劇場版ガンダムSEED-Affection/New world- (山葵豆腐)
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【PHASE-0】
プロローグ


前編:嘆きの宇宙


 宇宙に煌く無数の光。

 

 その一つ一つが絶望と悲しみの断末魔で彩られた爆発によるものだと、戦場にいる誰もが知っていた。

 

 白金の髪をした少年は、淡い水色の瞳で敵機を捕捉する。

 

 何度と見た忌々しい光景、戦場。

 

 血に染まった油臭い世界に、天使―――誇張表現などではなく、その絶対的な力は人ならざるものの所業にしか見えなかっただろう―――は颯爽と現れる。翼から分離した八基のドラグーンと、驚くべき高機動性、そして何より人間離れしたパイロットの反応速度によって、味方機の大半は為すすべもなく無力化されていく。

 

「……フリーダムッ!」

 

 目の前を飛び回るは、翼から蒼い光の粒子を撒き散らす、金色に光る関節をもったMS《ストライクフリーダム》だった。

 少年は舌打ちをしながらも冷静さを失うことなく、最強の武装天使へと向かっていく。

 ストライクフリーダムのドラグーンは蒼い軌跡を描きながら、少年の乗るMS《レジェンド》のドラグーンの描く軌跡と交差していく。互いにビームを撃っては避ける、避けては撃つの攻防を繰り返す。何回、何十回、何百回と。

 空間認識能力は相手の方が上らしく、ストライクフリーダム本体の正確無比な射撃によって、レジェンドのドラグーンは一つ、また一つと落とされていく。

 

―――命は……何にだって一つだ!

 

 声が聞こえた。

 少年の記憶の中にこびりついている、呪いのような声が。

 しかし動じることなく、レジェンドの周囲に浮遊しているドラグーンを、ストライクフリーダムに向けて射出した。

 

―――その命は君だ!

 

 そうだ、呪いなのだ。

 この身に染み付いた絶望の記憶も、因縁の記憶も……。

 ストライクフリーダムは引きつけていたレジェンドのドラグーンたちを捉えると、両足のスラスターを噴射させて減速。射程内に入ったドラグーンを両手に持ったビームライフルで次々と撃ち落としていく。

 合計で四基のドラグーンが一秒間のうちに撃墜された。

 

―――彼じゃない!

 

 少年はその言葉に反発することなく、静かに頷いて操縦桿を大きく引いた。

 同時にストライクフリーダムは周囲に集まった蒼いドラグーンたちはとともに、全身にある全ての火器―――両手のビームライフル、両腰のレールガン、胸部のビーム砲―――を展開し、一斉砲火を行った。

 

「そうだ。俺はレイ・ザ・バレルじゃない。ましてや、あの男でもない!」

 

 レジェンドに残された五基のドラグーンを前面に展開。直後、大きな爆発とともにレジェンドの全身が黒煙に包まれる。

 

「俺は志を持った一人の人間だ!」

 

 直前に展開したドラグーンがストライクフリーダムの砲撃の身代わりとなった。しかし完全に防いだわけではない。爆発によって減衰したビームがレジェンドの右腕、左脚、バックパック、頭部を貫く。

 鳴り止まないアラートを吹き飛ばすように、少年は叫んだ。

 

「彼らとは違う!」

 

 頭部のアイカメラが露出し全身から黒煙を噴出させている状態は、まるで幽鬼だ。

 爆風の中、砲撃後の無防備な状態のストライクフリーダムへとレジェンドは突っ込んでいくと、左手に持ったビームサーベルを胸部に突き刺す。

 金色に輝く胸部のビーム砲が光り出すがもう遅い。

 すでにビームサーベルはストライクフリーダムのコックピットを焼き貫いていたのだ。

 

「……人類を導くのは俺だ」

 

 最強の天使は呆気なさすぎる最後を自覚できぬまま、無数のプラズマを四散させながら爆発した。残骸が飛び散る中、両腕を失ったレジェンドは静かに佇む。

 そこに残ったのは少年、ただ一人。

 

『シュミレーション終了です。お疲れ様でした』

 

 少女の淡白なその声とともに、白金の髪の少年は深く息を吸いながら、ヘルメットを脱ぐ。鮮やかな髪色とした少年は、長い髪の毛を後ろで一つ括りにしている。

 

「これで証明されただろ。俺は全盛期のキラ・ヤマトよりも強いということが。奴が現役を引退した今、俺は世界で一番優秀なコーディネーターだ」

 

 シュミレーターから出ると、四方をコンクリート打ちの壁で囲まれた小さな部屋にある木の椅子に腰をかけて、歩み寄ってくる紫の瞳の少女を見つめた。

 

「ロキ・ラ・レヴァティ。貴方が優れた人物であることは分かりました。しかし我々「コピーシリーズ」はオリジナルの「木星コーディネーター」とは程遠い完成度……失敗作として見られています」

 

 少女は白磁のような肌に茶髪のショートカット、スラリとした体型はまるでモデルのようであるが、兵士としては弱々しさしか感じない。可憐な少女がどうしてこのような無骨な部屋にいるのかと人は言うだろうが、ロキには分かった。

 この少女の瞳の奥には、ナイフのように研ぎ澄まされた憎悪がこもっていることが。

 

「コピーシリーズとは言いながらも、遺伝子的にはスーパーコーディネーターと大して変わらない。むしろ優れた人間の細胞や遺伝子情報を埋め込んでいる分、俺たちのほうが優れていると思われて当然なんだがな。奴らは俺たちからそれを抜いた、”ただ”のスーパーコーディネーターだ。なのに……」

「それは〝持たざる者の嫉妬゛です。プライドの高い「木星コーディネーター」なら尚更、自分の作ったものが、自分たちよりも優れているとなれば、「コピー」などという安直なネーミングをして価値を下げようとするのは当然」

「だが本質的には、俺たちも木星で生まれたコーディネーターだ。まるで市民権がないような言い方をされると困るな。そうは思わないか、シエラ?」

「ごもっともです」

 

 少女の名はシエラ・ナラ。ロキと同じ立場にいるコーディネーターの少女だ。

 

「まずは上の奴らに俺たちが優秀であることを思い知らせる、いいな?」

「はい」

 

 ロキとシエラのいる部屋の奥の壁が開き、ガラス張りの向こう側に一体のMSが現れた。従来のMSとは一線を画す、曲線が多く見られる生物的なフォルムをしており、二本の角が前方に突出している頭部はまるで能面の般若のようだ。真紅の装甲に彩られたその機体の頭部にあるモノアイが、一瞬煌く。

 

「降魔の日は近い」

「また血が流れるんですね」

「ああ、しかし血が流れるのはこれが最後だ。」

 

 ロキは人を殺すために存在する兵器を目の前にして、その言葉を呟いた。

 

「人がこれ以上、争わないためように……俺たちが世界を変えるんだ」



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【PHASE-1】 降魔の日
その1


 第三次世界大戦、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦、ユニウス戦役……いくつもの戦火を乗り越え、人々はついに自由と平和を手に入れた。しかしコーディネーターとナチュラルの間に生まれた憎しみや絶望が消え去るわけではない。むしろ憎しみの炎として、世界の裏側でいつまでも燃え続けるだろう。

 

 コズミック・イラ、九四年。

 

