にはそんなことがあるんだとしか思っていなかった。

 

「私はツナ君と雲雀先輩の良さは違うと思うんだ。雲雀先輩の場合は、火炎放射器って感じだよ。意地でも心を温かくさせる感じだからねー」

「……オレは?」

「ツナ君はろうそくかなー」

 

 ガーンとショックを受けるツナ。雲雀と比べるとあまりにも小さい。

 

「小さいのに、消えないんだ。ポッと心の中に炎が灯り続けるの。ずっと温かいんだ」

 

 ふふっと優が笑う。

 

「だから私はツナ君と一緒にいるのが好きなんだ」

 

 自身に向けられた真っ直ぐな好意にツナは恥ずかしそうに頬をかいた。

 

 

 リボーンは2人の様子を黙ってみていた。ツナが優のことで落ち込んでると気付き、今回の件を利用して発破をかけ、ツナの本音を無理矢理引き出し、優に励ましてもらう計画だった。

 

 優はリボーンの予想以上の結果を出した。

 

 励ますだけでなく、自信までつけさせた。ダメツナと言われ続け、自信がすぐにつかないツナを、だ。

 

 優にはツナを……ボスの心を癒し、支える力がある。

 

「……ディーノが欲しがるのも当然だな」

 

 ポツリと呟いた。

 

 

 

 

 優は雲雀の姿を確認した後、時計の針を見る。

 

「時間ピッタリですね」

「当たり前だよ」

 

 持ち前の精神力で復活した雲雀。先程の動揺がウソのようだ。

 

「今日はご馳走ですよー」

「知ってる」

「でしたね。んー、先に渡そうかな?」

 

 そういって、優は雲雀に袋を手渡した。

 

「クリスマスプレゼントです」

 

 雲雀は袋をとじているヒモに手を伸ばした。迷わずあける雲雀の姿を見て、優は恐竜の人形をギュウギュウと抱きしめる。

 

「……へぇ」

 

 出てきたものを雲雀は興味深そうに見た。学校の校章が入っている。

 

「いや、その……雲雀先輩はプレゼントとか興味ないと思って、だからこういうのだったら嬉しいかなぁと……。一応、コースターなんです。思ったより難しくて、変かもしれないけど……」

「……君の手作り?」

「は、はい。すみません……下手で」

「ありがとう」

 

 初めて雲雀から礼を言われ、優は喜んだ。だから口をスベらせた。

 

「余った毛糸で作ったので、本当はお礼を言われるものじゃないんですけどね」

「……ふぅん」

 

 機嫌が少し悪くなった雲雀を見て、余った毛糸と言ったことが失敗だったと気付く。

 

「ご、ごめんなさい。ツナ君の家の子ども達の分しか買ってなくて……、あの、その……」

「もういい。わかったから」

 

 優がガクリと肩を落とす。雲雀の言うとおりで、どんなに言い繕っても、余った毛糸という事実は変わりない。

 

「わかったから……大事にするよ」

 

 優は人形で口元を隠す。だらしないほど緩んでる自覚があったからだ。

 

「……僕からは何もないから」

「大丈夫です」

 

 優はキッパリと返す。元々、雲雀にそういう期待はしていない。それ以前に貰っても困る。

 

「それに私が渡したかっただけですしね」

 

 話のキリがいいので優は立ち上がる。今日の料理は凝っているので早めに取り掛からなくてはならない。

 

「……服」

「はい?」

「似合ってる」

 

 パチパチと瞬きを繰り返す。

 

「あ、ありがとう!!」

 

 思ったよりも大きな声になり、優は逃げるようにキッチンへと向かった。

 




おまけ。

(神様ー、雲雀先輩が似合ってるって言ってくれたよー)
『当然だろ、俺が用意したんだ』
(えへへ。いつもと違ってスカートだから躊躇したけど、良かったー)
『優は何を着ても似合うぞ』
(そういってくれるのは神様だけだよ!ありがとう!)
『あいつもまだまだだな(ボソッ)』
(神様?)
『なんでもない。それより俺と話してて包丁で怪我するなよ』
(はぁーい)


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風と嵐。そして雲。

 気付けば、冬休みが終わった。

 

 ほぼ毎日雲雀と会うので、変化という変化がなくあっさりと終わってしまったのだ。雲雀と会う回数が増えていることには多少疑問に思っていたが、優は1人で正月を過ごすつもりだったので雲雀がきて嬉しかったりする。

 

 ちなみに、ツナは正月を一緒に過ごそうとちゃんと優に声をかけていた。が、優に断られたのだ。年末年始まで家族団欒の邪魔するのは気後れし楽しめないと言われれば、無理に誘うことは出来なかったのである。後日、雲雀が来たと聞いてツナはホッとしたのだった。

 

 

 

 

 食材の買出しに行こうとしていた優は、公園で獄寺の姿を発見する。すぐにツナの姿を探したが、見当たらない。不思議に思った優は獄寺の方へ向かった。

 

「獄寺君、ツナ君は?」

「なんだよ……」

 

 はて?と首を傾げる。いつもと違い、ケンカ腰ではない。

 

「なんかあったの? ヒマな私が聞いてあげるよー」

 

 実際は買い物があるのでヒマではないのだが、獄寺のために軽い口調で声をかける。が、返事がない。しかしどこかへ行けと言われたわけではないので、優はブランコを漕ぎ始める。

 

 キィーコキィコ……とブランコの音だけが響く。

 

「……お前ってオレが来る前から10代目と知り合いなんだよな」

「そうだねー。まぁほんのちょっとだけだけどね」

 

 急に話しかけてきた獄寺に気にした風もなく、優はブランコを漕ぎ続けながら答える。

 

「オレって10代目の右腕にふさわしくないよな……」

「さぁ? どうだろ?」

 

 珍しい獄寺の弱音を優はあっさりと聞き流す。そんなことはどうでもいいと思っているからだ。

 

「ツナ君は右腕とか関係なく獄寺君を大切な友達と思ってるよ」

「オレは10代目から頼りにされたいんだよ!」

「十分頼りにされてるでしょ」

 

 驚いた顔をしている獄寺を他所に優は話を続ける。

 

「マフィアのことで何かあったら真っ先に浮かぶのは獄寺君だと思うよ」

(まぁ獄寺君はすぐ無茶するから相談できないかもしれないけど)

 

 優自身に対する好意に関係なければ、優は鋭い。今言ったらまずいことはわかっていた。

 

「リボーンさん……だろ」

 

 へぇと関心したように優は獄寺を見る。ちゃんとツナを見ている。

 

「そうかもしれないけど、リボーン君はツナ君が本当にピンチになるまでは、自分達の力で何とかしろって考えるタイプだよ。だからその時に浮かぶのは獄寺君なの」

「それはマフィアのことをオレが詳しいからで……オレを頼りにしてるわけじゃねーんだよ!!」

 

 最初は小さな声だったが、最後は優に八つ当たりするように声を出す獄寺。

 

 優は気にした風もなく、ぴょんっとブランコから飛び降りて振り向きながら言った。

 

「関係ないよ。ツナ君は誰かを巻き込むことを嫌がるからね。それはマフィアのことに詳しい獄寺君であっても一緒だよ。だってツナ君は優しいもん」

 

 ニシシと優は笑う。

 

「……結局、頼りにされてるのか微妙じゃねーか」

「そう? 十分だと思うよ。遠慮しないツナ君って変だもん。獄寺君がツナ君の右腕になっても「ありがとう」や「ごめん」って言うと思うよ」

 

 言わないツナを獄寺は想像できなかった。

 

「不安になるかもしれないけど、獄寺君は十分頼りにされてるよ。ツナ君のことを1番わかってる私が言うんだから間違いない!」

「何を!? お前よりオレの方が10代目のことをわかってるぞ!」

「ふふ。元気になったみたいだね」

「なっ……!?」

 

 獄寺の顔が赤く染まる。のせられたことに気付いたからだ。

 

「獄寺君はそれでいいんだよ。だからまた私にケンカ腰に話しかけてきなよ」

「……お前、変わってるな」

 

 ポツリと呟く。今まで睨んだりケンカを売った記憶しかない。ハルのように怒ることはなく、泣くことも、落ち込みもせず、ただヘラヘラと笑ってるのでバカにしているのかと獄寺は思っていた。優は山本と違い、天然ではないからだ。

 

 だけど、違った。

 

 理解して、獄寺らしいと笑ってるのだ。

 

 変わり者にもほどがある。

 

「そうかもねー」

 

 ほら、また笑った。

 

「バカだろ、お前」

「うん。そうかもしれない」

「そこは否定しろよ」

 

 だってーと言いながら笑う優を見て、獄寺もつられて笑う。

 

「もう、どっか行け。オレは10代目のところへ戻るんだ」

「はーい。またねー」

「……ああ」

 

 獄寺のぶっきらな口調に気にした風もなく、優は去っていく。

 

「10代目やヒバリが気に入る理由が少しはわかったかも……」

 

 優の後姿を見ながら獄寺はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 優が買い物から帰ると、靴を履こうとしていた雲雀の姿があり首を傾げる。

 

「帰るんですか?」

「遅いよ」

 

 雲雀はリビングに戻ったので、優は食べて帰ると判断し慌てて追いかける。

 

「遅くなってすみません。途中で友達と会って話し込んじゃって……、どこかで食べてきてくださいと電話すれば良かったですね」

 

 はぁと溜息を吐く。雲雀が探しに行こうとしていたとは考え付かないらしい。

 

「すみません。すぐに準備しますね」

 

 そういう意味の溜息ではない。

 

「暗くなると危ないから」

「へ? 大丈夫ですよ」

 

 雲雀に睨まれたので、優は笑って言った。

 

「だって雲雀先輩のおかげで並盛の風紀はいいですもん」

 

 本気を出せば、優は強い。だが、普段から油断しているのは強いからではない。雲雀を信頼しているからだった。

 

「特に雲雀先輩と一緒の時は気が抜けちゃいます」

 

 ちょっと困った風にいいながら、冷蔵庫に荷物を片付け始める優。

 

「……殺し文句」

「ん? 何かいいました」

「なんでもないよ」

 

 そう答えるしかなかった。

 




風は止まっていた嵐を動かし、雲を振り回すw


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授業参観

すまぬ。
まだ日常編なのに、優の可愛さに私が暴走したw


 優は思い出そうとしていた。だが、いくら頑張っても授業参観の原作があったことは覚えているが、凄いことになったという記憶しかない。

 

 仕方ないと諦め、元気がなさそうなツナに声をかける。

 

「どうしたの? ツナ君」

「今日は授業参観だから、母さんが……」

 

 ハッとツナは口を閉ざす。来るなと言っても母親が授業参観に来ることをグチろうとしたが、優のことを考えれば言えない。はっきりとは聞いてはいないが、優の家庭環境はあまり良くないからだ。

 

 何気なく体育祭で浮かれた理由を聞いたときのことを今でもツナは鮮明に覚えている。優は雲雀と食べれたことに喜んでいたが、ツナ達は何と声をかけていいかわからなかった。

 

 もしかすると授業参観に来てもらったことがないかもしれない。いや、恐らくない。

 

「ツナ君?」

「な、なんでもないよ!!」

 

 必死に何も無かったことにしようとするが、残念なことにツナはわかりやすい。

 

「一緒に予習しよっか。良いところ見せれるよ」

「……ごめん、優」

 

 バレただけじゃなく、気までつかわれてしまいツナはガクリと肩を落とす。

 

「大丈夫だよ」

 

 いつものように笑う優を見て、敵わないなぁとツナは思った。

 

 

 

 授業参観が始まり、ツナが当たり問題を答える機会がやってくる。

 

 少しドキドキしながら見守ってると、正解だ!という担任の声が教室に響く。すぐに振り返りツナが優の顔を見たので、優も満面に笑みを浮かべる。

 

「はーい!! ランボさんも答えるもんね!!」

 

 声に反応し教卓に目を向けると手をあげているランボと、止めようとするイーピンの姿がある。

 

「わー、先生。すみません!」

「い、いえ」

 

 慌てて優が2人を回収する。風紀委員から優の行動は目をつぶれと通達され、体育祭の一件から雲雀恭弥の恋人疑惑がある優に謝られれば、担任でなくてもこの事態に文句を言えるはずがない。……一部の男子は抱きかかえられてる子どもを羨ましそうに見ているが。

 

「優、ごめん!!」

「いいってば」

「母さんに見てもらうから!」

「大丈夫だよ。このほうがランボ君は大人しいと思うし」

 

 コソコソとツナと優は会話する。机の上にランボとイーピンを座らせ、やりたい放題である。当然、注意はとんでこない。

 

 渋々ツナが納得したところで、ビアンキが登場し獄寺が倒れる。助けてあげたかったが、流石にこれはどうしようもない。

 

 イーピンは獄寺の付き添いの方へ行くらしく、ペコッと優に頭を下げた。

 

「うん。任せて」

 

 可愛いイーピンの頼みだ。優はランボをしっかり見ようと決意する。

 

「はい、注目~。オレが代理教師のリボ山だ」

 

 突如教壇に現れたリボーンを見ても、優はもう驚かない。覚えていないがそんな気がしていたのだ。

 

 そして黒板いっぱいに書かれた問題に、優は溜息を吐く。この問題は解けないだろう。優ですら、見たことがあるからわかるレベルだ。このクラスで解けるのは先程倒れて出て行った獄寺ぐらいだろう。

 

「ちなみにこの問題を解いた奴はいいマフィアの就職口を紹介するぞ」

 

 再び溜息。だから誰も解けない。

 

「ランボ君、『√5』って元気よく言える?」

「るー?」

「『るーと5』だよ」

 

 わかりやすくゆっくりとランボに優は教える。このときにケイタイが震えたが、優は無視した。相手はわかっている。後で謝ればいい。

 

 謝って許してもらえると思ってる時点で、優はずれている。

 

「はいはーい! るーと5!!」

「風早優、答えたな。マフィアの就職口を紹介するぞ」

 

 優は首を傾げた。リボーンはこの前の意味を正確に理解してるはずだ。リボーンが同じことを繰り返さない信頼がある。だから本当に優を誘っているのだろう。何か興味を持たれることをしただろうか。不思議に思いながらも優は返事をかえす。

 

「先生、答えたのはランボ君ですよ。ねー」

「そうだぞー! オレっちだもんね!」

 

 優が言質を取られないようにしていると気付き、リボーンは舌打ちをする。過去の判断ミスが悔やまれる。真正面から攻め、優を納得させるしかない。現状維持で問題ないと思ってる優を納得させるのは骨が折れそうだ。

 

 ふふふと優はランボと笑いあう。小さい子はやっぱり可愛い。笑いあってる間に教室が静かになったことに気付いたが、リボーンが何かしたのだろうと優は深く気にしなかった。

 

 カツカツと音が近づき、優はやっと顔をあげる。

 

「あれ? 雲雀先輩?」

「行くよ」

 

 そういえば……とケイタイが震えていたことを思い出す。

 

「すみません。今この子をみてるんで、後で行きますね」

 

 スッと睨むように目を細め、優の机に座ってる子どもを見る。

 

「うわああああ!」

「ちょっと! 雲雀先輩! ランボ君を泣かさないでくださいよ!」

 

 慌てて優はランボを雲雀から隠すように抱きしめる。

 

「きゃっ」

 

 グイッと雲雀に腕を引っ張られ、優は焦った。おしゃぶりの位置に当たらないように抱きしめているので、少しでもズレれば気づかれてしまう。

 

「や、ランボ君、そこはダメっ」

 

 優の焦る声にピシリと固まる教室。特に男子。

 

「ランボ何してんのーー!?」

 

 すぐさま復活したツナが真っ赤な顔になりながらも、優からランボを離し抱き上げる。

 

 優がホッと息を吐いたことで、ますます勘違いする者が続出する。

 

「ありがとう、ツナ君。……どうしたの?」

 

 真っ赤になったツナを不思議そうに優は首を傾げた。自分が何を仕出かしたかわかってない。これは酷い。酷すぎる。

 

「……何も」

 

 ポツリと発した声に、再び教室が静まる。

 

「何もなかったよね? 君達」

 

 ビシッと立ち上がり、「はい!」と答える生徒達。ここであったと答えれば、咬み殺されるだけではすまない。

 

「あの、どうしたんですか? ……わわわっ!」

 

 優の腕ではなく手を握り、ズンズンと凄い勢いで教室から離れていく。逆らうことが難しいと感じた優は「ツナ君、ランボ君をお願いねー」とのんきに叫んだのだった。

 

 

 

 応接室に到着すれば、草壁が驚いた顔をした。不思議に思いながらも、優は雲雀に言われるままソファーに座る。

 

 ドサドサドサッと無造作におかれる書類をみて、優は顔が引きつる。以前と量が違いすぎる。一週間はかかる量だ。

 

「あの、前にやりませんよって言いましたよね?」

「ケーキ、1ヶ月分」

「へ?」

「ラ・ナミモーヌのケーキ、1ヶ月分出す」

 

 目の前の書類から雲雀に視線をうつす。雲雀が報酬を出すほどだ。余程困っているのだろう。

 

「しょうがないですねー。それならいいですよ」

「終わるまで教室に寄らず、真っ直ぐここに来ること」

「え!?」

「やるって言ったのは君だよ」

 

 確かにと納得し、書類に取り掛かる。言質を取られたほうが悪い。

 

「……どれだけ咬み殺せば、記憶って抹消出来るのかな」

「えっ、急にどうしたんです? 雲雀先輩ちょっと怖いですよ」

「気のせいだよ」

 

 屋上へ向かったはずの雲雀が、いきなり優を連れて来て、更に物騒なことを呟き始めたので、草壁は彼女をしばらく隠したいほどのことが起きたのだろうと推測した。

 



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バレンタイン

 鼻歌を歌いながら優は登校していた。体育祭の時のように浮かれている。当然のようにテンションの高い優を見て、男子がそわそわし出す。だが、今日は体育祭以上にそわそわしていた。

 

「ツナ君、おはよっ」

「おはよう、優」

「はい。バレンタインチョコ!」

 

 そう、今日はバレンタインデーだからだ。日本では女性から男性に送ることが多い。そしてチョコを渡しながら告白というの流れをちょうど夢見る年頃である。ばっさり切るが、そんな甘い話は滅多にない。あっても一握りの男が独占している。

 

「ありがとう、優!」

 

 人気のある山本と獄寺は忙しそうだなぁとどこか他人事と思っていたツナは、優から朝一でチョコを貰いちょっぴり感動で泣きそうである。

 

「どういたしまして」

 

 ニコニコと2人で微笑んでると、ツナは背筋が一瞬寒くなる。恐る恐る振り返ると、案の定優のことが好きな男子達から睨まれていた。

 

「ははは」

 

 苦笑いで誤魔化そうとしたが、視線が減ることは無い。

 

「あ。手作りだから早めに食べてね」

 

 トドメを指す優。悔しすぎて涙が出ている者までいる。

 

「ほ、他に渡す予定とかないのかなー……なんて」

「えっと、花と京子ちゃんとハルちゃんでしょ。山本君と獄寺君でしょ。ランボ君、イーピンちゃん、リボーン君、フゥ太君。後は雲雀先輩と草壁さんかな」

 

 神にはもう渡した後だが、ツナには言えないので黙っている。

 

「草壁さんって?」

 

 初めて聞く名にツナは首を傾げた。

 

「風紀委員の副委員長だよ。いつもお世話になってるからね。雲雀先輩に振り回された時にフォローしてくれるんだ」

 

 まさかの伏兵が現れた。どんな男だと会議が始まったのを見て、あれはあれで楽しそうとツナは思った。

 

「ほんと、このクラスの男ってバカばっかりだわ」

 

 一部始終を面白おかしく見ていた黒川の感想だった。

 

 

 

 

 

 昼休み。

 

 優は首を傾げながら応接室に向かっていた。呼び出し時にチョコを渡そうと思っていたが、今日はまだ1度も呼び出されていないのだ。

 

「なんだろ? これ?」

 

 いつもと違い、今日は応接室の扉の横に机が設置されている。机の上にはダンボールがあり、中には包装されている箱があった。恐らく中身はチョコだろう。

 

 感心しつつノックをし、カギが開いていたので顔を覗かせる。

 

「どうかしましたか? 風早さん」

「こんにちは、草壁さん」

 

 部屋にいた草壁に挨拶しつつ、周りを見渡す。

 

「委員長は見回りに出かけています」

 

 視線で探してることに気付かれたらしく、恥ずかしそうに優は頭をかく。

 

「いつごろ戻って来るかわかります?」

「……今日は難しいですね」

 

 忙しいのならば仕方が無い。もしかすると雲隠れしているのかもしれない。

 

「草壁さん、良ければ貰ってください」

 

 優の手にはちゃんと2つあるので、雲雀の分とは別とわかり草壁は肩の力を抜いた。いないからと渡されれば、優を悲しませずに断る方法を考えなければならない。

 

「よろしいのですか?」

「はい。日ごろのお礼です」

 

 せっかくの好意なので草壁は受け取る。雲雀にバレないことを願いながら。ちなみに受け取らない選択はない。それはそれで雲雀の反応が怖い。

 

「雲雀先輩の分は、外の箱でいいんですよね?」

「えっ!?」

「え? 違うんですか?」

 

 チョコらしき包装と一緒に雲雀宛てのメッセージカードがあった。群れることが嫌いな雲雀が苦手そうなイベントである。来るものを咬み殺せばいいだけの話かもしれないが、女の執念は恐ろしい。変わりである雲雀を好きになるぐらいなので、記念に咬み殺されたいと考える者だっている可能性がある。咬み殺してくださいと多数の女子から迫られれば、雲雀でも嫌だろう。

 

 その様子を想像し鳥肌が立った優は、ずっと隠れていた方がいいと思った。もちろん全て優の勝手な想像だが。

 

「……そうですが、風早さんは直接お渡しした方がいいかと思います」

「そうなんですか?」

「はい」

 

 草壁がしっかりと頷いたので、そうなのだろう。優は雲雀に渡すつもりのチョコを見る。

 

「今日は晩ご飯食べに来るかなぁ」

 

 ポツリと優は呟く。必ず1度は学校に寄るだろうが、優の家に来るかは怪しい。

 

「風早さんの家に寄るようにお伝えしましょうか?」

 

 今日の放課後はツナの家に寄るつもりなので、タイミングが合わなかった時に困る。

 

「いえ、大丈夫です。放課後にもう1度顔を出して会えなければ、後で私から電話します」

「そうですか。わかりました」

 

 草壁とわかれ、応接を出る。その時にもう1度ダンボールを覗く。

 

(雲雀先輩ってモテモテなんだねー)

 

 人気投票で上位だったのは知ってるが、ここは現実だ。

 

「はぁ。もうちょっと頑張れば良かった」

 

 今持ってるチョコとダンボールにあるチョコを比べて優が思ったことだった。

 

 

 

 

 

 昼休みが終わると朝の元気はどこへ行ったのかというぐらい優は静かだった。

 

「今度はなにがあったのよ、優」

「花?」

 

 不思議そうな顔をしてるが、ジーっと1つのチョコを見つめていれば、黒川でなくても何かあったとわかる。

 

「雲雀恭弥が受け取ってくれなかったの?」

 

 言いながらもそれはないだろうと黒川は思っていた。自覚してるかはわからないが、雲雀は優にベタ惚れだ。優は逃げられないだろう。優が雲雀を嫌がってるなら、友達として手助けはするつもりだが、その心配は必要ない。優も雲雀に惚れている。絶対に自覚はしていないが。

 

「違う違う。会えなかっただけ」

「それだけじゃないでしょうに」

 

 呆れながら黒川は言った。他の事はわかりにくいのに、優は恋愛のことになると途端にわかりやすくなる。恐らく経験が少ないからだろう。

 

 最初に黒川が優に話しかけた時、優はわかりやすかった。友達が出来た経験がなかったからだ。経験を積んでしまったので、最近は分かりづらくなった。

 

 もし雲雀が優の手を離し、何人もの男と付き合うようになり経験をつければ、いずれ何もわからなくなりそうで怖い。優は隠すのが上手すぎる。

 

 雲雀がしくじらない限り、優は大丈夫。優にスキがなくなれば、1番仲の良いツナですら気付かなくなる可能性がある。友達のことなのに任せるのは自分の力不足を感じて悔しいが、雲雀にはずっと優の側に居てもらい、優が隠した時に気付いてほしい。そう黒川は考えていた。だから、自分に出来ることとして、優に助言するのだ。

 

「私からはいらないかなぁって。いっぱいあったし」

 

 その言葉に反応し、お零れを狙った男達を黒川は睨みつけ黙らせた。

 

「あんたねぇ、こういうのは気持ちよ、気持ち。雲雀恭弥に感謝してるでしょ?」

「そうだけど……」

 

 ウジウジ悩む姿は完全に恋する乙女である。

 

「いいから渡しなさい」

「い、痛いってば、花。わかった、わかったから」

 

 おでこをつつかれ、優は勢いで返事をした。まったく……と黒川は息を吐いたのだった。

 

 

 

 放課後。応接室を覗いたが、誰もいなかった。そしてダンボールの中身は増えていた。

 

 チラッと手に持ってる物を確認し、紛れ込ませるように箱の中にいれようとする。

 

「風早さん!!」

 

 大きな声に驚き、チョコを背に隠す。それから振り向くと、息を切らした草壁が居た。走ってきたらしい。

 

「ど、どうかしましたか?」

「放課後にもう1度顔を出すと伺っていたので」

 

 わざわざ優のために来てくれたようだ。慌てて頭を下げる。

 

「すみません」

「いえ、問題ありません。それと委員長はまだ来ていません」

「わ、わざわざありがとうございます。では失礼しますね」

 

 直接渡した方がいいとアドバイスした草壁の前でチョコを入れるのはどうかと思い、優は逃げるように立ち去った。

 

 その姿を見送った草壁は見にきて良かったと心の底から思っていた。そして念のために雲雀に報告しようと。

 

 

 

 

 雲雀のチョコはカバンに仕舞い、優はツナの家に向かった。出迎えたのがツナではなく、リボーンだったので首を傾げる。

 

「珍しいね」

「ツナは今頑張って走ってるからな」

「それって大丈夫?」

「今頑張らねーと、後がやべーんだ」

 

 リボーンがそう判断したのなら、優は口出すことはやめた。

 

「そっか。リボーン君、チョコレートどうぞ」

「サンキューな。あがってけ」

「ありがとう」

 

 ツナの家にあがると、甘い匂いが漂う。京子とハルから話は聞いていたので、驚きはしない。

 

 ハルとイーピンに渡し、ランボの姿を探す。チョコを渡していれば寄ってくると思っていたのに、来ないのだ。

 

「ランボは今いねーぞ」

「え? そうなの?」

 

 どうしようかなと思っていると、イーピンが手を伸ばしていた。

 

「もしかして、渡してくれるの?」

 

 コクンと頷いたのを見て、優はデレデレになる。可愛くて良い子だ。

 

 イーピンにチョコを預け、優は立ち上がる。そしてドアの隙間から羨ましそうに立ってるフゥ太を手招きする。

 

「ぼ、僕の分もあるの!?」

 

 ツナを観察してる時にしか会ったことがなかったので、自分の分はないと思ってたらしい。優からもらえてピョンピョン飛び跳ねるので、優の顔はにやけっぱなしだ。可愛いものに弱すぎる。

 

「じゃ、私は帰るね」

「はひ! もう帰っちゃうんですか? 食べて行ってくださいよー」

「そうだよー。食べていってよー」

「……まだ渡せてない人がいるんだよね」

 

 可愛い子達のチョコを食べれないのは非常に残念だが、雲雀が来るかもしれないので家に帰っておきたい。

 

 優の反応を見て、2人は揃って見送ることを選んだ。

 

「頑張ってください」

「優ちゃんなら、大丈夫だよ」

「え? あ、うん」

 

 とりあえず頷きはしたが、作り終わってることを知ってるのに、どこで頑張る機会があるのかなと優は首を傾げながらも帰った。

 

 

 

 

 家に帰った優は、またジーと雲雀のチョコを見つめていた。

 

「もう食べちゃおうかなぁ」

「なにを?」

「わっ、雲雀先輩!?」

 

 いったいいつ来たのだろうか。リボーンの気配には気付くのに、雲雀の気配はいつも見逃してしまう。

 

「お茶いれますね」

 

 雲雀がソファーに座ったので、優はお茶の準備をするため台所に向かう。雲雀の手にはダンボールが無かった。まだ取りに行ってないのだろうか。それとももう持って帰った後なのだろうか。

 

「あれ? って、雲雀先輩!?」

 

 机の上に置いていたチョコがない。そう思って見渡していると、雲雀が食べていた。

 

「なに」

「……ん? 問題なかったですね。はい」

 

 勝手に食べた!と思ったが、元々雲雀に渡す予定のチョコだった。

 

「……甘すぎるのは好きじゃないけど、年に1度くらいならいいかな」

 

 ペロッと全て食べた後に言った雲雀の言葉に、優は無意識に笑っていた。



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ホワイトデー 1

小話作品(ちょい甘)

リクエスト内容。
『ホワイトデー』


 ケイタイの画面を見て、優は眉を寄せる。無視することは出来ないので、ふぅと気合を入れてから電話に出た。

 

『ちゃおッス』

「もしもーし。どうしたの?」

 

 いったい何の用だろうか。

 

『ランボが優に会いたいってウゼーんだ。ツナん家に来てくれねーか?』

「すぐ行くね。ランボ君に何して遊びたいか考えといてって伝えといてくれる?」

『わかったぞ』

 

 可愛いランボのために優は慌てて出かける準備をしたのだった。

 

 

 

 

 チャイムを鳴らすと、ドタバタと音が聞こえた後に扉が開く。

 

「優!? どうしたの?」

 

 首をひねる。ランボではなく、ツナが出たからだ。

 

「さっきリボーン君から電話があって、ランボ君が私に会いたいって言ってるって聞いたんだけど……」

 

 返事しながらも嫌な予感がする。

 

「今、ランボは母さんと買い物に行ってるはずだけど……」

「あれー? そうなんだー」

 

 嵌められたようだ。

 

「よっツナ! 風早!」

「10代目ーーー!! 右腕のオレが来たからにはもう安心スよ!」

 

 聞こえてくる声に、嫌な予感しかない。

 

「え!? みんな、どうしたの?」

「小僧に呼ばれてなっ」

「リボーンさんから聞きましたよ。10代目がピンチと!!」

 

 ピンチならば、呼び鈴を聞いてのこのこと出てくるわけがない。

 

「ツナ君、リボーン君はどこか知らない?」

 

 2人に何も無いと説明しているツナに向かって優は笑顔で問いかけた。ツナを騙せるほどの完璧な作り笑顔である。

 

「え? リボーン? リボーンならオレと一緒に部屋に居たけど……」

「ちゃおッス」

「こんにちは、リボーン君。今日はどうしてみんなを集めたのかな?」

 

 凄腕の殺し屋と呼ばれるリボーンは優の笑顔の意味に気付く。納得できる説明をしてねと言っていることに。

 

「お前ら忘れたのか? 今日はホワイトデーだぞ。優からチョコをもらったんだ。今日返さないとダメだぞ」

 

 集めた理由は理解できた。が、優は何か返してほしくてしたわけじゃない。

 

「私は別n……!?」

 

 強制的に黙らされ、優は目を見開いた。口を塞がれたのに、全く反応出来なかった。リボーンが強いと肌で感じた。汗が流れてることがはっきりとわかる。

 

『その感覚は忘れるな。咄嗟の判断の時に役に立つ』

(うん、わかった)

 

 普段は優を甘やかす神だが、戦い方を教えている時は厳しい。厳しいと言っても丁寧に優しく教えている。ただ出来ないことは言わない。だから優は素直に返事をするのだ。

 

「優! 優!? 大丈夫!?」

「あ、ごめん。ビックリしちゃった」

「ごめん、優! リボーン!!!」

「ツナ君、大丈夫だよ。ビックリしただけだから」

 

 優がツナをなだめてる間にボンゴレ的ホワイトデー大会の開催が決まった。

 

 

 

 

(何を考えてるんだか……)

 

 用意された席に座りながらも優はリボーンの思惑を見抜こうとしていた。優を喜ばせればいいという簡単なルール。点数は優がつけ、最下位は優のパシリになる。

 

 はっきり言って意味のない罰ゲームだ。優は1人だけを最下位にすることはしない。リボーンはそれをわかっているはずだ。

 

 ニヤリとリボーンは笑った。すると、優も笑った。

 

 水面下で勝負が始まった瞬間だった。僅かな情報で掴んでみろとケンカを売られ、優は乗ったのだ。

 

 何事もなかったように優はツナ達の様子をうかがう。急に集められたのだから、用意してるわけがない。巻き込まれたツナ達が不憫でしかなかった。

 

(イーピンちゃんがいないな。もうお返しをもらったからかな?)

 

 お礼にチャーハンを作ってもらったことを思い出し、口の中で涎が溢れた優だった。地味に食い意地がはっている。

 

「じゃ僕からするね! 優姉、何でも言って! ランキングするよ!」

「ず、ずるい……」

 

 ツナの言葉に優は苦笑いするしかない。

 

「みんなから聞いてるよー。凄いんだってね」

 

 うーん……と悩みながら、神に話しかける。

 

(神様ー、これって大丈夫?)

『ああ。内容は吟味している』

(ありがとー)

 

 実は並盛中のケンカ強さランキングの1位をヒミツにしたことで、リボーンがヒミツの正体に探ろうと、細かく設定したランキングを作ったのだ。だが、それは失敗に終わる。優の正体を探るような内容のものは神が手を回し、ランキング星への通信を妨害したからだ。そのことを優は聞いていたので、全て有耶無耶になるのか神に確認したのだった。

 

「私が将来、何になりたいって思ってるのかベスト3だけでいいから教えて欲しいかな」

「将来になってることをランキングしないの?」

「それだと未来がわかって面白くないからね。それに何になってるか想像できるし」

「そうなの!?」

 

 優は笑顔で頷いて言った。

 

「もう決まってるんだ」

 

 ツナが継がなくても優はマフィアになることから逃げれない。否、マフィアの勢力図が変わるので、争いが起きる前に入らなければならない。優をめぐって無駄な血が流れる。なりたくもないのに、ならなくてはいけない。

 

 バッと手を握られ、優は首をひねる。

 

「どうしたの? ツナ君」

「え? ……えええええ!! ご、ごめん! 優!!」

 

 自分の行動に驚き、アワアワしてるツナを見て優は笑った。誰にも気付かれないようにしたつもりだが、ツナにはバレたらしい。無意識の行動なので、ボンゴレの超直感かもしれない。

 

「変な、ツナ君」

「ごめん、優」

 

 いつものように笑いあう。まだ大丈夫。

 

「ツナ兄、僕の番なのにー!!」

 

 膨れたフゥ太を見て、ツナと優は揃って謝った。

 

「じゃぁいくよ!」

 

 ブツブツ呟き始めると、ふわふわと重力によって浮かびだす。

 

「……なんか凄いね」

「そういえば、優は初めて見るんだよね」

「うん。噂は聞いていたんだけどねー」

 

 風ではない力で浮く不思議な感覚に、優は目を輝かせた。

 

「ランキング……第3位は、ツナ君が……」

「え!? オレ?」

「ボンゴレ10代目を継いだ時、ファミリー入り支える、だね」

「な、なんでーーー!?」

 

 ツナは驚きの声をあげ、優は感心していた。まさかマフィア関連の内容がランキングに入るとは想像もしていなかった。優はチラッと横目でツナの顔を見る。

 

(ツナ君だからなんだろうねー)

 

 納得して視線を外すと、リボーンの目が光っていることに気付き、苦笑いした。

 

「右腕はオレだからな!」

「右腕はオレなっ!」

 

 この2人は優が入っても反対しないらしい。せっかくなので話にのる。

 

「私は右腕に興味ないよー」

「優は頭がいいし参謀だな」

「それいいかもね」

 

 反対しているツナを尻目に、盛り上がる。ちゃっかり勧誘したリボーンは優があっさり返事したことに驚いた。なので、優はリボーンの顔を見て言った。

 

「ツナ君が継いだらね」

 

 継いだと確定するまでは入らないと釘をさした。

 

「何言ってんのーーー!?」

「第2位は……」

 

 ツナの叫びもむなしく、フゥ太の言葉に耳を傾け始める。

 

「雲雀先輩の役にたつ」

「え!? そうなの!?」

 

 驚いた声をあげながら、つい雨が降っていないかを確認する優。

 

 晴天だ。

 

「私、大丈夫かなぁ」

 

 ちょっと自分の頭が心配になった。

 

「第1位は……お嫁さん、だね」

 

 スッと重力がなくなり、座った優は気まずげに目を逸らす。至って普通のような反応ばかりで恥ずかしいのだ。

 

「……フ、フゥ太君10点ね」

「わーい」

 

 優は満点をとり、ピョンピョンと飛び跳ねながら喜んでるフゥ太をみて癒されることにした。

 

「次は誰だ?」

 

 見かねてリボーンが話を進める。紳士でもあるリボーンは、その件でこれ以上優を困らせる気はなかった。

 

「ランボさんだもんね!」

「お前、用意してるの!?」

「ランボさんはえらいもんねー。お前らとは違うもんね」

 

 バーカという風な目を向けられ、獄寺はついランボの頭を殴る。

 

「グピャ!? うわあああ!」

「ランボ君!? 痛かったよね、大丈夫?」

 

 慌ててランボを膝の上にのせ、優はランボの頭を撫でる。すると、グスッと泣きながらランボが優の腰に抱きついた。鼻水がついたが、優は気にしない。ランボの面倒をみていれば、よくあることだ。ツナが慌ててティッシュや濡れたタオルを持ってきてくれるとわかっているのもある。

 

 2人係でランボを落ち着かせ、ホッと息を吐く。だが、落ち着くとあっかんべーとランボが獄寺にむかってするので、獄寺がイライラし始める。それでも殴らないのは以前の優に尻餅をつかせたことを覚えているからだ。

 

 ツナと優は揃って溜息を吐く。もう少し仲良くしてほしい。

 

「えーと、ランボ君は何を考えてくれたの?」

 

 空気をかえるために優はランボに話しかける。

 

「ランボさんはねー、とっておきの物をあげるもんね」

「ん? なにかなー?」

 

 ゴソゴソと髪の中を探り始めるランボに優は笑ってしまう。頭を撫でているからよくわかる。本当にいろんな物が入ってるのだ。

 

「ほい、あげるー」

 

 ランボが差し出した手の中には飴玉があった。

 

「いいの? ランボ君の大好きなものだよ?」

「これ2つ入ってるもんね! 1つは優」

「全部あげねぇのかよ!」

 

 仲の良いのか悪いのか、ランボの言葉に獄寺が真っ先にツッコミした。

 

「じゃぁこっちもらうね」

 

 優はランボの意見を聞かずに選んだ。なぜなら、片方からはミントの匂いがしたからだ。1人で食べれないから開けなかったのだ。恐らく同じのを持っていて、もう苦い経験をした後だろう。

 

 ランボがショックを受けることなく、もう1つの飴を食べ始めたので正解だったようだ。

 

「美味しいね、ランボ君」

 

 話しかけるとキラキラした目を向けたので、優は笑った。

 

「ランボ君も10点!」

 

 10点を得れたことでまたも獄寺を挑発したので、優は苦笑いしながら頭を撫で落ち着かせた。

 

「優は採点が甘すぎる……」

 

 ツナの呟きに、優はまた笑った。

 



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ホワイトデー 2

「次はオレだ!」

 

 ランボに挑発されたのか、獄寺が言った。

 

 優は不安になった。たいてい獄寺が張り切るとロクなことがない。

 

「風早がファミリーの一員になるためには……」

「却下」

 

 そのため、珍しく優は口を挟んだ。

 

「なんでだよっ!」

「まだファミリーに入る気ないから。ツナ君が正式に継いでから考えるつもり。それまではマフィアとか関係のない、ただの友達だもん。まぁ継がなくても友達だけどね」

「……優」

 

 ツナは感動した。優にまでファミリーだからなどと言われたら、ツナの心の平穏がなくなってしまうところだった。さらに継がない場合の話もした。優は今まで通りツナが継がないと言い張っても問題ないと言っているのだ。

 

「私はツナ君のことをわかってるつもりだよ?」

「……うん、そうだね!」

 

 ほわほわとした空気が流れる中、我慢できない人物がいた。

 

「オレの方が10代目のことをわかってるぞ!!」

「まだまだ負ける気はないよー」

 

 そういって、優は笑った。

 

 ツナは優が獄寺をからかってることに気付いた。多少話す機会が増えていると思っていたが、ツナの想像以上に仲が良くなっているらしい。

 

「そういや、風早っていつからツナの友達なんだ?」

「んー入学してちょっとしてから? 話をしてすぐに好きになっちゃったの」

「えーーー!?」

 

 ダメダメな姿しか見せてなかったはずなのに、どこに好きになる要素があったのだろうか。そう思いながらも、真っ赤になるツナ。子ども達に笑われているが、なかなか熱が引きそうに無い。

 

「ダメツナのどこを好きになったんだ?」

 

 リボーンがかなり失礼なことを言ったが、ツナも疑問に思っていたので文句は言わなかった。

 

「ツナ君の言った言葉がすごく心に刺さったんだ」

 

 笑ったほうがいい。そう、ツナは言った。その言葉のおかげで優は今でも不安に押しつぶされずに笑えている。

 

「へぇ。ツナはなんて言ったんだ」

「ヒミツ♪」

 

 山本に聞かれたが、優は教えなかった。大事にしたいのだ。だが、フゥ太にキラキラした目でお願いされ、優は心が揺れる。相変わらず、弱い。

 

「……大事にしてるから私からいいたくないんだ。だからツナ君が覚えていれば教えてもらって?」

「ツナ兄!!」

 

 ツナの顔を見て優は正確に読み取った。これは覚えてない。……もしくは覚えてるかもしれないが、あの言葉が優を救ったと気付いてないのかもしれない。

 

 困ってるツナを見かねて、優は話を変える。そもそもの原因は優だ。

 

「久しぶりに思い出して嬉しくなっちゃった。きっかけは獄寺君と山本君だね。2人とも10点!」

「おっ、ラッキー!」

「さすが10代目!! ありがたい言葉を残してるおかげスよ!!」

「それもそうだね。ツナ君も10点だね」

 

 準備していないとわかっているので、ほいほいと10点をあげる優。

 

「って、みんな満点じぇねぇのか?」

 

 山本の疑問に優は心の中で頷く。狙ってやったのだから当然だ。だが、結局リボーンの思惑はわからなかった。

 

「まだ終わってねぇぞ」

「へ?」

 

 諦めモードに入った優に、リボーンが声をかける。

 

「オレも優からチョコを貰ったからな」

 

 ポンっと手を叩く。だが、リボーンからのプレゼントは怖い。

 

「今日はリボーン君のおかげで楽しかったから、別にいいよ?」

「そうか」

 

 あっさりリボーンは引いた。逆に怖い。

 

「じゃリボーン君も10点!」

「まだだぞ。今日オレがこれを開いたのが点数になるなら、まだ終わってねぇぞ」

 

 リボーンの言葉に首をひねる。後は誰に渡しただろうか。京子、ハル、黒川からはもう貰っている。

 

 ヴオオオオン……と外から聞こえてくる音に顔が引きつった。そして、近づいてきていた音がツナの家の前で止まった。

 

「やあ」

 

 予想はしていたが、窓から現れた男を見て優は固まった。

 

「ヒ、ヒバリさん……どうしてここに……」

「君たちと遊びに来たんじゃないんだ。赤ん坊が僕に借りを返さなくていいのかって言われて来たんだけど……」

 

 そういって周りを見渡した雲雀と優は目があった。しかしすぐに逸らし、雲雀は優の膝の上にいるランボを見る。本能で危険と察知したのか、ランボは優の膝から降りてツナにしがみつく。優は怖がってるランボに手を伸ばそうとしたが、雲雀から視線を感じ手をおろす。理由はわからないが、今それをすればまずい。

 

 ツナがガタガタと震えるランボをあやしていると、雲雀は優からリボーンに視線を向けた。

 

「僕は赤ん坊に借りを作った記憶はないんだけど……何かあったかい?」

「優に借りがあるだろ?」

「な、ない!! リボーン君、ないよ!!」

 

 必死に優は首を振った。だが、これを開いたことが点数になると優が言ったのだ。リボーンが手を抜くわけがない。

 

「ヒバリは優からバレンタインチョコを貰ってねぇのか? ツナ達はさっきその分の返しをしたぞ」

 

 部屋の中が静まる。雲雀から流れる空気に誰も何も言えなくなったのだ。

 

 雲雀が優に目を向けたので、慌てて口を開く。

 

「あ、あの……雲雀先輩はあれをバレンタインのチョコと思って食べてなかったと思いますし、それに私はそういうのを望んでるわけじゃないので……」

 

 両手を振りながら問題ないと優は説明する。すると、雲雀の目が細まった。

 

「す、すみません」

 

 思わず謝る優。

 

「手……出しなよ」

「あ、はい」

 

 雲雀に言われるがまま、優は手を出した。

 

「え……?」

 

 手の上には包装された袋があった。

 

「借りは返したよ。じゃぁね」

 

 去っていく雲雀に声をかけることもせず、ただ呆然としたまま見送った。

 

「……優! 優!」

 

 ツナに肩をゆすられ、我に返る。雲雀の姿はない。夢かと思ってしまいそうだが、手には雲雀が置いていったものがある。周りに目を向ければ、ランボだけでなくフゥ太も半泣き状態だ。

 

「ご、ごめん。みんな、私のせいで……」

「おめーのせいじゃねーだろ」

「そうだよ! 獄寺君の言うとおりだよ!」

「なぁ風早、それ何なんだ?」

 

 空気をかえるような山本の言葉で、全員が優の手の上にある物に目をむける。

 

「……袋?」

「それは見ればわかるだろーが」

「……だね、開けてみるよ」

 

 袋から出てきたものは、ブレスレット。優の髪に合う色だった。

 

「ブレスレットだよな?」

「……女物に見える」

「つけてみねーのか?」

 

 驚いてる声があがる中、リボーンが淡々といった。

 

「わ、私がつけていいのかな……」

「ヒバリが優に渡したんだ。問題ねーだろ」

「う、うん」

 

 恐る恐るつけると、サイズがぴったりだ。

 

「優?」

 

 ツナははっきり見た。いや、見てしまった。この時の優の顔を。

 

「……リボーン君に10点以上あげたい場合はどうすればいいの?」

「またチョコくれ」

「う、うん! 絶対あげるね!」

「じゃ、これでおしまいだな。優、帰ってもいいぞ」

 

 リボーンの言葉に優は素直に頷いた。雲雀に礼を言っていない。

 

「みんな、今日はありがとう!」

 

 頭を下げ、ツナの部屋を出ようとしたところで、優は立ち止まり振り返った。

 

「ツナ君。京子ちゃんとハルちゃんにもお返しした方がいいと思うよ。2人から貰ったよね?」

「う、うん」

「みんな、またね!」

 

 階段を駆け下りながら、優はリボーンの思惑がわからなかったことに気付いた。が、今は雲雀が喜ぶ料理を作ることしか考えれなかった。

 

(今回は私の負けでいいや!)

 

 優は買出しに走ったのだった。

 

 

 

 優が出て行った部屋では、ツナがリボーンに怒っていた。

 

「リボーン! ヒバリさんが用意してるの知ってたなら、言ってくれれば良かったじゃないか! 知ってたらオレだって……」

 

 優の喜ぶ顔をはっきりと見てしまったツナは、何の準備をしてなかったことに後悔していたのだ。今から何かを買って渡しに行っても優はもう貰ったといって受け取ってくれないだろう。

 

「知らねーぞ」

「え……?」

「優の性格だとオレがこれを開いただけで10点をもらえるのはわかっていたからな。さらに優が喜ぶとすればまたチョコが食えると思ってな。ヒバリに賭けただけだぞ」

「んなーー!? チョコが目的だったのー!?」

 

 驚いてるツナの反応を無視し、リボーンは話を続ける。

 

「ツナ、京子達に返さなくていいのか?」

「あ……」

 

 優の顔が再び頭をよぎる。京子とハルもちゃんと返しをすれば、優みたいに喜ぶのだろうか。……否、喜ぶ。優のあの顔が答えだ。

 

「……うん。行ってくるよ」

 

 何しよー!?と悩みながら出て行ったツナ達を見て、リボーンはニッと笑った。今日1番の目的を達成できたからだ。

 

「やっぱりヒバリに賭けて正解だったな」

 

 誰もいなくなった部屋でポツリと呟く。

 

 優の喜ぶ顔を見て、ツナが自らの意思で京子達にお返しをする。これがリボーンの思惑だった。

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「君もチョコ貰ってたんだ」

「い、委員長……」

 

 律儀な草壁はこっそりとお返しをしたのだが、優が世間話のように雲雀に話したので、努力もむなしくバレてしまった。

 



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桜の涙

 朝早くから雲雀に起こされ、優はあくびをしながらバイクの後ろに乗っていた。

 

「ついたよ」

 

 声をかけたのに、一向におりる気配がない。仕方なくもう1度声をかける。

 

「……おやすみなさい」

 

 この状態のまま寝ようとする優に雲雀は溜息を吐いた。雲雀の腰に手をまわして寝ようとするのは優ぐらいだ。……そもそも優以外は許さないが。

 

「後で眠ってもいいから、今はおりて」

「はぁい」

 

 素直に返事をし優はおりた。眠いが、本気で寝る気は無かった。

 

「ん? お花見ですか?」

 

 目をこすりながら、周りの景色をみて雲雀に問いかける。

 

「そうだよ。せっかくだからこのあたりの桜並木一帯を貸切にしたんだ」

(もう、そんな時期か……)

 

 立ち止まっていた優の手をとり、雲雀は進んでいった。

 

 

 

 桜の木にもたれながら、優は膝の上で眠っている雲雀をみていた。

 

(この花見で雲雀先輩は桜クラ病にかかるんだっけ……。そのせいでボロボロになるんだよね? でも雲雀先輩が倒されないとツナ君が強くならないし……)

 

「……どうして泣いてるの?」

「へ?」

 

 言われてポタポタと雲雀に涙がかかってると気付き、慌てて服のスソで顔をふく。

 

「す、すみません。あまりにも綺麗で感動しちゃってー」

 

 ムクリと起き上がり、雲雀は優の手をとった。

 

 手をとられたことで、ポロポロとまた涙が落ちる。

 

「あれ? なんで?」

 

 ポタポタと落ち続ける涙に優は不思議そうに首をひねった。そして、涙を流しながら笑った。いつもと変わらない笑顔で。

 

「ごめんなさい。止まらないみたいです」

 

 我慢できず雲雀は優を引き寄せていた。泣きそうな顔を見たことがあるが、泣いてる姿を見るのははじめてだった。

 

 泣くほど我慢ができなかった時に、そんな顔をするなんて知らなかった。

 

「雲雀先輩、どうしたんですか?」

 

 なぜか抱きしめられてるので優は雲雀に問いかけた。普通の状況ならば、優は恥ずかしがっていただろう。だが、今は泣いていた。だから慰めようとしてくれてるのはわかり、恥ずかしい気持ちにはならなかった。

 

 しかし、優はこのような慰め方をしてもらった覚えがない。不思議でしかなかった。

 

「雲雀先輩?」

 

 優の頭に手をまわし、雲雀は優の顔を肩に押し付けた。

 

「汚れちゃいますよ?」

「いい」

「でも制服ですよ?」

「いい」

 

 肩に広がる冷たさから涙が止まっていないことがわかる。

 

「甘えていいよ、君なら良い」

「大丈夫ですよ」

「甘えなよ」

「えっと……じゃぁどうするんですか?」

 

 不思議そうな声から冗談ではないとわかる。かくいう雲雀も甘えたことがないので優の質問に困った。少し悩んだ末、今の優が雲雀にすれば安心することを言った。

 

「……僕の背に手をまわせばいい」

 

 恐る恐るだが、伸ばされていく手に雲雀はホッと息を吐く。

 

「僕は君が泣いても怒らないから」

「……はぃ」

「肩ぐらいなら、いつでも貸すよ」

「……ありがとう」

 

 背にまわしている手が服を掴んでることに雲雀は気付いた。

 

「だから、無理に笑わなくていい」

 

 ハッとしたように、優は背にまわした手を離し、雲雀の肩を押し距離をとった。

 

「ありがとうございます、雲雀先輩。もう大丈夫です」

「……どこが?」

 

 辛うじてそれだけは言えた。選択を間違えたと気付いたからだ。

 

「大丈夫ですよー」

 

 未だ涙が止まっていないのに。

 

「僕にウソつくの?」

「……私、ウソつきなんです。今まで雲雀先輩にいっぱいウソをついてますよ」

 

 これで嫌われちゃったなぁと笑う優の目からは涙が零れ落ちている。

 

「うそつきでもいい。それにさっきの言葉は僕が……」

「雲雀先輩!!!」

 

 雲雀の言葉を遮るように優は叫んだ。悲鳴に近い声だった。

 

「明日……明日はいつもみたいに笑っています! だから、今日はこれで勘弁してください」

 

 一瞬だけ見せた歪んだ顔。それが、今の優を精一杯だった。

 

「……わかった。送るよ」

「1人で大丈夫ですよ」

 

 袖で涙を拭って、優は笑った。目から涙はもう流れていない。

 

「ごめんなさい、雲雀先輩」

 

 走っていく姿を雲雀は黙って見送るしかなかった。

 

 優が去った後、気付けば雲雀は素手で桜の木を殴っていた。

 

「っ」

 

 謝ってほしかったわけじゃない。笑ってほしかっただけだ。……無理にではなく。

 

「……誰? うん、誰でもいいや」

 

 騒がしい声に反応し、雲雀は動き出した。誰でもいいから、咬み殺したかった。

 

 そこで出会うDrシャマルに「かー、花見に来て機嫌が悪い男がいるとか嫌になるぜ。女にでも振られたのか?」と言われ、咬み殺すまで後少し。

 

 

 

 

 雲雀と別れた優は、泣きながら走っていた。あのまま優と別れた雲雀が誰かに八つ当たりする可能性が高いとわかっていた。桜クラ病を発症させるために置いていったのだ。

 

「ごめんなさい、雲雀先輩」

 

 背に回した手の感触が今も残っている。あんなに温かい慰め方を知らない。

 

「ごめんなさい。ごめん、なさい」

 

 笑い方もわからなくなった。どうすればいいのかもわからない。ただ、涙が流れる。

 

「誰か、助けて……」

 

 手を伸ばしたところで、誰かいるわけでもない。みんなあの場所にいる。だが、言わずにはいられなかった。このままでは折れてしまう。

 

「大丈夫?」

 

 声をかけられたことに驚き、顔を見ようとしたが涙で見えない。女の人ということしかわからない。ヒクッと喉を鳴らし、袖で手を拭きながら首を振る。

 

「つらいことがあったのね」

「笑い、方が、わから、なくて。つらくて、も、今まで、笑えたのに」

「私も辛いときは笑って、独りの時によく袖を濡らすわ」

 

 優自身なぜ見知らぬ人に話してるのか、わからなかった。誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。

 

「でも、む、りに、笑わなくて、いいって」

「誰かに言われたの?」

「う、ん。うれし、かった、の。いつでも、肩、かして、くれる、って」

「あなたを大切に思ってくれる人がいるのね」

 

 さらに涙が出る。その雲雀を置いていった。

 

「大丈夫よ。その人はあなたを許してくれるわ」

「でも……!」

「大丈夫」

 

 勢いよく涙を拭う。声をかけてくれた人の顔をちゃんと見たいと思ったから。

 

「あなたに渡したいものがあるの」

 

 そういって優の手に箱を握らせた。カチリと音が鳴り、箱が勝手に開く。

 

「やっぱり、あなただったのね……」

「い、いらない! こんな指輪いらない!」

 

 優は必死に拒否した。雲雀を傷つけ帰ってる途中で、なりたいと思っていないマフィアの証である指輪を渡されたのだ。皮肉でしかない。

 

「本当は、あなたを連れて行こうと思っていたの」

 

 その言葉に、優はユニを成長させたような人の顔を見た。

 

「でも、私はあなたの未来がはっきりと見えない。私ではたいした力になれないの。だから、あなたを大切に思ってくれる人の側にいた方がいいわ」

「……いいの?」

「ええ。その代わり肌身離さず持ってて」

 

 優は指輪……マーレリングを受け取った。

 

「このリングが少しは役に立てばいいのだけど……ごめんなさい、わからないわ」

「……もうあなたからいっぱいもらったから大丈夫」

 

 渡されたリングが役に立たなかったり、面倒なことに巻き込まれても、優は恨まない。それどころか良い思い出として覚えているだろう。

 

「……そう。じゃぁ気をつけてね」

「あ、あの! 困ったとき、言ってください」

 

 慌てて優はケイタイを取り出す。連絡先を交換しなければ、助けることも出来ない。

 

「ダメよ。それをすればあなたを連れて行くのと一緒になるわ」

「で、でも!!」

「大丈夫」

 

 優はケイタイを持っていた手をおろした。いくら優が言っても交換しないと気付いたから。

 

「……ごめんなさい」

「そういう時はね、ありがとうって言うのよ」

 

 そういって優の背中を押した。

 

「ありがとう! 本当にありがとう!」

 

 1度振りかえり手を振れば、手を振ってくれた。

 

 優は走った。雲雀のことを思えば、また涙が出たが、どこを走ってるのかはわかった。

 

 

 

 

 家に帰り顔を洗ってソファーに座ると景色が変わる。

 

 真っ白で何も無い場所。いつもここで優は修行する。初めて神と出会った場所とは違うらしいが、優には違いがわからない。死んだ記憶がないので、いつも修行する場所だと判断した。

 

「神様?」

『おう』

 

 優から少し離れた場所に神はいた。

 

「今からするの……?」

 

 毎日の積み重ねは大事だとわかっているが、今日はやりたくない。

 

『今なら、届くと思ってな』

 

 ドカッと神は腰をおろした。修行ではないらしい。

 

『俺はお前についてる神様だ』

「うん?」

『何が起きても俺はお前の……優の味方だ。この世界が壊れても、だ』

「でも1回で終わらせたいって言ったよね?」

 

 この世界を元に戻すのを優で終わらせたいと言ったのではないのだろうか。

 

『それとこれは話が別だ。だが、それは話せない』

「……わかった」

『話せないことは多い。俺の思惑で動いてることもある。その内容も言えない。だけど、これだけは言える。俺は優のために動いてる。俺は優に幸せになってほしいんだ』

「私が幸せに?」

『ああ』

 

 神は1度も優から目を逸らさなかった。だから優は言った。

 

「ありがとう、神様」

『まだそのセリフは早いと思うが……まぁいいか。今すぐ寝ろ。それが今日の修行だ』

 

 ガシガシと頭をかきながら神は言った。ぶっきらぼうだが、心配してくれてるのは伝わった。

 

「ありがとう、神様」

 

 景色がまたかわる。自分の家だ。

 

 何もかも後回しにし、優はベッドに潜る。

 

 恐竜の人形に抱きつき、涙を流す。いつの間にか、優は眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 優の涙を拭おうとして手を伸ばす。だが、寸前のところで手を引く。

 

「情けねぇ……」

 

 そう呟いた後、再び優に手を伸ばす。そして、頭を撫でた。少しでも起きた時に元気になることを願って。

 

 しばらくすると玄関が開く音が聞こえ、時間切れと悟る。

 

「もう、か……。はえぇんだよ」

 

 文句をいいながら、消えていった。

 

 カチリと扉が開く。扉を開けたのは雲雀だった。

 

 優の寝室だが、雲雀は気にすることなく入っていく。ベッドの上に腰をおろし、顔を覗く。

 

「…………僕はもう君を手放す気はないんだ」

 

 そっと涙を拭う。これ以上、泣かないように瞼に唇を落とす。

 

 優が目覚める直前まで、雲雀は優の側から離れることはなかった。

 



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5月5日

小話作品(ちょい甘)

主人公の誕生日リクがきて、私が雲雀さんの誕生日を書きたくなったから。


 新学期がはじまり、優は2年生になって1ヶ月が過ぎた。

 

 雲雀とは大きな変化はない。もっとぎこちなくなるかと思っていたが、次の日に何事もなかったように雲雀がソファーに座って朝食を待っていたのだ。だから優も「おはようございます、雲雀先輩」といつものように声をかけた。

 

 少し変わったとすれば、出かける場所を先に雲雀が優に話すようになった程度である。優は不思議で仕方なかったが、聞いても答えてくれなかったので諦めた。

 

 ちなみに雲雀が場所を教えるようになったのは、優の反応を見るためである。桜を見て優は泣いたので、嫌な思い出があったと勘違いしたのだ。この勘違いは仕方が無い。優が今から起こる未来で泣いていると想像出来るわけがない。

 

 

 

「……ひま」

 

 優は呟いた。新学期から1ヶ月が過ぎたということで、今はGW真っ只中だった。ツナ達は旅行に行ってるので遊べない。雲雀は朝食を食べにきただけだ。京子とハルと黒川は家族と出かけている。山本はいるかもしれないが、ツナがいない中で遊んだことがなかった。

 

 溜息を吐き、カレンダーを見る。まだ5月4日だ。明日の休みはどうしよう。

 

「あれ? そういえば……」

 

 記憶を掘り返す。ハルに見せてもらったハルハルインタビューの雲雀の欄に、5月5日が誕生日と書いていたはずだ。

 

「うん、絶対そうだ。間違ってない」

 

 優は立ち上がり、買出しに向かった。

 

 

 当日。

 

 雲雀を驚かそうと、隠れて準備していた優だったが、とあることに気付く。

 

「……家で過ごすかもしれない」

 

 料理を見て、どうしようと頭を悩ます。もちろん雲雀が来る可能性もある。正月を優の家で過ごしたのだから。だが、あの日は優が呼んだからきたわけではない。

 

「学校にいれば、用はないよね?」

 

 もし学校にいるなら、声をかけてみようと優は考えた。早速、制服に着替え始め、優が靴を履こうとした時に声がかかる。

 

『ケイタイ、忘れてるぞ?』

(え? ほんと?)

『ソファーの上だ』

(んー、まぁいいよ。居なかったらすぐに戻ってくるし)

『念のため、持っていけよ』

(大丈夫、大丈夫)

 

 神の言葉を無視し、優は学校に向かったのだった。

 

 

 

 

『それで、いつまで居るんだ?』

 

 呆れた声が聞こえるが、優は同じ言葉を繰り返すだけだ。

 

(もうちょっとしたら、来るかもしれないし……)

 

 はぁと神の溜息が頭に響く。かれこれ3時間も応接室の前で待っていれば、当然の反応だろう。外だってもう暗い。

 

『家に帰って、雲雀に電話しろ』

(迷惑かもしれないし……)

『せめてケイタイを取りに戻れ』

(すれ違ったら嫌だもん……)

 

 てこでも動かない優の様子に神は困り果てた。これで無自覚である。だが、神が教えて自覚させることは出来なかった。心が壊れないように優が直視しないようにしているからだ。

 

『ったく、後30分だぞ。それまでは話に付き合ってもいい』

 

 この言葉も何度も繰り返している。そのため優はありがとうと呟いた。

 

 神と会話していると足音が聞こえ、勢いよく優は立ち上がる。

 

「風早さん……?」

 

 聞こえてきた声に、優は落ちそうになった肩を無理矢理維持した。優の姿を見て走ってきてくれる草壁にそんな反応をしてはいけない。

 

「こんばんは、草壁さん」

「こんばんは。……お1人ですか?」

 

 思わず優に確認する。草壁に戸締りを任せ、夕方には雲雀は帰っていったので優と一緒にいると思っていたのだ。今日は雲雀の誕生日だから。

 

「学校に忘れ物をしていたことに気付いて、慌てて取りにきたんです」

「……そうですか」

 

 優の顔をみれば、本当にしか思えない。しかし、雲雀が遅い時間に優を1人で行かせるはずがない。雲雀と何かあったのだろう。だが、優がここに居ることを考えれば、まだ余地はある。

 

「あ、もしかして戸締りの時間ですか?」

「はい。確認後になりますが、お送りしますよ。こちらの部屋で待ちください」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。家が近いんです」

「いいえ、何かあってからでは遅いです」

 

 絶対にダメだという草壁の気迫に押され、優は頷いた。ホッと草壁は息を吐く。1人で帰して何かあれば、雲雀に咬み殺されるだけではすまない。

 

「少しお待ちください」

「草壁さん、ゆっくりで大丈夫ですよ」

「はい。ありがとうございます」

 

 優を応接室のソファーに座ったことを確認し、草壁は動き出す。雲雀に連絡することも考えたが、草壁が下手なことをして関係がこじれてしまっては困る。まずは優を安全に送り届けることが最優先だった。

 

 迅速にそれでいて丁寧に草壁が確認しているとケイタイが鳴る。雲雀からで、すぐさま通話ボタンを押した。

 

『今すぐ風紀委員を集めて』

 

 それだけで切れた。あまりにも短い。短すぎる。

 

 確かに雲雀が声をかければすぐに集まる。だが、不満がおきないわけではない。草壁は不満などないが、恐怖で縛ってる者がいるのもまた事実。それをフォローするのは草壁の役目である。雲雀も理解しているようで遅い時間に急遽集める場合は、草壁には説明がある。

 

 普段の雲雀がそんなミスを犯すとは思えない。

 

 慌てて電話をかけなおす。恐らく優が関係している。草壁が雲雀をおかしいと思った時は優が関係している時だけだ。今でも鮮明に覚えている。雲雀が女子生徒の膝を枕に眠っている姿は草壁の中で一番の衝撃だった。あの時は雲雀がおかしくなってしまったと思ったぐらいだ。

 

『なに』

「委員長、今回の集合は風早さんが関係していますか?」

『……いないんだ。どこにも』

 

 何をそこまで焦ってるのかは草壁にはわからない。だが、雲雀を安心させることは出来る。

 

「彼女は今応接室に居ます。応接室の前で居ました。恐らく委員長を待っていたと思われます」

 

 最後まで聞いていたのかはわからない。だが、もう大丈夫だと草壁は判断し、戸締りの確認に戻った。

 

 

 

 

 勢いよく開かれた扉の音に驚き、優は立ち上がる。

 

「雲雀先輩? どうしたんですか!?」

 

 慌てて優は雲雀に駆け寄る。息を弾ませるだけでなく、少し汗もかいている。

 

「……探していたんだ」

「何をです?」

「君をずっと探していたんだ」

「えええ!? すみません!! 連絡してもらえれば……」

 

 そこまでいったところで、ケイタイを家に置いていったことを思い出す。

 

「本当にすみません!! あ、あの……用件はなんでしょうか……?」

 

 恐る恐る問いかける。ここまで雲雀が必死に探していたなら、とても重要なことのはずだ。

 

「いい」

「でも……」

 

 優の頬に触れ、雲雀は存在を確かめる。

 

「君が居るなら、もういいんだ」

「……ぁ」

 

 雲雀が笑った。今度は見間違いじゃない。親しいものにしかわからないほどの変化だが、確かに笑っている。

 

 真っ赤に染まる。優は自分の体温があがってることがはっきりとわかった。特に雲雀の手が触れている頬が熱い。

 

「雲雀、先輩……」

 

 警報が鳴り響く。これ以上近づいてはいけない。

 

「っ!」

 

 優の耳にしか聞こえない小さな足音。その音のおかげで、雲雀の身体を押して離れることが出来た。

 

「雲雀先輩、私の頬に何かついてました?」

「……もう、取ったよ」

「ありがとうございます」

 

 優は笑った。先程の行動が雲雀を傷つけてると気付いているにも関わらず笑った。

 

「帰るよ」

「……はい。へ?」

 

 手を握られ、首をひねる。

 

「雲雀先輩?」

「帰るって言ったよね?」

「あ、はい」

 

 雲雀は手を引いた。あれぐらいで引くわけがない。もう逃すつもりはないのだから。初めは雲雀が腕を掴んだことにも優は戸惑っていた。少しずつ触れてもいい範囲を広げるだけの話である。

 

「雲雀先輩、今日は誕生日ですよね?」

「知ってたんだ」

「はい。だから今日はご馳走ですよ!」

「それは楽しみだね」

 

 何度か瞬きを繰り返した後、優は笑った。

 

 

 

 

 家に帰った優は叫んだ。

 

「……なにこれーー!?」

「はぁ、今度は何」

 

 呆れながらも雲雀は話を聞く。

 

「ケイタイの着信履歴が凄いことに……」

 

 誰から連絡すればいいの!?と慌てている優を雲雀は見なかったことにした。

 




活動報告にも書きましたが、ペースダウンしました。


おまけ。
「雲雀先輩が原因じゃないですかーー!」
「……君が悪い」
「ええ!? 何でですか!?」
「ケイタイを置いていった君が悪い」
「……すみませんでした」
(うぅ、なんでこんなことに……)
『俺の話を聞かないからだ』
(……だね。神様、ごめんなさい)
『わかればいい』

2人から怒られる嵌めになる優でしたw


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プール

「優! お願い!」

 

 ツナに手を合わされ、優は半歩下がる。いつもなら喜んで手伝うのだが、今回だけはすぐに頷くことが出来なかった。

 

「えーと、山本君が手伝ってくれるじゃないの?」

「うん。それで山本がさ、みんなで教えた方がオレがわかりやすいかもしれないって言って。オレ、泳げないってバレるのが恥ずかしくて……」

 

 つまり優なら笑わないと思い、声をかけたということだ。そこまで信頼されてることには喜びたいが、優にとって水着は鬼門である。おしゃぶりをさげているからだ。

 

「ダメ、かな……」

 

 ツナに弱い優は、咄嗟に「大丈夫だよ!」と答えてしまった。

 

 家に帰った優は早速タンスをひっくり返し水着を探す。去年のプールの授業の時は学校を休んだり、サボッたりしたので、1度も着たことがないのだ。

 

「さすが神様ーー!! パーカーがある!」

『当然だろ』

 

 プールでも使えるラッシュガード・パーカーを発見し、優は叫んだ。もちろんピッチリしたものではなく、ふわりとしたものだ。学校の授業なら許可が下りないだろうが、今回はプライベートである。着ていても問題ない。

 

 問題が解決したので、待ち合わせ場所である市民プールに向かったのだった。

 

 

 

 

 

「え? 手を引かれるのは恥ずかしい?」

「……うん」

 

 山本の感覚指導では厳しいと判断し、優を頼ろうとしたツナだが、優自身も泳ぎを教えることは初めてなので子どものように教えるような感覚で行こうという曖昧なものだった。

 

「ちょっと考えるから待ってね」

 

 周りの目があることで恥ずかしいといったツナの意見を聞き、優は他の案を考えはじめる。

 

 その間にハルが来て、結局手をひかれることになるのだが、これは断れなかったツナが悪い。そして獄寺も合流したが、どれも微妙な結果に終わってしまう。

 

「……優」

 

 助けを求められる目を向けられ、優はポンっと手を叩く。

 

「まず浮くことから始めようかな」

「浮く?」

「そう。水の上で仰向けに寝転ぶの」

 

 躊躇した様子のツナに優は笑いかける。

 

「大丈夫。私が絶対助けるから。他のみんなもいるしね」

 

 周りを見渡した後、ツナは勢いよく寝転がる。

 

「うわぁ!」

 

 優が慌ててツナの背中を手で押し、声をかける。

 

「大丈夫、怖くないから。ほら、空を見て。とっても気持ち良さそうだよ」

 

 ツナの力が抜けていくのにあわせ、優は支えてる力を弱くしていく。

 

「これで泳げるよーになるのかよ」

「ならないかな。でもツナ君は水を怖がってるから、まずそこからだと思う」

 

 しばらくするとツナが立ち上がり、興奮した様子で「オレ、水に浮いてた」と言った。

 

「だね! じゃ、次はうつ伏せだよー。泳ごうとしなくていいから、水の中を見よう。水の中の景色も綺麗だよ?」

「う、うん!」

 

 先程よりも随分早く、ツナは力を抜くことが出来た。息が切れる前にツナは立ち上がり、優の顔を見た。

 

「オレ、初めてちゃんと水の中を見た」

「綺麗だったでしょ。それにね、手や足を動かさなくても浮いたよね? 焦る必要はないんだよ」

「そうだったんだ……」

 

 後は山本達に任せて優はプールからあがる。するとリボーンが近づいてきた。

 

「さすがだな」

「そんなことないよ。ツナ君が知らなかっただけだよ」

 

 なんてことのないように、優は座りバスタオルに包まった。その様子を見て、リボーンはツナよりも優は自分に自信がないのだろうと思った。

 

「ツナにはおめーが必要だぞ」

「だったら嬉しいかな」

 

 ツナ達の様子を見て、表情がやわらいだ。一歩引いてるので、どこか羨ましそうにしているようにも見える。

 

「ヒバリだっておめーを必要としてるだろ」

「……そうかもしれない」

 

 リボーンは表情には出さなかったが驚いた。今までの優なら「雲雀先輩は私なんかいなくても大丈夫だよ」と言っていたはずだ。

 

「……間違った。私が雲雀先輩を必要とし始めてる、が正しいの。だから怖い」

「なんでだ?」

「私は一箇所にとどまることが出来ない」

 

 いくら神に言われても、家具を増やすことが出来なかった。栞など持ち運びやすいものしか物を残せない。大きな物をプレゼントされれば、困ってしまう。

 

「どこかにいる冷静な私がいうんだ。ツナ君のところは居心地がいいから続いてるだけってね。ツナ君が困っていれば助けに来る感じになると思うんだ」

 

 リボーンはツナ達を見ながら話していたが、予想すらしてなかったことを言われ、優だけを見た。膝をかかえた姿は、自分を守っているようにも見える。

 

「雲雀先輩はそれをブチ破りそうで怖い」

「いいじゃねーか。それでも」

「ダメだよ。雲雀先輩が重荷に感じた瞬間、私は折れてしまう」

「ヒバリは優ぐらい背負える男だぞ」

「……そう思えるなら苦労しないよ」

 

 アルコバレーノじゃなかったら。何度もそう思った。でもアルコバレーノにならなければ、雲雀に会えなかった。

 

「私はリボーン君みたいに強くなれないからねー」

「オレはウルトラつえーからな」

「本当に凄いよ」

 

 優が空気をかえるためにいったと思い、リボーンはそれにのった。しかし返ってきたのはあまりにも実感のこもった言葉だった。

 

 声をかけようとしたが、リボーンを見て優は笑った。話す気はないよという意味の笑みだ。

 

「……ウルトラつえーオレが協力してやってもいいぞ。ヒバリに軽く頼ってみろ。それでビビるような男ならオレがビシバシと鍛え直してやるぞ」

「すっごく強くなりそうで私が怖いよ」

 

 思わぬリボーンの提案に優は笑った。

 

 近づいてくる足音に気付き、リボーンと優は会話を終える。

 

「泳げたんだ! 優、オレ泳げたよ!!」

「ほんとに!? おめでとう!」

 

 プールから上がり、嬉しそうに報告しにきたツナに癒され、優は一緒に喜んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 次の日、優は学校をサボった。プールの授業に出れないからだ。

 

「掃除でもしよーと」

「体調不良じゃないみたいだね」

 

 聞きなれた声がして、恐る恐る振り返る。

 

「あはははは」

 

 雲雀が怒ってるので笑って誤魔化してみたが、通用しなかったようだ。

 

「何してるの」

「サボったのは悪かったと思ってます。でも、水泳の授業は受けたくなくて……」

「泳げないんだ」

「あ、泳げますよ。どっちかというと得意です」

 

 溜息を吐いて雲雀はソファーに腰をかけた。理由があるとわかったのだろう。

 

「……そういえば、焼けるのが嫌いだったね」

「覚えてたんですね」

 

 以前、暑い時期にも体操服の上着を着ていたので聞かれたことがあり、いつも通りのいいわけをしたことがあった。それを雲雀は覚えていたらしい。

 

「今回サボったとしても次はどうするの」

「雲雀先輩から呼び出される私は、授業を抜けても誰も何も思いません。去年は休んだり、サボったりして乗り切りました。今年も乗り切れると思ったんですけどねー」

 

 ばれたなら仕方ないと、堂々と答えた。去年の今頃はちょうど雲雀に呼び出され始めたころだった。まだ家に雲雀が出入りしていない。だから気付かれなかった。

 

「……君がそこまでするんだ。出たくない本当の理由は何?」

 

 ウソつきと言ったこともしっかりと覚えてるようだ。

 

「見られたくないものがあります。体操服は上着を着ないと見えます。水着もダメなんです。誰かに着替えられるところを見られるわけにはいけませんので、恥ずかしいと言ってこっそり着替えてます」

「わかった。書類整理で水泳の授業は免除するよ。制服に着替え終わったら、応接室にきてね」

「……あの、いいんですか? 私のワガママですよね?」

 

 帰ろうとした雲雀に思わず声をかける。こんなにもあっさりと許してもらえるとは思わなかったのだ。

 

「君がワガママを言う時は、本当に困ってる時だからね」

 

 優は誰かのために動くことが多い。その優がワガママを言うのだ。雲雀からすれば、優はわかりやすかった。

 

「……見られたら、狙われるんです」

 

 ポツリと呟いた優の言葉に雲雀は振り返った。

 

「誰に」

「……たくさんの人。権力や力のある人に……」

 

 スッと雲雀の目が細まった。怒ってると気付いた優は一歩ずつ後ずさりながら、早口で言った。

 

「ご、ごめんなさい! 爆弾なのに学校に通ってて! 頼れそうな人は見つかってますし、今すぐ並盛から出て行きます! ごめんなさい!」

 

 話してる途中で背中が壁に当たってしまった優は、しゃがみこみ身体を縮めた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 ガタガタと震えだして言った優の目は雲雀を見ているようで見ていない。この症状に雲雀は心当たりがあった。トラウマだ。

 

 ピキッと窓が割れそうな音が聞こえ、雲雀は走った。優に対して怒ったわけじゃないと時間をかけて説明したいが、そんな時間は無い。急がなければ優が怪我をしてしまうかもしれない。

 

「やっ!」

 

 抵抗する優を無理矢理向かせ、雲雀と目をあわさせる。

 

「学校、行くよ」

「……どう、して」

「僕が許可したから」

 

 フッと優の力が抜けた途端、窓に限界が来る。学ランをつかって破片から優をかばいながら、割れた窓から流れてくる強風に飛ばされないようにしっかりと優を掴んだ。

 

 数秒後には、何も無かったように落ち着いた風に雲雀はホッと息を吐く。

 

 すぐに被害を確認しなければいけない。が、優を置いて行くわけにはいかない。

 

「ごめん、なさい……」

 

 今の強風の原因は自分の暴走だと優は気付いたのだ。

 

「大丈夫だから。君は休んだ方が良い」

 

 手で涙の後を拭った後、光が見えないに目を隠す。疲れていた優はすぐに眠ってしまった。

 

 雲雀はすぐさま被害状況の確認とこの家にも派遣させる指示を出す。そして優を抱き上げ、学校に向かったのだった。

 

 

 

「……あ、れ?」

 

 目が覚めると応接室のソファーで寝ていたことに優は驚いた。

 

「まだ眠ってなよ」

「いえ、大丈夫です」

 

 まだどこかグッタリしている優をみて雲雀は溜息を吐いた。そもそも顔を洗ってないと騒いでない時点でおかしい。だが、話が終わらなければ眠らないだろうと思い、仕方なく濡れタオルを優に渡す。

 

「ありがとうございます」

「しばらく君の家は使えないから」

 

 薄っすらとした記憶の中、風を暴走させ窓を割ったことを思い出す。自分の仕出かしたことに頭が痛い。

 

「なんとかしますので、大丈夫です。そんなことより、他の被害は?」

「……君はしばらく僕の家で過ごすこと」

「え!?」

「君のところが1番被害が大きい。今回の強風で怪我人もいないし、学校もプールの周りにあるフェンスが倒れただけだ」

「あの、今日のプールは……?」

 

 雲雀の家で過ごすように言われたことは衝撃だったが、プールの方が気になった。

 

「しばらくは中止が決まったよ」

 

 昨日必死に練習したツナの姿を思い出し、優は心の中でツナに向かって土下座した。

 



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夏祭り

 雲雀に夏祭りに誘われ、優はまた雲雀のバイクに乗って一緒にやってきた。

 

「わぁ」

 

 思わず会場を見て声をあげる優。夏祭りに行った経験も無いのだ。

 

「……行くよ」

「あ、はい」

 

 今日もしっかり見ていないと危なそうだと思いながら、雲雀は歩き出したのだった。

 

「5万」

「えーと、何してるんですか?」

 

 雲雀の行動を見て、優は興奮が少し冷める。会場に入ってすぐ1番近い店舗に雲雀が5万を要求しだしたからだ。そして原作を思い出したのである。

 

「風紀委員の仕事でね。活動費を集めてるのさ」

 

 大人しく雲雀に5万を払ってるので、出店料のようなものと判断し優は気にしないことにした。

 

「風紀委員の仕事があるんだったら、私1人でウロウロしますよ?」

「行くよ」

 

 ダメらしい。優は雲雀の後ろを大人しくついていった。

 

 キョロキョロと見渡していれば、雲雀が怖がられてることがよくわかる。何もしていないのに道が開かれるのだ。

 

(そんなに怖くないのにね)

 

 意味もなく雲雀は咬み殺さない。多少は理不尽な時もあるが、真面目に過ごしている人に雲雀は手を出さない。

 

 うーん……と悩んだ後、雲雀の服をツンツンと引っ張ってみる。

 

「なに?」

 

 えへへと優は笑う。やっぱり雲雀は怖くない。

 

「……カキ氷、1つ」

「へ?」

「食べたいんだよね?」

 

 よく見るとカキ氷の屋台の前にいた。雲雀は優が食べたいと駄々をこねてると思ったようだ。それはどうなのかと一瞬思ったが、食べたかったのは事実だったので、笑顔で頷いた。

 

「味は?」

「イチゴです!」

 

 カバンからサイフを取ろうとすれば、雲雀に手で押さえられる。どうやら奢るつもりらしい。

 

「お金あるので、大丈夫ですよ」

「いい。僕が払う」

「でも」

「僕が払うって言ったよね」

「…………」

「…………」

 

 久しぶりに水面下でバトルが起こる。だが、ふと雲雀が優から視線を外し、先にお金を支払ってしまう。

 

「あーー!」

「僕の勝ちだよ」

 

 ずるい、悔しいと言いながら、優は雲雀からカキ氷を受け取った。それからは少しでも優が物欲しそうな顔をすれば、先に雲雀がお金を払ってしまう。

 

 気付けば優の手には、ヨーヨーとわたあめの袋、さらにタコ焼きを持っていた。

 

「うぅ……悪いです……」

 

 今までの雲雀の食事代に比べれば、微々たる金額だ。だが、無条件に物を貰うことに慣れていない優は罪悪感でいっぱいになる。

 

「……1つちょうだい」

「はい!」

 

 このままでは優が楽しめないと判断した雲雀は、タコ焼きを1つ食べることにした。すると、優がふぅふぅと息を吹きかけた後に「あーん」と言って手を差し出した。

 

「…………」

 

 雲雀にとって優のこの行動は予想外だった。2人っきりなら気にしない。だが、今は外だ。人前でそういう行動をとったことがない。今までも人前で手を握ったことはあるが、優を無理矢理連れて行ってるという形だ。後は夜が遅いなど、人がいないところでしかない。

 

「雲雀先輩?」

 

 不思議そうな顔をしている優にわかるように、雲雀は周りに目を向けた。これだけで優はわかるはずだ。

 

「……ぁ」

 

 状況を理解したのかボフンと顔を赤らめる。

 

 その反応は反則だ。

 

 ただ慌てて謝るだけと思っていた。だが、優は恥ずかしがった。そして雲雀はもっと見たいと思ってしまった。

 

「えっ? えっ?」

 

 戸惑う優を無視し、差し出された手を掴んでタコ焼きを食べた。

 

「……ん、普通かな」

 

 周囲の人間が固まって姿を尻目に雲雀は優の顔を見た。恥ずかしさが上限に達したのか、真っ赤な顔で目が潤んでいる。雲雀でなくても、手を出したくなる反応である。

 

「……行くよ」

 

 返事はなかったが、優は雲雀の後をついてきている。だが、先程よりもペースが遅い。少しやりすぎたかなと思いながらも、反省する気はない雲雀だった。

 

 タコ焼きを食べるのを忘れ、ポーッとしながら優は歩いていた。非常に危なっかしい足取りである。夏祭りという場所の関係もあるが、声をかけやすい雰囲気を優は出していた。

 

「ねぇ、一緒にまわらない?」

 

 優は瞬きを繰り返す。雲雀の後姿をみながら歩いていると、知らない人が声をかけてきたからだ。

 

「一緒に、ですか?」

「せっかくだから可愛い子と一緒にまわりたいんだ」

 

 回りくどい言い方をされると、全く優は好意に気付かないが、はっきり言われれば鈍い優でもわかる。

 

「ごめんなさい。先輩と一緒にきてるんです。でも、ありがとう」

 

 ペコッと頭を下げて断り、優は雲雀の姿を探す。すると、声をかけた人の後ろにトンファーをかまえた雲雀の姿があった。

 

「僕の連れに何か用?」

「え゛っ」

「一緒にって誘われたんです。可愛いって言われましたっ」

 

 てへっと嬉しそうに話す優。今までに言われたことがない言葉だから喜んで報告しただけで、決して声をかけた男に絶望を与えようと考えたわけではない。

 

「……へぇ、そうなんだ」

「ヒバリさんの彼女とは知りませんでした!! 申し訳ございません!!!!」

 

 いきなり土下座したのを見て優は今の状況が読めずに首を傾げた。状況はわからないが、言わなくてはならないことがある。

 

「私は雲雀先輩の彼女じゃありませんから、大丈夫ですよ」

 

 フォローになってない。

 

「……タコ焼き、冷めるよ」

 

 ああっ忘れていた!と優がショックを受けてる間に、雲雀は男を咬み殺した。

 

「雲雀先輩!?」

「風紀を乱した彼が悪い」

「あ、そうだったんですね」

 

 優に声をかけたことが、ナンパ行為とは結びつかないらしい。雲雀は溜息をつくしかない。

 

「行くよ」

「あ、はい」

 

 風紀委員に連れられていく姿を見ていると、雲雀が歩き出したので優も歩き出す。すると、突如雲雀が振り返ったので、優は首を傾げた。

 

「僕の手の届く範囲で居て」

「はぁい」

 

 トタトタと駆け寄り、雲雀の斜め後ろで優はタコ焼きを食べ始めた。

 

 満腹になりしばらく大人しく歩いていた優だったが、ツナの姿を発見し雲雀を追い越す。そして数歩進んだところで立ち止まって振り向いた。

 

「雲雀先輩、行ってもいいですか?」

 

 行きたい、行きたいと目でいいながらも、雲雀の言いつけをちゃんと守ってるらしい。仕方なく許可を出し、雲雀もツナの屋台に向かう。

 

 雲雀が向かうとお金を払うか払わないかで揉めていた。

 

「ちゃんと払うって」

「いつも優には迷惑かけてるし、いいってば」

「ダメだって。売上に貢献するよ!」

 

 再び溜息を吐き、山本にお金を突き出す。雲雀の登場に驚きはしたものの、優がいるのでそこまで続かなく受け取った。

 

「ツナ、もう風早の分はもらっちまったぜ」

「あーー!! また雲雀先輩が払ったんですか!?」

「えーー!? ヒバリさんがーー!?」

 

 口を尖らせながらも優はチョコバナナを受け取る。だが、食べる時には幸せそうな顔をしてるので奢りがいがありそうとツナは思った。

 

「あ、ツナ君。お金の準備してる? 雲雀先輩に5万円渡さないといけないよ」

「ショバ代って風紀委員にだったんだ……」

 

 優に催促され、ちょっとツナは疲れた。なんだか違和感が無い。むしろ慣れている感じがする。だが、ヒバリに催促されるより優の方が精神的にはいいので、ツナはそのことについては何も言わなかった。

 

「行くよ」

 

 回収が終わるとヒバリが次の屋台に行ったので、優は慌ててツナに声をかける。

 

「ごめんね、手伝いたいけど離れると怒られるんだ。頑張ってね!」

 

 なんてことのないように言って優は雲雀の後についていったが、群れることが嫌いな雲雀が離れれば怒るという矛盾がおきている。

 

 改めて優は規格外だとツナ達は思った。

 

 

 

 しばらく順調に集金していると、ヒバリがふと顔をあげ、とある場所を睨んでた。

 

(あー群れてるもんね。それも雰囲気悪そうだし)

 

 結構な人数なのでツナ達がきても怪我をするんじゃないのだろうかと悩み始めていると、雲雀が言った。

 

「君、そこの風紀委員と一緒に居て」

 

 ポンっと手を叩く。そういえば強いという話をしていなかった。そもそもあれから雲雀は詳しく聞きだそうとしなかった。

 

「大丈夫です? 私、手伝いましょうか? ちょっとは役に立ちますよ」

 

 護身術程度の力ならば使っても問題ないだろうと思って声をかければ雲雀が優を見て言った。

 

「もう1度言わないといけないの?」

 

 怒られた。

 

「……はぁい。気をつけてくださいね」

「問題ないよ。君達、頼んだよ」

「はい!! 委員長!!」

 

 大人しく雲雀に言われた通り、風紀委員と一緒に居るのだが、居心地が悪い。気分転換も兼ねて、雲雀が向かった方の音を拾う。

 

(獄寺君達も合流したみたいだねー。怪我しないように気をつけてよー)

 

 原作を知っているが怪我の具合を心配し、ハラハラと見守っているとすぐに静かになる。もう終わったようだ。ふぅと肩の力を抜き、音を拾うのをやめると、風紀委員の人数が2人から4人に増えていた。

 

 若干引いてしまい、縮こまるように立つ。今すぐ逃げ出したい。逃げ出せば彼らが怒られると思ったので実行しないが。

 

「君達、もういいよ」

 

 雲雀の声が聞こえ、ホッと息を吐く。

 

「どうしたの?」

「なんでもないです。怪我してませんか?」

「問題ないよ」

 

 念のため、雲雀の周りを一周まわる。

 

「大丈夫そうですね」

「……さっき言ったよね?」

「雲雀先輩のことは信頼してますが、怪我とかに関しては信用してません」

 

 キッパリと言い切る優。

 

「……もし怪我すれば、君に言うよ」

「本当、ですか?」

 

 怪しむ優。とことん信用がないらしい。

 

「君が診てくれるならね」

 

 悩み始める優。医者に診てもらった方が絶対にいいが、素直に行くかは怪しい。ある程度は勉強しているが、腕の差がありすぎる。報告してくれるだけ良いと考えるべきなのか。

 

「……行くよ。花火みたいでしょ」

「見たいです!」

 

 パアアァと輝き出した優の顔を見て、やっぱり悩んでる顔よりこっちの方がいいと雲雀は思ったのだった。




日常編はこれで終わりです。


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黒曜編
救出


黒曜編は話が変わってるかも?
バトル描写の残念さは相変わらずですがw
まぁこの話はそこまでバトル描写に凝る気はないです。
クラスメイトKの方がまだ頑張ってますね。


 優は首を傾げながら家を出た。雲雀が週末に呼び出しも家に1度も来ることもなかった。1日だけならまだしも、2日連続で何もないというのは本当に久しぶりである。

 

「優、おはよ!」

 

 鍵を閉め学校に行こうとしたところで声をかけられ、優は周りを見渡す。予想通り、声の主はツナだった。

 

「ツナ君、おはよ! リボーン君も!」

「ちゃおッス」

 

 優とツナは笑いあう。お互いに朝から会えてほんわかしたのだ。だが、それをブチ壊すように外の空気がピリピリしていた。

 

「なんか変?」

「優は知らないんだ。この土日で並盛中の風紀委員がやられたんだって。何人だったっけ?」

「7人だぞ」

 

 サッと優は顔を青ざめる。黒曜編が始まったと気付いたからだ。

 

「優?」

「あ……」

「優は風紀委員の顔見知りが多いからな。無理もねーな」

 

 青い顔をしたまま優は頷く。黒曜編が始まるからとは言えない。

 

「問題ないよ」

「雲雀先輩!!」

 

 泣きそうな顔で優は雲雀に駆け寄った。

 

「……大丈夫だから」

 

 この顔をさせたくなくて、何も話さずに週末に終わらせるつもりだった。だが、結局間に合わず知られてしまった。

 

「心配しなくていい。すぐに終わらせるから」

「ヒバリさん、やっぱこえーっ!」

「うるさいよ」

 

 ツナに言ったわけじゃないと雲雀はイラついた。が、ほんの少し優の顔色が良くなったので咬み殺さなかった。

 

「君はしばらく学校休んで」

「え?」

「ヒバリの言うとおりだぞ。優は巻き込まれる可能性は0じゃねーからな」

「それで優の家に寄るぞって言ったの!?」

 

 優は驚いた。風紀委員しかやられていない現状で巻き込まれるとは考えていなかったのだ。……雲雀の弱点として狙われる可能性は考えつかないらしい。

 

 大丈夫と優が声をかけようとしたところで雲雀のケイタイが鳴り響く。ほんの少しだが、電話をとった雲雀の表情が変わったことに優は気付く。

 

「雲雀先輩?」

「……笹川了平、やられたよ」

「お兄さんは風紀委員じゃないのにーー!?」

 

 ツナが叫ぶのも無理はない。不良同士のケンカと思われていた事件が、この瞬間から無差別事件になったのだから。

 

「えっ?」

 

 腕を掴まれたことに驚く優を無視し、雲雀は鍵をまわし優の家に入る。玄関に入り、鍵を閉めたところで雲雀が優に向かって言った。

 

「風紀委員を派遣させたいところだけど、まだ危険かもしれない。だから君は大人しく家の中に居ること。少しでも違和感を覚えれば、すぐに連絡して」

「オレらが優のことを見てやってもいいぞ」

 

 僅かに眉間に皺を寄せながら雲雀はリボーンを見た。家に入れたつもりはなかったのだ。だが、リボーンの提案は悪くない。雲雀が戦いたいと思うほどリボーンは強い。

 

「待ってます! 雲雀先輩の帰りをここで待ってます!」

「……敵の手掛かりは掴んだ。すぐに終わらせるから待ってて」

 

 そういって雲雀が扉を開けると、ゴンっと音が響く。

 

「いってぇー……」

「ツナ君、大丈夫!?」

 

 扉の前に外に放り出されたままのツナが居たのだ。雲雀は呆れたような視線を送ったものの、時間が惜しいので咬み殺さずツナの横を通り過ぎたのだった。

 

「本当に良いのか? 優」

 

 雲雀が去って、もう1度リボーンは優に確認した。

 

「大丈夫。雨戸をしめて閉じこもってれば、多少は時間が稼げると思うしね。変だと思ったらリボーン君にも連絡するよ」

「そうか。ツナ、了平の様子を見に行くぞ」

「う、うん。優、ちゃんと戸締りしてね!」

「わかってるよー」

 

 ツナ達を見送った優はさっそく雨戸を閉める。そして、すべてが終わったのを確認したところで息を吐いた。

 

『忘れ物するなよ』

「ありがとう」

 

 止めようとしない神に優は礼を言った。もっとも止められても止まる気はなかったが。行かなければ1人になった意味が無い。

 

 神に用意してもらった服をきる。どこでもすぐに着れるようにと、膝下まである紺のロングコートでおしゃぶりと同じ色のラインが入っているが柄はない。ズボンもそのまま着れるようにと大きめで、色は白である。少し目立つよう色にも思えるが、コートのおかげでそこまで目立つことは無い。白の理由は黒一色はどうしても神が許せなかったらしい。靴は黒のブーツ。ちなみに持ち運べる時ように折りたためるスニーカータイプもある。そして深いフードは口元近くまで隠れてるのでかなり怪しくみえる。

 

 この服に神が詰め込んだ機能で大きなものは3つ。1つはフードをかぶっているが、優は問題なく見える。体格を隠すための幻覚作用。そして優の意思で声がかわる。

 

 もちろん死ぬ気の炎に強い素材で、水や火にも強い素材を使っている。快適に過ごせるようにと優の体温に合わせて温度が調節される。このように細かくあげればキリがないほどハイスペックな代物である。

 

 着替え終わり、刀を持った優は、天井にある窓へと向かう。一見では開閉式とわからないようになっていて、僅かに突起しているボタンを押すと、10秒だけ自動で開く。戻る時は外にも同じようなボタンがあるので、リボーンが来るまでは風で押して空から落ちるように入るのが優のお気に入りだった。

 

 ボタンを押す前に優は風で周りの様子を確認する。家の屋根付近にも幻覚作用があるが、優は毎回している。神を信用していないというより、気配を読むことに慣れるためにしているのだ。

 

 タイミングをはかり、外に出る。そのまま屋根を伝って優は黒曜ランドへ向かったのだった。

 

 

 

(……雲雀先輩)

 

 無事でいてと願いながら、優は走る。いつもとはまるで違う動きだ。だが、その足が止まる。

 

(草壁さん!?)

 

 視力のいい優は草壁が城島犬に襲われているところが見えたのだ。優は軽く舌打ちして草壁のところへ向かった。日ごろから世話になってる草壁を見捨てることは出来ない。草壁でなくても襲われてるところを見てしまったのなら、優は見捨てることは出来ないだろう。それほど優は甘い。

 

 犬の背後に飛び掛り、刀を振り下ろす。だが、交わされる。このままでは草壁にあたってしまうので、優はピタリと動きを止めた。

 

(避けられるとは思わなかったなぁ)

 

 反省しながら驚いてる草壁を放置し、優は犬に向き直った。

 

「……お前、何者だびょん」

 

 ジリジリと下がりながらも、犬は優の動きを見逃さないように見ていた。野生のカンで優の強さに気付き、恐怖心から犬は優からの一撃から逃れることが出来たのだ。次はない。今回は運が良かっただけだ。

 

“……時間が惜しい”

 

 優は呟いた。服の効果でいつもと違う声で。

 

「チーターチャンネル!!」

 

 悪寒を感じた犬は逃げ出した。このままではやられる。

 

 逆刃刀を鞘に戻す。背後から襲って倒すことも出来たが、優にそんな趣味はないので見逃したのだ。甘すぎるが、それが優だ。

 

「礼を言う。だが、怪しい奴を見逃すわけには行かない」

“……悪い、雲雀恭弥が心配なんだ”

 

 軽く手をあげてから、優は走り出す。雲雀のことを心配し叫んでる草壁に謝りながら。

 

 予定外のことが起きたので、優は空を飛ぶことにした。最初からすれば良かったかもしれないが、昼に飛び立つのは目立つのだ。高い建物から飛んでいかなければならなかった。

 

(神様に頼んで買ってもらおうかな)

『買ってもいいが、優の姿で出入りするなら結局は一緒だぞ』

 

 コソコソと飛び出すことになるのは変わりないと神に言われ、優は無駄遣いになると判断した。そもそも一軒家じゃなければ、住人付き合いもある。フロアや棟ごと買い取れば、それはそれで目立つ。結局は優がストレスを感じないギリギリの広さの今の家が1番だった。

 

(神様って私の性格をよくわかってるね)

『当然だろ』

 

 空気を軽くするような神の自信っぷりに優は僅かに表情を緩めてビルを駆け上がり屋上から飛んだ。

 

 

 

 黒曜ランドの屋上に降り立った優は、風で人の気配を探す。至る所に呼吸をしている気配を感じるが、動いている気配は一箇所しかない。

 

 その場所へ優は窓を割りながら突撃した。雲雀から自分に向けさせるために。

 

「おや? 新たな訪問者ですね」

 

 倒れている雲雀を庇うようにたった優を見ても、骸は動じず問いかけた。城島犬と違い、何を考えてるのかわからない態度である。

 

「クフフフ どなたでしょうか?」

 

 口を開こうとした時、僅かに風が変わったので刀を抜き、飛んできた弾を叩き落した。

 

「ほぉ」

(ほぉ……じゃないし! 狙いが雲雀先輩とか最低!! それに桜の幻術……!)

 

 心の中で文句をいいながらも、頭の隅では戦闘では当然だと思った。そして銃使いが原作にいなかったはずと冷静に状況を分析していた。

 

(狙撃手の腕がいい。ここと違う建物からなのに防がなければ雲雀先輩に当たってたよ)

「……誰?」

 

 ピクリと反応する。その傷で意識を失ってない雲雀のプライドの高さに改めて優は感心した。

 

“状況が悪い。いったん出直すぞ”

「僕に命令しないで」

 

 はぁと軽く溜息を吐き、背負うために雲雀の腕に触れる。動かせば身体に響くかもしれないが、仕方がない。

 

“後で僕を咬み殺せばいい”

 

 この言葉だけで抵抗しなくなったことに疑問を覚えたが、状況が状況だ。相手がこのスキを見逃すわけがなく、弾が飛んでくる。優は雲雀から手を離し、再び弾を落とす。

 

 あまりにも多い弾の鬱陶しさに、優は強風を発生させ狙いを狂わせる。しかしそれが合図になったのか、骸が優に向かって駆け出した。

 

“……横抱きとおんぶ、どっちがいい? 僕はおんぶがいいんだが”

「逃がしませんよ」

 

 あくまで余裕の態度を取り続ける優に、骸は雲雀には使わなかった武器……三叉槍をふるった。

 

 連続に響く金属音。雲雀を気にしながらも一撃も食らわないその腕に骸は一歩引いた。

 

「あなたが並盛中ケンカの強さランキング1位の秘密君ですね。もう少し被害を出さなければ、出てこないと思ってました」

 

 そういって骸は笑った。ギリっと優は歯を食いしばる。

 

「おや? ボンゴレ10代目は随分と甘ちゃんですね」

“僕はボンゴレ10代目ではないぞ。まぁボンゴレ10代目が甘いのは否定しないが”

 

 ツナの顔を思い浮かべ、優は軽く息を吐く。少し冷静になれた。

 

「……どちらにしても、僕はあなたの体がほしい。僕が有効活用してあげますよ」

 

 骸の目の数字が変わり、火柱の幻覚が優を襲う。だが、優は何もなかったように平然と雲雀のもとへ向かう。そして軽く骸が目を見張ってる間に、優は雲雀恭弥を背負った。雲雀からの抵抗はない。

 

“じゃぁな”

 

 逃げ出す際に優の視界にフゥ太が入る。

 

(ごめん、私じゃ無理なんだ)

 

 自分ではフゥ太の心に響かない。ツナじゃなければならない。優は悔しい思いをしながらフゥ太を置いていった。……十分優の声でも届くのに。

 

 優は自分に自信がなかった。

 

 

 

 

 

 

 追手の気配はなく、優は軽く息を吐いた。

 

“あー、場所は病院でいいか?”

「君の家でいい」

 

 足を動かしながらも、優は雲雀の様子をうかがった。

 

「隠しても無駄だよ。僕が触れても嫌悪感を抱かないのは、風早優だけだ」

 

 ピタリと足が止まる。

 

(神様ー、幻覚効果って本当にあるのー?)

『効いてるぞ。だが、雲雀は目で見えていることよりも自分の感覚を優先しているんだ』

(つまり感覚タイプには効きづらいってこと?)

『一流の術士でさえ惑わせるものだから、余程の変わり者だけだぞ』

 

 はぁと溜息を吐く。その余程の変わり者に雲雀は入るらしい。

 

「雲雀先輩には敵わないなぁ……。追手はなさそうですが、ここで治療するのは危険なのでもうちょっと我慢してくださいね」

「問題ないよ」

 

 優は自分の家に向かったのだった。



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手紙

 家に戻った優はすぐさま雲雀の怪我を診た。だが、あまりにも酷い怪我で優の手は止まってしまう。

 

「……泣かないで」

「ごめん、なさい……」

 

 泣きながらも慌てて手を動かそうとする優の手をとった。

 

「怒ったわけじゃないから」

「……はい、すみません」

 

 また優は泣きながらも笑い、さらに謝った。……そうさせたのは雲雀だ。

 

「どうしたんですか?」

 

 頬に手を添えられ、不思議そうな顔をする優。そして、瞬きをする間もなく、雲雀の顔との距離がなくなった。

 

「…………」

「…………」

 

 雲雀が離れると、瞬きを何度も優は繰り返す。

 

「……えええええ!?」

 

 顔を真っ赤にし唇を押さえ雲雀から距離をとる動きは、先程のような鋭さは一切ない。雲雀がよく知ってる優の動きだ。

 

「な、何するんですか!?」

「我慢できなかった」

 

 悪びれもせず雲雀は言った。口をパクパクするだけで優は言葉が出てこない。

 

「僕のせいで泣いたから、止めたかった」

 

 それを聞いた優は雲雀との距離を戻す。恋人とするものと思っていたが、このような慰め方もあるのかと思ったのだ。現に涙は止まっている。

 

「……僕以外にその場所を許せば、君に何をするか僕でもわからないから」

「わ、わかりました!」

 

 敬礼をする優。本当にわかってるのか怪しい。思わず雲雀は睨んだ。

 

「大丈夫です。触れられる前にちゃんと逃げますよ。雲雀先輩以外嫌ですもん」

 

 雲雀は頭が痛くなった。この状況で煽られると誰が予想出来ただろうか。

 

「……この件が片付いたら覚悟してね」

「ええ!? なにをですか!?」

 

 怒られたと勘違いし半泣きになってる優をみて、雲雀は肩の力を抜いたのだった。

 

 優の出来る処置が終わった時には、雲雀は眠っていた。敵陣ならば起きていただろうが、今は優の家だ。緊張が切れたのだろう。優は風で雲雀を浮かせ、ベッドに運ぶ。

 

「少し出かけてきますね」

 

 眠ってる雲雀に声をかけ、優は再び外に出たのだった。

 

 

 

 

 並盛商店街についた優はツナの横に降り立った。

 

“遅かったか……”

 

 優が着いた時には獄寺が倒れ、山本とツナが駆け寄っていたところだったのだ。

 

「うああああ! 次は誰ーーー!」

 

 ツナと獄寺を庇うように山本がバットを構えたのを見て優は言った。

 

“このままじゃ彼が死ぬ。治療させてくれ。少しでも変だと思ったら僕を斬ればいい”

 

 山本はチラっと獄寺を見て、一歩横にずれた。優はすぐさま獄寺の治療にかかる。

 

「あ、あの……獄寺君は大丈夫なんですか……?」

 

 怖がりながらもツナが質問するので安心させたかったが、それは出来なかった。

 

“僕の腕じゃ応急処置しか出来ない。特に毒がやばい”

「それじゃ、急いで病院に……!」

“いや、Drシャマルを頼った方が良い。病院では間に合わないかもしれない”

 

 優が獄寺を担ごうとした時に、山本が待ったをかける。

 

「お前の身長じゃ大変だろ?」 

 

 ニカッと話しかけてきた山本の言葉に優は驚きもせず頷いた。体格は誤魔化しているが、誤差が大きすぎると違和感がおきる。そのため、身長を数cm誤魔化した程度では獄寺を運ぶには厳しいと思われるのは当然のことだ。

 

“周りの警戒は僕がする。多少の腕は立つから安心しろ。僕は上に居るから”

 

 そういって、優は商店街の屋根まで駆け上がる。驚いてるツナに山本は心強いじゃねーかと言って空気を和ませた。

 

 

 

 獄寺を治療してる間、優は校舎に入らず保健室の窓に寄りかかるように外で立っていた。

 

「お前が診たんだってな」

 

 小さな声でシャマルが言った。ツナ達を「男が用もなくうろつくんじゃねぇ」と廊下に放り出したので、話しかけてきたのだろう。

 

“素人に毛が生えた程度の腕だけどな。そもそも専門外だ”

「いや、十分だ」

 

 男は診ねぇつーのに……とぼやきながらも手を動かしているシャマルに優は表情を緩める。

 

“軽くだが彼に僕の体力をやった。多少は役に立ってるはずだ”

「医者なら喉から手が出るほど欲しい能力だな」

 

 確かにと優は笑った。

 

「ちゃおッス」

“……どうも”

 

 気配を殺しながら窓に座ったリボーンに気付いていたが、普通に挨拶されると思っていなかったので一瞬返事が遅れた。

 

「おめーがヒミツか?」

“……敵の首謀者らしき人物にも同じことを言われたな”

 

 ピクリとリボーンが反応したのを優は見逃さなかった。

 

“雲雀恭弥は僕が保護した。狙いはボンゴレ10代目。……悪いが間違われたから訂正させてもらったぞ”

「問題ねーぞ。ヒバリは無事なのか?」

“骨を何本か折られている”

 

 雲雀の怪我を思い出し、優は目をつぶった。

 

「ヒバリは今どこにいるんだ?」

“風早優の家”

 

 下手にウソをついてもバレると思ったので、正直に教えた。

 

“いくら彼女が言っても、彼は起きればまた乗り込むだろう。だから解毒薬がほしい”

「シャマル」

「……ったく、ほらよ」

 

 ポイッと投げられた解毒薬を優は受け取った。一般人である雲雀に病気をかけてしまったので、いつでも治せるように準備していたのだろう。

 

“助かる。敵の情報はいるか?”

