艦これ大戦 ~檄!提督華撃団!~ (藤津明)
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プロローグ 記憶の果て、新たなる任官

「すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う……それが俺の誇りだ!」

 

その誇りを胸に帝都東京で、巴里、数多くの都市で戦い続けた。

かけがえのない仲間たちと共に。

 

刃を振るい続けた、託された愛刀神刀滅却を。

 

駆け抜け続けた、「太正」時代を。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

乗っている列車の振動で、遠ざかっていた意識がゆっくりと戻っていく。

確か、帝都から警備府へ所用で向かう途中だったか。どうやら眠っていたらしい。

 

かぶりを振ると、大神一郎は目を開く。

 

「あれ?」

 

だが、目に映る光景は、大神が知る限り乗車前とは似ても似つかぬものだった。

 

帝都の電車よりも近代的な内装。

板とは比較にならない座り心地の座席。

窓から見える車窓は田園から市街地へと入ったことを彼に伝えるが、とても地方のものとは考えられなく、移りゆく景色からすると速度も段違いに速い。

 

「どこだ、ここは?」

 

乗った電車を間違えたのだろうか。

それとも、誰かのいたずらだろうか?

 

確かめる為、大神は横に置いていたはずの鞄に目をやる。

見覚えのある鞄がすぐ横にあったので抱え、中身を一つ一つ確認していく。それとは別に長袋に包まれたものが立てかけられていたが、今はいい。

勿論周囲に人の視線のないことを確認した上で。

 

「おかしいな……」

 

いつも持ち歩いている物以外では、見覚えのない封筒に入った書類しかない。

やはり、誰かのいたずらだろうか?

 

残念なことではあるが、実行しそうな人間には思い当たる節がある。

ため息をつくと、彼は封筒から書類を取り出し――

 

 

「――なっ!?」

 

 

そして、中身に目をやり絶句した。

 

そこには、

 

とうの昔に卒業した筈の士官学校を卒業した「ばかり」の自分への、

 

 

「海軍少尉」及び「警備府」への辞令が、あった。

 

 

「帝國華撃団」でも、「帝國歌劇団」でもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

到着した列車を降り改札へと向かう大神だったが、中には混乱が渦巻いていた。

何故、自分は士官学校を卒業したばかりになっているのか。

総司令となり大尉となった自分が、何故少尉の任官を受けているのか。

書類の偽造を一瞬疑いもしたが、いたずらの為に公文書を偽造などするはずがない。

 

だが、

 

だとすれば、都市を護り戦い続けた記憶は夢、幻だったというのか――

 

 

 

 

「あ、あの。大神一郎少尉でしょうか?」

 

思考に埋没した自分を呼ぶ声に視線をやると、少女が一人立っていた。

年は中学生ほど。横髪を垂らし、セーラー服に身を包んだ姿は可憐だが、スカートの丈は短く、覗く太股が眩しい。

 

僅かに赤面し大神は視線を上に上げると、少女に相対する。

 

「はい、自分は大神一郎であります」

「よかったー。私、少尉の案内役として来ました、駆逐艦の吹雪といいます」

 

この出会いが新たな戦いの始まりとなるとは、誰も知る由などなかった。

 




深海棲艦により海を奪われた世界では陸上移動がより重要性を増すだろうとの推測から、海軍少尉任官を受けた者も電車で移動しています。


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第一話 遠き果ての警備府にて
第一話 1 着任


「……駆逐艦?」

 

自らを駆逐艦と名乗った眼前の少女。

しかも吹雪といえば、我が帝國が誇る特型駆逐艦の一番艦ではないか。

何故女の子が駆逐艦を名乗るのか、いわゆる軍事嗜好なのだろうか。

大神は思わず、眼前の少女に問いかける。

 

「はい!駆逐艦の吹雪です!

少尉さんと同じで、まだ警備府に配属になったばかりなんですけど……

でも、頑張りますから!」

「ええ、こちらこそよろしく頼みます」

 

こぶしを握って気合を入れる吹雪に、大神は握手をしようと手を伸ばした。

分からないことだらけだが、こうなっては流れに従うしかない。自分の疑問はその後だ。

一瞬怪訝そうな表情を浮かべる吹雪だったが、すぐに大神の意図に気づくと大神の手を握った。

 

「では、警備府まで案内いたしますね。敬語は使わなくて良いですよ、少尉さん」

「分かった。こちらこそよろしく頼むよ、吹雪くん」

 

吹雪の手の感触は柔らかく、やはり駆逐艦らしさを感じる武骨さはかけらも存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、大神一郎少尉をお連れいたしました」

「入りたまえ」

 

警備府の重厚な建物の奥、司令室の前でドアをノックすると、吹雪は中へと大神を導く。

 

「失礼します」

 

入ると、恰幅のよい初老の男性が居た。軍人には珍しく険しさはなく、人のよさそうな笑顔を浮かべている。

傍には秘書らしき女性の姿もあった。髪を額で左右に分け、胸を強調する服装をしている。体の線が浮き彫りになるその服装はやはりスカートの丈は短かった。

 

「は?」

 

居たのだが、司令室の中はカウンターバーの様相を呈しており、更には幼いといっても良い少女たちがジュースらしきものを片手に雑談していた。

壁紙からして、シックな佇まいを見せており、先ほどまでの重厚さはかけらも存在しない。

ここは、本当に警備府の司令室なのだろうか?

驚きで思わず声が口に出る。

 

「どうしたのかね、大神少尉」

「いえ、何でもありません!」

 

司令官の声につい大きな声で返答する大神。

雑談をしていた少女たちが反応し、びくりと身を震わせるとこちらに視線を投げかける。

 

「少尉、ここには駆逐艦が居るのでな、大きな声は控えてくれないかな」

「そうだよ~、6駆の子達が驚いちゃうよ~」

「失礼いたしました」

 

司令官と秘書にたしなめられ、頭を下げる大神。

 

「まあ、良いだろう。大神くん、着任報告を聞こうか」

「はっ。大神一郎少尉。本日○月○日付けで、警備府に着任いたしました。

粉骨砕身の覚悟で努力していく所存です。

ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

 

「宜しい。警備府は君を歓迎する。あとは、そうじゃな。吹雪」

「はい、何でしょうか? 司令官」

 

満足げに大きく頷く司令官。

続いて、大神の傍らに立ち続けている吹雪を呼ぶ。

 

「大神少尉の案内ご苦労じゃったな、引き続きで悪いが、少尉に警備府を案内してもらえんかの?」

「分かりました、司令官。任せてください!」

 

胸を張り、新たな任務に目を輝かせる吹雪。

大神は自分にもそんな時期があったなあと相好を崩し微笑んだ。

 

「では、早速ですが警備府内を案内いたしますね、少尉さん」

「失礼いたしました」

 

敬礼を行い、司令室を後にする大神たち。

だが、少女たちを前に着任報告を行って問題なかったのだろうか?

見た目では吹雪よりも更に幼い少女のようだったが。

司令官たちも少女たちを駆逐艦と呼んでいたが、駆逐艦とは何かの略語なのだろうか。

帝國華撃団としての経験?から表情には出さなかったが、大神の脳内は現状をなんとか認識しようとフル活動中だった。

 

 

 

 

 

「では、先ず少尉さんも使用すると思います酒保から案内いたしますね、明石さーん」

「はいはい、こんな時間に何のようですか? 吹雪さん」

 

屋内を歩くことしばし、通路の先に売店らしきものが見える。荷物の整理をしていたのかうずくまっていた人影が吹雪の声を聞いて、立ち上がった。

 

「新任の少尉さんの案内です。あ、こちら工作艦の明石さんです、少尉さん」

「初めまして、少尉さん。工作艦の明石です。酒保に御用の際はよろしくお願いしますね」

 

桃色の髪を耳元で大きく結わえ、セーラー服らしき衣服に身を包んだ少女がこちらを振り返る。

吹雪のセーラー服とも異なるそれに大神は目をやり、

 

「んなっ!?」

 

スカートの横から覗く腰のラインに赤面し、大神はロウ人形のように固まった。

振り返る際に翻ったスカートから覗く、艶かしい身体の線から慌てて視線を逸らす。

 

「ん? どうしたんですか、少尉さん? いきなり顔が赤くなっちゃいましたが、風邪ですか? なら、任せてください。艦娘の修理、健康面をサポートするのも私の役目ですから」

 

大神が照れて赤面していると気づかない明石は、酒保の中から出てこちらへと歩いてきた。

歩くたびに色々と見えそうになる、恥ずかしくないのだろうか?

 

「い、いや、違うんだ! これは風邪とかそういうのじゃなくて……」

「大丈夫ですよ、少尉さん。明石さんは人間の修理も得意なんですから」

 

聞き捨てならない台詞に、大神の背中を冷や汗が流れ落ちる。

というか修理って何だ。

 

「そうですよー。人間の方は専門ではありませんが、司令官の健康面もサポートしていますから」

「そうじゃなくて、明石さん、その格好!」

「格好、私の格好がどうしたんですか?」

 

キョトンとした顔の明石は、自分の手足に視線をやる。

明石からすると、服装も髪も特に乱れていない。ごく普段の明石の服装だ。

 

「普通だと思いますが」

「いやいやいや! スカートの丈もそうだけど、腰周りがそんなに見えて普通なわけな――あっ」

「――腰周り。あぁっ!?」

 

思わず発言してしまった大神の言葉に、意識してなかった自分の服装を見慣れぬ男性に見られていることの恥ずかしさに気がついたらしい。

明石も赤面すると、スカートの脇を隠そうとセーラー服の上着を引っ張る。

 

赤面した二人の間に、気まずい空気が漂う。

 

「ええと、明石さんお仕事の邪魔してごめんなさい! 大神さん次の場所を案内します――」

 

気まずい雰囲気を察した吹雪は、大神を連れ酒保を立ち去ろうとした。

 

 

だが、次の瞬間。警備府を揺るがす衝撃と爆裂音が響き渡るのだった。

 




一日に何回も投稿してよいものか考えましたが、
早いところ大神さんを戦わせたかったので、それまではハイペースでかければと思います。

大神さんには一部艦娘の格好は刺激的過ぎる気がするんだよなー。


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第一話 2 襲撃、そして戦士の目覚め

警備府を揺るがす衝撃と爆裂音。

俄かには立っていることに辛ささえ感じる。

そんな酒保で、3人の中で最も我に返るのが早かったのは、やはり夢の中?とはいえ数多くの戦場に慣れた大神であった。

 

「吹雪くん。明石さん。この衝撃と音は一体何なんだ?」

「えと、分かりません。こんな衝撃、演習の時だって……」

「ごめんなさい、私、演習の場にあまり行ったことがな――きゃあっ、酒保の荷物がっ!」

 

僅かばかりの間断を開け、再び爆裂音と衝撃が襲う。

明石は崩れ落ちる店内を見て嘆くが、大神は周囲の状況に思考を巡らす。

艦娘が居ること。その意味を知らぬが故に、大神は現状について――

 

「襲撃か?」

 

艦娘の居る現在においては突拍子もない結論を口にする。

途端、吹雪と明石の表情が驚愕に彩られる。

 

「そんな? ここは艦娘が多く居る警備府なんですよ!?」

「ありえないですよ、大神さん!」

 

否定の言葉を次々に口にする二人。だが、大神の心は戦場に居るときのように研ぎ澄まされていく。

そして――、

 

「右の壁から離れるんだ、二人とも!」

「「え?」」

「危ない!」

 

明石と吹雪を抱きかかえその場から飛び退くと、酒保にほど近い壁に大きな穴が開き、そこから見たことのない生物―降魔や、怪人のごとき怨念を感じるーらしき存在が屋内に入ろうとしていた。

 

「そんな! 駆逐イ級!? 深海棲艦がなんで!?」

 

吹雪の絶叫にも等しい叫びに、ありえないことに明石の身体も震え始める。

深海棲艦。人類から海を奪った存在。それがなんで1警備府を襲っているのか。陸の上で今相対しているのか。

実戦未経験の新人駆逐艦、戦闘向きでない工作艦には荷が重過ぎた。

 

「ここは俺が引き受ける。二人は早くここを離れて助けを呼んできてくれ」

 

そんな二人を床に下ろすと、大神は迷うことなく吹雪と明石を守らんと駆逐イ級の前に立ちはだかった。

瞳に迷いはない。

 

「少尉さん……」

「大神さん……」

 

迷うことなく二人を庇おうとする大神に、二人は打ち震える。

無謀ともいえる行動。提督としては失格といって良い。

 

だが一人の人間としては、なんと尊敬できることか。

 

このような人を一人置いて逃げ出す?

 

ありえない。

 

それに深海棲艦が敵である以上、艦娘の為すべき事は一つだ。

身体の震えは収まらないが、未熟なその目に決意の火が灯る。

 

「……退いてください、大神さん。深海棲艦を倒さなくてはいけません」

「……そうですね、降りかかる火の粉は払わないといけませんね」

「何を言ってるんだ、二人とも。俺なら大丈夫だから――!?」

 

二人を危険から遠ざけようと大神は振り向いて、艤装を身に着けた二人の姿に驚愕する。

 

腰から背負った機関部、太股に取り付けられた魚雷らしき装備、その手に持った連装砲。そして、クレーン。

大の大人でも取り回すには苦労しそうな重量の装備を身に纏った二人は正に「艦娘」と呼ぶにふさわしいものだった。

 

「吹雪くん、明石さん?」

「だ、大丈夫です、大神さん」

 

呆けた口調で二人を見やる大神に目をやると、吹雪は前に進み出て駆逐イ級へと連装砲を構える。

 

「こんな実戦になるなんて思わなかったけど……!」

 

距離は十分すぎるほど近く、外し様がない。

だが、吹雪の連装砲の構えはフラフラとしており、

 

「お願い、当たって!」

 

懇願にも似た掛け声と共に放たれた砲弾は正中を外れて駆逐イ級の脇へと当たり、その体液を撒き散らす。

初めて動く標的に砲弾を当てたことに喜色を浮かべる吹雪。

 

「あ、当たった」

 

しかし、もっとも恐ろしいのは手負いの相手なのだ。

痛みに我を忘れ暴れまわるイ級に再度狙いをつけようとした途端、連装砲がはじかれる。

弾かれた連装砲に吹雪の手は届かない。

 

「あっ!?」

 

そして返す刃で吹雪の身を仕留めようと、イ級が迫りくる。

大きく開かれた悪臭の漂うその口に、吹雪は無防備なことに恐怖から身を竦める。

吹雪にも、明石にも直後の惨劇を止められなかった。

 

駆逐イ級に惨たらしく喰われ、吹雪の命はここで潰える

 

 

 

 

 

筈であった。

 

「させるかぁーっ!」

 

否、大神が長袋から一振りの日本刀を取り出し、深海棲艦へと切りかかる。

その刃は閉じられようとするイ級の歯とぶつかり、霊力で増幅された大神の膂力はイ級の体を押しとどめる。

 

「そんな、無茶です! 大神さん!!」

「そうです、ただの人が深海棲艦に立ち向かうなんてやめて下さい!」

「確……かに」

 

額に汗をにじませ、閉じられようとするイ級の歯を日本刀で押しやりながら、大神は答える。

 

確かに、自分はあまりにもここの事を知らない。

艦娘、深海棲艦もよく分からない事だらけだ。

ここの常識からすれば、無茶で無謀なのかもしれない。

 

「だがっ!」

 

だが、一人の恐怖で怯える少女も救えずして、何の為の軍人か。

何の為の帝國華撃団隊長か。総司令か。

何の為の託された神刀滅却か!

 

そう、この手に神刀滅却がある。数々の戦いを共に歩み、理想と共に託されたこの神刀が。

迷いはない。ここがどこであろうと関係ない!

すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う!

 

言い切って、大神は力を込め刃を振り払った。

叫び声と共にイ級の歯と前あごが切断される。

 

「ウソ……」

 

神刀滅却の手応えに、明石の呟きに耳を貸すのも惜しいとばかりに大神はイ級へと一足飛びで間合いを詰める。

研ぎ澄まされた戦士の勘が、今こそが好機と教えてくれる。

 

「狼虎滅却!」

 

掛け声と共に霊力を練り上げ、上段に構えた神刀滅却を唐竹割りに振り下ろした。

それは、降魔ですらもその名の通りに切って捨てた破魔の刃。

 

「一刀両断!!」

 

霊力を伴い光を帯びた剣影がイ級を切り裂き、イ級は完全に沈黙する。

残心を取り、次の攻撃に備える大神。

 

「す、ごい……すごいです! 大神さん」

「人の身一つで、深海棲艦を倒しちゃいました……信じられない」

 

後ろではしゃぐ二人をよそに、大神は構えを解く事はない。

 

 

やがて、イ級からピキピキという音が聞こえ、神刀滅却が切り裂いた箇所が淡白く光り始める。

警戒を表情に表した大神につられて、駆逐イ級に改めて視線をやる吹雪と明石。

 

「一体何が始まるんだ?」

「わ、分かりません。こんなの艦娘の教本でも見たことないです」

 

ピキピキという音が大きくなるにつれ、切り裂いた箇所からイ級全体へと淡白い光がひび割れの様に走る。

そして、光がイ級全体を覆うと、

 

 

 

ポン

 

 

 

と、音を立てて、駆逐イ級は吹雪と同年代の銀髪の少女へとその姿を変えるのだった。

 

 

 

全裸の。

 

 

 

「わーっ! 見ちゃダメです大神さんーっ!!」

「女の子の裸見ちゃダメですよ、少尉さん!」

「ちょっと待った、まだ安全か分からないから目は塞がないでくれー!」

 

大神の言うとおり、衝撃と爆裂音はまだ断続的に続いていた。

 




イ級相手に大ピンチの新人艦娘吹雪ちゃん。

艤装は装着式にするか、変身式にするか迷いましたが、話の展開上変身式にいたしました。


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第一話 3 臨時司令官 大神一郎

警備府内に現れた駆逐イ級を、人の身で切り捨てた大神一郎。

艦娘のこと、深海棲艦のこと、切り捨てた深海棲艦から現れた少女のこと。

分からないことは山積みだったが、未だ警備府内には断続的に衝撃と爆裂音が続いており、事態は楽観視できるものではない。

大神は神刀滅却に血糊などの汚れがないことを確認すると、鞘にしまうのだった。

 

「吹雪くん、一度司令室に戻ろう。この襲撃に散発的に対してもしょうがない」

「ちょっと待ってください、大神さん。艤装には、司令室とかと連絡を取れる機能もあるじゃないですか。戻るより連絡した方が早いですよ」

 

答えながら、吹雪は背中の艤装に手を伸ばし操作を始める。

やがて、準備が終わったのか、吹雪は話し始めた。

 

「司令室、聞こえますか? 吹雪です」

「……」

 

しかし、司令室からの返答はない。

 

「繰り返します。司令室、応答をお願いします。吹雪です」

「…………」

 

再度繰り返すも、司令室からの返答はない。

吹雪の表情に焦りの色が見え始める。

 

「司令官。龍田さん。お願いします、答えてください」

「………………」

「お願い、誰か答えて!」

 

大きな声を発した吹雪の肩に手をかけ、尋ねる大神。

 

「吹雪くん、どうしたんだ?」

「司令室と連絡が取れないんです。どうしたら」

 

吹雪は力なく大神に向き合い言葉を零す。

 

「吹雪くん、やはり司令室に一度戻ろう。この場に留まっていても事態は好転しない」

「大神さん……分かりました」

「明石さんもそれでいいですか、このままここに一人で居ても危険です」

「分かりました、ついていきますね。あと、私にも敬語は使わないで下さい、少尉さん」

 

大神の提案に、吹雪と明石は頷く。

 

「あとは」

 

大神は床に倒れている銀髪の少女に目をやる。

明石が酒保から引っ張り出したシーツに包まれ、今は全裸ではないが、このままここに放置していいものではないことは明らかだ。

大神は彼女に近づくと、軽々と抱きかかえた。

いわゆるお姫様抱っこだ。

 

「「あ……」」

 

吹雪と明石から残念そうな声が上がる。

 

「どうしたんだ、吹雪くん、明石くん?」

「何でもないです、大神さんはまだここに詳しくないから私たちが先導しますね」

 

言うが早いか、イ級との戦いで弾かれた連装砲を拾うと、吹雪と明石は司令室への道を戻り始める。

小首を傾げる大神だったが、すぐに二人のあとを追うのだった。

 

その間、腕の中の少女は身じろぎ一つせず、意識が戻ることもなかった。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

司令室に戻るにつれて、建物の受けたダメージが徐々に大きくなっていくのが分かった。

着任報告を行った司令室の前に立つと、ドアが半壊し、壁に幾筋も亀裂が走っている。

司令室のダメージが軽視できない事、そして襲撃者の狙いが司令室にある事は明らかだ。

 

「司令官。大神一郎であります。吹雪くんと、明石くんも同伴しています」

「大神少尉ですか、すぐに入ってください~!」

 

半壊したドアの前から呼びかけると、女性の声で若干間延びした声で急かす口調の返答があった。

先程司令官の傍らに居た秘書だろうか。

 

「失礼します」

 

ドアを開け、司令室内に入る大神たち。

 

「司令官!?」

 

そして、事態が抜き差しならないものであることを知る。

恰幅のよい司令官が、崩れた瓦礫の下敷きになっていたのだ。

カウンターバーの様相を呈した司令室内は、酒棚がいくつも倒れ、酒瓶も割れている。

秘書の女性と先程ジュースを飲んでいた少女たちが瓦礫をのけようとしていた。

 

「司令官、すぐに救出しますからね~!」

「意識を失っちゃダメよ司令官、私が居るじゃない!」

「そうです、もう少しの辛抱なのです!」

「うー、レディは司令官を見捨てたりしないんだからー!!」

 

下半身から出血した司令官を励ます言葉を口々に放ち、床に散らばる割れた酒瓶で手が傷つくことも厭わずに瓦礫と奮闘する少女たち。

そんな姿を見せられて、黙っていられる大神ではない。

司令官を救助しようと近づく。

 

「待て、大神くん。君には……やってもらいたいことがある」

 

が、司令官は自分に近づく大神に気がつくと静止するのだった。

 

「今、本警備府は深海棲艦の襲撃を受けている……だが、司令室は敵戦艦の砲撃でこの有様だ。司令室としての機能は失われている」

「はい」

 

それは先程吹雪との連絡が取れなかったことからも分かる。

 

「それに戦艦とまともに対抗できる艦娘は、他鎮守府、伯地への出向と遠征で出払っている。現在この警備府に残存する艦娘たちは、軽巡洋艦と駆逐艦のみ。このままでは警備府が全滅しかねない……臨時司令官として指揮を君にとってほしい」

「しかし、自分は士官学校を出たばかりの新人です」

 

魔のもの達と戦い、乙女たちを指揮し、都市を護った経験ならある。

だがそれは、士官学校を卒業したばかりの自分には、あってはならない経験。

 

「今は現場で指揮を取る人間が必要なんじゃ……」

「大丈夫です、大神さんはさっき深海棲艦を倒したじゃないですか!」

「……なんじゃと? 吹雪、それは本当か?」

 

割って入った吹雪の声に、司令官は目を白黒させる。

 

「はい。光る刀が稲妻のように走って駆逐イ級を一刀両断に!」

「そうか……大神くん。士官学校を主席で卒業した君を……『大神一郎』を……司令官候補生として着任させたのだ、頼む」

「……分かりました。非才たる我が身ですが、全力を以って事に当たらせていただきます」

 

司令官の瞳の奥の意思を読み取り、大神は頷く。

艦娘の指揮は先程の吹雪の砲撃を見たのみで、艦娘の戦い方に詳しいとはお世辞にもいえない。

が、それは帝國華撃団で初めて戦闘したときも同じこと。やれる筈だ。

 

「非常事態につき、ただいまを以って大神一郎少尉を臨時司令官とする……龍田、雷、電、暁、みんな彼の指示に従うのじゃ」

「秘書艦の龍田よ。少尉~、お願いしますね~」

「駆逐艦の雷よ。少尉さん、よろしく頼むわねっ!」

「駆逐艦の電です。臨時司令官、よろしくお願いするのです」

「駆逐艦の暁よ。臨時司令官。抱えているのは何なの?」

 

暁の疑問ももっともだ。

 

「ああ、先程保護した子だよ」

 

暁は大神が抱えた少女の顔を覗き込んだ。

 

「響ちゃん!?」

 

そして、驚愕の声を上げる。

そこには、彼女たち第6駆逐隊の良く知る、知っていた少女の姿があった。

不死鳥の名を裏切り、失われたはずの姿のままで。

 

「どうして!? なんで響ちゃんがここに居るんですか!?」

「保護したって、何があったんです?」

「臨時司令官、答えてよ!」

 

第6駆逐隊は口々に疑問を乗せ、大神に近寄る。

 

「コラ。今はそんな場合じゃないでしょ~。明石さん、そのクレーンで司令官を助けてもらえませんか~?」

「あ、はい! 今すぐに」

 

割り込んだ龍田に従って、司令官の傍でクレーンを起動させる明石。

確かに状況は予断を許さない。

 

「済まない、龍田くん。明石くん、司令官のこと頼んでも大丈夫かい?」

「任せてください、戦闘ではお役に立てませんが、こういう作業なら!」

 

艤装を展開した明石のクレーンが瓦礫を撤去していく。

大きな瓦礫にも対応出来ており、瓦礫については任せても問題なさそうだ。

 

「龍田くん、秘書官の君はそのまま司令官についていてくれ、瓦礫が撤去でき次第、明石くんと司令室から避難するように」

「? 分かりました~、響ちゃんについても任せてもらっていいですか~」

「そうだな、そうしてもらえると助かる」

 

流石に大神といえど、銀髪の少女――響を抱きかかえたまま戦闘は出来ない。

大神は響を龍田に任せることにした。

 

「本当に響ちゃんだ。少尉~、後で詳しく聞かせてもらいますね~」

「ああ、分かった。吹雪くん、暁くん、雷くん、電くん、我々は撃って出る! 警備府から敵勢力を一掃するんだ!」

「了解! 大神さん、外に出るにはこちらです!」

「え、少尉さん矢面に立っちゃうの? ちょっとー、私たちが居るんだからー」

 

吹雪の先導に従い、司令室を後にする大神。

唖然とする雷たちだったが、すぐに後を追い司令室を後にする。

 

 

 

 

 

クレーンの作動音と、爆裂――戦艦の砲撃音が鳴り響く中、司令官は呟く。

 

「そうか、彼はやはり『大神一郎』じゃったか」

 




艤装を展開している間も艦娘の腕力などの身体能力は大きく変わらない事にしております。
その為、重いものを動かすにはクレーンを持つ艦娘が必要となります。

あと、謎の(バレバレ?)銀髪の少女は響でした。
イ級擬人化ではありません。それも楽しいかなと思いましたけどねw


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第一話 4 反撃開始!

現在進行形で深海棲艦に蹂躙されている警備府。

その近傍の海上では、一つの水雷戦隊が遠征から急ぎ警備府に戻ろうとしていた。

 

「おいっ司令官! 龍田っ! チッ、司令官たちと連絡が取れねぇ」

 

既に一戦交えたのか、衣服は乱れ、流れ落ちる汗もそのままだが、軽巡洋艦――天龍は表情に浮き出る焦りを隠そうともしない。

左目を眼帯で覆ったその姿は常ならば凛々しいが、今は殺気さえ身に忍ばせている。

 

「仕方ねえ、敵を突破して行くしかなさそうだな。付いてこいよ、8駆!」

「旗艦である天龍さんがそういうなら、朝潮、ご一緒いたします!」

「司令官が困ってるこのときこそ、大潮の出番です!」

「うふふふふ、敵中突破。楽しみねぇ~」

 

天龍同様に既に戦闘を行い、疲労を残しながらも軽快に答える朝潮、大潮、荒潮たち。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 突破するって言っても太陽も高いし、敵艦隊には戦艦が二隻も居るのよ? 無茶じゃない!」

 

だが、満潮だけは容易に想像できる戦闘の苛烈さに姉妹が晒されることを思い、反論した。

 

「ああ、確かに満潮の言うとおり無茶だろうな」

「だったら――」

「けどな、満潮。このまま攻撃を受けている警備府を見捨てるって言うのか。

既に敵戦艦が一隻陸上に上がっているこの状況で躊躇ったら本当に警備府が壊滅するぞ」

 

天龍の叱責にも近い指摘に、満潮が項垂れた。

自分で分かっていながら反論したらしい。

 

「……分かってる、そんなの分かってるわよ」

「満潮、私達の心配はいいわ。今は警備府のみんなの方が大事」

「べ、別にそういうんじゃないんだからぁ!」

 

朝潮は項垂れた満潮の肩に手をかけ慰めの声をかける。途端真っ赤になって満潮は声を荒げた。

問題はないと、満潮の様子を見て天龍はそう判断する。

 

「よし、じゃあ行くぞ!」

「「「「了解!」」」」

 

先陣を切って飛び出した天龍に続き、第8駆逐隊も警備府への道を急ぐ。

 

「オラオラ! 天龍様のお通りだ! 道を開けろっ!!」

 

こちらに気がついた敵水雷戦隊の一隻、駆逐イ級に天龍は手にした14cm単装砲を向ける。

今は、警備府に戻るのが先決だ。こいつらとまともに戦闘をするつもりはない。

イ級にどけとばかりに、単装砲をぶっ放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪に先導されて大神が建物の外に出ると、警備府は惨憺たる有様であった。

多数の施設が砲撃で破壊されており、基地としての機能が著しく低下しているのは間違いない。

先ずは――

 

「大神さん!」

「この砲撃の元を断つ! 砲撃の中心は……あそこだ!!」

 

悲鳴にも似た吹雪の呼び声に大神は、港から砲撃を打ち放つ二つの大きな人影を指差し答える。

 

「あれは……戦艦ル級と、重巡リ級です!」

「戦艦と重巡洋艦か。暁くん、君たちで戦艦と重巡洋艦の撃破は可能かい?」

「……夜戦ならともかく、昼戦は無理よぉ。暁たちの主砲じゃ装甲を抜けないもの」

 

暁の言う通り、駆逐艦の火力では無謀もいいところだ。

先程イ級に敗れそうになった吹雪に聞かないのは武士の情けか。

 

「そうか、無茶振りして済まなかった。なら、比較的見晴らしの良い左側から敵に接近して戦艦たちの注意を引いてくれないかい?」

「構わないわ。臨時司令官はどうするの?」

「勿論俺も戦う。けど分からないことがあるから、こうするのさ」

 

大神は鞘に収めた神刀滅却を抜き、弓矢を引く様にして構えて、霊力を高め始めた。

 

「臨時司令官、何を――!?」

 

大神の身体から立ち上る霊気を目の当たりにして暁たち第六駆逐隊の表情が驚愕に彩られる。

司令室で聞いた人による駆逐イ級撃破の報だったが、やはり常識外れすぎて話半分であったのだ。

 

「狼虎滅却! 天地一矢!!」

 

大神は矢を放つが如く踏み込み、視線の先、彼方の戦艦ル級に対し届かない筈の刺突を放つ。

だが次の瞬間、刀から稲妻が放たれ、ル級に向かって走る!

 

「ガアァッ!」

 

稲妻をその身に受けたル級から苦悶の声が上がった。

更に発射間際だった炸薬が誘爆を引き起こし、爆炎がル級を包み込んだ。

爆音に振り返ったリ級も炎に包まれる。

 

「「「え」」」

 

あんまりな光景に唖然とする六駆。

 

「戦艦まで倒しちゃったっていうんですか?」

「いや、流石にそこまでは無理だと思う」

 

呆然とした吹雪の問いに、霊力を解き放ち大きく息を吐いた大神が答える。

はたして大神の言うとおり、炎が消え去ると怒り狂うル級とリ級の姿が見えた。

 

が、ル級からはくすぶる煙が見え、少なくない手傷を負っていることが遠目にも分かった。

そして、怒りに燃えた瞳で周囲に視線をやるがこちらには未だ気づいていない。

どこから放たれたものか気づいていないようだ。

 

「けど手ごたえはあり。俺なら戦艦、重巡どちらも撃破できる筈だ。だから、暁くんたちが敵の注意を引き、俺がその隙に撃破する!」

「少尉さん、シンプルだけど良い作戦じゃない!」

 

手を叩いて、大神の作戦に賛同する雷。

 

「ただ、雷くん。敵にはむやみに接近しないでくれ。注意をひきつけてもらうだけで良いんだ」

「それくらい分かってるわ、少尉さん。私たちに任せてよ!」

 

自信ありげに胸を張って、答えるのだった。

 

「あと吹雪くんは俺についてきてくれ。敵戦艦に近づくまで注意を引き付けずに済む道が知りたい」

「はっ、はい。分かりました、大神さん!」

「よし。それじゃ、陸上での行動となるが作戦を開始する」

 

 

 

「臨時司令官、良い人みたいですね」

 

瓦礫の中を進みながら、電は呟いた。

 

「そうよね。自分から敵を撃破する役を買って出たり、私達のこと心配してくれたり、」

「司令官と一緒で普通の海軍の人とは違う感じなのです」

「こらっ、無駄話しないのっ。一人前のレディは作戦中にそんな事しないんだからねっ」

 

暁は雑談を始めた妹たちをたしなめる。

 

「ほらっ、もう少しで敵戦艦の注意を引き付けられそうなポイントよ」

 

今歩いている建物――誰も居なくなってしまった戦艦寮の影から出れば、砲撃を繰り返す敵ル級の視線から暁たちを遮る物はもうない。

戦艦とまともに撃ちあうなんてバカな真似をするつもりはないけれど、注意を引き付けないといけないからには砲撃は必要だ。

少なくとも、本当に撃破するつもりで砲撃しないと、囮と気づかれてしまうかもしれない。

 

「海の上のように軽快には動けないけど、行くわよっ!深海棲艦!!」

「了解なのです!」

「分かったわ!!」

 

せーので戦艦寮の影から駆け出すと、三人は自らの主砲である12.7cm連装砲を撃ち放つのだった。




天地一矢は本来接近戦の技なのですが、名前が遠距離攻撃に相応し過ぎるので、
敢えて遠距離攻撃技としています。


あと分かり難かったかもしれないので敵戦力についての補足を。

警備府を攻めている敵戦力は計二艦隊。
具体的には以下の艦隊になります。

第一艦隊
 戦艦ル級 陸上
 戦艦タ級
 重巡リ級 陸上
 重巡リ級
 駆逐イ級 陸上(撃破済み)
 駆逐イ級

第二艦隊
 軽巡へ級
 軽巡ホ級
 駆逐ロ級
 駆逐ロ級
 駆逐イ級
 駆逐イ級

他に外洋からの帰還を妨害する為の艦隊もあり。


さーて、日曜日投稿できなかった分、帰宅後にもう一話頑張って書くぞ~。


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第一話 5 地を駆ける

戦艦寮から飛び出した暁たち。

海上を駆けながらではなく、大地の上を走りながら撃つ連装砲はいつもと勝手がまったく違う。

3人が放った砲弾はその狙いから大きくはずれ、戦艦ル級の横へと着弾した。

 

「イマイマシイ……ハジケロ!」

 

沈黙した警備府の思いがけない反撃に、怒り振り返ったル級の声と共に、砲塔が電に狙いを定めようとする。

炎で焼け爛れたル級の顔に電は表情を歪ませながらも、走りながら身体を捻らせ横へと滑らせる。

 

「そう簡単には、当たらないのです!」

 

ル級の着弾も自らを鼓舞するかのように声を上げた電からかなり外れた位置に落ちた。

同じように暁を狙ったリ級の砲撃も狙いを大きく外している。

 

「クッ、ウミデナラ!!」

 

意図通りに身体が動かない事に、不満の声を上げる深海棲艦。

互いに勝手の違う戦場。

敵側も思いがけず苦労しているのかもしれない。

 

「これなら、なんとかなりそうなのです」

 

目的である敵艦船の注意を引き付けることについては果たした。

砲口が自分たちに向いたことで、陸上に上がった敵からの警備府への砲撃も止まった。

この様子なら、注意を引き付け続けることも問題なさそう――なら、なるべくなら――

知らず、手に持つ連装砲の狙いが緩む電。

 

「電! 気を抜いちゃダメよっ!!」

 

暁の言葉に反射的に発砲するが、最初から狙いの甘い砲撃がまともに着弾するはずもない。

馬鹿にされたと感じたのか、ル級が叫ぶ。

 

「フザケルナ! コウナレバイッソ!!」

 

ル級の動きが止まる。

一体何をしているのか疑問に思いながら発砲した電の砲弾が偶然ル級に直撃した。

しかし駆逐艦の砲撃では、やはりまともなダメージを与えたようには見えない。

構わず、ル級は電に砲撃を行った。

 

「――!?」

 

ル級の行動のその答えは次の着弾時に分かった。

ル級の砲撃はこちらが回避行動をとりながらも、もう少しで至近弾になりそうだった。

先程の砲撃よりも格段に精度が増している。

つまり――

 

「こちらの攻撃を無視して固定砲台になるってことですか!?」

 

――不味い。電たちの脳裏をその考えが走る。

勿論撃ちあいになってしまえば、こちらはひとたまりもない。

軽快さを生かして動くしかないのだが、いつまで持たせられるだろうか。

 

「あぁっ!」

 

ル級に倣い動きを止め固定砲台となったリ級の砲撃が暁の眼前に着弾し、爆風で舞い上がった土くれが暁の身体を叩きつける。

制服に汚れがいくつも出来、飛び散った石片で傷を作りながら暁は連装砲を構える。

 

「このーっ!!」

 

レディらしからぬ声を放ちながら、彼女たちは走り続ける。

分かっているのだ、足が止まってしまえばお仕舞だと。

海の上でなら足を動かすことなく艦娘として駆ける事もできるが、今は、走らなければ動けない。

 

自分たちの歩みのみが、自らを駆逐艦と為させるのだ。

 

「ブザマニオドレ!」

 

ル級の哄笑が高らかに響く。

 

 

 

一秒がいつもの数十倍に感じた時間の末、一方的な追いかけっこは唐突に終わる。

 

「きゃっ!」

 

着弾で掘り返された地面に、雷が蹴躓いたのだ。

 

本来の戦場であれば、自らの足場――水面に気遣う必要などなかった。

水上であれば、こんなことはありえない。

 

恐らく駆逐艦娘の誰もが、そう言うだろう。

 

だが、現実は地の上にあり。

無慈悲にバランスを崩し、転ぶ雷。

躓いたときに足を捻ったのか、痛みに顔をしかめる。

 

「あうっ」

 

雷は自分の状況すら理解できないと目を瞬かせる。

 

 

「「雷!」」

 

 

暁と電の叫びがひどく遠くに聞こえる。

 

 

「クダケロ!!」

 

 

そして、

 

 

「雷! 逃げるのよっ!!」

 

 

ル級の、

 

 

「雷! 逃げてください!!」

 

 

砲口の、

 

 

「あ……」

 

 

狙いが、

 

 

 

 

「応っ!!!」

 

否、剣影が走る。

そして一瞬遅れ、ル級の右砲塔が滑り落ちた。

 

「せいっ!!」

 

返す刃でル級の左側の砲塔を切り裂き、更にル級の背の艤装を切って捨てる。

大神が飛びのくと、ル級の艤装が爆発しル級はたたらを踏んだ。

 

「ダレダッ!!」

 

痛みに焼かれながら振り返り叫ぶ声に、大神は刀を構え霊力を貯めつつ答える。

 

「大神一郎! この子達の隊長だ!!」

「クッ! リキュウ! コイツヲ――ナッ!?」

 

ル級がリ級の方を見ると、リ級は既に切り捨てられ、地に倒れ伏していた。

声にもまったく反応せず、ピクリとも動く気配はない。

 

「マサカッ! カンムスデモナイニンゲンガ、ワレラヲ!?」

「そのまさかだ! いくぞっ、狼虎滅却!」

 

砲塔を失い、それでも砲撃しようとするル級の意思を悟ったか、大神が間合いを詰める。

雷たちには、刃を振るう大神の姿が雷光を纏い突進する狼の様にも見えた。

 

「紫電一閃!!」

 

横をすり抜けながら、ル級に胴薙ぎの必殺の一撃を叩き込む。

ル級は断末魔の叫びすら上げることなく、倒れ沈黙した。

 

 

 

 

 

「遅くなってすまなかった」

 

大神は刀を納めると、頭を下げて謝った。

後ろの吹雪もバツが悪そうな表情をしている。自分の道案内がきっかけで暁たちに命の危険を招いたことに気がついたようだ。

 

「謝らないで、少尉さん。私たちこそ、注意を引き付けるって言っておきながら任務を全うできなかったもの」

「いや、君たちの本来の戦いの場が海の上だと、自分こそ肝に銘じておくべきだったんだ。そのことを失念していた俺の責任だよ」

「そんなことないっ。私たちに任せてって言ったんだから、海の上とか関係なく自分の言ったことくらいちゃんとやり遂げないと」

 

だが、雷も引き下がらない。

見た目も口調も幼いと言えど、彼女たちは数多くの任務に従事してきた駆逐艦なのだ。

出来ると言ったことをやり遂げられなくて、矜持が傷つかないわけがない。

 

しばしの間、雷と大神の視線が絡み合う。

暁と電、吹雪がどうしたものかとため息をつき、大神がどう説得したものかと考え始めたとき、港の方から大声が響き渡った。

 

「てめぇ! 軍人の癖に暁たちに何しやがったんだ!!」

 

 

警備府の戦いは未だ終わりを告げず。

 




必殺技連発は書いてみてなんとなくテンポが悪かったので、重巡リ級さんは切り捨て御免させて頂きました。
哀れなり。


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第一話 6 海を行く(但し二人で)

「つ、着いたぜ。警備府に。お前ら大丈夫か?」

「私たちは無事……とは言えませんが、大丈夫です」

 

決死の思いで敵中突破を図った天龍たち。

パッと見で分かるほどボロボロになりながら、彼女たちは警備府の港へたどり着いた。

 

「おかしいな、陸に上がった奴らの砲撃がねえ」

 

しかし、予想に反して港へ近づいた辺りから敵の砲撃が明確に減少したように天龍たちには思えた。

陸の方で何か異変があったのだろうか。

 

いや、これは異変というよりも――

 

「やるじゃねえか、龍田たちも」

 

警備府に残っていた艦娘が敵勢力をどうにかしてしまったのだろう。

戦力的には自分たちと同等、もしくは以下だと言うのに。

仲間たちの思わぬ奮闘に天龍は不敵に笑う。

 

なら話は早い。

 

早く合流して、敵を殲滅してしまおう。

疲労でガクガク笑う膝に鞭を入れると、天龍たちは海から上がる。

 

程なくして、暁たちの姿が目に入った。

 

「あいつら。何やってんだ?」

 

が、様子が何か違う。

 

傷を負い土まみれの暁、涙ぐんだ電、地面に力なくへたり込んだ雷に近づく軍装の男。

天龍には、暁たちに不逞の輩がよからぬことをしでかしたように見えた。

 

警備府自体の危機だと言うのに、こんな事態に何をしていやがるのか、この軍人は。

オレたちを、艦娘のことを何だと思っていやがる。

 

そう思うと、天龍は怒りで自分の頭が真っ白になっていくのを感じた。

これは不味いと思っても止まらない。

沈黙し倒れ伏す敵艦など、暁たちの周りの状況に気がついた、8駆の面々の制止の声も聞こえない。

 

「てめぇ! 軍人の癖に暁たちに何しやがったんだ!」

「天龍さん、ちが――」

 

暁たちに言い寄る奴に一発ぶちかましてやろうと、天龍は踏み出したのだった。

それが大いなる勘違いであることは言うまでもなく。

 

「この、ロリコン野郎!!」

 

 

 

 

 

「すいませんでした。臨時司令官とは露知らず」

 

暁たちの説明の後、天龍は大神に平謝りしていた。

天龍は砲撃すらぶちかますつもりだった。その意図が知られれば本当はただではすまない話だ。

 

「構わないよ。分かって貰えればそれでいいさ」

 

が、大神は軽く頷くと、それでおしまいとばかりにひらひらと手を振る。

鬼嫁?の嫉妬に常にさらされた身からすれば、誤解によるちょっとした暴言程度大したことではないらしい。

悲しい性である。

 

「そうか。じゃあ頼む! 龍田の奴には内緒にしてくれ!」

「ああ、俺は別に構わないけど……」

「駄目です、天龍さん。臨時とはいえ司令官への暴言、見過ごせません」

 

やったとばかりに喜色を顔にし、ついでに隠蔽してしまえと大神に擦り寄る天龍だったが、朝潮が静止する。

 

「ちょ、朝潮! 裏切んのかよ!?」

「事実は正しく報告するべきです。場合が場合なんですから」

「そうだな、こんなことやってる場合じゃなかったな」

 

朝潮の指摘に天龍は一瞬冷水をかけられたような表情をするが、すぐに首を振り気を取り直した。

佇まいを直し、大神に報告する。

 

「臨時司令官、海に残った敵戦力は戦艦タ級1、重巡リ級1、軽巡ヘ級1、駆逐ロ級1、駆逐イ級2だ。何隻かは沈めたけど、戦艦は無傷で残存してる」

「戦艦が残っているのか、軽巡のキミでも戦艦の無力化は難しいか?」

「暁たちが同じようなこと言ってるかもしれないけど昼間のうちはムリだ。戦艦をアッサリ無力化できるアンタがおかしいんだよ」

 

もっともな話である。

 

「臨時司令官。アンタ、海上で戦えないのか?」

「試したことはない。と言うか、ちょっと待ってくれ。普通の人間は水面に立てないだろう?」

「「「「「「「「深海棲艦と戦えるくらい常識突破してるんだから、それくらいできてもおかしくない」」」」」」」」

「そ、そう?」

 

全員が一斉に大神にツッコミを入れる。

 

「まあ、とりあえずやってみるよ。吹雪くん、ちょっと預かってもらえるかな」

 

言うが早いか、大神は神刀滅却を吹雪に手渡し、水面へと近づく。

霊力を足に篭めてみて、何回か足を水面につけたり離したり、を繰り返す。

 

「立てる気はしないな。ムリみたいだ」

「参ったな。夜まで待ってる余裕なんてないのに」

 

駄目だと首を左右に振る大神に、天を仰ぐ天龍。

今の艦隊からすると喉から手が出るほど欲しい昼戦火力があるのに、陸上でしか使えない。

宝の持ち腐れもいいところだ。

 

「俺ならボートとかに乗って移動しても――」

「深海棲艦をなめるな、そんなチンタラした船、砲撃一発でおしまいだ。海の上を自在に動ける足も必要なんだよ」

 

ボートも沈められない深海棲艦なら、艦娘たちは苦労はしない。

 

「うーん」

 

何かいい案がないか、大神たちは首を捻って考える。

次の瞬間、あらゆる意味で素晴らしいアイデアが天龍の脳裏を過ぎる。

 

「そうだ! アンタが海の上を歩けないんなら、歩ける奴が運べばいいんじゃないか!」

「どういうことだ?」

「簡単な話さ。オレたち艦娘が、アンタを運ぶ! そして、アンタが切る! ただ、それだけだ」

「俺を? 大の大人一人、運んで問題はないのか?」

「ああ、こう見えても中身満載のドラム缶だって引っ張っていけるんだ。男一人くらい大丈夫さ!」

 

自信満々に胸を張る天龍、だが駆逐艦娘たちは男の人を運ぶのかと色々なことを想像し赤面している。

けれどもこの状況を打破できるのがこれしかないと言うのなら、仕方がない。大神は決断する。

 

「分かった、みんな。それでいこう」

「じゃあ、誰がアンタを運ぶか決めてくれ。あ、オレは一人だけの軽巡だし駄目だから。駆逐艦娘の中から決めてくれよな」

 

最初からそのつもりだったな。

駆逐艦娘たちの間に戦慄が走る。

 

「そうだな。戦艦以外の敵戦力も居るから――」

 

一人ひとり確認するように見やる大神の視線。

 

「あんまり艦隊の戦闘力を割かずにすむ娘だな」

 

が、駆逐艦娘の視線は一人を除いて一点に集中する。

そんなの一人しか居ない。

 

「うぇ?」

 

周囲の視線を感じて吹雪は周囲を見渡す。

大神以外の視線が自分に集中していることに気がついた。

 

 

 

「そんな、無理ですー!」

「吹雪、お前しか居ないんだよ」

 

ブンブン首を振り、できないと否定する吹雪。

 

「6駆も、8駆も、ほら、身長も小さいだろ? オレは、戦艦以外の敵を相手しないといけないし――」

「ちょっと! 小さいって何よっ!!」

「臨時司令官を海に出して、戦艦をどうにかするにはこれしか手がないんだよ」

 

お子様言うなとぷんすか怒る声が背後から聞こえるが、天龍はガン無視した。

イヤイヤと首を振る吹雪の手を取り、眉間にしわを寄せ半ば脅すように迫る。

吹雪に逃げ場なし。

 

「はい、分かりました……」

 

 

背中の艤装のみを消した状態で水面に立つ吹雪。

恐る恐るその背を大神へと向ける。

 

「それじゃ、大神さん。あの、優しくしてくださいね?」

「ごめん。吹雪くん」

 

謝りながら、吹雪を後ろから抱きしめる大神。

優しくと言ったのにお腹に回された手は力強く、吹雪は恥ずかしさで林檎もかくやと云わんばかりに赤面した。

せめてもの救いは、真っ赤になった自分の顔を見られずに済むことくらいだろうか。

 

「吹雪くん?」

 

セーラー服をいつ洗濯したっけ、匂わないだろうか?

そもそも自分はいつお風呂に入っただろうか、自分も匂わないだろうか?

とそこまで考えて、軍装越しに大神の匂いがすることに気づく吹雪。

息をするのが怖い。意識が飛んでしまいそうだ。

呼吸することにすら四苦八苦している吹雪の様子を見て、大神の表情に一際申し訳なさそうな色が浮かぶ。

 

「本当にごめん、吹雪くん」

 

……あぅ。

 

みみもとで、

 

おとこのひとに、

 

はなしかけられるなんてはじめてのことで、

 

そのことを自覚するだけでクラクラと目眩がする吹雪。

いっそこのまま倒れてしまえれば、どれほど楽か。

 

とりとめもない考えが次々と頭に浮かんでは消え、

 

「い、いえっ! 大神さんこそ、すいません! ひ、貧相な身体で」

 

素っ頓狂な言葉を口にする吹雪。

その視界はグルグルと回り始める。

 

「いいっ!? 俺そんな事考えてないよっ!」

「でも、私、天龍さんや龍田さんや明石さんみたいにスタイル良くないですし、影薄いですし」

「いやいやいや! そんなスタイルいい娘に抱きつくなんて真似、俺には!?」

「やっぱり私、スタイル良くないから大神さん気にしてないんですね、うぅ」

 

大神の言葉にどっぷり落ち込んだ吹雪が、水面の上を滑り出す。

 

「どーすればいいんだ!? って、まだ水の上を行かないでくれ、吹雪くん!」

「きゃあ! 大神さん! そんなに強く抱きつかないでっ!?」

 

足場を失った大神は、反射的に吹雪を更に強く抱き寄せる。

背中で密着して、男の胸板を身体全体で感じて、吹雪は顔から火が出そうな程赤面した。

そして身体の火照りを覚ましたいとばかりに、水上を駆ける速度を上げるのだった。

けれどもそれは逆効果。

 

「あ、足が沈む!? 頼むからもう少し慣れさせてくれ!」

「大神さん!? 足を絡めないでくださいー!? ひゃんっ!」

 

海水が靴の中に浸入し、思わず大神は自らの足を吹雪の足に絡めしがみついた。

いつもなら感じることのない水の冷たい感触がふとももにかかり、吹雪はつい身をよじってしまう。

吹雪が身をよじるたびに、大神の身体はずれ落ち、水面へと近づく。

 

「吹雪くん、体勢を変えないでくれ!手がずれる!落ちる!沈む!!」

「きゃ、きゃあぁーっ!? お、大神さんこそ動かないでっ。手が、手がセーラー服の中にーっ!?」

 

ずれ落ちる身体を留めようと、必死に吹雪にしがみつく大神。

しかしそれは、見た目女学生の吹雪の足に絡み、セーラー服の中に手を入れ抱きついている男の姿。

勿論、意図したものではないが、もはやセクハラである。

 

「ゴメン! 吹雪くん!!」

「いやぁー!」

 

もはやセクハラである。

大事なことなので二回言った。

 

 

 

 

 

「おーい、そろそろ行くぜ。吹雪に臨時司令官」

「臨時司令官、早くいきましょう」

「はぁうぅー、見てるこっちの方が赤くなっちゃうよー」

「そうね、吹雪は力不足だもんね、助かったわ……」

「あらあら、大変ね~」

「これが大人の男性の抱擁なのっ!? い、いぃ一人前のレディは、ぁ、あんなことされてもへっちゃらだし。……へっちゃらなんだもん、どきどき、どきどき」

「はわわ、見てるだけで恥ずかしいのです……」

「少尉さん、頑張ってー」

 

そんな二人に、水面に立つ天龍と駆逐艦娘たち計8人の視線が突き刺さる。

自分でなくて良かったと、心の中で安堵の息を吐いていた。

 




吹 雪 羞 恥 地 獄 


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第一話 7 そして、ひとまずの決着

「吹雪くん、敵戦艦が見えたら可能な限り近づいてくれ。そして、限界だと思ったら俺の手を叩いてくれ」

「はい、大神さん」

「あとは俺がなんとかする」

 

敵戦艦を撃破するため、艦娘と二人羽織にも似た格好で海に出ることとなった大神一郎と吹雪。

互いに緊張し錯乱していたが、港を出る頃には拙いながらも意思疎通が出来る程度にはなっていた。

 

「慣れれば慣れるもんだな」

 

天龍は、最初こそおたおたしていた二人の様子に楽しげな視線を向けていたが、意思疎通を交わせるほどになった二人の様子を見て納得したのか、駆逐艦娘を連れて二人に先んじて戦場へと舞い戻っていった。

 

あとは、各々が自分たちの為すべきことを成し遂げるのみ。

 

「一撃必殺でいく、一撃も必殺も俺の方でやるから、吹雪くんは敵砲撃をかわし近づくことだけを考えてくれたらいい」

「はい!」

 

昂揚する心のまま、全力で海を駆ける吹雪。

やがて、延々と続いていた戦艦の砲撃の中心点、タ級が見える位置へと近づいていく。

 

「気がついてないみたいだ。速度を上げて!肉薄するぞ!」

「ええ、いきます!」

 

やがて、全力で駆ける吹雪たちの様子に気がついたタ級は警備府へ向けていた砲撃を取り止め、こちらへ砲口を向ける。

 

「回避は任せる!」

「はい!」

 

タ級から第一射が放たれる。

左斜めに軽く跳び、砲撃を回避する吹雪。

 

問題ない、いける!

 

 

続けての第二射は右に飛び退く、

若干たたらを踏んだが、回避にはさほど影響はない。

 

今だ、いける!

 

 

そして第三射、

 

「大神さん!」

 

近傍に着弾した余波の水を被る吹雪たち。

次弾は当てられる!?

限界を感じた吹雪は、抱きついた大神の手を軽く叩いた。

 

「応!!」

 

大神は腕力だけでその場で軽く宙返りすると、吹雪の肩を踏み台にして更に跳んだ。

吹雪の水面を駆ける勢いも利用したのか、それは光武に乗っていたときと同程度の跳躍となった。

 

「私を踏み台にしたのっ?」

 

一組の敵生体が上下に分かれたことにタ級の砲撃の判断が鈍る。

 

常ならば、艦娘こそが深海棲艦の脅威であるはず。

次の射撃こそ艦娘を打ち砕かんと、タ級は砲撃を行おうとする。

 

チガウ――

 

が、艦娘は男が跳び上がると、自分から離れるコースを駆けた。

よく見れば連装砲一つ持って居ない。

 

キケンナノハカンムスデハナイ!?

 

逆に自らに近づく大神の、全身から立ち上る霊気を見て、この男こそが危険なのだと知る。

砲口を上へと向けるタ級。

しかし、その判断は遅きに失した。

 

「おそいっ! 狼虎滅却! 無双天威!!」

 

掛け声と共に雷が天より大神の振りかざす神刀滅却に降り注ぎ、光刃と化さしめる。

天へ向けたタ級の砲撃が大神に放たれるよりも早く、雷撃にも似た一撃はタ級を切り裂く。

海上に立ち尽くしたままタ級は沈黙した。

 

「おっと」

 

そしてそのまま大神は袈裟懸けに切り裂いたタ級にしがみつく。

沈黙した深海棲艦と言っても、パッと見女性にしがみつくその姿はやはりどこか情けない。

 

「大神さん、敵にしがみつくんですか……」

「そんな事いわれても、俺は君たちみたいに浮けないんだ、こうするしかないんだよ」

 

振り向き先ほど踏み台にした吹雪に声をかけるその姿も、お世辞にも格好いいとは言えた物ではない。

港を出るまでの自分たちの姿が見えるようで、吹雪は苦笑しながら大神を回収するためタ級に近づいた。

 

しかし、吹雪が近づく前にタ級からピキピキという音が聞こえ淡白く光り始める。

イ級のときと同じように切り裂いた箇所からタ級全体へと淡白い光がひび割れの様に走った。

 

「ちょっと待った! これって――」

 

大神が全てを言い終える前に、戦艦タ級は光に包まれ――

 

 

ポン

 

 

と音を立てて、高校生から大学生程度の何処か異国めいた風貌の茶髪の美少女へとその姿を変える。

 

 

全裸の。

 

 

もう一度言おう。

 

 

しがみついた大神の腕の中で、

 

戦艦タ級は、

 

高校生から大学生程度の茶髪の「全裸の」少女へとその姿を変えたのだった。

 

だが、光と共にタ級の艤装は失われ、大神と少女はそのまま海に落ちる。

意識を失った少女が水を飲まないように口元を押さえながら少女を抱きかかえた大神は、泳ぎながら吹雪に呼びかけた。

少女の柔らかな、それでいて起伏に富んだ肢体には意識を配らないようにしつつ。

 

「くはっ、吹雪くん! この子を!!」

 

しかし、少女の身体は海中から幾重もの手が水底へ誘うかのように、鋼のように重く感じる。

押し寄せる波の音が、シズメシズメと海の底に誘うメロディーのようにさえ大神には聞こえた。

大神がいくら必死に泳ごうが、少女の身体は海面から見えなくなっていく。

 

「!?」

 

少女の重みに耐えかね、大神の身体も海中へと没する。

途端、海中に沈む少女を、取り巻く想念が更に引き込まんとする。

負の魔力にも似た怨念とも云える想念から守らんがため、大神は少女を強く抱きしめ霊力を燃やす。

怨念から少女の口を守り、海の中で神刀滅却を振り払う。

 

『させない。怨念よ、立ち去れ!』

 

霊力に導かれ、水面へ、水中へと浄雷が落ちる。

雷に打たれ、少女にまとわりつく怨念は断末魔の叫びを上げ海底へと消えていった。

怨念を打ち払った大神と少女の身体はゆっくりと浮上する。

 

「大神さん!」

 

水面に浮上した大神たちの目の前には、心配そうに自分を見つめる吹雪の姿があった。

しかし、真に一刻を争うのは自分の身ではない。

海の魔とも言うべき存在に引きずり込まれそうになったこの子こそ、優先するべきだ。

 

「俺の事はあとでいい! 今はこの子を頼む!」

 

救助に来た吹雪に、少女を託す。

少女とは言え、吹雪より一回り大きいその身体、意識を失った彼女で吹雪は精一杯のはずだ。

 

「でも、大神さんを放っておけません」

 

大神に少女を託されて手がふさがり、しかし、大神のことも放っておけない吹雪。

所在なさげに少女と大神を交互に見やる。

 

「なら……」

 

そんな吹雪に大神は一つの提案をするのだった。

 

 

 

 

 

「おーい、吹雪ー。そっちは大丈夫か? 誰だそれ?」

「あはは……これはー、大神さんがやっちゃったと言いますか……」

「ああ、なるほど。深海棲艦から光に包まれて出てきたって奴だろ、海から上がったら確認するか」

 

意識を失った少女を抱え、もじもじしながら海を行く吹雪に、先程別れた天龍たちが近づく。

そこには今朝方遠征に出立した第3艦隊、川内、神通、那珂たちの姿もあった。

海上で合流して戦艦以外の艦隊を叩いたらしく、川内たちは目立った損傷を受けていない。

重巡を相手にしたと言うのに、ピンピンしている辺りは流石と言うべきか。

 

「聞いたよー、戦艦を昼戦で沈めたんだって? ちぇー、夜戦で撃破したかったなー」

「だから、そういう場合じゃなかったんだって! TPOくらい弁えろよ!」

 

川内と天龍は軽口を交わしながら、水面を軽快に駆ける。

深海棲艦を一掃した海は穏やかで、何処までもいけそうだ。

 

「ん? そう言えば、臨時司令官は何処に行ったんだ?」

「えーと、それは……」

 

天龍の質問に、顔を赤らめ言葉を濁す吹雪。

視線があちらこちらへと所在なさげに動いていた。

 

「俺ならここだー」

 

そんな吹雪の足元から声がする。

天龍たちが視線をやると、大神は吹雪の足に掴まって浮いていた。

吹雪の足に掴まってプカプカ浮いている様は酷く締まらない。

 

「臨時司令官、何やってるんだよ?」

「いや、吹雪くんはその子で手一杯だったみたいだから。足に掴まって運んでもらったんだよ」

「春先の海水はまだ冷たいし、そのままだと風邪引くぜ」

 

確かに春先の海水はまだ冷たい。大神が指先を確認すると少し悴んでいた。

 

「しょうがねーな、引き上げてやるよ。川内、ちょっと手を貸してくれ。二人で運べば問題ないだろ」

「了解ー。水も滴るいい男って奴だね!」

 

二人で大神の両脇に腕を回し、一気に大神を引き上げる天龍と川内。

上背のある艦娘二人でかかれば、大神を運搬できるようだ。

大神の両手が塞がる神刀を扱うことが出来なくなるので、海戦の際には出来ない方法となってしまうが。

 

「ありがとう、二人とも。そっちの戦いはどうだったんだ?」

「おおよ、臨時司令官。川内たちが合流したってのもあるけど、撃ちもらしなしのS勝利だぜ」

 

天龍の報告に、大神は安心したと大きく吐息を漏らす。

 

「こっちも敵戦艦を無事撃破したし、警備府の安全は確保された。作戦完了だな」

「「「やったー!」」」

 

言い切った大神の言葉に、艦娘たちは色めき立って喜び始める。

これだけの敵の大部隊を相手にして苦戦もしたけれど、見事S勝利をもぎ取ったのだ。

嬉しいに決まっている。

 

「そうだ、皆。俺が士官学校で勝ったときにやってたことがあるんだけど、一緒にやらないかい?」

「なんだか分からないけど楽しそうだな、いいぜ。駆逐艦娘、お前らもいいよな」

「「「はーい、何をすればいいの?」」」

 

大神の提案に賛成した艦娘たちが大神の近くに集まってくる。

 

そして、

 

 

「せぇの――」

 

大神の言葉に続き、

 

 

 

「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」

 

全員が思い思いの勝利のポーズを取るのであった。

 




ワシの金剛はレベル150


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第一話 終 決着後のエトセトラ

帰還した大神たちは司令室に戻ったが、迎撃前に大神が指示したとおりそこはもぬけの殻。

吹雪たちの案内に従い入った艦娘用の保健室で、可動式のベッドに寝て秘書艦の龍田にりんごを剥かせていた。

 

何故か白衣を着た明石の見立てでは、司令官の怪我は内臓部の損傷など致命的なものこそなかったが、肋骨など複数個所を骨折している。

戦闘指揮を務めるには問題があるが、その問題は着任した大神が見事解決してくれた。

今回の結果を以って、戦闘部隊の指揮を大神に一任、正式に隊長にするとのこと。

書類の確認や指示を出したりする分には問題ないので、治癒するまでは警備府の泊りになるがこれでいいと笑っていた。

 

「良かったな、大神隊長。いきなり司令官にならずに済んで」

「はは……ありがとうございます、司令官」

 

既に龍田が持ち込んだ多数の書類の確認を行っている辺り、司令官もまじめな人間なのだろう。

米田司令負傷時の司令代理の経験も、総司令の経験も既にありますとは言えず、苦笑いを浮かべる大神だった。

 

「いや、その心配も必要なかったかの? 少しやってみるか?」

「もう司令官。おサボりは禁物ですよ~。その手、落ちても知りませんよ~」

 

怖い台詞を吐きながらも自分も泊まりこみ覚悟で甲斐甲斐しく司令官の世話を焼く龍田の様子に、秘書艦じゃなくて介護艦を名乗っても良いんじゃないかと保健室に集った艦娘一同が思ったのは言うまでもない。

 

龍田が怖かったので、誰も口の端に乗せたりなどしなかった。

 

報告も終え、若干気の抜けた暁は視線の端にかかるしろがねに気をとられ、隣のベッドに視線を向ける。

そこには眠り続ける銀髪の少女――そう、響がいた。

 

「そうよ。臨時司令官、わたし、響ちゃんの事聞かせてもらってない!」

 

思い出したとばかりに大きな声を上げる暁。

なんだなんだ、と周囲の艦娘たちが暁と響に注目する。

ちなみに大神はもう臨時司令官ではない、大神隊長と呼ぶほうが正しい。

 

「話には聞いていたけど、本当にどう見ても響じゃないか」

「本当だー。響ちゃんだー」

 

この警備府に着任していた艦娘だったこともあり、今警備府に居る艦娘の大半と面識があったらしい。

その容貌を何度も確認して、天龍が、那珂が、いや、ほぼ全員が響に間違いないと口々に賛同する。

 

「やっぱり、響ちゃんだよ……もう二度と会えないと思ってたのに」

 

戦闘前は少しの間しか確認することが出来なかったが、姉妹艦である暁たちが、長い間共にいた響を間違える事などあろう筈もない。

響の白い肌を撫でながら、暁がいとおしそうに呟く。

 

しかし、響は身じろぎ一つすることなく眠り続ける。

当然その口が開かれる事もなく、何故ここにいるのか分かる者はいない。

 

「すまない、暁くん。俺も詳しいことは分からないんだ」

 

大神にしても、初めて戦い討ち取った深海棲艦から現れた少女、それ以上の事は何も分からない。

皆が響と呼ぶ少女にも面識はなく、どういう素性のものかは会話から推測するしかない。

 

ちらりと、大神は響の隣のベッドで同じように眠る鳶色の髪の少女に目を向ける。

 

「……」

 

恐らくは、響と同じように艦娘であろう少女。

天龍、川内たちと年の頃は同じ、いや若干上か。

 

警備府で彼女を知るものは居なかった。

 

「君にも響くんのように、心配する姉妹がいるのかな」

 

大神の問いに答えることなく、少女たちは昏々と眠り続ける。

 

 

 

 

 

「ふう、いい風だ……」

 

その夜、本来であれば大神の歓迎会を行う予定であったのだが、比較的損害が軽微だった川内たち第3艦隊と長期遠征で不在の第4艦隊以外の疲労は絶頂。

会場となるはずだった食堂も少なくない損害を受けていることから、当然のごとく日を改めることとなった。

大神も宛がわれた自室に向かい、着替えと神刀滅却の手入れを済ませると、外に出歩き夜風に当たる。

 

時間は大帝国劇場の夜の見回りを行う頃合。

いつもの癖なのか、不審な人物が居ないか気を配りながら大神は警備府内を歩き始める。

 

「明日は、時間を作って調べ物をしないといけないな」

 

艦娘のこと、深海棲艦のこと、大神には分からない事だらけだ。

今この警備府において、自分以上に物を知らない存在は居ないかもしれない。

見知らぬ場所で見知らぬ敵と戦うことは、いつもの事過ぎて何とかできた。

が、今後を考えれば、可能な限り知識を集めなければいけない。

 

「隊員――じゃなかった、艦娘との訓練も必要か」

 

隊長ともあろうものが、流石にあんな無様を何度もさらす訳にはいかない。

大神は昼間の事と、手に残っていたしがみついた吹雪の感触を思い出す。

最初に握手したときの手の感触と同じ、いや、それよりも柔らか――

 

「って、何考えているんだ。いかんいかん」

 

頭の中からよこしまな考えを追い出すように強く頭を振る大神。

近くに寮があるのか艦娘たちの寝息が風に乗って届く、いびきをかいているのは天龍だろうか。

と、演習場の方から物音が聞こえる。

 

「誰かいるのかい?」

 

不審者かもしれないと演習場を覗き見る。

吹雪が、襲撃の日の夜だというのに、一人標的への射撃訓練を行っていた。

手にした連装砲から演習用の砲弾が放たれるが、大きく狙いは外れ水面に着弾する。

 

「あ、大神さん」

「吹雪くん……こんな時間に何をやっているんだい」

「私、新入りですから。他の皆よりも頑張らないと」

 

表情に疲労の影を残しながらも、いや、だからこそ朗らかに笑う吹雪。

 

全く、この子は――

 

「しょうがないなあ、俺も手伝うよ」

 

大神はシャツの裾を捲くると、水面へと近づいていく。

 

「え、でも、大神さん。悪いですよ」

「士官学校主席って、司令官が言っていただろう? 近接格闘だけじゃなくて射撃も大丈夫だって」

 

月明かりの下、二人は夜が更けるまで訓練に勤しむのだった。

 




ジッサイ大神さんは、弾丸を狙って撃ち抜けるくらい射撃も得意なお人です。
あと自室が襲撃で壊れて吹雪の部屋で寝る大神さんってのも一瞬考えたけど、大神さんはなんかそういうのじゃないから没。


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第二話 警備府の乙女たち
第二話 1 剣客商売事始


第二話始めますよー


深海棲艦による警備府襲撃の一晩が明け、朝日が降り注ぐ。

砲撃により損傷した警備府を直さんと、徹夜で修復に勤しんだ妖精さんたちも今は夢の中。

静かな風景に、鳥の鳴き声がやけに大きく響く。

警備府が動き出すには、まだいくばくかの時間を要するだろう。

 

そんな朝の日差しの中、軽巡洋艦である天龍と龍田は剣道場への道を歩いていた。

互いに自らの近接戦闘用の武器を模した木製の得物を持っている、練習でもするのだろうか。

 

「天龍ちゃんが剣の稽古したいなんて久しぶりよね~、いったいどうしたの~」

「うるせーな。良いじゃないか理由なんて、ただの気まぐれだよ」

 

若干慌てた様子ではぐらかそうとする天龍だったが、龍田にはお見通しだ。

昨日の今日で、剣を学びなおしたいだなんて実に分かりやすい。

 

「ふーん。じゃあ~、大神隊長を呼びにいかなくても問題ない?」

「た、隊長は関係ないだろ!? いつもの稽古だろ?」

「本当に~?」

 

龍田が分かっているわよとばかりにニッコリ微笑むと、天龍はバツが悪そうな顔をする。

やがて、龍田の笑顔から感じる圧力に屈したように白旗を揚げる。

 

「いや、確かに隊長にも来てほしいさ。だって人なのに刀一振りで深海棲艦を倒しちまうんだぜ? 実際に剣技見たくないかって言われたら見たいに決まってるだろ」

「そうよねー。うちの警備府で見たことあるのって、吹雪ちゃんに明石、あと6駆の子だけだもんね~」

「訓練のときに見せてもらえるよう、龍田、秘書艦として司令官に言ってくれねーか?」

「そんなことしなくてもー、直接頼んだら見せてくれるんじゃないかな~」

 

取り留めのない話をしながら、二人は剣道場まで歩き、鍵を使うことなく扉を開く。

訓練のメインはあくまで演習場であり、現在の警備府で剣道場を使う艦娘は自分たちだけ、気を使うことなんて何もない。

 

「あら~?」

 

そう思っていたのだが、今日は違っていたらしい。

そこには先客が何人かいるのだった。

 

「8駆に、11駆じゃねーか。どうしたんだよ?」

「天龍さん、昨日大神さんに剣の練習をする場所はないかって聞かれたので。私たちは――」

「ただの見学……吹雪が行こうって連れ出すから仕方なく……ねむ」

 

大口を開けてあくびをかきながら、心底面倒くさいといった表情の初雪。

同様に、吹雪にたたき起こされたのだろう、白雪と深雪も眠気を若干こらえているように見える。

続けて軽く息を整えながら、朝潮が答える。8駆の他の面々も同様に息を整えている。

 

「私たちは、朝のランニング中に吹雪さんたちを見かけたので。勉強になると思ってついてきました」

 

なるほど、6駆が見当たらないのも納得できる。

暁を筆頭に、比較的朝の遅い彼女たちはまだ夢の中なのだろう。

 

「で、その当の本人はどこにいるんだよ?」

「大神さんなら着替え中ですよ」

 

吹雪が答えるのと同時に、剣道着に着替えた大神が木刀を二振り持って出てくる。

サイズが小さいのか、裾から腕と足が見えていた。

 

「男性用っぽい剣道着はあったけどサイズが違うな、やっぱり普通の服じゃダメかい?」

「ちょ、おま!!」

 

天龍が叫び声を上げる。

 

「ああ、天龍くん。剣道場、先に使わせてもらってるよ」

「それは別に構わないけど……って、その格好は何だよ!?」

「ん? 剣道着だけど、これがどうかしたのかい?」

「そういうことじゃなくって!、なんで――ああ、もう、察しろよ!」

 

あたふたする天龍。だが、質問は核心を得ておらず大神の表情に疑問の色が浮かぶ。

これだけで意図を理解できる者がいるとすれば――

 

「大神隊長~、何で天龍ちゃんの剣道着着ちゃってるのかな~」

「えええ! これ天龍くんの剣道着だったのか!? すまない!すぐ着替えてくる!!」

 

大神は急いで着替え場に戻り、普段の服に着替えて出てきた。

慌てて着替えていたのか、ボタンが途中で一段ずれている。

 

「大神さん、ボタンがずれてますよ」

「いや、吹雪くん。自分で直すから!?」

 

クスクス笑いながら、吹雪は大神に近づいてボタンを付け直す。

 

「吹雪……いつの間にか女になって……」

「吹雪ちゃん、男の人にそんな事するなんて……」

「おおう、吹雪のやつ、やるじゃねーかー」

 

初雪たちの言葉を聴いて、自分がしていることの恥ずかしさに気がついた吹雪は赤面する。

大神も赤面しており、なんとなくではあるが天龍は面白くない。

 

「じゃ、オレたちも着替えてくるから! 覗いたりするんじゃねーぞ!!」

「しないって!!」

 

大神に期待と裏腹な釘をさすと、天龍は着替え場に向かうのだった。

大事なことに気づかぬまま。

 

「とっとと着替えるか」

 

着替え場で、いつもの剣道着に着替えようとする天龍。

が、何かいつもと感触が違う。これは――

 

「匂いか? 洗濯は忘れてないはずだけどな」

 

上着に鼻を近づけ、一息吸う。いつも使っている柔軟剤の匂いとは別の匂いが微かにしている。

何の匂いだろうか。確認するため、上着に顔を埋めて息を吸おうと――

 

「うわぁお。天龍ちゃん、大神隊長が袖を通した剣道着に顔を埋めて、何やってるの~」

「ブッ!――ゲホゲホ」

 

後ろからかけられた龍田の言葉に噴出し、咳き込む天龍。

 

「なっ!?――なっなっ」

「何言ってるんだって? だって天龍ちゃん、剣道着の洗濯あまりしてないんだもん~。天龍ちゃんが着ようとしているのは大神さんがさっき着た剣道着よ?」

「なんだってー!!」

 

天龍の絶叫が着替え場に響き渡る。

 

 

 

天龍たちが着替え終わったのは、大神が柔軟などの準備運動を終えた頃だった。

 

「天龍くん、龍田くん。時間かかってたみたいだけどどうしたんだ?」

「い、いやっ!? じ、時間なんて全然かかってない!! な、龍田?」

 

着替え場から出てきた天龍に声をかけると、やけに大神の言葉に過敏に反応する。

赤面しもじもじとしており、いつもの男勝りな様子はかけらもない。こんな天龍初めてだ。

一体どうしたのかと、8駆、11駆の面々は頭を捻った。

 

「大神隊長、お着替えは時間がかかるものなんですよ~。デリカシーがありませんよ~」

「ああ、すまない。そうだな、女の子だもんな」

「おっ、オレが女の子!?」

 

龍田の言葉に頭を下げて謝る大神だったが、天龍は大神の「女の子」発言で更に赤くなる。

一体何を意識しているというのか。

 

「あはははっ♪ 天龍ちゃん、真っ赤~。そんなに意識しちゃって大丈夫?」

「うっ、うう、うるさいっ! ほら、柔軟やるぞ、龍田!!」

 

楽しそうな龍田を急かし、柔軟運動をはじめる天龍。

 

「ん?」

「……っ!?」

 

が、大神からの視線を感じるだけでカチコチに固まる天龍。

剣道着が肌擦れを起こす度に、ビクン!と反応し、柔軟になっていない。

龍田の「天龍ちゃん固いよ~」というボヤキにも全く反応する余裕がない。

 

「もー、天龍ちゃん。柔軟ちゃんとやらないとダメだよ~」

「すまん、やらないといけないって分かってるんだが……」

「しょうがないな~。8駆のみんな、天龍ちゃんの柔軟手伝ってもらえないかな~。あと、大神隊長~、その間私と手合わせして貰えませんか?」

 

笑いながら、大神に頼み込む龍田。

しかし、目はあまり笑っているようには見えなかった。




吹雪の嫁度が上がり過ぎてるような気がしてならない。
いかん、他の艦娘の嫁度を上げなければw

あと、現在までに登場している艦娘の好感度一覧を活動報告に載せています。
物語にはあまり直結しないパラメータなのですが、サクラ大戦クロスとしては必須項目なので。


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第二話 2 二天一流

「大神隊長~、私と手合わせして貰えませんか?」

 

大神を朗らかに手合せに誘うと、龍田は剣道場の中央に歩いていく。

確かに、剣の修練ならただ木刀を振るうより相手が居た方が良い。

 

「分かった。俺で相手になるか分からないが、その申し出受けるよ」

 

龍田のあとを歩き、剣道場の中央で龍田に正対する。

互いに一礼すると、龍田は長刀を構え、そして大神は木刀を左右の手に二本持つのだった。

首を傾げる龍田。

 

「ちょっと待って。大神隊長、何で木刀を二本構えてるの~?」

「言ってなかったっけ。俺が修めた剣術は二天一流、宮本武蔵を祖とする二刀流だよ」

「なんだって!?」

 

俄かに色めきたつ道場内。

宮本武蔵の名はここでも有名らしい、特に天龍の目の色が変わっている。

二人の手合わせを見ようと、おざなりになっていた柔軟体操を完全に放り出している。

 

「でも、昨日の戦いでは刀は一振りだったよね~?」

「自分が全てを託せる刀だからね、神刀滅却は。この身で戦う以上、もう一振り欲しいのは確かなんだけど」

「あらあら~。じゃあ昨日の戦いに、更にその先があるってこと~。すっご~い」

 

実に楽しそうに龍田は長刀を中段の構えから振り上げ、八相の構えをとる。

敵の動きに合わせて自在に斬撃を浴びせられる、龍田の好きな構えだ。

深海棲艦と対するときは振り上げるどころか、後ろに剣尖が付いてしまうほどに振りかぶってしまうのだが、流石に対人でそれは隙だらけだ。

 

「期待に応えられると良いんだけどね」

 

対する大神は両手の木刀を中段に構えるが、左右の木刀の剣尖は触れ合わんばかりに接近させている。

二振りの刀で攻めと守りに備える円相の構えだ。

そのままの状態で、大神は龍田との間合いを詰めていく。

 

(うーん、困ったわ~。大神隊長全く隙がない)

 

天龍を無自覚に弄ぶ大神に先ずは斬撃をお見舞いするつもりで八相の構えを取ったのだが、失敗だったかもしれない。

こちらから斬撃を仕掛けても、受けられる未来しか浮かばない。

けれども、このまま間合いを詰められる方がまずい。

 

「やっ!」

 

威嚇の意味も込めて、八相の構えから上段の斬撃を龍田は放った。

防御されることは間違いないが、身を翻しての石突で打突を匂わせれば間合いは一度開く筈。

その間に正眼の構えに直して、刺突をメインにすれば――

 

「せいっ!」

 

だが、龍田の考えが叶う事はなかった。

大神の左腕が龍田の斬撃に反応し、片手で長刀の斬撃を受け流そうとしたのだ。

 

(二刀ならともかく、片手で? バカにしないで~)

 

振り下ろす長刀に力を込める龍田だったが、大神の左腕はビクともせず長刀を受ける。

そして、同時に跳ねた右腕の刀が、次の瞬間龍田の胸元に当たるか当たらないか程度に添えられていた。

気付かぬうちに添えられていた右腕の刀に驚愕の表情を浮かべる龍田。

 

――兵法二天一流剣術 五法の勢法――

 

「……!?」

 

右腕の刀の動きが全く見えなかった。

砲撃だって回避するし、戦闘機相手に対空だってできる軽巡洋艦の龍田の目をもってしても。

周りの天龍たちも唖然としている、一体どれほどの速度で振るわれたのか――

 

「龍田くん」

 

大神の言葉で我に返る龍田。

そう、もう決着はついている。

 

「あら~、隊長ごめんなさい。まいりました~」

 

その言葉に大神は、龍田の胸元に添えていた木刀を引いた。

互いに開始時の位置に戻ると、再び一礼する。

礼が終わった途端、唖然として静まり返った道場内が騒がしくなる。

 

「隊長、次はオレとやろうぜ! いや、オレに稽古をつけてくれ!!」

 

居ても立っても居られないとばかりに、天龍は木刀を片手に中央部に歩み寄る。

 

「ダメだよ、天龍くん。まだ柔軟運動が終わっていないだろ」

「う……8駆、柔軟手伝ってくれ!!」

 

時間が惜しいとばかりにまじめに柔軟運動を始める天龍。

次の相手は天龍かと考える大神だったが、龍田は去ろうとしない。

大神を見つめている。

 

「どうしたんだい、龍田くん?」

 

再戦でも考えているのだろうか、と龍田を見やるが長刀を構えてはいない。

口元に手をやり考え込んでいる、何の用だろうか。

やがて、龍田の口が開かれるのだった。

 

「大神隊長~、深海棲艦とも二刀流で戦いたいと思いませんか~?」

「ああ、できるならそうしたいとは思っているよ」

 

一刀では、繰り出すことのできる技も限られている。

戦闘の幅を持たせる為には二刀流であることが必要だ。

 

「なら、いい場所がありますよ~」

「ちょっと待て、オレの稽古の時間は!?」

 

 

 

 

「あちゃー、整理で結局徹夜しちゃいました」

 

ノロノロと立ち上がると、明石はうーんと大きく身体を反らし伸ばす。

一晩中、細かい作業を続けていた身が引っ張られて気持ちいい。

捲くれ上がったセーラー服からお臍がチラリと覗く。

 

左右を見回すと、一度は崩れ落ちたであろう荷物や部品が再整理されている。

これでもう大丈夫、後は妖精さんが起きたらここは使えるようになったといっていいだろう。

もう少ししたら朝食の時間、今日の朝食は美味しく食べられそうだ。

 

 

ここは、明石の工廠。

 

艦娘の装備を開発したり、改造したりする場所だ。

昨日の襲撃では珍しく被害が少なかった場所でもある。

とは言え荷物に溢れ返っていた為、衝撃で散乱し見た目酷いことになっていたのだが。

と、工廠のドアが叩かれる、誰だろうか。

 

「はいはい、起きてますよー」

 

徹夜でボサボサになった髪のままドアへ向かう。

どうせ、艦娘と妖精ばかりの警備府、こんな朝くらい気を使う必要もないだろう。

 

はて、何か大事なことを忘れていたような――

 

「失礼するよ、明石くん」

「は、あ、え――ええっ!?」

 

ドアの向こうから聞こえる男性の声に、慌てふためく明石であった。




天龍さんの稽古は内容がかぶるので省略w

あと、作者は剣道はやったことありますが、剣術は学んだわけではないので描写はかなり適当です。
ご了承ください。


にしてもおかしい、2話の1で書こうとした内容が未だ書けずに居る(^^;


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第二話 3 妖精さん阿鼻叫喚

ドアの向こうから聞こえる男性――大神の声に、慌てふためく明石。

 

「ちょっと待ってください!」

 

言うが早いか、鏡の前に戻って手早く手櫛で髪を大雑把に整えていく。

 

「ぶぎゅ」

 

戻る途中に何かを踏ん付けてしまった様だ、ああ、妖精さんごめんなさい。

癖っ毛でなくてよかった、こういうときに手間取らなくてすむ。

幸い、鏡で見る限り目の下にくまはできていないらしい。最低限の化粧で大丈夫だろう。

 

後は、白衣でスカート横から見える腰のラインを隠せば――

 

「お待たせしましたっ。大神さん、何の用でしょうか? キラキラっ」

 

対大神用フルアーマー明石の完成。

両手を顔に近づけて、上目遣い。ポーズも完璧だ。

ドアを開けて明石は満面の笑みで大神を招き入れる。

 

「き、キラキラ?」

「何やってんだ、明石」

 

艦娘たちはドン引きしていたが。

 

 

 

 

 

「なるほど、それでもう一本の刀を探しに私のところに来たんですか、なーんだ」

「そういうこと~。天龍ちゃんの刀の予備があったよね~」

「ありますよ。ちょっと待っててくださいねー」

 

納得がいったとばかりに再整理したばかりの荷物の中に戻っていく明石。

時々何かを踏んづけてしまっているらしく、「むぎゅ」とか「ぶにゃ」とか「ひでぶ」とか聞こえてくる。

何が蠢いているのか、変な想像をしてしまい大神は戦慄する。

 

と、大神のズボンが引っ張られる。

 

「ん?」

「タイチョーサン タイチョーサン」

 

下に視線をやると、2~3頭身の小さな子が大神の足元に居た。

明らかに人間のサイズではない、一体なんだと言うのか。

 

「何だこれ?」

「大神さん、見たことないんですか? 妖精さんですよ」

 

怪訝な顔をする大神に、付いて来た吹雪が横から答える。

 

「妖精?」

「ええ、ここに居るのは工廠妖精さんですね。私たちも装備のこととかでお世話になってるんですよ」

「へぇ……」

 

足元の妖精を猫のようにつまみ上げると、妖精は大神のことを指差す。

 

「タイチョーサン! タイチョーサン!」

「可愛いですよねー」

 

喜んでいるようだ。可愛いといえば可愛いかもしれない。

普段から親しんでいる吹雪にとっても可愛く見えるらしく、目を輝かせている。

 

「ソレ! ソレ!」

「ワタシニモ ワタシニモ」

 

妖精が起き出してきた様だ。大神の周りに妖精が集まりだす。

何人かは大神の腰に帯刀した神刀滅却を指差している。

 

「見たいのかい?」

 

妖精の意図を悟り、問う大神。

神刀滅却の何が妖精たちを惹きつけるのだろうか。

 

「ミタイ! ミタイ!」

「ミセテ! ミセテ!」

「分かったよ、ちょっと待っててくれ」

 

言いながら大神は神刀滅却を鞘より抜き放つ。

途端に刀身より強い霊力が溢れ出した。

 

「レイリョク! レイリョク!」

「イヤサレルー イヤサレルー」

「ミニシミル ミニシミル」

 

神刀滅却から溢れ出した霊力の波動を受け、妖精たちは歓喜の声を上げる。

霊的存在であったのかと、大神は得心する。

であれば、妖精たちが手がけた艦娘の装備も霊的装備の一つといっていいだろう。

 

「道理で、神刀滅却が深海棲艦によく効くわけだ」

「大神さーん、刀の予備持ってきましたよー、ってそれ大神さんの刀じゃないですか!? 私にも見せて、いえ、触らせてくださいよー!」

 

そこに一振りの刀を携えた明石が戻ってくる。

抜き放たれた神刀滅却に目の色を変え、駆け寄ってきた。

 

「明石くん。下、下に気をつけて」

「ん? 大神さん、大人気ですね。どいてどいてー、そんなことより大神さんの刀を! キラキラ、ねぇっ!?」

 

妖精さんを蹴散らし、目を輝かせて大神へと迫る明石。

そんな事をすれば、機嫌を損ねた妖精さんに後で酷い目にあうというものだが、目の前の餌に気が行ってしまっているようだ。

再び両手を顔に近づけて、上目遣いで大神にお願いする。

 

「分かったから。明石くん、妖精さん踏んでる!」

「やったー! こんな見事な霊刀触るの初めて~、るんたっ!」

「アカシズルイ アカシズルイ」

「モテナイミガツライ ツライ」

 

ステップを踏んで嬉々として喜ぶ明石、反対にジト目で明石を見ている妖精たち。

大丈夫かなあと思いながら、大神は明石に神刀滅却を手渡す。

 

「ああ、もう柄を握ってるだけで霊力が伝わっているのを感じちゃいます!」

「そ、そうか……それはよかった」

 

やたらハイテンションな明石に冷や汗をかきながら、大神は答える。

 

「柄頭に宝玉がついているんですねー。霊剣としての格を感じちゃいますね!」

「あ、ありがとう」

 

まあ、喜んでもらえたのならそれでいいか。

 

「何か、試し切りしたい気分ですねぇ! そうだ、持ってきた予備の刀を試し切りしちゃダメですか!?」

「「「ちょっと待てー!」」」

 

それは本末転倒だ。

慌てて大神たちは明石を制止するのだった。

 

 

 

「ごめんなさい……大神さん。つい、はしゃいじゃって……」

「いや……分かってもらえればそれでいいんだ」

「ハンセイスベシ ハンセイスベシ」

 

先ほどと一転してシュンとなる明石。

制止後された妖精たちのお説教が効いたらしい。

 

「それで、これが俺の二刀目の候補ってことでいいのかな?」

「ええ、そうです。天龍さんの荒っぽい使い方にも耐えられる代物ですから、大丈夫だと思いますよ」

「コラ、いつオレが荒っぽい使い方をしたんだよ!」

「イツモ イツモ」

「カタナノテイレタイヘン スゴクタイヘン」

 

あんまりな明石の評価に口を挟む天龍だったが、妖精さんに迎撃され沈黙する。

横目で苦笑いしつつ、大神は明石から刀を受け取り、そして二刀を抜き放った。

皆から少し離れ、軽く素振りして具合を確かめる。

 

「「「おおー」」」

 

二刀を軽々と扱う大神に皆は感嘆の声を上げる。

 

「どうです、具合は?」

「そうだね、重さも長さも問題ないかな。あとは――」

「やっぱり試し切りですよね! あ、昨日やってた、「狼虎滅却!」ってのでやって下さいね!!」

 

やはり嬉々として試し切りを勧める明石。

ちょっと引いた大神だった。

けれども、

 

「確かに最高出力の技、必殺技で試し切りしてみないと意味ないか」

「ですよねっ! こんなこともあろうかと、バルジ用の装甲板も用意しておきました!」

 

何処からか明石は装甲版を取り出した。

厚みは結構あるが、斬鉄を習得している大神に切れない程ではない。

刀の具合を確かめるにはちょうどよい具合だ。

と言うか、なんでさっき出さなかった。

 

「じゃあいくぞ!」

「よっしゃ、隊長の必殺技、初めて見れるぜ!」

「ヒッサツ! カナラズコロス!」

 

万力で固定し、置き台に置いた装甲板に正対し二刀を構える大神。

高まる霊力を感じて、盛り上がる一同。いや、殺さないから。

 

「狼虎滅却!」

 

高まった霊力のままに吼え、天龍の刀を振りかぶり、

 

「紫電一閃!!」

 

横一文字に切る。

装甲板はバターのように切り裂かれ、分断された上側が斬撃の勢いのままに吹き飛ぶ。

そして、整理されたばかりの荷物に向かって飛んでいった。

 

「え」

「エ」

 

大きな音を立てて荷物が崩れさる。

つい先ほどまで、徹夜して整理したばかりの荷物が。

明石と妖精たちの顔が凍りついた。

 

「大神さん」

「タイチョー」

 

不穏な空気を感じ、一歩下がろうとする大神。

が、大神の足元には妖精たちがすでに集まっており、足の踏み場もない。

 

「お片付け手伝ってくださいね?」

「オテツダイ! オテツダイ!」

 

大神に逃げるすべなし。




アイテム
天龍の刀:火力+5


ようやく2-1で書くはずだった内容が書けたw

あと、明石の夏ボイスは可愛すぎる。


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第二話 4 神通さんは鬼教官1

朝食時間、食堂の入り口前で一人の艦娘――神通が大神の訪れを待っていた。

警備府の大半の艦娘は朝食を食べ終えて歓談している、教官役たる神通が食事を取らずに大神を待っている事が時間の節目を忘れさせているようだ。

 

「なかなか来ませんね……工廠に行った方がよかったでしょうか……」

 

神通としては早めに行動するよう注意したいところであったが、自分自身朝食をとらずに人を待っている以上そうもいかない。

順番を間違えたか、先に朝食をとるべきだったと考える神通だったが、今更行動を変えるには時が経ちすぎている。

時計の針が過ぎていく度に、神通はソワソワと落ち着かない様子で辺りを見回す。

 

他の艦娘から見ると、男性を待ってソワソワしている神通はいい話のネタになっていることにも気づかず。

 

 

そうして時間が過ぎ、朝食時間の終わりまであと少しとなった頃、

 

「まったく、酷い目にあったよ……」

「大神さんがいけないんですよ、人が必死で整理した荷物を崩すんですから」

 

大神が明石と共に軽く駆け足で食堂へと向かってきた。

人をこんなに待たせてと思う神通だったが、楽しそうに会話を交わす二人に話しかけ辛い。

 

男性と気軽に話している明石が羨ましい。

若干人見知りする性格の神通には難しい話だ。

こんな時には姉と妹が羨ましくなるがどうしようもない。

 

 

「あ、あの……あの……」

 

どう話しかければいいだろうか、と考えている内に大神たちは近づいてくる。

迫ってくる二人の姿に神通はテンパり気味となり、余計に声が出しづらくなる。。

 

(このままだと、二人が通り過ぎちゃいます……あ、ど、どうすれば……)

 

「神通くんだったね、どうしたんだい?」

 

そんな神通の様子に気づいた大神。

神通の前で立ち止まると、彼女に話しかけた。

 

「え? ひゃい!?」

 

自分から話しかけるものと思い込んでいた大神に話しかけられ、緊張で神通の声が裏返った。

 

「え、えと……あの……」

 

自分の出した声に恥ずかしくなり、神通は顔を真っ赤にして俯く。

そんな神通だったが、大神は少し考えると、分かったとばかりに、

 

「俺に用事なのかい?」

 

と聞いてきた。

赤面しながらコクコクと神通は頷く。

 

「俺なら行ったりしないから。ほら、深呼吸して」

 

「あ、はい……すー……はー……」

 

大神の声に従い、大きく深呼吸する神通。

やがて緊張がほぐれ、赤面していた頬からも赤みが消える。

もう大丈夫だ。

 

「すいません、お手数をおかけして」

「別に構わないよ、で、何の用事だったんだい?」

「はい……朝食後、私たち訓練を行いますので、手伝ってはいただけないでしょうか?」

 

 

 

 

 

そうして朝食後、大神の姿は演習場にあった。

何故か明石の姿も傍らにある、司令官に付き添う龍田のように。

吹雪が不満そうな顔をしている、今朝はむしろ機嫌がよさそうだったのに何があったのだろうか。

 

「――で、俺は何を手伝えばいいのかな、神通くん?」

 

昨晩吹雪の射撃訓練を手伝いはしたが、教官役が正式に居るのなら別に必要ないはず。

今までもやってきた訓練だろうし、と疑問に思う大神。

 

「そ、それはですね……」

 

言葉を途中で濁し、再び赤面する神通。

言い難い話なのだろうか。

 

「天龍くん、何か知っているかい?」

「え、ええ!? オレ? いや、その……なんだ……分かれよ!」

 

天龍に問いかけると神通と同じく赤面している。

しまいには怒られた、何故だ。

 

「はぁ、基礎訓練の後にやるからさー、それまでちょっと待ってくれない少尉」

「それは構わないけど」

 

二人の様子にため息をついた川内が横から口を出した。

司令官に確認した結果正式な業務時間となったので、ここで待つことそのものは問題ない。

皆の動きを知ることも隊長として必要なことだろう。

 

「では、訓練を始めますね……」

 

気を取り直した神通が他の艦娘に号令をかけた。

訓練の始まりだ。

 

 

 

準備運動の後、射撃訓練、水上運動などの基礎訓練を始める駆逐艦たち。

それを全体から見渡す神通だったが、一つ疑問が湧く。

吹雪の動きがこれまでとは見違えるほど良くなっていたのだ。

 

「吹雪さん、動きが良くなっていますね」

「そうですか! 自分でも体が軽いなって、狙いが定まるって思ってたんです!」

 

嬉しそうな声を上げる吹雪。

神通としても、正直なところ持て余していた吹雪が使い物になってくれるのは嬉しい。

 

「やった、また命中!」

「吹雪、すごいじゃない!」

 

喜びの声を上げる吹雪に、感嘆する雷たち駆逐艦。

吹雪は移動標的にこれでもかとばかりに演習用の砲弾を命中させている。

下手をすれば、他の駆逐艦より命中させているかもしれない。

 

「吹雪さん、どうしてそんなに良くなったのか分かりますか?」

「えっとですね、何ででしょう? 昨日の夜大神さんと訓練したときからかな?」

 

流石に疑問に思った神通が吹雪に問いかける。

吹雪は少し考えて、思うところを正直に述べる。

が、教官役の神通にとっては聞き捨てならない話だ、男女二人で夜に訓練って何してたのだ。

 

「大神隊長、どういうことでしょうか?」

 

振り返り大神に問いかける。

その表情は見えない、はっきり言って怖い。

 

「いや、大したことはしてないよ! 射撃のアドバイスとか、照準の合わせ方とか」

「そうですか……」

 

大神の言葉にひとまずは納得する神通。

でも、であれば教官のプライドにかけて余計に放っておけないことがある。

 

「大神隊長、前言を撤回します。基礎訓練の方も手伝っていただけないでしょうか」

 

 

そうして、

 

 

「自信失くしちゃいます……」

 

神通は演習場の隅っこで、地面に『の』の字を書いていじけていた。

大神のアドバイスを受けた雷たち6駆も動きが良くなったのだ、傍からみても分かるほど明確に。

 

8駆、吹雪以外の11駆はそれほどでもなかったが、4人も動きが良くなれば教官としての自信を失っても無理はない。

 

「そんな事ないって、神通くんの日ごろの修練が実を結んだだけだって!」

「そうよ! 神通さんの訓練がなかったらこんなには!」

「神通さんの訓練あればこそなのです!」

「でも、大神隊長のアドバイス後、動きが良くなったのは事実です……」

 

神通を慰めようと、口々に慰めの言葉をかける大神と駆逐艦たち。

けれども、神通は沈み込んだままなかなか復活の気配を見せない。

大神たちは視線を交わし、話題を変えるべきだと判断する。

 

「そうだ、俺に手伝ってもらいたい訓練があるって言ってたけど、何なのかな?」

「え……それは……」

 

再び赤面する神通。

雷たち駆逐艦に視線を向けるが、知らないとばかりに首を振る。

 

「あーもーしょーがないなー、神通は」

「川内くんは知ってるのかい?」

「だって、私と天龍が提案したんだもん。この訓練」

 

どんよりと影を背負った神通の様子に、再び川内が口を挟んだ。

 

「その前に確認。大神さん、訓練手伝ってくれるって言ったよね?」

「ああ、言ったよ。間違いない」

 

男に二言はない、と力強く頷く大神。

 

「じゃ、神通に抱きついて」

「は!?」

 

が、続く川内の言葉に絶句するのであった。




ヒント:好感度

あと、基本的に艦娘は改二にはなっておりません。


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第二話 5 神通さんは鬼教官2

「は!?」

 

川内の「抱きついて」と言う言葉に絶句する大神。

何言ってんだこの艦娘は、と、川内を訝しげな表情で見やる。

が、川内は逆にそんな大神の様子に安心したように一息ついた。

 

「よかった、その様子なら私たちも安全圏そうだね」

「どういうことだい?」

 

自分をからかっていたのだろうか、それだけなら別に構わないが。

 

「つまりね、訓練ってのは、昨日吹雪がやったように隊長を運ぶ訓練なの」

「ちょっと待ってくれ、またやるのかい!?」

 

やっと明かされた訓練の内容、それは昨日無様をさらした自身の進水式?な話であった。

大神自身もどうにかしなければとは思っていたが、流石に無闇矢鱈に誰彼構わずに抱きつくなどと破廉恥な行為をするつもりはない。

 

「そりゃやるよー、だって、今の私たち、敵に戦艦がいたら大苦戦必至だもの」

「夜戦を仕掛ければいいんじゃないかい? そうでなくても、昨日やったように吹雪くんがいれば」

「えっ、また私ですか!?」

 

そう言いながらも暗に自分にしか抱きつかないと明言されたに等しい吹雪は若干嬉しそうな表情をしている。

実に分かりやすい。

 

「ダメだよ、誰かとじゃないと連携が取れないだなんて。ね、神通」

「はい……姉さんみたいに夜戦でしかって言うのも論外ですし、吹雪さんとしか連携できないって言うのもいけないと思うんです」

「夜戦は別腹だよー」

 

神通の言葉に何を聞くかとブーたれる川内。

 

「だから、大神隊長。私と、私たちと訓練……していただけないでしょうか?」

「いや、話は分かるけど……」

 

他の艦娘たちは大丈夫なのだろうか。

見回す大神だったが、明確に反対の声を上げているものは他にいない。

不満そうな顔をしているのは吹雪くらいだろうか。

 

「大神隊長が艦娘も優しく扱って頂ける良識を持った方だっていうのは分かるつもりです。ですけど……」

 

畳み掛けるように大神に迫る神通。

 

「大神さんがいれば、今まで突破できなかった海域も突破できると思うんです。お願いします」

「う……」

 

神通は赤面しながらも、大神に懇願する。

そして、その頼みを断ることなどできない大神であった。

 

 

「にしても、神通ー。さっきの告白みたいだったよね?」

「えっ?」

 

話も纏まったところで、訓練に戻ろうとする神通に川内がからかいの言葉をかける。

 

「「大神隊長。私と、お付き合い……していただけないでしょうか?」ってね?」

「……っ!」

 

神通の声真似をしながら、台詞を一部改変して告白の台詞に変える川内。

その声色は神通のものとしか聞こえなかった。

 

「最後なんて、大神隊長じゃなくて大神さんって呼んでたし!」

「もう、姉さん!」

 

再び赤面し大声を出す神通から、一歩遠ざかると川内は水面に駆け去っていく。

 

「ち、違います、大神隊長……私、そんなつもりで言ったわけじゃ……」

「大丈夫、分かってるよ」

 

振り返り必死に否定する神通。

そうこうしている内に駆逐艦たち他の艦娘も水面に移動し、地上にいるのは大神と神通の二人だけになる。

 

「……え?」

 

 

 

最初のいけにえは決まった。

 

 

 

「あ、あの……大神隊長……」

 

吹雪と異なり、その背には艤装のない神通。

フルフルと震えるその背中が、彼女の恥じらいを表しているかのようだ。

おそらくは、さっきのように赤面しているのだろう。

 

「神通くん。大丈夫かい?」

「ひうっ!?」

 

吹雪以上に恥ずかしがっているようにも見える神通の肩に手をやる大神。

その肩は緊張でガチガチに固まっており、全く大丈夫な様には見えない。

 

「神通くん、もっと無難なところから始めた方がいいんじゃないかな? 手を繋ぐとか」

「だ、大丈夫です……これでも私、教官なんですからっ! あの子達の前で無様なところなど見せられません!」

 

その気持ちは分かる。痛いほど良く分かる大神だった。

けれども、このままでは昨日の二の舞になってしまうような気がする。

昨日みたいに切羽詰っているわけでもないし。

 

「さ……さあ、大神さん! 思う存分抱きついてください!!」

「その表現、やめてくれないかな……」

 

断崖絶壁から身を投げるかのごとく覚悟を決める神通。

傍から見ると滑稽極まりないが、彼女の覚悟を無に帰するわけにも行かない。

苦笑いしながら後ろから神通を抱きしめる大神だった。

 

「ひゃぁっ!?」

 

反射的に水を滑り出そうとする神通だったが、吹雪のときとは違う。

二度も行かせはしないと、大神は神通をぎゅっと抱きしめ、岸壁から放さない。

 

しばしのときが流れ、神通もやがて落ち着いたのか、大神の手を叩く。

 

「あ、あの……行ってもいいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」

 

神通の足の艤装に足を引っ掛け、昨日より大分手に力のかからない体勢になったことを確認し、大神が頷く。

それでやっと神通は安心して水面を滑り始め――

 

「あの……大神隊長、そんなに触られると、私、混乱しちゃいます……」

 

 

なかった。

 

 

「どうしろと!?」

 

自身が沈まないためには神通に抱きつくしかないこの状況で他の術などない。

既に神通は混乱している。

どうにかしようと川内たちに視線を向けると、諦めてと言わんばかりに頭を振る。

 

またか。

 

絶望する大神であった。

 

「どういうことでしょう……身体が、火照ってきてしまいました……」

 

昨日の吹雪と同じく、速度を上げて身体の火照りを覚まそうとする神通。

風をはらんではためく彼女の長髪が大神の鼻孔を擽る。

我慢する大神だったが、やがて我慢が限界に達し、

 

「くしゅっ」

 

それでも抑えたのか小さなくしゃみをした。

しかし、大神の吐息は神通のうなじにかかり、

 

「はうっ」

 

神通の恥ずかしさは頂点に達し、過負荷で気を失うのだった。

 

 

しかし、水上で艦娘が気を失えばどうなるか、考えるまでもない。

 

「じ、神通くん? うわっ!」

 

水没するのだ。

 

 

ドボンと気持ちいいくらいの音を立てて水中に突入する二人。

 

しかし、俯いたままでは神通が水を飲んでしまう。

抱きついていた神通が溺れないよう、艤装に引っ掛けていた足を外し、泳ぎながら神通を抱えなおす大神。

鷲掴みにした両手に神通の胸の柔らかな、実に柔らかな感触が伝わってくるが、それどころではない。

 

 

「ケホッ、コホッ」

 

それでも、水を少し飲んだのか、神通の意識が戻ってくる。

戻りつつある彼女の意識に伴い、二人は少しずつ水上へと浮上していく。

 

「……あれ、私?」

 

僅かな間であるが意識もそぞろであった神通、艦娘としてはあまり慣れない海水に身を震わせる。

濡れた服と髪がまとわりつく感触は気持ちのいいものではない。

 

「意識を失っちゃってたんですね……大神隊長、ごめんなさ――っ!?」

 

やがて腰の辺りまで浮上して、はじめて神通は胸を鷲掴みにされている事に気がついた。

瞬時に耳まで真っ赤に染め上げて赤面する神通。

 

「ゴメン! 神通くん!!」

 

神通の様子に気がつき焦る大神だったが、手を放したら自分だけ再び水の中だ。

今更放すわけにもいかず、神通を抱き締め続けるしかない。

 

「……っ」

 

腕の中の神通がわなわなと震え始めている、今までの経験から大神は覚悟を決める。

 

 

「きゃーっ!!」

 

 

地上に上がって手を放すまで振り解かずに我慢していただけでも、神通は良い娘だなあと大神は思うのであった。

 

教官が混乱することで訓練が中断になった事は言うまでもない。

それと、駆逐艦たちの神通への苦手意識が和らいだこともあわせて記す。

 

 

 

 

 

大神と神通が共に水没した事で中断となった訓練。

駆逐艦たちは天龍たちが引き続き受け持つこととなったが、濡れ鼠となった神通は川内たちが連れて行った。

 

「ふー、これから訓練のときは濡れても良い服装にしないといけないか。と言っても女の子に見せてもいい格好じゃないとダメだよな」

 

大神も海水に濡れて気持ち悪かったので、シャワー室へと向かう。

流石に大浴場を使うつもりはない、シャワーだけで十分だ。

 

更衣室のドアを開ける大神。

シャワー浴びるため服を脱ごうと着替え棚に近づくと、既に着替えが入っている事に気がつく。

橙色を主とした色彩の制服が3つ。下着も見える。つまり……

 

「神通くんたちが入渠して、違った、お風呂に入っているのか」

 

ここに居ては、いずれ神通たちと鉢合わせになってしまうだろう。

そう考えた大神は入渠ドック、ではなくお風呂場を立ち去ろうとする。

しかし、

 

「い、いかん……体が勝手に……」

 

大神の身体はその意に反し勝手にお風呂場の中へと入っていくのだった。

 

 

あくまで『体が勝手に』である。すごく、ものすごーく大事なことなので二回言った。




とうとうサクラ大戦、伝説のお約束、
『体が勝手に』、発動。
体が勝手に動くのだから仕方がないですよね。


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第二話 6 神通さんは鬼教官3

大神の体は迷うことなくお風呂場の中に物音一つ立てることなく入っていく。

 

どうやら気づかれてはいないようだ。

 

「ふー。訓練の後のお風呂は最高だよねー」

 

そこは、かぽーんと言う言葉が似合うような浴場。

富士山が描かれたタイルも飾られており、実に日本的なお風呂場だ。

その奥に人影が見える。

 

「もう姉さんたら、訓練は終わっていなかったのに……」

 

女だけの気楽なお風呂、神通たちは小さな手拭一つのみを手にし、惜し気もなくその裸体を晒している。

話している相手に気が行っているのか、まさか、大神が入ってくるとは思わない彼女たち。

こちらに気づいた様子はない。

 

「えー? でも、あのままずぶ濡れで訓練するの嫌だったでしょう、神通?」

「それはそうですけど……」

「だったらいいじゃない。お風呂でお肌ピカピカにして、大神さんに綺麗な自分見せ付けちゃおーよ」

「ええっ? 私そんな……」

 

訓練や遠征に行ったものの為、今の時間でも浴槽の一つには湯が張られている。

そこの淵に並んで腰掛けながら、二人は話していた。

 

(神通くんたちが……お風呂に入って……)

 

体が勝手に動いているはずの大神だったが、満更ではない様だ。

鼻の下が伸びている。

 

「じゃ私を見せてこようかな? 私、大神さんのこと気に入っちゃった。戦士として強く、教官としても上出来、なのに私たちにも優しい、いいじゃない?」

「ダ、ダメですっ!」

「なんでダメなのかなー。ふふーん。ほうら、お姉さんに話してみなさい?」

「あ、あの……そんなの姉さんにだって話せません……」

 

浴槽でじゃれあう二人。

しかし、更衣室にあったのは確か3人分の制服だった筈。

もう一人はどこに行ったのだろうかと、大神は首を傾げる。

余裕あるな、お前。

 

「川内ちゃん、神通ちゃん、ごめんなさーい。お花摘みに行ってたら遅く……」

 

そこに那珂が入ってきた。

姉たちと同じく手拭一つだけ持って、あとは全裸。

天龍や川内たちに比べればやや起伏に乏しいが、駆逐艦とは段違いの裸体を晒して。

 

「遅いじゃん、那珂ー、って……大神さん!?」

「え……大神隊長!?」

 

入り口の方に振り向こうとして、佇む大神の姿に気がつく川内と神通。

慌てて浴槽に入りその身を隠す。

だが、那珂がその身を隠す場所はない。

 

「……っ!?」

 

顔を真っ赤にして、その手で胸と腰を隠すのが精一杯だ。

 

「や、やあ、川内くん、神通くん、那珂くん」

 

冷や汗を多大に流しているというのに、川内たちに声をかける大神。

どれだけの修羅場をくぐってきたのだろうか、声には余裕さえ感じられる。

 

「そ、その……これにはワケがあるんだ」

 

が。

 

「……言い訳無用だよ! この風呂オケ喰らってよね!!」

 

見られた側からすればたまったものではない。

川内は浴槽から手を伸ばし風呂オケを手にすると、大神へと投げつけた。

わずかな間であるが見えた川内の一糸まとわぬ上半身を大神は余すことなく記憶する。

 

「い、いてええっ!」

 

そのせいか、後ろにいる那珂にオケが当たらないよう気をつけたせいか、大神の脳天にオケが直撃した。

そしてオケは次から次へと飛んでくる。

 

「す、すぐ出るから、オケを投げつけないでくれっ!」

 

大神は後ずさり、風呂場から出ようとする。

が、川内、神通も、大神も入り口近くにいる那珂の事を忘れていた。

 

「きゃっ!」

「うわっ!

 

振り返りながらお風呂場から駆け出そうとする大神と那珂は衝突し、大神の勢いのままに倒れこむ。

 

「危ないっ!」

 

このままでは、那珂は自分の下敷きになって、お風呂場の床にその身を打ち付けてしまう。

そう考えた大神は咄嗟に那珂を抱き締め、その身を入れ替え那珂の下敷きとなり床へと倒れるのだった。

 

「けふっ」

 

二人分の重みを背に受け、大神の肺から息が漏れる。

 

「……? あれ、痛くない?」

 

那珂が疑問の声を上げている。

先ほど大神が身を入れ替えたことに気付いていないようだ。

 

「大丈夫かい、那珂くん?」

 

那珂を抱きしめていた手を放しながら、声をかける。

川内に言われたようにお風呂場から出て行きたいところだが、那珂の体が上にある以上それもできない。

 

「……? ――っ!?」

 

しばしの間、自分の状態に気付いていない那珂だったが、やがて自分が全裸で大神の上に重なっていることに気付く。

全身を朱色にして起き上がり、両手に風呂オケを手にする那珂。

 

「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかーっ!」

 

その乱打を、大神は大人しく身に受けるのだった。

 

 

 

「……ごめん、神通くん。ついうっかり中に入ってしまって……」

 

風呂から上がり、制服に身を包みなおした神通たちに平謝りの大神。

 

「わざとじゃないなら仕方ないですけど……これからは気をつけてくださいね」

 

那珂を庇って身を打ちつけた様と、那珂の乱打を受け続けたことを見て気が治まったのか、神通たちの視線もどことなく優しい。

 

「ああ、本当にごめん。川内くん、神通くん、那珂くん」

 

もう一度謝ると、大神はお風呂場を出て行った。

 

 

 

 

 

「ふー、びっくりしたー。大神さんが入ってくるだなんて思わなかったよー」

「そうですね……これからは、こういうことにも気をつけないといけませんね」

「…………」

 

大神が去り、3人が残った更衣室。

川内たちは顔の朱がなかなか取れそうにない。

那珂にいたっては、椅子に座り込んで身動き一つしていない。

 

「でも、やっぱり大神さんも健全な男だったのね」

「見られてしまうとは思いませんでした……」

「…………」

 

いつもハイテンション気味な那珂が、黙りこくっている姿は滅多に見るものではない。

流石に心配になって那珂を見る二人。

 

「……どーしよー」

 

やがて、ぼそりと那珂が呟く。

 

「どーしよー! 那珂ちゃん、アイドルなのに、男の人に全部見られちゃったよー!!」

「抱かれちゃったし、スキャンダルだよー! どーしよー!!」

 

赤面しながら、キャイキャイと手を振ってはしゃいでいる那珂。

台詞とは裏腹に、そんなに深刻そうな様子は見えない。

 

「大丈夫そうだね」

「そうですね……」

 

結構薄情な姉妹たちであった。




サクラ大戦から、リアクションを書き起こしました。
今どきの仕様にアレンジしてはおりますが。

いろいろとツッコミどころ満載なのは伝統です。

自分も書き起こしてみてこれで良いのかと思わずツッコミいれたくなりました。


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第二話 7 明石と秘密のシャワー室

昨日7/17アップデートの水着エプロン明石を見てカッとなって書いた。
後悔はしていない、反省もしていない。



お風呂場を出て行った大神だったが、すぐに困ったことに気づいた。

自分自身が濡れ鼠のままだったのだ。

 

「参ったな。結局シャワーを浴びれずじまいだ」

 

とは言う物の、神通たちが残っているお風呂場に戻ってシャワーを使うというのは流石に気まずい。

神通たちがお風呂場から出て行くのを待ち伏せするのも、お風呂場の中に踏み込んださっきの今では難しいだろう。

彼女たちが出て行くのを待ってお風呂場に侵入するって、まるで変態じみているではないか。

 

「とはいえ、このまま放っておいたら風邪を引いてしまうな。せめてタオルで拭って、着替えだけしてくるか」

 

そうと決まれば、善は急げだ。

一旦自室に戻って――

 

「大神さん」

「明石くん、どうしたんだい。訓練はしなくても良いのかい?」

 

もう聞き慣れた彼を呼ぶ声、振り替えると白衣を羽織った明石がいた。

水に濡れた様子もない、訓練はせずに戻ってきたようだ。

 

「大神さんこそ。お風呂に入りにいったんじゃないんですか?」

「あー、えっと、それは……」

 

答えるのに一瞬躊躇する大神。

いくらなんでも神通たちがいたお風呂場に入ってましたと言うわけにもいかない。

 

「なんてね、分かってますよ」

「え?」

 

まさか見られていたのだろうか、と大神は戦慄する。

いや、そんな事はないはずだ。

 

「神通さんたちが先に入っていたから、使えなかったんでしょ」

「そっちのことか……」

「そっち? なんのことですか?」

「いや、なんでもないよ」

 

どうやら見られていたわけではないらしい。

大神は安堵の声を漏らす。

 

「? まあいいや。そんなお風呂が使えなくて困っている大神さんを、シャワー室に案内しちゃいますねっ」

「シャワー室? シャワー室はここだけじゃないのかい?」

 

自室についていないわけだし、集合なのではないのだろうか。

 

「ふふーん、実はですね。工廠にもあるんですよ、シャワー室!」

 

自慢げに胸を反らせる明石。胸がプルンと強調され大きく見えた。

 

 

 

 

 

「じゃーん、ここが明石の秘密のシャワー室です!」

「こんなところに……」

 

明石が案内した場所は、今朝方入った工廠の脇にあった。

知っていなければ、早々分かるものではないだろう。

 

「工廠で改修作業していると暑くってー、汗かいちゃうから」

「なるほどね、でも使ってもいいのかい? 今まで明石くん以外が使っていない、専用と云ってもいい場所だったんだろう?」

 

女の子専用のシャワー室に男が入っていいものだろうかと、大神は明石に尋ねる。

現在人が入っていないとは言え、何かヤなものを感じはしないのだろうか。

 

「今まではほとんど私専用だったんですけど、最近それが逆に重荷になっちゃいまして。大神さんも使ってくれれば」

「まあ、明石くんがいいのであればありがたく使わせて貰うよ」

 

問題ないのであれば、早いところシャワーを浴びたいことには変わりない。

大神は更衣室で服を脱ぐと、シャワーを浴び始めるのであった。

 

 

「ふう、海水がベトベトし始めていたからな、生き返る……」

 

それは人一人用の小さなシャワールーム。

浴槽もなく、洗面台と物見の鏡があるだけ。

 

洗面台にはかわいらしい絵柄のシャンプー・ボディソープなどが置かれていたが、明石と同じ芳香を体からさせていたら何を云われるか分かったものではない。

女所帯で生活していた頃の悲しき教訓に則って、大神は石鹸を手の中で軽く泡立てる。

と、そこへ、

 

「大神さん、お背中流しますねー」

「いいっ!? 何で入ってくるんだい、明石くん!?」

 

明石が更衣室から入ってきた。

振り向こうとしたが、もし明石が裸だったらと考えると、振り向くわけにはいかない。

大神はシャワーの方に慌てて向き直した。

腰にはハンドタオルを巻いているから、最悪見られても大丈夫だろう。

こちらを向いてこないことに気をよくした明石は、大神の元へとヒタヒタと歩いてくる。

 

「うっわー。大神さん、お背中、おっきいですね~。私たちとは違うな~」

「ちょっ、明石くん!」

 

遠慮なく明石は、大神の背中をペタペタと触る。

こんな小さなシャワー室に男女二人で居て、恥ずかしくないのだろうか。

 

「指で文字書いちゃっても良いですか? えーっとぉ……」

「こらっ、明石くん! あ、しまっ――」

 

背中を指でなぞられてビクンと身を震わせると、大神は我慢の限界だと明石に振り向く。

だが、明石が裸だったら非常にまずい。慌てて目を手でふさごうとする。

しかし――

 

「あははっ、大神さん。流石に裸な訳ないじゃないですかー」

「いやっ! エプロン一枚って、その格好も非常にどうかと思うよ!?」

 

明石の格好はエプロン一枚だった。

確かに重要な箇所は、エプロン一枚でほとんど隠れてしまってはいる。

だが、どうして、裸にエプロン一枚だとこうもエロティックなのだろうか。

大神の頭には血が上り、クラクラし始めた。

 

「違いますよー、裸にエプロンじゃなくて、水着にエプロンですっ、ほらっ」

「うわあっ! エプロンを翻さないでくれって!」

 

ステップを踏んで翻るエプロンから、明石のビキニの水着がチラチラ見えて実にエロい。

大神も背けようとする視線の片隅で、明石の水着エプロン姿を見てしまう。

 

「ふふっ、大神さん♪ ――きゃっ!」

 

そんな大神の様子にご満悦なのか、調子に乗って更にエプロンを翻す明石だったが、やがて、水で足が滑ってしまう。

 

「明石くん!?」

 

こちらに倒れこむ明石を抱き止める大神。

明石は大神の胸の中にすっぽりと納まる。

 

「……」

「……」

 

互いに動きは止まったまま、シャワーの流れる音のみがシャワー室に鳴り響く。

 

「……」

「……」

 

明石のふくよかな胸が大神の胸板で潰れている。

互いの動悸が伝わりそうだ。

 

「……大神さん、胸板も本当に大きいんですね…………」

 

やがて、腕の中の明石の潤んだ瞳が大神を見上げる。

見返した大神の瞳の中に自分がいる。自分しかいない。

そう思うと、明石の思考は真っ白に染まっていく。

 

「大神さん……」

「!?」

 

呟き、明石はゆっくりと目を閉じる。

 

「……」

「……」

 

 

「大神さーん、どちらですか?」

「「!?」」

 

外から聞こえる声に慌てて二人はその身を離す。

が、明石はそのままペタリとシャワー室の床に座り込んでしまう。

 

「ど、どうしたんだい?」

「いえ、私、こ、腰が抜けちゃいまして……」

「分かった、ここは俺が出て行くよ」

 

そう言うと、大神はシャワー室から出て行った。

 

 

「……」

 

 

シャワーも止まり、雫が落ちる音だけがシャワー室に鳴り響く。

 

やがて明石は、虚ろ気に唇を指でなぞる。

 

動悸はしばらく治まりそうになかった。

 




危ない危ない、もう少しでやりすぎるところでした。
それもこれも水着エプロン明石が可愛すぎるのが(ry

あと天龍が想像以上に大きかったのですが、気にしないことにいたしました。
着痩せするんですよ、きっと。


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第二話 8 大神さん勉強中

背景説明会になります。
読み飛ばしたい方は後書きで超短略版を載せてます。


水着エプロン姿の明石をシャワー室に残し、更衣室で新しい装いに着替えた大神。

髪の毛の水気は拭いきれなかったが仕方がない。

全体的に後ろに流し、オールバックに近い髪型で外に出る。

 

「あ、大神さん。こちらでしたか」

 

自分を探していた人物、吹雪が工廠の入り口付近からこちらにやって来る。

訓練の後のためだろうか、ほほが軽く上気していた。

 

「吹雪くん、俺がここにいるってよく分かったね」

「はい。神通さんたちが、明石さんに連れていかれる大神さんを見たと言ってましたので」

 

神通たちに一部始終を見られていたのか、それなら納得だ。

 

「神通くんたちは何か言っていたかい?」

「いえ、特には。それで、天龍さんから連絡なんですけど、訓練は一段楽したので座学の方に移るそうです」

「実地訓練は終了か、結局吹雪くん以外の娘とはまともに連携できなかったな」

 

先の長さを予測して大神はため息を吐く。

 

「大丈夫ですよ、大神さん。明日もありますし、それに私がいるじゃないですか!」

「……そ、そうだね。吹雪くん、ありがとう」

 

後ろめたいところがあるわけではないのだが、吹雪の明るさが大神には妙に眩しい。

大神は一歩たじろいだ。

 

「それで、大神さんはこれからどうなさるのですか、よかったら……」

 

上目遣いで問いかける吹雪に、つい、分かったと答えそうになるが、グッとこらえる。

今日は早い段階でやってしまいたいことがあるのだ。

 

「俺は資料室で調べ物をする予定だよ」

「そうですか……」

 

残念そうに俯く吹雪。

しかし、実情を調べることは今の大神には必要だ。

なら、せめて――

 

「資料室までで良いならだけど、一緒に行くかい?」

「え、あ……はい!」

 

吹雪の笑顔を見て、これでいいのだと大神は思うのだった。

 

 

 

 

 

そして数分後大神は吹雪と別れ、資料室の中に居た。

昨日、司令部が負ったダメージは小さくなく、それは資料室においても同じこと。

壁にはひびが入り、窓ガラスは割れていた。

現在は雨水の進入を避けるためにビニールシートを窓にテープで固定しており、司令室の設備の修理後に手を入れる予定らしい。

 

「さて、何から調べたものか……」

 

軍組織・階級については、大神の知る海軍と大体一致していた。

 

「まずは敵らしき存在、深海棲艦からかな」

 

そうして、大神は資料を読み解いていく。

資料を片手に紙片にピックアップした内容を書き込み、関連したキーワードごとにメモを連ねていく。

ある程度まとまったら自分の手帳に纏まった内容を記載する。

 

 

気の長い作業を大神は続けていく。

 

 

そうこうする事、一刻か二刻。

大体の内容が纏まってきたらしい。

大神は帝国華撃団に着任し始めたときのことを思い出し、自らの常識を再度かなぐり捨て、自らに言い聞かせるように内容を読み上げ始めた。

 

「ええと――」

 

 

1、深海棲艦――

 

深海棲艦の発見日は詳しくは不明、発見者らしき人間が行方不明(恐らく深海棲艦に襲われ死亡)のため。

世界での海難事故の増加したタイミングをと考えるのであれば、○○○○年前後。

ごく初期でこそ海難事故の増加でしか被害がなかったが、世界のシーレーンがほぼ封鎖されていた。

 

「シーレーンが封鎖、そんなに状況は悪いのか」

 

シーレーンの封鎖により、エネルギー、食料面での問題が噴出。

通信により各国の連絡こそ途絶することなく行われているが、物資の海上輸送については絶望的な状態(艦娘登場以前)

一部の島国においては飢餓地獄に陥ったところもあり。

 

「飢餓……どれだけの人が犠牲に、くそっ!」

 

日本近海において発見された深海棲艦については伊呂波歌に基づいて命名・分類されている。

主だった攻撃手段より駆逐などの艦種も分類されているが、便宜上のものであり正確なものかは不明。

また、一部海域では、その他の鬼・姫と呼ばれるより強力な深海棲艦も存在している。

 

深海棲艦の被害を食い止められなかった理由。

それは深海棲艦に対し、通常兵器が一切通用しなかったため。

後述の艦娘による攻撃以外では深海棲艦に有効打を与えることは不可能。

よって人間が直接、深海棲艦に抗することは不可能。

 

「通用しない? 俺と神刀滅却は思いっきり通用したけど、俺だけか? 表沙汰になったら俺、人体実験ものか? 霊子技術は――」

 

手帳をめくって確認するが、霊子技術に関連するキーワードはない、霊子技術、抗魔技術、シルスウス鋼については発展していないようだ。

朝方見た、艦娘の装備を担当している妖精が霊的存在であったが、それ以外の技術はないらしい。

 

「霊的技術は存在しないと考えた方が良いか、だけど――」

 

この手に守るための力があるのに、自らの身を惜しんで、少女たちだけを戦地へ遣るなどありえない。

 

「次は――」

 

 

2、艦娘――

 

深海棲艦による被害が拡大する中、現れた存在。

初の艦娘の確認が日本で為された事もあり、『艦娘』は世界共通語となっている。

深海棲艦に対し、唯一抗することのできる存在(自分同様霊力を有している?)

第二次世界大戦において戦った艦船の名を持ち、記憶を有している。

同じ艦戦の名を持つ艦娘が、同時に二人以上居たことはない。

 

「えっと、第二次世界大戦って何だ? もしかして、歴史が違うのか?」

 

2.1、第二次世界大戦――

(※日本史と同じ内容につき長くなるので省略)

 

「アメリカか……新次郎は元気だろうか、といかんいかん、脱線した」

 

人間に似た姿をしており、独自の意思を持っているが、厳密には人間とは異なる存在。

だが、人間としての機能を持っているため、人間かつ兵器として扱われている。

 

「機能って何だ。彼女たちは恥ずかしがるし、笑う。それで十分じゃないか」

 

初期は海から上がった彼女たちを歓迎することで、陣容を増やしていったが、

建造により人間の手で生み出すことが可能になって以降、沈んでも、次を作ればいいと人扱いしない提督、司令官が続出し大問題となった(後述のブラック提督)

現在、建造によって艦娘を生み出す事は不可能(後述のブラックダウン)

世間一般としては彼女たちを英雄として扱っているが、一部提督には未だに人扱いしない者もいる。

 

「――っ!」

 

建造が機能せず、海から上がる艦娘も激減し艦娘の絶対数がほぼ増加しない今、劣勢を強いられている。

 

「深海棲艦から響くんたちが現れた件については――と」

 

深海棲艦を撃破して、艦娘となった例はなし。

 

2.2、ブラック提督――

 

艦娘を指揮する存在の中で外道に類する行動をとる人間のこと。ブラック司令官とも呼ぶ。

艦娘を人間として扱わず、兵器・消耗品として取り扱う提督、司令官のこと。以前は多数居た。

建造で生み出せることが拍車をかけていた。

 

「ふざけるな! 無為に失っていい命などない!!」

 

2.3、ブラックダウン――

 

ブラック提督の蔓延後のあるとき以降、世界中で建造による艦娘が一切生み出されなくなった事件。

理由は、沈められた艦娘たちの恨みだなど諸説あるが不明。

現在工廠は、艦娘の装備の開発・改修のみを行う場となっている。

 

 

 

……etc

 

 

 

「こんなものか」

 

ずいぶんと熱中していたらしい、日は西へと傾き始めていた。

どうやら昼食を食べ損ねてしまったようだ。

小腹がすいたなと大神が自覚すると、キュ~とお腹が鳴った。

 

「今からいっても何かあるとは思えないけど……」

 

資料を片付けたら、とりあえず食堂に行ってみようか。

そう考えながら、大神は机の上に広げた資料を片付け始めた。

 

 

結局、夕食の時間まで食事は食べれずじまいだった。




前回はやりすぎたかもしれない、やっぱり流石に反省。

背景の説明回になります。と言ってもよくある艦これ世界観になりますが。
16話も前振り使って世界説明にようやく移れたことにびっくりだ。

超短略版
・第二次大戦後のはなし
・海軍組織は戦前と変わらず
・艦娘以外で深海棲艦に有効打を与えられるのは大神だけ
・艦娘の建造:不可
・艦娘のドロップ:なし(大神:あり)
・艦娘のダブり:なし
・深海棲艦との戦い:劣勢
・ブラ鎮:以前蔓延。今もあり


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第二話 9 神通さんは鬼教官4

戦闘までのクッション回なので短くなります。


翌朝、朝食後に艦娘たちは演習場に姿を現していた、無論日々の訓練のためである。

昨日と違う点は、軽巡たち、明石も基礎訓練に参加していること。

自らの錬度を保つ為にも、一日おきにはこのようにしているのだ。

 

なお、今演習場に大神の姿は居ない。

保健室で司令官と打ち合わせを行った上で、こちらに来るとの事だ。

昨日色々と見られてしまった神通たちは内心安堵の息を漏らしていた。

 

神通も今だけは、教官役として全体を俯瞰するのを中断し自分自身の訓練に集中する。

だが、しかし――

 

「おかしいですね……」

 

自らの体の異変に神通は首を傾げる。

調子がよすぎるのだ。

 

身体が羽のように軽く、意識は冴え渡っている。

遠くにあるはずの標的が目の前にあるかのように感じられる。

こんな感覚は、以前最新式の電探や缶を試験で搭載したとき以来だ。

 

疑問に思いながら放った砲撃は果たして当たる前から予感したとおり、標的の中心に命中した。

 

「いったい何が……」

 

周りを見渡して、それぞれの艦娘の動きを自分の記憶と照合する。

動きが明らかに良くなっているのは駆逐艦では昨日も見たとおり吹雪、6駆、

軽巡は私たち川内型と天龍、と言うか龍田以外全員。

そして、以前と比較する上では驚異的に向上しているのが、

 

「これは、気持ちがいいものですねー!」

 

明石である。

 

工作艦と言うにはあまりにもキレキレな動き、何が起きたというのだ。

岸壁に近づき、神通は手を顎に当てて考え込む。

 

私を含めて、みんなに共通することは――

 

「みんな調子良いみたいだね、神通くん」

「ぴ、ぴゃいっ!」

 

肩を叩かれて、神通はビクッと驚きの声を上げる。

神通の声につられて、基礎訓練を行っていた艦娘たちの動きが止まった。

 

「ゴメン、邪魔しちゃったかな?」

 

振り向いて大神を見上げると、濡れる事対策か軍装から軽い感じの服装に着替えていた。

軍装しか見ていなかった神通たちには目新しくて、微かに胸が高鳴る。

 

「いえ……皆さん続けてくださいー」

 

神通の声に、振り向きがたいものを感じながら艦娘たちはそれぞれの訓練に戻っていく。

そんな中、明石が大神の元にやってくる。

 

「明石さん、訓練の途中ですよ……」

「いいじゃないですか神通さん。大神さん見てくださいよ、私、今までになく調子がいいんです!」

「そうなのかい。わかった、見させてもらうよ」

 

ハイテンションな明石は神通の言葉も半分に、大神を連れて行った。

けれども、それで神通には合点がいった。

 

 

私を含めて、みんなに共通することは――それは、大神さんだ。

馬鹿げているかもしれないけど、大神さんと親しい、信頼している艦娘ほどその力を伸ばしている。

 

 

 

基礎訓練を終え、艦娘たちは次の訓練の為に陸上に再度集合する。

一昨日、吹雪が、昨日、神通が悶絶した事を思い出し、艦娘たちは赤面する。

川内、那珂、明石に至っては思うところがあるのだろう、耳まで真っ赤だ。

今度こそ、逃げられない――艦娘たちは覚悟を決める。

 

「それでは、皆さん、大神隊長を運搬する訓練を行い――」

 

その時、神通の声を遮って警報が鳴り響く。

この警報の種類は――、

 

「敵の襲来だ!」

 

大神が叫んだとおり、この警報は敵の襲来を示すものだ。

 

「今度は、この警備府を攻めさせない! 撃って出る!」

「「「はい!」」」

 

大神の声に艦娘たちの意気が高揚していく。

と、大神の眼前に桜がひとひら舞い落ちてくる。

 

「?」

 

大神は思わず桜を手でつかみ、周囲を見渡す。

と、警備府の外、小高い丘の上に見事な桜林があることに気づいた。

 

「――そうだな」

 

一人頷く大神。

 

「どうしたのですか、大神隊長?」

 

そんな大神の様子を疑問に思う神通だったが、大神は集まってきた艦娘たちに向き合うと声高く吼えた。

 

 

「総員、花見の準備をせよ!!」

 

 

「「「え?」」」

 

大神の声に混乱する艦娘一同だった。




次回戦闘パート。
あと神通さん、からくりの一つに気づきました。

明石の好感度はトップです。


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第二話 10 空を飛べ……ません

「総員、花見の準備をせよ!!」

「え?」

 

大神の号令に混乱する艦娘たち、当然といえば当然だ。

戦いに赴くにあたって花見の準備をしろ、まったく関係ないではないか。

 

「分かりました! 朝潮、お花見の準備をいたしま……す?」

 

艦娘たちは何度か首を傾げ、そして飲み込もうとしてやはり錯乱していた。

それでもしばらくのときを置いて賛同の声が上がりだす。

 

「とっとと敵を片付けて花見をしようって事ね。大神さん言うじゃない!」

 

言葉の裏の意味を汲み取って、やる気を出している川内・天龍たち、

 

「あまり気をつめずに花見が出来るほど余裕を残しておけって事ですね、確かにちょっと緊張しすぎてたかもしれません」

 

また言葉の意味を深く汲み取って、幾ばくかリラックスした様子の神通たちなどである。

 

「はあ、何言ってるのよ!? あんたバカ?」

「意味不明……」

 

勿論、満潮や初雪のようにドン引きしている者もいた。

 

「みんな行くぞ!!」

 

が、続く大神の声に促されて艦娘たちは演習場から港湾施設へと移動する。

 

 

 

 

 

「確認された敵艦隊は2、ひとつは水雷戦隊、もうひとつは戦艦が確認されている。これに対して俺たちは2艦隊で出撃する」

 

司令官と連絡を取り、現時点での情報を把握した大神たちは出撃に先立ち打ち合わせを行う。

昨日と今日見た艦娘たちの基礎訓練における動きを思い出し、大神は敵に当たる戦力を決めていく。

 

「第3艦隊である神通くんたちと11駆のみんな、そして俺と吹雪くんは戦艦がいる側――おそらく敵主力艦隊を叩く」

「大神隊長たちは敵戦艦撃破のための遊撃という位置づけですか?」

 

通常最大6隻からなる本来の艦隊編成を崩しての7隻を以っての出撃、神通が大神の意図を確認する。

 

「そうだ。砲撃戦に下手に参加すると、足を引っ張りかねないからね。俺たちは敵戦艦を確認次第、君たちとは別方向から最大速度で突入し鎧袖一触で殲滅する」

「……了解しました、お任せします」

 

大神の刃が振るわれる姿を直接目のあたりにしていない神通は、大神を一瞬気遣うような視線をするが、小さく首を振ると頷く。

 

「吹雪ちゃん、頑張ってね。戦艦は任せたから」

「まかせて、白雪ちゃん!」

 

逆にバルジの装甲板をたやすく断ち切ったところを見ている11駆は安心している。

敵戦艦も同様に一刀両断することを疑っていない。

 

 

「第2艦隊の天龍くんと8駆のみんなは敵水雷戦隊の撃破を頼む」

「おお、任せな! 一昨日と同じ役割、見事果たして見せるぜ」

 

大神の指示に天龍達は大きく頷いた。

 

「ふっふっふっ、昨日からやけに調子が良いんだ。負ける気がしないぜ!」

 

腕を回して好調をアピールする天龍に大神は苦笑する。

だが、敵を侮った様子はないし問題はないだろう。

 

 

「6駆のみんなは、龍田くんと一緒に警備府に居て敵増援が現れた場合の抑えとなってくれ」

「えー、少尉さん。私たちお留守番なの? もっと私たちを頼ってもいいのよ?」

 

雷はちょっと不満そうだ。

自分の好調を分かっているだけに、今度は良い所を見せたいのだろうか。

 

「これも大事な役割なんだ。警備府のこと、頼みたい」

 

大神は屈み込み、雷の視線に高さを合わせて雷を見つめる。

 

「……分かったわ、少尉さん。ここのことは私たちに任せて!」

 

元よりたいした不満ではなかったのか、大神の視線に頷く雷。

龍田と合流するため、司令部へと歩を進める。

 

 

「あと、明石くんは――」

「待ってました、私、何をすれば良いですか?」

 

自分の名前が出ずにそわそわとしていた明石。

望みは薄いと分かっていながらも、若干期待に瞳がキラキラしている。

 

「工作艦だからね、お留守番をお願いするよ」

「えー、なんて、ね。分かってますよ。酒保でお花見の準備してますからね!」

 

そのつもりだったのか、明石は身を翻すと雷たちの後を追いかけていく。

 

残るは戦場を駆けるもののみ。

 

「よし、みんな出撃するぞ!」

「「「了解!」」」

 

大神の号令と共に、港湾施設から艦娘たちは海へと駆け出した。

 

「じゃ、吹雪くん」

「はい、大神さん」

 

一組を除いて。

やはり、どこか締まらないのが大神の現状だった。

 

 

 

 

 

「神通くん、索敵機が戻ってきたら分進しよう」

「分かりました、もう少し待ってくださいね」

 

海面を掻き分けながら、6+1?の船影が海を往く。

天龍たちは先に発見した敵水雷戦隊の撃破に向かっている、敵艦数は4、おそらく撃破は問題ないだろう。

あとはもう一方の敵艦隊を確認すれば――

 

「神通くん、未だ索敵機からの連絡はないのかい?」

「ええ……おかしいですね、そろそろ何か連絡があっても……」

 

神通が呟くのと時を同じくして、水平線に機影が写る。

が、その数は一つではない。こちらの放った索敵機は神通の一機のみ、数が合わない。

 

「あれは――こちらの索敵機ではない?」

「敵です! 敵航空部隊です!!」

 

大神の言葉に被せて、神通の声が響き渡る。

目視出来る数は既に50を超えている。

水母に出せる機数ではない、敵に空母が存在する事は確実だ。

 

「こちらの海上航空戦力、第4艦隊は未だ遠征中だったな」

「はい、本日中には戻ってくるはずなのですが、司令室設備の修理が終わってないので連絡は……」

「一昨日の攻撃で、警備府の航空隊も大打撃を受けているし。支援は期待できないよ」

 

川内の言うとおり、敵戦艦からの艦砲射撃により飛行場はしばらく使い物にならない。

水上機のみで対処できる数でもない。

 

「対空砲火で対処しないとダメか。総員、対空砲火準備!」

 

大神の声に合わせて連装砲を、機銃を構える艦娘たち。

だが、大神の武器は二振りの刀のみ。

 

「大神隊長は退いて下さい、その刃では無理です!」

 

神通が撤退を促す。

敵は自在に空を飛ぶ航空機、例え戦艦を両断できるとしても――その懸念はもっともだ。

 

「いや、やれないことはない。吹雪くん!」

「はい!」

 

大神の意図を悟ったか、吹雪が大神の体を支える。

視認出来るほど、霊気が立ち上り高まっていく。

 

「狼虎滅却! 天地一矢!!」

 

突き出した刃から雷光が空を翔る。

その速度、マッハ30。

戦艦を一撃で破壊するには物足りない威力だったが、航空機相手ならば――

 

「やったか?」

「ダメです! あれだけでは」

 

敵艦載機目掛けて放たれた雷は、敵航空機隊に一筋の穴を作る。

が、その穴は小さい。おそらく撃破できたのは数機だろう。

大神は再度雷光を放つが、やはり航空機隊に穴を再度作ったのみ、全滅には程遠い。

 

「みんな、吹雪と大神隊長を中心に円陣を作って!」

 

その間にも敵機影との距離は距離はなくなっていく。

神通は大神たちと敵航空機との間に立ち塞がり敵機に発砲する。

 

「神通くん! 良いんだ!」

 

数機が撃墜されるが敵は意にも介さず。

敵艦攻から数多の魚雷が投下され、神通へと殺到する。

が、神通は回避する様子を見せない、大神たちを守るためか。

 

「させるか! 神通くん!!」

 

叫ぶ大神から霊気が分身のように放たれ、神通へと向かう攻撃を遮る様に立ちはだかる。

 

 

 

複数の爆発音が響き渡った。

 

 

 

が、神通にはかすり傷一つない。

 

「大神隊長!? え、いったい何が……」

 

眼前に居る筈のない大神の姿を見て、神通は慌てて振り返り後ろに大神がいることを再確認する。

何が起きたのか、理解できず戦場であることを忘れ呆然とする。

 

 

――庇う、発動。




指摘の点を直す形でプロット変更。
大勢には影響しませんが、ちょっと書くのに時間かかりました。

その分楽しめるものになってれば良いかな。

あと少しピンチらせました。


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第二話 11 幸運の空母?

「大神隊長!? え、いったい何が……」

 

眼前に居る筈のない大神の姿を見て、神通は慌てて振り返り後ろに大神がいることを再確認する。

何が起きたのか理解できず、戦場であることを忘れ呆然とする神通。

 

「神通くん、今はこの戦いに集中を!」

「あ、は……はい!」

 

大神の声に、神通は前方に意識を集中させ砲撃を行う。

大神の言うとおりだ、今はこの敵艦載機をどうにかしないといけない。

 

「敵艦載機に動きが!」

 

そうしている間に敵艦載機はいくつかの編隊に別れ、その内二つが大神たちの上方に位置どろうとする。

急降下爆撃を行うためか。

 

しかし、z方向に大きく距離は開いていても、xy平面上の距離であれば大きく縮まっている。

この距離は大神の間合いだ。

 

「近づきすぎたのが、お前たちの誤りだ!」

 

大神は二刀を振り翳し、霊力を雷と化さしめる。

 

「狼虎滅却! 国士無双!!」

 

雷が更なる雷撃を呼び、大神の周囲は艦娘を除いて雷の嵐が荒れ狂う。

上方に位置どった敵機体は、悉くが荒れ狂った雷の嵐に飲まれ爆発四散した。

 

「残りは!」

「大神隊長の今の攻撃で敵機の3割程度を撃破した模様……敵第二波、来ます!」

 

残りの敵艦載機が左右から近づいてくる。

大神は再度艦娘をかばうために霊力を貯めた。

 

「隊長! 後方から、敵第3波が!!」

「まだそんなに残っていたのか!」

 

後方の白雪が悲鳴交じりの声を上げる。

振り返ると、大神の後方からも機影が近づいてくるのが見える。

完全に囲まれた形だ。

 

「うそ……」

 

初雪が絶望の声を上げる。

神通の表情にも影が差し始めた。

 

「総員、対空砲火! 大丈夫だ、俺が君たちを沈ませたりなんて絶対にさせない!」

「大神隊長……」

 

大神は艦娘の様子を見て、自らの霊力の限界を超えたとしても艦娘をかばうことを決意する。

誰一人として、失われるなんて許さない。

そんなのはあやめさんだけで十分だ。

 

「違う……あれは、敵機影じゃないよ! 味方だよ!」

 

川内の声に機影を改めて確認すると、どこか異形めいた深海棲艦の艦載機とは異なる機影。

よくある航空機のもの、艦娘の運用する航空隊のものだ。

 

「第4艦隊がもどってきたということか?」

 

味方航空隊の接近を察知した敵艦載機群は、航空戦が行われる前に大神たちに肉薄せんとした。

だが、味方航空隊の到着の方が早い。

艦戦が多めの構成なのだろう、航空隊は敵艦載機群を踏み荒らす。

 

 

そうして制空権がこちらのものとなり敵艦載機が撤退していく中、第4艦隊が姿を現した。

旗艦翔鶴、瑞鶴、祥鳳、睦月、弥生、望月の6艦で構成される、警備府唯一の航空戦力である。

遠征で少なくない戦闘を戦ってきたのか、衣服の裾は解れ、髪もどこか煤けていた。

 

「間に合ったみたいですね、神通さんこの方は?」

 

旗艦である翔鶴が、吹雪に抱きついた大神の姿を訝しみながら声をかける。

もっともな話である。

 

「あ…はい、大神さん。私たちの……隊長です」

「隊長ー? こんな、駆逐艦に抱きつかないと海の上を行けないような男の人間が? 神通、冗談はやめてよ」

 

横からツインテールにした袴姿の艦娘、瑞鶴が口を挟む。

どこかタカをくくった様子だ。

 

「本当です! 大神さん、戦艦だって一刀で沈められるんですから!」

「またまたー。吹雪、夢でも見てたんじゃない?」

「夢じゃない……隊長、さっきも雷の嵐を……撃った」

 

命の恩人である大神を軽んじられて、吹雪は瑞鶴に詰め寄った。

だが、瑞鶴はまともに取り合おうとしない。

俄かに吹雪たち駆逐艦の視線が熱いものに変わっていく。

 

「みんな、俺のことは後でいい。今は敵主力艦隊を撃破することに集中しよう」

「そうですね……敵に航空戦力がいるのですが、第4艦隊は大丈夫ですか?」

「参加したいのは山々なのですが、私たちも遠征で損害を受けていて……」

 

翔鶴の言葉は確かだ。

確かに、よく見ると衣服だけでなく、艤装も損傷している。

敵戦艦との砲撃戦に赴くにはいささか心もとないだろう。

 

「そういうことなら、俺にできることがある」

 

大神の発言だったが、第4艦隊は不審げな視線を大神に送っていた。

艦娘の損傷は入渠か明石の泊地修理でないと直せない、これは常識中の常識だ。

何を言ってるのだこの男は、と言いたげな視線を送っている。

 

「またー、四方山話は程々にしてよね? エセ隊長さん」

「ちょっと、瑞鶴。いくらなんでも言い過ぎよ」

「そんな事言わないでさ、瑞鶴ー。隊長のやる事ちょっと待ってみてよ」

 

だが、川内たちは先ほど大神が神通をかばいきった事、雷の嵐を放ったところを目の前で見ている。

大神が何かできるというのであれば、本当にできる事なのだと今なら信じられる。

 

「大神隊長……あまり時間もありません。何かできるというのならお願いします」

「ああ、わかった。狼虎滅却!」

「え?」

 

先ほど雷の嵐を放ったときと同じ、装甲板を、敵を切ったときと同じ掛け声に、神通たちの笑顔が強張る。

エセ隊長呼ばわりがそんなに頭に来たのだろうか。

吹雪は大神を制止するべきか一瞬迷うが、大神を信じ支える。

 

「金甌無欠!!」

 

大神から優しい光が放たれ、周囲の味方を癒していく。

艤装の損傷は勿論、力まで回復していく。

これは泊地修理のレベルではない、入渠したときと同じ、完全回復だ。

 

「うそっ?」

 

衣服の解れ、煤けた髪まで回復して、おまけとばかりにピカピカになった肌。

高速修復材よりも早く、入渠した時と同じ効果を海上で受けて、瑞鶴はびっくりする。

 

「何とかできたかな? ええと……」

「瑞鶴よ……ごめんなさい、四方山話とか、エセ隊長とか言って」

 

ここまで見事に回復されてしまうと、減らず口も出る言葉がない。

 

「分かってくれたのならそれでいいよ、瑞鶴くん。翔鶴くん、問題は有りそうかな?」

「え、あ、はい。全く問題ありません。みんなも大丈夫よね?」

「ええ、俄かには信じられませんが」

「びっくりしました、ええ、大丈夫です」

「いいです……」

「はーい、お風呂はいるのもめんどいときいいかも」

 

翔鶴の言葉に答えていく、第4艦隊の面々。

約一人、問題発言をしているものもいたが。

 

「よし、なら敵主力艦隊を撃破する!」

「「「了解!」」」

「「「りょ、了解……」」」

 

第3艦隊に遅れ、第4艦隊が続き答える。

大神たちは敵艦載機が去り、味方航空戦力が追って行った方へ進んでいく。

 

 

 

なお、航空隊の索敵結果から敵艦隊の位置を把握した大神たちは、作戦通りに交戦。

敵戦艦を一刀の下に、返す刃で敵空母を沈黙せしめた大神に、第4艦隊、と言うか瑞鶴は自分の軽口を後悔するのであった。

 

「ねえ、神通? ホントに私大丈夫? 隊長さんにズンバラリンされないかな?」

「瑞鶴、口には気をつけなさいって言ったでしょう?」

「ひーん、こんな事になるだなんて思わなかったんだよー」

 

いささか顔が青くなった瑞鶴だったが、神通たちは答えない。

大神をエセ隊長呼ばわりした事に流石にムッとしたようだ。

 

 

口は災いの元。

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫かい?」

 

敵艦隊を全滅させ、突入した大神たちがこちらに近づいてくる。

大神の姿が大きくなる毎に、瑞鶴は絞首台の13階段を登っている心地になる。

 

「ええ、問題ありません。大神さんが空母も一隻沈めてくれたおかげで」

「よし。なら、前回と同じくアレをやりたいんだけどいいかな?」

 

「あ、アレ?」

 

アレって何だ。瑞鶴は何かされるのではないかと気が気でない。

 

「大賛成ー、アレやると気分がいいんだよね~」

「気分がいい?」

 

ヘンな想像をしてしまう。

もしかして、淫らな事なのだろうか。

 

「よし、第4艦隊もいいかな?」

「あのー、アレって何ですか?」

「第4艦隊、翔鶴くんたちには教えてなかったね、アレってのは――」

 

翔鶴ねぇに大神が近づいてくる、翔鶴ねぇにも何かするつもりではないだろうか。

 

「待って!! 隊長さん、さっき言った事なら謝るから、何度でも謝るから! 翔鶴ねぇにヘンな事しないで!」

「さっき? だから、分かってくれたのならそれでいいって……」

「でも、アレをやりたいって、隊長さん言った」

「ああ、じゃあ翔鶴くんと一緒に教えるよ。アレっていうのは――」

「……」

「……――っ!?」

 

 

 

 

 

「せぇの――」

 

 

 

「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」

 

大神の声に続き全員が勝利のポーズを取る。

が、瑞鶴はどこかヤケクソな感じであった、自分の勘違いが恥ずかしかったらしい。




本戦はもう完全に消化戦なので省略割愛。

かばうも大概チートですが、ゲーム的に艦これ世界で一番チートなのは回復技だと思うのです。
入渠ドッグ要らず。

次回警備府の艦船も揃ったことですし花見回。


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第二話 終 桜の下で

見上げた空は雲ひとつなく、まだ高く日が上っている。

風はそよそよと吹き、桜の花びらが流れる様は美しい。

再度の襲撃を撃破した艦娘たちは、大神の宣言通り花見を行っていた。

 

「明石、こんなに酒保から持ち出してきて今日は大盤振る舞いだね!」

「何言ってるんですか、後で代金はいただきますからね」

「えー!?」

 

しばらくぶりに全艦揃っての催し。

龍田も少しの間だけと言うことで、司令官の下を離れ顔を出している。

 

「……戦い終わってお花見か。夜桜ではないけれど、上野公園を思い出すな」

 

大神は喧騒から少し離れ、漫然と桜を眺めていた。

 

「……」

 

僅か数日の間に多くの事が起きすぎて、事態に振り回されて振り返る暇もなかったが、一段落してこうして桜を見ていると感傷に浸ってしまう、

気にかかる事は山のようにあった。

 

「大神さーん」

 

考えにふけっていた大神は自らを呼ぶ声に振り替える。

 

「吹雪くんか、どうしたんだい?」

「大神さんこそどうしたんですか、一人で黄昏てー」

「黄昏って……」

 

苦笑する大神、ふと吹雪の持つ紙コップに目をやる。

そこにはシュワシュワと泡を立てる琥珀色の液体があった、どこからどう見ても、子供が飲んではいけない類の飲み物だ。

と言うか片手にビール瓶を持っている。

よく見てみると吹雪の頬はほのかに赤くなっている、酔っているようだ。

 

「ええっ? 吹雪くん、何を飲んでいるんだい?」

「何って、勿論ビールですよー」

 

あっさり答える吹雪、美味しそうにビールを飲み干すと手酌でビールを継ぎ足していた。

セーラー服に身を包んだ少女がおっさんくさくビールを飲む様は、なんともいえない。

 

「君たちはジュースを飲んだ方がいいんじゃないかな?」

「えぇーっ、そんな事ありませんよぉー。私たち艦娘なんですからぁー、一人前のレデイーなんです! ね、暁ちゃん?」

「ええ、そうね……」

 

話を振られた暁は口を濁している、あまり関わりたくないようだ。

 

「吹雪くん、すでに語尾が怪しいよ……」

「大神さんノリが悪い――って、あー! 大神さん大人なのに麦茶飲んでるぅー!」

 

大神のコップを覗き込むと、吹雪は大神の事を指差して大声で叫ぶ。

人の事を指差しちゃいけません。

 

「えー、大神さん。お酒飲めないんですか?」

「いいじゃねーかよ、明石」

「ふふーん、これはいい事聞いちゃった。大神さん、昨日の謝罪の代わりに私たちの酌受けてよね?」

「ダメですよ、姉さん。大神隊長、お酒がダメなのかもしれないでしょう」

「これは隊長さんのこと酔い潰して、数日分の記憶を吹き飛ばすチャンス!? 証拠写真とかないしー、闇に葬っちゃえば……」

 

つられて艦娘たちが何人か大神の下にやってくる。

約一人、不穏当な発言をしている、どこかの仕事人か。

 

「いやいやいや! 飲めなくはないけど、まだ昼間じゃないか」

「いいじゃないですかー、深海棲艦も倒して、こーんなにいい天気なんですから!」

「そーだよ、隊長さん! こんな花見日和、飲んじゃわないと!」

 

吹雪たちがビールや日本酒の瓶を片手に迫ってくる。

止めてくれないか、と大神は他の艦娘に目をやった。

 

吹雪以外の駆逐隊は集まって、歓談している。

小学生にも見える集団の中にビール瓶が垣間見える辺り、いつもの事なのだろう。

いや、駆逐艦で集まって、飲まされるのを避けているのかもしれない。

 

続いて今日合流した空母勢に目をやる。

こちらに気がついた瑞鶴はこちらの惨状を見て、ザマーミロとばかりに笑っていた。

先ほど勘違いさせられた事を根に持っていたらしい。

 

助けはない、大神は覚悟を決める。

 

 

なお酔いが醒めた吹雪は、大神の前でおっさんくさくビールを飲んだことを後悔するのだった。

みんなもお酒には気をつけようね。

 

 

 

 

 

「龍田、もう少しゆっくりしてもよかったんじゃぞ」

「もう司令官、怪我した司令官を一人放っておける訳ないじゃないですか~」

 

ベッドの上で書類仕事をしていた司令官はここ数日の報告を改めて確認していた。

部屋に入ってきた龍田に眼を向ける事もなく、大神の報告書を隅から隅まで目を通す。

 

「そうかの。なら悪いが、一つ文書を書きたいので聞き取りをしてくれないかの?」、

「勿論です~、秘書艦ですから」

 

龍田は机に座ると、中から書類用の用紙を一枚取り出す。

そして、筆入れから一本の万年筆も。

 

「あと封筒もじゃな、そちらを先に頼もうかの」

「わかりました~」

 

封筒をあわせて取り出すと龍田は万年筆を片手に、司令官の発言に耳を傾ける準備をする。

やがて、司令官が話し出した。

 

「――宛 花小路頼恒様――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

襲撃の傷も癒え、海域攻略に乗り出す警備府。

そんな中、深海棲艦から救出された艦娘が目を覚ます。

姉妹の目覚めに喜びをあらわにする暁たち第6駆逐隊。

しかし、その艦娘は――

 

次回、艦これ大戦第三話

 

「しろがねの少女」

 

暁の水平線に勝利を刻め!

 

 

「堕ちた不死鳥は、また、飛べるのかな?」




サクラ大戦の花見シーン再確認したら、想像以上に短くて驚愕した。

あと、2話終了時の艦娘好感度を活動報告に追記しました。
明石が高すぎるかなぁ。


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第三話 しろがねの少女
第三話 1 目覚め


沈んでいく。

 

一人取り残され、

 

力尽き、

 

私は昏き海の底へ沈んでいく。

 

 

こうなる事は分かっていた。

 

 

出向命令を聞いたときから、

 

あの下劣な男に会った時から、

 

こうなる事は分かっていた。

 

 

もう指一本動かすことができない。

 

霞んだ目で水面が遠ざかっていくのを見る事しかできない。

 

冷たい水が私の身体を掴む様に取り巻き、私を水底へ引きずり込んでいく。

 

これが艦娘の轟沈……

 

 

でもよかった。

 

 

『……』

 

 

私でよかった。

 

 

『…………ニ?』

 

 

皆がこうならなくてよかった。

 

 

『ホントウニ?』

 

 

それだけで悔いることなく、私は――

 

 

『ウソヲツケ!』

 

 

 

 

 

砲弾が飛び交う戦場の中、水面を駆ける吹雪。

その後ろから、大神は朝潮たちに指示を行う。

 

「朝潮くん荒潮くん、正面の敵軽巡に砲撃を3連で!」

「分かりました!」

「分かったわ」

 

駆けながら放たれた朝潮の艦砲は一発が至近弾、残りが外れ海中へと没す。

が、砲弾により水面から激しく水飛沫が上がり、軽巡の視界を遮った。

 

「吹雪くん、今のうちに全速力で接近を! 一気に決めるぞ!!」

「はい、大神さん!」

 

ここぞとばかりに飛び出し、近接戦を挑む大神たち。

水飛沫が収まり、近づく大神たちの姿を視認した敵軽巡はその主砲を構えるが、

 

「隊長たちは狙わせませんよ!」

「まだまだねっ!」

 

敵駆逐艦を一掃した大潮たちが放った砲撃の一つが命中し大きく体勢を崩す。

体勢を取り戻したときには既に大神は刀の間合いに入っていた。

 

「遅い!」

 

大神は吹雪がすれ違う間に天龍の刀に霊力を込め一閃。

敵軽巡を横一文字に斬り捨てる。

 

「……」

 

上下に分断された敵軽巡は崩れ落ちるとゆっくりと海に沈んでいった。

辺りを見回すと、自艦隊しか存在しない。

 

「これで、警備府正面海域の掃討は終わりかな」

 

天龍の刀を振り払って、大神は深海棲艦の血糊を振り落とす。

周囲には深海棲艦の姿は見えない、掃討は完了したようだ。

 

「駆逐艦と軽巡しか居なかったからなー。でも気を抜くと、この間みたいな事になっちまうから油断は禁物だぜ隊長」

「ああ、そうだな。翔鶴くん、周囲に敵の姿はないということでいいのかな?」

「ええ、敵戦力は確認されてないですね、隊長」

 

戦闘に突入する前に飛ばした二式艦上偵察機からの連絡を確認し、答える翔鶴。

今朝から行っていた警備府近海の敵戦力掃討作戦は、終了したといって良いだろう。

 

「よし、これで作戦終了だ。みんな、いつものアレをやろう!」

「アレも良いけどさー、その前に一つやって欲しいんだけど、隊長」

 

天龍は両手を合わせると上目遣いで大神にお願いをする。

が、男勝りな天龍がやってもあまり似合わない、効力は半減だ。

大神も苦笑いである。

 

「天龍くん、君がやってもあまり似合わないと思うよ……」

「ひっでーな、じゃあ、だれだったら似合うって言うんだよ?」

 

デリカシーに欠ける発言に、天龍も流石に不満顔だ。

唇を尖らせる。

 

「そうだね、翔鶴くんとかかな。仕草も女性らしいし」

「えっ、私ですか?」

 

いきなり話を振られて、慌てだす翔鶴。

しかし、その割には若干嬉しそうだ、女性らしいと言われて悪い気はしないらしい。

 

「じゃあ、いきますね……一つやって欲しいことがあるんです、隊長」

 

軽く力を込めてガッツポーズをすると、翔鶴は大神に向き直ってお願いをする。

が、続く大神の発言はみんなの想像を超えていた。

 

「翔鶴くん、それよりきみの事が知りたいな」

「私? でも、自己紹介なら初めて会ったときに……」

「コラー! 翔鶴ねえに何やってんのよー!」

 

声よりも早く九九艦爆が二人の間を通り抜ける。

吹雪にしがみついている大神は動けないが、翔鶴はたたらを踏むと、水面にしりもちをついた。

 

「あいたたた……」

「大丈夫かい、翔鶴く――」

 

そこまで言って、大神は翔鶴から慌てて目をそらす。

翔鶴の短い袴形のスカートでは、下着が丸見えだったのだ。

 

「あっ!?」

 

翔鶴も大神が視線を逸らした理由をすぐに察し、真っ赤になって慌てて下着を隠す。

 

「……」

「……」

 

二人の間になんともいえない雰囲気が漂う。

 

「あのー大神さん、いつまでこうしてるのでしょうか?」

「そうだぞー、早く翔鶴ねえから離れなさいよ」

「離れろって言われても……」

 

こちらに向かって水面を駆けてくる瑞鶴、空母は訓練中だった筈だが抜け出してきたのだろうか。

吹雪も拗ねた様な口調だ。

しかし、水上で大神が自らの意志で動こうとしたら、すぐに水の中にドボンだ。

冷や汗を流すことしかできることはない。

 

「もう、しょうがねーなー。大神隊長、前言撤回だ、勝利のポーズ決めたら帰ろうぜ」

「そうだね! そうしよう天龍くん!」

 

天龍の助け舟に飛び乗る大神。

冷や汗混じりに勝利のポーズを決めると、警備府に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

警備府に戻り、一人司令官の下に赴いて本日の結果を報告する大神。

その足で酒保に向かおうとすると、暁がはしゃいだ様子でスキップしていた。

実に嬉しそうだが、どこか子供っぽい。

 

「どうしたんだい、暁くん。何か良いことでもあったのかい?」

「あ、隊長。良い事があったの! 響がね、さっき寝返りをうったの!」

 

暁はエヘンとない胸を張る。

ない胸が更に強調される。

 

「目を覚ましたわけじゃなくて?」

「何言ってるのよ、今までほとんど動いてなかったのが寝返りよ、もうすぐ目を覚ますに決まってるじゃない!」

 

一理あると大神はうなずく。

 

「そうか。暁くん、響くんの事見に行ってもいいかい?」

「勿論よ、良いに決まってるじゃない! 私は電とか呼んでくるから!」

 

そう言い残すと、暁は再びスキップをしながら駆けていった。

よっぽど嬉しいのだろう、所作の一つ一つから嬉しさがにじみ出ていた。

走るなと言うのが無粋に思えるほど。

 

 

それから数分、大神は艦娘用の保健室にいた。

当初は酒保で何か買って行くつもりだったのだが、保健室に持ち込むわけにもいかない。

明石の恨めしげな視線を浴びつつ、大神は酒保を通り過ぎ保険室の中に入った。

 

ベッドには二人。

 

一人は名も知らぬ少女、おそらくは艦娘。こちらは身じろぎ一つしない。

 

もう一人が響らしき銀髪の少女。こちらは暁の言うとおり、時々身じろいでいる。

今まで動かなかったのがこれなら、確かに目覚めが近いと思っても仕方がないだろう。

 

「ん……」

 

身じろいだ響が布団を跳ね除け、その際に寝衣が肌蹴る。

幼い容姿とは言え、少女のあられもない姿に大神は視線をそむけるが、放って置いたら風邪を引いてしまうかもしれない。

 

「仕方ないな」

 

大神は寝衣と布団を直す為に響の下へと近づく。

響を見ると、うっすらと寝汗をかいている。

また、時々何かにうなされるかのように軽く首を振っている。

 

自分が幼い頃風邪でうなされていた時の事を思い出し、大神は寝具を直すとせめてと響の手を握った。

 

「……」

 

響の顔が安らいでいく。

そして、その唇が言葉をつむぎだした。

 

「…………お…………み、……ん……」

「えっ、何かいったのかい?」

 

響が何を話したのか聞き取るため、大神は響に身体を近づける。

しばしの間、響は話すことなく寝入っている。

気のせいだったかと大神が身を起こそうとしたとき、響が微かに目を開いた。

 

「おおがみ、さん……」

「えっ、響……くん?」

 

銀髪の少女――響はそのまま大神を引っ張ると、大神の首に腕を回し抱きつくのだった。

 

「響ー、また来たわ……よ?」

「響ちゃん、来たので……す?」

「響、もうすぐ目を覚ましそうだっ……て?」

 

それは傍から見ると、眠っている響に大神が覆いかぶさって不埒なことをしているようにも見えた。

ちょうどやって来た第6駆逐隊から見た図がそれであった。




大神さん受難。


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第三話 2 失われた記憶

暁は最高に上機嫌だった。

響の近い目覚めを前にして、足はスキップしており、思わずハミングを口ずさむ。

響が起きたら何を話そうか、一緒にショッピングに行こうか、などと気の早いことを考えてしまう。

後からついてくる電、雷も同様に上機嫌だし。

 

「響が起きたら、第6駆逐隊の再結成だね!」

「そうなのです、これで皆さんには負けないのです!」

「響が起きたら、いっぱいお世話してあげないと!」

 

止め処もなく響が起きた後のことについて、お喋りしている3人。

そうして、駆逐艦寮から出ると、ちょうど天龍たちが剣道場に向かっていた。

 

「よお、6駆。妙に元気そうじゃねーか」

「勿論よ! 響がもうすぐ目を覚ましそうなんだもん!」

「そうしたら、第6駆逐隊完全に再結成なのです!」

 

天龍の問いに、暁たちは満面の笑みで答える。

だが、

 

「そうか、お前たち知らないんだな……」

 

天龍の口調は苦い。

暁たちを哀れんだ目で見ている。

 

「何が?」

 

きょとんと天龍を見上げる暁たち。

 

「いや、響が目覚めれば分かることか」

「だから、何が?」

「オレが説明するより、響が目覚めた方が早いってことだよ、行かなくて良いのか?」

「言われなくてもそのつもりよ、電、雷、行きましょう?」

 

天龍の思わせぶりな説明に唇を尖らせながら、暁たちは天龍の横を通り過ぎ、艦娘用の保健室へと向かう。

天龍たちはしばらくその場に立ち止まっていたが、剣道場にいくのを取りやめ、暁たちの後を追う。

 

「天龍、剣の稽古するんじゃなかったっけ?」

「うるさいな、川内。優先する用ができたんだよ」

「相変わらずだねー、お人よし」

「うるさい!」

 

 

 

そうして、胸に一抹の不安を抱えたまま保健室にやって来た暁たち。

一瞬、扉を開けることを躊躇ってしまう。

しかし、こうして扉の前に立ち止まっていても仕方がない。

よし、と気合を入れると、勢いよく扉を開けて中に入る。

 

「響ー、また来たわ……よ?」

「響ちゃん、来たので……す?」

「響ー、もうすぐ目を覚ましそうだっ……て?」

 

が、目の前には、眠っている響に大神が覆いかぶさって不埒なことをしていた。

そう見えた。

 

「な、何やってるのよー! 隊長!」

「はわわ、隊長さん、響ちゃんに何をしているのです?」

「少尉さん、響が可愛いからって寝てる響にそんなことしちゃダメよ」

 

慌てて身を起こそうとする、大神。

だが、響が大神の首に手を回して抱きついており、すんなり起き上がることができない。

 

「ごっ、誤解なんだ、これは響くんが」

「誤解も六回もないわよー!」

 

なかなか身を起こさない大神にぷんぷんな暁。

大神に飛びついて早く起き上がるよう促す。

 

そうこうしている内に、大神の首に回された響の腕が離れ、響はベッドに「はう」という吐息と共に沈む。

そして、再び目を開いた響の目と暁の目が合った。

 

「ひ、響! おはよう!」

 

暁は大神を押しのけ響に向き合うと、緊張のため幾分か上ずった声をかける。

きょとんとした様子で暁の声を聞いている響。

 

やがて、その口が開かれる。

 

「……すまない。君は、誰だい?」

「え――」

 

凍りつく暁。

響が何を言っているのかわからない。

 

「暁。暁よ! 第6駆逐隊の!!」

 

響が出向して、出向先で沈んだって聞かされるまで一緒だったではないか。

 

「第6駆逐隊、ああ、私の姉妹艦の暁か。宜しく頼む」

 

なのに、響の口調は、暁に始めて会ったかのようだ。

クールな口調がより事務的なものに聞こえる。

 

「そんな、他人みたいな話し方しないでよっ! この警備府で! ずっと一緒で! 4人仲良しだったじゃない!!」

「すまない、何をいってるのかよく分からないんだ」

 

暁の悲しそうな表情を見ても表情を変えることなく言葉をつむぎだす響。

だが、大神には僅かに顔をゆがめているように見えた。

 

「ああ、やっぱりこうなってたか……」

 

保健室の扉の辺りに天龍たちが居た。

悲しげな表情でやはりと言わんばかりに頷いていた。

 

「天龍さん……ど、どういうことなのです?」

 

同じく、保健室の扉の辺りで暁たちを見守っていた電が天龍に尋ねる。

 

「ブラックダウンの前、建造による艦娘の生産が行われていたのは知ってるよな?」

 

響を除く全員が大きく頷く。

 

「建造で生み出される艦娘は二種類あったんだ、一つは今まで現れた事のない新規艦。もう一つが轟沈した艦娘なんだが……」

「轟沈した艦娘が建造で蘇った時、轟沈前の記憶は失われ、新規艦同様の振る舞いをしていたんだ」

 

天龍の言葉に暁の視界は暗転した。

崩れ落ちそうになる暁を大神は抱きとめる。

 

それでも、大神の腕の中で数回深呼吸すると、暁は瞳に大きな涙を貯めたまま天龍に歩み寄りながら問いかける。

 

「だから、響も、記憶がないって……ことなの?」

「ああ」

 

「4人で寮の同じ部屋で暮らしてたことも?」

「ああ」

 

「司令官にいたずらを仕掛けて、龍田さんと神通さんに怒られたことも?」

「ああ」

 

暁が問い、天龍が答えるたび、暁は涙ぐむ。

今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。

 

「ずっと一緒だったのに、響は、みんな、みんな、忘れてしまったの?」

「ごめんなさい。でも、分からないんだ」

 

響は絶望を刻む答えを答える。

が、大神には響が自分に刻み込んでいるように答えているように見えた。

電がその場に崩れ落ち、雷は天龍に縋り付く。

そして、暁は、

 

「ウソだ……」

 

涙をポロポロ流しながら、事実を信じられないとばかりに頭を振る。

 

「そんなの、ウソだよー!!」

「暁ちゃん!」

「暁!」

 

そして、泣き叫びながら保健室を飛び出していく。

 

「暁くん!!」

 

咄嗟に大神は暁の後を追って外に飛び出す。

 

「隊長、暁のことを頼む!!」

「ああ、天龍くんたちは電くんたちのことを!」

「分かった」

 

天龍たちに後事を託すと、大神は暁の後を追いかけるのだった。




6駆:天国から地獄な回
ちょっと反応が怖いです


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第三話 3 暁を追って

暁を追いかけ保健室を飛び出す大神。

横に振り向くと、暁は酒保の方へ走っていた。

天龍たちと話している間にその姿は大分小さくなってしまっている。

 

「暁くん!」

 

暁を呼びながら大神は後を追って走り出す。

 

「暁くん、待ってくれ!」

 

だが、暁は大神の言葉に反応した様子が見えない。

そのまま走り続けて先の角を曲がる。

曲がった先で程なくして大神は暁を見失った。

 

「暁くん、どこに?」

 

酒保の方に行けば、明石が暁を見かけているかもしれない。

そう考えて大神は酒保へと向かった。

 

 

「あ、大神さん、今さら何のようですか?」

「大神隊長、急いでるみたいですがどうしたのですか?」

 

酒保にはいつもどおり明石と、何かを買いに来たのか神通の姿があった。

明石は、先ほど酒保をスルーした事で拗ねているようだ、扱いが悪い。

だが、今は明石の機嫌を直すことよりも重要なことがある。

 

「暁くんがこちらにやって来なかったかい?」

「いいえ、来ませんでしたけど」

「私も見かけては居ませんが、大神隊長」

「そうか、手間をとらせてごめん」

 

完全に見失ったか。

大神は暁を探すため酒保を後にしようとする。

 

「大神さん、暁ちゃんに何かあったんですか?」

 

大神の様子に平常ならざるものを感じ取ったらしい。

明石も佇まいを直し、大神に向き合った。

 

「ああ、実は――」

 

いずれ響が目覚めたことは分かるだろう。

ならばと大神は考え、二人に話し始めた。

 

 

「そうだったんですか……」

「6駆のみんなは建造されたことないし、響ちゃんが沈むまでずっと一緒だったから、知らなかったのね」

 

大神の話に表情が沈む二人。

 

「あ……でも、それなら暁さんたちが行きそうな場所に心当たりがあります」

「神通くん、本当かい!」

 

大神は神通の手を握り締める。

 

「あ……え、はい、本当です。……だから、手を……」

「神通くん、ゴメン!」

 

大神に手を握られて、神通が顔を赤くする。

慌てて、大神は神通から手を離す。

 

「それで、暁くんが行きそうな場所は?」

「ええ、それはですね……」

 

神通の話を聞いて、大神は再び走り酒保を後にした。

 

「大神さん。暁ちゃんのために、あんなに一生懸命」

「そうですね……」

 

そんな大神の後ろ姿を二人は優しい目で見ていた。

 

 

 

 

 

「ひっく……ぐす……」

 

暁は港湾施設の先、埠頭の先端に腰掛けて涙を流しながら海を眺めていた。

艦娘にとってある意味故郷でもある、海。

叱られた時のように海を見ていれば気持ちが落ち着くかと思ったのだ。

でも、そんな事は全くなかった。

 

「ふぇぇ……」

 

叱られた時、この場所から海を見たときも6駆はみんな一緒だったのだ。

あの時とは違う、あのときの響はもう居ない。

 

そう考えるだけで涙が止まらない。

 

「暁くん」

 

後ろから、自分を呼ぶ声が聞こえる。

だけど、ダメだ。振り向く気すらおきない。

 

「暁くん」

 

再度自分を呼ぶ声、そして、肩に置かれる大きな手。

ようやく暁は振り返るとそこには大神の姿が居た。

自分を探し続けていたのだろうか、軍装は乱れ息を切らしている。

だが、暁を見つめる表情はやさしい。

 

「隊長……」

 

縋りたかった。

そう考えたら、止まらなかった。

暁は大神の胸に飛び込み、再びポロポロと大粒の涙を流す。

 

「隊長……!」

 

大神の大きな手が頭をなでている。

 

「すぐ……泣き止むから……もうこどもじゃ……」

 

涙混じりにいつもの言葉を零す暁。

だが、大神の手は止まらない。

 

「いいんだよ、暁くん、子供とかは関係ない。悲しいときは泣いていいんだ」

「うぅ……」

 

大神の服を握る手の力が知らず、強くなる。

 

「うわあぁぁん!」

 

そして、暁は大神の腕の中で泣くのだった。

泣き疲れて眠りに落ちるまで。

 

 

 

 

 

「え?」

 

暁が気がついたとき、既に夕暮れだった。

開けた窓から夕日が差し込み、潮風が髪をくすぐる。

 

港に居た筈がどうして、と疑問に思い周りを見ると、駆逐艦寮の6駆の、自分たちの部屋だった。

雷、電の姿が傍に居る。

そして、天龍と川内、大神の姿も。

 

「暁くん、目が覚めたようだね」

 

目覚めた暁に気がついた大神が声をかける。

 

「隊長、私、港にいたはずなのに」

「ああ、暁くんが疲れて眠ってしまったから、風邪を引かないように部屋に運んだんだよ」

「お姫様だっこだったよ、よかったね、レディ扱いしてもらえて」

 

「え? 隊長、ありがとう……」

 

赤面しながら、お礼を言う暁。

心の中にあるものを吐き出して、暁も少し気力が出たらしい。

大神たちは少し安心する。

 

「電、雷もゴメンね、お姉ちゃんなのに」

「いえ、いいのです」

「私たちも泣いちゃったし」

 

起き上がろうとした暁の手をとる、電・雷。

 

「響は?」

「響は今、明石が検診しているぜ。初めてのケースだから、数日かけて診断するみたいだ」

「それが終わったら保健室から出るわけだけど……この部屋はキツいよね?」

 

6駆の声が止まる。

 

「……ううん、私たち4人で6駆なんだもん。同じ部屋でも大丈夫……響の記憶がなくても」

 

やがて、絞り出したような声で暁が答える。

全く大丈夫そうには見えない。

 

「それなんだけど、一つ良いかな?」

 

暁の様子を見てられないと、天龍と川内が止めようとするが、大神は手で制し、話し始める。

 

「響くんの記憶、望みがあるかもしれない」



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第三話 4 記憶の欠片

「響くんの記憶、望みがあるかもしれない」

「「「え?」」」

 

大神の発言に部屋にいた艦娘全員の疑問の声が上がる。

暁に至っては大神に迫り寄っている、当然だろう。

 

「隊長、ど、どういうことなの?」

「隊長のことだから、ヘンなウソ言ってる訳じゃないよな。早く話してくれよ」

「そうだよ、勿体ぶった言い方しないでよー」

 

天龍、川内たちも大神を疑った様子はない。

電、雷も早く聞かしてくれと目で訴えていた。

 

「ああ、勿体ぶった言い方になってすまない、みんな」

 

勿論大神に話さない理由はない。

いや、暁たちのことを思えば今話さないでいつ話すというのだ。

 

「響くんは……暁くんたちのことを知らないといってた、それは確かだ」

「……うん」

 

話題が話題だけに若干話しづらそうな大神、暁も苦々しい表情で頷く。

 

「けど、響くんが、暁くんたちのことを知らないと否定するとき、僅かに顔を歪めていた。自分に刻み込む、言い聞かせるように話していたんだ」

「本当か? オレには見えなかったぞ」

「大神さんの見間違いじゃないの?」

 

天龍たちが訝しげな視線をしている。

だが、大神はそれをやんわりと否定する。

 

「それは間違いないよ。俺は響くんたちのすぐ横にいたから。確かに見えた」

「そうなんだ。でも、それがどうしたのさ?」

「知らない相手と話すとき、そんな表情するかな?」

「……ううん、本当に知らない人相手ならしないと思うわ」

 

雷が頷く。大神が何を言おうとしているのか分かったらしい。

 

「と言うことは響ちゃん、電たちのこと完全に忘れたわけじゃないってことなのですか?」

 

電も声を上げる。希望が垣間見え気力が戻ってきたらしい。

 

「そう。忘れたと言っても、彼女には記憶が残っているんじゃないかな」

「……でも、響の記憶、どうしたら取り戻せるのかな?」

 

しかし、暁の声は沈んだままだ。

記憶が残っているとは言っても、表に出てこないのでは記憶喪失のようなものだ。

 

「艦娘の記憶喪失か、オレもそこまでは知らないや。明石なら知っているかな?」

「大神さん~、大神さんの霊力とか必殺技でどうにかできないの?」

 

川内が頼み込んでくる、が、いくら何でも霊力はそこまで万能ではない。

 

「記憶喪失の対処か。霊力によるヒーリングは損傷には効くけど、それはやったことがないな」

「なら、いいじゃない! ダメで元々。やってみようよ、ね?」

「分かったよ、明石くんの検診が終わった後にやろう」

 

川内が再度懇願する。軽い口上とは違って視線は本気だ、6駆が心配らしい。

大神にとっても断る理由などない。

 

「暁ちゃん。私たちもどうしたら響ちゃんの記憶が取り戻せるか、考えないと?」

「そうよね、隊長にばっかり頼ってたらダメよね。取り戻せるかもしれないんだし」

「お。6駆も少しは元気が出てきたみたいだな」

「よかった、これなら3人でも大丈夫そうだね」

 

響との今後について考えだす暁たちを見て、天龍と川内が安堵する。

 

「ありがとうなのです、皆さん。まだ、全快じゃないですけど。とりあえずは平気なのです」

「よし、それじゃ夕飯食べにいこーぜ」

「はーい、分かったわー」

 

発破をかける天龍に元気に答える雷。

 

「隊長も食べようぜ、それとも一人でここに残って何かするってのか? 下着漁りとか?」

「いいっ!? そんなことする訳ないじゃないか、天龍くん!」

「え? でも、隊長が欲しいっていうのなら……」

「だから違うって、暁くん!」

 

からかわれてワザとらしく焦る大神の様子に笑い出す6駆。

悪いな、と頭だけ下げる天龍に、いいさ、と視線で大神は答える。

とりあえずは大丈夫だ。

 

そう考えた天龍たちと共に大神は食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

だが、大神はもう一つ可能性があることを敢えて言わなかった。

 

(どうして響くんはうなされていた? 『何に』うなされていた?)

(そして、何より、響くんはどうして俺の名を知っていたんだ? いつ知ったんだ?)

 

 

(……もしかして、響くんは、記憶が――)

 

それは6駆にとって、いや、響にとっても、残酷な可能性だったからだ。

6駆にも、目覚めたばかりの響にも、おいそれと云ってしまえるものではなかった。

少なくとも確信を得られるまでは。

 

 

(響くんのことについて、みんなに聞く必要があるな)

 

大神は響について、警備府のみんなに聞いてみる必要があると実感していた。




今回は話が重くなりすぎてボツったり、軽くなりすぎてボツったりと結構難産でした。

あと次話の展開について、活動報告でちょっとお聞きしたいと思います。


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第三話 5 仲間たち

「暁ちゃん、大丈夫?」

「もう、あんまり心配させないでよね。第6駆逐隊」

「そうだよー。6駆が元気ないと、あたしたちまで元気なくなっちゃうよ」

 

大神たちが食堂に着くと、暁たちを心配する声がかかる。

食堂に着いた大神たちを待っていたのは、吹雪たち他の艦娘たち。

保健室での一部始終を知ったのか、その表情はやさしげだ。

 

「ごめんね、みんな」

「ありがとうなのです」

「もう大丈夫だから」

 

ペコリと一礼して、暁たちはいつも使っている席を確保してから、食事を受け取りに行こうとする。

 

「いいんですよ、暁ちゃん。今日くらいは。瑞鶴――」

 

しかし、翔鶴が暁を静止し、手を引いて導くと暁たちを席に着ける。

 

「オッケー、翔鶴ねえ」

 

分かったとばかりに、瑞鶴と神通、那珂たちが暁の分の夕飯を受け取って席へと運ぶ。

食堂の担当者も分かっているのだろう、その量は大盛りであった。

 

「わぁ……」

 

皿の上には今日のメニューにはなかったはずの好物のオムライス。

ケチャップで「元気出して」とイラスト付きで書かれていた。

 

「ぐす……」

 

警備府の仲間たちのやさしさに思わず触れて、六駆の目にじんわりとこみ上げてくる。

けど、感謝の涙とは言っても、ここで泣いてしまっては元も子もない。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

暁たち6駆はこみ上げてくるものを飲み込むように、自分たちに出されたスペシャルメニューに手を伸ばす。

オムライスの卵はふんわり半熟、中のチキンライスもトマトの旨みが凝縮されていて卵とよく合う。

 

「――っ!?」

 

と、勢いよく食べようとしてのどに詰まらせたらしく、雷が胸を軽く叩く。

 

「急いで食べすぎ、もうちょっとゆっくり食べてもご飯は逃げないよ~」

「これを飲んで落ち着けばいい……」

 

すぐさま、望月と初雪が慌てて飲み物を入れて持ってくる。

警備府でもものぐさで著名なあの二人がだ。

 

目を白黒する雷だったが、受け取った飲み物をゆっくりと飲み干していく。

 

「けふっ、もう、びっくり、させないでよー」

 

苦しかったのか、果たして嬉しかったのか、仲間たちに向き直って笑う雷の目じりには涙が浮かんでいた。

そんな暁たちを大神はやさしく見やる。

 

 

 

が、その輪の中から一人の艦娘が離れ、食堂の裏手に向かっていった。

仲間たちに気づかれないように裏口から食堂の外へ出ると、壁に寄りかかり虚ろげに空へと視線を向ける。

 

「――――――」

 

潮風になびく髪をぎゅっと押さえつける、その表情にはいろいろなものが混じっているようだ。

 

しばしの時が経ち、

 

食堂から聞こえる喧騒が静かになり始め、

 

袖から伸びた素肌がわずかに冷たさを帯び始める頃になって、

 

「睦月くん、どうしたんだい?」

 

艦娘――睦月に大神の声がかけられる。

 

「いいえ、なんでもないです。すいません隊長、勝手にいなくなったりして」

「今は自由時間だし、謝らなくてもいいよ。睦月くん、春とは言っても外にずっと居たら冷えるだろう、中に入らないかい?」

「ごめんなさい、今はそういう気分になれなくて……」

「そうか、それなら――ほら」

 

大神は自分の上着を脱ぐと、すまなそうな顔をして頭を下げる睦月の肩にかける。

 

「そんな、悪いです隊長」

「気にしないでも構わないよ、君たちは女の子なんだから」

 

さらに申し訳なさそうに頭を下げる睦月。

だが、大神は手をひらひらと振るとなんでもないとばかりに笑ってみせる。

 

「――どうして、」

 

そんな大神の態度に、睦月は一度躊躇うかのように髪の毛を押さえ、それでも言葉を唇に乗せる。

 

「――どうして隊長は、そんなに私たちに優しくするんですか?」

「どうしてって、君たちはともに戦う仲間じゃないか。当然のことだよ」

 

睦月の問いに、大神は一瞬の躊躇もなく答える。

大神にとって当たり前のことなのだ。

 

記憶の中の戦いにて、苦難の人生を歩んできたものがいた、自らを律することが出来ず周囲を傷つけそれ以上に自分を傷つけるものがいた、罪に手を染めるものさえいた。

 

だが、その全てが大神にとってかけがえのない仲間であった。

 

「私たちは、艦娘ですよ? 深海棲艦と戦う兵器なんですよ?」

「そんなの関係ない! 君たちは、艦娘は、俺の仲間だ!!」

 

かつての戦いのときと同じく轡を並べ、背をあずけ戦う大神にとって、艦娘と人間にどれほどの差があるというのか。

 

いや、ない。

 

睦月の手をとり、瞳を覗き込んで大神は断言する。

 

「――あっ、む、睦月くん、すまない!」

 

と、自分のした事に気づき大神は慌てて睦月の手を離す。

ちょっと手をとっただけだというのに。

 

大神の慌てっぷりに睦月はクスリと微笑んでみせる。

 

「大神さんが提督だったらよかったのに」

「無茶言わないでくれよ、士官学校出たばかりの新人が提督になれる訳がないって」

 

トホホと肩をすくめる大神に、睦月の笑みが増す。

が、すぐに睦月の笑みは真顔へと戻る。

 

 

「そうしたら――ちゃんも、響ちゃんも、沈まずに済んでいたのかな――」

「えっ?」

 

思いもよらず睦月から飛び出た話に、大神の表情が変わる。

しかし話はデリケートな内容を含んでいる、先ほどまでナイーブな表情をしてみせていた睦月に聞いていいものだろうか。

 

「大神さん」

 

躊躇う大神の様子に逆に意を決したか、睦月が大神へと向き直る。

 

「昔の警備府の話です――」




リハビリも兼ねてとなりますので短めです。
次話、過去説明回


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第三話 6 警備府の過去、そして忌わしきもの

ブラック話です。
直接的な描写は避けては居ますが、良い気はされないかもしれません。
あとがきに簡易にまとめておりますので、飛ばされる方はまとめを読まれても構いません。


「昔の警備府の話です――」

 

睦月の言葉に神妙の面持ちとなる大神。

仲間が沈んだときの話、そう簡単な決意で話せるものではないだろう。

搾り出すような表情の睦月に向き合って、大神は一言一句たりとも聞き逃すことのないように身構える。

 

 

 

そして、睦月が話し始めた――

 

 

 

あの頃の警備府は、司令官の下に提督が居ました。

提督はもう一人の司令官って言ってもよくって、実際の遠征指示や作戦の立案や指揮をしてたんです。

 

「今の俺みたいなものなのかな?」

 

そうですね。

でも、今の大神さんが実践指揮と訓練がほとんどなのに対し、提督はほとんどの業務をしていました。

昔の司令官のお仕事は、上や他鎮守府との折衝や予算の確保がメインで、私たち艦娘と直接接することはほとんどなかったんです。

 

「え? でも、俺がここに赴任したときは司令室で暁くんたちがジュースを飲んでいたよ?」

 

それは――最近になってからのことです。

昔の司令官は、多分艦娘との接し方に戸惑っていたんですね、提督に投げっ放しにしていたんですよ。

 

「そうだったのか」

 

ええ、それでも警備府は上手く回っていたんです。

実務を取り仕切る提督と、周囲との折衝を行う司令官の二人で。

 

あの、渥頼提督が赴任するまでは。

 

「渥頼提督?」

 

はい、大神さんは士官学校で聞いたことありませんか?

私たちを――使って、最近海軍最速で大佐に昇進した渥頼提督のことです。

 

「えっと、ごめん、睦月くん。そういうことにはあんまり興味なかったから。それよりも自らを高めることで精一杯だったよ」

 

ふふっ、大神さんらしいですね。

警備府に着任した渥頼提督は確かに有能でした。

効率のよい遠征スケジュールによる資源備蓄、出撃可能な海域の中でも特に本部の評価のよい海域を狙って出撃することによる自身の評価の確立。

本当に自分の評価を上げることに対しては有能でした。

 

でも、逆に艦娘の扱いは最悪でした。

 

遠征スケジュールでは秒単位の休憩も許してくれませんでしたし、近辺海域での連続出撃による戦意高揚も無理強いさせられました。

被弾しないことが当たり前で、たまに被弾して戻ってきたらどうせ入渠するのだからとストレス解消といって引っ叩かれ、殴られることもよくありました。

作戦通りなら被弾なんてしないはずだ、この無能艦娘がって言いながら。

勝てる戦いなら大破状態での進軍も当たり前で、……沈んだ子も居ました。

 

「そんなことが! 睦月くん、泣いているけど大丈夫かい?」

 

……はい、でも大神さんとは反対ですね。

大神さんと海上で最初会ったとき、遠征で傷ついた私たちを引っ叩くどころか、反対に治してくれましたよね。

 

「当然じゃないか。傷ついた仲間が居て、自分に何かが出来るというのに見て見ぬ振りだなんて俺には出来ない」

 

だから私たちは大神さんが信頼できたんです。

……脱線しちゃいましたね。

 

渥頼提督の印象は、最初は艦娘の扱いが悪い提督だって愚痴る程度でした。

だけど、渥頼提督の艦娘への扱いは殴る蹴るだけじゃなくてエスカレートしていったんです。

 

髪の毛を引きちぎったり、

 

艤装を脱ぐことを強要したり、

 

大破した状態のまま執務室に居ることを強要したり。

 

「睦月くん大丈夫かい? いやならそこは話さなくてもいいんだ」

 

いえ……大丈夫です。

しまいには胸を鷲掴みにしたり、下着を引きちぎったり、接吻を強要したりもしました。

司令官が艦娘と直接接触を持とうとしないことをいいことに。

 

「君たちを何だと思っているんだ!」

 

それで、もう限界だった私たちは司令官に直接訴えようとしました。

でも、運悪く司令室に向かう途中で渥頼提督に会ってしまったんです。

私たちは用件を話さないようにやり過ごそうとしましたが、すぐに見抜かれてしまいました。

渥頼提督は意見を取りまとめてくれた響ちゃんを殴りつけてから、訴状をその場で引きちぎって、言いたいことがあるならついて来いと響ちゃんを連れて行きました。

 

その日、響ちゃんが渥頼提督の執務室から戻ってから、渥頼提督の暴挙は収まりました。

 

 

でも、その数日後に響ちゃんに他鎮守府への出向命令が軍本部から下りました。

 

移動手段は海上を突っ切って赴けというものだったんです。

 

「単独でだって? いつ深海棲艦に遭遇するか分からないのにそんなの危険じゃないか?」

 

はい、私たちもその命令をみて驚きました。

同じように驚いた司令官も本部に命令を取り下げさせようと、せめて、随伴艦を付けるようにさせようと動きました。

ですが、司令官が持っていたはずの折衝のルートさえも、いつの間にか渥頼提督に全て握られていたんです。

嬉々として命令を言い渡す渥頼提督を見て、そのとき私たちはこの命令が誰の意図で発されたものか気づきました。

 

「でも! 艦娘でしかない私たちにはそれを跳ね除けることなんて出来なかったんです!!」

「睦月君、落ち着いてくれ」

 

ぐすっ、大神さん、ごめんなさい。

 

本部の命令は変わらなくて、

 

 

響ちゃんは6駆から切り離されて一人出向に出向き、

 

 

――その途上で、響ちゃんは、一人、撃沈されたんです。

 

 

「――っ!」

 

 

海の上で一人撃沈した響ちゃんの遺品はありませんでした。

手に持てる荷物は響ちゃんがドラム缶に詰めて異動していましたし、そうでないものは出向先の鎮守府に送付済みでした。

暁ちゃんたちの手元に残されたものは警備府着任時に撮影した艦娘の集合写真だけでしたが、響ちゃんの撃沈を聞いて泣き続ける暁ちゃんたち6駆の集合写真を撮影しなおすことを名目にそれさえも渥頼提督に取り上げられてしまったんです。

 

「そんな、せめて姉妹艦である暁くんたちが持っているべきじゃないか……」

 

そうみんなが言いました、でも渥頼提督は聞いてはくれませんでした。

鎮守府に送った荷物の返還さえも破棄済みだと聞き届けてくれませんでした。

 

そして時を経ずして、渥頼提督にも異動辞令が下りました。

赴任先は響ちゃんの出向するはずだった鎮守府、地位は一つ上がって中佐。

逆に司令官は殊勲なき響ちゃん撃沈の責を取らされ降格となりました。

 

 

でも、渥頼提督が居なくなって、司令官は私たち艦娘を集めて謝罪をしてくれました。

 

 

そうして、司令官が秘書艦を置くようになって、私たち艦娘と話し始めるようになって、

 

 

ブラックダウンが起きて艦娘の扱いが良くなって、

 

 

経緯を知らない、人に隔意を持たない吹雪ちゃんが着任して、

 

 

何より、私たちが司令官以外の人をまた信頼できるようになって――

 

 

 

 

そんなとき大神さん、あなたがやって来たんです。

 

 

 

 

睦月の長い独白が終わった時、すでに空には月が浮かんでいた。

音を失い、辺りは静まり返る。

 

「……辛い話を済まなかった、睦月君」

 

やがて、睦月の話したことを噛み締めるように大神が話す。

 

「……でしたら、一つ、ひとつだけ聞いて欲しいお願いがあるんです、大神さん」

「もちろんだ。俺に出来ることなら何だって」

 

こんな話あんまりすぎる。

この子達に出来ることがあるならばと、大神は力強く頷く。

 

「さっき、私大破進軍で沈んだ子が居るって言いましたよね」

「ああ、確かにそういっていたね、睦月くん」

「あの時はブラックダウンの前だったから、他の鎮守府で建造された子も居ました。でも、如月ちゃんは戻ってきてくれなかったんです……」

「如月……くん? それが沈んだ子の名前なのかい?」

 

如月といえば、睦月型の二番艦。姉妹艦なら仲も良かったのだろう。

如月が沈んだとき自分も泣いただろうに、響の話だから触れないようにしたのか。

大神は思わず睦月の頭を優しく撫でる。

 

「あの……大神さん?」

「あっ、ごめん睦月くん、あんな話の後で。嫌だったかい?」

「いえ……大神さんの手すごく優しくて、嫌な気はしませんでした」

 

引っ込めようとした大神の手を睦月が静止する。

そして、両手で包み込んだ。

 

「如月ちゃんは、私の姉妹艦でとても仲が良かったんです。だから、ブラックダウンが起きたときもう二度と会えないんだって思いました、泣きました」

「でも、大神さんが深海棲艦の中から響ちゃんを救出したと聞いて、如月ちゃんも同じように囚われて居るんじゃないかって。大神さんなら救ってくれるんじゃないかって!」

 

大神の手を包み込む手に知らず睦月の力が入る。

 

「もし、沈んでしまった如月ちゃんが深海棲艦に囚われていたとしたら、大神さんに救って欲しいんです!」

「……如月くんを救えたとしても、今の響くんのように記憶を失っているかもしれない」

「それでも! それでも――構わないんです!! 如月ちゃんが居たら、生きていてくれたら……」

 

睦月の目から涙が零れ落ちる。

 

「だからお願い……助けて、大神さん…………」

「勿論だ、睦月くん」

 

大神はもう片方の手で睦月の涙をふき取るのだった。

 




ブラック描写を読みたくない人への簡易まとめ
・ブラック提督がいた
・ブラック提督の暗躍で響は出向命令を受けた
・その途上で轟沈した
・睦月は大神に如月を救うお願いをした

三人称の会話にするとものすごく長くなるので、睦月の独白形式に致しました。
そして分かりやすいフラグが盛大にたちました


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第三話 7 ちぐはぐな響

「響、来たわよー!」

 

睦月の独白から数日の間、明石による検査の合間に6駆の面々は絶えることなく響の病室を訪れていた。

 

朝食を持ち込んで一緒に食べ(大神も司令官も笑って許していた)、

 

午前の訓練が一段落したら訓練が上手くいったか、時には失敗したことも喋り、

 

昼食も一緒に食べた後、響が一眠りするまで話し、

 

教室での講習が終わったら、また保健室へと赴く。

 

「それでね、それでね、響は――」

 

沈んだ響の遺品は何一つ残されていない、けれども一緒に時を過ごしてきた6駆には響との思い出がある。

いくら話しても暁たちが響に語りかける言葉は尽きることはない。

話を聞かせることで響の記憶が戻ればと、暁たちは響への語りかけを続ける。

勿論、渥頼提督についての話は避けた上で。

 

「そうか、私はそんな悪戯もしていたんだね、正直信じられないかな?」

 

響も6駆の話す起伏に富んだ過去の話を楽しそうに聞いていた。

 

「そうですね、響ちゃん一人だったらやっていなかったかもしれないのです、雷ちゃんの影響かな?」

「ひっどーい、電だって嬉々として企みに参加してたじゃない」

 

「ふふっ、君たちは本当に仲がいいんだね」

 

だが、響の表情には何故か時折影がよぎっていた。

 

「何言ってるのよ、響。これからは私たち4人でなんだからね」

「そうなのです、響ちゃん。そんな他人行儀はダメなのですよ」」

 

「うん……そうだね」

 

曖昧な表情で頷く響。

なぜそんな表情をするのかと問いたい6駆だったが、陰りを帯びた響の表情に口が止まる。

暁たちの会話は止まり、時計の秒針の音がいやに大きく聞こえる。

 

「響くん」

「響さん、大神さんを連れてきましたよー」

 

そんな保健室に、明石と大神が現れる。

 

「あ、大神さん」

 

ぱあっと花が咲いた様な笑みを大神に向ける響。

いつもの、クールささえ漂う様子とは異なり、少女らしい表情を見せていた。

 

「あらあら、私の検査のときより嬉しそうですね、響さん」

「そんなことない、明石さん。私の体を検査してくれて感謝してる。本当に感謝しているんだ」

「明石くん、響くんの検査は終わったのかい?」

「あと少しですけど、ほとんど終わりましたよ」

「そうか、その表情は問題ないってことでいいのかな?」

 

朗らかに響の検査状況を話す明石に、その場に居る全員の緊張感が緩む。

だが、響の表情はわずかに強張っていた。

 

「いやだなー、大神さん。女の子のプライベートですよ。詳しく話せるわけないじゃないですか」

「いいっ!? そういうつもりで聞いたんじゃないって!」

「隊長さん……」

「少尉さん……」

「隊長……なんてね、分かってるわ。隊長がそんな人じゃないってことくらい」

「暁ちゃんをお姫様抱っこで運んできましたの、カッコよかったのです」

「ちょっと、電! それは関係ないじゃない!」

「あーあ。私も隊長さんにお姫様抱っこされたかったなー」

 

そんな響の表情を見た明石は、大神を槍玉に挙げる。

6駆も大神をジト目で見やるが、すぐにフォローを入れようとして、脱線してやいのやいのと騒ぎ始めた。

 

「大丈夫ですよ、響さん。身体はピカピカですし、どこも汚いところなんて――」

 

その隙に明石は響の耳元に近づき、一言二言口にする。

その言葉に安心したのか、響の表情から硬さが取れる。

 

「はいはい、6駆のみんな、今から大神さんにヒーリングしてもらいますし講習の時間ですよ、教室に戻ってくださいね」

「え、もう、そんな時間?」

 

明石の声に時計を見ると、確かにもうすぐ講習の時間だ。

というか若干時間を過ぎている。

 

「明石君の言うとおりだね、もうすぐ始まるんじゃないかな」

「いっけなーい、遅れたら神通さんに補習言い渡されちゃう!」

「響ちゃん、講習が終わったらまた来るからね!」

 

パタパタと保健室をあわてて駆け出すと、6駆は教室へと向かうのだった。

 

 

 

ちなみに、暁たちは講習には完全に遅刻してしまったのだが、

 

「3人とも響さんのところに、保健室に行ってたんでしょう? 本来なら補習ですけど大目に見てあげます。席についてくださいね」

 

教官役の神通は優しく微笑むと、責めることなく講習を始めるのだった。

鬼教官だの何だのと言われることはあっても、神通とて一人の女の子。

暁たちの心情が分からないわけがないのだ。

 

 

 

「大神さん、計測機器の準備が出来ました、響さんのヒーリングをお願いしますね」

「分かった、狼虎滅却――」

 

多数の計測機器が大神と響に照準を合わせセットされた。

明石の声にいつものように霊力を高め、必殺技を放とうとする大神、だが―

 

「あ、大神さん。今日はそれ、なしでお願いします」

「え?」

 

大神の集中力は途切れ、高めた霊力が霧散する。

 

「大神さんのヒーリング技って周囲に効果を及ぼしますよね。でも、思ったんですよ」

「思ったって何をだい?」

「周囲に拡散するヒーリングの力を一人に集中したら、より高い効果を発揮できるんじゃないかって」

「なるほど……」

 

確かに明石の言には一理ある。

 

「あと、大神さんの手から直接流し込んだ方が効果高いかと」

「今日はやけに注文が多いなあ、明石くん」

 

一理あるとは言っても、それが簡単に実行できるかどうかは別の話だ。

明石の注文にどう答えようか考えながら、大神は答える。

 

「そうですね、では大神さん、響さんの手を握ってください」

 

睦月に聞いた渥頼提督のことが大神の脳裏をよぎる。

渥頼提督に殺されたも同然の響、彼女に無遠慮に触れていいものかと大神は少し躊躇う。

 

「ええと。響くん、いいかな?」

「わたしは、私は構わないよ、大神さん。大神さんこそ艦娘の私なんかに触れていいのかな?」

 

遠慮がちに大神は響に手を差し伸べる。

響は一瞬嬉しそうな顔を浮かべるが、大神の遠慮がちな態度に僅かに傷ついたような目をする。

 

「もう、大神さん。ここはもっと力強く、です!」

 

そんな響の様子に明石はギュッと響の手を大神の手に押し付ける。

一瞬、響はビクリと手を震わせるが、やがて大神の手にそのたおやかな指を絡ませるのだった。

それはいわゆる恋人繋ぎと呼ばれるものである、だが勿論大神はそんなこと分からない。

 

「なるほど、この方がただ手を握るよりいいのかな」

「大神さん……」

 

明石は半ば呆れたような声をしている。

 

「それじゃ、響くん、明石くん、始めるよ」

「あ、はい! 計測準備もオッケーです!」

 

 

 

「狼虎滅却――」

 

大神の声とともに霊力が高まり、つなぎ合わせた手から響へと霊力が流れ込んでいく。

 

「あ……」

 

響の脳裏に、深海棲艦から助け出されたときの情景が浮かぶ。

 

 

 

どこまでも深く沈んでいく私。

 

 

 

一人昏き海の底へ沈んでいる私。

 

 

 

怨念に囚われ、自分の意思を失った私。

 

 

 

周囲には怨嗟の声を撒き散らすものたち。

 

 

 

自ら以外を憑き殺さんばかりに。

 

 

 

怖い。

 

 

 

こんな場所に居たくない。

 

 

 

助けて。

 

 

 

誰か、ここから私を連れ出して。

 

 

 

そう願っても、私は一人身動きすらとることも出来なくて、

 

 

 

いくら涙を流しても、それは昏い海にすぐ飲み込まれ消え去ってしまう。

 

 

 

そんな時、聞こえたのだ。

 

 

今、自分の手を握り締めている彼、大神さんの声が。

 

 

彼の剣閃が私を取り込んでいた深海棲艦を切り裂いたとき、

 

 

彼の思いが流れ込んできた。

 

 

すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う、という思いが。

 

 

その思いには一片たりとも邪な思いは含まれて居なかった。

 

 

そして、恐怖で怯える艦娘を救ったのだ。

 

 

ならば――なら、私も――。

 

 

そう考えるより早く、彼の思いと霊力が私を深海の呪いから解き放っていく。

 

 

怨念も怨嗟の声も聞こえなくなって、やがて彼の霊力で身体が、心がいっぱいになっていく。

 

 

暖かい白光に包まれて、わたしは、新しく生まれ変わる。

 

 

 

 

 

薄汚れた響じゃなくて、大神さんみたいな純白の艦娘として――生きたい。




もう少し先まで書こうかなと思ったけど文字数的に区切りがいい感じなので見切り発車、ちょっと修正するかもしれません。


あと世界観に結構踏み込んだ描写になったけど大丈夫かなあ。


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第三話 8 お買い物、そして(前半)

大神に霊力を流し込まれた響は、やがてゆらゆらと身体を揺らし始めた。

目はトロンとしており、無防備な言いようのない色気をかもし出している。

 

「あちゃー、霊力が大きすぎちゃいましたか。大神さん、ストップ。ストップです」

「分かった、明石くん。響くん、大丈夫かい?」

 

霊力の高まりを抑え、響から手を離そうとする大神。

しかし、響の指はしっかりと大神のそれと絡んでおり、そう簡単に離れそうもない。

 

「――やだ」

 

何より響が離してくれそうにない。

虚ろげな表情でも、はっきりと大神から離れたくないと意思を表し、更に指を絡める。

 

「参ったな、これから書類仕事がある予定だったんだけど」

 

言葉とは裏腹に大神は困ったような表情を見せない。

器用なことに大神から手を離すことなく、くたりと傾斜のついたベッドに倒れ込む響に優しげな表情を向ける。

 

「仕方ないですねー。後で私も手伝ってあげますから、今は響さんについていて下さいよ、ね?」

「分かっているよ、明石くん。書類仕事より響くんの方が大事だからね」

 

そうすることしばらくして、響の寝息が聞こえてくる。

大神と手を繋いでいるからか、響の胸元はむき出しとなっており若干寒そうに見える。

明石は響に布団をかけなおすと、椅子を動かして大神の隣に座った。

 

大神と手を繋いだ響は陰りのない実に安らかな、幸せそうな表情で寝ている。

彼女はいったいどんな夢を見ているのだろうか。

 

寝ている響を起こさないように声を潜めながら、二人は話し始めた。

 

「明石くん、響くんはいつごろ退院できそうなのかな?」

「そうですねー、明日中には大丈夫なんじゃないかと」

「そんなに早いのかい? 俺のヒーリングももう必要ないって事なのかな?」

「ええ、元々身体には何の問題もありませんでしたからね、唯一の懸念だったところも――」

「そういうことか」

 

二人は話を中断させ視線を交差させる。

それは間違っても響には聞かれてはいけない内容だからだ。

お互いの伝えたいところを目で会話すると、お互い一つ頷くのであった。

 

二人の懸念をよそに響の寝息は時に「大神さん……」と呟いている。

 

しばしの間、二人は響を見守る。

 

「大神さん。退院後の響さんのフォロー、お願いしますね」

「勿論だよ、明石くん。彼女たちの隊長として、出来る限りのことはやるさ」

「本当に?」

「明石くんは俺が信じられないのかい?」

 

自分でも少し卑怯な言い方かなと思いつつ、大神は明石に向き直って答える。

だが、明石の次の言葉は大神の予想を超えていた。

 

「だ、そうですよ、暁さん。良かったですね~、これで響さんの衣服を買う軍資金は問題ありませんよ~」

「え?」

 

言質を取ったとばかりに6駆が保健室に入ってくる。

いつの間に示し合わせたのだろうか。

 

「やった。明後日響の私服買いにいこうと思ってたのだけど、私たちのお財布の中身じゃ物足りなくて」

「でも、隊長さんもお金を出してくれるのなら全く問題ないわね」

「少尉さん、宜しくなのです」

 

やられた、と大神は天を仰ぐ。

だが、よくよく考えてみると、大神にとって給金の使い道はあまり多くない。

艦娘が自らを着飾りたいと言うのなら、それはそれでよいのではないか。

 

「ああ、構わないよ、暁くん」

 

それでも、女の子の買い物、しかも一式以上となればお金が飛ぶのは避けられない。

冷や汗混じりに大神は答えるのだった。

 

 

 

 

 

そうして、二日後、大神と6駆の4人は警備府近くのショッピングモールに来ていた。

 

深海棲艦が現れる前は、小さなスーパー以外は個人経営店しかなかったこの町だったが、

警備府が再建されるに従って、警備府の人員のためなどの店が集まる形でこのシュッピングモールが誕生したのだ。

 

ある意味皮肉な話でもある。

 

とは言え日本が大陸にほど近く、多数の艦娘を擁しているからこそ実現出来ている現状であるが。

 

「ほら、隊長! 早くブティックに行こう! 響にうんとかわいい服を見繕ってあげるんだ!」

 

笑顔で大神の腕を引く暁。レースに彩られた淡い橙色のワンピースがひらひらと翻る。

 

「もう、暁ったら、レディがそんなにはしゃいでどうすんのよー」

「今日はいいの! 響の快気祝いなんだもん!」

 

警備府の設立で街が活性化したのか、ショッピングモールを通る人通りは多い。

何人かの少年が、私服姿の可憐な暁たちの姿に振り返る。

そして、両手に花どころか、暁たち4人に囲まれた大神に敵意の視線を飛ばす。

 

「分かった分かった、でも、そんなに急がなくても響くんの服は逃げたりしないよ」

「そうだよ、暁。それに私は暁たち6駆の服を借りられれば問題なかったんだけど……」

 

響は体調は全く問題ないようにしか見えないが、久方ぶりに外に行くのだからと大神と腕を組んで歩いている。

大神にひっそりと寄り添う響の姿は、身長の差もあって兄妹のようにしか見えない。

響の要望としては違う形に見られることを望んでいたようだったが。

 

「何言ってるのよ、響。響は女の子なんだから、ちゃんと可愛くしないと!」

「そうなのです。今回は逃がさないのですよ」

 

今回と言うことは、前は逃げた実績もあったのだろう。

強張る響の背を冷や汗が伝う。

でも、今の響は少しばかり事情が異なる、だからこそここまでやってきたのだ。

 

と、喋っている間にブティックの前に到着する。

そこには、色とりどりの衣服がかけられていた。

 

「さー、響に合うお洋服を探すわよー」

「「おー」」

 

気勢を上げて、勢い込む暁たち3人。

一方――

 

「大神さん――大丈夫?」

「あはは……程々でお願いするよ」

 

財布の中身を確認して、6駆の全力に耐えられるか少しばかり心配になる大神であった。

 

 

そして――

 

暁たちは大量の衣服を見繕っていく。

響を着せ替え人形のごとく、次から次へと衣服を合わせる。

衣服の束が出来上がっていく様子に大神は冷や汗を流す。

 

と、周囲を見ると脱衣所から響が居なくなっていた。

 

「あれ、響くん?」

「ねえ大神さん、これは、どうかな?」

 

トテトテと歩きながら、響は一着の衣服を持ち歩いてきた。

珍しく響が選んだ衣服は薄手の白いブラウス。

 

「清楚な印象で響くんに合いそうかな、ただ――」

「ただ――?」

 

大神の言葉に一喜一憂する響。

続く言葉は何なのか、と。瞳が戸惑いに揺れる。

 

「薄手すぎるから肌とか下着とか、透けて見えてしまわないかい?」

「……大神さんの、えっち」

 

頬を紅に染め、胸元を腕で隠しながら響が呟く。

 

「いや、そんなつもりは!?」

 

慌てて否定する大神の姿に、クスクスと笑う響。

 

「じゃあ、大神さんが選んで?」

「いや、俺はこういうの良く分からないから店員さんに――」

「構わないよ。私は大神さんに選んで欲しいんだ」

 

大神の腕に抱きつきながら、上目遣いでお願いする響。

 

「分かった、気に入ってくれるものを選べるか分からないけど、不肖ながら全力で選ばせてもらうよ」

 

大神はハンガーラックに向かい、取った衣服を身に着けた響の姿を想像しながら、どの服が合うか考え出す。

女物の服を手に取る大神の姿は、一緒に店に入った暁たちの姿があったせいか不審者扱いされていない。

 

いや、先ほどの一部始終も聞いていたのだろう。

店員たちも、響たちも、全力で服を選び考えている大神の姿を微笑ましく見ている。

本来であれば、声をかけに来る店員たちも大神を見守っている。

 

店員に聞いて揃えてもらうのは確かに間違いはない、見栄えの良い物が買えるだろう。

けど、想い人が全力で自分のために全力で考え選んでくれたものはまた格別なのだ。

 

やがて大神は一着の衣服を選び出した。

 

それはフロントにフラワーレースが施されたチュニック。

 

「響くんの綺麗な銀髪に似合っていると思ったんだけど、どうかな?」

「うん、響に似合ってるじゃない!」

 

「お客様、良い選択を致しましたね」

 

暁たち以外にも、店員も大神の選択を褒める。

 

「そう、かな――?」

 

嬉しそうに顔をほころばせながら、服を掲げて身体に合わせる響。

パッと見でも、そのチュニックは響によく似合っていた。

 

けど、大神が選んでくれたという事実の方が、響には嬉しくてたまらなかった。




響ちゃん、『今は』幸せです。


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第三話 9 お買い物、そして(後半)

「♪~」

 

響が鼻歌を歌いながら、ショッピングモールからの帰途を足取りも軽やかに歩いていた。

服は暁に借りたものから、先ほど購入した一式の一つに着替えている。

 

その手の中には、先ほど大神が選んだチュニックを袋に入れられていた。

よほど大事なのだろうか、頬擦りさえも時折行っている。

 

「大神さん、私たちの分までありがとうなのです」

「構わないよ、電くんたちもお疲れ様だったね」

 

礼を口にする電たちの手の中にも衣服が入った袋が一つずつ。

響の服を購入した後に、彼女たちの分も一着購入したらしい。

その他の響のために購入した服は全て大神が持ち歩いている。

 

「ねえ少尉さん。荷物、私たちも持たなくて本当に大丈夫なの?」

「ああ、これでも鍛えているからね、これくらい問題ないよ」

 

かなりの量ではあるが、大神は軽々と持ち運ぶ。

 

「うーん、雷にも任せて欲しいのに……あ、そうだ!」

 

いい事を思いついたとばかりに雷が手をぽんと打つ。

そして、大神の前にくるりと歩み出た。

 

「ね、大神さん! 疲れて甘いもの欲しくなってきたでしょ?」

「ん? そうだね、言われてみるとちょっと小腹が空いてきたような気が」

「じゃあじゃあ、雷が少尉さんにたい焼きご馳走しちゃうね!」

 

そう言い放つと、雷たちは道を曲がり公園へと向かう。

そこには何件か屋台があり、その中にたい焼き屋もあった。

 

「お、久しぶりだねぇ、艦娘の嬢ちゃん!」

「おじさん、こんにちは!」

 

何回か通っていたのだろうか、主人と雷たちは顔見知りのようだ。

仲よさげに会話を交わしている。

 

「と言うことは、いつもの4つで構わないのかい?」

「♪~。いつもので構わないよ、あと大神さんは何が良いのかな?」

 

鼻歌交じりに響は返し、大神へと尋ねる。

それはあまりにも自然で、雷たちは違和感に気づかなかった。

 

「普通ので構わないよ。えーと、親父さん……」

「了解、いつもの4つと、ノーマルのたい焼きだね! あんたは新しく赴任したのかい?」

「はい、つい最近の話になります」

「そうかそうか、嬢ちゃんたちとも仲良さそうで何よりだ。嬢ちゃんの信頼を裏切ったり傷つけたりはしないでくれよ」

 

威勢のいい話し方と裏腹に、主人の瞳には真剣な願いがこめられている。

渥頼提督のことは街中にも噂が広まるほど有名だったのだろう。

 

「勿論です。俺は雷くんたちを傷つけたりはしません」

「そか。変な事聞いちまって悪かったな。はい、焼きたてのたい焼きだ! ホカホカで上手いぜ!」

 

雷たちは受け取ったたい焼きにパクリとかじりつく。

遅れて、大神もたい焼きにかじりつく。

 

「……! おいしいな、これは」

 

外側の皮はサクサクと歯ごたえがあり、中はモチモチとしている。

餡も甘すぎず、屋台で作っているものとは思えないほど上品で実に美味だ。

 

「でしょ、少尉さん! 警備府の皆のお気に入りなんだ!!」

「隊長さん、私たちのたい焼きも食べてみますか?」

 

電が食べかけのたい焼きを差し出す。

 

「いいっ! いや、それは……」

「どうしたんですか、隊長さん?」

 

電は気づいていないようだが、それは間接キスになる。

大神はあたふたと慌てだす。

 

「はっはっはっ! 少尉さん、男らしくないねぇ。嬢ちゃんほどの女の子が間接キスしても良いって言ってんだ。男冥利に尽きるってモノじゃないか」

「ええっ、少尉さんと間接キス…・・・なのですか?」

 

電は頬を朱に染めるが、それでも差し出したたい焼きを引っ込めたりしなかった。

 

「かー、妬けるねー!」

 

 

 

 

 

 

そうしているうちに、日没が近づいていく。

大神たちも街を後にし警備府へと戻っていった。

 

だが門の近くまで来ると、喧騒が聞こえてきた。

誰かが言い合って、いや、一方的にまくし立てているようだ。

 

「どうしたんだい?」

 

遠くからその喧騒をオロオロと見やっている衛兵に大神は尋ねる。

 

「あ、大神少尉 いえ、軍本部から来たという大佐が」

「それは俺の能力調査に来るって話だったよな、数日後のことじゃなかったっけ?」

「そうなんですが、今来たからすぐに大神さんを出せと、でなければ艦娘で接待しろと言い出しまして――」

「めちゃくちゃだな、それは――」

 

大神と衛兵が会話を交わしていると、大佐がこちらに気づいたのかドスドスと足音を響かせて向かってくる。

 

「大神少尉! 俺様を待たせるとはどういう了見だ!」

 

そして拳を振り上げ、殴りかかろうとする。

 

「やめてっ!」

「うるさいっ!」

 

大神に振るわれる拳を止めようと、響が間に入ろうとする。

が、大佐は軽々と響を振り払う。

 

響が持っていたチュニックの入った袋が地面へと落ちる。

が、響は目の前の大佐の姿を確認して凍りつく。

 

「渥頼……提督…………」

 

そこには、睦月が語った前任の提督、渥頼提督がいた。

 

「響か、響だなぁ」

 

大佐――渥頼提督もまた、響の姿を確認していやらしい笑みを浮かべた。

 

「ははっ、響だ。半信半疑だったがわざわざ本部から来た甲斐があった。本当に響が居るとはな」

 

記憶のない響が、目の前のいやらしい笑みを浮かべる男、渥頼提督のことを知る筈はない。

つまり、時折陰りを見せていた、響の不穏な様子は正しかったのだ。

 

――そう、響の記憶は――

 

「響、本当は記憶をなくしてなかったの? なら、ならどうして……」

 

響の服の袖を引っ張り、暁たちが問いかける。

だが、今の響には暁たちに答える余裕はなく、自らを抱きしめるように体を震わせる。

その表情は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「しらない……こんな人のことなんて知らない……」

 

やがて、響はその顔を両手で覆うと現実を拒否するかのように左右に首を振り始めた。

 

「しらない? 仮にもお前たちを指揮した提督を知らないとは酷い話じゃないか、また教導をしてやらないといけないな、響」

「!?」

 

嬉しそうに呟く渥頼の言葉に、響はびくりと大きくその身を震わせる。

そして素早く周囲を見渡すと、渥頼の視線から逃れるように大神の後ろへと隠れるのだった。

 

「大佐、響くんは数日前まで検査入院をしていたんです、彼女の体調を優先するべき――」

 

恐怖に震えながら大神の背中にしがみつく響の様子から、ただ事ではないと悟った大神は響を目の前の渥頼提督から離そうと試みる。

 

「少尉は黙っていろ! 大佐である俺様に口答えする気か!!」

 

確かに大神は隊長とはいえ、それは警備府内での話でしかない。

海軍の位階として比すれば、そこには新人少尉と大佐という大きな壁が立ちはだかっている。

 

「それにこんな売女、わざわざ庇ってやる必要もないだろう」

「大佐! 仮にも前線で戦う彼女たちをそんな呼び方は!」

 

仲間である艦娘を売女呼ばわりされ、大神の語気が荒ぶる。

 

「まあ、聞け少尉。 聞けばお前も、6駆も分かるはずだ、なぁ、響」

「やめて……お願い、やめてよ……」

 

大神の後ろに隠れる響から力なき声が発される。

 

「ふはは。そうか、ここに居る連中はお前の本性を知らないのか、なら教えてやるよ」

「お願いだ! 大神さんの、6駆のみんなの前で言わないで!!」

 

振り絞るような叫び声を放つ響。

だが、渥頼提督は響の叫びを聞くといやらしい笑みを更に深める。

 

「なんだ、響。いっちょまえに色気づきやがったのか」

「ち、ちが――」

 

顔を朱に染めて否定する響。

 

「だが、おまえにそんな自由があると思っているのか!」

 

が、渥頼の言葉に瞬時に青ざめる。

 

「あの時取引したはずだぞ、響。暁たち他の艦娘にこれ以上手を出さない代わりに、お前が身代わりになって全て引き受けると!」

「な、何ですって……」

 

思いがけず明らかになった事実に、暁たちの呆然とした声が響く。

 

「書類上だけ出向先に行く途中で轟沈したことにして、俺のモノになることを、一生奴隷になることを了承した筈だ! 響!!」

 

自分が、誰のものか刻み付けるように声を荒げる渥頼の言葉に響は震える。

 

知られたくなかった、何もかもなかったことにしたかった。

なのに――

 

「堕ちた不死鳥は、もう二度と飛べないの?」

 

響の頬を涙が一滴、零れ落ちる。

 

「全く、あれだけじゃ足りなかったぞ。お楽しみはこれからだったのに、本当に轟沈しやがって、この役立たずが!」

 

そう言うと、渥頼は地面に散らばった響の衣服の一つを引き裂く。

それはつい先ほど、6駆と大神が響のためにと購入した衣服。

 

『響くんの綺麗な銀髪に似合っていると思ったんだけど、どうかな?』

『うん、響ちゃんに似合ってるじゃない』

 

響に似合うと、大神が選んでくれたチュニック。

それが、無残に引き裂かれただの布切れと化す。

 

「やめて!」

 

新しく出来た思い出の品を引き裂かれ、響は渥頼の前に飛び出す。

が、それは渥頼の思う壺。

 

「まあ、でもいい。ここで響、お前を回収すればいいだけの話だ。お前の所属はまだ決まっていないのだからな」

「あ……」

「来い、響!」

 

舌なめずりをすると、渥頼は響へと手を伸ばし、その銀髪に触れようとした。

 

「待て!」

 

しかし、大神が両手を広げ二人の間に割って入った。

響をその背に庇い、渥頼の手を跳ね除ける。

 

「何をしてやがる大神少尉。そこを退け!」

「断る!」

「俺が言ったことが聞こえなかったのか。こいつは、響は、メス扱いで構わないんだよ!」

 

渥頼は跳ね除けられた手を握り締め、拳を大神へと振るう。

 

「違う! 彼女は、響くんは、共に戦う仲間だ!!」

「大神――さん――」

 

響の涙声が止まり、しゃくり上げる声も小さくなっていく。

そのことが渥頼には気に食わない。

 

「新人少尉風情が! 艦娘などは人間以下で、俺の奴隷で構わないんだよ、そんな事も知らないのか!」

 

二度三度と拳が振るわれ、殴られた大神の唇から血が滲む。

 

「隊長!」

「少尉さん!」

「「大神さん!」」

 

だが、響を庇う大神は一歩たりとも引き下がらない。

 

「貴方こそ勘違いしていないか! 貴方の任務はもともと俺の能力調査だった筈、彼女たち警備府の艦娘に手出しする事は任務外の越権行為だ!」

「なんだと……」

 

数多くの戦いを経験した大神の眼力に渥頼は気圧される。

艦娘を机上で指揮したことしかない渥頼とは潜り抜けた修羅場が違う。

大神が一歩歩みだす度、渥頼は二歩以上踏み下がる。

 

「それに今、艦娘に対する恣意的な行為は禁じられている! そんなことも貴方は忘れてしまったのか!」

「くそ、言ってくれるじゃないか!」

 

更に一歩引き下がった渥頼は通信機を取り出すと、通信を始める。

 

「比叡! 山城! 加古! 龍驤! 千歳! 千代田! お前たちの出番だ! 戦闘準備をしろ!!」

『提督、何を言っているのですか?』

「うるさい! 任務のためだ、用意をしろといっている! 実弾を装填しろ!!」

 

それは自らに帯同させ、沖合いに待機させてきた艦娘たちへの戦闘指示。

 

「大神少尉! 望みどおり、お前の能力調査をしてやるよ! 実戦形式でな!!」

 

 

 

 

 

「お前の能力が期待はずれだったときは、無駄足を踏ませた代償に響は回収していくぞ!」

 

 

渥頼提督の哄笑が響き渡る。

 

「もっとも大神、お前が尊重したがってる艦娘を斬ることが出来たらだがな!」

 

艦娘との無益な、だが負けられない戦いが始まる。




渥頼提督大ハッスル。

あと響提督の方ごめんなさい、こればっかりはマジで反応が怖いです。
もう一度ごめんなさいと言わせて頂きます。

それと、大神さんの口調が荒めになっていますがわざとです。
本来は上官に対しては敬語であるべきなんですが、敬語にすると伝わらないかなと思ってあえて崩しました。


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第三話 10 益なき戦い

夕日が水平線に近づく頃、比叡たち6人の艦娘たちは沖合いから警備府へと向かっていた。

その表情は重い。

 

なぜなら、その相手は人間一人。

間違っても一艦隊で立ち向かうような相手ではない。

 

「こんなの、沈んだ金剛お姉さまに誇れないよ……」

「比叡さん……」

 

いつもは明るい加古や千歳たちさえも声色が沈んでいる。

そして、警備府に近付いた頃。

 

 

一隻のボートに乗った男――大神の姿が警備府の港外にあった。

 

「どういうこと?」

 

警備府からの報告では、大神は水上戦闘は出来なかった筈だ。

だから、艦娘とペアになって居る筈なのに――

 

疑問に思う比叡たちに渥頼からの通信が届く。

 

『訓練済みの艦娘とじゃ、艦娘の力か大神少尉の力か分からないからなぁ』

 

いやらしい、そして実に楽しそうな声だ。

 

『検査が終わったばかりの響と組ませようとしたんだが、あの馬鹿、病み上がりの響に無理はさせられないと断りやがった』

「そんなの――」

 

戦闘にもなりはしない。

艦娘なしで人間が深海棲艦に立ち向かえなかったのと同じように。

 

『さあ、お前ら! 戦闘開始だ!!』

「――っ」

 

これから行うことの情けなさに誰かが唇を噛み締める。

だが、命令は命令なのだ。

 

「艦載機のみんな……お仕事や」

 

龍驤たち空母から艦載機が発進する。

心の中で直撃はさせないでと念じて。

 

「狼虎滅却 疾風迅雷!」

 

しかし、大神は負ける気は毛頭ない。

近づいた艦載機たちに光の嵐が浴びせられる。

 

「マブシイ マブシイ」

「セントウフノウ セントウフノウ」

 

それでも艦載機の妖精に気遣ってか、それは雷撃ではなく、ほとんどただの光。

眩い光を浴びた艦載機は一機たりとも撃墜することなく、それでも一時的に視界を失い戦闘不能状態に陥ったことにして龍驤たち空母の元へフラフラと帰還する。

 

「あんた――」

 

龍驤がその様子に呆けたような表情をする。

この状況下で妖精にまで気を使うなんて、どこまでお人よしなのか。

あのクズ、自分たちの提督よりもよっぽど好感が持てる。

 

出来ればこのまま戦いたくはない。

こんな戦闘形式で調査しなくても、今のだけでも確認結果としては十分すぎるではないか。

むしろ、陸上でどういうことが出来るのか一点一点調査するべきじゃないのか。

 

「提督はん――、こんな無駄な戦闘やるより――」

『うるさい、艦娘程度が口出しするな! 戦艦たち、砲撃しろ!』

「――分かりました」

 

苦虫を噛み潰したような表情の元、戦艦たちの主砲が狙いを定める。

ただのボートに乗る、好感を持てそうな人間に。

 

「――違う」

 

自分たちはこんなことのために、生まれたんじゃない、ここに来たんじゃない。

その想いが照準を曇らせる。

 

轟音と共に艦娘用の35.6cm砲の砲弾がボートの脇に着弾する。

着弾の衝撃と水圧でボートが揺れ、ミシミシと音を立てて船体が悲鳴を上げる。

 

『お前ら! そんな至近距離で外すとはどういう――いや、そのまま続けろ!』

 

次々と大神のボートに至近弾が降り注ぐ。

その度にボートは大きく揺れ、大神は必死に船上でバランスを取っている。

海水を何度もかぶり、髪は大きく乱れていた。

その様を見て千歳が呟く。

 

「こんなの――」

 

嬲り殺しではないか。

 

言葉に出さなくても比叡たち全員そう思っていた。

 

せめて一思いに決着をつけるべきじゃないか。

そう考えた加古が腕の連装砲を構え大神に肉薄しようとする。

だが――

 

「せいっ!」

 

神刀滅却が煌き、連装砲の砲身が切り落とされる。

近距離で目にする大神の瞳には炎がいまだ宿っており、負けるつもりなど毛頭ないことが分かった。

その意志の強さに加古は引き込まれそうになる。

 

『バカ野郎! 長距離砲バカスカ撃ってりゃいいんだよ、重巡は引っ込んでろ!』

 

そうして、35.6cm砲が再び撃ち込まれる。

 

 

 

 

 

「翔鶴ねえ、離して!」

「瑞鶴、ダメよ! 目を付けられてしまうわ!」

 

その理不尽な光景を目にして、頭に血が上った瑞鶴が戦場に割り込もうとする。

瑞鶴の身を案じた翔鶴が必死に制止する。

 

「けど、あんなの。あんな理不尽なの見てられないよ!」

 

大神にそれほど親近感を抱いていない瑞鶴でさえそうなのだ。

それは警備府の艦娘全員の想いといってもいい。

 

「理不尽でも提督が決めたことだから、艦娘は従わなくちゃいけないの! 分かるでしょ、瑞鶴」

「でも! それじゃ司令官は? 司令官はどうしちゃったの?」

「龍田と天龍が呼びに言ったわ。でも、安静状態のあの人を連れてくるにはまだ時間が――」

 

艦娘たちの声が飛び交う中、響は、震える身体を必死に押さえながら、大神の姿を見ていた。

 

一部の艦娘には響に目をやるが、知ってしまった事情が事情だけに首を振り、言葉を濁す。

 

その視線を響は感じていた。

大神なら大丈夫かもしれないと甘えてしまった。

その結果が今の現状だ。

 

渥頼提督の出した条件の中、あの戦場に問題なく入れるものは響しか、自分しかいない。

 

だけど怖いのだ。

昏き海の底へ沈んだことが。

 

生まれ変わったんだと、そう思っても結局自分は堕ちた不死鳥で。

渥頼提督に純白の艦娘じゃない、薄汚れた響なんだとそう気づかされて。

そして、生まれ変わった後も薄汚れた響になるんだ。

 

諦めが響を満たそうとしたその時、大神の言葉が脳裏に蘇った。

 

 

『違う! 彼女は、響くんは、共に戦う仲間だ!!』

 

 

「……そうだ」

 

 

大神さんは、私を庇ってくれただけじゃない。

 

 

最初から共に戦う仲間だといってくれたではないか。

 