 メサイア攻防戦より二〇年が経った今、人類は自由と平和を手にしているものの、未だに多くの火薬庫を抱えていた。

 争いを忘れられず未だ血の匂いが充満している宇宙を進む新造艦《サンドリオン》の中に、歴戦の英雄はいた。

 

「アーモリーワンか……二年ぶりだな」

 

 白の軍服を着た一人の男は椅子に深く座り、周囲を見渡す。艦長席に座っている彼の場所からは、艦橋が一望できる。最新式の戦艦ということもあってか、白を基調とした小奇麗な内装をしており、使い古された感じはない。

 その隣、副館長席に座っている男が事務的な口調で言う。働き盛りの会社員のような出で立ちで、きっちりと七三にわけられた金髪が特徴的な男だ。

 

「「DIVA(ディーバ)」所属のヴォルンドル小隊とはアーモリーワンの港にて合流予定です。到着後、ユニウス戦役終戦二〇周年記念式典に参加し―――」

 

 ギルバート・デュランダル亡き後、プラント内で一定の発言権を得たクライン派を中心に設立した、平和維持を目的とした私設武装組織「DIVA(ディーバ)」。元は第二次ヤキン・ドゥーエ戦役時の三隻同盟が始まりで、現在はコーディネーターやナチュラル、連合・ザフト・オーブ関係なく、平和と自由を守る志を持った者たちがで構成されている。

 

「連絡ありがとう、ウィリアム副艦長」

 

 艦長席に座る男は紫の瞳で彼を見つめると、軽くお辞儀をした。自分よりも階級が遥かに下な人間に対する態度ではない。軍人などではなく慈善事業家でもやっていろ、とウィリアムは視線を逸らして心の中で毒づく。

 もっとも、DIVAという組織はザフトに似て、厳格な階級制度はないのだが。あくまでも上層部、艦長、副艦長、オペレーターに整備士、パイロットなどといった基準で階級を分けているだけである。

 ウィリアムは視線を艦長と合わせないまま、皮肉めいた感じに言った。

 

「そう言えば、記念式典と同時にアカデミーの卒業式もやるようで。息子さんも卒業されるとか」

「うん。そう。自慢の息子の卒業式に立ち会えるんだ。幸せさ」

 

 この男、三八歳とは思えない若々しい言動をしている。しかし外見はそうではない。

 二〇年前は幼さを残した理想に燃える青年の顔立ちだったが、今は彫りが深くなり、様々な経験を通して青年から一人の大人となっているように見える。だが少なくとも、理想を捨てて、無難な道へと逃げていった大人にも見えなかった。その瞳の奥に掲げた理想は健在だ。

 そして今も、理想のために戦い続けているのだろう。

 

「子供にとって親は父と母、二人しかいません。愛欲や理想などよりも、大切にしてください」

 

 副艦長のウィリアム・グラディスは心の底から湧き出した言葉を吐いた。亡き母が自分と愛人を天秤にかけたこと。そして自分を見捨て、愛人とともに死んでいったこと。ザフトのために戦ってきた誇り高き母の背中が、愛欲に負けて子供を捨てた身勝手な女の背中に変わった瞬間だ。

 

「そのつもりさ」

 

 静かにそう頷いた艦長の名はキラ・ヤマト。

英雄といっても過言ではないだろう。その伝説級の戦績と誇り高い理想は多くの人々に影響を与えている。そんな彼を見て、ウィリアムは聞こえないように呟いた。

 

「……英雄の息子も大変だろうな」

 

 

 

 

 

 

 アーモリーワン。かつてMS強奪事件が起こり、戦火が再び拡大するきっかけともなったその場所で今、少年少女たちは旅立ちの時を迎えようとしていた。

 

「諸君らはついに明日、アカデミーを卒業し一人の戦士として、かつて人類が勝ち取った平和を守り続けるために、励んでほしい」

 

 教室の前で演説をする男は、紺色の軍服に膨らんだ腹を突き出している。その様子を熱心に聞く生徒もいれば、話をよそに机の下で携帯端末を操作している生徒、昨晩の卒業パーティーで朝まで騒いでいた分の睡眠をとっている生徒もいたり、様々だ。

 生まれ持って髪色や目の色など、容姿を選択できるコーディネーターばかりが生徒として並んでいるためか、頭髪は青や赤、緑や紫とカラフルな者が多く、そのほとんどが美男美女であった。

 

 そこらへんの男女五人を適当に選んでも売れっ子アイドルグループできそうなぐらい豪華絢爛な容姿の若者の中でも、一際目を引く桃色の髪をした少年は、ぼんやりと演説をしている男を眺めている。

 桃色の髪から覗く幼さを残した瞳は紫で、低めの身長も相まってか、中性的な印象を見る者に与える。それこそ人によっては女性だと勘違いするだろう。髪や瞳の色、端麗な容姿からかなりの遺伝子操作を受けて生まれたエリートコーディネーターであるようにも見えるが、実際は味気のない緑色の制服に袖を通しているごく普通の学生だ。

 なんといっても、この気の抜けた表情からは大物感が一切ない。最前列の席に座っている赤色の制服を着たエリート集団と対比すれば、より分かりやすいだろう。

 

「これより卒業生三〇一名の点呼を行う。まず学年首席、ミラウラ・ジュール!」

 

 教官がナイフのように鋭い目で最前列に座っている銀髪の少女を睨みつける。

 

「は、はいぃッ!」

 

 ミラウラは流れるように艶やかな銀の長髪と豊満な胸を揺らしながら、急加速をした高機動MSのごとき速さで飛び上がり、大きく右手を挙げた。教官のいる方向からは、彼女の額に流れる大量の汗と、それによって流れ落ちていくファンデーションがはっきりと見えたことであろう。

 

「射撃、モビルスーツ戦、情報処理、爆薬処理が一位、ナイフ戦が一五位……総合成績一位で学年首席だ。おめでとう」

「あ、ありがたき幸せぇぇぇぇッ! がぼふっ!」

 

 ミラウラは勢いよく直角にお辞儀をした反動で、バランスを崩して転倒。顔面を机に打ち付けながら、ダイナミック着席をした。その瞬間、コメディアンが渾身のギャグを決めた時のように笑い声がそこかしこから聞こえてきた。

 これがアカデミーを首席で卒業するのだから、時代も平和になったものだな……という話し声がテンナの周囲から湧き上がってくる。

 

「……はぁ」

 

 その様子を見たテンナは机の上に突っ伏して溜息を吐く。アカデミー時代、ミラウラと同じ班で行動をともにし続けてきたテンナであるが、いつものことだと笑い飛ばすこともこの場ではできない。彼女が優秀であることは他の誰よりも知っているのだが、いかせん緊張で思わぬ失敗をしてしまう癖があり……その能力が他の生徒たちからは正当に評価されないことが多い。

 それから次々と点呼されていき、ついに―――。

 

「テンナ・ヤマト!」

「はい!」

 

 今となっては重荷にしかならないその名前を呼ばれて、テンナは静かに立ち上がった。

 かつて人類の存亡を賭けた戦争を止めた少年と少女がいた。

 かつて人類の歩むべき道を切り開いた青年と女がいた。

 

 その名をキラ・ヤマト、ラクス・クラインと呼ぶ。

 

「射撃五六位」

 

 二人の間に生まれた子供、それがテンナだ。

 