「いらねーぞ」

 

 優はリボーンの顔を見た。情報はいくらあってもいいはずだ。

 

「やばくなったら、おめーが出てくるんだろ?」

 

 優はフードの上から頭をかいた。雲雀と獄寺を続けて助ければ、リボーンに読まれるのは当然だ。

 

“僕は争い事が苦手なんだ。あまり当てにするなよ。じゃぁな”

 

 それだけを言うと、優は立ち去った。

 

「追わなくていいのか? あれは強いぞ」

「フゥ太のランキングを妨害するほどの能力もある。それに今探って、あいつがこの件から手を引くのは避けてぇからな」

「今は、ってか」

 

 シャマルの呟きにリボーンはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 家に戻った優はというと、すぐに雲雀の様子を見に行く。まだ眠ってることにホッと息を吐き、いつものように雲雀の頭を撫でながら優は悩みだす。

 

(転生者っぽいのもいたし、ツナ君達が心配なんだよねー。でも雲雀先輩が起きれば、絶対無茶するし。解毒薬は貰ってきたけどさー……)

 

 チラっと雲雀の顔を見る。相変わらず寝顔は可愛い。

 

(ベストは雲雀先輩が起きる前に終わらすことだけど、多分無理だろうなー)

 

 原作とは話がズレているが、雲雀が重要なキャラというのは変わらない。優が力ずくでおさえれば、雲雀が向かうことは出来ないだろうが、その場合はツナ達が危うくなる。

 

 仕方がないと息を吐き、優は手紙を残していくことを選んだ。

 

「……なんて書けばいいの?」

 

 手紙を書いた経験がない優は、一文字も浮かばず完全に手が止まった。

 

 

 

 

 優が家を出て10分も経たない間に、雲雀はパチッと目を覚ます。すぐに枕元に置いてある手紙と『行くなら絶対に飲んでください!! 桜クラ病が治ります!!』と内服薬の袋に書かれたものと水が目に入る。

 

 手紙をポケットに入れ、雲雀は薬を飲んですぐに外に出た。

 

「ねぇ、何してるの?」

 

 トンファーをかまえ、優の家の周りをコソコソと動いていた人物に向かって雲雀は言った。が、返事を待つこともなく雲雀は咬み殺す。この時に鳥が優の家の周りに飛んでいることに気付いたが、それは放置した。

 

 鳥についているカメラの映像を見て「ヒバリさーん!!」とツナが感動してるとは知らず、雲雀は溜息を吐く。相変わらず肝心なところが抜けている。雲雀の人質だけでなく、ボンゴレ10代目……ツナの人質になる可能性をなぜ考え付かないのだろうか。

 

 手紙の内容も大方想像できる。ツナが心配で見に行ってるとか、詳しい話は後でするとか、最後には雲雀に無茶しないでと書いているだろう。

 

 大正解である。

 

 手紙の内容を雲雀が見もせずに当てたことを知れば、あれだけ悩んだのに!と優は嘆いただろう。だが、雲雀からすれば、優はわかりやすいのだ。それに無茶をするとすれば、自分に無頓着の優の方だと雲雀は思っている。

 

 ……はっきり言おう、どっちもどっちである。

 

「待ってて」

 

 ポツリと呟き、雲雀は痛む身体を無視し動き出したのだった。



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向かない性格 1

 遅くなったと嘆きながら黒曜ランドについた優は、状況を見て再び嘆いた。ランチアがもう倒されていたからだ。

 

 それでも無事とは言いきれはしないが、原作とほぼ変わりない様子にホッとする。そしてツナ達が建物に入るのを見て、優は屋上から行こうと思った時だった。ツナに向けられた僅かな殺気に優は反応する。

 

(建物に入るところを狙ってずっと待機してたの!?)

 

 殺気から狙撃手の方角はわかるが、風を使って調べている間にツナに弾があたってしまう。風で逸らすことも考えたが、正確に叩き落さなければツナ以外に当たってしまう可能性もある。弾を落とすほどの強風はすぐには作れない。優の能力は風を生み出すのではなく、自然にある風を集めて操るので量が多ければ多いほどタイムラグが起きるからだ。

 

 優はツナに向かって駆け出した。これが1番手っ取り早い。

 

 ザッと地面と靴のすれる音と共に金属音が鳴る。

 

「え……?」

 

 ツナは何が起きたのかはわからず、ただ突如目の前に現れた人物を見つめる。

 

「てめぇ、何者だ!?」

 

 獄寺も驚いたが、すぐにツナを庇うように立ちダイナマイトを構える。ビアンキも獄寺に続いた。唯一この事態に驚かなかったリボーンが口を開く。

 

「やっぱり来たな」

“……君が彼を助けないからだろ”

 

 もしリボーンがツナを助けるような動きをしていれば、優は何もしなかった。リボーンが殺気に気づかないはずがない。さらに今も狙撃は止んでいない。優が叩き落さなければ、ツナは当たってしまうだろう。だから優はリボーンに文句を言ったのだ。

 

「獄寺君、ビアンキ、この人は大丈夫だよ。ヒバリさんを助けてくれたみたいだし、獄寺君の怪我も診てくれたんだ!」

「なっ!? こいつが……!?」

 

 リボーンの態度とツナの言葉を聞いたビアンキは警戒を解く。そして渋々だが、獄寺もダイナマイトを持つ手を下ろした。

 

“君達では相性が悪い。こっちは僕に任せて行けばいい”

「てめぇだって、良くねぇだろ! 任せておけるかよ!!」

 

 獄寺の言葉を聞き、優は久しぶりに本気でケンカを売られたなーとのんきに思った。

 

“僕は銃使いに負ける気がしない。……アルコバレーノである君にも”

「リボーンにケンカ売ってるーー!?」

“相性の問題だ。それに勝てるとは言ってない”

 

 風で弾の軌道はそらすことが出来る。風が強すぎれば、リボーンは銃を使うことは出来ないだろう。だが、リボーンは銃を使わなくても強い。近距離戦になれば歩が悪いだろう。そのため距離を保ちさえすれば、負けることは無いと優は分析したのだ。

 

「黙って聞いてりゃふざけたことばかり抜かしやがって!」

「強ちウソとはいいきれねーぞ。こいつは並盛中ケンカの強さランキングで1位だからな」

「えーー!? この人がヒバリさんより強い人なのーー!? ……あ。そういえば、屋根の上を走ってたかも……」

 

 ツナの言葉を聞き、実力は上かもしれないが、雲雀には勝てない気がすると優は思った。

 

“……そういうことだ。もう敵の居場所は特定し終わったから、さっさと行ってほしい。君達が行かないと僕は動けない”

 

 なんてことない風に言ってるが、狙撃手を見つけるのは簡単なことではない。弾の角度と方角である程度は見当がつくのは可能だが、完全に特定するのは難しい。

 

“ヒントはここまで”

 

 小さな声。殺し屋であるリボーンにしか聞こえないほどの小さな声で、優は言った。

 

「……お前ら、行くぞ」

 

 正体へのヒントはここまで、本当の戦闘スタイルのヒントはここまでという2つの意味を込めて言ったことにリボーンは気付いたようだ。

 

「あの、ありがとう!」

 

 気にしないでという意味で刀を持っていない方の手で軽く振る。ツナ達が完全に建物に入ったことを風で確認し、優は敵に向かって走り出した。

 

 わざわざ優が敵の方へ向かったのは、憑依弾のことを考えてだ。もし骸に憑依されてしまえば、確実に面倒になるのでロープでしっかりと縛らなければならない。ただ倒すだけならば、風を操って石でもぶつけるだけでいい。

 

(でも石は痛いよね。痛くないように気絶させないと……)

 

 優はとことん争いに向いていない性格だった。

 

 

 

 

 雲雀は優とすれ違うように、黒曜ランドにやってきた。2度目なので迷いもなく骸がいる場所へ進んでいく。その途中で倒れている獄寺が目に入る。

 

「おめー……なんでここに……」

 

 少し前に雲雀は優の家に居たのを映像で知っていたので、獄寺は驚いた。雲雀は獄寺の疑問を無視し、声をかける。

 

「僕は早くこの件を終わらせたいんだ。そこの2匹、僕にくれる?」

「……好きにしやがれ」

 

 トンファーを構えたと同時に雲雀の肩に乗っていた鳥が羽ばたく。手懐けたというより、バースに報告するように訓練されていたので、方向が一緒になった雲雀に着いてきて勝手に懐いたのだ。

 

「つぇぇ……」

 

 思わず獄寺が呟くのも無理もない。骨が折れてると言っても原作より少ない。さらに優から体力を渡されている。桜クラ病に罹っておらず、急いでる雲雀は強かった。

 

 手間取ることなく、2人を倒した雲雀は獄寺に視線を向けた。

 

「君に聞きたいことがあるんだけど」

「……条件がある」

「なに」

「オレを10代目のところまで連れて行け!」

 

 軽く溜息を吐き、雲雀は質問した。

 

「深くフードかぶった人、どこに居るの?」

「けっ! てめぇもあのやろーに文句あるのかよ」

 

 僅かに眉間に皺をよせ、雲雀は「はやく答えなよ」と続きを促した。

 

「外で戦ってるはずだ」

「……そう」

 

 チラっと外に視線を向けてから、雲雀は獄寺の肩を担いだ。心配ではあるが、主犯格の男と優を会わせたくない気持ちの方が強かった。

 

 

 

 

 

 

 一直線に突っ込んでくる優に疑問を覚えたのだろう。優が着く前に狙撃手が移動し始めた。

 

(減点。逃げながら撃つべきだよ)

 

 迷いのない優の動きに違和感を覚えたなら、もう捕捉されていると考えるべきだ。捕捉されている中、移動しても意味はない。

 

 そもそも優からすれば銃以外の武器を持っていないのが不思議でしかない。移動して逃げるほど遠距離に徹底しているならば、接近戦に持ち込まれれば後がなくなる。手榴弾のようなものを用意しているべきだ。

 

(今までは一発で終わらせたんだろうなぁ)

 

 骸と一緒に脱獄したのだろうが、この狙撃手は戦闘の経験がないのだろう。銃の腕がいいのなら、手榴弾のようなものをくくりつけ敵が近づいてきた場合に撃つだけでも違ってくるからだ。不意打ちのような一方的な展開しか経験がないことがわかる。

 

(……やりにくい)

 

 優は降参してくれないかなと本気で願った。

 

 風でしっかりと狙撃手を捕捉していた優は、移動中に襲い気絶させた。あっさりしたものである。だが、神との修行しなければ、優は銃に向かっていくのを怖がっただろう。勝つことは出来ただろうが、苦戦したはずだ。

 

(神様、ありがとう)

『サポートは俺の役目だぞ』

(それでもありがとう)

 

 返事がなかったので、神が困ったように頭をかいてる姿を想像し、神のおかげで少し肩の力を抜くことが出来た。それでも笑えるほどの余裕はなかった。まだ終わってない。

 

(次はあっちだ……!)

 

 優は急いでツナ達がいる場所へ走り出した。



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向かない性格 2

 屋上から優が建物に入った時には憑依弾を使われ、獄寺とビアンキがのっとられていた。そして千種と犬もいる。雲雀の方を見ると、なんとか立っている状態だ。動いたことで悪化し、骸が倒したと思い1度気力が切れた反動だろう。

 

(はやく終わらせないと……!)

 

 ツナの成長が終わってないにも関わらず優はツナと合流してしまう。

 

“状況は?”

「あなたは……!」

 

 優が現れたことでツナは感動するような視線を送る。ツナから詳しい話を聞けないと判断した優は、リボーンを見る。

 

「奴の持ってる武器に気をつけろ。あれで傷つけられば、憑依を許すことになるぞ」

 

 予想通りの内容だった。優は雲雀に視線を向ける。ツナだけなら何とかなるが、2人を守りながらは厳しい。

 

“雲雀恭弥は自分で身を守れるか?”

 

 雲雀に睨まれ、優は心の中で謝った。自分のことで精一杯なのは優の方だとバレているとわかったからだ。

 

 ダイナマイトがツナと優の上から振ってきたので、ツナの腰に手をまわして一緒に避ける。ツナが軽い悲鳴をあげているが、状況が状況なので無視した。飛んでくるのはダイナマイトだけではない。

 

“どうしたい?”

「なんて言ってるのー!?」

 

 戦闘音でよく聞こえなかったようだ。

 

“君はどうしてほしいんだ”

「お願い! この状況をなんとかしてーー!?」

 

 ツナを守りながらとなると、優は本気を出さなければならない。ヨーヨーから出てくる針やダイナマイトは普段の風の量でツナを守ることは出来るが、骸の幻術は厳しい。全て避けなければ、優は大丈夫でもツナがあたってしまう。ツナを抱えたまま、刀を抜いて突撃することも出来ない。

 

 チラッとツナと見て、それからビアンキと獄寺に視線を向けた。優は腹を括るしかなかった。ツナの頼みは断れない。それにこれ以上怪我を悪化させたくなかった。

 

“っ!?”

「ヒバリさん!?」

 

 ツナの声が聞こえたのだろう。雲雀は怪我を覚悟し駆け出した。もちろん骸の武器に傷つけられるというヘマはしない。だが、一刻も早く終わらせなければ、優が方を付けてしまう。これ以上人を傷つければ、優自身が傷つくと雲雀はわかっていたのだ。

 

 優は無茶だと思った。雲雀は強いが、幻術に対抗する術がない。すぐに飛び出すタイプの雲雀が先程まで避けるのを優先していたのも、幻術の影響が響いているからだ。

 

“君の身体に少し負担をかけるぞ”

「え?」

 

 ツナの疑問の声を無視し、優は走った。優は雲雀の動きを見て、どの攻撃を当たるつもりなのか、すぐにわかったのだ。雲雀はヨーヨーから出る針に毒が仕込んでいることを知らない。

 

 トンっと雲雀を押し、雲雀の方へツナを放り投げる。雲雀が当たるはずだった幻術とヨーヨーの攻撃を優が代わりに食らう形になった。

 

「そんな……!」

 

 ツナはまともに優が食らったように見えた。しかし攻撃が納まった時に出てきた優は無傷だった。幻覚攻撃はきかなく、針は風で軌道を逸らしたり、刀を抜いて叩き落としたからだ。

 

「……厄介な」

 

 思わず骸が呟くのも当然だ。骸からすれば、優は相性が悪すぎる相手だ。

 

「ねぇ、君」

「うわーー、すみません! すみません!」

 

 優に放り投げられて、助けられるような形で雲雀の上に乗っかってしまったツナは慌てて降りようとする。その腕を雲雀は掴んだ。

 

「あれにつかう言葉は考えたほうがいい。後悔するよ」

 

 ツナにしか聞こえないような声で雲雀は言った。そして、言い終わると同時に雲雀はツナを捨てるように放り投げ、立ち上がる。

 

「邪魔しないで」

“あの針には毒が仕込んであるんだぞ。……僕が悪いのか?”

 

 睨まれ、思わず確認してしまう優。当然のようにそれを雲雀は無視した。優は溜息しか出てこない。雲雀からすれば、優の行動に溜息しか出ないのだが。

 

 ツナは2人の様子をジッと見ていた。今までにあるかどうかわらかないほど珍しい雲雀からの助言。それを切って捨てることをツナは出来なかった。

 

「ま、待って!」

“どうした?”

 

 すぐにツナの言葉に耳を傾ける姿を見ると、雲雀の言葉がより実感する。

 

「大丈夫だよね……?」

“心配しなくても君は守るよ”

 

 返事をすると同時に刀を戻しながらツナのもとに行き、ツナを抱えてまた避けはじめる。

 

「……違う。君が大丈夫なんだよね!?」

 

 優は言葉が詰まった。大丈夫かと問われれば、大丈夫ではないからだ。気合を入れなければ、泣き出しそうなのだから。

 

「そうでした。君はボンゴレと同レベルの甘ちゃんでしたね」

 

 ブシュッと骸はビアンキの身体を傷つけた。

 

“やめろ! ……やめてくれ”

 

 搾り出したような声で、懇願するような言葉に変わる。そして、優の動きが鈍くなった。

 

 雲雀がまずいと判断し攻撃に走るが、幻覚が雲雀の動きを邪魔をする。怪我を覚悟で飛び出したいが、今の優にそれを見せるわけにはいかない。リボーンが動けば何とかなるだろうが、リボーンは手を出せない。

 

「ツナ、こいつはおめーより戦闘に向いてねぇぞ」

「やっぱりー!?」

 

 リボーンの言葉にすぐに同意するほど、抱えられていたツナは肌で実感していた。

 

“……大丈夫だ”

 

 ふぅと大きな息を吐き、深呼吸を繰り返し優は自分を保つ。

 

「絶対大丈夫じゃないよねーー!?」

“争いに向いてないのは自分が1番わかってる! だけど、仕方ないだろ!? 彼は相性が良くないし、このままじゃ君が……君達が死ぬじゃないか!”

 

 本音が出た。

 

「だからって、君が無理をするのはおかしいじゃないか!!!」

 

 ハッとしたように優がツナの顔を見たと同時に、レオンの羽化が始まる。

 

 原作とは全く違った言葉。だが、誰かのためにしか超モードになれないツナらしい言葉だった。

 

「ねぇ、これなに?」

 

 雲雀は鬱陶しそうにプチプチとレオンの羽化した時に出てきた糸を切っていた。

 

「オレの生徒が成長すると羽化するんだ。ツナ専用の新アイテムを今から吐き出すんだぞ」

「ふぅん」

 

 雲雀が相手なのでリボーンは簡潔に説明する。よくわかっていないツナは無視である。リボーンにとって雲雀の説得の方が重要だからだ。雲雀に譲ってもらわなければ、ツナの成長した姿が見れない。

 

「ヒバリ、ツナに任せてもらえねーか?」

「……今回だけだよ」

 

 何か条件をつけなければならないと思っていたので、リボーンはあっさりと引き下がった雲雀を見る。

 

「彼に借りがあるからね」

 

 雲雀はツナを見て言った。リボーンはいつツナが雲雀に借りを作ったのかはわからない。ツナからそんな話を聞いた記憶もなかった。気にはなるが、このチャンスを逃すわけには行かない。

 

「サンキューな」

「別に。彼がやられれば、僕が咬み殺すだけだ」

 

 雲雀がそう言っているが、ほんの少しでもツナを認めなければ借りがあっても任せなかっただろう。

 

 今回、雲雀はいつものように優に声をかけることが出来なかった。理由もなく優が正体を隠すようなことをしないと雲雀はわかっていたからだ。その中で正体がわかっていないにも関わらず、僅かな助言だけでツナは優を止めてみせた。

 

 優が世間話として何度も「ツナ君は、凄いんですよ」と言っていた理由を、ほんの少しわかった気がしたのだ。

 

 

 一方、散々心配をかけていた優はというと、自分が思っていた以上に一杯一杯だったこと気付く。

 

(私のバカ。ツナ君を成長させるのを忘れていたなんて……)

 

 雲雀を助け出した時はまだ覚えていた。獄寺を保健室に連れて行った時も問題なかっただろう。獄寺の治療中に笑うことが出来たのだから。初めての戦闘でストレスを感じていたが、まだ大丈夫だった。雲雀の怪我を見て心配になったが、そこまで動揺はしなかった。雲雀の性格はよくわかっていたから。

 

 決定打は恐らく獄寺とビアンキがのっとられた姿をみた時だ。怪我の状態を診て、冷静になれなかったのだ。

 

 はぁと大きな溜息を吐き、ツナを抱えたまま飛び上がる。そして、レオンから出た新アイテムをキャッチする。

 

“君のだってさ”

「え? オレの?」

 

 よくわかってないツナのために、優は説明する。

 

“君の専用武器って彼が言ったぞ。とりあえずその手袋をはめてみろ”

 

 半信半疑のままツナは手袋をつける。

 

「あれ? 何か入ってる? た、弾だ!!」

「よこせ、ツナ」

 

 ツナが戸惑ってるので、優がツナから奪ってリボーンに投げる。

 

“任せたぞ!”

 

 受け取ったのを確認したのでリボーンの方へツナを勢いよく放り投げた。特殊弾と気付いた骸がツナと優に向かって一斉攻撃をしかけたからだ。

 

「危ない!?」

 

 ふっと力を抜き、優は刀を抜く。ツナの叫び声は聞こえていないほど、集中していた。全方位から放たれたため風で1番ダメージが入らないルートを見極め、刀で道を切り開く。

 

 優が刀を鞘に納めた時には、無傷で脱出していた。

 

“こういうのは問題ないんだ”

 

 ポツリと呟いた言葉はカッコ悪いが、優の性格をよく表している言葉だった。

 

 

 

 

 

 正体もわからない人がツナのためにピンチになり、ツナが後悔したタイミングでリボーンは特殊弾を撃った。特殊弾の効果でリアルタイムでツナの頭の中に小言が届いていく。

 

 無事に脱出していた優は少し考え、声に出すことにした。正体がバレるようなことが流れれば、そっちに意識が行き、ツナがハイパー化しない可能性があるからだ。

 

“僕からは……悪い、君の気持ちを考えてなかった”

 

 すっぽりと抜けてしまった。ツナは誰かを巻き込むのを嫌がるとわかっていたはずなのに。誰かを傷つけてまで守って欲しいと思っていないことを知っていたのに。あの時はツナ達が死なないなら、それでいいと優は思ってしまった。

 

“それでも、この性格を直せるとは思えない。……善処はする”

 

 ツナは笑いそうになった。それはもう小言ではない。ただの開き直りである。

 

 初めて会ったが、誰かのためになら無茶をしそうなこの人も守りたいとツナは思った。

 




ツナ君の戦闘はカットします。
理由は雲雀さんが起きてる以外原作通りだから。


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最善の道

 ツナが勝ったのを見て、ホッと優は息を吐き駆け出した。雲雀のもとへ。

 

“無茶しすぎだろ”

「……うるさいよ」

 

 気力だけで立ってたことに気付いていた優は、倒れる直前に雲雀を支えたのだ。

 

“でもおかげで助かった”

 

 雲雀が無茶をしなければ、優は2人を守りながら動かなければならなかった。優は感謝しているが、雲雀は素直に受け取れるわけがない。

 

 桜クラ病に罹っていなければ。

 

 幻覚の攻撃を見破れることが出来ていれば。

 

 優を表に出すことはなかったのだから。

 

 雲雀は詳しくは聞いていないが、狙われるというのは強さが関係していると思ったのだ。もちろんそれだけでは全て説明出来ないが。

 

 だから、雲雀は優にしか聞こえないような声で言った。

 

「……話して」

 

 今まで優の気持ちを優先していたが、知らないことが多すぎる。これでは優を守れない。

 

「ヒバリさん、大丈夫ですか!?」

 

 ツナが慌てて駆け寄ってくるので、優は呆れるように言った。

 

“今から僕の相手をしたいと思うほど元気らしい。だからせめて病院に行ってからにしろと言ったところ”

「えー!? その怪我でやる気なのー!?」

「ヒバリらしいじゃねーか」

 

 雲雀にしかわからない言い回し。病院に行かないと話しませんよ、と優は言ったのだ。

 

 扉の方からやってくる気配に気付き、視線を向ける。

 

「医療班がついたな」

 

 リボーンの予想とは違い、現れたのは復讐者だった。骸達が連れて行かれるのを黙って見送るしかない。リボーンが止めたとおり、簡単に手を出せる相手ではない。それほど強いと優は肌で感じた。

 

 骸達が連れて行かれる中、1人だけ優達がいる方へとやって来る。思わず優は雲雀を支えたまま、距離をとった。リボーンはツナの前に立ち、代表して声をかける。

 

「オレ達に何の用だ」

「お前ではない。異の者よ」

 

 その言葉に反応したのは優だった。巻き込まないように雲雀を離そうとしたが、リボーン達から見えない角度で雲雀はしっかりと優の服を掴んでいた。復讐者に捕まる理由がないのもあり、優はそのままの状態で話すことにした。

 

“……なんだ?”

「お前に鍵を授けに来た」

 

 復讐者が持っている鍵を見て、優は心底嫌そうに言った。

 

“僕はそれを二度と見たくなかった”

 

 優にしては珍しい反応だが、無理もなかった。鍵は優を轢いたトラック。好き好んで見たくはない。優の反応に気にした風もなく、鍵が輝き始め優の頭の中に文字が浮かぶ。

 

“……ふざけるな! 1つはいい。もう1つはなんだ! 僕の周りに被害があるだろ!?”

「我々は内容を知らない」

 

 ふぅと優は息を吐く。頭を冷やせば、復讐者が知ってるわけがない。なぜならここにいる復讐者にも被害があるからだ。知っていれば、持ってくるはずがない。

 

“質問をかえる。誰がそれを渡した?”

「我々は知らない。声を聞いただけだ」

 

 優はガシガシとフードの上から頭をかく。声しかわからないのは優も一緒だ。

 

“もう一つだけ悪い。鍵を渡した時に何か言われたか?”

「これが異の者の運命と聞いた」

 

 さだめ。この言葉に反応したのは優よりも雲雀の方だった。それでも接していた優にしかわからない程度だったが。

 

“僕のせいで手間をかけさせた。悪かったな”

「問題ない」

「待て! お前らがそう簡単に誰かの指図を受けることはねぇはずだぞ」

 

 リボーンの言葉に優は眉間に皺を寄せた。それが本当なら、優の質問に答えたことにも違和感がある。答えるように指示されていたのか、それともそれが復讐者にとって利益があるからなのか。

 

「お前には関係ないことだ。アルコバレーノ」

 

 リボーンに釘を刺したのか。それとも優とリボーンの両方に釘を指したのか。

 

 結局、優とリボーンは復讐者が去るのを黙って見送るしかなった。

 

“……座るぞ”

 

 精神的に疲れたので優は雲雀に声をかけてから座った。雲雀も座るかと思ったが、気合で立つことを選んだようだ。

 

「どういうことだ?」

 

 片膝を立て、コンコンとフードの上から額を叩き頭を整理する。だが、リボーンの質問に満足に答えることは出来そうにない。

 

“無理だ。情報が少なすぎる。僕でもわからないことが多い”

「……わかったぞ。1つだけ教えてくれ。周りに被害とはなんだ?」

“聞きたいのか? 僕は聞かない方がいいと思うぞ”

「お前の様子からして、オレ達に被害があるんじゃねーのか」

「ええ!?」

 

 状況についていけず今まで黙っていたツナが声をあげた。

 

“……僕に関わった者が死ぬらしい”

 

 視線が集まるのを優は感じた。その中で優はツナを見ることを選んだ。真っ青な顔だった。

 

“僕に話されては困ることがあるようだ。心配しなくても、死んでも話さない。……といっても、信じられるわけないか。今、僕を殺すか? 君達には権利がある”

 

 仕方ないという風に優は息を吐いた。

 

「リ、リボーン!!」

「赤ん坊、手を出したら許さないよ。これは僕の獲物だ」

 

 すぐに2人は反対の声をあげた。だが、これには大きな差があった。ツナはただ殺傷が苦手だから止めただけだ。雲雀は優を守るために言った。ツナが悪いわけではないが、この差は大きい。優に響いたのは雲雀の言葉だった。それでも優は先程の言葉を取り消さなかった。

 

「……止めておくぞ」

 

 先程の戦闘から考えれば極端に誰かが傷つけられることを怖がってることがわかる。ツナと雲雀に言われなくてもリボーンは殺る気はなかった。

 

 少し返事が遅れたのは、危ういと思ったからだった。

 

 ツナと似たような性格だと思っていたが、誰かのためなら簡単に自分の命を捨てる。獄寺と違って自分の命が見えていて、捨てるのだ。根深すぎる。

 

“……そうか。じゃ僕は行く”

「待ちなよ」

 

 優は軽く溜息を吐いてから言った。

 

“さっき言っただろ? 病院に行けって”

 

 頷けるわけがない。先程とは意味が違うからだ。雲雀にもう自分と関わるなと言っている。

 

「……正体ばらすよ」

“君は……!”

 

 雲雀は優が無視できない内容を言った。いつもと同じようで、全く違う。ここで逃がしてしまえば、もう戻ってこない。だから今1番優が嫌がる言葉を選んだ。

 

“あーもうわかった! さっさと終わらせて病院に連れて行くからな!”

 

 雲雀は優の言葉を無視した。久しぶりに優は雲雀にイラっとする。

 

 大きな溜息を吐き、優はリボーンを見た。

 

“……病院か学校かわからないが、とにかく彼は僕が責任を持って安全な場所に届けるから安心してくれ”

「わかったぞ」

 

 フードの上から頭をかいてから、優は雲雀の腕を肩にかける。

 

「……なにしてるの?」

 

 雲雀だけに正しく伝わる言い回しで優は言った。

 

“ここだと医療班の邪魔になるからな。君は出来るだけ休ませないと、僕の相手をする前に体力が切れるぞ。それで僕が逃げれば君は納得しないだろ?”

 

 渋々という形で雲雀は優に身体を預けた。

 

「……赤ん坊」

「なんだ?」

「これが並中出身ってわからないようにして。逃げられるから。……ランキングがあるんだよね?」

 

 すっかり忘れていたと思いながら、優はリボーンの了承の返事を聞いた。

 

“……君からの逃げ道がなくなっていきそうだ”

「言ったよね。君は僕の獲物だ」

 

 ガクリと項垂れながら、雲雀を連れて去っていった。それを見て、リボーンは強引なタイプに弱いのかと思ったり、ツナは雲雀に目をつけられて大変そうと思った。

 

 

 

 

 

 ある程度移動し、誰にも付けられていないと確認して優は口を開いた。

 

「雲雀先輩、無茶しすぎですよー」

「君が悪い」

「……おんぶしますね? 嫌かもしれないけど、その方が雲雀先輩の身体に負担がかかりません」

 

 今回はすんなりと背負える。

 

「……すみません。いろいろ面倒なことに付き合ってもらって」

 

 詳しく話していないのにも関わらず、正体がバレないように雲雀がここまで協力してくれるとは思っていなかったのだ。

 

「君が学校に通えるなら僕は気にしない」

「……もう、いいですよ?」

「君が良くても僕は嫌だ」

 

 困ったように優は眉を下げた。

 

「詳しい話は君の家についてからだ」

 

 コクンと頷き、優は走った。

 

 家についた優は早速雲雀の怪我を診る。雲雀が睨んでいたが、何も言ってはこなかった。診てからじゃないと優が話さないとわかっていたのだろう。

 

「……応急処置はしました。でも病院に行ったほうがいいです」

「さっきのとか何?」

 

 無視である。

 

「どこからどこまで話していいのか……難しいです」

「早くいいなよ」

 

 考える時間もくれないらしい。

 

「んー、私の本当の戦闘スタイルから話しましょうか」

「……風?」

 

 瞬きを繰り返す。気付かれるほど使った覚えはなかった。

 

「確証はなかったよ。室内にしては風が吹いてると思ったけど、窓が割れていたし違和感はなかった」

「え。じゃぁどうしてですか?」

「刀じゃないって君が言ったから。だから他のを考えた。僕の昼寝の時、気持ちいい風が吹くことが多いのに、寒くなるとなかった」

 

 思わず優は目を逸らした。普段がマヌケすぎる。

 

「思い出すと君が浮かれていた体育祭の日は風が強かった。風が関係あるなら強風で窓が割れたのも、不安定になった君が暴走したと説明がつく」

 

 ガクリと肩を落とす。失態が多すぎだ。

 

「昼寝の時も不安定になった時も僕しか知らないから」

「……多少は自覚してましたけど、雲雀先輩の前だと本当に気が抜けてますね」

 

 はぁと溜息を吐いたが、やってしまったのは仕方ないので話を進める。

 

「雲雀先輩の言うとおりです。私は自然にある風を操ることが出来ます。でもさっきそれを制限されました。人一人分ぐらいなら問題なく浮かせれますけどね。制限を外すことが出来ますが、体調が万全で5分が限度みたいです。使うと倒れるらしいです。時間が過ぎても倒れます」

 

 雲雀がチラッと視線を向けたので、優は首を振った。話せない。

 

「これは心当たりはあるので、大丈夫です」

「……わかった」

 

 制限されたのは好き勝手に原作を壊させないようにするためだろう。それしか優は考えられなかった。なぜならもう1つ頭に流れた内容が『呪いについて他言無用』だったからだ。そして話せば『関わった者が死ぬ』。

 

 ふぅと軽く息を吐き、優は服の中からおしゃぶりを出す。

 

「制限を外すにはこの袋を取ればいいようです。元々はおしゃぶりを隠すために入れていただけでした」

「おしゃぶり?」

「リボーン君がさげてるのと同じですよ」

 

 へぇと感心したように雲雀が袋を見ていた。

 

「これは身体から離れません」

「それを見られたくなかったんだね」

 

 コクリと頷く。

 

「おしゃぶりを持つものはアルコバレーノと呼ばれるようです」

「それがあると権力と力のある人に狙われるって言ったよね。赤ん坊は問題なさそうだけど……」

「大きな違いはリボーン君はボンゴレに所属し、私がまだ無所属だからです」

 

 念のために優は言葉を付け加えた。

 

「今から言うことは確証がありませんよ。誰かに確認したわけではありませんから」

「それでもいい」

「アルコバレーノはマフィアの勢力図が変わるほど影響を与えると予想しています」

 

 原作と違い、雲雀は先程の戦いを最後まで立っていた。つまり骸達の過去を聞いている。なんとしてでも優を欲しがるマフィアがいるだろう。他にも弱小だけでなく、巨大なマフィアも欲しがる可能性もある。話を聞いた雲雀がわからないはずがない。

 

「……だから私は爆弾なんです」

 

 少しの間、沈黙が流れる。状況を理解してるからこそ、雲雀は迂闊に声をかけれなかったのだ。

 

「……それ、絶対に外せないの?」

「外せたとしても、私は死んじゃいますね」

 

 前の世界に戻るだろうと一瞬頭をよぎったが、向こうの世界で優は死んでいる。おしゃぶりが外れて呪いが解けない可能性は考えられなかった。おしゃぶりを外せば、優は死ぬ道しか残っていない。

 

「どこに所属するの?」

「へ?」

 

 優の回答を気にした風もなく、雲雀は質問を続けたので優は驚いたのだ。

 

「君が頼ろうと考えたところ」

 

 ジッと優は雲雀の顔を見た。

 

「そこなら君の事を考えてくれると思ったから頼ろうとしたんだよね? まだ学校に通える可能性はあるってことでしょ」

「……雲雀先輩」

 

 まだ見捨てず最善の道を探そうとする雲雀の優しさに我慢できず、優は涙を流し始める。前とは違いグシャグシャの顔である。本当の優の姿だった。

 

 雲雀は痛む身体を無視し優を引き寄せた。すっかりと怪我のことを忘れ、優は雲雀の背中に腕を回したのだった。

 



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看病

ヴァリアー編が始まるまでまったり?です。
伏線はありますけどね。


 泣き止み、冷静さを取り戻した優は雲雀の状態を思い出し慌てて離れる。

 

「怪我が! 怪我が!」

 

 いい雰囲気が台無しである。

 

「……大丈夫だから」

「ごめんなさい! 私の体力全部あげます!!」

 

 うわーん!といいながら雲雀に手を伸ばそうとしたので、慌ててその手を掴む。

 

「それ、聞いてない」

「触れた人に私の体力をあげる能力です! ……獄寺君達にもあげるの忘れてた!」

 

 雲雀は掴んでいた手を軽く握った。

 

「後で風紀委員に被害状況を確認させるから。君はもう休むんだ」

「ダメです! 雲雀先輩を病院に連れて行かないと!」

「君が思ってる以上に疲れている。……手が震えてるよ」

 

 誤魔化すようにえへへと笑ってから優は言った。

 

「初めてだったから緊張しただけです。次はもっと上手くやりますよ!」

「……君はやらなくていいから」

「多分無理ですよ。ツナ君、トラブルをよく起こすもん」

 

 これからの展開を考えると自然と頷いてしまう優。

 

「まぁツナ君が悪いんじゃないんですけどね。巻き込まれやすいんです。私の知らない間にも誰かのせいで雲雀先輩に咬み殺されてそうですし」

 

 ツナを咬み殺そうと考えていた雲雀は溜息を吐くだけに留めた。

 

「それに今回は人質がいましたから……」

 

 もっとも優が苦手なパターンだった。人質が助かるなら喜んで優は身を差し出すが、優がのっとられれば全滅するのでそれもできなかった。

 

「僕の町でもうそんなことは起こさせないよ」

「頼りにしてます」

 

 ふふっと優が笑ったのをみて、気付けば雲雀は頬に手を伸ばしていた。

 

「雲雀先輩?」

 

 同じ展開なのに、不思議そうに優は雲雀を見るだけだ。無防備すぎる。

 

「この件が片付いたら覚悟してって言ったよね」

 

 思い出したのか、優は情けない顔をした。……その顔を見たいわけじゃない。

 

「僕なら嫌じゃないんだよね?」

 

 鈍い優にもわかるように、その場所を指で撫でた。

 

「……ぁ」

 

 思い出し恥ずかしくなったようで真っ赤に染まるが、嫌がる素振りを見せない。そんな反応をされれば雲雀は我慢できるわけがなかった。

 

 ほんの少し触れるだけで、雲雀はそっと離れた。

 

 今までの経験上、これ以上進めれば優は怖がって逃げてしまうからだ。気が長くなりそうだが、少しずつ進めるしかない。

 

「……僕は寝るから」

 

 だからといって、ぽうっとしている優の顔を見て手を出さないと言い切るほど、雲雀は我慢強くなかった。

 

 

 

 優が再起動した時には、雲雀は優のベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。

 

(えー……)

 

 思わず非難するような視線を送る。……悔しいことに寝顔は可愛い。

 

 軽く溜息を吐き、起こすのはどうかと思ったので病院は明日にしようと決意する。しかし念のため何かあった時にすぐわかるようにこの部屋で寝ることにした。

 

 和室から持ってきた布団を敷き終わると、優はもう1度雲雀の様子をみる。

 

(……どういう意味だったんだろう)

 

 1度目は慰めるためと思ってる優は、先程の意味がわからないのだ。

 

(あ、そういえば覚悟してって言ったよね? 罰ってこと?)

 

 うーん……と悩んでみたものの、経験が少なすぎる。1人で解決できないと判断し優は相談することにした。

 

(神様ー、助けてー!)

『……助けてあげたいが、その相談は乗りにくい』

 

 ガーンとショックを受ける優。いつも神は優を甘やかすので拒否されるとは思わなかったのだ。

 

『話を聞くだけならいい……』

 

 搾り出すような声で言ったので、優は迷惑をかけたくなかったので諦めることにした。

 

『いや、その、なんだ。優の話を聞くのは嫌じゃないんだ。その内容は……雲雀を殴りたくなるんだ』

(ええええ!? 雲雀先輩、何しちゃったの!?)

『……プライベートは守ってるって言ったろ? 見ないようにしてたのに、優から聞けば意味がない』

 

 ふんふんと心の中で優は頷く。つまり内容を優から聞いてしまえば、神は雲雀を殴りたくなるといいたいらしい。雲雀に対して神が怒ってると優は解釈した。

 

(……私、嫌じゃなかったよ?)

 

 嫌じゃなかったから罰にならないと優は疑問に思い、神に相談したかったのである。

 

『……雲雀をぶっ飛ばしてもいいか?』

(ダメ! 死んじゃう!)

 

 優は神の強さを知っている。冗談では済まされない。どうやってするつもりなのかは優にはわからないが、神なら出来そうで怖い。

 

『あいつは生意気だ』

 

 神がブツブツと文句を言い始めたので、優は素朴な疑問として質問した。

 

(神様ってもしかして雲雀先輩のこと嫌いなの?)

『好きではない』

 

 悩む素振りもなく神は言った。でも嫌いとは言わなかったので、優はホッとした。

 

(神様だって、雲雀先輩を知れば好きになるよ)

『……今、無性に雲雀を殴りたくなった』

(えええ!? なんで!?)

 

 神の姿を思い出しながら雲雀を見て、優は困ったように眉を下げる。

 

『雲雀と俺は相性が最悪だと思ってくれればいい。雲雀と骸みたいな関係だ。……認めてはいる』

(んー、残念だけど……わかった)

『それより、もう寝ろ。眠いんだろ?』

 

 神に言われ、優は少し前から何度も目をこすっていたことに気付く。

 

(そうするー。相談は花にするよ。おやすみなさい)

『ああ。おやすみ』

 

 最後にもう1度雲雀の状態を確認し、優は準備していた布団にもぐりこんだ。

 

 

 

 

 優が目を覚めた時、雲雀はまだ眠っていた。

 

(この怪我だもんね……)

 

 雲雀の手を握り、優は体力を渡していく。

 

「……やぁ」

「あ、おはようございます。体力をあげたから起きたのかな?」

 

 へぇと感心したように雲雀は自分の身体を見た。

 

「あの、病院に行きましょうよ」

「ここで治す。……院長に来るように連絡はするから」

 

 仕方がないように優は息を吐いた。

 

「看病してね」

「……当たり前です。放っておくことは出来ません」

 

 そっと雲雀の手を離し、優は立ち上がる。

 

「おかゆなら食べれそうですか?」

「問題ないよ」

 

 ふわぁぁとあくびをしながら優は台所に向かった。

 

 優は2人分のおかゆを作り、寝室に持っていく。風で浮かせながら運んだので、雲雀は興味深そうに見ていた。

 

「便利そうだね」

「嵩が減るわけじゃないので、もの凄く便利ではありませんよ」

 

 世間話をしながら、優は雲雀に食べさせ、スキをみて自分も食べる。

 

「君もそれなの?」

「作るのが面倒ですからね」

「……普段は何を食べてるの?」

 

 どうして質問するんだろうと不思議に思いながらも優は答える。

 

「雲雀先輩が来なければ、白ご飯とお吸い物ですかね。凄く面倒だったらパンです」

 

 仕込をしてしまっても冷凍できるものなら、優はおかずを次回に回すのだ。もちろん作ってしまえば食べるが。

 

「後は、ツナ君に友達が来ているから一緒にどう?って感じで誘われて行くことがありますね」

 

 優が気をつかうとわかっているので、ツナは必ず優を呼ぶときはもう一人友達を呼んでいる。そのため優は素直にお邪魔できるのだ。

 

「昼は弁当作ってたよね?」

「あれは人の目がありますから」

 

 気を許したのか、雲雀に本音を話し始める。

 

「……料理するのが好きだと思ってた」

「んー、それは雲雀先輩がいるからですね。いつも綺麗に完食してくれるじゃないですか。だから間違いではありませんよ」

 

 誰かのためにしか動こうとしない優に、雲雀は気付かれないように溜息を吐いた。

 

「食べに来る回数増やすから」

「いいですけど、来る日は教えてほしいです。作ってしまった時に困ります」

 

 雲雀は無視した。教えてしまえば、来ない日は手抜き料理しか作らない。

 

「はぁ。困った人ですねー」

 

 どっちがだ。

 

「……君の家に住もうかな」

「え゛」

 

 優の反応を見て、割と本気で悩み始めた雲雀だった。

 



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自覚

ヴァリアー編を書いていれば日付が変わっていたw
すみませんw


後半、小話作品(ちょい甘)

リクエスト。
『優の日常』
一周年企画でもあります。でもなんの一周年?(忘れてしまったw)


 優は雲雀の看病をしていたので10日ぶりに学校に来ていた。ちなみに雲雀は朝早くから出て行ったらしく一人である。

 

 ふわぁとあくびをし、思わず優は周りを確認する。雲雀がいれば、面倒なことになるからだ。

 

 看病している間に、雲雀に体力をあげて昼寝を毎日していると拒否されたのだ。それからは優が寝る前にするという条件で許可を得たが、朝から眠そうな顔をしていると今度は睨まれる。寝起きが悪いだけなのに……と思いながら優は毎回謝る羽目になったのだ。

 

 雲雀に見つからず教室に入ると視線が集まる。久しぶりに出席したからと理由がわかってるので優はあまり気にしなかった。哀れ、心配していた男子達。

 

「優!」

「ツナ君、おはよ!」

 

 もう筋肉痛は大丈夫なのかなと心配しているとツナの動きが遅い。慌てて優は駆け寄る。

 

「大丈夫? 無理しないでね。雲雀先輩から聞いて知ってるから」

「ヒ、ヒバリさんに何を聞いたの……?」

「みんなが怪我したって」

 

 優の言葉にツナはホッと息を吐いた。

 

「ごめんね。お見舞いに行きたかったけど、出来なかったんだ」

「そうだ! オレ、さっき聞いたんだけど優もずっと休んでたんだって!? 何かあったの!?」

 

 もちろん優のことが好きな男子達に詰め寄られてツナは知った。京子と黒川は知っていたが、黒川が本人に聞く度胸もないくせにと呆れたような視線を送られたので男子達は理由を知らないままだったのだ。そもそも度胸があれば、優にもっとアピールしている。

 

「雲雀先輩の看病してたの。病院に行かずに私の家で治すって言ったから付きっ切りでいたの」

 

 盗み聞きしていた男子達は羨ましいと嘆く。

 

 当然のように気付かない優は雲雀が病院に行ってくれれば、もっと楽だったのにと考えていた。看病の間、食材の買出しもさせてくれないので、草壁に持ってきてもらい優は申し訳なく何度も謝ったからだ。

 

「……あの人、優の家に連れて行ったんだ」

「あの人ってフードかぶった人?」

「優は会ってるんだ! あの人の顔をみた?」

 

 優は自分の顔は鏡を見ないと見れないよねと心の中で言い訳しながら、首を横に振った。

 

「そっか……。オレ、ちゃんとお礼言えなかったんだ……」

「ツナ君の気持ちは伝わってると思うよ」

 

 優がふふっと笑えば、ツナもつられて笑った。

 

「よぉツナ! 風早!」

「おはようございます! 10代目! あと、風早も」

 

 獄寺のついでの挨拶にも気にすることはなく、優は2人に返事をかえす。そして2人の様子を見て、雲雀もだが怪我の治りが早すぎると思った。

 

(身体のつくりはどうなってるの? 絶対におかしい……)

 

 無傷だった優に彼らも思われたくはないだろう。

 

「ん?」

「どうしたの?」

「ごめん、電話だ」

 

 ケイタイの振動に気付き、ツナ達との会話を中断し優は電話に出た。相手の名は言っていないが、想像ついてるので誰も優に文句を言わない。

 

 電話を切った優は首を傾げながら言った。

 

「ちょっと応接室行ってくるね」

「珍しいね」

 

 HRが始まる前から呼び出されることは滅多にないので、ツナも疑問に思ったようだ。

 

「ね。とりあえず行ってくるよ」

 

 ツナ達に見送られながら優は教室を出たのだった。

 

 

 

 失礼しまーすと慣れた手つきで優は応接室に入っていく。

 

「やぁきたね」

「はい。朝起きたらいなくてビックリしましたよー」

「用事があってね」

 

 10日も休めば当然かと思った優は、それもそうですねと軽く答えた。

 

「君、これにサインしてくれる?」

「んー……風紀委員の契約書?」

 

 なんで?と優は紙を見て首を傾げた。優が強いとバレるようなことを雲雀がさせるとは思えなかった。

 

「君は僕と付き合ってるからね」

「はぁ……?」

 

 想像すらしていなかったらしく、生返事をする優。雲雀は溜息を吐くしかない。

 

「……さっさと書いて」

「あ、はい」

 

 強引に話を進め、優がサインしたのを見て雲雀は満足するように頷いた。

 

「これつけてね。もう戻っていいよ」

「はい。失礼しました」

 

 ふわふわしたような足取りの優を見て、雲雀は改めてわかりやすいと思ったのだった。

 

 

 

 

 ボケーッとしながら優は教室に戻ってきた。

 

「優、おかえり。早かったね」

「…………」

 

 ツナは首を傾げた。今までツナの言葉を優は無視したことがあっただろうか。

 

「優? あれ? これって風紀委員の……」

 

 優の手に風紀委員の腕章があることにツナは気付く。どうして優が?と疑問に思い、まだボーっとしている優に声をかける。

 

「優!!」

「……ぁ、ごめん」

 

 やっと優はツナの言葉に耳を傾けた。

 

「どうしたの? 風紀委員の腕章を持ってるし……」

「…………うわああああ! どうしよーー!! ツナ君!!!」

「うわああ!? いてででで!」

 

 雲雀の言葉の意味を理解した途端、ツナが筋肉痛が残ってることをすっかり忘れ、優はツナの肩をつかみ前後に揺さぶった。

 

 慌てて獄寺と山本が優を止める。珍しい光景なので、教室の視線が集まった。

 

「ご、ごめん!! ツナ君!!」

「だ、大丈夫だよ……。何があったの……?」

 

 あまり大丈夫ではなかったが、ツナは優の話を聞くことにした。優が混乱しているのは誰の目にも明らかなのだ。なので、続いて獄寺と山本も優に声をかけていた。

 

「…………い」

 

 しかし優からかえってきた言葉はあまりにも小さな声だった。

 

「え? なんて?」

「はっきり言いやがれ!!」

「わりぃ、もう一回頼む」

 

 ゴクリと喉を鳴らし、優はもう1度言った。

 

「つ……付き合ってたみたい……」

 

 3人は優の手元にある腕章に目を向ける。

 

「…………」

 

 シーンっと教室が静まった。ありえなくはないとは思っていたが、誰もついてこれないのだ。

 

「優、詳しく話しなさい!!」

 

 教室の中で1番復活が早かったのは黒川だった。

 

「はなぁ……」

 

 半泣きになりながら優は黒川に助けを求めた。

 

「休んでる間に何があったのよ!?」

 

 黒川から見れば、じれったい2人だった。きっかけがなければ、進展しなかっただろうと判断したのだ。しかしかえってきたのは「わからない……」という優の鈍感っぷりを発揮した言葉である。仕方なく黒川は質問攻めにすることにした。このままでは優が自覚しない。

 

「好きって言われたの!?」

 

 必死に首を横に振る。

 

「付き合おうとかは!?」

「さっき呆れたように過去形で言われたの。いつからなんだろう……」

 

 情けないような顔をしていた優だったが、黒川の顔を見て思い出したようでポンっと手を叩いた。

 

「心当たりがあったのね……」

 

 ホッと息を吐く黒川。鈍い優がきっかけもなく付き合えばついていけないと思っていたのだ。

 

「うん。あのキスってそういう意味だったんだねー」

 

 納得したように優は何度も頷いているが、爆弾発言でしかなかった。

 

 ガシャンと物を落とす者もいれば、微動だにしない者もいる。明らかに教室の雰囲気がおかしいので優は首をかしげて言った。

 

「みんな、どうしたの?」

「……あんたが原因よ!!」

 

 復活した黒川がツッコミしたが、優は不思議そうな顔をするだけだった。

 

 

 

 

 1日もたてば、学校は落ち着き、優が雲雀の彼女ということが全校生徒に知れ渡った。

 

 しかし当の本人は付き合っている実感があまりなかった。当日は午後に呼び出され書類整理をしただけで、それ以外は何もなかったからだ。雲雀が優に気をつかい、自覚する時間を与えているとは考え付かないらしい。

 

 そして自分に自信がない優は、斜め方向に進んでいく。

 

(書類させるための口実だったのかな? ……だよね。雲雀先輩が私なんかと付き合うわけないよねー。違う意味の付き合うだったんだ……)

 

 はぁと溜息を吐く。

 

「どうしたの?」

 

 雲雀に声をかけられ慌てて優は顔をあげる。今日は朝一から応接室に呼び出され、書類整理中だったのだ。

 

「凄い量だなーと……頑張りますね」

「そう」

 

 いつもと変わらない雲雀の様子を見て、ガックリと優は肩を落とした。

 

 少しスピードが落ちたこともあり、昼休みの時間までに整理が終わらなかったので、優は雲雀にご飯の許可を貰うことにした。

 

「ご飯食べたいです」

「屋上、行く?」

 

 不思議に思いながらも、優は雲雀が行ってしまったので慌てて弁当を持ってついていく。屋上に行くと雲雀が座っていたので、優は雲雀の近くに座り弁当を広げる。

 

「……僕のは?」

「へ?」

「僕の分は?」

 

 ジッと手元を見る。何も言われてないので当然一人分しか用意していない。

 

「……ど、どうぞ」

 

 周りの目がなければ自分のために料理しない優だが、食い意地は張っている。雲雀に弁当を差し出しているが、弁当から視線が一向に外れない。

 

「……僕は何か買って食べるよ。少し待ってて」

「い、いいですよ! 私が何か買って食べますし……」

「待ってて」

 

 雲雀が行ってしまったので優は大人しく待つ。その間にこれからのことを考える。

 

(今度から弁当もいるのかなー? でもいらない時は? パンに厭きてる子にでもあげよっか)

 

 優は気付いていないが、雲雀がおぼこれを狙うものにチャンスを与えるつもりはない。

 

 ご飯が終わると、雲雀のお昼寝タイムである。優は雲雀の頭を撫でながら時間を過ごす。雲雀が起きれば書類に戻ることになるだろう。

 

(あれ? もしかして私って授業を受けれないの?)

 

 風紀委員は受けてないことを思い出し、優はガーンとショックを受ける。このままではツナ達と過ごす時間がなくなってしまう。

 

 雲雀が目を覚めた途端、優は雲雀に詰め寄った。

 

「私ってもう授業受けれないんですか……?」

「……書類がない日はいいよ。ある日も終わればいい」

 

 仕方ないという風に雲雀は許可を出した。やり過ぎて逃げられたら元も子もない。

 

 よしっとやる気を出した優を見て複雑な気分になったが、神と一緒で雲雀も優に甘かった。

 

 

 

 何度か書類整理を手伝ったことがある優だったが、やはりわからないところはある。質問するなどをしていると結局放課後までかかってしまった。

 

「終わった?」

「はい!」

 

 説明してくれたのは雲雀だったので、優は付き合ってくれた雲雀に笑顔で頷いた。

 

「じゃぁ行くよ」

 

 また昼寝なのだろうかと思いながら優は雲雀の後を追いかけていった。大人しくついていくと優は首を傾げた。雲雀が外に出たからだ。

 

(んー、私は見回りはしなくていいはずなのになー)

 

 雲雀と一緒の時は別と勝手に判断し、優はトコトコと歩く。ただ歩くだけの優は、キョロキョロと周りを見渡しヒマをつぶす。

 

(おお! この時期なのに白菜が安い!)

 

 ジーッと野菜に釘付けになる優。

 

「なにかあるの?」

「な、何もありませんよ!」

 

 流石に見回り中に白菜を買いたいとは言えなかったので、優は必死に首を振った。

 

「そう」

 

 誤魔化したことがバレなかったとホッと息を吐いた優だが、当然雲雀は気付いている。優の誤魔化し方で深く聞く必要がないと判断しただけだ。読まれすぎだ。

 

「お寿司は好き?」

「へ? あ、はい」

 

 いきなりの質問で優はよくわからないまま返事をする。雲雀と違い、優は雲雀の考えが全くわかっていない。戦闘についてはわかるのだが恋愛系はさっぱりである。

 

 しばらくすると雲雀は店の中に入っていった。

 

(あれ? ここって山本君の家? 何かあるのかな?)

 

 邪魔をしてはいけないと優はこっそりと中を覗けば、カウンターに座っている雲雀の視線とあった。

 

「はやく座りなよ」

 

 雲雀が隣の椅子を引いたので、優は慌てて腰をかける。チラッと雲雀の様子をうかがうと視線がメニューを見ている。

 

「あ、あの……雲雀先輩……」

「なに」

「私、あまりお金を持ってきてないので……」

 

 情けないような声を出しながら優は席を立とうとするので、雲雀は手を掴んだ。

 

「いい。僕が奢るから」

「えええ!? そんなの悪いですよ!!」

 

 必死に首を振る優を見て、雲雀は少し考えて言った。

 

「気にしなくていい。明日から昼食も頼んだしね」

 

 無条件じゃないと知り、恐る恐る腰を下ろす優。

 

「じゃぁ……今日はお言葉に甘えますね?」

 

 いつになったら素直に甘えるようになるのかと思いながらも、雲雀は頷いたのだった。

 

 

 

 

 ふぅと満足な息を出しながら優は店を出た。遠慮する気だったのだが、雲雀が優の分も一緒に頼むので食べることになるのだ。さらに雲雀は優がわさびを苦手としていると知っていたらしく、わさび抜きで注文するのでつい食べてしまったのだ。

 

「今日は奢っていただきありがとうございました」

「……問題ないよ」

 

 しっかりと優が頭を下げるのをみて、雲雀はなんとも言えない気持ちになる。

 

「では、私はこれで……」

「どこ行くの?」

「へ? あ、まだ見回りがあるんですね。すみませんでした」

 

 お寿司の美味しさですっかり忘れていた優は謝った後に誤魔化すように笑った。

 

「……僕はデートのつもりだったんだけど」

「へぇ。そうだったんですかー」

 

 まるで他人事のように返事をする優に雲雀は溜息を吐いた。

 

「ええええ!? 私とですか!?」

 

 遅い。

 

「だから家まで送るよ」

 

 真っ赤な顔になりながら歩く優を見て、鈍いとは知っていたがここまで酷いのかと今度は優に気付かれないように雲雀は溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 家まで送ってもらった優は、もう1度雲雀にしっかりと頭を下げる。

 

「今日はありがとうございました」

「……入りなよ」

 

 複雑な気分で雲雀は優に家に入るように促す。

 

「あ、はい。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 扉がしまったのを確認し、雲雀は悩み始めた。あまりにも優が自覚するのが遅いからだ。このままでは一向に進まない。

 

「あれ? 雲雀先輩?」

 

 今から出かけようとする優の格好をみて、雲雀は僅かに眉間に皺を寄せた。

 

「どこに行くの?」

「ちょっと買い物に……」

 

 浮かれていた優だが、1人になると落ち着き白菜のことを思い出したのである。

 

「はぁ。僕も一緒に行くよ」

 

 もう遅い時間だ。わざわざ家まで送った意味がない。

 

「え!? ダメですよ!!」

「どうして?」

 

 優は頭の中で、白菜を持ってる優の前に雲雀が歩いてる姿を想像したのである。それだけは優の中で許されなかったので必死に拒否する。

 

「行くのをやめますので、気にしないでください」

「早くいいなよ」

「急いでほしいものじゃないんです。だから明日の放課後に行きますよ」

 

 明日は白菜の安売りはしてないけど……と心の中で言いながら。

 

「……わかった。その代わり夜遅くに出かける場合は僕も一緒に行くから声をかけること」

「えええ!?」

「優」

「は、はい! わかりました!」

 

 強い口調で名前を呼ばれ、思わず優は返事をする。しかし数秒後違和感に気付く。

 

「雲雀先輩……さっき……」

「……おやすみ、優」

 

 真っ赤な顔で頷く姿を見て、これで自覚しそうだと雲雀が判断した瞬間だった。

 



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拉致

 雲雀に相談するために優は朝から応接室にやってきた。

 

「おはようございます」

 

 優の声に書類を見ていた雲雀は顔をあげる。

 

「どうしたの?」

「ちょっと相談したいことがありまして……昨日、商店街の福引きで当たっちゃったんです」

 

 一等イタリア一人旅と書かれた封筒を優が持っていた。

 

「へぇ。あれ、優が当たったんだ」

「なんだか申し訳ないです」

 

 直接関わっていた時期ではないが、優は書類に目を通していたので困ったように眉をさげた。

 

「気にせず行ってきなよ」

「んー……でもいつ行けばいんでしょう?」

 

 風紀委員になった優は雲雀の許可がないと好きに行けない。そもそもこれからの展開を考えると行けるかも怪しい。

 

「……週末は?」

「学校を休むことになりますよ?」

「いいよ」

 

 雲雀がそんな許可を出すとは思わなかったので、優はジッと見つめた。少し周りを見渡してから雲雀は言った。

 

「赤ん坊が探し回ってるからね」

「よく気付きましたね」

 

 リボーンは気配を消していたので、優は雲雀が気付くとは思ってなかったのだ。

 

「……正確な場所はわからない」

「雲雀先輩なら近いうちにわかるようになりますよ」

 

 口ぶりからして優は正確に掴んでいるらしい。2人の実力差がよくわかる。ちょっと機嫌の悪くなった雲雀をみて、優は軽い口調で話を続ける。

 

「ちょうど行きたい町があったので、許可をもらえて嬉しいです」

「へぇ。どこ?」

「私が頼ろうとしてる人……ツナ君の兄弟子が管理している町です。この目で1度見ておきたかったんです」

 

 ガタリと雲雀は立ち上がった。優が雲雀と離れる時の準備をしているようにしか思えなかった。

 

「私、臆病なんです。いい人とわかってても雲雀先輩みたいに話せませんよ」

 

 雲雀はゆっくりと腰を下ろした。あれだけプライベートに突っ込んでいったにも関わらず、話を聞けるようになるまで随分と時間がかかったことは雲雀が1番知っている。人に甘えることが苦手な優が、素直に頼れるわけがなかった。

 

「僕は君の帰りを待ってるよ」

「……はい! ありがとうございます!」

 

 雲雀に見送られ、優はイタリアへ旅立った。

 

 この時の雲雀の誤算はただ1つ。優が今まで学校行事以外で旅行に行ったことがないと気付かなかったことだろう。

 

 

 

 

 

 イタリアに着いた優はというと、キョロキョロと落ち着きがなく歩いていた。

 

(すごい! すごい!)

 

 完全に浮かれていたのである。制限されたことで強風にはなっていないが、注意力が散漫だった。

 

「いたっ」

 

 そしてついにドンっと人とぶつかってしまう。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 イタリアにいるのに思わず日本語で優は謝った。

 

「ししっ。問題ないよ。だってオレ王子だもん」

「王子……?」

 

 いや、まさか、そんな……と思いながら、恐る恐る優は顔をあげた。

 

(ベル、きたーーーーー!!)

 

 久しぶりに優は心の中が忙しくなった。

 

「す、すみませんでした!! 失礼します!!」

 

 慌てて立ち去ろうとした優だが、ベルに回り込まれてしまう。普段の動きではベルに太刀打ちできない。

 

「きーめた♪」

「えっ? えっ?」

 

 ベルに荷物担ぎをされ、優はとにかく叫んだ。

 

「おろしてください!!」

「やだね」

「な、なんでですかーー!!」

「だってオレ王子だもん」

 

 一向に会話が成立しない。今すぐ逃げ出したいが、ベルから逃げれば目を付けられるに決まっている。

 

「い、痛いですーーー!!」

 

 優は叫んだ。情で訴えても暗殺部隊所属のベルが止まるとは思えないが、ベルの肩に優のお腹が食い込んで痛いのも事実。足をジタバタさせ、普段の力で抵抗した。

 

「ん? 痛いの?」

「は、はい!」

 

 ベルが足を止めたので、訴えれば止めてくれるかもしれないと期待を込めて優は必死に返事をした。すると、荷物担ぎから横抱きになる。

 

「えええ!? なんでそうなるの!?」

「うしししっ」

 

 優の反応を面白がるように、ベルは笑ってるだけだった。

 

 

 

 

 

 10分もすれば優は諦めモードに入り力を抜いた。元々、流されやすい性格だ。雲雀の時と同じように逆らうことが出来ない。それでも優は声をかけ続けていた。

 

「あのー……おろしてもらえませんかー?」

「やだね」

 

 はぁと溜息を吐く。なぜこのようなことになったのか優にはわからない。ベルを見れば、優の強さに気付いたわけではなさそうだ。素人にすればかなりのスピードだが、暗殺者にしては微妙な速度である。そして何より優の扱いが丁寧だった。

 

 30分も立てば、屋敷のような建物につく。

 

(ここって、ヴァリアーのアジトでしょ……)

 

 一般人扱いしている人物をアジトに連れていく、ベルの自由気ままな行動に優は頭が痛くなった。

 

 大きな部屋に入るとスクアーロの姿が目に入る。

 

「う゛お゛ぉい!! 誰だそいつはぁ゛!!」

 

 あまりの大きさに優は肩がビクッとなるほど驚いた。しかしその後のベルの発言によってどうでもよくなる。

 

「オレの姫」

 

 はぁ?とスクアーロと優の声がかぶる。ベルは気にした風もなく、優をソファーに座らせた。とりあえず地面に足がついたので優はホッとした。

 

「んもぉ! なによぉ! 大声出してぇ~」

 

 優が入ってきた扉からルッスーリアが現れる。優はルッスーリアの登場に驚くよりも、名前を思い出せないほうへと意識がいく。だが、一向に思い出す気配がないので、すぐに優は諦めた。

 

「あらぁん♪ 可愛い子だわ」

「ししっ。オレの姫♪」

「んまぁ! 大人になったのねぇ」

 

 おかしい。会話が成立している。

 

「す、すみません。私、帰りたいんですけど……」

「どういうことか説明しろ゛ぉ!!」

 

 この中で状況に違和感を覚えているのがスクアーロと優しかいない。仕方なく優が口を開く。

 

「外で歩いていると、王子っていう人に拉致されました」

 

 間違ってないと優は何度も頷く。

 

「どういうことだぁ!!」

「だってオレの姫だしー」

「あの……帰りたいんですけど……」

 

 カオスである。

 

「つまり、あの子に振り回された可哀相な子だったのねー」

 

 ベルとの会話で優の中で常識人から外されていたが、1番まともな人かもしれないと思い始める。ルッスーリアの好感度が上がった。

 

「帰っていいですか……?」

「うお゛ぉぉぉい!! まて゛ぇぇぇぇーー!」

 

 スクアーロに呼び止められ、優は心の中で雲雀に助けを求めた。

 

「なんですか……?」

 

 半泣き状態でスクアーロを見る。

 

「こいつが迷惑かけたみてぇだ。悪かったなぁ゛」

 

 スクアーロの好感度があがった。

 

「いえ、帰らせてもらえばそれでいいです」

 

 これで一件落着と優が安心した瞬間だった。

 

「ねぇ、せっかくだからもうちょっといましょうよ」

「ししっ♪ さんせーい」

「だから私は帰りますって」

「う゛お゛ぉい!! 迷惑かけた分ゆっくりしてい゛けぇ!!」

 

 会話がかみ合わない。

 

「もぉ、遠慮なんかいらないわよぉ。部屋に案内するわ~」

「なんでそうなるのーー!?」

 

 結局、押しに弱い優は一泊することになった。

 

 

 

 

 目が覚めた優は、お腹がすいたと思いながら1番最初に案内された部屋に向かう。帰る前に一言は声をかけるべきだと思ったのだ。

 

 久しぶりに緊張すると思いながら、ノックをし部屋に入る。

 

「失礼します」

「あら? 起きるのが早いわねぇ。今ご飯作ってるところよー」

 

 エプロン姿のルッスーリアを見て、いつもこの人が作ってたんだと一瞬納得しかけたが、ヴァリアーなら一流シェフがいるはずだ。つまり、これはルッスーリアがノリで作ってる。

 

「……私も手伝いますね」

 

 食べるまで帰してくれないだろうと判断した優は、ルッスーリアを手伝うために袖をまくった。

 

「いいわよぉ。あなたはお客さんよ?」

「お腹減ったんで……一緒に作った方が早いから……」

 

 そしてその分早く帰れるという言葉を優は呑み込んだ。

 

「そういうことならお願いしようかしら」

「はい」

 

 ルッスーリアの後ろを優はついていったのだった。

 

 大方作り終わり、仕上げをルッスーリアに任せて優は食器などを並べていると、スクアーロとベルが入ってきた。

 

「おはようございます」

「ししっ♪ おはよ」

「何してんだぁ」

 

 強引なところはあるが、優の行動を見て常識的な反応をするのはスクアーロである。当たり前のように優に返事をかえすベルが変というのがよくわかる。

 

「ご飯のお手伝いしてます」

「この子凄いわよぉ! すっごく料理が上手なのぉ」

 

 ルッスーリアがみていたと知ったので、スクアーロは席に腰をかけた。ちなみにベルはとっくの前に座っている。

 

「いただきましょう」

 

 食事を並べ終わり、ルッスーリアの声で食事が始まった。

 

「!! うまい……」

 

 スクアーロが驚くのも当然だ。雲雀がわざわざ優の家まで通って食べていることを考えれば、まずいはずがない。

 

「でしょう?」

「だってオレの姫だもん」

 

 優は変な人達と思いながら、もぐもぐと口を動かしていた。特にベルがなぜここまで優に警戒しないのかがわからない。雲雀のような例もあるので、優と相性がいいのかもしれないが、獄寺とはそこまで良くはなかった。

 

 少し考え、口の中のものがなくなったので優はベルに声をかけた。

 

「あのぉ、とりあえず姫って言うのは止めてもらえませんか? 私……か、彼氏いるんで……!」

 

 恥ずかしくなりながらも優は最後まで言い切った。雲雀にほめてほしいと思ったぐらいだ。

 

「んまあ! 残念ねぇ」

「関係ねーし」

(そこは気にしてよ!)

 

 すぐさま心の中で優はツッコミした。はぁと諦めたような溜息を吐き、常識人の2人に声をかける。

 

「今日は帰らせてくださいね?」

「そうねぇ。あまり長居させるのもねぇ」

 

 よしっと心の中で優はガッツポーズをした。

 

「そういえば、てめぇの名はなんだぁ」

「もう会うことはないと思うんで……」

 

 納得したようでスクアーロは頷いた。優は会うことがわかっていたが、いろいろ面倒な展開になりそうだったのでホッと息を吐く。そもそもスクアーロ達も優の前で名前を言っていない。負けたようで教えるのは癪である。

 

「オレの姫だって♪」

(それは違う)

 

 徐々に優のツッコミレベルが上がっていく。ただし心の中で。

 

「姫、どこに送ればいい?」

 

 ベルが送る気満々だと気付いた優は諦めて町の名を言った。

 

「……跳ね馬のところか」

 

 スクアーロがボソッと呟いた言葉を優は聞き流した。優は顔のつくりは日本人だが、髪と目の色を見ればハーフと思われる。放置すればたまたまその町に知り合いがいると判断されるからだ。

 

 優はルッスーリアに見送られる。スクアーロが隠れて見ていることに気付いたが、当然だと思ったので気にしなかった。

 

「いつでも来てくれていいわよぉ」

「はぁ……?」

 

 それはないだろうと思いながらも、一泊お世話になったので優はしっかりと頭を下げた。

 

「うししっ。姫、行くよ」

 

 優は大人しくベルの後についていく。車に乗るように案内されて喜ぶまでもう少し。

 

 

 

 2人が去った後、スクアーロはルッスーリアの前に現れた。

 

「動きは完全に素人だったぞぉ。それに血の臭いがしねぇ」

「そうねぇ。ベルが気に入ったから、凄腕と思ったのにねぇ。本当にあの子が気に入っただけみたいだわ」

 

 面倒なことをしたベルに苛立ち、スクアーロは舌打ちをする。

 

「私としてはそう怒らないでほしいわ。ベルが女の子に興味を持つ年頃になったってことよ? それに立場を弁えてるからあの子をちゃんと帰したわ」

「……随分肩を持つじゃねぇか」

「んまぁ。あの子を気に入ったのはベルと私だけじゃないでしょう? スクが1番食べていたわぁ」

 

 クネクネした動きで部屋に戻っていくルッスーリアに再びスクアーロは舌打ちをした。アジトを知られた優を無傷で帰した時点でそう思われるのは仕方のないことだった。

 

 

 

 

 

 送ってもらった優はベルに頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

(……迷惑かけられたから言う必要がない気がするけどね)

 

 相変わらず周りの目を気にする優だった。

 

「ひーめ」

「……はい?」

 

 おかしいと思いながらも、優は返事をした。

 

「また会おうぜ」

「いえ、もうないでしょう」

「ししっ♪ オレの勘は当たるんだぜ。オレ王子だし♪」

 

 優は苦笑いするしかない。これから会うことになると優は知っている。

 

「姫またね♪」

「……会えればいいですね」

 

 他人事のように返事をし、もう1人の姿でしか会わないように気をつけようと思いながら優はベルと別れた。



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距離

 日本に帰ってきた優は、さっそく雲雀の姿を探す。空港に迎えに来てくれるという話になっていたのだ。

 

「やぁ」

「ただいまです!!」

 

 優は嬉しそうに雲雀に駆け寄り服を掴む。珍しく素直に甘えてきたことに雲雀は驚きながらも、場所が場所なので家に帰るように声をかけたのだった。

 

 

 無事に家についた優は軽く伸びをしてから、雲雀にもう1度向き直った。

 

「雲雀先輩、迎えに来てくれてありがとうございました」

「問題ないよ」

 

 えへへと優は照れたように笑った。いつもと違って頭を下げなかったので、少しだが雲雀に甘えている。

 

「何があったの?」

 

 優が素直になったのは何かきっかけがあるはずだ。

 

「町は凄く良かったですよ。でもその前にすっごく疲れちゃって……」

「疲れた?」

「はい。簡単に説明すると……王子という人に拉致されて姫と呼ばれ、王子の知り合いの声の大きい人とオカマの人は常識があったみたいで解放されました」

「……何してるの」

「いやぁ、私にもさっぱり……」

 

 はぁと大きな溜息をつくしかない。目を離してる間に事件に巻き込まれるとは思いもしなかった。

 

「……もう一人旅は禁止ね」

「はい! 今度は雲雀先輩と行きます! 雲雀先輩と一緒なら安心できますもん」

 

 雲雀は黙り込むしかなかった。信頼されるのはいいが、信頼されすぎるのはあまり良くない。いつまでも我慢できるわけがないと雲雀自身が1番わかっている。

 

「雲雀先輩?」

「……今はそれでいいよ」

 

 不思議そうな顔をしている優を誤魔化すために頬を撫でる。嬉しそうに目を細める姿は随分と子どもっぽい反応だ。

 

「明日の放課後、あけといてね」

「いいですけど? 何か用事ですか?」

 

 休んでる間に何かあったのだろうかと優は真面目に背筋を伸ばす。それを見たいわけじゃない。

 

「用事はないよ」

「へ?」

「優と一緒にいたい」

 

 ボフンと優の顔が赤くなった。その反応を見たかった雲雀は、迷わず優の口に触れた。

 

「……今日はもう帰るよ。疲れてると思うし」

 

 恥ずかしく目を合わせることは出来ないようだが、コクンと頷いたのを見て以前より耐性がついていることがわかる。だが、これ以上はまだ早いと判断し、雲雀は帰っていったのだった。

 

 ちなみに、雲雀が帰ってしばらくしてからお土産を渡すのを忘れたと優は気付き嘆いた。

 

 

 

 

 

 次の日。久しぶりの学校だが、優は放課後のことで頭がいっぱいだった。

 

「優! おはよ!」

「よお! 風早!」

「ちっす」

 

 教室に入るとすぐに声をかけてくれたので、優は放課後のことは一旦横に置き、ツナ達がいる方へ向かった。

 

「久しぶり! おはよー!」

「優、旅行どうだった?」

「んー……いろいろ巻き込まれて大変だった……」

 

 思い出すとどうしても渋い顔になってしまう。

 

「ははっ。その方が思い出に残るぜ!」

 

 山本のポジティブすぎる発言に優は思わず笑ってしまう。

 

「どうせ風早のことだからあほなことしたんだろ」

「だね。拉致された場合の対処法を考えておけば良かったよ」

 

 ポロッと言った優の言葉にツナ達はギョッとする。

 

「お前何してんだよ!?」

「私もこれには困って、心の中で雲雀先輩に助けを求めちゃったよ。彼氏がいるって言ってるのに、王子に姫って呼ばれ続けるし、王子の仲間に常識があって本当に良かったよ」

 

 しみじみと優が頷いているが、困ったというレベルの話ではない。

 

「優が無事に帰ってきて良かった……」

「心配してくれてありがとう! あ、お土産あるから食べてね」

 

 当たり前のように優は出したが、お土産どころではないだろう。危機管理能力がかけているとツナ達は改めて思った。

 

「えーっと、無事に帰ってきたってことで、今日の放課後一緒に遊ぼうよ!」

「おっ。ツナ、いいこというじぇねーか」

「ごめん! ツナ君! 今日の放課後は先約が……」

 

 せっかく誘ってくれたのにと思いながら優は頭を下げる。

 

「10代目の誘いを断るとは……」

 

 先約があるなら仕方ないとツナは獄寺を抑える。その様子を見て優が言った。

 

「許してくれるなら、また誘ってくれれば嬉しいかなぁ……」

 

 自信がなさそうに話すのは、ツナが怒ってるように優は思ったのかもしれない。だが、ツナ達はこの反応に少し違和感がうまれた。ツナのことは優が1番よくわかっているはずだ。これぐらいでツナが怒るはずないと優が知らないわけがない。

 

「優、どうしたの?」

「へ?」

「ああ。風早らしくねぇじゃねーか」

「変なものでも食ったのか?」

 

 なぜツナ達がそんなことを言ったのか、優はわからなかった。しかし心配そうなツナ達の顔を見て、口が勝手に動いた。

 

「あ! 雲雀先輩に呼ばれていたの忘れてた……。本当に変なもの食べたかもー。応接室に行ってくるね。ごめんね!」

 

 ウソだった。雲雀から呼び出しはなかった。

 

 優が去った後、ツナ達のもとに黒川と京子がやってきた。

 

「ツナ君、ちょっといい?」

「京子ちゃん! ……と、黒川花」

「あんた達に聞きたいことがあるのよ。あの子が変になった心当たりはない? 具体的に言うと雲雀恭弥と付き合ってから数日してからかしら」

 

 うーん……とツナは考え始める。

 

「あのね、ツナ君とは話をしてるの。でも私達とは回数が減ったんだ」

 

 シュン……と京子が落ち込んだ姿を見て、ツナは慌てて必死に考える。が、わからない。

 

「ごめん、京子ちゃん……。オレもついさっき変だなって思ったんだ」

「あの子はあんたと話すのが1番好きだから、気付くのが遅れたのかもしれないわね」

 

 ふぅと黒川が息を吐いた。ツナが1番気付く可能性があったが、親しすぎるものほどわかりにくいパターンだった。

 

「風早さんの笑顔を見守り隊のオレらの出番だな!」

 

 ツナ達が振り向くと、集まってるのは優のことが好きな男達である。いつの間にか、妙なファンクラブまで出来ているようだ。

 

「黒川の言うとおり、雲雀恭弥と付き合って数日してから風早さんはおかしい。ツナは気付かなかったかもしれないが、風早さんはお前とも距離を置いていたぞ」

「え!? ほんとに!?」

「ああ。ツナと会話している時の距離が今までと比べて10センチ離れていた! それでもこのクラスの中ではツナとの距離が1番近い!」

 

 自信満々に話す男の言葉に何人も頷いているのをみて、ツナ達はドン引きした。ちょっとどころではない。かなり怖い。

 

「1番の問題は笑顔の回数が減った!」

「そこでオレらは雲雀恭弥が原因かと考えた!」

「だがしかし、雲雀恭弥に呼び出された時は嬉しそうなのだ!」

 

 くそぉと嘆きだした男達を見て、ツナ達はスルーした。情報は助かったが、慰める気にはならなかったのだ。

 

「ヒバリさんに聞いてみようかな……」

 

 咬み殺される可能性が高いので出来るだけ近寄りたくないと思ってるツナだが、優のことがわかるならと行く気になったのだった。

 

 

 

 

 

「急にごめんなさい……」

「いいよ。優に頼みたいことはいっぱいあるから。……草壁」

「はい。では、こちらをお願いします」

「わかりました」

 

 書類整理をし始めた優を見て、雲雀は悩み始めた。理由が何であれ、優が雲雀のもとに来るのはいい。問題は優が徐々に学校が居心地が悪いと感じ始めていることだ。優は油断すればすぐに逃げ出す危うさがある。

 

 今は雲雀がなんとか優を引き止めている状況だ。これでは少しでも優が逃げ出さないようにとツナ達と群れていいと許可を出している意味がない。

 

 雲雀はリボーンのこともあったが、時間が立てばこうなると予想していたので旅行の許可を出した。残念ながら忘れてしまうほどの気分転換にはならなかったらしい。そのため、今回の旅行で雲雀に少し甘えるようになったのは運が良かった。

 

「閉じ込めることが出来れば楽なのに……」

 

 ポツリと呟いたが、それは無理だと雲雀が1番わかっていた。そんなことをすれば、優は逃げ出す。優が風使いと知り、雲雀はますます閉じ込めるのは不可能という気持ちが強くなった。

 

「何の話です?」

「欲しいものがあるけど、簡単に全部が手に入らないんだ」

「へぇ。雲雀先輩が手こずるって珍しいですね」

「そうだね」

「雲雀先輩なら出来ますよ」

「当たり前だよ。まぁだけど……全部手に入れても満足しそうにないけどね」

 

 ふと悪寒を感じた優は肌をさする。

 

「どうしたの?」

「ちょっと寒くなったかなーと」

「冷房、止める?」

「んーちょっと温度あげさせてもらいますね」

「いいよ」

 

 優は温度をあげてから書類整理に戻る。空気を読んでずっと黙っていた草壁が、気の毒そうに優を見ていた。

 

 

 

 

 

 放課後になり優は一度家に帰った。ご飯は家で食べるということになったので、先に仕込みをしてから出かけるという話になったのだ。

 

 応接室で優を待っていた雲雀が扉に目を向ける。コソコソと動いている気配がするので、優やリボーンではない。

 

「誰?」

「し、失礼します……」

 

 声をかければビビリながらも現れたツナの姿に僅かに眉が上がる。ツナが周りを見渡したので、優に用事かと思ったが、ツナは優がいないと知るとホッと息を吐いた。

 

「あの、ヒバリさんに優のことで聞きたいことが……」

「なに」

 

 内容は予想しているが、雲雀はあえて聞いた。

 

「優に何かありました? 少し前から、オレ達に遠慮してる感じがして……」

 

 予想通りの内容だったので雲雀は息を吐いた。話してしまえば死ぬと知り、優はツナ達と関わるのが怖くなっているのだろう。雲雀は知っていて優を避けないので、雲雀のところに来るのだ。つまり優は雲雀に会いたいと思ってきてるわけではない。

 

「僕は理由を知っている。でも、僕から君達に話す気はない」

「そんなぁ!」

「僕が教えれば意味がないからだ」

 

 ツナはぐっと言葉が詰まる。雲雀は優のために話さないと気付いたからだ。

 

「……機会はめぐってくるよ」

 

 優のことだ。雲雀が止めようとしてもツナがピンチになれば、また正体を隠しながら助けるだろう。その時にツナが優の存在を拒否しなければ、根本的な解決にはならないが多少は改善するはずだ。

 

「本当ですか!?」

「僕は与えたくはないけどね」

 

 嫌そうに、心底嫌そうに雲雀は言った。優が正体を隠し動く時は、無茶する可能性が高いからだ。しかし与えなければいつか優が逃げてしまう可能性がある。

 

「ははは……」

 

 独占欲という意味で捉えたツナは苦笑いを返すしかなかった。

 

「失礼しまーす。ってあれ? ツナ君?」

「優!」

「ここに居たからだったんだね。獄寺君がダイナマイトを持って駆け出そうとしてるのを山本君が必死に止めていたよ」

「えーー!? もうーー!?」

 

 一人のほうが安全だからといってツナは乗り込む気だった獄寺を抑えてきていたのである。優の話を聞くと、もう限界のようだ。

 

「ごめん! 優、ちょっとオレ行って来る! ヒバリさん、ありがとうございました!」

 

 雲雀は溜息で返事をし、ツナ達を見逃した。

 

「ツナ君、どうしたんですか?」

「僕に優を独占するなと文句をいいに来た」

「うそーー!? ツナ君はそんなこと言いませんよー!」

 

 解釈は間違っていない。もしツナ達が知れば、すぐに優を受け入れ、怖がらなくていいと態度で示すために一緒にいる時間を増やすだろう。つまり雲雀との時間は減るということだ。

 

 優のために必要なことだが、何とも言えない気持ちになる雲雀だった。



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VSヴァリアー編
嵐の予感


この話からヴァリアー編が始まるのに、寝てて更新が遅れたww
すみません。


 日曜日だが、優は朝から学校に来ていた。優は何もしなければ、悪い方向にばかり考えてしまうので雲雀が呼び出したのである。

 

「あ。そうだ」

 

 優は書類から顔をあげ、雲雀を見た。

 

「登下校の時、腕章をとってもいいですか?」

「理由は?」

 

 わけもなく優が言い出さないとわかっているので雲雀は続きを促した。

 

「私と雲雀先輩と付き合ってると知れ渡ったので、絡まれそうになるんですよね」

「え!?」

 

 思わず声をあげたのは空気を読んで黙っていた草壁だった。

 

「……僕、聞いてないよ」

「今言いましたからね」

 

 雲雀は優を睨んだ。自分に対して危機管理能力の低い優が雲雀の弱点と理解している時点で、自覚するようなことがもう起きたということである。つまり絡まれそうになるじゃなく、絡まれた後なのだ。

 

「制服と髪の色でバレちゃうんですよね。だから腕章をとってこれでもかぶって登校したいなーと」

 

 カバンの中からカツラが出し、優は雲雀に見せた。

 

「……今までに何度もあったんだね」

 

 優は笑って誤魔化した。雲雀は溜息を吐くしかない。滅多にワガママを言わない優が言ったのだ。日常生活に影響が出ているほど絡まれてるということだ。

 

「申し訳ございません! 配慮が足りませんでした!」

「大丈夫ですよ。私、逃げ足が速いんで捕まったりしませんよ」

 

 フォローしているつもりかもしれないが草壁は優が強いと知らない。安心できるわけがない。そもそもそういう問題で済む話ではない。

 

「草壁」

「はい!!」

 

 返事と共に草壁が出て行く姿を見て、仕事を増やしてしまったと気付き、優は扉の方へと頭を下げた。

 

「もっと早く言ってよね」

 

 ストンと優の隣に雲雀が腰をかけて言った。

 

「走れば何とかなりましたからねー。それに雲雀先輩と一緒にいれば大丈夫でしたから。最近は送ってくれるので助かってましたよ?」

 

 今回は雲雀が原因だが、謝ることは出来なかった。次から相談せずに1人で解決してしまう。

 

「毎日送り迎えするよ」

「無理をしない範囲でお願いします。せっかく用意したのでこれの出番もほしいです」

 

 優はカツラを持ちながら笑っていった。雲雀がかえす言葉は1つしか残されていない。他の言葉では優が素直に甘えてこなくなる。

 

「……わかった」

「足手まといにならないように頑張りますね」

 

 このままだとツナ達との関係を戻さなければ、いつか優が逃げてしまいそうだ。

 

「優」

「なんですか?」

「怖がらなくていい。僕がいるからね」

 

 キョトンとした後、優は笑って言った。

 

「私は強いですよ?」

 

 雲雀は優の頬を撫でるだけで答えはしない。優が弱いことを誰よりも知ってるからだ。

 

「あれ? 電話?」

 

 優のケイタイが鳴り、雰囲気が変わってしまったので溜息を吐きながら雲雀は手をおろす。ケイタイを取り出し、嬉しいような、困るような顔で、画面と睨めっこしていたのでツナ達だろうと予想し、雲雀は電話に出るように促した。

 

「……もしもし? 山本君、どうしたの?」

『今からみんなと遊ぶから風早も来ねぇか?』

「ごめん。雲雀先輩と一緒にいるから……」

『ツナがちょっと元気なくてさ。風早がいればぜってぇツナは喜ぶし、ヒバリと一緒にいるところ悪いけど頼む!』

 

 山本が小さな声で言ったのはツナが近くに居るからだろう。だから優は本当にツナが元気がないと思った。

 

「……ツナ君がどうしたの?」

『んー……ツナの親父さんが急に帰ってくるからどうしていいのかわからないみたいなんだ。だからみんなでパーッと遊ぼうと思ってな』

 

 山本が少し悩んだのは優の家庭環境があまり良くないと知っているからだ。それでも友達にウソつくのはダメだと思い、山本は正直に話した。

 

「でも私が行っても……」

 

 そこまで言ったところで持っていたケイタイが消える。

 

「場所、どこ?」

「へ? 雲雀先輩!?」

 

 優は雲雀の前だと油断してしまうので簡単に奪われてしまったのだ。

 

「ふぅん。今回だけだからね。……咬み殺されたいの? 僕が君達と群れるわけがない」

 

 勝手に話が進んでいるので、優はオロオロするしかない。

 

「はい。今から30分後に並盛商店街だって」

 

 ケイタイを返されたので優は受け取ったが、泣きそうな顔で雲雀の顔を見ていた。

 

「気になって手につかないでしょ」

 

 うぐっと言葉に詰まる。

 

「さっさと終わらせて、戻ってきたらいい。僕はここに居る」

 

 家まで送ることも考えたが、雲雀が待っていると知っていた方が何かあっても帰ってくるだろうと思い、雲雀は見送ることを選んだ。

 

「……はい!」

 

 怖がっていながらも、嬉しそうな顔をして向かったので、もう少しは大丈夫そうだと雲雀は判断した。

 

 

 

 家に帰った優はポイッとカツラを外し、着替え始める。早くしないと時間に遅れてしまうからだ。

 

「……って、あれ? ツナ君のお父さん?」

『門外顧問だな』

 

 優の呟きに神が返事をかえす。

 

「だよね。つまりリング争奪戦が始まるじゃん! あー、このお出かけって!? スクアーロと会ってるけど、大丈夫かなぁ」

 

 今から断るのは不自然なので諦めて行くしかない。ベルじゃなければなんとかなると信じて、バタバタと服を取り出しカバンに入れる。

 

「んー、もっとほしいかも」

 

 家にだけじゃなくどこかに隠しておきたいと優は考えたのだ。

 

『そういうと思って何着か用意しているぞ』

「さすが、神様!」

『当然だろ』

 

 優は神の自信っぷりに笑った。

 

『まぁ今は先に向かった方がいいと思うぞ』

「きゃー! 本当だ!」

 

 服をカバンに詰め込み、優は慌てて待ち合わせ場所に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん。遅くなった……」

「全然待ってないよ!」

 

 優が走ってきてくれたので、ツナはとてつもなく喜んだ。雲雀と一緒にいたと山本から聞いていたのもあり、最近の優の態度に落ち込んでいたツナは感動で泣きそうなほどである。

 

「ツナ、泣いてんのか?」

「な、泣いてないよ!!」

 

 リボーンはツナをからかいながらも、優の様子を見る。一度、優が自分を守るためにツナ達から一歩引いているように見えたことがあった。それが今はっきりとあらわれている。優は一歩離れ、少し寂しそうに笑っているからだ。

 

「……ヤベーな」

 

 ポツリと呟く。ツナから大体話は聞いていたので時々様子を見に行っていた。だが、雲雀が優を掴んでいるので、リボーンは自力で解決させようと考えていて手は出さなかった。その結果、更に悪化している。一箇所に留まる事が出来ないと優は言っていた。このままではツナから離れていってしまうだろう。

 

「ちゃおッス」

「こんにちは、リボーン君」

 

 ツナ達が気付かぬうちに最後尾に移動していた優にリボーンは話しかけた。

 

「ヒバリに話したのか?」

 

 詳しく説明しなくても優ならいつの話のことかすぐに気付くとリボーンはわかっていた。

 

「うん。リボーン君のおかげで話すことが出来たよ。ありがとうね」

「気にするな。……ツナは頼りねーのか?」

 

 雲雀が優を掴んでいるので答えはわかっていた。聞きたいのはツナには話さないのかということだ。

 

「……ツナ君には、無理かな」

「わかったぞ。オレがビシバシ鍛えるから待ってろ」

「ごめんごめん。言い方が悪かったね。頼りにはしてるよ?」

 

 リボーンは優を見た。ジッとツナの顔を見ていた。

 

「ツナ君とはずっと友達でいたいんだ。最近、そう思うようになった」

 

 優が少し前までは話す気があったと知る。優が話さず友達でいることを選んだなら、雲雀が知っていることもあり、それはそれでいいとリボーンは思っている。だが、それを選んだことでツナと距離があくのは問題だ。ファミリーに入らなくても、優にはツナを支えてほしいと思っているからだ。

 

 リボーンは気づかない。優がツナを支えているのは、ツナが優を支えているからということに。

 

 まさかリボーンがツナのところに来る前に、ラルがコロネロに救われたように、ツナが優を救っているとは思いもしないのだ。

 

 それでも……知らなくても導けるのがリボーンである。

 

「優、ツナのことが好きか?」

「もちろん」

「ツナもおめーのことが好きだぞ」

 

 キョトンとした顔で優はリボーンを見た。

 

「優と一緒に居る時が、ツナは1番笑ってるからな」

 

 でもそれは関われば、死ぬことを黙ってるからであって……。

 

 怖くて言葉に出来ない。でも心の底で助けてほしいと叫んでいた。

 

「……リボーン君、私……」

 

 ドコッォ!と大きな音がし、リボーンと優は会話を中断し音の発信源に目を向ける。

 

 バジルの姿をみて、リボーンは優に声をかけた。

 

「……京子達を頼んでいいか?」

 

 マフィアのことを知り、雲雀と一緒に居ることである程度は耐性があり、さらにリボーンの言葉の意味と状況を把握する頭が優にはある。

 

 優はコクンと頷く。スクアーロに気付かれる可能性も下がる。何より京子達の身の安全が最優先だ。

 

「みんな、こっち!」

 

 リボーンが連れてきた京子達を優は誘導し始めたのだった。

 

 

 

 

 ふぅと優は息を吐く。ここまで離れれば京子達は安全だ。

 

「京子ちゃん、ハルちゃん、子ども達をお願いね」

「……優ちゃん?」

「もしかして戻る気ですかー!?」

「並盛の風紀を乱されたからには行かないと」

 

 優は腕章を京子達に見せた。

 

「危ないよ!」

「そうです! 危ないです!」

 

 はっきりと心配されるような言葉をかけられ、優は一瞬だけ言葉に詰まった。それでも行かなければならない。

 

「……私でも出来ることはあるから。少しはみんなの役に立ちたいんだ」

 

 京子達がツナ達ではなく、雲雀の役に立ちたいと勘違いさせる言葉を選んだ。心配してくれてる2人に出来るだけウソをつきたくなかった。……もっとも優と雲雀が付き合ったと知り、自分のことのように喜んでくれた2人の気持ちを利用したことに変わりないが。

 

「……絶対に無茶しないでね」

「約束してください」

「うん。終わったら連絡するよー」

 

 笑顔で手を振り、優は京子達と別れた。2人から見えなくなったところで優は切り替える。雲雀に見せてもらった書類を思い出し、監視カメラから外れるルートを使いツナ達のところへと向かった。




作者の独り言。
カツラと入力したいのに、桂になる。
他の作品まで侵食しようとする圧倒的存在感に笑ったw


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条件

 着替え終わった優は状況を把握するために屋上から様子を窺った。

 

(また遅れちゃったよ。ツナ君にもうリングの箱が渡されてるじゃん)

 

 今回は京子達を最優先だったので、優は嘆くことはなかった。が、僅かに眉間に皺を寄せる。ツナが持ってる箱は2つあったからだ。優の記憶では1つしかない。

 

 わからないことを悩んでも仕方がないので、優は屋上から飛び降りる。ディーノが来る気配がまだないので、このままではツナが危険だからだ。

 

 優が落下していると、ハッとしたようにスクアーロとバジルが顔をあげる。スクアーロの方が気付くのが早かったため、優から離れる時間があった。距離をとり、ツナの横に突如降り立った優を見る。

 

「1位の人ーー!?」

 

 ツナの声に思わず優は転びそうになる。せっかくの登場シーンが台無しだ。

 

“……彼を抑えればいいのか?”

「おぬしの敵う相手ではありません!」

「やれるのか?」

「リボーンさん!?」

 

 驚いてるバジルの声を無視し、優はフードの上から頭をかきながら言った。

 

“君達が逃げた後に僕も逃げていいなら”

「十分だぞ」

 

 リボーンの返答を聞いた優はスクアーロと向き合った。

 

「カスが何人そろっても一緒だぁ……死ねぇ!!」

 

 3人を相手した後だったので、スクアーロは完全になめていた。それでも数回剣を交えただけで、優の実力に気付き、一旦ひく。決して怖気ついたわけではない。どうしても言いたいことがあったのだ。

 

「う゛お゛ぉい!! なんだそのナメた武器はぁ゛!!?」

 

 スクアーロは剣士として優の逆刃刀は許せなかったのだ。

 

“僕は僕の信念でこれを持っているんだ。君にとやかく言われる謂れはない”

 

 優はスクアーロに見せ付けるかのように本来なら刃がある部分を指で撫でた。相手の攻撃を防ぐためのもので誰かを殺すために持ったわけではない。

 

「ふざけたヤローだぁ゛! 多少の腕はあるようだが、テメーの弱点はその甘さと腕力がないことだぁ゛!!」

 

 大声で言いながらスクアーロは優に突っ込むと、優は挑発されたようにスクアーロに向かって駆け出した。すると、スクアーロが笑った。優と違い、戦いを楽しんでいる。

 

 優はフッと力を抜く。スクアーロに向かっていったのは決して挑発されたわけではない。必要がないから動かなかっただけで、優はスピードと柔軟な身体を生かし相手を翻弄するのが本来のスタイルである。……もちろん逆刃刀をつかった場合のスタイルだが。

 

 互いにスピードを生かした戦闘スタイルなこともあり、どちらもまだ一撃を食らわない。

 

「ッチ」

 

 スクアーロは舌打ちをした。相手はただ基本をしっかりと教え込まれただけの剣。決して深追いせず、慎重な動き。読みやすいはずなのに、突如動きが変わるため当たらない。それもそのはず純粋な剣士ではない優は、風の流れで気が変わるのだ。見切りにくく、叩き込むタイミングがズレる。動きからして時間稼ぎとわかっているのに、倒せない。

 

 ツナとバジルは互いに一歩も引かない戦いに唖然となる。

 

「あの者はいったい……」

「オレもわからないんだ……いつも助けてくれるしか……」

「ボケッとするな。あいつが時間を稼いでる間にここから離れるぞ」

 

 リボーンに蹴られ、ツナは状況を思い出す。だが、ツナはスクアーロと戦ってくれてる人を置いてはいけない。

 

「おめーが心配する必要はねぇぞ。あいつはまだ本気じゃねーからな」

 

 本来の戦闘スタイルを隠しているとリボーンは知っている。ただし制限されたことを知らない。もっとも制限の件は関係なく、優は気付かれるほど風を操るつもりはなかった。この後の展開を知り、慎重な性格の優はこの時点でスクアーロにバレたくないと考えているからだ。

 

「ツナ!」

「10代目!」

「2人とも!」

 

 無事だった2人の姿を見て、ツナはホッと息を吐く。ツナの無事を確認した獄寺と山本は自分が手も足も出なかった相手と戦えている人物に自然と目が行く。悔しくて何も言えないし、何も出来ないのだ。邪魔になってしまう。

 

「バジル、ツナ達を頼んだぞ」

「は、はい!」

「リボーン、お前は!?」

「あいつが無事に逃げたかを確認しねーとな」

 

 リボーンは手は出せないが、出来ることはある。それにいくらリボーンが探しても見つからなかった人物が目の前にいるのだ。この機会を逃すのはもったいない。

 

「無理してないかな……」

 

 ポツリとツナが呟く。あまりの強さに忘れていたが、決して戦闘に向いてる性格ではない。

 

「そう思うならさっさと行け。あいつはお前らを逃がすために戦ってるんだ」

「……わ、わかった」

 

 ツナ達が逃げようと動いた時だった。今までスクアーロを押さえていたはずの人物がツナの前に現れる。

 

“っぐ! 誰でもいい、彼を移動させろ!”

 

 バジルの目には何も映っていない。だが、逆刃刀からは甲高い音がが響いている。見えないが、攻撃を受けている。

 

「沢田殿!」

 

 バジルがツナを移動させるのを確認すると、優はその場から離れる。確認していないが後ろの建物が崩れる音がした。

 

「へぇ。驚いたなぁ」

 

 のんびりとした声がする方を優は睨んだ。

 

「う゛お゛ぉい!! てめぇ見習いのくせに何勝手に手をだしてんだぁぁぁ!」

 

 見習いという言葉に優は反応する。原作補正でもかかってるのだろうか。

 

「だって先輩遅いんですもん。さっさと終わらせて帰りましょー。ボスが怒りますよー」

「うるせぇぞぉ!」

 

 文句を言ったが、スクアーロは止めはしなかった。

 

“二対一か……”

 

 このままでは全員を守りきるには厳しい。スクアーロを風で浮かして動けなくしたとしても、もう1人の相手が厄介だ。

 

「拙者も戦います!」

「オレもいるぜ」

「てめぇにだけいい格好させるかよ!」

 

 はぁと大きな溜息を吐いて優は言った。

 

“何秒もつんだ?”

 

 獄寺達が言葉に詰まったのを見て状況を理解していることに優は安堵した。本気のスクアーロと見えていない攻撃に時間を稼げるわけがない。無駄死になる可能性が高すぎる。

 

“本気を出すから、君達は僕の後ろから動くなよ。巻き込まれるぞ”

 

 刀を鞘に戻そうとしたところで、人の気配を感じ目に入った人物を見てホッと息を吐く。

 

“そっちを任せてもいいか!?”

「ああ。任せろ!」

 

 見知らぬ人物でも気にした風もなく、ディーノは返事をした。

 

 ディーノの登場に感動しているツナの声を聞きながら、優は転生者らしき人物と向きあう。

 

“君の相手は僕だ”

「1度俺の攻撃を止めたからって調子に乗るなよ」

 

 スクアーロの時と口調が全く違う。顔を見ればどこか幼さが残っている。

 

(強いと認めた相手以外は調子に乗るタイプかも)

 

 一度しか受けていないが、優は相手の技を分析し終わっている。だからこそ調子に乗るのも無理はないと思った。あれを見切るのは腕に自信があるものでも難しい。殺気に反応して優が偶然止めたとしか思えなかったのだろう。

 

 ジリジリと睨みあう。睨んでる間に相手が何をしているのかわかっているが、優は手を出さなかった。偽のボンゴレリングが奪われた形がベストだとわかっているからだ。

 

「う゛お゛ぉい!! 例の物は手に入れたぞぉ!」

「……運がいい奴だ」

 

 スクアーロと共に去っていく姿を優は手を出さず見送った。この状況で深追いする気はない。

 

 ガシガシとフードの上から頭をかく。リング争奪戦に参加しなければ、展開によってはツナ達が勝つかわからない。

 

「お前はついてこいよ」

“……わかった”

 

 足手まといと判断され置いていかれた獄寺と山本を気にしながらも、優はリボーン達の後ろをついていった。

 

 

 

 

 

 優はバジルの治療の手伝いと体力を渡し終えると空気を読んで、静かに病室の隅でもたれながら立っていた。

 

(原作通りディーノさんが本物のハーフボンゴレリングを持ってたなー。でも1つしか箱がない)

 

 ずっと黙って聞いていた優だが、ツナが逃げたところでついに口を出した。

 

“箱、もう1つあっただろ”

「ん? ああ」

 

 急に話しかけたことに驚きもせずディーノは懐から箱をもう1つ出した。

 

「これは風のリングといってな。選ばれし者しかもてないと言い伝えなんだ。初代の時から封印されていて数年前に封印が解けたらしい」

 

 ボカした言い方だなと優は思った。恐らく解けたのは去年の4月4日だ。優に心当たりがあるのはこの世界に来た日と、マーレリングを受け取った日しかない。優が触れたことで箱が開いたので、マーレリングも封印されていたと考えるべきだ。今年の春に解けたものを数年前とは言わないので、答えは1つしかない。

 

(それにしても、私が触るまでなんでマーレリングは解けなかったんだろう? ボンゴレリングは解けたのにね)

 

 考えてもわからないことなので、優はすぐに悩むことを放棄した。今の情報量では時間の無駄である。

 

“彼に見せなかった理由は?”

