咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 (隠戸海斗)
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A story
01志野崎秀介その5 出会いと再会


こういうサブタイトルの付け方好きなんです。
あんまり多様できませんけど。



「ふんふんふーん♪」

 

咲はご機嫌で部室へと向かっていた。

いつもより少し早めに授業が切り上げになったことに加えて、京太郎が用事で少し遅れるとのことなので一人先に部室に着くのだ。

 

(読みかけの本があったんだよね。

 今のうちに読んじゃおう)

 

そう思い、はやる気持ちで部室のドアを開けた。

 

「・・・・・・あれ?」

 

入って真っ先に目に入ったのは麻雀卓。

それは大したことではないのだが山が積まれている。

いつもは牌を片付けてから部室を離れているはずなのだが、誰か来ていたのだろうか?

そしてさらにおかしいのは、山の一部がめくられていることだ。

しかもめくられているのは{東}ばかり。

下山をひっくり返している場所まである。

わざわざ{東}の場所だけひっくり返すとは何事であろうか。

その上山は乱れていない。

ということは・・・・・・。

 

「・・・・・・見ないで{東}だけ開けた・・・・・・?

 まさか・・・・・・」

 

自分も麻雀の最中に山や嶺上牌を見ることはできる。

しかし勝負前の何でもない時に、しかも山の全てを見通すなんて・・・・・・。

 

 

「・・・・・・ん?」

 

ふと見るとベッドで誰かが横になっている。

男の制服。

だが麻雀部の男子は京太郎だけのはずじゃ・・・・・・。

 

「あの・・・・・・誰ですか?」

 

そっと覗くと確かに男子生徒が横になっていた。

声を掛けられて目が覚めたのか、彼はゆっくりと起き上がった。

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

寝起きが悪いのだろうか、彼はぼーっとしながら周囲を見渡す。

 

「・・・・・・あぁ、そうか、寝てたのか。

 いかんな、早急に帰るつもりだったのに」

 

そう呟き、やがて彼と咲は目が合う。

 

「やぁ、お客さんかな?」

「え、えっと・・・・・・麻雀部の者ですけど・・・・・・」

「ん? 部員? 君いたっけ? もしや1年生?」

「そうですけど・・・・・・」

「そうか、じゃあ初めましてだ」

 

彼はそう言ってベッドから降りると咲と向かい合う。

 

「初めまして、3年の志野崎(しのざき)秀介(しゅうすけ)だ。

 よろしく」

「さ、3年生ですか。

 私は1年の宮永咲です。

 よ、よろしくお願いします」

 

二人は握手を交わした。

 

「あの・・・・・・あなたも麻雀部ですか?」

「そうだよ」

 

咲の質問に頷く秀介と名乗った男。

 

「でも・・・・・・今までどうされてたんですか?」

「ちょっと学校休んでてね」

「はぁ・・・・・・」

 

病気か何かだろうか、

 

と、がちゃりとドアが開いて、誰かがやってくる。

 

「悪い咲、遅れた」

「どうも、宮永さん」

 

京太郎と和だった。

 

「あ、二人とも」

「・・・・・・その方は?」

 

和が見慣れないその男に視線を向けると、秀介は頭を軽く下げる。

 

「3年の志野崎秀介だ。

 しばらく来てなかったが麻雀部に所属している」

「そうでしたか。

 1年の原村和と申します、よろしくお願いします先輩」

 

和も頭を下げる。

 

「あ、えと、1年の須賀京太郎です。

 よろしくお願いします」

 

京太郎も慌てて頭を下げた。

 

「皆1年生かい、ずいぶん入ってくれたんだねぇ」

 

秀介は嬉しそうに笑った。

そして思い出したように卓の椅子を引く。

 

「せっかく四人揃ったんだ。

 打たないか?」

「あ、そうですね」

 

咲が賛成して席に着く。

和と京太郎も顔を見合わせて席に座った。

 

「・・・・・・?」

 

と、和が一部だけ返された山を見て首をかしげる。

 

「ああ、気にしないでくれ」

 

秀介はそう言って卓のスイッチを入れると山を崩して穴に流し込んだ。

それを見て咲も目の前の山を崩す。

しばらく卓の起動音がしてやがてセットされた山が現れる。

 

「あ、えっと親は・・・・・・?」

「ん、じゃあ二度振りで決めようか」

 

咲の言葉に秀介が賽を転がす。

出た目は5。

続いてもう一度、出た目は8。

 

「おし、君が親だね。

 宮永さんって言ったっけ?」

「あ、はい。

 ではよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 

 

親順

咲→秀介→和→京太郎

 

咲がスイッチを押し、賽がカラララララと回る。

 

 

 

東一局0本場 親・咲 ドラ{三}

 

8巡目。

 

咲手牌

 

{二(ドラ)四六七八八③③⑥⑧7(横⑦)8}

 

「リーチです」

 

咲の先制リーチが入る。

高めの{6}が出れば跳満確定だ。

 

秀介も和もあっさりと安牌を切る。

そして京太郎。

 

{(ドラ)五九(横四)九③④⑤⑥⑦5667}

 

「おっしゃ、行くぜ! 追っかけリーチ!」

 

カシィンと{6}を切る京太郎。

当然のように牌を倒す咲。

 

「一発」

「げげっ!?」

「タンピン三色ドラ1。

 裏は・・・・・・無し、18000だよ」

「く・・・くそぉ・・・・・・」

 

しぶしぶと点棒を差し出す京太郎。

秀介はそれを見て苦笑いしていた。

 

 

 

東二局1本場 親・咲 ドラ{6}

 

(流れに乗れるといいなぁ・・・)

 

咲はそんなことを考えながら{北}を切る。

その対面に位置する和。

 

(調子が良さそうですね、宮永さん。

 それに対して須賀さんは・・・・・・)

 

まぁ、それほど強いわけではないので仕方ないかもしれないが。

 

(親の宮永さんがリード・・・・・・ここで上がって点数を削っておきたいところですね)

 

4巡目。

順調に手が進む、そう和が思ったのもつかの間。

 

「ツモ」

「・・・え?」

 

パタン、と手牌を倒したのは秀介だった。

まだ5巡目である。

 

{二二二六八③③⑧⑧⑧345} {(ツモ)}

 

「タンヅモ、700(なな)1300(とーさん)の1本付け」

「は、早っ!」

 

京太郎が思わず声を上げる。

 

東初(トンパツ)から跳満上がられたからな。

 あんまり連荘される(積まれる)とやっかいだし」

 

秀介は笑いながら点棒を受け取る。

 

(・・・・・・流れに乗れるかと思ったのに)

 

咲は残念そうに手配を伏せる。

 

 

 

東二局0本場 親・秀介 ドラ{四}

 

7巡目。

 

和が捨て牌を横に倒す。

 

「リーチです」

 

そして3巡後。

 

{二三(ドラ)七七[⑤]⑥123789} {(ツモ)}

 

「ツモです、リーピンツモドラ1赤1、2000・4000ですね」

 

 

 

東三局0本場 親・和 ドラ{5}

 

5巡目。

 

(・・・ここは勢いに乗りたいところです)

 

連荘して巻き返しを計りたい和。

 

(・・・・・・ふむ)

 

そんな和の様子を見ながら、秀介は対面の京太郎を見る。

{發}を鳴いて役を確保、ここからは鳴きまくって上がりに持っていくというところだろうか。

秀介はトンッと{⑧}を捨てる。

 

「ポンッ」

「!」

 

京太郎は{⑧}を2つさらし、手牌から{⑨}を捨てる。

ツモろうとしていた和は慌てて手を下げた。

これで京太郎は聴牌だろうか?

和の手が進まぬまま3巡後。

 

「ツモ!」

 

京太郎が手牌を倒す。

 

{四五(ドラ)67西西} {⑧横⑧⑧發横發發} {(ツモ)}

 

「發ドラ1、500・1000」

 

こうして場はあっという間に流れていく。

 

 

 

東四局0本場 親・京太郎 ドラ{①}

 

「チー」

 

咲が{横七五六}に続いて{横②(ドラ)③}と手牌を晒す。

 

(・・・・・・? 何を狙っているのでしょう?)

 

和は咲の狙いが分からない。

そんな中、咲は新たに手牌を晒す。

 

「カン!」

 

{中}の暗カンだ。

そして嶺上牌に手を伸ばし、それを表向きに卓に置く。

 

「ツモ」

 

{白發發發} {中■■中横②(ドラ)③横七五六} {(ツモ)}

 

「嶺上開花小三元ドラ1、3000・6000」

 

 

咲が嶺上を絡めた手で一気にリードを取った。

しかし。

 

 

「ロンだ」

「う・・・・・・」

 

「ロンです」

「うぐっ・・・・・・原村さんまで・・・・・・」

 

秀介と和によって点棒を削られてしまった。

さらにいい手を張っても。

 

(よし、今度こそこの混一色で・・・・・・)

「ロン! リーチ發ドラ1!

 裏ドラは・・・・・・無いか」

 

秀介が京太郎に差し込み、潰されてしまう。

 

 

そして迎えたオーラス。

 

咲  21600

秀介 31300

和  40600

京太郎 6500

 

 

 

南四局0本場 親・京太郎 ドラ{四}

 

6巡目。

 

「カン」

 

秀介から{②}の暗カンが入る。

新ドラは{南}、嶺上牌はツモ切り。

そして次巡。

 

「リーチ」

 

{西南中①2⑦} {横九(リーチ)}

 

リーチが宣言される。

和との点差9300は満貫ツモでひっくり返るのでおそらくそれを狙っているのだろう。

一方の和も既に平和を聴牌していた。

そしてツモってきたのは・・・・・・。

 

{一二三[五]六七④⑤(横四)⑥2234}

 

({一}-{四}-{七}は志野崎先輩には通っていない・・・・・・でも{2}なら通る。

 こちらの方が私の待ちも広がるし・・・・・・)

 

考えるまでも無い、と和は{2}を切った。

 

「ロン!」

「・・・・・・え?」

 

パタッと牌を倒したのは京太郎だった。

まさか・・・・・・ラス目の京太郎が?

しかしそこそこの手を上がったところで追いつかれるはずが・・・・・・。

 

{(ドラ)四四八八八⑦⑦13(ドラ)南南} {(ロン)}

 

「南三暗刻ドラ6! 倍満! 24000だ!」

「なっ、倍満!?」

 

思わず声を上げる。

 

和 40600→16600

京太郎 6500→30500

 

「逆転2位!?」

「いや」

 

咲の言葉に、秀介が場の千点棒を拾い、京太郎に渡す。

 

「俺のリー棒が入るからトップだ」

「や、やった!!」

 

咲   21600

秀介  30300

和   16600

京太郎 31500

 

 

「やった! トップだぜ! 咲と和相手にトップだ!」

「ふぇ~~・・・・・・」

「・・・・・・お疲れ様でした」

 

「ふぅ・・・・・・久々にしては上出来だったか」

 

パタンと手牌を伏せる秀介。

その様子を和と咲が見ていた。

 

(・・・・・・今回はたまたま須賀さんにやられましたが・・・・・・。

 志野崎先輩はときどきやけに早い手が入りますがそれ以外は大したことなさそうですね。

 あ、そういえば差し込みも的確だった気が・・・・・・)

 

和は秀介の打ち方を振り返ってそう分析する。

が、咲はまったく別のことを考えていた。

 

「あの・・・・・・志野崎先輩」

「ん? 何?」

「・・・・・・手牌、見せてもらってもいいですか?」

 

(手牌?)

「そうだ、先輩どんな手だったんスか?」

 

咲の言葉に食いつく和と京太郎。

が。

 

「ダメ」

「え~~!」

 

秀介の言葉にがっかりする。

 

「・・・・・・といいたいところだけど。

 他の人に黙ってるんなら宮永さんには見せてあげよう」

「・・・・・・ずるいですね」

 

続いて出た言葉にボソッと文句を言う和。

咲は苦笑いしながらその手牌を見た。

 

 

「・・・・・・やっぱり先輩・・・・・・」

 

 

とその時、ガチャリと部室のドアが開いた。

 

「遅くなったじぇ」

「皆揃っとるな~」

「ごめんなさい、生徒会で遅くなって・・・・・・」

 

優希、まこ、久だった。

 

「あ、お疲れ様です」

「お疲れ様っス」

「お疲れ様です」

 

咲、京太郎、和が後から来た3人を迎える。

 

「あれ? お客さんだじぇ」

 

と優希が秀介を見て首をかしげる。

 

「ああ、この人は・・・・・・」

 

と、和が説明をしようとして止まる。

それは残りの二人の反応が優希と違ったからだ。

 

「し、志野崎先輩!?」

 

まこが口を開く。

どうやら知っているようだ。

そして久も。

 

「・・・・・・シュウ?」

「おう、久しぶりだ」

 

秀介は席から立ち上がり、正面から向き合う。

と、久はタタッと駆け寄り、秀介の胸に飛び込んだ。

 

「え?」

「わっ」

 

周囲が驚いた反応をする。

部長がこんな乙女チックな反応をするところを初めて見たからだ。

 

「シュウ・・・・・・もう身体は大丈夫なの?」

「ああ、おかげさまでな」

「そう・・・・・・よかった」

「ちょ、ちょちょ!」

 

ふと割り込んでくる無粋な京太郎。

 

「お、お二人のご関係は?」

「あ、ごめんなさい・・・・・・」

 

パッと離れる久。

自分がやってたことが恥ずかしくなったのだろうか。

 

「っていうかこの人誰だじぇ?」

 

優希がそういい、久もコホンと咳払いして話を続けた。

 

「紹介するわ。

 私の幼馴染で一応この麻雀部所属の志野崎秀介よ」

「幼馴染でしたか」

 

はぁ、と相槌を打つ咲。

 

「今までどうされてたんですか?」

「それは・・・・・・」

 

和の質問に久の表情が暗くなる。

が、当の秀介は平然と答えた。

 

「まぁ、ちょっと体調崩しててね」

「長期の体調不良ですか・・・・・・」

「ま、まぁ、そこにはあまり触れない方向で・・・・・・」

 

まこもなにやらその話題には触れたくなさそうに割って入る。

何かあったのだろうかと首をかしげる1年生諸君。

秀介はそんな一同の様子を笑いながら言う。

 

「大丈夫だって、まこ。

 もう回復したぞ。

 なんなら久を抱き上げて見せようか」

「・・・・・・それは何かしら。

 私は体調万全じゃないと抱き上げられないくらい重いとでもいいたいのかしら」

「おっと」

「「おっと」じゃないわよ! 失礼ね!」

 

振り下ろされる久の拳を掌で受け止める秀介。

それで一気に場の空気が明るくなった。

 

 

(ヘンな人だなぁ、志野崎先輩って)

 

咲も笑いながら秀介の様子を見る。

秀介も久もまこももう笑顔だ。

(・・・・・・でも・・・・・・)

 

ふと、咲は先ほど見た秀介の手牌を思い出す。

 

 

{三(ドラ)五八九169北中} {②■■②}

 

 

(・・・・・・ノーテンリーチ・・・・・・公式なら即チョンボなのに・・・・・・。

 一体なんでそんなことを・・・・・・)

 

と考えてふと思い至った。

 

 

「俺のリー棒が入るからトップだ」

 

 

(それじゃまさか・・・・・・京ちゃんをトップにする為に・・・・・・!?

 そういえばその結果志野崎先輩の点数は30300・・・・・・±0・・・・・・)

 

 

まさか・・・・・・以前の私と同じく狙って・・・・・・!?

しかも実力の勝る私と原村さんを落として、わざわざ京ちゃんをトップに!?

 

 

「・・・・・・そんなこと狙ってするなんて・・・・・・」

「・・・・・・? どうかしました? 宮永さん」

「あ、ううん、なんでもないよ」

 

和に聞かれたがそれを答えるわけにはいかない。

確信はないし、何より以前自分がやったときに和を泣かせてしまったから。

 

 

・・・・・・この人もしかして、只者じゃないんじゃ・・・・・・?

 

 




2012/9/13追記:点数申告だけだったところに手役表示させました。
これで点数間違ったらただのアホですねー(

2014/10/18:点数間違ってました(
ドラ変更で乗り切り。


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02志野崎秀介その6 本気と100点棒

「四校合同合宿、ですか」

「そうなのよ」

 

咲と久がそんな話をしていた。

久主催の元、各校の麻雀部当てに手紙を送ったらしい。

実際は藤田プロ主催なのだがそれを隠しているのでそう言う形になっているのだ。

 

「他の参加高は龍門渕と風越女子と鶴賀・・・・・・夏の県予選の決勝メンバーね」

「なんでわざわざ・・・・・・」

 

まこが呆れ顔で口を挟んでくる。

 

「色々考えてるのよ。

 戦えなかった人たちと戦ってみたり、やられた人たちにリベンジしてみたりね」

「・・・・・・それは確かに・・・・・・」

 

 

(そうか・・・・・・)

 

咲はふと、あの少女の事を思い出す。

年は一つ上だが少女というのがふさわしい、そして麻雀の実力はずっと上だった・・・・・・あの天江衣のことを。

 

(あの子とも、また打てるんだ・・・・・・)

 

 

 

「ツモ」

「え!?」

「リーヅモ七対子、裏・・・・・・乗って跳満だな」

「まだ7巡だじぇ!」

「・・・・・・まくられました・・・」

「これで俺の逆転トップだ」

「ぬあ~! 先輩マジつえ~!」

 

ふと、卓の方からそんな声が聞こえてくる。

打ってるのは優希、京太郎、和、そして秀介だ。

 

「先輩の順位、2-2-1だじぇ・・・・・・。

 私なんか1-3-4と下がり調子に・・・・・・タコスパワーがあるとゆーのに!」

「俺なんか4-4-3だぞ!

 くぅ~! この間打ったときは調子よかったのになぁ~・・・・・・」

 

 

「さすがシュウね、和も優希もいいように弄んじゃって・・・・・・」

 

久がそんな様子を見ながらクスッと笑う。

 

「・・・・・・あの・・・・・・志野崎先輩ってどれくらい強いんですか?

 私、あの人がぶっちぎってるとこ見たこと無いんですけど・・・・・・」

 

咲がおそるおそる聞く。

確かに安定して強いのは認めるが、それでも藤田プロや衣、姉と打ったときの様な威圧感は全然感じなかったからだ。

 

「そうねぇ・・・・・・お願いすれば存分にヘコませてくれるかもよ?」

「う・・・・・・」

 

久にそう言われて身をすくめる咲。

だがピンと来ない。

 

「あの・・・・・・染谷先輩は志野崎先輩がどれくらい強いか知ってますか?」

「わしか? うん、知っとるよ。

 あれはそうじゃねぇ・・・・・・ちょっと戦いとうなくなるっちゅーか・・・・・・」

「大丈夫よ。

 シュウは手加減のできるヤツだから」

 

久はそういうと咲にウインクしてみせる。

 

「誰かさんと違って上手にね」

「・・・・・・え?」

 

キョトンとする咲。

それはもしかして昔の連続±0のことを言っているのであろうか。

 

「も、もしかして志野崎先輩も±0とかやってたんでしょうか・・・・・・?」

「あいつはそんな分かりやすいことしないわよ。

 逆に、だからあなたのスコアを見たときはすぐに分かったけどね」

「あぅ・・・・・・」

 

恐縮です、と身を縮める咲。

 

「志野崎先輩の本気・・・・・・見てみたいです」

 

膝を抱きながら咲はぼそっと呟く。

途端にまこの表情が変わったのが分かった。

 

「・・・・・・染谷先輩?」

「・・・・・・怖い物知らずっちゅーのは恐ろしいもんじゃのう」

「え? え?」

 

苦笑いをしつつも顔を背けるまこ。

咲はその反応の意味が分からずにおろおろしてしまう。

 

「あいつは私たち相手に本気は出さないわ」

 

久が笑いながらそう言う。

 

 

その後。

 

 

「・・・・・・出せないって言った方が正しいけどね」

 

 

そう小さく呟いた。

 

 

だがすぐにそれを吹き飛ばすように笑いながら助け船を出す。

もっとも助け舟と呼べるかは分からないが。

 

「でも、お願いすればその片鱗くらいは見せてくれるんじゃないかしら。

 シュウ!」

「おう」

 

と、久は突然秀介に声を掛ける。

秀介は返事をしてこちらを向いた。

 

「宮永さんがね、全力でヘコませて欲しいって」

「え? ちょ・・・・・・え!?」

 

久の突然の台詞に慌てる咲。

秀介は「マジで?」と笑った後、手招きしてきた。

 

「いいぜ、入んな」

「・・・・・・ちょっと待ってください」

 

と、それを止めたのは和だった。

 

「・・・・・・つまりなんですか、志野崎先輩は本気じゃなかったと?」

 

その台詞に久が今更ながら「しまった・・・・・・」と頭を抱えた。

 

「・・・・・・ちょっと考えりゃ分かることじゃろ・・・・・・」

 

まこが苦笑いしながらその様子を見ていた。

見ているだけで助ける気はないらしい。

 

「私、そういうの嫌いです。

 どうして手加減なんてするんですか・・・・・・?

 そんなことされて、私達が楽しいとでも?

 自分が本気じゃないのに翻弄されてる私たちを見て、何が楽しいんですか!」

 

和は思いの限りをぶつけるようにそう言ってきた。

秀介は苦笑いを浮かべる。

 

「違うわ、原村さん」

 

そこに助けを出したのは久だった。

 

「シュウには全力を出せない理由が・・・・・・」

 

そこまで言って、はっとした表情で口元を塞ぐ久。

だが時すでに遅し。

 

「どんな理由ですか!?」

「それは・・・・・・」

 

視線を逸らして言い淀む。

 

「久」

 

このままでは矛先が久に向うと判断したのか、秀介がそれを阻んだ。

そして改めて和に向き合う。

 

「いいぜ、この際だ。

 実力差をはっきりさせておこうか」

「・・・・・・望むところです」

 

ゴゴゴゴゴ!と両者の間に異様な空気が流れた。

その様子を見守るしか出来ない周囲の方々。

 

「・・・・・・で、宮永さんと原村さんと、あと一人誰が入る?」

 

秀介の一言に顔を合わせる一同。

まこはもう入る気がないらしく顔を背けている。

ただでさえ押され気味だった優希と京太郎はわざわざ入るだろうか?

そうなると・・・・・・。

 

「仕方ないわねぇ」

 

久が名乗りを上げた。

 

「私が入るわ」

「・・・・・・お前と打つのも久しぶりだな。

 確かまこと合わせて3人で打ってた頃以来だな」

「一緒に打つのはそうね・・・・・・」

 

暫し考えた後に、久は少しばかり寂しそうな表情を浮かべた。

 

「・・・・・・11月の喫茶店以来だわ・・・・・・」

「喫茶店・・・・・・そうだったか、スマンな」

「・・・・・・ううん、そうね、本当に久しぶり・・・・・・」

 

そういいながら久が場から風牌を4種抜き取る。

 

「さ、場所決めしましょ」

 

何も知らない咲と和は何事かと顔を見合わせるのみだ。

 

 

4牌をカシャッと軽く混ぜる久。

 

「さ、どうぞ」

 

その牌を和、咲、秀介の順で取り、残った牌を久が手にする。

 

「ん、俺が{東}か」

「・・・・・・{西}です」

「{北}ですね」

「となると私が{南}か」

 

親順は秀介→久→和→咲となった。

 

「さてと・・・・・・」

 

秀介が起家マークをセットして呟く。

 

「オーラス、かしら」

「おいおい、人の台詞を取るなよ」

 

割って入ってきた久に苦笑いする秀介。

 

「・・・・・・?」

「オーラス・・・・・・って」

 

それはつまり、もう自分達に親番は回ってこないと言いたいのだろうか。

だとしたら・・・・・・。

 

「・・・・・・侮辱ですか」

「さぁてね」

 

和が睨むが秀介はあっさりといなして卓を起動させ、穴に牌を流し込んでいく。

和も不機嫌そうにそれを手伝う。

 

「・・・・・・ん、わしはちょっくら飲みモンでも買ってくるけぇ」

 

ふと、まこが部室の出口に向う。

 

「むむ、染谷先輩は対局見ないんですか?」

「志野崎先輩が本気出した対局は正直見ても参考になりゃせんよ」

「???」

 

優希が首を傾げるがまこは行ってしまった。

 

「あ、リンゴ頼めるか?」

「あいおー・・・・・・って相変わらずですか」

 

まこの背中を見送りながら秀介が声を掛けると返事が帰って来たが、それを最後にまこはドアの向こうに姿を消した。

 

「・・・・・・んじゃ、俺は志野崎先輩の手牌でも見せてもらおうかな」

「のあ! ずるい! 私も見るじぇ!」

「こら、騒ぐなよ」

 

京太郎と優希に後ろで騒がれ、秀介が苦笑いしながら叱る。

久はそんな様子を楽しげに見ていた。

和は不満そうだったが。

そして咲はどうしていいかわからずに縮まっていた。

 

 

 

東一局0本場 親・秀介 ドラ{中}

 

全員で配牌を取り終える。

 

(どれどれ・・・・・・)

(先輩の配牌は・・・・・・)

 

京太郎と優希が揃って秀介の手牌を覗き込む。

 

「・・・・・・?」

「別に普通だじぇ」

「静かにしてろって」

 

秀介は苦笑いしながらドラ表示牌の{發}を切る。

 

「・・・・・・?」

 

和は首をかしげながら、久が切り終わった後にツモる。

 

 

2巡目。

咲が{8}を切ると。

 

「チー」

 

秀介が{横879}と晒し、{7}を切り出す。

 

(早いですね・・・・・・)

 

そして4巡目、秀介はツモってきた牌を裏向きのまま手牌の脇に置いた。

 

「ツモだ」

「ふぇ!?」

 

咲が思わず声を上げる。

秀介がシュッと牌を右から左になぞると、わずかに遅れて手牌がジャラララと倒れる。

そして最後にツモってきた牌をピンと表に返した。

 

{七八①①③④⑤東東東} {横879} {(ツモ)}

 

「ダブ東、1000オール」

「は、早! マジ早っ! 無駄ヅモも全然なかったぞ!」

「でも安いじぇ」

 

京太郎と優希が揃って騒ぐ。

その感想は和も同様だった。

 

(・・・・・・早アガリ・・・・・・。

 ですが、小さなアガリでは点差は大きく開きません。

 すぐにひっくり返して見せますよ)

 

ガシャッと手牌を崩し、卓の穴に牌を流し込むと、秀介は100点棒を右隅に置く。

 

「とりあえず、1本場」

「・・・・・・とりあえず?」

 

咲が聞くが、秀介は笑うだけ。

山がセットされるとすぐに賽を回して局を始めてしまった。

 

 

 

東一局1本場 親・秀介 ドラ{三}

 

6巡目。

 

「ツモ」

「え!?」

 

{(ドラ)四五五八八八④⑤⑥123} {(ツモ)}

 

「ツモドラ1、1000オールの1本付け」

「また早い・・・・・・」

 

和が小さく呟く。

だがまだまだひっくり返せない状況ではない。

 

「先輩、何でリーチしなかったんだじぇ?」

「ん? 俺のリーチを狙って誰かさんがツモ順ずらそうとしてたからね」

「ふぇ?」

 

優希はきょとんとした表情で首をかしげる。

 

対して、和はわずかに表情を曇らせた。

 

和手牌

 

{(ドラ)四七⑤⑥⑦335[5]678}

 

タンヤオ系の手牌、いざとなったら鳴きタンで流せる良形だ。

基本面前で進めるつもりだったが、もし秀介が鳴いたりリーチを掛けてきたら喰いずらそうと考えての形。

実際、秀介が前巡切った{5}を鳴こうか迷ったくらいだ。

鳴きもリーチも無かったので見送ってしまったが・・・。

 

(・・・・・・読まれた? まさか・・・・・・)

 

和は自らの考えを否定するように手牌を伏せた。

 

秀介は右隅に2本目の点棒を積む。

 

「続いて2本場、何本積むかな?

 

 ・・・・・・しかし・・・・・・」

 

そう言った後、秀介は何故かもう一本100点棒を取り出し、タバコのように口に(くわ)えた。

 

 

その瞬間、咲は背筋にゾッとするものを感じた。

 

思わず秀介を見やる。

 

が、秀介は何でも無いような顔で呟いた。

 

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

「高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

慣れたやり取りのように久がそう返した。

 

 

今のは何?

嫌な予感を感じながら、咲は自動卓の穴に牌を流していった。

 

 

 

 

「戻ったぞー。

 皆の分も買ってきとるけぇ、好きなもん持って行き」

 

しばらくしてまこが部室に戻ってきた。

ビニール袋にはペットボトルのジュースがかなり入っている。

が、一人として食いついてこない。

 

「おう、おかえり。

 リンゴを頼む」

 

一人、秀介だけが食いついてきたようだ。

 

「あいよ、少々お待ちを」

「ところでまこ、公式ルールでは八連荘って無いんだっけ?

 久しぶりだから忘れちまったよ」

「うん? 役満ですか? 無しですよー」

 

そう答え、袋から指定されたジュースを取り出したところで手が止まる。

 

「・・・・・・先輩、8本積みなさっと?」

「今な」

 

チャリッと100点棒が積まれた音がする。

まこはジュースを片手にそーっと卓を覗き込む。

場はなにやらどよーんとしていた。

 

(あちゃぁ・・・・・・)

 

まこは顔に手を当てる。

咲と和の凹み具合が、まさに目も当てられないと言った感じだ。

 

「・・・・・・今点数はどんな感じじゃ?」

「あ、染谷先輩、おかえりっス」

「志野崎先輩以外全員4000点割ってるじぇ・・・・・・」

「一方的っスよ・・・・・・」

 

京太郎と優希に聞くとそんな答えが返ってくる。

まこは大きなため息をついた。

 

「・・・・・・先輩の本気は久しぶりじゃけど、少しは衰えてるかと思ったら・・・・・・。

 あ、ド□リ濃厚タコス味っての売ってたけぇ、飲む?」

「マジですか!? 飲むじぇ!」

 

 

 

東一局8本場 親・秀介 ドラ{2}

 

秀介配牌

 

{一一三六八八③③⑥⑧8東中} {五}

 

 

「・・・・・・さて、先輩どうしよるかいな?」

 

まこが呟くと、秀介が口を開いた。

 

「お前も帰って来たしな、そろそろ終わらせようか」

 

そして、{⑧}を切り出した。

 

「・・・・・・ないわぁ」

「・・・・・・ですよね・・・・・・」

 

まこと京太郎がボソッと呟く。

 

 

そして6巡目。

 

{一一五八八(横五)①③③⑥88中中}

 

「ないわ」

「ないじぇ」

「ですよねー」

「リーチ」

 

秀介捨て牌

 

{⑧三東六四} {横①(リーチ)}

 

後ろの三人の言葉など気にせず、秀介はリーチを掛けた。

七対子{⑥}待ちだ。

 

「・・・・・・なんじゃろ、あの捨て牌は」

「索子の混一色にしか見えない私はダメな子だじぇ・・・・・・」

「いや、皆そう思うよ・・・・・・」

 

そして一発目のツモは・・・・・・。

 

「{五}、ですね」

「捨て牌に索子が増えんなぁ」

「これはきっと誰か振り込むじぇ・・・・・・」

「ゆうてもこの先輩、ツモ上がりも多いかんなぁ」

 

三人は好き勝手話している。

やがて和や咲から筒子が零れ始める。

 

「ん~、危険だじぇ・・・・・・」

 

優希が呟いて数巡後、和の手牌から{⑥}が零れる。

 

「ロン」

「・・・・・・っ!」

 

パタッと手牌の{⑥}だけを倒して前に出す。

その後手牌をジャラッと倒した。

 

「リーチ七対子、4800の8本付け」

「・・・・・・と、トビです・・・・・・」

 

和の点棒が空となり、終了となった。

 

「・・・・・・ほ、ホントに東一局で終わらせたし・・・・・・」

 

京太郎が愕然と呟く。

 

「じゃからゆーたじゃろ。

 わしはもう戦いとうない。

 ・・・・・・ゆうてもまだ全力でも無いみたいじゃけどな」

 

わしも昔はいじめられたもんじゃ、とまこがしみじみと語る。

 

「・・・・・・マジですか」

「・・・・・・人間じゃないじぇ」

 

 

 

「楽しんで貰えたかな?」

 

秀介が和にそういう。

と、和の目尻にじわっと涙が浮かぶ。

そして、がたっと席を立つと走って行ってしまった。

 

「あ、原村さん!」

 

それを追って咲も出て行ってしまった。

 

「・・・・・・青春?」

「違うわよバカ」

「まぁ、分かってるけど」

 

秀介は久と漫才のようなやり取りをして席を立ち、銜えていた100点棒を戻す。

と。

 

「・・・・・・っ・・・・・・」

 

ぐらっと身体が揺れた。

 

「ちょ、シュウ!?」

 

久が慌ててそれを支える。

 

「志野崎先輩!?」

 

と、まこも駆け寄る。

その様子に京太郎と優希も何事かと二人の方を見る。

 

が、秀介は二人に支えられるわけでもなく立ち上がると頭を押さえて見せた。

 

「・・・・・・久しぶりに打ちすぎたかな。

 頭痛くなってきた」

「どんだけ・・・・・・」

「だじぇ・・・・・・」

 

その一言に京太郎と優希がずっこける。

 

「まこ、リンゴくれ。

 少し休む」

「あ、どうぞ」

 

まこは買ってきたリンゴ100%ジュースを差し出す。

秀介はそれを受け取るとベッドに腰掛けた。

 

「・・・・・・ところでなんでリンゴジュースなんだじぇ?」

 

ふと優希が尋ねた。

京太郎が「そっとしておいてやれよ」と言ったが気にしていない模様。

すると秀介は幾分真面目な表情で答えた。

 

「・・・・・・俺の消耗した麻雀力はリンゴジュースによってしか補給できないんだ」

「ただ好きなだけでしょ」

 

久が突っ込みを入れると途端に表情を崩して笑い出す秀介。

優希はそんな様子を見て一言。

 

「よし、私今度からタコスの他にリンゴジュースも飲むじぇ!」

「流され安すぎだろ」

 

京太郎があきれた様子で呟いた。

そして、あっと思い出したように言葉を続ける。

 

「そういえば・・・・・・さっき「志野崎先輩が全力を出せない理由がある」とか聞こえた気がしたんですけど・・・・・・」

「む、私も聞いたじぇ」

 

京太郎と優希がそう言う。

途端に久とまこの空気が沈む。

 

(なんだじぇ、この空気・・・・・・)

(聞いちゃいけないことだったかな・・・?)

 

でもさっきは久が自分から言おうとしていた気がする。

となると・・・・・・どうなのだろうか。

 

「タコスが切れると人の身を保てない私のよーに、きっと先輩は全力を出すと副作用があるんだじぇ」

「だから何になる気だ」

 

重い空気に耐えきれずにはっちゃけてみる優希とそれに突っ込む京太郎。

二人のやり取りを見て秀介も楽しげに笑った。

 

「ほう、タコスちゃんにはそんな副作用があるのか」

「先輩はどんな副作用なんだじぇ?」

 

にこーっと笑いかける優希を見て「だから違うだろ・・・・・・」と京太郎が突っ込む。

 

 

「実は俺が全力を出すとその反動でな・・・・・・」

 

と、秀介がリンゴジュースで麻雀力を補給しながら口を開いた。

 

 

「「・・・・・・その反動で?」」

 

 

 

 

 

「5リットルの血を吐いて死ぬ」

 

 

 

 

 

一瞬ゾクッとした京太郎と優希。

が。

 

「・・・・・・先輩、以前にも5リットル血を吐いたんスか?」

「んー、そんなに吐いてたら死んでるな、常識的に」

「でも部長達は先輩の本気を見てるんスよね。

 じゃあ何で今生きてるんスか?」

「・・・・・・実はその時、とっさに手持ちのリンゴジュースを輸血してだな」

「そこは血液を循環させておいてくださいよ、人として」

 

そこまできて優希もはっと気がついた。

 

「先輩嘘ついたじぇ!」

「すぐに気づけよ」

 

秀介は笑いながら再びリンゴジュースを口にする。

 

「なんだぁ、騙されたじぇ」

「俺も一瞬信じかけた・・・・・・」

 

ぷーっと膨れる優希と、騙されたことに気づいて脱力する京太郎であった。

 

「全く二人とも、シュウはこういう性格だから言うこと全部信じちゃダメよ」

 

と、久もそういう。

二人は「肝に銘じます」と頷いた。

 

「まぁ、シュウは少し休んでて。

 宮永さんたちが戻ってくるまで私たちで打ってましょう」

「・・・・・・そうしますか」

「よっしゃあ! 今度は私が八連荘やるじぇ!」

 

やがて笑顔になった一同は卓に着く。

 

「ほら、まこも」

「あ・・・・・・うん」

 

秀介はそんな四人を笑顔で見守っていた。

 

 

ただ一人、笑顔ではなかったまこを気にかけながら。

 

 




ド□リ濃厚ジュースも既に懐かしい。


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03天江衣その1 再会と出会い

そして合同合宿当日。

電車やバスを乗り継いで、会場にようやく到着した清澄高校一同であった。

 

 

「・・・・・・で、志野崎先輩も京ちゃんも着いて来たけど、大丈夫なんですか?」

「問題ない。

 清澄高校麻雀部一同なんだし、「女子」の文字なぞどこにも書かなかったと久は言っている」

「それはそうですけど・・・・・・」

 

咲と秀介がそんなことを言い合いながら久の後ろを歩く。

そのさらに後ろをまこと1年生達が着いて来た。

 

「・・・・・・実際俺達その場で追い払われたりしませんよね?」

 

京太郎が不安そうに言うと久が口を開いた。

 

「大丈夫よ、ちゃんと部屋確保してあるから」

「それならよかったです」

 

ほっと一息つく京太郎。

同時に、先に教えておいてくれればよかったのにと小さく呟く。

 

「それに先輩の麻雀力を皆に披露しないのは、それはそれでもったいないじぇ」

 

優希がそう言ってぴょんと跳ねる。

 

「まぁ、そんなことより皆」

 

ふと、秀介が振り向いて言った。

 

「夏の大会で思い残したことがあったんなら、この機会にちゃんと晴らしておきなよ」

「あのノッポ許さんじぇ!!

 今日は全力で倒してやるじぇ!!」

 

ゴオォ!と燃え上がる優希。

タコスを奪われた上に大きく点差を開けられたのは、やはり悔しかったらしい。

 

「それに、あのお姉さんにもいいように使われてしまったじぇ」

「わしもそうじゃね。

 あの時は素人に押されてしもうたけぇ、今度はそうはいかん」

 

まこも苦笑いしながらそう言う。

皆やはり残した思いがあったようだ。

 

「久達は?」

「私は特に」

「私も思い切り打てましたから」

 

秀介の問いに素っ気なく答える久と和。

 

「・・・・・・となると、雪辱を晴らされる側か。

 気ぃ張って行けよ」

「もちろんよ」

 

久の答えに笑顔になる秀介。

 

「宮永さんは?」

「私は・・・・・・」

 

話を振られた咲は黙ってしまう。

が、しばらくすると顔を上げて笑顔になる。

 

「思い切り楽しんで来たいと思います」

「・・・・・・そうか」

 

フッと笑い、秀介は前を向き直る。

 

 

「さてさて」

 

久も笑顔で会場の敷地に踏み込んだ。

 

「笑壺の会になるかしら」

 

 

 

と。

 

「・・・・・・ん?」

「あ」

 

会場敷地に入ったところで、丁度ワゴンから降りて来た5人の女性陣とばったり出会った。

 

「・・・・・・清澄の」

「ああ、鶴賀高校さん」

 

夏の大会決勝で戦った鶴賀高校の5人であった。

 

「あの時はどうも」

 

ぺこりと頭を下げる久、並びに部員一同。

 

「こちらこそ。

 今日はあの時の雪辱を晴らさせて頂く」

 

先頭に立つゆみは頭を下げながらそういう。

クールに見えるがその内は燃えているのかもしれない。

 

「んん? そっちの男二人は?」

 

と蒲原が秀介と京太郎を見ながらそう言う。

秀介は当然だが、京太郎とも初対面だ。

 

「ああ、男子部員の志野崎とマネージャーの須賀くんだ」

「いや俺も部員っスけど!?」

 

秀介の一言にビシッと突っ込みを入れる京太郎。

秀介はそれを見てはっはっはっと笑う。

 

「男子部員・・・・・・。

 そうか、そういえば女子だけという指定はなかったな」

 

ゆみが招待状を見ながらそう言う。

 

「鶴賀は他の部員さんはどれくらい?」

 

久がそういうとゆみは首を振る。

 

「うちは元々この五人だけです」

「だからまぁ、部内で打つのもメンバーが変わらなくてねー。

 今日はいい機会だしいっぱい打たせてもらいますよ」

 

蒲原もそういう。

その口調は深刻そうな感じではないが、おそらく彼女の人柄によるものだろう。

決して楽観視しているわけではないと思われる。

 

「まぁ、今日はよろしくどうぞ」

「あ、ああ、こちらこそ」

 

秀介が手を差し出すとゆみが答えた。

二人は握手を交わす。

 

「じゃあ、行きましょうか、中に」

「そうですね」

 

そして二人並んで校内に入っていった。

 

「ちょーっと待ちなさい。

 シュウ、あんたなんで部長の私を差し置いて握手してんのかしら?」

「おっと、つい美人に目がくらんでしまって」

「なによ白々しい」

 

久が珍しく頬を膨らませて秀介を引っ張る。

そして代わりにゆみの右側に並んだ。

 

「ごめんなさいね、鶴賀の部長さん」

「・・・・・・うちの部長は・・・・・・」

「あたしだけどね」

 

ゆみがスッと手で指し示した先で頭を掻きながら答える蒲原。

 

「・・・・・・こ、これは失礼を」

「部長間違えるとか失礼にも程があんだろ」

「う、うっさいわね!」

 

ぷー、と笑っている秀介を蹴飛ばそうとして避けられる久であった。

 

と。

 

「・・・・・・? モモ」

 

ゆみの左手に絡みつく手。

他の人には見えていないかもしれないが、それはモモこと東横桃子の手だった。

 

「先輩ダメっすよ。

 そうやすやすと男の人と握手なんてしちゃ」

「・・・・・・ただの挨拶だろう。

 嫉妬してるのか?」

「・・・・・・別にそんなんじゃないっす」

 

そんなことを言いつつも頬を膨らませながらしっかりとゆみの手を握るモモであった。

ゆみはそんなモモを見てフッと笑った。

 

 

 

そして到着した会場前。

そこにはやはり五人の女子生徒が待っていた。

 

「・・・・・・風越女子」

「・・・・・・? あら」

 

久と風越女子部長、福路美穂子の目が合う。

 

「どうも、みなさん」

「ああ、こちらこそ」

 

ぺこりと頭を下げられ、慌てて頭を下げる久、そして他のメンバー。

 

「今日はよろしくお願いしますね」

「・・・・・・こちらこそ」

 

美穂子とゆみも改めて挨拶する。

 

「・・・・・・で、そちらはそんなところで何を?」

 

久がそう聞くと美穂子並びに風越のメンバーは揃って苦笑いになる。

 

「ここからどこへ向えばいいのかが分からなくて」

「人も通らないし案内も無いんだよねー」

 

美穂子と池田華菜が苦笑いでそう言い、揃って落ち込む。

 

えっと、と久が苦笑いし、会場の少し奥を指差しながら告げた。

 

 

「一応入口はあっちだけど・・・・・・そこの奥に事務所があるから聞けばすぐ分かったはずよ?」

 

 

その言葉に、美穂子がガターンと跪いた。

 

「あ、あんなのに気づかなかったなんて・・・・・・」

「キャプテン! 落ち込んじゃダメですよ!」

 

ポロポロと泣き出した美穂子を慰める池田、並びに風越のメンバー。

 

「・・・・・・風越女子にはやっぱり男子いないよなぁ、女子高だし」

「ふぇ? メンバー?」

「そう」

 

ふと秀介と優希が口を開く。

 

「・・・・・・やっぱり男子はお呼びではなかったのでは?」

 

京太郎が不安そうに続ける。

が、優希が明るい顔で言った。

 

「大丈夫だじぇ、お前は犬ってことにすれば」

「ああ、なるほど・・・・・・っんなわけあるか!!」

 

わーっと追いかけっこを始める京太郎と優希であった。

 

 

「こら、騒がないの。

 じゃあ行きましょうか」

 

久が皆を連れて行こうとした途端。

 

「ようやく全員揃いましたわね!」

 

大きな声が聞こえてきた。

 

「・・・・・・どこから?」

「上の方?」

 

くいっと首を上に向ける。

 

先に入っていたのだろう、会場の二階、ベランダの手すりからこちらに向って仁王立ちしている女生徒が見えた。

龍門渕透華である。

 

「お待ちしておりましたわ、皆さん。

 30分近くも私達を待たせるとは大した度胸ですこと」

「透華、危ないよ、降りなよ・・・・・・」

 

その横から国広一がくいくいっと引っ張る。

確かに久の主催となっているので早く来る必要はあったかもしれないが、一応指定の時間までまだ大分あり遅刻してはいない。

 

「なんですの、はじめ。

 まったくいいところでしたのに・・・・・・」

 

ブツブツ言いながらも忠告に従う透華。

 

「フフフフ、では皆さん、さっそく中に・・・・・・」

「さぁ、行こうか」

「そうね」

「ちょ、お待ちなさい!」

 

そんな透華の声を無視して入口の方へと向おうとする秀介とそれについていく久を見て、透華が大声で呼び止める。

 

「今行くから待っていなさい!!」

 

きぃー!と叫びながら姿を消した透華とこちらに頭を下げた後にそれを追いかけて行ったらしい一。

 

「・・・・・・まぁ、待ってあげましょうか」

「・・・・・・そだな」

 

久の一言に頷く秀介であった。

 

「・・・・・・あの・・・・・・」

「ん?」

 

そんな秀介に話しかけてきたのは、風越女子のキャプテン美穂子だ。

 

「なんでしょう?」

「・・・・・・気になっていたんですけど、あなたは?」

「ああ、清澄の男子部員、志野崎秀介と申します」

「いえ、それもそうですけど・・・・・・」

 

少し言い淀んだが、やがて美穂子は()()()開いて正面から秀介を見た。

 

 

「・・・・・・あなた、何者です?」

 

 

「へぇ・・・・・・変わった目を持ってるな」

「・・・!」

 

スッと美穂子は右目を閉じた。

 

「何者、と聞かれてもこうこうこういう者ですとあっさり答えられるものでもないでしょう。

 清澄高校3年、志野崎秀介としか答えられませんね」

「・・・・・・・・・」

「お、お待たせしましたわね! 皆さん!」

 

と、そこに息を荒げながら改めて透華が参上した。

 

「さ、さぁ、先に到着していた私達が案内して差し上げましてよ!?」

「待ってよ透華ぁ~・・・・・・」

 

へとへとになっている一を連れて、透華が歩き出す。

一同は苦笑いしながらそれについていくのだった。

 

 

「・・・・・・にしてもあれだな」

「何?」

 

ふと、秀介が久に話しかける。

 

「風越女子もあのお嬢様の学校もレベルが高いな」(女子の可愛さ的な意味で)

「・・・・・・?

 ええ、そうね、確かに強敵だわ」(麻雀の強さ的な意味で)

 

 

 

とりあえずホールになっている部分で挨拶をしようと全員で集まる。

 

そのホールの奥のソファーでお茶を飲んでいる女生徒と、ソファーにごろんと横になって茶菓子を食べている生徒がいた。

 

「ん? ああ、来たのか」

「・・・・・・出迎えましょう」

 

二人はやって来たメンバーを確認すると立ち上る。

そんな二人に駆け寄る透華。

 

「ちょっと! 純!

 他校の皆さんの前で無様な姿を晒さないでくださいまし!」

「いーじゃん別にぃ」

 

ポリポリとクッキーをかじりながら、透華の叱咤を流したのは井上純。

そして優雅にお茶を飲んでいた寡黙な少女が沢村智紀である。

 

「ま、まぁまぁ、透華。

 とりあえず挨拶しようよ」

「・・・・・・それもそうですわね」

 

一に言われて渋々怒りを納め、一同に向き直る透華。

 

「では清澄の部長さん、挨拶をどうぞ」

「はぁ、どうも」

 

そう言われて久はコホンと軽く咳払いをし、声を上げた。

 

 

「この度は合同合宿にご賛同いただき・・・・・・そしてばっちりお集まりいただきまして、まことにありがとうございます!

 移動の疲れもあることと思いますので、今日は自由行動という事で・・・・・・よろしいでしょうか」

 

「「「異議なーし!!」」」

 

パチパチと拍手と共に賛同の声が上がる。

 

 

 

とりあえず部屋に荷物を置こうと、各校別れて部屋に向かう。

清澄高校女子の部屋の隣が男子の部屋だ。

 

「部屋の大きさは同じですかね?」

「多分な。

 二人しかいないから広く使えるぞ」

 

荷物を置き、ふぅと一息つこうとすると不意に人の気配がした。

む?と秀介が振り向くと。

 

「お飲み物をご用意いたしました」

「おや、すみません」

 

ふとスーツ姿の男がお茶を入れていた。

 

「いや何で普通に受け入れてるんですか先輩!?