「モビルスーツ戦七〇位」

 

 しかし遺伝子上の問題があり、出産以前に遺伝子調整を行えないまま、彼はナチュラルとして生まれてきた。たとえコーディネーターとコーディネーターの間に生まれた子供でも、胎児の時点で遺伝子調整が行われなければナチュラルという扱いになる(事実、基礎能力な平均的なナチュラルと同じか少し上程度である)。

 父親であるキラがスーパーコーディネーターという特異体質であることと深く関係しているとされるが、詳しいことは今も分かっていない。

 

「情報処理、爆薬処理二三六位」

 

 今やプラント最高評議会議長となった歌姫と、それを守る最強の騎士の間に生まれた子供が、何の才能も持っていないのだ。

 

「ナイフ戦三二〇位」

 

 それでもテンナは今日まで生きてきた。

 コーディネーターばかりの環境で、死に物狂いで手にした卒業証書。

 

「総合成績一八四位で卒業だ。おめでとう」

 

 彼にとって今この時手にした「中の下の成績」は、血の滲むような努力の結晶である。

 

 卒業生の点呼が終わると解散になり、生徒たちが各々の向かう場所へと散開していく。その中でテンナも携帯端末からイヤホンを取り出して、音楽を楽しもうとしていた。しかしイヤホンのコードを持った右手を何者かが掴んだ。

 

「おい、落ちこぼれの癖に総合成績二〇〇位以内だなんて、やっぱり親のコネってやつか?」

 

 テンナが振り返ると、金髪の緑服の青年は彼を見下しながらそう言った。テンナよりも一回り大きな体格をしており、後方に二人の取り巻きをつけている。

 

「こんな中途半端な成績をコネで取りたくねぇよ」

「さすがにナチュラル風情が赤服着てたら違和感ありまくりだろ! ははははは!」

「離せよ」

 

 そう言いながらも掴んでいる手を振りほどくという、能動的な動作をテンナは行った。スクールバックを片手に退散しようとする彼の背中に、罵声が浴びせられる。

 

「コネでアカデミー入ったんだろ!」

「さすがは最高評議会議長の子供だなぁ! コネがあっても堂々としてやがる!」

「あの成績だって教官から贔屓にされているだけだろう!」

 

 こんなのは日常茶飯事だ、慣れている。

 コーディネーターとナチュラルが相互理解を深めた今でも、コーディネーターの多くはナチュラルを見下している。それが言葉や態度に出るか出ないかの違いで、大半はそういった差別意識を持ち続けている。逆も然りだろう。多くのナチュラルも心の底では、コーディネーターを気持ち悪がっている。

 だからこそ大きな戦争が終結した今でも、各地で両者の立場を巡って武力衝突が起こっているのだ。

 

 よく母親から教わった。憎しみは争いを呼ぶだけだ、と。

 

 たしかに彼らを怒りに任せて殴っただけでは何も解決しない。かといって感動的なスピーチで説き伏せるわけでもない。テンナが導き出した結論は「彼らよりも良い成績を取って、力の差を見せつけてやる」ということだ。

 

「ナチュラルに負けているってことがそんなに気に食わないのかよ……ふふっ」

 

 むしろ小気味が良かった。

 コーディネーターとしての絶対的自信を抱いて怠惰な生活を送ってきた者たちに、現実を突きつけるということができたのだから。

 

「……女みたいな髪の色しやがって」

 

 おそらく後ろに立っていた取り巻きの一人が呟いたのだろう。その言葉をテンナは聞き逃すことなく反応した。

 ブロックワード、と言えば分かりやすいだろうか。

 その言葉は一瞬にしてテンナの理性を吹っ飛ばして、拳を作らせた。スクールバックを発言主に投げつけると、金髪の図体のでかい男の横を抜けて、スクールバックごと拳を打ち込んだ。発言主である取り巻きの一人はそのまま吹っ飛んで机に激突して、床に突っ伏す。

 

「あ!? 女だと!? 俺は男だ! 髪色がピンクでもなぁ! これは親からの遺伝ってやつなんだよ!」

 

 平和主義のテンナもこればかりは許せない。絶対に許せない。

 どうせ出生前の遺伝子調整で好きに髪色を変えられた人間には分からないだろうな、とテンナは心の奥底で毒づく。

 

「お前なぁ!」

 

 金髪の男が拳を振り下ろしてくる。テンナは即座に反応して腕を前に出すが、その腕を掴まれると自らの背中に回されて、軽々と制圧されてしまう。

 

「本気でケンカしたら、ナチュラルのお前がコーディネーターの俺に適うわけねぇだろ」

「ぐっ……」

「ナイフ戦で俺に勝ったこともないくせに、粋がるじゃねーよ」

 

 遺伝子操作を行ったコーディネーターは頭脳だけでなく、その身体能力もナチュラルより遥かに上である。この差ばかりは縮めることが難しく、どれだけ努力しても成績上位に食い込むことはできなかった分野だった。

 

「せいぜい、その情けねぇ髪色を活かしてアイドルでもしてろや」

 

 金髪の男はテンナの後頭部を殴ると、力が抜けた彼の体を放り投げて背中を向けた。秘孔でも突いてきたのか、まったくもって体が動かない。意識ははっきりしているのに、体を動かせないこの状況がもどかしくて仕方が無かった。

 

「俺は音痴なんだよ……クソッタレ」

 

 そうやって床の上に突っ伏していると、一人の少女が駆け寄ってきた。先ほど首席で卒業することが決定したにも関わらず、緊張で転倒してしまい皆の笑いものになった銀色の髪の少女―――ミラウラ・ジュールだ。

 

「はわっ! て、テンナくん大丈夫ですか!?」

「いや、大丈夫……体が動かないだけで」

「ひ、ひやぁぁぁあっぁぁぁぁあぁッ! そそそっそそそそそ、それは大惨事じゃないですか! 今すぐ医務室に運びます!」

 

 パニック状態に陥ったミラウラはぐるぐると目を回しながら、テンナの腰を両手でがっしりと掴んで持ち上げた。そしてお姫様抱っこをして立ち上がると、教室を飛び出して医務室まで全力疾走していった。

 

「ば、馬鹿! 時間が経てば治る! 恥ずかしい!」

「て、ててて、テンナくんが死んじゃいます―――――――ッ!」

「ヤメロォォォォォォォォォッ!」

 

 学年首席の銀髪巨乳美少女が落ちこぼれのナチュラルをお姫様抱っこして廊下を全力疾走しているそれは、誰の目にも衝撃的な光景に映っただろう。

 その日より暫く、テンナのあだ名が「姫」となったのは言うまでもない。



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その2

 いくら技術が発展しようとも、人間は人間のままだ。

 科学の力なしに宇宙には飛び出せない。

 

『こちら、ヴォルンドル3。未確認機、視認できました』

『こちら、ヴォルンドル1。状況の報告を頼む』

『MAではないでしょうか?』

『武装は?』

『いえ。見当たりません』

『ならそれは民間船か何かじゃないのか?」

 

 デブリ帯の中、無重力の中、極寒の中、MS隊は前方に接近中の正体不明の兵器に対して頭部のアイカメラを向ける。小隊を構成している五機のMSは《リゼルディア》呼ばれる、コズミック・イラ九〇年における主力量産型MSだ。