「このリングの情報が全然ないんだ。これを誰に渡すのかを悩んでるからだ」

“それもハーフなのか?”

「ああ」

 

 ガシガシとフードの上から頭をかき、溜息を吐いてから優は言った。

 

“僕がそれを貰ってもいいけど?”

「いいのか?」

 

 確認するリボーンに、優は呆れるように言った。

 

“……僕を巻き込みたいからついてこいって言ったんだろ”

「よくわかってるじゃねーか」

 

 悪びれもせずに言ったリボーンに優は溜息を吐いた。

 

“その代わり、いくつか条件を飲んでもらう”

「言ってみろ」

“まず僕の正体を探しまわるな。僕はまだ学校生活を楽しみたいんだ”

「おめーがファミリーに入るなら問題ねーぞ」

 

 つまり入らなければ、続けるということである。軽く溜息を吐いてから優は話を続けた。

 

“ボンゴレに入る気はない”

「そのリングを持つってことはツナの守護者になるっていう意味だぞ」

“彼が継いだなら入ってもいい。9代目と会ったこともないのに入る気にはならない”

「それならいいぞ。他の奴らもツナが継ぐまでは正式に入る形にはならねーだろうしな」

 

 ここまでは優の予想通りの反応だった。ここからはどんな反応になるかはわからない。

 

“最後は確認でもある。ボンゴレ以外のところに所属しててもいいのか?”

 

 リボーンの空気がかわる。わざと警戒するような言葉を選んだので優は気にしなかった。

 

「どこのもんだ」

“どこだったらいいんだ?”

 

 軽い口調で言った。優は意外とリボーンとの駆け引きが好きなのだ。

 

「リボーン」

 

 この空気に見かねたのか、今まで黙っていたディーノが口を挟んだ。

 

「……オレを試すとはいい度胸じゃねーか」

 

 ディーノの一言で冷静になったらしく、すぐにウソだとばれてしまった。

 

“真剣になってほしかったからな。真面目な話をするぞ”

「……わかったぞ」

“交渉はまだだが、僕はとあるマフィアに入るつもりでいる。心配しなくてもボンゴレと敵対するようなところではない”

「おめーは争い事が苦手だから、ツナが正式に継ぐまで入らねぇと言ったんじゃねーのか? お前はツナ達を何度も助けてる。ボスがツナならいいと思ってるとオレは捉えたぞ」

 

 完全に遊びは終わったようだ。リボーンは自らの思考を語ったのだから。

 

“争い事が苦手だからだ”

「……ツナが継いでからでは遅いのか?」

“遅い”

 

 優ははっきりと言った。恐らく時間はあまり残されていない。

 

“それに正式に継がなければ僕の存在は今の彼には荷が重い”

「……ツナが継がなかった場合も考えているんだな」

 

 コクリと頷いた。どうしても入らなければならない。

 

「詳しく聞きてーが、話す気はねぇんだな」

“ああ”

「ファミリーの名を教えろ。ボンゴレと敵対する可能性を調べねーといけねぇからな。もし問題がありそうなら、そこにいる男のところはどうだ? ボンゴレと敵対する可能性はねーし、ツナと性格が似てるぞ」

「急に振ってくるなよ……」

 

 リボーンに振り回される姿もツナと似ているので優はフッと笑ってから言った。

 

“問題ないってことだな。僕が考えているところはキャバッローネファミリーだ”

「は?」

 

 この答えを予想していなかったのだろう。ディーノがマヌケな返事をした。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

“僕は第三者のいるところでこんな話をしないぞ”

 

 リボーンの言葉で話に加わる形になったと思っていたようだが、残念ながら最初からディーノは当事者である。

 

「大人しくついてきたのもディーノがいたからなのか?」

“まぁな”

 

 わざわざ確認したのは、整理しているディーノのための時間稼ぎだろうなと優は思った。

 

「……よし。話はわかった。だけど、オレも9代目とそんなにかわらねーだろ? お前と初めて会ったんだぜ?」

“君は何度も並盛に来ていただろ”

 

 どこから見られていたのかと2人が真剣な表情になった。だが、それは見当外れである。並盛に来るたびにお土産を持って優に会いに来るのはディーノの方だった。そのたびに優はお礼をかねてお茶に誘っている。ちなみに優と会えなかった場合、ディーノはツナにお土産を預けていくほどマメである。

 

“それに君の町に行ったことがある。とてもいいところだった”

 

 褒められて悪い気はしなかったのか、ディーノはいつもの雰囲気に戻り笑った。

 

“……何かあれば彼に連絡してくれ。君にばれていない連絡手段がある”

 

 そんな手段はない。日ごろから連絡しているので誰も疑問に思わないだけである。

 

「わかったぞ」

 

 リングを受け取り、帰るまでにマーレリングと同様に、神にもらったチェーンでリングの力を防がなければと思いながら優は病室から出て行く。その際にディーノにボソリと呟いた。

 

“詳しい話は後日で”

「ああ」

“じゃぁな”

 

 早く家に帰って2人に連絡しないと心配かけちゃう!と焦りながら優は去っていった。迫ってる問題に目を逸らして……。

 



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優と雲雀とディーノ

甘いと激甘の間かな?


 優が去った病院ではディーノがリボーンから話を聞いていた。

 

「性格は問題なさそうだな」

「ああ。だからこそマフィアに進んで入る理由がわからねぇ」

「復讐者に異の者と呼ばれ、あいつと関わった者が死ぬか……」

 

 ポツリとディーノが呟いた。悪い奴ではなさそうだが、厄介な件なのは間違いない。

 

「お前は随分と気にいってるが、オレはあいつを知らねーからなー」

「ちげーぞ」

「ん?」

「ツナがあいつのことを気にしてるんだ」

 

 ちゃんとお礼を言えなかった。どうして助けてくれたのかも聞けなかった。苦手な戦闘をして辛い思いをしてないのだろうか。

 

 事件を思い出すたびに、復讐者に連れて行かれた骸達だけではなく、助けてもらった人のことをツナは心配していた。少し落ち着けば、自分のことでいっぱいで逃げちゃって今回も話せなかったといって落ち込むだろう。

 

「まっなんとかなるか」

 

 ツナの兄貴分として力になりたいと日ごろから思っているディーノは、軽い口調でこの件を引き受けた。

 

「助かるぞ。ちょうどお前が家庭教師を頼もうと考えているヒバリはあいつの正体を知ってるしな」

「なら、そっちからも探ってみるぜ」

「ヒバリは手強いぞ」

 

 いくらリボーンが言っても雲雀は話さなかった。借りがあるのもあるだろうが、雲雀が獲物と言ったとおり、雲雀が戦っても満足できる申し分のない相手である。余程いい条件を出したのだろうとリボーンは推測していた。……完全にリボーンは獲物という言葉を履き違えている。

 

「優からは話を聞いてるが、まだヒバリっていう奴と会ったことがねーんだよな」

 

 かなりの変わり者ということは聞いているので、困ったようにディーノは頭をかいた。

 

「どうしてもやべぇ時は優を頼れば何とかなるぞ。ヒバリは優に甘いからな」

「そういや、言ってたな」

「あいつら最近付き合い始めたしな」

 

 そうなのかとディーノは感心したように言った。優は自覚がなさそうだったが、リボーンの話ではありえなくはないと思っていたので驚きはなかったのである。

 

「それとヒバリの相手をする時に、優のことも気にかけてくれ」

「なんかあったのか?」

「少し前から様子が変なんだ。ツナと距離を置こうとしている」

「そんなわけ……ってお前がこういう冗談は言わねーよな。わかった、任せろ」

 

 忙しくなりそうだぜと呟きながら、ディーノは気合を入れたのだった。

 

 

 

 家に帰り京子達と連絡を終えた優は、制服に着替えて再び応接室にやってきていた。

 

「ただいま戻りました」

「おかえり」

 

 キョトンとした顔で優は雲雀の顔を見た。

 

「なに?」

「おかえりなんて初めて言われたのでちょっとビックリしました」

 

 優は嬉しそうにはにかんだ。雲雀はそれを見て、自分のもとに戻ってくるなら、言い続けるのもいいかなと思った。

 

「あの、雲雀先輩をもう1人の私の連絡先にしちゃったんです……」

「……何があったの?」

「またツナ君が巻き込まれていたので、助けただけですよー」

 

 ストレスを感じているようには見えないので、雲雀は気付かれないように息を吐いた。

 

「僕を連絡先にしたなら、話したんだ」

「リボーン君と少し」

 

 せっかくの機会をしくじったらしい。

 

「雲雀先輩に迷惑をかけますが、リボーン君が探し回ることはなくなりそうです。……すみません」

「僕は気にしない」

 

 優はホッとしたように息を吐いた。勝手に決めてしまったので嫌われたらどうしようと思っていたのだ。

 

 何を考えているのかを察した雲雀は立ち上がり、優を抱きしめた。緊張して肩の力が入ってる優に声をかける。

 

「……もっと頼っていいから」

 

 恐る恐ると雲雀の背に手を回して優は言った。

 

「いっぱい頼ってますよ? ……わっ!」

 

 雲雀は抱きしめる力を強めた。自分よりも柔らかく小さな身体を痛めつけない力加減で。

 

 最初は戸惑っていた優だが、あまりにも優しい抱擁に、次第に力を抜き雲雀に寄りかかる。

 

「……雲雀先輩、大好きです」

 

 自然と出た言葉。そのため口にした優の方が驚いた。

 

 恐る恐る離れ、優は雲雀の顔を見る。

 

「……ぁ」

 

 捕られると思った。だが、以前のように怖くはなかった。雲雀ならいいと思えたのだ。だからもう1度口にした。

 

「雲雀先輩、大好きです」

 

 優は雲雀の目から逸らすことも、恥ずかしがることもなかった。ただ事実を述べただけだから。

 

「わっ」

 

 雲雀はもう1度抱きしめた。我慢できなかったのもあるが、翻弄された姿を見られたくなかったのだ。

 

 優は雲雀の心をかき乱す。

 

 初めて会った時からそうだった。ただの気まぐれだけで雲雀が案内などするわけがない。書類で目を通したの時には何も思わなかった。ただ髪と目は生まれつきということを覚えていただけなのに。

 

 それでも不快な気持ちにならなかったため咬み殺さなかったが、極力近づかないようにしようと思っていた。だが、見つけてしまうと目が追う。雲雀がジッと見ていれば、目が合うのも当然だった。雲雀の噂を聞いたのか慌てて頭を下げる姿が、面白くなかった。今まで気にしたことなんてなかったのに。

 

 すれ違っても雲雀をすぐ視界から外すのが気に食わない。こんなにも雲雀は心をかき乱されるのに。

 

 だから振り回した。そして雲雀の言動に振り回される姿を見て満足することは出来た。だが、結局振り回されるのは雲雀の方だった。

 

 優の言葉を聞いた瞬間、雲雀は一生優には勝てないと悟ったのである。

 

 だからといって、やられっぱなしは雲雀のプライドが許さない。これからも優を振り回すのをやめる気はさらさらない。

 

「僕もだよ」

 

 抱き寄せた優にだけ聞こえるように囁く。赤くなった耳が、雲雀を満足させる。

 

 雲雀が敗北を認めてるなど、優に絶対気付かせない。敵わないと思わせて、主導権を握る。雲雀は負けているが、勝ち続けるつもりなのだ。

 

「優」

 

 名を呼べば、真っ赤な顔をしながら優は雲雀を見つめる。あまりにも楽しい勝負なので、自然と口角が上がった。

 

 次はどうやって振り回そうと雲雀が考えていると扉が開く。ハッとしたように優が離れてしまった。

 

「し、失礼しました……!!」

 

 パタパタと真っ赤な顔を手で隠しながら優が去っていく。

 

「…………」

 

 逃げられたのはカギを閉め忘れた雲雀が悪い。楽しみすぎてノックに気付かなかった雲雀が悪い。

 

 しかし残念なことに第三者が見れば雲雀が悪いと判断される内容でも、悪いのは雲雀ではない人物になる。

 

「い、委員長……」

 

 無言のまま雲雀は邪魔をした草壁を咬み殺した。

 

 

 

 

 

 

 次の日には平常心を取り戻した優は朝から応接室に居た。書類をしながらチラっと視線を向けると雲雀がリングを持っていた。

 

「これ、何か知ってるよね?」

 

 視線に気付き、リボーンと話したと言ったこともあり雲雀が優に聞いてきた。

 

「ちょっと聞きました。雲雀先輩が興味あるなら説明しますよ?」

 

 多少ツナを認めたので興味がないと言い切れないが、ツナのために動く気はない。

 

「優は持ってるの?」

「持ってますよ」

「これがなければ優を助けれない?」

 

 優は悩んだ。呪いに関して他言無用である。つまり未来の内容を迂闊に話すのも危険ともとれる。今までに言ったことがあるものや、ある程度推測できる範囲までいけば言ってもいいだろうと優は思っている。

 

 例えばリボーンをアルコバレーノと呼んだことがあるので、おしゃぶりを持つものはアルコバレーノと教えるのは大丈夫だと判断した。それすらダメなら、この世界に来たタイミングで制限されているはずだからだ。

 

 力や権力に狙われるという話は雲雀にしていた。だが、マフィアの勢力図が変わると断言するほど情報を掴んでいたわけではなかった。そのため一言付け加えてから話した。

 

 この考えで判断すると、リングに炎を灯し戦うことになるということはこの時点では言えない。全く情報を掴んでいないからだ。

 

「んー、大丈夫と思いますよ」

「それならいらない」

 

 ポイッとゴミ箱に捨てたのを見て、優は苦笑いするしかなかった。

 

 人の気配がしたので、会話を終える。優だけでなく雲雀も口を閉じた。もう1人の優の話は誰にも聞かせてはいけないので、雲雀は気配を読むことが上手くなっているのだ。

 

 扉が開き、雲雀は現れた人物に目を向ける。優は少し遅れてから顔をあげた。

 

「ディーノさん!」

 

 優は立ち上がりパタパタとディーノに駆け寄る。

 

「優、元気だったか?」

 

 頭を撫でられ、優はえへへと照れたように笑う。当然、雲雀は面白くない。そこまで優の警戒を解くのにいったいどれだけかかったのか。

 

 パシッと雲雀はディーノの手を弾いた。優はキョトンとした顔で雲雀を見ているので、絶対にわかっていない。そのため手を引っ張り雲雀の後ろに隠してから聞いた。

 

「誰?」

「オレは……」

「君に聞いてない」

 

 ディーノは思わず頬をかいた。想像していた以上に雲雀の中で優の存在が大きい。リボーンに優のことを頼まれたが、迂闊に手を出せば雲雀の機嫌が最悪になる。変わり者と聞いているのもあり、雲雀の機嫌を損ねるわけにもいかない。絶妙なラインを狙わなくてはいけなくなりそうだ。

 

「えっと、ディーノさんです。いつも日本に来たときにお土産を頂くんです。雲雀先輩も食べていますよ?」

 

 見かねて優がディーノの印象が良くなるように声をかけた。しかし、大事なことは言わなければならない。

 

「それでリボーン君の知り合いで、ツナ君の兄弟子なんですよー」

「……へぇ、赤ん坊の」

 

 呟いた通り、最初に反応したのはそれだった。しかし今はツナの兄弟子という言葉にしか反応していない。目の前にいる人物が、優が頼る相手。

 

「そういうことだ。雲の刻印のついた指輪の話をしたい」

「なにそれ」

「お前に届いてるはずだが……」

 

 こそーっと優は指をさす。ディーノが視線を追い、たどり着いた場所を見て引きつった。

 

「……まじかよ」

「す、すみません……」

 

 優は謝った。雲雀がリングにここまで興味がないのは優が言ったせいだからだ。

 

「いや、優は何も……」

 

 悪くないと言おうとしたが、言えなかった。避けなければトンファーが当たっていたからだ。

 

「……なるほど。理解した。その方が話が早いな」

「ついてきなよ。……優もね」

 

 ディーノがゴミ箱からリングを回収している間に、優はクイッと雲雀の服を引っ張る。

 

「なに?」

「あまり無茶しないでくださいね?」

 

 優が頼ろうとしているディーノの実力を見るために原作より無茶する気がして声をかけた。雲雀は答えることが出来なかったが、無視することも出来なかった。そのため、優の頬を撫でる。

 

 仕方がないですねというように、優は息を吐いた。

 

 

 

 

 しばらくの間、大人しく優は2人の戦いを見ていた。

 

「ヒマ……」

 

 最初は怪我をするのでハラハラと見ていたが、途中で呆れ始めたのである。気にするのをやめた優は手持ち無沙汰になったのだ。

 

「本でも読めばいいよ」

「図書室に行ってきます!」

 

 優の呟きに反応したらしく雲雀が提案してきたので優は喜んでそれに乗って図書室に向かった。

 

「最近の優はどうだ?」

「どうって?」

「……元気か?ってことだ」

 

 リングについては全く聞こうとしないのに、優の話になると雲雀は反応する。ディーノはちょっと呆れていた。

 

「……あまり良くはないかな」

 

 ツナ達なら答えなかっただろう。だが、目の前にいる人物は別だ。雲雀から話してでも協力させなければならない。このままでは優が学校に通えなくなる。

 

「理由はわかってるのか?」

「わかってるけど、僕には解決することが出来ない」

 

 ディーノはジッと雲雀の顔を見た。諦めるタイプには見えなかった。

 

「これは外から内に入ってもらわないと解決しない」

 

 そういうことかとディーノは息を吐いた。初めから受け入れられていた雲雀には助けたくても出来ないことだとわかったのだ。

 

「最後に1つだけ聞くぜ。オレはどっちだ?」

「……外」

「なら、やることは1つだな」

 

 ニッと笑ったディーノを見て、また優との時間が減りそうだと雲雀は溜息を吐いた。

 



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約束と真剣勝負

 雲雀とディーノが戦いを始めて数日たった。原作と一緒のようで微妙に違うところがある。

 

 例えば優がお腹減ったと呟けば、雲雀は中断しご飯を食べる。ちなみに中断するのは、雲雀が食べなければ優が遠慮し食べないと判断したからだ。

 

 他にも食事の前に優が怪我を診るので、雲雀とディーノは酷い状態ではなかった。その分、戦いに集中しているが。

 

 今日も終わりそうにないと判断し、優はそっと立ち上がり図書室に向かう。用意していたものがまた読み終わってしまった。

 

 軽く鼻歌を歌いながら優は本を選ぶ。風紀委員に入ったことで、無駄だった経費を削減し本のレパートリーを増やすことが出来たのだ。

 

 優は知識を得るためにならお金を使うことが出来たが、趣味の範囲になると神のお金をつかうことを躊躇し買えなかった。並盛の図書館に何度も通ってると気付いた雲雀が、経費内なら好きにしていいと言ったので1番気合を入れてした仕事だった。

 

 バランスを考えて選んだが、優が読みたかったものばかりである。テンションがあがらないわけがない。

 

(そういえば、嵐戦で大変なことになるんだっけ?)

 

 ふと優は嵐戦のことを思い出した。チェルベッロが直すと知っているが、貴重な本は用意できるのだろうか。普通は町の図書館にあることが多いのだが、並中には雲雀がいるので学校にも貴重なものが何冊かあるのだ。

 

(……移動させよ)

 

 応接室なら問題ないと考え、優は本を持ち出す。理由は保存状態の確認のためでいいだろう。貴重な本は古いものが多い。雲雀の戦いが終わればする予定と言えば、先に運び出していても誰も何も言わないだろう。いつ終わるかは雲雀次第なのだ。文句を言えるわけがない。そもそも応接室には優と雲雀と草壁しか出入りしない。

 

 気になる本を全て運び終えた優は今から読む本を持ち屋上に戻る。まだ修行しているので戦いに対する集中力の凄さがよくわかる。

 

(私には無理だ……)

 

 優の性格では1時間が限度である。ここまでくると呆れを通り越し尊敬になる。

 

「恭弥、どうした?」

 

 優は首を傾げた。雲雀がトンファーをしまったからだ。

 

「どうしたんです? 雲雀先輩」

「……はぁ」

 

 溜息を吐きながら、雲雀は優のところにやってくる。優は不思議でしかない。グイッと手を握られ、どこかに連れて行こうとするので、慌てて優はディーノに声をかけた。

 

「すみません。ちょっと休憩みたいです!」

「お、おう?」

 

 雲雀がディーノを咬み殺したいと考えているのですぐに戻ることになると優はわかっていた。そのため修行をつけれないことに焦るディーノへと声をかけたのだった。

 

 

 

 

 

 雲雀に逆らわずついていくと、優は再び応接室にまで戻ってくることになった。

 

「優」

「はい?」

 

 不思議そうな顔をしているだけで、何もわかっていないのだろう。

 

「どこ行ってたの」

「図書室ですよ?」

 

 今まで何度も声をかけずに行ってたよね?と優は首を傾げた。

 

「時間がかかるなら連絡してよね」

「でも1時間ぐらいでしたよね?」

 

 最近かまう時間が減っていることもあり、危うさのある優が何も言わずに1時間も消えれば気になるのは当然だ。

 

 ここで優が逃げてしまえば、何のためにディーノと勝負をしているのかわからなくなる。もちろん咬み殺したい気持ちもあるのは否定しない。だが、もし雲雀が真剣勝負に勝てば、ディーノが何でも1つ言うこと聞くことになっている。雲雀がリングの話を聞くのを嫌がれば、ディーノから真剣勝負を持ちだしたことを考えると律儀な性格だとわかる。無理矢理聞かせようとはしないのだから。

 

 優のためにこの勝負を勝つつもりなのに、優が逃げてしまっては本末転倒である。

 

「……僕だって心配するんだから」

 

 優は何度も瞬きを繰り返す。そんな気はしていたが、声に出して言われたのは初めてなので驚いたのだ。

 

「んー……すみません。約束できないですね。もう1人の私の時は無茶すると思いますし」

 

 雲雀の気持ちを知り、優は真面目に答えた。普段の優ならそこまで無茶はしないが、もう1人の場合は戦いがメインである。ツナ達が危険にあえば、助けに行くだろう。

 

「……怪我しないでね」

 

 違う意味で言ったが、そう宣言されると心配にならないわけがなく、雲雀は声をかけた。

 

「努力はします」

 

 はぁと溜息を吐くしかない。

 

「えーと、無茶しても雲雀先輩のもとには帰ってきますよ?」

 

 フォローしようと慌てて口を開けば、雲雀が少し驚いた顔をした。

 

「どこにも行かない?」

「それは断言しにくいですね……」

 

 雲雀に捕まったと認めた優だが、どこかに行きたい願望はまだある。必ず雲雀のところには行くだろうが、ずっと居るかと聞かれると怪しい。

 

「そうだ! もしどこかに行くなら必ず雲雀先輩に声をかけますよ。帰ってきたらすぐに雲雀先輩へ会いに行きます!」

 

 雲雀が優を探すために息を切らし汗をかいてる姿を思い出した優は、急にいなくならないようにしようと思ったのだ。

 

「……少しは良くなったのかな」

 

 付き合ってるにも関わらず、優はこの瞬間まで黙って去るつもりだった。進歩したと思ったほうがいいのか、全て捕まえるまでどれだけかかるのだろうかと思えばいいのか……。

 

「雲雀先輩?」

「……約束だよ」

「はい! 約束です!」

 

 ふふっと優は笑う。雲雀と約束が出来て嬉しいのだ。

 

「うん。2つちゃんと守ってね」

「へ?」

 

 なぜ2つなのだろうか。

 

「約束を破れば許さないから」

「……もしかして怪我しないのも入ってます?」

「当たり前だよ」

 

 えーー!?と優は叫ぶ。確かに雲雀は何を約束するとは言わなかった。しかしそれはないだろう。騙されたような気がする。

 

「難しいです……」

「約束したのは優だよ」

 

 雲雀だってこれは譲れない。優はすぐに自分を犠牲にするのだ。ストッパーになるものがなければ、優はすぐに無茶をする。

 

 うぅ……と未だに嘆いている優の頬に雲雀は口付ける。そして驚いてる間に唇に。

 

「落ち着いたら戻っておいで。顔真っ赤だから」

「……はぃ」

 

 反論する機会をなくし、満足も出来た雲雀は上機嫌で屋上に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰りゆっくりしていた優は、コンコンと窓を叩く音に視線を向ける。

 

「ヒバード、ご飯食べにきたの?」

 

 いつものように窓を開けペットショップで買ったものを出そうとした時に、パタパタとヒバードは優の頭に乗った。

 

「ヒバリ、ヒバリ」

 

 ピタリと手を止める。優に用事があれば、電話すればいいだけの話である。

 

「雲雀先輩の方がちゃんと考えてるなぁ」

 

 優の家にヒバードが来るのはよくあることで、リボーンですら疑問に思わないだろう。何とかなるだろうと考えていた優より、雲雀の方が優を学校に通わせるために気をつかってることがよくわかる。

 

「ありがとうね。ご飯を食べたらこの窓から出て行ってね」

 

 小窓を開けてヒバードに教え、着替えた優は学校に向かった。

 

 屋上の柵の上に優が立つと、雲雀とディーノは動きを止める。

 

「お前は……」

“どうも。僕を呼んだか?”

 

 ディーノに声をかけられ返事はしたが、優は雲雀の方へ目を向けた。

 

「赤ん坊から連絡。ランボを保護して欲しいって」

 

 今日だったかと優は並盛の町に目を向ける。駆け出す前に雲雀に言わなければならないことがある。

 

“悪いな、助かった”

「いいよ。その代わり約束は守ってもらうから」

 

 ガクリと優は項垂れる。行くなら怪我をするなと言われたからだ。

 

“……わかった。じゃぁな”

 

 優が去っていくのを黙って見送った。ディーノは話をしたいと思っているが、ランボを助けに行くところを止めるわけには行かない。

 

「……恭弥はあいつを気に入ってるんだな」

 

 雲雀が自身と違って随分と協力的であるとディーノは思ったのだ。

 

「あれは僕の獲物だからね」

「……なるほどな」

 

 ディーノもリボーンと同様に咬み殺す対象という意味で捉えた。さらに約束という言葉で、何度も雲雀の相手をしているのだろうと勘違いする。

 

「あいつがマフィアに入りたい理由を知ってるか?」

 

 雲雀は何も答えない。肯定と取るか興味がないと取るかはディーノ次第である。そして。ディーノは肯定と捉えた。

 

「オレのところに入りたいっていうが、どうもリボーンから聞いた性格から自らマフィアの一員になりたいと思うタイプじゃないんだ。だから争いを避けるためっていうのはウソじゃないだろう。だけど、また後日と言われたが、会いにこねーしよ。オレも困ってんだ」

「……君に会いに行けば、マフィアに入ることになるからね」

「入りたくないから粘ってるってことか?」

「それもある。けど、1番の理由はそれじゃない」

 

 雲雀は詳しく知ってると思ったディーノは追求しようとしたが、トンファーが迫り口を閉ざす。これ以上、雲雀が話す気はないと気付いたからだ。

 

 雲雀はトンファーを振るいながらも思う。優は甘え方を知らなさすぎる。

 

 争い事を回避するには入るしかない。優の性格を考えると誰かのために嫌だとしても入るだろう。それでもまだ躊躇しているのは、ディーノに迷惑をかけたくないからだ。

 

 自分がいったいどれほど爆弾なのかを優は理解しすぎているのだ。

 

 優が頼ると決めるほどディーノに親しみを持っている。そのディーノに迷惑をかけたくない。そして、嫌われたくないという気持ちが強い。

 

 あの目を忘れた日はない。髪の色について暴言を吐かれていることを知っていたのに、優が狙われてると知って、本気で怒り怯えさせてしまった。

 

 あれがあったから優の警戒を解くことが出来た。だが、もし優の家の窓が頑丈じゃなければ、雲雀は風の影響で近づくことさえ出来ず終わりをむかえていたかもしれない。

 

 雲雀から話してでもディーノに協力させるつもりでいる。だが、いくら優のためでも雲雀が頭を下げて頼むことは出来ない。それは雲雀のプライドが許さない。優だって喜ばないだろう。

 

 今の実力ではディーノに届かないと薄々気付いている。だが、勝つしかない。勝てば何でも1つ雲雀のいうことを聞くのだから。

 

 今日もまたディーノに向かって雲雀はトンファーを振るうのだった。



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沢田家光

 チッと舌打ちしながら優は走っていた。闇雲に探しても意味はないとビルの屋上から探したのは正解だった。すぐに見つけることが出来たのだから。しかし、優はその時にイーピンが戦って怪我をしたところを見てしまったのだ。了平が間に合って助かるとしか覚えてなかった優は、細かいところまで記憶してなかった自分に腹が立ったのである。

 

 優がついた時にはXANXUSがツナに向かい攻撃を仕掛けようとするところだった。そのため優は跳び上がり、XANXUSに向かって逆刃刀を上から振り下ろした。

 

 スクアーロが立ってる逆側から攻めたのが幸いしたのか、邪魔はない。炎を灯した逆の手でXANXUSは刀を止め、攻撃をしてきた優に憤怒の炎を放った。

 

 XANXUSが刀を握って止めたわけではなかったので、優は刀を軸にし身体をひねって避ける。広範囲の攻撃のため僅かにかすったが、優の服は普通の物ではない。圧縮していない憤怒の炎でかすった程度では傷を負うことはなかった。

 

 ボスに攻撃したことに怒り、向かってきたレビィを謝りながらも踏み台にして優はツナの前に降り立った。

 

“上からせめて正解だったようだな。あれを防ぐのは大変そうだ”

 

 空に向けて憤怒の炎が放たれなければ、ここら一帯を風化させるところだった。珍しく優は自分を褒め、いい判断だったと頷いた。

 

「し、死ぬかと思った……」

“安心しろ。僕が何とかするから”

 

 そうじゃなくて1位の人が死ぬかと思ったとツナが言おうとした時に、再びXANXUSの手に炎が灯る。優にも殺気がビシビシと伝わってくるので、狙いはツナと優の2人だろう。

 

 周りを巻き込まないように優はツナを連れて逃げようとしたが、ツルハシが地面に刺さる。

 

「待てXANXUS。そこまでだ」

 

 現れた家光の姿を見てもうちょっと早く来て欲しかったと思いながらも、ディーノも来るのが遅れたことを考えるとこれは自身の運命なのかもしれないと諦めた。

 

 刀を鞘に戻し家光の話を聞いていれば、同じリングを持つ同士のガチンコ勝負という流れになった。そのため優は転生者らしき人物を見る。顔を歪めたくなるほど嫌な相手だと思った。

 

 チェルベッロが登場したので、優は転生者らしき人物から視線を外す。特に説明を聞いても違和感はそれほどななかった。場所も学校である。あるとすれば、守護者の数が増えているので8対8になることだ。

 

 優が質問する前に家光が口を開く。

 

「待て。8対8の場合では引き分けの可能性があるだろ」

「風のリングは特別なので勝敗には入りません」

 

 全体の勝敗に響かないと知った優はサボろうかと本気で考え始める。

 

「……風のリングを持つのに相応しいものは一人しかいません。後継者だけではなく、その者を賭けた勝負でもあります」

“ってことは、風の守護者の戦いで僕が勝ち、XANXUS側が勝利した場合は?”

「あなたはXANXUS様の守護者になります」

 

 思わずフードの上から額を押さえた。面倒な展開である。

 

 優が参加せず転生者らしき人物がツナ達の守護者になるのは避けなければならない。それに慎重な性格の優は大空戦までにあれを壊しておきたいと思った。大空戦はギリギリの戦いだ。不安要素は先に排除しておくべきだ。

 

 更にチェルベッロの言い回しが気になった。風の守護者を賭けているなら、守護者の戦いで決定してしまう可能性もある。

 

(チェルベッロって未来に居たからなぁ……。私の性格がバレてそう……)

 

 10年後のランボがリング争奪戦の記憶がないと言ったシーンを優は覚えていた。もしリング争奪戦がなくツナが継ぐまで時間がかかっていたなら、優は表に出るのもかなり遅くなっていただろう。出来るだけ逃げていたはずだと優は確信している。

 

 チェルベッロはツナのことを大事にしていると知っているので、争奪戦から逃げないように言った可能性が高い。

 

「うしししっ」

 

 妙に嬉しそうなベルの声に反応し、顔をあげる。

 

「王子の勘は当たるって言ったじゃん」

 

 ベルも雲雀と一緒で変わり者に入るらしいが、認める気はないので優は無視する。

 

「誤魔化したって無駄だぜ。だってオレの」

“だー! それは言うな!”

「うししっ」

 

 親しそうな会話にツナ達は驚く。ガリガリと精神力を削られっぱなしの優は盛大に溜息を吐いた。

 

「う゛お゛ぉい!! てめえの知り合いかぁ!?」

「ししっ。わかんねーんだ。やっぱ王子すげー」

 

 バカにしたようなベルの態度にスクアーロはイラッとしたが、XANXUSに睨まれ口を閉ざす。

 

 チェルベッロが去ったのでXANXUS達も無言で去っていく。その中でベルだけは優に向かって「またね」と言っていたので、仕方なくさっさと行けという風に優は手を振った。

 

 完全に気配がなくなったところで、優は再び溜息を吐いた。本当に面倒なことになってしまった。

 

「ご、獄寺君!?」

「任せてください、10代目! 敵と繋がってる奴です! オレが今すぐぶっ飛ばしますから!」

“……帰っていいか?”

 

 リボーンに優は確認した。ケンカ売られたことには何も思わないが、今後のことを考えると寝てしまいたかったのだ。

 

「いいぞ。今日はサンキューな」

“いや、僕の方が礼を言いたい。彼に連絡してくれて助かった。……また明日”

「あ、あの!!」

 

 山本に抑えられながら未だ怒っている獄寺の声を無視し、帰ろうとしたところでツナが声をかけたので振り向く。

 

「どうしていつも助けてくれるんですか……?」

“……君達に死んでほしくないから”

 

 気恥ずかしくなった優はいい逃げした。

 

 

 

 

 

 走りながら優は溜息を吐いた。家に帰ろうとしたが帰れない。尾行されているからだ。今日は疲れてるのにまた面倒事が起きた。

 

 追跡の仕方はプロである。明日から争奪戦が始まるので、今日撒いたとしてもまたつけられるだろう。追跡者を脅し目的を聞く方法もあるが、優の好みではない。立ち止まっても襲っても来る気配がないのも大きい。

 

 仕方ないと優は本気で走り出した。そして建物の影に入ったところで、風で移動する。空を飛べると知らなければ、ありえない動き。追跡者から逃れることは簡単だった。

 

 逃げた優はというと、風で追跡者を捕捉していた。後は追跡者が案内するのを待つだけだった。

 

(戻ってきちゃったよ……)

 

 先程XANXUSと一戦交えた場所についたのだ。そして追跡者が報告している人物を見て僅かに眉間に皺を寄せる。

 

 軽く溜息を吐き、優は顔をだした。

 

“守護者になる代わりに正体を探るなというのがあったはずだぞ”

「待っていたよ」

 

 どうやら誘き出されたようだ。追跡者が驚いているところを見ると知らされていなかったらしい。

 

“バジルの件といい、部下を大事にしろ”

「あれは苦渋の決断だった。でも君の場合は違う。君は部下に手を上げるとは思えなかった」

 

 ガシガシとフードの上から優は頭をかいた。リボーンから聞いたのだろう。家光に性格が読まれすぎている。

 

“それで用件はなんだ?”

「正体を教えてもらおう」

 

 臨戦態勢になった家光を見て、優は溜息を吐いた。力づくでも暴こうとしているのだろう。探るのではなく正面突破から来られれば、優の言った条件に当てはまらない。

 

“……なぜそこまでして? 僕の機嫌を損ねれば、もう彼らを助けない可能性があるだろ。門外顧問としてその判断は正しいとは思えない”

 

 リボーンが力づくで暴こうとしないのは、ツナ達の安全を考えているからだ。現に優がいなければ、ズレが起こっているので死んでいただろう。

 

「オレはボンゴレの門外顧問の前に、ツナの父親だ」

“……まいった、な”

 

 戦えばどうなるかわからなかったが、優は逃げきれる自信があった。足だけじゃなく、口でも。

 

“それを言われれば、教えるしかないじゃないか……”

 

 家族というものを知らないからこそ、家族愛に優は弱かった。フゥ太のランキングで1位になるほど、出来るかは別として優は幸せな家庭を築きたいという願望が強い。家光に敗北を認めるしかなかった。

 

 優が教える気になったと知った家光は、部下達に離れるように指示を出す。正体を知られたくないと思ってる人物を無理に聞き出しているのだ。ツナ達を何度も助けている人物に配慮をするのは当然である。

 

“こっちに移動してもいいか?”

「ああ」

 

 家光の許可を貰ったので優は林の中へと歩いていく。移動したのは死角になる場所を増やすことと、風で誰も人がいないか気配を探る時間稼ぎである。

 

 いい場所が見つかった優は立ち止まり、家光に向き直りフードをとった。

 

「君は……」

「はじめまして。ツナ君のお父さん」

「風早優さん、だね?」

 

 コクリと頷き、フードをかぶりなおす。

 

「やっぱりリボーン君から私のことを聞いていたんですね」

 

 ツナ達を助けるのは目の前にいる人物なら当然だ。誰も気付かないのは雲の守護者である雲雀の協力が大きい。もちろん普段から強さを隠していることが前提にあるが。

 

「君はツナの大事な友達だと聞いているよ」

 

 優は悲しそうに笑った。顔を見えないが雰囲気から家光は察した。だからこそ下手に声をかけれなかった。家光が言っても意味がない。ツナが解決しなければならない問題だからだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 家光は優に駆け寄り、肩を抑えながら言った。

 

「誰にも話さないから安心しなさい」

 

 ギリギリのところを歩いてる少女を家光はこれ以上追い詰める気はない。

 

「風の守護者としてこれからもツナ達を頼みたい」

 

 追い詰めることになるので友達としてとは言えなかった。だからこの言葉をかけた。ツナから離れることは防げる。

 

「争い事苦手だけど、頑張ります……」

「今のままで十分だよ。ありがとう」

 

 ペコッと頭を下げ、優は去っていった。家光は目を閉じ、息子であるツナのことを思い浮かべた。

 

「早く気付かないと後悔するぞ、ツナ」

 

 呟きながらも、今の段階でも後悔するだろうなと思った家光だった。

 



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内側と警戒

 朝から屋上にやってきた優は盛大に溜息をついた。今日も雲雀とディーノは夜通しで戦っていたらしい。

 

「朝ごはん、持ってきましたよー」

「ん? もうそんな時間か?」

「逃げないでよ」

 

 ディーノに釘を刺してから雲雀は優の近くに座る。救急箱を出した優が雲雀の治療に取り掛かるのはいつもの光景である。だが、今日は治療を遮るように優の手を雲雀はとった。

 

「どうしたんですか?」

「何があったの」

 

 意味がわからなかった優は首をひねるしかない。

 

「目が腫れてる」

 

 優は思わず目を逸らした。冷やしたりしたが、バレてしまったようだ。

 

「あれのせいなんだね」

 

 違うと優は必死に首を振って、チラっとディーノを見てから言った。

 

「時間がもうないと思って……」

 

 家光との話はきっかけにすぎない。差し迫ってる問題をはっきりと認識しただけだ。

 

「……僕から話すよ」

「いいえ、これは私の問題です。でも……」

「なに」

「雲雀先輩が居る時にしてもいいですか……?」

「大丈夫だよ」

 

 優は安心したように笑った。

 

 怪我の治療を終えたディーノは、優と雲雀が手を握りながら見つめ合ってるので、環境をかえて勝負しようとなかなか言い出せなかった。

 

 

 

 

 昼ご飯のために一旦家に帰った優は、ふぅと気合を入れなおした。ご飯を届けに行くのはもう1人の優の格好で行こうと思ったからだ。

 

「何作ろう……」

『サンドイッチとかでいいだろ』

 

 何も思いつかなかった優は神の提案に乗った。気を抜けばガタガタと手が震えるので、作り終わった時にはドッと疲れ、簡単な料理にして良かったと息を吐いた。

 

「……神様、行ってきます」

『ああ。行ってこい』

 

 欲しかった言葉をくれた神に感謝しながら、電話で雲雀に場所を聞き優は向かった。

 

 

 立派な竹林だと思いながら、少し離れた場所の竹の根元に弁当を置き、他に人の気配がないかと確認してから優は姿を出した。

 

「……やっときたか。恭弥、悪いが中断するぜ」

 

 大人しくトンファーをおろした雲雀を見て、やっぱり細かいところまで知っていたのかとディーノは思った。

 

「お前の正体とオレのところに入りたい理由を教えもらうのが条件だ」

 

 いくら日ごろから弟分の力になりたいと思ってるディーノでも、これだけは譲れない。ファミリーに入れるのだから当然だ。

 

 何度も優は深呼吸を繰り返す。覚悟していたが、怖いものは怖い。だから話をしようとディーノが近づいてきたのを見て、一歩下がってしまう。

 

「あのなぁ、話してくれねーと力になりたくてもなれないだろ? 頭がいいお前は、オレがお前を背負うリスクの高さだってわかってるだろ?」

 

 一向に話そうとしないので、ディーノは話しさえしてくれれば背負う覚悟はしているという意味で言った。だが、優はそういう風に受け取れない。ディーノが好きだからこそ、言えなくなる。

 

「ちょ、待て! 恭弥!」

 

 避けなければ必ずあたっていた攻撃にディーノは焦った。大人しくしていたはずの雲雀が突如トンファーを振るったのだ。完全に不意打ちである。

 

「今、大事な話をしてるんだ!」

「黙りなよ。舌かむよ」

 

 ディーノが悪いわけではないと雲雀もわかっている。わかっているが、これ以上ディーノに話させてはいけない。優を焦らせてはいけないことは雲雀が1番知っている。ゆっくりと時間をかけなければならない問題なのだ。

 

“……もう、いい。ありがとう”

 

 雲雀はピタリと手を止め、優を見た。そして瞬時に悟る。雲雀が時間稼ぎをしたことについて言ったわけではない。ディーノに頼るのを諦めたという意味だ。最悪、学校に通うことも諦めているかもしれない。

 

 トンファーをおろし、雲雀は優に近づいた。ディーノと違い、内側にいる雲雀を優は避けない。

 

“すまない……”

 

 いったい何の謝罪か雲雀は知りたくもない。

 

「手、貸しなよ」

 

 疑問に思いながらも、優は雲雀に手を差し出した。すると、グイッと引っ張られバランスを崩しかける。急に何!?と雲雀に聞こうと顔をあげたところで口がふさがれた。

 

「んー!!」

 

 正体を隠している時だったので、優は逃げようとするがガッチリと後頭部を押さえ込まれている。軽くパニックになり待ってと声をかけようとするが、僅かに口が開くだけで出来るわけもない。そしてそのスキを雲雀が逃すわけがない。

 

 初めての行為に完全にパニックになった優はすがりつくように雲雀の服を掴むしかなかった。

 

 離れる際のリップ音が決め手になったのか、優は腰が抜けて立てなくなり膝から崩れ落ちた。ダランとした優の手を握りながら、雲雀はディーノを睨む。

 

 あまりの出来事に唖然としていたディーノとロマーリオだったが、ここまでヒントを出されて正体がわからないはずがない。そういうことかと息を吐き、ディーノは優に近づいた。

 

 ハッと気配に気付き逃げようとした優だが、雲雀に手を握られ腰が抜けて上手く立てない。

 

「オレが優の頼みを聞かないわけがないだろ? まして避けるわけがねーんだ」

 

 フードの上からいつものように頭を撫でられ、優はどうすればいいのかわからなくなり、助けを求めるように雲雀を見た。

 

「お腹すいた」

「あ、あっちに置いてます! 取りに行ってきます!」

 

 先程まで腰が抜けていたのがウソのように、優は勢いよく立ち上がり逃げるように弁当を取りに行ったのだった。

 

 優がいなくなったので、雲雀はもう1度ディーノを睨んだ。

 

「すまん。オレの行動は優を追い詰めてたんだな。それと……助かったぜ」

 

 何度も会っているディーノが優の性格に気付かないわけがなかった。雲雀の手助けがなければ、内側に入るチャンスを逃していただろう。

 

「……次はないよ」

「ああ。わかってる」

 

 まだ全てを解決したわけではない。優がマフィアに入らなければならない理由を聞いていないのだから。

 

「もう時間がないって優が言ってたから」

「……そうか。恭弥は優がリングを持ってるのを知ってるのか?」

「知ってる」

 

 ディーノはリング争奪戦の影響だと気付いたので、雲雀に確認した。知っているのになぜリングについて話を聞こうとしないのかと思ったが、ゴミ箱に捨てた時点では勝負が始まると知らなかったはずだ。昨日決まった内容を教えなければならない。

 

「恭弥……」

 

 はたと気づく、優の人生がかかってると言えば、雲雀は話を聞き進んで協力するだろう。しかしそれを優は望んではいない。優が自分から話すか雲雀が折れるまで、ディーノから言っていい内容ではない。

 

 だからディーノは咄嗟に言葉をかえた。

 

「……苦労してそうだな」

 

 優は素直に頼らないし無茶をする。さらに逃げやすいときた。ディーノは初めて雲雀に同情したのである。

 

「うるさいよ」

 

 図星だったのだろう。雲雀は優が戻って来るまでトンファーを振るったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局戻ってからも詳しい話をしなかった優は家に帰り、10時半ごろには並盛にきていた。

 

(んー、早くきすぎたかな)

 

 そう思っていると神に貰ったアイテムが発動したので優は溜息を吐いた。仕方なくスイッチをいれる。ボンっと壊れるような音が複数聞こえた。

 

 テンションをあげるためにツナの姿を探したがまだいない。優は正門に寄りかかり待つことにした。

 

「ひーめ♪」

 

 相変わらず自由気ままである。

 

「その呼び方は前にもやめてほしいと言ったはずですが……」

「やだね」

 

 はぁと優は溜息を吐く。性別がバレるようなことは言わないでほしい。

 

「う゛お゛ぉい!! ベル、何してんだぁ!」

 

 常識のあるスクアーロは大変そうだと他人事のように優は思った。

 

「ほんとにわかんねーの? どう見たってオレの姫じゃん」

「な゛!? お前この前の奴か!?」

「あ、ナメた武器つかっててすみません」

 

 ペコリと頭を下げる姿は、ベルに無理矢理連れてこられた癖に別れの際にルッスーリアへと頭を下げた姿と一緒である。

 

「てめぇは風と言ったかぁ!?」

「あ、はい」

 

 スクアーロは一戦交えたからこそ強いということは知っている。だが、戦闘スタイルから考えれば、目の前にいる人物が風のリングに相応しいと思えなかった。それこそ見習いの方が弱いが、相応しいと思えた。

 

 しかし、戦闘においてヴァリアーの中で最も才能があると言われるベルが見習いを毛嫌いしていて、目の前にいる人物を気に入ってる。更にボスであるXANXUSは風の守護者としてレヴィが探してきた人物をヴァリアーの一員とせず見習いにした。

 

 そのため、フードをかぶり顔は見えていないが、不思議そうにスクアーロを見ていそうな甘い女がないとは言い切れなかった。

 

「姫、一緒に見ようぜ」

「え? 私は敵ですよ?」

「姫は勝敗関係ねーじゃん」

「……あの、この人を止めたほうがいいですよ」

 

 少し考え、スクアーロは口を開いた。

 

「クソボスの許可を取ったらいいぞぉ!」

「今日、きてないじゃん」

 

 残念そうに言ったベルを見て、XANXUSが居れば本気で取りに行ったと優は思った。若干呆れながらも、ベルに大事なことを伝えなければならないことがある。

 

「えーと、ベルさん?でいいのかな」

「なに、姫?」

「正体隠して行動してるので人前で姫って呼ぶのは止めてくださいね?」

「姫の頼みならいいよ」

「本当ですか!?」

 

 笑ってるベルに約束ですよ!と必死に声をかけ続ける優の姿を見て、スクアーロは平和ボケした奴が風の守護者だった時のことを考えて頭が痛くなった。

 

 その優がピタリと口を閉ざし、雰囲気が変わる。奇妙なもの見るように眉を上げたスクアーロだが、数秒後にその理由に気付く。チェルベッロが声が聞こえる範囲まで近づいたからだ。

 

「チッ」

 

 スクアーロは思わず舌打ちをした。人の気配を読むのはスクアーロよりも上である。見送りの際に、監視していたことも気付いていたのだろう。

 

“あれには気をつけた方がいいぞ”

 

 優の言葉にスクアーロは反応した。

 

“そこら中に盗聴器が仕掛けられている”

「盗聴器だぁ!?」

“特殊な機械を持ってるから、僕が近づくだけで壊れるけどな”

「へー。すげーじゃん」

 

 ハイスペックな物を持ってると言ったにもかかわらず、ベルは感心しただけだった。若干呆れつつ、優は話を続ける。

 

“わざわざ盗聴器を仕掛ける理由は何だと思う? 最有力は僕の正体かと思った。そもそも風のリングに相応しいものは1人しか居ないと断言したのが気になった。ディーノは風のリングの情報は少なすぎてよくわからねぇと言っていたんだぞ”

 

 優の言葉にスクアーロは真剣に考え始める。ちなみにベルは真面目に聞いていない。

 

“ベルが僕の正体に気付いたんだ。君達の可能性はないだろう。沢田綱吉側もない。僕が守護者になる条件に正体を探るなというのが入っているし、守護者のうち1人は僕の正体を知っている。さらに門外顧問も僕の正体を知っているからなぁ”

「チッ」

 

 スクアーロも優が言いたいことがわかったのだろう。自ずと仕掛ける人物が絞られた。

 

“君の反応を見る限り、こそこそと動いてるってことか……”

 

 面倒くさそうに優はフードの上から頭をかいた。そもそも原作を少し知ってる優もチェルベッロのことはよくわかっていない。ツナと敵対する人物についているが、決着をつけるときにはいなくなっている。

 

 ここに居るチェルベッロは未来から来た可能性が高いだろう。10年後にも現れるが、そのチェルベッロが10年後よりも未来からきた可能性がないとは言い切れない。

 

“あれは何か知っている。そして別の目的で動いてる可能性がある”

 

 だからこそ、変だと優は思った。未来のことを知っているチェルベッロが優の正体を知らないわけがない。未来でも正体を隠し続けていると考えた方がいいのかもしれない。だが、白蘭の能力のこともある。

 

 結局、悩んでもわからないものはわからない。それなら警戒することに越したことはないと考えるべきだ。

 

「てめぇこそ何が目的だ。わざと聞かせたんだろぉ!?」

“そっちの思惑に勘付いている。迂闊に動くなと釘を刺すだけで効果はあるからな。この勝負に水を差されるのは嫌じゃないのか?”

 

 スクアーロは優の言葉に反論できるわけがなかった。

 

「殺れば解決じゃね?」

“審判を殺してどうするんだ……”

 

 呆れたように優はベルにツッコミした。戦闘スタイルから言って頭は悪くないはずだが、偏っているのかもしれないと優は思った。

 

“そっちのボスに報告するかは君達の判断に任せる。勝負が始まった以上、どうすることも出来ない気もするが……”

 

 スクアーロがイライラしているので、止めることは不可能とわかっているのだろう。XANXUSの性格からして、争奪戦という時間のかかる勝負を容認していることにそもそも違和感がある。それをスクアーロが気付かないわけがない。止めたくても出来ないという結論にたどり着く。

 

 人の気配がしチラッと視線を向ければ、獄寺と山本、了平の姿が見えた。獄寺を必死に押さえてる山本に優は謝りたい気持ちでいっぱいになる。

 

“一応、僕はこっちだから”

「またね」

 

 ベル達と別れた後に獄寺を見て、同じ嵐の守護者でここまで違いがあるのか……と再び溜息を吐いた優だった。




チェルベッロは謎過ぎです。
よくわからないので、優は警戒しっぱなしにしました。


明日更新できなかったらごめんなさい。


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晴戦

 獄寺が怒っているので、優は場所を移動し過ごしていた。しかしツナがきたので再び姿を現す。

 

「1位の人!」

 

 再び優はずっこけそうになる。並中で1位と言っていないので問題はないといえばないが、微妙なものは微妙である。

 

 獄寺がダイナマイトを持ってるので、軽く溜息を吐いてから話しかける。

 

“リボーン、ちょっといいか?”

「わかったぞ」

「1位の人、どうしたの?」

 

 リボーンを呼んだはずなのに、ツナも気になったらしい。正体を隠した人物でも気にしない態度には癒されるが、肝心なことを忘れている。優はガシガシとフードの上から頭をかいて言った。

 

“別に聞いてもいいが、君は僕と話すのは怖くないのか?”

 

 顔色が悪くなったツナを見て、優は溜息を吐いた。予想通り忘れていたようだ。リボーンは覚えていて何度も話しているとわかっていたから、進んでツナに話しかけずリボーンに確認するようにしていたのに……。

 

「それで何のようだ?」

“……あーそうだ。君ならわかっていると思うが、チェルベッロには気をつけろよ。何か別の目的で動いてる可能性が高そうだ。ヴァリアーにカマをかけたが、盗聴器を仕掛けられていることに気付いてなかった。この近くにあるのは壊したが、他にもあると思ったほうがいい”

「わかったぞ。おめーはなんであいつらと知り合いなんだ? 暗殺部隊とお前は程遠いぞ」

“凄腕とは気付いていたが、暗殺部隊とは知らなかったんだ”

「なるほどな」

 

 正確には原作で知っていたが、言えるわけもない。しかし今の解答は優の本心でもある。泊まった時に彼らは一度も武器類を優に見せなかった。暗殺部隊と判断する要素が1つもなかったのだ。ルッスーリアが料理していたのも優が緊張しないように気遣っていたからだろう。……ただの趣味の可能性もあるが。

 

 チェルベッロが現れ、晴の特設リングへ移動しながらも優とリボーンは話していた。

 

「おめーは何が目的だと思ったんだ」

“今のところ盗聴器を仕掛けた最有力は僕の正体”

「他にねーか……」

 

 それ以外に審判をしているのにわざわざ盗み聞きする必要がないだろう。チェロベッロではなく他の人物が仕掛けている可能性もあるが、ここに優が来ると知っているのは限られた人物だけだ。

 

「心当たりはあんのか?」

“あの言い回しかないな”

 

 リボーンは考え込むような仕草をした。これは優の何を示しているのかわからなかったからではない。示しているのはわかるが、優の言い回しに引っかかりを覚えたのだろう。

 

「……おめーは相応しいという言葉に心当たりがあるんだな」

 

 正解にたどり着いたリボーンに優は笑った。

 

“封印が解けた心当たりがあるからなぁ”

 

 その言葉に反応したのか、リボーンは優の顔を見た。が、優はその場から逃げるように飛びのいた。

 

「極限に逃げるとはなぜだ!」

 

 リボーンから逃げたわけではなく、円陣から逃げたのである。団結という意味での必要性はわかっているが、嫌なものは嫌なのだ。

 

 優を捕まえれないと判断したのか、了平は怒りながらもツナ達と円陣をした。終わった後にずるいというような目でツナに見られたが気づかなかったことにした。

 

 特設リングに了平が入り、ハーフボンゴレリングの確認も終わり、ついに試合が始まった。

 

 パッと照明がつき周りが見えなくなる。

 

(あー忘れてた……)

 

 忘れてしまったものは仕方がないと優は息を吐く。

 

「オレのサングラスを貸してやる」

 

 フードをかぶってるが、咄嗟に手で遮ったので声をかけたのだろう。

 

“彼らを優先してやってくれ。僕は目が見えなくても困ることがないんだ”

 

 強がりではなく風で調べればいいだけなので、本当に問題ないのだ。もっとも操れる風が制限されたので、見えることに越したことはないが。

 

 リボーンも本当の戦闘スタイルに関係していると判断したようで、優には渡さずツナ達に貸しにいった。

 

 試合を風で観察する。やはりサングラスをしているかしていないかでは不公平である。ルッスーリアは嫌いではないが、了平のために口を開いた。

 

“怖がるな。ここは君がよく知っているリングだぞ”

 

 声が聞こえたのか、闇雲に殴っていた了平は動きを止めて構えた。

 

“難しいことは考えなくていい、ただ感じろ”

 

 了平は頭でつかって戦うタイプではない。このタイプは考え始めたらどつぼにはまる。優の言葉が聞いたのか、了平はルッスーリアを捉えた。

 

「すごい! あたった!」

 

 ツナの感動する声が聞こえたが、優はダメだと思った。ルッスーリアは左足に埋め込まれている鋼鉄にあたったのだから。避けれないと判断し、そこで受けることにしたのだろう。

 

「い、1位の人!」

“ここから僕に出来ることはした。後は彼があれを破れるかだ”

「……っ! お兄さん!!!」

 

 そういったものの、優は少しでも暑さから逃れるように風を流した。チェルベッロから視線を感じていたが、優は知らぬ顔をした。それにどちらかを贔屓しているわけではない。そもそも自然に発生した風か優が操った風かどうか証明することはできないだろう。

 

 捉えてはいるが、鋼鉄を破ることが出来ず了平はついに倒れた。

 

「立て、コラ!」

 

 コロネロの言葉で了平は起き上がった。優はというと風で戦況がわかるので、コロネロをジッと見ていた。優の視線に気付いたのか、コロネロは一瞬だけ優を見たが特設リングに戻す。一方、ジッと見ていた優は何を考えていたかというと……。

 

(か、かわいい……!)

 

 同じアルコバレーノとしてとかではなく、ただ煩悩に突き動かされてコロネロを見ていたのだった。

 

 ちなみにマーモンをガン見しないのは、距離が遠いからだ。つまりマーモンを見るなら、近くにいるリボーンの方をガン見する方を優は選ぶというくだらない理由だった。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 ハッと京子の声で我に返った優はコロネロから視線を外しリングに目を向ける。照明が割れていなかったので慌てて目を閉じる。まだだったかと思いながら、チラっと視線を向けるとコロネロが京子にサングラスを渡していた。どうやら京子は声で反応し、了平と気付いたらしい。

 

 そして京子に負けないと宣言した了平は技を放った。すると、ルッスーリアの左足にある鋼鉄が砕ける。

 

(……照明割れてないのに、勝っちゃった)

 

 若干気まずくなった優は目を逸らす。そこまでのポテンシャルを了平が持っていて良かったが、優のアドバイスのせいで了平が負けていたかもしれない。

 

(それでも目の当たりすれば言っちゃうと思うけどね)

 

 家光から頼まれたこともあり、優は出来る範囲のことはするつもりだ。

 

 ドンっと音と共に、ルッスーリアが倒れる。見ていて気分のいいものではない。

 

「たった今ルッスーリアは戦闘不能とみなされました。よって晴れのリング争奪戦は笹川良平の勝利です」

“チェルベッロ! 勝敗が決まったなら僕の好きにするぞ!”

 

 飛び上がった優は、風を刀に纏って柵を斬る。鉄を斬ったことに驚く声があがったが、優は無視をし特設リングの中央に飛び降りた。

 

「む?」

“あー、そうか”

 

 了平は見えていないのだ。チェルベッロは声をかけて近づいていたのだから大丈夫だったのだろう。すると、照明が消えた。チェルベッロが消したらしい。

 

「おお! やっと目を開けれるぞ!」

“悪いが、重傷者を先に診るぞ”

「お、おう?」

 

 了平がよくわかってないと気付いていたが、優はルッスーリアの怪我を診ることを優先した。

 

“動くなよ。リングだけではなく僕を賭けた勝負でもあるんだ”

「生意気な!」

「そうだ! 俺が風の守護者なんだ!」

“見習いなのに、随分偉そうだ”

 

 優の言葉を聞いたベルは笑っていった。

 

「オレの勘が言ってるぜ。こいつじゃねぇよ。ぜってぇあっちって」

「どちらにしても、今彼に手を出すとルール上面倒なことになるかもしれないね」

 

 スクアーロだけは何も言わなかった。徐々にだが、己の中で優が正解かもしれないと傾き始めているのだ。だからといって、ベルのように言い切ることは出来ない。沈黙を貫くしかなかった。

 

 ヴァリアー内でもめている間に、優はルッスーリアの応急処置を終えた。スッと立ち上がり優は了平に向き合う。

 

“悪い、待たせた。君は怪我よりも熱中症の心配をしたほうがいい。勝手に触るぞ”

「ん? おお! 体が楽になったぞ!?」

“僕の体力をあげたんだ。怪我が治るわけじゃないから気をつけろよ”

「極限、助かったぞ!」

 

 気にするなという意味で手をあげ、優は跳び上がり特設リングから出た。チェルベッロに話を進めていいという意味で。

 

 察したのか何事もなかったようにチェルベッロは話を進めた。そして次のカードは原作通り雷だった。

 

(ランボ君か……)

 

 はっきりと内容を思い出し、優は顔をゆがめた。試合に出したくない。

 

 

 

 試合が終わり獄寺達は帰ったが、優はまだ帰れなかった。

 

 はぁと溜息を吐いていると、リボーンがレヴィのことを話しているのを聞いてしまった。出さないという選択肢はあまり意味がないようだ。

 

「うししっ」

 

 去ったと見せかけてベルだけ残っていたことに優は気付いていた。真っ直ぐ優に近づいてくるのでやっぱりか……と思ってるとツナがひぃと悲鳴をあげる。この場にはもう優とツナとリボーン、そして眠っているランボしかいない。門外顧問がいなくなったから出てきたのだろう。

 

“……なんだ?”

「ボスに紹介しよーと思って」

 

 優はフードの上から頭を押さえた。悪気がないのが、また厄介である。

 

“僕はいやだぞ。殺されたくない”

「ぜってぇ問題ねぇって」

“根拠は?”

「王子の勘」

 

 優は脱力した。それだけで自信満々になるベルの気持ちを理解できそうにない。

 

“……今日は眠いからまた今度な”

「そういって逃げる気じゃん」

 

 鋭い。

 

 チラっと視線を向ける。このままではツナが帰れないだろう。

 

“はぁ、わかった。行けばいいんだろ?”

「うしししっ」

 

 肩を落としながらベルについていこうとした時、ツナが叫んだ。

 

「い、1位の人!!」

“何とかするから心配するな”

「本当に大丈夫なのか?」

 

 リボーンにも声をかけられたので、優は少し考えてから口を開いた。

 

“心当たりがあるって言ったろ? 詳しいルールが発表されていない今、僕に危害を加えることは出来ない”

「……わかったぞ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、優はベルの後についていったのだった。

 



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心当たり 1

 ふわぁぁとあくびをすると、ベルがペースを落とした。

 

「大丈夫です。もっとあげてもいいですよ」

「りょーかい」

 

 その方が早く終われるしという言葉を飲み込み、優は眠いのを我慢し走った。

 

 高級ホテルに窓から入るという貴重な体験をしながら、部屋に侵入する。すると、スクアーロと目が合った。

 

「てめぇなにしてる!?」

“彼がしつこくて……”

 

 チッと舌打ちする。押しに弱いのは気付いていた。そのためスクアーロは面倒なことをしたベルを睨んだ。

 

「問題ねーって」

 

 気にした風もなく、ベルは部屋に進んでいく。優はというと、スクアーロが止めてくれないかなと期待していた。残念ながらバレたらしく、ベルに腕を引っ張られることになった。引きずられたくないため歩くしかない。

 

 ベルがとある部屋の扉を開けるとXANXUSがソファーで座っていた。

 

「ボス、みやげっ♪」

“僕は物じゃないんだが……”

 

 思わずツッコミした。XANXUSから殺気を送られているのは予想通りなのでスルーである。

 

「ベル」

「こっちが正解だからボスに紹介しよーと思って。オレの姫なんだぜ」

 

 後者はおいといて、ボスにはちゃんと説明するんだと妙なところで優は感心した。

 

“正解っていっても君の勘だけだろ……”

「姫だって心当たりあるって言ってたじゃん」

 

 XANXUSに睨まれ、仕方なく口を開く。

 

“封印が解けたのは去年の4月4日じゃないのか?”

「詳しく話せ」

 

 どうやら正解らしい。

 

“僕はその日の16時頃に心当たりがあるだけだ。……これ以上は話す気はない”

 

 譲る気はなかったので優はXANXUSに睨み返した。もっともフードをかぶっているので効果があるのかは怪しいが。

 

「…………名はなんだ」

“あーこっちの顔の名を決めてない”

「オレの姫」

 

 それは違う。

 

“XANXUSが決めるか?”

 

 何をしても睨んでくるので、優は溜息を吐く。

 

“深い意味はないぞ。君が初めて僕の名を聞いたから言っただけだ”

 

 軽い口調で言った。本当に気が乗っただけである。

 

「……ヴェント」

“イタリア語で風か。風である僕にピッタリだな”

「ししっ。良かったじゃん」

“ああ。大事にする。ありがとう”

 

 XANXUSは優の言葉を無視したが、睨むことはなかった。

 

「姫、せっかくだしオレのメシ作ってよ」

“……今からか?”

「明日の朝」

 

 今からでも問題だと思うのに、明日の朝ご飯を用意しろとベルは言う。優は溜息を吐くしかない。

 

“明日の朝、君の分を持ってくる。それでいいだろ?”

「泊まればいいじゃん」

“……そこまで僕は図太くないぞ”

「でも姫、あくびしてたしー」

 

 ベルなりの気遣いなのだろう。……方向がズレているが。

 

「それにボスも姫ならいいって言ってるぜ」

 

 どこで言ったんだ……と優は呆れたが、風を意味する名を選んだ時点でXANXUSは風の守護者は優だと思っている。だからベルの提案にXANXUSは何も言わないのだ。

 

「部屋に案内するぜ」

 

 グイグイとベルに引っ張られ、優は思わずXANXUSに助けを求める。

 

“君の部下だろ。何とかしろ”

「知るか」

 

 ノオオオ!と心の中で叫びながら、ベルに引きづられていった。

 

 部屋に案内され、結局眠かった優はやけくそ気味に寝た。

 

 

 

 

 優を部屋に案内し終わったベルは何もなかったように自分の部屋に戻ろうとしたが、スクアーロに集合をかけられ仕方なく集まる。

 

「なに? オレ、眠いんだけど」

 

 集まったのはベルが原因である。本人だけが気付かない。

 

「敵が泊まってるとはどういうことだ!!」

「オレが連れてきたから」

 

 なぜ怒っているのか理解できないが、ベルは早く眠りたいこともあり答える。

 

「貴様!!」

「ベル先輩、どういうことですか!!」

「うっせ。死ね」

 

 ベルは容赦なく見習いにナイフを投げた。驚きながらも何とか避けきったので、再びナイフをかまえる。

 

「う゛お゛ぉい!! てめぇら、うるせぇぞ! 叩ききるぞぉ!!」

「ボスが近くにいるの忘れていないかい?」

 

 マーモンの言葉に各々武器から手を離す。

 

「でも今回はレヴィが怒るのも当然だね。風の守護者かどうかは別として、相当な腕の持ち主を連れてきたんだ。やられるつもりはないけど、ベルは僕達を危険な目に合わせてるからね」

「問題ねーよ。前の時も何もなかったしー」

 

 ベルの言葉に騒がしかった面々が静まる。

 

「……あいつが泊まるのは今回で2度目だ」

 

 ベルが説明しないと思ったので、スクアーロが口を開いた。

 

「どういうことだい?」

「うししっ。オレがアジトに連れて行った」

「アジトの場所を教えるとは!!」

「う゛お゛ぉい!! いちいち怒鳴るなぁ゛!!」

「スクアーロが1番うるさいけどね」

 

 チッと舌打ちし、スクアーロはソファーに腰をかけて言った。 

 

「あいつは無駄な争いはしねぇタイプだぁ。アジトに来た時は素人にしか見えなかったぁ゛」

「それは貴様の目が節穴じゃないのか!!」

「あ゛あ゛!?」

「オレも見えなかったんだよねー」

「ベルはなんでアジトに連れて行ったのさ」

「気に入ったから」

「そんな理由でアジトの場所を!!」

 

 再び一触即発な空気になる。冷静に話を進めているのはマーモンぐらいだろう。

 

「ベル先輩! どうしてあいつが良くて俺はダメなんですか!?」

「うっせ。しゃべんな。死ね」

 

 ナイフはなかったものの、見習いはベルの殺気に顔色を悪くする。

 

「それにあいつはバカじゃねぇ」

「ベルだけじゃなく、スクも気に入ってるんだね」

「……事実を言っただけだ」

 

 やれやれとマーモンは息を吐いた。たとえそうだとしても、スクアーロが優の方に傾いてるのも事実である。

 

「心配する必要ねーって。明日の飯作ってもらうだけだしー」

「敵が作ったのを食べる気なのか!?」

「だって美味いんだもん」

 

 マーモンは説明を求めるようにスクアーロを見た。

 

「……オレとルッスーリアも食った」

 

 今度こそマーモンは大きな溜息を吐いた。ベルだけならまだしも、全員が食べたのだ。ここまで来ると3人に原因があるとは思えない。その人物が原因だろう。

 

「ボスはなんて言ってたんだい?」

「ん。オレが泊めるっていっても、何も言わなかったぜ」

 

 ベルの言葉に静まり返る。

 

「だから言ったじゃん。問題ねーって。じゃ、オレは寝るぜ」

「貴様! まだ話は終わってない!」

「クソボスの決定だ! この話は止めだ! さっさと寝ろぉ!」

 

 レヴィは言葉を詰まらせる。XANXUSの意見に反対することは出来ない。部屋に戻るしかなかった。

 

「時間の無駄だったね」

 

 マーモンの呟きにスクアーロは同意した。ベルが先にそれを言えば、話し込む必要がなかったのだから。

 

「……見習い、てめぇもだぁ!」

「わかりました」

 

 スクアーロは舌打ちする。返事をし部屋に向かったが、納得していないのがバレバレだ。レヴィも納得していないが、XANXUSの決定に覆すことはないという信頼がある。そしてそれが見習いにはない。

 

「う゛お゛ぉい。マーモンは寝ないのかぁ゛」

「油断すれば警戒を解くことになりそうだからね。それに彼に興味が出たよ」

 

 最初の言葉に軽く舌打ちをし、スクアーロは本を広げる。それを見て呆れたようにマーモンは言った。

 

「どこまで気に入ってるのさ」

「ルール上仕方ねぇだろうがぁ! 見習いの暴走を防ぐためだぁ!」

「重症だね」

 

 いったいどこが重症か説明しろと睨んだ。

 

「スクアーロは見習いだけ信用してないってことさ」

 

 もう1人の優を知っていて、斬れない刀を使うほど甘い考えだからではあるが、それは言い訳にしかならない。再びスクアーロは舌打ちをして、本を広げたのだった。

 




明日は映画館でライブを見るので更新出来るか怪しいです。


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心当たり 2

 ケイタイの目覚まし音が聞こえ、優はモゾモゾと動き出す。朝早く眠いが、居る場所が場所なので起き上がる。

 

 ふわぁとあくびをした後、部屋を出てベルに説明された場所に向かう。調理場にはリビングルームを通らなければならないので誰もいないことを願いなら開いた。

 

「起きたのかぁ」

 

 風で気配を探れば、スクアーロしかいないようだ。

 

「はい。おはようございます」

 

 フードはかぶっているが、正体がばれているスクアーロの前で取り繕う気はない。

 

「スクアーロさんは私を見張ってたんですか?」

「たまたま起きてただけだぁ゛。てめぇが何かしようとしても起きるに決まってるだろうが!」

 

 それもそうですね、と優は頷く。

 

「あまり無理してはいけませんよ? 身体に悪いですからね」

「……うるせぇぞぉ!」

「余計なことでしたね。すみません」

 

 チッと舌打ちする。素直に謝られれば、これ以上は文句を言いにくい。彼の周りにはひねくれ者が多いので、尚更だ。

 

「キッチン、お借りしますね。ベルさんの分を作れば私は帰りますから」

「う゛お゛ぉい!!」

「なんですか?」

「オレの分も作れぇ゛」

 

 スクアーロの言葉に優は瞬きを繰り返す。

 

「いいですけど、危険とは思わないんですか? この前はルッスーリアさんが見ていたから食べたんでしょ?」

 

 軽く舌打ちをする。ルッスーリアの言うとおり1番味を気に入ったのはスクアーロである。つい頼んでしまった。

 

「……てめぇはそんなタイプじゃねぇだろ」

「ですね。わかりましたー。ちょっと待っててください」

 

 鼻歌を歌いながらキッチンに消えていく優を見て、マーモンに言い返せないと思ったスクアーロだった。

 

 

 ホテルの部屋にあるキッチンなのであまり期待してなかったが、最低限のものはあるらしい。優は早速取り掛かる。

 

「お米はないのかぁ」

 

 レンジで暖めるタイプしかなかったので、仕方ないと息を吐く。それに鍋で炊けば時間がかかるだろう。待たせてるスクアーロに悪い。梅やゴマと一緒に混ぜ、肉巻きにするなど工夫すればいいだけの問題だ。焼きおにぎりもいいかもしれない。

 

 あまり朝からガッツリすぎるのもどうかと思ったので、おかずは数品だけにして調節しやすいおにぎりを多めに作った。好きなタイミングで好きなだけ食べればいい。

 

 優はトレイに料理をのせ、スクアーロのいるリビングルームに戻る。チラッと視線を向けたが、何も言ってこないので優は料理を並べた。

 

「出来ましたよ」

「あ゛あ゛。……てめぇも食うのか?」

「作ってるとお腹が減りました」

 

 食い意地が張ってる優は自分の分もちゃっかり作っていたのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 モグモグと優は口を動かす。向かい合って食べているが、スクアーロは本を読みながらなので会話はない。スクアーロのお茶がなくなれば注いだりするので、ふとおにぎり実習を思い出し笑みがこぼれる。

 

「なんだぁ」

「昔、とある人におにぎりを持っていったことがあるのでそれを思い出しただけです」

 

 ふふっと笑う姿は完全に素人である。スクアーロと剣を交えた姿とは程遠い。

 

「どっちが本当の姿だぁ」

「こっちですね。あっちは無理してます。あの時だって、時間稼ぎが終わればスクアーロさんから逃げる気でしたし」

 

 挑発しても意味がないと気付いたスクアーロは真面目に言った。

 

「本気で腕を磨け。てめぇには才能がある。基本で終わらすのはもったいねぇ」

「基本で十分ですよ。私の本当の戦闘スタイルは刀じゃありませんから」

 

 ガタリとスクアーロは立ち上がり、優に剣を向けた。聞き流せない内容だ。剣を向けられた優の雰囲気が変わる。殺る気かとスクアーロが思ったとき、ドアが開く。

 

「何してるんだい?」

「ッチ」

 

 マーモンが現れたので、切り替えた理由を察したスクアーロは飛び出すのをやめた。ただし剣は向けたままだが。

 

“彼が本気で僕に剣士の道を勧めるから、断っただけだ”

「……てめぇの戦闘スタイルはなんだぁ!」

“僕は自分の手の内を易々と晒すほどバカじゃない。純粋な剣士ではないと教えたのは君の誠意に応えようと思ったからだ”

 

 舌打ちをしながらもスクアーロは座りなおした。

 

「よくわかったよ。君は好意にたいして好意で返すタイプだね」

“当たり前だろ……”

 

 大空のような包容に似ているようで全く違う。好意に対して好意に返すが、悪意には悪意で返すタイプである。それを1番感じているのがベルだった。その証拠にベルはナイフを使って脅したことがない。

 

 もっとも優の許容範囲はもの凄く広く、人に嫌われたくないと思っている。さらに自分に対しては無頓着なので滅多に悪意を返すことはないが。

 

「……なんだい?」

 

 思わずマーモンが確認するのも無理もない。優はジーッとマーモンを見ていたからだ。

 

“あー悪い。僕、可愛いものが好きなんだ。心配しなくても嫌がることはしない”

 

 警戒しているマーモンの横で、優の素を知っているスクアーロは納得してしまった。平和ボケしていてガキっぽいので違和感がなかったのである。

 

“それにしても、君はリボーンと同じなのか?”

 

 ピリッと空気が変わったので、優は溜息を吐いた。

 

“嫌なら答えなければいいだけだろ。あからさまな態度を取りすぎだ。肯定と自分で言っているようなものだぞ”

「……どうしてそう思ったのさ」

“こんなにも流暢にしゃべる子どもは滅多にいない。それに頭も良さそうだ”

 

 原作知識がなくても勘ぐるレベルである。むしろ何も思わないツナ達がおかしい。身近にランボという5歳児がいるのだから尚更だ。……ランボも一般的な5歳児からはズレているが。

 

“あー無理に話さなくていいぞ”

「当然だね。これ以上は有料だよ」

“流石に金を払う気にはならないな”

 

 軽い口調で言って優は立ち上がる。

 

「なんだぁ!?」

“……なんだって聞くなよ。僕は帰るんだ”

 

 お腹が満たされたので、これ以上ここに居る要素がない。

 

“ベルの分はあっちにあるから。じゃぁな”

 

 ヒラヒラと手を振りながら、優は去っていく。ベルがいないのであっさりと帰ることが出来た。

 

「……それで、どうして食べてるのさ。ベルじゃあるまいし」

「っぐ」

 

 スクアーロは何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 今度は森の中なんだと思いながら、優は顔を出す。

 

「よぉ、早いな」

「おはようございます」

「今、恭弥は寝てるぜ」

 

 ディーノが指をさした方を優は見た。かなり遠く木が邪魔で寝顔が見えそうにない。残念だ。

 

「良かったです。大人しく眠ってくれたんですね」

「ん? さっきの電話で優が何か言ったのか?」

「はい。心配なので少しは寝てくださいと言いました」

 

 ディーノは感心したように優を見た。優に甘いというリボーンの言葉がはっきりと実感したのだ。毎日顔を合わせていれば、雲雀の性格がわかる。雲雀が素直に動くとすれば優の言葉ぐらいしかない。

 

「まだディーノさんは逃げませんよという言葉を信用したみたいですね」

 

 ディーノはその内容はどうかと思ったが、雲雀からその信用を勝ち取るのが困難だとわかっている。

 

「じゃ私も寝ます」

「ここで寝るのか!?」

「気にしないでください。警戒しながら寝ますので」

 

 逆刃刀を抱くように優は座り、木にもたれかかる。

 

「ちょっと待て! せめてテントを用意するまで待ってくれ! ロマーリオ!」

「すぐに用意するぜ」

 

 ディーノは異性をこんな場所で寝かすことは出来なかったのである。

 

「いいですよ。それに眠いです」

 

 優があくびをし始めたので、ディーノは仕方ないと息を吐く。眠ってから移動させればいい。

 

「……眠れなかったのか?」

「眠かったので寝ましたよー。ただ居心地が悪くてすぐに起きました」

「ん? どういうことだ?」

 

 晴戦の内容をリボーンから聞いていたディーノは優が眠れなかったと思ったのだ。しかし、返ってきたのはズレた答えだ。

 

「ヴァリアーがいるホテルで一泊したんですよ」

「なっ!?」

「ベルさんに悪気がないから断れなくて……」

 

 優でもその行動は良くないとわかっていた。そのため気まずそうである。ただし心配かけてることには気付いていない。

 

「ったく……。無茶するなよ……」

「へ?」

「あのなぁ……」

 

 わかっていない優の反応にディーノは脱力した。注意したいが、眠そうにしてる優に怒る気にはならない。

 

「あ、そっか。すみません。真っ直ぐ来たのでご飯がなくて……」

 

 斜め上すぎる解釈である。

 

「それはいいんだ。こっちで用意するから」

「すみません。私は食べてきたのでいいですよー」

 

 真っ直ぐ来たのに食べてきたと優は言う。ディーノは頭が痛くなった。

 

「……そういや、どこで知り合ったんだ?」

「リボーン君から聞いたんですね。ディーノさんの町を見に行った時です」

「その時か……」

「ベルさんに拉致されて、姫って呼ばれて大変でした。今も姫って呼ばれてますけどね」

「はぁ!?」

 

 雲雀に話した時のようにあくびをしながらも優はディーノに説明した。特殊すぎる出会いにディーノは呆れっぱなしである。そして雲雀にまたも同情した。

 

 ディーノは雲雀のことを思い、眠そうにしてる優には悪いが少しだけ注意する。

 

「イタリアの時は回避するのが難しかったかもしれねぇが、昨日は断ることが出来ただろ? 頼むから自分を大事にしてくれ……」

「危なくなったら逃げてましたよー」

 

 困ったようにディーノが溜息を吐いたので再び優は口を開いた。

 

「えーと、今回のルールって私に手出しし難いじゃないですか」

「そうだとしても、向こうにもいるだろ?」

「風のリングに相応しいのは私なので問題ありませんよ。XANXUSさんも多少は認めたっぽいですしね」

 

 多少ではない。

 

「どういうことだ?」

「封印が解けた日を言ったんですよ」

「……いつだ」

 

 僅かに緊迫した空気が流れたが、相手がディーノなので優は気楽に答えた。

 

「去年の4月4日ですよね?」

「4月4日……」

「ディーノさんは知らなかったんですねー」

 

 ボンゴレのものしか知らなかったのかと優は気にした風もなく眠る体勢に入る。そろそろ限界だ。

 

「……確認されたのは4月7日なんだ。だから発表されたのは7日だ……」

「あれ? 変ですね。XANXUSさんが反応したのであってると思ったんですけどねー」

「その前に見たのが4月4日で朝には解けていなかったんだ。だから4日の可能性はあるが……」

 

 優は納得した。毎日確認して見るようなものではないだろう。いつからあったのかは知らないが、定期的に確認しているだけで偉い方である。

 

「それなら解けたのは4月4日の16時ごろですね。私に心当たりがあるのはその日です」

「……何があったんだ?」

「んー、起きたら話します。あ、私に触らないでくださいね。多分無意識にぶっ飛ばしてしまいます。それとディーノさんも少しは寝てくださいね。では、おやすみなさぃ……」

 

 眠ってしまった優を見てディーノは溜息を吐く。逃げたのか、それとも本当に眠かったのか判断しにくい。

 

「……ボス」

「わかってる」

 

 同じ轍を踏まない。だが、時間が無いのも事実だ。

 

「……怖がる必要はないんだ、優」

 

 ディーノの呟きにロマーリオも頷いたのだった。



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雷戦

 起きれば、テントの中だったので優は首をひねる。外の気配を探ると3人しかない。そのうち2人は激しく動いてるので、3人は雲雀とディーノとロマーリオだろう。

 

 ポフっとフードをかぶり優は外に出た。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「……恭弥。いや、なんでもねぇ」

 

 あまりの反応の速さにディーノは苦笑いするしかなかった。

 

「もう起きて大丈夫なのか?」

「はい。眠り足りなかっただけですしね」

「そうか」

 

 優はテントをどうすればいいのかと悩んでいるとロマーリオがやってきた。

 

「まだ使うからそのままでいいぜ」

「わかりましたー」

 

 良かったと優は息を吐く。優のためだけに用意をさせてしまったなら申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。もちろん常にディーノの側に居るロマーリオが優の考えに気付かないわけがなく、そのように言っただけである。

 

「あの、私を移動させて大丈夫でした?」

「オレらじゃ起こしそうだったんで、頼んだ」

 

 ロマーリオの視線は雲雀に向いていたので、優は納得した。雲雀なら触れても大丈夫かもしれない、と。

 

「いろいろありがとうございます」

「気にする必要はないぜ。ファミリーだろ?」

 

 優は笑顔で頷いた。マフィアという意味なのに嫌な気持ちにならなかったのだ。

 

「顔洗ってきます!」

「ああ。向こうに川があったはずだ」

 

 少しは改善してそうだとロマーリオは思ったのだった。

 

 

 

 

 雲雀とディーノの戦いを見る。起きたら話すと言っていたが、雲雀の邪魔をするのは悪い。次の機会になりそうだ。

 

 ヒマな優は今日の試合のことを考える。やはりランボを試合に出したくない。しかしリボーンが言っていたこともある。

 

(10年後のランボ君に降参させれば何とかなるかなぁ)

 

 敵わないとランボが認めれば、レヴィの自尊心を保つことは出来るはずだ。

 

『今日の試合は見ない方がいいんじゃないか?』

(あ、神様。んー行くよ。もしもの時は私が手を出すよ。そうすれば、ツナ君のリングは取られないし、チェルベッロのことだから、何とかして私にリングを渡そうとすると思うんだよね)

『たまには俺のアドバイスも聞けよ……』

(だって後悔しそうなんだもん)

『そうかもしれないが、辛いだろ?』

(私よりランボ君の方が辛いよ)

『……わかった』

(ありがとう、神様!)

 

 相変わらず優に甘い神は折れた。ワガママを言っても神ならば絶対に許してくれると優はわかっているのだ。

 

「雲雀先輩」

「なに」

「お願いがあるんですけど……」

 

 雲雀とディーノはピタリと手を止める。優が素直にお願いするのは珍しいからだ。

 

「あ、続けてくれていいですよ?」

 

 優に言われたので2人は続けたが、気持ちが入ってない。若干、首を傾げながらも優は口を開いた。

 

「今日、寝る前に顔を出してもいいですか?」

「問題ないよ」

 

 やった!と喜び、優は昼食を作りに家に戻った。次に来る時はいつもの姿で来ようと思いながら。

 

 優が去った後、雲雀は僅かに眉間に皺を寄せた。さっきのは優のワガママである。何に困ってるのかわからないのだ。一方、ディーノは次の対戦をリボーンから聞いていた。ランボが戦うことになるので終わった後に雲雀の顔を見たかったのだろと気付いた。

 

 ディーノは日程が進むことに危機感を覚えた。優や雲雀の番がいつ来るかわからない。本当に時間が残されていない。そろそろ雲雀を折れさせたいが、もっと強くなってもらわなければならない気持ちもある。

 

「恭弥」

 

 ディーノが動きを止めて言ったので、雲雀も止めた。

 

「この前の条件に追加だ。お前が勝ったらあいつが持ってるリングについて話すぜ」

「それって一緒のことだよね」

 

 勝っても負けても同じではないのかと雲雀は言いたいのだ。

 

「オレが預かってるお前のリングと違って、あいつのリングはほぼ何もわかっていない。オレだってたいして知ってるわけじゃないが、何も知らないよりはいいはずだ」

 

 ディーノの言い分はわかるが、結局雲雀がリングについて聞くことになるのは変わりない。素直に納得できるはずがない。

 

「先に1つ教えとくぜ。オレのところに入っても、あのリングを持つならあいつは世界中のマフィアから注目される」

 

 ずっと封印されていたものが解けたのだ。その守護者が注目されるのは当然だ。ディーノの予想では10代目であるツナよりも注目度が高いだろう。だが、自分に対して危機管理能力が低い優は気付いていない可能性が高い。だからこそ雲雀は知らなければならない。

 

「……どういうこと」

「正体を暴こうって考える奴がいるってことだ」

 

 雲雀から放たれる殺気にディーノの口角があがる。底が見えない。

 

「あれは僕の獲物だ。……誰にも邪魔はさせない」

 

 例えそれが優が頼るディーノであっても……。隠された言葉を正確に読み取ったディーノは、向かってきた雲雀を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 優はギリギリに学校へ向かった。ベルに絡まれる時間は短い方がいいからだ。ぴょんぴょんと優は跳び上がり、屋上まで駆け上がる。周りを見渡すとどうやら勝負が始まるところだったようだ。

 

「あ!!」

 

 優は僅かに首を傾げた。姿を見せるとなぜかツナが嬉しそうな顔をしたからだ。

 

「おめーが無事なのか心配だったんだぞ」

“……そうなのか”

 

 喜んでいいのかわからなく、複雑な気持ちで優は試合に目を向けた。

 

 雷が落ち、ランボが感電する。無事と知っていたが、優は飛び出すところだった。

 

「介入すれば、失格とします」

 

 軽く舌打ちをした。動こうとした優に対して言ったのだろう。そしてチェルベッロが優に釘を刺している間に、ランボがレヴィの攻撃を食らってしまった。

 

 はっきり言って、この段階でまだ優が動かないのは奇跡に近い。優は子どもに弱いのだから。

 

 ドカンという音と共に、ランボが10年後のランボと入れ替わる。

 

「やれやれ。ギョウザが最後の晩餐になるとは……」

“ランボ、棄権しろ!”

 

 優の発言に視線が集まる。

 

「おい! 勝手なこと抜かすんじゃねー!」

“10年後のランボでも実力に差がありすぎるんだ!”

 

 獄寺は虚をつかれた。どんなにケンカを売っても見向きもしなかった相手が、初めて言い返してきたからだ。

 

“君は負けを認めても大丈夫だ! 僕が何とかする!

「……嫌です」

 

 ポツリと呟いた言葉に視線が優から10年後ランボに移る。

 

「あなたに無茶させるとわかっているのに、棄権なんて出来ません!」

 

 今度は優が虚をつかれた。ランボと遊んでる時に何度か入れ替わり10年後のランボと会ったことがあった。だが、優にとって、10年後であってもランボは子どもだった。

 

 優は今はっきりと認識したのだ。ランボはもう子どもじゃないと。

 

「若きボンゴレ」

「えっ? な、なに?」

「あの人のことを守ってください。オレでは守られる対象になってしまうのです」

「でも、オレも……」

「頼みます」

 

 10年後のランボはツナの言葉を遮る。そしてレヴィと向き合った。

 

「……あの人が敵わないというなら、そうなのでしょう。だったら、オレは未来にかけます」

 

 ドカンと自身に向け、10年バズーカを放った。自らの意思で、ランボは使ったのだ。

 

 現れた20年後のランボは雰囲気がまるで違う。優の考えに探りをいれていたヴァリアーもこれには驚いた。

 

「あなた達に会えるとは……懐かしい……なんて懐かしい面々……」

 

 ツナ達を見て言っていた20年後のランボだが、優を見た瞬間ハッとしたように頭を下げた。20年後のランボに頭を下げられる理由がわからないので優は不思議でしかない。声をかけようと思ったが、ランボはレヴィと向き合ってしまった。

 

「容赦しない。あの人がいる前で無様な姿を見せれない」

「ほざけ」

 

 レヴィは返事と共に傘を開いた。そして避雷針にも雷が落ちる。20年後のランボに直撃したが、余裕を持って電流を地面に流した。ツナ達がホッとしているが、優は不安でしかない。多少のズレはあったが、原作のタイミングと似ている。

 

 それでも優は声をかけれなかった。戦ってる姿が、雲雀の姿とかぶるのだ。この戦いは止めてはいけない。10年後ランボの覚悟を無駄にしてしまう。

 

 ポンっと肩に手を置かれ、優は力を抜く。振り返らなくてもわかる。家光が抑えろと言っているのだろう。

 

“……わかってる。彼はもう子どもじゃない”

「父さん! と、1位の人?」

 

 ツナに言われても気にした風もなく、家光は優から離れ、ツナ達のところへ行く。本当にツナ達に何も話す気はないようだ。

 

 ランボが大技を放ったことで、全員の意識がそちらに向く。完成されたエレットゥリコ・コルナータ。身体能力が高い優であっても当たれば大ダメージを受けるだろう。距離をとって戦うしかないが、避雷針がなくとも雷を呼べるランボは20年後ならば遠距離系の技を持っているかもしれない。20年後のランボは厄介な相手だろう。

 

 知っていても目の前で見ると20年後のランボの成長に優は思わず感動する。しかし、それは突如終わる。

 

「ぐぴゃあああ!!!」

 

 最初の一発から5分がたったのだ。

 

 動くなくなったランボにレヴィが足を下ろそうとした。が、一歩距離をとった。濃厚な怒気を感じたからだ。

 

「1位の人……?」

 

 ツナが思わず確認するほど優は怒気を放っていた。ビリビリとした空気の中、チェルベッロが優の前に立つ。

 

「お待ちください! あなた様が行動したのか、我々では判別できません!」

“……君は僕の何を知っている”

 

 チェルベッロはビクッとした。優の怒気に当たったからだ。

 

“僕のことを知っているなら、怒らせない方がいいということもわかってるはずだ。僕が何を望んでいるか、君ならわかるんじゃないのか?”

「レヴィ、殺れ」

 

 発した人物を優は思いっきり睨んだ。チェルベッロを脅して雷戦を終わらせようとしたのに。

 

「……御意」

 

 レヴィがランボに近づく。今から何が起こるのか、優は想像してしまった。怒気が殺気に変わる。

 

「XANXUS様、いけません! あの方が暴走すれば、誰も止めることは出来ません!!」

「それがどうした」

 

 XANXUSは笑った。優をわざと怒らせているのだから。正確に言えば、甘い考えを捨てさせようとしているのだ。

 

「まずい!」

 

 家光は優を止めようと動いた。チェルベッロの叫び方からして、暴走すれば優は戻れなくなると判断したからだ。当然、リボーンも止めようと動く。家光に性格を報告したのはリボーンである。まだ人を傷つけることも躊躇している段階だとリボーンが気付かないわけがない。暴走と言ったものが何かわからないが、止めるべきということはわかる。

 

 しかし、その2人が止める前に猛スピードで1人の男が優の前に現れた。反射的に優は風を纏った手で殴りつける。誰も自身に近づかせないという拒絶からの行動だった。

 

 大ダメージを受けるだろう優の一撃を何事もなかったように受け止め、男は言った。

 

「落ち着け」

 

 声にしたが、聞こえていないとわかっていたので頭にも響かせた。ハッとしたように優は顔をあげる。男は口に指をあて、シーッという仕草をした。優がいつものように呼ぼうとしたからだ。

 

“どうして……”

 

 この場に居るはずのない人物だ。だが、優を止めた男は軽い口調で答えた。

 

「弟子の暴走を防ぐのは師匠と相場が決まってるだろ?」

 

 神の言葉で危うく感情に任せて風を操るところだったことに気付く。自分が何をしようとしていたのかを理解し、ガタガタと震え出す。

 

「そっちは何とかしろ。俺はこいつにしか手助け出来ない」

 

 返事を待たず、神は優をつれて移動した。

 

 突然現れた人物にツナ達は呆気にとられていた。そしてある程度以上の実力があるの者は、威力が篭っていたであろう攻撃を軽くいなした腕に気付く。

 

「ああ!?」

 

 ツナは叫んだ。突然現れた人物に意識を取られていたが、レヴィがランボにとどめを刺そうとしていたところだった。底知れぬ殺気に動きが鈍っていたが、レヴィはボスであるXANXUSの命令に忠実に実行する。

 

「行かなきゃ!」

 

 リボーンは止めず、ツナを後押しするように死ぬ気弾を撃ったのだった。




まさかの神降臨(笑)

冗談はここまでにして……
タグに入るほど、神は重要キャラです。


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雷戦 その後

 グラウンドに移動した神は優のフードをとった。

 

「あ……」

「俺はそんなミスしないぞ」

 

 周りから見えないように神が手を回してると知った優は、我慢できず抱きついた。

 

「神様、私……もう少しでみんなを……!」

 

 神は手を背に回そうとしたが、結局いつものように頭を撫でた。

 

「優は、この世界は好きか?」

 

 恐る恐る優は顔をあげた。情けないような顔をしているが、優は泣いていない。

 

「なら、大丈夫だ」

 

 心を読んだ神は優を安心させるような笑みを浮かべ、そっと優の腕を離そうとした。だが、優は決して離れようとしなかった。駄々をこねるかのように。

 

「大丈夫だ。優は同じ過ちを犯さない」

「でも……!」

「神の俺が言うんだ。間違いない」

 

 その言葉を聞いた優は、ゆっくりではあるが離れた。

 

「……神様、ありがとう」

「気にするな」

 

 再び神は優の頭を撫でた。いつものやり取りに優は安心する。

 

「手のかかる弟子でごめんなさい」

「優でそれを言ったら、あいつはどうなるんだ……」

 

 若干遠い目になった神に優は首をひねる。

 

「……昔、優の前にも似たようなことをしたことがあるんだ。初対面で殴りかかってきたり……まぁあれは俺が悪いのもあったけどな」

 

 へぇと言いながらも優は驚いていた。目の前にいる神が認めるほどのミスをするイメージがなかったのだ。

 

「神様ってそういう担当なの?」

「俺の世界で起きた問題だったからな」

 

 納得するように優は頷いた。

 

「まぁ神に遠慮する必要はない。出来ないことは出来ないと俺は言う」

「……またこういう風に会えるの?」

「会えなくはないが、俺は優以外の手助けは出来ない。世界が壊れる。手を出さないようにするために精神世界で会うようにしているんだ」

「わかった」

 

 リング争奪戦で優はその気持ちをよく理解できたのだ。それでも怖くなったときに会えると知れたのは嬉しい。

 

「俺より適任が居るだろ?」

 

 そう言われ、優は雲雀の顔を浮かべた。神には悪いが、素直に頷く。

 

「それでいい。おっと、そろそろか……」

 

 優は首をひねった。

 

「時間間隔を狂わせてるんだ。今からでもまだ優に出来ることはあるぞ」

 

 結局何も出来なかったと思っていた優は、神の言葉に笑顔になった。

 

「ありがとう、神様! 行ってくる!」

「行ってこい」

 

 フードをかぶり優は屋上に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 屋上に着いた優は、死ぬ気が切れるツナを抱えてXANXUSの攻撃を避けた。

 

「い、1位の人!」

“……悪い。僕が不甲斐ないばかりに君が手を出す形になってしまった”

 

 ツナを地面におろし、避雷針が倒れるのを見ながら優は言った。

 

「ううん。これで良かったんだ。オレ、1位の人が無理するのもイヤだから」

 

 優に向かって笑いかけた後、ツナはXANXUSを睨んだ。ツナは正体を気づいたわけではないが、隣に優がいることで不安が減り震えることもなかったのだ。それにツナは珍しく怒っていた。ランボの件もだが、隣にいる人物を追い詰めようとしたことに。

 

「オレはこの戦いで、仲間を誰も失いたくないんだ!!」

 

 優は思わず目を閉じた。ツナの言葉は響く。胸の中にある小さな炎がいつまでも消えそうにない。

 

 XANXUSの手に炎がともった雰囲気を感じ取った優は再び目をあけた。そして止めようとしたチェルベッロに攻撃を加えようとしたが、XANXUSの攻撃は当たらなかった。優がチェルベッロを風で浮かせて避けさせたのだ。

 

「……てめぇの仕業か」

“なんのことだか”

 

 返事をかえした時点で認めてるのだが、優は気にしなかった。するとXANXUSが笑った。ツナも優も9代目に似ているからだ。絶望を味わわせるのが楽しみになったのだろう。

 

 結局、雷のリングだけでなく大空のリングもヴァリアーに渡り、9代目の身に不穏な気配を残しながらもXANXUSは去っていった。

 

 真っ先にランボへと駆け寄ったツナに、優も続く。

 

“彼を僕に貸してくれ。多少は良くなるはずだ”

「え?」

“僕は自分の体力を相手に渡す能力がある”

「そうだ! オレも極限楽になったぞ!」

 

 獄寺は反対しようとしたが、ランボの様子を見て口を閉ざした。

 

 ランボの手を握りながら、優は口を開く。

 

“ベルは強いぞ。彼と戦ったわけではないが、身のこなしでわかる”

「うるせぇ! 相手が誰であろうとオレは勝つんだ!」

“……君はそれでいいんだ。黙ってるなんて君らしくもない”

「ケンカ売ってんのか、てめぇ!?」

 

 ランボに体力を渡してるので、殴りたくても獄寺は殴れなかった。ブチブチと怒っている獄寺だったが、ランボが何か言ったことに気付き、意識がそっちに向く。

 

「ゆ、優……」

 

 名を呼ばれ思わず優は力を込めた。決してランボが痛くならない力加減だったが。

 

「ランボの奴……こんな怪我なのに優と遊んでる夢でも見てるのかな……」

 

 ツナの言葉に優は我慢できず目から溢れ落ちた。

 

「え……?」

“僕に出来ることはした。後は頼む”

 

 逃げるように優は去った。これ以上は我慢できない。

 

「ツナ?」

 

 ジッと優が去った方向をツナは見ていたので、山本は声をかけた。

 

「泣いていた……」

「気のせいじゃないスか? オレにケンカ売ってたんスよ」

 

 思い出しただけでイライラするが、ツナが一向に視線を逸らさないので獄寺は少し考えて口にした。

 

「あほ牛が……慕ってるようでしたからね。くるものがあったんじゃないスか?」

「……そうかも」

 

 10年後と20年後のランボの様子を思い出し納得したツナは、ランボを病院に連れて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 病院からの帰り道。獄寺達と別れた後、ツナはリボーンに話しかけた。

 

「なぁ、リボーン。お前、本当に1位の人の正体がわからないのか?」

「確証がねぇ」

 

 もしかすると……と思っている人物はいる。だが、リボーンはその人物の前でアルコバレーノの話をしたことがなかった。獄寺はアルコバレーノのことを知っているが詳しく知るわけでもないし、わざわざ話さないだろう。山本とハルは全く知らない。ツナが話すわけがない。それでも今までの言動から考えれば、当てはまる人物である。

 

「……今から確認するか」

「え?」

「優のところに行くぞ」

「なんで優のところに?」

 

 疑ってる人物が優とは思いもしないツナは、不思議な顔をしているだけだ。

 

「……優は知ってるはずだからな」

「でも、優は顔を見ていないって言ってたよ」

 

 ウソではないだろう。自分の顔は見れないのだから。

 

 リボーンは優の考えそうな言い回しを思いつく。何度も頭をつかった勝負をした。わからないはずがない。

 

「それにもう遅い時間だし、優に迷惑はかけれないよ」

「行くぞ」

「おい、リボーン!!」

 

 慌ててツナはリボーンの後を追いかけて行った。しかしツナが優の家に着いた時にはもうリボーンは呼び鈴を鳴らした後だった。どーしよーとツナは頭を抱える。が、一向に出てくる気配がない。

 

「もう寝ちゃってるのかな」

 

 ツナの呟きにリボーンは返事をかえさず、電話をかけた。

 

「ちゃおッス。そっちに優はいるのか?」

「誰にかけてるんだ?」

「ディーノだぞ」

 

 ツナは納得した。ディーノが雲雀に修行をつけているはずだ。だからその場に一緒に優がいてもおかしくはない。

 

「そうか。サンキューな」

「どうだった?」

「一緒らしいぞ。優はテントで眠ってるみてーだ」

「そうなんだ」

 

 ただ眠ってるだけならいいが、何かあって出れなかった可能性もあった。優は迷惑をかけずに知れたのでツナは心の底から安心した。

 

 リボーンはというと、もしあれが優ならばあの試合を見て眠ることが出来るとは思えなかった。だが、もしディーノがウソの報告をしているなら、わからなくなる。しかしリボーンにウソの報告をディーノがすると思えない。

 

 結局、リボーンはツナを鍛えることを優先した。正体を知ればディーノから連絡があるだろうと信じて……。

 

 

 

 

 

 少し時間がさかのぼる。

 

 優は必死に零れ落ちそうなものを我慢し、雲雀のもとへ向かった。無性に会いたくなったのだ。

 

「こんばんは」

 

 3人の姿が見えたので、ホッと息を吐き優はいつも通り挨拶した。ディーノもいつもと変わらない優の様子に安心し、声をかけた。だが、雲雀だけはジッと優を見ていた。

 

「こっちにきて」

 

 不思議に思いながらも、雲雀の言うとおりに動く。周りを見渡した後、雲雀は優のフードをとった。

 

「……今から休憩ね」

「恭弥?」

「どうかしたんですか? 雲雀先輩」

 

 グイっと優の手を引っ張り、2人の疑問の声を無視し雲雀は何も言わずにテントへ入っていった。

 

「雲雀先輩?」

「もう我慢しなくていい」

 

 その言葉を聞いた途端、ポロポロと零れ落ちる。雲雀はゆっくりと肩に押し付け、あやすように背を撫でた。すると、恐る恐るだが優も雲雀の背に手を回した。

 

「……何があったの?」

 

 首を必死に横に振るだけで、優は何も答えようとしない。仕方ないと雲雀は息を吐き、ポンポンと背を叩き優からそっと離れる。

 

 見捨てられたような顔をしている優に、大丈夫という意味で目尻に唇を落とす。

 

「この服、脱いでも大丈夫?」

 

 コクンと優は頷けば、雲雀は上着を脱がしはじめた。この服のおかげで正体を隠せているが、今はこの服が鬱陶しくて仕方がなかったのだ。流石にズボンを脱がすことは出来ないが、上着を脱がせただけでも雲雀は満足だった。

 

 そしてもう1度抱き寄せてから言った。

 

「僕はこっちの優の方が好きだ」

 

 もう1人の優を雲雀は否定しなかった。無理はしているが、あれも優なのだ。否定してはいけないのだ。

 

 優は涙腺崩壊した。後一歩のところで雲雀が好きだと言った自分を捨てるところだったのだから。

 

「ごめん、なさい……」

「大丈夫だよ」

 

 何について謝ってるかはわからないが、雲雀は優が眠るまで背を撫で続けた。

 

 

 

 

 テントの外では、ディーノとロマーリオが見守っていた。優が無理していることに気付かなかったのだ。見守るしかなかったのである。

 

 他にできることがあったのは、リボーンの電話にウソをついたぐらいだった。いくら恩のある師匠であっても、優が泣いていると報告することは憚れたのだ。雲雀がいなければ、気付けなかったのだから……。

 

 何より優のすすり泣く声は、ディーノ達の胸にくるものがあった。

 

「ボンゴレと同盟を組んでいて後悔したのは初めてだぜ……」

「……そうだな」

 

 今回の件に手出しできないディーノはテントを見ながら手を握り締めるしかなかった。



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暴走

ちょっと遅れた。すみません


 目を開けるとまたテントの中だった。昨日はあのまま眠ってしまったらしい。優は少し悩み、ズボンを脱いで顔を出した。その方がいいと思ったからだ。

 

 コソコソと顔を出すと、雲雀と目が合った。慌てて両手で優は顔を隠す。

 

「あっち」

 

 雲雀が指した方向へと優は駆け出した。

 

 顔を洗って戻るとロマーリオが氷を用意してくれていた。やはり腫れているらしい。

 

「うぅ、すみません……」

「水分もしっかり取るんだぜ」

 

 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、優は恥ずかしいやら情けない気持ちになる。太陽がもう傾き始めているので、寝すぎたことも気まずい要員の1つだ。

 

「悪いな。歳をとると、可愛くてつい構いたくなるんだ」

 

 優は必死に首を横に振った。嫌ではないのだから。

 

「ロマーリオさん、あの……」

「君、邪魔」

 

 雲雀の言葉に反射的に自分に言われたと思った優は、慌ててどこかに行こうとする。

 

「優はそのままでいいから」

「え? あ、はい」

 

 ゴロンっと優の膝に寝転び、雲雀はスヤスヤと眠りはじめた。戦いっぱなしで寝不足だったのだろう。あまりにも落ちるのが早い。

 

「……恭弥」

「す、すみません」

 

 慌てて優は謝った。さっきまで戦っていたのに、急に寝始めるのだからディーノは振り回されっぱなしだろう。

 

「いや、優は悪くないだろ」

「いいえ、私のせいですよ。雲雀先輩は、私が話したいと思ってると感じ取ったと思いますから」

 

 先程優はロマーリオにいつごろディーノと話せるかと確認しようとしていた。恐らく雲雀は今までの経験からわかったのだろう。

 

「……そうか」

 

 ディーノは腰を下ろし、優の言葉をじっくりと待ったのだった。

 

 

 

 

 

 目を覚ました雲雀は、優の顔を見てからディーノに向かって言った。

 

「……話しなよ」

「ん?」

「良かったですね、ディーノさん。雲雀先輩はリングについて話を聞きたいそうですよ」

 

 そうきたか……と、ディーノは疲れたように息を吐く。この反応は雲雀が折れたわけではなく、勝っても負けても聞く羽目になることを嫌い、それならばディーノが諦めていたであろう、雲雀が自分の意思で聞くことを選択したと気付いたからだ。本当に一筋縄でいかない性格である。

 

 結果的に良かったものの、負けた気分になるディーノだった。

 

「優はどこまで話したんだ?」

 

 今日の試合は間に合わないかもしれないと思いながら時間を見ていた優だったが、ディーノの言葉に顔をあげ答える。

 

「何も話してませんよ」

 

 まぁそうだろうな……と思い、ディーノは雲雀に今までの流れを話した。

 

 話を聞けば聞くほど雲雀の機嫌が悪くなっていく。当然だろう、優との勝負を邪魔されることになるかもしれない内容だ。

 

「……どうして話さなかったの。僕、言ったよね? 優の助けになるかならないか」

「その時はまだ知らなかったですし、雲雀先輩の協力がなくても何とかなるかなって」

 

 誤魔化すように笑う優に、雲雀は睨んだ。

 

「それに……私のせいで雲雀先輩が縛られるのは嫌だったんです。ツナ君の守護者になっちゃうじゃないですか」

「……今回だけ協力する形だってあったよね?」

 

 ポンッと優が手を叩く姿を見て、雲雀は溜息を吐いた。本当に肝心なところが抜けている。

 

「んーでもやっぱり言えませんよ。群れてほしいなんて」

「……わかった」

 

 雲雀の意思を優は尊重するから、気に食わないと思わない。だから優が頼まなかったことは許した。

 

 ホッと息を吐いてる優の顔に手を添える。まだ腫れている。

 

「雲雀先輩?」

「優を泣かせたのは彼らなんだね」

 

 返事をする前に雲雀は優にキスをした。今回はディーノ達は呆れていたが、優の様子がおかしいことに気付く。雲雀を怖がっているのだ。優のペースにあわせたものじゃない。

 

「恭弥!?」

 

 力づくでも止める直前に、雲雀は優を解放した。ディーノは崩れ落ちそうな優を慌てて抱きとめ、雲雀を引き止めるために声をかけるが、去っていってしまう。ロマーリオに雲雀を追いかけるように指示を出そうとすれば、雲雀から殺気が届く。

 

 優がビクリと震え上がったことを感じたディーノはロマーリオに目配せしながら首を振った。今追いかければ、優が悪化する。

 

「大丈夫だ、優。恭弥はお前に怒ったわけじゃねーよ」

 

 恐る恐る優は顔をあげた。雲雀に嫌われたと思ってる優は、僅かな希望にすがりたかったのだ。

 

「あれはこの戦いに対して怒ってるんだ。勝敗によっては優がヴァリアーに行っちまうかもしれないからな。……ちょっと待て。今から恭弥がムチャクチャにしそうじゃねーか!?」

「ああ。ヤバイぜ、ボス。時間も時間だ」

 

 試合方法によっては、雲雀が真っ直ぐ向かえばツナ達と会う可能性がある。

 

「場所は言ってねぇが、嫌な予感しかしないな……」

「車の手配をしてくるぜ!」

 

 ディーノ達の焦りっぷりを見て、2人には悪いが優はホッと息を吐いた。

 

「あの、もう大丈夫です」

 

 冷静になった優はそっと離れた。ディーノのことは好きだが、腕の中の居心地がいいわけではない。ディーノもそれは察しているようで優が大丈夫なら引きとめはしない。

 

「ディーノさん、テント借りますね」

 

 今回の雲雀の行動は、あの戦いに対して怒り、優がついて来ないようにし内側に入ったディーノにフォローを任せたと取れる。つまり優が頼み込めば雲雀は止まる可能性がある。

 

「それはいいが……」

「空から向かった方が早いですから」

 

 ディーノは納得した。直線距離で行くことができるのは大きい。

 

 着替え終わった優にディーノは声をかける。

 

「オレ達もすぐに向かう」

「はい。待ってますね」

 

 ふわっと空を飛び上がり優が見えなくなった途端、ディーノは息を吐いた。今まで何も気付かなかった自分に腹が立っていたのをずっと我慢していたのだ。

 

「軽々しく『背負うリスクの高さ』なんて言葉を使うんじゃなかったぜ……」

 

 もちろん背負うことを後悔しているわけではないし、全て背負うつもりで言った。

 

 しかしその言葉を聞いた優が、どんな気持ちになったのか。ディーノはマフィアのことをわかってるからこそ、言葉の選択ミスを理解しているのだ。

 

「ボス、反省するなと言わねぇが車の中でしてくれ」

 

 やるべきことは山ほどある。ロマーリオの言葉にディーノは頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 嵐戦が終わり、校内に侵入者が現れた。

 

「あいつが修行から帰ってきたんだ」

 

 リボーンはディーノから修行具合を聞いてくることもあり、殴りこんでくるだろう人物を予想するのは簡単だった。だが、もしあの正体が優ならば、雲雀の怒りを静めるのは簡単なことではない。ツナに譲り再戦する機会をなくした雲雀に骸と戦えることが出来ると教えても、耳を貸さないだろう。

 

「雲を止めれるのは風か……」

 

 ポツリと呟く。ますますあの正体が優にしか思えない。

 

「ツナ、気合を入れろよ」

「へ?」

「オレの予想では今までで1番キレてるはずだからな」

 

 誰が?と聞こうとしたところで、雲雀の姿が見えた。強い雲雀が来てくれたことに喜びそうになったツナだが、リボーンの言葉が不吉でしかない。

 

「……校内への不法侵入。及び、校舎の破損。連帯責任でここにいる全員咬み殺すから」

「やっぱりーー!?」

 

 突っかかってきたレヴィを雲雀はあっさりと転がし、トンファーを振り下ろす。慌ててこれ以上の行為は失格にするとチェルベッロが叫んでいるが、当然雲雀は聞く耳を持たない。

 

「ちゃおッス」

 

 レヴィの前に立ち、リボーンは雲雀に声をかけた。ヴァリアーを助ける必要はあまりないが、咬み殺してしまえば雲雀は失格になってしまう。

 

「……止めようとしても無駄だよ、赤ん坊。僕は君にも怒ってるんだ」

「ディーノから全部聞いたんだな。悪かったな、オレもこうなるとは思わなかったんだ」

 

 雲雀はやっとまともにリボーンを見た。正体に勘付いているのかもしれない。

 

「リボーン、何の話?」

「ツナ、お前も知ってるだろ。あいつはヒバリの獲物だからな」

「それって1位の人のこと?」

「そうだぞ」

 

 雲雀はツナを睨んだ。目の前の人物と友達でなければ、優の無茶をする回数が少なかったはずだ。そもそも未だ気付かないことにムカツキしか感じない。

 

「リ、リボーン……。ヒバリさん、すっげーオレに怒ってない……?」

「おめーに巻き込まれて、この戦いでヒバリの獲物が奪われそうだからな」

 

 ガーン……とショックを受けるツナ。巻き込まれてるのは自分も一緒だとツナは思ってる。それでも、ツナは雲雀には言いたいことがあった。

 

「あの、ヒバリさん。1位の人は戦いに向いてる性格じゃないし、ヒバリさんに挑まれるのは困ってるかなぁ……なんて、ひっ!」

 

 それならばなぜ優に守られているのだと雲雀は殺気を送ったのだ。

 

“彼を責めるのは間違ってるだろ”

 

 あ!とツナは声をあげる。今日は来ないんだと思っていた人物が窓からやってきたのだ。

 

“僕は自分の意思で彼の手助けをすると選んだんだぞ。君が怒りを向ける相手は僕だろ”

 

 出来るわけがない。雲雀が責めてしまえば、優は行き場がなくなってしまう。

 

“一応、僕の弁解も聞いてくれ。僕は君との約束を破る気はない”

 

 たとえ向こうが勝ったとしても、優は雲雀のもとには来ると言った。

 

「……本当に?」

“よく思い出せ。あの約束は僕から言い出したんだぞ。僕が出来ないことを提案するはずがないだろ”

 

 全て納得したわけではないが、雲雀の気が少し晴れる。優は捕まえようとしても簡単に捕まるタイプではないのだ。気を抜けばどこか行きそうな優が、大人しく居るはずがない。

 

“校舎の破損は直るんじゃないのか? 幻覚で誤魔化してるところはあるが、直ってる場所も僕は見たぞ”

「はい。我々チェルベッロが責任を持って」

「……そう。気が変わったよ。じゃぁね」

 

 ヒラヒラと優は手を振った。もう1つの約束は厄介だが、こっちはして正解だったと自分を褒めた。

 

「すごい! あのヒバリさんを止めた!」

“彼が引いて助かった。正直、僕もあそこまで効果があるとは思わなかったからなぁ”

 

 ディーノから怒っている原因を聞いて、もしかすると……と思って言っただけなのだ。相変わらず雲雀の気持ちがわかっていない。

 

 ツナに尊敬の目を向けられ、気まずそうに優は過ごしているとスクアーロの大声が流れをぶった切った。

 

「う゛お゛ぉい!! てめぇの腕なら数秒で終わらせるぞぉ! 明日が貴様らの命にちだぁ!」

 

 去っていくヴァリアーを見ながら優は僅かに首をひねる。スクアーロは山本の実力を知らないことに疑問を感じたのだ。

 

「どうしたんだ?」

“彼の身体能力を考えるとナメていて大丈夫なのかと思っただけだ”

「やっぱてめぇは敵だ!」

 

 立てないのにも関わらず、優の発言を聞き獄寺はケンカを売った。

 

“……すまない。決して君達に負けてほしいと思って言ったわけじゃないんだ”

 

 素直に頭を下げたので、獄寺は舌打ちした。雷戦の時といい、思うことがあればちゃんと反応を返す。つまり今までは獄寺があまりにも的外れなことを言っていたので、反応を示さなかっただけだと獄寺は気付いてしまったのだ。

 

「オレは気にしないぜ」

「うん。オレもわかってるし」

「だな! 極限に問題ない!」

 

 ホッと優は息を吐く。いくらなんでも先程の発言はまずいと思っていたのだ。素直に認めるのは癪で、獄寺はツナ達のように返事をすることは出来なかった。そんな時、優が声をかけた。

 

“僕が怪我を診るのは嫌か?”