 あんた誰っ!?

 ・・・・・・ってあれ?」

 

驚いた京太郎だったが顔を合わせてそれが見知った人物であると思い至る。

 

「あなたとは何度かお会いしましたね。

 そちらの方とは初めまして。

 私、龍門渕透華様にお仕えしております、萩原と申します」

「そうでしたか、清澄高校3年志野崎秀介と申します。

 よろしくお願いします」

 

執事ハギヨシの挨拶に、秀介も向き直って頭を下げる。

 

「執事、ってやつですか。

 初めて見ました」

「それはどうも」

「もしやあなたもこの部屋?」

「いえ、私はちゃんと別に部屋がございます。

 しかし数少ない男同士、挨拶をしておこうと思いまして」

「それはそれは、ご丁寧に」

 

一頻り挨拶を交わすとハギヨシは「それでは、私はそろそろ透華お嬢様の元へ戻ります」と部屋を去って行った。

 

 

ハギヨシが入れてくれたとても美味しいお茶を飲み終えると、秀介は不意に伸びをして立ち上がった。

そして近くの扉を開けると中にある物に目を止める。

 

「ところで須賀君、今何時だい?」

 

唐突な質問に何事?と思いながらも京太郎は携帯で時間を確認する。

 

「3時過ぎってところですね」

「そうか・・・・・・時に須賀君、風呂に入って浴衣に着替えるのは夕食の前派かね? 後派かね?」

「なんですかその派閥・・・・・・」

 

そんな質問に顔をしかめながらも返事をする京太郎。

 

「ん~・・・・・・風呂自体は後ですかね」

「そうか、残念、俺は前派だ。

 というわけで・・・・・・」

 

そういうと秀介はその扉の中から浴衣セットを一式取り出した。

 

「俺は行ってくるよ」

「あ、そうっすか・・・・・・。

 でも別に浴衣に着替えるだけなら俺も・・・・・・」

 

そう言うと、途端に秀介の表情が暗くなった。

 

「・・・・・・な、何すか?」

「・・・・・・君は風呂に入っていない(けが)れた身体で浴衣を着て、浴衣を(けが)し、風呂に入って綺麗になった後で(けが)れた浴衣を着るというのか・・・・・・」

「えぇ~・・・・・・そんな言い方しなくても・・・・・・」

「外道め、風呂から上がった俺に近寄らないでくれよ。

 もう君はこの線から向こうに引きこもっていてくれたまえ」

 

秀介はそう言って指でピーっと線を引く。

 

「ちょ! それって先輩が部屋の八割使うってことっすか!?」

「二割すら温情だ。

 (けが)れた浴衣の人間と触れあったりしたら、浴衣を変えて再び風呂に入らなきゃならん」

「いや、そんな大げさな・・・・・・」

「君のその薄汚れた所業を宮永さんや原村さんやタコスちゃんに言いふらしてやろう」

「分かりましたよ! 俺も一緒に行けばいいんでしょ!?」

 

なんだかんだと言い合った後、二人は並んで大浴場に向かう事になった。

別に一人で風呂に入ってもよかったと思うのだが。

 

 

 

大浴場に向かって部屋から出発した秀介と京太郎の二人は。

 

「むぅ、大浴場の場所が分からん」

「・・・・・・広いっすからね、ここ・・・・・・」

 

迷っていた。

隣の部屋のメンバーに聞いてから出てくればよかったのに。

 

「む」

 

秀介が不意に足を止めた。

 

「何すか?」

 

京太郎がその前を見るとそこには龍門渕の井上純がいた。

 

「丁度いい、聞こう」

 

「失礼」と声をかけると純も「あぁ、さっきの」と挨拶をしてくれた。

 

「大浴場はどこだか分りますか?」

「ん、ちょっと待ってくれ」

 

秀介の言葉に、純は近くの扉を開けると中に声をかけた。

 

「透華ぁー、呼んでるぞ」

「あら」

 

純は透華を呼ぶと秀介の前にグイッと立たせる。

 

「先程の殿方ではありませんか。

 何か御用かしら?」

「大浴場探してるんだって、案内してやってくれ」

「ちょ! 何故私が!? あなたが行けばよろしいではありませんか!」

 

透華が声を荒げる。

すると純は「はぁ・・・」とため息をついた。

 

「なんだぁ、こういう場合粗相が無いように下々のオレらなんかじゃなく、お嬢様自らご案内に行くべきだろう?

 それともうちのお嬢様は他校の生徒のご案内なんて重要なことを自ら出来ないような横着者かよ」

 

へっ、と笑うとわなわなと震える透華が目に入った。

 

「分かりましたわよ! 案内すればよろしいのでしょう!

 こちらですわ! おいでなさい!」

「お? お、おぅ・・・」

 

がー!と怒鳴るような声に思わず怯む秀介。

純はそんな様子を見ながら笑っていた。

 

「扱いやすい奴」

 

秀介もそんなやり取りで二人の間柄を判断したのか、一緒に笑っていた。

 

「ほら! こちらですわよ!」

「ああ、どうも」

 

秀介と京太郎は透華に続いて歩き出した。

 

それを見送った純の元に一がやってくる。

 

「純くん、透華どうかしたの?」

「いや、案内がめんどくさかったんでまかせた」

 

サクサクとクッキーをかじりながら答える純。

一はあきれた表情でそれを見ていた。

 

 

 

「・・・・・・まったく、何で私が・・・・・・ブツブツブツ・・・・・・」

 

文句を言いながらも大人しく秀介達の案内をする透華。

二人は苦笑いしながら透華についていく。

と、通路の角から少女が歩いてくるのが見えた。

 

「トーカ」

「衣」

 

少女と透華が顔を合わせて名前を呼び合う。

 

「どこ行ってましたの?

 もう他校の方々と揃って挨拶までしてしまいましたのに」

「ちょっとお昼寝してた」

「もうお昼はとっくに過ぎてるでしょう」

 

まったく、と頭を抱える透華。

 

「ん? 誰かいるのか?」

 

ひょこっと透華の影の秀介達を覗き込む衣。

 

「ああ、ちょっと大浴場の案内を・・・」

 

透華が説明しようとした刹那。

 

 

 

えもいえぬ圧迫感が襲った。

 

 

 

「!?」

 

この感じは衣が敵を威嚇する時のもの!?

バッと飛びのくと衣と秀介が目を合わせているのが見えた。

 

「??」

 

その様子を京太郎は首を傾げて見ていた。

どうやらその圧迫感に気付いていない模様。

 

 

 

「・・・・・・なんだ、お前・・・・・・」

 

 

口を開いたのは秀介だった。

 

 

「・・・・・・神様でも飲み込んだのか?」

 

 

衣も秀介を威圧しつつ、不思議そうに首を傾げた。

 

 

「・・・・・・そう言うお前こそ、何か憑いているな?」

 

 

「・・・・・・!?」

 

二人の言葉の意味が分からない透華。

だが口を挟むに挟めない。

 

 

「お前も打つのか?」

「ああ、そのつもりだ」

 

衣の言葉に答える秀介。

衣は満足そうに笑った。

 

「衣が直に相手をしてもよいぞ」

 

そう言ってすれ違い、衣は龍門渕の部屋へと向かって行った。

秀介はそれを無言で見送る。

 

 

 

(・・・・・・・・・な・・・・・・なんですの? 今の・・・・・・?)

 

透華は混乱していた。

今の二人は一体・・・・・・。

 

人間なのかさえ疑わしく思えた。

 

いや、衣に関しては元々そう感じざるを得ない雰囲気があった。

 

だがこの男は・・・・・・?

 

あの圧迫感の中、衣と正面から向き合った者は初めて見た。

 

一体この男は・・・・・・?

 

 

クルッと振り向いた秀介はもう笑顔だった。

 

「で、大浴場、案内してもらえますか?」

「・・・・・・え、ええ・・・・・・」

 

透華は未だ動揺が収まらない心臓を押さえつつ歩き出した。

 

 



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04福路美穂子その1 風呂と食事

透華の案内で無事に大浴場に到着した二人は、さっさと風呂に入るべく服を脱いでいた。

 

「しかし夏に熱い風呂って言うのも・・・・・・冷たいシャワーでも浴びて終わりにしたい気分っす」

 

京太郎がさり気なく呟くと、秀介から手ぬぐいが飛んできた。

 

「バカモノ、君は風呂のなんたるかをまるでわかっていない。

 今日はみっちり教えてやろう」

「ええー!?」

 

風呂好きなのだろうか、この先輩は。

そんな事を思いつつ服を籠に突っ込んで行き。

 

 

「・・・・・・えっ!?」

 

 

それが目に入った。

 

 

「・・・・・・せ、先輩・・・・・・それ・・・・・・」

「ん? あっ・・・・・・」

 

そういえば、と言わんばかりの軽い表情でパッと手ぬぐいをかけた。

 

「・・・・・・これを知らない人間に見せたのは久々だったな、うっかりしてた」

「いやいや! そんな軽いもんじゃないでしょう!

 ど、ど、ど、どうしたんですか!? それ!

 あっ! もしかしてしばらく学校に来てなかったのってそれが原因・・・・・・」

「いや、これは直接は関係ないな。

 見てくれれば分かるがもうだいぶ・・・・・・って見るのも嫌か」

 

ははは、と笑いながら秀介は浴室に向かっていった。

 

京太郎はしばし固まっていたが、やがてそれに続いた。

 

 

 

京太郎が浴室に入ると、秀介は手ぬぐいを泡立てて身体を洗っていた。

その隣に座るのも何だか気まずい。

先に風呂で温まろうかと京太郎は湯船に向かう。

 

が。

 

「須賀君、こういうところでは先に身体を洗うのが礼儀というものだよ。

 こっちに来て身体を洗いたまえ」

 

そんな声が飛んできた。

 

「・・・・・・はい」

 

大人しく従う京太郎。

 

離れて座るのも先輩に無礼だろうと思い、仕方なく隣に座る。

そして同じように手ぬぐいをボディソープで泡立てて身体を洗う。

 

「・・・・・・言っておくがね」

「は、はい?」

 

不意に秀介から声がかかった。

何を言うつもりか?と思っていると。

 

 

「俺がこれについて語ることは無い」

 

 

そう言った後に。

 

 

「だから、今まで通りに接してくれると嬉しいね」

 

 

そう付け加えた。

 

 

「・・・・・・は、はい」

 

京太郎は返事をした。

が、その心中ではまだ悩み中である。

今まで通りに接してくれると嬉しい、そうは言われてもそう接することができるだろうか。

 

 

 

と思っていると、不意に小さいな声が聞こえた。

 

「キャプテーン! お背中流しますし!」

 

 

 

ぴたっと二人の動きが止まり、顔を合わせた。

 

「・・・・・・須賀君、聞こえたかね? 今の声」

「・・・・・・何やら聞こえた気がしますが」

 

少し耳を澄ましてみる。

 

 

 

「まーまー! 遠慮なさらずに!」

「おー、風越のキャプテンさんは後輩にもてもてっすね」

 

 

 

「・・・・・・誰のかは分からんが・・・・・・」

「・・・・・・えぇ・・・・・・女子の声ですね」

 

「・・・・・・そう言えば隣合っていたな、女風呂と」

「俺もそう記憶してます」

 

「俺の予測では今の声は女風呂の誰かの声だと思うのだが、君の見解を聞かせてもらおうか」

「奇遇ですね、俺も同じ意見ですよ先輩」

 

 

二人の表情は、いつになく真剣になっていた。

 

「・・・・・・ということはだ、須賀君」

「はい、先輩」

「ここにいると女子の赤裸々なあんな台詞やこんな台詞が聞こえてくる可能性があったりするわけだな」

「は、はい」

 

秀介の言葉にごくっとつばを飲む京太郎。

 

「そう、例えばだ」

 

フッと笑いながら秀介は言葉を紡ぎ出す。

 

「原村さんとタコスちゃん。

 もしあの二人が同時に風呂に入ったりしたら・・・・・・何も起こらないと思うかね?」

「まさか、先輩。

 あの二人が風呂場で、つまり裸で揃って何も起こらないわけがありません。

 必ず何かが起こります。

 というか、優希が何かを起こします」

「だろうね」

 

俺もそう思うよ、と秀介は笑った。

つられて京太郎も笑う。

 

「ところで須賀君。

 話は変わるんだが、長風呂は得意かね?」

「湯加減によりますが、割と行けます」

「そうか」

 

シャワーでざぁっと身体の泡を流すと秀介は立ち上がり、親指を立てた。

 

「付き合いたまえ」

 

京太郎も身体の泡を流すと立ち上がり、答えた。

 

「お供します」

 

 

 

それから、「夕食の準備ができたので探しに来ましたよ」というハギヨシが来るまでの実に3時間近く、彼らが浴室から出ることは無かった。

 

 

 

 

 

風呂から上がった秀介と京太郎は夕食が用意してある広い部屋へ集まる。

 

「おい~っす」

「あ、シュウと須賀君」

 

秀介が先に来ていた久に向かって手を振ると、久もそれに応えた。

同時に、浴衣に着替えている二人を見ると苦笑いを浮かべる。

 

「須賀君、シュウにお風呂付き合わされたでしょう」

「ええ、まぁ・・・・・・」

 

さすが幼馴染、秀介の行動もお見通しか。

 

「ちなみに久、お前も浴衣だが・・・・・・」

「当然入って来たわよ。

 何年あんたと付き合いがあると思ってるの。

 お説教はもうこりごりよ」

 

秀介の言葉に、やれやれと首を横に振る久。

お説教という辺り、どうやら京太郎以上に何か言われたことがあるらしい。

 

が、その言葉に納得がいかないのか、秀介は「むぅ・・・」と考え込む。

そして。

 

「確かに髪がまだ湿ってる・・・・・・なるほど、別の場所でシャワーでも浴びたか」

 

そう呟いた。

 

「へ?」と久の表情が変わる。

 

「な、何言ってるのよ、ちゃんとお風呂に入ったわよ」

「大浴場にか?」

「そ、そうよ?」

 

何よ?と言わんばかりの表情でそう返す久。

が、秀介はフッと笑うと京太郎に言った。

 

「須賀君、俺はこんなにもバレバレの嘘を聞いたのは久々だよ。

 君はどうだい?」

「ええ、まったくですね。

 こんなに嘘が下手な部長は初めて見ました」

「な、何よ?」

 

ギクッと反応する久。

何故彼らに久がシャワーで済ませたことがばれているのか。

それは彼らと作者と読者にしか分からない事である。

 

「そ、そんなにいうなら証拠でもあるの?」

 

久のそんな言葉に京太郎はビクッとしたが、秀介は変わらぬ笑顔で告げた。

 

「もちろんある。

 見苦しいな、久。

 その上こんなにバレバレなのにそれが分からない姿は見ていて滑稽だ。

 だから証拠は教えない」

「な、何よそれ!?」

 

なるほど、久をからかいつつ手の内を晒さないとは秀介らしい。

京太郎もその話術に感心する。

それはこの事態のカラクリを知っている人間にしか分からない事だった。

 

 

「・・・・・・ところで、夕食の準備ができてると聞いてやって来たのだが」

「話を逸ら・・・・・・もういいわ」

 

問い詰めても無駄と分かったのか、観念して秀介が変えた話題に乗る久。

 

「バイキングだから好きに取ってきて好きに食べなさい。

 ちなみに席は一応割り振られてるけど、せっかくだし好きな席に座って交流しましょうってことになってるわ」

「なるほど、分かった。

 それともう一つ聞きたい」

「何?」

 

まだ何か聞くことあるの?と首を傾げる久に、秀介は真剣な表情で聞いた。

 

「風呂上りのビールが欲しいのだが」

「高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

ピシッと言い放たれ、秀介は「はっはっは」と笑った。

 

「安心しろ、半分冗談だ」

「半分本気なの? もういいわ」

 

あきれ顔で久は「何か取ってきて食べましょう」と席を立って行ってしまった。

周りを見るともう食事を始めている人達もいる。

 

「仕方ない、須賀君。

 ビールは諦めて我々も何か食べよう。

 腹も減ってることだし」

「いや、元々俺はビールなんて飲む気ないっすけど・・・・・・」

 

ぶんぶんと手を振る京太郎。

 

「それはそれとして、だ」

 

そんな反応を笑いつつ、秀介はやはり真剣な表情で告げた。

 

 

「水分はしっかり取っておこうな」

「それはもちろんっす」

 

 

脱水症状の恐れがあります、長風呂は止めましょう。

 

 

 

これだけの人数が集まるとやはりそれぞれ好みがあるのか。

魚好き、汁物好き、中華好き、パン好き、ご飯好き。

それぞれ人数がバラけているようで、どの料理も均等に減っている。

が、そんな中でも女子共通の好みがあるのか、サラダはごっそり減っていて肉はあまり減っていなかった。

 

「いかんな、まったく」

 

何を危惧しているのか、秀介が持ってきた皿にはがっつりと大量の肉が積まれていた。

 

「肉もこんなに美味いというのに、女子はあんまり食べていない。

 嘆かわしい」

 

酒が入っているわけでもないのに何やらぶつぶつと呟きながら肉を食べ進めている。

 

「・・・・・・失礼します、ここよろしいでしょうか?」

「む?」

 

声をかけられて振り向くと、そこには龍門渕の黒髪眼鏡、智紀がいた。

その後ろにも二人ほど。

 

「どうも、失礼します」

「え・・・・・・志野崎先輩、なんでそんなに肉ばかり食うとるんじゃあ?」

 

風越の吉留未春とまこだ。

 

「どうぞ、座って下され」

 

秀介の許可を得て一同は同じテーブルの席に着いた。

全員トレイに料理は持ってきている。

智紀は更にその下に何故かノートパソコンを持っていた。

 

「肉は大量に残っていたから大量に持ってきただけだ」

「いや、その理屈はおかしい」

 

秀介の言葉にまこが「いやいや」と手を振って突っ込む。

 

「お肉・・・・・・そう言えば食べていません」

「どうぞ食べてくれたまえ。

 いや、むしろ食べるべきだ」

 

未春の言葉に秀介はずいっと皿を差し出す。

その言葉に押されて思わず肉を一枚受け取ってしまった未春。

仕方なくそのまま食べる。

 

「・・・・・・ん、美味しいです」

「ほうか?」

 

その言葉にまこもすいっと一枚とって食べる。

 

「ん、中々いけるなぁ」

 

ついでに智紀も食べて頷いていた。

 

「あ、申し遅れました。

 志野崎秀介と申します」

「あ、こちらこそ遅れました。

 私、吉留未春と申します」

「・・・・・・沢村智紀です」

 

ぺこりと頭を下げ合う一同。

 

「お近づきの印だ、もっと肉を食べてくれたまえ」

「でもあんまり食べると太る・・・・・・」

「それがいけない、その考えが」

 

未春がボソッと呟くと秀介が口を開く。

 

「今日一食肉をがっつり食べたくらいで太るわけがないだろう。

 むしろちゃんとした食事を取らない方が不健康でよくない」

「そ、そうでしょうか?」

 

急な言葉にたじろぐ未春。

するとまこがため息交じりに助けを出してくれた。

 

「志野崎先輩、旅行とかこういう集まりの時はやけに説教くさくないか?

 おっさんみたいじゃの」

「む、おっさん・・・・・・」

 

それがショックだったのか、秀介はむぅと黙ってしまった。

予想外の反応にまこの方も「あ、あれ?」とすかしをくってしまう。

今度は未春が助けを出した。

 

「え、えーと、志野崎さんはもしかして細い人に苦手意識とか持ってたりするんですか?」

 

異性に体系の好みを聞くとは、中々切り込み隊長なところである。

言うねぇとまこは笑っていたが本人はその自覚がないようだ。

聞かれた秀介は特にそんな事を意識することも無く、少し考えて返事をする。

 

「いや、そんなことはない。

 ただ見ていて少し不安ではあるな。

 抱きしめたら折れてしまいそうで」

「なんで抱きしめる基準なんじゃあ・・・・・・」

 

まこの突っ込みに笑って返す秀介。

いつもの反応だ。

 

「だ、抱きしめ・・・・・・」

 

一方秀介との会話に慣れていない未春は切り込んでおいて何やら赤い顔をしている。

智紀は「貴重な異性の意見・・・・・・」と何やらノートパソコンにメモをしていた。

 

ふと、まこが「ほんなら・・・・・・」と秀介に話しかける。

 

「先輩はふくよかな方が好みなんか?」

「ふくよか・・・・・・そうだな、細いよりは抱き心地もよさそうだし」

「それ基準はやめんしゃい」

 

秀介の感想にため息をつくまこ。

その言葉に、いつの間にか我に返った未春が聞いた。

 

「じ、じゃあ・・・・・・うちの深堀さんなんかは・・・・・・もしかして・・・・・・?」

「深堀さん? どなた?」

 

秀介に聞かれて未春はスッと一人を指差す。

そちらに顔を向ける秀介。

 

「あの・・・・・・志野崎さんが持ってきたのと同じくらいの量のお肉を一人で食べてる人です」

 

該当者一名。

それを見て秀介は「ふむ・・・・・・」と一息つくと、再び正面に向き直った。

 

 

「・・・・・・あれは膝に乗せるのが少しきつそうだ」

「なんで膝に乗せる基準なんじゃ・・・・・・」

 

 

 

「先輩、女子に囲まれてもてもてだじぇ」

 

優希はそんな秀介達の様子を見ながらそう呟く。

手にはバイキングにある食材で作ったタコスっぽい何かが握られていた。

 

「まぁ、女子の方が多いから仕方ないだろう。

 羨ましい・・・・・・」

 

京太郎がそう言うが、彼も優希の他に咲と和と共に食事をしているので女子に囲まれているのに相違ない。

それに気づいているのかいないのか。

 

「盛り上がってるみたいだね。

 何話してるんだろう?」

 

咲もそちらを気にかけている。

と。

 

「・・・・・・み、宮永さんは、志野崎先輩が気になるんですか・・・・・・?」

 

和から声がかかる。

 

「え? 別にそんなことは無いと思うけど・・・・・・」

「・・・・・・ならいいのですけれど・・・・・・」

 

そう言う和は何やら元気がないようだった。

咲は手に持っていた茶碗を置くと和に向き直る。

 

「・・・・・・ごめん、原村さん。

 今は原村さん達と一緒に食事してるんだもんね」

「あ、そんなつもりじゃ・・・・・・」

「ううん、こんな機会あんまりにないし・・・・・・いっぱいお話しよう?」

「は、はい」

 

二人はそう言って笑い合った。

 

 

 

しばらく話が盛り上がっていた秀介達だったが、やがてまこ達はまた別の人の所へと去って行った。

そうしてまた一人で食事をしていると、新たに別の人物がやってくる。

 

「初めましてだし!」

 

なにかうざいのが来た。

しかし言葉には出さず、秀介は笑顔で対応する。

 

「ああ、初めまして。

 風越・・・・・・だったか?」

「はい、池田です。

 3年生だそうですね、先輩。

 ここ座ってもいいですか?」

 

一言ずつ喋ってもらいたいのだが。

そう思いつつ「どうぞ」と着席を進める。

持ってきたトレイをテーブルに置き、池田は席に座った。

その皿の上には何故か魚料理がたくさん乗っていた。

 

「・・・・・・何故そんなにたくさんの魚を?」

「魚がたくさん残ってたからだし!」

 

なるほど、思っていたよりも気が合いそうだ。

 

「そう言う先輩は何故肉をたくさん持ってきてるんですか?」

「肉がたくさん残っていたからだ」

「なるほど! 気が合いますね!

 お近づきのしるしに魚を一匹どうぞ」

「ならば肉を・・・・・・まぁ、何枚かどうぞ」

 

すいすいっとお互いに料理を交換し合う。

こんな些細な交流もありかもしれない。

そう思っていると、また新たな人物がやってくる。

 

「失礼します、私もよろしいでしょうか」

 

やって来たのは風越のキャプテン美穂子だった。

 

「キャプテン! どうぞ座ってください!」

「・・・・・・え、えっと・・・・・・」

 

華菜に聞いたんじゃないんだけど、と言いたげに秀介に目をやる美穂子。

 

「どうぞ」

 

助け船を出してやると美穂子は安心したように座った。

持ってきた料理は肉も野菜も魚も揃っておりバランスがいい。

秀介も文句のつけようがなかった。

 

「・・・・・・して?」

 

何か用ですかな?と美穂子に視線を送る秀介。

それを察し、美穂子は単刀直入に告げた。

 

「よろしければ、このあと私達と少し打ってもらえませんか?」

 

ついっと眉を上げた後、ふむ・・・・・・と考える秀介。

 

「明日になれば存分に打てるかと思いますが」

「・・・・・・まぁ、そうなんですけれども」

 

それでも、と言いたいのか。

美穂子は笑顔を崩すことなく秀介の言葉を待つ。

何を言っても似たような言葉が返ってくるな、と思った秀介は肩をすくめて返事をした。

 

「いいでしょう、半荘一回くらいなら」

「ありがとうございます」

 

 

 

食事を終えると片づけをする。

そしてまた自由時間だ。

ポンと久が秀介の肩を叩く。

 

「シュウ、この後ちょっといいかしら?」

 

にこっとほほ笑むその笑顔、何かを企んでいる。

が、決して悪いことではなさそうだ。

乗ってもいいのだが、秀介は首を横に振った。

 

「悪いな、先約がある」

「先約? 誰と?」

 

むむ、を笑顔をやめて問いかける久。

だが秀介はフッと笑うと告げた。

 

「教えない。

 なんかその方が面白そうだから」

「何よそれ・・・・・・」

 

しかめっ面で文句を言う久。

が、これ以上突っかかっても企み通り秀介を楽しませてしまいそうだったので止めておく。

 

「まぁ、いいけど・・・・・・明日の朝食遅れたら抜きだからね」

「む、それは困るな。

 優しい久は俺の為に残しておいてくれたりしないかね?」

「・・・・・・考えておいてもいいけど」

 

優しい久と言われて悪い気はしないのか、ダメと言えずにそう返してしまった。

 

「助かるよ、ありがとう」

 

秀介はそう言ってその場を後にした。

 

(ヤスコはシュウが復帰してここに来てるっていうのを知らないみたいだし、会わせて驚かせてやろうと思ったんだけど。

 まぁいいわ、どうせ明日には嫌でも顔を合わせるでしょうし)

 

余計なお世話かな?と呟きつつ久もその場を後にする。

 

 

 

やって来たのは麻雀卓が設置された部屋。

今は他に誰も使っていない。

秀介と卓を囲むのは風越の美穂子、池田、そして先程の未春である。

 

「では、始めましょうか」

「お手柔らかに」

 

美穂子の言葉にそう返す秀介。

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

挨拶を交わし、四人は席に着いた。

 

(さて)

 

くすっと美穂子は笑みを浮かべる。

 

(お手並み拝見と行きましょうか)

 

 

 

対する秀介は、そういえばと。

 

(・・・・・・さっき風呂場で聞こえた「風越のキャプテン」・・・・・・あれはこの人か・・・・・・)

 

今更どうでもいいことに思い至るのであった。

 

 

 



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05福路美穂子その2 真面目と手加減

親順

美穂子→池田→秀介→未春

 

 

東一局0本場 親・美穂子 ドラ{1}

 

自分の手牌を確認した後、秀介は同卓の三人に目をやる。

 

風越三人による露骨な包囲網。

間違いなく自分がどんな打ち方をするか調べる為だろう。

本来ならさらに牌譜を取る為にもう一人つけたいところだろうが、さすがに露骨すぎて秀介も手抜き麻雀になる。

それを考えてのギリギリの人数か。

 

さて、どうするかな、と考えながら牌をツモる。

 

(・・・・・・まぁ、そうだな)

 

初めだけでも真面目に打つか、と秀介は{四}を捨てた。

 

そして。

 

「リーチ」

 

チャリンと千点棒を場に出す秀介。

 

 

秀介捨て牌

 

{四二③⑧} {横發(リーチ)}

 

 

(ま、まだ5巡ですけど!?)

(しかも捨て牌めちゃくちゃ変だし!!)

 

こんなに早いリーチでは読めないし追いつけない。

未春は安牌を切り捨てる。

美穂子も安牌を切るがまだ攻め気がある状態。

 

そして池田。

自分の手牌と秀介の捨て牌を交互に見る。

 

(無理! 読めないし! 安牌も無いし!)

 

この辺は大丈夫じゃないかなー?と期待を込めて{三}を切る。

 

「ん、出るのかい、ロン」

「うにゃ!?」

 

ジャラララと秀介は手牌を倒した。

 

{一二九九九①②③(ドラ)23南南} {(ロン)}

 

「一発チャンタ三色ドラ1」

「5巡でチャンタ三色とか!

 しかも最初に萬子整理しておいて{三}待ちとかどう考えてもおかしーし!」

「あ、すまん、裏も乗った、16000」

「ぎにゃー!!?」

 

騒いだ後にバタンと倒れ込む池田。

未春もはわわと慌てている様子。

 

 

対して美穂子は冷静に秀介の打ち筋を見極めていた。

 

(あの捨て牌にあの手牌・・・・・・そして切り出しを考えると・・・・・・

 

 おそらく彼の配牌は・・・・・・

 

 

 {二二四九①②③③⑧(ドラ)南南發} {3}

 

 

 ・・・・・・こんな形だったはず・・・・・・)

 

確かにチャンタも三色も容易そうな配牌。

だが麻雀は欲しい牌をツモって来れるわけではない。

決め打ちをしてもツモがのるかどうかも分からない。

 

それなのに、秀介はあっさりとチャンタ三色に決め打ち、一切の無駄ヅモなく聴牌。

 

(やはり・・・・・・只者じゃない!)

 

 

 

東二局0本場 親・池田 ドラ{九}

 

8巡目

 

池田手牌

 

{二三四②③⑦23(横⑦)45888}

 

 

先程の仕返し、タンヤオ三色聴牌である。

 

「リーチだし!」

 

バシィン!と{5}を叩き切り、どうだし!?と秀介を見やる池田。

が、秀介が捨てたのは安牌。

一発の仕返しはできなかったようだ。

 

(なら、一発でツモってやるだけだし!)

 

再び回ってきたツモ番、手をわきわきとさせながら山に手を伸ばそうとしたその刹那。

 

「ポン」

 

美穂子の捨てた{中}を秀介が鳴いた。

 

(飛ばされたし!)

 

だが、再びぐるりと回って今度こそ池田のツモ番。

 

見事に上がり牌を手にしたのだった。

 

 

{二三四②③⑦⑦234888} {(ツモ)}

 

 

(ド安目だし!! タンヤオも三色も消えるし!!)

 

ぐぬぬ、と悩む池田。

 

やがてツモってきた{①}を表に返し、

 

フンッと河に捨てた。

 

(倍満振った後だし、この手を安手で上がってたら追いつけない!

 絶対にタンヤオ三色で上がるんだし!!)

 

くじけずに常に勝ちを目指し続ける志、見事の一言である。

 

 

そんな決心を笑うかのように、秀介の手から{④}が零れた。

 

(上がれないし!!)

 

キシャー!と叫びたくなる池田であった。

 

 

東一局から倍満、しかもロン上がり。

その後は池田の待ちをあざ笑うかのような手の進め方。

秀介は一気に流れを物にしていた。

 

 

かに見えた。

 

 

 

 

 

「咲! ノノカ!」

 

食後少し散策していた咲と和を呼び止める声がある。

天江衣である。

 

「衣ちゃん」

「衣さん」

「あそぼー!」

 

昼にも遊んだというのに元気なものである。

 

「何して遊ぶ?」

「麻雀!」

 

遊びも同じか。

しかし二人も麻雀が好きである、断る理由も無い。

 

「では麻雀ルームに行きましょう」

「行こう!」

 

わーいと喜ぶ衣を連れ、二人は麻雀ルームへ向かう。

面子が一人足りないが、まぁ誰かしら麻雀を打っているだろうし誰かと行き会ったら誘うのもいいだろうと考えて、まっすぐに麻雀ルームに向かう。

 

 

麻雀ルームに近付くにつれ、チャ、タンと牌の音がする。

麻雀の合宿だ、やはり誰かしら打っていたか、と覗き込むと。

 

「志野崎先輩」

「む?」

 

咲の声に振り向いたのは確かに秀介であった。

一緒に打っているのが風越のメンバーだと知ると、「こんばんは」と頭を下げる咲と和。

美穂子達もこんばんはと挨拶をする。

 

 

そんな中、視線を合わせて互いに外さない二人。

 

秀介と衣である。

 

「・・・・・・? どうしたの? 衣ちゃん?」

 

咲の言葉にも答えない。

 

そのまま昼間のように圧迫感が周囲を包む。

 

かと思いきや、秀介はスイッと視線を逸らし壁の時計に目をやる。

 

「・・・・・・子供はそろそろ寝る時間じゃないのか?」

「子供じゃない! 衣だ!」

 

むぅ!と怒って先程までの空気が霧散する。

 

「まぁ、俺が思ってたよりも仲良さそうだし、眠くなったら宮永さんか原村さんに面倒見てもらいな」

「衣の方がお姉さんだ!」

「はいはい」

 

そんなやり取りをして、秀介は再び卓に向き直った。

 

「さて、オーラスですね」

「・・・・・・そうですね」

 

美穂子が返事をし、ジャラジャラと牌が自動卓に流しこまれる。

その様子を見て衣がふっふっふっと笑いながら秀介の後ろに立った。

 

「どんな打ち方をするのか見せてもらおうではないか」

 

む?と振り向いた秀介は。

 

「・・・・・・その身長で俺の手牌が見えるのか?」

「ちゃんと見える!」

「膝に抱えてやろうか?」

「いらん!」

 

そんなやり取りをしてまた前に向き直る。

 

いつの間に知り合ったのか分からない咲と和は互いに顔を見合わせつつも、まぁ仲が悪いわけではなさそうだと思って衣の横に立つ。

 

「あの、志野崎先輩。

 私も手を見せてもらってもいいですか?」

「・・・・・・宮永さんが見るのでしたら、私も参考までに」

 

以前負かされたことですし、と和もさり気なく覗き込む。

 

が、秀介は少し考えて告げた。

 

「いいけど、今の俺は特に参考にならんぞ」

 

秀介はそう言って点棒箱をカチャッと晒した。

 

「・・・・・・え?」

 

それを見た咲も和も表情を変える。

 

「あ、あの、他の皆さんの点数も教えてもらえますか?」

 

 

全員の点数を聞いて、さらに表情が変わった。

 

 

 

秀介の一人負けである。

 

 

 

南四局0本場 親・未春 ドラ{6}

 

6巡目、秀介手牌

 

{五六七九④④1345(ドラ)西西}

 

未春手牌

 

{三四五六六⑧⑧⑨1235(ドラ)}

 

 

「・・・・・・手の進みは悪くないようですが・・・・・・」

「吉留さんも手はよさそうだね」

 

そう思って見守っている中。

 

「チー」

 

目の前で秀介が{七九}と晒し、{④}を切り出す。

 

((なんで!?))

 

その打ち筋が理解できずに顔を見合わせる咲と和。

 

直後。

 

未春手牌

 

{三四五六六⑧⑧(横⑦)⑨1235(ドラ)}

 

「リーチです」

 

チャリッと千点棒を出し、未春がリーチを宣言する。

 

 

(・・・・・・志野崎先輩が鳴いたら好牌が吉留さんに流れた?)

 

 

「ポン」

 

数巡後、今度は{西}を鳴いて{④}を切り出す秀介。

 

そして2巡後。

 

「ツモ」

 

 

{三四五六六⑦⑧⑨1235(ドラ)} {(ツモ)}

 

 

未春が上がる。

これでトップだ。

 

「リーヅモ平和ドラ1、3900オール。

 えっと・・・・・・上がりやめです」

「終了ですね」

 

パタンと手牌を伏せ、席を立つ秀介。

 

「ありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」

 

軽く挨拶をすると秀介はさっさと卓から離れてしまう。

 

「じゃ、後は好きにやってくれ」

 

そう言って去って行ってしまった。

 

 

咲も和も信じられないものを見たような表情だった。

何せ以前一度も上がれずにやり込められた経験のある身である。

それをやってのけた秀介が訳の分からない鳴きを繰り返した挙句にラスを引くとは・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・爪を隠すか、猪口才な」

「え? 何?」

 

衣の呟きを聞き返す咲。

同時に美穂子も一人呟く。

 

「これは・・・・・・やられたわね」

「やられた?」

「多分彼はわざと負けに行ったんだわ」

 

首を傾げる池田と未春に美穂子はそう言う。

 

「・・・・・・確かにいきなり押しかけたら怪しいわよね。

 彼の打ち筋が見たいと思っていたのだけれど・・・・・・ごめんなさい、私の不手際だったわ」

「い、いえ、そんな!」

 

美穂子の言葉に、未春も池田もわたわたとする。

 

 

そのやりとりに何となくほっとする咲と和。

自分達があっさりとやられた相手が、こんな風に負けたとなれば文句の一つも言いたくなる。

が、そう言う理由なら納得だ。

 

 

鳴く度に好牌が流れる。

それは美穂子も察していた。

 

(山が見えているかの様に好牌を喰い流す・・・・・・普通の人に出来ることじゃないわ。

 こんな人がいたなんて・・・・・・やはり相当な腕なのね)

 

その腕に感心しつつも、しかし美穂子は笑顔のままだった。

 

(でも弱点らしきものが一つ見えたわ)

 

 

弱点。

 

それはこの半荘で何度も確認した、秀介の癖である。

 

美穂子の観察眼でどうやら一つ見抜いた物があったようだ。

 

 

(もし機会があったら、狙い撃ちさせてもらいますよ)

 

美穂子はクスッと笑った。

 

 

 

「あ、それで・・・・・・」

 

と美穂子は咲達と視線を合わせる。

 

「麻雀、打ちに来たのよね?

 ここには私達しかいないし・・・・・・一緒に打つ?」

 

その提案を受けない面子ではない。

「ぜひとも」と咲は楽しそうに笑う。

 

「なら・・・・・・衣と打ってほしいのだ!」

 

衣もそう言いながら、美穂子を指差す。

 

「ええ、いいわよ」

 

その返事に衣と咲はわーいと喜ぶのだった。

 

「華菜達はどうする?」

 

美穂子に言われて未春と池田は顔を合わせる。

 

「それなら、私はお風呂でも行こうかと」

「私も少し休んでもう一回お風呂行こうかな」

 

二人はそう言って席を立つ。

そして池田は、咲と衣をビシッと指差した。

 

「お前達にリベンジするのは明日に伸ばしてやるし!」

「うん、待ってるよ」

「じゃあ明日!」

 

あっさりと咲と衣は笑顔で返した。

 

「あ、うん・・・・・・」

 

何か煮え切らないものを感じながら池田は未春と共に麻雀ルームを後にするのだった。

 

 

 

それから未春は風呂場でまこ、智紀と再び出会い、揃って妹尾にリベンジをしかけて返り討ちに遭う。

池田はその後文堂と共に風呂上りに迷って鶴賀の部屋へ。

 

そして、遅れてやってきた主催の靖子がゆみを誘いにやってくるのである。

 

 

 

「はー、楽しかったわ」

 

ゆみと靖子が去ったところで久達は布団を引く。

咲達も美穂子との麻雀を終えて戻ってきたし、優希も戻ってきた。

就寝時間である。

 

「じゃ、電気消すぞー」

「「「はーい」」」

 

カチッとまこが電気を消し、布団に潜り込む。

朝も早かったし、疲れている事だろう。

 

 

が、ここで眠っては合宿ではない。

むしろここからトークタイムが始まるのが女子部屋である。

 

 

「優希は夕食の後何してたの?」

 

久の言葉に優希は「む?」と顔を上げる。

 

「ノッポにリベンジしてやろうと思って探してたけど、見つからなかったからあちこち見て回ってたら迷ったじぇ。

 帰りに風越のお姉さんに拾われなかったらどうなっていたか・・・・・・」

「いや、ちゃんと道ぐらい覚えとき」

 

やれやれとまこが笑う。

 

「そう言う部長達は何をされていたんですか?」

 

今度は和が久に話しかける。

 

「私達はここで打ってたわ。

 ゆみと・・・・・・」

 

靖子の名前を出そうかと思ったが、明日会って驚かせるのも面白かろうと思い、久は名前を伏せた。

 

「それから特別ゲストと楽しく打ったわ」

「特別ゲスト?」

「明日までの秘密よ」

 

ふふっと笑う。

まこも久の考えを察してか靖子の名前を上げることはしなかった。

 

「それで? 和達はどうしてたの?」

「私達は衣さんと、風越の福路さんと一緒に打っていました」

 

なるほど風越のキャプテンと、と頷く久であった。

 

「あ、その前に志野崎先輩が風越の人達と打ってましたけど」

「・・・・・・何ですって?」

 

バサッと布団の音がする。

暗くてよく見えないが起き上がったらしい。

 

「・・・・・・あの、部長?」

 

咲が声をかけると、ボフッと枕の音がする。

 

「あいつ・・・・・・先約って誰かと思ったらそういうこと・・・・・・」

 

顔は見えないが、む~という声とばたばたという足の音が聞こえる。

 

 

咲は思う。

部長にとって志野崎先輩はどういう人なんだろう?

 

 

「部長は志野崎先輩とどういう関係なんだじぇ?」

 

優希があっさりと聞いてくれた。

 

「ん~・・・・・・幼馴染って言わなかったっけ?」

「それは聞いたけど・・・・・・」

 

そういうことじゃなく。

 

「ただの幼馴染なだけなんか?って聞いとるんじゃろ」

 

まこがそう付け加える。

 

まぁ、部長の事だからあっさり返すか、上手く誤魔化すか、もしくはあからさまに動揺するかどれかだろう。

 

などと思っていたのだが。

 

久は「ん~・・・・・・」と唸った後に。

 

 

「・・・・・・ただの幼馴染よ。

 

 まぁ、よくからかってくるけど、優しいし困った時には助けてくれるし・・・・・・一緒にいて楽しいし。

 

 そんな幼馴染かしらね」

 

 

それだけ言っておいて幼馴染で通すか。

 

「な、何よ?」

 

一同は不満気な唸り声を上げた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ただいまっす」

「おう、おかえり須賀君」

 

その隣の男子部屋。

日付が変わろうかという時間になって京太郎は部屋に戻ってきた。

既に布団は敷いてあるが、秀介はテーブルで柿ピーをかじっていた。

 

「遅かったな、何をして・・・・・・」

 

と京太郎ののぼせた様子を見て秀介はため息をつく。

 

「・・・・・・また風呂か」

「・・・・・・はい、どうしても和達の入浴の現場に遭遇したかったもので・・・・・・」

 

欲望に忠実な少年だ。

 

「で、遭遇できたのか?」

「・・・・・・残念ながら・・・・・・」

 

ふむ、と秀介は頷く。

 

「つまり彼女達も久同様シャワーで済ませたか・・・・・・

 

 もしくは俺達が風呂に入る前。

 

 つまり、道に迷っている間に入られたということだ!」

 

その結論に、京太郎はがっくりとうなだれた。

 

「・・・・・・あれ? ってことは部長もその時に風呂に入っていた可能性があるんじゃ・・・・・・?」

「・・・・・・おお、そういえばそうだな」

 

シャワーを浴びたと断定してしまったが、久の反応を思い出すと結果的に合っていたようなので良しとしよう。

 

「・・・・・・はっ!?」

「ん? どうしたね」

 

ぽりぽりと柿ピーをかじりながら秀介は京太郎の反応に首を傾げる。

 

「いやいやいやいや! 先輩それ!!」

 

京太郎はそう言ってテーブルを指差す。

 

「どれさ?」

 

秀介は首を傾げながらコップに手を伸ばすとそれをごくごくと飲む。

 

「いやいや! だからそれですって!

 

 先輩・・・・・・それ・・・・・・ビールじゃ・・・・・・」

 

京太郎は秀介が今しがた飲んだそれを指差す。

 

高校生が合宿で飲酒・・・・・・これは停学ものである。

 

「フフフ、これか?」

 

秀介は笑いながら、近くのペットボトルからそれを注ぐ。

 

 

 

「見ての通り、泡立てたお茶だ」

「紛らわしい!!」

 

ズダーンと京太郎は派手にずっこけた。

 

「いや、気分だけでも味わっておこうと」

「・・・・・・それで気分が味わえるんですか?」

「・・・・・・いや、どう頑張ってもお茶だよ」

「ですよねー・・・・・・」

 

 

苦笑いをする京太郎と、自分で言って自分でへこんでいる秀介は、互いに泡立てたお茶を手に取り乾杯をするのであった。

 

 

 

「で、先輩、その隣のペットボトルは・・・・・・?」

「リンゴジュースだが」

 

当然の如く。

 

 



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06福路美穂子その3 手慣らしとフルボッコ

あ、そうだ、今更ですがご注意点をば。
麻雀の役、ルール、用語などは読者の方が知っている前提で、解説無しでお送りしております。
一部を除き。



翌日朝食を終え、一度部屋で休憩した秀介と京太郎は揃って麻雀卓が設置されてある部屋に来ていた。

既に何人もがそこで打っている。

優希と和も同じ卓で打っているのが見えた。

 

「もう打ってるのか、気が早い・・・・・・わけでもないな」

「打ちたくて仕方ないんでしょ」

 

言葉が聞こえたのか、部屋の壁際に設置されているソファーに座っていた久がクスクスと笑った。

 

「確かにそうかもしれないな。

 それはそうと、おはよう久」

「ん、おはよう」

 

久の隣に座りながら挨拶すると久も笑顔で返事をする。

 

「ところでシュウ、あれ」

「ん?」

 

久が指差した先を見ると、そこには昨日すれ違った衣がいた。

 

「噂には聞いてるかしら?

 あれが大会で主将を務めた龍門渕高校の天江衣よ」

 

秀介は新たに買って来たらしいリンゴジュースを飲むと楽しそうに笑った。

 

「・・・・・・噂以上のバケモンだ、まったく」

「あら、まだ打ってないのに・・・・・・」

「昨日会ったよ。

 だがありゃ、人間と思ってかかったらいかんよ」

 

やがて秀介はジュースを久に渡し、席を立つ。

 

「じゃ、俺も軽く打つか。

 ああ、須賀君。

 せっかくの機会だ、強い人と打たせてもらいな」

「え、あ、はい」

 

最後にそう言って卓へと向かった。

 

「じ、じゃあ、俺も誰かに相手してもらいます」

「気をつけて行って来なさい」

 

立ち去る京太郎を見送ると、久は咲に目をやる。

 

「宮永さんは行かないの?」

「わ、私は少し見学してます」

「そう、打ちたくなったら遠慮しなくていいわよ」

 

咲がテーブルから離れたのを見ると、久はリンゴジュースに口をつけながら卓の方を見る。

 

(さて、他には・・・・・・あら)

 

 

「風越のキャプテン」

「はい?」

 

ゆみが美穂子に話しかけていた。

 

「私と打ってもらえないだろうか」

「ええ、いいですよ」

 

美穂子はクスッと笑い、快く承諾した。

 

「私も混ぜてもらえますかしら?」

 

と、そんな2人に声を掛ける人物がいた。

この甲高い声、もしや?とゆみは自分の後ろから声を掛けてきた人物に辺りを付ける。

 

「龍門渕・・・・・・透華」

 

振り向くとそこには予想通りの人物が、腰に手を当てて笑っていた。

 

「・・・・・・そうですね、お手合わせ願います」

 

美穂子がそう言って頭を下げる。

 

「・・・・・・よろしくお願いする」

 

ゆみも軽く挨拶した。

 

「さて、では残る一人は・・・・・・」

「あ、あのー・・・・・・」

 

と、透華がキョロキョロと見回すと、手を上げて視界に入ってくる人物が一人。

 

「お、俺と打ってもらえませんか?」

「あなたは・・・・・・」

「ああ、清澄のマネージャー」

「いや、部員ッス」

「冗談だ」

 

表情を変えないゆみの一言に軽く落ち込む京太郎。

だがこれだけのメンバーと打つ機会なんてまず無いだろう。

 

「俺、あまり強くないですけど・・・・・・よろしくお願いします」

「ええ、いいですよ。

 よろしくお願いします」

 

美穂子がOKを出すと他のメンバーも断れない。

 

「まぁ、いいでしょう」

「ああ、こちらこそよろしく」

 

透華とゆみもOKし、卓に着いた。

その様子を他のメンバー達も目にしていた。

 

「む、風越のキャプテンと龍門渕さん」

「おまけに鶴賀の加治木さんが同卓・・・・・・」

「しかもそこに入ってきたのは清澄の男子だし!?」

「わっはっは、一体どれほどの実力者なんだろーな」

 

たちまち人が集まった。

 

(よし、頑張るぞ!)

 

京太郎は一人自分に気合を入れる。

 

(なんたってこんな・・・・・・)

 

同卓の美穂子、ゆみ、透華、そして周囲の女子達を順に見て、ぐっと握り拳を作った。

 

(こんなたくさんの美人に囲まれて打つ機会なんて無いからな!!)