 

なのに、良いのか。

 

 

こうして、彼の戦いを見ているだけで良いのか。

 

 

彼が一人嬲り続けられているのを見ているだけで良いのか。

 

 

「そんなの――」

 

 

良い筈がない。

 

 

震える足を二度叩き立ち上がる。

 

「響ちゃん? なにを……」

「艤装、展開」

 

いつもは口にしない言葉を、あえて口にする。

明石の検査で問題ないといわれた通り、艤装が展開される。

 

「大神さん……」

 

立ち上がってもなお震える身体に活を入れようと頬を叩き、一歩踏み出す。

――二歩目は自然と歩みだしていた。

 

「大神さんーっ!」

 

叫びながら響は駆けだす。

ほとんど沈みかけているボートの上に立ち、それでも戦意を失わない大神の元へと。

 

「響くん!?」

 

幾重にも浴びた至近弾の余波で、大神は海水にまみれ、軍服は破れ血すら滲んでいた。

それでも、響は構わず大神に抱きつく。

 

「響くん、こんなところに来て大丈夫なのか?」

「だって、私は仲間だから……大神さんと一緒に戦う仲間だから!」

 

涙混じりに響が答える。

 

「そうか……響くん、いいかい?」

「勿論だよ、大神さん」

 

響の身体に大神の手が優しく回され、足の艤装へと足を引っ掛ける。

直後、大神の乗っていたボートが響に大神を託し、役目を終えたとばかりに海中に沈んでいった。

 

「ありがとう、大神さんを守ってくれて」

 

同じ想いを共にした仲間に一瞬の祈りをささげる響。

そして、大神と共に響は海上を駆け始める。

 

例え、私が翼をもがれた不死鳥だとしても、堕ちた不死鳥だとしても――もう構わない。

 

『ほう、震えて出てこないと思ったが、少しお仕置きが必要なようだな。比叡! やれ!!』

「……はい」

 

「響くん!」

 

比叡の照準を感じた大神が瞬時水面に片足をつける。

 

「はい、大神さん!」

 

大神の片足を支点に響は高速旋回し、比叡の砲弾をかわした。

 

大神の意思が、行動が分かる。

 

軽やかに二人は、比叡たちの砲撃を、再開される龍驤たちの爆撃をかわしていく。

それは、まるで水上を舞う二人のワルツ。

 

「どうして!? どうしてこんなに当たらないの?」

「もう、何なのよ!?」

 

比叡の、山城の戸惑いの声をよそに二人の舞は加速していく。

指が紡ぎ合い、足が触れるたび、二人の心は交差していく。

 

『何をしている! 戦艦が! 空母が! 駆逐艦に翻弄されてるんじゃねえ!!』

「ボンクラは黙っとき! 分かっとる、わかっとるけど当たらんのや!!」

 

龍驤たちの喧騒をよそに、響は更にその身を大神に寄せる。

指先から伝わる大神の着地点へと足を差し出すと、果たして感じた通り大神が自らの艤装に着地する。

そのことがとても嬉しくて、戦いの中だと言うのに楽しくて仕方がなくて。

 

「大神さん――」

「響くん――」

 

大神と視線が交差するたびに気持ちが満たされていく。

身体が初めて自覚する自らの霊力、そして大神の霊力に満たされていく。

暖かさに心が包まれる。

 

『悪足掻きしてるんじゃねえ! 響!!』

 

もう渥頼の怒声にも心が動かされることもない。

 

ここに大神さんが居て、大神さんが私を見てくれる――

 

共に戦っている――

 

それだけで――十分なのだ。

 

「大神さん――変なんだ。こんなの初めてなんだ。気持ちで胸がいっぱいで、力に満ち溢れて――」

 

響の、戸惑いを含んだ声に、大神は響の現状を察する。

 

「響くん、大丈夫だ。俺がリードする。俺を信じて、俺に身を任せてくれ!」

「大神さん――はい」

 

大神の声に頷く響。

傍から見ても二人の心は通じ合っているのが見て取れた。

 

それが比叡たちには信じられないほど眩しく見える。

 

「どうして、人間と艦娘がそんなに心を通じ合えるの?」

 

誰かが呆然としながら零す。

 

なんで、彼は艦娘をそんなに気遣えるのか、

なんで、響は大神をそんなに信頼できるのか、

何よりも――なんで私たちを指揮するものが大神でないのか。

 

羨望に気を取られ、砲撃が、雷撃が一瞬停止する。

そして大神たち二人の合わさった手が比叡たちへと伸ばされた。

 

 

「雲間は開け、光降り注ぎ!」

 

 

大神の右手が天を指差す。

途端、雲の間から光が差し込みスポットライトのように大神と響を照らす。

 

 

「水はいつしか流れ、冬の終わりを伝える」

 

 

響が海を指差すと水が渦巻き、まるで舞台のように整えられる。

 

 

「「聞き届け、命の鼓動!」」

 

 

二人の周囲を散り始めた桜が舞う。

大神の頬に張り付いた桜の花びらを、響は笑って背伸びすると大神の頬にキスするかのように唇に咥え取り去る。

それは砂糖菓子のように甘く甘く響には感じられた。

 

響が満面の笑みを大神に向ける。

 

 

「「凍え閉ざされた地にも春は訪れる!」」

 

 

二人の声と共に、霊力が最高点にまで増幅される。

 

 

「「Половая зрелость(春の目覚め)!!」」

 

 

響と大神を中心に霊力が膨れ上がり、純白の光を帯びて爆発するかのように拡散した。

霊力の嵐に包まれ、比叡たちの視界が奪われる。

 

「きゃあーっ!」

「な、なんなんやー!?」

 

純白の霊力の嵐は比叡たち6人の艦娘を巻き込むのであった。

そして、比叡たち自身、そして艤装の妖精には傷一つ付けることなく彼女たちの戦闘力を奪う。

 

純白の霊力の嵐が収まったとき、力なく膝を突く比叡たちの姿があった。

 

『何していやがる! 立て! 立ち上がって戦え!!』

 

渥頼は怒りのままがなり立てるが、もはや比叡たちに戦う力はひとかけらたりとも残されていない。

 

 

 

決着はついた。




響との合体技発動。
戦いの中なのに二人の世界作りすぎなのはサクラ大戦のいつもの伝統です。
でも、精神攻撃っぷりが足りなかったかも。


しかし、これを全艦娘×2用意するのか(全部使うかどうかはさておき)
はっきり言おう、死ねるな自分。

と言うことでちょっと活動報告でアイデア募集をしてみようかと(チラッ


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第三話 終 せめてよき眠りを

夕日が水平線に隠れだす頃、警備府港での戦いは終わりを告げた。

 

「大神さん、大丈夫?」

 

心配そうに見上げる響に大神は笑って返すが、ところどころ傷つき血の滲んだ大神を放っておけるわけがない。

とは言え、今回提督の命令でこそ対峙こそしたが、力なくしゃがみ込んでいる比叡たちも放っておけない。

 

「暁」

「任せて、響」

「隊長さん、響、お疲れ様。あとは私たちに任せていいのよ」

 

響は気心の知れた6駆の仲間に声をかける。

心得たとばかりに暁たちは他の駆逐艦たちと共に比叡たちを助けに向かおうとする。

 

だが、この状況を認められない人間がまだ一人だけ残っていた。

 

「立てよ! 俺が立てって言ってるんだよ!」

 

岸壁で地団太を踏む渥頼。絶えず比叡たちに罵声を浴びせている。

海面に膝を突きながら、比叡たちは悔しそうな表情をしていた。

 

「そこまでじゃ、渥頼」

 

と、ようやく司令部から、天龍と龍田に付き添われて司令官が現れた。

 

「司令官、外に出られても大丈夫なのですか?」

「済まん、ワシがこんな身体のせいで無理をさせたようじゃな」

 

二人に支えられて歩く司令官。

 

「分かったじゃろ、渥頼。大神少尉が如何に稀有な存在であるか」

「――くっ! ……死にかけのジジイがでしゃばりやがって」

 

流石に公に上官に対して暴言を憚られるのか声を小さくする渥頼。

 

「まともな調査機材も持ってきておらんのじゃろう。明石が調査したデータが嘘偽りでないことが分かったのなら出直すのじゃな」

 

確かに大神の成してきた事は、知らない人間から見れば嘘偽りを疑っても仕方がない。

だが渥頼は司令官の言葉に図星といった表情をしていない。

自分たちの地位を脅かしかねない大神を抹殺するためだったのか、渥頼は口にしようとしなかった。

 

「覚えて居ろよ、大神。この屈辱は必ず晴らしてやるからな」

 

そう吐き捨てると、渥頼は一人警備府を後にしようとする。

 

「渥頼大佐。彼女たちは、比叡くん達はどうするんだ?」

「知ったことか、そこらへんで適当に夜を明かしてから明日戻って来い!」

 

その言葉を最後に渥頼提督は警備府を去って行った。

 

暁たちに曳航されて、港に力なく座り込む比叡たちを残して。

 

「大神さん、そのままだと傷口が化膿しちゃいます。手当てしないと――」

 

救急箱を持って明石が大神に駆け寄る。

 

「いや、明石くん俺のことは後でいいよ。それより――」

 

大神は明石を制止すると、比叡たちに歩み寄る。

 

比叡たちは近寄る大神の様子に困惑と僅かばかりの恐怖をあらわにした。

 

相手は響とあれほど心を通じ合っていた人間。

とは言え、先程まで敵対しあれ程砲撃を浴びせ傷つけた人間でもあるのだ。

当然の報いかもしれない、けど何をされるか分からない。

 

そして、比叡たちを見下ろすまでに近寄った大神が声を発した。

比叡たちは思わず目を閉じる。

 

「狼虎滅却 金甌無欠」

 

が、大神から放たれたのは優しい光。

失った力が見る見るうちに回復していく。

 

驚きに大神を見上げる比叡たちに、大神は手を差し伸べる。

 

「命令とは言え、さっきはすまなかった、比叡くん。ここで良ければ休んでいってくれ」

「……ごめんなさい……ごめんなさい!」

 

涙を滲ませながら比叡が、山城が、次々に謝罪を口にする。

日が沈み、夕闇に染まる中のことだった。

 

 

 

 

 

そして夜の帳が下りた頃、

 

「暇だな」

 

大神は自室で暇を持て余していた。

いつもであれば警備府の見回りをする時間であるのだが、今晩は明石によってドクターストップ。

早々に休むように言われたのだが、まだ眠気は襲ってこない。習慣とは恐ろしいものである。

 

とは言え、自室で鍛錬などしたことが明石にバレたら何を言われるか分かったものではない。

就寝時間までどうしたものか、思い悩む大神。

 

「大神さん」

 

と、ドアの外から大神を呼ぶ声が聞こえる。

どうせ眠れないのだからと、大神はドアを開けて迎え入れる。

 

「響くん?」

 

それは今日買ったばかりのパジャマに身を通した響であった。

水玉模様にナイトキャップが愛らしい。

 

「どうしたんだい、こんな時間に。疲れているんだから早く寝た方が良いんじゃないかな?」

「うん、そうなんだけど……」

 

響の答えは歯切れが悪い。

何か言いにくいことがあるのだろうか。

 

「みんな早々に寝てしまったんだけど、みんなの寝息が聞こえてきたら、一人で寝るのが怖くなってしまって……」

 

無理もない。今日は響にとっていろいろな事がありすぎた。

響が寝入るまで誰かが見ているのがいいのだが、寝入った暁たちを起こすのは気が引ける。

 

「良ければ俺のベッドを使うかい? 響くんが寝るまで見ていてあげるよ」

「そんな、そうしたら大神さんはどこで寝るんだい?」

「そこの椅子で寝るさ」

 

大神の指差した椅子は、ただのデスク用の椅子だった。

間違っても寝るためのものではない。

 

「ダメだよ、それじゃ大神さんが休めない。ごめんなさい、やっぱり部屋に戻って寝るから」

「眠れないんだろう? 俺のことは気にしなくても良いよ」

 

そうは言っても、大神を椅子で寝させるなんて出来るわけがない。

しばしの間考え込む響だったが、やがて、おずおずと話し出した。

 

「そ、それじゃあ……一緒に寝てくれないかな?」

「え? 流石にそんなわけにはいかないよ。響くんだって――」

「大丈夫、だよ、大神さんなら。それに、大神さん言ったじゃないか、『俺を信じて、俺に身を任せてくれ』って」

「それは……」

「大神さんには、もう身を任せたんだもの。寝ることくらい……どうってことないよ」

 

そして、二人は一つのベッドで夜を共にするのであった。

響が寝入るのを確認すると、大神にも睡魔が襲ってくる。

そのまま睡魔に身を任せ、大神も瞳を閉じた。

 

 

しばらくして――

 

 

 

 

 

「……大神さん?」

 

 

 

 

 

「隊長……隊長さん……少尉さん……やっぱり大神さんが良いかな」

 

 

 

 

 

「……聞こえてないよね? 大神さん?」

 

 

 

 

 

「大神さん……  ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、比叡たちを見送って、しばしの平穏を取り戻した警備府。

 

だが、事態は絶えず揺れ動いている。

 

 

 

やがて、一通の、大神宛の命令書が届くのであった。

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

研究部隊からの出頭命令を受ける大神さん。

私たち艦娘の心配をよそに、大神さんはお土産を約束して警備府を留守にした。

訓練に身が入らない私たち。神通さんの叱咤もどこか元気がない。

そんな中、警備府を訪れる一人の軍人。

大神さんと思って迎えた私たちの前に現れたのは――

 

次回、艦これ大戦第四話

 

「彼の居ない警備府」

 

暁の水平線に勝利を刻むよ。

 

 

「Я хочу встретиться(会いたいな)」




昨日の合体攻撃で精神的に疲れてしまったので今日は短めです。

次話は少し間を空けることになるかと思います。


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第四話 彼の居ない警備府
第四話 1 献体命令


ある日の警備府の昼食時。

 

 

午前の訓練を終えた艦娘たちは昼食を食べながら何処かそわそわしていた。

 

 

大神が司令室に呼び出され、まだ食堂に現れていないからだ。

 

 

響を取り巻く一連の騒動が終結し、警備府には大神に隔意を持つ艦娘は居なくなった。

 

いや、全員が好感を抱いているといってもいい。

 

 

「大神さんがずっと隊長だったらいいのにな」

 

 

だが、大神を待つ吹雪の独り言で気付いてしまったのだ。

 

 

大神は新人少尉としては短い間に華々しい戦果を残している事に。

 

深海棲艦の襲撃を受け負傷した司令官に代わっての警備府の防衛。

 

単騎による戦艦級の撃破。

 

近海の深海棲艦の一掃。

 

 

それに彼自身が持つ異能。

 

艦娘に匹敵する戦闘力。

 

艦娘を無傷で庇った防御力。

 

高速入渠剤入らずの回復力。

 

そして響と共に放った、戦艦を多数含む大艦隊を一撃で根こそぎ戦闘不能に追いやった攻撃。

 

 

人選はともかく、大佐が直々に調査に訪れたことを考えても、海軍が並々ならぬ興味を持っていることは明らかだ。

 

そんな大神を、警備府の臨時隊長としてずっと配置しておくだろうか。

 

考えだすと、艦娘たちの中で不安が渦巻いてしまう。

 

「大神さん以外の人なんて……」

 

吹雪と同じく大神を待つ響が呟く。

海軍に所属する艦娘として最後こそ言葉を濁したが、そこに込められた意は明らかだ。

 

大神自身のことを考えれば間違いなくよいことなのだが、俄かには認められない。

 

食堂が静まり返り、重い空気に満ちる。

 

 

「ごめんみんな、遅くなった」

 

そこに大神が一通の封書を持って食堂に現れる。

 

 

まさか、本当に。

 

 

「大神さん!」

「隊長!」

「大神隊長!」

「隊長さん!」

「少尉さん!」

「少尉!」

 

響をはじめとして、不安に駆られた艦娘たちが大神に殺到する。

 

「うわっ、どうしたんだい、みんな?」

 

艦娘に詰め寄られて、慌てる大神。

 

「大神さん、その封書は何なんですか?」

 

不安そうな表情を隠そうともしない吹雪が大神に尋ねる。

 

「ああ、これかい。こないだのがまともな調査にならなかったからね。改めて研究部隊での調査に応じるように、と書かれた命令書だよ」

「見せてもらってもいいかな」

 

大神の返事を待たずして、響が大神の手から封書を取り上げ中身を確認する。

吹雪たちも横から中身に視線を向ける。

 

「確かに研究部隊での調査命令だけど――」

 

だが、一言一句詠み解いていくと、そこには『献体を命ず』と言う表記が成されていた。

その表記が響たちの不安を煽る。

 

本来であれば『検体』でないとおかしい。

献体だなんて、まるで大神さんを解剖するかのような――

 

「期間は、期間がかかれてないよ……」

 

仮にも隊長として実務についている者を長時間拘束するのだ。

無期限だなんてありえない筈だ。

 

どういう意図なのだろうか。

 

悪い想像ばかりが加速して、響は半ばパニックになる。

 

 

「う、嘘だ……」

 

 

そして、最後にその研究部隊名を確認して絶句する。

 

 

 

 

 

研究部隊の名は731部隊と書かれていた。




出だしだけなので短いです。
長さが安定しなくてすいません。

あと、研究部隊名は艦娘の不安を煽るため選びました。
特段の意図などはありませんので、ご承知置きください。


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第四話 2 いっちゃ、やだ

数日後、大神の姿は駅上にあった。

着替え等を旅行鞄につめて。

 

艦娘たちはほぼ全員が大神を見送りに着ている。

調査のためだし、そんなに長くはならない筈だ、必要ないよと大神が気楽に構えても、艦娘が言って聞かなかった。

それは響の為でもあった。

 

「大神さん、危険なんだよ」

「そんなことないって、731といっても陸軍と海軍で違うし時代が違う、偶然の一致だよ」

 

「大神さんは自分のことに無頓着すぎる」

「君たち艦娘の方がよっぽど重要じゃないか。君たちの代わりになるのなら、俺くらい」

 

「深海棲艦が現れたらどうするの?」

「司令もだいぶ回復してきたし、そもそも警備府の近海の深海棲艦は一掃したからね。再掃討が必要になる前には帰ってくるよ」

 

心配する響が大神と顔を合わせるたび、彼を翻意させようと話しかけるが一向に効果はなかった。

 

「もう、大神さんなんか知らない」

 

しまいには云うことを聞いてくれず、警戒しない大神に響は拗ねてしまったのだ。

このまま喧嘩別れさせるのは不味いのではないか、そう思った艦娘たちが響を連れ出す名目として見送りに来たのだ。

 

「もう、みんな。そこまで盛大にしなくても良いのに。ただの出張のようなものだって」

 

そう苦笑いする大神。

確かに、響の心配のしすぎなのかもしれない。

 

「それじゃ、みんな。しばらくの間警備府を頼むよ」

 

そう身を翻そうとする大神。

 

大神に対し拗ねていた響は言葉をかけることなく大神を見送ろうとした。

けど、命令書の文面が一抹の不安をずっと響に与えていた。

 

身を翻す大神の姿をみて、瞬時、何故か、響には猛烈に嫌な予感がした。

 

ここで別れたら、もう二度と『隊長』と会えなくなる。

 

大神さんに会えなくなる。

 

そう考えたら響は自然と歩を進め、大神の服の端を握っていた。

 

大神が行ってしまわぬよう、離れてしまわないよう。

 

「響くん?」

「……やだ」

 

困惑する大神に、搾り出すような響の声が届く。

 

「いっちゃ、やだ」

「えーと、手を離してくれないかな? 響くん」

 

こんなのただのわがままだ。軍に属する艦娘がして良いことじゃない。

大神さんを困らせちゃだめだ。

けど――その手を離せなかった。

 

離したくなかった。

 

「おおがみさん……」

「分かった、響くん。約束するよ、必ず戻ってくるって。そうしたら、またたい焼きを食べに行こう」

 

大神は目線を響のそれと合わせると、瞳を覗き込む。

そして、響の手を取ると指きりをして約束をするのであった。

 

ようやく頷き手を離す響。

 

と、列車の出発の合図がなる。

 

「それじゃ行ってくるよ、みんな」

 

その声を最後に大神は警備府を後にした。

 

 

 

 

 

駅から特急に乗り、更に新幹線へと乗り換え大神は東京へと向かう。

ワゴン販売で購入した弁当とお茶を昼食に取り、移り変わる景色に何気なく目をやる。

列車の振動は少なく、車窓から見える景色は色合いも豊かだ。

ここまで快適な電車の旅は経験したことがない。

 

徐々に僅かな眠気が大神を遅い、ゆらりと力なく頭が揺れていく。

 

それは、大神が警備府に着任したときのようで。

 

だから、心のどこかで思ってしまったのかもしれない。

 

もしかして、

 

もしかしたら全て夢で、目が覚めれば、帝劇に戻ってしまうのではないか――と。

 

そう頭を過ぎった大神の脳裏に、少女の姿が浮かぶ。

 

『やだ――』

 

自分の服の裾を掴み制止する少女。

 

『いっちゃ、やだ――』

 

行かないでと懇願する涙目の少女、響の姿が。

 

「――!」

 

先程まで感じていた眠気は瞬時に霧散し、大神の意識は覚醒する。

何を馬鹿なことを考えていたんだと、頭を軽く二度振る。

 

「響くん――、そうだな。約束したんだもんな」

 

自らを戒めるように大神は軽く頭を叩くと、眠気覚ましにコーヒーを頼むのであった。

 

 

 

場所は変わって警備府の食堂、6駆が一つのテーブルを囲んで食後のお喋りに勤しんでいた。

 

「――」

「――響ちゃん?」

 

元々口数が少ないとは言え、響が急に黙ってしまうのを見て暁が声をかける。

 

「響ちゃん、どうしたの?」

「――ううん、なんでもない」

 

暁たちの方に向き直ると、響は普段どおり話を始める。

胸のうちにあった嫌な予感は、まだなくならない。

でも、それは少し小さくなっていた。

 

 

 

そして、大神を乗せた新幹線は東京駅に到着し、大神は自らの知る東京駅とは全く異なる地下迷路に悪戦苦闘しながら、待ち合わせ場所である丸の内南口改札前へと辿り着いた。

海軍の軍服を着た大神の姿は目立つらしく、傍を通る人たちの視線が大神へと向けられる。

 

「やり辛いなあ」

 

駅の人通りは多く、その過半の視線を向けられて大神は困惑する。

余裕を持って辿り着けたのは良いが、指定の時間まで未だ30分はある。

どうしたものかと考える大神だったが、そんな大神に背後から声がかけられる。

 

「大神様ですね」

 

振り返る大神の目に映ったのは、中肉中背の男。何処かで聞いたような声。

軍服は着用していないが、遣いの者だろうか。

 

「はい、自分が大神です。失礼ですが貴方は?」

「失礼しました、自分は花小路家の者です。大神様を迎えに参りました」

 

恭しく大神に一礼を取ってみせる男、それは堂に入っていた。

だが自分を迎えに来るのであれば、731研究部隊の者の筈。

 

「人違いではないでしょうか、自分は軍務中ですので」

「いえ、大神少尉。貴方様で間違いありません。これをご覧ください」

 

男は懐から書状を取り出し、大神に見せる。

そこには大神に対する花小路頼恒邸への出頭命令、海軍大臣 山口和豊の名で出されていた。

 

「花小路伯爵、山口閣下……」

 

二人とも自分の知る、よく知っている人物だ。

彼らが居なければ、自分が帝國華撃団で隊長をすることも、巴里華撃団の隊長をすることもなかっただろう。

 

「二人ともここにいるというのですか?」

「質問の意味がよく分かりませんが、花小路様なら邸宅に居られます」

 

一瞬躊躇う大神だったが、命令書は間違いなく本物。

発行された日付もこちらの方が近日だ。恐らく新規の命令が発行されたのだろう。

 

「分かりました、案内宜しくお願いいたします」

 

そして、大神を乗せた車は東京駅を速やかに離れる。

数十分後、軍用の車が東京駅を訪れるが、無論そこには大神の姿はなかった。

しばしの間大神の姿を探し、やがて、携帯で警備府へと通信を行う。

 

 

 

その頃司令は龍田を秘書に仕事を終え、カウンターバーで艦娘と共にグラスを空けていた。

飲み足りないとばかりにグラスに継ぎ足そうとするが、龍田が押し留める。

 

「もう、司令。飲み過ぎは身体に良くありませんよ」

「よいではないか、こういうときくらい。最近大神にべったりな艦娘がこっちに来てくれたんじゃし」

「ち、ちがっ――」

「そうよ、なんで隊長なんかと――」

 

慌てて否定する瑞鶴と満潮だったが、その声を司令室の電話が押し留める。

龍田が応対するが、相手は相当怒っているようだ。

 

「早く、司令を出せ――」

 

酒に酔ったまま対応するわけにもいかないと冷水を飲み、司令は受話器を取る。

がなり立てる相手をのらりくらりと交わしながら話す司令だったが、

 

「――なんじゃと、大神が東京駅で消息を絶ったじゃって?」

「え――」

 

それは響の声か、明石の声か。

 

「司令なにをいってるの?」

「消息を絶ったってどういうことなんですか?」

 

あの真面目な大神が任務を放棄することなんてありえない。

途中で何かあったのだろうか、艦娘たちの心に不安が広がる。

その間も相手と話を続ける司令。だが、

 

「実験の素材をどうしてくれるだって? お前たち、大神をどうするつもりだったんじゃ!」

 

珍しく声を張り上げる司令官の声が遠くなっていく。

気が遠くなっていく。

 

大神さんが人体実験に――

 

大神さんが――

 

おおがみさん――

 

いっちゃ、やだ――

 

響は意識を失いクタリと倒れこむ。

グラスが倒れ、氷がカウンターバー内に散らばった。

 

「響ちゃん? 響ちゃん!!」

 

 

 

 

 

大神を乗せた車は、やがて高級住宅街の一角へと異動する。

 

「到着いたしました」

 

止まった車から身を下ろす大神、目の前の邸宅へと視線をやる。

到着した邸宅、それは自らの記憶の片隅に残るものと寸分違わぬ物だった。

いや、正確には寸分たがわぬように保存されていた。

 

「お入りくださいませ」

 

自分の記憶が正しければ、この先には――

 

男が開けたドアの中も記憶の違わぬ。

逸る心を留め、邸宅内へと大神は歩を進める。

 

――まさか――

 

それは半ば確信にも似た予感。

 

自分を必死に律し、留めていた足が徐々に早くなっていく。

 

「大神様?」

 

――まさか、まさか――

 

歩みは早足へと変わり、そしてほとんど走るような速さとなる。

靴音が大きく廊下に響く、マナー違反だと分かっているが大神には止められない。

 

「おーい、大神。そんなに慌てるなってー」

 

先程まで恭しい態度を取っていた男が急に崩れた態度を取る。

聞きなれた、親友の声にも振り返る余裕が今の大神にはない。

 

そして、一つの大部屋――かつて、自らが帝國華撃団の辞令を受けた部屋へと辿り着く。

 

「失礼します!」

 

声を放つとほとんど同時に大神は、その扉を開ける。

 

 

そこには――

 

 

「まったく、ずいぶん待たせてくれたじゃねーか。ハラハラさせやがって、大神よぉ」

「米田司令!!」

 

万感の想いを乗せ、大神はその名を呼んだ。




ヤバイ、そのつもりはなかったのに響暴走、超独走。
何故だ。


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第四話 3 その名は『太正会』

説明会となります。


「米田司令!」

 

扉を開けると同時に師の名を呼ぶ大神。

珍しく感激を表情に表している大神だったが、米田はそれをやんわりと留める。

 

「残念だが、大神よ、今ここにゃ華撃団はないんだ。お堅い話だが米田司令じゃなくて米田閣下と呼んでくれないか」

「分かりました、ということは米田閣下は陸軍中将と言うことで宜しいのでしょうか?」

 

大神の問いに、米田は被っていた帽子を恥ずかしそうに直す。

 

「……ちげーよ。こういうのも自慢になっちまったみたいで嫌なんだが、今の俺はよ、陸軍大臣なのさ」

「大臣!ですか」

「ああ。おかげで、お前の731部隊への献体命令なんてバカな情報を掴むのに時間がかかっちまった。よくねーな、現場から離れると」

「正直焦ったよ、大神くん。君の存在が失われてしまうんじゃないかとね。その為、急遽新規命令をでっち上げさせてもらったよ」

「大神君、君の存在は今のこの世界において、必要不可欠なものなのだ」

 

「山口閣下、花小路伯爵……」

 

周囲からかけられる声に、大神はようやく周囲を見渡す余裕が出来る。

高級な絨毯が敷かれ、荘厳な執務机に座る花小路伯爵、その左右に米田と山口が座っていた。

 

「それに、今の世に華族は存在しなくてな、私は正真正銘ただの政治家だ。伯爵呼びはやめてくれないかな?」

「失礼しました 花小路……閣下で宜しいのでしょうか」

「何いってんだよ、お前さんが今の日本のトップだろ。花小路 頼恒……内閣総理大臣閣下」

 

「!?」

 

大神は驚き、一歩踏み下がろうとする。それを後ろから押し留める一本の手。

 

「何やってんだよ、大神、驚くのは未だこれからだぞ」

「加山!? お前までここにいるのか?」

「俺たちだけじゃないぞ。今日はな、『太正会』の会合の日なんだ。だからな――」

 

隣の部屋から幾人かの人が現れる。

 

「ようやく来たか、大神少尉、待ちわびておったぞ」

「神崎 忠義会長……」

「無事で何よりだ、大神くん」

「迫水大使……」

「元気そうね、大神くん」

「かえでさん……」

 

全て大神が知る人たちだ。

華撃団の総司令を継いだ後、個人的な交友を結んだ人たちでもある。

警備府での日々が、戦った深海棲艦の存在がなければ、大掛かりな悪戯を疑ってもおかしくない。

 

「あと、常任メンバーじゃないがフランスにイザベル・ライラック大統領が、アメリカにマイケル・サニーサイド財閥会長が――」

「そして、この場に現れる事は出来ない方が一人いらっしゃる」

 

総理大臣でさえいるこの場に現れられない方とは誰なのだろうか。

一瞬疑問に思う大神だったが、

 

「あとは――」

 

現れた次の人物達に大神は顔を強張らせる。

なぜなら彼らは、

 

「真宮寺 一馬大佐……」

「またこうして会うことになろうとはな、大神少尉」

 

『武蔵』の内部で鬼王として死闘を演じたさくらの父親、真宮寺一馬。

 

そして、

 

「あ……や……め……さん?」

「コラ、大神くん。そんな呆けた顔しないの」

「あやめ……さん」

 

呆けた大神の額を、かつてそうであったようにつつく。

喪われれた筈の、助けられなかった筈の女性。

藤枝あやめの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

「!?」

「響ちゃん、大丈夫?」

 

気を失っていた響がおもむろに起き上がる。

響を介抱していた電たちは喜ぶが、響は言いようのない不安を感じていた。

 

「なんなんだろ、この気持ち……」

 

「なんなんでしょう、不安な気持ちが止まりません」

「レ、レディーはこんな気持ち持たないんだからっ」

「大神さん……」

 

明石、暁、睦月が胸に手を置いて同じく不安を露にしていた。

いや、これは――不安じゃなくて――

 

 

 

 

 

「すまないが、家内に色目は使わないでもらいたい。大神少尉」

 

呆けて藤枝あやめを見やる大神にかけられる声、大神は慌てて振り返り叫ぶ。

 

「お前は! 葵叉丹!!」

 

さすがにこの場で抜刀は出来ないが、神刀滅却に手をかけ臨戦態勢を取る大神。

が、葵叉丹いや、山崎 真之介は一切戦う気を見せない。

怪訝に思う大神をあやめが制止する。

 

「待って、大神くん。この人は葵叉丹じゃないわ。山崎 真之介っていって――」

「確かに以前その名を使って、君と対峙した事はあった」

「やはり!」

 

「だが、今の私は人に絶望していない。妻も居る。深海棲艦もいる中、世を荒らすようなことはしないと、約束しよう」

「大神、心配するのは分かる。だがな、俺が保障する。こいつは俺の、俺達の仲間なんだ。だから剣を収めてくれないか」

「米田閣下……分かりました」

 

米田の声に応え、構えを静める大神。

一度張り詰めた緊張感が緩和されていく。

 

「っと、雰囲気が乱れちまったが、大体分かっただろう? コレが『太正会』だ。もともとあの時代に居たはずのメンバーの互助会みたいなものさ。もっともみんな出世して、元号が『太正』に変わっちまって、秘密結社みたいになっちまったがな」

「皆さんはどうしてここにやってきたんですか?」

「まちまちだな、一馬やあやめくん、山崎、それに俺たち年寄りは死んで気が付いたらここに居た。おまけに気付いたら若返ってやがる、苦労もしたもんさ」

 

米田が大げさに肩を竦める。

確かに自分も警備府に着任早々いろいろな事があった。

 

「それにここに来た年代もまちまちだ、お前の警備府の司令官が居ただろう?」

「はい、それが――まさか!?」

「そう、あいつも太正会の一員なんだよ。しかも、もともとは華撃団ファンで『伝説のモギリ』大神ファンの少年だったんだ」

「なんですって?」

「大神が華撃団の隊長と知ったときは相当びっくりした上で嬉しそうにしていたぞ、あいつ。まだお前が『こっちにきた』大神か分からない状態でもぜひ自分の隊に迎え入れたいと頼み込んできたんだからな」

「そうだったんですか……」

「今度酒でも酌み交わしてやるんだな、あいつも喜ぶぜ」

「はい」

 

「おっと、話が脱線しちまったな。大神、お前が帝國華撃団総司令だった大神なのは間違いないよな」

「はい、間違いありません」

 

米田の問いに大神は大きく頷く。

 

「それじゃ聞くが、大神。お前、この世界での記憶はあるか?」

「記憶ですか? ええ、深海棲艦と戦って警備府で過ごした記憶なら――」

「そうじゃねーよ。お前が生まれて、士官学校を卒業するまでの記憶だよ」

「それは――」

 

ありません。と答えようとした大神の脳内を記憶の奔流が流れていく。

脳が耐えられないほどの情報に流され、大神は気を喪いそうになるが必死に耐える。

 

そして大神は思い出す。

 

正義を示す男になると剣を振るっていた子供時代、

深海棲艦があらわれ、海軍将校、提督となることを志したことを、

そして仕官学校時代、艦娘との仕事のやり方を学ぶ際、仲良くなった艦娘が居たことを。

ブラックダウン発生以前、一部の士官学校生から過激な悪戯をされていたその艦娘を守り続けるうちに恋心を告白されたことを。

 

『提督さんになったら、必ず私の事呼んでくださいね、うふふっ。ずーっと、ずっと待ってますから』

『鹿島さん――』

『ダメですよ、提督さんになったら私のことは呼び捨ててくれないと、ほら練習してみてっ』

『鹿島――くん。ごめんなさい、これが限界です』

『うふふっ、しょうがない大神くん。でも……そんなところが、好きっ』

『うわぁっ、ダメですって鹿島さん。こんなところ見られたりしたら――』

 

 

 

 

 

「響ちゃん、怖いよ? 大神さんはきっと大丈夫だから――」

 

響、明石、暁、睦月ははっきり言ってムカムカしていた。

電の声にも反応しない。

 

「「「「大神さん……」」」」

 

 

 

 

 

膝を突いて大きく呼吸を繰り返す大神。若干顔が赤いのは鹿島のことを思い出してしまったせいか。

 

「どうやら、思い出したみたいだな。危なかったんだぜ、大神よ」

「どういう……ことでしょうか?」

「これは推測だが、俺たちはこの世界の俺たちに乗り移ったようなもんだ。記憶の整合をしておかないと、二つある記憶の齟齬に脳がやられちまうんだよ」

「脳が?」

 

先程一瞬気を喪いそうになったが、それ以上の負荷がかかるということか。

 

「ああ、俺も一時期やられちまってな、しばらく廃人みたいになっちまった。その経験談だよ」

「そうでしたか、ありがとうございます、米田閣下」

 

呼吸を整えた大神が立ち上がる。

 

「よし、もう大丈夫みたいだな。じゃあ、本題といこうか――」

 




要望があればですが閑話で士官学校の鹿島編あるかも。


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第四話 4 『華撃団』、発動!

説明会その2となります。



「本題、ですか――」

「ああ大神。お前、この世界をどう思う?」

「どうって――」

 

大神は警備府での、深海棲艦との戦闘に明け暮れた日々を思い出す。

あれでは自分が来るまで、近海の掃討も出来ていなかった筈だ。

 

「深海棲艦に海を奪われた、危険な状態だと思います」

「そうだな、やつら深海棲艦のせいでシーレーンはずたずただ」

「ですが閣下たちが居られて、ただ手をこまねいていたとは――そうだ、深海棲艦については自分と神刀滅却は通用しました! なら、米田閣下たちの剣が通用しない筈が!」

 

大神の指摘に、米田たちが苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、当然そう思うだろうな。けどよ、今の俺たちの霊力は一般人と同レベルなんだよ」

「そんなことが――なら、加山、お前は」

「俺も同様だ、霊力は一般人よりはマシってくらい、妖刀苦肉を振るっても深海棲艦相手だと傷つけるのがやっとって所だ。お前みたいに一刀両断は無理だ」

 

「では、まさか――」

 

「そう、『太正会』のメンバーといっても、霊子機関を起動し、深海棲艦を討つ事が可能なレベルの霊力を持っているのはお前だけなんだよ、大神。多分お前が持つ『触媒』の影響だろうな」

「自分だけ……そうだ、花組のみんなは? みんなはここに居ないのですか?」

 

図星を突かれたのか、米田たちが顔を見合わせる。

 

「花組か、確かにあいつらには霊力はある。だが、あいつらを戦わせることはできねぇ」

「何故ですか? 彼女達は俺と共に戦った仲間です、戦うことにためらいがあるとは――」

「まあ、あいつら本人にためらいはないんだがな――一つ問題が――」

 

言葉を濁す米田たち、と奥の部屋から2~3歳の一人の幼女が大神に近付いてくる。

 

「しょうい! やっぱりしょういですわ!」

 

しょうい、しょういと舌足らずな言葉で大神の足元を回る、何処か見た面影のある幼女。

だが、はっきりとは思い出せない。

 

「ええと、君は?」

「ひどいですわ、しょうい。わたしをわすれてしまったの?」

 

名を問う大神の言葉にヨヨヨと大げさに崩れる幼女。その姿を見て大神はピンと来る。

 

「まさか!? すみれくんなのかい!?」

「ええ、そうですわよ! おさないすがただからってしつれいですわ!」

 

気性は変わらないらしく、大神に食って掛かるすみれ。

だが、このままでは話が進まない。

 

「すみれ、大事な話の途中だ。向こうの部屋に戻ってなさい」

 

神崎会長がすみれをなだめる。

 

「わかりましたわ。しょうい、またあとで」

 

幼い姿で色気のないウインクをすると、すみれは奥の部屋に戻っていった。

 

「あれが花組の連中の問題だ――いくらなんでも、あの年齢の娘は戦いに出せねえよ」

「花組全員がそうなのですか?」

「ああ、巴里も、紐育も全員そうだ」

「そうですか――」

 

神崎会長が大神をじっと見据える。

 

「まさかとは思うが、あの年頃のすみれに何かしようとは思わんよな、大神くん?」

「いえっ、決してそのようなことは!」

 

眼光に押され一歩下がった大神の肩を真宮寺が掴む。妙に力が入っており正直痛い。

 

「大神くん、うちのさくらも同年代なのだが――分かっているよな?」

「はいっ、勿論です!」

 

 

 

 

 

「響ちゃん、暁ちゃん、睦月ちゃん、どうしたの?」

 

響、暁、睦月は自分の身体を改めて見やる。

理由もなく、勝利感が湧いてくる。

 

――まだ大丈夫、多分彼の守備範囲だ――

 

明石に至っては余裕さえ感じられた。

 

 

 

 

 

「話が脱線しちまったな。はっきり言おう、この世界で現在、深海棲艦とまともに戦える人間はお前だけなんだ、大神」

「それに、艦娘とも花組のときと同様に、霊力を同期させた攻撃を繰り出したようだね、大神くん」

「はい、間違いありません」

 

大神のその言葉を聞いて、米田、山口、花小路の三人は顔を見合わせ、大きく頷く。

 

「やはり、そうするしかないようだな。計画を進めよう」

「何をでしょうか?」

 

疑問に思う大神に山口が問いかける。

 

「大神くん、艦娘のことをどう思う?」

「共に戦う、大事な仲間です」

 

間髪入れず、迷いなく答える大神。

その姿に嬉しそうに頷く山口たち。

 

「そうだ、本来はそうあるべきなんだ、大神。だが、今現在の海軍はそうではない」

「ブラックダウンが起きて、艦娘を消耗品扱いする人間は表向き減ったんだよ、大神くん。ブラックダウンを招いたとして我々の前代の大臣達も退職したしね。だが考えても見たまえ。仕官学校時代から染み付いた考えがそう簡単に変わると思うかね?」

「それは――」

 

渥頼大佐のことが思い出される。

艦娘のことを物品として、消耗品として、自分に逆らえないのをいいことにやりたい放題していた。

 

そして、それは自分の記憶にあった士官学校においても過半の人間がそうだった。

 

「俺たち陸軍側で憲兵による取締りの強化もした。海軍側で講習や規定の制定もした」

「それでも、対症療法にしかなっていないのが現状なんだ。実際には警備府の司令官のように一部の良心的な者だけが艦娘たちを大切に扱っていて、大半の提督は裏では前と変わらず艦娘を扱っている」

「貴重な戦力であるはずの艦娘は、肉体的にも精神的にも磨り減り、使い潰されようとしているのが現状だ」

「ブラック提督を摘発し、左遷したところで、次にその職に就くものが同じような人間だ。なら事態は変わらない」

 

半ば諦観を含んだ三人の言葉に大神は思わず激昂する。

 

「しかし、それでは艦娘たちが! 彼女達が不憫すぎます! ブラックダウン後に士官学校に入学した、自分達より下の年代のものが提督となるまで、この状況を受け入れさせ続けるなんて納得できません!!」

 

「その通りだ、大神。だから俺たちは『お前がここに来た』と聞いてから動き続けていた」

「艦娘たちを解き放ち、その真の力を発揮させられる人間。大神くん、君の下で戦ってもらうためにね」

「どういうことでしょうか?」

 

疑問に思う大神の肩を米田が叩く。

 

「分からねーか、大神。華撃団だよ。この国にもう一度華撃団を作るんだ! 艦娘の、艦娘による、艦娘のための華撃団をな!」

「そう。全ての艦娘たちを華撃団に所属させるんだ、政府直属の陸海軍のいずれにも属さない華撃団にね」

「もっとも今度は秘密部隊ではないし目的も帝都防衛ではない。日本を、日本近海の全ての国を守る、『東アジア防衛思想』に基づいた華撃団となるがね」

 

「!?」

 

あまりに巨大な話に、大神は強張る。

 

「そして、大神よぉ。お前が提督、いや隊長になるんだ!! 全ての艦娘によって構成された華撃団、『提督華撃団』の隊長に!!」




やっとタイトル名が出せました。


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第四話 5 我が身守るもの、その名は……

説明会3、これで説明会ようやく終わりです。



「全ての艦娘を束ねる提督華撃団……俺が、隊長に……」

 

その巨大な話を噛み締めるように頷く大神。

武者震いだろうか、身体が僅かに震えている。

 

「どうしたよ、大神? まさか、怖気づいちまったなんて云わないよなぁ?」

「そのようなことはありません! 不肖、大神一郎! その任を粉骨砕身の覚悟で受けさせて頂きます!」

 

背筋を正し、威勢よく大神は答える。自分自身にも刻み込むように。

 

「よし、それでこそ、大神だ。まだ正式には決定していないが、お前は華撃団設立と共に特務大佐として華撃団隊長及び司令官代理の任に付いて貰う。覚悟しておけ」

「はい! では、総司令は米田閣下になられるのでしょうか?」

 

若干の期待を込めた眼差しを米田へと送る大神。

が、米田は大きく首を振って否定する。

 

「いや、俺も山口も陸軍・海軍に囚われすぎてるからな、どちらが付いてもどっちかの軍の色が強くなりすぎちまう。その任にはつけない。オブザーバーがいいとこだ」

「勿論、私のような政治家もつけない」

「では、総司令はいったい誰に? 陸海軍から独立するのであれば、よほどの影響力がなければ――」

 

疑問を浮かべる大神に、米田が深い笑みを作る。

 

「分からねーか、まあ、分からねーだろーなぁ。おい、大神よ。さっき元号が『太正』に変わったって云ったのは覚えているか」

「はい、勿論――まさか!?」

「そう、この場に居ない『太正会』のメンバーであり、そして華撃団の総司令となるのは、大元帥閣下その人だ」

「なっ!?」

 

言葉を失い大神は立ち尽くす。

無理もない。大元帥、それは大神にとってあまりに雲の上のお人の存在だからだ。

 

「大神、大元帥閣下はな、お前のことを気にしておられたんだぜ。帝都を、巴里を、そして世界を救った希代の英雄たるお前に、秘密部隊の特性上とはいえ十分な恩賞を以って報いられなかったことに」

「そんな……身に余る光栄です」

「そう思うか。なら、俺達の、閣下の期待に応えてくれよ、大神」

「はい!」

 

最敬礼を以って大神は返礼する。

 

「よし、華撃団についてはひとまず終わりだ。法案は数日後には通る見込みだし、本拠地となる場所ももうじき完成する」

「では、自分はそれまで何をしていればよいのでしょうか? 警備府に一度戻って……」

「そんな暇あると思ってんのか? 大神よぉ。おい、山崎、おめぇの番だぜ」

 

米田の呼び声に妻達と談笑していた山崎が大神の元に訪れる。

一振りの刀を持って。

何のつもりかと、体制は整えずとも気構えだけは忘れない大神の様子に山崎は苦笑する。

 

「君が警戒する気持ちも分かるが、これからは技術者と使用者の間柄になるんだ。もう少し肩の力を抜いてくれないかな」

「すいません、分かってはいるのですが――」

「少なくとも私は君を信頼している、私の絶望を止めた君を。先ずはその証を立てようと思ってね」

 

そうして、山崎は大神に持っていた刀を渡す。

 

「これは――光刀無形!?」

「そうだ、私が所持する二剣二刀の一振り、光刀無形を君に託す。受け取ってくれ」

「光刀無形を――何故、ですか?」

「君の流派は二天一流だろう? それに我々が失敗した二剣二刀の儀を見事成功させたとも聞いている、もうこの刀は君が持つべきものだ。私が全うできなかった平和の守護者であってくれ、頼む」

 

神刀滅却を継いだ時と同じ想いが大神を貫く。

一振りの刀に込められた思いを受け止め大神は大きく頷く。

 

「分かりました。光刀無形、確かに受け取らせて頂きます!」

「宜しく頼む」

 

そして、大神と山崎は固く握手を交わす。

二人の間にわだかまりは存在しなくなっていた。

 

その様子を見て、あやめが、米田が、笑みを零す。

 

「よかったな、あやめくん」

「はい」

 

握手を交わした山崎は大神から一歩離れる。

若干口ごもっているのは何故だろうか。

 

「よし、それじゃあ本題に入ろう。大神くん、今、君は……艦娘に抱きつき抱きつかれて戦闘してるということだったね」

 

その言葉に場が凍る。

特にすみれの視線が冷たい。

 

「はい、残念ながら、今の自分には水上を駆けることが出来ないので」

 

冷や汗交じりに大神が答える。

警備府では半ば当然の事態として、皆受け入れてはいたが改めて言葉にすると無茶苦茶なことだ。

 

「念のために確認しておくが、君の趣味ではないよな?」

「断じて違います! 艦娘のように、自らの意思で水面を駆けることが出来るのであれば――そのようなことは決して」

「分かっている、冗談だよ」

 

慌てて弁明する大神だったが、山崎は笑ってそれを止める。

 

「今後、華撃団の隊長として働いてもらうのに、艦娘に抱きつき抱きつかれたままってのは格好が付かないからね。実は既に準備をさせてもらっているんだ」

 

言い放つと、山崎は大きく手を二回鳴らす。

奥の部屋から、一人の女性が戦闘服とシーツにかぶさったものを運んできた。

 

「これは――」

 

感慨深げに純白の戦闘服をみやる大神。

 

「流石に分かるか、大神くん。帝國華撃団で君が着用した戦闘服をモチーフに作成した対水上戦用の防水戦闘服だ。先ずそれを着てくれないか」

「大神くん、そこの部屋を使いたまえ」

 

 

そうして数分後、大神は戦闘服に着替えて出てきた。

すみれは、ああ、しょうい、すてきですわとうっとりしている。

 

「着心地はどうかね」

「ええ、全く問題ありません。ですが、この服だけでは水上戦は――」

「勿論だ、コレからが本番だよ」

 

山崎はそういうとシーツを取り去る。

そこには、両手につける篭手、両足に装着する靴に似た具足、腰に装着する小型霊子核機関とタービンユニット、そして片眼鏡が置かれていた。

 

「擬似艤装型霊子甲冑一式だ」

「これが霊子甲冑ですか? もっと巨大な、いつものものを想像していました」

 

大神の想像ももっともだ、霊子甲冑といえば数メートルの巨大なものと言うものだ。

 

「その案もあったのだがね。神刀滅却、そして光刀無形で直接深海棲艦に斬りつけるには従来の霊子甲冑では大きすぎるんだよ」

 

山崎の言葉に米田が付け足す。

 

「それに考えてみろ大神。見た目的には生身で戦う艦娘の横に、巨大サイズで戦う男が居てみろ。締まらねーじゃねーか」

 

米田の言うとおり想像してみる。

確かに何処か締まらないものがあった、苦笑する大神。

 

「まあ、この時代の技術で霊子核機関をダウンサイジング出来たのも大きいんだがね」

「これだけのものを……自分が調べたところ霊的技術はなかったはずですが……」

「それは簡単だ、図面は引いていたが作成については時を待って居たんだよ」

 

君が来てくれてよかったと笑う山崎。

 

「あと、実はまだ名称は決めていないんだ、着用する君が名を付けた方が良いんじゃないかと思ってね」

「自分が、名前をですか……」

「あえて指定はしない、君がふさわしいと思う名を決めてくれたまえ」

 

だが、そのようなことは考えるまでもなかった。

 

我が身を守るもの、我が命を託すもの。

 

名をつけるとしたならば――一つしかない。

 

一つしかありえない。

 

 

「――光武、お前の名は『光武・海』だ!」

 

 




説明会長くてすいませんでした。


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第四話 6 ちょっとした手違い

「光武か。やっぱりおめぇはその名を選んだな」

 

大神の決定に、感慨深げに頷く米田。どうやらその名を付けると予想していたらしい。

 

「技術者として一つの名にそこまでこだわりを持ってくれるとは、嬉しい限りだよ」

 

山崎も満足げな表情をしている。

 

「早速場所を換えて起動試験や君に合わせた調整と言った所を行いたいところだが、今からでは流石に遅すぎるな」

「そうですね、もう日も落ちていますし」

 

かなり長い間話し込んだ為か、日は地平線に隠れ、残照のみが見える。

この状態で細かい調整などは出来ないだろう。

 

「そこは気にしてもらわなくても構わないよ、山崎君、大神くん。3日間、横須賀鎮守府の演習場の一角を貸与するよう、既に指示済だ」

「え? もうすぐ完成するという本拠地ではないのですか?」

「あー、そこは法案が通ってからにしてくれ、今のところ別名義で工事しちまってるからよ」

 

米田が首を掻きながら言い辛そうに答える。

何気にとんでもないことを言っている。

 

「そんなことやってしまっていいのですか?」

「法案が通ってから本拠地を建造するとなると、完成までの間艦娘を異動させられないだろう? ヤケになった提督たちが艦娘に何をしでかすか分からないからな」

「私達としてはブラック提督達が変に動いてしまう前に一気に片付けてしまいたいんだ」

「そうでしたか、思慮の足りないことを聞いてしまい失礼致しました」

 

自らの浅慮さを恥じ、大神は米田と山口に頭を下げる。

 

「いや、いいって事よ。気にすんな大神」

「今日は移動から、さまざまな話があって疲れたんじゃないかね? 明日から光武・海の調整もあるだろうし、帝國ホテルの一室を取っておいたからゆっくり休みたまえ」

「はい、ありがとうございま――」

 

一礼し、答えようとした大神だったが、脳裏にいろいろな事が過ぎる。

 

 

『いっちゃ、やだ』

 

そう涙目で懇願する少女、響。

ほぼ全員で駅に見送りに来てくれた艦娘たち。

 

『731部隊への献体命令なんてバカな情報』

 

そう言い放つ米田の言葉、響の悪い予測は正しかったのだろう。

 

『君の存在が失われてしまう』

 

そして山口の言葉、最初に受けた献体命令のままなら自分の命はもうない筈だ。

もし、警備府のみんなにそう伝わっていたとしたら――

 

彼女達を悲しませてはいないだろうか。

 

 

「すいません、警備府のみんなには自分のことはどう伝わっているのでしょうか?」

「どうって――あ」

 

大神の問いに米田が珍しく、凍りつく。山口も今気が付いたとばかりにバツの悪そうな表情をしている。

 

「すまない、君の身が第一だったからね、まだ伝えてはいないんだ。流石に総理大臣宅の電話は使わせられないから、ホテルから連絡してくれないかね」

「分かりました、では急ぎ連絡したいのでこの場を失礼しても宜しいでしょうか?」

「もう少し話したい所だったんだが、俺達のミスだ。しょうがないな。大神ー、霊子甲冑のことは話してもいいが、華撃団のことは――」

 

どこからか持ち出した酒瓶を片手に米田が酒を飲む振りをする。

 

「はい、法案が成立するまでは内緒にしていればいいんですね」

 

苦笑しながら、大神は花小路邸を後にするのだった。

 

 

 

 

 

日が沈み警備府に明かりが灯る。

普段なら艦娘たちは夕食を取りに食堂に行き、夜間訓練をする頃合だ。

 

だが、艦娘たちは誰一人として司令室から離れようとしなかった。

 

実験素材として扱われようとしていた大神、

 

そして行方不明となった大神、

 

彼からの連絡はまだない、あの真面目な大神がである。

 

先程から訳もなく嫉妬に駆られたり、我が身を省みて妙な安心感を得たりしている響、明石、暁、睦月は勿論、全ての艦娘が大神についての連絡を待っていた。

 

時間が刻一刻と過ぎていく度に彼女達の焦りの色が濃くなっていく。

 

もしかしたら――もう大神さんは――

 

嫌な想像が彼女達の中を渦巻いていくが、誰も口にはしない。

 

口にしたら実現してしまいそうな気がして、みんな恐れているのだ。

 

と、電話の音が鳴る。

 

一瞬誰もが電話に手を伸ばそうとするが、龍田がやんわりと手で押し留める。

確かにここは、司令室。

司令官宛ての電話に勝手に出るわけにはいかない。

 

龍田が電話を取り、相手の声を聞いた瞬間待ち望んだような嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「大神さん!」

 

その声を聴いた瞬間、艦娘たちが龍田の元に殺到する。

 

「「「大神さん!?」」」

「ちょっとー、みんな。大神さんの声が聞こえないわ」

 

龍田の声も艦娘たちには聞こえていない。

 

「何処にいるの?」

「修理は必要ですか?」

「無事なんですか?」

「こんなに心配させて、帰ったら爆撃してやるんだから!」

 

艦娘たちは思い思いの言葉を口にしている、響や睦月に至っては「良かった……」と涙を零しながらその場にへたり込んでいる。

というか瑞鶴、人は爆撃されたら死ぬぞ。

 

「静かにせんか!」

 

と司令官が珍しく大声で艦娘たちを止める。

その声を聞いてようやく我に返ったのか、艦娘たちは静かになる。

 

「まったく。龍田、スピーカーホンに切り替えてくれ」

「え、でも宜しいのですか。私達が聞いてはいけない話なのかも……」

「そのときはまた切り替える、このままではこの娘達が納得できんじゃろ」

 

司令官の言葉に納得したのか、龍田が電話をスピーカーホンに切り替える。

 

『司令官、連絡が遅れ失礼致しました』

「まったくじゃ。大神、行方を何故くらませたのじゃ!」

『失礼しました。東京駅にて山口海軍大臣閣下より新規命令を受け対応しておりました』

 

大神の言葉に司令官もピンと来る。

 

「大神、お前を救うためか?」

『はい、それもあります。あの献体命令を受け入れていたなら既に自分は――』

 

命はなかった、と続けようとする大神を涙声の響が遮る。

 

「だからぁ……だから、言ったじゃないかぁ……危険なんだって……」

『響くん? すまなかった、俺が軽率に考えていたよ』

「……献体命令がなくなったんなら、帰ってこれる?」

 

今すぐ帰ってきて欲しい、という言葉を飲み込んで大神に尋ねる響。

 

『ごめん、響くん。献体命令はなくなったんだけど、別の命令を受けていてね。数日は横須賀鎮守府に行かないといけないんだ』

「命令? 危険な命令じゃないよね? 大丈夫だよね?」

 

どこか心配性になってしまいがちな響。矢継ぎ早に大神に尋ねる。

 

『ああ、そこは問題ないよ。海軍で開発された俺の新装備の試験だから』

「ということは大神。お前用の霊子甲冑が完成したんじゃな!」

 

嬉しそうに司令官が頷く。よほど楽しみにしていたらしく、声が弾んでいる。

 

『はい、司令。これでようやく自分ひとりでも水上戦が出来ます』

「え……」

 

吹雪が寂しそうな声を零す。

周りの艦娘たちもだ、そんなに嫌ではなかったのだろうか。

 

「大神隊長、その霊子甲冑が完成したとしても、私達との連携訓練はしばらくは今までどおりしていただきますから」

 

その雰囲気を悟ってか、神通が大神に宣言する。

 

『ええっ、なんでだい? 水上を駆けられるようになるのだから他の訓練をするべきじゃ?』

「その装備が常に使えるものとは限りません。いざと言うときのことを考えるのであれば多少なりともするべきです」

 

「とか言って、自分が抱きつかれたいだけじゃ――」

「なんでしょう、川内姉さん?」

 

神通が川内に笑みを向ける、その笑みは果てしなく恐ろしさがこもっていた。

 

「いやー、なんでもないよー」

 

だが、川内も慣れたものか軽くかわす。

 

「と、言うことで大神隊長。これからもよろしくお願いいたしますね」

『とほほ、分かったよ』

 

肩を落としたような雰囲気で答える大神だった。




光武・海の起動まで持っていくつもりだったんだけど、響たちが暴走。
何故だ。


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第四話 7 光武・海 起動!

翌朝、日が開けた直後の横須賀鎮守府。

自主的に訓練を開始する艦娘たちの声もまだまばらだ。

本格的な稼動には幾ばくかの時間が必要となるだろう。

 

そんな中、演習場近くの岸壁には山崎真之介率いる技術部の面々と大神の姿が居た。

藤枝改め山崎あやめ、山口海軍大臣の姿もある。

 

「大神くん、自分が居なくなった後の君たち花組の活躍は米田さんから聞いている。都市エネルギーを利用した霊子甲冑天武でさえも上回る戦闘力・戦闘結果を光武で成し遂げたということも。だからこの光武・海も基本コンセプトは光武と同じく霊力変換効率の最大化を狙っている」

「はい」

 

戦闘服に着替えた大神は霊子甲冑を装着していく。特に脚部の固定には気を使っているらしく足を入れると自動的にフィットするようになっていた。

腰部の霊子核機関とタービンもかなり広い面積で固定するようになっている。

 

「君の霊力が高くなればなるほど、光武は力を発揮できるはずだ。あと、君の触媒と言う霊力の特質上、艦娘と心を通い合わせることで君と艦娘の力を上昇させられるということだったね」

「はい、その通りです」

「まだ開発中だが、将来的には艦娘と深く心を通い合わせることでより強く力を上昇させられるように機能を追加する予定だ。装着は完了したかね?」

 

何度か手を握り締め、試しに歩いてみようとする大神だったが、篭手と具足の重量感は思ったよりあり動きが鈍い。

 

「ちょっと気が早いぞ、大神くん。光武・海の霊子核機関はまだ始動していない。今のままではただの重い装備一式だよ」

 

どこか気が逸っている大神に苦笑する山崎。

気が逸っていた自分に気が付き、大神もつられ苦笑した。

 

「失礼しました。大神一郎、光武・海の装着完了しました!」

「よし、では先ず起動試験を始める。技術部は計測準備を、妖精さんは大神君のサポートを!」

「妖精さんですか?」

「ああ、この光武・海も艦娘の艤装と同じく工廠で作られたものだからね。妖精さんが宿っているのだよ」

 

山崎の言葉に応え、光武・海の腰部ユニットから妖精さんが現れ大神の肩に上った。

 

「ヨロシクヨロシク」

「ああ、よろしく頼むよ」

「妖精さんのサポートで光武・海は最大2日以上の安定した戦闘起動が出来る計算だが……そこは実測した方が早いな、大神くん起動を頼む!」

「了解しました。大神一郎、光武・海、起動します!」

 

聞いた手順の通り、腰の前で手を交差させて霊力を高める。

 

「リョウシカクキカンキドウ キドウ」

「霊子核機関、起動成功しました!」

 

はじめてみる霊子核機関の起動に技術部の面々が沸き立つ。

 

「みんな落ち着きたまえ。大神くん、起動状態はどうだい? 霊的な負荷は?」

「問題ありません。光武二式を起動させているときより楽なくらいです」

「装備の重さは?」

 

言われ、大神は手を握り締めたり、歩いてみたり、その場でジャンプしてみたりする。

装備の重さは驚くほど感じられなかった。

 

「まるで感じません、生身で動いているかのようです」

「よし、重力低減も慣性相殺も予定通り機能しているようだ、続いて最大出力の確認を行う! 大神くん限界まで霊力を高めてくれたまえ!」

「了解です!」

 

必殺技を放つときの要領で霊力を高めていく大神。

 

「部長、すごい数値です! こんな数値初めて見ます!!」

「スゴイスゴイ」

「いや、彼ならもっと高い数値を叩きだせる筈だ。大神くん、実際に必殺技を撃ってもいい、最大まで霊力を!!」

「分かりました!」

 

山崎に応えながら神刀滅却、光刀無形を抜刀する大神。

一瞬いくつか技の候補が頭を駆け巡る。が、大神はこの一つを選ぶ。

光武にサポートされた大神は人には不可能ほど天高く舞い、雷撃を帯びた一撃を繰り出す。

 

「狼虎滅却 無双天威!!」

 

以前生身で放った時が一条の雷だったとするならば、此度の一撃はまさに轟雷。

雷撃が空気を切り裂く轟音が鎮守府中に響き渡る。

 

「信じられません……かなり余裕を持って計器を持ってきたのに、計測限界ギリギリです部長、こんな数値を人が出せるのですか?」

「ああ。しかし、大神くん……」

「はい、何でしょうか?」

 

二刀を納刀しながら、振り返る大神。

 

「もう少し音の小さい技はなかったのかね? コレでは多分――」

 

鎮守府中が騒ぎ出しているのが分かる。

先程の無双天威の雷撃の音を爆撃音と勘違いしてしまったのかもしれない、一悶着ありそうだ。

 

「失礼しました! 威力の高い技と言うことで考えていたら自然に……」

「私も神威でその技を受けたから、威力が高いのは分かるのだが……」

「まあまあ、二人ともそこまでにしておきなさい。鎮守府の面々には私から説明しよう。光武の試験を続けたまえ」

 

こうなることを予想、いや期待していたのか楽しそうに二人のやり取りを止める山口大臣。

顔を赤くしてこちらに向かってくる鎮守府の責任者に、説明しに行くのであった。

 

「大神くん、基本性能の調査が終わったら水上戦性能も続けて試験するからね。時間はいくらあっても足りない、覚悟しておいてくれ」

「勿論です、覚悟は出来ております!」

「いい返事だ。みんな、今日中に基本性能と不備を全て洗い出すぞ!」

「「「了解!」」」

 

山崎の声に技術部スタッフの威勢のいい声が帰ってくる。

机上の空論と思っていた霊子甲冑を実際に動かす人間を見て、そして想像以上の性能を見て、気勢が上がっているらしかった。

 

 

 

 

 

一方、早起きして自主訓練に勤しんでいた第七駆逐隊は地上での光景を見ていて呆然としていた。

 

「何よ、あれ……」

 

4人を代表して曙が驚きを口に表す。

 

「あー。あれってうわさの大神少尉じゃない?」

「……うわさの大神少尉? それってなんですか?」

 

思い出したとばかりに噂に詳しい漣がポンと手を叩く。

逆に引っ込み思案な潮は、さっきの轟雷ですっかり怖がってしまったらしい。朧の影からちらちらと地上を見やっている。

 

「ほら、この間警備府が深海棲艦に襲われたことがあったでしょう」

「あったわね、それがどうしたのよ」

「それを救ったのが、着任したての大神少尉ってわけなのさー」

「フン、そんなの私達の犠牲を問わず突撃させれば、誰だって――」

 

作戦成功のために捨て艦として、死ぬことを強要され出撃していった仲間の悲壮な顔が思い出される。

それなのに、提督はこういったのだ。

 

『一隻で済んだのか、燃料弾薬のためなら二隻とも沈んでくれた方がよかったんだがな』

 

あの時、潮が止めてくれなければ、提督の顔をぶん殴り、同じように捨て艦にされていたはずだ。

そうしたら、潮を提督達から守れなくなる。

 

「うん、だからあくまで噂話なんだけどね――」

 

そして、漣は横須賀鎮守府の艦娘の間に流れている大神の噂話を始める。

 

 

――人でありながら、艦娘に劣らない一撃を繰り出せること。

 

――傷ついた艦娘を癒すことも可能なこと。

 

――艦娘を庇い、上官に殴られたこと。

 

――着任早々、負傷した司令官に代わり司令官代理となり、戦艦を含む敵大艦隊を殲滅したこと。

 

――鎮守府近海の海域の深海棲艦を掃討し、一部とは言え海を完全に取り戻したこと。

 

――そして、艦娘を一人たりとも沈めることなく、それらを成し遂げたこと。

 

 

「だから、そんな人がウチの提督になってくれればいいのにねって話」

「何よ、それ。そんな完璧超人、現実に居るわけないじゃない」

 

バカじゃないのと、曙は呆れてみせる。

 

「まーねー。漣も全部は本気にはしてないよ、でもさ、話半分だけでもそんな人が居てくれたらって思ってもいいじゃない」

 

珍しく自嘲するかのような表情をする漣。

この期に及んで、人間に期待してしまっている自分を何処かで情けなく思ってるのかもしれない。

 

「でもっ、あの人がその大神少尉だって言うのなら――横須賀に来てくれるんじゃ、そうしたら――」

「そんなの信じらんないわよ! どうせ、そのクソ少尉も真っ黒に決まってるわ!!」

 

潮の希望に満ちた言葉を否定する曙。

 

そして大神たちに視線を向ける。

 

そうすると、彼は、大神は水の上にその身一つで立っていた。

 

「え――」

 

人は水の上に立てない、それが常識だ。

 

だからこそ、海の上では艦娘は戦いと引き換えに心の安寧を得られることが出来ていた。

 

陸の上に居る限り艦娘は安息を得られることはない。

 

絶えず、ブラック提督によって怯えに満ちた生活をしなければいけなかった。

 

 

なのに、人は水の上にも立つのか。

 

私達の最後の安寧の場所さえ奪うというのか。

 

 

 

その想いが曙を突き動かす。

 

「水上戦はまだまだみたいね。海の上は、ここは、私達のテリトリーなんだって教えてやるんだから!」

「曙ちゃん、何をするの?」

「勿論とっちめてやるのよ!!」

 

威勢のいい台詞とは裏腹に、願いをこめながら。

 

お願い、奪わないで。

 

私達の安寧の場所を、最後の安寧の場所を奪わないで。

 

戦いに満ちた血まみれの生活でも構わないから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その諦念が覆ることを、

 

 

 

曙は、

 

 

 

まだ、

 

 

 

しらない。




前半、超男くさくてすみません。


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第四話 8 クソ……少尉――

大神たちの光武・海の試験は地上での基本性能取得を終え、水上へと場所を移していた。

指示に従い、大神は岸壁近くの水上を動いてみせる。

 

「よし、水上歩行も通常の水上滑走も問題なく出来るようだね」

「しかしやはり変な気分ですね。水上でも地上と同じように行動できるというのは」

 

小波に合わせて軽く上下する自らの身体に違和感を感じる大神だが、無理もない。

今までは艦娘に抱きついて、初めて水上を移動できていたのだから。

 

「それが出来て初めて、人間は艦娘・深海棲艦と同じ領域に立てるからね。寧ろ、ここがスタート地点だ、大神くん。それに、光武・海はそれだけじゃないよ」

 

ニヤリと笑みを浮かべて、光武・海の次なる機能を説明しようとする山崎。

だが、

 

「ちょっとあんた達! 海の上で何してんのよ!」

 

威勢の良い艦娘の声が、それを遮る。

声のほうに視線を向けると、長髪を花の髪飾りでまとめた艦娘――曙が腕を組んでいた。

 

「提督たちから聞いていなかったのかな? 今日から数日間、演習場の一角を借りる予定になっているのだけど」

「聞いてるわ、でも、海の上を使うなんて聞いてないわよ!」

 

山口大臣が曙に説明しようとするが、曙は相対しているものが誰か知らず否定する。

大臣が僅かに困ったような表情をすると、隣に居た鎮守府の責任者がそれを察し怒声を上げる。

 

「この、バカ者が! 大臣閣下が直々に依頼された事だぞ! その程度の気配りも出来んのか!!」

「え――えぇっ?」

 

戸惑ったような声を発する曙。

自分が罵声を浴びせていた相手が誰だったのか、始めて気づいたらしい。

 

「曙、お前は前からそうだ! 身分を弁えなさすぎる、とっとと陸の上に上がれ! 念入りに修正してやる!!」

 

曙は青褪める。

知らずとは言え、大臣へ罵声を浴びせてしまった――また、殴られる。

恐る恐る陸へ近付きながら、何をされるか怯え、恐れる曙。

 

「曙ちゃん!」

 

曙が酷い目にあわされるかもしれないと気づき、7駆の面々が近付いてくる。

とは言え罵声を浴びせた相手が相手だ、言って止められる訳がない。

 

「いえ、自分も彼女――曙くんたちに海の上も借りることを言っていませんでした。自分達のミスでもあります、ですから曙くんだけを責めないでください」

 

そんな雰囲気の中、大神が責任者に頭を下げた。

 

「曙くん、だったね。説明せずに海に、君たちのテリトリーに入ってすまなかった」

 

そして、曙にも頭を下げる。

 

「え、あ、その――」

 

大神に、人間に頭を下げられ混乱する曙。

 

「いや、君たちは、大臣の命で、動いていたんだ――艦娘なんかにわざわざ頭を下げなくても」

「良いじゃないかね。これから数日間同じ演習場を使う身だ。いざこざが残るよりは良いだろう」

 

曙同様に混乱する責任者を言いくるめる山口大臣。

 

「そうだ、これから霊子甲冑の水上戦闘を考慮した調整・訓練をする予定なのだが、彼女達に罰を与えるのなら今日の相手になってもらえないだろうか」

 

付け足すように山崎が、代案を提示する。

責任者が与えようとした罰よりかは遥かに軽いが、大臣が良いといっているのなら良いだろう。

納得したように頷くと責任者は踵を返して立ち去っていった。

 

 

 

 

 

そうして、曙は、大神と対峙する。

距離は12.7cm連装砲の射程の少し外、大神の装備は二刀のみ、勝負になる筈がない。

 

「見てなさいよ、コケにされた分仕返ししてやるんだから!」

 

連装砲を構えなおし、気を引き締める曙。

対する大神は二刀を納刀したまま、抜刀すらしていない。

 

「始め!」

 

朧の合図で両者が動き出す。

曙の見立てでは両者の速度は同程度、これなら深海棲艦と対峙したときと同じだ。

 

「蹴散らしてやるわ、いっけー!」

 

大神が連装砲の射程内に入ったことを感じ、予測偏差を行った上で射撃を行う。

だが、

 

「行くぞ!」

 

咆哮と共に、大神はそこからタービンジェットを用いて急加速してみせる。

砲撃は大きく外れ、大神には水しぶき一つかかることはない。

 

「うそっ!」

 

大神は加速の勢いのまま急接近している。砲弾の再装填を待っている余裕はない。

曙は大神の急加速を加味して3連装魚雷を発射し大神の接近を妨げようとする。

 

しかし、大神はその場で跳躍すると、空中でタービンジェットを使ってこちらへと急加速する。

当然魚雷は命中することなく、空中を駆ける大神の下を通り過ぎる。

 

「なんなのよ、それ! 反則じゃない!!」

 

こちらの水上機動に対し、一時的なものとは言え三次元的機動が出来るだなんて反則もいいところだ。

三次元起動する相手ならば魚雷は全くの役立たずだ。

 

「だからって!」

 

艦娘とて、深海棲艦との航空戦のように三次元的機動を行う相手との戦闘経験はある。

大神を自分と同じ艦娘としてではなく、敵航空機と同じように考えれば――

 

そう考え直す間に大神は再度急加速する、至近戦距離まで近付かれて交差する二人。

大神の姿を見失い、曙は急ぎ振り返ろうとしたがその前に首筋に刀を当てられた。

 

「曙くん、できれば君を傷つけたくはない――降参してくれないかな」

 

大神の、その声が放たれた時点で既に決着は付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、7駆の部屋にて曙は大いに荒れていた。

 

「あーもー、ムカつく!!」

「曙ちゃん、お、落ち着いて」

 

相手の大神のことを知らなかったとは言え、初戦の完全敗北っぷりにキレてしまった曙。

大神に再戦を何度も挑み、そして光武・海の機動に慣れていく大神に一撃も当てられず黒星を重ねていった。

 

このままではマズいと思った7駆が曙の代わりに挑み、機銃を織り交ぜた戦い方を見て頭を冷やさなければ今日は一撃も当てられなかったかもしれない。

 

――それに、結局大神はその二刀を振るうことはなかった。

接近され、刀を当てられた状態での降参勧告。それが勝負の決まり手だった。

 

明らかに手加減された状態での決着。

 

 

『曙くん、できれば君を傷つけたくはない――降参してくれないかな』

 

 

「ムカつく! 何、格好付けちゃってんのよ! ただの少尉の癖に!!」

 

ぬいぐるみを壁に向かって投げつける。

黒髪の人型のぬいぐるみはどこか大神に似ている気がする、以前まではお気に入りだったのだがその一点だけで当り散らしたくなって仕方がない。

 

「曙ちゃん、ぬいぐるみがかわいそうだよー」

「だって……」

 

潮にたしなめられ、ぬいぐるみを拾うが、今までのように抱いて寝るなんて考えるだけで怖気が走る。

しょうがなく、枕の横にぬいぐるみを曙は置くのだった。

 

「でも、大神少尉強かったねー、かっこよかったねー」

「ど・こ・が・よ!!」

 

若干頬を染めた漣の言葉を念入りに否定する曙。

 

「だって結局わたしたち、大神さんに負けまくりだったじゃない」

 

『今日はありがとう、曙くん、朧くん、漣くん、潮くん』

 

本日予定していた光武・海のデータ取りが一段落して、再調整が必要な箇所を修正するために引き上げようとしたとき、大神が握手を求めてきた。

曙は「フン!」とそっぽを向いたが、他の7駆は快く応じていた。

 

「そんなことない! 明日はぜーったい二刀を抜かせてやるんだから!」

 

明日も大神と訓練することを疑っていない口調で、曙は言い放つ。

明日、大神と訓練するのが自分達とは限らないのに。

その意味に気づいた7駆の面々は苦笑する。

 

「それにさー、大臣まで居たあの場でさ、曙ちゃんを庇って頭を下げるなんてなかなか出来ないよ?」

「それはそうだけど……」

「噂は本当だったんだね、あれが大神少尉かー」

 

何処かうっとりとした表情で思いにふける漣。

曙もつられて、責任者に問い詰められ助けられた場面を思い出す。

 

 

『いえ、自分も彼女――曙くんたちに海の上も借りることを言っていませんでした。自分達のミスでもあります、ですから曙くんだけを責めないでください』

 

 

『曙くん、だったね。説明せずに君たちのテリトリーに入ってすまなかった』

 

 

「なんなのよ、なんだったのよ、あの、クソ……少尉――」

 

いつものように人間につける筈の『クソ』と言う言葉。

 

だけど、大神にそうつけるのは、少し躊躇われた。

 

何故かは、曙には分からなかった。




戦闘描写難しいですね

大神さんの水上での機動については、艦娘同様の水上滑走に加え、腰部タービンジェットによるダッシュ、ダッシュキャンセル、ジャンプ、ジャンプキャンセル、空中ダッシュ、短時間の飛行等が可能です。
一言で言えばバーチャロン・オラトリオタングラムを想像していただければ、分かりやすいかと思います。
敢えて言いますオラタンであるとw(異論は認める)


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第四話 9 ただいま

翌朝の横須賀鎮守府の一角には、昨日と同じく大神たちが光武・海の試験準備を行っていた。

地上でのデータ取りは終わったのか、大神は既に光武・海を起動し海で三次元機動を練習していた。

 

「昨日の段階では、タービンの反応速度が若干遅れていたようだったのでそこを修正してみた、どうかね」

 

試しに山崎の言葉通りタービンを用いたダッシュを行うと、そのタイムラグが減少しているのが分かる。

より機敏な機動が可能になりそうだ。

 

「はい、良好です。これなら機銃掃射にも先んじて加速できそうですね」

「そうか。ならあと一つ頼みがある。昨日は基本データの取得をメインにしていたから敢えて言わなかったが、今日は機動しながらの霊力技の発動も頼む」

「了解しました。しかし、そうすると――」

「ああ、艦娘と対峙しての試験は流石に出来ないだろう。艦娘を無碍に傷つけても意味はないからね」

 

大神の指摘しようとしたことを、山崎が続ける。

確かに霊力技を当ててしまったら完全にオーバーキルだ。

 

「なんだ、今日は、私達は必要ないのかね? 昨日の7駆の仇討ちをしたかったのだが」

「え?」

 

岸壁を見上げると、そこには背部に巨大な砲塔部を配した艦娘――戦艦が二人居た。

 

「長門君に、武蔵君だったね。どうする、大神くん? 私達としては対戦艦のデータも欲しいから願ったり叶ったりなんだが――大神くん?」

 

山崎が大神を見ると、顔を朱に染めて戦艦たち、特に武蔵から視線を逸らしていた。

 

「どうした、少尉? 戦艦と聞いて怖気づいてしまったのか? だとしたら、残念なのだが――」

 

武蔵が僅かに失望したような、残念そうな表情をする。

だが、山崎がそれを楽しそうに否定する。笑みが零れている。

 

「いや違うな。大神くんはね、君たち戦艦の格好に、照れているのだよ」

「――っ!?」

 

図星をつかれたのか、大神が慌てて山崎のほうを見やる。

何かを言おうとするのだが言葉が詰まり、身振り手振りで違うと言いたげだがもはやパントマイムだ。

その初心な反応に武蔵が、面白いものを見たとばかりにニヤリと微笑む。

 

「ほう、昨日あれだけ鬼神のような強さを見せていたというのに、少尉は可愛いな」

「見ていたのかい――っ!?」

 

武蔵のほうを振り向く大神だが、サラシを巻いただけの豊かな胸が目に入り、再び視線を逸らす。

記憶の上ではそれが決して不自然ではないと分かっているのだが、やはり認識がついてこない。

実に面白そうに腕を組みなおす度に大きく揺れ動く胸、武蔵の姿が目に毒過ぎる。

 

「どこを見ている? そこは特に変わってないぞ?」

「武蔵、それ以上からかってやるな」

 

胸を見せ付けるようにして大神をからかう武蔵だったが、流石に長門が埒が明かぬとばかりに釘を刺す。

 

「そうだな、これ以上は時間の無駄と言うものか。少尉、どうしてもダメと言うなら、仕方がない、諦めよう」

「長門くん、武蔵くん、数秒待ってくれないか」

 

そういうと大神は深呼吸を一回した後、軽く頬を叩いて活を入れる。

再度、長門と武蔵を見る視線は、初心な少尉から戦士のものへと移り変わっていた。

 

「ほう、これは楽しめそうだな。長門よ、悪いが私が先にさせてもらうぞ!」

「しょうがない、私の分も残しておいてくれよ」

 

大神の視線に誇り高き戦士の志を感じた武蔵は、一足早く岸壁から海に降りると海上を駆ける。

 

「大神くん、相手は――」

「はい、分かっています!」

 

日本が誇る世界最大級の戦艦、大和級二番艦の武蔵。

当然、一筋縄でいく相手ではない。

 

「行くぞ!」

 

だが、大神が己の世界で相手にした最大の戦艦は、九十三尺(28.2m)砲を主砲に持つ空中戦艦ミカサだったのだ。

武蔵といえど、やってやれないことはない。

 

 

 

 

 

それからしばらくして、駆逐艦の寮から演習場に駆ける7駆の姿があった。

まだ自主練習の時間であるため、怒られるような時間ではないのだが、昨日行っていた光武・海の機動試験の時間からすると完全に遅れた。

 

「もう、何で起こしてくれなかったのよー!」

 

どうやら遅刻の原因は一番再戦を望んでいた曙らしい。

気分が逸って昨晩は眠れなかったのだろうか。

 

「だって、曙ちゃんが幸せそうに寝ているから……」

「そうそう、昨日大神さんに似てるからって散々ケルナグール投げるの暴行を加えたぬいぐるみさんを、大事な人を抱きしめるみたいに胸に抱いて寝てるんだもん、あれは起こせないって!」

 

漣の指摘に曙の顔が真っ赤に染まる。

 

「そうかな、どっちかと言うと、あれはもう好きな――」

「わー! 何バカな事言ってんのよ、朧! あれは、つい、いつもの癖で……」

 

読書が趣味なだけあって、曙の姿に恋愛小説の一ページを重ねた朧の言葉を否定する曙。

だが、口調が徐々に弱弱しくなる。

 

「おやおや~、じゃあ、何で起きたとき満足げにぬいぐるみを枕元に置きなおしたのかな~。曙ちゃんの言う通りならそれこそ悲鳴でも上げながらぬいぐるみを投げ飛ばさないとおかしいじゃん~」

「それは……もう、うるさい! ただ寝ぼけていただけ! この話おしまい!!」

「漣ちゃん、曙ちゃん真っ赤だから、もうやめよう?」

「そうだねー、どうやら先越されちゃったみたいだし」

 

漣が指差した先には、昨日聞き慣れたタービンによる急加速で武蔵の46cm砲と15.5cm副砲、そして25mm3連装機銃のコンビネーションを回避する大神の姿があった。

 

「あははっ、痛快だ! こうも私の砲撃を回避するか、少尉!」

 

昨日7駆との対戦で見せた三次元機動を見て、そして武蔵なりに考えたのだろう。

三種の射程の異なる武器を駆使し、大神の機動を封じようとする武蔵。

 

「お褒めに預かって、光栄だね!」

 

対し、大神は急加速だけでなく急減速によるフェイントをも用いてその間合いを詰めようとする。

それは、昨日7駆との戦いでは見せなかったものだ。

 

「わーお、大神さん、本気ってやつ? すっごーい」

 

漣は素直に感嘆するが、曙の表情は複雑だ。

 

「クソ少尉、いつか絶対本気出させてやるんだから……」

 

曙は手をギュッと握り締めて誓う。

 

その間にも武蔵と大神の戦いは続いている。

お互いの距離は演習を始めた頃と比して四分の一以下。

武蔵の射撃の癖も掴んだ大神は、射撃の一瞬の隙を突いて一直線に急接近する。

 

「今だ!」

 

「なめるなぁっ!」

 

そして刀を鞘ごと首筋に当てようとするが、武蔵はその腕を動かして刀を跳ね除ける。

身体が大きく開いた大神に至近距離からの15.5cm副砲の照準が合わさろうとする。

 

「大神くん?」

「大神さん!」

「クソ少尉、負けるなーっ!」

 

副砲とは言え直撃をもらえば守護障壁もただではすまない。

敗北判定か、と誰もが思う中、気付けば曙は大神に声援を送っていた。

 

「せいっ!」

 

瞬間、大神はもう一刀を抜き放ち、15.5副砲を逆袈裟に斬り捨てた。

 

「私の負けか……」

 

両断された15.5cm副砲をみて、武蔵が呟く。

 

「いや、俺の負けでいい。抜刀するつもりはなかったのに、つい瞬間的に抜刀してしまった、抜刀させられた時点で俺の負けだよ、武蔵くん」

「それを言い出したら、最初に刀を弾こうとした時点で私の負けだ、腕が切り裂かれていたはずだ」

「俺の負けだ」

「私の負けだ!」

 

言い合う二人。だが一拍おいて二人は笑いあう。

 

「実にいい戦いだった。貴公が提督でないのが残念だよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ、武蔵くん」

 

流石に華撃団のことを話すわけにもいかず、返礼する大神。

そのまま二人は岸壁に近付こうとする。

 

が、

 

「あっ」

 

抜刀し逆袈裟に切り上げた際、サラシの結び目を切り裂いていたらしく、武蔵のサラシが解け豊満な胸があらわになる。

腕で隠す武蔵から、慌てて視線をそむける大神だったが、

 

「見た……か?」

 

一瞬とはいえ見えてしまった。嘘をつく訳にもいかず、一つ頷く大神。

 

「そうか……貴公には責任を取ってもらわないとな」

「いいっ!? 責任って……」

 

責任ってなんだ、帝國・巴里華撃団に問い詰められたときのことを思い出し大神は冷や汗を流す。

 

「決まっているではないか――」

「さあ、次はこの連合艦隊旗艦である長門と戦ってもらうぞ、少尉! あれほどの戦い、見て黙ってなど居られん!!」

 

胸を腕で隠した武蔵が大神に近寄るが、一歩下がった大神を後ろから長門が引っ張って沖合いに引きずっていく。

 

「……ふむ、まあいいか――」

 

胸を隠したまま武蔵は肩を竦めるのだった。

 

「やっぱり、クソ少尉だわ、ふん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、二日目の試験が終わった次の日、大神の電話を受けてから三日目。

 

「「「うにゅーん」」」

 

警備府の艦娘は司令室でだらけきっていた。

 

一日目は戻ってくる大神さんに恥じぬようにと、頑張って訓練した。

二日目は一日目やりすぎて疲れた分、軽めの訓練で終わった。

そして三日目、このザマだった。

 

「もう、皆さん! 大神さんが居ないからってだらけすぎです!」

 

教官役の神通が皆をたしなめるが、

 

「えー、じゃあ、なんで神通はみんなを連れて訓練に行かないのさー」

「え、だって、大神さんが戻ってきたとき出迎えてあげたいし……」

 

川内の問いに、もじもじと指を合わせながら恥ずかしそうに答える神通。

 

結局はそういうことなのだ。

 

大神さんが戻ってきたとき、司令室で出迎えたい。

電話で数日と聞いた、もう戻ってきてもおかしくはない。

そう思うと、訓練にも身が入らなくて、司令室に入り浸ってしまっているのだ。

 

司令官も艦娘の気持ちが分かっているのか、と言うか自分も出迎えたいらしく何も言わない。

いつ帰るか正確な日を聞いておくべきだったなと思うが、あとの祭りだ。

 

そんな空気の中、司令室をノックする音が聞こえる。

 

「大神さんかな?」

「隊長だよ!」

 

ドアの近くに陣取っていた暁と響が振り向き、ドアに駆け寄る。

 

「お帰りなさい、大神さん――」

「お帰りなさい、隊長――」

 

自分こそが一番に大神を迎えるのだと、我先にと司令室のドアに向かう暁と響。

だが、

 

「ただいまぁ、出迎えご苦労だったな、暁、響」

 

「え――」

 

凍りつく響たちの顔を、ニヤニヤといやらしい顔をして笑う渥頼提督が見下ろしていた。

 

「お前の大好きな隊長でなくて残念だったなぁ、響、暁。これからまた、俺がお前達の提督だ。今度は逃がさねぇ、骨までしゃぶり尽くしてやるから覚悟しろ!」

 

そして、そのいやらしい視線を嘗め回すように艦娘たちに向けるのであった。




追記
祥鳳は渥頼のいやらしい視線を避けるため、梅雨の時期限定のグラフィック状態です。
好感度が上がれば通常グラフィックとなって大神を悩ませます。


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第四話 10 提督華撃団! 参上!!

光武・海の機動試験が始まって三日目。

昨日戦艦との戦闘データを取得し、続いて水上起動しながら霊力を用いた必殺技の使用時のデータも取得。

二日目の時点でシェイクダウンとしてはほぼ終わったといってもいい。

 

「うむ、水上での霊力技の使用時も問題ないな。各部品の疲労度も予想範囲以下。これなら、一週間連続稼動しても問題なさそうだ」

「勘弁してください、それは自分の方が持ちません」

「ははは、それもそうだったね大神くん。どうもいけないね、技術屋というものは」

 

肩を落とす大神に、笑いかける山崎。

二日間の起動試験の間にわだかまりは完全になくなり、友人のように会話を交わしていた。

いや、もう友人といってもいいかもしれない。

 

「さて、あとは今後の開発・性能向上に備えて、多様な戦闘データを取っておきたいところだ。あと、出来れば作戦効果も確認したい」

「ですが、横須賀鎮守府の艦娘に練習もなしに指揮下に入れというのは……」

「そうだね。練習もなしに指揮下に入っても作戦効果についてはマトモに調査できないだろうから、例のアレが通ってからでも良いだろう」

 

では、本日の予定をどうしようかと技術部を交えて話し合う二人。

武蔵、長門、そして7駆の面々も傍で二人の話を聞いている。

作戦効果って何だと興味津々な顔をしていたが、敢えて二人の会話には入っていかない。

 

「大神! 不味いことになった」

 

そんな中、珍しく加山の慌てた声が大神にかけられる。

振り向くと、山口大臣の姿もある。何があったのだろうか。

 

「どうしたんですか、山口閣下、加山?」

 

が、山口は艦娘の姿を見て口ごもる。

情報が漏れないか心配しているのだ、大臣の姿を見て艦娘たちにも緊張が走る。

 

「閣下、ここに居る艦娘は信頼できる子達です、ご安心ください」

「少尉……」

 

迷うことなく自分達を信頼すると言い切った大神に武蔵が惚けたような声を返す。

それは長門、7駆も同じ。心に響くものがあった。

 

「みんなもここで聞いたことは他言無用だ、いいね?」

 

大神の声に、艦娘たちが頷く。

この信頼を不意にするなんて出来ない。

 

「大神くん、分かった。単刀直入に言おう、華撃団設立に向け、我々が動いている隙をつかれた。警備府の人事に介入されたんだ。司令官は怪我治療のためと言う事で予備役送りになり、代わりにブラック派の司令官になって、直属の提督としてあの渥頼が着任する」

「なんですって?」

 

自分の調査と称して、警備府の艦娘を支配しようとした渥頼が、再度艦娘を直接指揮する提督となる。

それが彼女達にとってどれだけの心の傷になるだろうか、予想するまでもない。

渥頼提督の悪名は横須賀鎮守府の艦娘にも届いているらしく、仲間にもたらされる結末を感じ悲痛な表情をしている。

 

『私たちが司令官以外の人をまた信頼できるようになって――』

 

睦月の独白が大神の脳裏に蘇る。

 

『そんなとき大神さん、あなたがやって来たんです』

 

そんな彼女達を見捨てるなんて――出来ない。

 

「その人事を覆すことは出来ないのですか?」

「経緯はどうあれ一度正式に発行されたものだ、取り消すにしても時間はかかる。それより華撃団の設立がすぐ完了する予定だ。それを待ってくれ――」

「山口閣下、お願いします!」

「大神くん……」

 

大神は山口を前に土下座をしていた。

艦娘のために――。

 

「大神くん気持ちは分かる、だが、ここで無理に動いても――」

「分かっています――閣下の仰る事が正しいことは、事を確実に期すべき事は」

 

そう、理性では分かっているのだ、そんなことは。

 

「でも、俺には出来ません。警備府の艦娘、彼女達を見捨てることなんて!」

 

額を地面にこすりつけながら大神は云う。

 

「傷つけ虐げられ、それでも俺も信頼してくれた――そんな彼女達を数日とは言え分かって見捨てて、艦娘のための華撃団隊長を名乗るなんて、俺には出来ません!」

「クソ少尉……」

 

曙が呆然とした目で大神の姿を見ていた。

 

こんな人間が居るのか。

 

こんなに艦娘を想ってくれる人間が居るのか。

 

衝撃が曙の全身を貫く、羨ましい。そこまで想われたい。

 

「やっぱりこうなっていたか、大神よぉ」

「米田……閣下」

「ったく、男がそう簡単に土下座なんてするもんじゃないぜ、大神」

 

見上げると、米田が大神に手を差し伸べていた。

米田に引き上げられ、大神は立ち上がる。

 

「米田、深夜に電話したときから行方が分からなかったが、何処に行ってたんだ?」

「それはな――大神、今のお前に一番必要な物を取りに行ってたんだ」

 

そう言うと、米田は懐から一通の封書を取り出す。

 

「ったくよ、大変だったんだぜ。花小路を叩き起こしたり――朝早くからあの方に会ったり」

 

封書の内容を目にして大神と山口が驚愕する。

 

「これは! 動くのかね!?」

「ああ、こいつの云うとおりだ、ここで黙って見捨てると云うのなら俺達のやってることの意味なんざねえ!」

「米田司令!!」

 

身を震わせて大神が師の、その名を呼ぶ。

 

「だから、閣下だって言ってるだろ」

「米田閣下……」

「さあ、行くぞ大神! 提督華撃団の本拠地! 有明にな!!」

「警備府ではないのですか?」

 

大神の問いに、米田が頷き答える。

 

「今から陸路で警備府に行っても間に合わねえ。だから間に合う方法を取る!」

 

そして米田は武蔵たちに視線をやった。

 

「そこの艦娘の嬢ちゃん。深海棲艦相手じゃないが、仲間を助けに行く気はないか? 上の了解なら山口が取ってやるぜ」

 

答えなど決まりきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやらしい視線で嘗め回すように艦娘たちを見る渥頼。

司令官がその視線を嗜める様に言及する。

 

「そこまでだ、渥頼。以前のように好きにはさせぬぞ。言動を慎むのじゃ」

「残念だったなあ、オンボロ司令官」

 

だが、渥頼は懐から封書を取り出し内容を告げようとする。

内容を察した司令官は声を荒げ最後の命令を下す。

 

「司令官として艦娘たちに命令する! 逃げろ! 直に大神たちが戻ってくる! それまで逃げるんじゃ!!」

 

訳が分からない艦娘達であったが、その言葉に従って艦娘たちは外に飛び出していく。

渥頼の直前に居た響たちも渥頼の手を逃れ外へ飛び出す。

 

「チッ、比叡。逃走した艦娘を捕まえろ!! にしても、バカか司令官? 大神が戻ってきたところで何も出来るわけねーだろ」

 

 

そして数十分後、港で比叡たちに数人の駆逐艦が取り押さえられていた。

6人の艦隊で取り押さえられたのは僅か数人だったが、その全てが駆逐艦である事に渥頼は満足していた。

暁と響が中に居たことに特に。

 

「さてと、実効力のない命令に従って逃げた悪い駆逐艦にはお仕置きが必要だなぁ」

「キャッ!」

 

暁の襟を掴む渥頼。

 

「チッ、流石に艤装か、簡単には破れねーな」

「やめてよ! 離れなさいよ、この変態渥頼!」

 

そして、暁の服を力任せに引き裂こうとする渥頼。

だが、いくら服とは言え艤装、人の手でそう簡単に引き裂けるものではない。

己の手で引き裂くことを諦めた渥頼提督は暁を羽交い絞めにしている比叡に命じる。

 

「おい、比叡。お前のその無駄にでかい握力で、暁の服を、引き裂け!」

「なっ!? いくらなんでも! そんなの命令でも、出来ません! 逃走を阻止しろといわれたからしただけで――」

 

渥頼のゲスい命令に従えず反抗の言葉を上げる比叡。

だが、渥頼はいやらしい笑みを浮かべたままだ。

 

「ほう、じゃあ代わりを探すとするかー、おい!」

 

渥頼の声に従い、従卒が一人の白衣の少女を運んでくる。

警備府の誰も知らず、目覚めるまで明石たちが面倒を見ていた少女。

だが、それを一目見て比叡の顔色が変わる。

 

「お姉さま!? 金剛お姉さま!!」

 

艤装を身にまとっていないし、特徴的な電探型のカチューシャもつけていない。

だが、お姉ちゃん子だった比叡が金剛を見間違える筈がない。

 

「そうだ、お前の大好きな金剛お姉さまだ。どういうわけか警備府に逃亡してやがった」

「違います!! お姉さまは! 私を庇って、沈んで……」

「じゃあ、何でこんな所に居るんだろうなあ? 逃亡は重罪だ、だが……見なかったことにしてやってもいいんだぞ、比叡」

 

分かってるよなぁと、比叡に含んだ声色で尋ねる渥頼。

 

「まさか……」

「どうするかはお前の勝手だ。さぁ、どうする?」

 

実に楽しそうに比叡に選択を迫る渥頼。

力の限り目を瞑り苦悩する比叡。

 

けど、

 

「出来ない……」

 

だけど、どちらかしか選べないというのなら、比叡には一つしか選べない。

 

『比叡……がんばってネ……私……ヴァルハラから見ているから……』

『お姉さま! いやー!!』

 

あの時届かなかった手がそこにあるのだ。

その手を離すようなことなんて――

 

「わたし、そんなの出来ないよ……ごめんなさい……」

 

比叡の目から涙がポロポロと零れ落ち、暁の髪へとかかる。

自分はもう、ヴァルハラになんて行けない。地獄行きは確定だ。

でも、それでも、金剛に、姉に一時の安息が与えられるというのなら、

 

「……ごめんなさい、暁ちゃん」

「比叡さん、やだ、やめて!」

 

比叡が暁のセーラー服の襟元に手をやり、力を入れる。

 

「やめて! 暁に変なことしないで!」

「大神さん大神さんと男に色ボケしやがったお前は後回しだ、暁の次に可愛がってやるよ」

 

同じく苦悩の顔をした山城に抑えられた響が叫ぶが、渥頼は一顧だにしない。

目の前の駆逐艦のストリップショーに執心のようだ。

 

「やだ!」

 

セーラー服は悲鳴をあげ、やがて引き裂かれていく。

 

「やだーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

だが次の瞬間、爆音が響き、水面に大きな水柱があがる。

 

「何だ?」

 

水柱の向こう側に幾人かの人影が見える。

 

だが、その一人は水壁を通しても見間違えようがない。

 

名を付けるとするならば、それは黒髪の貴公子。

 

 

 

「隊長……?」

 

 

 

闇を引き裂いて、虹色に染め上げる、その姿。

 

 

 

「隊長……隊長!」

 

 

 

悪を蹴散らして、正義を示す、その姿。

 

 

 

「隊長ーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

その姿こそ、

 

 

 

「提督華撃団! 参上!!」




もうチョイ時間あけるつもりだったのですが、前回のタイトル詐欺の引きが凶悪過ぎたかと思ったので書きました。
書いてる人間がいうのもなんですが比叡に選択を迫る渥頼が下劣過ぎてすいません。

次回移動方法の説明と、悪漢の末路。


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第四話 11 渥頼の末路

時は僅かに遡る。

場所は東京都江東区、東京臨海副都心の一部をなす有明に大神たちは来ていた。

近代的な建物が立ち並ぶ中、逆三角形が4つ並ぶ会議棟が印象的な東京国際展示場、いや、東京ビッグサイトの一階にて、大神たちを乗せた数台の車が止まる。

 

「米田閣下、確かに海にほど近い場所ですが、ここが本拠地なのですか?」

 

正面玄関・エントランスホールから外に伸びるペデストリアンデッキに佇み、巨大な建物を見渡しながら、大神は米田に尋ねる。

 

「そうだ! ここ東京ビッグサイト――いや、帝國ビッグサイトこそが提督華撃団の本拠地だ!」

「では、ここから轟雷号か翔鯨丸で!」

「いや、轟雷号も翔鯨丸も帝都防衛のためのものだ。云っただろう、『東アジア防衛思想』と」

 

『東アジア防衛思想』と再び聞いて、大神の脳裏にかつて巴里で展開された『欧州防衛思想』が蘇る。

同じく広範囲を守護する防衛思想。ならば――、ここにあるものは?

 

「では、あるのですか! リボルバーカノンが!?」

「そうだ、ある! リボルバーカノンを元に、艦娘による艦隊を瞬時展開できるようにした新兵装、九十三尺超々距離輸送砲、ビッグサイトキャノンが!! 大神、今こそ、言い放つときだ、『提督華撃団! 出動!!』と!」

「了解しました!」

 

敬礼を取り返事をすると、ここまで付いてきた艦娘たち、長門、武蔵、7駆を見やる。

艦娘たちの意思は、その視線で分かる。言葉で確認するまでもなかった。

 

「みんな、いいな! 提督華撃団! 出動!!」

「「「了解!!」」」

 

大神のその言葉と共に、帝國ビッグサイトに電流が走った。

 

『緊急警報!緊急警報! ビッグサイトキャノン展開のため国際展示場 西・東展示棟、アトリウムの方は避難してください!』

 

聞き覚えのある声の緊急警報と共に4つの逆三角形で構成された会議棟が4つに分断され、放射線状に大きな機械音を立てて移動する。

そして、中央部に空いた50m強の穴から砲身が天に向かって伸びる、その長さ、実に1キロメートル。

会議棟の4つの逆三角形はその向きを変え、砲身に沿う。

 

『ビッグサイトキャノン照準合わせ……警備府海上にセット!』

 

また別の聞き覚えのある声がビッグサイトに響き渡る。

そして、警備府に照準を合わせるためペデストリアンデッキは回転しながら砲身を傾けていく。

その動きがしばらくして止まる。

 

「これが、ビッグサイトキャノン……」

「大神! 済まないが、輸送砲弾への搭乗の自動化は未完成だ!艦娘と共に乗り込んでくれ!」

「分かりました、みんな行くぞ!」

 

 

 

砲身中央部に近付くと上下に分割された輸送用の砲弾があった。

近くに居た、やはり見覚えのある制服に身を包んだ少女達が、大神を手招きする。

 

「大神さんこちらです!」

「かすみさん、由利くん、椿くん、メルくんにシーくんまで!?」

「説明はあとでします。大神さん、ここに入ってください! 艦娘の皆さんは背中の艤装を一度解除を!」

 

かすみの指示に従い、大神たちは砲弾の内側に入る。そこには宇宙船のように身体を固定する器具が7人分セットされていた。

腰掛に座ると、整備員が艦娘たちの背の高さにあわせていく。

 

「今回ばかりは手動で悪いな、隊長さん!」

「中嶋親方も!」

 

やがて全員のセットが終わったらしく、上部砲弾と下部砲弾が連結される。

 

「ひっ」

 

一瞬、暗闇に包まれ潮が怯えた声を出すが、

 

「大丈夫だ、潮くん。俺を、俺達華撃団を信じてくれ!」

 

隣の大神に手を握られ、その暖かさに安心し頷く。

やがて、うっすらと明かりが点り、慣性相殺が働く。曙は何故か不満げだった。

 

『大神さん、準備はいいですか?』

「勿論だ!」

「大丈夫です!」

 

聞こえるかすみの声に答える大神、続いて艦娘たちが答える。

 

『了解です、司令、じゃなかった、閣下。ビッグサイトキャノン発射準備完了です!』

『よし、ビッグサイトキャノン――発射!!』

 

慣性相殺のおかげか、内部にかかる衝撃はリボルバーカノンより少ないもののように大神には思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長……」

「暁くん、遅くなってすまなかった」」

 

涙ぐみ自分を呼ぶ暁に視線を向け、それを背後の比叡へと向ける。

 

「比叡くん、暁くんから手を離してくれ」

 

光武・海に身を包んだ大神の言葉に反射的に手を離しそうになる比叡。

 

「何やってやがるんだ、比叡! お前は俺の指揮下の艦娘だろうが!!」

「違う、渥頼大佐。貴方には、いや、もう貴方達ブラック提督に艦娘を意のままに操る権限はない!」

 

そういいながら、大神は懐から書状を取り出す。

 

「本日、早朝を以って艦娘人権保護法が成立した。艦娘に対する命令に艦娘の権利を著しく侵す恣意的なものは認められない! 今のお前のような、暁くんを、そして艦娘を辱めるような行為は断じて認められないんだ!!」

「なんだと……そんなの、そんなの俺は聞いてない!」

 

大神の言葉に、気迫に、渥頼は一歩下がる。

現実のことと思えないのか、視線があやふやになっている。

 

「そして、艦娘は全て日本近海の全ての国を守る『東アジア防衛思想』に基づいた政府直属部隊『提督華撃団』の所属となる! 貴方の指揮下の艦娘はもう存在しない!」

「そんな、ウソだ! 俺の命令は元帥から金で買った正式なものだ!! それ以上の命令があるわけ――」

 

そこまで一気に言って、渥頼は一つの事に気づく。

 

「まさか――」

「そう、その通りだ」

 

信じられないと首を降る渥頼の問いを肯定するかのように大神は頷く。

 

「まさか、まさかまさかまさかまさかまさか!?」

「そう、本命令は――勅令である! これより、艦娘は大元帥閣下の下に入る!!」

「うそだうそだうそだうそだーーっ!」

 

大神の宣言に顔を掻き毟り首を振って否定する渥頼、皮膚が破れ血が流れ落ちる。

だが、しばらくすると、急に渥頼は笑い出す。

 

「ふは、ふはあはははははははははっは! この新人少尉め、勅令を偽造しやがった! 万死に値するぞ!!」

「渥頼大佐――貴方は、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「当たり前だ、おい比叡! 大神少尉を、この大罪人を砲撃しろ! 偽造文書ごと抹殺するんだ!!」

 

勅令さえ――証拠さえなければ、未だ自分の思い通りになる。

そう考えた渥頼は比叡に砲撃を命じる。

 

「嫌よ! もう貴方の命令を聞くなんて――お断りよ!!」

 

しかし、命令を聞く義務がないことを知った比叡は渥頼の命令を拒絶する。

 

「このっ!? 比叡、お前、分かっているのか!? お前が云うことを聞かなければ金剛は――」

「ダメダメ、夜戦じゃないからって私達のこと忘れちゃー」

「金剛が何だっていうのさ、この、クソ――本当のクソ提督!!」

「な、何だってー!?」

 

渥頼が振り返ると、7駆と川内型3姉妹が従卒の手から金剛を取り戻していた。

 

「くそーっ! なら山城! 加古! 千歳! 千代田! 龍驤! 誰でもいい大神を殺せ!!」

 

だが、彼女達は誰一人として動こうとしない。武蔵と長門に睨まれて動けないと云うのもあるが。

 

「お断りや! 前から、前からずーっとこう言いたかったんや、このゲス野郎!!」

「龍驤ーーっ! この野郎、ならお前らも道づれにしてやる!」

 

そういうと渥頼は懐から一つのスイッチを取り出す。

 

「お前らには知らせてなかったが、こういう時のためにお前ら6人の艤装には爆薬が仕込んでいるんだよ!!」

「な、なんやて?」

「こんな浅瀬じゃ沈めるには事足りないが――お前らの肌を焼くには十分だ!」

 

驚愕する6人だったが、艤装の何処に仕込まれたか分からない状態では、取り外すこともできない。

 

「焼け爛れた、醜い姿になりやがれーっ!」

「渥頼大佐っ! 貴方って人はーっ!!」

 

しかしタービンの音ともに閃光が走る。

押そうとしたスイッチの反応がなく、渥頼は自分の腕を見て――

 

「ぎゃああああっ! 俺の、俺様の腕がーっ!」

 

渥頼の腕が、手首から先が切断されていた。

 

落ちようとしたスイッチをキャッチする大神は持ち歩いていた3本目の刀、天龍の刀を振り下ろす。

刀についていた血糊が地に吹き散らされる。

 

「組織を潰さず両断しました。縫合すれば、その手は問題なく使えるはずです」

「大神はん――」

 

「渥頼大佐。艦娘保護法違反、勅令の無視と隠滅、そして、艦娘爆破未遂の罪で捕縛します! 憲兵!!」

 

大神の声に応え憲兵達が渥頼を取り押さえていく。

勅令の隠滅、艦娘の爆破を図ったとあっては重罪は免れない。

 

 

もう艦娘は安全だ。

 

そこまで考えて大神は一つ溜め息をついた。




ビッグサイトキャノンの名前及び展開形式、我ながらめちゃくちゃやっている自覚はありますが、これこそミカサから連なるサクラ大戦の様式美www

なんで、サブ組は年齢そのままなのかって? サブだから問題ないのじゃ。

あと九十三尺砲が着水したら衝撃、水飛沫はそんなもんじゃねーだろーというツッコミもなしでお願いします。
中に華撃団が乗っている輸送砲だから衝撃を和らげる構造になっているんです。


最後に活動報告でも書きましたが、明日から土曜日まで不在となるため次の更新は日曜日頃となります。


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第四話 終 かくして彼女は目覚める

憲兵に取り押さえられた渥頼は当初こそ暴れ全てに対し暴言を放っていたが、徐々に血を失った影響もあり大人しく連行されていく。

その様を見て、己がようやく渥頼から開放されたのだと、自由になったことを実感する虐げられていた6人の艦娘たち。

身体から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちようとしていたが、比叡だけは違った。

 

「お姉さま!」

 

その場を駆け出し、金剛の元へ近付こうとする。

 

「あっ、比叡さん! まだ艤装の爆弾を解除していないから危険ですよ!?」

「そんなことよりも、お姉さまは!? 金剛お姉さま!」

 

渥頼の命で彼女達に仕掛けられた爆弾を解除しようとする明石の声も、今の比叡には聞こえない。

港の荷物に背を預けている金剛の元へとただ走る。

艤装の爆弾解除を手伝うため、明石の元に向かう川内たちとすれ違う際、告げられる。

 

「大丈夫だよ、比叡さん。大神さんが深海棲艦から救い出したときから何も変わってないから」

「お姉さま……」

 

川内の云うとおり金剛の姿は傷一つなく、自分の記憶にある最後の姿――血まみれで沈んでいったもの――とは大きく違う。

それは、かつて四姉妹が一緒にいた以前の時に繋がるものだった。

 

『さあ、朝ダヨー。みんな起きるデース!』

『TeaTimeの時間デース! 午後の集中できないときはこれが一番ネ!』

 

今にも目を開けてそう言ってしまいそうな姉の姿に、再び比叡の目尻に涙が溜まり始める。

そんな姉と比べて、今の自分はあまりに情けなくて――思い返す内に自然と項垂れていく

 

「金剛お姉さま……」

「まったく、比叡はしょうがない、妹デース……」

 

聞き違いではないだろうか、比叡が項垂れていた顔を再び上げる。

 

「え……?」

 

ずっと眠り姫だった少女――金剛がその目を開けていた。

かすかに震え動かし辛そうにしながらも、その手で比叡の頭を撫でる。

 

「お姉さま、金剛お姉さま……」

「そうだヨ。ヴァルハラには辿り着けなかったけど、ここで比叡に会えたから結果オーライネー……」

 

寝続けていたためかその力は弱くなっており、撫でると云うよりただ触れるといった方が正しい。

しかし、その手は間違いなく金剛のものだ。

今度は間違いなく歓喜の涙を零しながら、金剛に撫で続けられる比叡。

 

「でも、比叡のした事は、Noだからネ……」

「え?」

 

一気に天国から地獄へと叩き落されたような表情をする比叡。

 

「暁ちゃんにした事。私のためでも、もうあんなことしちゃNo、なんだからネ……」

「そ、それは……」

 

言いあぐむ比叡、自分でも自覚はしているのだ。

再び姉と何かを天秤にかける事があったなら、自分は間違いなく姉を選ぶ、と。

 

言いよどんでいる比叡の姿を見て、金剛はため息を一つ。

 

「もう、しょうがない比叡デース。なら、せめて暁ちゃんに今すぐ謝らなきゃNoなんだヨ?」

「あ、はい。ごめんなさい、今すぐ謝ってきます!」

 

そう言葉を一つ残して、比叡は暁たちの元へと向かう。

 

比叡が涙を流して、苦渋の選択を強いられていることを見ていた暁たちは比叡の謝罪を素直に受け入れる。

 

それを見ていた金剛は頼りない足つきで、渥頼捕縛後の処理をしていた大神の元へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

新たに司令官となる筈だった人間は、渥頼と同様に賄賂にてその地位を買った事を渥頼に暴露され、憲兵隊に捕縛。

現時点で警備府には司令官がいないことから、前司令官が司令官の職に一時的に復帰する事となった。

それらの事を大神は警備府から米田・山口陸海両大臣に報告する。

 

「――以上が警備府での顛末となります」

『ありがとう、大神くん。しかし、金銭による売買まで行われていたとは……艦娘に戦わせている間に人間は何をやっていたんだろうな。人間自身が強くなったわけでもないのに』

 

電話越しにも聞こえる大きな山口のため息。

 

『まあ、そういうな、山口よ。艦娘だけでもブラックから切り離しは出来たんだ。まずはコレでよしとしようじゃないか。これからは海軍の大掃除をして一刻も早く組織を立て直さないといけないぞ』

『そうだな、このままでは艦娘を同時展開するための準備すら出来ないからね。大神くん、警備府での後処理と準備が終わり次第、艦娘を連れて戻ってきたまえ』

「はい、了解しました」

 

そして、大神は天を仰ぐ。

 

 

まだ渥頼を斬った生々しい感触を手が覚えている。

 

下劣を極めた人間と言えど、人を直接。

 

今なら分かる、分かってしまう。

 

山崎真之介が如何にして人に、己に、絶望したのか、葵叉丹と名を変えるようになったのか。

 

自らの中の『大神一郎』が絶望している。

 

正義を示す男になると剣を振るっていた子供時代はなんだったのかと。

 

深海棲艦があらわれ、平和を守るために海軍将校、提督となることを志したことはなんだったのかと。

 

間違っても、こんな者になるために、必死に学び努力し主席を取ったのではない――と。

 

「――でも、俺の背中の後ろに守るべき人たちがいる。だから――」

 

人々の幸せを、平和を守るために戦うんだ、俺は。

 

そう大神は、『大神一郎』に言い聞かせる。

 

「隊長?」

 

振り返ると純白の白衣に身を包んだ少女の姿。

 

「金剛……くんだったね、辛そうに見えるけど動いても大丈夫なのかい?」

「えぇ、もう大丈夫デース。それで比叡たちのことなんですけれど、厳しい罰はしないでほしいのデース」

「ああ、それについては何もするつもりはないから。安心して欲しい」

 

お願いする金剛の言葉に即答する大神。

 

「よかったデース。これで安心できマースッ!?」

 

そこで安心したのか金剛はバランスを崩し大神の横に倒れこむ。

大神の手に支えられ、転ぶ事は避けられたが。

 

「大丈夫かい、金剛……くん?」

 

真っ赤な顔をして大神から離れようとする金剛。

 

何せ、ずっと寝たきりだったのだ。

今の自分の状態を鏡で見れていないし、体臭がしないかどうかも心配だ。

妹が心配でここまで来たが、それはそれ。今の自分は乙女としていろいろと問題が多すぎるのだ。

 

「だ、大丈夫デース、自分で立てマース……」

 

と慌てて足腰に力を入れて離れようとするが、力が思うように入らない。

 

「ダメだよ、ずっと寝たきりだったんだ。いくら艦娘だからって、いきなり動こうとしても体が付いてこない筈だよ」

 

そう告げると、大神は金剛を横抱きに、お姫様抱っこにして抱きかかえる。

 

「――――っ!?」

 

更に顔を紅に染める金剛。

 

「タ、隊長ぅ~。時間と場所をわきまえて欲しいデス……」

「こういうときだからこそだよ、その身体で歩く金剛……くんを放っておける訳ないじゃないか、さ、保健室のベッドまで連れて行くから今は休んでくれ」

「ベェッド!? うぅぅ、ムードとタイミングも忘れたらNOなんだから……」

「何を言ってるんだい金剛……くん?」

 

羞恥心が限界突破した金剛は、大神にしがみついてその顔を隠す。

 

「隊長、お姉さまに何をしているんですか!?」

 

その姿を目にした比叡が大神を指差して吼える。

 

「隊長のバカっ。服を引き裂かれそうになったレディーを放置するなんて信じられない」

「大神さん、やっぱり同年代くらいの人のほうがいいんだ……」

「隊長やっぱり修理が必要みたいですね、頭とか」

 

続けて、警備府に所属した艦娘たちが思い思いの言葉を発する。

艦娘たちの思い思いの喧騒に包まれた警備府。

 

司令官は華撃団が発足して、大神も艦娘もいなくなってしまう前に、最後に彼のいる警備府の光景を見れてよかったと思うのであった。

 

 

 

 

 

次回予告

 

とうとう発動した提督華撃団!

その本拠地は有明! 帝國ビッグサイトネ!

警備府を後にして、初めての電車、初めての新幹線!気分はもうPicnic!デース!

隊長の隣の席で、一緒のお弁当~、眠くなったら寝た振りをして抱きつきマース!

なのに、ビッグサイトで待ち受けていたのは隊長を知ってそうな5人の少女!? 

隊長、これってどういう事デスカー?

 

次回、艦これ大戦第五話

 

「集結! 有明鎮守府!!」

 

暁の水平線に『恋の』勝利を刻みこみマース!

 

 

隊長、隣の席いいデースカ? え、6駆が先約? Shit!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話「名前で呼んで欲しいデース!!」

 

 

 

とある朝、金剛は不機嫌だった。

理由はただ一つ。

 

「隊長が私の名前、あんまり呼んでくれないデ-ス! ナンデダヨー!!」

 

何故だろうか。

最初にあったときは確かに妹思いの姉としてだったけど、それ以降はずっと隊長LOVEを前面に押し出しているはず。

なのに、大神の呼びかけも返答も、

 

『金剛……くん、ちょっといいかな』

『ああ、金剛……くん』

 

とよく分からない間が空くのだ。

嫌われているわけではないと思う、でも好きな人からの反応がよくないと云うのはそれだけで少し傷つく。

どうしたら隊長ともっと親しくなれるだろうか。

 

「隊長、何処行ったデスカー?」

 

珍しく悩みながら隊長の所在を探す金剛。

程なくして、大神が食堂で水を飲んでいるところを発見した。

 

「Hey! 隊長ぅ~、何してるデスか?」

「ああ、朝の稽古が終わったところだったからね、ちょっと水分を取っていたところだったんだ。どうしたんだい、金剛……くん?」

「それデース!」

 

ビシッと指を大神に向けて、

 

「提督は何故私のこと呼ぶときに間が空きマースカ?」

「ああ、ごめん、これはね……」

 

そして、大神はかつての黒鬼会との戦いのことを話す。

 

「Wow! Congraturation! そんなすごい戦いがあったなんてネ~」

「ああ。そして、その中に『金剛』と言う相手がいてね、強敵だったんだ」

「もしかして、その人がインパクトが強くて、私のこと呼びにくいのデースカ?」

「ああ、そうなるかな、敵ながら天晴れなやつだったし」

 

だが、金剛は不満顔だ。

 

「う~、納得できマセーン!」

 

小首をかしげながら大神の前を行ったりきたりする。

やがて、手を打って明暗を思いついたとばかりに、

 

「そうだ、なら答えは簡単デース。隊長の頭から『金剛』を追い出せばいいのデース!」

 

そして、大神を真正面に立ち、正面から見据えると、

 

「サー、隊長。私のことを呼んでくだサーイ」

「何回くらいだい?」

 

果てしなくいやな予感がした大神は金剛に尋ねる。

 

「何度でもダヨー。隊長の頭の中から『金剛』がいなくなるまで」

「何度でも?」

「そう何度でもだヨー!」

 

果たして大神の金剛地獄は始まった。

 

「金剛……く」

『鬼神轟天殺ぅー!』

「あ、私以外の事考えてましたネ、もう一回デース!」

 

やけにこういうことには察しのいい金剛。

 

「金剛……」

 

『鬼神轟天殺ぅ!』

 

「もう一回!」

 

「こんご……」

 

『きしぃんごうてんさつぅ!』

 

「もう一回デース!!」

 

「こ……」

 

『サイクロン! ジョーカー!!』

 

「それ作品が違いマース、もう一回!!」

 

………………

……………

…………

………

……

 

その夜、大神は艤装を背負った筋骨隆々とした金剛(CV:立木文彦)が「Hey、隊長ぅ~」とか「Burning Love!」とか「隊長のハートを掴むのは、私デース!」と叫びながら迫ってくる夢を見た。

 

 

大神は死ぬほどうなされた。




両者をプレイした人なら誰でも思いつくであろうネタですw
あくまでネタです


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閑話 金剛の宣言

渥頼達の件が一件落着し、数日たった夜のこと。

金剛は明石による検査と入渠剤を用いた基礎リハビリを終え、金剛が元気になるまではテコでも動かないと言って一人残った比叡とお風呂に入っていた。

入渠剤を用いてとは言え、僅か数日のリハビリで、普通の運動なら問題ない程度まで回復する辺りは流石艦娘と行ったところか。

 

「お姉さま、髪の毛洗いましょうか?」

「お願いしマース。う~、髪の毛は枝毛でボサボサですし、お肌もまだ微妙にカサカサしてマース。こんな姿じゃ隊長の横に並べないヨ~」」

 

金剛のボヤキに、比叡が耳をピクリと動かせる。

 

「お姉さま、どうして少尉の事をそんなに気にしているんですか?」

「それはネー、隊長ガー、私のHeroだからなのデース!」

 

ああ、また始まったと思う比叡。

最初こそ、もの凄い事なんじゃないかと興味を持って聞いていた比叡だったが、毎晩お風呂に付き添いで入るたびに同じ事を聞いていては流石に聞き飽きる。

 

「比叡をGuardして沈んだ私は、どこまでも、そう、何処までも深く沈んでいたのデース」

 

「納得して沈んだはずだったのに、海の底は何処までも昏くて、周りには怨念と怨嗟しかありマセーン」

 

「それが怖くて、もがいてもどうすることも出来なくて、やがて怨念と怨嗟は私に取り憑こうとしマース」

 

「嫌がっても、私の心も、艤装も黒く染め上げられ、やがて私は一人の深海棲艦に囚われたのデース」

 

「そうして、深海棲艦たちが警備府をAttackしたとき、隊長が居たんデース!!」」

 

話し続ける金剛のテンションが一気に上がる。

 

「隊長のSlashが私を取り込んでいた深海棲艦を切り裂いたとき、隊長の想いも、私に届いたんデース」

 

「すべてのPeopleのHappyを、Peaceを守るために戦う、という想いがネ」

 

「そして、隊長の想いと霊力が、私を深海の呪いから解き放っていったのデース」

 

「怨念も怨嗟も聞こえなくなってネ、隊長の霊力で身体が、心がいっぱいになっていきマース」

 

「そして暖かい白光に包まれて、私は、新しく生まれ変わったのデース」

「少尉にはいくら感謝しても、したりませんね」

 

比叡にとって、大神は姉の存在を救い、自分をも渥頼の手から救い出してくれた人だ。

渥頼から響を守り、警備府の艦娘を守り、そして私達をも守りぬいた時に聞いた台詞は忘れようがない。

それを思い出すと微かに比叡の胸は熱くなる。本当はそれが少し、嬉しい。

 

だが、こうも嬉しそうに少尉との馴れ初めを話す金剛を見ていると、その熱さは吹き飛んでしまうのだ。

 

「それにネ、それにネ? 今日もっとSpecialなことを思い出したのデース!」

「Special? そこで終わりではなかったのですか?」

 

キャイキャイとはしゃぐ金剛の姿に、訝しげな表情をする比叡。

 

「NonNon! 艦娘に戻った私は意識を失ったままデース。そのままではまた海に沈んでしまいマース」

「確かにそうですよ! お姉さまはどうして大丈夫だったんですか!?」

「もちろん、隊長が颯爽と助けてくれたのデース!」

 

比叡に向けてビシッと指を突きつける金剛。

 

「海中に落ちた私に、すぐさま怨念と怨嗟が取り憑こうとしたのデース」

「ええっ、そんなに早くですか?」

「そうデース。再度憑かれる事を恐れても、私の身体は動かすことが出来なくて、わたしの心には恐怖しかありマセーン」

 

金剛の珍しく緊迫感に富んだ話に比叡の喉がごくりと鳴る。

 

「そんなときデース!! 隊長が私を強く抱きしめて、その霊力で私を守ってくれたのデース!」

「……」

「それにネそれにネ! 私そのとき何も着てなかったのデース。そんな状態で強く抱きしめられたりなんかされたら、私、隊長のところにしかお嫁にいけマセーン」

「…………」

「その上デース! そのときの隊長の心は、『私を守る』、もう! それしか考えてなかったのデース!」

「………………」

「あんな純粋な心を直接ぶつけられたら、私、もう……」

 

言い終えると、金剛はとろけそうな笑顔の両頬を押さえるとふにゃんと床にへたり込む。

 

比叡はすごく大神を殴りたくなってきた。

少し走った胸の痛みには気付かない振りをして。

 

 

 

 

 

翌朝、警備府中の艦娘が食堂に集められていた。

大神の姿が未だ見えないため、各々が話をしている。

 

「ねえ、深雪ちゃん、白雪ちゃん、何の話なのかな?」

「多分、有明鎮守府に行くメンバーの選出じゃねーか」

「ええっ、一部の艦娘しか行けないの!?」

 

行けるものだと思っていた吹雪が驚愕の声をあげる。

 

「だってさー、考えてもみろよ、日本中の艦娘が集められるんだぜ。そんなの精鋭に決まってるじゃないか」

「うぅ……そんな中に入っていける気がしません……」

 

考えてみるともっともだ。吹雪は半ばあきらめた表情で両手の人差し指を合わせている。

 

「この朝潮、隊長に選ばれるのなら有明だろうと海の果てだろうと何処までもお供するつもりです」

「まー、あんたはそうよね。私はどうでもいいわ……隊長の下で戦えるならそれが一番だけど」

「うふふふふ。どうなるのか、楽しみ」

 

吹雪につられ徐々に話し声が大きくなる艦娘たち。

神通が注意をしようか迷い始めたとき、

 

「みんな、待たせてすまない」

 

大神が艤装姿の金剛を連れて、食堂に入ってきた。

一斉に静まり返る食堂。

 

「大神隊長、どうして私達を集めたのでしょうか?」

 

疑問顔の艦娘たちを代表して神通が大神に尋ねる。

 

「あー、それはね、金剛……くんのことを異動してしまう前に皆に紹介しておこうと思ってね、眠っていたとはいっても警備府の仲間じゃないか」

「はい、では有明鎮守府に向かうメンバーの選出のことではないのですか?」

「何を言ってるんだい? 有明鎮守府には全艦娘が異動する事になるよ」

「嘘。準備……してない」

「だりー、そんな準備してないっつーの」

 

当然のように口にする大神に、逆に慌てだす艦娘たち。

 

「えーと、本題に戻ってもいいかな?」

「すいませんでした、みんな静かにしてっ」

 

神通が注意すると、艦娘たちは再び静まり返る。

 

「よし、じゃあ、金剛……くん、自己紹介を頼むよ」

 

大神の言葉に合わせて、金剛が一歩前に歩み出る。

 

「英国で産まれてここで生まれ変わった帰国子女の戦艦、金剛デース! みなさーん、ヨロシクオネガイシマース!」

 

そして、おもむろに大神の左腕を取ると、

 

「そして、皆さんに宣言しマース! 隊長のハートを掴むのは、私デース!」

「いいっ!? ちょっと、金剛……くんっ?」

 

艦娘たちにビシッと指を突きつけると宣言してみせる金剛。

次の瞬間、

 

「Ураааааааааааа!」

 

と、響が大声を放ち大神の右腕を取る。

 

「一人前のレディーとしてこの手は離せないわっ」

「出来ればこの手は離したくないのです」

「少尉さんのお世話をするのは私なんだからー」

 

暁たち6駆も混じって大神の腕を取り引っ張ろうとする。

 

「ああっ、教官役としては皆を止めないと、でも――」

「いいんじゃない、私達、何より艦『娘』なんだもん、純情可憐な乙女でいようよ! 神通!」

「――っ! 大神隊長には責任を取ってもらいます!」

 

「大神さん、やっぱり修理いたしましょうか?」

 

「吹雪ちゃんは行かないの? 私はいくよ」

「ええっ!? 睦月ちゃん、何時からそんなことになってたの?」

 

 

 

「ああ、そうじゃ。確かこんな感じで13人に追われて大帝國劇場から外に飛び出す彼を見たんじゃった」

 

感慨深げに何度も頷く司令官。

それでいいのか。




金剛の好感度高すぎじゃねと云うツッコミがありましたので、説明を兼ねて金剛ノロケ話回です。
こういう経緯があるのでポップ艦娘の好感度は初っ端から激高です。


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第五話 集結! 有明鎮守府!!
第五話 1 旅立ちの前夜


金剛の宣言から数日間、大神たちは近海の深海棲艦の再掃討など、警備府を後にする準備に勤しんでいた。

華撃団の設立宣言から数日。

主だった鎮守府、泊地、基地では度を越したブラック提督、腐敗した上層部の逮捕が続出していることもあり、送り出す準備に若干時間がかかりそうである。

 

一番最初に艦娘を送り出すのは明日艦娘を送り出すここの警備府となりそうだ。

 

「それがいいかもしれんの。ウチの警備府に似た穏やかな環境をあらかじめ作ってしまえば、艦娘も馴染みやすいじゃろうて」

「ええ、そのように思います。艦娘にとって居心地の良い環境を、みんなと作るところから始めたいと」

 

司令官の酌を受ける大神。

ある意味同郷の士であることを分かった上で、こうやって酒を酌み交わすのは初めてである。

 

「大神……特務大佐。ワシは華撃団の二刀を使う純白の機体が大好きじゃったんじゃ。無限軌道で先陣を切って地を駆けながら、他機体に指示を出すその姿に憧れてもおった、あれこそ男として、指揮官として目指すべき姿じゃと」

「ありがとうございます。そのようにまで思っていただいたとは、光栄です」

 

言って、杯を一気に飲み干す大神。

熱さが喉を通り抜ける感覚は心地よく、つまみとして用意されたほや酢の酸味とも相性がよい。

大神の空いた杯に司令官が酒を注いで、司令官が続けて話す。

 

「こっちに来てな、何回ももうダメだと思うときはあったんじゃよ。深海棲艦が現れたとき、シーレーンを奪われたとき。でもな、ワシたちは信じとった。米田閣下の手に神刀滅却がなかったときから、ずっとな」

「何をですか?」

「必ず、必ず『神刀滅却を携えた大神一郎』が現れる、と。そのときこそ、我らが動くときじゃと」

「……」

 

言葉を失う大神。

そこまで自分を待っていたと云うのか。

 

「新人少尉として着任した貴官の手にあるのが神刀滅却と気付いたとき、そのとき自分がどれほど歓喜したことか。ま、もっとも、そこから先の全く新しいダイナミックな戦闘方法は、流石に開いた口がふさがらなかったんじゃがな」

 

ホッホッホッと笑う司令官。

大神と、大神に抱きつかれた事のある艦娘たち――と、いっても金剛を除く全員なのだが、顔を赤くする。

逆に金剛が何のことデース? と、小首をかしげている。かわいい。

 

「何の因果か立場は逆転してしまったが、楽しい時間じゃった。憧れておった華撃団隊長と共に仕事を出来たのじゃからな」

「自分も……貴方が司令官で良かったと思います」

「そうか、伝説の華撃団隊長にそう言って貰えるのなら、ワシはまだまだ捨てたものではないかの?」

「勿論です。海軍の組織の立て直しが終わった後は、司令官にもまだまだ働いてもらうと山口閣下が仰っておりました。」

「年寄りをあんまりこき使わんように、言伝をお願いしようかの?」

「はい、分かりました」

 

軽く笑い杯を合わせる二人。

最初こそ、艦娘たちも思い思いの飲み物を手にして二人に話しかけていたが、やがて酌み交わす二人に遠慮して艦娘たちで集まって飲んでいる。

金剛はそんなこと知らないデースと突撃しようとしたが、比叡たちに制止され、隅っこでいじけながら飲んでいる。かわいい。

 

「司令官はこれからどうされるのですか?」

「そうじゃな、しばらくは警備府の司令官を引き続き担当することになるかの。艦娘を有明に集結させるといっても、確保したシーレーン、制海権を手放すわけにはいかんから、恐らく海域攻略とは別に、巡回や輸送船の護衛などもする事になるじゃろう。基地機能は変わらず必要になる筈じゃ」

「はい、自分もそのように考えております、詳細は艦娘が集まった上で決定することになるでしょうが」

「そこまで分かって居るのなら、ワシから言う事はもうないかの」

 

徳利に注がれてあった酒ももうない。

この辺りがお開きの時間としてちょうどいいだろう。

 

「今日までご苦労じゃった、大神大佐。明日からは全ての艦娘が大佐の下に集うことになる。この国を、世界を、頼むぞ」

 

司令官は立ち上がって、手を差し出す。

 

「こちらこそありがとうございました、司令官。立場は変わりますが、これからもよろしくお願いします」

 

大神も立ち上がって、その手を握る。

 

「今度酌み交わすときは、もう少し料理でも楽しみながらにしたいの」

「そうですね、有明には給糧艦の子も配属になると聞いています。艦娘も小料理や甘味を楽しめるように出来ればと思います」

「うむ、頑張ってくれよ」

 

そう言って、二人は再度酌み交わすことを約束する。

 

 

 

 

 

そうして夜が更け、大神は酔い覚ましを兼ねて、いつもの夜の見回りを行う。

日本酒で軽く火照った肌に夜風が心地いい。

 

出立が明日と云うこともあって、艦娘たちの部屋は大半が消灯している。

 

軽巡寮からは川内たちが飲み足りなかったのだろうか、喧騒が聞こえるが、長く所属していた警備府を離れるのだ。

彼女達にも思うところがあるのだろう。

神通がいるのなら羽目を外しすぎることもないだろうし、止めるのも無粋というもの。

 

大神は軽巡寮を後にして見回りを続ける。

 

そしてお風呂場の近くに来ると中の電気が付いている事に気が付いた。

お風呂に入るには少々遅すぎる時間。

 

「電気の消し忘れかな?」

 

しょうがない消しておくかと、大神はお風呂場の中に入る。

 

風呂場の中を見渡すと、入り口だけでなくお風呂場の方も明かりが灯っていた。

そして、着替えが籠の中に入れられていた。

白衣に緋袴に似たスカートが2着分。

 

つまり、

 

「翔鶴くんと、瑞鶴くんがお風呂に入っているのか」

 

ここに居ては、いずれ彼女たちと鉢合わせになってしまうだろう。

そう考えた大神はお風呂場を立ち去ろうとする。

しかし、

 

「い、いかん……体が勝手に……」

 

大神の身体はその意に反し勝手にお風呂場の中へと入っていくのだった。

 

 

あくまで『体が勝手に』である。すごく、ものすごーく大事なことなので二回言った。

 




いきなり男臭いスタートですいません。書きたかったので。
そして、流れるようにお風呂に入る大神さん。


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第五話 2 警備府最後の沐浴

大神の体は迷うことなく、物音一つ立てることなくお風呂場の中に入っていく。

 

どうやら彼女達には気づかれてはいないようだ。

 

「……ほほー、これが伝説の『身体が勝手に……』ってやつじゃの。見事なものじゃ」

 

否、一人に気付かれていたようだ。

 

――そんな、バカな!? 自分が後ろを取られていただって?

 

後ろからかけられる言葉に大神は電光のごとく振り返る。

 

(……そんなに心配せんでもええ、ワシじゃよ)

(……司令官? どうして、このような場所に?)

 

声を潜めて大神に声をかける司令官。

どうやら確信犯のようだ。

つられて大神の声も小さくなる。

 

(その言葉、そっくりお主に返そうかの)

(うっ! いや、これは身体が勝手に……)

 

答えに詰まる大神。

もっともだ、艦娘がいるお風呂場に入る理由など一つしかない。

そうして言葉に詰まっているうちに、浴槽のほうから声が聞こえてくる。

 

「今まで何回も入ったお風呂だけど、これで最後かと思うと一際気分も違うわね」

「そう~、翔鶴ねぇ? 明日からはもっと新しい場所になるんでしょ? なら、新しい場所の方がよくない?」

 

浴槽に身体を浸かっている瑞鶴と、スポンジで身体を洗っている翔鶴の姿がそこにはあった。

スポンジ、泡越しにも、均整のとれた、スタイルの良い翔鶴の肢体が覗く。

 

(翔鶴くんたちが……お風呂にはいって……)

 

体が勝手に動いているはずの大神だったが、満更ではない様だ。

鼻の下が伸びている。

 

(翔鶴はやっぱりスタイルいいのう)

(し、司令官?)

 

今までそのような発言をしてこなかった司令官からの助平な発言に、大神が仰天する。

 

(どうしたのかの、ワシとて一応男じゃ。聖人君子と云うわけでもないし、そういうことを考えもするぞ。実行したのは初めてじゃが)

(初めての割に余裕ありますね、司令官……)

(なら、お主の場合は手馴れた人間の手草じゃの)

(…………)

 

返す言葉もないとは正にこの事だ。押し黙る大神。

 

 

その間にも翔鶴は身体を洗っていく。白い肌が身体が泡に包まれるが、ところどころ肌が見えるのが余計に艶かしい。

 

「……ふーん、新しい場所ね?」

「な、何よ、翔鶴ねぇ……」

 

めったに見せない翔鶴の含み笑いに瑞鶴が冷や汗を流す。

 

「隊長から全員異動って聞かされる前は、何回も『私も有明にいけるよね? 隊長さん、私の事も選んでくれるよね? ねぇ、翔鶴ねぇ』と聞いてきたくせに、ね? 瑞鶴?」

 

クスクスと笑いながら、瑞鶴の声真似をしてみせる翔鶴。

それは全く以って瑞鶴と瓜二つの声であった。

 

「う~、だって、翔鶴ねぇと離れ離れになるの嫌だったんだもん……ぶくぶく」

 

図星をつかれたのか、赤く染まった顔を浴槽に隠す瑞鶴。ぼやく代わりに口から泡を吹いている。

 

「……ふーん、『私』とだけ?」

「う~~~~、翔鶴ねえの意地悪~、ぶくぶくぶくぶく」

 

浴槽で泡を吹く瑞鶴を横目に、翔鶴は鼻歌交じりに身体を流していく。

身体を包んでいた泡が流されていき、翔鶴の一糸纏わぬ肢体が露になっていく。

 

「そういう翔鶴ねぇはどうなのさ~。私ばっかりからかわれて、何か不公平だよ~」

「私? 私は直接隊長に、あの人に聞いたから」

「え? 翔鶴ねぇ、そんなことしてたの!? なんで教えてくれなかったのよ~」

「ごめんなさい、オロオロしてる瑞鶴がかわいくって、つい」

「ついじゃないよ~」

 

ペロっと舌を出して瑞鶴に謝る翔鶴。姉妹だけの空間と云うこともあってか、茶目っ気を感じる。

 

「それにね、隊長の、あの人が響ちゃんと共に戦ってる姿を見て一つ決めたの。あの人が全力で戦える空間を、舞台を作り上げることが私の役目だって。一航戦の方々にも、二航戦の方々にも誰にもその役目は譲らないって」

「翔鶴ねぇ……私だって負けないんだから!」

「えぇ、頑張りましょうね、瑞鶴」

 

翔鶴の目に宿る決意の色に瑞鶴が気圧されるが、浴槽から身体を出すと自分も宣言してみせた。

瑞鶴は自分の宣言の意味を分かっているのだろうか、翔鶴は微笑んでみせる。

 

(翔鶴くん……瑞鶴くん……)

(で、大神よ。お主、どちらが好みなんじゃ? 銀髪でスタイル良好、性格も大和撫子な翔鶴かの? ツンデレツインテール、絶壁な瑞鶴かの? ふむ、自分で云うのもなんじゃが、いざ口にしてみると結構な差があるかの)

 

「そんなことはありません! 翔鶴くんも瑞鶴くんも大切な仲間です! 翔鶴くんは確かに綺麗ですし、瑞鶴くんは確かにかわいいです。ですが、それぞれの個性に順番なんて付けられません!」

「なっ!? 大神よ、そんな大声を出したら――」

 

「ええっ、隊長!? 司令官!?」

「ウソっ!? 隊長さん!? 司令官!?」

 

唐突に聞こえる大神の大声に、それぞれの会話に集中していた翔鶴達が振り返る。

果たしてそこには大神と司令官の姿。

 

「翔鶴くん瑞鶴くん、こ、これは、その……事故なんだ」

「すまないのう、二人とも」

 

言い訳をしようとする大神と、スパッと諦めたかのような司令官の姿。

だが、どちらにしても翔鶴たちの反応は変わらない。

 

「「良いから早く出て行ってー!!」」

 

手元に弓矢がないから爆撃は出来ないが、代わりに風呂桶を雨あられと投げつける五航戦であった。

 

「はいっ!」

 

 

 

「司令官まで、こんなことをされるなんて……」

「すまんの、最後かと思うとはっちゃけてみたく――」

「いえ、翔鶴くん、瑞鶴くん、すまなかった。この通りだ」

 

風呂から上がり、制服に身を包んだ翔鶴たちに平謝りする大神と司令官。

 

「もう、お二人とも反省してくださいね」

「「ああ、本当にごめん。すまなかった、翔鶴(くん)、瑞鶴(くん)」」

 

翔鶴は再度頭を下げる大神と司令官に視線を向けると、

 

「全機爆装、準備出来次第発艦! 目標、お風呂場の隊長さん! 思いっきり、やっちゃっ――」

「ほら、外に出るわよ、瑞鶴」

「ちょっと待って翔鶴ねえ、まだ二人にお仕置きしてな――」

 

顔を真っ赤にして超至近距離で弓を引き絞る瑞鶴の身体を引っ張って、お風呂場の外に出るのだった。

 

 

 

 

 

「もう~、なんで爆撃させてくれなかったのよ~、翔鶴ねぇ~」

 

不満げな瑞鶴を引っ張って、自室へと戻ろうとする翔鶴。

 

「だって……」

 

そう言って始めて瑞鶴から手を離すと、翔鶴は緩みきってしまう前に朱に染まった自分の頬を抑える。

 

「隊長、私のこと綺麗って……」

 

そこで、瑞鶴は見られていた事で動転して忘れていた、自分に言われていた言葉を始めて思い出す。

 

『瑞鶴くんは確かにかわいいです』

 

「そっか、隊長さん、私のことかわいいって……」

 

瑞鶴もまた緩みきってしまう前に朱に染まった自分の頬を抑えるのであった。

 

「うふふ……」

「えへへ……」




司令官:風呂場侵入が、大神単独犯によるものと何時から勘違いしていた?
大神 :なん……だと…………


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第五話 3 旅立ち

一夜が明けて、警備府の正門にそれぞれの荷物を持ち集まった大神たち。

今日は流石に朝稽古等をするものはいなかった。

かさばるものは定期便で既に有明に向けて送ったので、全員何処となく軽装だ。

 

「あんまり美味しいものを出せなくてごめんなさいね、向こうでは給糧艦の子も居るのでしょう? 美味しいものを食べて頑張ってね」

 

食堂の担当のおばさん達も艦娘の見送りに揃っていた。

 

「そんなことないわよ! あのときの、あのときのオムライス! すごく美味しかったわ!!」

「そうなのです、今度は巡回とかで来る事もあるのです。またおばさん達のお料理食べたいのです!」

「うれしいわ、今度は美味しいもの用意してるからね」

「「「はい!」」」

 

長い長い付き合いだった彼女達との別れを惜しむ艦娘たち。

 

「準備は整ったようじゃの」

「はい、司令官。これから自分と、艦娘は有明鎮守府に向けて出立いたします」

 

一方、正門まで見送りに来た司令官達に出立の挨拶を行う大神。

 

「よいよい、先ほど司令室で出立の挨拶は一度やったではないか。今は一私人として友人と、娘たちのように思っていた子達を見送りに来ただけじゃよ」

「「「司令官……」」」

「それでな、一つお願いがあるのじゃが。せめて、最後くらい名前で呼んでくれんかの?」

 

少し言い出し辛そうに言葉を放つ司令官。

大神が艦娘たちを見やると、全員が笑顔で頷いていた。

 

「「「はい、今までありがとうございました! 永井さん!!」」」

 

息を揃えて、全員で司令官の名を呼ぶ。

永井司令官は嬉しそうに何度も頷いていた。

 

 

 

駅まで徒歩で移動し、そこからローカル線で新幹線の駅まで移動しようとする大神たち。

駅に着くと、たい焼き屋やブティックの店主など、今まで艦娘が利用していた店舗の主が勢揃いしていた。

 

「どうしたんですか、皆さん。こんな時間に」

「決まってるじゃないか、艦娘の嬢ちゃんと大神隊長を見送りに来たんだぜ」

 

たい焼き屋の店主が代表して大神たちに声をかける。

 

「あんた達のおかげでこの辺の近海から深海棲艦もさっぱり居なくなった。ありがとよ!」

「いえ、自分は自分の為すべきことを為しただけです。それで皆さんの平和が取り戻せたなら、それが何よりの褒美ですよ」

「かー、聞いたか、みんな! 泣ける事言ってくれるじゃないか!!」

 

飾ることなく自らの思いを口にする大神に沸き立つ店主達。

 

「それにな、見てたぜ。あんたが、渥頼の野郎に引導を渡してたの。いや、スカっとしたね!!」

 

そして、たい焼き屋の店主が人数分のたい焼きを後ろから取り出した。

 

「あんまりかさばるのを持っても仕方ないだろうと思ってな。皆で移動中に食ってくれ、勿論タダだぜ!」

「ありがとうございます、親父さん。みんな、一人一つずつ受け取ってから駅の中に入ろう!」

 

艦娘がそれぞれたい焼きを受け取りながら、駅の中に入っていく。

そして、最後に残った大神にたい焼き屋の店主がたい焼きを手渡す。

 

「短い間だったけど、あんたなら艦娘の嬢ちゃんを任せられるよ、大神隊長」

「ありがとうございます。その信頼、絶対に裏切りません!」

 

そう言って、大神とたい焼き屋の店主は固く握手を交わす。

 

最後に駅の中に入ると、艦娘たちが始発列車の席に座っていた。

事前に注意していたのを守っていたらしく、一つの車両にまとまっている。

 

「美味しいのです、今までで、今までで一番美味しいたい焼きなのです……」

 

電が涙混じりにたい焼きを頬張っていた、6駆をはじめ常連だった者たちはみんなどこかしんみりしている。

 

「What's!? 何これ、すごく美味しいデース! この味がFirstでFinalだなんてあんまりダヨー!?」

「金剛お姉さま、私の分差し上げましょうか?」

「う~、やっぱりNonnon! こういうのはみんなで食べるから美味しいのデース!」

 

逆に今まで昏睡状態で一度も食べた事のなかった金剛は肩を落としてガッカリしている、そうとう気に入ったらしい。

比叡の差し出したたい焼きを食べるか一瞬迷っていた。

 

そうこうしてるうちに、発車合図が鳴り列車のドアが閉まる。

ゆっくりと列車が動き出すと、駅員の人がインターホンに手を伸ばす。

だが、発車連絡をするのかと思いきや、その後の行動は大神たちの予想を超えていた。

 

『これより、周辺から深海棲艦を一掃した艦娘たちが次の場所に向かいます、お近くの皆さんは是非お見送りをお願いします』

 

その放送は街中に届くようになっていたらしく、放送を皮切りに人々が線路の周辺に集まってくる。

窓の外の風景に目をやると、店主以外の人たちも駅の、線路の周辺に集まっていた。

学校側にも連絡が行っていたのか、子供たちも近くに居る。

電車から見ても一人ひとりの顔が見えるほどに。

 

「「「がんばれー!」」」

「「「負けないでー!」」」

 

街中のみんなの声援が聞こえる。

中には「暁ちゃん好きだー!」とか「響ちゃーん、復帰おめでとー!」、「神通さん負けるな!」など個々の艦娘に寄せられた声援も聞こえる。

列車が少しずつ速度を速めていく中、列車に並んで走りながら、声援を送るものも居る。

 

そして、『深海棲艦に負けないで』と小学生達の手で書かれた巨大な横断幕が目に入る。

 

「――っ!」

 

耐え切れなくなった艦娘の誰かがその場で涙を流す。

でも、誰も咎めようとはしない、誰もが涙を我慢していたからだった。

ほとんど街に関わる事のなかった金剛や比叡でさえも、つられて涙ぐんでいる。

 

そして決意を新たにする。

 

 

負けない。

 

 

絶対に負けない。

 

 

絶対に日本に、世界に、平和を取り戻すんだ。

 

 

それまでしばしの間、

 

 

 

 

さらば……警備府。




しんみりした形になったので、ここで一区切りします。
おかしい。もっとサラッと書くはずだったのだが。


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第五話 4 道中いろいろ

電車は街を離れ、ガタンゴトンと音を立てて走り続けている。

街中のみんなの見送りに涙した艦娘たちであったが、電の、

 

「たい焼きがちょっとしょっぱくなっちゃったのです、でも美味しいのです」

 

と言った一言に促されて気持ちの整理をつけようと、

涙目のまま風景を見たり、

渡されたたい焼きを食べきったりしていた。

 

しかし始発列車の車内に数多くの乗客、通常であれば駅弁を売りに来る人間もいるはずだったが、誰を乗せた列車なのか分かっているのだろう。

艦娘たちの車両に売りに来る車内販売、駅にて駅弁や駄菓子を販売している人間のすべてが、

 

「みんな、ありがとうね。頑張っとくれよ」

 

と、お茶を、駅弁を。

 

「私らはもう大丈夫。だから! 日本を、世界を頼むよ!」

 

と、商売度外視で駅を越す度に思い思いの品を手渡してくる。

 

「皆さん、悪いのです……」

「皆さん、気にしないで下さい」

 

その度に涙目になる電の代わりに、途中から大神が対応しようとするが、

 

「良いんだよ、隊長さん! 私達が好きでやってる事なんだ。旅立つあんた達相手に商売なんかできるわけないだろう!」

「あんたになら、電ちゃんたち艦娘を任せられる。頑張っとくれ!!」

 

と促される。

 

「ありがとうございます、必ず世界の平和に全力を尽くすことを、世界に平和をもたらす事を約束します!」

 

大神にできる事は今後の世界をよりよくしていく事を約束するのみだ。

中にはグシグシと涙目をハンカチで拭いて、殊更この場を盛り上げようとした者も居たが、

 

「ぐすっ、イェーイ、那珂ちゃんオンステージぃ! みんな、私の歌を聴――いったーい、川内ちゃん、いったいよー」

 

流石に空気を読まな過ぎだろ、と、成敗されていた。

そんな騒動を車内で起こしているうちに海岸を走っていた電車は内陸に到達し、やがて艦娘の涙が乾ききる頃には新幹線との連絡駅に到着しようとする。

 

「みんな次の駅で乗り換えだから、遅れずに付いて来てくれ」

 

大神の言葉に、荷物を手にする艦娘たち。

本来であればこの駅で駅弁を買っていくつもりだったが、もはや彼女達の手にそんなものは必要ない。

 

それぞれの手に沿線で手渡された採算度外視で作られた特製の駅弁があったからだ。

東京まで3時間強。

 

駆逐艦娘には少々多すぎるかもしれない量だが、残すつもりなど毛頭ない。

 

「勝負なら受けてたつ覚悟です!」

 

そう、受け取った想いの大きさに比べればこんなの然程大きいものではない。

 

 

 

そして、新幹線を待つ事、十数分。

分かりやすい艦娘の制服に身を包んだ彼女達への視線にも慣れてきた頃合になって、折り返し始発の新幹線が到着する。

車両は最後尾。席数が少ない事もあり、並んでいる人間の列からも艦娘たちと大神で貸しきり状態となっている事は一目瞭然。

 

最後尾車両へ乗る人間が、自分達のみであることが分かって安心していく艦娘たち。

 

そうすると、我欲が湧いてくると云うものが、人と、艦娘のサガである。

 

「隊長、隣の席いいデースカ?」

 

涙ぐんだ、感動の渦から一早く復帰した金剛が大神の袖を引っ張って誘いの声をかける。

 

「金剛……おそろしい子!」

 

出遅れた神通と、翔鶴、瑞鶴が白目蒼白コラのような表情をしていた。

だが、

 

「ごめん金剛くん。6駆の子と、もう席を一緒にするって約束してるんだ」

 

大神の反応はつれない。

 

「金剛さん……そう云うこともあります」

「ぷぷぷ、出遅れお疲れさまー」

「瑞鶴、笑うなデース!」

 

瞬時に真っ白に燃え尽きた金剛の周囲を出遅れた神通たちが慰めの言葉をかける。

しかし、車内に入った大神を待っていたのは、

 

「あ、隊長こっちー」

 

と、対面2×2席に座っていた暁たちの声。

大神が視線をやるが当然席は6駆で埋まっており、大神の座るスペースなどない。

 

「暁くん、自分は何処に座ればいいのかな?」

「え……あぁっ!?」

 

と今更声を上げるが、席は概ね埋まっており今更3×2席を作る余裕などない。

すかさず、周囲の艦娘たちから誘いの声が上がる。

 

「えへへ……隊長、こっち来るデース!」

「お姉さま!?」

 

「隊長、こちらの席はどうでしょうか?」

「え? えぇぇぇぇぇっ! 翔鶴ねぇ。隊長さん呼んじゃうの!?」

「嫌なの? 瑞鶴?」

「え、べ、別に嫌って訳じゃ……むしろ歓迎だけど……」

 

「大神さん、お隣どうでしょうか?」

 

確かに、大神は空いた席に座る他ないだろう。

6駆以外の艦娘たちはやったと期待を胸にし、6駆は絶望に打ちひしがれる。

 

「ど、どどどどどどどおっどどど、どうしよう、響。このままじゃ隊長が他の席に座っちゃう!?」

「しょうがないな、大神さん。ここに座ってよ」

 

窓際の席に座っていた響が立ち上がり、席を空ける。

 

「いやいやいや! 俺はいいよ、響くんはどうするんだい?」

「いいんだ、私は大神さんにここに是非とも座って欲しいんだよ」

「「「響!?」」」

 

そう言って響は奥の席を空ける。

 

「ダメだって、せっかく6駆で集まって席を取れたんじゃないか?」

「大丈夫だから、大神さんはその席に座ってよ」

 

ニッコリ笑って、席を空ける響。

 

「やっぱりダメだよ、皆で楽しい時間を過ごして欲しい、響くん」

「いや、だから大丈夫。私に良い考えがあるんだ、皆が幸せになれる方法が。だから大神さんは座って、ね?」

 

席を外そうとする大神だったが響の笑顔につられて6駆の中に座る。

一瞬嬉しそうにする6駆だったが、やはり響に悪いと思ったのか表情が冴えない。

 

「響ー、敵ながら姉妹のために席を譲るなんて天晴れデース。あぶれたもの同士、こっち来るデース」

 

金剛が響を手招いている。

だが、響の反応は全員の予想を裏切っていた。

 

「何言ってるんだい、大神さんの近くの席ならまだ残ってるじゃないか」

「へ?」

 

そう言うと、テクテクと響は大神の前まで歩き、

 

「私はここでいいよ」

 

そう言うと、響は迷うことなく大神の膝の上に座ってみせる。

 

「♪~ えへへ、特等席だね」

「響くん!?」

「響……おそろしい子デース!」

 

金剛、否警備府の全艦娘が某少女マンガの白目蒼白コラのような表情をしていた。

 

「大神さん、大神さんが動くと私落ちちゃう」

 

突然響に膝の上に座られて、身じろいだ大神に響が注文をつける。

 

「ご、ごめん。どうすればいいかな?」

「抱きしめて欲しい……かな?」

 

その言葉にシートベルトのように響の腰に手を回し抱きしめる大神。

だが、これでは大神は何も出来ない。

 

「いや、でもこれだと食事が……」

「大丈夫だよ、全部私が手伝ってあげるから。はい、大神さん、あーん」

「え? あーん」

 

口をあけた大神に冷凍みかんを一房入れてみせる響。

反射的に口を閉じ、もぐもぐしてみせる大神だったが、事実に気が付いて驚愕する。

 

「まさか、これをずっと?」

「えへへ、もちろんだよ、大神さん♪」

 

答えは響の満面の笑みだった。

 

 

そ し て 、

 

 

「はい、大神さん美味しい煮魚食べさせてあげる。あーん」

「あ、あーん。うん、たしかに美味しいな」

「そうだよね、新鮮な魚の煮魚って美味しいよね」

 

 

「響くん、そこのプリッツとってくれないかな」

「ん~、ふぁい(プリッツを口にくわえて差し出す)」

「ひ、響くん? なにを!?

「……(これならプリッツも甘いよ、プリッツ響味召し上がれ)」

 

 

「けふっ、む、むせたっ」

「大神さん? はいっ!」」

「(((く、口移しで飲ませたー!!)))」

「響くん、す、すまないっ!」

「えへへっ、大神さんと口移ししちゃった」

 

 

そして、砂糖を吐く様な響と大神の一時間半を目にして、

 

「もうー、響ばっかりずるいよー!」

 

響の正面に座っていた暁が我慢できずに声を上げた。

 

「なら、代わってあげようか、暁」

「え?」

 

大神の膝の上を満喫した響がさらりと声を上げる。

暁が凍る。

 

「だから、代わってあげようかって言っているんだよ、暁」

「ええ?」

 

が、自分にも目があると思ったものたちの反応は早い。

 

「じゃ、私ガ――」

「嫌なのかい、じゃあ、電――」

 

次いで電が凍る。

その声に、声を上げようと思った翔鶴達の前に、

 

「嫌だなんて、一言も言ってないわ! 一人前のレディーとしてその申し出受けようじゃない!」

「レディーなら受けないんじゃない?」

 

突っ込みは聞かなかったことにした。

無論、膝の上にいる間中そわそわしていて、気が気でなかったのは云うまでもない。

 

 

 

その後、駆逐艦限定で大神の膝の上を順繰りに堪能したが、響ほど大胆な行動を取ろうと思ったものは少なかった。

吹雪は後ろを振り向こうとして、至近距離の大神に轟沈。

睦月もポッキーゲームを仕掛けたのが精一杯だった。




響……おそろしい子!


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第五話 5 到着、そして再会

最後尾の車両をほぼ貸し切り状態で移動する事、数時間。

新幹線は東京駅へと辿り着く。

ここから電車を乗り継いでいくわけだが、現在の東京に慣れてない大神たちには酷な話かもしれない。

 

と、云うことで新幹線の到着に併せて、案内役が来ることになっていた。

実際に、新幹線のホームに見覚えのある艦娘が立っている。

大神の姿を窓越しに視認すると、嬉しそうに大神に手を振っていた。

 

「鹿島さんだったのか」

「む~、危険な雰囲気の艦娘デース」

 

鹿島は士官学校や新任の艦娘相手の任務がほとんどと云うこともあって、警備府の艦娘と面識がないようだ。

となると、士官学校の間だけとは言え面識のある大神が対応せざるを得ない。

だが大神を見ただけで、あの嬉しがり方。艦娘達の心に不安が広がる。

 

「じゃあ、俺が最初に降りてこれからの移動方法とか確認するよ。みんなは俺の後に降りてきて」

「分かった。あの、大神さん?」

「どうしたんだい、響くん」

 

妙に嬉しげな鹿島の様子に不安になって、袖を引っ張って尋ねる響に振り返る大神。

 

「あの艦娘と二人で何処かに行ったりしないよね?」

「しないって!」

 

そして、ドアが開いて大神が新幹線からホームに降りた直後、

 

「大神くん! こんなに、こんなに早く、私の事呼んでくれるなんて! 大神くん、わたし、とても……うれしい!!」

 

鹿島が助走をつけて大神に飛びついて抱きつく。

だが、そこは鍛えた男の肉体。大神は飛びついた鹿島をバランスを崩すことなく受け止める。

そこが更に鹿島の琴線に触れたらしく、そのまま大神の頬に自分の頬を擦り付ける。

 

「「「あー!」」」

 

まるで映画のような二人の再会のシーンに艦娘たちが声を上げる。

 

「いいっ!? 鹿島さん?」

「もう~、大神くんは隊長さんなんですから、私の事は『鹿島さん』じゃなくて『鹿島』と呼んでください」

「鹿島さん、顔っ、顔近いですって! あと、前にも言ったとおり、『鹿島くん』が限界です!」

「ふふっ、大神くん、かわいいっ。あ、いけない、私も『大神さん』って呼ばないと。ね、大神さんっ♪」

 

今思い出したように呼び名を改める鹿島。

それは、まるで恋人同士の睦言のようで。

 

「もう~、いつまで隊長に抱きついてるデースカ!」

 

我慢できなくなった金剛が二人を引き離す。

 

「……そうですね、大神さんに会えたのがあんまり嬉しくてはしゃいじゃいました。ごめんなさい、ふふっ」

 

ペロッと舌を出しながら、遅れて新幹線を降りてきた艦娘たちに謝る鹿島。

 

「う~、何か、余裕の笑みされてマース」

「……ハラショー」

 

「自己紹介が遅れました、練習巡洋艦の鹿島です。大神さんと、皆さんを有明鎮守府まで案内いたしますね」

「ああ、よろしくお願いしま――お願いするよ、鹿島くん」

 

記憶の内の事とは言え、仕官学校時代、ずっと「さん」付けで呼んでいた相手だ、どうもやりづらい。

いかんいかんと首を振って、認識を改めなおす大神。

 

「うふふっ、有明までのルートは一任されてますので、ゆりかもめを使って説明しながら向かいますね」

 

そんな大神の様子さえも、見ていて楽しんでいる鹿島。

 

「あ、あの、鹿島さん? 当たっているんですが……」

「だーめ。大神さん、その『さん』づけを止めて貰えるまで離しませんよ、ふふっ♪」

「鹿島……くん、当たっているんだけど……」

 

ごく自然に腕を組んで、胸を押し当てて大神の反応を楽しんでいる。

 

「勿論当てているんです。さあ大神さんっ、皆さん、こちらの階段を上がりますよ」

 

大神と鹿島が二人の空間を作れば作るほど、後を付いて行く艦娘の集団の気が微妙なものになっていく。

 

「大神さん……」

 

響は負けじと大神の反対側の袖を引っ張っているが、腕を組む鹿島ほどには注意を引き付けられない。

 

 

 

そして、一団は東京から山手線に乗り換え、新橋で更にゆりかもめに乗り換える。

ゆっくりとした移動速度のゆりかもめから覗く臨海副都心の説明を、一つ一つ鹿島が行っていく。

しかし、その説明は、

 

「大神さんっ、ここがレインボーブリッジといってですね、夜景が綺麗な場所なんですよ~。大神さんは車の免許は持ってましたよね?」

「ああ、一応持っているよ」

「じゃあ、こんど大神さんの運転する車で夜景を見に来ましょうね♪ うふふっ、楽しみ!」

 

とか、

 

「ここがお台場です、鎮守府からは一番近くのショッピング街になるのかな。鎮守府設立に伴って私たちの服とかも多く取り扱ってくれるようになったんですよ~」

「鎮守府からは歩いて来れるのかな?」

「一番早いのは臨海副都心線ですけど、大神さんとのデート専用の服だから、大神さん以外の人には見せたくないかな。今度歩いていきましょうね、お散歩しながらも悪くないですよ。ふふっ」

 

などと、大神と鹿島がデートに行くこと前提で話を進めているのだ。

 

新任の少尉だったから、自分達以外に親しい艦娘なんていないだろうと思っていたのだが、こんなの完全に予想外だ。

このまま黙っていたら、本当に鹿島に大神を掻っ攫われてしまうかもしれないと、艦娘たちの間に危機感が漂う。

 

しかし、

 

「あ、あの! 大神さん、私も今度水着とか見に行きたい……かな」

 

と、響が必死にデートに誘っても、

 

「良いですね~、みんなで水着を大神さんに選んでもらいましょうよ。わたしも負けませんから、うふふっ」

「いいっ!? 全員分かいっ?」

「勿論ですっ。これから全艦娘の隊長さんになるんですから、よろしくお願いしますね。大神さんっ」

 

いつの間にか全員で行くことに話をすり替えられてしまっている。

響というか駆逐艦相手なら、まだ微笑ましいと云うか、そういう空気が漂っていたのだけど、鹿島が相手となると本気にならざるを得ない。

いずれ訪れるであろう水着選び(決戦の時)に向け、自らを磨くことを誓う艦娘たちであった。

 

「……」

 

瑞鶴、明日に希望はきっとあるぞ。




ずっと鹿島のターン。
あざとい、鹿島超あざとい。


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第五話 6 二人でお風呂

そうして、ゆりかもめが国際展示場駅正門駅に辿り着いて、腕を組んだ大神と鹿島が駅を出ると出口に6人の少女が大神たちを待ち受けていた。

 

「もう、鹿島さん、程々にと云っておいたでしょう」

「ごめんなさい、かすみさん。ふふっ」

 

やんわりと鹿島をたしなめる大神と同じ年頃の美女、藤井かすみ。

 

「大神さーん、お久しぶりでーす」

 

手を振って大神を歓迎する少女、榊原由利。

 

「あ、大神さん! これからは、ここ帝國ビッグサイトでも宜しくお願いしますね!」

 

見慣れた売り子の衣装に身を包む、少女。高村椿。

そして、

 

「大神さん、秘書官として目一杯頑張りますね」

 

見慣れたメイド服に身を通したメル・レゾン。

 

「大神さん、休憩中の甘味は任せてくださいね!」

 

同じくメイド服に身を通したシー・カプリスがそこにいた。

 

「風組のみんなは分かるけど、メルくんにシーくんはどうやってここまで来たんだい?」

 

大神の疑問も尤もだ。フランスから日本まで来るには海路・陸路いずれにしても大変だし、そもそもグラン・マ(イザベル・ライラック)大統領が手放すとも思えない。

 

「えへへ。そこはですね、直球勝負で行ったんです。『大神さんの傍にいたい!』って」

「もう、シーったら。でも、結局、グラン・マに云える事なんてそれしかなかったんです。自分の心の中の本当、それをぶつけることしか」

「案外簡単にオッケーしてくれましたけどね。『まったく、みんな色気づいて、何で私だけこの年代なのかしら』ってぼやいてましたけど」

「良かったですね、大神さん。グラン・マに狙われたら大神さんなんてひとたまりもなかったですよ」

 

確かに。あの百戦錬磨の女性が相手となったら、確かに大神などひとたまりもないだろう。

その時のことを想像してホッと一息つく大神。

 

「大神さん、ほかの女の人の事、想像してたでしょう。メッ、です!」

 

大神の腕にしがみついていた鹿島が大神にダメ押ししようとするが、

 

「はい、鹿島さんの役目はここまでです。あとは、私にお任せください」

「いたっ! 痛いですから、分かったから、耳を引っ張らないで下さい~」

 

耳を引っ張られ、鹿島は大神にしがみついていた手を解く。

そして、6人の最後の一人、大淀が、

 

「連合艦隊旗艦、大淀です。これから、貴方に有明鎮守府の案内を致しますね」

 

と言葉をかけるや否や、早足でその場を離れようとする。

 

「ちょっと待ってくれ、艦娘のみんなはどうするんだい?」

 

といった大神の問いにも、振り向きもせず、

 

「問題ありません。そのまま鹿島さんが寮について説明することになっています」

 

歩みを緩めもせず、そのまま立ち去っていこうとする。

 

歩きながら有明鎮守府を説明する大淀の受け答えは正確、かつ精密で事務的、流石の大神もそれ以上話す事もあまりなくなり、必要最小限の受け答えとなって、やがて最終目的地である司令室へと到着する。

 

「ここが有明鎮守府の中枢、司令室となります。とは言っても前線で戦う大神さんの事ですから、大神さん自身が司令室となるんでしょうね」

「どこでそれを知ったんだい?」

 

大神の疑問も尤もだ。提督華撃団隊長・大神一郎。場合によっては機密情報に類することになりかねない。

 

「横須賀鎮守府での光武・海の起動試験のときに拝見しました。本当は3日目の朝に挨拶しようかと思っていたんですけど、それどころじゃなかったみたいですから」

 

そこで、はじめて大淀は硬かった表情を柔らかくする。

 

「貴方のような方が隊長でよかった……この大淀、あなたの筆頭秘書艦としてお役目につかせていただきます。何かありましたら『私に』全部仰ってくださいね?」

「えーと、全部見てたのかな?」

「ええ、勿論。艦娘のために土下座して、大臣にもあのような物言い。不躾ながらこの大淀、感動いたしました。私も貴方のためになら、同等の事はする所存です」

 

改めて人からそういわれると、なにやらこそばゆい。

そんな大神を尻目に、大淀は隣の部屋に身を進める。

 

「あ、隊長。ここから一つ下の階が浴場となっております。今なら誰も居ませんから、汗を流されてはいかがでしょうか?」

 

大淀がドアを閉めると、そこは大神一人には少々大きすぎるくらいの広さの間。

そして、まだ、本格的には稼動していない鎮守府。

となると、大淀の云うとおり移動中にかいた汗が気になる大神であった。

 

「そうだな、今の内に一汗流しておこうかな」

 

 

 

大神が向かったお風呂場は隊長一人のためとは思えないほど大きなものであった。

 

「大きいな、いや、大き過ぎないか、ここ?」

 

まさか、ここって、俺だけの場所じゃなくて……そう考えた大神の思考より早く、お風呂のドアを叩く音が聞こえる。

 

「うふふっ、大神くん。入っていますよね?」

「ごめん、鹿島くん! すぐに出て行くよ!」

 

艦娘共用のお風呂というなら話は別すぎる。

体が勝手に動いたのとは話は別だとばかりに、お風呂場を飛び出ようとした大神であったが、

 

「逃がしませんっ、えいえいっ!」

「うわぁっ、鹿島くんタオルを掴まないでくれっ!?」

 

「そ れ に、今逃げたら、きゃー痴漢って叫びますよ、大神くん?」

「…………」

 

そういわれたら、何も言いようがないのが男と云うもの。

大神に出来る事と言えば、降参の合図くらいというものだ。

 

そして、一つのお風呂に二人ではいる大神と鹿島。

洗い立ての結い上げた鹿島の髪の毛からふんわりとシャンプーのいい香りが漂い、うなじも艶かしい。

また、タオルで巻いただけの胸元は横からでもチラチラ覗く事が出来、豊満な胸を隠しもしていない。

 

「ふー、いいお湯ですね、大神くん」

「鹿島くん、あの、色々見えているんだけど……」

「もう、見せているんですっ。二人っきりでも、私が大神くんって言っても、もう鹿島さんって言い直してくれないんですね」

「ええっ!? 鹿島、くん?」

 

大神が鹿島に向き直ると、鹿島は大神の膝にすわり正面から大神の瞳を覗き込む。

鹿島の素肌の感触にあたふたする大神だったが、

 

「大神さん、答えて下さい。今の大神さんは、大神くんではないって本当の事なんですか?」

「鹿島くん……」

「有明鎮守府に移転する際に、技術部長に聞きました。でも、私、よく分からなくって、ちょっと不安だったんですけど、東京駅に会ったときも大神さんはやっぱり大神くんで、何も変わらなくって。だから、私このときを、ふたりっきりになれるこのときを待っていたんです……」

「鹿島くん……ああ、本当だよ」

 

鹿島の真摯な問いに対して、大神は真実を口にする。

自分と言う存在についての真実を。

 

「……じゃあ、大神くんだった頃の記憶は大神さんの中にあるんですね?」

「ああ、それは間違いなくあるよ。じゃないと鹿島くんの事、鹿島さんって呼べないよ」

「…………」

「引っ叩いても罵ってくれても構わない。俺は君に対してそれだけのことをしたのだから」

「………………」

 

鹿島は何も言わない、やはり想い人が居なくなってしまったことにショックを受けているのだろうか。

 

「鹿島くん?」

「なーんだ、記憶を受け継いでいるんなら問題ないじゃないですか!」

 

一点笑顔をほころばせる鹿島。

 

「え?」

「大神さん達は私達、艦娘を甘く見すぎです! 沈む度、建造で出会う度に記憶も人間関係もリセットされてたんですよ! 記憶を受け継いでいるんなら問題ありません!! 大体それを言い出したら、金剛さんや響ちゃんはどうなっちゃうんですか!?」

「え、あ、いや……」

 

確かに鹿島の云うとおりだ。

 

「えへへ、大神さんは、『私のために』強くなってくれたんですね。そう思うことにしちゃいます!」

「……それでいいのかい、鹿島くん?」

「いいんです。私がそう思うから、それでいいんです! 大神さん、だーい好きっ!」

 

そう言うと同時に鹿島は大神にタオル一枚で抱きついてみせる。

 

「ちょ、鹿島くん、離れて!? 太ももが! 胸が!?」

「ダメです、離れてあげませんし、逃がしません! 引っ叩いても罵ってもいいって言いましたよね? じゃあ、その分だけ、大神さんを堪能させていただきます!」

 

大神の幸福な地獄は大淀がお風呂場に入り、

 

「隊長、お背中をお流しいたしま――何をやってるのですか、鹿島さん!」

 

と乱入するまで続いた。




鹿島の攻撃は全て息をつかせぬ二段、否三段構え


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第五話 7 第一次正妻戦争

その頃、金剛と明石はお風呂場の前で鉢合わせしていた。

 

共にお風呂セットを持った身、二人とも入浴するのが目的なのは明らかだ。

二人の仲も良好だし、通常なら仲良く一緒に入るところだろう。

 

「明石は、工廠のシャワーがあったんじゃないデスか? そっちに入ってきたらどうデース?」

「いえいえ。金剛さんこそ、部屋のシャワーを使われたらどうですか?、うふふ」

「日本人はやはり大浴場と決まってマース、えへへ」

 

だが、今に限っては何故かお互いを警戒している。

可能であればお互いを出し抜き、自分ひとりだけお風呂に入りたいと考えている、理由は云うまでもない。

だが、二人の微笑み合い、と云うかにらみ合いはお風呂場から聞こえる声によって中断される。

 

「いいんです。私がそう思うから、それでいいんです! 大神さん、だーい好きっ!」

「ちょ、鹿島くん、離れて!? 太ももが! 胸が!?」

 

それは目的の人、大神ともう一人の女性の声。

東京駅から大神を独り占めしていた練習巡洋艦の声。

 

「明石、一時停戦デース!」

「分かりました、お風呂場に急ぎますよ!」

 

暖簾をくぐって、お風呂場の中に急ぐ金剛たち。

程なくして、

 

「隊長、お背中をお流しいたしま――何をやってるのですか、鹿島さん!」

 

更に一人聞き覚えのない艦娘の声まで聞こえてくる。

いったい中はどうなっていると云うのか。

ドアを力の限り引き開ける、二人。

 

「隊長! お背中も前もお流ししマース……、No! 隊長っ!?」

「大神さんお疲れになったでしょう! 人にも効く入渠剤でお背中お流ししま……大神さんっ!」

 

そこには大神と鹿島、そして大淀も乱入したくんずほぐれつな状況。

同じ野望を抱いていた金剛と明石は発見するや否や、

 

「各々方、殿中でゴザル! 殿中でゴザル! 大浴場に緊急集合デース! 隊長の貞操が大ピンチなのデース!!」

 

全方位に無差別電信をぶっ放す。

これで警備府の艦娘たちは来るはずだ、あとは――

 

「「二人とも私の隊長(大神さん)から離れる(デース)!!」」

「離れません、私と大神さんの仲は士官学校で数年かけて育んだものなんです。ポッと出の方になんて渡せません!」」

「筆頭秘書艦として、隊長のお世話をさせていただくのが私の任務ですから!」

「私だって、隊長には命を賭してでも返すべき恩があるんデース! 離すデース!!」

「大神さんの故障を直すのは、工作艦である私の役目なんです!」

 

四人がそれぞれ大神の4肢を引っ張っている。

女の子とは言え、そこは艦娘の膂力。引き千切れてしまうのじゃないかと思うくらい痛い。

 

「いだっ! いだだっ!! ちょっと、みんな、やめてくれって!」

 

これぞ世に云う大岡裂き、だが、誰も知らないのか力を緩める気配はない。

 

やがて、全方位無差別電信によって、有明鎮守府中の艦娘が集合することとなった。

警備府から来た艦娘以外は、ごく少数の艦娘しかいなかっいたことが不幸中の幸いか。

 

「大神さんの貞操がピンチって、どういうことだ……い…………」

「隊長、それは新しい戦闘方法でしょうか?」

「隊長、さん……?」

「……皆さん、私の大神隊長になんてことするんですか!?」

「大神さんのお風呂姿は私たちだけのものだと思ってたのに、ちぇっ」

 

集合した艦娘たちが目にしたのは、お風呂場で4人がかりで大神を大岡裂きせんとする4人の艦娘の所業。

 

「みんな、たの……む! いだだっ! 鹿島くんたちを止めてくれ!」

 

大神の声に一早く気を取りなおした響が、4人を止めようとする。

 

「4人とも、大神さんを離して! このままじゃ大神さんが! 大神さんこんなに痛がってるのに!!」

 

その言葉に我に帰る4人。だが、

 

「今更この手は離せません!」

「秘書艦として他の方には任せられません!」

「みんなが離せば良いんデース!」

「大丈夫です、関節が外れたくらいすぐ修理してあげますから!」

 

我に返った上でも、大神の手足を離す様子はない。正気か君ら。

 

「何をしているんですか!」

 

そこに、帝劇3人娘のかすみさんが踏み込んでくる。

大分おかんむりのようだ。

 

「4人とも、すぐ大神さんから手を離しなさい!!」

「「「「はいっ!」」」」

 

かすみの怒声に逆らってはいけない何かを感じたのか、鹿島たちは大神から反射的に手を離した。

 

「ぐえっ」

 

流石に引っ張られた直後では手足がまともに動くわけがなく、大神はそのままタイルに落ちて、蛙が潰れた様な声を出す。

思わず大神の傍に近寄ろうとする四人だったが、

 

「鹿島さん! 大淀さん! 金剛さん! 明石さん! あなたたちはお説教です!! 響さん、あなたは大神さんを連れて間宮さんの所、今は甘味処ですね、そこで休んでいてください」

 

大神に衣服を着せ、「大丈夫? 大神さん?」と関節を揉み解している響にかすみは食券を手渡し、間宮と伊良湖を呼ぶ。

 

「響だけずるいデー……」

 

一瞬不満を口に乗せる金剛だったが、

 

「金剛さん!!」

「ひっ! 分かったデース!!」

 

かすみの眼光を受け一撃で沈黙した。

 

「それと鹿島さん、あなたも念入りにお説教です!!」

「わ、分かりました……」

 

ここはなるべく怒らせないようにした方が得策だ、そう考えた残り3人は大人しくするのであった。

結果、『隊長の入浴中は』艦娘はお風呂に入るべからずということとなった。

 

 

 

 

 

「うふふっ、災難でしたね、大神隊長」

「鬼神のごとく海で戦っていた隊長さんも、陸に上がれば形無しですね」

 

今の時間は甘味処を営んでいる間宮と伊良湖に連れられて、甘味処「間宮」で響は甘味に舌鼓を打っていた。

 

響はいちごパフェ。

大神は緑茶のみ。

 

他の艦娘たちも帯同しようとはしたのだが、かすみの眼光一閃で押し黙り、ぞろぞろと残念そうに自室に戻っていった。

間宮たちとしても、一斉に艦娘に来られるとなると流石にお店が回らなくなる。

 

正に先んずれば人を制す、だった。

 

「おいしい……」

 

新鮮ないちごのさわやかな甘味と酸味、それにこってりとしたバニラアイスの重さのバランスが心地よい。

響は半ば感激しながらパフェにぱくついている。

 

大神は少しずつ緑茶に手を伸ばしている。

旨味が十分に抽出された緑茶の温かさが心地よい。

 

「あんまり食べると夕食に障りが出るから、ほどほどにね」

「大神さんと一緒に食べたかったから大きめにしたのに……」

 

大神に聞こえないよう声を小さくしてぼやく響だったが、実際にパフェのサイズを少し大きめに作った間宮と伊良湖にとっては響のそんなささやかな望みは一目瞭然だ。

だから、間宮たちはちょっとした援護射撃をしようと思うのだった。

 

「大神さん、響ちゃんに食べ過ぎないように云うのでしたら、手伝ってあげたらいかがですか?」

「え? ああ、そうだね、間宮さん。響くん、良かったら少し手伝おうか?」

「――っ! うん!」

 

大神の問いに満面の笑みで答える響であった。

 

その日は到着直後と言うこともあり演習などはなかったのだが、寝るまでずっと笑顔の響であった。




第一次正妻戦争 戦果

S勝利 響 お風呂に入った大神の姿を見れたし触れた、3人娘にも良い子とアピール成功。
      おまけに大神とタダで甘味デート、文句なしのS勝利。

A勝利 鹿島 なんだかんだで前半は非常に良い思いをした。

D敗北 大淀 良いところを響に掻っ攫われた。大岡裂きで手を離さないなんて、ねぇ。
    金剛
    明石

C敗北 その他 響に出遅れたのが運の尽き。


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第五話 8 集結(横須賀編)

ご挨拶回。


乱痴気騒ぎから一夜明けた有明鎮守府。

既に到着した艦娘たちは訓練を再開し、その他の鎮守府からは徐々に艦娘が集い始める。

大神もここ数日のうちに到着する予定となっている艦娘のリストに目を通して、司令室で準備に当たる。

 

先ずその日の午前中に到着したのは、武蔵、曙たちも所属していた横須賀鎮守府。

本来であれば尤も直近の鎮守府であったのだが、上層部のゴタゴタで警備府に一日遅れての到着となった。

 

「武蔵以下。横須賀鎮守府の艦娘計22名、有明鎮守府に着任しました」

「ありがとう、自分もなりたての隊長だけど、君達を歓迎するよ」

 

鎮守府の演習場で一戦交えた武蔵が、彼女達を代表して大神に挨拶する。

 

「少尉。いや、今は特務大佐だったか。本当に私達の隊長になってしまうとはな」

「あの時は必要以上の事を話せずに済まなかったね、武蔵くん」

「いや、確かにこれだけの規模の事を秘密裏にしようとするとなると、情報漏洩には気をつけないといけないな。まあ、済まないと思っているのだったら、また一戦戦いたいものだな」

「そうだね、俺はあのときほど訓練に時間は割けないけど、またやり合おう、武蔵くん」

 

そう云って武蔵と握手を交わす大神。

 

「じゃあ、次にみんなを隊長に紹介しよう」

「そうだね、そうしてもらうと助かるよ」

「先ず、隊長も分かると思うが、7駆の曙、漣、朧、それに潮」

「しばらくぶりね、クソ隊長」

 

いつもの事とは言え、曙のいきなりのクソ呼ばわりに唖然とする艦娘たち。

傍に控える大淀が一言注意しようとするが、大神はそれを手で制する。

 

「ははは、相変わらずだね、曙くん。そういえば、警備府では金剛くんを助けてもらったお礼をちゃんと云ってなかったね、ありがとう」

「べ、べべ、別にそんなの当たり前の事だし……」

 

面と向かって礼を言われた途端、一点して赤面して髪を弄りだす曙。

 

「こ、今度は! クソ隊長に負けないように訓練してきたんだから! 私とも訓練してよね!!」

「分かった、期待しているよ、曙くん」

 

その後、警備府から導入された嬉し恥ずかし特別訓練メニューの存在を知らされ、赤面が限界突破してぶっ倒れることを曙はまだ知らない。

 

「改めまして、漣です、ご主人様」

 

続いて自己紹介する漣。

 

「なんだい、その、ご主人様って? 前まではそう言っていなかったよね?」

「もちろん、大神隊長の事ですよ。大臣に土下座したときの言葉、渥頼のゲスに言ってのけた啖呵。聞いて、漣はティンと来たんです! この人こそ、私のご主人様だって!!」

「別に普通の呼び方でも良いんだよ?」

「いえ! 今言って見て思いました、キタコレって! もう、この呼び方以外ありえません、ご主人様!」

 

後ろに控えるメルとシーが「私達もご主人様って呼ぼうかしら……」といっているのを大神は聞かなかったことにした。

 

「もう、漣も曙もあんまり隊長を困らせちゃダメだよ。いよいよ提督華撃団の始まりなんですね」

「朧くん、宜しく頼むよ」

「はい、隊長は朧が守りぬきます!」

「それはこっちの台詞だよ、朧くん。俺がいる限り、君達艦娘を恣意的に扱うことも、沈めることも絶対にさせないから」

 

俄かに感動した様子の朧達。

 

「潮です……もう下がっても宜しいでしょうか……」

 

潮も赤面している。

 

「潮くんは疲れたのかい? そうだな、少し長くなりそうだから、椅子と飲み物を用意した方が良いかな?」

「い、いえ、そう云うわけではありません。……隊長のお顔を直視できなくて……」

「そうだぞ、隊長。我ら艦娘、この程度の事で根を上げるような訓練はしていない」

 

消え入りそうな潮の言葉に被せるように長門が話す。

 

「久しぶりだな、大佐。我らが来たからには、戦艦との殴り合いなら任せてもらおう」

「ああ、頼もしい限りだよ、長門くん」

「貴方なら、近づいてしまえば何とかしてしてしまいそうな気もするがな」

「そんなことはないさ、君達の艦砲射撃があれば心強いよ」

 

そして、大神は右に並ぶ艦娘たちに視線を向ける。

 

「後のみんなは初めて会うのかな?」

「隊長にとってはそうかもしれないけど、私達は遠目で訓練風景を見ていましたよ。それに、大臣に土下座したときの言葉も、渥頼提督に言ってのけた啖呵も、武蔵さんたちからちゃんと聞いてますから」

 

空母らしき和風の衣装に身を包んだ3人、その左端のやたら胸が豊かな艦娘が話し始める。

一つ一つのアクションの度にゆれるそれはとても柔らかそうだった。

 

「そ、そうかい、なんだか恥ずかしいな。えーと……」

「航空母艦、蒼龍です。空母機動部隊を編成するなら是非私を入れてね!」

 

続いて色違いの衣服に身を包んだ艦娘が頭を下げる。

 

「航空母艦、飛龍です。空母戦なら、おまかせ! どんな苦境でも戦えます!」

「飛龍くん、空の事は君達空母に任せるよ。でも一つだけ修正させて欲しい」

「え? 何でしょうか、隊長さん」

「隊長として約束する、君達をむやみにそんな苦境に追いやらないと。だからそんな悲しいアピールはしなくても良いんだ」

「隊長さん……」

 

飛龍の顔がほのかに赤面している。

そんな風に言われるとは思ってなかったようだ。

 

「航空母艦、鳳翔です。不束者ですが、よろしくお願い致します」

「こちらこそ。空の戦いは君達空母頼りだからね」

「はい、隊長」

 

最後に穏やかな雰囲気の艦娘が頭を下げる。

 

「ここからは重巡になる、そう言えば警備府には重巡は配備されていなかったな」

「そうだね。けど、そう云うのには慣れてるからね。これからは仲間だ、一緒に訓練しながらコンビネーションを磨こう、みんな」

 

帝國華撃団、巴里華撃団、共に予備訓練なしでの戦闘指揮だったし、警備府にいたっては襲撃された状態からの反攻作戦だった。

慣れたくはないが、すっかり慣れてしまっているのが今の大神である。

 

「こんにちは。高雄です。貴方のような素敵な隊長で良かったわ」

「え? い、いや、そういってもらえるとは思わなかったよ。こちらこそ宜しく」

「うふふ、重巡で分からないことがあったらなんでも仰ってくださいね」

 

開口一番の「素敵な隊長」に面食らった大神。

高雄はそんな大神の様子を見て微笑んでいる、それは隣の重巡娘にしても同じだったようだ。

 

「んもぅ、意外と可愛いのですね。私は愛宕。大神隊長、覚えてくださいね」

「かわっ!?」

「うふっ、どうしました? 大神隊長?」

 

更に大神を翻弄する愛宕。どうやら高雄と愛宕の二人は、大神の苦手とするタイプのようだ。

 

「大丈夫、わたしが力になってあげるわ♪」

「ああ……よろしくお願いするよ」

 

やり辛い、そう思いながら愛宕に答える大神。

 

「次はアタシか、摩耶ってんだ、よろしくな」

 

一方、次の艦娘である摩耶はそっけない。

だが、高雄と愛宕の二人に調子をくじかれた大神には、ちょうど良かった。

 

「ああ。摩耶くん、宜しく」

「色々話は聞いてるけど、実際に目で見たものしかアタシは信用しない。ま、頼むぜ、隊長」

「もう、摩耶ったら。私が鳥海です。隊長さん、よろしくです」

「こちらこそ宜しく、鳥海くん」

 

姉二人に調子をくじかれた様子を見て同じくかわいいと思ったものの、大神が応対しやすいよう手短に挨拶を済ませる鳥海。

 

「残りは軽巡・駆逐艦になる。ふむ、ちょっと時間を取りすぎたかな。みんな手短に済ませるように」

「ちょっと、いきなりそれはないじゃない! 7駆だけずるいわよ!」

 

ソワソワと自分の順番を待っていた駆逐艦が大声を上げる。

 

「武蔵くん、こっちの事は気にしなくてもいいよ、時間は取ってある。初対面だからこそ、丁寧にしよう」

「まあ、隊長が良いと言うのなら構わないのだが」

「それじゃあ、君の事を知りたいな」

 

そういって大神は先ほど大声を上げた駆逐艦へと視線を向ける。

 

「ええっ、私!?」

 

いきなり自分に話を振られ、狼狽する駆逐艦。

先ほどまで如何に自分を大神にアピールしようか必死に考えていたのが全部吹き飛んでしまう。

 

「え、あ……あんたが隊長ね!? ……ま、ま、まあ、せいぜい頑張りなさい!」

 

自己紹介なのに、何も自己紹介していない。

やってしまったと思うが、時既に遅し。

 

「えーと、君の名前は?」

「特型駆逐艦、5番艦の叢雲よ! 知らないって、全く、ありえないわね」

 

大淀や曙、周りの視線が若干厳しくなっていくのが分かる。

 

「数々の作戦に参加した名艦の私を知らないって、あんた、もぐりでしょ!」

 

半分泣きそうになりながら自己紹介になっていない自己紹介を続ける叢雲。

もう自分が何を言っているのか、自分でも分からなくなり始めている。

そして、

 

「――こんな筈じゃ! こんなんじゃ、鎮守府で戦っている隊長を見て一目惚れしましたなんて、もう言えないじゃない!!」

「叢雲ちゃん、言っちゃってるよ」

「――え?」

 

隣の磯波のツッコミでようやく我に返る叢雲。

 

「…………」

 

周りの生暖かい視線に耐えられなくなり、

 

「うわあああああああん!!」

 

顔を真っ赤にして叫びながら司令室を飛び出る叢雲であった。

駆逐艦たちが止めようと追いかけていく。

 

 

 

 

 

「……えーと、大佐、途中ではあるがそろそろ切り上げて良いかな? 私も追わねば」

「……そうだね。流石に俺は混じらない方が良いんだろうね、こういう場合」




横須賀艦娘との挨拶書いてて思った、死ねるw
これがあと3鎮守府分。次はもう少し考えねば。

あと、叢雲が暴走して他の駆逐軽巡は割を食いましたwww


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第五話 9 集結と反発1(呉編)

ご挨拶回その2


叢雲の逃走騒ぎを静めた後、横須賀鎮守府の残りの艦娘は一言で自己紹介を行うこととなった。

呉鎮守府からの艦娘が有明に到着したと大神に連絡が入ったからである。

流石に50人以上が一度に司令室に入るとなると手狭になってしまう、そのように作られては居ない。

割を食う形となった残りの艦娘たちだが、自己紹介を済ませていく。

 

「軽巡、長良です。よろしくお願いします!」

「五十鈴です。水雷戦隊の指揮ならお任せ。全力で提督を勝利に導くわ。よろしくね」

「名取といいます。ご迷惑をおかけしないように、が、頑張ります!」

「皐月だよっ。よろしくな!」

「あたし、文月っていうの。よろしくぅ~」

「あ、あの…磯波と申します。よろしくお願いいたします」

「ごきげんよう。特型駆逐艦、綾波と申します」

「あたしの名は敷波。以後よろしく」

 

手短に自己紹介をする彼女達に視線を回す大神。

 

「みんな、ありがとう。隊長の大神だ。宜しく頼むよ」

「「「はいっ」」」

 

「いきなり騒動を起こしてすまなかったな、大佐」

 

顔を真っ赤にして影に隠れる叢雲に視線をやり、武蔵が詫びる。

 

「別に構わないさ。誰かが傷ついたわけでもないし。叢雲くん、改めて宜しく頼むよ」

「そ、そこまで言われたら、しょうがないわね。頑張ってもいいのよ!」

 

常の様子を必死に取り繕うとする叢雲だったが、先程の大声の告白の後ではもはや滑稽である。

いや、自分を大神に深く印象付けると云う点では、大成功といってもいいのかもしれない。

 

ともあれ、自己紹介を終えた元横須賀鎮守府の艦娘たちは司令室を退出し、寮の自分達の部屋へと移動していく。

移動日と云うこともあり、彼女達は今日はこの後自由行動となっているが、武蔵・長門は未だ元気に満ちている。

恐らく元警備府の艦娘の訓練に参加するだろう。

 

と、そこまで考えたところで大神は大淀たちに声をかける。

 

「流石に連続ではみんなも辛いだろう、10分間休憩を取ってから呉鎮守府の艦娘と会おう。あと、大淀くん」

「なんでしょうか、隊長」

「呉の榛名くんと霧島くんは金剛くんの姉妹艦だったよね、金剛くんと比叡くんをここに呼んでくれないかな、早く再会させてあげよう」

「はい、分かりました」

 

大神の指示を受けて、パタパタと嬉しそうに駆けていく大淀。

他の秘書たちも秘書室に戻り飲み物を取るなどの休憩を済ませていく。

 

 

 

そして、10分後、加賀たちが司令室に入室していく。

ちなみに金剛達は未だ司令室内には居ない。

 

「演習直後の汗臭い格好でなんて、隊長に会えマセーン! ちょっとシャワーを浴びるから、Just a Moment!」

 

と大淀に返し、お風呂場にダッシュで直行したのだ。

流石に金剛たちもわかっているだろうから、そんなに遅れはしないだろう。

金剛姉妹の再会はその後にするしかないと苦笑するしかない大神だった。

 

そうこうしているうちに呉鎮守府の艦娘たちが司令室に入ってくる。

 

「一航戦、加賀。以下、呉鎮守府の艦娘21名、有明鎮守府に到着しました。先ずはこれを。呉鎮守府の司令官より親書を預かっています」

「ありがとう、加賀くん。これは後で読ませてもらうよ」

「いえ、出来れば今すぐに目を通して欲しいと預かってまいりました」

 

そんなに緊急を要する文書なのだろうか、と思う大神だったが、

 

「分かった。君達の前で失礼するけど、読ませてもらうよ」

 

大神は親書に目を通す。

その内容は、生意気に思うかもしれないが艦娘たちの事を宜しく頼む。あと、艦娘達の意思は私の意志ではないのでそこは了解いただきたいというものだった。

場合によっては、多少痛い目にあわせても良いとまで書かれている。

 

はて、呉鎮守府の大塚司令官は警備府の永井司令官と同じく良識派だった筈だが、痛い目にあわせても良いとは穏やかではない。

 

疑問に思う大神だったが、艦娘たちの意思と書いているので彼女達に後で確認を取れば良いか。

そう思い、先ずは彼女達に向き直る。

 

「ありがとう。遅れてしまったけど、君達を歓迎するよ」

「別に歓迎しなくても良いわ、未だ貴方の指揮下に入ると決めたわけじゃないもの」

「……どういう意味だい?」

「簡単な話です、大神一郎特務大佐。あなたを隊長とは私は、いえ、私達は認めていません」

 

金剛と同じ艤装の艦娘、恐らく霧島の言葉に納得する。なるほどこれが彼女達の意思か。

マリアも最初はそうだったなあ、としみじみ思い出す大神。

 

「俺では力不足、そう君は言いたいんだね」

「そうよ、私達の司令官はブラックではなかったし、指揮も適格で老練だった。なのに、何故わざわざ経験の浅い貴方の指揮下に入らなければいけないのかしら?」

「これは手厳しいね」

 

加賀の言っていることはあながち間違っているとはいえないが、かと言ってはいそうです等といえるわけがない。

どう説得したものかと一瞬考える大神だったが、

 

「話の途中だったから黙って聞いてましたが、もう我慢できマセーン!」

「ふざけるなー、一航戦! 私の隊長さんをバカにするな!!」

 

何人かの艦娘が司令室に入り込んで来るや否や、加賀の視線を遮るように大神の前に立ちはだかる。

 

「……お姉さま、本当にお姉さまなんですか!?」

 

司令室に乱入してきた艦娘、金剛と比叡の姿を見て、榛名と霧島の顔色が変わる。

 

「あったり前デース! この姿、金剛型の一番艦、金剛じゃなかったら何だと云うんデースカ!」

「だって……お姉さまは比叡を庇って沈んだって……」

「比叡が連絡した筈デース! 私は隊長によって深海棲艦から助けられたって! 記憶も残ってるって!! まさか比叡……」

「忘れてないですよ! ちゃんと連絡しましたよ!!」

「それは、そんな御伽噺ありえないって加賀さんが……」

 

大神を貶されて怒気を含ませた金剛に、榛名と霧島の様子はどんどん弱弱しくなっていく。

姉 金剛との奇跡の再会を喜ぶことが出来ず、一方的に怒られている状態が苦しくてたまらない。

 

「ここに私が居るのが何よりの証拠デース! これでも二人は隊長のSpecialなPowerを信じないと云うんデスカ! 司令官失格と云うんデースカ!!」

「「そ、それは……」」

 

呉鎮守府の艦娘で相談して一度決めたことだから、自分達だけ意見を覆すのも心苦しい。

でも金剛に怒られている状態はもっと苦しい。

板ばさみになり涙目になる榛名と霧島。

 

「金剛くん、ありがとう。もういいよ」

 

そんな二人の様子に気付き、大神は金剛を制止する。

 

「私、悔しいんデース! 隊長をあんなふうに言われて……」

「俺のことなら大丈夫だよ、金剛くん。それより榛名くんと霧島くんが泣きそうになってる。せっかくの姉妹の再会じゃないか、ここで会えた事を素直に喜んだ方が良いよ」

「「……大神大佐」」

 

あれほどまでに一方的に言われていたのに。

 

「本当に大丈夫デスカ、隊長?」

「ああ、大丈夫。加賀くん、先ずは彼女達が再び会えた事を素直に喜ばせてあげたい、俺の事は後回しにしても良いかい?」

「……分かりました」

 

しぶしぶ加賀が頷く。

それを見て金剛が、怒っていた表情を和らげる。

 

「しょうがないデース。榛名♪ 霧島♪ また会えて良かったデース。今度はまた4人揃ってTea Partyするデース」

「「お姉さま……お姉さまー!!」」

 

榛名と霧島が金剛に駆け寄り金剛を抱きしめる。

そして改めて実感する。

ああ、間違いない。本物だ。本物の金剛お姉さまだ、と。

 

「ごめんなさい。信じられなくて、ごめんなさい!」

 

榛名が泣きながら金剛に、大神に謝る。

伝聞だけで喜んで、再度絶望させられるのがいやだった。見たこともない男の事なんて信じられなかった。

でも、目の前の金剛の温かさが伝えてくれる、信じさせてくれる。真実を。

 

 

 

「二人は案からは脱落のようですね」

「そうね」

 

赤城の言葉に加賀が頷いた。




ただの挨拶回では終わりませんでした。

活動報告の扱いについてちょっと質問を投げかけました。
余裕のある方は答えていただけると幸いです。


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第五話 10 集結と反発2(呉編)

金剛との再会を喜び合った霧島と榛名。

涙をふき取り、佇まいを直したところで、始めに行ったことは大神への謝罪であった。

 

「「ごめんなさい、大神隊長。先程の不躾な発言、許してください」」

 

深く頭を下げ、大神への謝意を表す二人。金剛は満足そうだ。

 

「勿論いいとも。と言うことは、俺が隊長だと認めてくれると云うことで良いのかな?」

「はい。金剛お姉さまを深海棲艦から解き放った、私達艦娘にもない特別な力の持ち主。貴方を隊長として仰ぐことにもう異論はありません」

「榛名達を金剛お姉さまに会わせて頂き、ありがとうございました! このご恩は今後の働きでお返しさせて頂きます!」

 

そう言って大神を見つめる榛名の目にはかすかに熱が灯っている。

 

「そうか、なら加賀くんたちも認めてくれるのかな――」

「いいえ、私達は貴方が隊長と未だ認めません」

 

金剛たちの再会の様子を見て、呉鎮守府の何人かの艦娘は迷いが生じたようだが、赤城と加賀は平然と否定する。

 

「いい加減しつこいわよ、一航戦! 私の隊長さんの力がデマじゃなくて本物だって事は分かったんでしょ? 何が不満なのよ?」

 

瑞鶴が一航戦に食ってかかる。

先程、金剛達と共に乱入してきたことですっかり忘れていたが、勿論大神たちは瑞鶴を呼んではいない。

 

「そう言えば、瑞鶴くんはなんでここに居るんだい?」

「え? それは……一航戦が大神さんに興味を持ったら……やだなって」

「安心しなさい、五航戦。そんなこと、天地がひっくり返ってもありえないわ」

 

赤面して消え入りそうに呟く瑞鶴の言葉に、冷静に切り返す加賀。

 

「そういえば、さっきの問いに答えてなかったわね。答えは同じ、隊長として経験不足だからよ」

「そんなことはない! 着任直後の防衛戦に始まって、近海の深海棲艦の掃討とか、隊長さんはもう十分に経験積んでいるわ!」

「それでも、大塚司令官に比べれば赤子のようなものです」

 

そこで大神はやっと納得する。

 

「つまり、君達の望みと言うのは、大塚司令官にこの有明鎮守府の司令官代理になってほしいと云うことなんだね?」

「そうです。百歩譲って貴方の特殊な力の存在を認めましょう。でも、それは戦士としての力ですから。司令官代理は大塚司令官であるべきです」

「しかし、加賀くん、大塚司令官はそれを望んでいないよ」

「何ですって?」

 

大神の言葉に加賀が慌てた様子を見せる。

 

「君から渡された親書にそう書かれている、何なら親書を確認してもらっても構わない」

 

大神の差し出した親書に慌てて目を通す加賀達。

やがて、大神の言ったことが真実と分かると、目に見えて落胆した様子を見せる。

 

「そんな、バカな……」

「大塚司令官にその気がない以上、君たちの案は実現することはない。そろそろ――」

「まだです。大塚司令官に鍛えられた私達があなたの艦隊より練度が上であることが分かれば、大元帥だって考えを変えていただける筈」

 

赤城と加賀の目には未だ諦める気配がない。

それは一航戦の誇りによるものかもしれない、だが大神にはそれはもはや驕り・慢心にみえていた。

 

「未だ云うデースカ!」

「いい加減諦めなさいよ!」

「五航戦に、戦艦・重巡もろくに居ない艦隊、私達が負けるはずありません」

「なんですって!?」

 

金剛たちの言葉にも耳を貸す気配を見せない加賀たち。

親書にも痛い目に合わせてかまわないと書かれていた、今がそのときなのだろう。

それに自分ならいくら言われても構わないが、自分を信じてくれる艦娘まで良いように言われて少々大神も頭に来ていた。

 

「いや、もういいよ。金剛くん、瑞鶴くん」

「隊長?」

「事ここに至っては、闇雲に言葉を交わすより、一度刃を交えた方が早い。加賀くんたちの望みどおり演習で決着をつけよう」

 

そう言うと大神は立ち上がる。大神の気迫に気圧された赤城と加賀が一歩下がる。

 

「Oh 隊長が少しAngryネー」

「大淀くん、彼女達の望みどおり艦隊戦の演習を行いたい、訓練中の艦娘に一度休憩を。入渠はしなくても良い、俺が回復させに行く」

「はい、分かりました!」

 

大神の指示を受け、大淀が訓練場に小足で駆けだす。

 

「加賀くん、演習は戦艦・空母を交えた重艦隊戦でいいね」

「ええ、こちらは私達に大和、妙高、羽黒、那智で行くわ、あと一つ注文が」

「なんだい、加賀くん?」

「今回の演習、大神大佐の参加はなしでお願いするわ、あなたがいればそれだけで決着が付き兼ねない」

 

デマだと思っていた大神の逸話が本当なら、開始早々の必殺技でまとめて一掃されかねない。

けど、艦娘同士の戦闘なら負けるはずがない。そう考える加賀。

 

「いいだろう、瑞鶴くん、金剛くん、良いね?」

「勿論デース!」

「ギッタギタにしてあげるわ! 一航戦!!」

 

大神の確認に気勢を上げる金剛たち。

 

「あと、こちらの艦隊は、翔鶴くん、瑞鶴くん、金剛くん、神通くん、そして、暁くんと響くんでいくよ」

「重艦隊戦に駆逐艦2隻? あなた、正気?」

「いいや、正気だよ、これで構わない」

「やっぱりあなたは経験不足ね、勝ちは頂いたわ」

 

 

それが如何に愚かしい無知によるもの、勘違いであったか、加賀は未だ知らない。




ちょっと短いですが、演習パートの前で一旦区切ります。


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第五話 11 演習、そして決着(呉編)

演習にて艦隊戦を行うことを決めた大神だったが、元警備府の艦娘がその全力を発揮するとなると大神の存在が必要不可欠だ。

自分の着替え部屋にて光武・海を身に付けた大神は、先程まで訓練していた艦娘たちが休憩している休憩室に入っていく。

 

「隊長~、必殺回復技してくれるって聞いて飛んできたよ~、あれ、入渠剤より効くんだよね~」

 

大淀から聞いたか、すっかり必殺回復技の虜になった望月が大神に擦り寄る。

 

「すまない、望月くん。これから演習とは言え艦隊戦があるから、その子達を優先したいんだ」

「え~、じゃあ、艦隊戦の後じゃだめ?」

「そこまで待ってくれるなら良いけど、入渠しないままだと風邪を引いてしまわないかい?」

「う~ん、やっぱり待つ。今日は大神さんの霊力に包まれて寝たい気分なんだよね~」

「分かったよ、望月くんは後でね。じゃあ、艦隊戦のメンバーを発表するよ」

「ちょっと待つデース! 隊長は一番大事なこと伝えてマセーン!」

 

そして金剛は、この戦いの結果次第では呉の大塚司令官が有明鎮守府の司令官代理になるかもしれないとみんなに伝える。

五航戦に、戦艦・重巡もロクに居ない警備府の艦隊では、呉の艦隊に勝てないと言われたことも。

その一言は元警備府の艦娘達の心に火をつけた。

 

「ほほぉ、一航戦様はなかなか言ってくれるじゃねーか」

「ちょっと、ここまで見下されると、那珂ちゃんも頭にきちゃうかなー」

「大神さんが隊長じゃなくなっちゃうなんて、嫌です」

 

元警備府の艦娘たちが口々に自分の思いを口にする。

 

「何で、大神隊長はこんな大事な事を言わなかったんですか?」

 

神通の質問は、もっともな疑問である。

 

「もちろん、今の君たちなら勝てるからだよ。へんな力みなどせずいつもどおり戦って欲しかったんだ」

「なるほど、分かりました」

「あと、君たちの事を良いように言われて少し怒ってしまったのが、ちょっと恥ずかしくてね」

「大神隊長……」

 

鼻の頭をかきながら照れくさそうにする大神に、艦娘たちの笑顔がほころぶ。

ああ、この人は、自分の事であればいくらでも平気なそぶりをするのに、私達のためならこのように感情を露にする。

だから私達はこの人を慕うのだ。

この人以外の人間が隊長になるなんて、考えられない。

 

「向こうの提督にも痛い目にあわせても良いと云われているし、全力でかかるよ」

「「「はい!」」」

 

気力が今までにないほど充実しているのが分かる、負ける気がしない。

 

「では、改めて艦隊戦のメンバーを発表する、まず翔鶴くん」

「はい、もう一航戦の皆さんに近づけるようになんていいません。ギッタンギッタンにして差し上げますわ」

 

云うことが似ているのは流石姉妹と行ったところか。

 

「続いて、瑞鶴くん」

「分かってるわ、隊長さんの下の私達なら一航戦越えだって出来る!」

 

「金剛くん」

「準備万端デース!」

 

「神通くん」

「2水戦の旗艦に恥じない実力、お見せします!」

 

「そして暁くん」

「一人前のレディーとして、全力で優雅に戦うわ」

 

「そして、響くん。君が旗艦だ、頼むよ」

「不死鳥の名は伊達じゃない。大神さんに勝利を届けるよ」

 

2隻も駆逐艦を入れていると云うのに、元警備府の艦娘は誰もその選択に異議を唱えない。

分かっているのだ、これが現在の最強メンバーだと。

 

「それじゃ、先ず君たちを回復するよ。狼虎滅却 金甌無欠!」

 

構えた大神から柔らかな光が溢れ、艦娘たちを回復していく。

 

「うん、やっぱり入渠剤よりこっちの方が良いね、大神さんに包まれている感じがする」

 

「あと作戦についてだけど、今回は空母戦だ。『風』でいこう、みんな」

「「「了解!」」」

「……大佐はなかなかに悪辣だな」

 

その場にいた武蔵が、大神の選択を評する。

呉の艦隊に何一つさせることなく、殲滅するつもりだと分かったからだ。

 

 

 

そして、演習場にお互い準備を整えた両艦隊が居並ぶ。

 

「駆逐艦が旗艦!? 向こうの艦隊は何を考えているの、信じられません」

「失望したわ、勝利は頂いたわね」

 

赤城と加賀は旗艦の位置に立つ響の姿を見て、目を点にしている。

 

「なんとでも言えばいい、大神さんの隊長としての力、味わってもらうよ」

「……何ですって?」

 

響の呟きに嫌な予感を感じた加賀であったが問いただす前に、両者十分な距離を取り開戦の合図が鳴る。

 

「行くよ」

 

両艦隊が動き始める。

両者ともに索敵を完了し、航空戦の準備を行うため、矢を弓に番える。

 

「同規模の空母2隻同士の航空戦、恐らく制空は拮抗」

「と一航戦は思ってるんでしょうね、先ずはその思い込みを粉砕するんだから!」

 

両者から放たれた矢は一瞬の間をおいて艦載機へと転じる。

艦戦・艦攻の割合も同程度。艦載機もほぼ同じ。

しかし、若干大神側の艦載機数が多いようにも見える。

 

「……どういうこと?」

 

大神側の空母は五航戦、これほどの搭載数ではなかったはずだ。

その疑問は実際に航空戦が始まると驚愕へと変わる。

 

こちらが明らかに制空権において劣勢を強いられているのだ。

同じ艦載機であるはずだが、次々と後ろを取られ撃墜マークを付けられている。

 

「どうして? ここまで航空戦の練度で負けていると云うの、一航戦の私達が!?」

 

すぐ隣から、赤城の驚愕の叫びが聞こえる。

けど戦況はそんな行動を許さない。

 

「赤城さん、もうすぐ敵艦攻が来るわ防空戦の用意を。それに敵の旗艦はただの駆逐艦。劣勢とは言え旗艦を落としてしまえばこっちの勝ちだわ」

 

お互いの艦戦による制空網から抜け出た艦攻が敵艦へと向かう。

運よく加賀、赤城の最大スロットに載せた艦攻は航空戦で半数を切ったとは言え響へと向かっていた。

 

「防空駆逐艦でもないただの駆逐艦、頂いたわ」

「甘いよ」

 

響から高角砲が、連装機銃が次々と打ち出され、吸い込まれるように艦載機に命中していく。

そして、

 

「うそ……」

「全機……撃墜…………」

 

最大スロットに設定されていた艦攻全機が響によって撃墜されたと、艦載機との接続が途絶えたことが教えてくれる。

他艦に向かった艦攻が若干残存しているが、これで赤城・加賀の攻撃力は減衰した。

 

更に追い討ちをかけるように、

 

「ぐっ……ああっ!」

「ああっ!……まだ……引けないのに……!」

 

五航戦の艦攻によって妙高と那智に大破マークが付く。

これで艦数では4対6、完全に不利だ。

 

「でも、こちらにはまだ大和さんが!」

 

相手の戦艦は金剛、超長距離砲を積んでない以上、こちらの先攻となる。

これで戦艦、空母を撃ってしまえば、まだ反攻の目はある。

 

「待って、相手の行動が早い、早すぎるの!?」

 

大和からの驚愕の叫びに目を向けると驚異的な速度で間合いをつめる金剛たちの姿。

相手の間合いに入る前に慌てて大和が主砲を向けようとするが、

 

「遅いデース! 隊長のPowerに後押しされた私達の方が早いデース!」

 

金剛の主砲が大和を強く打ち据える。

 

「く……こ、こんな所で大和は沈みません……!」

「そんな、金剛型の一撃で大和が中破に? でも、今度は私達の手順――」

「いいえ、貴方達の番は訪れません! 弾着観測……行きます!!」

 

既に主砲を構えた神通が更に大和を打ち据える。

 

「きゃああーっ!!」

 

神通の一撃によって大和にまで大破マークが付く。

これで残るは一航戦と羽黒だけだ。

 

「どうして、どうして私達の攻勢が封じられるの!?」

「これが隊長の、大神さんの力です!」

「そんな……そんなことって」

 

畳み掛けるように翔鶴の爆撃が羽黒を襲う。

 

「こないでーっ! ダメ……見ないで……見ないでぇー!」

「大神さんは見ちゃダメです!」

「ちょっと、うわっ、目が、目がーっ!?」

 

翔鶴の爆撃によりあられもない姿となった羽黒を、大神の視界から遮らんと大神に目潰しを喰らわせる睦月。

 

「見たか一航戦! これが隊長さんと五航戦の本当の力よ! 瑞鶴達には軍神が付いていてくれるんだから!!」

「そんな、一航戦の誇り……こんなところで失うわけには……」

 

間髪を入れずに、瑞鶴の爆撃が赤城を大破に追い込む。

 

「そんな……でも、残りは駆逐艦、攻勢に出れないのならここを耐えてせめて一矢報いるわ」

 

加賀は身構えて、既に攻撃準備に入っている暁の砲撃に耐えようとする。

本来であればろくな打撃とはならない筈だ。

しかし、

 

「攻撃するからね!」

「甲板に火の手が。そんな……駆逐艦程度の砲撃で」

 

暁の砲撃によって中波寸前に追い込まれる加賀。

残るは敵旗艦である響、せめて、せめて一矢報いようと弓を構えようとする加賀だったが、

 

「残念だけど貴方達の番は訪れない、これで終わりだよ」

「飛行甲板に直撃。そんな……馬鹿な」

 

加賀にも大破マークが付く。

 

「残念だけどこれが事実だよ。大神さんの下では私達駆逐艦だって、空母・戦艦と互角以上に戦えるんだ!」

 

一航戦、大和型、重巡3隻に対しての完全勝利。

それが響の言葉を何よりも強く物語っていた。




さて、好感度補正の具体的効果を響、金剛、瑞鶴を例にパラメータ出します。
結論から云うと、%補正でなく、そのまま合算となります(0は0のまま)。

え、大神さんより強くね? 