「あったりめーだろうが!」

“……そうだよな、すまない”

 

 やっちまったと獄寺は思った。敵と繋がってると警戒しているのが的外れだとわかった今、かける言葉を間違えたと思ったのだ。円陣の時にツナが誰もかけてほしくないと言った中に、この人物も入っているとわかっているのに。

 

「オレは男はみねーから」

 

 獄寺の心境を察したのか、Drシャマルは一声をかけて去っていった。そもそも死ぬほどじゃない限り、獄寺でも診る気はない。

 

「獄寺君……。その、1位の人に診てもらったほうがいいよ」

「10代目がそうおっしゃるなら……。おい! 10代目のためにオレを診ろ!」

“君がいいなら”

 

 渋々という形でしか、獄寺は結局頼めなかった。それでも仲が改善したように見えたツナは嬉しそうに笑った。

 

 獄寺の怪我を診ていた優がピクリと反応する。ちょうど触れていた獄寺は感じ取った。

 

「なんだ」

“人の気配がしただけだ。恐らくディーノとロマーリオだ”

 

 2人分の気配が急いで向かっているので間違いないだろう。

 

「ほんとだ! ディーノさん達だ!」

「ん? ああ、あいつが予想したのか」

 

 優の姿を見て納得したようにディーノは言った。そして周りを見渡し声をかけた。

 

「どうやら恭弥はまだ来てねぇようだな」

「さっき来ましたよ。1位の人が止めてくれました」

「……そうか」

「はい。優以外で怒ってるヒバリさんを止めれる人がいるとは思いませんでした。やっぱり1位の人は凄い!」

“……どうも”

 

 返事をかえしたものの、気まずくなった優だった。本人でもあるし、優は雲雀を止めれるとは思ってもないのだ。

 

 そのやり取りを見ていたディーノは笑うしかなかった。そして答えを言ってるようなものをリボーンが見逃すわけがない。

 

「ディーノ、正体を知っていたのに黙ってただろ」

「げっ」

“あー、ついにバレてしまったのか……。結構頑張ったと思ったんだけどな”

「まったくだぞ」

 

 相手が優でなければ、もっと簡単だったとリボーンは思ったのだった。

 

「え? 誰なの?」

「自分で考えろ」

「えーーー!」

 

 近くにいる獄寺がフードを取ろうとしたが、簡単に逃げられる。

 

“これ以上の治療は病院に行け。じゃぁな”

 

 すぐさま逃げた優にディーノとリボーンはそろって溜息を吐いたのだった。

 



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数日振りの登校、そして水中へ

 適当に寄り道した後、屋上についた優は中から人の気配がするので雲雀に電話をした。すると、予想通り家にいると言ったので慌てて屋上の窓から入る。

 

「すみません、遅くなりました。ご飯ですよね?」

 

 優は起きた時にロマーリオから食事を貰い食べていたので、そこまでお腹が減っていない。しかし雲雀は起きてから何も食べていない。すぐに取り掛かろうと動き出そうとしたところで、違うという声が聞こえる。

 

「電気がついてたから」

 

 説明してなかったと優は気まずそうに部屋の壁についている機械を指しながら話す。

 

「ここで予約とか出来るんですよ。あまり意味がないかもしれないけど、夜とかついてないと目立つんで……」

「へぇ、そうなんだ」

 

 感心していた雲雀だったが、とある事実に気付く。

 

「これ作ったの、誰?」

「私のお師匠様です。あ、保護者でもあります」

「優のこと、知ってるんだ」

「はい。私の1番の理解者です」

 

 悪気のない一言だった。雲雀からすれば面白くない一言である。誰よりも優のことをわかっているつもりだったのに、見知らぬ人物が1番と優が言ったのだ。掻っ攫われたとしか思えない。

 

「……どんな人」

「んー、そうですね。とっても優しくて、私がワガママを言ってもいつも許してくれます。いつも背を押してくれるんです。無理なら無理とはっきり言ってくれるんで、困ったときは相談に乗ってもらいます。他にも私がヒマな時にはお話に付き合ってくれたり、よく頭を撫でてくれます」

 

 えへへと嬉しそうに自分の頭を撫でた優を見て、ディーノに頭を撫でられて喜んだのではなく、その人物を思い出すからだと雲雀は考えた。絶対に雲雀は優の頭を撫でないと決めた瞬間だった。

 

「後、凄くカッコイイです!」

「ふぅん」

 

 あれ?と優は首を傾げた。いつの間にか雲雀の機嫌が最悪になっている。

 

「……僕より好きなの?」

 

 優は困ったように眉を寄せた。比べるものじゃない。優の反応を見てますます雲雀の機嫌が悪くなる。

 

「ええっと……そうだ! お師匠様はお父さんみたいな感じです!」

 

 神と説明できない優は、この言葉を選んだ。神に対して失礼かもしれないが、1番しっくりくる答えだったのだ。

 

「お師匠様はドシっと構えてくれるから好きで、雲雀先輩はドキドキする好きです。ち、ちなみにツナ君はホッと息を吐けるから好きです」

 

 恥ずかしくなった優は慌ててツナのことも話し、誤魔化そうとした。しかし雲雀の口角は上がっている。

 

「僕はドキドキするんだ」

 

 雲雀が笑った姿を見ただけでも真っ赤に染まるのに、もう1度確認するように言われると優は恥ずかしくて仕方がなかった。

 

 その反応に満足した雲雀は優の頬に手を添える。すると、ギュッと優は目をつぶった。よく見ると僅かに肩に力が入っている。2回も連続でついていけなかったからだろう。特に2回目は優のペースにあわせたものじゃなかった。優は怖がってしまったのだ。

 

 それでも雲雀から逃げなかった。その姿が愛おしく感じた雲雀は優しく触れるだけにし、肩の力が抜けたのを感じ取ってから雲雀は離れた。

 

 ジッと2人は見つめ合う。

 

「同じのをもう1度してもいい?」

「……聞かないで」

 

 か細い声だったが、了承の返事だった。雲雀は我慢するはずもなく、もう1度触れた。

 

 再び催促をし触れた後、優はのぼせたように雲雀に向かって倒れこんだ。

 

「もう、ダメです……」

「わかった」

 

 限界がきた優に無理強いする気はなかったので、雲雀は優を抱き上げた。

 

「え!?」

「力が入ってないし、今日はもう眠りなよ」

 

 その言葉を聞いて優は甘えるように雲雀の首に手を回した。思わぬ優の行動に理性を総動員するはめになり、雲雀はベッドに優をおろしてさっさと家に帰ったのだった。

 

 

 

 目覚めた優は寝ぼけながらもシャワーをし、数日振りに制服に袖を通す。雲雀はいろんな場所で戦っていたので、優の姿でも制服ではなかったのだ。

 

 出かける直前に鏡を見て優は笑う。ディーノのおかげでまだこの制服が着れるからだ。雲雀に見せたくなった優は真っ直ぐ応接室に向かったのだった。

 

 応接室についた途端、優は雲雀の前まで駆け寄り一周まわった。

 

「似合ってるよ」

 

 優の行動を理解した雲雀はすぐに答えた。嬉しくなった優は笑みがこぼれる。すると、雲雀も穏やかな目で優を見ていた。

 

 ちなみに草壁は全く優の行動を理解出来なかったが、2人の間で糖度が増していることは気付いてる。もちろんそのことについて何も言わない。草壁は雲雀が決めたことについていくだけである。

 

 そもそもこの2人は切り替えるのが早い。もう先程の空気を消し、雲雀は報告書を読み上げ、優は溜まっていた書類に手を伸ばしている。

 

「優」

「はい。なんですか?」

「後で校舎内を見回りするから、ついてきて」

 

 昨日の自分の発言を思い出し優は納得した。幻覚で誤魔化してるところがあると言ったので確認したいのだろう。

 

「そうですね。パッと見ただけでもありますもんね」

 

 ムスっと機嫌が悪くなったので優は苦笑いした。雲雀はわからなかったらしい。

 

「相性の問題ですよ。それに今はまだ短所より長所を伸ばすべきだと思います」

「……僕に指図するの?」

「聞き流してくれて問題ありませんよ。将来的にはどっちも頼りたいと思ってますから」

 

 優の言葉に雲雀は返事に詰まった。さらっと言ったが、優は雲雀と過ごす未来を考えているのだ。

 

「……すみません。図々しかったですね」

「いいよ。僕に任せればいい」

 

 再び2人は見つめ合う。仲が良いのは構わないのだが、やはり草壁は話についていけない。

 

「あの……」

「好きにすればいい」

 

 何も言っていないのに話が通じたことに優は笑った。草壁がいるのにそのまま話したことでわかっていたのかもしれない。

 

「草壁さん、私が言ってからプライベートの時間にも見回りしてくれてますよね?」

 

 草壁は目を見張った。絡まれると知ってから風紀委員の見回りとは別に、草壁は見回りをしていた。まさか気付かれていると思ってもなかったのだ。

 

「委員長、気付いていらしたんですか……」

「僕じゃない」

 

 ふふっと優は笑って言った。

 

「私、雲雀先輩より強いんです」

 

 機嫌が悪くなるだけで雲雀は何も言わない。つまり事実ということだ。

 

「でも雲雀先輩には勝てないんですよねー」

 

 不思議そうに呟く優の声は聞こえていたが、草壁は処理が追いついていなかった。

 

「草壁」

「は、はい!」

「誰かに話せば僕は許さないよ。……優が学校に通えなくなる」

 

 更なる内容に草壁は優を横目で見た。すると、頭を下げていた。雲雀は命令だけでなく理由も話した。2人から信用され、草壁の気持ちは決まっている。

 

「わかりました。誰にも話しません」

 

 ホッと優が息を吐いたのを見て、草壁は今まで通りに接した方がいいと判断した。優が強いと気付かせる要素は減らすべきだろう。雲雀の方へ目を向けると、草壁の考えを肯定するかのように雲雀が頷いた。

 

「事情はわかりました。ですが、今まで通り見回りはさせていただきます」

「えっと、そこまでしなくても……」

「風紀に関わりますので」

 

 そう言われてしまえば、優は何も言えなくなる。よろしくお願いしますと頭を下げるしかなかった。

 

「それで先程の話は?」

「術士による幻術のおかげで綺麗に見えてますが、今校舎が壊れてるんですよ。私は惑わされない体質なので、その確認です。見回り中にメモを取るわけにはいけませんから、応接室に帰ってきてから書き出しの手伝いをしてもらえると助かります」

「わかりました」

 

 話を聞いた草壁は校舎の見取り図を印刷するために動き出す。この作業は優や雲雀がすると違和感があるのだ。察してすぐに動く草壁の頭の良さがわかる。他にも草壁は必ず距離を保って話しかけ、雲雀の意向を汲んで行動するのだ。素晴らしい人材である。

 

「群れることが嫌いな雲雀先輩が、草壁さんを副委員長に任命した気持ちがわかりますね」

 

 優の呟きに雲雀は何も答えなかった。が、雲雀の気持ちがわかった優はクスクスと笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 優は試合開始時間になってもツナ達の前に現れなかった。その理由はB校舎に侵入していたからだ。

 

(やっぱり水中は相性が良くないなー)

 

 風を操り水中でも空気を確保しているが、集中力がいつもより必要だった。水の中に留めておくのが大変なのだ。

 

 それでも優は潜り続けた。鮫を倒し、スクアーロを死んだように偽装するために。

 

(あ、鮫が出てきた。ごめんね……)

 

 殺傷が好きではないが、優は人を襲う動物にまで甘くはなれない。斬ると決めていた。鮫は優には目をくれず、血の臭いに反応し移動する。

 

 鮫が柱を叩き始めたので、この上に2人がいるのだろうと優は推測した。優は風で確保している空気を限界まで吸い込み、残りを逆刃刀に纏わせる。鮫がキバを見せ、上にいる人物を噛み付こうとする直前に優はその柱を斬った。

 

(やっぱりスクアーロさんだったか……)

 

 優は一瞬だけ目を向けたが、鮫に視線を戻す。噛み付こうとした瞬間に柱が崩れ食べ損ねて怒っているように見える。しかし気にした風もなく、優は逆刃刀を振るった。逆刃刀に纏っていた風が解き放たれ、優の振るった速度で放たれた風は飛ぶ斬撃になる。

 

 振るった瞬間に斬ったと確信した優はスクアーロのもとへ行く。このままでは溺死してしまう。なんとかしなければと思い、口に含んでる空気を分けようとしたところで優に悪寒が走る。

 

 ――僕以外にその場所を許せば、君に何をするか僕でもわからないから。

 

 雲雀の言葉を思い出し、人命救助でも許してくれないと思った優は慌てて地上で風を操り空気を水中に沈める。ちなみに今までで1番風を操るのに集中していた。

 

 スクアーロのために集めた空気を少しもらった優は、いつあがれば問題ないのだろうかと考える。鮫に噛み付かれていないので原作よりは重症ではないだろうが、峰を返していてても斬れることがある。優とは違い、山本はそこまで余裕がなかっただろう。斬れてなかったとしても骨が折れたり、内臓が傷ついてる可能性がある。早く病院に連れて行くべきである。……骨が折れた程度でスクアーロが起きられないとは思えない。

 

 優が悩んでいると、保護スーツをきた人物達がやってきた。ディーノの部下が原作で助けていたはずなのでその人達だろう。指で合図を送られたので、優はついて行ったのだった。

 

 プハッと息を吐く。スクアーロを優先していたので、本当に息が上がってしまったのだ。

 

「おい、大丈夫か?」

“……問題、ない。それより彼だ”

「ああ。手配はしている」

 

 待っている間に、優は触診しながらも体力を渡し続けたのだった。

 



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厄介な性格

あまり話が進んでません。軽く流す程度で問題なしです。

なぜなら、凄くわかりにくい伏線が1つしかありません。
他は何度も繰り返してる伏線だけです。

……物凄く酷い誤字がありました。ごめんなさい。


 雨戦後、ディーノとリボーンは一緒にいた。優について話をするためだ。部下が居ないとディーノはヘナチョコになるので、会話に加わることはないがロマーリオも居る。

 

「おめーのところに入るしかねーのか?」

「ああ」

 

 ディーノの返事を聞いてもリボーンは驚かなかった。優がそう判断したなら入らなければならない可能性が高い。下手に話してしまうと優が逃げ出すのでディーノは言葉を選びながら口にする。

 

「これはわかっちまうから話すが、あいつが入ればオレのところは同盟の中で1番大きくなる」

 

 リボーンは納得した。昨日ディーノのが忙しく話せなかったのは、根回しなどが必要だったからだと。しかしそこまで影響を与えるとは思ってはいなかった。

 

「……リボーン」

「なんだ?」

「あいつの力になってやってくれ」

 

 リボーンはジッとディーノの顔を見た。もうリボーンは正体を知っている。言わなくても協力するとディーノはわかっているはずだ。

 

「多分あいつはまだ何かを隠してる。お前ならそれがわかると思うんだ」

「おめーらでもわからねぇのか?」

「ああ。恭弥でも厳しいだろう」

 

 リボーンは優と似ている箇所は頭をつかうこと思っている。だが、この2人も頭が悪いわけではない。その2人がわからないと言い切るのなら、その線は薄い。他の内容で2人よりもわかることとは何かと考えながらもリボーンは口にした。

 

「いいぞ。任せとけ」

「助かるぜ。あいつは簡単に口を割らねぇし、無理に聞き出すと逃げそうでお手上げなんだ」

「あいつはそういう奴だからな」

 

 ディーノは思わず遠い目になった。近づけば近づくほど、優は厄介な性格とわかるのだ。慣れてしまえば雲雀の方がわかりやすいと思える。

 

「問題はあいつらが気付くかどうかだな」

「実際のところどうなんだ?」

「ツナは無理だな。巻き込みたくねぇ堂々の1位だ」

 

 やはり……とディーノは頷いた。ディーノが顔を出した時に優を誘わないかとツナに聞いたことがあった。人数が多すぎると優は子ども達の面倒をみるので、迷惑をかけることになるとわかっているので別の機会に誘うと言った。ツナは優と一緒に子ども達の面倒をみるのはいいが、任せきりになるのが嫌だったのだ。それを聞いたディーノは互いに大事にしていると微笑ましく思ったことがあった。……今はそれが原因で察することが出来ないのだが。

 

「オレらが教えても解決にはならねーしなー」

 

 困ったようにディーノは頭をかいているとケイタイが鳴った。部下からだったのでリボーンに断りを入れてから電話に出る。

 

「なに!?」

 

 報告を聞いていたディーノが、突如声をあげた。リボーンは雨戦のフィールドだったB校舎にディーノの部下が侵入していたことを知っていた。山本のために侵入したが、スクアーロを助けたという報告だろうと2人は予想していた。今日の試合が負ければ、ツナ達を逃がすためにディーノは戦い、その間に部下が助けた山本も病院に運ぶ段取りだった。勝った場合はリボーンと話をすると決めていた。どちらの場合もディーノの予定は詰まっていたのだ。そのため、あらかじめ病院の手配をしディーノが居ない状況でも緊急手術ができる状態にしていた。

 

 目で合図されリボーンはディーノの肩に乗る。ディーノが動かなければならない事態が起きた。

 

 はぁと溜息を吐き、電話を切ったディーノにリボーンは声をかけた。

 

「何があったんだ?」

「オレらがB校舎で試合があると気付いたなら、あいつも気付くと考えるべきだった……」

「あいつも侵入していたのか」

 

 ディーノは頷いた。

 

「無事なのか?」

「無事も何も、鮫を真っ二つにしスクアーロを助け出してる」

「ディーノのファミリーだからな。おめーの判断に任せる」

 

 リボーンの言葉を正確に理解したディーノは頭を抱えたくなった。どれぐらい注意し、褒めるのかをディーノに丸投げされたからだ。

 

「ツナも苦労する未来がみえるぜ……」

 

 ポツリと呟いたディーノの言葉をリボーンとロマーリオは否定出来なかった。

 

 

 

 

 

 スクアーロを助け出した優は、家に帰らず病院にいた。空を飛び、車を追ってきたのだ。

 

 運ばれた治療室で気配を消しながら近づけばギョッとされたが、ディーノが手配した医者だったので腰を抜かすことはなかった。ディーノの部下達が警戒を解いたのも大きいのだろう。

 

 顔を出した優は素人によるものと前置きして触診して気になった箇所を医者に話す。その時に助けだした時の脈拍などもしっかりと伝えた。

 

(後はお医者さんに任せよ……)

 

 話し終えた優が出来ることはもうないので帰ろうとしたところでディーノとリボーンの姿が見えた。眠かった優は部下の人から話を聞いてと言おうとすれば、ディーノに肩を掴まれる。

 

「……頼むから、乾かしてくれ」

 

 ディーノに言われ、自分の身体を見た優は納得した。服は水に強いので乾いているが、髪から水がポタポタと落ちている。

 

“ああ、悪い。病院が汚れるよな”

「そうじゃねぇ……。風邪ひくだろ?」

“風邪、ひいたことがない”

 

 優に発言にディーノは驚いた。だからといって心配にならないわけではない。

 

「ちょっと待ってろよ」

 

 それだけ言うとディーノはどこかへ行ってしまった。

 

“僕は早く帰りたいのに……”

「すぐ帰ってくるだろ」

 

 帰ることは出来ないらしい。優はフードの上から頭をかいた。さらに水が落ちることに気づき、手をおろす。

 

“あーそうだ。明日の試合はなんだ?”

「霧だぞ」

 

 まだだと知った優は溜息を吐いた。戦いたくはないが、待ちっぱなしも嫌なのだ。

 

「おめーに師匠がいたんだな」

“まぁな。ここ数日は見てもらってないけどな”

「そうなのか?」

“僕がいっぱいいっぱいだから”

 

 リボーンは納得した。リング争奪戦の影響で精神的に弱っているのだ。そんな中鍛えても意味はないだろう。

 

「いつごろから鍛えてんだ?」

“封印が解けてから数ヵ月後だったな。君が僕をつけた後だったと思う”

「……気付いていたのか」

“僕は人の気配に敏感なんだ。特に君は一般人とまるで違う動きだったからすぐにわかった”

「風の守護者か……」

 

 どうやらリボーンに風を操れると気付かれたらしい。ヒントも多く正体よりも簡単だったので、時間の問題と思っていた。今までは正体の方を優先していたのでバレなかっただけだ。

 

“対戦相手の武器は風を集める性質がある”

「勝てそうか?」

 

 ツナに向かって攻撃された時、優は防ぐことで手一杯だったので聞いたのだろう。

 

“1番の懸念は僕のやる気”

「そうか」

 

 誰かのためにしか戦う気がない優は、もしツナが転生者らしき人物でもいいといえばあっさりと身を引く。ツナの中では風の守護者は決まっているのだが、優は気付いていないのである。

 

 ディーノが戻ってくる気配がしたので視線をそちらに向ける。

 

「シャワー借りれる手配をしたから、入ってくるんだ」

“……もう帰るから別に良かったのに”

「いいから入って来い。ボス命令だ」

 

 仕方がないという風に優がロマーリオの後についていったのを見て、ディーノは疲れたように息を吐いた。注意や褒めるどころではないのだから。

 

「ほんと、恭弥はよくやってるぜ……」

 

 逃げ出さない加減の手綱を引かなければならない。これからのことを思い、ディーノは気合を入れたのだった。

 

 

 

 

 

 病院のシャワーを借り終わった優は溜息を吐いていた。帰るタイミングを完全に逃してしまった。ディーノに迷惑をかけるしかないだろう。

 

「少しは身体が温まったか? ちゃんと乾かしたか?」

 

 ディーノがロマーリオのように甲斐甲斐しく世話をし始めたことに疑問をもちながらも、優は頷いた。

 

“……ディーノ”

「なんだ?」

“その、頼みたいことがあるんだ”

「もちろん力になるぜ」

 

 優はホッと息を吐いたところで、ケイタイが振動する。画面を見ると雲雀からだった。

 

「こっちなら大丈夫だ」

 

 病院でも問題ない場所を教えてもらい、優はそこで電話を出た。

 

『どこにいるの?』

“悪い、今日はいけそうにない”

 

 ほんの僅かだが言葉が詰まったのを優は聞き逃さなかった。試合を見ていた雲雀は優が何をしたのか想像ついたのだ。

 

“心配しなくても約束は破っていない。明日には戻る”

『わかった。僕は待ってるよ』

 

 朝一から応接室に行こうと思いながら優は電話を切った。

 

「恭弥からか?」

“ああ”

 

 先ほどの会話を聞いたディーノは根気よく心配していれば伝わるのかと判断した。

 

「それでオレに頼みってなんだ?」

“今から僕のことを頼んだ”

「は?」

 

 理解していないと思っていたが、優はディーノに寄りかかるように寝た。

 

「お、おい!?」

「何があったんだ?」

 

 ディーノの声が聞こえたのか、リボーンもやってきた。だが、聞かれてもわからない。声をかけているが、返事がないのだ。そのためフードを取らずにリボーンが優の身体を診はじめる。

 

「眠ってるだけのようだぞ」

「……眠ってる?」

「ああ。水の中に浸かっただけでなく、体力も渡しただろうしな。疲れていたんだ」

 

 気の抜けたようにディーノに息を吐いた。人騒がせでしかない。

 

「あいつは自分の限界に気付いていたみてーだからな。引き止めたおめーも悪いぞ」

「そうだったのか?」

「ああ。引き止められた時に頭をかいたんだ。困った時によくするぞ」

「あいつにそんな癖があったのか?」

 

 ディーノは素の優のイメージが強い。正体がばれてからはフードをかぶってる時もいつものように話していたのだから、当然だろう。

 

「普段は笑って誤魔化してるんだ。そういう意味では今の姿の方がわかやすくていいぞ」

 

 なるほど……と感心したようにディーノは眠っている優を見た。普段の優は無茶しないがわかりにくく、正体を隠して行動する時は無茶をするがわかりやすい。

 

「恭弥が否定しないわけだ……」

 

 どちらの姿も優だとディーノは気付き、ほんの少し雲雀に近づいたのだった。



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霧戦前の勃発

活動報告に書きましたが、遅くなりました。

そして、本当は霧戦まで終わらせたかった……。


 ゆさゆさと身体を揺らされ、優は嫌がるうように布団へと潜り込む。

 

「起きなくていいのか?」

「やーなの……」

 

 もぞもぞと動き寝やすい体勢を探す姿を見て、ディーノは頬をかいた。気を張り、少しでも触れれば斬りかかりそうな時と全く違う。それに普段よりも幼く見える。

 

「頼んだ理由がわかったな、ボス」

「だな」

 

 今の格好でここまで無警戒になるとわかっていれば頼むしかないだろう。このまま寝かさせておきたいが、そうも行かない。

 

「学校に行かなくていいのか? 恭弥が心配してるんじゃないのか?」

「雲雀先輩……?」

 

 もぞもぞと動き、優は顔を出す。だが、名前に反応しただけで理解はしてないようだ。もう1度同じ言葉を繰り返せば、優は目をこすりながらも起き上がった。

 

「おはよ……です」

 

 まだ寝ぼけてるらしい。正体を隠しながら行動するのは無理だろう。

 

「何か食べるか? それとももう1度シャワー浴びるか?」

「お腹すいた……」

「ちょっと待ってろよ」

 

 寝ぼけてる方が素直に頼むのかと思いながらも、ディーノはロマーリオに目配せし用意を頼む。その間に優はふらふらとした足取りで病室にある洗面所で顔を洗った。

 

「んー! あ、おはようございます。すみません、起こしてもらっただけでなく、ご飯まで頼んでしまって……」

 

 申し訳なさそうに優は頭を下げた。差が激しい。

 

「気にしなくていいんだ。オレらも食べるところだったから」

 

 ディーノがポンッと頭に手を置けば、照れたように笑ったのでこれ以上気にしなくなったようだ。

 

 ロマーリオが用意したご飯を口に運んでいるとディーノが背筋を伸ばし声をかけた。

 

「あのな、優」

「はい?」

「あまり無茶するなよ」

 

 不思議そうに優は首を傾げた。

 

「昨日、部下から優があいつを助けたって聞いて驚いたんだぜ」

「すみません」

 

 素直に頭を下げているが、本当に理解しているか怪しい。

 

「優が誰かのために頑張るのはいいんだ。だけどな、自分の身体も大事にしてほしいんだ」

「私だって痛いのは嫌ですよ?」

 

 ふふっと笑って言えば、話が終わりというかのよう食事に戻った。ディーノがチラッとロマーリオに視線を向ける。すると、首を振っていた。ロマーリオもディーノと同意見のようだ。

 

「優、これだけは忘れないでくれ。もしお前に何かあれば、みんな悲しむんだ」

「たまたま私はここに居るだけの人間ですから」

 

 まるでディーノの言葉が大げさなように優は笑って言った。

 

「もう1度言うぜ。みんな、悲しむんだ」

 

 優は瞬きを繰り返した後、箸を置き口を開いた。

 

「私はみんなと異なる者なのに、ですか?」

「……その意味はオレにはわからねぇ。だけどな、オレは……オレ達は優と一緒に過ごして、違いを感じたことはない」

「ええっと……。例えば、雲雀先輩が変になるのも、私が異なる者だからじゃないんですか?」

「それを恭弥に言ったらあいつは怒るぜ……」

 

 この発言にはディーノは呆れた。1番近くに居るであろう雲雀にもそうなのだ。他の者ならどう思ってるのだろうか。しかし不思議そうな顔をするだけで優はわかっていない。

 

「異なる者とか関係なく、優だから恭弥は好きなんだ。もちろんオレらもそう思ってる」

「……出来ることなら、アルコバレーノになる前に聞きたかったですね」

 

 優はそういって笑った。いつもと変わらない笑顔だが、無理をしてるのはディーノでもわかった。

 

「ごちそうさまでした」

「優……」

「理解できるかはわからないけど、ディーノさんの言葉は覚えておきます」

 

 ディーノはこれ以上は追い詰めることになるので引き止めることは出来なかった。それに忘れないと優が言っただけでも進歩したはずだ。

 

「昨日はいろいろお世話になりました。スクアーロさんのことをお願いしますね」

「ああ、任せろ。またな?」

「……はい。また!」

 

 窓から出て行くのを見送った後、ディーノは溜息を吐いた。根深すぎる。なぜそこまでして頑なに認めようとしないのかわかないが、言動で示していくしかない。

 

「何があっても手を離すなよ、恭弥……」

 

 雲雀から手を離せばあっさりと優は去っていくだろう。雲雀の気持ちですら、正しく伝わっていないのだから……。

 

 言葉にするのが苦手そうな教え子を思い、しっかりと伝えろと教えてあげたいが素直に聞くか怪しい。下手にアドバイスすれば、雲雀は口にしなくなる未来しか見えない。

 

 はぁともう1度大きな溜息を吐いたディーノだった。

 

 

 

 

 

 いつもの登校時間に間に合った優はまっすぐ応接室に向かう。教室にはさっぱり行かなくなったが、ツナがいないので優はあまり気にしなかった。もちろん黒川と京子の顔は浮かぶが、メールをしてるからいいと判断してるのだ。元気な姿を見たいと思ってることに気付かないのである。メールの方が話さなくて済むと考えてるのも、そう判断してしまう理由だった。

 

「おはようございます」

「……おはよう」

 

 ジッと優の顔を見てから雲雀は返事をかえした。元気がないようにも見えるが、いつもと同じようにも見える。

 

「何かあったの?」

「えっと、特には?」

 

 優自身不思議そうに首を傾げるので疲れているだけだろうと雲雀は判断した。

 

「今日は書類いいから」

「え、でも……」

 

 雲雀が上へ向かって指をさしたので優は昼寝と理解した。

 

「私も寝ちゃいそうです」

「いいよ、別に」

 

 優は雲雀の後ろを嬉しそうについて行ったのだった。

 

 午前中はたっぷりと昼寝をし、昼食後は雲雀の見回りに付き合う。今日は校内だけではなく外もである。優が校舎の損傷を確認していることを誤魔化すためだ。

 

 雲雀との見回りのとき、優は本当に何も警戒をしていない。雲雀もしなくていいと思っているので、何も言わない。そもそも雲雀は優と一緒に見回りすると何か必ず奢っている。周りから見ればただの甘やかしにしか見えないが、これでも食べて大人しくしといてという意味だった。

 

 はむはむとクレープを食べていると、優は違和感を覚え顔をあげる。

 

「あー!」 

「なに」

「生クリームが制服に……!」

 

 仕方なく雲雀は足を止める。

 

「お久しぶりです。随分と楽しそうですね」

 

 ハッとしたように振り向いた雲雀だが、答えがわからなかったらしい。不思議に思いつつも視線を外した。が、とあることに気付く。優が制服に生クリームをこぼすようなヘマをするだろうか。

 

 知りたいが、このタイプのことを自分から優に聞くのはプライドに関わる。

 

「うー! 雲雀先輩、ちょっと持ってもらえませんか?」

 

 クレープを渡すために優は雲雀に近づく。そして制服を拭きながらポツリと呟いた。

 

「今のは骸君の気配ですよ」

 

 気になった方向をじっくりと見たいが、優から聞いたと気付かれる行動は避けなければならない。

 

「本人ではありません」

「……霧」

 

 このタイミングで現れたことと、まだ姿を見せなかった守護者で雲雀は勘付いたらしい。

 

「行くの?」

「はい。あ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 

 何事もなかったように食べ始めた優を見て、気付かれないように溜息を吐き雲雀は歩き出した。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなったと優はフードの上から頭をかく。霧の試合を雲雀が見にきているのだ。優の記憶では居なかった。

 

 原作通り、今日は雲雀は見に来なくても良かったはずだ。なぜなら今日が霧なので残るは風と雲しかない。恐らく優の試合は見に来る。どちらの試合でも問題ないので、明日来ればいいだけの話だ。ちなみに今日負けた場合は、XANXUSが行動を起こすだろうと考え、雲雀も好きに暴れるだろうと優は予想していた。

 

 雲雀は体育館の隅にいるので話しかけにくい。なるようになるしかないと優は溜息を吐いた。

 

「お? 恭弥もきていたんだな」

「咬み殺すよ」

 

 もはや挨拶なのかもしれないと思いながら、優はチラッとディーノを見る。スクアーロの容態が悪くないので来る可能性はあったのでそこまで驚かなかった。

 

 それより今は近づいてくる人物をどうにかしたほうがいいと頭がいっぱいだった。

 

「何しにきやがった」

「ししっ。一緒に見ようぜ」

 

 ダイナマイトをかまえている獄寺を無視し、ベルは優に話しかけた。面倒なことばかりしないでほしい。

 

“僕はこっちがいい。後、雷戦のことを僕はまだ許してない”

「ん? オレらと一緒に過ごすなら必要なことじゃん」

 

 なるほど、と優は納得した。もちろん許すとは別の話だが。

 

「それにこの前オレがいない間に帰ったじゃん」

“君が眠っていたからだろ……。ちゃんと君の願いは叶えてから僕は帰った”

「やっぱこいつは敵だ!」

 

 もう面倒になり優はフードから頭をかいた。

 

「獄寺、そこまでにしろ」

「お前ももっとはっきりと断れ」

 

 見かねてリボーンとディーノが声をかけた。獄寺もイラついただけなので、ダイナマイトを戻した。

 

“僕はこっちで過ごすから、君は向こうに戻れ”

「やだね」

“少しは僕の話を聞け”

「だってオレ王子だしー」

“……僕が悪いのか?”

 

 思わず優はディーノに確認した。その時に、雲雀が視界に入る。

 

(も、もの凄く怒ってる……!)

 

 元々イライラしていた雲雀だが、王子という言葉と昨日の試合を見ていた雲雀は声の大きい人がスクアーロと気付き、イタリア旅行の話を思い出したのである。そして我慢の限界が来た雲雀はトンファーを投げた。

 

 瞬時にベルは避け、優はトンファーをキャッチする。

 

「なにコイツ、生意気じゃん」

“だー! 戦おうとするな! いいからベルは戻れ! 僕は君のワガママに付き合う余裕はない。彼の怒りを買いたくはないんだ!! 後で面倒なことになる!!”

 

 ナイフを出したベルと一本しかないのにトンファーをかまえた雲雀を見て、優は叫んだ。本音が混じっていたことが聞いたのか、ベルは雲雀を睨みながらも下がった。

 

「な、なに!?」

 

 眠っていたツナが優の叫びを聞いて飛び起きたらしい。

 

“……もう解決したから。起こして悪かった”

「き、気にしなくていいよ! あれ? なんでオレ寝てたんだ?」

 

 ツナの様子を見て優は癒され脱力した。軽く息を吐いた優は、トンファーを雲雀に返しに行く。

 

“その、なんだ。いろいろ助かった”

「いいよ。また催促するから」

 

 ピシリと優は固まる。何も知らないものからすれば、戦いを催促するようにしか聞こえない。だが、優は催促と言えば嵐戦後のキスのことしか浮かばない。

 

「手加減しないから」

 

 重い足取りで戻っていると、ツナが心配そうにしているのが目に入る。それが1番堪えた優だった。

 



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霧戦

最近、更新が間に合わない。すみません


 優は霧の守護者であるクロームをガン見していた。

 

(か、可愛すぎ……!)

 

 危うく素の自分になりそうになりながらも、優は幸せな気分でクロームを見ていた。城島犬が優をビビッているのも視界に入っているがそれは無視である。

 

 優がガン見しているとクロームがツナの頬にキスをした。挨拶といいクロームは気にした様子もない。

 

(つまり、人命救助でも……、ダメだ。嫌な予感しかしない)

 

 再び悪寒がしたので、正しい判断をしたと優は自分を褒めた。

 

「あ、あの……1位の人はどう思いますか?」

 

 原作では自分で決めた気がするが、ツナはクロームを守護者にするかどうかの相談を優にした。

 

“彼女からは骸の気配はしない。強そうだし彼女でもいいと思うが、個人的な意見なら僕は反対だ”

「え? どうして?」

“可愛い子だから”

 

 えー!と真っ赤になるツナを見て、勘違いしてそうと優は思った。

 

“僕は女性と子どもは安全な場所に居てほしいと思うタイプだからな”

「あ、それはオレも思うんだ」

 

 優も女だろ……と正体を知っている人物達は心の中でツッコミした。

 

“でも彼女は戦いたがっている。だから僕の個人的な意見を参考にするのは間違ってるんだ”

 

 自分のことは棚に上げなかったらしい。

 

「うーん……。じゃあ、頼むよ」

 

 クロームがホッと息を吐いた時、優もこっそりと息を吐いていた。正体を隠しているため聞けないので確かめたかったのだ。もちろんそのことに雲雀達も気付いていた。

 

 コロネロが登場したので、優は気を紛らわせるためにたっぷりと楽しんだ。可愛いのがいっぱいそろっているので目の保養なのだ。

 

 優が趣味に走っている間に、クロームは体育館の中央へ移動していた。すると、観覧スペースの枠が降りてくる。この中で見ないといけないらしい。

 

“どうするんだ?”

 

 声をかければムスっとしながらも雲雀は観覧スペースに入った。帰らないところをみると雲雀もクロームが骸と疑ってるらしい。

 

 試合が始まるとどこからも驚いた声が聞こえる。

 

“これぐらいの幻覚なら、痛みを与えれば問題ないかもな”

 

 優の言葉を聞いた雲雀は唇をかんでいた。よく見ると了平が思いっきり自分の顔を殴っていた。

 

“……言っておくが、幻覚が高度になれば効果がないぞ”

「ッチ、つかえねー」

「ご、獄寺君……」

 

 ツナが思わず声をかけるほど、獄寺の言葉は容赦がない。

 

「あれ? 幻覚って……骸の地獄道!!」

 

 目の前にいるマーモンも術師なのに、幻覚を使うという理由だけでツナの中では骸になるらしい。……ボンゴレの超直感かもしれないが。

 

 マーモンが鎖を解き、アルコバレーノの証であるおしゃぶりが光り出す。おしゃぶりが今まで光らなかったことに驚いていたリボーンとコロネロに向かって、マーモンは言った。

 

「お前達とは違って、僕は怠らなかったからね。呪いを解く努力を」

 

 雲雀もディーノもいることを思い出し、優はしまったと思った。隠していたのに、これで気付かれてしまった。

 

“気合をいれろよ。恐らく一気にレベルがあがるぞ”

 

 視線を感じているが、優は知らぬ顔をしてツナ達にアドバイスをする。そして本当にそれどころではないレベルの幻覚が生み出されていく。優は平気だが、ツナ達は火柱で燃えそうになったり寒くなったり忙しそうだ。

 

 圧倒的な力の差でクロームは武器を壊される。優は動きたくなるのをグッと堪えた。風で動かすのは幾ら何でも体育館では手を出したとバレバレだ。それに助けたとしても優に内蔵を補う力はない。

 

「陥没していく……!」

「これも幻覚ーー!」

“違う。あれは現実だ。

 

 ツナのために教えてあげれば、視線が集まる。

 

“僕は最初から彼女は強そうと言っただろ。彼女の内臓が幻覚で作られていると僕は気付いていたんだ”

「そうだったの!?」

“君だって幻覚には強いほうだろ……”

「え? そう、なのかな……?」

 

 危険を感じなければ気付かないかもしれないと優は判断した。すると、ツナが震えだし汗をかきだした。優もツナから数秒遅れて骸の気配を感じ始める。思わず優は長い息を吐いた。

 

「あいつが来る!! 六道骸が!! 骸が来る!!」

 

 ツナの声に反応したかのように、骸が現れる。時間制限があることを知りながらも、カッコつけるヒマがあるならもう少し早く出てこいと考えていた。元々女性には甘いのもあるが、骸とは合わないらしい。優には珍しく考えが辛辣である。

 

 ツナ達が大変そうになってるのを尻目に優はポツリと呟いた。

 

“高レベルな戦いだな”

「わっ、1位の人はなんで平気なのー!?」

 

 床が歪み立てなくなったらしいツナが叫んだ。

 

“そういう体質だから”

 

 正しく言うと優は幻覚の景色と普通の景色が両方が見えているのだ。そのため試合の流れもわかり、通常の景色が見えているので錯覚を起こさないのである。

 

「それで片付く話じゃねーだろ、っと!」

 

 幻覚にかかりながらも、ディーノは体勢を保ちいつでも戦えるように出来ている。経験の差というものなのかもしれない。雲雀も立っているが、優の見立てでは戦えるかは怪しい。……もっとも意地で戦い抜く可能性もあるが。

 

「おめーがたってる場所は問題ねーな」

「やるな、コラ」

 

 ちゃっかりとリボーンとコロネロは安全な場所である優の足元に居た。優が幻覚を見破り立っているので、そこの床だけは歪まないのだ。

 

 ツナが頭が痛いと苦しみだしたのと同時に、優も頭に骸の記憶が流れ始める。まさかこれが流れるとは思わなかった優はフードの上から額を叩いた。

 

「どうしたんだ?」

“頭に入ってくるって言ってるし、多分彼と一緒。骸の記憶が頭に流れ込んできている”

 

 リボーンの問いに答えれば、優とツナの顔を交互に見て、そうかと呟いた。リボーンに納得してもらえたが、雲雀は納得出来なかったらしい。不機嫌なオーラがをビシビシと突き刺さるのを優は感じた。

 

(原作よりも仲が悪くなりそう……。ってか、私は悪くないってば)

 

 はぁと軽く溜息をついていると、骸がマーモンのリングを持っていた。引き止めたマーモンに骸は追い討ちをかける。倒し方がむごいなと優は思った。

 

 完全に骸がリングを揃えたので、霧の守護者の対決は勝利である。特に口出しもしなかったので、他の試合と比べてそのままだったという印象が強い。

 

「え……ちょ……っ、そんな……そ……そこまでしなくても……」

「この期に及んで敵に情けをかけるとは……、どこまでも甘い男ですね」

 

 それしか言わないので説明は優に振ったのだろう。面倒事を押し付けられた気分になった優は溜息を吐いて言った。

 

“マーモンは生きている。逃げたのを彼は見逃した”

「心外ですね。僕が手を下すまでもないと判断したまでです」

 

 実際、XANXUSが見逃すわけがない。モスカに命令したXANXUSを見て、骸はXANXUSの企てに気付いているような口ぶりで話しかけていた。だが、知っているのに話さない。優は話したくても話せないのでどうしてもイラっとしてしまう。

 

「君より小さく弱いもう1人の後継者候補をあまりもてあそばない方がいい。それと……」

 

 骸の目がかわり、優の足元から火柱が出現する。すぐに優はリボーンとコロネロを突き飛ばそうとしたが、2人はちゃんと避けていた。

 

「っ!?」

「1位の人!?」

 

 息を呑む人物が多い中、ツナの声に隠れて雲雀も僅かに声を出していた。

 

“……僕じゃなければ、死んでいるぞ”

 

 何事もなかったように優は火柱の中から現れる。

 

「僕がこれだけの力をこめて無傷ですか……。全くもって腹立たしい」

 

 言葉とは裏腹にやれやれと呆れたように話す骸。優は再びイラっとした。

 

“君はバカだろ”

「バカといった方がバカということを知らないのですか?」

 

 記憶が流れた優は長時間とどまることが出来ないと話せる。そのため無駄な力を使ったため骸に言ったのだ。すると可愛くない発言がかえってきた。

 

「クフフフ」

“いいだろう、その挑発……”

 

 乗ろうとしたところで、雲雀の限界が来たらしい。殺気があふれ出した。

 

「おい、恭弥……!」

 

 ツナ達に緊張が流れる中、ディーノが慌てて間に立とうとして動いたがあっさりと無視される。

 

「おや? あなたもいたのですか。風の噂で随分平和ボケしたと聞きましたが」

「試してみるかい?」

「いいでしょう」

 

 2人のやり取りを見て優は言った。

 

“確かに僕はバカだったようだ。君達を見てそう思った”

 

 いい勉強になったと優は何度も頷いた。いたって本人は真面目に思っただけだが、明らかに挑発行為である。骸と雲雀にジッと見られ、優は首を傾げた。

 

「先にあなたのその口を閉ざしましょうか」

「無理矢理にでも黙らせてほしいんだ」

 

 優は心の中で仲が良さそうだねー……と思い、現実から目を逸らした。特に雲雀の方が怖すぎるのだ。だが、一向に2人から視線が逸らされず、現実に目を向けるしかない。

 

“どうしてこうなった……”

「……お前が悪い」

 

 ディーノがツナ達の心を代弁し、ガクリと優は肩を落としたのだった。

 

「あ、あの……骸。とりあえず、ありがとう」

 

 見かねてツナが声をかけると、骸は溜息を吐き戻っていった。本当に限界だったようだ。クロームが床に打ち付けるギリギリ手前で優は風を操りそっと倒れこませる。

 

 チェルベッロが頷きあい、明日の組み合わせを発表する。

 

「明晩の対戦は風の守護者同士の対決です」

 

 そこまで聞いた雲雀は骸と戦えず面白くなさそうに帰っていった。優に向かって「後で覚えておきなよ」という不吉な言葉を残してだが。

 

 見習いは嬉しそうにしているが、優のテンションは最悪だった。雲雀の言葉でいっぱいいっぱいなのに、やめて欲しい。

 

 はぁと溜息を吐いていると、ツナがやってきた。ヴァリアー達が去ったので、話しかけてきたのだろう。

 

「明日……大丈夫?」

“……君が応援してくれれば、多少はやる気が出るかも”

「応援するに決まってるじゃないか!」

 

 大声をあげたツナは自分の行動に驚き、そして慌てながらも言った。

 

「ご、ごめん……! でも、オレが1位の人を応援しないわけがないんだ」

“……わかった”

 

 ツナの行動にディーノは安心したように笑った。よくわかっていないにも関わらず、ツナは優に必要な言葉をかけている。

 

“それで、彼女は誰がみるんだ?”

 

 ツナ達は困ったようにクロームを見た。犬と千種があっさりと置いていったのでどうすればいいのかわからないのだ。

 

「ったく、しょうがねーな。オレがみてやるよ」

 

 ディーノの言葉にツナ達はホッと息を吐いた。

 

“だったら僕が面倒をみる。君は別件で忙しいだろ”

「それはまずいだろ!?」

 

 優の言うとおり、ディーノは根回しやスクアーロのこともある。だが、当然反対だった。正体がバレてしまうからだ。もちろんそのことには気付いていたが、優は周りを見渡してから言った。

 

“この中で女性の扱いは僕が1番うまい。脱がすことが出来るのか?”

 

 なっ!?と声を上げ、真っ赤になるツナ達。完全に男と思っているので、変な想像をしてしまったようだ。ボタンを緩めるという意味だったのが、訂正してもたいして変わらないと判断し優は口を閉ざず。

 

「本当にいいのか?」

“彼女と話をしたい気持ちもあるんだ”

「そうか」

 

 リボーンの許可を貰ったので優はクロームを抱き上げる。もちろん横抱きで。

 

「あの、お願いします」

“気にしなくていい。じゃぁな”

 

 クロームを気にしながら、優は家に戻って行ったのだった。



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貸し借りの関係

昨日は寝てました。すみません。


「えーと、ごめんなさい」

 

 家に帰った優は、雲雀が睨みつけるようにクロームを見ているので謝った。どうして連れてきたんだと怒ってるとわかったからだ。

 

「正体がバレればどうなるか、わかってるよね?」

 

 いくら雲雀が誤魔化しても優が自覚がしなければ意味がない。いつかバレてしまう。

 

「わかってますよ。大丈夫ですって。……多分」

 

 雲雀は思いっきり優を睨んだ。多分で連れてくるなといっているのだ。そもそも今から何とかして呪いについて聞き出そうとしていたのに、クロームが居ては話が出来ない。

 

「私だって危険だと思いましたけど、交流は必要だと思ったんです。女同士でなければ、話せない内容だってありますから」

 

 これから守護者として戦うならば、協力は必要不可欠だ。鈍いツナ達に察しろというのは無理がある。だからといって、女性特有のことを察しられれば気まずいだろうが。

 

 優の言葉に雲雀は理解できた。が、納得は出来なかったらしい。機嫌が悪いままだ。仕方がないと優は息を吐き、とりあえずクロームをベッドに寝かせようと寝室に移動しようとする。

 

「……何しようとしてるの」

「え?」

 

 不思議そうに返事をするので優は何もわかっていないのだろう。雲雀の中で優のベッドにクロームを寝かせるのは許せないのだ。もし骸と入れ替わりでもしたら、ムカツキどころの話ではなくなる。

 

「優のベッドは僕が使う」

「あ、はい。泊まるんですね。わかりました」

 

 言われるまで気付かなかったらしい。雲雀が2人っきりにさせるわけがないことに。優は寝室ではなく和室に行き、風を操り布団を敷く。

 

「だから何してるの」

 

 へ?と優は首を傾げた。クロームと自分の分の布団を敷いただけなのに、なぜ怒っているのだろうか。

 

「それはあれと繋がってる。優の寝室にそれの分を敷けばいい」

 

 群れることが嫌いな雲雀には珍しい提案である。すぐに咬み殺せるようにするためだった。

 

「ダメです。クロームちゃんは女の子ですよ?」

 

 優はクロームを異性である雲雀と同じ部屋に寝るのが許せず、雲雀は入れ替わった時のことを考え優と同じ部屋に寝かすというのは考えられなかったのだ。

 

 結局、寝室に布団を二枚敷くという案で落ち着いた。クロームだけを和室で寝かせる案もあったが、看病でもないのに雲雀と同じ部屋で寝るのは優が恥ずかしがったからだ。他にもどちらかが起きているという案も出たが、互いに却下した。

 

「そういうことでしたか。クフフフ」

 

 優が布団にクロームを寝かせた途端、クロームの笑い声が響く。トンファーをかまえた雲雀に優は抱きつき止める。クロームの身体なので咬み殺しても意味がない。

 

「ええっと、骸君。私の正体を見に来たなんだよね?」

 

 雲雀に抱きつきながらも優は話しかけた。ちょっと格好がつかない。

 

「そうですね」

「黙っててくれないかな?」

「どうしましょうか。クフフフ」

 

 ますます雲雀が暴れ始めたので、優は必死に抱きつく。

 

「わ、私に借りがあったほうが都合がいいんじゃないの?」

「確かに、沢田綱吉の身体を乗っ取るのに都合が良さそうだ。ですが、僕はあなたの身体もほしい」

「咬み殺す……!」

 

 雲雀は骸に挑発され頭に血がのぼっているので、優は溜息を吐き、雲雀を風で浮かせた。

 

「!?」

「ほぉ」

「少しは頭を冷やしてください」

 

 怒ってるなーと思いながらも、優は骸に向き直った。

 

「で、どうするの? 実際問題、骸君は私に手の内を晒しすぎだと思うよ」

「……あなたに借りを作ると考えた方が、僕にとって有益になりそうですね」

「じゃ交渉成立ってことで。それでさ、もう1つ私に借りを作ろうと思わない?」

「優!!」

 

 雲雀の様子を見て骸は楽しそうに笑った。優と良好な関係を築いた方が面白そうだと思ったのだ。骸は雲雀にも興味があるのだから。

 

「なんでしょうか?」

「明日クロームちゃんに弁当を渡すから、みんなに食べるように言ってほしいんだ。クロームちゃんが軽すぎたし、まともな食事してるか怪しそうだから。骸君が言えば、食べると思うからさ」

「……いいでしょう」

 

 優の提案を聞いたとき、僅かだが骸は目を見開いた。骸のためになることを借りとして頼み込んだのだから。

 

「つくづく、沢田綱吉といい、甘い考えだ」

「甘い考えなのは否定しないけど、私はツナ君みたいに善意だけじゃないよ。クロームちゃんと仲良くなったほうが私としても都合がいいからね」

「そうですか」

「もう戻ったほうがいいと思うよ。疲れてるんでしょ?」

「……また会いましょう」

 

 優は手を振り、骸を見送った。そして気まずそうに雲雀に視線を向け、ゆっくりとおろす。

 

「あははは」

 

 笑って誤魔化してもやはり意味がないようだ。かなりのお怒りだ。

 

「……優」

「は、はい!」

 

 ピシッと雲雀の前で優は正座をする。雲雀が嫌がることをした自覚があるのか、半泣きになりながらも目をそらさない。この行動に雲雀は言葉が詰まった。奇しくも潤んだ瞳で上目遣いである。恋愛は惚れた方が負けという言葉を証明するかのように雲雀は何も言えなくなったのだ。

 

「……もういい。僕は寝る」

 

 そういって雲雀は優のベッドに入り寝た。優は甘いが、決して頭が悪いわけではない。自分が不利になるような交渉は組まないという信頼があった。ただ、ムカついてるので反省すればいいという意味で、もう許してるとは説明をしなかった。

 

 呆れられたと優はショックを受け、眠っている雲雀に手を伸ばそうとした。だが、振り払われるのが怖く、優は手を下ろした。そもそも今回は自分が悪い。

 

 雲雀とクロームが眠っているので優は電気を消す。そしてほんの少しドアを開けたまま、明日クロームに渡す弁当の仕込みのため台所に向かった。

 

 

 

 

「はぁ」

 

 深夜に雲雀の溜息が部屋に響く。優が人形を抱きながら部屋の隅で座った状態で寝ていたからだ。布団を敷いた意味がない。それ以前にこのままでは風邪を引いてしまう。

 

 雲雀は優を抱き上げようとした手を止めた。今の姿が、怯えた時の優に似ている。このまま触れれば、風が優を守る気がしたのだ。

 

「……僕はもう怒ってないから」

 

 一言声をかけてから雲雀は優に触れた。拒絶はなかった。優を抱き上げ、ベッドに寝かせる。以前も思ったが、優は眠りが深くなかなか起きない。クロームさえ居なければ、イタズラするのに。

 

 再び溜息を吐いてから、雲雀は優の隣で寝た。

 

 

 

 

 朝起きると優は首を傾げた。隅っこで寝た記憶があるのにベッドの上に居たからだ。クロームはまだ眠ってるようだが、雲雀の姿はない。寝ぼけて雲雀が眠っていたベッドに入ってしまったのだろうか。もっと怒ってしまったかもしれない。優は項垂れながらも起き上がった。

 

「おはよう」

「……おはようございます?」

 

 リビングのソファーに雲雀が居たので何度も瞬きを繰り返す。そしてトタトタと雲雀に近づいた。

 

「なに」

「怒ってないんですか……?」

 

 昨日怒っていたはずの雲雀がいつものような雰囲気に戻っていたのだ。不思議でしかないのである。

 

「僕は言ったよ。もういいって」

「え? それって許してるという意味だったんですか!?」

「そうだね」

 

 そうだったんだと優はホッと息を吐いた。冷静になった優は、今の自分の格好を思い出す。顔もまだ洗っていない。

 

「わっ、わっ。着替えてきます!」

 

 慌てて動き出した優を見て、雲雀はいい加減慣れればいいのにと溜息を吐いた。

 

 雲雀の朝ご飯を作った後は、クロームの弁当とお昼の弁当を作り出す。ちょっと今日は朝から忙しい。ドタバタしているとクロームが起きたようだ。

 

「おはよう。クロームちゃん」

「あなたが骸様が言っていた風の人……?」

「そうだよー。風早優です。あ、顔を洗ったらこっちに座ってね。あの人は群れるのが嫌いだから近寄ったら危ないから。洗面所はこっちだよー」

 

 戸惑いながらもクロームは付いていく。優しくされることには慣れていないが、骸が言ったので逃げることはなかった。

 

「あ。そうだ。先にお風呂に入る? 昨日も入ってないし入りたいよね」

「……いいの?」

 

 優は笑顔で頷いた。やっぱり可愛いのだ。

 

 お風呂の使い方の説明を終えた優は、再び台所に戻る。クロームの朝ご飯も作らなくてはいけない。チラッと雲雀を見るともう食べ終わっている。先に片付けて、お茶を用意するべきだ。

 

「はい。どうぞ」

 

 お茶を飲んでいるが、雲雀は先程から無言である。クロームが起きてからずっと庭を見ているので視界に入れないようにもしているのだろう。

 

「クロームちゃんはクロームちゃんですよ。お風呂を借りれるとわかった時、私にもう一度確認してから凄く嬉しそうな顔をしましたから」

 

 そう言って優は再び台所に戻った。最後までは言わなかったが、骸ならば使えて当たり前のような反応をすると優は言いたかったのである。残念ながら雲雀の返事はないが、優もすぐに納得するとは思わなかったので気にならなかった。

 

「ここに座っていいよ」

 

 お風呂からあがり、どうすればいいのかわからず困っているクロームに優は椅子を引いてあげる。居心地が悪そうなクロームを気にしながらも、優は味噌汁やご飯を盛る。

 

「はい、どうぞ」

「…………」

「骸君に言われたでしょ? 気にせずに食べていいから」

 

 コクリと頷き、クロームはご飯を食べ始める。原作で知っていたが、骸の助言がなければ大変だっただろうなと優は思った。

 

 クロームが食べ終わり、引き止める理由がないので優は弁当を渡して見送る。

 

「ごめんね。面倒なことを言って」

 

 正体がバレないように幻覚をかけて出てほしいと優は頼んだのだ。クロームは気にした風もなく、フルフルと首を横に振った。可愛くて優は癒される。

 

「……優……ありがとう」

「クロームちゃんのためなら、何でも出来そうな気がする……!」

 

 優があまりの可愛さに悶えていると雲雀から視線を感じた。迂闊なことを口走るなと怒っているようだ。

 

「ゴホン、女同士でしかわからないこともあると思うから、相談に乗ってね。私も相談するから」

「…………うん」

 

 玄関で手を振り見送っていると、クロームはもう1度振り返ってお礼を言ってから去っていった。

 

「……骸君やっぱり許すまじ」

 

 昨日の試合に出てくるのが遅かったことを優はもう1度怒り出したのである。その様子を見ていた雲雀は単純すぎる思考に溜息を吐いたのだった。 

 



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試合当日

 時間が時間なので、優と雲雀は一緒に登校していた。応接室につくなり、優は腕をまくる。

 

「今日は溜まってる書類を片付けますよー!」

 

 気合が入ってるのはいいが、今は書類よりも大事なことがある。

 

「あ、その前に教室に行こうかな。京子ちゃんと花に顔を出した方がいいし。ちょっと行ってきますね」

 

 優の後姿を雲雀はジッと見ていた。雲雀が名を呼ぶ前に優が声をかける。偶然ではないだろう。話したくないため雲雀から逃げているのだ。

 

「……草壁、呪いと聞いて何を浮かべる?」

「具体的なものは浮かびません。現実的ではありませんから」

「そう」

 

 雲雀が窓から景色を見ているので、草壁は呪いについて考えていると気付いた。そのことに草壁は違和感がある。雲雀も草壁と一緒で信じるタイプではないからだ。

 

「具体的なものは浮かびませんが……呪いという言葉は、不幸になるという印象が強いです」

「…………」

 

 返事はなかったが、雲雀は話を聞いていると草壁はわかっていた。雲雀から声をかけた場合は必ず耳を傾けていると知っているからだ。

 

 しばらく静かな時間が流れていたが、ふと雲雀が外の景色から視線を外し、扉の方へと向ける。

 

「入ってきなよ」

 

 声をかけても一向に入ってくる様子がなく、雲雀は溜息を吐いた。ドアの前にいるのはわかっているが、雲雀が無理矢理連れて行こうとすればその前に逃げるだろう。気配を殺して近づいても風で探られていれば意味がない。

 

「溜まってる書類をするんでしょ?」

 

 おずおずと優は顔を出し、席に腰をかけた。座ったことを確認した雲雀は草壁に視線を送る。察した草壁は応接室から出て行く。優に2人っきりにしないでという視線を感じながらも。

 

「優」

 

 名を呼ぶだけで優はビクッとするので、仕方ないという風に雲雀は息を吐いた。

 

「これだけは答えて。優は幸せ?」

「……幸せすぎて、怖いです」

 

 ポツリと呟いた言葉を聞き、雲雀は優の隣に腰をかけた。

 

「怖くなったら僕に言えばいい。……辛くなった時も」

「もう怖いです。雲雀先輩が優しすぎて……」

 

 ポロポロと落ちる涙を雲雀は袖で拭った。いつもと違って抱きしめなかったのは、優の顔を見たかったからだ。

 

 いつもと違いすぐに泣き止んだ優は照れたように笑った。間近で見た雲雀は我慢することは出来ずに口づけしようとしたが、優に避けられる。

 

「ダメです」

 

 雲雀はすぐに周りを見て気配を探ったが、何も感じない。ムスっと機嫌が悪くなる。

 

「だって痛そうですもん……」

 

 優は自分の唇を指をさし、昨日雲雀が噛んだ場所を教える。

 

「痛くないから」

「ダメです」

 

 笑顔で牽制する優を見て、ますます雲雀の機嫌が悪くなる。ついにはプイッと横を向いてしまった。

 

「うーん、じゃぁ、これで我慢してください。失礼しますね」

 

 頬に柔らかい感触がし雲雀が振り向いた時には、何事もなかったように優は書類を持っていた。だが、顔だけでなく耳まで真っ赤である。

 

「誤魔化せてないよ」

「……そ、それは言わないでください」

 

 書類で顔を隠す姿を見て雲雀は満足した。真っ赤になっていたのは優だけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 今日もツナはいつもの場所で修行していた。

 

「リボーン、お願い」

「……休憩だぞ」

「でも!」

 

 リボーンは首を振った。修行にやる気があるのはいいが、焦っていては零地点突破のタイミングをはかれるとは思えない。

 

「沢田殿、拙者も休憩した方がいいと……」

 

 2人から反対され、ツナはゆっくりと腰をかけ謝った。

 

「今日の試合が心配になるのもわかりますが、あの者は強いのでは?」

 

 バジルの中ではスクアーロと対等に戦っているイメージが強いのだ。しかし、ツナは無理して戦っているとしか思えない。

 

「1位の人は、オレと似てるんだ。争いとか好きじゃないんだ」

「そうでしたか……。拙者は前に出て戦っている印象が強く、気付きませんでした」

「あれはオレ達を守るためだよ」

 

 だからこそ、わからない。

 

「どうして、無理してまで助けてくれるんだろう……。なぁ、リボーン。お前はもう正体がわかったんだろ? 教えてくれてもいいじゃないか」

「知ってどうするんだ?」

「え?」

「おめーは顔を知らなくてもあいつなら応援するんだろ。隠してる奴の顔を無理矢理暴きたいのか?」

「そうじゃないけど……」

 

 霧の守護者の時とは違い、戦う仲間がわからなくて知りたいわけではない。顔はわからないが、人となりは十分知っているのだから。

 

「ただの興味なら止めとけ。お前も相手も傷つくだけだ」

「……ただの興味じゃない」

 

 ツナは顔をあげ、リボーンを真正面から見た。

 

「知らないとダメなんだ。1位の人のことをわかってあげないといけない気がするんだ」

「だったら、考えろ」

 

 えー!とツナは声を上げる。教えてくれると思ったのに、と。

 

「1人じゃ思いつかねぇなら、獄寺達と一緒に考えばいいじゃねーか。修行はここまでにするぞ」

「……うん、わかった」

 

 いつもよりかなり早い時間だが、ツナは帰り道を歩き獄寺達に連絡した。

 

 

 

 

 連絡した結果、ツナの家には獄寺、山本、了平が集まった。クロームとの連絡方法はわからず、雲雀は正体を知っているので声をかけなかったからだ。

 

「集まってもらったのは、1位の人の正体をみんなで考えようと思ったからなんだ」

「極限、気になっていたぞ!」

「仲間なのに知らないのは変だもんな」

 

 山本達も知りたがってるのでツナはホッと息を吐いた。そしてまだ返事がない獄寺に声をかける。

 

「獄寺君も気にならない?」

「……オレらが考えてわかるんスか? 素顔の知らない奴の正体を考えても意味がねーと思います」

 

 ツナの質問には答えず、獄寺はもっともらしい疑問を口にした。すると「あ」という声が3人からあがり、気まずい空気が流れる。

 

「わかるぞ」

「リボーン、本当!?」

「ああ」

 

 了平とは接点が少ないが、京子を通して優のことを知っている。そもそも並中で優のことを知らない人物はいない。雲雀の彼女として名が知れ渡っている。

 

 リボーンの言葉でツナ達は必死に考えるが、見当はずれの名ばかりがあがる。性別さえ合わない。

 

「ツナ。ディーノさんなら、知ってるんだよな?」

 

 嵐戦の時の様子を思い出し、ツナは山本の質問に思い出したように頷く。そして山本が言いたいことを理解したツナ達は笑顔になる。一名だけは、素直になれずブツブツといいながらも賛成していたが。

 

「お前らの頼みでもディーノは話さねぇぞ。あいつはディーノのファミリーの一員だからな」

「えー!? そうなのー!?」

 

 ディーノにお願いして教えてもらおうとしたツナ達はショックを受ける。

 

「跳ね馬のファミリー……」

 

 明後日の方向に悩み始めたので、リボーンが修正する。

 

「あいつは最近入ったばっかりだぞ」

「最近?」

 

 リボーンはツナの確認に頷いた。そして、真っ直ぐツナの顔を見て言った。興味本位で探しているわけではないと言ったのだから。

 

「お前達のためにあいつはディーノのところに入ったんだ」

「オレ達のため?」

「ああ。詳しく話を聞いたわけじゃねぇが、あいつの考えはわかるぞ。おめーらを助けるために選んだってな。本人も死んでほしくねぇって言ってたじゃねーか」

 

 ツナ達と友達ではなければ、優は隠し通していただろう。すぐに逃げやすい性格なのだから、なりたくもないマフィアに入らないようにしていたはずだ。

 

 いったいどういう気持ちでフゥ太にランキングを頼んだのかとリボーンは思う。ランキングにはツナが継いだ時という内容はあった。しかし、継いだわけではないツナを助けるためには他のマフィアに入らなければならない道しか残っていないと優は気付いていたはずだ。もしツナが継がなかった道を選んでも、優はツナを助けるために入ったので抜けれない。ディーノが逃げ道を用意していたとしても、優はその道を選ばないだろう。ディーノに恩があるのだから。

 

 唯一の救いがあるとすれば、雲雀とディーノに接点が出来たことだ。ツナが継がなくなったとしても、ディーノに教え子が心配だからついていてくれと言われれば、優は断れない。いいのかなと思いながらも、行きたい場所なので進んで雲雀のもとへ行くだろう。実際、優以外に雲雀を動かすのは困難なのでウソではないのだから。

 

「うーん……」

 

 ここまでヒントをあげて未だ正体にたどり着かないツナ達を見てリボーンは溜息を吐いた。そこまでしてツナ達のために動くのは限られた人物しかいないのに。

 

「ん? リボーン、どこ行くんだ?」

 

 ドアから出ようするリボーンにツナは声をかけた。リボーンが居なければ正解かどうかもわからない。

 

「優のところだぞ」

「え? そうなの? だったら……」

 

 オレも行くと言おうとしたところでハタと気付く。ツナが声をかけたから集まったのだ。いくらなんでも行くとは言えない。

 

「いいスよ。オレ達はもう少し考えてますから」

「それに気分転換した方がわかるかもしんねーのな」

「だな! 極限に問題ないぞ」

「ありがとう!」

 

 獄寺達に背を押され、ツナはリボーンと一緒に優のところへ向かうことが出来たのだった。

 

 優の家までの間の世間話として、ツナはリボーンに声をかけた。

 

「優に何の用なんだ?」

「おめーこそ、優に用事か?」

 

 優は精神の方に不安があるので試合前に会っておこうと思ったと答えられないリボーンは、質問を質問で返した。

 

「うん。最近、会えてなかったのもあるけど……優はヒバリさんと一緒に居たなら話を聞いてるかもしれないと思って……」

 

 ツナは優を安心させるために顔を見せに行こうと思ったようだ。

 

「ヒバリさんと違って、あんまり安心させれないかもしれないけど……」

「いいじゃねーか。ツナの顔を見るだけでも優は喜ぶぞ」

「……そうかな」

 

 自信がないのは避けられたまま修行に入ったからだろう。

 

「ツナ」

「ん?」

「お前が避けてるから優も避けてるんじゃねーのか? ツナが真正面から聞けば、あいつは答えるはずだぞ。このままでいいのか?」

 

 リボーンの言葉にツナは足が止まる。そして意を決したように顔を上げ、再びツナは歩き出したのだった。

 

 呼び鈴が鳴り、顔を出すとツナだけじゃなくリボーンも居たので優はバレちゃったかもしれないと考えた。

 

「ツナ君、どうしたの? 修行しなくていいの?」

 

 それでも何もなかったように話しかける。バレたとは限らないからだ。

 

「優、あのさ……オレ、何かした?」

「へ?」

「少し前からオレのこと避けてるよね?」

 

 グッと言葉に詰まった。その話だとは思わなかったのだ。

 

「オレ、直すからさ。言ってほしいんだ」

「ツナ君は何も悪くないよ!! ……私が悪いの」

 

 優は困ったように笑った。

 

「……優、何があったの?」

「ええっと、あることを話しちゃダメって脅されちゃって……」

「え!? ヒバリさんに相談してないの!?」

 

 黙って聞いていたリボーンは思わずガクッとなった。優のことでそのタイプの問題は雲雀に任せる気満々だったからだ。

 

「雲雀先輩は知ってるよ。でも、雲雀先輩でもどうしようもなくて……」

「……ヒバリさんでもダメなんだ」

「それで、私が話しちゃえば……みんなに被害がいっちゃうから……」

「えー!?」

 

 ツナの反応を見た優は頭を下げた。

 

「……ごめん。もう関わらないようにするから……」

「もしかして……そんな理由で避けてたの!?」

 

 優は顔をあげて気まずそうに言った。

 

「そんな理由って、雲雀先輩がどうすることも出来ない相手だよ? 死んじゃう可能性だってあるんだよ……?」

「大丈夫だよ。だって、優は話さないから」

 

 笑うしかなかった。ツナに真っ直ぐな目で言われたからだ。そこまで信頼されれば、優は笑うしかない。

 

「優?」

「……ツナ君には敵わないなぁ」

「え? オレ、何もしてないよ? ヒバリさんが敵わない相手に勝てそうないし……。そうだ、リボーンは? こいつは赤ん坊だけど強いし……」

「指をさすな」

「いってぇーー!!」

「ツナ君、大丈夫!?」

 

 慌ててツナに駆け寄れば、目が合う。すると、自然と2人の間にほんわかする空気が流れる。

 

「一緒にいてもいいのかな……?」

「もちろんだよ!」

「……ありがとう、ツナ君!」

「うわっ!」

 

 優に抱きつかれ、ツナは情けない声を出しながらもしっかりと支えた。

 

 リボーンは未だ気付かないツナに呆れはしたものの、2人の様子を見てニッと笑ったのだった。



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試合直前

「ねぇ、なにしてるの?」

 

 不機嫌そうな声に優とツナは恐る恐る振り返る。雲雀の顔を見た瞬間、息が合ったように2人は離れた。玄関で話し込んでいたので、様子を見に来たのだろう。とりあえず優は笑って誤魔化す。

 

「ひっ!」

「ツ、ツナ君は悪くないです! 私が思わず抱きついちゃって……」

 

 火に油を注いだ。優から雲雀に抱きついたことは今までないのだから。

 

 グイッと腕を取り、雲雀の後ろに優を移動させる。

 

 ああ……と残念そうに優がツナから離れるので内に入ったことに雲雀は気付いた。優が逃げ出す確率が下がったのはいいことだが、今日は2人っきりの時間が少ないのだ。これ以上とられるのは面白くない。

 

 実は昼にも優に会いにディーノが来ていたのである。試合当日なので心配で様子を見に来たのだろうが、それは雲雀だって同じだ。雲雀と優が過ごす時間を減らされるのは理不尽である。ただ、ムカついてディーノを咬み殺そうとし優が帰るという言葉を聞いて我に返ったのだから時間が少ないのは自業自得でもあった。

 

「……僕、お腹すいた」

「あ、はい。わかりました」

 

 優にとって、この言葉の優先順位は高い。よく作らされていたのだろうと推測できる。あまり使わないほうがいいのかもしれないが、威圧せずに優を独占できる言葉だ。それに以前、雲雀は綺麗に完食するので作るのは好きと言っていた。自然と口にすることが多くなるのだ。

 

「ごめんね、ツナ君」

「ううん。いいよ。オレは優の顔を見れただけで良かったから」

 

 その言葉を聞いた優は照れたように笑った。ムカツクので雲雀はツナを睨んだ。

 

「……じゃ、じゃぁオレ帰るね!」

「うん、今日はありがとうー! リボーン君も!」

 

 様子を見にきてくれたのだろうと気付いていた優は、リボーンに視線を合わせるためにしゃがみこんで言った。

 

「良かったな、優」

「うん、頑張れそう」

「そうか」

 

 優は玄関から外に出て2人が見えなくなるまで手を振ったのだった。

 

 見えなくなった途端、家に入りご飯に取り掛かる。雲雀はソファーで待っているようだ。

 

「すみません。すぐに作りますね」

「急がなくていいから」

「はい、ありがとうございます」

 

 料理を作る音と優の鼻歌を聞きながら、雲雀はソファーで寝た。

 

 

 

 ご飯を作り終わった優は、どうしようと頭を悩ませる。気持ち良さそうに眠ってる雲雀を起こすのは気が引ける。しかしお腹が減ったと言ったのは雲雀だ。仕方ないと息を吐き、雲雀の肩をユサユサと揺らす。

 

「雲雀先輩、ご飯できましたよ」

 

 揺らしている手を取られたので、まだ眠たいのかもしれない。もう少し眠らせようと手を引っ込めようとしたが、しっかりと握られている。無理矢理離すのは気が引けるので、腰を下ろそうとすれば手の甲に柔らかい感触がした。

 

「ひゃ!」

 

 耳まで真っ赤になり、どうすればいいかわからなくなった優は中腰のまま右往左往する。すると、雲雀と目が合った。

 

「お、起きてる……?」

「起きてるよ」

 

 いったいいつからと思いながら、優は手を引っ込めようとするが、離してくれない。それどころか、また甲に口付けられる。ギュッと目をつぶっていると、雲雀が言った。

 

「無茶しないで」

 

 優はストンと腰をおろし、雲雀の顔を見て笑った。

 

「もしかすると倒れるかもしれませんが、約束は守りますよ」

「………………わかった」

 

 随分返事が遅かったなと、優はまた笑った。大事にされているのでくすぐったいのだ。それに行くなとは言わなかった。

 

「雲雀先輩、大好きです」

「知ってる」

 

 雲雀の返事に優はまた笑った。

 

 

 

 

 

 遠回りをしながら試合会場である学校に向かっていると気配の多さに眉を寄せる。見に行けばチェルベッロの関係ではなく、ディーノの部下達だった。今日の試合で制限をとく可能性を考えて、手配してくれたようだ。

 

(スクアーロさんのこともあるのに……ありがとうございます)

 

 詳しく聞いてはいないが、もうスクアーロが目が覚めていてもおかしくない。薬で眠らせてるかもしれないが、暴れた時のために人手を割く必要があるのに、優のためにも動いている。どうすればこの恩を返せるのだろうかと優は思った。ディーノは簡単に受け取ってくれないのだから。

 

(ほんと、この世界の人たちはいい人すぎる……。ずっとどこかに行きたいと思ってた私が、ここならいいと思い始めてる)

 

 同じ場所の行き来しかしなくなりそうな未来を浮かべ、それも悪くないと優は思い始めた。

 

(雲雀先輩とツナ君とディーノさんのところかぁ……。うん、楽しそう)

 

 口元が緩みそうになるのを必死に抑えながら、優は学校に向かった。

 

「あ!」

“どうも”

 

 校門前でツナ達の姿を見て、優は軽い足取りで向かった。ツナと話すのが、怖くなくなったのだから。

 

「大丈夫……?」

“珍しく気が乗ってる”

 

 ホッと息を吐いたツナに向かって優は言った。

 

“いつもありがとう”

 

 え?と驚いているツナを放置し、優はディーノに向かって軽く手を上げた。

 

“悪い、助かる”

「……やるのか?」

“やらなくていいのなら、しない”

 

 優らしい言葉にディーノは息を吐き、優の肩を掴んだ。制限のことだけではなく、ツナ達が関係なければやらなかったという意味も含まれてると気付いたからだ。

 

「いいか? 無理だけはするなよ」

“……わかったから。これ以上は勘弁だ”

 

 ディーノは笑った。昼に言ったのもあるが、雲雀からも散々言われた後なのだろうと。

 

「わかってるならいいんだ。応援はしてるからな」

 

 ディーノがポンッと頭に手を置いたので、優はほんの少し表情を緩めた。

 

「オレらも応援してるのな!」

「10代目の顔に泥を塗るような真似はするんじゃねぇ!」

 

 フッと笑った。優の時とあまり変わらない気がして。

 

「てめぇ、バカにしてんのか!?」

“全く。嬉しかったんだ”

「……そうかよ」

 

 やりにくそうな獄寺を見て、ツナ達は笑った。

 

「拙者も応援しています! 親方殿からも応援していると伝言を預かっております!」

“そうか、ありがとう”

 

 家光の姿を思い浮かべ、ツナのためにも優は頑張ろうと思った。

 

「極限、お前は誰なのだーー!」

「お、お兄さん!?」

 

 放課後からずっと考えていた了平はついに限界がきたらしく、本人を目の前にして叫んだ。

 

“……ここでは言えないな”

 

 真正面から聞かれた時は誤魔化さず答える優だが、チェルベッロの気配がする場所では言えなかった。

 

「え? もしかして教えてくれるの?」

“……君には言いたくない”

「えー!? なんでー!?」

 

 怒られる気がするから。それに……。

 

“君だって、関係のない友人には黙ってるだろ?”

「うん。でもそれは心配かけたくないからだし……」

“僕もそれに似たようなものだ。僕は君に弱いからな”

 

 そうなの?と首を傾げてるツナから視線を外し、近づいてくる気配の方へと顔を向ける。

 

「……群れすぎ」

“仕方がないだろ……”

 

 雲雀の呟きに優は思わずツッコミした。見に来るなという方が無理な話である。雲雀だって見にきているのだから。

 

“この試合は僕の顔に免じて許してくれ”

「はぁ、わかったよ」

 

 やれやれというように雲雀はツナ達と距離を保ち、大人しく立っていた。

 

「ん? ヒバリは正体を知ってるのか?」

「あ、うん。そうなんだ」

「本当ですか!? 10代目! ヒバリ、教えやがれ!」

「……どうして僕が?」

「ヒバリだけ、ずるいではないか!」

「僕は教えてもらったわけじゃない」

「えー!? ヒバリさんは自力でわかったのー!?」

 

 雲雀の機嫌がそろそろ悪くなりそうと気付いた優はフードの上から頭をかいた。

 

「そこまでだ。今日はあいつの正体を探るためきたわけじゃなく、応援しにきたんだろ?」

 

 舌打ちするのものも居たが、ディーノの言葉で静かになった。

 

“ん? クローム、来てくれたのか!”

 

 クロームの気配に気付いた優は、嬉しそうに声をかけた。実際、小躍りしたいぐらい喜んでいる。

 

“ありがとう”

 

 真っ直ぐな好意にクロームは恥ずかしがったが頷いた。優が喜んでいる隣では、ツナ達が昨日何があったんだろうとちょっとドキドキしていた。

 

 ふと優は顔をあげる。ヴァリアーがきたと気付いたからだ。大人しくしてくれればいいものの、残念ながら今日もやってくるらしい。

 

“ベル、今日は何だ……”

「ん? 応援」

 

 優はフードの上から額を押さえた。純粋な応援に頭が痛い。

 

“……ありがとう。だけど、せめて形だけでも向こうを応援してやれ”

「正解はこっちじゃん」

 

 そういって、ベルは優の肩にひじを置いた。雲雀の視線が突き刺さる。

 

“ベル、僕は気を許した人以外に触れられたくないタイプだ”

「うしし」

 

 遠まわしだとわからなかったらしい。

 

“だから、おろしてくれ”

「なんで? オレらは相性がいいじゃん」

 

 王子と姫という意味なのか、それとも戦闘スタイルから考えてなのだろうか。優は大きな溜息を吐き、ベルのひじをおろして雲雀の隣に移動した。

 

“悪いな、ベル。僕は嵐の君よりも、雲の彼の方が相性がいいんだ。彼は殺しはしないし、僕が敵を押し付けても君は怒らないだろ?”

「その分、僕の相手をしてくれるならね」

“……押し付けたくなくなりそうだ”

 

 どちらを選んでも精神的にきそうだと優は思ったのだ。それでも戦うよりは、雲雀に翻弄されるほうがいい。嫌ではないのだから。

 

「コイツ、やっぱ生意気」

「やるかい?」

“この場合は、どうなるんだ?”

 

 いい加減、姿を現せという意味で優は少し大きめな声で言った。すると、チェルベッロが現れた。

 

「……両者失格です。雲のリングをヴァリアー側の物とし、嵐のリングが沢田氏側の物になります」

“つまり沢田綱吉側の勝利か”

「げっ」

 

 流石に手を出すのはまずいとわかったのか、ベルは帰っていった。……雲雀に殺気は送っているが。

 

“悪い、また助かった”

「いいよ。別に」

 

 言わなかったが、昨日と同じ言葉が隠されているとわかった優はガクリと肩を落とした。

 

「今宵の対決のフィールドはこちらです」

 

 照明を当てられた方へと優は視線を向ける。しかしここは校門前なので光ってる場所はわかるがよく見えない。ツナ達が駆け出したが、優は慌てることもなく歩いて向かう。少し離れた優の後ろでは雲雀が歩いていた。

 

 優は守られている気がして、緊張することはなかった。




明日は泊まりで出かけます。
なので、明日は多分厳しい。
明後日は遅くなるけど更新できると思います。


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風戦 1

 照明に照らされた場所を見て、僅かに優は眉を寄せた。光の方向からしてコの字のなっている校舎の中庭ということは予想していた。だが、その中庭の地面が掘られ、水らしきものが溜まっている。水らしきというのは、視線をあげると校舎間で太めのワイヤーが張られているいるので、落ちてはいけないと判断できるからだ。それに僅かだが臭いもする。

 

 他にも屋上部分や校舎の壁をみるとワイヤーではなく、有刺鉄線が張り巡らされている。風は通るが、人が通るほどの隙間はない。下手に触れば感電する仕掛けかもしれない。もちろんコの字の中庭なので校舎がないところは鉄筋が組まれ、そこにも有刺鉄線が張り巡らされている。

 

 風で空を飛べることが出来る優はワイヤーの上で戦えと言われても、不利なところはない。だが、逃げ道をふさがれているようなフィールドを見て、優は不快に感じたのだ。

 

「これが今回の勝負のための戦闘フィールドです。試合が始まると四方八方に張り巡らされている有刺鉄線には強力な電流が流れ始めますので触れぬようにご注意を。また地面にある液体は特殊な薬品です。触れれば死に至ります。他にも特殊装置が仕掛けられています」

 

 大方は優の予想通りだが、問題は最後の一言である。今言わないということは了平の試合の時のように後々に発表されるということだろう。

 

「ちょ、そんな……!」

「どうやって戦えっていうんだよ!?」

「ワイヤーには何も仕掛けはありません」

 

 ツナ達の言葉に動揺することもなく、チェルベッロは淡々と答えた。

 

「ラッキー。見習いあの上に立つだけで精一杯じゃん」

「喜ばないでくださいよ、先輩!」

「なんで? お前、死ぬじゃん」

 

 ベルの言葉に優は頭が痛くなった。死んでほしいと思われているほど、嫌われているらしい。反応が違いすぎる。

 

「い、1位の人……!」

“僕はあの上で寝ることも出来るぞ”

「そ、そうなんだ……」

 

 気を張ることなのでやりたくはないが、ツナを安心することには成功したようだ。……もっとも、安心より驚きが勝ってるかもしれないが。

 

「では、風の守護者は戦闘フィールドへ。なお、この橋は開始から10秒後に爆破されます」

 

 チェルベッロが指す場所を見ると、校舎と鉄筋からワイヤーまで延びる板が二箇所あった。そこを渡ってワイヤーの場所まで行けということだろう。

 

 顔色の悪そうな対戦相手を見て、優はこっそりと溜息を吐いた。ベルの言うとおり、立つだけで精一杯なようだ。

 

「よし、では円陣いくぞ!」

“断る”

 

 さっと了平から優は避ける。

 

「なぜだ!」

“暑苦しいのが苦手だから。これならいいぞ?”

 

 優は片手を上にあげた。ハイタッチなら妥協出来たのだ。

 

「仕方がない」

 

 パンっと叩く大きな音がし、優は山本の方へと向かっていく。

 

「ハハッ。こっちもいいよな」

 

 再び音がし、次は獄寺に目を向ける。

 

「……負けんじゃねぇ。10代目のために!」

 

 拒否されるかと思ったが、獄寺は優の手を叩いた。そして、ディーノに目を向ける。

 

「いいか? 相手の心配より自分のことを優先しろよ?」

 

 若干目を逸らしつつ、優はタッチした。少し悩み、バジルにも手を出す。

 

「ありがとうございます!」

 

 互いに遠慮したような音が鳴った。そして、ツナが視界に入ったが優はクロームに目を向けた。

 

“嫌か?”

 

 クロームがフルフルと首を振り、手を出したので優しく叩いた。

 

“君はいいか……”

 

 優は雲雀に軽く手を振っただけに留めた。その手は雲雀が口付けした方だった。

 

 そして、振り返った優はツナへと視線を戻す。だが、その前にツナの足元にいるリボーンに目を向けた。リボーンの手にはランボの服のシッポが握られている。叩いた時は互いに無言だったが、何も言わなくても気持ちは伝わった。

 

“さっきは悪かった。最後は君と決めていたんだ”

「そうだったんだ」

 

 ホッと息を吐き、ツナは手をあげようとしたが出来なかった。その手を握られたからだ。

 

「え?」

“……悪いな。僕の中で君は特別なんだ”

 

 想像していたよりも小さな手にツナは驚き、思わず手を握り返した。

 

“懐かしいな……”

「え? 懐かしい?」

 

 優はつい呟いてしまった。そのためツナの疑問の声を聞き、慌てて手を離す。何もなかったように行こうとしたが、優はツナの疑問の声を無視することは出来なかった。

 

“素顔の時、君と初めて話した日のことを思い出しただけだ”

「オレと?」

“ああ。印象に残ったからよく覚えてるんだ”

「ご、ごめん……! オレ、両方で迷惑をかけてたんだ……」

 

 普段からダメダメな記憶がしかないツナは悪い想像しか出来なかったらしい。イジメられていたところを助けたので間違ってはいないが、助けたのは優の意志である。それに悪い印象だから記憶が残ったわけではない。

 

“違う。あの日、君は僕を救ったんだ”

「救った? オレが!?」

“笑ったほうがいい、そう君が言ったんだ。君の言葉がなければ、僕はとっくの前に折れていた”

 

 表には出さなかったが、優の言葉に1番反応したのは雲雀だった。雲雀は無理に笑わなくていいと優にいい、距離を置かれたことがあった。呪われてると知った今、その言葉を糧に生きていた優にとても残酷な言葉をかけたと知ったのだ。

 

“だから僕は君に弱いんだ。……彼にも弱いけどな”

 

 雲雀の方にも視線を向けてから、優は試合のためにその場を去った。

 

 優から話を聞いているディーノは目を閉じた。なぜ選ばれたのが優だったのか。それこそ本人である優が1番思っているだろう。……恐らく自身の師であるリボーンも。

 

 だから力になって欲しいとリボーンに言った。選ばれてしまった者にしかわからないこともあるだろうと考え。

 

 そしてディーノは霧戦でアルコバレーノは呪われていると知った。リボーンの呪いは他のアルコバレーノから推測し、もしかしてと思う内容はある。だが、優の内容は想像できない。それでも呪われているとディーノが知ったことをわかっていながらも、リボーンが口を噤んだままの内容を優から無理に聞き出すことは出来なかった。

 

「リボーン」

「なんだ?」

「お前に言うのは間違ってるかもしれねぇが、あいつのことを頼むぜ」

 

 雨戦後の内容とは似ているようで違う。問いただそうとしたが、ディーノはジッと優を見ていた。チェルベッロの言動から察するに、制限を取らなければならないことが起きる可能性が高い。

 

 

 

 

 

 

 優は緊張することもなく、ワイヤーの上に立っていた。だが、対戦相手を見て緊張が走る。危なっかしいので気が気でないのだ。

 

「それでは風のリング。デュランVS……」

 

 スピーカーから声が聞こえ、対戦相手の名前を始めて知ったとのんきに思っていた優だが、自分の名を呼ばれなかった理由を思い出す。チェルベッロが観覧席にいるのもあり、息を吸い込む。

 

“ヴェントだ!”

 

 実はこの時のために黙っていたので、ほんの少し優は胸を張って言った。

 

「……それでは風のリング。デュランVSヴェント。勝負開始!!」

 

 チェルベッロからの反応はない。偽名なので未来では違う名の可能性もあったが、これではわからない。何のために1位の人という呼び名で我慢していたのだろうか。

 

 こっそりと溜息を吐き、優は動き出す。対戦相手のところまで何本ものワイヤーを飛び移らなければならないが、風を使わなくても優は簡単に移動できる。

 

 対戦相手はバランスを取るのに必死で飛び移る余裕がないようだ。それを横目に優は一つ目のワイヤーに飛び移った。すると、ワイヤーにまで渡る時に使った板が爆発すると同時に窓の割れる音がした。

 

「ああ!?」

 

 ツナの叫び声だけは耳に届いた。が、安心させるほど優に余裕はなかった。

 

“ざけんな……!”

 

 イラっとしながらも優はワイヤーを掴んでいた。手を離せば、落ちてしまう。もちろん優がドジったからではない。

 

「校舎からフィールドに向かい、嵐戦に使われたハリケーンタービンが仕掛けられています。ただし、嵐戦とは違いランダムではなく、熱に反応し突風が発生します」

 

 ツナ達はなぜバランスを崩したのか理解できた。

 

「これではヴェント殿でなくても、落ちてしまう!! 守護者を決めるどころの話ではない!!」

「風の守護者に相応しくなかったまでです」

「熱に反応するなら、なんであいつは無事なんだよ!?」

 

 獄寺は対戦相手を指をさし、チェルベッロに向かってほえた。

 

「我々は何もしていません」

「ふざけたことを抜かすんじゃねぇ!!」

 

 ハッとしたようにリボーンとディーノかがチェルベッロの言葉に対戦相手ではなく、優……ヴェントに視線を向ける。

 

「ヴェントの仕業だな」

「ああ。余裕はねぇだろうに………」

 

 余裕があれば、自分に向かって来る突風を抑えるのにつかっているはずだ。だが、止めろと叫んでも、止めないだろう。

 

「手を離せ! ヴェント!」

 

 ディーノの言葉にツナ達はギョッとした。しかし、その道しか残されていなかったのだ。優ならば壁に叩きつけられるか落ちる前に、制限をとくことが出来る。今のままでは両手がふさがれ、袋を外すことが出来ないのだから。

 

 風の音でディーノの声は聞こえなかったが、優もそれしか方法がないと頭ではわかっていた。それでも感情が邪魔をする。

 

 新たなアルコバレーノが知られれば、ディーノに迷惑をかけることになるだろう。

 

 それに……と、優は今まで学校で過ごした日々を思い浮かべた。

 

 まだ通いたい。少しでも通える確率はあげておきたい。神のおかげでフードはこの突風でも脱げないのだ。他に方法があるかもしれない。

 

「死ね」

 

 しかし無常にも、優が助けている対戦相手が刀を振るい、風の斬撃が優を襲う。

 

 優に向かってくる突風の影響で斬撃がズレ、当たることはなかった。だが、ブチッと優が掴んでいるワイヤーが切れた。



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風戦 2

また寝てました。


 優の悪いところと言えば、精神的な弱さが真っ先にあがるだろう。間違ってはいないが、それは正確ではない。弱いというより、優はまだ子どもなのだ。理想ばかり追い求めている。

 

 誰も傷つけたくないとは聞こえはいいが、現実的には不可能だ。それに真剣勝負をしている相手からすれば、優の考えは侮辱しているといっていい。戦いが嫌だと思いながらもツナが拳を振るうのは相手のことを本当に考えているからだ。相手と向き合い戦おうとしない優は本来なら戦う資格さえないだろう。しかし不釣合いな力があるせいで、戦いに参加できた。

 

 そして、ほんの少し。ほんの少しだけ雲雀と一緒に居ることで、止めてはいけない戦いがあることを理解し始めた。雷戦に手を出さなかったのはそれが理由だ。

 

 それでも優はまだ理想を追い求めた。その結果、敵に塩を送り掴んでいたワイヤーが斬られた。

 

 ツナ達が叫んでいるが、これで死んでしまっても優が悪い。これは戦いなのだから。今まで敵に塩を送っても問題なかったのは、自分に余裕があったからだ。

 

「浮いた!?」

 

 この戦いで制限をとくことになった原因は全て優にある。理想を求め、敵を助けるにはそれ相当の余裕がいるのは必然なのだから。

 

「赤ん坊じゃないのに……?」

 

 おしゃぶりから輝きだす光を見て、ツナは疑問の声をあげた。今まで会ったことがあるアルコバレーノは赤ん坊だったからだ。そしてリボーンは共鳴し光りだした自身のおしゃぶりを見て全て悟った。

 

 

 

 

 

 驚いている人物達を尻目に、優は仕方がないという風に息を吐いていた。チェルベッロの言動で袋をとるはめになる可能性があるとわかっていたのだから。しかし本当は優の理想の中で1番優先度が低いものだったからに過ぎない。あらゆるものを天秤にかけた結果が、制限をといただけだった。

 

“……悪かった”

 

 ポツリと呟いた言葉はいったい誰に対して。優の視線は対戦相手にもツナ達にも向けられていない。

 

“ずっと僕の力になりたいと思っていたんだな”

 

 無意識に雲雀の手に力が入る。優は風と話をしていると気付いたからだ。距離が縮まったはずなのに、その姿はどこか神秘的でまだまだ遠いと思わせるのだ。

 

 雲雀の気持ちに気付かず、優の言葉に反応したように肌を撫でるような風を感じ、優は笑みをこぼしていた。強すぎる力を怖がり、優は今まで一度もおしゃぶりの袋を外したことがなかった。そのため風が優の力になりたいと思っていることを知らなかったのだ。

 

 いつまでも風と過ごしていたいが、生憎時間はあまり残されていない。優は対戦相手に目を向ける。対戦相手の刀の性能より優の力の方が上だ。一向に刀に風が集まらない。焦っているように刀を振るっている相手に優は声をかけた。

 

“風は僕の味方だ。僕を傷つけようとはしない”

 

 制限をといた場合だけど……と心の中で続ける。実は先程の突風を受けて、優は気になることがあったのだ。この場で堂々と弱点を晒すつもりはないので黙っているが。

 

“君にはあのリングは使いこなせない。風を操れる僕だから使いこなせるんだ”

 

 風を操れると証明するかのように、優は手のひらの上で竜巻を作り出した。そして唖然としている相手の武器を風で奪い、竜巻の中に放り込む。綺麗に折ったわけではないのでバキっという鈍い音が響いた。

 

 優は自分達の都合とはいえ、悪いことをしたなと思ったが、風にも意思があると知った優は無理矢理集めるような武器は自分が壊すべきだと思った。

 

 武器を壊された相手にもう出来ることはない。そもそも優が助けなければ、突風の影響で死んでいるのだから。早く終わらせるべきだろうと優はリングを奪うことにした。

 

 カチリと音がし、リングが1つになる。あっさりすぎる勝利である。

 

 しかしこれは必然でもあった。風は見えないのである。いつの間にかリングを奪われ、見えているリングに手を伸ばしても風に阻まれ触れることさえも出来ないのだから。

 

「モスカ、やれ」

 

 予想していたことなので、軽く溜息を吐くだけで優は対戦相手への攻撃を風を操り軌道をそらす。

 

“どうしてもやりたいのなら、僕が相手になろうか?”