 

こうして京太郎の戦いが始まった。

 

 

 

「おい智紀、お前は・・・・・・データ収集か」

「・・・・・・はい」

「ん、分かった。

 一は・・・・・・タコスと打ってんのか」

 

純はくるっと辺りを見回す。

と、まこと目が合った。

 

「龍門渕の先鋒さん、お付き合いいただけるかの?」

「清澄の・・・・・・次鋒だっけ? いいぜ」

 

 

「むー・・・・・・私も軽く打つかデータ集めしたいなー?」

 

華菜はそんなことを呟きつつ卓を見て回る。

キャプテンの美穂子が気になっているのだが、見てるだけよりも打ちたいタイプなのであった。

 

「やーやー、風越の大将さんだよね?

 打たせてもらえないかなー?」

 

と声を掛けてきたのは鶴賀の蒲原。

 

「あ、鶴賀のキャプテンさん。

 そっちの試合見てたんじゃ・・・・・・?」

「見るのもいいけど打つ方が楽しいと思ってねー」

「それには同意します。

 いいですよ、打ちましょうか」

 

池田は嬉しそうに答えた。

 

「んじゃ、後のメンバーは・・・・・・」

 

と、蒲原&池田と目が合ったのは、先ほど対戦を誘ったまこ&純。

ニコッと笑いあった。

 

「ちょうどメンバーが揃ったようじゃの」

「おう、さっさと打とうぜ」

 

こうして各々好きに打ち始めた。

試合をしているというわけではないのだが、熱くなっていく卓も現れる。

 

 

 

「ロンだじぇ」

「ふぇ!?」

 

「ロンですね」

「ひゃあ!」

 

「ロンです」

「うえーん!」

 

次々と狙い撃ちされているのは鶴賀の素人、妹尾であった。

同卓の優希、和、一にいいように狙われ、結局一人上がれることなくトビとなった。

 

「ありがとうございました」

「おつかれだじぇ」

「まぁ、手慣らしにはなったかな?」

 

3人が去った後に、ガクッと卓にうつぶせる妹尾。

 

「あうー・・・・・・全然あがれませんでした」

「大丈夫っすよ」

 

ふと声が掛けられる。

いつの間にか妹尾の顔を覗き込むようにモモが立っていた。

 

「あ、桃子さん」

「お疲れ様っす。

 まだみんなより経験浅いんすから、落ち込むことないっすよ」

「あうー・・・・・・でも一回くらいはあがりたかったですー・・・・・・」

 

慰めるモモの前でうるうると涙ぐむ妹尾。

そんな妹尾をモモは笑顔で元気づける。

 

「次は頑張るっすよ」

「・・・・・・はい、頑張ります。

 あ、ところで桃子さんは打たないんですか?」

「私はもう少し気配を消しておきたいんすよ」

 

ゆらっと肩の辺りが揺れた気がした。

 

「な、なるほど・・・」

「目立たないようにうろうろしてるけど、ちゃんと見守ってるっすからね」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

桃子が元気を取り戻したのを見て、モモは笑顔でその場を後にした。

付き合いが短い妹尾にはすぐにその姿が見えなくなる。

 

「よ、よし、次こそは・・・・・・!」

 

妹尾はぐっと両手に拳を作ると自分に気合を入れ、新たな対戦相手を探しに出かけた。

 

 

 

一方の京太郎も同じような目に合っていた。

 

「ロンです」

「ロン」

「ロンですわ!」

 

あっという間に空になる点棒。

 

「・・・・・・ありがとうございました」

「ふん、腕慣らしにもなりませんでしたわね」

 

ガクーンとうなだれる京太郎を尻目にゆみと透華は早々に去っていってしまった。

 

「・・・・・・フッ、まったく戦えなかったぜ」

「・・・・・・何あれ」

「あのメンバーの中に入ってくるからどれだけの実力者かと思ったら・・・・・・」

「ただの身の程知らずじゃない」

 

ボソボソと聞こえる周りの女子の声が痛い。

 

「大丈夫ですか?」

 

クスッと笑い、そんな京太郎に優しい言葉を掛けてきたのは美穂子だった。

 

「え、ええ、なんとか・・・・・・。

 痛いほど実力差を感じましたよ」

 

ははは、と苦笑いしながら京太郎は答えた。

 

「あなたの打ち方には、まだまだ成長の余地が感じられますよ」

「え? そうっスか?」

「ええ、頑張って強くなったら、また打ちましょうね」

 

美穂子はニコッと笑い、去っていった。

残された京太郎は暫しボーっとしていたかと思うと不意に立ち上がった。

 

「よっしゃー!! 頑張るぞー!!」

 

 

「お疲れ様ですキャプテン、お水どうぞ」

「あら、ありがとう」

 

対戦、と呼べるかも微妙なものだったが、終えた美穂子に文堂が声を掛けてくる。

 

「圧勝でしたね」

「ええ、まぁ」

 

軽く一息つく美穂子。

例え相手が格下でも手を抜くのは失礼と考えるのが彼女だ。

それは優しさでもあり、厳しさでもある。

 

「ところで、清澄のもう一人の男子の方ですけど・・・・・・」

 

文堂が言うのは当然秀介の事である。

美穂子は今日は彼の打ち筋を見るようにも、牌譜を取るようにも指示していなかった。

「本当にいいんですか?」という文堂に笑顔を返す。

 

「残念だけど、彼は本気で打ってくれないわ。

 どうしてもやる気になるような相手でも現れたら別でしょうけどね」

「・・・・・・そうですか・・・・・・」

 

良く分からないという表情の文堂。

 

美穂子はちらっと、打っている秀介に目を向ける。

 

昨日のあのにらみ合いを見る限り、おそらく天江衣なら秀介に本気を出させるだろう。

 

多分、いつかは戦うはずだ。

 

合宿は明日までなのだから今日中には。

 

(オカルト、なんて笑われるかもしれないけど。

 統計上間違いなく、天江衣は夜が近くなるほど一向聴地獄と速上がりの攻撃力が上がる。

 

 なら・・・・・・戦うのは夜になるかもね)

 

衣の方にも目を向ける。

彼女は彼女で別のメンバーと打っているようだ。

 

 

いつ、どういう切っ掛けでぶつかるのか。

 

それは彼女にとっても是非とも見てみたい楽しみな瞬間である。

 

 

 

 

 

南四局0本場 親・まこ ドラ{2}

 

まこ 14100

手牌

 

{三1(ドラ)33478999白(横白)白}

 

「うし、リーチじゃ!」

 

{三}を切ってリーチをかける、すでに眼鏡を外しているまこ。

索子の混一色、跳満確定の手だ。

しかし。

 

「チー!」

 

それを阻んだのは下家の純だった。

 

純 36200

手牌

 

{一五六七④[⑤]⑥⑦⑨34} {横三二四}

 

(門前でも十分行けたかもしれねーが・・・・・・上家の手はでかそうだし、先にリーチ掛けられたしな。

 一発とは行かないまでも引かれそうな気がするぜ)

 

純は{一}を切り出す。

役なしの仮テン、だが{④-⑦、2-5}を引けば喰いタンに移行できる形だ。

 

続いて頭を悩ませているのは蒲原。

 

(う~ん・・・・・・)

 

蒲原 29300

手牌

 

{二三四[五]六⑦⑧⑧(ドラ)2} {發發横發}

 

(清澄の・・・・・・捨て牌から察するに索子の染め手だねぇ・・・・・・。

 索子は寄りそうにないからドラだけ残してとっとと切っちゃったんだけど。

 引いたらどうしよ?)

 

そんなことを考えつつ、ツモって来たのは{七}。

 

(あ、張った、發ドラドラ。

 高めのドラが引ければ逆転だけど・・・・・・混一色狙いの清澄にも1枚か2枚入ってそうだよなー・・・・・・。

 とりあえず聴牌取っとこうか)

 

{⑦}をペチッと切り出す。

そして残った一人。

 

池田 20400

手牌

 

{二三四②③④⑥⑥3455(横5)6}

 

(むむ・・・・・・弱ったなぁ)

 

チラッとまこの捨て牌を見る池田。

索子の染め手というのは察しがつく。

しかしこのまま不要な索子を抱えては手が伸ばせない。

 

(トップの龍門渕とは15800点差。

 清澄の1000点棒があるから逆転するには跳満ツモ。

 龍門渕からの直撃なら満貫で届くけど・・・・・・)

 

池田は暫し考え、{6}に手を掛ける。

 

(どうせ行くなら、強く!)

「通ればリーチ!」

 

{6}を切ってリーチをかけた。

 

「・・・・・・通しじゃ」

 

まこは苦笑いしながら{一}をツモ切る。

 

(無茶する奴だな、風越も)

 

純も半ば呆れながらツモる。

 

純手牌

 

{五六七④[⑤]⑥⑦⑨34(横[5])} {横三二四}

 

「!」

 

喰い取った牌は索子、しかも赤ドラ。

もし先程鳴いていなければまこのツモだった牌だ。

 

(危険極まりない・・・・・・。

 もしかして本当に清澄の一発ツモだったかもな)

 

純は{⑨}を切り出して聴牌を取る。

 

 

そして2巡後、決着はついた。

 

「ツモ!」

 

{2}が添えられ、ジャラッと手牌が倒される。

 

 

{二三四②③④⑥⑥34555} {(ドラツモ)}

 

 

上がったのは池田だった。

 

「リーヅモタンヤオ三色ドラ1! 裏はめくらないでおいてやる!」

「見なくても逆転だろ」

 

池田の言葉に舌打ちで返すのは、池田の上がりでトップから転落した純。

 

「お疲れっ」

「お疲れ様」

「裏ドラサービスだし!」

「分かったから!」

 

ペコッと頭を下げて解散となった。

 

 

 

「お疲れ様です、染谷先輩」

「おう、見とったんかい」

 

迎えてくれた咲に苦笑いを見せるまこ。

 

「一歩届かんかったわぁ。

 昨日はわしの一番好きな役満上がられたり・・・・・・ちょっとついてないんかなぁ」

 

 

 

「お疲れ、純くん」

 

純を迎えたのは一と透華だった。

 

「あぁ、ラストに逆転されちまったよ」

「まったく、逆転を許すとは情けない!」

 

ツンとそっぽを向きながら純に文句を言う透華。

 

「運が無かったよ、ったく・・・・・・。

 ま、こんなこと無いようにするよ」

 

純が頭を掻きながらそういうと、透華もそれほど怒ってはいない様子で話を続けていた。

 

 

 

「届かなかったわー」

「ツキがなかったな、最後に引き負けるとは」

 

戻ってきた蒲原に、様子を見ていたらしいゆみが慰めの言葉をかけた。

 

「ま、今のうちに不幸を体験しとけば、いずれ幸運に恵まれるって」

「ど、どこのオカルトですか?」

 

蒲原の言葉に津山が突っ込む。

 

 

 

「勝ってきましたよキャプテン!」

「お疲れ様、華菜」

 

池田がテーブルに戻ると美穂子が笑顔で迎えてくれた。

 

「ラストの逆転、綺麗に決まったわね」

「えへへー」

 

ゴロゴロとまとわりつく池田を撫でてやる美穂子。

その様子を他のメンバーも微笑ましげな様子で見守っていた。

 

 



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07藤田靖子その1 プロとゲーム

打ち始めてしばらく経ち、一通り全員が打ち終えた。

まだ打っているメンバーもいるが、休憩のような雰囲気となっている。

 

 

「どう? 須賀くん、存分に打てたかしら?」

「・・・・・・存分に負けてきましたよ」

 

久の言葉に苦笑いしながら答える京太郎。

あれからまた他の人と打って負けてきたらしい。

 

「でもまぁ、参考になる打ち方とかあったんじゃないか?」

「参考?」

 

同じく打ち終えて戻ってきた秀介がそういうが京太郎はキョトンとしている。

 

「・・・・・・もしかしてただ負けてきただけか?」

「いや、健闘しましたけど・・・・・・」

「そういうことじゃなくて」

 

はぁ、とため息をついて言葉を続ける秀介。

 

「あのなぁ、自分の都合だけで打ってたらそりゃ成長しないよ。

 他の人の打ち方とか見て、相手の手の進み具合とか手の高さとかを判断していかないと。

 例えば自分のリーチに対して他の人がどう打ってくるか、他の人のリーチに対してどう打って行ったか。

 おかしな打ち方をしたところがあったら、そこは他校の生徒相手でも聞かなきゃ。

 そうやって疑問を解決して自分の打ち方に取り込んでいかないと、強くなれないぞ」

「は、はぁ・・・・・・」

 

軽くお説教されて落ち込む京太郎。

それを見て秀介は軽くフォローを入れる。

 

「ま、合宿終わってからでもいいから原村さんとかと話しながら打つようにしていきな。

 何かしら成長できるからさ」

「あ、はい、わかりました」

 

一通り話すと秀介は財布を取り出した。

 

「リンゴが切れた、ちょっと買ってくる」

「いっそ買い溜めしておきなさいよ」

「んなことしたらぬるくなっちまうよ」

 

久の言葉にそう返し、秀介は去って行った。

 

 

「・・・・・・先輩、いつもそんな難しいこと考えて打ってたんですね・・・」

「・・・・・・どうかしらね」

 

京太郎の呟きに笑いながら久が答える。

 

「あいつは普段感性で打ってるようなところがあるから、今言われたことを実行するなら・・・・・・」

 

そう言いかけて止まる。

何か思い出したかのように。

 

「・・・・・・そうだった、あいつ普段あんな打ち方してるくせにネット麻雀だとデジタル打ちなのよね・・・・・・」

「え、ま、まさか?」

 

和が思わず声を上げる。

 

「う、嘘ですそんなの。

 あんな打ち方をしていてネットではデジタルなんて・・・・・・」

「ま、マジですか?」

 

和と京太郎の言葉に小さく頷く久。

 

「信じられないかもしれないけど事実よ。

 宮永さんの時みたいにネット麻雀は苦手じゃないかと思って打ってもらった事があるの。

 ネットでは現実で足りない情報を補うためにデジタル思考を使ってるんだと思うんだけど・・・・・・」

 

まったくよく分からない奴よね、と苦笑いした。

 

「ま、シュウの言っていた事を実行するなら、本人とか和とかまこに聞いた方がいいと思うわ」

「私や咲ちゃんは?」

「あんたたちはどっちか言ったら感性で打ってる方でしょ」

 

不満そうに手を上げた優希に久はそう返す。

 

「ま、でもね須賀くん、ちょっとずつでいいわ。

 ちょっとずつ今言われたことを参考にして、自分のものになるように頑張れば。

 他人の手の進みばかりに気を配って自分の持ち味が崩れるようじゃ本末転倒だしね」

「分かりました、頑張ってみます」

 

ぐっと握り拳を作る京太郎を、久は頼もしそうに見ていた。

 

 

 

「よっ、盛り上がってるじゃないか」

「ん?」

 

不意に声を掛けられて振り向く久。

 

「あ・・・・・・」

「わっ」

「カツ丼さん・・・」

 

そこには藤田靖子プロが立っていた。

 

 

「ねぇ、あそこにいるのって・・・・・・」

「藤田プロ?」

 

周囲もそれに気付いたのか声が上がる。

 

 

「な、なんでここに藤田プロがいらっしゃるのかしら」

「連絡は受けておりましたのでお迎えしておりました」

 

透華の独り言に答えたのは、執事のハギヨシであった。

 

「私は聞いておりませんわよ!?」

「透華様には麻雀に集中していただきたかったもので」

「いらぬ気を回さないでくださいまし!」

 

笑顔のハギヨシにそう言う透華だった。

 

 

「昨日にはもう来てたけどね。

 やっと起きた? 藤田さん」

「・・・・・・プロは色々と忙しいんだよ」

 

久の言葉に靖子はポリポリと頬をかきながら空いているソファーに座る。

 

「で? これからまた気になるメンバー集めて打つわけ?」

「まぁな」

 

靖子はそういいながら煙管を取り出す。

それを久が止めた。

 

「・・・・・・ここでタバコはまずいと思いますけど」

「・・・・・・それもそうか」

 

苦笑いしながら煙管を仕舞う。

と。

 

「あれ・・・・・・?」

「ん?」

 

戻ってきた秀介と目が合った靖子。

 

 

「靖子姉さん?」

「シ、シュウ!?」

 

 

しばし硬直した後、がたっと立ち上がった。

どうやら知り合いのようだ。

 

「な、何故お前がここに!?」

「俺、清澄の麻雀部だもん。

 何もおかしくないでしょう」

 

秀介は新たに買ってきたリンゴジュースを近くのテーブルに置くと、靖子の隣に座る。

 

「・・・・・・にしても、お久しぶりです」

「あ、ああ・・・・・・。

 お前・・・・・・もう体調はいいのか?」

「OKですよ、ご心配ありがとうございます」

 

座ったまま軽く頭を下げる秀介。

 

「・・・・・・そうか・・・・・・もう元気か・・・・・・ははっ・・・・・・!」

 

それを見て何やら嬉しそうな靖子。

そこに咲から声がかかる。

 

「あの・・・・・・志野崎先輩はカツ丼さんとお知り合いなんですか・・・・・・?」

「カツ丼さん?」

「あ、えっと・・・・・・」

 

しまった、という表情の咲だったが秀介はポンと手を叩く。

 

「ああ、カツ丼好きだからか、ははは」

 

秀介が笑うと靖子は少し膨れた。

 

「なんだ・・・・・・カツ丼さんって・・・・・・」

「いいじゃない、的確で」

「食べ物で呼ばれる覚えはないぞ。

 それを言ったらお前はリンゴジュースじゃないか」

「歓迎するよ、リンゴジュースはもはや俺の血肉だし。

 それはそれとして宮永さん、そんな呼び方したらその頭をぐりぐりする」

「ふぇ!?」

 

その言葉に咲は自分の頭を両手で押さえるのだった。

三人のやり取りを見ながらくすくす笑う久が口を挟んできた。

 

「シュウは藤田さんの親戚なのよ、ね?」

「そーです」

 

秀介の答えに、へーっと声を上げる一同。

 

「しかし靖子姉さん、わざわざこんなところに来てていいの?

 麻雀プロは麻雀打つのが仕事でしょう?」

「ちゃんと打つよ、これも仕事の内だ。

 お前もプロになろうという気は無いのか?」

「さぁて、どうだろうねー」

 

秀介は靖子の言葉を軽くいなすとジュースを飲む。

 

「・・・・・・プロにはならないんですか?」

 

和が聞くと、秀介が答えるよりも先に靖子が口を開いた。

 

「そうだ、こいつはどうもプロをバカにしている節があってな。

 私が「麻雀のプロを目指す!」と言った時、当時小学生だったこいつが何て言ったと思う?」

「「麻雀でお金稼いで食っていこうなんて、昭和40年くらいの人間の考えですね、おんぷ」、でしたか」

「ほーう、さすが言った本人、よく覚えているな」

 

すーっと手を上げた靖子はその手を秀介の首に回してぐいっと引き寄せる。

 

「ぐっ・・・・・・」

「まったく生意気な口をききおって、え?

 それだけの腕がありながらまったく・・・・・・」

 

ついでにぐりぐりと頭に拳を押しつけた。

 

「・・・・・・全ての打牌を理性と知識で解説しようなんて堅苦しい連中の群れになんか入っていくのは中々気が引ける」

「んー? それでもオカルトの連中だってゴロゴロいるぞ?」

「オカルトだって「~~のときは~~しろ」って言うような条件式組んでるじゃない。

 堅苦しいしめんどくさいし」

「お前はどっちにも当てはまらないってか」

 

秀介は軽くため息をつくと、首に腕を回されたまま呟くように言う。

 

「・・・・・・俺はもっと自由にやる」

「・・・・・・フン、プロでも自由にやればいいさ」

「自由にやったらやったで「あの一打はどういう理由で?」なんて解説を求められるに決まってる」

「それは確かにある」

 

くすくすと笑う靖子。

 

周りはそれについていけずにポカーンとしていたが。

 

 

 

「・・・・・・しっかし、お前も来ていたとは・・・・・・」

 

靖子はそう呟くと懐から一枚の用紙を取り出し、何やら考え始める。

 

「靖子姉さん、その紙は?」

「お前が入るとなると・・・・・・人数的に・・・・・・むぅ、私が外れるしかないか、仕方がない・・・・・・」

「・・・・・・聞いてる?」

 

秀介の言葉も耳に入らないのか、靖子はブツブツと独り言を続ける。

 

「・・・・・・っていうかそろそろ腕離してよ」

「やだ、お前と触れ合うのも久しぶりだし」

「だからそういうのはそろそろ彼氏でも作tt・・・ぐえっ」

 

失礼、しっかり聞こえた上で無視していたようだ。

 

 

 

そしてやがて、唐突に立ち上がった。

 

「全員揃っているな?」

 

全員に聞こえるようにそう告げる。

突然何事?と注目する一同。

それは清澄メンバーも同じだ。

 

「む・・・・・・まだ来ていないか。

 まぁいい、他のところから進めれば」

 

そんな中、付き合いが長いらしい久とまこと秀介だけが、その表情から何かを悟ったらしい。

 

「・・・・・・何やらかす気さ、靖子姉さん」

 

秀介の呟きが聞こえなかったかのように靖子は声を上げる。

 

 

 

「これからゲームをやろう」

 

 

 

「「「「「ゲーム・・・・・・?」」」」」

 

 

靖子の言葉に全員が顔を見合わせる。

そんな反応を面白そうに見ながら、靖子は話を続けた。

 

 

「まず全員に50000点支給し、それを持ち越しで半荘3回打ってもらう。

 箱割れはその場で終了、箱割れした者はその場で失格だ。

 参加者全員が3回終わった時点の上位4名で決勝を行う、というものだ。

 

 強制全員参加、あとまだ来てないメンバーも。

 

 見学、休憩も兼ねて一度に二試合ずつ行う。

 

 ルールは一発あり。

 裏ドラ、槓ドラ、槓裏あり。

 赤あり、喰いタン後付けあり、とまぁ標準なルールで行う。

 あぁ、純粋な役満重複もありだ。

 

 分かったら今やっているゲームを終了して、それから10分休憩の後にゲームを始めるぞ」

 

 

周囲から上がる「「「えぇ~!?」」」という声を無視して、靖子は一人満足気に笑った。

 

 

一方そんな靖子の行いにも慣れているのか、清澄のメンバーの一部は冷静だった。

 

「5万点支給の持ち越し?」

「珍しいルールだな」

 

久と秀介が呟く。

 

「一度体制を崩したら立て直すのが大変じゃの」

 

まこも普段と変わりなく話す。

その様子に他の清澄メンバーはいち早く持ち直したらしい。

 

「ボロボロに負けても次は原点から、とは行きませんからね」

「でも勝てばその分次に持ち越せるとも考えられるじぇ」

 

京太郎、優希もそういう。

 

「宮永さん、勝ちましょうね」

「うん!」

 

そんな中、和と咲はこっそり手を繋ぎ、気合を入れるのだった。

 

 

 

「ではメンバーを発表する。

 第一試合、清澄-竹井久、鶴賀-東横桃子、風越女子-池田華菜、龍門渕-龍門渕透華。

 第二試合、清澄-志野崎秀介、鶴賀-妹尾佳織、龍門渕-国広一、同じく龍門渕-井上純。

 

 他のメンバーは試合の邪魔や手助けなどしないようにな」

 

靖子がメモを片手にそう宣言する。

 

 

 

「ふ、藤田プロ、結構強引だなぁ・・・・・・」

「・・・・・・噂には聞いていましたが」

 

一の呟きに答える智紀。

 

「清澄のキャプテンも私も無視してそんなゲームを始めるなんて・・・・・・」

「いや、清澄はまだしもお前は関係ないだろ」

 

透華の言葉にあきれる純であった。

 

「何はともあれ、一番手はボク達だね、透華、純くん」

「・・・・・・そうですわね、私たちの強さを改めて教えて差し上げましょう!」

「ああ、せいぜい頑張ってこようぜ」

 

二人は立ち上がり、透華と共に卓に向かう。

 

「お二人とも、頑張ってらっしゃいまし」

「おう」

「うん!」

 

一言交わし、両者は分かれた。

 

 

 

「華菜、一番手ね」

「頑張ってきてね」

 

風越でも一番手の励ましをしていた。

池田はそれに笑顔で答える。

 

「先頭だし、がっつり稼いでくるし!」

「「「「いってらっしゃい」」」」

 

 

 

「で、では、行ってきます!」

 

妹尾は自分に気合を入れるように大きな声で言った。

 

「ああ、気楽に行って来い」

「50000点あるんだから、無理しないようにねー」

 

ゆみと蒲原に見送られる。

 

「えっと・・・・・・あれ? 桃子さんは・・・・・・」

「私ならここにいるっすよ」

 

ポンと肩に手を置かれ、ようやくその存在を見つけた妹尾。

 

「ああ、びっくりしました」

「ふふっ、一緒に行きましょうか」

「はい!」

 

二人は揃って卓へと向う。

 

 

 

「あら、私達が先頭?」

「負けたら次以降の士気に影響が出るな、負けないように」

「ふふっ、何それ、プレッシャーのつもり?」

「いや、冗談だ」

 

秀介と久は向き合い、パァンと軽くハイタッチをする。

 

「頑張ってらっしゃい」

「ああ、久もな」

 

そう笑い合って二人は卓に向っていく。

 

「・・・・・・なんかホント・・・・・・仲良さげだね」

「そうですね・・・・・・」

 

咲と和が揃ってその様子を見て少し顔を赤らめている。

 

「あの二人は以前からあんなもんじゃったよ」

 

まこはそう言って二人の肩を叩き「応援に行くぞ」とそのまま押して行った。

 

「シュウ」

 

ふと靖子が秀介に声をかける。

 

「久しぶりにお前の麻雀見させてもらうが、楽しみにしてるぞ」

「・・・・・・期待に沿えるように頑張りまーす」

 

秀介は手を振ってその場を離れた。

 

「フフ、さて見学に行くか」

 

二人が卓へついたのを見ると、靖子も腰を上げた。

 

「二人っきりね、あなた」

「バカ言ってないで応援行くぞ」

 

優希と京太郎も二人の応援へと向う。

 

 

そして、試合が始まる。

 

 




「・・・・・・ちなみに靖子姉さん、そのメンバーどうやって決めたの?」
「ん? 麻雀牌にそれぞれのメンバーの名前を割り当てて、引いた順」
「おい」



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08龍門渕透華その1 奇襲とステルス

闘牌シーンが分かりにくくないかと不安。


改めてルール説明

全員に50000点支給、持ち越しで半荘3回
ドボンあり、箱割者はその場で失格
組み合わせを変えて半荘3回終了後、上位4名で決勝

見学、休憩も兼ねて一度に二試合ずつ

ルールは標準
一発あり、裏ドラ、槓ドラ、槓裏あり、赤あり、喰いタン後付けあり



親と席を決める為に、場に伏せてある風牌を引いていく一同。

 

第一試合 親順

池田→モモ→透華→久

 

 

第二試合 親順

純→秀介→妹尾→一

 

 

(・・・・・・そういえば・・・)

 

池田がふと下家のモモを見ながら思い出す。

 

(下家の東横って人、大会中やたら周囲の人が振り込んでたっけ。

 何かあるのかな?)

 

そんな視線に気づいているのかいないのか、モモは笑顔で池田に挨拶をする。

 

「よろしくお願いしますっす」

「あ、うん、よろしくお願いします」

 

「じゃあ始めましょう?

 よろしくお願いします」

 

久も混じって挨拶を交わす。

 

 

「よろしくお願いしますわ」

 

そしてこちらはモモに振り込んだ本人、透華。

 

(あの時はやたらに振り込んでしまいましたけど、今回はそうはいきませんわよ?)

 

一人リベンジに燃えていた。

 

 

 

一方同時に試合が行なわれるもう一卓、一は対面の秀介に気を向けていた。

 

(透華が注意しろって言ってたけど・・・・・・そんなに危険なのかな?

 特に変な感じはしないんだけど・・・・・・)

「よろしくお願いします」

 

そんなことに気づかないのか、秀介は頭を下げてくる。

一もつられて頭を下げる。

 

「よ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 

妹尾と純も挨拶を済ませ、対局開始となった。

 

 

 

第一試合

東一局0本場 親・池田 ドラ{⑥}

 

9巡目、透華に聴牌が入る。

 

{五六七八①(ドラ)⑧2(横八)3678}

 

(三色崩れの平和ドラ1・・・・・・東一局から安手でリーチをかけるなんて私の打ち方ではありませんわ!)

 

三色への手変わり狙い。

{①}切りで聴牌はとるもののまだリーチはかけない。

 

一方のモモ。

 

{四七八①②(横③)(ドラ)⑦⑧⑨789}

 

一通ドラ1の一向聴。

だがカン{⑤}にしろ頭を作るにしろ待ちが良くない。

いっそのこと{①④⑥⑨}でも引いて平和手にした方が上がりやすそうな気もする。

789の三色も見えるし。

とりあえず{四}切りで様子見だ。

 

11巡目、池田に聴牌が入る。

 

{四[五]六②③④④(ドラ)⑦⑧3西(横4)西}

 

こちらも平和ドラ1。

だが透華のように守りに入るようなタイプではない。

 

(東一局の親番は慎重に・・・・・・なんてのがセオリーらしいけど。

 華菜ちゃんに言わせれば、親番っていうのはたくさん点を取る為にあるものだし!

 曲げた打ち方なんかしないし!)

 

ダァンと力強く{④}を横に倒す。

 

「リーチだし!」

 

チャリンと千点棒が卓に転がる。

 

(ありゃりゃ、怖いっすね)

 

モモがツモって来たのは安牌、ここはツモ切りする。

 

 

そして未だ一人不要牌を手に抱える久。

 

{一二三四七九(横四)①②③[5]69東}

 

(手が遅いわね・・・・・・。

 折角ヤスコが用意してくれた対戦の場、不本意にならないように頑張りたいんだけど・・・・・・)

 

池田の捨て牌を確認しつつ{9}を切る。

 

 

そしてぐるりと1巡回って再びモモの手番。

ツモったのは不要牌の{1}、池田にも安牌である。

考える間もなくツモ切り。

 

それにひくっと頬を引き攣らせたのは透華だ。

三色を待っていたところに出て来た上がり牌。

タンヤオも消えるド安目である。

 

が、池田のリーチを考えると見逃せはしない。

 

「・・・・・・ロンですわ」

 

ジャラッと手牌を倒した。

 

{五六七八八(ドラ)⑦⑧23678} {(ロン)}

 

「平和ドラ1、2000」

「ありゃ、はいっす」

 

モモは素直に点棒を渡す。

 

(まだ完全には消えきれてないっすね。

 でも後半にはそうはいかないっすよ)

 

一方渋々上がりながらも、ふとモモの捨て牌に目をやる透華。

 

(そういえば・・・・・・上家の捨て牌、ちゃんと見えてるじゃありませんの。

 やはり前回やたらに振り込んだのは何かの間違いでしたのね。

 おそらく原村和に気を取られ過ぎていたのでしょう。

 ちゃんと向き合えば私の敵ではありませんわ!)

 

フフンと気を取り直して点棒を受け取った。

そしてリーチを上がりきれなかった池田。

 

(ぐぬぬ・・・・・・上がれなかった・・・・・・。

 でもこれでいいし。

 攻めるのが華菜ちゃんの打ち方だし!)

 

こちらも気落ちしてはいなかった。

 

 

そして取り残されている久。

 

(・・・・・・次からちゃんと混ざれますように)

 

 

 

第二試合

東一局0本場 親・純 ドラ{三}

 

秀介捨て牌

 

{南①中⑧⑨六一3}

 

手牌

 

{二七七八八九①②②③8(横②)9北}

 

秀介は手作りを無視してメンバーの力量を測っているようだった。

 

(龍門渕さんはどちらも中々打てるようだが・・・・・・。

 下家の鶴賀は・・・・・・)

 

妹尾捨て牌

 

{九九8五東南一9}

 

({一9}はツモ切り、そしてあの微妙そうな表情。

 筒子に染めたいんだろうけど、牌が寄り付かないんだな)

 

秀介は苦笑いしながら牌を切っていく。

 

2巡後。

 

「リーチ」

 

純が{7}を切り出し、リーチを宣言する。

 

純捨て牌

 

{北西發八一91④四} {横7(リーチ)}

 

秀介はチラッと捨て牌を見たのち、{北}を切る。

一も純の切り出しに目を向ける。

 

(・・・・・・筒子の出が少ないけど、{④四7}が手出しだし染め手じゃないね。

 {三がドラということを考えると三四}とあるところにドラを重ねて別のところでの両面待ちかな?

 タンピンドラドラ・・・・・・。

 {④が④⑤⑥⑦}からの切り出しだとしたら567の三色もあるかも・・・・・・。

 となると最後の{7は677}からの切り出しかな・・・・・・?)

 

ん~、と自分の番が来る前に考える一。

そして妹尾はツモってきた牌を見て、ため息をつきながら{8}を切り出してきた。

 

「ロン」

 

純が手牌を倒す。

 

{(ドラ)三⑤⑤⑥⑥⑦⑦23467} {(ロン)}

 

「リーチ一発タンピン一盃口ドラドラ。

 裏無し、18000!」

「ふえぇぇ!」

 

がくっとうなだれる妹尾。

純は一本積み、親を続行だ。

秀介はやれやれといった様子で見守っていた。

 

そして局は進み、

 

 

それは起きた。

 

 

 

 

 

第一試合

東四局0本場 親・久 ドラ{⑨}

 

透華 60000

 

{四五六八①②③⑤⑥(横發)2白發發}

 

(ドラはありませんけどリーヅモ發、裏ドラ乗れば満貫と言ったところかしら)

 

{白}を切る。

 

「ポンだし!」

 

池田から声が上がる。

 

(龍門渕(モンブチ)さんは流れよさそうだし、これで少しでも止まるといいなー)

 

聴牌しつつ流れを潰したつもりの池田。

だが、再び透華のツモ。

 

{四五六八①②③⑤⑥(横八)2發發發}

 

(さぁ・・・・・・リーチと行きたいところですけれども)

 

透華は{2}を手にしつつ、しかし池田の捨て牌に目をやる。

 

その刹那。

 

 

「ろ、ロンです!!」

 

「「「「!?」」」」

 

声が聞こえたのは後ろ、つまりもう一つの卓からだ。

 

(・・・・・・びっくりしましたわ・・・・・・)

 

ふぅと息をつき、チラッと後ろを振り返る。

上がったのは鶴賀の妹尾のようだ。

その様子を何か信じられない物を見るかのような目で見ている一。

 

「はじめ? どうかなさいましたの?」

 

第一試合の途中にもかかわらず透華が声をかけるが、一に反応は無い。

 

「・・・・・・はじめ?」

 

 

 

第二試合

東三局0本場 親・妹尾 ドラ{八}

 

秀介 52300

配牌

 

{二四④⑥⑨146東(横6)東南白發}

 

メンバーの顔とその手牌、そして山に視線を送る秀介。

もちろん常人に牌が透けて見えるはずが無いのだが。

だが秀介はなにか面白いものでも見つけたかのような表情で{發}を切り出した。

 

(・・・・・・第一打が{發}?)

({南}の方がいらないですよね・・・・・・?)

 

後ろで見ていた何人かがボソボソと話している。

そして数巡後。

今度は{白}を切り出す秀介。

 

「えと、ポンです」

 

妹尾が{白}を2つ晒し、手牌から不要牌を切り出す。

 

({白}・・・・・・速攻で上がって連荘する気?)

 

一はそんなことを思いながら手を進めていく。

 

秀介手牌

 

{二四④⑥(横五)⑦⑨3466東東南}

 

チラッと妹尾の方を見るが妹尾は自分の手牌のことでいっぱいのようだ。

 

(えと・・・これが来たら・・・こうして・・・・・・・・・んと・・・これ何ていう役だっけ?)

 

秀介はそんな様子をみて小さく笑い、{⑨}を切り出す。

 

次巡。

 

一 47900

手牌

 

{五七(ドラ)九②②③④(横②)458南南}

 

(ん、一向聴か)

 

{8}を切り出す。

 

({南}がもっと早くに出てくれればガンガン鳴いていけたんだけど・・・・・・。

 誰かと持ち持ちになってたら上がれないし・・・・・・)

 

だが2巡後、秀介の手牌から{南}が出る。

 

「ポン」

「あぅ」

 

飛ばされた妹尾から声が上がるが気にしない。

ともかくこれで聴牌だ。

 

{七(ドラ)九②②②③④45} {南横南南}

 

同巡。

 

「チー」

 

秀介が{横三四五}と晒し、{4}を切ってくる。

 

(かすった・・・・・・、あんなところを切ってくるなんて、聴牌かな?)

 

一は秀介を見ながらそう思う。

が、直後に妹尾が{東}を切ると。

 

「ポン」

 

再び鳴いた。

 

(まだ張ってなかったのか。

 でもこれでニ副露、さすがに聴牌だろう)

 

そして直後、妹尾から声が上がる。

 

「あ、えっと・・・・・・リーチです!」

 

タァン!と音を立てて牌を横倒しに捨てる妹尾。

ガクッとずっこける一同。

 

「・・・・・・鳴いてたらリーチできないだろ」

「え!? あ、えっと、そういえば・・・・・・ご、ごめんなさい!」

 

秀介の指摘に、妹尾はあたふたしながら牌を縦に直した。

 

(おっちょこちょいだなぁ、まったく。

 緊張感が切れちゃうよ)

 

一はため息をつきながらツモる。

ツモったのは{發}。

迷いなくツモ切った。

 

直後であった。

 

 

「ろ、ロンです!!」

 

 

「え・・・・・・?」

 

パタンと倒された手牌は。

 

 

{三三} {⑤⑥⑦} {發發} {中中中} {横白白白} {(ロン)}

 

 

「えと・・・・・・白發中・・・・・・三翻で、えっと・・・・・・ご、5200?」

「おいおい・・・・・・」

 

妹尾の言葉にあきれる秀介。

 

「だ、大三元だと!?」

 

純が思わず声を上げる。

周囲からもざわめきが上がる。

 

「あ! そ、そうです、確かそんな名前で・・・・・・」

「ちょ、待て! ってことはどうなる?」

 

妹尾の言葉を遮りながら純が言う。

 

「親の役満48000で・・・・・・一、お前の点数は・・・・・・」

「・・・・・・47900・・・・・・」

 

呟くように一が言う。

 

「ってことは・・・・・・」

「トビ、だな」

 

秀介が席を立ちながらそう言う。

 

「・・・・・・そんな・・・・・・」

 

ガクッとうなだれる一。

 

「はじめ? どうかなさいましたの?」

 

透華の声も耳に入らない、それほどの出来事。

 

 

 

「・・・・・・し、信じられんな・・・・・・」

「当の本人、どれだけの事やったか分かってないみたいだ。

 教えてやろうよ」

 

蒲原が遠目に眺めていたゆみをつれて妹尾のいる卓へ向かった。

 

 

「や、役満? 鶴賀が?」

「誰か牌譜取ってない・・・・・・?」

「ごめんなさい、龍門渕と清澄はチェックしてたんですけど・・・・・・」

 

風越のメンバーがあたふたとしている。

大会の時には素人だったし、今日も打ち方が大して変わっていなかったので、誰もチェックしていなかったのだ。

それがまさか、役満を出すことになるとは誰も予想してなかったようだ。

 

 

(この人・・・・・・今のを故意に・・・・・・!?)

 

唯一、秀介を後ろから観察していた美穂子だけが、その不思議な手順とその結果起きた事態を理解していた。

頭では理解していても受け入れられてはいないようだが。

 

(・・・・・・もし・・・・・・)

 

ごくっと唾を飲み込む。

 

(他人を上がらせる為に使った今の流れ・・・・・・自分の上がりに使ったら・・・・・・!)

 

どんな事態が起こるのか。

それは打ってみなければ予測もつかない。

 

 

 

第二試合終了

 

妹尾 82900

純  64900

秀介 52300

一   -100

 

 

 

 

靖子は頭を抱えていた。

 

「・・・・・・やりやがった・・・・・・」

 

負けるとは思ってなかったし、何かやるかもとは思っていたが、まさか役満を直撃させるとは!

 

確かに上がったのは秀介ではないし、周囲の人間も牌譜を取っていなかったようだし気付かれる可能性も少ないだろうが。

それでも靖子は秀介の仕業だと確信していた。

こう見えて付き合いは長いのだ。

 

 

 

一方声で状況を聞いただけの久も頭を抱えていた。

 

(シュウ・・・・・・久々に会ったヤスコが期待寄せてたみたいだし、どうせまたあんたが何かやらかしたんでしょう?

 まったく、自分が上がって盛り上げればいいのに)

 

やれやれ、と小さく首を振る。

 

 

 

久の応援をしていた和と咲も秀介の卓の近くで顔を見合わせている。

 

「し、志野崎先輩が3位?」

「でも役満が出たんじゃ仕方ないよ。

 あの人安手を連荘して順位を上げるタイプだし・・・・・・」

「そうかもしれませんけど・・・・・・」

 

何か引っかかります、と和は捨て牌と全員の手の進行状況を確認しようと卓に向っていく。

咲も慌ててそれについていった。

 

 

 

(・・・・・・は、はじめが・・・・・・トビ!?

 そんなまさか・・・・・・)

 

透華が意識を隣に奪われながら切った{2}。

 

「ロン」

「・・・・・・はっ!」

 

池田が手牌を倒す。

 

{三四五1134456} {白横白白} {(ロン)}

 

「白のみ、1000」

「くっ・・・・・・はい」

 

点数を差し出す透華。

 

その後、透華は自分の顔をパンと叩いた。

 

(いけませんわ、今は自分の事に集中しないと・・・・・・。

 私がこんな調子じゃ、一も不安になってしまいますわ!)

 

 

そんな中、モモは一人クスッと笑った。

 

(みなさんお互いに意識が行っているようっすね。

 時間的には早いけど、そろそろ頃合いかもしれないっす)

 

四者四様に見合いながら局は進む。

 

 

 

「ツモ、2000・1000」

 

流れを変えるべく、次局透華がアガリを取る。

 

そして、

 

 

南一局0本場 親・池田 ドラ{四}

 

透華 63000

 

{三(ドラ)五六七⑤⑥⑦⑧(横⑧)⑨567}

 

(これでタンピン三色聴牌ですわね。

 この試合、何としてもトップではじめの元に帰りませんと!)

「リーチですわ!」

 

流れを掴んだのか、順調に聴牌した透華は{⑨}を切り出してリーチを宣言する。

しかし。

 

「・・・ロンっす」

「・・・・・・え?」

 

{二三(ドラ)七七①②③⑦⑧中中中} {(ロン)}

 

パタンと手牌を倒したのはモモだった。

 

「リーチ中ドラ1、5200」

「!?」

 

振り込んだ透華の動きが一瞬止まる。

 

(り、リーチ!? いつの間に!?

 まさか! 私が見逃していたと!?)

「あ、あなたリーチの・・・・・・」

「したっすよ」

 

以前交わしたやり取りと言うこともありあっさりと返事をするモモ。

そんな素っ気なさに透華はぐぬぬと表情を歪める。

 

(これを上がってようやく3位。

 思ったよりも点数は持っていかれてないっすけど、そろそろ返してもらうっすよ)

 

 

スーパーデジタル打ちの化身原村和がいないこの卓、まさにステルスモモの独壇場になろうとしていた。

 

 




ごめんよはじめちゃん、決して君の事が嫌いなわけじゃないんだ。


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09龍門渕透華その2 ステルスと氷

今回ちょっと短いです、ごめんなさい。



第一試合

南ニ局0本場 親・モモ ドラ{4}

 

「リーチだし!」

「ポンですわ!」

 

透華 57800

 

{二三七九⑨⑨(ドラ)4567} {發横發發}

 

池田のリーチ宣言に合わせて、切られた{發}を鳴く透華。

{九}を落として一向聴だ。

 

(トップとは言えまだ原点から+7800・・・・・・。

 安全圏とは言えませんわ)

 

勝負を楽しむという点では十分に面白い展開。

だが何とかもっと点数を稼ぎたいところだ。

 

(焦ってはいけませんわ、まだ点数はこっちの方が上なんですし)

 

数巡後。

 

{二三七⑨⑨(ドラ)56(横一)7} {發横發發}

 

(發ドラドラ聴牌ですわ!)

 

{七}を切り出す透華。

その直後、モモが手牌を倒す。

 

「ロンっすよ」

「・・・え!?」

 

{五六③④⑤⑥⑦⑧23(ドラ)88} {(ロン)}

 

「リーチタンピンドラ1・・・・・・裏1つ。

 満貫っす」

(なっ・・・・・・また!?)

 

少し乱暴に手牌を倒し、点棒を差し出す透華。

この親満振り込みは痛い。

一撃で4位転落だ。

 

でもまだまだ。

 

(他の方からも点棒頂きましょうか)

 

自動卓に牌を流し込み、再び気配を虚ろにしながらモモはニコッと笑った。

 

 

 

南ニ局1本場 親・モモ ドラ{1}

 

9巡目。

 

池田 50000

 

{七八九③③⑧(ドラ)22(横⑦)338}

 

(来たし! リーチ平和一盃口ドラ2で満貫確定!)

「リーチだし!」

 

{8}切ってリーチと行く。

 

そんな手に振り込む透華ではない。

あっさりと回避する。

 

そして数巡後、少し考えた久の手から{⑥}が零れる。

 

「ロンだし!」

 

ジャラッと手牌が倒れた。

 

「リーチ平和一盃口ドラ2! 裏ドラが・・・・・・」

 

池田が自分の目の前の王牌の裏ドラを手にしたその時であった。

 

「待ってくださいっす。

 それ、フリテンっすよ」

「へ?」

 

トントンとモモが自分の捨て牌を叩いているのが見えた。

 

そこには確かに{⑨}が転がっていた。

 

「にゃ!? にゃんで!?」

「チョンボっすね」

 

ニコッと微笑みかけるモモ。

その後靖子に確認を取る。

 

「チョンボ時の裁定はどうなってるっすか?」

「一応、あがり放棄で続行だが・・・・・・」

 

カタンという音と共に池田の手から零れ落ちた裏ドラが露わになる。

 

「・・・・・・裏ドラが晒されるとそうもいかんな、満貫払い」

 

うぐぅ、としょぼくれながらも8000点を場に出す池田。

 

「な・・・・・・何でこんなミスを・・・・・・」

 

(さてさて)

 

龍門渕と風越からは点を頂いた。

残るは正面に座る清澄、久である。

 

 

 

南ニ局2本場 親・モモ ドラ{南}

 

モモ 62200

 

{一二三①②③⑤⑦1(横6)368西}

 

三色一向聴、この時まだ5巡目だ。

 

(この局ももらったっすよ)

 

{西}を切るモモ。

狙うは対面の久だが、他二人から出ても容赦なく上がるし、ツモでも当然上がる。

 

(よくオリ打ちしてるっぽいっすから狙えなかったっすけど。

 今回は打ち取らせてもらうっすよ、清澄さん)

 

既に姿は誰にも認知されていない。

それは同卓の敵だけでなく、周囲で見ている人間にも、だ。

モモは一人笑う。

この状態になった自分、ステルスモモから逃げられる人間は・・・・・・いない。

 

 

「・・・・・・あら」

 

 

はずだった。

 

 

「ごめんなさい、ツモっちゃったわ」

「ふぇ?」

 

 

ジャラッと久の手牌が倒れる。

 

 

{四五③④⑤⑨⑨123(ドラ)南南} {(ツモ)}

 

 

「南ドラ3、満貫ね」

 

狙い打とうと決めた直後にインスタント満貫であっさり逃げられた。

むぅ、と悔しそうにするモモ。

 

久としても普通に手を進める予定は無かったのだが。

 

(・・・・・・モモちゃんはもう気配が消えてるし・・・・・・ロン上がりが狙えないと私の悪待ちもあんまり意味がないからね。

 ・・・・・・でも、全国には似たような猛者がいるかもしれないし、何とか普通に打てるようにならないと)

 

でないと折角の合宿の意味がない、と久は少しばかり反省する。

 

 

 

南三局0本場 親・透華 ドラ{東}

 

透華 45600

 

{一二三六①②⑥⑦⑨(横7)27西中}

 

(現在3位・・・・・・トップとは12400点差・・・・・・。

 この親で何とか連荘しませんと!)

 

そうは思うが手牌が思わしくない。

もちろん上がるのが最低条件として、少しでも高い点数で上がりたい。

となるとこの手、筒子が伸びての一通か、123の三色を目指したい所。

 

(条件はきついけれども、狙うしかありませんわ!)

 

一方ラス目の池田。

 

池田 39800

 

{三四八①⑤⑤3(横6)46(ドラ)東東白}

 

(この局は私がアガらせてもらうし!)

 

池田とてここで諦めはしない。

トップとの差は2万弱、そしてドラ暗刻。

他に役は必要だが、ここで最低満貫だけでもアガっておけばオーラスが楽になる。

ましてや3位の透華が親。

4位に引き摺り落とすチャンスでもある。

 

(良く分からないチョンボもやらかしちゃったし。

 ここは何としても上がるし!)

 

 

そして、無駄ヅモが続きながらも少しずつ手を進めていった透華が一向聴になる。

 

{一二二三①②⑥⑦⑦(横③)2377}

 

(一向聴・・・・・・!