好感度補正込みだとヒロインが大神さんより強くなるのは、サクラ大戦からの仕様です


響 好感度71

    素 補正後
耐久 30→101
火力 39→110
装甲 44→115
雷装 67→138
回避 89→160
対空 45→116
搭載  0
対潜 40→111
速力 高速
索敵 26→97
射程 短
運  12

命中   +71%
防空率  +71%

何この防空駆逐戦艦w 清霜が居たら泣いて喜びそうな異常パラメータwww
重巡では勿論相手になりません。
下手な空母で攻撃仕掛けても、全機撃墜されるだけです。


金剛 好感度49

    素 補正後
耐久 75→124
火力 91→140
装甲 85→134
雷装  0
回避 62→111
対空 69→118
搭載 12→ 61
対潜  0
速力 高速
索敵 39→ 88
射程 長
運  12

命中   +49%
防空率  +49%

大和とガチで殴り合える高速戦艦ですw
いや、命中回避の分明らかに有利です。
あと、恐怖の搭載61www


瑞鶴 好感度22

    素 補正後
耐久 75→ 97
火力 39→ 61
装甲 70→ 92
雷装  0
回避 77→ 99
対空 75→ 97
搭載 84→106
対潜  0
速力 高速
索敵 82→104
射程 短
運  42

命中   +22%
防空率  +22%

特筆すべきは搭載数、加賀越えw
一本の矢が複数の艦載機に変化するアニメ描写から、増加可と判断しました。



あと、もう一つの勝利の鍵 
作戦効果『風林火山』について、
光武・海の機能。大神の霊力に指向性を持たせることで艦隊の力を限定的に引き出すようにしたもの(好感度補正とは重複してかかる)

『風』:制空力50%UP、絶対先制(こちらの攻撃が全て終わるまで敵攻撃不可)、敵攻撃が必中
『林』:全能力20%UP
『火』:攻撃力50%UP、火力キャップ無効化
『山』:防御力50%UP、絶対後攻(敵の攻撃が全て終わってから行動開始)、必中


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第五話 12 謝罪(呉編)

元警備府の艦娘に演習で一撃すら与えることも出来ず、完全敗北を喫した呉の艦娘達は驚愕に包まれていた。

いや、それは自由行動で暇を持て余して演習を見ていた、曙たちを除く横須賀鎮守府の大半の艦娘にとっても同じことであった。

 

「信じられません、私の計算ではここまで一方的な戦いになるなんて…………こんなことあり得ません」

「スッゲーな! 駆逐艦で正規空母をふっ飛ばしやがった! どうやったらあんなことができるんだ! 私達も強くなれるのかな!? 訓練が楽しみだぜ!!」

「うふふっ、こんなことって起きるものなのね~」

 

鳥海が呆然と総評を下す一方、摩耶は自分も同じように成れるんじゃないかと興奮した口調だ。

愛宕は呆然としているのか、予想通りなのか表情からは読めない。

 

「蒼龍、見た? 五航戦の搭載数、完全にスペックオーバーな数だったよね? それを自在に操って一航戦から優勢をもぎ取ってた」

「もちろん見たわよ、飛龍! もしかしたら、私達も一航戦に勝てるようになるのかしら? すごい話じゃない!? ねえ、鳳翔さん?」

「ええ。私も、もう一度活躍できる様に成れるのかもしれませんね」

 

空母組は、はじめて見る一航戦の空戦での敗北に盛り上がっていた。

 

「あー! 響と暁が大神さんになでなでしてもらってる! う、羨まし――じゃ、なくて、なかなかやるじゃない?」

「叢雲ちゃん、あんなの私達には無理だよう……」

「やってみないと分からないわよ! 私だって、警備府の艦娘だったら出来たかもしれないじゃない!?」

 

もはや、ツンデレを投げ捨てかけている叢雲は暴走寸前で磯波に引き止められている。

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、すごいと思うかな?」

「もう敷波ったら。でも、あたし達もあ~なれるのかしら?」

「ボクも早く訓練して、あんな風になりたいなあ」

 

敷波達は響の活躍に沸いている。

とは云うものの主題は自分も響のようになりたいことがメインである、無理もない話だ。

概ね、横須賀鎮守府の艦娘は今後の自分達に希望を持っていた。

 

但し、この事を知っていた曙たちはもちろん感想は異なっていた。

 

「クソ隊長、やりすぎ」

「ああ。我ながら大人気なかったと思っている」

 

大神の表情は若干苦々しい。少なくとも完勝した側の表情ではない。

 

「怒ったご主人様、結構怖いんですね~」

「やはり、大佐は悪辣だったな。ここまでやるとは」

 

艦娘を引き連れて、呉鎮守府の艦娘たちの下へ向かう大神を途中で捕まえて歩きながら、そう評する。

 

 

 

一方、呉鎮守府の艦娘たちは打ちひしがれていた。

先程の演習が万が一接戦だったら、最新鋭軽巡3隻を擁した水雷戦隊での演習で決着を着けるつもりだったが、向こうには加賀をたった2発の砲撃で戦闘不能に追いやる駆逐艦が、大和に止めを刺した軽巡がいるのだ。

水雷戦隊での演習など、もはややる前から結果は見えている。

 

いや、加賀たちのように無様を晒す事がなくてよかったと考えるべきか。

 

憔悴しきった表情で陸に上がり、破れ飛んだ艤装を繕う加賀たちにどう声をかけたものか、周囲の艦娘たちが迷っている間に大神たちが近くに現れる。

 

「何の用? 無様を晒した身の程知らずを笑いに来たのかしら?」

「そうよ。ねえねえ、完敗やっちゃったけど、今どんな気持ち? どんな気持ち?」

 

瑞鶴が加賀を囃し立てる。が、流石にいくらなんでもやりすぎである。

無表情を貫こうとする加賀の目じりにも微かに悔し涙が浮かぶ。赤城は既に涙目だ。

 

「瑞鶴くん、やりすぎだよ。加賀くん、それについては後にしよう。先ずは君たちを回復させに来たんだ」

「……そうね、貴方の力が真実である以上、それも真実だったわね」

「……お願いします。首謀者の私達は捨て置いても構いませんから、せめて大和さんたちだけでも」

「そんなことはしない。みんな回復するよ」

 

頭を下げて懇願しようとする赤城を制止して、大神はいつものごとく構えを取る。

 

「狼虎滅却 金甌無欠!」

 

大神から柔らかな光が溢れ、加賀たちを回復していく。

いや、それは加賀の周囲に集まっていた呉鎮守府の艦娘たちにも届いていた。

その霊力が既に大神は怒っていない事を加賀たちに伝える。

 

では、何を目的にここまで来たと云うのか。

 

「済まなかった、加賀くん、赤城くん、呉のみんな」

 

疑問に思う呉鎮守府の艦娘たちに大神は頭を下げる。

 

「……なっ! 何でそんなことを!?」

「隊長、そんなことしなくても!」

 

大神の行動に驚愕した赤城が、否、呉の艦娘が、声を荒げる。

頭を下げるべきなのは、どう考えても、命令を無視しようとした自分たち、大神を貶した自分たち、警備府の艦娘を愚弄した自分たちなのに。

警備府の艦娘も驚いている。

 

「君たちの誇りを、プライドを、傷つけてしまったからだよ」

「……やめて……」

 

震える声で、加賀が大神を制止しようとする。

だが、それはあまりに小さな声過ぎて、大神を止めるには至らない。

 

「警備府の艦娘のみんなを貶された怒りのままに、君たちを傷つけることを選んでしまった。君たちがここ有明に来た時点で、同じ艦娘として平等に扱うべきなのに。だから謝らせてくれ。すまなかった、呉のみんな」

「……やめてっ!!」

 

加賀が大声を上げる、その目からは涙が零れ落ちそうになっていた。

 

「そんな事言わないで! 身の程知らずなことを言っていたのは私たちなのに! こうやって一方的にやられて始めて、増長してた事に、慢心してた事に気付いた愚か者に、そんな事いわないで!! ……もっと惨めになるわ!!」

 

言葉を重ねれば重ねるほど、自分が如何に増長していたか分かる。

もし時間を巻き戻せるのならば、慢心していた自分に叱ってやりたい。

これだけの能力を持った男だからこそ、大元帥閣下に抜擢されたのだともっと早く気付くべきだった。

 

「いや、だからこそ謝らせて欲しい。加賀くん、赤城くん、君たちを泣かせてしまったことに」

 

そういって、大神は加賀の涙をふき取る。続いて赤城の涙を。

 

「「あ……」」

 

両者の頬が微かに赤くなる。

 

「約束する、君たちをもう泣かせないと。だから、改めてお願いするよ。俺を隊長として認めて欲しい」

 

そうして、大神は呉の艦娘たちに再度頭を下げる。

先ほどとは異なる、答えなど決まっていた。

 

「「「すみませんでした、隊長!」」」

 

呉の艦娘たちは、大神以上に深く頭を下げ謝罪を口にする。

 

「ありがとう、みんな。これからは宜しく頼むよ」

 

そうして差し伸べられた手に、呉の艦娘たちは自己紹介を行いながら握手を交わす。

 

「隊長……」

 

そして、最後に座り込んだままの赤城と加賀に向き直る大神。

 

「赤城くん、加賀くん、宜しく頼む」

「はい……」

 

半ば心ここに在らずといった状態で大神と握手を交わす二人。

 

「大神……隊長……」

 

大神にふき取られた涙の痕が熱を持っていた。

その熱の意味を、二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

「う~、隊長さん、やりすぎだよー」

「まあまあ、瑞鶴」

 

瑞鶴は天地をひっくり返しかねない加賀たちの様子に警戒を露にしていた。

一方、翔鶴は大神の行動に驚きはしたものの、これでよかったのだと思っている。

あのまま、勝利に任せて呉の艦娘に言う事を聞かせても、内心で反発されていたかもしれないからだ。

それでは、呉の艦娘は真に力を発揮できない。

 

「だから、これで良かったのよ、きっと」



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第五話 13 絶えた望み(舞鶴編)

呉の艦娘との和解が成って数日間、佐世保や舞鶴から艦娘が来訪することはなかった。

ブラック提督たちの後処理に時間がかかっているのだろう。

 

だが、ここで考えていても待ち人が早く来るわけでもなし、大神は司令官代理の職務に邁進する。

メルとシー、大淀たちを秘書として揃えても尚、膨大な業務の量。

艦娘の異動が全て完了したら大分楽になるだろうが、それでも大神が訓練に参加できない状態は不味い。

 

「鎮守府のように、秘書艦を選ばれた方が良いかもしれませんね」

「うーん、でも固定にしてしまうとその子の練度に影響が出る。持ち回りにした方が良いかな?」

「そうですね、一週間毎に二、三人ほど選ばれるのが良いと思います……私としては残念ですが……」

 

常に顔を合わせて居るためか、すっかり気楽に会話を交わす大淀と大神。

 

「そういえば大淀くんは訓練に参加しないで良いのかい?」

「ここ鎮守府の運営が潤滑に回るようになればそのように致しますが、今はとても……」

「すまないね、大淀くん。メルくんとシーくんも苦労をかける」

「それは言わない約束ですよ、大神さん。ふふっ」

「大神さん、そろそろ午後のお茶にしませんか? お菓子焼いてきたんですよ!」

 

時計を見ると、確かにそろそろ休憩の時間だ。

一息入れようかと、背を伸ばしたところで大神に連絡が入る。

 

「ごめん、舞鶴から艦娘達が到着したみたいだ。俺の休憩はその後にするから、みんなは先に休んでいてくれ。あと、長門くんを呼んでおいてくれるかな」

 

机から舞鶴鎮守府の艦娘のリストを取り出すと、改めて目を通す大神。

そうこうしているうちに、長門が、舞鶴鎮守府の艦娘たちが司令室に入ってくる。

 

「利根型重巡、利根。以下、舞鶴鎮守府の艦娘21名、有明鎮守府に着任したぞ」

「ありがとう、君達を歓迎するよ。なりたての隊長ではあるけどね」

「そうか、ならはっきり言わせてもらうぞ。我輩たちは隊長の事を信用なぞできん。総司令の命令とあらば聞くが、お主の指示は聞けん」

 

利根の宣言にその場が凍りつく。

大神は舞鶴の艦娘たちに視線を向けるが、誰一人として目を合わせようとはしない。

どうやら同意見の様だ。

 

「俺が新米の隊長だからかい?」

「そうではない、新米とか古参とかは関係ない、隊長が人間だから我輩らは信用できないのじゃ」

「この長門は大佐を信頼している、といっても聞いてはもらえないか、陸奥」

 

長門が姉妹艦の陸奥に話しかけるが、陸奥は視線を逸らせたままだ。

 

「ごめんなさい、長門。貴方の言葉が真実だと分かっていても……無理」

 

陸奥の拒絶を最後に会話が止まる。

理由は概ね分かっている。

舞鶴鎮守府で恒常的に行われた主戦術の捨て艦をはじめとするブラック行為の数々が原因だ。

だが、それを聞くことは彼女たちの傷跡を無理やり広げるようなものだ、できるわけがない。

 

「ねえ、一つ聞かせて……貴方が沈んだ艦娘を深海棲艦から助け出したって本当?」

 

その時、今までずっと俯いていた大井が俯いたまま声を上げる。

それはまるで海の底を這いずり回るような声、絶望の塊のような声。

 

「ああ、本当の事だよ。金剛くんと響くんに確認してもらっても良い」

 

大神が頷いた途端、大井が大神に掴みかかる。

 

「なら、なら北上さんを助けて!! 夕雲ちゃんを、巻雲ちゃん、長波ちゃん、秋雲ちゃんを、潜水艦のみんなを助けてよ! もう、蘇れないって分かってるのに捨て艦にさせられたみんなを、大破進軍させられて沈んだ北上さんを!!」

「もちろんだ。彼女達が深海棲艦に囚われていたとしたのだとしたら、必ず助ける」

 

大神の答えを聞いても、大井は止まらない。

 

「そうじゃない、今すぐ! 今すぐ助けてよ! 聞こえるのよ、みんなの声が! 死にたくないって! 沈みたくないって! だから、今すぐ助けてよ!!」

「すまない、今すぐはできない……」

「嘘つき! 騙したわね! あの時も北上さんは大丈夫って言ってたのに!!」

「大井、あまり無茶を云うものではない。それにその隊長は舞鶴の提督では――」

 

錯乱しかけている、そう考えた利根が大井に話しかけるが、彼女は止まらない。

 

「そもそも貴方が沈めたんでしょ! 大破した北上さんを進軍させて! 他の鎮守府が突破したから、それだけの理由で!!」

 

もう、大井はかつて自分を指揮した司令官と、大神の区別さえ出来なくなっている。

大神の首を艦娘の膂力の全てを以って捻り上げる。

 

「く……お、大井くん…………」

「北上さんを沈めた、殺した、その口で私の名前を呼ぶな! 返せ! 北上さんを返せぇ!!」

 

自分の名を呼ばれたことで更に逆上した大井は、大神の首を絞める。

だが、舞鶴の艦娘は大井を止めようとはしない。

 

「隊長! すいません、長門さん!」

「承知した! 落ち着くんだ、大井!!」

 

大神が危険と判断した大淀の声に、長門が背後から大井を引き離そうとする。

 

「返してよぉ、北上さんを返してぇ!!」

 

だが、大井は単装砲の艤装を展開し、大神を殴りつけた。

鮮血が飛び散る。が、大神はふらつきながらも立ち続ける。

 

ここで、自分が倒れたりしたら、大井、いや舞鶴の艦娘と他の艦娘との隔絶は決定的なものになる。

それだけはさせる訳にはいかなかった。

 

「……あ、え? ……私?」

 

飛び散った鮮血を受けて、初めて自分が殴った人物が憎むべき提督ではなく、大神であることに気が付いた大井。

自分のしでかしたことを自覚して蒼褪める。

 

「違うんです、私、わたし、こんなつもりじゃ……」

「ああ、分かっている。君のせいじゃないってことは。本当に罰されるべき存在は君を、大井くんをここまで追い詰めた提督だってことは」

「だから、だから、北上さんを、北上さんを!」

「ああ、俺にできることならする、全力で北上くんを、みんなを救うと約束する!」

「だからあぁぁぁ……」

 

致命的に噛み合わない会話の後、大井は叫び声を上げて気を失った。

長門に拘束された状態のまま、蹲る大井。

 

「隊長! お怪我は大丈夫ですか!」

「大丈夫だ、大淀くん。舞鶴のみんな、舞鶴ではこんな状態の大井くんを戦いに出していたと云うのか?」

「……そうじゃよ、北上が沈んでからは唯一の雷巡だった大井はつねに狩り出されてた。ずっと捨て艦にされた艦娘の叫びを、悲しむ姉妹の声を聞き続けた結果こうなってしまったんじゃ! おぬしも我輩らをそう扱うのであろう!」

「隊長はそんなことはしません! 大神さんは誰も見捨てたりなど致しません!!」

 

自分に駆け寄った大淀が大神を弁護する。

 

「……知っておるよ。大神隊長、お主の噂は。だが、怖いんじゃ! 信じて、裏切られるのが怖いんじゃ!!」」

「利根くん……今は俺を信じてくれなくても良い。それよりみんなに頼みがある。ここでは『何もなかった』ことに、俺の怪我は『階段から不注意で落ちた』ことにしたい」

 

大神の言葉に俄かに舞鶴の艦娘がざわめく。

大井の凶行をなかったことにすると、不問にすると、大神がいっていることに気付いたからだ。

 

「何を言っているんですか!? 隊長にあんなことをして、何もなかったことになんて!! 止めなかった舞鶴の艦娘たちも!」」

「大井くんは精神的に非常に不安定な状態だ。不問にするよ。それより明石くんの治療を、可能な限り早く受けさせてあげたい。長門くん、彼女の事をお願いしても良いかい?」

「大佐。私も大佐はお人よしが過ぎると思うぞ」

「そうかもしれない、でも今は大井くんの事を、彼女のために何を出来るかを一番に考えるべきだ。俺の事は後回しで良い」

「……分かったよ、大佐。彼女を保健室に連れて行けば良いんだな」

 

呆れたような長門であったが、それでも大井を抱えると彼女を保健室に連れて行く。

 

「……お主、正気か? 今の大井の行為、処罰どころか解体処分させられてもおかしくないのじゃぞ? 止めなかった我輩らにも一端の罪が」

「もちろん正気だ。それでさっきの話、聞いて貰えるかな?」

 

訝しむ様な利根の言葉に、間髪入れずに返す大神。

利根は舞鶴の仲間を見渡す、全員が頷いていた。

主力艦であったが故に親友の死を、捨て艦の嘆きを、受け止め続けて尚戦いの場へ狩り出され、終には壊れてしまった大井。

そんな彼女を見捨てるようなことなんて出来るわけがなかった。

提督や司令官がもはや敵であった舞鶴の艦娘にとって、ともに戦う艦娘のみが嘆きを共有し、生き続けるための支えだったのだから。

いつか誰かが捨て艦に指定され、いずれかの死を見届けることになったとしても。

 

「分かった、我輩らとて大井の事は大事じゃ。お主の事は未だ信頼できんが、一応礼は言わせてもらう」

 

そう言い残して、舞鶴の艦娘たちは大井の様子を見るために保健室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

そうして、舞鶴の艦娘が司令室を去って、

 

「う……」

 

保ち続けた意識が微かに遠のき、大神は崩れ落ちかける。

 

「大神さん!」

 

3人娘と大淀とメルとシーが大神に駆け寄る。

大神はデスクを背にして崩れ落ちようとする身体を保つ。

 

「すまない、今大井くんの居る保健室に行くわけにはいかないから、この場で手当てしてもらえないかな」

「大神さん無茶ですよ……」

 

メルが涙目で大神のこめかみから流れる血液をふき取り、簡易に手当てを行う。

でも、傷が小さいようにはとても見えない。簡易手当てだけでは不安が拭えない。

 

「大神さん、これだけじゃダメです。ちゃんと明石さんのところで処置してもらって下さい!」

「分かった、大井くんの治療が一段落ついたら、明石くんのところに向か……」

 

一旦立ち上がろうとした大神だったが、立ちくらみを起こし大淀にもたれかかる。

 

「隊長! その身体で動き回らないでください!」

「心配を駆けてすまない。大井くんの治療が終わったら、明石くんに来てもらえる様に連絡してくれないかな」

 

大神にしがみつかれ、本来であれば喜びたい場面。

けれども、大神が心配で心配で大淀の心はそれどころではなかった。

 

シーが焼いてきた菓子。それは大神の分が取り分けられていたのだが、結局食されることはなかった。



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第五話 14 明石の奔走(舞鶴編)

その日、明石は朝から夕張と光武・海の艤装への応用について、空論を戦わせ遊んでいた。

光武・海は艦娘の装備を一つ装着できるように設計されている。

つまり、両者は基盤において同じ技術を用いられているのだ。

殆どの艦娘は霊力を自覚しておらず自らの意思で扱うことも出来てはいないが、そこをクリアしてしまえば大神のような3次元機動を行いながら戦うことも艦娘は出来るようになるだろう。

場合によっては大神のように必殺技を撃てるかもしれない。

工作艦としても、兵装実験艦としてもそれは実に楽しみな想像であった。

 

 

 

それが一転したのは保健室に大井が担ぎ込まれてからである。

 

「明石、すまないが急患だ。診てやってくれ」

「ええと、気を失っていますね。長門さん、どういう症状でしたか? 分かる範囲で良いので教えてください」

「ああ、それがな……」

 

長門の話を聞く限り、大井は精神を病んでおり、向精神の経口薬を処方するだけでは心許ない。

緊急性があると判断した明石は、持効性の抗精神病薬の注射を気を失った大井に行うことにした。

注射剤を使用して、大井の呼吸が安らかになったことを確認して一息つく明石。

ちょうどその頃になって舞鶴の艦娘たちが大井を見舞いにやってくる。

 

「それで、大井の容態はどうなのじゃ?」

「ええ、先ほどお注射を打って、今は寝ています。起きる頃には症状は一旦緩和されるはずです。経口薬も処方しましたし」

「そうか……有明鎮守府にお主のような艦娘が居て助かったぞ」

 

工作艦は一隻しか存在していないので、このような形で艦娘をサポートできるのは有明への統合前は警備府のみであった。

 

「でも、彼女は間違いなく戦える状態では在りませんね。大井さんが起きたら改めて診断して診断書を書きますから、当分は休ませて上げましょう」

「休める……のか? 我輩たちは着任したばかりなのだぞ?」

「ええ、大丈夫ですよ。着任したばかりとか関係ありません」

「じゃあ、そうさせてやってくれ。大井はもう限界なのじゃ……」

 

化粧でごまかしてはいるが力なく呟く利根たちの目の下にはうっすら隈が出来ている。

それに気付く明石だったが、保健室に入った大神の怪我の連絡を聞いて、怪我を負っている大神のところに行くことにした。

 

けれども階段なんかから落ちるだろうか、あの武芸の達人が。

 

「すいません、大神さんの手当てが終わったら戻ってきますので、しばらくの間大井さんの事見てもらえますか?」

「……分かった。見ていれば良いんじゃな」

 

大神の怪我と聞いて、視線を泳がせる利根たち。

どうやら無関係ではないらしい。

 

「お薬が効いてる筈なので目は覚まさないと思いますが、もし大井さんが起きてもベッドから離れないようお願いしますね」

 

そう利根に言い残し、明石は大神の元へと向かう。

 

 

 

「大神さん!?」

 

司令室に入った明石の目に入ったのは、大淀の膝枕で安静にしている大神の姿だった。

頭部から出血していたらしく、簡易手当てで巻かれた包帯が痛々しい。

 

「大淀、大神さんに何があったの?」

「え? だから大神さんが階段から不注意で落ちて……」

 

だが、大神の傍に駆け寄って全身を見る限り、頭部以外の怪我はない。

明石は確信する。

 

「嘘言わないで。大神さんが階段から落ちたのだとしたら、こんな風に頭部のみピンポイントで怪我しないわ」

「それは……」

「大淀、本当の事をお願い。頭部の怪我なら見立てを間違えたら取り返しがつかないわ」

「すまない、明石くん。誰にも言わないと約束してくれるかい?」

 

大淀を問い詰める明石に大神が答える。

錯乱した大井、視線を泳がせる利根たち、そして大神の言葉。

明石の中で物語が繋がる。

 

「大神さん、舞鶴の艦娘を庇っているんですね?」

「ああ……舞鶴の艦娘の立場が悪くなるようなことは避けたかったんだ」

「大神さん、だからって私にまで偽りは言わないでください……これでもし、大神さんに何かあったら、私、悔やんでも悔やみきれません……」

「分かった、明石くん。心配を駆けてすまなかった」

 

そして、明石は大神の診断を行う。

結論は頭部打撲と、それによる出血。

脳震盪の疑いもあったが、バランステストなどを行う限りその可能性は小さく、起きていてもごく軽度だろう。

頭部を冷やしていくうちに症状も治まっていき、安心する明石たち。

 

「でも、大神さん。医師役として、激しい運動は二週間禁止とさせていただきますよ。出来れば出撃も」

「ええっ? 二週間も、かい?」

 

明石の所見に驚愕する大神。

 

「はい、脳の事となると慎重になるべきです。流石に出撃に関しては全面禁止とは出来ませんが」

「それだけでも助かるよ。出撃禁止な隊長だなんて笑い話にもならないからね」

「そう思うのでしたら、二週間ちゃんとご自愛くださいね、大神さん」

 

釘を刺しておかないと、勝手に訓練とかやりかねないので、注意する明石。

 

「それと、もしかしたら状態が悪化する可能性も否定できません。24時間は一人になることを禁止させていただきます」

「待ってくれ。それって夜は含めるのかい?」

「もちろん含みます。保健室は大井さんが使っていますし、私も大井さんから目を放したくないので……宿直室で大淀に様子を見てもらってくださいね」

「ええっ? 隊長と一晩を共に……」

 

赤面する大淀だったが、

 

「最悪、大神さんの命に関わりかねないことなの。恥ずかしがらないで、大淀」

 

真面目な顔で注意する明石の様子に、大淀は神妙な顔で頷く。

 

「ふう、大神さんの事はこれで大丈夫ですね、あとは……」

「まだあるのかい?」

 

医師役明石からの続けてのダメ出しに、げっそりした表情の大神。

だが明石にとっては、ここからこそが本題なのだ。艦娘の医師役として。

 

「舞鶴の艦娘の、精神面のサポートについてです」

 

はっとした表情で明石を見やる大神。

 

「大神さん、大事なことを忘れてますよ。私は艦娘の医師役です。それは肉体面でも精神面でも変わりません」

 

化粧でごまかしてはいたが利根たちの目の下にうっすら隈が出来ていた事。

錯乱した大井。

隊長の怪我だと云うのに心配どころか目を逸らす利根たち。

医師役として舞鶴の状況は一通り確認していた、だが艦娘の状態は想像以上に酷かった。

 

「そうだったね。分かった、全て話すよ」

 

そして、大神は司令室でのやり取りを話す。

 

「全員が人間不信ですか……」

「ああ、人間そのものを信じられないと云われた。どうやったら信じてもらえるだろうか……」

 

滅多に見せない苦悩に満ちた表情を見せる大神。

 

「大神さん……」

 

今から明石が話すことは、今の大神にとって酷い話だ。

最悪、嫌われてしまうかもしれない、そう考えると大神を慕う明石の心は震える。

それでも、明石は医師役として話すべき事を話す。

 

「艦娘の医師役として伝えます。舞鶴の艦娘を信じさせようとしないでください。関わらないでください」

「なんだって?」

「今の舞鶴の艦娘に必要なのはストレスフリーな環境です。今の彼女達にとっては、大神さんを、人間を信じようとすること自体がストレスになっているんです」

「そうか……」

 

呆然としたような大神の声。大神の表情を見るのが怖い、辛い。

けれども、

 

「分かった、明石くん。全てを君に委ねる。舞鶴の艦娘達に必要なことであれば全てを許可するよ」

 

え。

 

大神の言葉を聞き違えたのではないか、そう感じた明石は次々に質問を投げかける。

 

「良いんですか、大神さん。隊長である貴方に関わるなって云ったんですよ?」

「それが明石くんの判断なら。君を信じるよ」

「21人、全員に何もさせませんよ? タダ飯食いにさせますよ? 上から怒られるかもしれませんよ?」

「怒られるのも隊長の仕事だよ」

「書類仕事の量が急増しますよ? ただでさえ訓練できないくらいなのに」

「運動禁止なんだろ? ちょうど良いくらいだよ」

 

ああ。

 

大神の全面的な信頼を受け、明石は歓喜する。

ならば、明石としてもやることは一つ。舞鶴の艦娘のために全力を尽くすのみだ。

 

 

 

そのときから、明石の奔走は始まった。

 

先ずは、大井の、そして舞鶴の艦娘全員に対しての診断。

結果は予想通り、舞鶴の艦娘は全員多かれ少なかれストレスによる不安障害を抱えており、大井は統合失調症を患っていた。

それに対する診断書の発行と薬の処方。

 

 

警備府、横須賀、呉の艦娘に対する事前説明。

 

「病気デースカ?」

「はい。だから、舞鶴の皆さんは訓練などには参加させられません」

「うーん、病気ならしょうがないデース」

 

 

そして、舞鶴の艦娘、ひとりひとりに対してカウンセリングを行う。

 

「大神さんの事を信じたい、だけど信じられない。それが辛いんですよね」

「……そうじゃ」

「だったら逆に考えちゃえば良いんです。大神さんの事を信じなくても良いじゃないかって」

 

大神を慕っている明石としては、こんなことを云うのは辛い。

だが、今の舞鶴の艦娘に必要なのは、ストレスから開放された時間なのだ。

期待することが辛いなら、その期待をやめさせるべきなのだ。

 

「そ、そんなことをしても良いのか? 艦娘が」

 

素っ頓狂な声を出して、利根が驚く。

 

「ええ、構いません。しばらくの間は、何も考えないでリラックスしちゃってください」

「何も?」

「ええ、何も。三度のご飯をちゃんと食べて、自室で昼間は寝ない程度に安静にして、夜はよく寝ていて下さい」

「そんなタダ飯食い、できるわけ……」

「医師役として許可します。私が」

「…………」

「眠れないならすぐに言ってくださいね。お薬出しますから」

 

艦娘によっては、現状を認められず否定するものもいたが、時間をかけカウンセリングを行う。

 

 

 

そして、明石の慌ただしい一週間が過ぎ、利根たちが眠れるようになり、目の下の隈が取れ始めた頃になって、それは起こる。

 

 

 

舞鶴鎮守府からの、深海棲艦らしきものを近海にて発見したと云う連絡が。




ドクター&カウンセラー明石の奔走。
この話に限っては明石さんメインにせざるをえませんでした。

大神さんを大岡裂きにしようとした艦娘と同一人物とは思えないとか云わないで


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第五話 14.5 経過観察(舞鶴編)

舞鶴の艦娘たちのために奔走する明石。

そして、明石を全面的にサポートするためにスケジュールの見直し、上層部との会合など舞台裏で働き続ける大神。

そんな明石と大神が邂逅出来る時間は僅かしかない。

 

今日はお互いの昼休みの時間をずらして、他の艦娘と会わないようにした上で保険室で話をしていた。

 

「それじゃあ、一部の艦娘については訓練できる程度には回復したと云うことなんだね」

「はい、隼鷹さん、利根さん、鈴谷さん、球磨さん、多摩さんと陽炎さんは元の精神傾向がプラスの方向を向いていましたし、急性に近い状態でしたから。ですけど……」

「分かってる、特に重症の大井くんはともかく、舞鶴の艦娘の復帰はタイミングを合わせた方が良いだろうね。大まかな見立てで良い、どれくらい必要だい?」

「最短で3週間、出来れば1~2月時間をください。可能でしょうか?」

「それについては心配いらない。山口大臣にも、米田閣下にも理解していただいた。舞鶴鎮守府にはちょっと怒られたけど納得してもらった。他の艦娘には君が連絡してくれたから、後は書面上の処理をこちらがやるだけだよ」

 

話の内容は舞鶴の艦娘たちの回復状況について、流石に他の艦娘たちに聞かせて良い話ではないので、こうやって二人で密会する形を取っていた。

二人共、この一週間寝る間を惜しんで働き続けており、明石と大神の目の下には少し隈が出来ていた。

 

「明石くん、睡眠時間は足りているかい? 少し隈が出来てる、君が倒れてしまわないか心配だよ」

「そういう大神さんだって、隈、少し出来てますよ?」

 

お互いの隈を指摘しあい、笑いあう二人。

 

「舞鶴のみんなのためにも、医者の不養生とはならないでくれ、明石くん」

「分かりました。それにしても、こうやって、こっそり二人で会っていると逢引みたいですね」

「ええっ? そういう風に見えるのかな?」

「どうでしょう、金剛さんや鹿島さんに見つかってしまったら、大神さんどう言い訳します?」

 

その言葉と共に、保健室のドアが引き開けられる。

まさか、噂をすれば何とやらか。顔を見合わせる二人。

 

「おおー、居たか明石。一緒に昼食を取りに行かんか?」

 

だがその声は二人が想像していたものとは異なっていた。

大分声に元気を取り戻した利根たちの姿がそこにあった。

 

「ん、隊長なんかと何をやっておるんじゃ、明石?」

 

大神の姿を見ても嫌悪感が先立たない程度には快復したことに、利根は自分では気付いていない。

それは苦痛を伴う期待から解き放たれることで、出た成果の一つである。

 

「いや、寝不足と云うことで少し診断を受けにね、もう終わったよ」

「明石の処方なら間違いはないか。終わったのなら明石を借りていくぞ、よいな、明石」

「ええ、構いませんよ」

 

子供のように信頼しきった様子で明石の腕を引いて、食堂へ向かう利根。

僅かに不満そうな表情をしながらそれに付き従う筑摩たち。

少なくとも明石と舞鶴の艦娘との間には信頼関係が成立している、その事が我が事の様に嬉しい大神だった。

彼女達にこの生活が必要なら、必要なだけ確保するのが隊長としての今の自分の仕事だ。

 

「さて、司令室で続きを頑張るか」

 

明石と違って既に昼食は済ませているし、今の舞鶴の艦娘には自分の姿が見えない方が良いだろう。

保健室を後にして、司令室へと戻る大神であった。

 

 

 

「すまんの、明石」

「え、何のことですか?」

 

保健室を出て食堂に向かう途中、明石の腕を引いていた利根が零す。

 

「我輩たちとてバカではないのじゃ、明石」

「私達がこうやってリラックスして生活できるように、隊長も寝る間を惜しんで働いてくれているんでしょ? 私達の事を心配して」

 

利根に続いて筑摩が話し続ける。

ああやって話し込んでいるところを見れば、何のために寝不足になっているのかなど容易に想像がつく。

 

「それは……」

 

事実であるだけに、明石も咄嗟に否定の言葉が出ない。

 

「それにな、明石、お主隊長の事を慕っておるじゃろ?」

「な――!?」

 

その一言に赤面する明石。

 

「隊長の事を否定するような事を言う時、微かに苦い表情をしておったぞ。明石」

「相手が誰かひとりだけなら気付なかったかもしれないけど、私達全員に似たようなことを言ってるんだもん。流石に気付くよ」

 

利根に引き続き、鈴谷が言葉を続ける。

個人個人で程度の差はあるとは言え、同じような症状なだけに対応も似たところがあるのは、流石にどうしようもない。

けれども、今の彼女達にはストレスとなる心配事を抱かせてはいけない。

 

「それ以上はストップです、言った筈ですよ」

「「何も考えないでリラックスしちゃってください」、じゃろ?」

 

明石とタイミングを合わせて利根が言葉を重ねる。

 

「分かっておる。今だけの話じゃよ、もう忘れるぞ」

「そうそう。それに今の私達、娯楽少ないんだもん。他人の恋の話くらいさせてよ」

「もう……本当にリラックスはしてくださいよ」




現時点で舞鶴組の信頼度が圧倒的に明石>大神なのは仕方がない
しかしこれだと舞鶴組はよっぽど好感度高くならないと、明石に遠慮して身を引いてしまうな

いや、そこで恋心と恩の板ばさみになって苦悩させるのも楽しいか>ドS


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第五話 15 遺された想い(舞鶴編)

舞鶴鎮守府からの、深海棲艦らしきものを近海にて発見したと云う連絡が、司令室に届いたのは艦娘の昼食中の事であった。

艦娘の撃ちもらしだ、舞鶴の艦娘を早く呼び戻して何とかさせろとがなり立てる鎮守府の責任者を宥めながら、情報を確認する。

当然、そんな事はさせられない。

今の彼女達に必要なのは休息であり、時間なのだから。

こちらで艦娘を選定し迎撃に向かうので安心してください、と相手を納得させる。

 

艦数は僅か1、はぐれ深海棲艦だろうか。正直なところ、艦隊で出撃するレベルではない。

だが、大神の直感――いや、霊感は何かを感じ取っていた、自分も向かうべきだと。

 

「俺も出るよ」

「何言ってるんですか? こんなの、3人ほど艦娘を派遣すれば事足りるじゃないですか」

 

大淀の指摘も尤もだ。

少なくとも業務に明け暮れなければならない現状ですることではない。

早々に撃破して帰還しても、帰りは夜になるだろう。

 

「大淀くんの云うことにも一理ある。けど、何かが霊感に引っかかるんだ。それに有明鎮守府の対深海棲艦の初出撃だ。侮ることなく万全を期したい」

「それは、確かにそうですけど……」

「あと、舞鶴への意思表明にもなるしね、本気で深海棲艦を一掃させると云う」

「……分かりました。業務はこちらで可能な限り片付けておきます。でも隊長、今晩は徹夜を覚悟してくださいね?」

「分かった!」

 

そうと決まれば、急いだ方が良い。

呼び出しをかけようとした大神だったが、館内放送を用いれば舞鶴方面の出撃であることが知られてしまう事に気づく。

舞鶴の艦娘の事を思えば、今はそれは避けたい。

諦めて、直接声をかけることにする大神だった。

 

声をかける予定だった水雷戦隊、吹雪たちと神通、川内を食堂にて程なく捕まえ、食堂から出る大神。

ビッグサイトキャノンで指定された海域へと向かい、索敵を行う。

 

「あれ? 大神さん、敵は一隻だった筈だったよね?」

 

索敵機を飛ばした川内が大神に問う。

 

「ああ、舞鶴からの連絡では一隻だった筈だよ」

「今連絡が来たけど、7隻も居るよ? しかも、なんか変だ。1隻を6隻が追いかけてる」

「艦隊で来てやはり正解だったか。しかし、追いかけられてる? もしかしたら深海棲艦じゃなくて艦娘なのかもしれない。その場に急ごう!」

 

新たな艦娘が陸に上がろうとしているところを襲われているのなら、黙って見過ごせない。

 

「えー、でも見た感じ深海棲艦っぽいってことだったよ?」

「それでもだ。救いを求めているものが居るのに、放っておくことなんて出来ないよ」

「うーん、大神さんらしいか。分かった、行くっ」

 

索敵機の教える海域へ向かう大神たち。

そこにはあったのは、一隻の黒き深海棲艦らしき存在が深海棲艦に追われ攻撃されている光景。

追われている深海棲艦は大神の記憶にはない。

 

「大淀くん、あの追われている深海棲艦について分かるかい?」

『既に確認中です……いえ、データベースに登録されていません』

 

自分の視界情報を司令室に送り検索するが、結果はUnknown。新種の深海棲艦かもしれない。

だが、人に近く、見ようによっては艦娘にも見える彼女からは悪しき霊気を感じない。

何より、大きく傷ついており今にも沈みそうなのは確かだ、大神は決断する。

 

「みんな、追われている彼女を助けるぞ!」

「大神さん、本気? 深海棲艦かもしれないんだよ!? 敵を守るの?」

「悪しき霊気は感じなかった。それに本当に深海棲艦だったら俺が責任を取って斬る。だからみんな手を貸してくれ!」

 

そう言い残すと、大神は両刃を抜いて彼女を深海棲艦たちへと向かう。

 

「全く、本当に大神さんの下だと苦労が絶えないね!」

「そういってる割には、やる気満々じゃないですか川内姉さん!」

 

続いて川内たちが、吹雪たちが深海棲艦に向かう。

深海棲艦の構成は大神を除けば同一の水雷戦隊、であれば大神たちが負ける筈がない。

鎧袖一触で撃破する大神たちであったが、舞鶴で沈んだ艦娘をそこから見出す事は出来なかった。

 

 

 

深海棲艦を葬り、静かになった海。

傷つき殆ど動けなくなった彼女は歩み始める。

 

「待ってくれ! 今、回復する! 狼虎滅却 金甌無欠!!」

「大神さん、近付きすぎです。もし敵だったら!」

 

大神から放たれる回復技。

だが、彼女には殆ど効果が見られない。

 

『みんなのにおいがする……』

 

複数の艦娘の声を貼り合わせたような声が、艦娘らしき存在から放たれる。

 

「みんな?」

『まいづるに……みんなのところに……いかなきゃ……』

 

無理に動こうとする彼女は、徐々に沈んでいく。

 

「危ない!」

 

大神は彼女を抱きかかえようとするが、殆ど実体を感じられない。

手に霊力を集め、やっとの思いで抱きかかえる。

 

『おねがい……まいづるに……みんなのところに……』

「わかった! 連れて行けば良いんだな! 今すぐ連れて行く!」

 

彼女を抱き抱え舞鶴に向かおうとする大神。

だが、

 

『ああ……まにあわない……たどりつけない……』

 

だが、抱き抱える傍から彼女の実体は薄れていく。

身体越しに海が見えていく。

 

舞鶴まで持たないのは誰の目にも明白だ。

 

「諦めるな! 絶対に間に合わせる! 狼虎滅却 金甌無欠!!」

 

殆ど効果のない回復技をそれでも彼女に使う大神。

僅かに実体を取り戻してもすぐに薄れていく。

 

「大神さん連発しすぎだよ、誰かも分からないのに、そこまでしなくても……」

『大神さん、それ以上はダメです!』

 

無駄と分かっていても、回復技を連続で使う大神。

やがて、光武・海がオーバーヒートを起こし、大神を灼く。

 

「大神さん!」

 

『ありがとう……いらない……それよりも……』

 

彼女は大神を制止する。

そして、ぼろぼろになった、殆ど透き通った手を大神へと伸ばす。

 

『これを……みんなに……おねがい……』

 

そして、

 

 

 

「……これは!?」

 

 

 

 

 

 

「何用じゃ隊長、我輩たちを集めて。我輩たちの事は明石に任せておるのではなかったのか?」

「そうですよ、大神さん。こんな夜更けにいきなりどうしたんですか?」

 

その晩、大神は明石を含めて舞鶴の艦娘たちを急いで呼んだ。

明石と決めたことに反している事は分かっている、だが、時間がなかった。

 

「大事なものを預かってきた。これは君達が受け取るべきものだし、とにかく時間がなかったんだ、すまない」

 

そう言って大神は懐から一本の螺子を取り出す。

 

「螺子? こんなものが一体……」

 

訝しみながらも螺子を受け取る利根。

次の瞬間、舞鶴の艦娘たちに言葉が、想いが伝わった。

 

 

『陸奥さん、泣きながら戦ってた……ごめんなさいね』

 

「あ……」

 

夕雲の、

 

『巻雲、不知火さんのように、強くなれなくてごめんなさい……』

 

「巻雲……」

 

巻雲の、

 

『黒潮、ルンガ沖夜戦のように、戦おうな……』

 

「長波はん……」

 

長波の、

 

『陽炎姉さん、陽炎型の活躍、楽しみにしてるからね……』

 

「秋雲っ!」

 

秋雲の、

 

『海のスナイパーにはなれなかったけど、正規空母を守れたからいいかな……』

 

「イムヤぁ……」

 

168の、

 

『ゴーヤはまたいつか、みんなに会える日を夢見てるでち……』

 

58の、

 

『大井っち、私が居なくなっても大丈夫かな。なんだかんだで真面目だからね』

 

そして、北上の遺された想いが伝わる。

 

「北上さん!あぁ……」

 

そして、想いを伝えきったとばかりに螺子のぬくもりが消える。

 

 

 

あれは深海棲艦ではなかった。しかし、艦娘でもない。

 

海に沈んでも沈みきれなかった艦娘の想い、仲間のことを思う想いが集い、実体の殆どない艦娘の形をとって戻ってきたのだ。

 

舞鶴で共に苦悩し、今も舞鶴で苦悩し続けている筈の仲間達のために。

 

 

たった一本の螺子を媒体として。

 

 

「「「みんな……みんな!」」」

 

 

螺子を胸に抱いて泣く利根たち。

 

 

沈んだ彼女達は、沈む今わの際でさえ自分達への想いを残していった。

 

何が出来るだろうか、この想いを受け取った自分達には。

 

 

 

 

 

そんなことは一つしかなかった。

 

 

利根が、鈴谷が、舞鶴の艦娘たちが大神に向き直る。

 

 

「隊長、我輩らは今は戦えん。明石の判断の通り我輩たちは大なり小なり病んでおる」

 

「じゃから、時間をくれ。明石の元で治療を受けきってみせる。そして――」

 

「必ずや快復して、再び前線で戦って見せようぞ!」

 

「そして隊長の手を借り、みんなを取り戻すのじゃ! 待っててくれ、みんな! 今度は我輩たちが助けに行く!!」

 

 

そして未来に向けて宣言してみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つ、彼女達の遺志が残していったものがあった。

 

舞鶴にたどり着こうとする彼女達の遺志を、有明まで、ここまで運んだ大神との最後のやり取り。

 

それは彼女達を縛る心の鎖に、大きな亀裂を刻んでいった。

 

夜明けはもう近い。




舞鶴の艦娘たちについてはこれで一区切りとなります。

あと、せっかくの出番なのに一言も台詞なかった吹雪ちゃんごめんなさい。


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第五話 終 恋せよ艦娘

佐世保のみんなすまない。


そして、

 

「と云うことがあって、今は療養中なの、山城」

「扶桑お姉さま、そんなお辛いことがあったなんて! この山城、お姉さまの為になら身を粉にして、お風呂からトイレまで介護させて頂き……ぐふふ」

「はい、ドクターストップです。そんなのは必要ありませんからね、山城さん。扶桑さんの負担を増やさないで下さい」

「なんで!?」

 

佐世保の艦娘が到着し、日本中の艦娘がようやく一箇所に集う。

その頃には大神・明石によって舞鶴の艦娘の状況についての周知も終わっていたため、佐世保の艦娘にもあらかじめ知らせておくべきと明石を帯同させようとしたのだが、何故か全員が顔を合わせることとなった。

もちろん、明石の医師としての確認を取った上で。

 

佐世保の艦娘の出迎えは恙無く終わり、姉妹や同型艦が集い再会を喜び合っている。

幸い、佐世保の艦娘の状態は良好のようだ。

一部暴走気味の艦娘も居るようだが。

 

いや、龍驤が不満そうな顔をしている、何か不満でもあるのだろうか。

そのことに気付いた大神は龍驤の下へ向かう。

 

「どうしたんだい、龍驤くん?」

「……納得いかんのや」

 

納得いかない、まさか艦娘が集っている状況に不満でもあるのだろうか。

これだけの数の艦娘が揃うのだ、トラブルの発生は予想していたが、まさか最後になって。

 

「納得いかんのや! なんでうちらだけサラッと流されとるんや!? ここは、うちらもなんやトラブルおきて、そこの色ボケ一航戦とか榛名みたいに『きゃっはぁ~ん、おおがみさぁ~ん』となる流れと違うんかい!? そうなる準備もしてきたんやで! おめかしして!!」

 

いや、ただの暴走だったようだ、と云うかメタな発言はしないように。

 

「「色ボケなんかしていません」」

「榛名も色ボケなんかしていません!」

 

冷たく切り返す赤城と加賀、でも僅かに頬が赤い。

一方、榛名は顔が幾分か赤面している。

 

「ん~、榛名の顔が赤いデース。まさか……」

「ち、違います、金剛お姉さま! 確かに素敵な方とは思いますが……」

「ソウダヨネー! 隊長はかっこいいのデース! 強いのデース! 素敵なのデース!! でも、隊長は私のものなのデース、榛名相手でも譲ってあげないのデース!」

「……いつからクソ隊長があんたのものになったのよ」

 

金剛の発言に、曙がボソリと小さい声で突っ込みを入れる。

本来なら誰にも聞こえないくらいの小さい声で。

 

「おおっと、テレポーター、じゃなくて、曙ちゃんのちょっと待ったコールが入ったー! さすがご主人様ですね!」

 

それを漣がすかさず拾い、大声で回りに振りまく、というかキミ発言ふるいね。

艦娘の視線が曙に集中する。

 

「ちょっ、漣! あんまり大声で広めないでよ!!」

「えー、でも言った事は事実じゃない。戦わなきゃ、現実と!」

 

そうやって漣は曙を押し、金剛と対面させる。

 

「Oh 次のチャレンジャーは曙デースカ。いいデショー! 私は誰からの挑戦も受けるのデース!」

 

曙をビシッと指差して、誰にも負けないとばかりに胸を張る金剛。

当然、そんな金剛と対峙すると云うことは、

 

「へー。曙って、金剛さんと対峙しちゃうくらい、隊長の事好きなんですかー」

 

大神が好きだといっているに等しい。

周囲から上がる声に凍りつく曙。

 

「わ、わたし……わたし……」

 

今度は顔どころか首まで真っ赤に染める曙。

凍ったり赤くなったり忙しいね。

 

「うわあぁぁぁぁぁん! 私は、クソ隊長の事なんて、なんとも思ってないんだもんー!」

 

真っ赤になったままその場から逃げ出す曙。

これ以上見られることが限界だったようだ。

 

「Yeah! 私の勝ちなのデース! これで、隊長は……あれ、隊長が居ないのデース!」

 

 

 

一方、

 

「どうしたんだい、鹿島くん、いきなりに外に。気分でも悪くしたのかい?」

 

当の大神は、その頃鹿島によって外に連れ出されていた。

人に酔ったのかもしれないと、鹿島を心配そうな眼差しでみる大神。

 

「外の空気を吸うだけで大丈夫かい? 背中でもさすろうか? 明石く――」

「ええ、出来れば……お願いします……」

 

何を言おうとしたのか察知した鹿島は、大神の声をさえぎる。

明石を呼ぼうかと思った大神だが、鹿島本人がそう言うのならさすってあげた方が良いだろう。

鹿島に近付いていく。

 

そこを、

 

「おぉー、これが渥頼に天誅を下した噂の大神さん! しかも密会場面! 写真パシャリと」

 

青葉が撮影する。

もちろん無断で。

 

「ええっ!? 密会場面?」

「よしっ、予想通りタイミングばっちり。既成事実の完成です!」

 

驚く大神に対し、ガッツポーズを取る鹿島。謀ったな、鹿島。

 

「大神くんが坊やだからです!」

 

そこを大神を探していた金剛達が強襲する。

 

「鹿島ー! 隊長を連れ出して何してたデースカ! 白状するデース!!」

「Ура!」

 

あっという間に取り囲み、やいのやいのと賑わう、その表情には悲嘆の色はもうなかった。

有明鎮守府の本当の意味での始動は、深海棲艦との真の戦いは、これから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命短し恋せよ艦娘

 

紅き唇あせぬ間に

 

 

 

 

 




完(嘘)



俺達の戦いはこれからだ! みたいな感じになりましたが、まだ終わりませんよ!
続きますので! 

ということで次回予告。



艦娘も集い、私達の反攻が本格的に始まる。
対象は忌まわしきあの地。
大事な人が沈んだ海。
約束を果たそうと、攻略隊に志願した私。
待ち受けていたものは、黒く染まった――

次回、艦これ大戦第六話

「第二次W島攻略作戦、アネモネの花を取り戻せ!」

暁の水平線に勝利を刻むのにゃしぃっ!あれ?



「忘れてなんかいない、ずっと覚えてた! だから戻ってきて! 帰ってきてよ、如月ちゃん!!」


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第六話 第二次W島攻略作戦、アネモネの花を取り戻せ!
第六話 1 秘書艦加賀のなんてことない一日 1


艦娘が集結し、有明鎮守府が本格的に始動してから、大神たちの業務負荷を和らげる為に始まった制度がある。

その名を短期秘書艦。

筆頭秘書艦大淀の下に、療養中の舞鶴を除く各警備府・鎮守府から一人ずつ秘書艦を選定し業務を分担するものだ。

ずっと秘書艦をやっていると練度が落ちてしまう可能性があるため、その名の通り一週間で交代することになるが、それでも秘書艦の任命は大神の信頼の現れのようなものだ。

大半の艦娘はその任命を待っている。

 

本日はその秘書艦に任命された加賀の一日を追う。

 

 

 

午前五時、起床。

 

本来の秘書艦の任務は午前八時からなのだけど、多くの秘書艦は大神隊長の朝の稽古から行動を共にしている為、私も起床時間を合わせている。

同室で寝ている赤城さんを起こさないように身支度を整えて剣道場へ向かうのだが、秘書艦に任命された子の中には、大神隊長にアプローチをかける子も少なくない。

埋没するのは少し悔しいので、私も下着をお気に入りのものに換え、香水を僅かばかりではあるけれども用いる。

あくまで他の子たちに埋没するのを防ぐ為、他意はありません。

 

剣道場に入ると、大神隊長と天龍、龍田、叢雲などの接近戦用の艤装を持つ艦娘の他にも、それなりの艦娘が柔軟体操を行っていました。

私もそれに混ざって柔軟体操を行う。

最初の方こそ、剣の稽古を行う大神隊長の姿を見学していたのだが、誰か――確か朝潮が、

「接近戦も行えるようになりたいのです!」

と大神隊長に言ったことが発端となり、装備枠を圧迫しない程度の大きさの小刀、小太刀術の指導も行うようになった。

自分の稽古の時間が短くなると云うのに、嫌な顔一つせず応える辺り、やはり大神隊長はお人よし。

私としては大神隊長が凛々しく剣を振るう姿を見ているだけでもよかったのですが、手取り足取り小刀、小太刀術を教えてもらうのも悪くありません。

 

「加賀くん、おはよう」

「おはようございます」

 

一早く柔軟を終わらせていた大神隊長と朝の挨拶を行う。

もう、こうでなくては私の朝は始まらなくなった。

秘書艦の任務が終わっても、早起きすることは決まったかしら。

 

 

 

午前七時、朝食。

 

朝の剣の稽古を終えた私達はその足で、食堂に向かう。

当初は大神隊長の傍の席は早い者勝ちであったのですが、毎度のように金剛と鹿島、6駆に7駆に五航戦に明石に睦月が隣の席を奪い合い、力づくの椅子取りゲームになることも少なくなかったので、かすみさんの怒りが落ちて秘書艦が優先的に座れることになりました。

幸い、今日の秘書艦で朝から大神隊長に帯同しているのは私しかいない。

よって朝食での大神隊長の隣の席は私のもの、自然と笑みが浮かんでしまう。

さすがに気分が高揚します。

 

「何か良い事でもあったのかい、加賀くん?」

「ええ、そうね」

 

でも、ずっと秘書艦でいられる大淀がずるいだなんて思っていない。

ないったらない。

 

食堂に入ると、いつものように艦娘たちで賑わっていた。

のだが、大神隊長を視認すると声のトーンが一段階おとなしくなる。

最初こそ、女の子らしく可愛く小食にしようとした艦娘も居たが、そんなことでは訓練で持つわけがありません。

空腹による体調不良で保健室送りになって、明石の説教を喰らって、結局いつもどおりの食事を取るようになったのが現状です。

 

「お。隊長じゃねーか。加賀もこっち来いよ」

「あら、隊長、こちらの席は如何ですか?」

 

食堂に入った私達に声がかけられる。

相手は私と同じ今週の短期秘書艦である摩耶と千歳、既に席を確保していたらしく私達を呼ぶ。

警戒して彼女達を見たところ、二人は向かい合って座っており、大神隊長がどこに座ろうと大神さんの隣には座れる。

ならばまあ良いでしょう。

 

「ありがとう麻耶くん、千歳くん。それじゃお言葉に甘えようかな」

「私も座らせてもらうわ」

 

和洋二種類の朝定食から和食を選んだ大神隊長は摩耶の隣に座る。

やったと声が聞こえる、分かりやすいわね。

今日は洋な気分ではあったのだけれども、大神隊長から離れると隣の席を奪われかねない為、私も大神さんと同じ和定食を受け取ると、若干急いで大神隊長の隣に座る。

そうすると、千歳が僅かに舌打ちしながら席をずらして大神隊長の対面に座りなおす。

二時間も早起きしたのだから、ここは譲れません。

 

流石に大神隊長の隣と対面を取られた状況では席の争奪戦は起きないらしく、金剛は姉妹と、駆逐艦は集まって食事を取っています。

定食は基本的に間宮さんの監修の下作られているので、味に間違いはありません。

と、大淀が若干慌てた様子で食堂に入ってきました、多忙だし寝坊でもしたのかしら。

席を見渡して私達を確認するとがっくりと肩を落として、明石たちの方へ向かっていきました。

 

毎日チャンスがあるからって寝坊するだなんて、慢心ね。

 

あと五航戦、いえ瑞鶴が、私を悔しそうな目で見ているわ。

ねえ、今どんな気持ち、どんな気持ち、と口では言わないけど視線で勝ち誇ると「ぐぬぬ……」と言い出した。

どうやら伝わったようね、やりました。

 

 

 

午前八時、業務開始。

 

秘書艦の仕事は多い。

各鎮守府、警備府、基地から届く情報を整理し、MAPに予想される深海棲艦の存在範囲を映し出したり、巡回、遠征に向かっている艦隊への指示を定時で行っています。

もちろん緊急情報があれば、臨時通信も行うが、今のところそのような情報は上がって来てはいません。

巡回において交戦した深海棲艦もごく僅かなはぐれ深海棲艦といって良いでしょう。

有明鎮守府における近海の防衛体制は整ったのでしょうね、そのせいか私達の噂話の一つに反攻作戦がそのうちあるのではないかと云うものが上ってきました。

大神隊長もそれを否定しません。

最近、工廠への対潜装備の開発依頼が増えています。

明石本人は現在医師役として舞鶴の艦娘を見るので手一杯らしく、代わりに夕張が妖精に指示を送り開発を行っていますが。

つまり、攻略海域への主戦力投入の前に、潜水艦を一掃するつもりなのでしょう。

対潜は装備の充実が尤も重要ですから無理もない話、私にとってはその後の主戦力に入れるかが一番重要なのだけど。

 

と、巡回から第二艦隊が戻ってきたようね。

司令室にて報告を行う響。

 

「――以上が巡回の結果だよ」

「お疲れ様、疲れただろう。早いけど、今日はもう休んでも良いよ」

「一つお願いがあるんだけど、出来れば褒めて欲しいかな?」

「分かった、響くん。ありがとう、助かったよ。頑張ったね」

 

そう言って大神隊長は響たち6駆と由良、阿武隈の頭を撫でる。

6駆は幸せそうな顔をして撫でられている。

阿武隈も巡回・遠征の最初の方こそ、

 

「ふわぁ~っ! あんまり触らないでくださいよ、私の前髪崩れやすいんだから」

 

と言っていたけれども、そのうち真っ赤になって為すがままになってしまった。

むしろ、

 

「隊長さんにまた撫でられちゃった。もう、また前髪セットしないと」

 

と、スキップしながら鏡の前に向かい前髪をセットするようになっている。

これがナデポと言う奴だろうか、古い? 私たち艦娘にそんな話今更ね。

しかし、大神隊長は危険ね、いろんな意味で。

でも、私もされてみた――ううん、そんなのは一航戦としての誇りにも練度にも関わりなんてない。

 

「加賀くん?」

 

やっぱり私もされてみた――

 

「どうしたんだよ、加賀?」

 

同じ短期秘書艦の摩耶が口を挟む。

チッ、これが大神隊長なら、私の頭を撫でてくれたかもしれないのに。

 

「なんでもありません」

「そうか、それなら良いんだけど」

 

それで大神隊長はまた業務に戻り始める。

私達も席に戻ろうとするが、摩耶がボソッと呟いたのが聞こえた。

 

「……ったく、私も可愛がれってんだよ」

 

どうやら考えていた事は同じらしい。

この子も危険。




今回の加賀の独白で分かるように、好感度補正について具体的な数値は未だ把握されていません。
把握したら絶対黙ってないもん、熟れた、もとい飢えた狼が。


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第六話 2 秘書艦加賀のなんてことない一日 2

正午、昼食。

 

午前中の業務を終えた私達は再び食堂に向かう。

違うのは、私達が大神隊長の隣には座れないこと。

午前中の訓練で行われた演習でMVPをとった艦娘が座れることになっているのだ。

それでも数が多いので最終的にはじゃんけんとなるのですが。

今日は金剛がMVPを取ったらしく、じゃんけんの前から他の艦娘を全力で威嚇している。

これは決まったかしら、でも、大神さんの食事を邪魔するくらいのアプローチはやめてほしい。

……無理かしら、金剛だもの。

あ、威嚇してる金剛に間宮さんのお説教が入った、当然ね、座りたい艦娘は他にもいるわけだし。

おまけに隣に座る権利も剥奪されて、涙目で大神隊長に抱きついて、もう一度お説教をもらっている。

自業自得ね、けど抱きついているのは正直羨ましい。

まあ、決まったことではあるので、非常に、非常に残念ではあるけれど、仕方なく私は正規空母たちのところに昼の洋定食を持って座る。

 

「朝のあれは何だったのよ~、一航戦~」

「何のことかしら」

 

五航戦が早速私に突っかかってきた。

 

「とぼけんじゃないわよ! 私に視線で勝ち誇ってきたじゃない!」

「大神隊長の隣に座っただけで、他意はありません。隣に座られるだけでそんな風に思うって事は、よっぽど大神隊長の事が好きなのね」

 

肯定するのも面倒くさいので、はぐらかす。

これで頷くような五航戦ではないでしょう。

 

「なっ!? べ、別にそんな風には思ってないんだから!」

 

顔を真っ赤に染めて分かりやすい、実に分かりやすい。

最初、大神隊長への好意をむき出しにして、私に釘を刺した艦娘と同一人物とは思えない。

そういえばその時なんて言ったかしら、いえ、もう忘れました。

 

「……あら、加賀さん香水を使っているのね」

 

そんな風に五航戦の追及をかわしていると、隣の赤城さんが私の方に顔を近付け匂いを確かめる。

ちょっと、赤城さん、今のタイミングでその発言はやめて。

 

「ふーん、一航戦も香水なんて使ってるんだ~。ただの秘書艦なのに~?」

「ただの身だしなみです」

「でも、加賀さん。この香水は確かとっておきと言ってたような……」

「とっておきの香水なんて使ってるんだ~、興味なんて天地がひっくり返ってもありえないって言ったのに~」

 

くっ、五航戦のくせに生意気な。

赤城さんもポイントポイントで五航戦に味方しないで。

 

「別に。私を差し置いて大神隊長にアプローチしやがってだなんて少しも思っていませんからね」

 

しまった、朝の勝ち誇る視線を赤城さんにも見つかってしまっていたらしい。

後で機嫌を伺っておいた方が良いだろうか。

 

 

 

午後一時、午後の業務or訓練

 

開始前のじゃんけんが、本日最大の山場。

ここで訓練に参加できるか、業務を続けることになるかで本日の幸運度が決まるといっても過言ではない。

理由は単純、大神隊長が訓練に参加するからです。

秘書艦は大淀を含め4名、そのうち2名が訓練に参加できる。

 

「一発勝負です。文句はありませんね」

 

筆頭秘書艦として午前の業務で大神さんと数多く接して、笑みが戻った大淀が取り仕切る。

やはり筆頭秘書艦と言う立場は羨ましい、これが毎日だなんて。

早く艦娘としての立場に戻ってしまえば良いのに。

っと、いけない、今はじゃんけんに集中しなくては。

 

「「「じゃんけん、ぽい!」」」

 

……勝った、歓喜が身を貫く。

もうひとりの勝者は、千歳ね。

敵に幸運艦が居なくて良かった、じゃんけんとなると、勝てる気がしなくなるからだ。

五航戦もじゃんけん勝負となると強くなるし。

 

「はぁ、決まりましたね。それでは勝った方は大神隊長と訓練に参加してください」

 

再び大神隊長との時間を取り損ね、ため息をついた大淀が自分の席に戻っていく。

お生憎様。

 

 

午後の訓練は、大神隊長の下で敵を討つ際の訓練となる。

隊長が直接戦闘に参加するときの指揮は細かく、それぞれの艦に対して砲撃対象の指示やタイミングの指示などもしてくることがある。

作戦の立案や大まかな行動指示はともかく、基本的に実戦の場においては個々の行動は私達の判断に任せていた大塚司令官とは大きく異なる。

 

だが、それが恐ろしいほどに的確なの。

こちらの勝利目的に沿うのは当然の事、相手の射程、行動順までも読みきっての攻撃、移動指示。

大神隊長の下で戦う私達は、正に艦『隊』。

 

着任時、大神隊長の作戦効果の下に動いた警備府の艦娘と戦い惨敗した私達だが、これが本当の指揮下だったらもっと目も当てられないことになっていたでしょう。

 

何故こんなことが出来るのか、誰か――確か、榛名が聞いてみたことがある。

そのときの回答によると、大神隊長はある程度の広さの戦闘領域までなら、敵味方含めて全ての存在を将棋盤を見下ろすかのように把握しながら戦えるらしい。

音声情報のみでは情報が足りず、目視などによる情報取得も必要となるため、自身が前線に出ていることが必要条件のようですが。

 

大神さんは、正に『私』達を指揮するために生まれてきたとしか思えない。

それを聞いてやたらに凄いです、素敵です、と連発していた榛名はやはり危険だと思いましたが。

 

「早く大神隊長の指揮下で戦いたいわ~」

「そうね」

 

基本的に警備府の艦娘しか、指揮下で戦っていない。

作戦効果と、霊力による能力補正は受けてみたことがあるが、あれは癖になる。

あれをずっと受けて闘っていたなんて、警備府の艦娘はずるい。

私もほしい。

 

 

そして、一通りの訓練が終わった後、最後の、待ち望んでいた訓練が始まる。

『光武・海トラブル発生時の大神隊長との連携訓練』

と銘打っているが、要は大神隊長に抱かれて・もしくは抱いて戦う訓練。

お気に入りの下着にしたのも香水をつけたのも、全てこのた――他意はありません。

この対象になるのが、そう、私達。

どちらが先にやるか迷いましたが、私は後にしました。

大神隊長に自分の匂いを存分に付けたかったし、自分にも大神さんの匂いを付けたかったので。

 

大神隊長はあまり私達とスキンシップを取るような事はしません、大塚司令官も割かしスキンシップはとっていたのに。

そんな、大神隊長が遠慮なく――いえ、やはり遠慮はしますが、私達に触ってくれるのが、そして私達からも遠慮なく大神隊長に触れるのがこのときだけ。

金剛や鹿島、響のように、所構わずベッタベッタ抱きついたり腕を組んだりはできないのです。

それにしたところで大神隊長から触ってくれる事は滅多にない、響たち相手なら撫で撫ではしますが。

とにかく、滅多にないことなのです。

 

また五航戦が悔しそうな目で見てる。

でも、赤城さんも傍にいるので今度は勝ち誇ったりはしない、後が怖いから。

 

「お願いします」

 

そんなことより、今は大神さん、大神さん。

 

「加賀くん、念のためもう一度確認するけど、いいのかい?」

「もちろんです、訓練ですから」

 

大神さんの吐息がうなじをくすぐる。くすぐったい。

 

そして大神さんの手が後ろからおなかに回される。

 

ああ、戦闘服越しとは言え、背中全体で大神さんを感じる。

 

遠慮がちに抱きしめられるからこそ、大神さんの優しさを感じる。

 

幸せで天にも昇る心地、気を失ってしまいそう。

 

いえ、気を失ったらダメよ、加賀。一秒でも多く堪能しないと。

 

「加賀さん、幸せそうな表情をして、悔しくなんてありませんっ」

「う~、警備府の艦娘の特権だったのに~」

 

だまらっしゃい、五航戦。

 

貴方の貧相な身体では大神さんに抱きしめられても男と何も変わりないわ。

 

「加賀くん?」

 

私のように女性として豊かな肉体だからこそ、大神さんを満足させられ――

 

「加賀くん、大丈夫かい? 嫌なら中止にしても……」

「問題ありません。続きをお願いします」

 

この時間を捨てるなんてとんでもないわ。

 

抱き締められるのはある程度満足したけど、抱きしめる方も残っているのだから。

 

胸当ての艤装を展開解除して、胸を押し当ててみようかしら。

 

自分で言うのもなんだけど、胸の大きさにも形の良さにも自信はある。

 

 

大神さんの反応は容易に想像できるけど、それを実際に傍で見てみたい。

 

 

千歳も胸は大きいし、大神さんに少しでもアピールしておくのも悪くない。

 

 

それから十数分、私は大神さんとの『ふたりっきり』の時間を心ゆくまで堪能したのだった。

 

 

今日はお風呂に入るのを遅らせたいわ、いえ、入らないのもありかもしれない。

 

布団に大神さんの匂いを少しでも付けておきたいの。

 

明日、朝早くにシャワーを浴びるだけにしよう。




加賀さん大暴走、おわらなかったーよ。
あと前回の加賀さん、そこまでデレさせたつもりはないんだけど、と作者的には思ってみたり。


あと、戦闘についてはこう考えてもらえば分かりやすいです。
艦これ戦闘の敵への攻撃  :ランダム
大神さん指揮下の敵への攻撃:コマンド選択


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第六話 3 秘書艦加賀のなんてことない一日 3

午後六時、夕食

 

の時間の筈なのだが、私は自室に戻っていた。

自分の布団を引っ張り出して、自分の身体に付いた大神さんの匂いをたっぷりと付ける。

夕食の匂いで少しでも上書きされる前に、少しでも多く。

こればっかりは時間勝負なのだ。時間が経つにつれて身体についた大神さんの匂いは薄れてしまうのだから。

十分についた筈と確認の為、布団に顔を埋め一息吸うと、大神さんの匂いを確かに感じる。

 

すばらしい。

 

と、後ろから殴られる。痛い。

 

「何変態じみたことしているんですか、加賀さん」

「赤城さん、いきなり殴らないで。痛いわ」

 

今の行為が周りからどう見られるかはよく分かっている。

でも、ここは私と赤城さんの部屋。赤城さん以外の人が見えるわけがない。

 

「全く。夕食に現れないから、何をしているのかと思いきや――」

「遅れて食べに行っても、問題はありません」

 

時間中に食べてしまえば問題はないのだ。

それに秘書艦である以上、夜間訓練はない。

最悪夕食抜きになっても全く問題ありません。

 

それよりも布団に大神さんの匂いをつけないと。

布団にすりすりし始めた私を赤城さんが呆れた様子でみている。

 

「大神隊長が心配していましたよ。加賀さんの姿が見えないと、やはり、加賀さんとの連携訓練は控えようかとも言っていましたし」

「何ですって?」

 

そうなるのは想定外。

まだ、今週は時間があるのだから、連携訓練のチャンスもある筈なのに、これで不意にしたら元も子もない。

夕食後に続きをしようと、食堂へと向かう。

 

自分が夕食を取りに向かうと、大神隊長は食事を食べ終え艦娘たちと談笑していた。

夕食での近くの席は周回制なので、巡回などない限りそのうち回ってくるのがポイント。

今日は睦月、弥生、望月の他、睦月型が集まって座っていたらしい。

らしいと言うのは、食事を取り終えて、夜間訓練前の自由時間を遊ぼうとする艦娘も居るからだ。

 

流石に、食事を取り終えた大神隊長たちの席に着くのは悪いので、一人席について食事を食べ始める私。

一人で食べていると僅かに寂しさを感じる、赤城さんに悪いことをしてしまったかしら。

と、対面に誰かが――って、大神さん!?

 

「加賀くん、座っても大丈夫かな?」

 

吹き出しそうになるのを懸命にこらえると、今度は喉に食べ物が詰まってしまった、凄い苦しい。

 

「大丈夫かい!? 加賀くん?」

 

手渡されたお水を飲んで、ようやく一息つく私。

って、あれ。

私のトレーには持っているのとは別に自分のお水がある。

そして、大神さんの手元にはお水がない。

と言う事はこれって――

 

「ごめん。加賀くんが苦しそうだったから」

 

!?

 

いけない、そう考えると顔が赤くなっていく。

飲んだお水が流れ込んだおなかも熱を持ち始めたように感じる。

でも、嬉しい。

こんな風に大神さんと1対1で対面に座れるなんて。

思いもしなかったところで幸運に巡り合えた。

 

「ええ、問題ないわ。助かりました、大神隊長」

「それなら良かった。夕食で姿が見えなかったから、調子を崩したのかもしれないと思っていたんだ。場合によっては部屋までお見舞いに行った方が良いかもってね」

 

危なかった。

部屋で布団にすりすりしているところを見られたら、恥ずかしくて死んでしまいます。

 

「大丈夫です、夕食前に所用を済ませていただけですので」

「そうか、俺の考えすぎだったみたいだね。すまなかった、加賀くん」

「いえ、大神隊長に心配をかけたようで、こちらこそ失礼しました」

 

大神さんと会話を弾ませながら、夕食をとる私。

そうは見えない?

私にはこれで手一杯なの。

 

 

後日、大神隊長に心配して座ってもらおうと、食事の時間ギリギリまで姿を見せない艦娘が多発して、間宮さん、かすみさんの怒りがまた落ちるのだけれどもそれは別の話。

私のせいではありません、あしからず。

 

 

 

午後八時、自由時間。

 

夕食後簡単な状況確認を再度行い、私達秘書艦の今日の仕事は終了となる。

ちなみに秘書艦でなく夜間訓練もない艦娘は夕食後、就寝時間まで自由時間となる。

 

金剛が夜の紅茶に大神隊長を誘ったり、駆逐艦がゲームやアニメ鑑賞、遊びに誘ったりするのもこの時間。

平日であれば、九時まで甘味処間宮も利用可能。

ただし、入浴時間も基本的にこの時間に済ませることになっているので、遊びすぎは禁物。

 

今日の私は夕食前の続きを、布団に大神さんの匂いをつけることに勤しんでいた。

何分か擦り付けては、大神さんの匂いを確認して幸せを感じる。

赤城さんの呆れきった視線も気になりません。

ああ、大神さんの匂いに包まれてすごく幸せ。

心地よい。

だんだん眠く――

 

「あらあら、加賀さん眠ってしまってますね」

 

 

 

午後十時、就寝。

 

この時間を以って、司令室、保健室などの一部施設を除いては基本、常夜灯の点灯となる。

完全に明かりを消すと、一部自称レディが怖がってトイレに行けずに大神隊長を呼んだことがあるので、常夜灯は点灯させることとなった。

 

そして、自由時間中に寝入ってしまった私は一人遅れての入浴をしていた。

寝入っていた際に若干寝汗をかいてしまい、身体から大神さんの匂いが薄れてしまったからだ。

布団には、まだ大神さんの匂いが残っていたからしばらくは大丈夫。

若干名残惜しいが、髪の毛を洗った後身体を洗い始める。

 

スポンジで洗っても良かったのだが、大神さんに抱きしめられた手の感触を思い出せる今日は特別。

手でボディーソープを泡立てると、手で直接身体を洗い始める。

目を閉じて大神さんの手の感触を思い出しながら。

今はお風呂場に誰も居ないのだし大丈夫。

 

先ず、大神さんに触られている気分になって、首筋をなぞる。

 

「!」

 

それだけで、全身が軽く反応する。

 

続いて、身体、訓練では大神さんは胸を触ろうとはしなかったが、今なら触られた気分になることが出来る。

 

手でソープを泡立て、胸に、ゆっくりと触れる。

 

「――っ!」

 

それだけで全身が切なくなる。

 

大神さんなら、私の胸にどう触ってくれるだろう?

 

やはり優しくシャボン玉を扱うようにゆっくりと触れるだろうか、それとも訓練の時おなかに回された手のように力強く鷲掴みにしてしまうだろうか。

 

そう考えながら時には優しく、時には力をこめて身体を洗っていく。

 

そんなことをしていたら、上半身を洗い終える頃には全身がどうしようもなく切なくなってきてしまった。

 

まずい。

 

こんな状態でこのまま下半身を洗ったら、色々と大変なことになってしまう。

 

流石にこれ以上はダメだ。一旦洗い流して、普通に洗おう。

 

目を開けて風呂桶を手に取ろうとすると、

 

「はい、加賀くん。風呂桶だよ」

 

と、風呂桶が手渡される。

 

「ありがとうございます、大神さ――」

 

――え?

 

慌てて振り向くと、そこには、私服の大神さんの姿。

 

なんで?

 

なんでそこにいるんですか?

 

いつからそこにいたんですか?

 

叫び声を上げないと。

 

「あ、あの――」

 

早く出て行ってもらわないと。

 

「その――」

 

そう思っても唇は動いてくれない。

 

ダメよ、加賀。

 

覗かれていたのだから、ここは大声を上げないと。

 

 

そうして、やっと動いた唇は、こう呟いた。

 

「大神さんも一緒に入られますか?」

「ええっ?」

 

私の言葉に大神さんの方が驚いてしまっている。

 

でもでも、ここは二人しか居ないし、

 

大神さんの背中を流せるチャンスだし、

 

そんなことを考えていると、大神さんの呼び出しが行われる。

 

「大神隊長、司令室にお戻りください。連絡が入りました」

「わ、分かった。今向かうよ。加賀くんすまなかった!」

 

そう言い残すと、大神さんはお風呂場から飛び出て行く。

 

 

呆然として取り残される私。

 

しばらくして気が付いた私は一人呟く。

 

「――残念」

 

でも、あの時大神さんが頷いて居たらどんなことになっただろうか。

 

考えるだけで顔が真っ赤に染まる。

 

ああ、もうこんなんじゃ、明日大神さんにどう顔を合わせたら良いのか分からない。

 

身体を洗って早く眠ってしまおう。

 

翌日、気恥ずかしさで顔を合わせづらくなった私と大神隊長を見て、全艦娘――特に五航戦が疑いの眼差しを向けたのだけど、何が起きたかなんて言える訳がなかった。

 

 

 

そして、もう一つ私が忘れていたことがあった。

 

それは自室の布団にたっぷりつけた大神さんの匂い。

 

色々と思い出してしまって、日付が変わってもしばらく眠れなかったのは云うまでもない。

 

 

 

 

 

そして最後に、司令室に呼び出された大神さんは、

そのまま翌日陸海軍との作戦会議に呼ばれ、結果W島の攻略が決定されるのだった。




ね? なんてことない一日だったでしょう?


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第六話 4 作戦会議を終え

説明回。


「中部太平洋海域の哨戒線を押し上げるためのW島攻略か。近海の海域の確保が南西諸島まで一段落したから、まあ、方向性としては間違っちゃいねーな」

「そうですね。最近は巡回での深海棲艦との遭遇も、基地からの発見連絡もわずかですし」

 

先程まで行われていた作戦会議を終え、会議場で言葉を交わす大神と米田。

会議の内容は太平洋の離島、W島の攻略についてである。

事は艦娘を大幅に動かすこととなる上、攻略後の基地設営なども絡んでくるため、会議は陸軍、海軍、そして華撃団を交えて行われた。

 

「問題は一度失敗している作戦ってことだな、敵戦力の軽視による艦娘の轟沈、痛いな」

「勿論二の轍は踏みません。既に対潜装備の開発は行っていますし、万全の準備をします。あと、自分も出る予定です。もう誰も沈ませはしません」

「ふむ、総司令になってた間に随分揉まれたみてーだな、俺から何か言う必要もないか。まあ敢えて言っておくとしたら、華撃団発足後初の大規模な戦いだ。気張って行けよ」

「初の戦いなどにはおかげさまで慣れていますので、問題ありませんよ」

「こいつ、言うようになったじゃねーか」

 

余ったコーヒーに手を付けながら、昔のように気楽に言葉を交わす二人。

だが、太正会と大元帥の肝いりとはいえ、一介の新人少尉だったものと陸軍大臣が交わす会話内容ではない。

 

一航戦、大和を含む呉の大艦隊を戦力的に劣る艦隊で徹底的かつ一方的に叩きのめし、その上艦娘達を心酔させたという話も軍内では話題となっている。

 

もはや大神を新人と侮る者はいない。

であるからこその、今回のW島攻略作戦なのだ。

 

そんな大神に声をかける者がいた。

 

「大神大佐だね」

「はい、自分が大神です。失礼ですが貴方は……」

 

年齢は30代後半から40代前半、黒髪を軽く伸ばし結わえている。

目には過半の好奇心と僅かばかりの向上心が覗く。

確か今回の会議では発言は殆どしていなかった筈だ。

 

「ああ、すまない。自分は海軍の技術部で大佐を務めている神谷というものだ。噂の特務大佐と一度話したくてね。光武・海の開発にも関わっていたんだよ」

「そうでしたか、光武・海の開発に尽力頂きありがとうございました。ということは山崎少佐とも……」

「ああ、彼が陸軍なのに対して海軍側で音頭を取ったのが自分になるね。最初に図面を見たときは信じられなかったが、光武・海が出してくれたデータによって、工廠での艦娘用新装備の開発に様々な案が出てきている。嬉しい悲鳴というやつだね。ありがとう」

 

そういうと、神谷は片手を差し出した。

勿論断る理由なんてない、大神は神谷と握手を交わす。

 

「こちらこそ、有意な装備があれば艦娘のみんなから少しでも危険を遠くに追いやることができますよ。協力ありがとうございます」

「なるほど、噂通りの人物のようだ。今回の第二次W島攻略でもいい結果が出せることを祈ってる。頑張ってくれ」

「はい!」

 

「自己紹介はもう終わったようだね。大神君、神谷君」

 

そんな二人に山口海軍大臣が声をかける。

 

「山口閣下が帯同なされたのですか?」

「ああ、今後山崎君は光武・海の改良に傾注することになるからね。艦娘用新装備の開発に関わる人物を紹介しておこうと思ったんだよ」

「そうでしたか。では改めまして、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いするよ」

 

そう言って大神は神谷達と別れる。

 

「当然のことだが、この戦いの勝利は君たち華撃団にかかっている。よろしく頼むよ、大神君」

「了解しました!」

 

 

 

そして有明鎮守府に戻り、艦娘を集めブリーフィングを行う。

決定された作戦はニ段階に分かれる。

第一段階は進撃路の対潜掃討。

第二段階は潜水艦を掃討した上でのW島の攻略。

当初提案された作戦は第一次と同じく水雷戦隊を主力とする攻略方針の流れだったが、山口が作戦会議において、当然予想される敵航空戦力の存在への懸念について発言。

続いて大神が、未確認であるが陸上型深海棲艦の存在についても警戒を行うべきと発言。

華撃団発足前の最後の作戦においても陸上型深海棲艦の存在によって作戦が失敗に終わったからだ。

それらの検討の結果、二段階に分けての攻略を行うこととなった。

 

「以上が作戦の大枠になるけれど、ここまでで質問はあるかな?」

「はい、出撃する艦隊は何艦隊となるのでしょうか?」

 

朝潮が手を挙げて発言する。

 

「対潜掃討用の艦隊がニ艦隊、W島の攻略艦隊、そしてW島攻略の支援に一艦隊用いる。計四艦隊24隻になるね」

「四艦隊……」

 

この発言だけで艦娘たちの間にどよめきが起きる。

四艦隊といえば、鎮守府・警備府に艦娘が分かれていた際の総戦力に匹敵する数だ。

それを出撃させるのだ、俄かには信じがたい。

 

「作戦日程はどういうふうになってるのー」

「対潜掃討隊は有明鎮守府を出撃、海路に従ってW島を目指す。W島付近での対潜掃討が終了次第、ビッグサイトキャノンにて残る2艦隊を展開して、一気にW島を攻略する。W島での作戦期間は最大3日を予定しているよ」

 

続いての川内の質問に大神が答える。

 

「大神さんはいつから隊の指揮をするの? しないってことはないよね?」

「勿論するよ、ビッグサイトキャノンでの展開後の攻略部隊の指揮を俺が行う。さすがに俺に対潜は難しいからね、そこまでは各艦隊任せになる」

 

さらに愛宕が手を挙げる。

 

「繰り返し出撃しての漸減作戦ではないんですか、大神隊長? 今までの大規模作戦は全部そうだったんですけど」

「今後は漸減作戦は行わない方針だ。今回の成果次第だけど一戦で殲滅するよ」

 

穏やかに答える大神だが、その内容は苛烈だ。

激戦となる予感に艦娘たちは武者震いする。

 

「艦隊編成は決まっているんですか?」

「決めた。勿論、療養中の舞鶴は除く。これから発表するから――」

「隊長、W島の攻略部隊に志願させてください!」

 

大神の発言に割り込んで、そう発言したものがいた。




14春イベント海域スタートです。


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第六話 5 志願

「W島の攻略部隊に志願させてください!」

 

大神の発言に割り込んで発言した艦娘に全艦娘の視線が向けられた。

しかし、その艦娘は怯むことなく手を挙げ、自分の存在をアピールする。

まっすぐに伸びた手が彼女の意志の強固さを示していた。

 

「睦月ちゃん……どうして?」

 

吹雪の発言の通り、穏やかな性格に似あわず、この大海戦に対する積極的な姿勢を示す艦娘。

それは睦月であった。

ただ、そのことを大神はブリーフィング前、正しくは第一次W島攻略戦で轟沈した艦娘の名前を見たときから予想していた。

何故ならそこに書かれていたのは、彼女の姉妹艦である如月だったからだ。

以前大神に懇願したように、睦月は如月を助けたいと思っている。

彼女が沈んだ海域に未だ囚われている可能性がある以上、彼女が出撃したいと言い出す可能性はあると考えていた。

しかし――

 

「睦月くん、すまないが艦隊編成は既に決まっている。W島を直接攻略する艦隊は武蔵くん、長門くん、金剛くん、加賀くん、瑞鶴くん、翔鶴くんと俺の7名になるんだ。今回の攻略において水雷戦隊は用いることはできない」

「おい……それって…………」

「戦艦と正規空母のみの編成ですって……」

「そこまでの敵戦力が予想されるっていうの……」

 

大神の答えに周囲がざわめく。

だが失敗した第一次にてこちらの攻略点として認識されてしまった以上、既に戦力が増強されているのはほぼ確実だ。

故に今回の攻略においては、増強されたであろう敵戦力を正面から撃破できるだけの艦娘が選ばれた。

霊力によるずば抜けた能力補正を受けている響以外の駆逐艦では、恐らく力不足は免れない。

 

「――っ! ……なら、その護衛艦として入れてください!」

「残念だけど護衛艦としての役割は今回必要ないんだ。それは第一段階での潜水艦掃討にて事足りている。だから睦月くんは潜水艦掃討の任についてほしい」

 

睦月は、6駆に並ぶ能力を今は得ている。

だからこその判断だったのだが――

 

「お願いです! W島攻略に参加させてください!」

「間違いなく激戦になる、危険だ!」

 

それでも睦月は一歩も引かない。

 

「それでも構いません! 艦娘ですから!!」

「駆逐艦の睦月くんには正直厳しい戦いになる。それでもかい?」

「足手まといにはなりません!」

 

度重なる大神の確認に対し、確固たる意志を示す。

 

その睦月の様子に、大神は自らが以前言ったことを思い出していた。

山口海軍大臣に対し、艦娘を見捨てておいて艦娘のための華撃団隊長を名乗ることなんてできないと言い放った時のことを。

今は自分が大臣の立場となる時なのだろう。

 

それに一人の願いを踏みにじって、何故、世界中の願いを、幸せを守ることができようか。

 

何より、

 

「お願いします! なんでもしますから、W島攻略に参加させてください! だからお願い、大神さん!!」

 

睦月の覚悟はもう十分過ぎるほど分かった。

案がないわけではない。

ここは、自分が受け入れるべきだろう。

 

「――分かった、睦月くん。君の志願を認めるよ」

「隊長、何を言っているのですか? 現在の攻略艦隊編成に睦月さんと入れ替えられるだけの余裕はありません! 火力も制空も最大限界を持ってあたるべきです!!」

 

大淀の論も当然だ。

睦月と戦艦を替えれば火力不足に陥る。

かと言って、空母と替えれば制空に事欠く可能性がある。

どちらも無暗に削減できるものではない。

 

しかし、大神は答える。

 

「睦月くんは入れ替えではないよ、現在の艦隊に対し更に対陸妖精隊を率いて参加してもらう。つまり、7人の艦娘と俺で一艦隊として行動する!」

「隊長!? それには賛成できません! 艦隊は最大6人の艦娘による艦隊編成です、7名だなんて陣形が崩れる恐れが!!」

 

大淀と大神が論を戦わせる。

 

「大淀くん、君も分かっている筈だ。直接指揮下であれば艦娘7人であっても艦隊としての行動が可能だと」

「可能です……可能ですけど、とても人間業とは思えません! 何より隊長にそこまで負担をかけるわけには!!」

 

泣き叫ぶかのように大淀は言葉を発する。

大井の凶行にて大神が傷つく瞬間を見た大淀にとって、大神は傷つき倒れる人間であるのだ。

大神の限界に気付くことができず、何かあってしまったとしたら悔やんでも悔やみきれない。

 

「大丈夫だ、大淀くん。君は人間業じゃないと言うけど、無理をしているわけじゃない」

 

大淀を落ち着かせようと、大淀の肩に手を置いて宥める大神。

 

「ですけど! もし! もし……」

 

それでも大淀は止まらない、最悪の事態を考えてしまう。

そんな大淀の瞳を覗き込んで大神は再度言葉をかける。

 

「大丈夫だ。約束する、俺は死なない!」

「隊長……」

 

大神の強い調子に呑まれ、何より大神の瞳に覗き込まれて、大淀はコクンと頷く。

 

 

 

見つめあう二人。

 

 

 

「う~、隊長ぅ~! 時間と場所と、何より相手をわきまえてヨ~!」

「Урааааа!」

「頭にきました」

「ふぇぇぇ……睦月の出番……」

 

勿論、眼前でそんなことをされて黙っているような艦娘たちではなかった。

隊長と筆頭秘書艦というだけでも接する機会が多いのに、そんなの冗談ではないとばかりに壇上に登り、二人の空間をぶち壊そうとする艦娘達。

当然の如く、ブリーフィングは一旦中断となるのだった。

 

 

 

その後再開したブリーフィングで最終的に決まった艦隊構成は以下の通りとなる。

 

攻略    大神 武蔵 長門  金剛 加賀 瑞鶴 翔鶴 睦月

 

決戦支援  榛名 比叡 蒼龍  飛龍 電  雷

 

対潜1   神通 暁  叢雲  千歳 祥鳳 那珂

 

対潜2   響  吹雪 千代田 瑞鳳 川内 五十鈴




あれ おかしい 睦月を 大淀が 食った
あれ?



それはともかく、
艦隊編成は攻略wikiを参考にしてますが、話の都合上ちょっといじってます、ご承知置きを。


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第六話 6 対潜掃討戦――前哨戦

「――聴音、開始よ」

 

水面に一人立つ五十鈴。

装備は、九三式水中聴音機、三式水中探信儀、そして九四式爆雷投射機。

対潜装備3点セットといった方が良いかもしれない。

 

自らの足を緩め、水中を伝わる音に耳を傾ける五十鈴。

足を緩めないと聴音に差し障りがあるとは言え、敵勢力下の海域で足を緩める事はやはり非常に恐ろしい。

 

もし、航空部隊が来たら――

 

嫌な想像が五十鈴の脳裏を掠めるが、それに左右されることなく五十鈴は聴音を続ける。

やがて、水中を航行するモノ特有の雑音が、水を掻き分ける音が聞こえてくる。

 

それは自分達艦娘と同様に自らの身一つで以って、水中を行くモノ。

 

艦娘たちと相対する敵性存在。

 

深海棲艦の潜水艦。

 

「距離は、単独聴音だけじゃやっぱり掴めないか」

 

自らの為すべき事の手順を振り返るかのように、五十鈴は用いる装備の変更を決定する。

だが、これから行うことは相手にこちらの存在を示す事ともなる、どうしたものか――

五十鈴は近くにいるはずの遼艦、川内たちに連絡して三角法で位置を測ろうかとも思った。

と、そこまで考えて、五十鈴はその無意味さに気付く。

相手が潜水艦で目視確認できないのに対し、こちらは水上標的、見つかることなど気にしても仕方がない。

 

それよりも、今は、確認した敵潜水艦を可及的速やかに撃破する方が優先した方が良い。

 

「探針音はこっちの方向で良いわね。いくわよ、探針音!」

 

探針音が、五十鈴より深海棲艦へと発射される。

しばしの間を置いて、敵に反射した探針音が波形として五十鈴の脳裏に刻まれる。

もはや、敵の存在は丸見えに等しい、潜水艦特有の隠密姓はもうない。

 

「よしっ! 敵は3隻ね」

 

距離も位置も数も全て掴んだ。

 

水飛沫を上げながら、五十鈴は海面を駆ける。

敵の位置を掴んだからといって、戦いはこれでは終わりではない。

迅速に行動しないと敵の行動を許してしまう、ここからは時間との勝負だ。

 

敵の存在が推定される領域に辿り着くと、

 

「これで終わりよっ! 爆雷投射!!」

 

海中に次々と爆雷を投射する。

五十鈴の聴音に始まる計測が確かであれば、これで――

 

やがて、爆雷の爆発音とそれに混ざって敵の圧壊する音が次々と聞こえてくる。

数は3。

それは探針で明らかになった潜水艦数と等しい。

 

爆雷音が収まった海に再度聴音を行なうが、敵潜水艦の存在を匂わせるものは聞こえては来ない。

 

「大丈夫そうね、よかっ――」

『こちら、響。其方の状況は?』

「うひゃう!?」

 

安心して一息つこうと思った五十鈴だが、いきなりの響からの連絡にひっくり返った声を上げる。

心臓に悪い。

 

「……何かあったのかい?」

「何でもないわよ。潜水艦3隻を発見、撃破したわ」

 

少しの時間を置いて合流した響に、戦果を報告する五十鈴。

 

 

 

有明鎮守府を経ってから、数日。

 

本日未明に到着した中部太平洋海域での対潜掃討だが、掃討は順調だ。

 

装備の乏しかった以前と異なり、対潜艦全員が、聴音機、探針儀、爆雷投射機の全てを装備出来ていることがある。

 

聴音で、敵の存在を探り、

探針で、敵の存在を明らかにして、

爆雷で、敵に止めを刺す。

 

この一連の対潜行動は、一旦味わってしまうと装備なしでの対潜哨戒は無理かもしれないと思う程に対潜装備の有無は大きかった。

 

「お疲れ様。第一艦隊とも連絡を取り合ってるけど、向こうも潜水艦の発見ペースはかなり落ちてきたみたいだ。撃破数も計50を越えている。集合したら、隊長に改めて連絡しよう」

「掃討完了かしら?」

「潜水艦についてはそう言って構わないだろうね」

 

そう五十鈴に返す響だったが、作戦会議で挙げられた敵航空兵力の確認が取れていない。

恐らく大神も、同様に敵航空兵力についての対処を考えているのだろう。

でなければ、軽空母に対潜メインの艦載機ではなく、対空にも重きを置いた艦載機を載せてはいない。

 

そして――、

 

そう響が思った直後、艦載機による索敵を行なっていた瑞鳳から連絡が届く。

 

「みんな、隊長! 敵航空兵力を発見したわ!」

「やはり居たか。神通くん、響くん、君達の艦隊は?」

 

瑞鳳の連絡は大神にも行なわれていたらしい。

大神から、2艦隊の状況を問う連絡が入る。

 

「こちら、神通です。対潜第一艦隊は合流中」

「こちら、響。対潜第二艦隊も合流中だよ」

「敵航空戦力との距離は?」

「対潜第一艦隊とは二戦闘区域、対潜第二艦隊とも二戦闘区域離れています。あ、敵空母にヲ級改flagshipを確認、戦艦タ級flagshipもいます!!」

 

瑞鳳から悲鳴交じりの報が届く。

ヲ級改、戦艦のflagship、どちらかが居るだけでも突破は難解、両方となると尚更だ。

だが、ここを力づくに回避したところで、敵航空戦力を捨て置いたとしたら後詰の大神たちに負担を後回しにするだけ。

ならば、自分達の行なう事は一つ、敵兵力を討つしかない。

 

「分かった! なら、第一、第二艦隊は即時合流。合流後、予定通り敵航空兵力確認時の戦力の再編成を行なう! 第一艦隊の暁くん、叢雲くんは対潜第二艦隊に編入!!」

「第一艦隊、了解しました!」

「一人前のレディとして、了解したわ」

「しょうがないわねぇ、分かったわよ」

 

大神の声に第一艦隊の面々の声が届く。

 

「代わりに第二艦隊の千代田くん、瑞鳳くんを対潜第一艦隊に編入する!」

「第二艦隊、了解」

「やった、おねえと一緒だ!」

「了解しました」

 

続いて、第二艦隊の了承の声が届く。

これで第一艦隊には軽空母が4隻。ヲ級改といえども引けはとらない。

 

「再編成後、第一艦隊は敵航空兵力を叩いてくれ! 第二艦隊は敵航空兵力と行動を共にしているであろう敵主力潜水艦の排除を!」

 

大神の連絡が終わると共に、第二艦隊の面々が集ってくる。

 

ここからが、本当の戦いだ。

 

 

 

 

 

艦隊再編成

 

対潜1   神通 千代田 瑞鳳 千歳 祥鳳 那珂

 

対潜2   響  吹雪  暁  叢雲 川内 五十鈴




完全対潜MAPって、1-5と同じくらい早い登場だったので、この頃は対潜装備揃ってなかった人って多かったんじゃないかな。

その割には途中に空母と戦艦が居るのがかなり辛い敵構成でしたね。

自分は駆4軽1航戦1で無理矢理抜けていきましたが、大破撤退上等な自分達と一発勝負で負けられない大神さんでは構成も変わってくるのではないかと。


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第六話 7 対潜掃討戦

「神通さん、対潜第二艦隊集合したよ」

「こちらの艦隊も集合しました。後は大神さんの指示通り編成を変更して、敵を撃ちましょう」

 

集合した対潜第二艦隊を連れて、響は第一艦隊との合流を果たす。

第一艦隊、第二艦隊ともに損害は軽微。

音声でやり取りはしていたが、傷らしい傷を負っていない互いの姿を見て安心が先立つ。

だが、こちらの索敵が完了したということは、当然敵側にも索敵され発見されている可能性を考えなくてはならない。

既に時間との勝負は始まっている。

 

「千代田さん、瑞鳳さん。問題はありませんか?」

「万事、問題なしよ!」

「大丈夫です!」

 

音声のチャンネルを合わせ、神通に問題ないことを伝える千代田たち。

 

「暁、叢雲。いけるね?」

「大丈夫に決まってるじゃない」

「問題ないわ」

 

同じく音声のチャンネルを合わせる暁たち。

 

これで再編成は完了だ。

一艦が一人の艦娘であるからこそ出来る技といって良いだろう。

艦の状態のままであれば、こうは簡単にいかない。

 

「響ちゃん、私達は航空戦力撃破のために北東方向に向かうわ」

「分かったよ、私達は対潜索敵を行ないながら――」

 

艦娘のメンバーを変え、再編成を滞りなく終了した自分たち。

神通たちは既に発見した航空戦力を撃破することに注力すれば良い。

だが、自分たちはどうやって敵主力潜水艦隊を発見するべきだろうか。

 

「――っ!?」

 

と、そこまで考えたところで響の背筋を寒気が襲う。

敵航空戦力に帯同しているであろう敵主力潜水艦隊。

 

だが、ヲ級改、タ級のflagshipまで同海域に出撃している状況下で潜水艦隊がじっとしているだろうか?

潜水艦隊と空母戦艦を含めた艦隊、重要度のより高いのはどちらだろうか?

 

答えは当然ながら空母戦艦を含めた艦隊だ。

 

なら、敵の手として考えられるのは――潜水艦隊を先遣させての先制攻撃。

 

「響くん!」

「! 聴音、開始するよ――」

「響ちゃん? ……まさか!」

 

大神の声に滅多に見せない慌てた様子で聴音に集中する響。

続いて、暁も響たちの考えていた事に気づくが、残念ながら遅かった。

 

「敵魚雷音、多数確認! こちらに向かって接近中だ、全員、全力で回避して!」

 

聴音で確認されたものは潜水艦隊ではなく、潜水艦隊の放った魚雷。

足を止めて再編成していた自分達を狙い撃ちにするものだ。

このままでは直撃してしまう。

そう考えた響は水面を走り出しながら、全艦隊に魚雷回避を伝える。

 

「第一艦隊、了解! 総員、全力で移動開始! 魚雷を回避します!」

 

第一艦隊の面々は、神通の声に従って水面を駆けだす。

 

第二艦隊も、第一艦隊に続いて水面を駆け出そうとした。

しかし戦場経験不足故に、出遅れた艦娘が一人いた。

こればかりは大神の霊力でもどうにもならない。

 

「みんな?」

 

吹雪だ。

 

僅かな間であったが、事態の急変を察することが出来ず、その場で呆ける吹雪。

 

「バカ、何やってんのよ! あんたも早く回避しなさい!!」

「吹雪! 早く回避行動をしなさい!」

 

叢雲と川内に促され、移動し始める吹雪。

だが、この環境下での初動の遅れは、もはや致命的といっても良い。

大半の艦娘が魚雷を回避する中、回避し切れなかった吹雪の傍で魚雷が爆発した。

 

「きゃあぁーっ!」

 

爆発に誘引されるかのように複数の魚雷が誘爆を起し、大きな衝撃が吹雪を揺さぶる。

衝撃で海面に投げ出され、水面を転げ回る吹雪。

 

「吹雪ちゃん!」

「吹雪!」

「吹雪くん!」

 

魚雷を回避した他の第二艦隊が振り返る。

 

「そんな、ダメですぅ!」

 

幸い、吹雪の怪我は中破程度といったところか。

艤装もボロボロだが、艦娘としての活動に支障はないだろう。

 

「大神さん!」

「叢雲くん、吹雪くんの事を頼む!」

 

だが、全体的に能力の落ちた吹雪を一人放置しておくのは危険すぎる。

かと言って帯同すれば、速力が落ちての艦隊行動となる。

もし、こちらの対潜行動前に敵の魚雷第二射を許せば状況はより厳しくなるだろう。

故に、今の響にはどちらの選択肢も取る事はできなかった。

響は僅かに考えた後、大神に連絡を取る。

 

大神は即座に叢雲を吹雪の救助に、残る全員で潜水艦隊を叩くことを決断した。

 

「第一艦隊は予定通り敵航空兵力の排除を! 第二艦隊はここに居る敵主力潜水艦隊を叩いてくれ!」

「了解したよ、探針音! ……敵影5! 敵にソ級を確認、敵の位置も掴んだ!」

 

響の放った探針音により敵の存在が露になる。

敵数は5、ソ級まで居る。

危険だ、魚雷第二射など撃たせてはいけない。

 

「響くんたちは速やかに爆雷の投射を! 第二射を打たせる前に沈めるんだ!!」

「「「了解!」」」

 

大神の声に第二艦隊の残り4人の艦娘が爆雷を投射していく。

しかし、大神の指揮は留まることを知らない。

 

「第一艦隊はこのまま北東方向に移動! 敵航空兵力は?」

「敵、艦載機の発艦を確認! このままでは先制攻撃を受けます!」

「落ち着いてくれ、瑞鳳くん! まだ敵との距離はある! 潜水艦隊の心配はとりあえず必要ないから、こちらも艦載機を発艦させるんだ!!」

 

大神の声に落ち着きを取り戻した瑞鳳。

 

「ごめんなさい、隊長! さあ、やるわよ! 攻撃隊、発艦!」

 

祥鳳、千歳、千代田たちと共に艦載機を発艦させる。

 

しばらくして爆雷の爆発音と、次々に潜水艦が沈み圧壊していく音が聞こえていく。

また、続いて敵艦載機との交戦の結果、制空権をとったと、開幕爆撃で3隻撃沈したと第一艦隊からも連絡が入る。

制空をとれば、残りの敵戦艦も弾着観測射撃は行えない。

 

なら素の能力で戦艦に迫る能力を持つ神通との殴り合いは、速力に勝る神通が優位の筈。

艦載機による第二次攻撃隊もある。

勝利は時間の問題と言って良いだろう。

 

気を緩める響たち第二艦隊。

 

「響くん、潜水艦隊の撃滅はできたかい?」

「あ、そうだね。聴音、再度開始――」

 

大神の声に気を取りなおすと聴音を開始する。

だが、敵主力潜水艦隊は完全に死滅していなかった。

 

「聴音結果、シロ――違う! 魚雷音、多数!」

 

浮かび上がって最後の悪足掻きとも言える魚雷を響に向かって射出し、沈み圧壊していく。

 

「響ちゃん!」

 

暁の声に回避行動をとろうとして、響は気付いてしまった。

自分が回避すれば、何本かの魚雷は中波した吹雪たちに当たる。

 

恐らく、中波した吹雪はこの魚雷を避けられないし、耐えられない。

 

なら――

 

「何してるの、響ちゃん! 避けて!」

 

響は、魚雷と吹雪を結ぶ直線上に身を置いた。

 

「自分が避けたら、吹雪に当たるよ」

「――なっ! 私の事は気にしないで、響ちゃん!」

「そんなこと出来る訳ないよ。それに私なら大丈夫、隊長の霊力による力も感じるし」

 

吹雪の声にそう応える響だったが、確信はない。

吹雪よりは耐えられるだろうと云う推測だけだ。

 

暁が響を再度促そうとする前に、足を止めた響へと魚雷が殺到する。

響は覚悟を決めて防御に集中し目を閉じた。

 

「響ちゃんっ!!」

「響くん! 間に合えーっ!!」

 

暁の叫び声を掻き消すほどの爆音が響き渡り、大きな水飛沫が上がる。

そして水柱が立ち、響の姿は水柱に埋もれ見えなくなっていく。

 

 

 

 

 

だが、目の前で起きている筈の爆発も衝撃も、何一つとして響には感じられなかった。

至近で爆発したと云うのに、響の身には傷一つない。

いや、水飛沫一つかかってすら居なかった。

一体何が起こったと云うのか、混乱する響。

 

覚悟を消えて閉じた眼を開けると、そこに居ない筈の人物が自分を庇う姿を見た。

 

「……うそ」

 

彼は有明鎮守府で、離島攻略部隊を率いて待っている筈だ。

だから、私達がこうやって対潜掃討を行っていたのだ。

彼の霊力による分身体であれ、今、ここに居るわけがない。

 

やがて役目を終えたとばかりに薄れ消えていく分身体の代わりに、その人の手が響を後ろから抱きしめる。

 

「きゃあっ!?」

「全く、あんまり無茶な事はしないでくれ、響くん。間に合わないかと思ったよ」

「もう――無茶なところは大神さんに似てしまったんだよ、きっと」

 

振り返って居ない筈の人物、大神に微笑みかける響であった。



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第六話 8 離島攻略-振り向いた影

「何をなさっているんですか、隊長! あんまり無茶な事はしないで下さい!」

 

響を間一髪のところで守った大神、彼を待っていたのは有明に居る大淀の声であった。

ほんの少し前に響に言った台詞そっくりそのまま受ける大神。

 

「しかし、大淀くん。無茶かもしれないが、ああしなければ響くんが危険だったんだ」

「う……それはそうですが……」

 

そう返されると、大淀は弱い。

艦娘が危機にさらされて黙っていられる大神でないのは、元々分かっていたことだからだ。

 

「それに、響くんたちによる潜水艦の掃討も終わった。これからは俺達、離島攻略艦隊の出番だよ」

 

大神の後ろには攻略艦隊と支援艦隊が並んでいる。

そう、響たちを助けることを決めたのは大神だけの意思ではない、攻略艦隊全員の意思。

でなければ、ビッグサイトキャノンによる射出を早める事に異議が出ている筈である。

 

「……分かりました、このことについてはもう言いません。でも隊長、もう無茶はしないで下さいね」

 

諦めたかのようにため息をつく大淀。

念を押すかのように大神に注意を促す。

 

「すまない、大淀くん。善処はするつもりだけど、確約はできない。これからの離島攻略、何が起きるか分からないから」

「隊長! 不吉なことを言わないで下さい!」

 

何が起きるか分からないだなんて、不吉にも程がある。

そんな発言を大神の口から聞きたくはなかった。

しかし、

 

「ただ、これだけは約束する。誰一人として失わせはしない、全員必ず帰還させると」

「大神さん……」

 

続く大神の言葉に、大淀は頷く以外の行動をとることが出来ない。

 

「隊長、私も約束するヨー! 隊長に迷惑はかけないデース!」

「大神さん、睦月も精一杯頑張ります!」

 

同じく、大神の言葉に感極まった金剛と睦月が大神に後ろから抱きつく。

武蔵と長門は苦笑しながら、瑞鶴と翔鶴、加賀は歯噛みしながらその光景を見守っていた。

 

 

 

 

 

そして潜水艦を撃滅した響たち対潜艦隊と別れ、大神たちは一路W島へと向かう。

その際、大神は響たちに敵増援がないか、周辺海域の状況を確認を行なうように言及した。

敵航空戦力を打破したことから、対潜艦隊の編成も最初のものに戻し響たちは周辺海域の索敵へと向かう。

 

大神たちも艦上偵察機による偵察をW島に対し行なう。

程なくして、索敵の結果が大神たちに伝えられた。

 

「隊長、未確認の深海棲艦を2種類、計3隻確認しました。一隻はW島の陸上にいることから陸上型深海棲艦と予想されます」

「やはり居たか……それがW島守備の親玉と云うわけだな。仮にではあるけれど離島棲鬼と呼称しよう。未確認の他の2隻は?」

 

大神からの問いに、偵察機からの情報を再度伝える翔鶴。

 

「それが今までに見たことのないタイプなんです。本体と思わしき女性型の深海棲艦に巨大な深海棲艦が帯同しています」

「二体一組と云うわけか、厄介だな。こちらは戦艦棲姫と呼称しておこうか。二隻とも陸上型と行動を共にしているのかい?」

「いえ、一隻は行動を共にしていますが、もう一隻は別艦隊を率いています」

 

翔鶴の答えに大神は少しの間考え、そして変更を決断する。

二体一組の深海棲艦、恐らく耐久も火力も見た目どおりのものだろう。

道中で当たり、本島攻略前に無闇に消耗するわけにはいかなかった。

 

「榛名くん、離島攻略の支援艦隊として君達を動員したけど、攻略時の支援ではなく、道中の戦艦棲姫の居る敵艦隊の陽動を頼みたい。出来るだろうか?」

「はいっ、榛名は大丈夫です! しかし、本島攻略時に榛名たちが居なくて大丈夫でしょうか?」

「ああ。陸上型深海棲艦なら、金剛君たちに装備させた三式弾や睦月くんの対陸妖精隊が効果的だろうからね。それよりも二体一組の深海棲艦、戦艦棲姫の方が気になる。その巨大な体躯で庇われたりしたら厄介だ」

 

大神の懸念に榛名は大きく頷く。

つまり、大神の危惧しているところとは、

 

「なるほど。榛名、了解いたしました! 戦艦棲姫が間違っても二体集わないようにすれば良いのですね!」

「その通りだ、榛名くん! だから、君達には道中に居る戦艦棲姫の艦隊を北側からひきつけて欲しい。自分たちは南側からW島に向かって一気に攻め込み撃滅する!」

 

大神の案に全員が頷く。

その他の深海棲艦は各々の鎮守府・警備府にて撃破経験のあるものだ、撃破に際してそれほど問題になったと言う話も聞かない。

恐らく他艦隊については何とかなるだろう、問題は新種の深海棲艦2隻だ。

 

 

大神たちは道中の装甲空母姫の率いる艦隊を13隻14人がかりで、鎧袖一触に撃破して、戦艦棲姫との会戦を榛名たちの陽動によって回避し、W島へと直行する。

 

W島が近付くに連れ、睦月の動悸は高まっていく。

 

如月の沈んだ島に、近傍海域にこれから向かうのだ。

 

如月はこの先に居るのだろうか。

 

もし如月を沈めた深海棲艦が居たらそのとき自分は冷静に戦えるだろうか。

 

とりとめのない事を考え始めた頭は、理性が今そんなことを考えちゃダメだと忠告しても聞いてくれない。

 

「睦月くん、気持ちは分かる。でも、今はこれから先の戦いに注力して欲しい」

 

近付いた大神の言葉に頷こうとしても、睦月の身体は緊張で強張り頷いてくれない。

 

どうしよう。

 

自分で言い出したことなのに、志願したことなのに、こんなときに――

 

「睦月くん、大丈夫だよ」

「あ……」

 

大神は睦月を横から抱え上げ、抱き締めた。

 

「さっき約束したように誰も沈めさせない。如月くんも助けてみせる。だから、大丈夫」

 

抱き締めた睦月の耳元で囁く様に、子供に言い聞かせるように話す大神。

トクントクンと鳴る大神の脈動が睦月には聞こえた、そう感じた。

 

「はい……」

 

とりとめのない事を考えていた睦月は瞬く間に何処かに行ってしまう。

その場に残ったのは、大神に抱きしめられて赤面する睦月だけだ。

 

「……ごめんなさい、大神さん。もう大丈夫です」

 

しばしの間、大神に抱き締められた睦月。

もう少しと思わないこともなかったが、大神の言うとおり今は戦いに注力するべきだ。

大神の横に立つと、大神に併走する睦月。

 

そうすることしばらく、やがて戦いの始まりを告げる鏑矢が放たれる。

 

「W島守備部隊を確認!」

「みんな慎重に攻めよう! 作戦『林』で行くぞ!」

「「「了解!!」」」

 

大神の言葉に頷くと、自分達の全ての力が底上げされていくのを感じる。

矢を弓に番え、力を矢にこめる。

 

「艦載機発艦! 航空戦開始します!」

「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

「一航戦! あんた、この場でそれ言うの!」

 

三人の空母から放たれた矢は、一瞬の時を転じて艦載機の大編隊へと姿を変え、敵艦載機との航空戦を演じる。

元々制空には余裕を持たせた艦載機編成だ、程なくして敵艦載機群に対し制空優勢を取れたことを感覚で掴む三人。

 

「隊長さん! 制空優勢とったわ!」

「よし、艦載機はそのまま爆撃を! みんな、敵艦載機の爆撃に気をつけてくれ!」

「了解しました」

「隊長には航空機なんか近付けさせマセーン!」

 

こちらの爆撃機が航空戦から抜け出て敵艦へと向かうのとほぼ同時に、敵側の爆撃機もこちらへと接近してくる。

 

だが、こちらの戦力は元々対空力が潤沢な戦艦、空母が主力だ。

制空優勢をとった状態で抜け漏れた程度の機数であるなら、『林』の効果で上がった能力であれば全滅させる事も難しくはない。

 

「Sorry! 隊長、一編隊そっちに行くデース!」

「分かった、狼虎滅却――」

「大神さんの霊力は無駄遣いさせないません! てーい!!」

 

大神の前に出た睦月の対空砲火が次々と敵機を落としていく。

 

「Hey! 睦月もなかなかやるデース!」

 

そうして、敵爆撃機が帰還するときその数は殆ど全滅に近い状態となっていた。

 

「みんな、損害状況は!」

「ああ、問題ないぞ!」

 

そう応える武蔵のほかにも損害は殆どなし。

逆にこちらの爆撃では、浮遊要塞一機と戦艦ル級flagshipを落としたと連絡が入る。

 

「よし! みんな、このまま砲戦距離へと接近する! 一気に決めるぞ!」

「「「了解!」」」

 

そのまま海を駆けると、W島が、守備部隊が姿を見せる。

確かに陸上に陸上型深海棲艦-離島棲鬼の姿が、その横に二体一組の深海棲艦-戦艦棲姫の姿が見える。

巨大な人ならざる深海棲艦に寄り添っていた長髪の深海棲艦が、姫とも云うべき存在がこちらへと振り向く。

黒いドレスのようなものは身体の線をはっきりとさせるが、離島棲鬼と共に居る戦艦棲姫は比べると幼さを感じさせる。

そして、振り向いた姫から覗き見えたものは、睦月にとって見覚えのある髪飾り。

 

如月の髪飾りだった。

 

「!!」

 

それを目にした瞬間、睦月の頭に瞬間的に血が上る。

如月の髪飾りを身に付けたと云うのか、深海棲艦が。

 

「それを返して! それは如月ちゃんのものなんだからーっ!」

 

届かないと分かっていて、尚、姫に叫んで連装砲を構える睦月。

睦月の『如月ちゃん』と言う叫びに姫は反応し、こちらを見やる。

 

「睦月くん落ち着いて! 君の武装ではまだ届かない!」

「だけど大神さん! あの深海棲艦、如月ちゃんの! 如月ちゃんの髪飾りを!!」

「奪って身に付けたとは限らない、睦月くん。可能性はそれだけじゃない!」

 

姫が、自身を如月と呼ぶ声に反応したことから、可能性はまだ残されている。

 

「大神さん、それってどういう事なの?」

「あの深海棲艦をよく観察して欲しい、睦月くん。多分君じゃないと分からない」

 

大神に請われ、再度睦月は深海棲艦の姿を良く見やる。

その姿は戦艦のような大人の肢体ではない、どちらかと云うと睦月たち駆逐艦に近い。

パッと見、大人っぽいドレスと巨大な深海棲艦の姿に目を奪われるが、落ち着いて見ると、幼さを捨てきれない駆逐艦が背伸びしているようでもある。

 

まるで、睦月の記憶にまだ鮮明に残る如月のように。

 

「まさか……」

 

とそこに一陣の風が吹く。

姫は深海棲艦でありながら潮風を嫌うかのように、潮風にたなびく髪を撫でつける。

 

『いやだ、ほんと、髪の毛が潮風で傷んじゃう……』

 

その様は記憶にある如月が、海に出る度にしていた癖と同一であった。

 

「そんな……まさか、如月ちゃんなの……?」

 

震える声で問いかける睦月の『如月ちゃん』と呼ぶ声に再度姫は反応する。

 

間違えようがない。

如月と髪飾りだけでなく、癖まで同一な深海棲艦。

そんなものがいる筈がない。

 

 

 

つまり、

 

 

 

あの戦艦棲姫は、如月そのものなのだ。




アイアンボトムサウンドの突破は失敗している為、13秋イベのボス戦艦棲姫は初出となります。
ダイソン嫌い。


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第六話 9 離島攻略-苦闘

「如月が、深海棲艦になったですって!?」

「なんてことなの、如月ちゃん……」

 

深海へと沈み、深海棲艦そのものに成り果てた如月。

その存在を前にして、元警備府の艦娘から動揺の声が上がる。

 

「そんな、嘘だ……嘘だよ!」

 

特に睦月の混乱は著しい。

自分の確認したことでありながら、嘘だと言わんばかりに首を何度も振る。

しかし、それでも事実は変わらない。

戦艦棲姫の髪には、如月の髪飾りがそこにある。

 

「嘘だって言ってよ、如月ちゃん!」

 

再度問いかける睦月。

睦月の声に反応し俯く戦艦棲姫、それに代わり後ろの巨大な深海棲艦が邪魔だと言わんばかりに巨砲を向ける。

 

「あ……」

 

事実の認識が追いつかない。

 

深海棲艦に如月がなってしまったこと。

 

その深海棲艦に砲塔を向けられていること。

 

全てのことが偽りのように、夢のように思えて仕方がない。

 

「如月ちゃん……」

 

やがて、轟音と共に深海棲艦の巨体から16inch三連装砲の砲弾が放たれ、睦月へと飛来する。

その砲撃は強烈であり、睦月が相手であれば一撃で沈めてしまうことさえ可能だろう。

 

けれども、それが真実とは睦月にはとても思えなかった。

 

ただ呆然とその様子を目で追う睦月。

 

回避行動をとろうともせず、立ち尽くす。

 

「睦月くん!」

 

このままでは睦月が危険だと判断した大神は、タービンにて急加速しながら、睦月を攫うかのように横抱きに抱えた。

その直後、睦月のいた場所を砲弾が着弾し、水飛沫が二人を襲う。

 

「睦月くん、しっかりするんだ! 如月くんを救うんじゃなかったのか!!」

「だけど、大神さん! 如月ちゃんが、如月ちゃんが深海棲艦に!」

 

水を被りながら、睦月の気を取りなおさせようと、抱きかかえた睦月に声をかける大神。

だが、睦月は目の前の現状に動揺してしまっている。

艦娘も動揺している、このまま本格的な戦闘に突入すれば不測の事態は起きてしまうかもしれない。

それを避けるためには誰かが戦艦棲姫と対峙し、敵艦隊を分断するしかない。

 

「……分かった、戦艦棲姫とは俺が接近戦で相手取る。みんなはその他の艦隊を、離島棲鬼と相対してくれ!」

「そんな、大神さん! 私も如月ちゃんと!!」

「すまないが、今の睦月くんを戦艦棲姫とは戦わせられない、危険だ! 金剛くん!!」

「了解デース! 睦月、今は隊長の言う通り、戦う時デース!!」

 

抱きかかえた睦月を金剛に預け、大神は単身、戦艦棲姫へと向かう。

大神の行動に気を取りなおした艦娘たちも、残る深海棲艦へと向かっていった。

後ろ髪を引かれるような心持では合ったが、睦月も深海棲艦の艦隊へと向かっていこうとする。

 

しかし、

 

「シズミナサイ!」

「そう簡単に当たるものか! 行くぞ!」

 

砲弾を回避しながら戦艦棲姫に急接近した大神の剣が一閃し、後ろの巨体に切りつけようとした際、本体である筈の如月が、急に深海棲艦を庇った。

 

「なにっ!?」

 

剣の軌道を大きく変えることも出来ず、振りぬかれた大神の刃は如月の髪を、背中を切りつける。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!」

「如月ちゃん!」

 

鮮血と共に切られた髪の毛が舞い、戦艦棲姫の悲鳴が海に鳴り響く。

その血の色は紅く、深海をたゆたうものの血とはとても思えない。

そして悲鳴は間違いなく如月の声で、睦月は大神と戦艦棲姫の戦いを黙って見ていられなかった。

それに一つ気がついたことがある。

大神と戦艦棲姫のもとへ駆けだす睦月。

 

「如月ちゃーんっ!!」

「あっ、睦月! 待ちなサーイ!」

「コリナイ コタチ……」

 

睦月を制止しようとする金剛だったが、振り向こうとしたところで離島棲鬼の砲撃が放たれる。

タイミング的に回避は難しい。

 

「あぁあっ! 隊長ー!」

 

防御に集中した金剛を、それでも小破に追い込む離島棲鬼。

 

「金剛くん!? 武蔵くん、そちらの状況は!」

「離島棲鬼を残すのみだ、だが硬い! 夜戦に入らないと止めは難しい!」

「作戦を『火』に変更する、それで撃破できるはずだ!」

「隊長さん、作戦を『火』に変えて大丈夫なの? そっちの状況は? さっきの悲鳴、如月の声だった!」

「シズンデシマエ!」

 

瑞鶴の問いに答えようとした大神を、深海棲艦の巨大な鉄拳が襲う。

鉄拳を避けながら、巨大な腕に切りつけようとする大神。

しかし、再び如月がその巨体を庇った。

 

「くっ!」

 

今度は如月を斬るまいと、如月の身から剣を外す大神。

しかし、そんなことをすれば大神は隙だらけになる。

深海棲艦の鉄拳が大神の胴を殴りつけた。

 

「ぐはっ!」

 

衝撃に後ずさる大神。

それだけではない、肋骨も何本か折れたようだ、鈍痛が大神を襲う。

その様子を黙って見てられないと、瑞鶴が艦載機を発艦させようとした。

 

「隊長さん! 第二次攻撃隊、稼働機、全機発艦して! 目標、敵、巨大深海棲艦――」

「瑞鶴くん、待ってくれ! 彼女が、如月くんが庇ってしまったら意味がない! 如月くんを傷つけるだけだ!!」

「じゃあ、どうすれば良いって言うのよ!!」

「手は……打つ手はあります!」

 

気が付けば大神の横を、睦月が寄り添って駆けていた。

 

「睦月くん? 何をしようと言うんだ?」

「如月ちゃんを見てて、一つ気が付いた事があるんです! 如月ちゃん、私の『如月ちゃん』という声にはずっと反応してました!」

 

確かにそうだ、最初から睦月の呼び声にはずっと反応していた。

それ以外は深海棲艦を庇うことしかしていない如月だが、今も、如月は睦月の声に反応している。

 

「私の声なら如月ちゃんに届くかもしれません! だから、私に如月ちゃんを説得させてください!」



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第六話 10 離島攻略-忘れない

「私に如月ちゃんを説得させてください!」

「説得? 睦月、何を言い出すの?」

「深海棲艦を説得するだなんて、聞いたことがないわ!」

 

睦月の提案に、異論を唱える艦娘たち。

けれども、睦月の言うとおり、如月は睦月の言葉に反応していた。

榛名たちの陽動にも限界がある、このまま手をこまねいている場合ではない。

大神は決断する。

 

「分かった。睦月くん、君に如月くんを任せる! 如月くんへの呼びかけを行なってくれ!!」

「隊長さん、本気なの?」

「睦月くんの志願を認め攻略隊に入れるといったのは俺だ! だから、俺は信じる! 睦月くんを信じる!!」

「大神さん……」

「でもでも、睦月一人で相対するなんて無茶デース!」

 

金剛の指摘ももっともだ、あの巨砲で狙われれば睦月はひとたまりもない。

 

「いや、俺も睦月くんのサポートに回る。睦月くん、敵の砲撃は気にしないで良い!」

「え? それってどういう事ですか、大神さん?」

「それは、『庇う』サポートシステム、リミッター解除」

『リミッター解除、以降リミッター復帰まで急加速を含め主機能に制限が課せられます』

 

睦月の問いに、大神は光武・海の機能を一時的に制限する。

これで同一対象を連続で庇う事が可能となるが、機動力も大神の防御力も段違いに落ちる。

いわば諸刃の刃のようなものだ。

だが、その事を大神は口にはしない。

 

「睦月くん、君への砲撃も攻撃も俺が全て引き受ける、庇いきる! 君は如月くんを、如月くんの事だけを考えて行動してくれ!」

「大神さん……はい、分かりました!」

「金剛くん、武蔵くん、長門くんは離島棲鬼を作戦『火』で撃滅を! 加賀くん、翔鶴くんは離島棲鬼の航空攻撃をそのまま封じてくれ! 瑞鶴くんは俺と一緒に睦月くんのサポートを!」

「「「了解!」」」

 

その言葉を以って、艦娘たちは自らのなすべきことを再開する。

 

作戦『火』により火力限界から開放された戦艦の三式弾は昼戦であっても離島棲鬼には壊滅的な一撃となる。

 

「さあ、行くぞ! 撃ち方……始めっ!!」

「ギャアァァァ!」

 

武蔵の砲撃を直撃で受け、憎しみの声を上げる離島棲鬼。

随伴も既に一人残らず始末している、こちら側の勝利は時間の問題だ。

 

 

 

あとは、睦月の説得にかかっている。

 

「如月ちゃん!」

 

睦月の声に再びこちらを見やる如月。

煩わしいと、近付くなとばかりに、巨大な深海棲艦がその主砲を打ち放つ。

 

「きゃっ!」

 

至近弾を受けるが、睦月の身には衝撃はない、水飛沫一つ降りかかる事はない。

大神が庇ったからだ。

 

「大丈夫だ、睦月くん。君への砲撃は俺が防ぐ、君は俺が守る!」

「はい!」

 

やがて、飛び交う砲弾も、怒号も、全てが気にならなくなっていく。

睦月の目には如月しか映らなくなっていく。

 

「如月ちゃん、久しぶりだよね。こうやって海で一緒になるの」

「…………」

 

睦月の声に如月が応える事はない。

いや、身体は反応しているが、声を以って答えはしない。

それでも、睦月は絶えず声をかけ続ける。

 

「私、如月ちゃんのおかげで海にも戦いにも大分慣れたよ。こうやって攻略部隊に参加できるくらいに。今回は無理を言っちゃったけど」

「…………」

「チカヨルナ、カンムス!」

「睦月くん!」

 

再度の深海棲艦の主砲。

今度は睦月に直撃せんと飛来するが、大神の霊力で作られた分身体が睦月を庇う。

徐々に睦月は如月に近付きながら、声をかける。

 

「如月ちゃんがつきっきりで面倒を見てくれたから、励ましてくれたからだよ。ずっと、ずっと感謝してたの!」

「…………ちゃん?」

「チカヨルナトイッテイル!」

「睦月の邪魔はさせないわ! 艦載機!」

 

大神が、瑞鶴が、絶えず深海棲艦の注意をひきつける。

 

「だから、ずっと、如月ちゃんに言いたかったことがあるの! あのとき約束したまま言えなかった言葉を! 果たせなかった約束を果たしたいの! だから聞いてよ、如月ちゃん!!」

「む……つ、き……ちゃん?」

「そうだよ、睦月だよ! 如月ちゃんの姉妹艦の睦月だよ!」

 

手を伸ばせば触れ合える距離にまで睦月は如月に接近する。

応える如月の声に、光を取り戻した目に、睦月は如月へと手を差し伸べる。

 

「シズミナサイ!!」

「そうよ、艦娘は沈み――なさい――っ」

 

だが、後ろの深海棲艦が叫ぶと、如月の瞳は再び黒く濁る。

睦月から差し伸べられた手を引いて、近寄せると、如月は睦月を片手で持ち上げ、その首を締め上げる。

 

「かはっ」

「睦月くん!?」

 

締め上げに対しては庇うこともできない、大神の焦りの声が響く。

 

「あぅ……如月……ちゃん」

「ダマリナサイ!!」

「だまりなさい」

 

無機質な如月の声。

睦月を締め上げる手には骨も砕かんとばかりに力がこもる。

徐々に睦月の意識は薄くなっていく。

 

『わすれないで……』

 

だが、睦月を締め上げる腕から如月のもう一つの声が聞こえてくる。

 

『如月のこと……忘れないでね……』

 

如月が沈むとき、今際の際に呟いた言葉が、自分の首を締め上げる手を通して感じられる。

その声に睦月の意識が戻る。

 

「――っ! 忘れてなんかいない、如月ちゃん!」

「……う」

「忘れてなんかいない、一瞬だって如月ちゃんの事、忘れてなんかいないよ! 私は、睦月は、ずっと覚えてた! だから戻ってきて! 帰ってきてよ、如月ちゃん!!」

 

睦月の瞳から零れ落ちた涙が、睦月を締め上げる如月の腕をつたって、流れ落ちる。

如月の白い肌をつたって染めていく。

漆黒の闇に光が差し込んだかのように。

 

「如月ちゃん! また、一緒にいよう! ずっと伝えたいことがあったの! それは今でもずっと変わらない、変わらないよ!!」

「む……つ……き……ちゃん」

 

自分を締め上げる手を、それでもいとおしげに撫でる睦月。

やがて睦月を締め上げる如月の目に涙が浮かぶ。

 

「大好きだよ、如月ちゃん! やっと会えた、やっと捕まえた、もう離さないんだからー!!」

「むつ、きちゃん――睦月ちゃん!」

「如月ちゃん?」

 

睦月を締め上げる手から力が抜けていく。

そして、海面に下ろされた睦月の身体を如月が抱き締める。

その瞳には光が完全に戻り、艦娘としての自我を完全に取り戻していた。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい、睦月ちゃん!」

「如月ちゃん! 如月ちゃんだ!! 良かった、良かったよ……」

 

「グスッ。睦月、良かったデース」

「流石に少し感動しました」

 

その光景を見守る艦娘たち。

 

しかし、その場を黙ってみていないものが存在した。

常に如月に寄り添っていた深海棲艦である。

本体とも言うべき存在を奪われ逆上した深海棲艦は、その巨大な手で睦月と如月を握り締める。

 

「オノレ、オノレーっ!」

「きゃあぁぁぁぁっ!」

「いやあぁぁぁっ!」

 

その巨大な手から黒い淀みが、怨念が滲み出て、睦月たちを覆い、黒く染め上げていく。

 

「いやあぁぁぁっ! 入ってこないで! もう、私の中に入ってこないでー!!」

「きゃあぁっ! 何これ、やだあぁぁっ! 如月ちゃん、大神さーん!!」

 

自らの意識を、想いを、何もかも黒き深海の怨念に塗りつぶされそうになって、睦月は如月の名を、大神の名を叫ぶ。

 

「睦月くん!」

「睦月ちゃん! お願い、睦月ちゃんだけでも、放し――」

 

このままでは睦月まで深海棲艦と化してしまう。

それだけは避けようと、巨大な深海棲艦に話しかけようとする如月。

しかし、その返答は――

 

「いやあぁぁっ!!」

 

もうお前は必要ないとばかりに、如月を握りつぶさんと力が篭められた深海棲艦の手。

如月に出来る事はもう何もない――いや、一つだけ出来ることがあった。

 

「司令官さん! お願い、睦月ちゃんを助けて! その刃で私を討って!!」

「如月くん! 何を言っているんだ!」

 

深海棲艦に握られたまま、大神へと自らの殺害を懇願する如月。

そんなこと、大神が承服できるわけがなかった。

 

「このままだと睦月ちゃんまで深海棲艦と化してしまう! そんなの絶対ダメよ! だから私だけでも討って! 睦月ちゃんだけでも助けて!!」

「……如月ちゃ……ダメだよっ!」

「睦月ちゃん! お願い、司令官さん! 睦月ちゃんが深海棲艦と化してしまう前に! 私を!」

 

黒き怨念に徐々に染まり、ぐったりとした睦月。

もう一刻の猶予も許されていない。

 

「二人とも諦めちゃダメだ! 打つ手はある筈だ!」

 

そう如月に返す大神だったが、深海棲艦そのものと化していた如月と、化しつつある睦月に、霊力技がどう作用するか確実な事はいえない。

最悪、二人とも死なせてしまうかもしれない。

もちろん、砲撃するなど以ての外だ。

 

何か手はないかと焦燥に駆られる大神。

 

そんな大神の視界にふと二刀が入る。

 

次の瞬間、大神の脳裏を二剣二刀の儀を用いて魔を鎮めた時の事が過ぎった。

二剣二刀の儀ならば、二人の身体から怨念だけを打ち払うこともできるだろう。

 

だが、出来るだろうか。

二剣なき、この身一つにて。

 

「いや、出来る出来ないじゃない! やってみせる!!」

 

その時の構えと等しく、二刀を振りかぶる大神。

 

「No! 隊長!?」

「隊長さん、やめて! 二人を傷つけな――」

「金剛さん、瑞鶴、隊長を信じましょう」

 

睦月、如月の二人に向かって二刀を振りかぶった大神に混乱する瑞鶴、金剛だったが、翔鶴は大神を信じて押し留める。

 

「狼虎――違う」

 

今必要なのは、全てを滅ぼし消し去る狼虎の力ではない!

 

今必要なのは、邪なモノのみを破り、滅ぼし消し去る力!

 

今ここに二剣はない。だが、二刀はこの手に確かに存在する!

 

「睦月くん! 如月くん! 二人とも今助ける!!」

「大神さん!」

「司令官さん!?」

 

だから神刀滅却よ!

 

光刀無形よ!

 

応えてくれ!

 

「我に一度の! 破邪の力を!!」

 

大神の意思に、叫びに応えるかのように、構えた二刀が剣狼の如く、刀虎の如く唸りを上げ大神の霊力に共鳴する。

 

気付けば常とは異なる掛け声を、大神は叫んでいた。

 

「破邪――滅却! 悪鬼退散!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

擬式・二剣二刀の儀、発動。




サクラ大戦2をプレイした頃から大神さんにずっと言わせたかった半オリジナル必殺技。
20年越しでようやく言ってもらうことが出来ましたが、オリジナルなだけに反応が怖いw





あと、作戦『火』+三式弾の恐ろしさについて

武蔵のフル改修、46砲*2の火力が191、好感度補正入れて217ですが、
火力キャップ(昼戦火力150、夜戦300以上は激減する艦これのゲーム仕様)のため、
装甲150の離島棲鬼には昼戦では一桁ダメかカスダメしか入りません。

ところが作戦『火』ではこの仕様を無効化する上、攻撃力1.5倍
更に三式弾装備していると陸上型深海棲艦に火力2.5倍
更に弾着観測射撃の連撃で1.2倍攻撃を2回

結果、(217*2.5*1.5*1.2 ー 150)*2 = 1652

のダメージを叩き込めます。
ちなみに離島棲鬼のHPは450なw


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第六話 11 離島攻略-白きアネモネ

「破邪滅却! 悪鬼退散!!」

 

その大神の掛け声と共に、振り下ろされる二刀から白き光を帯びた剣風が巻き起こり、睦月たちへと向け放たれた。

 

「――っ!」

「大丈夫だよ、如月ちゃん。大神さんが助けてくれるって言ったから、大丈夫!」

 

自ら請うた事でありながら、自らに向かう剣風に反射的に目を閉じようとする如月。

だが、睦月は怨念に襲われぐったりとしながらも、瞬き一つせず大神の為す事を受け止める。

 

そして、白き剣風が睦月たちを通り抜けた。

 

「あぁ……大神さん! 感じるよ、大神さんの想いを、鼓動を! これが、浄化なの?」

「ああっ、これはぁっ! こ、こんなことってー!?  ふわぁぁぁぁ!」

 

一瞬で、睦月の、如月の、全ての浄化は完了される。

睦月達を握り締める巨大な手は砂のように崩れ落ち、二人の身は水面へとゆっくりと下りる。

そのまま剣風は深海棲艦に襲い掛かり、深海棲艦もまた砂のように崩れ去っていく。

二人の下りた箇所はまるで聖域のように神聖さをかもし出しており、二人の身には一片たりとも怨念は纏わりついてはいない。

 

ついでに言うと、現在の二人は一糸たりとも身に纏っていない、全裸である。

 

「え? ええぇぇぇぇーっ!? どうして、睦月、裸なの? こんなの聞いてないよぉー!」

「いやん、司令官さん。私を……如月をどうする気なの? でも、貴方になら……」

 

それは怨念に穢された睦月の艤装を、如月の着ていた戦艦棲姫のドレスを剣風が浄化した為である。

かと言って、二人の姿が大神にとって、目に毒な事には違いない。

新たな必殺技を用いて激しく消耗した大神であるが、光武・海の収納スペースから薄手のコートを取り出すと二人の背中からかける。

もちろん防水仕様である。

 

「……二人とも、一先ずこれを」

「は、はい……あんまり見ないで、大神さん……下着もつけていないなんて恥ずかしいよぉ……」

「は~い、みてみて~、この浄化されて輝く肌」

 

コートに包まれて尚その手で身体を隠す睦月と、逆にコートの影から手足を伸ばす如月。

対照的な二人の様子に面食らう大神だったが、剣風で崩れ去った巨大深海棲艦だったものが睦月たちから離れた箇所に不定形のまま集まり始めるのを感じて睦月たちをその背に庇う。

 

「もう、睦月くんにも如月くんにも指一本触れさせないぞ、深海棲艦!」

「大神さん……」

「司令官さん……」

 

やがて、形作ることも出来ぬほど減少した深海棲艦は、不定形のまま大神へと声をかける。

 

「ゴガ……ゴガガ、ニクラシヤ! ……ナンナノダ、オマエハ!!」

「大神一郎! この子達の、艦娘の隊長だ!」

「オオガミイチロウ……」

 

大神の返答を含むように繰り返す深海棲艦。

 

「俺がいる限り、誰一人として艦娘を沈めさせはしない! 昏き深海の怨念には染めさせない!」

『大神さん……』

 

深海棲艦へと切ってのける大神の啖呵に、有明で戦闘の様子を聞いていた鈴谷達が言葉を零す。

苦闘しながらも決して諦めることなく、終には如月を救ってのけた大神の行動から、その志を、気高き魂を感じ取る事がようやく出来た。

 

「そして沈んだ艦娘達も誰一人見捨てない! 必ずみんなを取り戻すと知れ! 深海棲艦!!」

『隊長……おぬし……』

 

ああ、今なら信じられる、信じると云う事が出来る。

大神隊長を、彼の事を。

 

「……イイ……ダロウ……ナラ、オマエカラシズメテクレル!!」

 

不定形の深海棲艦は陸上に移動し、金剛たちの砲撃で瀕死となっていた離島棲鬼に重なる。

次の瞬間、離島棲鬼の身体は回復する。

 

「ココマデ……サセルトワ……ネ…………」

 

いや、回復するだけではない。

離島棲鬼から、離島基地 離島棲姫と強化され成り代わり、それに連れて新たな艦隊が離島棲姫の周囲に現れる。

 

「隊長さん! 離島棲鬼――ううん、離島棲姫の周囲に新たな艦隊が出現! 新型の深海棲艦だけじゃない、砲台型の小鬼も確認! 6体も居るよ!」

 

時を同じくして、各艦隊からの緊急連絡が入る。

 

「対潜第二艦隊 響。連絡するよ。島を挟んで反対側の海上に敵艦隊を確認! 艦隊数2!!」

「対潜第一艦隊 神通。こちらも新規の艦隊を確認! 空母主軸の艦隊が3艦隊も居ます!!」

「支援艦隊 榛名! 陽動に気付かれました! 戦艦棲姫含め3艦隊がW島に向かっています!」

 

合計9艦隊に囲まれたこの状態、正に絶体絶命と言っていい。

絶望的な報が届くたび、武蔵の、瑞鶴たちの顔が蒼褪めていく。

 

「ハハハ! オマエハオワリダ、シズンデシマエ!!」

『隊長! ここは一先ず撤退を! このまま留まるのは無茶です!!』

『隊長、撤退するのじゃ! ようやく、ようやくお主を信じれるようになったのじゃ! まだ別れとうはない!』

『大神さん!』

 

有明鎮守府から次々に届く、撤退の勧告。

無論、大神を気遣ってのものである。

だが、大神は負ける気がまったくしていなかった、魂の昂ぶりが教えてくれるからだ。

そして、同様に感じているものが二人いた。

 

「撤退は必要ありません!」

「睦月ちゃん?」

 

睦月が、

 

「睦月ちゃんの言うとおり、だって、負ける気がしないもの! 大神さんと一緒なら!!」

「如月?」

 

如月が、

 

コートを羽織ったまま大神に寄り沿い、恥ずかしそうにしながら大神と腕を組む。

睦月と如月に挟まれながら、二人にそれぞれ視線を向ける大神。

 

「「大神さん――」」

「睦月くん、如月くん――」

「睦月ちゃん!」

「如月ちゃん!」

 

大神と視線が交差し、そしてもう一人の姉妹と視線を交わす、それだけで心が震えていく。

初めて自覚する自らの霊力、そして大神の霊力に満たされていく。

 

「大神さん! 大神さんと如月ちゃんへの気持ちで胸がいっぱいで! 負ける気がしないの!!」

「大神さん――ありがとう、好きよ。睦月ちゃんに負けないくらい!」

 

睦月の、如月の声に、大神は歩み出て二人の手をとる。

 

「睦月くん、如月くん、二人とも行くぞ!」

「「大神さん――はい!」」

 

大神の声に頷く睦月と如月。

そして大神たち三人の合わさった手が離島棲姫へと伸ばされた。

 

 

 

一人立つ如月。

いつの間にか、如月の周囲は暗闇が覆っている。

 

「如月の、2月の誕生花はアネモネ」

 

如月が手に持っているのはアネモネの花。

煤けておりその色を確認することは出来ない。

 

「その花言葉の通り、私は『見捨てられ』、『見放され』た――」

 

離れた位置に睦月が現れる。

 

『あのね、この作戦が終わったら話したいことがあるんだ――』

「あの時睦月ちゃんの言葉に、約束に、愛の告白だなんて言うんじゃなかった――」

「如月ちゃん!」

 

如月へと歩き出す睦月。

しかし、二人の距離は縮む事はない。

 

「花言葉通り『はかない恋』になって、『薄れゆく希望』となり、希望は薄れていった――」

「そんな、如月ちゃん!」

 

必死に手を伸ばそうとする睦月と如月。

だが、二人の手が合わさる事はない。

『薄れゆく希望』の花言葉の通り、二人の希望が絶えていく、薄れゆく。

二人が闇に沈んでいく。

 

「そんなことはない!!」

 

大神の言葉と共に睦月に、如月に、二人に再び光が当たる。

 

「如月くん、君を示す花がアネモネだとしても、君達の未来にあるのは『薄れゆく希望』なんかじゃない!」

「大神さん……」

 

大神の片手が睦月の手へと伸ばされる。

 

「君がアネモネだとしても、俺が白く染め上げてみせる!!」

「大神さん……」

 

そして、もう一方の手が如月の手へと伸ばされる。

如月の持つアネモネが白く輝く。

 

「君達の、白きアネモネに俺がなってみせる!」

「睦月ちゃん!」

「如月ちゃん!」

 

その言葉と共に睦月の、如月の手を取り、引き寄せる大神。

睦月の身体が、如月の身体が大神の懐に収まる。

届かなかった筈の睦月の、如月の手がようやく合わさる、未来への道が開ける。

 

「「そう、そうなのね! 白きアネモネの花言葉は!」」

 

そこに大神の手が被さり、三人の手が合わさる。

睦月と如月の手が二度と離れてしまわないように。

 

「「「『希望』!!」」」

 

「……でも、大神さんには赤いアネモネを送りたいのにゃしぃ。ね、如月ちゃん?」

「睦月ちゃん、紫のアネモネも良いんじゃないかしら?」

 

 

 

『希望』の言葉と共に大神たちを中心に霊力が膨れ上がり、紅と紫と白の3種の光を帯びて爆発するかのように拡散した。

その光に誘われて天上から光の柱が水面へと降り立ち、急速に広がっていく。

 

光の柱に触れた深海棲艦は大小を問わず浄化され消えていく。

 

「シズカナ……シズカナジダイデ……キット……」

 

その言葉を最後に離島棲姫も浄化され消滅していく。

いや、それだけではない。

 

急速に広がる光の柱はW島に留まらず拡散し、周辺海域を全て浄化していく。

島を挟んだ海上の敵艦隊も、空母主軸の艦隊も、戦艦棲姫の艦隊も。

 

本海域の全ての深海棲艦が浄化されていく。

 

 

 

 

 

そして、清められた静かなる海だけがそこに広がっていた。

W島に寄せ打つ波が大きく響き渡る。

 

『敵、艦隊……全滅…………信じられません』




三人合体技。
合体技が二人限定といつから錯覚していた?

あと注釈、
赤いアネモネの花言葉:君を愛す
紫のアネモネの花言葉:あなたを信じて待つ


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第六話 終 眠り姫の帰還

深海までも清められた静かなる海。

そこは、もう深海棲艦が生息できる環境ではない。

この海域は完全に人間達のものだ、そよぐ潮風すらもどこか神々しい。

 

「みんなー、集まってきてくれ」

「どうしたんだ、大佐?」

 

そんな中、大神は攻略艦隊を自分の中心に集める。

 

「いや、いつものやつをしようと思ってね」

「あー、なるほど。ひっさし振りだもんね、こんなに勝てたの!」

 

その言葉に瑞鶴たちがうんうんと頷く。

どうやら瑞鶴たちもしたくてうずうずしていたらしい。

 

「いつもの? なんだ、それは?」

 

訝しげな表情をする長門たちだったが、瑞鶴たちがすぐに手ほどきを行なう。

 

「まあまあ、いいのっ! こうやってノリに合わせて――隊長さん!」

「よしっ、いくぞみんな! せぇの――」

 

 

 

「「「勝利のポーズきめっ!」」」

 

 

 

と、決めたまでは良いが、肋骨が折れた状態で、リミッター解除しての連続の『庇う』、擬式・二剣二刀の儀、合体技と立て続けに放ち、消耗した大神は意識が揺らぎ一瞬崩れ落ちそうになる。

 

「「大神さん!」」

 

寄り添っていた睦月と如月は慌てて両側から大神を支える。

 

「ふえぇぇぇ……大神さんの身体、男らしいのですぅ……」

「うわぁ、この男らしい肌。あはっ、もっと近くで見たいかも」

 

しかし薄手のコート一枚では、大神の身体の感触を素肌で接しているのと殆ど変わらない。

初めての感触に赤面する二人。

 

「睦月くん、如月くん、俺は大丈夫だから。離れても良いよ」

 

もちろんそれは逆についても同じこと、睦月と如月の瑞々しい肢体と発育途上ながらも柔らかな感触を感じて赤面する大神。

だが、離れてまた大神が崩れ落ちたら元も子もない、二人は大神にぴったりくっついて離れない。

 

『大神さんのバイタルチェックは……大神さん、こんな状況で戦ってたんですか!? 無茶にも程があります!!』

 

崩れ落ちかけた大神の様子に光武・海が送る大神の状況を確認して、憤る明石。

果てはこのままお説教かと思われたが、

 

『明石さん、それは隊長が戻ってからにしましょう。私も言いたいことが山程ありますので』

 

ニコリとしながらも、目が全く笑ってない大淀。

その目を間近で見ている明石の背には冷や汗が浮かぶ。

声色だけでも、逃げ出したくなる程だ。

 

『そうですね。大神さん、帰ってこられたら検査も含めてきっちり入院していただきますから。覚悟してくださいね』

「あはは……分かったよ」

 

がっくりと肩を落とす大神。

どうやら帰還後、二人がかりのお説教が待っているのは避けられないらしい。

そんな大神の様子に瑞鶴たちがクスクスと笑っていた。

 

「Hey! 睦月に如月ー! そんなにぴったりくっついたままじゃ、隊長も緊張して休めないのデース! 一旦W島に連れて行って休ませてあげるのデース!」

「あっ、そうですね! 金剛さん! でも、敵地の中で休んでも大丈夫でしょうか?」

「隊長と睦月たちのfinisherで敵は一掃されたのデース! 他の艦隊が集まるまで時間もありますし、多少休憩しても問題ありまセーン!」

 

金剛の言葉に大神は頷く、やはりかなり無理をしていたようだ。

よく見ると顔色もあまりよくはない。

 

「そうだね、悪いけど、少し休ませてもらおうかな。あと、他の艦隊にも連絡しておこう。対潜第一、第二、支援艦隊、聞こえるかい?」

「響、聞こえるよ」

「神通、聞こえております」

「はい、榛名は大丈夫です!」

 

大神の声に各艦隊の旗艦が答える。

 

「敵艦隊は全滅した、合流後、陸海軍の基地設営隊の到着を待って帰還することになるけど、合流前に敵艦隊が居た海域を捜索してくれないか?」

「え、どうしてだい?」

「敵艦隊は9艦隊も居たんだ。響くんや、金剛くん、如月くんのように、深海棲艦に囚われていた艦娘が居てもおかしくないだろう?」

 

確かにそうだ。

9艦隊も霊力で浄化したのだから、一人くらい囚われていてもおかしくない。

 

「……でも、第一次W島攻略作戦で沈んだのは如月だけの筈だよ、大神さん」

「W島本来の防衛戦力は一、二艦隊が良いところだよ。他の艦隊は他海域から移動した筈さ。だから、居る可能性は低くないと思っている」

「うん、わかった。大神さんがそういうなら、捜索を行ないながらW島に向かうよ」

 

通信を終えると、大神はW島の海岸に座り込む。

やはりかなり疲労していたらしい。

 

「大神さん、如月ちゃん以外にも艦娘が居るって話、本当なの?」

「確信はないけど、可能性はあると思っている。捜索を怠って救えなかったとしたら悔やんでも悔やみきれないからね」

 

やがて、榛名たちから連絡が届くのだった。

 

「大神さん、大神さんの予想通り艦娘を発見しました! 髪を結わえてはいませんが、この黒髪の姿は多分――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな喧騒にW島が、鎮守府が沸き立つ中、一人病床についている艦娘が居た。

未だ、心の病から抜け出きることが出来ず、安静を余儀なくされている艦娘。

 

大井である。

 

明石の的確な投薬とカウンセリングにより、錯乱したり、幻聴が聞こえたりするなどの重篤な症状からは抜け出る事は出来たが、問題ないと言い切れる状態になるまではまだ一歩が足りない。

大井も、明石も、そして舞鶴の艦娘もその一歩となるものが何なのか分かっていたが、こればかりは必要だからといって用意できるものでもない為、少しずつ穴埋めをしようとしている。

 

だから、今回のW島攻略に際しても、そんな大井についてはあまり情報を与えられていなかった。

 

部屋の外から聞こえる歓声からすると、大勝利を収めたのだろう。

いや、もしくは勝利を収めた大神たちが帰ってきたのだろうか。

 

でも、今の大井にとってはあまり関係がない。

今の大井がなすべき事は、心身ともに休息を取り、健全な状態へと戻ること。

焦りを覚えないわけではなかったが、焦りこそが禁物である。

 

「……少し寝ようかしら」

 

そう一人呟くと、大井は横になる。

しばしの時間を置いて寝息を立てる大井。

やがて、そんな大井の部屋に一人の艦娘が入ってくる。

 

場所は違えど、部屋にあるものはその艦娘にとって見覚えのあるものだ。

懐かしさを覚えながら、彼女は寝入る大井の下へと近付く。

 

そして、大井の姿を見下ろす。

 

今の大井は、十分な休養を取り、治療を受けている。

目の下の隈等はなく、艦娘として着任した直後の美しさを取り戻していた。

 

「良い隊長に巡り合えてよかったね――」

 

自分がいなくなるとき、それだけが心配だった。

でも、これなら大丈夫だ。大井も、自分も。

 

「大井っち」

「ん……」

 

自らの名を呼ぶ声に、大井がうっすらと目を明ける。

そこには、いる筈のない艦娘の姿があった。

 

「……幻を見るなんて、症状が悪化してしまったのかしら? お薬を飲まないと……」

「違うよ。幻じゃないよ、大井っち」

 

手を伸ばし、症状が悪化したとき用と処方されていた薬を探る大井。

その手を両手で握る艦娘。

 

それは髪を結わえてこそいないものの、間違いなく北上であった。

 

「そんな筈ない、ある訳ない……だって北上さんは……沈んで…………」

「遅くなってしまってすまない。けど、大井くん、約束を一つ果たしたよ」

 

北上の後ろから大井に声がかけられる、大神のものだ。

 

「約束?」

「ああ、僥倖ではあったけど北上くんを救うことが出来た」

 

信じられないと顔に貼り付けながら、目の前の北上の顔を、身体を触る大井。

北上の温もりが感じられる。

 

「本当に、北上さんなの?」

「そうだよ、大井っち」

 

見る見るうちに大井の目に涙がたまっていく。

 

「……本当の本当に?」

「うん、本当の本当に」

 

しゃくり上げながら、何度も北上に尋ねる大井。

北上は微笑みながら、大井の問いに答える。

 

「北上さん……北上さん!」

 

やがて堪えられなくなった大井は北上に抱きつく。

 

「北上さん、本当に北上さんだ!」

「ごめんね、大井っち。ずっと一人にして。大変だったって聞いたよ」

「いいの! 北上さんがいてくれるなら、こうやって傍にいてくれるなら良いの!!」

「うん、これからはこの有明鎮守府で一緒に頑張ろうね」

 

互いに涙を浮かべ再会を喜ぶ二人に、今は自分は邪魔になる。

そう考えた大神は静かに部屋の外に出る。

 

「よかったな、二人とも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

有明鎮守府、初の大作戦は大勝利に終わりました!

でも、戦いに参加できた艦娘と朝潮、何が違うのでしょうか?

訓練量なら負けてないつもりなのですが。

そんな中、艦娘の間に一つの噂が持ち上がります。

――隊長を好きになればなるほど強くなれる、と――

好きになれば朝潮も……でも、『好き』ってどんな気持ちなんですか?

 

次回、艦これ大戦第七話

 

「こころのたまご」

 

ご命令とあらば、暁の水平線に勝利を刻みます! 

 

 

 

「隊長……朝潮に、新しい秘密の暗号を……教えてください……」




朝潮型はガチ。

そして狼が動き出す。


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閑話 吹雪の悩み、大神の奔走

6話が終了して、大神さんが入院して退院した後の話になります。

注:酷い話です


吹雪は最近悩んでいた。

 

それは――最近出番が、という事ではない。

それは自身が警備府に来た当初、面倒を見てもらった艦娘である睦月の事についてである。

当初警備府に慣れず、おっちょこちょいで失敗続きな吹雪を助けてくれた睦月。

つきっきりで面倒を見てくれて、励ましてくれた睦月。

 

その性格は、どちらかと言うと真面目でけなげな性格であった。

 

あった筈なのだが、最近、変なのだ。

 

第二次W島攻略作戦で如月を救出したときから、如月とべったりになってしまったのはいい。

遠征も別部隊になってしまったけど、自分は自分で吹雪型の艦娘と仲良くなってしまったし。

 

隊長にもべったりになってしまったのも、まあ、仕方ないと思っている。

W島で起きた出来事の数々からすると、そうなるのも致し方ない。

どちらかと言うとそれについては、睦月みたいにべったりになりたい吹雪であったが。

 

 

 

では何が吹雪の悩みかと言うと、

 

吹雪の目の前で、睦月が艦隊の艦娘たちに声を駆けている。

ちょうど睦月たちの艦隊が遠征――巡回に向かうようだ。

 

「みんな、出撃準備はいいかにゃ~ん♪」

 

これを見た吹雪の感想としては、一言。

 

誰?

 

「およ、吹雪ちゃん?」

「睦月ちゃんはこれから遠征?」

 

出来れば今は話したくないところだったのだが、無視するわけにもいかない。

 

「そうなのにゃしぃ~、頑張って大神さんに褒めてもらうの♪ てへっ」

「……そう、頑張ってね、睦月ちゃん」

 

私の知る睦月ちゃんはそんな口調でしゃべらない。

吹雪の持つ睦月のイメージがハンマーでガンガン叩き壊されていく。

 

ふらつきながら吹雪は睦月たちと別れる。

 

 

もちろん睦月のイメージの変化はこれに留まらない。

 

遠征から返ってきたり、演習でMVPをとったりすると、

 

「睦月をもっともっと褒めるがよいぞ! 褒めて伸びるタイプにゃしぃ、にひひっ!」

 

 

工廠で新しい装備を受け取ったりすると、

 

「おぉー、このみなぎるパワー! 睦月、感激ぃ!」

「睦月、負ける気がしないのね! てへっ♪」

 

 

補給時には、

 

「睦月、補給かんげき~☆」

 

 

ごめんなさい。

 

もう、吹雪にとっては「あなた、誰?」状態である。

 

 

 

仲良しだと思っていた睦月の、急なイメージの変化に吹雪の頭は完全についていけなかった。

誰に相談したものか、と肩を落としながら有明鎮守府を歩く。

と、自分と同じように警備府に新任してきた、同じ境遇の人間が居ることに気付く。

隊長として頼り甲斐のあるところをずっと見せられてすっかり忘れてしまったが、前まで新任少尉であった大神も同じように思っている筈だ。

 

「そうだ、大神さんなら!」

 

司令室へと向かう吹雪。

睦月の遠征は確か短時間のものであった筈、戻ってくる前に話をしておきたい。

司令室の前まで急いで辿り着くと、呼吸を整えてノックする。

 

「大神さん、お時間少し宜しいでしょうか?」

「吹雪くんかい? 良いよ、入ってきて」

 

司令室に入ると、書類仕事を一段落して秘書艦たちとお茶を楽しんでいる大神の姿があった。

……羨ましくなんかない。

吹雪は部屋のソファーに座る。

 

「メルくん、吹雪くんの分もお茶を用意してくれないかな?」

「はい、大神さん。吹雪ちゃん、紅茶でいいですか? それともハーブティーにしましょうか?」

「あ、はい! 紅茶でお願いします!」

 

慌ててメルに返答する吹雪。

 

やがて、カップに入れられた紅茶が運ばれてくる。

一息吸うと爽やかな香りが感じられる、香りに惹きつけられて一口運ぶと味も申し分ない。

僅かな苦味に甘いものを一口食べたくなってくるが、そこまで要求するのは不躾だろうか。

そんなことを考えてしまう吹雪。

 

「それで、何の用事だったのかな、吹雪くん?」

「え? あ、はい! 実は睦月ちゃんの事なんですが……」

 

紅茶についつい考えが引き寄せられてしまって、一瞬忘れてしまっていたとは言えない。

吹雪は先ほどまで考えて居たことを大神に話す。

 

「やはり、吹雪くんもそう思って居たか。自分もそうじゃないかとは思って居たんだ」

「やっぱり大神さんも! 私だけじゃなかったんですね、少し安心しました……」

「俺は、吹雪くんほど睦月くんと仲が良かったわけじゃな――どうしたんだい、みんな?」

 

秘書艦たちの何言っているんだこいつ的な視線を浴びる大神。

 

「いいえっ、何でもありません」

 

大淀は少し不満そうだ。

 

「そうか、なら話を続けるよ。俺だけじゃなく、仲が良かった吹雪くんも同じように思ってるなら、俺の勘違いって事はなさそうだね。睦月くんの変化は確かだ」

「でも、どうして睦月ちゃん、急に変わってしまったのでしょうか?」

 

吹雪の問いに大神は少し考える。

如月の救出、深海棲艦になりかかったこと、擬式・二剣二刀の儀など、先の海戦で睦月の身に振りかかった事は実に多い、思いつくことばかりだ。

 

「考えられる要因は多いな。一通り検査はした筈だけど、もしかしたら、深海棲艦になりかかったこととか、俺の擬式・二剣二刀の儀が影響しているのかもしれない。事は重大な話かもしれないから、明石くんに再度診て貰おう!」

「そんなに重大な話なんですか!? 睦月ちゃん……」

 

睦月の身を案じて、吹雪が声を上げる。

その時、睦月たちが帰投し、司令室の扉を開ける。

 

「作戦完了のお知らせなのです! 睦月をもっともっと褒めるがよいぞ♪」

 

遠征を大成功で終え、自信満々の様子で司令室に入る睦月。

その様子はもちろん以前の真面目でけなげに見えた頃のものとは違う。

大神は決断する。

 

「睦月くん! 明石くんのところに行こう!」

「およ? 大神さん、なんで……ですか?」

 

大神に両肩を掴まれて、瞳を覗き込まれて赤面する睦月。

恥らうその様子は、以前の睦月を思い出させるが、事は時を争うかもしれない。

大神は睦月を横抱きに抱きかかえる。

 

「君の変化について、もう一度調べてもらう必要があるからだよ」

「ふえぇぇぇ……睦月、そんなに変わってないんだけどぉ……」

 

抱きかかえたまま、大神は司令室を飛び出ようとする。

時同じくして、金剛たちが司令室に入ろうとしていた。

 

「Hey! 隊長~、Teatimeなら私も混ぜて欲しいデース!」

「榛名もお姉さまとご一緒させてもらおうかと、宜しいでしょうか?」

「隊長さん、焼き菓子を用意しました。良かったら一緒に、ふふっ」

 

珍しく仲が良い金剛たち、Teatimeくらい休戦しようという事か。

しかし、扉を開けた金剛たちを待っていたのは睦月を抱きかかえた大神が、

 

「君の身体が大事なんだ!」

 

と叫ぶ姿。

金剛たちはいきなりの光景に凍りつく。

 

「あ……はい、大神さん……」

 

そこまで言われて、睦月は大神にしがみつく。

大神は睦月を抱きかかえたまま、明石の元に向かう。

吹雪もそのあとを追っていく。

 

金剛たちはしばらく凍りついたままだったが、やがて気を取り直す。

 

しかし、

 

1、睦月を抱きかかえた大神。

2、「君の身体が大事なんだ!」と睦月に叫ぶ大神。

3、お医者さん(明石)の元へ急ぐ大神。

 

何が起こったのか、金剛たちが考えたくなくても線で繋がってしまう。

 

「全艦娘に緊急連絡デ-ス!! 隊長が、隊長が、睦月に手を出したヨー!! 繰り返すデース、隊長が睦月に手を出したヨー!! こうなったら私もー!!」

「榛名、信じられません。そう、これは夢です、悪い夢なんです……大神さんを悪い夢から覚まさせてあげないと……」

「私、諦めません。 ここで諦めるつもりは、ありません!」

 

混乱のまま、想いのまま、行動を始めようとする金剛たち。

大神のあとを追い、保健室へと向かう。

と言うか榛名、怖いぞ。

 

嵐が去ったあとのような司令室。

秘書艦は大神たちの会話を最初から聞いていたので、状況を把握していたが誰も行動しようとしない。

 

「大淀さん良いんですか? 金剛さんたちを止めなくても」

「大神さんは少し痛い目にあったほうが良いんです(それにこれで脱落者が出たら……)」

 

それはどちらも秘書艦たちの本音だった。

 

 

 

保健室に睦月を担ぎ込んだ大神、彼を待っていたのは明石の絶対零度の視線だった。

 

「お め で と う ご ざ い ま す 、 大 神 さ ん」

 

となりの吹雪から聞いたので、金剛の全方位無差別誤解電信がぶっ放されたのは分かる。

しかし、事は睦月の命に関わる(かもしれない)。

大神だって引き下がるわけにはいかないのだ。

 

「それは後回しにして欲しい、あとで何でもするから。いまは睦月くんの身体を診て欲しい!」

「私からもお願いします! 明石さん、睦月ちゃんを診てあげてください!」

 

引き続き吹雪が明石に頭を下げる。

 

その姿に、あれ? と明石は思う。

 

金剛の電信が正しければ、吹雪だって黙ってはいないはずだ。

 

そして、仕方なく大神と吹雪の話を聞いて――

 

 

 

「ぷっ、くく……あはははは、あはっ。そんな、そんな風に二人が考えていただなんて……もうダメ、あはははははははっ!」

 

大爆笑する明石。

肩を震わせてヒーヒー言いながら笑っている。

 

「もう~、吹雪ちゃんと大神さん、そんな風に考えていたんですかー、ぶぅ~」

 

一方、睦月は不満げだ。

友達と想い人にそう思われて居たのが不満らしい。

いや、確かに予告なしで変わったのは悪かったかもしれないけど。

 

「あれ……」

「そんなに大事じゃ、ない?」

 

そんな二人の様子を見て、大神たちは自分達の思い違いを悟る。

しかし、なら、何故睦月はそこまで急変したのだろうか。

 

「え……と、ね? 二人とも、これはね?」

 

答えようとする睦月。だが、今更話しづらいことなのか口がよどむ。

 

「あはは……二人とも心配しないで良いですよ、睦月さんのはただの『地』です」

 

『?』マークを頭につけたままの二人に、明石がさらりと回答する。

 

「地?」

「そう。睦月さん、もともとの性格がこうなんです」

「え、えぇ~っ!?」

「じゃあ、俺が初めて会ったときの睦月くんは?」

 

明石の回答に驚きの声を上げる吹雪、そして更に確認する大神。

 

「えーと、それは如月ちゃんがいなくなって、如月ちゃんの分も真面目にならないとって……前の方が良かったかな? 吹雪ちゃん」

 

おどおどと吹雪に尋ねる睦月。

 

「ごめんね、睦月ちゃん! 私、そんなことがあったなんて知らなくて……友達失格だよね」

「そんなことない! 睦月こそごめんね、如月ちゃんの事で舞い上がってて……今の睦月でも友達でいてくれる?」

 

睦月から伸ばされた手を吹雪はしっかり握り締める。

 

「うんっ! もちろんだよ、睦月ちゃん!」

「良かった……、大神さんは……」

 

睦月の問いに大神は頷く。

 

「もちろん俺は今のままでいいよ、睦月くんの身に何か起きたわけでないなら」

「はぅ、そういえば睦月、抱きかかえられたまま保健室に……しかも大神さんのお手つきって」

 

司令室から保健室に至るまでどのように運ばれたか、艦娘にどう見られていたか思い出し、赤面する睦月。

逆に大神の表情は蒼白になっていった。

保健室の外から艦娘の喧騒が聞こえてくる。

 

「Hey! 隊長~! 私にも手を出すネ~! 観念するデース!」

「大神さん、夢は覚めるものです。榛名が今お助けします……」

「私、諦めません! 最後に傍にいれば勝者なんです!!」

「うふふ、睦月ちゃんに手を出すなんてしかたない大神さん……如月も食べて♪」

 

再び正妻戦争が始まろうとしていた。




睦月、響越え確定。

アニメ睦月→ゲーム睦月への変化ネタなのですが、
没ネタが原形留めてない?
思いついてしまったから仕方がないのですw


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第七話 こころのたまご
第七話 1 帝國の若き英雄


海の過半を深海棲艦に奪われた現在の世界において、陸軍の成すべき事は海軍のそれと比べて小さいと思われがちであるがそんな事はない。

このような状況だからこそ、地上が安寧して初めて人は海と相対することが出来るのだ。

 

陸軍大臣である米田一基もその事を自覚している。

 

故に憲兵による軍規の引き締めや、島の守備隊について随時報告を受け、場合によっては海軍、華撃団との共同作戦を行ったりしているのだ。

 

その意味で、初の3者共同作戦となった先のW島の大勝利は非常に大きいといえるだろう。

中部太平洋における基地の設営の成功もさることながら、敵の半数、いや事実上1艦隊で敵9艦隊を島ごと全て浄化することによる完全なる勝利。

今でもW島周辺海域は深海棲艦が一匹たりとも寄り付かない。

設営に先立って呼ばれた神職にあるものによれば、聖域の如く清められた空間であるという。

この大成功により陸軍、海軍、華撃団の3者共同による作戦の優位性が示され、華撃団体制を主導した内閣府の声望は大いに高まった。

 

ただ、米田にとって一つ誤算となったのは大神の扱いである。

 

あくまで、大神は大元帥閣下の艦娘を率いる司令官代理、隊長であり、全ては大元帥閣下の采配あっての今回の海戦の戦果である。

 

予定ではそのように米田と山口は話を持っていくつもりだったのだが、艦娘の力を究極にまで引き出して霊力技を繰り出し、敵9艦隊を一撃で全滅させると言う大技を大神にされては黙ってるわけにもいかず、事実を公表するしかなかった。

 

結果、帰国した大神たちを待っていたのは艦娘を率い、ただ一人の犠牲を出すこともなく勝利した大神たちへの喝采、英雄視である。

特に艦娘と違い、一人の人間である大神への報道は白熱の限りを尽くした。

「帝國の若き英雄」、「東洋の奇跡」、「日ノ本の剣狼」などの美辞麗句が紙面を飾り、帰国後艦娘を庇っての怪我による入院がなければ、報道が何処まで過熱したか想像もつかない。

 

いや、艦娘を庇い怪我を負ったことが更に報道の過熱に拍車をかけたかもしれない。

 

艦娘は全て美しい女性であり、彼女たちを庇う若き英雄と言うのは絵的にも見栄えが良いからだ。

華撃団設立と同時に行われたブラック提督の摘発により、イメージダウンした軍の印象を良くする為にも都合が良い。

大神の以前の行動は積極的にリークされ、仕官学校時代におけるとある練習巡洋艦との心の交流が報じられた。

(それにより、有明鎮守府で一悶着あったとかなかったとか)

 

また、大神が『太正会』の会合にメンバーとして呼ばれたことも英雄視に拍車を駆けている。

ただの互助会であった筈の『太正会』は、今となっては大元帥閣下による改革を支える組織とみなされており、大神は士官学校の頃からその大器を大元帥に見抜かれ抜擢されたのだと言われている。

 

事実を知る者からすれば苦笑するしかないのだが、まあ、そのように見れば見えなくもない。

大神が司令官代理ではなく、司令そのものを任せるに足る人材である事は確かであるし。

 

 

 

幸い、大神は有明鎮守府で任に当たっており、作戦会議などがなければ無闇に外に出る事はない。

あまり秘密にしても大衆の不満が溜まるだけであろうから、いつかガス抜きは必要となるが、過熱した報道が落ち着くまではこのままで良いだろう。

 

そんな事を考えながら、陸軍の要請により行われていたキス島撤退作戦の報告書に目を通す。

いや、作戦名が手書きで修正されている、『キス島包囲艦隊殲滅作戦』と。

 

「なんだ、これは?」

 

疑問に思いながら米田は中身に目を通す。

どうやら大神たちは、高速艦低速艦が入り混じった敵包囲主力艦隊の構成の隙を突いたようだ。

高速統一され、かつ霊力による高い能力補正を受けた艦隊を率い、敵水雷戦隊をまず一蹴。

そのまま敵の合流を許さずに速度差を生かして、時間差による各個撃破を行い敵艦隊を順次殲滅。

 

風の如き、見事なまでの各個撃破戦法であったらしい。

 

日が登る頃に到着し、日が暮れる前には殲滅し終わったと書かれた報告書にはこう結ばれている。

 

撤退はもう必要ないのではないか、と。

 

米田は爆笑する。

と言うか、もう笑うしかない。

 

「はっはっは! 大神のやつ、いくらなんでもやりすぎだぜ! どこかから縁談が持ち込まれて、艦娘に刺されても知らないぞ?」

 

これはまた報道が過熱する。

確信しながら、米田は国内外を問わず山の様に持ち込まれるであろう縁談をまた自分と山口のところで差し止めなければと電話を取るのであった。

 

なお、キス島包囲艦隊殲滅作戦のことが報道された後、米田・山口両大臣で差し止められた縁談の数は3桁を余裕で越えたとか。

 

 

 

そんなある日、海軍技術部の神谷が有明鎮守府を訪れるのであった。




本当はミラクル大神とか、大神・ザ・マジシャンとか使いたかったw
あまりにも語呂が悪すぎて却下となりましたが(分かる人は分かるネタ)


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第七話 2 艦娘と触媒

トンデモ理論のなんちゃって説明回


キス島を開放した後のある日、海軍技術部の神谷が女性仕官を一人帯同し有明鎮守府を訪れた。

霊力に関する調査の為と事前に聞いていたので、自分の事かと思い大神は司令室に通す。

だが、神谷の話を聞く限りそうではないようだ。

 

「大神君、君が光武を起動させることの可能な唯一人の霊力の持ち主であり、かつ他者の霊力を同調させる触媒の能力の持ち主でもある事はもちろん山崎少佐からの説明で把握している」

 

そう説明しながら、スーツケースから測定機材を取り出す神谷。

 

「ただ、そのことが艦娘の飛躍的な能力上昇に繋がることが説明出来なくてね、今日はその調査のために伺わせてもらったんだ」

「はあ。作戦も終了したことですし、出撃予定もないので構いませんが、どのような調査になりますか? その話からすると、艦娘への調査がメインとなるようですが、それだとあまり時間は取れませんよ?」

 

メルが出したコーヒーを一口含みながら、神谷に尋ねる大神。

 

「ああ、その点は大丈夫。霊力検知器による霊力値の測定と、簡単な身体能力の測定、後聞き取りで済ませる予定だよ。全員を対象にはしないし、半日もあれば終了する筈だ」

「分かりました。では会議室の一室をお貸しいたします」

「助かる。では、調査の協力をお願いするよ」

 

 

説明通り、神谷は無作為に選んだ艦娘を一人ずつ呼び出しては、霊力値の測定と簡単な身体能力の測定、そして聞き取りを行っていった。

男性に回答するには些か酷な質問も中にはあったらしい。

聞き取りは帯同した女性の技術仕官が行っていた。

 

「にゃにゃ、そんなこと恥ずかしくて答えられないよぉ~」

 

それでも答えに困る質問もあったらしく、会議室を出て自室に走って逃げ去った艦娘も居た。

何を聞いたんだ。

 

 

艦娘の調査自体は午前中には終わったが、昼食の時間となっても神谷は会議室から出てくる様子がない。

女性の技術仕官を一人捨て置くわけにも行かないので、確認を取った上で大神は昼食を女性と共にとる。

 

「神谷さんは、昼食は良いのかな?」

「ええ、こちらでサンドイッチなど販売していれば、それを買ってきてほしいと」

「それであれば大丈夫、一つ残しておいて貰おう。間宮くん――」

「はい、了解しました。サンドイッチを一つですね、取り置き致しますね」

 

大神の呼び声に間宮が返答する。

と、言うか見慣れぬ女性が大神と共に居ることに、全艦娘が警戒しているようだ。

二人の一挙手一投足に目を光らせており、妙な沈黙が食堂に漂う。

 

「あらあら、どうやら、『帝國の若き英雄』さんを独り占めするには、ここは不向きみたい」

「いや、いつもはこんな筈じゃないんだけどね……気分を悪くさせてしまったら、すまない」

「うふふっ、今度は外でお会いしましょうね、二人っきりで」

「「「あー!!」」」

 

そう言って大神の両手をぎゅっと握る女性士官に艦娘たちの声が上がる。

そんな視線を受けながら女性仕官はサンドイッチを一つ購入し、颯爽と食堂を後にする。

その後大神がどうなったかは言うまでもあるまい。

 

 

 

そして午後に入って数時間後、日が傾き始めた頃合になって、神谷が興奮した様子で会議室から出てきた。

艦娘の飛躍的な能力上昇について、何かしらの結論が出たらしい。

大神と一対一で話がしたいとのことだったので、司令室から会議室からへと移り話を始める。

女性仕官も部屋を出ているようだ。

よほど秘匿性のある話らしい。

 

「これは推論の範疇を出ない! その上で聞いて欲しいが、君に対する信頼などの好意的な感情によって、君と魂の繋がりを持つことが霊力の同調を起し、霊力の共鳴に起因する飛躍的な霊力の出力上昇、能力上昇を引き起こしているみたいだね! 元々霊力を持つ艦娘と君との間だから起きる現象だよ!!」

 

新現象の仮説を思いついたせいか、神谷の鼻息は荒い。

 

「はぁ……なんとなく分かったような気は致しますが、すいません、勉強不足でして」

 

大神の専門はあくまで戦闘であり、技術仕官ではない。

総司令の経験などからある程度の議論にはついていけるが、流石にそれ以上は難しい。

神谷大佐もそのことに気付き、やってしまったと照れくさそうに頭をかいた。

 

「ああ、すまない。分かりにくい言い方になってしまったようだね。では簡単に言い換えよう、大神君。艦娘は! 君を信頼――いや、好きになればなるほど、強くなる!!」

 

大神には、神谷の背後に雷が落ちたように見えた。

 

「な、なんだってー!!」

 

大神も思わず、神谷の勢いに押され、某漫画のような表情をして答える。

 

「だから、大神君。君は艦娘とより関係を深めてくれたまえ! そのことが君達の戦力強化へと繋がる!」

「……」

 

だが、大神の表情は一変し冴えない。

 

「どうしたんだい、大神君?」

「……神谷さん。艦娘の信頼は得たいとは思います。ですが、それは日々の生活、訓練、業務で培うべきものの筈です。ただ戦力を得たいがために、艦娘に接するようになったら、それは艦娘をモノ扱いすることと同じです。俺にはそれは……出来ません、艦娘の、みんなの事が大事ですから」

 

大神の言葉に神谷はハッとさせられる。

大発見で浮かれていたが、確かに大神の言うとおり艦娘のその扱いの行き着く先は、モノ扱い。

ブラック提督とはまた方向性が違うが、確かに褒められたものではない。

 

「すまない、大神君。私が柄にもなく舞い上がっていたみたいだ。先ほどの発言を撤回するよ。君は君らしく艦娘と信頼関係を築いてくれ。君がそういう人格だから、艦娘は君を信頼し慕っているんだろうね」

「生意気なことを言ってすいませんでした、神谷さん」

「いや、こちらこそすまなかった。今回の仮説、当面は非公開にしておく。ただ確証が得られた時や、本仮説に基づいた新装備が完成した際には公開にせざるを得ない、そこは了承して欲しい」

「……分かりました」

 

そして、神谷は一枚の表を重ねた書類から抜き出す。

 

「あと艦娘の霊力・能力から試算してみた艦娘の君への信頼・好感度を表にまとめているが、どうするかね?」

「処分をお願いします。艦娘のみんなも、俺にそんな事は知られたくないでしょうし、俺も見ようとは思いません。みんなの俺に対する態度が全て、それで良いんです」

「分かった、君らしいね」

 

その言葉を最後に書類と機材を纏めると、神谷は有明鎮守府をあとにした。

あの様子なら無為に公開する事はないだろう。

 

 

 

会議室から司令室に戻り、大神は業務を再開する。

だが、大神の脳裏には先程の神谷の発言が蘇っていた。

 

『艦娘は! 君を信頼――いや、好きになればなるほど、強くなる!!』

 

大神を信頼する、好きになることが艦娘自身の強化に繋がる。

この事は、大神と艦娘の関係性を一変させかねない。

 

「はぁ……」

「どうされたんですか、隊長? はい、ハーブティーをお持ちしました」

 

思わず溜め息をついてしまう大神。

そんな大神に、大淀がティーポットを持って現れる。

 

「ありがとう、大淀くん」

「いいえ、隊長も少しお疲れのようですから、一休憩入れてくださいね」

 

ニコリと微笑んで、大神にハーブティーを淹れる大淀。

 

そうだ、全ての人の笑顔の為だけではない、艦娘たちのこの笑顔の為にも、俺が居るんだ。

 

気を入れなおす大神。

それ故に大神はこの事を自分の胸一つに仕舞い、いつもと変わらず艦娘と接することを改めて誓うのだった。

 

 

 

一人の艦娘に見られていた事にも気づかず。

そのことが翌日騒動を巻き起こす。

 

「アオバ、ミチャイマシタ、キイチャイマシタ……でも、不味いです、大神さん格好いいです。青葉、かなりキュンときちゃいました」

 

大神の預かり知らぬところでハートを撃ち抜いてしまっていたようだが。

 

 

 

 

 

そして、不穏な影も動き出す。

 

「うふふっ、やはり艦娘たちの要は『帝國の若き英雄』大神一郎なのね。彼さえ殺せれば――」




思いのほか真面目かつ不穏な話しになってしまった。

ゲーム内ではプレイヤーの計算に基づいて時間単位で好感度稼ぎに奔走させられたりする大神さんですが、大神さん自身はそういう事を考える人には見えないので、このような解釈となっています。ご承知置きを。


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第七話 3 決戦前夜

神谷が鎮守府から帰着した後には、既に艦娘の間には様々な噂が流れ始めていた。

もちろん青葉が流した噂である。

 

――大神さんを好きになればなるほど、艦娘は強くなれる――

 

――今日海軍技術部が来たのは、その調査の為である――

 

と、事実に基づいた噂もある、それはそれで情報の秘匿の面から考えると問題大有りなのだが、まあ良いとしよう。

 

しかし、事実と若干変化した噂もある。

青葉が盗み聞きした事実、

 

『大神は戦力を得るためだけに、艦娘にアプローチはかけない。信頼関係を育もうとしている』

『艦娘の大神に対する態度が全て、と艦娘の好感度を知ることを断った』

 

これが、

 

『大神は艦娘にアプローチはかけない』

『艦娘の大神に対する態度が全て』

 

と噂が拡散する過程で変わり、最終的には、

 

――大神さんは艦娘のアプローチを待っている――

 

と、もはや、なんでそうなったという化学変化をして、噂は拡散していた。

ここまで変わると、青葉が盗み聞きしたときにキュンときた大神の言葉が拡散されない。

青葉としては、大神さんの印象が更に良くなることを狙って流した噂だったのだけど。

 

「あれ~、最後の噂どうしてこうなっちゃったんだろ。これだと大神さんが大変に――」

 

と、青葉はそこまで考えて、いつもの鎮守府の様子を思い出す。

大神さんは常に艦娘に囲まれて、鹿島や金剛や明石らのアプローチを受けているではないか。

つまり、いつもとあんまり変わらないはずだ。

 

「……うん、あまり問題ないかな。修正するのも面倒だし、このまま拡散させちゃえ」

 

結果、艦娘の関心を引いたのが、二つの噂である。

 

――大神さんを好きになればなるほど、艦娘は強くなれる――

――大神さんは艦娘のアプローチを待っている――

 

この二つの噂が夕食後には艦娘たちの間に浸透することとなった。

そして、その結果生まれたのが恐るべき結論。

 

 

――大神さんにアプローチすればするほど強くなれる!――

 

 

深海棲艦と相対する為に生まれた艦娘、その事を聞いて黙っていられるわけがない。

実際、大神にべったりである、響、睦月、如月などは駆逐艦を超越した強さを持っているし。

その秘密が分かった以上、明日からが決戦であると皆自室で気勢を上げていた。

 

以下艦娘の自室の様子を抜粋する。

 

 

 

・金剛4姉妹の部屋

 

「Congratulations! 私のBurning Love!が敵を撃つPowerになるなんて、素晴らしい事デース! huuuum~それにしても、隊長ったら私からのAproachを待ってくれていただなんて! もう~、隊長は時間と場所をわきまえ過ぎなのデース! でも、これからは違いマース!」

 

いつも以上に気合いを入れた金剛の様子。

 

「これで、やっと本当の私になれた気がしマース! 明日からは可憐で一途な美少女高速戦艦、金剛カレンとして隊長にAttackするヨー!!」

 

某火薬戦隊のように背景が爆発しそうである。

 

 

一方、比叡は鏡の中の自分に向かって、説得させるかのように声をかけている。

 

「明日からのアプローチはお姉さまみたいに強くなる為なんだから! いいわね、比叡! これは強くなって、お姉さまの傍で一緒に戦う為なんだから!!」

 

自分に言い聞かせるように何度も繰り返す比叡。

 

『比叡くんを辱めるような行為は断じて俺が認めない!!』

 

しかし、その度大神が渥頼に言ってのけた言葉が思い出される、胸の奥が熱くなる。

……大神の台詞が少し変わっていませんか比叡さん。

 

「ああ……力が湧いてくるようです! って違う違う! あくまで強くなる、強くなる為なんだからぁ!!」

 

若干説得力がない。

 

 

榛名は、化粧台で肌の手入れを行っている。

 

「今まで感じていた力、榛名の大神さんへの想いだったんですね! 想いが力になるだなんて素敵です! もっと大神さんの事を好きになって、好きになっていただいて、大神さんのお役に立って見せます!」

 

ちゃっかり大神を振り向かせようとしている。

 

 

そんな、姉妹の喧騒の中、霧島は一人椅子に腰掛けて戦闘データを見返していた。

 

「恋によって、霧島の戦闘力、向上していたんですね。好きになることで強くなれるだなんて私の想像以上です。流石隊長、データ以上の方ですね」

 

 

 

・第6駆逐隊の部屋

 

「一人前のレディとして、これは見過ごせないわ! 隊長と仲良くなって、もっと強く美しくなるのよ!」

「でも、どうやって隊長さんにアプローチするのですか?」

「うぐっ。そ、それは、一人前のレディらしく優雅によ!」

 

電に突っ込まれて押し黙る暁、どうやら具体的には何も考えていなかったらしい。

 

「隊長さんのお世話をしたいけれど、最近は大淀さんがいつも一緒にいるから、あんまりお世話出来なくて困っちゃうわ。ここは強くなって、戦いで役に立つしかないわね!」

 

雷は雷で思うところがあったらしい。

確かに大神は誰かの手を借りなければ生活できないなんて事はないし、書類仕事については大淀を筆頭に秘書艦たちがいるので問題ない。

ならば、秘書艦に選ばれればと思うのだが、順番が回ってくるのはまだ先だ。

 

「ふふっ」

 

そんな姉妹の様子を一瞥し、勝ち誇ったような表情を浮かべる響。

自分の駆逐艦離れした力こそが、大神を愛し愛されていることの証。

それに以前繰り出した合体技の感触も覚えている、今更慌てて何かを変える必要なんてない。

 

「あー、響ちゃん! 隊長と合体技が出来るからって、そんな余裕の表情浮かべてー!」

「事実を思い返していただけだよ」

 

サラリと言ってのける響だが、自分と同じく大神との合体技を繰り出した睦月・如月の存在だけは気になっていた。

 

「……まさか、ね」

 

自分よりも好感度が高い艦娘がいるとは思えないが、それでも睦月も如月も大神に対しては非常に積極的だ。

やはり、自分もアプローチをより積極的に行うべきだろうか。

 

既に睦月に逆転されているとは露知らず、そんなことを考える響であった。

 

 

 

・元警備府の睦月型の部屋

 

「如月ちゃん、この力、大神さんへの想いが原動力だったんだね! 睦月かんげき~☆」

「そうよね、キス島でも戦艦相手に互角以上に戦えたんですものね」

 

如月の手をとってはしゃぐ睦月。

 

「明日もいっぱい大神さんに褒めてもらうのです! 睦月をもっともっと褒めるがよいぞ! 好きになるが良いぞ、大神さん! 睦月、褒めて好かれて伸びるタイプにゃしぃ、にひひっ!」

「そうね、如月たちが一番なの。ギリギリまで大神さんと一緒にいたいし、睦月ちゃんも、早くお休みして明日に備えましょう?」

「そうだね、如月ちゃん! 恋の勝負、大神さんへの想いで強化された睦月たちがもらったのです!」

 

明日も大神さんに撫でて愛でてもらうのだと、布団を敷いて早めに寝ようとする睦月たち。

一方望月と弥生は、

 

「望月、大神さんへのアプローチについて考えなくても良いのですか?」

「だってさー、どうやっても睦月たちに勝てる気がしないもん。無駄な事はさー、考えない方が楽なんだよねー」

 

気にしないそぶりで、布団に寝転んで足をバタバタさせながら雑誌を読みふける望月。

だが、何度も読み返しているその記事の内容は『恋をかなえる方法』であった。

 

 

 

・妙高型の部屋

 

「うふ、うふふふふふふ、我が世の春が来たわーっ!」

 

部屋の中で一人、足柄が声高に叫んでいた。

羽黒は隣の部屋に聞こえてしまわないだろうかとオドオドしている。

 

「素晴らしいわ! 恋人が出来て! 強くなれる! 一石二鳥じゃない! みなぎってきたわ!」

 

いや、羽黒はオドオドしているだけではない。

足柄が本気を出して、大神に妙高型姉妹のことを引かれてしまったらどうしようと心配している。

 

「元々、良い男とは思っていたのよ! 最初の出会いが出会いだったから、表立ってアプローチしづらかったけど、これでもう思い残す事はないわ! ガンガン行くわよ!!」

 

妙高と那智も気難しい顔をしている。

呉で足柄が暴走した結果、どうなったかを思い出している。

彼女達の未来は正直暗くなりそうだった。

 

「それに! 『日ノ本の剣狼』と『餓えた狼』、狼同士で相性もバッチリじゃない! 正に一緒になるために、心を通じ合わせる為に出会ったのね!! 私と隊長は!! 隊長だってきっと、駆逐艦のような色気も起伏もないボディより、私みたいに精悍で色気のあるボディの方が良いに決まってるわ! 待っていてね、隊長!!」

 

興奮しきった足柄の演説は当分止まる事はなさそうだった。



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第七話 4 弟子入り

その日の剣道場は朝から騒々しく、ぎゅうぎゅう詰めな状態であった。

勿論理由は、有明鎮守府のほぼ全艦娘が剣道場に詰め掛けていたからである。

広めに作られた剣道場ではあるが、全艦娘が稽古をし、剣を振るには狭い。

 

「流石にこの人数となると稽古も難しそうだな。天龍くん! 龍田くん!」

 

このままでは時間を無為に過ごすこととなってしまう。

どうにかして人数を分割しなければ、どうしようもない。

そう思い、大神は艦娘の中でもっとも長く共に稽古を行った二人に声をかける。

彼女たちなら、自分の二天一流もある程度教えてはいる、何とか計らってくれるだろう。

 

「しょうがないな。後で埋め合わせはしてくれよ?」

「大神さ~ん、この代金は高くつきますよ?」

「……分かった、そこは何とかするからお願いするよ」

 

天龍と龍田の問いに大神は自腹を切ることを覚悟する。

間宮の甘味だろうが、何だろうが、ここは腹を決めるときだ。

 

「了解! おい、この辺にいる艦娘、ついて来い!」

「こちらにいる艦娘もついて来て~」

 

大神のその言葉を聞くと、ごった返した剣道場の艦娘達を適当に3分割して、天龍と龍田は艦娘を連れ剣道場を後にする。

その事を不満に思う艦娘も居ない訳ではなかったが、それで大神の不興を買っては意味がない。

諦めて、分割された艦娘たちは天龍たちに付いて行く。

 

「よし、これで稽古もできそうかな。今日初めて来るみんなは近接戦闘を学びたいということでいいんだよね?」

 

人数が減った剣道場に大神の声が響き渡る。

まさか、大神に近づくきっかけが欲しかったと答えられる訳がない。

艦娘たちは大神の問いにイエスと答える。

 

「分かった。それじゃあ、経験のある艦娘は型で分からないことがあったら聞いてくれ。初めての艦娘は一手ずつ順番に教えるから待っていて欲しい、一人ずつ教えるから」

 

艦娘たちの噂を知らないが故に、まさか自分と仲良くするためだけに艦娘が早起きして剣道場に来たとは夢にも思わない大神。

艦娘の装備が砲撃と艦載機に偏っているから、至近距離にも対応したいのだろうと納得する。

一人ずつ、艦娘の要望に応え一手ずつ小刀術乃至小太刀術を教えていく。

 

「ブフッ! そこまで手取り足取り教えてくれるの!? すばらしいわ! ドキドキしてきたわ! 自分の番が待ち遠しいわ!!」

 

羽黒を筆頭に、ライバルとなりかねない同じ妙高型姉妹を夜通しの演説でノックアウトした足柄。

徹夜でハイになった足柄は、大神の手取り足取りの稽古を見てますます昂ぶる。

幸い、金剛など強敵となる艦娘は天龍と龍田にドナドナされてここには居ない。

大神にアプローチをかけるにはこの場を置いて他にはない。

 

「次は足柄くんか。足柄くん、いいかな?」

「はいっ、わっかりましたー! 隊長、よろしくお願いします!!」

 

千載一遇のチャンスとばかりに大神に擦り寄って、女の子らしく可愛くアプローチしようとする足柄。

 

「足柄、斬撃します! 勝利の報告を期待してて大丈夫よ!」

「いやいや、これから体捌きを教えるから! まずはそれは覚えてくれって!?」

 

しかし、初めての事とは言え事が戦闘訓練なだけに、すぐに地が出る足柄。

 

「こんなんじゃまだ満足に動けないわ……突撃よ! 突撃ぃー♪」

「足柄くん、俺に突撃してどうするんだって!?」

「隊長なら私の全力を受け止めてもらえる筈! 隊長、私の想いを受け取ってー!!」

 

と小刀を腰構えにヤクザ映画の鉄砲玉のように突撃したり、

 

「これは、みなぎってきたわ! ねえ! もちろん試し斬りしてもいいのよね!?」

「木刀だから切れないって!」

 

木刀で神刀滅却を斬ろうと気合を入れる足柄に翻弄されている大神。

だが、強さに固執する足柄の性格は大神にとっても気持ちのいいものであったらしい。

 

「自分が強くなるこの瞬間が、私は一番好き!」

「それなら、俺も教えた甲斐があるよ。足柄くん、鍛錬を欠かさず強くなってくれ」

「もっちろんよ! もっともっと鍛錬してもっともっと強くなって見せるわ! だ・か・ら、隊長! もっと色々な事、教えてくださいね!!」

「ああ、足柄くん、俺に教えられることならね」

 

友人としては案外、波長は合うのかもしれない。

女の子として取り繕うことを忘れた足柄と、大神の二人の会話は結構弾んでいる。

大神としても、男女の差を忘れ加山等の友人と居たときのような気楽さを覚えていた。

 

そして、大神が次の子の稽古に向かって始めて、足柄は己の失策に気付く。

 

「やっちゃったわ! また、やっちゃったわ!! いったん友人ポジになったら一巻の終わりなのに! また、誰かの結婚式でお祝いの歌を歌う役なの!? ブーケトスで気を遣われるポジなの!? そんなのもう御免なのにー!!」

 

だが、いまさら時を巻き戻せるはずもない。

失意にくれる足柄。

 

しかし、それでも見るものからすれば羨望の対象であったらしい。

 

「足柄さん」

 

朝の剣の稽古を終え、肩を落としながら食堂へと向かう足柄に駆逐艦の声がかけられる。

 

「んー、何よー。私は今ガッカリきてるの。隊長へのアプローチの仕方を間違えて」

「その隊長への態度でご相談があるんです」

「何よ、私を馬鹿にしようって言うの!?」

 

振り向く足柄。

そこには朝潮がチョコンと立っていた。

 

「足柄さん。朝潮は『好き』ってどんな気持ちなのか分かりません。だから、今朝の稽古で一番、隊長に近かった足柄さんに、どうしたら『好き』って気持ちが分かるのか教えていただきたいんです! もっと隊長の事を好きになって、隊長のお役に立てるために!!」

 

その朝潮の発言に呉鎮守府の艦娘たちは凍りついた。一航戦とか。

 

もしその場に妙高型の他の姉妹が居たら、「悪い事は言わない、止めておけ」と言った筈である。

しかし、残念ながら夜通し続いた足柄の演説によって、他の妙高型姉妹はノックダウンしていた。

今日は朝食の時間ギリギリまでは、起きては来ないだろう。

 

故に足柄は朝潮の発言に、ミスった自分を模範としたいという艦娘の出現に感激する。

 

好きと言う感情すら知らぬ迷える子羊を、朝潮を導いてあげられるのは自分だけと感じ入る。

 

「私の指導は厳しいわよ! 崖から何度でも蹴落とすわよ! 朝潮、付いて来れるかしら!?」

「血反吐を吐いてでも付いて参ります! 隊長を好きになって、強くなって、隊長のお役に立てるのであれば!!」

 

躊躇うことなく返す朝潮に、足柄は彼女こそ自分が磨いてきた女子力の後継者だと思う。

足柄と大神が結ばれた後、足柄が以前躓いて、その度に磨きぬいたモノを受け継ぐのはこの子しか居ない。

 

「あなたの覚悟は分かったわ! 朝食を取りながら話しましょう、朝潮!」

「はい、足柄さん!」

「違うわ! 今から私はあなたの師匠よ! 師匠と呼びなさい!!」

「はい、師匠!!」

 

恋の話とは思えない、熱さにまみれた会話をしながら二人は食堂へと向かう。

もはや、そのむせ返るような熱さに誰も踏み込むことが出来ない。

 

いや、一人だけ朝潮の将来を慮って妙高型姉妹を起こそうとしようものが居た。

 

「これは、不味いです! 急いで妙高さん達を叩き起こさないと!」

 

榛名が妙高型姉妹の部屋へと駆け出して行った。

 




大神さんではなく、足柄に弟子入りする朝潮。
決戦前夜の朝潮をあえて書かなかったのはこのためだったり。

はてさて凸凹師弟がどうなることやらw


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第七話 5 特訓開始!

妙高型姉妹の部屋、そこでは昨晩夜通し続いた足柄の演説に付き合わされた妙高達がパジャマにタオルケット一枚でウンウン魘されて床に寝転んでいた。

と言うか、完徹して、それでもハイテンション全開な足柄が明らかにあたまおかしいのだが。

 

既に朝食の時間は始まっている、今起きねば訓練にまで響いてしまうであろうことは確実だ。

 

「足柄、やめるんです。それ以上は隊長に迷惑が……」

「足柄……今度一晩呑みに付き合うから、隊長に粗相は……」

「す、すみません、隊長さん! 足柄姉さんの事、許してください!」

 

それでも、妙高たちは魘されてなかなか目を覚まそうとしない。

揃いも揃って足柄の事を心配しているのは姉妹の仲がよいことを示しているのだろうが、ある意味不穏当な、容赦のない発言でもある。

 

「でしたら、足柄さんを止めてください、皆さん! 朝潮ちゃんがピンチなんです!!」

 

部屋に飛び込んできた榛名は、妙高たちのうなり声を聞いて思わず声を荒げる。

姉妹の唸り声にも上げられる足柄が大小問わずレギオンの如く増加する、何のホラー映画かというのだ。

比較的艦娘の扱いに寛容だった呉だからこそ以前起きた、若年仕官の連続襲撃事件。

あの惨劇を繰り返させるわけには行かない。

まして、ここでは被害者となり得る人物は一人しか存在しない。

相手が相手だけに何かあったら足柄もただではすまないのだ。

その上汚染されるのは有明鎮守府きっての、大神へ忠誠を誓った忠犬とも言える朝潮。

 

「接近戦も行えるようになりたいのです!」

 

そう言い放った純粋な子が、

 

「強くなって、隊長のお役に立てるのであれば!!」

 

そう迷いもなく言い放つ初心な艦娘が、足柄同様に、

 

「「私の想いを受け取って~!」」

 

と言うようになる。

 

一体、何の悪夢かというのだ。

 

 

 

「……なんだと、私たちが寝ているわずかな間にそんな事が!?」

「朝潮ちゃん、なんて事なの……」

 

榛名の声にようやく起きた妙高たち。

起きるのに遅れた僅かな時間の間に、剣道場で起きたことを榛名から聞いて愕然とする。

 

「足柄姉さんの、弟子入り志望者!?」

 

その聞きなれない台詞に自分で言っててクラクラする羽黒。

まさか『あの』足柄に同調しようとするばかりか、目標としようとする人物が現れようとは。

朝潮は、本当に自分が目標としようとする人物を分かっているのだろうか。

その結果自分がどうなってしまうのか分かっているのだろうか。

 

『朝潮くん、足柄くん、どうしたんだい?』

『隊長、すいません。胸が苦しくって……』

『朝潮ちゃんの胸が苦しくって切なくって仕方がないみたいなんです、隊長背中をさすってあげてくださいな』

『分かった、朝潮くん、しつれ――』

『かかりましたね、隊長!』

『よくやったわ、朝潮!』

 

そう考える妙高たち姉妹の脳裏に、襲撃され気を失った大神を夜闇に引きずり込む朝潮たち二人の姿が浮かぶ。

月のない晩ばかりとは思うなよ、そう言わんばかりに微笑む背丈の違う足柄が二人、そこには存在した。

 

「緊急事態だ!」

 

制服に慌てて着替えた妙高たちが部屋を飛び出るまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

だが、事態に気づいた妙高たちが食堂に駆けつけたところ足柄たちは既に食堂を後にしていた。

 

周りを見渡しても、足柄らしき姿は見えない。

朝潮らしき姿を探しても、目に入るのは同型の駆逐艦が朝潮の奇行に目を背けようとした会話だけだ。

 

「ええい、足柄たちはどこに行ったのだ!?」

 

声を荒げた那智の怒声が食堂に大きく響く。

 

 

 

「那智さん、食事中です。もう少しお静かにしてください!」

 

もちろん那智は、食事中の食堂で大声をあげた事を間宮に怒られた。

 

 

 

 

 

その頃、朝潮と足柄は有明鎮守府の埠頭近くへと移動していた。

残念ながら東京湾は波が穏やかであり、よくある映画の初頭のように大きな波がしぶきを上げることはない。

 

「師匠、どうしてここまで移動してきたのでしょうか?」

「それはね!」

 

その事に足柄は僅かに肩を落とすも、朝潮の疑問の声に大きく身を翻してババーンとポーズを決める。

自分で言っていては全く以ってしょうがないのだが、そこは突っ込まないのが武士の情けか。

 

「それは――特訓のためよ!!」

「特訓?……ですか!?」

 

足柄の『特訓』に朝潮はワクワクしながら、身を震わせる。

やはり二人はどこかしら通じ合うところがあるのかもしれない。

 

「そうよ、先ずは朝潮が隊長をもっと好きになるための特訓、それをやるわよ!」

「隊長をもっとお慕いするための特訓……朝潮! がんばります!! 何をすればいいのでしょうか、師匠!?」

「そうね、先ずは一日一万回、感謝の『大好き』よ!」

 

足柄はいつぞや目を通した少年漫画の中身を思い出しながら、声高に叫ぶ。

女子力がどうとか言いながら、足柄の根本的な好みはどちらかと言うと男性に近い。

だから、強化! とか、修行! とか、特訓! とかが大好きなのだ。

まんまやんけとか言うな。

 

「朝潮、有明鎮守府での隊長との生活で、幸せになれる瞬間ってあるかしら?」

「……遠征、巡回から帰った時、隊長に褒めて貰えます、頭を撫でて貰えます! その時に幸せになれます!!」

 

しばし考えた後、朝潮は自分が最も幸せを覚える瞬間の事を素直に答える。

流石駆逐艦、遠征の度にそんな事をしてもらえるなんて、こんちくしょう、と足柄は心の中で思うが、自分の求めているものはその先だ。

子供扱いではなく友人扱いでもなく恋人扱い、いや恋人に、妻になりたいのだと自らを制する。

 

「分かったわ、朝潮! あなたは、先ず、その時の事を思い出しなさい! そして最も幸せを感じたときにこう言いなさいな! 『大神さん、大好きー!』と!!」

「そんな!? 朝潮のような駆逐艦が、尊敬する隊長の事を名前で呼ぶなんて!?」

 

朝潮は足柄の命令をとんでもない事だと首を縦に振らない。

しかし、まじめな朝潮がそう言うであろうことは足柄には想定済み。

 

「ダメよ、朝潮! 響や睦月を御覧なさいな! 『大神さん』とこれでもかってくらいに連呼してるじゃない! そのままでは何をしようと、いつまで経っても響たちには並べないわよ!!」

「!? そんな……」

 

足柄の言葉に衝撃を受け崩れ落ちる朝潮。

確かにそうだ、響たちは全員大神の事を『大神さん』と呼んでいる。

 

警備府からここに来るまでの間、隊長の膝の上を満喫していた響。

隊長と同じ布団で寝たこともあるという響。

それにも負けず、『にゃしぃ』と連呼し遠征のたび愛でられる睦月。

ついこの間、隊長にお姫様抱っこされ保健室に運び込まれた睦月。

 

負けられない、と朝潮の目に僅かに灯火がともる。

立ち上がると、大神の姿を思い浮かべ声に出そうとする。

 

「……お、お……がみ…………さん……」

 

しかし、いざ声に出そうとすると、声が細くなる。

顔が真っ赤になって、思うように、いつものように声が出せない。

『隊長』が『大神さん』と変わるだけのはずなのに。

対象が固体から液体に変わってしまったみたいに様変わりしてしまって、所在無い。

 

『朝潮くん、いつもありがとう』

 

そう言って自分の頭を撫でる大神の姿を思い浮かべてしまった瞬間、

 

「――っ!?」

 

朝潮はいつも司令室で大神の成すがままになったように固まってしまう。

でも、次の言葉を言わなければ。足柄の指示通りに。

強張る体を抑え次の言葉を口にしようとする朝潮。

 

「――だっ、だだだ……だ い す  ――きっ、舌噛みましたー?」

「はぁ、先は長そうね……」




酒の力を借りて! 今! 必殺の! 新話投稿!
(訂正の可能性あり)


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第七話 6 朝潮特訓します!

同一タイトル名の薄い本があったような気がw いや、気にしてはいけない。
朝潮の薄い本あったら教えてください。
今の自分なら社会人パワーで一冊残らず買う、買い漁る!
朝潮に顔を埋めて、朝潮の匂いを胸いっぱいに吸って窒息死したいw


朝食からしばしの時間が経ち、艦娘たちの午前の訓練が始まろうとしていた。

巡回、遠征に命じられた睦月型や吹雪型、天龍型は既に鎮守府を後にしている。

今日は地方の巡回が多く、任じられた艦娘もいつもより多い。

まして今日に限って彼女たちの目的とする地は有明から遠い、彼女たちの帰着は遅くなる筈。

MVPを取って大神の昼食の隣の席を確保するには、数少ないチャンスの日と言って良いだろう。

しかし、足柄と共に戻ってきた朝潮は、もじもじと所在なさげに身を強張らせている。

 

「お、おおがみさん……おおがみさ――おおがみおおがみ、おおがみおおごめおおたまご」

「どうしたのよ、朝潮? 顔が真っ赤じゃない?」

 

同型艦にして同じ8駆の満潮が、いつもと異なる不気味な隣の朝潮の様子に、たまらず声をかける。

おおがみおおがみと小刻みに呟く朝潮の様子は明らかに不審極まりない。

 

今朝、足柄と連れたって食堂を後にしたとき、言い様もなく嫌な予感がしたがやはりだったか。

今更ながらにその時呆然と二人を眺めていた満潮は止めるべきだったかと後悔に襲われるが、今は目の前の挙動不審な朝潮をどうにかしなければならない。

 

「みっ、みちしお!? 今日は負けません! 絶対に負けられないんです!!」

「朝潮……私たち、今日の演習では同じ艦隊よ…………」

 

今日の演習の艦隊分配も忘れてしまったというのか。

ため息混じりに満潮は答える。

 

「そういう意味ではありません! MVPは朝潮がいただくという意味です!!」

「ちょっと、そんな言い方をしたら……」

 

同伴艦が黙ってはいないはず。

なぜなら今日満潮、朝潮と轡を並べるのは――、

 

「あら、それは私たちを出し抜くという意味でよいのかしら?」

「Hey、朝潮~。このBattleShip 金剛と一航戦相手に挑戦デースか~。いい度胸デース、足柄に弟子入れしたって私に及ぼうなんて百年早いデース!」

「駆逐艦と空母、戦艦との差、そう簡単に埋められるとは思わないことね」

「ぱんぱかぱかぱかぱんぱかぱーん。朝潮ちゃん、気合入れるのは良いけど、あんまり入れすぎちゃダメよ?」

 

愛宕、金剛、赤城、加賀の4人。

特に後者3人に至っては、もはや、大神のシンパと言って良い存在。

MVPを取得し、大神の隣の席で昼食を取る至福の時を得るためなら彼女たちは手段を選ばないだろう。

ただでさえ打撃力のある金剛、空母を相手にしてどうしようと言うのだろうか。

 

「大丈夫です! そのための秘策を用意いたしました!! 次の特訓のためにも朝潮は勝たねばいけないのです!!」

「――あ、そう。頑張ってね」

 

朝潮の様子から、「あ、これはロクな事にならない」と直感した満潮は朝潮のそばから数歩離れる。

響、睦月、如月でもあるまいし、噂の通り自分たちが隊長を好きになったところでどうにかなるとも思えない。

 

朝潮たちが機械標的がセットされた演習場の位置につく。

 

「お、みんな、頑張ってるみたいだね」

 

と、午前にしては珍しく、大神の姿が演習場へと現れる。

ざわめきだす演習場。

 

「Wow! 隊長~、この金剛の勇姿を見に来たのですか~? 待っててくだサーイ、すぐにMVP取るのデース! 昼食の隣はこの金剛が頂きなのデース!!」」

「寝言はそこまでにしておく事ね、赤城さん!」

「ええ! 隊長の隣は私と加賀さんで決まりです!!」

 

大神へと向き直り自分をアピールする3人。

その次のタイミングで演習開始のアラームが鳴る。

 

「行きます!」

 

大神に向き直ってタイミングの遅れた3人をよそに、水面を快調に駆け出す朝潮。

だが、駆逐艦の射程からは程遠い、戦艦・空母の射程の標的がしばらくは続く。

最初遅れたからといってこのまま遅れっ放しの3人ではないだろう。

 

しかし、ここで足柄の秘策が炸裂する。

 

「お、おぅっ、じゃなくて、お お が み――大神隊長、好きですーっ! 大好きーっ!!」

 

艦娘たちの衆目が注目する中、朝潮は叫んだ。

羞恥心を捨てて心の限り。

朝食後、海に向かって叫んでいなければ、間違っても今までの朝潮にはできなかった事だ。

 

「「「ぶふっ!」」」

 

その宣言にほぼ全艦娘が躓く。

まさか、こんな演習の中、艦娘が集う中、ほぼ全員の見守る中で宣戦布告を、告白をする艦娘が果たしているだろうか?

いや、居ない。

 

演習に参加し蹴躓いた艦娘たちは意表を突かれ次々と水面を転がっていく、まるで初練習のときの吹雪のように。

それは、朝潮にとって十分すぎるほどのアドバンテージとなった。

 

「――っ! いただきです!!」

 

耳まで真っ赤にした甲斐もあってか、午前の演習において取得した朝潮の得点は過去類を見ないほどのものとなったのであった。

 

 

 

そして、圧倒的なスコアを獲得した朝潮は、昼食時、当然の如く、大神の隣の席に座る事が決定しようとしていた。

意表を突かれ、出し抜かれた形の金剛たちだが点数は点数、異論の上げ様はない。

歯を食いしばり、ぐぬぬと声を上げて、食堂の入り口で大神を待つ朝潮を見やる金剛たち。

 

その朝潮は、潮風で乱れた髪を梳かしなおし、上品に流れる髪を何度か所在なさげに直している。

ケープを羽織った姿は、深層の令嬢のようにも見え実に愛らしい。

若干不安げに視線を彷徨わせているだけだというのに、男――大神を待つその姿は保護欲を掻き立てるものであった。

まさに魔性というべきか。

 

やがて、大神たちの姿が食堂に現れる。

ぱぁっと花が咲きほころぶように笑みを浮かべる朝潮。

 

「おおがみさ――大神隊長!」

 

朝潮のあまりの可憐さに大神は一瞬はっと息を呑む。

ああ、やはりあなたはロリ神さんだったというのか。

 

「断じて違う!」

「隊長、何が違うのでしょうか?」

 

メタなツッコミに小首を傾げるその姿も実に愛らしい。

だが、それはこれまで響や、睦月に感じたものと同種の存在だ。

大神は心の中で気を取り直し、朝潮へと向き直る。

 

「朝潮くん。待たせてしまったみたいだね、早速だけど昼食を取ろうか」

「いえ、MVPのお隣の席は朝潮は求めません!」

 

大神を含め、全員の疑問の視線が朝潮へと突き刺さる。

では、なぜ朝潮はおめかしをして大神を待っていたというのだろうか。

 

「その代わり! 隊長にしていただきたい事がありまして――」

「俺に?」

「はい、隊長以外の方にはお願いできない事なんです!」

 

僅かの間、大神は躊躇する。

例文化されてはいないこととはいえ、暗黙のルールを破っても良いものだろうか、と。

有明鎮守府がスムーズに運営される上で支障をきたさないものか、と。

 

大神は朝潮の表情を見やる。

 

「お願いします、大神さ――たいちょぉ……」

 

大神の表情から拒絶の気配を感じ取った朝潮の語調が弱弱しくなっていく。

目端にじんわりと涙さえ浮かんでいる。

それを斬って捨てる事は流石に躊躇われた。

 

まあ、朝潮くんのことだ。以前みたいに――

 

『接近戦の、小太刀術の講釈をお願いしたいのです!』

 

とか、そんな内容に違いないか。

と、朝潮が足柄に弟子入りしたことを知らない大神は、

 

「分かった、俺でできる事なら引き受けさせてもらうよ」

 

安請け合いする。

その後に起きる事も知らずに。

 

「ホントですか、ありがとうございます!」

「で、朝潮くんのお願いってなんなんだい?」

「はい! おおがみさ――隊長に! ご褒美の、き、き、ききき、キスをお願いしたいのですっ!!」

「――ええっ!? キス?」

「はい、きき、キスを隊長にして頂きたいのです!!」

 

 

 

食堂が凍った。

 




あれ、だんだん不穏な雰囲気にw


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第七話 7 朝潮キスします!

「ご褒美のキスを隊長にして頂きたいのです!!」

 

朝潮のその発言に、昼食時の本来騒がしくすらある食堂は凍りついた。

 

「……」

「……」

「……」

 

一人を除いて全艦娘が朝潮に視線を向け、口をパクパクさせている。

だが、視線を向けられた朝潮はまっすぐに大神の事を見上げている。

その瞳の色からは冗談の類の気配は感じられない、正に本気であった。

 

そして、十分な時間をかけてその束縛から解放されたとき、凍りつく前の10倍以上に騒がしくなった。

 

「ちょっ! いきなり何を言い出すデースか、朝潮!? 隊長のSweetな唇は私のモノって相場が決まっているんデース!!」

「っ!? 流石に気分が頭にきました」

 

いの一番に、朝潮を制止しようと声を上げる金剛。

しかし、少しばかり本音が溢れ過ぎてしまった様だ。

金剛の発言に黙っていられないのは加賀だけではない。

 

「金剛さん、勝手に大神くんの唇を自分のものにしないでくださいっ! それは昔から私のものなんですっ! 朝潮ちゃんも!」

「鹿島こそ何言ってるデース!? 昔からって言っても、鹿島と隊長は仕官学校時代にキスした事なんてないんデースよね?」

「くっ! そういう金剛さんだって、大神くんとキスしたことないんでしょう!?」

「うぐっ! それを言うなら、鎮守府の艦娘全員――」

 

そこまで口にしかけて、例外がいたのを金剛は思い出した。

 

「……私は、あるよ。飲み物を飲んでもらっただけだけど」

「No、いやあぁぁぁ!?」

「きゃあぁぁぁっ!?」

 

朝潮を蚊帳の外において金剛と鹿島の舌戦がヒートアップするが、所詮キスの味を知らない同士。

どさくさに紛れてとは言え、大神の唇を奪った事のある響の一言に大破する。

駆逐艦に先を越されている。

その事実は、二人を黙らせるには十分なものであった。

 

だが、転んでもただで起きる金剛ではなかった。

 

「うー――でも、ちゃんとした形で隊長とキスした艦娘はいない筈デース!! だから、朝潮に先を越させるわけにはいかないのデース! Hey! 隊長、朝潮がOKって言うんなら今までのMVPの分、私にもキスするねー! HOTでお願いしマース!!」

 

なんと以前に遡って、自分にもキスを要求してきたのだ。

 

「くっ! MVPをあまり取れない私の性能がっ!? でも、何回かは大神くんとキスできるはず、回数が少ないのならその分濃度で勝負します!」」

「MVPの回数だけキス……流石に気分が高揚します」

「一航戦の誇りにかけて、隊長を満足させて見せます!」

「一航戦には負けないんだから!! そうでしょ、翔鶴ねぇ!」

「クソ提督とキス……フンッ、私はそんなの興味なんてないんだから!」

「曙ちゃん、全力で口の周りを拭いて、うがいしている時点で説得力ないよ」

 

その言葉にざわめく食堂。

それもそのはず。

練習に加わったのが遅い舞鶴の艦娘を除いてしまえば、MVPを一回たりとも取った事のない艦娘はほとんど居ない。

 

「わたしはー、北上さんが居れば満足かなー、ねぇ北上さん?」

「んー、せっかくだから私はしてみたいかなー。大井っちも一緒にしようよー」

「ええっ、北上さん? いや、私も嫌ってわけじゃないのよ? 北上さんがそういうのなら……」

 

いや、舞鶴の艦娘であってもまんざらでもない艦娘もいたようだ。

流石は雷巡。

 

「ちょっと待ってくれ! みんなのMVPの分は昼食を一緒に取った事でおしまいだろう!?」

 

流石にこのまま話を放置していたら、なんかとんでもない事になってしまいそうだ。

場の雰囲気を読んだ大神は流石に黙っていられず、艦娘たちの会話に水を注す。

 

「うー、それはそうなんデースが~……結局、隊長は朝潮とキスするんデースか!?」

「そ、それは……そうだ! 朝潮くんは、どうしていきなりキスだなんて言い出したんだい?」

 

進退窮まった大神は、事の発端である朝潮に理由を訪ねる。

 

「え? それは特訓の一環です! お、大神さんのお役に立てるようになるための!!」

「それはどういうことだい?」

 

自分の役に立つためというなら、この食堂の惨状を招いている時点で反している。

それに朝潮とキスする事が、どうなったら大神のためになると言うのだろうか。

 

「大神さんを好きになれば、もっと強くなれると聞きました。それで、師匠にどうすれば良いか訪ねたとき、キスをしてもらえば良いと教わったんです!!」

「師匠って?」

「はい、足柄師匠の事です!!」

 

朝潮のその発言に、朝の光景を知っている艦娘の視線が足柄へと向かう。

刺すようなジト目の束を浴び一歩下がろうとする足柄であったが、姉妹たちに周りを囲まれ動く事はできない。

 

「どういうことデース、足柄?」

 

餓えた狼以上に、ある意味餓えた金剛の視線が足柄を突き刺す。

 

「た、他意はないのよ。朝潮が隊長の事をもっと好きになりたいと言ったから、単純にもっと肉体的接触が必要かなーって」

「つまり、それは別にキスに限った話じゃないんだね……」

「あと、朝潮で前例を作っておけば、私も後で……せがみやすいかなーって」

「「「それが目的かー!!」」」

 

汝は邪悪なリー、と言わんばかりに足柄にツッコミを入れる艦娘たち。

だが、これで朝潮の真意は分かった。別にキスに限った要求ではないのだろう。

キスをハグと置き換えても、朝潮の要求は十分に話が通じる。

それに朝潮の言い方からすると、キスそのものについても何か勘違いしていそうだ。

念のために大神は朝潮に確認する。

 

「朝潮くん、キスって何をすればいいんだい?」

「はい……私のおでこにたいちょ、おおがみさんのく、唇を……」

 

その言葉を最後に朝潮は顔を真っ赤に染める。

それはそれで実に可愛いが、話は分かった。

 

「なーんだ、おでこのことデースか。そうだヨネー、朝潮がいきなり大好きーなんて言うからびっくりしましたが、そんなもんだヨネー」

「朝潮、そう思っていたの……予想外だわ、ここまで初心だったなんて」

 

金剛の言うとおり、キスと言ってもおでこにする、言わばデコチューであればそこまで目くじらを立てるほどのモノではないだろう。

ようやく納得したのか、艦娘たちがようやく落ち着きを取り戻す。

うまい事行けば大神とキスできると目論んでいた足柄は唖然としていたが。

 

「それで、お、おおがみさんっ! キスはしていただけるのでしょうか?」

 

不安そうな目をして大神を見上げる朝潮。

まあ、おでこくらいならいつも遠征から帰ってきた駆逐艦たちを撫でているのと同じようなものだ。

この様子からすると、明日以降キス、否デコチューをせがむ艦娘が激増するという事もあるまい。

 

「分かった、朝潮くん、いくよ」

 

そう言って大神は朝潮に向き直り、腰を下げる。

いつも頭を撫でてもらうのとは異なり、朝潮と大神の視線が合わさる。

その事自体が初めてのことで、朝潮の胸はにわかに熱くなる。

 

「あ……」

 

そして、大神の手が朝潮の前髪をかき上げる。

おでこが露になるが、そこではじめて朝潮はおでこを鏡で確認していなかった事に気づく。

 

どうしよう。

 

おおがみさんにキスしてもらえるくらい、朝潮のおでこはきれいだろうか。

 

「あのっ、お、おおがみさんっ! 朝潮のおでこきたなくないでしょうか? 大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。いい香りもしてる」

「そっ、そうですか……」

 

答えながら近づく大神の吐息が朝潮をくすぐる。

大神の顔が接近してくるのに耐えられず、朝潮は思わずその目を瞑る。

 

そして、一秒が一日も感じられた瞬間の後、朝潮のおでこに大神の唇がつけられる。

 

「あ……」

 

熱い、大神に口付けられたおでこが熱い。

 

僅かな時間の後、大神の唇が朝潮から離れる。

名残惜しさを感じて、朝潮が思わず目を開ける。

 

そこには、やさしく朝潮を見る大神の姿があった。

大神と視線を交わす事に耐えられず、朝潮は顔を背けて大神の視線から逃れる。

 

「……よし」

 

そんな朝潮を見てるうちに、大神に僅かないたずら心が生まれる。

 

「おまけだよ」

 

そう朝潮にだけ聞こえるように小声で言うと大神は、横を向く朝潮の頬に、うなじに素早く再度キスをした。

 

「きゃんっ?」

 

小さく声を上げて、離れる大神を呆然と見上げる朝潮。

混乱が静まった後、

 

「ええーっ!? キスっておでこにしていただくものではないのですか!?」

 

耳まで紅に染めて大声を上げる朝潮。

 

「ちょっと待つデース! 何をしたデースか、隊長!!」

 

それを聞いて再度黙ってられないと立ち上がる金剛。

 

「いや、ちょっとだけおまけを……ええっと。満潮くん、大潮くん、それに荒潮くん、悪いけど……」

「はぁ、分かったわ。朝潮にいろいろ教えてあげればいいのね。でも、その前に」

「朝潮にした狼藉についておとなしく白状するデース!! そして私にもするデース!!」

 

いたずらの報いは大きなものになりそうであった。




金剛たち大暴走。おかしい、今話でもっと話を進めるはずだったのだが。
キス話だけで一話終わった。


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第七話 8 せいきょういく

「何だって? MVPを取った艦娘にはおでこと、頬と、うなじにキス?」

「そうデース! もちろん希望する艦娘にだけデースが、熱いベーゼをお願いするネー! おでこだけならともかく、三箇所もだなんて見過ごす手はないネ!」

 

大神の吊るし上げ、制裁は金剛たちによって恙無く行われた。

自分のいたずら心が原因なだけに、大神も強く抵抗はできない。

 

「うーん……分かった。元はと言えば俺が朝潮くんにいたずらしたのが原因だし、それがみんなの総意なら従うよ」

「Yeah! それじゃあ、先ずは私に! あっつーいキス! HOTでお願いするネー! ちゅー」

 

僅かに考えた後、頷いた大神の姿に言質を取ったと金剛の意気が上がる。

両手を大神に伸ばし、目を閉じて

しかし、

 

「ちょっと待ってください! 金剛さんは朝潮ちゃんに出し抜かれて今日MVP取れていないじゃないですか! ここは私が!」

「そういう鹿島だってMVPとれていないデース!」

「だって、こんな事になるなんて思いもしなかったんです! 知ってたら死ぬ気で頑張りました!MVP取ったのは誰――」

 

「私だよ」

 

鹿島の声を遮って響が手を上げる。

 

「睦月もにゃしぃ!」

「はーい。如月もMVP、取っちゃった。あはっ」

 

続いて睦月たちが手を上げる。

 

まあ、能力補正のことを考えれば、当然といえば当然の結果なのだが、

 

「「なん……だ……と……」」

 

金剛たちは愕然とした表情を響たちに向ける。

まさかせっかくの供え物を強敵に明け渡す事になろうとは、と後悔した。

後先は考えて行動しましょう。

 

「わ、わたしもよ! クソ隊長、ちゃっちゃとしてよね!」

「一人前のレディとして、大人のキスをお願いするわ!」

 

そして、MVPを取得した艦娘たちがおずおずと手を上げる。

偶然か今日は駆逐艦の手が多い。

これならば、とホッと息をつく大神。

が、そんな中一人の重巡が手を上げる。

 

「はいはーい、私にも隊長のあっついキス、お願いね!」

 

足柄であった。

 

「足柄姉さん、まさかこうなる事まで見越して……」

「計画通り!」

 

某漫画のような悪役面をして見せる足柄、しかしもちろん嘘である。

 

「大神さん、榛名にも大人のキスを、お願いします……」

「榛名ー! 何言い出すデース!?」

 

別の場所でも姉妹のひと悶着が起きていたりいなかったり。

 

 

 

 

 

そうして、昼の一騒動が大神を生贄に捧いで終了した後。

 

午後の訓練を中断して、朝潮型の部屋では朝潮への教育が行われていた。

教育は満潮たちによって行われる予定だったが、昼間の状況を鑑みて妙高などの面々も黙ってられないと参加する事となった。

朝潮の師匠を名乗る足柄も参加している。

 

題材は恋愛映画、足柄が用意したものだ。

おそらく最初から朝潮に見せるつもりだったのだろう。

 

「ええっ、足柄が用意したものなんですか?」

 

準備した艦娘の名を聞いて、妙高が一抹の不安を覚えるが、他に資料となるものをすぐに準備しようにも自分の趣味が明らかになる事もあってか、今一つ他の艦娘の反応は悪かった。

朧の恋愛小説を夜こっそり本棚から取り出して読んでいる曙とか。

昔の少女漫画をこっそり集め、実は大神の事を少尉と心の中で呼んでいた満潮とか。

 

それに、ただ話して聞かせるよりは、資料があったほうが良いのも確かだ。

仕方がないかと妙高は自分に言い聞かせるように頷くと、ディスクをプレイヤーにセットする。

OPのタイトルが流れた後、映画の本編が始まる。

 

しかし、恋愛映画をまったく見た事のない朝潮。

正直、何が面白いのか、何に着目して見たら良いのか分からない。

 

「? 師匠、この映画、まったく分からないのですが、どう見たら良いのでしょうか?」

 

素直に思った事を口にする朝潮。

だが、朝潮がそう言うであろうことは足柄にとってはお見通しだ。

 

「そう言うと思ったわ、朝潮。そんな朝潮にアドバイスをしてあげる」

「はい、師匠!」

「いい、朝潮。この女性を自分だと思いなさい。そして、この男性を隊長と思いなさいな!」

「ええっ!? 朝潮、隊長にこんな口の聞き方はできません! 隊長に失礼です!」

「そこは頭の中で朝潮らしい口調で言い直しなさい、分かったわね」

「はい……これで朝潮何が分かるのでしょうか?」

 

不安そうな表情で足柄を見上げる朝潮。

 

「それは朝潮しだいだけど、大丈夫。この映画は朝潮のために私が準備したものよ、師匠の私が信じられないかしら?」

「そんな事はありません! 分かりました、朝潮、映画鑑賞任務を遂行します!!」

「よし、それじゃあもう一度最初から流すわよ。みんなもそれで良いわね?」

 

足柄はプレイヤーに近づいて最初から再生しなおそうとする。

 

「そうね、このまま流しても、朝潮も何も分からないままだろうし」

「ふむ。足柄、お前にしては悪くない指導だな」

 

もちろん集まった面々にとっても異議はない。

 

「あれ、この映画って……確か……」

 

ただ、何か引っかかる点があるのか、羽黒が記憶を必死にたどっていた。

 

そうするうちに映画が再度始まる。

朝潮が感情移入しやすくなれるように電気を消して。

 

内容は普通の恋愛映画だ。

一組の男と女が出会い、惹かれ合い恋に落ちていく。

恋愛映画を見慣れた者には物足りないかもしれないが、朝潮くらいにはちょうど良いだろう。

まとめると短いが、恋に至るまでの数々の出来事に、近づいたり離れたりする二人の姿に、朝潮は時には体を強張らせ、時には身を震わせて映画に没入していく。

 

そうこうしていくうちに恋愛映画に付き物のシーンが流れる。

 

「ふぇっ!?」

 

そう、キスシーンである。

絡み合う濃厚なキスシーンを前に朝潮は完全に凍りつき、言葉を失う。

離れる様子のない映画の二人を自分と隊長に置き換えていた朝潮は、顔を真っ赤に染める。

その様子を見ていた足柄がその場面で映画を一時停止した。

 

「どう、朝潮。これが本当のキスよ」

「し、しししし、師匠……朝潮、先程はこんなことを大神さんに要求していたのでしょうか?」

「そうよ!」

「で、でででは、もし大神さんが頷いていたら――」

「この映画みたいにキスしてたかもしれないわね」

 

足柄の答えに、朝潮はプシューと漫画のように湯気を立てて赤面する。

おでこだけでも、頬でも、身体があんなに熱くなってしまったというのに、こんな、こんな、キスをしてしまったらと、そう一度考えると気が遠くなっていく。

グルグルと目を回しながら、朝潮は静止した映画の二人に視線を向ける。

 

「まだよ、これからが本番よ!」

 

すると、足柄は映画を再開する。

互いの名を呼びながら、抱き合いキスを交わす映画の二人。

朝潮は律儀に「大神さん」と小声で呼ぶ。

きっと朝潮の頭の中では大神が「朝潮くん」と言ってキスをしているのだろう、足柄の言葉を守っているようだ。

 

「!?」

 

そして、映画はベッドシーンへと移る。

 

「思い出しました、でも遅かった……」

 

そんな朝潮の様子を見て羽黒が後悔したように呟く。

このシーンがある事を気づいていれば途中で止められたのに、と。

 

「!!!!????」

 

もはや何が行われているのか、訳が分からない朝潮。

だけれども、女性は気持ち良さげな声を上げている、たぶん気持ち良いことなのだろう。

男性がキスの雨を女性へと降らせる。

 

そして――

 

「――きゅう」

 

眼前で繰り広げられている光景を自分と大神との行為に置き換える事に限界を迎えた朝潮は、頭から煙を上げて気を失った。

床に崩れ落ち目を回している。

 

「うん、ここまでかしら」

 

その様子を見て足柄は映画の再生を止める。

もともとこの辺りで止めるつもりだったようだ。

 

「足柄、少しやりすぎじゃないか……」

 

気を失った朝潮の様子を見ていた那智が若干呆れたような声を上げる。

だが、足柄は悪びれた様子もない。

 

「そうかしら? どっちにしたって、いずれ知る事なんだから早いほうがいいわよ」

 

映画のディスクを片付けると足柄は朝潮の様子を確認する。

目を回してはいるが、すぐに気は取り戻すだろう。

一応、それまではベッドに寝かしておけば問題ないはずだ。

 

「満潮、大潮、荒潮、悪いけど朝潮が目を覚ますまで様子を見ていてちょうだいな」

 

そう言うと、足柄は気を失った朝潮をベッドに運ぶのだった。




大神が朝潮にいたずら。
もうこの字面だけで犯罪くさいwww

恋愛映画のモデルは特に考えてません。
でも、朝潮の反応が書いててめちゃくちゃ楽しかったwww
そして、展開がさらに遅くなるw


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第七話 8.5 マッチポンプ

そして、時は過ぎ夜。

午後からずっと、朝潮は珍しくボーっとしたまま一日を過ごしていた。

今日の夕食では大神は金剛型と相席らしく、いつにもましてハイテンションな金剛があーんしてもらおうとしたり、ならばと榛名たちも続こうとしたりしており、声が朝潮たちにも聞こえてくる。

にもかかわらず朝潮は食事をしている大神の顔を、というか唇に視線を漠然と向け、時折自分の唇をなぞったりしている。

大神以外の人物を認識すらできていないようだ。

 

そのあまりにも我を失った朝潮の様子に、同室の満潮たちは流石に不安を覚える。

 

「ちょっと足柄さん。やりすぎだったんじゃないの?」

「えー、そうかしら? 問題ないわよ、あれは、隊長と自分のキスを想像しているところね」

「そんな、嘘でしょ。いくら衝撃が強すぎたからって、あの朝潮がそんな事考えるわけ……」

 

あのまじめな朝潮がキスだなんて思えない。

足柄の言葉を否定しようとする満潮だったが、

 

「じゃあ、聞いてみようじゃない。ねぇ、朝潮?」

「…………」

 

足柄の声にまったく反応せず、呆然と大神を見やる朝潮。

ため息をつきながら足柄は、再度朝潮の耳元に声をかける。

 

「朝潮、隊長に何回キスしてもらった?」

 

その声に我に返った朝潮は考えがぐちゃぐちゃになったまま直立し、空想していた事をそのまま答える。

 

「はい、師匠! 大神さんに100回キスしていただきました!!」

 

一瞬、食堂に静寂が訪れる。

そして、

 

「隊長、朝潮に100回もキスしたってどういうことネー! キリキリ白状するデース!!」

「ち、違う! 俺は何もやってないって!!」

 

流石に濡れ衣だと、大神が反論する。

実際今回は完全に無実だしね。

 

「じゃじゃあ、なんで朝潮があんな事言ったりするデースか!? 火のないところに煙は立たないデース!」

「いや、それは……」

 

艦娘とは言え、流石に女の子の内面について聞くのは無粋だろうと、朝潮に行ったという教育の内容を聞く事を控えていた事が仇したか、大神には金剛の追及に答えられる材料がない。

 

席も金剛と榛名に挟まれており、逃げ場など何処にもない。

いや、榛名は俯いている。もしかしたら納得してくれるかもしれないと一縷の望みをかけ榛名を見やる大神。

 

だ が 、

 

「一 十 百 千 万 億 調教……うふふふ、大神さんには少々お仕置きが必要みたいですね。100回も駆逐艦にキスするなんて、その、不躾な唇、切り落として差し上げましょうか……大神さんの唇は榛名の為にあれば良いんです……」

 

榛名は完全に光を失った目で片手でナイフとフォークをチャキチャキとシザーハンドのように擦り合わせて呟いている。

はっきり言って怖い、貞子も剃髪して逃げ出しそうなほどに。

もう一方の手は大神の腕を握り締めている。

微妙に命のピンチな大神であった。

 

おお、おおがみよ こんなところでしんでしまうとはなさけない

 

大神の脳裏に米田のそんな叱責が聞こえようとしたとき、

 

「もう、しょうがないわねー。金剛、榛名、比叡に霧島も、教えてあげるからちょっと耳貸しなさいな」

「足柄、今は隊長を成敗するのが先デース! 隊長を逃すわけにはいかないのデース!!」

「じゃあ、隊長を捕まえたままでもいいから、とにかく耳を貸しなさいな」

「……分かったデース。足柄、手早くお願いするネー」

 

そして、しばしのときが経過し足柄の説明が終わると、金剛たちの雰囲気は一変する。

 

「なーんだ、そういうことデースか! もう、それならそうと早く言ってほしかったデース! 隊長、誤解してSorryネ!」

「大神さん、榛名は信じてました……」

 

榛名、説得力がまるでないぞ。

 

「はぁ、助かったー」

 

成り行きはともかく誤解が解け、いつもの雰囲気を取り戻した食堂に安堵のため息を吐く大神。

とは言え、流石に吊るし上げられた場に座り続けるのは無理だったらしく、断りを入れた上で金剛たちの席を離れる。

 

捨てられた子犬のような目で大神を見やる金剛たちだったが、誤解したのも吊るし上げたのも自分たち。

仕方がないと席を離れる大神に名残惜しげな視線を送る。

 

 

 

ホットコーヒーのお代わりを淹れると、何処に座ろうか一瞬視線を周囲に配らせるが、やがて足柄の元へと向かう。

 

「さっきはありがとう。助かったよ、足柄くん。相席しても良いかな?」

 

心の中で歓喜する足柄だったが、表にはもちろん出さない。

おまけに姉妹たちは既に食事を終え部屋に戻っている、つまり二人きりだ。

 

千載一遇のチャンスをつかむため、自分のアピールを行いながら、大神との談笑を始める足柄。

 

しかし、自分で火をつけておきながら、自分で助けを入れる。

 

「これってマッチポンプって言うんじゃない?」

 

満潮は一人呟いた。




長くなりそうだったので、食堂のシーンだけ分割して閑話に。
信じがたい事に足柄大勝利。


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第七話 9 みだらなゆめ

その晩、朝潮は敬愛する大神と二人きりで、剣道場にて小刀術の稽古をしていた。

大神に見守られる中、大神に教わった型を一心に繰り返す朝潮。

朝潮にとっては至福のときといってもいい。

 

が、やがて大神の注意が入る。

 

「待ってくれ朝潮くん、そこの刃の返しが違うよ」

「え? あ、はい、こうでしょうか、隊長?」

 

指摘された箇所を直そうとするが、どうにもしっくり来ない。

何度か直そうとしていくうちに、全体のバランスもおかしくなっていく。

それを見抜いた大神は、

 

「そうじゃない。ちょっと失礼するよ、朝潮くん」

「ひゃんっ!?」

 

朝潮に近づき、後ろからその腕を取る。

剣の修練において今まで何度も行われた事だ、今更慌てるような事ではないはずだ。

けれども、今の朝潮にとっては過剰に反応してしまう。

 

「朝潮くん?」

「い、いえっ、失礼しました。続きを教えてください、隊長!」

「分かった、じゃあ、続きを教えてあげるよ」

 

そう言うといきなり大神は朝潮を抱きしめる。

大神のいきなりの行動に目を白黒させる朝潮。

 

「た、たた、隊長!? 何をされるのですか?」

「何って、昼間に朝潮くんがした勉強の続きさ。実践もしないとね」

 

大神がいつ自分のお勉強の内容を知ったのだろうか。

疑問に思う朝潮だったが朝潮が尋ねる前に、大神は朝潮の唇を奪った。

 

「!!??」

 

夕食時に何回も想像した大神とのキス。

まさか、こんなところで本当にすることになるなんて。

 

でも、

 

でも、うれしい。

 

永遠に続くのではないかと思われたキスの後、一旦二人の唇が離れる。

その唇の間に一筋の糸が流れた。

トロンとした目で呆然と大神を見やる朝潮。

 

「隊長……」

「大神さんとは呼んでくれないのかな?」

「え……は、はい、大神さ、きゃっ!?」

 

最後まで言い終わらないうちに、大神が再び朝潮の唇を奪う。

今度は唇だけにとどまらない。

頬、首筋へとさまざまな箇所にキスを続ける、映画で見たように。

 

「ふわぁっ!」

 

首筋を強く吸われ思わず声を上げる朝潮。

だが、大神のキスは止まらない。

朝潮のシャツのボタンを外し鎖骨、うなじ、胸元へとキスを行う。

 

「ひゃうっ! や、やぁっ! お、大神さんっ!」

 

その度に声を上げて身をよじらせる朝潮。

そして朝潮の純白の身体に何箇所もキスマークがつけられる。

朝潮が大神のものである事を示すかのように。

 

「え?」

 

気づけば、朝潮は下着、スポーツブラとショーツだけを身につけた状態になっていた。

ほぼ全裸に近い姿を大神に晒し、赤面し体を隠そうとする朝潮。

だけど――

 

「かわいいよ、朝潮くん」

 

ああ、その一言だけで朝潮の頭の中はまとまらなくなってしまう。

大神が可愛いと言ってくれた、それだけで大神から身体を隠すなんてとんでもないと言う心が沸いてくる。

それを見越してか、大神が胸に、否、おっぱいにキスしようと、スポーツブラを外そうとする。

 

「し、下着の中はダメーっ!」

 

でも、やはりそれはいけない事だ。

羞恥心とまじめな心が上回り、朝潮は叫んだ。

 

 

 

そして、朝潮は夢から覚めた。

 

 

 

「え――」

 

その夢はあまりにもリアルすぎて、朝潮は最初、現実を認識できなかった。

起き上がって周囲を見回し、自分がベッドで寝ていたのだと数分かけてようやく認識する。

そして、羞恥に震え赤面する。

 

「――っ!????? なんて、なんて夢をっ!?」

 

大神がそういうことをする人物ではない事はよく分かっている筈なのに。

夢の中とはいえ、大神にそういうことをさせてしまった。

敬愛する人物を貶めたような気がして、罪悪感に打ち震える朝潮。

 

明日大神に謝らないと、と決意を決める。

 

そうしないと、自分がどうしようもなくえっちな艦娘になってしまった気がする。

 

と、朝潮は自分のショーツが濡れている事に気づく。

 

「どうして? 寝る前におトイレには行ったはずなのに――」

 

けれども、濡れた下着を履いたまま寝れる訳がない。

下着を替えようとする朝潮。

 

「なんで、この下着ネチャネチャしているの?」

 

そのあたりのことを何も知らない、朝潮。

だが、聞こうにも同室の艦娘は全員眠っている、翌朝誰かに確認するしかない。

 

「よしっ、もう一度寝ます!」

 

下着を履き替え、スッキリしたところで朝潮は再度床につく。

だが、

 

『続きを教えてあげるよ――』

 

目を閉じたところで、夢の中の大神の台詞を思い出してしまった。

それだけで胸が、いや夢の中で大神にキスされた箇所すべてが疼いてしまう。

 

「どうしよう――」

 

目を閉じても、また先ほどの夢を見てしまうような気がして眠れない。

あんな、大神を貶めるような夢、見てはいけないと言うのに。

 

 

でも切ない。

 

 

キスがほしい。

 

 

夢の中でもいい、キスがほしい。

 

 

どうしようもなく、キスがほしい。

 

 

大神のキスがほしい。

 

 

おでこにも、頬にも、唇にも、いや、全身にキスの雨を降らせてほしい。

 

 

キスマークをつけてほしい。

 

 

朝潮が大神のものだと示してほしい。

 

 

夢の中では嫌だと言った、下着の内側でさえ――

 

 

「うわぁっ! 朝潮、なんて事を考えて!」

 

自分の考えのあまりのえっちさに思わず叫びだす朝潮。

しかし個室なら良かったかもしれないが、残念ながらここは共同部屋だ。

夜更けに騒ぎ出せばもちろん、

 

「うーん? こんな夜中にどうしたのよー、朝潮ー」

 

二段ベッドの下の段で寝ていた満潮が朝潮の叫びに目を覚ます。

 

「い、いえ なんでもありません!」

「そーう? 隊長の朝練は明日も早いんだから、はやく寝なさいよー」

「お、大神さん……」

 

しかし半ば寝ている状態の満潮は、こんな時間に朝潮が起きている事、その異常性に気づくことなく再び寝入る。

 

「そうよね。明日も早く起きて、大神さんの朝練にいかないと……」

 

そう思い直し、目を閉じて眠ろうとする朝潮。

しかし、しばらくして意識が揺らいでくると、

 

「朝潮くん――」

 

居ない筈の大神が、朝潮のベッドに浸入してくる。

 

「え? 大神さん、どうして、こんなところに?」

「朝潮くんが俺を呼んだような気がしたから」

「大神さん……」

 

確かに大神のキスがほしいとは思った。

だけど、こんなに早く応えてくれるなんて。

感極まった朝潮は上半身裸になると、

 

「隊長……ううん、大神さん……朝潮に、新しい秘密の暗号を……教えてください……」

 

大神を迎え入れる。

 

「分かったよ、朝潮くん」

 

そのまま大神は朝潮に覆いかぶさって朝潮の唇を奪い――

 

「?」

 

いや、キスの感触が違う。

昼間おでこに、頬に、うなじに感じた大神の唇の感触はこんな筈では――

疑問に思い目を開ける朝潮。

 

果たして、そこにあったのは朝潮の、自分の枕だった。

 

「夢?」

 

けれども、自分は上半身裸になっていた。

夢と同じ行動をしていたと言うのだろうか。

 

「……どうしよう」

 

眠る度、夢を見る度、どんどん夢の内容はエスカレートしていく。

いや、朝潮の行動もエスカレートしていっている。

 

「このままじゃ朝潮、どんどんえっちな悪い子になっちゃう……そうしたら、隊長に、大神さんに嫌われちゃう……そんなのいやぁ…………」

 

今度夢を見たら何を夢見てしまうのか分からない。

それにもし、今パジャマを脱いでしまったように、夢で見たような事を本当に大神にしてしまったら――

 

「そんなの絶対ダメぇ……」

 

もうこれからは一睡もできない。

 

いや、夢見るわけにはいかないのだ、大好きな大神に嫌われないため。

 

これ以上えっちな艦娘になるわけにはいかない。

 

布団の中で朝潮は、そう固く誓うのだった。




淫夢と書くと、今となってはもう完全に別のネタになってしまうのでw

それはそうとして、あー楽しい。
とっても楽しい、朝潮いじり。


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第七話 10 夢か現か幻か

誓いの通り、夢を見たあと一睡もしなかった朝潮。

翌朝と言うか、未明の時間からフラフラとベッドを抜け出る、ベッドにいても寝る事などできないからだ。

 

制服に着替えると、昨日着替えた下着とパジャマをまとめ洗濯籠に入れる。

そして、満潮たちを起こさないように部屋の外に出る。

もう季節は初夏に差し掛かっているとは言え、日の出までには時間があり辺りは薄暗い。

おそらく夜勤の者くらいしか起きてはいないだろう。

 

どこに行こうか、僅かな間迷った朝潮だったが、結局剣道場に向かう事にした。

演習場で標的に向かっても狙いを定められる気がまったくしなかったし、それなら剣道場でひたすら剣を振るっていた方がマシだと思ったからだ。

 

もしかしたら大神がいるかも、だなんて朝潮は思っていない。

思っていないったらない。

 

「え、隊長……」

 

しかし、朝潮の思いが天に通じたのか、剣道場には既に大神の姿があった。

裂帛の気合を込め、二刀を振るう大神。

それは剣道場で剣を教えている時の大神とは全く違う。

警備府で艦娘に抱きつきながら戦闘を行ったときとも異なる。

そこまで考えて朝潮は、自分も抱きつかれて戦闘した事があったことを思い出す。

 

『続きを教えてあげるよ――』

 

大神に抱きつかれ耳元で囁かれたような気がして、一瞬で顔を紅に染める朝潮。

 

「違う、違うのよ、朝潮。あれは夢なんだから――」

 

こんな顔をしていては、いや、こんな考えをしていては大神の傍には近寄れない。

迷いなく次々と二天一流の技を繰り出すその勇姿を、遠くから朝潮は見やる。

しかし、朝潮の存在を感じ取った大神は、二刀を納める。

 

「どうしたんだい、朝潮くん?」

 

大神に呼ばれたからには、聞かなかった振りなんてできない朝潮。

仕方なく剣道場の中へと入っていく。

 

「隊長こそ、こんな時間からどうされたんですか?」

 

いま自分の事を聞かれたら、何を口走ってしまうか分からない。

だから不躾とは分かっていても朝潮は大神の質問に質問で返す。

 

「ああ。昨日の様子からすると自分の稽古の時間がまともに取れなくなりそうだからね、早起きする事にしたんだよ」

「早起きって……」

 

ただでさえ、朝五時起床の生活をしていると言うのに。

さらに早起きする生活なんてしていたら身体を壊してしまうのではないか。

 

「隊長! 毎日こんな早くに起きていたら、お身体を壊してしまいます! ご自愛ください!!」

「とは言っても、忙しさに甘んじて剣もまともに振るえなくなったら、君たちの隊長である資格なんてなくなってしまうよ。大元帥閣下に任じられたからね。しっかり果たさないと」

「そんな事はありません! 隊長が朝潮たちのために奔走されている事はみんな分かっています。大神さん以外の方を隊長として仰ぐなんてもう考えられません!」

 

もし、大神が無理を重ねて倒れたりしたら、そう考えるだけで朝潮の身は震える。

 

「それに大神さんが一人早起きをされるのでしたら! その旨を大淀さんや明石さんにお伝えして、スケジュールをお見直しください! 朝潮は、大神さんにご迷惑をかけたいとは思ってません! もし、朝潮のせいで、朝潮たちのせいで、大神さんに何か……あったら……」

 

話していくうちに、大神がいなくなってしまう、そんな最悪の事態を考えてしまった朝潮の視界は涙でにじんでいく。

 

「大神さん……いなくなっちゃ……いやぁ……」

 

いや、既に涙は目から溢れ、頬を伝っている。

どうしてだろう、大神の事となると今の朝潮は感情がコントロールできない。

 

「朝潮くん!? 心配させてごめん! スケジュールの件は大淀くんたちと相談してみる!」

「でも……でも……」

 

泣き始めた朝潮を前にして慌てる大神。

泣き止ませようと回答するが、一旦泣き始めた朝潮の涙は止まる気配がない。

僅かな間考えた後、大神は膝をついて朝潮と視線を合わせる。

大神の真摯な目で瞳を覗き込まれ、朝潮の悲しさは薄れていく。

 

「大丈夫、俺はいなくならないから!!」

「はい……」

 

両肩を掴まれ、力強く答える大神の姿に涙が止まった朝潮はゆっくりと頷く。

そして気付く。

近くにあるのは大神の瞳だけではない。

大神の唇もまたごく近くにあるということに。

 

「……大神さん」

 

両肩を掴まれたままの朝潮だが、その手は動く。

朝潮はゆっくりと手を大神の唇へと伸ばし、その唇を指でなぞった。

 

そこにある。

 

大神の唇が確かにある。

 

夢の中で朝潮を蹂躙した唇が。

 

夢の中で数多のキスマークを朝潮に刻みつけた唇が。

 

今、現実に目の前にある。

 

「大神さん……」

「? 朝潮くん?」

 

一方朝潮の行動の意味が分からず、疑問を表情に浮かべる大神。

ゴミでも唇についていたのだろうか。

 

「はっ!? し、失礼しました! 隊長!!」

「いや。俺は別に構わないけど、朝潮くんはもう大丈夫かい?」

 

大神の問いに我に返る朝潮。

なんて不躾な事をしてしまったのだろうか、隊長の唇に触れるなど。

そこまで考えて、気付く。

気付いてしまう。

大神の唇に触れた指で自らの唇をなぞれば、それは間接キスだと。

本当になんてことをしてしまったのか。

 

「!!??」

「朝潮くん、本当に大丈夫かい?」

「は、ははは、はいっ! 朝潮は問題ありません!! 失礼しました!!」

 

一瞬で顔を真っ赤に染める朝潮の様子に首を傾げる大神。

誰かの口癖に似ているとかなどはあまりに気にならなかった。

そして泣き止んだ朝潮の顔を再度見て、目の下に隈ができていることに気付く。

 

「朝潮くん、目の下に隈ができているよ。眠れなかったのかい?」

「え……えと、はい……あまり」

 

答えるべきか悩む朝潮だったが、あまり寝ていないのは事実だ。

頷く朝潮。

 

「何かあったのかい?」

「それは――!!??」

 

口にしかけて、慌てて口元を手で覆う朝潮。

もちろん、そんなこと大神にいえるわけがない。

 

そして、気付く。

 

さっき考えた間接キスを今してしまっている事に。

 

口を覆った朝潮の手の、指が朝潮の唇に触れている事に。

 

指越しに大神の唇と朝潮の唇が触れ合っている事に。

 

「!!!!????」

 

さらに慌てふためく朝潮。

と言っても、大神に両肩を掴まれた状態ではあまり身体を動かす事はできない。

 

「ごめん朝潮くん! 手を放すよ!」

 

しかし、朝潮のそれを嫌がっているものと考えた大神は朝潮の両肩から手を放そうとする。

違うのだと小さく首を振ろうとする朝潮だが、時遅く大神の手は離れてしまう。

どうしようもない切なさを感じてしまう朝潮。

 

けれども、目の前には大神がいる。

 

大神が離れてしまう事が切ないのなら、こちらから近づけばいいのだ。

もはや混乱した朝潮は想いのままに行動する。

 

眼前の大神へと飛び込もうとする朝潮。

 

「朝潮くん?」

 

慌てて手を放した途端、近づいてくる朝潮に大神の反応が遅れる。

 

しかし、瞳の中を覗き込めるほど近くにある二人がより近づいたらどうなるだろうか。

そんな事は言うまでもない話だ。

 

「っ?」

「!!??」

 

 

 

 

 

次の瞬間、二人の唇は重なっていた。




脱線した。
なんか、今までで一番濃密な描写している気がする。
気のせいだよね?