 

 頭部に伸びた一本のブレードアンテナ。バイザーの奥に光る二つのアイカメラ。両肩には前面にも展開可能な対ビームコーティングがなされたシールドを取り付けており、電力消費を抑えた新型PS装甲を採用しているなど、量産型MSの一つの完成系として存在しているとしても過言ではないだろう。

 

 今や平和の象徴としてザフト・連合両軍に配備されており、青と白が連合軍、緑と白がザフト軍、そして白と黒がDIVA所属機と、機体色で区別をしている。現在デブリ帯にいる五機のリゼルディアの機体色は白と黒のツートンカラーでDIVA所属を示していた。

 

『アーモリーワンへの渡航許可書の提示を求めましょうか?』

『やめておけ。軍のデータに載っていないものなど、どうせ無許可で渡航するに違いない。それに俺たちの立場上、プラントの渡航許可を確認する手続きも面倒だ。いちおうプラントの方には連絡を入れておけ』

『了解しました。残業代は出ますかね』

 

 本来であるならばプラントの防衛隊がこちらに赴く事態だが、偶然周辺宙域を飛行していたため〝ついで″で未確認機の対応を行おうとした次第だ。彼らも慈善事業家ではないものの、平和維持を目的とする以上、このようなことは見過ごせないのだ。

 

『こちらヴォルンドル2、発砲許可を』

 

 一機のリゼルディアがビームライフルを構えるが、それを隊長機が止める。

 

『いや、敵が発砲してくるまで攻撃はするな。新米隊員のお前には分からないだろうが、無闇に撃つということが戦争に発展することだってある』

『……了解』

 

 迫り来る巨大なMAは楕円形の球体の形をしており、各部にあるスラスター以外は武装らしきものは見当たらなかった。青と赤と白のトリコロールカラーで、所々に黄色が混ざっているという奇抜な配色だ。

 

『共通回線だ。そこの機体、所属を教えてもらおう』

 

 しかしMAは沈黙を貫く。

 隊のうちの一人が異変に気づいたらしく、震えた声で、

 

『た、隊長! 敵機内部に高エネルギー反応!』

『狼狽えるな。全機、シールド展開。攻撃を防いだ後、武装と思われる部位を集中的に攻撃。対象の無力化を行う。不殺で行くぞ』

『『『了解!』』』

 

 リゼルディア各機は両肩の対ビームコーティング仕様のシールドを前面に構えた。瞬間、灰色だったシールドが真っ赤に染まっていった。技術革新によって装甲に強力なPS装甲を展開する技術が一般的となり、その防御力は最大出力時では、かつてベルリンを恐怖のどん底に陥れた巨大兵器《デストロイ》の主砲すらも防ぐほどのものであると言われている。

 

 同時にMAの外部装甲が開き、楕円形のそれはいつしか四本足の巨躯へと変形していた。機体中央にある蜘蛛の腹部のように膨張した部分は、高熱を帯びているのか赤く光っている。まるでタランチュラのような外見となった。

 四つの足の関節部から砲門が現れると、隊長機を除く四機に照準を合わせる。

 

「所詮は地球のコーディネーターどもが編み出した猿知恵の産物……」

 

 蜘蛛のようなMAに乗った男は微笑みを絶やすことなく、まるで指揮棒でも振るかのように両サイドの操縦桿を優しく握り、トリガーを押し込む。爬虫類のように狡猾な笑みを浮かべる彼は燃えるような赤の髪と瞳をしており、全体的にやせ細った宇宙人のような体格をしていた。長年、無重力の中にいて筋肉が衰えたのだろうか。

 

「我が機体、《ガンダムニヴル》が奏でる絶望の交響曲の前に……ただ為す術もなく―――」

 

 四本脚の中心にある竜の顎のような形をした頭部、その奥にある左右に伸びた二本の角が特徴的なもう一つの頭部の双眸が妖しく光った。

 

「焼かれろ」

 

 ガンダムニヴルと呼称される機体から放たれた、四本の赤く細いビームは鉄壁と言っても過言ではないリゼルディアのシールドをいとも容易く貫いた。PS装甲だろうが、アンチビームコーティングだろうが、関係ない。まるでそれらが存在しないものであるかのように、ビームは一切減衰することなく直進していったのだ。

 隊長機以外の全てのリゼルディアが一瞬にして撃墜されていく。隊員たちの断末魔が回線を通じて、隊長の鼓膜に響いてくる。

 

『なっ……!?』

「コーディネーターだろうが、ナチュラルだろうが、我々の力の前では無力」

『く、クソがぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁッ!』

 

 隊長機のリゼルディアが正気を失ったパイロットの咆哮とともに、ビームライフルを乱射しながら特攻をかける。しかしビームはガンダムニヴルの周囲に展開された黄緑の光のバリアに吸い込まれていく。

 

『陽電子リフレクターか!? しかし有り得ない!』

 

 ユニウス戦役以降、陽電子リフレクターなどの登場によりビーム兵器の絶対的優位は崩れ去ったかに思えた。しかしそれをも貫く高出力のビーム兵器が登場するようになり、現在では再びビーム兵器が主流となっている。むしろPS装甲の省電力化が安価に行えるようになり普及したため、実弾兵器に対する信頼性は現在では皆無に等しい。事実、最新鋭MSは頭部バルカンに至ってもビームバルカンとなっているほどだ。

 

 そのような背景を無視して唐突に登場した、ビームを無効化にする結界に対し、リゼルディアのパイロットはさらに混乱する。

 

『だがこれで!』

 

 リゼルディアは腰のバインダーを開いて、そこからビームサーベルを右手に握り、切っ先をガンダムニヴルに突き立てる。

 至近距離なら。

 一縷の希望を託して前に出したビームサーベルも結界に飲み込まれ、まるでそのエネルギーを吸収しているかのようにビームサーベルの放つ桃色の光は、ガンダムニヴルの発する結界の中に広がって消えていった。

 

「所詮は地球の重力に引き寄せられたままの、旧人類だ。口ほどにもない」

 

 ガンダムニヴルの頭部が特攻してきたリゼルディアに向けられると、直後、ビーム砲の光の奔流が白と黒の機体を飲み込んでいった。

 

 命が爆ぜた。

 

 悲しみの象徴にしては美しすぎる光が宇宙に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 銀髪美少女にお姫様抱っこをされながら廊下を疾走するという非常に屈辱的な出来事に見舞われたテンナは、緑色の学生服でモップ片手にハンガー内の清掃作業に勤しんでいた。

 

「おーい、姫様。こっちの掃除お願いするわ」

「姫、あっちの式典用MSの部品探してきてくれ」

「姫くーん、あとで一緒にスピーチの原稿考えてーっ!」

 

 右からも左からも、上からも聞こえてくる「姫」という単語にテンナは苛立ちを隠せないでいた。怪我自体は大したことなかったし、今にも折れてしまいそうなぐらいの力でモップを握ることぐらいはできている。

 だが、人間の評判というものは医療で何とかできるものではない。

 今やアカデミー中の笑いものだ。

 下手すると一生ネタにされてしまう。

 