 

 シンっと静まるのは驚きより恐怖なのだろう。自然の力を使っているというのはランボとレヴィも同じだ。だが、決定的な違いがある。2人とも触媒とするものがある。優の場合は全くないのだ。つまり災害レベルの技を自由に生み出せることができることを意味する。アルコバレーノというだけでは説明できない。アルコバレーノの中でも異質なほどの強さなのだ。

 

 静まる中、フォローしようとするディーノよりも先に口を開いたのはXANXUSだった。もっとも笑い声だったが。優の力を気に入ったのだろう。

 

「チェルベッロ! もう勝負はついたはずだ!」

 

 ディーノの声にチェルベッロは互いに頷き、ヴェントの勝利を宣言する。

 

「風のリング争奪戦はヴェントの勝利です」

 

 ふわりと浮かびながら、優は組み立てられていた鉄筋を突風で破壊した。もちろん外で見ていたツナ達に被害がないように鉄筋は風で全て隅の方へと運ぶ。

 

 対戦相手も一緒にトンッと地面につく。問答無用で連れてきたのだ。

 

“君はどうする? 彼らところに戻るか? それとも保護してほしいか?”

 

 優は対戦相手のことを思い、声をかけたのだが腰を抜かしてしまった。対峙していたからこそ、何も出来ないと理解しているのだ。

 

“……ディーノ、彼の保護頼めるか?”

 

 この有様ではヴァリアーのところへ戻っても、用済みと思われると判断したのである。

 

「まかせろ」

 

 ディーノが部下に指示を出した後、優に向き合った。

 

「お前はもう休め」

“……助かる”

 

 家に帰る時間がないと判断した優は、ディーノの言葉に甘えることにした。途中で倒れる方が問題だからだ。アルコバレーノのおしゃぶりを袋に入れた途端、優は膝から崩れ落ちる。

 

 驚いてるツナ達を尻目にディーノは優の身体を支えた。

 

“思ったより、これは辛そうだ”

「わかったから無理して話すな。ロマーリオ!」

 

 息が上がってる優に、ディーノは諭すように言った。そして、優を見ててくれとロマーリオに声をかけた。なぜ任せたのかというと、優がフラついたことでベルとモスカがやってきたからだ。

 

「何がどうなってるのー!?」

 

 ムチを取り出し臨戦態勢に入ったディーノを見て、ツナは声をあげた。

 

「簡単なことだぞ。ヴァリアーがヴェントを狙ってるんだ」

 

 ツナはハッとした。試合に勝ったことでヴェントはもう決定している。

 

「同盟の件で勝負に手は出せねぇが、こいつに手を出すなら話は別だぜ。こいつはオレのファミリーの一員だ」

 

 ピクリと反応したのはXANXUSだった。ボンゴレと同盟を組んでいながらも、次期ボス候補であるXANXUSの意向に真っ向から反抗したのだ。同盟の中心にいるボンゴレは何にしても優先される。元々、XANXUSがボスになればツナに肩入れしていたキャバッローネの立場は危ういものだった。にもかかわらず、XANXUSがボスになった場合、敵対するとこの場で宣言したのだ。宣言したディーノがこの意味をわからないはずがない。

 

「違う。僕の獲物だ」

「おまえなぁ……」

 

 とても重要なことを宣言したにも関わらず、雲雀にはどうでもいいという反応をされディーノは肩を落とした。もちろん今からヴェントをめぐって戦闘が始まる可能性があるので警戒をとくことはなかったが。

 

「いってぇ!」

 

 リボーンに背を蹴られ、ツナは情けない声をあげながら振り返った。

 

「何するんだよ、リボーン!!」

「ツナ、お前も行け!」

「え? でも、ディーノさんとヒバリさんがいるし……」

 

 2人が居れば、問題ないとツナは思ったのだ。

 

「本当に行かなくていいのか? 一生後悔するぞ」

 

 ツナはジッとリボーンの顔を見た。本気だと気付いたからだ。

 

「わ、わかった」

 

 ツナは慌ててディーノ達と並ぶように前に出たのだった。

 

 優を庇うように立ったツナを見て、優は泣きそうになった。2人と違い、ツナは何も知らない。それに……と優は視線を向ける。死ぬ気のツナではなく、普段のツナが立っているのだ。リボーンに発破をかけられたとしても、普段のツナが前に立つことは滅多にあることではない。

 

「お待ちください。ここで戦えばリング争奪戦の意味がありません」

 

 チェルベッロの声に優は我に返る。泣きそうになってる場合ではない。

 

“……チェルベッロ、まだ決まってないんだ。ここは……僕の意思を尊重してくれ”

 

 頷いたチェルベッロを見て、優は言葉を続けた。

 

“僕は、沢田綱吉側にいる”

「わかりました。ヴェントをめぐり戦えば、ヴァリアー側の失格となります」

 

 げっ!っとベルは声をあげた。優は大事なところでは流されない。頭がいいこともあり、ルールの隙をついてくる。

 

「ボス、こいつ強いの?」

 

 ベルの純粋な質問だった。モスカの実力を知らないベルは、雲戦の勝負にかけるしかないのだ。

 

「雲の対決でモスカが負けるようなことがあれば、全てあいつらにくれてやる」

「それってヒバリさんが……」

「ししし」

 

 XANXUSの強気な発言にベルは嬉しそうに笑い、優に手を振りながら下がりXANXUSと共に去っていった。

 

 ムカついた雲雀は、トンファーをしまって歩き出す。

 

「邪魔」

「いでっ」

 

 優の前に立っていたツナを軽く突き飛ばし、優を支えているロマーリオをにらみつけた。ロマーリオはひるむことなく年寄り臭く、若いなぁと苦笑いした。

 

「おんぶと横抱き、どっちがいい?」

“以前の僕の発言に対する嫌味か?”

 

 自力で立つことも出来ない優は、力なく笑うしかない。優の言葉に返事をすることもなく、雲雀はロマーリオから奪いとった。

 

“……僕は君を横抱きにしなかったはずだぞ”

「力が残ってない君が悪い」

 

 グッと言葉に詰まる。ロマーリオが補助してくれなければ、力のない優を背負うことは難しいだろう。そして雲雀がロマーリオの補助を受けるはずがない。

 

 はぁと軽く溜息を吐き、優は雲雀に任せた。動けない自分が悪い。

 

 雲雀が歩き出すと、誰も近づきはしない。物珍しいことに驚いているのか、優の力が怖いからなのか。後者と判断した優は下を向いた。

 

「……ちょっと待ってください! ヒバリさん!」

 

 ツナの声にピタリと足を止めたが、振り向くことはなかった。慌ててツナが雲雀の前に立つ。

 

「1位の……じゃなくて、ヴェント。ありがとう」

 

 真っ直ぐな好意を受け取り、優は見えない位置で雲雀の服を掴みながらもツナに向かって言った。

 

“君は、僕が怖くないのか?”

「オレさ、思ったんだ。ヴェントなら怖くないって。ヴェントだから怖くないんだ」

“……ほんと、君は”

 

 途中で止めた言葉にツナは不思議そうな顔をしているだけで、本当に何もわかっていない。

 

“お手上げだ。僕は君には勝てそうにない”

 

 ツナが理解していないとわかっていたが、雲雀はもう十分だろうと判断し歩き出す。

 

「ヒバリさん、ヴェントのことお願いします!」

 

 言われるまでもないが、ツナを咬み殺すこともなく雲雀は学校を後にした。

 



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正体

 校門を出たので、雲雀に優は声をかけた。

 

「真っ直ぐ向かって大丈夫と思います。ディーノさんが手を回してくれてます」

「そう」

 

 雲雀は軽く優を持ち直した。重いという意味ではなく、顔を肩に押し付けるようにするためだ。辛そうに息を吐いているとわかっていたが、雲雀は泣かせたほうがいいと判断したのだ。

 

「警戒は僕がするから」

「……ありがとう」

 

 不自然ではない程度に優は雲雀の肩に埋もれ、ツナの言葉を噛み締めるように泣いた。

 

 悲しくて泣いたわけではなかったので、雲雀にベッドの上へと寝かせてもらった時には優は泣き止んでいた。

 

「もう大丈夫です、ありがとうございました」

 

 睨むように見れば、優は困ったように笑った。雲雀が心配していると理解して言っているのである。はぁと雲雀が溜息を吐けば、優は少し迷った素振りを見せながら言った。

 

「……ダメなんです。熱が出てると思います。雲雀先輩にうつっちゃう……」

 

 いつもと違い、身体があつくてだるい。風邪にかかったことがない優でも、風邪はうつるという知識はある。

 

「うつせばいい」

「んっ……!」

 

 力が入らず逃げれない優は、雲雀のキスを受け入れるしかなかった。

 

 スッと離れた雲雀は、まずいと判断した。熱でボーッとしているところに、雲雀がキスをしたのだ。いつもより優の息が荒く、潤んだ目で雲雀を見ている。もっとしたくなる気持ちを我慢するのは相当な気力が必要だ。

 

 それでも雲雀は持ち前の精神力で優には悟らせない。

 

「大人しく寝ないと、何度でもするから」

「ダメ、です」

 

 これ以上すれば、本当にうつってしまう。

 

「……ごめんなさい、ありがとう」

 

 随分無理して起きていたらしく、優はすぐに折れて眠った。

 

 雲雀はいつもより熱をもった頬を撫でてから、優の身体が少しでも楽になるようにと動き出した。

 

 

 

 

 一方、優達が去った学校では、ツナ達も帰ろうとしていた。

 

「結局、わかんなかったスね」

「そうだね」

 

 返事をしながらも悩んでるツナを見て、獄寺は再び声をかけた。

 

「あいつがいった言葉が気になってるんスか?」

「……そうなんだ。オレ、誰に言ったんだろう……」

 

 ――笑ったほうがいい。

 

 普段からツナがかける言葉ではない。だからこそ、気になるのだ。

 

「あいつの勘違いとか?」

「ううん。オレも誰かに言った気がするんだ」

 

 答えが出そうで出てこないため、ツナは頭をガシガシとかいた。

 

「……なぁ、ツナ」

「ん? ……山本、どうしたの!?」

 

 悩んでいたツナだが、山本の言葉に振り向いた。すると、そこには顔色の悪そうな山本が居たのだ。

 

「あいつじゃ……ねぇ、よな?」

「え? もしかして、誰かわかったの!?」

「おお! 凄いではないか!」

「た、たまにはやるじゃねぇか。野球バカの癖に……」

 

 パッと嬉しそうな顔をしたツナ達とは対照に、山本の顔色は優れない。

 

 それを見てディーノとリボーンは目で合図した。山本は正体に気付いている。

 

「山本、絶対にここでは話すなよ」

「跳ね馬、邪魔すんじゃねぇ! 山本、答えやがれ!!」

「獄寺、落ち着け。ディーノはツナ達に話すなとは言ってねぇぞ。場所をかえろと言ってるんだ」

「迂闊に話せば、オレがイタリアへ連れて行く。それでもいいのか?」

 

 山本は口を噤んだ。マフィアなどをよくわかっていないが、ディーノの言葉でここでは話してはいけないと思ったからだ。

 

「ひとまず、病院に行くか……」

 

 ディーノは今すぐ山本が話さないと感じたので、場所の提案をしたのだった。

 

 

 

 

 

 病院についたツナ達は、ディーノが真剣な表情で気配を探り、リボーンがレオンをつかって盗聴器の有無を調べているのを見て、正体がわかると喜んでいたツナ達だが重々しい雰囲気に口数が減る。

 

「クロームも、きたんだ」

 

 空気をかえたい気持ちもあったが、話題が出るわけもなく、ツナは目に入ったクロームに話しかけたのだ。

 

「……知りたいと思ったから」

「そうなんだ」

「笑ってたから、ずっと……」

 

 骸にいわれた通り、クロームは世話になった。その時にクロームが戸惑ってもずっと優は笑いかけていた。そのためクロームは自分とは全く違う人と思っていた。だからツナの言葉がなければ、折れていたと知り驚いたのだ。

 

「もしかして……クロームは正体を知ってるの!?」

「骸様も……」

 

 ガーンとツナはショックを受けた。

 

「大丈夫そうだな。山本、話してもいいぜ」

 

 リボーンから了承の合図をうけ、ディーノが声をかけたが山本は言い出せなかった。もし予想通りの人物だとすれば、素直に喜べないからだ。

 

「てめぇ、いい加減にしろよ!」

 

 焦れた獄寺が山本に突っかかる。しかし苦い顔をするだけで山本は答えない。リボーンとディーノは軽く息を吐いた。正体がわかれば、こうなることも予想していたからだ。

 

「山本。お前の反応からして正体は間違ってねぇ。……どう、思った?」

「……わかんねぇ」

「山本……」

 

 山本がここまで思いつめるのは骨折し野球が出来ないと思った時以来である。その山本も城島犬との戦いで友達と野球なら友達をとると宣言するほど友達を大事にしていた。だからこそ正体を知り、いろんな感情が浮かんでくるのだ。

 

「なぁ、本当にわからないのか?」

 

 自分の口からではなく、山本は自力で知って欲しいと思って言った。しかし喧嘩っ早い獄寺からすれば、山本の態度はわからない自分達に対してバカにしてるとしか思えず、山本の胸倉を掴んだ。

 

「わからねぇから、言ってるんだろうが!!」

「獄寺君!?」

「……ヒバリを見ても何も思わなかったのか?」

「ぬ? ヒバリか? あいつはいつも通りだったではないか。ヴァリアーに突っかかっていたしな!」

 

 了平がトンファーを出し戦おうとしていた雲雀の行動を思い出し、何度も頷いた。

 

「……オレには違うように見えたんだ」

 

 フッと獄寺は胸倉を掴んでいた手を離した。

 

「ウソ、だろ。……あのバカ!!」

 

 獄寺はその場にあったパイプ椅子を蹴りあげた。驚いているツナと了平と違い、山本は目をつぶるだけだ。気持ちは痛いほどわかるのだから。

 

 そして、獄寺は矛先を変えた。

 

「てめぇ、なんで黙っていやがった! 跳ね馬!!」

「ディーノにキレるのはお門違いだぞ。あいつも言っていたじゃねーか。自分の意思でツナの手助けをすると選んだってな」

「……くそっ!」

 

 ガンっと今度は壁を殴った。守る対象と思っていた人物に守られていたのだ。情けない気持ちが強い。他にもなぜ話してくれなかったのか。知っていれば邪険にすることもなかった。かといって、知っていれば許したのかといえば違うだろう。雷戦のランボの態度も頷ける。泣くぐらいなら、無理するんじゃねぇと文句をいいたいが、そもそも自分達が強ければ無理することもなかったはずだ。結局、物に当たるしかなかった。

 

 獄寺のキレ具合にビクビクしながらも、ツナはリボーンの言うとおり知ってる人物なんだと思った。

 

「……その、獄寺君……」

 

 ツナの声に獄寺は顔をゆがめた。獄寺でさえここまで動揺したのだ。ツナが知れば……。

 

「10代目……すみません!!!」

「あ、いや。言いたくなければ、いいんだ」

 

 違います、そういう意味じゃないんです……。頭を下げながらも、獄寺はどう伝えればいいのかわからなかった。

 

「違うんだ、ツナ。獄寺も山本も、お前が正体を知ればショックを受けると思って言えないんだ」

「オレが、ですか?」

「ああ。……最大のヒントだ。あいつらは恭弥が守ったようにみえたんだ」

 

 ツナは不思議そうな顔をした。誰を?と聞かなくても、ヴェントのことだとわかった。だが、雲雀が誰かを守るという言葉に違和感があったのだ。ツナの守護者に選ばれたが、雲雀がツナを守るというイメージは出来なかった。ツナも一緒に咬み殺すイメージしか出来ない。それこそ雲雀が守るとすれば優ぐらいしかツナは知らない。

 

「ヒバリさんが優以外に守る人なんていたかなぁ……」

 

 答えが出ているにも関わらず、ツナはたどり着かない。それがまたいっそう、山本は視線を下を向くことになり、獄寺は顔をゆがめるのだ。

 

「沢田殿、正体はその優という人物ではないのでしょうか?」

 

 優のことを知らないバジルだからこそ、ツナに向かって率直に質問できた。

 

「優? 優はないよ。だって、優は争い事が全然ダメでいつもヒバリさんの後ろに隠れてるよ」

「……ヴェント殿も、争い事を好まなかったのではないのでしょうか?」

 

 明るい口調で否定したツナに、バジルは不思議でしかなかった。バジルにヴェントが争いが好きじゃないと教えたのはツナなのだから。

 

「それにヒバリ殿になら、押し付けれると……」

「ぐ、偶然だって。優には何度も助けてもらってるけど、危ないことは出来ないよ」

「うむ。風早は京子の友達だ。守らなければならぬ!」

 

 了平の言葉にツナは力強く頷いた。バジルの的確な指摘を聞いても、ツナは自分の都合にあう了平に賛同したのだ。

 

「それにオレ、優に笑ったほうがいいなんて言ったこと……」

 

 ――褒めたって何も出ないよ。

 ――笑った!

 

「あ、れ……?」

 

 ――笑ったほうがいいよ!

 ――あ……ありがとう……

 

「ち、違う。あれは……優が笑ったからビックリして言っただけで……」

 

 プリントをまわす時などに振り返れば、優はいつも興味なさそうに空を見ていた。だから驚いてつい口に出しただけで、救ったとかそういう話ではないとツナは言いたかったのだ。

 

「ツナの言葉が、優を生かしていたんだな」

「……リボーン?」

「サンキューな、ツナ」

「な、なんだよ……それ……」

 

 まるで優がヴェントの正体である口ぶりにツナは動揺した。

 

「オレもアルコバレーノだ。あいつの気持ちがわかるからな」

「……アルコバレーノってなんだよ!」

「さぁな、オレだってよくわかってねぇんだ」

 

 のらりくらりとかわされたとツナは一瞬思ったが、リボーンの目は真剣だった。

 

「だが、これだけはわかるぞ。あいつはお前に感謝してるぞ。お前に言われて笑ってもいいと思えたんだ」

「……オレは、そんなつもりで言ったんじゃ……。それに、優がヴェントだなんて……」

「言ったろ、感謝してるって。命をかけるぐらい、な」

 

 ツナはグッと手を握り締め、ディーノに向かって頭を下げた。

 

「お願いします! 優のことを教えてください!」

 

 優はわかりにくいと知っていた。知っていたのに、見抜けなかった。悔しくて泣きそうになる気持ちをおさえ、ツナは何か知ってるであろうディーノに頭を下げたのである。

 

 そのツナの横に、山本が頭を下げた。そして、くそっ!と一言呟いてから獄寺も。

 

「風早は京子の大事な友達だ。守ってやらねばならぬのだ」

 

 いまだ信じられないながらも、了平も頭を下げた。

 

「……わかったから、頭をあげるんだ」

 

 ツナ達が顔をあげたのをみて、ゆっくりを息を吐きディーノは口を開いたのだった。



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恩返し

変な時間に投稿。


 話は嵐戦の日までさかのぼる。

 

 優の膝の上には雲雀がスヤスヤと眠っていた。優は雲雀の頭を撫でた後、軽く雲雀の服を掴んでからディーノと向き合うように顔をあげた。

 

「……去年の4月4日に私は風のアルコバレーノになったんです」

「なっ……!」

 

 何が飛び出してきてもいいように構えていたディーノだったが、思わず声をあげてしまうほど驚いた。落ち着くように深く息を吐き、ディーノは声をかける。

 

「アルコバレーノになったってなんだ?」

 

 どこまで知ってるんだろうと悩みながら優は口にした。

 

「私の場合なので、リボーン君のはリボーン君に聞いてくださいよ?」

「ああ」

「急に身体からおしゃぶりが離れなくなったんです。産まれた時から持っていたわけじゃありません。そして私は力を得ました」

「……わかった」

 

 そう答えるしかなかった。アルコバレーノについてマフィア界に君臨する最強の赤ん坊としか知らないディーノからすれば、優の言葉は驚くべき内容だったからだ。

 

「風のボンゴレリングが数年前にとけたって聞いて、風のアルコバレーノになった私には心当たりがありすぎました」

 

 神に聞いていたというのもあるが、聞いていなくても気付いていただろう。あまりにもわかりやすい答えだ。

 

「それに……明確な日は覚えてませんが、ある時私の力は欲しがるだろうなぁと思ったんです。だからディーノさんのところに入ろうと決めたんです」

 

 そう言って優は笑ったが、ディーノはそれだけではないだろうとすぐに見抜いた。優の性格は知っている。ツナ達がディーノから聞いた時のために、全て話さなかっただけだ。

 

「……そうか」

 

 それでも優に問い詰める気はしなかった。すると、優が笑った。気付いていて突っ込まなかったことに感謝の意味で笑ったのだ。ウソとウソの間に見え隠れする優の気持ちに、ディーノは笑ってあげることしか出来なかった。

 

「ディーノさんには迷惑をかけると思います。私の力は強いですから」

「強い、か……」

 

 強いというだけでは想像しにくいのだろう。優は少し考え、落ちていた葉っぱを浮かばせてクルクルと回転させる。

 

「……幻覚か?」

「違います。術士タイプというのはあってますけどね」

「そうか、風か」

「さっき風のアルコバレーノと言いましたもんね」

 

 クスクスと笑いながら、優は回転させていた葉っぱを今度はディーノの前へと運ぶ。

 

「……1度だけ暴走させたことがあるんです。雲雀先輩が止めてくれなかったら、窓が割れる程度では済まなかったでしょうね」

 

 風を操るのを止めたらしく、重力の影響でヒラヒラと葉っぱが落ちていく。ディーノは思わず手を伸ばし掴んだ。

 

「今まで本気を出したことがないんです。それなのに、銃が撃てなくなるぐらいの突風を操れるんです。多分竜巻とか簡単に作れると思いますよ。こんな力、いらなかったのになぁ……」

 

 木々がざわめく。優の言葉に反応したかのように、風が吹いたのだ。

 

「もういいって雲雀先輩に何度か言ったんですよ。でも見捨てようとしないんです。最初はいつか学校を辞めることになるかなぁとポロっと言った時かな。まだ僕に振り回されておきなよって言われたんです。次は見られたくないものがあってバレれば権力の持つ人に狙われることになるって言っても、学校に通っていいって言うし……。復讐者に渡された鍵の時も……私のせいで関わった人がみんな死ぬかもしれないのに……」

 

 優は困ったように雲雀の見て話を続けた。

 

「だから雲雀先輩の近くは居心地が良くて……。ツナ君のところも好きだけど、真っ青になった顔を見ちゃったから……」

 

 顔をあげた優はいつものように笑っていた。

 

「自分の運命に何度も諦めたんです。アルコバレーノになってすぐにツナ君の言葉に拾われて、次に雲雀先輩に拾われて、雲雀先輩もツナ君も知らないところで折れそうになった時は名も知らない女の人に助けられて、それからまた雲雀先輩に拾われて。今度はディーノさんが私を拾おうとしてくれてます」

 

 幸せすぎて諦めれなくなるんですと言って、優は笑った。だが、その眼はほんの少し潤んでいた。

 

「返せるものなんて、私にはないから……。女の人には断られたから、言いつけを守ろうかなと思ってます。ツナ君には怖いけど、力を使えば少しは恩を返せるかなって。雲雀先輩には力をつかっちゃうと取られたって怒るので約束したことを守ろうと頑張ってます」

 

 ディーノは思わず頬をかいた。ツナはその返し方は望んでないだろうと思ったからだ。しかし皮肉なことに優の力はツナには必要だった。

 

「……ディーノさんは難しそうですね」

 

 うーん……と優は悩んだ。ディーノは強いので、優の力を借りる前に解決してしまいそうなのだ。

 

「それならオレが言ってもいいか?」

「はい! どうぞ!」

「オレがボス命令といえば、聞いてくれ」

 

 何度も瞬きを繰り返した後、優は必死に言い募った。

 

「……あまり難しいのは言わないでほしいです。雲雀先輩に無理矢理されたものがあって、もの凄く守るのが大変で後悔してるんです!!」

 

 優の言葉にディーノは笑った。雲雀もディーノと一緒で対策を立てていたようだ。

 

「大丈夫だ。オレは聞いてくれと言っただけだ。オレの話を聞いて、優が判断すればいい。無理にする必要はないんだ。まっ優に戦ってくれとかそういう内容は言うつもりはないぜ」

「それは恩を返したことになります……?」

「なる」

 

 ディーノだけでなく、黙って聞いていたロマーリオまで深く頷いたのだった。

 

 絶対に役に立つ時が来ると確信していたのだ。優は自分のことを後回しにすると2人は気付いていたのである。まさか次の日に使うことになるとはディーノ達もこの時には思っていなかっただろうが。

 

「ディーノさんがそれでいいならいいですけど……」

 

 不思議そうに話す優を見て、ディーノは仕方がないように笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ツナ達の顔を見ながら、ディーノは言った。

 

「リボーンの言ったとおりだ。ツナ、お前に感謝して戦うことを選んだんだ」

「オレ……」

 

 知らなかった。折れそうになっていたことも。何気なく言った言葉を優は感謝し、恩を返したいなんて思っていたことなんて。

 

「そのことに優は後悔してないぜ」

 

 アルコバレーノに選ばれたから戦うと決めたわけではない。もし優が神に説明されたから戦うことを選んでいれば、笑うことすら出来なかっただろう。制限を解いたとき、風だって悲しがっていたはずだ。

 

「後悔しているとすれば……話せない内容が出来たことだろうな。話せばお前らが死ぬと脅された時、恭弥に全て話そうと思っていたんだ。そしてツナ達にも正体を話すつもりだった」

 

 まるで狙ったようなタイミングに、優はもう何もかも諦めたのだ。だからリボーンにあれを言った。優が後悔するとすればツナの前で言ってしまったことぐらいだろう。それ以外はない。死んでも後悔はなかった。

 

「恭弥が正体に気付いて、本当に助かったぜ……」

「だからヒバリさん、あんな怪我なのに……」

 

 本当に何も知らなかったとツナは下を向いた。それを見てリボーンは口を開いた。

 

「知らなくてもお前は優が欲しかった言葉をかけてるぞ」

「え……?」

「気付いてねーのか? 優は脅されて話せなくなったことがあると言ったろ」

「あ」

 

 確かに優は言ったとツナは驚き顔をあげた。

 

「試合後にもヴェントが欲しかった言葉をかけた。優は嬉しかったはずだぞ。じゃなきゃ、試合前も後の時もヒバリがおめーを咬み殺してる」

 

 プッと噴出したのはディーノだった。

 

「ちげぇねぇ。あいつ、優のことになると心が広いようで狭いからな」

 

 笑いながら言ったディーノの言葉に心当たりがあったツナ達の表情が和らいだ。

 

 話のネタにされたと知られれば、雲雀は切れるかもしれないが事実でもあった。風紀や並盛に対する愛からわかるように、雲雀は一途で執着するタイプである。ヒラヒラと逃げる優を好きになってしまったばっかりに、ツナ達と群れるなどある程度は目をつぶる。だが、本心は嫌で仕方がないのだ。閉じ込めることが出来るのなら、とっくの前からしているはずだ。

 

「……ヴァリアーとはどこで知り合ったんだよ」

 

 ランボへの反応速度からわかるように、実は獄寺は面倒見がいい。もっとも沸点が低く言動が悪いのでわかりにくいが。

 

 獄寺は優が争奪戦前にヴァリアーと出会うほどの無茶をしていると思ったのだ。

 

「それか……イタリアに旅行した時だったらしい。オレの町を見に行こうとして、そこでベルフェゴールと会って拉致されて姫と呼ばれて大変だったと言ってたぜ。すぐに正体がバレたのは想定外だったようだ」

 

 あ。というマヌケな声をあげたのはツナと獄寺と山本だ。どこかで聞いたことがある話だったのだ。

 

 しばらくするとツナが笑い出した。驚いたように獄寺達は目を向ける。

 

「いや、だってさ。なんか納得しちゃったんだ」

 

 特殊な出会い方に優ならありえるとツナは思ったのだ。すると、獄寺と山本がそろって噴出した。

 

 ディーノとリボーンは目で合図した。もう大丈夫だろうと。ツナがもつ温かさもあるが、優なら……と思わせるものを優はもっているのだ。

 

「優がアルコバレーノとバレると影響が大きいんだ。学校に通えなくなるぐらいにな」

 

 ハッとしたようにツナ達はディーノを見つめた。迂闊に話せばディーノが連れて行くと言ったことを思い出したのだ。

 

「だから名前を間違わないように気をつけるんだ。出来るよな?」

 

 ツナ達の嬉しそうな顔を見てディーノはニッと笑った。水を差す気はなかったため言わなかっただけで、ディーノは当然目の前に迫っている問題に気付いている。ヴァリアーやチェルベッロへの口止めは勝てば何とかなる。しかし勝っても素直に喜べない事態も起きているのだ。

 

 ディーノはまだ風の守護者に相応しいと思われる人物がキャッバローネに入ったという根回ししかしていない。それでも影響が大きかった。それほど封印されていた風のリングは注目度が高い。これで新たなアルコバレーノだと知られれば、いったいどこまで影響が出るかはわからない。

 

 そこで鍵になってくるのはやはり9代目の安否である。XANXUSの不穏の言葉からして、もし9代目の身に何かあれば情勢が変わる。

 

 勝利すれば掟によりツナが継ぐことになるが、今のツナにファミリーを背負う覚悟は出来ていない。最初のうちはツナが継いだことに獄寺達は喜ぶかもしれないが、ツナの様子を見れば反対しだすだろう。その筆頭が優である。リボーンはそれがわかっているので、時期早々といい時間をかけるはずだ。トップがいないことで混乱は起きるだろうが、ボンゴレは巨大で簡単に折れるようなものでもない。

 

 その結果、ヴェントをまだ若く経験が少ないディーノのところではなく、自身のファミリーへと言い出す同盟ファミリーが現れる可能性もある。ディーノがボンゴレから預かっているとも取れるのだから。……もちろん断固拒否するが。

 

 この争奪戦に勝った時、ツナは9代目に何かあれば早く継がなければならない。ツナが時間をかければかけるほど、期待が注目度の高い優の方へと向かってしまう。そしてそれを優は甘んじて受け入れる。ツナを無理に継がせることに反対の筆頭は優なのだから。

 

 ディーノが手を回すのは当然だが、時間をかければ優はこの事実に気付くだろうとリボーンとディーノは予想している。さらに厄介なことに、優の場合は10代目の守護者なのか、9代目の守護者なのかという話もある。9代目は歳のこともあり、10代目の守護者として封印がとけたと考えるものが多い。しかしこのタイミングで9代目に何かあれば、優を担ぎ上げるものだって出てくるだろう。

 

 ふとディーノはある方向を見つめた。奇しくもその方向はイタリアに向いていた。

 

 家光からの情報をディーノ達は待つしかなかった。




9代目がなくなったら、争奪戦に勝った方が継ぐと考えればいいんですが、ツナ君はまだ覚悟出来ていません。
そこに主人公がいることで、ややこしくなるだろうなと思い書きました。


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優のワガママ

 深夜、ディーノは優の家に来ていた。ツナ達に制限されたことも話し終えた後、ディーノが代表で様子をみにきたのだ。当然ツナ達も行きたがったが、この時間に大人数にいけばバレてしまうといい説得してきたのである。

 

 カチリと扉を開け、起こさぬように足音を消しリビングまでやってきたところで、問題が起きた。

 

「っ!」

 

 半歩下がりながら上体を反り、ディーノは避けた。もう少し反応が遅ければ、当たっていただろう。

 

「オレだ、恭弥。優から鍵を預かっていたんだ」

 

 慌てて声を潜めて説明するが、雲雀からの返事はない。恐らく鍵を預かっていたことが気に食わないのだろう。それでも咬み殺さないのは優が起きてしまうからだ。

 

「様子はどうだ?」

 

 チラッと寝室に目を向けて、雲雀は溜息を吐いた。ここで答えなければ、寝室まで様子を見に行くだろう。雲雀はディーノに優の寝顔を見せたくはないのだ。少し前に見られていると知らない雲雀であった。もちろん、見られていたとしても次もまた見せるという話でもないが。

 

「……熱が出てる」

「それは本当か?」

 

 雲雀は眉をひそめた。ディーノは決して頭が悪いわけではない。熱が出て倒れると聞いてもそこまで驚く要素はなかったはずだ。

 

「優は今まで風邪をひいたことがないんだ」

 

 今度ははっきりと寝室に目を向ける。雲雀にとって優が風邪をひいたことがないというのはどうでもいい。問題は熱があがった経験がないのならば、少しの熱でもかなり苦しいはずだ。

 

 雲雀の視線に反応したように、寝室のドアが開く。

 

「優!?」

 

 ディーノは驚き声をあげたが、声を上げる時間も惜しむかのうように雲雀は優のもとへ向かい、優の頬を触っていた。

 

「まだ熱が下がっていないんだ。眠りなよ」

「……雲雀先輩、氷枕、ありがとう」

 

 雲雀と目が合った優は微笑みながら言った。会話が噛み合っていないので、話を聞いているのかも怪しい。

 

 ふわふわと浮かびながら優がどこかへと行こうとするので、慌てて雲雀は腕を掴む。

 

「どこ行くの」

「のど、乾いて」

「僕が用意するから、優は大人しく眠ってるんだ」

 

 時間がかかりながらも、優はコクリと頷いた。一応、話は聞いているらしい。

 

「ディーノさんも……来てくれていたみたいで……すみません」

「あれを気にする必要ないから」

 

 ふわふわとディーノのもとへと挨拶しに行こうとするので、雲雀は優を抱きかかえ寝室へと移動する。雲雀の発言にはどうかと思ったが、挨拶よりも眠ったほうがいいという意見には賛成なので、ディーノはツッコミはしなかった。

 

 しばらくすると軽く溜息を吐きながら雲雀が出てきた。

 

「まだいたんだ」

「当たり前だろ」

 

 嫌そうな顔で水のペットボトルを取りに行き、雲雀は再び寝室に戻ろうとしたところで足を止める。当然ディーノも気配を察知し、警戒した。

 

「ちゃおッス」

 

 いったいどこから侵入したのかわからないが、リボーンは平然と2人の前に現れた。

 

「ヒバリ、優と話が出来るか?」

「………………少し待ってて」

 

 優の体調を思い、雲雀の中でかなりの葛藤があった。それでも熱が出ているこのタイミングを選んだ。

 

 寝室に入った雲雀は、もたれながら座っている優に声をかけた。

 

「もってきたよ」

「……ありがとう」

 

 キャップをあける力もなさそうだと判断し、雲雀は封をあけてから手渡した。当然、支えながらである。力が入らずこぼしそうで怖いのだ。

 

「赤ん坊が話をしたいって言ってるけど、どうする?」

 

 飲み終わった優に声をかけると頷いた。話をもっていくことを選んだ雲雀だが、思わず釘を刺す。

 

「少しだけだよ」

「……はい」

 

 雲雀は優の頬を撫でてから、リボーンを呼びに行った。

 

 

 

 

 ほんの少し待てば、リボーンが顔を出した。優はリボーンだけしか入ってこなかったことにホッと息を吐いた。

 

「わりぃな、無理させて」

「……大丈夫です」

 

 ふふっと笑う姿はいつもと同じだ。習慣になるほど、笑って誤魔化す道しか残っていなかったのだろうとリボーンは思った。

 

「ディーノから全部聞いた。……ツナ達も一緒に聞いたぞ」

「……そうですか」

 

 窓に視線を向けて、優は仕方がないように笑った。そして優はリボーンに頭をさげた。

 

「黙ってて、すみませんでした」

「気にする必要はねぇぞ。気持ちはわかるからな」

 

 優はリボーンの目をジッと見て、コクリと頷いた。通じるものがあり、本音だと思ったのだ。

 

「ツナ達から伝言を預かってるぞ。この戦いが終わったら遊びに行こうって言ってたぞ」

「許してくれるんだ……」

 

 溢れるほど涙が溜まっているが、優の目から落ちることはない。自身がいては泣けないのだろうとリボーンは判断した。

 

「……ごめんなさい、話があるんですよね」

 

 リボーンが待ってくれていたことに気付いた優は、感情を抑えてリボーンと向き直る。

 

「優はどこに居るのかわかるのか?」

 

 誰を指しているかわかったので、優は首を振った。恐らくリボーンは話せない内容が呪いをかけた人物についてだと判断したのだろう。

 

「私は声しか聞いてません」

「……そうか」

 

 考え始めたリボーンのために、優は答えを教えることにした。もう探り合う必要はないと思ったから。

 

「私が話せない主な内容は呪いについてです」

 

 ハッとして顔をあげたリボーンに優は微笑んだ。

 

「……すみません」

「優のせいじゃないだろ」

 

 リボーンの言葉に優は目を閉じた。神から話を聞いているので原因は自分ではないとはわかっているが、全く関係がないと言われれば違うと思ったのだ。

 

「リボーン君、お願いがあります。このことを雲雀先輩には、言わないで」

「……なんでだ?」

「雲雀先輩は何も悪くないんです。私が雲雀先輩の言葉に甘えようとしたから……」

 

 視線が下がる。あの時、優は雲雀に言われ話そうとした。何もかも。

 

 それだけは甘えてはいけない内容だったのだ。だから話せないようにさせられた。

 

「だから話せないんじゃなくて、私のワガママで話さないにしてほしいんです」

 

 顔をあげて笑った優をみて、リボーンは目を伏せた。ポロっと落ちた涙を見てはいけない。普段ならハンカチを差し出すが、泣いたという事実を優は認められたくないだろう。

 

「わかったぞ。オレからは話さねぇ」

「……ありがとう、リボーン君」

「ゆっくり休めよ」

「はい」

 

 ピョンとベッドから飛び降り、リボーンは扉へと向かった。

 

 パタンと扉を閉めた後、リボーンは視線を横に向ける。予想通り、雲雀がいる。そして扉を挟んだ反対側にはディーノの姿もあった。

 

「ヒバリ、優のことを頼んでいいか?」

「当たり前だよ」

 

 雲雀の返事を聞き、リボーンは大丈夫だと判断した。雲雀と同じく盗み聞きしていたディーノも、軽く息を吐いてから雲雀に声をかけることにした。話を聞くまでは無理矢理にでも帰らせるつもりだったのだ。

 

「しっかり寝ろよ、優が悲しむ」

「……君に言われなくてもわかってる」

 

 ディーノを睨んでから雲雀は優の寝室に戻った。それを確認したディーノとリボーンは音を立てぬように去ることにした。

 

 雲雀が寝室に入ると、優はベッドに潜るように眠っていた。そのため雲雀もベッドの中に入った。すると、優がビクリと反応したので声をかける。

 

「僕だよ」

 

 いつもならベッドに入ろうとする前に優は気配に気付くだろう。ディーノが家にいることに気付いていなかったことからして、熱の影響ではっきりとわからないのだ。だから盗み聞きが出来たともいえる。

 

 もっとも風で浮いて移動していたことからして、優が風に頼んでいれば気付いただろうが。

 

「雲雀先輩……」

 

 優は恐る恐る手を伸ばし服を掴む、雲雀は片手だけだが安心させるように優の背に手を回した。そしてそのまま2人は眠ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ツナは走っていた。帰ってきたリボーンから優は大丈夫だと聞いていたが、それ以上何も言わずに寝てしまったのである。

 

 更にツナは、雲雀が敗れ優が連れて行かれる夢まで見てしまった。気になって仕方がなかったのだ。

 

 それでも真っ直ぐに優の家に向かうのは正体がバレると気付き、ツナはディーノが居るかもしれない病院に向かっていたのだった。

 

「ディーノさん!」

 

 扉を開けると同時にツナはディーノの名を呼んだ。

 

「ツナ、早いな」

 

 ディーノはフッと笑った。優が心配で急いできたことがわかる。

 

「あの、ゅ……ヴェントの様子は!?」

「優で大丈夫だ」

「ディーノさん、優は!? 大丈夫なんですか!?」

「熱は出ているが、話は出来た。このまま休めば大丈夫だぜ」

 

 ディーノは熱を測ったわけではないが、そこまで高くはなくないことがわかっていた。もしあまりにも高ければ雲雀が病院に連れて行っているからだ。

 

「何かあっても恭弥が看病しているし、安心するんだ」

「え? ヒバリさん、大丈夫ですか……?」

「心配するな。優が悲しむから寝ろって言えば渋々だが返事をしたぜ」

 

 ツナは今度こそホッと息を吐いた。優のことが心配だが、雲雀のことも心配だったのだ。

 

「こいつらも心配なのか、同じことを聞きにきたぜ」

 

 そういってディーノがあけた扉には、獄寺達が眠ってる姿があった。心配していたのは自分だけではないと知り、ツナは嬉しくなった。

 

「それに帰っちまったが、クロームって娘も優のことだけだが聞きに来た」

「本当ですか!?」

「ああ」

 

 ツナは喜んだ。少し話はしたが、ツナはクロームとの距離感がイマイチわからないのである。そのため優とクロームが仲がいいというのは素直に嬉しかったのだ。そして今度、優に相談して助けてもらおうとツナは思ったのだ。……残念ながら骸の手助けがあったからなので、ツナにはその方法は厳しいと知る羽目になるだろうが。

 

「ヒバリさんが今日の試合に負けることはないだろうし……」

 

 優が関わっていることなので核心があったツナは気が抜け、眠気が襲ってくる。

 

「おまえは修行だぞ」

 

 ギクっとツナは反応する。ディーノは気を張っていたこともあり気付いていた。そしてツナの反応に自分の昔を見るようで笑った。

 

 リボーンはツナに修行を続けるといい、ツナは意味がないといい反対をする。

 

「おまえ、もしもの時はどーすんだ?」

 

 あれ……?とツナは思った。夢の中で見た、連れて行かれる時に謝った優の姿が頭に浮かんだからだ。

 

「……うん、お前の言うとおりだ。行こう」

「急に指図するな」

 

 理解したのはいいが、肩の力が入りすぎているのでリボーンはいつものようにツナを蹴ったのだった。

 



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雲戦

夜中に更新するつもりが、昼になりました。
すみません。


 もぞもぞと優は動き、壁に頭を擦り付ける。

 

「起きたの?」

 

 首を振りながら優は再び頭を壁に擦り付けた。

 

「そう」

 

 コクリと頷き、もう少し寝ようとしたところでハタと気付く。壁際にベッドがあっただろうか。優は寝ぼけた頭ながらも不思議に思いトントンと優しく壁を叩く。

 

「なに」

「何かなぁと思って……」

 

 随分近くに雲雀がいるんだなぁと思いながらも、優は答えた。すると、頬に撫でられ目を細める。

 

「まだ熱があるね」

「でも、とても楽になりました」

 

 昨日のように息が辛いわけではない。いつものように気配だって読めるだろう。そこまで思ったところで、優は固まる。徐々に優は壁と思っていたものから離れた。

 

 全て思い出した優は状況を理解した。だからといって、このまま過ごせるわけがない。

 

「どうしたの?」

「いや、その……」

 

 優の様子から恥ずかしくなったのだろうと雲雀はわかっていたが、自身から離れていくのが面白いわけがない。

 

「寝心地悪かった?」

 

 背中に手を回し、押さえてから声をかける。言葉も優が逃げにくいものを選んでいる。

 

「そういうわけじゃないです……」

「そう。このままでいいから眠りなよ」

「は、恥ずかしくて眠れません……!」

 

 昨日は問題なかったのに……と思ったが、雲雀は優を解放した。やりすぎて警戒されては意味がない。それに体調だってまだ治ってないのだ。

 

「うつってませんか?」

「多分風邪じゃないよ」

「あ、そっか」

 

 普段ならもっと早く気付いただろうが、熱が出て倒れるという意味をやっと優は理解した。うつらないと知り、優はホッと息を吐いた。すると、新たな疑問を浮かぶ。

 

「……雲雀先輩、ご飯食べました?」

「まだ」

 

 時計に目を向けるとお昼を過ぎている。優は慌てて勢いよく起き上がる。が、熱の影響でフラッと倒れる。ベッドに身体を打つまでに雲雀が優を支え溜息を吐いた。

 

「ほしくなったら、勝手に食べるから」

「……はい」

 

 迷惑をかけた自覚があるのか、優は大人しく返事をし、再び雲雀に寝かせられる。

 

「優はお腹すいてないの?」

「あまり……」

 

 僅かに雲雀は眉間に皺を寄せる。微熱程度まで下がっているのに、食欲が戻っていない。誰も気付かないところでは手抜き料理をする優だが、きっちりと3食は食べるのだ。

 

「大丈夫です」

 

 優は微笑みながら、心配している雲雀を安心させるために手を伸ばす。その手をしっかりと雲雀は掴んだ。

 

 結局、手を握ったことで安心したのは優の方で、再び寝息を立て始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 優はボンヤリした目で天井を見ていた。誰かに呼ばれた気がして起きたところだったのだ。後頭部の冷たさから雲雀が新しく氷枕を交換してくれたようだ。

 

「……雲雀先輩」

 

 お礼を言おうとして、雲雀の名を呼んだが返事がない。そこでやっと風で気配を探る。しかし誰の気配もしない。

 

『あいつは試合に行ったぞ』

「えっ……?」

 

 突如聞こえた声の内容に優は思考が追いつかなかった。

 

『……今ならまだ間に合うから起こしたんだ』

 

 バッと優は勢いよく起き上がる。頭がグラグラするが、それどころではないので優は放置した。

 

「神様、ありがとう」

『……ああ』

 

 神の返事からして本当は行かせたくはないのだろう。優は察していたが、気付かぬフリをした。神はそれすらもわかっているからだ。

 

 準備を整えた優は、グッと拳を握りこむ。今の体力でどれだけ持つのかわからない。それでも出来ることはあるはずだ。優は屋上から飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 学校についた優は目を見張った。雲雀がXANXUSと戦い始めているからだ。

 

 軽く舌打ちをした優は、制御をといた。もう時間は残されていない。

 

 はやく、はやくと思いながら風を集める。ゴーラ・モスカの攻撃の圧縮粒子砲は、逸らすにも相当な風が必要なのだ。雲雀を移動させればいいだけの話にも思えるが、優はどうしてもそれが出来なかった。雲雀の戦いを邪魔をし無理矢理移動させれば、もう雲雀の側にいる資格がないと思ったのだ。優は譲れない戦いがあることを知ってしまったから。

 

 光の後に爆発するような音が響き、XANXUSと戦いながらも雲雀は周りの様子を見た。今の爆発音はあまりにも大きすぎる。地雷レベルではない。

 

 雲雀がモスカの暴走と察したと同時にXANXUSが上空を睨みつけていることに気付いた。ハッとして雲雀も顔をあげる。そこには予想通り優が変装した姿のヴェントが居た。

 

 獄寺達やベル達に当たらないように全て風で逸らしながら、優はモスカの動きを封じるために近づいた。ただ壊すだけなら竜巻にでも閉じ込めればいいのだが、中には9代目がいることを優は知っていたからだ。

 

 その様子を獄寺達は黙っているわけがなかった。やはり獄寺達の中で優は守るべき存在なのだ。もちろん今までのこともあり強さを知っている。多少のことなら目をつぶるだろう。だが、時間制限のある制御をといた状態で敵に近づくのは反対だ。さらに昨日とは違い、優は明らかに肩で息をし辛そうなのだ。賛成できるわけがない。

 

「進まねー!」

「どうなってるのだ!?」

 

 思うように優のもとへ行けないことに山本と了平が疑問を浮かべながらも気合で足を踏み出していた。

 

「くそっ!」

 

 苛立った声をあげたのは獄寺だ。獄寺達を近づけないように優が風を操っていることにすぐに気付いたからだ。嵐の守護者にも関わらず、風の軌道が読めず近づくことが出来ない自分に腹が立ったのだ。更に対戦相手のベルならば、優のもとへ行けると思ったのもあった。獄寺の服に細工していたが、風の気配を読めるというのもウソではない。ランダムに発生させるハリケーンダービンの突風を危なげなくかわしていたのだから。

 

「ヒバリ……!」

 

 優のもとへと近づく影に気付き、獄寺は声を漏らした。獄寺達とは違い、雲雀は風で妨害されていないようだ。それだけ優に信頼されていると取れるため、獄寺はギリっと歯を食いしばってから言った。

 

「あいつに頼るしかねーのかよ……!?」

 

 雲雀を頼りたくないという意味ではない。自分がその中に入っていないことが悔しくて言ったのだった。

 

 

 

 

「ヴェント」

 

 モスカの攻撃を逸らしながら近づいていた優は聞こえてきた声に振り返った。

 

“……もういいのか?”

「いい」

 

 XANXUSとの戦いは後回しに、雲雀は優の隣にたった。

 

「後は僕がする」

 

 優はホッと力を抜く。足に怪我をしていない雲雀なら、モスカを倒せると思ったのだ。

 

“僕がサポートするのは許してくれよ”

 

 雲雀は何も答えなかったので、嫌だが言っても聞かないと判断し諦めたらしい。実際モスカを移動させないように優がこのまま抑えていれば、すぐに方が付く。

 

“それと、気をつけろ。あの中には……”

 

 ドクンと嫌な心臓の音がし、優に吐き気が襲う。これは話せないことを言おうとしたからではない。雲雀が片腕を壊したおかげで風が通り、中に人がいるとわかっているからだ。

 

 つまり、時間切れを意味する。

 

(ウソ、でしょ……!)

 

 あまりにも狙ったようなタイミングに優は倒れながら絶望する。それでも倒れる前に支えてくれた雲雀に声をかけようとした。

 

“ダメだ……”

「いいから黙って」

 

 優は再び吐き気に襲われる。これは雲雀が優を抱き上げ移動させ始めた振動によるものだ。

 

 雲雀は優が何か言いたいことには気付いていたが、目の前にいるモスカから離れることを優先した。本当なら今すぐ袋を入れたいのだ。安全な場所に行かなければ、袋をいれる余裕がない。雲雀の中で1つの懸念があった。倒れて袋をいれずにそのままの場合、優の体調は更なる悪化をする可能性がある。

 

 その証拠なのか、風が雲雀の頬を何度も撫でる。早く袋を入れろと言っているかのように。

 

 焦る気持ちを押さえ、雲雀は確実にモスカから離れていく。離れれば離れるほど標的が目の前にいた雲雀達ではなくなっていった。

 

 それでも流れ弾はくる。1人ならば余裕だが、力が抜けている優を抱えて避けるのは難易度が高く、優を降ろして袋をいれる余裕がない。

 

 そんな中、雲雀の焦りに気付いたかのように、声をかけた人物がいた。

 

「ヴェントを頼む」

 

 すれ違いながら、ハイパー化したツナが雲雀に声をかけたのだ。

 

 実は学校にたどり着く前から爆発の光などに気付くと同時に、リボーンのおしゃぶりが光りはじめたのである。コロネロの可能性もあったが、ツナ達は優が無茶をしているという風にしか思えなかった。慌てて駆けつければ、雲雀が優を抱えて逃げていてコロネロの姿はない。

 

 そして未だにリボーンのおしゃぶりは光り続けている。普段なら近づいた時だけで光はすぐに収まる。だが、リボーンの光がおさまることがない。まるで早く袋にいれろと教えているかのように。

 

 ツナや周りの様子を見ながらもリボーンは優のもとへ向かった。

 

「ヒバリ」

「今、袋にいれた」

「そうか」

 

 リボーンの声に優は声を絞り出す。

 

“彼を止めろ……!”

 

 彼というのはツナを指していると2人は気付き、僅かに眉間に皺を寄せる。モスカを止める必要はあっても、ツナを止める必要はない。

 

“あの中に、人がいる……!”

 



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雲戦 その後

 優の言葉にいち早く反応したのはリボーンだった。元々この暴走に違和感を覚えていたリボーンは状況を把握するのが早かったのだ。

 

「ツナ、その中に人がいるぞ!」

 

 モスカを殴り飛ばしちょうど距離をとっていたツナにその言葉は届いた。そのため機械仕掛けと思っていたので、遠慮せずに攻撃していたツナの手が止まる。

 

「くっ」

 

 ツナの葛藤にモスカは配慮することもないため、再びモスカは標的であるツナに襲い掛かった。そのためツナは逃げ続けるしかない。モスカはもうボロボロで下手に手を加えると、爆発する可能性もある。

 

「どうすれば……!?」

「のけ」

 

 ツナが躊躇していると、XANXUSの手に炎が宿る。

 

「XANXUS、止めろ! あの中に人がいるんだ!」

「知るか。オレはモスカの暴走を止めるだけだ」

 

 その言葉に違和感を覚えたのは数人いた。獄寺もその中の1人だ。優が邪魔さえしなければ、勝敗に関係なくモスカの暴走で皆殺しにするつもりで雲雀を挑発したと推測できたからだ。それでもXANXUSはあくまでもモスカの暴走を止めるためだと言い張る。

 

「やめろー!!」

 

 躊躇のない炎の宿りにツナはXANXUSを止めるために動き始めた。

 

「……何を考えてんだ」

 

 ポツリと呟いたのはリボーンだった。当然頭のいいリボーンはXANXUSの行動に違和感を覚えていたのだ。そもそもモスカの標的はいまだツナで、XANXUSはスキを見てモスカを倒すことは出来るはずだ。確かにモスカの装甲を破るには大きな炎が必要だろう。だが、それにしては手に炎を宿すには時間がかかりすぎている。そして、宿した炎は跡形もなく風化させるほどの威力を放すほどの量だ。

 

“っ!?”

「ヴェント?」

 

 その中、優は全てを悟り息を呑んだ。原作を知っているからこそ、誰よりも早くXANXUSの行動が理解できたのだ。

 

 優の言葉でツナはXANXUSの行動を防ごうとしていた。モスカの構造は人の生命エネルギーを動力源にしている。つまりモスカが停止した時、9代目の生命エネルギーがほとんど残されていないことを意味する。

 

 もし9代目が亡くなった場合、暴走を止めようとして動いたXANXUSを妨害したツナの責任にすることが出来る。

 

「っ!」

 

 優から数秒遅れて、リボーンが理解する。記憶の底からモスカの構造を思い出し、9代目が中に入っている可能性にたどり着いたのだ。そこまで悟るのは難しいようにも思えるが、誰が入っていれば最悪の事態になるのかと考えれば答えはすぐに出る。

 

 リボーンは銃を構えて撃った。争奪戦に手を出す気はなかったが、9代目の救出ならば話は別だ。一刻も早く9代目を解放しなければならない。

 

 日本に送られたモスカは非常スイッチがないため、暴走しても止めることは不可能だ。だが、決して方法がないわけではない。モスカの中に人を入れることが出来ることを考えると、当然外にスイッチがある。モスカの構造を知っていたリボーンはそこを狙ったのだ。

 

 狙いは完璧だった。しかしリボーンが撃った弾は空を切った。

 

 今まで暴走していたモスカが倒れながら停止し、当たらなかったのである。

 

「チッ!」

 

 舌打ちしてリボーンはモスカに駆け寄る。そしてモスカの中から現れた9代目を見てツナ達が驚いたとき、XANXUSは口角をあげていた。

 

「9代目……?」

「……やべーな。生命力が落ちている」

 

 見たところ大きな怪我はないが、脈拍を測ったリボーンが呟いた。

 

「どーして……!?」

「どーしてじゃねーだろ! オレはモスカを止めようとしたのをてめーが邪魔をしたからだ」

 

 その言葉に動揺したのはツナだけじゃなかった。優も肩を揺らすほど動揺した。優は人がいるとツナに教えた。そのことで変わった展開にも気付いたのに、止められなかった。

 

 優を支えている雲雀は、身体が触れていることで優が何を考えているかすぐに察することが出来た。息を呑んだタイミングで優はリボーンと一緒で気付いていたのだろう。しかしあのタイミングで気付いたとしても止めることは不可能だった。そもそも優がツナに教えなければ、自身かツナがモスカをボコボコにしていただろう。優に責任はほとんどなかった。

 

 ただし、たとえそれを優に説明しても、雲雀は優が納得するとは思えなかった。だから上手く声をかけることが出来なかった。

 

「……ちがう、悪いのは……私だ……」

 

 9代目の声に優は顔をあげた。ツナに向かって言った言葉だったが、その言葉は優も救い上げる。

 

「……眠りなよ」

 

 もう大丈夫だと判断した雲雀は、優に声をかける。揺りかご事件の話まで聞く必要はない。どうしても知りたければ、後で雲雀が教えればいい。自分が悪いと責めなくなったなら、少しでも早く眠るべきだと思ったのだ。

 

“もう、少し”

 

 はぁと雲雀は溜息を吐く。こうなった優は9代目の話が終わるまで絶対に寝ないだろう。優にとって自分の身体より9代目の言葉の方が大事だからだ。9代目の言葉のおかげで救いあげられているので、雲雀も無理に寝かせにくい。ヴェントの時はいつものように出来ないのも大きい。

 

「……君が風の守護者だね」

 

 優は僅かに反応した。

 

「リボーンから君の事も聞いていたよ……すまない。私の判断のせいで君に注目するような形になってしまった……」

 

 恐らくリボーンは黒曜の戦いで目をつけていた。しかしいくら探しても見つからないことから、9代目は表に出たくないと感じ取ったのだろう。

 

 だが、優は9代目が悪いとは思わない。風の守護者の情報がないため、大々的に発表するしかなかったはずだ。

 

“たいした問題じゃない”

 

 軽い口調で優は言った。正体を隠したいのは優のわがままなのだから。

 

「綱吉君、力をかしてあげなさい……。君の力が必要だ……」

「でも、いつもオレの方が助けてもらって……」

「会ってわかったよ……。彼に必要なのは……綱吉君のような温かさだ……」

 

 優の不安定さをボンゴレの超直感で9代目は見抜いたのである。そしてその判断は間違っていない。雲雀が細心の注意を払いながら優に接しているのに対し、ツナは自然体で優が望んでいるものを与えることが出来る。優にはツナが必要なのだ。

 

「……うん。わかった」

 

 ツナはチラっと優を見てから返事をした。ツナも自身に温かさがあるとかはわからない。それでも優の側に居続けることは出来る。ツナは優のことが好きなのだから。

 

「君で……よかった……」

 

 9代目はその言葉と共に指に炎を灯し、ツナの眉間に炎をあてた。優はモスカに生命エネルギーをとられ、炎を出すことは出来ないと思っていた。9代目は命を削って炎を出したのかもしれない。

 

 徐々に小さくなっていく炎に優は息を呑む。展開がかわったので原作通りに助かるのかはわからない。間近で優は誰かを亡くなるところを見たことがない。

 

「君は何も悪くない」

 

 雲雀の声が聞こえ、優は頷いた。9代目が責任を感じないように、無理をしてでも伝えた言葉だ。責任を感じて立ち止まってしまえば、9代目の気持ちを無にしてしまう。

 

 9代目が目を閉じたところで、XANXUSが優の予想通りの行動を起こした。チェルベッロが全て記録しているという発言から、ツナ達の立場が不利になる。

 

「……XANXUS、そのリングは返してもらう。おまえに9代目の跡は継がせない!!」

 

 ツナの覚悟に優も続こうとしたが、残念なことに力は入らない。

 

“支えなくていい、君も怒ってるんだろ?”

「…………動かないでよ」

“ああ。風よ、僕を守ってくれ”

 

 そっと雲雀が手を離しても優は倒れることはなかった。足手まといにならないように、自分の身は守ることは出来そうだ。

 

 次々とツナの言葉に続き、獄寺達は武器をかまえた。そして、雲雀も続く。

 

「個人的に」

 

 もの凄く低い声で。

 

 雲雀の中で相当のムカツキが溜まっていた。それもそのはず、雲雀もXANXUSに利用されていたのだから。そのせいで優に無茶をさせてしまった。

 

 しかし、チェルベッロの言葉で止められる。ムカついていたが、雲雀は我慢した。ツナの強さを引き出している状況というのもあるが、このまま戦えば優に負担を強いることになる。

 

 XANXUS達が去ったのを雲雀は無言で見送ったのだった。

 

 ドサッという音が聞こえ、雲雀は慌てて振り返る。去ったことを確認したところで、優は気力が切れたのだろう。眠ってしまった優を抱き上げようと雲雀は手を伸ばす。

 

「ヒバリ! ヴェントは寝たのか?」

「…………」

 

 心配する獄寺の言葉に雲雀は答えることが出来なかった。

 

「おい! ヒバリ!」

 

 獄寺の怒鳴る声で自然と注目が集まる。

 

「落ち着け、お前ら。どうかしたのか?」

 

 ディーノは9代目の手配を部下に指示を出していたが、騒ぎのもとへ駆けつけ仲裁するように声をかけた。今のツナには難しいと判断し駆けつけたのもあっただろう。

 

 そして駆けつけたことでディーノは教え子である雲雀の様子がおかしいことに気付く。

 

「恭弥、どうしたんだ?」

「熱……」

「袋をとったのか!?」

 

 素直に答えようとした雲雀の態度にも驚いたが、ディーノは優が無茶したことを知り、思わず声をあげた。しかしすぐに冷静になり、雲雀の様子がおかしくなるほどの熱が出ていることに気付いた。

 

「恭弥! 病院へ運ぶぜ!!」

 

 ディーノの言葉にハッとしたように、雲雀は優を抱き上げた。緊迫した空気に獄寺達は息を呑み、ツナもこの事態に気付いた。

 

 病院につくまで、誰もが無言だった。

 



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 深夜。獄寺は1人の男をズルズルと引きずっていた。

 

「おめーも知ってるだろ? オレは男は診ねーんだ」

 

 くそっ!と言いながら、獄寺は足を動かした。女と教えたいが、迂闊に口にすることは言えない。

 

 Drシャマルは引きずられながらも声を出さずに笑った。風の守護者のことはよくわかっていないが、嵐とは相性がいいのは間違いない。Drシャマルは獄寺が認めさえすれば、関係が変わるだろうと思っていた。忠誠を誓っているツナだけじゃなく周りを見ることが出来るようになり、獄寺がまた少し成長したことが嬉しかったのだ。

 

 それでも男を診る気はなかったので、もう1度声をかけた。

 

「だからオレは男は診ねーんだ」

「黙ってついてきやがれ!! てめぇだったら治せるかも知れねーんだ!!」

 

 引きずられながらも感心したように獄寺をみた。思った以上に仲が良くなったらしい。そもそも獄寺はDrシャマルに頼ることも嫌だったはずだ。だからDrシャマルは本気で抵抗しなかった。その獄寺が今、素直に頼りたいととれる内容を口にした。

 

「なんだ? フードかぶっていたヤローはぶっ飛ばすんじゃなかったのか?」

「それはもういいんだ!!」

 

 今度は声を出してDrシャマルは笑った。そして、ほんの少し男でも診てもいいかと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 優が運ばれた病室には、雲雀とディーノとロマーリオが居た。心配するツナ達は無理矢理ディーノが帰したのだ。何かあれば必ず連絡すると約束して。

 

 もちろんディーノは雲雀も帰らせるつもりだった。しかしその前に、雲雀はカーテンを閉め引きこもってしまった。ディーノとロマーリオは優の顔を見ることさえ叶わないのだ。

 

 ハッと顔を上げ、ディーノは扉を見た。廊下を歩いていた人物が、優の病室の前で止まったからだ。

 

 ガラっと扉が開く。

 

 このとき、ディーノ達の手には武器があった。部下にドアの前で見張りをさせているが、もしもの場合がある。警戒するのは当然だった。

 

「獄寺かよ……」

 

 現れた人物にホッと息を吐く。そして呆れたように声をかけた。

 

「何かあったら連絡するって言ったろ? もう眠るんだ」

「医者を連れてきたんだ」

 

 グイッと獄寺が引っ張り現れた人物を見てディーノは声をあげた。

 

「Drシャマル!?」

 

 ボリボリと頭をかきながらDrシャマルは立ち上がった。互いに面識はあるが、親しいわけではない。何せツナの時のようにリボーンの紹介で会ったが、男は診ないんだといって本当に帰ったからだ。

 

「確かにDrシャマルなら……だが……」

 

 考え始めたディーノにDrシャマルは溜息を吐いて言った。

 

「だから、オレは男は診ねーんだ!」

「女だったらいいんだろうが!!」

 

 ついに我慢の限界がきたらしく獄寺は言った。口調とは裏腹にちゃんと獄寺は声を落としていた。

 

「女……?」

 

 ポツリと声を漏らしたのはDrシャマルだ。実は生まれてこの方、性別を間違えたことがなかったのである。Drシャマルは自分の見立てが間違っていたことに動揺したのだ。

 

「うるさい。咬み殺すよ」

 

 あまりの騒がしさに、雲雀はカーテンを開けて文句を言った。もちろん手にはトンファーがある。

 

 やっと出てきたことにディーノはホッと息を吐く。無理矢理あけることも出来ただろうが、それをすれば雲雀は一生許しはしないだろうとディーノは察して出来なかったのだ。

 

「おい……優ちゃんはどうしたんだ……」

 

 Drシャマルはカーテンの隙間から見えた優をみて、すぐさま声をかけた。

 

 ちなみに親しそうに呼んでいるが、優とDrシャマルの面識はない。原作を知ってる優はDrシャマルと会いたいと思わず、ツナと友達になってからは救急セットを持ち歩き、自身は健康なため保健室に行く用もない。さらに雲雀が女好きという情報を得ていたので会わせないように手をまわしていたのだ。それでもDrシャマルが知っていたのは、雲雀の女ということで有名な優に興味が沸き、遠目だがこの目で見た結果、将来有望そうだと記憶していたからだ。

 

「さっきから言ってるじゃねぇか!! てめーだったら治せるかも知れねぇって!!」

「どういう状態だ」

 

 医者の表情になったDrシャマルにロマーリオがカルテを手渡す。そして更に口頭でディーノが説明する。

 

「42度近くの熱が出るんだ。もうこの状態が3時間以上続いていて解熱剤も全く効かねぇ状態だ……」

 

 ディーノが用意した医者はこれ以上解熱剤を投与できないと言ったのである。それを聞いた雲雀がカーテンを閉めて閉じこもった。もう医者の力では治せないと判断して……。

 

「ただの病気じゃねぇんだな」

「ああ。力を制限されて使えば、倒れるとしかわかってないんだ」

「それでこの熱なのか?」

 

 雲雀の方が症状を知っているが答える気がないようなので、再び口を開いたのはディーノだった。

 

「ああ。2日連続で使ったんだ。昨日はここまで熱は高くなかったみたいだぜ……」

「……オレには無理だな」

 

 予想通りの反応にディーノは目を閉じる。僅かの可能性をかけ説明したが、リボーンが手配しなかった時点で無理だと思っていたのだ。

 

「てめぇ、医者だろ!!」

 

 獄寺がDrシャマルの胸倉を掴んだが、冷静に首を振り答えた。

 

「こういうのは治せねぇんだ。その制限をかけた奴に制限を解いてもらうしかねぇぞ」

「跳ね馬! 誰か聞いてねぇのか!?」

「……無理だ。優ですらわかっていない」

 

 自然と優に視線が集まる。辛そうな息を吐き続けているが、何も出来ない。誰もが自分の無力さに手に力がこもる。

 

「……今まではどうしてたんだ?」

 

 少しでも何か出来ることはないかと、Drシャマルが声をかける。

 

「昨日初めて制限をといたんだ。倒れるしかわかってなかったから、優も昨日初めて熱が出るのを知ったんだ」

「優ちゃんもどうなるかわからねぇのに、今日も制限をといたのか……そこまで無茶した理由はなんだ?」

 

 リボーンから話を聞いていたディーノは、雲雀と獄寺に答えさせるのは酷だと判断し説明する。

 

「みんなを守るためだ。優が制限をといたから9代目以外は怪我人は0だ。……ヴァリアーも怪我をしなかった」

「ヴァリアーも守ったのか!?」

 

 肯定するようにディーノは頷いた。

 

 優は何もしなくても誰も怪我をしなかったと知っているが、獄寺達はそれを知らない。優に守られたという気持ちになるのは当然だった。

 

「……なんでこいつは敵まで守るんだ!!」

「優しすぎるんだ……」

 

 獄寺の言葉に答えたのはディーノだった。優は誰かが傷つくと自分も傷つくのだ。ディーノはツナと出会う前の友達の話を聞いたことがなかったことから、防衛本能が働き積極的に誰かと関わろうとしないのだろう。普通ならば、親しいものがいなければ、何かしら思うこととがあるはずだ。さらに優は好意に鈍感すぎる。育った環境もあるだろうが、親しいものを作らず、傷つかないようにしていたのかもしれない。

 

「最初にヴァリアーとは敵として会わなかったのもあると思うけどな……」

「くそっ!」

 

 優がヴァリアーにも甘い対応になるのは、それが大きい。いろいろ振り回されて大変な目にあったのは間違いないが、話せなくなったことを忘れることが出来たのだ。優の中で悪い印象にはならなかった。

 

 イタリア旅行の時に会わなければ、話はまた違っていただろう。

 

「優ちゃんの生命力に懸けるしかねぇな……」

「……お前ら、もう寝ろ。オレが優を診てるから」

 

 ディーノはお前らといいながらも雲雀を見ながら言った。この中で1番納得しないのは雲雀だとわかっていたからだ。

 

「昨日も看病をしたんだろ? ここはオレに任せろ」

「うるさい」

 

 頑なに拒否をするため、ディーノは困ったように息を吐いた。責任を感じているのかもしれない。だが、たとえ雲雀がXANXUSを挑発しなくても、必ずXANXUSは何か仕掛けていたはずだ。雲雀はそのことに気付いているが、それでも自身の行動を許せなかったのだろう。

 

「優は喜ばないぜ」

 

 あまり使いたくはなかったが、ディーノはこの言葉を使った。優は自分のせいで雲雀が無理をすれば傷つく。優しすぎるからだ。ディーノはどうしても雲雀を休ませたかったのだ。

 

「……それでも側に居る。邪魔するなら咬み殺す」

 

 傷つけるとわかっていても離れないと宣言しトンファーを構えた雲雀に誰が止めることが出来ただろうか。

 

 何もいえなくなったディーノ達を見て、再び雲雀はカーテンを閉めた。再びディーノは溜息を吐く。これでは優の様子が見えない。もっとも何かあれば、雲雀が反応するのでわかるだろうが。だからといって、見えなくてもいいわけではない。

 

 そこでディーノははたと気付く。違うのかもしれない、と。

 

 今まで雲雀が気に入ったものはなくなるものではない。もちろん校舎が壊れてなくなる可能性もあるが、よほどのことがない限り一瞬にして消えてしまうものではない。

 

 人という脆い存在を初めて好きになり、目の前で消えてしまいそうな命に雲雀は怖いと思っているのかもしれない。今までと違い、雲雀の力で解決できる内容ではないのだから。

 

「恭弥……」

 

 ポツリと呟きカーテンに手を伸ばしかけたが、優が目覚めること以外、雲雀は望んでいない。そっと手を下ろし、ディーノは雲雀の好きにさせることにした。

 

 

 

 

 ふわふわと浮きながら、優は見知らぬ場所にいた。

 

「どこだろ?」

 

 とても空気が綺麗で、優は軽い足取りで更に綺麗な空気がする方へと進んでいく。……正しくは浮きながら進んでいく。

 

「ここ、凄くいい場所」

 

 いつもより風が簡単に操れる気がする。そう思った優は、更に進もうとした。が、優が進もうとした道を遮るかのうように人が現れた。

 

「あれ? 神様?」

 

 なんでここに居るんだろうと思いながら、優はポンっと手を叩く。

 

「そっか。この場所は神様みたいな感じがするからだ」

 

 だから居心地がいいんだと優は笑った。

 

「そっちには行くな」

「もしかしてあっちが天国?」

「違う」

 

 優の疑問に否定した途端、神はパチンと指を鳴らした。すると、目の前に扉が現れる。

 

「この扉をくぐれば、元の場所に戻る」

「へぇー」

 

 返事はしたものの、優はこの場所に興味があり扉をくぐろうとしない。

 

「雲雀が待ってるぞ」

「んー、でもこの場所凄くいいんだ。なんだろう? 身体が軽い?」

 

 少し寄り道してから戻りたいなぁと優は神に目を向ける。

 

「ダメだ」

「えー! ちょっとだけだよー?」

 

 神が反対したので優はワガママを言った。仕方がないというように息を吐き、神は口を開いた。

 

「優の身体にここは影響を与える」

「そうなの? すっごく気持ちいいのにねー」

 

 名残惜しそうに優は周りを見渡し、扉に手を触れる。流石にこれ以上ワガママを言う気はならなかった。

 

「神様、またね」

「ああ」

 

 手を振りながら優が扉をくぐったのを確認した神は長い息を吐いた。

 

「自分の力で予知が邪魔されていたのか……」

 

 神はガクリと肩を落としながらも、更に呟く。

 

「寝込んだときにまさかここに来ていたとは……。俺に惹かれているのか? だが、今はもうこれ以上抑えることは出来ないぞ……」

 

 困ったように頭をガシガシとかきながら、神は優が進もうとしていた方向へ歩いていったのだった。



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強制召集

 僅かに優が動く気配がし、雲雀はハッと顔を上げた。

 

「……どうか、したんですか?」

 

 声をかすりながらも、優は雲雀に向かって言った。雲雀が元気がないと感じ声をかけたのだ。その反応に雲雀は肩の力を抜くような息を吐く。

 

「起きたのか!?」

 

 声とともにカーテンが開く。思わず雲雀はディーノを睨んだ。

 

「……邪魔したのは悪かった。だけどな、オレだって優が心配だったんだ」

 

 はぁと大きな溜息を吐き、雲雀は優に視線を戻して水を飲ませために動き出す。

 

「しん、ぱい……?」

「昨日無茶しただろ? 熱が下がらねぇし、意識も戻らなくてみんな心配していたんだ」

 

 返事をかえそうとしたが、その前に雲雀に水を飲ませてもらう。

 

「……ふぅ。ありがとうございます、雲雀先輩。ディーノさんも心配をかけました」

「元気になったらいいんだ」

 

 夢の中で神に言われて大人しく戻ってきて良かったと優は思った。

 

「優が目を覚ましたって、みんなに連絡してくる」

 

 本当はもっと様子を見たかったが、ディーノは雲雀のために一旦席を離れた。

 

 2人っきりになり、優は声をかけようとしたが、雲雀が首を振った。

 

「いい、わかってるから」

 

 優が心配させたことを謝りたいと思っていることも、雲雀の身体を心配していることもわかっていた。だから無理に話さなくていい。出来るだけ雲雀は休んでほしいのだ。

 

 口にしなくても伝わったことで、優はふわりと微笑む。それを見て、雲雀も表情を緩めたのだった。

 

 ディーノが戻ってきた気配がしたため、雲雀は立ち上がる。

 

「おい、恭弥!?」

 

 驚いているディーノの声を無視し、雲雀は病室を後にしたのだった。

 

 席を離れてる間にいったい何があったのかと焦りながらディーノは優の様子を見る。

 

「大丈夫です。雲雀先輩は休みにいっただけです」

「……優が言ってくれたのか」

 

 てこでも動かない様子だった雲雀が動くとすれば優の言葉ぐらいだ。

 

「雲雀先輩は私の目を見ただけでわかったみたいです。休まないと私が寝ないって」

「そうか」

 

 返事をしながら、ディーノは雲雀が出て行った扉を見た。本当なら優の側で休みたかったはずだ。ツナ達が来ると判断し譲ったのだ。互いに大事にしていなければ、決して譲らなかっただろう。優の寝顔が見られる可能性も高いのだから。

 

「ディーノさん」

「なんだ?」

「9代目は……?」

 

 一瞬ウソをつこうかと思ったが、ディーノは正直に話すことにした。

 

「まだわからねぇ」

「……そうですか。ディーノさん、私はもう大丈夫です。雲雀先輩も休みました。だから行ってください。ここよりも9代目のところやスクアーロさんのところに行ってください」

 

 優の言葉にディーノは目を見開く。

 

「もう十分気持ちは伝わってます。行ってください、ボス」

 

 ディーノは長い息を吐いた。まだ甘えてもいい中学生の優に、気をつかわれてしまった。だが、優が目を覚めたなら行かなくてはならないのも事実。

 

「……いいか? 何かあれば、みんなに言うんだ」

 

 必ずディーノは部下を置いていくとわかっていた優は素直に頷いた。

 

 そしてディーノが出て行くのを見て、優は安心して目を閉じる。考えないといけないことは山ほどある。

 

 風戦があったことで1日ズレが起きているのに、イタリアからの連絡はギリギリまでなかった。家光達に何かあったのかもしれないが、やはり自身の運命が妥当な線だと優は思った。

 

 他にも大空戦での優の扱いだ。やはり行かなくてはならないのだろうか。

 

 つらつらと優は考え事をしていたが、知らぬ間に眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 病院から去った雲雀は学校に寄った後、優の家で眠っていた。屋上で眠っても良かったのだが、雲雀が1人で昼寝をしているところを見られれば優がいないと気付かれてしまうからだ。

 

 なぜなら優が学校を休んでいることを知っているのはごく僅か。最近の優は朝のHRにも出ずに応接室に向かうため、クラスメイトと会わないことが多い。更にカツラをかぶって登校し始めたことで、優の存在は気付きにくい。どうしても特徴のある髪の色で優を探してしまうからだ。

 

 そのため、ここで雲雀が優が休みと思われるような行動は出来なかったのである。1番不自然ではない行動が優の家だったのだ。

 

 スヤスヤと優のベッドで眠っていた雲雀だが、パチッと目を覚ましトンファーをかまえて外へ出た。

 

「……連絡事項です」

 

 チェロベッロの姿を見て、雲雀はいっそう警戒を強める。

 

「命ある守護者は大空戦に必ず来てください」

 

 僅かに眉間に皺を寄せる。群れることが嫌というのもあるが、命ある守護者の中という言葉に引っかかったからだ。そして雲雀の疑問に答えるかのように、再びチェルベッロが口を開く。

 

「ヴェントにも参加していただきます」

「……どうして僕に言ったの」

 

 ヴェントとは親しいと思われているのはまだいい。しかしなぜ雲雀にわざわざ伝えようと考えたのか探っておきたかったのだ。

 

「我々チェルベッロはヴェントの居場所がわかりません。あなたは知っていると思いまして……」

 

 この場所に来たのは雲雀を探してと、言葉通りに受け取っていいのかと雲雀は思いながらも居場所を知っているという意味で頷いた。知らないと答えて、探された方が厄介だからだ。

 

「でもヴェントは決まってるはずだよね?」

「はい。しかしヴェントは沢田氏側を選択しました。来なければ、沢田氏の失格になりXANXUS様の勝利になります」

「……わかった」

 

 そう答えるしかなかった。普段の優ならば、ヴァリアーに連れて行かれても逃げ出すのは簡単だろう。しかし今の状態では簡単に連れ去られ、何をされるかわからない。特殊だが、骸が使った憑依弾のようなものもある。まだ雲雀の手が届く範囲にいるほうが安全だった。

 

 チェルベッロの気配が完全に去ったことを確認し、雲雀は優の家に戻る。そして眠るためにベッドへと向かう。少しでも身体を休ませ、何があっても動けるように。

 

「やっぱりこの家に住もうかな」

 

 雲雀がここに住んでいれば、誤魔化せることが増える。問題はどこまで雲雀が我慢できるかという話だが、一緒に住んでいなくても、いずれ我慢できなくなり手を出すことになるだろう。些細な差だと雲雀は納得し、目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 話し声が聞こえ優は、目を開ける。すると、ツナと目があったので優は笑った。

 

「ご、ごめん……」

「わりぃな、起こすつもりはなかったんだ」

 

 ツナとリボーンの言葉に優は軽く首を振る。普段はすぐに目を覚ますことはないので、優の眠りが浅かっただけだ。

 

「もうすぐ、試合……?」

「……うん。その前に優を診に来たんだ」

「そっか」

 

 覚悟を決めたツナの顔を見て、優は声をかけた。

 

「ツナ君は凄いんだよ」

「えっ!?」

 

 優の体調を忘れ、思わず大きな声を出したツナは慌てて自分で口を押さえる。

 

「私は知ってるよ。死ぬ気にならなくても、ツナ君は凄いってね」

「……ありがとう、優」

 

 死ぬ気弾を使わずに友達になった優の言葉だからこそ、ツナは素直に受け取ることが出来る。

 

「私だけだったのになぁ……。今はみんな知ってる」

 

 懐かしそうに優は笑い、言葉を続けた。

 

「だからみんなはツナ君に巻き込まれたわけじゃない。……ツナ君についていってるんだ。雲雀先輩も惹かれてるんだよ。ツナ君の凄いところをもっと知りたいってね。ちょっと方法がアレだけど……」

 

 プッと噴出したのは同時だった。そして笑い終わると優は疲れたように目を閉じ、再び眠りに落ちた。

 

「無理をしてでも、おめーに伝えたかったんだな」

「……うん。優、ありがとう。行ってくるね」

 

 ツナは振り返ることもなく、病室から出て行ったのだった。

 

 

 

 ツナが出て行って数分後、雲雀が病室へとやってきた。眠っている優を起こすのは気がひけたが、状況を理解させる必要がある。手を伸ばし、そっと頬を撫でる。

 

「優」

 

 雲雀は伸ばしていた手を引っ込めて、もう1度声をかける。……言葉を変えて。

 

「起きるんだ、ヴェント」

 

 名に反応したかのように優は目を開けた。そして警戒してた優が、雲雀と目が合うと安心したようにふわりと微笑んだ。

 

「……行くよ」

 

 具体的な説明はない。それでも優は気にした風もなく頷いた。原作を知らなくても、どこに連れて行くのかも、雲雀が連れて行くと判断するようなことが起きているとわかるからだ。

 

「いい。僕が運ぶから。出来るだけ休むんだ」

 

 風に頼もうとしていたが、雲雀の言葉に甘えて優は目をつぶった。



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大空戦 1

お久しぶりです。
風邪をひいたり、風邪をひいたりしてました←
コメントなどは今日の夜中に返事します。



 少しでも休もうと目を閉じていた優だが、ツナが決まってるはずの優も参加することに反対した声を聞き、動き出す。雲雀の腕からサッと抜け出し立ち上がった。

 

「ヴェント!?」

 

 慌てているツナに優は大丈夫だと声をかける。しかしほんの少し前まで、会話するだけで疲れてしまったのだ。鈍いツナでも無理をしていると察するのは当然だった。もちろん、優が眠っている時に見舞いに来ていた獄寺達も。そしてあまりにも雲雀からの視線が鋭かったので、ポツリと優は呟いた。

 

“……借りは今度返す”

 

 普段のように声をかけれない雲雀は何も言えない。雲雀とヴェントの関係ならば、これで納得しなければならないからだ。

 

 そもそも優も束縛を嫌う。雲雀が好きなので大人しく居るが、骸との交渉にまで口を出されたくなかった時は実力行使に出たのだ。もしそこで雲雀に嫌われてしまえば、あっさりと優は雲雀から離れただろう。

 

 雲雀から視線を外し、優に近づいてくる人物に目を向ける。その人物は獄寺だったので、警戒する必要がないと判断した優はチェルベッロへと向き直る。すると、背後から押さえつけられる。

 

「いいから座ってろ、バカ」

 

 獄寺は優の頭に手を置き、座るように力を入れたのだ。その方法は決して良くはないが、行動は褒められるものだろう。現に渋々座った優を見て、ツナ達は安心するように息を吐いたのだから。

 

 一方、優は気を抜けば眠りに落ちそうなので、やっぱり座るんじゃなかったと思っていた。仕方ないので、優はルール説明に耳を傾けはじめた。鈍った思考回路でどこまで原作との違いに気付けるだろうか。

 

 リングを回収する話になったので、優はポケットからリングを取り出す。しかしチェルベッロは風のリングを回収しなかった。

 

“僕のはいいのか?”

「はい」

 

 疑問に思いながらも、優は気にしないことにした。今の段階では考えるだけ体力の無駄遣いだ。チェルベッロに首にさげるように指示されたので、リングの力を封じているチェーンを外す。

 

「ん? 何巻いてんだ?」

“今度説明する”

 

 優のリングが見えたらしく山本に質問されたが、答えなかった。フゥ太のような能力があることを考えれば、リングの力を説明せずに誤魔化すことは簡単だが、優は今それに労力を使いたくなかったのだ。山本も優の体調を考慮し納得したようで、あっさりと引き下がった。

 

 大空戦のフィールドは学校全体と発表され、カメラ搭載型のモニター付きリストバンドを守護者全員に配られる。これについては優もチェルベッロから渡されたので、軽く息を吐いた。当然だ。毒を食らうと知っててつけたいとは誰も思わないだろう。

 

“……僕のは色が違うのか”

 

 優のは他の守護者たちとは違うらしい。少し考えれば、優はリングを持っているので簡単に解毒できることがわかる。ただ、今の優はそこまで頭が回らず、他の物と比べるまで気付かなかった。

 

 チェルベッロの説明はそれだけで守護者は戦ったフィールドに移動しろというので、優はふわりと浮く。ツナ達に声をかけられたが、円陣はやんわりと断る。ツナ達も優がたってるのも辛いとわかっているので必死に誘うことはなかった。

 

 途中まで方向が一緒なこともあり、優は雲雀の後を追いかける。群れたところを見たので機嫌が悪そうだが、声をかけた。

 

“気をつけろよ”

「誰に向かって言ってるの」

 

 それよりも自分の心配をしろと雲雀は怒ったのである。隠れた意味に気付いた優だが、無理だろうなと思った。毒をくらえば数少ない体力を奪われ動くことすら困難になるだろう。せめて毒の種類を覚えていれば、対策ができたのだが。

 

「……君は僕の獲物だ」

“あーわかった、わかった”

 

 遠まわしに死ぬなと言われ、優はおざなりな対応をする。案の定、雲雀に睨まれる羽目になった。

 

“君との約束は守るつもりだ”

「ならいい」

 

 スタスタと歩きだした雲雀の後姿を見て、優は溜息を吐いた。ヴェントでは簡単に雲雀を安心させる言葉がかけれない。さまざまな思いを断ち切るかのように雲雀から視線を外し、優は風戦が行われたフィールドへと向かったのだった。

 

 フィールドにたどり着いた優は対戦相手がいないこともあり座り込む。しかしなぜ対戦相手が居ないのだろうか。もちろん居ない可能性を考えていた。だが、やはり不思議なのだ。

 

 雲雀が観念し連れてきたことも考えると、チェルベッロはどうしても優を逃がしたくないように思える。本当は雲雀は優がヴェントと行動するのは嫌だろう。優の意志を尊重して反対はしていないが、わざわざ正体がバレるリスクが高まるツナの守護者というものにならなくてもいいと雲雀は考えているはずだ。つまり雲雀が納得し連れてこなければ、対戦相手が守護者になるだろう。もしくは該当者なしになってしまう。

 

 雲雀がもし連れてこなかった場合、該当者なしならまだいい。チェルベッロは優以外が風の守護者になる事態を避けたかったのではないだろうか。……つまりチェルベッロは優をツナの守護者にしたかったととれるのだ。

 

 優はフードの上から頭をかいた。なぜそこまでして優に拘るのかがわからない。チェルベッロが未来で登場していることが関係しているのだろうか。

 

 大きな溜息を吐き、優は首を横に振る。わからないことを考えても仕方がない。今は目の前の問題が先決だ。

 

 チラッと視線を斜め上へと向ければ、嵐のポールがある。嵐戦は校舎内だったので、ポールは外に立てられているため優のフィールドとかぶっているのだ。風と嵐は近いので問題ないと考えたのかもしれない。

 

 つらつらと体調を誤魔化すために考え事をしていた優だが、グサリと腕に刺さった感覚した途端に倒れこむ。優のリストバンドは他の守護者と違うので、毒はないかもしれないという微かな希望をあっさりと否定された。

 

“……っ!”

 

 優は鈍い身体を無理矢理動かし、胸元へと手を伸ばす。袋をしているはずなのに、おしゃぶりの光が漏れ始めているのだ。なんとか服から取り出して確かめると、おしゃぶりはしっかりと袋の中に入っていた。

 

 風を操る力を得たのを優は知っているが、未来でやったラルのように身体から炎を出す方法やマーレリングを封じ込めるようなアルコバレーノの特殊な力を知らない。

 

 毒の影響で視界がぼやけだす。ルール説明ももう聞こえない。その時、リストバンドのカメラに映った人物が目に入った。

 

(あの人、死んじゃう……)

 

 なぜそう思ったのかのさえ、優は疑問に思わなかった。ただ、チェロベッロの1人が死ぬだろうと思った。そして疲れたように優は目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

「どういうことだ、コラ!」

 

 リボーンは溜息を吐いた。ついにはじまった大空戦に集中して見ていたいが、黙っていればコロネロが邪魔をするだろう。実は優が少しでも学校で過ごせるように、今回の件で力を借りたコロネロにもリボーンは風のアルコバレーノの存在を話していなかったのだ。

 

「オレ達と一緒であいつもよくわかってねぇ。……ヴェントに詰め寄んじゃねーぞ。1人だったあいつは不安定だ」

 

 光り続けているおしゃぶりを触りながら語ったリボーンを見て、コロネロは無理矢理追求するのをやめた。先程の会話の中に、1人だったあいつは(オレ達よりも)不安定だという言葉が隠されていると気付き、ラルの顔が浮かんだからだ。

 

「信用できる奴なのか?」

「ああ。状況に応じて、誤魔化すことやウソを吐くこともあるが、裏切ることはねぇぞ」

 

 コロネロが思わず怪訝な顔をするほど、なんとも言えない人物評価である。

 

「これはなんだ? コラ」

 

 リボーンと同じようにコロネロも光り続けているおしゃぶりに触れる。

 

「さぁな。あいつがやべー時に光るのかもな」

 

 再びリボーンに詰め寄ろうとしたがやめた。最初にさぁなと言っている。可能性の高いものを言っただけで、リボーンもよくわかっていないのだ。

 

 コロネロはジッと光り続けるおしゃぶりを見た。アルコバレーノのボスは大空のルーチェだ。もっとも厳密に言うと現在は亡くなったルーチェではなく娘のアリアだが。

 

 しかしもしリボーンの言うとおり、ヴェントが危機に陥ったときにおしゃぶりが光るならば、アルコバレーノはヴェントを守れと考えられる。……もっとも協調性のないアルコバレーノが素直にヴェントを守るとは思えないが。

 

「あいつはよく知りもしねぇ奴に守られるのが苦手だ」

 

 コロネロの考えを読んだかのように、ツナの戦闘から目を離さずにリボーンは言った。

 

 優はリボーンですら、顔には出しはしないが守られれば少し困ったように礼を言うだろう。決して助けられたことが迷惑なわけではない。意地を張ってるわけでもない。ただその恩を返す方法がわからなくて困るのだ。つまり優の意思ではない。

 

 だからといって、アルコバレーノの運命と片付けていいものでもないとリボーンは判断した。恐らく誰かの意思が絡んでる。この試合に勝った後、優と話をしなければならないとリボーンは思ったのだった。

 



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大空戦 2

「ヴェント」

 

 ふわふわした感覚で目を開けると、雲雀の顔が近くにあり優は固まる。

 

「ヴェント」

 

 もう1度雲雀に声をかけられ、状況を思い出した優は軽く息を吐き返事をする。

 

“……すまない、ルール説明をしてほしい。何が起きた?”

 

 雲雀は僅かに眉間に皺をよせた。面倒と思ったような反応だが、意識がすぐに落ちるほど体力がないことに気付き、雲雀は心配しているのだ。

 

「それに毒が仕掛けられていた。僕のは雲のリングでしか解毒できないけど、君のは風のリング以外ならどのリングでも大丈夫だったから解毒した」

“僕以外は決まってるってことでいいのか?”

「うん。勝利条件は全てのリングと風の守護者を手に入れること」

“……僕も?”

 

 優の疑問に雲雀はしっかりと頷いた。あまりにもおかしなルールに引っかかってるのは優だけじゃないようだ。

 

「全て手に入れて、大空と風の守護者はリングを指に嵌めろって」

“要は僕が捕まらなければいいってことか……”

 

 頭に浮かぶ疑問を振り払うかのように、優は落としてはいけない内容を口にしたのだ。そしてこれからの行動を相談しようとした時に、何かが迫ってくる気配がし、2人は同時に顔をあげる。

 

 轟音と共に、嵐のポールが倒れ始める。XANXUSの攻撃が原因だ。そしてそれは嵐だけではなく雷のポールもだった。

 

“ここは僕が相手をするから”

「いやだ」

 

 バチッと睨みあう。解毒した守護者は必ず優の捕縛に動き出すと予想しているからこそ、互いに譲れないのだ。しかし時間がないこともあり、渋々だが優は折れた。

 

“わかった。ベルは……”

『言うな、優』

 

 突如頭に響いた声に優は口を閉ざす。そして神の言葉を待った。

 

『優は嵐戦を見ていない』

 

 神がなぜ止めたのかを理解した優は目を閉じた。雲雀が怪我をしないようにと、ナイフとワイヤー使いだと教えようとしたが出来ない。ベルが戦っているシーンを見ていない優は話せないのだ。

 

「なに」

“……ベルは、強いぞ”

「へぇ。そうなんだ」

 

 誤魔化すため、咄嗟に以前獄寺に向かって言った言葉を使ったのは間違いだったらしい。雲雀のプライドを刺激する内容だったようで、機嫌がすこぶる悪い。

 

“……任せた”

 

 雲雀に任せて優は動き出す。他の守護者を助けようと動き出すためで、雲雀が怖くて逃げたわけではない。……多分。

 

 風を操り優は飛び、屋上へと向かう。優のフォローのためにも、雲雀は優とすれ違うように現れたベルの指輪を獄寺に向かって弾き飛ばす。

 

「……おまえは」

「ヴェントはここに居ないよ。君の相手は僕だ」

 

 雲雀の登場に驚いてるベルにかまわず、再び雲雀はトンファーを振るった。相手の出方を待つこともない。優のために決着を急いでるようにも見えるが、ただ単にベルに対して苛立ちの限界を超えていただけだった。

 

 その雲雀の攻撃を間一髪でベルはかわし続ける。しかしナイフを出すスキもなく、足の怪我が響いている。ベル自身ももって後数秒だと感じていた。

 

 そんな中、真上に炎を感じ2人は顔をあげる。目に入った光景に互いに驚き動きを止めるが、我に返ったのはベルの方が早かった。

 

 雲雀の頬がきれ、2人に距離が出来る。

 

「うしししっ」

 

 ベルは笑う。この距離はベルの間合いだ。

 

 一秒にも満たない時間だった。だが、致命傷にもなり得る。遅れた雲雀は放たれたナイフを避けるために、トンファーで防ぐことが出来ず距離を取るしかなかった。

 

 普段の雲雀ならありえないミス。たとえXANXUSの攻撃が優に直撃したのを見たとしても、戦っている雲雀は集中を切らすようなことをしなかっただろう。どれだけ心配していても、優を信頼をしているのだから。

 

 ただし、数時間前に優が死ぬかもしれないと感じていなければ……。

 

 恐らくもう1日あれば、大空戦が今日でなければ、雲雀は落ち着きを取り戻しベルに出遅れはしなかっただろう。日が悪い。といえば、それだけの話だ。しかしそれが原因で有利だった状況から一変する。ベルから放たれたナイフを避けたはずなのに雲雀は傷を負う。

 

「……困ったね」

「おっせー。今頃気付いてんの? バイビ♪」

 

 雲雀の呟きに反応したかのように、ベルはトドメの一撃を放つ。先程の攻撃で足を怪我した雲雀にはナイフを避けることが出来ても、ワイヤーは避けることができない角度だ。勝利を確信する。だが、ベルは悪寒を感じ更に雲雀から距離をとった。ベルは見たのだ。絶体絶命のはずの雲雀が笑ったのを。

 

 パシッと雲雀は苦もなくベルのナイフを指に挟み、攻撃を防ぐ。

 

「……君の言うとおり、今頃気付いたよ」

 

 ここまで優の存在が大きくなってるなんて……。

 

 掴んだナイフに繋がっているワイヤーを見ながら、心の中で雲雀は呟いた。

 

 いったいどこまで風早優という存在は雲雀を振り回すのだろうか。……だからこそ、ほしくなる。全て。

 

「僕の邪魔をする者は咬み殺す」

 

 発言は感情的なようにみえて、雲雀は落ち着いていた。優に振り回されていた雲雀が、原点に戻ったといってもいいだろう。

 

 武器の仕掛けを見破られただけでなく、雲雀の雰囲気がかわったことを感じ取ったのか、ベルは警戒し距離をとる。2つの武器を使いこなすベルは頭が悪いわけではない。この戦いで雲雀を倒さなくても勝負には勝てる。雲雀の足に怪我を負わせただけで十分である。そのため、この場から去ることを選んだ。

 

「パース。おまえの相手するよりヴェント拾ってこよー。ボスの一撃食らって動けねぇだろうし。バイビっ」

「…………」

 

 ギリッと歯を食いしばり、雲雀はベルの後姿を睨みつけた。追いかけたい気持ちを押さえるように、雲雀は長い息を吐く。優が約束を守っていると信じている。ムカツキはするが、このままベルには優を追いかけてもらうほうがいい。ベルの武器から考えて優が捕まる可能性は低い。優の弱みとして人質を取られた方が厄介だ。

 

 ハンカチで止血しながら、向かうべき場所を考える。雲雀は溜息を吐きながら歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 雲雀と別れた優は、真っ先に屋上に向かうことにした。雲雀が獄寺のリングを弾いているかもしれないが、ズレている可能性も高いと判断したからだ。そもそも優の中ではランボが優先順位の堂々の1位だ。XANXUSの攻撃で雷のポールが倒れてレヴィが野放しになってる状況で向かわないという選択はない。

 

 体力のなさから風に頼み、ふわりと浮いていた優はランボの姿を探す。

 

「ヴェント!!」

 

 レヴィよりも先に見つけなければならないという気持ちが強かったのか、体調不良が響いていたのか、ツナの焦る声で炎が迫ってくることに気付く。

 

 一瞬にして、XANXUSの攻撃を避けることは制御されている状況では不可能だと判断する。もっとも今から制御をといても間に合うとも思えないが。

 

 少しでも被害を出来る抑えるため、優は逆刃刀に手を伸ばす。XANXUSから放たれた一撃を斬るつもりなのだ。

 

(……反則だろっ!)

 

 優は心の中で悪態をついた。XANXUSの攻撃を斬るために、浮くためにつかっていた風の力を刀に集約させた。浮く力をなくしたにも関わらず優は真下へとは落下しない。XANXUSの攻撃に押されるような形で徐々に落下していくのだ。それほど炎の攻撃は反則技だった。押されてはいるものの制御された風の力で対抗して粘っている優も大概反則なのだが。

 

 それでもやはり差がある。1番最初に悲鳴をあげたのは、逆刃刀だった。ピキッという音からヒビが入ったと優はすぐさま気付いた。一度ヒビが入ってしまえば、そこから折れる。そして何とか保っていた均衡が崩れる。

 

(まずいまずいまずい。これじゃ………約束が守れない!)

 

 自分のために優は動かない。だからこそ、この状況で雲雀との約束が浮かんだ。

 

 ボウッと首からさげていたリングから炎が出る。雨属性の炎の青色が薄まったものとは違う、濃い水色の炎だった。

 

 今まで神との修行で優は一度も炎が出なかった。ツナ達がピンチだったならばあっさりと出るのだが、自分のためには出せなかったのだ。

 

 自然に優は刀に炎を纏う。性質は加速のため、刀とは相性が良くはない。それでも普通の刀と炎を纏った刀では雲泥の差がある。

 

“いっけぇぇぇぇぇ!!”

 

 優の叫びと共に、XANXUSから放たれた炎は消える。斬ったわけではない、消えたのだ。優の中で眠っていた破格の炎が生み出した結果だった。ヒビが入った逆刃刀では耐え切れず砕け散ってしまうほどの威力である。

 

 だが、炎は生命エネルギー。体調が悪い中で出す炎の量ではなかった。

 

 無理矢理ひねりだした結果、優はグッタリとしながら浮いていた。地面に落ちなかったのは風が勝手に優を守ったからである。

 

 グッタリした中でも、まだ集中力が切れていなかった優はXANXUSを見た。リングに炎を灯し刀に纏ったのを見ていないとしても、驚いたような素振りも見せない。どちらかというとそれぐらい出来て当然だというような態度だった。XANXUSは端から優を殺すのではなく、体力を削るのを目的にしていたようだ。先程の攻撃で優が死んで失格になる可能性は考えてもいなかったのだろう。

 

(これは……喜んでいいの……?)

 

 思わず浮かんだ疑問をすぐさま打ち消し、優はツナを見る。コクリと頷いたのを見て、意図が伝わったことに笑みを浮かべた。

 

 ツナがXANXUSを引き付ける攻撃をし始めたと同時に優は動き始める。優がXANXUSから見える位置にいるのは危険すぎる。ランボが心配だが、そこは雲雀と獄寺を信用するしかない。優が近づけば、巻き添えにする可能性が高すぎる。さらに今の攻撃で、優の居場所がばれてしまったはずだ。

 

 優が向かった場所は雲戦があったフィールド。雲雀が解毒をしてあの場に居ないことを知っている優は、巻き添えにする可能性を下げるために選んだのだ。

 

(問題は雲雀先輩が私よりクロームちゃんを優先してくれるか、だね……)

 

 雲雀ならば優が向かった先に検討がついているだろう。優の意図を汲んで、1番優からはなれて安全なクロームを助けに行ってくれるかどうかである。

 

(クロームちゃんと骸君は別って言ってるけど……大丈夫かなぁ)

 

 ヴァリアーのスタイルから見て、ベルは守護者よりも優を優先するだろう。なぜならリングが必要であって、優以外の守護者は必要ではないのだから。優が存在することで原作とは違って、他の守護者よりも優が最優先になるはずだ。さらに、もし雲雀が原作通り怪我をしているならば、守護者の中で1番危険性が高いのは優になる。いくらヘロヘロでも、風を操れるという厄介な能力をもってる優を野放しにすることは出来ないはずだ。

 

(まっ……とにかく雲のフィールドに行こう)

 

 ふらふらと優は飛んでいったのだった。

 




多分、明日も更新。


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大空戦 3

寝落ちしてました。


 雲のフィールドといっても、堂々とグラウンドのど真ん中に居るわけではない。空を飛んでいるXANXUSに見えないように校舎の影に隠れるように優は居た。

 

 人の気配がし、優は目を向ける。

 

「ヴェント、みっけ」

 

 わざわざ逆刃刀の欠片を落としていったのだ。見つけてもらわなければ困る。ただ思ったよりも来るのが遅かったので、原作とズレて雲雀が勝ったかもしれないと僅かな希望を抱いていたが、その希望はなくなったと悟る。

 

“やっぱり僕が残るべきだったか……”

 

 殺されるようなヘマはしてないだろうが、怪我はしてるだろうと優は思った。

 

 戦う素振りを見せた優に、ベルは両手をあげ戦う気はないと示す。敵意がない相手に優は攻撃を仕掛けないことをベルはわかっていたのだ。そしてベルが両手をあげたのはもう一つ理由があった。

 

“……本当に君は僕の性格がわかっているな”

「うししっ」

 

 ベルはわざわざ優に見えるように、指に雨のリングをはめていたのだ。優が思っていた以上に冷静で、ベルは寄り道をしてきたらしい。指にリングをはめているのは、指で挟んで持っていれば風を操り奪われることを警戒していたからだろう。そして来るのが遅かったのは、解毒時間のギリギリを狙ったからだ。

 

“僕と戦うのを避けたのか?”

「殺りたいわけじゃねーし。それをやれば終わりってオレの勘がいってる」

 

 嫌いになれないから困ると軽く溜息を吐きながらベルの後を優はついていく。

 

“山本武の命の保障が先だぞ”

「オレに協力してくれるって約束すんなら」

”……そっちが全部のリングを集めたなら、最後に指にリングをはめてもいい”

「りょーかい」

 

 答えながらも優は、ベルが実現できる可能性を考えていた。ベルが来るまでに雲雀はやってこなかった。動けなくなってる可能性もあるが、恐らく優の意図を汲んで動いているだろう。ベルは雲のリングを持っていなかったのだから。

 

 原作と違い、優はベルを霧のフィールドに行かないように策をした。そして本来なら雨のフィールドに向かっていた雲雀が、霧のフィールドに向かったはずだ。だからベルが雨のリングを得ることが出来た。

 

 鍵を握ってるのはクロームだろう。雲雀はクロームの解毒をした後、恐らくマーモンのことをクロームに丸投げする。敵には容赦がない雲雀は校内で死なれても問題ないと思ってるはずだ。だからこそ抑える自信があるなら解毒すればいいという意味で丸投げをする。今の雲雀ではマーモンを抑える力はないのだから。

 

“……なぁ、ベルはどうして人を殺すんだ?”