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第七話 終 二人は別たれず

追記;
次回予告を追加します
昨日の更新時に入れるの忘れてました、すいません。


朝潮と大神の唇が重なる。

大神はその事を認識した瞬間朝潮から離れようとするが、既に朝潮の腕は大神の首に回されており、振りほどかない事には離れることはできない。

そして、どう見ても精神の安定を欠いている朝潮を、力ずくで引き離す事を大神は躊躇った。

 

「んっ――おおがみ、さん――」

 

それをよい事に、身体が、心が、求めるまま大神の唇を貪る朝潮。

もうその目には理性の色はない。

 

「あっ――あさしおくんっ、おちつい――むぐっ!?」

 

夢の中でそうしたように、大神の口の中へと舌を伸ばし大神とディープキスを交わす。

初めて味わう大神の唾液の味に朝潮の精神は蕩けていく。

そして昨晩から必死に押し留めようとした欲望のまま、大神を求める。

目の前の大神の事しか朝潮には考えられなかった。

 

だが、大神が朝潮の欲望に答えることはもちろんない。

朝潮がいくら求めようとも、夢のように、そして映画のように、大神が朝潮の胸元や首筋にキスマークをつけることはない。

 

やがて唇を放し、トロンとした、それでいて不満げな目で大神を見上げる朝潮。

 

その場を艦娘が目撃していた。

 

昨日の状況を見て、大神ならば更に早起きして鍛錬するに違いないと予想した艦娘。

そして、それを止めようとした艦娘。

明石と大淀である。

 

「朝潮っ!? 大神さんに何やってるんですか!?」

「大神さんっ!? 朝潮ちゃんに何やってるんですか!?」

 

全く正反対の責を問う発言。

この場で正しい状況分析をしていたのは明石のほうであった。

 

しかし、この場においてどちらかが正しいかなどは大した問題ではない。

 

明石たちの発言によって我に返り、朝潮は蒼白になりながら大神から離れ後ずさる。

 

「あさしお……朝潮、こんなつもりでは……」

「朝潮くん、分かってる。だから……」

 

自分へと伸ばされる大神の手を振り払い、剣道場から駆け出す朝潮。

 

 

 

大神に取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 

 

自分は嫌われた。

 

 

 

大神に嫌われたに違いない。

 

 

 

もう、戻れない。

 

 

 

大神の元へは戻れない。

 

 

 

「朝潮くん!!」

 

 

 

大神の声にも応えず、涙を流しながら、朝潮は艤装を展開し有明鎮守府から全力で駆け去った。

 

 

 

 

 

それからどれほどの時間が流れたであろうか、朝潮の姿は外洋にあった。

脇目も振らず全速力で駆けたためか、他の艦娘が追いつく気配はない。

 

周りの一面の海を見渡して、朝潮はようやく歩みを止める。

 

しかし、朝潮に帰る場所などもうない。

 

世界の何処にも存在しない。

 

自分の破廉恥な行動によってなくしてしまった。

 

目的地を見失い、朝潮は波に揺られ動くことなく漂う。

 

 

 

そして、それは深海棲艦にとって格好の的である。

 

 

 

ぼんやりと漂う朝潮の側面に深海棲艦の潜水艦による雷撃が突き刺さるのだった。

 

 

 

「きゃあーっ!?」

 

回避行動を一切せず海面を漂っていた朝潮は雷撃を直撃で受け中破させられる。

それだけではない。

爆発の衝撃で海面を転がる朝潮に二射三射と雷撃が突き刺さり、朝潮は大破、いや轟沈寸前となる。

艤装の機能は完全に停止し、もはや朝潮はとどめを刺されるだけの存在でしかない。

 

「でも、いいのかな。こんな悪い子は沈んでしまっても――」

 

海面に膝を突く朝潮、だがその表情には諦めの色が漂っている。

最期を受け入れた朝潮に、深海棲艦の、とどめの雷撃が突き刺さる。

 

「……さようなら、大神さん……」

 

爆発と共に、艤装を失い、浮力を失い、海の底へと落ちていく朝潮。

 

沈む海の色は蒼く、水面に浮かぶ太陽がゆっくりと遠のいていく。

 

怨念が自らの周囲に取り巻いていく。

 

吐いた息の合間から朝潮を取り込まんとする。

 

しかし、朝潮は一切抵抗しない。

目を閉じて水底へと沈んでいく。

 

「いいよ、でも、みんな忘れさせて……」

 

そう呟こうとして、朝潮はひとつだけ思う。

 

『あさ……おくん……』

 

もし『次の』私が、朝潮が大神さんの元に現れるのならこんなダメな子にはなりませんように、と。

 

『あさしおくん』

 

やめて、深海棲艦、私は沈むから、あなたたちになるから。

大神さんの声で呼ばないで。

 

『朝潮くん』

 

大神さんとの思い出を汚さないで。

 

「お願い……」

 

「朝潮くん! 諦めるな!!」

「お……お、がみさん?」

 

その声が本物だと気付いて目を開ける朝潮。

大神の手がもう少しで朝潮に届きそうなところまで近づいていた。

そして朝潮を抱き締めた。

 

だが、怨念が朝潮もろとも大神を水底へ引きずり込もうとする。

 

轟沈した朝潮に浮力は全くなく、二倍以上の重圧が、怨念が光武・海へと負担を与える。

悲鳴を上げる光武・海。

 

「大神さん、朝潮を離して下さい! もう沈んだ朝潮なんて見捨ててください!!」

「断る! もう犠牲は沢山だ! もう誰も! 死なせない!! 破邪滅却!」

 

光武・海の機能を浮力に限定させると、大神は二刀を振りかぶり浄雷を、光刃を振るう。

一時的に浄化され、大神の周囲の海域が清められる。

 

「みんな!」

「了解ネ!」

 

大神の呼び声にしたがって、艦娘たちからロープが投げ込まれる。

そしてそれを手に取った大神と朝潮は海上へと引き上げられていった。

 

 

 

海面に二人が上がっていたとき既に戦闘は終了していた。

もともと、はぐれ潜水艦が3隻の艦隊。

 

朝潮のためにと総力で出撃した艦隊の敵ではなかった。

引き上げられ濡れ鼠となった大神の姿を「水も滴るいい男」と笑って評する金剛。

だけれども、朝潮にとっては自分に気を遣い、あえて触れずに居る状態が辛かった。

 

「朝潮は、隊長を、大神さんを好きになって強くなりたかっただけなのに……」

 

一人呟く朝潮に、大神たちの視線が向く。

 

「強くなってもっと大神さんのお役に立ちたかっただけなんです!! なのに! なのに、なんでこんな……」

 

涙をぽろぽろと流したまま朝潮は大神から離れようとする。

 

「大神さんを振り回しただけでなく、海の底にまで引きずり込もうとした朝潮なんて……」

 

だが、大神は朝潮の手を掴んで離さない。

 

「もう、朝潮は大神さんにも皆さんにも会わせる顔なんてありません! 有明になんて戻れません! だから、だから、大神さん! 朝潮のことは忘れてください! このまま沈めさせてください!! 次の朝潮が……きっと、きっと大神さんのお役に――」

「馬鹿な事を言うな!!」

 

初めて聞く大神の怒声が朝潮を貫く。

 

「朝潮くん、今朝君は言ったよね。俺が居なくなったら、嫌だって。それは俺だって同じだ! 君たちが、いや、朝潮くんが沈むところを黙って見ているなんて真っ平御免だ!!」

「でも、朝潮はえっちな……悪い子に……なってしまいました……今朝だって大神さんに、勝手に、キスして……こんな悪い艦娘なんかいない方が……」

 

自らの罪を懺悔する朝潮。

だが、大神は朝潮を引き寄せると抱き締め、耳元で囁く。

 

「完全に清廉潔白な人間なんていない、俺だって、艦娘だって同じだよ。誰もがみんな自分の欲望と理性の折り合いをつけて生きている、戦っている。朝潮くん、君は急すぎてそのやり方をよく知らなかっただけなんだ。大丈夫、みんなが教えてくれるよ」

「でも、朝潮、また皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれません……」

「そのときは、俺が止める、また受け止めてみせるよ」

 

しゃくり上げる様に何度も訪ねる朝潮に、言って聞かせるように応える大神。

 

「大神さんを誘惑してしまうかもしれません……、こんな朝潮が、大神さんの傍にいても……良いんですか?」

「君じゃなきゃダメなんだ。俺にとっての朝潮くんは君以外居ない! だから、お願いだ、朝潮くん! 俺の傍から居なくならないでくれ!!」

「大神さん、おおがみ……さん……うわあぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさぁぁぁいっ!!」

 

大神の胸に顔を埋め、大きな泣き声をあげる朝潮。

その朝潮の背中を擦り、泣き止むまで彼女を抱き締める大神。

 

寝不足と、有明からの逃亡、そして深海棲艦との戦いと極度の緊張を度重なり強いられた朝潮はやがて大神の腕の中で眠りにつく。

 

 

 

朝潮をお姫様抱っこで抱き抱え、有明に帰還せんと振り返る大神を、朝潮救助のため共に出撃した艦娘たちが優しい眼差しで見やる。

その中の金剛が大神の傍に近寄って、微笑みながら大神を見上げる。

 

「ねえ、隊長? 私が居なくなってもこんな風に追いかけてくれマスか?」

「勿論だ。金剛くんだけじゃない、みんな死なせない、沈ませない、逃がさないよ」

 

笑いながら冗談交じりに大神が答える。

だが、金剛は笑いながらも少々不満そうな顔をしている。

 

「むう、その答えは私にとっては100点満点じゃないデース」

「じゃあ、何点なのかな?」

 

大神の問いに金剛は一転して満面の笑みを浮かべる。

 

「勿論、『私たち』にとっては120点デース! それでこそ私たちの隊長デース!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

はーい、今回の次回予告は秋雲さんだよ~。

え? お前、まだ居ないだろって?

いーじゃん、そんな細かい事気にしなくたって。

大神さんのお披露目も兼ねて行われることとなった観艦式。

でも私たち小さいから、場所は海の上じゃなくてビッグサイトでやるよ!

日付は夏コミ1日目!

2日目は私たちが題材の薄い本、同人誌もいっぱい出るって言うし楽しみだね!

3日目は残念だけど駆逐艦の参加は禁止だし、2日目だけでも楽しまないと!

……って、私、夏コミ受かってるの!? 沈んでたのに!?

やばい! げ、原稿がー!

隊長~、早く私を深海から助けてよ~!!

 

次回、艦これ大戦第八話

 

「艦これ観艦式開催! 夏コミ海域に出撃せよ!!」

 

次回は帝國ビッグサイトにみんなで勝利を刻むよ! 

 

 

 

「隊長! 隊長のせいなんだから、原稿手伝って!!」




朝潮の好感度たるや如何に



追記:
次回メタネタの嵐w

でも、まあ実際に艦娘が居たとして、
企業ブース枠で観艦式ぶち込んだらコミケスタッフ過労死するな、たぶん(^^;;


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第八話 艦これ観艦式開催! 夏コミ海域に出撃せよ!!
第八話 1 再会


「――?」

 

私が意識を取り戻したとき、そこには舞鶴鎮守府のみんなが傍にいた。

 

「秋雲――?」

「秋雲、目を覚ましおったか!」

 

横になったまま周囲に視線を向ける私。

そこには周囲に居た扶桑さんが、陸奥さん、大鳳さんが居た。

それに利根さんたち、飛鷹さんたち、ううん、それだけじゃない。

 

「秋雲良かったじゃーん!」

「もう、鈴谷。感動の再会シーンなんですから、もっとエレガントに」

「秋雲、目を覚ましたの!?」

「よかったわー、秋雲ー」

 

いや、球磨型、最上型、陽炎型のみんなも、舞鶴で苦楽を共にしたみんなが涙ぐんだ目で私を見下ろしていた。

その事自体に私は驚いて、ちょっと引き気味になる。

それで初めて自分は簡易ベッドの上にいる事に気がついた。

でも、そんな事に疑問を抱いている場合じゃない。

 

「ちょっと待って、私、何かしたっけ?」

 

何でこんな感動的なシーンなの?

 

なんか私みんなにした? 

 

イタリアンマフィアは殺す相手に最上級のもてなしをするとか、そういう奴なの?

 

ずっと、私、みんなのえっちいイラストなんて描いてないよ!?

最近の舞鶴じゃ何もする暇も、余裕も与えられなかったよ!?

 

大体、私――

 

 

 

「あ……」

 

 

 

私――は、

 

 

 

「沈んでたんだっけ……」

 

暑いくらいなのに、深海の寒さを思い出し震え出す私。

一旦認識しだすと震えが止まらなくなってきちゃった。

みんなに迷惑かけるくらいなのが、いつもの秋雲さんの筈なのに。

こんなに震えてたら、みんなのイラスト描けなくなっちゃう。

 

「大丈夫です、秋雲。ここは陽光溢れる海の上ですから」

 

カタカタと震えだした私の身体を不知火姉さんが抱き締める。

 

「やだな……不知火姉さん。そんな大げさな事しなくたって……」

「秋雲に落ち度なんてありません。こんなときくらい姉を頼ってください」

 

そういって不知火姉さんは私をもう一度ぎゅっと抱き締める。

ううん、舞鶴のみんなが私に抱きついてくる。

 

「うん」

 

気温は日本に居た時よりも遥かに暑いくらいだっていうのに、みんなの体温が暖かくって、私もみんなに抱きついた。

みんなも肌と肌が密着して更に暑いはずなのに、うれしくって仕方がない。

 

「「「秋雲、おかえり」」」

「うん……」

 

やがて、私の震えが止まっていく。収まっていく。

自分がここに居るのだと、改めて自覚していく。

 

そして私は思い出した。

 

隊長に、深海棲艦に囚われた私が助け出された事を。

 

そうだ。

舞鶴のみんなは居るけど、隊長が居ないじゃん。

どーして?

 

「あれ? 隊長は?」

「あー、大神さんね。大神さんは南方海域の攻略中~。有明に戻らずに、ビッグサイトキャノンによる補給砲弾で補給しながら、一気に珊瑚海まで開放するつもりなんだって」

 

私の疑問に鈴谷が応えてくれる。

 

 

 

いやいや。

 

 

 

私は大きく頭を振る。

 

ちょっと待て!

 

なにさ!

 

なに! その、ビッグサイトキャノンって!?

 

このネットメインでしか活動できなかったオータムクラウドさまが目標としてた、

舞鶴に居る限り無理かなと思いながら、

でもやっぱり生きてる間に一度は行ってみたいと思ってた聖地!

 

東京!

 

有明!

 

帝國ビッグサイト!

 

そんなところにキャノン砲があるなんて、秋雲さん、ネットでも一度も聞いた事ないぞ!!

そんなのあったら絶対話題になるに決まってる!

 

なんじゃそりゃー!

 

「ん? 秋雲、大神さんの事が心配? そうだよね~、颯爽と敵を一刀両断に切り裂いた後、すっぽんぽんになって現れた秋雲をお姫様抱っこで運んできたからね~。そりゃ、気にもなるか」

「なっ! すっぽんぽん!?」

 

ちょっ! 

この、花も恥らう乙女な秋雲さんの裸、見られちゃったの!?

いや、その話の様子じゃ、肌もペタペタ触られた!?

 

「いや~、話には聞いていたけど、あれはキツいわ。私だったら、大神さんに責任とってお嫁にとってもらわないと無理だね~」

 

肩を竦めてため息をつく鈴谷に釣られてみんな笑ってるけど、待ってよ!

 

「ちょっと、見られたのは私なんだぞ!! どうすればいいのさ?」

「大丈夫よ! 秋雲! 大神さんならきっと責任取ってくれる!!」

 

そこでにっこり微笑んでも説得力ないよー。

 

「――!?」

 

隊長にお姫様抱っこされてた時の事も思い出してきた!

 

意識が朦朧とした私に外套を巻いて、優しく抱き抱える隊長。

 

『よかった、秋雲くん』

 

そう言って自然な笑みを向ける隊長。

 

う~。

 

くそう、あのイケメンめ……かっこいいじゃないか。

 

思い出すだけで、この秋雲さんともあろう者が顔が真っ赤だよ~。

こうなったら隊長のイラスト描いてやる、逆襲にBL描いてやるんだ~!!

 

「あ、隊長が戻ってきた」

「んなっ!?」

 

びっくりしてあたふたする私、ああ、もう少し心がまとまってきてから帰ってよー。

 

「おお! あの姿は巻雲か!?」

 

利根姉さんが隊長に助け出された巻雲を見つけたらしい。

え? 巻雲も助け出したって言うの?

ってことは珊瑚海奪還完了したって事、ただの一戦で?

 

「ふふふ、秋雲。その程度で驚いていては、これからやっていけないわよ」

 

扶桑さんが優しく微笑んでいるけど、だって、舞鶴であんだけヒーコラ言って、やっとだったんだよ?

それが、鎧袖一触って納得できるかー!

そんな感じで私が喚いていると、巻雲たちの声が聞こえてくる。

巻雲はもう意識取り戻したんだ、早いね。

 

あれ?

 

ちょっと待って、という事は。

 

「隊長さま、巻雲、あんなところまで見られてしまっては、もうお嫁にいけません~! こうなっては、隊長さまに身も心も捧げるしかありません!!」

「ええっ、巻雲くん、きみはそれでいいのかい!?」

「夕雲姉さんまで助けていただいて、巻雲にできる事なんてそれしかありません~! こんな幼い巻雲の体ですが、隅から隅までとくと味わってください!」

「うふふふ、そ れ な ら、わたしも。大神さんに尽くさないといけませんね。なんでも言ってくださいね」

「いやいやいや、そんな事しなくて良いから!」

「No! 隊長に味わってもらうのは私の身体って相場が決まっているのデース! 巻雲に夕雲、一時の感情に身をゆだねると後で後悔するのデース!!」

「「「お前が言うな」」」

 

…………

 

なんか私の事無為視されてない?

すっぽんぽんの私を見たくせに。

 

「こらー! この秋雲さんを無視するなー!!」

 

ベッドを飛び出て、巻雲たちに向かう私を舞鶴のみんなが暖かい視線で見ていた。

その事が嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 

その姿を見て巻雲たちも笑っていた。




今回の導入は混乱する秋雲の視点が言いかなーと思って、敢えて一人称で書いてみました。
け れ ど 、
いつもの倍以上かかったwww

慣れない事はするもんじゃないですね(^^;


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第八話 2 オータムクラウド、復活!

珊瑚海開放まで終わったことで、先ずはひとまずの終了を見た南方海域開放作戦。

救出した夕雲型たちを連れて大神たち華撃団は有明鎮守府、帝國ビッグサイトへと帰還していた。

 

「ふぇ~、ホントに帝國ビッグサイトなんだ~」

 

写真でしか見た事のない自分にとっての憧れの聖地、帝國ビッグサイトを大神に抱きかかえられながら呆然と眺める秋雲。

海から近づいているため、コミケの写真でよくある橋の下から見上げた構図ではないが、それでも特徴的な逆三角形の建造物は紛れもなく帝國ビッグサイトだ。

 

「今日から、ここが私たちの住処になるんだー。……なんかちょっと複雑な気分」

「大丈夫、俺も居るし、他の艦娘たちもここに居る。何か困った事があったら相談に乗るよ」

「あー、そういうんじゃないから大丈夫だよ」

 

秋雲は頬を赤らめながら、優しく見下ろす大神に小さく手を振る。

 

一人の絵師として、一応いっぱしの身だった者として、一度は参加してみたいとは思っていた場所が、寝床になろうとは考えても居なかっただけ。

夢にも思わなかった事態を前にして、少々戸惑っているだけなのだ。

 

「そうかい? 君の所持してた私物は、舞鶴から持ち込んでいるし、君たちの部屋も用意した。詳しい生活のルールは後で教えるから気兼ねなく過ごして欲しい」

「え? 私物? 私の私物残っているの!?」

 

私物、というか絵描きの道具は処分されたと思っていたから、それは秋雲にとって嬉しい誤算だ。

 

「ああ、舞鶴の皆が処分されるのを必死に抵抗したらしい。一つ残らずここにあるよ」

「ホント!? 陽炎姉さん! 不知火姉さん! 舞鶴のみんな、ありがとー!!」

 

また通販で一からそろえる必要がなくなった。

それにpixivとか、ツイッターにアップした絵はまだ残っていると思うが、それ以外の表に出してない(出せない)絵もいっぱいパソコンにあったのだ。

それらが失われてなくてよかった。

でも絵師にとっての第二の聖地、秋葉原で買い揃えるのも悪くなかったかも、と秋雲は思い直す。

 

「まあ、それは部屋で私物を確認してから、買い足しに行っても良いかな~」

「秋雲くん、楽しそうだね」

 

腕の中で未来の生活に思いを馳せはしゃぐ秋雲の様子につられて、大神にも笑みが浮かぶ。

 

「うんっ! ビッグサイトでの、じゃなかった有明鎮守府での生活、楽しみだよ~」

「ははは、秋雲くんの言いやすい方で構わないよ」

 

そう言うと、大神は有明鎮守府の港湾部から陸に上がり、秋雲を下ろす。

ずっと抱き抱えられていた大神の腕の感触を失い、寂しさを感じる秋雲だったが、しょうがない。

代わりに、大神の腕に抱きつこうとする秋雲であったが、大神はそれをするりと避ける。

 

そして、待っていた大淀たちへと向き直る。

 

「大神さん。南方海域開放、お疲れ様でした」

「ああ、自分の留守の間迷惑をかけたね、大淀くん。補給弾も助かった、お疲れ様」

「この程度秘書官筆頭として当然の事です! 大神さんこそ、無事で何よりです、よかった……」

 

そう言って、大神の事を涙で潤んだ目で見上げる大淀。

なんか少しばかり二人の雰囲気が良いように秋雲には感じられた。

それが、ちょっと秋雲は気に食わない。

 

「隊長?」

 

大神の袖を引っ張って気を引く。

 

「ああ、秋雲くん、ごめん。大淀くん――」

「分かりました。神通さん、秋雲ちゃんたちの有明鎮守府の案内、お願い致しますね」

「はい、分かりました。皆さん、付いてきて下さいね。先ずは皆さんの制服に着替えていただきますから」

「「「はーい」」」

 

見ると、夕雲たちも既に傍にいる。

移動を開始しようとする神通だったが、大神が呼び止めた。

 

「ちょっと待ってくれ、神通くん。俺宛ての支払いで構わないから、案内の途中で間宮君の処でみんなに甘味を食べさせてあげて欲しい、勿論神通くんも」

「え? 宜しいのですか? 大神隊長?」

「ああ、みんな初めての鎮守府だからね、案内する神通くんも手数をかけるし」

 

大神の提案に頷き先導する神通に続き、秋雲たちはビッグサイトの中へと移動するのであった。

大淀は大神に連れ添って、別方向から有明鎮守府の司令室へと向かっている。

 

「羨ましくなんかないもん……」

 

自分で言ってて、説得力がないと秋雲は思った。

 

 

 

そうして、神通による有明鎮守府の案内を終え、甘味処間宮で甘味を堪能した秋雲たちは自室へと案内された。

 

「よーし、早速私物をチェックしないとね!」

 

言うが早いか、勢い込んで一つ目のダンボールを開ける秋雲。

そこには、色鉛筆、パステル、水彩絵の具などのアナログ画材や、スケッチブックのほか、イラスト以外の漫画のネタ帳などが入っていた。

それはそれで大事なものなのだが、今必要なのはこっちではない。

 

「となると、こっちの方かな?」

 

棚に物をしまい、秋雲は他のダンボールを開けていく。

そこにはパソコンやスマホ、液晶ペンタブなどが入っていた。

 

「さあてっと、早速セットアップしないとね~」

「えー、秋雲~、もう始めるの~。もう少し休もうよ~」

「何言ってるのさ。このオ-タムクラウド先生の生存報告を、みんな待ってるに違いないのさ! 仕事が忙しくなるって言ってから8ヶ月以上絵は上げられなかったし、沈んでたからツイッターも半年近くしてなかったからね!」

 

天に拳を突き上げ熱弁する秋雲。

 

「そんなに無言だったら~、忘れられてるかもしれないですよ~」

「うぐぅっ!?」

 

巻雲のツッコミに衝撃を受ける秋雲。

 

「そ、そんな事ないもん! 顔を合わせた事は殆どないけど、みんな良い人ばっかりだったもん! き、きっと……」

「いや、半年も音信不通だったら、普通消えたって思われてるんじゃね?」

 

珊瑚海の制圧後の掃討中に救出された長波も、容赦ないツッコミを入れる。

 

「うがー! 待ってろ、とっとと生存報告を上げてやるんだからー!!」

 

そう言うと、秋雲はパソコンのセットアップを始める。

しばらく半年近く起動していなかったから、起動後Windowsとか、お絵かきソフトとか、ブラウザの更新作業にしばらく時間を取られたが、1時間もしない内にそれは終了する。

Windowsの再起動が完了し、ブラウザからツイッターにログインする秋雲。

そして、ツイートする。

 

『オータムクラウド、ふっかーつ! 半年も連絡がなくてゴメン! 仕事場も変わって楽になって、絵描ける様になったから、これからはまたバリバリ絵描いてくよ!!』

 

そして、みんなのリプを待ちわびる。

だが、その反応は待っていたものとは異なっていた。

 

『オータムクラウド先生は、いや秋雲ちゃんは半年も前に沈んだんだ! なりすますな!』

『捨て艦にされ、犠牲にされ、沈めさせられた秋雲ちゃんを追悼しようってときに不謹慎だ!』

『半年前目茶苦茶泣いたのに、思い出させるんじゃねーよ!!』

 

「え……なんで、オータムクラウドが秋雲だって、私だってみんな知ってるの?」

 

みんなのリプから、自分が慕われていたってのは分かる。

それは嬉しい。

だけど、なんで、オータムクラウドが秋雲だとばれているのか、勿論秋雲は話した覚えがない。

 

『何で、オータムクラウド=秋雲だって分かるのさ!? 話した覚えないよね?』

 

それは自分で認めたようなものだが、ここに至っては今更だ。

その返事もすぐに返ってくる。

 

『まだなりすますか! まあいい、姉妹艦の不知火ちゃんがツイートしてくれたんだよ、秋雲ちゃんが沈んだって!』

 

「なんだってー!!」

 

慌てて、秋雲は自分のツイート履歴を確認する。

半年間の空白の後、そこには自分以外の、不知火によるものと思われるツイートがあった。

 

『オータムクラウドこと、駆逐艦秋雲は先の海戦で轟沈いたしました。生前の皆様からの友誼を感謝いたします。艦娘でありますので、失礼ながら葬儀などは行いません。その点につきましてはご了承のほどお願いいたします』

 

「不知火姉さんーっ!?」

 

確かに、音信不通となるよりは死んだなら死んだと書くべきかもしれない。

でも、今の自分の立場としては、この誤解をどう解いたものか。

 

『絵が描けなくなるってツイートの後に撮られてた、秋雲ちゃんの憔悴しきった写真見てられなかった』

『あんな可愛い子が、ただの捨て艦として沈められるなんてやってらんねーよ!』

『いつかコミケで会えればって思ってたのに、もう二度と会えないんだぜ!?』

『沈むくらいなら、僕が養って上から下のお世話をしてあげたのに、デュフフ』

 

不知火のツイートに対して、オータムクラウドへの、秋雲への想いが次々にリプされていた。

その数は、数千を優に超える。

その事に俄かに感動して、秋雲は涙ぐむ。

最後のリプは鳥肌が立ったので、見なかった事にしたが。

 

「って、感動してる場合じゃなかった! みんなの誤解を解かないと!!」

 

『ホントに! 私、オータムクラウド、秋雲なんだって! 艦娘の秋雲さんなんだって! どうしたら信じてくれるのさ?』

 

そのツイートに『なりすますな』などの罵倒のリプが寄せられるが、一つのリプでそれは変わる。

 

『そんなに言うなら、自撮り写真上げてみれば良いだろ。オータムクラウド先生=秋雲ちゃんなんだから、自撮り写真上げれば一発で判別できるだろ』

 

『ああ、確かに』

『秋雲ちゃんの写真、出回ってるものもあるしな。一発で判別できるな』

『どうせ出来ないだろうけどな』

『ほら、上げてみろよ』

 

「う……」

 

ネットリテラシーとしては、自撮り写真を上げるのはあんまりしたくない。

普通であればそうなるのだが、

 

「あ、よく考えたら、ここまでオータムクラウド=秋雲ってバレてる時点で隠す意味ないか」

 

そう秋雲は考え直す。

ここまで公になっている以上、オータムクラウド≠秋雲と主張する意味がない。

自分、秋雲の自撮り写真を上げたところで何も変わらない。

 

そう思い、秋雲はスマホで自分の写真を撮影する。

 

未だにオータムクラウドを、秋雲を想い、なりすましを許さなかった、自分のフォロワーへの感謝の思いを込めて、満面の笑みで。

 

『オッケー、分かった。今、自撮り写真上げるね。みんな、私の事を思っていてくれてありがと』

 

そして、その写真を添付してツイートする。

その効果は覿面だった。

 

『マジか……』

『こんな満面の笑みの秋雲ちゃんの写真、初めてみた。マジだ……マジ、オークラ先生だ』

『あんなに憔悴してた秋雲ちゃんがこんな満面の笑み、泣ける』

『こんな至近距離の写真、保存しねーと』

 

出てくると思わなかった秋雲の写真に呆然としたようなリプが続く。

そこに一報のツイートが飛び込んでくる

 

『みんな、オークラ先生、いや、秋雲ちゃんの話マジだ!! さっき正式に発表があった!! 南方海域開放に伴い、沈み深海に囚われていた秋雲ちゃんたちを救出したって!!』

『本当だ! 正式発表されてる!!』

 

そのツイートに一瞬のリプの勢いが沈黙する。

そして、

 

『オータムクラウド先生、いや、秋雲ちゃん! なりすましだなんて言ってごめん!』

『失礼しました、オークラ先生!』

『秋雲ちゃん良かったよー、今度は感激で泣ける!』

 

次々になりすましとみなした事への謝罪と、秋雲復活に対する感激のリプが列を並べる。

 

『ううん、分かってくれれば良いんだ!』

 

もともと、秋雲の事を思ってなりすましを非難してくれてたのだから、秋雲が怒る理由なんてない。

むしろ、感謝したいくらいだ。

 

『で、秋雲ちゃんはどうやって助けられたの? やっぱり大神大佐に助けられたの?』

 

「え、いや、ちょっと待って。私たちを助けた人が誰かって話して良い事なのかな?」

 

自分の事と違って、こっちは答えて良いか分からない。

秋雲はお茶を飲んでいる巻雲たちに向き直る。

 

「ええっ、そんなこと巻雲に聞かれても~」

「うふふっ、秋雲さんの様子から、大淀さんに電話で確認しておきましたよ。大丈夫ですって」

「さっすが~、夕雲姉さん!」

 

指をパチンと鳴らすと、秋雲はパソコンに向き直りリプを返す。

 

『うん、そうだよー。隊長の煌めく光刃が深海棲艦をズンバラリンして、それで助けられたんだ』

 

そこまで書いて良いとは誰も言ってないと思うが。

 

『ひぇー、帝國の若き英雄は相変わらずか、すげーよ』

『華撃団が発足してから、本当に破竹の勢いだな。海を取り戻せそう』

『ねぇねぇ、大神大佐ってイケメン? 写真とか殆ど出回ってないの』

 

女性のものらしき疑問のツイート。

その程度なら答えても良いかな、と秋雲は思ったところを素直にリプする。

 

『うん、イケメンだよ。素の表情も良いけど、優しく微笑むとことか、刀を持った凛々しいとこが特に!』

 

かなり欲目が入っている。

 

『いいな、いいな。私も会いたいな! 大神大佐ってどうやったら会えるの?』

『流石に今は難しいんじゃないか? 南方海域開放したばかりだから有明鎮守府の公開はまだ難しいだろうし、観艦式の予定もなかった筈』

『でもでも、大神大佐って週刊誌やテレビで全然報じてくれないし、やっぱり一目会いたいよー』

『だよね、帝國の若き英雄! 東洋の奇跡! 日ノ本の剣狼! せめて写真でも良いから見てみたいよね』

 

大神の話題になって女性のフォロワーが俄かに活発になってきている。

なんとなく秋雲は胸の辺りがムカムカしてきた。

そして嫉妬を覚えたまま、ツイートする。

 

『えへへ~、今日から秋雲さんは大神さんと一つ屋根の下の生活、明日からは訓練とかも一緒なんだ。許可取れたら大神さんの絵もアップするね』

 

『ぐぬぬ……羨ましい』

『ホントに? 絵アップしてくれるの?』

 

と、羨ましさ半分、絵があがる事の嬉しさ半分の女性陣。

 

『秋雲ちゃん、まさか……』

『ロリ神さんかよ……』

 

一方、秋雲の口調の端々から何かを感じ取った男性陣。

 

そんなやり取りをしばらくして、やがて話題が変わる。

 

『そう言えばどうなるんだ、あの企画……』

『秋雲ちゃん、蘇っちゃったもんな……』

「企画倒れ、か? あれはあれで俺コミケ行くつもりだったんだけど』

 

『なになに~、あの企画って?』

 

自分の知らない事なので食いつく秋雲。

 

『えっと、説明するよりここのサイト見てもらう方が早いかな? http~~~~~~~~』

 

と書かれていたので、秋雲はそのリンクをクリックする。

新たなタブが開かれて、ホームページが表示されていく。

そのホームページには、

 

『オータムクラウド先生こと、駆逐艦秋雲、追悼企画』

 

と書かれていた。

 

 

 

 

 

「なんじゃ、こりゃー!!」

 

思わず立ち上がって秋雲は叫んだ。




たぶん本作品過去最大文量になったw
掲示板形式にしようか迷ったんですが、秋雲の行動・心情も書きたかったのでこっちで。

しかし秋雲は書いててマジでネタが尽きない、ヤバイw
今回、最長話になりそう。
いいのかそれで、俺www


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第八話 2.5 アキハバラ買い出し紀行

初の? 一日二回更新。


「やった~、初めて来たよ~、憧れの聖地! あっきはば~ら♪」

 

改札口を通り抜け、秋雲は人混みの中をクルクル舞いながら喜びを露にする。

曜日は日曜日、鎮守府も一部を除いて休みのとき。

場所は東京、オタクの聖地、秋葉原。

最新のお絵かき事情や、流行のジャンルの実態調査など、ネットからしばらく離れてしまった秋雲が絵師として、時代の流れについていくための実地調査の場所として選んだのは、当然この場所であった。

というか、ここしか存在しない。

 

「たいちょ――じゃなかった、大神さん! 今日は一日宜しくね!」

「ああ、こちらこそ、ここは初めてだからね。秋雲くん、宜しく」

 

続いて改札口を出た大神の腕を取り、腕を組んで喜びを露にする秋雲。

そう、しかも今日は大神と二人きりの外出。

他の護衛の男性も、艦娘の姿もここには居ない、文字通り二人っきりだ!

理由は単純。

外出に際して同行する人を選ぶとき、他の艦娘だと二人で居ても、二人まとめて声をかけられるだけで意味がないだろうと、男性を選ぶ事になったのだが、それはそれで秋雲が選べる男性は一人しか居なかったのだ。

 

『――-!? ごめんなさい、今は、無理――なの!!』

 

自分でも気づいていなかったのだが、今現在、大神以外の男性と至近で接し続ける事に、秋雲は拒否反応を示したのだ。

慌てて呼び出された明石の診断は軽いPTSD、原因は舞鶴での扱いによる物であるだろうとの事。

そんなに重いものでもないから、夏コミ、人の大群と交わす頃には収まっているだろうけど、1、2週間は無理だろうというのが見立てであった。

 

「ふっふっふっ~、僥倖、僥倖」

 

でも、ある意味、秋雲にとっては幸運としか言うしかない。

警備府の艦娘も、有明鎮守府も、結局未だ誰一人成し得た事のない、大神との二人っきりでの外出デート。

それに連れ出すことに成功したからだ。

 

今日一日は、大神は秋雲のもの。

 

そう考えると、秋雲は唇の端がニヤけてしまうのを止められない。

 

ここはリア充の街じゃないから、カップル専用のものはそうないが、二人で時を過ごす場所もチェック済みだ。

 

「で、今日は何処を回るんだい?」

「うん、先ずは、ヨドバシカメラでデジタル機器の新品をチェックして――」

 

あらかじめリサーチした秋雲がつらつらと予定を話していくが、当然お分かりのように大神は太正時代の人間。

ある程度は分かったつもりだったのだが、デジタル機器がどうとか、タブレットがどうとか特殊言語を羅列して言われても理解が乏しい。

まあ、ほんの半年前までは、スチームパンク全開の世界に居たのだから無理もない。

 

『まだまだ勉強が足りないぞ、大神! 今日は詳しい秋雲くんに付いて行って勉強しないと!』

 

そう気合を入れなおす大神。

護衛半分の気持ちも勿論あるが、今日は、この世界について学びなおす! と、気合を入れなおしている。

 

「よーっし、大神さーん、いっくよ~」

「ああ、秋雲くん、こちらこそ宜しく。いろいろ教えて欲しいな」

「!!?? もっちろん! この秋雲さんに任せて!!」

 

大神の言葉に満面の笑みで腕を取り微笑む秋雲。

が、その光景を見ていたのは一般人だけではない。

秋雲、否、オータムクラウドのファンもそこに居たのだ。

 

『緊急警報! 緊急警報! 秋葉原駅にてオータムクラウド先生、いや秋雲ちゃんが男と居るところを発見したでござる!』

 

『何ー!?』

『なんだってー!?』

 

悲鳴のようなツイートに男性ファンの大勢が反応する。

 

『そりゃー、あれだけ可愛かったら、男の人が放って置かないって』

『でも、艦娘でしょ? 普通の人が近づけるかな?』

『誰、もしかしたら、大神大佐じゃない!?』

 

女性ファンは逆の反応を示す。

というか、最後の発言の人、正解。

 

『――とにかく、二人を追うでこざる! もしかしたら秋雲ちゃんが悪い男に引っかかったかもしれない、そんなの見ていられないでござる!!』

 

そうこうしている内に秋雲たちは駅を離れ移動していく。

彼もまた、そんな二人を追って移動しようとする。

 

『報告宜しく!』

『俺も秋葉原に行く!』

 

彼を応援しようとする男性ファン。

 

『えー、無粋じゃない?』

『やめたら?』

「でも、マジ大神大佐に会えるかもしれないんでしょ? 行った方が良いかな!?』

 

逆に女性ファンは一部を除いて、乗り気ではない。

幼い女の子のプライベートを暴くことに乗り気ではなかった(一部除く)。

 

 

 

 

 

そうして、ヨドバシカメラでのパソコン機器確認に始まって、

 

「ええっ!? 艦娘のフィギュアなんてあるのかい?」

「あれー、知らなかったの~。ねー、大神さん、あたしのフィギュア買ってみない? いろいろしてもいいよ~? 触ったり、舐めたり、……かけたり」

「ん? 秋雲くん最後なんて言った?」

「ええっ!? そんなの、二回も言わせないでよ! 大神さんのえっち!!」

「なんでさ!?」

 

K-BOOKSでのグッズコーナー探索に続き、

 

「あ、あのぬいぐるみ可愛いかも、新作アニメのか~」

「秋雲くん、取って上げようか?」

「ええ、大神さん、いいよ~。こういう場所だと設定が厳しいのが普通だし~」

「大丈夫、任せてくれ!」

 

「……」

 

「よし!」

「うそ、一撃!? すっごーい!!」

 

SEGAゲーセンでのUFOキャッチャー取得に、

 

「アニメ、か……これがアニメなのか、信じられない……」

「うそ~、大神さん、アニメ見てないの!? アニメは良いよ~」

 

ゲーマーズの前で流されている、ラブライブサンシャインの映像のぬるぬる動きっぷりと呆然とする大神に、アニメの視聴を薦める秋雲。

 

そんな二人は、傍からはどう見ても年の差はあるが、お似合いカップルにしか見えなくて、

 

『皆の衆、秋雲ちゃんはすごい楽しそうでござる。お似合いにしか見えないでござる』

 

二人をずっと追いかけ呟いていた、男が涙を流しながら二人のすぐ後ろで呟こうとする。

だが、そんな不穏な動作を感じながら離れていたから見逃していた、大神が見逃す筈がない。

 

「お前、俺たちをずっと付けて、秋雲くんに何をしようとしている!」

「ぐぬわぁっ、離すでござる!」

 

大神が振り向き、男の腕をひねり上げる。

大神に腕を捻り上げられ、苦悶の表情を浮かべる男。

 

「ちょっと、店の前で乱暴事は――」

 

その声に引き付けられ、スタッフが店前へと出てくるが、秋雲の着る夕雲型の艦娘の制服に厄介事はゴメンだとばかりに押し黙る。

しかし、秋雲には、男の顔に見覚えがあった。

自分の記憶を紐解いてしばし、秋雲はその結果、思い出して問う。

 

「もしかして――○○さん?」

「オータムクラウド先生……いや、秋雲ちゃん。拙者のことを覚えていてくれたでござるか!?」

「やっぱり、その口調! 覚えてるよ! 昔、舞鶴の即売会に来てくれたよね?」

「感激でござる! 拙者のようなオタクを覚えてくれていたなんて――」

 

その秋雲と男のやり取りに、大神は痛みを感じない程度に、腕の捻りを緩める。

勿論、男が不審な行動をとろうとすれば、即座に転倒させるつもりで。

 

「なんで、私たちを付けてたの、○○さん?」

「いや、情けないことでござるが、秋雲ちゃんが男と出歩いているのを見て、悪い男に引っかかったかもしれないと思ったでござる。帝國の若き英雄、大神大佐なら、そんなことある訳ないに決まっているのに」

「○○さん――」

「二人の時間を邪魔して、失礼申した。大神大佐なら、オータムクラウド先生を任せられるでござる。今日、大神大佐と出会ったことは、勿論誰にも言い申さぬ!!」

 

そう言い残して、男はその場を立ち去ろうとする。

腕を緩め、男を解放する大神。

 

「大神大佐、オークラ先生を、秋雲ちゃんをよろしく頼むでござる!」

 

最敬礼をして秋雲のことを大神に託す男。

 

「ああ、秋雲くんのことは任せてくれ」

「ならば、ご忠告を。何人かの大神大佐の女性ファンがここ秋葉原に来ようとしてるでござる。拙者も否定の報を流すでござるが、秋葉原の中心街からはしばし避難の程を」

 

なら、叫ぶな!

そうツッコもうとして、堪える二人に辺りのざわめきが聞こえる。

大神たちが耳を済ませると、

 

『ねぇねぇ、大神大佐見つかった?』

『さっき、ゲーマーズの方から、大神大佐って呼ぶ声があったってさ!』

『よし、早速そっちのほうに向かうわよ!』

 

駅の方からそんな声が聞こえてきた。

と言うか、大神のサインをねだろうと店の奥に引っ込んだスタッフたちが出てこようとしている。

もう一刻の猶予もない。

 

「じゃ、またね!」

「はいでござる! オータムクラウド先生! 大神大佐!」

「「だから叫ぶな!!」」

 

そう言い残して大神たちはゲーマーズから逃走した。

ちなみに、大神にとってこの世界で最初の逃走である。

深海棲艦をブッタ斬る大神も、オタクたちには適わないと言ったところか。

 

 

 

 

 

「あ~、まだ。半分しか条件達成できてなかったのに~」

 

秋葉原から程よく離れたメイドカフェ(ここも秋雲のリサーチしたところ)で、机に沈み込む秋雲。

鞄の中に用意した紙袋は埋まっていない。

それは薄い本、同人誌で埋められるはずだったものだ。

 

「まあ、絵を描くのに必要な買い物は出来たんだろう? それならいいんじゃないかな」

「それはそうだけどさ~、あ~、薄い本買いたかった~」

「薄い、本? なんだい、それは?」

「薄い本、決まってるじゃない、それは――」

 

と、そこまで言って秋雲は言いよどむ。

 

『よく考えたら、そんなの大神さんに言える訳がない! 何しようとしてたの私は――!?』

 

「それは?」

「ううん、なんでもない! よく考えたらネットでも何とかなるものだった!」

 

必死にごまかす秋雲。

だって――、

 

『秋山殿――ちが、秋雲殿! ご命令の壁サークルファンネル、制覇・完了してきたでござる!』

 

そういう大神は流石にヤだなぁと思う秋雲であった。




タイトルは往年の名作から。

というかオタクが目立ちすぎたっぽい?


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第八話 3 太正会からの使者

秋雲がネットで自分の生存報告を行っている頃、大神は帰投早々に通常業務を行おうとしていた。

 

「何を馬鹿なこと言っているんですか、隊長! 今日くらいはゆっくりとお休みください!」

 

そんなのとんでもない事だと、当然お冠な大淀。

そう思っているのは大淀だけではない。

メル、シー、今週の短期秘書官である夕張、鳥海、伊勢、羽黒たちもうんうんと頷いている。

 

「いや、そういうわけにもいかないよ。南方海域開放の間、仕事を貯めてしまったからね。秋雲くんたちの復帰に伴って、短期秘書官に舞鶴鎮守府の艦娘をそろそろ割り当てるべきだし、やることは山のようにある。もう少し片付けておかないと」

「はぁ、頑固なんですから、隊長。……分かりました」

 

梃子でも動かない大神の様子に、半ば呆れた様なため息をつく大淀。

仕方がないかと、大神の机にある書類を半分以上持ち去る。

 

「大淀くん?」

「大神さんが仕事を片付けたい様に、私たちは大神さんに休んでいただきたいんです。なら、一刻でも早く仕事を片付けられる様、私たちも全力でお手伝い致します」

 

そうして、大淀はメルたちを見やる。

 

「皆さん、場合によっては残業になってしまうかもしれません、宜しいですか?」

「「「はいっ」」」

 

勿論、メルたちの回答は決まっている。

全員が、大神に南方海域での連戦の疲れを癒してほしいと思っているのだ。

大神を休ませようとするならば、総がかりで仕事を片付けるしかない。

 

「みんな……すまない」

「もう、大神さん! そういうのは言いっこなしですよ!」

 

シーの朗らかな回答に全員の顔が綻ぶ。

 

「そうだな。……みんな、手を貸してくれ!」

「「「了解!」」」

 

そう言って、全員が机に向き直って仕事に取り掛かろうとしたとき、守衛から連絡が入る。

内容は太正会より大神への言伝を預かった者が現れたとの事。

タイミングが悪いなと思う大神であったが、太正会からの連絡となるとただ事ではないだろう。

自分が応対する他、ないだろう。

 

「みんな、確認を取ったばかりで悪いんだけど……」

「隊長さん、太正会からの連絡となると重要な案件に違いありません。気になさらず、隊長さんはそちらに行ってください。お仕事のほうは皆さんでお片付けします」

「ありがとう、鳥海くん」

 

バツが悪そうに頭を下げる大神に、鳥海は微笑んで答えを返す。大淀に先んじて。

自分の台詞を取られて、大淀は少し悔しそうだ。

 

「俺は応接室に行くよ、メルくん、お茶の準備を頼んでもいいかな」

「分かりました、大神さん」

 

そう言って、大神は応接室に移動し太正会からの使者を待つ。

 

やがて、大淀によって案内されたその人物は――

 

「いよう、大神~。こうやって会うのは久しぶりだな」

 

気さくな表情で大神に挨拶を交わすのは、大神の親友、加山であった。

 

「加山、お前が太正会の使者なのか?」

「使者って言うほど、大げさなものじゃないんだけどな。連絡する内容が内容だから、こんな格式ばった形になってしまったわけだ、これが」

「なるほど、そう言うことか」

 

相対する人物が加山と分かり、大神の雰囲気が気さくなものとなる。

それは艦娘と接するときのものとも、軍の関係者と接するときのものとも異なるものだ。

大神と加山の関係がどういうものなのか知りたくて、後ろ髪を惹かれる心持の大淀だったが、無遠慮に室内で待機しているわけにも行かないだろう。

 

「それでは失礼いたします」

 

大淀は応接室から出て行った。

用意されたお茶を一口含んで、加山は話し始める。

 

「お堅い用件はちゃっちゃと済ませてしまおうか、大神」

「そうだな。帰投したその日のうちに連絡を入れるって事は、重要な案件なんだろう?」

「まあ重要だし、迅速に伝えないといけない案件ではあるな~。何せ、お前の業務負荷が激増する案件だからな」

 

勿論冗談であるが、半ば脅すように言葉を選ぶ加山。

 

「分かった分かった。それなら尚の事、迅速な連絡を頼む」

 

だが、そんな加山の人柄は大神にはお見通しだ。

冗談めいた口調である以上、本当に平和に関わる不味い案件ではないのだろう。

この世界の平和に比べてしまえば、自分の業務が増えるくらいのこと、大したことではない。

 

「何だよ、お見通しか、大神~? もう少し驚いてくれたっていいじゃないか」

「別に分かってるわけじゃないさ。でも、平和に関わることでも、艦娘の生活に関わることでもないんだろう? なら、そこまで気張る必要もないかな、ってね」

「お前の言う通りだな。今回の連絡は、艦娘とお前のお披露目、観艦式の実施についてなんだ」

 

見破られてしまっているのであれば、迂遠な物言いをする必要もない。

加山は、ストレートに用件、観艦式の実施が決まったことを大神に伝える。

 

「観艦式!? 艦娘のお披露目をするって言うのか?」

「いや、違う。艦娘のお披露目もあるが、本当のメインはお前だ、『帝國の若き英雄』、大神」

「俺?」

 

親友である加山に名指しされて、俄かに驚く大神。

 

「あー、そうだ。お前だよ、大神~。お前、今どれだけ注目されてるか分かってないだろ? ジャ○ーズだけじゃない、男性アイドルを軒並み押さえての注目のトップなんだぜ?」

「そう……なのか?」

「そうだ、最初は米田閣下、山口閣下は報道を控える方針だったんだけどな、あまりにもお前が注目を集めすぎたせいで方針転換することになったんだよ」

 

ずっと秘密部隊である華撃団で生きてきたから、そのあたりの感覚が少し麻痺している大神。

けれども、隠密部隊である月組の長だった加山は、そのあたりのバランス感覚を保持していた。

海域が開放されるたび、艦娘を救出するたび、勢いを増していく大神への熱狂の危険さに。

このまま秘密主義を貫くことは危険であると、両大臣に進言する程度には。

 

「だから、悪いけどな大神。有明鎮守府には観艦式を実施してもらうぜ」

「分かった、それに異論はないよ、加山。両閣下は、観艦式の場所をどこにするつもりなんだ?」

「大神よ~、お前ここビッグサイトがなんだったか忘れてるだろ!? ここだよ!!」

 

思わず大神にツッコミを入れる加山。

 

「観艦式だろ? 海の上じゃないのか?」

 

海軍としての常識を口にする大神だったが、

 

「大神~、お前、前の太正時代のことが抜けてないな。良いか、艦娘もお前も人間サイズなんだ! 海の上を行く観艦式なんかやったって、豆粒くらいにしか見えるわけないじゃないか! 形式はファッションショーみたいなものになるに決まってるだろ!!」

「あっ!?」

 

加山の指摘に、ようやく自分の今までの観艦式の常識がここでは違うと気づかされる大神。

 

「……そうか、そうだな。確かにその通りだ、加山」

「ようやく分かったみたいだな、まあ、詳細は明日以降、太正会が指定したファッションモデルたちにウォーキングなどの講習を受けてもらうことになる。ちなみに、観艦式の日時は8月半ば、夏コミ一日目となる」

「8月半ば!? 後一ヶ月半じゃないか、それで整えると!?」

 

日程を聞いて驚愕する大神に、加山はニヤリと笑う。

 

「いきなりの出撃には慣れているんだろ、大神? 今度の観艦式も大丈夫だろうと、両大臣だけじゃない、大元帥からもお墨付きは貰っているんだぞ?」

「……分かった、全力を尽くそう」

 

そこまで信頼されているからには、ダメですだなんて、安易に大神には言えない。

決まっているなら全力を尽くすのみだ。

加山の話からすると、艦娘の方はファッションショー形式の観艦式に慣れているようだし。

 

「よし、了解してもらえたようだな。詳細はこの文面に書いているから改めて目を通してくれ」

 

そう言って、加山は改めてキャリングケースからA4の封筒を取り出す。

 

「分かった、ちなみに指定されたモデルは明日の何時に来る予定なんだ?」

「ああ、午前10時到着の予定だ。そこからは全体・個別指導を行うことになる」

 

とりあえず明日の予定が分かれば、まあ良いだろう。

後は文面を読み込んだ後、皆に伝えなければ。

 

そう封筒に視線を落とす大神に、加山が笑いかけた。

 

「聞いた話だけどさ、有明鎮守府にはバーも用意されているんだろ? どうだ、今夜、たまには飲まないか?」

 

 

 

 

 

そして、夜更け、具体的には甘味処間宮が閉店した後。

大神と加山の二人の姿は、有明鎮守府のカウンターバーにあった。

着席し、お互い最初の一杯を頼んだ後に出された、塊から切り出した生ハム、そしてメロンに舌鼓を打つ加山。

出された一杯も極上の酒だ。大神と共に現れた友人と知り、取って置きを出しているらしい。

 

「大神~、いいじゃないか、ここは。旨い酒に、旨いツマミ、それにバーテンダーさんも美人と来ている」

「あら、ありがとうございます」

 

間宮を閉店してから、急いで慌しくバーテンダーの衣装に身を包んだ間宮が加山のお世辞に礼を述べる。

けれども、間宮のその視線は大神から付いて離れない。

誰からの賞賛を欲しているかは火を見るよりも明らかだ。

 

「大神、お前はどうなんだよ、このバーテンダーさん。美人と思わないのか?」

「加山? ……うん、始めて見るけど綺麗だし格好いい、よく似合ってると思うよ、間宮くん」

「うふふっ、ありがとうございます。でも、それならもっと早く来て欲しかったですね、隊長?」

 

鎮守府設立から常に慌しく、甘味処にも、バーにも殆ど現れなかった大神の姿を思い出して、間宮はぼやくように回答する。

 

「ゴメン! 間宮くん、今まで忙しすぎて――」

「なーんて、隊長がお忙しいのは分かってます。でも、ご友人と一緒でもかまいませんから、これからたまにはこちらのほうにも来てくださいね?」

「そういうことなら任せて下さい。大神の奴をここに連れてきますよ」

「うふふふ、ありがとうございます。ずっと、隊長のお疲れを癒して上げたいと思っていたんです。是非ともよろしくお願いしますね?」

 

恭しく間宮に礼をする加山に、笑って答える間宮。

どうやら、ここには大神の味方は居ないらしい。

 

「それで、次のお酒はいかがいたしましょうか?」

 

大神も加山も思い思いの酒を、いやそれだけではなく、つまみも注文する。

親友同士、気兼ねなく酒を酌み交わす二人。

そこには艦娘に対していたとき程の優しさはない。

けれども、それを補って余りあるほどの気兼ねなさがあった。

 

カウンターで、間宮と話しながら、仕官学校時代の、軍に入ってからの、太正時代のさまざまな話を肴に酌み交わす大神と加山。

 

気の置けない友人同士、和気藹々と話す二人に、周囲のバーで酒を飲んでいた艦娘たちは間に入りたいと望むが、いつもと違う雰囲気さえ漂わせている大神に話しかけることを躊躇ってしまう。

 

いや、一人だけそこに割って入れる艦娘が居た。

 

「あー、やっぱりここに居ました! 大神くん! 加山くん!」

「鹿島くん?」

「鹿島さん!?」

 

練習巡洋艦であり、士官学校時代の二人を知る鹿島だ。

 

「士官学校のことを肴に飲むんでしたら、どうして私も誘ってくれなかったんですか!? 間宮さーん、大神さんにお酌するお酒をお願いしまーす! ほら、大神さんお注ぎしますね、うふふっ」

 

勿論、大神が今飲んでいるドライマティーニは間違ってもお酌するものではない。

そんな飲み方をさせられたら、大神は死ぬ、死ねる。

 

「鹿島さん、そこは、男同士じゃないと話せないこともあるから……」

「えー、男同士の内緒の話ですかー、私を除け者にしないで下さいよー」

 

顔を引きつらせた加山の迂遠な退席のお願いも、大神からのものでない以上、鹿島にとっては知ったことではない。

そして、鹿島が二人に話しかけたことで、気兼ねなく大神に話しかけられるようになった艦娘たちが大神へと殺到する。

 

「大佐、大佐が飲めると知って嬉しいぞ、さあ、今度はこの武蔵と飲もう!」

「大神さん、私も、一緒に飲みたいかな、ウォッカをストレートでどうだい?」

「流石に気分が高揚します。大神さん、呑みましょう」

「ぱんぱかぱーん、大神隊長のバーデビューを祝してー」

 

大神へ殺到する艦娘たち、こうなってしまっては二人での飲みはもうお開きだ。

 

「あ、これはついでの連絡なんだけど――」

 

グラスに入れられたスコッチウィスキーの残りを飲み干して、加山は大神に語りかける。

 

「お前さんたちの晴れの舞台、観艦式には関係者として花組も来ることになってるからな。気合入れとけよ~、大神~」

「花組が? みんなが来るって言うのか?」

 

喜びも露に聞き返す大神に、ニヤリとする加山。

 

「みんなって言うのはちょっと違うか。巴里や仏蘭西みたいに、今欧州にいるメンバーは無理だけど、日本近郊のメンバーは集まるって話だぜ」




男臭さ、再度炸裂。気の置けない友人との飲み。
そういうのって良いよね、ワシ大好き。

そして! さあ、特大爆弾投下じゃーwww


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第八話 3.5 オータムクラウドの蠢動

「ううう、つっかれた~」

 

そうぼやきながら、秋雲は夕食を取るため食堂へと向かっていた。

夕雲たちに遅れて。

遅れた理由は言うまでもなく、『オータムクラウド先生こと、駆逐艦秋雲、追悼企画』をしている人たちへの連絡である。

ホームページにあった企画の詳細を見てみると、

 

1、オークラ先生が夢見ながら、果たされず波間に消えた夢。

  コミケへのサークル参加を成し遂げよう、秋雲ちゃんのサークルスペースを確保しよう!

 

2、オークラ先生の轟沈を悲しむ、絵師・作家陣による追悼本の作成。

  リストを見ると、かなり豪華なメンバーが参加を予定していた。

  やはり、艦娘にして絵師と言うのはインパクトが強いものだったらしい。

 

  なお追悼本は1のスペースでの領布を予定していた。

 

3、オークラ先生への思いを書き記した寄せ書きの作成。

 

などなど、多数の企画が用意されていた。

既にコミケスタッフとの話し合いも為されており、スペースの確保までは終了しているらしい。

 

けれど、既に秋雲は大神によって助け出され、復活している。

 

今更、追悼本を出されても反応に困るのが、秋雲の正直なところだ。

 

追悼本を復活記念本にするなど、早いところ落とし所を探らないと、大変なことになる。

 

そう思って、企画をしたもの達に自分がオータムクラウド、秋雲であることの証明を添付した上で連絡をしていたのだ。

 

「こういう調整系のお話は、秋雲さん苦手なんだよね~」

 

連絡はまだこれから何回もしないといけないだろう、それを思うと気が沈む。

 

「ま、考えても仕方がないし、いいか~。美味しいご飯を食べて気分転換しよっと」

 

給糧艦である間宮監修の夕食は「艦娘に豪勢な食事など必要ない」と言っていた舞鶴の時のものとは比較にならないだろう。

 

実に楽しみである。

 

肩を揉み解しながら、食堂に入る秋雲。

 

すると、食堂は微妙な沈黙が漂っていた。

全員が息を呑んで、一角の二人、大神と見知らぬ男性の様子を見守っている。

 

「みんな、どうしたの~。固唾を呑んで黙っちゃって」

 

陽炎型の席か、夕雲型の席か、どちらにするかちょっと迷った末、秋雲は洋定食を持って夕雲型たちのいる席に座る。

 

「あ、秋雲~。隊長さまが男の人と仲よさそうに食事を取っているから、どうしたのかなって~」

「隊長が? 男の人と? 仲よさそうに?」

 

秋雲の中の腐女子回路が、そのフレーズに激しく反応する。

×だとか、攻め・タチだとか、受け・ネコだとか、そういった言葉が脳内を駆け巡る。

しかし、秋雲が二人をじっくり観察しようとしたときには、既に二人は食事を終えたようだ。

 

「それじゃ、加山。また後でな」

「ああ、俺も応接室で持ち込んだ仕事やってるから、一段落したらバーで飲もうぜ」

「分かってる。こっちも早めに片付けるようにするよ」

 

トレイを持って二人が立ち上がる。

遠目だから確認し難いが、それでも二人の間に漂う気安さは感じ取れる。

 

「これは、二人の仲をもっと調べないといけませんね~」

「え~、秋雲、そんなの隊長さまに失礼だよ~。やめておきなよ~」

「いやいや、謎多き隊長のことを少しでも暴くチャンス! 絵師として黙ってられませんって♪」

「そうですよね~、私達艦娘たちの心をこんなに奪っておきながら、男の人と仲良くするなんて、もしかしたら大スクープかもしれませんよね! 取材しなくっちゃ!!」

 

気がつくと青葉が秋雲の隣でカメラを準備していた。

 

「青葉さん……」

「秋雲ちゃん……」

 

互いに何かを感じ取ったか、二人はグッと握手をする。

 

「鎮守府のバーの前で集合でいいかな? 秋雲ちゃん?」

「了解しました!!」

 

ここに鎮守府最悪のダーティペアが誕生しようとしていた。

 

 

 

 

 

そして、数時間後、青葉と秋雲のペアは、鎮守府バーの中にあった。

大神たちが予約したカウンター席がよく見え、かつ大神たちから見えにくい席に座る二人。

写真を撮影したり、イラストを描くにはもってこいの席だ。

 

酔ってしまうと不味いので、二人ともソフトドリンクを注文し、大神たちの到着を待つ。

 

程なくして大神たちがカウンター席に着席する。

 

「あ、間宮さん、大神さんに褒められて照れてますね~。一枚撮っておかないと、パシャリ」

「大神さんの私服姿~♪ イラストに描いておこーっと」

 

場所が場所なだけに、まさか周囲の目を気にする必要はあるまいと二人は気を抜いている。

欲望にまみれた視線で二人を見る青葉たちに気付くことなく、呑み始める二人。

 

「うっひょひょ~♪ 大神さんに気安くツッコミいれてるよ、加山さん! これは加山×大神の予感? うんっ、有りだねっ!!」

「おおー、朴念仁隊長の意外な性癖!! いや、でも朝潮ちゃんにキスされて拒否もしてなかったし、これは両刀ってこと!? 流石は二刀流!!」

「よーし、二人の絡みをイラストにためしに描こーっと」

 

そう言って鉛筆を手にする秋雲。

だけど、いつものように一瞬でBLの構図が思い浮かんでくれない。

 

「あれ?」

 

邪念が足りないか、と気兼ねなく会話を交わす二人に視線を向ける。

大神は、久々の親友同士での呑みを心から楽しんでいるようだ。

まだ短い付き合いだけど、あんなふうに少年のように笑う大神は始めて見る。

無防備な笑顔。

その無防備な笑顔を、快楽に負けたアヘ顔にするだけの話。

加山に押し倒され、組み敷かれている構図として思い浮かべようとするだけなのだ。

 

いつもやってきたことではないか。

 

なのにそれができない。

 

「あれれ?」

「どうしたの、秋雲ちゃん?」

「いやー、どうも、BLのイラストが……」

「それなら、他のノーマルのイラストでも試しに描いてみたら?」

 

青葉のアドバイスにしたがって、大神と艦娘の絡みを考えようとする秋雲。

今度は問題なくサラサラと描ける。

絵そのものが描けなくなったわけではないらしい。

 

「あ、大丈夫そうかも。青葉さんありがと」

「いえいえ~」

 

そして、ラフではあるがイラストが出来上がる。

大神に組み敷かれ、責められ、快楽の声を上げる艦娘の姿。

その艦娘は――秋雲であった。

 

「あれっ!? なんでーっ?」

「どれどれ~、うわー秋雲ちゃん、ハードですね~。そういうこと大神さんにされたいの?」

「ちがっ!! 試しに描いてみただけだから!」

 

大神に責められる自分のイラストを青葉に覗き込まれて必死に隠す秋雲。

こんなの出回ったら、青葉の言うとおり大神にそういうことされたがってるみたいではないか。

それこそ冗談ではない。

 

「今度こそ、大神さんのBL描くから!」

 

けれども、宣言とは裏腹に大神を交えてBLを描こうとすると、ピタリと手が止まってしまう。

カッコよくバーテンダーの衣装を着込んだ間宮さんを男体化させて、加山と絡めることは容易にできたのに。

同様にバーに居る艦娘は全員男体化させて、加山と絡ませられたのに。

こうなっては認めるしかない。

 

秋雲は大神のBLを描きたくないのだ。

 

そして、秋雲は大神と他の艦娘の絡みもあまり描きたくない。

 

つまり大神関連では、基本大神と自分のイラストしか絡みでは描けないと言うことになる。

 

「参ったな~、一番受けそうなジャンルなのに。何でだろ?」

「うふふふふふふ~、パシャリと」

 

小首傾げて悩む秋雲の姿を写真にとる青葉。

 

「青葉さん? 何で私の写真撮るのさ?」

「それはヒミツです。ふふふふふふ。恋に迷う乙女の写真頂きました~!」

「えー、そんなことないってば~。ほら、艦娘を男体化させての加山さんとのBLはこんなに……」

 

スケッチブックをめくって、自分は無実だと青葉に主張する秋雲。

しかし、

 

「ほほう、なかなか面白いものを書いていたようだな、秋雲」

「え?」

 

見上げると、武蔵が頬を引きつらせながら、自分を見下ろしている。

ちょうど、男体化した武蔵がやおい穴を加山に責められているイラストがそこにあった。

 

「えーと……武蔵さん、怒ってる?」

 

武蔵の表情をよく見る、かなり怒っているようだ。

 

「そんなことはないぞ秋雲、私は爽快だぞ。46cm砲を試し撃ちしたいくらいには」

 

めっちゃ怒ってるー!!

 

秋雲の表情が蒼白になる。

 

「ご、ごめんなさい、武蔵さん! 大神さんと絡んだイラストを進呈しますので平にご容赦を!」

「男ではなく、女のままの私と大佐のイラストだよな? 勿論」

「は、はは、はいっ!!」

 

イラストを実際に描いてしまった以上、平謝りするしか秋雲にできることはない。

 

「それは私と大神さんのイラストも書いてくれるってことだよね?」

「大神さんとの濃厚な絡み、流石に気分が高揚します」

「でんでけでーん、分かっているわよね?」

 

「分かりましたよ~、今日ここに居た艦娘、全員分描けばいいんでしょ!」

 

半ばヤケになって秋雲は叫ぶのだった。

 

ちなみに、翌日には全てのイラストを完成させていた。さすがオークラ先生。




蠢動、腐女子回路発動、なのに最後は乙女になる秋雲w


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第八話 4 観艦式、そして夏コミの準備

加山との呑みから一夜開け、朝礼にて大神は召集した艦娘たちに観艦式の実施を伝えた。

 

「観艦式ですってー、久しぶりね」

「全艦娘を一堂に集めた上での観艦式だなんて初めてじゃないかしら?」

「大きなイベントになるわね、緊張するけど楽しみだわ」

「最近お腹の線が緩んでいる気がします、本番までに元に戻さないと」

 

概ね、艦娘たちの反応は良い様だ。

だが一人悲嘆に暮れている艦娘が居た。

 

「なっ、夏コミ一日目ですってー!? そんなー!! 」

 

秋雲である。

 

「秋雲くん、何か問題でもあるのかい?」

「大有りだよ~。これからは通常の訓練に加えて、観艦式の練習もやるんでしょう? せっかく念願叶ってコミケ2日目にサークル参加することになったのに、これじゃ時間が無いよ~」

「その点は心配しなくても良いよ、秋雲くん。コミケ2日目、3日目は俺も含めて、全艦娘は休日になるからね。コミケ2日目3日目は艦娘たちのファンの人が自主的に作った本がいっぱい出ているって言うし、せっかくだから俺も見に行こうと思っているんだ」

 

どこか噛み合っていない会話だが、サークル参加側と一般参加側の日程についての意識の違いは、そんなものである。

 

「なんか、薄い本についてすごい勘違いしてそうなんだけど……だから、秋雲さんはその本を作る側なのっ! スケジュールきつきつになっちゃったら、その本が作れなくなっちゃうんだよ~」

 

サークル参加側として本を作る場合、夏コミの一ヶ月くらい前が山場なのだ。

夏コミまで一ヵ月半しかない状態で毎日忙しくなったりしたら、ピンチになるのは当然だ。

 

「うーん、とは言っても、この日程は両大臣閣下に大元帥閣下が決められたものだからね。悪いけれどそういう個人的な事情で変更はできない」

「そんな~」

 

その場に崩れ落ちて悲しみを露にする秋雲。目には涙も滲んでいる。

よほどショックなようだ、それを見て大神は考え込む。

秋雲はまだ有明鎮守府に来て日が浅い、それなのにこのまま泣かせて良いものだろうか。

自分だって言ったはずである、『何か困った事があったら相談に乗るよ』と。

今がそのときなのではないだろうか。

 

「分かった、秋雲くん。観艦式の日程は変えられないけど、自分でよければ本の作業を手伝うよ」

「えっ!? ホントに? やった、アシ一人かーくほ」

 

大神の言葉に秋雲が顔を上げて反応する。

涙は既に引いている。

 

「隊長さま~。やめておいた方がいいと思いますよ~」

 

何度も付き合わされたことのある巻雲は、そのときのことを思い出して大神にやめる事を促す。

 

「いや、巻雲くん。秋雲くんの事情を確認せずに決めたのは俺だからね、当然だよ。俺が頑張ることで秋雲くんの涙が消えてくれるって言うなら、それくらい安いものさ」

「隊長さま……」

「大神さん……」

 

秋雲たちが大神の言葉に感銘を受けたらしい。

 

「夕雲もお世話した方がいいんでしょうね」

「言うじゃん、隊長~。隊長まで手伝ってくれるって言うのに、私も黙ってられないよ」

 

同室の夕雲たちも手伝うことを決めたようだ。

 

「私もお手伝いするヨー!」

「はい、榛名もお手伝い致します!」

「睦月もお手伝いするにゃしい!」

 

艦娘たちからも次々と、賛同の声が上がる。

 

「みんな、ありがと~。みんなには後でちょっと手伝ってもらうね」

 

すっかり元気を取り戻した秋雲。

頭の中でいろいろ考えているようだ(含む邪念)

 

 

 

 

 

そして、太正会から指定されたモデル達によりウォーキング講習や、観艦式の構成について話し合いが行われる。

 

「歌唱任務? そんなのまであるんですか?」

「ええ。艦娘たちの中には、アイドル的な人気を持つ子も少なくありませんから、例えば――」

「はーい、那珂ちゃんのこと呼びましたか~」

 

自称アイドルの那珂がはいはいはーいと手を上げる。

 

「大神さん、実は私も睦月ちゃんと夕立ちゃんと一緒に――」

「そうなのにゃしぃ!」

「そうっぽい! 夕立、隊長さんのために頑張るからちゃんと見てて欲しいっぽい~」

 

吹雪、睦月、夕立もまた手を上げる。

他にも、多数の艦娘が手を上げている。

 

これは思ったより大変な事になりそうだ、と大神は冷や汗を一筋流す。

歌劇団で演目の構成をやったことが無かったら、もっと大変だったかもしれない。

 

いや、やったことがあるからこそ、米田閣下は大神ならやれると判断したのだろう。

人生何が有用なものとなるか分からないものである。

 

「大神隊長も何か歌われますか? きっと女性の方がお喜びになりますよ」

「え゛」

 

何かいやなことを思い出したのか、大神が凍る。

本来歌う予定が無かったのに声に押されて、舞台で歌った経験なんて大神にはない。

主題歌を歌った経験もない。

ないったらない。

 

「それいいですね~。大神さん、一緒に歌いませんか? 大神さんとのデュエットしたいな~」

 

吹雪が大神の腕を取って、歌唱任務に誘う。

 

「あー、ブッキー、ずるいデース! 隊長との絆を歌い上げるのは、私達金剛型と相場が決まっているのデース!!」

「えー? あの曲はデュエットするものじゃありませんよね?」

 

「いや、俺は今回は歌唱任務はいいよ。歌う歌も無いしね」

 

冷や汗を流しながら、大神はやんわりと断る。

いや、正しくは歌う曲が無い訳ではない。

ただ、この世界に存在しない曲なのだから、無いと言ってもいいだろう。

 

「そうですか、では大神さん! 私、大神さんのために一生懸命歌いますから!!」

「こら、ブッキー。観艦式に来てくれる人のこと、忘れちゃダメデース!」

「あいた、うう~、金剛さんごめんなさい~」

 

金剛にチョップを貰い、涙目になる吹雪であった。

 

 

 

そして、通常業務が終わった後に秋雲のアシスタントの作業を行う。

と言っても初日は、秋雲もラフ作業がメインであり、大神に手伝えることは無い。

 

「じゃあ、俺は何をすればいいのかな?」

「うん、先ずは液晶ペンタブに慣れて欲しいかなって、巻雲~、大神さんに使い方教えてあげて」

「はーい、隊長さま~、じゃあ、一から教えていきますね~」

「ああ、よろしくお願いするよ、巻雲くん」

 

 

 

そうすること数時間、液晶ペンタブの基本的な使い方を覚え大神は部屋に帰ろうとしていた。

夏場に熱を持つ液晶ペンタブで作業をしていたため、流石の大神もじんわりと汗をかいている。

部屋に帰る前に、汗を流した方がよいか。

そう考えた大神はお風呂場へと足を進める。

 

「あれ?」

 

しかし風呂場の中に入ると、入り口だけでなくお風呂場の方も明かりが灯っていた。

そして、着替えが籠の中に入れられていた。

特徴的な高雄型の制服が2着に、セーラー服に似た摩耶たちの制服が2着。

 

つまり、

 

「高雄くん達がお風呂に入っているのか」

 

ここに居ては、いずれ彼女たちと鉢合わせになってしまうだろう。

それに、流石に彼女達の居るお風呂に入るつもりは無い。

 

「しょうがない、お風呂は後にするか」

 

そう考えた大神はお風呂場を立ち去ろうとする。

しかし、

 

「い、いかん……体が勝手に……」

 

大神の身体はその意に反し勝手にお風呂場の中へと入っていくのだった。

 

 

あくまで『体が勝手に』である。すごく、ものすごーく大事なことなので二回言った。

 




久しぶりの伝家の宝刀。
行くぞ恐怖のワンパターンwww


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第八話 5 お菓子、食べ過ぎたかしら

「~♪」

 

シャワーの栓を捻り、お湯の温度を少しぬるめに調節する。

そしてお湯を頭からかぶり、シャンプーを流す摩耶。

元々は熱めのお湯が好きだったのだが、以前秋に湯冷めして一度風邪を引きかけてからは鳥海の勧めでシャワーはぬるめのお湯にしている。

 

「やっぱ、お湯は熱い方が好きなんだけどな~」

 

と、ここまで言って、しまった、また鳥海にツッコまれるぞと鳥海のほうを向く摩耶。

しかし、今日に限っては隣の鳥海の反応が無い。

見ると鳥海はお腹の辺りをさすっていた。

 

「ん? 鳥海、何か悪いものでも食ったのか?」

「違うわよ、摩耶! 間宮さん監修の食事に限ってそんなのあるわけ無いじゃない」

「んじゃ、どうしたってんだ? お腹なんてさすってさ」

「それは……ほら観艦式が決まったでしょう、少し身体を絞った方がいいかなーって」

 

鳥海の身体を眺める摩耶だが、均整の取れたスラリとした肢体をしている。

絞ると言ってもどこを絞るつもりなのだろうか。

 

「絞る? ダイエットでもするのか?」

「ええ、少しした方が良いかなって思ったの」

 

再度、鳥海の身体を眺める摩耶、しかし、やはりダイエットが必要そうにはとても見えない。

 

「観艦式だからって、ダイエットまで必要そうにはとても思えないぞ」

「でも短期秘書艦になってから、シーさんのお菓子を食べる機会が多くなって……体重も少しずつ増えてるの」

「あ~」

 

それなら、摩耶にも分かる。

摩耶も短期秘書艦になった時、隊長と共に休憩する際にお菓子を薦められた事があるからだ。

甘いものが苦手だから、と最初こそ断っていたのだが、それならばと摩耶でも食べられるような味に仕上げたお菓子をシーに用意されたら、断りにくい。

最後のほうは、自分もお菓子を普通に食べていたっけ。

 

「…………」

 

そう考えてみると、自分も身体の線が若干ゆるくなっているような気がしてきた。

自分の体を見直してみるが、自信が無い。

自分も少しダイエットした方がいいだろうか。

 

「それに、観艦式で隊長さんと並ぶかもしれないし……」

 

違う、是が非でもダイエットしなければいけない。

 

「それじゃ……あ、あたしも鳥海に付き合ってダイエットしよう~かな~。別に隊長の事は関係ないけど、やっぱり観艦式ともなれば少しは気を遣った方が――」

「こーらーっ!」

 

と、二人の身体に手が伸びてくすぐり始める。

勿論大神のものではない、高雄だ。

 

「無理なダイエットは禁止よ! それに二人ともダイエットなんて必要ないじゃない! お腹なんてこんなにスラッとしてて……うぅ」

「やめっ、高雄ねぇ、お腹を撫でないでくれって!」

「高雄姉さん、くすぐったい!」

 

だが、高雄の手はとまることは無い。

摩耶と鳥海のお腹を、胸を、足を撫でまくる。

 

「うぅ……胸もこんなに大きいのに、他は全部こんなに細くて、羨ましい」

 

なのにそこにはエロさというよりも、高雄の私怨が感じられるのは何故か。

 

「それに、女の子らしく小食にしようとして、明石の説教を貰った艦娘が居たの忘れたの?」

「ちょっ、やめっ! 忘れたも何も、保健室送りになった艦娘の一人は高雄ねぇじゃねーか!!」

 

摩耶のツッコミに高雄の手が一旦止まる。

 

「……そうとも言うわね」

 

素敵な司令官により綺麗な、より可愛い、より女の子らしい自分を見せようとして大失敗した艦娘の一人、それは他でもない高雄であった。

 

「でも、だからこそ、妹達の無茶なダイエットには賛成できません! やめるって言うまで離さないわよ!」

「いーやーだー! あたしだって、隊長にかわいらしいところを見せたいんだ! 可愛いって言われたいんだー!」

 

姉妹しかいないお風呂場だからって本音が駄々漏れな摩耶。

なんだかんだで乙女である。

 

「鳥海も! 観艦式で隊長さんの横に並び立てるようになっておきたいんです!」

「まだ言うの? こうなったら――」

 

再び摩耶たちをくすぐり始める高雄。

見るものが居ないと思って、お互い遠慮が無い。

くんずほぐれつな状況が続く。

 

 

 

 

 

(高雄くんたちが……お風呂にはいって……)

 

いや、3人を見るものが居た。

 

それに正しくは3人はお風呂にすら入ってない、摩耶と鳥海に至ってはバスタオルを身体に巻いてすら居ない。

大神の視点からではこそ、うっすらとその肢体は湯気で隠れているが、隠れていなかったら摩耶に砲撃されることは想像に難くない。

いや肢体がバスタオルで隠れていたとしても、砲撃ものか。

 

体が勝手に動いているはずの大神だったが、満更ではない様だ。

鼻の下が伸びている。

 

だが、そんな無防備な様子をさらけ出した大神の背中に、

 

「ぱんぱかぱかぱかぱんぱかぱーん♪ うふふっ、大神隊長はっけーん♪」

 

愛宕が抱きついた。

勿論バスタオル一枚のみ巻きつけた状態で。

 

「うわあっ? 愛宕くん!?」

 

不意をつかれ、思わず声を上げる大神。

 

「隊長? 愛宕、何してるのよ!?」

「隊長!? って、何やってるんだよ、愛宕ねぇ!」

「隊長さん? 愛宕姉さん、何をしているんですか!?」

 

愛宕の声で、大神の存在に気が付いた三人。

摩耶と鳥海は慌ててバスタオルで身を隠すが、大神が居ることよりも大神に抱きついている愛宕の方が優先度は上だ。

三者三様の答えを愛宕に投げかける。

 

「何って、決まってるじゃな~い、確認よ~」

「ちょっと、愛宕くん、胸が、当たってる!?」

「ふふっ、勿論当ててるのよ~♪」

 

再び胸を押し付けるように抱きつく愛宕。

バスタオル一枚を挟んで、押し付けられた豊かな胸が大神の背中に当たっている。

 

「愛宕くん、ちょっと離れてくれって!」

「ダーメ♪ 離してあげませんっ」

 

その感触に大神は赤面し逃れようとするが、愛宕は逃がさない。

だから大神が身じろぎするたびに愛宕の胸が形を変える。

 

「あんっ。大神隊長、そんなに乱暴にしないでっ」

「す、すまないっ、愛宕くん」

「慌てないで♪ 女の子にはもっと優しく、ね? 大神隊長?」

 

そんな二人のやり取りは、3人からは恋人同士の睦言のようにしか聞こえない。

無視されたような形となった3人はちょっと不満そうだ。

 

「愛宕ねえ! 確認って何のなんだよ!?」

「何のって決まってるじゃなーい。大神隊長が本当に男色なのかの、か く に んっ♪」

 

とうとう我慢できなくなった摩耶が愛宕に問うが、愛宕は当然のように答える。

 

「ええっ、何でそんな話になっているんだい!?」

「青葉さん情報よ。加山って男の人とすっごく仲が良さそうだったって~、良すぎたって」

 

青葉、またお前か。

 

「でも、よかったわ。大神さんすごくドキドキしてた。これなら情報はデマだったみたい~」

 

そう言って愛宕は大神から離れる。

振り返って愛宕を見る大神。

そして、初めて気が付く、愛宕が顔を真っ赤にしていることに。

 

「んもぅ、私だって流石にこんな格好で、大神さんに抱きつくのは恥ずかしかったんですよ?」

「愛宕くん、すまなかった」

「そう言われるのでしたら、ひとつ答えて欲しいの。私のこと、どう思いますか?」

「……綺麗だよ、愛宕くん」

 

大神の答えに満足したらしく、愛宕が微笑む。

 

「みんなも、すまなかっ――」

「んなことはどうでもいいんだよ、隊長」

 

それでようやく3人に謝ろうとした大神だったが、摩耶がそれを遮った。

 

「なあ、隊長。愛宕ねえには綺麗って言ったけど、あ、あたしはどうなんだ?」

「え?」

「あたしって綺麗かな? 可愛いかな? 女の子らしいかな?」

 

摩耶の片手が大神をしっかりと握っており、答えるまで離す様子は微塵も見せない。

愛宕に綺麗と言ったことがよほど我慢できなかったらしい。

 

「ええっ?」

 

見ると、高雄と鳥海も摩耶と似た眼差しで大神を見ている。

大神の幸福な地獄はまだ終わりそうに無かった。




東山奈央ちゃんやはり可愛いのう(独り言)
あ、今回のお風呂シーンとは関係はありませんので。


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第八話 5.5 練習の日々

「構成を変更して、新曲の追加?」

 

観艦式に向けて練習を重ねていたある日、構成を担当していた人間が言い出した。

 

「ええ、せっかく艦娘が全員揃う観艦式だもの、今まである曲だけじゃ勿体無いじゃない!」

「それは分かりますが、それでは艦娘のみんなが大変ではないですか?」

 

大神が艦娘のことを気遣って構成の人間を思いとどまらせようとする。

しかし、構成のターゲットは艦娘だけではなかった。

 

「何を言っているの、大神大佐。新曲追加のメインは、あなたよ!! はい、これがその歌詞よ」

「なんですって!?」

 

慌てて大神は、構成の人間から新たに渡された歌詞カードを見る。

 

「米田閣下……本気ですか?」

 

大神の予想通り、それは以前、帝國華撃団のテーマでもあった曲。

ところどころ、今の提督華撃団に合わせて歌詞が変更されているが見間違えようが無い。

 

『大元帥閣下のご希望だ。曲は勿論分かってるよな、大神?』

 

と枠外にメモまで付いている、米田たちは本気だ。

思わず天を仰ぐ大神。

 

「ちょっと見せて、隊長」

「時雨くん?」

 

横から時雨が大神の手にある歌詞カードを奪う。

大神が取り返そうとするが、その前に時雨は歌詞カードを読み終える。

はい、と時雨は歌詞カードを大神の手に戻す。

 

「うん、勇ましくてかっこいい歌詞だね。ねぇ隊長、歌ってみてよ」

 

おまけつきで。

 

「Wow! 隊長の歌デースか? 聞きたいデース!」

「楽しみにゃしぃ!」

「大神さん、大神さんの歌、私も聞きたいです!!」

 

自分達の練習をしていた艦娘たちが大神の歌と聞いて集まりだしてきた。

 

「い、いや、練習していないし……」

「でもメモによると曲は分かってるんだよね、隊長?」

「練習用の音源も用意してきたわ! 大元帥閣下が望んだという歌を聞かせてちょうだい!」

 

言い逃れようとする大神だったが、時雨と構成の人間が大神の退路を塞ぐ。

そして大神の前には目を輝かせて大神の歌を心待ちにする艦娘たち。

 

こうなっては言い逃れを続けるより、一曲歌った方が早いだろう。

 

「分かった分かった、歌うよ。でも、未だ練習してないから失敗しても笑わないでくれよ」

 

そう言って大神は音源を再生させると歌い始めた。

 

 

 

それは愛と共に正義を示す戦士の歌。

 

勇ましい歌詞に大神の声がよく合う。

 

艦娘たちは大神の唄に耳を傾ける。

 

そして間奏に入るのだが、歌っていくうちにノッてきた大神は、歌詞カードに無いパートの独唱を始めた。

 

「俺たちは世界の、人々の平和のため戦う!!

たとえ それがどんな絶望にまみれた戦いであっても

俺たちは一歩も引かない! そして絶対に勝つ!!

それが提督華撃団なんだ!!」

「あれ、そんな歌詞あったっけ? なかったよね?」

「あ……」

 

時雨の呟きで我に帰った大神。

歌が途切れる。

 

「いや、つい歌ってしまったというか……本番では歌わないよ」

「「「そんなの勿体無いよ!!」」」

 

勢いで歌ってしまった大神は流石に恥ずかしそうだが、だからこそ大神の本音が聞けた艦娘は嬉しそうな顔をしている。

できれば何度でも聞きたい、と言外に言っている。

 

「Congratulations! 隊長の歌、とてもよかったデース! 隊長の想いも聞けて大満足デース!」

「金剛さん、人気のあるあなたには新曲二曲に参加してもらうから」

「了解デース! 隊長~、今度は私の歌、聞いて欲しいデース!!」

 

ついでとばかりに、構成の人間は新曲を歌ってもらう艦娘に声をかけ始める。

 

「響さん、最近表情が豊かになって人気が更に上がったあなたにも新曲があるわ」

「ハラショー」

 

「あと新曲用の艦娘特別艦隊として金剛さん以外にも赤城さん、加賀さん、瑞鶴さん、島風さん、吹雪さんで編成を組んでもらいます」

「那珂ちゃんはー!? アイドルの那珂ちゃんには勿論新曲あるんだよね!!」

「……ええ、一応」

 

「あと吹雪型全員でも歌ってもらうわよ。曲名は特型駆逐艦一番艦の名前を取って『吹雪』!」

「ええ~、そんなの聞いていませんよ~!」

 

 

 

 

 

一方そのころ、

 

『いじょうが、よねださんのおくってきたちょうさけっかです』

『うそ……ここまでとはおもっておりませんでしたわ』

『すみれさんもそうおもいます?』

『ええ、さくらさん。これはいっこくをあらそうじたいです』

『かんかんしきにいくのは、わたしとすみれさんと――』

『まりあさんとかんなさん、あとこうらんがくるよていですわ』

『わたしたちはごにん、たいするかんむすはひゃくにんいじょうですが――』

『ええ、ほんとうのてきはごにん。5たい5ならごかくですわ!』

 

決戦の日。観艦式は近い。




近いのは大神の命日か。
そして、花組が敵と認識した五人とは?
好感度表参照。

ちなみに追加になった曲は、6曲となります。
曲タイトルは書いてもオッケーか分からないので載せませんが。


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第八話 5.5-2 原稿の日々

「秋雲くん、このページも写植と枠、メッセージの調整、ノンブル貼り終わったよ。完成原稿フォルダに入れておいた」

 

テーブルで作業していた大神が秋雲に声をかける。

秋雲の夏コミ新刊一冊目、『有明鎮守府 全艦娘マニュアル(艦娘直筆メッセージ付き)』の進捗は順調である。

追悼本の代わりに、秋雲を含め艦娘ファンへの感謝を込めてこの本を作ると決めた時に、一番のネックになる筈だった箇所、全ての艦娘から艦娘ファンに向けた直筆メッセージを貰う事があっさり終わったからだ。

秋雲の予定では、初雪や望月などの面倒くさがりや、大淀や長門などのお堅い面々、山城や千代田などのシスコンなどを説得するのが先ず大変な作業になる、と思っていた。

しかしそれは観艦式の話によって、有明鎮守府全体が秋雲の応援ムードになったこと、なにより大神が手伝ってくれることで激変した。

 

メッセージひとつ貰うにしても、自分が頼みにいくのと、大神が頼みにいくのとでは艦娘の対応が全く違うからだ。

 

例えば曙がそうだ。

彼女からメッセージを貰うのは最大の難関と秋雲は思っていたのだが、大神に頼んだら、

 

『しょ、しょうがないわね。クソ隊長がそこまで言うのなら、手伝ってあげなくもないわ!』

 

と、曙は即答。

引っ込み思案な潮などの同室の3人もまとめて、メッセージを貰ってきたのだ。

 

直筆メッセージの取得については、一事が万事こんなペース。

むしろ秋雲の作画ペースが追いつかない。

 

「あー、ごめん隊長。こっちがまだ終わってないや。小一時間くらい休んでていいよー」

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。今日は剣の鍛錬ができなかったから鍛錬をしに――」

「隊長待ってください。大淀さんと明石さんに、空き時間ができても鍛錬はさせないようにって言われてますので」

 

秋雲の部屋から出ようとした大神だったが、隣で作業をしていた夕雲が大神を引き止める。

大淀と明石に言われているのであれば、大神が何を言おうとも引き下がらないだろう。

大神は少し考えた後、降参する。

 

「分かったよ、夕雲くん。でもそうなると何をしていれば――ふぁぁ。……ごめん」

 

唐突に眠気に襲われる大神。

ここ最近睡眠時間が不足気味なので仕方の無い話だ。

 

「あら、隊長、眠いんですか? 膝枕でもしましょうか?」

「流石にそれは悪いよ、夕雲くんの作業が止まってしまうしね。一旦部屋に戻って一眠り――」

「あー、それはダメ。熟睡されたら困るし、悪いけどここで雑魚寝して? 後で起こすから」

「そうさせて貰おうかな。みんな、ちょっとごめん」

 

そう言うと大神は床に転がって寝息を立て始めた。

最初は艦娘、それも駆逐艦の部屋で寝ることを頑なに拒否していたのだが、ずっと作業を共にしているとなると少しは気安くもなる。

結構、無防備に寝息を立てている大神。

 

「隊長さま、寝ちゃいましたね~。巻雲も作業終わりましたよ~」

「あたしも一段落かな、秋雲~」

「私も終わりました。もう少し早く終わってたら隊長に膝枕して上げられたのに」

「うぇぇ!? 何で皆まとめて終わるのさ? ちょっと待ってよー」

 

慌てる秋雲だが、慌てたからといって作画ペースはそう上がるものではない。

 

「仕方ありませんね、みんな、酒保に行って一休みしませんか?」

「お、賛成。身体をちょっと動かしたいし、そうしよーぜ」

 

長波が身体を伸ばしながら夕雲に答える。

 

「じゃあ、そうして来てー。みんなが休んでる間に進めとくからさ」

「秋雲~何か欲しいものある~、あ、エナジードリンクは『まだ』ダメだからね?」

「分かってるって、あれはもっと追い込まれたときに使うものだからね」

「ん、よろしい~。夕雲姉さん、行きましょう~」

 

夕雲たちが部屋を出て行く。

 

 

 

しばしの間、液晶ペンタブ上でペンを動かす音と大神の寝息だけが、部屋に響き渡る。

 

 

 

そして、吐き出した息と共にペンの動きが止まる。

 

「よーし、一冊目の作画全て完了~。二冊目の作画は……どうしようかな…………」

 

一旦立ち上がり身体を大きく伸ばした秋雲、再び椅子に座り共通化していない――つまり大神に未だ見られていないフォルダを開く。

そのフォルダ名は『初恋Destroyer』。

秋雲と大神のR-18本であるのだが、恋愛パートにもそれなりに力を入れた作品だ。

 

大神に未だ見せていないのは、本のネームを書いているときに夕雲に「大神さんへのラブレターみたい」と言われたのもある。

確かにそうだ、この本には秋雲から大神への告白シーンが存在する。

漫画の中とは言え、秋雲が必死に考えた大神への告白の言葉を大神に見せる。

 

それが告白以外の何だというのだろうか。

 

それを見た大神がどう反応するのか、考えてしまったら見せることに弱気になってしまった。

 

肯定されたらどうしよう。

 

「いや、そんな事ある訳無いのは分かっているんだけどねー」

 

大神男色説を作った元凶の一人だし。

 

そんな風に迷っているうちに完全に言い出すタイミングを失ってしまった。

 

 

 

あと、R-18本を駆逐艦が作ること自体、隊長にどう思われるのか怖かったというのもある。

まだR-18シーンは未完成なのだというのもある。

 

モノの構造はネットとかで調べたから一応分かっている。

でも、その知識のモノで貫かれようとしている絵を描いているとき、大神と絡んでいる絵を描いているのに自分が大神以外の誰かに貫かれようとしている気になった。

 

なってしまった。

 

一旦そう思ってしまってから、ペンが止まった。

R-18パートの進捗はよろしくない。

というか殆ど進んでいない、このままだとこの本は落ちてしまうだろう。

 

もし解決方法があるとしたら、大神のモノを実際に見せてもらう事くらいだ。

なのだが、

 

『大神さんのお○○○○を見せてください』

 

そ ん な の 言 え る か ー !!

 

秋雲は机の上で悶絶する。

 

 

 

と、そこで秋雲は気が付いた。

 

今、無防備に寝ている大神の寝息に。

 

起こしてくれると言った秋雲の言葉を信じて、すやすやと寝ている大神の存在に。

 

なにより、大神と二人きりだということに。

 

「そうよ、秋雲。今なら――」

 

振り返ると、秋雲はゆっくりと大神の方へ近づいていく。

 

手には何も持っていない、スケッチブックなんか今は必要ない。

 

ちょっとだ。

 

ちょっと見るだけで秋雲の知識上のモノは、大神のモノへと更新される、昇華される。

 

それだけで、この本は正しく大神と秋雲のR-18本となる。

 

「そうよ、これは新刊のためなんだから――」

「……うーん」

「ひゃわぁっ!?」

 

寝返りを打った大神に飛び上がって過度に反応する秋雲。

 

「……」

「大神さん、起きた?」

「……すー」

 

どうやらまだ寝ているようだ。

ならばと大神の股間に秋雲はゆっくりと顔を近づける。

それだけで濃厚な大神の臭いを感じたような気になって、頭がクラクラしてくる。

 

ああ、他のR-18本で書いてあったように、好きな人のお○○○○の臭いだけで頭がクラクラするのって本当なんだ。

 

今なら大神になんでもしてあげられそうだ。

手でさすったりすることも、舐めることも、咥えることも苦になるとは思えない。

 

『秋雲くん、してくれるかな』

 

寝ているはずの大神が、自分で描いた漫画と同じ台詞を言っているような気がした。

なら、自分のすることは決まっている。

 

漫画と同じように、

 

大神さんを楽にしてあげて――

 

そして、大神さんを迎え入れて、ひとつになって――

 

「秋雲さん……隊長にいったい何しようとしてるの?」

「ぎょえー!!」

 

耳の傍で聞こえる底冷えのするような夕雲の声に秋雲は絶叫した。

 

もちろんそれで、大神の目は覚めた。

 

 

 

「えーと、何で秋雲くんは正座しているんだい?」

 

秋雲の部屋で作業を続ける大神。

だが、指揮を執る秋雲は部屋の端で正座させられていた。

 

「天罰です、あと一時間秋雲さんはそうしてなさい」

「あ~、やっぱり隊長のBL本にしておくべきだったかな~」

 

大神のBLを描けないくせに呟く秋雲だった。

 

 

 

ちなみに2冊目の本は結局大神に手伝わせること無く、秋雲は完成させた。

 

最終的に本を大神に見せることに違いはないが、それは秋雲自身からの大神への告白とセットだ。

そう決意する秋雲だった。




大神がR-18原稿見て恥ずかしがるところよりも、自分は艦娘が悶えてるところをみたいw
だからこんな構成になりました。
あと昨日の好感度表はこの結果込みとなります。


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第八話 6 激突 艦娘 VS 花組! 前編

そして時は過ぎ夏コミ一日目。

つまり観艦式当日の朝。

 

大勢の人間が始発の列車を用いて帝國ビッグサイトに長蛇の列を作る。

それを整然とした列になるよう指揮するのは、コミケスタッフである。

 

「企業ブースに行かれる方は右側の列にお並びください! 観艦式に行かれる方はまっすぐ! 西・東ホールに行かれる方は左側の列にお並びください!」

 

案内板とスタッフの声に従い列を形成していく一般参加者達。

だが、今日は例年の1日目より明らかに人の数が多い。

理由は言うまでもなく、観艦式の開催である。

 

「予想はしてたけど、1日目の入場者数の記録更新するんじゃないか? 3日目並みだぞ」

 

当初は企業ブースの一角で行う予定だった観艦式。

だが、観艦式の入場者数が企業ブースをパンクさせかねないと判断した有明鎮守府と準備会によって企業ブースと切り離すことを決断。

建造中だった東7・8ホールの工事を軍部の人員も用い早めて、そこにサークルを移動。

1階の西1ホールをまるまる観艦式に宛てることとしたのだ。

 

工事スケジュールそのものを影響させられるからこその決断であった。

しかしサークル配置担当者は死にそうになったとかならなかったとか。

 

列が確定して、朝食を買いに行ったり周囲のものと話し始める一般参加者達。

やはり男が多目なのは当然のことか。

 

「やべー、観艦式出遅れた、これだと前のほうは取れないかな?」

「いや、観艦式に関してはサークルも優先じゃないらしいし、結構いけると思うぞ」

「全艦娘の観艦式だもん、楽しみだよなー」

 

「観艦式の物販って何か無いのかしら?」

「今日からビッグサイトの売店でブロマイドの売出しを始めるみたいよ、サイン付きで。他にも何かあるみたい」

「うわーん、観艦式は前の方に行きたいし、でも物販にも行きたい。困っちゃうよー」

 

 

 

そんな様子をホテルの部屋からすみれたちが見ていた。

 

「うぇぇ、ひとがおおぜいいますわ……ていげきのころのひじゃありませんわ」

「でも、わたしたちはかんけいしゃだから、ゆうせんしてとおしてもらえるんですよね?」

「もちろんですわ、あのひとごみのなかにはいるなんて、からだがもちませんわ!」

「ぷっ」

 

上品に振舞おうとするすみれだったが、2歳程度の身体では勿論締まらない。

噴出すさくら。

 

「さくらさん、なんでわらってらっしゃるのかしら!?」

「だって、すみれさんそのからだでいつものようにしたって、にあわないですよ」

「なんですってー!」

 

いつものように雰囲気の悪くなる二人、しかし今日はそんなことをしている場合ではない。

 

「すみれはんにさくらはん、そろそろいくらしいでー、なんやまたけんかしとるんかい」

「さくら、そろそろ行くぞ」

「おとうさま!」

 

部屋のドアを開け、紅蘭と一馬がさくらを迎えに来る。

前の太正では殆ど一馬に甘えられなかったさくら、当初こそ躊躇っていたが今では外見年齢同様に父親に甘えている。

それが一馬を更に親バカにする。

流石にお風呂には一緒に入りたがらないさくらを、どう説得するかが今の一馬の悩みである。

 

「まりあー、こんなかっこうにあわないって」

「なにをいってるのよ、かんな。いまのあなたならかわいらしくしたほうがいいわ。ね、みんな」

 

部屋の外にでると、かわいらしく着飾ったマリアとカンナが3人を出迎える。

鍛えすぎると成長に影響が出るから、カンナも今は技の鋭さに磨きをかけているのみ。

したがって、今のカンナは筋肉などはあまり付けていない。

さくらやすみれと同じように女の子らしい姿である。

 

「そうですわ、かんなさん。にあってますわよ」

「あー、ありがとよ。すみれ」

「そのかっこうをされるのでしたら、くちょうもなおしたほうがよろしいのではなくて?」

「そうなんだけどよ、それでたいちょうにきづいてもらえなかったらいやだからさ」

 

カンナが恥ずかしそうに頬を指で掻く。

そういう仕草をせずに、今の外見のまま成長したら男も放って置かないだろうにとすみれは思う。

勿論大神は除くが。

 

「さあ、みなさんじゅんびはよろしくって!」

「「「はーい」」」

 

「てきはびっぐさいとにあり! ですわ! しょういをとりもどしますわよ!!」

「「「おー」」」

 

気勢を上げるすみれたち。

 

「大神くんを艦娘から取り戻されても、みんなが困るんだけどな……」

 

そんな様子を眺めながら汗を一筋流して呟く一馬であった。

 

 

 

その頃、大神たちはステージ裏手のスペースで観艦式に向けて最後の準備を行っていた。

流石に艦娘と一緒のスペースにはできないので、別スペースで一人準備を行う。

自分は剣の演舞と、必殺技の披露。そして歌唱任務を行う予定だ。

自分の登場順番を確認し、水を一口飲む大神。

 

「大神さん、ちょっといいかな?」

「ああ、構わないよ」

 

そこに秋雲がやってきた。

二冊の同人誌を手に持って、頬をかすかに赤らめて。

 

「秋雲くん、どうしたんだい? その本は……新刊、完成したのかい?」

「うん、大神さんのおかげで無事完成したよ、二冊とも」

「二冊? 新刊は『艦娘マニュアル』だけじゃなかったっけ?」

 

もう一冊の原稿を手伝った覚えの無い大神、当然の質問を秋雲に訪ねる。

 

「もう一冊作ったんだ、それでこの本を誰よりも早く大神さんに読んで欲しいなって」

「いいのかい、秋雲くん?」

「うん……大神さんが一番最初じゃなきゃイヤ。お願い、大神さん」

「分かった、それじゃあ読ませてもらうよ」

 

そして、秋雲から受け取った同人誌を読み始める大神。

表紙はフルカラー。向かい合った大神と秋雲の構図。

ということは自分と秋雲の本なのだろうか。

ページを一枚一枚めくる度に、秋雲の肩が小さく跳ねる。

よほど緊張しているのだろうか。

 

それは大神と秋雲の恋愛話だった。

エピソードを重ねるたびに大神への思いが募っていく秋雲。

 

そして、

 

『大神さん――』

 

読み進めていくうち、漫画の中で秋雲が大神に告白する。

思わず顔を上げ秋雲を見やる大神。

 

「秋雲くんこれって――」

 

秋雲は首筋まで真っ赤に染めていた。

 

「大神さん、私の告白、読んでくれましたか?」

「ああ……」

 

呆然と頷く大神。

 

「なら、もう一度言うね。私の口から、もう一度。大好きな大神さんに」

 

 

 

「大神さん――」

 

 

 

 

 

「ちょっとまったですわ~!!」

 

そこにすみれたちが雪崩れ込んで来た。




オルスタ


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第八話 7 激突 艦娘 VS 花組! 後編

「ちょっとまったですわ~!!」

 

雪崩れ込んで来たすみれたち花組の面々。

 

「む……いやいやいや、しょうがないかー」

 

一世一代の告白を不意にされて一瞬憮然とした表情を作る秋雲だったが、入ってきたのが2歳程度の幼児と知って気を取り直す。

流石に2歳相手に本気で怒るのは大人気ない。

しゃがんで目線を合わせると、すみれに尋ねる秋雲。

 

「ん~、どうしたのかな? キミたち、間違って入り込んじゃったのかな?」

「まちがっていませんわ! ここはしょういのおへやですわよね!?」

「確かに、ここは大神さんの楽屋スペースだけど。ダメだよ、大神さんの事を少尉って呼んじゃ。

大神さんは大佐さんで、隊長さんなんだから」

 

完全に幼児相手に言い含めるような口調の秋雲。

それがすみれは気に食わない、完全に相手として見られていない。

こちらは確固たる5人の敵の1人、秋雲であるということは知っているのに。

秋雲に言い返そうとするすみれだったが、後ろから大神に近寄ったさくらが全力で大神を抓った。

 

「おおがみさん、なにしてるんですか! くちくかんにいいよられてでれでれして!!」

「この抓り方……まさか、さくらくんなのかい?」

 

帝劇に居た頃と同じ衣装だったのに一目見て分からなかったと言うのか。

そのことがさくらを更に激昂させる。

霊力を用いて膂力を強化し、更に全力で抓る。

 

「まさかじゃありません! そんなにかんむすとのせいかつがよかったんですか!!」

「い、いてえぇぇぇぇっ! さくらくん、何をそんなに怒ってるんだい!?」

 

2歳児とは言え霊力まで用いた膂力で抓られると流石に痛い。

 

「コラー! そこのキミ、大神さんに何してるのさ! 大神さんは大切な人なんだから!!」

 

すみれから離れ、さくらと大神の間に割って入る秋雲。

 

「たいせつなひと……そうでしょうね。こくはくまでしようとしたくらいですからね!」

「いや、それはそうだけど。キミには関係ない話でしょう!?」

「かんけいあります!! わたしとおおがみさんはしょうらいをちかったなかなんですから!!」

「うそっ? 大神さん?」

「ちがっ、そんなことはないって!」

 

さくらから出た衝撃的発言に、思わず大神を見やる秋雲。

大神は全力で首を振っている。

 

「さくらさん! いぜんのことについてはひとまずおいておくといったでしょ! それならわたしだってしょういとしょうらいを!!」

「おおがみはん、うちにもちかいよったよなー」

「その口調は紅蘭? それじゃ、金髪の子はマリアなのか? そこの子は……まさかカンナ!?」

「おひさしぶりです、たいちょう」

「へへ……ひさしぶりたいちょう。こんなかっこうなのにわかってもらえてうれしいぜ」

 

さくらたちの発言に秋雲が衝撃を受けている間に、他の3人も大神たちの周囲にべったりだ。

しかも、やけに大神と仲が良さそうに感じる。

急に危機感を覚える秋雲、自分一人では対処できないかもしれない。

もし、その結果大神を奪われたりしたら――

 

秋雲は禁じ手を使うことを決意する。

 

『全艦娘に秋雲から通信! 大神さんの楽屋に集合してー! このままじゃ大神さんが、ロリ神さん、ううん、ペド神さんになっちゃうよー! 取られちゃうよー!!』

 

毎度おなじみ艦娘への全方位無差別電信をぶっ放す。

早速大神の楽屋に入ろうとしていた睦月、如月、響、朝潮が駆け込んできた。

 

「秋雲ちゃん、ペド神さんってどういうことにゃしぃ?」

「ロリ神さんならともかく、ペド神さんだなんて。如月が大神さんを元に戻して、あ げ る」

「大神さんは渡さない」

「隊長、ペドってどういう意味でしょうか、教えていただきたいのですが!」

 

その4人が真っ先に駆け込んだことを見て、さくらたちは自分達の予想が正しかったと知る。

 

「さあ、みなさん、うちあわせどおりいきますわよ!」

 

「隊長~、隊長がペドってどういうことデース! キリキリ白状するデース!!」

「大神くん、私とあろうものがいながらペドってどういうことです! あとでお風呂に入りましょう! 大人のよさを再確認してもらいます!!」

 

僅かに遅れて金剛と鹿島が楽屋に駆け込んできた。

 

「としまはだまってらっしゃい!!」

 

だが、入った瞬間すみれの言葉のカウンターが突き刺さる。

 

「年増デースか……」

「年増……」

 

その場で崩れ落ちる二人。

 

そして花組の5人それぞれが駆逐艦娘に相対する。

最初に相対したのは響とマリア、共にロシアにかかわりのある少女だった。

 

「ハラショー」

「はらしょー!?」

 

牽制の一撃をマリアに叩き込む響。

驚きと共に一歩下がるマリア。

 

「ハラショー、ハラショハラショ」

「はらしょー!」

 

しかし続けざまに放たれた響の連撃を避けると、マリアは響の懐に飛び込んで一撃を放つ。

クリーンヒットしたそれに響がよろめく。

 

「はらしょー!!」

「ハ、ハラショー!」

 

とどめの一撃とばかりにマリアが放ったそれを紙一重でかわし、クロスカウンターを仕掛ける響。

だが、互いの一撃はとどめを刺すには至らなかった。

もう戦いは無意味だと、勘付いた二人が離れる。

 

「ハラショー」

「はらしょー」

 

がっちりと握手を交わす二人。

長い戦いを経て強敵は友となったのだった。

 

「なにをやっているのかさっぱりですわ!!」

 

 

 

そこツッコまない。

 

 

 

「まったくしょうがないな、あさしおってのはだれだい?」

「あ、はい。朝潮は私です」

 

手を上げた朝潮に向かいファイティングポーズを取るカンナ

 

「あんたたちかんむすにはわるいけど、たいちょうはかえしてもらうぜ」

「何を言ってるのですか? 隊長を求めているのは朝潮達だけではありません。大臣閣下が、大元帥閣下が、何より日本、世界中の人々が求めているんです! それに隊長は海を取り戻し、世界に平和を取り戻すまで戦いをやめるような方ではありません!!」

「あんた……」

 

そうである、自分達が結婚を迫ったときもそう言って断ったではないか。

事件も収まり、一時的とは言え平和を取り戻した帝都においてもそうだったのだ。

なら、深海棲艦が跳梁跋扈する今現在において、大神が剣を置く訳が無い。

 

「それに隊長はこう言っておられました! 『俺たちは世界の、人々の平和のため戦う!! たとえ、それがどんな絶望にまみれた戦いであっても俺たちは一歩も引かない! そして絶対に勝つ!!』、と! 朝潮はそんな大神さんの、盾となり、剣となり、戦う所存です! もし、隊長が華撃団を出られるというのなら、朝潮も華撃団を辞し大神さんの傍に付き従う覚悟です!!」

「あはははははは! あたしのまけだ」

 

そうだ、何よりそういう大神だからこそ花組は、カンナは、大神を好きになったのだった。

 

「?」

「あんたのいうとおりだ。たいちょうがそういうひとだから、あたしもすきになったんだった」

 

そう言ってカンナは朝潮へと手を伸ばす。

 

「ありがと、あさしお。あんたのおかげでだいじなことをおもいだしたよ。たいちょうのことよろしくたのむぜ」

「はい、お任せください!!」

 

そしてマリアと響のように深く握手を交わす。

大神の事を頼むという想いと共に。

 

 

 

「なあ、このままだとうちらわるものになっておまへん?」

「うぐっ、だからってこのままひきさがれませんわ!!」

「しょうがないな~。あきぐもはんにはわるいけどたいちょうはかえしてもらうで」

「そんなことはさせないよ! 大神さんは秋雲達の隊長なんだから!!」

 

次に相対するのは秋雲と紅蘭。

 

「そういいはるけど、あきぐもはん、たいちょうになにもされたことおまへんやろ?」

「なっ! そんなこと無い! 裸見られたし抱き締められたし、同じ部屋で寝たりしたもん!」

「な、なんやてー!」

 

自分はお風呂を大神に見られたことがある。

それをアドバンテージとして話を進めようとしたのだが、この駆逐艦は自分の先を行っていた。

それに、

 

「おなじへやでねたって、ま、まさか……」

「そう、この本の後半の通りだよ!」

 

そう言って、秋雲は大神と秋雲のR-18同人誌『初恋Destroyer』を紅蘭に手渡す。

慌てて本の後半部分に目を通す紅蘭。

 

それは、桃色なR-18行為が次から次へと連発される、紛れも無くR-18本であった。

 

「口が、あそこが、お○○○○が……きゅー」

 

乙女とは言っても、その貞操観念は太正時代のもの。

R-18行為が乱発し、卑猥な言葉が乱れ飛ぶ本の内容に圧倒されて紅蘭の思考回路はショートしぶっ倒れる。

 

「こ、これは!?……!!!!???? お、おおがみさん~!?」

 

いきなり紅蘭がぶっ倒れたことを訝しんださくらが薄い本を手に取り、その後半R-18シーンを目にして同じく赤面してぶっ倒れる。

 

「まったくなんですの、ほんのいっさつくらいで……!? おおがみさん、こんなことを!?」

 

そしてすみれもぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

決まり手 薄い本のR-18シーン




中途半端な文量になったので途中でぶった切って3を作るか、後編で終えるか迷った結果前後編となりました


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第八話 8 観艦式 前編

秋雲の同人誌を見てぶっ倒れたさくらたちに、怪訝な顔をする大神。

おかしい。

女の子が気絶するような過激な内容なんて、自分が読んだところまではなかった筈。

後半には一体どんな内容が描かれているのだろうか。

 

「あー、ちょっと待って、大神さん! それはまた後で、二人っきりのときに!!」

 

大神が同人誌の後半を読もうとしているのを察して、止めようとする大神。

というか、二人っきりの時に読ませてどうするつもりだったんだ秋雲。

 

「これは……!?」

 

大神は同人誌の後半を読んで絶句する。

R-18行為が乱発し、卑猥な言葉が乱れ飛ぶ。

秋雲を責めたてる大神、大神の欲望をけなげに受け止める秋雲。

やがて絶頂を迎える二人。

だが、大神のモノはいきり立ったままで、今度は秋雲が大神に奉仕を始める。

 

加山や他の悪友と春画展などを見に行ったことがあった為、多少の免疫はあった大神だが、この内容はそれでも過激だ、描写が緻密で変にリアルすぎる。

大神には過激すぎる。

頭に血が上って、一瞬クラッとする大神。

 

秋雲を見ると、不安半分、期待半分の瞳で大神を見ていた。

ドン引きされることを、嫌われることを恐れているのだろうか。

それとも何かを期待しているのだろうか。

 

まさか、さっき見た同人誌のような行為を? されることを?

 

「いやいやいや、そんなことあるわけが無い」

 

首を軽く振ると、深く深呼吸して邪念を追い払う大神。

3回ほど深呼吸する頃には、気分も落ち着いた。

だが、これだけは聞かねばなるまい。

 

「まさか同人誌って……」

「えーと、2割くらいはこんな本だよ」

 

おおう、と天を仰ぐ大神。

 

「とすると、艦娘の本も……」

「えへへ、艦娘の方は2割よりちょっと多いくらい」

「……一応確認させてくれ秋雲くん、艦娘の相手役って――」

「今年の夏コミはぶっちぎりで大神さんだよ! 前はね、ブラック提督とかによる陵辱ものもあったんだけど、華撃団になってから無くなっちゃったみたい! 絵師仲間にも聞いてみたけど、大神さんと艦娘の恋愛ものが最有力だよ、よかったね!」

 

自分と艦娘の恋愛話が、大量に溢れかえると言うのか明日は。

しかも、その2割強はさっき読んだようなR-18本。

艦娘の陵辱ものなんて冗談ではないけれど、だからと言って正直あまりよくない。

 

「アッキ~、さっきの話本当デースか? 明日は私と隊長がフォーリン・ラブするような本もあるのデースか?」

「うん、あると思うよ」

「Yeah! 明日はコミケに行かない手はありまセーン!」

「秋雲さん、じゃあ私と大神くんの本は……」

「鹿島さんは有明の女王って言われるくらい絵師界隈じゃ人気だし、大神さんとの仕官学校時代のエピソードも広く知られているから、たぶん一番多いんじゃないかな?」

「本当っ! 大神くん、明日は一緒に見て回りましょうよ、うふふっ!」

 

年増呼ばわりされて落ち込んでいた金剛と鹿島だが、明日のコミケ事情を聞いて復活した。

 

「それで大神さん、コミケのことはともかく、この子達のことはどうするんだい?」

「あ……」

 

観艦式の時間まであまり時間はないし、自分達が関係者席まで送っていくのは流石に問題がある。

どうしたものかと大神が考えていると、米田や山口、一馬が大神を訪れた。

 

「やっぱり大神の所にいたか、ん、何で気絶しているんだ?」

「いやー、それは、あはは……」

 

まさか、R-18本を読ませて気絶させたとはいえない大神。

 

「まあ、いいか。そろそろ観艦式の時間だからな。これ以上いても流石に邪魔になるだろう? 席に連れて行くぜ」

「そうですね、そうしていただけると助かります」

 

気絶したすみれたちを軽々と抱え上げる一馬たち。

大神の楽屋を立ち去っていく。

 

「それじゃあ、観艦式、気張ってやれよ」

「了解しています。無様は勿論晒しませんよ」

 

 

 

 

 

明かりが落とされ人で渦巻く西1ホール。

観艦式の開催は、コミケ開催と同じく午前10時。

そのため人の移動は、どの列よりも最速で行われた。

企業ブースに行くことよりも、1日目のサークルの同人誌よりも、艦娘を見ることを選んだ人々がその時をいまや遅しと待ちわびている。

 

そんな中二人の艦娘の姿がステージ上に上がる。

赤城と加賀だ。

 

周囲から歓声が上がるが、二人は人差し指を立てて「しー」と歓声を静める。

十分に静まったことを確認すると、二人は観艦式に伴う注意事項を読み上げていく。

 

その内容は、イベント、コンサートなどでよく言われる注意事項と同じだ。

 

「以上のことが守られない場合、退場処分などもありますのでお気をつけください」

「最悪、艦娘の砲撃による直接処分もありえるわ。気分が高揚するのは分かるけど、程々に」

 

それはむしろご褒美だ、と一瞬どよめく会場。

だが、二人はそのどよめきを無視して、

 

「「それでは!――」」

 

と大きな声を放つ。

 

ちょうどその声にあわせて、コミケと観艦式の開催アナウンスが為される。

拍手で両イベントの開催を歓迎する人々。

 

 

 

拍手が鳴り止むと同時に赤城がステージ脇のデスクへと移動する。

 

「改めまして自己紹介を。本観艦式の総合進行を勤めさせていただきます正規空母 赤城です。皆さん宜しくお願いいたします」

 

ペコリと頭を下げる赤城に再度歓声が上がる。

 

「観艦式第一陣、入場!」

 

赤城の言葉に合わせ、艦娘たちがステージ上に登壇し、更にセンターステージへと歩いていく。

 

第一陣は加賀、天龍、龍田、長良、五十鈴、名取、利根、筑摩、蒼龍、飛龍、吹雪、白雪、初雪、深雪、叢雲、磯波、伊勢、日向、大井、北上、古鷹、加古、飛鷹、隼鷹、鹿島、大淀である。

 

艦娘が登場するたびに沸き返る会場。

 

全ての艦娘はセンターステージにて周囲を見渡すと、一言、そしてワンポーズを取る。

再びそのたびに会場は沸き返る。

 

例えば加賀は、

 

「私達のために西1ホールをこれだけ埋めていただけるとは、流石に気分が高揚します」

 

と言って、ポーズをとった。

普段無表情な加賀がポーズをとったことに歓声が上がる。

 

 

 

有明の女王、鹿島が登壇したときは文字通り狂ったかのような熱狂した歓声が投げかけられた。

 

「ありがとうございます、うふふっ」

 

そう言ってひらひらと手を振りながらセンターステージへと移動する鹿島。

センターステージの近くの席にいた鹿島ファンなどは、涙を流して喜んでいる。

 

『でも、私の身も心も、もう全て大神くんに捧げてしまったんです、ごめんなさいね」

 

その一言にどよめく会場。

 

「あ、あら? どうしたのかしら」

「鹿島さん、喋ってます、爆弾発言喋ってます!!」

 

次にセンターステージに向かう予定だった大淀が慌てて、鹿島にツッコミを入れる。

 

「あらら、どうしましょう。ついっ♪」

「鹿島さん、わざとでしょう! 皆さん、大神さんは私達にそういう事はされていません! ご安心ください!!」

 

大淀の発言に、それはそれで、どよめきが走る。

つまり艦娘も、大神も、フリーということなのか。

自分達にもチャンスがあると言うことなのか。

 

ごく少数ではあるが、艦娘や大神にガチで恋しているガチ恋勢などは、その言葉に大きく歓声を上げる。

 

その他にも、艦娘百合派や、大神BL派なども歓声を上げている。

 

「もうっ、ここで周知の事実にしたかったのに」

「しなくて結構です! ああ、もう私、自分の台詞忘れちゃったじゃないですか!?」

 

センターステージでそんな様子でじゃれあっている二人。

 

だが、このまま放置すると進行に問題を来たす。

そう判断した赤城は二人の間に矢を一本放つ。

 

「きゃあっ!」

「きゃっ!」

 

すぐ横を通り抜けた矢に冷や汗を流す二人。

 

「鹿島さん、大淀さん、退場処分に致しますよ」

 

笑っていても目が全く笑っていない。

今の赤城に逆らうのは危険だ、そう判断した二人はおずおずとメインステージに戻るのであった。

でも、ぶっちゃけ大淀はとばっちりである。

 

全員がメインステージに横並びになって揃う。

 

「観艦式第一陣、礼! 退場!」

 

一礼を行い、第一陣がメインステージから降りていく。

 

次は歌唱任務の時間だ。




全員に順番に一言ずつ喋らせるのも単調かなと思い、敢えて抜粋としています。


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第八話 9 観艦式 後編

観艦式第一陣が退場し、一旦照明が落とされる。

その中を慌しく金剛型4姉妹が位置に向かう。

 

直近の観客はその衣装から歌うのが誰なのか察するが、そこは言わないのが花。

黙って金剛たちが歌い始めるのを待つ。

 

やがて、ノリのいい音楽が鳴り出し、金剛たちに照明が降り注ぐ。

 

「Yeah! みんな、いっきマースよー!」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

金剛の掛け声に観客達が轟声をあげる。

観客はみんなここまで来る剛の者、艦娘の歌は全てインプット済み。

「三式弾!三式弾!」「徹甲弾!徹甲弾!」と金剛たちが掛け声を上げるたびに、轟声がビッグサイト中に響く。

最後の4人の「Burning Love!」には観客のほぼ全員が合わせて声を上げていた。

 

「ありがとネー! 観艦式はまだまだ続くヨー!」

「皆さん、宜しくお願いしまーす!」

「ありがとうございます、榛名は大丈夫です!」

「マイクチェック終了! 皆さん、ありがとうございます!」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

金剛たちの声に大声で応える、観客。

場を暖める役目は十分に果たした。

 

 

続いて、歌唱任務に当たるものが登壇する。

それに先立って、解体するときの不吉な音が流れる。

だが、それこそが彼女の代名詞、彼女のBGMなのだ。

 

「みんな~、いっくよ~」

 

それでもめげない彼女こそ、艦娘のアイドルにふさわしい。

不屈の魂こそが艦娘には必要と、心で、身体で、魂で表現する彼女。

彼女以外に、アイドルが存在するだろうか?

 

「「「那珂ちゃーん!!」」」

 

否! と言わんばかりに怒号が会場を包む。

さあ、準備は整った。

彼女の、那珂の、出番だ。

 

「歌うは勿論! 恋の2-4-11!!」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

そして歌う那珂。

それは特別なアナタに魅了された那珂のお話。

 

「私は貴方のことが、世界で一番、大好きだよ!」

 

それはアナタだよと、観客に向かってそう歌う那珂。

 

「スキ! ダイスキ! セカイイチアナタガスキ!」

 

だけれども、那珂の頭の中には大神がチラついている。

アナタという呼びかけにも大神の姿が、浮かぶ。

 

ううん、ダメよ、那珂。

それは今日だけは表に出しちゃダメ、だって那珂は、

 

「アイドルなんだもん!!」

「那珂ちゃーん!!」

 

プロ根性勇ましく、最後まで歌いきる那珂。

歓声が鳴り止まない。

 

「みんな~、観艦式最後まで楽しんでね♪」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

そして那珂は舞台袖に引っ込んでいく。

 

 

 

間髪いれずに、第二陣がステージ上に登壇してくる。

 

第二陣は初春、子日、若葉、初霜、瑞鳳、長門、陸奥、島風、球磨、多摩、木曾、川内、神通、那珂、鳳翔、最上、青葉、暁、響、雷、電、大和、秋雲、夕雲、巻雲、長波、由良、白露、時雨、村雨、夕立

 

連合艦隊旗艦として有名だった長門、その過激なコスチュームで有名な島風、その道の人に大人気な暁たち第6駆逐隊、そして言うに及ばず超有名な戦艦大和が次々と出て、その度に会場が喝采が包む。

 

そして歌唱2、観艦式第三陣、歌唱3、観艦式第四陣と観艦式は進行していく。

 

 

 

艦娘の主だった登場が終わり、残りはラストの歌唱とアンコールを残すのみか。

観客がそう思ったところで、物悲しげな運命をはらんだ歌が連続する。

 

『暁の水平線に』

『二羽鶴』

『Let's not say "good-bye"』

 

艦としての、艦娘としての運命からは逃れられない、そんな歌が連続したとき、

 

「そんなことは無い! 変えられない運命など存在ない!! 提督華撃団、全員必ず帰投せよ!」

 

大神の声が会場に響き渡る。

そして爆音と共に、センターステージに大神の姿が現れる。

構成には無かった大神の声に、事態に慌てるスタッフ達だったが、そこはプロ。

 

予定通り、勇ましい音楽が流れ出す。

 

それは愛と共に正義を示す戦士の歌。

 

間奏に入っても、大神の心意気は変わらない。

 

正義を、希望を掲げ刃を振るう男の姿に魅入られる観客たち。

 

「俺たちは世界の、人々の平和のため戦う!!

たとえ それがどんな絶望にまみれた戦いであっても

俺たちは一歩も引かない! そして絶対に勝つ!!

それが提督華撃団なんだ!! 全員、必ず帰投せよ!!」

「「「了解!!」」」

 

舞台へと引き込んだ艦娘たちが、大神の声に引かれ裏手から声を上げる。

本来はアンコールのときにする筈の返しの手だったが、リハーサルに無かった大神の声に、艦娘誰一人として声を出さずにはいられなかった。

 

そして、全艦娘がステージ上に上がり出てきて大神と一緒に歌い始める。

 

虹の色を染め上げる戦士の歌を。

悪を滅ぼし正義を示す戦士の歌を。

 

それこそが提督華撃団であると。

 

 

 

歌い終えたとき、間髪をいれずに拍手が聞こえた。

その打ち手は他ならぬ大元帥閣下であった。

続いて、米田が、山口が、花組が拍手を鳴らし、その波は全体へと広がっていく。

 

全体に礼を繰り返す艦娘と大神。

しかし、大神と艦娘たちの胸中は一つの想いで一致していた。

 

『吹雪くん、ゴメン!!』

 

そう、本来のラスト曲は『吹雪』だったのだ。

けれども、この状況でラスト曲を歌いなおすなんてできない。

もう完全に終わりの雰囲気だ。

今更、「ラスト曲は吹雪です」だなんていえない。

 

イヤホンから聞こえるスタッフの悲鳴に耳を傾けながら、小さくアンコール構成を見直します、とスタッフが発狂しそうな回答を告げる大神。

 

どうしようと躊躇う艦娘に視線で合図して、観客に向かいありがとうございましたと全員で礼を告げる。

舞台の袖に引き下がりながらふと米田に視線を向けると、ニヤニヤと笑っていた。

この状況を分かっているのだろう。

 

今ばかりは米田を蹴っ飛ばしたいと思う大神であった。

 

 

 

そして、吹雪はアンコールとして歌われ、最後は予定通り提督との絆(艦娘全員版)で締めるのであった。

 




進行表作っておかないと自分が訳分かんなくなるのでw
観艦式の当初予定構成は以下の通りです。結構飛ばしましたがw
実際の艦これ観艦式ではトークパートがある代わり、こんなに歌ってないですwww


第一陣
加賀、天龍、龍田、長良、五十鈴、名取、利根、筑摩、蒼龍、飛龍、吹雪、白雪、初雪、深雪、叢雲、磯波、伊勢、日向、大井、北上、古鷹、加古、飛鷹、隼鷹、鹿島、大淀

歌唱1
『進め!金剛型四姉妹 金剛4姉妹』
『恋の2-4-11 那珂』

第二陣
初春、子日、若葉、初霜、瑞鳳、長門、陸奥、島風、球磨、多摩、木曾、川内、神通、那珂、鳳翔、最上、青葉、暁、響、雷、電、大和、秋雲、夕雲、巻雲、長波、由良、白露、時雨、村雨、夕立

歌唱2
『初恋!水雷戦隊 那珂』
『Bright Shower Days 吹雪 睦月 夕立』
『提督との絆 金剛4姉妹』

第3陣
妙高、那智、足柄、羽黒、五月雨、涼風、祥鳳、明石、綾波、敷波、金剛、比叡、榛名、霧島、高雄、愛宕、摩耶、鳥海、三隈、衣笠、大鳳、あきつ丸、翔鶴、瑞鶴、鬼怒、阿武隈、阿賀野、能代、矢矧

歌唱3
『鎮守府の朝 6駆』
『華の二水戦 神通 那珂 川内』
『どこまでも響くハラショー 響』

第4陣
朧、曙、漣、潮、龍驤、睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、長月、菊月、三日月、望月、扶桑、山城、陽炎、不知火、黒潮、雪風、夕張、舞風、鈴谷、熊野、間宮、伊良湖、武蔵、千歳、千代田、朝潮、大潮、満潮、荒潮、霰、霞

歌唱4
『暁の水平線に 赤城 翔鶴』
『二羽鶴 瑞鶴 翔鶴』
『Let's not say "good-bye" 艦娘特別艦隊』

第5陣
大神

『檄! 提督華撃団 大神』
『吹雪 吹雪型』


アンコール
『檄! 提督華撃団(艦娘全員版)』
『提督との絆(艦娘全員版)』


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第八話 10 コミケ海域突入! 1

大盛況のうちに観艦式は終わったが、コミケは未だ1日目が終わったばかり。

夕方以降、西1ホールをサークル用のスペースに入れ替え、サークルが前日搬入を行っていく。

 

そこには秋雲と大神の他、何人かの艦娘の姿があった。

観艦式で汗をかいたので、シャワーを浴び私服に着替えていたが、それでも気付くものは気づく。

 

「ねぇ、大神さん……」

「そうだね、明日は制服の方が良さそうだね」

「うん、その方がコスプレしてる人に埋もれそうだしね」

 

周囲でざわざわと声がしているのを聞いて、明日は制服、戦闘服を着た方が良いかと話し合う。

そんな彼らが行っているのは、勿論、明日のオータムクラウドのスペースへの新刊搬入である。

しかし、新刊を印刷するに当たって一つだけ問題となったことがある。

印刷数だ。

 

多すぎれば在庫になるし、かといって少なすぎれば瞬殺する。

まして、オータムクラウドはコミケ初参加、その辺りの感覚が今一つ分かっていない。

 

配置スペースもシャッター前、最大手サークル扱いである。

 

艦娘で絵師であることで多くの人が来ると見込まれているのだろうが、秋雲には現実感がない。

だから知り合いの大手サークルに「500冊も作れば大丈夫だよね?」と尋ねて大説教を貰った。

 

シャッター前配置で、全艦娘の直筆メッセージつきの新刊セットの搬入数がたった500。

 

サークル入場者にも全くいきわたらない数だ。

はっきり言って、争奪戦が、暴動が起きるレベルである。

 

とは言うものの、最低その10倍用意しろと言われても復活したばかりの秋雲にはそこまでの印刷費はない。

勿論夕雲たちにも。

 

迷った結果、秋雲は大神に印刷費を借りることにした。

あまりお金を使わない大神はいいよと即答したが、お金の問題がこじれて仲が悪くなったりすることは世には数多くある。

大神とそうなるのなんて絶対にイヤな秋雲は、ちゃんとした借用書を書くことにした。

 

しかし、それはそれで胃に悪い。

 

自分のスペースに積みあがったダンボールの山を見て、在庫が余ったらどうしようと、お腹の辺りをさすって考えてしまう秋雲。

 

「ううう、明日みんなウチに来てくれるかなぁ……」

「大丈夫だよ」

 

心配のあまり腹痛を起こしてしまいそうな秋雲の肩に手をかけて、話しかける大神。

 

「秋雲くんが寝食を削って作った、艦娘のみんなが手伝ってくれた本だ、みんな来てくれるさ」

「大神さん……」

「そうデース! アッキーは心配しすぎなのデース! 世はなるようになるのデース!!」

「……そうだね、なるようになるよね!」

 

大神と秋雲がいい雰囲気を作りそうな気がしたので、二人の会話に割り込んだ金剛だが言ってることは尤もだ。

金剛の言葉に納得した秋雲が笑顔を作る。

 

「あとは、明日の予定かな? 夕雲型と陽炎型のみんなには売り子をしてもらう予定なんだけど、大神さんは明日サークルを見て回るつもりなんだよね?」

「ああ、そのつもりだよ、最初は人混みがすごいって話だから12時くらいからになるけど、一つずつ回っていくつもりだよ」

 

大神の言葉に周囲のサークルがびくりと肩を震わせる。

そして、大神隊長がコミケでサークルを一つずつ見て回るらしい、とツイッターで拡散する。

 

「私たちもご一緒するデース!!」

「もちろん私も一緒です、うふふっ」

 

金剛型も鹿島も一緒らしい、と。

 

「それじゃお願い、大神さん! 12時までサークルの手伝いしてもらえない? 初めてのコミケだし、駆逐艦だけじゃやっぱり不安で……」

「ああ、分かったよ、何時に集合すればいいのかな?」

「えへへ、有明鎮守府だと時間の心配がないのっていいね、集合は朝食後、7時半に食堂前で!」

「了解だ、前日搬入はこれで終了かな?」

「そうだね、今日は観艦式、前日搬入やって疲れたからね、早く寝よーっと」

 

シャッター前のサークルスペースを後にする大神たち。

 

後ろのほうで、やっぱり艦娘と大神隊長だったじゃないか、声かけときゃよかったなどとざわめいていたが大神は聞かなかったことにした。

なんだかんだで大神も疲れていたのだ。

 

 

 

 

 

そして、翌日、大神たちは宣言どおり戦闘服で、艦娘の制服で集合し入場しようとしていた。

だが、遠目にはそれはコスプレイヤーのようにも見える。

コスプレのまま入場しようとする大神たちに、コミケスタッフが近づいて注意しようとする。

 

「ちょっと、皆さん。コスプレイヤーの方なら、コスプレ登録して、着替えてからにして下さい」

「いや、これはコスプレではなく実際の戦闘服なんですが」

「そうだよ、これも実際の陽炎型と夕雲型の制服だよ」

「実際のって……って事は、皆さんは!? かんむす……っ!!??」

「はい、身分証もここに」

 

大神が自分の身分証を提示する、紛れも無く大神一郎、大佐であることを示すものであった。

 

「いや……これってどういう扱いにすれば!? すいません、ちょっと待ってください! チーフ!!」

 

スタッフが慌てて自分達のチーフを呼びに行く。

艦娘本人がいると呼ばれて、慌てて大神たちの下にやってくるスタッフのチーフ。

 

「すいません、身分証を再度見せていただいてもいいでしょうか?」

「分かりました、どうぞ」

 

チーフが大神の身分証を再度確認する。

もちろん偽造などではない、本物の身分証である、『帝國の若き英雄』大神がそこに居る。

 

「悪いことしちゃった、私服にしとけばよかったね」

「いえ、本人である以上、私服でも顔がコスプレのようなものです! 気付かれれば一緒です! むしろ、本人と分かる衣装で居てくれた方がマシです! 確認は取れました、時間を取らせて失礼しました!」

「顔がコスプレ……不知火に何か落ち度が……」

 

本人なのだから、そのように言われると流石に少し傷つく。

不知火が憮然とした表情をしている。

 

「まあまあ、不知火くん、そんなに怒らないで上げてくれ、彼らだってやるべき事をしているだけなんだ」

「それは……そうなんですが」

「不知火くんたちが真似できない位可愛いから、そう言われたんだよ。俺だって君達が私服に着替えていてもすぐに分かるからね。褒め言葉みたいなものだと思えばいいんだよ」

「不知火は可愛い……ですか?」

 

顔を朱に染めながら不知火が大神に尋ねる。

 

「もちろん、可愛いよ」

「……っ!? 早く、入場しましょう!!」

 

大神の視線に耐えられなくなった不知火が踵を返してサークル入場口へと向かう。

 

「不知火姉さん、可愛いっ」

「秋雲、早く入りますよ!!」

 

先を行く不知火の後を追う秋雲たちであった。

 

 

 

入場後、秋雲と大神たちは先ず、サークルの領布物の準備を行う。

本の方は先も言ったとおり、艦娘マニュアルと、大神と秋雲の恋愛本の二つだが、その他にもおまけに紙袋を準備した。

それぞれの箱を何箱か開けて、本を机の上におき、紙袋はすぐ取り出せるようにする。

おつり用のお金も銀行で両替して準備している。

知り合いに言われて作ったお品書きも準備済みだ。

 

あとは、何か忘れてたような――

 

そう秋雲が考えているときに、

 

「すいません。サークル主催さん、いえ秋雲さんはいらっしゃいますか?」

「あ、はーい」

 

スタッフに呼ばれたので、そちらへと顔を出す。

 

「すいませんが、列整理についてお話がありまして」

「はい? 列? 整理?」

「ええ、既にサークル入場者であなたのサークル目当ての人数が不味いことになっていまして、コミケ開始したらもっと不味いことになると予想されます。つきましては最後尾札など準備していただきたいのですが」

「あーっ! 忘れてたー!!」

 

そうだ、忘れていたもの。

最後尾札の準備だ!!

話半分に聞いてたから作ってなかった!!

 

「す、すいません。どど、どうしたら、いいでしょう?」

「ダンボールか何かにマーカーで描いていただきますか?」

「分かりました!!」

 

そう言って、秋雲はマーカーでイラスト付きの最後尾札を準備する。

 

「あと、サークルの方にも列整理用の人員を準備していただきたいのですが……慣れてる方は居ますか?」

「夕雲姉さんと巻雲と、長波なら地方で経験ありますよ~」

「うーん……」

 

艦娘とは言っても、駆逐艦の外見。

何が起こるか分からないし、心許ない。

 

「万が一、艦娘の痴漢騒ぎなど起きたら困るのでちょっと、大人の方はいらっしゃいますか?」

「自分なら大丈夫と思いますが」

 

そう名乗りを上げたのはもちろん大神だ。

だが、大神が伝説のモギリと呼ばれていたことをスタッフは知らない。

それに昨日の歌唱任務後、真っ先に大神へと大元帥閣下が拍手を送られた。

 

そんな、帝國の若き英雄を、列整理の人員として用いる。

 

いいのだろうか、そんなことを依頼してしまって?

 

「大丈夫ですよ、こう見えても列整理とか、そういうのには慣れているんです。それに自分も今日はただのサークル参加者です。気を使わないでください」

 

スタッフの躊躇いを見てとった大神は自分から申し出る。

 

「そうですか、今日一日炎天下での作業となりますがよろしいですか?」

「構いません。深海棲艦との戦いに比べれば、大したことありませんよ」

 

笑って、大神はスタッフと握手する。

そして大神はホールの外側へと移動していった。

 

「ううう、本当にみんなウチに来てくれるかなぁ……」

 

そうすると、大神が居なくなったことで秋雲の不安がまた沸き起こってくる。

 

「最近の秋雲は、隊長さまがいないとダメダメですね~」

「んなっ!? そんなこと……あるかも」

「あらら、秋雲が言い返さない、重症だな」

「もう~、秋雲シャンとするの! 隊長さまが列整理に行ったんだから人は来てくれるよ~!」

 

そうこうしている内に、コミケ2日目の開催時刻が近づき、目の前のシャッターが開いていく。

 

「~!?」

 

一瞬目を瞑る秋雲。

しかし――

 

「マジ?」

 

秋雲の目の前には大勢の人が列を成していた。

そして、

 

「「「復活おめでとう、オークラ先生!!」」」

 

と開催に先立って秋雲の復活を祝福する。

 

 

 

「……ありがとう、みんなっ!!」

 

秋雲はそれに自分にできる最高の笑顔で返した。



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第八話 11 コミケ海域突入! 2

秋雲が自分の復活に対するおめでとうの言葉を聞く前、大神はスタッフとホールの外で列の誘導・整理を行っていた。

 

9時30分くらいに、東123ホールの全てのシャッターが開いた途端、サークル入場者の人の波が発生し目当てのシャッターサークルめがけて突撃していく。

その中でも狙う人が一番多いのは秋雲の居るオータムクラウド。

あっという間に人がごった返そうとするのをとどめて大神たちは待機列を形成していく。

 

数分後、待機列が形成される頃には列は東1ホールから3ホールまで延び折り返そうとしていた。

サークル入場者だけでこの状況である。

一般入場者が来たらどのような事になってしまうだろうか、と冷や汗を流す大神。

そんな大神にスタッフから声がかけられる。

 

「大神さん、オータムクラウドさんの限定数は何冊ですか?」

「限定数ですか? 確か最初は4と秋雲くんは言ってましたが」

「2にすることはできませんか? オータムクラウドさんの搬入量だと一般参加者まで本が持ちそうにありません」

「分かりました、確認します」

 

大神さんって、大神大佐? 

本当に? 

でも、あの服本物じゃない? 

 

と列から声が聞こえるのを一旦無視して秋雲に連絡を取る大神。

 

『秋雲くん、ちょっといいかい?』

『大神さん……なに?』

 

聞こえてくる秋雲の声は涙声だ。

 

『秋雲くん、どうしたんだい? もしかして、俺が居ない間に何かされ――』

『そういうんじゃないから大丈夫。人が一杯来てくれて、それが嬉しくて。で、用件は何?』

『領布するものの限定数についてなんだけど』

『大神さんとこにも確認が来てたんだ、ゴメン! 2にするからみんなにそう伝えてもらえる?』

『分かった』

 

連絡を終え、スタッフに2にすることを伝える大神。

そしてオータムクラウドの待機列に対し呼びかけを始める。

 

「皆さん、おはようございます! オータムクラウドにようこそ!」

 

その声に女性陣からの黄色い歓声と、男性陣のおはようございますという声が返ってくる。

 

「オータムクラウドの領布物は2点です! 全艦娘直筆メッセージ付きイラストマニュアル:1000円と、秋雲本:500円の2点となります! また、限定数は2です! なお、おまけとして紙袋が付いてきます!!」

「大神さんは買えないんですかー!?」

「自分は非売品です!!」

「一晩だけでも!!」

「自分を大切にしてください!!」

 

大神ファンと思わしき人間から出てくる質問に回答すると、笑い声が起きる。

 

『こらー、"私の"大神さんに手を出すなー! 買っちゃダメー!!』

 

通信で聞こえていたらしく秋雲がお冠になっている声が聞こえてくる。

その声に対してもクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 

『いつ、"あなたの"隊長になったのかしら、秋雲?』

『え"っ、いや、不知火姉さん、これは言葉のあやで……キャー!』

『二人とももうすぐ二日目開催だよ』

『隊長、失礼しました、ご健勝を』

『そちらもね』

 

そして、待機列に対して再度呼びかける。

 

「今日も暑くなります。水分補給などには気をつけてください! それではもうしばらくお待ちください!!」

「大神さん! 大神さんとは何かできないんですか?」

 

先ほどの大神ファンが再度尋ねてくる。

本気で大神と何か接触したいらしい。

 

「自分とですか?」

「はい、大神さんと、是非!!」

 

どうしたものかと少しの間考える大神だったが、

 

『握手くらいなら時間もかからないしいいんじゃない、隊長?』

 

と長波から提案される。

 

『握手か、それくらいなら良いか、ありがとう長波くん』

「分かりました、自分でよければですが、握手なら」

「本当ですか!? お願いします!!」

 

大神が答えた途端、餓えた狼のように飛び掛って手を差し出す女性ファン。

足柄と仲良く慣れそうである。

 

「海の戦い、頑張って下さい!」

「ええ、深海棲艦から、必ず取り戻して見せます!!」

 

そして握手を交わすと、感激のあまり涙を流し女性ファンは崩れ落ちそうになる。

そんな女性ファンを抱きとめ、立たせ直す大神。

 

「コミケはまだ始まる直前です、身体にお気をつけください」

「は、はいっ!」

 

もう夢にも上る心地な女性ファンから離れる大神。

そうして、呼びかけの場所を変えようとするが、オータムクラウドの列に並んだ人間から男女を問わず多くの手が伸びてくる。

 

「もしかして、自分との、握手の希望でしょうか?」

 

オータムクラウドの領布物に大神との握手が増えた瞬間である。

 

もしかしたらやってしまっただろうか、と大神は思ったが今となっては元の木阿弥である。

ちなみに大神に抱きとめられたファンはツイッターで大神と握手できたことを拡散。

オークラ先生のところで本を買うとオークラ先生他艦娘が見れて、大神さんと握手もできる。

そんな情報が一瞬でコミケ中に広まろうとしていた。

 

 

 

そして、コミケ二日目の開催アナウンスが為される。

拍手でコミケの開催を歓迎する人々。

 

 

と同時に、マナーを無視し走ってでも希望のサークルへと向かう人間が何人か現れた。

スタッフの注意の声にも耳を貸す様子は無い。

しかたがないかと、大神は剣気を練ると、

 

「喝!!」

 

と走っている相手に向けて剣気を飛ばした。

剣気に当てられ、恐れ、歩き出す人たち。

 

その一部始終を見ていた待機列の人間が大神に拍手する。

 

「スタッフにスカウトしたいな」

 

近くのスタッフがそう呟いていた。

 

 

 

オータムクラウドのスペースでは、秋雲たちが来た人への対応を必死にしていた。

 

売り子は夕雲、巻雲、長波、陽炎、舞風。

領布物の補充を行うのが不知火。

黒潮は開いたダンボールなどの整理を行っている。

 

秋雲はスペースの端で、「ありがとうございましたー」と来てくれた人全員にお礼を言っている。

当初は尋ねてくる人との対応をしようかと思ったのだけど、とにかくそんな暇が無い。

時折不知火と、黒潮の手伝いもしないと回らない。

 

そんな様子はスペースに来た人間にとっても眼福極まりない。

 

本物の駆逐艦娘がチョコチョコと慌しく動く姿は、仕草一つとっても愛らしい。

叶うならば一秒でもこの光景を見ていたい、写真に収めたい、持ち帰りたいくらいだ。

だが、そんなことはもちろんマナー違反。

 

心の中で涙を流して、秋雲の笑顔を心に焼き付けてスペースを去っていく。

老若男女を問わず。

 

とにかくすさまじい勢いで領布物が消えてなくなっている。

このペースだと、11時に秋雲本がなくなって、全ての領布物も12時過ぎにはなくなりそうだ。

長波の提案で始める事となった大神との握手を除いて。

 

あっちの方もこっちの完売と合わせて終わらせた方がいいかなと思う秋雲。

12時までのお手伝いとして大神を呼んだのだから、それ以上拘束するのは流石に悪い。

 

「ただでさえ、12時を過ぎたら完売してしまうサークルが多くなるのに、それ以上となると、大神さんのサークル巡りに差支えが出ちゃうもんね」

 

身体を大きく伸ばしてぬるくなった麦茶を一口飲む秋雲。

 

「それは大丈夫よ、秋雲ちゃん」

「わっ! びっくりした。どうしたの南さん?」

 

知り合いの牧村南が秋雲の背後から語りかけていた。

 

「うふふ、秋雲ちゃん。昨日の前日搬入のとき、大神さん達が12時過ぎからサークル巡りするって話しをしていたでしょ?」

「うん、してたかな。それがどうしたの?」

「それでね、大神さんが巡るまでは撤収しないようにしてるサークルが結構いるみたいなの。だから、大丈夫」

「そうなんだ……」

 

それはありがたい話だ。

大神のサークル巡りに自分も付き合ってもいいかな~と思う秋雲。

 

「秋雲、領布物の補充が追いつきません! 手伝ってください!!」

「あ、ゴメン! 不知火姉さん!!」

「Hey! 秋雲~、飲み物の差し入れに来たヨ~。あれ、隊長は?」

 

不知火の悲鳴に終われて本の出し入れなどを行っていると、金剛型の制服で金剛がスペースに現れた。

人気の高い金剛だけあって周囲の視線が金剛に集中する。

 

「隊長は外で列整理してる。私達は大丈夫だから、その飲み物は隊長に持っていって~」

「了解~、外に行けばいいんダネ~」

 

軽くスキップしながら大神の元へと向かう金剛。

 

 

 

そして、人々と握手をする大神に嫉妬して、

 

「隊長~、握手より私にはハグをお願いするネ~」

 

と発言し、大神とスタッフたちを困惑させるのだった。




えらく懐かしい言葉を使った。


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第八話 12 コミケ海域突入! 3

「オータムクラウド、完売いたしましたー!!」

「みんな~、アッキーのサークルに来てくれて、ありがとうデース!!」

 

時間は12時を回って少し。

秋雲の予想通り、オータムクラウドの新刊は全て完売した。

ただ、新刊の残り数を秋雲と連絡して並ぶ人の数を大神が調整したため、知らずにオータムクラウドに並んで新刊を買えなかったものは居ない。

大神との握手を求める人との握手と会話もこなしながら、列を整理し人数を把握する。

伝説のモギリとまで呼ばれたその名は伊達ではない、世界が変われど未だ健在である。

 

『ウチのサークルにも列整理で欲しい』

 

と思ったサークルが多数居たとか居ないとか。

 

「結局金剛くんにも手伝わせてしまったね、すまなかった金剛くん」

「構いまセーン! 私は隊長の傍に居られればそれだけでHappyなのデース!!」

 

大神に冷たい飲み物の差し入れに来てから、結局完売まで大神と行動を共にした金剛。

もちろん、ただ差し入れに来たわけではない。

金剛も最初は大神との会場デート(のつもり)までは、日陰で秋雲たちの手伝いでもしようかと考えていたのである。

しかし、大神に近づこうとする女性ファンに目を光らせるため、大神の傍を離れるわけにはいかなくなったのが正しいところである。

 

実際、大神に告白をするつもりだった大神ファンの一部は、大神の傍を全く離れるつもりの無い金剛の様子に諦めて、握手だけでもいいかと妥協していた。

並ぶ大神と金剛はまさしく美男美女であり、和洋は違えど同じ白地の服装はペアルックのようにも見え、割って入る隙が見えなかったからだ。

もちろん、それはそう見えただけであり、

 

「大神くん、お疲れさま~!!」

 

有明の女王こと鹿島の前ではそんなものは無いに等しい。

後ろから大神に飛びついて抱きつく鹿島。

 

「鹿島~、何してるデースカ!!」

「もちろん、大神くんを労わりに!」

「鹿島くん、俺汗をかいているから、汗臭いだろう? 離れた方がいいよ」

「そんなことはありません! ああ、大神くんの匂いがこんなに……」

 

そう言って大神に顔を埋め、匂いを嗅ぐ鹿島。

 

「鹿島! 隊長を労わるなら離れるデース! 隊長も疲れてるんデース!!」

「そうですね、大神くん。私、大神くんのために特製のドリンク作ってきたんですよ! 水分補給、疲労回復どっちもバッチリです!!」

 

大神から離れると、トートバッグからストロー付きの水筒を取り出す鹿島。

ちょうど大神の手持ちの飲み物も切れている。

 

「ありがとう、鹿島くん。じゃあ、貰おうかな」

 

そういって鹿島特製のドリンクを飲もうとする大神。

 

「ちょっと待つデース! 隊長は大事な人デース! 毒見が必要デース!!」

「ああっ? 金剛さんちょっと待ってください!!」

 

金剛が大神の手から水筒を奪うと、一口ドリンクを飲んだ。

 

「変な成分は入ってまセーン。普通に甘くて冷えてて美味しいデース、隊長、オッケーデス!」

「もう、流石に場は弁えてます!」

 

違う場だったら何か仕込んだんかい。

 

「お、確かに身体に染み渡るようだ。鹿島くん、ありがとう」

「これで、隊長と間接キスデース!!」

「えっ!?」

 

金剛と大神の間接キスに周囲が騒然となる。

 

「もう、金剛さんが毒見しなければ、二人だけの間接キスだったのに……」

「ええっ!?」

 

更に鹿島の仕込み間接キスに周囲が騒然となる。

この3人はどういう関係なんだ、とツイートが乱れ飛ぶ。

周囲の好奇の目が大神たちに集中する。

 

「……えっと。それじゃ、秋雲くんのところに一度戻ろうか」

「了解デース!」

「分かりました、うふふっ」

 

流石に居づらくなった大神は金剛と鹿島を連れそそくさと立ち去る。

その様子を見て、次のコミケで大神、金剛、鹿島の三角関係本を作ろうとするものが、多数続出したことは言うまでもない。

 

 

 

「んあー、大神さん遅かったねー、って鹿島さんも来てたんだ」

 

スペースで秋雲を尋ねてきたサークルの応対や、ダンボールの処理をしていた秋雲たち。

大神が遅いなーと思っていたが、鹿島の存在だけで察したようだ。

 

一方周囲を見渡す金剛。

 

「あれー? 比叡たちはまだ来ていないのデースカ?」

「まだ来ていないよー」

「おっかしいデース。12時には来る様に言ってた筈なのデースが……」

 

そのとき、榛名の声が聞こえてきた。

 

「榛名は大丈夫ではありません!」

 

『榛名は大丈夫です』が口癖の榛名が、大丈夫ではない。

あまり猶予のある状況ではなさそうだ。

 

「ちょっと行って来る!」

 

大神が声のした方へと行く。

会場を走るのは禁止なので、急いで歩いて。

 

 

 

その頃、誤ってコスプレエリアに入ってしまった榛名たちをカメコたちが取り囲んでいた。

特に金剛に匹敵する人気を持つ榛名への人の集中がすごい。

そして、その中には下からスカートの中の写真を撮ろうとするものが大勢居た。

いわゆるローアングラーな人たちだ。

 

「何されたって、榛名ちゃんは大丈夫なんでしょ? コスプレイヤーなんだから、キャラ設定は守らないと」

「そんな……榛名は、榛名は大丈夫ではありません! 下から写真を撮らないでください! 下着が見えてしまいます!!」

 

コスプレエリアに居るのだから、榛名のことをコスプレイヤーと思いこんでいるようだが、実際は本物である。

下着の写真など取られたくないに決まっている。

最初に写真を撮影することを承諾して、どんどん構図がおかしくなっていったときに止めるべきだったのだが、こうなってしまってはどうしたらいいのだろうか。

 

かと言って、こんな中で実力行使なんてできない、自分だけでなく大神の名にも傷が付く。

 

スカートを押さえながら困り果てる榛名、僅かに涙がにじむ。

そんな時、大神がやってきた。

 

「榛名くん!」

「大神さん!!」

 

大神の自分を呼ぶ声に、思わず高く跳躍してコスプレエリア外の大神に抱きつく榛名。

高く跳躍したことで榛名の下着があらわになるが、一瞬のことでカメコたちは反応が遅れる。

いや、それ以上に重要なことがある。

 

「榛名くん、大神さん……って、まさか本物の榛名ちゃん!?」

 

大神の背中に隠れる榛名、欲望に満ちた視線とレンズが怖かったのか大神の戦闘服を掴んでいる。

比叡たちも大神の傍へ駆け寄る。

 

「ウチの艦娘たちに、榛名に何か?」

 

榛名の様子によからざるものを察した、大神の口調が少し強くなる。

 

「すいませんでした! てっきりコスプレイヤーの方かと思って……」

「……分かりました。でも、コスプレイヤーの方でも同じことです。同意が得られない事はさせないでください」

 

そう言うと、大神は榛名たちを連れその場を立ち去った。

後に残ったのは、本物の榛名に嫌われてしまったと後悔する者たちであった。

更にスタッフに注意されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

でも大神の戦闘服を掴む榛名は、大神の発言を聞いて様子が一変していた。

顔を朱に染め、動悸が治まらない。

 

『榛名に何か?』

 

大神が自分の事を呼び捨ててくれた。

姉の金剛だって呼び捨てにされていないのに。

そのことが嬉しい、嬉しくてたまらない。

 

『ウチの榛名に何か?』

 

ああ、榛名は"大神隊長の"榛名なんだ。

 

『俺の榛名に何か?』

 

大神さんのものなんだ。

 

 

 

何か間違って覚えてしまっているようだった。




終わらせるつもりが終わらなかった(^^;
主に鹿島と金剛のせいwww

目標、五話より長くならないようにしよう。


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第八話 13 コミケ海域突入! 4

「それじゃ、秋雲達は挨拶回りしてくるから~」

 

知り合いのサークルに挨拶と新刊交換をするための本をかばんに入れ、秋雲は挨拶回りのため一旦サークルを離れる準備をしていた。

実際に挨拶するのは秋雲だけだが、挨拶する場所が多いため荷物持ちとして不知火も鞄に本を入れている。

他のメンバーは人のいなくなったスペースでくつろいでいた。

艦娘を一目見ようと時々やってくる人間もいるが、サークルスペースの中にいれば大丈夫だろう。

 

「秋雲くん。本当に俺は付き合わなくて良いのかい?」

「うん、不知火姉さんがいるから大丈夫! もう一時近くになっちゃったし、同人誌見て回ってきていいよ~」

 

本当に大丈夫そうだ。

確かにコミケも半分が過ぎてしまった。

2時くらいから撤収するサークルも出るというし、ここは言葉に甘えるべきだろう・

 

「分かった、じゃあ行こうか、金剛くん、比叡くん、榛名くん、霧島くん、鹿島くん」

「Yeah! で、隊長はどこから見て回るつもりデスカー?」

「チェックって言っても良し悪しがよく分からないからね、端から回っていくつもりだよ。あ、金剛くんのポスターが見えるし、最初はあの辺りにしようか?」

「え? ポスターって、えーっと……No!!」

 

それは、確かに金剛のポスターであった。

ただし桃色の。

コミケの規定に従って乳首とかは隠れているが、ほぼ素っ裸に等しい。

 

「隊長~、見ちゃダメデース! じゃなくて、隊長しか見ちゃダメなんデース!」

「どっちなんだって!」

「う~、見るなら本物を見てくだサーイ! 絵の私じゃなくてサー!」

「お姉さま、ポスターの自分に嫉妬してどうするんです!?」

 

金剛たちがそんな騒動を起こしているとき、

 

「あ、この表紙、榛名ですね。絵も綺麗だし、読ませていただいて宜しいですか?」

 

とあるサークルの榛名本の表紙に視線が吸い寄せられる榛名。

一冊手にとって、売り子に読んでも良いか確認しようとする。

 

「は、榛名さん!? 隣のサークルの方が綺麗だと思いますよ!?」

「いえ、榛名は貴方の絵の方が好みですので」

 

激しく慌てた様子の売り子、いや本の内容を熟知しているところを見るとサークル主らしい。

しかし、自分の絵が好みとまで憧れの榛名に言われてしまうと断る術が無い。

 

「中身は少し過激ですので、気に入らなかったら途中で読み終えても構いませんから!」

「いえ、ちゃんと読ませていただきますね」

 

ある種の死刑宣告を受け、サークル主は覚悟を決める。

そして、榛名が同人誌を読み始めた。

 

 

 

それは、呉から異動した榛名と大神の恋物語。

 

実際と異なり、呉から一人有明鎮守府に異動となった榛名。

 

姉妹達も居らず心細くなっていた榛名をサポートし、何度も榛名を危険から助ける大神に榛名は徐々に心惹かれていく。

 

そして、桜舞う伝説の木の下で、榛名は大神に告白する。

 

『守りたい気持ちが、溢れてしまいます。大神さん……貴方のことを……守らせてください』

『榛名くん、俺こそ君を守らせてくれ。艦娘ではなく、一人の女の子として……君が好きだ』

『あ……はい、大神さん! 榛名は幸せです! 貴方に出会えて!!』

 

そして二人は付き合いだす。

 

銀座で、プールで、そして大神の乗る車でデートを重ねる二人は本当に幸せそうだ。

 

 

 

「うふふっ、姉さんたちに悪いですね」

 

本の中の幸せそうな二人に思わず笑みをこぼす榛名。

R-18シーンも無いから安心して読める。

 

その微笑に魅入られる榛名サークルの人々。

好きな榛名が幸せそうに笑って自分が書いた本を読んでくれる、これ以上の幸福があるだろうか。

今度は自分の書いた本で笑って欲しい、そう思う人間が出ても致し方ない。

 

 

 

だが、警備府から金剛がやってきてから徐々に様相が変わってくる。

榛名がいると聞いてもなお、混じりっけなしの好意を大神にぶつける金剛。

不安で疑心暗鬼に陥る榛名。

 

そして、事態は起きてしまう。

 

『あのひとの、こんごうねえさんの、においがします』

『どうしてですか? きのうあんなにはるなのにおいをつけたのに?』

『おおがみさんから、こんごうねえさんのにおいがします! あのおんなの!!』

 

それは所構わず大神に抱きつく金剛の匂いが移っただけなのだが、逆上してしまう榛名。

そして包丁で大神を刺し殺そうとする。

しかし避けることも、取り押さえることも出来た筈の大神は榛名を拒まない。

狂気の一撃を身に受けた大神は、

 

『榛名、愛しているよ』

 

の言葉を最期に息絶える。

大神の無実をそこで初めて悟り、悲しみで絶叫する榛名。

 

 

 

「えーと……」

 

榛名が最後のページまで読み終わったことを確認し、恐る恐る榛名の反応を確認しようとするサークル主。

だが、

 

「……っ、榛名は、榛名は、大神さんにこんなこと致しません……」

 

榛名は完全に感情移入してガチ泣きしていた。

本を机に置き、ポロポロと涙を零す。

 

「大神さんを傷つけるくらいなら、自ら死を選びますっ! 榛名は、居ない方がいいんです!」

 

そして、小刀を取り出し自刃しようとする。

 

「榛名さん、止めてください!」

「榛名、落ち着くデース! それは漫画の話デース!!」

「だって、だって大神さんが、大神さんが!」

 

慌てたサークル主と、金剛が榛名を止めようとするが、榛名は大神が死んだと思い込んでる。

正気に戻すには大神が必要だ。

 

「隊長ー!! 榛名を、榛名を止めてー!!」

「榛名くん、俺は死んでない、傷ついてなんかいないから!」

「でも……でもぉ……」

 

そう言って榛名を宥める大神だが、榛名はなかなか落ち着かない。

 

「榛名くん、ゴメン!」

「……あっ……お、大神さん……」

 

最後の手段とばかりに大神は榛名を抱き締めた。

ホール内で蒸し暑いし、先ほどから周辺の視線も気になるが今優先すべきは榛名だ。

 

「榛名くん、俺の体温、感じるかい?」

「はい、大神さんの体温を感じます……あったかいです。それに、大神さんの鼓動も感じます……よかった、大神さんが生きてて……よかったぁ……」

 

大神に自ら抱きつき、再度一滴涙を流す榛名。

流石に金剛も今の二人に何かいうつもりは無い。

 

こんなまじめでけなげな子をヤンデレだとかNTRの材料にしようとしていたとは。

榛名サークルでヤンデレものとか、NTRものを描いていた人たちが罪悪感に襲われる。

今度は榛名に喜んで読んでもらえるものを書こうと心に決めようとしていた。

 

だ が、

 

「……でも、おおがみさんからかしまさんのにおいがします」

「「「え"」」」

 

凍りつく周囲。

 

まさか。

 

「なーんて、冗談です。ごめんなさい、榛名はもう大丈夫です」

 

大神から離れ、舌を出しながら軽く笑いそう言う榛名。

 

 

 

しかし、

 

榛名はやはりヤンデレ、間違いない。

 

周囲のサークルはそう思った。

 

次のコミケも榛名のヤンデレ、NTRものは減りはしないだろう。




今度は榛名が大暴走して、終わらなかったorz
キャラが勝手に動いて止まってくれないんですけどw
最長話確定です、すいません。


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第八話 12.5 こっそり吹雪のコミケレポ

「ううう、私の本、あんまりないな~」

 

その頃、吹雪は私服で一人こっそりコミケ会場に来ていた。

理由はただ一つ。

 

目立つこと、もとい、大神の気をひくことである。

 

そもそもおかしいのだ。

 

元ネタ的に、最初に大神を迎えに行った吹雪はメインヒロイン格の筈だ。

元ネタ的に、某鬼嫁のようなことをするつもりのない自分には敵など居なかった筈である。

 

なのに、気が付けばその他大勢の駆逐艦の中に埋もれてしまっている。

観艦式で久しぶりに大きな出番があると思えば、せっかくの晴れ舞台の描写はすっ飛ばされ、とどめに大神自らによる蹂躙である。

 

この状況を打破するためには、このコミケ会場の同人誌という大きな知恵の泉に頼るしかない。

 

そう思ってこっそり部屋を抜け出してきたのだが、状況はあまり芳しくない。

ようやく見つけた同人誌も大神と結ばれた後の話で(そうなる過程を吹雪は知りたかった)、しかも他の提督にNTRされる代物だった。

自分が陵辱されてNTRされる本を読んで気分が良い訳がない、読後感は最悪である。

 

それでも、吹雪は諦めない。

 

大神を自分の手に取り戻すため、サークルをひたすら回り続ける吹雪。

そして、それは吹雪の目の前に現れた。

 

「ブルマー吹雪本?」

 

表紙にはブルマを履いた吹雪の姿。

また、陵辱物ではないかと警戒する吹雪はおそるおそる手を伸ばす。

 

しかし、違った。

 

新型艤装としてブルマーを支給された吹雪。

脚の線が露になって恥ずかしがる吹雪だが、それでも支給されたものだからと着用する吹雪。

そんな吹雪と訓練していくうちに、吹雪のことが気になりだす大神。

そして、戦闘にて足を痛めた吹雪を庇う内に良い雰囲気になる二人はそのまま――

 

その瞬間、吹雪は稲妻に打たれたような衝撃を受けた。

 

これだ。

 

これこそ天恵だ。

 

ブルマー吹雪、これこそが現状を打破する神の一手に違いない。

 

しかし、

 

「ブルマーって、どこに行ったら買えるのかな?」

 

体操着などは基本支給品で買ったことなどない。

酒保でもブルマーは取り扱っては居なかった筈である。

 

と、ブルマー吹雪本を置いてるサークルスペースを吹雪はもう一度見る。

そこにはブルマーがおいてあるではないか。しかも吹雪の絵が刺繍されている。

吹雪は決断する。

 

「うんっ! あの、すいません!」

「はい、なんでしょうか? ……あれ?」

 

本を出すだけあって、吹雪の声を聞いただけで怪訝な顔をするサークル主。

このままでは自分が吹雪本人だと気づかれてしまう。

作戦は速やかに行わなければいけない。

 

「こちらのブルマー吹雪本と、ブルマーをいただけませんか?」

「合わせて○○○○円になります」

「え、そんなにするんですか? 足りない……」

 

吹雪の手持ちはそんなにない。

秋雲に聞いていた同人誌の値段は高くてもせいぜい1000円位だった筈なのに。

 

「すいません、ブルマーの方が特注品なので高いんですよ」

「ううう、そうですか……失礼致しました」

 

ブルマーが入手できないのであれば意味がない。

肩を落としてサークルを去ろうとする吹雪。

しかし、それでサークル主は気付いた。

 

昨日、観艦式で自分の歌をすっ飛ばされた時の吹雪の様子と目の前の少女が酷似していることに。

 

「あのー。もしかしたら、吹雪ちゃん?」

 

ビクッと大きく肩を震わせる吹雪。

 

「やっぱり! 吹雪ちゃん!!」

 

そのサークル主の声に辺りがざわつきだす。

それもその筈、吹雪がいる辺りは吹雪サークルが集まっているのだ。

反応しないわけがない。

 

「なんで、吹雪ちゃんがブルマーを?」

「いや、その、それは……」

 

結果、根掘り葉掘り聞きだされる吹雪。

 

「ブッ! ほ、本物の吹雪ちゃんがブルマーを! 履くですってー!?」

「あんまり大声で言わないでください!!」

「でも、吹雪ちゃん。履くのならウチの刺繍入りのよりも普通に売ってるものの方がいいですよ」

 

そうまくし立てるサークル主。

サークル主が作ったものはコレクターアイテムとしてのブルマーであって履く物ではない。

本物の吹雪がブルマーを履くというなら、刺繍入りのなんてむしろ邪道。

無地に決まっている。

無地以外ありえない。

 

「あの、ブルマーってどこに行けば買えるのでしょうか?」

「ネット通販でも買えるし、体操服売り場でも置いてるはずだよ」

「そうですか! じゃあ、本の方だけいただけますか?」

「吹雪ちゃんからお金なんて取れませんよ! むしろ、持って行ってください!」

 

そう言って本を吹雪に渡すサークル主。

最初は居心地悪そうにしていた吹雪だったが、何回か礼をすると、去っていく。

 

早くブルマーをネットで通販しなければ、それに受け取った本も熟読して、いろいろと勉強しなければいけない。

これからのことに思いを馳せる吹雪。

 

 

 

そんな吹雪の様子を見て、サークル主はにやりと笑う。

 

次の本のネタは決まった。

ブルマーを履いて大神を誘惑しようとする吹雪の話だ。




これ、閑話でブルマー吹雪を書かないといけない流れかなw


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第八話 14 コミケ海域突入! 5

榛名の一悶着が終わり、金剛型のサークルが集まった箇所、いわゆる金剛島を練り歩く大神たち。

 

「大神さん……」

 

ちなみに榛名は大神から離れようとしない。

大神の腕を離さず、組んで全力で抱きついたままである。

先程見た同人誌がよほどショックだったのだろう。

 

もう片方の腕は鹿島に取られている為、金剛が抱きつくとしたら真正面か背後しかないのだが、金剛は今は榛名を優先しているようだ。

 

「あ、今度は比叡の本がありマース、見てみマショー!」

「本当だ……私の本、どんな中身なのかな?」

 

 

 

言うまでもなく、それはポイズンクッキング本であった。

自らの調理毒物で姉妹と大神をまとめて保健室送りにする比叡。

バイオハザード状態となる鎮守府。

 

 

 

「そんな! 私、そんなに料理下手じゃありません!! ねえ、金剛お姉さま?」

「……ノーコメントデース」

 

比叡の問いに顔を背けて言葉を濁す金剛。

いろいろと思うところがあるらしい。

 

「そ、そんなー!」

 

地面に蹲り、真っ白になる比叡。

いろいろと燃え尽きてしまったようだ。

 

「比叡お姉さま、今度、お料理の勉強会してあげますから」

「本当!? 本当よね? 絶対本当よね? 何が何でも本当よね?」

 

流石にいたたまれなくなった榛名が、比叡にそっと耳打ちする。

途端、いじけて地面にのの字を書いていた比叡が榛名の手を掴む。

何度も榛名に確認を取る比叡の目はグルグル回っており、はっきり言って怖い。

 

「え、ええ……」

「よし、これでメシマズ艦娘からは卒業よ!! 大佐を唸らせて見せるんだから」

「え、えーと、お手柔らかに頼むよ、比叡くん」

 

腹痛で唸ることだけは避けたい大神だった。

 

 

 

それ以外は基本的に金剛本がメインだったのだが、

 

「うふひはふひはふへほ……隊長と私、ラブラブデース!!」

 

基本的に金剛のアタックに押されきった、もしくは我慢が出来なくなった大神と金剛のラブラブ生活を切り取ったものが多かった。

どれくらいラブラブかというと、

 

『あれ、このカレー具がないよ? 金剛くん』

『これで良いのデース、だって……ん……』

『んんっ?』

 

そう言って具のないカレーを口移しで食べさせる金剛。

 

『具があると、こんな風に食べさせっこ出来ないのデース……』

『食べさせっこか、じゃあ今度はこっちの番だな。金剛、おいで』

『はい……たいちょ――ううん、ダーリン♪』

 

と口移しとキスしまくりながら食事するものとか、

金剛が大人しくなると逆にそれを寂しく思い金剛を押し倒す大神とか、

過程をすっ飛ばして、全編大神と金剛のいちゃラブH本も多数あった。

全盛期は過ぎたとは言え、かつて被害担当艦だったころの力は健在ということか。

 

「ねぇ、隊長。今度私のSpecialなカレー、食べさせてあげるデース!! ちゅー」

「金剛さん! 同人誌に触発されて口移しするつもりでしょう! そんなのさせません!!」

 

その気になって口移し、と言うかキスしようとする金剛をブロックする鹿島。

 

一方、本をあまり見かけないのは霧島だ。

いや、あることにはあるのだが、ヤンキー調になっていたりするのが多い。

 

「なんでヤンキー調なのかしら?」

 

疑問に思いながら自分の本を見て回る霧島。

そのうち、インフルエンザで休んでいる大淀の代わりに霧島が筆頭秘書艦を担当する事となる本を見つける。

 

「大淀さんの代わりですか。秘書艦の仕事も楽しいと言えば楽しかったですね」

 

最初はそつなく仕事をこなす霧島。

だけど、常に大神の傍に居られる立場は甘い麻薬のようで、霧島は大神から離れたくないとそう考えてしまう。

大淀の快復が間近になった夜、霧島はわざと仕事のミスをした。

残業して取り戻すと言う霧島を放っておけず、手伝う大神。

そして、二人きりの仕事が終わったとき、霧島は大神に抱きつき告白する。

 

「ええっ!?」

 

そして、深夜の司令室で情事に耽る二人。

大神を満足させるため、霧島はその知識の全てを用いて奉仕する。

 

「あ、ああう。あうあう……」

 

金剛型の中では知識派を自称する霧島だったが、実のところそっち方面の知識は薄い。

 

「うそ、そんなところまで……ええっ、こんなこともするの?」

 

目の前で繰り広げられるR-18行為に狼狽しながらも、目が離せない霧島。

 

「霧島くんは何を読んでるんだい?」

「ひゃあぁぁぁぁうっ? た、隊長っ!? いえ、私が秘書艦になる話です! それだけです!」

「霧島くんは勤勉だね。じゃあ、大淀くんが任に就けないときは霧島くんに筆頭秘書艦をお願いしようかな」

「は、はいっ! なんでもお命じ下さい! 何からナニまで応えてみせます!」

 

ナニの意味合いが微妙に怪しい霧島。

特に追求せず大神たちが通り過ぎてゆくのを確認して、

 

「この本、おいくらでしょうか」

 

一冊購入した。

 

勉強のためである。

あくまで、勉強のためである。

 

 

 

そうしていくうちに金剛島を抜ける大神たち。

並ぶポスターの内容からすると空母島にきたらしい。

 

と、聞き慣れた声で言い争っているのが聞こえる。

 

「あれ、瑞鶴と加賀が言い争ってマース、あの二人もけんかが好きデスネー」

「けんかするほど仲がいいとは言うけど、流石に通行の邪魔になるのは不味いかな」

 

そう言って大神たちは二人を止めようと近づく。

話の詳細が聞こえてくる。

 

「なんで! なんで私が一航戦なんかと、れ、れ、恋愛関係になってるのよ!」

「それはこっちの話です。五航戦とだなんて冗談ではありません」

 

どうやら、瑞鶴と加賀の百合本を見つけてオーバーヒートしているらしい。

よくけんかしている二人は、見る人間によっては百合カップリングとしてベストチョイスなのだが、どうもお気に召さないらしい。

まあ、好きな男性に女の子が好きと誤解されたくないのは、ある意味当然の話か。

 

「まあまあ、そこまでにしておいたら瑞鶴」

「翔鶴ねえはいいよね! 隊長さんとのラブラブ本ばっかりなんだもん! 結構買ってるし!」

 

よほど納得できないのか、宥めようとする翔鶴にさえ噛み付く瑞鶴。

しかし、噛み付いた内容に加賀が反応した。

 

「そうね、あなたには大神さんとのらぶらぶ本がないものね」

「なんですってー! そう言うあんただって――」

「お生憎様、わたしには大神さんとのらぶらぶ本もえっちな本もあるわ、こんなに」

 

そう言って加賀は紙袋から自分と大神のラブラブ本を取り出す。

はっきり言って翔鶴より多い。

 

「そ、そんな――」

 

敗北感に打ちひしがれる瑞鶴。

何故だ、何故自分には大神とのらぶらぶ本もえっちな本もないのか。

何が足りないというのか。

 

「胸ですね。瑞鶴さん、あなたにはおっぱいが足りていません!!」

 

大神から離れ、瑞鶴に近寄った鹿島が残酷な結論を言う。

 

「そんな、おっぱいだけでここまで差が出ちゃうの?」

「蒼龍さんを見てください! 今一つ影が薄いのに、同人では、コミケでは大人気です!」

 

鹿島の指差した方向、蒼龍を見ると、確かに多くの視線を集めている。

 

胸に。

 

ふんわりやわらかおっぱいに。

 

蒼龍の持つ蒼龍本も結構多い。

 

「で、でも、瑞鳳だって胸は――」

「瑞鳳さんはあなたと違ってロリ属性がありますから。だけどあなたにはどちらも、ない!」

「ガーン」

 

再度敗北感に打ちひしがれる瑞鶴。

力なくその場に崩れしゃがみこむ。

 

「そうね、あなたと大神さんとではBLになってしまうわ、五航戦」

 

加賀のその言葉がとどめとなった。

 

「うわあぁぁぁぁん! 次のコミケまでには豊胸してやるんだからー!!」

 

泣きながら、コミケ会場を駆け去る瑞鶴。

だから、コミケ会場は走るの禁止です。

 

「加賀さん、少しやりすぎですよ」

「そんなことはないわ、赤城さん。事実を告げただけ」

 

そう言いながらも、居心地が悪そうな加賀。

少し言い過ぎたかもと思っているようだ、だからこそ、瑞加賀が百合カップルと認知されるのに。

 

 

 

「ところで、何で私の本は大食い物が多いのでしょうか?」

 

自分が大食いと認識していない赤城だった。



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第八話 終 戦い終わって日が暮れて

そして時は過ぎ、コミケ終了の時間間近。

サークルを一通り巡った大神たちと、その間に合流した空母などの艦娘たちが集まり、オータムクラウド周辺は艦娘たちでごった返している。

まだ帰らずに、サークルを巡っていた人々の目が艦娘たちに向いているようだ。

 

何か対応した方が良いかとも大神は思ったが、これだけ艦娘が集まって何か始めると、人通りを止めてしまうのでやめて欲しいとスタッフに一言言われたのでそれを守ることとする。

 

「しかし、なんだかんだでみんなコミケに行っていたんだね」

 

大神はコミケ会場で合流した艦娘たちを一通り眺めて呟く。

 

 

 

「ううう、絶対……絶対豊胸してやるんだからぁ……」

 

瑞鶴は胸のことを気にしているようだ、まだ言っている。

 

「なんでよ! なんでみんな私のこと、ツンデレって描いてるのよ!! これじゃ、私がクソ隊長のこと、す、す、好きみたいじゃない!」

 

何をいまさらという視線が曙に集まっている。

本当に何をいまさらというほかない。

 

「潮。なんで、魔性呼ばわりされているのでしょうか?」

 

ノーコメント。

 

「如月ちゃん、二人がかりでって言うのも悪くないね! にししっ」

「睦月ちゃん、そうね、大神さんを共有してしまえば問題ないのよね」

 

睦月たちは開眼したらしい、今後が怖い。

 

「うふふっ、大和は大満足です」

 

大和は大神との本を多く発見できたらしく満足そうだ。

 

「なんで、玉子焼きの話があんなに多かったのかなぁ、得意料理だけど」

 

瑞鳳は今一つ納得できていないようだ。

 

「ロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖いロシア怖い」

 

響は、ロシアに送られて、性的やリョナなどいろいろな意味で賠償させられることとなった自分の本を見てトラウマになっているようだ。カタカタ震えながら大神に抱きついている。

 

「響! 絶対ロシアになんて行かせないんだから!!」

「響ちゃん! 4人はずっと一緒なのです!!」

 

そんな響にしがみつく雷と電。

 

「そうよ! 第6駆逐隊は一緒なんだから! でも、6駆のみんなで仲良しな本が多かったのはいいけど、一人前のレディとして大神さんとの本も見たかったわ」

 

暁、それはサークル主たちが気を使って見せないようにしただけだ。

見たらきっと卒倒する。

 

 

 

なんだかんだで、艦娘たちも楽しんで(?)いたようだ。

と、大神は常に傍に居ながらも、自分にべったりであまり本を探していなかった艦娘を思い出す。

 

「そういえば鹿島くんは、あんまり自分の本を探していなかったけどよかったのかい?」

「ええ、だってせっかくのデートだから大神くんには本の中の私より、私自身を見てほしかったんですっ。それに……」

「それに?」

「大神くんが秋雲さんを手伝っている午前中の間に、そういった本は回収済みです! 早々に完売してしまったサークルさんのも含めて! ねぇ、大神くん、今度二人っきりで私と大神くんの本を読みましょう?」

 

衝撃が艦娘たちの間を走る。

鹿島と大神がいちゃラブする本を二人っきりで読む。

それって……思いっきりヤバくない?

 

「ええっ?」

「台詞とかも再現しちゃいましょう! 私、気に入った台詞とかあるんですよ。大神くんに言ってみたい台詞も、大神くんに言われたい台詞も!」

「ど、どんな台詞だったんだい?」

 

早々に完売するようなサークル、どんな本なのか多少興味はある。

 

「ダメですっ。そ れ は、二人のときに」

「うん……」

 

微笑みながら、大神の唇に指を当てて口止めする鹿島。

妖艶ささえ漂う鹿島の様子に気圧されて、少年のように頷く大神。

 

「ダメーっ! 二人っきりの読書会なんて許さないデース! やるんだったらみんなで読書会するデース!!」

「そうだよ。一人で読み返すと悲しくなる本とかもあるからみんなと一緒がいい」

 

二人の間に漂った空気が危険であると判断した金剛が割って入る。

抱きついていた響も懇願するように大神を見上げる。

 

「はいはい、読書会は後でやるとして、それくらいにしときなさいよ~。もうすぐコミケ二日目も終了なんだから」

 

パンパンと手を叩いて、鹿島たちを制する秋雲。

 

 

 

そして、コミケ二日目の終了アナウンスが為される。

拍手でコミケ二日目が無事終了したことを喜ぶ人々。

今日一日何だかんだでコミケを満喫した大神たちも人々に倣って拍手する。

 

拍手が終わると、人々は帰途へと付いていく。

祭りの後の静けさに一抹の寂しさを感じる大神たち。

 

「よーし、じゃあみんな速やかに撤収するよー! コミケ3日目の準備の邪魔になっちゃうし」

 

それを知ってか、秋雲が一際大きな声で艦娘たちに撤収を促す。

 

「秋雲、一つ連絡を忘れてますよ」

「あ、そうだったそうだった。ねえ、みんな、秋雲たちは鎮守府の食堂で打ち上げをするつもりだけど、どうする? 間宮さんたちにお願いして用意してもらってるんだ!」

 

不知火の言葉で、思い出した秋雲は集まった艦娘たちに問いかける。

答えなど決まっていた。

 

 

 

鎮守府に戻ってみると、食堂の一角に七輪が準備されていた。

そして、間宮が仕込んだ上物のお肉がトレイに鎮座している。

つまり、

 

「焼肉なのですか!!」

 

思わぬご馳走に目を輝かせる赤城。

 

「何でかよく知らないんだけど、即売会の打ち上げって言ったら焼肉が基本みたいなんだよねー。あ、でも赤城さん、食べ放題じゃないから」

「それは残念ですが、間宮さんが自ら仕込んだお肉! 美味しいに決まってます! 一航戦! 赤城! 食べます!!」

 

餓えた狼のように赤城が臨戦態勢を取る。

いや、それキャラ違うから。

 

その間に伊良湖がみんなに飲み物の注文をとり、渡していく。

今日は休みということもあってか、バーの方からお酒を持ち出している。

大神も流石に今はビールを頼む。

のどが渇いていたし、肉が本当に美味しそうだったからだ。

 

「それじゃー、オータムクラウドの初コミケ参加と、完売と、皆さんの戦果を祝してー」

 

飲み物がいきわたったことを確認して、サークル主である秋雲が音頭をとる。

だが、そこから先がちょっと違っていた。

 

「「「勝利のポーズ、決めっ!!」」」

 

その声と同時に杯を掲げる。

そしてビールを喉に流し込む大神。

 

旨い。

 

今まで何度もビールを飲んでは来たが、こんなにビールが美味しいのは初めてかもしれない。

 

「ふふっ、大神くん。今日はたくさん汗をかいてましたからね。はい、お肉が焼きあがるまでユッケでも如何ですか?」

 

ちゃっかり大神の隣をキープした鹿島が、ユッケを箸で掴んで薦める。

あーん、させようとしている。

いつもなら断る、慌てるが大神の選択肢だが、今日は本の中とは言え自分がいろいろなことをしているのを見て、気が大きく、いや、ちょっとおかしくなっているのかもしれない。

 

「ありがとう、鹿島くん」

 

鹿島の差し出したユッケにパクつく大神。

 

「ええっ? 大神くん!?」

 

ビックリするのは鹿島のほうだ。

この反応は予想していなかったらしい、目をパチパチさせている。

 

「あーん、間宮さんのユッケ、最高です~!」

「赤城さんの言うとおり、この味は外でもなかなか食べられないわ」

 

赤城が涙を流しながら食べている。

間宮の仕込んだユッケは、味付けも最高だ。

 

そうこうしている内に肉が焼きあがっていく。

一部席では肉の争奪戦も起きているようだが、みんなその味を堪能している。

 

その様子を秋雲がスマホで写真に取り、そしてツイートしていた。

 

『夏コミ二日目お疲れ様でしたー。秋雲さんは艦娘のみんなと、大神さんと焼肉で打ち上げ中。間宮さんが仕込んだお肉美味しいよ~』

 

そして、思った。

 

次のコミケもこうやってみんなでワイワイやりながら出たいな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

とうとう発動されたAL/MI作戦。

私達機動部隊主力はMI作戦に向けて練成してきました。

私、加賀さん、そして二航戦のみんななら必ず敵に打ち勝ちます。

きっと大丈夫、勝ちにいきます!

 

次回、艦これ大戦第九話

 

「決戦! AL/MI作戦!(前編)」

 

今度こそ必ず、暁の水平線に勝利を刻みます!

 

 

 

「……え? 大神隊長、それは冗談ですよね?」




流石に長くなりすぎた(既に20回で最長)ので、圧縮。
夏コミ終了後のビールは最高。

好感度に怒涛の変化あり


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第九話 決戦! AL/MI作戦!(前編)
第九話 1 決断


夏コミ、いや観艦式が終わったしばし後、大神は作戦会議へと呼び出されていた。

会議内容は此度行われることが決定した次の作戦、AL/MI作戦についてである。

 

AL/MI作戦、いやMI作戦は海軍、いや全軍において大きな意味合いを持った戦いである。

 

かつて行われた太平洋戦争でのターニングポイント。

 

南雲機動部隊の壊滅、正規空母4隻を喪失するという大敗北を喫し、以後の敗北の流れへと繋がった戦い。

 

絶対にあの戦いの二の轍は踏んではならない。

 

此度の戦いは必ず勝利し、深海棲艦への更なる攻勢へと、そして最終目標である太平洋開放へと繋げなければならない。

 

陸軍も、海軍も、そして華撃団もその想いは等しい。

 

しかし、ALで、そしてMIにて勝利を得るための方法論はそれぞれ異なっていた。

それらを会議にてすり合わせて、最終的な作戦を構築していく。

 

しかし、完全に平行線を辿り決着が付かない議論もあった。

その議論を巡り会議場は紛糾している。

 

「しかし! それではMIに向けて己を磨き続けてきた彼女たちの意思が!!」

「それは分からなくもない。だが、今必要なのは確実に勝てる方策だ! きっと大丈夫だとか、今度こそ必ずといったあやふやなもので、一度大敗北した彼女たちの参加は認められない!!」

「だが、実際に最大戦力となるのは彼女たちだ。彼女たちを欠いてどう艦隊を構成する?」

 

米田が大神と海軍少将の会話に口を挟む。

援護射撃のつもりらしい。

 

「初期の演習において彼女たちに完勝した艦娘がいた筈だ。その者を中心に構成すればいい」

「それは自分の霊力による補助があったためです! 現在であれば、彼女たちも条件は同じ。完敗することはありません!」

「神谷大佐の説明にあった、君の触媒という霊力に起因するらしいな。だが、なら尚更、君と同じ時を長く過ごした者達をMIで起用するべきだ! 彼女たちは用いるべきではない!!」

「何故です? 何故そこまで彼女たちの起用を忌避するのですか!?」

「呉で彼女たちを見た。あの慢心、そう簡単に抜けるとは思えない。前回のMIにおいても慢心によって大敗を喫したのなら、彼女たちを用いるのは危険だ!」

「それは最初に説明した筈です。有明における最初の演習以降、彼女たちは心を入れ替え鍛錬に励んでいると!」

 

両者の意思は交わる気配を見せない。

だが、このまま平行線で終わらせるわけにも行かない。

両者の議論を黙って見ていた大元帥閣下が発言される。

 

「両者とも落ち着け」

「「はっ」」

「両者の意見は分かった。だが、このままではいつまでたっても結論は出ないだろう。かと言って、多数決をとるには数的に華撃団に不利すぎるな。故に華撃団総司令として結論を出そう。大神大佐に命ずる、此度のMI作戦では――」

 

それでその議論は終結した。

まだ会議は続く、議題は山積みなのだ。

 

 

 

同じ頃、有明鎮守府では午後の訓練を終え休憩を行っていた。

話題に上がるのは勿論、実施が決定したAL/MI作戦についてだ。

艦娘の殆どがMIについては苦い思いを持っている、今度はそのリベンジの機会だと燃えていた。

 

「救出された直後の大作戦にあまり参加できないのは、心苦しいでち」

「イムヤも。無限オリョクルとかないし、今度こそスナイパーとして参加したかったんだけどな」

 

大神指揮下での対潜訓練もかねて行われた、近海の対潜哨戒にて偶然救出されたイムヤたちがそう零す。

 

「まあ、そう言うでない。お主達の分もしかと働いてくるから、今は休んでおれ」

「利根姉さん、カタパルトが直ったからって調子に乗りすぎですよ。艦隊はまだ発表されていないんですから」

「なーに、隊長のことじゃ。我輩たちのことを、我輩たちの思いを汲んでくれるに決まっとる!」

「そうですね、こないだの秋雲ちゃんのときもそうでしたし」

 

利根たちがそう話し合っている。

けれども、それは殆どの艦娘の総意でもあった。

 

「加賀さん、蒼龍さん、飛龍さん、今度は必ず勝ちましょう! 大神隊長の指揮の下で!!」

「そうね。あの指揮の下なら負けないわ、今度こそ」

「艦載機の搭載数もずいぶん増えたもんねー、搭載数100越えなんてするとは思わなかったわ」

 

加賀たちは最初に演習したときと比べて、自分達が飛躍的に強くなったことを実感している。

だからこその言葉だったのだが。

 

「ダメだよー、みんな慢心は」

 

飛龍がみんなに釘を刺す。

 

「今回は、私達お留守番なのかな? 翔鶴ねぇ」

「そうね、連合艦隊の編成としても私達が入る余地はなさそうね」

「でも、隊長さんが直接指揮する艦隊は、連合艦隊の編成条件を無視できるんでしょう?」

「かと言ってAL側にも空母は必要でしょう? とにかく、隊長の帰りを待ちましょう、瑞鶴」

「はーい」

 

瑞鶴たちは、完全にお留守番するつもりで居る。

一航戦、二航戦があるだけやる気なのだ。

睦月や秋雲の例を考えても、彼女たちの気持ちを無碍にする大神とは思えないし、彼女たちが出撃するのは間違いないだろう。

 

 

 

そんな話をしているうちに大神が作戦会議から帰ったと、作戦についてのブリーフィングを行うと連絡が入る。

艦娘達がブリーフィングルームに入ると、大神と大淀たちが準備をしていた。

しかし、金剛や鹿島、睦月の目には大神の顔色が若干優れないようにも見えた。

 

「隊長、顔色悪くないデスカー?」

「ああ、朝から殆ど休みなしで会議をしていたからね。ちょっと疲れたかな、今日は早めに寝ることにするよ」

「ブリーフィングを明日にしてもいいんデスヨ?」

「いや、早めに結果をフィードバックした方がいい。紹介とかもあるし。大丈夫だよ、金剛くん。俺はそこまでヤワじゃないよ」

 

そう言うと、大神は決定された作戦の説明に移る。

 

先ずはAL作戦。

 

こちらは二段階の作戦で形成されている。

 

第一段階での制海権の奪取。

そして第二段階での敵北方港湾基地の強襲。

 

「ただ、今回の作戦は知っての通りAL方面とMI方面に分かれる。俺はMI方面の直接指揮を執るためAL方面の指揮はできない。だから、AL方面の指揮は――」

「私がとることになった。久しいの、警備府の艦娘のみんな」

「「「永井司令官?」」」

 

そう、それは警備府の司令官であった永井であった。

 

「司令官、お怪我はもう大丈夫なのですか?」

 

以前そうであったように龍田が永井に寄り添う。

だが、永井は以前にも増して活力を取り戻しているようだ。

 

「ああ、おかげさまで完全に快復したわい。大神の様な神がかった大胆な指揮は取れないが、着実に勝ちに行くぞ、みんな」

「あのー、司令官。艦隊編成はどうなっているのですか?」

「なんじゃ、編成の説明はまだじゃったのか?」

「そんなに急がせないで下さい、司令官。編成は――」

 

続いて参加艦娘の発表を行う大神。

それには、

 

響 暁 高雄 摩耶 隼鷹 飛鷹

 

の6人が選ばれた。

 

「それでは大神隊長、別室を借りてもいいかの? 大神隊長のように直接指揮が出来ない分、より綿密に打ち合わせを行いたいのでな」

「ええ、勿論その予定です。大淀くん、案内を頼む」

 

大淀の案内で永井司令官と響たちが出て行く。

 

「続けてMI作戦の説明に移るよ」

 

第一段階として正規空母を基幹とした連合艦隊(機動部隊)を出撃し、制海権の奪取。

第二段階としてMI島の攻略。

第三段階として、MI島奪還を目的として接近する敵増援艦隊を捕捉、撃滅。

 

「但し、第二段階から第三段階まではある程度の時間が経過すると予測される。だから第二段階までは自分が直接指揮するけど、第三段階においては有明鎮守府からの指揮とさせてもらう」

「何故、有明鎮守府に戻られるのでしょうか?」

「流石に長期間、日本近海を開けっ放しにするわけには行かないだろう? 南方からの敵の攻撃も考えられるし」

「なるほど、流石、隊長です!」

 

それで霧島は納得したとばかりに大きく頷く。

となると、

 

「あ、あの!」

 

赤城が挙手する。

とうとうこの時が来たかと覚悟する大神。

 

「それで、初の連合艦隊は。機動部隊の編成はどのようになったのでしょうか?」

 

赤城の表情を見る。

自らが、いや自分達が選ばれることを微塵も疑っていない。

その表情をこれから曇らせてしまうというのか、自分は。

 

「機動部隊は……翔鶴くん、瑞鶴くん、そして大鳳くんを以って構成する事となった」

「……え?」

 

赤城は――

 

いや、加賀も、蒼龍も、そして飛龍も大神の言った言葉の意味を理解できなかった。

 

 

 

その言葉、そのものを認識できなかった。




反応が怖い(^^;


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第九話 2 反発の代償

「機動部隊は……翔鶴くん、瑞鶴くん、そして大鳳くんを以って構成する事となった」

「……え?」

 

大神の発言が分からなくて、

 

発言の意味が分からなくて、

 

表情を失う赤城たち。

 

そして、しばしの時を置いて、何度も何度も自らの中で繰り返して漸くその意味を理解する。

大神の発言を信じられないといった面差しで見やる赤城たち。

 

「……え? 大神隊長、それは冗談ですよね?」

「いや、冗談ではないよ。日中に行われた作戦会議で決定された事項だ。機動部隊の主管は翔鶴くん、瑞鶴くん、そして大鳳くんとなった。赤城くん、君たちはAL/MI作戦中の支援と近海防衛が主任務となる」

 

そう言えば聞こえはいい。

だが、結局のところそれはAL/MI作戦から蚊帳の外となることに等しい。

想像もしていなかった事態に、赤城の視界がぐにゃりと歪む。

そのまま崩れ落ちそうになるのを、隣に居た翔鶴の肩を掴みもたれかかる事で必死に耐える。

蒼龍も飛龍も同様にして耐えていた。

 

「赤城さん……」

 

自らが選ばれたことの栄誉より、力を失い蒼白となった赤城の心配をする翔鶴。

何故、このようなことになったのか。

艦娘たちの間に困惑が広がる。

 

「何故ですか、理由をお聞かせください」

 

その困惑を代表して、加賀が挙手し大神に尋ねる。

しかし、加賀はこの決定に全く納得できていないようだ。

表情の、言葉の端々から怒りが伝わってくる。

 

「理由かい?」

「そうです。私達がMI作戦にかけていた想い、隊長も理解して頂いている筈です。その上でこの選択となった理由をお聞かせ下さい」

 

加賀の発言に、大神が苦虫を潰したような表情を見せる。

その様子に、多くの艦娘はなんらかの事情があったのではないかと察する。

だが、絶望に打ちひしがれる赤城、怒りに燃える加賀はそんな大神の様子に気が付かない。

 

「……分かった、理由を言えばいいんだね」

 

そして、大神は理由を告げる。

 

1、翔鶴、瑞鶴、大鳳の方が新しく基本性能に優れていること。

2、翔鶴、瑞鶴は警備府の頃から大神の指揮を受けており、より強い信頼で結ばれていること。

3、赤城、加賀は有明鎮守府発足後、初の演習で翔鶴、瑞鶴に航空戦で完敗していること。

4、赤城、加賀、蒼龍、飛龍は先のMI作戦の喪失艦であり、験を担ぐ意味でも望ましくない。

5、赤城、加賀は呉時代より慢心の傾向が見られ、再度失敗をする可能性がある。

 

大神が搾り出すように一言一言紡ぐ度に赤城の肩が大きく震え、加賀の怒りが増す。

 

「そして、最後にして最大の原因が――赤城くんと加賀くん、君たちが有明鎮守府着任当時に要求した俺の放逐と、大塚司令官の就任の主格だったことだ」

「そんな……大神さん! その件は既に解決したことではなかったの!?」

 

自らが過去に行った行い、それがこのようなときに牙を向くとは。

表情を大きく乱し、加賀は大神に叫ぶ。

 

「MI作戦は全軍、いや、全世界にとっても大きな意味を持つ戦いとなる。不安要素があるなら、それは可能な限り潰さなければならなかった」

「うそつき!! あの時、私達に謝ったのは嘘だったのね! 本当は根に持っていたのね! だから、ここにいたって意趣返ししたのね!!」

「それは違う!」

 

怒りのまま壇上に上った加賀が、大神の頬を平手打ちする。

一度では気が済まなかったのか何度も叩く加賀。

そのまま涙を流しながら、叫ぶ。

 

「じゃあ、何で今になってそんなことを持ち出してきたの! 私達がどれだけの想いをMI作戦にかけていたか知っていたくせに! 望みが叶うよう頑張るよって答えていたくせに!!」

「……」

「分かって居ないの? 私が! 赤城さんが! どれだけあなたを信頼していたか! 慕っていたか!!」

「……」

 

大神の頬を叩き続けながら、涙交じりの罵声を浴びせ続ける加賀。

大神の頬は真っ赤に腫れ上がっている。

だが、赤城たちの想いはほぼ全ての艦娘が理解している、止めようとするものは殆どなかった。

 

「何とか言いなさいよ! 言い訳くらいしてよ!!」

「……すまない。君たちの望みを叶える事が出来なくて」

 

そして、大神は赤城たちへの謝罪の言葉を口にする。

 

「え?」

 

その謝罪の言葉に、加賀は漸く気が付く。

近接戦の達人である大神が、加賀を取り押さえることも容易に出来たであろう大神が、加賀の怒りを黙って受け止め続けていたということに。

そして、叶える事が出来なかったという事は――つまり、大神は赤城たちの望みを叶えようとしていたことに。

 

「まさか――」

 

加賀の大神の頬を叩き続ける手が止まる。

そこに永井たちを別室に案内し終えた大淀が戻ってくる。

 

「案内してまいりまし――加賀さん! 隊長に何をしているんですか!!」

 

真っ赤に腫れ上がった大神の頬を尚叩こうとするように見えた加賀の間に割って入る大淀。

 

そして、事の仔細を聞いて大神に怒鳴る。

 

「大神さん、何で言わなかったんですか! この決定が大元帥閣下のものだって! 大神さんのものではないって!!」

 

大淀のその言葉に再度ざわめく艦娘たち。

どうして、それを最初に言わなかったのか、と。

 

「理由はどうあれ、俺は赤城くんたちの望みを作戦会議で通すことが出来なかった。なら、赤城くんたちの怒りを受け止めるのも、決定事項をみんなに納得してもらうのも俺の役目だ。大元帥閣下や他の人間に押し付けるようなことは決してしてはならないんだ」

「隊長、せめて一言断っておくべきです」

「そう……だな、赤城くん、蒼龍くん、飛龍くん、すまなかった。俺の力不足だ」

 

そう言って、大神は腫れ上がった顔のまま謝る。

真っ赤な頬が痛々しい。

 

「加賀くんも済まなかった、手が赤くなってる。痛くはないかい?」

 

そうなるまで叩かれた自分の方が痛いだろうに、大神は加賀への恨み言一つ言わない。

大神が、自分が何を言われても、何をされても受け入れるつもりだったと、それが本気だと悟り、加賀は涙を一滴流す。

そして、今度は優しく腫れ上がった大神の頬に触れる。

 

「ごめんなさい……」

「いや、俺の方こそすまなかった」

「私が怒りのままに行動したから、大神さんの様子に気付けなかったから」

「加賀くんは悪くないよ、俺に不満を打ち上げる権利がある」

 

謝り続ける二人。

このままだといつまでも謝り続けそうだ。

 

「もう、二人ともやめるデース! ほら、握手して仲直りするデース!!」

 

察した金剛が登壇し、二人を強引に握手させる。

 

「それじゃブリーフィングの続きをお願いしマース!」

「ありがとう、金剛くん」

 

そう言って、大神は改めて機動部隊の構成を発表する。

 

第一艦隊 瑞鶴 翔鶴 大鳳 榛名 霧島 比叡 大神

第二艦隊 金剛 利根 筑摩 神通 朝潮 秋雲

 

頷く艦娘たち。

しかし、大神は気づけなかった。

解消されたのは赤城たちの大神への不信感であり、MI作戦への不信感は解消されていなかったことに。




しばらく反応が怖い。
そして今度は赤城を加賀が食った。


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第九話 3 目薬

ブリーフィング後、保健室で大神は明石の診断を受けていた。

問題ないと大神はそのまま業務に戻ろうとしたのだが、平手打ちとは言え艦娘の膂力で何度となく打たれたのだ。

万が一ということもありうる。

それに真っ赤に腫れ上がった頬は、叩かれる大神を見過ごしていた艦娘達に罪悪感を覚えさせる。

 

艦娘達の気持ちが落ち着くまで、せめて一晩くらいは引き離した方がいいだろう。

そう判断した明石と大淀によって、半ば無理やり連れて来られたのだ。

 

「脳の方には影響ないみたいですね。はい、これで頬をしばらく冷やしていて下さい」

 

渡された氷水の入った袋を頬に当てると、その冷たさで頬の痛みが引いていく。

 

「大神さん、何度も言わせて頂ますがあんまり無茶はしないでください。例外の舞鶴を除くと、大神さんが一番保健室に来ているんですからね! 医者の不養生とはよく言いますが、隊長の不養生なんて話聞いたことありません!!」

「迷惑をかけて済まない、明石くん。けれども、俺が前線指揮官の隊長である以上、保健室の世話にはならないとは約束は出来ないよ。善処はするけれど」

 

大神の言葉に嘆息する明石。

 

「はぁ……それは、これからもお願いしますって言っているようなものじゃないですか……じゃあ、せめてこれだけは約束して下さい、大神さん。これからもこうやって私に怒られに来て下さい。ものも言えないほどの重症にはならないと、約束して下さい!」

「別に怒られるためにここに来ている訳ではないんだけど……分かったよ、明石くん。ここに来るときは病人らしく君の説教も聞きに来るよ」

「本当ですよ? 破っちゃダメなんですからね!」

 

後に明石はこの約束を苦い思いと共に思い出すのだが、そのことを彼女はまだ知らない。

 

 

 

そして、翌日からAL組の連携訓練が始まった。

個々の能力については勿論申し分ないのだが、作戦行動において大神の直接指揮下から外れて行動するのは久しぶりであるため、旗艦である響の下で地上目標である港湾基地撃破を視野に入れた装備の最適化、対列について永井司令官と話し決定していく。

 

「高雄さんと摩耶さんについては主砲2門、三式弾、水偵で行った方がいいのかな?」

「ああ、地上目標である以上三式弾は必須じゃな、弾着観測射撃のためにも水偵も要るじゃろう」

「分かったよ、そこはあんた達の判断に任せるぜ」

 

その判断は摩耶から見ても間違ったものではない。

頷く摩耶。

 

「飛鷹さんと隼鷹さんも空母のセオリーどおりの搭載で問題ないはずだから、後は私と暁なんだけど……」

「独逸の方では駆逐艦が搭載できる対地装備もあるようじゃが、今はないからな。主砲2門と、あとは電探か対潜装備じゃな。好きに決めていいぞ」

「じゃあ、私が対潜装備を、暁は電探をお願い」

 

そして、ターゲットをおいての撃破訓練を行う。

先ず、響の連装砲がターゲットを根こそぎ撃破する。

 

「響、お前本当に駆逐艦なのか? 戦艦って言ってもいいんじゃないか?」

「私は駆逐艦だよ、大神さんが大好きなだけの駆逐艦さ」

「……言うじゃねーか、響。私も負けてらんねーな!」

 

続いて放たれた摩耶の一撃もターゲットを根こそぎ破壊する。

あんまりやると、修理費用がかさむと思うのだが。

 

「摩耶、貴方だって十分重巡離れしているわよ」

 

そして数日が経過し練度も十分であると判断した永井司令官によって、響たちはAL海域へと向かっていった。

 

これで大神たちはAL海域の制海権奪取と同時にMI海域に向けて出撃する。

連合艦隊の艦隊運用の訓練も夏コミ以前から行っていた、勝つ算段もある。後は勝つのみだ。

 

だが、気がかりは残っていた。

 

AL海域での勝利についても勿論気がかりではある。

自分の直接指揮に依らない作戦行動、彼女たちは怪我なくやれるだろうか。

かつて聖魔城にて、花組にその場を任せ、結果死の寸前まで追いやったことが思い出される。

 

それに赤城たち4人のこともある。

あのブリーフィング以降、不満は言わなくなった。

翔鶴たちの訓練にも文句一つ言わずに付き合っている。

その様子を見て本当によかったのだろうかと大神の心に迷いが生じる。

 

「ダメだ、指揮するものが迷っていては」

 

一旦酒を飲んで、気を紛らわせようと、迷いを投げ捨てようと、大神はバーに向かう。

加山と何度か訪れたバーだが、一人で、こんな気持ちで酒を飲もうとするのはよくない。

分かってはいるのだが、今日だけは飲みたい気分だった。

 

「なんと! 隊長が一人でバーに来るとは珍しいの?」

 

カウンターで飲んでいた利根が驚きの表情を露にしている。

 

「俺一人で飲むのはそんなにおかしいかな?」

「はっきり言わせてもらおう、おかしいぞ。隊長らしくないとも言える」

「まあ、そういう気分のときもあるのさ」

 

そう言って、大神は間宮にカクテルを一杯注文する。

そして一息にあおる。

 

「隊長、そんな飲み方はよくないぞ。言いたい話があれば、我輩が聞くだけ聞いてやってもよい」

「ありがとう利根くん。でも仕事のことでは君たちに愚痴る訳にはいかないよ」

「それなら、仕事以外のことでも構わぬぞ。観艦式のときにやってきた幼い子のこととか」

「ゴメン、それは勘弁してくれないかな?」

 

そうして、大神は利根を隣に酒を飲み始める。

話せないことは確かにあるが、隣に人がいるだけでも気分はだいぶ楽になる。

次の日に残らない程度にと、酒を嗜む大神。

 

しかし、

 

「……あれ?」

 

大神を眠気が襲う。

 

「どうしたんじゃ?」

「いや、急に眠気が……あれ? どうして……」

 

大神を急激に耐えられないほどの眠気が襲う。

そして、大神はカウンターにうつぶせになって寝息を立てる。

 

「あら、大神さん眠ってしまったのですか?」

 

間宮が大神に水でもと思って持ってきたのだが、大神は完全に寝てしまっているようだ。

 

「……そうじゃな、隣に座っていたことだし我輩が部屋まで連れて行くとするか」

「そうですね、利根さんお願いしますね」

 

そう言って間宮は他の艦娘の対応に向かう。

 

それではと大神を抱え、バーを出る利根。

しばらく鎮守府内を歩くと、そこには赤城たちが待っていた。

 

「大神隊長は?」

「この通りぐっすりじゃよ、恐らく明日の夕方までな」

「では、決行は今夜なんですね」

「赤城くん、加賀くん、蒼龍く……ん、飛龍く…………すま……ない」

「大神さん……」

「隊長……」

 

寝言でなお、赤城たちに謝る大神。

心の底から赤城たちを案じていることが容易に分かる。

大神のこの想いを、信頼を踏みにじろうとしているのか自分達は。

 

「済まぬ、隊長」

 

大神は気づいていなかったが、舞鶴組が明石のカウンセリング時に処方してもらっていた遅効性の睡眠薬、その残りを利根が大神の飲んだアルコールに混ぜたのだ。

これで睡眠薬の効力は激増する。

大神は明日の朝まで起きないだろうし、明日一日、夕方までは起き上がることもできない筈だ。

それだけの時間があれば、MIまで駆け抜けることも出来るはずだ。

 

「済まぬ、隊長。やはり我輩たちは赤城たちの悲願を叶えさせてやりたいのだ。後でいくらでも怒られよう、処分も受けよう。じゃから今回だけは我輩たちの我侭を許してくれ」

 

けれども、大神に薬を盛ってしまった以上もう後戻りは出来ない、今夜決行するしかない。

 

 

 

 

 

AL組(抜粋)―装備なし状態

 

響 好感度97

 

    素 補正後

耐久 30→127

火力 44→141

装甲 46→143

雷装 72→169

回避 89→187

対空 46→143

搭載  0

対潜 52→149

速力 高速

索敵 31→128

射程 短

運  12

 

命中   +97%

防空率  +97%

 

夜戦火力  328

 

ますますイカレタ能力になりました。

大和並みの耐久、装甲に加え、雷巡並みの雷装、対潜、火力も申し分ありません。

惜しむべくはこの時点では駆逐艦用の対地装備がないこと。

 

 

 

摩耶 好感度61

 

    素 補正後

耐久 55→116

火力 73→134

装甲 71→132

雷装 64→125

回避 72→133

対空 85→146

搭載  8→ 69

対潜  0

速力 高速

索敵 40→101

射程 短

運  10

 

命中   +61%

防空率  +61%

 

夜戦火力  259

 

おかしい、十分頭おかしい能力のはずなのに響と比べると見劣りするwww

搭載69ってどこの空母ですかwww

 

 

あとAL組の能力補正について

好感度補正:あり

作戦補正 :なし



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第九話 4 独断専行、そして破滅

宵闇の中を赤城、加賀、蒼龍、飛龍、利根、筑摩の6人、1艦隊は駆ける。

MIに向けてただひたすらに。

 

鎮守府を出た時より全ての通信を遮断している。

これで有明鎮守府からは自分達の存在は見えなくなったはず。

しかし、その代わりこの暗闇の中を一切のサポートなしで、進まなければいけない。

 

それは、以前のMI海戦のことを否応なしに6人に思い出させる。

赤城たち4人の轟沈を思い起こさずには要られない。

 

「大丈夫じゃ! 此度の我輩のカタパルトは万全じゃ! 敵機の見落としなどしないぞ!」

「もう姉さんったら、修理が終わったからって調子に乗りすぎですよ」

 

こと明るく話し始める利根たちだが、全体の雰囲気は明るくはなりはしない。

誰もが、罪悪感を抱えての、独断専行と分かっての出立なのだ。

空母勢がその事を分からない筈もない。

 

薬の効果で眠る大神の部屋に書置きは残してきた、大神の責は大きくならないだろう。

 

「この調子で駆け続ければ、昼前にはMIに辿り着ける筈です、赤城さん」

「分かりました、皆さん。徹夜となりますが、宜しいですね?」

「勿論じゃ、隊長に薬を盛ったときから覚悟の上じゃ! 此度こそ敵機を索敵し、勝って見せようぞ!」

 

利根の言葉を最後に、赤城たちは黙って駆け続ける。

余計な話をする余裕がなかったというのもある。

大神が薬の影響下から抜け出る前に、MIを攻略する前に、MIに辿り着き攻略しなければ自分達はただの馬鹿以下の存在だ。

 

せめて、大神たちが辿り着く前に一定以上の戦果は収めなければいけない。

 

その想いが赤城たちを焦らせる、一刻も早くMIへと逸らせる。

海を駆け抜けていく内に夜が開け、日が昇り始めても、その歩みを緩めずに駆け抜け続ける。

 

そして、とある岩礁で一度自分達の位置を確認すると共に休憩を取る。

 

「もうすぐMI島ね。どう攻める、赤城さん?」

「そうね、私達は連合艦隊ではないから防御能力に欠けるわ。艦隊戦をしている余裕もない」

「だとしたら、敵に気付かれる前に索敵して、一気に空から強襲した方が良いんじゃないかな?」

 

飛龍の言葉に全員が頷く。

以前のMI作戦を髣髴とさせるが、実際のところそれしかない。

 

「利根さん、索敵機の準備を! 蒼龍さんと飛龍さんも!」

「了解です!」

 

赤城の声に従い、3艦が索敵機を発進させる。

 

 

 

そして、再び6人はMI島へと向かう。

 

しかし、何故だろうか。

MI島に近づいているというのに、リベンジの機会だというのに心が昂ぶらない。

 

「どうして? 全く心が高揚しません」

「私も――待ちに待った時だって言うのになんでなの?」

 

言葉は違っても、全員が同じ感情を抱いている。

何故なのか海面を駆けながら考え、そして、赤城たちはブリーフィング前の会話を思い出す。

 

『加賀さん、蒼龍さん、飛龍さん、今度は必ず勝ちましょう! 大神隊長の指揮の下で!!』

『そうね。あの指揮の下なら負けないわ、今度こそ』

 

「あ……」

 

そうだ。

 

私達は大神の指揮の下で、大神と共にMIに勝とうと思っていたのではないか。

隊長として尊敬し、男性として慕う大神と共に。

なのに、大神に薬を盛り、酔い潰して何をしようとしていたのか。

 

MI作戦から外されると聞いて、全て忘れてしまっていた。

全てが黒い感情に塗りつぶされてしまっていた。

 

「わたし……なんてことを……」

 

後悔に襲われた赤城が歩みが遅くなる。

 

「赤城さん……」

 

赤城以上に大神を慕っていた加賀も苦い表情をしている。

自分達のしでかした事の大きさを今更ながらに感じている。

今ならまだ、という思いが頭を過ぎる。

 

だが、無情にも時は過ぎ行く。

 

「索敵機から連絡!……え?」

 

蒼龍が索敵機からの連絡を聞いて、言葉を失う。

 

「どうしたのですか、蒼龍さん!?」

「MI島に新型の陸上型深海棲艦と、飛行場姫を2体確認……敵航空戦力として、新型艦載機も確認。全機展開済み、強襲の恐れあり。速やかに艦載機を展開されたし……通信途絶しました」

「こちらの索敵機からも連絡! MI沖合いに新型の空母型深海棲艦を確認、こちらも新型艦載機展開済み。敵空襲に注意!」

「2艦隊分の空襲が一度に? 待ち伏せされていたというの!?」

 

赤城の悲鳴が響き渡る。

そう、MI島の敵戦力は作戦会議で予想されていたものより過大であった。

作戦会議で決定された航空戦力では不足だっただろう。

 

「敵機確認しました。赤城さん、航空戦用意を」

「……そうね、全艦、航空戦用意!!」

 

そう言い放ち、矢を打ち放つ赤城たち。

しかし、艦載機は訓練の時ほどの数には至らない。

 

「どうして……これじゃ、有明に来る前と同じ……」

「そうよね。大神隊長を酔い潰したんだもの。恩恵が得られる訳ないわ」

 

こんな当たり前のことにも気付けなかったのかと、自嘲気味につぶやく加賀。

 

赤城は悟る。恐らくこの航空戦、制空は取れない。

恐らく私達は敗北する、と。

正面からの戦いにおいて。

 

「でも、せめてこのことを大神隊長に伝えないと」

 

そして、遮断していた通信を回復させ、有明鎮守府に連絡する。

 

『有明鎮守府に赤城より連絡、敵航空戦力は過大! 敵航空戦力は過大!』

『赤城くん、君たちは無事か!?』

 

ああ、この人はあそこまでの事をされたというのに、何よりも先ず私達の安否を気遣うのか。

今更ながらそのことが胸を打つ、涙が流れる。

 

『全艦健在です。再度連絡します、敵航空戦力は過大! 作戦会議で決定された空母3艦編成では制空権は取れません! 艦隊編成の再考を具申します!』

『なら、君たちも撤退を! 航空戦力を見直すのなら尚の事、君たちが必要だ!!』

『ごめんなさい、大神隊長。敵に待ち伏せされていました、もう離脱は出来ません』

 

「赤城さん! 直上!!」

 

蒼龍の悲鳴が響き渡る。

 

航空戦はやはり劣勢だった、多くの艦載機が撃墜され敵機が迫る。

多数の爆撃が、雷撃が赤城たちに集中する。

 

「きゃーっ!!」

 

そして全空母が中破以上の損害を被る。

前回とは異なり、もう飛龍も反撃することすら叶わない。

敵に鹵獲されるか、撃沈されることを待つことしか赤城たちに出来ることはない。

 

『……翔鶴さん、居る?』

『はい……赤城さん?』

『一航戦の誇り、再度貴方に背負わせてごめんなさいね』

『赤城さん!!』

『赤城くん!!』

 

その言葉を最後に、再度有明からの通信を遮断する。

 

このまま敵に鹵獲されようと、撃沈されようと、自分達は深海棲艦に囚われ果てるのだろう。

なら、ならばせめて、

 

「……利根さん、筑摩さん、私達の雷撃処分をお願いします。艤装を解除した上でなら跡形も残らない筈、深海棲艦に囚われることもないでしょう」

「赤城さん、それって……」

「深海に囚われ大神隊長の前を塞ぐくらいなら、わたしは消えることを望みます」

「済まぬ、我輩が! 我輩があのようなことを提案したせいで!」

 

涙をボロボロと流しながら、利根が謝罪する。

 

「いいえ、話に乗ったのは私達ですから」

 

話に乗ったのは自分たちなのだ、決めたのは自分たちなのだ。

だから、決着を付けるのも自分たちしか居ない。

 

「だから、お願いします利根さん、筑摩さん」

「赤城さん……分かりました」

 

同じく涙を流す筑摩が雷撃の準備をし、そして放つ。

 

 

 

 

 

赤城は艤装を解除し、そして雷撃をその身に受けた。




MI独断専行組の好感度補正:罪悪感で0


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第九話 5 もう何も怖くない

目を閉じて雷撃をその身に受けようとする赤城、艤装を解除したのであれば跡形も残らない筈だ。

一航戦の誇りは翔鶴に託した。

敵編成についても大神に伝えた、戦いは大神が勝利に導いてくれるだろう。

 

思い残すことがあるとすれば、大神にちゃんとした謝罪を出来なかったことだ。

思いつく限りの謝罪の言葉を尽くしても足りない、土下座したって足りやしない。

彼の怒りを、思いを、全てこの身で受け止めて、初めてしでかしたことにつりあうだろう。

それができないのが唯一つの心残りだ。

 

 

 

だが、雷撃の衝撃はいつまでたっても来ない。

加賀たちの「どうして……」という涙交じりの声が聞こえてくる。

目を開ける赤城。

 

その眼前には筑摩の雷撃から赤城をかばう大神の姿があった。

霊力で分身体はやがてうっすらと消えて――いかない。

大神本人に庇われたのだと知り、赤城の目から涙が溢れる。

 

「何故ですか、大神隊長……こんな愚か者を庇って」

 

「言ったはずだ。俺が居る限り、誰一人として艦娘を沈めさせはしないと。昏き深海の怨念には染めさせないと」

「だから……だから私は雷撃処分で爆散すれば、沈むことなく消えれば大神隊長の迷惑にはならないと」

「そういう問題じゃない! 愚かな事をしたと思っているのなら、君たちにしかるべき処分を与えられる。反省させることも出来る!! けど、居なくなってしまったら、終わりじゃないか! 深海との戦いはMIで終わりじゃない! それに君たちの生は深海との戦いだけで終わらせて良いものじゃない! この間の夏コミの時のように、生を謳歌するべきなんだ、君たちも!!」

 

大神の言葉に肩を震わせる赤城たち。

そうだ、作戦の説明にもあったではないか。

MIの戦いは、深海棲艦への更なる攻勢の為の、太平洋奪回の為のものであると。

そんなことも忘れてしまっていたのか、自分達は。

 

「ごめんなさい、大神隊長……」

 

謝罪の言葉を口にする赤城。

だが、それだけで終わらせられないのも事実だ。

 

「赤城くん、みんな。歯を食いしばってくれ。これから制裁をするから」

 

苦虫を潰したような表情で大神が赤城たちに命令する。

自分達のしでかしたことは痛いほど分かっている、全員が殴られることに備える。

 

「赤城くん!!」

 

そして、大神は、6人を順に殴りつけた。

これを黙って耐える赤城たち。

 

なぜなら大神の表情は苦痛に染まっていた。

殴っている側なのに自分が殴られている以上の痛みを感じている様子の大神を前に、どうして泣き言を言えるだろうか。

 

「赤城くん、加賀くん、蒼龍くん、飛龍くん、利根くん、筑摩くんに処分を言い渡す。本作戦の完全終了後、君たちには懲罰房へと入ってもらう。期間は一ヶ月だ」

 

当然の処分だ、むしろ軽いと言っても良い。

 

殴られた頬の痛みに、処分の重さに赤城が耐えていると、不意に大神が抱きついてきた。

 

「お、大神隊長!?」

 

今度は何をされるのか、いや、大神が処分というのであれば、それがどんなことであろうと全て受け入れようと赤城は振り向いて大神を注視する。

しかし大神は涙を流していた。

 

「よかった……今度ばかりは間に合わないかと思った!!」

 

独断専行した者に処分を与える司令官代理としての立場をかなぐり捨てて、艦娘を案じる、生存を喜ぶ大神の素の姿がそこにあった。

それで、赤城たちの涙腺も決壊した。

 

「ごめんなさい、大神隊長!! 勝手なことをして!!」

「大神さん、心配をかけさせてすいませんでした!!」

「隊長ー! 申し訳ありませんでした!!」

「隊長さん、すいませんでした!!」

「隊長、すまぬ! 我輩が! 我輩が!!」

「隊長、失礼なことばかりしてごめんなさい!!」

 

加賀が、蒼龍が、飛龍が、利根が、そして筑摩が大神に抱きつき涙を流す。

口々に謝罪の言葉を出す。

 

「もういいんだ。君たちが生きていてくれた、処分も与えた。あとは作戦終了後改めて反省してくれれば、それでいい」

 

何かを悟ったような大神の言葉。

 

「だが、情報によるならMI攻略には赤城くんたち正規空母の力が必要だ。君たちにとっては連戦になってしまうが艦隊再編成を行い再攻撃を行う!」

「ですが、私達は中破しています。艦載機を発艦させる事もままなりません」

「なら先ずは君たちを回復させる。狼虎滅却 金甌無欠!」

 

大神から柔らかな光が溢れ、赤城たちを回復していく。

敵の爆撃、雷撃によって傷ついた身体が回復する、喪われた艦載機さえも。

だが、大神に殴られた痛みさえも消え去ってしまっていた。

大神は制裁として殴った事実はそのままに、艦娘の痛みは最初から癒すつもりだったのだろう。

 

けど、それではいけない。

 

二度と愚かな真似をしない為にも、大神に殴られた痛みはずっと覚えていなくてはいけないのだ。

 

「大神隊長! 私達の愚かさを戒める為にも、もう一度制裁をお願いします! この痛みだけは癒しては、決して忘れてはならないのです!!」

「……分かった、赤城くん!!」

 

再度赤城たちを殴りつける大神。

そして、その終焉と共に、岩礁から金剛たち6人が姿を現す。

 

「隊長ー。艤装を付けた艦娘を殴ったりして、手は大丈夫デスカー?」

「問題ないよ、金剛くん。こちらも霊力で保護はしてある」

 

金剛が大神の手を取って心配するが、大神の手は目立った傷痕もない。

 

そして、何の因果だろうか、そこにはかつてMI作戦での出撃を予定しながらも、珊瑚海海戦での損傷により待機を余儀なくされた、翔鶴、瑞鶴の姿もそこにあった。

 

「五航戦、私達の無様を笑ってもいいのよ」

「笑えないよ……私だってマリアナで外されたらって思ったら、他人事じゃないもの」

 

加賀の自嘲に応える瑞鶴、どこか言葉遣いが優しい。

 

「赤城さん、一航戦の誇りは未だ受け取れません、私達だって警備府で隊長と培った五航戦の誇りがあるんです。一航戦の誇りは自分でお守り下さい」

「そう……ね、勝手に押し付けようとしてごめんなさいね」

 

翔鶴の指摘に今更ながらの自分勝手を知る赤城。

 

そこには完全な形での南雲機動部隊がそこにはあった。

いや、今この機動部隊を呼ぶのには南雲の名は相応しくない。

 

「新生南雲……いや、『大神機動部隊』!! 運命を打破し、全員必ず帰還せよ!!」

 

大神のその言葉に収まった筈の赤城たちの涙が再び湧き出る。

 

あんなことをしでかした自分達をまだ信じてくれるのか。

ならば、全てを彼に捧げよう。

艦娘としての全てを。

正規空母としての力を、乙女としての心を全て。

大神さんが居ればもう何も怖くない、彼と同じ道を行き、同じ日に果てよう。

 

「「「了解!!」」」

 

 

 

 

 

艦隊構成。

 

MI独断専行組

赤城 加賀 蒼龍 飛龍 利根 筑摩

 

救援

翔鶴 瑞鶴 金剛 神通 朝潮 秋雲 大神

連合艦隊

赤城 加賀 蒼龍 飛龍 翔鶴 瑞鶴 大神

金剛 利根 筑摩 神通 朝潮 秋雲




大神の真の必殺技、私物化炸裂。
処分は初期のプロット通り、変更はしていません。


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第九話 6 運命なんて

再編成を遂げた大神機動部隊。

だが、敵艦隊も地上戦力もほぼ無傷。

 

真の戦いはこれからである。

 

「隊長、敵、第二次攻撃隊を確認したぞ!」

「けれども――」

「ええ、さっきとは違うわ!」

 

赤城も、加賀も、蒼龍も、そして飛龍も、心に闘志が漲っている。

慕うものの指揮下で全力で戦い、そして勝利に導く。

そして赤城たちは一つのことに気付いていた。

 

すなわち自分の霊力に、そして自らの身体に満ちる大神の霊力に。

 

今なら出来る筈だ、大神の如く霊力を運用した戦いが、航空戦が。

 

「大神隊長、航空戦はお任せ下さい! 皆さん私達に続いて下さい!!」

「分かりました、赤城さん!」

「分かった。頼んだぞ! 赤城くん!」

 

ああ、隊長の信頼の声一つで、こんなにも幸せになれる。

その思いと共に弓を引き絞る赤城。

引き続き、蒼龍たちが弓を引き絞る。

 

「いきますよ、加賀さん!」

「ええ、赤城さん」

 

『大神機動部隊! 一航戦! 一の舞!!』

 

奇しくも、それは弓を扱っていた華撃団隊員、北大路花火のそれとよく似ていた。

 

『烈風怒涛!!』

 

その掛け声とともに矢が放たれ、多数の艦載機へと転じていく。

否、多数というどころの話ではない、空を埋め尽くさんばかりの勢いだ。

 

放たれた烈風は通常時以上の機動性を発揮し敵機を次々と撃墜していく。

それだけではない。

艦爆も艦攻も、偵察機でさえも戦闘機以上の機動性を以って敵機を撃墜する。

僅かな間に敵艦載機は激減していく、いや壊滅していく。

 

赤城たちは感覚で掴む。

制空権を確保しただけではない、完全に掌握したと。

 

「大神隊長! 制空権、完全に掌握いたしました!」

「よし! みんな反撃に転じてくれ! 先ずは敵艦隊を撃破する!」

「了解! 今度は私達の番ね、飛龍!」

「ええ、行きましょう、蒼龍!」

 

大神の声に大きく頷く蒼龍たち。

 

『大神機動部隊! 二航戦! 二の舞!!』

 

その声と共に蒼龍たち二人がジャンプし宙に舞い、一回転すると天に向けて矢を放つ。

 

『追魂奪命!!』

 

天に消えていった矢。

しかし一瞬の間を置いて、それは天より無数の艦爆艦攻となって驟雨の如く急降下し降り注ぐ。

 

「いっけー!」

 

僅かばかりの敵直衛機が艦隊を守ろうとするが、もはや絶対数が違いすぎる。

回避する隙間もないほど、文字通り雨霰とばかりに爆撃雷撃を受け、敵艦隊は紙屑の様に引き裂かれ、撃沈されていく。

 

「敵艦隊のうち、5艦を撃沈! 新型の空母型深海棲艦も壊滅状態、撃沈寸前です!」

「Wow~、私達の出番、必要ないデース」

「追撃をかけますか、隊長?」

 

航空戦のみで敵艦隊はもはや壊滅状態となった。

もはやこちらへの攻撃を行うことは叶わないだろう。

 

「いや、敵艦隊が完全に戦闘能力を喪ったのなら後回しにしよう。MI島を陥落させるぞ!」

「「「了解!」」」

 

大神たちはMI島へと向かう。

そして、矢を番えなおす赤城たち。

 

「いくわよ、翔鶴ねぇ!」

「もちろんよ、瑞鶴!」

 

『大神機動部隊! 五航戦! 三の舞!!』

 

続いては自分の番だとばかりに、瑞鶴たちが矢を放つ。

 

『炉火純青!!』

 

それは対地攻撃用の爆弾を積んだ艦載機たち。

だが、霊力の込められたそれは常なる赤い炎ではなく、蒼き浄炎を上げる。

浄炎に焼かれ2体の飛行場姫が朽ち果てていく。

しかし、

 

「飛行場姫2体の撃破を確認! 新型の陸上型深海棲艦にも打撃を……回復してるですって?」

 

 

 

MI島を目視できる位置に大神たちが辿り着くと、確かに新型の陸上型深海棲艦――中間棲姫は無傷で健在だった。

 

「何故回復を? ……作戦を『火』に変更する! 金剛くん、利根くん、筑摩くんは三式弾による砲撃を中間棲姫に! 神通くん、朝潮くん、秋雲くんは敵駆逐艦の撃墜を!」

「「「了解!」」」

 

そして金剛たちは三式弾による砲撃を加えるが、やはり中間棲姫は瀕死の状態からでも回復してしまう。

無傷の状態へと戻り、神通へと攻撃を加えようとする。

霊力による分身体によって神通を庇う大神。

 

「何でデース! あそこまでボコボコにしたのにーっ!」

「俺が行く! 霊力技で浄化すれば、或いは――」

 

その言葉と共に大神が中間棲姫へと接近する。

 

「いくぞ! 破邪滅却 悪鬼退散!!」

 

二刀から白き光を帯びた剣風が巻き起こり、中間棲姫へと放たれた。

一時的に浄化され、転じようとする中間棲姫。

しかし、MI島から、周辺の海から夥しい瘴気が中間棲姫へと流れ、深海棲艦へと戻ってしまう。

 

再度砲撃を爆撃を浴びせるが、やはり回復してしまう中間棲姫。

 

「どうしよう、このままじゃ……」

 

蒼龍が零す。

このままでは埒が明かない。

やがて弾薬も矢も底を尽き、撤退を、敗北を余儀なくされるだろう。

 

「そんな……まさか、運命には抗えないというの?」

 

ポツリと呟く赤城。

 

「そんなことはない!」

 

中間棲姫と切り結びながら、大神が叫ぶ。

 

「運命なんて、自分の力でいくらでも変えられるものだ!」

 

幾度も回復する中間棲姫を倒しながら。

 

「もし自分の力だけで足りないというのなら、人の力を借りたっていいんだ! そうして乗り越えていけばいい!!」

「大神隊長……」

 

中間棲姫が大神を薙ぐ。

一筋の傷を付けられ、血を流す大神。

 

「運命なんて……運命なんてクソくらえだ!」

「大神隊長!」

「ナンドデモ…シズンデイケ……!」

 

中間棲姫の一撃が大神を大きく跳ね飛ばす。

海に跳ね飛ばされる大神を抱きとめる赤城。

 

「赤城くん、みんな、いくぞ! MI島が、MI海域が中間棲姫を回復させているというのなら! 全てを浄化する!」

 

しかし、大神の闘志は揺ぎ無い。

その様子を見て、赤城の胸が熱く燃える。

この人でよかった。

この人を好きになってよかった、と。

 

「はい、大神隊長、行きましょう! 響さんのようにリードして下さい!!」

「ああ!」

 

そして繋いだ二人の手が天へとかざされる。

 

 

 

 

 

それはこことは異なる別の世界。

赤城は艦娘ではなく、ただの女学生。

そして大神はそこでも海軍士官学校首席のエリート。

 

赤城は大神に想いを寄せていた。

 

ランニングや鍛錬に明け暮れる大神へと、嬉しそうにタオルを、ドリンクを届ける赤城。

 

けれどその想いは決して口にはしなかった。

 

大神はいずれ、海軍にて一角の人物となる男。

食事が好きなくらいで何のとりえもない、ただの女学生の赤城とはつりあわない。

自分は大神を見守っているだけで十分なのだ、と何度も自分に言い聞かせる赤城。

 

手が触れ合うたび、

 

彼の匂いが付いたタオルを受け取るたびに高鳴る胸を必死にごまかして。

 

時には実らぬ恋の寂しさに枕を濡らしながら。

 

 

やがて時は過ぎ行き、二人の卒業が近づく。

 

そんなある日の放課後、赤城は大神に呼び出される。

同級生の加賀や、蒼龍、飛龍に囃し立てられながら校門へと赴く赤城。

 

「少し歩いてもいいかな?」

「はい……」

 

女学校の前の並木道を歩く二人。

やがて、女学校の生徒達から見えなくなったところで立ち止まる大神。

 

「あの、何の用なのでしょうか?」

 

尋ねる赤城に大神は珍しく照れくさそうにしている。

だが、しかし、やがて決意を決めたように赤城へと向き直る。

 

「赤城くん、今までありがとう。本当に助かっていたんだ」

「いえ、私が好きでやっていたことですから」

 

好き。

自分で言うそんな言葉にも激しく胸が高鳴る。

ああ、自分はどれだけ彼のことが好きなのだろうか。

 

「それで、あ、赤城くん。君さえ良ければなんだけど、これからもお願いしても良いかな?」

「……え? それってどういう意味なんでしょうか?」

 

まさか。

そんなことある筈ない。

そう落ち着かせようとしても胸が早鐘のように打ってとまらない。

顔が赤くなっていく。

 

「分かった、単刀直入に言うよ。君に傍に居て欲しいんだ、これからもずっと」

「…………」

 

その言葉の意味を受け取ると、赤城は静かに涙を流す。

 

「ごめん! そんなにいやだったのなら――」

「違います! 嬉しくて、本当に嬉しくて……」

「赤城くん……」

「だってこの恋は実らないってずっと思ってたから……嬉しくて」

 

涙で潤んだ目で大神を見上げる赤城。

その目はゆっくりと閉じられていく。

 

「赤城くん」

「はい」

 

そして二人の影が重なっていく。

 

『想いは永久に』

 

 

 

 

 

『想いは永久に』の言葉と共に大神たちを中心に霊力が膨れ上がり、天上から紅と白の光の柱が水面へと降り立ち、急速に広がっていく。

 

光の柱が降り立ったMI海域は、MI島は、そして中間棲姫も浄化される。

 

「ソンナ……ワタシガ……オチルト……いうの……?」

 

その言葉を最後に中間棲姫も浄化され消滅していく。

今度は蘇ることはない、浄化され一人の艦娘へと姿を変えていく。

 

いや、それだけではない。

 

急速に広がる光の柱はMI海域に留まることなく、周辺海域を全て浄化していく。

本海域に残る全ての深海棲艦が浄化されていった。

 

 

 

 

 

「赤城ー、一人だけずるいネー」

「先を越されて、流石に気分が減衰します」

 

だが、他の艦娘達は不満そうだ。

無論自分もそのつもりで居たからだ。

金剛や加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴、利根、筑摩、果ては朝潮や秋雲までそのつもりで居たが、こればっかりは早い者勝ちなのだからしょうがない。

 

 

 

 

 

技説明

 

一の舞 烈風怒涛:制空値+1000

二の舞 追魂奪命:航空戦ダメージ5倍

三の舞 炉火純青:対地ダメージ10倍




精神攻撃 (書いた作者は)死ぬ
追魂奪命剣は絶対に使いたかった。


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第九話 7 MI奪還、そして

MI島の砂浜に波が打ち寄せる。

 

艦娘たちは、合体技による敵撃破後の恒例行事、海域調査と艦娘救出を行っていた。

海域そのものが浄化されている為、艦娘が再度深海に囚われる心配はない。

けれども、彼女たちは素っ裸で波間を漂っている、出来れば大神には見せたくはない。

救出される艦娘にしても同じことを思うだろう。

 

だから、大神はMI島にて秋雲とお留守番。

中間棲姫に囚われていた艦娘の様子を見ていた。

タオルケットを駆けられ、安らかな寝息を立てる黒髪長髪の艦娘。

有明に確認を取ったが、彼女の鎮守府の着任履歴はないらしい。

 

「初めて確認された艦娘か……これからはそういう娘達を助けていくのか」

「大神さん、秋雲さん居ない方が良かったりする~? この子に悪戯出来ないし」

 

意地悪そうな声で尋ねる秋雲だったが、大神がそんな事する訳ないと信頼の眼差しを向けている。

 

「そんなことしないって。容姿からすると駆逐艦だと思うから、目が覚めたら秋雲くんが色々教えてあげてくれるかい?」

「もっちろんさ~、秋雲さんにお任せあれ~。あ、その前にイラスト描こうかな」

「ダメだよ、秋雲くん。そういうことは本人の了承を取ってからだよ」

 

隙あらばと、筆記用具を取り出す秋雲を嗜める大神。

 

「はーい」

 

秋雲もそのつもりはサラサラなかったらしい。

あっさりと引き下がる。

 

「ん……」

 

秋雲とそんなじゃれ合いをやっているうちに、艦娘の意識が戻ってきたようだ。

少し身じろぐ艦娘、タオルケットが肌蹴る。

 

「見ちゃダメ、大神さん! 全く油断も隙もあったもんじゃ……」

 

しかし、秋雲が大神の目を塞ぐ前に艦娘の目が開かれ、大神と視線が合う。

じっと大神を見る視線に、目を逸らす事の出来ない大神。

 

「……見られましたか?」

 

やがて、僅かに頬を赤らめながら大神に尋ねる艦娘。

中間棲姫が浄化された際、彼女の裸を見ているのは事実だ。

ゆっくりと頷く大神。

 

「夕雲型駆逐艦早霜です、隊長。見られるのも悪くないですね、フフッ……ウフフフッ……」

 

だが、発言とは裏腹にタオルケットでその身を隠す早霜。

それで、ようやく大神も視線を早霜から逸らす。

桃色の沈黙が二人の間に漂う。

 

「ん~、なんか微妙にいい雰囲気? 秋雲さん、無視されるのいやなんですけどー」

 

不満を露にした秋雲が、大神の腕に抱きつく。

 

「いいっ!? 秋雲くん、そういうわけじゃ……」

「あら、隊長。乙女の柔肌を見ておいて、そういうことを言われるのですか?」

 

負けじと早霜もまた、大神の腕に抱きつく。

両腕を取られ、どうしたものかと途方にくれる大神。

 

 

 

だが、状況はそれに留まらない。

 

「大神隊長、私達が海域調査と艦娘救出をしている間に、救出したばかりの駆逐艦となに乳繰り合っているのですか? 流石に気分が激怒します」

「そうですよ。そんなに胸の感触がお好きなのでしたら、後で私の胸、触られますか?」

 

海域調査から戻り、艦娘を救出した加賀たちが大神に詰め寄る。

って言うか蒼龍、大胆だな。

 

「フフッ、モテモテですね。隊長」

「そう思うのなら、そろそろ手を放してくれないかな? 早霜くん。秋雲くんも」

「そうですね、隊長の困った顔をもう少し見ていたかったのだけど……」

「はーい、このままだと加賀さんに爆撃されそうだし」

 

そう言って、ようやく二人は大神から離れる。

一息吐いて、隊長としての表情を見せる大神。

 

「それで、早霜くん以外の艦娘は救助できたのかい?」

「そうです! 聞いて下さい、隊長さん! 5人も救助できました、大漁ですよ!」

「いやいやいや、飛龍くん! 大漁って魚じゃないんだから!」

 

5人全員、既に意識を取り戻しているようだが、流石に魚扱いされるのは嫌なようだ。

何とも言えない表情をしている。

 

「有明には確認を取りました、全員が初確認の艦娘です。皆さん、大神隊長に自己紹介を」

 

加賀の言葉に従い、艦娘たちが自己紹介を始める。

 

「こんにちわぁ。潜水母艦大鯨です。不束者ですが、よろしくお願い致します」

「こちらこそよろしく頼むよ、大鯨くん」

 

「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました。隊長、よろしくお願いしますね」

「正規空母の着任は有難い。雲龍くん、よろしく」

 

「隊長、谷風だよ。これからお世話になるね!」

「君たちに世話になるのはこちらの方だよ、谷風くん」

 

「どうも! 夕雲型の最終艦、清霜です。到着遅れました、よろしくお願いです!」

「遅れただなんて、そんなことないよ、清霜くん」

 

そう言って、4人の艦娘と順番に挨拶と握手をしていく大神。

そして、最後の艦娘と相対する。

 

「駆逐艦、浜風です。これより貴艦隊所属となります」

「え……駆逐艦?」

 

呆然と浜風を見やる大神。

浜風のスタイルは駆逐艦離れしていたのだ、特に胸が。

大神の予想通りの反応に、加賀たちの冷たい視線が突き刺さる。

 

「はい、駆逐艦ですが、何か問題がありますか?」

「いや! 何も問題ないよ。君の着任を歓迎するよ、浜風くん」

 

浜風とも握手をする大神。

 

しかし、全員で6人の艦娘を連れ帰るとなると、有明鎮守府への帰還プランを見直す必要がある。

少なくとも当初予定していた大神と護衛艦程度では無理だ。

かと言って、艤装のない彼女たちに敵増援艦隊が来るまでMI島で待てというのにも無理がある。

それに正規空母を6隻もMI島に集結させた状況が続くのも良くないだろう。

自分が直接指揮を執らないからには連合艦隊の条件を満たさなくなってしまうし。

人員を送ってもらう必要がある。

そう考え、有明鎮守府へと連絡を取る大神。

 

『こちら、大神。大淀くん、良いかい?』

『はい、隊長。帰還プランの件ですね』

 

流石に筆頭秘書艦だけあって、救出した艦娘の人数から大神がどう考えるか予想していたらしい。

 

『そこまで分かっていてくれるなら話が早い、救出した艦娘を連れ帰る為に艦娘を送ってほしい』

『了解いたしました。隊長の裁可を頂ければ、ビッグサイトキャノンの射出が速やかに出来るように下準備は一応済ませております』

『それは助かる。さすが大淀くん』

『いえ、筆頭秘書艦としてこの程度のことは当然です』

 

「むー、相変わらず仲がよさそうデース」

 

多くを語らずとも通じ合っている様子の二人に金剛が不満の声を上げる。

 

『自分が帰還した後のMIの艦隊編成にも手を入れる必要があるから、これから指示する艦娘を送って欲しい。榛名くん、霧島くん――』

 

そして増員到着後、大神はMIに残る艦隊を再編成し、救出した艦娘たちと共にMIから帰還の途についた。

 

 

 

救出した艦娘

早霜 大鯨 雲龍 谷風 清霜 浜風

 

増員

榛名 霧島 鳥海 妙高 那智 羽黒

 

MI残存艦隊

翔鶴 加賀 蒼龍 飛龍 榛名 霧島

金剛 鳥海 筑摩 神通 朝潮 秋雲

 

帰還護衛艦隊

赤城 瑞鶴 利根 妙高 那智 羽黒




小倉唯いい


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第九話 8 深海棲艦鹵獲

MIより有明への帰途につきながら、大淀とAL方面の状況などを確認する大神。

 

『AL作戦の方は上手く行ったのかい?』

『ええ、敵基地の強襲・破壊に成功したと連絡を受けております。それで隊長、永井司令官からもう一つ連絡を預かっております、実は――』

 

……

 

…………

 

『深海棲艦を鹵獲しただって?』

『はい。どうやらその深海棲艦――北方棲姫は駆逐艦以上に幼い容貌だったらしく、組し易しと判断した海軍から深海棲艦の調査の為に使用したい、と依頼したそうです』

 

使用したい、その言葉に何か嫌なものを感じる大神。

かつて京極との闘いで用いられた降魔兵器を思い出してしまう。

 

『艦娘が囚われている可能性があるのなら、速やかに浄化したほうが良いんじゃないかな?』

『最終的には隊長に赴いていただき浄化する予定だそうですが、深海棲艦については分からないことが多すぎるとの事です』

『……分かった。華撃団の任務はAL方面の攻略までだし、それはおいておこう。後で米田閣下たちに確認するよ。響くんたちはもう帰還したのかな?』

 

深海棲艦の調査をするには、華撃団には技術人員が少ないのは事実だ。

餅は餅屋に任せるべきかと、とりあえず納得する大神。

 

『いえ、永井司令官の判断でMI同様、敵増援に備え現地にしばらく滞在するそうです』

『それについても分かった。こっちは一泊して明日には帰還出来る予定だ。救出した艦娘たちの受け入れ準備を頼みたい』

『部屋割りなどは既に決まっております。ただ、浜風さん、谷風さん、雲龍さん、大鯨さんの制服については準備が遅れていますので、別の艦のもので代用する予定です。宜しいでしょうか?』

『大淀くんに一任するよ。ただ、早めに本来の制服を用意してほしいと明石くんと夕張くんには伝えておいてくれ』

『うふふっ、分かりました、隊長。お帰りをお待ちしていますね』

 

それを最後に大淀との通信を打ち切る大神。

浜風たちの方を向く。

 

「と言う事で、浜風くん、谷風くん、雲龍くん、大鯨くん。君たちにはしばらく本来の制服ではない格好で過ごしてもらうよ。悪いけど」

「いえ、このように歓迎していただけるだけで十分です」

「そうですねぇ、自分のものでない制服を着るのも悪くないと思います」

「隊長、あんま細かいこと気にすんなよ。禿げるぜ!」

「禿げっ!?」

 

谷風の言葉に、思わず頭を確認する大神。

少しは気にしていたらしい。

その様子を見て艦娘たちがクスクスと笑う。

 

だが、浜風だけが笑っていなかった。

何か懸念事項があるのだろうか。

 

「何か気になることがあるのかい、浜風くん?」

「……あの、サイズの方は大丈夫なのでしょうか?」

「サイズ?」

「ええ、非常に……非常に言いにくいことなのですが……胸の」

「あ」

 

 

 

結論として、大丈夫ではなかった。

 

 

 

帰還後、仮の制服として比較的ゆったりしたデザインの夕雲型の制服が浜風に与えられたのだが、それでも浜風の胸を収めるには小さく、ブラウスのボタンがはまらなかった。

また、その大きな胸の間に夕雲型の制服が挟まり、浜風の胸を一段と強調している。

思わず鼻の下が伸びそうになる大神。

 

「あ、あまり見ないでいただけますか……」

 

流石に恥ずかしさが勝ったらしく、胸の部分を隠そうとする浜風。

艦娘たちの視線も冷たい。

 

「ごめんなさい、浜風さん。空母か巡洋艦の制服を用意しなおしますので――」

「いえ、大淀さん。浜風は駆逐艦ですから、駆逐艦の服で、このままで問題ありません」

「そうですか? なるべく早く本来の制服を用意しますので、少しの間我慢してくださいね」

「はい、出来るだけ早く、お願いします……」

 

そう言って谷風と共に与えられた自室へと向かう浜風。

日も落ちてきたので、6人への鎮守府の案内は翌日改めて行うこととなった。

 

 

 

だが、大神には行うことがある。

MI攻略の途中報告だ。

 

確かに独断専行した艦娘に対し処罰は与えた。

だが、それを許した大神の監督責任もある。

一刻も早い報告を隊長である自分の口から行う必要があるだろう。

 

そう思い、大神は米田、山口両大臣への通信を開き、報告を行った。

大神の報告が終わった後、やがて米田が口を開く。

 

『連絡は受け取ってるが、なるほどな。薬を盛られるとはやられたな、大神』

『はい。まさかそんなことをされるとは考えもしなかったので』

『いや、大神。お前はそれで良い。お前が艦娘を信じられなくなったら、艦娘もお前を信じられなくなる。そうしたら艦娘は真に力を発揮できなくなる、そうなっちまったら元の木阿弥だ。大神、悪いが今後もお前には痛い目を見てもらうぞ』

『米田閣下、それは酷くないですか? それに監督責任も……』

『勿論、隊長として監督責任は発生する。減棒は覚悟しておけ。だけどな、今回作戦会議で発生しちまったミス、敵戦力の完全な見誤りを補い、MI島攻略を勝利に導いたのは大神、お前の功績だって忘れてないか?』

『あ……』

 

確かに米田の言う通りだ。

赤城たちを助けることしか考えていなかったので、その点は完全に頭になかった。

 

『その顔は、艦娘を助けることしか頭になかったって顔だな』

『すいません、米田閣下』

『お前らしいよ、大神。艦娘に対して独断専行の処罰は与えたんだろう? 監督責任についてはお前の減棒で済ませる。それで終わりだ、それ以上の処分はしないように俺達で何とかするさ』

『それにAL/MI作戦は峠を越えたとは言えまだ継続中だ、大神くん。今は作戦の成功に傾注してほしい』

『分かりました、山口閣下。あ、あと一つ尋ねたいのですが、鹵獲したと言う深海棲艦についてなのですが――』

『やめとけ、大神』

 

尋ねようとした大神の言葉を米田が遮った。

 

『米田閣下?』

『山口が言っただろう。今は作戦の成功に傾注するべきときだと。作戦の完全な成功までは余計なことは考えない方がいい、大神』

 

米田のその言葉に大神は一つの確信を得る。

だが、米田や山口の言うとおり、今は作戦に傾注すべきだろう。

 

『分かりました、では失礼致します』

 

その言葉を持って通信を打ち切る大神。

 

 

 

それから数日間、大神はMIで中間棲姫にうけた傷を明石の説教と共に治したり、報告書などの書類作成に明け暮れながら過ごしていった。

 

そんなある日、大神の元へ海軍からの要請書が舞い込んで来る。

 

そこには、『深海棲艦研究の為、霊力技術の協力を請う』と書かれてあった。




次回の反応が怖い


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第九話 9 ぱぱー

「うーん……どうしたものかな」

 

海軍からの協力要請を見やる大神。

 

華撃団は大元帥直下の組織。

故の要請書なのだろうが、明後日を具体的な期日として指定されている。

命令ではないので、断ることも出来なくはない。

だが、艦娘の装備の開発で助力を受けている以上、あまり海軍と関係を悪くすることは避けたい。

現在は敵増援を待つ受けの体勢であり、大神が都内に外出する事による問題もないといえばない。

 

「私は反対です、隊長。米田閣下の言われるとおり、今はAL/MI作戦の完遂に傾注するべきです。協力要請に応えるのはそれからでも遅くはないと思います」

 

珍しく迷っている様子の大神に大淀が自分の意見を述べる。

 

「そうだね、大淀くんの言うとおりだ。AL/MI作戦の完了までは協力できないと、その後であれば問題ないとむこうには返信するよ」

 

大淀の意見を受け入れ、そう返そうと決める大神。

そこに海軍技術部の神谷から連絡が入る。

 

『どうしたのですか、神谷さん?』

 

神谷の顔色は明らかに悪い。

 

『大神君、頼みがある。海軍からの協力要請の件、承諾してもらえないだろうか』

『それは……』

 

今しがた、断ると決めたばかりの件についてだった。

 

『作戦を優先するべきなのは分かる。分かるのだが……正直見ていられないんだ、あの研究を。相手が深海棲艦とは分かっていても。君が不快になるような研究は、当日までに終わらせる。あの子を、早く浄化してあげて欲しい』

『神谷さん、貴方も関わっていたのですか?』

『……ああ、艦娘用の装備を用いての研究内容も多々あったからね』

『やはり、そうでしたか』

 

先日、米田が強引に話題を変えたことからも、言葉にする事を憚る内容であろうことは予想はついていた。

しかし、当たってしまうとは。

 

『で、どうだろうか、大神君?』

『分かりました、明後日そちらにお邪魔致します』

 

「隊長!?」

 

大神の発言に大淀が驚きの声を上げるが、大神はそれを手で制する。

 

『すまない、大神くん』

 

その言葉と共に通信が切れる。

 

「そういう事になった、大淀くん。明後日は海軍技術部のほうに出向くよ」

「もう、隊長はお人よしなんですから……分かりました、お早いお帰りをお待ちしています」

 

 

 

そして時は過ぎ、明後日を迎える。

 

大神は海軍の技術部内を神谷と共に歩いていた。

 

「予め言っておくけれど、この場では怒ったりはしない方がいい。何を見ても耐えてくれ」

「神谷さん?」

「海軍には深海棲艦に、同僚を、仲間を、そして家族を殺された人間も多い。下手に深海棲艦に情けをかけることは君の為にも、華撃団と海軍の関係を維持する為にもよくない。出来るだけ無表情で、速やかに深海棲艦を浄化してくれ。そのプロセスを記録するから」

「……分かりました」

 

そして、大神は深海棲艦――北方棲姫を閉じ込めた部屋へと入っていく。

出入り口は厳重に警戒されており扉も鋼鉄製の厳重なものとなっている。

部屋は多層構造の鋼鉄で作られており、砲弾の直撃でさえも耐えられそうだ。

そしてその部屋の中に足を踏み入れる。

 

その部屋の中央には檻があり、更にその中に駆逐艦以上に幼い幼女の姿。

あれが北方棲姫なのだろうか。

 

「カエシテ……ホッポニ……カエシテ……」

「な……」

 

そう声色を失った声で呟く北方棲姫。

その子の姿を見て、大神が声を失う。

 

その姿は凄惨そのもの、人間の正気を疑う所業の結果がそこにはあった。

 

「おおう、おぬしが大神か!」

 

そんな声を失った大神に楽しげな声をかけるものが居た。

 

「矢波博士、まだこの部屋に居たんですか……」

「ああ、これだけやってもこの個体、活動能力についてはまだ維持しておるんじゃ。これだけの存在を活動不能に追い込む英雄の浄化、見ない手はないじゃろう!!」

 

嫌悪をはらみ呆れたような神谷の声に朗らかに答える老人。

 

「すいません。失礼ですが、貴方は?」

「おう、自己紹介して居らんかったな。わしは矢波、海軍で深海棲艦についての研究をしておる。大神よ、はようあの糞餓鬼に止めをさしてやれ」

「とどめ? 浄化ではなかったのですか?」

 

出来るだけ怒りを表情に表さないように、手を握り締めて感情を殺し問う大神。

大神のその様子に気付いているのか、気付いていないのか老人のテンションは高い。

 

「あ? まあ、どっちでもいいわ。早くその活動停止プロセスを確認させてくれ!」

「……分かりました」

 

大神が二刀を抜き放ち、北方棲姫に歩み寄る。

 

「コナイデ……ッテ……イッテル……ノ……」

 

怯えた様子で檻の反対側に行こうとする北方棲姫。

だが、その足はもう満足に動かない。

ジリジリと人間に怯えながら後ずさる北方棲姫。

 

これ以上この子に痛みを与えることなど大神には出来ない。

出来るだけ苦痛を与えないように浄化するには、使う技はこれしかない。

檻の外から二刀を振り上げる、大神。

 

「破邪滅却! 悪鬼退散!!」

 

そして慈悲の心を以って振り下ろされる二刀から白き光を帯びた剣風が巻き起こり、北方棲姫へと向かう。

 

「イツカ……タノシイウミデ……イツカ……」

 

剣風を浴びた北方棲姫の体は砂のように崩れ落ち、代わりに光が彼女を覆っていく。

 

「おおう、素晴らしいもんじゃ! 莫大なプラス属性の霊力を以っての、マイナス属性の怨念の中和! 怨念で構成された体である深海棲艦本体の分解!! なるほど、これが浄化か!! 確かに艦娘程度の霊力ではここまでは出来ん! 大神、お主にしかできん所業じゃ!! 大神、お主についても研究したいもんじゃ!!」

「矢波博士!!」

「分かっとる、言ってみただけじゃ……お?」

 

流石に黙っていられないと口を挟んだ神谷の言葉に、渋々承諾する矢波。

その間に光が人の形を象っていく。

 

「え?」

 

思わず唖然とした、大神の声が漏れる。

なぜならそれは、先程まで悲惨な姿を晒していた北方棲姫によく似ていたからだ。

いや、似ているだなんてものではない。

若干人間らしくなった肌の色を除いてしまうと、その姿は北方棲姫そのものだ。

 

ただし先程とは異なり一切その身に傷はついていない、無傷の状態だ。

 

それに、悪しき怨念はこの子からは一切感じられない。

 

感覚としては問題ないと分かっているが、姿が姿だけに一瞬戸惑う大神。

連れ帰ってよいものだろうか。

 

その間に神谷が檻の鍵を開ける。

 

「神谷さん?」

「浄化はもう終わったし、霊力もプラス属性。外見はともかく中身は艦娘と変わらない。あとは大神君、君の管理範疇だろう?」

 

そう話している間に北方棲姫?が檻の外に抜け出し、大神の近くにとてとてと歩み寄る。

大神の袖をくいくいと引いて、見上げている。

 

「ぱ……」

「ぱ?」

「ほう、面白いもんじゃ。莫大な霊力によって構成体が怨念から霊力に代わることで、深海棲艦から艦娘への転化を果たしおった。反転と言うべきかの? 待てよ、ということは逆もまた然り」

 

独り言を呟く矢波をよそに北方棲姫?を見る大神。、

無邪気な瞳で大神を見上げるその姿、大神への無垢な信頼がそこにはあった。

 

「ぱぱー」

 

そう言って、北方棲姫?は大神に頬擦りする。

その様子を見て大神は決断する。

 

「この子は、華撃団に連れ帰ります」

 

この子を連れ帰り、華撃団で保護しよう、と。



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第九話 終 崩壊の予兆

大神は海軍技術部の方に出向いていったが、残る艦娘たちのやることは基本変わらない。

瑞鶴は空母の持ち回りで行っている偵察機による周囲の警戒を行っていた。

違うことは、ペアになるのが姉の翔鶴ではなく、赤城ということ。

 

「なーんか、いつもと違ってやりづらいなー」

「ごめんなさいね、瑞鶴さん。私達が独断専行したばかりに」

「そんな、謝らないで下さいよ、赤城さん! あれ?」

 

そう、MIに残る艦隊を選ぶ際、流石に独断専行した4人を全員残す訳には行かなかったので、翔鶴と赤城が交代することとなったのだ。

赤城と瑞鶴、翔鶴と加賀のペアになった理由は、勿論、加賀と瑞鶴をペアにする訳にはいかなかったからである。

 

「どうしましたか、瑞鶴さん?」

「……いえ、何でもありません。気のせいでした」

 

一瞬、違和感らしきものを感じ首を傾げる瑞鶴だったが、再度偵察機と感覚をリンクさせてもおかしなところはないように思える。

赤城に異常なしと伝える。

 

後にその判断を瑞鶴は、死ぬほど、死んでしまいたいほど後悔することとなる。

 

 

 

『隊長、何を考えているんですか!!』

 

北方棲姫?――大神は仮にほっぽと呼ぶことにした――を連れ帰ることを大淀に連絡したところ、待っていたのは大淀の強烈な反対だった。

 

曰く、艦娘としての自我を十分に持たない娘をどう扱っていくのか、とか、

曰く、深海棲艦の外見を持つ子が有明を自由に闊歩したら混乱するだろう、とか、

 

とにかく、反対意見を例に上げて羅列された。

だが、大神もほっぽをこのまま技術部に置いて行く訳には行かない。

 

『けれども、浄化が完了して悪しき怨念がもうない以上、彼女は紛れもなくこちら側の存在だ』

『それはそうですが……』

『それに艦娘の一人として保護しなければ、研究材料とされるのは目に見えている。それだけは黙視できないんだ。頼む、大淀くん』

 

先程見た北方棲姫の姿を思い出し、大淀に頼み込む大神。

だが、大淀も先程熾烈に反対した手前、そう簡単にうんとはいえない。

 

それが一変したのは、近くの店で買った幼児用の衣服を着込んだほっぽが、大神の袖をくいくいと引いて、

 

「ぱぱー、このひとこわい」

 

と言ってからだ。

通信に移る大淀の眼鏡がきらりと輝く。

また、遠眼鏡で大神たち二人を見ていた人影が歯軋りしていた。

 

『ぱ ぱ ?』

『ああ、どういう訳かそう懐かれてしまってね』

『……じゃあ、ままも必要になりますよね?』

『え? まあ、そうなるかな』

 

一瞬の間黙りこくる大淀、そして、

 

『分かりました、有明でお待ちしております』

 

そう言って通信を切った。

大神は寒気を感じて、周囲を見渡すが不穏な影はない。

 

「どうしたの、ぱぱ?」

「……いや、なんでもないよ。帰ろうか、ほっぽ」

「はーい」

 

そして、大神はほっぽの手を引いて最寄の駅から有明へと戻っていった。

ゆりかもめから降り立った二人を待っていたのは大淀と明石。

明石には医師役として流石に伝えないわけには行かなかったのだろう。

 

しかし、大淀は目一杯めかしこんでいる。

 

強敵たちがAL/MIに居り、鹿島たちも未だ知らない状態のうちに先んじてほっぽにままと言わせて、既成事実を上積みして勝利する戦略か。

さすがは連合艦隊旗艦。

 

だが、

 

「ままー」

 

そう言ってとてとてとほっぽが近づいていったのは、明石だった。

 

「どうしてですか!?」

「いや、そんなに化粧しちゃったら、子供にはきついわよ」

 

ほっぽをナデナデしていた明石が愕然とする大淀にツッコミを入れる。

がっかりと肩を落とす大淀。

 

「化粧落としてきます……」

「隊長さん! 大淀さん!」

 

そして、その場を去ろうとするのだが、羽黒が慌ててそんな3人の下に駆け込んでくる。

 

「どうしたんだい、羽黒くん?」

「敵増援をAL/MI近くにて確認! 更に新たな敵艦隊がAL/MIとは別の硫黄島近海で発見されました! ルート的には本土を強襲するものと思われます!!」

「本土強襲ですって!?」

 

その報に愕然とする明石たち。

しかし大神は動じない。

 

「いや、作戦会議で懸念された要素が表面化しただけだ。手は打ってある! 大淀くん、念のため選考していた艦隊編成で出るぞ! 二度と本土強襲なんてさせないよう、徹底的に叩く!!」

「はい、隊長!」

「隊長さん……」

 

その堂々とした佇まいに慌てていた羽黒が落ち着いていく。

大淀と明石も、その様子を見て安心する。

 

大丈夫だ。

 

大神が、彼が居る限り、敗北はない、ありえないと。

 

 

 

だが――

 

「かはっ」

 

次の瞬間、大神の胸に血の赤い花が咲く。

 

大淀たちが現実を認識出来なくなっているうちに、遅れて銃声が鳴り響く。

 

大神の身体が力なく崩れ落ちていく。

 

「大神さん!!」

 

大神が狙撃された――

そう直感した明石は艤装を展開させて、真っ先に大神に飛びついた。

無論大神を庇う為に。

 

予想通り二度三度と大神の近辺を銃弾が掠め、庇った明石の身体に傷をつける。

でも、今は自分の傷なんて心配している場合じゃない。

 

「大淀さん、羽黒さん! 救援を早く呼んで! このままじゃ大神さんが!!」

「はい! 有明の艦娘全員に緊急連絡、みんなデッキ上に上がってきて! 大神さんが、大神さんが、狙撃されました!!」

 

その声に我に帰った大淀が、電信を放つ。

大淀の連絡に騒然とする鎮守府。

 

いや、一人だけ顔を蒼白にさせている艦娘が居た。

 

瑞鶴だ。

 

「瑞鶴さん、赤城さん! 周囲の警戒は問題なしではなかったの!? どうして……どうして、こんな――」

「確かに問題はありませんでし――瑞鶴さん?」

 

まさか。

 

『なーんか、いつもと違ってやりづらいなー』

 

まさかまさか。

 

『そんな、謝らないで下さいよ、赤城さん! あれ?』

 

まさかまさかまさかまさかまさかまさか――!