 成績上位者である赤服が確定している学生以外は、こうして式典の準備に駆り出されているというわけで、ハンガー内では学生たちが清掃作業を行っている。かつてザフトの主力を担ったジン、ゲイツ、ザクウォーリアなどに加え、連合軍やオーブ軍の量産型MSであるダガー、M1アストレイ、ムラサメなども式典用ということで、豪華な装飾がなされた状態でハンガーに立ち並んでいた。

 

「相変わらず、テンナはネタに尽きねぇなー」

 

 式典用ザクウォーリアの肩で清掃作業をしている青髪の少年がそう言うと、皆までして爆笑した。ハンガー内の清掃を行っているのは計九名のアカデミーの生徒たちで、テンナがアカデミー入学直後から同じ班で行動してきた、慣れ親しんだ同級生たちだ。

 

「あの叫び声、だいぶ痛々しかったな」

「うるせぇ! 俺だってあの時は必死だったんだ……」

「ていうか、テンナくんって痛姫様(いたひめさま)と呼んだほうがいい?」

「痛姫ってなぁ……。ダメだ。本格的に嫌な予感がしてきた。卒業後もどっかでネタにされるじゃないのか」

 

 彼らはテンナがナチュラルだからとか、最強のパイロットと最高評議会議長の息子であることとか、そういうことを一切抜きで、特別扱いすることなく普通に接してくれる数少ない学友だ。

 青髪の少年はテンナの横に降り立つと、モップを持ち直して式典用ザクウォーリアを見上げながら言った。

 

「ていうか、俺らの班で一番頼りなさげだったミラウラが、今や首席かー」

「あいつならやると思ったよ。普段はあんなだけど、やる時はやるんだよ」

「そんなミラウラがお前のためにパニくってなぁ……お前に気があるんじゃねーの?」

「気のせいだよ」

 

 極端なあがり症でオドオドしていることを除けば、彼女は現時点でも超一流のパイロットと言える。その上、スタイル良し、容姿端麗少女ばかりのコーディネーター社会の中でも一際輝いて見えるほど可憐な容姿。おまけにプラント最高評議会員の父もいるジュール家の娘で……とてもじゃないが、テンナと釣り合う女性ではない。

 

 そうこうしていると、当の本人であるミラウラが特徴的な銀髪を揺らしながらハンガーに入ってきた。班の皆とは違い、赤服を着ている。先ほどの会話は聞こえていなかったらしく、きょとんとした様子でテンナの肩を叩く。

 

「テンナくん、怪我のほうは……」

「怪我よりも心の傷のほうが深いっす……」

「ふぇ?」

 

 どうやら操縦技術や戦術理論は理解できても、社会的なそれはミラウラには理解できないようだ。

 

「怪我の方が大丈夫なら、ちょっと見て欲しいものがあるのです」

「え、あ、俺に!?」

「はいです!」

 

 ミラウラは満面の笑みを浮かべると返事も聞かぬまま、例の剛力でテンナの右手を掴んで引っ張ると、ハンガー群の端っこにある小さな倉庫へとたどり着いた。ハンガーの中は薄暗く、ディアクティブモードの灰色に包まれた一機のMSがあることぐらいしか分からない。

 

「これは赤服の学生にしか知らされない極秘事項みたいなものなんですけど……テンナくんには見てもらいたくて」

 

 微笑みを浮かべながらミラウラはハンガーの照明を点灯した。

 浮かび上がったシルエットはMSという戦術兵器にしては美しすぎる蒼い翼を持っていた。金色の基礎フレームに白と黒の装甲を重ね合わせただけに見えるそれは、たとえ堅牢な装甲を持っていたとしても、ビーム一発に耐えられるかどうかすら怪しいと思えるほど儚げな印象を見るものに与える。

 

「……ストライクフリーダム? 何で、こんなところに!?」

 

 テンナにとってそれは父親を象徴する機体でもある。かつてキラ・ヤマトが人類の自由を賭けて戦った時の愛機。数多のMSから戦力を奪い、一〇年前にパイロットが現役を引退するその日まで被弾率はゼロという驚異的な記録を打ち立てた伝説の機体でもある。

 

「式典のメインイベントとして、この機体が登場するんですよ。現役を引退してからはその性能を満足に扱えるパイロットがいないまま、ファクトリーの奥深くに封印されていたらしいんですけど」

「今や象徴だもんな。この世界の、自由と平和の」

 

 ストライクフリーダムの外見はメサイア攻防戦の時のそれから変わっていないが、腰には式典用ということもあってかビームライフルではなく、二本の実体剣が装備されていた。今現在のMS戦では殆ど役に立たない実体剣だが、見た目は十二分に威圧感がある。まるでファンタジーに出てくる勇者のようだ。

 

「それでも流石に動力部は核エンジンではなく、リゼルディアなどの最新鋭MSに搭載されているものを使用していますし、火器のほうも全て祝砲に差し替えられていますよ」

 

 もっとも今のMSの性能と比べると、たとえ核動力のストライクフリーダムだとしても並外れた性能を持つわけではないだろう。二〇年前に開発された機体など、今となっては骨董品の価値すらも持ってしまうかもしれない。

 たとえそれが当時の最強機体であっても、だ。

 

「テンナくん、間近でこの機体を見たことないって言ってたから……」

「ああ。親父は一度も俺に自分の機体を見せてくれなかった。それどころかMSにすら触れさせてもらえなかったさ」

「どうして……」

「親父はいつも言っていた。MSに乗って楽しかったことなんて一度もない。MSに乗って悲しみを生み、生まれた悲しみをMSに乗って戦うことで消す……その繰り返しだった、って。たしかに武器を手にして勝ち取った未来だが、本当に武器は必要だったのか、と。いつも悩んでいた」

「……テンナくんには戦って欲しくなかったんですね」

「今の平和な時代もいつ崩れるか分からない。だから俺がアカデミーに入学するって言った時は猛反対されたっけ」

 

 あの優しかった父親が初めて怒鳴っていた。中途半端な志で武器を手にするな、と。

 

「でも俺は真剣だった。自分がナチュラルだからって、周りに配慮されて生き続けるのも、生まれ育ったプラントから逃げ出してしまうのも、嫌だった。だからアカデミーに入って、自分に自信を持ちたかった。それを中途半端って言われたら、確かにそうかもしれないけど―――」

 

 テンナの前に立ったミラウラは、あせあせとしながらも笑みを浮かべて、

 

「ちゅ、中途半端だとは思いませんよ! テンナくんらしいです!」

「ありがとう。見れて良かったよ、親父が乗っていた機体。凄かったんだろうなぁ……」

「私も父からは反対されましたし、気持ちは分かります」

「ミラウラの親父さんってどんな人なんだっけ?」

「ちょっと不器用で……とても過保護なお父さん、かな。最終的に母さんに説得されて「お前は俺の一人娘だぁぁぁあぁぁぁ」と号泣しながら送り出されました」

「俺もだ。母さんはいつも俺の背中を押してくれた」

 

 多忙な父親と違い、母は一二歳の頃まで一緒に生活していた。自分の歩む道をしっかりと理解し支えてくれた。プラント最高評議会議長になってからはあまり会えないでいるが、それでも時々連絡を取っている。

 

「あんなふうに親父も支えていたんだろうな」

 

 かつて英雄の駆った機体に意識を飛翔させながら、テンナは静かに呟いた。



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その3

「そう言えば四時に班員の点呼があるんだったぜ! 早く戻らなきゃ!」

 