 なんとかここまでこれましたけど・・・・・・)

 

{二}を叩き切る透華。

だが。

 

池田手牌

 

{三四八(横二)⑤⑤⑤3466(ドラ)東東}

 

「来たし! リーチ!!」

(!! 先を取られた・・・・・・)

 

透華の願いもむなしく先に張ったのは池田。

モモも久も手が入らないのか降り気味。

そしてこれ以降透華も手が進まず、数巡後池田がアガリをとる。

 

「ツモ! リーチドラ3、満貫!」

 

混戦状態のまま迎えるはいよいよオーラスである。

 

 

 

「・・・・・・今のは痛いな、龍門渕。

 そしてどうやら善戦しているな、久」

「ですね」

 

試合を終えて見学に回っていた秀介の言葉に咲も頷く。

 

「・・・・・・にしても変だじぇ。

 あの人ときどきいること忘れちゃうしぃ・・・・・・」

 

優希が目をこすりながらモモを見ている。

秀介もふむ、と顎をさすりながら頷く。

 

「あれはまた変わった能力を持ってるな。

 あんなのは初めて見たぞ」

「・・・・・・能力なんてそんな非科学的な話しないでください」

 

なにやら膨れながら和が口を挟んでくる。

 

「のどちゃんはスーパーデジタルだから、見失わないんだじぇ」

「だから・・・・・・見失うとかそういうオカルトはありえません」

「何はともあれオーラスだね」

 

咲の言葉に全員が卓の方を見る。

卓上では洗牌された山が現れ、久が賽を振っていた。

 

 

 

(ラス目・・・・・・)

 

透華が表情をゆがめる。

 

(名門龍門渕の副将を務めるこの私が・・・・・・オーラスでラス目?

 

 はじめを元気づける為にもトップで帰ると誓ったこの私が・・・・・・私が・・・・・・!)

 

 

 

ピシッ、と空気が凍った。

 

 

 

 

 

南四局0本場 親・久 ドラ{四}

 

モモ 56000

手牌

 

{二二五七①③⑦⑨(横④)349北北}

 

(う~ん・・・・・・トップ目だし、変に荒れる前にさっさと上がって終わりにしちゃいたいところっすけど)

 

手が伸びるかどうかはツモ次第と、あまり気負わずに{9}を切って手を進めていった。

 

5巡目。

 

「ポン」

 

透華が捨てた{6}を池田が鳴く。

が、捨て牌を見る限り染め手ではない。

 

(対々? タンヤオか役牌を入れても5200程度・・・・・・。

 私との点差は8200。

 今の私から直撃を取ることは不可能っすから、逆転には満貫ツモが必要っすね。

 となればドラでも抱えてるっすか)

 

モモ手牌

 

{二二五六七③④⑦⑨(横⑤)34北北}

 

(このまま行くとシャボ待ち・・・・・・{北}は仕方ないとしても{二}は周辺の牌を引いておきたいっすね)

 

{⑨}を切り出すモモ。

紛れが起きる前に上がってしまいたい。

だが。

 

「カン!」

 

池田が透華の{2}を明カンする。

そして新ドラ表示牌がめくられ、{1}が現れた。

周りもざわめく。

 

「よっしゃ!」

 

カンされたのは{2}、そして新ドラ表示牌が{1}。

ということは・・・・・・。

 

(風越さんがドラ4! タンヤオか役牌つけて満貫か、対々で跳満!!

 まずいっす、跳満ならツモはもちろん誰から上がっても逆転されるっす!)

 

今の自分が振ることはないが、誰から上がっても逆転と言うのはまずい。

一応池田の下家である自分は池田の上がり牌を切ってフリテンにさせるという手が十分に使える。

それを期待して手を進めて行くしかない。

 

モモ手牌

 

{二二五六七③④⑤⑦3(横⑥)4北北}

 

(む・・・・・・ここで{⑥}はありがたいっすね)

 

一向聴は変わらず。

だが{二か北}を切れば平和がつく。

とにかく上がれば勝利のモモにとってリーチをかけなくて済む手役はありがたい。

ちらっと池田の捨て牌を見る。

 

(対々、タンヤオ、どちらも可能性はあるっす。

 {北}は風越さんの役牌じゃない・・・・・・これが上がり牌の可能性は低いっす。

 なら今私がやるべきなのは・・・・・・)

 

スパン、と{二}を切りだした。

 

(これが上がり牌でもフリテンっすよ? 風越さん)

 

姿は見えないがにこっと笑いかけてやる。

 

と。

 

「チー」

 

透華の捨てた{⑦}を鳴く久。

現在久はわずか1400点差で2位。

 

(こっちもまずいっす・・・・・・ロンならまだしもツモられたら一翻でも逆転されるっす!)

 

二役あったら池田と同じくどこから上がっても逆転である。

トップなのにここまで追い詰められるとは!

 

だが。

 

(燃えるっす! 負けないっすよ!)

 

モモはこの試合を楽しんでいた。

 

もちろん逆転を目指す池田も久も。

 

 

 

そんな中、

 

あまりに静かすぎた彼女は唐突に

 

 

 

「・・・・・・ツモ」

 

 

パタンと手牌を倒した。

 

 

透華 捨て牌

 

{北發77④九4二}

 

手牌

 

{一一二二三三(ドラ)五六七南南南} {(ドラツモ)}

 

「南混一色ツモ一盃口ドラ2」

 

「「「なっ!?」」」

 

その捨て牌で萬子の面前混一(メンホン)!?

が、すぐに思い至る久。

 

池田が鳴いた{6と2、久が鳴いた⑦}。

それらを捨て牌に混ぜれば萬子が少ないのは一目瞭然。

しかも切り出しは後半に偏っている。

 

(周りの人間に鳴かせることで捨て牌の数を減らし、手の進行を隠すなんて・・・・・・!)

 

久は改めて透華を見る。

 

普段の目立ちたがり屋なお嬢様はどこへやら、氷のように冷静な判断力。

 

そして手牌を悟らせぬ治水の河。

 

 

龍門渕透華、ラストで僅差の逆転。

 

 

 

池田 43800

モモ 52000

透華 57600

久  46600

 

 




いきなり治水とか言われても今後透華の出番がなかったら能力分からんですよ(
とりあえずこんな感じでまとめてみました。
小林立先生の今後の展開に期待!


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10龍門渕透華その3 笑顔と仇討ち

「華菜、お疲れ様」

「キャプテン・・・・・・負けちゃいましたー!」

 

笑顔で迎えてくれた美穂子の胸に、うにゃぁ!と鳴きながら飛び込む池田。

 

「大丈夫よ、華菜。

 マイナスはたったの6200じゃない、すぐに取り返せるわ」

「うぅ~・・・・・・でもでも、ビリには違いないですし・・・・・・」

 

泣いてはいないもののいつになく弱気な発言の池田。

僅差とはいえ大事な初戦で負けたのが応えているらしい。

 

「大丈夫よ。

 皆も華菜のこと責めたりしないわ」

「うぅ・・・・・・本当ですか?」

 

ちらっと顔を上げて周囲の様子を窺う。

皆は笑顔で迎えてくれていた。

 

「大丈夫だよ、華菜ちゃん」

「誰も怒ったりなんかしてない」

「池田先輩の頑張り・・・・・・伝わりました!」

 

吉留、深堀、文堂もそう言ってくれる。

そこまでされていつまでも落ち込んでいるような池田ではない。

 

「ありがとうみんな! 次の試合は絶対に負けないし!」

「その調子よ、華菜」

 

調子を取り戻した池田は次の試合に向けて気合いを入れるのだった。

 

 

 

一方の鶴賀。

役満を上がってトップの妹尾に続き、中盤以降トップをキープしていたモモ。

鶴賀にとって全く文句の無い出だしだ。

 

「お、お疲れ様です、桃子さん」

「お疲れっすよ」

 

一足先に試合を終えて席に戻っていた妹尾とモモが互いをねぎらう。

 

「お疲れ、モモ」

 

ゆみもモモを迎えた。

 

「ごめんなさいっす、先輩。

 最後にマクられちゃいましたっす」

「気にすることは無い、ゲームを支配していたのはお前だと言っても過言ではないしな」

「そうだぞ、モモ。

 誇りこそすれ謝ることは何にもないぞ」

 

蒲原もモモを褒めるのに参加する。

 

「あ、ありがとうございますっす。

 次の試合も頑張るっす!」

「わ、私もがんばります!」

 

モモが気合いを入れたのに妹尾も乗っかる。

 

(((私も負けていられないな)))

 

その様子を見て残りのメンバーも士気を高めるのであった。

 

 

 

「ふぅ、最後に親っかぶりで三着とはね」

 

善戦はしていたのだが最後に三着に落されたことで久は苦笑いをしながら戻ってきた。

 

「自分らしく打てなかった罰かしらね」

「まくられてやんの」

「なによ、あんただって3着の癖に」

 

久がからかってくる秀介の頬をつつこうと人差し指を繰り出すが、あっさりとかわされる。

 

「・・・・・・なんだか部長の性格が変わってきてるような・・・・・・」

「きっと普段抑圧されていたものが解放されたんだじぇ」

「受け止めてくれる人がおるっちゅうのはいいもんじゃの」

 

和、優希、まこがその様子を見ながら好き勝手に言う。

言われて恥ずかしくなったのか、久はドカッとソファーに腰を下ろす。

その目の前に秀介がリンゴジュースの入ったコップを差し出した。

ストローもついている。

 

「いるか?」

「・・・・・・いる」

 

コップを受け取り大人しくストローを咥える久。

秀介はそれを見て笑顔を浮かべて隣に座り直すと、自分用に買っておいたリンゴジュースを飲むのであった。

その様子を見て思わず咲がつぶやく。

 

「・・・・・・よくできた旦那さん・・・・・・」

「「ぶっ!」」

 

その言葉に秀介と久が同時に吹き出した。

 

「ちょ、な・・・げほっ!・・・・・・宮永さん、今何か言ったかしら?」

「え、いえ、その・・・・・・」

 

なんだか怖い視線に思わず目を背ける咲。

一方の秀介は咳が止まらないようであった。

 

「ちょ、大丈夫? シュウ」

「げほっ! げっほっ! ・・・・・・なんとか・・・・・・ゲフン!」

 

どうやら落ち着いたようだ。

すると秀介は握り拳を合わせるようなモーションをしながら咲に告げた。

 

「・・・・・・宮永さん、グリグリするからこっちきて」

「ふぇ!」

 

驚く咲。

その様子がおかしかったのか、和がくすっと笑ったのをきっかけに、一同に笑顔が戻る。

清澄高校は共に3着で終わったにもかかわらず、笑顔で次の試合を迎えるのであった。

 

 

 

「ったく・・・・・・最後の最後でようやくかよ、ハラハラさせやがって」

「・・・・・・まったくです」

 

透華の試合結果を見て、純が大きなため息をつく。

智紀もそれに頷いた。

 

「・・・・・・けどまぁ、やっかいなのがいたからな。

 次からは楽になると思うぜ」

 

本来透華は強いんだからな、と呟く純。

それに対し、ひょっこりと現れた衣が告げる。

 

「短絡的思考」

「あんだと?」

「きゃー、純が怖ーい」

 

純がふざけ半分に拳を上げると、衣はきゃーと叫びながらソファーから離れるのだった。

それを笑いながら見ていた純は、チラッと一の方を見る。

 

 

大三元振込みでまさかの第一試合敗退、龍門渕にあるまじき失態だ。

そのそばにいる透華も他のメンバーが相手なら叱ったことだろう。

 

だが透華と一の仲の良さは、龍門渕の麻雀部員なら誰もが知るところ。

透華も始めは慰めたり相手への怒りを露わにしていた様だが、やがて黙って一をそっと抱きしめた。

 

今はどんな言葉も届くまい。

ならばせめてこの試合で優勝を飾り、せめてもの(はなむけ)としてやるしかあるまい。

 

「・・・・・・衣・・・・・・」

 

この試合、一のためにも絶対勝つぞ。

そういいたくて純は声をかけた。

だが聞こえてきたのは返事ではなかった。

 

「一が役満を振るなんてありえないことなのだ」

「・・・・・・?」

「きっとあいつが何か仕掛けたのだ」

 

純はソファーから立ち上がり、衣の近くに歩み寄った。

 

「・・・・・・あいつって?」

「志野崎、と言ったか、あの男」

 

衣の視線の先には久と話をしている秀介がいる。

 

「・・・・・・でも、上がったのは鶴賀の妹尾だぞ?」

「「他人に他人を振り込ませる」という芸当をやってのけたのだ。

 もちろん凡人にできる所業ではない」

「まぁな・・・・・・流れをいじくったところでオレにもできないだろう」

 

そこでふと思い至る。

そういえば透華も注意しろと言っていた気がするし・・・・・・。

 

「・・・・・・あいつ・・・・・・衣みたいに強いのか?」

 

思い切って聞いてみた。

が、衣はフンッとそっぽを向く。

 

「愚者共はみな自分に理解できないものを化け物と定める。

 だがその化け物にも一から十までいるのだ」

 

直後、辺りを圧迫感が襲う。

 

「あのような男より、衣の方が上だ」

 

ゾクッと純の背筋が凍りかける。

おそらく衣は本気だ。

まだ昼前、日が暮れるにはかなり時間がある。

それでもおそらく衣の支配に太刀打ちできる者などいるまい。

 

「・・・・・・せいぜい点を稼いだら衣は休ませてもらう、あの男との対戦に控えたい」

 

衣がそう告げると同時に周囲の圧迫感が消えた。

 

 

 

ふと、透華が一のそばを離れる。

 

「・・・・・・何か、ハギヨシに飲み物でも用意させますわ・・・・・・。

 ごめんなさい、はじめ。

 すぐ戻ってきますわ」

「・・・・・・」

 

そういうが一の表情は浮かない。

透華はそれを辛そうな表情で見守りながら、智紀を呼び寄せた。

 

「・・・・・・ともき、私が戻ってくるまでの間、はじめを慰めていてくださいまし。

 すぐ戻ってまいりますけど」

 

声をかけるとコクッと小さく頷く智紀。

透華はそれを確認すると卓の方へ向かって行った。

残された智紀は一の方に向けて両手を広げた。

 

「・・・・・・私を透華さんだと思って・・・・・・」

「・・・・・・抱きつけって?」

 

一が聞くとコクッと頷く智紀。

落ち込んでいた一だったが思わず吹き出した。

 

「・・・・・・ありがと、ともきー」

 

一がお礼を言うと、智紀は恥ずかしそうに腕を下げ、背を向けるのだった。

 

 

 

「さて、両試合共に終わったことだし、休憩を挟んで次の・・・・・・んー、まだ来てないのか、まったく・・・・・・」

 

靖子が頭を掻きながらそう言うと、そのタイミングでガチャリと部屋のドアが開かれた。

全員の視線がそちらに集まる。

 

 

 

「・・・・・・遅れてしまいましたかな?」

 

現れたのは男性、50代かもう少し上か。

それを見て靖子が歩み寄る。

 

「南浦プロ、ようこそ」

「どうも、藤田プロ」

 

両者は握手を交わした。

 

「本日はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、お忙しい中ご足労いただきありがとうございます」

 

挨拶を交わすと南浦プロと呼ばれた男性はドアの方に向き直る。

 

「お約束通り数絵と・・・・・・それから途中で迷っていたらしいお嬢さん達も連れて来ましたよ」

「・・・・・・それはもしや」

 

二人が言葉を交わす中、新たに三人ほど入ってくる。

 

「どうも、失礼します」

「ど、ども」

「失礼します」

 

 

「マホちゃん」

「ムロマホコンビだじぇ」

 

二人に和と優希が声をかけると、二人も手を振って返事をした。

 

「来ちゃいました、お久しぶりです、和先輩、優希先輩」

「久しぶりだじぇ」

 

ワイワイ盛り上がる四人をよそに、南浦は靖子に話しかける。

 

「もう例の試合を進めていらっしゃるのですかな?」

「ええ、間に合わなかったら後回しにと思っていたのですが、お孫さんの出番はまだですよ」

 

ちらっと見るとお孫さんとやらはこちらに歩み寄ってきた。

 

「初めまして、藤田プロ。

 孫の南浦数絵と申します」

「初めまして、個人戦での活躍は拝見させてもらったよ」

「本日はよろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる、礼儀のいい子だ。

それはそれとして、と靖子はマホの方に近寄っていく。

 

「間に合ってよかったな。

 来て早々試合だが大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫ですよ」

 

笑顔でぐっと拳を作って見せるマホ。

靖子はフッと笑い「そうか」とまた元の場所に戻る。

 

 

「では、次の試合を発表する」

 

 

その言葉に、一同にまた緊張が走る。

 

 

 

「第三試合、清澄-須賀京太郎、鶴賀-津山睦月、龍門渕-天江衣、高遠原中-夢乃マホ。

 第四試合、鶴賀-加治木ゆみ、風越女子-吉留未春、同じく風越女子-深堀純代、清澄-染谷まこ。

 

 以上のメンバーは試合の準備をしてくれ」

 

 

 

 

 

透華は発表が終わると飲み物を持って即座に一の元に戻った。

 

「戻りましたわはじめ、大丈夫ですの?」

「透華・・・・・・心配してくれてありがとう。

 もう大丈夫だよ」

 

一は笑顔で透華を迎えた。

 

(・・・・・・冗談半分でお願いしたのに、はじめに笑顔が・・・・・・一体どんな魔法を!? ともき、恐ろしい子!)

 

「それから・・・・・・」

 

チラッと一目見て、一にはすぐに分かった。

 

衣が全力であることを。

 

「・・・・・・衣・・・・・・最初から全力なの?」

「うむ」

「で、でも・・・・・・危険視しなきゃいけないような相手は別に・・・・・・」

 

一はおろおろしながら衣を見送る。

衣は一に背を向けたまま答えた。

 

「一の仇を取る。

 そのために今は少しでも点棒を稼ぐ必要がある」

「ボクの・・・・・・仇・・・・・・?」

 

そこでようやく衣は振り向いた。

 

「うむ、応援してくれ、一」

「わ、分かったよ、衣」

 

そう、ボクは一人じゃない。

ボクの事を大切に思ってくれている人がいる。

なら・・・・・・いつまでも落ち込んでなんていられない。

 

「頑張って! 衣!」

 

一の言葉に、衣は手を振って答えた。

 

 

 

「津山、次の試合頼んだぞ」

「はい、加治木先輩こそ」

 

ゆみの言葉に頷く津山。

モモも妹尾も初戦で善戦したのだ、自分も無様な試合はできない、と気合を入れる。

だがその相手には天江衣がいる。

どこまでやれるか・・・・・・。

 

「むっきー」

「は、はい!?」

 

そんな緊張した様子の津山の方をポンと叩く蒲原。

 

「あんまり気負わないで気楽に打ってきな」

「し、しかし・・・・・・」

「公式戦じゃないんだし、楽しく打つのが一番だよ」

 

その言葉に、「う、うむ・・・・・・」と頷く津山。

 

「分かりました、楽しんできます」

「それでよし、ワハハ」

「私達も応援してるっすよ」

 

モモも津山に言葉をかける。

 

「では行くぞ」

「はい」

 

「ゆみちん頑張れー」

「先輩頑張ってくださいっす!」

「頑張ってきてください!」

 

チームメイトの応援を受けてゆみと津山は卓に向うのであった。

 

 

 

顔を合わせて席を立つのは次の試合を行なう未春と深堀。

 

「じゃあ、キャプテン、行ってきます」

「行ってきます」

「いってらっしゃい。

 あ、二人とも」

 

ふと、美穂子が相模を呼び止める。

 

「相手はどちらも強敵だと思うけど、頑張ってきてね」

「はい、頑張ります」

 

未春の返事に深堀も頷き、二人は卓に向った。

二人を見送ると、美穂子がメンバーの方を向く。

 

「じゃ、応援に行きましょうか」

「「はい!」」

 

 

 

「お、俺が天江衣とですか・・・・・・?」

 

京太郎が緊張した面持ちで衣のように視線を向ける。

 

「アタリくじだな」

「え、ハズレじゃないんスか?」

 

秀介の言葉に思わず突っ込む京太郎。

 

「ん、冷静な突っ込みができてるあたり平気そうじゃないか」

「いや、別に平気ってわけじゃ・・・・・・」

 

そんなやり取りに久も笑いながら参加する。

 

「ま、精一杯打ってらっしゃい」

「マジッスか・・・・・・」

 

その言葉に京太郎はゲンナリとしていた。

続いてまこも席から立ち上がる。

 

「ほいじゃ、わしも行ってくるけぇの」

「行ってらっしゃい、染谷先輩」

「頑張ってください」

 

卓に向かうまこに京太郎も続く。

 

「まぁ、須賀君もトバないように頑張ってきたまえ」

「頑張るんだじぇ、京太郎!」

「は、はい、頑張ってきます・・・・・・」

 

二人を見送り、久達もまとまってついていく。

 

「じゃ、応援に行きましょう」

 

 

 

仲間に見守られ、また新たな試合が始まる。

 

 



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11夢乃マホその1 模倣と停滞

第三試合 親順

マホ→衣→京太郎→津山

 

 

第四試合 親順

まこ→ゆみ→深堀→未春

 

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

一同が揃って挨拶をして試合は始まる。

 

と、優希がマホに近寄って行った。

 

「ほい、タコスだじぇ」

「ありがとうございます」

 

優希から受けとったタコスを食べながら、マホは起家マークをセットする。

 

 

第三試合

東一局0本場 親・マホ ドラ{3}

 

「マホが起家です!」

 

 

 

「久々にマホのタコスぢからが見られますね」

「そうだじぇ」

 

ムロと呼ばれた少女の言葉に優希も頷く。

 

「・・・・・・タコスぢから?」

 

咲は首を傾げて周囲を見渡すが、優希とムロはもちろん和もクスッと笑っている。

何?何?とおろおろする咲に和は「見ていれば分かります」とだけ説明した。

 

 

(憧れの和先輩・・・・・・一緒の卓で打ってるわけじゃないけど見られてる・・・・・・。

 下手な麻雀は打てないです!)

 

マホは一人気合いを入れ、配牌に目を落とす。

 

 

{三四[五]七九①②②⑦6白中中} {②}

 

 

(それにしてもこのタコスの味・・・・・・懐かしいです)

 

タァン、と{白}を切りだした。

 

そして4巡目。

 

{三四[五]七八九①②②(横中)②⑦中中}

 

「リーチです!」

「早っ!」

 

思わず京太郎が声を上げる。

 

次巡あっという間にジャラッと手牌を倒した。

 

「ツモです!」

 

{三四[五]七八九①②②②中中中} {(ツモ)}

 

「一発ツモ中赤1裏1! 6000オールです!」

 

 

 

「東初に速攻高打点・・・・・・優希ちゃんみたい」

「タコスぢからだじぇ!」

 

咲の呟きに優希が自分の事のように自慢げに笑う。

そこに秀介も卓を覗き込んでくる。

 

「何だい、あの子もタコスちゃんみたいに速攻が得意なのかい?」

 

その言葉に、優希はやはり笑った。

 

「ふっふっふ、先輩、驚くのはこれからだじぇ」

「・・・・・・?」

 

その言葉に秀介は興味ありげに卓に目を向けるのだった。

 

 

 

東一局1本場 親・マホ ドラ{①}

 

{一六八八[⑤]⑧2288東南白} {7}

 

{南}を切り出す。

今度は速攻ではないようで手の進行はゆっくりとしたものだった。

 

そして8巡目。

 

「・・・・・・あれ?」

 

{四六八八八八③[⑤]2(横④)2789}

 

マホはチラッと王牌の方に目を向ける。

 

「・・・・・・これ、宮永先輩ですね」

「・・・・・・え?」

 

不意に名前を呼ばれて首を傾げる咲。

そんな咲の反応を知ってか知らずか。

 

 

「・・・・・・マホ、嶺上でツモれる気がします」

 

 

そう言って{八}を四つパタッと倒した。

 

「カン!」

 

ギュンと手を伸ばし嶺上牌を掴むと、ダァン!と表向きに倒した。

 

 

{四六③④[⑤]22789} {八■■八} {[五](ツモ)}

 

 

「嶺上開花ツモ赤2、4100オールです」

 

 

「り、嶺上開花・・・・・・!?」

 

咲の表情が変わった。

 

この子・・・・・・何!?

 

(・・・・・・宮永さん?)

 

和はその様子を心配そうに見守る。

しかし久は逆に計画通りと言わんばかりに笑っていた。

 

(本物だわ・・・・・・!)

 

 

 

 

 

第四試合

東一局0本場 親・まこ ドラ{⑧}

 

「リーチじゃ」

 

まこ捨て牌

 

{一八西中⑨北①9} {横5(リーチ)}

 

まこが先制リーチを放つ。

 

対してゆみ。

 

{五五八八⑤⑤⑦(ドラ)⑨2(横⑧)8東東}

 

とりあえず{⑨}を切り出すが、まこの捨て牌から視線を外さない。

 

(・・・・・・上家の清澄、確か染め手が多かったな。

 ドラそばの{⑨}も切っているし、どう見ても今回も染め手。

 だが・・・・・・)

 

気になるのは最後の切り出し、{9と5}だ。

 

({9と5}が切られて染め手と言う事は、混一なら最低でも索子が12牌、清一なら15牌、清澄の手牌に来ていたということになる。

 そんな偏りが東一局から・・・・・・いや、無いとは言い切れないが可能性は低いだろう。

 また比較的最初に切られている{西中・・・・・・西はまだしも中}は清澄が切った時点ではまだ初牌、切るのが早すぎる。

 混一を目指すなら当然として、清一を目指すとしてももっと字牌は抱えるのがセオリーだ。

 牌の寄り方と言う物もあるから一概には言えんが、おそらく今清澄の手は・・・・・・染まっていない)

 

仮に染まっていなかった場合、初めに整理されている萬子はそれ以外無いか、もしくはその場で面子が確定していた可能性がある。

逆に不要牌は先に切っておいて{二-五、四-七}で待っているという可能性も。

また筒子は筒子で、{⑨は切られているので⑥-⑨のスジは無いが、⑤-⑧、④-⑦}はあり得る。

 

危険そうな牌を抱えて手を進めて行き。

 

「ツモ」

 

ゆみは手牌を倒した。

 

{五五八八⑤⑤⑦(ドラ)⑧88東東} {(ツモ)}

 

「!」

 

まこはゆみの手牌と捨て牌を交互に見る。

 

まこ手牌

 

{四五六⑤⑥34[5]66發發發}

 

捨て牌は索子の染め手に見せていたのに、{2}を切っておいて{⑦}を止めるとは。

 

「・・・・・・ようかわしたのう」

「やはりここだったか」

 

ニッとまこが笑ってやると、ゆみもフッと笑って返す。

 

「七対子ツモドラドラ、2000・4000」

 

先手を取ったのはゆみ。

 

そのままさらに点数を重ねて行く。

 

 

東二局0本場 親・ゆみ

 

「ツモ、リーチ平和三色・・・・・・裏無し、4000オール」

 

だがもちろんやられてばかりのまこではない。

 

 

東二局1本場 親・ゆみ

 

「ツモ」

 

ジャラララッと手牌を倒すまこ。

 

面前混一(メンホン)一通、3000・6000の一本付け」

 

親っかぶりの逆襲である。

 

「フッ、やってくれる」

「さっきのお返しじゃ」

 

お互いに不敵に笑い合った。

 

 

そしてもちろん、風越の二人もこのまま終わるわけにはいかない。

 

 

東三局0本場 親・深堀 ドラ{二}

 

「リーチです」

 

未春のリーチが入る。

まこもゆみも危険そうな牌を抑えて立ち回るものの、結局ツモられた。

 

{四五六②②1234[5]678} {(ツモ)}

 

安目だったが。

 

「リーヅモ平和赤1・・・・・・裏1、2000・4000です」

「おしかったのぉ」

 

まこの言葉に未春も苦笑いする。

そして点棒を受け取りながら深堀に声をかけた。

 

「ごめんなさい、折角の親番だったのに」

「・・・・・・いや、気にしなくていい」

 

フッと笑って返す深堀。

 

まだまだこれからである。

 

 

 

 

 

第三試合

東一局2本場 親・マホ

 

この局、マホの打牌は突然速くなった。

 

「・・・・・・今度は「まほっち」か」

「「「まほっち?」」」

 

ムロの言葉に和と咲と秀介が首を傾げる。

 

「こいつ、和先輩に影響されてネット麻雀やってて、「スーパーまほっち」とかいう名前の天使でプレイしてるんですよ」

 

へぇ、と咲が声を上げる。

 

「でも激弱でレーティングは1200台なんです」

「1200・・・・・・」

 

やれやれと和が頭を抱えた。

 

 

そうこうするうちに津山からリーチがかかった。

 

「リーチです」

 

途端にマホは降り打ちに変わり、そのまま流局となった。

 

「聴牌」

「「「ノーテン」」」

 

津山が一人聴牌、三人はノーテンで終わる。

 

 

 

「綺麗に降りてたな」

「まるで和みたい?」

 

秀介の言葉に久が笑いながら声をかける。

 

「・・・・・・そうだな。

 最初はタコスちゃんみたいに、次は宮永さんみたいに・・・・・・」

「そ、牌譜でもそうだったわ。

 教わった事を一局しか実践できないのか、それとも・・・・・・」

 

どうなのかしらね、と笑う久。

 

「この合宿の事を教えたら来たいって言ってたし、賑やかな方が楽しいと思って許可したのよ」

「・・・・・・その裏の事情は?」

 

久の考えなど見通していると言わんばかりにそう言う秀介。

久も「あらら」と首をすくめて言葉を続ける。

 

「まこの強化のためよ」

 

まこは過去に見た牌譜を現在の状況に照らし合わせて最適な一打を選ぶ打ち手だ。

全国レベルの牌譜を見せておけば十分戦えると思っていたのだが、大会では鶴賀の妹尾に苦戦した。

特殊な初心者を交えてもっとデータが必要だと判断し、呼んだのだという。

 

「・・・・・・それでさっきから牌譜取ってるのか」

 

秀介の言葉通り、久は手元で先程から捨て牌や流局時の全員の手牌を記入していた。

 

「まーねー、まこは隣で試合入っちゃったし」

 

苦笑いしつつ手の動きは止めない。

 

「・・・・・・で、シュウからみてマホちゃんはどうかしら?」

 

あの能力に興味ある?と久が尋ねると、秀介はふむと考え込む。

 

「・・・・・・エンパスだな」

「エンパス?」

 

首を傾げる久に和が言葉を付け加えた。

 

「共感能力者のことでしたか。

 相手の感覚や感情を読み取る事に優れた才能のことを確かそう呼んだはずです」

「詳しいね、オカルト嫌いとか言ってるくせに」

 

ははっと秀介が笑うと、和がはっとしたように顔を逸らした。

 

「べ、別に知識の一つとして知っていただけです。

 というか、能力とかそんな非科学的な話をしないでください」

「非科学な話は嫌いかい?

 ということは嶺上開花でよく上がる宮永さんの能力も否定するということだな。

 宮永さん、原村さんに嫌われてたんだね、可哀そうに・・・・・・」

「ふえぇ・・・・・・」

 

秀介の言葉に落ち込む咲。

和は慌ててフォローに入る。

 

「そ、そそそそういうことを言っているのではありません!

 み、宮永さん! 志野崎先輩の言うことは真に受けないでください!」

「真に受けないでくださいとか狼少年の気分だ。

 久、慰めてくれ」

「自業自得でしょ」

 

 

そんなやりとりをよそに試合は進んでいく。

 

 

 

東二局流れ3本場 親・衣 ドラ{五}

 

8巡目。

 

マホ 79300

 

{二三四(ドラ)六六六12(横8)367南}

 

一枚切れの{南}を切れば5面張の聴牌。

だが。

 

(・・・・・・不要牌整理の後に引いてきた{南}・・・・・・この牌には何か意味がある気がするです)

 

ここでマホ、{南}を切らずに{二}を切ってリーチをかける。

 

「リーチです」

 

 

(む・・・・・・)

(あら、この打ち方・・・・・・)

 

秀介と久が見守る中、数巡後に京太郎が{南}をツモ切りする。

 

「ロンです。

 リーチドラ1・・・・・・あ、裏が{南}で2つ、満貫の3本場です」

「うわ、マジで・・・・・・?」

 

手に納めておいた{南}が裏ドラに化けた。

 

 

 

「・・・・・・今のは久の打ち方か」

「ええ、そうね」

 

ふむ、と腕を組む秀介。

 

「ホントに変幻自在だな。

 いや、打ち方に合わせてツモも変わってるのか、それとも先を見通して展開に合わせた打ち方を選んでるのか・・・・・・無意識か」

「あんまりそんな事言ってると、また和に言われるわよ?」

 

久はそう言って笑いながら和の方を見る。

が、和は和で隣の咲に気を取られている様子。

先程のマホの嶺上開花の時から気にかけているのだ。

秀介も咲の様子がおかしい事に気付いたようだ。

 

「宮永さんの様子がおかしいな」

「心配?」

 

秀介の呟きに久が声をかける。

そりゃそうだ、と答えかけて秀介は久の笑顔に気付いた。

 

「・・・・・・お前の計画通りか」

「あら、分かっちゃった?」

 

ふふっと笑う久。

 

「後輩苛めとは陰湿な。

 いつからそんな子になってしまったんだ」

「あんたには言われたくないんだけど」

「そうですよ! 後輩をいじめるなんてよくないですよ!

 うちのキャプテンみたいに優しくなるべきです!」

「うむ、そうだぞ久」

「だからあんたが言うなって」

 

と、そこまで話してピタッと両者の会話が止まった。

そしてくるりとそちらを向く。

なんか一人増えた?

 

「お邪魔してます、先輩」

 

そこには隣の卓を見ていたはずの池田がいた。

 

「・・・・・・昨日の・・・・・・池田って言ったっけ?」

「はい! 私も見学させてください!」

「別にいいけど」

 

秀介の言葉に池田は卓に視線を向ける。

というか、衣に向けている。

 

「・・・・・・何でこっちに来たんだ?」

「なんか天江衣がやられてる風だったからだし!」

 

うにゃぁと笑いながら池田は返事をした。

かつてかなり一方的にやられた敵がやられているというのは嬉しいものだろうか。

と、久が秀介の肘をつんつんとつつく。

 

「・・・・・・仲良くなってない?」

「昨日食事してたの見なかったのか?」

「見たけど・・・・・・それだけ?」

「その後打ったけど」

 

秀介がそう返すと久は何やら不機嫌そうに腕を組んだ。

そんな仕草を見て秀介は久の頭にポンと手を乗せる。

 

「妬いてるのか? お前可愛いな」

「ちょっ!? なっ! そ、そんなんじゃないわよ!」

 

「そこ、静かにしてろ」

 

不意に靖子に注意され、久は渋々黙った。

秀介はそんな久の様子を見ながら笑っているのだった。

 

 

そして周囲にはそんな二人に「いちゃいちゃしやがって」と視線を向ける人たちがいたりいなかったり。

 

 

 

東三局0本場 親・京太郎 ドラ{二}

 

この局全員の手の進みが悪かった。

一向聴までは進むのだがそこから有効牌が入って来ない。

その上鳴くことすらできない。

 

(・・・・・・何だコレ・・・・・・)

(っ・・・・・・手が進まない・・・・・・)

 

京太郎も津山も心の中で愚痴る。

 

 

まだ昼間だというのに。

 

((((始まったか・・・・・・!))))

 

衣を知る人間は揃って彼女に目を向ける。

 

 

麻雀牌は34種×4牌ずつで136牌。

その内配牌で13牌×4人=52牌が消費される。

王牌は必ず14牌残すので残りは70牌。

これを4人で順番にツモっていくとそれぞれ17牌ずつのツモ・・・・・・と、余り2牌。

親と南家がツモって終わる形になる。

 

 

つまり。

 

「ポン」

 

今北家の衣が対面の津山から{南}をポンをしたことによりツモ順がずれたことで。

 

 

 

最後の一牌、衣がそれに手を伸ばす。

 

その支配力を知るものは再び訪れたその光景に思わず目を瞑る。

 

 

海の底より月を(すく)い取るが如き光景。

 

 

{(ドラ)二二七七34789} {南横南南} {(ツモ)}

 

 

「ドラ3・・・・・・海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

 

満貫、2000・4000。

 

 

東三局、早くも衣の支配が始まる。

 

 

 

マホ  87200

衣   46900

京太郎 26000

津山  39900

 

 



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12夢乃マホその2 停滞と模倣

「・・・・・・海底・・・・・・だと?」

 

 

この場でそれを初めて見たのはおそらくただ一人、秀介だけだ。

思わず声を漏らしていた。

 

「どう? 天江衣の能力は?

 シュウなら真似できたりするかしら?」

 

秀介の反応が気に入ったように久が笑顔で話しかける。

むぅ、と考えて秀介は返事をした。

 

「・・・・・・できない事は無いかもしれんが、あんな面倒くさい真似はごめんだ。

 俺ならさっさと上がる」

「やっぱり?」

 

その返答が分かっていたように久は笑った。

 

「できない事は無いかも、って・・・・・・」

「・・・・・・そんなオカルトありえません」

 

咲は苦笑いを浮かべ、和はむーっと顔をしかめていた。

 

 

 

東四局0本場 親・津山 ドラ{7}

 

10巡目。

 

(う・・・・・・むぅ・・・・・・)

 

津山 39900

手牌

 

{二四①①⑥⑦⑦13(横⑧)99白中}

 

チラッと全員の捨て牌を確認し、{白}に手をかける津山。

 

({白}は既に2枚切れ、持っていても仕方がない。

 天江衣の海底を回避するには誰かが鳴いてずらすしかない。

 そして鳴いてずらすならできるだけ遅い方が、天江衣も対応できないはず・・・・・・)

 

と頭で分かってはいるものの、まだ津山には相手の必要牌不要牌を見切る様な技術は無い。

ただ、まだ場に出ていない牌なら誰かの手牌にあるだろうから後で喰いずらしてもらう為に取っておこうか、くらいのものである。

 

その判断が正しいかどうかも分からない。

聴牌を目指さないわけにもいかないし。

 

しかしともかくやれることは全部やる。

上手く行ったら、それはそれで一矢報いたと誇れる事だろうし。

 

ゆみが県大会の決勝で衣と戦った後も楽しかったと胸を張って言えたように、自分も楽しむんだ。

楽しんでくると約束したし。

 

津山は{白}を手放した。

 

 

次巡。

 

京太郎 26000

手牌

 

{九九(横一)①②③⑦⑨2689中中}

 

(ダメだ、さっぱり動かねぇ・・・・・・)

 

そのままツモ切りする。

そして上家の小さな少女に目を向ける。

 

(天江衣・・・・・・決勝を見てた時はただ「すげぇ」だとか「怖ぇ」だとか思ってただけだけど・・・・・・まさか戦う機会があるとは)

 

フッと小さく笑い。

 

 

(・・・・・・・・・・・・どう戦えばいいのか全然分かんねーよ・・・・・・!)

 

 

京太郎は一人既に半分諦めていた。

 

 

 

そのまま流れに流れ、16巡目。

 

マホの手牌から{3}が零れる。

 

「チー」

 

衣から声が上がった。

 

残りのツモ牌は8。

本来海底牌をツモるはずだったのはマホ。

そのマホから衣がチーで一つずらしたことにより、またしても海底は衣となる。

 

津山手牌

 

{二四①①①⑥⑦⑦⑧(横⑤)399中}

 

(動いたか、天江衣。

 ならもう{中}を切る頃合い・・・・・・!)

 

誰か持っていてくれ、と思いながら津山は{中}を手放した。

 

「ポン!」

 

京太郎が手牌を晒した

 

{九九①②③⑦⑧⑨689} {中中横中}

 

そして{9}を切り出す。

 

(やった! これで聴牌!)

(これで天江衣の海底をずらした!)

 

ほっと一息ついたところで津山がツモったのは{七}。

 

(この状況、誰かが上家から鳴かない限り天江衣に海底は回らない。

 天江衣以外の私達はそんな事をわざわざしたりはしない。

 なら注意するべきは・・・・・・)

 

ちらっと下家のマホに目を向ける津山。

 

(・・・・・・彼女が天江衣の鳴ける牌を切らなければよし)

 

そんな事を思いつつ{七}をそのままツモ切る。

 

 

にやっと衣が笑った。

 

 

「カン」

「え?」

 

カン? 天江衣が?

 

 

全員がそう思う中で衣は手牌から{七}を3つ晒す。

新ドラは{⑧}。

そして嶺上牌はそのままツモ切りだ。

 

カンなんかして一体・・・・・・?

そう思っていた津山は残りの牌の数を見てはっとする。

 

 

 

「コースイン」

「ですわね」

 

一と透華が呟く。

 

「カンでツモをずらした上で残りのツモ牌の数も調整。

 何度見てもありえねぇな」

 

純もやれやれと笑う。

 

そしてそこから先、もう喰いずらせる牌は来ない。

唯一聴牌している京太郎の上がり牌も、衣の手牌と王牌で全て空になっていたのだ。

 

 

そのまま、衣は海底牌を手にした。

 

 

「ツモ」

 

パタンと手牌を表にする。

 

 

{①②③56(ドラ)7} {横324七横七七七} {(ドラツモ)}

 

 

海底撈月(ハイテイラオユエ)、ドラ3。

 2000・4000!」

 

 

(やっぱりまた海底・・・・・・!)

(くそ! どうやって対応すりゃいいんだよ!)

 

津山と京太郎が悔しそうにするのを見ながらも、衣は笑顔を浮かべてはいない。

まだまだ点数を稼ぎたいところだし、それになによりまだマホとは3万点近い差があるのだ。

笑えるような状況ではない。

 

 

 

南一局0本場 親・マホ ドラ{①}

 

この局、衣は南家。

そして衣の支配力により鳴きの一つも入れられないような状況。

 

(くっ、手が進まない・・・・・・)

(このままじゃまた・・・・・・)

 

津山も京太郎も、この辺はどうだ?という牌を切るのだがどちらも鳴けない。

 

マホも同様に。

だがその目に恐怖や苛立ちは全く無く、むしろ尊敬しているかのようだった。

 

(・・・・・・凄いです、天江さん。

 さっきから全く聴牌できません。

 本当に凄い人です・・・・・・!

 

 

 ・・・・・・私もあんな風に・・・・・・)

 

 

三人が揃ってどうしようもない中。

 

「リーチ」

 

17巡目、衣が終幕を告げる。

そしてやはり誰も抵抗できないまま、海底牌は衣の手に収まった。

 

 

{二三四七七②③④234南南} {(ツモ)}

 

 

「一発ツモ三色、海底撈月!

 3000・6000!」

 

 

がっくりと項垂れる面子から点棒を受け取り、そして。

 

 

「衣の親番だー♪」

 

 

 

南二局0本場 親・衣 ドラ{6}

 

衣 66900

配牌

 

{二二四八①⑥3(ドラ)南南西北發} {⑦}

 

配牌を受け取り、衣はちらっと視線を上げる。

む?と怪訝そうな表情をする秀介と目が合った。

 

(・・・・・・志野崎とか言ったな、さっき一をトバしてくれたお礼をしなければ・・・・・・。

 そう・・・・・・)

 

そしてその後、悪いのであろう自分の配牌に気落ちしている京太郎に目を向ける。

 

(清澄のこの男をトバして、点数を稼がせてもらうぞ!)

 

クックックッと衣は怪しげに笑って{北}を切り出した。

 

 

それから数巡。

 

{二二三四八①⑥⑦3(横6)(ドラ)南南西}

 

衣の手は順調に進んでいた。

しかし親番である衣はこのままでは海底牌はツモれない。

どこかで喰いずらさなければと思いながら{西}を切る。

と。

 

「ポンです」

 

カシャッと上家のマホがそれを鳴いた。

必然ツモがずれて、そのまま行くと衣が海底ツモとなる。

 

(ちょ! また天江衣が海底だぞ!?)

(何故喰いずらした!?)

 

京太郎と津山が避難するような表情でマホを見るが、マホはその視線に気づいていない様子。

 

(・・・・・・ありがたいな、衣に協力してくれるとは)

 

クックックッと笑う衣の手はまた進む。

 

(やばい、何とか鳴かないと・・・・・・!)

(くっ・・・・・・鳴けない・・・・・・!)

 

京太郎と津山が何とか画策するものの、喰いずらせないし手は進まない。

 

そしてそのまま17巡目。

 

「リーチ」

 

 

{二二三四⑤⑥⑦(ドラ)66南南南}

 

 

この半荘四度目の海底を狙って、{5}をツモ切りして衣がリーチを宣言する。

 

(やばい・・・・・・)

(また上がられる・・・・・・!)

 

諦めかけの京太郎と津山。

そして勝利を確信する衣。

 

見学している者を含め、誰もが衣の上がりを疑わなかった。

 

 

彼女を除き。

 

 

 

「ポンです」

 

 

 

「!?」

 

「なっ!?」と声を上げてしまった者もいるまさかの事態!

 

マホ、再び喰いずらし!

 

 

(バカな!? 衣の海底を阻止するなんて!?)

 

ありえない!とマホを睨みつけるも、リーチを宣言してしまった以上もはや改めて喰いずらしをすることも不可能。

衣は仕方なくツモってきた牌をそのまま切る。

京太郎も津山もツモ切り。

 

そして海底。

 

 

手にしたのはマホ。

 

 

「ツモです!」

 

 

{六七②③④99} {5[5]横5西西横西} {(ツモ)}

 

 

「海底撈月! 赤1! 500と1000です!」

 

 

場が静まり返った。

 

 

 

「・・・・・・う、嘘だろ? 衣が海底を阻止されるなんて・・・・・・」

 

純と同様、龍門渕一同は揃って驚きを隠せない。

 

「それどころか自分から海底をツモって上がるなんて・・・・・・!」

「あ、あり得ませんわ! 衣が出し抜かれるなんて・・・・・・!」

「・・・・・・あの少女・・・・・・何者なのでしょう・・・・・・」

 

 

 

それに対し、ほほうと感心した表情を浮かべているのは秀介。

 

「なるほど、天江衣の海底能力を模倣(コピー)して上がりを喰い取ったのか」

 

これも計画の内かい?と久を見るが、久は久で驚いた表情をしている。

 

「・・・・・・お前も計算外なのか」

「いや、だって・・・・・・これほどとは思ってなかったし・・・・・・私も生で見るのは初めてなのよ」

「生でって何だよ」

「今までは牌譜だけってことよ」

 

ふてくされたように言い訳する久。

秀介はやれやれと頭を掻いて卓に向き直る。

 

「まぁ、ともかくこれで天江衣の親は流れたし。

 2位の天江衣に対し17300のリードだ。

 あとはこのリードをどこまで維持できるかだな」

「頑張れ、マホ!」

 

ムロも小声でだがマホを応援する。

 

 

不意に今まで静かだった池田が口を開いた。

 

「先輩、あのちっちゃい子・・・・・・何なんだし!?」

「あの子を誘ったのは久だからそっちに聞いてくれ」

 

 

 

南三局0本場 親・京太郎 ドラ{八}

 

9巡目

 

マホ 82200

手牌

 

{三五六七(ドラ)③④⑦3(横西)45東西}

 

(よし、このままリードを取って勝つです!)

 

{東}を切り出し三色一向聴。

この手を上がれればもはや勝利は目前だ。

オーラス一局ではいくら衣といえどもこの点差を逆転することは不可能。

 

(和先輩にいいところを見せられるです!)

 

 

そんな浮かれた気分で次巡、牌をツモろうとした刹那、その手がカシャッと自分の目の前の山に触れた。

 

「え? わっ!?」

 

慌てて押さえる。

どうやら山は崩れなかったようだ。

 

「・・・・・・危なかったです、失礼しました」

 

ほっと一息、山を整えたところで{⑦}を切り出した。

 

 

 

「山崩すところだったじぇ」

「気を緩めるからです」

 

優希と和もほっと胸を撫で下ろす。

下手したら上がり放棄、最悪チョンボ扱いだ。

 

「毎日必ず何かしらのチョンボするのな・・・・・・」

「一年以上打ってるのに?」

「永遠の初心者だじぇ」

 

好き放題言いつつも、しかし一先ず何も無くてよかったと安心する一同。

 

 

「いや、してるぞ」

 

 

そんな一同に、秀介がボソッと呟く。

 

「何が?」

「あのマホって子」

「マホちゃんがどうしたって?」

「チョンボしてるって」

 

久の言葉に秀介は苦笑いを浮かべていた。

 

「・・・・・・え? でも山は崩れてないし・・・・・・」

 

「ああ、山は崩れなかったけど、その時動揺してたんだろうな。

 

 ツモらずに切った」

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

一同は秀介の言葉に揃ってマホの手牌を見る。

 

 

{三五六七(ドラ)③④345西西}

 

 

「・・・・・・10、11、12・・・・・・一枚足りません。

 確かに少牌してますね」

 

和もあきれ顔でそう言う。

当のマホも気づいたらしく、後ろからでも「あれ? あれ?」と慌てているのが分かる。

 

「・・・・・・少牌の時ってどうするんですか?」

「普通は上がり放棄でそのまま続行だが・・・・・・」

「いいんじゃない? それで。

 続行してるし」

 

ムロの言葉に秀介と久が答える。

 

「折角のチャンスだったのに・・・・・・勿体ない事したじぇ」

「本当です・・・・・・」

 

優希と和は残念そうに頭を抱えた。

 

 

 

「む、リーチ」

 

そんな残念な空気の中、遠慮なく津山のリーチが入る。

あわあわしながらマホは数巡後、{發}をツモ切りした。

 

「ロン」

「ふぇ!?」

 

 

{一一①②③④[⑤]⑥⑦⑧⑨發發} {(ロン)}

 

 

「リーチ發一通赤1・・・・・・裏1、12000」

「あうぅ・・・・・・」

 

マホは点棒を差し出すとがっくりと項垂れた。

 

 

 

「・・・・・・ホント、残念な形になっちゃったわね」

 

久がため息交じりに呟く。

 

「こうなるとオーラスに天江衣が逆転するだろう。

 勝負の流れってのは残酷なもんだ」

 

秀介もやれやれと呟く。

 

「ま、まだ分かりません」

「そうだじぇ! マホが最後に何か強い人の能力を引けば・・・・・・!」

 

 

しかし、そんな先輩達の期待も残念な形で終わる。

 

 

 

南四局0本場 親・津山 ドラ{5}

 

「ポン」

 

2巡目、早くも衣が動く。

 

その動きに秀介がむっと表情を変える。

 

「・・・・・・もしや今回は海底狙いじゃないのか?」

「そうね、あの動きは速攻高打点の・・・・・・って、あんた天江さんの打ち方知ってたの?」

 

返事をしていた久が聞き返す。

だが秀介は首を横に振った。

 

「いや、海底狙いの今までより動くのが早いからもしやと思っただけだ。

 というか、あそこまで動きが違ったら誰でも気づくんじゃないか?