 

『……いえ、何でもありません。気のせいでした』

 

「嘘だーっ!!」

 

 

 

とあるビルの屋上。

その女はライフルを仕舞おうとし、いや、もはやそんな必要はないと、後を立ち去る。

 

「要は居なくなったわ。これで貴方達はおしまい……オシマイネ! アハハハハハハハ!!」

 

ライフルの照準の先で、艦娘たちが大神に集まってきていた。

デッキが大神から流れ出す血で染まっていく。

 

「大神隊長! 大淀さん、狙撃の方角は!?」

「あちらの方です! 赤城さん、偵察機による確認を! 大神さん、しっかりして!」

「大神さん! お願い、返事をして下さい、大神さん! 大神さん!!」

 

 

 

 

 

「「「大神さん!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

狙撃され、重態となる大神さん。

その身体からは命の灯火が刻一刻と消えていく。

大神さんとの魂の繋がりが薄れ、恐慌に陥る私たち。

そして私たちは『艦』であることを忘れ、ただの『娘』になった。

深海棲艦の反攻の中だと言うのに。

 

近づく崩壊の、破滅の足音。

 

でも、死なせない。

大神さんは絶対に死なせないわ。

工作艦の名にかけて……ううん、この私の命にかけても。

だから……

 

次回、艦これ大戦第十話

 

「決戦! AL/MI作戦!(後編)」

 

だから私が居なくなっても……暁の水平線に勝利を刻んで下さいね、大神さん。

 

 

 

「大神さん……愛しています…………」



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第十話 決戦! AL/MI作戦!(後編)
第十話 1 激震(前編)


「大神さん! お願い、返事をして下さい、大神さん! 大神さん!!」

 

明石の呼びかけにも、大神は返事することがない。

狙撃され、崩れ落ち意識を失った大神。

明石の手により最低限の止血処理は行ったが、保健室での治療程度ではもう手が及ばない状態なのはどう見ても明らかだ。

 

急いでデッキに現れた艦娘たちによって、狙撃に対する周囲の警戒、防御は行われているが、一刻も早く専門的な治療を受けなければ、大神の命に関わる。

 

「明石、大佐を護り移動させる準備は出来た! どこに連れて行けばいい!」

「集中治療室にお願いします! 一刻も早く医療ポッドに入れないと!」

 

武蔵たちに護られ、大神のために併設されていた集中治療室へと大神は運ばれていく。

明石や最低限の艦娘たちが付き添いながら、その姿は館内、鎮守府内へと消えていく。

 

そして、残されたのは赤城たち。

大神について行きたいところではあるが、一刻も早く狙撃者を見つけ捕らえなければならない。

 

「赤城さん、狙撃者は未だ見つからないのですか!?」

「ごめんなさい、大まかな方角だけではもう少し時間が……」

 

だが、大まかな方角のみでは赤城といえど、発見には時間がかかる。

このままでは逃げられてしまう、赤城たちに焦りが生じる。

 

「ポイント○△-×◎近辺のビルを探して見て下さい……」

 

そうしている内に蒼白な顔で現れた瑞鶴がポイントを指定する。

 

「瑞鶴さん? ああっ、見つけました! 狙撃者はもう見えませんが、設置されたライフルが残されています!!」

「本当か!? 大淀、陸軍に、米田閣下に急ぎ連絡を!! ビル周辺の封鎖と狙撃者の捕縛を要請してくれ!! 海軍にも連絡を!」

「分かりました!!」

 

大淀と秘書艦が陸海軍に急ぎ連絡をする為に、司令室へと戻っていく。

残された長門、赤城たちは瑞鶴へと視線を向ける。

 

「なんで……なんで、ポイントが分かったの、瑞鶴さん? まさか、あなた……」

「……ごめんなさい、赤城さん! わたしの……私の警戒ミスです! 違和感を感じながら見落としました!!」

 

瑞鶴は涙を流しながらその場で土下座して赤城に謝る。

残った艦娘の視線が瑞鶴に注がれる。

だが、もう大神は狙撃されてしまっている。

謝って済む問題である時は優に越えてしまった。

 

「……分かりました、瑞鶴さん。ビル周辺の監視は私達が継続して行います。貴方は自室に戻っていなさい」

「処罰はしないのか、赤城?」

 

長門が赤城に問いかける。

 

「私も独断専行で処罰を待つ身ですから」

「そうか、なら処分は然るべき立場の方に決めてもらう必要があるだろうな」

「敵の編成次第では正規空母である私達が出る必要もあります、だから瑞鶴さん……」

「はい……」

 

涙を流しながら土下座をした為か、瑞鶴の顔は泥まみれだ。

でも、仮にとは言え制裁一つされない、そのことが瑞鶴に自分の罪の重さをより自覚させる。

 

「顔を洗って、涙を拭いて、出撃に備えなさい」

「……分かりました」

 

そう言って自室に戻る瑞鶴。

 

 

 

そして、集中治療室では大神の治療が行われていた。

感染症を防ぐ為の除菌を行った上で医療ポッドに入れられ、治療を受ける大神。

 

だが、胸部に受けた狙撃の傷痕は大きく、予断を許さない状態だ。

恐らく今日明日中の治療の推移で大神の生死は決まる、決まってしまう。

 

「これからも私に怒られに来て下さいって言ったじゃないですか……ものも言えないほどの重症にはならないと約束して下さいって……言ったじゃないですか、大神さん……」

 

涙を滲ませながら、明石は必死に大神の治療を行う。

 

『ここに来るときは病人らしく君の説教も聞きに来るよ』

 

そう医療ポッド内の大神が言ったような気がして、思わず医療ポッド内を覗く。

けれど、大神は勿論一言も喋らない。

すぐにそんな暇はないと、必死に大神の治療を続ける。

 

「死なせない、絶対に大神さんは死なせない……目が覚めたら一杯お説教するんだから!」

 

自分にそう言い聞かせながら。

 

また集中治療室の外では、大神を案じる艦娘たちが集まっていた。

 

「いやぁ……大神くん。大神くん、死んじゃいやぁ……」

 

日ごろの小悪魔的な態度を完全に投げ捨て、子供のように泣きじゃくる鹿島。

 

「ふえぇぇぇ……大神さん、大神さぁん……」

「……睦月ちゃん、大丈夫。大神さんはきっと大丈夫だから」

 

如月に抱きつき涙を流す睦月、睦月をあやしながら自らの涙を必死に堪える如月。

 

「隊長! 嘘だって言ってよ! こんなの嘘だって言ってよ、隊長!! もう言わないから、もうクソだなんて言わないからぁ……」

 

そう言って、集中治療室の窓にすがりつく曙。

 

だれもが、自分の気持ちに向き合うのが、大神を案じるのが精一杯であった。

だから、有明からほっぽが消えていたことに誰も気付かなかった。

 

 

 

同じ頃、有明鎮守府から大神狙撃、人事不省と連絡を受け取った陸軍、海軍でも蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 

通常、大神は有明鎮守府に居り、戦闘・訓練に出る際は光武の霊子障壁と戦闘服に護られている。

だから人が携帯できる程度の通常兵器では、今回のような重症を負うはずがないのだ。

しかし、海軍への訪問だけに大神は通常の軍服で出かけざるを得なかった。

そして狙撃は軍技術部で指定した期日の訪問から帰途する上で行われた。

 

ここまで条件が揃って何も関係がないと考えるほど、米田も山口も愚かではない。

やがて山口が重い口を開く。

 

『未だ居るということだな、大神君の存在を忌避するものが』

『事はそれだけに及ばない可能性が高い。山口、こんなにタイミングよく深海棲艦が反攻してくると思うか?』

『そこに繋がりがあると言うのか、まさか米田!?』

『いや、あると考えるべきだ。居ると考えるべきだ! 大神を忌避し憎むあまり、深海に魂を売った人間の裏切り者が!!』

 

急ぎ憲兵達にビル周辺の封鎖と捕縛指示を出したのだが、内部に手引きをした人間が居るのなら捕まえられる可能性は薄い。

いや、最悪――

 

「米田閣下、大変です! 指定されたビル周辺で深海棲艦らしきものを確認しました! 詰問しようとした憲兵2名が一撃を受け軽傷!」

「ビル周辺で深海棲艦!? その深海棲艦の行方は!?」

 

華撃団が警戒する陸に深海棲艦が上がり、狙撃ポイントまで誰にも気付かれることなく向かう。

並大抵のことでは出来ない、いや、先ず不可能だ。

恐らく別ルートで入り、その日まで匿われていたのだろう。

 

「すいません、周辺の水路から滑走された為、見失いました!」

「なら、華撃団に一刻も早い連絡をするんだ! そいつだけは逃がしちゃならねえ! 背後関係を全て吐かせるんだ!!」

「はっ!」

 

『すまないが山口、話は後で』

『ああ』

 

そうして、連絡を切ろうとしたとき、今度は山口の元に急報が入る。

 

「大変です、技術部の方で爆発がありました! 原因は不明ですが、爆発により神谷大佐が骨折の重傷を!同室に居た他数人の技術仕官が軽傷を負いました!!」

「なんだって!!」

 

神谷は身分こそ大佐であるが、海軍における霊力研究の第一人者である。

大神ほどではないにしろ、重要な人物である事には変わりない。

だからこそ、山口も大神と神谷の顔合わせを行ったのである。

彼が重傷を負ったとなると、今後の艦娘用新兵器の開発に支障が出るのは確実だ。

 

ここまでの事態が重なれば疑う余地はない。

 

「くっ!」

 

山口が唇を噛み締める。

海軍に居るのだ、人類の裏切り者が。




風雲急を告げる


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第十話 2 激震(後編)

陸軍からの連絡を受けて、深海棲艦捕縛のため単独行動が可能な巡洋艦・駆逐艦を選定する大淀。

皮肉な事に大神への好感度が高く、能力補正を大きく受けているものほど、大神の狙撃で深刻なパニック状態となっており使い物にならないのが現状だ。

いや、筆頭秘書艦という立場がなかったら自分もパニックに陥っていただろう。

 

故に深海棲艦捕縛の任務は、素の能力が高く、精神的にそれほど大きな影響を受けていない阿賀野型姉妹と白露型姉妹、初春型姉妹に任されることとなった。

 

「隊長さんを狙撃した悪いやつは、阿賀野が必ず捕まえます!」

 

そう言って阿賀野たちは警備府を後にし、龍驤、祥鳳らの航空情報を元に深海棲艦捕縛の為東京湾にて待ち構える。

無論街中で砲戦などやる訳にはいかないからだ。

 

「白露ちゃん、みんな、敵は一人。まずは敵を総攻撃でボコボコにして、戦闘能力を奪うよ」

「はいっ!」

 

やがて、水路を抜けた深海棲艦が姿を現す。

その姿は――

 

「空母? 空母棲鬼?」

 

鎮守府の最新のデータバンクと照合して、近しいものを呟く阿賀野。

だが、違う。

そのことに気が付いた矢矧が全員に警戒の言を投げかける。

 

「阿賀野ねぇ、違います! 新型の姫です! いずれにしても敵は空母、私達だけでは危険です。祥鳳さんたちと連携して事に当たるべきです!!」

 

だが、水路を抜け海上に出た空母棲姫は即座に航空機を展開し、艦娘たちへと爆撃を行う。

 

「きゃぁーっ!?」

 

その凄まじい火力に、能力補正をほぼ受けていない阿賀野たちは軽々と大破させられる。

戦闘不能となった艦娘の横をすり抜けていく空母棲姫。

 

「悔しいっぽい! せめて――!」

「隊長の受けた痛み、少しでも――!」

 

運よく無傷だった夕立と時雨は連装砲を空母棲姫に撃つ。

 

「フッ……カワイイナア……」

 

無論それはかすかばかり程の傷も与えられない。

哄笑する空母棲姫。

 

「アンシン……シナサイ……アトデマタ……シズメテアゲル!」

 

艦娘の無力を嘲笑い、悠々と東京湾を脱出する空母棲姫だった。

 

 

 

『ごめんなさい、大淀。敵深海棲艦に逃げられたわ。こちらは夕立と時雨以外全員が大破。しばらく戦闘は無理みたい……』

『敵深海棲艦に、11隻の包囲網を突破、いえ破壊されたですって!?』

 

阿賀野たちからの連絡を聞いて、大淀が大声を上げる。

どうすれば良いのか次の手を考える大淀。

隊長が、大神が居てくれたらと、どうしても思ってしまう。

 

「大淀さん、AL方面の永井司令官から連絡です。艦娘が急に慌てているがそちらで何かあったのか確認したいとの事です」

「大淀さん、MI方面からも敵増援に対して隊長の指示を仰ぎたいとの事です」

 

一瞬、大淀は話すべきか、話さないべきか迷う。

ALもMIも能力補正を大きく受けた、即ち、より大神を慕う艦娘で構成されている。

大神の現状を話せば、今の有明のように全てが瓦解する恐れがある。

けれども――

 

「……真実を包み隠さず話してください」

「……いいのですか?」

「もし黙っていて、交戦中に隊長の重態に気付かれたら状況はより最悪になります。それよりかは今のうちに話しておいて、幾分か心が平静になったところで敵を迎え撃つべきでしょう」

 

だが、時間が立てば艦娘は心の平静を取り戻せるのだろうか。

大淀にも正直自信はない。

 

「あと、硫黄島方面の迎撃部隊の編成を大神さんの指示通りにしないと……」

 

しかし、それも大神が健在だったからこそ有効であった編成。

今のこの状況で有効とはとても思えない。

 

だからといって能力補正なしで新たな敵、また来るといった敵、空母棲姫を含む艦隊に対抗できるだろうか。

何が現状において最善なのか、大淀は必死にまとまらない頭を動かし続ける。

 

と、その時、大淀の胸を痛みが走る。

 

「まさか……」

 

大神の身に何かあったとでも言うのか。

 

居ても立ってもたっても居られずに、集中治療室へと向かう大淀たち。

そこには大淀と同様に感じた艦娘が集まっていた。

 

「長門さん、武蔵さんまで……」

「すまない、だが、隊長にもしものことがあったらと思ってしまったら、居ても立っても居られなかったんだ」

 

武人として強固な精神を持つと思われていた二人でさえこれだ。

他の艦娘がどうなっているかなんて考えるまでもない。

 

窓から医療ポッドを見ると、明石が必死に大神を治療している。

だが、その表情には絶望の色が漂っている。

涙を滲ませている。

 

集中治療室に下手に入って大神の治療を邪魔する訳には行かない。

けれども、状況は確認しないといけない、明石への連絡を行う大淀

 

『明石、隊長の容態はどうなの?』

『治らないの……治ってくれないの!!』

 

泣き出すように、悲鳴のような回答をする明石。

 

『どういうことですか!?』

『怨念で汚染された傷口が塞がってくれないの! 血が止まらないの! 今は、輸血で持たせてるけどそれだって限界が! どうしよう、大淀! 大神さんが! このままじゃ大神さんが!!』

『そんな……何か手はないの!?』

 

目の前が真っ暗になりながら、何とか踏ん張って問いかける大淀。

 

『霊的治療であれば、もしかしたら――』

『なら、出来る人を一刻も早く呼んできます! 誰が居るの?』

『大神さん――』

『え?』

『私、大神さんしか出来る人を知らない……欧州には居るらしいけど、今からじゃ間に合わない』

 

大神を救う為には大神が必要。

なんと矛盾した、そして絶望的な状況なのか。

とうとう身体から力が抜けて崩れ落ちる大淀。

 

 

 

もはや、目の前には絶望しか残されていなかった。



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第十話 3 消える命

その頃、ALでは大神の狙撃、重体の報を聞いて、混乱の中にあった。

 

「響、隊長は大丈夫だよね? どこにも行ったりしないよね? もしも、なんてないよね?」

「分からない……分からないんだ、暁! 私も怖い、怖いんだよ! もしも隊長が、だなんて考えたくもない!! 隊長、行っちゃ嫌だよ……」

「響……」

「ごめん、暁。今は無理、今だけは無理なんだ……」

 

暁への口調が幾分か辛いものになる響。

心の拠り所を失い、響にも余裕なんて全くないのだ。

 

「嘘だろ、隊長……あたし、まだちゃんと褒められてない、可愛いって言ってもらってない!」

「摩耶……」

「チクショー!! この作戦が終わったらちゃんと褒めてもらうつもりだったのに!!」

「落ち着きなさい、摩耶」

 

姉らしく高雄が摩耶を宥めようとする。

けれども摩耶は止まらない。

 

「落ち着ける訳ないだろ! 重体だぞ、高雄ねぇ! 死んでも死にそうにない素振り見せてたのに、なんで隊長がこんなことになっちまったんだよ!!」

「そんなの私の方が聞きたいわよ! 一刻も早く有明に戻りたいくらいよ! でも、今はそんなことしている場合じゃないでしょ!」

「……高雄ねぇ、すまない。ちょっと頭冷やしてくる」

 

そう言って摩耶は仮の箔地の外に出ていった。

この様子だと何か物に八つ当たりをするのだろう。

 

「参ったなー、せっかく心から信じられる隊長に巡り会えたと思ったのに」

「不味いわ、今の状況じゃ深海棲艦の援軍にどうやって対処すれば」

 

飛鷹と隼鷹も口調こそ平静を装っているが、様々な事があってようやく信じられた人間を失おうとしている事態に多くを語れない状況だ。

 

しかし、深海棲艦は事実としてAL奪還の為接近している、迎撃しなければいけないだろう。

 

「艦娘のみんな、今ここでジッとしていても大神の容態が良くなる訳ではない。済まぬが、みんなには迎撃の為出撃してもらわなければならぬ」

「それは……」

 

永井司令官の言葉に暁が振り向く。

確かにそれはそうだ。

永井の言うことは正しい。

 

「けれども……」

「私は行くよ。隊長を狙撃したのが深海棲艦だというのなら、深海棲艦に思い知らせてやるんだ。隊長を狙撃した報いを」

「響……」

 

淡々と言葉を呟く響の様子に、心配そうな表情をする暁。

 

「大丈夫だよ暁、私のこの身には隊長との絆が満ちている、この絆がある限り私は戦艦にだって負けやしな――え?」

 

そう胸を叩こうとする響だったが、自らの身から急速に力が消えていく。

 

「オイ、なんだこれ!? 何が起きたって言うんだよ!?」

 

部屋に飛び込んできた摩耶も同じことを感じたらしい。

いや、響だけではない、暁も、高雄も、摩耶も、飛鷹も、そして隼鷹もそうだ。

時を同じくして、有明でも、MIでも、いや、有明鎮守府の全ての艦娘が同じ事を感じていた。

 

「どうして? こんなこと警備府の頃から一度だって起きなかったのに?」

 

何故かと考える響。

 

「……うそ…………」

 

しかし、答えはあっけないほど簡単に出た。

 

「いや……」

 

艦娘は大神を想う事で、力を得ることが出来る。

艦娘と大神の魂の繋がりが、艦娘に力を与えてくれる。

 

「いや……そんなのいや……」

 

だが、想う相手が居なくなったら、どうなるだろうか?

繋がるべき相手が居なくなったら、どうなるだろうか?

答えは簡単だ、その力は、繋がりは、消えてしまうだろう。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 

首を大きく振って、自分の考えを否定しようとする響。

だが、導かれる事実は変わらない。

 

「いやだーっ!!」

 

大神は居なくなろうと、否、

 

 

 

大神は息絶えようとしている。

 

 

 

一度気が付いてしまえば、それを顕著だった。

 

脈動を打つように大神と響の魂の繋がりが薄れていく。

 

一拍大神の心臓が動くたびに、響の身体から大神との絆が薄れていく。

 

大神のもとに一歩ずつ死神が歩み寄り、響はただの駆逐艦になろうとしている。

 

「いやだっ! お願い! お願いだから消えないでーっ!!」

 

響は自らの身体から消え行こうとしている、大神との絆を留めようと自らを抱き締める。

それでも、響の身体からは止め処なく絆が消えていく、力が消えていく。

 

「いや、いやーっ!!」

 

大神が警備府に着任してからの、この半年が幻だったかのように。

 

大神によって深海棲艦から救われ、送ってきた幸せな日々が幻だったかのように。

 

「こんなのいやだーっ!!」

 

 

 

そして、繋がりがなくなった。

 

 

 

「あ……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

涙を流しながら絶叫する響。

 

認めないと、こんなの認めないとばかりに半狂乱になって首を振る響。

だが、思い返せば常に胸にあった暖かなものは、もう消えてなくなってしまった。

 

「嘘だっ! こんなの嘘っ! 嘘なんだ!!」

「響……響ぃ……」

 

首を振り乱して叫ぶ響に抱きついて止めようとする暁。

でも、響は止まらない、止められない。

 

「大神さんが、大神さんが、大神さんが死んだなんて嘘だーっ! 誰か嘘だって言ってよー!!」

 

だが、暁も、高雄も、摩耶も、飛鷹も、そして隼鷹もただ涙を流すだけで響に答えられなかった。

響と同じ感覚を全員が感じていたからだ。

ぽっかりと胸に大きな穴が空いたような感触、全身から消え去った力。

 

 

 

その何もかもが大神の死を示していた。

 

 

 

有明でも、MIでも、感じ取った大神の死にほぼ全ての艦娘が半狂乱し、泣き叫んでいた。

 

もはや戦うことを忘れ、力も失った彼女たちは『艦娘』ではない、ただの『娘』でしかなかった。



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第十話 4 死神との闘い

ALでは響たちが、

MIでは秋雲たちが、

そして有明では睦月たちが泣き崩れる。

 

大神との繋がりを失って、力を失い、大神の死を感じて。

 

 

 

だが、一人だけその状況を認めない、大神の生を取り戻すことを諦めない艦娘が――明石が居た。

モニターに映し出されるパラメータを見つめて。

医学的知識とそこから導き出される見解――大神は未だ完全には死んでいない、生きていることを信じて。

それがどれだけ絶望的なだと知っていながら。

 

「死なせません! 絶対にあなただけは!!」

 

周りの艦娘たちが泣き崩れていくことで、逆に明石の頭はパニック状態から脱し、冷静さを取り戻していく。

医師として、そして艦娘として何が出来るのか、医療ポッドを作動させながら明石はひたすら考え続ける。

 

結論は一つしかなかった。

 

自分達艦娘による、大神の霊的治療の再現。

 

皮肉な事に大神の力を繋がりを失ったことで初めて、明石は自らの持つ霊力に気が付いていた。

大神と比べれば小さいが、霊力を持っていることを。

 

なら、これしかなかった。

 

そして、それが再現できる艦娘が居るとするならば、それは常に大神と共に居た艦娘、大神の霊的治癒を何度となく見続け、記録に収め続けてきた艦娘しかいない。

 

即ち、明石しかその条件を満たす艦娘は居ないのだ。

 

見よう見まねで、どこまで再現できるか、明石には自信はない。

一度たりともやったことのない技なのだから当然だ。

けれども、状況は出来る出来ないの問題ではない、やらなければならないのだ。

 

「私の霊力で大神さんを癒す日がこようとは……思いもしませんでした。でも! 大神さんを救う為なら!!」

 

医療ポッドの動作を自動に切り替えて、明石は大神の傍に立つ。

そして、大神がかつて響の局所治療をした時と同じように、傷口に向けて手をかざす。

 

「大神さん、技名お借りしますね。狼虎滅却 金甌無欠……」

 

何度も大神の技を至近で見ていたそれを、見様見真似で再現し霊力を捻出する。

そう言った明石の手のひらから暖かな光が放たれる。

光を浴びた大神の傷痕がわずかに癒え、モニターに映し出されるパラメータが良化傾向を示す。

 

「やった!?」

 

けれども、それは一時的なことですぐに元の値へと近づいてしまう。

 

「ダメなの? 私の力じゃどうにもならないことなの!?」

 

でも、僅かなこととは言え霊的治療は確かに出来たのだ。

どうにかして出力を上げる事さえ出来れば、治せるかもしれない。

 

そして、明石はとある事に気が付いた。

 

自分ひとりの霊力では無理かもしれない、でも有明の艦娘全員でなら或いは――

そう考えたら、明石は近くのマイクを取り叫んでいた。

 

『みんな、力を貸して! 大神さんを救う為に!!』

 

 

 

そして、有明鎮守府の全ての艦娘が手を繋いで集中治療室の前に立っていた。

自分に出来るかもしれない事をする為に。

全ての艦娘の思いは一つにまとまっている。

 

大神の命を救う。

 

ただ、その事を考えて気を、自らの中にある霊力を捻出しようとする。

 

吹雪は最初の出会いから、大神に助けられたときのことを思い出していた。

 

『あの時、大神さんが居なかったら私はこうしていられなかった。だから今度は……私の番!!』

 

鹿島は大神との出会いによって、光がさした自らの生を思い返し祈る。

 

『大神くん、生きていて下さい! 貴方が生きていてくれれば私は他に何もいらない!!』

 

曙が、

 

『褒めてくれなくてもいい、撫で撫でしてくれなくても良い! 生きて、隊長!』

 

足柄が、

 

『師匠として、弟子を泣かせるわけにはいかないの! 死んじゃダメなんだから、隊長!』

 

そして、赤城、睦月、如月が大神にリードされてのこととは言え、合体技にて莫大な霊力を放出したことを思い出し、霊力を捻出する。

 

それらの霊力全てが、大神を想う心、大神を助けたいと想う心によって一つにまとまり、繋がった手を通じて明石に流れ込んでいく。

 

 

 

自らの身体に収まりきらないほどの霊力。

それを受けて、明石は気が付けば一つの技名を呟いていた。

 

「比翼連理……相即不離」

 

そして、癒しの力を一辺たりとも余すことなく大神に注ぎ込む為に大神と唇を合わせる。

大神へと癒しの力が注ぎ込まれていく。

 

見る見るうちに傷口が塞がっていき、大神の顔色が良くなっていこうとする。

 

だが、大神の傷口にまとわり付く怨念がそれを邪魔する。

傷口を癒そうとする力とそのままにしようとする力がせめぎあう。

 

このままでは、やがて癒しの力は尽き果て、元の木阿弥となってしまう。

それではいけないのだ。

 

『負けない……絶対に、負けない。死神なんかに大神さんは渡さない! 私の命に代えても!!』

 

自らの扱える霊力だけではない、明石という艦娘を構成する霊力さえも全て癒しの力へと変えて、大神に吹き込んでいく。

 

それは自分の消滅を意味することに他ならないと知りながら。

 

『大神さん……愛しています…………』

 

霊力に押し流されて怨念が消滅し、大神の傷口が塞がっていく。

 

そして大神の顔色が良くなっていき、呼吸が、そして脈動が自発的なものへと切り替わっていく。

 

大神の健康状態は死の淵から脱し、モニターにそのことが示される。

 

そのことに気付き、喝采を上げる艦娘たち。

先程まで流していた悲しみの涙ではない、歓喜の涙を流して。

抱き合い喜びの声を上げる。

 

「よかった……良かった……」

 

ALでは響たちが、MIでは加賀たちが再度繋がった魂の絆に涙から、絶望から立ち上がる。

 

 

 

しかし、その一方で自らを構成する霊力、即ち自らの命さえも大神へと吹き込んだ明石は、一人その場に崩れ落ちていた。

 

「あは……は、やりすぎちゃった……かな……」

「明石、大丈夫?」

 

大淀が崩れ落ちた明石を抱き上げる。

そして、驚愕する。

明石の腕が、霊力の欠乏により身体が透けて見えているのだ。

 

「どうせだったら、大神さんに抱かれたかった……かな」

「明石、あなたまさか!?」

「大神さんの為だもの、これくらい……当たり前よ」

 

手足が薄れていくと同時に、手足の感覚がなくなっていく。

意識も徐々に薄れていく。

 

薄れ行く意識の中、明石は人魚姫の話を思い出していた。

 

どこまでも純粋に王子を愛しながらも、報われず海の泡へと消えた悲しい恋の物語を。

 

 

 

自分を構成する霊力を全て捧げた自分も、人魚姫と同じように同じように海の泡となって消えてしまうのかもしれない。

 

 

 

でも、違う。

 

 

 

一つだけ違う。

 

 

 

例え命と引き換えになったとしても、私は大神さんを救うことが出来た。

 

だから悲しみではなく、誇りを持って私は旅立てる……行ける。

 

この恋は決して悲しいものじゃない。

 

 

 

もし未練があるとすれば。

 

 

 

一度だけ。

 

 

 

「一度だけで……いいから、大神さんと……勝利を刻みたかったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、行こう! 明石くん! 狼虎滅却 金甌無欠!!」

 

それは本家本元の癒しの力。

明石を抱き上げ、唇を奪い、癒しの力を吹き込んでいく。

瞬く間に明石の手足の感覚が戻り、意識が蘇る。

 

「大神さん……」

 

逆立った黒髪。

その姿、彼を慕う艦娘が見間違えるはずがない。

 

「心配をかけた、みんな。俺はもう大丈夫だ!!」

「大神さん!」

 

誰あろう、大神一郎が医療ポッドから外に出てその場に立っていた。

 

「みんな行くぞ! 深海棲艦の反攻を打ち砕くんだ! 提督華撃団、出撃!!」

「「「了解!!」」」




前話ラストからの鬱パートお付き合いさせて失礼しました。
感想返しも再開します。


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第十話 5 対反攻作戦前

大神は出撃する前に先ず米田、山口両大臣に司令室より連絡を行っていた。

無論、自らの回復と現在は無事であることを報告する為である。

 

『米田閣下、山口閣下、ご心配をおかけしました。』

『今回ばかりは、艦娘に助けられたな、大神。俺達ももうダメかと思ったぞ』

『はい。明石くん、有明鎮守府のみんなに助けられました。いくら感謝してもし切れません』

『そうだな。だが、今お前のなすべきことはそっちが先じゃねえ。詳細な報告も後でいい』

『もちろんです。これより華撃団はAL/MI、そして本土に迫る深海棲艦の撃退に移ります。一人たりとも本土の地は踏ませません! あと自分を狙撃した深海棲艦から事情を聞きだして――』

『そっちの方はいい。裏切り者については陸軍の憲兵隊、そして月組で絶対に見つけ出す。お前を狙撃した深海棲艦は戦力としても強力だ。下手な事をすると痛い目を見かねない、全力で叩け!』

『了解しました! では失礼致します』

 

そして連絡を切り、続いてAL方面の永井司令官に連絡を取ろうとする。

しかし、すぐには繋がらない。何かあったのだろうか。

 

「あの、大神さん何か飲み物でも準備しましょうか?」

「ありがとう、でも、今は明石くんの健康診断を受けていられないから、下手に物を口に含むのは避けたほうが良いんだ」

「分かりました、でも本当に良かったです……」

 

未だに涙ぐむメルの薦めを断ると、ようやくALと連絡が繋がる。

 

『大神さん!!』

『響くん?』

 

しかし現れたのは永井司令官ではなく響であった。

泣いて泣いて、赤く泣きはらした目をそのままに、大神の姿を見て再び泣き始める。

 

『よかったぁ……動いてる、喋ってる。大神さん、本当に生きてるよぉ……』

『ああ、俺は生きている。心配をかけたね、響くん』

 

大神の生を感じ取ってはいても、直接無事な姿を見ることは全く違うことらしい。

そんな響の様子を暖かい眼差しを送る大神だったが、あまり無駄話をしている余裕はない。

 

『それで、永井司令官は?』

『ああ、ここに居るとも。全く心配かけさせおって、わしゃ、ここで死ぬかと思ったぞ』

『それは失礼しました。それで、そちらは反撃に移れますか?』

『ああ、先程お主が息を吹き返したことを感じ取って、戦意が戻っておるよ。だが、やはり、実物を見るのは段違いじゃな、摩耶などお前の姿を見た途端やる気全開じゃぞ』

『ちょ、永井のおっさん! 勝手なこと言ってんじゃねー! あ、隊長……』

 

摩耶が永井の発言を止めようと前に塞がるが、それで姿が見られていることに気がつくと、慌てて髪や泣き顔を隠す為の化粧のチェックを行い始めた。

クスクスと笑い声が高雄たちから上がる。

 

『よ、隊長。無事でよかったぜ』

『ありがとう、摩耶くん。心配をかけてしまったね』

『全くだぜ。だけど見てなよ、ALの敵増援はボコボコにしてやるぜ! だから、さ……』

『なんだい、摩耶くん?』

『帰ったら……あたしのことも、褒めてくれよな?』

『ああ、もちろんだとも』

『絶対だかんな! 約束だぜ!!』

 

大神と約束をしたことで気をよくした摩耶がウキウキしながら画面外に出る。

 

『まあ、そんな感じじゃ。こっちの心配はもうせんでいい。恐らくじゃが、今回の3箇所の襲撃、本土襲撃艦隊が一番精強な筈、そちらこそ気を抜かんようにな』

『ええ、もちろんです!』

 

 

 

それでALとの連絡を切り、続いてMI方面と連絡を取ろうとする。

今度はすぐに繋がった。

 

が――

 

『大神さん!!』

『大神隊長!!』

『隊長ー!!』

『隊長!!』

『隊長さん!!』

『隊長!!』

『隊長!!』

『大神さん!!』

『隊長!!』

『隊長さん!!』

『大神隊長!!』

『隊長!!』

 

12人の艦娘が所狭しと画面内に詰め掛けていた。

 

『『『無事なんですね!!』』』

 

画面に映ろうとぎゅうぎゅう詰めになりすぎて、全員の顔が歪んでいる。

メルやシー、大淀などの秘書艦がちょっと吹いている。

 

『ちょっと、みんな狭すぎるデース! 隊長との連絡は私が取りますから、離れるデース!!』

『何を言ってるのかしら? 増援は攻略時と同じく空母を中核とした部隊が予想されるわ。なら大神隊長と連絡を取るのは私以外に最適役はいません』

 

加賀と金剛が大神との連絡役を取り合おうと鍔迫り合いをしている。

 

『加賀ばっかりずるいわよー! 私だって正規空母、引き下がらないんだからー』

『そうよね、今度からは私達だって負けません!』

『なっ!? 二航戦、あなたたちも参戦するというの?』

 

しかし、今回は蒼龍や飛龍も引き下がろうとしない。

MI攻略までと全く違う二人の態度に加賀が驚愕する。

そんな艦娘の様子に暖かい眼差しを送る大神だったが、何度も言うようにあまり無駄話をしている余裕はない。

 

今連絡役を取り合っている誰かと通信するのは、後々角が立ちそうだったので、翔鶴を選ぶことにする大神。

 

『えーと、翔鶴くん、いいかな?』

『あ……はい! 隊長!!』

 

最初こそ、大神の様子が一瞬でも早く見たいと思わず前に押しかけてしまった。

が、その後再び後ろに戻ろうとした翔鶴だが、大神の呼ぶ声に輝くような笑顔を見せる。

逆に沈む金剛たちだったが、大神の指示とあっては仕方がない。

大人しく下がる。

 

『それでMIの方は大丈夫かい?』

『はい! 当初は隊長の死に目に会えないなんて嫌だと言う声さえありましたが、もう大丈夫です! 今、こうやって隊長の無事なお姿を見ることが出来て万全です! MIへの敵増援の撃破、お任せください!!』

『分かった、翔鶴くんを第一艦隊旗艦、金剛くんを第二艦隊旗艦として増援を撃破してくれ!』

『『『了解!!』』』

 

その返信を持って通信が切れる。

これでAL方面もMI方面も、もう問題はないだろう。

 

 

 

あとは、本土を狙う部隊に対して決戦を挑むのみ。

だが、大神の脳内にある艦隊編成は狙撃される前と若干異なっていた。

そのことも合わせて説明しなければいけないだろう。

 

「大淀くん、みんなはブリーフィングルームに集まっているよね?」

「はい。大神隊長が連絡を取り終えるのを、皆さん待っていますよ」

「分かった、俺達も向かおう」

 

ブリーフィングルームに向かおうとする大神たち。

しかし、その途中で一人の艦娘が大神を待っていた。

 

「隊長さん!」

 

瑞鶴である。

 

「どうしたんだい、瑞鶴くん? ブリーフィングルームから外に出て」

 

問う大神だが、瑞鶴の用件は大体予想出来ている。

 

「それは……すいませんでした、隊長さん!! 私のせいで狙撃を防ぐことが出来ずに!!」

「瑞鶴くん!?」

 

大神に対して土下座をする瑞鶴。

流石にいきなり土下座されることは予想出来ていなかったのか、驚く大神。

 

「何を言っても言い訳にしかならないし、どんなに謝ったって謝り足りないのは分かってます! でも、謝らずには居られなかったんです!! ごめんなさい!!」

 

額を床にこすりつけ、涙を再び滲ませながら大神に謝る瑞鶴。

けれども、そんな瑞鶴の姿をずっと他の艦娘に見せるのはあまり良くない。

 

「みんな、すまないけど先にブリーフィングルームに行っていてくれ」

「分かりました、手短にお願いしますね」

 

そう言い残して大淀たちがこの場を立ち去る、これで残されたのは大神と瑞鶴だけだ。

 

「そんなに謝らなくてもいいよ、瑞鶴くん。顔を上げてほしい」

「でも、この罪をどうやったら償えるのか分からないんです!!」

「分かった。なら、そう思うなら次の戦いに君も参加してくれ、瑞鶴くん」

「え……」

 

大神の言う言葉を理解できずに、思わず顔を上げる瑞鶴。

 

「やっと顔を上げてくれたね」

 

そう言って、しゃがんで瑞鶴の涙をふき取る大神。

そして瑞鶴を立ち起こす。

 

「何言ってるんですか……隊長さん。私を? あんな取り返しの付かないミスをした私を、本気で艦隊に入れるんですか?」

「ああ、もちろん本気だよ。敵空母棲姫は聞く限り今までで最強の敵空母だ。こちらも可能な限りの戦力で挑みたい。有明に残る正規空母は二人。瑞鶴くん、君を出さない理由はないんだ」

「でも、私、取り返しの付かないミスをして……」

「一つのミスは一つの成功で取り返せば良い、汚名なら返上すれば、名誉なら挽回すれば良い。確かに事が事だから大変かもしれないけど、それだけ頑張ればいいんだ」

 

大神の言葉に大きく揺れ動き、戸惑う瑞鶴。

 

「……隊長さんは、私を許してくれるんですか?」

「勿論だ、俺はこうやって生きている。許すも何もないよ、行こう瑞鶴くん」

「隊長さん……」

 

そうやって手を差し出す大神。

だが、感極まった瑞鶴は大神の胸に飛び込んだ。

 

「隊長さん……隊長さぁんっ!」

「瑞鶴くん?」

「隊長さん! 私、何でもします! 隊長さんのためならどんな事だって、何だってします! それが隊長さんのためになるなら!!」

 

大神の胸で泣きじゃくる瑞鶴。

しばしの間、瑞鶴の背中を軽く叩き、瑞鶴が泣き止むのを待つ。

 

そして、泣き止んだ瑞鶴を連れブリーフィングルームへと移動する大神。

 

 

 

だが、そんな時、

 

「死ねぇ! 今度こそ本当に死にやがれ、大神ぃぃぃぃっ!! 艦娘は俺のものなんだー!!」

 

影から凶刃が大神に向けて振るわれた。




だーれだ


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第十話 6 外道に情け無用

大神に振り下ろされようとした凶刃。

 

「隊長さん、今度こそ私が!!」

「駄目だ、瑞鶴くん!」

 

瑞鶴は大神を庇おうと凶刃の前に出る。

しかし、その刃は瑞鶴には届くことなく、途中で第三者の刃によって受け止められる。

 

「すまん、大神! こいつを泳がせすぎた!」

「加山!? 泳がせていたってどういうことだ?」

 

月組の隊長、加山が渥頼から大神を守りその間に入る。

 

「言葉の通りだ。お前の狙撃について憲兵隊と協力して調べてたら、こいつが出獄していた事がわかったのさ。指示した奴共々すぐに捕まえることも出来たが、より決定的な証拠を得るために泳がせていたんだ。ここまでバカなことをするのは予想外だったが、これで躊躇う必要はない!」

「そんな!? 俺が泳がされていただって?」

 

加山の言葉に渥頼が驚愕するが、加山は振り返ることさえしない。

 

「大神、こいつは俺達に任せろ! お前を殺そうとした奴は調べ上げ、報いは必ず受けさせる! お前が戦場にて刃を振るえるようにするのが俺達の役目だ! お前は自分の役目を!」

「分かった! 加山、この場はお前に任せる。瑞鶴くん、大丈夫かい?」

「あ、はい……隊長さんこそ大丈夫?」

 

互いを気遣いながら大神たちはブリーフィングルームへと向かう。

その場には加山たちが残される。

 

「ちくしょう! なんでだ! もう少しで響も! 暁も! 金剛や翔鶴たちも全てが俺の物になるはずだったのに!」

 

その言葉にAL、MIに居た響たちが言いようのない嫌悪感を感じたのは言うまでもない。

 

「なる訳がないだろう。なんでそんなバカな事になるんだ」

 

自分勝手なことをほざく渥頼に心底呆れ返る加山。

 

「そんなの決まっている! 関中将がそう言ってくれたんだ、大神を、あの邪魔者を消せばと!」

「やはり、か。お前のような外道! 大神の振るう二刀の錆になる価値すらない!! 月組! 渥頼を捕らえろ! こいつから全てを吐き出させるぞ!!」

「ぐはっ」

 

大事なことは聞き出したと、渥頼に当身を食らわせる加山。

刀を取り落とした渥頼を月組たちが捕らえる。

 

「ここで吐かせてもいいが、それだと有明鎮守府が穢れる。憲兵隊の取調室を借りるのが早いか」

「少し離れたところに憲兵隊の事務所があります。そこを借りましょう」

「ああ」

 

そして、月組たちが憲兵隊の事務所へと連絡をした上で渥頼を捕らえたまま向かった。

ここから先が加山たちの本当の仕事だ。

 

 

 

「遅くなった、みんな」

「遅いですよ、隊長。一体何があったんですか?」

 

遅れてブリーフィングルームに入った大神に向けられたのは、やはり大淀の視線だった。

 

「いや、ちょっと渥頼の襲撃を受けていてね」

「え――それって、大事じゃないですか!?」

「大神隊長はご無事なのですか?」

 

隠す理由もないので素直に答える大神だが、そんなことを聞いて黙っていられる艦娘ではない。

前に詰め掛けて、大神の様子を確認しようとする。

 

「大丈夫、瑞鶴くんが守ってくれたし、加山たちが取り押さえてくれた。俺は無傷だから」

「そう……ですか。なら良いのですが」

 

確かに大神が傷ついた様子はない。

それで一旦安心し、艦娘たちは元の位置に戻る。

 

「よし、なら作戦の説明に移るよ。今度はいつもの戦いとなる海域開放戦でもはぐれ深海棲艦の掃討戦でもない、本土防衛戦だ。それは分かっているよね?」

 

大神の言葉に全員が頷く。

 

「故に、今回攻めてくる敵は基本的に全て殲滅しなければいけない。撃ち漏らしは許されない。二度とこのようなことをさせない為にも今回は一人残らず、一匹残らず殲滅する」

「――っ!」

 

苛烈極まりない大神の言葉に息を飲む艦娘たち。

自らの狙撃に始まり、深海棲艦の侵入、軍の爆破、神谷の重傷、渥頼の襲撃など数々の事態に、流石の大神も怒りを覚えているのだと感じる艦娘達。

 

「だから今回の作戦は連合艦隊ではなく、2艦隊で別々に出撃する。俺が率いる主力撃滅艦隊と、

残存艦隊の殲滅艦隊の二つにね。その他の艦娘のみんなには、そこでの撃ち漏らしが万が一発生したときに各個撃破してもらう」

「大神隊長、という事は直接敵艦隊と相対するのは2艦隊ですが、この戦いは事実上総力戦ということですね?」

「そうだ、この戦いでは有明鎮守府の残る総力を上げて、敵を殲滅する」

 

赤城の質問に迷いなく答える大神。

 

「では主力撃滅艦隊の構成を発表するよ、計7艦と俺の構成になる。武蔵くん!」

「このような決戦の舞台で選ばれるとは、痛快だ! 戦艦武蔵、いざ……出撃するぞ!」

 

武蔵が前に出る。

 

「大和くん!」

「艦隊決戦の切り札として! 戦艦大和! 推して参ります!」

 

続いて大和も歩み出る。

 

「赤城くん!」

「大神機動部隊!、一航戦、赤城出撃します!」

「瑞鶴くん!」

「同じく! 五航戦、瑞鶴出撃よ! 隊長の行く海の空は絶対に守ってみせる! 今度こそ!!」

 

瑞鶴の言葉に瑞鶴が立ち直った事を感じる艦娘たち。

 

「愛宕くん!」

「ヨーソロー。うふっ♪ でも、今日は真面目にいくわよ!」

「睦月くん!」

「睦月の艦隊、いざ参りますよー!」

 

「そして、最後は明石くん!」

「「「ええっ!?」」」

「えっ、私ですか!?」

 

7艦目として明石を選んだことに驚愕する艦娘たち。

それもその筈、明石は工作艦、戦闘能力は殆どないはずなのだ。

 

「疑問の声もあるみたいだし、何故選んだのか説明しておくよ。明石くんはみんなの霊力を借り受けてとは言え、俺を蘇生し、回復してくれた。つまり明石くんは霊力の運用に既に目覚めているんだ。その回復能力は強敵との連戦が続くこの戦いにおいて、確実に有意なものとなる」

「大神隊長の回復能力ではいけないのですか?」

「その場合、俺が敵と相対できなくなるからね。7艦目として選ぶのであればこれでいいんだ」

「分かりました、その隊長の判断に従います」

 

そう言って納得する大淀。

 

「では続いて残存殲滅艦隊の発表に移るよ」

 

結果、発表された艦隊編成は以下の通りになる。

 

 

 

主力撃滅

愛宕 睦月 大和 武蔵 赤城 瑞鶴 大神 明石

 

残存殲滅

長門 利根 如月 夕雲 長波 曙

 

 

 

 

 

武蔵(装備なし) 好感度51

 

    素 補正後

耐久 97→148

火力134→185

装甲115→166

雷装  0

回避 57→108

対空 91→142

搭載 28→ 79(20、20、20、19)

対潜  0

速力 低速

索敵 32→ 83

射程 超長

運   9

 

命中   +51%

防空率  +51%

 

夜戦火力  185

 

十分常識外の強さなのですが、下二艦が更にぶっ飛んでるので常識の範囲内に見える不思議。

 

 

 

明石(装備なし) 好感度100

 

    素 補正後

耐久 45→145

火力 24→124

装甲 27→127

雷装  0→100

回避 34→134

対空 31→131

搭載  0→100(25、25、25、25)

対潜  0→100

速力 低速→ 高速

索敵  3→103

射程 短→ 超長

運  12→112

 

命中  +100%

防空率 +100%

 

夜戦火力  224

 

好感度100の特殊補正として、全てのパラメータに補正が入ります。

更に明石が霊力による回復能力に覚醒したことで、装備した艦艇修理施設の数だけ雷撃戦終了時、夜戦前に艦娘の耐久を100回復可能となります(大破からでも回復可能)

 

艦これにおけるヒーラー爆誕。

 

大神蘇生の為に使った回復技は明石の意向により大神専用となったので、こちらでは不記載。

 

 

 

瑞鶴(装備なし) 好感度100

 

    素 補正後

耐久 75→175

火力 39→139

装甲 71→171

雷装  0→100

回避 77→177

対空 76→176

搭載 84→184(49、49、49、37)

対潜  0→100

速力 高速

索敵 82→182

射程 短→ 超長

運  42→142

 

命中  +100%

防空率 +100%

 

夜戦火力  239

 

必殺技

一の舞 烈風怒涛:制空値+1000

二の舞 追魂奪命:航空戦ダメージ5倍

三の舞 炉火純青:対地ダメージ10倍

 

同じく好感度100の特殊補正として、全てのパラメータに補正が入ります。

万能機動戦艦の誕生。と言うか多分現時点での最強艦

ただし装甲空母ではないので、中破で棒立ちは変わらず。



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第十話 7 本土近海邀撃戦 1

ビッグサイトキャノンで射出された大神たちは硫黄島近海の海上へと降り立つ。

硫黄島からの連絡に寄れば敵の艦隊数は6、更に本土から一隻合流したと言う。

恐らく大神を狙撃した空母棲姫だろう。

それ以外の艦隊は確認されていない、これが敵侵攻部隊の全てだ。

 

「俺たち敵主力撃滅艦隊は敵潜水艦を完全無視して、前衛部隊から主力部隊を順次殲滅する。だから、長門くんたちは潜水艦隊や巡洋艦隊の殲滅を頼みたい」

「任せておけ、一匹たりとも逃しはしない!」

「硫黄島の基地隊の調べでは、北側に存在しているのが敵主力になるようだ。だから、俺たちは前衛艦隊殲滅後北寄りのルートで向かう」

 

そして、赤城たちの索敵の結果が伝えられる。

 

「大神隊長! 敵前衛部隊を発見いたしました!!」

「よし、総員戦闘用意! 総がかりで敵を殲滅するぞ! 赤城くんと瑞鶴くんは必殺技は温存していてくれ!」

「「「了解!」」」

 

 

 

そして、大神たちは侵攻部隊前衛艦隊を13隻14人がかりで鎧袖一触で撃滅する。

その後邂逅した敵潜水艦部隊を長門たちに任せ、大神たちは北よりのルートを辿る。

 

その後に待っているのは情報が正しければ空母棲姫が率いる敵空母機動部隊。

瑞鶴にとって、なんとしてもリベンジしなければならない相手だ。

 

今度は見逃さない、大神の行く空は汚させない、確実に見つけて撃滅する。

索敵機を発艦させてなお弓を握り締めて、気合を入れなおす瑞鶴。

いや、気合が入りすぎて、最早瑞鶴の体は緊張で強張っていた。

 

「瑞鶴くん、そんなに緊張しないでいい。大丈夫、今度は正面からのぶつかりあいだ。負けはしない」

 

そんな瑞鶴の様子に気がついた大神が瑞鶴に並走し声をかける。

それでも瑞鶴の緊張はほぐれない。

 

「隊長さん、分かってはいるんだけど、今度こそはって考えたら……」

 

瑞鶴は次の戦いに気負いすぎているようだ、このままだと逆に変なミスをしかねない。

以前のW島での睦月のことを思い返し、どうしたものかと大神が考えていると瑞鶴がもじもじし始める。

 

「……えと、隊長さん。緊張がほぐれるとっておきのおまじないがあるんだけど、してくれる?」

「とっておきのおまじないって? 俺でよければいいよ、って瑞鶴くん? ――んんっ!?」

 

瑞鶴は大神の真横に並走し、爪先立ちになって両手を大神の首に回し抱きつく。

驚いた大神が瑞鶴の方に顔を向けたところで、瑞鶴は大神の唇を奪った。

大神の目が点になる。

 

以前、朝潮がしたように瑞鶴は大神の口の中へ舌を伸ばし、大神とディープキスを交わす。

初めて味わう大神の唾液の味に、瑞鶴の緊張は精神ごとほぐれると言うか蕩けていく。

どうやら瑞鶴は、以前朝潮がやらかした一部始終を聞いて知っていたようだ。

 

「ん……んぅ……んっ」

 

熱望さえした事のある大神とのキス、それを瑞鶴は心から堪能する。

自らの舌に絡む大神のそれを瑞鶴は歓喜と共に求める。

 

やがて瑞鶴が唇を放すと、交じり合った互いの唾液が軽く糸を引いていた。

瑞鶴は大神の首に手を回したまま、トロンとした目で大神を見上げている。

一方、朝潮にも以前されていたことだけに、大神はある程度耐性が付いていたらしい。

汗を一滴流しながらも瑞鶴に尋ねる。

 

「えーと、緊張はほぐれたかな、瑞鶴くん?」

「……はい…………」

 

真っ赤な顔でコクリと頷く瑞鶴。

確かに瑞鶴の頭の中から、緊張は完全に吹き飛んでどこかに行ってしまった。

 

こうかはばつぐんだ。

 

だが、大神を慕う艦娘たちが目の前でそんな光景を見せられて、納得できるだろうか?

勿論そんなわけがない。

 

「い、いてぇぇぇぇぇぇっ! 赤城くん!? 睦月くん!? 何を?」

 

赤城と睦月が嫉妬に駆られて大神を抓っていた。

 

「大神隊長。もうすぐ因縁の戦いだというのに、瑞鶴さんと何乳繰り合っているんですか? 私も緊張してきましたのでキスして下さい」

「大神さん。睦月のときは抱き締めてくれるだけだったのに、瑞鶴さんにはキスもセットだなんてずるいのにゃしぃっ! 睦月も緊張してきたから大神さんとキスしたいよ~」

 

ただどこぞの鬼嫁と違う点は、自らの望みもはっきり主張すること。

こうまではっきり言われてしまうと、大神に拒む術はない。

 

「ふむ、大佐とのキスか。悪くない」

「隊長、よろしければ大和にも……」

「うふふっ、隊長、もちろん私にもして下さいますよね♪」

「隊長、私にもディープキスしてくれますよね? キラキラ」

 

これ幸いにと艦隊の艦娘たちも大神に迫る。

そうして索敵機からの報告が訪れるまで、大神は味わいつくされた。

艦娘たちはみんなツヤツヤしてキラキラしている。

 

 

 

そんなキャッキャウフフな時間が流れることしばらく、やがて戦いの始まりを告げる報告がもたらされる。

 

「隊長さん、敵侵攻空母機動部隊を確認したわ!」

「みんな一気に殲滅するぞ! 作戦『火』で行くぞ!」

「「「了解!!」」」

 

大神の言葉に頷くと、自分達の力が底上げされていくのを感じる。

瑞鶴たちは矢を弓に番えると、霊力を矢にこめる。

 

「赤城さん、制空は私が取ります!」

「分かりました、敵への第一撃は私の方が主導します!」

「隊長さん! 艦載機発艦! 航空戦開始します!」

 

『五航戦! 瑞鶴! 一の舞! 烈風怒涛!!』

『一航戦! 赤城! 二の舞! 追魂奪命!!』

 

瑞鶴から放たれた矢は、一瞬の時を転じて艦載機の大編隊へと姿を変え、敵艦載機との航空戦を演じる。

いや、航空戦というほどの戦闘も発生しなかった。

瑞鶴から放たれた烈風達は敵機を次々と撃墜していく。

僅かな間に壊滅していく敵艦載機群。

 

「隊長さん! 赤城さん! 制空権、完全に掌握したわ!」

 

その直後、赤城が天に放った矢は天より無数の爆撃雷撃となって驟雨の如く敵艦隊に打ち付ける。

あっという間に空母棲姫以外の5艦は轟沈する。

 

「大神隊長! 敵艦隊のうち、5艦を撃沈! 空母棲姫も中破状態です!」

 

そして、ズタボロになった空母棲姫の姿が目視可能範囲に入る。

 

「オオガミイチロウ! イキテイルダケデナク……センジョウデフザケオッテ! ナンドデモ……ナンドデモ……キスデモシナガラ……シズンデイケ!」

 

どうやら、敵側は索敵中に大神たちのキャッキャウフフな光景を目にしてしまった模様だ。

空母棲姫は深海棲艦にしては珍しく青筋を立てている。

うむ、今度ばかりはお前が正しい。

 

「コレデカッタト……オモッテイルノカ!?」

「いや、これで終わりだ! 空母棲姫! 瑞鶴くん、いくぞ!!」

「はい、隊長さん!!」

 

そして大神は瑞鶴を後ろから抱き締める。

 

 

 

 

 

大神に後ろから抱き締められて、赤面した瑞鶴。

そわそわしながら瑞鶴は後ろの大神へと視線をやり、お願いする。

 

「隊長さん。さっきの続き、したいよ……」

「さっきって何のことだい?」

 

そうとぼけながら、大神は瑞鶴のうなじにキスをする。

大神の腕の中で身体を震わせる瑞鶴。

 

「ひゃうっ!? 隊長さん、そこはちがっ……!」

「じゃあ、こっちかな?」

「きゃんっ!」

 

今度は瑞鶴の耳を甘噛みする大神。

瑞鶴は身をくねらせるが、腰に回された大神の手は力強く逃れることは出来ない。

いや、瑞鶴も本気で逃げるつもりはないのかもしれない。

 

それを良い事にもう片方の耳も甘噛みする大神。

 

「やっ! 隊長さん……あんまり……意地悪しないで……」

「意地悪なんてしていないよ。瑞鶴くんが可愛いからちょっと悪戯してるだけさ」

「やぁんっ!」

 

さらに瑞鶴の首筋を吸い上げ幾つもキスマークをつくり、鎖骨を舐め上げる大神。

 

「あんっ! はぁはぁ……ひぅぅ……」

 

肌蹴て胸が覗く衣服をそのままに、全身を朱に染めた瑞鶴。

力が抜けて、大神に寄りかかり荒い息を吐き出す。

だが、大神の悪戯は止まらない。

 

やがて、ぽろぽろと瑞鶴は涙を流し始める。

 

「ひどいよぅ……大神さん。ちゃんと言うから、もう悪戯しないで……キスしてほしいの……」

「ごめん、瑞鶴くん。ちょっと意地悪しすぎた」

 

そう言って大神は正面から瑞鶴を抱き締めなおすと、瑞鶴の涙の痕にキスの雨を降らせる。

 

「大神さん……」

「瑞鶴くん……」

 

そして泣き止んだ瑞鶴がゆっくりと目を閉じる。

大神が瑞鶴の唇を奪った。

 

『キスの続き』

 

 

 

 

 

二人の声と共に、霊力が最高点にまで増幅される。

 

瑞鶴と大神を中心に霊力が膨れ上がり、純白の光を帯びて鶴の群れが飛んでいくように拡散する。

霊力の嵐に包まれ、空母棲姫の視界が奪われる。

 

「コンナフザケタオワリ! ナットクデキルカー!!」

 

身も蓋もない断末魔を上げながら空母棲姫は浄化されていく。

そして空母棲姫に囚われていた一人の艦娘の姿が現れるのだった。




お前ら戦闘中に何やってんだw
瑞鶴の合体技は構成上少なくともおまじないより甘めである必要があったので、かなりはっちゃけてます。
多分今までで一番酷い

追記:合体技については変えませんが、キャッキャウフフについては主従を入れ替えました。
まあ、大神さんらしくないことについては自分でも多少感じてた所でもあるので。
ただ合体技はパターンを可能な限り増やさないとネタが尽きるので、すいませんが変えません。
そこはご承知置き下さい。


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第十話 8 本土近海邀撃戦 2

今まで聞いたことのない哀れな断末魔を上げながら浄化された空母棲姫に囚われていた艦娘。

恐らく駆逐艦だとは思われるのだが、浜風に並び起伏に富んだその姿からは判別しにくい。

それでも当然の如く全裸なその姿を隠す為、大神は光武・海の収納スペースから薄手のコートを取り出すとその艦娘にかけようとした。

 

だが、瑞鶴が大神の裾を引っ張って引き止める。

 

「――ヤダ」

「え?」

 

瑞鶴の意図が理解できなくて、疑問の声を上げる大神。

その間に瑞鶴はコートを持った大神の片腕に抱きついた。

 

「私以外の艦娘の事、見ちゃヤダよ。大神さん」

「瑞鶴くん。そうは言われても、この艦娘の事を放ってなんておけないよ」

「だって、この艦娘。全裸だし……私より胸おっきいし」

「いやいやいや。瑞鶴くんが離れてくれれば、このコートをすぐにかけるから!」

 

それでも瑞鶴は大神の片腕に抱きついて離れようとしない。

大神は片手で全裸の艦娘を抱き締めたまま、コートをかけようとした腕を瑞鶴に取られている。

だから、駆逐艦らしき艦娘は大神の腕の中で全裸のままだ。

この状態で艦娘が目を覚ましたら、ひと悶着起きることは想像に難くない。

 

「ダメですよ、瑞鶴さん。あんまり大神さんにワガママ言っちゃうと、大神さんに嫌われてちゃいますよ」

「そんな……」

 

このままでは埒が明かないと、明石が横から口を挟む。

その効果はこれでもかと言うくらいに覿面であった。

 

『大神に嫌われる』

 

その一言だけで世界が終わったような表情をして、涙を滲ませ大神を上目遣いで見る瑞鶴。

 

「嫌わないで、大神さん! 私、何でもするから! 大神さんのためならどんな事だって、何だってしますから! 捨てないで!!」

「あー、どうやら先程の合体技が強烈過ぎて、瑞鶴さん若干後遺症を残しているようですね」

 

なんて事をしてくれたんだと、明石の視線が冷たい。

とにかく瑞鶴を落ち着かせないと。

そう思って瑞鶴の顔を、瞳を覗き込む大神。

 

「大丈夫だよ。君を嫌ったりなんかしないよ、瑞鶴くん」

「本当に? 私のこと、好き?」

「え……ああ、大好きだよ」

「じゃあ、キスして……」

 

そういって、瑞鶴はゆっくりと目を閉じる。

先程の合体技と同じように、瑞鶴の可憐な唇を奪えばいいのだが、合体技の異常なテンションから正気に戻った大神にはもちろん至難の業である。

 

「大神さん、意地悪しないで……」

 

目を閉じたまま瑞鶴が大神を急かす。

もうこうなったら腹をくくるしか、覚悟を決めるしかない。

 

「分かった。瑞鶴くん、いくよ」

 

そうして、大神は瑞鶴に唇を重ねる。

流石にディープキスはせずに。

 

しばしの間キスした後に大神が唇を離すと、瑞鶴は若干不満げな表情をしている。

でも、証のキスは貰えたのだ。

これ以上我がままを言うと、本当に大神に嫌われてしまうかもしれない。

そう思い、瑞鶴は大神の手を放す。

 

ようやく自由になった手に持ったコートを艦娘にかけようとする大神。

 

しかし、大神が艦娘のほうを向くと、艦娘は既に目を覚ましていた。

青筋を何本も立てて。

 

「おどれらぁ、うちを全裸のまま忘れてほっといて、いつまでイチャイチャしとるんじゃー!!」

「へぶぅっ!」

 

大神の腕の中で全裸のままだった駆逐艦、浦風が我慢の限界とばかりに大神を引っ叩いた。

往復ビンタで。

流石に今ここで浦風を離す訳にはいかないので、避けることもできずに大神はそれを受ける。

 

しかし、浦風の暴挙はそれに留まらない。

往復ビンタした後、腕を大神の首に回して抱きついて、豊かな胸を大神に押し付ける。

 

「え?」

「なんや、二人の色事見てたら、うちも切なくなってきてしもたわ。隊長さん、責任とって♪」

 

そのまま大神の唇を奪いディープキスを交わす。

 

「「「あー!!」」」

 

敵主力撃滅艦隊7名の悲鳴が海にこだまする。

そのまま、一通りのことをした後、満足した様子で浦風は大神から唇を放す。

 

「自己紹介がまだやったね。うち、浦風じゃ、隊長さんよろしくね!」

「ああ、こちらこそよろしく、浦風くん」

 

艦娘たちの冷ややかな視線を背中に受けて、冷や汗混じりに浦風に答える大神。

浦風と握手を交わした後、肩を落としてため息をつく。

 

「はぁ、これから敵侵攻部隊主力艦隊との決戦だって言うのに、妙に疲れてきたよ」

「仕方ありませんねぇ、大神さん。決戦前に回復いたしましょうか?」

 

クスクスと笑いながら、明石が大神の手を取って提案してくる。

 

「そうして貰えると助かるよ、明石くん……ちょっと待った、集中治療室でして貰ったようなのはしなくていいからね?」

「分かってますよ、大神さん。ではいきますねっ」

 

そう言って、両手で大神の手を包むと、明石は霊力回復を大神に行う。

肉体的な損傷は殆ど受けていない大神だが、その身の疲労感が消えていく。

 

「よし、ありがとう明石くん、これで俺は万全だ。みんなは大丈夫かい?」

「損傷らしい損傷も受けていませんし、大丈夫です。大神隊長」

 

赤城からの返答に頷く全員。

 

「分かった。では、これより敵主力部隊との決戦に向かう! 睦月くん、済まないが君は浦風くんを伴い若干後方に下がってくれ!」

「了解にゃしぃ!」

 

その声に従って、大神に近づいた睦月が大神の代わりに睦月が浦風を支える。

同じ駆逐艦なのに、なんでここまで体形がと不満に思わないでもなかったがそこは言っても仕方がないので我慢する睦月。

 

「睦月さん、よろしゅうお願いするね」

「はい、睦月にお任せにゃしぃ!」

 

それを見ていた大神が頷く。

 

「よし、赤城くん、瑞鶴くん、武蔵くん、大和くん、愛宕くん、索敵機発艦を! 敵戦力の所在を確認しだい叩く!」

「「「了解!」」」

 

その号令と共に索敵機を積んだ全艦が発艦させる。

 

「赤城くん、瑞鶴くんはさっき必殺技を使用したから、次戦は通常の航空戦となる。だが、基地での索敵が正しければ敵は戦艦主体の構成らしい。恐らく、戦艦同士での殴り合いが主軸となるはずだ! 大和くん、武蔵くん、作戦『火』でいくからその火力を以って撃破してくれ!」

「ああ……この主砲で存分に撃ち合えるのか、たまらんな!!」

「そうか、それなら……そこまで期待されているなら、やるしかないわね!」

 

武蔵と大和が来る艦隊決戦のときに胸を震わせる。

 

「大神隊長、敵艦隊発見しました! 方位は南です!!」

「よし、航空戦用意!」

 

大神の号令に従って赤城と瑞鶴が弓を引き絞る。

 

「一航戦 赤城! 艦載機全機発艦!!」

「五航戦 瑞鶴! 艦載機発艦始め!!」

 

放たれた矢が艦載機へと転じる。

 

「制空は取れる筈だが、総員敵爆撃雷撃に注意を! 睦月くんは浦風くんに危害が及ばないよう留意してくれ!」

「このみなぎるパワーでお守りするのです!」

 

やがて航空戦を抜け、敵爆撃機が来襲する。

しかし、能力補正で強化された対空砲火の前に、敵機はまともな爆撃一つすることが出来ずに壊滅する。

 

「大神さ――じゃなかった、隊長さん! 航空戦で敵駆逐艦二隻撃沈! 残るは戦艦3隻と、空母になるわ!」

「分かった、もうすぐ敵目視確認範囲に入る、総員砲雷撃戦用意!」

 

そして、敵目視範囲に入る。

そこにはW島で苦戦した戦艦棲姫の姿が2体もあった。

だが、こちらにも大和が、武蔵が、なにより大神が居る。

恐れることなど何もない。

 

「行くぞ! 全艦娘、突撃! 敵を撃滅するぞ!!」

「「「了解!」」」

 

そして、戦艦の次元を超えた2隻を互いに擁した、AL/MI最大の艦隊決戦の火蓋が切って落とされた。




だからお前らは戦場で何をやっているんだと

全く関係ない備考:これ書いてたら何故か盛大に鼻血出ましたw
何故だ


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第十話 9 本土近海邀撃戦 3

「ナンドデモ……シズメテ……アゲル……」

 

2体並ぶ戦艦棲姫から、轟音と共に16inch三連装砲の砲弾が放たれる。

 

「総員回避! 回避後、大和くんと武蔵くんは右側の戦艦棲姫に集中して砲撃を! 確実に落としていくぞ!!」

 

回避指示の後、敵の巨砲が海に水柱を上げる。

だが至近弾でもない砲弾。

気にする必要はない。

 

武蔵の、大和の主砲が戦艦棲姫へと照準を合わせる。

 

「了解だ! 全砲門、開けっ!!」

「敵艦確認! 弾着確認射撃準備よし! 全主砲薙ぎ払うわよ!!」

 

その声と共に放たれた2撃の主砲斉射は、共に戦艦棲姫に直撃する。

 

「キャァ!」

 

『火』で強化された2発の砲撃によって、戦艦棲姫は中破状態へと追い込まれる。

 

「よし、二人はそのまま片方の戦艦棲姫を集中攻撃し撃破してくれ! 赤城くん、瑞鶴くんは第二次攻撃隊で空母ヲ級の撃破を!」

「「了解、第二次攻撃隊、発艦!!」」

 

大神の声に答え、赤城たちが攻撃機を発艦させる。

先程の航空戦で、全ての艦載機を失ったヲ級に赤城たちの攻撃を防ぐすべはない。

一撃にて沈められる。

 

「愛宕くんは俺の援護をしてくれ! 俺は戦艦ル級flagshipを落とす!」

「ヨーソロー♪」

 

その言葉と共に大神はタービンを稼動させ、ル級に急接近する。

大神に照準を合わせようとするル級だったが、戦艦並みの砲撃を行う愛宕を前に、それは困難を極める。

何とかあわせようとしても、大神の急加速、急減速、ターンを織り交ぜた3次元機動の前にすぐに見失ってしまう。

 

そして、大神がその二刀の刃の間合いへと接近する。

 

「狼虎滅却! 紫電一閃!!」

 

移動中に十分に霊力を練った大神が横一文字にル級を斬りつける。

flagshipの戦艦とは言え、その装甲は二刀の前では紙屑同然。

必殺技の一撃でル級は沈黙した。

 

「やったぞ!」

 

同時に武蔵たちが、戦艦棲姫の一人を砲撃にて止めをさした。

残るは戦艦棲姫一人。

 

だが、辺りは若干暗くなり始めている。

確実に撃破するために夜戦に移行するべきか、一瞬考える大神。

 

そんな大神を激励するかのように、武蔵たちが戦艦棲姫へと砲撃を行う。

完全に照準を合わせることなく行われた砲撃であるが故に、直撃はしていない。

 

だが、その水柱によって戦艦棲姫の視界は一瞬とは言え消える。

絶好のチャンスが武蔵たちによってもたらされる。

 

「今だ大佐!!」

 

武蔵が、

 

「止めの一撃を!!」

 

大和が振り返り、大神を促す。

これに応えないような大神であるわけがない。

 

「ああ、行くぞ! 明石くん、いこう!」

 

そう言って明石に手を伸ばす大神。

しかし、明石の手はすぐ大神とは重ならない。

明石の方を見やる大神。

 

「明石くん?」

「大神さん……瑞鶴さんみたいにあんまり激しいことは、しないで下さいね?」

 

先程の瑞鶴の合体技を見ていただけに、期待半分、不安半分の明石。

そして恐る恐る伸ばされた手が大神と重なった。

 

 

 

 

 

思えば人魚姫同様、一目惚れだったのかもしれない。

 

警備府で新任の少尉と紹介されたときから。

 

今でこそ見られることに抵抗もなくなったけど、

最初はスカートの横から覗く腰のラインを見られるだけで恥ずかしかった。

大神に見られていると意識するだけで恥ずかしくて仕方なかった。

白衣なしでは大神と会うことを躊躇うくらいに。

 

でも、大神の傍にいることが嬉しくて仕方なかった。

 

私を護る為、生身と刀一振りで深海棲艦の前に歩み出たときは嬉しくて仕方がなかった。

 

そのせいだろうか、

 

徹夜でボサボサになった髪を大神に見られかけて慌てふためいたり、

シャワーを浴びている大神さんのシャワー室に乱入したり、

足を滑らせて大神に抱きとめられ、キスしかけたり、いろんなことを大神にした。

 

今から考えればキス未遂は残念だったかもしれない。

 

 

いや、それだけではない、

 

艦娘の医師役として大神のサポートを幾度もしてきた。

大神専任の医師として、幾度も傷ついた大神を治療してきた。

有明鎮守府では大神に最も近い艦娘の一人だった。

 

大神が現れてから、明石の生活は大神のためにあったようなものだ。

ううん、大神の為に自らの力を役立てられることが嬉しかったのだ。

戦闘では殆ど役に立てない工作艦。

そんな自分でも大神に奉仕できることが幸せで仕方がなかった。

 

そして、狙撃された大神の命をこの世に繋ぎとめた。

自分の命を全て大神に捧げる覚悟で。

大神は怒ってしまうかもしれないけど、明石はあの時の選択を後悔しては……いない。

 

「人魚姫みたいに海の泡となって消えたとしても、それが大神さんのためなら……」

「明石くん、そんなの許さないよ。俺の前から消えてしまうなんて許さないから」

 

そういって大神は明石を抱き締める。

明石が自らの前から消えることを許さないとばかりに。

 

そして、明石の存在を確認するかのように明石の身体にキスの雨を降らせる。

ああ、大神が居てくれる、こうして傍にいてくれるだけで、触れられるだけで明石は例えようのないほどの幸せを感じてしまう。

 

「大神さん……私、幸せです。大神さんに出会えて、共に過ごせて」

「明石くん」

「ごめんなさい……やっぱり本当は少し怖かったんです。大神さんと会えなくなる事が。傍に居られなくなることが」

「やっと言ってくれたね、明石くん。俺も怖かった。明石くんが消えてしまうんじゃないかって」

 

大神の言葉が涙を流してしまうくらいに嬉しい。

ああ、自分はこの人が好きなのだ、愛しているのだ、こんなにも。

 

「大神さん、愛しています……人魚姫みたいに消えずに、ずっと貴方の傍に居たいんです……」

「俺もだ。明石くん……俺の傍にいてほしい。俺は王子様じゃないけど、構わないかい?」

「はい、大神さん。王子様よりも貴方がいいんです、貴方じゃなきゃ嫌なんです」

 

そう涙ながらに告白した明石と、大神の唇が重なる。

 

『幸せな人魚姫、愛の軌跡』

 

 

 

 

 

二人の言葉と共に大神たちから天に向かって霊力が伸び上がる。

それに誘われ、天上から桃色と白き光の柱が水面へと降り立ち、そして螺旋を描きながら急速に広がっていく。

 

光の柱が降り立った本土近海は浄化される。

大和、武蔵たちと砲撃戦を演じ、一人残された戦艦棲姫も浄化される。

 

「ダメナノネ……」

 

その言葉を最後に戦艦棲姫は浄化され消滅していく。

浄化され一人の艦娘へと姿を変えていく。

 

いや、それだけではない。

 

本土近海に残る全ての深海棲艦が浄化されていった。

 

長門たちに殲滅されていた深海棲艦も。

 

撃ち漏らされ、有明鎮守府の艦娘に掃討されていた深海棲艦も、全てが浄化されていった。

 

『隊長! 敵別働隊、本土侵攻部隊の完全な全滅を確認しました! 本土防衛成功です!!』

 

歓喜に喜ぶ大淀の声が響き渡る。

 

 

 

 

 

「大神さーん、なんか……瑞鶴ちょっと不満なんだけど~。ふてくされるぞー?」

「にゃ~、隊長ぅ……睦月もちょっと不満ですぅ……」

 

だが、浦風を支えている為とは言え選ばれなかった睦月と、合体技でえっちな意地悪をされまくった瑞鶴は不満そうだった。

でもそこは喜ぶべきところかもしれないぞ、瑞鶴。




明石さんの方は超正統派合体技です。
これが最後に控えていたからこそ、瑞鶴は変化球になりましたw


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第十話 終 勝利、そして新たな戦いの始まり

光の柱が降り立った本土近海、いや、硫黄島近海は大神と明石の合体技によって浄化された。

これで深海棲艦は、南方ルートから本土に近づくことすら難しくなるだろう。

今回の防衛だけでなく、未来のことを考えたとしても完全なる防衛成功だ。

 

そうなると、大神の気にかかるのはAL・MIに現れた敵の増援。

 

戦闘前の連絡ではみんな完全に戦意を取り戻し、万全に近い状態に見えたが大丈夫だろうか。

そう考えた大神だったが、

 

『大神さん、本土防衛成功したんだってね。ALの方は敵を撃退させたよ』

『大神隊長、本土防衛おめでとうございます。MIの方も敵増援を壊滅させました。でも、命がけで大神さんを救った明石さんはともかく、私を差し置いて五航戦の子なんかと合体技をしたのは納得いきません。説明をお願いします』

 

こちらから連絡をする前に、AL/MIから大神へと連絡が入るのであった。

ただ、赤城、瑞鶴と自分を除け者にして、合体技を次々とされたことに加賀がかなり嫉妬して怒っているようだ。

 

「うふふっ。ねえねえ、同じ一航戦の赤城さんだけじゃなくて私にも先を越されちゃったけど、今どんな気持ち? どんな気持ち?」

 

そんな加賀の怒りを感じ取った瑞鶴が、加賀を全力で囃し立てる。

 

「ふっ、ふん。貴方の能力補正程度なら、どうせキス一つない味気ない合体技の筈よ。そんな合体技なら……」

「お生憎様。大神さん、本当にすごかったんだから……うなじにキスするだけじゃなく、耳を甘噛みしたり、首筋にキスマーク付けられたり、鎖骨を舐められたり……もう、私、最後までされるのかと思っちゃった♪ これは大神さんに操を立てるしかないわっ♪」

 

両頬に手を当てながらイヤンイヤンと身体をくねらせて恥ずかしがって見せる瑞鶴。

いや、どこからどう見ても加賀へのあてつけであるが。

 

「それに私言っちゃったし。何でもするって。大神さんのためならどんな事だって、何だってしますって。早速今日から大神さんにご奉仕しないと」

「ぐぬぬ……月のない晩ばかりとは思わないことね」

 

ここまで言われると、加賀にも返す言葉はない。

布を噛んで悔しがることしか出来ない。

 

ただ、瑞鶴は致命的なミスを一つしていた。

姉の翔鶴の事を完全に忘れていたことである。

 

「そうね、瑞鶴。私達同じ部屋なんだし、月のない晩ばかりとは思わないほうがいいわね」

「え……しょ、翔鶴ねぇ? もしかして、怒ってる?」

「ううん、怒ってなんかいないわよ? ちょっと頭にきているだけ」

 

表情では笑っては居るが、翔鶴は目が完全に笑っていない。

翔鶴との付き合いの長い瑞鶴は、姉の機嫌がレッドゾーンに突入したと悟る。

危険だ。

 

「しょ、翔鶴ねぇ! 大神さんにご奉仕するって言っても、私一人じゃ出来ないことも多いから、手伝ってほしいな~」

「あらあら。瑞鶴ったら、家事のお勉強サボったりするからよ。仕方ないわね」

 

必死に翔鶴にゴマをすった甲斐もあってか、翔鶴の機嫌は上向きになる。

 

 

 

その間、大神は響や朝潮と連絡をとり、AL/MIの状況の詳細を確認する。

全体的に見ても完全勝利といっていい。

後始末としての諜報戦などは残されているが、主担当は別になるし、ここで区切るべきだろう。

そう思い、大神はコートをかけた黒髪の艦娘を抱いたまま、全員を呼ぶ。

 

「よし、みんな! いつもの奴をしよう!」

「「「はーい!」」」

 

艦娘達が大神の傍に近づいてくる。

長門が明石との合体技で浄化されたもう一人の艦娘を抱き抱えてやってくる。

 

「いくよっ、みんな。せぇの――」

 

 

 

「「「勝利のポーズきめっ!」」」

 

本土防衛戦に参加した艦娘だけでなく、AL/MIでもそれぞれ思い思いの勝利のポーズを決めるのであった。

 

なお、本土決戦で救出された艦娘は共に駆逐艦、磯風と天津風であった。

いずれも駆逐艦離れしたスタイルでなかったことに、瑞鶴がホッとしたとかしないとか。

 

 

 

 

 

『大神くんが、敵本土侵攻部隊を全滅させたようだ。AL/MIの増援も撃破したし勝利したと言ってもいいだろうね』

『ああ、今回ばかりは大神と艦娘に助けられた。下手すれば本土壊滅だったからな』

『問題はそこだ、海軍に裏切り者がどれだけ根ざしていたと言うのもあるし……』

『渥頼は尋問中だ。自白剤を使ってでも吐かせろとは言ってある』

『とは言え、情報の裏取りなど考えれば時間がかかるだろう。二度とこんな馬鹿な事をさせないよう裏切り者は根絶させなければならない』

『ああ、多少時間がかかってでも完全に、確実に根絶させなければ意味がない』

 

二人の会話が一旦止まる。

裏切り者の燻り出しは確実に行わねばならない。

だが、今回露になった問題はそれだけに留まらない。

 

『あと今回明らかになった、艦娘の大神くんへの過度の依存も放置できないな』

『ああ。花組の頃から若干その気はあったようには思っていたが、艦娘の方はより顕著だ。戦えないのは流石に不味い。いっそ、一回荒療治することが必要かもしれないな。大神に有明を離れてもらうくらいの』

『とは言え、主たる理由もなしに艦娘から大神を引き離そうとしたら、何が起きるか分からんぞ。鎮守府に篭城やストライキでもされたら、世間体の面でも最悪だ』

『丁度いいタイミングというか、こういうのが来ていた。こいつを利用するのはどうだ?』

 

そう言って、米田はイザベラ・ライラック大統領からの支援依頼の書類を引っ張り出した。

地中海奪還の為の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

赤城さんたちの独断専行、大神さんの狙撃。

本当に色々な危機がありましたが、

みんなの力でAl/MI作戦は勝利を得ることが出来ました。

でも、怨念に汚染された弾丸で狙撃された大神さんは、戦えたといっても傷痕は残っていました。

精密検査の結果、2週間は安静にして居ることを明石さんに言い含められた大神さん。

そう言う明石さんも大神さんを救う為に無茶をしたので、同じ位安静が必要だそうです。

 

そうなると、必要になるのが大神さんのお世話役。

やあやあ我こそはと、あちこちで火花を散らす艦娘たち。

 

あの、火花を散らす暇があったら、早く大神さんのお世話をしたほうがいいと思うんですけど。

 

なら、お前がやれって?

 

私が? 給糧艦が?

 

次回、艦これ大戦第十一話

 

「間宮、伊良湖の大神さん看病日誌」

 

次回は暁の水平線じゃなくて、大神さんの部屋で美味しい料理で勝利を刻みますね。

……大神さんにも色々刻んでほしいと思うのは、我がままでしょうか?

 

 

 

「どういう呼び方をするのがいいのかな? 少尉さん……大佐さん、なんか違う。隊長さん……大神さん……一郎さん…………えーと、……あなた……って、私何言ってるんだろう!」



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閑話集 一
閑話 1 吹雪ブルマーの誘惑


鏡の前に立つ吹雪、その格好はいつものものとは違う。

そう、その下半身には、いつものスカートではなく通販で購入したブルマーを履いていたのだ。

 

「今日こそ勝負の日です!」

「吹雪ー、本気でその格好でやるのか? 午後の訓練?」

「吹雪ちゃん、やめたほうがいいよぉ……」

「艦娘には引き下がれないときがあるのです!」

 

吹雪型の艦娘の忠告にも今日ばかりは耳を貸せない。

 

天気は快晴。

救出された潜水艦娘はまだ検査入院中。

スク水が制服などと言うふざけた存在が本格参戦してしまえば、せっかくのブルマーの効果も半減してしまう。

ブルマーから伸びる足のラインを武器にするには今を持って他にはないのだ。

 

「わ、私がみんなを出し抜くんだから!」

「吹雪ちゃん、欲望丸出し……」

「あー、もうコリャだめだ。吹雪ー先行ってるからなー」

 

白雪は冷や汗を流しながら苦笑い。

猛吹雪は止まらないことを感じたのか、吹雪型の艦娘は吹雪を置いて訓練に向かう。

 

その後も鏡を前に気合を入れ直していると、予鈴が鳴り吹雪は慌てて演習場に向かうのであった。

 

 

 

慌てて吹雪が演習場に辿り着くと、本鈴がなる。

 

「吹雪くん、遅かったじゃ……ない……か……」

 

点呼表から顔を上げた大神が吹雪のブルマ姿を見て固まる。

 

「ふ、吹雪くん。どうしたんだい、その格好は?」

「いえ、たまには気分を変えて訓練しようかな、と。どうでしょうか、大神さん?」

 

その場でクルっと回ってみせる吹雪。

 

「いや、あ、その……可愛いと、思うよ」

「やったー、睦月ちゃん! 大神さん、可愛いだってー!」

「そ、そう、良かったね、吹雪ちゃん……」

 

睦月は手段を選ばなくなった吹雪に若干引いている。

 

「ブッキー、ブルマとはやるデスネー。私も負けてられないデース」

「セーラー服だからこそ、映えるブルマー。さすが吹雪さん。私も体操服一式揃えようかしら?」

 

金剛、鹿島は早速次の手を考えているようだ。

 

そして、訓練が始まる。

まずはターゲットの撃破訓練だ。

 

いつものように行おうとする大神であったが、ブルマから伸びる吹雪の肢体が眩しい。

となりを併走する吹雪をつい視線で追ってしまう大神。

 

やがて、ターゲットが間合いを越えて近づく。

 

「おい、隊長! あぶねーぞ!」

「あだっ!!」

 

結果、吹雪ブルマーに気を取られていた大神はターゲットに正面衝突するのであった。

 

無論、保健室送りとなる大神だった。

 

 

 

「はぁぁ、効果覿面でしたけど、大神さんが居ないと意味ないよぉ……」

 

大神は保健室でしばらく休むとのことだったので、天龍たちを代理にして訓練は続く。

意気消沈したせいか次の順番が回って来ても、反応が遅い。

 

ターンしようとして足から跳ねた海水がブルマを直撃する。

 

「冷たいっ!」

 

ブルマは市販のもので艤装ではない。

もちろん、水をかぶれば濡れるし冷たい。

思わず身を震わせる吹雪、ターン中であることを忘れて。

 

「きゃあぁーっ!!」

 

そのままバランスを崩し転がり、大神同様ターゲットと正面衝突する吹雪であった。

 

 

 

「すいませーん、明石さん?」

 

声をかけながら保健室に入るが明石の返答はない。

どうやら、所用で席を外しているようだ。

 

「ううう……撥水性にしないといけないの忘れていました」

 

海水で濡れたブルマーはベタベタして仕方がない。

正直気持ち悪いので、着替えたいところである。

 

「とにかく、着替えないと……ベッドのカーテンの影で着替えようかな……」

 

吹雪は着替えるために、ブルマに手をかけて下ろしながら、保健室のカーテンを開けた。

しかし、カーテンを開けて吹雪はその身体を固くした。

大神がベッドで寝ていたのだ。

 

「え……ええっ――」

 

叫ぼうとしてから、吹雪は慌てて、開いている片手で口を塞いだ。

ここでもしも大神が起きてしまったら、どう反応すればいいのか分からなかったからだ。

ブルマー姿の吹雪にさえ気を取られた大神が、ブルマーを途中まで下ろし、下着を晒け出した吹雪の姿に一体どういう反応をするだろうか、気にならないといえば嘘になる。

 

けれども、それ以上に吹雪が恥ずかしいのだ。

 

しかし非情な事に吹雪の声を聞いて、大神が目を覚ました。

 

「んぅ……あ、あれ? 吹雪くん!? そ、その姿は……」

 

大神はすぐに自分の状況については理解した。

 

訓練中にブルマ姿の吹雪に気を取られ、ターゲットに正面衝突したこと。

それを明石に笑われて少し嫉妬されて、保健室で簡単なたんこぶの処理をした後、しばらくベッドに横になっているよう言われ、横になっているうちに自分は寝てしまっていたのだろう。

 

けど、何故吹雪がここに居るのだろうか。しかもブルマを半分下ろした姿で。

おまけに下着も濡れて肌にくっついており、下着越しに吹雪の肌が透けて見えている。

非常にエロ――もとい、危険な状態だ。

 

流石にそんな姿の吹雪を直視することは、大神のモラルに反する。

視線を吹雪に合わせないようにする大神。

 

「久しぶりに訓練中に転んだら、頭をターゲットにぶつけちゃって、それにブルマが濡れちゃって、その……着替えようと……」

 

たしかに吹雪の額は僅かに赤くなっている。

しかし、ぶつけたものによるものなのか、それとも赤面によるものなのか吹雪には分からない。

吹雪は下着を手で隠したまま、少しずつ後ろに下がっていく。

 

「……あの、ごめんなさい、私、出て行きますね……」

 

だが、大神はもう十分に休んだ。出て行くべきなのは大神だろう。

それに艦娘が殆どの鎮守府とは言え、男が全く居ない訳ではない。

今の吹雪の姿を他の男に見せることに、大神は何故か抵抗を感じてしまう。

 

「い、いや……その、俺こそごめん。俺はもう十分に休んだから、吹雪くんこそベッドを使ってくれ」

 

そう言うと、大神は保健室から出て行った。

大神がカーテンを閉め、保健室の扉を閉め出て行くのと同時に、吹雪はその場にしゃがみ込んだ。

 

恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。

 

だが、このままというわけにもいくまい、万が一風邪でも引いたら大神に迷惑がかかる。

そう思い、吹雪はカーテンの影で着替えを始める。

 

でも大神がベッドで寝ている光景が、吹雪の頭から離れてくれなかった。

 

すぐ横から着替えを大神に見られているような気になって、赤面が引いてくれない。

 

「はぁ……大神さん……」

 

着替え終わった吹雪は、窓に映った赤面している自分の顔を見て、ため息をついた。

ベッドの傍まで行き、大神が寝ていた箇所に何気なく自分の手を置いてみる。

ベッドは、まだ大神の体温でほんのりと温かかった。

 

更に吹雪の顔が赤くなった。

 

自分がこのベッドで寝ている光景を想像してしまったのだ。

 

「お、落ち着いて、落ち着くのよ、吹雪……今、寝る必要なんてないんだから」

 

自分を落ち着かせようと、そう口に出して言ってみるが、効果はなかった。

むしろ、どんどん心臓の鼓動が早くなっていくような気がした。

はっきり言うと、吹雪はベッドに横になりたいのだ。

大神の体温が消えてしまわないうちに。

 

「大神さん……失礼します……」

 

しばらく躊躇してから、吹雪はベッドに潜り込んだ。

大神が寝ていたのとちょうど同じ場所に、自分の体を横たえる。

吹雪は布団越しに温かさを感じていた。

 

大神の温もりだ。

 

「ああ、大神さん……大神さぁん……」

 

切なくて、自分でも気付かないうちに、吹雪は大神の名を再度呼んでいた。

 

掛け布団をかけると、その温もりが二重に増えたようなする。

枕から、ベッドから、掛け布団から……吹雪は体中で大神の体温を、匂いを感じていた。

 

「なんだか……大神さんに抱きしめられてるみたい……」

 

吹雪の大神に対する想いが、そう感じさせる。

でも警備府での最初の戦闘でも、その後の戦闘、訓練でもこんなに優しく抱きしめられたことはない。

もし大神に恋人にするように抱き締められたのなら、こんな風に感じるのだろうか。

 

「大神さん、抱きしめて欲しいよぉ……」

 

けれども、戦闘でも訓練でもないのに自分から言う事は恥ずかしくてできない。

それに、大神が自分の事をどう思っているのか、はっきりとはわからない。

もしかしたら、他に誰か好きな艦娘が、女の子がいるかもしれないのだ。

 

 

 

そんな取りとめもないことを考えているうちに吹雪は静かな寝息を立て始めた。

 

大神に抱きしめられ恋人としてキスされる自分を夢に見ながら。

 

「吹雪くん、おやすみ」

 

実際に、大神におでこにキスされているなどとは夢にも思わず。

 

 

 

 

 

 

なお、後日、吹雪を真似してブルマーを履こうとする艦娘が激増したが、大神の集中が途切れてしまっては訓練の邪魔になると、大淀・明石が判断。

あえなくご禁制の品となるのだった。

 

合掌。




ギャグ調にするはずが甘めの話になったw


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閑話 2 鹿島の士官学校回顧録 1

昼食時、演習でMVPを取得した鹿島。

続く大神の隣の席争奪じゃんけんにも勝利し、至福のときを待っていた。

やがて、大神の姿が食堂へと現れる。

 

「あ、大神くんっ! 席こっちですよー!」

 

立ち上がって手を振り、鹿島は大神に自分の居場所を示す。

やがて昼定食を手に取り、大神は鹿島の隣の席に座る。

 

「鹿島くんはすっかり、俺のこと『大神くん』呼びが普通になってしまったね」

「うふふっ、だって士官学校をずっと一緒に過ごした私だけの特権ですものっ♪ それにもう今更『さん』付けはなんとなく違う気がしますし」

「おっと」

 

そう言って鹿島は大神の右腕を抱き締める。

鹿島の行動を予想していたのか、箸を置いて食事を中断する大神。

 

「あ、大神くん、食事の邪魔してごめんなさい。じゃあ、お詫びに私が食べさせてあげますね。玉子焼き食べりゅ? はい、あーん」

「あ、あーん」

 

それを更にチャンスと見たか、大神の皿の玉子焼きを一つを箸でとって大神の口元へと運ぶ鹿島。

大神も抵抗せずにその玉子焼きを口に入れる。

 

「それ私の決め台詞……」

 

その様子を近くで見ていた瑞鳳が肩をがっくり落としていた。

いつか手作りの玉子焼きとセットで、大神に使おうと決めていた必殺技を奪われたようなもの。

恐らく大神には一度見た技は通用しない、新たな恋の必殺技を考えなければならない。

卍解を奪われた死神の気分だ。

 

そんな瑞鳳に構わず、鹿島は次々に大神の食事を運ぼうとする。

反対側の隣の席には明石が居ると言うのに。

明石の眉間に青筋が立つ。

 

「鹿島さん、食事は本人のペースで食べないと消化に良くありませんよ。あんまり大神さんの食事ペースを乱すことはやめて下さいね」

「ん、けほっ」

 

それが正しいか、大神が若干むせた後しゃっくりを始める。

 

「大神くん!? ごめんなさい、私お水取って来ますね!」

 

鹿島は慌てて水を取りにいく。

そうして残された大神だが、自分の手持ちの水で十分だったらしい。

のだが、しゃっくりが収まっていく間に鹿島が何杯も水を汲んできていた。

 

「大神くん、これだけあれば大丈夫ですか?」

「いや、悪いけど、大体収まってしまったんだ、鹿島くん」

「よかったー。それじゃあ、このお水がなくなるまで少し長話でもしましょうか?」

 

こと大神との時間となると、鹿島は凄まじいまでのプラス思考だ。

確かにこれだけの水を飲み干すとなると、昼休み終了間際までかかるだろう。

 

「長話って何の話をするんだい?」

「んー、そうですね。例えば仕官学校時代の私と大神くんの思い出話とか!」

 

鹿島の発言に辺りがざわめく。

警備府以前の大神と長く、それこそ年単位で大神と付き合いのある艦娘は鹿島しかいないのだ。

そんな絶大なアドバンテージを持つ鹿島と大神の思い出話、気にならないはずがない。

 

「……鹿島くん本当に良いのかい? 中には君にとって話し辛いことだって……」

 

言い難そうに大神が話す。

そう、楽しい思い出しかなかったと言えば嘘になる。

正直出会いの時点から、大神がもし居なかったらと思うこともある。

 

「そうですね、あの時は本当に怖かった。でも、だからこそ大神くんは私のことを本気で護ってくれたし、そんな大神くんのことを私も本気で好きになったんですっ!」

 

そう力説する鹿島。

そして、大神との出会いのエピソードを話し始めた。

 

 

 

ああ、男性の居ない屋上の風は気持ちいい……

士官学校の屋上で練習巡洋艦の鹿島は海風を浴びて気分転換をしていた。

 

彼女はあまりパッとしないように見える少女だ。

 

だが、長めに切られた前髪を少し上げればそれが偽りの姿であるとすぐに分かるだろう。

 

ツーサイドアップにした銀色の髪。

紅をひいたかのように艶やかな唇。

豊かな胸とウエストのくびれ、むしゃぶりつきたくなるようなヒップの張り。

艦娘の制服の上からでも分かるあたり、少女のプロポーションは抜群である。

 

それ故に士官学校の入学式から鹿島に突き刺さる、色欲に満ちた視線に鹿島は怯えていた。

他の艦娘のアドバイスに従って、顔が分からないようにしておいたのは正解だったかもしれない。

そうなったときのことを考えるだけで鹿島は憂鬱になる。

 

早く帰ろうかな……

一緒に帰る相手もいないし、いや、今は居てほしくない。

どうせ、この学校に艦娘は私一人だから。

そんな思って屋上の扉を開けようとしたときだった。

 

「きゃっ!?」

「おっと!」

 

扉のところで、士官候補生と鉢合わせてしまった。

 

「……やっぱりここに居たか」

 

出てきたのは、男子だった。

いやらしい笑みを浮かべて、鹿島の肢体を舐め回すようにして見ている。

あとから出てきた二人も、よく似た表情を浮かべている。

 

「……何か私に用ですか? 用がないのでしたら、私は帰りますので」

 

そんな視線に気圧されそうになる鹿島だったが、負けまいと精一杯の冷たい視線と口調で出てきた男たちに問い詰める。

 

「な、言った通りだろ?」

「これほどとは思わなかった、マジ良い身体してんじゃん」

 

そんな相談をしている男たちに気味が悪くなったのか、鹿島は彼らを押しのけて校舎に戻ろうとする。

 

「おいおい、待ちなよ。鹿島ちゃん」

 

その中で最もガタイのいい男が、鹿島の腕を引っ張った。

 

「はなしてよっ!」

 

少女はそう言うが、彼らは一向に彼女の腕をはなすつもりはないらしい。

 

「いいかげんにしてっ! 教職員の方々に訴えるわよ!?」

 

そう言う鹿島に男たちは嘲笑を浮かべる。

 

「教職員? ははっ、言ってみなよ。俺達とお前、どっちが重要なのかはわかってるだろう?」

「……くっ」

 

悔しさに口をつぐむ鹿島。

確かにそうだ。

艦娘を率いる士官候補生と、建造可能な上戦闘力に乏しい艦娘、どちらが重要かなど決まっている。

鹿島が黙ったことを良いことに男は、鹿島の身体を自分に近づけた。

もう一人の男も、鹿島の左側にやってきて取り押さえようとする。

 

「きゃあーっ! やめて、やめてよ! お願いだから!!」

 

男達の目的を悟り、叫ぶ鹿島。

しかし、陵辱しようとしている女にそう言われて興奮する男こそいれ、やめる男はいないだろう。

暴れる鹿島をむしろ面白がるように制服に手をかけようとする男たち。

 

「こいつ胸でけえなあ……お尻も良い具合だぜ」

 

制服を脱がそうと胸元をまさぐっていた男の一人が、そんなことを言う。

 

「やめて! 触らないで!!」

 

そして、男達の行為を止めようと暴れる鹿島の、長めの前髪で隠していた素顔が露になる。

その輝くばかりの美貌に言葉を一瞬失う男達。

 

「マジかよ。身体だけでなく、容姿も最高じゃねーか」

「お前ら、予定変更だ。脱がせる前に顔のほうも堪能しよう。先ず唇とか奪おうぜ」

 

そういった男たちが後ろから鹿島の行動を封じる。

そして、前から男が迫り来る、鹿島の唇を奪おうと、

 

「やっ! いやぁーっ!!」

 

そして、顎を持ち上げられたその時、

 

「何をしているんだ、お前達!」

 

鹿島にとって想い人となる人間が現れるのだった。

 

 

 

「――加山さん?」

「そんな訳ないでしょう! 大神くんに決まっているじゃないですか!! ああ、あの後、同級生だと言うにも関わらず、私を護る為に戦ってくれた大神くんカッコ良かったー! ぶちのめしてくれたし」

 

敢えてすっとぼけた回答を返す明石に、うっとりとした眼差しで当時を思い返す鹿島。

 

「いや、最初は俺に対しても警戒心全開だったじゃないか、鹿島くん」

「もう! 本当に最初のほうだけです! その後泣いた私が泣き止むまで傍に居てくれて、その後ずっと部屋まで送り迎えしてくれたじゃないですか!! 襲われたことが怖くて、眠れなかった最初の数日なんかは、部屋の扉の前で眠らずに警戒してくれましたし」

「そんなことあったっけ?」

「あったんです! まだ肌寒い春の日だと言うのに、そこまでしてくれて……うつらうつらとあくびを噛み殺しながら、護ってくれた大神さんを見て、この人は少し信じようかなと思ったんです」

 

襲われた翌日、起きていながら、また襲われるのではないかと怯えて外に出られなかった鹿島が外に出られるようになった理由。

それは送ったときの約束どおり、一晩中外を警戒してくれた大神の様子を見たからなのだ。

 

それがなかったら鹿島は今も引きこもっていたかもしれない。




長くなったので一旦分割。
二人にとっての本当の意味の出会い編、まあ、ありがちな話ですね。
まだ鹿島の好感度0近辺。


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閑話 3 鹿島の士官学校回顧録 2

「その後はずっと大神さんが鹿島さんを送り迎えしてたんですか?」

「そうだね。それから基本的には、俺が卒業するまではずっと鹿島くんの送り迎えをしてたよ。ブラックダウンが起きて、鹿島くんの待遇はマシにはなったけど、最後の方だったからね」

 

さらりと回答した大神に、艦娘たちに衝撃走る。

なんてこった、4年間も大神さんが送り迎えしてくれただと。

羨ましい、羨まし過ぎる。

 

「まあ、鹿島くんの男性に対する警戒心が和らいだ後は、加山とか女生徒たちも外出を兼ねて加わったりもしたんだけど」

「そうですね、途中からは皆さんでちょっと外出する様な感じの日もありました。大神さんの懇意の方だけあって、私に対しても蔑視とかしない人たちでしたし。女性のお友達も出来ました」

 

思い出に浸るように盛り上がり始める二人。

そうはさせぬぞと明石が話題を振る。

 

「あれ、女性の方はなんで一緒になってたんですか?」

「流石に俺一人でずっと鹿島くんを護りきれると思うほど、自惚れてはいないからね。鹿島くんを護ると決めた段階で、信頼できる人たちを男女を問わず加山と一緒に集め始めたんだ」

「それが、海軍では今をときめく大神大佐に近かった人として、一種の評価を受けている訳ですから人生何が起きるか分かりませんよね、うふふっ」

 

いや、ちょっと待てと明石は一瞬考え込む。

 

「鹿島さん以外に大神さんに親しい女性が居たなんて初耳ですよ!」

「あれ? 言っていなかったっけ?」

「言ってません! 聞いてません! 鹿島さんはなんでそんなに安穏としているんですか!?」

「もう済んだことですから」

「あ、鹿島くんの女友達といえばこんなこともあったな」

 

 

 

「ちょっと相談したいんですけど、いいでしょうか?」

 

いつものように鹿島を送る途中、鹿島はちょっとまじめな表情で大神を見上げてそう言ってきた。

 

「ああ、いいけど。どうしたんだい?」

 

大神は鹿島のほうを見やり、そう返す。

 

「今日、友達から相談されたんです」

「相談って? 俺に話してもいいことなのかな?」

「ええっと、私だけでは回答し辛くて……出来れば手伝ってもらえればと」

 

男性視点も必要なのかな、と大神は納得する。

 

「その友達なんですけど……好きな人が居るらしいんです」

「え? ちょっと待ってくれ、恋の話なら俺は役に立たないよ」

「とりあえず聞いてもらうだけでも。お願いします、大神くん!」

「分かった。でも、あんまり役には立てないかもしれないから」

 

恋の悩み、なんて相談が鹿島から自分に来るとは思わなかった。

 

「それでですね。その子の好きな人が、その……大神くんと同級生の男の子らしいんです」

 

自分と同級生の男の子という辺りで、鹿島が大神のことを見つめて来た。

鹿島が自分の事を好きなのかと思ってしまい、一瞬ドキっとさせられる大神。

 

「……それで、どんな相談なのかな?」

「その子が言うには、不安なんです。仲が良ければ良いほど、不安になってくるんです」

「不安か。どんな不安なんだい?」

「本当にわた、その子達は仲良しなのか。仲良しと思っているのは女の子の方だけで、相手の子から見たら、仲がいいとは思ってないかもしれないんじゃないか、って」

「……うーん、相手が自分の事をどう思っているか、か」

 

相談したい気持ちになるのは判る気がする。

確かに他人の心ほどわからないものはない。

 

「私、どう答えたらいいんでしょうか?」

 

鹿島は悩んでいるようだ。

相談内容は鹿島自身の悩みでもあるように大神には見えた。

だから、ふとこんな言葉が大神の口をついて出た。

 

「もし鹿島くんがその立場だったら、どうするんだい?」

「ええっ? ……えっと、そうですね……私だったら……でも、私は艦娘ですから……こんな私に仲良しと思われても相手に迷惑に――」

「そんなことはない! 少なくとも、俺は鹿島くんと仲が良いと思っている!!」

「大神くん!? あ、いや、その、えっと……」

 

鹿島の両手を取り、鹿島を見つめて、大神は断言する。

自分が嘘偽りなど言ってないと示す為に。

見つめられた鹿島は顔を朱に染めている。

 

「鹿島くんは違うのかな? 俺の独り相撲だったとしたら……ごめん、気をつけるよ」

「そんなことありません! 私だって大神くんと仲良しだって思っています! でも、最近、大神くんと二人で帰る事が少なかったから、私、不安になって……」

 

大神に見つめられて、決定的なことを口走る鹿島。

だが、大神がそのことに気付いた様子はない。

 

「鹿島くん? ごめん、鹿島くん。変なこと聞いてしまったね」

「い、いえ、良いんです! 私こそごめんなさい」

「……それより、相談の方はいいのかな?」

「ええっ?」

 

鹿島が、何で気付いていないのと目を丸くした。

でも、今更自分のことだったなんて改めて言える訳がない。

おまけに自分の欲しかった回答は全部得られてしまった。

どうしたものか。

 

「ええっと……そうですね、自分の立場になって考えてみたんですけど、後悔しない方法を取るしかないんじゃないかな、と」

 

自分の好きな人には迂遠な方法なんて必要ない。

恋の鞘当てなんて時間の無駄。

打てば響くように応えてくれる。

 

なら、体当たりでぶつかっていくしかない。

それが鹿島が掴んだ後悔しない方法だった。

 

「そうだね。自分の後悔しない方法を、自信を持ってするしかないだろうね」

「ありがとうございます。その子にはそう伝えますね」

 

少なくとも鹿島は自信が付いた。

もう迷うことなんてない、後はそれ以上を掴み取るだけだ。

 

「そうか。あまり役に立てなかったかもしれないけど、俺で良ければまた相談に乗るよ」

「そんな事ありません! 役に立ちました! 絶対!!」

 

こう言われたら、大神は信じない訳にはいかない。

 

「それならいいんだ」

 

そうして大神はいつものように鹿島を送り届ける。

翌日から迷いを振り切った鹿島の本格的な攻勢が始まるのだった。

 

 

 

「――という相談を受けてね、そういえばその相談の結果を聞いてなかった。相談相手の子は結局どうしたのかな、鹿島くん?」

 

とのたまう大神。

鹿島だけでない、明石たちからも信じられないという視線を浴びる。

 

「え? 俺なんか変な事いったかな?」

「まあ、良いんですけどねー」

 

ちょっと髪をいじりながら拗ねた表情を見せる鹿島。

けれどあの相談をしなければ、鹿島は迷いを抱えたまま本格的な攻勢に出れず、4年の間にそのまま士官学校の女子に大神を掻っ攫われたかもしれなかった。

そういう意味では必要な相談だったのだろう。

 

鹿島が迷いを振り切る為には。

 

「もう一回聞くけど、その子はどうなったのかな? 幸せになってくれてるといいんだけど」

 

大神の問いに鹿島が大神の片腕を抱き締め、満面の笑みで答える。

 

「ええ、もう幸せ全開ですよ!!」

 

 

 

 

 

だが、大神は知らないことが一つあった。

 

相談の後、鹿島は自分の身を護る為、そして大神に近づこうとする女性をブロックする為、

 

『鹿島の身も心も全て大神のもの、全て大神に捧げた。そして大神はそれを受け入れた』

 

と喧伝していていたのだ。

 

大神が信頼する生徒仲間の中には、それでも尚、大神に想いを寄せる女性も確かに複数居た。

だが、それらから鹿島は大神の隣を死守してきたのだ。

毎日大神が送り迎えしてくれることも、鹿島の必殺武器の一つだったのは言うまでもない。




回想シーン、本当は大神さんは鹿島に敬語使ってますが、エピソード全部敬語ってのはなんかイメージに若干合わなかったので、敢えていつもの口調にしています。そこはご承知置き下さい。
書けば書くほど、なんで大神、鹿島に落ちなかったんだって気になってきたw


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閑話 4 鹿島の士官学校回顧録 3

「ぐぬぬ、鹿島ー! 羨ましすぎデース! 隊長とそんな甘酸っぱい生活を4年間も送ってたなんてー!!」

 

気が付けば、遠くで聞き耳を立てることに我慢が出来なくなったのか、金剛が近くの席に座りなおしていた。

いや、殆どの艦娘が大神と鹿島を中心に集まりなおしている。

 

「うふふっ、それはもう大変でしたが、楽しい4年間でしたよ。体育祭では友達の女生徒とチアガール姿で大神くんや加山くんたちを応援したこともありましたし、あと浴衣姿で近くの花火大会に行ったりもしましたね。あとは……クリスマスとか、初詣とか、バレンタインとか!」

「「「ぐぬぬぬぬ……」」」

 

指折り数えてイベントを思い出す鹿島に歯軋りする艦娘たち。

しかし、明石はとある事に気付く。

 

「鹿島さん、それって皆さんで行かれてたんですか? グループでの活動みたいな感じだったんですか? 大神さんと二人きりって言うのは?」

「それは殆どなかったかな、出来ればみんなで鹿島くんを護りたかったし」

「なーんだ、それなら少し安心したデース」

 

しかし、鹿島の笑みは止まらない。

 

「そんなことはありませんよ。イベントは皆さんで行くことが多かったですけど、送り迎えしてもらってたときは二人きりの方が多かったですよ。大神くんに部屋に上がってもらったこともありましたし。何より4年目、最後のクリスマスは二人っきりで――」

「いいっ!? 鹿島くん、流石にそれを話すのはやめよう!」

 

大神が何故か慌てた様子で鹿島の言葉を止めようとする。

 

「クリスマス!? 二人っきり!? 鹿島、何があったんデスカー!?」

「聞き捨てなりませんね。大神さんの医師として情報の公開を要求します!!」

 

だが、そこまで聞かされて黙っていられる金剛たちではない。

鹿島を止めようとする大神を押さえつけて鹿島の言葉に耳を傾ける。

 

「そこまで言われたら、喋っちゃいますね♪」

 

 

 

 

 

「もうすぐクリスマスですね」

「そうだね、鹿島くん」

 

二人で歩く道に冷たい風が通り抜ける。

商店街には赤と緑のイルミネーションが見え、木々にも飾り付けが行われている。

いわゆるクリスマスムードだ。

 

「まあ、例年通り、加山が取り仕切ってくれるはずだから、俺たちはそれを待てば――」

 

いつも通りクリスマスを楽しめば良いか、そんな風に考えていた大神の言葉を鹿島が遮る。

 

「あの! それなんですけど、今年は二人っきりでお祝いしません? 私の部屋で」

「え……、え?」

 

意を決した様子で、大神をじっと見つめて尋ねる鹿島の言葉に言葉を失う大神。

 

「ダメですか、大神くん? 大神くんとクリスマスをお祝いするの、今年で終わりになってしまうから今年は特別なことをしたいんです!」

「そうか……来年は俺達、もう卒業してしまうからね。うん、鹿島くんがそう望むならいいよ」

「良かった……もしかしたら、断られるんじゃないかって思っちゃいました」

 

ぱっと花が咲くように、笑顔を見せる鹿島。

この笑顔を引き出しただけでも、良かったのかもしれない。

 

しかし、クリスマスといえば付きものなのがプレゼント。

いつもはプレゼント交換という形で行っていたから気楽に考えていた大神だが、今回は違う。

鹿島の為に贈らなければいけないのだ。

花やケーキなどのなくなってしまう物は多分ダメだろう、特別なクリスマスを鹿島が望んでいるのであれば、もっと思い出に残るものにしないと。

定番というとあとは装飾品だろうが、けれども家族以外の特定の女性の為に贈ったことなど大神にはないので、今一つピンと来ない。

誰かに相談するか、と一瞬考える大神だったが、それではますます意味がない。

 

「少なくとも、鹿島くんの為に考えて選んだものでなければダメだよな……うーん」

「うふふっ」

 

そんな様子で考え始める大神の姿を見て、嬉しそうに微笑む鹿島であった。

 

 

 

そして、クリスマスイブ当日。

それは狙ったかのように休日で、大神は予めプレゼントとシャンパンを購入してから鹿島の部屋を訪れていた。

予定時刻にほど近い時間。

何回か上がったことのある部屋なのだけれども、妙に緊張してしまう大神。

流石に二人でクリスマスを祝うことの意味を分からないほど、物を知らない訳じゃない。

加山に例年の集まりには行かないことを伝えたときには、卒業かとからかわれた。

 

「いかんぞ、大神」

 

後頭部を軽く叩き、邪念を追い出して、チャイムを鳴らす大神。

すぐに玄関に駆け出す足音が聞こえてくる、そんなに慌てなくてもいいのに。

 

「大神くん! いらっしゃい!!」

 

鹿島は赤のセーターにケープ、帽子とサンタを模したクリスマス用の衣装に身を包んでいた。

満面の笑顔で大神を迎え入れる鹿島に、一瞬みとれる大神。

 

「……ああ、お邪魔するよ、鹿島くん」

 

そう言って鹿島の部屋の中に入る大神。

部屋の中は簡単にではあるが、女の子らしくクリスマス調に飾られている。

テーブルの上には出来たてのローストチキンが乗せられ、更に前菜のスモークサーモンのミルフィーユやポタージュなど手が込められた事が一目で分かる料理が並べられていた。

しかも全て鹿島の手作りだ、どれだけ手間をかけて大神を待っていたのだろうか。

 

「せっかくだから、お料理の方も頑張っちゃいました」

「こんなに……鹿島くん?」

「あっ、大神くん、ダメッ!」

 

もしかしたらと思い、鹿島の手を取ってよく見てみる。

目立った傷は無いように見えるが、小さな火傷や、皮一枚の切り傷などがあった。

今日の料理で出来たものだろう。

 

「ちょっと気合入れ過ぎちゃって。あんまり見ないで下さいね、大神くん」

「鹿島くん……」

 

小さく舌を出す鹿島の様子に、大神の胸が熱くなる。

その熱さを落とすように、大神は鹿島の手にキスをした。

お姫様に騎士がなすように。

 

「ふぁっ!? ……大神くん?」

「ありがとう、鹿島くん。こんな美味しそうな料理、このシャンパンじゃ釣り合わないかな?」

「そんなことありません。さっ、大神くん、料理が冷めないうちにお祝いしましょう!」

 

部屋の入り口から中へと手を引き、大神を鹿島が導いた。

鹿島の部屋に上がるときいつも座っている所に大神が座ると、鹿島がキャンドルに火を灯してから電気を消す。

 

「うふふっ、このほうが雰囲気が出るかなーって」

 

キャンドルの明かりに照らされて笑う鹿島は、まるで女神のように綺麗で、大神は声を出すことも忘れて、しばしの間鹿島を見つめ続ける。

 

「……大神くん?」

 

席に着いた鹿島は大神の動きが止まったことが気になって、大神を見る。

鹿島は、大神の瞳に自分の姿が映りこんでいるのを見た。

 

「ヤダ、大神くん。そんなに見つめられたら、私……」

「――っ! ゴメン、鹿島くん! シャンパンを注ぐよ!」

 

恥ずかしがる鹿島の様子に、ようやく我に返る大神。

慌ててシャンパンの栓を抜き、二つのグラスに注ぐ。

しかしそんなことをすると、シャンパンの泡は激しくたってしまう。

 

「うふふっ。大神くん、そんなに慌てないで」

「あっ、そうだね。ゴメン」

 

微笑む鹿島に言われて、ゆっくりとシャンパンを注ぎなおす大神。

丁度いい量になったところでボトルをワインクーラーに入れる。

 

「じゃあ、大神くん」

「鹿島くん」

 

お互いにグラスを持ち上げ、近づける。

 

「「Merry Christmas」」

 

互いに小声で呟いて、グラス同士を軽く合わせる。

小さな音が鳴った。

二人っきりのクリスマスは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」」」

「ぐはぁーっ!」

「うふふっ」

 

艦娘たちの歯軋りの音が聞こえる。

なんじゃそりゃー、と誰かが叫んでも全くおかしくない。

そして、大神は悶絶して血反吐を吐いている、病気ではないので問題はない。

そんな様子を見て鹿島は上機嫌だ、そのときのことを鮮明に思い出してきたらしい。

 

「隊長ー! 鹿島の色香に乗っては駄目デース!! しっかりするデース!!」

「大神さん! 気を確かに!!」

「いやいやいや、前の話だから今言われても!!」

 

金剛と明石が大神を揺さぶっている。

が、大神の言うとおり、これは去年のクリスマスの話。

今言われたところで過去が変わるわけではない。

 

「どうします? これ以上聞きたくないんでしたら、お話やめましょうか?」

「ここまで来て途中でおしまいだなんて、納得できる訳ないデース!!」

「そうです! 毒食らわば皿までですよ! 鹿島さん、最後まで話しちゃってください!!」

 

ここまで来ても、大神さんなら。

大神さんならきっと。

 

と、確たる理由もなく大神を信じて先を急かす金剛たち。

 

「分かりました、じゃあ最後まで話しちゃいますねっ」




自分いつから合体技かいてるんだっけ?


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閑話 5 鹿島の士官学校回顧録 終

そして、二人は大神の購入したシャンパンと共に鹿島の手料理を堪能する。

ローストチキンはグレイビーソースも美味で肉質は柔らか。

鳥はと言えばと、大神はとある艦娘のことを思い出す。

 

「そういえば、艦娘の中には焼き鳥とか七面鳥が苦手な子も居るんだったよね、確か……」

「ダメですっ、大神くん」

 

どこか不満げな鹿島、何か不味いことを言ってしまったのだろうか。

 

「今日は、今日だけは、私以外の艦娘の事を考えちゃイヤです。私だけを見てください」

「……分かった。ゴメン、鹿島くん。それじゃあ――」

 

一年間の、いや初めて会ってから4年間の事を思い返し団欒しながら、食事を進めていく二人。

だが、鹿島は後のことを考えているのか、どこか緊張した様子を見せていた。

 

やがて、料理を食べ終える二人。

 

「料理、美味しかったよ。ありがとう鹿島くん」

「どう致しまして。大神くんに喜んでもらえたのなら、腕を振るった甲斐がありました」

「今度は、俺が腕を振るわないといけないかな」

「よして下さい、大神くん。お料理、そんなに得意ではないんでしょう? うふふっ」

 

どこか寂しげな表情を見せる鹿島。

 

「それに、もう『次』はないんですよね……」

「鹿島くん……」

「もっと早くこうしていれば良かったかな。クリスマスがこんなに楽しいものだなんて知らなかったから……」

 

来年になったら、大神たちは卒業する。

そうなったら、今年と同じクリスマスは迎えられるだろうか、いや、恐らく無理だろう。

涙が滲み始めた鹿島の胸の奥が、ぎゅっと絞られるように痛んだ。

 

「鹿島くん……」

 

そんな鹿島の目じりの涙を大神は拭き取る。

 

「そんなことはない、俺も加山たちも鹿島くんを一人ぼっちにはしない。今度は違う場所でみんなでクリスマスを祝おう、鹿島くん」

「……ふふっ、そうですね」

 

どこか、筋違いの大神の答え。

でもそれが大神らしくて、鹿島は少し吹き出す。

その様子を見て大神の心が少し綻ぶ。

それでいい、鹿島には出来れば笑顔で居てほしいと大神は思った。

 

そうして、そんな大神の頭の中を閃くものがあった。

今、鹿島を笑顔にする為の切り札。

いや、そのつもりで大神は購入した訳ではないのだが、ここで用いるしかないだろう。

 

「鹿島くん。はい、クリスマスプレゼントだよ」

「え? わたしに……ですか?」

 

そう言って大神は購入したラッピングされたイヤリングの箱を差し出す。

 

「…………」

 

しかし、ラッピングを解き、箱を開けても、鹿島の表情は無表情のままだった。

時間でも止まったように。

 

「……鹿島くん?」

 

箱を開けてからずっと黙ったままの鹿島に、大神が思わず問いかける。

もしかして、気に入らないものを渡してしまったのだろうか。

だから返事に困っているのではないかと懸念する大神。

 

「大神くん……いいの?」

 

しかし、大神の呼びかけに、ようやく、時が動き出したように鹿島の視線が大神へと移る。

戸惑っているのだろうか、不安げな表情で大神を見やる鹿島。

そんな鹿島の不安を和らげるように、大神は微笑んで頷く。

 

「え、うそ? 本当に? やだ、大神くん、わたし、すごくうれしい!」

 

そうして鹿島は徐々に笑みを作り、やがて満面の笑みを浮かべる。

大神が今まで一度も見たことのなかったほどの笑顔がそこにあった。

 

「素敵なイヤリング……私、絶対、大切にしますね!!」

「うん、鹿島くんに喜んでもらえたなら、迷った甲斐があったよ」

「うふふっ、ジュエリーショップで迷ってる大神くん、ちょっと似合いませんね」

 

そう言いながら、鹿島はイヤリングの箱を一度抱き締めて、テーブルの上に置きなおす。

そして意を決した様子で、大神を見つめなおす。

 

「大神くん、私からも大神くんにクリスマスプレゼントがあるんですけど……少し目を瞑ってもらえますか?」

「目を?」

「はい。出来れば用意するまで見られたくないので……ダメでしょうか?」

 

そういう鹿島の顔は朱に染まりきっている。

お酒のせいではもちろんない、恥ずかしいものなのだろうか。

 

「いいよ。後ろを向いたほうがいいかな?」

「いえ、出来れば、そこに居たままで、目だけ瞑ってもらえますか?」

「分かった」

 

そう言って、大神はすっと目を閉じる。

 

「大神くん、半目とかにしちゃダメですからね!」

「もちろんだよ、鹿島くん」

「あっ、いけない。お皿を片付けないと!」

 

慌ててお皿を片付けたり、衣擦れの音がしている。

そう言ってるうちにやがて鹿島も沈黙する。

一体何を用意しているのだろうか、と大神は思うが、鹿島との約束を守り、目を閉じたまま待ち続ける。

 

そうすることしばらく、「よし」と気合を入れる鹿島の声が聞こえる。

 

「大神くん……」

 

何が起きるのだろうか、と思う大神の身体に鹿島がしな垂れかかり、大神の首に両手を伸ばした。

 

「鹿島くんっ!?」

 

スーツ越しでもその感触で分かる、分かってしまう。

今の鹿島は――

 

「もう、目を開けても……いいですよ…………」

「鹿島くん……」

 

目を開けた大神の瞳に飛び込んできたのは、予想通り、服を全て脱ぎ、リボン一つを首に飾り付けた鹿島であった。

 

「好きです、大神くん。私が……私自身と私の操が……プレゼントです……受け取って下さい」

「か、鹿島くん……」

 

その肢体の柔らかな感触に、その匂いに、その告白の言葉に大神の理性は壊れそうになる。

目の前の可憐な花を手折る誘惑に負けそうになる。

 

だが、鹿島の目はこれから起きるであろうことに若干の恐怖を湛えていた。

身体も少し震えている、やはりまだ、最初に出会った頃から遥かにマシになったと言っても、男性に対する恐怖症は本当の意味で完全に克服は出来ていないのだ。

大神相手であってもこうなのだから。

 

「ダメだよ、鹿島くん。君自身、怖がってるじゃないか……それなのにそんなこと出来ない」

 

そのことに気付いた大神は鹿島の身を離そうとする。

このまま、鹿島を傷つけることなんて出来ない。

 

「でも、今年じゃないとダメなんです! 大神くんの居る今年度中じゃないと!!」

 

そう言って大神の胸の中で泣き始める鹿島。

 

「鹿島くん?」

「来年になったら、大神くんは居なくなってしまう! そうしたら、何をされるか分からない! 清らかな身体のままで居られる保障なんてどこにもない! 今は、大好きな大神くんにも最後までされることが怖いのは自分でも分かってるんです! でも、だからって大神くん以外の人にされるのはもっと嫌なの!!」

「鹿島くん……」

「だから、お願い大神くん……私を奪って……思い出をください」

 

そう言って胸の中で大神を見上げる鹿島。

その目から涙が零れ落ちているのを見て、大神は決断する。

 

「鹿島くん、やっぱりダメだよ。そんなヤケな気持ちになったら」

「でも!」

「鹿島くん!」

 

大神に拒否された、そう絶望の表情を見せる鹿島を大神は抱き締める。

 

「鹿島くん、約束する。俺は一刻も早く提督になる。提督になって君を艦隊の一員として呼びにいく。士官学校から迎えにいく。奪いにいく! だからそれまで待っていて欲しい」

「でも、私はろくな戦闘力もない練習巡洋艦で……」

「そんなの関係ない! 戦闘力不足なら俺の秘書艦になってもいい。ここで俺達が作り過ごした四年間のような環境を、艦娘が楽しく日々を過ごせる居場所を必ず鎮守府で作る! 用意する! だから、俺を信じてくれ!!」

「大神くん……信じていいの?」

「ああ、信じてくれ」

 

悲しみの涙が止まり、未来の希望に潤んだ目で大神を見つめる鹿島。

鹿島の問いに力強く頷く大神。

 

「信じて待っていていいの?」

「ああ、待っていてくれ」

 

再び鹿島の目から涙が零れ落ちる、だが、それは希望の涙、喜びの涙だ。

 

「ああ……大神くん! 大神くん!! あああああぁぁぁぁっ!!」

 

抱き締められたまま、泣きじゃくる鹿島。

でも、未来への諦観、絶望はもう鹿島の中にはない、あるのは希望だけだ。

この希望を胸に明日へ歩いていける。

 

大神を待つことが出来る。

 

ずっと。

 

 

 

 

 

「グスッ、いい話デース。隊長、やっぱりいい男過ぎマース……」

 

金剛が涙ぐんでいた。

いや、金剛だけではない明石や他の艦娘も涙ぐんでいる、しんみりしている。

 

「あれ、皆さんの反応が予想と違う……もっと、ぐぬぬって言うのかなーと」

「なんかそんな気分じゃなくなっちゃいました。大神さんがカッコよすぎて……」

 

みんながしんみりしてる、これはこのまま押し切ってしまうチャンスかもしれない。

鹿島がにんまりと笑みを作る。

 

「大神くん! みんなの公認が得られましたよ! これからは私たち、公認カップルってことでいいですよね! 早速あの日の、クリスマスの続きをしましょう!!」

「いいっ!? いきなり何を言い出すんだい鹿島くん?」

「あの日は私も急ぎすぎました! だから改めてキスから順にはじめていきましょう!」

「んむっ!?」

 

そう言って、鹿島は両手を大神の首に回して大神の唇を奪う。

 

「鹿島ー! 人がしんみりしてるところにいきなり何をするんデスカー!! 公認なんて上げる訳ないデース!!」

「ぷはっ、想い出話の代金ってことで、ダメですか?」

「良い訳ないデース!!」

 

 

 

 

 

追記:二度目の出会い

 

大神との約束から僅か数ヵ月後、鹿島の姿は東京駅にあった。

華撃団の発足、艦娘人権保護法の制定によって、艦娘の立ち位置は絶大に変わった。

悪戯などをされることは完全になくなった。

代わりに告白されるようになったけど、鹿島の心の中にはもう一人の男が住んでいる。

 

士官学校に残らないかという声を断り、鹿島は想い人のところへと向かう。

 

ホームに入ってくる新幹線の窓から特徴的な逆立った黒髪が見える。

 

ああ、それだけで涙が出そうになる。

 

警備府で艦娘と共に深海棲艦と戦っていると聞いたときは信じられなかった。

鹿島がようやく互角に戦える駆逐艦、軽巡ではなく戦艦とも渡り合ってると聞いたときは何かの冗談かと思った。

次に思ったのは大神の安否である。

深海棲艦と戦って怪我はしていないだろうか、無事だろうかと心配ばかりするようになった。

夜空を流れる流星に大神の無事を祈ったこともある。

大神の死を夢に見て、嗚咽や涙と共に目覚めたこともある。

何度も大神の声が聞きたくなって、電話を取りそうになったこともある。

 

そこまで望んだ大神の姿が、ある。

 

でも、ダメだ。

今は再会のとき、嬉しい時間のとき。

涙は似合わない。

全身から嬉しさを総動員して涙を堪える鹿島。

 

そうしていると、ドアの向こう側に大神の姿が現れた。

一歩ずつこちらに近づいてくる。

その顔が影から現れる。

 

もう鹿島は自分を止められなかった。

 

「大神くん! こんなに、こんなに早く、私の事呼んでくれるなんて! 大神くん、わたし、とても……うれしい!!」

 

そう言って鹿島は助走をつけて大神に飛びついて抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ……だから、俺はあの時点で提督になれる最短コースだった警備府の着任を望んだんだ。

 だから、頼む……鹿島さんをあまり泣かせないでくれ、俺。

 

 あの日警備府の襲撃で死ぬ筈だった――大神一郎より。

 

ああ……任せろ、俺。

 

最後の記憶の欠片がはまった。




真っ白に燃え尽きました


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閑話 6 白露型特訓します! 1

前の話と全く話調が違いますが、気にしないでください


「一番を狙う為には由々しき事態だと思うの!!」

 

午前の訓練が終わった後、白露型の4人は食事に行かずに演習場に残って相談を始めていた。

前々から相談するべきだとは思っていたのだけれども、先程の訓練での締めに行われた夕雲型?4人と白露型4人の模擬戦で完全に圧倒されて心の底から実感したのだ。

 

このままでは不味いと。

 

夕雲型?4人とは同じ駆逐艦同士の筈なのに、耐久も火力も雷装も、いや、それだけではない。

命中精度、回避など、ほぼ全能力で遥か上を行かれており、まともな反撃すらすることも出来ずに一方的にボコボコにされたのだ。

それは、まるで戦艦や重巡を相手に戦っているようですらあった。

 

「全く歯が立たなかったっぽい~」

 

夕立が肩を落としてぼやく。

この無力感は大神が狙撃されたときの主犯である敵空母棲姫に11隻で挑みながらも、まともに攻撃すら出来ず突破されたときのことを思い出させる。

更に言うと、その後大神たちでなされた空母棲姫へのリベンジは赤城と瑞鶴による航空戦での一撃と、合体技の一撃。

僅か二撃で敵を浄化殲滅してしまったのだ。

ここまで差が出てしまうと、自分達の無力さを思い知らされてしまう。

かつては、ソロモンの悪夢だ佐世保の時雨だとまで言われたことがあると言うのに。

 

「僕の力なんて些細なものだと思ってたけど、ここまで無力だと……悔しいよっ!」

「隊長にちっとも、いいとこ見せられなかったし」

 

時雨が珍しく語気を荒げ、村雨も疲れたように呟く。

 

「そう、だからね! 私達が一番になる為に! どうすれば強くなれるか相談して――」

「話は聞かせてもらったわ(もらいました)!!」

 

白露が始めようとした相談を、近くにあった電柱の上にいつの間にか上っていた二つの影が遮る。

いや、本当にいつの間に上っていたんだ。

というか何をしようとして居るんだ君ら、仮面なんか被って。

 

「「「誰ですか(っぽい~)!?」」」

 

声をそろえて、電柱を見上げる4人。

 

「誰だ彼だと聞かれたら」

「答えてあげるが世の情けです! って師匠押さないでください! 落ちちゃいます!!」

「しょうがないじゃない! 電柱って狭いんだから! ほら、朝潮こっち側に!」

 

勢いきって口上を始めたは良いが、いきなり漫才を始める二人。

おまけに名前をばらしてしまっている。

せっかく被った仮面が台無しである。

 

「「「…………」」」

 

ポカーンとその漫才を眺める白露型4人。

 

「青き海の破壊を防ぐため」

「青き海の平和を守るため!」

 

さっきの漫才をなかったことにして口上を続ける二人だが、最早今更である。

 

「真実の愛を一途に貫く」

「ラブリーチャーミーな! マスク・ザ・アサシオ!」

「ハンガーウルフな! マスク・ザ・アシガラ!ってちょっと待ちなさい、朝潮! 何で貴方だけかわいらしい口上になってるのよ。英語で言うと、私、いつも空きっ腹みたいじゃない!? そんなデブキャラじゃないわよ!!」

「え、でも、那智さんがこれでやるといいぞって、笑ってカンペ教えてくれましたよ?」

「那智姉さん、何やってくれてるのよー!!」

 

いや、やっぱり二人がやっているのは漫才だ。

電柱の上で器用にバタバタ寸劇を始める二人に、今日の昼食なんだっけと思い始める白露型4人。

 

「じゃあ、改めて――」

 

「真実の愛を一途に貫く」

「ラブリーチャーミーな! マスク・ザ・アシガラ(アサシオ)!!」

「暁の水平線を駆ける、恋愛華撃団の二人には」

「ホワイトホール、白い明日が待っています!! って、皆さん食堂に行かないでください、話を聞いてください~!!」

「ちょっと、置いてかないでよ~!」

 

最早付き合ってられないと白露型の4人は食堂に向かおうとしていた。

電柱から降りられない二人の猫、もとい艦娘を置き去りにして。

 

「ねえねえ、今日の昼食何にする?」

「洋定食がいいっぽい!」

「僕は和定食かな」

「間宮さんのいっちばんおいしい定食なら何でも!」

 

もう足柄たちのことは見なかったことにしようとしている。

結構薄情である。

 

「師匠、どうしましょう? 朝潮、こんな高いところから飛び降りるなんて出来ません!!」

「そんなこと言われたって、私だってやったことないわよ!!」

 

結局、白露たちに手助けされてようやく朝潮と足柄は地上に降り立つのだった。

本当に君達、何しようとしてたのさ。

 

 

 

「で、あなた達、強くなりたいんでしょう?」

 

せっかくだからと白露型4人と足柄と朝潮の6人で集まって昼食を取った後、お茶を飲みながら足柄が白露たちに話し始めた。

 

「ええ、そうですけど……」

 

どこか自信満々な足柄に引き気味の4人。

朝潮は全員のお茶を注ぎなおしている、流石、よく気が付く子だ。

 

「それなら、とーっても大事なことを忘れているんじゃないかしら? とある普通の駆逐艦娘だった娘を一気に一軍に! 愛する隊長にMI攻略メンバーに選出されるまで育て上げた、美しく、素晴しい師匠の存在を!!」

 

自分で言うな、と言いたげな4人だったが、いってることは確かに間違っていない。

足柄に弟子入りするまではあまりパッとしない艦娘だった朝潮が、飛躍的に強くなったのは事実。

 

「でも――」

 

遠慮がちに声を上げる時雨。

後日、足柄・朝潮の乱とまで言われたあの大パニックを食堂で見ていただけに、あれを自分達で再現させるのは流石に良心が痛む。

いや、それ以上に隊長にキスをせがんだり、不意打ちでディープキスしたりするのは流石に――

 

「それ、いいっぽい~」

「村雨の、ちょっといい唇捧げちゃおうかな~」

「じゃあ競争だね! いっちばん最初にキスしてもらうんだ~!」

「みんな、何言い出してるの!?」

 

裏切られた、という表情を浮かべて姉妹を見やる時雨。

夕立たちは大神とのキスを思い浮かべて、幸せそうな、蕩けそうな表情を浮かべている。

けれども、意外な事に足柄の方からストップが入る。

 

「ダメよ、それは。まずは隊長を好きになる基礎練習をしてからじゃないと」

「そうです、皆さん! 千里の道も一歩から!! キスの前にいっぱい、もっといっぱい隊長をお慕いして好きにならなくてはいけません!!」

 

足柄に続いて胸を張って断言する朝潮。

ああ、なんか嫌な予感がする。

というか誰も足柄への弟子入りを了承していないと思うのだが。

 

「「「まさか――」」」

 

足柄・朝潮の乱開始前、朝食後に二人が何をしていたのかは全員が知っている。

それをやれというのか。

 

「そう、特訓よ! あなた達が隊長をもっと好きになるための特訓、それをやるわよ!!」

 

予想通りの足柄の断言。

白露たちは足柄の背景に稲光が写るのを見た。

白露たちは、自分たちがもう逃げ出すことの出来ないところまで来てしまったのだと思い知る。

やってしまったと、心の中で思うが時既に遅し。

 

「でも、最後に隊長さんにキスできるのならいいっぽい~?」

「よくないよ!」

 

夕立に突っ込む時雨であった。

 

 

 

 

 

なお最初の対戦、好感度で見ると、

 

夕雲型?

秋雲 97

夕雲 70

巻雲 68

長波 73

 

白露型

白露 28

村雨 28

時雨 37

夕立 35

 

これで4対4って、もはやいじめの領域です




頂いた案では即大神さんでしたが、アレンジとして凸凹師弟登場、でも脱線気味w
しかしこの師弟、結構息あってきたなw


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閑話 7 白露型特訓します! 2

時雨受難


昼食後、白露型と朝潮と足柄は有明鎮守府の埠頭へと移動していた。

理由はもちろん特訓:『一日一万回、感謝の『大好き』』の為である。

 

「全員! 有明鎮守府での隊長との生活で、最も幸せになれる瞬間を申告しなさい!! あ、朝潮、あなたは良いから」

「どうしてですか師匠?」

「だって、あなたには前に一度聞いたじゃない」

 

可愛らしく首を傾げる朝潮に、何を今更と答える足柄。

しかし、足柄は大事なことを忘れていた。

朝潮にとって最も幸せになれるとき、それは以前の申告から更新されたのだ。

 

「師匠、違います! 今、朝潮にとって一番幸せを感じる瞬間は、隊長の胸で泣き疲れて眠ったあとで、目覚めたら隊長にお姫様抱っこされた上おでこにキスしてもらったときです!」

「何ですってー!?」

 

そうだ、思い出した、あの日、自分も朝潮救出の為に出ていたが、目覚めた朝潮のおでこに大神は「おはよう」とキスしたのだった。

 

あれ? もしかして自分、弟子に、朝潮に出遅れていない? と思う足柄。

 

「勿論! いっちばん頑張ったときのおでこのキスだね!」

「僕は……ほっぺのキスの方が幸せかな」

「うなじにキスしてもらえるのが、すごく感じて幸せ~」

「隊長さんにキスしてもらえるなら、夕立どこでも幸せ~。隊長さんキスしてキスして~」

 

そして朝潮との特訓以降、大神のキスをせがむ艦娘は激増した。

勿論唇へのキスはしてはくれないが、朝潮にした、おでこやほっぺ、うなじにはしてくれる。

 

けれど、あれはMVPの報酬の筈。

朝潮との特訓の時点で、白露型はMVPを奪われるほど能力補正に差があったはずなのだが。

と言うか、MVP取ったことあったっけ。

そう疑問に思う足柄に朝潮が耳打ちする。

 

「師匠、最近は遠征や巡回から帰った時でも、頼めばしてくれるようになったんです」

「え"」

 

ちょっと、待て。

 

これは、自分も特訓しなければならないのでは。

師匠として、朝潮にも白露型にも負けていられない。

 

そう思い、自分も大神のキス3点セットをしてもらったときのことを思い出す。

 

 

 

(以下足柄の回想)

 

「隊長、私にも……」

 

そう言って足柄は大神にしな垂れかかる。

鍛えているだけあって、足柄が寄りかかっても大神はビクともしない。

 

(そうよ、こういうシチュエーションを私は待っていたのよ!)

 

「分かった、足柄くん。これは外してもいいかな?」

 

そういって大神は足柄のカチューシャに手を伸ばす。

 

「はい……」

 

(来たわ来たわ、このときが! 男の人にこのカチューシャを外してもらえる! このときが!)

 

大神の手がカチューシャに伸び、ゆっくりと外していく。

カチューシャで固定されていた髪の毛が広がっていくが、大神はその髪を集めて足柄のうなじを露にする。

髪の毛を優しく触られ、ピクっと反応する足柄。

 

(ふぁっ……、ダメよ足柄! ここで変に反応したら嫌がられていると勘違いされちゃう! 隊長にうなじにキスされるまでは我慢なのよ!)

 

「いくよ」

 

耳元で甘く囁かれて、足柄はそれだけで達しそうになる。

そして大神の唇が落ちた。

 

(回想終わり)

 

 

 

「漲ってきたわ! みんな準備は良い! 幸せを感じてきた?」

「「「はい!!」」」

 

全員が顔を紅潮させて答える、朝潮はまだしも、白露型がそうしていると結構エロい。

駆逐艦とはとても思えないエロさがそこにあった。

やっぱり負けられない、足柄はそう思う。

 

「全員、海に叫ぶわよー!! せーのっ」

 

「大神さん、大好きー!!」

「「「隊長、大好きー!!」」」

「隊長さん、大好きー!!」

 

思いの丈を全て込めて、足柄たちは海に叫ぶ。

だが、重要なことを朝潮以外は忘れていた。

 

「師匠! 皆さん! そこは『大神さん、大好きー!』と叫ぶ場面です!」 

 

朝潮が振り返って足柄を含む全員に注意する。

 

「えー、それは流石に……」

「そんな、僕みたいな艦娘が隊長を大神さんって呼ぶなんて……」

「いきなりは、ちょーっと……」

「夕立はどちらでもいいっぽい~」

 

夕立以外は、流石にその呼び方をすぐには受け入れにくいらしい。

足柄も自分で言うのはちょっと、いやかなり恥ずかしかった。

だが、朝潮は止まらない。

 

「ダメです! 響さんや睦月さん、如月さん、秋雲さん、明石さん、鹿島さん、そして瑞鶴さんたちに負けない為にも、ここはみんなで『大神さん、大好きー!』と叫ぶべきです!!」

「くぅっ! 朝潮を大きく感じるわっ! この私が、呉不敗と呼ばれた私が負けると言うの!?」

 

元は自分で朝潮に指示したこと、言い出したことなのに、いざ自分で言うとなると恥ずかしさを感じて叫ばなかったことを見透かされたか。

けれども、足柄もこのまま朝潮に負けてはいられない。

 

「……そうね、朝潮の言うとおりね。白露、時雨、村雨、夕立! 師匠命令よ! 次からは『大神さん、大好きー!』と叫ぶわよ!!」

「「「はーい」」」

 

師匠命令と会っては仕方がない。

諦めた様子の白露、時雨、村雨。

 

 

 

そして、特訓は続く。

 

「「「シアワセカンジテー!!」」」

 

そして、大神への思いを心に貯めて、

 

「「「大神さん、大好きー!!」」」

 

海に叫ぶ。

 

「時雨、声が小さいわよ、もう一回!!」

 

でも、これは元々あまり大声を出すのが得意ではない時雨には難しい話である。

酷な話というべきか。

 

「大神さん、大好きー」

「もう一回!!」

 

しかし足柄は容赦しない。

どこかの英会話教室の超一流の講師養成所のように命じる。

駅前留学は伊達ではない。

 

「大神さん、大好きー!!!!!!」

 

半ばヤケになって叫ぶ時雨。

 

「時雨さん、隊長への想いが足りていません!!」

 

でも、それを今度は朝潮に見抜かれる。

 

「大神さん、大好きー!!」

 

テケスタ、それが時雨の最後の思いになりそうだった。

 

 

 

しかし、足柄は大事なことを忘れていた。

朝潮との特訓の時、海に叫び続けたことで苦情が来たと、大淀に注意をされていたのだ。

 

その注意を完全に忘れて今度は人数も6倍、音量も6倍。

どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

「足柄さん――」

 

自分を呼ぶ声に足柄が振り向くと、ニッコリ微笑む大淀がいた。

でも目が全く笑っていない。

 

そして海に向かって叫び続ける駆逐艦に気付かれないようにハンドサインを送る。

 

『チョット、ツラ、カセヤ』

 

そして、足柄たちは埠頭を追い出された。

 

だが、足柄は諦めない。

 

「まだよ、もう次の特訓を考えているんだから!!」

「まだあるの?」

 

蒼褪めた時雨が呟いた。




ヤバイ、白露型メインにするプロットだったのに足柄たちが勝手に動く。

最後の元ネタ(分からない人が殆どかな)
「ハイモウイチド!」
「テキストーヒライテー!」
「ヨクデキマシタ!」
でもテキストに起こしてみると洗脳じみてる気がするw

分からない人は「ヨクデキマシタ」でぐぐると分かるかもしれません。


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閑話 8 白露型特訓します? 3

「次の特訓の場所はここよ!」

 

足柄が白露たちを引き連れてやってきた場所は、保健室であった。

今は大神が狙撃から回復した後の後遺症がないか、検査の為に入院している筈だ。

 

「入院中の大神さんのお世話をするのよ! その格好で!」

 

足柄が振り返ると、白露たちはいわゆるメイド服を着ていた。

足柄はメイド服を着用しているが正直微妙に似合ってない、お世話する前に襲われそうだ。

と言うか、どこからこんなの持ち出したのだろうか。

 

「あのー、何でメイド服なんですか?」

 

恥ずかしそうにしている時雨が手を上げて質問する、白露たちも頷いている。

まあ、当然の疑問と言えば当然の疑問だろう。

 

「そんなの決まっているじゃない! お世話、ご奉仕と言えばメイド服だからよ!」

「……それだけ?」

「それ以外に理由が必要なの? 発声特訓が足りなかったかしら?」

「いいえっ! もう、分かりました! 十分です! 大神さん、大好きー!!」

「イイネ」

 

ハンドサインをしている時の大淀の顔を振り返って一瞬見てしまった時雨にしてみれば、もう一回特訓だなんてとても冗談ではない。

あの表情だけで深海棲艦を撃破出来そうな位に、怖かったのに。

恐怖を思い出し反射的に犬のように叫ぶ時雨。

もはやパブロフの犬状態である、ああ白露型の良心よ、恐怖に飼いならされてしまったか。

 

「しょうがないじゃないか、怖いものは怖いんだよ!」

 

誰に宛ててかは分からぬが応える時雨。

あんまりヒス起こすと胃痛起こして禿げるぞ。

 

「うるさいよ!」

 

「でも、メイド服なんてちょっとした切り札使ってもいいのかな?」

「なんでですか? 切り札だからこそ、特訓で使うべきなのではないでしょうか?」

 

時雨の天との応酬を完全に無視して、呟く村雨に応える朝潮。

 

「いやー、なんとなくなんだけど……居ない筈の妹の怨みの篭った声が聞こえるんだよね、『私の切り札、メイド服を奪うなー!』って」

「ここに居ないとなると五月雨さんか、涼風さんでしょうか? なら呼んで来ましょうか?」

「いや、どっちでもないんだけど……」

「それって、もしかして……」

 

村雨と朝潮の表情に蒼が指す。

MIで新たに救出された艦娘が居ることは、今はまだ海に、深海に囚われっ放しの艦娘が居ることの証拠に他ならない。

いずれは大神の力を借りて救出しなければならないのだろうが、その怨念がここまで届くということはただ事ではない。

大神が検査中で動けないのが辛い。

 

「どっちかっていうと、救出忘れられた怨みっぽい?」

「でも、構成上ほっぽとの二択だったらしいよ?」

「うさ○○仮面に続く、第二の没ネタではわる○○ちゃんが来る筈だったらしいよ~、そしてそれを魔法に目覚めた魔法熟女の空母さんが浄化するって流れだったんだけど、収拾付かなくなるのと、いくら閑話とは言え悪ノリし過ぎで設定破綻するのでボツになったみたいだけど」

 

そこの残りの白露姉妹、メタ発言は禁止だってば。

ボツなものはボツなの。

そんな設定はありません。

 

「「「はーい」」」

 

その返事を足柄が全員の了承と捉える。

 

「よろしい、じゃあ全員保健室に突入するわよ!」

 

と、足柄が扉を開けた。

丁度大神が明石の検診を受けている最中だった。

 

「大神さん。次は問診をしますね。最近生活の中で何か変わったこととかありますか?」

 

相手が医者ということもあってか、唇がいささか緩くなった大神。

その手の主人公としては言っちゃいけない本音を白状しようとする。

 

「うーん。やっぱり四方八方艦娘だから最近溜まってきたと云うか、辛くなって来たと言うか、ちょっと加山や米田閣下とかと飲みたい気分かな」

「大神さん……ごめんなさい、医師の私がそのことに気付けなくて! 私がその辺りバッチリメンテナンス致します!」

 

大神の発言をそう捉え、そう言って大神をベッドに寝かせようとする明石。

 

「あ、明石くん? 問診だから寝る必要はないんじゃないかな?」

「緊急の施術の必要ありと判断いたしました! 大丈夫、先っちょだけですし、痛くしません! ちょっと目を瞑っている間に終わりますから!」

 

かなり鼻息が荒い明石。

はっきり言って説得力がまるでない、正しく公私混同の純粋体。

そのまま大神の服を脱がせようとする。

 

「あ、明石くん? 次は胸部X線写真じゃなかったっけ? 下腹部は脱ぐ必要はないんじゃないかなー!?」

「大丈夫、すぐ終わりますか――あべしっ!?」

 

大神に迫る魔の手を、足柄は後頭部への一撃で沈黙させる。

気絶した明石を物陰に運び去るその手口は正に熟練者、ダンボール箱を被れそうだ。

 

「あ、足柄くん? 助かるけど明石くんの扱いが酷くないかい?」

「私は隊長最優先です! 良かったわー、犯行前で。でも、大神さん大丈夫! 大神さんのメンテナンスは私達が致しますから」

 

そう言って大神の前に並ぶ足柄たち。

 

「さあ、隊長! 私達の中から一人を選んで下さいな!」

「いいっ!? いやいやいや、俺は気分転換がしたいだけだよ!?」

「大丈夫! 言わなくても分かってるわ! 隊長、私達がご奉仕致しますね!」

 

大神の制止にも足柄は全く止まる気配がない。

これは誰かを選ばないと収まりが付きそうにない。

かと言って、足柄は危険すぎる、あらゆる意味で、と言うか即絞られそうだ。

朝潮も最近足柄に感化されていて危険だし……と考えた大神は一人を選択する。

 

「じゃあ、時雨くん、お願いしてもいいかな?」

「ええっ? 僕?」

 

驚愕の表情を露にする時雨。

この場で選ばれるということは、大神のそういう対象であることの証。

駆逐艦の自分が選ばれるだなんて思いもしなかったけど、ちょっと嬉しいかもしれない。

 

だとしたらしっかりお世話しなければ。

 

いや、大神の判断基準はこの場で一番まともなことをしてくれるか否かだったのだが。

 

「大神さ――隊長、僕が隊長のお世話をするね」

 

そう言って、脱がされかけた服を再度着せようとする時雨。

一方、エプロンのすそを噛み締めて悔しがる足柄たち。

借り物の服なのだからあんまりオイタはよくありません。

 

 

 

しかし、足柄は大事なことを忘れていた。

明石の検診は司令室の全員が分かっているのだ。

スケジュールに滞りがあれば気が付かないはずがない。

 

「足柄さん――」

 

自分を呼ぶ声に足柄が振り向くと、ニッコリ微笑む大淀がいた。

でも目が全く笑っていない。

 

そして大神のお世話をする時雨に気付かれないようにハンドサインを送る。

 

『チョット、ツラ、カセヤ』

 

そして、足柄たちは保健室を追い出された。

大神の入院中は、再度入り込むのは難しいだろう。

 

だが、足柄は諦めない。

 

諦めないったら諦めない。

 

 

 

「こうなったら最後の手段! 夜這いよ!!」

 

 

 

いい加減諦めたら。




春雨を完全に忘れてた鬼作者
次回で終わります


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閑話 9 白露型特訓します? 終

そして夜、時は既に消灯時間。

夜間灯のみが小さく灯っており、廊下を照らしている。

足柄たちは寝間着に着替えて、大神の部屋の近くまでやってきた。

 

「いいわね、全員揃ってるかしら?」

 

流石に大声を出せば他の艦娘に気付かれてしまう為か、足柄の声も小さい。

それにつられ朝潮たちも小さな声を出す。

 

「朝潮、師匠がお呼びとあれば即参上です」

「白露、今度こそ一番乗りするんだもん」

「村雨、準備オッケーよ」

「夕立も準備万端っぽい~」

「ねえ、足柄さん、本当に夜這いなんてするの? これ以上やっちゃったら、大淀さんだけじゃなくて、金剛さんとか鹿島さんとか、本気で敵に回しちゃうよ?」

 

いや、一人だけ寝間着に着替えていない時雨が、足柄の暴走を制止しようとしている。

ただでさえ大神が検査中ということで、秘書達もなかなか会えずどこかピリピリしているのだ。

大神に夜這いしたと知られたら、ただではすまない。

 

「うぐっ、それは……でも、ここで諦める訳にはいかないのよ!」

「足柄さん、声大きいよ」

「あれ、こっちから話し声がするデース、足柄っぽい声デスネー」

 

足柄たちの話し声を察知したか、何故か近くに居た金剛が近づいてくる。

このままでは金剛に鹵獲され、

 

『刑を申し付けるのデース! 市中引き回しの上、磔! 獄門デース!!』

『いやーっ!?』

 

と極刑を言い渡されるに違いない。

 

「ほら、みんな身を隠すわよっ」

 

流石にそれはゴメンだと、近くの部屋、と言うか大神の部屋に忍び込んで身を隠す足柄たち。

 

「ええっ? 大神さんの部屋に隠れたら、もっと言い逃れできなく……」

 

どんどんドツボに嵌っていっている様に思う時雨、それは多分間違いではない。

 

「あれー、誰も居ないデース。気のせいデスカネー?」

「本当に足柄さんが居たんですか、金剛さん?」

 

足柄の居た場所に近づき、辺りを見回す金剛と鹿島。

ある意味最も恐ろしいペアが、二人で大神の部屋の外を見回りしている。

大神の部屋の中に居ることがバレたらどうなるか、部屋の外の様子を伺う足柄たちに戦慄が走る。

 

「ゴメンネー、気のせいだったかもしれないデース」

「いいえ、足柄さんのことです。昼の明石さんの襲撃と言い、もう何をするか分かりません」

 

昼間の事はある意味大神を助けた側面もあるのだが、傍から見れば大神とラブラブする為に検査していた医師を襲撃した事実しか残らない。

 

仏の顔も三度まで。

 

追い出すだけで済ませてきた大淀も、次は流石に許すつもりはない。

弱っている大神に夜這いするものが出ないよう、お互いを見張る為に金剛たちで構成された『大神さんの貞操を守り隊』は、もし足柄を捕捉したら、鹵獲の必要はない、殲滅しても構わないと大淀から連絡を受けている。

 

「まだ検査中の大神くんの弱った身体に付け込んで、襲うだなんて許せません!」

「勿論デース、鹿島。足柄を見つけたらギッタンギッタンにお仕置きしてあげるデース!」

 

気勢を上げる金剛たちに、寒気で身体を震わせる足柄。

ここが足柄にとって、最後の引き返せるポイントだ。

 

「師匠、引き際が肝心です」

 

朝潮の言うとおりである。

これ以上部屋に残らず、大神が寝ているうちに速やかに離脱するべきだろう。

 

「でも、隊長の寝姿を一目だけ――できれば、ちょっとくらいならキスでも――もっと出来れば、ベッドインを!」

「「「だあっ」」」

 

それでも、自分の欲望にまっしぐらな足柄に、ずっこける時雨たち。

そんな弟子たちを放置して、大神の寝顔を見る為に、大神のベッドにそそくさと近寄る足柄。

 

「これが隊長の寝顔……イヤだ、寝顔も、イイお と こ♪」

 

イカンイカンと、流れ落ちる涎を拭き取る足柄。

正しくその姿は残念美人。

 

だが、足柄は一つ大事なことを忘れていた。

大神は二天一流の、剣術の達人なのである。

そんな至近距離で邪気を発していて、寝ているとは言え大神が気付かない訳がない。

 

「何やつ!?」

 

大神は飛び起きて、敵かと反射的に神刀滅却を携える。

そんな大神の姿に、足柄はベッドから飛び離れると、

 

「みんな撤退よ、撤退~」

 

そのまま全速力で大神の部屋から外に逃走した。

 

「あっ、待って下さい、師匠ー!」

 

朝潮も少し送れて足柄の後を追っていく。

その一部始終を聞いて、彼女達を捕まえ、否、殲滅する為に『大神さんの貞操を守り隊』が、

 

「御用だ!」

「御用だ!」

「御用デース!」

 

と彼女達を追いかけていく。

艦載機まで持ち出してるので、彼女達が御用となるまでそう時間はかからないだろう。

 

となると、次に確認するべきは大神の部屋。

まだ不埒者が残っているかもしれない。

 

「隊長、ご無事ですか!?」

 

大淀が大神の部屋の中を確認する為に入っていく。

 

「ああ、もう大丈夫だよ、大淀くん。ありがとう」

 

そういう大神だったが、違和感はある。

と言うか、ベッドの膨らみ方が明らかに変だ、何人か隠れているのだろう。

 

「そうですか。では念のために、部屋の中を確認しても宜しいでしょうか? そのベッドとか」

 

大淀の声に布団がビクッと震える。

大神の頬に冷や汗が流れる。

 

「なんて、冗談です。隊長がそういうのなら大丈夫なのでしょう、早くお休み下さいね」

 

でも、大神がベッドを隠れ場所として提供したのなら、分かっていて庇うつもりなのだろう。

大神がそのつもりなら、ここはあまり追求するのも無粋か。

 

「あ、ああ。大淀くんたちこそ、あまり無理はしないでくれ」

「分かっています、隊長。日付が変わる前には解散して眠りますね」

 

そうして、大淀は大神の部屋を辞して、大捕り物と言うか殲滅劇に再参加するのであった。

しばらくの後、真っ黒こげの重巡と縄で縛られた駆逐艦が演習場に引っ立てられるのであった。

 

 

 

「もう大丈夫だよ、みんな」

 

大淀が去って行った後、大神が隠れている艦娘に声をかける。

 

「「「ぷはー」」」

 

布団をめくり返し、白露たちが深呼吸をする。

非情な事にとっとととんずらこいた師弟に出遅れて、部屋であたふたしている白露たちを大神が問題ないかと庇うことにして寝ているベッドを提供。

大神のベッドに潜り込んで、あの大淀から隠れるには息も殺さないとダメだ、と必死で呼吸を我慢していたらしい。

もうしばらく大淀があの場所に居たら、息を我慢しすぎて自爆して捕まったかもしれない。

 

「大淀さん、怖かったよ~」

「そうよね~、流石は筆頭秘書艦」

「あれ、時雨が起き上がらないっぽい?」

 

夕立の声に時雨を見やる白露たち。

 

「ごめん、みんな、腰が……抜けちゃったかも」

 

時雨は大淀の気に当てられて恐怖で腰が抜けたらしい。

大神の腰に抱きついた手を剥がして上手く起き上がろうとしたが出来ず、四苦八苦していた。

 

「んーん、うわあっ!? ごめんなさい隊長!?」

「時雨くん、大声を出したらダメだよ、しー」

 

ベッドに手を付いて起き上がろうとしたが失敗して転げて、大神の胸の中に納まる時雨。

大声を出して離れたくても、腰に力が入らずに離れることが出来ない。

更に声を出すことも制止されると、静かになった部屋のせいで寝間着ごしに耳から大神の鼓動がトクントクンと聞こえる。

それに濃厚な大神の匂いが胸元から匂う。

 

時雨は5感の過半、嗅覚と触覚と聴覚、あと視覚を大神色に染め上げられ、目がグルグルし出す。

考えないようにしても、残る味覚ではどうなのだろうかと考えてしまう。

 

『ダメだよ、時雨。こんなヘンなこと考えてたら隊長に嫌われちゃうよ!』

 

顔を朱に染めながら、変なことを考えないように必死に目を瞑る時雨。

 

「大丈夫かい、時雨くん?」

 

そんな時雨をあやす様に大神が背中をさする。

ところがどっこい、外界の刺激を遮断しようとしていた時雨には、それは過激な刺激過ぎた。

 

「んっ、ん~っ!!」

 

大神に抱きついて必死に声がもれ出るのを我慢する時雨。

でも、そんな様子は他の3人から見るとラブラブしているようにしか見えない。

 

「む~、時雨だけラブラブずるいっぽい!」

 

夕立が時雨の反対側から大神に抱きつく。

 

「時雨、それはバッドジョブよ~、こうなったら村雨も!」

「がーん、わたしがいっちばん最後?」

 

出遅れた白露と村雨が上から大神に覆いかぶさる。

 

「ちょっ、みんな? 大淀くんたちが行ったうちに部屋に戻って――」

 

流石に一晩匿う気はなかった大神が部屋に戻るよう促すが、

 

「時雨が動けるようになるまで無理っぽい~。大神さん、お話聞かせて聞かせて~」

 

そう、肝心の時雨が大神に抱きついたまま離れられ、いや離れようとしなかった。

この状態で3人だけ返す方が翌日誤解されそうだ。

夕立の言うとおり、時雨が動けるようになるまで待つべきだろう。

ある種の諦念と共に、大神は白露たちが疲れて眠りに付くまでおしゃべりに付き合う事にした。

 

大神の予想通り、翌朝まで大神のベッドで寝て、大淀に怒られる一同だった。

 

 

 

 

 

ちなみに、足柄は金剛にとっ捕まり、電柱に一晩磔の刑となった。

 

「次は、次の特訓こそは成功して見せるんだからー!」

「まだ言うデスカー、足柄ー! 邪念を落としてあげマース!」

 

と、金剛がはたきでまだ喚く足柄の身体をはたく。

 

「いたっ。あいたっ! 分かった、もうやらないから――」

「ほんとデスカー?」

 

でも、日付が変わって金剛が寝た後には、次の特訓を考え始めていたらしい。

懲りない艦娘である。

 

 

 

そして、朝潮には大淀と翔鶴からのお説教が待っていた。

いや、正確には足柄に感化され過ぎたところの矯正といったところか。

とてもではないが一晩では終わる見込みが立ちそうになかったので、時間をかけて行われた。

結果、少しは落ち着いたのかもしれない。

 

 

 

 

 

だが――数日後、

 

 

 

 

 

「師匠、阿賀野さんたちがもっと強くなりたいといっているそうです」

「決まったわね」

 

いや、落ち着いたのだろうか?

 

 

 

 

 

『大神さんの貞操を守り隊』構成メンバー

瑞鶴、鹿島、金剛、大淀、翔鶴、愛宕

(一航戦、二航戦は処罰中)

(駆逐艦は早く寝るべしと対象外)




誰が白露型1嫁で、誰が2嫁か、もう皆さんお分かりでしょう。


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第十一話 間宮、伊良湖の大神さん看病日誌
第十一話 1 お世話役は誰だ!


閑話でだいぶ忘れてたので思い出しながら


MI作戦における深海棲艦の反攻を阻止してから数日間。

霊的回復により回復したとは言え精密検査は必要と、大神は明石の検査を受けていた。

明石は自分の身体を調べながらの作業であったようだが、そちらの結果も出たようだ。

明石は二つのファイルを持って大神のベッドを訪れる。

 

部屋の外では、金剛や鹿島たちが大神の病状を確認する為に聞き耳を立てている。

二回説明するのも面倒なので、明石は窓を開けて外にも聞こえるようにした上で説明を始めた。

 

「大神さん、精密検査の診断結果が出ました。一点一点は省いて言いますが、狙撃箇所にほど近い肺や食道は勿論ですが、内臓が全体的に炎症を起こし弱っている状態ですね。炎症の原因たる怨念は取り除いたのであとは回復を待つばかりですが、内臓ですので回復するまで無茶は禁物です。2週間は自室で安静にして療養に務めてもらいます」

「2週間か、訓練は勿論だろうけど、指揮官代理としての任務も止めた方が良いのかな?」

「そうですね、医師としては全面ストップしたいところですが、滞ると困る任務もあるでしょうから――大淀、居るんでしょう? 入ってきて」

 

明石が外に声をかけると、予想通り大淀は外に居た。

明石に促されて、大淀が保健室の中に入ってくる。

 

「ええ、居ます。筆頭秘書艦の権限で動かせることについては全て行いますが、そうでないものの方が多いですからね。一日に1回か2回ほど時間をとって、確認頂きたいのが正直なところです」

「うん。その程度であれば、大丈夫かな。医師役として許可します。ただ朝、昼の食事から2時間後くらいまでは持って来ないようにして、食べ物をゆっくり消化する時間は欲しいから」

 

明石が大淀の発言内容を許可するが、そこに注文をつける。

だが、その発言内容が意味するものは大神にとっては聞き捨てならないものだ。

 

「と言う事は、点滴生活はようやく終わりってことで良いのかな?」

 

消化器官へのダメージが分からなかったから、経口での栄養補給を止められていた大神。

しかし食事が許されるといっても、すぐに普通の食事が許される訳ではない。

 

「ここ数日間のように点滴で栄養補給する必要まではありませんが、消化にいいものから段階的に固形物を増やしていく形になりますね。残念ですけど最初からいつもの食事は食べられませんよ」

「そうか……でも困ったな。段階的にって言っても、俺、そこまでは料理できる食事のレパートリー多くないんだけど」

 

腕を組んで悩む大神に、明石は笑って答える。

 

「療養してもらう人に、長時間立って料理させる訳ないじゃないですか。本来なら医師である私が大神さんの回復度合いを直接見て料理したり、どの程度休んでもらうかを決めるのが一番なんですが――」

「その言い方だと明石くんは出来ないのかい? そうしてもらえるのが一番回復は早そうだけど」

 

大神の問いに明石が肩を落とす。

 

「はい、この間の霊的治療で無茶しすぎたせいで、私も過労に近い状態みたいなんです。だから、私もこの1~2週間は基本、自室療養メインです。あーあ、せっかく大神さんのお世話を出来るチャンスだったのになー」

 

ぼやくような明石の答え、だがその内容を聞いて大淀の眼鏡が煌く。

 

「では、筆頭秘書艦である私が大神さんのお世話を!」

「何言ってるのよ、大淀。あなたは大神さん不在の間の仕事をしないといけないんだから、そんな時間ある訳ないでしょ」

「…………」

 

いや、明石の言葉のカウンターに即沈黙した、その場にがっくりと膝を突く。

大神に業務上、最も近い大淀と明石の二人が無理。

と言う事は、自分たちが大神さんのお世話をするチャンスなのかもしれない!

そう、部屋の外で会話を聞いていた艦娘たちが色めき立つ。

 

「と言う事は、私の出番デース!」

「榛名もお姉さまをお手伝い致します!」

 

と言うか、金剛と榛名が実際に保健室に乗り込んだ。

 

「隊長の食生活を守るのも五航戦のお役目です!」

「翔鶴ねえがすごい張り切ってる、私は翔鶴ねえのお手伝いが出来ればいいかな~」

 

大神のお世話と聞いて、翔鶴がやる気を出して乗り込んだ。

 

「皆さんには負けません! 大神くんの好みの味を知り尽くしてる私こそが!」

 

続いて鹿島も腕まくりをして乗り込んでいった。

 

「ふふふ、大佐よ。この武蔵が居る。何も心配することはないぞ!」

 

武蔵が続こうとした時には、周囲の艦娘たちは信じられないような表情で見ていた。

 

「うふふっ。隊長のお世話、頑張らないと」

「えー。これでも感謝してるんだよ、隊長に。だから、お礼」

 

何を考えているのかよく分からない愛宕と北上も続く。

 

「隊長のお世話! みなぎるわ~!」

 

と、続いて足柄が乗り込もうとしたのだが、

 

「足柄さんはこないだのことがあるから却下!」

 

明石に拒否される。

 

「えー、何でよ~。私だっていいじゃない~」

「じゃあ、大神さんが寝ている間、足柄さんはどうするの?」

「え? それは勿論みなぎってくる魂のままに――ベッドインよ!」

「だから却下なの!」

 

保健室から投げ出される足柄だった。

 

あと、駆逐艦も朝早くから夜遅くまでのお世話になるのでと対象外となりかけたのだが、総反対になり、結局お世話役への名乗りを許された。

 

「大人ばっかりずるいですよー。頑張ります!」

「師匠のお手伝いが出来なくても、一人でも隊長に尽くします!」

「如月ちゃん、一緒に頑張ろう! えへっ♪」

「はーい、好きな隊長の為ですもの、睦月ちゃんと一緒にお世話しますわ」

「ハラショー、気が付いたらこんなに敵が居るなんて……。大神さんの傍は渡さない!」

「べ、別に、クソ隊長のお世話なんかしなくたって――ううん、隊長が心配だから私も!」

「告白の続き、お世話してる時なら二人きりだから出来るかなぁ……」

「隊長、今度こそ膝枕してあげますね」

「隊長さまに捧げた身体、こういうときこそ使用していただくのです」

「いや~、私もこんなの似合わないとは思うんだけど、隊長が心配でさ」

「隊長にはこの間の恩もあるからね、僕に出来ることなら何でもするよ」

「隊長さんのお世話、頑張るっぽい!」

 

出るも出たるや、20人の艦娘が名乗りを上げた、大神のお世話役。

一体この中から大神のお世話役を勝ち取るのは誰なのか!?

 

タイトルの時点でバレバレかもしれないが、次話に続く。

 

 

 

ちなみに、後に懲罰房でこの話を聞いた赤城、加賀、蒼龍、飛龍、利根、筑摩の6人は、自分たちが大神さんのお世話をするお世話できる機会が! と泣いて悔しがったという。

それも罰です、大人しく受けていなさい。




駆逐艦当てクイズ(冗談)
十把一絡げにされた駆逐艦のお世話役の名乗り発言から、誰の発言なのか推理しようw
賞品は勿論ありませんw

ホント冗談ですからwww


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第十一話 2 真打登場

保健室が大神のお世話をするのは自分だと名乗りを上げた艦娘たちで埋まりかけた頃、鎮守府の廊下を打ち合わせを終えた間宮と伊良湖が歩いていた。

 

用件は食堂の料理長たちとの、来月の食堂での食事内容についての打ち合わせだった。

艦娘には間宮監修と言うことで信頼を得ているのだが、食堂の定食の内容は間宮が1から10まで全て決めて指示をして作っている訳ではない。

一ヶ月のメニューを決める打ち合わせに間宮たちが立ち会って、食堂の設備での作りやすさなども考慮した上で話し合い、間宮がOKを出した上で決定しているのだ。

 

「はぁ~。一月に一度のこととは言え、この打ち合わせは疲れるわね~」

 

手を組んで大きく背伸びしながら、間宮が少し先を歩いている。

 

「え? 間宮さん、疲れているんですか? いつも食堂側の提案をビシバシ指摘して、こういう風に作ればもっと美味しくできるとか、効率よく出来るとか言っているじゃないですか」

 

先程の間宮の様子を思い出して、どっちかというとストレス解消しているんじゃないかなと感じた伊良湖が疑問を口にする。

 

「それは当然よ。艦娘だけじゃなく、ここで働いているみんなや大神さんが私の監修ということで

食堂の食事を信頼しているんですもの。一つのメニューだって見落としする訳にはいかないし、そう思うと思いっきり集中しないといけないわ」

「……そうですね。甘味処やバーのメニューとは違って、毎日違うメニューにした上で皆さんに満足いただける内容にしないといけませんからね」

「そう思うなら、伊良湖ちゃんももう少し発言して欲しいわ。なんだか私ばっかりケチをつけているようで、最近食堂の皆に怖がられているような気がするの」

 

先程の打ち合わせで、指摘される度にだんだん凍り付いていく料理長の表情を思い出し、ため息をつく間宮。

いや、別にそれだけが原因じゃないと思うぞ、艦娘に説教とか良くしてるし。

 

「ごめんなさい、間宮さん……間宮さんが居ると思うと、どうしても頼ってしまって。もう少し、伊良湖も頑張らないといけないですね」

「じゃあ、伊良湖ちゃんには次の打ち合わせには一人で参加してもらおうかしら?」

「ええっ!? いきなり、そんな……」

 

いきなり孤立無援となることを恐れ、伊良湖が慌てて首を振り出す。

その様子をみてこっそりため息をつく間宮、この様子ではまだ独り立ちは無理か。

甘味処とバーの並行運営はなかなか大変なので、もう少し任せられれば楽になるのに。

 

「冗談よ、伊良湖ちゃん。さっきも言った通り、一つのメニューも見落としは許されないもの。伊良湖ちゃんには打ち合わせでもっと発言して貰って、その上でかしら?」

「分かりました、伊良湖ももっと頑張ります!」

 

間宮の訂正に気合を入れなおす伊良湖。

 

「それより先に甘味処の閉店か、バーの開店の方を伊良湖ちゃんには任せたいわ」

「艦娘の方から、バーの開店を早められないかって要望もありましたからね。分かりました、それについては伊良湖、どちらか受け持ちます!」

 

 

 

そんな会話をしているうちに、保健室の近くを通る間宮たち。

 

「あ、そう言えば大神さんの健康状態について確認しておかないといけないわね。食事の内容とかどうする予定なのか、明石さんに聞いておかないと」

 

間宮がそう言って部屋の中に入ろうとすると、

 

「だから、昔、料理コンテストでポイズンクッキングをして自爆した経歴のある金剛さんに、大神くんには任せられません! 大神くんの容態が悪化しちゃいます!」

「それは……比叡が居たからデース! 私と榛名ならそんなことはありまセーン!! 鹿島こそ、おしゃれ料理は得意みたいですけど、今の隊長に食べさせられるものを作れるのデスカー?」

「うっ!」

「ほれ見ろデース。ここは私たちに任せるのデース! ね、榛名~」

「はい、榛名なら大丈夫です!」

 

最大の敵の弱点を突き、除外できそうな雰囲気に持っていけそうになり勢いづく金剛と榛名。

 

「ふはは、隊長に必要な食事だと、そんなの決まっている! 体を形作るもの、肉だ!!」

「はい、武蔵さんは失格ですねー」

「何故だ!?」

 

その間に失言して、明石に除外される武蔵。

危なかったな、大神。

 

「…………」

 

鹿島は俯きながら肩を震わせている。

いや、病人に対する食事を作れない大半の艦娘が、どうしようかと顔を見合わせている。

逆に作れる翔鶴や如月、夕雲などはライバルが消えることとなるこの展開に一安心していた。

 

しかし、鹿島は転んでもタダでは起きなかった。

 

「それを言うなら、そちらだって、いえ、みなさん、大神くんの栄養管理をしながら間宮さん並みの料理が作れると言うんですか!? 病人食だからといって、味気ないものしか食べられないのは大神くんが可愛そうです!!」

「「「うっ!!」」」

 

鹿島の思わぬ言葉のカウンターに、病人食が作れることで一安心していた全艦娘が押し黙る。

間宮並の食事を作れ、それだけでも至難の業だと言うのに、病人食でだなんてそんなの誰にだって無理だ。

いや、正しくは一人、加えてもう一人を除いて無理だ。

 

「ほら、誰も出来ないじゃないですか!! それなら――」

「私なら出来るわよ」

「私も間宮さんほどではありませんが、一応……」

 

更に言葉を続けようとする鹿島を遮る声。

 

「間宮さんに食事を作ってもらって、お世話は私が――って誰ですか!? そんな、間宮さんに喧嘩を売るような――って間宮さんに伊良湖ちゃん…………」

 

誰だと振り向いた鹿島の目の前には、誰あろう間宮本人たちが居た。

確かに給糧艦の二人なら出来るだろう。

しかも、間宮は若干怒り気味だ。

 

「貴方たち、大神さん本人を忘れてお世話役の争奪戦に明け暮れて……そんな暇があったら、大神さんのお世話をしなさい! 一番大変なのは身体の弱った大神さんなのよ!」

「「「はいっ!」」」

 

始まろうとする間宮のお説教に心から震え上がる艦娘たち。

食堂での大神争奪戦が行き過ぎる度に炸裂した説教が、ここでも繰り広げられるのか。

 

「それなら、間宮さんが大神くんのお世話をすればいいじゃないですか。でも、間宮さんは甘味処とかバーとか忙しくて無理でしょう?」

「そうデース。出来ないならあまり口出ししないで欲しいデース」

 

だが、テンションの上がっていた鹿島たちは間宮にも噛み付こうとする。

ところがどっこい、

 

「そうね。話の内容からすると、どちらにしても大神さんの食事を作るのは私になりそうだし。それなら大神さんのお世話についても、任せてもらったほうが早いわ。貴方たちが間に入るより、私と明石さんで直接相談しながら進められるから」

「え……」

 

思わぬ回答が間宮から飛び出て、鹿島たちは閉口する。

 

「そうですねー。私も間宮さん並みの料理を作れって言われたら無理ですし、間宮さんが大神さんのお世話をしていただけるなら、それが一番かもしれませんね」

 

更に明石のお墨付きまで出た。

このまま、とんとん拍子に話は決まってしまいそうだ。

先程まで舌戦を繰り広げていたのが嘘のように。

 

「いいのかい、間宮くん? 甘味処とか、バーとか運営しながらだと大変じゃないかい?」

「そうデース! 間宮、無茶をして今度は間宮が倒れたりしたら大変デース!」

「縮小運営しますよ、勿論。だって、大神さんの身体が第一ですもの。そんな心配に時間を割くより、大神さんは体を治す事に専念して下さい」

「「「…………」」」

 

とどめにあっさり大神を優先すると宣言する間宮。

そこまで言われてしまうと、艦娘たちは完全にぐうの音も出ない。

 

「明石さん、改めて大神さんの健康状態について教えてくれないかしら? 出来れば詳細まで」

「ええ、大神さんの部屋に移動しながらお話しますね。大神さん、それでよろしいですか?」

「ああ、俺も出来れば美味しい食事を食べたいからね。楽しみにさせてもらうよ、間宮くん、伊良湖くん」

「うふふ、お任せ下さい。大神さんの体調に関わらず、美味しい食事をお作りして召し上がっていただきますから」

「はい、伊良湖も頑張ります!」

 

そして大神たちは保健室を出て大神の部屋へと向かう。

 

 

 

「「「…………」」」

 

大神たちの居なくなった保健室。

そこには負け犬の群れだけが残されていた、吹き荒ぶ風が良く似合っている。



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第十一話 3 看病の始まり

保健室から大神をつれ大神の部屋に向かう間宮たち。

幸い、肩を落とした金剛や鹿島が後を追ってくる気配はない。

あの調子で大神の部屋でドタバタされたら堪ったものではないので、良かったというべきだろう。

 

「まあ、少しかわいそうかなとは思いましたけど」

「誰がかわいそうなんですか、間宮さん?」

 

隣を歩く伊良湖が間宮に尋ねる。

 

「金剛さんたちのこと。あの子達の熱意と大神さんへの好意は間違いないんでしょうけど、あの調子で大神さんの看病をされたら治るものも治らなくなってしまうわ。だから、かわいそうだけど心を鬼にしないと」

「あはは……」

 

説教中はいつも鬼が居ますよ、とは面と向かっていえない伊良湖は苦笑するしかない。

 

「皆さん、多分、今度は面会を求めてくるんじゃないかなー。でもその辺りは間宮さんの裁量にお任せします。大神さんの体調回復の負荷になってるなら追い出しちゃって構わないですよ。大神さんは多分、会いたいと言ってる艦娘にはあまり厳しくは出来ないでしょうし」

「そうだね、明石くんの言うとおり、俺だと負荷になっても面会に応えてしまいそうだから」

 

もう大神の性格をある程度は理解しているのだろう、明石が間宮に大神の手綱を託す。

 

「あらあら、そこまで信頼されちゃっていいのかしら? もし私が大神さんを独り占めしたくなったら誰も止められなくなってしまいますよ?」

「いいっ!? ま、間宮くん?」

「なんて、冗談ですよ。さ、大神さん、部屋に着きましたよ」

 

そんな冗談を間宮が言っている間に、大神の部屋に到着する。

司令室とは異なり私室であり、極秘の物がある訳ではないので、掃除は不在の間に担当のものが行っていた。

 

「それでは、間宮さん、私も自室に戻って休みます。順調そうでも最低一日一回連絡を。もし何かあったらすぐ私を呼んでくださいね」

「明石さんの方は大丈夫? 伊良湖ちゃん、一応明石さんを部屋まで送って行ってあげて頂戴」

「あ、はい! 分かりました、間宮さん」

「そうしてもらえると助かります。大神さんの前に私が倒れたらお話になりませんからね」

 

そうして明石を部屋まで伊良湖が送っていき、大神の部屋には間宮と大神の二人が残される。

二人は私物もさして多いわけではない部屋をベッドまで歩いていく。

 

「大神さん、疲れていたりしませんか?」

「情けない話だけど、お腹の辺りがちょっと重い感じだね。明石くんの言うとおり身体の中が疲労しているのかな」

「それだと、今日は体を拭いたりしない方がいいかもしれませんね。早くベッドで休んで下さい」

「いや、まだ暑いし、汗も掻いてしまったからね。出来れば休む前に拭きたいところかな」

 

確かに大神の額を見るとじんわり汗をかいている。

大神の言う体調からすると、あんまり身体は冷やさないほうがいいと間宮は思うのだが、大神が休む前にさっぱりしたいと言うのなら手伝ってすばやく終えるべきだろう。

 

「分かりました、大神さん。じゃあ、私はタオルと着替えを用意しますね」

「え、間宮くん、何を言ってるんだい? 体を拭くなんて一人で出来るよ!」

 

大神は慌てて間宮を止めようとするが、ここで止まる間宮ではない。

 

「ダメですっ、大神さんは病人なんですから座って待っていて下さい。あ、でも、あの……下を拭くのは出来ればお願いしてもいいですか?」

 

珍しく、実に珍しく頬を赤くして大神に目配せする間宮。

大神はコクリと小さく頷いた。

 

そしてベッドに座り、上半身裸になった大神の体を用意したタオルで間宮が拭き始める。

裸になった大神の胸と背中にはうっすらと丸い傷痕が残っていた。

 

「大神さん、これ……」

「ああ、狙撃された傷痕だね。霊的回復で治癒したからもっと傷痕は見えなくなっていく筈だけど、今はまだ傷痕が見えてしまうかな」

 

何気なく大神は答えているが、あのときの艦娘は自分も含めて酷かった。

大神が死んでしまうと悲しみにくれ、我を忘れてしまった。

 

「いまはもう、大丈夫なんですか?」

「ああ、傷口周辺は癒えてるから、こっちは心配要らないよ、って間宮くん、何を!?」

 

驚く大神をよそに間宮は大神の傷痕に軽く口づけをした。

少し涙が滲んでしまった目を大神に見られないように素早く涙をふき取りながら。

 

「早く傷痕が見えなくなるように、おまじないです。大神さん」

「それは良く効きそうだね。ありがとう、間宮くん。あと下の方は自分でやるから――」

「では、反対側を向いていますね。終わったら声をかけてください、洗濯物を出してきますので」

「ああ」

 

そうして、大神が下半身を拭き始め、衣服を下ろす衣擦れの音が聞こえてくる。

ただそれだけの筈なのに、反対側を向いた間宮は顔がどんどん赤くなっていく。

 

『――あれ? どうして?』

 

別に大したことではないと思っていた筈なのに、今の大神の姿が気になって仕方がない。

今大神はどこを拭いているのだろうかとか、変な事を考え始めてしまう。

僅かな時間しか経ってないのに、もう何十分も経ったかのように感じる。

やがて大神は身体を冷やしていないだろうか、と、心配が募る。

 

「大神さん? まだでしょうか?」

「ああ、もうちょっと――」

 

そう答える大神の声が近くに聞こえる。

どうして、大神の声が近くに聞こえるのだろうか?

もしかして――大神がすぐ後ろに居るのだろうか?

何の為に?

 

『――っ!?』

 

そこで間宮は気付く。

この部屋には間宮と大神の二人しか残っていないことに。

もし、大神が間宮を望んだら、戦闘力皆無の間宮が抵抗する術などないと言うことに。

 

『何考えているのよ、間宮! 大神さんがそんなことする訳ないじゃない!!』

 

あんまりワタワタしていると、大神に怪しまれてしまう。

でも、衣擦れの音がだんだん近づいているようにも思える。

ここで振り向くべきだろうか、でもまだ拭き終わってなかったら、失礼だし。

 

そんな風に間宮がためらっていると、

 

「間宮さーん、明石さんを送って来まし――大神さん!!??」

「伊良湖ちゃん!?」

「伊良湖くん!?」

 

明石を送り終えた伊良湖がノックなしで大神の部屋の中に入ってきた。

ちょうど下着を取り替えようと、大神が下着に手をかけた状態のときに。

 

そして、間宮は大神が服を脱ぐのを反対側を向いて待ち、顔を赤くしている、ように見えた。

 

伊良湖が一瞬考えて出した結論、それは――

 

「失礼しました……後はお二人で、ごゆっくりどうぞ…………」

 

ドアを再びゆっくりと締める伊良湖。

最初、大神たちは伊良湖が何を言っているのか分からなかった。

 

次の瞬間、伊良湖が誤解していると気付いた二人は伊良湖を追いかけようとして慌てだす。

 

「伊良湖くん、待ってくれ! ――うわぁっ!?」

「伊良湖ちゃん、それは誤解なの! ――きゃあぁぁぁっ!?」

 

だが、ズボンを下に下げた状態で慌てて駆け出そうとした大神は、当然の如くバランスを崩し先に居た間宮に抱きついた。

ズボンを下に下げた状態で。

 

もっと言うと、パンツ一丁の状態で間宮に抱きついた。

 

大神の勢いに押され、押し倒される間宮。

その上に大神がのしかかる、パンツ一丁の状態で。

そのまま間宮の豊かな胸に顔を埋めてしまう大神、パンツ一丁の状態で。

 

「きゃあっ!? やんっ、大神さん、離れてください!」

「ゴ、ゴメン! すぐ離れ――」

 

胸に顔を埋められ、服を通り越して大神の吐息を感じて喘ぐ間宮。

すぐに間宮から離れようと、慌てて床に両手を突こうとする大神。

しかし、

 

「え――お、大神さん?」

 

大神が起き上がるために突いた両手には、ちょうど間宮の両腕があった。

意図してのものでは勿論ないだろうが、起き上がって間宮の胸から顔を上げた大神は、間宮を押し倒して、抵抗する間宮の両腕を押さえつけたように見える、パンツ一丁の状態で。

 

「間宮くん、今はな――間宮くん?」

 

大人しくなった間宮に疑問の声をかける大神。

 

「え、あの……えと、大神さん……優しくしてくださいね」

 

顔を赤らめて視線を僅かに大神から逸らす間宮。

腕の力も弱まり、色々受け入れる覚悟が出来たようだ。

 

「いや、違うんだ、間宮くん! 今離れるから!!」

 

そこにちょうど伊良湖が戻ってきた。

 

「大神さん、間宮さん、早とちりしてごめんなさ――大神さん、何を!?」

 

今度はもっと言い訳が聞かない状態だ。

さあ、どうする大神。

 

 

 

 

 

しばらくして、事情を説明し伊良湖がようやく納得した後、大神は気疲れもあり眠りについた。

伊良湖はノックを忘れたことを間宮にこってり絞られるのだった。



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第十一話 4 熱(前半)

「大神さん、起きられましたか? もうすぐ朝食が出来上がりますよ」

 

次の日の朝、間宮の声に目覚めると、大神の視界が歪んでいた。

あれ? と思いながら身体を起こそうとしたが、上手いこと体に力が入らない。

それでもならばと勢いをつけて起き上がろうとした大神だが、上体を起こした勢いのまま横に転がり落ちそうになる。

 

「大神さん?」

 

食事を作っている間宮の代わりに、大神の様子を見ていた伊良湖が大神を抱きとめるが、その体は明らかに熱かった。

力なく伊良湖にうな垂れかかる大神の大き目の鼓動が聞こえ、伊良湖の顔が赤くなるが、明らかに異常な大神の体調に、恥ずかしがってる場合ではないと気を取り直す。

 

「間宮さん! 大神さんの身体、すごく熱いです!!」

「本当? ちょっと待って、体温計で熱を計って、明石さんを呼んでこないと! 体温計は……」

「大神さんのベッドの近くなんですが、伊良湖は手が離せなくて……」

「すまない、伊良湖くん、今離れるから……」

 

離れようとする大神だったが、その腕には明らかに力がない。

それより、伊良湖の手で寝かせなおしたほうが早い。

 

「無茶しないでください、大神さん。今寝かせますから」

 

そう言って、伊良湖の手には少々重い大神の身体をベッドに横たえなおそうとする。

 

「伊良湖ちゃん、私も手伝うわ」

 

コンロの火を止めた間宮が、伊良湖に手を貸し大神を寝かしつける。

横になった大神に脇で測る体温計をセットし、布団をかけ直す。

 

「私は明石さんを呼んでくるわ。だから体温計の音が鳴ったら大神さんの体温を確認してね、伊良湖ちゃん」

「あ、はい!」

 

そうして間宮がパタパタと明石を呼んで来た。

明石と共に間宮が急いできたときには、体温の計測も終わっている、その結果は――

 

「38度6分? かなり高いですね。大神さん、昨日身体を冷やしたりしました?」

「……少し。体を拭くのに時間をかけたから、それで身体が冷えてしまったのかな」

 

本当は身体を拭くこと以外で時間がかかってしまったのだが、流石にそこは言葉に出さない大神。

 

「あー、多分それですね。汗をかいて気持ち悪いのは分かりますが、時間をかけすぎてはダメですよ。大神さんは、本調子ではないんですから。間宮さんも」

「……それは。ごめんなさい」

「いや、間宮くんは最初身体を拭かずに寝るよう、薦めてくれたんだ。俺が自分の意見を押し通したんだから間宮くんは責めないでくれ」

 

明石に謝ろうとする間宮を遮って、床に就いた大神がかばう。

 

「……はぁ、大神さん。じゃあ、これからは間宮さんの意見に従ってくださいね。あなたは病人なんですから」

「返す言葉もない、そうさせてもらうよ」

「明石さん、食事は昨日と同じで大丈夫かしら? そのつもりで作っていたのだけど」

「ええ、それで大丈夫です。大神さんが食べられる範囲で食べさせて下さい。あとは――」

 

念のために発熱以外の症状がないか、大神の身体を一通り確認する明石。

どうやら発熱に伴う諸症状以外については大きな問題はなさそうだ。

 

「うん、大丈夫ですね。じゃあ、大神さん、もう一度言いますが、これからは間宮さんたちの意見に従ってくださいね」

「分かった、明石くん。肝に銘じるよ」

 

そう言って明石が部屋を後にする。間宮も明石を部屋まで送って行く。

大神の部屋に残される伊良湖と大神。

 

横になった大神の熱のこもった吐息が何度も繰り返されている。

伊良湖はそんな大神を潤んだ瞳で見ていた。

 

「ごめんなさい、大神さん……伊良湖が、変な勘違いをしてしまったせいですよね…………」

「気にしないでくれ。あれは事故みたいなものだから」

「でも、そのせいで大神さんをこんなに苦しめて……伊良湖、お世話役失格ですね」

「そんなことはないよ。もし君が居なかったら、朝あのままベッドから転げ落ちてた。どこかぶつけてたかもしれない。そうならずにすんだのは伊良湖くんのおかげさ」

「……ありがとうございます、大神さん。間宮さんが戻ってきたら朝食の準備をしますので待っていて下さいね、寒くはないですか?」

 

今、言葉をつむぎだすのも一苦労だろうに、大神は伊良湖を元気付ける為に声をかける。

 

それを理解したのか、伊良湖は笑った。

 

 

 

そして、間宮たちに朝食を食べさせてもらった大神はうつらうつらとしていた。

間宮は甘味処の開店準備をしに、伊良湖は洗濯物を出しに行った。

独り、大神は取りとめもないことを考え始める。

そう言えば、こんな風に寝込むのはいつ以来のことだっただろうか。

少なくともこっちに来てからは一度もないし、仕官学校時代も、総司令時代もなかった筈だ。

もしかしたら、故郷に居たとき以来になるのだろうか、などと。

 

「子供のとき以来かな――」

 

そのせいだろうか、心が酷く幼く弱気になっていることに気付く。

 

今苦しんでいるのは、自分一人なんじゃないだろうかとさえ思う。

高熱のせいだと解っていても、孤独感だけは拭えない。

 

人恋しい。

 

そんな風にさえ感じてしまう。

 

寂しささえ感じる中、大神は浅い眠りに就いた。

熱のせいでうなされながら。

 

「大神さん、大丈夫ですか?」

 

そんな時、手が大神の額に伸ばされた。

熱でうなされている大神の額よりは冷たい、だが暖かな手のひら――

その体温が心に染み込んでくるようで。

孤独感を拭ってくれるようで。

 

「……母さん?」

 

思わず、目を開けることもなく、大神は子供の頃に戻った感覚のまま愛おしげに呼ぶ。

 

「ええっ、母さんって?」

 

戸惑ったような声が聞こえてくる。

その声に我に返って目を開けると、そこに居たのは伊良湖であった。

伊良湖が大神の額に手を伸ばしたのが原因かと、手を引き戻そうとしているのを見て、大神はその手を握る。

 

「大神さん?」

 

伊良湖の表情が困惑に彩られる。

 

「もう少し、このまま額に手を置いていてくれないかな……冷たくて、でも暖かくて気持ちがいいんだ」

「……はい、伊良湖の手でよろしければ」

 

作業を中断して、伊良湖はベッドに腰掛けて大神の額に手を置く。

ああ、やはりその体温が心地よい。

 

熱でうなされていた大神の孤独感が消えていく。

 

「それにしても、大神さんもそういう事あるんですね」

「何がだい?」

「伊良湖のこと母さんって、寝ぼけてたんですか?」

「あ、いや……それは…………」

 

自分の失言にようやく気づいたのか、顔を赤くする大神。

その様子を見てクスクスと伊良湖は笑う。

 

「いいですよ、母さんが大神さんが眠るまで傍にいますね。額に手を当てる以外に何かして欲しいことはありますか? 子守唄でも歌いましょうか?」

「伊良湖くん……ああ、お願いしてもいいかな?」

「はい、伊良湖ママにお任せ下さい」

「伊良湖くん、それは流石に勘弁してくれ……」

 

伊良湖にからかわれて赤面する大神だったが、歌い始めた伊良湖の子守唄を聞いているうちに、意識が揺らいでいく。

そして手から力が抜けていき、大神は安らかに眠りに就いていった。

しかし、伊良湖は大神の額からしばしの間手を放さず、大神の寝顔を見詰め続けていた。

大神を伊良湖は多分艦娘の中で始めて、かわいい人だと思った。

そして、こんな大神を独り占めできることが嬉しいと思った。

 

「伊良湖……くん」

 

寝言で大神が一言、自分の名を呼ぶ。

ただ、それだけ。

だけれども、それが嬉しくて仕方がなかった。




バブみ


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第十一話 5 熱(後半)

一転した話になりました


「間宮さん、間宮さん……」

「…………」

「間宮ったら、何ボーっとしてるデース!」

 

金剛の大きな声に、間宮はようやく反応した。

 

「あ……何でしょうか、金剛さん?」

「何って、何じゃないデース。パフェの追加注文お願いするデースよ!」

 

金剛が、目の前の空になったパフェの容器をスプーンでチンと音を出して叩いて言った。

あんまり行儀の良くない事である、大神に見られたらどうするんだ。

 

「どうせ、お世話も出来ないんだから気にしたってしょうがありまセーン」

 

ぶすーっとした表情で金剛がぼやく。

朝、大神が高熱を出したと聞かされて、居ても立ってもいられず、大神の部屋に乗り込もうとした金剛と鹿島だったが、間宮にストップをかけられ甘味処まで引きずってこられたのだ。

 

しかし今の大神に必要なのは休息なのだと、そう諭されても納得しきれない二人。

目の前の間宮が伊良湖と二人で大神を独占してるのだから尚更である。

 

たった一日で、少女のように大神を心配するようになった目の前の間宮に二人はかなり危機感を覚えていた。

一体昨日、何があったのかと、もしかして自分たちはとてつもない悪手を打とうとしているのではないかとさえ思える。

 

「ネー、間宮ー。そんなに隊長の事が心配なら、私たちに任せてくれればいいのデース! 間宮がここに居る間も、私たちに任せてくれれば問題ないのデース!」

「伊良湖ちゃんに任せてますから」

 

ここで変に応えると、ズルズルとなし崩しに入り込まれてしまう。

そう感じた間宮は一刀両断に切って捨てようとする。

 

「でも、伊良湖だけじゃ不安なんダヨネー。だから心配してるんデショー?」

「そ、それは……」

 

突き詰めて言えば、自分で様子を見られないので心配なのだが、流石にそこまではいえない。

だから答えあぐねる間宮。

 

「鹿島ー、これはもしかして……」

「金剛さん、付け入る隙ありでしょうか? 間宮さんー」

 

だが、それを金剛たちは勘違いしたようだ。

ここで踏み込んで、なし崩し的に自分たちも、と声を上げようとする。

しかしそこに伊良湖がやってきた。

 

「間宮さん、大神さんが眠られて熱も少し下がってきたようなので、お知らせに来ました。甘味処のほうは、お手伝いしなくても宜しいですか?」

「あら、伊良湖ちゃん、ありがとう。わざわざここまで来なくても電信でよかったのに」

 

伊良湖の言葉に、ホッと一安心する間宮。

 

「いえ、大神さんがぐっすり眠られているようなので、部屋でバタバタしていても起こしてしまうんじゃないかと思って……」

「そうね、寝かせてあげましょう。お昼になったら、昼食を作って様子を見に行こうかしら――」

「「じゃあ、そのとき私たちも一緒に!」」

 

間宮が行くのなら自分たちも。

そう声を上げる金剛たちだったが、今度は伊良湖が金剛たちの前に立ちはだかる。

 

「ダメですよ、金剛さん、鹿島さん。大神さんの睡眠の邪魔になっちゃいます。完全に熱が引くまでは自粛して下さい」

「「う、はーい……」」

 

珍しく強気な伊良湖に気圧され、金剛たちは引き下がった。

 

「伊良湖ちゃん? どうしたの?」

 

金剛たちを押し切るとは、控えめな伊良湖にしては珍しい。

そう思った間宮が伊良湖に尋ねる。

問われた伊良湖はかあっと顔を紅に染めた、大神の部屋での一件を思い出したようだ。

そして、伊良湖は答える、だって口止めされてないんだもの。

 

「だ、だって……伊良湖は大神さんのお母さん、いえ、ママなんです!!」

「「「は?」」」

 

その突拍子もない言葉に、甘味処に居た全ての艦娘が疑問の声を上げる。

 

「伊良湖ちゃん、大丈夫? 熱でもうつった? いえ……ないわね」

 

間宮が伊良湖の額に手を当てるが、熱はないようだ。

 

「間宮さん! 伊良湖、熱はありません! さっき、こういうことがあったんです!!」

 

頭がおかしくなったと勘違いされては、たまったものではない。

伊良湖は声を大にして、先程の大神の様子を詳細に克明に語る。

再度言うが、だって伊良湖は口止めされていないんだもの。

 

「「「な、なんだってー!?」」」

 

強く逞しく格好いい、いつもの大神からは想像もつかない、弱気な、少年っぽい、可愛らしい姿。

だが、詳細に克明に身振り手振りまでして話す伊良湖の話は真に迫っており、疑う余地はない。

これ後で大神さんが聞いたら、物凄く恥ずかしがるんじゃないかと一部の艦娘は思ったが、やめてあげてとは誰も言わない、だってみんな聞きたいから。

 

あ、どこかのカメラマンと、同人作家が話を聞いてニヤリと笑った。

 

一方、大神との誰より付き合いが長く、誰より大神を詳しく知っていることを自負していた鹿島にとっては、自分の知らない大神の様子は痛恨の一撃だったようだ。

半泣きになりながら、伊良湖を問い詰めている。

 

「こうなったら、私も大神くんにママって呼んでもらうんです!!」

 

そして金剛は、

 

「うぇへへへ~。Hey! 隊長~、そんなに甘えるなんて可愛いデース! 私のこと、ママって呼んでもいいのデース!」

 

妄想たくましく、涎がたれかかっていた。

 

 

 

口止めしなかった大神のミスであるが、熱でうなされていた大神にそこまで求めるのは難しい。

しかし後日、この話は誰かによって全ての艦娘に広まり、大神をからかうネタとなった。

もっとも一部の艦娘には、大神が伊良湖に見せた少年のような可愛い様子は好評だったらしく、自分も是非見たい、自分にももっと甘えて欲しいとより積極的になるきっかけとなったようだが。

 

でも、大神としてはネタでも本気でも、見た目小学生の駆逐艦などに「私がママよ!」「ママって呼んでもいいのよ!」とか言われまくったら頭を抱えるしかない。

抱えるしかないのだが、それはまた別の話。

 

 

 

甘味処でそんなことが起きているとは露知らず、大神はすやすやと眠り続ける。

 

 

 

お昼時と3時くらいに間宮たちは様子を見に行ったが、寝ている大神を起こすのも悪いと部屋を後にする。

 

 

 

夕食前に目を覚まし、熱もある程度引いて、夕食を食べる大神。

回復後、後日羞恥で悶絶することを彼はまだ知らない。




酷いって言わないで。

大神さんに羞恥地獄のフラグが立ちました。
あと、これ、閑話「私がママよ!」を後で書かないといかん流れかな?