「ん? 気持ちーし、楽しいから」

 

 優は長い息を吐いた。ベルの言葉にどこかで理解している自分もいたからだ。この世界では少ないが、前の世界では嫌な気持ちになることが多かった。目の前にいる人物が居なければ、どれだけすっきりするのかと考えたこともある。手を出せば、優はベルのようになっていただろう。もっとも一時の感情に流されず、優は自己評価を下げることで回避したが。

 

「ヴェント?」

 

 雨のフィールドである校舎に入る直前に動きを止めた優にベルは不思議そうに声をかける。

 

“……僕はボス同士の戦いの場所へと向かう。君の行動を止めそうだ。それは約束に反する”

「ししっ。またね」

 

 言葉のスキをついて、山本の解毒をすれば指にリングをはめると言ったがベルの邪魔をしないとは言ってないという抜け道を用意していたが、優はやめた。

 

 最後まで優はヴァリアーを嫌いになれなかった。もしベルが全部指輪を集めたのなら、優ははめてもいいと思えたのである。リングがXANXUSの血を拒みツナ達が勝つとわかっていたのもあるが、ヴァリアーのボスとしてXANXUSに前へと一歩進んでもらいたかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 ツナとXANXUSの戦いが見える位置に移動した時、風が優を守った。優を絡めて捕まえようとしたチェーンが地面に落ちる。

 

“君も結果を見にきたのか?”

 

 優は軽い口調で話しかけた。だが、一向に答える気配がない。それどころかトンファーの先から出たチェーンを振り回していた。

 

「僕は君の性格を知ってるつもりだ」

“……流されたと思ったんだけどなぁ”

 

 困った風に優はフードの上から頭をかく。優はクロームを助けた後は、雲雀にゆっくりと休んでほしかった。休んだ後、雲のフィールドに向かっても優はいない。雲雀が知らない間に全て終わらせるつもりだった。

 

「風であっても僕は流されない。僕が流されたように見えていたのなら、それは君の意見と一致していただけだ」

 

 優が敵に塩を送るほどお人好しと知っている雲雀は、誰にも雲のリングを預けず、優を止めるためにここに来た。

 

“その傷で動かない方がいい。僕は君を気に入ってるんだ”

「僕の力量を君の物差しで測らないで」

 

 今回はどちらが正しいという話でもないだろうと優は肩の力を抜いた。互いが己の考えを主張し、譲る気がないだけだ。

 

“君の好きにすればいい。僕は僕で動く”

「そう」

 

 優を捕まえようと動こうとした時、邪魔をするかのように足音が聞こえ雲雀は動きを止める。

 

「ム。どうなってるのさ」

「知らね。でも雲のリング、見っけ」

“今度は僕から交渉だ。マーモン、君なら殺さずにリングを奪えるだろ? 足止めレベルに留めてくれ”

 

 雲雀は優を睨む。優はベル達が近づいていたことに気付いていたはずだ。初めから狙っていたのだ。

 

“何もただじゃない。もしXANXUSがボンゴレのボスに決まった後、多少は協力しよう”

「多少なのかい?」

“当たり前だろ。守護者だが、僕は他の守護者とは枠組みが違う。それに僕はXANXUSをボスと認めたわけではない。ベルとの交渉には乗ったが、彼のために動くということではない”

「だったら、従わせるだけさ」

 

 マーモンが優と雲雀を縛り上げるように幻術をかけていく。が、優には効果がない。

 

“……交渉不成立で、いいのか?”

 

 優の怒気と共に、周りの小石などが浮いていく。体調が悪く立つのも辛いはずなのに、底知れぬ力を感じ優に圧倒される。

 

「ヴェントの言うとおりにしようぜ。その方がぜってぇいいって。オレもマーモンもヴェントの能力とは相性悪いし」

「……仕方ないね」

 

 雲のリングを奪ってる間、雲雀から痛いほどの殺気が飛んでいた。雲雀はまだ諦めていないのだ。否、諦めれるはずがない。

 

 抜け出そうとするたびに、雲雀の血が流れていく。この時になって優は選択を間違えたこと気付いた。

 

“君の手をとるのが正解だったのかもな……”

 

 優の呟きに反応して、雲雀は優に目を向けた。今からでも間に合うと訴えるかのように。

 

「ヴェント?」

“……いや、なんでもない”

 

 ベルに声をかけられ、優は首を振った。雲雀から視線を感じていたが、優は見れなかった。恨まれているんだろうと思い込んで……。

 

 結果、優は大人しくベルの後を追いかけていったのだった。

 

 

 

 

 

 優がツナ達のもとについたとき、XANXUSはもう氷漬けにされていた。

 

“……大丈夫か?”

「ヴェント……?」

 

 気力がほぼ残ってないツナを心配し声をかけたが、優は決して近づこうとしない。そのため、ツナは疑問に思い声をかけたのだ。

 

“……この場合、条件に当てはまるのか怪しいな”

「黙って見てるがいいさ」

 

 ツナからの視線に耐え切れず、優はさっさとXANXUSの氷を溶かすようにと促した。他のリングに同調するかのように風のリングに炎がともる。そして、マーモンは氷を溶かした。

 

「7つの完全なるボンゴレリングが継承されし時、リングは大いなる力を新たなるブラッド・オブ・ボンゴレに授けるといわれている。……君のリングはどう影響するかはわからないけどね」

 

 優もわからないと首を横に振る。

 

「やってみるだけさ」

 

 ベルがXANXUSにリングを指に通そうと動き出した時、笑った。

 

「ちょうどいいじゃん。証明になるしー」

 

 チラッと横に向ければ、獄寺達が駆け寄ってきていた。その中に山本の姿があり、無事を確認することが出来る。

 

“君が僕との約束を守らないとは疑ってなかったぞ”

「ししっ♪」

 

 XANXUSにリングを指を通すと同時に、優もリングに通そうとすれば、獄寺達の止めるような声が聞こえる。その中で、雲雀の声が聞こえ、優は目を向ける。

 

 獄寺達と現れた方向が違うので、雲雀は無茶をして自力で解いてきたのだろう。

 

「ヴェント」

“……わかってる。約束は破らない”

 

 ベルに促され、優は指にリングを通したのだった。




獄寺君達の戦闘を書こうか悩んだけど、止めました。

流れはベルが雨のフィールドで山本君の解毒とマーモンの解毒で獄寺達と交渉しています。ちなみに山本君はワイヤーで縛られているので解毒した後も動けない。
獄寺君達は優とベルの交渉を知らないので乗るしかありません。
ベルが策士でした。
毒にうなされながらもマーモンはベルの意図を汲めるので、解毒した後は幻術合戦がはじまり、優と雲雀さんが対立する時間が出来た。
そんな感じです。


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大空戦 4

 指にはめたリングから力が流れ込んでくる。すると、景色が変わる。

 

(ここ、どこ……?)

 

 目の前には花畑が広がり、少し向こうにはポツンと家がある。とても気になり、向かおうとしたが足を動かすことは出来なかった。

 

「全部そろったわね」

 

 どこからか声が聞こえ、優はあたりを見渡す。しかし見つからない。そのため風を操り調べようとしたが集めることが出来なかった。あの家を調べることも出来ないので、残念だと思った。

 

「気にせず話しても大丈夫よ。ここは外の世界とは違うから」

 

 優の常識を超えることが起きているようだ。

 

「……あなたは、私をこの世界へと呼んだ人であってますか?」

 

 ドキドキと心臓が鳴り響く。前の世界で優を呼び続けた声と似ていたのだ。

 

「そうね。私が呼んだわ」

「……そうですか」

 

 答えが知りたく教えてもらったが、優は返事をするだけで他の言葉は思いつかなかった。なぜならこの世界にきたことに対して優は恨んでいるわけではない。だが、リボーン達のことを考えると、感謝するのは間違っていると思ったのだ。

 

「君の使命を教えに来た」

「……使命ですか?」

「ええ。君が持ってる3つを守って」

 

 その言葉を聞いて、優は何度か瞬きを繰り返す。おしゃぶりとボンゴレリングとマーレリングを指していることはわかる。しかし疑問が尽きない。

 

「どうして、私なんですか? 守る必要があるのなら、もっと相応しい人が居たはずです」

 

 優は自分が争いに向いていないとしっかりと自覚している。気を抜けば、足がガクガク震えそうなほど怖い。他の世界から呼ぶほどの力があるなら、わざわざ優を選ぶ必要はなかったはずだ。

 

「……それは違う。君でなければ、ならなかった」

 

 それは優が欲しかった言葉だった。優はツナ達と友達になり、雲雀の恋人になった。しかしふとした時に、この幸せは優でなくても良かったのではないかと思えた。それが今、少しだけ許された気持ちになった。

 

「そもそも、アルコバレーノの力で風を操れるようになったわけじゃないわ。その能力は元々君の中にあったものよ」

「え? ええっ!? うそぉ!?」

 

 元の世界では能力者というようなものはなかった。だから優は口調が崩れるほど驚いた。……もっとも、優が知らなかっただけであったのかもしれないが。少なくとも世間一般では認知されていなかった。

 

 しかしそれよりも問題は神が何も言わなかったことだ。気付いていなかったということもあるのだろうか。

 

「話を戻すわよ」

「あ、はい」

 

 軽く唸っていたが、意識を切り替える。

 

「その3つが壊されると、世界のバランスが崩れる」

「世界のバランスが……?」

「本当なら崩れることがなかったバランスをそれで補ってるの。だから7³とは別の枠組み。でも7³とは切っては切れないもの。同じ形にするしかなかった」

「それって、どういう……え? ちょっと待って!」

 

 詳しく話を聞こうとした時、空間が歪み始めた。焦って優は声をあげたが、止まりそうにない。このままでは元の世界に戻ってしまう。

 

「私からのアドバイスよ。あなたが思うまま、行動すればいい」

「だから待ってってばっ!」

「その口調の方がいいわね。次に会える時を楽しみにしているわ」

 

 次ってなにーーー!?と優は心の中で絶叫した。

 

 

 

 

「がっ」

 

 近くで聞こえた声に驚き、優は何度も瞬きを繰り返す。完全に元の世界に戻ってきたようだ。そして驚いたようにリングをジッと見つめる。

 

「リングが……XANXUSの血を……拒んだんだ……」

 

 先程の声はXANXUSが血を吐いたものだったらしい。

 

“……みたいだな。僕は大丈夫そうだ。身体が軽い”

 

 鉛のように重かった身体ではなくなり、優は今までの鬱憤を晴らすかのようにストレッチをはじめる。

 

「オレと老いぼれは血なんて繋がっちゃいねぇ!!」

 

 周りの空気を気にせず感動していた優だが、XANXUSの言葉にピタリと動きを止める。同情からではなかった。

 

 XANXUSの過去をスクアーロが話しているのを聞いても、優は同情することは出来ないのだ。

 

「9代目が……裏切られてもおまえを殺さなかったのは……最後までおまえを受け入れようとしてたからじゃないのか……? 9代目は血も掟も関係なく誰よりもおまえを認めていたはずだよ」

 

 ツナの言葉を聞き、優は軽くフードの上から頭をかき、空を見上げる。

 

「9代目はおまえのことを本当の子どものように……」

「っるせぇ!! 気色の悪い無償の愛など!! クソの役にも立つか!! オレが欲しいのはボスの座だけだ!! カスはオレを崇めてりゃいい!! オレを讃えりゃいいんだ!!」

 

 XANXUSの心の叫びにツナ達は言葉を詰まらせる。そのため優の大きな溜息が響いた。

 

「ヴェント……?」

 

 ツナが声をかけたが、XANXUSも優に何か言いたかったらしい。血を吐いて出来なかったようだが。

 

“リングに選ばれたが僕は嬉しくない。君の言う気色の悪い無償の愛が、僕はずっと欲しかった”

 

 能力があるから選ばれたと優を呼んだ人は言った。だからこの世界で幸せになってもいいと思えた。だが、能力がなければ、もっと嬉しかった。呪われてなくて、この世界に居ることが当たり前の中、ツナ達や雲雀と出会って、幸せになりたかった。

 

“人は欲張りだ。すぐに欲が出て強請る。リングに選ばれなくて、無償の愛をもらっている君が……”

「黙れっ!」

“生きている君が僕は羨ましい。心底羨ましいよ”

「だまれっ!!! てめーとは違うんだ!!」

 

 やれやれと肩をすくめた後、優はベルに顔を向ける。

 

「……バレてやんの」

 

 ベルはもっとも厄介な優の動きを封じようとナイフを投げようとしていたのだ。優の体調が悪かったため、生え抜きのヴァリアーが集まれば何とかなったかもしれないが、そうもいかなくなったのでツナ達を人質にとるつもりだったのだ。残念ながら優に阻止されてしまったが。

 

“当たり前だ”

 

 その言葉を聞いたベルは持っていたナイフを手放し、両手をあげ降参を示す。

 

「XANXUS様。あなたにリングが適正が協議する必要があります」

「るっせぇ!!」

 

 チッと軽く舌打ちして、優は風を操りチェルベッロを移動させる。

 

“今のXANXUSに迂闊に近づくな”

 

 XANXUSが弱っているため、炎を飛ばすことはなかったが、触れれば躊躇せずに殺していただろう。危うく目の前で人が死ぬところだった。あの時にチェルベッロが死ぬと気付き警戒してなければ、間に合わなかったかもしれない。

 

(あー、そういえば、この謎もあったんだ……)

 

 この世界に優を呼んだ人が残した言葉といい、解けない疑問ばかりが溜まっていく。

 

「まださ。ベルは君に甘いみたいだけど、僕はそうはいかないよ。それに総勢50名の生え抜きのヴァリアー隊がまもなくここに到着する」

 

 チェルベッロが外部からの干渉について認めないと話し、ヴァリアーを失格にし観覧席の赤外線を解除し始めた。が、細工されていたため観覧席にいるコロネロ達は出ることが出来ない。しかしリボーンとディーノは焦らなかった。ツナ達が殺されるかもしれないという意味では焦る要素が1つもなかったのだ。

 

“……君は前提が間違っている。確かにベルは僕に甘いだろう。だから僕もベルに甘いんだ”

 

 優の淡々とした声は焦っていたものたちを冷静にするには十分だった。

 

“どれほどの痛みを与えれば、君は幻術を作る余裕がなくなるんだろうな。……君が悠長に話している間、遠距離攻撃が可能な僕が何も手をうってないと思っていたのか?”

 

 はぁと優は再び大きな溜息を吐く。

 

“ベルの勘は間違ってなかったんだ。僕と真っ向から敵対すれば、君たちはすぐに詰んだんだ。50人が来たとしても、僕が竜巻を作れば何の意味もない”

 

 おしゃぶりの袋を触っていた優の前に、獄寺と山本が立つ。

 

「オレ達に任せろってな」

「誰がてめぇと……! おい、ヴェント。そいつを見張ってろよ」

 

 確かに優が制御を解けばすぐに終わるが、獄寺達はアルコバレーノの力を使って片付けることを良しとしなかったのだ。あまりある力を一番怖がってるのが優だと彼らは知っているのだから。

 

 そして獄寺と山本に続くように了平も構える。

 

「邪魔」

「なぜ押すのだ! ヒバリィ!」

 

 雲雀は場所を譲るようにとトンファーで了平を押していた。出遅れたことで機嫌が悪くなってるらしく、了平の訴えは完全に無視である。

 

 クロームも戦う意思を示そうとした時、骸から声がかかる。

 

「え……。誰か……来る……?」

“こっちに向かってるのは……3人。いや、4人だな”

 

 一部の風をマーモンを抑えるために残しているため、もう1人の存在に気付くのが遅れた。恐らく最後の1人がランチアなのだろうと優は思った。

 

「暴蛇烈覇!!」

 

 ヴァリアー隊の報告と共に現れた1人の人物。優の予想通りランチアだった。

 

“なんだ。僕が手を出すまでもなかったようだな”

『あなたばかり目立つのは面白くありませんから』

 

 頭の中で響いた声に優は驚き、クロームが居る方向へと振り向く。今のは神ではなく、骸の声だった。だが、クロームは優の行動を不思議そうに見ているだけで何も知らないようだ。軽く息を吐き、優はなんでもないと首を振る。

 

「てめーら、全員!!! 呪い殺してやる!!」

 

 優が骸に振り回されている間に、マーモンは降参しXANXUSがほえる。

 

 勝利したツナ達はそんなXANXUSに声をかけることが出来なかった。

 

“……あーそうだった”

 

 またしても空気を読まずに、優が行動を起こす。……XANXUSの守護者になる資格があったからこそ出来るともいう。

 

“XANXUSは僕の名付け親だったな”

 

 沈黙が場を支配する。いったい何を言い出すのか。否、いったいいつ仕出かしていたんだ、と。

 

“僕の名付け親なんだ。しっかりしてもらわないと困る。僕は親に対する理想が高いんだ”

 

 うんうんと納得するように何度も優は頷く。呆気にとられているツナ達を尻目に、優は言葉を続ける。

 

“君は呪い殺す能力なんて持ってないだろ。非現実的なことを言うなら、そんな掟カッ消すぐらいの宣言をしろよ”

「……おめー、何言ってんだ」

 

 プルプルと震えながら、獄寺は優の肩を掴んだ。怒鳴らなかったのは、かなり我慢しているからだ。

 

“ん? どうしてもXANXUSがボンゴレを継ぎたいのなら、その掟を壊すしかないだろ”

「だからどーして、そうなるんだよっ!?」

 

 獄寺の努力も空しく、優は地雷を踏んでいく。

 

“さっきも言ったろ。人は欲張りですぐに強請る。どうしても欲しいなら、諦めることは出来ない。すぐに諦めることが出来たなら、この戦いは起きなかったはずだ。だから僕が今言わなくても、彼はそこにたどり着くさ。親が遠回りしそうになったから教えただけ”

 

 あけらかんと言った優に、反省の色は見えない。……反省することとすら、思ってもいないのだろう。怒鳴る気力が根こそぎ奪われた獄寺はガクリと肩を落とす。

 

“心配しなくていい。間違った方向に進んだ暴走だと思ったら、僕が止めるから”

「……そーいう問題じゃねぇ」

 

 不思議そうに優は首を傾げたが、まぁいいかと話を進める。

 

“この戦いでボンゴレの次期後継者は沢田綱吉と決まった。これを覆すには並大抵のことではない。だから……前に進むために、今は休め”

 

 迂闊に近づくなと言った優が側により、そっとXANXUSの手を握る。

 

「……クソがっ」

 

 文句を言いながらも、XANXUSは目を閉じて眠りに落ちた。

 

 もうツナ達は笑うしかなかった。これが優なのだから、と。

 

「……それでは今一度、全ての結果を発表します。XANXUS様の失格により大空戦の勝者は沢田綱吉氏。よってボンゴレの次期後継者になるのは沢田綱吉とその守護者7名です」

 

 この結果にツナ達と目を合わせ、優は自然と笑顔になったのだった。



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大空戦 その後

 ツナは気を失ったがそこまで重症ではなく、XANXUSだけが病院に運ばれることになった。

 

 流石に優はついていくことはないが、こっそりと体力を渡していた。救急車に乗り込んだベルに視線を送ると笑っていたので優に言われるまでもなく、これからもXANXUSについていくのだろう。

 

「またね」

“ああ、また”

 

 ヒラヒラと優は手を振り、見送った。

 

 さて、と優は切り替える。やらなければならないことがある。

 

『消したぞ』

 

 何度か瞬きを繰り返す。優が頼む前に、神は行動していたようだ。

 

(ありがと、神様)

 

 大空戦で語った優の気持ちを知っているのはツナ達だけでいい。正体もわからない怪しい人物……チェルベッロにまで優の心の中を知られたくはなかった。そのため、忘れてもらった。

 

 自分勝手だなーと優は笑う。正体がバレないように神に手を回してもらったのは今回が初めてではない。だからといって慣れるものでもない。人の記憶を操作しているのだから。

 

「ヴェント」

“ん? 出れたのか”

 

 赤外線センサーから出ることが出来たらしく、振り返った先にはディーノがいた。

 

「……ったく」

“わっ、止めろ。脱げるっ!”

 

 ガシガシと勢いよくフードの上から頭を撫でられ、優は必死にフードを押さえる。

 

「言いたいことはいっぱいあるんだ。これぐらい我慢しろ」

 

 心配させたと感じた優はされるがままになる。

 

“……悪い”

「これで許してやるか……」

 

 口だけの謝罪じゃないと感じたディーノは手を離す。優に怒ってもあまり意味がない。雲雀以外にも大事に思っている人がいると少しでも認識させなければならないため、必要以上に頭を撫でたのだ。

 

「体調は本当にもう大丈夫なのか?」

“ああ。いつも通りだ”

 

 優もディーノも無意識に風のリングに目が行く。

 

“……ディーノ、スクアーロは?”

「ん? ……ああ。あいつも大人しくなってな。部下に任せた」

 

 納得したように優は頷いた。スクアーロも今は休むことを選んだのだ。次にXANXUSが動いた時に力になれるように。

 

“じゃ、話がしたいといっても大丈夫か?”

 

 ディーノはジッと優を見た後、ポンポンと頭を撫でて言った。

 

「『したい』なら今すぐじゃなくてもいいんだろ? 明日連絡するから今日は休むんだ」

“わかった。待ってる”

「ああ」

 

 優はディーノと別れ、帰ろうとしていたクロームに声をかける。

 

“クローム、またな”

 

 コクリと頷いた姿に優は自然と笑顔になる。相変わらず可愛いものに弱い。

 

 優もそろそろ帰ろうと思い、ツナが乗り込んでいる救急車へと向かう。すると、獄寺と了平が救急車の外で立っていて、山本がツナを背負って出てくる。獄寺達は邪魔になるので一旦離れていたのだろう。

 

“傷に響くだろ。僕が運ぼうか?”

「わりぃ。したいんだ」

 

 山本の顔を見て、優はあっさりと引き下がる。優が動いたせいで、大空戦の内容が変わり山本は悔しい思いをしているはずだ。

 

「……にしても、いつまで寝てやがるんだ」

 

 獄寺の言葉はもちろんツナに対してではない。獄寺が仕方なく抱いているランボに向かって言っているのだ。ちなみに、獄寺なりの山本へのフォローでもある。大空戦でずっと眠りっぱなしで本当にランボは何もしていないからだ。

 

“僕はルール説明が終わる前に気を失ったからな。恐らく身体が小さく病み上がりのランボには負担が大きかったんだ”

 

 ジッと視線を向けられ、優は首を傾げる。特に獄寺はツナとランボを見て、グッと何かを堪えているようだ。

 

“どうした?”

「……次にオレらを庇って、てめぇの身を差し出そうとするのは許さねぇからな」

“あー……気をつける”

「そこは『わかった』だろーが!?」

 

 眠っている2人のために無茶した優に怒鳴ることを我慢していた獄寺だったが、結局怒鳴る羽目になった。

 

 

 

 

 

 ツナを家に入るまで見送った後、優は家に帰るための寄り道をはじめる。

 

(凄い1日だったなぁー)

 

 確かに眠っているとき以外は、内容の濃い1日だった。

 

(最後まで、賑やかだったしね)

 

 ツナに体力を渡し後、獄寺達もあげようとすれば断られたのだ。自分の分をツナに回してほしいと言ったので、優が『彼が知れば気に病む。君達の顔色も悪かったのに、と言うぞ』と教えれば、3人から『お前が言うな』というありがたい言葉を頂いたのである。ちなみにそれでも優は半ば強引に獄寺達に体力を渡していた。

 

 思い出したように優は笑い、見晴らしのいいビルの屋上に立つ。ここに寄ったのは見たかったものが1つあったからだ。

 

 距離はあるが大きな土地で、優はそこから通ったことがあるため、すぐに見つけることが出来た。

 

(もう寝ちゃったかな。……お大事に。おやすみさない)

 

 真っ暗な雲雀の家を見て、優は気が済んだかのようにビルから飛び降りる。傍からみれば悲鳴ものだが、風を操ることが出来る優には危険は一切ない。

 

 風を感じるように優は目を閉じる。

 

 チェルベッロが正式に発表した途端、雲雀は学校から去っていった。

 

 雲雀らしいといえば、雲雀らしい。が、優に目で合図を送ることもなかった。

 

 優は首を振る。雲雀が差し伸べた手を掴まなかったのは優だ。雲雀が見限るのも当然のことで、優が泣き喚くのもおかしな話だ。

 

 地上に降りたときには、いつものように優は笑っていた。

 

 

 

 いつもの窓から家へと戻った優は、雲雀が普段座っているソファーに一瞬だけ目を向ける。誰もいないことを確認した優は、何事もなかったかのようにニコリと笑う。

 

(お風呂入りたいなぁ)

 

 風戦後に雲雀が使ったかもしれないと浴室へと向かう。使った形跡はあるが、シャワーだったようなので浴槽にお湯を溜めるスイッチを入れる。その後うがいをし、顔を洗った優は再びリビングへと戻る。リビングに戻る時に、冷蔵庫が目に入る。

 

(整理しないと……)

 

 2日も放置していれば、怪しいものもあるだろう。しかしやる気が出なかった優は明日にしようと決める。

 

「喉かわいた」

「あ、はい」

 

 慣れた手つきでお湯を沸かし、優はお茶を入れる。

 

「……間違った」

「なに?」

「2人分入れちゃいました」

「いいよ、僕が飲むから」

「助かりま……す?」

 

 聞き慣れた声に優はもう1度ソファーを見る。……やはり居ない。しかし首をほんの少し動かせば、ソファーではなく椅子に雲雀が座っていた。

 

「え!? 雲雀先輩!? なんで?」

 

 お茶を放り出し、パタパタと優は雲雀に駆け寄る。すると、雲雀に頬を撫でられ、くすぐったいように目を細める。

 

「やっと笑った」

 

 そういって雲雀が笑ったため、見惚れた優は真っ赤に染まる。

 

「あの、どうして……?」

「前に怪我をしたら優に言うって言ったでしょ」

 

 なぜすぐに声をかけなかったのかなど疑問が残るが全て放置し、優は勢いよく頷いたのだった。

 

 雲雀の怪我を診ると優は感心したように息を吐く。致命傷になるような傷は1つもない。それでも無理して動かしたせいで血を流しすぎてしまってるようだが。

 

「今日は私の家に泊まってくださいね」

「そのつもりだよ」

 

 返事が早かったので雲雀は初めからその予定だったらしい。

 

「お腹は減ってます?」

「僕はいらない。でも優は食べなよ」

「私もあまりお腹が減ってないんです」

 

 雲雀は僅かに眉間に皺を寄せる。点滴をしていたのもあるだろうが、やはり制限をとくと食欲が減っているように感じる。

 

「……雲雀先輩?」

「なんでもないよ。寝ようか」

「わかりました。おやすみさない」

 

 雲雀が話してくれないと思ったので優はあっさりと引き、寝ようとする雲雀を見送った。

 

「何言ってるの? 君も一緒に寝るんだよ」

「え? 私は和室で寝ますよ」

 

 グイッと優の手首を握り、雲雀は寝室へ移動する。

 

「ひ、雲雀先輩!?」

「……2度目だし、諦めなよ」

 

 確かに2度目だが、1度目は記憶がないのだ。ふるふると真っ赤になりながら、優は首を振り言葉をひねり出す。

 

「お、お風呂!! お風呂に入りたいです!」

 

 優の言葉に雲雀は足を止める。そして確認するように手を離し、優の顔を覗き見た。

 

「先に眠っててくださいね」

 

 手を離したことで諦めてくれたと判断した優は満面の笑みを浮かべて逃げるように去っていった。

 

「はぁ……」

 

 とことん鈍いことを忘れて期待してしまったのが失敗なのか、手を離したことが失敗なのか、雲雀の溜息が部屋に響いた。

 

 

 

 お風呂から出てサッパリした優の目に入ったのは、待ち構えたようにいつもの場所に座っていた雲雀の姿だった。

 

「……まだ起きてたんですね」

「行くよ」

「ヤです。恥ずかしくて寝れません!」

「覚えておきなよって言ったよね?」

「そんなーーー!?」

 

 和室に行こうとする優の腕を容赦なく雲雀は引っ張り、半泣き状態で自身の寝室に入る優。雲雀が無理矢理ベッドにいれても、隅で体育座りをし迂闊に近づけば噛みつきそうな勢いである。ただし全く怖くない。顔が真っ赤だから。

 

「……病み上がりなんだ。心配だから、入って」

 

 数秒葛藤した後、優は大人しく布団の中に潜り込む。

 

「半分よりこっちに来ないでくださいね! 恥ずかしくて寝れませんから!」

「わかったから」

 

 雲雀の言葉に優はパッと顔を輝かせる。そして安心したかのように人形に抱きついて眠る体勢に入る。

 

「……ねぇ。それ、なに?」

「あれ? 見たことがありませんでした?」

 

 優は可愛いでしょ!と自慢するかのように恐竜の人形を見せる。しかし雲雀が聞きたいのはそれではない。人形は何度か見たことがある。なぜ抱きついて寝ようとしているのかと聞きたいのだ。

 

 雲雀が再び質問する前に、自ら優が答える。

 

「実は私、普段は何かに抱きつかないと眠れないんです」

「ふぅん」

 

 優は不思議そうに瞬きを繰り返す。今のは機嫌の悪い方だ。雲雀にはこの可愛さがわからないのかなと思いながら、優はぎゅうぎゅうと人形に抱きつく。

 

 面白くない……と人形を見ていた雲雀だが、優の瞼が落ちそうになっていることに気付き声をかける。

 

「おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 

 電気を消せば、あっという間に優は眠りに落ちたようで規則正しい寝息が聞こえ始める。本当に先程までの抵抗はなんだったのだろうか。

 

 ムクリと雲雀は起き上がり、優を抱き寄せる。優が示した半分をあっさりと超えたが、眠るときには超えていないという言葉のスキをついて侵入しているのだ。そして優自身が半分より超えれば、雲雀が好きにしても問題ないだろうと更なる言葉のスキをつく。

 

「…………」

 

 しかし1つだけ雲雀の思い通りにならなかった。優がしっかりと人形を抱いているので、引き離すことが出来なかったのだ。

 

 仕方がないという風に雲雀は人形ごと抱きしめ、優に声をかける。

 

「おかえり、優」

 

 自身の腕の中にいることに安堵し、雲雀はやっと眠りに落ちることが出来たのだった。

 




ほぼ伏線を張り終えたかな?

でもまぁ未来編までもう少しあります。


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後処理 1

あまりにも長くなるので、わけました。


 寝ぼけながら優はベッドに雲雀がいないことにホッと息を吐く。この前のようなことがあれば、朝から心臓に悪いからだ。約束を守ってくれたんだと優の中で警戒レベルが下がる。

 

 雲雀の思惑など知らない優は、のそのそと起き上がりリビングに向かう。すると雲雀がソファーに座って本を読んでいた。そこでパチリと目が覚めた優は声をかけてすぐさま動き出したのだった。

 

 簡単な朝食しか用意できなかったが、雲雀は文句を言うこともなく手を伸ばし、優はオニギリを食べはじめる。

 

「……それしか、食べないの?」

 

 困ったように優は笑う。雲雀の気持ちがわかるのだ。だが、食欲が戻らない。これでも無理に食べている。

 

「しばらく安静だよ」

 

 病院に連れて行ってもいいが、根本的な解決にはならない。なぜなら原因は制限をといたからだ。以前、雲雀に体力をあげた時には食欲は落ちなかったので心当たりはそれしかない。

 

「あ、でも今日は予定が……」

 

 雲雀は僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「ディーノさんと話をする予定なんです。出来れば、リボーン君とも……」

「話?」

「あ、はい。報告したほうがいいかなーという内容のことが起きまして……」

「報告ってなに」

「雲雀先輩は聞かない方がいいかなー……なんて……」

 

 徐々に雲雀の機嫌が悪くなっていくので、優は恐る恐る話すしかない。

 

「それって本当に僕は知らない方がいいってこと? まさか優が僕に気をつかって話さないとかじゃないよね?」

「そんなことないですよ」

 

 しれっとウソをつき優はニッコリと微笑み、オニギリを食べる。

 

「……食べた後でいいから全部話しなよ」

 

 しかしあっさりとバレたので優の笑みが引きつったのだった。

 

 

 

 

 食事が終わり、一息ついたところで優は昨日の出来ことを話す。

 

「リングを嵌めた時に、使命を聞いたんです」

「使命? 聞いた?」

「はい。私に守って欲しいものがあるって」

 

 雲雀は優を睨んだ。そんな大事なことを黙っているつもりだったのかと。

 

「こ、壊されると世界のバランスが崩れるって言ってました!!」

 

 慌てて優は説明する。そして優は雲雀の顔をジッと見た。こんな大きな話、信じることが出来るのだろうか。

 

「優はその話、本当だと思うの?」

 

 コクリと頷けば、雲雀は話を進める。

 

「何を守ればいいの? リスクが高くなるけど、知らなければ守ることが出来ないから」

「え……。信じちゃうんですか……?」

「その使命を信じたわけじゃない。でも優が信じてるなら、僕は優と一緒にそれを守るだけだ」

 

 優が守れなかったと傷つかないように。

 

「……雲雀先輩」

 

 雲雀の優しさに触れて自然と微笑む。先程とは違う、本当の笑顔だ。

 

「あのですね、守るのは全部で3つです。おしゃぶりとボンゴレリングとこのリングです」

 

 ゴソゴソとポケットから優はマーレリングを取り出す。

 

「それ、どうしたの?」

「貰ったんです。このリングが私の役に立てるかもって……」

「誰に?」

「すみません。綺麗な女の人しか……」

 

 わからないと優は首を振る。本当に優は知らないのだ。十中八九ユニの母親だろうと予想しているが、名前まで覚えていない。

 

「それで跳ね馬と赤ん坊?」

「はい。マフィアが関係している可能性が高いですから」

 

 優の口からは知識として覚えていたγの名前などを出すことは出来ない。だが、このリングを見せることは出来る。優の予想ではディーノが知らなくてもリボーンは知っているはずだ。

 

「……行くの?」

「いいえ、行きません」

 

 きっぱりと優は否定する。そして優は雲雀から目を逸らさず言葉を続けた。たとえ出所がわかっても、行かない理由を知ってほしくて……。

 

「あの人は、私が行けば悲しみます。……あの人はわかっていたんです。連れて行けば、私の選択肢が狭まることに。一度でも連れて行けば、もう並盛に戻ることは難しいと……」

 

 いかにキャバッローネとボンゴレが特殊なのか。優の力を大々的に使えば、マフィア同士の勢力争いもマフィア内の派閥争いだって有利に働くことが出来るのだから。

 

「だからあの時……全部あの人の独断だったと思うんです。連れて行こうと思っていたのにやめたのも、名も言わずにそのまま去ったのも……」

 

 恐らくボスの決定だけで押し通すのは不可能だと判断したのだ。

 

「多分このリングも封印されていました。私が触ったことで開きましたから……」

「もういい、わかったから……」

 

 そういって雲雀は優を抱き寄せた。

 

 優自身に注目が集まり、一歩間違えばすぐに争いが起こる。周りに恵まれ回避できているがいつまで持つかわからない。……力がない。雲雀が優を守るには力が足りなすぎる。

 

「雲雀先輩、ありがとうございます」

 

 安心することが出来たと優は笑って礼を言ったが、本当のところは雲雀がまだ手の届く範囲にいることを認識したかっただけだった。

 

 

 

 

 

 報告が終わり学校へ行く雲雀と別れ、優はツナの家へと向かう。ディーノからはまだ連絡がないので、リボーンに会いに行くことにしたのだ。

 

 呼び鈴を鳴らせば、ツナの母である沢田奈々が顔を出す。優の姿を確認するとツナを起こそうとしたので、慌てて優が声をかける。

 

「あ、今日はリボーン君に用事です」

「そうなの? 珍しいわね」

 

 誤魔化すように優は笑ってツナの家にお邪魔する。すると、玄関にリボーンがいた。優が来たと知り、顔を出したのだろう。

 

「ちゃおッス」

「おはよう、リボーン君。ちょっと話があるんだ」

「わかったぞ」

 

 ぴょんぴょんと階段をあがっていくので、優は沢田奈々に頭を下げてからリボーンの後をついていく。

 

「いっでーー!」

 

 聞きなれた叫び声に優は恐る恐るツナの部屋を覗く。リボーンに蹴られたのか、ツナが頬をおさえていた。

 

「いきなり何すんだよ!?」

「ご、ごめん……。ツナ君……」

「や、優は悪くないよ!! って、優!?」

 

 申し訳なさそうに優が謝ったので、反射的に返事をかえしたツナだが、優がツナの家にいることに驚く。

 

「朝からごめんね……。こうなることを予想するべきだった……」

 

 心配そうに優がツナの顔を覗き込むので、ツナの体温が上昇していく。いつもより距離が近い。

 

「だ、大丈夫だから!」

 

 必死にツナが手を振りアピールするので、優はふわりと笑う。その笑顔を見て、ツナも笑う。いつもと一緒だ。この流れる空気は優がヴェントと知っても、アルコバレーノと知っても何も変わらない。

 

 その光景を見ていたリボーンもニッと笑った。

 

「それで優、どうしたの?」

 

 ほわほわとした空気が流れていたが、思い出したかのようにツナが声をかける。

 

「ちょっとリボーン君に話があったの」

「そうなの?」

「うん。まぁディーノさんにも同じ話をする予定なんだけどねー」

「今すぐツナん家に来い」

 

 優とツナはそーっと振り向く。案の定、リボーンが電話をかけていた。ディーノを呼び出したようだ。

 

「……今度からもうちょっと考えて行動することにするよ」

 

 理不尽な扱いを受けるボスコンビのことを思い、優はポツリとつぶやいたのだった。

 

 慌てて駆けつけたディーノに優が頭を下げ、ディーノが気にするなというやり取りを何度かした後、リボーンに促され本題にやっと入る。

 

「ツナ君も本当に聞くの? マファア関係の話だよ?」

「うん。オレも知りたいから」

 

 もう何も知らなかったことに悔しい思いをしたくないと考え、継ぐとかは別としてツナは向き合うことにしたのだ。

 

 ツナの覚悟を感じ取った優は、雲雀に話した時と同様に使命のことなどを話す。話し終わった後に沈黙が流れたのは、やはり世界のバランスが崩れるという問題だろう。

 

「……まいったな」

「すみません……。こんな話信じられませんよね。信じたとしても、話が大きすぎますよね」

「いや、そういう意味じゃないんだ」

 

 思わず呟いた言葉に反応した優に、ディーノはすぐさま否定する。

 

「優がリスクを背負ってでもオレ達に話そうとした理由に気付いたんだ」

「え?」

 

 優の話した内容についていくのが必死だったツナは、よくわからない反応を示した。

 

「そうだな……。まず優が持ってるリングがボンゴレリングのように代々受け継がれている可能性があるだろ? おしゃぶりとボンゴレリングだけマフィアに関係していて、そのリングが関係していないと言い切るのは難しい」

 

 ディーノに言われ、ツナは納得したように頷いた。

 

「そうなると、ボンゴレリングだけじゃなく、このリングも大空や他の種類もあると考えられる」

「そうなんですか?」

「よく考えろ、ツナ。風関係を抜きにしてもおしゃぶりとボンゴレリングは対のようにあるんだ。優が持ってるもう1つのリングもあると考えたほうがいい」

 

 うーん……と考え込んだツナにディーノは追い討ちをかける。

 

「早い話、あるんだ。実際に見たことはないが、大空や他のリングがあるのをオレは知っている。風のリングがあったのは知らなかったけどな……」

 

 ディーノが知っていたことに驚き、優は何度か瞬きを繰り返し口を開く。

 

「知っていたなら、私の意図に気付きますよね」

「まぁな。……いいか、ツナ。優が持ってる3つに世界のバランスを保つ力があるなら、ツナ達が持ってるリングにも何か力があるかもしれないと疑うことが出来るんだ。XANXUSの氷を溶かすレベルだけではすまない。それこそ世界に影響するレベル力だ」

「え……。えーーーー!!」

 

 驚いてるツナを尻目に、優とリボーンはディーノの意見に賛成するように何度も頷く。

 

「問題はオレ達が知らないってことだ。ボスにだけ受け継がれている可能性もあるが……」

 

 9代目の性格ならば、ないだろうとディーノは予想し首を振った。リング争奪戦がなければ、当初の予定通りボンゴレリングは3年後まで保管されていた。もし9代目がボンゴレリングに世界に影響する力があると知っていれば、もっと時間をかけていただろう。期限をつけずに、然るべきその時まで保管するはずだ。

 

「リ、リボーン、どうしよう!?」

「情けねぇ声を出すんじゃねぇ。おめーはまだいいだろ」

「え?」

 

 パニックになり半泣きになっていたツナが、不思議そうにリボーンを見た。

 

「各リングに力があるのかまではわからねぇが、優の話から推測すれば全て集めなくちゃいけねぇんだ。おめーが持ってるのは大空のボンゴレリングだけだろ」

 

 ハッとしたようにツナは優を見た。

 

「おしゃぶりは身体から離れないし、ツナ君達は意図して集めない限り揃うことはないよ」

 

 優は安心させるようにツナに笑いかけた。しかし安心出来るわけがない。この中でもっともリスクを背負ってる状況にいるのは優だ。

 

「まぁ私のことは置いといて……頭の隅にでも覚えておいてほしいの。知ってると知らないではいろいろと違ってくると思うんだ」

 

 ツナは時間をかけて頷いた。優のことを置いておくことなんて出来るわけがないが、優がここまで話したのはツナ達に気をつけるようにと促すためだと気付いたからだ。

 

「良かった。……それで、その……」

「そっちはオレの方でうまくやっておくぞ」

「ありがとう、リボーン君」

 

 優はマーレリングを代々受け継いでいるマフィアにも、全てを話さなくてもそのリングを狙う人物が現れる可能性があると伝え、どうにかして注意を促したいと思っていたのだ。

 

「……ツナ、いつまでその格好で居るつもりだ?」

「え?」

 

 リボーンに言われ、ツナは視線を下げる。パジャマだった。そして周りと自身の格好を見比べる。1人だけ浮いていた。

 

「き、着替えてくる!」

 

 慌ててツナは服を引っ張り出しドタバタと1階へと向かう。ツナの部屋だが、優の前で着替える気は起きず、かといって優を外で待たせることが出来なかったのだ。

 

 ツナが部屋から去ると、リボーンとディーノが視線で会話をする。そのため優は困ったように笑った。ツナを追い出すようにリボーンが声をかけたと気付いているからだ。

 

 仕方なく、優は2人と向き合った。



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後処理 2

分けたのに長い。


「優、信憑性はどれぐらいあるんだ?」

「私はウソとは思えないよ」

 

 優の返事に2人は驚くことはなかった。曖昧な情報を2人にだけならまだしも、ツナに話すわけがないとわかっていたからだ。ただ、続く優の言葉には驚く羽目になった。

 

「話せない内容に関係しているから上手く説明は出来ないんだけどね」

「……呪いだけじゃねーのか」

「主な内容って言ったはずだよ」

 

 ポツリと呟いたリボーンの言葉を聞き、優はニコリと笑って答えた。その時にディーノの顔色を窺うことは忘れなかったが。

 

 しばらく沈黙が流れ、優が軽く息を吐いてから口を開いた。

 

「使命は、私をアルコバレーノにした人に会って聞いたんだ」

「……優、それは本当か?」

 

 ピクリと反応したリボーンに代わり、ディーノが確認するように声をかけた。当事者ではないディーノが間に入った方が、穏やかに話が進むと判断したからだ。

 

「会ったというのは少し違うかもしれませんね。また声しか聞いてないから……」

 

 リボーン達が望んでいる内容を掴むことは出来なかったと優は首を横に振る。

 

「正直、どこまで話していいのか私にもわかりません。……私は知りすぎました。でも知らなければ、ならなかった」

 

 何も知らずにこの世界に来た場合、優は警察に保護されていただろう。そして自身の戸籍がないと知ったはずだ。目を逸らしていたため確認していないが、もしかすると前世で住んでいた家……最悪の場合は地名すらないかもしれない。同じ日本でも世界が違うのだから。

 

「今のところ話せる内容で重要なのは、あの人と再び接触する可能性があるぐらいです。……また声だけの可能性が高いですけどね」

「そうか」

 

 返事だけで問い詰めようとしないリボーンに優は肩の力を抜いた。問い詰められても答えられないからだ。

 

「他に聞きたいことはない?」

「おしゃぶりについて聞きてーぞ」

 

 優は何度か瞬きを繰り返す。2人が聞きたいのは優がどこで確証を得たのかだけだと思い、話を終わらせるために質問をしたのだ。まさか他にもあるとは思わなかった。

 

 リボーンの話を聞くと、今までに優がピンチに陥るとおしゃぶりが光ることについて、何か心当たりがないかということだった。ツナがいない時に聞いたのは、あまりアルコバレーノの話を聞かせたくはないのかもしれない。

 

「心当たりはあるかな……。聞いてはいないんだけど、多分そうだと思う」

 

 気まずそうに優は笑い、ゴソゴソとおしゃぶりを服の中からだし2人に見せた。もちろん袋はしたままだが。

 

「この袋を作ったの、お師匠様なんだ」

「雷戦に現れた奴か?」

 

 情報は聞いていたのだろう。ディーノは確認するように優に声をかけた。

 

「私に死んで欲しくないって言ってるし、お師匠様は優しいから」

「優の師匠はどこで何をしてるんだ?」

「何してるんだろうねー」

 

 そういって優は視線を上へとあげる。一見誤魔化しているようにも見えるが、これは本当に知らないという反応である。誤魔化そうとする時、優は笑う。リボーンとディーノはそれをよく知っていた。

 

「いろいろ動いてるみたいだけど、私達に害を与える人じゃないよ。あ、でも雲雀先輩には生意気って言ってよく怒ってますね」

 

 ディーノは頬をかいた。生意気というのは雲雀が優と付き合っているからだろうと。しかしそれで少しは安心できた。優のことを大事にしているのは明白だ。

 

 ドタバタと階段を駆け上がる音に気付き、優はリボーンとディーノに視線を送る。すると、2人は首を振った。これ以上、聞きたいことはないようだ。もしくはツナが合流していては質問する気がないのか。どちらにしろ、話はもう終わりだろう。

 

「リボーン、ランチアさんが1階にいたんだ!」

「ああ。オレが誘ったからな」

「そうだったの!?」

 

 ツナが戻ってくるのが遅かったのはランチアと挨拶していたからだろう。そしてその時間を計算してリボーンはツナへ着替えに行くように促したようだ。思わず優は感心したように息を吐いた。

 

「そうだ! それで、話はどうなったの!?」

「ヴェントの正体はボンゴレの機密になったぞ」

「ボンゴレの機密ーー!?」

 

 叫ぶほど驚いたツナに隠れるように、優も驚いていた。

 

「そうしたほうがいいかもな。ヴァリアーの口止めもあるんだ」

 

 安心させるようにディーノは優の頭を撫でた。気にせず甘えればいいといっているかのように。

 

「助かります。ありがとうございます」

 

 まだ学校に通っていたい優は素直にお願いしたのだった。

 

 

 

 

 話が終わったので帰るつもりだったが、リボーンに誘われ優はパーティに参加していた。盛り上がっている中、優はディーノと話をしていた。

 

「本当にいいんですか?」

「ああ。9代目もそれを望んでると思うぜ」

 

 9代目の意識が戻り無事だと聞いたが、安静にする必要があるはずだ。そこで優の体力を渡せば、回復が早くなると思い声をかけたが断られたのだ。

 

「それよりもっと食えよ」

 

 話をかえるためにディーノは振ったのだろう。そのため優は笑うしかない。

 

「……何かあるのか?」

「あ、いえ……。ただ食欲があまりなくて……」

 

 心配していそうなディーノの反応に思わず優は本当のことを話してしまう。

 

「昨日からまったく食べていないとか言わないよな?」

「大丈夫です。オニギリを1つ食べましたよ!」

「それだけなのか!?」

「すみません! すみません!」

 

 反射的に優は謝る。自信満々に1つは食べたと言い切った時と態度が違いすぎる。これを見て、声をあげて詰め寄りすぎたかとディーノは自身の失敗を悟る。慌てて優の頭を撫でて落ち着かせる。

 

「怒ってるわけじゃないんだ。他に身体の異変は?」

「特にありませんね。雲雀先輩もですが心配しすぎですよー」

 

 大丈夫と優は笑う。誤魔化していると気付いたディーノは、当然流されない。

 

「検査だな……」

 

 ポツリと呟いたディーノの声にガクリと優は肩を落とす。やはり好んで病院に行きたいと思わないのだ。

 

『明日の朝には戻るぞ』

「え!?」

 

 頭に響いた内容に驚き、優は思わず声をあげてしまう。慌てて口を押さえたが、ディーノが見逃すはずがない。

 

「その、お師匠様が明日には食欲が戻ると……」

 

 未来のことなのに教えてもいいのか不思議でしかないが、神が話してもいい判断したのだ。優が心配しても意味がない。

 

「骸とクロームみたいに話せるのか……」

 

 優の判断でどこまで答えていいのかわからず困っていると再び頭に神の声が響く。そのため優はそのままディーノに伝えた。

 

「えっと『検査をしたいなら、根回しをしてからにしろ。別にオレがしてもいいが、これから優の面倒を見るつもりならそれぐらいやれ』と……」

 

 決して優の言葉ではないが、内容が内容なのでディーノが怒っていないかと恐る恐る顔色を伺う。神を優先したが、オブラートに包んだ方がよかったかもしれない。

 

「大丈夫だ。わかったと伝えといてくれ」

 

 いつものディーノの雰囲気に優はホッと息を吐き、笑顔で頷いたのだった。

 

「ちょっと優、こっちにきなさい!」

 

 突然黒川に呼ばれ、優は首を傾げる。ディーノが気にするなという風に背を押したので、不思議に思いながらも優は京子と黒川がいる場所へと向かう。

 

「今日は逃がさないわよ!」

 

 ビシッと黒川に指をさされ、ついでのように優はおでこを突かれる。

 

「わっ、だから痛いってば……!」

「あんたいい加減にしなさいよ!」

 

 突かれて被害を受けているのは優のはずなのに、怒られる。

 

 はぁと溜息を吐き、黒川は手を下ろして口にした。

 

「優、雲雀恭弥に群れるなって言われたの!?」

「雲雀先輩がそんなこと言うわけないじゃん!」

 

 そうよねと黒川は頷いた。雲雀は優に甘いのだから。他の風紀委員に強制していることでも優にはしない。

 

「私達が嫌いなの?」

「そんなわけないじゃん!」

 

 優は首を横に振った。

 

「……どうして、私達を避けるの?」

 

 今まで黙っていた京子が確信をつく言葉を放った。優は真っ直ぐな目をしている京子から目を逸らしてしまう。

 

「私達、友達だよね?」

 

 未だに目を逸らしているが、優は必死に頷いた。

 

「いたっ!」

 

 ピンッとデコピンされ、優は額を押さえ実行した黒川を見る。

 

「うだうだ考えなくていいの! 友達だから一緒にいる! わかった!?」

「……花、京子ちゃーん!」

 

 黒川の言葉に、優は思わず京子に抱きついた。

 

「どうしてそこは私じゃないのよ……」

「だって、痛いんだもん」

 

 ペシッと軽くおでこを叩かれ、優は吹っ切れたように笑った。

 

 それから優はふらふらとあっちこっちと顔を出す。このような集まりでは自然とグループに別れるのだが、一箇所に留まる気はないようだ。その中でもツナとディーノの近くに居る時間が長かった。だが、やはり1番は……。

 

「あの、山本君のお父さん。少しだけお持ち帰りしてもいいですか……?」

 

 図々しいお願いだとわかっているので、徐々に優は小声になっていく。そんな優に対して、二カッと笑って気前よく山本剛は返事をした。

 

「ん? 風早、帰るのか?」

「……ごめんね。雲雀先輩に持って行きたいなって思って……」

 

 パーティに水を差すとわかっているが、雲雀にもどうしても届けたくなったのだ。それに雲雀はリング争奪戦で優のために何度も無茶をした。

 

「そっかそっか。親父、しっかり頼むぜ!」

「おうよ!」

 

 雲雀の好みをしっかり把握しているらしく、優が何も言わなくても雲雀の好きなものが多い。

 

 包みを受け取ったとき、優は満面の笑みを浮かべ頭を下げた。

 

「ありがとうございます! 雲雀先輩、絶対喜びます! 山本君の家のお寿司大好きなんです!」

 

 山本親子は顔を見合わせて笑いあう。先程の笑顔を見れば、優が持っていくだけで、雲雀は喜ぶだろうと。

 

「ヒバリによろしくなのな!」

 

 コクコクと頷き、集まったメンバーに帰ると声をかける。雲雀へと届けるんだと幸せそうな優を無理に引きとめようとはしない。……もっともランボは駄々をこねたが。

 

 どうしようと困ってる優にツナが声をかける。こっちは大丈夫だから、と。

 

 何度も礼を言ってから去った優を見送った後、ツナは泣き出したランボをあやす。

 

「また優は遊んでくれるって。優はヒバリさんのところに行くんだから、ガマンしなきゃ」

 

 雲雀の元へと向かう優を止めるのは自殺行為なので、ツナはランボに言い聞かせる。優もランボに好かれて大変だなと思いながら。

 

 その時に、ふと10年後や20年後のランボのことを思い出し、まさかなぁ……とランボを覗き見る。

 

 ハルから貰ったお菓子ですっかりご機嫌になった姿を見て、気のせいだよなとツナは笑った。

 

 

 

 

 家に帰り、制服に着替えた優はすぐさま学校に向かった。そして軽い気持ちで応接室をノックし入る。

 

 優の姿を見た途端、僅かに肩の力を抜いた草壁が見えたので首を傾げる。

 

「何かあったんですか?」

「なんでもないよ」

 

 どうやら教えるつもりはないらしい。だが、草壁の様子から見て、優ならばバレてもいいようにも思える。

 

「急ぎのようなら、手を貸しますよ。今のところ近くには居ませんが、校舎を直すために術士が何人か潜り込んでますし。人に聞かれないほうがいい内容だったらですが……」

 

 チェルベッロに校舎を直す許可を雲雀は出している。不法侵入ということで追い出すのはあまりにも怪しい。そのため急ぎでなければ、今ここで話さない方がいいと優は助言したのだ。

 

「……優は聞いてもいいよ」

 

 つまり聞こえないようにしてほしいらしい。

 

 優は軽く返事をして、風を操り音をもれないようにする。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 雲雀は草壁との話で忙しそうなので、優はお預け状態である。溜まっている書類をしてもいいのだが、やはり話の内容が気になる。

 

 会話に加わることなく、ふんふんと黙って聞いていたが、内容が内容なので挙手してみる。

 

「なに」

「そのお金はどこから出すんですか? そこまでの余裕ないですよね?」

 

 雲雀は地下に風紀委員のアジトを作りたいと考えていたのだ。この時期から考えていることに驚いたが、今の段階では夢物語である。書類担当の優は当然予算の計算もしているので、経済状況がわかるのだ。

 

「作ることに対して反対をしてるわけではありません。ですが、今は難しいと思います。まずはお金を溜めるべきです」

 

 そういって、今すぐ取り掛かろうとする雲雀に待ったをかけた。

 

「……それじゃ、遅い」

「どこかの建物を借りるのはダメなんですよねー……」

 

 雲雀が優に頼んでまで声を漏らさないようにしているのだ。表立って借りることは出来ない。また風紀委員が使ってることを悟らせたくないのだろう。だから地下アジトなのだ。

 

「うーん、一流の術士を雇う方がお金がかかりますもんね」

 

 普通の建物を買って常に術士を雇う手もあるが、それをするならば地下に作ったほうが経済的に良心的だ。それでも地下にアジトを作るのは容易ではない。

 

「私、お金には困ってないので出しましょうか?」

「いやだ」

 

 それは雲雀のプライドが許さないらしい。困ったものだ。

 

 もしかすると優の姿を見て草壁の肩の力が抜けたのは、雲雀の暴走を止めたかったからかもしれない。

 

「とりあえず、休憩をしませんか? お寿司の差し入れを持ってきたんです。早く食べないと美味しくなくなりますから」

 

 食べて食べてという優の視線に気付いた雲雀が提案をのみ、話は中断になる。優はすぐさま準備をし始め、草壁にもお寿司を勧める。争奪戦の影響で雲雀が不在になり、副委員長の草壁に皺寄せがおきていたはずだ。

 

「風早さんは召し上がらないのですか?」

「私は先程頂きましたから」

 

 安心させるようにニッコリと笑っていると、雲雀から視線を感じた。どうやらウソだとバレているらしい。

 

「……お師匠様曰く、明日には治ってるみたいです」

「ふぅん」

 

 仕方なく正直に話したにも関わらず雲雀の機嫌が戻らず、優はガックリと肩を落とした。……そもそも、雲雀は師匠という存在が気に食わないので当然の結果だ。

 

「あ、そうだ。お師匠様に地下アジトを作ってもらいます? 多分私が出入りするなら作ってくれますよ」

「いらない。……でも作りなよ」

 

 雲雀は使わないが、作っておけと言われ優は使うことがあるのかなと思う。だが、ヴェントの正体はボンゴレの機密にまでなったのだから、いつか使う時がくるかもしれない。雲雀の言うとおり従った方がいいだろう。時間をかけたが、優はしっかりと頷いた。

 

 すると、視界の端で草壁が安心したような息を吐いた。

 

「どうかしましたか? 草壁さん」

「とても美味しいと思いまして……」

「草壁、話は終わってないよ」

 

 食事をしている間ぐらい、ゆっくりさせてあげなよと優は呆れたように息を吐き、口を開いた。

 

「雲雀先輩、無理なものは無理ですよ。ですから、もっと現実的に考えましょう」

 

 ムスッとしているが、反論はない。雲雀も本当はわかっているのだろう。

 

「まず空き家を押さえましょう。地下アジトを作るだけの資金を貯まった時に、動きやすくなりますから。それぐらいなら今の資金と雲雀先輩の力でなんとかなります」

 

 たとえお金が貯まってすぐに地下アジトが出来るわけではない。それ相当の時間がかかる。まずは根回しからしていくべきだ。もっとも神の力を使えば、時間はかからないだろうが。

 

「……わかったよ」

 

 渋々でも返事をしたので優はホッと息を吐き、草壁に笑いかけた。すると、草壁が頭をさげた。予想通りかなりの無茶振りをしようとしていたらしい。

 

「そういえば、どうして地下アジトを作ろうと思ったんですか?」

「……隠したいものがあるから」

「へぇ。雲雀先輩の大事な物なんですね。いいなぁ……」

 

 はっきりと教えてもらえないことを残念に思いながら、優は相槌をうつ。雲雀が人の目から隠したいほど大事な物らしいと考え付き、優は羨ましく思ったのだ。

 

「委員長が隠したいのは……」

「草壁」

 

 どうやら草壁は知っているらしい。しかし雲雀に口止めされたので教えてくれないのだろう。グッと押し黙った草壁を見て、優は話題をかえる。

 

「あ、そうだ。もし地下アジトに私も出入りすることになるなら、風通し良くしてほしいです。戦法が限られてきますし、多分風が私を心配すると思うんですよねー」

「そうだろうね」

 

 心当たりがある雲雀はサラッと返事をしたが、草壁はあまりの内容に目を見開いていた。

 

「……怖いですか?」

 

 弱弱しい優の声で我に返った草壁は視線を合わせてゆっくりと首を横に振った。

 

「風早さんは風早さんですから」

 

 草壁の返事に優は何度か瞬きを繰り返した後、微笑んだ。

 

「……優、帰るよ」

「えっ? 帰るんですか?」

 

 慌てて雲雀の方を見れば、綺麗に食べ終わっており立ち上がっていた。急いで片付けようとする優に草壁が待ったをかける。

 

「ここは大丈夫です。行ってください。委員長がお待ちです」

「すみません! ありがとうございます!」

 

 雲雀の背中と草壁を交互に見て、優は頭を下げてから雲雀の後を追いかけた。

 

「すみません。お待たせしました」

「……どこか行く?」

「あれ? 帰るんじゃなかったんですか?」

 

 優の疑問に雲雀は答えない。不思議そうな顔をしながらも優は、大人しく雲雀の手の届く範囲で居たのだった。




明日も朝が早いのに、音楽番組を見てテンション上がって寝れなくなったから更新w


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元凶

 いつものように家を出た優は、ツナの後姿を見て駆け出し声をかけた。

 

「ツナ君、おはよ!」

「ん? おはよう、優!」

 

 朝からニコニコと笑いあい、今日はいいことがありそうだと2人は学校へと向かう。優の家から学校はすぐそこだが、軽い世間話をするぐらいの時間はある。

 

 周りを見渡した後、ツナが話題を出した。

 

「昨日さー、バジル君とランチアさん帰っちゃったんだよねー」

「え!?」

「オレも驚いたよ。急いで追いかけてお礼を言ったんだ」

 

 優の驚きをツナは自身と同じと考え、気にすることなく話を進めた。

 

「……そっか。ありがとう、ツナ君」

「やっ、当たり前のことだし」

 

 照れてるツナを見て癒されながら、優は未来編のことを考えていた。

 

(ツナ君ってどのタイミングで未来に行ったのかな。私の記憶では2人を見送ってすぐだったはずなんだけど……。間違って覚えてるのかな? うーん、確か最初にリボーン君が未来に行ったのは間違いなかった)

 

 少し考えた後、優は声を潜めてツナに質問する。

 

「リボーン君はバジル君にもボンゴレの機密って話してくれたんだよね?」

「うん。オレもその時一緒に居たよ」

「そっか。ありがとう。……あ。そもそも帰ることを知ってても、表立ってお礼は出来なかったんだ」

 

 リボーンの名を出してもツナは何も反応しなかった。10年バズーカにあたり居なくなってないのかもしれない。

 

「ヴェントでなきゃダメってこと?」

「そういうことー」

 

 優がヴェントになる姿を想像したのか、ツナは眉間に皺を寄せた。

 

「ツナ君と友達になってなくても、私はヴェントになってたよ。だから私には巻き込んでしまったとか思わなくていいから。……私が巻き込んだことも多いし」

「……オレ、気にしないから! 優も気にしないで!」

 

 ツナと優は顔を見合わせ、笑った。2人は納得することにしたのだ。優はツナのために、ツナは優のために。

 

「ゆ、優は今日も風紀委員の仕事?」

 

 あからさまに話題を変えたと気付いていたたが、優はその話題に乗る。

 

「昨日で溜まってた書類整理終わったから、今日は授業受けれるよー」

「ほんと!?」

 

 久しぶりに一緒に行動できるとツナが喜んだため、優は瞬きを繰り返した後、笑った。

 

 

 

 

 授業の内容についていける優は、真面目に受けてると見せかけて未来編のことについて考えていた。

 

(やっぱりおかしいなぁ。リボーン君は間違いなくバジル君達が帰るときに未来に行ったと記憶してたんだけど……さっき会ったよ)

 

 休憩時間にリボーンと挨拶した優は不思議でしかなかった。多少リングについていろいろと話したが、優は未来編が起きると思っていたのだ。なぜなら未来でツナがボンゴレリングを砕く道を選ぶからだ。意外とツナが頑固なのを優は知っている。譲れないところは絶対に譲らない。争いの火種になるリングをそのまま放置するとは思えない。リングに炎を灯すことを出来なくし、リングに眠る力だけ残すことは可能だろう。

 

(……ってことは、パラレルワールド?)

 

 バジル達が帰るときにリボーンが飛ばされなかったので、未来へ行く道ではないのかもしれない。だが、優が存在しているのでズレが起きているかもしれない。優は白蘭の危険性を知っているのだから。

 

(あれ? その前に私って生きてるのかな? ……もういいや)

 

 未来ではアルコバレーノが亡くなってることを思い出したことで、面倒くさがりの優は考えを放棄した。そもそも優ははっきりと覚えていないので、白蘭とミルフィオーレの名前は記憶しているが統合前のマフィアの名前まではわからない。今の段階で探すのは骨が折れる。

 

(数年後にこっそりとボンゴレかキャバッローネの情報網で探そうかな。ボスの名前で白蘭を探せば見つかりそうだしね)

 

 心の中で優は何度も頷く。そういうことにしよう、と。

 

 結局何も考えていないようにも思えるが、話すことが出来ない優は1人で動くしかない。怪しまれるような行動も出来るだけ防いだほうがいい。どこまでセーフかわからないのだから。

 

 更にこの世界に来てから約1年半で原作とのズレがたびたび起きている。10年後ならば、もっとズレているだろう。あまり凝り固まった考えをしていれば、間違った答えを選んでしまう可能性がある。柔軟に動けるようにしていた方がいいのだ。……大雑把な考えというのは否定しないが。

 

(……ん? 私が死んだ後ってどうなるんだろ?)

 

 死んでしまっても仕方がないと優は思えるのだが、原作のように進んでしまえばアルコバレーノに害のある世界になっているはずだ。優が死んだ後に、他の人を呼んだとしてもすぐ死んでしまうのではないだろうか。

 

 数秒待っていたが、頭に声が響くことはなかった。知らないのか、教えてはいけないのかはわからないが、優がこれについて知ることは出来ないようだ。もちろんはっきりと質問という形を取れば、知っていているが話せないなどと詳しく答えてくれるだろう。だが、優は神を困らせる気はなかったのでこのまま流す。

 

(せめてディーノさんやリボーン君に話せればなぁ)

 

 世界に呼ばれた云々はおいといて、未来についてもし話してもいいなら打てる手はたくさんあった。出来ないものは仕方がないと、優は軽く溜息を吐き頭を切り替える。

 

 2人を思い浮かべたせいか、バジル達よりも早く日本を去ったディーノとの見送りのやり取りを思い出し、つい笑みがこぼれる。どちらかというと苦笑いに近かったが。

 

 イタリアへ帰る日にディーノは学校にやってきたのだ。絶対に見送りに来ない雲雀に声をかけるために。ディーノも優も、もうディーノが戦う気がないのなら興味がないだろうと思っていたが、帰ると聞いた途端雲雀が反応し顔をあげた。

 

「鍵かえして」

「は?」

「優の家の鍵」

 

 雲雀以外が優の家の合鍵を持ってることが気に食わず、ディーノから没収していったのだ。もちろん優にも渡さなかった。優から再び他の人物の手に渡るのを避けるために。

 

 そして当然のように優にもう合鍵がないことを確認し、勝手に作らないようにと念を押した。その間、用が済んだとばかりにディーノのことは放置である。念を押された後、思わず優はディーノに何度も頭を下げたのは記憶に新しい。

 

 ほんの少し遠い目をしはじめた頃、ガラッと教室のドアが開く。優は慌ててケイタイを確認した。雲雀の呼び出しに気付かなかったのかもしれない、と。

 

「あれ? ……ないね」

 

 雲雀ではないのなら、誰だろうと顔をあげて優は息を呑んだ。

 

「てめぇ何しにきやがった!?」

「ウソだろ……」

「な、なんでーーーー!?」

 

 ツナ達の驚きを他所に優は他人のフリをしようと視線を逸らした。

 

「みっけ♪」

 

 私ではないと優は心の中で何度も繰り返す。現実逃避ともいう。

 

「き、君! いったいなんだね!? 風紀委員の許可は得ているのか!?」

「しらね。だってオレ王子だもん」

「お、王子!? と、とにかく風紀委員に……!」

 

 並中の先生としては正しい行動だが、このままでは話が大きくなる。仕方なく、本当に仕方なく優はそーっと手を上げた。

 

「……先生、すみません。私に用事みたいです」

「そうでしたか……」

 

 雲雀の彼女である優が反応したことで教室中がホッと息を吐いていたが、雲雀の許可は当然下りていない。どうやって穏便に済ませればいいのかと優は心の中で頭を抱えていた。

 

「とりあえず獄寺君、落ち着いて。この状況じゃ不利だから」

 

 ここで戦えばクラスメイトに大きな被害が出る。獄寺は警戒を解くことはなかったが、クソッと苛立った声をあげた。

 

「ししっ。怒られてやんのー」

「……それで、用件はなんですか?」

 

 このまま放っておけばバトルが勃発するため、優は開き直り話を進めることにした。

 

「むかえにきたよ」

「へ? どういうことですか?」

 

 争奪戦はツナが勝ったはずだ。確かに優はヴァリアーのアジトに顔を出すつもりだったためベルにまたとは返事をした。だが、当然優の好きなタイミングで、だ。いくらなんでも早すぎる。

 

「オレの姫だしー」

 

 しかしベルは優の疑問を明後日の方向で解釈したらしく、なぜかベルがここに来た理由を述べた。

 

 ざわりと教室が揺れる。この教室内に居るものは当然雲雀と優が付き合っていることを知っている。つまり目の前のいる人物は大多数の前で雲雀にケンカを売ったのだ。驚かないわけがない。

 

「……またトンファーが飛んできますよ」

「あんなの当たらねーし」

 

再び教室がざわついたので優は引きつった笑みを浮かべた。どう収拾すればいいのか見当がつかない。

 

「えーと、週末ぐらいに雲雀先輩の許可を貰っていきますから」

 

 とりあえず今は帰ってくださいと優は訴えた。

 

「姫の頼みでも無理なんだよねー」

「……なぜ?」

「ボスの命令だもん」

 

 隠すこともなく優は大きな溜息を吐いた。ここに現れたのはベルの身勝手な行動ではなく、XANXUSの指示だったようだ。よくよく考えれば、ヴェントの正体が機密レベルにあがったと聞き、XANXUSが説明もなく納得するとは思えない。

 

 僅かに優は外に視線を向ける。リボーンが様子を見ているが現れる気配はない。

 

「……断れないじゃないですか」

 

 思わず優は呟いた。ベルが今無理矢理優を連れて行けば、ヴァリアーの立場が更に悪くなる。だからリボーンはギリギリまで動かない。優が気にするとわかっているから。

 

「すぐに帰らせてもらえるんですよね?」

「んー、大丈夫じゃね?」

 

 ベルの勘にかけるしかないだろうと優は仕方なく立ち上がる。リボーンが情報操作してくれるだろう。もちろん神にも頼むつもりだが。

 

 ツナ達が焦る声を出す中、優はヒラヒラと手をふった。

 

「大丈夫、大丈夫。ちょっと行ってくるだけだから」

「で、でも……!」

「それより雲雀先輩に気をつけてね」

 

 三角関係!?と心の中で盛り上がっていたものや、早く終わらないかなとただ成り行きを見守っていたもの達が一斉に息を呑む。他人事だから心に余裕があったのだ。優がこのまま行ってしまえば、恐ろしい現実が待っているかもしれない、と。

 

「機嫌悪いと思うから」

 

 その現象を引き起こす原因が、あっさりと言い放った。現実が待っているかもしれないではなく、待っているのだ。このままでは確定事項である。

 

「わっ、と」

「うししっ」

 

 優はベルが近づいていると知っていたが、横抱きにされて思わず声を出す。その声に我に返ったもの達は優を引き止められる可能性の低さに真っ青になる。完全に出遅れた。

 

 でもまだドアをおさえれば!と思ったとき、再び優の言葉で現実を知る。

 

「ちょ、ベルさんここ2階です!」

「問題ねーって」

「きゃっ」

 

 雲雀のトンファーを避ける自信があることを考えれば、元から止めることは不可能だった、と。

 

 こうして小さな悲鳴の共に、元凶は窓から去っていった。



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天使は子ども

いいタイトルが思いつかなかったw


 優が去った後、すぐに昼休みのチャイムが鳴る。しかし、誰も弁当に手をつけようとしない。この後の恐怖を考えるとほとんどの者が食欲が失せてしまい動けないでいるのだ。

 

 ツナもその中の1人。事情を知っていて、この中で唯一優を止めれる可能性があったツナは雲雀に咬み殺される確率が高すぎた。

 

「……ヒバリに伝えた方が、やっぱりいいよな?」

 

 確認するように山本が呟いた。クラスのムードメーカでもある彼の表情も優れない。いくら天然であったとしても、雲雀がキレた時は手が付けれなくなると彼は理解していた。それでも持ち前の安心感からなのか、徐々に彼の周りにクラスメイトが集まってきている。

 

 逆に、誰も寄せ付けない人物もいた。机の上を指でトントンと鳴らし、いかにもイライラしているとわかるので誰も近づこうとしないのだ。ただ心配からくるイライラなことを考えると、自身の行動でかなり損をしているタイプである。

 

 そんな中、教室の一角で異様な盛り上がりを見せているところがあった。ほとんどの者が恐怖で食欲を失せてる中、彼らは興奮のしすぎで食事をすっかり忘れ語り合っていた。

 

「オレは今まで風早さんは並盛に現れた天使だと思っていたんだ……」

「魔王を止めれるのは神の使いぐらいじゃなきゃ無理だもんな」

 

 わかるとしみじみと頷きあう男達。恐ろしいことに強ち間違いではない。

 

「それが、まさか……姫だったなんて……!」

「並盛の姫か……。いい!!」

「いーや、天使だ!」

「天使より姫の方が守ってあげたくなる感じがしないか?」

「姫より天使の方があの笑顔にはピッタリ当てはまるぞ」

 

 もめているようにも見えるが、彼らは笑顔だ。なぜなら新たなる派閥が増えたことに対しては誰も文句はない。そんなことは彼らの中では些細なことだ。なぜならどっちが似合うかと言い合ってるだけで、根本は同じである。そして自分の中ではもう答えが決まってる。ただ語り合いたいだけだった。

 

「ねぇ、姫って何?」

「いやさ、さっきの時間に王子と名乗る男が風早さんを連れて行っ……」

 

 他のクラスからの質問だと思い、軽い調子で教えようと振り返って固まる男。

 

 熱弁していた男が急に静かになると、不思議と注目される。すると、波が引くかのように静まっていく。

 

「……最期に何かある?」

「風早さんは姫ではなく、天使だと思い……がっ!?」

 

 男は散った。ちなみに雲雀の方が相応しいと言っているようにもとれるが、彼は何も考えていない。ただのバカだった。

 

「君達、わかっているよね?」

 

 彼の声は響いた。バカな男達とは無関係だと装っている人物達に突き刺さる言葉だ。雲雀は誰も逃がすつもりはなかった。

 

 バタバタと倒れていくが、雲雀の機嫌は一向に良くならない。むしろ悪化し威力と速度が増していく。それでもツナを前にした時、動きが止まる。

 

「あ、あの……」

 

 恐怖で青ざめながらもツナは何か話そうとしているが、上手く言葉にできない。そんなツナを雲雀が何秒も待てるわけがない。……否、初めから待っていたわけではなかった。ツナが飛ばされた距離から察するに威力を溜めていたようだ。

 

 ツナが飛ばされたことにより獄寺がキレるが、男の怒りを抑えることが出来ずになす術もなくやられる。そして山本も獄寺と同じような目にあった。

 

 数秒後、教室で立っているものはもう女子しか居ない。これは女子だから見逃されたというわけでなく、ただ単に目に入るのが体格の良い方だったという理由である。機嫌の悪さが頂点に達している雲雀は女でも容赦しない。

 

 その雲雀がある女子の前で、振り下ろそうとしたトンファーがピタリと止まる。彼のどこかの記憶に引っかかったのだ。

 

 ボクシング部の部長の顔が出てきたが、すぐさま違うと結論に至る。彼にとって動きを止めるほどの理由ではない。かといって、他の理由はすぐに浮かばない。

 

 そして彼が動きを止めたことによって、その女子を庇うように前に出た女子にもトンファーを振ることが出来ない。本能的にそれはまずいと感じているのだ。しかし理由がわからない。

 

 ジッと観察していると、着信音が響く。ほんの少し気が削がれたことで、雲雀はポケットにあるケイタイへと手を伸ばす。

 

「今取り込み中だよ」

 

 それでも不機嫌な声である。当然だ。雲雀の恋人が連れて行かれたのだ。

 

『す、すみません! また後でかけなおします……』

 

 ツーツーと続く機械音。先程の声は連れて行かれたはずの恋人のものだった。

 

「…………」

 

 気を取り直すかのように、一度トンファーをしまう。そして電話をかけた。

 

『もしもし? もう大丈夫なんですか?』

「……優、今どこにいるの?」

『あ。誰かから聞いたんですね。えっと、飛行場です。もうすぐ出発で……』

 

 時間が無いと伝えたいのだろう。だが、雲雀が納得できるはずがない。

 

「ダメだよ」

『でもちゃんと説明しないと何度も来ると思うんですよね。それなら早く済ませてしまおうかと』

 

 嫌々ながらも飲みこむしかない。今回のように常に雲雀が側にいるとは限らない。こういう時のための地下アジトはまだ完成してはいないのだから。

 

『……ダメですか?』

 

 ここでダメと言い張ることが出来ればどれだけ楽なのだろうか。雲雀の手の届く範囲から離れた今、下手なことを言えばもう帰っては来ない。

 

「……わかったよ。僕は待ってるから」

『はい! すぐに用を済ませて帰ってきますね!』

 

 仕方がないように雲雀は息を吐く。雲雀が待つと言えば声が弾んだのだから。

 

『あ、あの……雲雀先輩』

「なに?」

『ベルさんが私のことを姫って呼んだから変な噂がたつかもしれないけど。わ……私は雲雀先輩が好きですっ……!』

 

 以前と違い、恥ずかしそうなのは自然に出たものではなく、どうしても雲雀に伝えたかったからなのだろう。その顔を見れないのが非常に、非常に残念だが雲雀の機嫌が戻っていく。

 

「知ってるよ」

『はいっ! あ、そうだ。お弁当食べてくださいね。私の分は草壁さんがよければどうぞ、と』

「……わかった」

 

 草壁ならば、転がっている人物と比べることもなく、優の手料理を食べてもいいと雲雀は思えた。……渋々だったが。

 

『では、行ってきますね?』

「待ってるから」

『はい! 必ず戻ってきます!』

 

 通話を終えた雲雀は優の荷物を探す。

 

「優のなら、そこよ」

「そう」

 

 優のカバンなどを持った後、雲雀はチラリと声をかけた人物をみる。先程、了平の妹をかばった女子だった。

 

「……君、名前は?」

「く、黒川花よ」

 

 名を聞いて納得したように雲雀は頷いた。優の口から何度か聞いたことがある。恐らく一緒に歩いているところを見て記憶の片隅に残っていたのだろう。だから動きが止まった。ツナならまだしも、この女子達に手を出せば優は許さないだろうと。

 

 納得した雲雀はこれ以上興味がない。優の荷物を持って、教室から去っていった。

 

 

 

 その後、事件の全容を見た女子が優の温情で助かったとしっかりと理解したため、優は更なる人気を築くことになる。

 

 言うまでもないが、当然この事件について誰も口にしなくなる。雲雀の耳に入ればどうなるかはわからない。手を回すこともなく、緘口令を敷いたのだった。

 

 ……余談になるが、妙なファンクラブは、風早さんは天使という結論で落ち着いた。もちろん雲雀が恐ろしかったからである。

 

 

 

 

 

 並盛から約十数時間後。雲雀が暴れたことや渋々許可したことを察しないまま、優はイタリアに到着していた。

 

 んー!っと優は身体を伸ばす。プライベートジェットのため、気楽に過ごすことは出来たがイタリアまではやはり遠い。身体がなまった気がする。

 

 そして飛行機から降りたら降りたで、高級車が待ち構えている。といっても、ヴァリアーのアジトまではもうすぐなのだが。

 

「姫、しんどくねぇ?」

「大丈夫です。変装する必要がないぐらい気をつかってくれてましたし」

 

 優は笑って問題ないと手を振る。並中から飛行場に移動するまでの間に、並盛に隠してある変装道具に着替えたが、ヴェントのフリをする必要があまりなかった。白昼堂々とベルはやってきたが、機密なので並中以外のところでは手をまわしていたのだ。

 

「でも眠ってなかったじゃん」

 

 何度か瞬きを繰り返す。ベルは気持ちよく眠っていたように見えたが、優の動きは感じていたらしい。さすが暗殺部隊の一員である。

 

「実は普段は何か抱かないと眠れないんですよねー」

「へぇ。姫って不器用なんだ」

「んー、どうなんでしょう。切り替えれば、寝れますよ? でもピリピリすることになるので、あまり好きじゃないんです」

 

 照れたように優は笑った。出来なくはないがする必要を感じず、更にかなり疲れてしまえば何かを抱かなくても普通に眠れる。もっと言えば、ヴァリアーのアジトはホテル並みの部屋なので、枕が2つ置いてある。つまり飛行機の中で無理して眠るのではなく、優はアジトで枕を抱いてゆっくりと眠るほうを選んだのだ。

 

「寄り道しようぜ」

「へ?」

 

 いきなりなぜ?と首を僅かに傾げている間に、ベルは運転手に指示を出していた。ヴァリアーの者なので、優の命令を聞くとは思えない。そのため優はベルの顔色を伺う。

 

「問題ねーって。すぐ終わるしー」

 

 XANXUSに怒られるほど寄り道する気はないようなので、優はベルに任せることにした。

 

 10分ほどすると目的地についたのか、フラッとベルは車を降りた。優はフードをかぶり、見るからに怪しいので車の中で待機である。

 

 程なくして、ベルは片手にそこそこ大きな袋を持って帰ってきた。

 

「買い物だったんですか?」

 

 ベルは笑いながら袋を優の膝に置いたので、荷物もちとして落とさないようにしっかりと持つ。

 

「思ったより軽いですね。何が入ってるんです? あ、言いたくなければ言わなくていいですよ!」

「ん? それ、姫の」

「ええ!? お、お金……!」

「いらねーって」

 

 慌ててサイフを出そうとする優を動きを止めるために、ベルは袋から取り出す。

 

 ひょこんと目の前に現れたウサギの人形に優は釘つげになる。そして、サイフから手を離し恐る恐る人形へと手を伸ばし抱きしめた。

 

「か、可愛いです!!」

 

 嬉しそうにぎゅうぎゅうと抱きしめてる優の姿に、ベルは笑う。

 

 優が我に返った時にはもうヴァリアーのアジトにつく直前だった。いつもならばすぐに復活するのだが、ベルも優に声をかけることはなかったので1人で楽しんでる時のようになってしまったのだ。

 

 ベルの視線を感じ、優はカーッと頬が真っ赤に染まる。いくらなんでも子どもすぎる反応だ。雲雀にならまだしも、ベルに見せるつもりはなかった。

 

「……なかったことにしてもらえませんか?」

「ん? なんで?」

「怒られるから……」

「誰に?」

 

 あれ?と優は何度も瞬きを繰り返す。この世界では怒る人を思い浮かべることが出来ない。優は子どもっぽい一面を見せたとしても、雲雀は呆れるかもしれないが怒ることはない。ツナが怒る姿は想像できない。ディーノにいたっては、微笑ましく見ていそうだ。

 

 この世界では誰も優から無理矢理取り上げたりはしない。

 

「つーか、姫はまだ小さいじゃん」

 

 ベルと優では2歳しか変わらないが、ベルが年上ということには変わらない。さらに自由人のベルが言ったからこそ、優は子どもでもいいんだと素直に頷くことが出来た。同じ年上でもディーノが言ってもこれほど効果はなかっただろう。

 

 そしてこれは雲雀には出来なかったことでもあった。雲雀は誰よりも優に早く大人になってほしいと願っているからだ。もちろん歪な形で成長していたことに気付いている。だが、ゆっくりと待つことは出来ない。いつまでも我慢できないことは雲雀自身が1番分かっている。そのため雲雀に甘えさせることで補おうとしたり、ツナ達を利用しているのだ。

 

 努力も空しく、ベルの一言で遠ざかったが。

 

「……ベルさん、ありがとう」

 

 優が嬉しそうに人形を抱きしめた姿に満足したのかベルが笑いながら車から降りる。優は軽い足取りでその後姿を追いかけた。




雲雀さん、ドンマイw


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ヴァリアーと優 1

 優にとって2度目のヴァリアーのアジト訪問。1度目はベルのお姫様抱っこで。そして今回はウサギの人形を抱きながらである。はっきり言おう、全く締まらない。

 

 そのため、ヴェントの正体に興味があったのか、玄関まで迎えに来ていたマーモンが言葉に詰まった。

 

「えーと、お邪魔します」

 

 フードを被ってはいるが、地声で挨拶し優は頭を下げる。やはり気まずい空気が流れる。

 

「……本物なのかい?」

 

 マーモンが何とか口に出した言葉は確認である。もちろん、優をまるっきり無視してベルに。

 

「姫」

「……そうですね。失礼しまーす」

 

 シュっとマーモンに向かって片手を伸ばす。ベルならば見切れるが、術士であるマーモンには防ぐことは出来ないだろう速度で。

 

「うわぁ……。思ったよりプニプリだった!」

 

 幸せそうに優はぎゅうぎゅうと人形を抱きしめる。ほんの一瞬しか触れなかったが、想像よりも柔らかかった頬の感触に優は顔をほころばせる。ちゃっかりと自身の欲望を満たすあたり、いい性格をしている。ちなみに抗議された場合は、失礼と声をかけたと言い張るつもりである。さらに、たとえ幻術攻撃されても無傷で居られるという自信もあった。

 

 その結果、当然のようにマーモンは優から距離をとった。どちらかというと優の腕というよりも、ウサギと同じような目にあう危険性を感じたため。

 

「王子のオレが間違うわけねーじゃん」

 

 ベルは謝らないだけで間違う時もあるのだが、今は関係ないので横に置き、案内役としての本来の仕事へと動き出したのだった。

 

 

 

 

 マーモンが案内した部屋は、以前優がベルに初めて連れて行かれた場所だった。好き好きに過ごしてはいるが、XANXUS以外が揃っている。マーモンが玄関に居たことから察するに、そろそろ来ると知っていたのだろう。優が姿を現した途端、一斉に視線を向けた。

 

「んまぁ。可愛いお人形ねぇ」

「はい! ベルさんに買ってもらったんです」

 

 ヴェントの姿でウサギの人形に動じないルッスーリアは流石といっていいだろう。余程嬉しかったのか、すぐさまその話題にのる優もなかなかである。そして当然のようにベルは楽しそうに笑っていた。

 

 ほんの数分でいろいろと諦めたようなマーモンや、声でヴェントの正体が女性と気付き驚いているレヴィはまだいい。この中では常識人にギリギリ入り、まとめ役でもあるスクアーロからすれば、頭が痛くなる出来事である。

 

「う゛お゛ぉい!?」

「怪我に響くのであまり叫ばないほうがいいですよ?」

 

 優の言葉はいたって正論なのだが、誰のせいだ。

 

「なんだぁ、それは!?」

「ベルさんに買ってもらったんです!」

 

 優の言葉にベルが楽しそうに笑う。おかしい、無限ループに入りそうだ。

 

 その人形をいっそ斬ってしまおうかと考えたスクアーロを落ち着かせるかのように、ルッスーリアが手を叩く。

 

「詳しくお話したいけどぉ。お名前を教えてくれないかしら? このままでは困っちゃうわぁ」

「あ、そうですね。風早優といいます」

 

 自己紹介ということなので、優はフードを取り頭を下げる。

 

「優ちゃんねぇ~。以前会った時はすっかり騙されちゃったわぁ」

「素がこっちなので、わかりにくいんだと思います。リボーン君も私の正体になかなか気付きませんでしたし」

「まぁ! 凄いわ~」

 

 身体能力が大幅にあがったのは1年半前だ。10年以上染み付いた動きは一般人と変わらない。一流の殺し屋であるリボーンが気付かなかったとなると、精々1日しか一緒に過ごしていないルッスーリアとスクアーロがわかるはずもない。気付いたベルが異常なのだ。

 

 ちなみに、可憐だと見惚れているレヴィには誰も反応していない。恋愛において超鈍感の優に察しろというのが無理な話で、他のメンバーにいたってはムッツリという一言で片付けられた。

 

「……ルッス、クソボスのところへ連れて行け!」

 

 押し付けたのもあるが、適材適所でもあった。ルッスーリアの乙女心と優の子どもっぽいところが妙にあう。ベルもあうだろうが、寄り道し人形を買い与えている時点で察するべし。

 

「はぁい。こっちよ~」

 

 1番に説明するのはボスであるXANXUSということは優も納得していたので、素直に頷きついていった。

 

 この時、スクアーロは1つミスをした。本来ならば、スクアーロが連れて行くつもりだった。そのため正体に興味があったマーモンが玄関で待ち伏せし案内した。もし予定通りスクアーロが連れて行っていれば、気付いただろう事柄がスルーされてしまったのだった。

 

 

 

 

 ルッスーリアに案内され、他の部屋より豪華そうなドアの前に優はいた。

 

「ここにボスがいるわ~。気をつけてねぇ~」

 

 クネクネとした動きでルッスーリアは去っていく。気をつけてというのは機嫌が悪いと察することが出来た優は、ルッスーリアを引きとめはしなかった。恐らく機嫌が悪いとわかっていても律儀に部屋の中まで案内するのはスクアーロぐらいだろう。誰も好き好んで入りたいと思わない。

 

 軽く深呼吸を繰り返し、優はノックをする。今では完全に慣れたが、雲雀の風紀委員室に入るのと同じようなものだ。この手の緊張を何度も経験している優は、躊躇することなくドアを開けた。

 

 ビュッという風の音が聞こえる速度で、優の頭上近くへと物が飛んでくる。スクアーロにあわせた高さなので優に当たることはない。が、お酒のようでこのままでは割れるだろうと考え、優は風で止める。

 

 割れることもなく、聞きなれた叫び声も聞こえないため、XANXUSはドアへと目をむけた。

 

「私じゃないと割れてましたよ?」

「……来たか」

 

 ふわふわと酒のビンが浮き、フードを被ってはいないがベルに姫と説明されていたXANXUSは優の顔を見ても驚くことはなかった。……ただし、優が人形を抱いていなければ。

 

「……なんだ、それは」

 

 いくらXANXUSであっても、この場に似つかわしくないウサギの人形に対処する技術はなかった。奇しくも、搾り出した言葉がスクアーロとほぼ一緒である。似たもの主従が。

 

「可愛いですよね! ベルさんに買ってもらったんです!」

 

 何度も同じことを説明しているのに、面倒な気配は一切感じない。どちらかというと、説明するのが嬉しくて仕方がない様子。どうやらこのウサギは優の好みにクリーンヒットしたようだ。

 

「…………」

 

 XANXUSが黙ったので不思議そうに優は何度も瞬きを繰り返す。

 

 なんと9代目の息子としてふてぶてしく育ったはずのXANXUSが躊躇しているのだ。失せろと言えば、簡単に目の前にいる人物ごと失せるだろう。その場合、説明しろと呼びつけたのに結局何もわからないまま、ボンゴレの機密に従うしかないというのは、次期10代目を狙うXANXUSにとっては気に食わない事柄になる。問題を起こしたXANXUSは調べることは出来ないのだから。

 

 目障りでカッ消せば、優の怒りを買う。もちろん優の怒りを買うこと事態に怖気ついたわけではない。一言でいうならば、時期が悪いのだ。

 

 争奪戦で負けたものの、XANXUSは10代目になるのを諦めていない。そのため今は大人しくする時期である。ヴァリアー内のいざこざならば、多少は問題ないだろうが、優はヴァリアーの一員ではない。ここで優と真っ向から争えば、いくらなんでも問題である。

 

 10代目になる可能性を潰した原因がウサギの人形とか、いくらなんでもない。

 

 もっとも、ウサギの人形のためにキレる可能性がある優もどうかと思うが。

 

「……説明しろ」

 

 結果、XANXUSはスルー技術を身につけた。……彼は少し大人になった。

 

 

 

 

 優は人形を抱きながら、説明し終えた。もっとも、世界のバランスを崩れることは話したが、何を守らなければならないのかは話さなかったが。

 

 事が事だけに、XANXUSは強制しなかった。……否、出来なかったという方が正しいかもしれない。無理矢理口を割らす権限をXANXUSは持ち合わせていない。何度も言うが、時期が悪い。そのため、XANXUSは他のボンゴレリングも世界に影響する力がある可能性を知らないままになった。彼が知るのは約10年後になる。

 

「……おい」

「はい?」

「…………何かあれば、言え」

 

 時間をかけてXANXUSは口にした。もし優が守ることが出来ず、世界のバランスが崩れてしまえばボンゴレを継ぐどころの話ではない。そしてボンゴレの風の守護者の使命にXANXUSが手を貸すのは別段おかしな話でもない。だが、XANXUSが問題が起きていない今、伝えたことはとても珍しいことである。

 

「ありがとうございます。出来るだけ迷惑をかけないように気をつけますね」

 

 ニッコリと笑って言った優を見て、XANXUSは殺気入りで睨んだ。

 

 どうやらXANXUSは争奪戦の優の行動からギリギリまで助けを求めるタイプではないと気付いていたらしい。取り返しのつかないところで助けを求めては遅いので、先手を打ったようだ。ボンゴレの未来のために。

 

 慌てて何度も頷く優を見て、話が終わりとXANXUSは目を逸らす。優も空気を読んで立ち去るつもりだったが、ドアの前で足を止めて振り向く。

 

「XANXUSさん、少し触れてもいいですか?」

 

 何を言っているんだ、この女。とXANXUSは優を睨む。

 

「私、触れた相手に自分の体力を与えることが出来るんです。……身体、早く治したほうが良くありませんか?」

 

 沈黙を貫いたXANXUSを見て了承と受け取った優は、そっと手を重ねる。

 

「あまり無理しないでくださいね」

 

 体力を渡している間も、部屋から出て行く時もXANXUSは一度も優に目を向けることはなかった。

 

 だが、XANXUSは優のお願いに文句を言うこともなかった。




なぜか優とヴァリアーを絡めるとギャグになる。
書いてて、凄く楽しいwww


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ヴァリアーと優 2

 XANXUSへの説明後、スクアーロ達に説明するため優は先程の部屋へと戻る。当然、XANXUSとほぼ同じ内容である。ほぼなのはウサギの人形とは違い、話している内に面倒になったからである。そのため、ちょっと雑だった。聞き比べをしていない彼らは気付くはずもなく、何事もなく終わる。

 

 彼らの中で整理している間に、優はルッスーリアが入れたコーヒーに手を伸ばす。ちなみに、整理する時間があまりかからなかったスクアーロは、優が入れた砂糖の量にドン引きしていた。

 

 顔色を窺い、そろそろ全員がある程度納得したところで優は再び声をかける。もっともベルは最初から理解する気があったのかは怪しかったが。

 

「なので、フードかぶってる時はヴェントでお願いしますね?」

 

 機密としてヴェントの名前は知っているだろうが、何人かは優が名乗ったところを見ていない。そのため改めて声をかけたのだ。彼らはある程度納得していたので、誰も文句を言わなかった。

 

 そもそも9代目が許可を出て機密になったのだから、いくら独立部隊でも迂闊に反対することが出来ない。そして何度も言うが時期が悪い。優が素直に教えなくても、渋々納得することになっていただろう。

 

 そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、優は人形に抱きつきながら何気なく口にする。

 

「まぁXANXUSさんが名付けたので、皆さんが間違うとは思えませんけどね」

 

 驚きのあまり固まるのが数名。ドタバタで軽く聞き流していたため、改めて聞かされて驚いた者達や、嬉しそうに笑うものという感じで見事に反応がわかれる。

 

「ゆ、優ちゃん。ヴェントってボスがつけたの……?」

「そうですよー。ベルさんもその時いましたよね?」

「うししっ」

 

 XANXUSの気まぐれなのは間違いない。間違いないのだが、それでも異常だ。

 

「どうやって頼んだのかしら?」

「んーと、名前を聞かれて、ないって答えて、XANXUSが決めるか?って言った感じですよ」

 

 これといって何か特別したことはないと言い切ったも同然である。その前に風の守護者に相応しいというような大事な内容がスッポリ抜けている。もっとも、たとえそれを言ったとしても異常だが。

 

「ボス! オレにも名前をぉぉぉ……!」

 

 突如叫びながら出て行ったレヴィを見て、優は何度も瞬きを繰り返す。

 

「……あの、レヴィさんどうかしたんですか?」

「いつものことだぁ」

 

 誰も驚かないところを見て優はそういうものかと納得する。

 

 すると、ドコン!という爆発音が響く。場所が場所なので、優はすぐに動けるように警戒する。

 

「いつものことだぁ」

「そうねぇ。いつものことねぇ」

 

 不思議に思いながらも頷く。スクアーロだけでなく、ルッスーリアまで言ったのだ。気にするほどではないと判断する。

 

「でもそうなると……優ちゃんはどうして大丈夫なのかしら?」

「だってオレの姫だしー」

 

 レヴィがやられたことで、XANXUSの機嫌が悪いと再確認する。そのため、無傷で帰ってきた優が不思議な存在に思えてくるのは当然だろう。……一部例外が居るようだが。

 

「僕は騙されないよ」

 

 優に何かあると考えているマーモンは、先程頬を触られたことで警戒レベルが上がったのもあり、言うだけ言って部屋から去っていった。

 

「ひーめ」

「は、はい」

 

 マーモンを気にするようにドアを見ていた優に、軽い口調でベルが話しかけた。

 

「眠いんじゃね? 姫の部屋、こっち」

 

 優が返事をする前にベルが部屋を出て行くので、優は慌てて追いかけた。

 

 

 ベルに案内された部屋は以前泊まった場所と違った。あの部屋は客室で、優の部屋には出来ないようだ。

 

「ん? ってことは、ここは私の部屋……?」

「誰も使ってねーし、別に気にする必要ねぇんじゃね?」

「……ありがとうございます」

 

 頼んでもいないのに部屋を用意してもらえたことに優は自然と笑顔になった。

 

 ベルが部屋を出て行った後、優は軽く息を吐いてから振り返る。

 

「私に何の用なのかな?」

 

 ベルが出て行けばすぐに幻術をといたところを見ると、不意打ちする気はなかったらしい。

 

「君は風のアルコバレーノって本当なのかい?」

 

 少し悩んだ後、ゴソゴソと服から取り出しておしゃぶりの袋をとる。共鳴し光だしたことにより、口で言うよりも信用したはずだ。長い時間出していると制限されたせいで大変なことになるので、すぐさま袋に戻す。

 

「……どうして光らないのさ」

「原理は私も知りません。お師匠さんが作りましたから。後、呪いをかけた人のことを聞いても無駄ですよ。私は声しか聞いていませんので顔すら知りません」

 

 期待させるだけ辛くなると考え、優は先手を打った。

 

「君はどうして赤ん坊じゃないんだ!」

 

 それでも情報を掴むチャンスがなくなりショックを受けたのだろう。マーモンが感情的だ。

 

「呪われてはいますよ。話せませんけどね」

 

 にらみ合いが続く。必死になってまでマーモンが情報を得たいとわかっても、優は教えることは出来ない。

 

 ただ、マーモンには提示している内容が少ない。少し息を吐いて冷静になった優は口を開く。

 

「話すことにも呪いがかけられてます。誰にも私は呪いの内容について弱音が吐けません」

 

 沈黙が流れ、先に口を開いたのは優だった。

 

「眠いので、出てもらってもいいですか? 質問があるなら起きたら聞きますよ」

「……そうするよ」

 

 マーモンが出て行った後、優はベッドに潜り込む。ベルに貰った人形を抱きしめている間に、眠りに落ちることが出来た。

 

 

 

 

 久しぶりに頭を撫でられる夢を見た優は、目覚めのいい朝をむかえる。

 

 備え付けのシャワーを浴びて張り切って動き出したものの、ヴァリアーの朝は遅いらしい。昨日の部屋には誰もいない。いくら優でも許可もなく料理はしないので、仕方なく人形を抱きながらソファーでボーっと過ごす。

 

「帰りたいなぁ」

 

 日本だったならば、雲雀とご飯を食べていることを考えるとこの時間は辛い。

 

「そうねぇ。今日の夜には出発できるかしら?」

「ルッスーリアさん?」

 

 余程気が抜けていたらしく、優はルッスーリアが入ってきたことに気付かなかった。もっとも暗殺部隊というだけあって、普段から僅かな音しか出さないのもあるが。

 

「ルッス姐と呼んでほしいわぁ」

「えっと、ルッス姐さん?」

「んまぁ! とてもいい子だわ!」

 

 ハンカチを取り出し、泣くマネをするルッスーリアに優はなんて声をかけていいかわからない。

 

「ツッコミはあまり期待しないほうが良さそうねぇ」

 

 優の反応を見て1人納得するルッスーリア。関西人か。

 

「あ、あの……」

「気にしないで~。そ・れ・よ・り、一緒にご飯を作りましょう」

「はい!」

 

 ルッスーリアが女性物のエプロンをつけたことにもツッコミをせず、優はお手伝いをしたのだった。ボケ殺しである。

 

 

 

 以前のように食事を並べていると、スクアーロが起きてきた。優がルッスーリアとお揃いのエプロンをつけているのを見て、引きつった笑みを浮かべる。そして当然のようにスクアーロはルッスーリアに向かってツッコミを入れた。

 

「う゛お゛ぉい!!!!」

「んもぉ! 可愛いからいいじゃな~い。それに優ちゃんには替えの服がないのよ? 汚しちゃったら大変よぉ」

「すみません。目汚しになるものを見せてしまって……」

 

 申し訳なさそうにエプロンを脱ぐ優。ルッスーリアはスクアーロに非難の目をむける。半分ノリでしているルッスーリアならまだしも、正真正銘の女性の優にそれはない。男ならばフォローの言葉ぐらいはかけろと言っているのだ。

 

「……ぐっ、に……に……」

「ん? 姫、なんで脱いでんの? もったいねぇじゃん」

「あ、おはようございます。ベルさん」

「ししっ。おはよ。で、きねーの?」

「でも……」

 

 優はチラチラとスクアーロに視線を向ける。ルッスーリアもチラチラと視線を送る。もちろんこっちは面白がってである。

 

「……うっとうしいぞぉ! 着ろぉ゛!!!!」

「は、はい! すみません!!」

 

 はぁと軽く溜息を吐き、0点ねというような態度を取るルッスーリアに、ついにスクアーロの堪忍袋の緒が切れる。剣を振り回し、ルッスーリアを追いかけ始める。

 

「う゛お゛ぉい!!!! 逃げんじゃねぇ!!」

「優ちゃん、先に食べていいわよ~」

 

 止めなきゃ!と思った優だが、ルッスーリアが余裕そうなので放置することにし、騒ぎの間にやってきたマーモンと料理に釘付けのベルと一緒に食事に入るのだった。

 

 ちなみに、昨日の怪我が響いていたレヴィは2人の追いかけっこの巻き添えをくらい、廊下でのびていた。原因である2人はいつものことと気にする素振りも見せなかった。……これが日常茶飯扱いなのだから、彼はランボ以上に不憫かもしれない。

 

 もっとも普段と違い、食事を終えた優が気付き、応急処置などをしてソファーで看病してもらえたのだから、幾分ましな扱いだった。

 

 

 

 

 ツナ達とはまた違った賑やかさでいつの間にか時間が過ぎ、日本へと帰る飛行機に乗る時間がやってきた。

 

「え? 日本まで送ってくれるんですか?」

「当然♪」

「ボンゴレの機密よ~? 日本に戻るまでにもし何かあって機密が漏れた時、私達の責任になるわぁ」

 

 大丈夫といって断ろうとした優だが、ルッスーリアの言葉で思いとどまる。責任問題になるのだから優がいっても誰かしらつけることになるのだから。

 

「わかりました。あ、そうだ。私の連絡先を念のために教えておきますね。XANXUSさんにも渡したかったんですけど、返事がなくて……。一応、ドアの隙間から入れましたが受け取ってもらえているかは怪しいですし」

「姫の連絡先、ゲット~♪」

 

 あ。と思わず声を出す優。ルッスーリアに渡したつもりが、横からベルが奪ったのだ。そのため、メモ紙にもう1枚書いて渡すことになった。

 

「では、お世話になりました」

「また来てねぇ」

「はい!」

 

 以前とは違って優ははっきりと返事をした。ヴァリアーは賑やかで楽しかったのだ。そして出来れば今度はもう少しXANXUSとも過ごしたい。

 

 外まで見送りにきてくれたルッスーリアに向かってきっちりと頭を下げた後、屋根の方を見てもう1度頭を下げて、優はヴァリアーのアジトを去った。

 

 

 

 そして何事もなく、日本へと優は帰ってきた。

 

「ベルさん、本当にありがとうございました。随分、楽に過ごせましたっ!」

 

 ベルに貰った人形を持ち込んだおかげで、行きとは違い飛行機の中でぐっすりと眠れた優は、もう1度ベルに感謝の言葉をかけたようだ。

 

「問題ねーって。バイビっ」

「はい。また!」

 

 優もベルもすぐさまこの場を去る。いくら優が風をつかって誰もいないとわかっていても、長居するものでもない。

 

 そのまま家に帰ろうにも明るい時間なので、優は学校へと向かう。目指すは応接室だ。

 

 ピョンピョンと軽く飛び越えて、2階にある応接室の窓枠に座る。

 

「ワォ。いつ戻ったの?」

“ついさっきだ”

 

 ヴェントで返事をしたことで雲雀は僅かだが周りに目を向ける。草壁がこの場に居るが、優ならば地声で話す方を選ぶ。つまり他に誰かいるということだ。

 

「ちゃおッス」

「やっぱりリボーン君だったんだ」

 

 リボーンの登場で優は地声に戻す。体格からアルコバレーノのリボーンの可能性が高かったが、数日であっても並盛から離れていたので念のため警戒していたのである。

 

「今のところ何もねーぞ」

「ありがとう、リボーン君」

 

 未だにチェルベッロが手配した人物が学校修理のために出入りしているため、リボーンが定期的に盗聴器などを細工されていないか確認していたようだ。当然雲雀も手は打っていたが、現状ではリボーンには劣る。そのことは理解していたため、雲雀の機嫌は悪くなったが余計なこととは言わなかった。

 

「そっちは大丈夫だったのか?」

「んー、リボーン君が掴んでる情報とほとんど一緒だと思うよ。みんな、監視されていたことに気付いてるっぽいし、私に手を出すようなバカな行動をとる感じはなかったよ」

「そうか」

 

 ヴァリアーの処分はこれから決まっていくのだろう。未来編のことから死罪は免れるだろうが、XANXUSを10代目にするためにはまず失った信用を取り戻す必要がある。現時点で優に手を出すのはあまりにも時期が悪い。

 

「まっ、そもそも私と相性が悪いしね」

 

 そう言い切れるぐらい、風を操る力は卑怯なレベルに強いのだ。唯一、優に攻撃を食らわせることが出来そうなのは雷の技を持つレヴィだが、触媒に傘を使っているので、ちょっと風を操れば飛んでいってしまう。勝負に発展した場合、優が強気になるのも無理もない。

 

 しかし懸念は他にある。が、雲雀が気付いているようなので任せることにし、リボーンは軽い挨拶をした後去って行った。

 

 リボーンと話している間に、草壁が席を外したため、優は雲雀と2人っきりになる。

 

「こっちに来て」

 

 ピョンっと飛び降り、窓を閉める。なんとなくそうした方がいいと思ったのだ。

 

 案の定、言われたとおり近づけば、優の顔を覗くように雲雀が動く。

 

「……思ったより、元気そうだね」

「ベルさんが人形を買ってくれて、良く眠れたんです!」

 

 雲雀の機嫌が急降下する。優の顔色がいいのはいいが、それは面白くない。そもそもリボーンと雲雀が1番懸念に思っているのが、優がヴァリアーとこれ以上親しくなることだ。友達であるツナと敵対するとわかりきってる相手と親しくなってしまえば、もしもの時優は割り切れなくなる。取り繕うのは得意なので表面上問題ないように見えても、かなり危うくなるのだ。

 

「可愛いウサギさんでしたよ!」

 

 しかし2人の心配を他所に、優は雲雀の地雷を踏んでいく。どうやら雲雀にも自慢したかったようだ。

 

「でも、やっぱり雲雀先輩に抱きしめてほしかったかなぁ」

 

 いつものように無自覚に煽ってるようにも見えるが、雲雀は優の目が僅かに泳いだのを見逃さなかった。

 

 雲雀はすぐさま優を抱き寄せる。いきなりの行動に驚きはしたものの、いつもと違って優は素直に背中に手をまわす。

 

「あの、雲雀先輩」

「なに」

「時々、今みたいに甘えてもいいです?」

「僕は何度も言ったはずだよ」

 

 散々今までに雲雀は優に声をかけている。素直に受け取らなかったのは優だ。

 

「……ありがとう」

 

 何かしらあったようだが、以前と同じようにこうして優が素直に甘えることが出来るようになったのだから、雲雀にとって優がイタリアへ行ったことはやはり悪いことにはならなかった。

 

 もっとも……。

 

「雲雀先輩がお師匠様みたいです」

 

 ベルの一言のせいで、異性というより家族枠に入りかけてしまったため、甘い雰囲気になることもなく、雲雀は優に合わせて更にゆっくりと進めていくことになった。

 



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波長

本日、2話目。

次の話から未来編です。
今年中になんとか間に合った。


 イタリアから帰ってきた次の休みに、優はフラッとヴェントの姿で出かけていた。

 

「な、なにしにきたんだびょん!」

「…………」

「……ヴェント」

“クローム、元気だったか?”