 テンナは用事を思い出して倉庫から飛び出す。そんな彼の背中を追ってミラウラも飛び出してきて、彼の横に付いた。

 

「わ、私もついていきます!」

「ちょ、お前は赤服だし、他にやることあるだろ!」

「四時から記念式典のMS操縦のリハーサルがありますが、問題ありません!」

 

 赤服の生徒たちはアカデミー卒業生代表として式典用MSによる演目を行うらしい。ふと隣のハンガーを見ると、すでに赤服を着たアカデミーの同級生が式典用の装飾を施されたジンに乗り込んでいた。

 腕時計を見ると、すでに四時をオーバーしているではないか。

 

「ど、どっどどどど、どのみち遅刻なのです!」

 

 冷や汗をダラダラかきながら、震えた唇と涙が溢れ出そうになっている瞳で無理やり笑ったミラウラは、親指を立ててテンナの前に出した。

 

「はぁ……ま、お互い、教官への言い訳でも考えようぜ」

 

 ふと、テンナは誰かにぶつかるとバランスを崩して、尻餅をついてしまった。対するぶつかった人間は動じることなく、静かに手を差し伸べてくる。整備士の作業着を着ており、テンナの足元に帽子が落ちてくる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 作業服を着た少年は後ろでくくった白金の長髪を揺らしながら、水色の瞳でテンナを見つめている。目が合った。同性なのに思わず見とれてしまうほどの美貌を持った少年だ。魔性の、というと大袈裟だろうか。性別問わずに、その美しさに引き込まれてしまいそうな危うさがそこにはあった。

 

「……は、はぁ。すみません、急いでいて」

「君は……」

 

 白金の髪の美少年はテンナを見て何かに気がついたようだが、その表情を一秒で切り替えて、語り始めた。

 

「いえ、ちょっと髪の色が珍しくて」

「……そうっすか」

 

 初対面でこの髪の色に言及してくる人間は、彼が初めてだ。思わず美少年の麗しい顔を拳でめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られるが、必死に抑え込む。

 差し伸べられた手を掴んでテンナは立ち上がると、

 

「あ、ありがとうございました」

 

 よく見ると白金の髪の美少年の後ろには、茶髪の少女が佇んでいるようだった。顔は前髪に隠れて伺えない。

 

 お辞儀をするテンナに視線を合わせることなく、白金の髪の美少年は遠くを見つめる。

 演目の練習をする式典用MSたちは、実体剣を掲げて切り合う動作のリハーサルを行っていた。ミラウラによれば、コズミック・イラの戦争と平和の歴史を中世の騎士たちに当てはめて表現している演目らしい。最終的に騎士たちは悪を打ち取り平和を手にする……そのクライマックスにストライクフリーダムがサプライズで登場するとか。

 

「平和を表現するものが戦争の象徴でもあるMSだなんて。皮肉だとは思いませんか?」

「言っていることは何となく分かるけど、いきなりどうしたんですか?」

「いえ、ちょっと思うことがありまして。それでは失礼します」

 

 白金の髪の美少年は帽子を拾い上げると深々と被り、その場を後にする。ふと立ち去る間際に後ろに佇んでいた少女の表情が見えた。どこにでもいる普通の少女だ。しかし前髪の隙間から見えた瞳の色は、テンナと同じ紫だった。

 

「あの子―――」

 

 自分と同じ瞳の色だなんて珍しい、とテンナは見とれてしまった。

 

「どうしました?」

「いや、あの子、可愛いなぁと」

「そ、そうですよね……」

 

 それを聞いて少し落ち込んだ様子になったミラウラだが、テンナにはその理由がまったくもって分からなかった。

 

「どうせ私の胸元にあるのは無駄な脂肪の塊ですよあはははうふふおほほ―――」

 

 何故かナイーブになっているミラウラを横目でテンナは見ていると、突然プラント全域に警報音が鳴り響いた。

 

『プラント内に敵性勢力の侵入を確認しました。住民の方は速やかにシェルターに避難してください。繰り返します、プラント内に敵性勢力の侵入を確認―――』

 

 警報音とともに式典の準備をしていた兵士たちは訓練通り、有事の際の動きをし始める。

 

「敵!? 所属はなんだ! テロリストなのか!?」

「それを確認するのは後でいい。MS隊出撃! 敵MSの撃破に迎え!」

「整備班、MS出撃準備はできているか!?」

「一番機から三〇番機までならすぐに出せます! 残りも急いで!」

『了解! アイスウォルフ隊、全機出撃』

『同じく、ゴルニコフ隊出撃する!』

 

 ハンガーから次々と出撃する緑と白の機体色をしたリゼルディアや、ザクウォーリアの発展機でもある《ハイザックカリバー》が、テンナたちの見上げたプラントの空を飛翔していた。

 

 ハイザックカリバーは、深緑がベース色になり肩にあった大型シールドが手持ちになった以外はザクウォーリアとほぼ同じ外見をしているが、動力炉がリゼルディアと同じ新型動力炉になりPS装甲も強化されていたりと、中身はほぼ別物となっている。とはいえ、リゼルディアと比べれば旧式であることには違いない。ザフトでは隊長機や指揮官機にリゼルディアが、それ以外にハイザックカリバーが配備されているというかたちだ。

 

「て、敵!?」

 

 ひぃっと叫びながらミラウラはテンナの袖をギュッと掴んで、同じように空を見上げる。プラントの空にはザフトの機体は多く見られるのに、敵機らしきものは視認できなかった。

 

「……全部で四〇機ほど。テロリスト鎮圧にしては大袈裟すぎる数だな」

「敵はどこにいるのでしょうか……」

 

 ふと空に浮かんでいる楕円形の物体を見つけた。大きさはMS三機分ほどか。武装のようなものは見当たらないが……。

 

「あれが……敵?」

 

 テンナには宙に浮かぶそれは、オブジェのようにしか見えなかった。

 そんな前衛的な近代芸術作品に見とれていると、遠くのほうから声が聞こえてきた。同じ班の青髪の少年たちだ。テンナたちに向かって手を振りながら叫んでくる。

 

「おーい! シェルターはこっちだぞ! せっかくのデートが台無しになったところだろうが、今は避難が先決だぞ?」

「へいへい、わかってるっての。てか、デートじゃねーし」

 

 青髪の少年が指さした先には軍本部であろう三階建ての真っ白な建物があった。その地下にシェルターが存在する。そこへ逃げ込めば安全だろう……と思った、が。

 空を飛んでいたはずのハイザックカリバーの巨体が建物に向かって、黒煙を吹かせながら落ちてきたのだ。建物を押しつぶし落下した機体は直後、激しい爆発を引き起こす。

 

「きゃっ!」

 

 爆風が吹き荒び、ミラウラは踏ん張っていることができずに吹き飛ばされて、腰あたりを強く地面に打ってしまった。

 

「何だよ……あれ」

 

 再びテンナが見上げたプラントの空は、先ほどまでの平和な青ではなく、血に染まった炎の赤とドス黒い煙で覆われていた。次々と撃墜されていくザフトのMSたち。まるで隕石のように基地に撃墜されたMSが降り注いでいく。

 

 周囲が紅蓮の炎に包まれた時、再びテンナは班の皆のいる方向を見た。無事だ。早く合流してシェルターに逃げ込まなければ。いや―――。

 

 シェルターに逃げ込んで助かるものなのか、これは?