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第十一話 6 あなた

大神の熱が下がってから約1週間、自室療養を始めてからとなると、約10日が経過した。

回復は順調で、明日からは食堂の食事を室内に持ってきて食べても、食堂で食べても問題ないだろうと明石の診断が出た。

 

「じゃあ、これで完全回復って言っていいのかな?」

 

ようやく、本調子か。

そう喜ぶ大神だったが、逆にそれを聞いた間宮たちの表情は暗くなった。

あと4日ある、そう思っていた大神のお世話が、今日でもう終わってしまうなんて思っていなかったのだ。

 

「いえ。これで数日様子を見て、それで最終判断となります。食事が元に戻ったからと言って、勝手に稽古とか訓練の参加はまだしないで下さいね」

「う……」

 

どうやら明石の危惧は当たっていたらしい。

まだ終わっていないと、訓練禁止と聞いて、今度は大神の表情が暗くなる。

逆に間宮たちはほっと一息ついた。

 

「それに、いきなり激しい運動も許可できません。流石にそろそろ運動もした方がいいですけど……そうですね、軽いストレッチとか散歩に限ってください」

「そっちも制限が入るのかい!?」

 

運動も段階的になのか、驚愕に大神が声を上げる。

 

「勿論ですよ。今日と明日は、それ以上の激しい運動はしないでください。その次は温水プールで運動ですかねー」

「プール、そんなものがここにあるのかい?」

「ええ、ありますよ。屋内の温水プールなので、どちらかというと冬に使うことを想定していたみたいなんですけど、あるんですから、使わない手はありませんね。一応まだ夏口ですし」

「しかし、参ったな……水上では戦闘服での活動を前提にしていたから、水着は単独では用意してないな。まさかプールで運動するとは思わなかったし」

 

そう呟く大神だったが、明石の笑みは収まらない。

 

「大神さんがそういうと思って! 酒保から今年の男物を持ってきました!! どうですか、大神さん? ここで何か購入いたしませんか!?」

 

そう言うと、うきうきとカバンから男物の水着を取り出す明石。さては、最初から売りつけるつもりだったか。

 

「あ、明石くん? 酒保の主担当は風組に任せたんじゃなかったっけ? なんで、そんな話になってるんだい?」

「いやー、椿さんに大神さんに売りつけてと頼まれ――ゲフンゲフン、ちょうど余って――ゲフンゲフン、せっかくだから見繕ってきたんですよ。どうですか? 一着といわず、二着くらい」

「いやいや、一着あれば十分だって! でも、まあそうだね。一つくらいはあった方がいいかもしれないかな」

 

なんだかんだで二人は楽しそうだ。

夕食も取り終えたし、明石の口調からすると、あとは寝かせるだけ。

明石も大分回復してきたようだし、それくらいは任せても問題なさそうだ。

どこか蚊帳の外に置かれたような気がする間宮たちは、部屋の外に出ようとドアを捻る。

 

「「キャッ!?」」

 

そうしたら、可愛らしい声を上げて青葉と秋雲が雪崩れ込んできた。

つい、コミケ前にバーで見て以来、よく見るようになった二人だ。

 

「あなたたち……」

「「あはは……」」

 

ため息をついた間宮のこめかみに大きな青筋が立つ。

何を目的としているのかは、深く考えるまでもない。

大神さんがプールに入るので、みんなプールに入ろうとでも噂を流すのだろう。

秋雲は水着姿の艦娘と大神狙いか。

しかし、間宮が説教する前に伊良湖が青葉たちの前に立ちはだかった。

 

「大丈夫です、大神さん! 伊良湖が、お母さんがついています! 狼藉物の好きなようにはさせません! 青葉さん、秋雲さん、大神さんはまだ病人なんです、プールではしゃがないように皆さんに伝えてくださいね」

「伊良湖くん、お母さんももう勘弁してくれ……」

「伊良湖ちゃん、完全に大神さんの保護者みたいですねー。……こうなるなんて意外にも程があるわ」

 

振り上げた鉄槌を振り下ろし損ねて、どうしたものか迷う間宮がそこに居た。

 

 

 

「あと4日か……」

 

お風呂後、間宮は自室のベッドの上で、物思いにふけっていた。

考え事は大神と、伊良湖についてである。

 

熱を出したあの日以来、伊良湖は、積極的に献身的に大神の看護を行うようになった。

 

間宮が名乗りを上げたから、そのお手伝いで。

 

そういうつもりが見え隠れしていた最初の日からしてみれば、俄かには信じがたい程に。

でも大神のことを心から心配し、世話を焼くその姿には邪念は見えない。

正直なところ、伊良湖に全て任せても大丈夫じゃないかと間宮が思うくらいには。

相手が相手だけにそういうわけにもいかないし、自分から名乗りを上げたことを他の人に任せるのも何かおかしいし、何よりどこか釈然としないので、そう口には出さないが。

 

「はぁ……なんで私、こんなことを考えているのかしら?」

 

いや、詳しく口に出さなくても心では分かっているのだ。

 

『伊良湖は大神さんのお母さん、いえ、ママなんです!!』

 

あれ以来、伊良湖は自分こそが大神を守るのだと、これでもかというくらいに気合が入っている。

どうして自分もあの場に居られなかったのかと、そう思ってしまっているのだ。

熱を出したあの日以来、大神が弱音を吐露したことなどないからなおさらだ。

 

「ダメね。こんなことでは、お世話役失格だわ」

 

弱音を吐くほど体調的に追いつめられていないのはいいことなのに、自分にも弱音を打ち明けてほしいとは思うなんて。

そう自分の額をコツンとたたく間宮。

 

「それに、よくよく考えてみたら『お母さん』と呼ばれるのはちょっと……」

 

ただでさえ年増とか、人妻っぽいとか言われて心の中で泣いたこともあったのだ。

これで『お母さん』と大神に呼ばれて、違和感がないとか言われたら泣ける。

『ママ』なら許せるが、『お母さん』は勘弁してほしいと思うのは乙女としてある意味当然のことなのかもしれない。

 

と、呼び方について、ふと間宮は思いつく。

 

「伊良湖ちゃんと違うように、大神さんの呼び方を変えるのもいいかもしれないわね」

 

とは言うものの、呼び捨てにするのは間宮には難しい。

 

「どういう呼び方をするのがいいのかしら? 少尉さん……大佐さん、なにか違うわね。隊長さん……一郎さん……」

 

大神のことを思いながら、次々と呼び方を変えていく間宮。

でも、次々と呼び方を変えても、どこかしっくりこない。

やっぱり大神さんがいいのだろうか。

 

「……えーと、……『あなた』」

 

『あなた』と呼んでみたとき、間宮の鼓動がトクンといつもより少し跳ね上がった。

大神の傍で微笑む自分を想像してしまった。

 

それだけ。

 

ただ、それだけなのに間宮の顔はあっという間に真っ赤になった。

 

「……って、私、何言ってるんだろう!」

 

自分でごまかすように打ち消す言葉を言ってみても、もう止まらない。

一度、口に出してしまった。

想像してしまった。

言葉に出すことで芽生えてしまった。いや、確認した気持ちはもうごまかせない。

 

大神の傍に居たい。

 

お世話役とか、そんなの関係なく傍に居たい。




雑念の塊、間宮さん。
プール回はあるよ。


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第十一話 7 あなたならどうする

翌朝、間宮たちを伴って大神が食堂に現れた、約2週間ぶりに。

 

「あ、大神さん! 回復されたんですか!」

「隊長さん! もう食堂で食べられるの?」

「ご主人様! 漣をマ――いえ、なんでもないです……」

 

久しぶりに見る大神の姿に艦娘たちが歓声を上げる。

一部大神をからかおうとする動きもあったが、させないと伊良湖が眼光で黙らせた。

やっと、食事が元に戻る様になったのだ、また逆戻りされたらたまったものではない。

 

「みなさん、大神さんはもう少しで全快なんです。それまでは自重してくださいね」

 

完全に威圧感を身に纏わせて、伊良湖が艦娘たちを威嚇する。

逆に間宮は頬を朱に染め、どこかボーっとしている。

大神に連れ添って朝定食を持ち、伊良湖と共に大神の隣の席に座り、もぐもぐと朝食を取り始めた。

 

今の間宮は気の抜けてしまった風船のようだ。

 

まるで、説教するときの間宮の威圧感が伊良湖に移ってしまったようにすら思える。

 

「間宮くん、大丈夫かい?」

「はい……」

 

大神も少なからずそれを感じていたが、自分の看病で疲れさせたのかな、と考えていた。

 

ただ間宮の心中はそんなことはなく、大神の傍にいられる喜びに打ち震え、そして、襲い来る感情の波に戸惑っていた。

 

昨日の夜、『あなた』と呼んでみたその時から、大神の傍に居たいと思うようになった。

でも、それだけでは終わってくれなかったのだ。

今朝起きた時には更に進んで、大神の赤ちゃんが欲しいと思うようになっていた。

非常に不味いとは間宮自身が分かっている。

こんなことを考えるなんて、自分はどうにかしている。

そうなのに、その筈なのに、考えることを間宮は止められない。

 

身体の中から求め、間宮に囁きかけてくる声を止めることができない。

 

食事の味すら満足に感じることができない。

 

いや、味と思うだけで、赤ちゃんへのミルクを連想してしまう。

そして、赤ちゃんにおっぱいを上げている自分の姿を。

 

もう、どうにかなりそうで、でも、こんなこと他の艦娘には相談できない。

言えっこない、言えるわけがない。

 

言ったが最後、昨日までのように大神のお世話だってできなくなる。

昨日までのように大神の傍に居られなくなる、大神が笑いかけてくれなくなる。

 

そう考えるだけで恐ろしくなる。

 

大神に変な艦娘と、怖い艦娘と思われたら、今の間宮はそれだけで死んでしまうだろう。

 

「テレビでもつけようか?」

「はい……」

 

そんな思考に飲み込まれてしまいそうな、一見、注意力散漫に見える間宮の気が向くかと、大神は情報番組、ニュースを流そうとテレビのスイッチをつける。

 

しかし、そのテレビに映っていた――赤ちゃんの様子を見て、大神が、

 

「間宮くん、可愛いね」

 

と呟いたことが間宮のなけなしの理性にとどめを刺した。

間宮は、昨晩想像した大神の傍で微笑む自分の姿から更に一歩進んだ、自分が赤ちゃんを抱いて大神と連れ添う姿を想像した。

してしまった。

 

そして、間宮は身体の中から囁きかけてくる声に負けた。

 

『汝の為したい様に為すがいい』

 

 

 

「ええ、そうですね。『あなた』」

 

身体の中から囁きかけてくる声に応えるように、大神に答える間宮。

そこには、やっと大神に『あなた』と言葉に出せた喜びが溢れていた。

見ようによっては慈愛に満ちた表情のようにも見える。

 

だけど、当然食堂は凍りついた。

 

「ま、まま、間宮―!? 『あなた』って、いきなり、何を言い出すネー!!??」

「『あなた』ってどういうことなんです!? まさか、大神くん!?」

「私というものがありながら、間宮さんに『あなた』って呼ばせるって、どういうことなの!? 隊長さん!!」

「大神さんは年上に弱いのかな……ううう、どうやったら戦艦になれるのかな……」

「あー、秋雲さん。それ私の台詞―」

「ち、違う! 誤解だ!!」

「誤解も六階もないデース!!」

 

艦娘たちが大神のもとに殺到する。

大神の言う通り勿論誤解なのだが、言葉にしたのは、『あの』間宮である。

とどめに伊良湖が、

 

「やっぱり初日に間宮さんを押し倒してたのは誤解じゃなかったんですね……大神さん。お母さん、お二人の邪魔をしてしまったんですね! ごめんなさい、今日からは二人っきりにしてあげます!!」

 

なんて言ったものだから、収拾がつかない。

 

「間宮を押し倒したって、隊長、どういうことデスカー!」

 

伊良湖に悪気はもちろんないのだが、この場でその発言は、大神に証拠を「くらえ!!」とつきつけたようなものだ。

 

ますます大神への視線が厳しくなる。

 

と、大神に厳しい視線を向けていた明石は、隣の間宮が全く発言していない事に気が付いた。

本当のことなら肯定するはずだし、違うなら否定するはずである。

それに、顔が赤く、頭も揺れている――これって、もしかして――

 

「間宮さん?」

 

明石が呼びかけるが間宮の返事はない。

その代り間宮の身体は力を失い、大神にもたれかかった。

その身体は熱かった、一週間前の大神のように。

 

「間宮くん? すごい熱じゃないか!? 明石くん!」

「はい、大神さん! 間宮さん、本当に熱、高いじゃないですか!? 保健室に連れて行きますよ!」

 

額に手を触れるだけで、明らかに高いと分かる、明らかに普通の体温ではない。

 

「……大丈夫ですよ、今日もあなたのお世話をしないと……」

「そんなこと言っている場合じゃない! 今重症なのは君の方だ、間宮くん!!」

 

そう言うと、大神は間宮を横抱きにして抱える。

正直、2週間近く運動をしていなかった腕に艦娘一人は若干厳しいものがあったが、迷ってる場合じゃない。

明石とともに、保健室へと向かうのだった。

 

大神を吊るし上げようとしていた艦娘たちも、その真剣な様子に、間宮の状態がただ事ではないと理解したらしい。

伊良湖を筆頭に間宮たちの後を追うのだった。

 

 

 

そして、しばらくの後――

 

「炎症反応はなし、他の症状を見ても器質的疾患ではなさそう……と。熱も落ち着いてきましたね。うーん、知恵熱ですかねー」

「知恵熱? 間宮くん、もしかして、そんなに俺の看病が負担だったのかい? そうとは知らずに、10日間もすまなかった! 間宮くん!!」

 

知らず間宮たちの存在に甘えてしまっていたかもしれない、熱を出した時など。

そう思い、保健室のベッドで休む間宮に、大神は頭を下げる。

 

「ち、違います! そんな風に謝らないで下さい、大神さん! 大神さんのお世話は負担じゃありませんでした!!」

 

だが、間宮にとっては謝られても困る。

 

「じゃあ、どうして知恵熱を?」

「そ、それは――」

 

答えあぐねる間宮。

知恵熱といわれて、間宮自身の中ではなんとなく答えは出ている。

お世話役の終わりの寂しさや、伊良湖への羨望、そして気付いたばかりの自分の気持ちなどがグチャグチャに混ざってしまって、整理できなくなってしまったのだろうと。

それが暴走してできたものが、今朝の突拍子もない考えだったり、熱なのだろうと。

 

でも、それを一から十まで話したら、それは大神への告白と同義だ。

こんな、明石に見られ、恐らく他の艦娘が聞き耳を立てている状況で話せるわけがない。

 

「はい、大神さん。そこまでです。知恵熱の原因はプライベートにもかかわりますので、

これ以上問い詰めるのはなしですよ」

 

なんとなく察したのか、明石がストップをかける。

 

「ああ、そうだね。間宮くん、すまなかった。今日は1日ゆっくり休んでいてくれ」

「でも――」

「でもじゃない、今は間宮くんの方が重病人なんだから」

 

それでもとベッドを出ようとする間宮の肩を掴んで、寝かしつける大神。

 

「分かりました、今日は休ませていただきますね。大神さんも無理はしないで下さい」

「ああ、じゃあ俺は自室で休んでいればいいのかな? 明石くん、運動は――」

「間宮さんを抱きかかえてここまで来た時点で、十分過ぎます! 午前中は無理をしないで休んでください」

「分かった」

 

そうして、大神は伊良湖とともに自室に戻っていった。

艦娘たちも解散したのか、保健室には明石と間宮の二人が残される。

 

「で、本当のところを教えてもらいますよ、間宮さん。プライバシーは守りますので」

「え――」

 

逃げることはできなさそうだった。




内面で大暴走


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第十一話 8 戦場(プール)に向かう者たち

間宮が知恵熱を出した翌日、間宮の姿は大神の部屋にまだなかった。

大神の身の回りの世話を伊良湖が行っていたが、その大多数を占めていた食事を準備する必要がなくなったし、もう大多数のことは大神自身でできる。

 

「大神さん、お茶でも飲みますか? 美味しいお茶お入れしますね」

「大神さん。耳をいじっていましたが、耳垢がたまっているのですか? なら、耳かきをしましょうか?」

 

だが、伊良湖は手持ち無沙汰になるどころか、やることを自ら見つけては大神の世話をしていた。

大神が業務に集中しているときは、その集中を切れないよう洗濯物を出しに行ったりし、集中が切れかかっているときは、そのことを察して気分転換などをもちかける。

間宮がいないから自分がやらなければと、気負いながらも実に嬉しそうに大神の世話を焼く伊良湖の姿は、もう完全に母親。

大神も純粋に厚意でしている伊良湖の行動を制止するをためらっているのか止めない。

 

秘書艦である自分でもそこまでしたことはなかったのに、と大淀がハンカチを噛んで悔しがっている。

また、診察に来た明石が唖然とする程に。

 

だが、こんな生活を続けて、万が一大神が伊良湖に依存するようになったらよくない。

明石は心を鬼にして、伊良湖のお世話をこれ以上はしないよう釘を刺す事にした。

邪念はない、筈である。

 

「伊良湖ちゃん。もう大神さんは動いた方がいいから、そこまでしなくてもいいんです」

「え? そうなんですか? でも、大神さんはまだ……」

「いえ、通常の食事をとっても全く問題ないみたいですし、炎症に関しては完全に収まったようですね。もう健康です。運動についてはもう少し段階的にしてもらいますが、大神さんの看病の方は終わりでいいですよ、伊良湖ちゃん」

 

急に今日で終わりと聞いてショックを受けた伊良湖、

表情に陰りがさす。

 

「え……、あ、はい……分かりました……」

「伊良湖くん、ちょっと待ってくれないか?」

 

傷心のまま立ち去ろうとする伊良湖を大神が呼び止めた、そのまま明石に問いかける。

 

「明石くん、君の体調の方はどうなんだい? 運動をする時に誰かに見てもらった方がいいんだろう? 君でいいのかな?」

「私ですか? 私は、まだ全快にはあと少し……あまり疲れちゃうといけないので、プールに入ったりは出来ないかな。そちらの方はまだお任せすることになっちゃいますね」

「伊良湖くん、そういうことになる。明日からはプールを使っての運動になるから、間宮くんにもそう伝えて欲しい。あと数日間、手伝ってもらえるかい?」

「……はいっ! 分かりました! では、間宮さんにそのことをお伝えしますね」

 

少し元気を取り戻した伊良湖は部屋を出て、間宮のところに向かう。

だが、歩いていくうちに伊良湖は再び元気をなくしていった。

 

「でも……もう、お母さんはお終いなんですよね……」

 

 

 

当の間宮はその頃、自室で療養していた。

熱が風邪によるものではなかったとしても、間宮が甘味処、バーの運営をしていた上、大神の世話をしていたのは事実。

熱が一日で引いたとはいえ、間宮は大神の看病をすることを含め、作業をすること全般にNGを出されたのであった。

 

「やることがないのは、これはこれで暇ね……」

 

自室でため息とともにぼやく間宮。

でも、ある意味よかったのかもしれない。

昨日の今日で大神にどう接すれば良いのか、間宮が迷っているのは事実。

 

昨日発言してしまった『あなた』をなかったことにできれば良いのだが、大多数の艦娘に聞かれてしまった以上それも無理。

開き直るしかないのだが、伊良湖のように母親らしく振舞うことは出来ないし、かと言って金剛や鹿島のように欲望全開で突撃するなんてもっと出来ない。

どうしたものだろうか。

 

「間宮さん……」

 

そんなことを考えていたとき、扉を叩く音がした。

続いて伊良湖が間宮を呼ぶ声が聞こえる、けれども声の調子が良くない。

 

「伊良湖ちゃん、どうしたの?」

「間宮さん。伊良湖、お母さんを解任されてしまいました……」

 

話の内容は間宮の予想の範囲内であった。

もう食堂での食事を普通に食べるようになったため、大神には通常生活での看病はほとんど必要ない。

数日のリハビリ的な運動のサポートを行った後には、間宮たちはお役御免となる。

 

「でも――」

 

そうなる前に、もう少し大神との距離を縮めたいと思うのは我がままだろうか。

間宮はもちろん、そして、おそらく伊良湖も。

 

「伊良湖ちゃん、明日の水着は用意してる?」

「はい、あります」

「可愛いの?」

「え? 可愛いものも持ってますけど、明日は普通の水着を着るつもりで……」

「ダメよ。伊良湖ちゃん、明日は可愛い水着を着てきなさい」

 

恐らく、大神に好意を持つ艦娘たちは、ダメだといわれても来るだろう。

大神の水着姿を見て、自分の水着姿を大神に見てもらう今年最後のチャンスだから。

今朝の食堂の会話で、かなり、いや、大半の艦娘がお台場に水着を購入しに行くことは把握済み。

金剛や鹿島など、艦娘によっては相当気合の入った水着を用意してくるに違いない。

とすると、間宮たちもそれなりの格好をしなければいけない。

 

「私は、そう言えばあれがあったわね……恥ずかしくて使わなかったけど……」

 

一瞬恥ずかしそうに顔を赤らめる間宮だったが、負けまいと探し始める。

 

そして、それを、決意とともに取り出した。

 

「ええっ!? 間宮さん、そんな水着を着られるんですか!?」

 

 

 

そしてお台場では、美人美少女ぞろいの艦娘たちが可愛い水着を買おうと訓練後に詰めかけ、残り少なくなった水着の中で少しでも自分に似合うものを探していた。

 

その集団を運悪く見かけたカップルの男性は例外なく艦娘たちに見とれ、仲に亀裂が走ったという。

 

合掌。



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第十一話 9 プールサイドの天使たち(前哨戦)

大変長らくお待たせしました。



その日、決戦の日の朝。

金剛型の部屋で最も早く目を覚ました者は、榛名であった。

 

「時間は、まだ早いですね……大神さんの剣術の稽古もありませんし、もう一眠り……」

 

まだ薄暗い、早朝といって良い時間。

そう言って目を瞑る榛名であったが、言葉とは裏腹に意識は完全に覚醒してしまったらしい。

 

「隊長~、私の~、Swimming wearはどう~デースカ~? え~? うぇへへへ~、可愛い~デスッテ~? たいちょ~もっと見てくだサーイ~」

 

姉の寝言を子守唄に寝ようとしたが、眠りにはなかなか就けない。

 

あるものの状態がふと気になって。

 

やがて榛名は諦めて、昨晩姉に見つからないように枕の下に隠してしまったものを取り出した。

袋から取り出したそれは、昨日、艦娘が水着を買うために鎮守府を出払っている隙に、こっそり酒保で購入した白のビキニであった。

隠す場所に困って、つい枕の下に隠してしまったが、もししわが付いてしまっていたらどうしようかと今更になって確認する榛名。

もし水着がしわくちゃになっていたら、大神の前になんて出れっこない。

 

「良かった、しわは付いてなさそうね……」

 

自分に言い聞かせるように声に出す榛名であったが、専門店に赴いた訳ではなく酒保でこっそり購入したものなので、きちんと試着などをした訳ではない。

 

サイズは合っているだろうか。

 

そもそもビキニは大胆ではないだろうか。

 

白の水着だなんて肌が透けて見えてしまわないだろうか。

 

など、一度水着のことが、いや水着を着た自分がどう思われるか気になりだすともう止まらない。

 

「お姉さまたちと一緒に水着を選んだほうが良かったかしら……ううん、ダメよ榛名。お姉さまたちと一緒に選んだら、遠慮して控えめにしないといけないから。今回だけは」

 

姉に流されがちな自分を理解していたからこその、榛名の発言。

だが、こっそり金剛を出し抜いたらより不味いことになりそうな気もするのだが、榛名はその事に気が付いていないようだ。

そして、寝巻きからいつもの制服、ではなく白のビキニに着替える。

身鏡の前に立ち、ビキニを着た自らの状態を確認する。

 

「変なところは……なさそうね。あ、でも少し肌色が透けてるかしら?」

 

パッと見、透けてはいないように見えるのだが、榛名の目にはそう写ったようだ。

少し水着の端を引っ張ったりして確認するが、やはり一度気になったものは透けているように見えてしまうらしい。

はしたない女と思われたらどうしよう。

そう身鏡の前で考え込む榛名。

 

「困ったわね……このままだと、プールに入ったら胸とか透けて見えてしまうかも。どうしたら……そうだわ!」

 

ぽんと手を打ち鳴らすと、榛名はタンスからビキニと同じ白のパレオとパーカーを取り出す。

そして、両者を身に付ける。

果たして、水着の透け具合は気にはならなくなった。

だが、せっかくの水着が台無しのような気がするのは気のせいではないだろう。

 

「これで完璧ね!」

「そんな訳ないデース! 榛名ー、私たちに内緒でこっそり水着買っておいて、オチがそれってあんまりデース!!」

 

金剛が袖を通したばかりのパーカーを脱がせて、榛名の胸を鷲掴みにする。

 

「きゃあああっ!? お姉さま? いつ起きていたのですか!?」

「もう起床時間デース! せっかくの榛名のおしゃれ、黙って見て見ぬ振りをしようと思いましたが、時間を忘れるくらい鏡の前で考え込んだ結論がパーカーだなんて、ありえないデース!!」

 

榛名が振り向くと、比叡も霧島もとっくに目を覚ましていたようだ、苦笑していた。

姉妹3人の目の前で、気付かれてないと思いひとり水着を披露していたことに気付き、榛名の頬が赤くなる。

 

「だ、だって! 肌とか乳首がもし透けて見えてたら恥ずかしくって!!」

「そこを恥ずかしがるなら、なんで白なんて買ったんデスカー! 榛名! 姉を出し抜こうとした罰デース! このパーカーとパレオは没収するから、そのビキニで隊長の前に行きなサーイ!!」

「えええっ!? そ、そんな? 榛名、そんな恥ずかしいこと!!」

 

そして、金剛はパーカーとパレオを榛名の身から奪い取る。

ビキニのみになった榛名は金剛の手から逃れようと抵抗した為か若干汗をかいており、艶かしい。

普通の男なら黙っていないだろう。

 

――けれども、

 

「水着を買ったのは私たちだけではないのデース! 恥ずかしがってたら、せっかくの榛名の水着も他の艦娘たちに埋没してしまうヨ? 言いたくないけど、鹿島とか……」

 

昨日、鹿島はお台場の水着売り場で、紅の水着を手に取っていた。

鹿島の銀髪、白い肌にそれは良く似合うであろう。

 

『今年は大胆に行こうかしら?』

 

呟いていたその言葉からすると、大神は去年までの4年間、鹿島の水着を見て来たに違いない。

なら、並大抵の水着姿では動じない筈だ。

 

恥ずかしがっている余地などない。

 

「大胆に攻めないといけないのデース、少なくとも鹿島以上に! 鹿島には、アイツだけには絶対に負けまセーン!」

 

両目に炎を燃やして燃え上がっている金剛。

それにつられて榛名の心にも火が灯る。

 

「そうですよね! 大神さんは、鹿島さんには渡せません! 鹿島さんの匂いはさせません!!」

 

 

 

そう言った榛名も、

 

 

 

「よく言ったのデース! 隊長の両脇は私たちで独占するのデース、榛名!!」

 

 

 

榛名の言葉に頷いた金剛も、

 

 

 

「大神くーん、どうですか、この水着?」

 

 

 

プールに現れた大神に真っ先に飛びついた鹿島も、

 

 

 

伊良湖を除く全艦娘が度肝を抜かれる。

 

 

 

 

 

「大神さん、どうでしょう? 似合いますか?」

 

 

 

 

 

 

そう言ってプールに現れた間宮の、色気溢れる黒いビキニ姿に。




時間が空いたので先ずは軽くジャブから


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第十一話 10 プールサイドの天使たち(本戦1)

「大神さん、どうでしょう? 似合いますか?」

 

そう言ってプールサイドに現れた間宮を、大神は唖然として見やる。

それはいつもの割烹着を模した制服ではなく、黒いビキニに身を包んでおり、肌のほとんどが露になっていた。

 

「ま、間宮くん……」

 

制服を身につけてなお一目で判別の付く起伏に富んだ間宮の身体の魅力が、そよそよと揺れるフリルの付いた黒い水着によって全開となる。

におい立つような間宮の魅力に、白い肌の誘惑に、大神の目は釘付けになる。

 

「大神さん……あまり見ないでください、恥ずかしいです……」

 

そう言いながらも、大神の視線を独り占めする事に満更でもない様子の間宮。

もし華撃団や艦娘たちを花に例えるのなら、間宮は溢れんばかりの果汁を湛えた果実だろうか。

その果実にむしゃぶりつく事に、果汁を飲み干す誘惑に思わず大神はゴクリと唾を飲み込ませる。

 

「隊長~、いくらなんでも間宮を見過ぎデース!」

「……」

 

その大神のただならぬ様子に危機感を覚えた金剛が大神を呼ぶが、大神は呆然としたまま間宮を見ており視線を離さない。

 

「大神くん!」

「大神さん!」

 

更に鹿島と榛名も大神に呼びかける。

 

しかし大神からのへんじがない、ただのしかばねのようだ。

 

傍に透き通りそうな白いビキニの榛名、紅の背中の大きく開いた水着を着た鹿島、そして太陽のような明るいオレンジ色のセパレートの水着を着た金剛が居ると言うのに。

大神のことを呼んでいると言うのに。

一顧だにしないのは失礼というものだろう。

 

「……」

 

やはり大神は年上っぽい雰囲気を持つ女性に弱いのだろうか。

 

ときおり鎮守府にやってくる加山と大神のバーにおける話を、盗み聞きしていた青葉が流した噂の一つには、以前人妻に懸想していたという不穏なものもあった。

あの時は大神がそんなことする訳ないと一刀両断に切って捨てた艦娘たちだったが――

 

「大神さん、いっちゃいやだ……」

 

銀髪と白い肌が映える、水玉模様の可愛らしい水着を着た響が大神の手を引っ張る。

気が付けば駆逐艦たちも大神の近くに寄ってきていた。

 

「響くん?」

 

それでようやく、大神は我に返る。

自分がずっと間宮に見蕩れていた事に気付いたようだ。

 

 

だが、時既に遅し。

 

 

「冗談じゃないわよっ! せっかく水着を買ったんだから、私たちも見なさいよ、このクズ! そんなえっちな視線で間宮さんを見ているんなら!!」

 

無視されっ放しの艦娘たちの中でもスタイルに自信のない駆逐艦たち、その中でも特に血の上りやすい霞の罵倒が大神に襲い掛かる。

珍しいことに霞もフリルの付いた可愛らしい水着を着ている。

 

「いいっ!? いや、そう言うつもりで間宮くんを見ていたわけじゃ――」

「じゃあ、どういうつもりで間宮さんを見ていたの!? あんなエッチな、色気むんむんな間宮さんを見つめて! コミケの薄い本のような、え、えっちなことでも考えていたんじゃないの!?」

「そんなことは――!」

「私、そんなにえっちでしょうか……」

 

弁明しようとする大神、一方間宮は霞の指摘に流石にショックを受けた様子だ。

と言うか霞、君は薄い本を見たということか。

 

「撃たれたあの時、あんたを命懸けで救った明石さんがこの場に居ないからって、間宮さんに手を出すなんてどういうつもりよ!? あんたが先ず第一に褒めるべきは……」

「霞ちゃん? 何をそんなに怒っているの?」

 

大神に怒鳴り続ける霞。

頭に血が上っている為、後ろからかけられる声に振り向きもしない。

 

「そんなの決まってるじゃない! 明石さんがプールに来れないんだから、このクズの見張りをしないといけないのよ! 恩返しの為にも!!」

「ん~、大丈夫ですよ。私、ちゃんとここに居ますから」

 

それで霞は後ろを振り向く。

 

「ここに居るって、あなた誰よ?――って、あ、明石さん…………」

 

そこには明石の姿があった。

水着の上に白衣を着た、ある意味マニアックな姿で。

しかも何故かニヤニヤしている、

 

「ダメですよ、霞ちゃん。私をかりそめの理由にしちゃ」

「かりそめの理由なんかじゃなくて、本当にそう思ったから、私は――」

「本当にそうですか? じゃあ、最初の発言を思い出しましょうね」

「え?」

 

にじり寄る明石に霞が一歩下がる。

 

「リピート、アフター、ミー。『せっかく水着を買ったんだから、私たちも見なさいよ、このクズ!』」

「――っ!?」

 

自分の発言を改めて聞いて、霞の顔が瞬時に真っ赤に染まる。

 

「朝潮型のみんなも一緒に。さあ、リピート、アフター、ミー。『せっかく水着を買ったんだから、私たちも見なさいよ、このクズ!』」

「『せっかく水着を買ったんだから、私たちも見なさいよ、このクズ!』」

「うぅぅぅぅうぅぅっ!?」

 

明石に続いて、朝潮型の艦娘たちが明石に続いて復唱する。

荒潮や大潮はノリノリで霞の口調を真似している、容赦ない。

 

「『せっかく水着を買ったんだから――」

「分かった。分かったからぁ、もうやめてぇ……明石さんを理由にしないからぁ……」

 

観念した霞が両手を挙げて降参する。

 

「はい、良く出来ました。大神さんも間宮さんの水着姿に見とれるのは分かりますけど、私たちもちゃんと見てくださいね? じゃないと――また霞ちゃんのヤキモチが爆発しちゃいますよ?」

「――……」

 

もはや霞は、明石の発言を修正しようとする気力もなくなったらしい。

力なくうな垂れている。

 

「ああ、すまなかった、霞くん、明石くん。霞くんの水着も可愛らしいね、そう言うのも良く似合っていると思うよ」

「……ぁ、ありがと…………」

「あれー? 大神さん、私はー?」

 

大神に水着姿を正面からまじまじと見られ、褒められて霞は改めて顔を朱に染める。

逆に霞だけ褒められたことに、明石は若干不満のようだ。

 

「いや、明石くんの水着は、警備府で一度見たことがあるじゃないか?(二話-7参照)」

「でもあの時は水着の感想言ってくれませんでしたよね? どうです、大神さん? 私の水着姿」

 

白衣を脱いで、改めて水着姿を大神の前に見せる明石。

以前のシャワー室の時のような水着エプロンでもなく、水着白衣でもなく黄色のビキニのみを大神の前に晒す。

 

「うん、良く似合ってる。綺麗だよ、明石くん」

「はぁ~、良かった~」

 

そんな明石を見たまま、感じたままに褒める大神。

明石も安心したかのように息を一つ吐き出す。

 

 

 

それがきっかけで艦娘たちが雪崩をうつ様に大神へと水着の感想を問いかけ始める。

 

「隊長ー! 私のSwimming wearはどうデスカー! 可愛いヨネ? 可愛いって言ってー!!」

「大神くん、今年は大胆に選んでみたんです! どうでしょうか?」

「大神さん、は、榛名の水着は如何でしょうか?」

「クソ隊長! わ、私の水着は……どう、かな?」

 

「みんなちょっと待ってくれ! 答えるから、ちゃんと答えるから!!」

 

結局、大神がそれを捌ききって、プールに入るまで30分近くかかったのであった。

 




超難産でした、大神を我に返す方法で悩みまくりました。
某鬼嫁のまねをさせたけど、なんか合わないとボツったり、
身体を当てさせようかと思ったけど、それやる雰囲気じゃないかなーとボツったり、と。
結局霞と明石に間宮が食われましたが。

いずれにせよ、お待たせしてすいませんでした。


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第十一話 11 プールサイドの天使たち(本戦2)

プールにおける大神への水着のお披露目が終わった後、大神の運動の邪魔にならないよう艦娘たちは各々プールでの行動を取り始めた。

 

駆逐艦など一部の艦娘は浅い側のプールで遊び道具を持ち込んで和気藹々と遊び始め、

一部の艦娘は泳ぎ始めたり、飛び込み用の深いプールで飛び込んだりしている。

また、一部の艦娘に至っては何故か耐水性のチェスや将棋盤を持ち込んで嗜んでいる。

あくまで鎮守府内のプールであってウォーターランドのような遊戯施設ではないので、ウォータースライダーなどの専用の設備は設置されていないが。

 

「あ、いいね、そのポーズ。その角度で動かないでね、ちょっと描くから。お、そこも良いねっ。ちょっと待って、資料用に写真も、と。青葉さーん、おねがーい。うっひょひょ~、ここは桃源郷か!? AL・MIでオシマイかと思ってたけど、最後にこんなご褒美もらえるなんて!!」

「おぉー、艦娘の水着モードも満っ開ですねぇー! いいですねぇー、華やかですね! え? ガサ、何? あ、青葉も飛び込みぃ? いや、いいよぉ~、そんな高いとこから、怖いし。ほら、秋雲ちゃんも呼んでますし、写真撮りに行ってきますね!!」

 

そして、その光景をとある艦娘たちは写真撮影やイラストを描くことに夢中である。

確かにこの光景を『真夏の艦娘たち』とでも銘打って、もしコミケ会場で写真集として発売したならば、それは文字通り飛ぶように売れるだろう。

夏コミでのオータムクラウドすらも霞む勢いで。

 

何せ今彼女たちが着ている水着は不特定多数に見せることを前提としていない、たった一人に見られ、そしてその心を奪う為に選んだ水着なのだ。

彼女たちの魅力を余すことなく発揮する、大胆かつ男心をくすぐるその水着姿は、艦娘ファンには実に堪らないものだろう。

もしこの場に居られる権利が出品されたならば、その権利を数百万円で落札しようとするものも居たに違いない。

 

「あ、青葉さーん! あっちの物陰に隠れてる三隈さんの水着すごい! あんなに露出全開だよ! まるで痴女みたい!!」

「おおー、だいたーんすぎー! 三隈、ちゃんとその水着姿、隊長に見せた?」

「くまりんこは……私は、いいです……。ああ、どうして、もがみんとお揃の水着にしておかなかったのかしら、その場のノリって怖いですわ。いくら隊長が相手でも、こんな姿で殿方の前に出るなんて、出来ませんわっ!」

 

こういう時に説教する筈の間宮が大神にべったりなのもあり、秋雲と青葉は止まらない。

 

「ダメだよっ、三隈。隊長に水着姿の感想を聞くのはこの場に居る艦娘の義務、ノルマなんだから! ほら、恥ずかしいなら、青葉も付いて行ってあげるから」

「そうだぞ、三隈~。せっかくの水着、隊長に見せなきゃ意味ないじゃん~。鈴谷も付いて行ってあげるから♪」

「わ、分かりましたわ……皆さんで一緒に行くのでしたら…………あの、隊長、くまりんこたちの水着姿、いかがでしょう――って、あれ? 二人とも居ませんわ!?」

「大胆な水着なのに、顔を真っ赤にして隊長に話しかける三隈さん……ありだねっ! さらさらーっと」

「良い構図ですね~、パシャリと」

「鈴谷はもう隊長に褒められてるもん。三隈頑張れ~、討ち死にしても屍は拾ってあげるから~」

「くまりんこ裏切られましたわ!!」

 

一部生贄に捧げられたものもいるが、常日頃から艤装を展開し、水上で日々を過ごしている艦娘ではあるが、水着姿で遊ぶのはまた趣が異なるのか、彼女たちは実に楽しそうにプールでの時間を過ごしていた。

 

 

 

「大神さん、次はプールの端から端まで歩いて下さいね~、あ、手もしっかり振りながら」

「分かった。しかし、水の中の運動ってのも結構疲れるものだね」

「そうですね、運動が終わった後はマッサージもしっかりして下さいね、筋肉痛になったり、つっちゃったりするかもしれませんから。伊良湖ちゃん、大神さんのマッサージお願いしても良い?」

「はい、明石さん! 大神さんのマッサージ、伊良湖にお任せ下さい!」

「明石ー! 隊長のマッサージ、なんで私に任せてくれないデスカー!?」

「そうです! 大神くんのマッサージなら私に任せてくれれば!?」

 

しかし、大神は明石の指導の下、金剛たちが見守る中、水中での運動に勤しんでいた。

近くから聞こえる艦娘の喧騒に刺激される、泳いだり遊んだりしたい気持ちを、これも治療の一環と抑えながら。

明石は流石に水の中に入る程回復していないらしく、そんな大神の隣には間宮が付き添っている。

さっきの大神の様子に危機感を覚えた金剛たちは、それもあり大神の近くから離れようとしない。

 

「無理せず疲れたなら隣の間宮さんに掴まって休んでも構いませんから。鼻の下を伸ばすくらいですから良い口実が出来て嬉しいですよね、大神さん?」

「明石くん、勘弁してくれって。もう、そんなことしないから」

「あら、あなた。無理はダメですよ」

「間宮くんも勘弁してくれ~」

 

明石や間宮たちとそんな軽口を言い合いながら、大神は運動に励む。

 

「む~、せっかくの水の中なのにたいちょーと遊べないの、つまんないでち」

「ダメだよ、ゴーヤ。隊長は運動中なんだから。遊ぶならあっちでイムヤと、みんなと遊ぼうよ」

 

しかし、やはり隊長と遊べないことを不満に思う艦娘もごく僅かながら居た。

 

「ゴーヤ、潜りまーす!」

「あ、ゴーヤ!? 隊長のほうに行っちゃダメだって!」

 

そう言い残すと、58はするすると水の中を大神へと静かに近づいていく。

流石に水中が戦場の潜水艦だけあって、他の艦娘が気付く前に58は大神の足元に近づく。

そして、

 

『えいっ、たいちょーと遊ぶでち』

 

水の中を歩く大神の片足を思いっきり引っ張った。

 

「うわぁっ!?」

「大神さん!?」

 

流石に大神もバランスを崩し水没する。

しかも無理に身体の体勢を保とうとしたことで、全身に変に力が入ってしまいつってしまう。

いくら武芸百般の達人といえど、全身がつった状態では泳ぐことなど出来ない。

あわや溺れかけようとする大神。

 

「大神さん!? 大丈夫ですか、キャッ!?」

 

そして伸ばした手が何かに引っかかったようだが、大神にそれが何か判断する余裕はない。

力のまま引っ張るとそれは大神の手の中へと収まった。

 

「ドッキリ大成功ー。水の中からこんにちはー! たいちょー、ゴーヤだよ……って、たいちょー大丈夫!?」

「ゴーヤ! 隊長溺れかけてるじゃない! 助けないと!!」

「隊長ー!? 今私が助けるネー!」

「大神くん!? 今私が傍に行きますから!」

 

隊長が溺れていると聞き、騒然とするプールサイド。

各々楽しんでいた艦娘たちも集まり、てんやわんやの騒ぎとなった。

 

「はぁ……はぁ、流石にびっくりしたよ……」

「大神さん大丈夫ですか?」

「はぁ……もう、大丈夫。心配かけて、結局掴まってしまってゴメン、間宮くん」

「いえ、お気になさらないでください、大神さん」

 

ようやく立ち上がった大神は、すぐ傍の間宮に掴まって体勢を保っている。

どうやら、まだ身体のあちこちがつったままであり、誰かの助けがないとまた溺れそうな状態のようだ。

その様子を見て、酷く落ち込んで反省した58が大神に声をかける。

 

「ごめんなさいでち、たいちょー……。ゴーヤがいたずらしたせいで……」

 

そんなゴーヤの頭を大神は優しく撫でる。

 

「気にしなくて良いよ、ゴーヤくん。ここのところ自分の身体ばかり気にし過ぎていて、君たちの事を蔑ろにしていた俺も悪かった。一休みして、つった身体が解れたらみんなで遊ぼうか?」

「本当でちか?」

 

瞬時に笑みを浮かべる58。

事後確認となるが、大神は明石に尋ねる。

 

「ああ。良いよね、明石くん?」

「しょうがないですねー。とりあえずプールから上がって下さい、大神さん。まだ身体がつったままの箇所もあるんでしょう? 解しますから」

「ああ、分かったよ」

 

そう言って大神は顔を一度拭う。

さっき手に持ったものはどうやら布地のものらしい。

 

「――!!??」

 

そこまで来て、大神は58を撫でた手と反対側の手に持った物が何か気付く。

黒の布地のそれは何か、勿論言うまでもない。

ヤバい、艦娘が全員集まった状態でそのことに気付かれたら――

と、隣の間宮を見ると、顔を朱に染めている。

少なくとも間宮は気付いているようだ、いや、ある意味当然か。

 

「たいちょー、何を手に持ってるでち? 黒いタオルでちか?」

「え、いや。あの、これは――」

 

58の問いにどう答えても地獄は必至。

だが、勘の良い艦娘が大神の影に隠れようとしている間宮の姿の異変に気付く。

 

「あれ、間宮さん、上の水着――」

 

そこまでいけば、後は何も言わずとも繋がっていく。

 

「まさか、大神さん――」

「いや、違うんだ。思わず引っ張ってしまったというか、取ってしまったというか――」

「大神さん、とにかく、返してもらえますか?」

 

待て。

と、言うことは身体に当たっている感触は、柔らかなふくらみの感触は、かすかに感じる更なる突起の感触はもしかして――

再度、間宮の表情を見る大神。

大神に気付かれたことに更に顔を盛大に赤らめる間宮。

 

つまり間宮は――

 

思わず、大神は間宮の顔に向けていた視線を僅かに下に下げようとする。

 

「ダメーっ! 見ないでくださいーっ!!」

「「「見ちゃダメーっ!!」」」

 

「へぶぅっ!」

 

しかし、勿論、そんな不埒な所作に艦娘が気付かない訳がない。

艦娘の総攻撃を受ける大神であった。




リズムを上げるぜ。


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第十一話 12 プールサイドの天使たち(本戦3)

「あいたたたたた……」

「もう……大神さん、間宮さんにえっちな視線を向けるからですよ。大神さんが年頃なのは分かりますけど、あんまりえっちなのは伊良湖ママ、『めっ!』ですからね」

「伊良湖くん、頼むからそれはもう勘弁してくれないか~」

 

既に酷い目にあったのか、『ママ』と言う言葉に過剰に反応する大神。

だが身体があちこちつっている状態で、更に震わせようとすると新たにつった箇所が発生する。

ここは我慢の一途だと、身体の反応を堪える大神。

その反応を見てくすくす笑いながら、丁寧に大神の身体を揉み解していく伊良湖。

 

「はい、分かりました。大神さん、他につっている場所はありますか?」

 

プールサイドに上がって、腕やふくらはぎなどつった箇所のマッサージを伊良湖に受ける大神。

その甲斐もあって大神の身体は徐々に解れていく。

あとは胸とか腹部など身体の一部前面が残るのみなのだが、流石にその箇所を女性にマッサージされるのは恥ずかしい。

 

「いや、もう良いよ、伊良湖くん。あとは自分の手で揉み解せる箇所だし」

「ダメですっ! 大神さんの身体カチコチでしたから、もし自分でやろうとしてもまた腕がつってしまいますよ?」

「そうですよ、大神さん。ここまできたら全部伊良湖ちゃんに任せてあげて下さい」

 

明石と伊良湖。

二人の言葉に少し躊躇う大神だったが、やがて諦めたかのように息を一つ吐く。

 

「……分かった、伊良湖くん、明石くん。流石に恥ずかしいんだけど、こうなったら全部お任せするよ。あとは胸とかお腹になるんだけど」

 

そう言って大神はうつぶせの状態からひっくり返って仰向けになる。

 

「お胸とお腹ですね。では、失礼しますね、大神さん」

 

そう言って伊良湖は手に力を入れやすい体勢として、大神の腰にまたがる事を選択した。

そして、大神のお腹の筋肉を丁寧に揉み解していく。

 

「……んっ、んっ。よいしょ、よいしょ」

 

だが、その手が脇腹の方に近づくと流石にくすぐったいのか体が僅かによじれる。

 

「い、伊良湖くん、ちょ、ちょっとくすぐったいかな」

「ごめんなさい。大神さん、少し我慢してもらえますか、すぐに終わりますから」

 

だが、考えて欲しい。

 

(……あれ? この体勢って、もしかして――)

 

仰向けになった男性の腰にまたがる女性。

その体位のことを世間一般ではなんと言うだろうか。

 

「あれ? なんか――、大神さんと伊良湖ちゃんの体位、えっちくない?」

「騎○位?」

 

鈴谷など、一部の耳年増な艦娘たちもそのことに気付く。

流石に駆逐艦は気付かないものが多いようだが。

その呟きを耳に入れ、遅まきながら自分の体勢にようやく気づき、伊良湖が顔を赤らめる。

 

(ど、どうしよう。伊良湖は大神さんのママなのに、お母さんなのにっ)

 

「伊良湖くん?」

 

腹部のマッサージを終えたまま、手が動かなくなった伊良湖の様子を訝しんで大神が顔を上げる。

そして、その視線は伊良湖の視線と絡み合った。

 

(あ、大神さんが、見てる。大神さんに見つめられてる……)

 

思考がストップして完全に固まった伊良湖。

やがて、

 

「どうしたんだい、伊良湖く――」

「ダメですっ、大神さん! 伊良湖は大神さんのママなんですから! お母さんなんですから! ママをそんなえっちな目で見ちゃダメなんです、大神さん!!」

「――へ?」

 

伊良湖に思いも寄らぬことを言われ、唖然とする大神。

目をぐるぐるさせながら更にまくし立てようとする伊良湖。

 

「あぁ……でも、大神さんに望まれたら伊良湖は、伊良湖は……。こんなこと、こんなこと考えちゃいけないのにっ、伊良湖は大神さんのママなのにっ!?」

「違うわよ、伊良湖ちゃん」

 

そんな混乱する伊良湖の肩に間宮が手を置き宥める。

 

「伊良湖ちゃんは艦娘なの。大神さんのママじゃないの」

「でも、伊良湖は――大神さんの、お母さんで……」

「ううん、何よりも先に伊良湖ちゃんは、一人の女の子なの」

「でも、だとしたら――」

 

伊良湖は、大神の看病中、大神にしてきたことを一つずつ思い出していく。

大神の母親になったつもりで、大神に甘えて欲しいと大神の身の回りの世話を一生懸命した。

いろいろなことをした。

 

着替えを手伝ったり、

 

膝枕をして耳かきをしたり、

 

その寝顔を幸せそうに見たり、

 

熱を測るため額に手を、いや額を当てたり、

 

間違っても女の子が何の関係もない男にすることではない。

 

それが全部、一人の女の子が家族でない一人の男にすることだとしたら――

 

 

 

――傍から見れば、その二人は恋人以外の何者でもないだろう。

 

 

 

「!!!!????」

 

ようやくそのことに気付いて、伊良湖は頬を、否、全身を紅に染める。

この10日間、自分がやってきたことの一つ一つが羞恥となって伊良湖を苛んでいく。

 

「伊良湖くん?」

 

恥ずかしくて、あまりにも恥ずかしくて大神の顔をまともに見れない。

そして、さっきまで気付かないようにしていた、伊良湖のおしりにずっと当たっていた異物の感触を思い出してしまった。

 

もう、止められなかった。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

伊良湖は大神から飛び退くと、プールサイドを一目散に駆け出していく。

そして、プールの外に飛び出そうとする。

 

しかし――、

 

「キャッ!」

「おっと、大丈夫か? 艦娘のお嬢ちゃん?」

 

脇目も振らずに走っていたので、外からプールの中に入ろうとしていた人物と伊良湖はぶつかってしまう。

倒れそうになる伊良湖の手を引き、伊良湖のバランスを支えるその人物は、

 

「米田閣下!?」

 

そう、かつての華撃団司令、現在は陸軍大臣である米田であった。

素早く身を起こして米田に向き直る大神。

一方艦娘たちは、予想外の男性の出現に手で自らの水着姿を隠そうとする。

自分たちをそのような目で見るはずのない男性と分かっていても、大神以外の男性に見られたくはないらしい。

 

「ったくよ、リハビリと聞いていたのに艦娘侍らせて何やっているんだ、おめぇは」

「いや、それは……」

 

若干呆れた視線を大神に向ける米田。

大神も伊良湖のマッサージが終わった後は、プールで艦娘たちと遊ぶと応えているだけに答えの歯切れが悪い。

 

「まあいい。プールでの運動をしているということは、回復は順調ということで良いんだな?」

「はい、明石くん――」

「分かりました、大神さん。米田閣下、大神さんの狙撃による傷、炎症自体は回復しています。あとは、徐々に運動に慣らしていけば問題ありません」

 

自分が直接答えるより、医師役の報告の方が良いだろう。

そう考えた大神は隣の明石を促した。

 

「そうか、報告どおりだな、なら問題はないな。閣議での決定事項を告げる」

「――閣議ですか?」

「ああ、お前は軍から独立した立場だから、軍では決められないからな。お前が療養を終え復帰の為のリハビリを始めたと報告を受けて、大元帥閣下を交えての閣議の上決定した」

 

その言葉に大神の体が緊張に彩られる、一体何が決定したのだろうか。

 

「大神一郎大佐!」

「はっ!」

「仏をはじめとする欧州連合からの要請に応え、我が国は欧州の地中海奪還作戦の応援として貴官の派遣を決定した! 出発は二週間後! それまでに体調を整え出発の準備をせよ!!」

「「「ええっ!?」」」

 

事態は急を告げる。

 

 

 

 

 

なお、言うまでもないが、依然として懲罰房に入れられている赤城や加賀たちは、このプールでの一件に関しても、全く関わる事は出来なかった。

大神に見せる為の水着を購入することも、大神に水着姿を見せ付けることも当然出来なかった。

 

赤城や加賀の起伏に富んだ身体のラインも、

蒼龍のふくよかなおっぱいも、

飛龍の魅力的な肢体も、

利根の幼げな身体も、

また筑摩の腰のラインも、

全て懲罰房の中にいる限り、水着を着ない限り、輝くことはない。

 

食事を運んできた瑞鶴に、実に楽しげに微に入り細に渡りプールでの出来事を語られ、夏コミの逆襲とばかりにNDKをまたもやされて、流石の加賀もおいおいと泣くのであった。

 

かわいそうだけど残念ながらそれも罰です。

残り一週間、大人しく受けていなさい。

 

まあ、懲罰房から出る頃には、もう大神とプールに入ることは出来ないけどね。

来年まで待ちましょう。

 

「……流石に気分がドドメ色です」

 

一応、大神の出発を見送れるだけマシと思いなさい。

 

 

 

でも、瑞鶴。

 

君も一歩間違ってれば、大神を死の淵に追いやったことで懲罰ものだったんだから。

もし万が一大神を救えなかったら、加賀たちの比じゃない懲罰受けてたかもしれないんだから、少しは手加減しなさい。




伊良湖ちゃん夢から目覚める。

伊良湖に馬乗りになられて、下腹部のマッサージを受けて、とある一部に血液が集中する大神さんとか、
伊良湖がそれをいろんな意味で感じて真っ赤になる、
というのも一瞬考えたのですが、大神さんにやらせていいえっちな反応の枠を超えるのでボツ。
大神さんはえっちではあってもエロではありませんから(個人的見解)

薄い本ネタかましたくせに何を今更とか言わないでw


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第十一話 終 二人の選出

僅かばかりの時が過ぎて身体を乾かし着替えた大神と米田の、二人の姿は応接室にあった。

紅茶を出したメルであったが、米田の目配せに気が付き部屋を辞す。

メルの出した紅茶を一口飲んで身体を温めて、大神が口を開く。

 

「米田閣下、お待たせしました。ご多忙でしょうから今回の派遣の件、書面か加山からの連絡でもよかった筈なのに、どうしてわざわざここまで来られたのですか?」

「やっぱりそこに気付いたか。大神、今回の派遣はな、地中海奪還という過去例を見ない作戦において人間の最大戦力を遊ばせる意味はないと決定したものであるが、実は裏の意味もあるんだ。お前には伝えておくべきかと思って足を運んだ」

「裏の、意味……ですか?」

 

大神の問いに頷くと、米田も口を開く。

 

「ああ、艦娘たちのお前への過度の依存を矯正する良い機会だと思ってな」

「依存? 待って下さい、艦娘のみんなは俺に依存なんか――」

「残念だが、大神、依存してることが明らかになったんだよ。お前の狙撃によって、お前が死に瀕することにってな。お前はあの時意識不明だったから実感が薄いかもしれないが、鎮守府も、ALも、MIも、それは酷い状況だった」

「それは……」

 

米田の指摘に大神が言葉を詰まらせる。

明石の治癒によって蘇るまで意識を失っていた間の状況は報告によってしか把握していない為、返す言葉がない。

 

「だから、悪いがお前と艦娘をしばらく引き離させてもらう。なぁに、元々お前が居なくても戦えてはいたんだ。お前が不在の間に比較的軽易な作戦を一つこなしでもすれば、勘を取り戻してくれるだろう」

「…………」

「そんな心配そうな顔をするな。安心しろ、大神よぉ。お前が不在の間は永井に指揮をしてもらう予定だ、あいつならお前も安心だろう?」

「分かりました、閣下たちの判断に任せます――艦娘のみんなをお願いします。自分は単身欧州へと向かい、地中海奪還に向けて全力を注ぎます!」

 

残りの紅茶を飲み干して、気合を入れる大神。

だが、

 

「いや、待て待て待て。お前一人とは言ってはいないぞ」

「え? 今の話の流れからすれば、艦娘は帯同させられないのでは? 自分だけの派遣ではないのですか?」

「まあ、本来はそうしたいところであったんだが、お前が指揮を取る予定の艦隊には熟練した空母が居ないからな。更に言えば軽巡も居ない。だから、その辺の穴埋めを出来る艦娘に帯同してもらう事になった。二名の選出はお前に一任する、2、3日中に決定の上、返信してくれ」

「了解しました!」

「派遣期間は陸路での移動を除いて一ヶ月、事前の艦隊訓練に3週間、作戦期間は最大1週間を宛てる予定だそうだ。予め釘を刺しとくが日本から連れてく艦娘にばかり構うなよ。向こうの艦娘と花組が妬くぞ」

「花組が、どうしてですか?」

 

艦隊訓練を行うのであれば、花組は関係ないはずだ。

当然の疑問を大神は口にする。

 

「イザベル――グラン・マと言ったほうが良いか。彼女の方針でな、艦娘への霊力指導を花組を使ってやっているらしい。だから、艦隊訓練にも花組はいるはずだ」

「なるほど……」

「まあ、こちらの正規空母のような独自の必殺技や、合体技は流石にできないらしいが、それでも多少は能力の底上げはされている筈だ」

 

ならば、自分もそのつもりで欧州の艦娘には当たったほうが良いか。

 

「あと、一つ言っておくが、今回の派遣においては光武・海を持ち込む必要はない。既に仏軍のジャン・レオと山崎が連絡を取り合い今まで蓄積された戦闘データを元に、更に発展させた新たな霊子甲冑『光武・海F』を完成させている。それを使ってくれ。光武・海は派遣の間に山崎がバージョンアップさせる予定だ」

「分かりました」

「連絡は以上だ、恐らく地中海奪還はAL・MI以上の激戦に、最大規模の戦いになる筈だ」

 

その言葉を最後に米田は応接室を出ようとし、扉の前に立つ。

扉の向こうからどよめきが聞こえる、どうやら艦娘が大神と米田の会話を盗み聞きしようとしていたらしい。

 

『不味いデース! 大臣がこっち来てるデース!』

『あっ、押さないで下さい、後ろの方から順番にバラけて下さい~』

『急いでくだサーイ! みんな散らないと怒られるのデース!!』

 

米田が大神の方に向き直る。

 

「な? 分かっただろ、大神?」

「あはははは……」

 

大神も流石に苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 

『いいえ、今から散っても時既に遅いですよ』

『か、かすみサーン……』

『貴方たち! 大神さんと大臣閣下の話を盗み聞こうだなんて何をしているの!!』

『ヒィッ!!』

 

どうやら扉の外ではかすみによる艦娘の説教が始まったようだ。

 

「大神、反対側の扉を使わせてくれ、これじゃこっちからは出れなさそうだ」

 

かすみの艦娘への説教はその後2時間続いた。

 

 

 

 

 

そして、夜、大神はブリーフィングルームに艦娘たちを呼んだ。

議題は勿論、誰を大神に帯同させるかであるが、と言っても、既に大神には腹案がある。

むしろ、誰を連れて行くか納得させるのがブリーフィングの役目である。

 

「以上の経緯で軽巡と空母を一名ずつ連れて行くことになった。それで、誰を連れて行くかなんだけど――」

 

自分になるかもしれない、と大神の次の言葉を息を飲んで待つ軽巡と空母たち。

逆に最初から選考外と言われたに等しい戦艦、重巡、駆逐艦は若干むくれている。

 

「軽巡からは川内くん、空母からは鳳翔くんに付いてきてもらうことにした」

「本当? 本当にいいの!? やったー、また隊長の下で夜戦が出来るー!!」

「え、私? 私のような旧型艦が、隊長に付き添っても宜しいのでしょうか?」

 

喜びを露にする川内と鳳翔。

逆に落ち込んだ様子の他の軽巡、空母たち。

 

「なんで? なんで、正規空母じゃなくて鳳翔さんなの? 微妙に納得できない!」

 

瑞鶴が自分が選ばれなかった悔しさを露にして大神に問いかける。

 

「ああ、それはね。正規空母は一航戦二航戦が懲罰中で動けるものが少ないからさ。懲罰が終わってもしばらくは訓練も必要だろうし、守りのことを考えると、そこは手薄には出来ないよ。だから軽空母の中から選ばせてもらったんだ」

「う……分かりました」

「じゃあ、何でウチらじゃないんや?」

 

正論で返され押し黙る瑞鶴の代わりに、龍驤が手を上げて問う。

 

「そこは少し迷ったんだ、向こうの空母は練度に問題があるらしいから、そのあたりを指導できる空母として候補に上がったのが龍驤くんと鳳翔くんだったんだけど――」

「え~、そこまで候補に残ったのにウチやないん? どしてや? 最後の決め手は何なん?」

 

あと一歩で大神と帯同できたのに、と龍驤は不満そうだ。

 

「えーと、これは個人的な事情なんだけど、たまには日本食を食べたいからね。鳳翔くんは料理も上手と聞いているから――」

「そんなことで決まったんかーい! ううう、ウチも料理の勉強しとくんやった~」

 

まさか、艦としての性能、練度以外のところが決め手になるなんて。

ある意味残酷な結論を聞かされ、がっくり肩を落とす龍驤。

 

「大神さんの居ない間、料理教室でも開きましょうか?」

「ホント? じゃあ、お願いするわー。こないな理由で折角の隊長との旅路、不意にするなんてもったいないわ~!? 鳳翔! 次は譲らへんで!」

 

どうやら、大神が派遣されている間、間宮の料理教室には艦娘が殺到しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

陸に囲まれた地中海では私たち欧州の艦娘たちが徐々に人間の勢力を広げているわ。

 

そして、遂にイザベラ大統領の発案による、地中海奪還作戦が発動されたの。

地中海から完全に深海棲艦を排し、人の手に戻す為の大作戦。

私の主戦場はバルト海や北海だったけど、こんな大作戦に参加できるなんて胸が躍るわ。

プリンツ! グラーフ! みんな! それまでもっと練度を高めるわよ!

私たちの立ち位置を確保してくれたイザベラ大統領や花組の為にも負けないわ!!

 

次回、艦これ大戦第十二話

 

「北海演習作戦」

 

東洋から派遣される提督なんか居なくたって、私たちは十分に戦えるんだから!!

 

「新しい提督ですって? そんなの必要ないわ、むしろ私が日本の艦娘に一から教えてあげる」




一言でまとめると、
羽を伸ばせると思ったら、嫁の監視下だったでござるw

そしてビス子の分かりやすいフラグが立ちましたw


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第十二話 北海演習作戦
第十二話 1 シベリア鉄道の車窓から1


朝日が車内の窓から差し込み、大神は目を覚ます。

隣のベッドからは、窓から広がる風景に感動した様子の川内の声が聞こえてくる。

 

「うっわー、朝焼けの草原に広がるいっぱいの風車! すっごーい!!」

 

だが、隣のベッドに目を向けようとすると、寝起きの川内が上半身裸のまま起き上がって窓から外の風景を見入っている。

大神も川内が感動しているその風景を目にしたいが、見ようとすると窓からその風景を見る前に無防備な川内の姿が視界に入ってしまう為、視線を向けられない。

どうしたものかと大神が考えていると、川内の上のベッドから鳳翔が川内を嗜めた。

 

「川内さん、風景に感動するのも良いですけれど、隊長が視線をどうしたら良いのか困ってますよ。早く何か着て下さい」

「あ、大神さん。ゴメンね。これで大丈夫だよね?」

 

そう言って川内は近くにあったタオルをその身に巻きつける。

確かにこれで最低限視界を遮られはしたが、川内の健康的な色気は全く変わらない、いや、むしろ更に色っぽくなったように見える。

風景に目をやる大神だったが、視線が川内の方も向いてしまうのは致し方のないことだろう。

 

「なーに、大神さん? やっぱりタオルがない方が良い?」

 

そんな視線はお見通しとばかりに、タオルの結び目に手をやり大神を挑発する川内。

 

「川内さん、もし車掌さんが来たらどうするんです? 遊んでないで早く着替えて下さいね」

「はーい。これから着替えるからあっち向いててね、大神さん。振り返ったら夜戦に付き合ってもらうから!」

 

流石に大神以外の男性に身体を晒すのはイヤらしい。

鳳翔の指摘に川内は荷物から私服を取り出すとベッドの上で着替え始めた。

鳳翔もベッドに腰掛けて着替えているらしく、衣擦れの音が二重に重なって部屋の中に響き渡る。

艦娘とは言え女が二人、男一人と同じ部屋に居る、そのことに大神は頭を抱える。

本来は二人部屋の一等室を二部屋押さえており、二人とは別の部屋になっている筈だったのに。

 

ウラジオストクで乗車しようとしたときに、いきなり発生した予約システムのトラブルで四人部屋の二等室にまとめて押し込まれることになったのだ。

 

「はぁ、あと一週間近く、こんなのが続くのか……」

 

それでも、艦娘と遠く離れた車両になったり、別の便になったりするよりかは遥かにマシか。

そう自分に言い聞かせる大神ではあるが、一週間にわたり艦娘の寝息や寝言に踊らされることは間違いない。

ため息の絶えない一週間になりそうだ。

 

 

 

(大神さん、私のことチラチラ見てた。意識してくれてるのかな? でも、どうしよう……)

 

一方、川内は川内で敷居もカーテンも何もない同室に大神と居ることに、大神と同じ空気を吸っていることに高鳴り続ける鼓動を止められずにいた。

そう、川内はたまたま早起きしたから絶景を見つけられたわけではない。

単純に一睡も出来ず、そのまま翌日の朝を迎えただけだったのだ。

 

(うぅ、こんな状況だと、いつものように夜戦しよってあんまり言えないよ。隣のベッドだし、ちょっと引っ張られたら大神さんのベッドに引きずり込まれちゃうし。別の意味にとられちゃったら、薄い本的な意味で大神さんに夜戦されちゃうっ)

 

夏コミで買った薄い本の中身を思い出してしまう。

夜戦ってそう言う意味もあるのかと、そのときは仰天した。

いつもの鎮守府では訓練や秘書艦のときくらいしか大神との接点がなかったので、忘れかけていたのだが――こんなに大神との距離が近いと、イヤでも薄い本のことを思い出してしまう。

 

自分が大神を押し倒す話もあった。

逆に大神に押し倒される話もあった。

 

今だってそうだ。

もし、大神がその気になったら着替え中の川内は今すぐにでも大神の腕の中に、ベッドの中に引き込まれてしまうだろう。

 

そして――、

 

(ダメダメダメっ! 大事な任務の途中なんだからっ! ヘンなこと考えちゃダメッ!)

 

そう考えたとき、列車がブレーキをかけたらしく、川内たちの体にGがかかる。

 

「きゃっ」

「わわっ」

 

ベッドに軽く腰掛けていただけの鳳翔も川内も、それでバランスを崩し倒れそうになった。

 

「おっと、大丈夫かい。二人とも」

 

反対側のベッドで横を向いていた大神であったが、二人が倒れそうになるのを察して片手で一人ずつ受け止める。

だが、当然のことながら鳳翔と川内は着替え中である。

着物を羽織っただけで前を未だ閉じていない鳳翔の素肌の感覚が腕を通して大神に伝わるし、川内の胸の谷間も上から実に良く見える。

それに二人とも下半身は下着だけしか着ていない。

 

大神に見られたことを察して、二人の顔が紅に染まっていく。

叩かれるかなと大神は覚悟して身構えるが、二人とも助けられたことをよそに大神に当たれない程度には理性が働いている。

 

「あの、隊長。ありがとうございます……」

「大神さん、ありがと……着替え直すから、あっち向いてね…………」

 

そう言って二人はゆっくりと大神の傍から離れていく。

 

「ゴメン! 川内くん、鳳翔くん!!」

 

慌てて反対側を向く大神の耳には再び衣擦れの音が聞こえてくる。

 

大神だけでなく真っ赤になった鳳翔、川内のため息をよそに、海を奪われた大陸での交通の要、シベリア鉄道が大地を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

そして8時頃になって列車は駅に到着する。

その頃には鳳翔・川内の赤らめた顔も元に戻ったらしく、3人は座席で車内の給湯機で入れた緑茶を飲んでいた。

すぐに列車の周囲にはさまざまな種類の食べ物・飲み物を売る女性が集まってくる。

 

「鳳翔くん、川内くん、朝食もまだ食べてないし何か買って食べようか?」

「そうですね、隊長。私は部屋番をしていますから、お任せしてもいいですか?」

「やったー! お腹ペコペコだったし、賛成! じゃあ、行こっ隊長!」

 

そう言って川内は大神の腕を取って、車外に出ようとする。

見慣れない東洋人の姿に上客が来たとおばちゃんたちが集まってきた。

 

「――――――」

「え、えぇっと……」

 

だが、話しかける言葉は勿論ロシア語だ、川内にはよく分からない。

 

このままではおばちゃんにたかられてオシマイかと思われたが、海軍主席の大神がロシア語が全くわからないなんて事、ある訳がない。

おばちゃんたちの会話を聞きわけ、3人が必要な分だけフライドチキンや、ポテトなどを購入していく。

 

「ふぇ~、さっすが主席」

「まあ、勉強した甲斐があったってところかな? 川内くん、鶏肉とポテトを買ったけど他にほしいものはあるかい?」

「うーん、そうだなー。ソーセージとかないかな?」

「了解。――――」

 

そう言ってロシア語でおばちゃんと会話する大神。

と、とあるおばちゃんの言葉で大神が顔を赤らめだした。

 

「ん、どうしたの隊長?」

「いや、なんでもないよ――」

 

そういっておばちゃんたちのほうへと向き直ろうとする大神だったが、またとあるおばちゃんがつたない日本語を話し始めた。

 

「コイビト、デスカ?」

「ええっ!?」

 

その言葉に顔を朱に染める川内。

でも、そう言われても大神の傍から離れようとしない川内の姿を見て、おばちゃんたちは執拗に大神に花を勧めてくる。

結局押し切られて、花束を二つ買う大神だった。

 

言葉が通じなくても、そこまで見れば次に何が起こるのか川内にだってわかる。

 

「大神さん、その花束……くれるの?」

「ああ、押し切られちゃったけど、俺なりに川内くんに似合う花束を選んだつもりだよ。貰ってくれるかな?」

 

明るい色彩の、見ているだけで元気が出そうな花を取り揃えた花束。

その花束をゆっくりと川内に差し出す大神。

 

「もっちろん! ありがと、大神さん!!」

 

満面の笑みと共に、その花束を受け取る川内であった。




二人部屋を二つか、四人部屋か考えたのですが、To Loveる発生的な意味で強引に四人部屋にw
あと、シベリアの案内役として響投入も考えたのですが、響が美味しいとこ掻っ攫ってしまうのでボツ。


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第十二話 2 シベリア鉄道の車窓から2

「うふふ……」

 

部屋の中では朝、大神に渡された花束を手に鳳翔が微笑んでいる、よほど気に入ったのだろう。

緑茶を飲みながら何度もいとおしそうに見つめている。

 

「うー、つまんなーい。大神さん、何かしよーよー」

 

一方、川内は車内で風景を眺めることに飽きてきたらしい。

無理もない、いくら絶景が見れるといっても常に見れるわけではない。

初めての列車といっても一日も経てば慣れてくる、絶景の間の待ちの時間は確実に存在するのだ。

娯楽を求めて、川内は大神の座席兼ベッドに移り、大神の背中に寄りかかる。

 

「ねーねー、大神さーん」

「ゴメン、川内くん、今欧州に到着した後の予定を確認しているからさ」

 

大神が文書を広げているのを、一人で何か楽しんでいるのかと思った川内だったが違うようだ。

川内の胸が大神の背中に当たるが、大神は文書に集中したままである。

どうやら任務に付いてのことらしい。

 

「何々? どういう予定なの?」

 

背中の後ろから大神の読んでいる文書を覗き込む川内。

 

とは言っても、移動中は大した予定はない。

 

到着予定時刻と出発予定時刻は記載されているが、基本的には列車の乗継である。

シベリア鉄道でモスクワに到着した後、列車を乗り継いでパリに移動し、凱旋門支部にてジャン・レオと合流し光武・海Fを受領する。

そして、光武・海Fの起動試験を行った翌日に、公邸でグラン・マや欧州首脳部、大神が指揮する予定の艦娘と合流し作戦会議を行う予定だ。

 

作戦会議後、大神と大神の指揮する艦隊は地中海に面するフランスの軍港トゥーロンに移動し3週間の訓練を行う事となっているが、それはまだ先の話だ。

 

当然の如く、乗り継ぎの間は、観光を行う程の時間の余裕はない。

列車を乗り継いだ後もトゥーロンに移動するまでは、基本大神たちは座りっ放しとなるのだ。

 

「えぇ、そんなー。大神さん、遊ぼうよー」

「ちょっと待ってくれないかな。見落としがないか再度確認しておきたいんだ」

「ぶぅ~」

 

そんな風に席の上で二人がじゃれあっていると、列車が駅に停車した。

しばらく停車するらしく、朝の様に人が列車の近くに集まってくる。

でも、3人は朝食を結構な量食べたので、まだ昼食は必要ない、とそこまで考えて川内は一つ思いつく。

 

「ねぇ、気分転換に散歩してきても良いかな?」

「散歩? ちょっと待ってくれ、何分停車するか確認するから」

 

そう言うと大神は車掌に停車時間を聞く。

そこまでしてくれるなら遊んでくれても良いのに、と川内は少しむくれるが、どっちみち部屋の中に居たままでは暇になりすぎて川内は死んでしまったに違いない。

 

「川内くん、停車予定は5分らしい。もう分かってると思うけど搭乗確認はしてないから、それまでには――」

「勿論、それまでには戻ってくるよ!」

 

そう言って川内は列車の外に出た。

スペースがあると言っても、鳳翔と二人座ったままだとやはり身体が縮こまってしまう。

 

「んー、生き返る~」

 

大きく背伸びをする、それだけでかなり気分がリフレッシュできる。

身体のあちこちを伸ばし、深呼吸をしていると朝同様に近くに人がやってくるが、列車に乗ってる間に大神に教わった断りの返事を返し、川内はテクテクと歩きだす。

 

駅の中だし、多少歩いても問題ないよねと軽く考えながら。

 

と、少し先に列車が止まってるのを見て、川内は近づいていく。

 

「お、反対方面の列車かな?」

 

しかしそれは反対方面の列車ではなく、廃車となった機関車であった。

近づいてみると塗装だけでなく、内部まで錆が進行しているのがよく分かる。

 

「うわ、ボロボロ……こうはなりたくないかなー。ま、大神さんが居る限り心配ないよね」

 

そう呟きながら触ってみると、赤黒い錆が手に付着する。

ブンブンと手を振って、錆を落とす川内。

 

と、列車の発車の合図が鳴った。

慌てて振り向くと、さっきまで乗っていた列車の先頭の機関車から合図が鳴っている。

 

「えっ?」

 

まだ5分は経っていない筈と慌てて時計を見る川内だったが、先程大神の言った時間から既に5分以上が過ぎていた。

列車の近くからも人が居なくなっている、気が付かないうちに時間が経過していたようだ。

 

「うそ!?」

 

そうこうしている間にも列車は動き始めている、自分が乗っていた号車まで戻るのはもう無理だ。

慌てて列車の最後尾の号車に戻ろうとする川内だったが、何の因果か、最後尾の手すりは破損しており、手すりをつかむことは出来ない。

 

一つ先の乗降口に向かう余裕は、ない。

 

このままでは列車に乗り遅れてしまう、財布も何もかも列車の中なのに。

 

「どうしよう……」

 

言葉も通じない異国の地で、お金も何も持たないまま一人取り残されてしまう。

 

「どうしよう!?」

 

大神に迷惑をかけてしまう。

 

欧州の艦娘を指導できる娘として、信頼できる艦娘として大神に選ばれたというのに。

その期待を、信頼を裏切ってしまう。

焦りが川内の足を速めるが、だが、やはり他の場所から乗るだけの余裕はない。

徐々に列車の速度が速くなっていく。

 

ダメだ、このままじゃ、本当に――

 

そう、川内が思ったとき、

 

「川内くん!」

 

乗降口の扉が開かれた。

 

「大神さん!」

 

大神の姿がそこにあった。

扉を開け、そして、川内に向け手を差し伸べている。

 

「川内くん、早く!」

 

迷っている時間なんてなかった、迷う必要もなかった。

川内は差し伸べられた大神の手を掴む。

次の瞬間、

 

「――よっ、と!」

 

川内の身体は引き上げられ、列車の中に、いや、大神の腕の中に、収まっていた。

下手に立ったまま引き上げて二人揃って列車から落ちたらどうしようもないと、引き上げた勢いのまま列車の床に倒れこむ大神たち。

川内は絶対に離さないとばかりに大神に抱き付いて、しがみついていた。

 

大神が車掌に声をかけると、すぐに車掌の手によって、乗降口の扉が閉められる。

 

「ふぅ――」

 

これで一安心だ、大神は安心して大きく一つ息をつく。

列車が更に速度を上げていく。

 

「――っ!」

 

けれども、川内は目を閉じたまま、大神に抱きついたまま離れようとしない。

よほど、焦ったのだろう。

大神に迷惑をかけることが怖かったのだろう、目じりには涙さえ浮かべていた。

 

「もう大丈夫だよ、川内くん」

 

そんな川内の背中を大神は優しく、軽く叩きあやし続ける。

 

「……ごめんなさい」

 

やがて、川内がゆっくりと大神に謝る。

 

「いいさ、これくらい」

「でも、私、こんなところから大神さんに迷惑かけて――」

「……そうだね。俺も到着する前からこんなことになるなんて思わなかったよ」

 

落ち込んだ様子の川内を元気付けようと、おどけて答える大神。

でも、その言葉にびくりと背中を震わせる川内。

 

「やっぱり――」

「だから、その分向こうでの訓練は頑張ってくれれば良いよ。君の水雷魂を思う存分欧州の艦娘に見せ付けてやってくれ」

 

そんな事は今ここで言われるまでもない。

それでは何も罰はないのと同じだ、そう川内は大神に返そうとする。

 

「そんな――」

「だから、これでこの話はオシマイ。こんなこともあるさ、あんまり気にしないでいこう」

 

そう言って、川内が話すより早く、大神は川内の唇に自らの指を当てた。

 

「――――!?」

 

文字通り口封じされ、川内は何も言えなくなる。

そのまましばしのときが流れる。

そして、大神がゆっくりその指を離すと川内はすっかり押し黙っていた。

 

「さ、そろそろ席に戻って昼食にしよう。鳳翔くんも待っているし、そうだな、食堂車でちょっと豪華に食べようか?」

 

そう言って大神は川内の手を引いて自分の席に戻っていく。

川内の手が放れないようにを握りしめたまま。

 

「はい――」

 

その様子をふわふわとおぼつかない足取りで追う川内。

 

「どうして――」

 

どうしてだろう。

 

鼓動が高鳴って止まらない。

 

これは、走ったからでも、焦ったからでもない。

 

これは、多分――――

 

 

多分きっと――――




本当は2エピソードで1話にする予定だったのですが、思ったより字数増えて3000字近くなったのでこれにて投稿。
もうちょっとだけ列車旅は続きます。


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第十二話 3 シベリア鉄道の車窓から3

シャワーから流れるお湯が川内の肢体を流れ落ちている。

 

僅かに俯いて、ぬるめ、いや若干冷たくすらあるお湯を浴び、紅潮した頬を、全身を冷ます川内。

それくらいしないと、大神に口封じされてから高鳴りっぱなしの鼓動は、熱くなってしまった身体は、とてもではないが落ち着いてくれそうにない。

 

「はぁ、今日は途中から散々だったよ~」

 

思わずため息を零す川内。

 

まあ、そう零すのも無理はない。

 

実際、午後は大神のことを意識しすぎてどうにもならない状態だった。

 

大神、鳳翔と食堂車で昼食を食べていた際に、『どちらが恋人ですか?』と、近くの乗客に訪ねられて、思わず『ハイッ!』と立ち上がって熱い紅茶を大神に浴びせてしまったとか、慌ててふき取ろうとハンカチをバッグから取り出そうとして、間違って自分の下着を大神に渡してしまったとか。

 

部屋に戻ってからも、正直目も当てられない状態だった。

 

昼食後は文書の再確認が終わった大神たちとカードゲームをしていたのだが、大神を意識しすぎてしまって、手が触れ合うだけで『キャッ!?』と可愛らしい声を上げてしまったり、川内の手札を見透かそうと向けられた大神の視線と自分の視線が絡み合うだけで恥ずかしくなって顔を真っ赤にして目を背けてしまったり、などといくら枚挙してもきりがない。

 

ああっ、もう、自分はいつの時代の恋する乙女なんだ、と自分でツッコミを入れようとしても、

 

『恋』

 

と、考えるだけで即座に大神のことを意識してしまう。

 

自分を引き上げた手を。

 

自分を抱き締めた腕を。

 

自分の唇に触れた指を。

 

思い出すだけで川内は真っ赤になってしまう。

それだけではない。

 

『そういえば、これが私の初恋なのかな……初めての恋と書いて、初恋……えへへ…………』

 

と、急ににやけだしてしまうのを止められなかったり。

かと思えば、

 

『でも、初恋は叶わないって言うよね、……そんな、この気持ちが届かないのはヤダよ…………』

 

と、また急に落ち込んでしまったり。

傍から見れば、ほとんど挙動不審な状態だったに違いない。

 

とにかく、このままの状態ではマズい。

 

一刻も早く元に戻らないと、そう思い川内はシャワーを浴びる。

 

顔から咽喉を伝い、鎖骨を流れ、そして胸のふくらみに沿って下半身へ、床へとお湯が流れていく。

艶かしくすらあるその様子であるが、ここは狭い列車のシャワー室である。

勿論、川内の姿を覗く影はない。

 

「流石に、この状況じゃ覗かないよね……大神さん」

 

今、もし警備府の時のように覗かれたらどう反応するだろうか。

ちょっと残念そうな口調でシャワーを浴び続ける川内だが、この狭い車内、室内で覗こうとしたら即とっ捕まって警察送りだ、いくら大神といえども覗きはしな――

 

と、シャワー室の扉が外から叩かれる。

 

「えぇっ? うそっ!?」

 

まさか、本当に、大神が。

 

もし、一緒に入りたいだなんて言われたら、どうしよう。

 

当然断らないといけない、ダメって返さなくちゃいけない。

 

だけど、もし、本当に言われたら――今、断れる自信が、川内にはない。

 

期待と緊張が半分半分の川内に外から声がかけられる。

 

「川内くーん、ちょっと、いいかな?」

 

その声は紛れもなく大神のものだったが、少し声の様子がおかしい。

けれども、シャワー室の中で一糸纏わぬ状態の川内にそんなことを考える余裕はない。

扉の向こう側に大神が居る、そう考えるだけで落ち着かなくて仕方がない。

思わず手でその身を隠してしまう。

 

「な、なな……何!? 大神さん?」

「いや、あくまで列車の共有のものだから、あんまり長湯はダメだよ、と伝えてなかったからさ」

「うん! 分かった! 手早く済ませるね!!」

 

若干ゆったりした口調の大神に、完全に焦って言葉を返す川内。

 

「分かった、じゃあー、俺は戻ってるから」

 

やがて、納得したのか大神の気配が扉の外から遠のいていく。

大神の気配が完全に遠のいたのを確認して、

 

「……はぁ~」

 

全身から力が抜け、床に崩れ落ちる川内だった。

 

 

 

ちなみに、それからシャワー室を出るまでにはなんだかんだで15分近くかかった川内だった。

シャワー自体は早めに止めた川内だったが、大神と同室なのだ、と改めて考えたら、身支度を何もせずに部屋に戻るなんて無理だった。

あまり化粧っ気のない川内だから、化粧も香水の類も荷物には最低限しか入れてなかったが、

 

『川内くん、汗臭いよ』

 

と、もし大神に言われたら、今の川内はそれだけで死ねる自信がある。

間違ってもそんなことを言う大神ではないのは、少し考えたら分かりそうなものだが。

 

でも逆に、

 

『川内くん、良い匂いがするね』

 

と、もし大神に抱き締められながら言われたら、今の川内はそれだけで天にも昇る心地になれる。

だから、手を抜くことなんて一切出来なかった。

恋する女の子の身支度には時間がかかるものなのだ。

 

 

 

そうして、身体から良い匂いをさせている川内が通路を歩いて自分たちの部屋に戻ろうとする。

その姿にすれ違った男たちが不埒な視線を向けるが、この姿はただ一人、大神だけのもの。

大神が自分を見てどう反応するかな、どう返してくれるかな、とそれだけを考えて通路を歩く。

 

と、途中の開いた扉の中から男たちの声が聞こえてくる、どうやら酒盛りをしているようだ。

どうやら会話の内容は日本語らしい、自分たち以外にも日本の人が居るのかな、と川内が歩きながら視線を運ぶと、

 

「大神さん!?」

 

誰あろう大神が男たちと酒盛りをしていた。

 

「お、川内くーん。ずいぶん時間ー、かかったみたいだねー」

「うわっ!? この部屋、酒臭っ!?」

 

しかも川内がシャワーを浴びて、身支度を整えている間にかなりウォッカを飲まされたらしく、大神は大分呂律が回ってない。

当然、放っておける訳がない。

 

「よーし、川内くんもシャワーを終えたみたいだしー、そろそろ俺は部屋に戻るよ、ご馳走様ー」

 

しかも、そう言って立ち上がろうとする大神を、酒が抜けるまで休んでいけよ、と男たちは引きとめようとする。

それだけではない、男たちは川内ではなく大神に不埒な視線を向けているような気がする。

湯上がりの艶っぽい川内ではなく、酔っ払った大神にである。

 

なんで? と考えて、川内は出発前に秋雲に注意されたことを思い出した。

日本人の男はBL的な意味で向こうでは人気なので、向こうでの大神さんのボディガードをお願い、と言われたことを。

大神さんは私たち艦娘のことにはこれでもかというくらいに注意を払ってくれるけど、自分のこととなるとあまり注意を払ってくれないから、大神さんの貞操を守ってと頼まれたことを。

 

「え? ええーっ!?」

 

その時はまさかと一笑に付し、冗談半分というか全て冗談と思っていたことを目の当たりにして、川内は大声を思わず上げてしまう。

 

「ん? どうしたんだーい、川内くーん?」

「ううん、なんでもない! 大神さん、早く部屋に戻ろ!!」

 

冗談ではない、こんな危険な場所からは一刻も早く大神を連れ戻さないと、と川内は立ち上がった大神の近くに駆け寄る。

酔ったまま立ち上がって、バランスを崩しかけた大神を支えてピタリと寄り添う川内。

湯上がりの身支度を整えたばかりの少女が酒の匂いを漂わせた大神に寄り添う姿を見て、男たちも流石に諦めたらしい。

飲ませすぎて悪かったな、と部屋を出ていく大神に声をかけるのだった。

 

そう言いながらも男たちの視線が大神に集まっているような気がして、川内は気が気でなかった。

そして、大神を一人では絶対に行動させないと胸に決めるのであった。

 

 

 

「大神さん、大丈夫?」

「すまない川内くーん。つい勧められるままー、飲んでしまってさー」

「ああー、もう大神さん、分かったから。早く部屋に戻って寝よう?」

 

それからしばらくして、大神たちは部屋に戻る。

鍵を開け部屋に入ると、鳳翔は既に寝ているようだ、上のベッドから規則正しい寝息が聞こえてくる。

鳳翔には悪いが、大神も自分も下のベッドでよかったと、川内は一息つく。

とてもじゃないがこの様子では大神は上のベッドでなんて寝かせられない、落ちてしまいそうだ。

だからといって、一つのベッドを二人で使うなんてそんな恥ずかしいことできっこない。

 

「はあ、せっかく目一杯綺麗にしてきたのに。大神さんがこんなんじゃ意味ないよー」

 

でも、しょうがない。

今日は大神をベッドに寝かせて、自分も寝ようかなと部屋の扉と鍵を閉める。

 

「大神さん? 部屋に着いたよ?」

「ああ、ありがとー、川内くーん」

 

川内にそう答えて、大神は眠気の求めるままベッドに飛び込んだ。

大神に寄り添ったままの川内に気付かずに巻き込んで。

 

「キャッ!?」

 

視界が一瞬反転し、僅かな衝撃が川内を襲う。

 

「いたた……大神さん――お、大神さん!?」

 

川内が気を取り直してみると、大神が川内に抱き付いていた。

川内の胸元に顔を埋めて。

 

「このまくらー、良い匂いがするなー」

 

川内の胸元に顔を埋めた大神が湯上がりの川内の匂いを感じて、深呼吸しながら呟く。

当然、胸元でそんなことをされたら川内は堪ったものではない。

 

「ひゃうっ、大神さん!?」

 

色っぽい声を上げてしまう川内。

その声に反応して顔を上げる大神。

 

「ん、まくらー? 俺、枕なんて持って来てないよな?」

「(わわつ、大神さんに気付かれちゃうっ?)わ、私は川内の枕デスー」

「なるほどー、川内くんのまくらかー。どうりで川内くんのにおいが……くー」

 

そう言って大神は寝息を立てる。

 

「ど、どうしよう……慌てて、思わず、変な事答えちゃった。でも、あのまま私だって気付かれたら――」

 

大神はどう答えただろうか。

 

『酔って寝ぼけていたとは言え、すまなかった川内くん!!』

 

以前お風呂を覗いたときのように、平謝りに謝るだろう、普通に考えたら。

でも、もし――

 

『川内くん、俺は――』

 

酔っていたとは言っても、大神に。

大神に求められたら――

 

「とてもじゃないけれど、断れる、拒否できる自信ないよ……」

「川内くん……」

 

寝息で川内を呼ぶ大神。

一体どんな夢を見ているのだろうか。

鹿島のように、金剛のように慕っているのだと、好きなのだと気付いてくれているだろうか。

大神の夢の中で自分はどんな姿だろうか、考えが止まらない。

 

「お茶、熱い……」

「ぶっ」

 

色々と台無しであった。

思わず噴出して、我に返る川内。

 

「くかー」

 

そんな川内をよそに、大神は川内に抱き付いて寝ている。

 

「すぴー」

 

盛大に寝息を立てて。

抱きつかれて、押し倒されて、とてもじゃないが眠れそうにない川内を放っておいて。

 

「もぉー、大神さんっ!」

 

そう考えると、今度は何も知らずに寝ている大神に仕返ししたくなってきた。

どうせ胸元の大神が気になって、今夜も寝れそうにないのだ。

寝息が静かに立てる鳳翔と大神をよそに、川内は大神への仕返しをひたすら考える。

 

そして、川内は一つの案を思いついた。

 

川内の羞恥心はそれを実行することに全力で反対していたが、それよりもぐーすか寝ている大神に仕返ししてやりたい気持ちの方が上回っていた。




初期案では、不埒なこと目的な男たちに酔い潰される川内、そしてそれを助ける大神と言う流れだったんですが、川内でも鳳翔でもない、大神のシャワーシーン書いてもなぁ、と言う事でボツ送り

その代わり大神さんの貞操がピンチでしたw(BL的な意味で)
いろんな意味で反応が怖いぜwww


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第十二話 4 責任取ってよね、大神さん?

前話ご閲覧の上見てください。
そうじゃないと不明な点が発生しますので。


次の日の朝、大神の目覚めは最悪であった。

 

「うーん、頭が痛い……」

 

昨日、シャワーに向かった川内に一言注意しておこうと向かっていたところ、日本語で話しかけられて、まあいいだろうかと一献付き合ったのがよくなかったらしい。

少し遅れたが川内への注意は済んだから、川内がシャワーから出てくるまでと、勧められるまま酒を飲んでいた結果がこのザマだ。

呑みの終わり間際の記憶はあやふやだが、酔っ払った自分に川内が付き添ってくれていたことは覚えている。

川内が気が付いてくれなければ、部屋に戻ることすら叶わなかったに違いない。

 

「起きたら川内くんにお礼を言わないと……」

「ううん、気にしないで、大神さん……これから仕返しするし」

 

はて、川内の声がヤケに近くから聞こえるがどういう事か。

少し考えるが二日酔いで頭がガンガンと痛く、よく回らない。

まあ列車で同じ部屋になってしまったんだし、いつもより近くで声がしても無理もない話か。

良く働かない頭でそう考える大神、もう少し頭を休めようかと思い、頭をまくらに沈める。

頬に当たるふにふにとしたふくよかな感触にすりすりと頬を擦り付けながら。

 

「ひゃんっ!」

「うーん、川内くんのまくらは暖かくて気持ちいいな、鎮守府に戻ったら俺も買おうかな」

「え……それって、鎮守府に戻ってからも……って、こと? ど、どうしよ……」

 

やはり川内の狼狽したような声が聞こえるが、意味がよく分からない。

そんなことよりも、と良い匂いのするまくらに大神は顔を埋めて胸いっぱいに息を吸い込む。

 

「ひゃうんっ!?」

「ふー、川内くんのまくらは女の子の良い匂いもして、抱き締めていると心地よいな。これが川内くんの匂いなのかな?」

「良い匂い? 汗臭かったりしない?」

「うん、良い匂いがするよ」

 

そう言って、すべすべのまくらに唇を這わせる大神。

 

「ひゃあぁっ!? 大神さん、ダメェっ!!」

「?」

 

やはり川内の声が近くから聞こえる、と言うかいくらなんでも近すぎる。

これではまるで耳下で話されているようじゃないか。

仕方ないと二日酔いでうなされながら、大神はゆっくりと目を開ける。

 

「え……」

 

目を開くと視界一杯に肌色が目に入る。

 

「大神さん、あんまり見ないで……恥ずかしいよぉ……」

 

勿論、それは川内の肌の色だ。

大神の腕の中には、顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっている全裸の川内が、居た。

 

「昨日の大神さんとのベッドでの夜戦、凄かったよ……」

「え?」

「責任とってよね、大神さん?」

 

大神の二日酔いは一気に吹き飛んだ。

 

 

 

そして、しばしのときが流れる。

大神も川内も起き上がり同じベッドに腰掛けている、川内はシーツを身に巻きつけていた。

大神は気付いていないが、川内の下半身は衣服を着ていたりする。

そうと気付かぬ大神は必死に頭の中を整理していた。

大神の記憶は記憶は全くないが、結論は一つしか出ない。

酔いに任せて川内に、手を、出してしまった。

男の醜い欲望のままに穢してしまった、と。

 

「なんてことを……俺は……」

 

酔っていた、寝ぼけていた、そんな言い訳なんか出来る訳がない。

川内の信頼、好意を裏切った。

艦娘たちの信頼を、好意を裏切った。

米田たちの、大元帥閣下の信頼を裏切った。

 

「俺は、俺は……隊長失格だ……」

 

蒼白な顔でそう呟く大神。

そのあまりに悲壮な顔を見て、川内も少しやりすぎただろうかと、そろそろネタバラシした方が良いかなと口を開こうとする。

しかし、大神がそれを遮って川内に土下座する。

 

「すまなかった、川内くん!」

「ええ!?」

 

まさか、そこまでされると思わなかった川内。

目を白黒しながら大神の謝罪を聞き続ける。

 

「謝って許してもらえるとは思わない、許してくれとも言えない。けど、けれども君に謝らせてくれ、本当にすまなかった!!」

 

そのあまりに真摯な謝罪に川内は気圧される。

実際は大神はほとんど何もしていないのだから、尚更。

 

「え。ううん、いいよ。他の男の人じゃなくて、大神さんが相手だから嫌じゃなかったし」

「そうだとしても、君の好意に付け込んでしまった! なんて、最低なことを、俺は……」

 

ヤバイ。

どうしよう、大神さんマジで凹んでいる。

 

何度も何度も川内に謝る大神を見ながら、川内はネタバラシするタイミングを失って、心の中で冷や汗を流す。

やがて、大神の謝罪に答えない川内を、ただ謝るだけでは許してもらえないのだと勘違いした大神が顔を上げる。

 

「えっ?」

「分かった。せめて……せめて、責任を取らせて欲しい。君が望むなら、もう顔を合わせたくないというのなら、今すぐ華撃団の隊長を辞すよ。二度と君の、川内くんの前には姿を現さない」

「ええっ!? そんなのダメっ! 大神さんが居なくなるなんてイヤッ!!」

 

もしそんな事になったら、川内が鹿島や金剛、瑞鶴たちにぶっ殺される。

それに川内自身、大神と二度と会えなくなるなんて絶対にゴメンだった。

 

「……分かった、なら、せめて男として責任を取らせて欲しい。君を欲望のままに穢し、乙女を奪い、夜戦してしまった責任を」

 

そう言って決心した大神は川内の両肩を掴み、まっすぐに見つめる。

この雰囲気は、一体何を言い出されるのか、と川内はアタフタしながら大神を見返す。

 

「川内くん。君の好意に付け込んだ俺だけど、責任を取らせてくれ。俺と、結婚してほしい」

「!!??」

 

思いもしなかった言葉を大神に言われ、川内は思わず、

 

「はい……喜んで」

 

と返してしまう。

直後、何言ってんだ私は、と心の中で七転八倒する川内だったが、表情には笑みを隠し切れない。

その笑みを見て、大神は川内との未来のことに思考を向ける。

 

「川内くんは艦娘だから、結婚式に先立って親代わりになってくれる人を捜さないといけないな。そうだな、警備府からの付き合いだし永井さんにお願いするか、あと仲人は米田閣下にお願いするとして……川内くん、いや、川内、結婚式は和と洋どっちが良いかい?」

「え、大神さん、今私のことを川内って呼び捨てに……」

「ああ、正式な手続きは後になるけど、結婚するって決めた以上は呼び方も変えないとね」

「え、あ、あう、そ、その……」

 

ヤバイ、早く本当のことを話さないと、ネタバラシしないと。

本当にこのままだと、金剛たちにぶっ殺される。

そう思って、口を開こうとする川内だったが――

 

「どうしたんだい、川内?」

「あう……」

 

大神に優しく呼びかけられて何も言えなくなってしまう。

ただの呼び捨てではない、人生の伴侶と決めたものに対する優しさに満ちた甘い呼びかけ。

それを聞いただけで川内は何も言えなくなってしまう。

この甘い空間を一秒でも長く味わっていたい、と思ってしまう。

 

「川内?」

「大神さん、それじゃあキスして……」

「甘えんぼだな、川内は」

 

そう言って大神が川内に近づいてくる。

ここでキスしてしまったら、もう後には引けない。

でも、こんな幸せ、嘘で塗り固められた砂上の楼閣でも捨てられ――

 

 

「えいっ♪」

 

トス。

と、小気味良い音を立てて矢が大神と川内に突き刺さる。

 

「いってぇー! ほ、鳳翔くん、何を?」

 

矢が刺さったのだから、痛いではすまないのだが。

 

「川内さん、ダメですよ。嘘で大神さんの人生を狂わせたりしたら」

「う、嘘? 鳳翔くん、一体何を言って――」

 

そう言って、鳳翔に向き直ろうとする大神だったが、

 

「大神さん! 嘘付いてごめんなさい!! 本当は――」

 

今度は川内が大神に謝るのだった。

 

 

 

「寝てた――だけ?」

「うん、大神さんは酔っ払って私に抱き付いてたけど、後は寝てただけだったの――。なのに、勘違いさせてごめんなさい!」

 

川内が『本当の』事情の説明を終えると、大神は微かに気が抜けたような表情をしていた。

色々と考えていたことが全部不意になって、再起動に時間がかかっているようだ。

怒られるかなと、とビクビクしていた川内だったが、やがて大神は、

 

「川内くん、ゴメン、色々迷惑をかけたね」

 

と謝った。

 

「え、でも、今朝のは全部私が悪くて――」

「元々は昨晩俺が君を巻き込んでしまったのが原因だから。川内くんは何も悪くないよ」

「でも――」

 

でも川内は納得しているとは言いがたい。

悪くないといわれて、なお、大神に自分が悪いと良いたげな視線を向ける。

その視線を受けて、大神は頷く。

 

「分かった、今回のことは両成敗にしよう。川内くんは今朝俺を騙した、その分の罰を今するよ」

「はい……」

 

目を閉じて、歯を食いしばって大神の制裁を待ち受ける川内。

そんな川内に大神は軽くデコピンをする。

 

「え、これだけ?」

「騙されたといっても、何の被害も受けてないからね。これで十分だよ」

 

そう言って今度は大神が目を閉じる。

 

「さ、今度は川内くんの番だ。夕べからかけた迷惑の分だから、引っ叩いても何をしても良いよ」

「――何をしても良いの? 大神さん」

「ああ」

 

そう言って目を閉じる大神。

そんな大神に川内は手を大きく振りかぶって――

 

 

 

キスをした。

 

 

 

「川内くん!?」

「こ、これでおしまい!」

 

驚く大神に背を向け、慌てて自分のベッドに戻ると横になる川内。

二日間ロクに寝てなかったためか、川内は徐々に眠りに落ちていく。

もし、あの時、鳳翔が止めなかったらどうなっただろうか、そんなことを夢に見ながら。




危なかった、もう少しで川内で勝負ありになるところだったぜ。


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第十二話 5 好き

自分の座席兼ベッドですうすうと寝息を立てて熟睡する川内。

無理もない話である、二晩も眠れていなかったのだ。

身体の疲れもたまっていただろうし、ここはゆっくり寝かせてあげるべき時だ。

 

「ん……大神さぁん…………」

 

時折、寝言で大神の名を呼んでいる、一体どんな夢を見ているのだろうか。

そんな川内を優しげな眼差しで見守っている大神と鳳翔。

川内の座席には今、川内が寝ているため、二人は大神の席に並んで座っている。

人懐っこい、言い方を換えれば騒がしい川内が寝ている今、二人の間には多くの会話はない。

給湯器で入れた緑茶や紅茶を飲みながら、静かに時を過ごしていた。

 

「鳳翔くんは列車に乗ってからこの三日間、外に出たりしていないけど、大丈夫かい?」

「ええ、私はこれがあれば」

 

大神の問いにそう返して、鳳翔は花束を取り出す。

昨日の朝、駅で大神が購入した花束、それをいとおしそうに見つめる鳳翔。

鳳翔が花が好きだと知らなかった大神はこれまでにも花をプレゼントするべきだったかなと思う。

 

「そんなに喜んでもらえるなら、有明に戻ったら鎮守府に花でも飾ろうか?」

「いえ、気を使って頂かなくてもいいですよ。それに、ただの花じゃなくて、隊長からのプレゼントだから、こんなに嬉しいんです」

「じゃあ、今回の任務が終わって有明に戻ったら、慰労を兼ねて何かプレゼントするよ」

「ふふっ、お気持ちだけ頂いておきますね。有明で特定の艦娘にプレゼントなんてしたら、鹿島さんや金剛さん、明石さん、間宮さんたちに瑞鶴さん、あと川内さんもみんな黙っていませんよ」

「あはは……それもそうだね…………」

 

そうなったときの光景を思い描いて、冷や汗を流しながら答える大神。

 

「それに……」

「鳳翔くん?」

 

そう言いながら、鳳翔は大神のすぐ横に近づく。

大神にもたれかかりながら目を閉じる鳳翔、それだけで大神の存在を、鼓動を感じる。

大神の私服を軽く掴んで、ピタリと寄り添う鳳翔。

 

「こうして隊長と二人で、穏やかな時間を過ごせる。のんびりと列車に乗って風景を、旅を楽しめる。それだけで私は満足なんです」

「そうか。だいたい半分が過ぎてしまったけど、残りの期間も楽しめるといいね、鳳翔くん」

「大丈夫ですよ。隊長がいて、私が居る。それだけで十分ですから。あ、でも――」

 

指を立てて考え込む鳳翔。

何か気になることがあったのだろうか。

 

「なんだい?」

「昨晩や、今朝のような騒動は控えて下さいね、隊長?」

「……肝に銘じておくよ」

 

昨晩、大神に酒を飲ませた男たちは、先程大神に一声かけて降りて行った。

それに大神も流石にこんな短期間に同じ過ちを二度繰り返すつもりはない、大丈夫な筈だ。

 

「隊長。もし、今朝のように起きたとき、私が川内さんと同じように貴方の腕の中に居たら、川内さんと同じように『結婚して欲しい』って言って下さいましたか?」

「え……」

 

続く鳳翔の言葉に、一瞬言葉を失う大神。

だが、すぐに気を取り直す。

あの言葉は川内だから、鳳翔だからと変わるものではない。

男として責任を取る為のものなのだから。

 

「ああ、もし俺が君たちを、鳳翔くんに手を出したと、穢したのだとしたら、その責任は取った」

「ふふっ、そうですか♪」

 

大神の答えに満足げな表情を浮かべて鳳翔は大神と腕を組む、若干嬉しそうだ。

 

「どうしたんだい、鳳翔くん?」

「いいえ、なんでもありませんよ♪」

 

そんな二人の間にはしばらく沈黙が流れる。

 

けれども、その沈黙は二人にとって苦にならない。

 

川内の寝息をBGMに鳳翔の望んだ、穏やかな時間が過ぎていく。

 

やがて、列車の右手に大きな湖が見えてくる。

世界最大の透明度を持つバイカル湖だ。

湖の色は透き通ったきれいな青、湖岸からの景色はなんとも美しい。

 

「綺麗な湖ですね」

「ああ、そうだね」

 

と、列車が停車する。

駅でもないのにどうしたのだろうか。

部屋の扉が叩かれる、どうやら車掌のようだ。

流石に他人に見られるの恥ずかしいらしく、鳳翔は大神から少し離れる。

 

「俺が出るよ」

 

大神が部屋の外に出て車掌と話し合う。

車掌がチラチラとこちらを見ながら、大神と話し合っている。

一体何の話をしているのだろうか。

 

しばらくして話を終えたらしく、大神が振り向く。

 

「鳳翔くん、ちょっと異例だけど、提督華撃団の出番だよ」

 

 

 

その数分後、二人の姿は湖の上にあった。

光武・海は日本においてきたため、警備府の時のように大神は鳳翔に抱き付いている。

川内は未だ熟睡していた為、部屋に鍵をかけて寝かせていた。

 

「ここ最近、不審な影がバイカル湖南方で見られるらしい。もしかしたら深海棲艦かもしれないから、確認してくれないかと頼まれたんだ」

 

耳元で囁かれる大神の声に鳳翔は頬を紅に染める。

けど、曲がりなりにも提督華撃団としての出番なのだ、気は抜けない。

 

「――でも大神さん、深海棲艦は海にしか出現しないのではありませんでしたか?」

「ああ。そうなんだけど、万が一深海棲艦だった場合、シベリア鉄道が損害を受けたら被害は甚大だからね。かと言って、海の防衛の任務に就いている艦娘をわざわざその為だけに移動させるのも惜しい。それで、シベリア鉄道に乗っている俺たちに確認して欲しいんだってさ」

「なるほど、分かりました」

「ロシアと日本間の調整は済んでいるらしい。早めに確認して列車に戻ろう」

「はい」

 

大神の言葉に納得した鳳翔が矢を放ち、艦載機を飛ばす。

 

「ですが、こうやって隊長が出てこられなくても」

「何を言ってるんだい、君たちの隊長として君だけを行かせるわけにはいかないよ。まして、君は空母だ、何らかの形で先制攻撃を受けたら危険すぎる」

「あら、私のことを心配していただけるんですか?」

「勿論だよ」

 

そうこうして話し合っている内に、飛ばした艦載機からの連絡が入る。

 

「影を目視で確認できる距離まで近づいたそうです、確認結果は――」

 

一瞬緊張する二人。

艦載機からの続く報告を待つ。

 

「――バイカルアザラシの群れ、だそうです」

「アザラシの群れ?」

「はい、ただのアザラシです」

 

黙りこくる二人。

やがて――

 

「ははっ」

「ふふっ」

 

二人は笑い出す。

緊張していたこと自体が滑稽に思えてくる。

 

「あははははっ、ただのアザラシに華撃団が出撃、ははっ」

「そうですね、うふふっ」

 

そんな風に二人が笑いあっていると、日が西の空に沈んでいく。

夕日を受けて湖が黄金色に輝く。

 

「綺麗――」

「ああ、綺麗だね。それに静かだ」

 

その様子をしばらく抱き合ったまま眺める二人。

 

「隊長……いつか、この湖のように海を、静かな海を取り戻せるのでしょうか?」

「ああ、必ず取り戻すよ。だから鳳翔くんも力を貸して欲しい」

「ええ、そして静かな海を取り戻したら――いつか、いつか今度は――ふたりで」

「今度は? なんだい、鳳翔くん?」

 

最後の言葉を聞き逃した大神が鳳翔に問いかける。

 

「いえっ、何でもありません、隊長。艦載機を収容したら戻りましょう。川内さんもそろそろ目覚めている筈です」

「ああ、そうだね、目的は達成したし戻ろうか」

 

そして、二人は湖岸の列車へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

隊長――

 

あなたは知らないのかもしれないけど、

 

この列車に乗ってから、あなたのすぐ傍で時を過ごしはじめてから、

 

毎日――そう、毎日、あなたが好きになる。

 

おとついより昨日、昨日より今日の――

 

ううん、今こうして私を抱き締めてくれているあなたが一番好き。

 

 

 

こんな幸せがずっと続いたらいいのに思ってしまう私は、多分わがままなんでしょうね。

 

赤城さん、加賀さん、いえ、空母の皆さん、そして川内さん、ごめんなさい。

 

もう少しだけ隊長を独り占めさせてもらいますね。

 

そして、静かな海を取り戻したら、今度はふたりで、ふたりきりで、旅を――




テーマ、砂糖控えめな穏やかな時間。
川内がかなりドタバタ気味で甘めだったので。


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第十二話 6 罠

列車に二人が戻ると、二人が日本が誇る『帝國の若き英雄』大神と艦娘であることに流石に気付いた乗客や車掌たちの熱烈な歓迎を受けた。

握手は勿論、写真やサインを求める人たちでごった返すが、湖の確認任務は終わったし、あまり長時間列車を止めてしまう訳にも行かない。

列車の中で順次対応するということにして納得してもらい、先ずは列車の中へと戻る大神たち。

 

車内に全乗客が戻ったことを車掌が確認して、列車が動き出していく。

 

そこから先はバイカル湖の風景に目をやる余裕はまるでなく、イルクーツクに到着するまでひたすらサインや写真撮影に追われる大神たち。

室外の騒動に目を覚ました川内も芋づる式に艦娘であることがバレて、大神たち同様にサインなどに応えるのであった。

 

「ふー、ようやく一段落かな」

 

イルクーツクに到着すると、多くの乗客が降りていく。

その光景を3人が窓から眺めていると、車掌がまた部屋にやって来た。

 

「俺が話すよ――」

 

そう言って車掌と話し始める大神。

 

「何の話かな?」

「そうですね。ここは陸の中ですから、また湖を確認して欲しいと言うことはないでしょうし」

「はぁ~、二人で夕日の綺麗な湖でデートなんて出来たんだったら、寝てるんじゃなかったよ~。今の大神さん、光武持ってないから抱き付いてくれたんでしょう?」

「ええ、ぎゅっと抱き締めてくれましたよ」

「いいなぁ~、私も抱いて欲しかったなぁ~」

 

好機を逃がしたと知って、川内は若干落ち込んでいる。

 

「いいじゃないですか。それを言い出したら、川内さんは昨日から大神さんに何度も抱かれていたじゃないですか」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 

鳳翔の指摘に顔を赤らめて照れる川内。

と、大神と車掌の話が一段落したようだ。

振り向いた大神の表情も明るい、何か良い情報があったのだろうか。

 

「川内くん、鳳翔くん朗報だよ。さっきのバイカル湖偵察の謝礼として、イルクーツクからモスクワまでの間、空いた一等室に無料で客室を変更してくれるってさ。これでようやく男女別室になれるよ。一安心だね」

「…………」

「…………」

 

しかし、二人の反応は冴えない。

 

「あれ、二人とも喜ばないのかい? これで静かに気兼ねなく時を過ごせるよ」

 

二人は顔を見合わせると大きく頷き、大神の手を取る。

 

「隊長、今まで通り3人で一部屋のままではいけないでしょうか?」

「そうだよ。大神さんと同じ部屋になって大神さんといっぱい仲良くなれたし、残りの区間も大神さんと一緒が良い!」

「いや、そうは言ってもやっぱり男女別室にした方が……」

「もう3日間も一緒に居て、同じベッドで朝を迎えたり、着替えや裸を見られたりしているんです。今更ですよ」

 

普通反対するであろう女性側の方が男との同室を希望し、男を困らせている。

そんな様子を眺めている車掌だったが、やがてニヤニヤすると大神に耳打ちする。

 

「――――」

「……ええっ、据え膳食わぬは男の恥!? 何でそんな日本語を?」

「――――」

「女性が望んでいるのですから男は黙って従いなさい、あなたは嬉しくないんですか、か。いや、嬉しくないといったら嘘になるけれど……」

 

そう言葉をつむぎだす大神に鳳翔と川内はしがみつき、涙を目じりに溜めてお願いする。

 

「「大神さんっ! お願い!!」」

「うっ!」

 

どうやらいろんな意味で突き刺さったらしく、大神は胸を押さえて俯いている。

しばらくして、大神は諦めたらしい。

 

「分かったよ。モスクワまでこの部屋に3人で行くことにする。でも、残りの1席に人が来るかもしれないよ。それでも良いんだね?」

「それは……」

 

もちろん大神以外の男性に素肌を晒すなんて嫌だ。

自分たち以外の女性が大神と仲良くするのも嫌だ。

でもそれを口にしてしまえばわがままになってしまう、どう答えたら良いものか考え込む二人。

そんな様子を見ていた車掌は再び大神に耳打ちする。

 

「――――」

「えっ、一等室にする代わりにこの部屋は3人の貸切にしてくれるから心配要らないですって? そこまでしていただく訳にも……」

「――――」

「モスクワまでの旅、ゆっくり、じっくりとお楽しみ下さい? ……分かりました、お言葉に甘えさせていただきます」

「「やった-!」」

 

完全に観念した大神が車掌に返答を返した。

逆に鳳翔と川内は、あと3日間も続く大神と同室の旅に喜びを露にする。

 

大神の心労はまだまだ続きそうだ。

 

 

 

その様子を隣の部屋で伺っていた女性が通話を打ち切った。

 

『――連絡は以上です、加山隊長』

「了解。対象を継続して影ながら看視、場合によっては保護すること。対象が酔い潰されかけたのを見過ごしたのは失点だからな」

『はいっ!!』

 

そうして、加山からも暗号化された秘匿回線での通話を打ち切る。

 

「お、加山。電話は終わりかの?」

 

加山が横を向くと大神の留守を預かる永井司令官が居た。

正面にはバーテンダーの衣装に身を包んだ間宮と伊良湖の姿がある。

そう、ここは有明鎮守府のバーのカウンターである。

珍しいことに加山は永井に呼ばれて、酒を飲んでいた。

酒のつまみはもちろん大神の過去などについてである。

 

「ええ、ちょっとした用事でしたが、もう終わりました」

「ほっほっほっ、大神につけた護衛からの定点報告がちょっとした用事か」

「ちょ、どうして、それを!? それに、そんなことを今ここで話したら、艦娘たちが――」

 

加山が慌てて司令官の発言を止めようとした。

『大神』と聞いて、数人の艦娘がこちら側に視線を向けている。

大神が居なくなったことで艦娘たちは酒を飲む機会が増えている、実際、今このバーには殆どの艦娘が居るのだ。

大神の話題だなんて、どうなっても艦娘は確実に食らいつくだろう。

一旦尋問が始まってしまえば、大神がどういう日々を過ごしているのか把握してしまった加山は、知る全てを白状するまで開放されないに違いない。

 

「永井さん、すいませんが自分はこれで――」

 

そんなのゴメンだ、と加山は荷物をまとめて席を立ち去ろうとする。

 

「加山さん、ではお会計をお願いしますね」

 

一刻の猶予もない。

そう判断した加山は釣りはいらないと、財布からお札を取り出したが、請求書には金額ではなく『大神さんの情報』と書かれていた。

慌てて間宮を見やると、間宮はニッコリ微笑んでいた。

その笑みが怖い。

 

「加山さん、私のもう一つの顔忘れていませんか? 『無線監査艦』でもある私を前にあの程度の暗号通信、暗号化していないのと変わりませんよ」

「ゲェっ!?」

 

そうだった、目の前の艦娘、間宮はただの給糧艦ではない。

『無線監査艦』という裏の顔を持っていたのだった。

純粋無垢な伊良湖とは違う、怖いこわーい一面も持っていたりするのだ。

 

「会話を傍受したなら、改めて聞く必要はないんじゃ――」

「私が聞いたのは、司令に指示されてからですから」

「なっ!?」

 

加山は思わず立ち上がって永井を見る。

 

謀られた。

 

ここに呼ばれたこと自体が加山に大神のことを白状させる為の罠だったのだ。

 

「私が聞けたのは『3日間一緒』とか、『残りの区間も大神さんと一緒』とか、だけです。ですけど、こんな情報を聞いてしまったら、全てを白状してもらわないと気がすまないと思いません?」

「逃げられると思わない方が良いデース! サー、サーサー、サーサーサー! 隊長が向こうで何しているかキリキリ白状するデース!!」

 

気がつくと加山の周囲は艦娘が完全に囲んでおり、逃げる隙はもうない。

観念して、加山は大神のシベリア鉄道での日々を白状するのであった。

 

「隊長から花束のプレゼント!? ううう、羨ましいデース!」

 

「夕焼けの綺麗な湖で鳳翔さんと大神隊長が抱き合いながらデート……流石に気分が複雑です」

 

そして、

 

「川内姉さんが大神さんに抱かれて一晩を過ごした……」

 

「川内姉さんが大神さんを騙して、大神さんに『結婚しよう』と云わせた……」

 

表情を失っていく艦娘たち、特に神通が怖い。

 

「……帰ってきたら川内姉さんにはウルトラスペシャルベリーハード訓練をしてもらいましょうか。先ずは砲撃を避ける訓練ですね。砲撃に参加したい方は――」

 

無論、鎮守府の全艦娘が手を挙げていた。



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第十二話 7 その頃ドイツでは

今まで花組は幼児であることを強調する為ひらがな喋りとしてきましたが、欧州編では、話に関わる事が増えます。
よって現状のままでは読みにくすぎると考え通常の喋り方に致します。
すいませんが、ご承知おきください。


イルクーツクからモスクワ、そしてパリへと向かう大神たち、大神のいやんばかんな日々を白状させられ吊るし上げを食らっている加山、そして川内が帰るXデーに向け魔女裁判の様相を呈してきている日本の艦娘たち。

 

と、常日頃とは少し異なる日々を送っている華撃団。

しかし、欧州でも個々の国においては地中海奪還に向けた訓練が行われていた。

 

ドイツもその一国である。

 

ドイツの領海であった海は北海とバルト海であり、ドイツそのものは地中海と接しては居ないが、地中海の奪還はヨーロッパ全体としてみれば明らかに利益であり、念願でもある。

今までの艦船と異なり、艦娘の移動は陸路でも可能であり戦力の集結・再配置の自由度が高いことを考えれば、今後の発言権確保の為にも参加させない理由がない。

そのような思惑もあり、軍港でもあるヴィルヘルムスハーフェンでは艦娘が北海での実戦を伴った演習に向け準備をしていた。

 

その艦隊は、

 

戦艦  ビスマルク

空母  グラーフ・ツェッペリン

重巡  プリンツ・オイゲン

駆逐艦 Z1(レーベレヒト・マース)

    Z3(マックス・シュルツ)

潜水艦 U-511

 

の6艦で構成されている。

 

そして、ヴィルヘルムスハーフェンにはもう一人の少女、いや幼女の姿があった。

イザベラ・ライラックことグラン・マのフランス大統領就任と併せ設立された霊力研究機関『巴里華撃団』より派遣された霊力についてのオブザーバー、レニ・ミルヒシュトラーセである。

本来、ドイツ国籍のレニであったがグラン・マに保護された為、ある意味里帰りともいえる。

当初こそ、幼女の意見を聞くことに疑問を持っていたドイツの艦娘であったが、日本での華撃団の活躍を耳にして、負けられないとレニの意見に基づいた霊力による自らの強化にも勤しんでいる。

と言うか、今現在トレーニングルームで艤装を外した艦娘たちが霊力の訓練を行っていた。

今は未だ基礎訓練、瞑想に近い状態で自らの霊力を探り自覚・運用しようとしている。

 

レニに霊力の発現を見せてもらっている為、霊力とは何なのかはもう分かっているが、それを自らの中から探るとなると難しいものがある。

例えるなら、自らを構成する数多の細胞の中から、意図的に一つだけピックアップし機能させようとしているようなものだ、並大抵のことでは出来ない。

 

大神と日本の艦娘のように、大神を好きになり魂のつながりを持つだけで強くはなれないのだ。

 

「う~ん、眠くなってきたよ~」

 

目を閉じて瞑想することに慣れていないプリンツが眠そうに目をこすり始める。

もちろんそれを見逃すレニではない。

 

「プリンツさん、集中力が切れかけている。もう一度集中して、貴方の中にある霊力を自覚して」

「レニちゃん、スパルタですよぉー。ん~~~~、霊力出て~……Fire!」

「プリンツ、その掛け声で出るのは砲弾よ、霊力じゃないわ」

 

半分ヤケになったプリンツを嗜めるビスマルク。

とは云うものの、ビスマルク自身も霊力の運用に関しては思うように出来ていない。

レーベとマックスにいたっては既に寝息を立てている、これ以上は時間の無駄かもしれない。

グラーフだけは艦載機の運用で若干慣れているせいか順調であるが。

 

「未だ先は長そうだね。今日はこの辺で終わりにした方が良いかな」

「うーん、海の上の訓練とは違って頭が疲れたよ~。あ、そうだ。レニちゃん、休憩代わりにお話聞かせて♪」

「何の話をすればいいのかな?」

「もちろん、レニちゃんの大好きな、『隊長―Leutnant zur See』さんについて♪」

 

それだけでレニの頬は赤くなり、冷たい雰囲気が霧消する。

 

「そんな、ボクの隊長のことだなんて……」

「うふふっ、赤くなったレニちゃんかわい~」

 

辛抱たまらなくなったプリンツがレニを抱き締める。

幼女となったレニはプニプニしていてプリンツがいたく気に入っているようだ、暇さえあればこうして抱き締めていた。

 

「プリンツ、レニは幼いんだからあまり弄んじゃダメよ」

 

そう釘を刺すビスマルクたちも隙があればレニを抱き締めている。

レニはドイツ艦娘にとってマスコットのような存在でもあるらしい。

 

「プリンツさん、やめてよ」

「やめてあげませ~ん、さぁ、観念して、隊長さんのことを話して♪」

「分かった、話すよ――」

 

隊長のことについて語ることは尽きないが、何を話すといわれたらこれしかない。

 

レニの中で珠玉の輝きを持つ思い出。

 

『なぜ……なぜ……攻撃してこない? 敵なのに……』

『違う! レニ、人は信じられる存在なんだ!!』

 

全てに対して心を閉ざしていたが故に水狐に心を囚われ、自分以外の全てを敵とみなして、戦闘機械として、攻撃しようとしたレニを救った隊長を、花組のことを。

 

『俺たちは、自分が愛する大切な人を守るために戦うんだ!』

『君は機械なんかじゃない。自分の意思で戦えばいいんだ! 君の……大切なものを守るために!』

『戻ってこいレニ! 俺たちのところに……仲間のところに……花組の、みんなのところに!!』

 

「……そうして、ボクは救われたんだ――隊長に」

 

話し終えた後、レニが見上げるとプリンツがボロ泣きしていた。

他の5人も涙ぐんでいる。

 

「ううう……良い話だよ。レニちゃんよかったね~、戦闘機械じゃなくなって……みんなのところに戻れて……ぐすっ」

「こんな幼い女の子を戦闘機械扱いしてたなんて信じられないわ! 非道なことよ! ……でも、私たち艦娘も同じようなものに、戦闘機械になってしまうのかしら」

 

ビスマルクがレニの身に起きた事に憤るが、自らの身を省みて語気が小さくなる。

 

「大丈夫だよ、隊長なら――隊長なら、艦娘を戦闘機械としてなんか絶対に見ない。みんなのことも仲間として、人として、女の子として扱ってくれるよ」

「いいわね、私もそんな隊長の下で戦いたいわ。地中海奪還作戦では私たちの指揮をする為に日本から新しい提督が派遣されるそうだけど、そんな話を聞いてしまったら余計期待できなくなってしまうわ」

 

レニから受けている霊力訓練もあり、自分たちが並の艦娘より強いと自負しているビスマルク。

レニが大神のことを『隊長』としか言っていないせいもあるが、自分が根本的に勘違いしていることに気付かず、言葉を続ける。

 

「新しい提督ですって? そんなの必要ないわ、むしろ私が日本の艦娘に一から教えてあげる」

 

大神と合流するまでにその勘違いが修正されればよいのだが。




大神さんが未到着なので、ドイツでは花組と艦娘は円満です。
レニの説得シーンはもっと詳しく神回にふさわしいシーンを書きたかったのですが、長々と書くと原作コピーになってしまうので割愛。


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第十二話 8 モスクワ、そしてパリへ

それから3日が経過しようとしていた。

シベリア鉄道の車窓から見られる景色は、草原ではなく、牧草地などの農場に変わっている。

既に1週間近くに渡ってユーラシア大陸を横断しており、建物もシベリア風から欧州風の色とりどりのものとなってきていた。

 

そんな風景を横に、大神たちはと言うと、

 

「隊長……よく眠っていらっしゃいますね」

 

大神は一番早く起きていたのだが心労が重なり寝不足であくびをしていたところを見つかり、強制的に寝かせられていた。

鳳翔の膝枕で。

 

膝枕には川内も名乗りを上げていたのだが、大神はほんの数日前に川内に酔って抱き付いて寝て、あわや責任を取りそうになった経験があるので流石に鳳翔を選んだ。

 

そんなこともあり、川内は若干不機嫌そうだ。

 

しかし、イルクーツクからの3日間だけでも、

寝惚けた川内が大神を抱きまくらにしたり、

着替え中の鳳翔たちを大神が見てしまったり、

ならば逆にと鳳翔たちが大神の着替えを余すことなくバッチリ見たり、

シャワーに向かう鳳翔を大神が体が勝手に動いて追って行ったところ見つかって同じシャワー室で一緒に洗いっこすることとなったり、

鳳翔だけずるいと川内ともシャワー室で洗いっこすることとなったり、とイベントは盛りだくさんだったのだ。

 

帰国後の魔女裁判の罪状が増えただけとも言う。

 

そして、昨日に至ってはこの部屋で寝るのは最後だからと一つのベッドで3人で川の字となって抱き合って寝ていた。

 

留守番となり大神と接する機会が全くなくなった艦娘たちと比べれば、これでもかと言うくらいに大神を堪能していたのだから膝枕の一つくらいで不機嫌になるのは、いささか欲張りすぎだろう。

 

そう気を取り直した川内は、鳳翔の膝枕で眠る大神の無防備な寝顔を楽しそうに見ていた。

 

考えてみれば、大神が士官学校を卒業してから未だ一年もたっていないのだ。

常に凛々しさを身に纏っていた為あまり気付くことはなかったが、今の大神の寝顔には少年のあどけなさが未だ残っている。

 

「こうやって、大神さんの寝顔を見れるのも最後なのかなぁ……」

「そうですね。モスクワからはパリへの直通便で一晩ですし、今度こそ男女別室ですから」

「はぁ、ざーんねん。その分、大神さんを堪能しよーっと」

 

そう言って、再び大神の寝顔を見つめる川内。

鳳翔も時折大神の髪を梳いたり、頬に指を当てたりしている。

 

と、列車がモスクワ郊外に入ったようだ。

荷物は起きてすぐにまとめてあるが、シーツやマットレスの片づけを行わないといけない。

そろそろ大神を起こす時間だ。

 

「隊長、起きて下さい」

「ん……あと、5分……」

 

鳳翔が軽く肩をゆするが、珍しいことに大神は起きるのを渋っている。

よほど心労がたまっているようだ。

 

「隊長、もうすぐモスクワに到着しますよ」

「ああ、分かった――よっ、と」

 

再度鳳翔に肩をゆすられてようやく起きる大神。

それから手早くベッドのマットレスを丸めて天井に入れていたりしていると、車掌がシーツを回収にやって来た。

この一週間見慣れた顔だが、これでお別れとなる。

大神はシーツを渡しながら最後の会話をしている。

と、大神の顔が赤くなっている、車掌にからかわれているようだ。

 

そうこうしている内に列車はいよいよモスクワ市外に入ったようだ。

やがて、執着駅であるヤロスラブリ駅に到着するシベリア鉄道。

 

停車した列車からホームに居り、改札に向かうと、地下鉄の路線図を配っていたので、一つ手に入れる。

とは言っても、大神の両腕は鳳翔と川内が占有しているので、実際に入手したのは鳳翔である。

正に両手に花状態の大神に過ぎ行く人の好奇の目が、時折向けられる。

 

「ここがモスクワかー、うーん、あんまり実感できないね、大神さん」

「そうだね。クレムリンや赤の広場、レーニン廟とか歴史博物館とかに寄っていったら実感できるかもしれないけど、今は乗継まであんまり時間はないからね」

「私はワシ-リ寺院やクレムリンに行ってみたかったので、ちょっと残念です」

「帰りはもっとゆっくり出来るだろうから、そのときはパリやモスクワの名所見学でもして行こうか?」

「本当ですか?」

 

大神の言葉を聞いた鳳翔がぱあっと明るくなる。

 

「ああ、地中海を奪還したら、一日や二日くらい見学出来る時間はもらえる筈さ」

「そうですねっ」

 

嬉しそうに大神の右手を両手で抱き締める鳳翔。

そんなことを喋りながら、大神たちは最寄の地下鉄の駅へ向かう。

ここから、パリ行きの列車に乗り継ぐのだが、パリ方面の列車が出るベラルスキー駅は歩いて行くにはかなり遠いので地下鉄を用いるのだ。

 

地下鉄を乗っている間も両手に花の大神に視線が向けられるが、川内たちは離れようとしない。

やがて大神も諦めたらしく、地下鉄を降りてベラルスキー駅へと二人を侍らせたまま向かう。

 

ベラルスキー駅に大神たちが到着すると、ホームの一角には既に乗る予定の列車が停車していた。

シベリア鉄道とは異なり、モスクワ発パリ行きの列車はドイツ製のかなり新型の車両。

見るからに近代的なつくりだ。

それに一等室までしかなかったシベリア鉄道と異なり、この車両には特等寝台車がある。

大神が特等寝台室、艦娘が一等寝台室に乗ることとなるのだ。

乗る車両自体が異なるので、先ず艦娘たちを一等室の方に乗るまで付き添ってから、特等寝台車へと案内してもらう。

 

特等寝台車、エスベーは各寝台室にシャワー室が完備された非常に贅沢なつくりである。

更にバーカウンターつきのラウンジも車内にある。

至れり尽くせりとは正にこのことだ。

 

一晩だけとは言え、これはゆっくり出来るかもしれない。

とベッドに横たわる大神だったが、一週間の心労が溜まっていたせいかすぐにすやすやと寝てしまうのだった。

 

 

 

「ん……」

 

次に大神が目が覚めたのは扉を叩く音であった。

時間を確認するとあれから数時間がたっていた、車掌だろうか。

扉を開けると、鳳翔と川内、そして車掌の姿があった。

鳳翔の髪は下ろされていた。

 

「どうしたんだい、二人とも?」

「あの、隊長……こちらには個室にシャワーが付いているんですよね?」

「ああ、そうだけど、そっちの車両にも共用のシャワー室が確かあったはずだよね?」

「それが……あまり使われていなかったせいで故障していたらしく、お湯が出なかったんです」

「ということは、まさか……」

 

次に鳳翔から飛び出すであろう言葉は簡単に想像できる。

 

「ごめんなさい、隊長。このままだと身体を冷やしてしまうので、そちらのシャワー室を使わせていただけないでしょうか? あと、車掌さんにその説明もしていただけたら――」

 

そこまで鳳翔が言い終わったところで、鳳翔が車掌の方を向く。

話した結論としては、列車の不備であり、知り合いなら今回は問題なしとのことであった。

 

そうして、鳳翔が大神の個室でのシャワー室を使い始めたのだが、非常に大きな問題があった。

そのシャワー室はガラスカーテンであり、大神からは鳳翔の裸が丸見えなのだ。

覗くまでも、体が勝手に動くまでもなく、鳳翔の裸体を見たい放題な大神だが、それはそれで非常にいやらしいものを感じてしまう。

 

「どうしたものかな……」

 

呟く大神の両手を手で包みこんで上目遣いに見上げる鳳翔。

 

「でしたら、あの……隊長?」

 

結局、また鳳翔とも川内ともシャワー室で一緒に洗いっこすることとなった大神だった。

流石にまた同じ寝台で寝ることだけは断り、一週間ぶりに一人部屋での睡眠を貪ったが。

 

 

 

そして、一晩が過ぎパリに到着する大神たち。

これから地下鉄を乗り継いで凱旋門支部に向かう筈だったのだが、地下鉄のパリ駅に向かおうとしたところ焦った様子のジャン・レオに呼び止められる。

 

「隊長さん、すまないが緊急事態だ! こっちに付いてきてくれ!!」

「ジャン・レオ班長、分かりました! 川内くん、鳳翔くんも!」

 

記憶と変わらぬジャン・レオの姿に懐かしさを覚える大神だったが、どうやら何らかの事態が発生したらしい。

川内、鳳翔とともにレオのあとを追いかける。

 

「何があったのですか?」

「ドイツの艦娘が北海での演習中に消息を絶った! 一時間前の最後の通信によると深海棲艦と接触したらしい!!」

「何ですって!?」

「おまけに周辺国の艦娘は大半が地中海奪還作戦に向けて既に南に移動している、このままだと彼女たちは助からない!!」

「リボルバーカノンはダメなのですか?」

「リボルバーカノンも地中海奪還作戦に向けて改修中だ、使えない! だから!」

 

そう言って、地下鉄の廃線のホームに到着する大神たち。

直後、大神の目の前に弾丸列車エクレールが到着する。

 

「エクレール! と言うことは!!」

 

開いたハッチから、白い甲冑に似た擬似艤装型量子甲冑が現れる。

光武・海より身体を保護する箇所の増えたそれは、

 

「ああ、隊長さんよ! ぶっつけ本番で悪いが、この光武・海Fで彼女たちの救援に向かってくれ!!」



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第十二話 9 そして剣狼は飛び立つ

ジャン・レオによってもたらされたドイツ艦娘の危機。

その救援の為、大神たちは弾丸列車エクレールに搭乗しパリ市街を出て、ドーバー海峡にほど近いフランス第3の港湾都市ダンケルクに向かう。

改良されたエクレールの時速は500km/hをも越えている。

ダンケルクまでは1時間もかからず到着できるだろう。

 

エクレールの中には、光武・海Fを装着した大神と川内・鳳翔の姿があった。

近づく実戦のときに全員の表情は引き締まり、大神の光武・海Fの装着を手伝っている。

光武・海Fの装備は篭手、モニターを搭載した片眼鏡の他に、足防具、腰防具と腰回りの霊子タービン2基、そして胸部全体を大きく覆うブレストプレート、そして背部には霊子核機関を搭載したユニットと更なる霊子タービン2基が構成されている。

それを一つずつ装着し具合を確かめる大神。

合計で霊子タービンが4基も搭載されているのだ、単純でも加速は倍と見るべきか。

 

光武・海Fを装着し終わったところで、ジャン・レオ、そしてグラン・マからの通信が入る。

 

『隊長さん、光武・海Fの装着は終わったかい?』

「ええ、今装着が終わりました。救援作戦に付いての説明ですか?」

『そうだよ、ムッシュ。光武・海Fを装着したなら構成から分かると思うけど、その機体は艦娘を上回る機動性を持っている。だからムッシュには先行して艦娘を発見・保護してもらうよ』

「はい、霊子タービン4基の加速力で先行するということですね」

 

頷く大神だったが、それに割り込むジャン・レオ。

 

『違う、それだけじゃないんだ、隊長さん。光武・海Fは光武・海で用いられた慣性相殺、重力低減理論を山崎少佐の下で更に発展させた機能を積んでる。背部のユニットには霊子核機関が2基積んであるんだが、その莫大な出力でヒッグス場の中和による質量封じ込めを行った結果――』

『班長、理論的な説明は後にしてくれないかい。今のムッシュに必要なのは光武・海Fで何が出来るか、だよ』

 

時計で時間を確認すると、もう程なくしてエクレールはダンケルクに到着する。

理論的な説明に拘泥して光武・海Fの機能を大神に説明し切れなかったら本末転倒だ。

ジャン・レオ一度咳払いをすると、改めて大神に話しかける。

 

『分かりましたよ、大統領。隊長さん、説明は長くなるから結論だけを先に話す。光武・海Fは、限定的にではあるが飛翔できる、空を飛べるんだ!!』

「ええっ? それは本当ですか!?」

『ああ、光武・海のような一時的な3次元機動じゃあない。かつての紐育のSTARSとも違って変形することなく飛べる! 霊子タービンを4基積んでいるが、それは急加速・減速の為だ! 最高時速は亜音速、いや理論的には超音速に達する!!』

「分かりました!!」

 

そして。列車はダンケルクに到着する。

駅に到着するエクレールを見て何事かと人が視線を向けてくるが、応対している余裕はない。

事前に知らされ駅に召集された兵隊に後事を任せ、港から海へ出ようとする大神たち。

 

『隊長さん! 霊子核機関の機動準備は出来た! それでドイツの艦娘を助けてやってくれ!!』

「了解! 霊子核機関、及び光武・海F起動! 妖精さんも頼む!」

「リョウシカクキカンキドウ、キドウ」

 

光武・海と同様に光武・海Fを起動させ、海を駆ける大神。

傍には川内と鳳翔の姿もある。

だが、それだけでは救援には間に合わない、今は光武・海Fを飛べるようにしなければいけない。

 

「大神さん、私たちは後を追いかけるから! ドイツ艦娘の救援に向かって!!」

「隊長、私の直衛機を何機か大神さんの護衛に出します! 私たちには構わず行って下さい!!」

 

大神を先行させるため、鳳翔たちも己に出来ることを行っている。

 

「分かった! ジャン・レオ班長、光武・海Fはどうすれば飛べるのですか!?」

『隊長さん、『可翔機関起動』と言ってくれ! それで可翔機関が起動し空を飛べるようになる!』

「了解、光武・海F、可翔機関起動!!」

 

だが、可翔機関は起動した様子はない、大神は川内たちと共に海を駆けているのみである。

大神の叫び声だけが、海にむなしく響き渡る。

 

「班長!?」

『くそっ、可翔機関の霊力伝達が弱い! 起動しきれてない! こんな大事なときに整備不備だなんて! すまねえ、隊長さん!!』

「分かりました、俺の霊力出力を上げます! それでいけませんか?」

『……確かにいけるが、隊長さん! それじゃ、あんたの負担が激増する! 良いのか!?』

 

ジャン・レオが大神に問いただすが、その答えはもう決まっている。

 

「はい! それでドイツの艦娘を助けられるのならば!!」

『分かった、ドイツの艦娘を頼む!!』

 

それで、ジャンレオとの会話を打ち切り、再び大神は飛行準備に入る。

更に霊力を高めていく大神。

 

「もう一度行くぞ、光武・海F、可翔機関起動!!」

 

その言葉と共に、浮き上がる大神の身体、だが、海面から数センチも離れていないし、速度もさほど上がっていない。

これでは、飛んでいるとは言いがたい。

これでは、ドイツの艦娘は救えない。

 

「それではダメなんだ!」

「大神さん……」

「隊長……」

 

先を行く大神の叫びを聞く川内たち。

かける言葉が見つからなかった。

 

「頼む、光武。飛んでくれ、このままだと間に合わないんだ!」

 

新型とは言え、自らの愛機の名を継ぐものに呼びかける大神。

 

「守れるものを守る為に! 救えるものを救う為に! 頼む!!」

 

必殺技を撃つときと同様に、自らの魂を、命を燃やし霊力を高める大神。

更に浮き上がっていく大神の身体。

 

「飛べぇぇぇっ! 光武ーっ!!」

 

 

 

そして、大神の身体は重力から完全に開放された。

 

「カショウキカン、キドウ。カンゼンキドウ」

『やりやがった! 隊長さん、可翔機関は完全に起動した! もう問題ねえ!!』

「大神さん……飛んでる。飛んでるよっ!!」

 

空を飛ぶ大神の姿を見て喜ぶ川内。

 

「ああ! 川内くん、鳳翔くん、予定通り俺は先行する!」

「はい! 隊長、あなたの直衛機を出します。ご武運を!」

 

そう言って矢を放ち、烈風隊を一部隊大神に付き従える鳳翔。

そして、大神は烈風隊と共に北海の空を翔るのであった。

 

 

 

 

 

その頃、北海のとある海域では一人の戦艦、ビスマルクによる絶望的な戦いが行われていた。

演習の中、深海棲艦の大艦隊と遭遇し、撤退戦を行う中、ビスマルクが艤装の舵を破壊されたのだ。

 

まるでライン演習作戦での歴史を繰り返すように。

 

これでは、高速戦艦としての速度は出せない。

仲間を道連れにしてしまうことを避ける為、一人この海域に残ることを決意したビスマルク。

 

「ダメだよっ! ビスマルクお姉さま、ビスマルクお姉さまーっ!!」

 

プリンツは二度も姉を見捨てることは絶対に出来ないと、例え沈むことになっても海域に残ると言い張っていたが、そんな妹だからこそビスマルクは道連れにはしたくないのだ。

 

「お姉さま、今度こそ沈むときは一緒だよ! ビスマルクお姉さま一人を沈ませはしません!!」

「ダメよっ! プリンツ、貴方だけでも!」

「うっ……おねえ……さ……ま」

 

プリンツを当身で気絶させ、グラーフたちに後事を託す。

そして、自らは一人残り、戦い続けていたのだ。

 

 

深海棲艦の集中砲火を浴び続け、ビスマルクの艤装は既に崩壊していた。

4つあった砲塔は、全て破壊され、手に持った副砲は弾切れ。

帽子は既になく、制服も破れその豊かな胸が露出している。

浮力も減衰しているのだろう、膝辺りまで海に沈んでいた、これでは動くことすらままならない。

 

もうビスマルクに戦う術はない。

 

ビスマルクの周囲には深海棲艦が取り囲んでいる。

あとは深海棲艦による蹂躙が待っているだけだ。

 

「また、海に還るの? ……プリンツ、グラーフ、レーベ、マックス、ゆー……ごめんなさい!」

 

一抹の希望を心に戦い続けたビスマルクだったが、その希望は費えようと、消えようとしていた。

沈み、深海棲艦に囚われ果てるのだろうか。

気丈に振舞っていたビスマルクの目から涙が一滴零れ落ちる。

 

「ハハハハハ! ブザマナ、スガタダナ!」

 

ビスマルクの眼前に一人の深海棲艦が迫る、戦艦ル級flagship改である。

その砲塔をビスマルクの顔面にへと向ける。

 

「オマエヲ、タスケルモノハ、イナイ。オトナシク、ワレラノ、トリコトナレ!!」

「そんなことはない!!」

 

天より声が響き渡る。

 

「俺がいる限り、誰一人として艦娘を沈めさせはしない! 昏き深海の怨念には染めさせない!」

 

その声に周囲を見渡す深海棲艦たち、だが声の主は見当たらない。

苛立たしそうに戦艦ル級flagship改が声を荒げる。

 

「ダレダ? ドコニイル!?」

「俺はここだっ! 狼虎滅却! 一刀両断!!」

 

轟雷と共に天空から振り下ろされた神刀が、戦艦ル級flagship改を一刀両断に切って捨てる。

そして、轟雷が静まったとき、そこには大神の姿があった。

 

「提督華撃団! 参上!!」

 

ビスマルクの前に立ちはだかる大神の姿に深海棲艦が警戒を強める。

向けられた砲塔から自らの身をもってビスマルクの姿を隠し、庇う大神。

 

「彼女にもうかすり傷一つけることは許さない! 指一本たりとも触れさせない! 俺が相手だ、深海棲艦!!」



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第十二話 10 ビスマルクを救え

一日二回目の投稿いきます


ビスマルクは目の前の光景が信じられなかった。

戦艦である自分の砲撃を持ってしても、弾着観測射撃でなければ撃沈は難しいル級flagship改を一刀の下に撃破してしまい自分を庇う男の存在に。

 

髪の色からすると、東洋人だろうか。

もしかして、彼が日本から派遣される提督、帝國の若き英雄なのか。

けれども、ビスマルクは泣きながら叫ぶ。

 

「なんで、ここに来たの!? こんな包囲されている中に! ここからはもう逃れられない! 貴方まで無駄死にしてしまうわ!!」

「ソウダ! 360ド、スベテカコマレタ、ジョウキョウデ、ドウヤッテマモル!!」 

 

そう、周囲は既に深海棲艦によって取り囲まれている。

一旦砲撃が始まってしまえば大破したビスマルクは為す術なく撃沈される他ない。

 

「そんな事はない! ビスマルクくん、君は助ける、必ず死なせない! 絶対に守り抜く!」

「アドミラル……」

 

凛々しく言い切る大神を、涙を止め、頬を赤らめ呆然と見上げるビスマルク。

その姿に、霊力訓練の際にレニが話してくれた『隊長』の姿が重なって見える。

だが、状況はそんなことさえ許してはくれない。

 

「ウテ!」

「狼虎滅却! 金城鉄壁!!」

 

その言葉と共に深海棲艦たちの一斉射撃が始まった。

その轟音の前に大神の叫び声もかき消されていく。

ビスマルクの、そしてビスマルクを庇う大神の身体に数多の砲弾が命中していく。

深海棲艦の、敵の砲弾が水飛沫を上げ、炸裂する。

水飛沫と、煙が二人の姿を見えなくしても、敵の砲撃は止まない。

 

「モットダ! モットウテ! ウチマクレ!!」 

 

装填した敵の弾薬が撃ちつくされるまで、深海棲艦の砲撃は止まなかった。

だが、これで二人は、跡形もないだろう。

 

「「「ハハハハハ!」」」

 

砲撃が終わり静まり返った海に、深海棲艦たちの哄笑が響き渡る。

その笑いを止めるものはもうここには居ない、筈であった。

 

「「「ハハハハハ、アハハハハハハ!!」」」

 

しかし――

 

「笑うな!!」

「「「ナニ!?」」」

 

水飛沫と煙が晴れた後、深海棲艦の砲弾が着弾した筈の箇所には、先程までと同じ姿のビスマルクが、そして無傷の大神の姿があった。

深海棲艦の一斉砲撃は大神の宣言どおり、かすり傷一つビスマルクに付けることはなかった。

何があったというのだろうか、理解不能な状況に深海棲艦は混乱する。

 

いや、混乱しているのはビスマルクも同じだ。

 

例え大神が一方向からの砲撃を庇ったとしても、残りの方向からの砲撃は庇えない。

それだけでも自分は沈められていたはずだ、なのに何故。

 

「ビスマルクくん、大丈夫か?」

 

そんなことを考えていると、大神が僅かに振り向き、ビスマルクに声をかける。

 

「ごめんなさい。大丈夫とはとても言えない状況よ。戦闘も、自力での航行も無理だわ」

 

先に述べたとおり、ビスマルクの艤装は既に崩壊しており、動くことすらままならない。

4つあった砲塔は、全て破壊され、帽子は既になく、制服も破れその豊かな胸が露出している。

胸が露になったビスマルクをあまり見ないようにしている大神に、ビスマルクは自分の今の外見に気付き赤面する。

 

「分かった。なら、まずこの包囲網を突破して、他のドイツ艦娘たちと合流しよう」

「……でも、どうやって? 私はもう動けないのよ?」

 

ビスマルクの疑念ももっともだ。

どうやったら、この厳重な包囲網を突破できるというのか。

 

「それは……狼虎滅却! 天地一矢!!」

 

大神の刀から一条の、否、二、三人は優に飲み込むほどの轟雷が放たれる。

それは二機関搭載された霊子核機関によって増幅された大神の力によるものである。

轟雷に撃たれ、深海棲艦は次々に浄化される。

そして敵包囲網の一角が崩れる、包囲網を突破し脱出するなら今を置いて他にない。

 

「ビスマルクくん、ゴメン!」

「きゃあっ!?」

 

そして、大神はビスマルクに近づき横抱きに抱えた、お姫様抱っことも言う。

男に抱き上げられて真っ赤に赤面するビスマルク、女の子らしい声を上げ大神に抱きつく。

ビスマルクの豊かな胸が大神の身体に当たる。

 

「行くぞ! 光武・海F、可翔機関起動! 霊子タービン全基フル稼働!!」

 

だが、ビスマルクとあまりやり取りをしている余裕は今はない。

霊子タービンをフル稼働させて全力で加速し、大神は深海棲艦の包囲網を突破した。

 

「オエ! ニガスナ!!」

 

だが、飛翔できる光武・海Fに、深海棲艦が追いつけるはずもない。

見る見るうちに深海棲艦たちの姿が小さくなっていく。

 

大神たちを追うために敵が飛ばした艦載機たちも鳳翔がつけた直衛機が叩き落すのであった。

 

 

 

 

 

「ビスマルクくん、もう大丈夫だよ」

「え、あ……きゃっ!」

 

そうして大神たちが飛行する内に、ビスマルクは自分があの死地を抜け出せたことに実感が伴ってきたらしい。

胸を露にしたまま大神に抱き付いていることに気が付き、今度は可愛らしい声を上げて胸を隠す。

 

「あ、ゴメン! ビスマルクくん……」

「い、いえ……私の方こそごめんなさい。殆ど残ってないけど砲塔の艤装を展開解除するわ。重かったでしょう?」

「全然平気だよ。いつも身体を鍛えているからね、まだまだ大丈夫さ。それにそのままだとちょっとしたことでも危険そうだ、回復させるよ――ジャン班長、光武・海Fは飛行時に霊力技を用いても大丈夫ですか?」

 

やったことのない飛行中の必殺技なだけに、大神はジャン・レオと連絡を取る。

 

『いや、すまないが流石に併用は無理だ、下手すれば墜落しかねない。さっきみたいに可翔期間を切った上で霊力技は発動してくれ』

「分かりました、安全なところまで離脱した上で回復します――ビスマルクくん、すまないけど他のドイツ艦娘と合流するまで回復は待ってくれるかい?」

「わ、分かったわ……」

 

そうして、大神たちはドイツ艦娘たちが戻って言った方向へと飛行する。

大神は、水上を駆け大神を追っていた川内と鳳翔に、方角と合流予定ポイントを伝える。

直衛機の妖精さんが気を利かせたのか、今の大神とビスマルクの状況(お姫様抱っこ)は伝えなかったようだ。

 

残念ながら、ビスマルクの艤装は電信関連も破壊されており、他のドイツ艦娘への連絡は出来なかったが、あとは合流予定ポイントでドイツ艦娘たちと合流し離脱、または大神の回復技で回復した上で逆撃するのみだ。

 

そんなことを大神を考えながら飛んでいると、ビスマルクが大神に話しかけてきた。

泣いていたせいだろう、目が潤み、視線には熱が籠もっているように大神には見えた。

 

「アドミラル……さっきは身をもって助けてくれて、庇ってくれて……」

「うん、どうしたんだい、ビスマルクくん?」

「ごめんなさい。私のせいであなた、怪我をしたんじゃないの?」

 

鋭いなと大神は思う。

傷は負っては居ないが、確かに可翔機関を起動させる為に、そしてビスマルクを抱き上げて飛行するために大神は霊力的にはかなり無茶をしている。

だが、そんなことを話してビスマルクの顔を曇らせても仕方がない。

 

「全然平気だよ。それにビスマルクくんを助ける為なら怪我くらいなんでもないよ」

「!? ……良かったわ……あの……」

 

ビスマルクが顔を赤らめて、大神を見つめる。

改めてお礼を言葉にするのが恥ずかしいらしい。

 

「助けてくれて……ありがとう、アドミラル」

「ゴメン、そう言えば自己紹介が未だだったね。俺は大神一郎、地中海奪還作戦で君たちを指揮する事になる、よろしく」

「オオガミ……イチロー……ねぇ、貴方のこと、『イチロー』って呼んでも良いかしら?」

「ああ、君の好きなように呼んでくれて構わないよ」

「ありがとう……イチロー」

 

大神の腕の中で、ビスマルクは、そう呟いた。




狼虎滅却 金城鉄壁:味方全員への攻撃を一定時間完全無効化する。

金甌無欠が既に回復技なので、同じ効果の技がダブってもなあ、ということで、金城鉄壁の方は名前にふさわしく防御技と致しました。効果は一言で言えば味方『全員』を同時に庇う。


あと、ご想像通りのチョロインですまんw


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第十二話 11 絶望からの脱出

ビスマルクを置いて、危地より離脱したドイツ艦娘たち。

けれども、艦隊のリーダーでもあったビスマルクを死地に置き去りにしたこと、いや、見殺しにしたことが艦隊の士気を最低レベルにまで落としていた。

 

「うっ……ううっ……姉さまぁ、ビスマルク姉さま……あぁぁぁぁ」

 

ビスマルクに気絶させられたプリンツはビスマルクが視界外に完全に消え、目視することが出来なくなった頃になってようやく目覚めた。

当初は、自分ひとりでもビスマルクの元に戻るのだと言って聞かなかったが、自分たちが追撃を受けていることに気付き、レーベとマックスとゆーを守り帰還する為、現在艦隊唯一の巡洋艦以上のクラスの艦娘として火砲での迎撃の役割に就いた。

 

敵がビスマルクの元からこちらの追撃に艦船を回せるだけの状況になったことに、そんな状況にビスマルクが陥っているのだと気付いても、プリンツはけなげに気を保ち続けた。

 

けれど、ビスマルクの通信が完全に途絶し、ビスマルクの反応が消えた事でプリンツの緊張の糸は切れてしまった。

 

「やだぁ、こんなの……こんなの嫌だよ、嫌ぁ……いやだぁ!」

 

絶望した表情を隠すように両手で顔を多い、泣き崩れるプリンツ。

零れ落ちる涙が手を伝い、海へと落ちていく。

北海の海はプリンツの涙に何も答えることはない、プリンツの号泣がただ響く。

レーベもマックスもゆーもビスマルクの撃沈を悟り、表情を暗くしている。

 

グラーフは一人、艦隊の未来を思う。

次の地中海奪還作戦、入渠で傷は癒えても、心の傷は癒えないだろうと。

自分たちは恐らくまともには戦えないだろうな、と。

 

「オイゲン、すまないがまだ断続的に攻撃を受けている。私の艦載機だけでは攻撃の手数が足りない、迎撃の役割に再度当たってくれ」

 

それでも、自分たちは帰還しなければならない、戦わなければいけない。

艦娘として。

 

と、グラーフの視界に空を飛ぶ影が映った。

敵艦載機かと懸念し再び艦載機の発艦準備を整えるグラーフだったが、度重なる交戦で艦載機の数は激減している。

 

「恐らく、まともに航空戦が出来るのは後二回……もつのか?」

 

その影はやがて水上に降り立ち、こちらへと接近してくる。

圧倒的な速度だ、このままでは捕捉されてしまう。

 

「違う、あれは敵の新型戦力か? 空を飛ぶ深海棲艦だと!? オイゲン、嘆くのは後にしてくれ!  レーベたちも交戦準備を!!」

 

しかし、その影から信号灯による信号が送られてきた。

深海棲艦ではないのだろうか。

 

『ワレ キュウエンセンリョク ナリ』

 

「救援戦力?」

 

信号を目にしたレーベが呟く。

 

「うそ、次の地中海奪還作戦に向けて殆どの艦娘は移動してる筈なのに、一体誰が?」

「レーベ、マックス、誰なのか考えるのは後でいい。先ずは救援戦力と合流しよう」

 

その声に、両手で顔を覆い泣き続けていたプリンツもその信号を目にする。

空を飛べる戦力なら、まだビスマルクを助けられるかもしれないと思って。

だが、事態はプリンツの願いさえも上回っていた。

近づく影から再度信号が送られる。

 

『ワレ ビスマルク ノ キュウシュツ ニ セイコウ セリ』

「ビスマルク……キュウシュツ……セイコウ……きゅうしゅつせいこう?」

 

信号の意味が分からなくて、何度も何度も信号を読み返すプリンツ。

 

「えと……救出成功……え? ビスマルク、救出成功? ビスマルク姉さまの救出が!?」

 

そして、ようやく信号の意味を飲み込み、プリンツは喜びを露にする。

もうその頃には、その影が誰なのか視認できる程の距離になっていた。

 

白銀の鎧に身を包んだ東洋の男と、男に横抱きで抱かれている女性の姿。

帽子こそないが、その流れる長い金髪に美しい容貌は見間違える筈がない。

自分たちを見て手を振っているその女性は――

 

「ビスマルクさん!」

「ビスマルクさん!」

「ビスマルク!」

「ビスマルク姉さん!」

 

次々に喜びの声を上げるグラーフたち。

 

「姉さま! ビスマルク姉さまーっ!!」

 

そしてプリンツは駆け寄り、大神に抱き抱えられたビスマルクに飛びつくのであった。

 

 

 

「そうか、貴方が日本から派遣された提督だったのか」

「ああ、大神一郎と言う。地中海奪還作戦では君たちの指揮をする事になる、よろしく頼む」

「勿論だ。ビスマルクを助けてくれてありがとう、礼を言わせて欲しい」

「アドミラルさん、ビスマルク姉さまを助けてくれて、本当にありがとう!!」

 

そう言って、グラーフは大神に頭を下げる。

続いてプリンツたちも大神に頭を下げた。

 

「当然のことをしただけだよ、君たちこそ良く無事でいてくれた」

「まあ、敵の追撃を何度も受けていたので、無傷とはいかないがな」

 

改めて見ると、グラーフもプリンツもレーベたちも小さいとは言え、少なくない傷を負っていた。

 

「分かった。ビスマルクくんの事もあるし、まずは君たちを回復させるよ」

「回復? そういえばさっきも回復といってたけど、何をするつもりなの、イチロー?」

「イチロー? うそ、ビスマルク姉さまが男の人を名前で呼ぶなんて……」

 

プリンツは怪訝そうな顔をして、大神に抱かれたままのビスマルクを見やる。

良く考えてみたら、ずっと抱かれたまま離れようとしないこと自体おかしなことだ。

 

「プリンツ!? べ、別に他意はないのよ! 命の恩人だから、艤装を破壊され完全に包囲されて危機一髪のところを助けてもらったからその恩も兼ねてそう呼んでるだけなの! かっこよかったとか勇ましかったとか心を打たれたとか好きになったとかそう言うのは全然ないんだからね!?」

 

プリンツに見つめられて、ビスマルクは慌てて言い訳をする。

けれども、ヴィルヘルムスハーフェンでは散々コケにしていたのにこの変わりぶり。

思わず笑いがこぼれてしまう。

 

「うふふっ、ビスマルク姉さま。この間さんざんアドミラルさんのこと馬鹿にしていたのに」

「ちょっと、プリンツ! 今ここで言わなくてもいいじゃない!!」

「そうだね、『新しい提督ですって? そんなの必要ないわ、むしろ私が日本の艦娘に一から教えてあげる』って言っていたのに凄い変わり身だね」

「レーベまで!? 違うのよ、イチロー! 私は貴方のこと本当に……」

「すまないがビスマルク、世間話なら後にしてくれないか? アドミラル、私たちを回復させると言っていたがそんなことが本当に出来るのか?」

 

このままでは話が脱線したまま戻って来れない、そう考えたグラーフはビスマルクに釘を刺して大神に問いかけた。

ビスマルクはむくれたが、確かに後でも出来る話なので押し黙る。

 

「ああ、出来るよ。実際にやったほうが早いかな。狼虎滅却 金甌無欠!」

 

そう言って大神は回復技を発動させる。

柔らかな光が大神から放たれ、その光を受けた艦娘たちの傷がまるで最初からなかったかのように回復していく。

それだけではない、ビスマルクの破れた衣服も艤装も修復されていく。

 

「これは……すごいな、本当に傷がなくなっていく」

「うそ、破れた艤装まで……」

「ビスマルクくん、もう君も水上に立てるはずだよ」

 

名残惜しげに大神の腕から降り水上に立つビスマルク。

包囲されていたときは、確かに膝まで海の中に沈んでいたのだが、今はそれが嘘だったかのように水面の上に立てている。

 

「もしかして!?」

 

慌ててビスマルクが砲塔を展開すると、破壊された筈の砲塔も全て復元していた。

ビスマルクの意思と連動して砲の向きも変わり、動いている。

機能も全く問題ない。

 

「凄い……」

 

レーベもゆーも感嘆の声を上げている。

 

「あれ? これって、どこかで聞いたような気が……」

 

ただ、マックスは訝しげな顔をしていた。




レーベ、レニネタは挟みたかったのですが収拾がつかなくなったので泣く泣くボツ。


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第十二話 12 後顧の憂いを絶つ

「大神さん! 大丈夫? 怪我してない?」

 

ビスマルクたちを霊力技にて回復し、各艦がその結果を確かめている。

そうしていると、川内と鳳翔がこちらの位置を把握したらしく、合流してきた。

敵の中に単騎で向かう大神が心配だったのか、海を駆ける勢いのまま、大神に抱きつく川内。

 

「ああ、こっちは大丈夫だよ」

「良かったー。さっすが私の大神さんだね!」

 

抱き合ったまま、言葉を交わす二人。

 

「あ……」

 

その仲は実に良さそうだ、それが気にいらないビスマルクは憮然とした表情で二人を見ている。

大神の腕の中は自分のものだったのにと、言いたげである。

これで大神の日本での、シベリア鉄道での日々を知った日にはどうなることだろうか。

 

「もう川内さん、ドイツの方々が驚いていますよ。ドイツの皆さんはご無事でしたか? 私たちは大神さんと共に派遣された艦娘の軽空母 鳳翔と――」

「軽巡洋艦 川内だよ、よろしくねっ!」

 

大神から離れた川内と、鳳翔がドイツの艦娘たちに挨拶を行う。

空母であるグラーフにとって鳳翔の名前は琴線に触れるものだったらしい、感嘆の声が上がる。

 

「鳳翔……世界初の航空母艦と呼ばれる貴方とくつわを並べ戦うことが出来るとは、光栄だ」

「ええ、私の持つ経験を全て貴方たちに伝えます、よろしくお願いしますね。私自身はもう旧型になってしまうので戦闘ではそれほどお役に立てないかもしれないけれど――」

「何言ってるのさ、鳳翔さん! 艦娘は、大神さんのことを好きになればなるほど霊力による能力補正で強くなれるんだよ! 今の鳳翔さんならそんじょそこらの空母に負けたりしないよ!!」

「なんだって? そんなことで――」

 

まだ理論として発表されていない、有明鎮守府での噂話の段階なのに川内は大々的に話す。

ドイツの艦娘の表情は驚愕に彩られる。

確かに今の自分たちは今までにないほど力に満ち溢れている、そうすると自分たちはもう――いや、ビスマルクを救った大神に好感情を抱くなというほうが無理があるのだが。

ドイツ艦娘たちの表情が俄かに赤くなる。

 

「ちょっと、川内くん! そのことは未だ不明な点も多いから――」

「何言ってるのさ、大神さん。響ちゃん、朝潮ちゃんのことといい、一航戦、二航戦のことと良い、明石さんのことと良い、もうバレバレだよ? 今更隠したところでしょうがないじゃない」

「確かにそうなんだけど……いや、その話は後にしよう。ドイツのみんな、まだ一戦できる余裕はあるかい?」

「イチローの霊力技で全快したから、私は大丈夫よ」

「ビスマルク姉さまが大丈夫というなら、私だって!」

「ボクも大丈夫だよ、もう、ボイラーの整備は要らないかな」

「私もいけるわ」

「鳳翔もいるのなら、未だ航空戦もいけるな。大丈夫だが、ということはアドミラル――」

 

グラーフの問いに大きく頷く大神。

 

「ああ、君たちが遭遇した深海棲艦を逆撃して叩く! もし、あれだけの数の深海棲艦を放置し離脱したならば、北海近隣の港が危険になる。北海に住まう全ての人々の為にも、深海棲艦を殲滅する!! グラン・マ、宜しいですね?」

『ああ、ムッシュの言うとおりだね。地中海奪還作戦における後顧の憂いを絶つ為にも、ここは離脱よりも逆撃すべきときだよ! ドイツ軍の了解は私が取った。少々早いけれど、ドイツの艦娘はムッシュの指揮下に入ってもらう!』

「「「了解!」」」

 

グラン・マの通信を受け、ドイツ艦娘が答える。

これから艦娘たちの逆撃が始まる。




戦闘までのクッション回なので短いです。すいません。

あと、これからの戦闘に付いてアンケートを活動報告で行っています。
宜しければ活動報告をご一読いただけると幸いです。


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第十二話 13 龍飛鳳翔

ドイツ海軍の了解も、グラン・マの承認も取った。

ビスマルクを始め、全艦の戦意も漲っている。

そして深海棲艦は、ドイツの艦娘たちが撤退してきた方角を戻れば容易に捕捉出来るであろう。

 

ならば、気を付けなければならないことはあと一つ。

敵潜水艦の有無についてだ、大神はビスマルクとグラーフに問いかける。

 

「ビスマルクくん、グラーフくん、敵に潜水艦は居たかい?」

「いいえ、私を取り囲んでいた中には存在しなかったわ」

「ああ、こちらの追っ手にも潜水艦は居なかった」

 

二人の回答に大神は大きく頷く。

 

「分かった、ならば戦いは水上艦隊の決戦となる。俺たちは高速統一された艦隊で相手の陣形を撹乱しながら戦うぞ! だからゆーくんは――」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

大神の宣言に鳳翔が口を挟む、どうしたというのだろうか。

 

「言いにくいのですが、大神さん。私は高速では航行できないことお忘れではないですか?」

 

この良い雰囲気に水をさすことを躊躇ってか、鳳翔の口調はつたない。

だが、事実ではある筈――なのだが、大神は鳳翔の言葉にも大きく首を横に振って答える。

 

「大丈夫だよ、鳳翔くん。ドイツのみんなのことで気が逸っていて、気が付いてないのかもしれないけど、君はダンケルクからここまで川内くんに遅れを取ることなく辿り着けた」

「あ……そうですね。確かに言われてみれば」

「つまり、君は既に補正で高速航行出来るようになっているという事なんだ、だから大丈夫!!」

 

鳳翔の両肩を掴み、その瞳を見つめて断言する大神。

鳳翔も僅かに頬を赤らめるが、やがて力強く頷く。

 

「はい……分かりました。大神さんがそう言われるのなら、私もやれるだけやるのです!」

「よし。みんな、他に質問はあるかい?」

 

異論は特に出てこない。

ビスマルクが拗ねたような表情をしているが、それはどうも違う要因の様だ。

 

「なければ話を続けるよ。水上戦になるから低速のゆーくんは潜行して退避していてくれ」

「分かった、ゆーは潜ってる」

「残りの艦は全部俺の直接指揮下に入ってほしい。戦闘中も随時指示するから音声チャンネルを合わせてくれ」

「ちょ、ちょっと待って!? イチロー、貴方、接近戦を行いながら私たちに砲撃の指示する余裕なんてあるの? そんなの人間業じゃ――」

「ふふっ、ビスマルクさん、その表情は大神さんのこと信じてないの? 大神さん通としては、まだまだだねっ」

 

当然の疑問を口にするビスマルクだったが、有明鎮守府においてはもう既に常識。

大神に惹かれているのがバレバレなのに、信じられないだなんて信じられないと川内は煽る。

 

「そ、そんな事はないわっ! イチローがやれるっていうのならやるわよ! みんなも!!」

 

リーダーのビスマルクがそう言うのならばと、複雑そうな表情をしながらも頷くプリンツたち。

 

「え……ええ?」

 

ただ一人マックスだけは見るからに怪訝そうな顔をしていた。

 

 

 

そうしている内に川内が放っていた水偵部隊より敵艦隊及び航空部隊発見の報が入る。

どうやら向こうもこちらの艦隊が合流したことに勘付いたようだ、小出しの追撃ではなく全航空戦力を以って仕掛けようとしている。

 

「不味いな、私の艦載機は損耗している。アドミラル、鳳翔と合流して二艦となったとは言え、制空劣勢を強いられるかもしれない」

 

グラーフの呟きに、大神が鳳翔を見つめる。

 

「鳳翔くん、君は単独で霊力技の使用はまだ――」

「ごめんなさい、先程まで自分の速力が上がっていることにも気づけなかったので……」

「……分かった。鳳翔くん、グラーフくん! 航空戦力の発艦を! 敵の数が多いから『風』は危険だ、作戦は『林』でいくぞ!!」

「「了解!!」」

 

鳳翔と川内が大神に答えると、作戦『林』が発動し、艦娘の全ての力が底上げされる。

更に湧き上がる力に混乱するビスマルクたち。

 

「これは!?」

「グラーフくん、大丈夫だ! 俺を信じてくれ!!」

「……分かった! アドミラル、詳しい話は後で聞こう! 全艦載機、発艦始め!!」

 

いつもと全く違う手ごたえにグラーフも驚くが、大神が肩に手を置くと落ち着いたのか艦載機を発艦させていく。

 

「風向き、よし! 航空部隊、発艦!!」

 

続いて鳳翔も航空部隊を発艦させる。

だが、敵の艦載機の数も多い、制空劣勢とまでは行かないが、この様相では制空互角か。

 

「すまない、制空優勢までは取れなかった、敵機の爆撃に注意してくれ!」

「ごめんなさい、赤城さんたちのように霊力技が使えていれば優勢を取れていたのに……」

 

自らの無力を嘆く鳳翔。

そんな鳳翔を大神は正面から抱き締めた。

 

「いいや、まだだ! 鳳翔くん、君の霊力だけで足りないなら俺がリードする!!」

「でも、私は、艦載機は全て発艦させてしまって――」

「君が矢尽きたというのなら、俺が君の矢となり、刃となる!!」

「わたしは……」

 

そう言って大神は鳳翔の弓を、手を握る。

大神の思いが、伝わってくる。

心が熱くなってくる。

 

「だから、鳳翔くん! 君の力を、心を、俺に預けてくれ!!」

「隊長……はい!!」

 

鳳翔は思う、ああ、やっぱり自分はこの人が好きなのだと。

絶望に屈しない、希望を切り開くこの人を愛しているのだと。

 

大神と鳳翔は寄り添って弓を引き絞る、矢を番えずして。

 

「たいちょ――大神さん!!」

「ああ! 鳳翔くん、いくぞ!!」

 

そして姿なき矢を放った。

 

 

 

 

 

「こんにちは、ほうしょうおねえちゃん!」

 

お隣に引っ越してきた彼に初めて会ったとき、彼は未だ幼い子供でした。

可愛い子だな、それが私の彼への最初の印象。

 

留守が多い彼の両親の代わりに、私の両親は彼を遊びに良く来させていました。

でも私の両親は結構ずぼらで、彼の面倒は殆ど私の役目。

そんな私を彼は母親代わりのように思っていたのかもしれませんね。

 

 

「今日こんなことがあったんだ、鳳翔お姉ちゃん」

 

小学生になった彼は剣道をはじめ、賞を取るたびに私に報告しに来てくれました。

彼はやんちゃで、元気で、でも悪いことが許せない、正義感に溢れた子供でした。

時には年上でも目上の人でも譲らない、でも理不尽な力は振るわないそんな優しい子。

 

そんな彼が可愛くて、弟のように思えて私はつい甘やかしてしまいそうになってしまいます。

逆に甘やかさなくても良いよ、と笑いながら断る彼。

今思えば、もうこのときには私は……いいえ、なんでもありません。

 

 

「おはよう、鳳翔姉さん」

 

中学になって、刻一刻と成長していく彼は、どんどん背も伸びて、凛々しく、かっこよくなって、女の子が放っておかない様になって来ました。

彼の方から私の家に来ることも減って、寂しく思う日も増えてきました。

いつかは彼女も出来るのでしょうか、そう考えると胸が痛んでしまいます。

ええ、もうこの頃には自覚していました、彼が好きだって。

でも、私は彼より年上で、彼が振り向いてくれる筈ない。

そう自分に言い聞かせるのが精一杯でした。

 

 

そして、彼が高校に入学してしばらくして、士官学校の受験勉強に勤しむ彼に夜食を届ける私。

もう彼から私の家にやってくることは殆どない、だから、何かと理由をつけて彼の家に行く私。

そんなある日、一生懸命な彼に休んで欲しくて、彼の帰宅に合わせてこんなことを言ってみました。

 

「お疲れ様です。お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……えっ?」

 

本当は続けて冗談と言うつもりでした。

だけど言う前に私は彼に抱き締められていました。

なんで、どうして、と疑問を口にする前に彼――大神さんが、

 

「鳳翔さんがいい」

 

と耳元で囁いた。

 

「でも、私は年上で、あなたには似合わな――」

 

嬉しい、それだけで涙がこぼれてしまう。

でも断らないとダメだ、大神さんの為にも。

なのに――

 

「鳳翔さんじゃなきゃダメなんだ。お姉ちゃんでも、姉さんでもない、一人の女性として貴方が好きなんだ」

 

と、大神さんは私のことを抱きしめて離さない。

ああ、もう大神さんから離れられない、自分にウソもつけない。

今こうして私を抱き締めている大神さんが好きなのだ。

 

「なら、ひとつだけ……一つだけお願い、私のこと――」

「ああ。好きだよ、鳳翔」

 

そうして私たちはキスをした。

 

『一昨日より昨日、昨日より今日、そして今』

 

 

 

 

 

そして放たれた姿なき矢は雷を纏い金色の龍が飛翔するかのように空を駆け巡る。

雷龍が全ての敵艦載機を片っ端から飲み込み、爪を振るい浄化していく。

艦載機の機銃も、爆撃、雷撃も龍には全く通用しない、龍の吐く雷に撃たれ消え去っていく。

 

しばらくして龍が消え去ったとき敵艦載機は全滅していた。

 

 

 

「おかしいでしょ! なんで、提督と鳳翔がキスしたら敵艦載機が全滅してるのよ!!」

 

まともに考えたらあまりにも理不尽な現象に、マックスがツッコミを入れていた。

でも考えたら負け、あきらめましょう。

 

ちなみにビスマルクは羨ましそうに大神たちを見ていた。




砂糖吐き殺すぞw


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第十二話 14 夜戦じゃないけど夜戦だよ!

鳳翔との合体技により敵艦載機は全滅させた、これで敵の空母は何もすることは出来ない。

これから始まる砲撃戦を眺めるのみ、これで敵の戦力は半減したといっても良い。

ここからは――

 

「私の出番ね!」

 

長距離砲を持つビスマルクが意気揚々と自らの砲撃に備える。

目視で確認できるようになった敵との距離を見定め、4つの砲塔が敵へと狙いを定めていく。

 

「ビスマルクくん、川内くん、鳳翔くんは砲撃戦準備を!」

「了解!」

「了解しました」

 

しかし、大神は日本から帯同してきた二人の艦娘にも砲撃戦の準備を指示する。

川内は軽巡洋艦、鳳翔は軽空母、砲撃戦において戦艦と同等の射程は有していない筈。

 

「えっ?」

「どうしたんだい、ビスマルクくん?」

 

ビスマルクは一瞬、疑問に思う。

けれどもビスマルクは、大神たちが先程弓より雷の龍を放ち敵艦載機を全滅させるところを見た。

霊力の完全なる運用の結果がこれだというのなら、今までの常識は捨てるべきだ。

 

「なんでもないわ、イチロー! 全砲門、砲撃準備完了よ!!」

「よし! 川内くんとビスマルクくんは俺の合図と共にポイント○○に二回斉射!」

 

そこは未だ誰も居ない筈の海域。

だが、大神の声に従わないものも居なかった。

だが、川内たちが砲撃を放つと同時に、重巡リ級flagship改の一群が分進しようと移動した。

本軍から離れ方向を変えたばかりのリ級flagship改たちは、まさか分進しようとした自分たちを狙って砲撃がされるとは考えもしなかったらしい。

川内たちの砲撃は深海棲艦の出鼻を完全にくじき、彼女たちの半数が直撃を受け撃沈されていく。

それに川内の砲撃は戦艦並みの威力を発揮していた。

 

「予測偏差射撃? 違う、こんなの未来予知の領域よ……」

「ビスマルクさん、この程度で驚いてる暇はないよ! 大神さんの指揮はこんなものじゃないんだから! さあ、これからが本番だよ!!」

 

そう言って、川内は懐から短刀を取り出す。

そう、腕に取り付けられた砲塔での中~超長距離の砲撃と近距離における短刀での斬撃、その組み合わせこそが今の川内の戦闘スタイルなのだ。

 

「鳳翔くんは艦爆隊で以って敵軽巡に先制打撃を! グラーフくんは準備が出来次第、鳳翔くんの爆撃の補佐を頼む!」

「了解だ、アドミラル!」

 

鳳翔が帰還した艦載機の再攻撃の準備を既に終えているのに対し、グラーフは未だ若干の時間を要するようだ。

だが、敵防空網の存在しないこの状況を黙って見過ごす手はない。

 

「隊長はどうされるのですか?」

「俺は、これから霊子タービンによる瞬時加速で一気に敵艦隊に肉薄! 至近戦で敵陣形を撹乱させる! 川内くんとビスマルクくん、プリンツくんは俺の突入時の援護射撃を頼む!」

「「「了解!!」」」

 

既に中距離の砲撃となるまで互いの距離が近づくが、敵戦艦の砲撃はない。

 

「レーベくんとマックスくんは、俺が乱した敵陣形からはぐれた艦を2隻がかりで確実にしとめてくれ! 戦艦は低速の後背に控えている。戦艦と相対する心配はない!」

「分かったよ、やれるさ!」

「了解」

 

「よし、いくぞ!」

 

レーベとマックスの回答を以って、大神は敵艦隊中心へと可翔機関、霊子タービンを起動させて突入する。

敵機銃が大神へと向けられるが、艦載機と異なり、光武・海Fの霊子障壁に守られた大神が、機銃程度で被害を受けるはずもない。

何体化の深海棲艦が大神を主砲で迎撃しようとしたが、大神の指示で撃たれたビスマルクたちの援護射撃が先んじて命中しその狙いは定まることはない。

 

「狼虎滅却! 紫電一閃!!」

 

そして、亜音速に達した大神の、超高速の横薙ぎの斬撃は一太刀で進路上に居た深海棲艦をまとめて倒し、敵艦隊を左右に文字通り分断する。

そこに鳳翔たちの艦載機による爆撃が加わり、軽巡主体の敵左翼艦隊は壊滅しようとしていた。

 

「ビスマルクくん、プリンツくんは壊滅しかかっている敵左翼艦隊に更なる砲撃を! 川内くんは俺と共に至近戦で敵右翼を壊滅させるぞ! 鳳翔くんたちは敵本隊との交戦に備え艦載機の準備を!」

 

そうして、敵前衛艦隊はなす術なく壊滅した。

 

低速艦である敵戦艦主体の敵後衛部隊も、あまりにも迅速な前衛艦隊の壊滅に撤退行動を取ろうとしている。

だが、ここは追撃戦を行うべきだ、大神は決断する。

 

「総員、被害状況は?」

「ビスマルク、被害殆どなしよ。ただ弾薬が心もとないわ」

「プリンツも弾薬が……」

「君たちは初期の遭遇戦からの戦闘になるからね。分かった、川内くんは未だいけるね?」

 

一人だけの名指しの指名、先程の鳳翔のことを考えても何をするかは明白だ。

戦意も漲っている、大神への想いに満ち溢れている。

何より、大神が自分を求めているのだ、拒絶する理由なんてかけらもない。

 

「もっちろん! 夜戦だよね! 夜戦してくれるんだよね、大神さん!!」

「え、何を言ってるの川内さん、今は未だ昼よ? 夜戦なんて出来る訳ないじゃない」

「いーのいーの! 大神さん、エスコートをお願いね!」

 

マックスの疑問の声もなんのその。

そう言って、川内は大神の前に進み出る。

 

「ああ!」

 

大神が川内の手を取った。

 

 

 

 

 

川内(装備なし) 好感度100

 

    素   補正後

耐久 44 → 144

火力 57 → 157

装甲 66 → 166

雷装 78 → 178

回避 75 → 175

対空 69 → 169

搭載  3 → 103(35、34、34)

対潜 76 → 176

速力 高速 →  最速

索敵 74 → 174

射程  中 →  超長

運  12 → 112

 

命中  +100%

防空率 +100%

 

夜戦火力 335

 

好感度100に付き、全パラメータに補正が入ります。

素で夜戦火力が300越え、まさに恐怖の夜戦娘。

 

 

 

鳳翔(装備なし) 好感度100

 

    素   補正後

耐久 40 → 140

火力 28 → 128

装甲 47 → 147

雷装  0 → 100

回避 56 → 156

対空 34 → 134

搭載 42 → 142(39、41、37、25)

対潜  0 → 100

速力 低速 →  最速

索敵 74 → 174

射程  短 →  超長

運  30 → 130

 

命中  +100%

防空率 +100%

 

夜戦火力 228

 

好感度100に付き、全パラメータに補正が入ります。

また、ゲームにて速力の最大値が最速となりましたので、鳳翔さんも最速に。

旧型艦とは言わせないばかりの強さを見よ。

 

 

参考例:

グラーフ(装備なし) 好感度30

 

    素   補正後

耐久 78 → 108

火力 49 →  79

装甲 76 → 106

雷装  0 

回避 64 →  94

対空 75 → 105

搭載 56 →  86(38、21、17、10)

対潜  0

速力 高速

索敵 71 → 101

射程  中

運   7

 

命中  +30%

防空率 +30%

 

夜戦火力 79

 

十分強い筈なんだけどね、うん。




感想に応えようと、他の小説を読んだりと四苦八苦しましたが、自分の書ける範囲はそう簡単には増えてくれないようです。出来るだけ精進しますが、自分に出来る範囲以上のことはやはりできないのでその点はご承知おき願います。

次回合体技よりスタート。


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第十二話 15 初夜、はじめてのやせん

シベリア鉄道で、大神さんは自分の『結婚してほしい』と言った発言を翻さなかった。

一度結婚を申し込み、それを私が受け入れた以上、それをなかったことにするなんて出来ないと。

訪欧派遣任務を速攻で終わらせ、日本に戻ってから、私のために全力で奔走する大神さん。

恋人としての大神さんとの時間、それは甘い甘い誘惑。

 

 

 

そんなある夜、大神さんの車で横浜に連れ出される。

横浜の夜景を一望できる大桟橋に辿り着くとカップルが一杯。

私たちもそんなカップルに見られているのかな、って大神さんと腕を組んでいるし当然か。

えへへ、私は大神さんの恋人なんだ、と改めて実感。

なんだけどどこかふわふわした気分。

なんでだろ。

ブルーライトに照らされたウッドデッキを歩き、段差に腰掛けると、大神さんが私の肩を引き寄せてきた。

肩を寄せ合い夜景を眺める私たち。

 

「綺麗だね」

「うん、綺麗」

 

なのに、

 

「ごめんなさい、大神さん」

 

口を付いて出たのは大神さんへの謝罪の言葉だった。

 

「川内? シベリア鉄道でのことなら俺はもう気にしていないよ」

「でも、私は軽い気持ちで、大神さんを、だまして……」

 

罪悪感に駆られて、涙をポロポロ流す私。

そうだ、私はずっと、ずっと罪悪感に駆られていたんだ、懺悔したかったんだ。

でも、大神さんはそんな私の目にキスをした。

 

「例え勘違いで、間違いで始まった恋だとしても、俺は君が好きなんだ、川内」

 

ああ、

 

「愛しているんだ、川内。だから――」

 

ああ、

 

「改めて言うよ、川内。俺と結婚して欲しい」

 

改めて私に、本当のプロポーズをする大神さんの姿に涙がこぼれてしまう。

今度は嬉しくて。

 

ダメだ。

やっぱり私も大神さんが好きなんだ、傍に居たいんだ。

恋人として過ごして分かった、ずっと、ずっと傍に居たい。

大神さんの傍にずっと居たい。

 

だから、だから私は――

 

「はいっ、喜んで」

 

大神さんに抱きつきながら、そのプロポーズを受けたのだった。

周囲が私たちのことを囃し立てるが気にならない。

大神さんと深いキスを何度も何度も交わした。

 

 

 

それから、私は本当の意味で大神さんの婚約者になった。

大神さんの実家に行ったり、永井さんに父親代わりになってもらうことを頼んだり。

でも結婚式で、永井さんは本当の娘が嫁に行くときのように泣いてくれた。

 

結婚式場は帝國ホテルのチャペルで。

ウェディングドレスはレンタルではなく、私のためのものをオーダーメイド。

みんなに祝福されて、私たちは誓いのキスを交わすのだった。

 

 

 

そして、その夜、私たちはホテルの一室に居た。

 

これからすることは分かっている。

本当の意味で私は大神さんのものになる。

 

シャワーを浴びたばかりの私をそっと抱き寄せる大神さん。

少し濡れている髪に指を絡められ、頬にキスをされる。

 

膝の上に抱き上げられ、何度も何度もキスを重ねる。

そのたびに愛おしさがこみ上げてしまう。

 

そして、私の身体はベッドに沈められていた。

これから、私は……でも少しも怖くはない。

大神さんの瞳を見つめて言う。

 

「大神さん、私、とっても、幸せだよ、大好き♡」

 

その答え代わりに大神さんは私の体にキスの雨を降らせる。

 

……そして私たちは今までよりずっと仲良しになったのだった。

 

『初夜 は じ め て の や せ ん ♡』

 

 

 

 

 

二人の言葉と共に大神たちから天へと霊力が放たれる。

それに誘引されるように、天井から橙色と白き光の柱が水面へと降り立つ。

光の柱は急速に広がり、交じり合っていく。

 

その太陽の光にも似た光の柱に触れた北海は、深海棲艦は次々と浄化されていく。

そして、光の柱が消え去ったときには北海の全ての海域は浄化されていた。

 

深海棲艦の居ない静かな海が一時的とは言え北海に戻ったのだ。

 

 

 

「…………」

「……」

 

だが、合体技とは言え、駆逐艦には目の毒な光景だったようだ。

レーベとマックスは顔を赤らめて視線を大神たちから逸らしている。

 

ビスマルクもプリンツもグラーフさえも顔を真っ赤にしている。

 

川内はやりすぎてしまったようだ。




と言うわけで合体技でした。他の艦娘の反応書くと洒落にならないので割愛。
川内がマジで殺されてしまう、どーしよ(^^;
にしてもギャグ夜戦封じすると川内の合体技すごい難産でした。


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第十二話 終 私が一から教えてあげる!

浄化されて深海棲艦の居ない静かな海へと戻った北海。

恐らくは、多数の艦娘が沿岸の港から出された船によって今頃救出されているだろう。

大神もそれに混じって救出を行いたいところだったが、ビスマルクたちの残った燃料は心許ない。

ここでビスマルクたちを放り出してしまうのは本末転倒となってしまうので、大神たちはダンケルクに帰還することとした。

 

となれば、その前にしなければならないことがある。

 

「みんな、ダンケルクに帰還する前に一つしたいことがあるんだけど良いかい?」

「お、大神さん、アレだね? もっちろんOKだよ!」

「はい、ここでしない手はありませんね」

 

大神の提案に早速乗ってくる川内と鳳翔。

 

「イチロー、何をするつもりなの? あれ、こういうのどこかで聞いた様な気が……」

「私も、どこかで聞いたような気がするんですけど……あ! レニちゃんです!!」

 

既視感に襲われてしばらく考え込むビスマルクたちだったが、プリンツがようやく思い出した。

ポンと手を打ち、大きく頷く、プリンツに賛同するビスマルク。

 

「そうよ、レニよ! え、でも、ちょっと待って、じゃあレニの言っていた隊長って……」

「もしかして、アドミラルさんなの?」

 

レニが度々話していた大神の男らしさ、かっこよさなどがビスマルクたちの脳裏に蘇ってくる。

話の中の存在だった、どんな絶望的な状況でも一歩も引かず、勝利をもたらした男が、

希望を掲げ、全員を必ず帰還せしめ奇跡をもたらした男の存在が、大神と重なっていく。

 

どうしよう、話の中の存在だと思っていたのにこんな近くに居るなんて。

それに自分で思い描いていたよりもずっとかっこいい。

 

ビスマルクたちの頬が紅潮していく。

更につい最近レニが嬉しそうに話した言葉がもう一度聞こえてくる。

 

『違う! ビスマルク、人は信じられる存在なんだ!!』

『俺たちは、自分が愛する大切な人を守るために戦うんだ!』

『君たち艦娘は機械なんかじゃない。自分の意思で戦えばいいんだ! 君たちの……大切なものを守るために!』

『戻ってこいビスマルク! 俺たちのところに……仲間のところに……みんなのところに!!』

 

「「「ぽ~」」」

 

話を聞いて憧れていた隊長が、大神その人が目の前に居る。

我を忘れ、顔を赤らめて大神を見やるドイツ艦娘たち。

 

「で、みんな良いかな?」

「えっ、も、もちろんよ、イチロー!」

 

大神の問いの声に我に返るビスマルクたち。

大神がレニの言う隊長だというのなら、次にすることは分かっている。

もちろんやらない理由なんてない。

 

「じゃあ、いくよ、みんな。せぇの――」

 

 

 

「「「勝利のポーズきめっ!」」」

 

 

 

そうして、大神たちはダンケルクへと帰還するのであった。

 

しばらく後、ダンケルクへと帰還した大神を待っていたのは街中の人々の喝采であった。

ドイツ艦娘の救出だけではない、一時的なものとは言え北海の深海棲艦からの開放、これに沸き立たない人間など居ない。

噂話に過ぎなかった帝國の若き英雄のもたらした奇跡を前に、喜びを分かち合っていた。

勿論、これはダンケルクだけの話ではない。

恐らくは北海の沿岸中の街が沸き立っているだろう。

 

港から陸に上がった大神たちを待っていたのは、大神たちとの握手を求める人々たち。

どうしたものかと一瞬考える大神だったが、ある女性がその場に到着したことで、人波は二つに分かれる。

 

「いきなりやってくれたじゃないか、ムッシュ」

「グラン・マ……どうしてここに?」

「決まっているじゃないか、艦娘を救出し北海を開放した東洋の英雄――黒髪の貴公子の凱旋に私が立ち会わないでどうするのさ? いきなりの任務、ご苦労だったね」

「いえ、こちらこそ光武・海Fの開発ありがとうございました。これがなければ救出はより困難なものになっていたでしょう」

「そうだね、と儀礼的な挨拶はここまででいいね。みんな、もう良いよ」

 

その言葉をきっかけに2歳児の群れがグラン・マの後ろから大神に向けて走り出していく。

 

「お兄ちゃん!」

「隊長、お久しぶりデース!」

「隊長!!」

「大神さーん!」

「隊長!」

「イチロー!」

「久しぶりだね、隊長」

「お久しぶりですわ、隊長」

 

巴里華撃団預かりとなっている花組の面々だ。

 

「アイリス、織姫くん、レニ、エリカくん、グリシーヌ、コクリコ、ロベリア、花火くん! みんな元気だったかい?」

「えへへ、大神さんの姿を見れてエリカ元気百倍です!」

「隊長、貴公の活躍はここフランスにも鳴り響いているぞ!」

「ボクたちはグラン・マに保護されてたから、みんな元気だったよ~。またイチローにあえて嬉しいよ!」

 

思い思いの言葉を大神にかける花組の幼女たち。

そんな彼女たちを見やる大神の視線もどこか優しい。

 

だが、そうするとつまらないのは艦娘たちである。

我慢できなくなったビスマルクが大神の手を引っ張り、その場から連れ出そうとする。

 

「ビスマルクくん? どうしたんだい?」

「もう~、この私を放置するなんて! イチロー! あなたには私が一から教えてあげる! 大人らしく美しい私の魅力を!!」

 

しかし、自分の発言を囃し立てられて、直ぐに真っ赤になるビスマルクであった。

 

 

 

 

 

次回予告

 

怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物にならないように気をつけなくてはならない。

おまえが深淵をのぞく時、深淵もまた等しくおまえをのぞいているのだ。

 

次回、艦これ大戦十三話

 

「深淵の門」

 

人間も艦娘も等しく深淵に架けられた一本の綱である。

 

「スベテヨ……シンエンニ……シズムガイイッ!!」

 

 

 

 

 

好感度(欧州編)

川内    100

鳳翔    100

ビスマルク  95

プリンツ   55

グラーフ   50

レーベ    45

ゆー     40

マックス   35




対象数が少ないので欧州編は全艦娘の好感度は本編に記載します。
ビスマルクのチョロさを思い知れー。


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第十三話 「深淵の門」
第十三話 1 再会、そして始まる作戦会議


黒髪の貴公子、欧州に、いやパリに現れる。

 

北海を一時的にとは言え浄化し、多数の艦娘を救った大神たちの活躍は、大神たちがダンケルクで一夜を過ごし、パリに移動するころにはパリ中に完全に広まっていた。

地に囲まれた海が多いという圧倒的優位な立ち位置でありながら、拮抗していた深海棲艦との戦いに対して厭戦気分が若干発生していたが、これで欧州は深海棲艦の脅威から開放される。

そう熱望した人達が、グラン・マと共にパリに戻った大神に喝采する。

 

有明以降あまり外に出たことのない大神にとっては面食らう状況であるが、グラン・マの、

 

「あの時とは違って秘密部隊じゃないからね。ムッシュには自分の成し遂げたことに対する有名税を払ってもらうよ」

 

と言う言葉に気を取り直し、人々に応えながらグラン・マと共に公用車に乗り込む。

そして、艦娘たちと共に公邸へと移動する。

公用車の護衛に付く警官隊の一人にエビヤン警部の姿が見える。

 

流石に公用車の進行を妨げるような者は居なかったらしく、スムーズに公邸に到着する大神たち。

 

公用車から降りると、一人のフランス海軍の軍服を着た者が大神を待っていた。

金髪の、立派なひげを持つ男、大佐の一人のようだが一体誰だろうか。

疑問に思う大神へと、男が口を開く。

 

「到着早々、艦娘の救出と一時的とは言え北海の浄化をしてしまうとはな。流石、黒髪の貴公子、ミーが認めた男だ。また会えて嬉しいよ、ニッポンジン」

 

ニッポンジン、以前にもパリである男に聞いた言葉だ。

 

高飛車で気取り屋で、事あるごとにちょっかいをかけてきた男。

 

でも、最後は日本に帰ることとなった大神に『また会う日まで』と挨拶を送ってくれた男。

 

しかし、在りし日においては再会することが叶わなかった男。

 

「まさか、おま――あなたは、ライラック邸での貴――」

 

言いかけた大神の言葉を遮って男が話し出す。

 

「その呼び名はもうミーにはふさわしくない。改めて自己紹介させてくれ、ミーはダニエル・ベルモンド。フランス海軍の大佐にして、巴里華撃団の凱旋門支部長をしている。地中海奪還作戦においてはフランス、いや欧州全ての人がユーの力を必要としている。よろしく頼む、オオガミ」

 

そう言って手を差し出すダニエル、その手を力強く握り返す大神。

 

「分かりました、自分の全力を尽くすことを約束します、ダニエル大佐」

「オオガミ、奇しくもミーもユーも同じ大佐だ。硬い口調はしなくてもいい。できればユーとは友誼を結びたいのだ」

「……分かった、ダニエル」

「ありがとう、オオガミ。今度酒でも酌み交わそう」

 

そうやって友誼を深めていた大神たち。

けれども、艦娘たちにとっては大神が男に取られるかもしれないと気が気でない。

疑うような視線を二人に向けていた。

 

「はははっ、どうやらユーを独り占めしすぎたようだ。それでは、また会議で」

 

視線に勘付いたのか、そう言って踵を返し、公邸の中へと向かうダニエル。

あの貴族が、ああも変わるとは、やはり驚きを隠せない大神。

 

「びっくりしたかい?」

「はい、正直驚きました」

 

グラン・マが面白そうに大神に声をかける。

 

「彼もずいぶん変わったもんさ。今じゃ、深海棲艦が現れて、絶望に瀕していたパリを、フランス海軍を、立て直した第一人者だってのに、将官に昇進せず巴里華撃団の設立に私と共に動いてくれた。地中海奪還作戦におけるリボルバーカノン改修を提案したのも彼だよ」

「そんなことまで……」

「時間が出来たら一杯付き合ってやるんだね」

「はい!」

 

そう言って公邸の中へと進んでいく大神たち。

会議場には各国の首脳、そして将官クラスの軍人が集まっていた。

どうやら大神たちが最後だったようだ。

艦娘たちと共に一角に着席する大神たち、ドレスらしき艤装を着た他国の、恐らくイギリスの艦娘が大神の隣になる。

胸元の大きく開いたドレスに一瞬視線が動いてしまうが、場所が場所だ、すぐに正面を向き直す。

だが、イギリスの艦娘にはお見通しのようだ、クスクスと笑っている。

 

「お待たせしたね、これから地中海奪還作戦についての作戦会議を始めさせてもらうよ」

 

グラン・マのその言葉をきっかけにフランス海軍の参謀によって、作戦の概要の説明が為される。

地中海奪還作戦は以下の段階に分かれる。

 

1、スペインに集結したスペイン・イギリス艦娘によるジブラルタル海峡、及び海峡に築かれた深海棲艦要塞の制圧。

2、フランス海軍によるサルデーニャ・コルシカの奪還。

3、イタリア海軍によるシチリアへの侵攻。アドリア海の奪還。

4、ロシア海軍による黒海・エーゲ海の奪還。

5、トルコ海軍によるスエズ運河・運河要塞の制圧。

 

「北アフリカ諸国からの援護はないのかね?」

「ああ、残念だけど北アフリカ諸国は殆ど艦娘を有していない。欧州とトルコによる北からの反攻作戦となるね」

「タイミングを合わせた一斉反攻作戦なのかね? それだけでは完全に奪還するには至らないと思うのだが」

 

いずれかの国の将官が、何人か手を挙げて質問する。

 

「いや、まだだよ。ここまでの内容は既に連絡したとおりだけれど、一斉反攻作戦は敵戦力を分散させる為の手段に過ぎない。本当の目的は――」

 

そして、グラン・マが後を継いで作戦の最終段階を直接する。

 

6、そして、それら全てによって敵戦力を分割・分散させた上での、リボルバーカノンによる精鋭部隊を用いた敵本拠地の強襲・壊滅。

 

「精鋭部隊による強襲かね! 艦隊規模は!?」

 

精鋭部隊による強襲と聞いて各国の首脳陣が色めき立つ。

地中海における深海棲艦の本拠地の壊滅、この功による欧州での発言権の上昇は測り知れない。

 

「通常の連合艦隊12隻+αだね。改修したリボルバーカノンならば最大15人の同時展開が可能だよ」

 

是非とも自分の国による艦隊指揮により、事を成し遂げたい。

そう考える人間が居てもおかしな話ではない、どよめく会議場。

 

「その艦隊指揮は一体誰が……」

「うちの○○なら……」

 

各国の首脳が、将官が口に出そうとしたが、つい昨日起きたばかりの北海の奇跡が思い出される。

 

「すまない。昨日の北海での件を考えれたならば、この大任務に耐えられる、任せられる人間は一人しか存在しなかったな」

 

そう、そんなことが出来る人間は一人しか居ない。

一斉に全員が大神の方を振り向く。

全員の視線を浴びて、僅かにのけぞる大神。

その様子を見て再びイギリスの艦娘がクスクス笑っていた。

 

「派遣された俺が、そのような重要な役目を担っても構わないのですか?」

「ムッシュしかいないんだよ。この強襲作戦自体、ムッシュによる艦娘の直接指揮を前提にしなければ成立しないんだ。もしムッシュが嫌だと言ってもやってもらうよ」

「いえ、そんな事はありません。大神一郎、強襲部隊指揮の任、粉骨砕身の覚悟で引き受けます!」

 

大神の返答に笑って頷くグラン・マ。

本来は大神の日本での功績を元に各国の首脳を説得するつもりだったのだが、東洋でのこととなると欧州からすれば他人事になるのも仕方がない。

場合によっては、利権をめぐった裏工作も必要になるだろうと準備していたのだが、こうもすんなり決まるとは。

 

「よし、強襲部隊の指揮を大神一郎に任せることに付いては、異論はないようだね」

「待ちたまえ、敵本拠地は何処なのかね?」

「ああ、すまない。大事なことを連絡してなかったね。マイナスの想念、怨念の計測結果によって導き出された深海棲艦の――」

 

続くグラン・マの言葉を待ち、会議場の全員が息を飲む。

 

「敵本拠地は――マルタ島!!」




前回のあとがきでは書いていませんでしたが、大神の『黒髪の貴公子』という称号は欧州でこそ名付けられるべきものだと作者的に思っていたので、あえて今まで使っていませんでした。

早い称号付けを期待されていた方、お待たせしました。

あとダニエル絡みは欧州編やると決めてから絶対に書きたかった下りです、3未プレイでわからない人はすいません。
それと、『敵本拠地は――呪われた島、ロードス!』と個人的にはしたかったのですが、位置的にちょっと無理があるので泣く泣くボツw


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第十三話 2 相性診断

それから数時間、作戦の詳細に付いての会議が行われた。

 

日時、準備期間など大まかなところは決まっていたが、詳細に付いての詰めは当然必要だ。

特に重要なのがどの艦娘を以ってどの作戦に当たるかである。

本来であれば強襲作戦にこそ自らの国の艦娘を当てたい。

それゆえに各国共に自慢の艦娘をこの会議に集めていたのだ。

しかし指揮官が日本人であり、艦娘が第二次世界大戦において就役していた艦の記憶・能力を受け継いでいる為、艦娘も日本と比較的なじみの深い旧枢軸国の艦を持って当たるべきだろうとの意見で固まろうとしていた。

だが、英国の将官は引き下がらなかった。

 

「基本的な考えはそれで良い。だが、我らの艦娘の中にもオオガミと好相性の艦が居るやも知れない。逆も然り。多少時間がかかっても、実測を以って決めるべきではないか?」

「そうだね、英提督の言うことも一理あるわね。わかったわ、欧州の全艦娘の調査は流石に無理だけど、ここに居る全ての艦娘とムッシュの相性に付いては霊力の実測を持って決定しましょう」

 

逆に騒然とするのは艦娘たちである。

この場での実測で強襲部隊への参加・非参加が決定してしまう、ビスマルクはアワアワしている。

だが、大神の隣に座っているイギリス艦娘だけは平然としている。

思わず問いかける大神。

 

「冷静だね、君は」

「私の名はウォースパイト。イギリスのクイーン・エリザベス級二番艦よ、よろしくお願いするわ、オオガミ」

「ああ、こちらこそ宜しくお願いするよ、ウォースパイトくん。それで、なんで君はそんなに冷静なんだい?」

「いいえ、なんとなくだけど、あなたをはじめて見た時に予感がしたの。ああ、私はこの人の下で戦うんだって。それだけよ」

 

そんな風にウォースパイトと雑談をしていると、

 

「ムッシュ、霊力計測の準備が出来たよ。イギリスのレディを口説きたくなる気持ちはわかるけど、時間と場所を考えてくれないかね」

 

グラン・マのツッコミに会議場が苦笑に包まれる。

そして、艦娘との相性診断が始まっていった。

やることは単純、大神と握手を交わした状態での艦娘の霊力を測定するだけである。

 

先ず参考値として川内・鳳翔の霊力を計測したときは、欧州において今まで艦娘から計測したことがないくらいの霊力が測定された。

その結果にどよめく会議場。

 

「まあ、ここまでの霊力値を目指すのは無理ってものだろうけど、霊力が高いものから選抜する。それで良いね?」

 

その後、順に艦娘の霊力を測定していく。

当然、川内たちほどの霊力が検出される筈もなく、測定結果に落胆する艦娘たち。

今度はドイツ艦娘たちの霊力測定が始まる。

と、ビスマルクはいきなり大神の手を両手で包み込んだ。

 

「イチロー、私は大丈夫よね? 私、あなたの艦隊に入れるわよね?」

 

下から見上げるような縋る視線で大神を見やるビスマルク。

まるで、ご主人様においていかれる犬のような、捨てられる猫のような心細い声を出している。

と、ビスマルクからも川内には劣るがすさまじいまでの霊力が検出された。

 

「これは決まりだね、ビスマルクは確定」

 

その言葉を聞くや否や、ビスマルクは威風堂々とその金髪を翻す。

 

「当然の結果ね。いいのよ、イチロー、もっと褒めても」

 

凛とした佇まいを見せるビスマルクだったが、先程の態度が態度なだけにもはやギャグである。

 

「ビスマルク姉さま、それじゃ説得力ありませんよ……」

 

そうして、ドイツ艦娘は潜水艦であるが故に強襲部隊には入れないゆーを除いて全員の部隊入りが確定した。

続いてイタリア艦娘もドイツ艦娘ほどではないものの一定の霊力値を検出し部隊入りが確定。

そのほかの艦娘の測定も終わり、最後に残ったのがウォースパイトであるが、

 

「よろしく頼むわね、オオガミ」

 

と、ビスマルクと同様に大神の手を両手で包み込んだ。

 

その親しげな様子にビスマルクのまなじりが釣りあがる。

先程自分を放っておいて、ウォースパイトと雑談していたことも気に食わないようだ。

と、霊力計の測定結果が出たらしい。

その値を見てグラン・マが感嘆する。

 

「これは、ドイツ艦娘並みの霊力だね。英提督の言うとおり調べた甲斐があるってものだよ。ウォースパイトも決定だね」

「これでちょうど15人か、ちょうど良い数だな」

 

自分の国から強襲部隊へ参加する艦娘が出たことに、英提督も満足そうな顔をしていた。

その後強襲部隊の展開、制圧対象に付いての議論を終え、強襲部隊に付いての議題は一段落する。

しかし、全体の作戦会議としては他方面の作戦についてなど、決定しなければならない事は山積みである。

作戦会議はその日の深夜まで続くのだった。

 

 

 

その中、艦娘たちは首脳たちに連れて来られた目的も終わったと言うことで移動していた。

強襲部隊に選出された艦は少しでも交流を深めるようにと同室になっている。

しかし現在の目的は同じとは言え、かつては対峙したことも、撃沈された過去を持つ。

そのわだかまりは直ぐに解けるものではない。

沈黙が部屋の空気に満ちる。

 

川内と鳳翔はこういうときこそ大神が居てくれたらと思うのだったが、あいにく彼は作戦会議の真っ只中であるし、グラン・マ以外の欧州首脳陣とも交流を深めなければいけない。

こちらの部屋に来る頃には全て終わってからだろう。

 

どうしたものかと川内たちが迷っていると、ウォースパイトが発言した。

 

「みんなでティーパーティーをしましょう!」




こっそり修正


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第十三話 3 艦娘たちのティーパーティ

「ティーパーティー?」

 

ウォースパイトの声に怪訝そうな声を上げる旧枢軸国の艦娘たち。

それもそうだ、一体何を話すというのだろうか。

 

「昔話を話すのかしら? 撃沈された記憶を話しても更に微妙な雰囲気になるだけじゃない?」

 

マタパン岬沖海戦でウォースパイトたちに撃沈されたザラが、疑問の声を上げる。

ポーラはさっきから部屋の隅でカタカタ震えている、よほど怖いらしい。

 

「いいえ、今の私たちに必要なのは過去ではないわ、だから未来に付いて話しましょう」

「未来ですか? でも、未来のこと、地中海奪還作戦に付いてはもう会議で決定済みですし。私たちがここで話すことなんてありませんよね?」

 

今度はイタリアが疑問を挟む、それも尤もな話だ。

 

「ノンノン。戦いのことじゃなくて、私たち艦娘の、女の子としての未来。つまり、好きな人に付いて話しましょうよ。さっきの様子からするとビスマルクはオオガミのこと好きなんでしょう?」

 

恋の話しと聞いて騒然とする艦娘たち。

特に、いきなり話を振られてビスマルクが凍る。

 

「え"っ、な、何を言い出すのかしら? 私はイチローのことなんて……」

「「「イチローのことなんて?」」」

 

顔を真っ赤にして口ごもるビスマルクをテーブルに乗り出して追及するイタリア艦娘たち。

やはりイタリアというだけあって、恋の話に付いては敏感なのか。

 

「……好きよ。だってしょうがないじゃない! 深海棲艦に完全に囲まれた絶体絶命の状況で颯爽と現れて、『彼女に指一本触れさせない!』とか『君は絶対に守り抜く!』と言われて、宣言どおりに守られて、助けられて心が動かない訳、ときめかない訳ないじゃない!!」

 

ヤケになって告白するビスマルク。

 

「素敵……私もそんな風に言われてみたいですね。イタリアでの霊力訓練の合間に織姫さんが言っていた『隊長』さんみたい」

「姉さん、そんな子供のお話、真に受けていたの? そんな完全無欠の『隊長』、居る訳がないでしょう?」

「あら、イタリアでも『隊長』の話を聞いていたのね。私もフランスから派遣された霊力オブザーバーのエリカさんに聞かされていたんですよ」

 

イタリア戦艦姉妹の話にウォースパイトが食いついたようだ。

 

「自分を貶した相手だろうと、『すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う!』と言い切って事を成し遂げた『隊長』、死地に赴く戦いでも『全員必ず帰還せよ』と告げた『隊長』。素敵よね」

「……まあ、素敵だとは思うわ。本当にいたならの話だけど」

「ザラも素敵だと思うわ。出来るなら会って、その指揮下で戦いたいな」

「ポーラはお酒を飲ませてくれる人なら誰でも構いませーん」

 

ローマもザラも『隊長』が好みの男であることに付いては否定しないらしい。

しかし、噂の『隊長』が大神であるとダンケルクで気付いてしまったドイツ艦娘は微妙そうな表情をしている。

でも、気付いてしまったことを黙っている訳にもいかない。

プリンツが話をしようとしたとき、

 

「それで思うの、オオガミって、その『隊長』なんじゃないかしらって!」

 

ウォースパイトがいきなり発言した。

 

「えっ? いくらなんでもそんな都合のいい話あるわけ……」

 

いくらなんでもそんな偶然ある訳ない、そうローマが否定しようとしたが、

 

「いいえ、ウォースパイトさんの感じたこと、正解ですよ。アドミラルさん、大神さんが『隊長』

さんなんです」

 

プリンツがウォースパイトの発言を肯定する。

 

「ええっ!? それじゃあ、提督が『隊長』だって言うの?」

「はい」

「どんな絶望的な状況でも一歩も引かず、勝利をもたらした男が、提督だって言うの?」

「はい」

「希望を掲げ、全員を必ず帰還せしめ奇跡をもたらした男が、提督だって言うの!?」

「はい」

「戦いに勝利したとき、本当に『勝利のポーズきめっ!』ってやるの?」

「北海の戦いで本当にやりました。間違いありません、ローマさん。アドミラルさん、大神さんが本当に『隊長』さんなんです」

 

矢継ぎ早に飛んでくるローマの質問を全て肯定するプリンツ。

 

「やっぱり! ねえ、警備府でも有明鎮守府でもオオガミはそうだったの?」

 

手を合わせて、大神が『隊長』であることに歓喜するウォースパイト。

イタリアもザラも嬉しそうだ。

今度は実際の大神を良く知っているであろう川内たちに質問を飛ばす。

大神のプライバシーを話すことに一瞬考える川内だったが、

 

「まあ、これで雰囲気が良くなるなら良いか」

 

と、大神が警備府に着任したところから、話を始める。

これが鹿島であればもっと以前から話が出来たのかもしれないが、鹿島が話したらライバルが増えかねないことに全開で警戒してしまうかもしれない。

自分で丁度いいのだろう。

 

着任早々に起きた深海棲艦の襲撃を司令官代理として撃退したこと。

人の身で初めて為した深海棲艦の撃破。

迷うことなく艦娘を庇い、自ら戦うことを選んだその高潔な意思。

 

「凄いわ! ねえ、もっと話を聞かせてよ! オオガミのこともっと知りたいの!!」

「ええ……艦娘に抱き付いて海を移動していたって、これからの訓練でもやるのかしら……い、嫌じゃないけど」

 

ウォースパイトは目を輝かせて川内の話に聞き入っている。

ローマも表面的には興味なさげな態度を取っているが耳は良くすませているようだ。

イタリアがその様子を見て苦笑していた。

 

その後も響のことや有明鎮守府に艦娘が終結した時のこと、第二次W島攻略作戦のことなど話は続いていく。

その度に川内に対して艦娘からの質問が飛んでくる。

 

朝潮のキスパニックのことに話が触れたときは、

 

「リベも提督さんとキスしたい!」

「そんなの認めないわよ! ここに居る艦娘でイチローと最初にキスするのは私なんだから!!」

 

とリベッチオたちが言い出して、騒然となった。

 

そして、観艦式、AL/MI作戦、狙撃からの看病などの話が続き、最後にシベリア鉄道での旅路のことを川内は話し始めようとしたのだが、やっぱりやめた。

鳳翔のほうに僅かに視線を向けると、鳳翔も頷いていた。

あのときのことは3人だけの大事な思い出なのだ。

 

列車に乗り遅れかけた自分を引き上げ抱き締めた大神の腕の力強さ。

酒に酔った大神に押し倒されたこと。

そして、翌日の「結婚しよう」などのこと。

 

鳳翔としてもバイカル湖での湖畔デートのことは大事な思い出だ。

あまりペラペラ話したくはない。

 

だからパリ到着後の大神のことを話し始めた。

そこからはドイツの艦娘たちも話に加わる。

光武・海Fを受領し空を飛ぶ大神。そしてビスマルクの救出、深海棲艦への逆撃、合体技。

 

「合体技、それって霊力者だけじゃなく、艦娘とオオガミでも出来るのね!?」

「もっちろん! 私たちの切り札みたいなものだもん!!」

「ああ、早くオオガミと訓練して絆を深めたいわ!! そして私もオオガミと……待ち遠しいわ」

「そうね、早くイチローと訓練したいわね」

 

そんな感じで大神への信頼と期待を深めながら、艦娘たちによる大神の話は続く。

作戦会議が終わる頃には艦娘たちはすっかり打ち解けたのであった。




ガールズトーク回。
大神は何もしていないのに勝手に好感度が上がるw


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第十三話 4 トゥーロンへ

深夜になって、ようやく作戦会議は終わった。

各国の首脳・艦娘はこれからパリの高級ホテルに宿泊することとなっているが、強襲部隊に選抜された艦娘はこれから大神と合流する為、首脳とは別行動となる。

まずは顔合わせが必要だろう。

そう考えた大神たちが艦娘たちの居る部屋へと向かう。

 

「流石に長い時間がかかりましたね、グラン・マ」

「そりゃそうさ、これで欧州の運命は一変するんだ。深海棲艦を完全に廃した静かな地中海を取り戻せるかどうかの瀬戸際。詰められるだけの事は詰めなきゃならないだろうさ」

 

廊下を歩きながら作戦会議を振り返る大神たち。

とは言っても自分たちの行うべきことは真っ先に決まったので、思い出しながらの話となる。

そうしていると、艦娘の部屋から艦娘たちが談笑している話し声が聞こえてくる。

そこには、気まずさなどは含まれて居ないように感じる。

 

「どうやら、問題は起きていないようだね。英国艦が選抜されたことでどうなることかと思ったけど、為せばなるものじゃないか」

「では、自分は彼女たちに挨拶してきますよ」

 

そう言って、大神がドアを開けるが、艦娘たちは女の子の会話に夢中のようだ。

何の話をしているのだろうかと、聞いてみる大神。

 

「それでねそれでね、艦娘の間では大神さんに『ママ』って呼んでもらうのが流行ってたの!」

「バブみ……奥が深いわ。私もオギャリティを高めないと」

「あのイチローが、私に『ママ』と甘えてくる……いいわね、それ!!」

 

おおう、よりによってなんて会話をしているのだ。

一瞬くらっと血の気が引く大神、ダニエルはそんな大神を見て思いっきり笑っている。

そうなると場を沈めるのはグラン・マしかいない。

 

「国の垣根を越えて親交を深めているのは良いことだけど、作戦会議が終わったからみんなムッシュと合流してもらうよ」

 

その声を聞いて、艦娘たちもようやく大神たちが部屋の中に居ることに気付いたようだ。

ティーパーティーを打ち切って直立する。

 

「よし、それじゃ後はムッシュに任せるよ。トゥーロンへの移動は翌日の昼、向こうの官舎はもう一杯だから港の近くの邸宅を借り上げておいた。訓練外の時間はそこで共同生活してもらうよ」

「それは自分もですか?」

「当たり前じゃないか、ムッシュと短期間で連携を取ってもらうには大帝國劇場方式が一番さ。そこにムッシュが居なくてどうするんだよ。詳細は、ダニエル――」

「オオガミ、情報はこの書類にまとめて置いた。トゥーロンに到着するまでの間に読み通しておいてくれ」

「了解だ」

 

大神はダニエルから封筒を受け取る。

 

「今日はここで寝泊りしてもらうからね。親交を深めるのも良いけどあんまり夜更かしはしないように」

 

それを確認して、グラン・マたちは大神を置いて去って行った。

 

「それじゃ改めて自己紹介から始めようか、俺は――」

「あっ、大神さん。今までずっと大神さんの話題で盛り上がってたから大神さんの自己紹介はいらないよ」

 

自己紹介しようとした大神の声を川内が遮る。

何を話していたんだと問いたい気分であったが多分やぶ蛇なのでグッと堪える大神。

 

「わかった、じゃあ、君たちのことが知りたいな、ウォースパイトくんはさっき聞かせてもらったから、イタリアのみんなのことを聞かせてもらっても良いかな?」

 

その声にイタリア艦娘が大神の近くに集まってくる。

 

「ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦2番艦、イタリアです。よろしくお願いしますね。ふふっ」

「こちらこそ宜しくお願いするよ、イタリアくん」

「ああ、力強い手……この手で数多くの人々を救ってきたのですね、提督」

 

そう言ってイタリアは大神の手を愛おしげに両手で包む。

 

「イ、イタリアくん?」

「私、あなたの剣となり刃となって頑張りますね……ちゅっ♪」

 

慌てる大神の頬にキスをするイタリア。

流石に自己紹介でキスをするとは思わなかったか、呆気に取られるビスマルク。

 

「地中海的な挨拶です♪ それではっ♪」

 

呆然とする大神を置いてイタリアが身を翻す。

続いてローマが前に進む。

まさかローマも地中海的な挨拶をするのかと身構える大神。

 

「ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦4番艦、ローマです。よろしく。何? あまりじろじろ見ないでほしいのですけど」

「ああ、すまない。よろしく頼む、ローマくん」

 

ローマは普通の挨拶で済んだようだ、一安心する大神。

 

「地中海生まれの航空母艦アクィラです。活躍する……筈ですー♪ 楽しみにしてて!」

「ああ、君の活躍、楽しみにさせてもらうよ」

「あら~、提督♪ よしよし♪」

「アクィラくん!?」

 

ところがどっこい、次のアクィラは大神の頭を撫で撫でしてきた。

 

「提督の反応可愛い~、もう一度よしよし♪」

 

それだけではない、呆気に取られた大神に今度は抱き付いて頬擦りまでしてきた。

 

「イタリアに引き続き、地中海的な挨拶です♪」

 

油断大敵とは正にこのこと。

 

「ザラ級重巡、一番艦ザラです! 粘り強さが信条です。提督、よろしくね!」

「ああ、宜しくザラくん」

 

次のザラも普通の挨拶で済んだが、もう油断はしないぞと心の中で決意する大神。

だが、次の艦は群を抜いていた。

大神の前に立った時点で酒の匂いが漂ってくる、一体どれだけ飲んでいたのだろうか。

 

「ザラ級重巡の三番艦~、ポーラです~。何にでも挑戦したいお年頃。頑張ります~」

「君たちの提督になる大神だ、よろしく頼むよ」

「ねぇねぇ、大神さん。ニホン=シュ持ってません? 一回飲んでみたいんですよね~」

「え? いや、さすがに持ってきてはいないけど……」

「ざーんねん、それじゃあ~、今度一緒に飲みませんか?」

 

初対面で飲み会に誘うポーラ。

大神も流石に反応に困っている。

 

「もう、ポーラ、いきなり提督を飲み会に誘うなんてダメじゃない! 提督ごめんなさい、ポーラには私が言って聞かせますから!」

 

なるほど、そう言う姉妹かと納得する大神。

シベリア鉄道でのこともあるし、ポーラの飲み会は何か果てしなく危険な気がするので、単独では参加しないようにしておこうと大神は肝に銘じておく。

 

そして最後は駆逐艦のリベッチオだ。

 

「マエストラーレ級駆逐艦、リベッチオです。リベでいいよ。提督さん、よろしくね!」

「ああ、よろしく。リベ……で、いいのかな?」

「うん! それでいいよ! 提督さん♪」

 

これで自己紹介をするべき艦娘との顔合わせは終わった。

 

「よし、夜も遅いし、みんな用意されている部屋に戻って一休みしてくれ。明日はパリを昼に出発するけど、あまり夜更かしや寝坊はしないでくれよ」

「お酒は飲んで良いんですか!?」

 

お酒に言及がないとポーラが即座に反応する、が――

 

「ポーラ、良い訳ないでしょ!」

「ザラ姉様、冗談ですよ~。いや、本当に冗談なんです」

 

ポーラを即座にとっちめるザラ。

大神も流石にここは飲ませるべきではないだろうと、念押しすることにした。

 

「ポーラくん、明日に響くから、今日はお酒は控えてくれ」

「そんな!? お酒が飲めないなんて、大神さんはポーラに死ねと仰るんですか!?」

「いや、一晩飲まないくらいで死ぬなんて……」

「ポーラの身体の85%はお酒で出来ているんです~。毎日お酒を摂取しないと、お酒欠乏症でポーラ干からびてしまいます~。あれ? ザラ姉様……」

「ポーラー……」

「ひいいいいいいいいいいい!?」

 

よし、ポーラは基本ザラに任せよう。

そう大神は残酷な決意をするのだった。

 

 

 

そして、大神たちは翌日トゥーロンに向かうのだった。

これから3週間、トゥーロンでの訓練生活が始まる。



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第十三話 5 トゥーロンでの一日1

作戦会議の翌日にトゥーロンに到着した大神たちのトゥーロンでの生活は、フランス政府によって借り上げられた邸宅で行われている。

合わせて15人が一つ屋根の下に住む生活を3週間も行うのだ、自然とお互いの心の距離は近くなっていく。

秘書艦としての業務も、提督としての業務もない彼らはどんな生活を送っているのだろうか。

 

本日はその一日を追いかける。

 

 

 

午前五時半。

 

提督としての日頃の事務作業がないため、大神はまだすやすやと寝ている。

そんな大神の部屋の中に数人の艦娘たちが音を忍ばせて入ってくるのであった。

その手にはマラカスが握られている為、音が鳴らないように抜き足差し足忍び足の足運び。

君たちはいつからニンジャになったのだろうか。

 

「ねぇ、ウォースパイト、本当にイチローに朝からこんな事やるの?」

「ええ、エリカちゃんに以前聞きました、オオガミのさわやかな目覚めにはこれが一番だって。ここ数日はオオガミの目覚めに間に合わなかったけど、今日こそは」

 

どうやらウォースパイトはトゥーロンでの大神との生活が始まってからずっと、ずーっとこの機会を待っていたらしい。

 

「えへへ、何かちょっとしたイタズラをするようで楽しいですね、ビスマルク姉様」

「まあ、それは否定しないけど……」

 

そんな会話をしながら大神のベッドに近づいていく3人。

両手にマラカスも持った、お互いの間隔も少しあけた、準備万端だ。

 

そして3人はマラカスをシャカシャカ振り出した。

 

「っ!?」

 

その音に文字通り飛び起きる大神、その眼前には。

 

「「「おはよう~♪ おはよう~♪」」」

 

とエリカ直伝の『エリカおはようダンス』を大神に披露する、ウォースパイト、ビスマルク、プリンツの三人の姿があった。

元々フランス語だった箇所は英語だったり、ドイツ語だったりと歌のほうは完全に揃ってはいないが、踊りは一糸乱れぬ見事なものだ、踊り簡単だしね。

ウォースパイトとプリンツはニコニコ笑ってノリノリで踊っているが、ビスマルクは恥ずかしさが抜けきらないようだ、顔が若干赤い。

 

「…………」

 

まさか、ここに至って『エリカおはようダンス』を食らうとは夢にも思っていなかったらしい。

唖然呆然とする大神。

そうこうしているうちにウォースパイトたちの『エリカおはようダンス』は締めへと向かう。

マラカスを振りながら、クルクルクルクルクルクル回って、

 

「「「おはよう、大神さん♪ ヘイっ!!」」」

 

3人ともマラカスを振り上げて踊りを締めくくる。

エリカに食らったとき同様に、どう返せば良いものか分からない大神。

 

「オオガミ、エリカちゃん直伝の踊りでさわやかな朝を演出してみました」

 

そんな、大神にウォースパイトは顔を近づける。

 

「あ、ああ……さ、さわやかだったよ」

 

流石に『頭が痛くなったよ』と言うわけにもいかず、エリカのときと同様に返す大神。

 

「エリカの言うとおり、朝はやっぱりマラカスですね」

「そうですね~♪、癖になっちゃいそうですね~♪ アドミラルさんも喜んでくれましたし、これから毎朝ダンスしちゃいましょうか?」

 

プリンツが聞き捨てならない言葉を言い始めた。

自分の朝を死守する為にもそれだけは止めなくてはならない大神、一生懸命言葉を選びながら二人の会話を止めようとする。

 

「い、いや、毎日は君たちも大変だろうし、それは良いよ」

「うーん、それもそうですね」

「確かに毎日早起きするのは、ちょっと大変かもしれませんね」

 

大神の言葉に少し考え込む二人。

これで自分の朝は守られる、ホッと一安心しようとした大神だったが、ウォースパイトは止まらなかった。

 

「それじゃあ、皆さんで持ち回りにしましょうか?」

 

そう言ってウォースパイトがドアを開けると、鳴り響いたマラカスの音に目覚めた艦娘たちが大神の部屋の前に集合していた。

 

「いいですね! 提督にさわやかな朝を迎えてもらって、これからも毎日頑張りましょう!!」

「まあ、姉さんがやると言うのなら」

 

イタリアが賛同したことによって場の雰囲気は傾きかけている。

不味い、不味すぎる。

このままでは、なし崩し的に大神の朝はエリカのさわやかな朝に奪われてしまう。

と、3人の中でビスマルクだけは、恥ずかしがりながら踊っていたのを大神は思い出した。

もしかしたら反対してくれるかも、と僅かな期待を込めてビスマルクに視線を向ける大神。

 

「イチロー?」

 

ビスマルクも大神の視線に気付いたらしい、これはいけるだろうか。

――だが、

 

「やだ、イチロー……私の踊り、ウォースパイトやプリンツと比べて変だった? 踊りなんてあまりやっていないから自信がなくて……」

 

ビスマルクは大神の視線を別の意味で捉えたようだ。

これでは『変な踊り』と言うわけにはいかない、ビスマルクを傷つけてしまう。

 

「いや、ビスマルクくんの踊り、可愛かったよ」

「そう! そうなのね、可愛かったのね! 良いのよ、イチロー。私の踊りをもっと褒めても」

 

大神にかわいかったと褒められてビスマルクはご機嫌だ。

もう『エリカおはようダンス』を止めるものは居ない、大神はおとなしく観念した。

 

以後、トゥーロンでの訓練終了まで、艦娘の『エリカおはようダンス』は毎朝続くのであった。

 

合掌。

 

 

 

午前六時。

 

大神と日本の艦娘は剣の修練を、欧州の艦娘は体操などの基礎訓練を行っている。

当初は自分もジャパニーズ・サムライ・ブレードの技術を教えてもらおうと、ビスマルクなどが、

 

「日本の艦娘ばかりズルい! 何でイチローは私たちは駄目だと言うの!?」

 

大神に食ってかかったのだが、

 

「決戦は3週間後と決まっているからね。ここで新しい技術体系を身体に下手に覚えこませたら、咄嗟の時の反応が誤ったり遅れてしまうかもしれない。だから、君たちのここでの朝練では基礎体力などをメインにさせてもらうよ」

 

と、大神に説明され諭された。

 

「た、確かにそうだけど……」

 

確かに大神の話も尤もである。

数週間後に決戦が控えているのだから、むやみやたらに新技術に手をつけるよりも今まで身に付けた技術に磨きをかけたほうが良いのは確かだ。

仕方がないと自分を納得させてプリンツと柔軟体操などを行いながら、大神の剣の修練を見やるビスマルクたち。

でも、

 

「やっぱりいいなぁ……かっこいいなぁ…………」

 

裂帛の気合を込めて二天一流の型を次々と繰り出す凛々しい大神。

そして川内や鳳翔に一手ずつ手取り足取り、小太刀術を教え込む大神を見ていると、やはり日本の艦娘たちが羨ましくなってしまう。

 

そして、決意するのだった。

 

決戦が、地中海奪還作戦が終わったら、絶対に、ぜーったいに剣を教えてもらうのだと。




ヤバイ、艦娘がエリカに侵食されるwww


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第十三話 6 トゥーロンでの一日2

午前七時。

 

約一時間の朝練を終えると、流石に大神も艦娘もお腹が空いて来る。

朝食の時間である。

今日の朝食の当番は、プリンツ・オイゲン。

ドイツ流ではあるが、普通の食事を食べられるだろう、ビスマルクの時は酷い事になったし。

そう思いながら大神たちが広間に戻ると、プリンツが全員分の食事を用意していた。

 

「あ、アドミラルさん、みんな。食事の準備大体終わってますよ~」

「えーと、今日の朝食は何なのかな?」

「えへへ、パンとソーセージ、チーズ、あとサラダと……スクランブルエッグです! もちろん、熱いコーヒーもどうぞ! 普通だけど、美味しいと思いますよ!」

 

プリンツの言う通り、広間のテーブルにはボイルしたソーセージと、切り分けられたチーズ、皿に分けられたサラダには一手間かけたのかドレッシングがかかっている、それと、スクランブルエッグが準備されていた。

パンもトースターで軽く焼かれており小麦の焼けた良い香りがコーヒーの香りと交じり合って食欲をそそる。

 

これは期待できそうだ、そう思いながらテーブルの席に着く大神たち、プリンツも席に着く。

ちなみに席順として決まっているのは、大神の両隣位、その他はあまり決まっていない。

今日の調理当番が大神の右隣に、昨日の調理当番が大神の左隣になることくらいである。

 

これは、ずっと国ごとに固まってしまうのを避ける為に大神が決めたことである。

今日は艦種ごとに固まっているようだ。

 

戦艦

「ん~、ドイツのソーセージはやっぱり美味しいわね」

「そうでしょ、そうでしょ。いいのよ、もっと褒めても」

「ビスマルクの調理当番のときは酷い事になったけどね……」

よっぽど記憶に残る酷さだったらしい、ローマが呟いていた。

 

巡洋艦

「ん~ん~、本場ドイツのソーセージ~、それにチーズ! 朝から赤ワインが美味しそうなラインナップです~。これは、赤ワイン飲んでも良いってことですか~」

「良い訳ないでしょ! いい加減にしなさい、ポーラ! この赤ワインは没収!」

「えぇー、ザラ姉様、それちょっとしたヴィンテージなんです。栓もあけちゃったし、飲んでしまわないともったいないんです~。没収だけは、平に、平にご容赦をー!」

「良いじゃない、ザラ。一杯くらいなら」

「おお、川内さん~、話がわかる~。でも……一杯だけ?」

「みんなで一杯ずつ飲めば瓶も空くでしょ? ザラはポーラの飲みすぎを防げる、ポーラはヴィンテージワインを無駄にせずに済む、私たちは美味しいワインを堪能できる、一挙両得!」

「ふふふっ、良いわね、それ!」

「ガガーン!!」

あ、ポーラが崩れ落ちた。

 

空母

「うん、やはりドイツの朝食は馴染むな。しかし、和食も興味を引かれる」

「あら。そう仰るのなら、今度和食をご用意しましょうか? 大神さんもそろそろ食べたいみたいなことを言っていましたし」

「いいわね~、一回食べてみたかったのよ、鳳翔の料理当番の日が待ち遠しいわ~」

空母組は鳳翔が指導役と言うこともあって、鳳翔、大神の国の料理に興味津々のようだ。

 

駆逐艦

「うん、ライ麦パンも良いのだけれど、このパンも美味しい」

「えぇ~、リベはあの酸味、あんまり好きじゃない~」

「そう思うのも仕方ないかな、でももっと油濃い料理になるとそれが合うんだ」

「それなら大丈夫ね! 提督さんがいるのにそんな太りそうな料理みんな作らないよ!」

「……確かに」

駆逐艦はパンに付いての話題で盛り上がっている。

 

 

 

そしてプリンツは、

 

「アドミラルさん、プリンツの朝食、美味しいですか?」

「ああ、プリンツくん、美味しい朝食をありがとう」

「頑張った甲斐がありました。ポーラさんのワインも美味しいですし、良い朝ですね~」

 

そう言って大神にしな垂れかかるプリンツ。

 

「ちょ、プリンツくん、いきなりどうしたんだい? って、ポーラくんのワイン、半分も飲んじゃってるじゃないか!?」

「だってみんな少ししか飲まなかったみたいですし、流石にアドミラルさんに飲ませるわけには行きませんもの。だから~」

 

そう言いながら、大神に抱き付いて頬を擦り付けるプリンツ。

酔っ払ったせいか、いろいろ自制心とか効いていないようだ。

 

「えへへ、朝練後の大神さんの感触~。凄い、男らしい~」

「ちょっとプリンツ! 私だってそんなことしてないのにずるいわよ!!」

 

プリンツを嗜める?ビスマルク、色々と欲望がダダ漏れである。

 

「ん~、じゃあ、ビスマルク姉さまも、いっしょにどーですかー?」

「え”。いいの?」

「ビスマルク姉さまなら大歓迎ですよ~、はい! どうぞ!!」

「そうね、プリンツがいいって言ってるのならちょっとぐらい、良いわよね!」

 

そんなプリンツとビスマルクを背後からグラーフがスリッパで殴りつけた。

スパカーンと良い音がなる。

 

「二人とも。そろそろ基地に行く準備をする時間だ、プリンツは水を飲んで酔いを醒ました方が良い」

「ん~、はーい。お水飲んできますね~」

 

ヨロヨロと水入れからコップに水を注ぎ一飲み、それでは足りないのかもう一飲みするプリンツ。

そうしていく内に、酔いが醒めて来たらしい。

 

「え、あ……私、何、してたんだろ!? アドミラルさん、ごめんなさい!!」

 

自分がやったことを思い出して、顔を赤らめるプリンツ。

 

「いや、謝らなくても良いよ、こちらも君の良い感触を堪能してしまったし」

「ぁ……あ、あう……」

 

大神の回答に更に顔を真っ赤に染めるプリンツ。

 

「プリンツばっかりずるいわ! イチロー、私も……」

 

勿論、グラーフはそんなビスマルクの後頭部をスリッパで全力で一切の容赦なく殴りつけた。

スパカーンと良い音がなる。

 

「ポーラ、覚悟は良いかしら?」

「そんな、ザラ姉様! 流石にこれは濡れ衣です! 冤罪です! 平にご容赦を!!」

「あはは……流石にこうなっちゃうのは予想外かなぁ」

 

一方、巡洋艦の方では、私刑判決が下ろうとしていた。

 

 

 

午前八時。

 

朝食後、身支度を済ませて大神たちはトゥーロン基地へと向かう。

幸い、邸宅からは歩いて10分くらいの距離なので歩いての移動となる。

 

大神の片手は今日は人懐っこいリベッチオが占有している。

レーベとマックスが羨ましそうな視線を向けているが、流石に行動に移すつもりはないらしい。

何故なら、もう片方は基本ビスマルクが腕を組んで歩いているからだ。

ビスマルクと張り合ってまで大神の近くを奪おうと言うつもりはないらしい。

 

しかし、今日はちょっと異なっていた。

ビスマルクに更にくっつくようにプリンツが居たのだ。

 

「プリンツ、まだ酔ってるの?」

「ううん、もうお酒は残ってないですよ、姉さま」

 

ビスマルクの問いに軽く顔を振って応えるプリンツ、パッと見る限り確かにお酒はもう残ってないようだ。

では、何でこんなことをしているのだろうかと思い、プリンツに目を向けると、プリンツの視線はビスマルクだけでなく、大神の方へも向けられていることに気付いた。

つまりだ、プリンツにとってはこの状況はビスマルクだけでなく、大神の傍にもいられる一挙両得な状況らしい。

 

どうやら朝の一軒で何かがプリンツに目覚めてしまったようだ。

 

でも、窘めようにも自分が大神に連れ添っている状態では説得力がない。

自分が大神と腕を組むのはやめたくない、やめられないし止まらない。

でも、プリンツが大神に視線を向けている状況はなんかヤダ、それに危機感を覚える。

どうしたら良いのか内心唸るビスマルク。

 

「大丈夫です、ビスマルク姉さま。私と姉さまでアドミラルさんを共有しちゃえば良いんです~」

 

そんな、ビスマルクの葛藤をお見通しなプリンツが悪魔の囁きを囁きかけるのであった。




やばい、一日編は2~3話くらいで終えるつもりだったのに全然話が進んでないぞ(^^;


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第十三話 7 トゥーロンでの一日3

午前八時半。

 

艦娘たちのトゥーロンでの訓練が始まる。

とは言っても、強襲部隊の彼女たちの行動指針は根本的に海戦の基本から大きく外れる。

具体的に言うのならば、マルタ島での敵戦力撃滅は以下のプロセスで行われる予定なのだ。

 

1、リボルバーカノンでのマルタ島へ展開。直後の合体技で敵の大半を浄化殲滅。

2、マルタ島に展開しての残存兵力の地上への誘引、確認、撃破。

3、残存兵力に対して追撃の合体技による敵戦力の殲滅。

4、それでも残った敵主管に対しての、夜戦でのとどめ。

 

実も蓋もないとはこのことである、ここまで暴力的な作戦が他にあるだろうか。

 

いや、はっきり言おう。

 

ない。

 

一時的とは言え北海を、W島周辺を、MI島周辺を浄化しきった、深海棲艦を根こそぎ殲滅させた

合体技を考案段階で二発撃つことを前提にした作戦。

それは欧州の人間が地中海を奪還する事を如何に望んでいるかの裏返しでもあるのだが、ここまで容赦のない殲滅作戦は大神も見たことがない。

だから、トゥーロンでの訓練も必然的に3つのポイントに絞られてのものとなる。

 

1、夜戦力の向上。

2、制空権の確保。

3、大神との絆をより深め、合体技を撃てるようになること。

 

それ故に川内による夜戦講座は凄まじく身の入ったものとなる。

駆逐艦やプリンツは何とか必死に付いてきているが、雷装の低いザラ級重巡には難しい話といえば難しい話。

苛烈な川内の扱きに音を上げている。

 

「ポーラ~、もうダメです~。雷装の低いポーラに夜戦なんて難しいんです~」

「ザラも、粘り強さが信条といっても辛いかも。昼戦での砲撃メインじゃいけないの?」

 

水面に這いつくばって息を大きく吐くザラ級の二人、砲戦には多少自信がある二人だが夜戦となると、川内・プリンツは勿論、下手をすれば駆逐艦にも劣るかもしれないから尚更だ。

 

「良い訳ないでしょ! 昼戦の砲撃なら、第一艦隊の戦艦で十分! 私たちの成すべきことは、敵主管を夜戦で肉薄して撃破すること! いい! 私たちが夜戦で十分な力を発揮できなかったら、大神さんに更に負担をかけてしまうの! そんなの絶対許さないんだからね!!」

 

愛する大神のことを思ってか、川内の指導はいまや神通並みに、いや下手をしたら神通以上に厳しいものとなっている。

かける言葉の一つ一つに容赦がない。

 

「ザラ、そしてポーラ! あなたたちには足りないもの、それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そしてぇっ! なによりも――――水雷魂が足りない!!」

「「ガガーン!」」

 

ザラとポーラが川内の言葉に揃って打ちひしがれる。

それでも川内は止まらない。

 

「まだ砲戦メインじゃダメなんて甘い事言ってるなんて、私の教えが足りなかったようね! 良いわ、ここから先、ザラとポーラの二人には神通直伝のウルトラスペシャルベリーハード訓練を受けてもらうわよ!!」

「ひぃぃぃ、川内がザラ姉様並みに怖い!? ザラ姉様~、二人で川内を説得……」

 

これ以上の訓練なんて冗談じゃないと、姉ザラと二人で川内を説得する事を模索するポーラ。

だが、

 

「そこまで言われたら私だって黙っていられないわ! 私だって重巡! プリンツにも、軽巡のあなたにも負けないわ! ポーラも行くわよ! ザラ級重巡の底力、見せてあげる!!」

「言うじゃない、ザラ! あなたの本気、見せてもらうわ!!」

 

川内の言葉に火が付いたのか、ザラまで本気になっている。

 

「ひぃぃぃ、ザラ姉様まで本気に!? あの~、一休み、と言うか、一杯入れたいんですけど~」

「「そんな余裕はない!!」」

「いやあぁぁぁぁぁぁっ!? おーたーすーけー!!」

 

やる気全開の川内とザラに引きずられ、ポーラが再び演習場へと連れ出される。

その姿はまるで、地球人に捕まった異星人かのようだ。

 

「駆逐艦とプリンツは今までの練習内容を続けて! もっと夜戦の精度良くなってもらうからね! 時間のある限り夜戦の訓練は続けてもらうよ!!」

 

ポーラを犠牲にしてこれで一息つける、そう思っていたプリンツ達にも更なる訓練が命じられる。

彼らが一休みできるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

一方、空母の方はと言うと、比較的穏やかな訓練が為されていた。

 

「以上が、烈風隊の基本的な運用法です」

「なるほど……制空に関してはフォッケウルフと同程度か……」

「いやーん、Re.2001じゃ相手にならなそう。せめてRe.2005が欲しかったわ」

 

航空機の運用法、予想される敵戦力に対して積むべき艦載機の配分、熟練艦載機の効用などを自分が運用する、流星改、烈風2部隊、彩雲を実例に説明する鳳翔。

念のために有明鎮守府から熟練烈風隊を3部隊、流星改を2部隊持ち込んでおり、場合によってはグラーフ、アクィラには積み直させる予定であった。

実際、グラーフの装備は、FW190T改、Ju87C改の他には高射砲しか積んでおらず、アクィラに至ってはRe.2001 OR改のみであった。

グラーフの艦載機は日本の機体と同等以上の能力を持つため熟練度をこのトゥーロンで上げ、残りスロットに烈風と流星改を入れれば問題ないが、アクィラははっきり言って全部日本の艦載機に取り替えたほうが手っ取り早いくらいである。

これは、先ず日本の艦載機に慣れさせる事からスタートしなければならない。

残り時間を考えたらかなり余裕はない。

穏やかに二人に説明する鳳翔であったが、その内心は結構焦っていた。

 

 

 

そして、最大の難関が3、大神との合体技を撃てるようになる事である。

現在、合体技を撃てるのは日本から帯同した川内と鳳翔の二人であるが、鳳翔との合体技が対空殲滅技であるため、基地の強襲・壊滅には向いていない。

また、今までの経験上、艦娘が合体技を放てるのは一出撃に付き一度のみである。

 

故に川内以外にも、欧州艦に最低一人は合体技を放てる艦娘が作戦上必要なのだ。

 

しかし合体技を撃つには高い信頼と、艦娘の好感度、そしてそれに起因する霊力の共鳴が必要。

 

「うーん。しかし、こればかりは、やってやれると言えるものではないんだよな……」

 

訓練内容の3を目にして大神がため息を吐いていた。

今までの合体技からしてそうだった。

戦場で昂ぶった意識、通じ合う想い、それらによって自然と出来るかどうか分かる物だったのだ。

訓練でやれといわれてやれるものなら、そんなに苦労しない。

 

どうしたものかと頭を悩ませる大神。

 

「どうしたの。イチロー?」

 

そんな大神を後ろから覗き込むビスマルク。

大神が手にしていた訓練予定の内容の3項目目を目にして、驚きを表情に表す。

 

「合体技……川内とやっていた、アレを私達もやらないといけないの!?」

「ああ、そうなんだけど……アレばかりは訓練で出来るものじゃないから、どうしたものかと思ってね」

「でも、出来そうかどうかくらいは、イチローでも分からないの?」

「なんとなくは分かるよ。けど、作戦においてなんとなくで済ませるわけにはいかないからね」

「……確かにそうね、ちなみに誰となら出来そうなの?」

 

艦娘の自分への信頼度合い、好意の示し方からある程度目星は付けられる。

 

「筆頭はビスマルクくんかな」

「え、私!? そう、私なんだ……」

 

名前が挙がれば良いなと思ってはいたが、まさか筆頭とは。

思わずニコニコしてしまうビスマルク。

 

「次はプリンツくん、君達となら最大威力の合体技が出来る、と、思う」

 

しかし、次に名前のあがったもの、いわば恋敵の名を聞いて複雑な表情のビスマルク。

妹分と一人の男を取り合わばならないのか、それは辛いものがある。

と、朝にプリンツが囁きかけた事が思い出される。

 

『大丈夫です、ビスマルク姉さま。私と姉さまでアドミラルさんを共有しちゃえば良いんです~』

 

大切な妹と大好きなイチローを共有する。

3人で一緒、それは甘美な誘惑にも思える。

プリンツと二人でイチローを誘惑して……二人がかりで弄んで弄ばれて……

 

「うぇへへへ……」

「ビスマルクくん、どうしたんだい?」

 

思わず涎がたれそうになるビスマルク、大神の声を聞いてあわてて正気に立ち返る。

 

「いえ、なんでもないわ。候補は私達だけ?」

「最大威力でなくても良いのなら、ウォースパイトくん、グラーフくんかな」

「そ、そう……」

 

ウォースパイトは危険とは思っていたけど、グラーフもだなんて。

 

「いずれにしても、確信じゃないからね。もう一押しが欲しいところなんだけど」

 

でも、このままでは作戦に支障をきたすかもしれない。

川内や鳳翔のように私達も確実に合体技を撃てるようにならなければならない。

そう考えたビスマルクに天啓が閃く。

その天啓のまま、大神の両手を取るビスマルク。

 

「ビスマルクくん?」

「イチロー、候補の艦娘と一人ずつデートしましょう!!」



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第十三話 8 トゥーロンでの一日4(特訓編)

「イチロー、候補の艦娘と一人ずつデートしましょう!!」

 

そう大神にいったビスマルク、中にはこんな思惑が渦巻いていた。

イチローとデートして、もっとお互いを知り合って、身体的接触も増やせれば……ぐへへ。

思惑と言うか、欲望が全開である。

 

「ちょっと待ったデース!」

 

しかし、そんなビスマルクに待ったをかけるウォースパイト、キミ金剛じゃないよね?