 

 警戒している2人の反応をまるっきり無視し、可愛い声にだけ優は反応する。

 

 そう、優は黒曜ランドへやってきていたのだ。

 

“……骸から聞いているだろうし、普通に話すぞ”

 

 骸の性格を考えれば、計画を狂うようなミスは避ける。城島や柿本に根回しするのは当然だ。そのため優は安心してフードも取った。

 

「クロームちゃん、何か困ったことはない? いつでも相談乗るからね」

「……うん」

 

 親切な優にどう反応すればいいのかわからないだけで、決してクロームは優の態度に引いているわけではない。……きっと。

 

 クロームの返事に満足した優はやっと周りに目を向ける。そこには優の持っている物に目が釘付けになっている犬が。犬は犬でもケンだが。

 

「そうだった。ご飯、持って来てたんだ」

 

 城島の前に重箱を近づける。すると、ひったくるかのように奪った。

 

「1人一段ずつだよ? あ、1番下はクロームちゃんのだからね!」

 

 育ち盛りの男の子2人には肉が多めで、クロームには野菜や果物が多めにしているのだ。

 

「ブスにはこれで十分ら」

 

 城島は箸で玉子焼き1つを掴み、クロームに見せつける。

 

「……犬君、どこの誰がブスなのかなぁ?」

 

 優の一言で重箱から手を離し、部屋の隅っこまで逃げ出した。怒気までは発していないのだから、本能に刻み込まれているらしい。

 

「可愛いからってそういう意地悪しちゃダメだよ。それから、みんなと仲良く分けようね」

 

 ニッコリと優は城島に笑いかける。もっとも目は全く笑ってはいないが。必死に頷き、完全に大人しくなったので優はまだ手をつけなかった2段目を柿本に、そして一番下の段をクロームに渡す。

 

「よし、もう食べていいよ」

 

 恐る恐る手を伸ばしても優が何も言わないのを見て、再びバクバクと食べだす。躾けをしている飼い主と犬のようだ。

 

「……犬、優が作ったの、好き」

「だま……美味いびょん!」

「……わかったから」

 

 ここまで来ると強制的に言わせているようで、優はそっと城島から視線を逸らした。すると、優達から離れて静かに食べている柿本が目にはいる。彼もクロームと一緒で骸の一言があったから食べたんだろうなと優は思った。もちろん、バクバク食べている城島も。

 

「ひきつけるものがあるのかな」

 

 ポツリと優は呟く。ツナの守護者はどこかしらにカリスマ性がある。もちろんボスであるツナも。この法則ならば、優にもあるのだが当然のように優は気付かない。

 

「優?」

「クロームちゃんは可愛いなーって思っただけだよ」

 

 誤魔化しているように見えるが、行き着いた思考がそれだったので間違いではない。

 

「……優……変」

 

 クロームに変態扱いされたなら、優はショックで立ち直ることは出来なかっただろうが、クロームは優の感性が変わっているという意味でいったので、ニコニコである。優の中でクロームが可愛いのは事実なのだから。

 

 結局、食事が終わるまで、優はクロームを愛でたのだった。

 

 

 クローム達が食べ終わったのを見て、優は本題へと乗り出す。決してクロームを愛でるためだけにきたわけではない。

 

「クロームちゃん、骸君と話できるかな?」

「骸様……?」

「うん。でも疲れてそうなら、また今度にするから」

 

 不思議そうな顔をしながらも骸に語りかけてるクロームも可愛い。いつものようにホッコリとしながら見ていた優が突如ジト目になる。

 

「……僕を呼んだのはあなたでしょう」

「でもなんか違うの」

 

 可愛いクロームから骸にチェンジしたことで優のテンションがただ下がりになる。理不尽だ。

 

 何を言っても骸が悪いことになるのだから、相手にしてられないというように骸は溜息を吐き、本題に入る。

 

「それで僕に何の用でしょう」

「そうそう、聞きたいことがあったんだ。あの時、どうして私に語りかけることが出来たの?」

 

 ニッコリと笑いながらも、優は正確に答えるようにと無言の圧力をかける。優の骸と契約するヘマなんてした記憶がない。たった1度のことだが、捨て置けない内容である。

 

「たまたま、ですよ」

「……たまたま、ねぇ」

 

 強調しながら言った単語をあえてもう1度繰り返す優。

 

「クフフフ」

「ふふふ」

 

 雲雀とのにらみ合いの比にならないぐらい、水面下での戦いが激しい。その証拠に柿本が僅かに声を漏らし、後ずさった。ちなみに城島は頭を抱えて部屋の隅っこで座り込んでいた。優に当てられたのだろう。

 

「僕はウソをついていませんよ。その時、たまたま波長があっただけに過ぎません」

 

 実際、骸の言うとおりで大空戦でつなげれたのは偶然だ。クロームに語りかけた時、優にもつなげることが出来たから利用しただけだった。そして、つなぐ道が残ってるのはわかるが、行き来するのは不可能なのだ。骸はいつもと変わらないので、恐らく原因は優なのだ。その条件が判明していないのだから、たまたま、としか言えない。

 

 骸がどう頑張ってもつなげられないのだから、力関係は優の方が上だ。つまり、つながるかは全て優次第。しかもそれを本人は自覚していない。正直、骸が契約出来たとしても扱いきれるかはわからない。だからこそ興味深い。

 

「僕はたまたま、としか言えませんよ」

 

 骸は優に詳しく教える気はない。自覚してしまえば、つながる道が完全になくなるかもしれないからだ。利用できる手は残すべきだ。

 

「じゃぁ質問をかえるよ。どこまで出来ると思った?」

「……そうですね。たまたま波長があっても、僕から語りかけるぐらいでしょう。時間も限られているでしょうから」

「わかった」

 

 たまたま、というのが本当なら、乗っ取られるまではいかないのだろう。危機感を覚えた時は、特殊能力でなんとかすればいいと優はひとまず保留にした。

 

「もう戻っていいよ。可愛いクロームちゃんに会いたいし」

 

 用が済んだので、さっさと戻れと言われイラっとする骸。ただほんの少しだけ、骸を心配している気持ちが漏れていたので、溜息を吐くだけに留めて骸を戻っていった。

 

「おかえり、クロームちゃん」

「……うん。骸様と話……」

「したような、してないような。骸君ってなんであんなに遠まわしなんだろうね。もてなさそう」

 

 相変わらず、骸に対して辛辣である。一言、余計だ。

 

 なんとか返事をしようにも語彙が少ないクロームには、難易度が高い。言葉が出てこない。その様子に気付いた優が話をかえる。そもそも優は骸について語り合いたくない。

 

「今度掃除道具持って来るね。ちょっと不衛生すぎるから……」

「……いいの?」

「うん。細々したのも今度もって来るよ」

 

 生活環境として問題がありすぎるアジトを見て、優は改造しようと勝手に決めた。

 

 その後、以前雲雀の監視があったので出来なかった連絡先をクロームに教えたり、銭湯話で盛り上がったりしていると優のケイタイがなる。

 

「……ちょっと出るね。出来れば、静かにしてほしいかも」

 

 コクリと頷くクロームを見て、優は通話ボタンを押す。元々クロームは騒ぐタイプではないのだが、相手が相手なので念を押したのだ。

 

「もしもし?」

『優、今どこにいるの?』

「少し出かけてます」

 

 優がはっきりと場所を言わなかったため、雲雀の機嫌が悪くなる。……電話でも感じるのが不思議だ。

 

「も、もうすぐ帰りますよ」

『そう。家に居るから』

 

 早く帰れということなのだろう。もしかすると雲雀は今居る場所に気付いているかもしれない。

 

「了解です!」

 

 電話越しに圧力を感じ反射で返事をすれば、クロームと目が合い、心の中で涙を流した。

 

「クロームちゃん、ごめん……」

 

 切れたケイタイを恨みがましく見ながら、肩を落とす。クロームも雲雀と骸の関係をなんとなく知っているようで、優を引き止めることはない。そもそもクロームが優を必死に引き止めることはない。……悲しい事実である。

 

「また絶対くるから! 約束!」

「……また」

 

 ほんの少し笑ったクロームに優のテンションは最高潮に。

 

「クロームちゃんを大事に扱わないと、ぶっ飛ばすって骸君に伝えといてね!」

「ぇ……」

 

 クローム本人がそんな伝言を伝えることは出来ないだろう。ちょっと頭のネジがおかしくなった優は、クロームの戸惑いに気付かず、その勢いのまま去っていく。

 

 残されたクロームはその伝言を聞かなかったことにした。

 




時間が出来た時、雲雀さんとの絡みを増やすかも。
今年は厳しいw

みなさん、よいお年を!


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未来編
~プロローグ~ 不穏の足音


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

宣言通り今日から未来編です。
そして、初っ端から小話作品。甘くないのにR15?です。

リクエストではなく、ただ私が大人っぽい雰囲気を書きたくなって出来た話。
それをプロローグ風に直してみました。


 リング争奪戦から数年後、とあるアジトの深夜。

 

 

 

 男は寝息を立てる女の目尻にキスを落とす。女は寝起きが悪いため、これぐらいでは起きないと男は知っている。まして女はこの男に体力を根こそぎ奪われた後なのだ。起きるはずもない。

 

「……んっ」

 

 ただ熱の余韻が少し残っていたようで声が漏れる。もう1度ぐらいならと一瞬男の脳裏をかすめたが、予定がある。相手を待たせること自体は何も思わないが、男にとって外せない用事だった。

 

 男は名残惜しそうに優しく抱きしめてから、腕の上にある女の頭を外し起き上がる。そして、女がぐっすり眠れるように、抱き枕を男がいた場所に置く。どちらかというと、男は女が自身以外のものを抱きしめる姿を見るは気に食わないが、これを忘れれば女は体力を完全に回復する前に起きてしまう。無茶をさせたと自覚がある男に……否。また無茶をさせてしまう確信があるので、男のためにも女の安眠を守るのだった。

 

「ぅーん……」

 

 男が離れ、肌寒くなったのだろう。女は抱き枕を引き寄せた。……やはり良い気分ではない。しかし男は女の幸せそうな寝顔を見るのが好きなので、すぐにそれは視界から外れる。

 

 男は女の無防備な姿を見て悪戯心が湧いたのか、女から見えない首の後ろに自身のしるしをつけた。

 

 流石に刺激が強かったのか、女は身じろぐ。

 

 しかし男は焦りもしなかった。なぜならこの程度なら目が覚めないと確信してやっている。これぐらいは1度や2度じゃない。

 

 出来栄えに満足した男は、優しく口付けした後、やっと部屋を出たのだった。

 

 

 

 

 男が居間に入ると、待っていた部下が報告し始める。男の補佐である女がこの場にいないことについて、部下は何も言わない。部下も女がここに来れない理由は察している。口に出すだけ野暮である。それにはっきり言うと部下は女の方に同情し、壊れないか心配している。第三者から見れば、男の愛はそれほど重いのだ。

 

 もっとも今日の話は女には聞かせたくない内容であるため、起き上がらせないようにしたのだろうが。

 

「やはり狙いはヴェントでした」

「そう」

 

 昼間のうちに、部下は女が席を離れてる隙に男に報告していたのだ。並盛でコソコソと嗅ぎまわり風紀を乱していた連中を捕まえた、と。

 

 女に知らせない理由はただ1つ。知ってしまえば、女は必ず動く。最悪の場合は、男の前から姿を消すだろう。男が大事にしている並盛の風紀を乱している原因のヴェントは女のことなのだから。

 

 そうなってしまえば、男はどうなるのか。……男の部下達には恐怖という言葉しか想像できなかった。

 

 言葉しか想像できない恐怖ほど恐ろしいものはないと、部下達は思っている。この件に関しては慎重にならざるを得ないのだ。

 

「吐かせたところ、ジェッソファミリーに所属するマフィアでした」

「……また、だね」

「へい。ですが、あまりにも怪しすぎます」

 

 部下の意見はもっともである。確かにヴェントは並盛でよく現れた。沢田綱吉の守護者である以上、彼の故郷である並盛に現れるのは不思議な話ではない。

 

 しかし早すぎるのだ。

 

 とある噂が流れてから、時間がそれほど経ってはいない。どこのマフィアも半信半疑の内容だ。さらに捕まえるとあっさりとファミリーの名を吐く。警戒するなという方が無理な話だ。

 

「……今度、イタリアに行くって言ってたよね?」

 

 部下は男が女の予定を確認したいわけじゃないと気付く。男がそのことを忘れるはずがないのだから。

 

「ジェッソファミリーの本部はイタリアにあります」

 

 男は眉間に皺を寄せた。休みを取れるように調整していたので、男の一存で中止すれば理由を確認してくるだろう。出来ればそれは避けたい。

 

 男は考える。女は1人で行くと言っていたのだ。一緒にイタリアへ行ったとしても、女は別行動するだろう。休みを作った意味がなくなるのだから。

 

 そのため女は護衛をつけようとしても必ず拒否する。尾行すれば、撒くだろう。身体能力が高いと自ら豪語できる男でも、女に逃げられる可能性が高い。気配を探るのは女の得意分野なのだから。

 

 それなら大丈夫なのかもしれないが、心配になる、ならないは別の話だ。

 

「詳しく話して」

「正直なところ、掴んでいる情報はあまりありません」

「それでもいい」

「ボスの名は白蘭。新興のマフィアにも関わらず、ボンゴレに次いでの巨大マフィアです。立ち上げて1ヶ月もかかっていないことから、水面下で動いていたのは間違いありません。ただボンゴレだけでなくその同盟、さらに我々にも情報が一切入ってきていないことから、影響力はボンゴレ以上と考えるべきでしょう」

 

 部下がそこまで断言するならば、新興マフィアといって侮る相手ではない。だからこそ、並盛の風紀を乱した人物があっさりとファミリーの名を吐いたことがひっかかる。

 

 わかりやすい罠だ。わかりやすすぎる罠だ。

 

「……まわるんだよね?」

「っ! 恭さん! それは……!」

 

 部下は男の言いたいことを察し、声をあげる。その手はあまりにも横暴だ。

 

「まわるんだよね?」

 

 部下の言葉は無視し、男は同じ言葉を繰り返す。この返答以外は有無を言わせない気だ。

 

 男は確認したのだ。女は休むために調整した。つまり女がいなくても問題なく仕事がまわるはずだ、と。

 

 部下は押し黙るしかない。

 

 休みを得るためにどれだけ仕事を増やしたのかは、男より部下の方が知っている。それほど男の補佐をしている女の仕事は多い。男が最も信頼しているのも理由の1つだ。

 

 もちろん、この場に居る部下も信頼度は高い。男が大事にしている女の身に関わることを任されているのだから。しかし、部下からすれば肩を並べて戦うことを許されている女の方が高いと断言できるのだ。

 

 その女が休むためにはどれだけの根回しが必要なのか。

 

 それを今、握りつぶそうとしている。いくら忠誠を誓ってても、簡単に頷けはしない。さらに握りつぶし方も問題だ。

 

 男は……今日と同じ方法をとるつもりだ。

 

 その方法が1番疑問にもたない。女は男の執着を知っている。そして最終的に許してしまうほど、女も男を愛している。だから……抱き潰す。

 

「僕だって加減はわかってるつもりだよ」

 

 ……嘘だ。

 

 部下は心の中で即答した。怒る、逃げる、そして動く気力さえ奪ってしまうつもりなのだ。何日も……。それを加減しているとは言わない。

 

「気付かれれば、危険です」

 

 部下は遠まわしに反対する。

 

 女が動けないほど抱き潰したと知られてしまえば、黙ってるはずがない。女を大事に思ってるのは男だけじゃないのだ。同じファミリーであるはずのボンゴレ10代目と守護者も動くだろう。マフィア云々の前に、彼らと女は友達なのだ。さらにボンゴレの暗殺独立部隊のヴァリアーも動く。女の能力を買っているのだから。

 

 部下の目からも噂が流れてから、女が痩せたように思えるのだ。はっきりと本人に確認したわけではないが、あの噂は事実だろう。女には心当たりがあり、食が細くなった。男がそれに気付かないはずかない。

 

 これ以上は、危険だ。

 

 この状態で女を抱き続ければ、いつか壊れてしまう。

 

 引く手が数多ある彼女がここに居るのは、男の側にいるのが1番女にとっていいと判断されているからだ。本来なら、温厚な10代目はまだしもヴァリアーと争いが起きてもおかしくはないのだから。

 

「誰にも渡さない」

 

 男の瞳に炎が灯る。部下の助言は火に油を注ぐ形になってしまった。

 

 話は終わったと男が立ち上がる。これに慌てたのは部下だ。このような結果になるために言った訳ではない。

 

「恭さんっ!!」

 

 声を荒げてまで止めようとする部下の言葉に男は一瞬止まる。

 

「……何度も使える方法じゃないから、考えといて」

 

 男は決してまわりが見えなくなったわけではなかった。男だって女を壊したいわけじゃないのだ。ただ、守りたいだけだ。

 

「任せてください。ですが……」

「わかってる」

 

 女がこの状況にいつまでも気付かないはずもない。いつか女は「必ず戻ってくる」と約束し行ってしまうだろう。もちろん出来るだけ妨害するつもりだが。部下だって女に無茶をさせたくはないのだ。

 

「……哲」

「へい」

「紙切れ1枚なら縛られてもいいと考え始めてる僕は変わったと思うかい?」

 

 一瞬何のことかわからながったが、日本ではたった1枚の書類を役所に出すだけで周りの目がかわる。

 

「……いいえ、恭さんは変わってません。並中や風紀と違い、彼女は自由です。書類上でも恭さんのものにしたいと思うのは当然でしょう」

 

 男は返事をかえさず、女のもとに向かったのだった。 

 




9割ほど伏線を張り終えたので、感想の設定を緩めます。
ログインせずに感想を書き込めることになりました。

私の予想ではあんまり変わらないと思うんですけどね。
前に期間限定で緩めた時は2通ぐらいでしたし。

まぁ何かあればどうぞ。


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未来へ

あまりの酷い勘違いをしていたので、一時非表示にしました。
修正完了しました!
ご迷惑をかけ申し訳ございませんでした。


 放課後。雲雀とは別行動をし、優は一人で帰っていた。雲雀と一緒ではないのは、今日は数日ぶりの買い出し日だからだ。時間を無駄に出来ない優は、帰りながらも何が必要なのかを頭の中でリストアップしていく。特に最近はクローム達にも弁当を届けているので、量が多い。

 

 家まで後もう少しというところで、妙な気配を感じ優は歩調を緩める。このまま真っ直ぐ行けば家についてしまうので、優は角で曲がった。

 

 まるで隠れて待ち伏せをしているような動きにどうしようかと優は頭を悩ませる。風紀委員に恨みがあるなら、手荒な対応をとればいいだけだ。しかし風で探った限り、たった1人しか居ず、さらに体格はあまり良くない。良くないと言っても優ぐらいはあるが、今までの経験上襲ってくるタイプは大柄な体型が多いのだ。

 

 1人ならば、雲雀を呼び出すほどでもない。こっそりと草壁に頼むのもいいだろう。雲雀にはあまり心配をかけたくはない。

 

 少し悩んだ後、優は後ろから不審者を観察することにした。もしかすると優に危害を加えるわけではなく、ただの相談かもしれない。生徒が学校で風紀委員に直接言えないことを優に訴えることがあるのだ。学校以外では今までなかったが、ないとは言い切れない。……ここで優に好意を抱いて待ち伏せしていると一切思いつかないのが、優らしい。

 

 回り込み、こっそり後ろから覗いてみると、服の上からでも筋肉質ではないのがわかる。これならば、何かあっても護身術程度で抑えられるだろう。優のように鍛えても身体に現れないのは特殊な例でしかない。

 

 雲雀や草壁に迷惑をかけることもなく、解決出来そうなことにホッと息を吐き、優は後ろから近づいて行く。後ろからなのは、いくらなんでも正面から行ってもしもの時、護身術で倒すという筋書きに問題があると思ったのだ。そこまで頭がまわるのなら、1人で解決しようと考えることが間違いということに気づけといいたい。

 

 相手は予想通り素人のようで振り向く気配がない。そのため優はポンポンと肩を叩き声をかける。相談だった場合、後ろから声をかけることもあり、あまり怖がらせたくない優は子どもに語りかけるような言葉を選んだ。

 

「僕、どうしたの? この家に用事?」

「うわあああ! 出たぁぁぁ!!!」

 

 そこまで驚きかせるつもりはなかった優は、何度も瞬きを繰り返す。一瞬動きが止まったことで、優は次の出来事を防ぐことが出来なかった。

 

「ええええ!?」

 

 予想外の出来事に声をあげる優。幽霊を見たようなリアクションをした後、そのままパタンと倒れてしまったのだ。風で支えることも間に合わなかった優は、慌ててかけよる。頭を打っていれば、怖い。

 

 幸いにも倒れ方が良かったようで、しばらく安静にすれば目が覚めるだろう。ただ新たな問題が浮上する。

 

「私、やっちゃった……?」

 

 思わず確認してしまう優。倒れてしまった人物の身体を診察時に、しっかりと顔も見てしまったのだ。

 

「この子って、入江君だよね……?」

 

 散らばっている資料や10年バズーカを見て優は頭を抱えたくなる。だが、それよりも入江をこのまま放置するのはまずい。夕方だと結構冷える。優はいそいそと入江を家に運んだのだった。

 

 

 

 入江をソファーに寝かせて、優は資料と睨めっこしていた。ベッドではなくソファーだったのは、この後に問題がおきそうだと判断したからだ。

 

「私は2番目か……」

 

 トントンと頭を叩き、情報を整理する。優の原作知識は乏しい。それでも大まかな流れは覚えている。

 

 優の記憶では、白蘭に支配された未来が新たな未来を作るために過去の入江を使ってイジった。なので、未来編が起きた未来の入江には10年バズーカを使ってツナ達にあてた記憶があるが、ツナ達は未来で亡くなっているため当たったが不発のような失敗に終わり、未来には行っていないだろう。その時に未来へ行っていれば、白蘭の危険性を知っているはずだからだ。

 

 そのためこの資料と優の原作知識がズレていても不思議な話ではない。未来編にいる入江は資料通りに当てることが出来ても、ここに居る入江は未来に行ってしまった人物をツナ達が探したことで、ランボに詰め寄り自らのミスで当たった者もいる。それでもあまりズレが少ないのは、優が想像出来ないような世界の力が働いているのかもしれない。これについては深く考えるだけ無駄である。

 

 優が気になるのは自身が2番目なことだ。この順番を決めたのは、未来編に出てきた入江達だ。恐らく過去の自分の行動を参考にしているだろう。優ならばそれを元に修正する形にする。つまり余程のことがない限り、この順番を決めたのは白蘭に支配された未来の入江だ。

 

「会って話さないとわからないか……」

 

 結局はそれに尽きる。優がいくら考えても今の情報量ではここまでが精一杯だ。

 

 優がこれ以上このことについて考えるのをやめた時、もぞもぞと動く気配が。

 

「ここは……?」

「良かった。目が覚めて」

 

 入江は優の声に反応したが、メガネをかけなければよく見えないらしい。優は外していたメガネを渡してあげる。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 知らない場所だが、優の雰囲気に入江は安心したように息を吐く。だが、それは彼の中では束の間の平穏だった。優の手にはしっかりと資料が握られている。

 

「えっと、ごめんね。見ちゃった」

 

 真っ青になる入江。その資料を読んだ優がどのような反応をとるのかわからない。それにその資料には入江の好きな人の名前が書いてある。親の目が怖く、家に置いていくことが出来ず彼は持ち歩いていたのだ。これを読めば、脅されて資料通りの行動をしていることがわかるだろう。だが、思春期の彼にとって好きな人の名前がバレてしまうのは何よりも恐怖する事柄なのだ。

 

「大丈夫だよ。誰にも言ったりしないから」

 

 優は自身の対して鈍いだけであって、入江の気持ちは理解できる。彼が知られてもいいと思っているなら、こんな怪しい命令に従うわけがないのだ。

 

「ほ、ほんとう?」

「うん。私も好きな人いるから気持ちがわかるもん」

 

 優の一言で親近感を得る入江。もっとも優は入江と違ってリア充なのだが。

 

「これを実行しないと困るんだよね? ちょっとだけ待ってね」

「いいの!?」

「うん。その資料読んだら、そのバスーカに当たっても危害を与えることはないって書いてるし」

 

 大人ランボに10年バズーカの構造を優は聞いているが、この場では入江に合わせて話した。入江に優の事情を悟らせないために。

 

 少し悩みながらも優は手紙を書きあげる。これで何とかなるはずだ。……なってほしい。

 

「あ、そうだ」

「どうしたの?」

「んっとね、この人が1番大変で見つかる可能性が高いと思うの。私みたいに話しても許してもらえるかわからないし」

 

 優の言葉に再び顔色が悪くなる入江。忙しい。

 

「だから手伝ってあげる。ケイタイ持ってない?」

 

 言われてすぐに入江はケイタイを取り出す。入江の中で優は自分を助けてくれるいい人と信じ込んでいるのだ。

 

「今から言うことを録音してもらってもいい?」

 

 入江は言われるままに優の言葉を録音する。一部わからないことがあったが、録音が終わるまで入江は静かに過ごした。

 

「ちょっと不安に思うかも知れないけど、これで大丈夫だと思うよ」

「ありがとう。……あ、あの」

「君にはわからないことがあったと思うけど、これじゃ……ダメかな?」

 

 立てた人差し指を唇に当てて、優はヒミツという仕草をする。ほんの少し見え隠れする大人っぽい雰囲気に初心な入江が頷くこと以外出来ただろうか。いや、ない。

 

 ……狙ってやったわけではないのが、また恐ろしい。

 

「それともう1個お願いがあるんだ」

 

 申し訳なさそうな優の雰囲気に入江は現実に戻ってくる。

 

「隣の部屋で当たってくるから、10分後にそのバズーカを回収してもらえない?」

「それだけでいいの?」

「あ。鍵は閉めてね。閉めたカギはポストにいれてくれればいいから」

 

 入江はすぐに頷いた。実際、彼にとって優のお願いは大したことではない。そもそも協力してくれた優の頼みを彼は出来る限りのむつもりだった。

 

「じゃ、行ってくるね」

 

 隣の部屋に移動しようと立ち上がる優を見て、入江はつい手を伸ばす。危害を与えないと書いてあるが、本当かどうか彼にはわからない。自分の都合を優先し、気付かないフリをしていただけだ。少し前に当てたリボーンという赤ん坊は消えてしまった。親切にしてくれた優をこのまま行かせてもいいのかという葛藤がうまれたのだ。

 

 そんな入江の気持ちを察したのか、優が声をかける。

 

「大丈夫だよ、入江君」

 

 入江は優の笑顔に不思議と大丈夫な気持ちになる。ちなみに自己紹介もせずに入江の名前を口にすることができたのは、資料に書いてあるからである。もちろん同じ理由で入江も優の名前を知っている。

 

「風早さん、気を付けて!!」

「うん。大変だと思うけど、入江君も頑張ってね」

 

 これから他の人物達にも当てにいかなければならないことを考え、入江は真剣に頷いた。そのため残念ながら彼は本当の意味には気づかなかった。もっとも、気付かないように優は声をかけたのだが。

 

 こうして優はヴェントの姿で自ら10年バズーカに当たって、未来へと旅立った。



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未来の世界 1

ついにあのタグが本領発揮かも。


 あれ?と優は首を僅かに傾げた。

 

 未来に飛ばされるのはわかっているが、どこの場所に飛ばされるかはわからない。そのため警戒しながら未来にやってきた。しかし今優がいる場所は、ソファーの上だ。目の前に飲みかけのコップがあることを考えると自身が先ほどまで飲んでいたのだろう。棺桶スタートで体調が最悪ということも覚悟していた優にとってこの展開は拍子抜けである。

 

 それでもまだ気を抜くことが出来ない。実は敵のアジトだったという可能性もある。すぐさま風を操り周りを探る。

 

(……居る。真後ろに)

 

 優の警戒レベルが最大になる。風で探らなければ、気付かなかった。つまり優の後ろに立っている人物はかなりの腕の持ち主だ。

 

「優、僕だよ」

 

 それだけ十分だった。気の抜けた優はソファーにもたれかかる。声が低くなっているが、優は確信できた。間違うわけがない。自身の名を呼ぶだけで、神以外に優が求めているものを埋めてくれるのは彼しかいないのだから。

 

「……雲雀先輩ですか? 私達を未来に呼んだのは……。入江君が私にバレて真っ青になってましたよ?」

「そうみたいだね」

 

 雲雀が肯定したことで、この時代の入江から話を聞いていることがわかる。

 

「どうして協力したの?」

 

 この時代の優にも聞いていないのだろうか。飲みかけがあるが自身のではなく、聞けなかったのだろうか。それとも、過去の優の行動を問い詰めたいのだろうか。今の段階ではわからない。だから素直に優は協力しようと思った理由を2つ挙げた。

 

「私だってちゃんと考えているんですよ?」

「僕に相談しなかったこと以外は納得できるかな」

 

 雲雀の言葉に肩をすくめる。話さない方がいいと判断した理由も話したのだから、そこは納得してほしい。だがまぁ、優にそこまで不満はなかった。別のことに気を取られていたからである。

 

 10分ほど会話しているにもかかわらず、未だに顔を合わせていない。雲雀がその場から動かないのだ。優は優で、緊張から振り向くことが出来ずにいた。

 

「あの、雲雀先輩」

「なに?」

「こっちに座らないのですか……?」

 

 雲雀の雰囲気からこの時代でも仲が良さそうと勝手に判断していたのだが、雲雀が頑なに動かないのであれば、優の勘違いかもしれない。その場合は仕方がない。10年近くあればいろいろあるだろう。

 

 それでも随分前だが雲雀の修行内容について話していたとき、優はポロっと将来的に全て雲雀に頼るつもりと言ったことがある。優はたとえ学校に通えなくなっても、いつか雲雀と過ごす日がくると思っていた。そして雲雀もそれを了承した。

 

 子どもの口約束と言えばそれまでの話だが、優がうつむいてしまうのも仕方のないことだ。

 

 優のネガティブ思考を感じ取ったのか、雲雀が動く。躊躇する気配もなく、ストンと優の隣に腰を下ろした。そして雲雀は微動だにしない優へと手を伸ばし、フードを取る。

 

 それでも下を向いたまま固まってる優の額に雲雀は口付けを落とした。

 

「ぇ……?」

 

 すぐに離れたが、驚きのあまり思わず優は顔をあげる。そのため、目が合ってしまった。

 

 ……雲雀の目は優が愛おしいと物語っていた。

 

 優はすぐさま下を向く。今度は先程と違って、恥ずかしさのあまり顔をあげられないのだ。

 

「真っ赤だよ」

 

 そういって雲雀は優の頬に触れる。いつもと違う大きな手に優はどうすればいいのかわからない。

 

「怖い?」

 

 意味がわからず、触れていた雲雀が気付く程度で首を傾げる。

 

「……僕が怖い? 過去から来た優からすれば、僕は知らない人と一緒だ」

 

 ハッと顔をあげ、雲雀の目を見て優は言った。

 

「違います! 恥ずかしいだけです!!」

「……そう」

 

 優の言葉に雲雀は少し驚いた顔をした後、笑った。過去の世界でも数回しか見たことがない雲雀の笑顔をまともに優は見てしまった。破壊力は凄まじく、優は再び下を向きカチコチに固まる。

 

「……この時代の優が説明するのは次の日にしてと言った理由が今わかったよ」

 

 どこか楽しそうに雲雀はそう口にした。優は忠告したこの時代の自身に偉いと褒めたくて仕方がなかった。今話をされても頭に入りそうにない。

 

 今の優は知らないが、雲雀の立ち位置を決めたのはこの時代の優だった。飛ばされてすぐ大人になった雲雀を見て、まともに話せるわけがないと予想していたのだ。最悪の場合は心臓が止まるかもしれないと判断し、10分は動かないようにと雲雀にしつこいぐらいに念を押していたのである。

 

「優が慣れるまで、このままで居ようかな」

 

 カチコチの優を見て、雲雀は手を下ろす。真っ赤な姿を見るのは楽しいが、目もあわせてもらえないのは嫌だったのだ。

 

 しばらく会話もなく静かに過ごす。緊張している優はともかく、雲雀はヒマのように思えるが、恥ずかしがってる優をジッと見ているだけで問題ないらしい。ただその視線を感じて優が更に緊張するのだから、慣れさせる気がないようにも思える。

 

 それでもずっと緊張状態を続けられるわけがない。戦闘ならば何とかなっただろうが、緊張の種類が違う。経験の少ない優がいつまでも保てるわけがない。ずっと下を向いていた優の姿勢が真っ直ぐに戻っていく。

 

「優」

「……はぃ」

 

 モジモジしながらも、時折雲雀と目を合わせる優。完全に乙女である。

 

「可愛い」

「きゅ、どっ……ええぇ!?」

 

 やっと慣れてきたところで雲雀の爆弾発言である。サラっと言ったところから、この時代の雲雀にはたいしたことがない発言かもしれないが、優からすれば恥ずかしかったり舞い上がったりと忙しい。ちなみに優は「急にどうしたんですか!?」と言いたかった。

 

「優の反応が面白いから」

 

 正確に読み取った雲雀は理由を教える。雲雀はこの状況を心の底から楽しんでるようだ。当然、優は喜んだこともありガクリと肩を落とす。

 

「ウソはついていないよ」

 

 その一言で優のテンションが急上昇だ。単純である。

 

 振り回されっぱなしの優はいっぱいいっぱいで思わず口を開いた。

 

「……そういうことは言わないでください」

「可愛いのに?」

「雲雀先輩ーー!」

 

 今のはからかうために言ったと確信した優は、雲雀に怒った。

 

 それでも雲雀が楽しそうに笑っているのを見ると、許すしかない。雲雀の笑顔はそう見れるものではないのだから。

 

 イメージと違う雲雀に成長したのは優の影響だろう。他の人がどう思うかわからないが、優は好ましく思える。それに雲雀の手の感触や筋肉のつき方から、根本は変わっていないのがわかる。切り替えれば、このような甘い空気は出さないだろう。

 

「……雲雀先輩」

「なに?」

「…………ごめんなさい。呼んだだけです」

「そう」

 

 雲雀が変わったのを見て、優はずっと雲雀に聞きたかったことを口に出そうとした。だが、寸前のところでやはり言えなくなってしまう。怖くてどうしても聞けないのだ。結局笑って誤魔化してしまう。

 

 優の笑顔から感じ取った雲雀は、話題をかえる。

 

「その呼び方、懐かしいよ」

「え?」

「優に先輩呼びされるのは久しぶり」

 

 優は雲雀の言葉を理解するのに数秒かかった。想像できなかったからだ。

 

 理解した途端、聞くべきか聞かざるべきか悩む優。気にはなるが、聞いてしまえば後戻り出来ない気がする。結局、無意識に逃げ道を確保しようとした優は、聞かないほうを選んだ。

 

 優の気がそれたのをみて、雲雀は満足そうに頷く。出来れば今日は無理して笑ってほしくないのだ。

 

「お腹減ったよね?」

「あ、大丈夫です」

 

 優の拒否に雲雀は眉をひそめる。随分わかりやすくなったなと感心していた優だが、ハッと思い出したようにブンブンと手を勢いよく振る。

 

「その……緊張しすぎで食欲が……」

 

 この返事に雲雀は驚いた。話せるようになったので、もう緊張は収まったと思っていた。だが、食い意地の張っている優が食べれないというのだ。想像以上にいっぱいいっぱいだったようだ。

 

「話が明日でいいならもう寝たいです……」

 

 疲れ切っている優は、珍しくワガママを言った。元々話は明日する予定だったこともあり、雲雀は反対する理由がない。そのため部屋を移動しようと立ち上がる。

 

 雲雀が立ったことで、許可を得たと判断した優はソファーの上に寝転がる。

 

「……そこで寝るのは身体に悪いから。部屋に案内するよ」

「す、すみません」

 

 優は恥ずかしさからか、勢いよく起き上がった。雲雀が呆れた気配もなく、愛おしいように見ているので恥ずかしさが増して行く。再び下を向いてしまった優を見て、雲雀は抱き上げる。手つきからみて慣れているようだ。

 

「え? えええっ!?」

 

 お姫抱っこに驚き優が声をあげても、雲雀は気にすることなく歩いていく。そしてそのまま部屋の前まで連れて行った。

 

「僕は隣の部屋に居るから。何かあったら言って」

 

 優をおろした後、指をさした方向を見て優は頷いた。だが、ほんの少し違和感を覚えて首を傾げる。

 

「一緒に眠ってもいいけど、僕はもう境界線を守らないよ」

 

 必死に優は首を横に振り続ける。だが、恥ずかしがってるだけで本当の意味に気付いていない。察してはいるが、雲雀はあえて何も言わない。それは過去の自分の役目だからだ。

 

「おやすみ」

 

 再び優の額に口づけを落とし、雲雀は隣の部屋へと入っていく。 優はポーっとしたまま、ベッドに潜り込んだのだった。




お年玉企画・連続更新はいかがだったでしょうか。
私は大変でしたww
やっと明日が休みなので……w
次の更新はいつだろう。
とりあえず風邪を治してからですね。では。


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未来の世界 2

短いですがキリがいいので。


 翌朝、眠っている優を起こすために雲雀は部屋へとやってきた。

 

「優」

 

 声をかけても起きない優を見て、予想通りだと雲雀は頷く。気をはっていない優は自分から起きない限りなかなか目が覚めない。そのため、手が塞がってるのもあり、そっと優の耳元へ近づき囁く。

 

「朝だよ、優」

「ひゃい!」

 

 優は抱きついていた人形を放り出し、耳を抑える。そして真っ赤になりながら、雲雀から距離を取る。そんな優を見て、雲雀は満足そうに頷く。

 

「やっぱりこの起こし方が1番はやいね」

 

 自分でも知らないことが判明し、慌てて人形を引き寄せ優は隠れるように抱きつく。

 

「朝ご飯、持ってきたよ」

「え? す、すみません」

 

 気にしている優を見て、雲雀は懐かしそうに目を細める。この時代の優は雲雀が用意しても気にしない。……もっとも雲雀のせいで慣れるしかなかったのだが。

 

「優はどこにあるかわからないよね?」

 

 気にしないように、雲雀は優に用意することが不可能だった理由をあげる。それを聞いた優は少しずつ雲雀に近づいて行く。どうやら納得して素直に食べる気になったらしい。ただ、ベッドをおりる直前になり困ったように周りを見渡し始めた。心当たりがあった雲雀は、ドアを指差す。意図を察した優はドアの奥へと消えた。

 

 さっぱりとした優はひょこんとドアから顔を覗かせる。目があった途端、雲雀が愛おしそうに微笑むので優は思わず隠れてしまう。このままではダメだと深呼吸し、自分を落ち着かせる。だが、雲雀は待ってくれなかった。

 

「優、冷めちゃうよ」

 

 わざわざ雲雀が洗面所までやってきたのである。短い距離だとしても雲雀がやってくると思わなかった優は驚きのあまり見上げるだけだ。隙だらけの優の姿を見て雲雀は額にキスを落とす。

 

「うひゃ!?」

「なに、その反応」

 

 からかうように声をかけるので、優は拗ねたように口を尖らせる。

 

「キスしてほしいの?」

 

 聞いたにも関わらず優の答えを聞く前に……否定する前に雲雀はキスをした。これ以上は危ないのではないというぐらい真っ赤になる優。10年前の雲雀ならば、我慢することが出来なかっただろう。それぐらい危険だった。

 

 落ち着かせるように頬を撫でてから雲雀は優の背を押し、食事の席へと誘導する。まだ幼い優は流されるままである。気付けば、いつでも食べる状態だった。経験の差がありすぎた。

 

「い、いただきます」

 

 優は雲雀の視線を感じながらも、料理に手を付ける。昨日のお昼から食べていないので、食べないという選択はなかったのだ。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「味付けが私とほとんど一緒だと思って……」

 

 確認するように他の料理にも手を伸ばす。やはり似ている。

 

「僕が作ったから、優に似たんだと思う」

「そうだったんですね。……ええ!? これ、雲雀先輩が作ったんですか!?」

「そうだけど?」

 

 まるで質問する優がおかしいというような反応を見せる雲雀に、優は驚くしかない。

 

「優が起き上がれない日が多かったからね」

「……そうだったんですか」

 

 優があまり良くない想像をしたところで、雲雀がすぐに口を開く。

 

「身体を壊したわけじゃないから」

「そうなんですか?」

 

 不思議そうな優に雲雀はほんのりと色気を漂わせた。当然のように真っ赤になる優。結局、そのままうやむやになった。……もっともこれについては真実を知らない方がいいだろう。精神的に幼い優には早すぎる。

 

 

 

 食事を終えたところで、雲雀の雰囲気が変わる。予想通り、切り替えれば甘い雰囲気を一切出さないようだ。すぐさま感じ取った優は背筋を伸ばす。この時代の雲雀に圧倒されていただけで、優も切り替えるタイプである。

 

 暗黙の了解のように確認もせずにこの時代の状況を話し始める雲雀。優はその間、相槌は打っても話を遮ることはなかった。質問は最後だ。

 

 話が終えたところで、少しの間だが沈黙が流れる。整理する時間がほしい。それでも思ったよりもわかりやすい状況だった。

 

 なぜならぼほ優が知っている原作の流れだったからだ。そのため優は最初にこの疑問を口にした。

 

「あの……私に全部話していいんですか……?」

 

 まず過去から来たツナ達は丸い装置を目指して強くなる。本来の目的は白蘭を倒すこと。入江は味方。他にも雲雀は白蘭の能力まで話した。この世界の状況だけと思っていた優は何度も驚き、瞬きを繰り返していた。

 

「全部情報を与えた方が勝手な行動しないから」

 

 言葉に詰まるしかない。どうやら雲雀は計画を話さなければ、優が1人で乗り込むと考えたようだ。

 

「流石に情報もなく、ボンゴレと同等の力を持ったマフィアに乗り込んだりはしませんよ」

「どうかな」

 

 とことん信用がないらしい。ガクリと肩を落とす。

 

「これは僕だけの意見じゃない。それにこの時代の優も賛成した」

 

 初めの言い方から、計画者であるツナと入江も雲雀と同じような考えだったようだ。この時代の優が賛成したのは、雲雀に教えてもらったことで話せない制約から外れ精神的負担が減るからだろう。かなり渋々だっただろうが。なぜなら……。

 

「私は何も知らないフリをして、動くなってことですか……」

「そうだよ」

 

 優は溜息を吐く。ここまではっきりと釘を刺されたなら、我慢するしかない。迂闊に動けば、彼らの計画が狂い、ツナ達の命が危険になる。

 

「……この時代の私は何をしていたのですか?」

 

 雲雀の話から裏で手を回し白蘭は急激に力をつけたことはわかる。それでも知識のあった優はもう少し動きようがあったはずだ。

 

「敵はミルフィオーレだけじゃない。初めにこの情報を掴んだのは跳ね馬だったよ。僕達よりも先に確認しやすかったからだろうね」

「えっと、第三勢力があるんですか?」

 

 知識にないマフィアが現れたのならば、そちらを優先するかもしれないと思い始める。確かに白蘭は危険だが、同等の力を持つマフィアも同レベルの危険性だと考えられる。

 

「少し違うかな。ボンゴレの同盟以外のマフィアが敵だから。同盟の中でも怪しいのもいるけど」

「……白蘭はまとめあげたんですか!?」

 

 ボンゴレと組んだ同盟以外が敵にまわれば、かなり厳しい展開だ。白蘭はどこまで勢力をのばしているのだろうか。

 

「違う。でも誘導したのは白蘭だろうね」

 

 優の質問に答える割に雲雀ははっきりと説明しない。そのことに優は徐々に苛立ちと不安が増していく。

 

「……あれらは真正面からボンゴレと敵対する気はない。欲しいのは優……ヴェントだけだ」

「ど、どういうことですか……?」

「アルコバレーノが消えたって言ったよね?」

 

 コクリと優は頷く。上手く声が出なかったのだ。

 

「ヴェントが居なくなってもおかしくない。……僕だけじゃない。沢田綱吉達も跳ね馬も優がヴェントで動くのを反対した。僕達が詳しい情報を集めている間に白蘭はさらに力をつけた」

 

 元から後手にまわっていた。そこに優の件でトドメがさされた。アルコバレーノが消えたタイミングといい、全て狙っていたのだ。

 

「優、わかってほしい。僕達が全て話すと決めたのは優に少しでも状況をわかってほしかったからでもあるんだ。優の敵は白蘭だけじゃない」

 

 ゴクリと喉が鳴る。雲雀が言い切ったのだから。

 

「原因は……?」

「ある噂がたったんだ」

「噂ですか……?」

「この時代ではリングの力で戦うって教えたよね?」

 

 急に話が飛んだが頷く。そこは優が持っている知識と変わりない。

 

「風のリングは発見されてるけど、使えるのは優しかいない。……優しか風の波動を持つものがいないんだ」

「わ、私って物凄くレアってことですか……?」

「そう、だよ」

 

 下を向いた優を見て、雲雀は手を握りしめる。話したくはなかった。だが、話さなければならなかった。そして雲雀の口以外から聞かせたくはなかった。

 

 ……この時代の優にも最初に話したのは雲雀だった。譲れるわけがなかった。

 




突然やってくるシリアスでした。


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未来の世界 3

「……少しだけ考える時間をもらってもいいですか?」

 

 顔をあげた優が発した内容に雲雀は目をつぶった。この時代の優と同じ反応をしたからだ。今の優と違い、この時代の優の時は誰も噂を信じていなかった。雲雀もその1人でディーノからの情報を得て、優にそのような噂が立つ心当たりがないかというただの確認だった。不安そうな瞳で時間がほしいと告げられるなんて思いもしなかった。

 

「わかった」

 

 そう言って雲雀は優の隣に移動し手を握った。驚いたように見上げる優の頬を撫でる。この時代の優は時間をかけた後、雲雀にある質問をした。雲雀の返事によって、優はこれを受け止めることが出来た。それでも、食が細くなった。

 

 恐らく今の優は雲雀には聞けない。過去の自身の行動を思い出す限り、優にストレートな愛情表現はほとんどしていない。愛されているという実感がまだ少なく、優は聞く自信がないだろう。何より問題なのが、雲雀がこの時代の優に向かって言った言葉を伝えても意味がない。

 

 だから少しでも優の精神が安定するようにと雲雀は手を握った。それぐらいしか、出来ないのだ。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 ぎゅっと握り返し、優は目をつぶった。そして心の中で神の名を呼んだ。

 

(……神様。私以外にいません)

『そうだろうな』

 

 やっぱりという気持ちと神に断言されたことで僅かな可能性もないと知りショックも受ける。

 

『言っておくが、俺は初めにちゃんと説明したぞ』

(え……?)

『増えたのはいいが、誰も使いこなせなくて優が呼ばれたって』

(波動をもってないからってことだったんだ……)

 

 それだけのヒントで察しろというのは厳しすぎる。優が見抜けなかったのも当然だ。

 

(…………神様、ありがとう)

『そこは怒るところだろ……』

 

 出来るはずがない。優はわざと神はわかりにくいように言ったと気付いたから。

 

(最初から知っていたら私は多分生きてなかったから、ありがとう。この時代の私も感謝してたよ、絶対)

『……そうか。それならこの時代の俺はこの時代の優に救われてるだろうな』

(あれ?)

『俺は優についてる神と言ったろ?優が未来へと飛べば、俺も飛ぶ』

 

 そうだったと優は頷く。優には神がついている。

 

『大丈夫そうなら戻れ。……心配しているぞ』

 

 嫌々ながらも教える神に優は笑いそうになる。少し元気が出た優は、神にもう一度礼を言ってから目を開けた。

 

「……すみません。お待たせしました。もう大丈夫です」

 

 顔をあげた優はそこまで無理して笑っているわけではなかった。だが、優は雲雀の手を離して、距離を取ろうとした。当然、雲雀は許すはずがなかった。

 

「雲雀先輩……?」

 

 不安と怯えが入り混じった瞳。今なら少しわかる。優が異のものと呼ばれた意味が。

 

 雲雀は優を抱き寄せる。いつもと違う小さな身体。それでも雲雀にとって大事な存在だ。幼くても優なのだ。

 

「優、1人で泣いちゃダメだよ」

「大丈夫ですよ?」

「今は僕がそばに居るんだから」

 

 戸惑ってる優の額にキスを落とす。

 

「わかった?」

「は、はい」

 

 強引に約束をつけ、腕の力を緩め離れた。見上げれば満足そうに雲雀が微笑んでるので、優は真っ赤に染まるしかない。優の熱が収まった頃に雲雀は他に質問は?と声をかけた。もっとも、手は握ったままだが。

 

「アルコバレーノが消えた理由って非7³線と聞きましたけど、どうして私は無事だったんですか?」

「袋のおかげだよ」

 

 納得したように優は頷いた。未来のことなので詳しく話せなかっただけで、神は手を打っていたらしい。

 

「非7³線と呼ばれる意味がわかりました」

 

 優も影響を受けていれば、非8³線と言われていたはずだ。

 

「では、普段の私は何をしてたんですか?」

「僕の手伝い。匣の研究と調査をしていたんだ」

 

 優は何度も頷く。感心したように見えるが、実はそんな感じだったと納得していただけだった。もっとも雲雀はヴェントの噂の出処も探っていたのだが。

 

「僕達が調べた結果では、匣兵器ができたのは全て偶然だよ」

「それは白蘭……さんっていう人の能力が関係してそうですね」

 

 偶然は何度も起きるものではない。そもそも何度も起きるなら偶然とは言わない。優の考えに雲雀は肯定した。

 

「そうだね。でも風の匣兵器だけは作られなかった」

「はい?」

「他の匣兵器は偶然が頻繁に起きて開発されたのに、風の匣兵器だけは開発されなかった。……少し違うかな。開発しようとさえしなかった」

「えっと……つまり私は匣兵器はないんですね」

 

 雲雀の言い方に気になるところはあるが、優はまず先に自分の手札を確認した。袋が外せないのだから、かなり厳しい戦いになりそうだ。

 

「あるよ」

「え!?」

 

 使える手でどれだけ動けるかと優が真剣に考えていたこともあり、思わず大きな声をあげてしまう。

 

「……僕は優の師匠が作ったって聞いたけど?」

 

 若干不機嫌なオーラを出しながらも、優の反応を確認する雲雀。気に食わないのもあるが、今の雲雀の情報網でも何もつかめていない謎の人物でもあるのだ。

 

 雲雀の言葉に優は納得したように頷く。神が作れないはずがない。

 

「優以外には作る気がないって聞いたけど」

「そうでしょうね。私以外は作らないですね」

「僕はその人にも物凄く興味があるんだけど」

「……時間の無駄になりますよ」

 

 未来の優と同じ反応だったため、雲雀は溜息を吐くしかなかった。優からすれば雲雀のためを思って言っているのだ。雲雀であっても神のことを調べるのは不可能だ。話せない内容に関わってくるので、優からは何も言えない。たとえギリギリのラインをついて話して雲雀が理解したとしても、雲雀の記憶が消されるだけだろう。そんな気がする。

 

 これ以上この話題を続けても無意味なので、優は次の質問に移ろうと頭を働かせる。

 

「あれ……? なんか変じゃないですか?」

「気付いたみたいだね」

 

 雲雀の言葉から、優の考えは間違いではないようだ。なので、優は違和感をそのまま口にする。

 

「どうして白蘭はヴェントの正体を知らないのですか……?」

「それも優に話すと決めた理由の1つ」

 

 どうやら様々な要因が絡んで、過去からやってきた優に話すことになったようだ。

 

「ヴェントは……私はまだ捕まってないんだ……」

「間違いないだろうね。あの噂が立った時、真っ先に動いたマフィアは白蘭のところだった。唯一動けるアルコバレーノを抑えるためとも取れたけど、入江正一から白蘭の能力を聞けば、風早優の時に行動している時に狙えばいいだけの話だ」

 

 コクリと優は頷く。優の時に襲われれば、護身術以上の動きをするかを咄嗟に判断出来るとは思えない。

 

「じゃぁボンゴレ狩りは……」

「ボンゴレリングを狙ってるのもあるから」

 

 隠された言葉に気付かないはずがない。白蘭の1番の狙いはヴェント。誘き出すためだけに行われたのだ。

 

 思わず力を込めた優の手に応えるかのように雲雀も手を握り返す。

 

「もう一度いうよ。勝手に動かないで。この世界だけの問題じゃないんだ」

 

 全て話したのは優に罪悪感を持ってほしいわけではない。白蘭を倒せば、全てのパラレルワールドの白蘭も亡くなると知らない雲雀達からすれば、優の力に頼らずに倒すべきと考えるのは当然だろう。たとえ知ったとしてもリスクの高さを考えると、優は力を使わない方がいいのだ。もっとも全てのパラレルワールドで白蘭に捕まってないことを考えると、全く力を借りないというのは下策だ。雲雀達もそれはよくわかっている。

 

「優の力が必要になる時は必ずくる」

「……私1人が動けばいいだけじゃないんですか?」

「わかってて言ってるよね?」

 

 優だけで解決できれば、他の世界は白蘭に攻略されていない。そうでなければ入江正一の話に雲雀は乗らなかった。攻略されていない世界がこの世界だけとわかってしまったから、雲雀は群れてこの作戦を立てた。

 

「これも僕が言わなくてもわかってると思うけど、可能性がある限り、何があっても優は最後まで逃げ延びなければならない」

 

 優はかなり時間をかけたが、頷いた。いろんな葛藤はあるが、どの世界でも優は最終的にそれを選んでいる。そうでなければ、とうの昔に白欄に正体がばれているだろう。優が守っている3つの重要性もそれだけ理解しているのだ。

 

「何があってもだよ」

「はい?」

「約束だよ」

 

 頷いてはいるが、ちゃんと意味を理解していないだろう。雲雀は気付いていながらも、優の頬を撫でて誤魔化した。気付くような事態に陥らないようにと覚悟をしたのだ。



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未来の世界 4

「これ」

「は、はい」

 

 雲雀の言葉に優は現実に引き戻される。経験の差なのか、どうも雲雀の甘ったるい雰囲気に流されやすい。慌てて返事をし、雲雀を見上げればポケットから匣兵器を出しているところだった。

 

「優の匣兵器」

 

 雲雀は3つも持っていたので、驚きながら受け取る。争いが苦手だと自覚している優は必要最低限の量しか持たないだろうと思っていたのだ。そのため優の中では3つは多い。

 

「これはあまり使わなかったよ」

「そうなんですか?」

 

 雲雀が指した1つの匣兵器を見つめながら、首を傾げる。使わないのなら、なぜ作ったのだろうか。疑問に思うが、開けてみればわかるかもしれないと匣兵器と向き合う。

 

「開け方、教えたよね?」

「はい。頑張ります」

 

 匣兵器を睨みつけるように見ている優の姿に雲雀は愛おしそうに見つめる。そこまで気合を入れなくても、優の才能ならすぐに開けれるのに、と。

 

 必死になってる姿を見たいが、残念ながら雲雀は用がある。仕方なく、優に声をかけてから雲雀は出て行った。

 

「何が入ってるだろう」

 

 ムムっと難しい顔をしながらも、口元が緩んでいる。状況が状況なので素直に喜べないだけで、匣兵器には興味があるらしい。

 

 ボウッとリングに炎が灯る。優は大空戦がきっかけで苦労もなく炎を灯すことが出来るようになったのだ。まずは普段から使っている2つの匣をあける。やはり先に手札を確認したい。

 

「スケボーと逆刃刀かぁ……」

 

 予想範囲内だ。範囲内ではあるが、納得は出来ない。神が最初に説明した通り、雲雀も風の属性は加速と言っていた。レアということで他のマフィアに狙われていることもあり、スケボーは納得できる。逃げるための手札は用意しているだろうと思っていた。問題は逆刃刀だ。もちろん思い入れもあり、使い馴染んでる。だが、属性の加速を考えるとどうだろうか。

 

「あ、そうか。こうするしかなかったんだ」

 

 全て合点がいき、優は納得したように息を吐いた。白蘭の能力を知っているからこそ、他の武器を使えなかったのだ。全て、ボンゴレ匣のために。

 

 優の予想通り、どのパラレルワールドでも優は刀しか武器を持つことが出来なかった。

 

 ボンゴレ匣は初代の武器に変化する。優の場合は初代の守護者がいないのだから、完全なオリジナルだ。下手に作って攻略されてしまい、本来なら勝利することが出来たこの世界が滅んでしまう事態は絶対に避けたい。

 

(神様、質問してもいい?)

『なんだ?』

(神様に毒とかを作ってとかはダメだよね?)

『ああ。それは俺が手を出した場合と同じになる』

(まぁそうだよね)

 

 そもそも、神と呼ばれる者が直接殺生に関わるものを渡せるはずがない。そんなことが出来るならば、神が転生者を殺せばいいだけの話だ。つまり武器である刀を渡すような間接的な助けしか出来ないのだ。そしてこれは特殊能力にも同じことが言える。それでも、と優は思う。

 

(……特殊能力、3つ残して正解だったね)

『だな』

 

 パラレルワールドの優が今まで生き残っているのは、特殊能力のおかげだろう。この3つは使ってもかまわない。過去から来た優が使っている可能性が低すぎる。何より、残していた3つは攻略しにくいはずだ。かぶっているのもあるだろうが、全て一緒とは思えない。それでも倒すことは出来なかったようだが。

 

 優は首を振った。責めることは出来ない。思いつくまま特殊能力を浮かべてみたが、どれも勝率が悪すぎる。過去から来た優が特殊能力のデメリットに気付いているなら、白蘭と対峙している時代の優が気付いていないはずがない。

 

「刀を選んだのは失敗だったかなぁ」

 

 もし人生をやり直すことが出来るならば、優は逆刃刀を頼んだタイミングに戻るだろう。それぐらい痛いミスである。

 

 やってしまったのは仕方ないので優は切り替える。幸いなことに特殊能力はまだ3つ空きがあり、ボンゴレ匣は作っているだろう。もっともそれよりも先にスケボーを使いこなすべきだろうが。間違いなくツナよりも速くなっている。でなければ、とうの昔に捕まっている。

 

 最優先はスケボー。優の中で方針が決まり、最後の匣兵器に手を伸ばす。匣の中から出てきたのはボールを撃ち出す銃だ。

 

「おもちゃ?」

 

 優が思わず確認してしまうのも当然だった。見た目からしてランボが持っていても違和感がない子ども用の銃。撃ち出すボールもスポンジのように柔らかい。

 

『なるほどな。練習用なのか』

(わざわざ作ったんだ……)

 

 若干遠い目になる優。このボールは壁にぶつかれば跳ね返るだろう。スケボーを短期間で使いこなせればならない優のために用意したようだ。どうせ用意するならばマトモな武器を用意して欲しい。ボンゴレ匣を作った時点で、攻略されていない世界だとわかるこの時代の優は好きに作れるのだから。そこまで考えたところで優はとある事実に気づく。

 

「って、そっか。……そうだよね」

 

 つい微笑む優。この匣兵器は過去から来た優のためだけに作られたものではなかった。未来の自身の気持ちがわかった。

 

 ほっこりしていた優は気付かなかったが、意外と銃という武器は優には向かない。属性の加速という点では合うが、風使いという点では微妙なのだ。メリットはあるがデメリットも大きい。片方の長所が損なうならば、移動手段としてスケボーをつかい、使い馴染んだ刀を武器にするというのは強ち間違いではないのだ。

 

 切り替えて優は立ち上がる。スケボーの練習をしなければならない。しかし勝手がわからない。

 

「雲雀先輩、どこかなぁ」

 

 練習場所がないかと確認したいが、雲雀はこの場にいない。部屋を出て隣の部屋をノックしてみるが、返事はなかった。優が好きに出入りしてもいいのは10年バズーカで最初に飛ばされた部屋だろう。

 

 刀とおもちゃの銃は匣に入れ、スケボーは抱えてその部屋へと向かった。

 

「失礼しまーす」

 

 軽くノックをしてから、ひょこっと顔を出せば、草壁と目が合う。なぜか初めて雲雀の膝枕をしているシーンを目撃した時ぐらい驚いている。知識として知っているのもあるが、草壁は老け顔だったので、優は間違うはずがない。だが、あまりの驚きっぷりに優は念のために確認する。

 

「草壁さんですよね?」

「はい。……風早さんですか?」

「そうですよー」

 

 互いの反応から2人は納得したように頷く。

 

「雲雀先輩から何も聞いてなかったんですね」

「……はい」

 

 悲しい確認である。

 

「えーと、10年バズーカに当たったみたいで、本当なら5分で元の時代に戻るはずなのに戻らなくて……今の私は中学2年生です」

「そうでしたか……」

 

 草壁はそう答えるしかないだろう。幼い頃の優が目の前にいるのだから。

 

「原因解明とボンゴレ狩りのことで、ツナ君のアジトへと向かうと聞きました」

「……わかりました」

 

 草壁の返事がほんの一瞬返事が遅れたのは、優を気遣ったからだった。この時代の草壁は優の立場を知っている。知っているからこそ、何も声をかけないことを選んだのだ。優に関しては全面的に雲雀を信用している。

 

 優が草壁に雲雀の居場所を聞こうとしたところで、扉が開く。現れたのは雲雀だった。

 

「雲雀先輩」

「なに?」

「私のこと話してなかったんでしょ。草壁さんが驚いてましたよ!」

「そう」

 

 興味さなそうな返事である。いくら言っても無駄だと判断した優は話題をかえる。

 

「スケボーの練習がしたいです」

「……沢田綱吉のアジトで借りればいいよ」

 

 どうやらこのアジトにも雲雀のアジトにもそういう場所はなかったらしい。

 

「そもそもここってどこですか?」

 

 よくよく考えれば、このアジトが知識で知っている雲雀のアジトの可能性もある。優の影響で雲雀の性格がかわったのだから、アジトの雰囲気が変わっていても不思議ではない。もっとも和風から洋風にかわるほど影響があるとは思えず、その線はないだろうと優は予想しているが。

 

「ここは並盛にある優のアジト」

「えー!? ここって私のアジトだったんですか!?」

「そうだよ。優が寄りたいって言ったから寄ったんだ。でもちょうど良かったよ。確かこのアジトには優の中学生の頃の服も置いてたはずだから」

 

 ちょうど良かったのではなく、そのために寄ったのだろう。雲雀もわかっていながら言ったのだ。この場には草壁がいるため。

 

「ここのセキュリティは高いけど、そういう設備は置いていないんだ」

 

 実は服のことよりも、最もセキュリティが高いために雲雀はこのアジトに向かったのだ。この時代でも解明されていない技術がふんだんに使われている。この世界の状況が何もわかっていない過去からきた優を迎えるには最も相応しい場所だった。

 

「明後日にはこのアジトを出て、沢田綱吉のアジトの近くにある僕のアジトへ向かうからそのつもりでいて」

 

 用意しておくようにという意味の言葉に優は頷く。ある程度は準備しているだろうが、10年後の自分が過去の下着のサイズまで覚えているかは怪しい。服はヴェントの姿で過ごすことも多いだろうし、多少のサイズ差ならば気にならない。しかし下着はなければ困るしサイズが合わないともっと困る。

 

「その様子だと何も確認してないようだね」

「はい。すみません」

「謝る必要はないから。この時代の優が使っていたケイタイとかも見ておきなよ」

「わかりました」

 

 部屋に戻ろうとする優の腕を雲雀は掴む。

 

「優、さっきも言ったけど移動は明後日だから」

 

 焦りすぎて周りが見えていないと気付いた雲雀は、一度優の動きを止めたのだ。雲雀の意図に気付いた優はショボンと肩を落とす。

 

「恭さん、そろそろ昼食はいかがでしょうか?」

「そうしようかな」

 

 ドアの近くにいる雲雀達に気付かれず席を外すことができない草壁は食事の提案をしたのである。当然雲雀は賛成する。草壁が部屋から出て行ったところで、雲雀は優を抱き上げる。昨日と違い、普通の抱っこである。

 

「沢田綱吉達は知らないけど、僕はもう動いている。優が想像しているより被害は格段に少ないよ」

「でも……」

 

 入江と繋がっているとバレてはいけないため、雲雀はすぐに動けないはずだ。それ以前にボンゴレ狩りが始まると入江が話しているかも怪しい。

 

「元々、僕達は対策を立てていたんだ。ヴェントの正体がバレた時のために」

 

 ハッと息を吸い込んだ優を落ち着かせるように、雲雀は優の背をポンポンと叩く。

 

「……保護したのですか?」

「保護というより逃げる手伝いかな。深く知らない方がいいと判断した」

 

 追手から逃げれるように陰ながら手を回したのだろう。そしてほぼ間違いなく今も陰で守っている。

 

「迷惑とか謝る必要はないよ。あれらは僕の指示よりも、優のために動いている」

「私のため……?」

「そうだよ。僕が目を離したスキに口説こうとするぐらいあれらは優が好きだから」

 

 雲雀の言葉に優は笑った。雲雀が和ませるために冗談をいったと思ったようだ。もちろん冗談ではない。スキあらば優と話そうとして、雲雀がいなければ絶対に口説こうとしているだろう。答えは簡単で、なんと雲雀の部下の中に風早さんの笑顔を守り隊のメンバーがいるのである。地味に大きな変化だが、本人達が幸せそうなので良しとする。

 

「……ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

 優の顔を覗き込み、言葉通り大丈夫だと判断した雲雀は優をおろす。もちろん、今だけが大丈夫で度々気にかける必要はあるが。

 

「ご飯を食べてから確認します」

 

 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、優は雲雀にそう宣言したので、雲雀はよく出来ましたというように額にキスを落とした。

 

 

 

 

 この時、優は自分のことでいっぱいいっぱいで気付かなかった。過去の世界で自分がいなくなったことにより、大きな変化が生まれたことに。もっとも、いっぱいいっぱいじゃなくても気付かなかった可能性が高かったが。なぜなら優だけでなく、この世界のツナや雲雀、そして入江も気付かなかったのだから。

 

 この大きな変化で多忙な入江がさらに寝る間を惜しんで研究室にこもる必要になるが、現時点でそれは神以外誰も知らない。




やっぱり4話は長かったですね。
3話にまとめるべきでした。すみません。



作者の独り言。
雲雀さんを書いていると、別作品で犯罪だと思って我慢した人物を思い出す。
……この差はなんだろう。人柄なのか不憫属性がなせる技なのか。
とりあえず、ごめん。


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大きな変化

 優達の移動予定日の早朝、過去の世界からやってきた京子はコソコソとアジトから出て行こうとしていた。

 

「ちょっと、京子。よしなよ」

 

 そんな京子に向かって声をかけながらも、心配でついていく人物が一人。

 

「ちょっと行ってくるだけだから、大丈夫だよ。花はここに残ってて」

 

 黒川だった。それも過去の世界から来たらしく、幼い。

 

 本来ならこのアジトにいるはずがない黒川だったが、京子達と一緒に探していたため、10年バズーカに巻き込まれたのだ。誰を探していたかというと、当然友達である優だ。ツナ達のためにそこまでする義理は黒川にはない。

 

 そもそもこの事態を誰も想定していなったのは、過去から来た優は自らの意思でこの時代に来ると想定して立てた計画だからだ。未来の優が断言し、実際未来の優が子どもの時に入江の存在に気付き手伝いをしている。そして優が自らの意思で来たなら、何らかの形で雲雀には行ってくると伝えている。そしてこの優の意見に雲雀も頷いた。そういう約束だったからだ。

 

 想定通りツナ達とは違い、優は雲雀に向けた手紙を書いてからいなくなった。つまり以前のように雲雀は片っ端から優の交友関係に聞き回ったりはしない。たとえ探しまわったとしても極秘に動いている。優がヴェントで行動している可能性を考えれば、正体のバレる確率があがるようなことを雲雀は絶対にしない。

 

 しかし、黒川達は気付いた。優もいなくなっていることに。

 

 まずツナを探すためにハルが優に電話したのだ。当然、優は出れない。それぐらいならたまたま優が気付かなかったと流せることだ。何日もというならおかしな話だが、ツナを探して京子達が飛ばされるまで1日もない。実際京子がハルに聞いた時はそう思った。確かに昨日学校で会わなかったが、リング争奪戦のころから優は一度も教室に行かない日も多々あった。他にも雲雀の彼女として狙われることもあり、カツラをかぶって隠れるように登校していることが多い。優が消えても、数日気付かない可能性の方が高かった。

 

 だが、京子とハルが優と連絡がとれなかったため黒川に連絡したのだ。これは京子もハルもツナのことは優が一番知っているという認識が強かったからだ。そして黒川はツナ達のことは知らないだろうが、優のことなら知ってるかもしれないという流れで起きたのである。

 

 おっとりしている京子は気付かなかったが、黒川はいつもより学校の雰囲気がピリピリしていたことに気付いていた。もっともこれは察した黒川を褒めるレベルである。

 

 元々優がいないことを知っていたのは極限られた人物だけだ。つまりそれほど雲雀に信頼されていたと意味する。漏らすわけがない。だが、そこまで雲雀に信頼されているということは、風紀委員で上の立場にいる人物だ。学校を雲雀がいる風紀委員が管理しているからこそ生まれた僅かな違和感だった。

 

 そこからは話が早かった。雲雀に聞けば一番はやいが、黒川がなんとなく察した程度なこともあり、表向きはいつもと変わりない。つまり雲雀に聞いても素直に答えてくれる可能性は低い。何より何もわからずに咬み殺されるパターンは嫌だ。そのため黒川達は優の家に向かったのだ。

 

 家に誰も居ないものの、戸締りはしっかりしていて、新聞がポストに入れっぱなしということもない。一見何も問題はない。しかしハルが違和感に気付いた。

 

「おかしいです。優ちゃんは絶対にこんなことしません! お花がかわいそうです!」

 

 外の花壇に指をさしながらハルは訴えた。優がいなくなったことを隠蔽している前提で観察しなければ気付かなかっただろう。雲雀の指示の元、ちゃんと水やりもしていたのだが、知らなかったようだ。花びらに水をかけてはいけない品種があるということに。1つならたまたまと見逃されていただろうが、その一角全てダメだという品種が揃えているのだから、気付いてしまえば決定的になる。こうして、優もいないのならと黒川も捜索に加わったのだった。

 

 ちなみに、いつでもどこでも行きたいと思っている優は、自らの意思で植えることはない。ここに来た当初から花は植えられていたので、手入れしていたのだ。そして枯れてしまえばそれはそれでそこが寂しくなる。周りの目を気にして続けていたことだった。

 

 はっきり言ってかなりの誤算だった。入江は黒川がこの時代にくると想定していない。10年バズーカに撃たれたものが、入江が作った装置によってこの時代の人物が分解されて分子レベルに保存される。そこに元々想定されていない黒川がきたことで、1番最後にくる予定の了平の分の空きがない。黒川を解放出来れば話は簡単だが、残念なことに一人解放してしまえば全員が解放される。これは個人個人で解放出来るようにすれば、ツナ達の強さが半減してしまうため、あえてそういうシステムを組んでいたからだ。

 

 不幸中の幸いは、何事も絶対はないといろいろと用意していたことだろう。黒川を解放することは出来ないが、今からでも手を加えれば了平の空きが出来る。ただ手を加える入江の胃がやばいことになっているが。そこは気合で乗り切るしかない。

 

 巻き込まれてこの時代に飛ばされてしまった黒川だが、京子達と比べると運は良い方だった。まず黒川はボンゴレ狩りの対象ではなかった。黒川が仲が良かったのは優であって、ツナ達とはクラスメイトとの付き合いでしかない。優がヴェントであることがバレていない以上、黒川の身は安全なのだ。そしてボンゴレ狩りが始まった時点で雲雀と優は手を打った。優がヴェントとバレた時に用意していた策を。

 

 つまり、ボンゴレ狩りの対象にはなっていないが、黒川は保護対象に入っていて雲雀の部下がついていたのだ。またその部下が同じクラスの人物だった。言うまでもないが、その部下は風早さんの笑顔を守り隊のメンバーの一員である。

 

 陰ながら守っていた部下は、突如幼くなった黒川に接触した。

 

「どうなってんのよ……」

「俺だって知るかよ」

 

 軽く言い合えるぐらいの仲だったのも、黒川は運が良かった。もっともヴェントの正体がバレた場合、黒川に被害が行く可能性が高かったため、スムーズに話を進むためにも黒川と接触した人物が担当になるのは必然だった。

 

 一方、部下はどうすればいいか頭を悩ませていた。雲雀の部下ということで10年バズーカの存在は知っていた。だから当初は5分保護すればいいだけの話だった。しかし5分たっても戻らない。このまま保護は続けるが、どこに保護するのか。このまま家で住むのは論外だ。かといって黒川がこの街からいなくなれば、不審に思われるだろう。そうなると家族ごとの保護になる。しかし今の黒川をこの時代の家族に会わせて、説明を求められても困る。部下だって黒川が戻らない理由がわからない。

 

 さらに難しいのが、雲雀に緊急連絡を入れるほどでもない内容なのだ。一見、緊急事態に思えるが今のところ命の危機はない。保護しなければいけない人物が大量にいて、ミルフィオーレとまともに戦えるのは雲雀と優だけなのだ。もしここで緊急連絡を入れて、他の緊急連絡を潰してしまうのは避けたい。報告はしても、緊急連絡を入れて指示をもらうほどの案件でもない。

 

「……黒川」

「何よ」

 

 10年後に飛ばされたにも関わらず、比較的冷静な黒川を見て、マフィア云々を抜きにしてこの時代の状況を教えた。

 

「京子は!? 優は無事なの!?」

「……今のところ風早さんは無事だ。笹川はツナのところが保護してるはずだ」

「沢田が?」

「ああ。ツナにも俺のような部下が居るんだよ。そいつらが動いたって聞いた。詳しく知らねーのは俺は雲雀さんの部下でツナの部下じゃねーから」

 

 ギョッとする黒川。目の前にいる人物が、どこをどう成長して雲雀の部下になる道を選ぶようになるのか。あまりにも想像出来なかったので、黒川は警戒し始める。

 

「雲雀さんの部下になった方が風早さんの力になれるからな」

 

 雲雀のため、または黒川が心配だから助けたと言われば、疑っていただろう。ただ悲しきことかな、目の前にいる人物は10年たっても優のことで頭がいっぱいらしい。もっともそのおかげで黒川は救われているのだが。

 

「それでお前はどうする? 俺の案内について行くか、ツナのところに行くのか」

「……あんたについていけば、どうなるのよ」

「雲雀さんがこういう時のために用意していたアジトに逃げ込む予定だ。そこでジッと耐えることになる。この場合、お前の両親も一緒だな」

「……沢田のところは?」

「俺が沢田のところに案内した後、お前は両親に電話して夜逃げを促す。その夜逃げを俺が陰で守る。お前は笹川と一緒で沢田のところで守ってもらう」

「どうして陰なのよ」

「話せるのはさっき黒川に話したところまでが精一杯だ。聞かれても俺は勝手に答えられない」

「…………任せても大丈夫なの?」

「努力はする。死ぬ時は俺が先だ」

 

 大丈夫という言葉は使えなかった。そして黒川は気休めの言葉よりも現実的な言葉の方が信じることが出来るタイプだった。

 

「沢田んところに案内して」

 

 葛藤はもちろんあった。ただ両親と一緒に過ごしても、幼くなってしまったことを説明することは出来ない。それにツナの方を選んだ方が、この状況に陥った理由がわかるかもしれない。さらに京子達も幼くなってる可能性が高い。正直な話、10年後の両親と何を話していいのかわからないため、京子達と一緒の方が精神的に楽なのだ。

 

 こうして黒川はツナのアジトで過ごすことを選んだ。

 

 結局ツナのところに行っても、詳しい話はわからなかった。だが、黒川はツナのところを選んで正解だと思っていた。京子が無謀なことをしようとしていたことに気付けたのだから。

 

「外はかなりヤバイって。京子を探し回ってる人、いっぱい居たわよ。送ってもらわなければ、私だってやばかったわ」

「でもお兄ちゃんが……それに花だって子ども達のオヤツがあった方がいいでしょ?」

 

 うっ。と言葉に詰まる黒川。蕁麻疹が出るくらい子ども嫌いの黒川は、イーピンは何とかなってもランボの扱いに困り果てていた。すぐにワガママをいい、泣き喚く。そんなランボが大好きなお菓子の有無はかなり大きい。

 

 ここでツナに相談するという提案をしないのは、反対されると目に見えているからだ。黒川が言いに行っている間に、京子は外へ出てしまう。

 

「……わかったわよ。私も一緒に行くわ」

「え!?」

「私は狙われていないみたいだし、誤魔化せる可能性は高いわ」

 

 京子は黒川の顔を見て、言葉を飲み込んだ。黒川が無茶をするのは京子のためなのだ。反対するなら、行くのを諦めればいい。

 

「さっさと行くわよ」

 

 そんな京子の背中を黒川は押した。今諦めたところで、また無茶をするのはわかりきっていたため背を押したのだ。

 

「それとヤバいと判断したなら、すぐに戻るわよ」

「……うん。ありがとう、花」

 

 黒川はポケットに手を入れる。そこには自身が使っていたこの時代のケイタイと、ここまで送ってくれた人物に渡されたメモ用紙が入っていた。

 

「今が使い時よね……」

「花?」

「よくわかんないけど、ここに電話すれば守ってくれるらしいわ。多分あいつみたいな雲雀恭弥の部下が他にもいるのよ。外に出てからかけてみるわ」

 

 黒川がアジトまで来れた経緯を聞いていた京子は素直に頷いた。今すぐ連絡すればツナ達に止められてしまう可能性があるが、黒川は外に出てからと言った。それに自分だけならまだしも黒川にまで危険が及ぶのだから、少しでも無事に戻れるように確率をあげたい。

 

 京子と黒川は頷きあった後、危険な外へと出た。

 

 そして予定通り少しした後、黒川は電話をかけたのだった。




……主人公が一言も話さなかった。


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救難信号

 今から雲雀のアジトへ移動するというところで、振動に気付きケイタイを取り出したのは優だった。優はジッと画面を見つめ、雲雀に目配せをした後に通話ボタンを押した。

 

“……誰だ?”

 

 優がそう発した理由は、ヴェントのケイタイに知らぬ番号からの着信だったからだ。ちなみにツナ達とは昨日のうちに連絡している。ヴェントのケイタイは神が作ったこともあり、盗聴の心配がなく通信妨害もないからだ。群れることが嫌いな雲雀ならともなく、この状況で優がしないという選択はない。今日中にツナ達のアジトへ向かうと伝えていて、ツナのアジトからの電話ではないのはわかっていた。

 

『黒川花っていえば、わかるのかしら?』

 

 一瞬、驚いた優だがこの時代の優がもしもの時のためにヴェントのケイタイ番号を教えていたと判断した。実はこの時点で原作の流れを知っている優は、雲雀ではなく優にかかってきたのだろうとしか思っていない。ツナとは連絡をとっていたが、「京子ちゃん達もこの時代にきちゃった」としか言わなかったため、先入観もあり黒川もこの時代にきていることに気付いていないのだ。もっとも雲雀は部下からの報告で知っているが。誤差の範囲と考え、いっぱいいっぱいの優のためを思って伝えていなかった。ちなみに彼はこの誤差で最も苦労するであろう入江に対して何の感情も浮かばなかった。優との差が酷い。

 

 しばらく黒川の話を聞いていた優だが、徐々に返事が遅くなっていく。話の流れで黒川が飛ばされていることに気付き、更に京子と一緒に外へ出てしまっていると知ったからだ。

 

 一方、黒川は返事の遅さに怒っていると感じ、電話をしたことに後悔し始めていた。

 

“……話はわかった。君達の目的は、笹川了平の行方と子ども達へのお菓子だな”

『そ、そうよ』

“雲雀恭弥、お菓子は君ならなんとかなるだろ?”

「君の頼みなら、いいかな」

 

 ホームである並盛なら、雲雀の力で食材の手配ぐらいなんとかなる。問題は了平についてだ。原作を知っている優は了平がヴァリアーのところを出向いていると知っているが、それは今言えない。雲雀も了平の件には何も言わなかったので、正確な情報は知らないようだ。

 

“……笹川了平は僕の方で探る。君達が動くよりも速く、正確に掴めるだろう”

 

 ウソはついていない。ヴェントのケイタイにはヴァリアーの連絡先が入っている。ズレがなければ、優はただ電話するだけでいい。情報をつかんでいれば、優は話せるのだから。

 

“君達は今すぐ沢田綱吉のアジトへ戻るんだ”

 

 危険な行動と自覚していることや雲雀の名前を出したこともあり、黒川は京子を説得し始める。その間に、念のために優は外へと向おうとしたところで雲雀に腕を掴まれる。思わず優は睨んだ。

 

「行くなら、こっち」

 

 雲雀は優の行動を止めるつもりはなかった。どうやら雲雀はいくら言っても聞かない事柄と判断したようだ。大正解である。

 

『あんたの言うとおり、今から戻ることにするわ。戻れれば、だけど……』

“今、どこにいる?”

『並盛神社……』

 

 僅かに眉間があがる。嫌な場所だ。街中も問題だが、並盛神社もかなり危険な場所だ。恐らく黒川が人目を避けて移動した結果なのだろう。

 

“電話は繋げたままで戻るんだ。僕もそっちに向かうから、無理に戻ろうとしなくてもいい”

 

 雲雀の後ろについていきながら、優はケイタイにイヤホンを繋げる。ケイタイで片手が使えない事態は避けたい。

 

「僕の言ったこと、忘れてないよね?」

 

 雲雀の目を見ながら、優は頷いた。本音を言うなら、雲雀は行かせたくはない。が、優が暴走すると目に見えている。それなら協力した方がずっとましだ。

 

 軽く溜息を吐いた後、雲雀は自身の肩に目を向ける。意図を察したのか、雲雀の肩の上にのっていたヒバードが優の周りを旋回する。

 

「屋上まで繋がってるから」

“……これは助かるな”

 

 ビルの地下に優のアジトはあったようで、一人分しか幅はないが屋上まで吹き抜けの構造になっているようだ。リングの力を使わずに空を飛べる優に有利なルートで、雲雀自身がついて行かずにヒバードをつけた理由がわかる。

 

 フードをかぶり、優は振り返ることもなく飛び上がったのだった。

 

 

 

 

 空を飛びながら、優はもう一つのケイタイでツナ達へ連絡を入れるか悩んでいた。チラッと胸元にに視線を向ける。優が見つからないように上空で飛ぶとわかっていたのか、屋上についた途端にヒバードが懐に潜り込んでいたのだ。

 

 過去の世界でも優がヒバードの面倒をみていることを考えると、この時代でも優がみている可能性が高い。バッテリー切れのようなトラブルは起こさないだろう。問題はツナ達にも発信機の信号が届けられているのか。

 

 相談する時間はなかったが、雲雀は優の後を必ず追ってくるのはわかっている。この時代の雲雀は優をとても大事にしている。そうでなければ、あんなにも細かく雲雀は説明しない。雲雀は長々話して説明するタイプではないのだから。

 

 保険をかけているか、いないか。

 

 ラルがついているなら、街中に探しに行っても無茶はしないだろう。ただ雲雀がもし保険をかけていて、ツナ達が二手にわかれて行動していれば、獄寺と山本が危ない目にあうかもしれない。だが、もう一つのケイタイはそこまでセキュリティが高くない。ヴェントの正体の手がかりを残してしまうかもしれない。かといって、黒川との通話を切るという選択肢は優の中ではない。切っている間に何かあるかもしれない。聞こえていれば、情報は掴める。発信機を壊すのは論外だ。そんなことをすれば雲雀が怖すぎる。

 

 少し悩んだ結果、優はこのまま何もせずに移動することを選んだ。獄寺と山本に京子と黒川に任せて、優が戦えばいいだけの話だ、と。

 

 

 

 

 優が悩んでいたころ、ツナのアジトに緊急信号が届いた。

 

「この信号の種類は……ヴェントからの救難信号です!」

「え!? なんで!? ヒバリさんと一緒にいるって……!」

「ジャンニーニ。ヴェントと連絡はとれるか?」

「……通話中で繋がりません!」

 

 真っ青になるツナ。雲雀がいながら救難信号を発する時点でかなり危険な状況だ。ジャンニーニが場所を特定している間に、アラームの音で山本達が集まりはじめる。

 

「場所特定しました。カメラにうつします!」

「何もねーじゃねーか!」

 

 ジャンニーニがうつした画面にはそれらしき姿がない。優はその上空にいるのだから当然である。

 

「ジャンニーニ、他の角度から見れないの!?」

「見れないこともないのですが、なにぶん相手が移動中なもので……」

 

 移動中という言葉にリボーンは反応する。そしてジャンニーニに確認したところ、リングの反応はない。

 

「空を飛んでるなら、ヒバリとは別行動なのか?」

 

 よく許可を出したなとリボーンは思う。優の暴走の可能性もあるが、勝手がわからない状態でこの時代の雲雀を出し抜けるとは思えない。余程のことがあったのだろう。

 

「それならヒバリさんと連絡はとれないの!?」

「ヒバリがオレ達に教えていると思うか?」

「ヒバリらしいっちゃ、らしいけどよ……」

 

 ガーンとツナ達はショックを受けた。

 

「とっ、とにかく、ヴェントのところに行かなきゃ!」

「待て。罠の可能性もある」

 

 このままヴェントからの救難信号と素直に受け取りそうな流れだったので、ラルは焦っているツナの行動を一度止める。

 

「どっちにしろ、ヴェントからの救難信号だ。ヒバリが無事ならあいつは向かうぞ」

 

 リボーンの言葉にツナ達はすぐさま納得し頷いた。たとえ罠の可能性があったとしても、雲雀がいかないわけがない、と。

 

「それにヒバリがヴェントにつけた発信機かもしれねぇしな」

「あのヴェントにつけれるのか?」

 

 あのヴェントというラルの言葉に引っかかりながらも、ツナ達は動く準備をしていた。

 

「大変です! 京子ちゃんと花ちゃんがいなんです!」

 

 そこにハルが置き手紙を握りしめながら、2人がいなくなった情報を持ってきた。

 

「なるほど。別行動はそれが理由か。おそらくヴェントは2人の元へと向かってる」

 

 風を使った移動は、リングの力を使わなくても車よりも速い。雲雀が仕方なく許可を出すほどの余程のことが起きている。

 

「どうして場所がわかってるの?」

「さぁな。だが、迷わず進んでることから見て、ヴェントは知っている可能性が高い」

 

 はっとモニターに視線をうつす。確かにリボーンが言ったとおり、真っ直ぐ進んでいる。そんな中、とある疑問をラルが口にした。

 

「ヴェントがあの2人を助けに行くことがあるのか?」

「ああ!? どういう意味だ!?」

「ヴェントは自ら動かないことで有名だ。集まりにも来ないと聞く。大々的に挑発をしても、一切反応を示さない。その代わり挑発したところはボンゴレ・キャバッローネ、ヴァリアー、雲雀恭弥が単独で、または六道骸達の手で潰されたがな」

「ははは……」

 

 ツナは乾いた声で笑った。ボンゴレとキャバッローネはまだしも、他の者は一筋縄ではいかないメンバーばかりである。優が動かないのは自分のことに対しての挑発だったのだろう。それでは優は動かない。……骸が優のために動いた理由はよくわらないが。

 

「どうなんだ、ツナ?」

 

 リボーンはツナに問いかけた。わかっていながら、聞いたのだ。

 

「ヴェントはあの2人を助けにいくよ。絶対に」

 

 死ぬ気にならなければ、滅多に自信をもてないツナが確信をもって言った。正体を知っている山本と獄寺もその言葉に異論はない。

 

「ツナ、お前はどうするんだ?」

 

 この時代に詳しいラルは当然として、獄寺と山本もついて行くだろう。だが、ツナは昨日の戦いで腕を負傷している。足手まといになる可能性が高い。

 

「オレも行くよ。ヴェントはすぐ無茶するから」

 

 獄寺と山本は頷いた。優は人の話を聞いているようで、聞いていない。ツナは優を止めれる数少ない人物である。

 

 こうしてラルの先導でツナ達はヴェントのもとへ向かったのだった。



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VS γ

長いです。


 空を飛んでいた優は、京子と黒川の姿を見つけた途端、急降下する。その際にヒバードが服の中から飛び出していたが、優は気にする素振りは見せなかった。このまま上空を旋回するのだろうと思ったのだ。

 

 当初の予定ではヴェントの服装が怪しいこともあり、出来るだけ2人を脅かさないように合流したかったが、そうも言ってられない。2人は気付いてないが、近くにミルフィオーレが居るのだ。敵は2人。もう京子達は見つかっているようで、1人は警戒し、1人は資料と照らし合わせているようだ。

 

 急降下することで、操れる風に余裕が出来た優は木を揺らした。もちろん、京子と黒川から正反対の位置にある木を。

 

 木を揺らしたことで、敵は意識が向いたところで優の重力を活かした一撃が頭上から入り、1人が倒れる。

 

「な、なんだ!?」

 

 残った敵の驚く声を聞きながらも、優は風をつかって普通ならばありえないような方向転換を空中で行う。そのまま風で勢いをつけ、顔面に蹴りを入れる。

 

 そのまま何事もなかったように、優は地面に降り立った。

 

“リングに頼りすぎだ”

 

 呆れたように優は呟いた。この時代ではリングの力で戦いが決まる。それは間違いない。間違いはないのだが、使いこなす相手が弱ければ一流の相手には何の意味もない。もちろん奇襲を仕掛けたというのもあるが、相手が強ければ優の攻撃は簡単に防がれていただろう。奇襲の対応は地力の差が出るのだ。実際、以前にスクアーロは優が屋上から急降下している途中で気付き反応した。もし相手が途中で反応していたなら、優は躊躇うこともなくリングを使っていた。今回は必要がないと判断したのである。

 

 手応えから急所に入っていたので、優はゆっくりと振り返った。そこには真っ青な京子と黒川の姿があった。2人の動体視力では何が起きたのかわかっていない。わかっていないからこそ、目の前に立っている人物に恐怖を抱くのだ。

 

 沈黙が続く。京子と黒川は逃げるという行為が無意味だと肌で感じていた。一方、優は下手に声をかければ、怯えさせてしまうと判断し声を出せなかったのだ。

 

 その重い空気をぶち壊すかのように、ヒバードが優の頭に乗った。

 

「……あんたが、ヴェント……?」

“ああ”

「花!?」

 

 腰が抜けたように黒川が座り込む。比較的冷静なタイプの黒川は逃げきる手をずっと考えていたのだ。光を見出せなかった中で、目の前にいる人物が敵ではないと知れば、脱力してしまうのも仕方が無いことだった。

 

“すまなかっ……”

 

 謝罪の途中で口を閉じ、優は京子と黒川の隣に立つ。一瞬の出来事に目を見開いた2人だが、驚く声をあげる間も無く、少し離れた場所から爆発音が響き渡る。

 

「な、なに!?」

“いいから離れるぞ”

 

 質問は後だという口調に黒川は口を閉ざし、立ち上がろうとする。が、一度抜けた腰がそう簡単に戻るわけもない。想定内だった優は黒川を抱き上げる。神に腕力はおさえてと頼んでいたが、長時間は無理でも抱き上げるぐらいは出来る。そもそも風をつかえば、軽減するのは簡単だ。

 

「ちょ、ちょっと!?」

“君は歩けるか?”

「うん」

 

 黒川の言葉は無視し、優と京子は話を進める。爆発音は獄寺かもしれないが、この場から今すぐ離れた方がいい。先程の音で敵がよってくるだろう。当初の予定では、獄寺達に2人を預けるつもりだった。しかし、残念ながら先に獄寺達が敵と出会ってしまった。そして合流しようにも黒川の様子からして一般人である2人にはこれ以上は荷が重すぎる。

 

“こっちだ”

 

 迷う素振りもなく、優は歩き始める。どこか目指しているわけではない。ただ人が居ない方へと進んでいるだけ。優の目的はただの時間稼ぎで、狙いは雲雀との合流だ。京子の歩調では無理は出来ない。

 

“……この時代は君達が想像しているよりも危険だ”

 

 優の言葉に2人は下をむく。

 

“僕は……実力はあるし、ある程度の勝算があると思って動いてる。それでも、心配をかけているんだ。君達にもそういう人がいないのか?”

「ごめんなさい……」

「……私達が間違っていたわ」

“帰ったら真っ先に沢田綱吉達に伝えればいい。沢田綱吉に怒られれば、くるものがあるからなぁ”

 

 まるで経験をしたような言葉に、京子はジッとヴェントを見る。

 

「ツナ君と仲良しなんだね」

 

 京子の言葉に優はフッと表情を緩める。それを感じ取ったのか、黒川と京子は目を合わせる。フードで顔を隠しているが、怖い人ではないと確かめ合うように。

 

“……悪い、おろすぞ”

 

 ピタッと足を止め、丁寧に優は黒川をおろした。そのことにほんの少しドキドキしながらも、黒川は歩けそうかを確認しながらヴェントに声をかけた。

 

「もう大丈夫よ。それでどうかしたの?」

“……心配しなくていい。君達は守るよ”

 

 出来るだけ、出来るだけ優は安心させるように言った。それでも内容が内容だ。2人の顔が強張る。

 

 もちろん優は手を打っていた。風で気配を読みながらも、素人である2人の気配を出来るだけ消した。が、気付かれてしまった。戦闘回避はもう不可能だ。気付かれたということは、相手は手練れなのだから。迷わず優はリングを嵌めた。

 

 バチバチという音と共に、空から1人の男がやってくる。

 

「これはまた……珍しい奴が居たな」

 

 ほんの一瞬言葉を失ったγの態度に優は眉をひそめる。が、すぐに気にしなくなった。γの視線が優の後ろにいる2人に向いている。

 

「お前の女か?」

“可愛い子達だろ?”

 

 あえて優はγの軽口に乗った。優と一緒にいるところを見られた時点で、否定しても一緒だ。だったら、会話して少しでも時間を稼ぐ。そうすれば、味方が来る。4人の気配が近づいていることに優は気づいていたのだ。風で声を拾ったのでツナ達に間違いはない。

 

「まずは本物か確かめさせてもらう」

 

 匣に炎を注入し、γの周りにビリヤードの球が現れる。そして躊躇なくヴェントではなく、京子達に向かって球をついた。

 

 すぐさま2人を抱え、ジャンプする。危険なものには近付かないというのが優の考えだ。しかし空中に浮くことを待っていたかのように、γは残っていたビリヤードの球をついた。

 

 真っ直ぐと優に向かうその球は避けることが出来ない一撃。両手は塞がっていて、匣を開けることは不可能だ。炎でガードしようにも、2人を抱えた状態では困難。

 

 γはジッと見ていた。このまま殺れれば、手間をとったと思うだけ。だが、もしこれを避けることが出来れば、本物だ。ヴェントは誰よりも速い。捕まえることが出来ない存在というのは、ウソや噂ではなくなる。

 

 バキバキと倒れていく木を見た後、何事もなかったように地面に降りたヴェントを見て、γは短く息を吐いた。

 

“すまない、手荒なマネをして”

 

 どこが、だ。思わずγは心の中でツッコミした。ヴェントをしっかりと見ていたからこそ、γは気付いていた。ただの石ころに軌道をそらされたことを。

 

 優がやったことは単純だ。京子達を抱えてることから、前に手を出してリングの炎で防御することはできない。仮に負担をかけてやったとしても、雷の性質は硬化。さらにバチバチと音が聞こえることから、触れれば感電するかもしれない。そうなってしまえば、2人は耐えれない。同じ理由で避けるのも困難。それなら、逸らしてしまえばいい。優は近くにあった石を風で浮かせ、迫ってくるビリヤードに勢いよく当てた。もちろん、その途中でリングの炎を浴びせるのは忘れずに。

 

 風の性質は加速。風の力がで勢い良く飛んでいた石が、加速によって更なるスピードがあがり、等しく威力もあがった。その威力はビリヤードの起動をそらすだけでなく、元凶となる球まで壊すものだった。そしてそれだけでは飽き足らず、木々まで倒して行った。

 

 結局、優はただ2人を脇にかかえて、ジャンプしかしていない。最低限の負担で済ませたのだ。

 

「流石、最強と呼ばれたアルコバレーノと、言ったところか……」

 

 アルコバレーノと言ったところで、ユニの顔を思い浮かべたが、γはすぐに消した。他のことを考えながら勝てる相手ではない。

 

“恐れをなして、逃げてもいいぞ?”

「いや、楽しくなってきたところだ」

“どこが楽しんだか……”

 

 はぁと溜息を吐きながらも、匣から刀を出した。戦闘嫌いという噂は本当だったかとγはヴェントに目を向ける。もうスキが見当たらない。刀に手をそえ、完全に戦闘態勢に入っている。迂闊に近寄れば、斬られる。

 

「それほど後ろか大事か」

 

 スキが出来れば、儲け物だった。だが、余裕がなくなったのγの方だった。後ろから首元にナイフをつきつけられている感覚がする。まるで背後に死神が迫っているかのように。息が、詰まる。

 

「っ……!」

 

 γはその場から飛び退き、深呼吸を繰り返す。どっと汗が流れた。

 

“……気づいたか”

 

 仕方なそうに刀にそえていた手を離し、新たに匣からスケボーを取り出したヴェントを見て、どこから仕組まれていたとγは考えを巡らせる。そして、ある疑問を抱く。本当に後ろの2人は大事だったのか、と。

 

 息がしにくくなり、ハッとしたように再びγはその場から飛び退く。

 

“……はぁ、めんどくさい”

 

 そういって、ヴェントは刀を抜いた。先ほどまでは近寄れば斬られるなら、遠距離攻撃をすればいい。あの2人をずっとかばってはいられない。そう思っていた。その結果、息が出来なくなった。

 

 空気がなくなったから。

 

 嫌な汗がγの背をつたう。風は幻術と違って、当たり前に存在するものだ。どこに罠を仕掛けているのか、全くわからない。γ自身、常に動いてなければ、先程のように息ができなくなる。迂闊に近付けば、殺られるかもしれない、見えない風による攻撃によって。遠距離攻撃の意味はもうほぼなくなっている。そもそも、どの攻撃も悪手に思えてくる。

 

 ヴェントが後ろの2人を大事と判断したからこそ、勝機はあった。誰よりも速いと言われているヴェントが動けないのだから。

 

“……今も楽しいか?”

 

 ゾクリと悪寒が走った。……楽しいわけがない。戦いにすら、なっていないのだから。

 

 このまま死んでたまるかと、悪あがきを仕掛けようとしたところで、γの頭上からダイナマイトが降ってくる。何の変哲もない攻撃なので、γはヴェントから目を離さず避ける。

 

「ヴェント!? 京子ちゃん、黒川!!」

 

 そこに現れたのは、4人。そのうち3人は幼いが、γの記憶ではボンゴレ10代目とその守護者で間違いない。そしてホッとしたようなヴェントの様子に思わず呟いた。

 

「……やられたな」

 

 全部ただのハッタリだった。そう簡単に空気を無くすことは出来ない、またはリスクがあったのだろう。恐らく2度目はほんの少しだけ空気が減っただけだ。そしてヴェントはあの2人から離れることはできなかったのだ。

 

 息が上がったことで、思いのほか考えを鈍らされていたらしい。

 

「ぐっ」

 

 スケボーによるヴェントの急接近に、γは受身を取るしかなかった。3人を見て、ヴェントも幼くなっていると思い始めたところに一撃である。刀にきっちりと炎を纏っていることで、またわからなくなった。

 

“彼女達を連れて行くんだ。こっちは僕が何とかする”

「で、でも……」

「オレ達に任せろってな」

「10代目、オレがやります。任せてください! オレ1人で大丈夫です!」

 

 ツナが迷いを見せ、ラルが一喝しようとしたその時……。

 

“優先順位は誰だ!”

 

 ハッとしたようにツナは京子と黒川の顔色を見る。

 

「ヴェント、無茶だけはしないで!」

 

 コクリと頷いたのを見て、ツナは京子と黒川を連れて駆け出した。

 

「てめぇらも10代目と一緒に行け。オレ1人で十分だ」

「共闘とか初めてだな!」

「ふざけたことを言ってる場合か! 気をぬくな!」

 

 1人で突っ走りそうな獄寺と能天気そうな山本の言葉にラルは一喝する。全員でかかっても勝ち目があるか……勝ち目があるとすれば……とラルはヴェントの背中を見る。

 

“君達も行け。……君達を守りながら勝つほどの余裕はない”

 

 一瞬、獄寺が文句を飲み込んでしまうほどの、優の気迫。残ったとしても足手まといと自覚するしかなかった。それでも、獄寺と山本にとって優は守るべき存在だ。優を置いて逃げるなんて出来るわけがない。

 

 動かない2人を見て、優はフードの中で苦い顔をした。獄寺達の気持ちもわかるが、本当に勝ち目が少ない。刀に炎を纏うぐらいは出来るが、先程使った感覚では才能がある優でさえ、すぐにスケボーを乗りこなせるイメージが出来なかった。ただ真っ直ぐにしか進めないだろう。それでも上手く誤魔化せば2回は使える手だった。その手を捨てて、優は逃げろと言ったのである。獄寺達が動いてくれなければ、ただ自分で自分の首を絞めただけだ。

 

 場数を踏んでいるγは当然先程の発言を聞き逃すわけがなかった。迷わずγの匣兵器である狐のコンビ、エレットロ・ヴォールビを出し、ツナ達をしとめるようにと指示を出した。

 

 迷わず優は唯一持ってある武器である逆刃刀を炎を纏わせて投げた。属性の加速によって、一匹に迫る勢いだったが、アニマルタイプなこともあり、寸前で交わされる。だが、それでも十分だ。元々、ツナ達の位置がわかるように風をある程度だが、纏わせていた。その集めていた風をつかって動きを止める。いつまでも止めれるものではないが、その時間があれば、少し離れた位置にいた獄寺の攻撃が間に合う。

 

 その結果、炎が消し飛び匣へと戻る。

 

 風がなければ嵐は起きないという意味もあるのか、獄寺とベルは武器の性質上、風を操れる優に一撃を入れるのは困難である。だが、優が味方でサポートにまわれば、恐ろしいほど化ける。1人で突っ走る嵐の獄寺を素直に止めれることが出来るのは大空であるツナを除けば優しかいないであろう。それほど風と嵐は相性がいい。……事実、誰かと組むのを嫌がっていたはずの獄寺が優の行動を読んで、誰よりも早く反応し動き出していた。

 

 獄寺が素直に組んだこともあり、元々全員でかかるつもりだったラルと山本はそれを合図に動き出す。

 

 初手はラルがムカデの匣兵器であるスコロペンドラ・ディ・ヌーヴォラを出し、γへと仕掛ける。ツナが捕まったように炎を放出してもらえれば楽だが、相手はこの時代の戦い方を知っているγである。基本、匣兵器を近寄せる前に手を打ち、ビリヤードの球で弾く。

 

 そのスキに山本が近づき刀で斬りかかる。だが、山本の刀は炎を纏っていない。決定打にもならないし、γと武器を交えることさえ危険だ。山本の刀は空を斬る。γが避けたり防御したわけでも、まして山本が距離感を見誤ったわけでもない。優が風を使って勝手に下がらせたのだ。自分の意思ではないことで、驚きもしたものの、山本の体格に隠れるように移動していた優が前に飛び出たことにより、すぐに何が起きたのかを理解した。

 

 優が前に出たタイミングで、獄寺が先程と同じように炎を消し去ろうとする。優が警戒した相手ということもあり、もう特性はバレているとわかっていた。そのため獄寺は同時にダイナマイトも投げていた。このまま優と対峙できるように、逃げ道をふさいだのだ。風を操れる優ならば、獄寺の攻撃は当たらない。信頼しての攻撃だ。

 

 投げた刀は風で回収したようで、しっかりと優の手に握られていて、山本と違って炎を纏っていた。

 

「いいのか、放っておいて」

 

 ポツリと呟いたγの声に、優は目を見開いた。いつの間にか、山本達の周りにビリヤードの球がある。

 

 カコンという音と共に、球同士が弾き始める。山本に隠れて移動していたが、風でしっかりと様子を探っていた。γがビリヤードの球を打ったのはラルの攻撃を防いだ時しかなかった。

 

 つまり、1度打っていたことを意味する。

 

 優はこの技に心当たりがある。原作の10年後の雲雀でさえ、全て避け切れなかった技だ。一つ一つが離れていることもあり、原作の技よりも圧倒的に難易度は低い。ラルならば、対処できるであろう。だが、この時代に来たばかりの獄寺と山本には対処は不可能なレベルだ。

 

 たとえ優であっても、離れている2人を同時に助けることは容易ではない。属性の性質、リングのランクのことを考えれば、ラルは自分の身を守ることで精一杯である。

 

 ここで下がってしまえば、γに逃げ道が出来る。それだけではなく、優へと向かってくるだろう。だが、下がれば、後ろにいる山本を力任せに放り投げて、この危険地帯から抜け出せることは出来る。そして、風を使えば獄寺も抜け出すことが出来る。

 

 自分の身と獄寺と山本の身。2つを天秤にかけた優の決断は早かった。

 

「あばよ。楽しかったぜ」

 

 γの一撃が優に迫る。

 

 少しでも、と。優は山本を放り投げてすぐにリングの炎で自身の身を守る。僅かな時間で防御に回ることが出来る身体能力の高さにγは思う。自分の判断が正しかった、と。

 

 獄寺の武器の性能を知りながらも、あえて残していた充電用の炎をこのタイミングにつかって……。

 

 迫る炎の大きさに、優は死ななかったとしても戦闘不能になると悟った。

 

(ごめん……)

 

 優の目が閉じかけた時に、それはやってきた。

 

“……ハリ、ネズミ”

 

 目の前の光景に魅入られそうになったが、長くは持たないと気付き、その場から離れた。

 

「キュウゥ……」

 

 優が離れた途端、力負けしたハリネズミが弾き飛ばされて弱った声をあげる。

 

「ねぇ」

 

 次に聞こえてきた声に、思わずハリネズミに手を伸ばそうとした優の動きが止まる。

 

「誰の許可を得て、僕の獲物に手を出してるの?」

 

 優だけではなく、声の主を知る獄寺と山本もピタリと思いが一致した瞬間だった。

 

 ……これは、やばい。

 




私が書ける精一杯の戦闘描写でした。


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後処理

 ツナとの約束が守れなかったと思ったところで、雲雀の匣兵器が優を守るように現れた。この流れならば、感動しか起きないはずだが、雲雀の声色が全て帳消しにした。

 

(……すっごく怒ってる!)