 

 一瞬の戸惑いを振り払い、テンナはミラウラに手を出した。

 

「掴まれ!」

「は、ははは、はひぃっ!」

 

 恐怖のあまり失禁してしまったミラウラから目を逸らし、テンナは彼女の手を掴んで引いた。何とかミラウラが立ち上がれたところで、班の皆のところへ走り出そうとした。

 

「漏らしたことは皆には黙ってやるから、行くぞ」

「たたたた、助かりますぅ……」

 

 その時だった。

 物凄く巨大な何かが地上に荒々しく降り立ったのは。

 

「あれは……巨大な、蜘蛛!? ……MA(モビルアーマー)!?」

 

 四本脚を大地に突き刺し、竜の顎のような頭部を持った奇怪な兵器が黒煙の中から姿を現す。今までに見たことのない、まるで怪物のようなフォルムにテンナは思わず立ち止まり、恐怖で動かなくなった両足を何とかしようと必死にもがく。

 

 だが体は中々言うことを聞かない。

 

 テンナは戦争を知らない。

 目の前に現れた兵器に殺意が乗り込んでいるという経験、生まれて一五年の間でしたことなどなかったのだ。

 

「テンナ、助け―――」

 

 ちょうど巨大な蜘蛛型のMAの真下にいた班の皆、そのうちの青髪の少年が右手を伸ばしながらテンナたちに向かって駆け出してきた。しかし機体の中心から拡大してきた結界(おそらくビーム状の何か)が青髪の少年を飲み込んでいくように、焼いていった。

 

 やがて少年の脚は消え、胴体も消え、声も消え、恐怖と苦痛に歪んだ顔も消え、最後に残った右手が地面に落ちるのだった。

 

「嘘だろ……こんなの……」

 

 アカデミー入学以来の友人たちを一瞬にして失った。その絶望に打ちひしがれたテンナは腰を落として、だが涙は出ない。瞳に涙が滲むたびに、彼の周囲を吹いている熱風がそれを乾かしていくのだ。

 

 そんな中、残ったザフトのMS隊がビームライフルによる一斉射撃を開始する。だが放たれた光の奔流の全てが結界の中へと吸い込まれていくのみで、本体にはかすり傷一つ付けられないままで終わってしまう。

 

 陽電子リフレクターでもこれほどの数のビーム射撃を無効化できるわけではない。そもそも炸裂するというよりはまるで水の中に落ちていくように吸い込まれていっているのだ。

 

 四本脚の関節部分が展開し、砲身が飛び出す。そこから伸びていった赤く細いビーム、というよりレーザーは立ち向かってきたMSのほぼ全てをなぎ払う形で、胴体ごとコックピットを焼いていく。

 

 十数もの爆発が一斉に起こり、為すすべもなくザフトのMS隊はその戦力のほとんどを、およそ三〇秒で喪失したのだった。

 

 勝てるはずがない。

 未来人か。それとも宇宙からの侵略者か。

 中に乗っているパイロットが触手だらけのエイリアンだったとしても驚かないだろう。

 

 レーザーの照射を終えた蜘蛛型MAは結界を一時解除すると、本体部分の装甲を展開して熱を外部に放出した。

 

「に、逃げましょう!」

 

 そう言ったのは意外にもミラウラのほうだった。今度は彼女がテンナを引き上げて、手を掴んで走り出した。先ほどいた倉庫に緊急避難シェルターが二つあったという。

 

「アーモリーワンが落ちそうでも、シェルターからザフトの戦艦に避難すれば脱出できるかもしれません! 死にたくない……死にたくないです!」

 

 ミラウラの瞳に大粒の涙が浮かんでいたのを見て、テンナは決意し、彼女の手を振りほどくと一人で走り始めた。こんな時に頼りないままじゃいけない、そうテンナは感じたのだ。

 

 幸運にも閉じたシャッターは爆発によって半壊しており、その隙間から倉庫内に入ることができた。整備士たちは避難したようで、倉庫内はディアクティブモードとなったストライクフリーダムが立っているだけの閑散とした場所になっていた。

ちょうどコンテナが積み重なったところの隣に緊急避難用シェルターはあった。

 

「あそこか!」

「はい! 行きましょう!」

 

 そうミラウラ言った次の瞬間、倉庫に撃破されたリゼルディアが突っ込んできて、シャッターを捻じ曲げながらコンテナ群へ突っ込んでいく。コンテナの中にあったものが激しい爆発を起こして、破片が飛び散ってくる。

 

「大丈夫か、ミラウ……ッ!?」

「痛い……痛いっ!」

 

 破片の一つがミラウラの右太ももを深く切り裂いたようで、苦痛を表情に浮かべながら彼女は地面に倒れていた。出血量も多く、支え無しでは立ち上がることも不可能だろう。

 

 駆け寄ったテンナは緑の制服脱ぎ捨て、下に着ていたカッターシャツの袖を千切ると、それを巻いて止血を行った。

 

「あともう少しなんだ。ほら、掴まって!」

「あ、ありがとうございます……」

「生きるぞ、二人で……」

 

 たくさんの友達が死んだ。全課程を修了し晴れてアカデミーを卒業するはずだった若者たちの命が、たった一機の兵器による大虐殺で消えていった。いったい何人が生き残っているのか……今のテンナとミラウラには考える余裕すらなかった。

 

 倒れたミラウラを抱え上げるとシェルターまで運び、その横で下ろす。シェルターの作動ボタンを殴るように押すが、扉は開かない。代わりに、既にこのシェルターの中に避難している男性の声が無線を通じて聞こえた。

 

『このシェルターは人がいっぱいなんだ! 他をあたってくれ……』

「せめて一人だけでも……ッ!」

 

 他のシェルターといっても、そこまで距離はかなりある。全力疾走しても生きてたどり着ける確率は高くないだろう。

 

 それでも女の子を置いて逃げるようなことはできなかった。

 

「女の子なんです! それに怪我もしている! お願いします!」

『……わかった、一人だけだぞ!』

 

 そう言うとシェルターの扉は開いた。ミラウラを抱えて彼女を扉の向こうに置くと、

 

「テンナくん!? そんな……」

「お前は怪我をしているんだ! 俺は他のシェルターに行く! 大丈夫、生きて帰るから」

 

 テンナはミラウラの反論も聞かずに扉を閉めるボタンを押した。扉の強化ガラス越しにミラウラが必死に訴えかける様子があった。

 しかし暫くしてもエレベーターは降りることなく、停止したままだった。

 

『おかしいな。マシントラブルか!? 違……火が……爆発!? うわぁぁ――――ッ!』

 

 シェルター内にいた男の悲鳴と爆音が重なり合った瞬間、無線は途切れた。どうやらシェルター内で大きな爆発が起こり、ミラウラの乗ったエレベーターも機能を停止したようだ。開閉ボタンも反応しない。

 

「そんな……ッ! ミラウラ! 今すぐ助ける!」

 

 テンナは全体重をかけてシェルターの扉にタックルをするがビクともせず、近くにあった破片をぶつけるが、それでも傷一つ付かない。当たり前だ。数発の銃弾も耐え抜くような強化ガラスをただの十五歳、それも肉体強化もされていないナチュラルが何とかするなど無理な話だ。