 

「なによ、ウォースパイト。あなたはイチローとデ-トしたくないって言うの?」

「勿論したいですよ」

「なら、邪魔しないでよ。別に貴方はイチローとデートできないわけじゃないし……」

「……でも、今は、合体技をどうすれば使えるようになるか議論するときよ。デートのような迂遠な方法よりもっと良い訓練方法があるの!」

「「「な、なんだってー!!」」」

 

思わず某MMRのように驚きの表情を見せる艦娘たち。

でも、ノストラダムスとか、マヤとか、適当な日時でっち上げて人類滅亡するとは言いません。

 

「既に大神と、艦娘の合体技には多数の前例があるわ! 私たちに必要なのは、合体技をするときの艦娘の心情を少しでも深く理解することよ!」

「でも、どうやって理解すれば……」

「こんなこともあろうかと、グラン・マに今まで使われた日本の艦娘とオオガミの合体技の台詞集を準備していただきました! これを元に再現すれば良いの!! 早速――」

「待ってくれ!」

 

今度は大神がウォースパイトに待ったをかける。

 

「どうしました、オオガミ?」

「……一応確認させてくれ。その台詞集だけど、俺のパートも入っているのかな?」

「勿論。オオガミと私たちの合体技ですから、オオガミにも手伝ってもらいますよ?」

 

ぐふぅ。

 

そう言って、大神はテーブルに崩れ落ちる。

 

「イチロー!?」

 

ビスマルクが呼びかけるが、遠くから話しかけられているかのように意識が遠のく。

あれらの合体技を素面でやれと言うのか。

川内の初夜とか、瑞鶴へのセクハラとか、他多数の色々イヤーンな合体技を。

 

……

 

…………無理だ。

 

あんな、羞恥心を全て投げ捨てたような真似、素面の自分には。

 

そう顔を上げると、ポーラが休憩に飲もうと持ってきたワインがデキャンタに入れられていた。

 

ワイン。

 

お酒。

 

もうこれしかない。

 

「ポーラくん、ゴメン!!」

 

そう決めた大神はデキャンタのワインを飲み始めた。

 

「あー! 提督、ポーラの大事な大事なワインを飲んじゃうなんてー!!」

 

取って置きのワインを飲まれたポーラが嘆きの声を上げる。

だが、即酔っ払った大神はビクともしない。

 

「夕食はその分追加でお酒を飲むのを隊長権限で許可する、ポーラくん一緒に飲もう!」

 

瓶半分ほどのワインを飲んだ大神は当然の如く酔っ払い、よりにもよって言っちゃならない事を言い出し始めた。

 

「え? 良いんですか? ポーラ、お酒飲んでも良いんですか!?」

「ああ! 俺が酌をするよ!」

「えへへ、それなら許しちゃいます~。大神さん、ポーラのワイン飲んでも良いですよ~」

 

そうポーラが良い終える頃には、大神はデキャンタのワインを飲みきっていた。

良い気分だ、今なら合体技の時のテンションを維持できるだろう。

 

「ウォースパイトくん。俺の今のテンションが抜けないうちに、合体技の特訓をしよう!!」

「オオガミ、素面じゃ出来ないからってそこまでして……分かったわ、時間も限られているし台詞集に基づいてやるわ!! 誰がどの合体技をやるか、ついでに順番もサイコロで決めましょう!」

 

決まった台詞の本読みの内容、順番は以下の通りである。

 

グラーフ    :瑞鶴

ビスマルク   :明石

ウォースパイト :川内

プリンツ    :鳳翔

 

 

 

グラーフ:

 

先ずはグラーフからの本読みが始まる。

なのだが、大神は台本を持っていない。

一度自分自身が言った事とは言え、本なしで出来るものなのだろうか。

 

「アドミラル? 本読みなのだから、台本を持たないと駄目なのでは?」

「いや、曲がりなりにも以前一度は言ったことだからね、大丈夫だよ。君に合わせるならむしろ台本は邪魔だから構わないさ」

「そうか。すまないが、自分には台本が必要――な、なんだ! この内容は!?」

 

そこで初めて台本に目を通したグラーフが顔を真っ赤に染める。

 

「これを、日本の艦娘――ズィーカクはアドミラルとやったと言うのか!?」

「そうだよ、グラーフくん」

「え、あ、なぁっ? アドミラル?」

 

そして大神はグラーフを後ろから抱き締めた。

瑞鶴と異なり柔らかな起伏にとんだ身体のラインに沿って大神の手が回される。

驚いたグラーフが逃げ出さないようにぎゅっと、力強く。

 

「アドミラル……ダ、ダメだ、みんなが、ビスマルクが見ている」

 

大神にぎゅっと後ろから抱き締められて、赤面したグラーフ。

そんなグラーフが可愛らしく思える。

どんな反応をするのか見たくなって、大神はグラーフの耳元にふっと息を吹きかけた。

 

「ひゃあぁっ!? アドミラル、そんな行為は台本には一ページもない……ぞっ?」

「アドリブだよ、さあ、グラーフくん、どうするかい?」

 

それでも、グラーフは必死に台本に目を通し、台詞を読み上げる。

グラーフは後ろの大神へと視線をやり、上目遣いでお願いする。

 

「アドミラル、いや、オオガミ。さっきの続きがしたいのだ……」

「さっきって何のことだい?」

 

そうとぼけながら、大神はグラーフのうなじにキスをする。

結い上げた髪によってむき出しになったグラーフのうなじは艶やかで実に美味しそうだ。

大神はついでとばかりに舐める。

 

「やぁっ! アドミラル、それも台本には書いてない……ひゃんっ!?」

 

大神の腕の中で身体を震わせるグラーフ。

でも、大神はグラーフをしっかりと抱き締め、逃げ出すことを許してくれない。

 

「ひゃうっ!? アドミラル、そこはちがっ……!」

「じゃあ、こっちかな?」

「きゃんっ!」

 

今度はグラーフの耳を甘噛みする大神。

グラーフは身をくねらせるが、腰に回された大神の手は力強く逃れることは出来ない。

いや、グラーフも本気で逃げるつもりはないのかもしれない、一応台本に書かれていることだし。

それを良い事にもう片方の耳も甘噛みする大神。

 

「やっ! オオガミ……あんまり……意地悪しないでくれ……」

「意地悪なんてしていないよ。グラーフくんが可愛いからちょっと悪戯してるだけさ」

「やぁんっ!」

 

さらにグラーフの首筋を吸い上げ幾つもキスマークをつくり、服を肌蹴させ鎖骨を舐め上げる。

そうするとグラーフの胸の谷間も良く見えるようになる、瑞鶴と異なり豊かな谷間が。

一瞬、その魅力に大神は吸い寄せられるが、そこは練習の範囲外と己を保つ。

ってか、まだ正気あったのね、大神さん。

 

「あぁんっ! はぁはぁ……ひぅぅ……ひゃぅぅ……」

「オオガミとアドミラル、どっちがキミの本心なのかな? 言ってくれるまでは――」

 

肌蹴て胸が覗く衣服をそのままに、全身を朱に染めたグラーフ。

だが、大神の悪戯は止まらない、力が完全に抜けて、崩れ落ちそうになるグラーフの身体。

大神に寄りかかり荒い息を吐き出す。

そんなグラーフを後ろから抱き上げ、首回りに限定して悪戯を続ける大神。

瑞鶴と違ってその辺、範囲を広げるといろんな意味で危険だからだ、ビスマルクの視線とか。

 

やがて、ぽろぽろとグラーフは涙を流し始める。

台本にあるからではない、本当の涙だ。

 

「ひどい……オオガミ。ちゃんと言うから、もう悪戯しないでくれ……キスしてほしいんだ……」

「ごめん、グラーフくん。ちょっと意地悪しすぎた」

 

そう言って大神は正面からグラーフを抱き締めなおすと、グラーフの涙の痕にキスの雨を降らせる。

 

「ああ、オオガミ……もっと、もっとキスが欲しいんだ。耳やうなじじゃ物足りないんだ」

「分かったよ、グラーフくん」

 

大神がグラーフの顎に手をやり僅かに引き上げる。

 

「オオガミ……」

「グラーフくん……」

 

そしてグラーフがゆっくりと目を閉じる。

 

『キスの続き・グラーフ版』

 

 

 

そして桃色の霊力が炸裂した。

 

 

 

「よしっ! 成功だ、グラーフくん!!」

 

不完全ながらも合体技の発動に喜ぶ大神。

 

「ふふふ、そうか成功か……でも、なんでだろうな。今、私はとてもアドミラルを爆撃したくて仕方がないんだ。これもズィーカクの影響かな?」

「え?」

「全機爆装! 攻撃隊発艦始め! 乙女の純情を弄んだ罪晴らさせてもらう! 蹴散らすぞ!」

 

大神は黒こげになった。




ワイン飲みながら執筆。
デートとどっちが良かったかなとおもいつつ、続く。
後3人。後になればなるほど脱線するよ。


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第十三話 9 トゥーロンでの一日5(特訓編)

「オオガミ、やったわね! 合体技の練習がいきなり成功するなんて!」

 

小規模ながらも、目の前で炸裂した桃色の霊力に歓喜するウォースパイト。

 

「ああ、ここまで上手く良くとは思わなかったけど、当然続くんだよね、もちろん?」

 

グラーフに爆撃を受け煤けた顔を水で洗い、プリンツから受け取ったタオルで拭う大神。

そのタオルはプリンツの匂いが染み込んだものであり、タオルからほのかに香るプリンツの匂いにドギマギする大神。

そんな様子にプリンツはクスクス笑っている、おのれプリンツ謀りおったな。

 

「もちろん特訓は続行よ。次はビスマルクだったわね」

「ええ。イチロー曰く、私が最も適合性が高いと言うことですもの。当然決めるわよ!」

 

けど、ビスマルクは自らの大神との絆を見せ付ける事に集中しており、そんな二人の様子に全く気付く様子もない。

大神がビスマルクの傍に近づくのを台本を読みながら待つ。

やがて、顔を洗いさっぱりとさせた大神がビスマルクの元に近づく。

 

「それじゃ始めようか、ビスマルクくん」

「ええ、華麗に決めるわよ。後で褒めてもいいのよ」

 

 

 

ビスマルク   :明石

 

『思えば人魚姫同様、一目惚れだったのかもしれない』

『己の危機に燦然と現れた純白の姿を目にしたときから――』

 

ビスマルクは明石の独白を自分なりにアレンジして話し始める。

大神に一目惚れしたのは、ビスマルクもそう変わらないと思う。

自分を守り、深海棲艦の群れに立ち向かったあの姿はまだ目蓋の裏に焼き付いている。

今だって、目を閉じればつい先程のように思い出せ――

 

「カット、カットカットカットー!」

 

と、ビスマルクが思い出に若干浸ろうとしたときに、ウォースパイトの声が特訓を中断する。

 

「ちょっと! 気分も乗ってきたのに、何で中断するのよ!!」

「だって、これじゃビスマルクの独白と言うか一人語りじゃない、私たちが特訓しないといけないのはオオガミとの合体技。これじゃ、特訓にならないわ」

「むむ……」

 

確かに。

ウォースパイトの論にも一理ある。

けど、ちょっとロマンチックな明石の合体技なら良いなと思っていたのだ。

ビスマルクとしては変えて欲しくない。

 

「でも、明石はこれでイチローと合体技をしたのでしょう? これで問題ないんじゃない?」

「明石はオオガミの警備府着任からの、最も付き合いの長い艦娘の一人よ。そう簡単に真似られないと思った方が良いわ」

「じゃあ――」

 

どうすれば良いと言うのだ、と言いかけたビスマルクの声を遮ってウォースパイトが続ける。

 

「こんな事もあろうかと、日本の童話を元に台本を作ってみたの! これにあわせてやってみましょう!!」

「なるほど、明石くんが欧州の人魚姫を元にしたと言うのなら、ビスマルクくんはその逆をしてみようと言うわけだね、まあ、俺はどちらも把握しているから構わないよ」

「う……」

 

肝心要の大神が頷いてしまった以上、ビスマルクも反対しづらい。

そんなわけで、最初からやり直す事となったのであった。

 

 

 

 

 

かんむすめ日本昔ばなし

 

 

『桃太郎』

 

 

『むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました』

 

 

「あれ、俺、おじいさんなのかい?」

「私も……おばあさん呼ばわりされするのは、少し……まあ、アドミラルとつがいなのは悪い気はしないが」

 

どうやら、大神がおじいさん、グラーフがおばあさんのようだ。

当然二人は夫婦な関係になるわけで、グラーフも先程爆撃したばかりなのに満更ではない。 

 

「ちょっと、イチローとの合体技なのにイチローが、グラーフのものってどういう事よ!?」

「まあまあ、待ちなさい、ビスマルク。物語は始まったばかりなのだから」

 

ウォースパイトの説得にしぶしぶ納得するビスマルク。

そして物語は続く。

 

 

『おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました』

『おばあさんが川でせんたくをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました』

 

 

「おや、これは良いおみやげになるな、アドミラルが喜ぶ」

 

 

『おばあさんは大きな桃をひろいあげて、家に持ち帰りました』

『そして、おじいさんとおばあさんが桃を食べようと桃を切ってみようとすると』

 

 

「ふむ。ここでビスマルクが現れなければ、アドミラルと私はいつまでも仲良く過ごしました、めでたしとなるわけか……アドミラル、狼虎滅却 一刀両断でこの桃を切ってくれないか?」

「いいっ!? そんなことしたら、中のビスマルクくんが? 桃を切るのにそこまでしなくても」

「ちょっと、何考えているのよグラーフ! 私の出番を奪うつもり!?」

 

そこ、既に桃の中にいるのはわかっているけど、喋らないように。

 

「このままじゃ、ビスマルク姉さまが両断されちゃう!? おばあさん、お気を確かに!!」

「ふふ、冗談だ」

 

 

『なんと中から可愛い女の子が飛び出してきました』

 

 

「な!? ビスマルクくん!?」

「ビスマルク、何をしているのだ!」

 

ただし、全裸でな。

色々丸見え状態で真っ赤なビスマルク。

大神も視線をそむけようとするが、やはりその美しい裸体に視線がついチラチラといってしまう。

 

「ウォースパイト! やっぱり全裸はやめようって言ったのに!」

「ダメです。事は形から入りましょう。日本の絵本では裸だったので、あなたに拒否権限はありません」

 

何気に鬼教官なウォースパイト。

 

 

『これはきっと、神さまがくださったにちがいない、チッ』

 

 

「グラーフ、今あからさまに舌打ちしたわね! 後で覚えてなさい!!」

 

 

『子どものいなかったおじいさんとおばあさんは、大喜びです』

『桃から生まれた女の子を、おじいさんとおばあさんはビスマルクと名付けました』

 

 

「待て、待て待て。何で桃から生まれてビスマルクになるんだ。そこは桃太郎だろう」

「いや、これで良いんだよ、グラーフくん。桃のようにたわわな胸とお尻……たわわ?」

 

と、全員の視線がトゥーロンの潜水艦隊の訓練に参加していたゆーに注がれる。

視線の意味を理解できず、ゆーは小首を傾げる。

 

「みんな、なんで、ゆーを見るの? ゆーは、たわわじゃない。たわわな後輩じゃ、ない」

「そう――だったね、何故かゆーくんのことが頭に浮かんでしまったんだ、すまない」

 

天の声に逆らうことなかれ。

 

「ゆーがたわわだったら、アドミラルは、嬉しい?」

「えっ?」

 

大神は、たわわな後輩なゆーを想像しようとして、ちょっと無理があるなと思った。

こんな引っ込み思案な、かわいらしいゆーが変貌するなんて想像も付かない。

 

後日それが裏切られる事を大神はまだ知らない。

 

 

『ビスマルクはスクスク育って、やがて美しい女の子になりました』

 

 

「イチロー、じゃなくておじいさん。おばあさんみたいな年増より私のほうが良いわよ」

 

そう言って、大神の片手を取るビスマルク。

 

「ビスマルク、艦としては私の方が生まれが新しいぞ」

 

だが、グラーフも黙っていない、大神のもう片腕を組んで、その豊かな胸を押し付ける。

負けじとビスマルクも胸を大神に押し付ける。

 

「そんな両手に花な生活をおじいさんは送りました、めでたしめでたし」

 

とはもちろんならない。

 

 

『暗闘の結果、おばあさんに破れたビスマルクは鬼退治に行く事になりました』

 

 

「待ってよイチロー! 私一人で鬼退治になんて行ったら鬼に捕まっちゃう! そしてエロ同人のような事をされてしまうに違いないわ! 可愛い娘がそんな事になって良いと言うの!?」

「うっ!」

 

懇願するかのようなビスマルクの視線に、良心の呵責に耐えかねる大神。

だが、グラーフは、

 

「大丈夫だ、こんな事もあろうかと、キビ……だんごをつくっておいた」

 

 

『おばあさんにきび団子を作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました』

『旅の途中で、イヌに出会いました』

 

 

「ビスマルクお姉さま――じゃなかったビスマルクさん、どこへ行くのですか?」

「イヌはプリンツなのね……」

「えへへ、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。あ、いただけなくてもどこまでもお供します!」

 

 

『イヌはきび団子をもらい、ビスマルクのおともになりました』

『そして、こんどはサルに出会いました』

 

 

「うぬぬ……ビスマルクさん、どこへ行くのですか?」

「マックスがサル……ぷっ」

 

とことん機嫌の悪いマックスがビスマルクに呼びかける。

不躾だが、サルのコスプレをしたマックスは笑いを誘う。

 

「じゃんけんに負けたからとは言え、この私が……サル。くっ!」

「まあまあ、運が悪かったとあきらめなさい」

「……それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」

 

完全に棒読みのマックス。

 

 

『サルはきび団子をもらい、ビスマルクのおともになりました』

『そしてこんどは、キジに出会いました』

 

 

「ビスマルクさん、どこへ行くのですか?」

「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」

「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」

 

レーベは割愛。

 

「ボクの扱い酷くない? レニちゃんと似てるからいろいろ活躍できると思ったのに!」

 

 

『こうして、イヌ、サル、キジの仲間を手に入れたビスマルクは、ついに鬼ヶ島へやってきました』

『鬼ヶ島では、鬼が近くの村を守ったお礼にもらったごちそうをおいしそうに食べています』

 

 

「って、あれはおじいさん、イチローじゃない!!」

 

そう、鬼のボス。

それは我らが大神一郎だったのだ。

鬼になっても正義の刃を振るうことは代わらず、暴力を振るわずにみんなを守っていたのだ。

これではビスマルクのほうが悪の一行となってしまう。

 

「ええと、ビスマルク姉さま……台本だと、私、アドミラルさんのお尻に噛み付くんだけど……」

 

大神のお尻に噛み付くプリンツ、もうそれは何かのプレイだ。

そして、

 

「ああ、こんな鬼ヶ島でイチローに会えるなんて! これは、鬼退治に行って鬼に捕まっちゃって、 そしてエロ同人のような事をされろと言う事に違いないわ!」

「じゃあ、ビスマルク姉さま……」

 

ぎらついた目を燃やすプリンツとビスマルク。

レーベとマックスは若干呆れ気味だ。

 

「みんな、ぬからないで! かかれーっ!」

 

 

『そう言ってビスマルクたちは鬼に抱き付いていきます』

 

 

「いや、ここは俺を退治するところじゃないのかい!?」

「イチローを退治するなんて出来る訳ないじゃない!! 私の方こそ降参よ! そしてエロ同人のような事をして!」

「ビスマルク姉さまだけずるいですー、私もー」

「ボ、ボクも一応お芝居だから……」

「サルじゃなかったら、サルじゃなかったらー!!」

 

 

『イヌ(プリンツ)は鬼の腰に抱きつき、キジ(レーベ)は唇で鬼の目を何度もキスし、サルは鬼の背中をひっかきました』

『そして、ビスマルクは鬼を押し倒して大あばれです』

『そして鬼ヶ島で鬼とビスマルクはしあわせにくらしましたとさ』

 

 

 

『ハチャメチャ人魚――桃太郎、愛の劇場』

 

 

もちろん合体技は不発であった。

そんなこんなで、とんちんかんな試行錯誤をしながらも合体技の特訓は続く。




ゆーは声優ネタ。
酒盛りポーラの線もあったのだけど、あえてこっち。


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第十三話 10 トゥーロンでの一日6(特訓編)

残りの特訓編を圧縮しようかどうしようか迷っていたのですが、ある意味肝ですし、皆さんにアンケートとか取る時間があったら多分書いた方が早いので書きます。
もう少しお付き合い下さい。


「さあ、今度は私の出番ね。頑張りましょう、オオガミ」

「分かったよ、ウォースパイトくん」

 

ウォースパイトが髪の毛をかき上げ、胸元のネックレスを直して気合を入れなおしている。

 

一方、次の合体技の元ネタは、艦娘との合体技でも一番やばい奴だと大神は冷や汗を流している。

何せ、この合体技では仮初のものとは言え、結婚して初夜まで迎えてしまっているのだ。

川内だけでも有明の艦娘に知られたら何が起こるか分からないのに、海外に行った当地でまで結婚して初夜を迎えただなんて考えただけでも恐ろしくて酔いが醒めてくる。

 

「いかん、更に酔わなければ……」

 

しかしデキャンタのワインは飲みきっており、もう残っていない。

流石に食堂もこの時間から酒を出してはくれないだろう、どうしたものか。

 

「大神さん大神さん~、ポーラのワインの残り、飲みます~」

 

と、ポーラが瓶に残ったワインを持ってきた。

 

「え、ポーラくん、いいのかい?」

「大神さんには、今お酒が必要なんですよね? ポーラの取って置きですけど、飲んでも良いですよ~。その代わり……」

 

ねだる様な視線を大神に向けるポーラ。

先程も酒をもらったし流石に断る事は出来ないだろう。

 

「分かった、夜に飲むお酒は俺が奮発しよう」

「流石、大神さん! 分かってますね~、夜が楽しみですね~」

「ちょっと、ポーラ、あんまり提督にたかったらダメ……」

「ザラ姉様、今回は違うんです~。ギブアンドテイクなんです~。提督も承認してくれてる正当な取引なんです~」

「う……、確かにそれはそうなんだけど、心配だから見守っていないと……」

 

大神が既に承認してる取引なので、ザラも流石に語調が穏やかなものになる。

大神の力を借りてとは言え、初めてザラをやり込めてポーラは大満足だ。

そして、大神は瓶に残ったワインを飲みきった、これで合計でワイン一瓶をあけた事になる、はっきり言って飲みすぎだ。

 

「大神さん、大丈夫かな……、またあの時みたいにならないと良いけど」

 

酔った大神に押し倒された川内も、あのときの二の舞が起こるのではないかと心配している。

 

「それじゃあ、ウォースパイトくん始めようか?」

 

それでも、大神の語調も足取りも確かだ、大丈夫そうだ。

 

 

 

ウォースパイト :川内

 

トゥーロンのポーラとの呑みで完全に潰された大神は、ウォースパイトの助けを借りて邸宅の自室のベッドに戻ろうとしていた。

 

「すまない、ウォースパイトくん」

「いいんですよ、オオガミ。私が好きでしている事なのですから」

 

そんなウォースパイトの服装はやはり肩の開いたドレス姿。

人を運んで歩くには難しいだろうに、ウォースパイトは慣れた様子でオオガミに寄り添い歩く。

部屋に入ったのでベッドまであと少しだ、そう思ったところで油断したのか、大神はドアの段差につまづいた。

 

「うわっ!?」

「キャッ!?」

 

声を上げてベッドに倒れこむ二人。

 

「……あれ? 痛くない」

 

ベッドにダイブしたのに、全く痛くない。

大神の顔をふくよかでやわらかいものが包んでいた、視界は真っ暗で何も見えない。

 

「ノー……オ、オオガミ。あなた何をしているの?」

 

何をって、そう思って答えようとまずは息を一息吸う大神。

だが、それはウォースパイトに過大な刺激だったらしい。

 

「キャアッ!!」

 

身を捩じらせ、刺激から逃れようとするウォースパイト。

だが、その時ふくよかな感触からようやく大神が頭を上げる。

 

もうお分かりだろう、大神が埋めていたのはウォースパイトのおっぱいであった。

ウォースパイトはドレスが完全にずれ下がり、おっぱいが完全に露になっている。

けど、おっぱいを手で隠そうにも大神はウォースパイトに完全にのしかかっており、隠そうにも大神の頭で、身体で押しつぶされていた状態だ。

隠しようがない。

 

「オオガミ……私、わたし……」

 

状況に気付き慌てている大神としても、また下手に話したり息を吐いたりしたら、さっきのようにウォースパイトに刺激を与えてしまうかもしれない。

 

何はともあれ、離れなければいけない。

 

大神はそう考えて実行に移そうとしたが、ウォースパイトを押し倒したまま無言でいた事に、そのことをウォースパイトがどう受け取るかまでは気が回っていなかった。

 

「オオガミ、あなたの気持ち、受け取ったわ! 私、その気持ちに応えます! 婚前交渉はしたくなかったのだけど、オオガミが望むのであれば!!」

 

大神がベッドに手を付いて起き上がろうとする前に、ウォースパイトが大神の頭を抱き抱えた。

 

「へ?」

「マイ アドミラル――オオガミ! この身果てるまで、共に参りましょう! あなたの傍からもう離れないわ!」

「え?」

「オオガミ、I love you!」

 

そして、呆然とウォースパイトを見上げた大神にウォースパイトは熱烈なキスをする。

ただでさえ酒と、おっぱいの感触と、ウォースパイトの匂いで理性が飛びかかっている大神はそのキスによってウォースパイトの誘惑に屈してしまいそうだった。

だったが、

 

「いや、ちが――」

 

なんとか、それでもなんとかウォースパイトの勘違いを是正しようと、ウォースパイトに話しかけようとする大神。

 

「……オオガミ、私はもうあなたのものよ。考えてみたら初めて会ったときからこうなる運命だったのかもしれないわね」

 

ウォースパイトは再度大神の唇を奪う。

 

「お好きに召し上がれ、ダーリン♡」

 

自分から唇を奪っておいて言う台詞ではない。

だが、大神は、

 

「ウォースパイトくん……」

 

ウォースパイトの、自分を愛していると言った目の前の可憐な花を我が物にする誘惑に、負けた。

それでも婚前交渉を出来ればしたくないと言ったウォースパイトの意思を尊重し、それは結婚してからにしようと言った大神の言葉にウォースパイトは涙する。

 

「ああ……私、幸せ! オオガミ! いいえ、イチロー! 愛してるわ!!」

 

 

 

それから、二人は完全にパートナーとなった。

トゥーロンの邸宅でも時間さえあれば、恋人として寄り添い、キスを何度も交わし、ソファーにもたれかかりながら抱き合い、甘い甘い時間を過ごす。

結婚は地中海奪還作戦を終えてから、そう決めた二人の絆と霊力は凄まじく、あっという間に奪還作戦を成功させてしまう。

 

そしてウォースパイトを自国へ連れ帰ろうとする英軍と、二人で全力で交渉した結果、本気で恋するウォースパイトにクイーン・エリザベス級の姉妹たちだけではない、イギリスの全艦娘が、否、イギリス女王さえも味方となった結果、晴れてウォースパイトは日本の艦娘として赴任する事が決定する。

 

「本当にこの身果てるまで一緒に居られるのね! 嬉しいわ、イチロー!!」

 

満面の笑みでウォースパイトが大神に微笑みかける。

 

「いいや、俺が居る限り、君は絶対に死なせない。戦いでは絶対に果てさせないよ」

 

けれど、そんなウォースパイトを抱き締めながら、大神は耳元でそう囁く。

 

「君がもし果てるとしたら、結婚してから俺と共に夜を過ごすときだけさ。もちろん果てても離さないし、逃がさないし、許さないけどね」

「イチロー……やだ、恥ずかしい…………」

 

しかし、このままでは姉妹艦たちが結婚式に参加できない。

その事を憂慮した大神とウォースパイトはただそれだけの為にアメリカ、欧州の艦娘と共同して、そのまま一気呵成に大西洋さえも人類の手に取り戻してしまう。

 

そうして、大神と結婚する為にふさわしい立場として、英国王家の一員、養女となる事を認められたウォースパイトはロイヤルプリンセスの一人として大神と共に日本に向かう。

そうすると、仮にとは言えプリンセスと英雄の結婚式場をただの場所で行う訳には行かない。

二人の結婚式場には特設で組まれた会場が当て嵌まるのだった。

ウェディングドレスは無論レンタルではない、英室王家がオーダーメイドした豪華なものを着る。

いつもの宝冠ではない、ティアラを頭に載せたウォースパイトは正にプリンセス。

イギリスの艦娘に、みんなに祝福されて、大神たちは誓いのキスを交わすのだった。

 

そして、トゥーロンの一夜からずっと伸ばしていたその時を、初夜を迎える。

 

場所はロイヤルスイートルーム。

 

シャワーを浴びたばかりのウォースパイトをいつものように抱き締める大神。

まだ少し濡れている髪に指を絡める。

 

「もう、そんなに金髪がすきなの?」

「別に金髪が好きなわけじゃないさ、キミの髪の毛だから触れたくなるんだ」

 

そう言いながら頬にキスをする。

ウォースパイトを膝の上に抱き上げ、何度も何度もキスを重ねる二人。

そのたびにお互いに愛おしさがこみ上げてくる。

 

数ヶ月、いや、あの日我慢した甲斐があった。

 

こんなに互いが愛おしい。

 

絶対に離れない。

そう思いながら戦い続けた結果がここにある。

 

そして、ウォースパイトの身体はベッドに沈める大神。

互いの瞳を見つめて言う。

 

「イチロー、I love you」

「俺もだよ、ウォースパイト」

 

キスの雨を降らせる大神。

 

……そして二人は今までよりずっと仲良しになったのだった。

 

 

 

『初夜 は じ め て の や せ ん Ver.E』

 

 

 

そして、当然のように桃色の霊力は大いに、実に大いに炸裂した。

まるで本物の合体技のように。

 

天に伸びる桃色の霊力の光を、天から大神とウォースパイトを祝福するかのように、天使の羽が舞い落ちるように、天上の曉光が地へと降り注ぐ。

そしてその光の羽根は、天上の曉光はトゥーロンだけでなくパリなどフランス各地で、スイス、イタリア、スペイン、果てはオーストリア、ドイツでも観測された。

 

また、作戦を待たずして、コルシカ島、サルディーニャ島、バレアレス諸島の東側など西地中海のかなりの範囲がほぼ浄化されかかった。

一時、巴里華撃団の霊力計では完全に浄化されたように見えたが、こんなのに、ただの本読みに負けてたまるかとばかりに、マイナスの想念が増加したらしい。

 

がんばれまけるな深海棲艦。




ビスマルクとウォースパイトの扱いの差が酷すぎるって言わないでね。
自分はどっちも当然カッコカリ済みなのです。
ビスマルクは可愛さ余ってちょっとギャグ方面で弄りたくなっただけなのです。

にしても、ウォースパイトの本番合体技はこれ超えないといけないんだよなー(^^;
うわ、凄いプレッシャーw
出来るのか、俺。


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第十三話 11 トゥーロンでの一日7(特訓編)

砂糖蜂蜜漬け、これでオシマイです。


本物と比べても遜色ない合体技を炸裂させた大神だったが、そんな彼を待っていたのは司令室への呼び出しと注意であった。

曰く、作戦前から敵を壊滅させてどうする、と言ったものであった。

大神自身もやりすぎていたかと思ってはいたので、そこは素直に受け取り謝罪する。

むしろ問題なのは――

 

「ねぇ、イチロー。ビスマルクのデート案やっぱり復活させましょうよ。トゥーロンは軍港だから少し遠くの街に足を伸ばしても良いわね。すっごく楽しいと思うわ!」

 

合体技の後遺症で、かんっぜんに大神にベタ甘になったウォースパイトをどうするかである。

瑞鶴のようにしばらくしたら落ち着いてくれるだろうか。

呼び名も変わっているし。

 

「イチロー……私とウォースパイトの特訓、内容の差が凄く激しい気がするんだけど…………」

 

帽子の影で視線が見えなくなったビスマルクが怨めしそうな声を上げていた。

ドンドロドロドロと後ろから聞こえそうな、今にも黒ミサを始めそうな雰囲気すらしてる。

はっきり言って怖い。

 

「ビスマルク姉さま、特訓は始まったばかりです。次はもっとラブラブな特訓が出来ますよ!」

 

そんなビスマルクを宥めるプリンツ。

 

「プリンツはいいわよね。鳳翔の合体技だったらイチローに抱き締められるし」

「えっ? でも、アドミラルさんを子ども扱いするのは難しい……かも?」

 

そして、本日最後の特訓としてプリンツの特訓が始まる。

 

 

 

プリンツ    :鳳翔

 

「……こんにちは、プリンツおねえちゃん…………」

「うふふっ、ボク可愛いね。ねえ、私の事ママって呼んでも良いんだよ!」

「ぐふうっ! じゃ、じゃあ、プリンツママ…………」

 

大神は子供らしい言葉使いで必死に話しているが、本式の合体技と違って、何故か大神が子供化する特殊空間は発生していない。

そう、今大神は子供を演じているだけなのだ。

 

艦娘に甘い言葉を囁く事は酒の勢いで出来ても、流石にこれは恥ずかしいらしい。

大神が素面に戻ろうとしていた。

もちろん特訓の首謀者がこれを見過ごす訳がない。

 

「カット、カットカットカットー!」

「ウォースパイトくん、やっぱり……ダメかい? 最初だけカットするとか」

「勿論ダメよ、イチロー! スタートが肝心なんだから始めはもっと子供らしく『ママ』って!」

 

大神の案を一蹴するウォースパイト、

鳳翔との合体技にもなかった、ある意味大神のトラウマでもある言葉を言うよう強制する。

 

「大神さん、私の事『ママ』って呼んでも良いんだよ?」

「大神さん、宜しければ私の事を『お母さん』と呼んでみます?」

 

唸る大神の様子が楽しいのか、川内と鳳翔も大神の事をからかい始めた。

ポーラやリベッチオたちもそれに参加する。

 

「ぐふぅっ!」

 

最初はそのたび七転八倒していた大神。

だが、やがてゆらりと立ち上がると、

 

「子供になった気分で本読み、というか子供の演技付きか……俺いつから花組に、レニになったんだっけ? ふははは、もうなんでも来い! 子供でも何でもやってやるさ!!」

 

完全に開き直った大神の姿があった、はてさて何が起こる事やら。

 

 

 

(はじめからやり直し)

 

 

 

「こんにちは、プリンツおねえちゃん!」

「うふふっ、ボク可愛いね。ねえ、私の事ママって呼んでも良いんだよ!」

「はい、プリンツママ! ママのおっぱいのみたいな!!」

「ええーっ!? そ、それはダメっ!」

 

「「「ぶふーっ!!」」」←噴く一同

 

お隣に引っ越してきた彼に初めて会ったとき、彼は未だ幼い幼い子供だったの。

可愛い子だなー、それが私の彼への最初の印象。

お、おっぱい!? そんなの飲ませられないよ! そもそも出ないし!!

 

留守が多い彼の両親の代わりに、私の両親は彼を家に遊びに良く来させてた。

でも私の両親は結構ずぼらで、彼の面倒は殆ど私の役目だったの。

そんな私を、彼は母親代わりのように思っていたのかもしれないかなー。

 

「プリンツママ~、あのね……」

「ダ、ダメなんだからね! ママのおっぱいはママの恋人の為のものなんだからね!!」

「こいびとならいいの?」

 

うう~、あくまで母親代わりなんだからね!

本当におっぱいはあげられないんだからね!!

アドミラ――じゃなかった、彼の視線が怖いよ~。

 

 

「今日こんなことがあったんだ、プリンツお姉ちゃん」

 

小学生になった彼は剣道をはじめたの。

よっぽど合っていたのか連戦連勝。

賞を取るたびに私に報告しに来てくれた。

彼はやんちゃで、元気で、でも悪いことが許せない、正義感に溢れた子。

時には年上でも目上の人でも譲らない、でも理不尽な力は振るわないそんな優しい子。

ママと呼んでくれてたときみたいに『おっぱい』と言うこともなくなったし一安心だよ。

 

――と思っていたんだけど、

 

「じゃあ、ご褒美のキスが欲しいな、プリンツお姉ちゃん」

「え”。キ……キス?」

「ダメかな?」

 

うう~、報告に来るたびにほっぺとか額にキスをせがまれるようになって大変。

だけど、彼の視線に晒されると断る事が出来ない、ううん、そうする事を私も望んでたのかな。

悔しいけど、もうその頃にはたぶん――

 

 

「おはよう、プリンツ姉さん」

 

中学になって、刻一刻と成長していく彼は、どんどん背も伸びて、凛々しく、かっこよくなって、周りの女の子が放っておかない様になった。

彼から私の家に来ることも減ってきた、小学校のころまではあんなに私にベッタリだったのに。

『ご褒美のキス』をねだる事もなくなってきた。

そう思うと寂しい。

いつかは彼女も出来るのかな、そう一人部屋で考えると胸が痛む。

そして、キスとかその先の事を二人で――そう思ったら涙が出てきた。

 

「ヤダ、そんなのイヤだ……」

 

もう自覚していた、彼が好きだって。

でも、私は彼より年上で、彼が振り向いてくれる筈ない。

 

「やだな、プリンツ姉さん。俺が好きなのはプリンツ姉さんだよ」

 

そんな事が態度に表れていたのか、彼はそんな私の懸念を笑い飛ばしてくれる。

ねえ、期待しても――いいの?

 

両思いなんだって。

 

 

そして、彼が高校に入学してしばらくして、士官学校の受験勉強に勤しむ彼に夜食を届ける。

もう受験勉強に忙しい彼から私の家にやってくることは殆どない。

だから、何かと理由をつけて彼の家に行く私。

そんな私を私と彼の友人たちは『通い妻』と呼んでいた。

囃し立てる友人たちを、彼は否定もせずにさらりとかわす。

 

その様子を見ていた私の友人たちは、私を呼び出して彼に告白しろと言い出した。

 

「でも……私と彼じゃ年の差が……」

 

そんな風に躊躇う私を、あんまり遠慮してると自分たちが奪うぞとビスマルク姉さまとグラ――もとい、友人たちは脅してくる。

ちょっと! これは私の合体技なんだからね!!

 

このままでは本当に他の誰かに奪われてしまう。

そう思った私だけど、彼の前に立つと『好きです』、その一言がどうしても出てこない。

だから彼の帰宅後夜食を届けに行った時、勉強に勤しむ彼の邪魔になると分かりながら、その背中に抱きついた。

 

「プリンツ姉さん!?」

「違うの、もう姉さんじゃ嫌なの……私、私は……あなたのことが……好きなの……」

 

そこから先はもう言葉が出てこなかった。

でも、振り返った彼が私の事を抱き締めてくれた。

 

「!?」

 

はじめて抱き締められる彼の腕は力強く、胸はこんなに広い。

私より小さい筈だった彼は、いつの間にか私を抱き締められるくらい、腕の中に納められるくらい

大きくなっていた。

そして、彼が耳元で囁く。

 

「やっと言ってくれたね、プリンツ姉さん」

「え……だって、私はあなたより年上で……」

「そんなの関係ない、俺はずっと言ってきたじゃないか、『俺が好きなのはプリンツ姉さんだよ』

って。初めて会ったときから、俺はずっとプリンツ姉さんの事しか見てなかったんだ」

「ああ……」

 

嬉しい。

こんなに時間が経ってしまったけど、私たちは両思いだったんだ。

そのことが嬉しくて涙が出そうになる。

 

「待って、プリンツ姉さ――いや、プリンツ、泣かないで欲しい。笑っていて欲しいんだ」

「……うん」

 

そして、微笑んだ私の唇を彼は――大神さんは奪った。

 

 

 

『ずっと貴方が好きだった』

 

 

 

やはり桃色の霊力が炸裂する。

これで、合体技の特訓は一応終わった筈なのだが、二人が離れる様子はない。

酔って気分が完全にその気になってしまっている大神は、プリンツを抱き締めたまま囁く。

 

「ねえ、プリンツくん。『こいびとならおっぱいくれるの?』」

「――――――っ!!?? あ、え、や、それは、言葉のあやと言うか……」

「ダメなのかい?」

「……あ、アドミラルさんが、望まれるなら――」

 

危険だ、このままでは乳繰り合いかねない。

そう判断したグラーフがスリッパで二人の頭を引っ叩いた。

 

 

 

忘れてならないのは、この特訓風景はあくまで一日目だけの話である。

これから数週間、川内と鳳翔も交えて合体技の特訓は続くのだ。




幼児プレイ


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第十三話 12 トゥーロンでの一日8

特訓は終わったけど、まだ一日は終わっておりません。
もうちょっとだけ続く。


そんなこんなで昼食を挟んでトゥーロン基地での訓練、特訓を終えた大神たち一同。

大神は積み重なった精神的ダメージで完全にグロッキー状態だ。

お酒に酔ったせいも勿論あるが、足元もおぼつかない。

 

しょうがないなと、川内がいつぞやの時のように肩を貸して邸宅へと帰還する。

ビスマルク、ウォースパイト、プリンツも手伝おうとしたが、全員大なり小なり合体技の後遺症を残している為、鳳翔の判断で却下。

邸宅に入り、広間に到着するや否や、ソファーへと倒れこむ大神。

流石に意識はハッキリしているのか、川内を巻き込むような事はしない。

 

「つかれた……流石に疲れたよ」

 

だが、ソファーにはゆっくり帰っていた大神たちを置いて先に帰った先約が居たようだ。

飛び込んできた大神の姿に驚きを隠せない。

 

「キャッ! 提督? な、何をするの?」

 

そう言って視線を上げると、驚いているザラの姿があった。

 

「え? ザ、ザラくん!? すまない、今すぐソファーから離れるよ」

 

そう言ってソファーから離れようとする大神だったが、午後からの特訓で大神が心身共に疲労しているのは自明の理。

そんな、大神を放り出すのは悪いかな、とザラは大神を寝かしつける。

 

「構いませんよ。提督、お疲れなんでしょう? ザラの膝枕で宜しかったら休んで下さい」

 

と、大神の頭を抱えなおすと、自分の太ももが大神にとって丁度いいまくらになるように位置を調整する。

 

「はい、ザラは夕食の準備もあるから、あまり長い間は出来ませんが少しでも休んでもらえれば」

「あれ? 今日の食事当番はプリンツくんじゃなかったっけ?」

 

食事当番は朝と夜は同一人物が担当する事になっている、だから夜もプリンツが担当の筈だ。

 

「そうなんですけど、今日はお酒がのめるからポーラが私の料理を食べたいって……だから、プリンツさんと交代したんです」

「本当に今日は何かとすまない、ザラくん。お酒に始まり、食事まで。ポーラくんにはお酒の約束をしたけど、ザラくんにも埋め合わせはしなくちゃいけないな、何でも言ってくれて構わないよ」

「いえ、構いませんよ、ていと――あ、それなら、一つお願いしても良いですか?」

 

ザラは少し考え込んだ様子を見せた後、大神を覗き込む。

少し真剣な表情、何をお願いするつもりなのだろうか。

 

「ああ、なんだい?」

「あの……提督の耳掃除、させてもらっても良いですか?」

「耳掃除? してもらえると言うのならむしろ歓迎だけど、そんな事で良いのかい?」

「ええ、一度してみたかったんです、男の人の耳掃除を。せっかく、こうやって提督を膝枕しているので耳掃除もさせてください!」

 

そう言いながら、ザラはポシェットから綿棒を一本取り出した。

どうやらやる気は満々のようだ。

 

「分かった。じゃあ、ザラくん、お願いするよ」

 

そう言いながら、大神はザラに背を向け、右側の耳を上に向ける。

 

「では提督。失礼致します、痛かったら言って下さいね」

 

そう言いながらザラは先ず耳の穴の周辺、耳の裏側や耳たぶの窪みなどに綿棒を沿わせていく。

綿棒の力も絶妙な加減、正直かなり心地良い。

思わず声が出そうになるが、大神はそれを堪えて平静を装う。

 

「提督、耳も綺麗にされているんですね。この辺りって、結構耳垢が付くこと多いのに」

「ああ、女性がメインの鎮守府だからね、一応身だしなみには気をつけているつもりだよ」

 

ザラの問いにそう大神が答えると、クスクスとザラが笑い出す。

 

「でも耳の中は、耳垢さんが残っているみたいですね、やっぱり自分でする限界かな? 提督、失礼致しますね」

 

そう言って、ザラは綿棒を大神の耳の中へゆっくりと入れていく。

耳垢を奥に押し込まないように、小さめの綿棒で耳垢を掻きだすように丁寧に動かしていく。

耳の周りをふき取られるのもかなり心地よかったが、耳の中は更に段違いに心地よい。

ザラの太ももの良い感触も合わせ、大神を急激に眠気が襲う。

 

「ふわ……」

「どうしました提督? 痛かったですか?」 

「いや、逆だよ。ザラくんの太ももの感触と耳掃除が心地よくて、ね」

「そうです? ザラの耳掃除、気持ちいいですか?」

 

ザラは何故か嬉しそうだ。

綿棒にそれなりの耳垢が付着するようになって、頃合かなと大神の耳を覗いてみる。

やはり耳垢はもう殆ど残っていない、今度は反対側の耳掃除をする番だ。

 

「提督、今度は左耳を見せて下さい」

「ああ、分かったよ」

 

ザラの太ももの上でコロンと反対側を向く大神。

と、ザラのお腹が目の前に写る。

僅かに視線を上に上げるとザラの胸が非常に強調された角度で見える。

これは視覚的にはよくない、と大神は目を閉じた。

 

そして、耳掃除が再び始まる。

ザラの力加減は絶妙で、目を閉じた大神を急激に眠気が襲う。

 

「これなら、これから耳掃除はザラくんに頼みたいくらいだよ」

「本当? じゃあ、提督の耳掃除はこれからザラのお仕事ですね!」

 

そんな風に話していると眠気を少し抑えられていたが、やはり耳掃除の心地よさが限界を超える。

 

「ん……」

 

再び綿棒にそれなりの耳垢が付着するようになって、頃合かなとザラは大神の耳を覗いてみる。

耳垢はもう殆ど残っていない。

これで耳掃除は終わりだ。

 

僅かばかりの寂しさに襲われながら、大神に終わった事を告げないと――と、思ったところでザラは大神が寝息を立てている事に気付く。

耳を預けていていると言うのに、ザラのお腹に顔を埋め、大神は無防備に寝ている。

 

「うふふっ、提督可愛い」

 

その様子を微笑みながら見ているザラ。

正直な話こんな無防備な大神の様子は、かわいらしくて、もっと見ていたい。

けれども、このままだとポーラがお腹を空かせてしまうかもしれない。

 

 

少しばかり考え込んだ後でザラは大神を起こす事にした。

大神の肩を軽く叩くと、大神がはっと気が付いたように目を覚まし、身を起こす。

 

「いたっ!?」

「あたっ!?」

 

と、慌てて起きた成果、ザラと大神は頭をぶつけ合ってしまう。

 

「ごめん、ザラくん、俺、寝てしまっていたよね?」

「ほんの短い間でしたから着にしないでください。じゃあ、ザラは夕食の準備をしますから」

 

互いに唇の辺りを押さえながら、身を離す二人。

 

「ザラくんありがとう、俺は夕飯までもう一休みしてくるよ」

 

そして、ザラは台所に、大神は自室に戻るのだった。

 

 

(――にしても、ザラ君のどこに唇をぶつけてしまったんだろう?)

(――それにしても、提督のどこに唇をぶつけてしまったのかしら?)

 

自分たちが互いの唇をぶつけて――キスしてしまった事には気付きもせず。

 

 

 

「う~ふ~ふ~、ザラ姉様に夕食をせがみに来たら、面白いものを見つけてしまいました~」

 

ザラが弱みを握らせてはいけない一人の妹を除いて。




次回でトゥーロン編終わり。


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第十三話 13 トゥーロンでの一日 終

な、長い一日だった……


自室に戻った大神は夕食の時間までベッドでグッスリ寝込んでいた。

いつもであれば、ウォースパイトとのティータイムを楽しんだり、リベッチオたち駆逐艦と遊んだりしていたのだが、疲労困憊な今日は話が別。

周囲の艦娘たちも大神が如何に疲れているかは今更考えるまでもないので、夕食のときまでその眠りを邪魔する人間は居ないだろう。

 

酒は午後の特訓である程度醒めたし、この仮眠の間に完全に酔いは完全に飛んでしまうだろう。

夕食は美味しくいただけそうかな、そんな事を虚ろに思いながら大神は昏々と眠りに付いていた。

 

 

 

一方、その間、夕食の調理を頑張っているのはザラ。

パスタは確かに得意料理ではあるが、それだけでは本格的なイタリア料理の夕飯には物足りない。

他にも料理を準備しないといけないだろう。

 

「ええっと、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼを冷蔵庫で冷やしているから、それと生ハムを薄く切ったものを別の皿に用意してアンティパストにして、プリモ・ピアットは……ペペロンチーノかな?」

「え~、ザラ姉様~、もっとワインに合うパスタさんにしましょうよ~。ペペロンさんよりもトマトさんとか~、魚貝系とか~」

 

台所で慌しく動いているザラに、ポーラが注文をつける。

 

「ポーラ、あまり飲みすぎちゃダメなんだからね? だからお酒の合わせにくい料理に……」

「良いんですか~、ザラ姉様がファーストキスを捧げた相手に、そんなある意味手を抜いたものを出して~」

 

うぇっへっへっと薄気味の悪い笑いを浮かべながら、ポーラはザラを小突く。

けれども、ザラにはファーストキスを誰かに捧げた覚えなどまるっきしない。

 

「何言ってるのポーラ? 私はキス未経験よ、ポーラだって知っているでしょ? 私はキスはこれと決めた人にしたいの」

「うふふふふふふふふふっふっふ~、違うんですよ、ザラ姉様~。ザラ姉様の唇の純潔は既に奪われているのでした~」

 

ポーラがニヤニヤしながらザラを冷やかす。

だが、ザラには心底、心当たりがない。

もしや、寝ている隙に奪われたとでも言うのだろうか、そう考えるとザラの表情が蒼褪めていく。

 

「……そんな、誰が……一体」

 

どこかの誰かに奪われてしまうのであれば、せめて、せめて気になっている人に捧げたかった。

ザラの目じりに涙が浮かぶ。

 

「あ~っ! 違います違います! 勘違いして泣かないでください、ザラ姉様! ザラ姉様のキスの相手は大神さんです!!」

「提督? でも提督とキスした覚えなんてないわよ、さっきまであまり接触だって――」

 

そう言いながら、大神の顔に唇をぶつけた事が思い出される。

 

「まさか、まさか、あの時私の唇が触れた場所って――」

 

思わずザラの顔が紅に染まる。

 

「えっへっへ~、その通りですザラ姉様! 膝枕で耳掃除した後に起き上がりの大神さんとキス! これがラブラブじゃなくてなんていうんですか~」

「やっ、あの、そ、そんなのただの事故よ!」

「じゃあ~、大神さんにもそう伝えてきましょうか~、『うちのザラ姉様の純潔奪ってどないしてくれるんや』って~♪ 大神さんなら間違いなく責任とってくれますよ~、合体技できるかも」

「ダメダメダメダメ! 作戦前の大事な時期にそんな事で提督の心を乱しちゃダメ!」

 

台所から大神の部屋へと向かうポーラの服を引き止めるザラ。

 

「じゃあじゃあ~、料理の見直しお願いしても良いですか~?」

「う~、分かったわ。プリモ・ピアットはプッタネスカにして、セコンド・ピアットはアクアパッツァと子羊のグリルのりんごソースにする、それで良いでしょ?」

「おお~、ザラ姉様の得意料理の数々が! ザラ姉様本気ですね! 本気で料理を作って大神さんに褒められるつもりですね!!」

「う、うるさいっ! これから作るとなるともう時間ないんだから、気を散らさないで!!」

「は~い、夕飯が楽しみです~」

 

ザラの怒声から逃れるように、ポーラが自室に逃げ込んでいく。

これだけの料理をするとなると、時間的に余裕はもうない。

ザラは袖まくりをして気合を入れなおすのだった。

 

 

 

そして夕食時、広間に下りてきた一同はテーブルに並べられた料理の数々に驚いていた。

前菜のカプレーゼにはザラ特製のドレッシングがかけられており、その風味は食欲をそそる。

また、主菜のプッタネスカ、アクアパッツァ、子羊のグリルからは全て湯気が立ち上っており、全てを暖かい状態で提供すると言う基本にして離れ業を成し遂げている。

 

以前ザラの食事当番のときにパスタを食べたときも美味しいとは思ったけれど、ここまで料理上手だったとは。

 

「さあ、提督。みんなも料理が冷めないうちに召し上がって下さい」

 

にこりと笑うザラ。

その隣に大神が座ると、ザラはカプレーゼの美味しい食べ方から指導していく。

 

「本当だ。トマトとチーズを一緒に食べると、こんなにも口の中で広がる味が変わるなんて。美味しいよ、ザラくん!」

「どう致しまして、では、今度はプッタネスカを食べて見てください、ちょっと辛いですけど美味しいですよ」

 

腕を振るって作った料理に大神の心からの賞賛を受け、ザラはニコニコしている。

ポーラの言ったとおり得意料理であることには違いないが、それだけに大神の口に会うか心配だったのだ。

でも、この様子ではザラの心配は杞憂だったようだ。

しかし、それだけの美味なる料理を食して、ポーラが黙っている訳がない。

 

「あ~、ザラ姉様の持てる必殺料理の数々に、大神さんが奮発した良い赤ワインと白ワイン~。最高です~、パスタとお肉料理に赤ワインが~、アクアパッツァに白ワインがよく合います~」

 

赤ワインの入ったワイングラスを傍において、パスタと子羊のグリルを幸せそうに食べるポーラ。

そのあまりの美味しそうに飲み食いするさまに、他の艦娘たちも少しワインを呑みたいな、と思う。

 

「ねぇ、ポーラ……」

「ダメです~、この二本は大神さんとポーラ、あとザラ姉様だけが飲んで良いワインなんです~。すいませんが~、皆さんは私たちが二本目以降に飲む予定だったワインを飲んでくださいね~」

 

けれども、二本目とは言え大神が奮発したワインであることには違いない。

川内たちも肉料理とパスタに赤ワインを、アクアパッツァに白ワインをあわせて飲む。

 

「お、これは、確かに美味しいね!」

「ふむ、ビールとは違うが、食事によくあったワインだな。これは食が進む」

「日本酒と違い大半の料理に合う訳ではないですが、合った料理とワインもなかなかですね」

 

そんな風に全員が食事を楽しみながらワインを開けていく。

気が付けば一本二本、三本四本と空瓶が転がっていく。

全員が酔っ払いになっていく。

 

「もう流石にぐでんぐでん、今晩の夜戦練習は流石になしかな」

「お~、お酒のパワーで鬼教官を撃沈した~。やった~、今晩はもっとお酒が飲める~」

 

「うにゅー、アドミラルさん。私、もっと料理も頑張るー」

「私も負けていられないわね。明日は私がザラに負けない料理を作るわ、褒めても良いのよ」

「ビスマルク、悪い事は言わないから、それはやめておけ。アドミラルを殺す気か」

 

そんな風に食後の会話を楽しんでいる。

すると、隣のザラがそわそわとした様子で大神を見上げている。

 

「提督提督、ザラのお料理は如何でした?」

「ああ、美味しかったよ。イタリア料理楽しませてもらったよ、ありがとうザラくん」

「じゃあ、一つお願い聞いてもらってもいいですか、提督?」

「ああ、こんなに美味しい料理を食べさせてもらったからね、俺にできる事なら」

 

夕食前のお願いが耳掃除なのだから、今回もそんなに大した事はないだろう。

そう思った大神は安請け合いする。

 

「やったー! それじゃ最後にザラ特製の口直しをしますね。ちょっと目を閉じて下さい、提督」

「ああ、わかった」

 

「「「ちょっ!!」」」

 

それでピンときたウォースパイトや、ビスマルク、プリンツ、グラーフ、果ては川内、鳳翔がザラを止めようとするが、その前にザラは大神の唇に自らの唇を重ねた。

 

「――っ!?」

「提督、グラーチェでしたっ! やっぱりキスは事故じゃなくてちゃんとしたのが良いから」

 

そう言ってザラは身を翻すと酔いもあってか、足取りも軽やかに後片づけを始める。

 

 

 

そんな事もあり、翌日以降、合体技の特訓候補にザラとポーラが加わった事は言うまでもない。

そして、そんなトゥーロンでの3週間の訓練が終わった。

 

これからパリに戻り、地中海奪還作戦が始まる。

 

 

 

 

 

作戦直前の好感度一覧

 

川内    100

鳳翔    100

 

ビスマルク 100

プリン    95

グラーフ   85 

レーベ    65

マックス   55

ウォースパイト 95

イタリア   60

ローマ    50

アクィラ   60

ザラ    80

ポーラ    80

リベッチオ  60




んまぁぁぁ~い、とは言いません。
特訓で容量とりすぎて覗かせる暇がなかった(^^;
やっぱお約束として、覗かせないといけないかな。


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第十三話 14 マルタの遺志を継いで

地中海のほぼ中央、イタリア・シチリア島の南に位置するマルタ。

カルタゴ、ローマ時代から地中海貿易で繁栄した島。

 

しかし、食料自給率が20%であり、飲み水すらイタリアから購入せざるを得なかった資源の乏しさが、深海棲艦の出現後にこの島を飢餓地獄と化した。

 

マルタが所持する1600名前後の兵員と哨戒艇は瞬時に殲滅させられ、このままでは島民を待ち受けるものは飢餓に苦しんだ上での死のみ。

それでも島民は第二次世界大戦の頃を思い、数少ない飲食物を分け合い耐え忍んできた。

イタリア、イギリス、各国の支援を待ち望んで。

 

しかし、そんな彼らを待ち受けていたのは、マルタ島を地中海における拠点として使用するため、マルタ島を制圧しようと上陸を始めた深海棲艦であった。

無論、上陸する深海棲艦にとって人間は不要の長物でしかない。

そして、人間と深海棲艦に交渉の余地など存在しない。

結果、マルタに住まう人間は異物として、狩りつくされた。

マルタに住まう人々も自らの島を護る為、立ち上がりはしたが戦闘と言うほどのものすら起こらなかった。

起きたのは、ただの、一方的な殺戮。

そして、マルタ島に住まう人――40万人は、その時他国に赴いていたごく僅かな一部の者を除き、全て虐殺された。

 

これが深海棲艦によって、マルタ島で行われた虐殺である。

 

深海棲艦が出現した頃、戦力を持たぬ島国で多く見られた大虐殺の一つである。

 

 

 

苦々しげな表情をしてダニエルが怒りを噛み殺しながらマルタ島の現状を説明する。

 

「だから、今回の戦い、民間人への被害は一切考えなくて良い、生き残りの保護の事も考えなくて良い。速やかにマルタ島を本拠地とする深海棲艦を殲滅するんだ」

「しかし、誰かが生き残っている可能性は……」

 

大神も想像していた事態とは言え、あまりの非人道的な結果に怒りで声が震えている。

 

「ない。深海棲艦によるマルタ島の制圧からもう数年以上立っている。それにマルタ島の全滅に先立ってマルタ大統領から最後の電信があった、『マルタ島住民、最後の一人として各国に望む! いつの日か! いつの日かマルタを、私たちのマルタを深海棲艦から取り戻してくれ! 頼む!!』と。オオガミ、ユーはその遺志を!」

「分かった、ダニエル。マルタに住んでいた人々のその遺志、確かに受け取った! マルタは必ず開放してみせる! 川内くん!!」

「分かってるよ、大神さん! リボルバーカノンでの展開直後に合体技で殲滅するよ!」

 

ここはパリ―巴里華撃団の凱旋門支部。

リボルバーカノンは展開済みであるが、各地での戦線の状況を聞きながら、リボルバーカノンでのマルタ島への展開のタイミングを伺っている。

 

艦娘たちも今は弾頭に乗り込んでおらず、水を飲みながら訪れる戦闘のときを待っている。

 

 

 

現状、各方面の作戦経過は以下の通りである。

 

1、スペインに集結したスペイン・イギリス艦娘によるジブラルタル海峡、及び海峡に築かれた深海棲艦要塞の制圧。

 

 要塞棲姫の熾烈な攻撃により押され気味ではあるが、海での戦闘は有利に進められている。

 海を制した後の要塞への集中砲火が始まれば、形勢はこちらに傾くだろう。

 

2、フランス海軍によるサルデーニャ・コルシカの奪還。

 

 トゥーロンにおける合体技の特訓の影響で深海棲艦は著しく弱体化。

 もはや大勢は決している。

 

3、イタリア海軍によるシチリアへの侵攻。アドリア海の奪還。

 

 アドリア海の奪還は順調であるが、シチリアの侵攻に手間取っている。

 それでもシチリア北部の海戦においては優勢を保っており、このままではシチリア近傍の海は人間のものとなるだろう。

 

4、ロシア海軍による黒海・エーゲ海の奪還。

 

 展開している敵の戦力が少ない事もあり、ほぼ完遂。

 

5、トルコ海軍によるスエズ運河・運河要塞の制圧。

 

 運河要塞が頑強であり、十分な打撃を与えられず。

 対陸戦隊の再編成が必要であり、一艦隊を対陸専用に組み替え再攻勢を仕掛けようとしている。

 

 

 

順調といえば、全ての方面において作戦は順調である。

だが、マルタがまだ動く気配がない。

何故だ。これだけの艦娘による大攻勢、マルタからの各地への援軍は必要な筈。

まさか作戦を気取られでもしたか? 司令室に焦りが若干立ち込める。

 

と、司令室に電文をもって隊員が駆け込んでくる。

 

「マルタに動きあり! マルタから北、東への援軍の出撃を確認。艦隊数はそれぞれ4艦隊!」

「よし! もう少し敵艦隊がマルタを離れるのを待つぞ! リボルバーカノンによるマルタへの展開は二時間後とする! オオガミ!!」

「分かった、艦娘のみんなはリボルバーカノン射出に向けて準備を! 装備の最終確認もしておいてくれ! 今回は対陸戦が主要となる。三式弾、WG42、対陸妖精隊の準備は出来ているね?」

「「「了解!」」」

 

そして、二時間のときを待ち、大神たちはマルタ島へと射出された。

これから本当の戦いが始まる。

 

 

 

なお、各院の装備は以下の通りである。

 

第1艦隊

大神 :神刀滅却、光刀無形、光武・海F、探照灯

ビスマルク :38cm連装砲改*2、Ro43水偵、徹甲弾

ウォースパイト :38.1cm Mk.I連装砲*2、Ro43水偵、徹甲弾

イタリア :381mm/50連装砲改*2、Ro43水偵、三式弾

ローマ :381mm/50連装砲改*2、Ro43水偵、三式弾

グラーフ :Ju87C改、FW190T改、烈風、彩雲

アクィラ :流星改、流星改、烈風、烈風

鳳翔 :流星改、烈風、烈風、烈風

 

第2艦隊

川内 :15.2cm連装砲改、20,3cm連装砲(3号)、WG42

レーベ :12.7cm単装砲、WG42、対陸妖精隊

マックス :12.7cm単装砲、WG42、対陸妖精隊

リベッチオ :120mm連装砲*2、WG42

ザラ :203mm/53 連装砲*2、Ro43水偵、三式弾

ポーラ :203mm/53 連装砲*2、Ro43水偵、三式弾

プリンツ :SKC34 20.3cm連装砲*2、Ro43水偵、三式弾



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第十三話 15 深淵の門

マルタの港では西・東地中海に出した援軍の、残りの深海棲艦艦隊で防御が再編成されていた。

それが終了した頃、リバルバーカノンで射出された大神たちが展開された。

爆音が響き渡り、海面に大きな水柱が上がる。

 

 

 

「「「提督華撃団、参上!!」」」

 

 

 

見得を切って、深海棲艦の制圧以降はじめてマルタ島近傍に現れた大神たち。

しかし、マルタ島から僅かに離れた海上に大神たちを待ち受けていたもの。

それは海を覆いつくさんとばかりに防備を固めた深海棲艦の艦隊だった。

 

「アドミラル。深海棲艦の、この数は一体なんなんだ……」

 

グラーフが信じられないとばかりに、深海棲艦の群れを見やる。

間違っても、地中海各地に援軍を出した後の防備レベルではない。

その艦数は約100、信じられないことに未だ20艦隊近くの呼び戦力をマルタは所有していた。

その数、大神たち、連合艦隊の7倍以上。

10体以上の戦艦棲姫、同じく10体以上の飛行場姫、空母棲姫、港湾棲姫、集積地棲姫たち。

大艦隊と言うレベルではない防御陣。

その最も奥に地中海における敵の首領、地中海棲姫が禍々しい気配を漂わせて居た。

 

「ハハハハハ! バカドモガ、ヨクココマデ、キタナ! カンゲイスルゾ……シズメ!!」

 

明らかに少ない戦力の大神たちを見て、嘲笑う地中海棲姫。

 

「マルタは、ただの本拠地ではないのか? 深海棲艦にとってより重要な地なのか?」

 

だから、東西の地中海への援軍を減らしてでも、マルタを守ろうとしているのだろうか。

一瞬考えようとする大神、けれども考えるべき時は今ではない、頭を振って集中する。

 

「提督さん? こんな厳重な防御網どうやって突破するの!?」

「決まっている! 真正面から正攻法で薙ぎ倒す! 今の俺たちに敵の数は問題にならない!!」

 

リベッチオの問いに断言する大神。

そう、大神たちの合体技の前に、敵の数の大小ははっきり言って問題ではない。

 

「マルタを、生まれ育った地を守ろうとして散った人々の遺志に応えるためにも、この戦い必ず勝つぞ! 行くぞ、川内くん! セオリーとは異なるが、先制で決める!!」

「うん、大神さん!!」

 

伸ばした大神の手を川内が取る。

そして、合体技『初夜 は じ め て の や せ ん ♡』が十全な形で炸裂した。

 

(合体技の詳細は前回と同じ為、割愛)

 

「ナンダト……ギャアァァァァァッッ!!」

 

空戦の準備をしようとしていた敵艦隊は、不意を付かれる形で合体技を直撃させられる。

一時的とは言え、北海を丸ごと浄化するほどの攻撃を受け、耐えられる深海棲艦は殆ど居ない。

戦艦棲姫が、飛行場姫が、空母棲姫、港湾棲姫たちが一撃で浄化される。

 

拡散する光の柱が消えたとき、そこには地中海棲姫と集積地棲姫以外の深海棲艦の姿はなかった。

100体以上居た深海棲艦が、今では合わせて6体、1艦隊分しか残って居ない。

しかも全員が中破以上の損害を被っている。

 

「バ……バカナ……タッタ、タッタ……イチゲキデ」

 

ボロボロになった自分の身体を省みる余裕すらなく、壊滅したマルタ島、いや、『自分』の防御艦隊を信じられないと言った様子で見やる地中海棲姫。

その様子を見て、大神は二発目の合体技で倒すのではなく、通常戦での撃破を決意する。

拠点基地に守られたものが何なのか不明である現状、霊力は温存しておくべきだと判断した。

 

「みんな、敵首領以外の残存戦力は全て陸上型深海棲艦だ! しかも、損害以上の打撃を与えている為反撃の心配もない! 作戦『火』で確実に落としていくぞ!」

「「「了解!!」」」

 

そして、集積地棲姫を艦娘の対陸攻撃で全滅させ、地中海棲姫と相対する大神。

 

白のワンピースが無残に破れ飛び、肌を露出させている地中海棲姫。

だが、相手は地中海における拠点基地、どんな隠し手を持っているのか分からない。

相手の行動に気を配りながら、間合いを保つ大神。

やがて地中海棲姫が大神に言葉を放つ。

 

「オマエタチハ、ワカッテ……イルノカ……」

「? 何を言っている?」

「『ワタシ』ヲ……タオスコトノ、イミ……ワカッテ……イルノカ?」

「お前を倒すことで何が起きると言うのだ?」

 

問いただす大神、だが、地中海棲姫は大神の問いかけに応える事はない。

 

「ソウ……フハハハハ」

 

やがて、おもむろに地中海棲姫が笑い出した。

何も知らない大神たちを嘲笑うかのように。

 

「何故だ? 何故笑う?」

「イイデショウ……ナラ、ワタシヲ……タオシ、ゼツボウスルガイイ!!」

「大神さん!?」

 

砲撃でもなく、空爆でもなく、その身の爪を伸ばし剣として、地中海棲姫は大神に襲い掛かる。

二合、三合と大神の二刀と地中海棲姫の爪剣がぶつかり合う。

しかし、それは膂力に任せた力任せの剣撃、大神から見たら隙だらけのものでしかない。

振り下ろされる前の爪剣を弾き、大神は霊力を練り上げながら一足飛びで間合いを広げる。

そして破邪の一撃を放つ。

 

「破邪滅却! 悪鬼退散!!」

 

破邪の剣風をその身に受け、地中海棲姫は崩れ落ちる。

 

「シンエンヲ……ノゾキ……ゼツボウスルガイイ……」

 

だが、今までの深海棲艦と異なり、地中海棲姫の身体が浄化される事はない。

地に倒れた状態のまま風に晒されたままだ、後味の悪さが残る。

 

 

 

やがて、集積地棲姫と戦っていた艦娘たちが大神の下に集まってきた。

 

「提督さん、マルタ島の戦い、これで終わったのかな?」

「……大まかなところは、これで終わりだろうね。敵が全ての戦力を防御陣に宛てていたからね」

 

だが、自分で言っていて釈然としないものを感じていた。

大神の霊感は、悪しき物は一掃されていないと、未だ戦いは終わっていないと告げている。

 

「じゃあ、提督さん、この深海棲艦や島の人たちのお墓を作っちゃダメかな? 島の人たちも、この深海棲艦も野ざらしで放置するのは可愛そうに思えて……」

 

しかし、リベッチオたちにはそれは感じられないらしい。

 

「ちょっと待ってくれないかな、未だ作戦は完全には終わってない。残存戦力の確認と殲滅が必要だから、それが終わるまでは気を抜かないでくれ。その後でなら許可するから」

 

そう釘を刺して、大神はパリの方を向いて連絡を取ろうとする。

しばしの時間を置いて、公邸と凱旋門支部に通信が繋がる。

 

「ムッシュ、どうしたんだい? 敵戦力を殲滅したのかい?」

「はい。でも、何かが霊感に引っかかるんです。これでは戦いは終わりではないと。だから……」

「オーケーだ、オオガミ。霊力計でマルタ島をサーチすればいいんだな、ちょっと待ってくれ」

「敵拠点基地は破壊したのだろう? ムッシュ、何を心配しているんだい?」

「今までと異なり、破邪の技を用いても深海棲艦が浄化されていないんです。それが気になって」

「今までと違うことか、確かに気にかけるべき事だね」

 

そうしてグラン・マと会話をしていると、サーチ結果を持ってダニエルが会話に飛び込んできた。

 

「オオガミ、確かに変だ! 拠点基地を撃ち果たし、合体技で浄化した筈なのに霊力形は依然としてマイナスを示している!」

「なんだって!?」

「つまり、『敵の本当の核』は健在である可能性が高い! 拠点基地の深海棲艦はダミーだ!!」

 

その直後、大神の背後から駆逐艦たちの悲鳴が聞こえた。

 

「きゃああああああああああああっ!?」

「うわああああああああああああっ!?」

「いやああああああああああああっ!?」

 

「レーベくん、マックスくん、リベ!!」

 

慌てて大神が振り返ると、地中海棲姫の死体に近づき、手を伸ばしていた駆逐艦たちが苦悶の表情で叫んでいる。

3人の伸ばした手は指先から順に暗闇の鱗のような物で覆われていっている、まるで艦娘の光を深海棲艦の闇が食い荒らすように。

3人は急速に怨念に染め上げられようとしている。

 

「みんな、大丈夫!? 今、引き離すから!」

「待つんだ! 艦娘は地中海棲姫に近づいてはいけない!!」

 

3人を助けようとしたビスマルクを大神は制止する。

 

「どうして!?」

「君たちも同じようになる可能性が高い! 危険だ!!」

「じゃあ、どうすれば!?」

 

ビスマルクと話しているうちにも駆逐艦への怨念の侵食は進んでいる、もう一刻の猶予もない。

 

「破邪滅却! 悪鬼退散!!」

 

そう判断した大神は破邪の技を使用する。

破邪の剣風と一瞬せめぎあうが、3人の腕は元通りに戻り、地中海棲姫の身体からも怨念が一瞬留まる。

その隙に大神は3人を抱き抱え後ろへと飛びのく。

3人の身体からは怨念の汚染はもう感じられないが、体力を酷く消耗している。

もう更なる戦闘に加わる余裕はないだろう。

 

「みんな、どうして……」

「ごめん……なさい。せめて、目を開いたまま倒れている深海棲艦の目だけでも閉じようと……」

 

その間に黒く禍々しく輝き、黒光を上げる闇の塊が、地中海棲姫の身体から浮かび上がる。

 

そして闇の塊が、いや、深遠の門というべきものが言葉を発した。

 

 

 

「シンエンノ……チカラヲ……オモイシレ!!」

 

 

 

次の瞬間、欧州は闇に染まり、地中海は反転し、深淵に堕ちた。

 

 

 

 

 

拠点基地 地中海棲姫(陸上型深海棲艦)

 

耐久:800

火力:250

雷装:150

対空:150

装甲:250

 

地中海版、中枢棲姫。

陸上型の深海棲艦のため、三式弾、WG42、対陸妖精隊が特効あり。

中破(損害)以上で攻撃不可。




そろそろ気付いた人居るかな。


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第十三話 16 堕ちた地中海、狂える艦娘

深淵の門が開かれる。

そして地中海は闇に閉ざされ、怨念に満ちた世界へと反転した。

 

「こ、これは……一体、どういうこと?」

 

まだ日差しも明るい昼間であったにもかかわらず、辺り一面が闇に閉ざされた異様な状況を見て、艦娘たちに驚きが走る。

しかし、大神はこの状況下で迷うことなく、その二刀を深淵の門へと振り下ろそうとした。

この闇の塊、深淵の門こそがこの状況を作り出してる元凶と確信して。

 

「――なっ!?」

 

が、深淵の門からほとばしる怨念に阻まれ、二刀を振り下ろしきる事が出来ない。

 

「退魔の刃の頂点である二剣二刀をもってしても、切り裂けないというのか?」

 

濃縮された怨念が壁のように二刀とせめぎあっている。

二刀が軋む悲鳴を感じ取り、大神は剣を引き一度間合いを開く為に飛びのこうとする。

その隙を逃すまいと、深淵の門から出た怨念の波動が衝撃となって大神を打ち据える。

 

「かはっ!」

 

一撃。

たった一撃で、光武・海Fの霊子障壁は破られ、胸甲には大きな傷痕が刻まれた。

もう一撃受ければ装甲が持たないだろう。

 

「アドミラルさん!」

「イチロー!?」

「オオガミ!!」

 

艦娘たちは、深淵の門からの一撃を受けた大神を心配し集まろうとする。

だが、大神はそれを制止し、消耗している駆逐艦を除く艦娘に指示を行う。

深淵の門がうごめき、手らしきものがそこから現れたからだ。

 

「みんな、隊列を戦闘隊形に組みなおすんだ! 敵が、地中海における本当の敵拠点が来る!!」

 

そして、それは深淵の門を通って現れた。

 

その体長は人間と同サイズだった深海棲艦と異なり、10メートルほどもある。

恐ろしいほどの美貌を持ちながら、瘴気に満ちた微笑は耐性のないものを即座に狂気に誘う。

肌の色は白に近かった深海棲艦と異なり、海の青が混ざった蒼白。

地中海棲姫同様、ワンピースを翻しながらも、その巨大さゆえにそこには見るものを圧倒するものしかない。

一つ深海棲艦と異なるものがあるとするならば、彼女は一切の武装を纏っていない。

『深淵拠点 地中海水姫』は無手でその場に現れた。

 

「ウフフフフ……タノシイ、タタカイニ、ナリソウネ……」

 

怪しい微笑みを浮かべながら、大神たちを一瞥する地中海水姫。

だが、そこから離れた位置に消耗した駆逐艦が固まっているのを見て、地中海の各地を、各地の艦娘たちを見渡して不満そうな表情を作る。

駆逐艦を見て、何故地中海水姫が不満そうな表情をしているのか、考える大神。

その答えはすぐに出た。

 

「アラアラ……デモ、ヒツヨウナイ……モノガイッパーイ……」

「レーベくんたちを、狙っているのか!? 不味い! 狼虎滅却! 金城鉄壁!!」

 

地中海水姫はその腕を、手をゆっくりと空へと伸ばす。

庇うことでは複数対象を同時防御できない為、防御技を以って対応する大神。

 

「スコシ……マビキ、シヨウカシラ……『アビスレイン』!!」

 

そして、その手から莫大な瘴気を天へと注ぎ込む。

やがて瘴気を注ぎ込まれた天から、瘴気の塊が雨――否、弾丸のように降り注ぐ。

大神だけではない、全ての艦娘に瘴気の雨が降り注いでいる。

しかし、金城鉄壁で守られた大神指揮下の艦娘たちには瘴気の弾丸による影響はない。

 

「みんな、大丈夫か!? レーベくん!」

「うん……ボクたちも大丈夫。ゴメンね、隊長……」

「気にしないでいい! みんな、この攻撃が止んだら攻勢に転じるぞ!」

「「「了解!!」」」

 

敵の攻撃は未だ続いている為、防御技の影響下から離れて攻勢に転じる事は出来ない。

一方、戦いに参加できない、消耗した駆逐艦を間引こうとした地中海水姫は意図を遮られ若干不満そうな表情をしている。

 

「ソンナコト、スルンダー……マア、イイワ……マビキハ、ホボ、スンダシ」

「何だと? それはどういう事だ!?」

 

その答えは大神たちにも、やがて分かった。

各方面で戦っている筈の艦娘たちの悲痛な叫びによって、混乱する公邸の状況によって。

 

『いやあああああああああっ!!』

『ぐあああっ!? 何なのだ、この雨は!?』

『各地の艦娘に被害だって、何が起きたって言うんだい!?』

 

そう、この雨は、攻撃はマルタ島付近だけに行われたではない。

地中海に展開して戦う全ての艦娘に対して行われたのだ。

 

「地中海全体に対する――全体攻撃だって!?」

 

合体技でもそこまでの広範囲を同時に浄化する事は出来ない、呆然とする大神たち。

 

「ソウヨ……デモ、ソレダケジャ……ツマラナイデショ? ダカラ、オマケ」

「どういうことだ!?」

 

答えは各地の艦娘が教えてくれた。

その悲鳴に、絶叫によって。

 

『いやああああっ!? 私の、私の腕がああああああああっ!? 何で深海棲艦の腕に!?』

『助けてぇっ!! こんなの、こんなのいやぁァアハハハハッ!! サイコウノ、キブンダ!!』

『嘘でしょ!? 艦娘が生きたまま、深海棲艦化すると言うの!?』

『サア……タメシウチ、シヨウ! ネエサン!!』

『そんな! 妹を撃つなんて、出来ない!!』

 

艦娘が徐々に、場合によっては即座に深海棲艦化する、異常極まる事態によって。

 

「バカな……艦娘を、即座に、深海棲艦化させる、攻撃だと……」

 

スペインに集結したスペイン・イギリス艦娘によるジブラルタル海峡、及び海峡に築かれた深海棲艦要塞の制圧も、

フランス海軍によるサルデーニャ・コルシカの奪還も、

イタリア海軍によるシチリアへの侵攻。アドリア海の奪還も、

ロシア海軍による黒海・エーゲ海の奪還も、

トルコ海軍によるスエズ運河・運河要塞の制圧も、

 

全ての成果が混乱し狂える艦娘たちの悲鳴、絶叫の前に水泡に帰した。

 

もはや、誰の目にも明らかだった。

 

地中海奪還作戦は破綻した。

 

 

 

 

 

深淵ーエリア効果:全ての深海棲艦の能力が2倍になる。

 

 

深淵拠点 地中海水姫

 

      素    補正後

耐久:2943 → 5886

火力: 294 →  588

雷装: 294 →  588

対空: 294 →  588

装甲: 294 →  588

 

特殊攻撃

アビスレイン   :火力100の『地中海全体』への全体攻撃。

          この攻撃を受けた艦娘は、徐々に深海棲艦となる。

          この攻撃で大破以上の損害を受けた艦娘は、即座に深海棲艦となる。

 

真の地中海の拠点基地。

陸上型深海棲艦ではないため対陸装備の特効なし。




地中海における真のボス登場。
ちょっと能力盛りすぎたかも、反応が怖い。

あと、ヒント:深淵の門→(直球直訳)→アビスゲート


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第十三話 17 震えよ天、地よ動け

大変長らくお待たせしました。


「サア、マビキカンリョウ……ウフフ、タノシミマショウ!」

 

あまりの事態に驚愕する大神たち。

それをよそに、地中海水姫は大神たちへと相対しようとする。

瞬時に思考を切り替える大神。そう、今は戦うべきときだ。

 

「欧州のみんなは砲撃戦を開始してくれ! 川内くん、俺たちは至近距離で敵の攻撃を惹き付けながら戦うぞ!!」

「了解!!」

 

その一声を以って、地中海水姫との戦闘が始まる。

だが――

 

「主砲直撃したわ! ――そんな無傷ですって!?」

「せいっ! ――なに?」

 

しかし、地中海水姫に対する攻撃は、まるで霧を相手にするかのようで、砲撃を以ってしても、二刀による一撃を以ってしても直ぐ元の姿へと戻ってしまう。

有効打を与えられているのか判断が付かない。

 

「アハハハ……ナニヲシテイルノカシラ?」

「きゃあっ!?」

 

そして、敵の手がゆっくりと振り下ろされる、その対象は――ウォースパイトだ。

単体攻撃であるのなら、大神が庇うことでその攻撃を無効化する事が出来る。

だが、その一撃で地面に大きなクレーターが出来、ウォースパイトは艤装の座から投げ出された。

 

「いやっ、離して! あぁ-っ!!」

 

ウォースパイトはそのまま敵に掴まれる。

次の瞬間、ウォースパイトは敵の怨念に汚染されようと――

 

「破邪滅却! 悪鬼退散!!」

 

いや、大神が放った破邪の剣風が敵の手ごとウォースパイトの汚染を食い止める。

 

「大丈夫か、ウォースパイトくん!」

「ええ、ごめんなさい……イチロー」

 

宙から落ちようとしたウォースパイトを大神は横抱きに抱え、間合いを取る。

 

「フフフ、ソンナコトモデキルノネ……ナラ、コレハドウカシラ? 『アビスウェーブ』!!」

 

どうやら単体攻撃では大神に庇われると判断した地中海水姫は、怨念の波動を全方位へと放つ。

先程、光武の霊子障壁を破壊した一撃だ。

駆逐艦や艤装から離れたウォースパイトは耐えられないだろう。

 

「全方位攻撃か? なら、狼虎滅却! 金城鉄壁!!」

 

防御技をもって対応する大神。

だが――

 

「ソウクルトオモッタワァ……ジャア、モウイチド……『アビスウェーブ』!!」

「なにっ?」

 

大神が反撃に転じようとしたところで、再度地中海水姫の全方位攻撃が放たれる。

これでは、大神は防御技を撃つ事しかできない。

 

「『アビスウェーブ』!!」

「くっ!!」

 

続けざまに全方位攻撃が放たれる。

防御技を以って対応しているため、艦娘には被害はないが、大神は他に何もする事が出来ない。

 

「イチロー! みんな呆けてないで、反撃するわよ!!」

「ごめんなさい、ビスマルク姉さま! Fire!!」

 

大神の防御技で守護られている艦娘たちが砲撃を加えるが、やはり霧や霞を相手にしているようで有効打を与える事は出来ていないようだ。

 

『何故だ? 何故彼女たちの砲撃が全く利かない? MIでの中間棲姫も打撃自体を与える事は出来た筈だ!?』

 

防御技を発動させながら、大神は必死に考える。

 

「No! まるでMistのようだわ――」

『まるで霧や霞――もしや、地中海水姫は実体ではないのか?』

 

ウォースパイトの零した言葉に思考を巡らせる大神、確かにそう考えれば、納得はいく。

破邪の剣風に対して一度は雲散霧消しながらも、怨念の流入がなく手が再生した事も頷ける。

もともと地中海水姫の姿は実体ではなく、写し身のようなものなのだ。

 

『なら―』

 

ならば霊力で写し身をまとめて吹き飛ばせば、深淵の門、そしてそこから現れたものの実体を露にする事も出来るだろう。

 

「大神さん、何か打つ手はないの? このままじゃジリ貧だよ!!」

「手がないわけじゃない――だが、こうも全方位攻撃を連発されたら攻勢には、くっ!」

「アハハハハ! ソノ、クルシソウナカオ! イイワァ!!」

 

そう、大神には一つだけ打つ手はある、だが今、この状態では使うことは出来ない。

地中海水姫の哄笑がマルタ島に響き渡る。

 

このままでは、やがて大神の霊力も尽き――

 

「ナニ?」

 

 

 

そう考えた大神の眼前で、地中海水姫の巨体が爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

深淵拠点 地中海水姫の、たった一度の攻撃で壊滅した地中海の艦娘による戦線。

その凶報を聞き、パリの公邸は混乱の真っ只中に叩き落されていた。

 

「ジブラルタル海峡制圧に向かった艦娘の25%が通信途絶! 残った艦娘からの連絡によると深海棲艦化した模様! 深海棲艦と併せ攻撃を受け、戦線はもはや崩壊しています!!」

「サルデーニャ・コルシカ方面も同様、フランス艦娘の被害は50%を越えています!」

「シチリア、アドリア海、黒海・エーゲ海、スエズ運河も、同様です!!」

 

次々と飛び込んでくる凶報に欧州首脳陣の表情が苦悩に歪む。

そこからもたらされる、推察される敵の戦力は常に行われていた制海権を得るために行われた戦いのものとは文字通り桁が違っていた。

 

「……まさか、深海棲艦の真の戦力がこれほどのものとは」

 

誰かが放ったその一言が、首脳陣のタガを外す。

動揺の波が首脳陣に広がっていく。

 

「一撃で壊滅だと? 艦娘はこの程度の戦力でしかなかったのか!?」

「我々は深海棲艦に弄ばれていたというのか!」

「クソッ!! 奴らがその気になれば人など! 容易く皆殺しに出来るというのか!!」

 

口々に絶望を口にする欧州首脳陣。

人によっては神に祈りを捧げ、頭を掻き毟り、また人によっては壁を、机を殴りつけるものさえ出始めた。

艦娘だけではなく、首脳陣にも諦めが満たされようとしていた。

 

しかし、その状況において、凛とした声が首脳陣の行動を抑止した。

 

「落ち着きなさい!! まだ! まだ私たちは負けちゃ居ないよ!!」

 

そう、その中において、一人だけ冷静さを保ち続けた者がいた。

無論、グラン・マである。

 

「だが、イザベラ大統領。この状況でどうやってまだ戦えと言うのだ!」

「戦線は壊滅、艦娘の被害は50%以上!! もうこの戦いは敗北したも同然だ!!」

 

欧州首脳陣にはこの環境を覆す手など思いつかない。

しかし、怪人による、そしてオーク樹によるパリ破滅の危機を乗り切った巴里華撃団には、グラン・マには、まだ望みがある。

東方から来た希望、黒髪の貴公子が。

 

「忘れちゃいないかい、マルタへ向かったムッシュたちは、あの一撃に対しても被害を受けていない! ムッシュは、イチローはまだ戦える! なのに、尻尾を巻いて逃げると言うのかい!」

 

グラン・マの声にはっとさせられる欧州首脳陣。

そうだ、マルタへと向かった大神たちの精鋭部隊は先程の一撃に対しても無傷で耐えてみせた。

彼なら、彼ならば、或いは。

 

首脳陣の目に希望の光が灯る。

彼らとて、深海棲艦との戦いをただ繰り広げていた訳ではない、その鉄の意志に熱さが戻る。

ならば自分たちがすること一つしかない。

 

「しかし、ならばせめて彼に支援を送る事は出来ないのか!?」

「艦娘による支援はもはや不可能なのか?」

「いや各基地に連絡だ! 敵拠点から帰還した基地航空隊をマルタへと向かわせるのだ!」

「我らの誇りにかけて、東方から来た彼一人に全てを背負わせはせんぞ!!」

 

活気付く公邸、もうそこには国と国の打算など存在しなかった。

全ての人間が欧州のため、大神を支援しようとしていた。

 

「敵拠点の艦娘たちは撤退! あと、公邸のこの状況を欧州中に流すよ、国を越えたこの想い、ムッシュなら力に変えられる筈!! ダニエル大佐!!」

 

『了解。各国の基地航空隊が到着するまで、リボルバーカノンによる支援砲撃を行う!! 今度は我々が貴公を助力する番だ、友よ!』

 

 

 

 

 

通常の深海棲艦より遥かに大きなそのサイズが災いし、リボルバーカノンによる極大の弾丸の直撃を受け、炎に包まれる地中海水姫。

 

『リボルバーカノンを今回の戦いに望み改修したのは、貴公らをマルタに送り届けるためだけではない! 艦娘では不可能な超長距離支援砲撃を行うためだ!! 霊力はなくともこの質量のシルスウス鋼弾、この炸薬を持ってすれば、敵の動きを押し留める事位は出来る!!』

「ダニエル?」

『地中海水姫に打つ手があると言ったな、オオガミ! ならば、その為の時間を我々、巴里華撃団が稼ぎ出そう!!』

「分かった! みんな支援砲撃に併せて、攻撃を再開してくれ!」

 

ダニエルとの通信を止め、艦娘たちに指示を再開する大神。

 

「イチローは?」

「俺には打つ手が――いや、やらなければならないことがある! みんな、俺が霊力を高めるだけの時間を稼いでくれ!」

「「「了解!!」」」

 

その間も次々とリボルバーカノンの直撃を受ける地中海水姫。

数メートルの弾丸の直撃を受けながら、その身には傷一つ付いていないが、爆炎に包まれる度に行動を阻害される。

 

「クッ……オロカナ! クウバクタイ、モクヒョウヘンコウ! ガイセンモンヲ、ネラエ!!」

 

リボルバーカノンに、艦娘たちに、行動を阻害され、怒りが昂ぶった地中海水姫は指示を出す。

その指示に従い、本来公邸を狙うはずであった深海空爆隊は凱旋門へと殺到する。

 

『深海航空戦力をパリ上空に確認、空爆隊の狙いは――凱旋門、リボルバーカノンです!!』

「もういい! 凱旋門支部からの撤退を! ダニエル!!」

『了解だ、オオガミ! 凱旋門支部、総員撤退!! ……ミーを除いてな』

 

大神の声に答え、凱旋門支部の人員へと命令を出すダニエル。

 

「ダニエル?」

『リボルバーカノンの狙いを定め、撃つ人間が一人は必要だからな。時間を稼ぐと言ったからには必ず稼ぐ!』

 

凱旋門支部から人がいなくなる間も、ダニエルは一人司令室でリボルバーカノンを発射し続ける。

その一撃の度に深海空爆隊が凱旋門へと近づいていく。

 

『欧州の未来を! 頼むぞ、オオガミ!!』

 

ダニエルが最後の連絡をすると同時に、深海棲艦による空爆がリボルバーキャノンへと為される。

爆撃音と同時に凱旋門支部からの音声が途絶える。

 

「イチロー、凱旋門支部との通信途絶!」

「ダニエルーっ!!」

 

そう、良き友となる筈だった男の名を呼びながらも、大神はその刃を構え、霊力を至高の域までに練り上げる。

友が、欧州の人々が作ってくれた地中海水姫の隙を一瞬たりとも無駄には出来ない、と。

 

「みんな、いくぞ!!」

 

二刀を十字に構えた大神が艦娘たちへと呼びかける。

 

 

 

「イチロー!!」

 

ビスマルクが、

 

「アドミラールさん!!」

 

プリンツが、

 

「オオガミ!!」

 

グラーフが、

 

「提督!!」

 

レーベが、

 

「提督!!」

 

マックスが、

 

「イチロー!!」

 

ウォースパイトが、

 

「提督!!」

 

イタリアが、

 

「提督!!」

 

ローマが、

 

「提督!!」

 

アクィラが、

 

「提督!!」

 

ザラが、

 

「大神さん!!」

 

ポーラが、

 

「提督さん!!」

 

リベッチオが、

 

自らの霊力をオオガミへと送り届ける。

それだけではない。

巴里華撃団が、そしてパリに、欧州に住まう全ての人々の願いが、想いが大神へと送り届けられる。

 

 

 

この想いをもって、震えぬ天があるだろうか。

 

 

 

「狼 虎 滅 却 !!」

 

 

 

動かぬ地があるだろうか。

 

 

 

いや、存在しない、存在するわけがない。

 

 

 

もし動かぬと言うのなら――この一撃を以ってその理を覆すのみ!!

 

 

 

「震 天 動 地 !!」



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第十三話 18 戦いの趨勢

「狼虎滅却! 震天動地!!」

 

艦娘の霊力を、欧州の人々の願いを受け、天が震えんばかりの裂帛の気合を込めて大神の二刀が振るわれる。

それはかつて太正時代において、大久保長安の怨霊に奪われた空中戦艦ミカサの砲弾さえ切り捨てた、大神の奥義中の奥義。

大神一郎の持つ多彩な技の中でも秘奥義といっても過言ではない。

 

「バカナ……」

 

その一撃は果たして、地中海水姫の巨体をも吹き飛ばし、全てを雲散霧消させる。

そして、深淵の門のあった地点には一人の深海棲艦、欧州の全ての深海棲艦を束ねていた深淵旗艦 欧州水姫の姿が残されていた。

 

「ソンナバカナ……ワタシガ、オロカモノタチゴトキニ……」

 

剣とも弓とも付かない装備を持ち、エイのような新型艦載機を従わせた欧州水姫は、大神たちを睨み付ける。

 

「コンナコトマデ、シテモ……モウ、ムダナンダカラッ!!」

 

その言葉と共にその装備を持ち上げる欧州水姫。

多数の新型艦載機たちが装備から射出され蠢き始める。

 

「無駄などではない! みんな、あれが地中海――いや、欧州の深海棲艦を束ねる要の旗艦だ!!これで戦いを終わらせる、行くぞ!!」

「「「了解!!」」」

 

大神の声に艤装を構えなおす艦娘たち。

そこに欧州の各基地から到着した基地航空隊の攻撃が行われようとする。

 

『待たせたね、ムッシュ! 遅れてしまったけど、欧州基地航空隊はムッシュを支援するよ!!』

「グラン・マ! 鳳翔くんたちは基地航空隊と力を併せ航空戦を頼む、制空を掌握してくれ!!」

「分かりました! グラーフさん、アクィラさん、ここが正念場なのです!!」

 

大神の声を受け、航空母艦たちに檄を飛ばす鳳翔。

このために、トゥーロンで訓練を行ったのだ。

 

「了解だ、全艦載機、発艦始め!! 敵艦載機を蹴散らすぞ!!」

「攻撃隊各機、カタパルトへ! 一斉射出するわ! 今度ばかりは真面目にやるわよ!!」

 

訓練の末、日本の艦載機も自らの国のものと同様に扱えるようになったグラーフとアクィラが、鳳翔と同様に艦載機を射出し、基地航空隊と併せ敵艦載機群との航空戦を演じる。

常であれば、この航空戦が終了した後に砲撃戦が開始となるだろう。

 

「今ならば、欧州水姫の意識が航空戦にも割かれている。攻めるなら今を以って他にはない!」

「クッ、ココデムダニ……シニナサイ!!」

 

だが、もはや欧州水姫と大神たちの距離はないに等しい。

航空戦の終了を待たずして、両者は激突する。

 

「クラエ!!」

 

欧州水姫に、接近戦を仕掛けようとする大神と川内。

いや、此度の攻撃にはレーベたち駆逐艦、プリンツたち巡洋艦も加わっている。

 

「させるものか!!」

 

欧州水姫の刃が川内に振り下ろされようとするが、それを大神は二刀で受け止める。

両手で構えた剣を防がれ、欧州水姫に決定的な隙が現れる。

 

「みんな、訓練でやった通りいくよ!!」

 

その隙を逃してなるものかと、川内が片手に小刀ではなく魚雷を持ち、欧州水姫の首筋に魚雷を叩きつける!

 

「コノテイドデ!!」

「まだまだ、これで終わりじゃないよ!!」

 

そして、魚雷が炸裂する一瞬前にその場から一足飛びで離れつつ、砲撃を首筋に行う。

両者の連携攻撃が相乗効果を引き起こし、欧州水姫に僅かながらとは言え打撃を与える。

 

「ガッ!?」

 

この連携攻撃によって、川内の攻撃力は昼戦でありながら一時的に夜戦火力に肉薄する。

これこそが、川内たちがトゥーロンでの訓練の末に獲得した特殊攻撃法――

 

「昼間夜戦術――大神さんのためなら、もう昼も夜も関係ない! 私は、私に出来る全ての力を大神さんに捧げる! 全力で戦う!」

「ワタシだって川内さんには負けないもん! アドミラールさん!」

 

欧州水姫の隙を付き、川内に続きプリンツたちが昼間夜戦術を仕掛ける。

次々と全身に攻撃を受けダメージが蓄積していく欧州水姫。

 

「クソッ! オロカモノドモガ! カンムスドモガーッ!! 『アビスレイ――」

「その手は二度と食わない!! 狼虎滅却 紫電一閃!!」

 

大神から間合いを取り、全体攻撃をしようとする欧州水姫だったが、大神はそれを許さない。

霊子タービンで亜音速に加速しながら、大神はすれ違いざまに全力の斬撃を欧州水姫に叩き込む。

 

そして、航空戦を終えた各艦の攻撃隊の爆撃が、基地航空隊の攻撃が欧州製姫へと殺到する。

 

「ガアアアッ!! デモ……オマエタチニハ、ワタシヲタオスコトナド……デキナイ!!」

 

それでも膝を突くことなく剣を振りかぶる欧州水姫。

確かに大神たちの攻撃はダメージとして欧州水姫に蓄積されては居る。

しかし、決定打とはなっていない、このままでは撃破は難しいだろう。

 

この戦いを終わらせられる攻撃があるとするならば――

 

「破邪の一撃を以ってするしかない! 破邪滅却――」

 

大神が二刀を構え破邪の剣風を放とうとする。

しかし、既に剣を振りかぶっていた欧州水姫のほうが早かった。

 

「オソイ! 『アビスウェーブ!』」

 

剣を振り下ろした欧州水姫から全方位へと、怨念の波動が放たれる。

艦娘たちの被害を考え、大神はこのまま破邪の一撃を放つ事に一瞬躊躇する。

だが、ここで一度守勢に回れば今までの努力は水泡となりかねない。

 

「イチロー! 私たちの事はいいから欧州水姫にとどめを!! 私たちだって艦娘、敵の一撃くらいみんなで耐えて見せるわ!!」

 

そんな大神にビスマルクが声をかける。

ビスマルクのそれは100%強がりだと、大神にもわかっている。

だが、この瞬間を以って他に必殺のチャンスはない、大神は決断する。

 

「分かった、ビスマルクくん! 行くぞ、欧州水姫!! 破邪滅却! 悪鬼退散!!」

 

大神の二刀から放たれた破邪の剣風。

だが、それは欧州水姫の怨念の波動を打ち消し進みながらも、その威力を減じさせてしまった。

このままでは、この一撃は必殺のものとはならない。

欧州水姫にとどめを刺す事は出来ない。

 

その事を悟った欧州水姫が再び剣を振りかぶりながら笑い声を上げる。

 

「アハハハハ! オマエタチノ……マケダ!!」

 

流石に怨念の波動を二発も食らえば、艦娘たちはただではすまない。

しかし、アビスウェーブを放とうとした欧州水姫に、巨大なシルスウス鋼弾が直撃し爆炎がその身を包む。

 

「ナニ……マサカ!?」

 

この砲撃を放てる施設は一つしかない、そうリボルバーカノンしかない。

半壊したリボルバーカノンと凱旋門支部、その司令室にその男は居た。

血まみれになり、一度は意識を失いながらも再度リボルバーカノンを発射してのけたダニエルが。

 

『いいや、ミーたちの!!』

「そう、俺たちの勝ちだ!!」

 

今こそと、大神は霊子タービンをフル稼働させて自らの放った剣風に向かっていく。

そして、その身を破邪の剣風に同化させる。

一時的に飛躍的に出力の増した霊力に大神の身体が、光武が、そして二刀が悲鳴を上げる。

だが、チャンスは今しかない。

 

「おおおぉっ!」

 

幾度の戦いで磨き上げられた戦士の勘が、敵の攻撃にも減じない必殺の一撃とは何か指し示す。

その勘に従い、大神は二刀を逆手に構える。

 

「ナニィッ!?」

 

そして、二刀を以って破邪の剣閃を繰り出す。

二刀を振り下ろす事で放たれた破邪の剣風と、二刀を振り上げる事で生じた破邪の剣閃は、合一し一つの破邪の一撃と生まれ変わり、欧州水姫へと炸裂する!

それは並び立つもののない程の至高の一撃と化す!!

 

「破邪滅却! 無双天威!!」

「キャアアアァッ! ワタシは……もう……沈まない!」

 

破邪の一撃によって半ば浄化されながら、艦娘の姿を半ば取り戻しながらも、その身に宿す深淵の門によって再び欧州水姫の姿へと戻ろうとする艦娘。

今こそ全てを浄化するべき時、大神は決意し彼の人へと手を伸ばし、名を呼んだ。

 

「―――――くん!!」




欧州水姫のグラは欧州棲姫に準じます。
新規デザインまで考えるのは流石に無理です(^^;

みんなに見せ場をとか考えてたら、戦闘が別の意味で悲惨な事にw
フルボッコとか言わないでねw

後、今回に関しては次回の合体技相手をアンケートで決めます。
詳細は活動報告にて。


ボソ……元ネタ、ストラッシュクロス


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第十三話 19 あなたの全てを感じたい

何も付け足しません。
ただ甘さを堪能あれ。


大神が名を呼び、手を伸ばした相手。

それは――

 

「ビスマルクくん!!」

 

大神がはじめて欧州で出会った艦娘、ビスマルクであった。

 

「え、私? 私なんかでいいの? だって私との訓練は――」

 

だが、ビスマルクは自分が選ばれた事が信じられなかった。

何故ならトゥーロンでの大神と合体技の特訓は失敗続きだったのだ。

目の前に差し出された大神の手を呆然と見やり、恐る恐る手を伸ばすビスマルク。

 

「ああ、ビスマルクくん。君じゃなければダメなんだ!」

「キャッ!?」

 

そんなビスマルクの手を握ると、大神はビスマルクを自らの元へと引き寄せる。

か弱い乙女のように、そのまますっぽりと大神の腕の中に収まるビスマルク。

そんなビスマルクを大神はギュっと抱き締める。

 

「イ、イチロー……」

 

少し視線を上げる、ただそれだけでビスマルクの視線は大神の視線と絡み合う。

大神の瞳の中に自分の姿が見える、きっと自分の瞳にも大神の姿が映っているのだろう。

一瞬が永遠のようにさえ感じられる、戦いの中だと言うのに大神のことしか見えない。

考えられない。

 

「俺の鼓動、感じるかな?」

 

そう優しく微笑んでビスマルクに問いかける大神。

自分を改めて省みる必要なんてなかった。

ビスマルクは大神の鼓動だけではなく、その吐息を、存在を、霊力を感じていた。

もうビスマルクを構成する全てが、髪の毛一本に至るまで、大神で埋め尽くされてしまいそうだ。

なのに、その事がビスマルクは嬉しくて仕方がない。

目の前の大神が狂おしいほどに愛しくて、その腕の中に居る事が幸せで仕方がない。

 

「ええ、感じるわ……イチローの鼓動を、存在を、霊力を。ねぇ、イチロー、私の鼓動は? 感じてくれてる?」

 

僅かな不安を視線に乗せ、大神へと問いかけるビスマルク。

 

「ああ、感じるとも。ビスマルクくんの鼓動だけじゃない。存在も、霊力も、髪の甘い匂いも、肌の柔らかな感触も、ビスマルクくんの全てを感じるよ」

「ヤダ、イチロー……恥ずかしいわ…………」

 

大神にそう囁かれて、顔を朱に染めたビスマルクは大神に背を向ける。

けれども――

 

「逃がさないよ。『俺の』ビスマルク」

 

大神は更に力強くビスマルクを抱き締める。

もちろんビスマルクは抵抗なんて出来る訳がない。

ああ、全身から力が抜けていく、幸せすぎて天にも昇る心地だ。

 

「やぁっ、そんな風に呼ばないで…………恥ずかしくて、恥ずかしすぎて、もうイチローの顔を見れないわっ」

「それは困るかな……よっと」

 

大神は力が抜けたビスマルクの身体を腕の中で回転させる。

再びビスマルクと大神の視線が絡みあう。

 

「ダメぇ、イチロー……みないでぇ…………」

 

ビスマルクは目を背けようとするが、言葉とは裏腹にこの時間が愛しくて惜しくて視線を逸らすことができない。

でも、恥ずかしくて、顔を朱に染まる事を止められない。

そんな矛盾した様子が思春期の少女のようで、愛らしくて、愛しくて、大神はビスマルクから視線を離さない。

 

「可愛いよ、ビスマルクくん」

「イチロー、いじわるしないでぇ……」

 

声をかけるたびにビスマルクの紅潮は激しくなる。

と、大神は先程自分の言った事が一つ間違っている事に気が付いた。

 

「ビスマルクくん、ごめん。君の全てを感じるって言ったけど訂正するよ、一つだけ足りてないものがあった」

「えっ?」

 

そんな、これ以上のものが、幸せがあると言うのか。

脳裏に描くだけで、想像するだけで、

 

「そんなの……私……死んでしまうわ…………」

 

呟くビスマルク。

その唇が小さく、しかしだからこそ艶かしく動く。

誰にも奪わせてなるものか。

 

「大丈夫だよ、君は死なない、絶対に死なせない。だから――」

「――だから?」

「それを今から貰うよ、ビスマルクくん」

 

そう言うと、大神はビスマルクの唇を奪った。

 

「――っ!?」

 

それは本当に一瞬の出来事で、ビスマルクが驚きで目を丸くするよりも早く終わる。

 

「ごちそうさま、ビスマルクくん」

 

大神がそう言ってやっと、ビスマルクは自分の唇に手をやる。

僅かな間ではあったが、重なり合った二人の唇の大神の唇の感触を求めて。

指で触れてみて、確かに二人の唇が重なった事に、キスした事を実感するビスマルク。

それで、大神が言っていた足りていないものとは何かようやく分かる。

けれども、一つ。

ビスマルクには感じられなかった、大神の全てを感じるために必要なものが。

 

「……ずるいわ、イチロー」

 

一滴、ビスマルクの瞳から涙が零れ落ちようとする。

けれども、一瞬早く大神の唇がその涙を掬い取る。

ああ、まただ。

 

「ずるいわ、イチローだけだなんて。私もイチローの全てを感じたいの。だから欲しいの――イチローの……」

「俺の? 何が欲しいのかな?」

 

僅かに意地悪げな笑みを浮かべる大神。

もしもここが日本であれば、言葉に詰まる艦娘も居たかもしれない。

だが、ここは欧州で、大神が抱きしめているのは、ビスマルクだった。

だから――

 

「イチローの、唇が、欲しいの――キスしたいの」

 

ビスマルクは躊躇わなかった。

 

ゆっくりと目を閉じると、大神へと更に身を寄せるビスマルク。

目を閉じていても分かる。

大神もまたビスマルクに顔を近づけて――

二人の唇が重なっていく。

 

「「ん……」」

 

二度目の、けれども初めて感じるキスの味。

それは砂糖菓子のように、甘く甘くビスマルクには感じられた。

 

 

 

 

 

『キスの味 ~あなたの全てを感じたい~』



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第十三話 20 欧州開放

ゆっくりと口付けを交わした大神とビスマルク。

二人から放たれた清らかなる金色の霊力の波動は、欧州水姫の体内に存在する深淵の門から放たれる怨念の波動と一瞬せめぎあう。

だが、破邪の一撃により弱まった深淵の門は二人の合体技に抗する事は出来なかった。

漆黒の深淵の門は浄化・破壊され、完全に閉じられる。

マイナスの想念の、怨念の供給を断たれ、欧州水姫は完全に浄化し一人の艦娘としての姿を取り戻すのであった。

 

「まさか、アークロイヤル!?」

 

未だに二人の世界を作っている大神とビスマルクをいい加減止めようとしたウォースパイトだったが、欧州水姫から転じた艦娘の姿に見覚えのあったウォースパイトは一先ず彼女を地に倒れ伏さないように受け止める。

その様子に気が付き、大神も流石に我に返った。

それでそろそろビスマルクから離れようとしたのだったが、

 

「ん……」

 

ビスマルクは大神の頭を完全にホールドし、キスをしたまま離れようとしない。

完全に精神が蕩け切ってしまっている様だ。

 

『ビスマルクくん?』

 

常とは逆にビスマルクに口封じされ、言葉を放てない大神ではあるが、その慌てている様子は周囲の艦娘にも伝わる。

 

「アドミラールさん? あの~、ビスマルク姉さま、そろそろ……」

「……ん?」

 

プリンツの呼びかけに、流石にビスマルクの瞳にも正気の色が戻る。

だが、

 

「んー」

 

ビスマルクはそれでも離れようとはしない。

これ以上の好機はないのだと、大神の唇を貪る。

 

「んん…………」

 

ここぞとばかりに大神の唇を堪能するのだと、いや、さらに堪能しようと舌を絡めようと――

 

「ビスマルク、いい加減にしろ!」

「あいたっ!」

 

どこからともなくスリッパを取り出したグラーフがビスマルクの後頭部を引っ叩いた。

それでようやく二人は離れたのだった。

その後正気に戻ったビスマルクをとっちめた上で、勝利のポーズを決める大神たちであった。

 

 

 

そんなマルタ島でのやり取りをさて置いて、深淵の門が閉じたことによって欧州は大きな変動を迎えようとしていた。

マルタ島での戦いを見守っていた首脳陣に、パリの公邸に次々と速報が飛び込んでくる。

 

「撤退していた艦娘に追撃をかけていた深海棲艦が、一人残らず浄化されていきます!!」

 

それは劇的な変化であった。

 

「ジブラルタル海峡の深海棲艦が次々と浄化されていきます! 深海海峡要塞も消失を確認!!」

「サルデーニャ・コルシカからの深海棲艦の消失を確認! 一人たりとも姿を確認できないとの事です!!」

「シチリアも同様です! アドリア海からも深海棲艦の反応を感じずとの事!!」

「黒海・エーゲ海も同じく!」

「スエズ運河要塞も、もう守る深海棲艦は居ないとの事です!」

 

それだけではない。

 

「先の地中海水姫の攻撃で深海棲艦と化した艦娘が、再度浄化! 元の姿と意識を取り戻しているそうです! 一体何が起こっているのですか!?」

 

朗報である事には違いない、だがあまりにも急激な状況の変化に戸惑う公邸。

 

「イザベラ大統領? 一体、何が起こっているのかね?」

「これは、深淵の門とは、そう言うものだったのかい……」

 

そう、深淵の門はただの拠点ではない、拠点を守る要でもない。

深海棲艦を深海棲艦足らしめる、艦娘を汚染し深海棲艦へと変える力の全ての根源であったのだ。

力の根源であったが故に、制海権を握るための戦いとは比較にならない程の戦力が配されていた。

しかし、それ故に力の根源を失った地中海の深海棲艦は一人残らず全てが浄化され、艦娘としての姿を、意識を取り戻していった。

 

「イザベラ大統領! ノルウェーなど北欧から連絡です! 各地から深海棲艦が――」

 

いや、それは地中海だけに限った話ではない。

 

先の戦いで浄化された北海も、

 

黒海も、

 

エーゲ海も、

 

アゾフ海も、

 

バルト海も、

 

アドリア海も、

 

バレンツ海も、

 

ノルウェー海でさえも浄化されていく。

 

そう、欧州に接する全ての海が浄化される。

 

欧州の、全ての海から深海棲艦が消えて行く。

 

 

 

「ムッシュ、あんた達やったんだね……やり遂げたんだね…………」

 

 

 

もはや、疑う余地は存在しない。

 

誰もが声高々にこう言うであろう、喝采を上げるだろう。

 

 

 

 

 

今、この瞬間を以って、

 

 

 

 

 

欧州は深海棲艦の脅威から開放されたのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※今後の欧州の艦娘の好感度について

 

深淵の門の破壊、欧州開放による好感度上昇が+50となります。

と言う事で欧州の艦娘は一人残らず好感度50からのスタートとなります。

これは今後艦これ本編に出てくるであろう新艦娘についても全てに適用されます。

勿論ビスマルクたちにも適用されます。

深海棲艦化していた艦娘については、深海棲艦からの浄化により更に好感度+45となります。

よって、欧州の艦娘でかつ、深海棲艦となっていた艦娘については好感度95からのスタートとなる訳です。

ガングートはどう扱うか迷いましたが、本来の戦場は欧州方面だったと聞いてるので欧州艦扱いとします。

 

……とまあ長々と書きましたが、新艦娘を含め欧州艦娘の13話終了時の好感度をまとめるとこうなります。多分、こっちのほうが分かりやすいかと。

 

 

(既登場艦)

ビスマルク   100

プリンツ    100

グラーフ    100

レーベ     100

マックス 100

ウォースパイト 100

イタリア 100

ローマ     100

アクィラ    100

ザラ      100

ポーラ     100

リベッチオ   100

ゆー      100

 

 

(未登場艦)

コマンダンテスト 50

リシュリュー   95

アークロイヤル  95

ガングート    95

ルイージ     95

 

 

(今後出てくるであろう全ての欧州艦娘)

深海棲艦化しておらず 50

深海棲艦化していた  95




欧州の艦娘、ほぼ全員がいろんな意味で危険領域。
やばいぞ、どうする!? 有明鎮守府!?


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第十三話 終 真なる戦いの幕開け、新たなる決意

地中海の深淵の門を巡る戦いが人類と艦娘の勝利に終わって、一週間の時が過ぎた。

 

戦いのさなか、地中海水姫により大打撃を受けた艦娘たちであったが、最終的に終わってみれば、本当の意味での死者は0。

むしろ欧州の全ての艦娘が深海より解放された事により、戦力的には大幅なプラスとなった。

 

また恐る恐る行われた、深海棲艦が制海権を握っていた海域の調査においても、欧州に接する海に関しては深海棲艦は完全に確認されず。

アイスランド、フェロー諸島、スヴァールバル諸島との交信も再開し、ゼムリャフランツァヨシファへの再調査も行われる事となった。

地中海を介した北アフリカとの本格的な海上輸送や、交易も再開され、人々は活気付いていた。

 

一部、住民を虐殺され深海棲艦に奪われていた諸島の帰属に関しては国同士の利権が対立する地域も出ていたが、パリ公邸において行われた会議により深海棲艦が現れる以前の領土を以って帰結する事となった。

 

そう、地中海での戦いにより、絶望の中を戦い抜いて欧州に住まう誰もが感じたのだ。

もはや人類で利権を巡っている、争っている状況ではないと。

艦娘だけに戦いを任せ、策謀をめぐらしている場合ではないと。

 

もしも、ビスマルクたちを指揮していた者が大神一郎でなければ、全ての艦娘は地中海水姫、深淵の門により堕し、欧州全てが深海棲艦に支配される事となっていただろう。

そして、もしも凱旋門支部を指揮するものがダニエル・ベルモンドでなければ、大神たちへの航空支援は間に合うことなく、孤立無援のまま地中海水姫との絶望的な戦いの末に果てていただろう。

 

大神とダニエルが互いを信頼し、未来を託し、艦娘を率いて命懸けで戦ったからこそ、今の平和が齎されたのだと。

 

そう、人類は手を取り合って深海の脅威に立ち向かわなければならないのだと。

 

 

 

そんな中、欧州の英雄たちはと言うと、

 

「全く、戦いも終わりようやく友誼を交わす機会が得られたと言うのに、これでは酒を嗜む事も出来ない。もったいないとは思わないか、オオガミ?」

 

個室ではなく、複数のベッドが並ぶ一般の病室で地中海での戦いの傷を癒していた。

 

「そう言うなよ、ダニエル。俺は光武のおかげで地中海水姫の一撃に対しても肋骨にダメージを貰う程度で済んだけど、そっちは凱旋門支部への爆撃で血まみれの重傷を負ったんだ。一時は治療ポッドも用いていたんだろう? こうして戦いが終わって、のんびり話せるだけでも良しとしようじゃないか」

「まあな。病院のベッドとは言え、この数日間で随分と貴公と話を交わすことができた。今はそれだけで満足しておこうか」

 

そう言って、ベッドに横になるダニエル。

治療ポッドのおかげで大分回復したとは言え、体力は回復しきってはいないらしい。

そんな彼の横には、一人の女性が付き添いダニエルの介護をしていた。

大神にも見覚えのある女性、そう、確か、以前のパリの花屋で見かけた女性だ。

 

「そういえば紹介していなかったな、オオガミ。妻だ」

 

ダニエルに紹介され、頭を下げる女性。

 

「え? 結婚していたのかい、ダニエル?」

「勿論だとも、そう言う貴公はまだ結婚しないのか?」 

「いいっ!? いや、深海棲艦がまだ跳梁跋扈し、世が乱れている状態で結婚は流石に……」

 

まさか、ここでそんな事を言われるとは思いもしなかった大神。

目を白黒させる。

 

「そうは言うがな。我らのような立場の人間となると、その血を次の世代に繋げていく事も責務の一つだぞ、オオガミ。ああ、そうか、今の花組は幼すぎるから無理か。とは言え、艦娘と結婚するにしても、法制がまだ整っていないな。なら、ミーが女性を紹介しようか? ミーの親戚にも年頃の女性がいるしな。ふむ、貴公と血縁となるのも悪くない」

「ええっ!?」

 

自分の提案を悪くないと考え始めるダニエル。

常であれば、米田たちがシャットアウトしてきた縁談であったが、病室で直接持ちかけられようとは誰も思うまい。

欧州首脳陣も大神を欧州に留め置けるというのなら、この縁談に表立って反対しないだろう。

このまま大神は身が固まってしまうのだろうか。

 

「「「ダニエルさん、何を言ってるんですかー!!」」」

 

ダニエルの言動が不穏なものになっていると察した、花組と艦娘たちが病室に乗り込んできた。

トゥーロンでの生活や地中海での戦いを経て親密となった艦娘と花組は、大神を巡り何度となく病室で激突していたが、ダニエルの言う通り現時点では誰一人として公式に大神の傍に並び立つ事は出来ない。

育つまで、法制が整うまでの時を待つうちに、鳶に油揚げを掻っ攫われてはたまらないと共同戦線を張る事に決めたようだ。

 

「しかし、オオガミの血は残すべきものであって――」

「残すだけなら法制なんて関係ないじゃない。ねえ、イチロー……私が、一から教えてあげるから――あいたっ! もう、何するのよ! グラーフ!!」

 

そんな中、一人大神に迫ろうとしたビスマルクだったが、容赦なくグラーフに引っ叩かれる。

 

「いきなり共同戦線の足並みを乱してどうする! この、バカビス子!!」

「バカですって!? あなただって、昨日イチローの世話をちゃっかりしてたくせに!」

「当たり前だ! 諍いばかりして、お前らはオオガミの胃に穴を開ける気か!!」

 

今度は艦娘同士でギャースカとケンカを始めてしまう。

 

「大丈夫だよ! おにいちゃんの胃に穴が開いても――」

「エリカたちがバッチリ直しますから!」

「「ねー♪」」

 

そしてそれを更に煽る花組たち。

このままだとホントに心労で大神の胃に穴が開くかと思われた、が――

 

「はいはい、みんな。静かにしとくれ」

 

グラン・マが病室に入ってくる事で全員が静かになる。

 

「大統領? 海上輸送や、交易などで活発になった欧州の経済でお忙しいのでは?」

「この時間は大統領業は一休みさ。今は巴里華撃団、いや、欧州華撃団司令として、ムッシュに会いに来たのさ」

「欧州華撃団としてですか? 一体、何が?」

 

華撃団司令としてであれば、それは深海棲艦との戦いの事に違いない。

大神たちは佇まいを直し、グラン・マの発言を傾聴する。

 

「マルタ島での戦いで確認された深淵の門だけど、地球上には全部で4つの深淵の門がある事がわかったのさ。地中海の深淵の門はもう閉じたから、残りの深淵の門――私たちの言葉で言うとアビスゲートは、

 

インド洋――チャゴス諸島、

 

大西洋――バミューダ諸島、

 

そして、太平洋――ハワイ諸島、

 

の3つになる。この3箇所のアビスゲートを閉じる事で地球上から全ての深海棲艦を浄化・消滅させられる筈だ。だけど――」

「欧州における地中海とは海の規模が違いすぎます。恐らく深海棲艦の戦力もそれに応じたものと考えるべきです」

「ああ、ムッシュの言う通りだ。実際問題、計測されている怨念の値を見てもマルタ島のものとは比べ物にならない程の物だ。戦力の大幅な向上が、ブレイクスルーが必要となる。艦娘も、そしてムッシュもね。それまでは攻勢には出られない」

 

グランマの言葉に大きく頷く大神。

 

「それは感じていました。実際、今回の戦いは薄氷の勝利でした。艦娘の戦力向上については皆さんに任せるしかありませんが、俺自身も、剣士として、霊能力者として更なる高みを目指さなければいけないことは痛感しています。もし許されるのであれば、暫くの間は司令官代理の地位を返上し、己の研鑽に専念する必要があるとも」

 

大神の言葉に衝撃を受ける川内、鳳翔であったが、大神の言葉も事実である。

 

「それは帰国後に、ヨネダたちと相談しとくれ。だけどいいかい、ムッシュ。ここから先は、人類と艦娘、そして深海棲艦の互いの存亡をかけた本当の戦いになる。アビスゲートにおける戦いは今までの戦いとは比較にならないほどの激戦となるだろう。覚悟は出来ているかい?」

「勿論です! 以前言った『すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う』。いえ、『すべての人々と艦娘の幸せを、平和を守るために戦う』。その言葉は今も変わりません!!」

 

決意も新たにそう言い放つ大神であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

隊長不在の有明鎮守府で発動された渾作戦。

3次作戦からなるそれを無事完了し、山風や春雨、秋月を救出する事も出来た。

そんな僕たちは予想される深海側の迎撃に備える為、パラオ泊地で日々を過ごす。

自らの力で為した大作戦の戦果に沸き立つみんな。

江風や海風が居ない艦隊に、みんなに溶け込む事を恐れていた山風も、

僕や涼風と一緒に居るうちに徐々に警戒心を解いていく。

みんなで一緒に入るお風呂、過ぎて行く穏やかな時間。

 

僕たちは気付かなかった。

 

春雨も、秋月も、山風さえも既に死神に魅入られていた事に。

背には、その証が既に刻まれている事に。

 

 

 

次回、艦これ大戦第十四話

 

「星が輝く時」

 

 

 

「嫌だ……江風も海風も居ない場所で、爆発して死ぬなんて嫌だ! 嫌だー!!」

 

自らの運命に絶望し、半狂乱した山風の悲痛な叫び声が海に響き渡っていく。

でも、僕たちには何もする事が出来なかった。

大事な妹たちが、山風が死を迎えようとしているのに、ただ涙を流すことしか出来なかったんだ!

 

「お願い、お願いだよ……助けて……誰か、あの子たちを、山風たちを助けてよーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな!!」

 

西方から希望が現れるまで。

聞き慣れた、愛おしい声が聞こえるまで。




次回予告、最後の下りは付けるか付けないか滅茶苦茶迷いましたが付ける事に決めました。
話重視するなら付けない方がいいのは分かりきっているのですが、先日のアンケートを省みるに、ないと耐えられない人が多く居ると判断しました。

完璧にネタバレしてるけどもう気にしない。



※アンケート前の次回予告案(ボツ済)

「嫌だ……江風も海風も居ない場所で死ぬなんて嫌だ! 嫌だー!!」

自らの運命に絶望し、半狂乱した山風の悲痛な叫び声が海に響き渡っていく。
でも、僕たちには何もする事が出来なかった。
大事な妹たちが、山風が死を迎えようとしているのに、ただ涙を流すことしか出来なかった。

そして僕たちは、罪を、背負った。


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第十四話 星が輝く時
第十四話 1 (仮)――カッコカリ


『欧州全ての、深海棲艦からの開放だと……それは本当なのか? グラン・マ?』

 

グラン・マからの電信による連絡に言葉を失う米田。

 

『ああ、私達の思惑の、想像以上の事をムッシュは成し遂げてくれたよ。ただ、少しやりすぎてしまったかもしれないね』

 

大神は派遣目的であった地中海奪還作戦を成功させただけではなく、欧州全てを深海棲艦から完全に開放するという凄まじい大戦果を成し遂げた。

既に東シナ海などの日本近海が艦娘により掌握されている事とあわせると、ユーラシア大陸近海は人の手に取り戻されたといっても良い。

 

となると、次に考えなくてはいけないのが人類の最大戦力である大神を向けるべきその先である。

 

当初の予定では、地中海奪還作戦の完遂を以って大神が帰国する事は決まっていた。

 

だが欧州の戦力だけでは、否、もし米国の戦力を足したとしても艦娘のみでは大西洋奪還を行う事は難しく、大西洋奪還に大神の存在は不可欠と言うのが欧州首脳陣の一致した見解である。

 

大西洋奪還に際しては、大神の再訪欧が必須。

 

ならば、大神を帰国させるのではなく、大西洋奪還に至るまで欧州への続けての滞在を勧めるべきではないかと言う声も上がり始めていたのだ。

 

『不味いな……』

『そうね。予定ではムッシュには傷が癒えた後は、そちらの艦娘への再教練を兼ねた作戦が終了する頃合まで、休暇を兼ねて滞在してもらう予定だったのだけど……』

『ああ、そうなるとあいつが欧州に滞在する時間が長くなればなるほど、欧州の滞在の延長、終いには欧州への招聘や婚姻の話さえ出兼ねないな』

『それについては、ウチのダニエルもやらかしてくれたからね。みんな警戒してるよ』

 

万が一、そんな話になったら、日本の艦娘たちも黙っていないだろう。

もちろん米田たちとしても、大神を欧州に差し出すつもりなど全くない。

 

『分かった、作戦の発動に関しては再調整が必要だな。山口や陛下と速める方向で検討する事にしよう。早急な連絡をありがとう、グラン・マ』

『なに、ムッシュのしてくれた事に比べれば大した事じゃないよ』

 

そう言ってグラン・マは連絡を打ち切る。

 

 

 

そして、一人執務室でコーヒーを飲みながら、大神の、そして艦娘の置かれた状況を再確認する。

 

先ず帰国後、大神の昇進は必須だ。

全欧州の支援があったとは言え、外国における戦果とは言え、これほどの大戦果を成し遂げた大神はもはや大佐に留めるべき人間ではない。

 

いや、正確に言うと留められない。

 

大神自身は後方指揮が主となる将官より、前線で艦娘と共に、否、率先して道を切り開く指揮官でいられる佐官である事を望むだろう。

 

だが、昇進させなければ財界や政界、人々からの不満が生まれる、それは良くない。

地中海の戦いを経て固い結束で結ばれた欧州と異なり、日本には、帝國には魂を深海に売った裏切り者が存在する。

憲兵隊や月組の調査で概要は掴んでいるが、下手に動いて蜥蜴の尻尾切りをされては意味がない、一網打尽としなければならない。

そして、それにはまだ時間が必要だ。

 

それまで、華撃団体制を揺るがすような事はあってはならないのだ。

 

「あと、一刻も早く法体制を見直さなければ……だが許されるだろうか?」

 

AL/MIの戦果公表に際して、深海による大神の狙撃を公表するかは政府、軍内でも揉めた。

黙っていたとしても深海に魂を売ったものからリークされる恐れがある事から、最終的には公表する事となったが、その事への反応はやはり大きかったのだ。

 

人々は、艦娘-明石の献身的な治療によって蘇り、深海棲艦の罠を打ち破った大神を、流石は英雄と、流石は艦娘と、褒め称えた。

 

だが政財界の反応は異なっていたのだ。

英雄であっても、不滅の存在ではないことに。

そして代わりとなるものは居ない、後継者は居ないのだと。

 

ならば彼の後継者を、正確には血を受け継ぐものを用意しなければならないと考えるのは当然だ。

ダニエルの思い付いた事は、実は既に帝國の政財界は実現に向けて動き始めていた。

次第に圧力は強まっている、もう米田たちで止める事にも限界が見え始めている。

陛下を以ってしてもこの圧力を長く跳ね除ける事は難しいだろう。

 

だが、大神の婚姻が決まる――そんな事になれば艦娘たちが悲しむ。

 

なんとかしなければならない。

 

なんとかして華撃団体制を維持する方策を――

 

「不味いな……」

 

米田のその苦悩は、入院している海軍技術部の神谷大佐が退院し、彼から好感度補正論を基にした劇的な腹案、艦娘と大神の間により深い絆を結ばせ戦力を向上するだけでなく、かつ艦娘が大神に並び立つ、添い遂げられる存在であると全てに周知させる一石二鳥の大奇策――そう、

 

『ケッコンカッコカリ』

 

の事を聞くまで続くのだった。

 

 

 

その数日後、御前会議にて本来の予定よりも早く渾作戦の発動が承認された。

 

 

 

欧州に派遣された大神を欠き、シベリア鉄道における川内たちとの急接近やトゥーロンでの欧州艦娘たちとの生活を聞いて、むくれていた有明鎮守府の艦娘たち。

しかし、流石に渾作戦の発動を受け、自身の使命を思い出して、準備へと取り組んでいた。

 

「Hey! 明石ー、夕張ー、試製35.6cm三連装砲の整備をお願いしマース!」

「分かりました、金剛さん! ふぅ……流石に作戦前は整備の依頼が引っ切り無しね、明石」

「そうね。大神さんの居ない有明鎮守府における初の作戦だから、やっぱり心配なのよ、みんな。ここで失敗なんてしたら、帰国した大神さんに会わせる顔がないし、夕張」

「そうよね~、大戦果を上げた隊長にはやっぱり堂々と再会したいもんね」

 

彼女達は、未だ彼女たちを取り巻く真の状況を、暗い未来を、そしてそれを切り開く希望の一手の存在を知らない。

 

艦娘たちに幸いあらんことを。




大神さんの居ない14秋イベント作戦海域開始です。
そして、ちょっと不穏で真面目な考察話、と見せかけたカッコカリの導入話。

本当はその前にアークロイヤルやリシュリュー、ガングートなどの閑話を書こうかと思ったのですが、まだアークロイヤルやリシュリューのキャラを上手く掴めきっていないので後回しにします。
すいません。


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第十四話 2 発動! 渾作戦

渾作戦は奇しくも第二次大戦のそれと同じく、ニューギニア北西部のピアク島に上陸しようとしている深海棲艦に相対している友軍に対する支援が主眼となった作戦である。

勿論、複数回に渡り実施され失敗し中止に終わった第二次大戦のものとは異なり、今回の渾作戦は四段階の作戦から構成されている。

 

以下が渾作戦の各段階における作戦内容である。

 

第一段階――ピアク島周辺海域の敵戦力の排除、制海権の奪取を行う。

 

第二段階――パラオ泊地からピアク島へ出航する大型輸送船を支援するため、高速統一された水雷戦隊によって予想される敵襲撃戦力を先立って殲滅。更に敵輸送船団を捕捉、壊滅させる。

 

第三段階――ピアク島上陸を狙っている敵主戦力の撃滅。

 

最終段階――本作戦に呼応して現れるであろう、深海敵機動部隊の撃滅。

 

以上を以ってピアク島周辺海域から、完全に深海棲艦を排除するのが本作戦の目的である。

動員される艦娘も以前のものとは異なり、有明鎮守府に全艦娘が集結した事を活かした編成となっている。

 

第一段階(連合):比叡 榛名 霧島 鬼怒 飛鷹 足柄

         神通 白露 村雨 時雨 夕立 大井

第二段階    :神通 白露 村雨 時雨 夕立 敷波

第三段階(連合):扶桑 山城 鈴谷 熊野 阿武隈 あきつ丸

         那珂 陽炎 不知火 伊58 大和 北上

最終段階(連合):長門 武蔵 利根 加賀 大鳳 隼鷹

         五十鈴 北上 大井 雪風 島風 霞

 

彼女達は作戦開始を以ってビッグサイトキャノンにてパラオ泊地に展開。

以後、作戦完了まではパラオ泊地にて生活を行う予定である。

 

「作戦の大枠については以上になるかの。何か質問はあるかね?」

 

そこまで永井司令官が説明したところで、艦娘たちの質問を受け付ける。

一瞬静まり返るブリーフィングルームだったが、おずおずと榛名が手を挙げた。

 

「作戦期間はどれくらいなんでしょうか? 大神さんの帰国にまに――いえ、有明鎮守府への私達の帰還は何時ごろになる予定ですか?」

 

つい、心配事が先立って口が滑った榛名。

まずいと途中で話を区切り、改めて質問するがそこまで口が滑れば全てを明かしたも同然だ。

ほっほっほっと永井司令官は笑う。

 

「作戦期間は1週間を予定しておる、心配せんでもいいぞ、榛名。現在、大神は地中海決戦で受けた傷を癒しておるし、帰りもシベリア鉄道を用いた陸路の予定じゃ。少なくとも3週間は帰って来れん。お前達が作戦完了後にパラオ泊地から有明鎮守府に水上を辿り帰還しても、大神の帰国には間に合う。大神を有明鎮守府で出迎える事は余裕じゃよ」

「良かった……榛名、頑張ります!」

 

心配事がなくなり、気合を入れ直す榛名。ちょっと現金かもしれない。

でも、姉の金剛だけが大神の帰国を出迎えられるのかもしれないと思うと、黙っていられなかったのだ。

一方、神通や加賀たちはと言うと、シベリア鉄道と聞いて

 

「シベリア鉄道……」

 

川内と鳳翔が日本から欧州に向かう過程で、さんざん大神との同室の旅路を満喫していた事を思い出し、どんよりとした雰囲気を身に纏っていた。

 

「神通、それについても安心せい。もはや欧州での大神の扱いは国賓クラスじゃ、まかり間違っても帰りの部屋が二等客室になるなんて事はありえん。シベリア鉄道でも特別に特等車両で帰国する話も出ておるらしい。個室でゆっくり出来る筈じゃよ」

「そうですか……ごっ、ごめんなさい司令官。変な事を言わせてしまって」

「構わんよ。作戦に集中してくれるなら、これくらいの説明は。他に何かあるかの?」

 

そして、今度は艦娘たちも集中し、作戦に関してのブリーフィングを行っていく。

各段階において予想される敵戦力の構成や、それに抗するための艤装の装備構成など、決めなければいけない事は未だ多いのだ。

 

 

 

 

 

それから一週間の訓練期間をおいて、渾作戦は実行に移された。

 

 

 

しかし、それはあっけないほど順調に推移する。

 

第一段階における敵戦力には鬼、姫級が皆無であった事もあり漸減の必要すらなく、撃破。

第二段階においては敵の新型姫――駆逐棲姫と遭遇するが、大和でさえ大破に追い込んだ神通や、足柄との特訓?を経て、かつて呼ばれた二つ名『ソロモンの悪夢』、『佐世保の時雨』に値する力を再び身につけた夕立、時雨の敵ではなかった。

一撃で殲滅し、逆に敵が護衛していた輸送船団の輸送ポッドから、新たな艦娘達を救助する事に成功するのであった。

 

現在は作戦は第三段階まで推移している。

敵艦隊に戦艦棲姫が確認されているが、こちらも大和を向かわせているのだ。

MIでの最終戦――本土近海邀撃戦においても戦艦棲姫一体は大和たちの砲撃で沈めているのだ、今回においても撃破はそう難しい事ではないだろう。

 

そんなこともありパラオ泊地で吉報を待ちながら、神通たちは敵輸送ポッドから救出した艦娘たち――おそらくは駆逐艦の目ざめを待つ。

大神の霊力の、浄化の力を借りた艦娘への浄化ではなく、自らの力を以って艦娘を救助した事で、鎮守府の艦娘たちも、神通たちも、大神が居なくても自分達はやれる、頑張れると自信を取り戻そうとしていた。

 

「これで、艦娘の救出は隊長の専売特許ではなくなりましたね」

「そうじゃな。まあ、あいつ一人に全てを背負わせるのも酷な話じゃし、今後、深海輸送船団を撃破するに当たっての艦娘たちの意気込みも上がるじゃろう」

 

そんな会話を有明鎮守府で行う大淀と永井司令官。

 

しかし、想像以上のスピードで作戦が推移し敵輸送船団を撃滅した事に喜んでか、彼らは一つだけ見逃していた。

 

即ち、敵深海輸送船団の目的についてである。

何故、敵がわざわざ艦娘をこのような場所に輸送しようとしていたのか、運ぼうとしていたかまで考えを廻らせる事が出来なかった。

『何処』を目的として運ぼうとしていたかなど、考えもしなかった。

 

 

 

それが深海棲艦と――

 

 

 

深海に魂を売った者の罠だと気付くものは、だれもいなかった。




ルート固定などを加味した、渾作戦における配艦はこんな感じだった気がする。
14夏が地獄だったから、渾作戦は楽だったなw
その分記憶が薄いので、物語の進行上すっ飛ばします。すいません。


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第十四話 3 目覚め――破滅へのカウントダウン

現在、作戦遂行中のパラオ泊地であるが、明石や夕張の姿はパラオにはなかった。

 

それは欧州の地中海奪還作戦で現れたアビスゲートの発動によって生じるエリア効果――深淵の、そして現れたより強力な敵存在――深淵拠点に対抗するための方策を陸海軍の技術部と協議するためである。

有明鎮守府の代表として、艦娘の代表として彼女達は東京における会合に出席している。

艦娘に一大事が起きない限り、この作戦中に彼女達がパラオに来る時間的余裕はないだろう。

 

 

 

その為、渾作戦の第二段階で救出した艦娘たちの面倒は、渾作戦の第一、第二段階に参加した軽巡や駆逐艦の仕事となっている。

今日の担当は時雨の番だ。

作戦における自分達の出番を既に終えた艦娘たち、特に落ち着きのない夕立や白露は自分もやると言い出していたが、騒がれては眠る艦娘たちの邪魔になりかねない。

流石に断って、朝食をとり終えた時雨は艦娘たちが眠る建物へと歩いていく。

 

空には雲ひとつない。

 

気温は流石に高くあるが、湿度のない風は程よく心地よい。

 

「うん、いい天気だね、風も心地よいし、少し風を通そうかな」

 

今日くらいはクーラーを切った方がいいかもしれないかな、そんな事を時雨は思う。

建物の部屋に入ると彼女たち4人の安らかな寝息が聞こえてくる。

まずは4人の寝顔を確認、うん、みんな心地よさそうに眠っている。

その様子を見た後で、分厚いカーテンを開けて薄手のカーテンだけにして、部屋の中に少し日光を取り入れるように調節。

窓を開け、部屋の中に風を取り入れる。

 

「うん……」

 

頬を風がくすぐることで一人の艦娘、緑色の髪の小柄な艦娘が身じろいだ。

 

「もしかして、目覚めが近いのかな?」

 

時雨は次に行う予定だった、顔周りを濡らしたタオルで拭いていく作業をやめて、身じろいだ艦娘の元へ近づいていく。

サラサラと吹き流れる風に前髪が揺れる、それがくすぐったいのかイヤイヤと少し顔を振る艦娘。

 

「ふふっ、可愛いかな」

 

そんな様子が妹のように見えて、時雨は穏やかに微笑みながら艦娘の髪の毛を掻き分ける。

しかし、頭を振った頭に時雨の指が少し当たる。

 

それが最後の決め手になったのか、彼女はゆっくりと――目を覚ました。

 

 

 

目覚めた彼女の視界に入ったのは、自分を微笑みながら見つめる三つ編みの少女だった。

彼女には艦としての記憶はある、だけど艦娘としての記憶は一切ない、だから――

 

「え……と、誰?」

 

恐る恐る三つ編みの少女――時雨へと問いかける。

時雨も彼女を怖がらせないように話しかける。

 

「ゴメンね、自己紹介するよ。僕は白露型駆逐艦の艦娘、時雨だよ」

 

自分の知っている艦の名前を聞いて、少し緊張が解ける少女。

 

「時雨……姉?」

 

首を傾げながら時雨に問いかける。

その様は小動物のようで愛らしい、クスリと微笑む時雨。

だが、少女にとっては時雨の機嫌を損ねてしまったのではないか、と気が気ではない。

 

「……あの、あたし……時雨姉に変な事……した?」

「ううん、大丈夫だよ。それで、君の名前は? 僕の姉妹艦なのかな?」

 

それで、ようやく少女は自己紹介をしていなかった事に気が付いた。

 

「ご、ごめんなさい……私は、あうっ」

 

慌てて身を起こそうとするが、身体に上手く力が入らない。

ベッドに付いた手が滑って、ゴンと音を立てて衝立に額をぶつけてしまう。

 

「……いたい」

「そんなに慌てなくていいよ、ゆっくり、ゆっくりでいいから」

 

時雨は少女を抱き起こし、上半身だけ起こした状態にさせる。

そして、身を起こすことで広がった少女の髪の毛を手櫛で整えていく。

深海の輸送ポッドから助けられた後、簡単に手入れはしたが、丹念なケアまでは行っていない。

だから、少女の緑色の髪の毛は若干ボサボサだ、それを時雨はゆっくりと時間をかけて梳いていく。

それが心地よくて、時雨の体温が暖かくて、少女は時雨の為すがままになる。

 

「……ありがと……時雨姉」

「どういたしまして、じゃあ、改めて聞くね。君の名前は?」

 

今度こそは失敗してなるものかと、気合を入れなおす少女。

 

「あたし……は、白露型駆逐艦の8番艦、改白露型の山風」

「なるほど。確か浦賀生まれだったよね? だから僕の事、時雨姉と呼んでくれるんだ」

「イヤ……だった?」

 

勝手に姉呼ばわりしてよかったのだろうかと、機嫌を損ねたりはしていないだろうかと、不安げな様子で、上目遣いで時雨の様子を伺う少女――山風。

 

「ううん、こんなに可愛い妹なら大歓迎だよ。これから宜しくね、山風」

 

山風を安心させるためか、そう言って時雨は山風の頭を優しく撫でる。

 

「うんっ!」

 

山風も時雨に満面の笑みで応えるのであった。

 

 

 

そんな会話をしているうちに、他の艦娘たちも目を覚ましたようだ。

時雨は流石に一人では対応しきれないと思って、夕立たちを呼んだ上で一人ずつ名前を確認していく。

 

「白露型駆逐艦五番艦の春雨です、はい」

 

そう自己紹介した春雨に、夕立と村雨が突撃して抱き締める。

 

「春雨~、久しぶりっぽい~。夕立だよ~!」

「はいはーい、村雨だよ! 春雨、元気そうで良かった!」

「あ……夕立姉さん! 村雨姉さん! またお会い出来て嬉しいです!!」

 

力任せに抱きつく姉が少々息苦しいが、それが自分がここに居る事の証に思える。

自分からも夕立と村雨を抱き締める春雨だった。

 

 

 

「陽炎型駆逐艦十五番艦、野分です」

「のわっちー! のわっちのわっちのわっち~!!」

 

名前を聞くや否や、野分に飛びつく舞風。

だけど、見覚えのない少女に突然飛びつかれて驚きを隠せない野分。

 

「だ、誰ですか? 貴方は!?」

「ひっどーい。あたし、舞風だよー」

「舞風……今度は絶対に助けますから!!」

 

かつての戦いでは助けられず見殺しにしてしまった舞風が目の前に居る。

思わず涙を浮かべると、野分は飛びつかれた舞風を逆に抱き締める。

 

「やだなー、助けられたのはのわっちの方だよ? しんみりした雰囲気は苦手だし、踊ろ?」

 

そう言って野分を立たせ踊ろうとする舞風。

 

「ちょ、ちょっと待ってください舞風!? 私、目覚めたばかりなんですよ?」

「大丈夫だよ、のわっち! あたしがリードしてあげるから! それ、ワン、ツー!」

 

 

 

「秋月型防空駆逐艦、秋月です」

 

そして、秋月が自己紹介を行う、今回救出できた艦娘はこれで全員となる。

それで山風は一つの事に気が付いた。

 

「あれ? 時雨姉、江風や海風姉は……居ないの?」

「うん、江風も海風も未だ見つけられていないんだ、ごめんね」

「ううんっ……気にしてないから……」

 

そうは言う山風だったが、表情には寂しさが隠しきれない。

 

「大丈夫、もう直ぐしたら隊長も戻ってきてくれるし、そうしたらきっとみんな助け出せるよ」

「……隊長? 隊長って誰?」

「ああ、隊長の説明をしていなかったね。隊長はね……」

 

時雨は大神の事を説明していく。

その壮絶なまでの戦果を耳にして、山風は大神のことを筋骨隆々とした鬼のような大男ではないかと想像する。

大神の前に一人で立ったら取って食われそうな気すらする。

 

「男の人なの? あたし、少し、怖い……」

「大丈夫だよ、隊長は優しい人だから。でも、もし心配なら僕が付き添ってあげるよ」

 

時雨の言葉にほっと一息つく山風。

 

「ホント? じゃあ……日本に戻ったら、会うね。あの、時雨姉……」

「なに?」

「そのとき、手を離さないでね……一人にしないでね」

 

 

 

 

 

会話を交わす彼女達、そんな中カチリと彼女達の、山風たちの中で何かが起動し始めた。

破滅へのカウントダウンを刻む何かが。




山風は可愛い、可愛く書かなくてはならない。
そして守護らねばならない。

でも、いじめてもいいよね?w


本当はここでオリキャラをもう一人投入予定でした。
投入理由は言わなくても言うに及ばず。


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第十四話 4 みんなでお風呂――それは死の証

目を覚ました山風たち4人の艦娘。

起きた事はもちろん喜ばしい。

だが、先程も述べたように山風たちは髪も肌もケアされていない状態だ。

時雨に手で梳かれたとは言っても、やはり髪の毛はサラサラと流れる事はなくボサボサだし、肌もカサカサしている様に感じられる。

 

起きた後も山風たちは何度も髪や肌の状態を気にしていた。

やはり艦娘とは言っても女の子なのだ。

可能ならば、改めてお風呂に入りたいと思っているだろう。

しかし、パラオ泊地のお風呂は有明鎮守府のように24時間使えるわけではない。

昼間からお風呂に入ると言うのなら、その許可を貰う必要がある。

 

だから時雨は、渾作戦の全体における旗艦役を担っている長門の元へと向かう。

 

「すいません、長門さん。入室しても良いかな?」

「ん? 構わんぞ、時雨」

 

部屋に入ると、長門は渾作戦第三段階を担当している艦娘や、有明鎮守府と連絡を取っていた。

どうやら渾作戦の事について報告などを行っていたらしい。

 

「ごめん、時間を改めたほうが良かったかな?」

「いや、もう終わった。ピアク島に上陸しようとしていた敵戦力は壊滅したからな。第三段階も終了だ。それで時雨、何の用だったんだ?」

 

通話を終了し、連絡機を机の上に置いた長門は時雨へと向き直る。

 

「うん、救出した艦娘たちが目覚めたんだ」

「それは朗報だな、救出した4人の艦娘の名前は分かったのか?」

「もちろん確認済。山風、春雨、野分、秋月の四人だよ」

「ほう、秋月型防空駆逐艦まで戦列に加わるとは頼もしいな。だが、時雨、その様子からすると用件はそれだけではないのだろう?」

「うん」

 

促す長門に、小さく頷いて応える時雨。

そして、目を覚ました4人をお風呂に入れさせて上げられないかと頼むのだった。

 

「風呂か……ちょうど良かったかもしれんな」

「ちょうど良かったってどういう事?」

 

小首を傾げる時雨。

 

「渾作戦第三段階が終了したと言っただろう? 帰還する艦娘達のために風呂の準備を指示したところだったんだ。良かったな、直ぐに入れるぞ」

「本当?」

「ああ。北上を除いて、我々は最終段階に向けて警戒をせねばならないが、その他の艦娘は風呂に入る許可を出そう。なぁに、共に汗を流せばすぐに艦娘たちの輪に入る事も出来るだろうさ」

「そうだね! ありがとう、長門さん」

 

 

 

そうして山風たちは、いや、渾作戦の最終段階に向けて準備をしている艦娘以外はお風呂に入るのであった。

 

「え? 輸送作戦は今はそんなにしていないのですか?」

「もっちろん、今みたいに制海権を握ってる状態なら大型の輸送船でした方が早いでしょ?」

「確かにそうですね、でも護衛任務もお任せ下さい!!」

 

「今度のMI作戦は大勝利に終わったのですか!?」

「うん、隊長のおかげでね! 一時期はどうなることかと思ったけど」

「それじゃあ、赤城さんは……」

「大丈夫! 今回は誰一人として犠牲者は居なかったんだよ!!」

 

「防空駆逐艦だなんて、助かるわ~。MI以降、敵艦載機が強くなったような気がして」

「はい、艦隊のお守りはお任せ下さい! 敵機動部隊にも負けません!!」

 

春雨、野分、秋月はするするとお風呂場で会話を弾ませる艦娘たちの輪に入っていくのだが、山風はなかなかそうはいかなかった。

姉と呼ぶ時雨から手を離すことなく、おどおどと艦娘たちの視線から時雨の背中に隠れたまま。

でも、それでは良くないと時雨は思う。

江風や海風が居ないからといって、自分にべったりではまずい。

どうにかしてみんなの輪に入り込ませないと、と周囲に視線をやる。

ちょうど心配そうに山風を見ていた涼風と目が合った。

 

――山風の事、お願いしても良いかな?

 

――がってんだ!

 

そう視線で会話すると、直ぐに涼風は山風の元へ向かう。

 

「山ねえ、こっち来いよ!!」

「え、あ……あなた、は?」

 

急に声をかけられて、時雨の後ろに逃げ込む山風。

 

「ひっどいな、あたいは涼風だよー」

「涼風? 二十四駆だった?」

「そうだよ、山ねえ! あたいの事も忘れないでくれよー」

「涼風、山ねえは……やめて。ちゃんと……名前で呼んで」

「あいよっ、山風ねえ! こっち来なよ、背中流しっこしようぜ!!」

「うんっ、分かった」

 

会話のきっかけとしてわざと崩して呼んだ事が功を奏したのか、山風の警戒感が解ける。

そして、ようやく時雨から離れ、涼風と共にシャワー台の椅子に座るのだった。

 

「あ、山風ねえは髪の毛も洗いたいんだよな? あたいが洗ってあげよっか?」

「いいよ……自分でやる。涼風は……なんか雑そうだし」

「山風ねえ、そりゃねーよ!」

 

半ば道化を演じながら、大きめの声で涼風は山風との会話を弾ませる。

 

「山風。なら私が髪の毛を洗ってあげようかしら。今のシャンプーとかコンディショナーとかトリートメントとかオイルとか、髪の毛のケアに必要なものの使い方、まだ分からないでしょう?」

 

涼風の狙い通り、その会話に飛鷹が入り込んだ。

 

「こんでぃしょなー? とりーとめんと? おいる? そんなに……必要なの?」

 

自分の全く知らない世界の単語に『?』の表情に浮かべる山風。

そんな山風の髪の毛を飛鷹は少し手に取る。

 

「ええ。こんなに綺麗な髪の毛しているんですもの。ちゃんとケアしないと勿体無いわ。艦娘とは言え女の子ですもの、もっと綺麗になりたいでしょう?」

「うん……なりたい、かな」

「じゃあ、飛鷹さんに任せて。色々教えてあげるから」

「はい、お願いします……飛鷹さん」

 

そうコクリと頷くと、山風は飛鷹に髪の毛の洗い方やケアの仕方を教わり始める。

その様子を見て、これならもう大丈夫だろうと一息吐く時雨。

今、言葉で伝える訳にはいかないので、涼風にお疲れ様と視線で伝える。

もちろん涼風からも、どう致しましてと視線で返された。

 

「ねえ春雨、背中の星印の痕、なに?」

 

そうしていると、夕立や村雨と背中を流しっこし始めた春雨の背中を見て、村雨が声をかけた。

 

「え? 村雨姉さん、春雨の背中にそんなのあるの?」

 

春雨は振り返って背中を見ようとするが、本人にはちょうど見えない位置にある。

 

「ホントだ、小さいけど星印っぽい~。春雨、痛くない?」

「うん、特に痛くはないけど……」

 

夕立が春雨の背中に触るが、特に代わった感触は感じない。

春雨にも特に変な感触はない。

 

「あら、秋月の背中にも星印の痕あるわね」

「のわっちの背中にも……なんだろ、これ?」

「山風の背中にもあるわね」

 

しかも、救出した艦娘に限って星印の痕がある。

一体何故だろうか、と一瞬思う艦娘たちだったが、

 

「まあ、ずっと寝てたからその痕なんじゃない?」

 

と、ひときわ大きく声を出して、涼風は疑念を、嫌な雰囲気を吹き飛ばそうとする。

 

「そうね! あまり身じろぎもせずに寝たわけだし、それくらい付いてもおかしくないわ!」

「気になるなら有明に帰った後、明石さんに見てもらえばいいじゃん?」

「そうですわ! あの方、隊長が絡まない限り腕は確かですから」

 

涼風の行動に乗っかって、足柄や鈴谷、熊野が声を上げる。

それでお風呂場の雰囲気は落ち着き、再び艦娘たちの会話が始まる。

 

 

 

けれども、

 

 

 

一抹の不安が艦娘たちの中に残っていた。

 

 

 

 

 

そして彼女達はその事を嗚咽と共に思い出すのであった。




さあ、だんだん雲行きが怪しくなって来ました。


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第十四話 5 敵機動部隊迎撃戦――明かされる真実

お風呂での一件を艦娘たちは忘れた事にしようとして、表面上は穏やかな時間が流れる。

そのまま数日が経とうとしていた。

 

「山風ねえ、時雨ねえ、そっちに座るぜー」

「涼風……まあ、いいか」

 

長髪の美しい飛鷹や榛名に髪のケアについて教えてもらったり、自称女子力の高い足柄に肌の手入れの仕方を教えてもらったりと、他の艦娘に接する機会も増えては来たが、それでもやはり基本的には、時雨に接する事の多い山風。

今日も時雨の隣で朝食を取っているようだ。

仕方がないかと、朝定食をもった涼風が山風の隣に座る。

 

「ふう、今日の食事もやっぱり一味足りないよなー」

 

座ってトレイの食事を一口パクつくと、しみじみとぼやく涼風。

 

「そう……かな? 美味しいと思うけど?」

 

改めて山風は一口朝食を食べるが、十分に美味しい。

とても、一味足りないとは思えない。

 

「そんな事言っちゃダメだよ、涼風。僕達が間宮さん監修の美味しい食事に慣れ過ぎてしまったんだよ。僕も料理はするから分かるけど、パラオ泊地の人は、出来る範囲で僕達に少しでも美味しいものを食べさせてくれようと頑張ってるよ?」

「あー、ごめんなさい。ちょっと考えなしだった」

 

涼風を嗜める時雨。

けれども、山風にとっては聞き捨てならない事だった。

 

「え? 涼風は……給糧艦の、間宮さんのお料理食べてるの?」

「おうよ! 朝から晩まで食事は間宮さん監修! 甘いものが欲しくなったら『甘味処間宮』! お酒は『バー 間宮&伊良湖』! 有明鎮守府の生活は食には事欠かないぜい!!」

「涼風、ず、ずるいっ……あたしも、間宮さんのお料理……食べたい!」

 

身を乗り出して涼風に訴えかける山風。

 

「安心して、山風。渾作戦が終わって有明鎮守府に戻ったらね、作戦の成功祝いと山風たちの歓迎会をして貰えるように長門さんと司令官にお願い済だよ。有明に戻る迄もう少し待ってね」

「うん……時雨姉がそう言うなら、分かった」

「なんだよー、あたいと時雨ねえの扱い、全然ちがくない?」

「だって……涼風意地悪なんだもん。あたしの方が……お姉ちゃん……なんだよ?」

「そうは言ってもなー。山風ねえ、子供っぽくて可愛いし――」

「むー」

 

そんな会話を食堂でしていると、パラオ泊地にサイレンが鳴った。

継いで長門の声が泊地内に響き渡る。

 

『御前会議での作戦の読みどおり、敵深海機動部隊の姿を泊地東方の海上に捕捉した! また、それに呼応して、敵前衛水雷戦隊なども確認されている。ついては、司令官の指示を各艦娘に伝達したい。全艦娘は官舎前に集合せよ!!』

 

「時雨ねえ!」

「うん、行くよ、涼風! 山風も、いいね?」

「もちろん、私だって……艦娘だもん!」

 

 

 

官舎前に集合した艦娘たちに長門が決定された作戦概要を伝える。

 

1、最終段階のために準備された連合艦隊を以って泊地東方の敵主力深海機動艦隊を殲滅する。

2、泊地北方に確認された敵水上打撃群を大和、扶桑、山城を主管とする艦隊で撃破する。

3、同じく泊地南方に確認された敵水雷戦隊を比叡、榛名、霧島を主とする艦隊で撃破する。

4、泊地近海に接近しているであろう敵潜水艦隊を水雷戦隊を持って撃滅する。

 

そこには山風たちの扱いについては指示されて居なかった。

 

「長門さん! 敵機動部隊が相手と言うのでしたら、この防空駆逐艦秋月を!」

「いや、すまないが、秋月は有明鎮守府での艤装の最適化や改修、訓練も終わっていないし、隊長との目通りも終わっていない。今回は待機していてくれ」

「はい、分かりました。秋月待機いたします!」

 

敵機動艦隊との決戦と聞いて、声を上げる秋月だったが長門の言う事も尤もだ。

待機指示を受け入れる。

 

「では、私達はここパラオ泊地にて待機していれば宜しいのでしょうか?」

「いや、パラオ泊地は敵機動部隊の空爆を受ける危険がある。パラオ泊地の主要施設からも一時人を退去させる予定だ。山風たちは後方の海にて戦闘が終わるのを待機していてくれ」

「分かりました!」

 

野分の質問にも答える長門。

 

「艦娘としての戦闘経験のない艦娘だけでは危険があるかもしれない。涼風は山風達と行動を共にしてくれ」

「あいよっ、了解!」

 

そして、渾作戦最後の戦闘が開始される。

 

 

 

とは言っても、山風たちにやる事はない。

波間に揺られながら、戦闘が終わるのを待つだけだ。

 

「せっかくの対機動部隊戦なのに、残念です」

「まー、そういうなって、今の秋月じゃ流石に力不足だよ」

「それは……そうなのですが」

 

納得したとは言え、ボヤキを止められない秋月を涼風が慰める。

野分も、春雨も、せっかくの晴れ舞台なのにと残念そうな表情は止められない。

そうしていると、涼風たちの視界に敵艦隊の姿が移る。

 

「敵は5隻、flagshipもいるのか……」

 

こちらは、救助したばかりの駆逐艦4隻+1隻、今の自分達の戦力では勝つのは難しい。

そう判断した涼風は泊地近海にいる姉達に呼びかける。

 

『白露ねえ!』

『ん? どうしたの~、涼風?』

 

いつもどおり、白露の声は暢気そうだが、涼風たちの状況は一刻を争う。

 

『こっちで敵艦隊を確認したんだ! Flagshipも居て……あたいたちじゃ』

『分かった。みんなでそっちに向かうから、出来るだけ戦闘は回避するようにして!!』

 

察した白露の口調が変わる。

これで一安心かと、一息ついた涼風、瞬間、周囲の警戒が薄れてしまう。

そして、涼風たちから更に後方に一人下がっていた山風を狙って、駆逐イ級後期型が突然海中から現れたのだった。

 

「えっ!?」

 

駆逐イ級後期型は回避の遅れた山風の左腕に食いつくと、そのまま左腕を食いちぎった。

山風の左腕から鮮血がほとばしる。

 

「きゃあああーっ!! 腕が……あたしの左腕がーっ!!」

「山風ねえ!!」

 

激痛と、肘から先の左腕を失った事実にぐったりとし、気を失いそうになる山風。

そんな山風を抱え、涼風は叫ぶ。

自分が気を抜いたばかりに、そう後悔を纏わせながら。

 

「全艦、砲撃戦用意!! あいつを逃がすな!! 山風ねえの腕を取り戻すんだ!!」

 

その声にしたがって艦娘たちは駆逐イ級後期型に砲撃を仕掛ける。

だが、錬度などほぼないに等しく、また好感度補正もない艦娘たちの砲撃は駆逐イ級後期型には通用しない。

山風の左腕を食いちぎった駆逐イ級後期型は、自艦隊へと戻ると、おいしそうに山風の腕を咀嚼し始める。

山風の手はグチャグチャと、ニチャニチャと音を立てて噛み砕かれていた。

これでは、山風の腕は通常の治療ではもう元に戻すことは出来ない。

 

「……やめて……あたしの、あたしの腕を返して…………」

 

その嫌な音に耐えられず、山風は気を失いかけながら涼風にもたれ掛り、ぽろぽろと涙を流す。

 

「ゴメン! 山風ねえ、ゴメン!!」

 

自分が気を抜いたばかりに、そう後悔の涙を流す涼風。

 

 

 

 

 

だが、その駆逐イ級後期型は、直後、大爆発を起こし敵艦隊6隻もろとも爆ぜ飛んだ。

その爆風が山風たちを襲う。

 

「……え?」

 

涼風にしがみつきながら爆風を堪える山風だったが、一体何が起きたか理解できない。

爆風が収まり、ただ呆ける山風たち。

 

『バカモノ!!』

 

そんな中、唯一敵艦隊で生き残った重巡リ級flagshipに空母水鬼からの罵声が飛び込む。

 

『セッカク……カンムスバクダンニ、シタテアゲタ、カンムスヲ……コウゲキシテドウスル!!』

 

絶望にまみれた真実を告げる声が。




ここからが本番です。

当初のプロットではオリ艦娘が――でした。
あと、予め書いておきますが山風は足柄に弟子入りしません(断言)


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第十四話 6 パラオ泊地強襲――艦娘爆弾の恐怖

『カンムスバクダンニ、シタテアゲタ、カンムスヲ……コウゲキシテドウスル!!』

 

敵主管――空母水鬼のその声は、戦域に居る全ての艦娘に聞こえていた。

 

「艦娘が爆弾、だと……何を言っているのだ?」

 

呟く長門の声にも、空母水鬼は耳を傾けない。

 

『ダガ……カンムスバクダンニ、カイゾウシタシルシ……セナカノ、ホシノマークヲ、ミテルヨユウハ……ナイ!』

『ダカライッタノダ! カオニデモ、ツケテオケト!!』

 

空母水鬼はリ級flagshipと会話を続けるが、その会話内容に艦娘たちは顔を蒼褪めさせる。

つい先日、お風呂でした会話内容が、その後長門たちに行った報告内容が脳裏に思い出される。

 

 

 

『ねえ春雨、背中の星印の痕、なに?』

 

『え? 村雨姉さん、春雨の背中にそんなのあるの?』

 

『ホントだ、小さいけど星印っぽい~。春雨、痛くない?』

 

『うん、特に痛くはないけど……』

 

『あら、秋月の背中にも星印の痕あるわね』

 

『のわっちの背中にも……なんだろ、これ?』

 

『山風の背中にもあるわね』

 

 

 

「背中の星のマーク……だと…………まさか、まさか山風たちは!?」

 

震える声で空母水鬼に問い質す長門。

 

『ソウダ! オマエタチガ、スクッタトオモイコンダ……カンムスハ……タダノ、バクダンナンダヨ!!』

 

その答えは嘲笑だった。

爆弾を救い、爆弾の面倒を見て、爆弾と笑いあう艦娘を――時が来れば自分の命を奪う事になる爆弾に対し心を配る艦娘を、空母水鬼は心の底から嘲笑っていた。

 

「……そんな」

 

春雨が、力を失い水面にへたり込む。

野分や秋月はかろうじて立っているが、その顔面は蒼白だ。

山風に至っては気を失っている。

 

それは、パラオで戦う全ての艦娘にとっても同様の事だ。

目の前に深海棲艦がいると言うのに全身から絶望が染み出そうとしている。

このままでは――、

 

「戦意を失うな、みんな! AL/MIの二の轍は踏んではならない!!」

「だが、長門――」

「たとえ、山風たちが艦娘爆弾だったとしても、救う方法はあるはず! 爆弾を解除する方法はあるはず! それを敵主管から聞き出せばいい!!」

 

大神のように、そう言い切る長門の様子に、艦娘たちに闘志が戻る。

 

「全艦隊、全力で戦闘準備だ! 一刻も早く敵を殲滅し、山風たちを救う方法を聞きだすんだ!」

「「「了解!!」」」

「今度ばかりは時間との戦いだ、隊長のように一戦で撃滅するぞ!!」

「ハハハ……デキルモノナラ、ヤッテミルガイイ!」

 

そして、長門たちは正規空母 空母水鬼の率いる艦隊へと決戦を挑む。

大神との好感度補正を受けている長門たちに対し、敵はアビスゲートによる深淵のエリア効果を受けていないただの深海棲艦。

 

無論、その戦いそのものは長門たちの勝利に終わった。

 

「イイダロウ……」

 

だが、砲撃戦で勝利を収めてしまった為、空母水鬼との彼我の距離はあると言うのに、空母水鬼は沈もうとしている。

それでは意味がないのだ、空母水鬼から山風たちを救う方法を聞きださなければ。

そう思い、長門は全力で空母水鬼の元に駆け寄る。

 

「山風たちを救う術は、爆弾から開放する方法はあるんだろう! 言えっ!!」

 

長門は沈んでいこうとする空母水鬼を掴み、自白させようとする。

だが、空母水鬼は残された力で長門の手を払いのけると沈んでいく。

 

「ソンナスベハ、ナイ! セイゼイモガキ、ゼツボウスルガイイ!!」

「嘘を言うな! 嘘だと言えーっ!!」

 

もはや懇願に等しい長門の絶叫を聞き、満足げに嘲笑う空母水鬼。

 

「アハハハハーッ!!」

 

笑い声と共に空母水鬼は沈んでいく。

 

そして深海棲艦が沈み、蒼き海が広がっていく。

だが、深海棲艦に勝利したと言うのに艦娘全員の表情は暗い。

 

「長門さん、一体どうすれば――」

 

陽炎が長門に問いかける。

だが、長門にはもう思いつく方策などない。

戦うべき相手はもう居ないのだから、有明鎮守府に帰還して――

 

「そうだ、明石なら、有明鎮守府の設備で、明石に調査・施術させることが出来れば!!」

 

『長門よ、すまんがそれを許可する事は流石にできん』

 

長門の方策を永井司令官は、沈痛な表情で却下する。

 

「何故ですか!? 山風たちを助けたくないというのですか!?」

 

永井の言葉に激怒する長門。

だが――

 

『山風たちがいつ爆発するのか分からんのじゃ。有明鎮守府ならまだしも、帝國唯一の工作艦である明石をむやみに危険には晒せない』

 

「そんな……山風たちが爆発して死を迎えるのをただ待てと言うのですか!?」

 

『いや、陛下は未だ考えられて居る。早急にパラオから帰還すれば或いは――』

 

しかし、状況は艦娘たちのあらゆる手段を奪っていく、方策を考える時間さえ与えない。

 

「司令官! 長門さん! 大変です! パラオ泊地に敵深海棲艦の大艦隊が近づいているとの事です」

 

大淀が周辺哨戒網から入手した情報を持って、司令室に慌てて駆け込んでくる。

 

「大艦隊? 規模はどの程度じゃ?」

「敵主力艦隊に参列している鬼、姫クラスの戦艦、空母だけでも10隻以上! 総艦隊数は30艦隊に上ると想定されます!!」

「なんじゃと、敵の進行速度は?」

 

司令官の問いに大淀は資料を再確認して答える。

 

「それが変なんです。かなり遅い進行速度でパラオを包囲するように近づいています。艦隊線の距離となるまで一日はかかるものと思われます」

「確かに変じゃ。その艦隊数で言えば、渾作戦を終えたばかりの我らに戦いを挑んだほうがよい。ビッグサイトキャノンで援軍も遅れるしの――」

 

そこまで。

そこまで考えて、永井は敵の狙いに気が付いた。

 

「あやつら、なんと非道な策を!!」

 

怒りの余り、永井は机を拳で叩く。

 

「司令官? どうされたのですか?」

「どうしたのだ? 永井司令官?」

 

いきなり机を叩いた司令官に驚く大淀と長門。

 

「あやつらは待って居るのじゃ!! 山風たち艦娘爆弾がパラオ泊地で爆発し、我らが満身創痍になるときを!」

「「なっ!?」」

「包囲を続ければいずれ山風たちは爆発する! 援軍を送れば泊地に攻撃を仕掛け山風たちを爆発させる! 我らが艦娘を救わずには居られない事を逆手に取られたんじゃ!!」

 

長門は天を仰ぐ。

なんと言うことだ、敵と対峙する事はできない。援軍と併せて殲滅する事も出来ない。

 

「ならば、戦力を包囲陣の一箇所に叩きつけて、突破することはできないのですか!」

「その場合も山風たちは見捨てなければならない! 戦力を集中させるのなら自然、密集陣形となる。なら尚更、艦娘爆弾は効果を発揮する! 集中させようとした戦力が満身創痍になれば壊滅するだけじゃ!!」

「そんな……」

 

山風たちが死を迎えようと、爆発しようとしているのに、何もする事が出来ない。

無力感に苛まれる長門たち。

 

その時、海軍 関中将からの私信が永井司令官宛に入る。

 

「なんじゃ、こちらは作戦中なので時間はないぞ」

 

『いえ、そちらの窮状は分かっておりますので、助言をと思いまして』

 

「なに、そんな手があるのか?」

 

永井司令官の問いに関中将はくくくと、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

『簡単な事です。艦娘を、いえ、艦娘爆弾を敵陣に突撃させ、敵陣で爆発させれば良いのですよ』




15冬イベント、トラック泊地強襲の内容もまとめてやります。
そろそろ反応が怖い


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第十四話 7 星が輝く時――落ちる涙、悲痛な叫び




『艦娘爆弾を敵陣に突撃させ、敵陣で爆発させれば良いのですよ』

 

「関中将……お主、正気か?」

 

『ええ、本気ですよ。艦娘爆弾となった艦娘は後は爆発するしか能がない、なら、せめてそれを我々のコントロール下で行わせるべきです』

 

非情ではある、だが、確かに間違っては居ない。

艦娘爆弾は、言わばババ抜きのババ。

持ち続ける事に意味はない、押し付けてこそ意味がある。

 

「じゃが……じゃが……」

 

永井司令官の良心が、艦娘をただの爆弾として扱うことに苦悩を齎す。

 

『おやおや、良いのですか? W島を攻略し、AL/MI作戦を成功に導き、欧州さえも開放した希代の英雄の居ない間に艦隊を壊滅させて』

 

永井の苦悩を嘲笑うかのように関は言葉を続ける。

これ以上聞いてなどいられない。

 

「分かりました、私達が行けば良いのですね」

 

艦娘爆弾と化した4人の艦娘の内、野分が永井を嘲笑う関の言葉を遮り、決意を口にする。

 

『ほう! 良い覚悟ですね! 今すぐ行けと言いたいところですが、私は優しいので10分だけ別れの時間を差し上げましょう!!』

 

 

 

 

 

「長門さん、防空駆逐艦のお勤め果たす事が出来ず、申し訳ありませんでした」

 

秋月には未だ姉妹艦といえる存在が艦隊にいない。

だから、自分の、防空駆逐艦の救出を、着任を喜んでくれた長門の元に向かった。

 

「我らこそすまない! こんな形で犠牲を強いるなど!!」

 

悔し涙を流す長門は秋月の手を握る。

秋月の手は恐怖で震えていた。

 

「おか……しいですよね? 戦いも沈む事も、経験済みな筈なのに震えが止まらないんです」

「おかしい事があるものか! 許してくれ! 我らの無力を許してくれ!!」

 

 

 

「のわっち、ダメだよ! 行っちゃダメだよ! こんな命令聞いたらダメだよー!!」

 

舞風は野分から離れようとしなかった。

ようやく会えた野分を二度と離しはしない、離れたくない。

その想いで引きとめようとする。

でも、そうすれば舞風が道連れになる、それだけは野分には耐えられなかった。

 

「舞風、ありがとうございます。でも、爆弾になった私に貴方を巻き添えにしたくないんです」

「それでも……いいよぉ。のわっちを見捨てて一人で生き延びるなら、それでも……」

「ダメですっ! 舞風、貴方は生きてください!」

 

けれども、野分とて死の恐怖を完全に拭うことなんてできなかった。

唇は震え、顔色は蒼白になっている。

それでも舞風に生きて欲しいから、野分は気丈に言葉を続ける。

 

「舞風、昔、私はトラック島の襲撃の際、貴方を助ける事が出来なかった。でも、今は違います。この命を剣に換えることで貴方の未来を切り開く事が出来る。だから、私は満足です。この数日間、数日間だけでも舞風と日常を遅れただけで十分なんです」

「のわっち……のわっちぃ、あ、ああ、あああああぁーっ!!」

 

いつも明るい舞風が泣き崩れる。

両手で顔を覆い、叫ぶように涙を流す。

 

「まいかぜ、さいごのダンス、しましょう?」

「のわっちぃ……」

 

野分と舞風のダンスは、もうダンスと呼べるものではなかった。

抱き合って互いの体温を感じる、ただそれだけのものとなっていた。

 

 

 

「「春雨!!」」

「今度は、夕立姉さんより、村雨姉さんより、先に行く事になりそうです」

 

戦いに犠牲は付き物だからと、恐怖に震えながら春雨は白露型の艤装に、死に装束に身を通す。

 

「ちがう! そんな事ない! 隊長さんは私達も生を謳歌するべきだって言ってくれてたの!! だから春雨も!!」

「そうなんですね、素敵な隊長さんだったんだろうなあ。一回会ってみたかったな」

「だったら!」

「『また今度』、機会があったら宜しくお願いします。姉さん」

 

覚悟を決めた春雨に、村雨と夕立は何も返すことは出来なかった。

 

「なにも出来ないの? 春雨が爆発してしまうと言うのに私達はなにも出来ないの!?」

 

答えられる艦娘は居なかった。

 

 

 

「山風ねえ!」

「山風!!」

 

駆逐イ級に食いちぎられた傷痕も痛々しいまま、山風は傷口を簡単に止血処理していた。

でも片手での処理は拙く、思うように止血処理できない。

 

「時雨姉、涼風、近づいちゃダメ……あたし、いつ爆発するか分からないから……」

「だからって、そんな痛々しいの放っておけない!」

 

そう言って時雨は手際よく海風の傷の止血をしようとして、何かに気付く。

 

「時雨姉、どうしたの?」

「え? ううん、なんでもないよ」

 

そう言う時雨だったが、先程とは明らかに怪我の処理が遅い。

時雨は少しでも離れ離れになる瞬間を遅らせようとしていた、その時が少しでも後になるように。

でも流石に気付いた山風が立ち上がる、もう、止血自体は終了していた。

 

「山風!」

「時雨姉、もういいよ……こうしてる間に爆発するといけないから……あたし、行くね」

 

目尻に涙をためながらも、虚勢を張って山風は春雨たちの元へ行く。

もう、引っ込み思案な妹に、山風に何もしてあげる事は出来ないのか。

 

「山風……」

 

時雨は力なく腰を落とした。

 

 

 

 

 

そして、4人は敵陣へと死の行進を始める。

だが、何故か敵からは砲撃も、爆撃も、雷撃一つ飛んでくることはない。

自分達を艦娘爆弾と分かっているからなのだろう。

 

「みなさん、行きますよ。もっと肉薄して、少しでも多くの敵を……」

 

野分の言葉に頷く四人。

 

「そうよね。どうせ……江風も海風も居ないんだもの、あたし一人で死ぬのなら……」

 

だが、一人と言う言葉にはっとする山風。

 

『山風』

 

「時雨姉……」

 

『山風ねえ』

 

「涼風……」

 

嘘だった。

 

自分には江風が居なくても、海風が居なくても、時雨がいた、涼風がいた。

 

暖かった。

 

寂しくなかった。

 

ずっとこんな生活が続いてくれると思っていた。

 

なのに死ぬのか。

 

「嫌だ……」

 

一人で、爆発して、死ぬのか。

 

「嫌だよ……江風も海風も時雨姉も涼風も居ない場所で、一人で爆発して死ぬなんて嫌だよ! 嫌だー!!」

 

もうそこから先は言葉にする事が出来なかった。

山風は一人で死ぬのは嫌だと、パラオ泊地へと向かおうとする。

 

「みんな、山風を止めるよ!! 長門さんたちの方に行かせちゃダメーっ!」

 

3人は狂乱し走り出した山風を引き止める。

引き止められた山風は、それでも狂乱したまま言葉を紡ぎ出す。

 

「怖い、怖いよ! 海風! 江風、怖いよー!!」

 

「助けてーっ! 時雨姉! 涼風ー!!」

 

と、野分も山風と同様にその場に崩れ落ち、涙をぽろぽろと零れ落とす。

 

「私だってイヤ……です、イヤです! イヤですっ!! 死にたくない……まだ私、死にたくない!! やっと舞風に会えたのに! みんなに会えたのに。こんな風に死ぬなんて嫌ーっ!!」

 

あとは連鎖であった。

涙が涙を呼び、春雨も秋月も山風ともたれあうように水面に膝を突き、泣き崩れる。

 

「生きたい! 私だって……私だって! 村雨姉さんと、夕立姉さんと、みんなと一緒に生きたかった、行きたかったよー!!」

 

死にたくないと、生きたいと、本音を零す4人。

 

 

 

その悲痛な叫び声は、パラオにも届いていた。

 

でも、艦娘たちには何もする事が出来なかった。

大事な妹たちが、仲間が死を迎えようとしているのに、ただ涙を流すことしか出来なかった。

 

そして時雨が天を仰ぎ叫ぶ。

 

「お願い、お願いだよ……助けて……誰か、あの子たちを、山風たちを助けてよーっ!!」

 

けれども、答えるものは誰も居なかった。

誰一人として答えられなかった。

 

悲痛な沈黙がパラオ泊地に満ちる。

 

と、衝撃が彼らを襲った。

何の衝撃かなど、考えるまでもなかった。

 

「ウソだ……」

 

4人は、たった今――

 

「ウソだっ! 山風が死んだなんてウソだーっ!!」

 

現実を拒絶しようと時雨が叫ぶ。

 

 

 

 

 

だが、それが齎したものは絶望ではなかった。

 

――なぜなら、

 

「みんな!!」

 

 

 

 

 

希望だったからだ。




ウツテンカイ、反応怖い。

アンケート前の案ではその場で泣き崩れた4人を爆発させるために、関が艦娘たちに4人への砲撃を命じると言うとてつもないウツテンカイでした。
いくらなんでも酷すぎるのでボツ。


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第十四話 8 希望は西方より――死兆星は輝かず

その声の主は、ここには居ない筈だった。

欧州で地中海決戦の傷を癒しており、その後も陸路で帰国する筈だった。

だが、形は変われど、彼が身にまとっているものは間違いなく光武・海で、なにより……

 

「待たせて、ゴメン! みんな!!」

 

その愛おしい声を、その凛々しい姿を、艦娘たちが見間違える筈もない。

誰あろう大神一郎が目の前に居た。

 

「隊長、どうして……」

「もちろん決まっている。君達を、艦娘爆弾にされた4人をパリからリボルバーカノンで救援に来た! 既にグラン・マから、米田閣下から状況は聞いている。彼女達を助けるぞ!!」

 

未だ信じられないと言った表情を浮かべている艦娘たちに、大神は力強く答える。

 

「でも、どうやって……僕達には、どうする事もできなくて…………」

「それが深海の手によるものであるならば関係ない! 破邪の剣を以って全てを浄化する!!」

 

その声を聞いて時雨の眦から涙が溢れる。

ああ、救えると言うのか、山風を。

 

「時間が惜しいから、俺は今から可翔機関を用い空を飛んで4人の元に向かう。けれども、俺は4人と面識がない。誰か、4人に説明するために俺と共に飛んで欲しい」

 

艦娘が空を飛ぶ、そんな事は誰も経験がない。

一瞬、戸惑いが艦娘の中を通り抜けるが、山風のためならばと時雨は手を挙げる。

 

「僕が行くよ! 山風は人見知りが激しいから、僕が説明する。だから、だからお願い、隊長! みんなを!!」

「分かった、いくぞ時雨くん!!」

「きゃっ?」

 

そう言って、大神は時雨の体を横抱きに抱える。

大神の顔を至近で見て顔を赤らめる時雨。

しまったと思う一部艦娘であったが、そんな事を考えていられる状況ではない。

 

「落ちるといけないから、俺にしっかり抱き付いてくれ、時雨くん!」

「うん!!」

「よし、霊子タービンフル稼働! 可翔機関機動! 飛ぶぞ!!」

 

そうして、剣狼はパラオの空へ飛び立つ。

 

パラオから4人の叫び声が聞こえる程度だ、そこまでの距離はない。

二人は間もなくして、敵艦隊の砲撃戦距離内に入った位置で泣き崩れる4人の姿を確認した。

彼女達が艦娘爆弾である事は知られているのだろう。

敵の砲撃はされていない。

 

「あそこだな。降りるぞ、時雨くん!」

「うん!」

 

泣き崩れ、周囲に気を配る余裕すらなくなっていた4人だが、空から降り立つ見知らぬ男の姿に警戒感を露にする。

だが、その姿に時雨が混ざっていた事に山風の警戒感が薄まる。

いや、時雨を巻き込んで死なせてはいけないと正気に戻る。

 

「時雨姉、来ちゃダメだよ! 時雨姉まで……死んじゃう!!」

「山風、大丈夫! 隊長が、大神さんが来てくれたんだ! もう山風は死ななくていいんだよ!」

「え……時雨姉、それ……本当なの?」

 

絶望の中もたらされた希望。

しかし、それはあまりにも唐突であった為、4人は大神の事を訝しげな視線で見やる。

 

「本当だよ! 隊長は深海棲艦になってた艦娘も元に戻せるんだ、怪我をした艦娘も治せるんだ! 隊長を信じて!!」

「でも……」

 

再度の時雨の声にも、山風は怯えた様子を隠せない。

 

「分かった、山風くん。なら、まずは君の腕の怪我を治す。それからでもいいかい?」

 

そう言って、大神は山風の失われた左腕に触れる。

 

「大丈夫だよ、山風。隊長を信じて」

 

男の人に触られて、山風はビクリと怯えるが、右腕を時雨が握る事でその場から駆け出したりはしなかった。

時雨は山風の包帯を外して、時を待つ。

そして、いつもとは異なり優しげな声で大神の霊力技が発動した。

 

「狼虎滅却 金甌無欠」

 

声と共に大神から柔らかな霊力の波動が発散される。

そして、霊力の波動を受けた山風の左腕はうっすらと元の姿を取り戻していく。

霊力の波動を受けるたび山風の左腕は実体に近くなり、技の発動が終わる頃には山風の左腕は完全にその姿を取り戻していた。

そこには、もう傷痕一つ残されていなかった。

 

「え?」

 

山風が左手を握ってみようと思うと、すぐに握り締めた左手の感触が山風に伝わっていく。

当然の事であるが、考えたとおりに左腕が動く、左腕の感触が伝わる。

 

「う……そ…………」

 

信じられないものを見て、4人は唖然とする。

けれども目の前で行われた事は事実だ、もはや疑う余地など存在しない。

 

「みんな、これで信じてもらえるかな? 俺がみんなを助ける事が出来ると」

「助けて……くれるの?」

「ああ!」

 

それで4人の涙腺は再度決壊した。

涙を零しながら、大神に懇願する。

 

「「「助けて! 爆発なんてしたくない、死にたくないの!! だからお願い! 助けて!!」」」

「勿論だ! みんな行くぞ! 破邪滅却 悪鬼退散!!」

 

大神の放った破邪の剣風が4人を通り抜ける。

そして、4人に仕掛けられた悪魔のカラクリを浄化し、消滅させる。

4人も自分の中にあった何かが消失していくのを感じた。

 

けれども、確証がもてなかった。

自分たちが救われたと言う、艦娘爆弾でなくなったという確証が。

戸惑いを未だ隠せない4人を見て、時雨は4人の制服を捲り上げた。

 

「キャッ!? 何するの、時雨姉?」

 

男の人の前で制服を捲り上げられて、可愛らしい叫び声を上げる山風。

 

「みんな、ゴメン! 背中を僕に見せて!!」

 

そうだ、艦娘爆弾の証が背中の星の印と言うのなら、今の4人には――

 

「ない……星の印も消えているよ!」

「本当、本当なの? 時雨姉さん?」

「うん! みんなも確認して!」

 

そう言われて、4人はお互いの背中を見せ合う。

確かに星のマークは完全に消失していた、喜ぶ山風以外の3人。

一方山風は大神をじっと見つめていた。

 

「……もう、あたし……爆弾じゃないの?」

「ああ」

 

山風は自分の腕を治し、艦娘爆弾から解き放った大神の元に少しずつ近寄る。

 

「爆発しなくて……いいの?」

「そうだよ」

 

恐る恐る、大神に手を伸ばす山風。

 

「あたし、助かったの? 死ななくても……いいの?」

「勿論だ、山風くん!」

 

そんな山風を、大神は引き寄せ抱き締める。

けれども山風は大神から離れようとしなかった。

引っ込み思案な、人見知りする自分の筈なのに、会って間もない大神の事が近くに居てほしい存在に思える。

 

「生きても……生きてもいいの?」

「ああ! 君は……君は生きていい! 生きていいんだ!!」

 

大神に更に強く抱き締められる山風。

けれども、それが少しも嫌じゃない。

大神の力強いぬくもりを感じて、そして、山風は再び緊張の糸が切れた。

 

「あ……ああ……あああああっ! うわあああーっ!」

 

しかし、それは絶望によるものではない。

大神の胸に抱かれ、喜びのままに山風は涙を溢れさせ、泣き叫ぶ。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、山風くん。君はもう大丈夫だから」

「あああああっ! ああああっ……お、大神さん……ありがと……ありがとぉ……っ」

 

子供をあやすように、山風の髪を撫でる大神。

それが暖かくて、山風は子供のように大神の胸の中で泣くのだった。




軍や黒提督の事が感想にありました。
ネタばらしせずに回答するのも難しくまた誤解されそうなので、もうネタばらししちゃいます。
サクラ大戦2に出てた黒鬼会 五行衆 火車の声優さんは、『関』俊彦さんです。
火車の性格は――つまりはそう言うことです。

せっかくの仕込みだったので、もう少し後のサプライズにしたかったのですが。


渥頼は2の天笠がモデルですが、一応オリジナルです。


あと活動報告でも書きましたが、この土日は艦これ観艦式に行きますのですいませんが更新はありません。


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第十四話 9 ていと――欧州華撃団! 参上!!

大神の腕の中で泣いていた山風だったが、しばらくするとようやく我に返って泣き止んだ。

そして、自分が大神の腕の中で、大神の胸にすがり付いて泣いていた事に気が付いた。

 

「あ……あたし……なんて……なんて、大胆な事を……」

 

山風は更に頭を大神に撫でられている。

恥ずかしい、時雨や野分たちにも生暖かい目で見られている気がする。

山風は顔を真っ赤にして大神から離れようとする。

 

「ん? どうしたんだい、山風くん?」

「あのね? あたし……あたし……」

「ああ、ごめん、山風くん。馴れ馴れし過ぎたかな、嫌だったかな?」

 

そう言って山風から一歩下がって離れ、間を空けようとする大神。

 

「あ……」

 

ところが大神が離れていく事に急に寂しさを感じた山風は、ぴったりと大神に寄り添ったまま歩み寄り、離れない。

 

「山風くん?」

「あたし、嫌じゃないから……大神さんのこと、嫌いじゃないから……」

 

捨てないでと、小猫の様に縋り付く様に大神を上目遣いで見上げる山風。

そんな山風の頭を再度撫でる大神。

 

「分かった、山風くん。でも、じきにここは戦地と化す。艤装の調整も改修も終わってない君達には危険だから、今はパラオ泊地まで下がってくれ」

「……うん、分かった……」

 

大神がそう言うとようやく山風は大神から離れ、野分たちの元に歩む。

次いで、大神は有明鎮守府の永井司令官に連絡を取る。

 

「永井さん、自分が不在の間の指揮ありがとうございました」

『すまん、大神。敵の策にしてやられた。あと少しで山風たちを無為に――』

「気にしないでくださいとまでは言えませんが、敵の策が悪辣すぎたのです。情報がなければ自分も誰かが傷つくまで、気付けなかったかもしれません」

『アビスゲートが一つ破壊された事で、深海も手段を選ばなくなっているということじゃろう――いや、総括は後にしよう』

 

そこまで言うと、永井は佇まいを直す。

 

『大神大佐、貴公が帰ってきたのなら司令官代理の代理業はもう必要ないな。艦隊の指揮権を貴官に返却する!』

「艦隊の指揮権、確かに受け取りました! これより、自分達はパラオ泊地を包囲せんとしている敵深海攻略部隊への反撃を開始! これを撃滅します!!」

『隊長! 現在における敵戦力の情報を送信します! ご確認下さい!!』

「ありがとう大淀くん――長門くん!」

 

敵戦力の配置を伝えられ、大神は一瞬考えた後対応を決定する。

永井ら有明鎮守府との通信を、パラオの全艦娘にも聞こえるようにチャンネルを設定する大神。

 

『大佐!! 地中海で負った怪我の治療はもうよいのか!?』

「ああ! リボルバーカノンでの射出前にエリカくんたちの霊的治療も受けた、もう万全だ! そちらの損害状況は?」

『渾作戦最終段階での損害は殆どない! 山風たちを大佐が救ったと聞いて士気も回復した! 問題ない!!』

『隊長とのわっちにいいとこ見せるんだもん!』

『いいねー、しびれるねー』

『やだ、かっこいい……』

 

そう気合を入れる舞風に続き、パラオに滞在する艦娘たちが次々と答える。

 

「分かった。山風くんたちはパラオ泊地に帰還し待機。加賀くんたちを基幹とした機動部隊は北方の敵機動部隊を撃破してくれ!」

『了解しました。大神隊長と共に挑む久々の戦い、流石に心が高揚します』

 

久方ぶりに聞く大神の声に胸を熱くさせる加賀。

 

「扶桑くんたち水上戦力は、南方の敵水上打撃軍を撃破!」

『分かりましたわ、隊長』

 

「榛名くんたちはその高速性を生かして遊撃偵察! 後方に控えるであろう敵主力部隊の位置を掴んでくれ!!」

『榛名を指定して下さるなんて、榛名感激です! 全力で参ります!』

『なんで、私じゃなくて榛名なのかしら……ぶつぶつ』

 

比叡は若干不満げな表情をしている。

 

「長門くんたちは西方の敵艦隊を撃滅! その後敵主力部隊を捕捉した後に、パラオの全戦力を以って敵攻略部隊主戦力と交戦! 撃滅するぞ!」

『東方の敵先遣艦隊はどうするのだ、大佐?』

「それは俺たちに任せてくれ! 接近している敵艦隊の先峰をこのまま撃滅する!」

『待ってくれ! いくらなんでも、時雨と大佐の二人だけでは無茶だ!!』

『隊長、ビッグサイトキャノンによる援軍戦力の手配も可能です、ご再考を!!』

 

大神の無謀ともいえる作戦に、長門と大淀が再考を促そうとする。

だが、大神はパラオ救援に向かうに当たって、全てを手配済みだ。

 

「大丈夫だ! 山風くんたちの爆弾の解除を確認して、援軍戦力はリボルバーカノンで既にこちらに向かっている! そうですよね、グラン・マ?」

『ああ、日本の艦娘も安心しな。とびっきりの戦力を送ったよ!!』

『イザベラ・ライラック大統領? と、言う事はまさか!?』

 

「「「All right! その通りよ!!」」」

 

その声と共に大神の周囲に数多の水柱が立ち並ぶ。

 

「来たか、みんな! 行くぞ! ていと――」

 

そう名乗りをあげようとする、大神、川内、そして鳳翔。

しかし、言い終わる前にビスマルクたちが大神の声を遮って叫んだ。

 

「欧州華撃団! 参上!!」

 

 

 

 

 

ぴきーん、と、ある筈のない音を立てて時が、時雨が、山風たちが凍った。

 

 

 

 

 

パラオ泊地も凍った。

 

 

 

 

 

有明鎮守府も凍った。

 

 

 

 

 

それをいい事に援軍戦力の旗艦である――ビスマルクは調子に乗って叫んだ。

 

「イチローは私達のAdmiralなんだから! 返してあげないもん!!」

 

 

 

 

 

後に、その場に居た時雨はこう語る。

 

 

 

「あれは間違いなく、宣戦布告でした……」

 

 

 

「欧州の艦娘から、僕達、日本の艦娘全員への宣戦布告でした!!」




別の意味で大海戦の前振り。


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第十四話 10 反撃! パラオ強襲艦隊撃滅戦0

欧州艦隊の名乗りに続く、ビスマルクの爆弾発言。

一瞬時が止まった日本の艦娘たちの中、いち早く復活したのはやはりLOVE勢筆頭の金剛だった。

 

『いきなり何言うデスカー! 隊長は私達の隊長なのデース!』

「その服装……あなたが金剛ね。あなたは英国製なのだから、欧州に戻ってきてもいいのよ? 美味しい紅茶もあるし」

 

さらりと、ビスマルクが日本の艦娘に揺さぶりをかける。

しかも本場英国のティーパーティー付きだ。

 

『え? 美味しい紅茶……そ、そそそ、そんな誘惑には負けないのデース!!』

『お姉さま! おもいっきり揺さぶられてどうするんですか! 一人だけ隊長と一緒だなんて行かせませんからね!!』

 

比叡、それはどっちの意味だ。

 

『そうです! あの観艦式の日、金剛型四姉妹で、日本の艦娘全員で誓い歌った提督……いいえ! 大神さんとの絆はどうするんですか!?』

『ハッ! 確かに!! そう、隊長はもう任務を果たして帝國に戻って来たのデース! 正式に艦隊の指揮権も移行したのデース! もう隊長は! 私達の隊長なんデース!!』

「違うわ! だって私達の指揮権もまだイチローにあるんですもの!!」

『それ、やめるデース!! 隊長の事を名前で呼ぶなんて失礼デース!!!!』

 

再度、大神の事を名前で呼ぶビスマルクに噛み付く金剛。

 

「あら、イチローは認めてくれたわよ」

『ぐぬぬぬぬ! なら! 私も! 名前で呼ぶデース!! Hey、隊長! これから『イチロー』と呼んでもいいデスカー?』

 

上がったテンションのまま、大神に問いかける金剛。

 

「え? ああ、俺は構わないけど」

『えぇっ!? じゃ、じゃじゃじゃあ、呼びますヨー! い……い、いち…………やっぱりダメデース! こういうのは、時間と場所と、ムードとタイミングをわきまえるものなのデース!』

 

顔を真っ赤に染めて、イヤンイヤンする金剛。

普段は積極的だが、結構土壇場では乙女だったりする。

 

「ふっ、『イチロー』と呼んでるのは私達、欧州艦娘だけのようね! その程度の絆だと言うのなら私たちには勝てないわよ!!」

『怖気づいちゃダメです、金剛さん! ビスマルクさん、そうは問屋がおろしませんよ!! 逃がしませんからね! 『一郎くん』!!』

「か、鹿島くんまで!?」

『私を浚いに来てくれるって言ったのに、約束してくれたのに……一郎くん酷いです…………』

 

そう嘆く鹿島の目元には涙が光っている。

急に罪悪感に襲われる大神。

 

「鹿島くん……」

『隊長ー! 騙されちゃ駄目デース! 鹿島ー! 目薬差して泣き真似しちゃ駄目デース!!』

『ちょっと金剛さん、今いいとこだったんですから邪魔しないでくださいよ!!』

 

予想通りの仕込みをしていた鹿島に突っ込みを入れる金剛。

しかし、

 

「ふふふ、こんなときに同士討ちだなんて、日本の艦娘敗れたり! ね、プリンツ?」

「はい。勿論です、ビスマルクお姉さま♪ アドミラールさんは共有しちゃいましょう。帰りのシベリア鉄道での旅行、楽しみですね~♪」

 

ビスマルクとプリンツは仲良く共有する事に決めたようだ。

だが、最後の言葉を黙って聞いては居られない艦娘が居た。

 

『シベリア鉄道……もしかして、あなたたち欧州の艦娘は知らないのですか? シベリア鉄道で何があったのか…………』

 

勿論神通だ。

 

『何があったかですって? イチローが川内、鳳翔とモスクワまで行ったんでしょう? それ以外に何があったの? パリでのティーパーティでも、トゥーロンでの生活でも聞いてないわよ』

 

川内と鳳翔が秘密にしようと話していないのだから、ビスマルクたちに知る術はない。

加山を罠にはめて白状させた有明鎮守府とは違うのだ。

 

『そう、貴方達は知らないんですね。今現在における、最大の敵はそこに居る川内姉さんと鳳翔さんだと言う事に』

「ちょっ! 神通!? なんでそんな事を知ってるのよ!!」

 

シベリア鉄道で過ごした大神との素晴しき、でもバレたら命の危険な日々が晒される。

そう感じた川内は慌てて神通を止めようとする、鳳翔は思い出して顔を真っ赤にしている。

だが、その態度こそが加山から白状させた事が真実なのだと神通に確信させた。

 

『蛇の道は蛇と言いまして、川内姉さんと鳳翔さんは――』

「ひーっ! やめて、やめてよ、神通!!」

『やめてあげません、川内姉さん。いいですか、欧州の艦娘の皆さん、姉さんたちは――』

 

そして、二人の罪状が次々と明らかになっていく。

有明鎮守府で行われる筈だった魔女裁判がここに開幕した。

 

「一つ屋根の下どころか同室で一週間も過ごした……」

「夕焼けの綺麗な湖で鳳翔さんとアドミラールさんが抱き合いながらデート……」

「川内がイチローに抱かれて一晩を過ごした……」

「川内がイチローを騙して、『結婚しよう』と云わせた……」

「寝惚けた川内がアドミラールさんを抱きまくらにした……」

「鳳翔たちがイチローの着替えを余すことなくバッチリ見た……」

「鳳翔とイチローが同じシャワー室で一緒に洗いっこ……」

「鳳翔だけずるいと川内ともシャワー室で洗いっこ……」

 

罪状を次々と読み上げる神通の言葉を淡々と繰り返すビスマルクたち。

俯いたビスマルクたちの顔からは表情が失われていく。

当然といえば当然だ。

トゥーロンで大神とビスマルクたちは一つ屋根の下で暮らしてはいたが、そこまでイヤーンな事は合体技の練習くらいだ。

それ以外はそこまで密着に接する事などなかった。

なのに。

 

「なのに、川内と鳳翔はそこまでイチローとの密着生活を満喫していたなんて……」

「「「ひぅっ!?」」」

 

ゆらーりと、顔を上げ、川内と鳳翔を見やるビスマルク。

はっきり言って怖い、川内と鳳翔が悲鳴を上げる。

ついでに時雨や山風たちも悲鳴を上げている、勿論それはとばっちりである。

 

『ねえ、ビスマルクさん? 私達はお互いに争う前に最大かつ、共通の敵を殲滅した方が、罪には罰を以って対応した方がいいと思いません?』

「そうね、私も同じ事を考えていたわ。目には目を、歯には歯を、とも言うし」

 

神通とビスマルクが通じ合ったようだ。

もし同じ場所に居たのであれば、がっちり握手をしたに違いない。

 

『川内姉さんたちが帰ってきたら、姉さんたちにはウルトラスペシャルベリーハード訓練をしてもらう予定だったんです。先ずは帝國の全艦娘による飽和砲撃を避ける訓練だったんですが――』

「勿論、欧州艦娘もそれに参加させてもらうわ。いいわね、みんな?」

 

ビスマルクだけではない、欧州の艦娘全員が頷いていた。

 

「お、大神さん! 助けてーっ!!」

「私達を欺いていたなんて。ザラ、ちょっとお冠かな」

「ポーラもです~」

 

恐怖のあまり、川内は大神に抱き付いて助けを求めようとしたが、別の意味でやる気全開のザラとポーラに両腕を拘束される。

海上を引きずられ、川内は大神から引き離される。

その姿はまるで、地球人に捕まった異星人のようだった。

 

 

 

一方、鳳翔は無駄な抵抗はしなかった。

それは後日の第二次制裁、もとい正妻戦争――シュラバヤ沖海戦での扱いの大きな違いとなるのだが、それはまた別の話。




深海棲艦「お前ら戦え」

そういや、今年の艦これ観艦式はビッグサイトで行われたけど、それも前に自分が書いてたな。
やはり自分は預言者(ないない)


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第十四話 11 反撃! パラオ強襲艦隊撃滅戦1

「みんな、そこまでだ。敵は未だ健在だから、俺の去就については後にしてくれ」

 

宇宙人のように死刑台に送られようとしていた川内を、流石に止める大神。

舌戦ならともかく、行動に移そうとしたのを見て流石に止めるべきとみたようだ。

 

「大神さん! 助けてくれるって信じてたよ!!」

 

感激の涙を流す川内に、他の艦娘全員が日欧問わず舌打ちをする。

 

『ムッシュの言う通りだよ、それにビスマルク以下の艦娘は欧州には戻らなくていいんだ』

「大統領、それはどういう意味なの? 欧州は開放されたとは言え、大西洋は依然深海の手の内。大西洋航路が回復しないうちは完全とはいえないわ」

 

グラン・マの言葉に疑問を投げかけるビスマルク。

確かに尤もな疑問ではある。

 

『前にも言っただろう、そのためにはムッシュも艦娘にもブレイクスルーが必要だって。現在、艦娘の研究についても、ムッシュのサポートの研究も進んでいるのは日本だからね。あんたたちは当分の間は、日本に派遣する形にする』

「だけど、私達を欠いたら制海権を廻る戦いが不利に……」

『深海棲艦は完全に開放された欧州近海には進入する事すら出来ない。元々深海棲艦が確認されていない北氷洋は、艦娘の活動も不可である以上気にしても仕方がない。アフリカ大陸の大西洋側沿岸の保護はあんたたち抜きでもやれるさ』

「……分かったわ。ビスマルク以下、欧州援軍艦隊は『大神一郎隊長に指揮権を委ねたまま』、日本の華撃団への派遣任務を受諾するわ」

 

ビスマルクは派遣任務について了承する。

幸い、日欧艦娘共通の敵、川内と鳳翔を見出すことで帝國の艦娘との一時的な和解はなった。

このまま派遣されても問題は――

 

『えー、こっちにやって来るんデスカー?』

「金剛くん、そんな事を言ってはダメだよ。みんなも今は戦いに集中しよう!」

「「「了解」」」

 

完全にわだかまりがなくなったわけではないが、大神の呼びかけに即答する内は大丈夫だろう。

 

「大淀くん、敵の状況に変化はあるかい?」

『全体的に彼我の距離は詰まっていますが、大きな変化はありません』

「分かった。山風くん、野分くん、秋月くん、春雨くんはパラオ泊地に退避! ゆーくんとルイ、リベ、レーベくん、マックスくん、コマンダンテストくんとローマくんは彼女達を守ってくれ!」

「了解です」

 

そして山風たちはパラオ泊地への退避を始める。

 

「時雨くんはこのまま俺たちと戦いに参加してもらう、いいね?」

「うん、勿論だよ。山風たちをあんな目に遭わせた敵に、これ以上失望しても仕方ないけどやれるだけの事はしたいよ!」

「アドミラル、敵索敵は完了したが先遣艦隊の旗艦艦隊には未確認の鬼級深海棲艦が居るぞ! 機動艦隊も多数存在する、どうする?」

 

索敵機を飛ばしていたグラーフが援軍艦隊の行動指示について求めてくる。

退避する山風たちの護衛をつけた為、残りの艦隊は――時雨をのぞいて全て巡洋艦以上。

 

「今ここに居る艦隊で連合艦隊、空母機動艦隊を構成する! 艦隊編成は――

 

第一艦隊 ウォースパイト イタリア グラーフ アクィラ アークロイヤル 鳳翔

第二艦隊 大神 ビスマルク ガングート 川内 リシュリュー ザラ ポーラ 時雨

 

でいこう! セオリーとは全く異なるが、第一艦隊で制空をとった後に第二艦隊の弾着観測射撃を主にして損害を出さずに突破する。作戦は勿論『風』だ!!」

「「「了解!!」」」

「連合艦隊でも作戦効果は変わらず発動するが、気を抜かずに行こう! 殲滅するぞ!!」

「このアークロイヤル初の戦いが、貴下での戦いとはな。我がソードフィッシュを貴方に!」

 

そして、その言葉通り敵索敵艦隊を計20回に及ぶ連続攻撃で何もさせずに撃破。

続く機動部隊群に対しても制空権を確保し、開幕爆撃からの連続攻撃で撃破する。

 

「大神さん!」

 

しかし、続く敵艦隊は戦艦棲姫を擁している。『風』で戦艦棲姫を仕留め損ねた場合は、痛撃を必中状態で貰う以上作戦の変更が必要だ。

 

「ああ、作戦を『火』に変更する! ビスマルクくん、ガングートくん、リシュリューくんは戦艦棲姫を弾着観測射撃で狙ってくれ! 『火』なら打ち抜ける!」

「分かったわ、イチロー!」

「ああ、あの火力なら戦艦棲姫といえど敵ではない!」

「提督、リシュリューに任せて」

 

大神の言葉に頷き、主砲を戦艦棲姫へと向ける三人。

 

「残りはflagshipもロクに居ない。今の俺達が負ける相手ではない! 蹴散らすぞ!!」

 

その宣言どおり、軽母や駆逐艦を撃破していく大神たち。

しかし、一つ誤算が生じた。

 

「イチロー、ごめんなさい! 戦艦棲姫を大破に追い込みはしたけど仕留め損なったわ!!」

「誰を狙って――時雨くん!!」

 

戦艦棲姫の攻撃力は高い。

大破状態とは言え、場合によっては時雨に痛打を与える事も可能だ。

 

「え?」

 

大神は勿論時雨を庇う事を選択した。

 

「イチロー! 第一艦隊で止めを刺すわ!」

「ああ、行くぞ! ソードフィッシュ! シュート!!」

「時雨くん、大丈夫かい? 退避の必要は?」

 

第一艦隊の攻撃によって残った戦艦棲姫も撃破に追い込まれていく。

それを確認して、念のために時雨の傍に近づく大神。

 

「うん……大神さんが守ってくれたから、大丈夫だよ」

「よし! あとは旗艦艦隊だけか。決めるぞ、時雨くん!!」

 

そう言って、時雨の手を握る大神。

 

「え? ええ?」

 

最初は何の事かわからなかった時雨。

しかし、それが大神との合体技の相手に選ばれたのだと悟ると、心が暖かくなっていく。

喜びで満ち溢れていく。

 

「うん! 大神さん!!」

 

大神に握られた手に自分からも力を込める。

 

 

 

 

 

「うーん、どれにしようかな?」

 

夏休みのとある日、僕は鏡の前でどの服に袖を通そうか迷っていた。

だって、今日は都会の叔父さんたちが、ううん、正確には従兄弟のお兄ちゃんが来るから。

数年ぶりに親戚が集まる日。

大好きなお兄ちゃんとの、数年ぶりの再会の日。

この数年の間に自分がどれだけ成長したのか見せ付けたい。

可愛くなったねと言ってもらいたい。

そう思うと、とびっきりの自分を見せるために妥協なんて出来なかった。

 

「うーん……」

 

結局、僕は手持ちの服で一番露出度の高い服を選んだ。

でも、もしえっちな目で見られたら……どうしよう。

そんな事を考えながら階段から下に下りたら、お父さんに、

 

「まずは『僕』と言う口調を直したほうがいいぞ、時雨」

 

とため息を吐かれた。

でも、でもでも、それで、もしお兄ちゃんに僕が時雨だって気付かれなかったらいやだし。

お爺さんには、

 

「ほっほっほっ、時雨も色気づくようになったか。年は経ってみるもんじゃのー」

 

と笑われた、お母さん達にも僕が何のためにこの服を選んだのかバレバレのようだった。

ううう、恥ずかしいよ。

と、階段下で話していると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「ごめん下さい、一郎です」

 

お兄ちゃんだ!

 

そう思ったら、勝手に身体が動いていた。

玄関先まで小走りで辿り着いて、呼吸を落ち着かせようと一呼吸。

その間に扉が開いて、お兄ちゃんの姿が見える。

 

お兄ちゃんは僕の姿を見て驚いているようだった。

お兄ちゃんの視線が体のあちこちに向けられているのを感じる、恥ずかしくて顔が火照りそう。

それに、数年ぶりに会うお兄ちゃんも凄くかっこよくなってた。

海軍士官学校で主席を取っているって聞いてたけど、凛々しくて男らしく見えるのは欲目かな。

 

「……もしかして、時雨くんかい?」

「うんっ!」

 

何も行ってないのに、僕だって気付いてくれた!

ただそれだけなのに嬉しい、嬉しくて堪らない。

 

「びっくりしたよ、時雨くん。しばらく見ないうちに可愛くなったね」

「僕、そんなに……可愛いかな?」

「ああ。でも、可愛くなりすぎて、ちょっと分からなかった。ジロジロみてゴメン」

 

そう言って頭を下げるお兄ちゃん。

そんな事はしないで欲しいかな。

お兄ちゃんに見てもらいたくて、可愛いといって貰いたくてこの服にしたのだから。

 

「一郎くん、頭を下げんでも構わんぞ、早く上がりなさい。士官学校の話とか聞きたいからね」

「あ、はい! それでは失礼致します」

 

その後、親戚一同の集まった広間でお酒も交えてお互いの近況を話すみんな。

その中でも一番の話題はお兄ちゃんの話、士官学校での日常。

どうやらお兄ちゃんの近くにはあまり女の人の姿はないみたい、少し安心。

お兄ちゃんもお酒を飲める年齢になったので、みんなにこれでもかと言わんばかりにビールを注がれている。

お兄ちゃんに余り話しかけられなくて不満。

これは夜中まで続きそう、ちょっと残念かな。

 

しばらくして僕はお腹が一杯になったので、一度自分の部屋に戻って寝間着に着替える。

ネグリジェも一枚あったけど、流石にお兄ちゃんに見せるのは恥ずかしくて、無理!

着替えて階段から降りると、広間にはお兄ちゃんの姿はなかった。

 

「あれ、お兄ちゃんは?」

「一郎君なら、酔いが回ったので少し休むそうだ、客間で横になっているんじゃないかな」

「そうなんだ、ちょっと見てくるね」

「襲うなよ」

「襲わないよ!!」

 

客間を覗くと、明かりの消えた布団の敷かれた客間でお兄ちゃんが横になって寝ていた。

でも、酔っていたせいか、着替えないまま服を緩めて寝っ転がっていた。

ちょっと寝苦しそうだ。

枕くらいは要るんじゃないかな、と考えたところで一つ思いついた。

 

「失礼するね、お兄ちゃん」

 

僕は、お兄ちゃんの頭を少し持ち上げると自分の太ももの上に乗せる。

そしてお兄ちゃんを起こさないように少しずつ位置調整、うん、これでいいかな。

膝枕をすると、お兄ちゃんの寝息が少し安らかになる。

 

上から覗き込むと、月明かりに照らされたお兄ちゃんの顔が良く見える。

寝る前に顔を洗ったり歯磨きしたりしてたのかな、お酒臭さは感じない。

ううん、多分それを含めても、お兄ちゃんの深い吐息が心地よく感じるんだ、やっぱり欲目かな。

 

でも、今日はこうしていられても、お兄ちゃんがいる数日間はこうしていられても、数日間経ったらお兄ちゃんは帰ってしまう。

ずっと前からそうなるのが嫌だった。

もっと子供だったときは泣いて、お兄ちゃんを引き止めたりもした。

でも、滞在を伸ばしてはくれてもお兄ちゃんは最後には帰ってしまう。

ずっと傍に居たいのに。

 

「あれ……」

 

そんな事を考えていたら涙が出てきた。

いけない、お兄ちゃんを膝枕しているのに、このまま泣いていたらお兄ちゃんに涙が。

そう思って涙を拭き取ろうとする前に、お兄ちゃんの手が僕の涙を拭き取った。

 

「なんで泣いているんだい、時雨くん?」

「だって、お兄ちゃんは数日経ったら帰ってしまうから……僕はずっと傍に居たいのに」

「……参ったな」

 

ああ、やっぱりお兄ちゃんを困らせてしまう、お兄ちゃんは帰ってしまう。

そんな事はしたくなかったのに。

 

「ああ、違うんだ。時雨くん、今日君と会って俺もそう思ったんだよ」

「え?」

 

お兄ちゃんが何を言ってるのか分からない。

 

「君を離したくないって、君の傍に居たいって、そう思ってしまったんだ」

「え、ええ? それって……もしかして、僕とお兄ちゃんは両おも――」

 

そこまで言おうとした僕の唇がお兄ちゃんの唇でふさがれる。

唇を奪われて驚く僕を、起き上がったお兄ちゃんが抱き締める。

 

「そこから先は俺に言わせてくれ、時雨くん。君が好きだ」

「あぁ……僕も好き。お兄ちゃんが大好き!」

 

そして、今度は正面からもう一度僕とお兄ちゃんはキスをしたのだった。

 

 

 

『月灯りの晩、お兄ちゃんと』

 

 

 

「でも、参ったな……」

 

僕を抱き締めてくれていたお兄ちゃんがふと言葉を漏らした。

 

「え? どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、俺が時雨くんに手を出したら、叔父さんたちにロリコンと怒られそうでさ」

「そんな事はないぞ! 一郎君!!」

 

「「えっ!?」」

 

振り向くと、ふすまの隙間から親戚一同が僕達を見ていた。

も、もしかしてずっと見られていたの!?

 

「一郎君には時雨を貰って欲しいと常々思っていたんだ! 一郎君を射止めるとはでかしたぞ、時雨!」

「…………」

「どうした、時雨?」

「お父さん達のバカーッ!!」

 

僕の叫び声が夜空に響き渡った。

 

 

 

 

 

時雨と大神の繋ぎあった手から霊力が迸る。

扇形に広がった霊力は敵先遣艦隊の旗艦艦隊を飲み込み、一隻残らず浄化していく。

浄化された深海棲艦はすべて霊力の柱となり天へと昇り、雲の合間からは天使の羽が舞い降りる。

 

敵深海東方先遣艦隊は全滅した。




時雨みたいな妹が欲しいぞなw
初期案では、時雨との合体技はもっともっと長い話にするつもりだったのですが、凄まじく長くなりすぎると思ったので色々割愛、時雨ちゃんのピンチとか。
これでも長いとかいわないで。


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第十四話 12 反撃! パラオ強襲艦隊撃滅戦2

敵深海パラオ泊地強襲先遣艦隊は大神と時雨との合体技によって全滅した。

欧州艦娘から不満そうな視線が少々大神に向けられはしたが、それはそうとして自分達の役割は一先ず終わった。

 

「ねぇ、提督。私達はこのまま敵主力を迎え撃つの?」

 

ザラの問いかけに一瞬考えをめぐらせる大神。

しかし自分ならともかく、このまま敵主力を迎え撃つのは流石に艦娘の燃料、弾薬が心許ない。

 

「いや、一度パラオに帰還して補給しよう。このままでは万全な状態での戦いも出来ないし、榛名くんたちが敵主力の情報を得て、水上打撃か空母機動のどちらを選ぶか判断した方がいいからね」

「そう言う事ならわかりました、ポーラも分かったわね。一度戻るわよ」

「やりました、一休憩ですね~。ポーラも水分を補給したいと思っていたんです~」

 

懐から瓶を取り出すポーラ、勿論それはワイン瓶だ、と言うか何処に隠し持っていたんだ。

 

「女にはヒミツの隠し場所が何箇所もあるんですよ~。さて、一つの勝利には一杯の美酒を、と」

「えーと。ポーラくん、まだ敵主力艦隊との戦いが残っているから、飲むのは流石に……」

「いいじゃないですか~。せっかくの合体技の機会なのに提督に選ばれなかった残念さ、飲まないとやってられないのです~」

 

まだ酒を飲んでいないはずなのに、ポーラは微妙に絡み上戸だ。

ナチュラルハイと言うべきか。

 

「こら、ポーラ! 提督の言う通り、まだ飲んじゃダメ!」

「お姉さまもそんな事言わずに呑みましょうよ~。お姉様も大神さんと合体技したかったんでしょ? ビスマルクさんとか、時雨ちゃんみたいに大神さんとラブラブして~、キスして~」

「……そ、そそ、そんな事考えていないんだから!」

 

どうやら図星だったらしく、いつもの語気がザラからは感じられない。

 

「あ~、お姉さま。合体技じゃなくて『合体』したかったんですか~? 流石にそれは見せられませんよ、青少年の皆様方には~」

「――っ!? ポ、ポーラーっ! 何言ってんの~!!」

「あ、やば。からかい過ぎました~。撤退、戦術的撤退なのです~」

「待ちなさい! ポーラ!!」

 

激昂したザラがポーラを追いかけていく。

この様子ではそう時間はかからずに、ポーラはお縄となるだろう。

となれば、やっておく事べきをやらなければならない、時雨が横から大神の顔を覗き込む。

 

「ねえ、お兄ちゃん。僕達は帰還前に浄化した敵艦隊から新たな艦娘が見つかるか確認した方が良いんじゃないかな?」

「え?――時雨くん、その呼び方は……」

 

その呼び方は先程の合体技の延長線上のもの、よほど時雨は気に入ったのだろうか。

 

「ダメ――かな? こう呼んだら? お兄ちゃんがダメって言うなら止めるけど」

 

上目遣いの時雨に一瞬躊躇う大神だったが、一部欧州艦はイチローとまで呼んでいるわけだし、呼び名くらい艦娘の自由にさせても良いかと思い直す。

 

「いや、時雨くんがそうしたいなら構わないよ」

「ホント!? じゃあ、これから大神さんの事は『お兄ちゃん』って呼ぶねっ」

 

喜びのまま、ふわりと大神に笑ってみせる時雨。

そのあまりの可憐さに大神は一瞬言葉を失って見入った。

 

「イチロー、時雨ばっかり構ってずるいわ! 私達も頑張ったのだから褒めてちょうだい!!」

「アドミラルはロリコンだったのか!? 私の身体に触っていたから違うと思っていたのに」

 

が、その仲良さげな様子に今度はビスマルクとグラーフが機嫌を損ねたようだ。

正に無限ループになるかと思われたが。

 

「ビスマルクさん、グラーフさん。お兄ちゃんには帰還する途中で構ってもらえばいいんじゃないかな。まずは海域の捜索をしようよ?」

「……分かったわ」

「……そうだな、まずはそうしよう」

 

渋々承諾するビスマルクたち。

その後の海域捜索で波間に漂う一人の艦娘を発見する。

もちろん、彼女を救出した後にパラオ泊地へと帰還する大神たちであった。

 

 

 

パラオ泊地到着後、最初に起きた事は救出した艦娘の目覚め、そして自己紹介だった。

 

「香取型練習巡洋艦一番艦の香取です。はい、練習航海の指揮は、お任せください。必ずや貴艦隊の練度向上にお力添えできると思います」

『香取姉ぇっ? 香取姉なのっ!?』

 

自己紹介を行おうとする香取だったが、自分の姉の着任と知って、鹿島が通信で乱入してきた。

 

「あらあら、鹿島の方が先に着任していたのですね。二人で練習航海もいいかもしれませんね」

『香取姉、事前情報なしに遠洋航海するのは危険だよ。鎮守府に帰還したら、私の使っている練習航海のルートとか教えてあげるね』

「そうですね、そこは素直に教えていただきましょうか」

『うん、任せてっ。制服とかも用意しておくから』

 

そう言ってルンルン気分で鹿島は通信を打ち切る。

目の前には二人のトークに呆気に取られた大神たちが残されていた。

 

「私ったら、ごめんなさいね。妹の鹿島が居ると分かって、つい嬉しくなってしまって……」

「いや、艦娘とは言え肉親が居れば、嬉しくもなるだろうさ。気にする必要はないよ」

「そうだね、僕もお兄ちゃんが居ればそれだけで嬉しくなってくるし」

『大神くんっ! 時雨ちゃんに『お兄ちゃん』って呼ばせるなんて、何をしたんですかっ!?』

 

危険ワードに黙っていられぬぞとばかりに、再度通信で乱入する鹿島。

うん、この方が彼女らしい。

 

「いいっ!? 俺は何もしていないよ、時雨くんとはちょっと――」

「そうよねー、イチローはちょっと時雨と合体技をぶっ放しただけよねー。そのまま流されただけよねー」

 

ビスマルクが不機嫌そうに呟く。

 

『ああ、また……大神くん! トゥーロンでやったと言う合体技の特訓は、これから有明鎮守府でもするようにして貰いますからね!! 欧州艦ばかりずるいです!!』

「なん……だと…………」

 

鹿島のプラン、練習における嬉し恥ずかし恐怖のメニュー追加に愕然とする大神。

トゥーロンでの地獄が有明でも再現されると言うのか。

 

と、そうこうしているうちに各方面の敵を撃退に出ていた艦娘たちが帰還する。

 

「大神さん、北方の敵機動部隊を撃破しました、褒めて下さい」

「戦艦扶桑、南方の敵水上部隊を撃破致しましたわ、ああ……隊長、そのお顔をよく見せて下さい」

「お姉さま!? この山城と言うものがありながら、隊長に何をするつもりですの?」

「大佐! 敵西方の艦隊は撃破したぞ! これから主力に対してどう抗するのか決めるのだろう!? 是非とも我らを指名するが良い!」

 

これで、敵の遊撃偵察に出た榛名たち以外は帰還した。

あとは、榛名から情報が齎されれば――

 

『榛名たち、遊撃偵察部隊より連絡します! 敵主力部隊の存在を確認しました! 敵主管艦隊は水鬼級、姫級を擁する水上打撃艦隊となります! 但し、その護衛に多数の敵機動部隊を確認!』

「榛名くん、よくやった! 敵主力との直接の交戦は避け、パラオへ帰還するんだ!」

『了解しました!!』

 

榛名からの情報を聞いて、大神は補給中の艦娘たちに向き直る。

 

「みんな聞いたとおり、敵艦隊は機動部隊と水上打撃部隊の二重構成で成っている」

「大神さん私達は敵主力にどう対抗するの? 水上打撃? 空母機動?」

 

川内が手を上げて、大神に質問する。

 

「主管艦隊の撃破のみなら水上打撃が望ましいが、主管の撃破のみでは、パラオ泊地に危険が残る。だから、今回はここに居る日欧の艦娘たちで空母機動と水上打撃の二つとも連合艦隊を作る!!」

「「「えーっ!?」」」

 

連合艦隊二艦隊による同時反撃など聞いた事がない。

艦娘たちにどよめきが走る。

 

「その上で南ルートと北ルートから同時に反撃、敵艦隊を完全に撃破する! 空母機動部隊は敵機動戦力を! 水上打撃部隊は敵主管水上打撃艦隊を撃滅する!!」




15冬最終マップの始まりです。


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第十四話 13 反撃! パラオ強襲艦隊撃滅戦3

連合艦隊二艦隊の同時出撃による敵の完全撃滅。

今回の出撃における最大の戦いがこれから始まるのかと思うと、どよめきは期待へと変わる。

 

「イチロー! 欧州戦力は戦艦が多いわ、主管撃破を行う水上打撃には是非欧州艦を!」

 

ビスマルクが手を上げていち早く発言する。

しかし大神はゆっくりと首を振る。

 

「欧州戦力は巡洋戦艦、高速戦艦が多いからね。今回は速度よりも火力を優先したい。だから、今回の水上打撃には君達も知っているだろう大和型を用いる!」

「MIの最終戦に引き続き私達を……大和、感激です!」

「任せてもらおうか、大佐! 大佐の来援から力が有り余って仕方がないんだ!」

「あれが世界最大の艦、大和型……」

 

艦娘の中でも一際背の高い二人に、欧州の艦娘の視線が向けられる。

 

「詳細は今から発表する! 水上打撃艦隊は――

 

第一艦隊 大和 武蔵 長門 ウォースパイト 飛鷹 隼鷹

第二艦隊 伊58 神通 リシュリュー 北上 大井 時雨 夕立 大神

 

以上の編成で向かう!」

 

「えっ、なんでゴーヤ選ばれてるでちか?」

「主力部隊の戦いの前に前衛部隊との戦いがあると予想されるんだ、けれども鬼級の軽巡であっても潜水艦を優先して狙う行動パターンは既に分析出来ている。だから――」

「ゴーヤは……デコイなんでちか? 囮なんでちか……」

 

自分が艦隊内の囮と知って気を落とす58。

 

「言葉は悪くなるけどそれは否定しない、だけど!」

 

そんな58を後ろから大神は抱き締めた。

おなかに回された大神の手の感触を水着越しに感じてパニクる58。

 

「わっ!? わわっ!! ゴーヤ水着だから、抱き締められると色々感触がーっ!?」

「君への攻撃は必ず俺が守る! あくまで敵の行動の誘導がメインなんだ、信じてくれるかい?」

「信じるでちっ! 信じるから、離してほしいでち、恥ずかしいでちーっ!!」

 

そんなひと悶着があった後、続いて空母機動部隊の編成を発表する大神。

大神の直接指揮下ではない為、通常の編成条件で選ばれたそれは、

 

第一艦隊 イタリア ローマ 加賀 大鳳 鳳翔 グラーフ

第二艦隊 川内 白露 村雨 ビスマルク ガングート 足柄

 

と決まった。

一点通常と異なるのは、

 

「但し、連合艦隊の統率は鳳翔くんに取ってもらう。通常であれば一航戦の加賀くんに任せたいところだけど、日欧混成なこの艦隊だからね。両者の戦いを見て分かっている鳳翔くんにお願いしたい。鳳翔くん、いいかな?」

「はい、大神さんの拝命とあらば、全力で引き受けさせていただきます!」

「高速統一された君達の艦隊は当然俺達よりも敵主管の近くに到達するだろう、主管艦隊周囲の機動部隊をひきつける形と成る筈だ。そうして敵艦隊が陣形を崩したところを俺達が突入する!」

 

大神の意図に気付き頷く鳳翔。

 

「なるほど、戦略的にも囮を使う訳ですね」

「ああ、俺達は北ルート、空母機動部隊は南ルートで敵主管へと進軍する。その他の艦娘は残存潰走中の敵部隊を殲滅する! 全洋上戦力を以って出撃するぞ! 全艦娘、抜錨せよ!!」

「「「了解!!」」」

 

 

 

こうして大神たちはパラオ泊地を出撃、分進する前に遭遇した敵前衛部隊を休息後の腕慣らしとばかりに26隻がかりで殲滅する。

 

「4バイノ、センリョクダナンテ……ヒッドーイ! ワルナカチャン、ムクレチャウゾー!」

 

実も蓋もない叫び声を上げて爆沈する軽巡棲鬼であるが、艦娘爆弾を仕掛けようとした敵にもはやかける情けなどない。

 

「春雨や山風たちを酷い目に遭わせた報いっぽい? 情けも容赦も無用よ!」

 

夕立の勇ましい声が海上に響き渡る。

それは全艦娘の意思でもあった。

 

「よし、ここから俺たちは南北に分かれ分進する! 鳳翔くん、頼んだぞ!」

「はい、お任せ下さい!」

 

その後、大神たちは北側の水上打撃部隊主力と遭遇するが、鬼、姫級の存在しない艦隊など、もはや大神たちの敵ではない。

前衛部隊と同様に一撃で殲滅する。

と、機動部隊の鳳翔から連絡が届く。

 

『大神さん、私達は敵機動部隊主力を撃破、主管護衛の空母棲鬼率いる機動部隊と遭遇しました! 私達と遭遇した事で主管護衛の為の大きな意味での輪形陣が崩れています! 主管部隊への突入、撃破をお願いします!!』

「よくやってくれた、鳳翔くん。みんなも聞こえたかい、俺たちは敵主管部隊へ突入する」

 

そうして進撃を続けていると、やがて鳳翔率いる空母機動部隊に気を取られた敵主管艦隊の背後が見えてくる。

事ここにいたって、声を抑え静かにしている理由などない。

敵の背後を取ったのだ、敵を混乱させるためにも――

 

「行くぞ! 全艦娘、突撃!! 作戦『火』で壊滅させるぞ!!」

「「「了解!!」」」

「ナニィッ!? ウシロヲ、トラレタダト!?」

 

自艦隊の周囲を守っている護衛艦隊が居る筈なのに、後背を取られた事に混乱する敵主管部隊。

 

「敵の混乱を回復させはしない! 全艦一巡目の砲撃を直衛の重巡ネ級と空母ヲ級に集中! まずは手数を奪う!!」

「クッ! カンムスバクダンハ、フハツダッタノカ! ……ヤクニタタヌ、イマイマシイ……ガラクタドモメッ!!」

「ふざけるなっ! 生命をガラクタ扱いするな!!」

 

敵旗艦のその言葉に激昂する大神。

砲撃戦で直衛が沈んだ隙に霊子タービンで距離を詰め、敵旗艦に接近する。

 

「キサマガ、オオガミイチロウカ!? ワレラガサクヲ、ナンドモクツガエシオッテ!!」

「艦娘はガラクタなんかじゃない! お前達の言いようにしていい存在じゃない!!」

 

敵の巨大な砲撃を、拳を交わしすり抜けながら二刀で斬り付ける大神。

だがあまりに巨大な拳は一撃では両断するに至らなかった。

 

「ガァッ! ナカナカ、ヤルジャナイカ……ハッ! ダガ、モトハトイエバ……オマエタチガ、イイダシタコトダゾ、ニンゲン!!」

「何ですって!?」

「どういうことなのよ、それ!?」

 

その言葉に動揺を見せる艦娘たち。

艦娘に爆弾を仕掛けるなんて、非道な真似を一体誰が思いついたと――

とそこまで考えて、艦娘たちは、特に元警備府の艦娘と佐世保鎮守府の艦娘は、ある一件を思い出していた。

 

 

 

 

 

 『龍驤ーーっ! この野郎、ならお前らも道づれにしてやる!』

 

 そういうと渥頼は懐から一つのスイッチを取り出す。

 

 『お前らには知らせてなかったが、こういう時のためにお前ら6人の艤装には爆薬が仕込んでいるんだよ!!』

 『な、なんやて?』

 『こんな浅瀬じゃ沈めるには事足りないが――お前らの肌を焼くには十分だ!』

 

 驚愕する6人だったが、艤装の何処に仕込まれたか分からない状態では、取り外すこともできない。

 

 『焼け爛れた、醜い姿になりやがれーっ!』

 

 

 

 

 

『渥頼、あのバカ野郎、深海にまで魂を売りよってたんか!!』

 

有明鎮守府で龍驤が叫ぶ。

 

「夕立、あの人嫌いだったぽ――ぽいじゃない、あの人嫌い! いやらしかったし」

「僕もあの人は嫌だった。ずっと視線がいやらしかった」

 

時雨と夕立が渥頼の視線を思い出して身を震わせる。

 

「アクライ、アア、ソンナナマエダッタナア……ヒトリハ……」

「そんなっ、それじゃ……私達の戦いは一体何のために…………」

 

回復したとは言え、最も心を病んでいた大井が信じられないとばかりに頭を振る。

自らを抱き締め、戦意を失い、血の気の失せた大井が、単装砲を取り落とそうとする。

 

「大井くん!」

 

そんな大井を大神は正面から抱き締めた。

 

「!? 隊長? 何をなさるんですか?」

「すまない、今全ての人間を信じてくれとはいえない。けれど、俺達を、華撃団を信じてくれ!」

「そんなの決まってます! 私が最も信じられる、一番信じられる人は隊長しか居ません! 舞鶴のみんなを救って、野分たちを艦娘爆弾から救ってくれた人を! あなたを信じられなくて、誰を信じられるって言うんですか!!」

 

大神を抱きしめ返す大井、単装砲が海に落ちるが、そんな事はもう気にならなくなっていた。

 

「大井くん……」

「ごめんなさい、隊長! 信じられる貴方が、大好きな貴方が居るのに取り乱して! 私はもう大丈夫です!! 行きましょう! 敵艦隊に止めを刺しましょう!!」

「ああ、大井くん、行くぞ!!」

 

そして二人は更に深く抱きしめあった。




あれ? 
夕立合体技にするつもりで書いてたのに、あっという間に大井が勝手に動いて掻っ攫った!?
……あれー?