 

 声だけでそう判断したのは優だけじゃなかったようで、獄寺はサッと雲雀から目を逸らし、どうにかしろと目で優に訴えはじめる。無理だってば、と優は心の中で叫ぶ。雲雀の性格をあまり知らないラルでさえ、雲雀からあふれ出るプレッシャーのせいで、声をかけれないのだから。

 

「ヒバリ!」

 

 そんな中、ちょっと嬉しそうな声で山本が名を呼ぶ。優はもちろんのこと、素直になれない獄寺さえ山本の行動に心の中で賞賛を送る。2人は雲雀の登場をそこまでポジティブにとれない。

 

「ヴェント、貸し1つだよ」

“うぐっ”

 

 山本の声をスルーし、雲雀は優に話しかける。かなりお怒りなことを考えると後が怖く、変な声が漏れた。そんな優の反応を無視し、雲雀はγと向き合った。

 

「……君達、邪魔」

“ひくぞ!”

 

 雲雀の限界を感じ取った優は、獄寺達に向かって声をかける。が、山本は首をかしげ、獄寺は理由はわかっているが雲雀だけで任せることに反対し動かない。ラルはというと、全員で畳み掛けるのが当然と思っているのか、優に怒鳴った。

 

“バカヤロウ、雲雀恭弥に殺されたいのか!?”

 

 優の切実な訴えである。もう雲雀は目の前の敵しか見ていない。今の声でさえ、雲雀に届いているかも怪しい。優がこの場に居るが、雲雀の頭の中では優は巻き添えを食らわないと考えている。存分に暴れるため、獄寺達は安全の保障はない。

 

 予想したとおり、雲雀のリングに炎がともる。そして、匣に注入した。

 

 先程とは違うハリネズミが現れ、γへと襲い掛かる。そのためγもアニマル匣兵器で対応する。

 

 1番γに近い位置だったこともあり、優はすぐさまリングに炎を灯して防御しながら離れる。そうしなければ、衝突の余波でやられてしまう。γも予想以上の威力だったようで、さらに下がった。十中八九、優とγを離すことを目的とした攻撃なのだろう。だが、はっきり言って危険すぎる。優がこの時代に来たばかりと雲雀は忘れているのではないかと疑うレベルである。……もっとも、雲雀の中では優が防げると見込んでの攻撃だっただろうが。

 

“ひくぞ!”

 

 もう1度優は獄寺達に向かって声をかけた。獄寺と山本では優のようにまだ咄嗟に防ぐことは出来ない。2人もそれがわかっていたのだろう。悔しそうな顔をしていた。それでもまだ動かない。

 

“君たちは、足手まといだ!”

 

 2人は優の言葉でツナが向かった方へと駆け出した。そうするしかなかった。人を傷つけることが苦手な優に、ここまではっきりと言わせてしまったのだから。

 

 チラッと優はラルを見れば頷き、獄寺達を追った。この短時間で雲雀の危険性を十分理解したようである。優自身も今のままでは足を引っ張らないとしても、プラスにはならないと理解していた。そのため、優もこの場から離れる。

 

「逃がすかよ!」

 

 雲雀がγにスキをつくるとは思えなかったが、念のため優は風を操る。ふわっと舞い上がったのは戦闘の影響で落ちた葉っぱだった。リングの炎を浴びせたいが、流石にそこまでの余裕はない。が、優達の姿を見失わせるには十分な量だ。

 

“そっちに合流する”

 

 ポツリと呟いた声を拾ったのか、怪訝そうにラルが振り返ったが、優は気にしなかった。風のおかげでツナの耳に届いたはずだから。

 

 

 

 

「良かった、みんな無事で!」

 

 ある程度の距離が離れたところで、ツナ達は居た。京子達の安全を考慮しつつ、そこまで離れていないところで留まっていたようだ。残ったメンバーが心配だったのだろう、ツナらしい選択である。

 

“当たり前だろ。君が無茶するなと言ったんだから”

「うそつくんじゃねぇ! ヒバリが来なけりゃ、やばかっただろうが!」

 

 獄寺の文句を優はスルーした。シレっとウソをつくのは優の通常運転である。

 

「ヴェント、お願いだから無茶しないでよ!」

“……善処はしている”

 

 この言葉に獄寺と山本は苦い顔をした。2人が残ったから、優はひくにひけなくなったと気付いたからだ。優だけなら、逃げることは出来ただろう、と。

 

“今回は僕の計算ミスだ。君達が人の話を聞かないのは想定内だったからな”

「おい、どういう意味だ!?」

“そのままの意味だが?”

 

 チッと舌打ちをし、ブツブツと獄寺は呟き始める。その様子を見て、山本とツナは自然と笑みがこぼれた。

 

 その様子をジッと見ていたラルは、集まりにも出ないということからツナ達との仲はあまり良くないと先程まで思い込んでいたが、事実は違っていたと気付いたのだ。ヴェントとツナ達の距離は近かったから。

 

 無事に再び合流できたので、優は黒川との通話を切る。すると、すぐに優のケイタイが振動し始めた。

 

“……もう終わったのか”

 

 画面に出た名前を見て、やれやれと息を吐きながら通話に出る。相手が予想できたのか、優の話が終わるまでツナ達は静かに待っていた。

 

“雲雀恭弥がこっちに来いって”

「え?」

“彼のアジトへ案内してくれるようだ。話によると君のアジトとつながっているらしい”

「え!? そうなの!?」

“僕も今聞いて知った”

 

 そう言って優が歩き出すと、ツナは隣に並んで歩き始めた。

 

“ったく、君は僕の隣じゃなくて、彼女達のそばに居ろよ。君が居なきゃ心細いだろ”

「あ……」

 

 優がヴェントに変装していなければ、違和感がなかっただろうが、この状況では優が思わず口にしたくなるのも仕方がないだろう。ツナが慌てて京子達のそばに行けば、今度は優の隣に獄寺と山本がやってきた。

 

“……怪我はないか?”

「ん? ないぜ」

「おめーはどうなんだよ」

“僕もない。だが、ダメだな。まだ完璧に使いこなせていない。無茶をするにしても、今は時期じゃない”

「だ・か・ら……てめぇは無茶するなって言ってるだろうが!!」

 

 声を抑えながらもキレる獄寺をみて、器用だなと優は他人事のように感心していた。それを感じ取ったのか、獄寺のイライラが倍増した。そのため、山本が獄寺を落ち着かせようとして、獄寺にケンカを売られる。

 

“相変わらず、君達は仲がいいな”

「どこをどう見てそうなるんだよ!?」

「うるさい」

 

 つい、いつもの癖で大声でツッコミをいれたところで、雲雀と草壁に合流したため、獄寺は思いっきり雲雀に怒られ、さらに睨まれる。いろいろと運が悪い。

 

“悪い、助かる”

 

 軽く溜息を吐いてから、雲雀は霧のリングに炎を灯し、隠し扉を開く。雲雀の視線で意図を把握した草壁が、真っ先に中へと入る。

 

「リング」

 

 雲雀の言葉にツナ達は首を傾げる。といっても、ツナ達が悪いわけではない。それだけで理解できるのは優と草壁ぐらいである。

 

“レーダーにうつってそうなリングを渡せって。彼が処理してくれるってさ”

「えっ!?」

“彼の好意を素直に受け取れ。それに拒否したところで、実力行使に出るだけだぞ”

 

 雲雀に向かって礼を言いながらも、ツナ達は優にリングを手渡し、雲雀のアジトへと進んでいく。どうやら雲雀の機嫌が悪いと感じ取り、直接渡す気にならなかったようだ。

 

「オレもいく」

 

 ラルの言葉を無視し、雲雀は動き出した。

 

“彼は人と群れるのが嫌いなんだ。許してやってくれ”

 

 そういって、優は雲雀の後を追いかけた。そのすぐ後ろに、ラルがつく。

 

「なぜお前は預けなかった」

“僕は人にリングを預けない。彼も僕には何も言わなかっただろ?”

 

 反論がなかったので、納得したようだ。少し考え、優は口を開く。

 

“1つ忠告しておくぞ。彼は面倒見がいいタイプではない。そこは間違うなよ”

「……どういう意味だ?」

“彼がここまで手を貸しているのは、沢田綱吉達のためじゃない”

 

 そもそも雲雀がわざわざツナ達の面倒を見ているのは、全て優のためである。雲雀が回収しなければ、優がツナ達の分をしようとする。ツナ達がそれを反対するだろう。説得に成功してもしなくても優の負担が増えるのは間違いない。だから雲雀は動いたのだ。

 

 ヴェントに対しての挑発を雲雀が潰したことを知っているラルは、優の背中をジッと見つめる。その視線を感じ取った優はもう1度口を開く。

 

“しらばく共に行動するつもりなら、知っておいたほうがいい。女性であっても彼は容赦しない。……彼は僕に甘いだけだ”

 

 話は終わりというように、優はスピードをあげて雲雀に礼を言いに行ったのだった。



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ごまかし

 安全を優先した結果、優達はツナのアジトの出入口を利用した。雲雀が先導したので、群れることは嫌いでも一応場所は知っていたようだ。

 

「ちゃおッス」

 

 なぜリボーンが出迎えることが出来たのか一瞬疑問を浮かべたが、ぽふっと優の頭の上にヒバードが乗ったことで理解する。発信機をつけていた。

 

「悪かったな、ヒバリ」

「今回は特別だから」

「ああ」

 

 雲雀とリボーンが普通に会話をはじめたので、その前に話すことがあるだろうと口を開く。

 

“……リボーン、その格好はなんだ?”

 

 なぜ雲雀はツッコミしないのだろうか。原因を知っている優ですら、本人の口から説明してほしいと思うぐらい、リボーンの姿は怪しいのに。

 

「これを着ねーと体調が最悪なんだ。おめーは大丈夫なのか?」

“これのおかげらしい”

「そうか」

 

 袋に入ったおしゃぶりを見せれば、リボーンは納得した。問い詰めないことに優は心の中で感謝する。

 

「ツナ達が待ってるぞ」

“わかった。君はどうする?”

 

 興味なしといわんばかりにスタスタと去っていく後ろ姿を見て、優は軽く溜息を吐いた。

 

「変わってねぇな」

“彼らに対してはそのようだな”

 

 遠まわしに優に対しては変わったとリボーンには伝わる。そしてつい先程、情報を持ち帰ってきたビアンキの熱烈な抱擁を受け止めたリボーンはどのように変わったのかを察した。もっとも他人のイチャイチャはうぜーと思うリボーンは優の悩みを解決する気はなく、あっさりと話題をかえ、ツナ達が集まっている部屋へと案内し始めた。

 

「良かった、無事で!」

“まったく君はどれだけ心配性なんだ……”

 

 似たような言葉をまたかけられたので、思わず優はツッコミした。もっとも、ツナが心配しなければそれはそれで変だと思うが。

 

「ヒバリさんは?」

“群れたくないってさ”

「そっか……」

 

 話をしたかったんだろうなと察した優だが、優が頼んでも素直に話すかは怪しかったので、話題を変える。

 

“君達がつかんでいる情報を詳しく知りたい。教えてくれないか?”

「あ、うん。わかった」

 

 優が声をかけなくてもそのつもりだったようで、すぐに話し合う体制に入る。優はその中に獄寺と山本が居ることに思わず口角があがる。

 

「ん?」

「なんだよ」

“誰も怪我しなくて良かったと思って”

 

 その言葉に山本は賛同し、獄寺は視線を逸らした。そのせいで獄寺は思いっきりビアンキの顔を見てしまい、お腹を痛める。

 

「隼人!?」

“……リボーン”

 

 獄寺の不遇さに、また話が進まないという理由でリボーンにビアンキの対応を任せた。リボーンは変わった格好をしていても、懐にサングラスを入れているようだ。

 

 出だしからこの調子で大丈夫なのかと優が遠い目をしたところで、草壁が顔を出す。

 

“彼の指示か?”

「はい。それに……この時代に来たばかりのあなたでは、説明できないことも多いでしょう」

 

 それもそうだと優は頷く。この時代のことはある程度聞いたが、最近の雲雀の行動を詳しく話せるほどではない。

 

「えっと、どこから話そうかな……」

“あー、悪い。先に確認したいことがあった”

 

 優から説明してほしいと声をかけたにも関わらず、1度止めることになったので優は謝った。ツナは気にした風もなく、どうしたの?と優に顔を向ける。

 

“この中で、僕の正体を知らない者は?”

 

 手をあげたのは、ラルだけだった。優はビアンキとフゥ太、そしてジャンニーニに視線を向ける。

 

「私は7年ほど前からよ」

「僕は数年前にツナ兄が口をすべらせて知ったよ」

 

 ゴンっとリボーンの鉄拳制裁が入る。

 

「僕はツナ兄に感謝してるよ。僕には絶対に話してくれなかったと思うから」

 

 フゥ太が優の顔を見て言ったので、優はガシガシと頭をかく。成長したフゥ太を見ても、優は子ども扱いしようとしたのだ。10年後の自身ならば、尚更話そうとしなかっただろう。

 

「それにツナ兄はわざと口をすべらせた気もするんだ」

「そうなのー!?」

 

 ツナは驚いた声をあげたが、獄寺達は納得したように頷いた。ツナは自ら進んで間に入ったのだろうと。

 

“……それで、君は?”

「ヴェントさん、私ボンゴレファミリー御用達武器チューナーにして発明家のジャンニーニでございます。このアジトのシステム全般を管理しています。ヴェントさんとは情報管理の件で父と一緒に何度か顔を合わせています」

“指紋認証システムで君達にはバレるからか”

「その通りです」

 

 恐らくヴェントとしても、風早優としても登録しているはずだ。神の力を使えば、誤魔化せることは出来るが、このアジトに深く関わる人物までに誤魔化すのはやめたのだろう。

 

“……彼女だけ、か”

「かまわん。オレはお前の正体に興味がない」

「ヴェント、ラルは大丈夫だよ」

 

 ラルの言葉にかぶせるように発したツナに優は目を向ける。しばらく視線を合わせていたが、我慢できなくなった優は地声でクスクスと笑い出す。

 

「どうしたの?」

「だってさ、苦手なのに、私のために間に入ろうとしてくれるんだもん」

「そ、そんな大それたことは思ってないってば」

「ツナ君、いつもありがとう」

 

 優の言葉にツナは照れたように頬をかく。その様子をニコニコと見た後、優はフードを外してラルへと向き直す。

 

「はじめまして、風早優です。これからよろしくお願いしますねー」

「あ、ああ……」

 

 さっきまで気の張っていた態度はなんだったのかというぐらい、ヘラヘラと笑っている優にラルは呆気にとられているようだ。

 

「風早さん、どうぞ」

「え!? 大丈夫です。草壁さんが座ってください!」

「いいえ、それは出来ません」

 

 正体をバラしたことで、草壁はヴェントではなく優として接すると決めたらしく、気迫で優をソファーに座らせる。ツナが気をつかって場所を空けようとしたが、草壁は優の後ろから動く気はないようだ。

 

「とっとと、話を始めるぞ」

 

 いつまでも優が後ろにいる草壁を気にしそうだったので、リボーンは切り替えるようにと声をかけたのだった。

 

 昨日の電話である程度は話をしていたので、細かい確認が終われば今日の出来事についてに話がうつる。

 

「え? 黒川から電話があったの?」

「そうなの。なんでヴェントの電話番号を知ってるかわからないけど、状況を教えてもらってね。2人の希望は叶えるから迂闊に動かないようにって言って、私が迎えにいったの」

「すみません、風早さん。ヴェントの連絡先は我々が教えました」

 

 そうなんですか?とツナと優の声が重なる。

 

「はい。ボンゴレ狩りが始まったことで、雲雀はヴェントの正体がバレた場合に用意していた策で保護をし始めました。当然、風早さんと友好関係の黒川花も保護の対象になっていました。その際に黒川に幼くなってしまったので、ボンゴレ狩りの対象ではありませんでしたが、現場の判断でこちらに保護し、緊急連絡先として雲雀ではなく、ヴェントの連絡先を渡したと報告を受けていました」

「雲雀先輩は動くかわかんないもんね」

「……はい」

 

 優の言葉に草壁は申し訳なさそうに肯定した。しかしこれは仕方ないことだ。個人のために雲雀が腰をあげるかはわからない。雲雀は全体の風紀の乱れを直したいのだから。優のために黒川の手助けはすることはあるだろうが、黒川個人を助けて全体の風紀の乱れが直せなくなる可能性があれば、すぐに動かないだろう。

 

「……そうか、風早優か」

 

 ラルの呟きに優は不思議そうに首を傾げる。

 

「お前の名前をどこかで聞いたのを思い出しただけだ」

「へ?」

「この時代の優姉は裏の世界でもちょっと有名だよ。ヒバリさんの代行でボンゴレの会議に出たりするし」

「……なんだろう、素直に喜べないね。嫌な役な気がする」

 

 ヴェントで行動しなくても会議の内容を聞けるという点ではいいが、雲雀の代行で出ているのであれば、雲雀の意向を優先しなければならない。ボンゴレ会議でツナ達を困らせていそうと優は想像したのだ。

 

 実際、この時代の優はボンゴレの頼みをバッサバッサと切って捨てていた。それでも優はまだ代替案や雲雀が譲れるラインを教えるので、雲雀本人が出席するよりは何十倍もマシなのだが。

 

「……うん、まぁそれはいいや」

 

 あまり良くはないのだが、これは優の心の問題なので話を戻す。

 

「えーと、それで雲雀先輩がヒバードを連れて行くならいいって言ったの。発信機をつけてるんですよね?」

「はい、そうです」

「ヒバリがオレらにも届けたってことだな」

 

 全員が流れを理解したようなので、リボーンが再び口を開く。

 

「で、お前らの組織は何なんだ?」

 

 優もそこまで詳しく聞いていなかったので、振り向いて草壁の顔を見上げる。

 

「ひらたく言えば、並盛中学風紀委員を母体にした秘密地下財団です」

「まだ風紀委員関係してんのー!?」

「……私もそのメンバーなんですよね?」

「当然です。風早さんはこの組織のナンバー2です」

「えっ、そこは草壁さんじゃないんですか!?」

 

 十中八九メンバーに入っていると考えていたので、草壁の肯定にはほんの少ししか思うところはなかったが、草壁よりも偉いというのは想定外である。

 

「そのようなことは誰も認めません」

 

 どうしてこうなったんだろうと優は首を傾げる。過去の世界では優が風紀委員に所属していることに不満を持つメンバーが居たはずだ。草壁が断言することから、この時代は本当に誰も反対していないのだろう。信頼されることは別に悪いことではないのだが、ナンバー2になってしまえば雲雀の元から去りにくくなる。ある程度不満が残っている状態がベストのはずだ。

 

「ちょっと、想像つかないや……」

「そうだね。優がヒバリさんの次に偉いってなんか変だよね」

「だよねー」

 

 ツナの言葉に優は笑う。先程の優の呟きの意味を正しく理解したのは、リボーンと間近でずっと見てきた草壁だけだった。

 

「ツナ兄に聞いたことがあるよ。その財団でヒバリさんは匣の研究や調査をして世界を飛び回っているって」

「匣の……?」

「うん。この時代の優姉に聞いてみたけど、詳しくは教えてくれなかったけどね」

「ここから先は直接雲雀に聞いてください」

 

 草壁の言葉から、フゥ太に教えなかったのは雲雀の許可がいったのだろうと優は察した。

 

「優……」

「んー私は軽く聞いただけだし……。雲雀先輩にそれとなく伝えとくよ。気が向いたら教えてくれると思う」

 

 気が向いたらという言葉でツナはガーンとショックを受ける。しかしそれしか答えようがないのだ。恐らく優が頼めば、優には教えてくれるだろう。だが、それを優の判断でツナに教えることは出来ない。雲雀が月日をかけて調べあげたことなのだから。

 

「まっ、風紀が乱れてるし、私が元の世界に戻れなくなったのを調べるって言ったから、雲雀先輩にしては協力してくれると思うよ」

 

 雲雀にしてはという言葉に引っかかるものがあるが、ツナ達は一先ずホッと息を吐いた。

 

 その後、ビアンキとフゥ太からの情報で日本支部にはAランクの隊長はγと入江正一のみ、また敵アジトの入り口を突き止めたという教えてもらった。特に優の知識と違和感がなさそうだ。

 

「ただ、γがヴェントの姿を見たから、これからどうなるかはわからないけど……」

「あ、それは大丈夫。こっちで対策したから。γって言う人、私のことは綺麗サッパリ忘れてるんじゃないかなぁ」

 

 リボーンと草壁以外、優の発言にギョッとする。

 

「なに驚いてんだ。優があのままにするわけねぇだろ」

「なんでお前は冷静なんだよ!?」

「オレもその能力で何度も誤魔化されたからな」

「リボーン君にはそんな酷いことしてないって。ただヴェントの痕跡をちょっと誤魔化しただけだしー。フゥ太君の場合はランキング星との通信をちょっと妨害しただけだもん」

 

 優は完全に開き直っていた。実際、指紋や抜け落ちた髪の毛を調べればすぐに正体がバレていただろう。この時代でヴェントの正体がバレればまずいことから、神が過保護なぐらいでちょうど良かったのだ。

 

「……リボーン、こいつは本当に信用できるのか?」

 

 重々しく口を開いたラルの言葉に、思わずツナ達も頷きそうになった。

 

「誤魔化せるのも、いろいろと条件がありそうだからな」

「やっぱりバレてた?」

「オレが拾った手掛かりは消えなかったからな」

 

 リボーンの言葉に優は頷く。物自体を誤魔化すことは出来るが、物を消すことは出来ないのだ。

 

「それに私のことについてしか、誤魔化せないんだよね。違和感のないように修正されているけど、γっていう人は京子ちゃんと花のことは覚えているの。まぁヴェントと知り合いというのを誤魔化せただけマシだと思うけど……」

 

 出来ないのは出来ないと優は諦めたように首を振る。そもそもこれは優の力ではない。これ以上高望みするべきではないのだ。

 

「おい、オレらには絶対使うんじゃねぇぞ」

「わかってるってー」

 

 獄寺の言葉に優は笑いながら返事をする。それを聞いて、適当に返事をしたなと獄寺達は長い付き合いでわかった。獄寺の説教が始まろうとしたその時、ツナが優の手を握った。

 

「使わないってば」

「オレは優のことを信じてるよ」

「じゃぁ、どうしたの?」

 

 優の視線で、ツナは優の手を握っていることに驚き、謝りながら慌てて手を離す。

 

「変な、ツナ君」

「ご、ごめん」

 

 説教をする空気ではなくなったので、話はそこで流れた。が、リボーンは草壁に向かって視線を送っていた。草壁はもちろん雲雀に報告すると頷いていた。

 

 優はあっさりと話していたが、実は条件を聞き出せたのはかなり大きなことだった。

 

 ツナの信じたとおり、優は記憶を消さないだろう。消すことがツナ達のためになると判断しない限り。

 

 だから無意識にツナは気付き、優の手を握ったのだろう。

 

 優はツナ達に贈り物をしていないから。

 

 優が物を送ることはあるが、消えてしまう食べ物なのだ。過去にランボとイーピンにマフラーと手袋を贈ったことはあったが、このまま成長すれば使わなくなるだろう。また2人は優からのプレゼントだと知らない。今のところ優が残しているのは、風紀委員関係の書類と雲雀に贈ったコースターぐらいである。書類から優のことを思い出せるかは正直微妙なところだ。コースターにいたっては余り物で作った毛糸である。無意識に優が気付いてほしいと思って残したものではない。

 

 すぐに実行できそうな写真は撮るべきだなとリボーンは頭の中で計画を立てていた。



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取り巻く環境

 ほんの少し話は脱線したが、これから鍛えて短期間に強くなるという話にまとまった。

 

「あ、私も場所を貸してほしい。それと出来れば一人でしたいかなぁ」

「はい。問題ありません」

 

 ジャンニーニに言葉に優は良かったと頷く。

 

「オレ達と一緒だとダメなの?」

「スケボーに乗る練習で、ツナ君達にぶつかりそうで怖い。基本、私は風が勝手に守ってくれるから壁と衝突することはないしー」

 

 そうなんだ!?とツナは驚く。距離が近いツナであっても、優の戦闘スタイルについてはよくわからない。もっとも、知らない理由はあまり優が話したがらないとツナが感じ取ったからだが。

 

「それにアルコバレーノのおしゃぶりの袋を取れないから、出来る範囲をしっかり確認したいのもあるんだよね」

「なっ、どういうことだ!!」

 

 突如、声を荒げたラルにツナ達は驚く。

 

「なんだ、優がアルコバレーノって知らなかったのか」

「説明しろ!!」

 

 そう言われても、話せる範囲が限られているので優は首を傾げるだけに留める。それを見た、草壁が口を開く。

 

「まずこの時代でヴェントがアルコバレーノと信じているのは極一部の者だけです。ほとんどの者は信じていません。理由は風早さんは他のアルコバレーノとは異なる時期で、赤ん坊ではありません。また非7³線の影響がある前からその袋を外すことは出来ず、奥の手になります。使った回数は多くありません。さらにヴェントの噂は我々以外にもボンゴレ、キャバッローネが偽の情報を流しているのもあります。恐らくですが、あなたの場合は信じなかっただけではないでしょうか?」

「……その通りだ」

 

 誰かが悪いという話でもないので、ラルはすぐに落ち着いた。

 

「説明出来る内容もほとんどありませんよ。どうしても知りたければリボーン君に聞いてください。私は下手に話せませんから」

 

 心配そうにツナ達が優の顔を覗き見るので、優は大丈夫という意味を込めて笑った。ただほんの少し雲雀に会いたくなった。

 

「じゃぁ私は雲雀先輩のアジトに行くね」

「こっちで過ごさないの!?」

「我々のアジトには風早さんの部屋がございます」

 

 優が答える前に、草壁が口を開いた。ツナの言葉で優の気が変わってしまう事態を避けたかったのである。雲雀に咬み殺されるだけではすまない。

 

「だってさ。それにお風呂とか、こっちではどうなるかわからないし」

 

 それは雲雀のアジトでもいえることなのだが、なにせ人数が少ない。雲雀と草壁と時間をズラせばいいだけの話だ。また優の予想では、雲雀と草壁が同じ風呂場を使っているとは思えない。

 

 ツナも優の言葉で納得したらしく頷いた。が、声をかけた。

 

「こっちにも来るよね?」

「さっき修行場所貸してほしいってお願いしたでしょ?」

 

 クスクスと笑いながら話す優を見て、ツナはそうだねと安心して頷いた。ツナは優よりも争い事が苦手だ。人の心配をする余裕はないが、それでもこの時代は優にとってかなり辛いのではないかと思っていたのだ。雲雀がそばにいるのはわかっているが、それでも顔を合わせれるように約束しておきたかった。

 

「あ、そうだ。草壁さん、すみません」

 

 フードを被って出て行こうとしたところで思い出したように優は立ち止まる。ツナ達がどうしたんだろうと優をみる。

 

「ビアンキさん、ちょっと……」

 

 ちょっと驚いたようにツナは優とビアンキの顔を見る。過去の時代ではあまり接点がないので、優がビアンキに声をかけた理由がわからないのだ。

 

「なにかしら?」

 

 ツナ達の視線に気付いていながらも、ビアンキは立ち上がり優に近づいて声をかけた。

 

「京子ちゃん達の下着とかって大丈夫そうですか?」

 

 コソッと優が耳打ちした言葉にビアンキは目を見開く。

 

「用意出来そうにないなら、雲雀先輩に頼みますけど……」

「……いえ、こっちで何とかするわ。ありがとう、助かったわ」

 

 いえいえと優は手を前にだしブンブンと振る。優が言わなくても気付いた可能性があった。気付かなくても、厳しくなったところで京子達から相談されていただろう。優も出来ればこの件だけは雲雀の力を借りたくなかったので、ビアンキが動いてくれるといって正直助かったのだ。

 

「あなたは大丈夫なの?」

「……大丈夫です」

 

 ほんの一瞬返事が遅れたのを見て、雲雀が用意したのだろうとビアンキは勘違いした。実際はタイムトラベルが起きると知っていたから、この時代の優が用意していたと言えなかったからだが。

 

「京子ちゃんとハルちゃんも心配だけど、特に花のことをよろしくお願いします」

「ええ、任せて」

 

 そっとビアンキは優の頭を撫でようとした。優は思わず飛びのくようにビアンキから離れる。やってしまったと思った優は、いつの間にか足元に居たリボーンに助けを求めるように見つめた。

 

「優、草壁が待ってるぞ」

「ビ、ビアンキさん、すみません! 草壁さんお待たせしました!」

 

 リボーンの言葉に優は飛びつき、去っていった。

 

「心配ね……」

「ああ。思った以上にやべーな」

 

 人のことばかり心配し、自分のことを後回して恐らく自身の不安定さに気付いていない。普段の優ならば、さりげなくビアンキから距離をとったはずだ。もう正体を知っているビアンキですら、近づくのを恐れ始めている。

 

「……呪い」

 

 リボーンがポツリと呟く。何度も優に親しいものを作りにくくし、周りが離れていくように仕向けるような状況に、まるで呪いのようだとリボーンは思ったのだ。

 

 聞き取れなかったビアンキはリボーンに視線を向けたが、リボーンは何でもねぇぞと誤魔化した。

 

 優の取り巻く状況を呪いと感じたことで、リボーンはアルコバレーノの呪いに結びついた。だが、それはないという考えもすぐに浮かんだ。もしこれがアルコバレーノの呪いなら、優はアルコバレーノになる前から呪われていることになる。ツナと出会う前に優には親しいものが出来なかったのだから。それにそれが優のアルコバレーノの呪いならば、救ってくれたツナとも親しくなろうとはしなかっただろう。

 

 それでも、リボーンは己の勘を捨て切れなかった。

 

 

 草壁に案内してもらい、優は雲雀のアジトへとやってきた。和風な造りに興味津々でキョロキョロと首を動かす。

 

「こちらです」

 

 案内された部屋の障子を開ければ、雲雀が座ってお茶を飲んでいた。服装がスーツではなく着物だったので、もうツナのアジトには行くつもりはないようだ。

 

「優」

 

 ポンッと雲雀の隣にある座布団を叩いたので、ここに座れという意味だろう。優が誘われるようにそこへと向かう。草壁は下がるらしく部屋に入ってこない。話し合いの内容は後で報告するのだろうか、それとも優がするべきなのだろうか。

 

「何してるの? おいで」

 

 草壁を気にしてほんの少し歩みが遅くなった優を見て、雲雀は戸惑ってるのだろうと思ったようだ。確かによく見ると、座布団の位置がいつもの距離より近い。

 

「失礼しますね」

 

 ほんの少し座布団を雲雀から離して座れば、視線を感じる。

 

「……う、わかりました」

 

 座布団を元の位置に戻し、優は座りなおす。すると、頬に手が伸びてきて顔をあげることになった。

 

「おかえり、優」

 

 ボンッと音が出るようなぐらい、真っ赤になる優。雲雀の目が愛おしいと物語っていたのだ。

 

「た、ただいまです……」

 

 消え入りそうな声だったが、優はなんとか返事をした。本人は無意識にしていたが、恥じらいながらも時折視線を合わせる姿は凶悪なほどに可愛らしい。我慢するはずもなく、雲雀は軽く口付けた。

 

 その結果、優の許容範囲が超えたようで寝込んでしまった。慣れた手つきで雲雀が抱きとめる。そしてポツリと呟く。

 

「……味見すれば怒るかな」

 

 どうやら雲雀にとってキスは味見には入らないらしい。答えはわかりきっていたので諦めるように軽く溜息を吐いた後、意識を失った優を軽々と抱き上げて、雲雀は優の部屋へと運んだのだった。

 

 

 

 

 

 ガバリと優は起き上がる。

 

「眠ってた……。いつから? というか、ここどこ?」

 

 目をこすりながらも情報を整理するために声に出す、優。しばらくして全て思い出したのか、1度布団の中に潜り込み、近くにあった人形に抱きつく。

 

「って、こんなことしてる場合じゃなかった!」

 

 慌ててケイタイに手を伸ばす。少し悩んだ後、電話をかける。

 

『ヴェント、何かあったのか?』

 

 着信履歴からボンゴレ狩りが起きただろう直後に連絡があったのはわかっていたが、10年前と変わらぬ雰囲気に優はホッと息を吐く。

 

“少し聞きたいことがあるんだ。今大丈夫か?”

『ああ、問題ないぜ。それと無理して話さなくてもいい』

 

 許可を得たので了平の居場所を知らないかとディーノに聞いた。ちなみにヴァリアーに居ると知っている優がディーノに電話をかけた理由は単純で、何も知らない状況なら先にディーノに尋ねるだろうと思ったからだった。

 

『ヴァリアーと一緒って聞いたぜ』

「そうなんですか!? 良かったぁ……。よく知ってましたね」

 

 わからんと言われ、ヴァリアーと連絡するつもりだった優は予想外の展開である。

 

『この状況だからな。スクアーロと連絡をとったんだ。恐らく近いうちにボンゴレと同盟による会議が開かれる』

「……その内容は気になりますね」

『お前は絶対に来るなよ。こっちには笹川了平が居るんだ』

「わかってます。これ以上、混乱させる気はありません」

 

 優が……ヴェントが行けば、裏切るものが出てくるだろう。雲雀に説明された優はその危険性を十分理解していた。

 

「それに外に出たらすぐ捕まっちゃうと思うんで」

『……何が起きた』

 

 ディーノの口ぶりから、スケボーを使いこなせれば捕まる確率はかなり低そうである。

 

「ツナ君のアジトと連絡が取れないんですね。というより、盗聴の危険性があるから出来ない感じなのかな」

『ああ。優のケイタイじゃなきゃ、ここまで話せなかった。ん? 今ツナのアジトにいるのか?』

「正確には雲雀先輩のアジトです。まぁ出入りしてますけどね」

『そうか。……今なんて言った?』

 

 今の会話で引っかかるということは、雲雀の話は本当のようだ。過去から来た自分には全く想像がつかない。

 

「10年バズーカに当たり、今会話しているのは10年前の私です。時間がたっても戻れません。ツナ君と獄寺君と山本君もです。私はもう3日ぐらい居ますよ」

『……ウソをつく意味はねぇか』

「ですねー」

『恭弥は大丈夫なんだな?』

「はい。雲雀先輩は私も小さいので随分ツナ君達に協力的ですよ」

 

 ホッと息を吐いたのは安堵からなのだろう。雲雀が協力的かそうでないかで大きく変わってくる。

 

「ただ、ツナ君達の姿はミルフィオーレに見られてます。私はバレてませんが、あまり意味がないでしょうね」

 

 優はバレたが誤魔化したという説明を省いた。この状況ではそこまでの説明はいらない。

 

「ま、リボーン君も一緒にきてますので何とかなりますよ」

 

 こっちはこっちで何とかすると優は伝えたのだ。

 

『優、諦めることだけはするな。……ボス命令だ』

「……はい。努力します」

 

 誰もが無茶を、無理をしなければならない状況である。過去から来たツナ達とは違い、それをよくわかっていたディーノはこの言葉を選んだ。そのため優は素直に約束したのだった。

 



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ヴェントがもつもの

 ディーノとの電話が終わり、昨日の部屋へと顔を出せば、雲雀はもう起きていてご飯を食べていた。

 

「おはよう」

「おはようございます。草壁さんもおはようございます」

「はい、おはようございます」

 

 優は雲雀の隣らしい。草壁は部屋の隅で待機しているのだがいいのかなと首を傾げる。もっともすぐに草壁が気にしないでくださいと目で訴えたので、大人しく座ることになったが。

 

「先に食べてるよ」

 

 それは別にいいのだが、自分の分まで用意してあることに優は驚く。

 

「これって……」

「僕が作った」

 

 その行動にやはり違和感があるのか、優は雲雀の顔をジッと見つめる。

 

「前に言ったよね? 僕の方が朝食を作ってるって。それに……僕が作った方が優は食べるから」

「……そうでしょうね。残せませんよ。申し訳ないですから。では、いただきます」

 

 雲雀がわざわざ作ったものを残せるとは思えないと優は力強く頷いた。

 

 優の様子から間違った解釈をしていると気付いたが、雲雀はそのまま流した。風の波動を持つものが居ないと知ってから、食が細くなったことは知らなくていい。……もっとも、目の前にいる優も同じ道を辿る可能性が高いが。

 

「今から慣れていた方がいい。過去の僕も当たり前のように作るようになると思うから」

「……出来ればその未来は避けたいですね」

 

 大真面目に優は言ったが、不可能だろうと雲雀は思った。目の前にいる優が同じ道を辿れば、過去の自身も同じ道を辿ることになるのだから。たとえその道を辿らなくても、前日の夜に無理をさせる未来を避けれるとは思えない。

 

「……美味しいからね」

「ん? はい。とっても美味しいですよー」

 

 朝食を食べながら力強く返事をする優をみて、雲雀は満足そうに頷いた。

 

 ちなみに、2人のやり取りを聞いていた草壁は頭を抱えたくなっていた。禁欲生活に雲雀がどれだけ我慢できるのか。残念ながら草壁の苦労の日々はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 朝食を食べた優は早速ディーノに教えてもらった情報を伝えにツナ達のもとへと向かう。ダンボールを持ちながら。中身は子ども達のお菓子である。もう用意してくれたらしい。余談だが、雲雀の力ではあるが、手を回したのは苦労人の草壁である。

 

 どうやら食堂らしき場所で揃っているようで、騒がしい。

 

「ヴェント!」

“……どうも”

 

 優がきたことに嬉しそうな顔をするツナを見て、気分が上昇する。ほんの少し、邪魔になるかもしれないと声をかけるのを躊躇していたのだ。こういう時にいつも助け舟を出すのはツナである。

 

「ヴェントも一緒にどう?」

“僕は向こうで食べてきた”

「そっか。……あれ? ヒバリさんは?」

“彼は忙しそうだったからなぁ”

 

 ゆっくりしているように見えるが、雲雀は眠るのも起きるのも優より早い。恐らく優のために雲雀が手を回して保護したのが関係している。ほほ毎日報告が届くので、状況に慣れるまで手が離せないだろう。優も手伝おうとしたが、修行の方を優先するようにと言われたのだ。

 

“正直、僕も彼に手伝ってほしいと思っているんだが……今は難しそうだ”

 

 γとの戦闘をしっかり見ておけば良かったと溜息を吐きそうなぐらいである。なぜなら雲雀はγの戦闘で怪我をしていなかった。優の匣兵器が関係してそうだが、確実に原作より強くなっているだろう。

 

「なぁ。何持ってんだ?」

 

 机に置けば、すぐにランボが興味津々で覗き、中身を見て飛び跳ねた。そしてすぐに手を伸ばそうとしたので、優は風でランボを浮かせる。

 

「オレっちの~~!」

「はひ!?」

 

 ジタバタ空中で暴れるランボをみて、ハルが驚いた声をあげた。コソコソと京子達に誰かと確認していることに気付いていたが、能力までは聞いていなかったらしい。

 

“君の分だけじゃない。イーピンも一緒だ。それと彼女達の言う事をよく聞くこと。ちゃんと良く聞けば、また僕が持ってくるぞ”

 

 ジッとランボの目を見ながら優は話しかけた。もっともフードをかぶっているので、あまり意味がないかもしれないが。

 

「……わかったもんね!」

「なんでアホ牛はコイツの言うことはこうも聞くんだ……」

 

 どこか疲れてる獄寺を見て、優は朝食の間にも何かあったんだろうと察した。アドバイスしたいところだが、理由は優にもわかっていないので何も出来ない。

 

 そのため、話題をかえることにした。ランボは空を飛んでるのが面白いようなのでそのまま浮かばせておく。羨ましそうに見ていたイーピンも一緒に。

 

“あー、笹川了平の居場所を掴んだぞ”

「ヴェント君、本当!?」

“ああ。彼はイタリアだ。ヴァリアー……強い奴と一緒に居るらしい”

「ヴァリアーと!?」

“そうだ。ディーノからの情報だ。間違いないだろう”

 

 ツナ達の反応を見て、京子は安心したようにホッと息を吐いた。

 

“……連絡とってほしいか?”

「出来るの?」

 

 京子には珍しく食い込み気味で優の言葉に反応した。

 

“……出来ると言えば出来る”

 

 電話をしたい京子の気持ちもわかるが、優はあまり乗り気じゃなかった。

 

「ヴェント、どうしたの?」

 

 京子のためならすぐにかけそうな優が二の足を踏んでることにツナは疑問に思ったようだ。

 

“ルッスーリアにかけるつもりだが、ベルが出そうな気がして……”

 

 ツナ達は納得し、生温かい目で優を見た。了平にかわってもらうために、何十分もベルの相手をする羽目になりそうだと。実のところ、優は疲れるがベルの相手をするのは嫌ではない。ただ雲雀の機嫌が悪くなりそうな気がして嫌なのだ。

 

 了平と番号を交換していれば、こんな問題は起きなかっただろうが、基本ツナとボンゴレアジトに連絡が取れれば何とかなる。ヴェントのケイタイには獄寺と山本すら入っていなかったのだ。接点が少ない了平が入っているわけがない。ちなみに獄寺と山本は優の方のケイタイでは交換している。優の中で変なこだわりがあるらしい。

 

“……時間がかかるかもしれないが、待っててくれ”

 

 一言二言は問題なかった。だが、すぐにルッスーリアがわざわざベルを呼んだ。慌てて止めようとしたがすでに遅く、ベルはやってきた。その声に反応したのか、スクアーロも。

 

 ヴァリアー側はスピーカーにしたようだが、京子達に聞かせても大丈夫な内容を話すか怪しいので、優は一人で対応することになる。そしてディーノと同じような流れを説明することになり、スクアーロの反応に耳が痛い。もちろん比喩ではない。

 

“そういうわけで、ボンゴレアジトに笹川了平の妹も居るんだ。彼女を安心させるためにも、彼と電話をかわってほしい”

「ちょっと待っててねぇ~」

 

 ようやく、話が進んだと優は溜息を吐く。少し油断したところにスクアーロの怒鳴り声が響き渡り、優は思わずフードの上から額を押さえた。どうやら山本と会話をしたいらしい。伝えたい内容が想像できたので、ポイッと山本にケイタイを投げる。

 

 受け取ったケイタイを不思議そうな顔で見ていたが、聞こえてくる声に山本は察したらしく相手をしていた。笑って対応する山本の懐の大きさに優は思わず感動する。

 

「あいつらも無事のようだな」

“無事も何も元気すぎる。僕はもう疲れた”

 

 癒しを求めて優は楽しそうに空を飛んでいるランボとイーピンを見つめる。だが、そろそろ飽きてくるころだろう。優はゆっくりとおろす。すると、2人からのお礼の言葉をもらい、優は微笑んだ。

 

「あの……」

“今、君のお兄さんを呼びに行ってるところだ。時間がかかった、すまない”

「ううん、ヴェント君ありがとう」

 

 コクリと頷いていると電話の向こうに了平がやっときたらしく、山本にケイタイを投げ渡された。

 

「あぶなっ……!」

 

 野球の時のようなスピードで投げられ、ツナが声をあげたが優の目の前に届く前には速度は緩やかになっていた。当然、問題なく優はキャッチする。

 

“気をつけろ。彼女に当たったらどうするつもりだったんだ……”

「わりぃわりぃ」

 

 はぁと軽く溜息を吐いてから、京子にケイタイを手渡す。

 

“積もる話もあるだろうし、後で取りに来るよ”

「え……でも」

“この通話以外、僕じゃなきゃ操作できないから”

「そっか。ありがとう、ヴェント君」

“それはさっき聞いた。ジャンニーニ、悪いが案内してくれ”

「お任せください」

「待って、オレも行くから!」

 

 優の言葉に反応しツナは慌ててご飯を飲み込み立ち上がる。獄寺と山本も食べ終わっていたので立ち上がり、ゾロゾロと食堂から出て行くことになったのだった。

 

 ジャンニーニが道案内している途中、ヴェントに声をかけた。

 

「ヴェントさん。すみませんが、アルコバレーノの袋の端を少しもらえないでしょうか?」

 

 今居るメンバーは問題ないことを確認し、優はいつもの口調で答える。

 

「別にかまいませんけど、リボーン君達の力になれるかはわかりませんよ?」

「ええ、承知しております。ですが、技術者からすればヴェントさんの持つものは向上心が掻き立てられるのです」

 

 ジャンニーニが欲しいならと軽く了承の返事をする。優の頭ならもっと協力することは可能だろうが、残念ながら優は物事に興味を持たないタイプである。研究など特に興味がない。

 

「ヴェントが持つものって?」

「例えば、今私が着ている服とか? 時代の最先端とかの次元じゃないと思う。この時代でも解析できてないと思いますし」

「はい、そうなんです! 是非とも製作者にはお会いしたいですね」

「それは難しいでしょうねー」

 

 神がわざわざこのために現れるとは思えない。

 

「誰が作ったの?」

「ツナ君はあったことがあるよ? というか、この中だとジャンニーニさんとラルさん以外かな」

「え!?」

「……雷戦で現れた優の師匠か?」

「流石リボーン君だねー」

 

 ショックを受けてるジャンニーニを尻目に、会話は進む。

 

「袋や服だけじゃなくて、さっきのケイタイとか武器とかも全部、お師匠様が用意してくれたんだ。ヴァリアーのみんなも盗聴できないって知ってるから情報交換したんだよ。あの感じだとあっちでも研究してそうだねー」

「おい、オメーは詳しく知らねぇのかよ!」

「うん。私は頼むだけだもん」

 

 優の反応に、獄寺は本物のバカだ……という視線を送り続ける。興味がないのだから仕方がない。そもそも優が聞いても教えてもらえるとは思えない。

 

「優の師匠は無事なのか?」

「無事だよー。私より何百倍も強いし。でもこの状況を解決する気はないね」

 

 優がきっぱりと自分より強いと断言する人物が居ることにまず驚き、手を出す気はないという言葉にツナは若干落ち込む。

 

「なんでなんだ?」

「力があるからこそ、使えないって感じかな。それでもツナ君達の味方だよ。出来る範囲で私の頼みは聞いてくれるから」

 

 優の表情からリボーンは恐らくウソをついていないと読み取った。ただし、ツナ達の味方という言葉をそのまま飲み込むことは出来ない。話の流れから優がツナの味方であるからツナ側なだけであって、恐らくその人物は優の味方でしかない。

 

 何度か優の師匠を探っても、ヴェントの正体を探っていた時のようにどうやっても辿りつかない。そして、この感覚はずっと前にもリボーンは経験していた。

 

 リボーンは軽く頭を振るう。ある可能性が浮かんだが、証拠はないのだ。そもそもリボーンには確かめる術もない。それに……と優に視線を向ける。もしそれが真実なら、あまりにも酷い話だ。

 

「……ごめんね、あんまり話せなくて」

「や、オレ達もいろいろ聞いちゃってゴメン!」

「ありがとう、ツナ君」

 

 優が礼を言ったところで修行部屋へとたどり着いた。ツナ達はこれ以上優を困らせる気はなかったので、話題をかえるためにもそそくさと部屋へと入っていった。

 

 しかしツナ達のように流すつもりもない人物も当然居る。

 

「ラル、余計なことはすんじゃねーぞ。それに今はそれどころじゃねぇんだ」

「だが!」

「下手に突っ込めば、死ぬぞ」

 

 怪しむような目でラルはリボーンを見ていた。だが、リボーンの目は本気だった。

 

「付き合いの短いおめーには無理だ。のらりくらりかわされて警戒されるだけだぞ」

 

 言いたい文句を飲みこみ、切り替えるように息を吐いた後、ラルは部屋へと一歩踏み出したのだった。

 



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トレーニングルーム

 部屋に入った優は僅かに首を傾げる。優は一人の修行を希望していた。この部屋の奥にさらに扉があるのかと思ったが、先程入った扉以外、見当たらない。

 

「ツナ君達の修行場所かな」

 

 自分は関係ないと思った優は、さっさと出ようとする。

 

「待て。沢田達にお前の現状を説明する必要がある」

 

 確かに京子達の前では話せないだろう。そしてツナ達にはさらに気をつけてもらう必要があるのだから。

 

「それもそうですね。よろしくお願いしまーす」

 

 ラルに任せたのは、説明を受けただけの優よりも把握しているだろうという考えからである。決して、面倒だと思ったからではない。……多分。

 

「優の現状……?」

 

 不吉な雰囲気を感じ取ったのか、ツナが不安そうに優を見た。そのツナの目は知ってるなら優の口から話してほしいと物語っていた。

 

「ヴェントは人気者になっちゃったっていう話なだけだよ」

 

 そんな軽い話ではないのだが、自ら話すなら上手く誤魔化そうとしようとしたのだ。当然、ラルが怒鳴る。リボーンも優が全面的に悪いとわかっているので、フォローするつもりはない。結局、優に任せられないという流れでラルが全てを説明した。

 

「優……」

 

 ツナ達も昨日の流れで、少し違和感を覚える内容があったのはわかっていたが、こんな状況になっているとは思ってもいなかった。

 

「深刻に聞こえるけど、10年前より正体を知りたがってる人が増えただけってことだよ。だから名前の呼び間違えは出来るだけ気をつけてほしいっていう私からのお願い。面倒でごめんね?」

「面倒だなんて……誰も思わないよ!!」

「ありがとう」

 

 えへへと嬉しそうに笑う優に、ツナと山本はその空気に流されていく。しかしマフィアのことをよく知っている獄寺は誤魔化されてもいい内容ではないとはっきりとわかっていた。

 

「バッ……!」

 

 獄寺の声にツナと山本は何事かと振り返る。目に入った獄寺は無理矢理怒りを抑えようとしていた。優はバカだが、本物のバカではないということを獄寺は知っていた。自分の心の状態を自覚してるかは別だが、ちゃんと状況は理解している。そして恐らく自分の心の平穏のために、優は今ツナ達に気を遣われたくなかったのだ。ツナと山本にもっと状況を理解させるのは優がここを去ってからでも出来る。この後、優は別の修行場へと向かうのだから。

 

 そもそも優の性格から考えても、再びツナ達にお願いと口にしただけで十分進歩している。以前なら、勝手に判断しツナ達から遠ざかろうとしていただろう。本当は不安で仕方がないはずだ。だから怒鳴るのは逆効果でしかない。笑って謝罪の言葉を口にし迷惑でしかないと勘違いし遠ざかっていくだろう。だから獄寺は自分を抑えたのだ。

 

 余談だが、ディーノはこの展開を読めていた。だから雲雀が入れ替わっていないと聞き、電話越しの優にもわかるほどの安堵の息を吐いた。もちろん日本の戦力という問題もあるが、優の不安定さも心配していたのだ。もし雲雀も入れ替わっていたなら、日本に向かうことを前提で動いただろう。

 

 ディーノには若干及ばなかったが、優の性格を理解し必死に抑えた獄寺。だが、残念なことに彼はわかりやすかった。初対面の人でも彼が我慢していると気付くだろう。好意の感情に疎い優だが、この場合は普通に気付く。

 

「えっと、ごめんね」

「バカ! 謝るんじゃねー!」

 

 優は理不尽だと思った。だが、謝る以外の言葉を思いつかない。

 

「……えーっと」

「仲間だろうが……」

 

 ボソッと獄寺の呟いた言葉に優は何度も瞬きを繰り返す。やっと意味を理解したのか優は手で顔を隠した。フードをかぶっている状態なので隠す必要がないのだが、それがスッポリと抜けるぐらい嬉しかったようだ。それも当然だろう。ツナ以外に心を開こうとしなかった獄寺の言葉である。嬉しいに決まっている。

 

 獄寺にとって優はツナが大切にしている存在だから気にかけていたといえるものだった。自分のことに対して抜けているぐらいで、基本獄寺の言動に理解して笑って流す心の持ち主。気にかけるといっても、山本やランボよりもかなり楽な相手だった。それがフタを開けてみれば、かなりの問題児。目を離したスキに何をするかわかったものではない。そして考えがひねくれていた。……獄寺から心を開き歩み寄らなければならないほど。

 

「だな!」

 

 獄寺の言葉に賛同し、山本は獄寺と無理矢理肩を組んで獄寺が「やめろ! 野球バカ!」と怒鳴るという流れが起きる。いつもと同じように見えるが、今までとははっきりと違うものだった。ツナは獄寺を感動した目で見つめながらも、いつものように優の隣に立った。

 

「……まいったなぁ。獄寺君達にも勝てなくなりそう」

 

 ポツリと呟いた優の言葉に、ツナは嬉しそうに笑った。

 

 

 このとき、成り行きを黙ってみていたラルにリボーンが声をかけていた。

 

「上手くまわってんだろ?」

「甘っちょろいガキだがな」

 

 風の属性を持つ唯一のヴェントを狙うマフィアの恐ろしさを10分の1も理解していないだろう。だが、ラルはリボーンの言葉を否定しなかった。

 

 そして、リボーンがわざわざラルに声をかけた意味にも。

 

 ツナ達の様子を見て、ラルは部屋に入る前に言ったリボーンの付き合いが短いものには無理だという意味にも納得していたのだった。

 

 

 

 長い時間、ラルの隣でホロリとしていたジャンニーニは、優の視線を感じて自分の役割を思い出し頷く。

 

「じゃ、ちょっと頑張ってくるね。ツナ君達も頑張ってね」

 

 ツナ達に見送られ部屋から出ると、リボーンも出てきた。

 

「オレも行くぞ」

「ツナ君達のことはいいの?」

「問題ねーだろ」

 

 それだけラルを信頼しているということなのだろう。優はリボーンがそう判断したのなら、何も言わない。

 

「ヴェントさんのトレーニングルームは特殊なので、私も楽しみです」

 

 特殊という言葉に優は引っかかったが行けばわかる話なので、ツッコミはしなかった。そしてついにジャンニーニの足がとある部屋の前で止まる。

 

「こちらがヴェントさんのトレーニングルームです」

 

 開いたドアから部屋の様子を見て、僅かに優は眉間の皺を寄せた。

 

「ツナ達が使ってる部屋と変わらねぇじゃねーのか?」

「……パッと見はね。これ、作ったのお師匠様ですよね?」

「はい。我々が気付かない内に作り上げました」

 

 つまり不法侵入である。自重しなかったのは未来の自分なのか、神なのか、あるいは両方か。とりあえず頭が痛い。

 

「すみません……」

 

 迷惑をかけたのは間違いない。優は頭を下げた。自分のアジトに作ればいいのにと思わなくはないのだが、過去から来る優のためにここに作ったのだろう。

 

「いえ、今度は負けません!」

 

 侵入されたことでジャンニーニはセキュリティの強化に燃えてるようだ。神に挑戦しようと意気込んでいるので、優はそのままソッとしておいた。神に勝つことは不可能だとわかっているが、セキュリティは強化してほしい。

 

「で、どうなってるんだ?」

「見た方がわかりやすいかな」

 

 そう声をかけた後、優は部屋へと入る。すると、優の足元から広がっていくように景色が変わっていく。

 

「幻覚か……」

「部屋ごとカモフラージュしたみたいだねー」

「わわわっ」

 

 転げそうなジャンニーニを優は風で浮かす。ここでは立つことも難しい。優が一歩踏み出した途端、この部屋は波打つように動き出した。まるで地面が生きているように。そんな中でも自力で立てている優とリボーンは流石と言っていいだろう。

 

「生半可じゃねーバランス感覚が必要になるぞ」

「だね。僅かな振動だけで波打つもん。スケボー云々の前に歩くのも難しそう」

 

 ジャンニーニを降ろす直前に優は軽くジャンプをする。すると、再び何もなかったようにただの修行部屋に戻っていく。優はどこにも触れないように風を操り空を飛ぶ。

 

「うーん。練習すれば、何とかなるかなぁ」

『スケボーは、な。これの最終課題は優が歩いても波打たないだぞ?』

 

 聞こえたきた神の声に優は天を仰いだ。それはない、と訴えているらしい。

 

「どうしたんだ?」

「……思った以上に難易度が高いってことに気付いただけ。スケボーを乗りこなすのは序の口だったよ……」

 

 地面が波打つことを想定したスケボーの練習の方が簡単に決まっている。精神力や集中力という精神的な問題だけではない。無意識に優が纏っている風さえも完璧にコントロールしなければならないだろう。道理で雲雀が修行を優先にしろという訳だ、と優は遠い目をした。

 

「出来るだけ、頑張るよ……」

 

 優の僅かな動きから波打つというヒントもあったからか、リボーンはこの部屋の意図に気付いたようで優の弱気な態度を見ても発破をかけたりはしなかった。それどころか「スケボーだけで十分だろ」という言葉をかけた。

 

 理由はただ1つ。もし優がこの課題をクリアした時、今よりも優の考えがわかりにくくなるからである。

 

「お師匠様が用意したってことは必要なことだと思う。ありがとうね、リボーン君」

 

 気遣ってくれたと思い、優はリボーンに感謝の言葉をかけた。リボーンはニッと笑い返しながらも、ある不信感が募っていた。



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優の心

 修行をはじめてから3日たち、優は雲雀に「もういいよね」と声をかけられた。

 

「何がですか?」

「いつまで向こうに行くつもり?」

 

 よくわからない優はジッと雲雀を見つめる。

 

「優の実力ならスケボーはもう使いこなしてるはずだよ」

 

 雲雀の協力もあり、3日間のほとんどの時間を修行にあて、類なる才能を持っている優が本気を出したのだ。コツさえわかってしまえば、すぐに修行は軌道に乗り、雲雀の推測通りスケボーは乗りこなせている。素直に優は頷いた。

 

「修行が終わったんだ。もう行く必要ないよね?」

「え?」

 

 ツナ達の元へ向かうのが当たり前のような反応する優を見て、雲雀の機嫌が悪くなっていく。体格が大きくなったため、その迫力も増していた。僅かに怯えた反応をした優を見て、怒りを沈めるかのように深く息を吐き、雲雀は口を開いた。

 

「向こうに行かず、僕の手伝いをしてほしい」

「そ、そうですよね。すみません、甘えっぱなしで……」

「それは違う。僕が優を甘やかしたくてしていたんだ」

 

 本当は迷惑じゃなかったのか、それとも言葉通り受け取っていいのか、判断できなかった優はとりあえず微笑んだ。それを見た雲雀はそっと頬に手をあて、視線を合わせる。

 

「僕のこと、信用できない?」

 

 優は必死に首を横に振る。恐怖からではなく、恥ずかしさからきた必死な姿に満足した雲雀は手を離した。

 

「あの、でも私は何をすれば……」

 

 誤解していたのはわかったが、今の優では手伝おうと思っても何をすればわからない。結局足手まといにしかならないのではないかと優は思ったのだ。

 

「優の手料理を食べたい。後は掃除とか、かな」

「はい! 頑張ります!」

 

 家事全般なら物の配置がわからないだけで、やることは過去の時代でもしていたことだ。これならすぐに雲雀の力になれると優は気合を入れる。

 

「でも……修行はまだ終わってないので、向こうへは通いたいです」

「……どういうこと」

 

 先程の不機嫌とはまた違う重い空気に優は困惑しながらも、恐る恐る説明した。雲雀は優のトレーニングルームの構造を知っていたので話が通じ、説明はすぐに終わった。が、雲雀が発した言葉は優が想像していた内容ではなかった。

 

「やらなくていい」

「えっ? でもお師匠様からの課題なんですけど……」

「優には必要のないことだ」

 

 雲雀の態度は頑なで、キョロキョロと優の視線が泳ぐ。雲雀にダメだと言われても神からの課題はこなさなければならない。だが、雲雀の様子からして説得出来そうにない。

 

「それはこの時代の優も出来ないことだよ」

「そうなのですか?」

「だからしなくいいよ」

 

 ここまで言っても、未だ判断に迷ってそうな優を見て、雲雀は僅かに眉間を寄せる。雲雀の知る限り、優が師匠と呼ぶ人物は優には無害だった。だが、今回だけは優のためを思っての内容とは思えない。感情を抑えさせるような修行なのだから。

 

 雲雀が修行に専念させたのは、さっさと終わらせて自分の側に居させようとしただけだ。決してそんな修行をさせるためではない。

 

 縛り付けてでも行かせないようにしようかな、と雲雀が物騒なことを思い始めている頃、優は神と会話をしていた。

 

『急ぐ必要はないぞ』

(そうなの?)

『未来に居る間にクリアする可能性が見えていれば上出来っていうレベルだからな』

(……やっぱり難易度高かったんだ)

『ああ。それに急いだところで出来る課題でもないしな』

 

 それもそうだと優は納得する。優が焦れば焦るほどあの地面は動くだろう。神との会話を終えた優は雲雀の顔をジッと見た後、口を開いた。

 

「雲雀先輩の言うとおりにします」

 

 ニコリと微笑む優。だが、今までの経験上、それでは安心出来ない。そのため雲雀は再びこの言葉を使った。

 

「あっちには行かない?」

「えーっと、せめてツナ君達にしばらく顔を出さないと伝えに行くぐらいは……」

「それはいいよ」

 

 雲雀の許可を得れて優はホッと息を吐く。流石にいきなり行かなくなるとツナ達が心配するだろう。修行にいっぱいいっぱいであろうツナ達にこれ以上余計な心労は与えたくはない。

 

「じゃ、ちょっと行ってきますね」

 

 軽い足取りで向かった優を見て、上手く防ぐことが出来たと思った雲雀。だが、残念なことに修行を後回しにしただけで全く解決はしていなかった。

 

 

 

 この時間なら朝食を食べているだろうと判断した優は、真っ直ぐ食堂に向かう。そして予想通りツナ達は食堂に居た。

 

 顔を出せば、おはようと声をかかるので優はいつものように返事をかえす。もう京子達は怪しい服装をしたヴェントを見ても驚かない。慣れたのだろう。

 

「今日は早いね」

“しばらく顔を出さないからそれを伝えにきたんだ”

「え!? 何かあったの!?」

 

 心配し始めたツナに優は否定するように軽く手を振る。

 

“雲雀恭弥の手伝いだ”

「あいつ、何やってんだよ。全然こっちに顔を出さねーし」

 

 守護者の自覚が……と小さな声で呟き、獄寺がイライラし始めたので、優は溜息を吐きながら教えた。

 

“彼は本当に忙しいんだ。彼はこっちのアジトの面倒も見ているんだぞ?”

「ヒバリさんが!?」

“考えればわかるだろ。日本支部はこの時代の僕達でまわしていたんだ。それが抜けてみろ、今地上で起きてる問題以外にも支障をきたしていたはずだ。それをカバーできるのは入れ替わってない彼以外誰が居るんだ”

「へ、へぇ。ちょっとはやるじゃねぇか」

“まぁ君達というよりも、彼がしないと並盛の風紀がこれ以上悪くなるからだけどな”

「そっちかよ!?」

「ハハ。やっぱ、ヒバリはそうだよな」

 

 フォローしたようでしていないような優の微妙な教えによって、辛うじて雲雀が顔を出さないことを責められることは防いだ。

 

“まぁ本部があるイタリアにはちょうど笹川了平が居るし、僕達が幼くなったことは同盟のディーノも知っている。そろそろ落ち着く頃合いだろう”

 

 もっとも落ち着くの意味の中には、被害状況がわかり始めるからというのも含まれているが。流石にそれは京子達が居る前では言えない。優が言葉を選び、会社の話と勘違いするように話しているのだから。

 

“本部との兼ね合いは笹川了平に、日本のことは雲雀恭弥に任せて、君達はやるべことに専念すればいい。そして僕は最低限のラインは超えたから、雲雀恭弥のフォローに入ると言いに来たってことだ”

「アレはいいのか?」

 

 アレというのは最終課題のことだろう。優は軽く頷いた。

 

“雲雀恭弥の話では、この時代の僕でも出来なかったことらしい。だから焦る必要はないと判断した”

 

 リボーンは雲雀も自身と同じような考えに至り、優に止めさせようとしているのだろうと察した。もっとも、雲雀が優を側に置いておきたいという欲求も含まれているだろうが。

 

“そういうわけだから、心配する必要ないから。じゃぁな”

 

 ヒラヒラと手を振り、去ろうとしたところで「待って!」と呼び止められる。声の主に優は僅かに動揺したが、誰にも悟られずにすんだ。ゆっくりと振り返った優は相手の目を見て口を開く。

 

“なんだ?”

「あんた、雲雀恭弥と親しいのなら、優……風早優のことも知ってるわよね?」

 

 黒川の言葉にツナ達はハッとする。ツナ達の動揺を他所に、優は平然と頷いた。声をかけられた時点で内容は予想できていたからだ。

 

「何度も連絡しているけど、返事がないのよ……。あの子もこの時代に来ているはずよ。優は今どこに居るの!? あの子は本当に無事なの!?」

 

 黒川はこの時代の自身が使っていたケイタイを持っている。当然、その中に優の連絡先が入っていた。さらに京子達は10年バズーカに飛ばされる直前まで、消えた優を探していたのだ。同じようにこの時代に飛ばされたと予想が出来る。

 

“彼女は無事だ”

「だったら、どうして連絡がとれないのよ!」

「花、落ち着いて。ヴェント君、優ちゃんと話をしたいの。お願い」

「ハルからもお願いします!」

 

 京子のためにヴェントは了平の居場所を探し連絡を取った。子ども達のためにお菓子の用意を雲雀に頼んだ。それらの行動から、京子達は怪しい格好をしているがヴェントはいい人と認識している。今回も頼めば、何とかしてくれるという気持ちがあったのだろう。だが、返事は無情である。

 

“断る”

 

 3人の顔色は悪い。ヴェントが面倒と思って断ったという考えは浮かんでいないのだろう。そのため優に何かあったと思ったのだろう。

 

「ヴェント!」

 

 たとえツナの頼みでも出来ない。優は首を振った。確かに雲雀のアジトから電話をして声を聞かせれば京子達を安心させることは簡単だ。しかしそれは出来なかった。

 

「どうして、なの……?」

 

 潤んだ目をしながらも質問する京子の姿を見て、優はフードの上から頭をかきながら答えた。

 

“……彼女が、風早優がしたくないと望んでいる。事実、君達との連絡を彼女は絶っている”

 

 ツナ達から視線を感じ、優は目を閉じた。軽く息を吐き、目を開けたときにはヴェントだった。

 

“彼女は君達より何倍も状況が悪い。ちょうどいいじゃないか、今のうちに縁を切ってたほうが君達のためになると僕は思うぞ”

 

 まるで他人事のように提案する姿にツナ達は息を呑む。

 

「なにふざけたこと言ってるのよ!」

 

 黒川の手が空を切る。頬を引っ叩くつもりだったようだが、素人の攻撃がヴェントに当たるわけがない。……風早優の時ならば、甘んじて受け止めていただろうが。

 

“気を悪くしたなら謝る。だが、恐らく彼女はそれを視野に入れている”

「あんたねぇ!!」

「花!!」

「花ちゃん!」

 

 再びヴェントに突っかかろうとした黒川を京子とハルが抱きとめる。

 

「ヴェ、ヴェントもさ。ちょっと落ち着こうよ、ね?」

“言っておくが、君達にも通ずる選択だぞ”

「バカなこと言ってんじゃねぇ!!」

“感情でどうにかなる話ではないんだ。彼女の平穏な時間はいつ終わるかわからない。君はよくわかっているだろ”

 

 グッと言葉に詰まる獄寺。真っ先にケンカを売った獄寺が黙ってしまうほどのことがおきていると、京子達は気付いた。

 

「優ちゃんに、何が起てるの……?」

「沢田達は知ってるのね? 教えなさいよ!」

「ツナさん!!」

 

 マフィアのことさえ黙っているのだから、優のことをツナ達は話せるわけがなかった。

 

“彼女は爆弾だ。外で起きている問題の一端は彼女にもある。だから、この問題を解決して平和な過去の世界に戻っても彼女が居る限り、似たようなことが起きる可能性がある。雲雀恭弥はそれを理解しながらも、彼女を自分の庇護下においた”

 

 もっとも、雲雀の力で及ばないことも多くディーノの力を借りている現状である。さらに過去の世界から来る雲雀はこの状況を知らない。どのような判断を下すかは優にはわからない。……そう思っているのは優だけだが。

 

 雲雀からすれば許容範囲でも、京子達からすれば寝耳に水だろう。言葉を失ってしまった京子達を見て、優は部屋から出て行った。

 

 食堂からある程度離れたところで、優は声をかけた。

 

「アルコバレーノがマフィアに入ってる意味が今頃わかったよ」

「都合が良いからな」

「そうだねー」

 

 優はクスクスと笑う。それほど都合が良いというリボーンの言葉は的を得ていた。

 

「……ごめんね、余計なこと言って」

「遅かれ早かれ起きたことだぞ」

「それでもだよ」

 

 自分が居なければ……と優は思う。

 

「早まるんじゃねぇぞ」

「それはないから大丈夫だよ」

 

 優は笑って否定した。こんな思いをするのは自分だけで十分だ。

 

「でもまぁちょっとだけ取り繕うのはきついかな」

「……わかったぞ」

 

 足を止めたリボーンに優は感謝を込めて手を振った。リボーンと別れ、角を曲がった時には優の顔は泣きそうだった。



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優の不安

 何度か深呼吸を繰り返した後、優は雲雀のアジトへ足を踏み入れた。すると、スパンという襖の開いた音が聞こえ、優は何度も瞬きをする。雲雀も草壁もそのような音を出すとは思えないからだ。何か問題が起きたのだろうと優は察した。

 

 すぐに廊下で優は雲雀と出会う。優が今居る位置から雲雀の向かう場所はツナのアジトだろうと考え、道をあける。理由は向かいながらでも聞けるのだから。

 

「優」

「あれ? 私に用だったんですか?」

 

 道を譲ったはずなのに、雲雀は優の前で立ち止まったことからツナ達ではなかったらしい。

 

「どうかしましたか? お腹が減りましたか?」

 

 お腹すいたという言葉で雲雀は優を引き止めることが多かった弊害か、優の中で雲雀は食いしん坊キャラになってしまっている。

 

「……違うから」

 

 失敗を誤魔化すように優はエヘヘと笑う。その様子を見た雲雀は軽く溜息を吐いてから、軽々と優を抱き上げた。

 

「えっ? えっ? 雲雀先輩?」

 

 優の声が聞こえていないかのように雲雀は無言でスタスタと歩く。戸惑っている間に優は自分の部屋へと戻ってきた。

 

「何か話があるんですね」

 

 切り替えて真面目モードに入った優だが、横抱き状態である。まったく締まらない。

 

「あのぉ、おろしてもらえますか?」

 

 優の言葉を聞き入れたのか、雲雀はベッドに腰をかけて膝の上に横抱きのまま優をおろした。カァァと真っ赤になる優。雲雀のその行動は予想外だった。

 

 雲雀が視線をおろせば、カチコチに優は固まっていた。その様子に気にした素振りもみせず、雲雀は優のフードを取って声をかけた。

 

「ここなら外に声が漏れない。思いっきり泣けばいい。もう我慢する必要ないから」

 

 優は驚いたのか、再び何度も瞬きを繰り返す。雲雀がポンポンと背中を叩けば、限界がきたらしい。

 

「…………うぅーー」

 

 言いたいことを我慢しているような泣き方だった。雲雀は何も言わずにそっと抱きしめ、背を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 部屋を出た雲雀は扉の前で軽く息を吐いた。雲雀の予想よりも優が崩れるのが早かった。それに思った以上に、優は精神疲労がたまっているようだ。泣きつかれたことを考慮しても、眠りに落ちやすい。食欲がなくなるだけに留まらず、弱っていく未来まで想像してしまった。

 

 ギリッと雲雀の手に力がこもる。この時代の優も週に1度ベッドから起き上がれない日があった。次の日にはケロっとしていて、少し疲れただけという本人の言葉をそのまま受け取っていたが、もし優があの感情を抑える修行をしていたなら誤魔化されていた可能性がある。雲雀は優の纏う風の気配からウソや感情を読み取っていたのだから。

 

 余談だが、雲雀のアジトは優のために風通しをよくしている。今回雲雀が優が無理しているとすぐに気付くことができたのは、風の気配が変わったことを感じ取ったからだった。

 

「恭さん」

「……なに」

 

 すこぶる雲雀の機嫌は悪い。草壁はそんなこと百も承知の上だろう。それだけ付き合いは長い。だからこそ、雲雀はムカツキながらも耳を傾けた。くだらない用件で今の雲雀に草壁は声をかけたりはしない。

 

「風早さんに会いたいという方々が訪ねてきています」

 

 チラッと視線を草壁に目を向けた。それだけで案内しろという意図を察した草壁は歩き出す。ツナ達ならば草壁が追い返すことから訪ねてくる人物は予想できた。

 

 襖を開けると雲雀の予想通りの優の女友達が居た。ツナも一緒に居たがすぐに興味がないように視線を外し口を開いた。

 

「赤ん坊の差し金?」

 

 雲雀の声に反応したかのように、天井裏からリボーンがふってきた。

 

「ちげぇぞ。オレはこの件にはノータッチだ」

「そう」

 

 確認が終わると雲雀はいつもの席に腰を下ろした。その隣には雲雀には似合わない座布団があり、誰の席かすぐに察することが出来た京子達は空白なことに悲しそうに目を向ける。

 

「優には会えないから」

 

 わかりやすい視線だったこともあり、雲雀は京子達が口が開くよりも早く事実を教えた。

 

「なっん……なんでなのよ」

 

 声を荒げようとした黒川だったが、雲雀の一睨みで静かに問いかけることになる。

 

「君たちと会うのは優の負担になる」

 

 京子達の反応に見向きもせず、雲雀は草壁が用意したお茶に手を伸ばした。

 

「……あの、雲雀さん。ヴェントは?」

 

 ツナの言葉に雲雀は大きな溜息を吐く。優のことを思って京子達がきていることを純粋にただ知らせたいのかもしれないが、それすらも優の負担になるのだ。

 

「ヴェントを呼ぶつもりはないよ。最終的にあれは優よりも君たちを選ぶ。……何があったかは知らないけど、余計なことは言ってないよね? 特に君」

 

 雲雀の視線にツナの顔色が悪くなる。言葉は選べというアドバイスを受けていたにも関わらず、ヴェントの名を呼んで説得しようとしていた。無意識に京子達に肩入れをしていたのだ。

 

 ツナの頼みでもそれは聞けないと考えていた優だが、もしあの時ツナがはっきりと内容を口にして頼んでいたなら話は変わっていただろう。それほど優はツナに弱いのだ。

 

「話を戻すよ。優のことを思うなら帰って。今はその時期じゃない」

 

 京子達は動かなかった。元々、雲雀が壁になると予想していたのもある。さらにこれぐらいで帰ってしまうなら、咬み殺される覚悟までしてここまで来ない。

 

 ツナは京子達と雲雀の間で揺れていた。どちらの言い分もわかるのだ。優のためにここでひけば、京子達が不安定になる。京子達のために無理を通せば、優の負担になる。優柔不断のツナにはどちらを選ぶということは出来なかった。

 

 そのツナの苦悩をなんてことのないようにリボーンは言った。「おめーら、帰るぞ」と。これにはツナも焦った。京子達はそんな簡単に諦めれることではないし、まして納得できることでもない。

 

「リ、リボーン!」

「雲雀の話を聞いてなかったのか? 今は無理って言ってたんだぞ」

「……あれ? それって……」

 

 期待するような眼差しでツナは雲雀を見るとお茶を飲んでいた。何の反応もないように見えるがツナにはわかった。雲雀は肯定しているのだ。気に入らなければ、すぐに咬み殺そうとするのだから。

 

「ヒバリさん、ありがとうございます!」

 

 目を輝かし頭を下げるツナを見て、雲雀と付き合いの浅い京子達はやっと理解した。優のためだとしても、雲雀が京子達と会えるように動いてくれるということを。ツナに続いて京子達も頭を下げる。

 

「……わかったなら、さっさと出て行きなよ」

 

 ツンデレ……ではなく、雲雀の限界に近いのだ。これ以上群れたくない。

 

 本気で嫌がってると気付いたツナ達は再び頭を下げて慌てて立ち上がる。優のためにならと覚悟はしていたが、好き好んで咬み殺されたくはなかった。

 

 草壁が案内するために襖をあけた時にポツリと雲雀は呟いた。

 

「優はこっちから離さない限り、戻ってくる。だから離れたと勘違いしないように、気をつけた方がいい。……現状維持なら問題ないよ」

「……ありがとう、助かったわ」

 

 雲雀の助言に反応したのは黒川だった。優の負担になるのならとメールを送るのを止めて待とうとしていたのだ。

 

 今度こそツナ達は雲雀のアジトから去っていった。草壁がツナ達を送り届け戻ってきたことを確認してから雲雀は立ち上がる。そして草壁から溜まっている報告書を受け取り、雲雀は優の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 重たい瞼をゆっくりとあけ、どこかボーッとしていた優に雲雀は声をかけた。

 

「おはよう」

「……おはよ、です」

 

 まだ寝ぼけているのか、優は雲雀の動きを眺めていた。立ち上がった雲雀は濡れたタオルを絞っている。それが終われば、こっちにくるのでニヘラと優は嬉しそうに笑う。

 

「大きい、雲雀先輩だぁ」

「そうだよ」

 

 優の反応に雲雀は微笑みながら返事をし、絞ったタオルを目に当てた。ひやりとした感覚に優は気持ち良さそうにしていたが、徐々に意識がはっきりしてきたのだろう。ガバリと身体を起こした。

 

「……ど、どうし……よ」

 

 起きた反動で落ちたタオルを握り締めて、すぐに立とうとしたが、雲雀がそれを許さず肩をおさえた。血の気が引いた優を立ち上がらせたくはなかったのだ。

 

「大丈夫だから」

 

 雲雀は少しでも落ち着かせるようにゆっくりと言って抱きしめた。

 

「…………すみませんでした」

 

 しばらく雲雀の心臓の音を聞いたおかげでパニックからは脱却したようで、ポツリと優は謝罪を口にした。そしてゆっくりと離れ、雲雀に笑いかけながら言った。

 

「以後、気をつけます」

 

 雲雀は軽く溜息を吐いて、口を開いた。

 

「確かに僕は優が作ったご飯を食べたいって言ったよ。でも優に無理させてまで食べたいとは思ってないから」

 

 ジッと雲雀の目を見た後、優は嬉しそうに笑って頷いた。10年前の雲雀ならそれで納得して終わっただろう。だが、この時代の雲雀はそれだけでは納得せず、再び口を開いた。

 

「僕のことを少しは信用して」

「信用してますよ?」

「僕個人にはね。でも、僕の優に対する思いは?」

 

 優はすぐに答えることは出来なかった。だから雲雀は優の頬に手を添えて目を合わせた。

 

「良い子じゃなくてもいいんだよ。僕は幻滅しない」

 

 言葉に偽りはないという意味を込めるかのように雲雀は優に微笑んだ。戸惑っている優を再び抱きしめて背をポンポンと叩き、目を閉じた。雲雀は腕の中に居る優よりも成長した優がポツリと言った言葉を思い出していた。

 

 ――ずっと怖くて仕方がなかったんです。

 

 そういって優が指したのは雲雀だった。驚きに目を見開いた雲雀を見て優はクスクスと笑った。

 

 ――だっていつか正気に戻って、私は捨てられると思ってましたから。

 

 雲雀の機嫌が急降下していくのを見て優はすぐに首を振った。今は違う、と。そしてそう思ってしまったのは雲雀のせいではないと。

 

 優は雲雀に甘えるかのように抱きつきながら、ゆっくりと語った。

 

 ――親戚に預けられて、私は両親を待っていたんです。でもいつだったかなぁ。悟ったんです。私は両親に捨てられて、もう迎えは来ないって。気付いた時には遅かったんですよね。良い子にしてれば迎えに来るって思い込んでしまってて、外面だけ上手くなったんです。でも他の生き方は知らなくて……。

 

 ――変わったのはみんなと出会ってからですね。特にツナ君には参りましたね。生き方を忘れてしまった私を元に戻してくれましたから。……ツナ君に怒らないでくださいね。あの時の私には必要な言葉だったんです。それで恩を返すってことで、ツナ君の手助けと言い聞かせて側に居座ったんです。居心地が良かったから。だって良い子の私を頼ってくれるんですよ? 無駄じゃなかったと思えたんです。

 

 ――でもまぁ1番のきっかけは……あなたと出会ったことですね。出会った当初は理不尽でしたもん。いきなり呼び出されるし、私の話を聞かないし。「えー」とか不満を言えば嫌われるとおもったんですけど、上手く行かないし。でも本当は誰よりも耳を傾けてくれていたんです。だから好きになったのは必然でした。

 

 ――好きになって、怖くなったんです。だから私の中で予防線を張りました。だっていつも迷惑かけてますから。捨てられるって思い込んでいたんです。その一方でもう捨てられたくはないって気持ちもあって。未来を語ってしまったり、嫌われないように良い子にならなきゃいけないって思ったり。結局良い子のフリなんで、上手くいかないんですよね。

 

 ――ずっと怖かったんです、大好きだったから。友達だったら良かったのにって何度も思いましたね。

 

 雲雀はゆっくりと目を開けた。その時は友人関係ならば出来ないことをしてたっぷりと甘やかしたが、今の優にはそれは使えない。

 

「怖ければ、少しずつ僕を試せばいい。僕は……幼い僕も嫌な顔はしないよ」

 

 これ以上、言葉や態度で示しても優は戸惑うだけだろう。そう判断した雲雀はそっと優から離れる。ただ離れたことで本当に信じていいのか悩んでそうだったので、雲雀は額にキスを落とした。

 

「……あ、ありがとう」

 

 雲雀はその声を聞いて、条件反射のように優の唇を指でなぞった。目を見開いた後、優は僅かに視線を泳がせた。いつもと違う優の反応に、雲雀は我に返る。

 

「雲雀先輩……?」

「優のここが美味しそうだったから」

 

 ボカしもせず、はっきりとした言葉に優は赤面する。その反応に雲雀が笑ったことで優はからかわれたと判断し、雲雀を睨んだ。もっとも、そんな顔をしても可愛いだけなので、雲雀は満足そうに微笑むだけだった。




難産でした……。
10回は書き直した気がする。
遅くなり申し訳ございませんでした。


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 優がツナのアジトへ向かわなくなってから数日がたった。その間、優はしっかりと家事をこなしていた。雲雀に言われたものの、これまでの生活をかえるのは難しく、また家事をしなければ暇だった。それでも眠る少し前に忙しい雲雀を捕まえて、一緒に過ごす時間を貰って甘えた。特に何か話すわけでもなく、ただお茶を一緒に飲んでるだけだが、優はその時間が好きだった。

 

 といっても、ふとした拍子に限界がきて優は急に泣き出す。この環境が優にとってストレスであり、また話せないのも強いストレスになっている。もっとも、優は詳しく話せないだけで話すことは出来るのだ。ただ優が上手く甘えることが出来ないのが原因である。そんな優を雲雀は見つけ出し、泣き止むまでずっと側に居た。

 

 そんな日々を繰り返していると雲雀のアジトに訪問者がやってきた。

 

「ちゃおッス」

「こんにちは。どうぞー」

 

 身長からある程度予想していたのもあり、優は驚く様子は見せなかったが、ホッとした素振りを見せながらリボーンを席へと案内した。未だ、ツナ達にどんな顔をして会えばいいのかわからないのだろう。

 

「ちょっと待っててね」

 

 優のことを思って話を終わらせて去ったリボーンが、優に無理強いするとは思えず、雲雀に会いに来たと優は察したのだ。案の定、優の頭の上に乗っているヒバードに頼んでいてもリボーンは何も言わなかった。

 

 雲雀を呼びに行ったヒバードを見送って、優はお茶の用意をしながらリボーンに声をかけた。

 

「……最近、どう?」

「京子達は頑張ってんぞ」

「そっか」

 

 優はホッとし微笑んだ。心配だったのと、未だに黒川のメールを無視し続けていたこともあり、本当は顔を見せに行きたかったのだ。

 

「ツナ達は新しい修行に行き詰ってるところだな」

「新しい修行?」

「少し前から個別で特訓を開始したからな」

 

 優は関心したように頷く。どうやら獄寺と山本が怪我をしなかったこともあり、もう個別の修行に入っているらしい。そして1番行き詰ってるツナのためにリボーンはここにやってきたのだろう。

 

「行き詰ってるのかぁ」

 

 基本的に戦闘に関してはすぐに身につく優はイマイチわからない。この世界にきてから優が1番苦労しているのは感情のコントロールである。もっともそれは大事なものが出来たからだが。

 

 具体的なアドバイスも出せなかったところで、雲雀が顔を出す。軽く挨拶を交わした2人を見て、優は下がろうと腰をあげる。

 

「どこ行く気?」

「え? 私は邪魔ですから」

「かまわないよね? 赤ん坊」

「ああ。問題ねぇぞ」

 

 若干雲雀がリボーンを威圧したこともあり、申し訳なさそうに優はリボーンに頭を下げて座りなおす。しばらくの間、本当に雲雀の横に座ってていいのかと心配していたが、2人とも気にする素振りを全く見せなかった。

 

 どうやらリボーンはツナにボンゴレの試験を受けさせるために雲雀の協力を頼みに来たようだ。面倒なことを引き受けるため、試験をクリアしたツナを好きにしていいという条件を聞いて話をのむ雲雀も大概だが、その条件を出すリボーンもなかなか酷いものである。優は溜息を吐いた。

 

「……止めねぇのか?」

 

 雲雀と会話をしていたリボーンがふいに優を見て言った。

 

「そりゃ止めたいよ。でも雲雀先輩がやる気になっちゃったし、リボーン君は私を説得させるつもりできたみたいだし」

 

 ちょっとスネたように優は言った。ここしばらく優はツナのアジトに顔を出さなかったのだから、優に隠したまま実行できただろう。堂々と話したということはたとえ優が反対してもリボーンは実行する気なのだ。そもそも優は真正面から言われれば弱い。

 

「まぁそれだけリボーンが真剣ってことだから、私からは何も言えないよ。リボーン君の家庭教師の腕を私は信頼してるのもあるからねー」

「そうか」

 

 どうしても必要なことだと優は気持ちを抑えるように息を吐いた。たとえこれから先に必要だという未来を知っていても、感情が邪魔をし簡単に割り切れることではない。

 

「何よりも私の力不足が1番の原因ですから」

 

 そもそも優がツナの相手を出来れば、全て丸く収まる話である。そのため実行する雲雀にほどほどに頼むのも、文句をいうのも筋違いなのだ。

 

「優が、悪い……?」

 

 リボーンとの会話に口を挟まなかった雲雀がポツリと呟いた。優は隣から流れる不機嫌な気配に思わずビクリと肩を跳ねた。

 

「何でも自分が1番悪いと決め付けるんじゃねぇぞ。そもそもツナが一人で乗り越えれれば問題ねぇ話だ」

 

 ボンゴレの試練には混じり気のない殺気が必要なのでツナ一人では無理だろうという前提があるのだが、優はそこまで頭が回らなかった。すぐに頷かなければ、ツナの命はなくなる。それほど隣の人物の機嫌が悪い。

 

「自分を含めた適材適所を理解しねぇと、ツナの参謀にはなれねぇぞ」

 

 ニッと笑い、格好良く決めたリボーンに向かって口を開いた人物がいた。

 

「何言ってるの? 優は僕のだから」

「決めるのは優だぞ」

 

 雲雀とリボーンから真剣に見つめられ、優は目を泳がせながら言った。

 

「か、かけもちで……」

 

 リボーンはその回答に納得したが、雲雀は面白くなかったようでムスっと機嫌が悪くなる。ただ先程と違ってスネたような反応なので優はどうしようとは思っていても怖がってはなかった。

 

「じゃ雲雀、明日頼んだぞ」

 

 優の困惑を他所に話が終わったリボーンは去っていく。そんなぁとショックをうけるが、行ってしまったのは仕方がない。優は雲雀の顔を恐る恐る見つめる。

 

「……僕が1番?」

「もちろんです!」

 

 即答した優に雲雀は満足したように微笑む。その姿を見て、優は思わず下を向いた。ギュッと服を握りしめてることから、いつものようにただ恥ずかしがってるわけではないようだ。

 

「優?」

「……何でもないです」

 

 明らかなウソだった。ポロポロと涙を落としているのだから。雲雀はすぐさま優を抱きしめた。

 

 数分立てば、いつものように優は落ち着き雲雀から離れた。

 

「……すみませんでした」

「謝る必要はないよ」

 

 この流れも毎度のことだ。だからこそ優は気になった。

 

「何も、言わないんですね」

 

 雲雀は優を慰めるだけで、問いただすようなことは一切しなかった。1度2度ならまだしも、ほぼ毎日繰り返されている。雲雀は何も話そうとしない優に苛立たないのだろうか。

 

「……ああ、そうか」

 

 雲雀は思い出したような反応をしたので、優は不思議そうに見つめた。

 

「僕は優が話せない内容の中に呪いも入っているのを知っているから」

「……そうだったんですね」

 

 それを知っていれば、やさしい雲雀は無理に聞き出そうとはしないだろう。優は納得したが知られたくなかったので視線が下がる。10年間に自身が変わったことを実感した。

 

「言っておくけど、過去の僕も知ってるから」

「え、なんで、どうして!?」

 

 雲雀の言葉で優は勢いよく顔をあがる。軽くパニックになりかけている優を落ち着かせるように雲雀は頬を撫でた。

 

「……あの時、盗み聞きしていたんですね」

 

 リボーンが話したのかと一瞬疑った優だが、すぐにそれは自身で否定した。リボーンは話さない。呪いについてなのだから特に、だ。そうなると自ずと答えがわかる。雲雀だけでなく、ディーノも聞いていたのだろう。道理でリボーンが話してもディーノが驚かなかったわけだ。

 

「僕は責任を感じて優と一緒にいるわけじゃない」

 

 優が間違った方向へ考え込む前に雲雀ははっきりと伝えた。

 

「幼い僕は優に勘違いされたくないから、絶対に言わなかったと思う。でも呪いのことで苦しむ未来になるなら、優は僕が知っているとわかっておくべきだと思った。だから今、僕が言った」

 

 ジッと雲雀の顔を優は見つめ続ける。声にならなかった。

 

「僕の前では我慢しなくていいんだよ」

 

 その言葉がきっかけになったのか、優は声をあげて泣いた。感情のままに泣き喚いた。子どものように……。

 

 

 その後、泣き疲れて寝入ってしまった優を雲雀は慣れた手つきで抱き上げた。優の部屋に運ぶために襖をあける前に開く。雲雀の手が塞がれていると察して草壁が気を利かせたのだ。

 

「今日はもう休むから」

「へい」

 

 今までと違い、絶対に離すものかというように雲雀の服を握り締めて優は寝ている。当然雲雀は無理矢理はずすつもりはないので、このまま休むという選択しかない。そして草壁も反対する気はなく、優の手を見てホッとしていた。表に出すことはなかったが、草壁もかなり心配していたのである。

 

「恭さん、オレは何も聞いてません」

「そう」

 

 付き合いの長い2人では、今回の件は報告せずとも暗黙の了解に入る。あえて口にしたのは念のため。優が苦しんでいる姿を見て雲雀が何も感じないわけがない。雲雀だって普段どおりではなかった。

 

 

 

 

 その日、優は夢を見た。

 

 並盛で生まれ育ち、アルコバレーノでもない優を雲雀が見つけてくれる夢。優は幸せで眠りながらも泣いた。



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試練

 パチッと目を覚ました優の視界に飛び込んできたのは、雲雀の寝顔だった。すぐさま距離をあけようとするが、自分から雲雀の服を掴んでいたことに気づき、数秒固まる。

 

「朝から忙しそうだね」

「……だって心臓に悪いですもん」

 

 優は雲雀にからかわれたのでスネたように返事をする。昨日ならば起こしてしまったことに対する申し訳なさの方が上回っていただろう。

 

 スネた時にプイッと横を向いたので、ついでとばかりに時間を優は確認しようと時計に目を向ける。しかし、それは叶わなかった。雲雀の手が優の視界を遮ったからだ。

 

「雲雀先輩?」

「まだ大丈夫だよ。こっちにおいで」

 

 優にしか絶対にしないだろう柔らかな口調である。優はその言葉に誘われるかのように雲雀に飛びつくように抱きついた。

 

「楽しいです」

 

 クスクスと楽しそうに優は雲雀に抱きついてた。もちろん、色気は皆無である。

 

「子どもだね」

「子どもですもん」

 

 軽口を言いながら布団の中でまったりと過ごす二人。それはイチャイチャというより、子が親に甘えている状態だった。雲雀はそのことに気づいていながらも修正をかけようとせず、優の好きにさせたのだった。

 

 

 

 時間が立ち、そろそろ動き出そうと互いに思い始めたころで雲雀は声をかけた。

 

「今日、優はどうする?」

「……迷惑ですか?」

 

 主語がなかったが雲雀には通じた。1人で向かう勇気がなく雲雀となら勇気が出るのだろう。

 

「優ならいいよ」

 

 雲雀の返事に優は余程嬉しかったのか、勢い余って抱きついたが、雲雀は馴れた手つきで受け止めた。

 

「可愛いよ、優」

 

 ポツリと呟いた雲雀の言葉に反応し、優は真っ赤になった顔を隠すように更に雲雀に抱きつく。雲雀は優の素直すぎる反応に、口角を上げた。好敵手を見つけた時と反応が同じである。雲雀の腕の中で安心しきっている優は知らないままの方が幸せなのだろう。……多分。

 

 ちなみに、この雲雀の顔を見た神は舌打ちしていた。……その神の反応も楽しんでいた人物も居たが、雲雀と優は知り得るはずもなかった。

 

 

 

 

 優と雲雀と一緒にツナのアジトの修行場へ向かっていた。優と居るからか雲雀は普通にドアから入る。

 

「優!! ……とヒバリさん!」

 

 ドアから入って来たのが優と気づき、ツナは嬉しそうに駆け寄った。が、雲雀が視界に入った途端、失速する。それでも優と話たかった気持ちの方が強いので、チラチラと雲雀の機嫌をうかがいながらも優に近づく。

 

「ツナ君、どうしたの? そんなに慌てて」

「え? ……えーと……」

 

 優の反応……というよりも、雲雀の睨みで優はツナ達が訪ねたことを知らないと察したが、上手く話題をかえれるはずもなかった。中途半端な対応になったツナを助けたのは、ツナに続いて駆け寄ってきた山本だ。

 

「風早に匣のコツでも聞けば参考になるんじゃね?って話してたところなんだ」

 

 そう言われ、優はツナ達をじっくり見る。3人とも怪我が多い。そっぽを向いている獄寺が特に。

 

 昨日のリボーンの話ではもう個別修行に入っている。それなのに今日集まっているのは恐らくリボーンが修行の具合を見るとでも言って集めたからだろう。雲雀に頼みにいったリボーンは優が来るかもしれないとわかっていたのだ。集合をかけたのはツナ達のためにというより、優に逃げずに向き合えということだろう。来る覚悟が出来た時点でスパルタに切り替わったようだ。

 

 ツナ達が揃っていることには納得しても、怪我が多いことは疑問のままである。個別に見ているならば尚更、リボーンとラルここまで無茶をさせるだろうか。獄寺とビアンキの関係が微妙な状態であったとしても、流石に多すぎる。

 

”……どうしたんだ? 君達らしくもない”

 

 無意識に優の口調がヴェントになる。そして驚いてスキが出来たツナと山本の頬に触れる。普通ならばあまりの速さに身体が反射で逃げようとするだろうが、ツナと山本は動かなかった。否、動けなかった。優が放つ空気に飲まれたのだ。

 

「優」

「……ん? 呼びましたか? 雲雀先輩」

「やりすぎはダメだよ」

「はぁい」

 

 あっさりといつもの雰囲気に戻った優は雲雀のいうことを聞いた。

 

「これで少しは楽になったらいいけど……」

「すごいよ、全然ちがうよ! ね、山本!」

「ああ。ツナのいうとおりだ。サンキューな」

「そっか。良かったー」

 

 のほほんと会話を続けている3人とは違い、先ほどの優の変化を雲雀に説明を求める視線を送るものも当然いた。雲雀は目を閉じ首を振った。この時代の雲雀にもわからないのだ。そして一番厄介なのは優自身が自分の変化に気付いていないことだ。

 

 ツナと山本に体力を渡し終えた優は、獄寺の元へと向かう。

 

「オレはいらねぇ」

「え……っと、うん、わかった」

 

 どう考えても一番必要なのは獄寺なのだ。しかし本人に拒否されれば無理強い出来るわけがなく、優は伸ばそうとした手をおろし、いつものように笑った。

 

「……今日は無茶するつもりはねーんだ」

「そっか。良かった……」

 

 安心したように笑ってから、雲雀の元へと優は戻っていく。その後ろ姿を獄寺が見ていると、僅かな殺気を感じ舌打ちをしてからガンを飛ばす。気に食わねぇのかも知んねーが、知ったことではない、と。

 

 獄寺はヴェントとして放った優の言葉で、薄々感じていたが、優は獄寺達を頼りにしていないとはっきりとわかってしまったのだ。そしてそれは獄寺だけでなく、ツナ達も同じように感じたのだろう。しかし言葉で伝えても意味はない。強くならないと話にならないのだ。もっとも修行が過激になり怪我を負いやすく、優に心配されるという本末転倒なことになってしまったが。

 

 リボーンは優に向き合えという意味だけでなく、獄寺達が気付けるようにと集めていたのだ。不意打ちだとしても体力をもらってしまった2人は後で落ち込むだろう。裏でそんなことが起きていると知らない優は、定位置である雲雀の斜め後ろに立つ。

 

 それを遠くから眺めていたラルはリボーンの言葉に改めて納得していた。確かにうまく回ってはいる。ただし面倒極まりない。人のことは言えないが、全員不器用すぎる。それに拍車をかけているのが、優を溺愛している雲雀の存在だろう。少しでも優を傷つければ、簡単に牙を剥く。後ろに怪物が居るとわかっていて、踏み込むのは容易ではない。少なくともラルは踏み込みたいとは思わなかった。

 

「もういいよね。僕は忙しいんだ」

 

 ポツリと呟いた人物に視線を向けて、ギョッとする者が多数。特にツナは雲雀の匣兵器が近づいてくるのだから、驚きの量は凄かっただろう。また注入された炎の量を見えてしまったのも不運である。

 

「ひっ!!」

 

 悲鳴をあげると同時に額に撃たれた衝撃が走る。リボーン以外では間に合わなかっただろう。超モードになったツナはリボーンに礼の言葉を送りたかったが、雲雀の攻撃でそれどころではない。

 

“これはまた……”

 

 ランボがきたのでヴェントの声で発していたが、優は全力で引いていた。そして抵抗も虚しく閉じ込められてしまったツナを見て、自分には絶対に出来ないことだと確信した。

 

「ヴェント!」

 

 雲雀を止めろと獄寺と山本に訴えられ、仕方なく優は口を開く。

 

“僕はこの件に口出ししないと決めている。彼は死なないさ。……違うな、彼は優しいからここで死ねない”

 

 ツナが諦めるはずがないと優は断言した。ここでツナが死ねば、彼らは雲雀を一生恨むだろう。争いが好まないツナがそんな未来にさせるわけがない。

 

 手を出す必要がないとその場に座り込んだ優を見て、山本と獄寺は顔を見合わせた後、トレーニングルームから出て行くことを選んだ。限られた時間を有効に過ごすべきだ、と。

 

 

 

 しばらく経つと酸素が足りず、ツナは極限状況に陥いる。叫び声が聞こえる中、雲雀はヴェントに問いかけた。

 

「もし沢田綱吉が死んだら君はどうする?」

 

 外のことを抜きにした問いかけだと察した優はしばらく沈黙した後、口を開いた。

 

“特に変わらない”

 

 雲雀とは正反対の答えだった。

 

 雲雀は自分の気持ちを優先する。優には気をつかっているが、それは雲雀が優の心が欲しいからだ。

 

 一方、優は自分の気持ちは後回しにする。ツナの気持ちを汲み取って……と言えば聞こえがいいが、雲雀のような信念もない。だから綻びが起きて、どこかで歪む。作り笑いがいい例だ。

 

“不服か?”

「そうかもしれない。君に恨まれるのも面白そうだから」

“……相変わらず変わった感性の持ち主だ”

 

 優の呟きは聞き流し、雲雀はツナへと視線を向ける。ここで死んでしまえばそれまでの男だが、優の心に一生住み着く。それは面白くない。それならいっそのこと、恨んで恨み尽くして欲しい。そうすれば雲雀だけを見る。

 

「……少し欲求不満なだけだよ」

 

 ツナの様子を見に戻ったリボーンからの殺気への返事だった。

 

「それをすれば僕の一番欲しいものは手に入らないのはわかっているから安心しなよ」

「信じるぞ、ヒバリ」

 

 2人のやり取りがよくわからず優は首をかしげていると、ツナがヒバリの匣兵器を打ち破った。

 

 喜んだのも束の間で、協力する代わりにツナが打ち破った後は雲雀の好きにしていいとリボーンと約束していた。これからが本番だと、優は自身を落ち着かせるように息を吐く。

 

“フゥ太、ランボ。少し離れよう”

「うん、わかった」

 

 ラルの実力なら大丈夫だろうと判断し、優は2人を守るように前に立つ。すると、ズボンが引っ張らたので、視線を向ける。どうやら雲雀の殺気が怖く、ランボは隠れようとしたのだろう。それでも視線は戦いから目を離さないのは憧れてからかもしれない。優も時折眩しく感じるから。

 

“焦らなくていい、君はまだまだこれからだ”

 

 ランボは言い返したりせず、素直に頷いた。このやり取りを見ていたフゥ太はやっぱり叶わないなぁと思った。ランボにはヴェントの正体を教えていないが、本能で気づいている。昔から優とヴェントの言葉はよく聞いていたから。

 

 それなのにフゥ太がランボの保育係になったのは、ランボが望んだため。優の後ろに居れば安心だとわかっているが、ツナ達と同じ道を進みたくなるのだ。守れる立場になりたいと。もっともランボ自身、泣き虫で根性がないため、すぐに優の後ろに行って甘えてしまうが。

 

「でも僕はもうちょっと頑張った方がいいと思うよ」

 

 ……だって僕やツナ兄達が優姉と仲良くしてもヒバリさんはムカついて睨むだけなのに、ランボだけは近づくと咬み殺そうとするんだよ? 優姉の鈍さは筋金入りだからもう諦めているけど、ランボも自分の気持ちに気付いてないんだよね。あんなにヒバリさんに敵視されてるのに。

 

 ツナと雲雀の戦いに夢中になっているため、2人にはフゥ太の呟きは聞こえなかったようだ。もう少しランボが大きくなった時に起こる問題に、未来を教えることが出来ないフゥ太は苦笑いするしかなかった。




ストックを放出しましたが、まだ連載再開ではありません。暇つぶし感覚で書ける小説ばかり投稿してすみません。
とりあえず心は無駄に元気ですとだけ伝えておきます。

正直、いつ更新だよと思われる方が多いだろうなと私も思ってます。
でも多分これがちびっこクオリティ(ぇ
クラスメイトKも一年半後に再開して完結させたしね。
ええっと、ごめんね!←


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