 

「クソ! 砕けろよ! 開けよ!」

 

 もう誰かを失うのは御免だ。必死にテンナはシェルターの扉を殴りつける。血が滲むほど殴りつけた後、ふと中にいたミラウラが何かを言っていることに気がついて目を向けた。

 

 携帯端末で文字を打って、それを強化ガラス越しのテンナに伝えようとしていたのだ。

 

 頬を伝う涙を拭いながら、ミラウラは精一杯の笑顔を作ってそれを見せた。

 

―――私を置いて逃げてください。

 

 泣き虫なミラウラが必死に涙を堪えながら、死の恐怖よりも、大切な人の無事を考えて打った文章だった。

 

 今テンナが逃げれば、ミラウラはシェルターのエレベーターに閉じ込められたままだろう。ここも長くはもたないはずだ。爆風は大丈夫でも、これ以上正体不明の機体による破壊活動が続けば、たとえ強化ガラスの内側にいる人間でも無事では済まない。

 

 それに止血したとはいえ出血が酷い。一刻も早い処置が必要になってくる。

 

 つまり放って置いたミラウラに待っているのは、死だ。

 

 かと言って今のテンナには彼女を助け出すほどの力はない。MSの力を借りてミラウラをエレベーターから助け出そうとしても、MSの巨大なマニピュレーターでは彼女ごと押し潰しかねない。正確な操作なら可能だが、そんなことしているうちにあの蜘蛛みたいなMAに気づかれて攻撃されるだろう。

 

 万策尽きたか。

 いや、一つだけ方法がある。

 二人とも助かる方法が。

 

「俺が……」

 

 しかしそれは絵空事に等しいことだ。

 

「俺があの蜘蛛型MAを倒す」

 

 無謀極まりないことだった。第一、十二分に戦闘が可能なMS自体、この倉庫にはない。あるのは最早、旧式となった式典仕様のストライクフリーダム一機のみだ。

 

「これしか二人が生き残る方法はないんだ」

 

 しかしテンナは退かない。彼は一つの可能性を考えていた。たとえ火器装備がないストライクフリーダムでも、あのMAを倒せるかもしれない、有り得るはずもないと万人が口を揃えて叫ぶであろう、そんな可能性を。

 

 戦争はヒーローごっこでないのは重々承知の上だ。

 人を助けるという志の元で、蛮勇を振りかざすのは愚かな選択である。

 

「勝てるかと聞かれたら、正直微妙……でも生き残れる可能性を見逃すわけにはいかない」

 

 ましてやスポーツのように一発逆転が可能な局面など、ありはしない。

 自分の父親、キラ・ヤマトなら可能かもしれないだろう。とは言うものの、今いるのはスーパーコーディネーターの父ではない。ただのナチュラルの息子だ。

 

「直感に頼るな……頭を使え……俺にはそれしかない」

 

 しかしMSを前進させることに半年も要したからこそ、見えてくるものがある。

 単純な力で負けているからこそ、それ以外で補う術をテンナは覚えていた。

 敵の機体性能、パイロットの癖、弱点……それを見る目だけは誰よりもあるはずだ。

 

「ミラウラ、少し待っていて」

 

 そう言い残して駆けたテンナはハシゴを伝って、ストライクフリーダムのコックピット前に立った。

 かつて父―――キラ・ヤマトが乗り、人類の自由と平和を守った伝説の機体。

 自分にそれを乗りこなせるなんて思ってはいない。

 

 だが今は力が必要だ。

 

 蜘蛛型MAを倒し、ミラウラを守り、友の仇を討つための力が。

 コックピットに乗り込む。一〇年間、誰にも深く座られることのなかったであろうシートは妙に硬く、馴染まない。座り心地はアカデミーの旧校舎の教室にある古びた木の椅子よりも悪い。

 

 昔、ここに父親が座っており、何を思いながら戦っていたのか。

 はっきりとは分からない。

 

「……コーディネーター用のOSでも大丈夫。アカデミーでもずっとそうだったしな」

 

 でも何となくだが分かる。

 おそらく今のテンナと同じように、何かを守るために戦っていたのだろう。譲れない何かを守る、そんな気高き志とともに。

 

 テンナはメインモニターのタブレットを開き、起動シークエンスに入った。サブモニターに映るのはザフトのマーク。

 

MOBIE SUIT NEO OPERATION SYSTEM

      Z・A・F・T

 

G ENERATION

U NSUBDUED

N CLEAR

D RIVE

A SSAULT

M ODUL

 

 かつて父親はその頭文字を取って「GUNDAM」と名付けたらしい。現在は核エネルギーでは動いておらず、ゆえに稼働時間は無限ではない。外部からの電力供給無しだと、もって一〇分といったところか。

 

「ガンダム、か。いい名前じゃないか」

 

 テンナはタブレットのキーボードの上で両手の指を踊らせる。しかしぎこちない。

 

「ニュートラルリンケージ……これか。イオン濃度は正常。メタ運動野パラメータ更新……今のMSのOSは自動更新だから、設定が……パワーフロー正常に作動。今はこれでいい。全システム……オールグリーン」

 

 テンナは前を見る。メインモニターに映し出された光景は、炎に包まれた戦場だった。無数のMSの残骸があるなか、遠くのほうに四本脚の蜘蛛型MAが見えた。

 もう逃げることはできない。

 息を大きく吸い込み覚悟を決めたテンナは、前方にいる敵を見据える。

 

「ストライクフリーダム、システム起動」

 

 頭部の双眸が輝き、全身がフェイズシフト装甲の展開によって色づいていく。胸部の黒も、翼の青も、関節部の金も、かつて宇宙を自由自在に駆け抜けた頃のままだ。何も変わってはいない。

 

 ストライクフリーダムの足元に倒れていたリゼルディアの残骸が爆発し、炎が渦巻き、黒煙が全身を包む。

 

 それは蒼天の剣。

 

 平和と自由の象徴。

 

 だが腰のレールガンは祝砲。胸部のビーム砲にはエネルギーが充填されておらず、ただの胸飾りとなっている。頭部バルカンも豆鉄砲で、エアガンの弾がそのまま大きくなったようなもの。翼のドラグーンも撃てない。

 両腰に備えられた実体剣のみが唯一の攻撃手段だ。しかしそれも二〇年以上前にザフトの主力機であるジンが使っていたもので、PS装甲の前では無力に等しい。

 

 かつてキラ・ヤマトが一騎当千の力を発揮した機体も、今や旧式のMS。それが式典仕様なのだから、もはや案山子以外何者でもないはずだった。

 

「やってやる。俺が守るんだ……ミラウラを!」

 

 それでも少年は立ち上がる。

 

 自由とか、平和とか、それよりももっと近しいところにある、たった一つの大切な命を守るために。

 

「テンナ・ヤマト、フリーダム……行きます!」

 

 自由の翼が再び戦場に舞い降りた。




     次回予告

 平和の日は突如として終焉を告げた。
 人は焼かれ、大地は崩れ、涙と悲鳴が広がる。
 そして、少年は戦火へ身を投じるのだった。
 再び混沌とした戦場に舞い降りた剣は、いったい何を求めるのか。
 次回、機動戦士ガンダムSEED-Affection/New world-

    「戦火の中で」

 絶望の業火を、振り払え、フリーダム!


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