 さっきの局も一向聴地獄無かったし」

 

その言葉に、かつて決勝戦でその変化に気づかずに振り込んだ経験のある池田がダメージを受けていた。

 

 

そんなやり取りをしている間に。

 

「ポン」

 

さらに衣が動く。

そして数巡であっさりと。

 

「ツモ!」

 

ジャラッと手牌を倒した。

 

 

{②②②⑦⑦⑧⑧} {横白白白⑤横⑤[⑤]} {(ツモ)}

 

 

「混一対々白赤1! 3000・6000!」

 

 

 

第三試合終了

 

マホ  64200

衣   76900

京太郎 17500

津山  41400

 

 




もしもマホが衣をコピーしたら?
しかもそれで対戦したら?
すっごく興味あったんです。
同じく興味あった人を満足させられたらいいなと思います。


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13染谷まこその3 察知と爆発

第四試合

東4局0本場 親・未春 ドラ{7}

 

 

まこはこの試合が始まってから気になっていたことがあった。

それは先程から清澄の麻雀部員が揃ってもう一つの卓の見学に行ってしまっていることではなく。

いや、それはそれで気になる事だが今言いたいのはそう言うことではない。

 

現在親を務めている風越の吉留未春のことだ。

 

 

まこ 53300

手牌

 

{六11124566(横8)(ドラ)北北北}

 

面前混一聴牌。

捨て牌からも見え見えなのでリーチをかけない事で手の進行を悟らせない。

 

それに対して未春は、不要牌を手から取り出そうとして一瞬止まる。

それから捨て牌を見回して改めて別の牌を切る。

 

毎回ではないがそんな打ち方をしている時があるのだ。

 

そして流局。

 

「「聴牌」」

「「ノーテン」」

 

未春手牌

 

{四四⑤⑥⑦⑦⑧⑨23} {東東横東}

 

 

先程未春が切ろうとして止めた牌は{2と3}だ。

まこが索子の染め手であることは察していただろうから押さえておいてもおかしくは無い。

 

おかしいのは{2と3は押さえるくせに、5や8}はあっさりと切っていることだ。

 

こうして流局した時や回し打ちして上がった時の形を見ると、そうやって押さえているのは誰かの上がり牌。

 

 

(・・・・・・間違いない、吉留さんはわしらの当たり牌を見切っとる)

 

 

それもただのデジタルや人の癖を見抜いての事ではなく、

 

おそらく第六感的なもので、だ。

 

 

通常そんなことはあり得ない。

が、そんなあり得ない事が出来る連中はこの合宿に参加しているメンバー内にもごろごろいる。

目の前でそういう現象を見せられている以上、「そんなオカルトあり得ません」などとは言っていられない。

 

吉留未春からロン上がりは不可能と考えて打つしかないだろう。

 

とはいえ。

 

(・・・・・・まぁ、わしは読みやすい染め手がよう来おるし、元々ツモ狙いが多いけぇ対して問題は無いじゃろ)

 

 

 

東4局流れ1本場 親・未春 ドラ{6}

 

まこの推測通り、未春は他者の上がり牌を察知することができる。

それも直感的に。

 

しかしそれほど有効な能力ではない。

色々と制約があるのだ。

 

 

まずこの危険察知、他者の上がり牌を切ろうとした時にしか発動しない。

手の中に牌が収まっている状態で「これとこれが誰々の上がり牌」と見切れるわけではないのだ。

 

さらに手にした牌が危険だと察知できても、それが誰の上がり牌かまでは分からない。

本当に上がり牌が分かるだけなのだ。

 

そしてもう一つ、一巡に一度しか発動してくれないのだ。

つまり誰かの上がり牌だと察して手牌に収め、その後再び別の誰かの上がり牌を手にしたとしてもその時には危険と感じることができないのだ。

 

 

それでもこの能力との付き合いも長い。

それに加えて風越のキャプテン美穂子はデジタル派に見えてこう言う話に中々理解がある。

そんなキャプテンの助言もあってこの能力を完全にものにした未春。

レギュラーを獲得した実力は伊達ではない。

 

 

そんな自信を胸に手を進めていって10巡目。

既にタンピン三色が見える良形の一向聴だ。

 

 

未春手牌

 

{五六七③④⑤[⑤]⑥4(横①)55(ドラ)6}

 

 

(ん、無駄ヅモ・・・・・・)

 

やれやれとそれを切ろうとした刹那、ピタッと手が止まる。

 

(・・・・・・この感じ・・・・・・誰かの危険牌!?)

 

ちらっと全員の様子を見る。

 

(・・・・・・染谷さんは捨て牌から見て萬子の染め手・・・・・・それとも染め手に見せた普通の手?

 深堀さんはいつもの調子ならまだのはず・・・・・・。

 となると・・・・・・)

 

対面のゆみが第一候補。

いずれにしても{①}は切れず、そのまま抱えるしかない。

どうするかと悩んだ挙句に{⑤}を切り出す。

そして2巡後。

 

{五六七①③④[⑤]⑥4(横②)55(ドラ)6}

 

危険牌の{①}が手牌に溶け込んだ、ありがたい。

{5}を切って聴牌を取る。

 

そして数巡後、聴牌を疑ったゆみやまこを抑えて見事上がりきった。

 

「平和ツモドラ2赤1、4100オールです」

 

 

 

東4局2本場 親・未春 ドラ{③}

 

まこ 50200

手牌

 

{三四六八九(ドラ)⑨2(横4)東西白中}

 

 

(ん~・・・・・・今回は染め手に行けなさそうじゃの)

 

愚痴をこぼしつつ少しだけ悩む。

そして。

 

(・・・・・・決めた、今回は三色を目指す)

 

{西}を切って手を進める。

 

そして9巡目。

 

{三四六七八九②(ドラ)④⑦(横3)⑦24}

 

何とかここまでこれた。

 

「リーチじゃ」

 

{九}を切り出す。

 

まこ捨て牌

 

{西東白中南⑨一七} {横九(リーチ)}

 

 

それに対して。

 

未春 54200

手牌

 

{三三四五六(ドラ)23(横二)4678}

 

タンヤオドラドラ、シャボ待ちという形で聴牌していた。

そこに引いてきたまこの当たり牌。

ツモ切りしようとした途端にピタッと手が止まる。

 

(・・・・・・もしかして染谷さんの当たり牌?)

 

当たり牌となれば切るわけにはいかない。

それを手中に収めて{三}を切り出す。

当たり牌を抑えた上でタンピンドラドラの聴牌、悪くない。

そして次巡。

 

{二三四五六(ドラ)23(横③)4678}

 

(あらら・・・・・・)

 

ドラの{③}が暗刻になってしまった。

{二}はまこの当たり牌なので切れないとして、{六}を切ってのタンヤオドラ3かそのままツモ切りしてのタンピンドラドラ。

どちらをとるか。

むぅ、と少し悩み未春は{五}に手をかける。

途端、ピタッと手が止まった。

 

(やっぱりこれも当たり牌、なら染谷さんの待ちは{二-五}!)

 

{五を手に収め、六}を切り出した。

まこの待ちが{二-五}なら同テン、仮に誰かが捨てても頭ハネできるし、自分で引いてももちろんよしと考えての結論だ。

 

未春捨て牌

 

{北發⑨①白中北⑧2三} {六}

 

 

そんな未春の捨て牌に目を付けた者が一人。

対面のゆみである。

 

気になったのは今の捨て方、{三六}切りである。

 

(・・・・・・さっきから気になっていたのだが、彼女は人の当たり牌を察知しているかのような打ち回しをしている時がある。

 先程の局も私の上がり牌を抑えての上がりだったようだし。

 ・・・・・・となると、今の不自然な切り出し方も清澄の上がり牌を抑えての事か・・・・・・?)

 

それはつまり逆に言えば、未春の打ち方をじっと観察すれば他家の上がり牌を読むこともできる、ということなのではないか?

じっと捨て牌を観察して思考を回転させる。

 

(清澄の聴牌後の{三、六}切り・・・・・・すでに10巡目だし不要牌として抱えていたとは考えにくい。

 仮に手牌に{三四五六とあったのなら三はまだしも六}は切れないはず。

 おそらく{三三四五六か三四五六六}の形だろう。

 しかも{三三切りや六六}切りにしなかった。

 安全を考えれば同じ牌を切った方がいいだろうにそうしなかったのは・・・・・・おそらく{三六}と切れば聴牌になるからだ。

 つまり{三四五か四五六}+清澄の当たり牌で聴牌ということ)

 

そこまでくれば予測がつく。

 

({二を引きこんでの二三四五か、七を引きこんでの四五六七}。

 清澄の捨て牌に{七があるのだから七}を危険牌として止める理由は無い。

 つまり、{二}が清澄の当たり牌か)

 

まこの捨て牌は端牌が多く、精々タンヤオ手か索子の染め手くらいとしか読むことはできない。

待ちが萬子なら索子の混一は消えて、平和を絡めて待ちは{二-五}と言う可能性が濃厚。

 

ゆみ 59800

手牌

 

{二六⑤[⑤]⑨46東東(横6)南南北北}

 

(・・・・・・清澄の捨て牌、索子の染め手辺りを警戒していたがタンピン手か。

 待ちは{二-五}で決め打たせてもらおう)

 

ゆみは{4を切り出し、次巡六}を切る。

 

そしてまた数巡後。

 

「ツモ」

 

ジャラッと手を倒した。

 

{二二⑤[⑤]⑨66東東南南北北} {(ツモ)}

 

「七対子ツモ赤1、1600(イチロク)3200(ザンニ)の二本付け」

 

その手牌を見てまこは顔をしかめる。

 

({六や4を切っておいて二}は止めて上がりじゃと・・・・・・?

 わしの捨て牌からそこまで読んだんか?

 いや、そこまで読めるとは・・・・・・)

 

一方未春は嫌な予感を感じていた。

 

(まさかこの人も危険察知ができるの?

 それともただのデジタルでここまで読めるものなの・・・・・・?)

 

もしくは・・・・・・先程の{三六}切りを回し打ちだと見抜いて、そこから自分の手を読まれた?

だとするとつまり・・・・・・。

 

(り、利用された!?

 もしかして私の能力バレてますか!?)

 

ごくっと唾を飲み込む。

大会決勝まで残った鶴賀の大将、甘く見ていたわけではないがこれほどとは!

まこもちらっとゆみの表情を窺う。

 

(吉留さんの手牌を読んでそこからわしの当たり牌を見抜いたんか?

 たしか「反射」とかいう相当高等な技術のはずじゃ。

 昔志野崎先輩に教えて貰ったけどよう分からんくてわしには使いこなせんかったが・・・・・・)

 

まこはパタンと手牌を閉じ、自動卓の穴に牌を流し込む。

 

(・・・・・・昨日は藤田プロのお手伝い気分で打っとったが・・・・・・なるほど、もう少し気ぃ入れんとなぁ)

 

牌を流し終え、山ができると同時にまこは眼鏡を外した。

 

 

 

「・・・・・・大会で見た以上に、彼女相当打てますね」

「風越のキャプテンさんにそう言って貰えると鼻が高いですよー」

 

美穂子の呟きを聞き逃さなかった蒲原が答える。

 

「彼女は麻雀を始めてどれくらいかご存知ですか?」

「まだ2年くらい、むっきーやモモの方が麻雀歴長いくらいかなー」

 

わっはっはっと笑う蒲原とは裏腹に表情を変える美穂子。

 

(2年!? 2年であんな高等な打ち方を身につけているなんて・・・・・・!)

 

再びゆみに向き直ってその様子を観察する。

 

(・・・・・・天江衣と宮永咲さん・・・・・・県大会の決勝卓で魔物は二人だと思ってたけど、とんでもない)

 

 

彼女も十分魔物だ。

 

 

 

南一局0本場 親・まこ

 

まこ 47400

 

(むぅ・・・・・・せめて原点の50000は持って終わりたいところじゃけど)

 

そう思いつつ手を進めるが、8巡目。

 

「リーチ」

 

ゆみがリーチを宣言する。

 

(せっかくの親番で稼ぎたいところに・・・・・・!)

 

まこも未春も回し打ちするが、結局ツモられる。

 

「ツモ、リーヅモ七対子赤1、2000・4000」

 

(また親っかぶり・・・・・・くぅぅ・・・・・・!)

 

 

 

南二局0本場 親・ゆみ ドラ{③}

 

まこ 43400

手牌

 

{二三四七九①④⑥⑥(横西)19南西}

 

何とか点数を稼ぎたい状況。

そうでなくても70000点を超えているゆみの点数は削りたいところだ。

しかし未春の危険察知にゆみの手牌読み、どちらも厄介極まりない。

ならば、とまこは{①}に手をかける。

 

(わしもちょっくら、利用させてもらおうかいの)

 

 

5巡目。

 

「ポン」

 

まこは{西}を晒す。

 

(南場で北家が{西}ポン・・・・・・何を狙っている・・・・・・?)

 

ゆみは不審そうな表情でまこの捨て牌に目を向ける。

萬子、筒子が並んでいて明らかに索子の混一狙い。

 

(また染め手か・・・・・・良く入るな、清澄)

 

 

そして11巡目。

 

(・・・・・・風越、この局はまだ危険牌を抱えたようなそぶりは見えない。

 清澄もまだ張っていないのか?)

 

なら攻め時か、とゆみは不要牌の{一}を切る。

途端。

 

「ロンです」

「!?」

 

ジャラッと未春は手牌を倒した。

 

{一②②(ドラ)③④④34[5]發發發} {(ロン)}

 

「發一盃口ドラドラ赤1、8000です」

 

バッとゆみの視線がまこに向く。

 

(聴牌気配がないからと油断した・・・・・・ブラフか!?)

(ふふん、気づいたか)

 

まこ手牌

 

{二三四④⑥⑥1269} {横西西西}

 

 

染め手を狙っているように見せておいてその実ノーテン。

当然未春の危険察知も働かない。

今度はまこが未春の能力を利用してゆみの点棒を削った形だ。

 

しかしこうしてみると、厄介と思っていた未春の能力だが。

 

(・・・・・・結構利用できそうなもんじゃの)

 

そんなまこの視線に気づいたのか未春が表情をゆがめる。

 

(わ、私の事踏み台にしようとか思ってますかー!?)

 

未春の危険察知は別の事に対しても発動していたようだ。

 

 

 

南三局0本場 親・深堀 ドラ{9}

 

そしてこの局まだ5巡目、未春が不要牌を切ろうとしたところでピタッと手が止まった。

 

(まだ5巡目なのに!?)

 

まことゆみの様子を見るが、まこは手牌に目を落としたまま、そしてゆみは今の未春の不要牌察知を感じた模様。

 

(やっぱり私の能力バレてるー!

 ってそれよりも! 二人の様子を見るとどちらも聴牌していない?

 ってことは・・・・・・)

 

ちらっと深堀の様子を見る。

ここまで一度も上がっていない深堀だったが・・・・・・。

 

(・・・・・・き、来てる・・・・・・)

 

未春は危険牌を抑えて別の牌を切る。

 

その打ち回しにゆみとまこの目も深堀に向く。

 

(風越の深堀・・・・・・今までノー和了だったが・・・・・・)

(まさか・・・・・・流れを読んだりだとかツキを蓄えたりだとかしとったんか!?)

 

次巡、深堀は手牌から先程未春が止めた不要牌を切る。

そして。

 

「リーチ」

 

聴牌を宣言した。

 

(聴牌してたのに待ち変え・・・・・・?)

(ちゅーことは・・・・・・高目手変わりしたんか?)

 

ゆみとまこも警戒しつつ打ち回す。

未春に至ってはもう降り打ちのようだ。

 

そして健闘むなしく数巡後。

 

 

「ツモ」

 

 

ダァンと牌が卓に叩きつけられ、ジャララララと手牌が倒される。

 

 

{一一二二三三⑦⑦⑧⑧⑨(ドラ)9} {(ツモ)}

 

 

「リーピンツモ純チャン二盃口ドラ2」

 

 

(三倍満(トリプル)じゃと!?)

(そこまで入ってるか・・・・・・!)

 

12000オール。

たった一度の上がりでトップだ。

 

 

 

これには見学者もびっくりだ。

蒲原も開いた口がふさがらない。

 

「・・・・・・ゆみちんがコツコツ離してきた点差が一気に逆転・・・・・・!」

「あれがあるから深堀さんは怖いんです」

「いや、怖すぎですよ」

 

美穂子のくすっという笑いに、さすがの蒲原もいつものようには笑えない。

 

 

 

南三局1本場 親・深堀 ドラ{6}

 

 

まこは手牌整理をしながら深堀に意識を向ける。

 

(・・・・・・まずい、この手のタイプは一度上がるとそれ以降も高い手が入ってくる・・・・・・)

 

先程の上がりでまこは31400、4位転落だ。

この調子で上がり続けられたら次以降の試合が相当キツくなる。

ましてや直撃で上がられたら。

 

(まずいまずい! 振り込みだけは絶対避けんと!

 けどもう南三局、ラス目が逃げ回ってても勝てん!)

 

どこかでチャンスを見つけて上がりに向かわないと!

 

 

そしてまた6巡目、未春の手がピタッと止まった。

それをゆみは見逃さない。

 

(聴牌・・・・・・また深堀か・・・・・・)

 

こうなると手がつけられない。

ゆみは現在55800の2位、このまま終えても十分と言えるだろう。

 

(・・・・・・無理はできない)

 

怪しい牌を抑えながら回し打ちをするしかない。

 

 

 

一方同じ学校の未春は3位でありながらそれほど危機感を抱いていない。

それは同じチームメイトとして深堀の事をよく知っているから。

 

(深堀さんはこうやって一撃で逆転手が入る人。

 そこがとても怖くて・・・・・・でもとても優しい人)

 

タンと不要牌を切る。

 

(その優しさが魅力で、時に弱点で。

 コーチにも怒られることがありましたよね)

 

タンと不要牌を切る。

 

 

(でも今は・・・・・・単純に嬉しいですよ)

 

 

深堀が{四}を切り、未春にフッと笑いかける。

未春も笑い返した。

 

 

{五六④⑤⑤⑥⑥⑦45(ドラ)88} {(ロン)}

 

 

「ロン、タンピン三色ドラ1、8300」

「はい」

 

 

点棒のやり取りをする二人に、さすがにまこもゆみも違和感があった。

 

(今のは・・・・・・どう見てもわざと振りこんだとしか思えん!)

(点数を稼いで味方を援護・・・・・・。

 なるほど、このゲームの決勝卓は点数が多い上位4名だったな。

 味方を増やして後々有利になろうという作戦か。

 これは賢いと言わざるを得ないな・・・・・・)

 

これで未春は53100、ゆみとはわずかに2700点差。

一度の上がりで逆転される可能性は大いにある。

 

 

そして勝負はオーラスに突入する。

 

 

 

南四局0本場 親・未春 ドラ{三}

 

配牌を受け取ると同時に各々自分の点数からやる事を即座に決める。

 

ゆみ 55800

手牌

 

{六八八[⑤]⑧1359南北中中}

 

(・・・・・・トップの深堀との点差は3900、わずかだ。

 できるだけ多くの点を取りたいところだが最悪4000のツモで逆転する。

 赤があるこの手、リーヅモ赤1でも十分逆転。

 {中}は対子だが鳴かずにツモ待ちか頭として使う)

 

 

未春 53100

手牌

 

{一二五八⑤⑧5669南西發} {七}

 

(深堀さんとは6600点差、2000オール以上で上がればそこで上がりやめができる。

 リーヅモ平和に裏ドラ期待するよりは567の三色辺りを狙いたいところ。

 ドラが引ければ一番なんですけど)

 

{西}に手をかけ、捨てる。

 

 

深堀 59700

手牌

 

{一一五九①③③⑦244西發}

 

(ツモ上がりでは吉留さんが親っかぶり・・・・・・。

 他の二人を狙いつつ援護をしていく)

 

 

そして現在最下位のまこ。

配牌を受け取って悩んでいる。

現在3位の未春とすら20000点以上の差がある。

倍満ツモでもようやく3位という状況だ。

そんな状況でどうするか。

まこはため息を一つつくと、ニッと笑った。

 

(ほんなら、三倍満でも役満でも狙うだけじゃ)

 

 

 

志を決めたところでそれぞれ手を進めて行く。

 

 

そして8巡目。

 

ゆみ手牌

 

{六七八八[⑤]⑥123(横八)59中中}

 

{9}を切って一向聴。

 

(・・・・・・{④-⑦が来てくれれば五-八、中}の三面張になる。

 狙い通りになったとしてもリーチは必須か・・・・・・)

 

リーチをかけなければ{中}を引かない限りツモっても逆転できない。

そしてその{中}もまこの捨て牌に一つある。

残る一枚を期待するよりはリーヅモ赤1を狙った方がいいだろう。

 

 

未春手牌

 

{一二(ドラ)五七八⑤⑧5(横⑦)6679}

 

 

手の寄り方が微妙だ。

678か789の三色も狙えそうな形。

しかしどちらかは切り捨てなければならない。

次局もあると考えればとにかく上がりにかけなければならないし、{9}を切り出して受け入れを広くする。

 

 

 

混戦状態でそれぞれが手を進める最中、まこが小さく一息ついた。

 

(・・・・・・ようやく来おったか)

 

 

まこ手牌

 

{①①①②④⑤⑥⑦⑦(横⑨)⑧⑧⑨8}

 

 

面前清一と一盃口、高めの一通を引いても倍満止まり。

リーチをかけてツモればようやく三倍満。

 

 

なら、それを狙うのみ!

 

 

「リーチ!」

 

 

そしてそれを機に全員の手が動き出す。

 

 

ゆみ手牌

 

{六七八八八[⑤]⑥12(横④)35中中}

 

{五-八・中}の変則三面張!

 

(来てくれたか、最高形で)

 

ならばこちらも引く道理は無い。

{5}を切って千点棒を出す。

 

「リーチ」

 

 

深堀はチャッとツモると暫し考え、手牌から{一}を切り出した。

 

 

未春手牌

 

{一二(ドラ)五七八⑤⑦⑧(横六)5667}

 

 

({⑤}を切れば受け入れの広い一向聴だけど・・・・・・!)

 

まこがどう見ても筒子の混一。

いや、逆転を狙って清一だろう。

 

(でも、試してみる価値はある!)

 

{⑤}に手をかける。

何の反応も無い。

 

(ならよし!)

 

そのまま{⑤}を切った。

 

そして次巡{五をツモ、6}を切って平和ドラ1聴牌だ。

 

 

 

そのまま互いに上がり牌を引かず、残りツモも少なくなって来た時、

 

まこの手に上がり牌が舞い込んできた。

 

 

{①①①②④⑤⑥⑦⑦⑧⑧⑨⑨} {(ツモ)}

 

 

「!!」

 

思わず手が止まる。

高めの一通が消えてリーヅモ清一一盃口で倍満。

 

通常なら当然裏ドラ期待もせずに見逃して高めツモ狙い。

 

 

だが。

 

 

(・・・・・・なんか引っかかる! 過去に似たような場面を見たような・・・・・・!)

 

 

何がどう引っかかるのかは説明できない。

 

だが、まこの過去の経験が危機を告げる。

 

それ以上突っ込んではならない、と。

 

 

そしてまこはその経験を頼りに今まで打って来たのだ。

 

経験とは歴史、血肉。

 

無碍にはできない。

 

 

くっ、と一瞬歯が鳴り、まこは断腸の思いでツモ牌を表にした。

 

「ツモじゃ!」

 

ジャラッと手牌を倒す。

 

「リーヅモ清一一盃口!」

 

裏ドラをめくるが現れたのは{3}。

 

「・・・・・・裏無し、4000・8000じゃ」

 

 

第四試合終了

 

まこ 48400

ゆみ 50800

深堀 55700

未春 45100

 

 

 

「はぁぁ・・・・・・」

 

がくっと項垂れて眼鏡を戻すまこ。

 

(・・・・・・親っかぶりでまくられた・・・・・・)

 

同じくがっくりと項垂れながらも、納得いかなそうにまこをみる未春。

それはゆみも同様。

 

(清澄・・・・・・三着確定で上がるとは・・・・・・。

 逆転を諦めないでツモ切りするタイプだと思っていたのだがな)

 

そんな二人の感情を知ってか知らずか、苦笑いを浮かべるまこ。

 

不意に深堀が口を開いた。

 

「・・・・・・何故{③}ツモを狙わなかったの?」

 

二人の気持ちを代弁するように。

まこはやはり苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「わしも普段ならそうした。

 じゃけど今回は別じゃ。

 よう分からんが、どうしても引ける気がせんかったんじゃ」

 

 

その言葉にゆみは自分の手牌を晒す。

{③}は無い。

 

未春も自分の手牌を倒して晒す。

やはり{③}は無い。

 

ならば・・・・・・?

 

 

フッと笑いながら深堀が手牌を晒した。

 

 

「いい読みです」

 

 

 

{一一一四五①③③③③444}

 

 

 

{③}は全て深堀が押さえていた。

あのまま{③}ツモにこだわっていたら決して上がれずに誰かに上がられたか、最悪振り込んでいた可能性が高いだろう。

 

結果的に正解。

 

だが、今度はまこが疑問をぶつける番だ。

 

「三暗刻が狙えたじゃろ。

 なんで{③}を暗槓して{①}単騎に受けずに役無しにしとるんじゃ?

 仮に自分で上がらずとも吉留さんにドラを乗せる手伝いができるじゃろ」

 

深堀は事もなげに答えた。

 

 

「あなたが筒子待ちというのは明白だったから、この辺りを抑えておけばツモを期待して空回りさせられると思った。

 その間に吉留さんが上がれれば、と」

 

 

まさにそうなりかけていた。

深堀の読み通りになるところだったわけだ。

 

危ないところだった、とまこが笑う。

 

「いじわるなお人じゃのう」

 

深堀はフッと笑って返した。

 

「かわしたくせに」

 

 




あー、頭痛い。
何故こんな面子を集めた・・・・・・くそ、藤田プロめ(

みはるんの能力はゲームの物を使いました。
深堀さんは能力無いけど、なんかこんなイメージなんで(


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14藤田靖子その2 真打ちと不安

なんかみはるんにはFateのタイガーとかまほよの律架さんとかの泣き顔が似合う気がする。

ところで「ばいにんっ!」を読んだ後にこれ書いてると、京太郎ってこんな性格でいいんだっけ?と不安になるんですが(



「お疲れだ、いい試合だったな」

 

ぐったりと疲れた感じのまこを靖子がねぎらう。

 

「あ、ありがとございますー、藤田プロ」

 

まこは差し出された麦茶を受け取り喉を潤す。

そこに秀介と久もやってきた。

 

「お疲れ、いい勝負だったな、まこ」

「ええ、いい勝負だったわ、まこ」

「何を言うか、揃ってそっちのコマいのの試合見とったくせに」

 

満面のいい笑顔でやってきた先輩達を冷たくあしらうまこ。

その様子に先輩達はやれやれと小さく首を振った。

 

「何を言うか、ちゃんと見ていたぞ、お前の活躍」

「ほんならどこがよかったか言うてみぃ」

 

まこの突っ込みにも動じることなく、秀介はいい笑顔で親指を立てながら告げた。

 

 

「最後の{[⑤]}切りは見事な決断だった!」

「やっぱり見とらんじゃろがー!」

 

 

そんなまこを宥めるように久がメモしていた牌譜を差し出す。

 

「ごめんなさいね、マホちゃんの牌譜取ってたから」

「おー、同時に試合になったからのぉ。

 ありがとうな、後で頭に入れとくわ。

 そして志野崎先輩は謝らんかったらこの辺の自動販売機のリンゴジュースを買い占めるけぇの」

 

まこはそれを受け取りながら、秀介にそう言う。

それは困った、と秀介は頭を下げた。

 

「酷いな、俺の命にかかわるぞ。

 それはともかくスマン、まこ。

 次の試合はちゃんと応援するよ」

「ん、それなら許す」

 

リンゴジュースがそんなに大事か。

ともかくあっさりと許したまこは、マホ本人の方に視線を向けた。

 

 

「お疲れ様だじぇ、マホ!」

 

麻雀卓の椅子からソファーに移り、しょんぼりとしているマホに優希が声をかける。

 

「64200持って2位なら十分だって」

 

ムロも同様に励まそうとするが落ち込んでいるマホは落ち込んだままだ。

お茶は受け取って飲んでいるが。

 

「あ、あのあの・・・・・・」

 

そして控え目に和に声をかける。

 

「・・・・・・和先輩はどう思いましたか? 私の対局・・・・・・」

 

どうやら憧れの和からの評価を気にしているようだ。

優希が「のどちゃん空気呼んで」と言いたげに見ている中、和は答えた。

 

「・・・・・・そうですね、正直去年のMVPの衣さんと同卓で原点より+で終わるとは思っていませんでした」

 

その言葉に落ち込んでいたマホに笑顔が戻った。

が。

 

「しかしあの少牌が無ければもっと稼げていたのも事実」

「あうぅ・・・・・・」

 

再び落ち込むマホ。

だが和はそんなマホの頭に手を乗せて言葉を続ける。

 

「・・・・・・チョンボをしたにもかかわらず2位と言う成績を考えれば素晴らしいことですよ。

 3万点以上持っていかれた人もいましたし」

 

その台詞に遠目に控えていた京太郎がグサッと心にダメージを受けてダウンしていたが、そんなことは気にせず和はマホに笑顔を向ける。

 

「その成績を見ればこの4ヶ月であなたがどれだけ成長したかが分かります。

 頑張りましたね」

「あ、ありがとうございます!」

 

マホはがばっと頭を下げると涙をぬぐい、笑顔で和と向き合った。

 

その光景を優希とムロが微笑ましげに見守っていた。

 

 

その様子を見ていたまこは休憩がてらとマホの牌譜に目を通し始める。

 

「次からは生で見れるといいんじゃけど」

「そうね」

 

久はまこの言葉にクスッと笑いながら、視線を外す。

 

その視線の先には、一人落ち込んでいるような咲。

 

(全国の前に気を引き締めておいてほしかったんだけど、シュウにあそこまでやられても落ち込む気配も無く、むしろワクワクしていた風な咲・・・・・・。

 ・・・・・・っていうか最近なんかちょっとシュウに懐いてるみたいだし)

 

と、その愚痴は置いておいて。

 

(多分どんな強敵が現れても同じでしょう。

 でも自分と同じ嶺上開花で上がる相手が現れたら?

 

 自分の領域を脅かすものには流石に恐怖を感じるはず。

 

 マホちゃんの模倣も少しは効いたみたいね)

 

マホを呼んだ甲斐があった、と久は一人笑った。

 

 

そして、和の言葉でダメージを受けていた京太郎の元には秀介が向かった。

ポンポンと肩を叩きながら声をかける。

 

「あの天江衣相手にちゃんと点棒残して来たな、上出来だ」

「・・・・・・でも先輩、俺・・・・・・結局ノー和了でしたし・・・・・・」

 

やはり落ち込んでいるようだ。

これはマホよりもダメージが大きそうな。

しかし秀介は笑顔で告げる。

 

「振り込んだのは一回だけだっただろう。

 それにな、あの天江衣、南場の親番で君をトバそうと企んでたみたいだぞ」

「マジですか?」

 

京太郎の言葉に「マジでだ」と返す秀介。

 

「にもかかわらず君はちゃんと点棒を残して帰って来た。

 あの天江衣の企みを阻止したんだよ」

 

そして改めて京太郎の肩をポンと叩く。

 

 

「恰好悪くたっていい、生きて帰って来たんだ。

 誰が何と言うと、俺は君を評価する」

 

 

「せ、先輩!」

 

秀介の言葉に涙を流し、その胸に飛び込む京太郎。

秀介はそんな京太郎をガシッと抱きかかえてやった。

 

「先輩! 俺・・・・・・俺! 頑張りますから!」

「そうだ! 頑張れ! 須賀京太郎!」

 

男同士の熱い感動がそこにはあった。

 

 

 

もっとも女性陣にそのノリが伝わるわけも無く、暑苦しい男同士の抱擁を遠目に見守っているだけだったが。

 

 

 

そんな京太郎をトバすことができずにいた衣は、純の膝の上で不機嫌そうにしていた。

 

「おい衣、そんなに落ち込むなって」

「落ち込んでなどいない!」

 

衣はそう言いながら、純の手からクッキーをサクサクと食べている。

その仕草と言い口調と言いどう見ても不機嫌だ。

透華もやれやれと呆れつつ、なんとか宥めようとしている。

 

「衣、今回は仕方ありませんわ。

 まさか衣の海底を真似する相手がいるなんて思いもしませんでしたもの」

 

その言葉に純も頷く。

 

「そうだぜ、あんまり悔しがるなよ」

「く、悔しがってなどいないのだ!

 大体あんな場面で少牌をやらかすような相手に負けたりなんかしないのだ!」

「そーだな、ちゃんと勝って帰って来たもんなー」

 

えらいえらいと頭を撫でまわす純。

 

「ふゆぅ~~~・・・・・・」

 

途端に脱力する衣。

同時に不機嫌そうにしていた態度もどこへやら。

 

「次の試合でがっつり稼げばいいよ」

 

敵打ちの為に、と意気込む元となった一にまでそう言われてはもう不機嫌でなどいられない。

衣はもう落ち着いていた。

そしていつもの笑顔で言った。

 

「ありがとう、皆。

 次はもっと稼ぐのだ!」

 

 

 

「お疲れ様、深堀さん、吉留さん」

「お疲れ様です」

 

美穂子と文堂が二人を迎える。

深堀は相変わらずの様子で、そして未春は少しばかり落ち込んだ表情で戻ってきた。

 

「・・・・・・ごめんなさい、最後にまくられまして・・・・・・」

「1、2フィニッシュが理想だったんですが・・・・・・清澄にやられました」

 

二人の言葉に美穂子は首を横に振る。

 

「あれはあちらの読みがこちらを勝っていたというだけの事。

 どちらも責任を感じることはありませんよ」

 

美穂子は笑顔でそう言う。

それに対して1位だった深堀はまだしも4位だった未春はやはり落ち込んだ様子。

勝者もいれば敗者もいる。

それは勝負事では当たり前の事だが、だからと言って割り切れるものではない。

 

「でも、加治木さんにも染谷さんにも何だかいいように使われてしまって・・・・・・。

 もう少しうまく打てたかも、なんて思いが・・・・・・」

 

そう言う未春を美穂子は優しく抱きしめる。

 

「あ、キャプテン・・・・・・」

「大丈夫よ、吉留さん。

 もしそう思うのなら、まだ試合はあるんだしそこで晴らしましょう?

 それがきっと次回以降経験として生きるから」

「・・・・・・はい・・・・・・」

 

返事をした未春は、目元にわずかに涙は浮かべているもののもう笑顔だった。

 

風越でまだ試合をしていないのはキャプテンの美穂子と文堂。

二人が「私達も頑張りましょう」と気合いを入れると、風越に再び和気藹々とした雰囲気が戻った。

 

 

そこへ、ひょっこりと一人の少女がやってきた。

否、戻ってきた。

 

「いやー、あっちの試合凄かったですよー! もう大波乱って言うか!

 あ、みはるんも試合終わったんだ。

 どうだった?」

「華菜ちゃん見てくれてなかったのー!?」

 

未春の笑顔は一瞬で泣き顔に崩れ去った。

 

 

 

試合を終えたゆみは津山を連れてメンバーの元へ向かっていた。

 

「失点は1万以内に収まったのか。

 天江衣相手によくやったな」

「いえ、あの中学生の女の子がやたらと頑張ってくれたおかげです」

「その隙をついただけだとしても、自分の実力だと誇っていいぞ」

「・・・・・・はい・・・・・・!」

 

そんな話をしているとメンバーの方から迎えに来てくれた。

 

「お疲れ様っす、先輩、津山さん」

「ゆみちんもむっきーもお疲れー」

「お、お疲れ様です!お二人とも!」

 

「ただいま、何とか負けなかった程度で戻って来たぞ」

「う、うむ、ただ今戻りました」

 

そんな二人に蒲原はワハハと笑いかける。

 

「何言ってるんだい、どっちも善戦してたじゃないかー」

「そうっすよ! 先輩なんか毎回相手の危険牌抑え込んで上がってたじゃないっすか!

 むしろどうやって相手の手を読んでたのか教えて欲しいくらいっす!」

 

モモもひたすらにゆみを褒め称える。

いや、あれは相手の癖を読んだだけで、と言いかけてゆみは口をつぐんだ。

 

(そういう観察眼を鍛えるのも先輩の役目か)

 

フッと笑ってゆみは「注意深く観察していれば癖や打ち筋は見えるもの」と簡単に言って誤魔化した。

 

ゆみ自身、まだ点棒はたったの+800。

役満を上がった妹尾はまだしも、衣が76900稼いでいることを考えればまだまだ稼ぎ足りない。

次の試合もきつそうだな、と一人呟いた。

 

「さてさて」

 

パンパンと手をはたいて蒲原が腰に手を当てる。

 

「最後はあたしの番だねー」

「頑張って来い、蒲原」

「そりゃもちろん。

 みんな頑張ってるし、あたしも頑張らないと。

 まだ対戦相手分かんないけど」

 

ゆみの言葉に笑顔を返す。

彼女も三年生、気を抜いたりしたらどうなるか良く分かっている事だろう。

わざわざアドバイスなどするまでも無いが、それでも応援したいというのは当然の事。

蒲原もそれを分かっているのか。

 

「真打ち登場!ってくらいの活躍してくるよ」

 

ビシッと指差して言った。

 

 

「・・・・・・真打ち?」

「真打ち・・・・・・」

「真打ちっすか?」

「え、真打ち・・・・・・?」

 

「わははー、何だその反応は、泣くぞー」

 

 

 

そんな彼らの交流を見つつ、特に知り合いのいない二人組。

 

「どうだった? 彼らの試合は」

「はい、どちらの試合も勉強になりました、お爺様」

 

南浦プロとその孫、数絵である。

 

「うむ、学べることは多いだろう。

 そしてそれがお前の将来に繋がるはずだ」

「はい、勉強させて頂きます」

 

うむ、と頷くと南浦プロはスッと周りのメンバーに手を向ける。

 

「折角の機会だ、麻雀以外でも交流を持つといい」

 

そう言われ、戸惑った表情の数絵。

 

「少し苦手ですけど・・・・・・いってきます」

 

不安そうながらも笑顔で数絵は南浦プロのそばから離れた。

 

 

 

「さてさて」

「靖子姉さん、ちょっと」

 

そろそろ次の試合の組み合わせを発表しようか、という靖子に声をかける者がいる。

靖子を姉さんなどと呼ぶのは彼くらいなもの。

 

「どうした、シュウ。

 そろそろ久から私に乗り変えようという気にでもなったのか?」

 

そんな冗談を言うと秀介はニッと笑った。

 

「靖子姉さん、あんまりそう言う事言ってるとこのメンツの前で「いつものアレ」やるよ?」

 

途端に靖子はビクッと飛び跳ねる。

 

「もしも万が一、天文学的確率で・・・・・・」

「ま、待て! 悪かった!」

 

慌てて前言を撤回する靖子。

トラウマ同然の嫌な思い出でもあるらしい。

 

「・・・・・・ったく、冗談の通じない奴め。

 そんなに姉の事が嫌いか?」

「靖子姉さんの事は好きだよ。

 俺のもただの冗談だし」

 

そう言って笑いかけると靖子はがっくりと脱力する。

 

「タチの悪い冗談は好かん」

「奇遇だね、俺もさ」

 

ああ言えばこう言う。

どうやらこの二人では秀介の方が力関係が上のようだ。

ぐぬぬと睨みながらも一息つき、「で?」と話を続ける。

 

「何の用だ? シュウ」

「あ、そうそう」

 

忘れていたとでも言いたげにわざとらしく話を再開する。

 

「公にしたくない事だったら言わなくてもいいけど。

 今回の企画、主催は久じゃなくて靖子姉さん?」

「・・・・・・バレていたか」

 

誤魔化す気も無いのか、あっさりと白状する靖子。

事情を話していたのは久だけだったが、秀介なら知られてもいいと判断しての事だろうか。

それはそうと、事情を知ってどんな反応を?と秀介の反応を見る靖子。

だが秀介は「ああ、やっぱり」と頷くのみだった。

 

「それを確認したかっただけなんだ。

 一応他の人には言わない方がいいでしょう?」

「・・・・・・まぁ、そうだけど。

 私が直々に主催しなかった理由とか聞かないのか?」

 

理解があるのは嬉しいが構って欲しいとでも言いたげに話題を振ってみる靖子。

が、理解力のある秀介は首を横に振った。

 

国民麻雀大会(コクマ)とか世界ジュニアに向けての選手選考だとか、プロアマ親善試合の参加者探してみるとか、なんかそんな感じでしょ?」

「・・・・・・理解があって嬉しいが、私にも説明する楽しさというものがな」

「そう? 別に盛り上がりそうな説明をしてくれてもいいよ。

 必死に説明した事を「ああ、そうだと思った」って返してもいいんなら」

「それはやだ」

 

そう言って苦笑いを浮かべる靖子。

しばらく会っていなかったようだし、こういうやりとりでも楽しいのだろう。

一頻りそんな感じで会話を交わした後、秀介はくるっと背を向ける。

 

「じゃあ、この辺で。

 そろそろ次の組み合わせの発表するでしょ?」

「ああ、そうだな」

 

もう少し話していたかったが、といいつつ靖子も秀介を見送る。

 

「ああ、その前に一つ。

 なんで私が主催だと思った?」

 

呼び止めてそう聞くが、秀介は「あれー?」という表情を浮かべて返事をした。

 

「わざわざ別のプロまで呼んでおいて気づかないと思ってるのはどうかと。

 久主催の合宿に押し掛けておいてさらに別のプロまで呼ぶほど図太い性格だとは思ってないよ。

 他にもひょっこりやってきておいて試合仕切ったり、参加者の名前全員知ってたり」

「・・・・・・ああ、そう」

 

おっしゃる通り。

ということは、他にも何人かにバレている可能性もあるという事か。

まぁ、麻雀連盟の方の耳に入らない限りは大丈夫だろうと前向きに考えることにする。

 

「そうだ、シュウ。

 次の試合が終わったら昼食にしようと思っているんだが、一緒にどうだ?」

 

不意に思いついた提案をしてみる。

姉さんと慕う女性からのお誘い。

だが、秀介は小さく笑った。

 

「他にお誘いがなければ、是非とも」

 

そう言って去っていった。

 

あっそー、昔から可愛がってやってたというのに、いつの間にやら優先順位が低くなってしまったようだ。

 

いや、それとも昔から変わってないのかな。

 

「・・・・・・ま、いいや」

 

それより早く次の組み合わせを発表してしまおう、と靖子は用紙を手に声を上げる。

 

 

 

「では、また次の試合を発表するぞ。

 

 

 第五試合、清澄-宮永咲、同じく清澄-原村和、風越女子-文堂星夏、平滝-南浦数絵。

 第六試合、龍門渕-沢村智紀、鶴賀-蒲原智美、風越女子-福路美穂子、清澄-片岡優希。

 以上のメンバーは試合の準備をしてくれ」

 

 

今回呼ばれたメンバーは、今までの試合で呼ばれなかったメンバー。

なので試合の準備はできている。

後は誰と戦うかというだけ。

 

 

 

「じゃ、行ってくるぞー、真打ちとして」

 

蒲原はそう言ってソファーから立ち上がる。

 

「ああ、行って来い真打ち」

「行ってらっしゃい、真打ち」

「頑張ってくださいっす、真打ち」

「えっと、が、頑張ってね、真打ち・・・?」

 

仲間達に見送られいつものようにワハハーと笑いながら、しかし心では泣きつつ蒲原は卓に向かう。

 

 

 

「・・・・・・では、行ってまいります。

 どこまで稼げるか分かりませんが」

 

カタカタと打っていたノートパソコンを閉じると立ち上がる智紀。

 

「行ってらっしゃい、ともきー」

「頑張ってくるのだ智紀!」

「応援してるぞー」

 

仲間達も快く見送る。

が。

 

「ともき」

 

透華がそれを止めた。

 

「大会の時には・・・・・・」

「はい、大会の時には活躍できませんでしたけど、今回は頑張ってきます」

 

控え目にぐっと拳を作りながらそう返事をする智紀。

それを見て、少しばかり表情が険しかった透華も笑顔になる。

 

「応援してますわよ、あなたもやればできる子なんですから。

 行ってらっしゃいまし」

 

こくこくと頷き、智紀は卓に向っていった。

 

 

 

「行きましょう、文堂さん」

「は、はい、キャプテン」

 

美穂子に連れられて立ち上がる文堂。

だがその表情は浮かばない。

何せ対戦相手は天江衣を倒した清澄の大将咲、全中王者(インターミドルチャンピオン)の和、そして個人戦二日目で一気に上位までのし上がった南浦数絵が揃っているのだ。

不安にもなろうというもの。

 

不意に顔を上げると美穂子と目が合った。

 

「文堂さん」

「は、はい」

「あのメンバーを相手にするのは大変でしょうけど、全く戦えないということは無いはずだわ。

 お互い頑張りましょうね」

 

美穂子は小さく拳を作ってそう言う。

文堂も小さく拳を作って答えた。

 

「はい、頑張りましょう、キャプテン」

 

お互いに笑い合い、別れた。

 

 

 

清澄陣営で立ち上がるのは一年トリオ。

咲が二人に手を差し出す。

 

「行こ、優希ちゃん、原村さん」

「おう! 頑張るじぇ!