ごめんなさい。


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第十四話 14 アイツは可愛い年下の男の子

「はぁ~」

 

何回見ても、お財布の中はすっからかん。

大学生活がこんなにもお金を使うものだったなんて、大誤算だわ。

これからは使い方を見直さないといけないけれど、次の仕送りまでどうしようかしら。

 

私は友人を待ちながら、水だけ持って一人学食で黄昏ていた。

 

「ん~、どうしたの~。大井っち~」

 

友人の北上さんが、昼にしては少し多目の食事を持って私の対面に座る。

服装とかもそこまで気合入れてないし、私も参考にした方がいいのかしら。

 

「はあ、北上さん。実はお金を使いすぎてしまって、お財布の中身が――そうだわ!」

「お金なら貸さないよ~、お金のやり取りは友情を壊す第一歩だからね~」

 

何気に厳しい北上さん。

でも、間違ってはいないかな、こんな事で貴重な女友達がいなくなるのは私も嫌だし。

 

「でも、本当にどうしようかしら。このままだと、月末は大変な事になりそうなのよ」

「アルバイトするしかないんじゃない~?」

「やっぱりそれしかないわよねー。でも、一年の内は単位も取れるだけ取っておきたいし、時間があまりきつくないバイトがいいのだけど、北上さん何か知らない?」

 

アルバイトを探すには正直出遅れてしまっている、条件のよさそうなアルバイトはもうないかも。

北上さんはのらりくらりと生活してるので、その辺はあまり詳しくなさそう。

と思っていたのだけど――

 

「一応あるよ~、知り合いの家庭教師のアルバイトが~。やってみる、大井っち?」

「勿論やるわ!」

 

それに飛びついた私だった。

 

 

 

そして数日後、大学の授業の終了後、北上さんに渡された地図の家の前にやってきていた。

 

「高校3年生って、受験生よね。せっかく受験を終えたのにまた関わるなんて、はぁ~」

 

受験を終えた後に、参考書やノートを処分しないでよかった。

メモ付きではあるけれど実家から一式を送ってもらって、一読して、とりあえずの準備は完了。

あとは生徒になる子の学力次第ね。

 

「ごめん下さい~」

 

チャイムを鳴らして、人を呼ぶ。

 

「はい、どちらさまですか?」

 

しばらくすると、黒髪の綺麗な女の人が出てきた、どう見ても高校3年生には見えない。

お姉さんかしら?

 

「私、北上さんに紹介されてきました家庭教師のものです。今日から宜しくお願いします!」

「ああ、家庭教師の方ですか。それではこちらにお上がり下さい。一郎さん、家庭教師の方が来ましたよ」

「ごめん、鳳翔姉さん! 今すぐそっちに行くよ!!」

 

奥から男の人の声が聞こえてくる、こちらに向かってくるようだ。

 

え。

 

ちょっと待って、北上さん!?

家庭教師の生徒って男の子なの!?

そんなの聞いてないわよ!?

 

そう迷っている間にも彼はこちらに近づいてくる。

ど、どうしよう、北上さんの紹介だから今更断るなんて出来ないし。

男の子にえっちな目で見られるなんて思わなかったから、視線の防御策は何も考えてない!

ああ、こんなことなら、もっと野暮ったい服にしてくるんだった!

そんな事を考えていると、生徒になる男の子が奥の方から現れるのだった。

 

「こんばんは。貴方が北上さんの紹介にありました大井さんですね? 自分は大神一郎と言います。これから受験が終わるまでの間、宜しくお願いします」

 

うそ…………

受験生と聞いてたからもっと不健康な、ガリガリのやせっぽっちだと思ったのだけど、身体はかなり鍛えられていて凛々しい、顔もすっとしていて意志の強そうな瞳が印象的。

ぶっちゃけ言うとカッコ良かった。

 

「大井さん?」

 

イケメンとはベクトルが違うけれど、私はこっちの方が……

横にいる鳳翔さんの視線が厳しくなった気がしたけど、私はそれを見ない振りをする。

 

「大井さん、どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありませんっ! それで、私は何を見ればいいのかしら?」

「自分は公立高校に通ってますので、高3で学ぶ範囲は未だ独力でしか学んでいません。そこの確認をメインでお願いしたいと。後は受験に向けた筆記試験全般のサポートをしていただければ」

 

ん? 筆記試験?

と言う事は筆記試験以外の項目もある学校なのかしら。

 

「すいません、一郎さんの志望校はどちらに……」

「あ、失礼しました。自分は海軍士官学校を第一希望としています」

 

士官学校狙い!?

ガチのエリートコースじゃない!?

 

「あと、自分の事は呼び捨てで構いませんよ。これからは、お世話になるのですから」

「そう言うわけには行きませんっ。んーと、じゃあ、『一郎くん』って呼びますね」

「あ、はい、これからお願いします、大井さん」

「こちらこそ宜しくね、一郎くん」

 

そう言って私たちは握手を交わした。

後の私はこの手を離したくなくなるだなんて、今の私は夢にも思わなかった。

 

 

 

確認した彼の学力は高2までは申し分なし、でも高3の範囲はところどころ欠損が見られた。

これは私の参考書の出番ね。

 

「じゃあ、一郎くん。これを使いましょうか」

 

そう言って次の家庭教師の日に、私は持ってきた参考書を何冊か一郎くんに手渡す。

全て高3の範囲を主にした物、これを見ながら教えるのが一番早いわ。

ちょっと前まで使っていた物だから、大半の範囲は覚えているし。

 

「ありがとうございます、大井さ――えぇっ!? これを自分が使うのですか?」

 

どうやら女の子の文字でメモられたり、デコられた参考書をみて面食らってる一郎くん。

ふーん、その辺で面食らうって事は女の子には免疫があまりないのかな。

ちょっと可愛いかも。

 

「そうよ。元もいいけど、私が一年間更に練り上げた参考書だから中身は保障するわ。へんな参考書を使うよりこれのほうがずっと良いわよ」

「いや、それは分かるのですが……これを電車内や学校で使うのは…………」

 

困ったような顔をしている一郎くん、なんだかもっといじめたくなっちゃう。

 

「ダーメっ、先生命令です。これ以外の参考書を使うことは許しませんっ♪」

「とほほ……」

 

学校で笑われたりしたみたいだけど、私のせいじゃないからね♪

 

 

 

その他にも家庭教師の勉強の合間に、お茶を飲みながら一郎君の私生活について聞いたりする。

 

「ふーん、一郎くん、剣道部の主将をやっているんだ?」

「ええ、ですから夏までは勉強時間はかなり限られたものになります」

 

棚に目をやると、優勝杯やメダルなどが並んでいた、多分剣道でのものだろう。

 

「大会でもよく優勝とかしているみたいね、そっちでの推薦入学は目指さなかったの?」

「自分は海軍に入って人々を守りたいと考えています。だから、そっちの進路は考えもしませんでしたね」

「人々を守りたい……か。ねぇ、一郎くん? いざって時は私の事も守ってくれる?」

「勿論です。大井さんは自分の大切な先生ですから」

 

『大井さんは大切な人です』と言う言葉にドキッとさせられる私。

落ち着け、落ち着くのよ自分、他意はない言葉なんだから。

 

でも、その言葉は、その日の家庭教師を終えてもずっと胸に残ったままで、眠りにつけなくなったりした。

 

 

 

そんな感じで家庭教師をするうちに徐々に親密になった私と一郎くん。

彼が剣道部を引退する前の夏の大会に呼ばれたので、北上さんと一緒に見に行く。

彼と彼の友人の強さが本当に飛びぬけていて、連戦連勝!

 

「一郎くんっ、スゴイスゴイ!!」

「大井っち~、私は大神くんじゃないよ~」

 

彼の勇ましくも凛々しい様子を見て、はしゃいだ私は隣の北上さんに抱きついたりする。

彼の竹刀が敵を打ち据え、一本取る度に大騒ぎしてしまった。

 

そして試合は最終戦、彼と彼の友人の戦い。

 

実力は伯仲、お互いに有効打を与えられないまま、時間が過ぎていく。

フェイントを多用する彼の友人に対し、あくまで王道を行く一郎くんの剣は揺るがない。

でも、本当にギリギリの戦いでホンのちょっとした事で天秤はどちらにも傾きかねない。

そんな戦いで場が静まり返る中、私はつい、

 

「一郎くん、頑張って!!」

 

と声援を送ってしまった。

周囲の視線が自分に向けられる……ごめんなさい。

 

でも、一郎くんは私の声援を受けて自然と動き出した。

 

そして、無駄の一切ない一撃が、彼の友人へと吸い込まれていき――

 

「面っ!」

 

審判の旗が上がる、決まった!

試合は一郎くんの勝ち。

 

試合場を降り、防具を取った一郎くんの事を、同じ部の後輩や、先ほど彼に負けた友人たち同輩が祝福する。

その中には女の子の姿もあった、ちょっと不満かも。

でも、一郎くんは真っ先に私の方に視線を向けた。

 

「大井さん! 俺やりましたよ!!」

 

そう言って笑う一郎くんの笑顔を見て、私は顔を真っ赤にしてしまう。

胸がドキドキして止まらない。

 

 

 

そうか、

 

 

 

私、

 

 

 

一郎くんの事が好きなんだ。




ついにやっちまった、合体技なのに前後編w
後編に続く!!(脱兎)


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第十四話 15 私の事好きか、はっきり聞かせて

「はぁ~」

 

大学の食堂でため息を吐く私、しばらく前にも同じ事をしてたかもしれないわね。

でも、今はお金の使い方も見直したし、財布の中身の問題ではない。

 

「はぁ~、どうしよう……」

 

問題は、好きだと自覚してしまった一郎くんの事。

これからどんな顔をして家庭教師をしたらいいんだろう。

 

「誘惑しちゃえば~」

「それが出来たら苦労しないわよ~。それに、一郎くんにそんな女なんだって思われるのは嫌」

「でも大井っち、最近合コンとかの話も断ってるんでしょ~。そこまで好きなのなら、大神くんに好きって言っちゃうのがいいと思うよ~」

「うん……」

 

そうね、正直なところ彼以外の人と付き合う事なんて考えたくない。

 

「それにしても、大神くんの人間磁石は大井っちにも有効だったか~、いやびっくりだね~」

 

 

 

そして、次の家庭教師の日、私は自分の持ってる服の中から、一番身体のラインが現れる見栄えの良い服を選んだ。

彼に告白する、そうと決めたからには手抜きなんて出来ない。

今までの家庭教師で強い香水の類は苦手なのだと分かったので、微かに薫る程度の香水をつけて

家庭教師に望む。

行くまでの道中でいやらしい視線を感じたり私に触らそうとする輩もいたけれど、彼の事しか私の頭にはなかった。

一睨みして追い返して、彼の家に行く。

 

「大井……さん?」

「どうしたの一郎くん? さ、家庭教師、始めるわよ!」

 

一郎くんが私を見て呆然としているようだったが、まずはちゃんとやる事をやらないと。

彼の隣に座って、勉強を教え始める私。

 

「…………」

 

だったのだけれども、どうも今日の彼は集中出来ていないようだ、余りはかどらなかった。

それでも、一通りのところは教え終わったので一休憩入れながら彼に尋ねる。

 

「どうしたの、一郎くん? 今日は余り集中出来ていなかったみたいだけど」

「すいません、大井さんが気になって……誰かと会っていたりしたのですか?」

 

え? 

もしかして、私の事を意識してくれてるの?

 

「ねぇ、何でそんな事を聞くの?」

「……大井さんって、彼氏とかいるのですか?」

「居ないわよ。もう一回聞いても良い? 何でそんな事を聞くの?」

 

自分の服が男性にどう見られるかは承知済み。

一郎くんは視線を引き寄せられては、思い出したように視線をそむけたりと繰り返してる。

私から少しずつ、一郎くんに近づいていく。

家庭教師の距離から、それより近い、男女の、私が望む距離へと……

微かに薫る私の香りに一郎くんは決断したかのように立ち上がって、

 

「それは……お、大井さんっ!!」

 

私を力ずくで壁に押し付けた。

いわゆる壁ドンといわれる状況だ。

 

「え? 一郎くん? なにを?」

 

私の頭の両側に手を付いて、一郎くんは私の事を覗き込んでいた。

 

「大井さんは魅力的だから、彼氏が居ても仕方がないと思ってました。でも今居ないのでしたら、今の大井さんを他の男に見られるのは嫌なんです」

「え? それって……」

「大井さんを誰にも渡したくないんです!」

 

そう言って、力強い視線で見つめられる私。

ああ、逃れられない。

彼のこの気持ちから逃れる事なんて出来る訳がない。

 

「じゃあ、聞かせて、一郎くん……私が欲しい言葉を」

「……」

「見られるのが嫌とか、渡したくないとかじゃないの、私が欲しい言葉は……」

 

私の事が好きなのか、はっきり聞かせて欲しい。

そう私が囁くと、一郎くんは私の事をしっかりと抱きしめる。

 

「……好きです」

 

ああ……

 

「あなたの事が好きです、大井さん。付き合ってください」

「嬉しい……私もあなたが好きなの、一郎くん」

 

私からも彼を抱きしめる。

そして、私達は初めてのキスを交わした。

 

それから、私達は恋人同士となった。

 

 

 

元々学年が一年違いだし、志望する学校も別々だから、家庭教師の時間くらいしか接点がなかったのだけれど、家庭教師の時間にいちゃいちゃして彼を受験に失敗させるなんて以ての外。

 

だから、今でも自主的にやっている朝錬の時間や他の時間を使って逢瀬を、キスを重ねる。

 

クリスマスは彼の家に一泊して、正月も共に過ごし、彼の勉強を仕上げていく。

学力的にはもう問題ない、全国一位も取れたくらいだ、一郎くんは一年前の私より上だ。

センター試験も自己採点はほぼ満点。あとは、本番に備えるだけ――

 

そして二次試験直前のある日、最後の家庭教師の時間に一郎くんは言い出した。

 

「大井さん、お願いがあるんですけどいいですか?」

「なぁに、一郎くん?」

 

過去問もほぼパーフェクト。

もはや落ちる理由がほぼ見当たらない彼が、今更何を私にお願いするんだろう。

 

「試験に向けて、自分に発破をかけたいんです。だから、合格したらお願い聞いてくれますか?」

「その内容は今教えてくれないの?」

「流石にちょっとそれは……合格したら教えますから」

「……分かったわ、じゃあ、合格発表の日は二人で一緒に見に行きましょう」

 

半ば彼のほしいものは予想出来ていたけど、口にはしない。

 

 

 

そして、時は流れ、合格発表の当日、

雪の振る中、私達は彼の張り出された合格番号を確認する。

彼の番号は真ん中のほう、番号は……あった!!

 

「一郎くん!」

「ええ、大井さん! 俺、やりました!!」

 

周囲の悲喜こもごもな状況で抱き合う私達二人。

そこで始めて、一郎くんははじめてお願いを口にした。

 

「大井さん、あなたのすべてが欲しいんです」

「……喜んで」

 

そして、人目を憚ることなく私達はキスを交わす。

そしてその晩私達は彼の部屋で今まで以上に愛し合ったのだった。

 

 

 

『アイツは可愛い年下の男の子』

 

 

 

 

 

抱き合い、キスを交わす二人を中心に白と金色の清浄なる霊波の波が乱舞する。

その波動に触れた深海棲艦は次々と浄化されていく。

主管艦隊だけでなく、護衛艦隊も浄化されていく。

通常の艦は勿論、戦艦棲姫だけでなく、戦艦水鬼でさえも。

 

「ヒカリ……アフレル、ミナモニ……ワタシモ……そう」

 

そう言い残して、黒いドレスを纏った戦艦水鬼は浄化され一人の艦娘へと転化していく。

 

そうして、ゆっくりと大井と大神は唇を離す。

だが、次に大井が放った言葉は、大神たち全員の度肝を抜いた。

 

「たった二人の重雷装艦、私を選んでいいの? ……私を裏切ったら海に沈めるけどね……」

「お、大井くんっ?」

「あなた、何を言い出すのよっ!?」

 

今後、他の艦娘と合体技したら、その都度大神が海に沈められると言うことだろうか。

凄まじい独占宣言に戦慄が艦娘たちの間を走りぬける。

 

「なぁ~んて、冗談です~。一郎くんはみんなのものだって分かってますよ、はい♪」

 

しかし、大井は大神から身を離す直前、大神に囁く。

 

「キス一回で許してあげます♪ こっちは本気ですよ♪」

「大井くんっ?」

 

そして身を翻し大神から北上の元へと向かう。

 

「北上さん、先を越してしまってごめんなさいね」

「ん~、それは気にしてないよ、大井っち~。大好きな隊長とキス出来てよかったね~」

「ええっ♪ 幸せ一杯ですっ。北上さんにもこの幸せ味わって欲しいな~」

「そのあたりは隊長とその場の流れ次第かな~、でも、隊長とキス、いいね~、しびれるね~」

 

どうやら北上は粛清対象外らしいようだ。



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第十四話 終 黒鬼会 五行衆が一人 火車

そうして渾作戦に始まる長い戦いを終えたパラオ泊地。

しかし大神にはあと一つ、やらなければならない事が残されていた。

 

「ぶっすー、直前まで夕立の出番だと思ったのに……放置っぽい?」

 

そう、大井に合体技の出番を掻っ攫われた夕立の機嫌を直すことである。

時雨の次は自分に違いないと期待していたのに、この仕打ちは確かにない。

とは言うものの、

 

「夕立くん、こればっかりはその場の流れもあるからさ。敵の首魁があの発言をしてきた段階で、一番衝撃を受けた大井くんに移ってしまうのもしょうがないと思ってくれないかな?」

 

大神の言う事も尤もだ。

合体技はその時点で最も絆の深いものと行った方が、その性質上威力も高くなる。

 

「つーん。何それ、じゃあ、あたしじゃ不足っぽい?」

「そんな事はないよ。夕立くんと俺の間には確かな繋がりを感じるだろう?」

 

未だむくれたままの夕立を抱き寄せて耳元で囁く大神。

でも顔を真っ赤にさせながらも夕立は止まらない。

 

「でもでも、夕立、隊長さんと合体技をしてもっと仲良しになりたかったっ! ステキなパーティしたかったっぽい!!」

 

夕立は大神に縋り付いて上目遣いで懇願する。

ああ、これはもう合体技をやらない事には収拾が付かなくなりそうだ。

大神は覚悟を決めるしかないようだ。

 

「分かったよ、夕立くん。今は難しいけど、有明鎮守府への帰還途中で合体技をしよう」

「隊長さん、それ、本当っぽい?」

 

更に身を乗り出して大神に縋る夕立。

そのまま大神を押し倒してしまいそうだ。

 

「ああ、っぽいじゃなくて、本当の事さ。パラオに戻って、それから有明に戻る途中でしよう」

「やんっ、野外でだなんて、新しい遊びっぽい? 夕立、もてあそばれちゃうっぽい?」

『時雨姉と、夕立姉だけだなんてずるい……あたし、も……構って』

 

そこにパラオで待機中の山風から通信が入ってきた。

 

「いいっ!? 山風くんは未だ艤装の調整が終わってないから――」

『戦闘外の事、なんでしょ? なら関係ない……あたしも感じるもん……隊長との繋がり』

 

そう言いながら山風はなくしたはずの左腕でお腹をさする。

山風、その仕草は誤解を招くぞ、きっと。

 

『ちょっと、隊長! 山風ねえに何やったんだよ!?』

「いや、俺は山風くんを治して浄化しただけで、それ以外の事は――」

『大神さんに、抱かれて……大神さんの、胸の中で……泣いたよ? いっぱい……』

「隊長さんっ。夕立、放置は嫌っぽい! あたしをいっちばん構って欲しいっぽいっ!」

 

そうしていると今度は、今大神の腕の中にいる夕立が不満の声を上げる。

そりゃあ、抱きしめられているのに放置されれば誰でも普通怒る。

二人の不満の声を聞きながら、冷や汗を流す大神。

 

結局、二人の不満を宥めているうちに敵艦隊を撃破した空母機動部隊が合流した。

そして更に火種は拡大する。

 

「ガーン! 時雨に先を越されただけじゃなくって、夕立にも越されるの? あたしいっちばんじゃないの?」

「隊長ー。ここまできたら、白露型フルコースを召し上がれ♪」

「ふふふふふ……早速海に沈められたいようですね♪ 一郎くん♪」

 

結局埒が明かないと長門と武蔵が一喝するまで、夕立の機嫌取りに始まるてんやわんやは終わらなかった。

結局、帰還中に合体技をやる艦娘は夕立の他にもう何人か増えるようだ。

 

 

 

 

 

その頃、海軍では関中将が自室を急ぎ片付けていた。

731部隊への視察と言う名目で明日からの日程は埋まっていたが、自分が通信をしてしまったせいで月組の動きが早まった可能性がある。

 

「不味いですね。艦娘爆弾にされた艦娘を工作艦 明石に調べられては、事が露見してしまいます。渥頼に奥の手として与えた艤装の爆弾化と、艦娘爆弾の根本が同じである事に、かつて艦娘を自爆兵器『火乱』として用いていた私の真の正体に」

 

渥頼が自白で自分の事を吐いていたとしても、裏取りまでの日数を換算すると余裕があったくらいなのだが、つい、艦娘爆弾が炸裂するとあって苦悩に歪む有明鎮守府の面々の顔を見たくなってしまった。

艦娘が深海の技術で爆発すればどんな炎を上げるのか見てみたくなってしまった。

 

「いやはや、バカは死んでも治らないとはいいますが、私の趣味も治りませんでしたね。まあ、私の高尚な趣味は治らなくてよかったですが」

 

今度は愚痴り始める関。

 

「にしても、深海棲艦も渥頼も情けない。艦娘が焼け爛れていく姿も、爆散していく姿も一つも見れなかったではないですか。これなら私が提督をしていた頃の方が良かったですね。私が提督をしていたころはそんな事はなかったと言うのに」

 

そして、自らがいくらでも建造できる艦娘を、否、自爆兵器『火乱』を駆使して海を制していた頃を思い出して悦に浸る。

 

「いくら艦娘を殺しても、いくら艦娘を燃やしても、灰にしても、罪には問われない! それどころか、深海棲艦を燃やせれば思うがまま恩賞をもらえる! 深海棲艦の叫び声が、艦娘の叫び声が渦巻き、嘆きに、恨みに満ちた戦場! ブラックダウンが起きる前の海は最高でしたねえ!!」

 

思い出すだけで絶頂に至りそうな関。

だが、直ぐに最近の海を省みてぼやく。

 

「それに比べて最近の海はつまらない、非常につまらない。だから大神なんぞはとっとと始末すべきでしたと言うのに、渥頼の馬鹿は変に嬲ろうとして失敗する。731で解剖させる予定は握りつぶされる。オマケにわざわざ案内した深海棲艦は狙撃にも失敗する」

 

そうこうしている内に、準備が整ったようだ。

 

「まあ、いいでしょう。とりあえず手勢を纏めて、731のもくじ――矢波と合流しましょうか。私の手勢だけではクーデターを起こすには戦力不足ですからね。矢波の開発した深海棲艦を機械化した『深海棲機』、そして陸に上がった艦娘を有明が保護する前に攫い機械化した『機艦娘』、この両者の戦力で大神が帰還する前の有明を先ず落としましょう。有明の艦娘全てを機艦娘に改造すれば、大神は動けなくなるでしょうし、何体か再び自爆兵器『火乱』に仕立て上げて大神を爆死させるのも悪くないですね」

 

荷物を纏める関、いや――そのかつての名は――

 

「それに今矢波が開けようとしているものが開けば――」

 

そこに加山率いる月組と憲兵隊が突入した。

 

「なんですか、中将の執務室に。失礼ですよ」

 

立場的には関の方が上だ。

だが、その真の名を知っている加山にとって、関が一瞬でも長くこの地位に留まっている事の危険性をよく知っていた。

手を緩める事などあってはいけないのだ。

 

「海軍中将 関――いや、黒鬼会 元五行衆が一人 火車!! お前を逮捕する!!」

 

 

 

 

 

ぴゃん♪

海軍に巣食う外道の首魁 火車たちを捕縛するためについに動いた月組。

だけど、その事を織り込み済みの火車は海軍を火の海にした隙に逃亡してしまうの。

火車以外の主だった敵は捕縛できたのだけど、火車が逃亡した先、731研究所は、

人の携帯火力では倒せない敵に、そして艦娘にもある意味倒せない敵に守られていた。

空を飛んで一早く帰還した大神さんでさえ倒すことを躊躇う敵は一体何なのかな。

 

 

 

そして人の手によって再び深淵の門が開く――

 

 

 

次回、艦これ大戦第十五話

 

「禁忌の門」

 

 

 

「コロシテ……あ……が、の姉、さ……かわ……を、コロシテ」

「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい酒匂! 阿賀野を許してーっ!!」

 

やだな、阿賀野姉を泣かせるつもりなんてなかったのに。




関、もとい火車のゲスっぷりは2の設定どおりです。
火車の設定:放火魔かつ爆弾魔、『爆発物の取り扱いに長けている』
渥頼よりも遥かにゲス。


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第十五話 「禁忌の門」
第十五話 1 過ちを繰り返すことなかれ


時は僅かに遡り、リボルバーキャノンによる大神のパラオ泊地への救援とほぼ同時刻。

欧州への救援要請を終えた米田たちは加山が齎した月組による軍内の調査報告結果を用いて緊急会合を開いていた、その結果は米田たちの予想を超えたものであった。

 

「なんだと!? 渥頼が大神襲撃の時に白状した黒幕の一人と目される関中将が、あの『黒鬼会』の火車だと言うのか!?」

「はい、間違いありません。関中将の幼少から徹底的に調べ上げました。表には出していなかったようですが幼い頃から生物を虐待する事を趣味としており、提督時代も建造で誕生した艦娘を自爆兵器『火乱』『焼塵』と称して、特攻させる事で深海棲艦との戦いを進めていたようです」

「そんな捨て艦どころではない戦い方、ブラックダウン後も出来る訳が!!」

 

驚愕した山口の声は震えている、まさか身の内にここまでの外道が潜んでいるとは思っても居なかったらしい。

 

「関中将自身はブラックダウンより前に深海棲艦の戦いにて功ありと中央へ異動となっています。また配下の艦娘は関中将が中央に異動する際に次の提督に引き継がれましたが、全て深海棲艦との戦いで爆沈し再建造されています。艦娘が生き残っていれば証言とする事が出来たのですが、再建造により記憶が失われている以上それも出来ません。恐らく……」

「艤装に時限爆弾を仕込んで証拠となる艦娘を爆殺したのだろうな。海の藻屑となった以上、死人に口なしと言う事か」

 

米田の声も震えている、こんなゲスが未だ海軍に残っていたとは予想外だったようだ。

 

「はい。『火乱』『焼塵』と言う言葉も、書面では用いず艦娘に直接口頭でしか使って居なかったようです。恐らく私達『太正会』の存在を知っていたのでしょう。表側をなぞるだけの調査では被害甚大なれど、深海棲艦との戦いに尽力し国土を守った将官としか見えない筈です。中央に移動した後の勤務態度はごく一般の将官のものでしたから。渥頼が口に出さなければ自分達たちもここまでは調べるにはより時間がかかったと思います」

「なんて事だ、我が海軍に『黒鬼会』のものが居たなんて……」

 

椅子に力なくもたれ掛る山口、だが調査結果はこれでは終わらない。

 

「残念ながら、山口閣下。火車だけではありません」

「未だ居るのか、五行衆が!?」

「はい、731部隊の研究者を総括している矢波博士が、関との接触があることから調査したところ、五行衆 木喰の可能性が高い事が分かりました」

「待て、加山。確か『前の世界』では、木喰は『降魔兵器』の開発者だった筈。もしや――」

 

米田の質問に頷く加山。

 

「はい、米田閣下の懸念も当たっております。731下の深海棲艦研究所には鹵獲した深海棲艦の他に、艦娘も何人か運ばれた履歴がありました。書類上は深海棲艦との試験陸上戦にて死亡、海葬を行ったとありますが、恐らく兵器としての機械的強化を行う実験台になった可能性が高いです」

「正に悪魔の所業だな……自分や山崎たちがいる以上、もしやと思っていたが悪い予想が当たってしまったか、もはや黒鬼会の他の主要メンバーもいると思って間違いないな。そこに付いては調べられているか?」

 

加山は今度は首を振る。

 

「いえ、残念ながらそこまでは。過去数年間に渡って、両者に接触したものは公私を問わず調べ上げましたが、黒鬼会と思わしき者は居りませんでした。以前、海軍に一人だけ6本腕と言う異形の人間が居りましたが、現在は深海棲艦との戦いで既に死亡しています」

「それは五行衆 土蜘蛛ではないのかね?」

「そうかもしれませんが、彼女――渡辺少尉は数年前の占守島防衛戦で艦娘と共に前線に立ち、すべての人間と艦娘が撤退を完了するまで戦い抜いて戦死したそうです。こちらは占守島再奪還後に彼女の死を惜しむ艦娘と同僚達によって火葬されております。警備府の艦娘にもそれに立ち会った者が居るので疑う余地はありません」

「そうか……」

「それに五行衆の土蜘蛛は、人間による迫害から京極に救われた事を理由に忠誠を誓っていました。元は善人であった可能性もあります」

「分かった。山崎たちのように『前の世界』での行動を悔いて改めている者がいる以上、その罪までは問うべきではないな。彼女の気高き死が真実である以上、侮辱するような真似はよそう」

 

米田の言葉に、太正会の面々が頷く。

 

「そうだな、問題は今の行動に限定するべきか。火車と木喰たちの所業は間違いないのだな」

「はい、それは間違いありません。しかし、火車は京極と同様の事も企てております」

「まさか!?」

「はい、残ったブラック派将校を自分の下に集めてクーデター『太正維新』の再来を狙っています」

 

加山の報告にどよめく太正会。

 

「一度クーデターが始まってしまえば、被害は大きく、収めるのは困難になるか」

「はい、調査をこれ以上引き伸ばすのは危険です。今であれば、憲兵隊と我々のみで済みます。現時点で集めた証拠のみでもブラック派はクーデター参画と言う大罪で捕らえる事が出来ます!」

「分かった」

 

米田と山口、そして花小路が頷く。

 

「今から我々は御前会議を行い、クーデター鎮圧の命を出して頂く。加山、お前は命が降り次第、憲兵隊と共にブラック派、いや火車たちを根こそぎ捕らえるのだ!」

「はい!!」

「『太正維新』を、過ちを繰り返してはならない!!」

 

そして、彼らは動き出す。

過ちを再び繰り返させないために。




説明会。


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第十五話 2 火の海と化す海軍本部

「海軍中将 関――いや、黒鬼会 元五行衆が一人 火車!! ブラック派を唆しクーデターを企てた罪でお前を逮捕する!!」

 

憲兵隊、月組を率いて火車の執務室へと突入する加山。

 

「そうですか、流石は華撃団――月組。そこまで調べ上げられては仕方がありません。出来れば海軍の手勢を集めた上で退きたかったのですが、ここは私一人で退かせてもらいましょう」

 

そう言って机のスイッチを押す火車。

だが、そのスイッチには何も反応しなかった。

 

「……おや? 海軍本部に仕掛けたものが反応しませんね」

 

火車が放火魔であり爆弾魔である事は、加山たちは『前の世界』での戦いから良く知っている。

だから、海軍本部に放火装置や爆弾を仕掛けられた可能性があると加山は判断し、火車の執務室以外に仕掛けられた放火装置や爆弾については調査を行った。

故に――

 

「残念だったな、火車! お前の執務室以外に仕掛けられた放火装置、爆弾は全て解除済みだ!! 逃げる術などないぞ、火車!!」

「関中将? 海軍に爆弾を仕掛けたと言うのは本当なのですか!?」

 

中将が海軍に放火装置を、爆弾を仕掛けたと聞いて火車の副官が慌てふためく。

そんな事をする人間だとは思っていなかったらしい。

一方、火車本人はその様子にも慌てた様子を見せない。

 

「なるほど、やはり流石ですね。……でも、こちらはどうでしょうか?」

 

そう言ってもう一つのスイッチを押す火車。

今度はそれに呼応するかのように海軍本部の各地で爆発音と衝撃が聞こえてくる。

地面を揺るがすほどの大爆発に足が一瞬もたれる加山たち。火車の副官はバランスを崩し床に倒れ臥せっている。

その隙に執務室の脇に出来た小さい通路、おそらくは火車の逃走路が生じる。

 

「爆弾はもうない筈なのに何故爆発が!? 一体、何をした火車!!」

「おやおや、察しの悪い方達ですねぇ」

 

加山の方を振り向いた火車が酷薄な笑みを浮かべて加山たちを嘲笑う。

 

『加山隊長!!』

 

そこに憲兵の取調室、渥頼の取調べをしていた月組から加山へと緊急連絡が入る。

火車から視線を逸らすことなく、連絡に応える加山。

 

「今は火車の逮捕で時間がない! 後にするんだ!!」

『しかし、加山隊長……渥頼が突然爆発しました! 怪我人が多数出ております!!』

「なんだって!?」

 

あまりの事態に思わず火車から視線を逸らしてしまう加山。

その隙に火車は逃走路の近くへと移動する。

 

「艤装に仕掛けた爆弾……渥頼が爆発……艦娘爆弾……火車まさか、お前!?」

 

呟くように今まで起きた事象を繰り返す加山は、一つの可能性に思い至って声を上げる。

 

「その通りですよ! 艦娘の艤装に爆弾を仕掛けた私が、深海に艦娘爆弾をもちかけた私が、どうして役に立つかどうかも分からない人間に爆弾を仕掛けていないと思ったんですか!?」

「人間に爆弾を仕掛けただと!? 貴様、正気か!?」

 

残虐極まりない事を嬉しそうに言い放つ火車に加山の怒りの視線が向けられる。

だが、火車は常人には耐えられないほどの眼圧にも視線にも動じない。

それどころか、嬉しそうに笑い狂う。

 

「ええ正気ですよ! 本当なら手勢はもっと役に立つ場面で爆発させたかったのですが、私のために時間を稼げるのです。彼らも喜んで散ってくれるでしょう!!」

 

火車の副官が信じられないと言う表情をする。

自分達をブラックと蔑む海軍を改めさせるために、『太正会』の手から正しき海軍を、華撃団から艦娘を取り戻すために集まった同志達を爆発させるだなんて信じられなかった。

 

「関中将!? あなたはなんてことを……同志を……」

「同志? 笑わせないで下さい、ただの人間と私が同格だなんて勘違いも甚だしい」

 

ゴミを見るような目で副官を見下ろす火車。

 

「と言う事は……火車、お前は…………」

「ご想像の通りですよ、月組隊長。今爆発しているのはブラック派と言う奴ですね。あなた方には感謝してほしいですねえ!! クーデターを起こそうとした人間を、ブラック派提督1558人を逮捕して取り調べる手間をわざわざ省いてあげたのですから!!」

「火車ーっ!!」

「おっと、長話が過ぎましたね。私はこれで失礼させていただきます。ああ、副官のあなたにも最後の命令を差し上げましょう。爆発して、私が追われない様に逃走路を塞ぎなさい」

「そんな!? 関中将!!」

 

蒼白になった副官に残酷な命令を下し、火車は逃走路を用いて脱出する。

 

「火車、待て!!」

 

火車を追おうとした加山たちだったが、その瞬間副官が白く光り――

 

 

 

そして、火車の執務室からも爆発音と爆炎が上がるのだった。

 

 

 

この日生じた海軍における連続爆発事件を最後に、かつてブラック派と呼ばれた派閥は消滅した。

クーデターを起こすほど不満を持っていた、先鋭化していた人間は一人残らず爆死し、そしてそれに近かった人間たちも、ブラック思想・行為の行き着く先が同志を、人間をも爆弾化・手駒化した火車の残虐な行為に及ぶと知ったからである。

 

しかし、未だ首魁である火車は捕縛出来て居ない。

 

軍内で炸裂した1558発の爆弾により多数の死傷者が発生して、海軍は混乱の極みへと突入し、月組、憲兵隊にも多大なる被害が生じたためである。

 

『加山たち月組も火車の副官の爆発で重症を負った、連続爆発事件による海軍の被害は計り知れない。すまんが火車の捕縛には今海軍は動かせない』

『分かった、火車の捕縛と研究所の制圧には陸軍を用いる、射殺も許可する予定だ。海軍は統制の回復を最優先としてくれ』




火車大フィーバー。
そしてブラック派全滅、でもやり過ぎたかな。
反応が怖い。


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第十五話 3 わりきれないもの

火車の仕掛けた海軍連続爆発事件から2時間後、火車が深海棲艦研究所に逃げ込んだとの情報を聞いた米田たちは深海棲艦研究所を制圧すべく、完全武装した戦車小隊を含む陸戦隊を動員した。

相手は二人を除いて研究者であり、戦闘を知らない者たちだ。

二人が魔装機兵を使用していた形跡がない事からも、彼ら自体は現代兵器で武装した大隊の敵ではないと予想される。

危険なのは火車の仕掛けた爆弾、放火装置と、木喰の研究の一つ、機械的に強化された深海棲艦と艦娘が完成しているか否かである。

 

出来れば大神や艦娘たちにはこのような軍内の醜い争いに関わらせたくなかった。

平和を愛する心、正義を貫く心、悪を許さぬ心を持って深海棲艦との戦いに望んで欲しかった。

 

だが、機械化されたとは言え、もし深海棲艦が相手となれば艦娘の存在は必要不可欠だ。

故に米田たちは、永井から艦娘の指揮権を返却された大神に一部艦娘の動員を依頼する事にした。

 

「海軍でそのような事が……」

 

火車によるブラック提督たちの連続爆発事件の一部始終を聞いて、絶句する大神。

深海による艦娘爆弾から艦娘たちを救う事はできたが、人間には救えぬ者たちも居たのかと嘆く。

『前の世界』で自分を侮辱したダニエルであろうと、その身を以って庇うほどだ、無理もない。

 

「火車の仕掛けた爆発による犠牲者には、自分の同期生たちも……」

『ああ、居た。かつてお前が鹿島を救い、守るために動いた際に相手取った者たちの中には爆死した物も少なくない』

「そんな……鹿島くんのために学内では相対してはいましたが、そのような死に方をするほどまでには彼らは――」

 

邪悪ではなかった、そう言おうとする大神を米田は手で制止する。

 

『大神よ、言うべきではないかもしれないが、この件についてはあまり悩むな。いずれにせよ、自分の欲望を優先させてクーデター参画を決めた時点で、ブラック提督たちの叛乱罪による処罰は免れなかったんだ。おそらくは大半が死罪となったはず、もしくは獄死していたであろう』

「それでも……いえ、分かりました」

 

続けようとした大神だったが、言葉を飲み込んで頷く。

このような争いから艦娘を切り離すためにも華撃団が作られたのだ。

ならば、その隊長たる自分がいつまでも引きずってはならないと気持ちを切り替える。

 

「艦娘の動員依頼については分かりました。自分も急ぎ帝都へ帰還し艦娘たちの指揮を執ります」

『そこまでは必要ない。光武・海Fで空路を用いて移動したとしても、お前が到着する頃には研究所の制圧は終わっているだろう。艦娘の動員も念のためだ、出来るだけ人同士の争いには関わらせない様にする』

「いえ、艦娘たちがそのような任に当たると言うのに、自分だけパラオで休息を取っている訳にはいきません。空を飛びながら指揮などは流石にできませんので、研究所制圧時の指揮は再度永井さんにお願いする事になりますが、これより可及的速やかに帝都に帰還します」

『分かった、お前の帰還についてはその判断に任せよう。ただ、無理はするなよ』

『艦娘の指揮については了解じゃ、陸軍より届く研究所の資料を基に艦娘を選出しよう』

「永井さんお願いします。では、自分は支度を整え次第、帝都へ帰還します」

 

そう言って大神は通信を打ち切ると、司令室から整備中の光武・海Fの元へ向かおうとする。

 

「大神さん?」

 

だが、司令室の外にはパラオにおける一時的な秘書艦である鈴谷が居た。

 

「大神さん、ブラック提督たちは……死んじゃったの?」

 

パラオの司令室の密閉性はそこまで高くない。

室外とは言え、大神の通信を聞いて大体の状況を把握した鈴谷が大神に確認する。

 

「ああ。主だったブラック提督は全員、爆死したらしい……」

 

ここまでの大事、そう隠しておけるものではない。

いずれ知られるのならばと大神は頷く。

 

「そっか、みんな死んじゃったんだ」

 

鈴谷は有明鎮守府に集結した当初は、明石による専門的な治療が必要なほどにブラック提督に精神的に追い詰められていた舞鶴鎮守府出身の艦娘だ。

ブラック提督に対しては一際思うところがあるのかもしれない、と大神は思ったが目の前の鈴谷の様子はそれほど変わらなかった。

 

「……? 鈴谷の様子、大神さんから見て何か変かな? もっと反応すると思った?」

 

その疑問が表情に出てしまったらしい。

鈴谷が可愛らしく小首をかしげている。

 

「そだね。舞鶴のブラック提督に艦娘はいっぱい死なされてたよ。だから、鈴谷はブラック提督の事もっと憎めると思ってた。爆死したと聞いてもっとザマアミロと思えると思ってたんだ」

 

言いながら、鈴谷は廊下を大神の方へゆっくりと歩き出す。

 

「……でもね」

 

下から大神を見上げる鈴谷。

 

「今もそうやって、ブラック提督の爆死を割り切れていない大神さんの方が心配だよ。そっちの方が心配で仕方がないんだよ?」

「いや、こんな争いから君達艦娘を切り離すためにも華撃団が作られたんだからね。だから、その隊長たる俺はもう気持ちを切り替えて――」

 

続けようとする大神の頬に両手を当てる鈴谷。

その潤んだ瞳には、大神の、今も尚苦虫を潰したような表情が写っていた。

 

「切り替えられてないよ、大神さん。だって、ずっと割り切れないって顔してる。そんな気持ちのまま戦ったら、きっと制圧するべき敵でも庇って大怪我しちゃうよ、そうなったらまた明石さんが悲しむよ? 鈴谷も悲しくなる!」

「いや、しかし……俺は」

「『すべての人々と艦娘の幸せを、平和を守るために戦う』だよね? でも、鈴谷はしなくてもいい戦いで大神さんが大怪我したりしたら、もう幸せな日々なんて送れないよ! 大神さんじゃなきゃ! 大神さんが傍に居てくれなきゃダメなの!!」

 

感極まった鈴谷の目から涙が一つ、二つと零れ落ちる。

 

「鈴谷の、鈴谷たちの幸せを守るって言うのならお願い! そう言う無茶はしないで、お願い……だから…………」

 

後はもう声にならなかった。

大神に縋り付いて、大神を離すまいと鈴谷は泣き始める。

 

しばしの間、廊下に鈴谷の泣き声が響く。

 

「……分かったよ、鈴谷くん。約束するよ、敵のために無茶はしないと」

 

泣く子をあやす様に鈴谷の背中をさすりながら、大神は鈴谷に語りかける。

 

「本当?」

「ああ、君達が幸せな日々を送るために俺が必要だって言うなら、必ず帰る。約束するよ」

「本当の本当に?」

「ああ」

「……うん、分かった」

 

それでようやく鈴谷は大神の傍を離れる。

泣きすぎで鈴谷の目元が僅かに赤くなっている。

 

「大神さん、引き止めてごめんね。有明のみんなが待ってるはずだから、行って」

「ああ、分かったよ。鈴谷くん」

 

そう言って、大神は光武・海Fの元へ向かう。

パラオから帝都まで直接飛ぶのだろう。

 

あと鈴谷に出来る事は、大神たち、いや大神の無事を祈ることのみだ。

手を組んで祈りを捧げる鈴谷。

 

「まるで恋人の無事を祈る乙女ですわね、鈴谷」

 

そんな鈴谷の後ろから熊野が声をかける。

 

「うわぁっ!? 熊野居たのっ!?」

「居ましたわよ。あんまりにも鈴谷が乙女過ぎて、声をかけられませんでしたわ」

「……もしかして、聞いてたの?」

 

冷や汗を流しながら鈴谷が問うと、熊野がえへんと一回咳払いをして、

 

『大神さんが大怪我したりしたら、もう幸せな日々なんて送れないよ!』

 

と、鈴谷の声真似をする。

 

「あ、ああ……あああああ…………」

「外であんな大声を出していましたら、聞こえない訳がありませんわ」

 

たちまち赤面する鈴谷。

 

「まあ、鈴谷の言ってた事はみんなの総意でもありましたから、止めはしませんでしたが。でも宜しいんですの?」

「な、何が?」

「もちろん、あんなふうに隊長に告白した事です。私達は明石さんの恋路を見守るのではなかったのですか?」

「こっ、告白~っ!? いや、そこまで言ったつもりは……」

「鈴谷、あなた本気ですの? 自分の発言と行動を思い返して御覧なさい」

 

言われて、自分の発言と行動を思い返す鈴谷。

それはどこからどう見ても、告白し恋人の無事を願う乙女そのものだった。

今度は蒼白に成る鈴谷。

 

「ど、どうしよう、熊野~」

「私は知りませんわ。まあ、鈴谷が本気だと言うなら止めはしませんが」

 

その後大井にもその告白を知られ、海に沈められそうになる鈴谷だった。




米田たちとの連絡後ちょちょっと秘書艦の鈴谷と話して飛ぶはずが、気がついたら鈴谷が乙女になって告白してました
何故だw

あと、現在連載中の十五話終了後、一旦閑話を書く事に決めましたが、その内容について活動報告で現在アンケートを行っております。
宜しければ、皆様にも回答いただけると幸いです。


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第十五話 4 現れる深海棲機、そして……

通信終了後、有明にて研究所の資料を受け取った永井司令官は、渾作戦で動員されなかった艦娘から研究所制圧のための艦娘として2艦隊分の艦娘を選出した。

内訳は以下の通りである。

 

第1艦隊:陸奥 龍驤 妙高 那智 由良 天津風

第2艦隊:伊勢 雲龍 阿賀野 能代 矢矧 曙

 

資料によると、研究用として運ばれた深海棲艦は駆逐、巡洋艦が殆どで空母、戦艦級はない。

だが、万が一の事も考え永井は戦艦、空母も艦隊に選出した。

彼女達は有明に到着した陸軍の兵士運搬用トラックに載せられて、郊外の研究所へと向かっていく。

トラックに載せられた彼女達の表情は硬いが、それは仕方がないだろう。

港湾に作られた要塞などとの戦闘・訓練はこなしているが、陸上で行う戦闘はやった事がない。

 

「大丈夫です、艦娘の皆さん。研究所から深海棲艦が出てこない限り皆さんの出番はありません。待機スペースでコーヒーでも飲んでいて下さい」

 

不安に駆られる押し黙る艦娘たちの表情を見て、陸軍の兵士が声をかける。

 

「あらあら、そんなことしてていいのかしら?」

「ええ、構いませんよ。こちらこそすいません、こんな陸の上での治安維持にあなたたち艦娘をお呼び立てして。本当は私達だけで片付けるべき案件ですのに」

「いえ、深海棲艦が現れてしまったら、そちらの火器では有効打は与えられないわ。確認できたら速やかに呼んで下さいね」

「ええ、その時はお任せします」

 

と、陸奥はとある兵士と会話をしていたが、会話が一段落したらその兵士は周囲の兵士に「くそう、俺も艦娘に話しかけたかったのに!」とか、「先を越しやがって!!」などとからかわれていた。

どうやら兵士側が沈黙していたのは、想像以上に可憐な艦娘の容姿に圧倒されていただけらしい。

その事に気が付いた艦娘たちの緊張が和らいでいく。

 

「兵士さん、気を使わせてしまってごめんなさい」

「いえ、あなた達のようなたおやかな女性と接する機会はなかなかないものでして、英雄殿が羨ましいですな」

「でも隊長さんはそれだけのことを、自ら傷つきながらもやり遂げた人ですから」

「ええ、W島の奪還、AL/MI作戦の成功、そして欧州の開放、もう歴史に名を残すレベルの業績ですよ。うちの娘などは『英雄さんのお嫁さんになる!』などと言い出して困ったものです」

 

思わず笑みがこぼれる由良。

 

「あら、可愛いですね。でも、残念ですけど隊長さんはあげませんよ」

「ははは、そういわれると思いましたよ」

 

会話をしていると、トラックが研究所近くに到着する。

トラックから降りる艦娘と兵士達。

 

「ここからは何があるか分かりません、念のため皆さんには艤装の展開をお願いします」

「ええ。みんな艤装展開、いいわね?」

 

そう言うと、陸奥に続き艦娘たちはその身に艤装をまとう。

艦娘たちの意識も戦場に出たときのものと等しく、引き締まったものとなる。

 

 

 

その様子を研究所内の火車と木喰――矢波博士がモニターで眺めていた。

 

「火車、わしの計算通り艦娘共が来よったわ」

「そのようですね、木喰。では……」

「ああ、わしの開発したもの達の出番のようじゃな。ああ、まずは挨拶をせんとな」

 

そして外部に向けたスピーカーのスイッチをONとする。

 

『よく来た、艦娘の諸君! ワシが研究所の総括をしておる矢波博士じゃ! して何の用かの?』

「矢波博士! あなたと関海軍中将をクーデター首謀者として逮捕する! 研究所は既に陸戦隊に包囲されている! おとなしく投降を!!」

『うるさいのう、貴様らのような陸軍の雑魚共には用はない! 数だけ集めてもムダじゃ』

「なっ!?」

 

陸軍をコケにした矢波の発言に、激昂する陸軍たち。

 

「私達の目的も同じよ! 深海棲艦を使って怪しげな研究をしていたみたいだけど、そんなものはムダだって教えてあげるわ!」

『ほう、言うのう、艦娘が! なら、試させてもらおうかの』

 

矢波の言葉と共に研究所のシャッターが開かれ12隻の深海棲艦が現れる。

すべての頭部にアンテナユニットが埋め込まれている。

 

『深海棲艦としての自我を奪った木偶じゃ、まずはこいつから試させてもらうぞ』

 

だが、すべては駆逐艦だ。

機械的に強化された形跡もない。

 

「バカにしないで! 陸軍の皆さんは下がって下さい! 私達が相手します!!」

「分かった、頼む!」

 

下がった陸軍の変わりに前に出る艦娘たち。

 

「警備府襲撃の際に行われた暁たちの陸上戦レポートは見たわね? 私達は陸上で動きながらの砲撃戦は向いていないから、固定砲台として撃滅するわよ!」

「「「はい!」」」

「各艦、目標合わせ……撃てーっ!!」

 

大神の加護により底上げされた砲撃は、たった一撃で駆逐艦たちを吹き飛ばす。

 

「すごい、これが艦娘……」

 

戦車砲でもロケットランチャーでも有効打を与えられなかった深海棲艦を、一度の砲撃で難なく撃破する艦娘に驚きの声を上げる陸軍。

だが、矢波博士にとっては想定の範囲内だったらしい。

 

『さすがじゃの、自我を奪った程度の深海棲艦では手も足も出ないか、ならこちらはどうじゃ?』

 

再び研究所のシャッターが開き、今度は12隻の軽・重巡洋艦が現れた。

先程のものとは異なり、頭部のアンテナユニットの他にも腕や身体、足のあちこちが機械化されている。

深海棲艦なりに保たれていたデザインは歪に崩れ、その動きも生物離れしたものとなっていた。

 

「これは……」

 

敵とは言え、歪に改造された姿に哀れみを覚える艦娘たち。

 

『ふはは、さっきのようにはいかんぞ、艦娘。これこそがワシの開発した新兵器! 『深海棲機』じゃ!! 機械的に強化されたその能力は従来の深海棲艦を大きく上回る、量産も可能! これさえあればもう艦娘など無用の長物じゃ! さっきの様にはいかんぞ!!』

「ガ……ギ……」

 

その砲口が陸奥に向けられ、そして放たれた。

 

「陸奥さん!?」

 

砲弾は陸奥に直撃し、炸薬の煙が陸奥の姿を覆い隠す。

 

『はっはっはっはっ! 見たか、戦艦さえも打ち破る深海棲機の力を!』

 

自らの研究成果が成し遂げた成果に興奮する矢波。

しかし、陸奥の姿を隠していた煙が消え去ったとき、そこにあったものは――

 

『バカな……無傷じゃと…………』

「あら、無傷ではないわよ。髪が汚れてしまったし、肌も煤けてしまったもの」

 

それはもはや傷の内には入らない。

 

『そんな、計算と違うぞ! お前たち戦艦の装甲でも深海棲機は撃ち抜けるはずじゃ!!』

「そうね、昔の、誰も信じられなかった私だったら大怪我してたかもね。でも、今は違うわ! 大神さんが居る! 大神さんを信じることが、大神さんを想う事が私に力をくれる! そんな歪な機械化した程度では今の私は倒せないわよ!!」

『ぐぬうううぅっ! また、大神か、ワシの計算を狂わせるのは!!』

「全艦一斉射撃! あんな歪なもの葬るわよ!!」

 

再度全艦による砲撃が行われ、矢波自信の作品であった深海棲機をも一撃で葬り去る。

 

「で、あなたの切り札はこれで終わりかしら? あらあら、この程度でオシマイなの? もう勝てないって分かったのならおとなしく投降したら?」

『くっ、ぐぬ……仕方あるまい、こちらの方を出すとするか』

 

再度研究所のシャッターが開かれる。

しかし、今度は3体しか居ない。

歪な体である事は先程同様だが、先程よりもかなり幼く見える。

そして全員が仮面を被っている。

 

「もう、無駄って分かってるでしょ? 深海棲機は私達艦娘に勝てないって!!」

『それは認めるしかないようじゃな。だが、まだ時間は必要なんじゃ。稼がせてもらうぞ』

「しょうがないわね、みんな、目標合わせ……」

『ほう、これを見ても、おぬし達艦娘に彼女達が撃てるかな?』

 

矢波の言葉と共に3体の深海棲機の仮面が落ちる。

そこから見えたものに、艦娘全員が凍りついた。

なぜなら仮面の内側に隠されたものは、

 

「オトシタイ……こんなの、オトシタイヨ……」

「「「時津風!!」」」

 

腕が持ち上がらないほど、巨大な砲塔を直接取り付けられた時津風。

 

「クビ……クビ……クビ……、こんなクビ……いやぁ……」

「「「初風!!」」」

 

首を切断され360°回転できるように改造された初風。

 

「ビャアァァァ、カタメガ……カタメガ、ないっ!」

「「「酒匂!!」」」

 

片目を抉り出され、チューブを突っ込まれた酒匂だったからだ。

それは全員研究の際に死亡し、海葬された艦娘だった筈。

いつかは大神が救ってくれると、また会えると信じていたのに、何故こんな事に。

 

『ひゃーっはっはっはっ! 艦娘に撃てるかな? 機械的に強化された元艦娘、『機艦娘』を!!』

 

矢波博士の笑い声が艦娘たちを打ちのめそうとしていた。

 

 

 

 

 

深海棲機:全能力+40




さて、反応が怖くなってまいりました。


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第十五話 5 さかわを……コロシテ

見るも無残な姿に改造された3人の艦娘、いや、機艦娘たち。

 

「そんな……撃てない! 酒匂を、妹を撃つなんて出来ないよ!」

 

その姿を前にして阿賀野たちは砲口の狙いを定めることが出来なかった。

いや、それは陸奥たちほかの艦娘にしても同じ事だ。

共に歩んできた仲間、戦ってきた戦友、姉妹を相手に戦う事なんて出来る訳がない。

 

『ひゃっはっはっはっ! そうじゃろうなぁ。お主らはブラック提督に虐げられた過去から人一倍強い仲間意識を持っておる。同じ艦娘を撃つなんて出来んじゃろうなぁ!!』

「くっ! この外道!!」

 

陸奥の軽蔑を込めた眼差しが矢波へと向けられる。

 

『褒め言葉として受け取っておこうか。さて、お主らは撃てんじゃろうが、こやつらにはお主らを撃たせる事が出来るぞ。ほぉれ、ポチっとな』

 

そう言って矢波は何らかのスイッチをONにする。

それは機艦娘の酒匂に攻撃指示を出す物だった。

コントロールユニットから脳内へと命令を受信した機艦娘、酒匂が悲痛な叫びを上げる。

 

「や、いやあああぁぁぁっ! ウチタクない! 阿賀野姉達をウツなんて……イヤだよぉ!!」

 

それでも身体は酒匂のその意思に反して、阿賀野たちへとゆっくりと手を向ける。

そして、その手がボトリと落ちて腕から直接砲口が形成されていく。

 

『戦艦の主砲じゃ。艤装にはやはり取り付けられんかったから、腕を切り落として取り付けたがコ○ラのサイ○ガンみたいでなかなかカッコいいじゃろ?』

「酒匂……あなた、なんてことを!!」

『ふぅむ、どうやらお主らには機能美と言うものが分からんようじゃな』

 

ゆっくりと形成されていく砲口の狙いは明らかだ。

阿賀野たちはその狙いから外れようとするが、

 

『おおっと、お主ら……そう、阿賀野というたか、機艦娘No.3の砲撃を回避されては困る。せっかくのデータ取得の機会じゃ。そこに立ったまま無防備で砲撃を食らってもらおうか』

「なっ!?」

『はよせんか、さもなくば……』

 

矢波が更に何らかのボリュームをONにする、次の瞬間、

 

「きゃあああぁぁぁっ! やめてえええぇぇぇっ!!」

 

酒匂から悲鳴が発される。

脳内を虫が食い荒らすような痛みが酒匂を襲っていた。

 

『ほれほれ、はよせんか。早くせんとNo.3の精神は壊れてしまうぞ!!』

「分かったわ! 酒匂の砲撃を受ける! だから、もうやめて……酒匂に酷い事しないでぇ!!」

『そうじゃ、最初からそうすればよかったんじゃ』

 

阿賀野の叫びを聞いて、矢波は酒匂に苦痛を与えていたボリュームをOFFにする。

 

「ダメだよ、阿賀野姉! 戦艦の主砲なんかで撃たれたら阿賀野姉が死んじゃう! ワタシ、阿賀野姉を殺したくないよぉ!!」

 

コントロールユニットからの命令を必死に拒否しようとする酒匂。

その砲口の狙いはブルブルと震え定まらない。

 

『チッ、まだ反抗しよるか。一旦思い知らせたほうが良いようじゃな』

 

そして、矢波は酒匂に苦痛を与えていたボリュームを最大に設定する。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!!」

「酒匂!!」

 

苦痛の余りのた打ち回りたくても、身体は殆ど動いてくれない。

口から泡を吹きながら、酒匂は悲鳴を上げる。

そうすることしばらくして、酒匂は苦痛に喘ぎながら声を上げた。

 

「コロシテ……」

「え?」

 

酒匂が何を言ってるのか分からない阿賀野。

 

「コロシテ……あ……が、の姉、さ……かわ……を、コロシテ……」

「そんなっ!? そんな事できるわけない!!」

「この……ままだと、さかわ、阿賀野ねえを……コロシちゃう。みんなを、コロシちゃう……よ」

「……」

「だから……ね、そうなる前に……さかわを……コロシテ……」

「酒匂……」

「もう……さかわ、戻れないから……かんむすに……戻れないから…………」

「酒匂ぁ……」

 

涙を一滴流しながら、阿賀野に懇願する酒匂。

 

「だから、おねがい……」

「ごめんなさい!」

泣きながらも艤装の砲塔を、その砲口を酒匂へと向ける阿賀野。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい酒匂! 阿賀野を許して!!」

 

残った片目から涙を流しながらも微笑む、酒匂。

 

「アリガト……ね。あがの……姉……」

「酒匂! さかわーっ!! あああああぁぁぁっ!!」

 

そして阿賀野は、その砲撃を、酒匂へと、涙と共に放つのであった。

 

 

 

「させるかーっ!!」

 

 

 

炸薬の煙が酒匂の姿を覆い隠す。

 

「ああっ……酒匂ぁ……酒匂ぁ…………」

 

けど、間違いない。今の阿賀野の砲撃なら、一撃で、酒匂を……

懇願されたとは言え、大事な、愛する妹を、自らの手で……

 

「あああああぁぁぁっ!! いやあああああぁぁぁーっ!!」

 

俯いた阿賀野の絶叫が研究所に響こうとして――

 

「泣かないでくれ、阿賀野くん。酒匂くんは大丈夫だから」

「え?」

 

そんな阿賀野を後ろから優しく抱きしめる者が居た。

煙が消え去ったとき、そこにあったものは――酒匂を庇う純白の機体。

霊力で作られた大神の分身体であった。

 

と、すれば阿賀野を抱きしめているのは……

 

「隊長さん!?」

 

大神の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

機艦娘:全能力+40




今度は木喰大フィーバー。
いや、ホント反応が怖い。


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第十五話 6 希望の刃、再生の炎

歪な姿へと改造された酒匂を阿賀野の砲撃から庇った大神。

その姿に阿賀野の瞳から涙がこぼれる。

 

「隊長さん……」

「大丈夫、俺達が来たからにはもう大丈夫だ。だから罪なんて背負わないでくれ、阿賀野くん」

「……隊長さん、酒匂を、みんなをお願い!!」

「ああ、もちろんだ」

 

そして、大神は酒匂の元へと歩みだす。

 

「どうして、どうして、さかわなんかを……」

「君達だって艦娘だ! 待っていてくれ! 華撃団隊長の名にかけて君達は必ず助ける!!」

「でも、こんな姿にされた酒匂たちに、夢も希望も……ないっ!」

「そんなことはない!!」

 

明日の希望を失って悲嘆にくれる酒匂を、初風を、時津風を、その半分機械に変えられた身体を、大神は抱きしめる。

 

「この世界には愛がある! 夢や希望だってある! それは君達だって変わらない! 待っていてくれ、君達の体は俺達が必ず元に戻す! そして、この世界にある美しいものに触れてくれ!!」

「「「隊長……隊長…………」」」

 

大神の心に触れ、泣き崩れる機艦娘たち。

 

そして、怒りに燃える双眸を矢波博士――いや、木喰へと叩きつける大神。

 

『ほう。ようやく現れおったか、大神一郎!』

「なんて言う非道な真似を……木喰!!」

 

だが、木喰は全く応えた様子を見せない、それどころか新たな標的の出現に喜びを露にする。

 

『機艦娘No.3よ、大神一郎を撃て!』

「ああっ! やめてええっ!」

 

新たな命令を機艦娘に出そうとスイッチを押そうとする木喰。

しかし、機艦娘の出現を聞いて研究所へと急いだ大神が、対抗策を携えずに現れるだろうか。

勿論そのような事はない。

 

「大神さん、コントロールユニットの解析は終わりました! 今から送るデータの箇所を寸分違わず切り裂いて下さい! それで彼女達に送られる命令や苦痛は止められる筈です!!」

 

大神が機艦娘に対抗するには必ず必要になると、間宮で3時のおやつを楽しんでいた明石に頼み込んで連れて来たのだ。

勿論代わりに後日のデートを要求されたのだが。

 

『なにぃっ! そんな事できる筈が!?』

「工作艦を甘く見ないで下さい! 大本と成る深海棲機の構想図は研究成果として上層部に提出済みでしたね。なら、そこから機艦娘の根本構造を推測、今までの命令などのやり取りから解析する事だって私なら不可能ではありません!!」

『ええいっ! そんな事をされてたまるか。機艦娘No.1、No.2も大神一郎を狙え――』

 

だが、明石の声を聞いて、既に霊力技の体勢に入っていた大神には遅きに過ぎていた。

 

「遅いっ! 狼虎滅却! 疾風怒濤!!」

 

今度の斬撃はただ斬るだけではいけない。

微細な部品のみを切り裂かねばならない、故に大神はいつもより精神を集中し、機艦娘の側頭部にあるコントロールユニットの一部品のみを切り裂いた。

銃弾を狙って撃ち抜けるほどの集中力があって始めて出来る技である。

 

そして、機艦娘たちは木喰の呪縛から解き放たれた。

 

「あ……動く、身体が動く……」

「本当、自分の意思で動かせる!」

「たいちょー、たいちょー……ありがとう!」

 

ぽろぽろと涙を流し、苦痛から、意に沿わぬ命令から解き放たれた事を喜ぶ機艦娘たち。

その姿を見て一度納刀する大神。

 

「みんな、流石に今すぐは、元の姿に戻す事はできない。けど、有明鎮守府に戻れば明石くん、夕張くんの力を借りて機械化された箇所も順次元の姿に戻せる。すまないが、しばらくの間待っていてくれないかな?」

「本当に……本当に戻れるの?」

「ああ、勿論だ」

 

力強く頷く大神に、阿賀野たち機艦娘と親しかった姉妹艦などが泣き崩れる。

 

「良かった……酒匂、良かったよぉ……」

 

艦娘を襲った悲劇をただ見ている事しか出来なかった陸軍としても、想いは等しかった。

機械化された事に関わらず、艦娘に注ぐ大神の愛の深さ。

人の道を外れた悪を憎む正義の心。

そして、機艦娘に被害を与えることなく、機艦娘のコントロールユニットを破壊した太刀裁き。

 

「これが、大神一郎……黒髪の貴公子…………」

 

英雄が英雄である事の証を目の当たりにして俄かに感動すら覚えていた。

 

 

 

けれども、機艦娘の物語はこれでは終わらない。

ハッピーエンドにさせないぞとばかりにほくそ笑む輩が居た。

 

『ぐぬぬ、有明の工作艦がここまでとは、計算違いじゃ!!』

『どうやら、あなた自慢の機械化部隊は機艦娘はここまでのようですね、では私の出番のようですねぇ。華撃団の皆さん、喜んでいられるのは今のうちだけですよ』

「火車か!? 何をしたというんだ!?」

『簡単な事です、機艦娘の機密保持のために自爆装置をONにしただけですよ』

「「「え……」」」

 

喜びに満たされた艦娘たちが再び絶望へ突き落とされる。

 

『爆発するまで後60秒、さあ、彼女たち機艦娘を有明鎮守府で治療している暇なんてありませんよ!! どうするんですか、見捨てるんですか!?』

「いいや、俺は誰一人として見捨てはしない! 全員を助けてこそ、全員で帰還してはじめて勝利したと言えるんだ!! 酒匂くんも、初風君も、時津風くんも、誰も見捨てなどしない!!」

「「「大神さん……」」」

 

しかし、大神は揺るがない。

誰一人して見捨てないと、助けるのだと啖呵を斬ってのける。

 

『よく吠えますねぇ、ですが分かっているのですよ。あなたの破邪の技は確かに深海によるものには激的な効果を発揮する。ですが、ただの機械化に対しては破壊しかもたらさない!!』

『そうじゃ、お前や明石の治癒の技でも機械化された箇所はなおせはせんぞ。さあ、どうする大神一郎、明石!』

「確かに、それは……大神さん、どうすれば…………」

 

明石が困惑した視線を大神に投げかける。

 

「簡単な話だよ、明石くん。酒匂くんたちの機械化された箇所を浄化消滅させ、同時に霊的治癒によって酒匂くん達を回復すればいい!」

『ひゃーはっはっはっ、気が狂ったか、大神一郎!! お主らの技は一度に1アクションが限界、2アクションを同時になど――まさか!?』

「そのまさかだ、行くぞ明石くん!!」

「はい、大神さん!!」

 

明石と大神の視線が交わり、二人の手と手が恋人つなぎされる。

そしてAL/MI作戦最終戦で放たれた敵を撃ち滅ぼすものとは異なる、癒しのための合体技が発動するのであった。

 

 

 

暗闇の中、大神の掲げた二刀が雷の嵐を巻き起こす。

 

「雷! それは、悪しきものを撃ち滅ぼす正義の鉄槌!!」

 

そして、大神が呼んだ雷の嵐は炎の嵐をも巻き起こす。

その炎を明石が身にまとう。

 

「炎! それは、悪しきものを焼き払う破壊の力!」

 

二刀を納めた大神が明石の手を取り抱きしめる。

寄り添った二人の手に炎が集まっていく。

 

「「けれど、浄炎は、同時に再生を司る命の炎!!」」

 

二人は炎の弓を引き絞る様に構える。

やがて二人の手の先に落雷が落ち、炎と入り混じって、浄炎の矢と化す。

 

「「不死鳥よ、炎の中から蘇れ!!」」

 

浄炎の矢はまるで不死鳥のように羽ばたき、高らかに声を上げる。

そのパワーに押されるように大地が砕けていく!

 

「破邪滅却!」「比翼連理!」

 

そして二人は、炎雷の矢を、否、不死鳥を射ち出す!

 

「紅蓮再炎! 永劫回帰!!」

 

 

 

叫び声と共に二人から不死鳥が羽ばたき、機艦娘たちへと向かい飛び立つ。

 

「きゃっ!?」

 

驚く間もなく、不死鳥は機艦娘を一瞬にして浄炎の中に包み込む。

だが、全く熱くはない、それどころか暖かささえ感じる。

浄炎によって機艦娘の機械化された箇所があっという間に溶け落ちていく。

そして、間髪入れず浄炎が艦娘としての肢体を傷一つ残さず再生していく。

 

浄炎が収まる頃には機艦娘たちは、完全な艦娘の身体を取り戻していた。

 

「ぴゃあああぁぁぁっ!?」

「いやあああぁぁぁっ!?」

「は、はずかし、はずかしー!?」

 

ただし、全裸で。

 

「大神さん、見ちゃダメです!」

「ぐわーっ?」

 

状況を把握した明石が、即座に大神へと目潰しを食らわせる。

全く容赦がない。

 

しかし、不死鳥は3人の機艦娘を元に戻しただけでは終わらなかった。

 

『矢波博士、大変です!! 予備の機艦娘が全て艦娘へと回復させられていきます!!』

『なんじゃと、そんなのワシの計算にはないぞ!!』

 

研究所内へと入り込み、すべての機艦娘を浄化、回復させる。

不死鳥が空へと飛び立ったときには、悪魔の産物であった機艦娘は一人も居なくなっていた。

 

もはや、研究所を守るものはない。

今こそ二人に引導を渡すとき。




合体技はラブラブ全開でもよかったのですが、
爆発まで60秒と言う緊迫した状況なのにラブラブするのもなー、と思ったので短縮。



没バージョン:

「くっ、どうすれば、彼女達を……」
「大神さん、一人で背負わないで下さい」

苦悩する大神を明石は背中からそっと抱きしめた。

「大神さんには、私が、私たち艦娘が居ます。あなたには及ばないかもしれないけど、あなたの重荷を少しでも支える事が出来ます、だから!」
「……ああ、その通りだ、明石くん!! 俺に力を貸してくれ、俺と君ならいける!!」
「はい、大神さん!!」

没理由:完璧に明石が大神のパートナーになって、ヒロインレースの勝負が付いてしまうのでw


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第十五話 7 開かれる禁忌の門

大神と明石の合体技によって、木喰の手による深海棲機も機艦娘も全て打ち倒した。

もはや研究所には木喰、火車を除いて戦力と呼べるものは存在しないだろう。

陸軍が研究所に突入しようと準備を始める。

 

「大神大佐、あとは陸軍にお任せを!」

 

だが、大神は陸軍の申し出に対し首を横に振った。

 

「いえ、それは危険です。まだ二人には切り札と呼べるものが存在する筈です。深海棲機、機艦娘をも用いてまで稼ごうとした時間で、何をするつもりなのか分からない以上、先陣はわれわれ華撃団にお任せください!」

「なるほど、確かに……」

「我々華撃団は火車と木喰のいる研究室中枢まで一気に駆け抜けます! 陸軍の方々は研究所の制圧と仕掛けられているであろう爆弾と放火装置の処理をお願いします!!」

「分かりました! そちらについては陸軍が責任を以って受け持ちます!!」

 

そして、大神たちは姉妹艦、同僚の再生に喜ぶ艦娘の方へと向き直る。

もちろん、人から裸体が見られないように、3人は陸軍から借りた毛布を身に纏っていた。

 

「みんな、俺たちはこれから研究所に先陣を切って突入するが、酒匂くん、初風くん、時津風くんは勿論戦闘に参加させられない。能代くん、天津風くんを念のために付けるから待機スペースで待っていてくれ」

「ぴゃん、了解です♪」

「こら酒匂、あんまり派手に動くと身体が見えるよ」

「え? ぴゃあああぁぁぁっ!」

 

毛布一枚で動いたら当然そうなる。

見なかった振りをして大神は続ける。

 

「また、明石くん、龍驤くん、那智くん、由良くん、矢矧くんは、研究所内にまだ居る筈の艦娘の救出を頼む。陸軍の研究所制圧と行動を共にしてくれ!」

「分かりました、大神さん」

 

そう言って明石は大神に近寄って大神の頬にキスをする。

 

「え? あ、明石くんっ!?」

「えへへ、勝利の女神のおまじないですっ。ご武運を!」

 

そう言って頬を赤らめながら、明石は大神の傍から身を離す。

 

「明石~、ホンマ油断も隙もあったもんやないな!」

「大神さんには、アタック&アタック&アタックあるのみですよ♪」

「由良も積極的になったほうがいいのかしら……」

 

救出部隊がお喋りしながら大神たちから陸軍のほうへと向かう。

一方突入メンバーはと言うと、

 

「明石さんに出遅れました、少しイヤ」

 

雲龍がふてくされていた。

 

「雲龍くん、これから突入するから機嫌を直してくれないかな?」

「キスしてくれれば直します。大神さん、私にもしっかりお願いね」

 

これはキスしないことには収拾がつかなさそうだ。

あきらめた大神が雲龍の頬に唇を近づけようとする。

だが、途端に雲龍は振り向き大神の唇を奪った。

 

「!?」

「ん……んぅ…………」

 

数秒間経って大神の唇を奪った雲龍がようやく大神から離れる、いつもは無表情な雲龍だが流石にこのときばかりは顔を真っ赤にしている。

 

「この雲龍のファーストキスを捧げられるなんて……。うれしいわ、いい気持ち……」

 

そして、それに黙っているような艦娘たちではない。

 

「あらあら、雲龍だけだなんてズルくない? 私たちもしたいな~」

「陸奥くんっ!?」

「明石さんと、雲龍だけズルイだなんてそんなこと思っていないんだからね! このクソ提督!」

「曙くんまで!?」

 

結局大神は味わいつくされた。

突入メンバーはみんなキラキラしているようだが多分気のせいだ。

 

 

 

突入メンバー:大神 陸奥 伊勢 雲龍 妙高 阿賀野 曙

救出メンバー:明石 龍驤 那智 由良 矢矧

 

「よし、陸奥くん、伊勢くん。主砲でシャッターを破壊し突入するぞ!」

 

口紅が付いた唇では流石に格好がつかないので、唇を拭って、気も新たに砲撃指示を出す大神。

 

「了解!」

「砲戦! 行くわよっ」

 

無論、シルスウス鋼製とはいえ、ただのシャッターが戦艦の砲撃で破られない事などありえない。

シャッターは一撃で破壊され内部への突入口が出来る。

 

「隊長、内部構造は月組から入手してるわ。どこを目指すの? 中央制御室?」

「木喰たちは時間稼ぎをしようとしていた、つまり何らかの実験が終わってないと言うことだ! 中央制御室にはもう居ない筈。最大の実験室である第一実験室を目指すぞ!」

「了解っ!」

 

そして、研究所内部を駆け抜ける大神たち。

 

その途中で幾人かの研究者を発見するが、その全員が、

 

「わ、私は無理やり研究させられていたんだ! それに私の研究は人類のため! 私は悪くない、だから命だけは!!」

 

と命乞いにもならない自己正当化をしてしようとしてきた。

相手にする事すら煩わしいと思う艦娘。

 

「ならば、何故内部告発しようとしなかった! 山口閣下であれば、その告発を聞いた筈だ! ここで命を絶つような事はしないが、おとなしく法の下で裁きを受けろ!!」

 

大神はそう言うと、研究者の首筋に軽く一撃を当てて気絶させる。

後は陸軍が捕縛するだろうと思い、陸軍に連絡の上、大神は研究者を放置して駆け続ける。

 

また、何人かの元機艦娘も確認したが、先の明石との合体技で全員が艦娘としての身体を取り戻していた。

ならば、ここは明石に任せ自分達は先を急ぐべき。

先程と同様に明石に確認ポイントを伝え、その先へと駆け抜ける。

 

そうして、第一実験室の前へと辿り着く大神たち。

 

内部に入るため、扉を破壊しようと斬鉄の構えを取る大神だったが、不思議な事に第一実験室の扉は大神たちを迎え入れるかのように自動的に開かれた。

 

そこには木喰と火車の二人、そして檻に入れられた北方棲姫がいた。

北方棲姫は技術部から連れ帰ったときの艦娘に近しい存在から、再び深海棲艦へと戻っていた。

そして、機械化こそされていないものの、前回以上に残虐な、正気を疑う所業をされていた。

その目は両方とも抉り出され、脳を貫通するように鉄芯が耳から挿入されている。

爪は引き剥がされ、手足は寸刻みで刻まれ、その上プレスで押しつぶされていた。

深海棲艦といえど、もはや生きている事自体が不思議な状況である。

「コロシテヤル……コロシテヤル……」とだけ、北方棲姫は繰り返していた。

 

「木喰! 火車!! お前を逮捕する!! 大人しく、その子を開放しろ!!」

「ひゃーはっはっはっ! 遅かったようじゃな、大神一郎。もうじきアビスゲートが開くぞ!!」

 

アビスゲート、地中海で激闘を行った、深淵拠点の力の源。

そんなものがここ帝都に開いたら被害は計り知れない。

 

「何だって!?」

「おぬし達の地中海決戦のレポートから解析したのじゃよ!! 姫級以上の深海棲艦に自己崩壊するほどのマイナスの想念、怨念を蓄積させる事で擬似的にアビスゲートを開けると!!」

「姫級……だから、その子を!?」

「そうじゃ。こやつ、お主を狙撃した相手に気が付いて単独で撃破しにいきよった様じゃが、ワシらがつけてきた事には気がつかなかったようじゃな。拉致するのは簡単じゃったぞ!!」

 

そんな事をしようとしていたとは。

狙撃で意識を失ったとはいえ、彼女から目を離してしまった事に後悔する大神。

 

「さあ、あとは研究所の深海棲艦の持つ怨念を流し込む事でアビスゲートは開く!!」

 

そう言って、木喰はとあるスイッチをONにする。

 

「ギャアアアっ!!!!」

 

自らの身に収まらないほどの怨念を流し込まれて、北方棲姫が絶叫する。

そして、北方棲姫の腹は大きく膨れ上がって行く。

 

「させるか、破邪滅却!」

「おっと、そうは行きませんよ!!」

 

北方棲姫を助けようと霊力技を繰り出そうとする大神だったが、火車に足場を崩されて集中が途切れてしまう。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!! パパーッ!!」

「ほっぽ!!」

 

そして最後には北方棲姫の腹を突き破って、漆黒のアビスゲートが現れた。

世界が反転していく。

 

破滅が帝都に降臨しようとしていた。




反応が怖い>ほっぽ



それはそうと雲龍、お前もか!?

頼むからみんな、プロット通りに動いてお願い(^^;


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第十五話 8 因果応報

大神たちの目の前にて北方棲姫の腹を食い破って開かれたアビスゲート。

だが、それは地中海で見たアビスゲートよりもかなり小さい様に見える。

そこから最も近い深海棲艦であるはずの北方棲姫への怨念の流入も起こらない。

ゲートから深淵拠点が現れる気配もない、つまり……

 

「アビスゲートの開放は不完全なのか?」

「いいや、これでいいんじゃよ! もともと北方棲姫はアビスゲートを開かせるためだけのエサ! ゲートを力の源として使うのは、ワシらじゃ!!」

 

そう言って、木喰はレバーを引いて装置を作動させる。

 

「火車、先ずはお前から行くか?」

「ええ、この世界に生れ落ちてから久しぶりの魔力、怨念、たっぷりと頂きましょうか!」

 

ボリュームをMAXにすると、アビスゲートから莫大な怨念、魔力が火車へと流れ込んでいく。

 

「そうか、これがお前たちの切り札だったのか! 深海に魂を売ったのも……」

「流石に察しがいいのう、大神一郎。わしらは深海に魂など売っておらんよ! 最初からこれを目的にして取引しただけじゃ!!」

 

かつての五行衆としての力を、それ以上の力を求めるために動いていたのか。

 

「はははははっ。良いですねぇ! この感覚、かつての自分を取り戻すようですよ!! 試し撃ちさせていただきましょうか! 五行相克! 紅蓮火輪双!!」

「まずい! 狼虎滅却! 金城鉄壁!!」

 

火車から怨念に包まれた魔界の炎が上空に打ち上げられるのを見て、大神は防御技を発動する。

魔界の炎は大神たちの周囲に落ち大神たちを燃やそうとするが、金城鉄壁がそれを阻止する。

 

「ふむ、まだ威力が足りませんか。まだ、まだまだ怨念が必要なようですね!」

「了解じゃ! 大神よ、考えても見ろ! ただの船の意識、記憶、恨みに怨念が、魔力が宿る事で人間を、現代兵器を圧倒する深海棲艦が誕生するのじゃ! なら、人間に直接その怨念が宿ったらどうなると思う!? 当然出来るのは深海棲艦を、艦娘を凌駕する新たな生命体の誕生じゃ!! 喜ばしいことじゃろう! 艦娘なぞもう要らん! ワシらはワシらの力で深海を越える!!」

「そうなる事を狙っていたと言うのか!?」

「ああ、ワシらは全盛期を超える力を身につける! 大神!! おぬしにはもう止められん!!」

「そうです! 私は! 人間を! 越える!!」

 

アビスゲートへと近づく火車に更に莫大な怨念、魔力が流れ込んでいく。

 

「はははははっ! 最高の気分ですねぇ! この身に満ちる全能感! もう既に私は、京極すらも越えた!! 後は大神! 貴様をこの力で血祭りに、艦娘は陵辱でも……アガッ!?」

 

突如、火車の片腕が歪に盛り上がる。

 

「どうしたのじゃ、火車!?」

「木喰、怨念の流入の停止を! これ以上は私の身に収まり……アガアァッ!!」

 

苦悩する火車の様子を見て、急ぎボリュームをOFFにする木喰、だが、アビスゲートから火車への怨念の流入は止まらない。

 

「くっ、流入を停止できぬ。なぜじゃ!? 何故アビスゲートをコントロールできぬ!? こんなのは計算外じゃ!!」

「ぎゃあああああぁぁぁっ! やめろおおおおおぉぉぉっ! これ以上、これ以上私の中に入ってくるなあああああぁぁぁっ!!」

 

流入し続ける怨念に耐えられないと、火車の腕が、肩が、足が次々に歪に盛り上がっていく。

それだけではない、火車の意識そのものも怨念に塗りつぶされ様としている。

もはや火車は、火車である事を示す全てを失っていく。

 

「木喰……貴様あああああぁぁぁっ!!」

「ぎゃあああああぁぁぁっ! ワシを燃やしてどうするんじゃ!? やめろ、火車!!」

 

歪に盛り上がり続ける身体に火車はもはや、人としての形すら意識すら保てなくなりつつある。

自分をこのような形にした怨念のままに、火車は木喰を燃やし尽くそうとする。

 

「ぎゃあああああぁぁぁっ!! ワシが、ワシが燃えるーっ! やめろ、やめるんじゃーっ!」

「アアアアアあああああぁぁぁぁぁあああああぎゃあああああ品krjfしおあhbふぉえjvlhoayfreg@wyih0rvqifgwhhoifeえqgwgyーっ!!!!」

 

火車はもはや人間では発音できない言語を放ちながら、自らをこのような姿にした木喰を手、否、触手で持ち上げ地面へと叩きつける。

その膂力は既に人間の限界を遥かに超えている、だから――

 

ぐしゃっ

 

と、音を立てて木喰の体は四散した。

引きちぎられた木喰の上半身が大神の前に転がってくる。

 

「こんなの、こんな事計算外じゃ……」

 

その言葉を最後に息絶える、それが木喰のあっけない最後であった。

 

だが、木喰を哀れに思う時間などない。

その間も、火車への怨念の流入は絶えず行われていたからだ。

 

「キャアアアッ!」

「なによ、これ! 離しなさいよ!!」

 

もはや醜き肉塊と貸した火車から触手が伸び、曙と雲龍を捉える。

そして、人の形を保っていたときに放った言葉の通り、曙と雲龍を陵辱しようとする。

触手が曙のセーラー服の隙間から潜り込み、胸を絞り、ショーツを引き摺り下ろそうとする。

 

「やだあああっ、助けてぇっ!」

「大神さん以外の人となんて、やだあっ!」

「曙くん、雲龍くん! せいっ!!」

 

曙と雲龍を助けるため、二刀を振るい触手を切り刻む大神。

だが、触手の一部は曙と雲龍にまとわりついたままで、何ともいえない嫌悪感を二人にもたらす。

曙にいたっては髪飾りが落ちてロングへアーとなっていた。

 

「ううう、気持ち悪いよぉ……」

「服が汚れてしまいました、すごくイヤ」

 

だが、二人をお風呂に入れる時間などはさすがにない。

大神は人外と化した火車に対して砲撃を行った戦艦、重巡洋艦に状況を確認する。

 

「陸奥くん、伊勢くん、妙高くん、砲撃の効果は!?」

「ごめんなさい、まるで効果がないわ!!」

「砲撃で焼き払っても、それ以上に肉塊が大きくなっていくの!!」

「このままじゃ、この研究室、いえ研究所、ううん下手をしたら外にまで!!」

 

確かに元火車であった肉塊には、絶えず怨念が流入し続け肥大化している。

これが万が一、外界に出たら被害は甚大だ。

 

「ごggぎょうそうkkこく gぐれんmmまえんじん」

 

対処を一瞬考えあぐむ大神たちに、火車の新たな技が炸裂する。

 

「あああああぁぁぁっ!!」

「きゃあああぁぁぁっ!!」

「いやああああぁぁぁっ!?」

 

黒炎に焼かれ、痛みを露にする艦娘たち。

その姿を目にして、火車の残された意識が愉悦の声を上げる。

 

「ssそうそp@うう、そうsそう、それgggがみたkkkかったんです! もeえろ! Mmもっと燃えろ!! n何かも燃eeえてしまえ!!」

「火車……」

「mmっもうおいhgbhkl;ぺろおpうぇえろ!! Mmlkphjぢおty3ほwkg0えqrgろ! 燃えhmtl;khネイgh13うbえk;ぇjてしまえーっ!」

 

もはや、火車はこちらの言うことなど理解できないのだろう。

だが、大神は覚悟を決める。

 

「火車、お前を成敗する!! 阿賀野くん!!」

「え? はいっ? 隊長さん!?」

 

自らの傍に居た阿賀野に伸びる触手を切り払い、その手を引いて抱き寄せる。

 

「これだけの質量、破邪の剣風でも浄化しきれるか分からない。だから、合体技で行く!」

「はいっ! 隊長さん!!」




今後の合体技については思案中なのですが、結論が出るまではラブラブメインで行きますよー


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第十五話 9 おなかいっぱい

死ぬがよい


「ハイ、ダーリン♡ 一口召し上がれ、あーん」

 

そう言って私は彼氏の大神さんに自分のパフェをすくって、食べさせようとする。

今日は天気も良いから、オープンテラスで学校帰りのデート。

同じ学校の子とかが、阿賀野たちの事を遠巻きに見てる。

 

「いいっ!?」

「阿賀野のパフェ食べてくれないの? お願い……」

 

当然のように驚く大神さんだけど、そんなところが可愛くて好きなの。

でも、こうやって阿賀野が上目遣いでお願いすれば――

 

「――分かった。うん、阿賀野くんのパフェ頂くよ。あーん」

 

大神さんはお願いを聞いてくれる、えへへ。

ゆっくりとスプーンを大神さんの口元にもって行くと、大神さんがパクついた。

 

「やっぱり、生クリームたっぷりのパフェは甘いや。ちょっと口直ししたくなってきたよ」

 

甘いものがそこまで得意ではない大神さん、目元にちょっと皺がよってる。

 

「そうかなあ? 阿賀野はもっと甘くても良いくらいなんだけど」

 

と呟きながら大神さんの間接キスを堪能しようとパフェを一口食べる阿賀野。

うーん、もっと甘くてもいいくらいなんだけどな。

と、大神さんから目を離していたら、

 

「じゃあ、お互い口直ししようか」

 

と顔を横に向けられた。

ちょ、ちょっと待ってと言う間もなく、大神さんの凛々しい顔が近づいてくる。

そして、そのまま唇を奪われる阿賀野。

 

「ん……」

 

やんっ、大神さん、舌まで絡めてきた、大神さん口直しどころか阿賀野を全部味わう気だよ~。

 

「んぅ……」

 

あ、でもパフェよりもこっちの方がずっと甘いかも。

大神さんの舌が阿賀野の中をくまなく蹂躙していく。

もう息をする事すら惜しくて阿賀野も大神さんの唇を、口内を舐るように味わう。

あ、阿賀野があーんして食べさせたクリームが少し残っている、舐めちゃお。

でも、そうこうしていくうちに、阿賀野の息が続かなくなって意識が朦朧としていく。

 

ようやく大神さんが唇を離してくれた頃には、阿賀野は椅子にへたり込んで顔を赤らめ深呼吸。

もう、ダメ。

大神さんの事しか考えられない。

パフェの味も忘れちゃった、それくらい大神さんとの甘い甘いキスが頭に残っている。

ちょっと汗もかいちゃったから、制服の胸元緩めたほうがいいかな。

 

「ダメだよ、阿賀野くん。そんな姿は、俺の前でだけにして欲しいかな」

 

大神さんの前で服を緩めるシチュエーション?

それって……そう言うことをするタイミングしかないじゃない!?

 

瞬時に顔を赤らめる阿賀野。

で、でも、そう言う事を言うって事は、大神さんもそのつもりはあるって事なのかな。

俯いた顔を大神さんの方に向けると、大神さんはニッコリ微笑んでいた。

 

うえーん、大神さんがどう考えてるのか分からないよー。

 

なんて事を考えていると、

 

「また甘いものが欲しくなってきたかな。もう一度口直ししようか。阿賀野くん?」

「…………はい」

 

一度攻めに回った大神さんは結構容赦ないのでした。

 

 

 

そして、その夜、阿賀野は実は大ピンチである事を知ったのです。

 

「うそ、体重○○キローっ!? なんでー?」

 

答えは考えなくてもわかっている、食べすぎだ。

食べなきゃいいのは分かってるのだけど、でも食欲の秋と言うし、食べたいしな~。

 

「ぴゃん♪ 阿賀野姉がこのままだらし姉と化したら、酒匂にもチャンスが」

「ないわよ、そんなの!」

 

酒匂は大神さんを家に連れてきたときからとんでもない勢いで懐いている。

と言うか、妹3人は確実に大神さんをターゲッティングしている。

危険極まりないのだ。

 

「でも阿賀野姉ー、このまま太ったら流石に振られちゃうかもしれないよ?」

「う……どうしよう」

 

自分だけではどうにも出来そうになかったので、翌朝登校中に大神さんに相談する。

え? 彼氏に体重の事隠さないのかって?

だって大神さん察しがいいんだもん、こんなの一緒に居たらすぐばれちゃうよ~。

 

「あれ? でも阿賀野くんのお弁当は、そんなに量多くないよね?」

「え……と、物足りないので実はパンを買って食べています」

「それだけでも減らせば、大分違うんじゃないかな?」

 

分かる、大神さんの言う事は死ぬほどよく分かる!

だけど……

 

「でも、もう習慣ついちゃって……」

「そうか……うん、よーしいい手を思いついたよ。今日から昼食も公園で一緒にしよう」

「ええっ!? 大神さんこっちの方まで来るの大変だけど大丈夫なの?」

「阿賀野くんのためならこれくらい軽い軽い。12時に○△公園で待ち合わせしよう」

 

そしてお昼になって大神さんとの待ち合わせ時間が近づく。

えへへ、まだ学校が終わってないのに待ち合わせってちょっとドキドキするかも。

同じ学校の妹3人がどこからか見ているかもしれないけど、もう気にならない。

 

「阿賀野くん、待たせたかな?」

 

そんな事を考えていたら、大神さんがお弁当を持って現れた。

 

「ううん、ぜんぜんっ。大神さんが来るの楽しみだったよ!」

 

そして、二人でベンチに並んで話しながら昼食を食べる。

それはとても楽しい時間だったのだけど、お弁当だけじゃ、やっぱりお腹が物足りないなー。

 

「まだ食べたいって顔してるね、阿賀野くん」

「うん、やっぱり、もう少しおなかに入れたいかなー」

「じゃあ、これからとっておきの物を食べさせてあげるよ」

 

そう言って、大神さんは阿賀野の顔を横に向ける。

って、え?

これ昨日と同じ構図!?

そう思う間もなく、そのまま阿賀野は唇を奪われた。

 

「んんっ!?」

 

やんっ、大神さん、いきなりすごく激しい!?

舌を絡めてくるだけじゃない、唾液のやり取りまでしようとしてる!?

 

「んぅ……」

 

あうう、大神さんの唾液が阿賀野のお腹の中に入ってくるよぉ。

すごい、パンなんかじゃ満たせないくらいにお腹が熱くなってくる。

その間も、大神さんの舌が阿賀野の中をくまなく蹂躙していく。

もう息をする事すら惜しくて阿賀野も大神さんの唇を、口内を舐るように味わう。

大神さんがしたように阿賀野の唾液を大神さんに飲み込ませようとする。

大神さんはコクリと阿賀野の液を飲み込むと、再び阿賀野を蹂躙する。

でも、そうこうしていくうちに、阿賀野の息が続かなくなって意識が朦朧としていく。

 

大神さんが唇を離してくれた頃には、阿賀野はベンチに倒れこんで顔を赤らめ深呼吸。

もう、ダメ。

大神さんの事しか考えられない。

小腹が満ち足りてない事なんて忘れちゃった。

大神さんとの甘い甘ーいキスのことしか頭に残っていない。

 

「阿賀野くん、お腹いっぱいになったかな?」

 

でも、大神さんはそれほど堪えていないようだ、それがちょっとだけ悔しい。

だから、阿賀野は起き上がって大神さんに上目遣いで言った。

 

「もう一回……して…………」

 

二度目のキスはもっと激しかった。

 

 

 

『おなかいっぱい』

 

 

 

 

 

ディープキスを交わす阿賀野と大神の二人から眩い光が照射される。

火車であった醜い肉塊はその光を受けて浄化され蒸発していく。

トラックを満杯にしても余りあるほどの量であった肉塊はあっという間に浄化され、元の火車の身体を取り戻そうとしていた。

だが、それは身体中のあちこちに穴が開いた醜い死体であった。

 

やがて、火車の振りまいた炎が火車自身の死体に燃え移る。

脂ぎっていた肉塊の脂のせいか、火車の死体はあっという間に燃え広がり、燃え尽きていく。

それは余りにもあっけない火車の最後であった。




死ぬがよい


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第十五話 10 奪われた二剣

今回のクーデターの首魁二人、木喰と火車はアビスゲートを制御できず自滅する形で死んだ。

不完全に開かれていたアビスゲートも阿賀野との合体技で閉ざされ、これ以上被害が拡大する事はないだろう。

大神はその旨を研究所制圧部隊の隊長、永井、米田たちに手短に伝えた。

何故なら、大神には早急にやらなければならない事が一つあるからだ。

 

「ほっぽ!」

「ぱ……ぱ……」

 

目は完全に見えなくても、気配で大神だと分かるらしい、大神を呼ぶ北方棲姫。

数々の非道な実験で恨みを重ね深海棲艦と転化していた北方棲姫だが、身に纏っていた怨念をアビスゲートに全て吸い取られた結果、今は北方棲姫、否、ほっぽは艦娘でも深海棲艦でもない。

もはや、プラスの霊力もマイナスの霊力も持たないただの人間と言ってもいい。

しかし、それ故に今のほっぽの現状は瀕死に近い。

当然だ、手足を切り刻まれた上押し潰され、目を抉り出され、腹を突き破られた人間が生きていられるわけがない。

ほっぽの命の火は今にも消えてしまいそうだ。

 

「すまなかった、ほっぽ。今回復する! 狼虎滅却 金甌無欠!!」

 

霊力による回復の光でほっぽの手足の傷が、目が、お腹が回復していく。

ぱちりと開かれた目に映る大神の姿は、光に目が慣れないほっぽには良く見えない。

でも、霊力を感じ、声を聞いて、ほっぽは大神が傍にいる事を確信する。

 

「ぱぱ……」

 

切り刻まれた手足の感覚もおぼろげで、上手く立つ事もできない。

 

「あぅ……」

 

身体を動かそうとして、ほっぽは実験台から転げ落ちようとする。

大神はそんなほっぽを抱き抱えた。

 

「あったかい……」

 

深海棲艦に生まれ、艦娘に転化しても、人に抱きしめられた事などなかった、人の暖かさを感じる事などなかった。

こんなに心が安らぐものがあるとはじめて知った。

それ故に、今までが如何に辛く苦しかったものであった事を、寂しかった事を知った。

 

「つらかった……」

「すまなかった! 辛い目に、苦しい目にあわせて!!」

 

ほっぽの目から気付かないうちに涙が零れ落ちていた。

 

「さみしかった……ぱぱ」

「すまない、ほっぽを一人にさせてすまなかった!!」

 

ほっぽの目から次々と涙が零れ落ちる。

 

「いたかった……くるしかったよ! ぱぱー!!」

「もう、ほっぽを二度と痛い目にはあわせない、苦しい目には絶対あわせない!!」

「ぱぱー……ぱぱー!!」

 

年相応の子供のように大神に抱き付いて泣きじゃくるほっぽ。

そんなほっぽを、大神はほっぽが泣き疲れて眠るまで抱き抱えるのであった。

 

「ふーん、ホントの親子みたいね、あの二人」

 

陸奥がその様子を優しい視線で見守っていた。

 

「大神さんが保護した頃はそんなでもなかったんですよ。ただ浄化した大神さんの霊力に懐いているだけでした。でも、いまは違いますね」

 

いつの間にか研究所を制圧した陸軍と共に明石たちがその光景を見守っていた。

 

 

 

そして、ほっぽが眠ってから研究所の制圧結果を陸軍と共に米田たちに行う大神たち。

先ずは大神がクーデター首魁の目的、そして最後について報告する。

 

「クーデター首魁であった火車と木喰の目的はアビスゲートを人工的に開き、その力を以って人間、艦娘、深海棲艦全てを凌駕し支配することでした。しかし、アビスゲートの制御に失敗し自滅、両者とも死亡しました」

『そんな事を考えていたのか、愚かな……500年前に降魔実験が失敗して降魔が生み出されたように、怨念の力を人の欲望で制御などできる筈がないものを……アビスゲートはどうした?』

「自分と阿賀野くんの合体技で浄化、消滅する事に成功しました。汚染の心配はありません」

『分かった、機艦娘の救出はどうなった?』

 

続いて明石が報告する。

 

「機艦娘とされていた艦娘は時津風、初風、酒匂の他、照月、萩風、伊8、伊19、伊401の計8名でした。ですが、全員とも私と大神さんの合体技で、艦娘の状態へと完治しています。念のために有明鎮守府での検査を行う予定ですが、問題はないものと思われます」

『そうか、それは良かった。深海棲機と研究員の方についてはどうなっている?』

 

陸軍の隊長が明石に続いて報告する。

 

「はっ、深海棲機については大神大佐と明石さんの合体技により全滅いたしました。研究所突入後、残るものは研究員だけであったので捕縛は問題なく出来たのですが、一つ問題となることを聞き出しました」

『問題と成る事? それは何かね?』

「大神大佐の用いている二刀、神刀滅却、光刀無形と同等の退魔の刃である霊剣荒鷹、神剣白羽鳥が秘密裏にダミーとすり替えられ、深海棲艦側に送られていたと言うことです」

「「「なにぃっ!?」」」

 

それを聞いた全員が絶句する。

 

『――それは本当なのか!? 嘘じゃねーよな?』

 

思わず言葉が荒ぶる米田。

その様子に驚愕する陸軍隊長だったが、佇まいを改めて答える。

 

「はい、大神大佐以外は霊力が衰えているため、すり替えに気付かれなかったと話しておりました。ただ、実行したと思わしき犯人たちは――」

『火車の連続爆発事件で死亡済みか……不味いぞ、山口』

『ああ、これでは二剣二刀の儀を行う事は出来ない。我々の最大の切り札が奪われたような物だ』

『大神が擬式・二剣二刀の儀を編み出したから今は致命的ではないが、いずれ必須になる筈だ。一刻も早く取り戻さねば』

 

考え込む米田と山口だったが、深海棲艦の手に渡ったとあっては妙策もすぐには思いつかない。

 

『……分かった、その件については憲兵隊と月組に改めて調べさせよう。他には何かあるか?』

「押収した多数の研究資料がありますが、こちらは如何致しましょうか?」

『一刻も早く焼却処分したいところだが、流石にそう言うわけにも行かないな。一旦、陸軍技術部の山崎へ送ってくれ。その上で山崎と神谷に陸海軍で用いられる資料の分別をしてもらう』

「了解しました。報告は以上となります」

 

 

 

そして、研究所から各々は独自の部隊、鎮守府へと帰還準備を始める。

大神も手馴れた仕草で光武・海Fを起動させて一足早く有明鎮守府に帰還しようとしていた。

しかし、そんな大神の近くに曙が近寄ってきた。

 

「ねえ、クソ隊長。わ、私も一緒に連れて行ってくれない? 火車の触手で体がベトベトして気持ち悪くて、だから早くお風呂に……入りたいの」

「ああ、そうだったね。雲龍くんは大丈夫かい?」

「私の服は簡単に触手に入り込まれるほど隙間はないから、曙ちゃんを優先していいですよ」

 

確かに、実際にセーラー服の隙間から触手に潜り込まれて、胸を絞り、撫でまわされ、ショーツを引き摺り下ろされ、お尻を舐られたのは曙だけだ。

気持ち悪くて仕方がないだろう。

 

「じゃあ、曙くん。俺にしっかり抱き付いていてくれ。飛ぶぞ!」

 

そして、二人は空に飛び立つ。

空を飛ぶのであれば、有明まではそう時間はかからない。

だからなのか、飛んですぐに曙は大神に話しかけた。

 

「あの、あのさ、もう一つお願いがあるんだけど……」

「ん? なんだい? 俺にできる事ならいいけど」

「本当? 嘘じゃないよね?」

 

思いつめた真摯な瞳で大神を見つめる曙。

そこまで真剣な頼みなら、大神には断る事なんて出来ない。

 

「ああ、俺にできる事なら」

 

その言葉を聞いて、曙は半分泣きそうになりながら言葉を続ける。

 

「さっきの戦いで火車の触手に全身をまさぐられて、胸やお尻を嬲られて、気持ち悪いの。死ぬほど気持ち悪くて、このままじゃ眠れそうにないよ、だから……」

「だから?」

「クソた……大神さん、一緒にお風呂に入って、私を洗って欲しいの」

「……え?」

「大神さんに綺麗な体にして欲しいの」




すんなり終わると思いました?
でも、これから曙とのお風呂ターン。


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第十五話 11 女の子の肌は優しくね(前編)

有明鎮守府に到着し、光武・海Fを外して司令室に改めて到着した大神を待っていたのは、有明に残っていた大淀たちの出迎えだった。

 

「隊長、欧州からのパラオの救援、研究所の制圧とお手を煩わせてすいませんでした! 今日はゆっくりとお休みください!!」

 

大淀は、休みもロクに与えず日欧を往復させて、大神をこき使ったように思えて仕方がない。

とにかく頭を下げっぱなしだ。

 

「ありがとう大淀くん、事件などが起きない限りは少しの間そうさせてもらうつもりだよ。流石に俺も今回は少し疲れたからね。大淀くんも永井さんも不在の間の対応ありがとうございました」

 

そんな大淀の頭を撫でて、永井へと向き合う大神。

 

「礼には及ばんよ、肝心なところでしてやられてしまったからの。痛感したよ、やはり深海棲艦に対するには大神大佐の存在は必須なんじゃと。まあ、とにかく今日は風呂にでも入ってゆっくり休んでくれ」

「はい、そうさせていただきます。曙くんも化け物と化した火車との戦いで、触手に嬲られて体中が気持ち悪くて仕方がないと言う事なので、お風呂に入れさせますね」

 

そこで大淀は曙が顔を真っ赤にして、大神にしがみついている事にはじめて気が付いた。

まあ、でも触手に嬲られたと言うのなら仕方がない話だろう。

確かに曙の体は粘液まみれだし、気持ち悪くて仕方がないのも納得できる。

 

「承知の通り有明鎮守府の風呂は24時間使用可能じゃ、気にせず疲れと汚れを落としてくれ」

「はい、では俺は曙くんとお風呂に入ってきますね」

 

出来るだけ気づかれないように言って、大神は曙を抱えたまま司令室を出てお風呂場へと向かう。

大淀も最初はなんでもない事のように聞こえて、永井と共に業務に戻ろうとした。

だが、何かが引っかかる、気になって大神の発言を頭の中で繰り返す。

 

「曙くんもお風呂に入れさせますね」

 

別になんて事はない発言のはずだ。

汚れてしまった曙をお風呂に入れさせる、それは当然の話だ。

けれども――次の発言は、

 

「俺は曙くんとお風呂に入ってきますね」

 

……ちょっと、待て。

それって大神が曙と一緒にお風呂に入るって事じゃないだろうか?

 

「大変です! 大神さんが曙ちゃんと一緒にお風呂って!? 大神さんがピンチです!!」

 

大神が秘そうとした事に気が付いて、立ち上がってお風呂場に突撃しようとする大淀。

曙がピンチと言わない辺りが有明鎮守府の実情を良くあらわしている。

 

「まあ、待ちなさい大淀。大神入浴時は艦娘は風呂場に入らないのがルールの筈じゃぞ」

「しかし、曙ちゃんは淑女協定を破って!」

「大神がああ言ったんじゃ、お互い納得済みのことじゃろう。これ以上はやぶ蛇じゃよ」

 

そう言われると、大淀はぐうの音も出ない。

大神さんが曙の誘惑に落ちないことを祈りながら、大淀は業務に戻るのであった。

 

 

 

お風呂場の脱衣所に到着する、大神と曙。

だが、お風呂場を使用するのは大神と艦娘だけであるので、男湯、女湯の区別は勿論ない。

大神と曙は同じ部屋で服を脱ぎ始め――ようとしたのだが、曙ははじめて見る大神の裸体が気になって仕方がない。

 

「うわぁ……」

 

広い背中、

鍛えられ引き締まった肉体、

それでいてスラッとした身体、

 

はっきり言って曙の好みにどストライクだった。

 

いや、それは正しくは違うのかもしれない。

 

「曙くん?」

 

大神の身体が曙好みの体形なのではない、大好きな大神の身体だから好みなのだ。

 

「お風呂に入るのに、曙くんは服を脱がないのかい?」

 

そんな事を延々と考えているうちに、気がついたら大神はタオルで腰周りを隠した以外は服を脱ぎ終わっていた。

大神は振り向いて曙の方を見ている。

 

「え、あ、あぅ……今から着替えるから、大神さんはしばらくあっち向いてて……大神さんに見られたままじゃ、服脱げないわよ。それとも、わ、私の裸が見たいの?」

「あ、ゴメン、曙くん!!」

 

そう言って反対側に向き直る大神。

それで、服を脱ぎ始める曙であったが、体を動かすたび、服に、下着に、体に付着した粘液がニチャニチャと音を立てて気持ちが悪いことこの上ない。

火車の触手に陵辱されそうになった事を思い出して、震えそうになる曙。

でも、この場には大神がいる、それだけで弱気になりそうな心を取り戻せる。

 

「服脱ぎ終わったわ。タオル巻いたし、もうこっち向いてもいいわよ」

 

曙のほうに向き直る大神。

しかし、曙とは普段とは一つだけ異なっていた。

髪飾りを外してロングヘアーにしていたのだ。

 

「あれ、髪飾りは外すのかい?」

「勿論よ、お風呂に入るんだし。何よ、私のロングヘアー、変?」

 

口調こそいつもどおりではあるが、曙の心の中では『変って言われたらどうしよう!?』と不安が渦巻いていた。

 

「いや、すごく可愛いよ、曙くん。たまにはその髪型にしていてもいいんじゃないかな?」

「え……」

 

『可愛い』、そのたった一言で曙は真っ赤になってしまう。

 

「わたし、かわいい……の?」

「うん。ロングヘアーの曙くん、可愛いよ」

「……うれしい…………たまにはこの髪型にしようかな。さ、大神さん、私のこと綺麗にしてね」

 

他の艦娘の目がないからなのか、今の曙は凄まじく素直だ。

曙自身はいやだろうが、この曙なら世の男性陣の人気もうなぎのぼりだろう。

 

「……分かったよ。このままここにいても風邪を引いてしまうし、お風呂に入ろうか」

「うんっ♪」

 

大神と腕を組みながらお風呂場の中に入る曙。

しかし、次に気をつけなければいけないのは風呂に入る順番だ。

大神一人であれば、先ずはかかり湯をしてからお風呂に入って、改めて身体を洗うところである。

けれども、今の曙は触手の粘液で汚れている。

先ずは身体を洗わないといけないだろう、その場合も髪を先に洗うか、身体を先にするか。

 

「曙くん、髪の毛から先に洗うかい?」

「ううん、髪の毛は自分で洗えるから大丈夫。大神さんは……身体を洗って」

 

そう言って、曙は体に巻いてたバスタオルを外して、髪をまとめて大神に背中を向ける。

先ずは背中を洗ってほしいと言う意思表示だろう。

 

「分かった、じゃあ……」

 

大神は身体を洗うためのタオルにボディソープをふくませようとする。

ところが、

 

「待って!」

「え? どうしたんだい、曙くん?」

「あ……あのね、タオルじゃイヤなの、身体に小さい傷がついちゃうから」

「いや、でも、タオル以外となると……ああ、そうかスポンジがあったか」

 

しかし、その答えにも曙は首を振って答える。

 

「スポンジもダメなのかい? 困ったな、他の洗い方なんて……」

 

困惑する大神の手を曙が掴む。

 

「どうしたんだい? 曙くん」

「……手で」

「手で……って、まさか!?」

 

察しが付いて驚愕する大神に頷いて答える曙。

 

「うん、大神さんの手で直接洗って欲しいの。大神さんに直接……触れて欲しいの」




誰だお前www>曙
ヤヴァい、止まらない。
一歩間違えれば曙エンド直行便なのに書いててすげー楽しいwww
さあ、曙の瑞々しい肢体に直接触れて理性が耐えられるか大神?Www

自分はこんなん言われたら理性死ぬwww

さあ、次回R-15にならないよう気をつけないと。
今日中に更新できたらいいな。


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第十五話 12 女の子の肌は優しくね(後編)

「参ったな。手で洗う時の身体の洗い方なんて、よく分からないんだけど」

 

それはそうだ、男が身体を洗うときは大体がタオルかスポンジでわしわし洗うのが通例だ。

肌に傷をつけないように手で洗うような事は、めったに行わない。

 

「しょうがないわね、私が教えてあげるわ。大神さん、手を出して」

 

仕方がないかと嘆息する曙。

先ずはボディソープを大神の手の平に出す。

 

「大神さん、手のひらの中でボディソープをよく泡立てて。ここで泡立てが足りないと洗うとき、泡立ってないボディソープが直接肌について肌を痛めてしまうの。だから良く泡立ててね」

「あ、ああ……こんなもんでどうかな?」

 

曙の言う通り手の中でボディソープを良く泡立てた大神は、自分の手を曙に見せる。

 

「うん、そんなものかな。じゃあ、後はその手で……私を……洗って」

 

再び曙は背中を大神に向ける。

 

「じゃあ、行くよ。曙くん……」

 

男の人に素肌を直接手で洗ってもらうような経験、曙にはない。

しかし女の子の素肌を直接手で触れるなどと言う経験、勿論大神にだってない。

 

背中を向けて大神に触れられるのを待つ曙。

そんな曙にゆっくりと手を伸ばす大神、どちらも顔は真っ赤だ。

 

そして、曙の肌に大神の指が触れた。

 

「ひゃんっ!」

 

背中に触れられた、それだけで曙は感じて小さく声を上げてしまう。

 

「ゴメンっ! 曙くん、爪でも当たったかい?」

「う、ううん……初めての感触だったから、びっくりしちゃって……大神さん、続けてもいいよ」

「分かった、じゃあ曙くんの背中を洗うから」

 

そう言って大神は曙の背中を手で洗い始める。

先ずは両手で円を書くように肩口から肩甲骨にかけて洗っていく。

 

「んっ……んぅっ……」

 

ただそれだけなのに、曙は感じてしまって仕方がない、必死に声が漏れるのを我慢していた。

自分の手で洗うときはなんでもなかった、何にも感じなかった作業なのに、それが大神の手でされるだけでここまで感じてしまう。

 

「特に気持ち悪い個所はあるかい? そこを重点的に洗うけど」

 

大神が耳元で囁くが、その声にすらクラクラきてしまう。

身体中から力が抜けていってしまう。

 

「う、ううん……だ、大丈夫だから……」

 

もう、背中に触られた気持ち悪い触手の感触なんてどこかに行ってしまった。

大神の手の優しい感触しか、今の曙は思い出すことが出来ない。

 

「よいしょっと」

 

そんな曙の状態に気付かず、慣れてきた大神は何度か手にボディソープを補充しながら、次第に背中の下のほうに手を動かしていく。

そして腰の辺りまで洗ったところで大神は一旦背中から手を離す。

 

「うん、これで背中は終わりかな?」

 

大神の手の感触が感じられなくなって、急に寂しくなった曙は後ろを振り向く。

 

「え? ええっ?」

「いや、だから、背中を洗うのは終わったよ、曙くん。一旦シャワーでソープを流すかい?」

「え、あ、ええと……そのまま他の場所も洗って……」

 

大神の手の感触を堪能する事に全神経を集中していた曙は反応が遅れる。

けれども、まだ粘液で汚れた所がある以上、全部洗ってからシャワーで流した方が綺麗になれる。

そう考えて、腕を横に上げる。

 

「次は腕をお願い……大神さん」

「分かったよ、曙くん」

 

続いて曙の両腕を片腕ずつ、大神は丁寧に洗っていく。

だが、ここでも大神は知らぬが故に容赦しない。

 

「ひゃうぅ……」

 

念のために指の間まで洗われたが、まるで恋人つなぎを何度も繰り返すように指の間を洗う大神の手の動きに、曙は大神と恋人になった気すらしてしまう。

それでも胸元には触れないように両腕を洗い終える大神。

 

「よし、これでオシマイかな?」

 

背中を向けて椅子に座っている曙をこれ以上洗う事は出来ない。

大神は一仕事終えた気になって一つため息を吐く。

だが、曙にしてみたら冗談ではない。

 

「な、何言ってるのよ! ここからが本番! 触手に嬲られたお尻とか、む、胸の辺りとか……」

「いいっ!? いや、流石にそれは不味くないか、曙くん!? 俺は男で、君は女の子、しかもとびっきり可愛い女の子なんだぞ!」

「えへへ……私が、可愛い、しかもとびっきり」

 

大神が常識に則った発言をするが曙は殆ど聞いちゃいない。

 

「もし、いや絶対にそんな事はしないけど俺が曙くんによからぬ事を考えたらどうするんだい?」

「大丈夫よ、私、大神さんの事信じてるもの……それに、大神さんなら、私、抵抗しないし」

 

曙の発言は最後のほうは消え入りそうな小さな声だったので、大神には聞こえなかったが、曙は大神がそんなえっちな事はしないと信じきっているようだった。

ここまで信頼されているのに、ダメだといったら、曙を傷つけてしまうかもしれない。

大神は観念して曙の全身を洗う事を決めた。

 

「はぁ、分かったよ。じゃあ、曙くん背を向けたまま立ってくれるかい? 足からお尻の方まで洗うから」

「うんっ」

 

その場に立ち上がった曙の足を、下から洗い上げていく大神。

流石に大神の手の感触に少しは慣れたのか、曙は若干くすぐったそうにしながらも大神の手を受け入れる。

 

「きゃっ」

「…………」

 

ところがどっこい、今度は大神の方がかなりテンパッていた。

何故なら少し視線を上に上げるだけで曙のお尻が超至近距離に見えるのだ。

 

大神とて完全無欠な聖人ではない。

身体が勝手にお風呂場に動いたり、身体が勝手にラブラブな合体技を発動させたりしているのだ。

 

曙がくすぐったそうに身じろぐ度、目の前でふるふると震えるお尻を目にするたびに、大神は自分の理性がガリガリとチェーンソーで削られているような感覚になってきた。

これを今から洗うのかと思うと、正直気が遠くなる。

 

そうこうしている内に曙の太ももまで洗い終えた大神。

もう一度、曙に確認を取る。

 

「本当にいいんだね、曙くん? 俺が君のお尻を洗っても」

 

そういわれると途端に恥ずかしくなってくる曙、いや性格には太ももの内側を洗われている段階でもう恥ずかしくて死にそうだった。

でもここまできたら、毒喰らわば皿までである。

 

「もちろんよ。大神さん、お願い!」

「分かった」

 

その答えに答えて、一旦太ももから手を離して、曙のお尻に触れる大神。

 

「きゃあぁっ!?」

 

やわらかい。

 

それが大神が曙のお尻を触って第一に感じた感触だった。

そして、曙の可愛らしい反応には極力心を乱されないように、背中と同じように円を描くように洗おうとするが、曙のお尻は背中とは違いふにふにと大神の手に合わせて形を変える。

 

「きゃん……ひゃぅ…・・・いやんっ!?」

 

オマケに曙はお尻を洗われる度に愛らしい声を上げて、大神の理性をさらにガリガリと削る。

 

もう俺、ゴールしてもいいよね?

 

そんなことすら考え始めようとしていた大神だったが、なんとか曙のお尻を洗い終える。

 

「はぁ……はぁ、これで終わりだよね?」

 

正直、大神の理性はもう限界に近い。

これ以上何かハプニングが起きてしまったら、暴発して曙を傷つけてしまうのではないかと気が気でなかった。

 

「あと、身体の前、胸の辺りも洗って……」

「ゴメン、流石に曙くんのおっぱいを見るのは、いくらなんでも出来ないよ!」

「じゃあ、後ろから抱きしめるように洗ってくれればそれで良いから……きゃあっ!」

 

そう言って再び椅子に座ろうとした曙だったが、足の指先まで洗われた状況では流石に風呂のタイルに滑ってしまう。

 

「曙くん!」

 

このままでは曙が後頭部を打ち付けてしまうと感じた大神は、曙を後ろから抱きしめる。

大神の腕は曙の胸に優しく触れていた。

意図せずして、大神は曙の胸の辺りを洗っていた。

 

けれども、曙にしてみたら、大神の凛々しい顔がすぐ傍にあることに気が行ってしまった。

このまま身体の前側を洗ってもらえば終わりなのだけど、大神にしっかりと抱きしめられたこの状況から離れたくない。

このままで居たい。

これからも大神とこんな風に過ごしたい。

そんな考えが止まらない。

 

「大丈夫かい、曙くん?」

「うん、大丈夫……大神さん、あのね?」

 

熱に浮かされたような気分で、大神の名を呼ぶ曙。

もう自分を止められない。

 

「私、大神さんの事が……一郎さんのことが……す――」

 

そうして決定的な告白の言葉を曙が口にしようとしたとき、

 

 

 

「曙ちゃん! 大神くんと一緒にお風呂ってどういう事ですか! それは私の専売特許です! って、二人とも何抱き合ってるんですかー!! お姉さんは許した覚えありませんよ!!」

「隊長ー! 私がダメで曙がOKだなんて納得いきマセンー! 私も洗ってくだサーイ!!」

 

鹿島と金剛がお風呂場に乱入してきた。

大神の帰還と現在の居場所を大淀たちから聞きだして突撃を敢行したのだろう。

告白を不意にされる曙だったが、

 

「あ、あ、あたしったら、なんて事を言おうと――」

 

自分が雰囲気に流されて、とんでもないことをしようとしていた事に気付き身悶え、お風呂場の外に走り出る。

 

「ねえねえ、なんて事ってどんな事?」

「それは――言える訳ないじゃない!!」

 

勿論、青葉や漣にからかわれる曙であった。




やっぱ流石にR-15タグは付けた方がいいですよね?
出来る限り直接的な表現とヤバイ個所は避けるように書いたつもりなんですが、無理でした。

それはそうと、これ他の艦娘に知られたら、曙も魔女裁判対象じゃね?www


P.S.活動報告で行っている閑話のアンケートですが、十五話が次回で締めとなりますので10/10 24時で締め切りたいと思います。
  まだ、アンケートに回答されていない方が降りましたらお早めにお願いします。


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第十五話 13 穏やかな?一時

大神たちのお風呂場でのすったもんだは明石や救出した艦娘が帰ってきて一先ずの決着を迎えた。

そう明石が帰りの車の中で気が付いたのだが、よくよく考えたら化け物と化した火車の触手の粘液がどんな成分か分かっていないのに洗ってそれでおしまいにするのは不味い。

下水道にどんな影響を与えるか分からないし、もしかしたら、完全に陵辱されていなくても陵辱行為と同じ効果があるのかもしれない。

 

それを聞いた雲龍は蒼白になって昏倒しそうになった。

曙にいたっては思いつめた顔でならばと大神におねだりをしようとしたが、鹿島をはじめとする大神LOVE勢(好感度100軍団)のどぎつい視線を浴びて沈黙した。

 

まあ、明石の成分調査結果は火車の触手の粘液はいわゆるローションと同じようなもので、特段問題はないということであったので、とりあえずホッとする二人だった。

 

 

 

続いて、木喰により機艦娘にされていた艦娘の明石、夕張による検査が行われようとしていた。

 

だが、明石たちが検査の準備をしようとしていた間に、今度は渾作戦の為にパラオ方面へと出向いていた艦隊が救援のために来訪した欧州艦娘と共に戻ってきたのであった。

大神を欧州に再派遣させるだの、させないだので揉めていた欧州艦娘と帝國の艦娘であったが、共に大神の指揮下に帰属する事となって、轡を並べて戦って一先ず落ち着いたようだ。

しかし、帰還後の鈴谷や大井たちが感極まって、出迎えた大神に抱き付いた事で今度は居残り組との雰囲気が俄かに悪くなる。

 

「大神さん、無事だ……良かったよぉ」

 

それはパラオに居た大神を涙と共に見送った鈴谷や大井、ビスマルクなど同じ意見を持っていた艦娘にしてみれば当然の行動なのだが、他の艦娘にしてみればたまったものではない。

バチバチと火花と共に視線が交差し始める。

あわやこのまま正妻戦争が、と思われた場面であったが、

 

「はいはい、艦娘爆弾にされてた艦娘も一緒に検査しますから争わないで下さいねー」

 

と、艦娘爆弾にされていた山風たちも、元機艦娘と一緒に検査したほうがいいだろうと明石が連れ去る事で毒気を抜かれてしまった。

明石たちにつれられて保健室へと向かう艦娘たち、検査が終わるまでは時間はかかるだろう。

 

 

 

しかし、その間、何をしたものかと悩む暇は有明の艦娘には与えられなかった。

間宮、伊良湖たち主導で準備されていた欧州艦娘の歓迎会を、山風たち、酒匂たちの歓迎もかねて行う為に拡張準備を手伝って欲しいと、飾り付けなどの人手として借り出されて行ったのだ。

となると残るは歓迎される側の欧州艦娘となるが、

 

「あの、ザラもお料理は出来ます! 自己紹介代わりにお料理を作らせてもらっても宜しいでしょうか?」

「プリンツも一般的なドイツ料理ならお手伝いできます!」

「それなら、イタリアも参加させていただいてもいいでしょうか、うふふ」

「おお、そう言うことなら、私も腕をふるってロシア料理を振舞おう!」

「皆さんが参加するのなら、美食の国、フランスが黙ってるなんて出来ません」

 

と、料理の出来る各国の艦娘たちが間宮に直訴。

間宮、伊良湖としても準備した各国の料理の味付けが、本場の人間の口に合うものか確認するチャンスであるし、把握してない料理があれば覚えておきたい。

そこまで行くと欧州艦娘の歓迎会といっていいものか多少微妙なものであるが、今後有明で生活して貰う上で欧州艦娘の食事をどうするかは、一つの問題であったのでちょうどいいだろう。

 

結果、大神の他には、料理の出来ない欧州艦娘、ビスマルクとU-511、アクィラ、リベッチオ、ルイージが残されるのであった。

さて、時間までは休憩室で何かみんなで出来るゲームでもしようかと思う大神だったが、

 

「ねえ、イチロー。歓迎会まではまだ時間があるわよね、剣道場を見せてもらってもいいかしら? 有明鎮守府にはあるんでしょう、剣道場」

「ああ、いいよ。そういえば、トゥーロンでの訓練では地中海奪還戦のスケジュールの都合もあって剣術は教えて上げられなかったよね。見るだけじゃなく、少し練習でもするかい?」

「ホント!? 是非、お願いしたいわ!!」

「リベも教えてもらいたい!!」

 

ビスマルクの熱烈な要望もあって、剣道場での剣術の演舞や、練習を行う事と成るのだった。

先ずは剣道着に着替えて剣術の演舞を披露する大神。

 

「はぁー、やっぱりイチロー、カッコいいわ~」

「すっごーい、綺麗な剣舞~」

「すごい、ゆーもこんな風に、なりたい」

 

やはり欧州の公園で見る剣術の練習と、剣道場で見る剣術の演舞では全く受ける雰囲気が違う。

一言で言うと大神に惚れ直すビスマルク、リベたちにも概ね好評なようだ。

次は練習である、ようやく川内や鳳翔のように、手取り足取り教えてもらえると期待を表情いっぱいに表すビスマルク。

 

「それじゃ、前からお願いされていたビスマルクくんから教えていくよ。先ずは――」

 

そして、ビスマルクは歓迎会が開かれる時間まで、思う存分大神に剣を教えてもらう至福の一時を味わう。

 

「うん、ビスマルクくんは結構筋がいいね。俺としても教えがいがあるよ」

「本当っ! そうでしょ。やっぱりそうでしょ、イチロー♪ もっと褒めて♪」

 

しかも、終始大神に気付かれないように他の艦娘への威嚇を忘れず、大神との至福の一時を少しでも長く味わおうとするのだった。




今回で終わりにするつもりだったのですが、
歓迎会、自己紹介の前段が思いの他長くなったので、分割します。

次回歓迎会+新艦娘の自己紹介で終了予定。


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第十五話 14 歓迎会(前編)

時間をもてあました大神たちが剣道場で剣を教えている内にそれなりの時間がたったらしい。

明石による艦娘たちの検査も、歓迎会の規模拡大の準備も終わったようだ。

 

『大神隊長、それと間宮さんのお手伝いをしていない欧州艦娘さんも食堂にお集まり下さい。準備が整いましたので欧州艦娘さんと今回救出できた艦娘の歓迎会を行いたいと思います』

 

と、館内放送で大神たちに食堂に集合するように大淀の案内が流れる。

 

「時間か。今日はここまでにしよう。いつもは朝に剣術の練習をしているから、気が向いたら剣道場に来てくれれば良いよ」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「リベは毎日行くよー。ケンジューツ面白かったもん♪」

「ゆーも、いく。日本っておもしろいね」

 

剣道場から食堂に移動しながら、そんな会話をビスマルクたちと交わす大神。

やがて、食堂の前に辿り着くが、いつもは開かれている食堂の扉が今は閉められている。

 

「あれ? まだ準備中なのかな?」

「でも、さっきの放送では歓迎会の準備はもう終わったといっていたわよ」

「そうだね、とりあえず扉を開けてみる事にするよ」

 

そう言って、食堂の扉を開く大神。

しかし、次の瞬間――

 

「「「大神さんお帰りなさい! お疲れ様でした!!」」」

 

という歓迎の声と共にクラッカーが大神へと打ち鳴らされたのだった。

垂れ幕も『有明鎮守府にようこそ!』ではなく、『有明鎮守府にお帰りなさい!』となっている。

どう考えても大神の帰還を祝うものになっている。

 

「え? え? なんで、俺?」

 

欧州の艦娘の歓迎会と言う名目だった筈なのに、何故自分が歓迎されているのだろうか。

訳が分からず困惑する大神。

そんな呆けた顔をしている大神に間宮と伊良湖が話しかける。

 

「欧州艦娘の皆さんとお料理の準備をして、飾り付けの準備を指示している間に相談したんです。一部とは言え欧州の皆さんとはもう仲良くなってしまいましたし、大神さんに助けられた機艦娘は昔からよく知っている人も居ました」

「だから、今回一番歓迎するべき事が何かといったら、欧州まで旅立って、欧州を深海棲艦から開放して、その戦傷が直った直後にパラオを救援して、更に機艦娘にされた艦娘も元に戻し、火車と木喰を成敗までした、八面六臂の活躍をした大神さんの帰還だって、みんなで決めたんです!!」

 

説明を聞いて、ようやく合点が行く大神。

 

「なるほど……みんなありがとう! ただいま!!」

「隊長ーっ! 隊長と会えなくて寂しかったネー!」

「金剛さん。乾杯もまだなんですから、後にして下さいね。私だって抱きしめたいし……」

 

いきなり金剛が大神に抱きつこうとするが幹事を努める大淀に制止される。

欲望が駄々漏れではあるが、それでいいのだろうか。

その隙にグラスに生ビールを注いだ榛名が大神へとそろりと近づく。

 

「大神さん。いきなりですいませんが、乾杯の音頭を取っていただいても宜しいですか? 榛名、一応ビールを用意いたしましたが、別のお飲み物に致しましょうか?」

「ありがとう、榛名くん。ビールで大丈夫だよ。じゃあ、みんなの準備が揃ったら乾杯の音頭を取らせてもらうよ。みんな、飲み物は行き渡ってるかい?」

「「「ぐぬぬ……」」」

 

同様に大神に飲み物を渡そうとして、榛名に先を越された鹿島、瑞鶴、鈴谷などがぐぬっていた。

 

「「「はーい」」」

 

それ以外の有明に揃ったすべての艦娘が大神に答える。

 

「みんなの助けもあってユーラシア大陸近海は開放された。まだ海は広いけれど、俺達なら出来る筈だ! 海を! 世界をみんなの手で取り戻そう!! 乾杯!!」

「「「かんぱーいっ!!」」」

 

全員がグラスを高々と差し上げる。

流石に全員が大神の元にグラスを合わせに行ったら、それだけで時間が潰れてしまうからだ。

勿論、飲み終わったグラスを床に投げつけて、砕くなんてはしたない事をする艦娘も居ない。

 

「んっんっんっ……、ふぅ~。トゥーロンはどちらかと言うとワインメインだったからね、久しぶりに飲むビールは美味しいな」

「ぱぱー、ほっぽも、のみたい」

 

大神も戦いが終わったので、流石に今日くらいは大丈夫だろうとビールを一気に飲み干す。

その様子が美味しそうに見えたらしい、オレンジジュースを手に持っていたほっぽが大神の袖を引っ張ってねだる。

 

「ん? いや、これは苦い飲み物だからね。ほっぽには合わないと思うよ」

「ううう……にがいの?」

「そうだね、試しにちょっとだけ舐めてみるかい?」

 

そう言って大神はグラスの中に少し残っていたビールを手のひらに移す。

 

「んー……んんっ!? にがっ! にがっ! ぱぱこれにがい!!」

 

ビールを舐めたほっぽは途端に顔をしかめて、手に持ってたオレンジジュースで口直しをする。

グラスをテーブルにおいて、明らかに機嫌を悪くした風情のほっぽの頭を撫でてなだめる大神。

 

「♪~」

 

大神の手のひらが心地よいのか、すぐに機嫌を取り戻すほっぽ。

 

「いいなあ……」

 

そう呟いたのは、どの駆逐艦だっただろうか、その艦の心の中には雪が吹いているかもしれない。

 

「ほっぽ、食べ物や飲み物で迷ったら間宮くんに聞けばいいよ。すまない、間宮くん!」

「あら、どうしました、大神さん?」

 

大神に呼ばれて、欧州の料理の出来る艦娘たちと談笑していた間宮が大神の元に近づく。

 

「ああ、この子なんだけどね。見ての通り身体も、精神的にも幼いから、味覚も幼いと思うんだ。出来れば、食べ物を少し選んであげてくれないかな?」

「なるほど、わかりました。ほっぽちゃん、どんな食べ物が好きかな? 甘いのとか好き?」

「あまいのだいすき!」

 

勢い込んで間宮にそう答えるほっぽ。

 

「うふふ。じゃあ、とびっきり美味しいケーキを食べましょうね。自慢のケーキだから」

「まみやままのてづくりなの?」

「ママっ!? ……ええ、ママの手作りよ。向こうのテーブルにあるから行きましょう」

「はーい、まみやままー」

 

ママと呼ばれてびっくりする間宮だった。

常ならば間宮にとってママは年増に見られているように思えていい気はしないのだが、大神をパパと呼ぶほっぽにママと呼ばれるのなら話は別だ。

大神がパパで、間宮がママ、そしてほっぽが娘。

完璧ではないか、そう思いながら間宮はほっぽを連れて行く。

 

「ぐぬぬ……」

 

そんな間宮を見て、今度は伊良湖がぐぬっていた。

大神の訪欧までは大神のママである事を自認していたが、やはり根本は恋する乙女ということか。

 

大神はと言うと、ほっぽが舌をつけた手のひらのビールの残りを拭き取ろうとする。

だが、

 

「睦月もビールの味見したいのにゃしい!」

 

と言って、睦月が大神の手のひらをぺろりと舐めた。

そして、ほっぽ同様に

 

「ううう、苦いよ~」

 

と即座にジュースで口直しをしていた。

 

「睦月くん、君はお酒は苦手なんだから無理に飲まなくても……」

「大有りなのです! 睦月たち駆逐艦は大神さんに愛でられる役目だったのに、このままじゃほっぽちゃんに取られちゃうのにゃしぃ! 睦月寂しいよぉ……」

 

睦月なりの嫉妬と言ったところだろうか。

しかし、いずれは海防艦が加わり、ロリ=駆逐艦のイメージは失墜する事を彼女はまだ知らない。

 

「……そうだね、君達に目を向ける頻度は少し下がっていたかもしれない。ゴメン、睦月くん」

 

そう言って、大神は睦月を正面から抱きしめた。

 

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにをするんですか、大神さん!?」

 

全艦娘の刺すような視線を浴びながら、パニくる睦月。

 

「これから更に有明鎮守府の陣容が増えたとしても、君達から絶対に目を離しはしない、その約束代わりに――」

 

大神は睦月の唇を奪った。

全艦娘の視線は刺すようなレベルを超えて、もはや殺すようなレベルだ。

二人の唇がゆっくりと離れていく。

 

「これで信じてくれるかな、睦月くん?」

「はい……もう大神さんの事、疑わないのにゃしぃ…………」

 

トロンとした目つきで大神を見上げ頷く睦月。

 

「いいなあ……」

 

そう呟いたのは、どの艦だっただろうか、その艦の心の中には更に雪が吹いているかもしれない。




新艦娘の挨拶と、欧州艦の改めての挨拶とかやったら更に文字数いくのでもっかい分割します。
せっかくの機会だから、全部は無理でもいろんな艦娘出したいし。

なかなか閑話に至らなくてすいませんm(__)m


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第十五話 終 歓迎会(後編)

「あれ?」

 

睦月の唇を奪った大神の行動に、明石が怪訝そうな顔をする。

いや、確かに大神を癒すため霊力の欠乏で消えかかったとき、大神に自分の唇を奪われたのは事実だし、その後の戦闘に際しても戦意高揚のためにあれやこれやしたのは間違いない。

それにしてもこんな人前で唇を奪うなんて、今の大神は流石に大胆すぎではないだろうか。

 

「でも、いくらなんでもグラス一杯のビールで、大神さんが酔いつぶれる訳がないし……」

 

原因を探ろうとする明石の視界に、大神に注ぐためのビールの中瓶にこっそり怪しげな液体を入れている榛名の姿が映った。

榛名自身はカクテルを飲んでいるので、飲ませる相手が大神なのは火を見るよりも明らかだ。

明石に一連の作業を見られている事を悟ったか、榛名が慌てて怪しげな液体を懐に隠す。

 

……とてつもなく怪しかった。

 

「榛名さん、大神さんに何盛ろうとしたんですか?」

 

榛名の肩を掴んで、にこやかに質問する明石。

 

「え、あの、えーと、榛名は……」

「榛名さーん、大神さんに何盛ろうとしやがったんですか?」

 

榛名の肩をがっちり掴んで、にこやかに詰問する明石だが、目が全く笑っていない。

もう逃れられないことを悟ったか、榛名が白状する。

 

「ごめんなさい、大神さんが少し自分に正直に、大胆になっていただければと……少し媚薬を」

「…………」

 

うわ、こいつマジかよ、マジでやりやがったと言う視線を榛名に叩きつける明石。

しゅんとする榛名はかわいらしいが、同じ女同士、そんなものは通用いたしません。

それよりも、大神の状態が心配だ、明石は大神の方へ向き直る。

 

 

 

ちょうど、地中海作戦後に合流したガングートが改めて大神に挨拶をしようとしていた。

その手には深めの皿を持っている、何かの食べ物だろうか。

 

「オオガミ! パリの病室では花組との乱闘がメインになって、きっちり自己紹介できなかったからな。改めて自己紹介させてくれ! 私がガングートだ!」

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、ガングートくん。その手に持ってるのは何だい?」

 

大神の指摘に良くぞ気が付いてくれたと胸を張るガングート、豊かな胸が強調される。

 

「これか? ふふん、これは私の自慢のボルシチだ! まあ、なんだ、こんな成りでもロシア料理

には少し自信があってな。良ければ食べてくれ!」

「ああ、せっかくだから頂くよ」

 

そう言って大神は一旦手に持っていたグラスとパーティ料理が並んだ皿を一旦テーブルに置き、ボルシチを一口食べる。

 

「うん、ビーツの甘みがいいね。シベリア鉄道で食べたのより美味しいよ、ガングートくん」

「そうかそうか、気に入ってもらった様で何よりだ!」

「こんな美味しいものを食べさせてもらったからには、お礼をしなくちゃいけないかな?」

「ん? そんな事は気にしなくてもいいぞ、これからはオオガミの指揮で戦う身だ。仲良くさせてもらえばそれ以上は……いや、望まないわけではないが…………」

 

急にしおらしく、女の子らしくなるガングート。

先程の睦月へのキスを想像してしまったようだ。

 

「遠慮しなくてもいいよ、ガングートくん」

「んなっ、何を……んんっ!?」

 

大神はガングートを引き寄せると、その唇を貪るように奪った。

つい先程まで和気藹々とした会話をしていただけに、周囲の艦娘もびっくりした表情をしている。

睦月のときと異なり、ディープキスのようだ。

二人の唇はしばらくしてから離れる。

 

「これからも『仲良く』しよう、ガングートくん」

「……分かった、オオガミ…………」

 

大神の胸に寄り添い、色っぽく呟くガングート。

それで明石は大神の身に起きた異変を確信した。

 

「ヤバいです! 今の大神さん、榛名さんに盛られた媚薬の影響でキス魔になっちゃってます!」

 

と言っても媚薬の解毒剤なんて、想定してないので保健室に在庫があるわけがない。

そもそも、媚薬と一言で纏めても、その成分は千差万別だ。

下手な解毒剤を処方したら症状が悪化しかねない。

どうしたものかと迷う明石であるが、それ故に一つ大きなミスをした事に気が付いていなかった。

 

「大神さんがキス魔……」

「今なら、大神さんと一杯スキンシップできるかも……」

 

周囲の艦娘に大神の異変を勘付かれた、と言うか聞かれたことである。

今の大神なら、こちらから望めばキスしてくれるということ、こんなチャンス逃す手はない。

 

「あ、あの、大神さん! 榛名に大人のお付き合いを教えて下さい……」

 

と言うか、榛名がいの一番に突撃して行った。

オマケに大神に更に薬を盛るつもりなのか、媚薬入りビール瓶をその手に持っている。

おのれ、榛名謀りおったな。

 

「ああ、いいとも、榛名くん。すまないけど、喉が渇いてしまったから一口何か飲ませてもらってからでも良いかな?」

「でしたら、榛名がビールをまたお注ぎいたしますね♪ どうぞお酌を受けてください」

「ああ、ありがとう、榛名くん」

「ダ、ダメーっ! 大神さん、それを飲んじゃ――むぐぅっ!?」

 

媚薬を更に盛られたら、大神が何をするようになるか分からない。

万が一既成事実を作られたら色々終わりではないか、そう思って止めようとする明石だったが、何故か回りの艦娘は明石を力ずくで封じる。

 

「ふっふっふっ~、あの隊長が媚薬を盛られてどう変わるのか楽しみじゃしな。のう、筑摩?」

「ええ、どこまで女性に対して積極的になるのか見てみたいですもの」

 

面白半分で成り行きを見ている利根や筑摩、深雪やポーラたちがいた。

 

「ふっふっふっ、去年のクリスマス以来のチャンスです!! 今の大神くんなら……」

「隊長さん……『キスの続き』の、更に続き、したいよ……」

 

また、割りとガチで既成事実を作ろうとしている鹿島や瑞鶴、朝潮やビスマルクなどもいた。

どうやら明石以外に本気で大神を止めようとするものはいないらしい。

大神の身はコンクリートで固められてしまうのだろうか。

 

「隊長、そのビールには良くないものが混ぜられております! 先ずはお水をお飲みください!」

 

否、堅物の代名詞?、大淀が居た。

コップに氷水を用意して、媚薬入りビールを大神から取り上げようとした。

ところがどっこい、今の大神は一筋縄ではいかない。

 

「なら、大淀くんが口移しで飲ませてくれたら、お水を飲むよ」

 

とのたまうのであった。

 

「ええっ!?」

 

こんな人前で口移しだなんて、そんな恥ずかしい事できないとばかりに顔を朱に染める大淀。

 

「大淀くん、どうする? 俺はビールでもいいのだけど……」

 

大淀に再度確認する大神、どちらでもよさそうな表情をしている。

だが、このまま大神を暴走させてはいけないのだ。

万が一、万が一にでも大神がすべての艦娘と既成事実を作ってしまったら――

と、そこですべての艦娘の中に自分も含まれる事に気付く大淀。

 

「それいいかも……いえっ! 良くないです!! ぜんっぜん良くないです!!」

 

一瞬気持ちが動きかけて、首を振って否定する大淀。

 

「隊長とは、隊長がしっかりした意識を持った上で結ばれたいんです! こんなクスリにかこつけた既成事実ではなくて!! ちゃんと愛してるって言われたいんです!!」

「「「ぐふぅっ!!」」」

 

大声で告白する大淀の想いに、邪悪でみだらな想いを持っていた艦娘たちが揃って血を吐く。

勿論病気ではない。

 

「隊長、正気に戻ってください!!」

 

そう言って、大淀は大神に水を口移しで流し込んだ。

 

「ん……ん? んんっ!?」

 

水を飲んで大神は正気に戻ったらしい。

自分が今、大淀を唆してキスしている事、睦月やガングートの唇を奪った事、榛名の誘惑に応えようとした事を思い出した。

水を飲ませ終わった大淀が大神から離れると、大神は頭を抱える。

 

「な、何て事を俺は……」

「すべては悪いお薬のせいだったのです、気になさらないでください隊長」

「しかし、大淀くん、睦月くん、ガングートくんのファーストキスを……」

 

謝ろうとする大神だったが、それをガングートが止める。

 

「気にしないでくれ。事故とは言え、ファーストキスの相手がオオガミでよかったと思ってる」

「む、睦月も! ファーストキスを大神さんに捧げられて良かったの!」

「隊長以外の殿方に捧げるつもりはもとよりありません、ただ……」

「ただ?」

 

含みを持たせた大淀の言葉に、首を傾げる大神。

しかし、罪滅ぼしが必要と言うのであれば、なんでもする覚悟は大神には出来ていた。

 

「できれば正気の大神さんとキスしたかったので、もう一度キスしてください♪」

「ぶっ」

 

流石に予想外の回答に吹出す大神。

 

「おお、それはいいな! オオガミ! 罪滅ぼしすると言うのなら私にも頼む!」

「睦月もお願いするのにゃしぃ♪」

 

結局、大淀、ガングート、睦月と大神は再度キスするのだった。

二回も、しかも二回目はムード満点のキスをされて、他艦娘がぐぬったのは言うまでもない。

鹿島たちが自分達もと、突撃したのもいつもの事である。

 

そんなこんなで歓迎会は夜更けまで続くのであった。

 

 

 

 

 

次回予告

 

大神さんの訪欧に始まった一連の出来事も一段落。

しばらくは日常を満喫する私たち。

クリスマスとか、年末年始とか、翔鶴ねえと隊長さんの3人デートとか!

そんな中、突如明らかになる大神さんのお見合い計画。

じょ、冗談じゃないわよー!

そんなのぜったい、ぜーったい認めないんだから!!

 

 

 

次回、艦これ大戦 

 

「閑話集 二」

 

 

 

「全機爆装、準備出来次第発艦! 目標、大神さんのお見合い会場、やっちゃって!」




感想で榛名の媚薬と聞いて変更プロットをアドリブで仮組み。
こっちの方がおもしろそうなので変えましたwww

すべては媚薬のせいなのですw


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第十五話 閑話 約束のデート

閑話の前に閑話を挟みます(^^;
約束は果たさないといけませんので。


淫欲が渦巻いた歓迎会が終わった数日後、今日は大神の完全な休日である。

いつもの剣道の練習も今日はなく、大神は自室で久しぶりにゆっくりと睡眠を楽しんでいた。

冬が近づき、幾分か冷えるようになったこの季節、お布団の魅力から逃れるのは難しい。

そんな大神の部屋の鍵を開けて大神に近づく影があった。

ぬくぬくと暖かそうに眠る大神の姿を見て微笑むと、大神に話しかける。

 

「大神さん、起きて下さい」

「うーん、あと、5分……」

 

大神にしては珍しい言葉。

でも、今日本来起きる予定だった朝食の時間まではまだ30分以上ある。

まだ寝たいと大神が考えても仕方がないだろう。

 

「うーん、よしっ。じゃあ、せっかくだから少しご一緒させてもらいますねっ」

 

そういって、その人影は大神の布団にゴソゴソと潜り込んだ。

出来る限り布団を持ち上げないように潜り込みはしたが、やはり外の冷たい空気が入り込む。

 

「う~……さむっ」

 

寒さを感じて大神は震え、近場の暖かいもの、つまり布団に潜り込んだ影へ手足を絡みつかせた。

大きさも当然人間サイズなので、丁度いいとばかりにその胸元に頬を摺り寄せ、腰へ手を回す。

大きく開いたスカートの隙間から大神の手が服の中へと入り、お尻へと回される。

 

「きゃんっ!?」

 

勿論、そんな事をされるとは思いもしなかった人影は可愛らしい声を上げる。

それでようやく意識が覚醒に近づいた大神は、目を開けて人影の胸元から視線を上に上げた。

 

「あ、あはは……おはようございます、大神さん」

「明石くん!?」

 

誰あろう、明石がそこに居た。

 

 

 

「それで、どうして、俺の部屋に入り込んだんだい? 布団にも」

 

起きた大神は私服に着替え、明石と二人分のコーヒーを入れた。

もちろん、わざわざ自分の部屋にもぐりこむような事をした理由を聞くためである。

通称――艦娘魔女裁判を数日後に控えた今、部屋に、布団に潜り込んだなんて事実を知られれば、明石まで魔女裁判対象となってしまうので、食堂で行わないのは大神の慈悲である。

実際、歓迎会で媚薬を盛った榛名や、大神の素手で身体のあちこちを洗ってもらった曙は魔女裁判対象になってしまったし。

 

「だって……大神さん、もう休日になるって言うのに私を誘ってくれないじゃないですか。私も休日を大神さんに併せて待っていたのに酷いじゃないですかー」

「誘う? 誘うって何にだい?」

「デートにですよっ。約束したじゃないですか、間宮でおやつを食べていた私を機艦娘を助ける目的で連れ出すときに埋め合わせとしてデートしてくれるって」

「あ……」

 

完全に忘れていた大神。

 

「その反応は、忘れていましたね? 酷いですよー」

「ゴメン、明石くん! 完全に忘れていた、本当にゴメン!!」

 

こればっかりは平謝りするしかない。

だが、明石からは余り怒っているような気配は感じられない。

 

「なんて……ね。ほんのちょっとは怒ってますけど、ほとんど怒ってませんよ。有明に帰ってからも書類仕事で激務だったのは分かってますから、だから朝のうちにこうやって来ちゃいました」

「そうか、これからなら朝食後でも、余裕を持って出かけられるからね。今更だけど、明石くん。今日は俺と出かけてくれないかな?」

 

姿勢を改めると、真摯な表情で片手を差し出して明石をデートに誘う大神。

 

「はいっ、よろこんでっ!」

 

花の咲くような満面の笑みを浮かべると、明石は大神の手を両手で包み込むのだった。

 

 

 

それから2時間が経過した秋葉原駅で、大神は二刀を袋に入れ所持した上で明石を待っていた。

二人揃って有明鎮守府から出かけても良かったのだけれども、出来ればデートの場所で待ち合わせしたいと言う明石の要望に答えて、駅で待ち合わせする形となったのだ。

しばらくして、明石が駅に到着する……のだが、

 

「大神さーん、お待たせしました~」

「明石くん、その格好は……寒くないのかい?」

 

明石の格好はいつもの制服であった。

スカートの横から見える素肌に男達の視線が釘付けになるのが、なんとなく大神は気に食わない。

 

「私、いつもは工廠に閉じこもりっきりなので、あんまり私服の持ち合わせがなくって……」

「……うん、決めた。明石くんは秋葉原で電子部品とかそういったものを見たいんだったよね?」

「先ずはそのつもりですよ、って大神さんそっちは駅のほうじゃないですか!?」

 

大神は明石の手を引っ張って改札口へと向かう。

 

「予定を変更しよう、最初は一駅隣の御徒町で明石くんの私服を買おう!」

「ええっ!? 私、そんなにお洋服を買えるほど持ち合わせありませんよ!?」

「俺が言い出したんだから、それくらい俺が出すさ。さ、行こう!」

「……はいっ、私の決めてたプランより本当のデートっぽくなっちゃいますね、でも嬉しいかな」

 

秋葉原駅の改札口近くに居た男達の『くそっ、このリア充どもめが』と言う視線を浴びながら、大神たちは再度改札口へと戻り御徒町へ向かうのだった。

 

御徒町は渋谷や、新宿、池袋に比べれば規模は小さいが、ショッピングできることには違いない。

ブティックなどを見て回り、明石の私服を購入していく。

 

「あ、このブラウスいいですね~。……え? こんなに値段するんですか!?」

「いいよ。明石くんが良いと思ったんだったら、それも買おう」

 

値札を躊躇する明石だったが、大神は躊躇せずそのブラウスを手に取る。

 

「いや、悪いですよ、大神さん。もういっぱいお金出してもらってるのに」

「明石くんには警備府に来た時からずっとお世話になりっぱなしだからね。毎度の怪我の治療だけじゃない、命まで助けてもらっている。これくらいはさせて欲しいんだ」

「でも……」

 

流石にここまで出費させる気のなかった明石としては肩身が狭い。

 

「もし明石くんが悪いと思うんだったら、次の機会には今日購入した服で可愛らしい姿を見せてくれればいいさ」

「え? それって……」

「ああ、俺の都合で明石くんの考えてたデートのプランの時間を大幅に削ってしまったからね。明石くんがよければだけど、次の休みのときにもう一度出かけようか」

「あ……はいっ、勿論喜んで!」

 

そんな感じで、まるで恋人同士のように御徒町での買い物を楽しむ大神と明石。

昼時にはイタリアンで昼食を取り、3時前後に買い物を終え喫茶店で休憩を取っていた。

 

そんな大神と明石は気付いていなかったが、MIでの狙撃の件もあり、命の危機に瀕した大神とそれを命懸けで救った明石は恋仲であると言う説があったのだ。

大神と明石の御徒町での楽しげなお買い物を見た人々により、その説が絶大に補強されるのは言うまでもなかった。

ちなみにその仲よさそうな様がネットに上げられ、それを見た秋雲など他の艦娘の怒りゲージが上がるのも当然の成り行きと言えよう。

 

喫茶店で恋人専用のジュースを頼み、茶化しあいながら、真っ赤になりながら飲む大神と明石。

二人は有明鎮守府に帰った後、一騒動が起こる事をまだ知らない。




最初のモーニングコールは当初萩風にしようかと思ったのだけど、あくまで明石のお話なので。
それにしても、明石の独走っぷりがヤバイと感じるのはきっと気のせいだよね?
書けば書くほど、明石が、明石がーwww

とりあえずリア充爆発しろw


おかしい、自分は金剛大好きの筈なのに……(^^;


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閑話集 二
閑話 二 大逃走! シュラバヤ沖海戦1


逆転しない裁判ー前編

 

 

 

明石と大神のデートから数日後の深夜のことである。

有明鎮守府のブリーフィングルームには艦娘たち全員が集合していた。

ちなみに大神は、今夜は有明鎮守府にいない。

大淀→永井→米田経由で上奏した、訪欧した大神の慰労会を太正会の男性陣で行う為である。

政財界のトップと共に、料理と酒を楽しみ、今頃はホテルで眠っていることだろう。

 

無論、本当の理由は違う。

 

大神の訪欧から今におけるまで、過度に大神に接した艦娘への魔女裁判を行うためである。

欧州艦娘を交えて淑女協定を改めて話し合うためと一応大神には言ってはいる(大神は勿論薄々実情を気付いている)が、本当のところは飛び交うであろう罵倒や汚い言葉を大神に聞かれて嫌われたくないからである。

なら、そんなことするなよと誰もが思うだろうが、嫉妬心を止められないのもまた艦娘のサガ。

今回の裁判は以下のメンバーで行われる。

 

被告人:明石(数日前の大神とのデート)

    曙 (大神に素手で全身を洗ってもらった)

    榛名(大神に媚薬を盛った)

    鳳翔(シベリア鉄道での大神との日々)

    川内(シベリア鉄道での日々、大神を騙して『結婚しよう』といわせた大逆罪)

 

裁判官:その他全員

 

弁護人:その他全員

 

傍聴人:その他全員

 

どう考えても、全うな裁判形式ではない。

吊るし上げ、処刑会議と言ったほうが等しいが気にしてはいけない。

いつもは大神が作戦を説明する壇上に進行役の大淀が上がる。

 

「それでは、皆さん。始めたいと思います。先ずは……明石さんから行います」

 

両腕を扶桑姉妹に抱えられて壇上に運ばれる明石、勿論大いに不満そうだ。

 

「ちょっと、私の場合は大神さんと約束どおりデートしただけよ!? 何の問題があるの?」

「だって、前の日の夕食で話してたときは秋葉原で電子部品とかを見て、その後は大神さんの二刀を補修できる刀匠が居ないか下町を何件か回ってみるつもりって言ってたじゃない! あまり良い私服もないから、制服のままで行くつもりだって。それがなんでブティックで良い服を買ってもらったりしてるのよ! ネット上にも上げられてたから嘘は効かないわよ!」

 

進行役の筈の大淀が明石にツッコミを入れる。

なるほど、お出かけ程度のデートの筈が完全ガチのデートになっていたら多少むかつきもするか。

 

「いや、だって大神さんが買ってくれるって言うし……そんな寒そうな格好で居るよりはって。それにそんな格好の私をあまり人の目に晒したくないって言うから……うーん、そんなにいつもの私って酷い格好ですか?」

 

少し落ち込んだ明石の呟きに艦娘たちに衝撃が走る。

ちょっと待て、どういう意味だそれ。

最近工廠に戻り始めた明石の制服は物によっては若干色落ちして交換するべきものもある。

でも、明石のスカートはそもそも腰の横のラインが素で見える大胆な、エロい構造でもあるのだ。

もし、後者を指して大神が男の人の目に晒したくないと言うのなら、まさかまさかまさかまさか。

それ以上考えると嫌な推測になりそうなので艦娘たちは考えるのをやめた。

 

「しょうがないわね! 明石さんもこれに懲りたら外出するときは格好に気を使いなさい!」

「はーい、分かりましたー」

 

本件は、万が一にも明石に後者の可能性があることに気づかせてはならない。

絶対に自覚させてはならないのだ。

そう考えた叢雲が早急に話を締めようとする。

それは他の艦娘にとっても同じ考えだった。

 

「結論を言い渡します! 明石は今後外出するときは格好にちゃんと気を配る事! また、他の艦娘についても、わざと寒そうな格好などをして大神さんの気を引いて服を買ってもらうことは禁止します! いいですね!?」

「「「はーい」」」

 

叢雲の意図に気付いた大淀も吊るし上げを区切って話を締める事とした。

勿論、この件は他の艦娘にも言える事であるので全員に釘を刺すことも忘れない。

 

「やったー、それじゃ私は殆ど無罪放免ですね~。あ、終わったから裁判官側に座ってもいいですよね?」

「……ええ、いいですよ」

 

本当ならもう少し文句をいいたかったが、明石が自覚してしまう事に比べれば遥かにましだ。

そう思い、大淀は次の被告の話へと話を進める。

 

「次は……曙ちゃんね」

 

次に両腕を扶桑姉妹に抱えられて壇上に運ばれるのは曙だ、顔を真っ赤にしている。

 

「な、な、なんで、私が、クソ隊長の事でこんな場に立たせられてるのよ!?」

「ダウトだよー、曙ちゃん。もう曙ちゃんがご主人様の事を『大神さん』って『一郎さん』って呼んだ事はバレバレだよ~。いや~、乙女だね~」

「なっ、なんのことかしら? 私はそんな風には喋ってないわよ! だって、この間の歓迎会の時だってそんな風には呼んで……」

「ふーん、それじゃこれを聞いてもそう言っていられるかな~」

 

決して認めようとしない曙を前に、漣がICレコーダーを再生する。

 

『私、大神さんの事が……一郎さんのことが……』

「んなっ!? 何これー!!」

「曙ちゃんのね・ご・と。これでも認めないなら、その先も――」

 

それは死刑宣告だ。

 

「やめてーっ! 認める、認めるから、再生しないでー!!」

 

とうとう音を上げる曙であった。

 

「コホン。この発言自体もツッコまないといけないような気もしますが、それは一旦置いておきましょう。議題は曙ちゃんが大神さんに『素手』で『全身』を洗ってもらったことについてです」

「曙ちゃん、いつもは素手じゃなくてスポンジで体を洗っていたよね? なんで大神さんには素手で洗ってもらったのかな?」

 

潮の目から光が失われつつある、怖い。

 

「いや、あの、その、だって……怖かったんだもん!!」

 

言いあぐんでいた曙だったが、やがて、涙を滲ませながら叫んだ。

 

「腕に、足に巻付いた触手がどんどん身体の方に登っていって、ブラも外されて、ショーツも下ろされて、このままじゃ私犯されるって、大神さんの目の前で穢されると思ったんだもん!」

「曙ちゃん?」

「前は諦めてた! 好きな男の人なんて出来る訳ないって、だから大丈夫だと思ってた。でも、違う、今は違うの! 大神さんに、好きな男の人以外にそんな事されるなんて絶対にイヤだもん!!だから思い出す事も嫌だったの! 全部大好きな大神さんに上書きしてもらいたくて……だから……だから、ふぇぇ、ふぇぇーん!!」

 

火車に汚されかけた嫌悪感を思い出したのか、曙が泣き出し始めた。

人目を憚らず、ガチ泣きする曙。

 

ブリーフィングルームの雰囲気が曙に同情的なものに成る。

確かに嫌だ、好きな男性以外にそんな事を無理やりされるのは。

もう、艦娘全員の感情は一致していた。

 

「ごめんなさい、曙ちゃん。怖い事を思い出させて。みんなももういいわよね、曙ちゃんについては無罪放免としましょう」

「「「異議ありません」」」

「ごめんなさい、曙ちゃん」

「曙ちゃん、今度間宮さんでおやつおごるね」

 

漣たちが泣き続ける曙を慰めようとしていた。

 

「そういえば、雲龍さんは大丈夫かしら?」

「私は上半身は服の上からでしたし、気持ち悪かったけど曙ほどには恐怖はなかったわ。深海から私を助けてくれた大神さんが、助けてくれない訳がないって、信じてたもの」

「じゃあ、この件はこれでいいわね」

 

そうして、次の対象を運ぼうとする扶桑姉妹。

ここまではどちらかと言うと、羨ましさ半分で選ばれた対象。

 

だが、ここからは違う。

完全な処刑対象者と成る。




まずは裁判から、処刑はそのあと。


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閑話 二 大逃走! シュラバヤ沖海戦2

逆転しない裁判ー後編

 

 

 

「さて、ここからは気を引き締めなおさないと――次は榛名さんの番ですね」

 

大淀の声に頷いた扶桑姉妹が、判決待ち組の待機部屋より榛名を連れてこようとする。

が――

 

「はい、榛名は大丈夫です!」

 

いつの間にか榛名はブリーフィングルームの壇上に立っていた。

 

「「「ぜんぜん大丈夫じゃない!!」」」

 

全艦娘からツッコミが入る。

そう、やった事の意図的な悪質さと言う意味では、この娘と川内がNo.1を争うのだから。

アレで歓迎会で改めて自己紹介するつもりだった欧州艦娘(アークロイヤルなど)や元機艦娘(酒匂、萩風など)はその機会を奪われてしまったし、歓迎会自体がかなりしっちゃかめっちゃかになってしまったのも事実。

歓迎会終了後、一通り間宮と伊良湖に怒られてはいたのだが、この様子ではあまり真摯に反省しているようには正直見えない。

話がエスカレートするものなら、ある程度庇うつもりだった金剛も『これはダメデスネー』と発言した、もはや庇うものは居ない。

 

「榛名さん、あんたは自分が為された事を自覚しているのですか?」

「ハイ、歓迎会を台無しに、間宮さんたちの準備を無駄にしてしまいかけて、大変申し訳ありませんでした……」

 

でも大淀が問い質すと榛名はシュンと縮こまった。

 

その様子を見て、なんだかんだで結構反省しているのかなと思う艦娘たち。

あの騒動で榛名自身が良い思いをしている訳ではないし、酒の勢いもあって媚薬を盛る事に、艦娘たち自身消極的とは言え反対はしていない。

積極的に反対して大神を元に戻そうとしたのはあの場では明石と大淀くらいだ。

そう考えると、あまり厳しい罰は与えにくいかなと思えてくるのだが……

 

「ですので、今度大神さんに媚薬を盛るときは、皆さんのお邪魔にならないタイミングを狙いたいと思います! 次の短期秘書艦に選ばれたときとか!!」

「「「アホかー!!」」」

 

どう考えても根本的なところで反省していない榛名の発言に、再び全艦娘からツッコミが入る。

あ、やっぱりダメだこいつ、そんな雰囲気が場に満ちる。

 

「大淀! 厳しい罰が必要と思うわ!!」

 

ただでさえ激務な大神に媚薬を盛るだなんて、冗談ではない。

医師役として、明石が挙手して提案する。

 

「「「異議なし!」」」

 

勿論艦娘たちにとっても異議はない。

二度と榛名が媚薬を盛らないように考えを改めるくらいの厳罰が必要だ。

 

「そうね、先ず勿論大神さんに媚薬を盛るのは今後永久に禁止。再発したら、金剛さん達には悪いけど、正式に上奏して榛名さんは解体処分、有明鎮守府から追放とします。良いですね?」

 

凄まじい厳罰ではあるが、再発したらと言う但し書きが着くので、現時点での罰ではない。

 

「え……いえ、分かりました。二度と『大神さん』に薬を盛るような事は致しません」

 

流石に解体、有明鎮守府からの追放と聞いて、流石に榛名も佇まい、立ち振る舞いを直す。

二度と行わないと確約してみせる、それでも怪しげなニュアンスがするのは気のせいだろうか。

 

「あと大神さんとの接触を無期限で、禁止としましょうか」

「そんな!? もう榛名は大神さんに薬を盛るような事はしないと誓ったのに! それでも大神さんのお傍に居たらいけないのですか、大淀さん!!」

「やった事がやった事ですからね。まあ、無期限は流石に可愛そうなので期限を決めましょう。金剛さん、姉としてはどの程度であれば良いと思います?」

 

大淀が金剛に尋ねる。

 

「うーん、そうデスネー。『死ぬほど』頑張ればクリスマスには間に合わせてあげたいデース」

「お姉さま!!」

 

恩赦とも言うべき期間の設定に、榛名が感謝の涙を流す。

でも榛名の脳内ではクリスマスを大神と二人っきりで過ごす情景が流れていた、なかなか図太い。

 

「でも、『死ぬほど』頑張らないと、クリスマスに間に合わないヨー。うふふ」

「えーと……お姉さま?」

 

薄笑いを浮かべる金剛に、疑問の表情を浮かべる榛名。

 

「榛名ー、時々比叡に料理を教えてましたヨネ~。進捗はどうデスカー?」

「え? ええ、なかなか思うようには上達して頂けなくて……って、まさか、金剛お姉さま!?」

「Yes! 榛名の隊長との接触禁止期間はズバリ! 『比叡の料理がまともになるまで』デース! これなら、榛名の比叡への料理教室も気合が入るでしょうし、一石二鳥デース!!」

「そ、そんなーっ!? それでは無期限も同然じゃないですかーっ!!」

 

雷に打たれたように、榛名はその場に崩れ落ちる。

でもなかなかに酷い事を言っている榛名、比叡はちょっとお冠だ。

 

しかし、しばらくして決意も新たに榛名は立ち上がる。

その瞳には炎が燃え盛っていた。

 

「金剛お姉さま! でも、逆に言えばすぐに比叡お姉さまの料理が上達したら、すぐに大神さんとの接触が許可されるのですよね!!」

「ん? まあ、それが出来たらだけど、ソーダヨー」

 

金剛はそんな事できるわけがないと、タカをくくっている。

でも言質は取った。

 

「分かりました、この榛名、心を鬼畜魔道に身を落とすつもりで比叡お姉さまへの指導に当たりたいと思います! 香取さん、鞭をしばしお借りしても宜しいでしょうか!?」

「え? ええ、私はしばらくは遠洋航海練習の下調べがメインと成るので構いませんが……」

「ありがとうございます! 比叡お姉さま、料理教室は早速始めます! 今までのように優しくは行きません! 味が落ちるような行動をする度に鞭で身体に叩き込んでいきます!!」

 

香取から鞭を受け取った榛名は全力で鞭を振るう。

風を切る音がブリーフィングルームに鳴り響く。

 

「ひっ!? お、お姉さま!? 榛名が怖いですよ!?」

「大丈夫デース。榛名がそんなに鬼になれる訳ないデース」

 

だが、金剛は一つ思い違いをしていた。

恋する乙女は男のためなら、いくらでも鬼になれるのだと言う事を。

 

「さあ、早速料理教室を始めましょう!!」

「ひっ、ひえー!!」

 

比叡が榛名に引きずられドナドナされていく。

この様子だと恐らく一週間もかからずに、比叡のお料理はポイズンクッキングから脱却しそうだ。

正に金剛にとっては一石二鳥。

だが――

 

「これ、一番の被害者比叡さんじゃね?」

 

長波が呟いたが、誰もあえてツッコミを入れはしなかった。

 

 

 

さて、これで本来の予定外である増えた艦娘の魔女裁判は終結した。

これからが予定通りの魔女裁判と成るのだが――

 

「榛名とか曙のした事に比べれば、鳳翔さんそこまで酷くないよね?」

 

そう鳳翔に限って言えば、大神と同室で過ごしたうらやましさはあるけど、川内の結婚詐欺を止めた功労者だし、お風呂に関しても大神が覗こうとしたのがそもそもの原因。

 

「鳳翔さんの落ち度は罪咎を背負うほどあるのでしょうか?」

 

不知火の言葉に何割かの艦娘が首を捻る。

これは結論が出るまでに長くなりそうである。

 

「大淀さん、大変です!!」

 

と、次の裁判対象、鳳翔を連れて来ようとした扶桑姉妹が気を失った鳳翔を抱えて慌ててブリーフィングルームに入ってくる。

一体何が起きたと言うのだろうか。

 

疑問に思う一同だったが、扶桑たちの次の一言に全艦娘が戦闘体勢に入ったのであった。

 

「川内さんが逃げました!!」




素直に全員の裁判フェイズ→処刑フェイズ(演習)からの逃走劇と思いました?
その予想を裏切るスタイル。

ここからこそが逃走劇の本番です。


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閑話 二 大逃走! シュラバヤ沖海戦3

自由への脱出-前編

 

 

 

「川内姉さんが逃げたですって!?」

 

扶桑姉妹からもたらされた連絡に驚愕する神通。

もともと、この魔女裁判が企画されたのは川内の行き過ぎた行為、特に大神に「結婚しよう」と言わせた事が発端といってもいい。

そんな主犯が裁判を逃走したとあっては、何のための裁判か分からなくなる。

そして、夜の川内は元々何をしでかすか全く読めない。

だから、何か起きないように神通は川内を裁判待機部屋にて縄で亀甲縛りにした上、ぐるぐる巻きにしたのだ。

 

まさか、あの状態から逃走してのけるとは……

 

「夜の川内姉さんをもっと警戒するべきでした、皆さん、すいません」

「あそこから逃走するだなんて、誰も想像できないわ。流石に私も驚いてます」

「でも、この状況で逃げ出したら、もっと罪大きくならないかしら?」

 

そう、そこが納得いかないのだ。

川内については来年の年始までの大神への接触禁止と、演習で全艦娘がかりでフルボッコにして、こちらの気がスカッとしたら終わりにするつもりだったと言うのに、これではもっと重罪を課さなければ成らないではないか。

 

「あれ? 鳳翔さんの胸元に書状が挟まってますね?」

 

と、大淀が気絶した鳳翔の胸元に差し込まれた書状を取り出し、目を通していく。

そして、ぶちっとこめかみに怒りマークが出現するのであった。

 

「どうしたのかしら、オオヨド?」

 

疑問に思ったビスマルクが大淀に近寄ると、大淀は無言で書状をビスマルクに渡す。

日本語の文章はまだ苦手なので、プリンツの手も借りて書状を読み上げていく。

 

「えーっと、なになに……

 

『夜はいいよね~、夜はさ~。

神通、夜になって全能力が3倍になった私をあの程度の緊縛で止められる訳ないじゃない!

甘い甘い~。

夜の私を止めるなら十倍はきつく縛らないとね?

 

と、話がずれちゃった。

 

とにかく曙ちゃんを泣かしたこの魔女裁判にはもう正義はありません!!

これから大神さんの元に駆け込んで、ぜーんぶ暴露してみんな仲良く怒ってもらうからね!

魔女裁判の様子はこっそり大淀に取り付けたマイクで全部録音済みなのです。

曙ちゃんのガチ泣きにはいくら大神さんでも怒ると思うよ~。

さあ、みんな覚悟しておいて。

みんなで仲良く大神さんへの接触禁止令をもらおうね♪

 

あと、私、今回の訪欧に関して大神さんから個人的にお礼を貰える事が決まっていたんだけど、貰うものを決めました!!

ズバリ、『大神さんのはじめて』を貰っちゃいます!

いや、大神さんに『私のはじめて』を奪ってもらいますと言ったほうがいいかな?

どっちにしても、本当の意味で『はじめてのやせん』をやっちゃうよ~。

下手したら判決で私の処女散らされそうだもん、お姉ちゃんプンプンだよ!

 

ま、これからは大神さんの事は『義兄さん』と呼んでもらうよ、神通♪

みんなもね。

人のモノに手を出したらダメなんだからね!!』

 

……って、なんだこれは!? 喧嘩売ってるのかー!!」

 

大激怒するビスマルク、そりゃそうだ。

前半はまだ分かる、曙を泣かしたことには流石に全員が罪悪感を感じていたのだから。

だが後半はなんだ、完全な宣戦布告ではないか。

 

「私が泣いてたときの事を録音してたって、じょ、冗談じゃないわよー!!」

 

顔を真っ赤にして同じく大激怒する曙。

曙にいたっては、まあ、致し方がない。

大神が居ないからと、裁判中に、

 

『大神さんに、好きな男の人以外にそんな事されるなんて絶対にイヤだもん!! だから思い出す事も嫌だったの! 全部大好きな大神さんに上書きしてもらいたくて……だから』

 

と、誰がどう聞いても100%告白にしか聞こえない独白をしてしまっているのだ。

あれを、大神の耳に入れられたらと思うだけで曙は羞恥で死ねる。

 

「止めないと、どうにかして川内さんを止めないと!!」

「ああ、そうだ! なんとしても、川内を止めなければいけない!!」

 

曙に続いて、長門も立ち上がった。

『大神のはじめて』はなんとしても守り抜かないといけないのだ、艦娘の名にかけて。

 

「有明鎮守府はたった今を以って戦闘体勢に移行する!! 大淀、ビッグサイトキャノンは――」

「ちょっと待ってください! そんなもの使ったら、もっと大神さんに怒られてしまいます!! 全艦娘の戦闘体制移行は問題ありませんが、その他は速やか且つ他者に気付かれないように行う必要があります!!」

 

そりゃそうだ、無断でそんな戦略兵器使ったら懲罰房ものどころの話ではない。

 

「しかし、最も夜戦に秀でた川内が敵に回った以上どうすれば? 既に我々は出遅れているぞ!」

「加山さんにお願いいたしましょう。あの方ならきっと、川内さんにも引けは取りません」

「いや、一回罠に嵌めてるし、断られるんじゃないか?」

 

長波が再び常識に基づいてツッコミを入れる。

君らが加山を罠に嵌めたのが、そもそもすべての発端だしね。

 

「……お願いするとき、そのときの謝罪もかねて、艦娘の皆さんで加山さん達を歓待すると言いましょう。皆さんパーティ用のドレスはボーナスで買いましたよね?」

「え、でも、あれはクリスマスに大神さんに見てもらうために購入した物で――」

「加山さんの歓待はクリスマス後の日程にしましょう。一番最初に大神さんに見てもらえるのであればまだ! とにかく今は加山さんに連絡を!」

 

そう言って大淀はブリーフィングルームの電話を取って、加山の番号へと繋げる。

しばらくして、電話が繋がった。

 

「加山さん! お願いがあるのですが!!」

「ああ、状況は大体分かってる。だけどすまないが、大神は米田さんたちに酔いつぶされかけた状態で、ホテルに帰る前に風に当たってくると寄り道したっきり戻ってこないんだ。或いは……」

 

既に川内と落ち合っているかもしれない。

そう言外に含ませられた言葉に、ブリーフィングルームの艦娘から悲鳴が上がる。

 

「今の大神はしこたま酔っている上、米田さんたちにも手を出しちまえよと唆されている。誘惑されたら君達艦娘に手を出すかもしれない。だけど、こんな酒の上での情事だなんてスキャンダルもいいところなんだ。今から月組の情報も供与するから、大神たちを止めてくれないか!」

「利害は一致しましたね、大神さんはどこのホテルに居ますか?」

「俺達が泊まる予定だったのが、帝國ホテルだからそれ以外のホテルに居る筈だ、だから……」

「いえ、違います。川内さんと大神さんが向かったのはきっと横浜港の大桟橋です!!」

 

気絶から目が覚めた鳳翔が、大淀と加山の会話に割って入る。

 

「何で、そういえるんですか? 鳳翔さん?」

「北海と地中海で繰り出した川内さんと大神さんの合体技『初夜 は じ め て の や せ ん ?』は帝國ホテルと大桟橋が舞台でした。合体技は艦娘の心情・願望が強く出ます、つまり川内さんはどちらかの場所で事に及びたいと考えて居るはずです!!」

「なるほど、それなら帝國ホテルの可能性がない以上、大桟橋しかないな! そこなら有明から海上で移動したほうが早い。夜間だから海の交通はそんなにない筈だが、君達の往来申請はこちら月組で出しておく!」

「了解した、これより全艦娘は横浜港大桟橋へと全速力で出撃する。全艦演習用の弾薬と、探照灯を装備、完了したものから順次出るぞ!!」

「「「了解!!」」」

 

長門の声に立ち上がり装備庫に向かう艦娘たち。

と、鳳翔の裾からチケット状のものが何枚か落ちた。

大神の決済印も押されている、正式なものだろうが何だろうか。

 

「なんでしょう、これは?」

「あ、それは!?」

 

拾い上げた加賀をとめようと、鳳翔が手を伸ばす。

だが、時既に遅く加賀はチケットの内容に目を通した。

 

「大神さんと二人きりの『混浴券』? しかもこれは私の分に五航戦の分!? これはどういう事なのですか、鳳翔さん?」

「いえ……訪欧の際にいい思いをしてしまったので、大神さんから訪欧のお礼を個人的にもらえると言われた時に、皆さんにも幸せのお裾分けをしようと思いまして。皆さん全員分までは無理だったのですが、軽巡洋艦と駆逐艦、空母の分は一回だけ許可してもらえたんです」

「では、この券一枚で大神さんと……」

「はい、ここの大浴場で二人きりで混浴できますよ」

「鳳翔さん……」

 

川内は自分の欲望にまっしぐらなのに、鳳翔はここまで和を考えていたとは。

なんたる差か。

 

「大淀さん!!」

「はい、鳳翔さんは先程の情報提供と併せて無罪放免! 今は川内さんを撃破――もとい、捕縛することを最優先とします!!」




ドタバタしてまいりました。
そしてちゃっかり無罪を勝ち取る鳳翔さん。


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閑話 二 大逃走! シュラバヤ沖海戦 終

自由への脱出-壊滅編

 

 

川内以外の4人の判決は決まった。

あとは大逆罪を犯し、そして更なる許されざることをしようとしている川内に天誅を与えるのみ。

まずは速力に勝る者達が海を駆けていく。

大神への好感度が現時点での限界値100に至った艦娘は、その速力さえも向上している。

そう本来低速艦の明石や長門、陸奥、大和、武蔵ですら、今では島風よりも速いのだ。

だが、相手の川内もまたシベリア鉄道、トゥーロンでの生活で好感度は限界値に至っている。

速力においては互角、ならば航空機での索敵こそが勝敗を分けるだろう。

幸い、川内は装備庫に寄らずに脱出した為、偵察機を持ってはいない。

 

「こんなことなら、アメリカから技術導入して夜間戦闘機とか開発しておくんだったわ!」

「瑞鶴、今そんな事を行っても今更よ。グラーフさんと、アークロイヤルさんはお願いします!」

「了解だ! 艦載機発進!」

 

残念ながら夜戦を可能とする専用夜間艦載機は現在アメリカでしか開発されていないため、夜間戦闘力を所持している空母はアークロイヤルとグラーフのみである。

なら、そのほかの空母は出撃してもあまり意味がないのではないかと思われるが、

 

「でも、木刀でボコボコにすることくらいは出来るもんね!」

「ええ、小刀でトスっと」

 

ぶっちゃけこわい、みんな殺る気満々である。

と言うか、全艦が艤装の他に肉弾戦用の獲物を手に持っている、モーニングスターも何故かある。

砲撃よりも直接痛めつけたいと言うことだろうか、艦娘というより、もはや蛮族娘である。

 

100を越える艦娘が海を次々と行く様に、事前に連絡を受けているとは言え港湾関係者は何事かと呆けて見ている。

よほど恐ろしい事態が日本に起きているのではないかとパニクる者も居たが、まさか艦娘のただの嫉妬であるとはお釈迦様でも思うまい。

 

「みんな、川内らしき影を横浜の山下埠頭近辺で発見したが陸に上がったようだ! すまないが見失った! そこまで到着したら大桟橋までは徒歩でも行ける、不味いぞ!!」

 

そうして居る間にグラーフが川内らしき影を発見したようだ。

だが、目的地である大桟橋からはもうほど近い場所だ、未だアクアラインを超え川崎の海を急いでいるグラーフたちが到着する頃には、大神たちは夜の闇に紛れてしまうに違いない。

そうなったら最後、大神と川内は今夜の内に行き着くところまで行ってしまうだろう。

そして、大神と川内を二人で歩くバージンロードを艦娘たちは悔し涙を流しつつ、ハンカチを噛みながら眺めることと成るのだ。

 

「そ、そんなー!!」

 

榛名の脳内にリンゴーンとなるチャペルのベルの下で、ウェディングドレスを着た川内がいた。

どうしたらいいのか分からなくなって、榛名の目が徐々にグルグル巻きになっていく。

 

「そうです! 大桟橋自体を、飽和砲撃と爆撃で跡形もなく消し飛ばしてしまいましょう!! 落ち合う場所自体がなくなれば川内と大神さんが結ばれる事だって――」

「榛名、何言ってるデース! そんなことしでかしたら、私達大説教物デース!!」

「「「アホかー!!」」」

 

錯乱した榛名を金剛がスリッパで引っ叩く、ついでに全艦娘が突っ込みを入れる。

いや、それ説教どころの話じゃすまないと思うぞ。

 

「でも、でもでも、金剛お姉さま、このままでは大神さんが川内さんと……そうです! 横浜近郊のホテルを全て押さえてしまえば、大神さんと川内さんが落ち合っても泊まる場所が、エッチする場所がなくなります!!」

「悪くない考え――いや、ダメだ! 既にホテルを押さえられていたらそれは通用しない!!」

 

榛名の考えに一瞬頷きかける長門だったが、現時点で一室でも押さえられていたらすべて終わりだ。

 

「でしたら、えーと、えーと……もうこの際、川内さんが一番最初でも構いません! 皆さんで大神さんのお情けをいただきましょう!!」

「「「……は?」」」

 

榛名の突拍子もない台詞に全艦娘の思考が止まる。

 

「加山さんはおっしゃっていたじゃないですか!! 今なら私達の誘惑に応じてくれるかもしれないと。なら、川内さんだけが良い思いをするくらいなら私達も!!」

「榛名ー!? それこそスキャンダルになってしまうデース!!」

「でも、金剛お姉さま! 大神さんが川内さんに手を出した時点でもうスキャンダルです! どうせスキャンダルを止められないのなら、いっそ私達全員で!!」

 

今度は誰も突っ込まない。

いや、かなりの艦娘がそれ、案外悪くないんじゃねと思い始めていた。

媚薬騒ぎの際に全うな状態の大神と結ばれたいと言っていた大淀さえ、

 

「……そうですよね。既に奪われた貞操なら、もう遠慮する必要ないですよね」

 

と呟く始末。

はっきり言って末期的思考である。

このまま川内と大神が合流する前にいずれかを見つけられなかったら、この恐ろしい状況が現実のものとなるに違いない。

 

 

 

 

 

一方その頃、川内は飛び交う艦載機の哨戒網を掻い潜りながら、山下公園を走り抜け大桟橋へと向かっていた。

 

「もう少し……もう少しで大神さんと!」

 

ぶっちゃけ魔女裁判の正義だなんて川内は完全に忘れていた。

川内の容貌に惹かれ、かけられる声も完全に無視。

会いたい、一刻も早く大神と会って、合体技のように――大神と一つになって――

 

「でゅへへ……、おっといけない!」

 

表情が緩んでしまうのを必死に直し、走っていると、大桟橋の手前に寄りかかって立つ一人の人影を発見する。

逆立った黒髪、いつもの私服、その姿を見間違える筈もない。

 

「大神さーんっ!!」

 

その声に人影は――

 

 

 

 

 

「大桟橋で大神と川内を発見した……二人は既に合流済みだ」

 

絶望的な報告がグラーフから為される。

艦娘は全員ベイブリッジから横浜港内に入ってはいたが、遅かったか。

流石に外で事に及んでいる事はないだろうから、最悪の事態は避けられたが――怒られる。

沈んだ気分で大桟橋へと上がる艦娘たち。

美しい容貌とは裏腹に木刀やら、メイスやら、モーニングスターを手にした艦娘たちの登場に、愛を語らっていた恋人達が度肝を抜かれるが、艦娘たち167名は川内のところに向けて一直線だ。

 

「遅かったね、みんな」

 

寝ている大神を膝枕し、優しげな表情で眺めていた川内が顔を上げる。

大神に何かしたのではないかと獲物を構える艦娘たちだったが、川内からは邪気を感じない。

 

「大神さんは寝ているのですか?」

「うん、私が到着した頃には寝ちゃってたみたい、スースー寝てるよ」

 

大淀の問いに答える川内はカラっとしている。

少なくとも残した文書のようにエッチな事をすると覚悟を決めた、挑発的な態度は見られない。

 

「大神さんと、その、エッチな事をするつもりではなかったのでは? 大神さんをホテルに運んだりはしなかったのですか?」

「それも考えたんだけどね、これを見たらその気もなくなっちゃった」

 

そう言って、川内は大神の足元に置かれていた複数の紙袋を指差す。

紙袋の中には綺麗にラッピングされた小さな箱が多数入っていた。

 

「これは、なんですの?」

「開ければ分かるよ」

 

熊野の問いに、川内は紙袋の中から一つの箱を探して熊野に渡す。

箱には『熊野くんへ』と書かれたメッセージが添えられていた。

メッセージの裏を見ると『みんな仲良く』とも書かれている。

 

一目で高級店で為されたと分かるラッピングを見ると、この場で剥がすのは勿体なく思うが中身を見てみないことには、何ともいえない。

まあ、メッセージの中身は一人で読みたいので、流石にそちらは開けはしないが。

 

「これは……カルティエのネックレスじゃありませんの? まさか!?」

「うん、中身は見てないけど、全員分の箱があったよ。日本、欧州、警備府、鎮守府問わずにね」

「……そんな、カルティエでその人数分のアクセサリーを購入したら1000万……いえ、下手したら1億円しますわよ!?」

「それだけじゃないよ、私向けのアクセサリーはイヤリングだったの。多分全員に似合った違うアクセサリーを選んだんじゃないかな?」

「そこまで……」

 

熊野がポロリと涙を零す。

 

「あと、詳細は私の宝物だから言えないけど、メッセージ自体にも艦娘みんなで仲良くって書かれてたの。ここまで大神さんに気を使わせちゃってるのに、自分の欲望丸出しになってた私が情けなくなってね。だから、私のほしいものは一回取りやめるつもり。大神さんは大好きだけど、そんな大神さんの負担になるような嫌な女にはなりたくないの」

「川内姉さん……」

「だから、私の勝手な都合でみんなを引っ掻き回すのはもう終わり。良いよ、魔女裁判の続きをやっても。どんな事を言われても、大人しく受けるからさ」

 

覚悟を決めた川内の様子に戸惑う艦娘たち。

そんなざわめきを大淀が正す。

 

「いえ、魔女裁判はもう終わりにしましょう。結局私達も、川内さんたちやビスマルクさんたちが羨ましかっただけですから。それに気を取られて隊長に負担ばかりかけて……隊長はいつも私達の事を考えていてくれていたのに、部下失格ですね」

「そうね、私達もイチローを独り占めしようとしたり、人の事いえないわ」

 

自己を省みる艦娘たち。

 

「ここからは恨みっこなし。魔女裁判なんてやめて、正々堂々、隊長を取り合いましょう」

 

大淀の言葉に頷く艦娘たちだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、榛名も無罪ですか!?」

「「「それは本当の犯罪だからダメ」」」

 

再び全員が突っ込む。

結論として再犯は許されないが、大神との接触許可条件はなくなった。

 

「ひえー……殺されると思いました」

 

一番割を食っていた比叡は、その結論にホッと一息吐くのだった。




あれ、榛名のキャラが……どんどん……
真面目にフォローしないと不味いな(--;


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閑話 二 蒼龍、飛龍とデート 前編

その日、大神は任務の一環として二刀を携え日本刀剣保存協会に出向いていた。

理由は深海棲艦との激戦に続く激戦により徐々に刀身が痛み、刃こぼれなども起こすようになった神刀滅却・光刀無形の修復・補修が可能な刀匠がいるのか確認するためである。

『前の世界』では真宮寺鉄馬の『カヌチの儀』によって一度修復が為された霊剣荒鷹。

本来であれば、他の三振りの刃に付いても同様に刀身を修復する特殊な儀があったのだが、現在その技法を受け継ぐものは見つかっていない。

 

通常の刀剣同様に刀身を再研磨することにより、再度戦える状態に二刀を整える事は可能である。

だが、それは刀身を小さくする事と同義なのだ。

 

その行き着く先は二刀の逸失である。

 

過去から受け継がれてきた二刀を未来に受け継がせるためにも、それだけはあってはならない。

まして二剣が奪われた今となっては、二刀の存在価値は今まで以上に増している。

そう思い、大神自ら刀匠に付いて確認をしようと出向いたのだが、やはり真宮寺鉄馬の『カヌチの儀』以外には二剣二刀の修復技法を受け継いでいる刀匠は存在しないと言うことであった。

通常の日本刀の、現在の二刀の再研磨可能な回数を考えれば、一刻を争う事態ではない。

だが、アビスゲートを巡り更に激化するであろう今後の戦いを考えれば、楽観視は出来ない。

 

「どうしたものか……」

 

念のため、大神の帰国後から明石と夕張は『カヌチの儀』など二剣二刀の扱いに関する秘儀を上京した真宮寺鉄馬より学んでいる。

だが『カヌチの儀』自体はあくまで霊剣荒鷹のための儀、神刀滅却、光刀無形のための儀ではない。

最悪、神刀滅却と光刀無形をダメにする可能性もあるので、そのまま使う事は出来ないだろう。

 

協会では良い結果を得られる事は出来なかったと大淀たちに手短に伝え、大神は若干気落ちしたまま最寄の駅である新宿3丁目駅ではなく新宿駅まで歩いていこうとした。

このまま帰り、あまり気落ちした顔を艦娘たちには見せたくなかったからである。

 

「このままではいけないな。遅めの昼食でも取って、気分転換しようか」

 

とは言え、今では新宿駅周辺より賑わっているかもしれない新宿3丁目付近、その中を海軍服で二刀を持ち歩く大神は目立って仕方がない。

観艦式で明らかになった以上、逆立った前髪に二刀を持つという特徴のある大神は見つけやすい。

下手にチェーン店などで食べようにもゆっくりは出来ないだろう。

そんな事を立ち止まって考えていると――

 

「だーれだっ♪」

 

大神は楽しそうな声と共に後ろから目隠しをされる。

けれども、気配で大神には近寄ってくる二人には気が付いていた。

後は背中に当たるやわらかな感触で振り向かなくとも誰なのかはわかる。

 

「どうしたんだい、蒼龍くん? あと飛龍くんも」

「なーんだ、バレバレか」

 

大神が振り向くと、私服姿の蒼龍と飛龍がお買い物用のバッグを持っていた。

 

「だから言ったじゃない、蒼龍。普通に声かけた方が早いよって」

「うぅ~ん、でもこういうのって憧れるじゃない、一度やってみたかったんだ♪」

 

確か二人は今日は休みで出かけるといっていた筈だ、その目的地がここだったのか。

 

「そうか、二人は今日は休みだったよね?」

「ええ、そうなんですけど。さっきからナンパとかがしつこくって……一人や二人で出かけられると大体ナンパされちゃうんですよね~」

 

視線を少し先に延ばすと、好色そうな目で蒼龍たちを見る男の二人組みが居た。

狙いはおっぱいふんわりやわらか蒼龍といったところだろうか、だが二人と話す軍服姿の大神に流石に二の足を踏んでいるようだ。

それで蒼龍は手を叩いて思いついた。

 

「そうだっ! 隊長、私達に逆ナンされてくれませんか?」

「あ、それいい考え、蒼龍~」

「いや、ちょっと待ってくれ! 俺はまだ仕事の途中で――」

 

流石に仕事の途中で遊ぶ訳にもいかないと、断ろうとする大神。

 

「嘘吐いちゃダメですよ、隊長。今日の予定の、刀剣保存協会での確認は終わったんでしょう?」

「それに、あまりいい結果得られなかったみたい、隊長さんちょっと怖い顔してますよ。凛々しい隊長さんも好きだけど、たまには……そう、たまには……戦いを忘れてもいいよね?」

「あ、ああ……そうだね、蒼龍くん、飛龍くん」

 

飛龍に促されて、気分を入れ替える大神。

こんな美人二人が、自分を心配してるのに気落ちしたままでいてもしょうがない。

 

「あっ、隊長さん笑った♪ ねえ、こっちを、私を見てよ。うん! 好きだな~、その笑顔♪」

「あ~、飛龍ばっかりズルいー。そんな事してると、私睨んじゃいますよ~」

 

そんな風にじゃれあっていると、蒼龍たちを狙っていた男達は大神と蒼龍たちの甘甘なやり取りに脈なしを流石に感じた、と言うか砂糖を吐いている。

 

「ね、隊長! 気分転換もかねて今日は私達と街に繰り出しちゃいましょうよっ。欲しいものとか色々あるんですよ~」

「え……」

 

無論言うまでもないが、大神は先のカルティエで完全にオケラである。

赤字に突入しなかっただけマシ、と言う状況だ、冬のボーナスが心底待ち遠しい。

一瞬大神の顔面が蒼白になった、蒼龍も流石に自分の失言に気が付いたようだ。

 

「あぁー違う違うっ! 自分で買いますってっ! ほんと、ほんとにっ!」

「そうですよ。こんな綺麗なネックレスを贈ってもらって、これ以上買ってもらうなんて……あ、逆にお昼奢りますよ!」

 

蒼龍も飛龍も身に付けたネックレスに愛おしそうに触れる。

 

「あはは……流石に昼食を奢ってもらうほどではないさ。二人はどこで昼食を食べるつもりだったんだい?」

「この近くのフレンチのランチが美味しくて安いって聞いたのでそこで頂く予定なの。隊長も宜しければ如何ですか?」

「穴場らしいので、あんまり混んでなくてゆっくり出来るみたいなんです、行きましょうよ、隊長さん!」

「じゃあ、二人が良いと言うのなら一緒させてもらおうかな」

「「やったぁ!!」」

 

蒼龍と飛龍の二人は、大神の左右に並んで胸が当たるように腕を組む。

二人に挟まれた大神は正に両手に花。

砂糖を吐き続けていた蒼龍たちを狙っていた周囲の男達は、これ以上見ていられるかと全員諦めて去ったようだ。

 

「隊長はお肉とお魚、どちらのコースにします? 私はお魚にしようかなーと思うんだけど♪」

「えー、隊長さん、私と一緒のお肉のコースにしましょうよ~」

「うーん、こういう場合両方とも食べられるコースもあるよね。ちょっとお腹がすいているから両方でもいいかな?」

 

先程までの気疲れもあってか、大神は結構空腹だ。

こういう平日の女性をターゲットにしたコースなら、両方でも食べられると思い答える。

 

「あはっ、大神さんも結構食いしんぼなんですね。私も両方にしようかな~」

「蒼龍~、赤城さんじゃないんだから太っちゃうわよ」

「ふふーん、私の場合は行く場所が決まってるから大丈夫なの♪ 分かるよね、隊長?」

 

そう言って蒼龍は更に大きな胸を大神に押し付ける。

ふんわり柔らかおっぱいを。

 

「いいっ!?」

「あはあっ♪ 赤くなったぁ♪ かぁわいいっ♪」

「むむむ、私だって蒼龍ほど大きくないけど形には自信あるんです、どうです?」

 

負けじと飛龍も胸を大神に押し付ける。

 

「ちょっ、二人ともっ!?」

 

そんな感じの会話をフランス料理店に辿り着くまで行う大神たちであった。




リア充爆発しろw


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閑話 二 蒼龍、飛龍とデート 中編

少しスランプ気味で遅れました、すいません。


到着したフランス料理店は表通りから少し中に入った所にあった。

ガラス越しに少し中を覗くと、それほど洒落た雰囲気ではないように見える、どちらかと言うと穏やかな空間だ。

客層の大半は少し年配の女性だ、空席も少し見えるので自分達が入っても大丈夫だろう。

と言うか自分が覗き込んでる事で俄かに慌てているように感じる。

 

「どうです隊長、入れそう?」

「ああ、空席もあるようだから大丈夫そうだ、そこから先は中で確認した方が早いから入ろうか」

「はーい。じゃあ、私が席の確認をしてきますね♪」

 

飛龍はそう言うと、大神から離れて店の中に入っていった。

店員と朗らかに会話を交わしている、問題はなさそうだ。

と、飛龍がこちらを向いてOKマークを作った、入ってもいいとの事なのだろう。

 

蒼龍をつれて店の中に入ると、店内の客の視線が一瞬大神に集中する。

だが、すぐに自分の食事・談笑へと戻っていく。

大神と分かりはしたが、だからといってあまり騒ぎ立てるのはマナー違反と言う事なのだろう。

店員に案内された席は四角の四人用のテーブル、どう座ろうか一瞬迷うが、蒼龍が大神の隣に、飛龍が大神の向かい側に座った、予め決めていたのだろう。

 

席にはランチ用のメニューが置かれていた。

中身を見ようとした大神だったが、蒼龍がそれを横から取った。

 

「隊長、まずは私が見ますねー。えーと、肉と魚のいずれかのコースが1800円と。あ、両方のコースもありますよ、そっちは2400円ですね。あとスープが別料金で500円と」

「ねえ、蒼龍。コースの中身は~」

「うん、1800円の方は、前菜、パン、メインのお肉かお魚、あとデザートとコーヒーだって。お肉が牛ほほ肉の赤ワイン煮、お魚がスズキのポワレ。2400円だと両方食べられるみたい。どっちも美味しそうで迷っちゃうな~」

「蒼龍~。ねえねえ、スープはなんなの?」

「白桃のスープだって、白桃のスープだなんて聞いたことないけど、どんな味なんだろう?」

 

小首を傾げてスープの味を想像しようとする二人だったが、まるで想像がつかない。

 

「ははは、そんなに気になるなら試しに二人で一皿頼んだらどうだい」

「それもそうですね~。よし、きーめたっと。私はお魚のコースにしよう、飛龍はお肉だよね? それに二人でスープを一皿だけ頼もう?」

「うん、私はお肉のコースにするわ。隊長さんは両方のコースにするんですよね。スープはどうします?」

「俺はスープまではやめとくよ。魚と肉のコースにデザートがついてるなら、それでもう十分さ」

 

そして、店員にそれぞれの注文をすると、先ず前菜の皿が出てきた。

前菜はどのコースも流石に同一らしい。

野菜をメインにした前菜が少しずつ、多くの種類が並んでいる。

中央にはミニトマトのコンポートが飾られている。

 

「飛龍、長芋のピクルス、初めての味だけど美味しいよ♪」

「あ、ホントだ♪ こっちのスナップエンドウも美味しいね」

 

そんな感じで舌鼓を打っている二人、大神も中央のミニトマトのコンポートを食べる。

一口サイズのミニトマトだが、口に入れてもトマトの酸味は全く広がらない。

広がるのはアルコール分を飛ばした白ワインの高貴な香り、そして上品に仕上げられた甘み、まさに絶品と呼ぶにふさわしい味だった。

すぐに飲み込んでしまうには惜しい、しばらくこの味わいに浸りたくなる。

けれど、一口サイズのミニトマトではそう長く味わいは続かない。

名残惜しさと共に飲み込む大神、感想が口を吐いて出る。

 

「これは……このミニトマトのコンポートは、絶品だな」

「隊長、本当?」

 

思わず絶品と呟いた大神の言葉を、聞いていた蒼龍が尋ねる。

 

「ああ、本当に美味しいからゆっくり味わうといいよ」

「はーい。んんっ、さわやかに甘くて美味しい~♪ 飛龍も食べなよ~」

 

けれども、二人の感想を聞いても飛龍は二の足を踏んでいる。

 

「うーん、私、ミニトマトはちょっと苦手なんですよね……」

「大丈夫だよ、飛龍くん。本当に美味しいし、トマト感は殆ど感じないよ」

「本当ですか、隊長さん? 嘘付いてませんか?」

 

大神の説明を聞いても飛龍は若干疑いの目を向けている。

どうやら過去に騙された事があるらしい。

かと言って、このミニトマトのコンポート、このまま下げてもらうにはあまりにも勿体ない。

大神は決めた。

 

「しょうがないなぁ。ほら、飛龍くん、あーんしてごらん」

「え、ええっ? 隊長さんっ!?」

 

自分のフォークで飛龍のミニトマトのコンポートを取ると、それを飛龍の方に持って行く。

まさか、大神にそんな事をされるとは思っていなかったらしい、飛龍の顔は真っ赤だ。

 

「飛龍くん、俺を信じて、口をあけてくれないかな……」

「はい……隊長さんがそこまで言うのでしたら……あ、あーん」

 

ゆっくりと口をあけた飛龍に、大神はミニトマトのコンポートを持っていく。

唇とミニトマトが触れる、その甘さに飛龍は大神とキスをしているような感覚に襲われる。

そしてゆっくりと口の中にミニトマトが入れられる。

恐る恐る、軽くミニトマトのコンポートを噛む飛龍、その瞬間大神が絶品と評した味わいが口の中に広がっていく。

 

「~っ!」

 

この味わいは素晴しいとしか言い表す事が出来ない。

飛龍は夢中になって口の中に広がるミニトマトのコンポートを味わう。

そして、ゆっくりと飲み込んで一息。

 

「隊長さん、これすごいですね! 私、こんなに美味しくミニトマトを食べたの初めてですよ!」

「ああ、間宮さんに再現してもらいたいくらいだよ。これならトマトが苦手な艦娘にも間違いなく好評だろうね」

「ええ! 間違いありませんね! 今度は間宮さんも連れて来ようかな~。あ、でも、間宮さんは隊長さんが連れてきたほうが喜びそうかな」

「え? なんでだい?」

「そんなの、隊長さんにデートに誘われたほうが喜ぶって意味に決まってるじゃないですか~」

「そうか、じゃ、そのうち――」

 

間宮を誘ってみようか、そんな事を考える大神の左腕に蒼龍が抱きつく。

 

「え、蒼龍くん?」

「もう、今は私達とのデート中なんです。飛龍ばっかり可愛がって、他の娘のことばっかり考えるのはNGです、拗ねちゃいますよ」

「ああ、すまない。次は君達のスープだったかな?」

 

そうこうしている間に空いた前菜の皿が取り下げられ、次のメニューである白桃のスープが運ばれてきた。

頼むときは怖いもの見たさ的な感覚も多少あったが、先程のミニトマトのコンポートでこの店の味に関する不安は完全になくなった。

むしろ今はどんな味で楽しませてくれるのか、子供のようにワクワクしている蒼龍と飛龍。

 

スープ皿から小皿に取り分け一口味わう、蒼龍と飛龍。

 

「今度は甘くないんだ、逆にびっくりかな、蒼龍」

「ん~、でもビシソワーズのコクに、桃の香りがバッチリ! おいし~♪」

 

そう好評な意見を耳元で聞かされると、やはり大神も人の子。

一口味わってみたくなるのが常である。

 

「ふふ、なぁに、大神さん? やっぱり食べてみたい?」

「い、いや、そんなことは……」

 

とは言うものの視線がスープ皿に向けられている状態では全く説得力がない。

クスクス笑いながら、蒼龍がスープをすくう。

 

「う・そ・ばっかり。隊長、さっきから目がスープ皿に行きっぱなしだよ。ほら、こんどは私が隊長に『あーん』してあ・げ・る♪」

「いいっ!? いや、スプーンを貸してもらえれば、それで……」

「だぁめ。さっき飛龍ばかり可愛がった罰です、大人しく『あーん』して下さい♪」

 

そんなこんなで、昼食を堪能する大神たち。

流石にメインの客層は女性が主であるため、大神たちのラブラブな様子に砂糖を吐きはしない。

そればかりか男女のカップルは大神たちに触発されてラブラブし始めていた。

 

ちなみにメインの牛ほほ肉の赤ワイン煮も、スズキのポワレも絶品であった事を追記しておく。




このペースで最後まで書いてもワンパターンなので途中で割愛(^^;
メインはある意味定番の料理ですし。


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閑話 二 蒼龍、飛龍とデート 後編

「うーん、デザートもコーヒーも美味しかったー! 大・満・足!!」

 

食事を終え、真っ先にフランス料理店を出た飛龍が軽く駆け出してこちらを振り向く。

 

「そうだね。デザートもミニサイズのケーキ、アイスの盛り合わせにクリームブリュレまでついていたから、ランチ価格だとしても本当に格安だな。覚えておいて損はないお店だよ」

「ふ~ん? 隊長、そのうち誰か連れてくるんですか、私達以外に」

 

若干拗ねた口調で蒼龍が大神の袖を引っ張る。

 

「俺? 俺が連れてくるとしたらさっき話にあった間宮くんと伊良湖くんかな。あのミニトマトのコンポートは有明鎮守府でも出来れば食べたいから、二人には味の秘密を解析して欲しいね」

「やだ、それって隊長の下心全開じゃないですかー」

「あらかじめ、それを言った上で連れてこないと間宮さんも伊良湖ちゃんも怒っちゃいますよ」

 

別の意味で下心を隠そうともしない大神の言葉に蒼龍と飛龍が吹き出す。

 

「それだけ、気に入ったって事さ。まあ、俺は今奢りとかは若干辛いから艦娘のみんなで来てもいいんじゃないかな? 俺も休みはしばらくは取りにくいだろうし」

「そうですね~。あ、そうだ♪ 空母のみんなにお昼のお料理の写真とか送ろっ。『前菜のミニトマトのコンポートが最高だったよ』って、お店の場所もつけて、と」

「私も私も♪ なんて書こうかなー。『私なんか隊長さんにあーんしてもらったよ♪ いま隊長さんと3人でデート中なの、どうだ羨ましいかー』って書いちゃえ」

「え、飛龍そんな事も書くの? じゃあじゃあ、私も『私も隊長にあーんしたよ♪』っと」

「ちょっ!?」

 

他の艦娘を煽るメッセージを送ろうとする飛龍に驚愕する大神。

ついこの間、艦娘魔女裁判をやらかしたばかりなのに何書いてるのさ君達。

 

蒼龍のメッセージには「美味しそうですね、でも量が足りるか心配です」とか「店の場所ありがとっ、私達も今度行こうよ翔鶴ねえ!」と穏やかな言葉が書かれていたが、後のメッセージを見た途端、「大神さんとデート、昼食で『あーん』……流石に心が激昂します」や「なんかウチのことコケにされた気がするわー、気のせいやないよね?」、「全員爆走! 準備出来次第有明鎮守府を出発! 目標、新宿の隊長さん! 私も隊長さんと!」と本気度がガラリと変わった。

 

空母たちのグループ会話なので、大神のスマホには表示はされないが、もしされたなら大神は盛大に冷や汗を流していただろう。

でも、魔女裁判はもう行われない、だから二人は気楽だ。

 

「これからは正々堂々隊長を取り合うの! だから、情報は正しく伝えないとね♪」

「そうそう、後の事は気にしない♪ 今を全力で楽しむの♪ あ、でもちょっとフォローしとこっと、『隊長、そのうち他に誰か連れてくるつもりだよ、選ばれるといいね』って」

「いいっ!?」

 

人、それを新たな火種を投げ込むと言う。

静まり返る空母たちのグループ会話、それが逆に怖いのだが二人はのんきだ。

 

「さて、連絡も終えたし、ショッピングに行こうかな。何から見ていく蒼龍?」

「どうしようか。化粧品はあんまり使う機会がないから、買い足す必要はあまりないし……」

 

ショッピングの予定を考え始める二人。

それで大神は午前中に神谷から受けた連絡を思い出した。

有明鎮守府の皆には大淀を経由して伝わっているだろうけど、この二人に伝わっていない可能性もあるからだ。

 

「ちょっといいかな、二人とも」

「ん? どうしたの隊長?」

「いや、技術部の神谷さんから午前中に連絡を受けたんだけど、君達の能力を更に上げる装備がもうすぐ開発できそうなんだよ。具体的には年明けくらいには何とかなりそうなんだってさ」

「「本当!? どんなタイプの装備なの!?」」

 

それは聞き捨てならない情報だと、飛龍と蒼龍は大神に差し迫って次の言葉を待つ。

 

「ああ、艤装と違って常に身に付けるタイプの装備だからアクセサリー類に近いタイプになるんだってさ。だから、冬のボーナスとかでアクセサリー類を購入するのは控えて欲しいってね」

「ええっ!? じゃあ、もし大神さんの贈ってくれたアクセサリーと被っていたら……」

 

自分の能力は向上させたい、でも大神に贈られたアクセサリーを代わりに外すのは嫌だ。

心配そうな表情をする二人。

 

「ああ、そこは心配しなくていいよ。俺が皆に渡したアクセサリーとは被らないようにしてくれるってさ。流石に俺もオケラになる覚悟で購入したものが無用の長物になるのは厳しいからね」

 

苦笑する大神を抱きしめる蒼龍たち。

 

「無用の長物だなんて、そんなことないわ!」

「そうだよ、隊長さん! 今の私達にこれ以上の宝物なんてないよ!」

「ああ、二人にそう言ってもらえると選んだ甲斐があった……――っ!?」

 

二人と視線を合わせようとする大神だったが、今の状態で視線を合わせようとすると、押し付けられた二人の胸の谷間がはっきりと見える事に気が付いた。

慌てて視線を逸らす大神。

だが、蒼龍たちは今、自分達から視線を逸らされた事に少し傷ついた。

 

「ねぇ、もしかして、私達の想いって重すぎるのかな?」

「そんな事はない。俺は君達に想われて嬉しいって思ってる」

「じゃあ、なんで視線を逸らすの。逸らさないで、私達を見てよ……」

「だって今君達と視線を合わせたら、君達の豊かな胸の谷間が目に入るから――っ!!」

 

そこまで言って、顔を真っ赤にして自分が大失言した事を悟る大神。

逆に、蒼龍たちは大神の初心な行動に笑みが零れる、傷ついたなんて考えた事がバカバカしい。

 

「ふぅ~ん、隊長。見てもいいよ、蒼龍の、おっぱい♪」

「そっかぁ~、隊長さん、私の胸の谷間も大きいって思ってくれてたんだ~、じゃあ、お礼に、触ってもいいよ♪」

「むむ、飛龍ばっかりズルい。じゃあ、私のも、触っていいよ♪」

「いいっ!?」

 

迫る二人から逃れようと一歩下がろうとする大神だが、抱きつかれている状態では離れられない。

こんな場所で下手にバランスを崩して倒れたりする訳には行かない。

そうこうしている内に蒼龍と飛龍は大神の首に手を回した、ますます逃げられなくなる大神。

 

「ほぉら、早く私達を見て♡ 見てくれるまで離れてあげないわよ♪」

「そうだよ、見て、触ってもいいんだよ。た・い・ちょ・う・さんっ♪」

「……はぁ」

 

逃げられないことを悟った大神は覚悟するのであった。

ふんわりやわらかだった。

ふんわりやわらかだったと言う事だけを記す。

大事な事なので二回言った。

 

 

 

その後、3人は洋服を見て回った後、映画も一本見ることにした。

蒼龍と飛龍の選んだ映画の種類はホラー映画。

大神の左右に二人は座り、恐怖シーンが流れるたびに、きゃあきゃあ叫びながら大神に抱きつく。

いや、もうこれは盛大に抱きつきまくるためにホラー映画を選んだと言うべきか。

と言うか、二人とも本当はホラー映画怖がっていないだろ。

大神も絶えず二人に抱きつかれて胸を押し付けられてキスされて、もはや映画に集中する余力なんか残っていなかった。

結局正面を見ている時間のほうが短かったのではないかと思えるくらいで、何があったのかすらよく覚えていない。

 

「まあ、二人が楽しそうならそれで良いか」

 

でも、映画館を出た蒼龍と飛龍は満足そうなので納得する大神。

 

「二人とも叫び過ぎで喉が渇いていないかい? 喫茶店にでも寄っていく?」

「うーん、もう夕方ですからいいですよ。ここで何か食べると夕飯が入らなくなっちゃいますし」

「蒼龍の言う通りですね。有明まで一時間かかりませんし、ペットボトルでお水でも飲めればそれでいいです」

「分かった。それじゃあ、二人とも帰ろうか有明に」

 

少し先を行く大神が二人に手を伸ばす。

 

「「はいっ!」」

 

蒼龍と飛龍はその手を幸せそうに握り締めるのだった。




大事な事なので二回言った。


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閑話 二 バニ淀の野望(あまりにも酷いのでボツ)

ちまちまとネタ全開で書いてたのですが、あまりにもキャラ崩壊が酷くなりすぎました。
特にヨゴレ役の大淀さんの扱いがとてつもなく……いくらなんでもこれ酷すぎだろってくらいに。
ですので、纏めてなかったことにしちゃいます。
ボツ送りと致します。

ちっぱい艦娘軍団に脅されてとか、背中に主砲を突きつけられているとかそんな事はありません。



ネタ全開の話の中から一部台詞を抜粋しましたので、そこだけでも。


「楽しい!! こんなに楽しいのは久しぶりだ、貴様を分類A以上のバニーガールと認識する」

 

「さぁ、どうした? まだバニースーツがちぎれかけただけだぞ かかってこい!

ちっぱいを出せ!! 駄肉を変化させて寄せろ!! 胸の谷間を再構築して立ち上がれ!!

尻尾を振って悩殺しろ!! さあこれからだ!! お楽しみはこれからだ!!

バニー! バニーバニー! バニーバニーバニー!!」

 

「へ、変態ーっ!?」

 

 

 

 

 

「お前がバニーガールとして足りないもの、それは!!

谷間・ボイン・乳揺れ・たゆん・トップ・搾ったアンダー・カップサイズ!!

そしてなによりもォォォオオオオッ!! バストが足りない!!」

「バ、バニィィィィィッ!!」

 

その叫び声と共にちっぱいな大淀は崩れ落ちる。

あまりにも容赦のない武蔵の貧乳デストロイヤーな言い方に駆逐艦の多くや、瑞鶴、龍驤が顔をしかめる。

特に、空母なのにまったいらな龍驤や瑞鶴の表情はなんともいえないものであった。

でも龍驤の胸はいつも通りまったいらであった。

 

「ふ、戦いはいつも虚しい……」

 

 

 

 

 

大淀がゆらぁりと立ち上がる。

その目にはもはや欠片ほどの良心も残っていない。

 

「大淀さん再起動……

パターン青!? 十ケツ集です!!」

「なぁんだって!?」

 

 

 

 

 

「乳おいてけ なあ

デカパイだ!!

デカパイだろう!?

なあ、デカパイだろう おまえ!!

乳おいてけ!! なあ!!」

 

「ギャー!! もがれるーッ!!

妖怪「乳おいてけ」だーッ!!」

 

「誰が妖怪か!!」

 

 

 

 

 

「バニ拓ちょうだい!!」

 

 

 

 

 

オチ――

 

「はぁ、変な夢見てしまったわ。欲求不満なのかしら?」

 

寝乱れてボサボサになった髪を手串で直しながら、明石はタンスを開ける。

 

「え?」

 

そこには夢の中で大淀が着ていたバニ淀変身セット、即ちバニーガールのスーツがあった。

 

(エンドレス?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(前話)

 

 

 

とある朝、大神は朝の稽古で珍しく汗を多く掻いたので朝食前にシャワーを浴びていた。

 

当然のように金剛や鹿島たちは大神に付き従い、あわよくば共にシャワーを浴びようと目論んでいたが、かすみさんに見つかり大目玉。

 

今はいつぞやの足柄のように電柱に縛られて、ここぞとばかりに足柄や朝潮に逆襲のはたき棒ではたかれていた。

 

 

 

「敬愛する隊長と一緒にシャワーだなんて、なんて羨ま――規則違反です! 堅物委員長型駆逐艦の名において成敗いたします!! 水でも被って反省して下さい!!」

 

「朝潮ーっ、人の事いえないデース! いたっ!! 足柄、何するデース!?」

 

 

 

朝潮の火力では戦艦の装甲を抜く事は出来ないため、朝潮の言葉尻を捉えてツッコもうとする金剛だったが、流石に重巡の攻撃は痛いらしい。

 

 

 

「ふふふ! かつては提督LOVE勢筆頭とも目されていた金剛が、ずいぶん無様な有様ね!」

 

「それ違うデース! 私が、LOVEなのは! 隊長、大神隊長なのデース!! そこは重要なところだからちゃんとメモしててネ♪ ……あれ? 鹿島が突っ込んでこないデース、鹿島ー?」

 

「鹿島? あらら、きつく縛りすぎたかしら?」

 

 

 

金剛と違い、電柱で黙ったままの鹿島。

 

もしかしたら、きつく縛られすぎて元気を失ったのではないかと足柄たちは視線を向ける。

 

だが――

 

 

 

「淫魔像……わたしが、淫魔……サキュバス……。有明の女王とかはまだ良いです。でも、淫魔は、淫魔はあんまりです……私、そんなに淫乱じゃありませんっ! 大神くん一筋なのに……」

 

「「「あー……」」」

 

 

 

鹿島の呟きに納得顔の艦娘たち。

 

ここ最近(2018年3月において)幸運な提督諸兄に届けられた、某ロー○ンとのコラボで抽選となった某○MAKUNIの魔像――もとい、鹿島のフィギュア。

 

誰が呼んだか、世間での通称――淫魔像の事について傷ついていたらしい。

 

確かに淫魔呼ばわりは、いくらなんでもあんまりである。

 

 

 

「大丈夫よ! 鹿島!! あなたが隊長一筋の純真な娘なのは、みんな分かってるわ!」

 

「でも、風評被害が止まりせん……艦これのエロ担当とか……」

 

 

 

ずーんと、どんよりとした空気を背負った鹿島はいじけ続ける。

 

今まで心の中に溜めていたものを吐き出すかのように呟く鹿島。

 

随分と溜め込んでいたようだ。

 

 

 

「えーと……どうすんのよ金剛! こんな鹿島、はじめてで手に負えないわよ!!」

 

「えーと……隊長が居れば絶対放って置かないデースし、多分一撃なんだけど……。あれ? そういえば隊長のシャワーは? もう終わったんじゃないデスカー?」

 

 

 

そう言って金剛が周囲を見渡すと、艦娘の姿が大分まばらになっていた。

 

鹿島の愚痴に付き合うよりも、湯上りの大神の方が優先度が高いと判断したらしい。

 

みんなけっこう薄情だね。

 

 

 

「不味いです、師匠! 出遅れてしまいました!!」

 

「そうね、一刻も早く食堂に戻るわよ、朝潮!!」

 

「ちょっとー! 私だけ置いていかないでくだサーイ!」

 

 

 

こうしては居られないと金剛たちを置いて、自らも食堂に向かおうとする足柄たち。

 

 

 

「いいじゃない、金剛だって元被害担当艦でしょう? 同じ穴の狢らしく仲良くしていれば!!」

 

「むっ、流石に有明の女王と一緒にしないで欲しいデース!!」

 

 

 

流石に冗談ではないと、思わず言葉を口にする金剛。

 

だがそれはここでは最悪の悪手。

 

 

 

「金剛さん……」

 

「ヒゥッ!!」

 

 

 

すぐ隣から聞こえる地獄の底を這いずり回るような鹿島の声に、思わず金剛は悲鳴を上げる。

 

 

 

「お仲間だと思っていたのに……金剛さんまで、私の事そんな風に思っていたんですね……信じてたのに……」

 

 

 

まとめて縛られたのですぐ近くにある金剛の顔に、鹿島は光を失った目で自らの顔を近づける。

 

はっきり言って怖い。

 

 

 

「ち、違うデース! こ、これは言葉のあやなんデース!!」

 

「金剛さんはいいですよね……今回の18冬イベントの追加決戦ボイスで大分人気を取り戻したみたいで。私だって食らいついたら離さないのに……」

 

「ヒーッ!! 鹿島やめるデース! 私は美味しくないって言ったデース!!」

 

 

 

性的ではなく、捕食的な意味で金剛を食べてしまいそうな勢いの鹿島。

 

でも、唇が僅かに届かない。

 

 

 

「届いて……もう少しだから……。フフフ、いいですよね……金剛さんはこんな純愛属性なヒロインっぽい台詞を貰えて……」

 

「違う! その使い方違うデース! 誰か助けてー!!」

 

「鹿島さん! お姉様を食べるのは私の役目です!!」

 

 

 

流石にまずいと思ったのか、比叡が二人を止めようとする。

 

でも、欲望がダダ漏れだ。

 

このまま金剛は二人に食べられてしまうのだろうか。

 

そう思われた状況を止めたのは、食堂から飛び出てきた時雨の一言だった。

 

 

 

「大変だ! 大淀さんが食堂にバニーガール姿で――大淀さんが狂っちゃったよ!!」

 

「「「は?」」」



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閑話 外伝 霞ちゃん危機一髪

艦娘たちの生活、それは深海棲艦の産まれる前の軍組織と等しく、有明鎮守府においてある程度の期間は単独で完結できる様になっている。

食糧が備蓄されているのは勿論の事であるが、炊事洗濯掃除などに関しても艦娘たちが鎮守府内において自ら出来るようになっているのだ。

そして鎮守府維持の為の生活必需品は、基本海を介さない輸送手段によって流通が為されている。

 

だから、食料を深海棲艦に強奪されると言う珍光景は見られない。

海外の嗜好品については流石に注文から時間がかかるが、艦娘が餓えたり、食料奪還のために立ち上がる!

などと言う事態は、この世界では起こらなかったのだ。

 

 

 

しかし、艦娘たちが自ら炊事洗濯を行う事は少ない。

料理を作る事を趣味とする艦娘は一部居るが、洗濯や掃除を趣味とするものはほとんどいない。

その為、艦娘の衣服の洗濯や大掛かりな掃除に関しては纏めて業者に依頼することとなっていた。

勿論、艦娘のプライバシーなどを守るため、女性のみの会社に依頼しての業務である。

それで今までは問題が起こる事はなかった――のだが、

 

「――!!」

 

迎え入れた米田、山口両大臣との会議を終え、二人を玄関より見送った大神は大淀たちと共に司令室に戻ろうとしていた。

そんな時、とある艦娘――霞の駆逐艦らしい幼さを感じさせる高い声が聞こえてきたのだ。

声の様子からすると霞は頭に血が上っているようだ、頭を下げる洗濯業者の担当に怒鳴っている。

 

「どうされますか? 隊長」

「霞くんらしいと言えばらしいし、完全に元気になった証拠でもあるね。だけど、あまり人を怒鳴るのは良くないな。止めた方が良いね」

 

大神はそう言うと、司令室に戻る道から外れて声の元へと近づいていく。

無論、大淀たちは当然のように大神に帯同している。

 

そうして、霞の声の内容が聞き取れるほどに近づいたとき、霞の次の怒声が響いてきた。

 

「なんて! なんてことしてくれたのよ!!」

「すいません、これについては完全にこちらの落ち度です。もう一度洗濯いたしますので――」

「洗濯なんか何回やってもムダじゃない!!」

 

どうやら、洗濯物についてのトラブルらしい。

今まで問題が起こった事はなかったのだが、ついに起きてしまったかと溜息を吐く大神。

何事も起きずにとは思っていたが、やはり生活の中では思わぬ事が生じてしまう。

 

「でも、もう一回洗濯してもダメと言うのは、ちょっと洗濯のクレームにしては言い過ぎかな。霞くんを止めないと」

 

曲がり角の先で洗濯業者を怒鳴っている霞を止めようと、大神が一歩を踏み出したとき、霞の次の声が放たれた。

 

「なんで! なんで、私の下着を隊長の服と一緒に洗濯したのよ!!」

 

その声に大神は大きな衝撃を受けた。

霞の声を聞いてよろめく大神。

 

「まさか――」

 

まさか、これは年頃の娘が父親に言い放つ必殺の――

大神の脳裏にこの世界の父親達から聞いた、とある愚痴が思い出される。

そして、霞の次の言葉は大神の予想を裏切らなかった。

 

「た、隊長の服と一緒だなんて、私、もうこの下着着れないじゃない!!」

「ぐはあっ!」

 

おおう、と、全身から力が抜ける大神。

そのまま地面に崩れ落ちそうになるのを、壁に手をついてこらえる。

艦娘のことは家族のように慈しみ愛していたが、まさか――まさか反抗期の娘のように大神の事を考えている艦娘も居ただなんて。

世の父親達に聞かされた愚痴と同じ目にあい、同じ悲哀を味わって初めてその辛さを知る大神。

100人以上も艦娘が居るのだから、一人くらいはそのような艦娘がいてもしょうがないのだが、やはり辛い。

 

「隊長、大丈夫ですか?」

「だいじょ――ゴメン、あまり大丈夫ではないかもしれない」

 

大神を心配する声が大淀から投げかけられるが、精神的衝撃はやはり大きく、復帰には少しばかり時間がかかりそうだ。

流石にこのまま霞と直で対面する事は出来そうもない。

 

「すまない大淀くん……霞くんへの注意は任せてもいいかな?」

「え? それは構いませんが、隊長はどうされるのですか?」

「このままだと業務に差し障りが出そうだから、剣道場でこの気分を断ち切るためにちょっと剣を振ってくるよ。そんなに時間はかけないから」

 

そう言って、大神は大淀たちと別れ一人剣道場へと向かっていった。

 

大神に取り残された大淀たちをよそに、霞の大声でのクレームは続いている。

 

「大淀さん」

「ええ、そうですね」

 

言葉も短く、頷きあう大淀と秘書艦たち。

大淀たちは霞たちの元へと近づき、大神を精神的に傷つけられた怒りのままに言葉を浴びせた。

 

「霞! 何をして居るんですか!!」

「え? 何って洗濯物のクレームを――」

 

いつもは怒鳴りつける側の霞だったが、怒鳴られることにはそう慣れていないらしい。

大淀に怒鳴りつけられて少し呆けたような顔をしている。

 

「些細な事で怒りすぎです! 隊長と共同生活をして居るのだから、そう言うことだって起きるでしょう! あなたはそんなに隊長が嫌いなのですか!!」

「ち、違うわよ! なんで洗濯物のクレームをすることが、隊長を嫌ってるなんて事になっちゃってるの! き、嫌ってなんかいないわよ!!」

 

大神が嫌いなのかと言われて、流石に霞もカチンと来たらしい。

大淀に大声で怒鳴り返す霞。

だが、さっきまで怒鳴っていた事と言っている事が違う、大淀たちを首を傾げる。

 

「? じゃあ、なんで隊長の服と一緒に洗濯された事でクレームをしていたのですか? さっき言ってたじゃないですか、『もう下着着れない』と」

「ええっ? 聞かれてたの!?」

「あんな大声でまくし立てていたら、聞こえるに決まってるじゃないですか。それより隊長を避けたり嫌ったりしていないのなら、何が理由で洗濯物のクレームを?」

 

大淀たちは当然の疑問を霞に投げかける。

世の反抗期の娘のように、大神を嫌ったり避けたりしていないのならつじつまが合わない。

 

「え、それは……言わないとダメ?」

「ダメです、そうでなければ業者の方も納得しないでしょう」

 

途端に声が小さくなり、顔を赤らめる霞。

それでなんとなく大淀たちは想像が付いたが、話が大きくなってしまった以上なあなあでは済ませられない。

 

「えと……だって! 恥ずかしいじゃない! 隊長の服と一緒に洗濯された下着を着るなんて、隊長に触られてるみたいで!」

「あー、やっぱり」

 

逆ギレして大声でまくし立てる霞。

だが、霞の言葉は大淀たちの予想通りのものだった。

 

「下着を着ている間、ずっと隊長の事を意識しちゃうじゃない! ただでさえ、隊長の事が気になって仕方がないのにそんなの耐えられないわよーっ!」

 

とうとう真っ赤な顔を手で覆ってイヤンイヤンと頭を振る霞。

 

そう、霞はただ初心なだけだったのだ。

 

けれども、これからも大神と艦娘の共同生活が続く以上、そのような事が起きる度にいちいち気にかけていたらやっていられない。

そう考えた大淀は霞に釘を刺すことにした。

 

「あの、霞。その論法で言うなら、隊長も霞に触られている事になりますよ」

「え……」

 

真っ赤になっていた霞の顔が、今度は蒼白になる。

だが、大淀の指摘は確かに間違っていない。

 

霞の下着、ブラとショーツと共に洗われた服を大神が着ると言う事は、霞の論法に従えば、霞の胸とあそこが大神に触れているようなものであって――

 

うむ、まるで泡だらけな風俗のようである。

 

『大神さん。大神さんの身体、霞の身体できれいにしますね――』

 

霞は悶々と想像した。

そう言った自分が大神の体に自分の身体を擦り付ける光景を。

想像逞しいね。

 

「いやーっ!! 回収する!! 隊長の服を回収するーっ!! 私、そんなエッチな艦娘じゃないんだからーっ!!」

 

そう言って大神の部屋に走り出そうとする霞を取り押さえる秘書艦たち。

 

「放してー! そんなの無理ーっ!!」

「ああ、もう! 割り切りなさい、霞!!」

 

完全に洗濯業者の担当を無視してヒートアップする霞。

どうやら、霞が落ち着いてこの場が収まるまでにはまだ時間がかかりそうだ。




リハビリとして、改めて別のお話を書き直します。


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