 のどちゃんは咲ちゃんと一緒に戦えて嬉しそうだじぇ!」

「う、嬉しいなんて・・・・・・そんな・・・・・・」

 

不意の指摘にビクッと跳ねる和。

そう、別に嬉しいなんてほんのちょっぴりしか思っていない。

 

「ま、三人共楽しんで来んしゃい」

「はい!」

「もちろんです」

「行ってくるじぇ!」

 

まこの言葉に三人がそれぞれ返事をする。

 

「じゃあ、私達も応援に行きましょう」

 

久の言葉に残りのメンバーも立ち上がる。

と、久が不意に秀介に声をかける。

 

「で、シュウはどっちの卓に行くの?」

「風越のキャプテンが気になるところ。

 さっきの試合の時、俺の手を見ていたようだったし」

 

こちらも少しでも情報が欲しいと思っての事か。

だが久は何やら不機嫌そうだった。

 

「ふーん、そう・・・・・・」

 

昨日内緒で打ったというのを聞いていたせいだろうか。

その様子を見ていた秀介は、ふむと考えると久に向き直る。

 

「試合の代わりに久を見続けるって言うのはありか?」

「なっ!? なっ!!」

 

途端に赤い顔で飛び退く久。

その反応に満足したのか秀介は笑いながら卓に向かう。

 

「冗談だ。

 でもそんなに嫌なら宮永さんの応援にでも行くよ」

「・・・・・・宮永さんの応援・・・・・・」

 

それはそれでまた不機嫌そうな久。

しかしなんだかんだ秀介についていくのであった。

 

 

 

「ではいってきます、お爺様」

 

南浦プロの元に戻ってきた数絵はそう言って小さく頭を下げる。

 

「うむ。

 まぁ、あまり気負わずに打ってきなさい」

 

せっかくの合宿なのだし、と南浦プロは言う。

数絵はその言葉に笑って返した。

 

「「いつだって不安が半分は占める。

 残り半分で色々考えて麻雀やるもんだ」。

 

 私はお爺様の言葉、忘れていませんよ」

 

そう言って卓に向った。

一人残った南浦プロは数絵が残した言葉を噛み締めているようだった。

 

 

「・・・・・・いつの間にか私自身の口癖になってしまったようですよ」

 

 

誰かに告げるようにそう呟くと、南浦プロは孫娘の活躍を見に卓へと向かうのだった。

 

 



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15福路美穂子その4 デジタルと能力者

第五試合 親順

文堂→咲→数絵→和

 

 

第六試合 親順

優希→美穂子→蒲原→智紀

 

 

 

親決め後、席に着いた数絵が視線を向けたのは上家の咲。

個人戦の直接対決でマクられた因縁の相手である。

 

「今日は勝たせてもらいます」

 

目が合ったところでそう告げる。

咲はむ?と表情を変え、しかしすぐに笑顔で返事をした。

 

「よろしくお願いします」

 

予想外に柔らかい返事。

対戦の最中はもっとこう・・・・・・「10年早い」とか言いそうな威圧感を感じたものだが。

素っ気ない返事は寂しかったが、そんな事を言われたらそれはそれでイラつくだろう。

まぁ、相手の反応がどうであれ自分はやるべきことをやるだけ。

数絵は小さく深呼吸して意識を改めた。

 

「よろしくお願いします」

 

 

(宮永さん・・・・・・気合いが入っているようですね)

 

そしてもう一人、言わずと知れたスーパーデジタルの全中王者(インターミドルチャンピオン)和。

その手元にはいつも通りのエトペン。

 

(練習とは言え試合に変わりはありません。

 私も気を抜けませんね)

 

小さく深呼吸して卓に意識を向ける。

 

「よろしくお願いします」

 

 

そしてそんな空気に一人入りこめない文堂。

少し気弱に挨拶するしかできなかった。

 

 

 

 

一方、もう一卓。

席に着いた優希は下家の美穂子に目を向ける。

その視線に気づいたのか美穂子も顔を上げ、目が合った。

 

県大会の団体戦先鋒同士でぶつかった時、龍門渕に一方的にやられていたのを助けてくれたことには感謝だ。

が、その後いいように使われて気づけば点数をさらわれていき、結局いつの間にやらトップは美穂子という結果だった。

思わず訪れたリベンジの機会。

 

「今回は負けないじぇ!」

 

ビシッと言い放つ。

美穂子はくすっと笑って返事をした。

 

「お手柔らかに、よろしくお願いします」

 

残った智紀、蒲原は大会でさして全力を出せず不本意な結果に終わったが、それ故にどのような打ち方をするのかが不明。

 

この試合がどういう展開を迎えるか、当人たちにも見学者にも不明だ。

 

「わっはっは、よろしくお願いしますー」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

揃ってぺこりと頭を下げ、試合は始まる。

 

 

 

 

 

第五試合

東一局0本場 親・文堂 ドラ{中}

 

文堂配牌

 

{一三九九⑤⑦55789東南} {二}

 

(・・・・・・これは・・・・・・)

 

とりあえず{南}を切る。

そして次巡。

 

{一二三九九⑤⑦55(横⑦)789東}

 

予想外。

この面子を相手にかなりの好配牌、ツモもよさそうだ。

東場の親、ダブ東は魅力的だがそれよりもこの手は平和手に伸ばすのが最善と思われる。

あっさりと{東}はここで捨てた。

 

そのまま流れに乗って7巡目。

 

{一二三三五⑤⑥⑦5(横二)5789}

 

多少無駄ヅモはあったものの、手なりであっさり聴牌。

前巡既に聴牌していたが、待ちがいい平和手へと手変わり待ちをしていたら一巡で有効牌が来る、幸先がいい。

 

「リーチです」

 

しかも捨て牌はこの形。

 

{南東九九八⑦} {横五(リーチ)}

 

巡目は早いが索子の混一を思わせる捨て牌だ。

上手くハマってくれればあっさりロン上がりも可能だろうと期待しておく。

 

 

一方の和。

 

{三四四五六七七(横一)八③④233}

 

{一}は不要牌。

だが和の視線は文堂の捨て牌に向く。

そして少しだけ手を止め、{3}を切り出した。

 

 

「え、{3}っすか・・・・・・?」

 

それを後ろで見学していたモモは思わず声を漏らす。

文堂のリーチは索子の混一と見てもおかしくないと思うのだが。

 

「おそらく混一は無いと読んだのだろう」

 

そこにゆみが解説を付ける。

と言っても原村和本人ではないのでおそらく、と一言ついてだが。

 

「混一で第一打字牌というのはまずあり得ない。

 それだったら{九}二枚を先に落としているだろう。

 それに原村和の事だ、余り牌無しで門前混一が7巡で聴牌になるなんて精々何%以下、とか考えているのかもしれない。

 

 どうであれあの捨て牌から索子の混一以外と読んだ場合、危険なのはリーチ宣言牌{五}の裏スジか跨ぎスジ。

 {三-六、一-四-七}の可能性をより危険視したのだろう」

 

「な、なるほど・・・・・・」

 

私ならあっさり{一}切っちゃいそうっすけど、とモモは改めて卓に視線を戻す。

 

「・・・・・・モモの場合ステルスがあるから切っても大丈夫とか思ってるかもしれないが、そう言う捨て牌読みを覚えて損は無いぞ。

 来年には先輩だ、ステルスに頼らず後輩にそう言う技術を教えられるようにならないとな。

 それに万に一つ、気配が消える前に狙い打ちされてトバされる、何てことになったら目も当てられないしな」

 

ゆみがそう言うとモモは「が、頑張るっす」と気合いを入れるのだった。

そんなモモを見てフッと笑うと、ゆみも卓に視線を戻す。

 

 

9巡目。

 

咲手牌

 

{③④(横四)⑧⑧⑨⑨6688北(ドラ)中}

 

{(ドラ)}が鳴いていければ満貫確定、手もあっという間に進めて行けただろうが、さすがにあっさり切る様な面子ではない。

手なりで進めて行ったが牌が重なるようで七対子一向聴だ。

ちらっと文堂の捨て牌に目を向ける。

 

文堂捨て牌

 

{南東九九八⑦横五(リーチ)②二}

 

あれから一向に捨て牌に索子が増えない。

混一の可能性を消しきれない咲としては{四}の方が安全と見て切り捨てる。

 

「ロンです」

 

パタッと文堂は手牌を倒した。

 

「リーチ平和・・・・・・裏1、5800です」

「あ、はい」

 

振り込んだことに変わりは無いが安くて良かったと咲は一安心する。

一方点棒を受け取った文堂は、よしと自分に気合を入れ直す。

この面子からとりあえず先制して点数が奪えたのは僥倖だ

先制だけでなくこの調子で上がりを取っていきたい。

 

 

 

東一局1本場 親・文堂 ドラ{五}

 

文堂手牌

 

{一三[五](ドラ)九①③④⑦⑦147南} {③}

 

先程よりは少し配牌が落ちたか。

しかし麻雀とはそういうもの、上がり続ければ手が良くなるなんてオカルトだ。

和ならそう言うに違いない。

{九}を切り出す。

 

しかしその後、6巡目。

 

{一二三[五](ドラ)①③③④⑦(横6)⑦478}

 

無駄ヅモはあったものの順調に手は進む。

やはり流れは掴んだか。

{①}を切り出す。

この局も行けるかもしれない、そう思った直後だった。

 

「リーチです」

 

和から声が上がる。

 

和捨て牌

 

{①白四⑥六} {横3(リーチ)}

 

(早い! しかも何ですかその捨て牌は!?)

 

デジタルの和が何をどう考えてそんな捨て牌になったのか。

配牌は? ツモは?

数絵も和の捨て牌を見て同様の意見だ。

 

数絵手牌

 

{二二五七七八九⑤(横二)⑧⑧556}

 

(捨て牌は全て手出しだったはず・・・・・・しかもドラそばの{四}を三巡で切るとは。

 チャンタ・・・・・・いや、でも最初の{①白}切りが解せない。

 混一? それでも{白}の切り出しが・・・・・・よっぽどいい配牌でタンピン手?)

 

わけが分からない、と数絵は特に確証も無く{七}を切り出す。

何を狙っているのか分からないことには読みようがない。

 

 

 

(ふーん・・・・・・なるほどね)

 

和の手牌を見てきた久がその対面、咲の後ろにいる秀介の隣に戻ってくる。

 

「さてシュウ、和の手牌は何でしょう?」

 

ふふっと笑いながら久はそう言った。

果たして秀介はその手牌を読めるのか。

 

「・・・・・・まぁ・・・・・・」

 

秀介は腕を組んで考えながら、しかし確信しているように答えた。

 

「七対子だろ」

「あら」

 

久の反応、どうやら正解のようだ。

しかし何故分かったのか?

 

「{①白}辺りでは普通に手を進める予定だったんだろうが、ドラ表示牌の{四}早切り、あれは七対子くらいしかあり得ない。

 おそらく5巡目で張ってたんだろうが{3}単騎はよっぽどの確信が無いと狙い辛い。

 ツモ、ロンどちらを狙ったにしても他家の捨て牌を見るに{3}が確実に不要牌だと言える者はまだいない。

 手牌に抱えられている可能性、及び今後ツモられた時に手に抱えられる可能性大だ。

 それを考えて逆に狙いやすそうな牌・・・・・・ヤオチュー牌辺りに待ち変えしたってところじゃないか?」

 

はー・・・・・・と、久以外にもそれが聞こえていた面子から声が上がる。

 

「・・・・・・相変わらずその読みはありえないわ」

 

久も思わずそう言う。

秀介はフッと笑った。

 

「デジタル舐めんな」

「デジタルを名乗りたければもっとそれらしい打ち方してよ」

「悪待ちのお前が言うか」

「私はそんなにデジタルなんて名乗ってないもの。

 ただ考え方の一部としてデジタル思考を使わせて貰ってはいるけど」

「明日からもっとデジタルしようぜ、俺のように」

「あんたの打ち方はあんたにしか無理よ」

 

漫才のようなやり取りに周囲から笑いが起こる。

 

 

そんな事をしているうちに10巡目、文堂に聴牌が入る。

 

文堂手牌

 

{一二三[五](ドラ)六③③④⑦(横四)⑦678}

 

和の待ちは気になる。

しかしこちらも平和にドラと赤、リーチをかけてツモるか裏ドラで親満だ、引く手は無い。

 

「リーチ!」

 

{③}を切ってリーチと行く。

和の手が七対子なら、めくり合いとなれば平和手の方が有利。

どちらが引くかというそんな勝負の中。

 

数絵手牌

 

{二二二(ドラ)五七八九(横9)⑧⑧567}

 

数絵が不要牌の{9}をツモ切りする。

直後。

 

「ロン」

 

和が手を倒した。

 

{一一三三⑨⑨22889中中} {(ロン)}

 

役は秀介の読み通り七対子、ヤオチュー牌の{9}待ち。

裏ドラをめくると現れたのは{7}。

 

「リーチ七対子裏2、8000です」

 

 

 

東二局0本場 親・咲 ドラ{6}

 

咲配牌

 

{七八②③④⑦⑧18東西北白} {5}

 

折角の親番だ、ここは上がっておきたい。

そして受け取った配牌はこの形。

順調に面子が揃えば字牌整理をしている間に聴牌できるだろう。

{1}を切り出す。

 

和配牌

 

{一四①②③⑥1(横①)245(ドラ)南西}

 

一方文堂の流れを食い止めたことでこちらに流れが来たのか、和の配牌がよくなった。

もっとも本人に言わせれば、配牌で三向聴の手が入る確率がどうたらと言うところだろう。

ともかく良形のこの手、こちらも順調に進めばあっという間に聴牌できると思われる。

{一}を捨てる。

 

そして進んで7巡目。

 

{三四[五]①①②③(横4)11235(ドラ)}

 

「リーチ」

 

他家は鳴きも入っておらず、手の進行が遅いと見て和は{①}切りで先制リーチをかける。

文堂も数絵も降り打ち。

咲が喰いついてこようとしたが結局和の上がりとなる。

 

「ツモ」

 

{三四[五]①②③112345(ドラ)} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和ドラ1赤1、2000・4000です」

 

 

 

東三局0本場 親・数絵 ドラ{4}

 

和手牌

 

{⑥⑦⑧1(ドラ)46(横6)778東東東}

 

流れは途切れない和、6巡で聴牌である。

 

「リーチです」

 

{1}を切り捨てる和。

それと同時に。

 

「カン」

 

声が上がる。

 

(宮永さん!)

 

和がバッと顔を上げた時には既にその手に嶺上牌。

タァンと卓に晒された。

 

「ツモ」

 

ジャラララと手牌が倒れる。

 

 

{[五]六七⑦⑧⑨35南南} {1横111} {(ドラツモ)}

 

 

「嶺上開花ドラ1赤1、5200」

 

 

流れに乗った和をあっさりと止める、その時点ですでに驚きである。

流れなど信じていない和としてみれば特にそんな驚きは無く、ただ咲が上がっただけという認識だろう。

チラッと視線を向けると咲と目が合う。

 

点差は一先ず和がリード。

だがまだ東場、そして咲の実力を知っている身としてはまだこの程度のリードでは足りない。

 

(・・・・・・負けませんよ、宮永さん)

(すぐに追いつくからね、原村さん)

 

お互いにフッと笑い合った。

 

 

 

 

 

先程靖子が告げたとおり、この試合が終わったら昼食である。

それを直接告げられたのは秀介のみだが、既に何人かは昼食を意識している時間帯である。

 

そんな中、彼女の手にはしっかりと好物のタコスが握られていた。

 

昼食前にそんな物をと言うべきか、一足早い昼食ととるべきか。

いずれにしろ彼女ならきっとこう答えるだろう。

 

「タコスは別腹だじぇ!」

 

 

 

第六試合

東一局0本場 親・優希 ドラ{8}

 

優希配牌

 

{一三[五]七七①7779東中中} {①}

 

(さぁ、トバしていくじぇ!)

 

速攻高打点を得意とする優希は迷わず{東}を切り出す。

そして3巡、無駄ヅモなく聴牌である。

 

{三四[五]七七①①7(横①)779中中}

 

「リーチだじぇ!」

 

東初の親の3巡リーチ、誰も立ち向かえない。

読めないゆえに下手な牌を切れず、喰いずらしもできないまま2巡後。

 

「ツモ!」

 

あっさりと手牌が倒された。

 

{三四[五]七七①①①777中中} {(ツモ)}

 

「リーヅモ三暗刻中赤1! 6000オール!」

 

 

(・・・・・・相変わらずの速攻高打点。

 南場まで凌ぐのは大変そうね、50000点もあってよかったわ)

 

美穂子は点棒を渡しながら少しだけ愚痴る。

だが表情はいつもの通り笑顔だ。

そう、南場になれば彼女の流れも終わる。

それまでは無理をせず、隙を見て上がりを取って流して行くだけだ。

 

 

 

東一局1本場 親・優希 ドラ{2}

 

この局も優希の速攻があっさりと決まる。

 

「ツモ!」

 

{五[五]③④[⑤]⑦⑧⑨(ドラ)3888} {(ツモ)}

 

「リーヅモドラ1赤2、4100オール!」

 

 

 

東一局2本場 親・優希 ドラ{⑨}

 

優希配牌

 

{七九九④⑤⑦⑦(ドラ)338南西} {3}

 

相変わらず配牌が落ちない。

{西}を切ってガンガン攻める姿勢を続ける。

 

美穂子配牌

 

{一二五六②④⑧(ドラ)25(横⑨)東北發}

 

(うーん・・・・・・)

 

手牌はあまり良くならない。

しかし美穂子は相手の癖から手の進行を読み、自分の手の進行の参照にする打ち手。

卓に着く前からデータ収集で癖を掴んでいるが、実際の対局でより詳しいデータを得る為にも前半は見に回る事が多い。

それを考えれば今現在配牌が悪くてもあまり問題にはならないだろう。

だがしかしあまりこのまま上がられ続けられるのも良くない。

二局の上がりで優希の点数はあっという間に8万点越えだ。

 

降りるのはいつでもできる。

誰かの手に聴牌気配を感じるまでは通常通り手を進めて行ってもいいだろう。

そう考え{北}を切り出す。

 

蒲原配牌

 

{二二三七①②⑥15(横⑦)6東北發}

 

未だ優希の流れにある中、蒲原の手は悪くない。

4つある塔子がそのまま横に伸びてくれれば良形の平和手になってくれるだろう。

{北}を切り出す。

 

 

そして5巡目。

 

優希手牌

 

{九九④(横九)⑤⑦⑦⑦(ドラ)12333}

 

早くも聴牌だ。

しかしここで優希の手が止まる。

いつもならこのまま流れに任せてドラ切りリーチと行くところだが、一手変わりで三暗刻だ。

しかもドラが使えず赤も無いこの手、どうあがいてもリーチツモしかなさそうに見える。

それなら東場の流れがある今のうちに三暗刻まで手を伸ばして点数を稼いでおきたい。

 

欲張りなのかもしれない。

確かに変に欲張るとそれは悪い結果となるだろう。

しかしこの早い巡目で好手牌。

 

(ただのリーチツモで上がったら、それこそもったいないじぇ!)

 

通常ではありえない一手、優希は{1}を切って聴牌を崩す。

ギャラリーも「いや、それはありえない」「何を考えてるの?」とざわつく。

 

そして次巡。

 

{九九九④⑤⑦⑦⑦(横⑦)(ドラ)2333}

 

「カン!」

 

{⑦}を暗槓。

その一手にギャラリーはさらにざわめく。

新ドラは{5}、またしても手に絡まない。

だが、嶺上牌は{③}。

 

「リーチだじぇ!」

 

{2を切って⑨}単騎だ。

 

 

 

「ドラ単騎・・・・・・」

 

少し無謀じゃないか?と京太郎が呟く。

確かにヤオチュー牌の{⑨}は使い辛いし、いずれ出るかもしれない。

しかしドラはドラだ、降り打ちで抱え込まれる可能性もある。

それが聞こえたのか、隣にいた未春が声をかけてくる。

 

「いえ、{⑦}を暗槓していますし、吊り出される可能性もあるかと」

「吊り出し・・・・・・?」

 

聞き慣れない単語なのか、京太郎が首を傾げる。

それを見て未春はクスッと笑い、説明をしてくれた。

 

「{⑦}が使い切られてしまったので、もう{⑦⑧⑨}の面子が成り立つことはあり得ません。

 そうなると{⑧⑨}のペンチャンで待っている人がいたら、手牌整理で切り出される可能性があるってことです。

 確かに手牌に抱え込んで降り打ちの可能性もありますが、逆に攻め気のある人がそう言う手格好になっていたら・・・・・・」

「な、なるほど」

 

可能性はある、と京太郎は意気込んで優希を応援する。

 

(・・・・・・もっとも、うちのキャプテンがそんなのに引っ掛かるとは思いませんけどね)

 

そして未春は未春でキャプテンを応援していた。

 

 

 

美穂子手牌

 

{一二三五六②④⑤(ドラ)⑨2(横③)(ドラ)6}

 

{2}を切り出す美穂子。

残念ながら{(ドラ)}は頭、溢れ出る形にはなっていない。

むしろ優希の待ちは既にあと1枚しかないということだ。

 

前述の通り、美穂子と優希は県大会で既に同じ卓を囲んだ間柄。

なので、美穂子は既に優希の癖からその手牌をおおよそ掴んでいる。

 

(こちらから見て左から4牌目の{2}を切り出してリーチ宣言。

 ならばそこから左3つは面子確定。

 さらにそこから1牌飛んで4つの{⑦}を暗槓。

 嶺上牌を右側に加えた結果綺麗に二面子。

 

 {■■■(リーチ宣言牌)■} {⑦■■⑦} {■■(嶺上牌)■■■}

 

 つまり待ちはカンした{⑦と2}の間の一牌、{1は現物だから⑧⑨}のいずれか。

 この場合より危険なのは{(ドラ)}の単騎待ち)

 

{(ドラ)}は美穂子が頭として使っているので上がれる可能性は低い。

{⑧}ならドラも絡まないので比較的安全ではある。

が、暗槓してリーチということはドラが全部で4種類になるということ。

ということは裏ドラが乗る危険性も十分考えなければならないし、下手にカンした{⑦}が乗ったらそれだけで満貫確定、ツモで跳満だ。

この点差からさらに跳満ツモは勘弁して貰いたい。

 

(私自身手は悪くないから上がりを目指すことはできる。

 でもいざとなったら誰かを援護しないとね)

 

候補としては下家の蒲原、手の進行はよさそうだ。

まだ切り方や癖は把握していないので手は正確に把握できていないが、それでも援護くらいはできるだろう。

 

そんな蒲原も優希と同巡に聴牌が入った。

 

蒲原手牌

 

{二二三四六七(横五)①②③14(ドラ)6}

 

「リーチ」

 

流れに乗っている優希を恐れることなく、{1}を横向きに捨ててリーチ棒を出す。

{二-五-八}の三面張だ。

こうなると優希はきつい。

引いてきた牌は{4}。

とりあえず凌いだ。

 

が、同巡。

 

「わっはっは、一発ツモだぞー」

 

 

{二二三四五六七①②③4(ドラ)横八(ツモ)}

 

 

美穂子が援護するまでも無く、あっさりと蒲原が上がりをとった。

 

「裏・・・・・・むむ、一個しか乗らないかー。

 まぁ平和だし仕方ないか、3000・6000と2本場」

 

 

がっつりリードが取れたのはいいが、親が流れてしまった。

 

(くっ、大事な親番が流れちゃったじぇ・・・・・・。

 でも・・・・・・まだ東場、諦めないじぇ!)

 

後は残る東場で少しでも稼いで南場を凌ぐのみ。

 

 

 

東二局0本場 親・美穂子 ドラ{五}

 

優希 73100

手牌

 

{三三四[五](ドラ)六④④⑥(横⑤)67東東東}

 

「リーチだじぇ!」

 

{④}を切ってリーチをかける優希。

現在6巡目、まだまだ彼女の流れは終わらない。

2巡後。

 

「ツモ!」

 

{三三四[五](ドラ)六④⑤⑥67東東東} {(ツモ)}

 

「リーヅモ東ドラ1赤1、2000・4000!」

 

 

(あらら・・・・・・)

 

これで優希は再び8万点越え。

美穂子は親っかぶりで最下位転落、その差は既に5万点近い。

東場の親はやり過ごしたが、このままでは南場が訪れる頃には更に点差が開いてしまうだろう。

 

(そろそろ、止めないとね)

 

くすっと笑った。

 

 




こうしてみると、上がってから次の局が始まるまでの間を繋いでくれていたCV白石稔の解説者、及びこーこちゃん&アラフォ・・・サーの解説は重要な役割だったんだなーと思います。
文章だと素っ気なく終わって次の局に行っちゃったりしちゃいますからね、注意しないと。


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16原村和その1 南風と逆転

第五試合

東四局0本場 親・和 ドラ{一}

 

和 61800

手牌

 

{(ドラ)一三七九③⑨1(横八)4[5]8南白}

 

一先ず{⑨}切り。

次巡{④}をツモった。

このまま手が順調に横に広がっていけば、不要牌を整理している間に聴牌までたどり着けるだろう。

しかもドラが対子。

現在トップの和としてはさらに点数を引き離せるチャンスだ。

 

そして6巡目。

 

{(ドラ)一三[五]七七八九③④[⑤]4[5]}

 

気が付けば赤が寄ってきてノミ手で跳満、リーチと平和がつけられれば倍満まで視野に入るほどになった。

三色まで絡めれば三倍満だ。

上がれば一気に大量リード、何としても上がりたい。

そこに引いてきた{二}を、和はツモ切りする。

 

 

「む、ツモ切り・・・・・・」

 

津山は意外そうにそれを見ていた。

せっかくできた{一二三}の面子、とっておいてもいいと思うのだが。

そこから{七を切り出せば一-四、3-6}待ちの一向聴。

もし{四をツモれれば[五]を残して二}切りで受けられるし、こちらの方が牌の受け入れが広そうに見える。

三色や赤に引っ張られたか?

 

そこにゆみが助け船を出す。

 

「全員の捨て牌を見てみろ」

 

 

和捨牌  {⑨南白18二}

 

文堂捨牌 {⑨九①白北}

 

咲捨牌  {1西7白發}

 

数絵捨牌 {西北東南⑨}

 

 

「今現在の原村和は{四、六、3-6}待ちの一向聴。

 しかも捨牌にはまだその辺りの牌が全く切られていない。

 つまり{一-四、3-6}待ちと受け入れの数は変わらない。

 むしろ自分で{一}を2枚使っている分{四、六、3-6}の方がツモが狙いやすい」

「あ・・・・・・確かに」

 

冷静に考えれば自力でもそこまで考え付けたかもしれないが、実際卓についているとそこまで試行する時間が無く{七}を切り出していたかもしれない。

来年の鶴賀を任されている身としてこれはいけない、と津山は反省する。

ゆみはそんな津山の肩をポンと叩き笑いかけた。

 

「・・・・・・ここはいい勉強の場だな、久には感謝しないと」

 

それとも藤田プロにかな?と笑い、言葉を続ける。

 

「頑張れよ、次期部長」

「べ、勉強させてもらいます」

 

 

さて、手牌の受け入れが広い上に点数も高い和。

このまま順調にいけば和のリードはさらに広がる。

しかしそんな和の前に立ちはだかる人物が一人。

 

「リーチです」

 

咲が{⑦}を切ってリーチをかけてきた。

同じ清澄のチームメイトにして親友だが、そうそう簡単に勝たせはしない。

和はチラッと咲の方を見て、ツモってきた{⑥}をそのままツモ切りする。

 

 

「リーチ宣言牌の{⑦}のすぐそば・・・・・・危険そうですけど」

 

今のは?とゆみに助けを求める津山。

だがこれにはさすがのゆみも「えっ」と声を上げていた。

 

「{⑦⑦⑧からの⑦}切りの可能性は無いとみたのか・・・・・・?

 だが何故だ・・・・・・?」

 

それだけの判断材料は無いはずだ。

にもかかわらず和は平然と切った。

間違い無く当たり牌ではないと確信を持っての事だろう。

では何故? どこで判断したのだ?

 

 

久の方も同じことを疑問に持ったようだ。

 

「・・・・・・シュウ、今の分かる?」

 

こちらも先程解説してくれた秀介に疑問をぶつける。

対して秀介はフッと笑って返した。

 

「宮永さんがリーチ宣言で切り出した{⑦}はこちらから見て左端から4牌目。

 おそらくその左側の3牌は索子か字牌の面子だ。

 {⑦⑦⑧から⑦}が切り出されたならばさらに1牌もしくは2牌多く残るはず。

 それが無いことから{⑥⑦⑦の形はあっても⑦⑦⑧}の形は無かったと推測できる」

 

 {■■■(リーチ宣言牌)■■■■■■■■■■}

 

これが今回の咲のリーチ時の手牌を和側から見た形だ。

 

 {■■■⑧(リーチ宣言牌)⑦■■■■■■■■}

 

この形ではリーチ宣言牌{⑦}の左側が4牌になるので今回の咲のリーチには該当しない。

 

 {■■■⑧⑦(リーチ宣言牌)■■■■■■■■}

 

この形では左側が5牌になるので同様。

 

 {■■■(リーチ宣言牌)⑦⑥■■■■■■■■}

 

この形はあり得る。

 

よって今回の咲の手牌に{⑥⑦⑦の形はあり得たが、⑦⑦⑧}の形はあり得なかったという事になる。

それにより和は{⑥}は安牌と判断したのだろう。

 

あくまで推測にすぎないし、牌の並び順を入れ替えるという可能性もある。

しかし咲と和は秀介が知るよりも長く打ってきた間柄だ、その手の意地悪はしないだろう。

 

「ま、原村さんがその通りの思考で{⑥}切りしたかは分からないけどな」

「・・・・・・そんなアプローチもあるわけね」

 

読みが鋭過ぎて引くわー、と久が小さく首を横に振る。

それを見て秀介は、はっはっはっと笑った。

 

「デジタル舐めんな」

「だからあんたがデジタルとか。

 全国のデジタルに謝りなさいよ」

 

 

そんなやり取りはゆみと津山の耳にも入っていた。

 

「・・・・・・この合宿は勉強になるな」

「・・・・・・そうですね」

 

 

さて、そんな外野は置いておいて、ぐるっと一巡回って再び咲のツモ番。

咲はツモってきた牌を左端に置いて、さらに手牌の左端3枚を倒す。

 

「カン」

 

暗槓? まさか!

 

全員が見守る中、咲は嶺上牌を表にして卓に叩きつける。

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌が倒れた。

 

 

{四五六七八九①②③④} {中■■中} {(ツモ)}

 

 

「リーヅモ中、嶺上開花」

 

カンドラは{9}、さらに裏ドラを返すが出て来たのは{南と⑥}、どれもかすりもしない。

 

「・・・・・・2000・4000です」

 

カンはよくするくせにドラはあまり絡まない。

咲にはそんなマイナス特性でもあるのだろうか。

 

 

 

南一局0本場 親・文堂 ドラ{3}

 

先程の咲の上がりで和は57800、咲は53400と差が詰まった。

文堂も50800あるし、まだまだ逆転は狙えるところである。

 

ただ一人、数絵は38000とマイナス。

しかしそのマイナスもたったの12000。

 

そして忘れてはいけない。

 

すでに南場である。

 

「ポン」

 

カシャッと牌が晒される二副露目。

 

「ツモ」

 

またたく間に手牌が倒された。

 

{⑦⑧⑨(ドラ)367} {③横③③發發横發} {(ツモ)}

 

「發ドラドラ、1000・2000」

 

安上がり、だが流れに乗っているはずの和や咲よりも圧倒的に早い。

 

ふわっと暖かな風が流れた。

 

 

 

南二局0本場 親・咲 ドラ{八}

 

「ツモ」

 

8巡目、数絵は手牌を倒す。

 

{五[五]①②③44789南南南} {(ツモ)}

 

「リーヅモダブ南赤1、2000・4000」

 

 

 

南三局0本場 親・数絵 ドラ{4}

 

「リーチです」

 

今度は5巡でリーチ。

和も咲も文堂も手に負えない。

そのまま数巡で上がりを持って行かれる。

 

{二三四⑤[⑤]⑥⑦3(ドラ)5789} {(ツモ)}

 

「リーピンツモドラ1赤1裏1、6000オール」

 

しかも高い。

3連続和了であっという間にトップの和をまくった。

 

 

 

(南場で強い・・・・・・ヤスコには聞いてたけど本当に優希とは真逆なのね)

 

数絵の打ち方を久は楽しそうに見ている。

東場の優希に負けず劣らぬ高打点だ。

しかも南場に入ってから。

確かにトップ和との点差は2万点なかったが、東場でラス目だったにもかかわらずあっという間にトップに躍り出るとは。

その上逆に2万点差近い差をつけている。

 

そんな彼女を見て秀介は何と言うだろうか。

「タコスちゃんとは真逆だな」なんて自分と似たような事を言うだろうか?

そう思いつつちらっと様子を見る。

 

が、秀介は考え込んだまま何かを口にする様子は無い。

 

というか、そもそも卓上を見ていない。

 

「・・・・・・シュウ?」

 

秀介の視線の先を見てみる。

 

その先には数絵にお爺様と呼ばれている南浦プロがいた。

表情は険しいが、どことなく数絵が伸び伸びと打っているのを見守っているように見える。

 

「・・・・・・南場に強い・・・・・・南浦・・・・・・」

 

秀介は何か呟くと、やがてフッと笑って再び卓に向き直った。

 

「・・・・・・」

 

その様子を見ていた久は同じように少し考え、再び秀介に声をかける。

 

「シュウ」

「ん? どうした?」

 

今度は返事があった。

なので言ってやる。

 

「あんた、人の名前を「冗談じゃあるまいし」とか笑ったりしてないでしょうね」

「・・・・・・何が?」

 

久の言葉に秀介は首を傾げる。

 

「俺、何か言ってたか?」

「「南場に強い南浦」とか聞こえたわよ」

 

む、と改めて考え込む秀介。

やがてははっと笑った。

 

「「南場に強い南浦」か、なるほど。

 久、その冗談は30年以上古い」

 

ガスッと脛を蹴ってやろうとしたがあっさりかわされた。

最初に冗談で笑ったのはシュウのくせに。

大体30年とかどこから出て来たのよその数字、とブツブツ文句を言ってやる。

 

 

 

南三局1本場 親・数絵 ドラ{七}

 

数絵配牌

 

{(ドラ)八九②③④⑧1467北北} {6}

 

{1を切り出して始まったこの手、5}を引けばあっという間に聴牌である。

リーピンツモドラ1、裏が絡めばまたしても跳満だ。

卓上には相変わらず南風が吹き荒れている。

流れに乗っている数絵は次巡こそ無駄ヅモだったものの、3巡目。

 

{(ドラ)八九②③④⑧46(横[5])67北北}

 

絶好形、しかも赤ドラツモである。

 

「リーチ」

 

誰に遠慮する必要も無い、当然のように{⑧}を切ってリーチをかける。

 

(また上がられる・・・・・・!?)

 

文堂の表情が歪む。

 

文堂手牌

 

{一一二三②②④⑥⑦⑨29白}

 

こちとらまだ不要牌の整理すらできていないというのに!

愚痴りかけたその時であった。

 

「ポン」

 

咲が{⑧}を鳴く。

 

(喰いずらされた・・・・・・)

 

南場で流れに乗っている数絵がリーチ宣言牌を鳴かれて喰いずらされるなんて。

さすがに一発で上がり牌をツモれるとは思っていなかったが、それでも流れを崩されたことに変わりは無い。

 

次巡ツモったのは{二}、不要牌だ。

ツモ切りする。

それよりも重要なのは咲がこれからツモる牌。

あれは何だったのか。

咲はツモったそれを手中に収め、不要牌{①}を切り出す。

 

ゾクっと背筋が震える。

予感がしたのだ。

咲にツモられたあの牌は自分の上がり牌。

 

そしてこの局、おそらく上がるのは・・・・・・彼女。

 

次巡、ツモってきたのは{南}。

当然数絵は切るしかない。

その瞬間。

 

「カン」

 

咲から声が上がる。

カシャンと{南}が3つ晒される。

 

そして嶺上開花!

 

ではなく。

 

 

「もいっこ、カン!」

 

 

今度は{8}を暗槓。

 

その中には数絵から喰い取った牌!

 

つまり。

 

(やはり・・・・・・喰いずらされていなければ一発ツモ・・・・・・!)

 

カシャンカシャンと新ドラが現れ、さらに嶺上牌をツモる。

 

 

この流れではもはや上がるのは必然。

 

ましてや宮永咲なのだ。

 

 

タァンと嶺上牌が晒された。

 

 

「・・・・・・ツモ」

 

パタンと手牌を倒す。

 

 

{八八八⑦} {8■■8南南南横南⑧⑧横⑧} {(ツモ)}

 

 

「対々三色同刻南、嶺上開花。

 12300」

 

 

吹き荒れた南風を一撃で押し返す逆風。

 

咲、渾身の嶺上開花!

 

 

 

南四局0本場 親・和 ドラ{9}

 

和 48800

配牌

 

{一二四五①[⑤]⑥⑦2⑧⑧北中} {發}

 

オーラス、和の{①}切りから始まった。

 

文堂 38800

配牌

 

{三三六九[⑤]⑥⑨(ドラ)9南(横六)南白發}

 

対子が4つ、しかもその内一組がドラ。

第一ツモを受け取った瞬間、文堂はこの手を七対子に決め打ちすることにした。

リーヅモ七対子ドラドラ。

裏が絡めば倍満。

仮に裏が無くても{[⑤]}を対子にできれば、ロン上がりでもリーチ七対子ドラドラ赤1で跳満。

原点の50000は確保できる。

 

そして七対子はヤオチュー牌の方が狙いやすい。

ならば、と思い切って文堂は{⑥}を切り出した。

 

咲 56700

配牌

 

{二六七①⑥⑨1(横⑨)234南南北}

 

トップの咲は何でも上がればOK。

余計な役はむしろ不要。

そう考えればこの配牌は悪くない。

ただ面子が揃えば手牌を倒して終わり。

{南}が鳴ければ助かるが面前でも十分進められるだろう。

{北}を切り出す。

 

数絵 55700

配牌

 

{二二五[五]②③3[5]56(横4)白白中}

 

こちらは未だに流れが途絶えぬ数絵。

1000点差で2位ならば1000点ロン上がりで同点、ツモで逆転トップだ。

しかし既に赤が2枚のこの手は最低でも3翻、ロン上がりでも絶対逆転。

ましてや今は得意の南場、手が来ないわけがない。

{中}を切り出し、手なりに進める。

 

 

2巡後。

 

和は{⑧}を引いて手を進める。

文堂は{⑤}を対子で重ねて七対子一向聴。

咲も{5ツモって①}切り。

 

そして。

 

数絵手牌

 

{二二五[五]②③34[5](横①)56白白}

 

{二、五、白のいずれかを崩して残した頭と4-7}受けの一向聴と行きたいところ。

だが{白}が鳴ければそれはそれで魅力的。

 

どうする?と少しだけ考え、数絵は{白}に手を伸ばす。

 

(確かに、先程は南場にもかかわらず上がられた。

 でも流れはまだ私にある。

 {白}なんて鳴かなくても絶対に聴牌して見せる!)

 

タァンと{白}を切り出した。

 

そして次巡。

 

「・・・・・・カンです」

 

和が珍しく{⑧}暗槓。

新ドラ表示牌は{①}。

嶺上牌を手に加えて{2}を切り出す。

 

同巡数絵、{五}ツモで見事に聴牌。

 

{二二五[五]①(ドラ)34(横五)[5]56白}

 

だがこの手、タンヤオも平和も無い、役無しだ。

ツモればいいがロン上がりできないのはあまりに痛い。

折角の赤2つ。

ロン牌が出ても上がれずに危険牌をツモるなんて最悪の事態を考えれば、リーチの危険性など何のその。

 

(ここは攻める!)

 

攻めて勝ちを掴む!

 

「リーチ!」

 

チャリンと千点棒を場に出した。

 

 

続いて文堂

 

{三三六六⑤[⑤]⑨(ドラ)9南(横發)南白發}

 

聴牌。

{⑨か白}の二択。

{白}は今しがた数絵が2枚切ったが誰も無反応。

合わせ打ちしないことから残る{白}は山に残っていると思われる。

つまり地獄待ち。

誰がツモるか分からないし、王牌に殺されている可能性もある。

 

(逆に言えば、誰でもツモれば絶対に切る牌!)

 

ならば引く道理は無い。

こちらも攻める。

 

「リーチです!」

 

{⑨}を切り捨て、{白}地獄待ちを選択する。

 

直後。

 

「ポン」

 

咲から声が上がる。

 

{二六七⑥12345南南} {横⑨⑨⑨}

 

 

{二}切りするが役無し、聴牌ですらない。

 

しかし、咲にはその先が見えている。

 

次巡、咲がツモったのは{八}。

 

{⑥}を切り出して。

 

(次にツモるのは・・・・・・{⑨}。

 そして嶺上牌は私の上がり牌、{3}!)

 

結局最後まで嶺上開花か、と笑う。

 

それは決して苦笑いでも自虐的な物でも無く、

 

嶺に咲く花のように、

 

自分の名を示すこの役で締めくくれることが嬉しくて。

 

 

 

次巡、オーラスは終焉を迎えた。

 

 

「・・・・・・ツモ」

 

 

{一二三四五[⑤]⑥⑦中中} {⑧■■⑧} {(ツモ)}

 

 

和の上がりによって。

 

 

「ツモ赤1」

 

「・・・・・・え?」

 

 

誰もが揃って和の手牌を覗き込む。

3位の和とトップ咲との点差は7900点。

和が親で、数絵と文堂のリーチ棒が出ているとはいえたかがツモ赤1で逆転できるわけが・・・・・・。

上がって2位が確保できれば良しと考えての事か?

 

 

「あ」

 

 

声を上げたのは秀介。

そしてそれと同時に笑いだした。

続いて靖子もハッとそれに気づき「・・・・・・なるほど」と声を上げる。

 

「・・・・・・なになに? どういうこと?」

 

久に限らず誰もがキョトンとする中、和が点数を申告した。

 

「2翻50符、1600オールです」

 

「・・・・・・50符?」

 

その発言に揃って手の形を確認する。

 

役は間違いなくツモ赤1、2翻。

問題は符の方だ。

 

 

副底20+{⑧}暗槓16+自摸2+三元牌対子2=40

 

 

「40符の1300オールでは?」

「いえ」

 

文堂の言葉に和は手牌に区切りを入れる。

 

 

{一二} {三四五[⑤]⑥⑦中中} {⑧■■⑧} {(ツモ)}

 

 

「ペンチャンツモで+2符、合計42符は繰り上げで50符です」

 

 

一瞬後、「あー!」という声が会場を包んだ。

 

 

結果、この手が1600オールの4800。

 

トップ咲とは6400詰まり、さらにリーチ棒が2本。

 

 

 

第五試合終了

 

文堂 36200

咲  55100

数絵 53100

和  55600

 

 

 

和、技あり逆転勝利である。

 

 




麻雀界には点パネ(符ハネ)という裏技が存在する(
のどっちのスーパーデジタルを表現する為にオーラスは最初からこの手で行こうとは思っていたけれど、何回も計算ミスした挙句のどっちに無理な暗槓までさせてしまった。
そこだけちょっと反省。

伝わるか不安すぎて途中に図解突っ込んじゃいました。
これが無くても完全に伝わる様な文章が書ければよいのですが。


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17福路美穂子その5 追撃と開眼

第六試合

東三局0本場 親・蒲原 ドラ{6}

 

優希 81200

配牌

 

{一一七②③⑥⑥⑦3339白} {⑦}

 

{9}を切り出す。

 

 

美穂子 32600

配牌

 

{二①①③⑤⑦2(ドラ)7西(横[五])北中中}

 

美穂子は優希にチラッと目を向けるとクスッと笑った。

 

(いい配牌だわ)

 

{西}を切り捨てる。

 

 

4巡目。

 

優希手牌

 

{一一一七②(横①)③⑥⑥⑦⑦333}

 

{⑥⑦}待ち、ツモり三暗刻だ。

もし裏ドラが絡めば跳満。

躊躇うこと無くリー棒を出す。

 

「リーチだじぇ!」

 

直後。

 

「チーです」

 

美穂子が喰いずらした。

 

美穂子手牌

 

{二①①③⑤⑦(ドラ)78中中} {横七[五]六}

 

 

(・・・・・・それを鳴くんか)

 

{二}を切り出す美穂子の手牌を見ていたまこは首を傾げる。

上がれるようには見えない手の進め方だ。

喰いずらすことを目的としたような牌の抱え方。

 

(この局は上がりを目指さずに優希の流れを止めようって考えか?)

 

様子を見てみない事には分からない、とまこは卓上に意識を向ける。

 

その打ち方を頭に記憶(インプット)しながら。

 

次巡。

 

美穂子手牌

 

{①①③⑤⑦(ドラ)78(横⑥)中中} {横七[五]六}

 

美穂子は{③}を切って聴牌にとる。

 

(・・・・・・その{⑥}、優希の上がり牌じゃ)

 

片上がり{中}待ち。

もし{①}をツモったらどうするつもり?と考えながらも、まこはその打ち方を観察する。

 

同巡、不意に智紀の手から{⑦}が零れた。

優希の上がり牌。

 

だがこの手ロン上がりでは三暗刻がつかない、リーのみだ。

折角の満貫手をそんな手で上がって裏ドラ期待なんてできるわけがない。

 

(続行するじぇ!)

 

優希は山に手を伸ばす。

 

 

まこの表情が歪む。

 

(・・・・・・以前似た光景を見たことがある・・・・・・。

 ・・・・・・だめじゃ優希、その手は上がれん)

 

しかしそんなまこの心の声が聞こえるはずも無く、優希は{中}をツモった。

 

 

「ロンです」

 

 

{①①⑤⑥⑦(ドラ)78中中} {横七[五]六} {(ロン)}

 

 

「中ドラ赤、3900です」

「・・・・・・はいだじぇ」

 

悔しそうにしながら優希は点棒を渡す。

上がりを放棄した挙句振り込み。

 

(よりによって上がれる方・・・・・・今のは痛いぞ、優希。

 挫けんようにな)

 

その悪い流れを引き摺らないようにと、まこは優希にエールを送る。

 

 

 

東四局0本場 親・智紀 ドラ{一}

 

優希 76300

配牌

 

{二七②③⑥⑨123[5]白白發} {八}

 

{⑨}を切り出す。

東場最後のこの局、逃げきる為の点数を稼ぐ最後のチャンスだ。

ここで大きな手を上がっておきたい。

そんな思いに応えるようにツモが重なる。

 

5巡目。

 

{二三七八九②(横①)③123[5]白白}

 

「リーチ!」

 

{[5]}を切ってリーチ。

優希にとってはここがラストスパート、後は守って凌ぐだけだ。

 

優希捨牌

 

{⑨發⑥八} {横[5](リーチ)}

 

美穂子 37500

手牌

 

{四六八②③⑦⑨23(横⑧)66中中}

 

先程同様優希のリーチ宣言牌を喰いずらそうと手作りよりも中張牌を集めていた美穂子。

残念ながら{5}は鳴けない。

{⑧}ツモで手は進んだが・・・・・・。

 

(・・・・・・このままじゃ先に上がられてしまうかもね)

 

{八}を切る。

優希の前巡の{八}ツモ切りはスルーするとして、その前の{⑥切りと今回の5}切り。

優希の手牌から抜き出されたそれらの間の牌は3牌。

 

優希の配牌はおそらく {⑥⑨■■■[5]} こんな形。

 

最初の{⑨}が切り出された位置から考えて、その間の3牌は{1234}のいずれかだろう。

 

(下側・・・・・・123か234の平和三色)

 

234のタンヤオ三色か、123にチャンタ、純チャンを絡めての三色。

手の中で三色が確定していたら最低でも跳満は覚悟が必要だ。

次から優希の苦手な南場に入るとは言え、ここで跳満は痛い。

{一}がドラだし、純チャン三色ならば倍満まで見える。

上がられたらさすがの美穂子といえども追いつけない。

 

(なんとかしないと・・・・・・)

 

とは言え、美穂子にできるのはもう優希がツモるまでの間に手牌の対子、{6か中}が捨てられることを望むだけ。

捨て牌、切り方の癖から察するに、蒲原も智紀も字牌対子を持っている。

それが{中}かどうかは分からないが、持ち持ちになっている可能性もある。

「優希の手で待ちになっているかも」と誰かが思ったら切られないだろう。

そうなると{中}が鳴ける可能性は低い。

かと言って{6}も怪しい。

むむむ、と悩みこんでしまう。

 

 

蒲原 51500

手牌

 

{一二三七九③④23(横1)67南南}

 

(お、手が進んだ。

 対面のリーチが怖いけど・・・・・・ま、そう簡単には振り込まないよねー)

 

美穂子の悩みも知らず、蒲原はマイペースに{④}を切るのだった。

 

 

そんな中。

 

 

智紀 34700

手牌

 

{(ドラ)四[五]④④④⑤55(横5)67中中}

 

「・・・・・・」

 

智紀はチラッと優希の捨て牌を確認した後、{中}を切り出した。

 

「! ポンです」

 

美穂子がそれを鳴いて優希のツモを喰いずらす。

 

(このタイミングで{中}が出てくるなんて・・・・・・)

 

ありがたい事だが、智紀が何故このタイミングで{中}を切ったのか。

 

(・・・・・・彼女には何かが見えてる・・・・・・?)

 

一体何が?

 

 

そして再び智紀のツモ番。

 

{(ドラ)四[五]④④④⑤55(横六)567中}

 

 

 

「・・・・・・ここは{中}切りだろうけど、手が入ったら{(ドラ)}出ちゃうね」

「そうだね」

 

智紀の手を後ろで見ていた池田と未春がそう言う。

先程{(ドラ)}を切らなかった理由は不明だがここで{中}を切ったくらいだ、優希のリーチに負けずに突っ込んでいくだろう。

 

誰もがそう思った。

 

 

龍門渕のメンバーと智紀自身以外は。

 

 

彼女が手にして切り出したのは。

 

 

{四}

 

 

「!?」

 

そこから何故{四}切り!?

後ろで見ていたメンバーが首を傾げる中。

 

「う・・・・・・ぁ・・・・・・」

 

優希から声が漏れる。

 

優希の手牌は純チャン下の三色、{一-四}待ち。

普段の彼女の打ち方としては、是非とも高めの{(ドラ)}ツモを目指したいところ。

 

だが、彼女の脳裏には先程の局が思い浮かぶ。

 

(さっきは風越のお姉さんに喰いずらされて、それでもツモ上がりに固執してたら上がられたし・・・・・・うぅ・・・・・・)

 

東場最後の局、ここで高めツモで上がれれば大量点差、逆転される可能性はほぼ無いだろう。

それに苦手の南場で過去にやり込められた相手、福路美穂子を相手にするとなればそれくらいの点差は欲しい。

 

しかし。

 

(・・・・・・もしまた上がりを逃したら・・・・・・)

 

それこそ最悪の結末。

 

くっと歯を食いしばり、優希は手を倒した。

 

「・・・・・・ロン」

 

 

{二三七八九①②③123白白} {(ロン)}

 

 

裏ドラを返すが出て来たのは{⑥}。

頭が{白}なので平和もつかない。

 

「・・・・・・リーチのみ、1300だじぇ」

「・・・・・・はい」

 

智紀はあっさりと点棒を渡した。

 

優希得意の東場だが、最後は不安に駆られての安目上がり。

結果としてこれがプラスとなるかマイナスとなるか、それは傍から見れば明白だった。

 

 

 

「さすがともきですわね」

 

透華はアホ毛を左右に揺らしながら自分の事のように喜ぶ。

 

「東場のタコスに高い手が入るのはもはや覆しようのない事実。

 {[5]}を切っての大物手なら十中八九三色絡みだろ。

 捨て牌が上側に偏ってるところから下側の三色ってとこまでは俺でも読める。

 

 タコスのリーチ宣言牌、{5}が智紀の手で暗刻になった結果、123か234の三色狙いって読めたわけだ。

 その後鶴賀の部長が{④}を切ってそれも4枚見えた、結果123の三色だと分かったんだな。

 でも、さすがに俺でも安目ロン上がりをさせる為に{四}切りなんてできないぜ」

 

「ボクも、萬子待ちか索子待ちかも読めなかったしね」

 

純と一も笑いながらそう言う。

 

「ともきのパソコンには、私が今まで見て来たネットの上位ランカー、Sリーグのトッププロ達の牌譜が入っています。

 私はその牌譜からプロの打ち方を自分に取り入れたり、何故その牌を切り出したのかなどの議論をしたりもしましたけれど、智紀はそれらのデータを参考に、相手のタイプによる打ち方の大まかな統計を取って解析(アナライズ)をした打ち手。

 ある意味私以上のデジタルでありながら、時にあのような心理からの攻めを見せる。

 

 先程のあの手、もし高めをツモられていたら跳満、親のともきは6000払い。

 それをたったの1300で済ませた。

 

 やはりともきもやればできる子ですわ!」

 

おーっほっほっと高笑いする透華。

 

「・・・・・・だから、逆に大会の時には鶴賀の素人さんにやられちゃったんだけどね」

「・・・・・・まぁ、そうですけど」

 

一の言葉に揃って小さくため息をつくのだった。

 

 

そして南入。

 

 

 

南一局0本場 親・優希 ドラ{南}

 

優希 77500

配牌

 

{三九②⑨1678東(ドラ)白發中} {⑤}

 

 

優希にとって苦しい時間が始まる。

 

 

 

この配牌で真っ先に考えるのは国士無双。

ツキの無いほど寄ってくるというヤオチュー牌を組み合わせた役満だ。

東場の終わり方を考えると優希の元に集まってもおかしくない役。

 

しかし、そんな不確かな迷信で難易度の高い役満に身を委ねてもよいものか?という思いもある。

 

暫し考えた後、優希は{②}に手をかけた。

 

(国士無双(コクシ)の可能性もある・・・・・・けど、普通の手に伸びる可能性もある。

 なら、どちらにでもいけるように手を進めて行くしかないじぇ!)

 

迷いつつ放った{②}、吉と出るか凶と出るか。

 

美穂子 37600

手牌

 

{一二三七九②⑦⑦3(横8)47東白}

 

平和手を十分狙える配牌。

牌が寄ってくるままに手を整理していけば上がりがとれるようないい配牌だ。

{東}を切り出す。

 

蒲原 51500

手牌

 

{七八九①③④⑦1(横⑥)9東(ドラ)西北}

 

こちらもあまり良くない。

しかし優希と違ってミスをしているわけではないし、ツキが落ちているわけではあるまい。

前向きに受け取る。

 

(むー・・・・・・ゆみちん得意の七対子でも狙っていこうか)

 

{①}を切り出す。

 

智紀 33400

手牌

 

{一二四四八八⑤⑥⑧(横④)13(ドラ)南}

 

こちらの配牌も悪くない。

ドラで場風の{南}が対子。

もし鳴ければあっという間に満貫確定だ。

{⑧}を切り出す。

ドラを頭に固定せず、鳴けるように手を進めて行く。

 

 

優希はその後、{西}をツモって国士無双へ一歩進んだ。

しかしそれから{579が寄ってきたり、白中}が重なったりとおかしな方向によれていく。

仕方なく索子の混一方向へと手を進めるが、肝心の字牌が鳴けない。

鳴くチャンスはあったのだが、まだ国士無双、七対子とも狙えた形。

どっちつかずで悩んでいたタイミングで字牌を整理されてしまったので中途半端な手牌になってしまった。

特にドラの{南}がここまで一枚も場に出ず、仮に鳴いても切り捨てられたかどうか。

 

一方美穂子は索子が集まってきて手が順調に伸びた。

{[5]}も絡み、8巡目に聴牌だ。

 

{一二三⑦⑦⑧34[5](横8)6778}

 

「リーチです」

 

{⑧}を切って迷うことなく即リーチと行く。

 

 

蒲原は七対子を狙っていったが、本来切り捨てたかった面子が横に伸び、普通の手となっていく。

美穂子がリーチをかけた段階でこの形。

 

{七八九③③⑥⑦⑧1199(ドラ)}

 

優希同様ドラの{南}が切りきれずに困った状態で手が止まってしまった。

 

そして智紀。

 

{二四六八八④⑤⑥2(横三)34(ドラ)南}

 

手は順調に進み、美穂子のリーチと同巡にこの形。

智紀視点では{南}は山にあるのか誰かの手にあるのか、また今後切られるか不明だが、仮に捨てられても上がれるようにと{八と南}のシャボ待ちでリーチをかける。

 

「リーチです」

 

これを機に優希は手を崩して降り打ち。

蒲原もそのつもりだったが手が進まない代わりに危険牌もツモらないのでスパスパツモ切りしていく。

 

 

そして10巡目、美穂子がリーチ合戦を制した。

 

{一二三⑦⑦34[5]67788} {(ツモ)}

 

「ツモ、リーチ平和一盃口赤」

 

裏ドラを返すが乗らず。

 

「・・・・・・2000・4000です」

 

 

 

南二局0本場 親・美穂子 ドラ{②}

 

「リーチです」

 

流れに乗ったのか、この局も美穂子が先制を取った。

他家が追いつく間もなくそのまま上がりを取る。

 

{八八八九①(ドラ)③④⑤⑥⑦⑧⑨} {(ツモ)}

 

「ツモ、リーチ一通ドラ1、4000オールです」

 

 

 

南二局1本場 親・美穂子 ドラ{5}

 

次局も勢いは止まらない。

 

「ロンです」

「ふぇ!?」

 

{一二三五六⑧⑧[5](ドラ)66778} {(ロン)}

 

「リーピンドラ赤、11900です」

「・・・・・・はいだじぇ・・・・・・」

 

優希の不要牌を狙い撃って直撃。

この上がりで美穂子は優希を逆転した。

 

 

 

南二局2本場 親・美穂子 ドラ{八}

 

そして続くこの局、一気に稼いで他家を突き放したいところ。

 

7巡目。

 

美穂子 70500

 

{二三四六七(ドラ)④⑥(横5)24西西}

 

一向聴、できれば{②④⑥}の両嵌張(リャンカン)を埋めて平和手で聴牌したいところ。

{2}を捨てて他家の様子を窺う。

 

蒲原は相変わらずマイペースに手を進めている様子。

だが今回はあまり手の進行が良くなさそうだ。

優希は手が形にならないようで早くも降り打ち気味。

先程美穂子に狙い打たれたというのも効いているのかもしれない。

 

残る智紀は?と捨て牌に目を向けたところ、

 

タンッと横向きに牌が捨てられた。

 

「・・・・・・リーチです」

 

智紀 26400

捨牌

 

{北⑨西①98} {横④(リーチ)}

 

 

スッと美穂子の右目が開かれる。

 

同時に時間が凍りついた。

 

 

(対面の沢村さん、捨て牌には萬子が一つも無い。

 けれども{①}が切り出された位置から考えて右側6牌が萬子、おそらく面子として完成していて待ちは他のところ。

 さらにリーチ宣言牌の{④}。

 牌の並びから考えてそれをまたぐ{②-⑤、③-⑥}待ちが濃厚)

 

 

次巡。

 

{二三四六七(ドラ)④⑥(横[⑤])45西西}

 

前巡の希望通りリャンカンが埋まっての平和手聴牌。

だが智紀の待ちが{②-⑤}の可能性がある以上切れない。

頭を落として様子見をする。

 

そして数巡後、智紀は{②}を表向きに置いた。

 

「・・・・・・ツモです」

 

{四五六六七(ドラ)③③④④[⑤]77} {(ツモ)}

 

「リーチタンピンツモドラ1赤1」

 

裏ドラを返すと現れたのは{三}。

 

「裏1、3000(さん)6000(ろく)の二本付け」

 

 

親っかぶり。

美穂子は智紀に視線を向ける。

東四局の立ち回りといい、南一局で自分のリーチに追いついたことといい、彼女にも流れはあるようだ。

点数では引き離しているが油断はできない。

 

 

 

南三局0本場 親・蒲原 ドラ{3}

 

5巡目。

 

美穂子 64300

 

{一一四五六[⑤](ドラ)45(横1)6789}

 

一通聴牌、だが。

 

(・・・・・・ドラ表示牌のカンチャン待ち、良くないわね)

 

暫し考え、美穂子はそのまま{1}をツモ切りする。

 

(一通は捨て、ここは平和手で行きます)

 

 

7巡目。

 

{一一四五六[⑤](ドラ)45(横⑥)6789}

 

ここで美穂子は選択を迫られる。

ドラ{3}を切っての三色か、それとも{6か9}を切っての平和ドラ赤。

 

美穂子は迷わず{9}を捨てた。

 

三色は魅力的だが、現在美穂子は2位の優希に1万点近い差をつけてトップ。

平和ドラ赤があればそれで十分だ。

 

 

そして次巡。

 

「・・・・・・リーチです」

 

智紀の捨て牌が横向きになる。

 

 

優希 54400

 

{二三四七九九①①③⑦⑦4(横1)6}

 

蒲原 42300

 

{四五[五]八八九④④67} {東東横東}

 

 

(せ、攻めまくりだじぇ・・・・・・)

(うわー、早めに鳴けたのにまた先越された。

 むぅ、東一局の連荘止めて以来上がって無いなー)

 

優希と蒲原は置いてけぼり状態。

美穂子と智紀の対戦の場となっていた。

 

 

智紀捨牌

 

{九⑧6七9②三} {横南(リーチ)}

 

じっと美穂子はその捨て牌を観察し、智紀の手牌を推測する。

 

(第二打の鳴かれた{東}は置いておいて、第一打{九とその後の⑧}・・・・・・。

 切り出しの位置から考えて手牌に萬子は無く、左端の3牌が索子。

 他は全て筒子・・・・・・一通まで入っているかもしれないわね。

 

 リーチと来た以上おそらく待ち牌は2つ以上、{③-⑥、④-⑦}待ち辺り。

 

 もしくは・・・・・・引っかけのカンチャン{⑤}待ち)

 

さてさて、と左右二人及び自分の手牌に視線を移す。

 

(蒲原さんと片岡さんの手牌を察すると・・・・・・沢村さんの手牌も加えて、おそらく私の待ちは山に残り1枚か2枚。

 沢村さんが私と同じ{④-⑦}待ちだったらリーチ合戦をしてもいいのだけれど。

 そうでなかった場合を考えるとこちらはリーチができない。

 それにトップ目、無理はできない)

 

ツモってきた{六}はツモ切りする。

 

「チー」

 

まだ諦めていないらしい蒲原が{四[五]と晒し、五}を切り出す。

 

そして次巡。

 

{八八(横七)九④④67} {横六四[五]東東横東}

 

(聴牌したぞー)

 

待ちは{5-8}。

迷いなく{八}を切り出し、わっはっはーと笑う。

 

が。

 

「ツモです」

 

蒲原にツモが回ってくること無く美穂子が上がり牌を手にした。

 

{一一四五六[⑤]⑥(ドラ)45678} {(ツモ)}

 

「ツモ、平和ドラ1赤1、1300・2600です」

 

がくっと蒲原は項垂れた。

 

 

 

南四局0本場 親・智紀 ドラ{1}

 

既に12巡目。

 

優希 53100

 

{四六七七八八九九九[⑤]⑦(横⑥)56}

 

役は平和のみだが、南場に入って初めて優希に聴牌が入る。

{四}を切って聴牌を取りたいところ、だが。

 

美穂子捨牌

 

{北9白②⑦21横7(リーチ)⑧⑨五南}

 

どう見ても萬子待ちである。

特にリーチ後に切られた{五}が怪しい。

単純に{五が待ちに含まれない四-七、三-六待ちという可能性の他にも、四五五五、

五五五六と多面張で待っているところに五}をツモって来て暗槓ができなかった、などありそうだ。

 

{四}はとても切れない。

ならばどうするか、と手牌を見直す。

 

手の中に大量にある萬子は切れない。

{[⑤]}を含む筒子の面子も切りきれない。

消去法で索子、{6}を切り捨てる。

 

「ロンです」

「・・・・・・えっ!?」

 

ジャラララと倒された美穂子の手牌。

 

{一二三五五[五]六六③④⑤4[5]} {(ロン)}

 

 

「リーチ赤2、裏は無しで5200です」

「な、なんで{五}を暗カンしなかったんだじぇ!?」

 

思わず声を上げる優希に、美穂子は笑いかける。

 

「トップですから。

 ドラを増やして危険度を上げる必要はありません」

 

 

最後の最後で振り込み、がっくりと優希は卓に倒れ込んだ。

 

 

「ありがとうございました」

「・・・・・・ありがとうございました」

「・・・・・・ありがとうごじゃいましたじぇ・・・・・・」

「お疲れ様でした、わっはっはー」

 

 

 

第六試合終了

 

優希  47900

美穂子 75700

蒲原  39700

智紀  36700

 

 



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18原村和その2 否定と昼食

「わっはっはー、戻って来たぞー」

 

いつもの調子で笑いながら戻ってきた蒲原を、鶴賀のメンバーは心優しくねぎらった。

 

「お、お疲れ様です」

「お疲れ様でしたっす・・・・・・」

「お、お疲れ様・・・・・・?」

 

何やらおどおどしたような不思議な迎え方。

視線も微妙にずらされている。

どうしたー?と蒲原が首を傾げていると、ゆみの口から真相が飛んできた。

 

「お疲れ、3位の真打ち」

「わははー、ゆみちんはおかしなことを言うな。

 この辺に何かぐさっと刺さったぞー」

 

少しだけ眉をひそめながら蒲原は頭を指差した。

 

「東場の清澄の子といい風越のキャプテンさんといい強すぎるんだよ」

「それでもやりようはあっただろう。

 風越のキャプテンが強いのは私も認める。

 だがもう一つ順位を上げるくらいはできたと思うぞ」

 

そう言ってゆみはメモを取っていたらしい牌譜を取り出す。

 

「例えばこの東四局の5巡目。

 チャンタ狙いなのは分かるが本来なら受け入れの広さを考えてカンチャン整理を・・・・・・」

「今しがた戦ってきた部長に対して少し言い方がきついぞー、ゆみちん。

 もう少しこう・・・・・・「最善を尽くしたが惜しかったな」とか労ってほしいなー」

 

わははーと笑いながら文句を返す蒲原。

ゆみはフッと笑って返した。

 

「愛の鞭と呼んでくれ。

 それとこの打ち方で最善と言うのは納得しかねる」

「愛が重いなー」

 

逃げようとしたががしっと捕まえられて座らされる。

そのままゆみの麻雀講座が広げられようとしていた。

 

普段の二人の光景だな、と思いながら津山はフッと笑う。

隣で同じように二人を見ているモモの視線が羨ましそうに見えたのは気のせいだろうと自分に言い聞かせながら。

 

 

 

「とーもーきー!」

「・・・・・・ごめんなさい」

 

龍門渕陣営ではプンスコ怒る透華と頭を下げる智紀。

県大会でも見た光景だ。

 

「最下位とか! 最下位とか!!」

「まぁまぁ、落ち着くのだ透華」

「一応安目で上がらせたり、風越さんを下ろしたり、いいところはあったんだけどねぇ」

「振り込みは全然しなかったけど、東場ではタコスに、南場では風越キャプテンに高いのをツモられまくったからな。

 跳満一回くらいじゃ追いつけないのも無理は無い」

 

衣、一、純がそうフォローするが透華の怒りは収まらない様子。

 

「そうならないように立ち回ってこそ、名門龍門渕のレギュラーではありませんか!」

 

ジタバタと暴れる透華をまぁまぁと落ち着かせる一。

と、そんな透華に不意にティーカップが差し出された。

 

「透華お嬢様」

 

いつの間にやら現れたハギヨシが差し出していた物だった。

 

「これでも飲んで落ち着いてください」

「・・・・・・フンッ!」

 

お皿ごと受け取ると一気に飲み干す透華。

 

普段から好んでいる紅茶の香りが広がる。

感じる甘みは砂糖ではなくハチミツ。

それに反するわずかな酸味はレモン。

そして少量だけ添えられたハーブがアクセント。

おまけに湯気が立ち上る温かさでありながら、怒れる透華が一気飲みできる程度に冷ますという心遣い。

 

総合するとこの一杯の紅茶、超一級品!

 

「・・・・・・ふぅ・・・・・・」

 

先程までの怒りもどこへやら、飲み干した透華から幸せそうなため息が漏れる。

 

「・・・・・・ありがとうございますわ、ハギヨシ。

 おかげで落ち着きましたわ」

「お褒めに預かり光栄です、透華お嬢様。

 それでは」

 

スッと頭を下げた直後に姿を消すハギヨシ。

 

「・・・・・・相変わらず消えたようにしか見えねぇな」

「ハギヨシですから」

 

何を今更?と首を傾げる透華を、純は納得いかなそうに睨んでいた。

 

「まぁ、ともき。

 先程は少し言い過ぎましたわ。

 しかし名門龍門渕のレギュラーたる者、そう酷い成績ばかりなのは許しませんわよ?」

 

透華は口調を少し優しめにそう告げる。

と。

 

「・・・・・・ごめんなさい、透華さん・・・・・・見捨てないで・・・・・・」

 

ポロポロと涙を流す智紀の姿がそこにあった。

 

「と、ともき!?」

「あ、泣ーかせたー」

 

純が追い打ちをかけると途端におろおろし始める透華。

やがて宥めるようにその肩を抱く。

 

「と、ともき、言い過ぎましたわ、私の方こそごめんなさい。

 つ、次こそ! 次こそ頑張りますわよね!?」

「・・・・・・はい、次こそは・・・・・・」

 

珍しくすんすんと涙を流す智紀とそれを宥める透華。

残った龍門渕メンバーはため息をつきながらその様子を見守っていた。

 

何故なら透華以外のメンバーは、智紀の手に握られた目薬をしっかりと目撃していたからだ。

 

 

 

「2位だったのはよかったけど・・・・・・」

 

落ち込んだ様子で優希がとぼとぼと歩いてくる。

 

「・・・・・・またお姉さんにしてやられたじぇ!」

「・・・・・・お疲れ様、優希」

「お疲れ、優希ちゃん」

 

悔しそうにじたばたする優希を慰めつつ、清澄のメンバーの元に戻ってくる一年生トリオであった。

そこでも「お疲れー」と3人を労う声が飛んでくる。

 

「和が1位で、宮永さんと優希が2位ね。

 幸先いいじゃない、落ち込むこと無いわよ」

 

久がそう言いながら優希の肩をポンと叩く。

 

「それはそうだけど・・・・・・」

 

元気なく返事をする優希。

また県大会の時のように落ち込んでいるのだろうか、と思いきや。

 

「ぐや゙じい゙~~~!!!」

 

むきー!と声を上げた。

驚く一同を尻目に、ふぅとため息をつくと。

 

「・・・・・・まぁ、-2100なら全然マイナスとは言わないじぇ。

 次の試合で一気に巻き返すじぇ!」

 

先程までの落ち込みもどこへやら、元気な口調でそう言った。

成長したのか、それとも思っていたよりもずっと強い子だったのか。

 

「ふふっ、その調子よ」

 

久は頼もしそうにその様子を見守っていた。

 

 

「お疲れ、見事な逆転劇だったね、良く頑張った」

 

パチパチと拍手をしながら和を労うのは秀介だった。

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

しかし和は喜ぶ気配を見せず、むしろどこか気に入らなそうに返事をした。

 

(・・・・・・原村さん、機嫌悪そう?)

 

理由は分からないが、それを察した咲は先程のオーラスに話題を切り替える。

 

「でもびっくりしたよ原村さん、まさか点パネでギリギリ逆転なんて」

「いえ・・・・・・捨て牌選択の自由が無くなるリーチを避ける為に、何とか役を増やしたかったのですが。

 暗槓でドラは乗らずに失敗、挙句に二軒リーチ。

 あのリーチがし辛い状況で逆転するにはあれくらいしか手は無かったのです。

 上手く決まったのは偶然ですし、高めを引ければ逆転できる手が入ったのも偶然ですが」

「でも逆転できたのはきっと諦めなかったからだよ。

 やっぱり原村さんは凄いよ」

「・・・・・・あ、ありがとうございます」

 

照れたようで赤くなりながら俯く和を、咲は笑顔で褒め称えた。

秀介もそんな二人を見守りながらも、少しからかうように口を開いた。

 

「おやおや、「諦めなかったから逆転なんて、そんなオカルトありえません」とか言わないのかい?」

「言いません」

 

和はきっぱりと秀介の言葉を否定した。

 

「何度も言うようにあれは偶然です。

 でも・・・・・・例え偶然でも勝った事を誇らなければ、対戦相手に失礼です」

「それに宮永さんに褒められたのは嬉しいですし、かい?」

「そ! そんな事言っていません!

 い、行きましょう、宮永さん」

「あ、う、うん」

 

秀介の言葉にかーっと赤くなりつつ、和はそそくさと久達の方へ立ち去ろうとする。

と、不意に立ち止まり、秀介に振り返った。

 

「それと志野崎先輩、私はあなたがデジタルだなんて認めませんから」

 

それだけ言って、また立ち去って行った。

さり気なく誘われた咲もどうしようと思いつつそれについていく。

そして秀介はそんな二人をやれやれと見送るのだった。

 

「何じゃ? また後輩からかって怒らせたんかいな?」

「いや、怒ってないと思うけど」

 

ひょっこりやってきたまこに驚く様子も見せず、秀介は平然とそう返した。

まこも和の様子を苦笑いで見送りながら言葉を続ける。

 

「確かに志野崎先輩がデジタルなんてのは、実際にパソコンで打っとるのを見てその後の解説まで聞かんと納得できんがなぁ。

 和にもさっきの解説とか聞かせてやれば納得するんじゃないんか?」

 

そう言われて秀介は首を横に振る。

 

「確かに納得はさせられるだろうネタはあるが、あの状況ではただ喧嘩を売っただけになりうる」

「む? どんなネタじゃ?」

 

興味あり気に聞くと秀介は苦笑いしつつ答えてくれた。

 

 

「オーラス、原村さんのあの手はペンチャンツモでようやく逆転。

 だがあの時風越の文堂さんが{三}を対子にしていた。

 原村さんがそれを感じ取っていたかは知らないが、あの{三}はラス牌だ。

 それをツモらなきゃ逆転できないってことは、基本あの手は逆転を狙う手じゃないってことだ。

 

 オーラス、原村さんの上がり系は

 

 {一二三四五[⑤]⑥⑦中中} {⑧■■⑧} {(ツモ)}

 

 仮に安目ツモだと2翻40符の1300オール、その場合1位逆転は無理でもギリギリ2位は狙える。

 

 そしてさらにあの手、途中で中を鳴けば

 

 {一二三四五[⑤]⑥⑦} {中横中中⑧■■⑧}

 

 この形。

 ここから{一か五}を捨ててノベ単とするのが基本だ。

 この場合三元牌対子2符が無くなる代わりに単騎待ち2符と中明刻4符が加わり、

 

 副底20+{⑧}暗槓16+自摸2+単騎2+{中}明刻4=44

 

 44符は繰り上げで50符、中赤1の2翻と合わせて1600オールで確実に逆転できる。

 

 で、だ。

 

 仮にその形でロン上がりの場合、ツモ符の2が消えるが、42符繰り上げは変わらずに2翻50符となり4800。

 4800の直撃ならリー棒無しと考えても宮永さん、南浦さんどちらから上がっても2位、となる」

 

そんな長々とした説明にまこは思わず首を傾げる。

 

「・・・・・・結局のところそれがどうして喧嘩を売ることになるんじゃ?」

「・・・・・・まぁ、俺の性根が悪いだけだと思ってくれて構わないがね」

 

そう一言挟みつつ、秀介は答えた。

 

「原村さんは2位を狙っていたってことさ、1位逆転じゃなくてな。

 もちろん{中}が鳴ければツモで確実に逆転はできるが、{中}が鳴けない状況での{三}のペンチャンツモ、本人が言っていたように偶然だ。

 

 大体デジタル打ちの人間が聴牌していない状況から暗槓で新ドラ増やそうとか苦しい言い訳にも程がある。

 大方宮永さんの援護でもしようとしたんだろうが、リーチが入ったのは他の二人から。

 どうしようかと思っていたところに自分も丁度良く聴牌、そして都合よく逆転できる高めのツモ、やっぱり偶然だ。

 

 運が良かっただけ。

 

 デジタルってのはそう言うの受け入れ辛いんだ。

 全部計算づくで狙い通りに勝つのが大好きで、偶然の一位よりも計算通りの二位の方が好きな人種だからな。

 かと言って気に入らないからと受け入れずに上がり放棄なんてしたら、原村さんが以前言っていた「手加減する人なんて嫌い」に自分が当てはまってしまう。

 表には出さないだろうが、今頃原村さんは心の内で少しばかりイライラしていることだろうよ。

 でもトップはトップだし、仲のいい宮永さんに褒められたし、まぁ良しとしようと思っているんじゃないか?

 

 

 っていうのをさっきの場面で指摘したら、どうよ?」

 

ビシッと指差しつつまこにそう言う秀介。

まこはぱちくりと瞬きしつつ頷いた。

 

「・・・・・・「1位おめでとう!」と褒めとる咲の前で「和は実は2位を狙っていたのさ」って指摘するってことか。

 そりゃ間違いなく喧嘩売っとる」

「だろう?

 それに比べたら俺がデジタルだと受け入れられない事くらいどうってことないさ」

 

そう言うと喋り疲れたのか、喉を潤すべくリンゴジュースに口を付ける秀介であった。

その様子に感心した様子を見せつつ、しかしまこは小さくため息をついた。

 

「・・・・・・志野崎先輩」

「何だ?」

「・・・・・・以前のわしにもそれくらいの優しさを見せて欲しかったわ」

「後輩思いの先輩に向かって失礼な奴だな」

「どの口でいいおるか」

 

どうやら何か嫌な思い出でもあるらしい。

 

 

 

「「「「お疲れ様です! キャプテン!」」」」

 

一足先に対局を終えた文堂を含めた四人でキャプテン美穂子を迎える風越メンバー。

 

「ありがとう、皆。

 文堂さんもお疲れ様」

「は、はい、ありがとうございます」

 

おしぼりを受け取りながら返事をする美穂子と、挨拶を返す文堂。

そのまま済まなそうな顔で言葉を続ける。

 

「・・・・・・済みません、4位になってしまいました」

「得点は?」

「36200です・・・・・・」

 

文堂の言葉に、美穂子はその頭をポンポンと撫でる。

 

「あの面子相手にそれだけのマイナスで済んだのなら十分よ。

 良く頑張りました、文堂さん」

「あ、ありがとうございます。

 次は必ず勝ちます!」

「その意気よ」

 

文堂の前向きな言葉に美穂子も嬉しそうに笑った。

 

そして、「さて」と振り向いたのは未春の方。

 

「私は総合3位かしら?」

「は、はい」

 

美穂子の言葉に未春は手に持っていた紙を差し出す。

そこには全員の得点と、それを元にした総合順位が書かれていた。

 

「上から順に鶴賀の妹尾さんが82900、龍門渕の天江衣が76900、同じく龍門渕の井上さんが64900。

 なので75700稼いだキャプテンは3位です」

 

その言葉にクスッと笑う美穂子。

 

「良かったわ、キャプテンとしての面目を保てて」

 

それに対し風越メンバーは「何をそんな」「さすがはキャプテンです!」などと褒め称えた。

 

そんなやり取りをしながらも、美穂子はちらっと視線をある人物の得点に向ける。

昨日から気にしている人物、志野崎秀介だ。

 

(彼を相手に2万点のビハインド、とりあえず優位ではあるわね)

 

現在11位の秀介。

ここから上位に入るには次の試合辺りから本気を出していかなければならない。

2回戦か3回戦の試合で戦うことになるのか、それとも決勝で顔を合わせることになるのか。

どちらにしても1回戦のような他人に役満を上がらせるような余裕は無く、全力で取り組んでくれる事だろう。

 

(まぁ、もし彼と決勝で戦う事態になったら、その時にはこの点差はもっと縮まっているのでしょうけどね)

 

いつ戦ってもいいように、自分は自分で空き時間にでも調整をしておくだけだ。

 

(もちろん天江衣や・・・・・・上埜さんにも備えておかなければならないんだけど)

 

 

 

「さて諸君」

 

試合が終わって一息ついたところで靖子が声をかける。

告げるのは各々の麻雀を褒めたり叱ったりすることではない。

 

「昼食の時間だ。

 2時間ほど休憩をとるから、好きにするといい。

 近くで食べてきてもいいし、材料を揃えて作ってもいいし、各自でお金を出すのなら出前を取ってもいいぞ」

 

それじゃ解散、という言葉を合図に一同の思考は麻雀から昼食へと移行した。

 

 

「それじゃ、私はご飯を炊いておにぎりでも作るわ」

 

さっそく美穂子が腕まくりをしながらそう言う。

 

「・・・・・・では私はそれに合わせてお味噌汁でも作りましょう」

「あら、いいわね」

 

深堀の言葉に嬉しそうな美穂子。

そして他のメンバーにも視線を向ける。

 

「皆も手伝ってくれる?」

「もちろんだし!」

「私も何か作ります」

「お手伝いします!」

 

風越メンバーはあっさりと自炊に決まったようだ。

 

 

続いて顔を見合わせているのは清澄メンバー。

 

「そう言えば優希、お前あのタコスはどこで買ってきたんだよ」

 

不意に京太郎がそう聞く。

優希の手にはまだ食べ終わったタコスの袋が握られていた。

それは昨日の夕飯で作った「タコスのようなもの」ではなく、買ってきたもののようだ。

 

「表に偶然にもタコスの屋台を引いた親父がいたのさ!」

「タコスの屋台なんかあるのかよ・・・・・・」

「まだいるかもしれないじぇ!

 たくさん食べて次こそ大量に点を稼ぐじょ!」

 

そう言って優希は京太郎の襟首を掴む。

 

「さぁ! 共に行くぞ京太郎!

 タコス好きの呪われた血族として!」

「だからメキシコに謝れ・・・・・・って引っ張るな!」

 

引っ張られてバランスを崩しながらも仕方なく優希についていく京太郎。

咲と和も顔を見合わせた挙句、それについていくことに決めた。

 

「部長、私達も外に行ってきます」

「タコスが無くても何かしら食べてきますので」

「分かったわ、いってらっしゃい」

 

手を振って久は4人を見送る。

残ったのは久とまこと秀介の3人。

 

「さて、私達はどうする?」

「俺は出前をお願いしようかと思うが」

 

不意に秀介がそう告げた。

 

「出前・・・・・・何を頼むの?」

 

久の言葉に秀介はフッと笑って答える。

 

「麻雀の合間の食事と言ったら寿司だろう」

「どこの代打ちの話じゃ」

 

ビシッとまこが突っ込みを入れた。

 

「お寿司なんて高いじゃない、そんなお金あるの?」

 

久もあきれ顔で聞く。

すると秀介はスッととある人物に視線を向ける。

 

「保護者がいるからお願いしてみようかと」

 

そこには電話で出前をしているらしい靖子がいた。

おそらく・・・・・・いや、間違いなく注文の品はかつ丼だろう。

 

「そう言うわけだ久、行ってくるといい」

「ご自分でどうぞ」

 

秀介の言葉にやれやれと久が返事をする。

だが秀介も引き下がらない。

 

「まぁまぁ、3人でお願いに行けばOKの可能性が上がるかもしれないだろう?」

 

やれやれと2人は秀介に連れられて靖子の元へ向かってみるのだった。

 

 

「ハギヨシ、準備はできていますわね?」

「はい、透華お嬢様」

 

透華の言葉に、近くの部屋のドアを指し示したハギヨシ。

中にはコース料理を思わせるような皿が並んだ豪華昼食が用意されていた。

 

「さぁ、龍門渕一同はこれを食べて精を付け、午後からの試合に全力で挑みますわよ!!」

 

ビシィッと振り返りつつ透華は一同に声をかけた。

 

「咲、ノノカ、一緒にご飯を食べないか?」

「うん、いいよ」

「私達は外にタコスを食べに行くんです。

 一緒に行きますか?」

「もちろん行くのだー!」

 

衣の昼食はタコスのようだ。

 

「タコスかぁ・・・・・・。

 そういやあの時食ったタコスは今までにないほど美味かったなぁ・・・・・・」

 

その様子を見ながら純が呟く。

思い出しているのは県大会の決勝戦で食べた優希のタコスだろう。

あの優希も食べに行こうというくらいだ、今回のタコスも不味いわけがなかろう。

 

「・・・・・・あー、俺もちょっと外で食べてくるわ」

 

ひらひらと手を振って純も去っていった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「あー、透華? ボク達は一緒に食べるよ?

 ね? ともきー?」

 

立ち尽くしている透華に声をかける一と、その言葉に頷く智紀。

 

「・・・・・・3人とは少し寂しい食事ですわね」

「おー、なんか美味しそうな匂いがするぞー?」

 

そこにひょっこりと現れたメンバー、それは鶴賀一同であった。

 

「フフン、当然ですわ。

 何せうちのハギヨシが丹精込めて作り上げた昼食ですもの」

 

自慢げに話す、と言うか実際に自慢している透華。

 

「美味しそうだなー、私達にも食べさせてくれないか?」

「こら蒲原、それはさすがに図々しいぞ」

 

身を乗り出す蒲原の襟首を掴んで引き戻すのはゆみ。

透華も「何を図々しい」といいたそうな顔だったが、一、智紀と顔を合わせる。

 

「ボクは別にいいよ。

 皆で食べる方が楽しいし」

「・・・・・・私もそう思います」

 

二人は特に反対ではないようだ。

透華も小さくため息をついて鶴賀に向き直る。

 

「いいでしょう。

 龍門渕家の執事ハギヨシお手製の昼食、存分にお召し上がりなさいませ!」

 

ビシッと格好つけた立ち振舞いに、鶴賀のメンバーから「おー」と拍手が沸き起こる。

 

「・・・・・・しかし見たところ5人分しかなさそうですが?」

「ご心配なく」

 

ゆみの言葉にハギヨシがテーブルクロスを振るうと、そこに人数分の食事が並んだ。

 

「こんなこともあろうかとご用意をしておりました。

 お代わりも十分にございます」

「さすがハギヨシですわ!」

 

おーっほっほっと笑う透華を尻目に鶴賀一同は部屋に入ってきた。

 

「・・・・・・そういうわけですので、こっそりつまみ食いをする必要はありませんよ、お嬢さん」

 

その小さな言葉にビクッと反応したのは、いつの間に部屋に入っていたのか、鶴賀所属の黒髪の少女。

 

「・・・・・・わ、私が見えるっすか?」

「ええ、はっきりと」

 

フッと笑うハギヨシと対称的に汗だくになるモモ。

まさか気配を消した自分の行動がバレていっとは!

まだ手を付けていなかったのだけが幸いか。

どうする?逃げる?とパニックになるが、いつの間にか隣にやってきたゆみに声を掛けられる。

 

「ん? モモはそこにするのか? 隣に座ってもいいか?」

「え? あ、う・・・・・・も、もちろんっす」

 

ゆみに促されて二人で席に座り、一息つくモモ。

ハギヨシはそんな様子を見ながらやはり笑った。

 

「どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」

 




「藤田プロ、お寿司おごってくれんか?」
「嫌に決まってるだろう」

「ヤスコ、お寿司おごってよ」
「お前ら、私を財布だとでも思ってるのか?」

「靖子姉さん、しゃぶしゃぶおごってよ」
「何でお前だけ出前でも無理そうな物を頼むんだ!?」
「じゃあ寿司でいいよ」
「まぁそれなr・・・・・・いやダメだろ!」

ちなみに彼らはこの後風越を手伝ってご飯を分けて貰いましたとさ。


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19志野崎秀介その7小ネタ 携帯とお菓子

咲日和を読んでいたら四コマ的なのが書きたくなった。
外伝的な小ネタなので生温かい目でごらんくださいませ。



秀介と美穂子の機械オンチ

 

 

 

「キャプテン、牌譜まとめ終わりましたし」

 

池田がそう言って風越から持ってきたノートPCを美穂子に差し出す。

美穂子はそれを受け取った。

 

「ありがとう」

「へぇ、風越の皆さんは良くできた人たちね。

 うちも見習ってほしいわ」

 

そんな彼女たちに声をかけるのは久。

美穂子は少しばかりドキッとしながらも受け答えする。

 

「ええ、本当に皆いい子たちばかりで・・・・・・」

 

そう言うと池田が嬉しそうに身体を捩る。

 

「そんな! キャプテンには負けますよ」

「確かにご飯も作れるし気がきくし」

「そんな・・・・・・ありがとうございます」

 

久も賛同すると美穂子は頬を赤らめた。

 

 

 

「で、牌譜はどうやって見るのかしら」

「キャプテン!? パソコンの使い方、この間教えたのに!」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「福路さんは機械オンチなの?」

「・・・・・・ストレートに聞きますね。

 お恥かしながら家電以上ケータイ未満でして」

 

久の言葉に少しばかり落ち込みながら答える美穂子。

そんな美穂子の反応を見て久は、ふむと腕を組んで考え。

 

「シュウも結構機械苦手なのよ。

 どっちが上かしら」

 

どうでもよさそうな疑問をぶつけた。

 

「そんなところで優劣を競わなくても・・・・・・」

 

 

というわけで呼んでみた。

 

 

「シュウ、あんたがどれくらパソコンを使えるか説明してあげて」

「突然呼び出して何を言わせる気だ、お前は」

 

少し不機嫌そうな秀介は久の質問に即答する。

 

「あんなもの人間が操作するものじゃない」

 

えー!と池田が驚愕の声を上げた。

 

「第一声がそれですか!?

 でも、それじゃあ先輩は誰が操作するものだと思ってるんですか?」

 

その質問に、秀介は当然のように応える。

 

 

 

「サイボーグ」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

それはそれとして、話は秀介がパソコンをどれだけ使えるかと言う話に戻る。

 

「俺はネット麻雀が打てる」

「ネット・・・・・・?」

 

どうやら知らないようで美穂子が首を傾げた。

それを見て秀介は少しばかり自慢げになる。

 

「どうやら俺の方が上のようだな」

「うぅ・・・・・・」

 

美穂子は落ち込んだ。

秀介がパソコン苦手だと聞いて仲間ができたと思ったのに、と。

その様子を見かねて久が助け船を出す。

 

「でもあんたパソコンで文章打つこともできないじゃない」

「それは久の教え方が悪い」

「酷っ!」

 

そんな吐き捨てるように言わなくても!と久は頬を膨らませる。

しかし秀介はやれやれと首を振りながら言葉を続けた。

 

「大体パソコンなんていじってたら勝手に青い画面になるじゃないか」

「いや、どうやったらそうなるのよホント・・・・・・」

 

どうやら過去に何かやらかしたらしい。

その言葉に美穂子はポンと手を鳴らして言葉を続ける。

 

 

「あ、それは私もやったことあります」

「どうやったらそうなるの!?」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

結局秀介はパソコンをどれほど使えるのか、久がまとめてみた。

 

「シュウはネット麻雀はできる」

「余裕。

 過去の牌譜見たりと機能を存分に使ってる」

「パソコンで麻雀が打てるのですか。

 私もやってみたいです」

 

うむ、と頷く秀介に美穂子は感心する。

 

 

「パソコンで文章打つことはできない」

「人間のやる事じゃない」

「とてもできるようになるとは思えません・・・・・・」

 

二人揃って落ち込んだような仕草を見せる。

いや、秀介はもう諦めて気にしていないようにも見えるが。

 

 

「絵を描くこともできない」

「ただでさえ下手なのにマウス(あんなもの)使ったら余計に無理だ」

「下手でも描けるんですね。

 私もそれくらいなら・・・・・・」

 

美穂子にほんのりと希望が見えて来た。

これをきっかけにパソコン操作を覚えてくれるといいのだが、と池田は思う。

 

その時不意に声がかかった。

 

「志野崎先輩ー、ちょっと来て下さいだじぇ」

「どうしたタコスちゃん」

 

近寄った先では麻雀卓がゴトゴト音を立てている。

 

「ちょっと麻雀卓の調子が・・・・・・」

「どれどれ・・・・・・」

 

ガチャッと手慣れた様子で秀介は卓の蓋を開けた。

そしてすぐに原因となっていたそれを取り出す。

 

「なんだ千点棒が巻き込まれてるじゃないか」

「ホントだじぇ!」

 

 

 

「でも麻雀卓はあっさり直せる」

「凄いです!」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

パソコンはまだしも麻雀卓の扱いで負けるとは。

美穂子は落ち込んだような様子で、しかし秀介に興味あり気に問いかけていた。

 

「もしや志野崎さんはメールとかも使えるのでしょうか?」

「ああ、最初は電話だけでも十分と思ってたけど、慣れてみると便利なものだ」

 

なるほど、パソコンはダメでも携帯はちゃんと使えるのか。

自分も使えることは使えるのだがいまいちよくわからない、と美穂子は悩みを打ち明ける。

 

「私、どうしてもあれが使えなくて・・・・・・。

 一体どういう仕組みでやり取りしているのでしょう?」

 

すると秀介はぐっと親指を立てて答えた。

 

「仕組みなんて分からなくても使えれば問題ない」

「大丈夫よ、こいつも分かってないから」

 

久がボソッと告げた。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「メールとは特定の人間に伝言を残すことができると思っておけばいい」

 

メールに関しておおざっぱだが、秀介は美穂子にそう説明した。

 

「それは便利です。

 なんとか使えるようになりたいです」

「よろしい、ならば教えてあげよう。

 最初からろくな説明なく理解している人間よりも、俺のような昔使えなかった人間が教えた方が理解も早かろう」

 

ふふん、と自慢げにそう言う秀介。

どうやら昔は携帯もろくに使えなかったらしい。

美穂子は安心したように言う。

 

「た、助かります。

 私が使おうとするとどうしてか画面が青くなってしまって・・・・・・」

「ケータイでブルースクリーンになるの!?」

 

ええ!?と久が驚く横で秀介も告げた。

 

「あー、俺も最初の頃よくやったよ」

「ホントどうやってるの!?」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「ここをこうして・・・・・・これでメールが使える」

「それから・・・・・・?」

「こうして文章を打って・・・・・・」

「ふむふむ」

 

美穂子は秀介に教わりながらメールを打っているようだ。

少しばかり親しげに見えるその様子を久は何となく不機嫌そうに見守っていた。

やがて文章が完成したらしい。

 

「あの・・・・・・この文章はどういう意味なんでしょうか?」

「送ってみれば分かるさ。

 とりあえず池田に送ってみよう、これで送信を押すんだ」

「ポチッと・・・・・・」

 

美穂子が送信ボタンを押す。

それから少し間を開けて、ヴーヴーと池田の携帯が音を鳴らした。

 

「あ、華菜のケータイが鳴ったようです。

 ちゃんと届いたんでしょうか」

「いや、偶然他の人から届いたという可能性もある。

 見ていれば分かるさ」

 

秀介の言葉に美穂子はじっと池田の様子を見守る。

携帯を開いてメールを見た池田は、一瞬「え?」と首を傾げた後、秀介達の方を向いて動き始めた。

 

 

 

(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

 

(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

 

(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

 

Let's\(・ω・)/にゃー!

 

 

 

「よし、届いたみたいだな」

「め、メールには人を操る機能が・・・・・・!」

「うーにゃーしてってメール来たからやっただけなんですけど・・・・・・」

 

何かを勘違いしたらしい美穂子がガタガタと震えているのを見て池田はフォローしに駆け付けて来た。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「こうでしょうか?」

「おー、できたじゃないか」

 

ピロリンと音を立ててメールが送信される。

どうやら一人でメールの送信までこぎつけたようだ。

 

「よかった、ありがとうございます」

「何度か連絡とってればそのうち使いこなせるようになるよ」

 

自分もそうだったし、という秀介の言葉に美穂子は頭を下げた。

さて、そこまでやって美穂子は思い出したように別の質問をぶつけた。

 

「そう言えばコーチがこの間一瞬で二人に、しかも一字違わず正確にメールを送っていました。

 みんなは一斉送信と言ってましたけどあれはどうやるんでしょうか」

 

 

その言葉に秀介はいつになく無表情で答えた。

 

 

 

「なにそれおれしらない」

 

 

 

遠くで久が苦笑いしながらやれやれと首を振っていた。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

龍門渕の些細な復讐

 

 

 

昼食を終えて胃袋を落ち着けている時間帯。

透華と一はひそかに燃えていた。

 

「あの志野崎秀介とか言う男・・・・・・はじめがトバされたのは絶対あいつのせいですわ!

 昼食に紛れて何か復讐をしてやりましょう!」

 

ゴォ!と背景も燃えているように見える。

 

「とーか、ボクは別にそんな・・・・・・でもやりたい」

 

一もやる気のようだ。

 

「ではどうしてやりましょうか」

「ボク達も何か作って・・・・・・定番の辛いやつを仕込むとか」

「それにしましょう!」

 

 

どうやら何か仕掛けるらしい。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「あの、志野崎さんって言いましたよね。

 さっきの試合ではどうも」

「ああ、どうも」

 

挨拶に行く一。

まずは何気ない挨拶で警戒を解くことから始めよう。

 

「お饅頭作ってみたんです、良ければどうぞ」

 

そう言ってスッと皿の上のそれを差し出した。

ほぉ、と秀介はそれを受け取る。

 

「これはどうも、ありがたく・・・・・・って一個だけですか」

「ええ、後で他の皆さんにも配りますので」

 

これで完璧、誤魔化した!と一はひそかに笑った。

余りの辛さに火を吹くといいよ!

 

 

と、そこに近寄る一つの影。

 

「あら、何それ、美味しそう」

 

清澄の部長、久であった。

 

「食べるか? 久」

「あらいいの?」

「後で皆にも配るって言ってるし」

「なら遠慮なく」

 

久は嬉しそうにその饅頭を受け取ると、はむっと喰いついた。

 

「あー!」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

作戦が失敗に終わり、一は透華に泣きついていた。

 

「自分の学校の部長を犠牲に生き延びるとは・・・・・・やはりあの男は卑劣ですわ!」

「とーか! 仇を取って!」

「お任せなさい!」

 

とうとう龍門渕透華が立ち上がる。

すでにそのデジタル思考回路で改善点を導き出していた。

 

(あの男、はじめが一個しか作らなかったのを見て罠を警戒した可能性がありますわ。

 ここは三個ほど用意してその全てに仕込むという作戦で!)

 

フフフ、これで完璧!と透華はお菓子作りに取り掛かった。

 

そして。

 

「あー、志野崎さんと言いましたわね、蒸しパンを作ってみましたの、いかがかしら」

「おや、これはどうも。

 丁度甘い物が食べたかったのですよ」

「おーっほっほっほ、どれでもどうぞ」

 

透華が差し出したそれに、秀介はまんまと喰いついたようだ。

フフ、これだけの人数の前ではじめを飛ばすなんて失態を晒させてくれて。

今度はあなたが辛さにのたうちまわって失態を晒す番ですわよ!と透華は笑った。

 

 

 

「で、どれがタバスコ入りですかな?」

「お、おーっほっほ、いえいえ、そんなもの入っていませんわよ?」

「なるほど、今度はラー油か」

 

(な、何故バレましたの!?)

 

 

辛い物ってそれらとハバネロくらいですから。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

ラー油が仕込まれた辛い菓子パンを手に取る秀介。

しかし、そこに予想外の敵が現れた!

 

「む、志野崎とかいったな、何を食べているのだ?」

 

透華と一が先程から絡んでいる事に興味を持ったらしい衣がやってきてしまった。

 

「まだ食べてな・・・・・・天江衣か、蒸しパンだが何か?」

「蒸しパン!? ずるいのだ!衣も食べる!」

「まぁ、いいぞ」

 

皿ごと受け取っていた秀介はそれを衣の前に差し出す。

これはまずい、衣が激辛の蒸しパンを食べてしまう!

 

(予想外ですわ! 純! ともき!)

 

ピキーン!とアホ毛を立てて仲間達にサインを送る透華。

付き合いの長い仲間達は、そのアホ毛の動きと透華の表情からすぐに透華の言いたいことを理解した。

 

 

(む? 透華のあの表情・・・・・・おそらくあの志野崎とか言うやつに復讐を考えてやがるな?)

(あの男、蒸しパンを食べようとしています・・・・・・。

 この状況で考えられる最善の復讐と言えば・・・・・・)

((あの蒸しパンを奪う事!))

 

二人の考えは一致した。

 

 

「私にも一つください・・・・・・」

「じゃあ、俺にもこれくれ」

 

ひょいひょいと皿から蒸しパンが姿を消した。

 

「あ、俺のが・・・・・・」

「いーじゃんいーじゃん、また透華に作ってもらえば。

 けちけちすんなよ」

「わーい、みんなで食べるのだー」

 

「「「いただきまーす」」」

 

龍門渕メンバーは揃って菓子パンに食いついた。

 

「あー!」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「三人も犠牲に・・・・・・許せませんわ!」

「とーか、これからどうしよう・・・・・・」

 

新たに犠牲者を出してしまった龍門渕メンバー。

透華と一は作戦の練り直しをしていた。

 

そこに声を掛けられる。

 

「そこのお二人さん、何か企んでいたようですが失敗しましたかな?」

「くっ! 志野崎秀介!」

「・・・!」

 

にっくき仇、秀介がそこにいた。

一に至ってはその姿を見ただけで怯えたように透華の影に隠れてしまう。

秀介はそんな二人を宥めるように、皿に乗せたお菓子を差し出した。

 

「まぁまぁ、そう警戒なさらずに。

 お近づきの印に俺が作った些細なお菓子でも」

「敵からの貢物など受け取れませんわ!」

 

キッ!と睨む透華。

人には散々差し出しておいて今更それか。

秀介はやれやれと首を振る。

 

「今は楽しい合宿の最中じゃないですか、仲良くやりましょうよ」

 

 

その言葉に透華は少しばかり頭を冷やし、観察してみる。

 

(む、この男焼き菓子を・・・・・・。

 これは私の作った蒸しパンよりも時間がかかりそうですわ。

 ということは私達が罠を張るより先にこれを作っていたと・・・・・・。

 

 考えてみれば確かにこの合宿は麻雀の腕の強化もありますが交流の意味合いもあるはず。

 

 私としたことが何をピリピリと。

 思えばはじめをトバしたのが本当にこの男の仕業だったとしても、今回はただの交流試合、本戦の試合とは違いますわ。

 一度でもこう言う状況を体験しておけばこれ以降注意しようという気持ちが働く・・・・・・それははじめにとってきっとプラスになる事。

 それをこの男は・・・・・・)

 

そこまで考えて、透華は一度大きく深呼吸をした。

 

「・・・・・・敵だなんてひどい事を言ってしまいましたわね。

 ありがたく頂きますわ」

 

そう言って焼き菓子に手を伸ばす透華。

 

「どうぞどうぞ」

「・・・・・・とーかが食べるんならボクも食べる」

 

一もそれに続いた。

 

 

「・・・・・・念の為聞きますけれども、タバスコは入っていませんわよね?」

「もちろん」

「ラー油も?」

「もちろん」

 

どうやら自分達が仕掛けたようないたずらは無いようだ。

 

「フッ・・・・・・なら頂きますわ」

「いただきまーす」

 

余計な心配でしたわね、と笑いながら二人はサクッと焼き菓子を口に含んだ。

 

 

 

「まぁ、ハバネロは入ってますけど」

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

「いやぁ、久でもからかおうかと作ったんだが役に立つとはなぁ。

 皆考えることは同じか・・・・・・」

 

どうやら最初からからかう目的で激辛菓子を作っていたらしい。

もっとも標的は別人に変わってしまったようだが。

そんな事を呟きながらサクサクと自分で作った激辛菓子を食べる秀介。

 

 

「うん、ハバネロもなかなか。

 タバスコ饅頭やラー油蒸しパンも悪くなかったがこれも悪くない」

 

 

どうやら激辛好きだったらしい。

しかも透華達が作った激辛の品々の食べかけを貰って食べたらしい。

そこまで好きか。

 

 

と、そんな秀介に目を付けた一人の新たな刺客。

 

(あ、先輩何か食べてるし)

 

池田であった。

 

「最後の一個・・・・・・ダウンしてる久に追撃でもかけてくるか」

 

手に取った焼き菓子が池田の目に留まる。

 

(美味しそうな焼き菓子だし!)

 

何としてでも奪い取る!と言わんばかりに池田が秀介に近寄る。

 

「先輩、そこに何か落ちてますよ」

「ん? どこに何が?」

 

む?と周囲を見渡す隙に秀介の手からそれを奪い取る池田。

 

「もらったし! いただきまーす」

 

 

 

「別に何も落ちて・・・・・・あっ」

 

 

 




ちょっぴりにやっと笑ってもらえたらそれで満足。
次回からまたちゃんと麻雀に戻りますので。


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20国広一 罰ゲームと復活

どうしよう、麻雀やってる話より小ネタの方がUA増えてたんだが。
いや、でも麻雀頑張りますよ!


腹ごなしに散歩をしたり昼寝をしたり、調整の為にと軽く麻雀を打ったり。

昼食を終えたメンバーは思い思いに試合の再開を待っていた。

 

全員が揃い、この試合が始まる前のようにわいわいと騒ぎ始めた頃、靖子がパンパンと手を叩いて注意を引く。

 

「さ、全員揃っているな?

 では試合の第二回戦を始めるぞ」

 

その言葉と同時に一同にまた緊張が走る。

点数の低かった者はここで是非とも稼いでおきたいところだし、点数の高かった者もまだまだ伸ばしていかなければ。

 

 

「その前に、お待ちくださいませ」

 

さてメンバーの発表、となる直前、不意に声が上がった。

声や言葉遣いから明らかだが、手を挙げて発言者が自分である事をアピールしているのは龍門渕透華である。

何事?と全員の視線が集まるがそこはお嬢様、特に動じることはない。

 

「どうかしたか? 龍門渕透華」

「試合の組み合わせの前に確認しておきたいことがありますの」

 

そう言うと透華は隣にいる一にビシッと手を向ける。

 

「甚だ不本意ながら一回戦で箱割れ、失格となってしまったわが校の国広一の扱いを教えてくださいませ。

 事前に教えられていたルールでは失格になるということ以外不明でしたわ。

 得点がマイナスのまま続けるというわけにはいかないでしょうし、どなたか代わりを入れるのですか?」

 

透華の言葉に、そういえばと頷く者たちもいる。

 

透華としてはその点は気になって仕方がなかったところだろう。

ただの同じ学校の部員と言うだけの関係ではないのだ。

そんな一がこれから先の試合見学だけなどと言われたらそれこそ抗議ものだ。

何としてもそんな目には遭わせない、と強気で靖子に訴える。

 

が、そんな苦労など不要と言わんばかりに靖子はあっさりと告げた。

 

「ああ、原点の50000点で試合して貰うよ。

 それから改めて稼いでも決勝卓には行けないというペナルティはあるが。

 それでいいだろう?」

「え? あ、はい」

 

最悪の事態を考えていただけにあっさりと参戦が認められ肩透かしを食ってしまう透華。

しかしすぐに笑顔に戻り、一を始めとする龍門渕メンバーは喜びを分かち合った。

さすが藤田プロ、将来有望な学生の芽を摘み取るような真似はしないか、素晴らしい。

逆にいえばそれまで不安に思われていたということなのだが。

 

「まぁ、そういうわけで失格者は決勝卓に行けないだけでまた50000点持って試合に参加できるから、それほど落ち込まないように。

 かと言ってあんまり緊張感なく打つのも良くないがな。

 

 他に確認事はあるかー?

 あ、そうだ、一応現在の順位を発表しておこう」

 

そう言って靖子はムロや南浦プロにも手伝ってもらいながら大きな紙を広げて壁に貼り付ける。

 

「これが今現在の得点と順位だ、間違いないはずだが確認してくれ」

 

その言葉に一同は貼り出された順位表の前に集まる。

 

 

 

妹尾佳織  82900

天江衣   76900

福路美穂子 75700

井上純   64900

夢乃マホ  64200

 

龍門渕透華 57600

深堀純代  55700

原村和   55600

宮永咲   55100

南浦数絵  53100

 

志野崎秀介 52300

東横桃子  52000

加治木ゆみ 50800

染谷まこ  48400

片岡優希  47900

 

竹井久   46600

吉留未春  45100

池田華菜  43800

津山睦月  41400

蒲原智美  39700

 

沢村智紀  36700

文堂星夏  36200

須賀京太郎 17500

国広一      失格

 

 

 

やはり役満を上がった妹尾が圧倒的。

他にも龍門渕メンバーが上位に多かったり、鶴賀は全体的に下寄りだったり、マホが意外にも上位だったりと注目する個所はある。

原点以上を確保しているのがほぼ半数なのは、多いと見るか少ないと見るか。

 

しばらくそうして点数を眺めてざわざわした後、靖子が再び声をかける。

 

「点数が少なくなってしまった者は次の試合に頑張って稼ぐように。

 一回戦で稼げた者も気を抜かずに頑張るように。

 

 では各々自分の順位を確認したところで次の試合の組み合わせを発表する」

 

再び一同に緊張が訪れた。

 

 

「二回戦、

 第一試合、鶴賀学園-蒲原智美、同じく鶴賀学園-加治木ゆみ、龍門渕-井上純、清澄-宮永咲。

 第二試合、龍門渕-国広一、風越女子-池田華菜、同じく風越女子-文堂星夏、清澄-染谷まこ。

 

 以上のメンバーは試合の準備をするように」

 

 

 

「よーし、ゆみちん、共に頑張ろうじゃないか」

 

ポンとゆみの肩を叩きながら蒲原が言うと、ゆみは呆れたように返事をする。

 

「そうだな蒲原、お前はもっと頑張らないとな。

 部長として鶴賀最下位は許されない事だからな」

「わっはっはー、フシギダナー」

 

答えた蒲原の表情は何やら固くなっていた。

 

「頑張ってくださいっす! 先輩!」

「頑張ってね、智美ちゃん」

「お二人とも頑張ってきてください」

 

後輩たちに見送られ、鶴賀最上級生の二人は卓に向かう。

 

 

 

「よーし文堂! ここで何としても点数を稼いで上位陣をあっと言わせるぞ!」

「は、はい! 池田先輩!」

 

こちらでも池田が文堂の肩に手を置いていた。

もう片方の手は空を指差すようにビシッと上を向いている。

その指先が実際にはどこを指しているのかは不明。

しかも文堂の方が池田より頭一つ高いので何だかアンバランスだ。

本人達、特に池田は気合いを入れているつもりだろうが、生温かく見守ってあげたくなるような雰囲気がある。

未春と深堀も何と声をかければよいものかと顔を見合わせる。

 

「二人とも頑張ってきてね」

 

そんな二人の心情を知らないキャプテンは普通に声援を送り見送るのだった。

 

「はいキャプテン! 今度こそ稼いできます!」

「行ってきますキャプテン」

 

 

 

「大丈夫かい? 一くん?」

 

ぐいっと伸びをしながら一に声をかけるのは純。

そんな純に一は笑顔で返した。

 

「うん、大丈夫。

 満月の衣と戦った事もある身だよ、ボクは。

 一回トバされたくらいで麻雀嫌いになったりなんかしないよ」

「ん、そうか」

 

なら安心、と純もニッと笑う。

 

「いってらっしゃいませ、はじめ、純」

「うん、行ってくるよ透華」

「行ってくるぜ」

 

智紀と衣も「いってらっしゃいー」と手を振って見送る。

 

「じゃ、行くか」

「うん!」

 

二人は気合いを入れて卓に向かうのだった。

 

 

 

「うし、今度こそ上位にならんとな」

 

ぐいっと腕まくりするまこ。

咲もそれに続いてぐっと両手を握って気合いを入れる。

 

「よし、原村さん、行ってくるね」

「はい、応援しています、宮永さん」

 

そう言って二人は笑いあった。

 

「あらあら、すっかり空気作っちゃって」

「咲ちゃん! 私達も応援してるんだじぇ!」

「頑張って来いよ、咲!」

 

久、優希、京太郎も声をあげて咲を見送る。

ふと、久が秀介の方に視線を移す。

 

「シュウ、あんたも何か言ってあげなさいよ」

「ん? そうだなぁ、ちょっと考えていたんだが・・・・・・」

 

応援の言葉をわざわざ?と思っていると、秀介は咲とまこに向かって言った。

 

「二人とも2万点以上稼げなかったら罰ゲームね」

「え?」

「えっ!?」

 

キョトンと首を傾げる咲と、ビクッと飛び跳ねるまこ。

 

「ちょ! 志野崎先輩! 罰ゲームって! な、何やらすつもりなんじゃ!?」

「んー・・・・・・以前やったみたいな?」

「いや! ダメ! この面子の前であれは絶対いかんて!」

 

ブンブンと両手と首を振るまこ。

どうやら嫌な思い出があるらしい。

 

「そんなに慌てなくても持ってきてないだろう、「あれ」」

「・・・・・・そりゃ持って来とらんけど・・・・・・。

 じゃあ何やらすんじゃ?」

「言わない方が楽しいだろう?

 まぁ、頑張って来いよ」

「いやぁ! 何企んどんの!?」

 

ぎゃー!と叫びながらまこはとぼとぼと卓に向かう。

それを見て咲も不安そうに何度か振り返りながら行くのであった。

 

「・・・・・・何言ってんの?」

 

久もあきれ顔だ。

 

「いや、緊張感出した方がいいかなーと思って。

 実際まこはやる気出したみたいだし」

「やる気って言うのかしら、あれは」

 

うーん、と首を傾げる久。

と、秀介の前に和が立ちはだかった。

 

「・・・・・・志野崎先輩、罰ゲームって・・・・・・宮永さんに何をやらせるつもりなんですか?」

 

そして秀介は和に睨まれていた。

答えによってはその顔を引っ叩く、とでも言わんばかりに。

まこの反応を見て、相当に嫌な事をさせるつもりなのだろうと推測して。

「いや、何も考えてなかったけど」と言いかけて秀介は少し考える。

そして和に告げた。

 

「・・・・・・膝枕とかどうだ?」

「なっ!?」

 

顔を赤くしながら和は秀介をビシッと指差す。

 

「は、ハレンチです! 何をやらせようというのですか! 先輩は!?」

「いや、原村さんが宮永さんにさせるんだよ。

 逆も可」

 

あっさりと返した言葉で和の顔はボンッと一層赤くなった。

 

「わ、私が、み、宮永さんに・・・・・・ひ、膝、枕・・・・・・!」

 

秀介の一言で和は撃退され、自分の世界に入り込んでしまったようだ。

 

「俺が宮永さんに膝枕させるorするとか、そんな先輩だとでも思われていたのか。

 ヤダネー、心外ダナー」

「ちゃらんぽらんしてるからよ」

 

やれやれと首を振る秀介をビシッと叩く久であった。

 

「ま、応援行くか」

「そうね。

 ほら和、面白い顔してないで応援に行くわよ」

「ふぇ!? まだ心の準備が・・・・・・!」

「何の準備よ」

 

わいわい騒ぎながら清澄一同も応援に向かった。

 

その際「和と咲の膝枕かぁ」と物想いにふけっていた京太郎は完全にスルーされていたのだが、特に話の進行には関係ないのだった。

 

 

 

 

 

第一試合 親順

蒲原→ゆみ→純→咲

 

蒲原 39700

ゆみ 50800

純  64900

咲  55100

 

 

第二試合 親順

池田→文堂→一→まこ

 

池田 43800

文堂 36200

一  50000

まこ 48400

 

 

親番と座席を決め、全員が席に着いたところで挨拶を交わす。

 

「わっはっはー、よろしくお願いします」

「よろしく頼む」

「お願いしまーす」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす!」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「どうぞよろしく」

 

 

 

靖子が用意した得点引き継ぎと言うルール、それがこの二回戦で通常ではありえない光景を映し出していた。

純が蒲原相手にすでに25000点のリードを持っているように、試合開始前から得点差があるのだ。

これを覆すのは容易ではない。

仮に蒲原が初っ端の親番で跳満をツモ上がっても逆転しないのだから。

それを踏まえた上で攻めと守りを考えて戦わなければならない。

その状況が各々の試合運びにどう影響するのか、見物である。

 

 

 

 

 

第一試合

東一局0本場 親・蒲原 ドラ{四}

 

第一試合、出親はこの中で既に最下位の蒲原。

上がれば得点力のあるこの親は大事にしたい。

ここで少しでも差を詰めておかないと。

 

そんな思いに牌が応えたのか、初っ端から手が入る。

 

蒲原 39700

 

{二二①②②②②⑤⑥⑥⑦⑧3} {白}

 

何という偏り、配牌で筒子が10枚である。

 

(お、おう・・・・・・さばき方が難しいねぇ)

 

染まるのは容易そうなこの手、明らかな不要牌は{二と3}。

しかしどちらも第一打で手放すには目立ってしまう。

ドラが{四なのに二}をとっとと手放すのは既にドラが面子として成り立っているか、もしくは明らかにドラが不要な状況だ。

第一打{3}も、その周辺の牌が無いから不要と告白しているようなものである。

混一、清一と看破されて有効牌が出てくるような面子ではあるまい。

かと言って役牌の{白}を切るというのも考え物。

誰かに対子で入っていたらあっという間に一翻確保されてしまう。

 

(・・・・・・しかしまぁ、後で切るよりは今切った方が鳴かれる可能性も無いかなー)

 

そう考え、蒲原は{白}を手放す。

 

「ポン」

 

しかし現実は甘くなかった。

北家の咲が{白}を晒し、{西}を切り出す。

あちゃー、これはよろしくないと思いながらツモった蒲原の牌は{中}、やはり不要牌なので切り捨てる。

 

「ポン」

(えー・・・・・・)

 

今度は純から声が上がる。

好配牌にも関わらず、この局もしかしたら蒲原の出番は無いかもしれない。

 

何とか頑張って蒲原は筒子を集めるが、その手が染まりきるよりも先に咲に手が入る。

 

咲 55100

手牌

 

{(ドラ)五六九九九①①(横6)[5]白} {白白横白}

 

後ろで見ていたメンバーからは感心の声とあり得ないという声が上がる。

 

「カン」

 

{白}を加槓。

そして嶺上牌{4}を表に晒す。

 

「ツモ」

 

さらに新ドラ表示牌が{3}。

 

「白嶺上開花ドラ1赤1、2000・4000です」

 

親の蒲原、倍払いでさらに落ち込む。

一方の咲はこの上がりで純を捲くり、トップに立った。

 

 

 

東二局0本場 親・ゆみ ドラ{②}

 

ゆみ 48800

配牌

 

{一四五[五]八①④⑤⑦569南} {白}

 

まず{9}を切り出す。

 

{一四五[五]八①④⑤⑦(横①)56南白} {南}切り

 

{一四五[五]八①①④⑤(横5)⑦56白} {一}切り

 

{四五[五]八①①④⑤⑦(横三)556白} {白}切り

 

{三四五[五]八①①④⑤(横東)⑦556} {東}切り

 

{三四五[五]八①①④⑤(横⑧)⑦556} {八}切り

 

大して無駄ヅモも無く進んでいく。

好牌ばかりツモっているように見えるが手を広く構えているゆみの打ち方のせいだ。

 

同6巡目。

 

「んー・・・・・・リーチ」

 

蒲原の捨て牌が横に曲がる。

 

(早いな・・・・・・)

 

蒲原捨牌

 

{西中7④六} {横九(リーチ)}

 

字牌整理、中張牌連打、最後に{九}切りでリーチ。

一見読みようがない。

が、ゆみはふむと考え込む。

 

(中張牌連打・・・・・・チャンタ系の手牌か?

 {④、六}切りで端に手牌を寄せて行って、123か789の三色)

 

と、そこまで読めたのが今までのゆみ。

だが昼食前、目の前で披露された秀介の考えを加えてみる。

 

(・・・・・・{九}は蒲原の手牌の一番端から切られた、ということは他に萬子が無いものと読める。

 となると・・・・・・チャンタに寄せて行くつもりが他の色が伸びたので、代わりに萬子を切り捨てた物と思われる。

 ・・・・・・良くあるチャンタを目指すつもりが一通になったとかそういう類のものか。

 そうなると筒子か索子の一通が第一候補)

 

ゆみ手牌

 

{三四五[五]①①④⑤⑦(横④)⑧556}

 

{④をツモったところでゆみは①}に手をかける。

 

(チャンタから一通になった場合良くあるのは123と789の面子が完成していてその間の456が未確定というもの。

 色は把握できないが筒子か索子の4-7か3-6、もしくはカンチャン5待ちの可能性が濃厚。

 なら{(この辺)}は余裕だろう)

 

タン、と切り捨てたところで小さくため息をつく。

 

(・・・・・・この手の読みをする人間は常にどこから牌が切られたまで記憶しているのか・・・・・・。

 私は精々どの牌がツモ切りか程度しか把握していないが・・・・・・凄いものだな。

 読みの精度を見ると風越のキャプテンも把握していそうだ)

 

私もまだ成長の余地があると言ったところか、とゆみは小さく笑った。

 

蒲原のリーチをかわして8巡目、純にも手が入る。

 

純 62900

手牌

 

{七九(ドラ)③⑤[⑤]234(横八)4789}

 

{①-④}待ち、良形の平和聴牌なのだが。

 

(・・・・・・今しがた{①}対子落としされたばっかりだし・・・・・・きついか?)

 

ドラ表示牌に{①、蒲原に④}も捨てられているし、自分の待ちは後山に何牌あるのか。

 

(リーチをかけないと平和ドラ赤で3900。

 対面のリーチを仮に8000とすると、振り込んだ時のリスクが倍でかい・・・・・・。

 早い巡目でのリーチだしそこまで高くないか・・・・・・?

 いや、そんな楽観視するのはよくない。

 ここは振り込みのリスクを考えてダマで行くぜ)

 

聴牌にとるが、純はリーチ宣言をしない。

 

そしてそのまま3巡後。

 

(・・・・・・あ・・・・・・)

 

残念な結果が訪れる。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{七八九(ドラ)③⑤[⑤]234789} {(ツモ)}

 

「平和ツモドラ赤、1300・2600」

 

点棒を受け取った後、純はチラッと目の前の裏ドラを返してみる。

 

現れたのは{8}だった。

 

(リーチかけてりゃ跳満・・・・・・しくった!)

 

このミスが後にどう影響するか。

 

 

蒲原 33700

ゆみ 45900

純  70800

咲  61100

 

 

 

 

第二試合

東一局0本場 親・池田 ドラ{⑦}

 

池田 43800

 

{八九③④(ドラ)1233788西} {中}

 

悪く無い配牌、{西}から切り出していく。

 

 

3巡目。

 

{八九③④⑥(ドラ)23(横發)3788}

 

無駄ヅモ、と{發}を切り出す。

同時にまこから声が上がった。

 

「ポン」

 

まこ捨牌

 

{⑨③三}

 

染め手と思われる。

 

(どれくらい染まってるのか知らないけど、華菜ちゃんのスピードに追いつけるかにゃー?)

 

カチャッと{②をツモり、萬子八九}の整理へと移っていく。

 

{八②③④⑥(ドラ)23(横1)3788} {八切り}

 

{②③④⑥(ドラ)1123(横⑧)3788} {8切り}

 

{②③④⑥(ドラ)⑧112(横[⑤])3378} {⑧切り}

 

{②③④[⑤]⑥(ドラ)12(横4)3378}

 

{3}を横向きに切り出す。

 

「リーチだし!」

 

他家はまだ手が形になっていないのか降り気味。

そのまま喰いずらされること無く池田は上がり牌を手にした。

 

「ツモ! リーチ平和ドラ赤!」

 

裏ドラを返すと現れたのは{9}、見事頭がドラとなった。

 

「裏2で6000オール!!」

 

池田、絶好のスタートである。

 

 

 

東一局1本場 親・池田 ドラ{白}

 

池田 61800

 

{三五七④⑧⑨378999發} {中}

 

運が良ければ三色まで行けるかも、と池田は{發}を切り出す。

 

そしてちらっと全員の様子を見回した。

 

(一回戦の試合で上家の染谷さんは三着確定上がり、対面の国広さんはトビ。

 言っちゃ悪いけど文堂も最下位だった。

 私もビリだったしずいぶんと負けメンバーが集まったもんだ。

 でも私は東初で跳満ツモ、絶好の出だしだし!

 悪いけどぶっちぎりで勝たせてもらうよ!)

 

そんな池田の想いに応えるようにツモがはかどる。

 

多少無駄ヅモはあったが6巡目。

 

池田手牌

 

{三四五七④⑦⑧⑨7(横[⑤])8999}

 

「ほい来た、リーチ!」

 

{七}を切り出して即リーチと行く。

 

(さぁ、じゃんじゃん稼がせてもらうよー!)

 

「リーチ」

 

池田がにやにやと笑う同巡、対面から声が上る。

 

え?何?とそちらを見ると、一が牌を横向きに捨て、千点棒を取り出したところだった。

 

(嘘! 追いつかれた!? にゃんで!?)

 

あわあわと池田はまこの次に牌をツモり、切る。

そんな池田を尻目に、一は自分のツモ番に山に手を伸ばす。

 

ツモる手にキリッと力が入る。

 

 

(・・・・・・ボクはかつて衣と初めて会った時に、満月の衣に手酷くやられた・・・・・・。

 

 あの時の絶望に比べれば!)

 

 

ダァン!と牌を卓に叩きつける。

 

「ツモ!」

 

ジャララララと手牌が倒された。

 

{一二三四五六七八九2256} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモ平和一通! 3100・6100!」

 

わぁ!と周囲からも歓声が上がった。

 

 

池田は一と目を合わせ、その視線の奥に何か強い意志のようなものを見た気がした。

 

(こ、こいつ・・・・・・折れてない!)

 

一は油断していたらしい池田にキッと視線を送る。

 

(一回トバされたくらいじゃ何ともないよ!)

 

 

池田 55700

文堂 27100

一  56300

まこ 39300

 

 




一回戦で一ちゃんトバしやがって!とか思った方がいらしたかもしれません。
そんな方の為ってわけではありませんが、ちゃんと最初から活躍させる予定でしたよん。


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21加治木ゆみその1 逆転と迫り合い

第一試合

東三局0本場 親・純 ドラ三

 

蒲原 34400

 

{四五八⑦⑨358東(横②)東西發中}

 

現在、というか試合開始時点から既に最下位の蒲原。

是非とも上がって点差を詰めておきたいところだがあまり良くない配牌。

{東}が対子、さらに{西發中}が重なってくれれば勝機は見えてくるのだが。

とりあえず第一ツモの{②}を手に加えようとして悩む。

 

(んー・・・・・・・・・・・・いらないかな)

 

第一ツモが不要とは出鼻がくじかれた気がする。

しかしそんな事を考えていても仕方がない、不要な物は不要なのだ。

後で必要になる可能性もあるが。

 

(ま、そん時はそん時かな)

 

考えた挙句{②}をそのままツモ切りした。

 

一方その下家、ゆみの手牌。

 

ゆみ 46200

 

{一八③133468(横4)99北中}

 

索子の混一が容易そうな手牌、蒲原とは雲泥の差である。

とはいえ。

 

(・・・・・・捨てる牌に悩むところだな。

 {北は自風、中}は役牌、あっさり手放すわけにはいかない。

 索子で切れそうな牌は今のところ無い。

 となると・・・・・・{一八③}しかないわけだが)

 

ツモが狙えればいいが敵に当たり牌を完全に抱えられる可能性もある。

できれば迷彩が施せるような捨て牌がいいのだが。

 

(・・・・・・考えていても仕方がない、ひとまず・・・・・・)

 

端から切って行こう、と{一}を切り捨てる。

 

そして4巡目。

 

ゆみ手牌

 

{③13344668(横③)99北中}

 

む、とゆみの手が止まる。

混一の予定だったが、このツモで5つ目の対子だ。

七対子の可能性も見えて来た。

一先ず{北}を捨てる。

 

次巡。

 

{③③1334466(横三)899中}

 

ドラの{三}ツモだ。

 

(・・・・・・よし)

 

決めた、とゆみは{1}を捨てた。

対子5個とドラとくれば七対子を狙うのに理想的だ。

しかも{一}を既に手放している。

そこから「ドラが手牌に無い、使える手格好ではない」と読んでくれれば、ドラ単騎であろうと出てくる可能性がある。

ゆみも現在3位、まだ上を目指していかなければいけない所。

何とかこの手をものにしたい。

 

次巡{東}をツモる。

不要牌だ、と捨てた。

 

「ポン」

 

蒲原から声が上がる。

 

蒲原手牌

 

{四五五六八⑦⑨358中} {東東横東}

 

{中}を切って手を進める。

蒲原とて点数を稼ぎたい身、前に進もうとするのも当然だ。

 

そして。

 

{四五五六八⑦(横[5])⑨358} {東東横東} {3}切り

 

{四五五六八⑦(横三)⑨5[5]8} {東東横東} {8}切り

 

{(ドラ)四五五六八(横二)⑦⑨5[5]} {東東横東} {八}切り

 

{二(ドラ)四五五六(横九)⑦⑨5[5]} {東東横東} {九}切り

 

{二(ドラ)四五五六(横一)⑦⑨5[5]} {東東横東} {五}切り

 

時間はかかったが聴牌。

対するゆみは先程の{東}ポンから流れが変わってしまったようで手が全く進まず。

 

ゆみ手牌

 

{(ドラ)③③334466(横3)899中}

 

(・・・・・・この局はダメか?)

 

手じまいを考えながら{3}をツモ切りする。

直後。

 

「チー」

 

純から声が上がった。

 

純 68100

 

{(ドラ)三六六七八⑤⑥222} {横345}

 

{六}を切り出してタンヤオドラドラ聴牌だ。

 

(・・・・・・対面に聴牌気配、高くはなさそうだけど気をつけておかねぇとな)

 

聴牌と喰いずらしを同時に行う理想的なチー。

 

あとはこの手をツモるなりロン上がりするなりしてこの局は終了だ。

 

そして。

 

「ツモ」

 

同巡に決着がついた。

 

{一二(ドラ)四五六⑦⑨5[5]} {東東横東} {(ツモ)}

 

上がったのは蒲原だ。

 

「東ドラ赤、1000・2000」

 

パタンと手牌を閉じて点棒を渡す二人と違い、えっと声を上げかけたのは純。

 

(喰いずらせてない・・・・・・?

 それとも元々上がれる流れに無かったのを、俺がずらして上がらせちまったのか・・・・・・?)

 

上がられた点数は高くない、まだまだ追いつかれる気配も無い。

だがしかし、どうやら今の自分に流れは無いようだ。

さっきの下手な上がりでケチがついてしまったか、と表情を歪めながら純も点棒を渡す。

 

 

 

東四局0本場 親・咲 ドラ{⑤}

 

さて、唐突だがこの配牌を見て欲しい。

 

咲 60100

配牌

 

{六九①⑨333667西西北} {白}

 

ここからどのような手を想像するだろうか?

オタ風の{西}が対子、{3}が暗刻、ドラも赤も無し、役牌は{白}が一枚のみ。

平和もタンヤオも絡まずどう考えてもリーヅモのみ、高くなりそうな気配は無い。

高く仕上げるには対子を重ねて三暗刻、それに裏ドラ期待と言ったところであろうか。

不要牌の候補としては{九①⑨}北辺り。

 

その辺は同様の考え。

だがここからこの手を高く仕上げる方法が、咲の場合他の人間と大きく違う。

 

まず{①}切り、そして。

 

{六九⑨3336(横5)67西西北白} {北}切り

 

{六九(横四)⑨3335667西西白} {白}切り

 

{四六(横[五])九⑨3335667西西} {⑨}切り

 

間に何度か無駄ヅモはあったが、順調に手が進む。

ここまでは特に疑問を挟む余地も無いだろう。

だがその次。

 

{四[五]六九3(横④)335667西西}

 

{(ドラ)}を手に絡めるには絶好の{④}ツモ。

しかし、咲はそれをあっさりとツモ切りする。

そして次巡。

 

{四[五]六九3335(横4)667西西}

 

聴牌、{5-8}索待ちだ。

ツモればリーヅモ赤の2000オール、裏が乗れば3900オールだ。

普通ならこれで十分と誰もがリーチをかけるだろう。

 

だが、咲はここから

 

{西}を切り捨てた。

 

次巡無駄ヅモだったがその次。

 

{四[五]六九33345667西(横8)}

 

「リーチです」

 

{西}を対子落とししてリーチ、{九}単騎だ。

これではリーヅモ赤で2000オール、先程リーチした時と点数が変わらない。

何を考えているのか。

それはこれ、次巡の{3}ツモが答え。

 

「カン!」

 

ジャラッと{3}を4つ晒す。

そしてツモってきたのは・・・・・・咲にとっては当然の上がり牌。

 

「ツモ!」

 

{四[五]六九456678} {3■■3} {(ツモ)}

 

「リーヅモ赤嶺上開花、4000オールです」

 

同卓の三人の表情が変わる。

 

(わっはっはー、どんな配牌からその形になったんだ?)

(その手普通ならリーヅモ赤・・・・・・。

 満貫には至らない手が嶺上開花のせいで届いたのか)

(くっ・・・・・・カンだから上がりの気配が感じられなかったし、そもそも喰いずらす牌も来なかった・・・・・・)

 

普段はのんびりした気配のある咲だが、さすが県大会優勝校の大将を務めただけはある。

一同は咲への警戒を改めた。

 

この親満で咲はトップ、点数は72800。

この半荘開始時に55100だったのであと2600も稼げば秀介の言う罰ゲームを回避できる状況である。

もっとも罰ゲームと言っても膝枕なのだが。

実際その罰が執行されるかどうかは別として。

 

 

 

東四局1本場 親・咲 ドラ{三}

 

ゆみ 41200

 

{[五]①⑥⑦⑦⑨235(横⑥)南白白發}

 

トップの咲が親。

ここで上がっておかなければ点差を詰めるのがきつくなるだろう。

是非とも上がっておきたいこの手、しかし上がりが遠そうだ。

どうすればよいかと考えつつ{①、南}と不要牌を切り出していく。

 

そして3巡目。

 

{四[五]⑥⑥⑦⑦⑨23(横⑦)5白白發}

 

{發}を切りながらゆみは改めて自分の手牌に目を落とす。

手が横に伸びなければいつもの通り七対子を目指そうかと思っていたが{⑦}が暗刻。

 

次巡{3}ツモって{⑨}切り。

本命は七対子だがこれはもしや・・・・・・。

 

(上手く暗刻が重なれば三暗刻まで目指せるかもしれん)

 

そう思った次巡。

 

{四[五]⑥⑥⑦⑦⑦23(横白)35白白}

 

来たか、と{2}を捨てる。

ここからはツモに願いをかけるだけだ。

{三-六ツモって⑥と3}待ちのツモり三暗刻というのがありきたり。

ロン上がりではリーチ白赤の3翻50符の6400、それでは咲を直撃であろうとも手を倒すのがはばかられる。

頼む、ツモらせてくれ・・・・・・と祈るように牌をツモっていく。

無駄ヅモが重なり、有効牌が入ったのは8巡目。

 

{四[五]⑥⑥⑦⑦⑦33(横3)5白白白}

 

「!」

 

ロン上がりでも三暗刻確定の{三-六}待ちだ。

こちらが先に入ってくれるとは好都合、もはや引く手は無い

 

「リーチ!」

 

{5}を捨ててリーチを宣言する。

 

その次巡、親の咲。

 

咲 72100

 

{二(ドラ)六七七八③(横②)④⑤⑤⑥5[5]}

 

通常この手は{七か⑤}を捨てて平和赤ドラを目指す。

しかしこの時のゆみの捨て牌がこの形。

 

ゆみ捨牌

 

{①南發⑨2④7} {横5(リーチ)}

 

萬子が一牌も無いことから萬子が切り辛い。

仮に萬子以外の待ちとしても{④⑨}と切られての間四ケン{⑤-⑧}など切れた物ではない。

自分のリード点数と先に聴牌を取られたスピードを考え、咲はここから{5}を落としてあっさりと降りた。

 

無論萬子待ちが出にくいことはゆみも承知の上。

ましてドラスジの{三-六}待ちだ、出るわけがない。

しかしツモり三暗刻と違い待ちは多く、ツモりやすい。

降りてくれるならそれはそれで好都合だ。

 

数巡後、ゆみは上がり牌を手にする。

 

{四[五]⑥⑥⑦⑦⑦333白白白} {(ツモ)}

 

「ツモ、リーチ三暗刻白赤。

 裏無し、3100・6100」

 

親っかぶりだがまだ咲がトップだ。

再びひっくり返されたりしないように注意しなければ、と咲は意識を集中する。

もちろん他の面子も自身の点数から稼ぐべき点数とその為にどう打つべきかを考えているところだ。

 

 

そしていよいよ、南場突入。

 

 

 

南一局0本場 親・蒲原 ドラ{南}

 

「ありゃ」

 

ドラ表示牌をめくった蒲原から声が上がる。

それに釣られてではないが、一同も少しばかり表情が変わる。

場風の{南}がドラ、つまり鳴けば役牌ドラ3で満貫確定、いわゆるインスタント満貫と言うやつである。

 

カチャカチャと一同は配牌を受け取る。

 

蒲原 31300

 

{一二七①[⑤]⑦⑧9東(ドラ)西西北} {中}

 

ゆみ 53500

 

{四五[五]八八③⑨14777發}

 

純  59000

 

{二二六七九②②⑥223東發}

 

咲  66700

 

{一三九九②⑥⑦⑨4(ドラ)北白發}

 

まずドラを手にしたのは蒲原と咲。

両者ともあっさり手放すような真似はしない。

他の牌から整理をしていく。

 

2巡目、純。

 

{二二六七九②②⑤⑥(横④)223發}

 

この手はタンヤオ、と決めて{發}を切り出す。

配牌から対子である{二、②、2}。

目指すは三色同刻だがどうなるか。

 

3巡目、ゆみ。

 

{二四五[五]八八③④4(横5)777發}

 

こちらも目指すはタンヤオ、そして三色同順だ。

純の{發}で誰も反応しなかったのを見て合わせ打ちをする。

 

 

そして同巡、咲。

 

{一三五九九②③⑥⑦(横南)(ドラ)白發}

 

ドラを重ねる。

{南}があるなら他の役牌は不要と{發}を捨てる。

 

4巡目、ゆみ。

 

{二四五[五]八八③④4(横6)5777}

 

順調に手が進む。

ここから切るのは・・・・・・と{二}に手をかけ、捨てた。

 

それを見た瞬間、純は{二}を晒す。

 

「ポン」

 

純手牌

 

{六七七②②④⑤⑥223} {横二二二}

 

{3}を捨て、タンヤオ三色同刻に一歩前進だ。

 

5巡目、純。

 

{六七七②②④(横五)⑤⑥22} {横二二二}

 

{七を切れば②、2}のシャボ待ち。

だが役はタンヤオのみ、目指していた三色同刻が消える。

 

(そんな安手を上がる位なら・・・・・・!)

 

タン、と純が切ったのは{五}。

暴牌上等と言わんばかりだ。

そんな純の想いが届いたのか、次巡。

 

{六七七②②④(横2)⑤⑥22} {横二二二}

 

{六}切ってタンヤオ三色同刻聴牌。

必ずこの手を上がる、と気合いを入れる純。

だがしかし、さらに次巡。

 

{七七②②④⑤(横南)⑥222} {横二二二}

 

くっと純の動きが止まる。

未だドラは一枚も場に現れていない。

上がられる可能性はまだないだろうが、もし鳴かれたら自分に追いつかれる可能性がある。

どうする?と考えつつ、しかし。

 

(・・・・・・今更引く手は無い、突っ込むぜ!)

 

ダン、と力強く{南}を切り捨てる。

 

(良く切ったなー)

 

未だにドラを切れずにどうしようかと思っていた蒲原はその決断に感心したような表情をする。

 

しかし当然、既に対子で重ねている咲が見逃すわけがない。

 

「ポン」

 

切った純を含め、全員に緊張が走る。

が。

 

咲手牌

 

{一三五九②③⑥⑥⑦45} {横南(ドラ)南南}

 

{九}を切る。

その手はまだ聴牌には程遠い。

無論上がりは目指しているのだが、今はまだプレッシャーと足止めの効果しかない。

果たして他家はどう打つか。

 

この動きで救われたのはドラを切りきれなかった蒲原だ。

酷い配牌から少しずつ手を進めて行ってようやくここまでこぎ付けることができた。

 

{六七⑤[⑤]⑦⑧⑨23(横西)(ドラ)西西}

 

遠慮なく行かせてもらうよーと蒲原は牌を横向きに捨てる。

 

「リーチ」

 

ドラ{南}を切ってのリーチ。

全員が蒲原に注目する。

 

咲はノーテンだが南ドラ3のインスタント満貫が露わに、純はタンヤオ三色同刻を内蔵。

少なくとも純は今のところ引く気は無いが、しかし危険牌を引いたらどうするかと考えずにはいられない。

 

三人共危険。

 

そんな中、実はゆみにも聴牌が入っていた。

 

{四[五]③④⑤4566(横8)7778}

 

望んでいた三色を目指してダマ。

それでも今現在タンピン手に赤ドラだ。

リーチをかけてツモれば満貫、裏が乗れば跳満である。

 

ゆみの視点からは他家の手の進行が不明だが、攻め気のある純と満貫確定の咲、どちらも危険だ。

もちろんリーチと来た蒲原も同様に危険。

しかし、三位のゆみとしても降りる気は無い。

危険牌を引いたら降りることももちろんできるが、この手リーチをかけなければタンピン赤。

ツモで1300・2600、ロンで2600、2位の純を直撃しても逆転ができない。

ましてや上位の咲も純もリーチをかけていないので、いざとなれば降りることもできる。

 

そんな中、自分がそんな弱気でどうする。

 

(・・・・・・勝利とは、攻めて勝ち取るものだ)

 

暴走上等、こちらも後退の道を閉ざした。

 

「リーチ」

 

これを機に咲は残念そうにしながらも降り打ちし、蒲原、ゆみ、純の三人対決が始まる。

 

そしてこの引き合いがまた長引いた。

降り打ちしている咲は当然だが、三人が三人共互いの上がり牌を引かないまま7巡が過ぎる。

 

 

流局まで残り2巡という終わり際、ようやく決着がついた。

 

 

「・・・・・・ツモ」

 

 

{四[五]③④⑤45667778} {(ツモ)}

 

 

ゆみが手牌を倒す。

 

リーヅモタンピン赤、そして裏ドラが{四}。

 

跳満、3000・6000だ。

 

この上がりで見事ゆみが二人を一気に抜いてトップだ。

 

 

長かった攻防の末に、全員が一度「ふぅ」とため息をつく。

そしてお互いに顔を見合わせた。

 

「やるなぁ、ゆみちん。

 でもまだ負けないぞー」

「ああ、次はこうはいかないだろうな」

「こっちだって、次は引き負けないぜ」

「次にドラが鳴けたらちゃんと勝負に絡んで行きますから」

 

ひとしきり笑い合った後、四人は山を崩して次の局へと進める。

 

 

 

南二局0本場 親・ゆみ ドラ{三}

 

7巡目。

 

「リーチです」

 

咲にあっさりと聴牌が入り、そのまま即リーチと行く。

そして2巡後。

 

「ツモ」

 

ジャラララと手牌が倒された。

 

{(ドラ)二三三四[五]六七八3477} {(ツモ)}

 

「リーチ平和ツモドラ赤・・・・・・あ」

 

裏ドラを返すと出て来たのは{二}、あっさりと跳萬だ。

 

「えっと、裏二つで3000・6000」

 

これでまたあっさりと咲が逆転トップだ

 

「あっさりとやってくれる」

「俺だってまだまだ負けないぜ」

 

 

 

南三局0本場 親・純 ドラ{八}

 

「リーチ」

 

続いて純に聴牌が入る。

そして。

 

「・・・・・・ま、そりゃツモってくれないとな」

 

ダン、と力強く牌をツモる。

 

「ツモ!」

 

{⑦⑧⑨3334[5]67白白白} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモ白赤! 4000オール!」

 

「{4-7、2-5-8}の五面張・・・・・・」

「なるほど、確かにツモらないとだな」

 

咲とゆみが笑う。

 

「へっ、負けないって言っただろ?」

 

 

 

南三局1本場 親・純 ドラ{⑦}

 

「ポン!」

 

{6}を晒して聴牌。

 

純 68700 

 

{⑦⑦西西發發發} {6横66白白横白}

 

対々白發ドラ2、跳満確定の手だ。

そんな果敢に攻めていた純の前に立ちはだかるのはゆみ。

 

「リーチ」

 

一瞬くっと表情を歪めたがすぐにそうでなくてはと笑う純。

数巡後、純はツモった{一}を捨てる。

 

「ロン」

 

今度はゆみが笑った。

 

{一二二六六⑤[⑤]⑧⑧66東東} {(ロン)}

 

「・・・・・・裏無し、リーチ七対子赤、6700」

 

55500点あったゆみはこの直撃で純を逆転、二位となる。

 

順位がめまぐるしく入れ替わる中、ようやくオーラスとなった。

 

 

南四局0本場 親・咲 ドラ{④}

 

「ポン」

 

この局も純は積極的に動き、真っ先に{發}をポンする。

だがこちらも負けるか、とゆみも聴牌。

 

「リーチ」

 

背中は見せないとばかりにリーチを宣言する。

 

それはまるで足を止めて鍔迫り合いをするかのように。

 

だがそんな二人に置いてきぼりを喰らう咲ではない。

 

「ポン」

 

{南}を晒し、二人に喰いつく。

 

(まだ来るか!)

(だが・・・・・・そうでなくてはな!)

 

純とゆみも笑う。

勝負はまだ分からない、と。

 

 

だが、咲にしてみればこの勝負はこの時点ですでについた。

 

次巡ツモってきた牌を手牌に加えると、手牌の一番端の牌をパタリと倒す。

 

現れたのは{南}だ。

 

「カン」

「「!!」」

 

全員が見守る中、咲はツモった嶺上牌をタァンと卓に晒す。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{二四七八九②②345} {南横南(横南)南} {(ツモ)}

 

「南嶺上開花、1300オール」

 

 

激戦を制したのは咲。

 

緊張した空気が一気に緩み、全員大きなため息をついた。

 

 

「・・・・・・お疲れ様でした」

「お疲れ、いい試合だったぜ」

「お疲れ様でした」

 

ペコっと頭を下げて全員が席から立ち上がった。

その様子を見ていた周囲から拍手が上がる、それほどの激戦だったのだ。

三人共悪くない気分でそれを受けていた。

 

と、フッと笑っているゆみの肩をポンと叩く者がいる。

蒲原だ。

 

 

「・・・・・・ゆみちん、私の点棒が何だか少ない気がするんだけど」

「知らん」

 

 

 

第一試合

蒲原 17000

ゆみ 59900

純  57000

咲  76600

 

 




終わり際は点数載せた方が分かりやすいかなと思いました。
でも局が進む度にどんどん点数が減っていくワハハを見たら皆わらtty・・・げふん、えー、みんな泣いちゃうでしょ?


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22染谷まこその4 目標と結末

第二試合

東二局0本場 親・文堂

 

「「聴牌」」

「「ノーテン」」

 

一手牌

 

{五六七⑦⑧⑨34678南南}

 

池田手牌

 

{③④⑤⑥⑦⑧1134789}

 

東二局、一も池田も引かずにリーチ合戦。

しかし偶然にも両者同じ待ちで、文堂とまこに当たり牌を押さえこまれたようで上がれず、流局となった。

 

 

 

東三局流れ1本場 親・一 ドラ{③}

 

一 56800

 

「・・・・・・」

 

配牌を受け取った一は暫しその配牌に視線を落として考え込む。

まずは{九}を捨てた。

そして次巡、ツモった牌を手に収めると

 

「・・・・・・決めた」

 

{7}を切り出す。

後ろで見ていた面子からざわめきが上がる辺り普通ではない打ち方のようだ。

そのまま手が進んで7巡目。

 

「リーチ」

 

一は聴牌を宣言する。

 

 

まこ 37800

 

{四五七(横六)八④[⑤]⑥⑦⑧⑨688}

 

同巡聴牌、赤1の平和手はリーチツモに裏ドラが乗れば満貫だ。

しかしまこは{6}に手をかけて止める。

 

一捨牌

 

{九74一三九} {横五(リーチ)}

 

パッと見、筒子の混一。

序盤に{47}が切られているところから見ても、まこの手牌から溢れる{6}は安全に見える。

しかし、まこは眉をしかめて考え込む。

 

(んー・・・・・・なんじゃ分からんが嫌な予感がしよる・・・・・・)

 

考えた挙句まこは聴牌に取らず、{8}を捨てた。

 

同巡、池田が切った{中}を文堂がポンする。

 

文堂 25600

 

{一一⑦⑧4東東南南南白} {横中中中}

 

{4}を切る。

 

次巡の一、ツモった牌はそのままツモ切り。

 

そしてまこ。

 

{四五六七八④[⑤]⑥⑦⑧(横6)⑨68}

 

(ん・・・・・・)

 

さっき手成りで進めていたら切っていた{6}が、喰いずらされた一のツモにあった。

こうなるともう偶然ではない。

 

(・・・・・・この{6}が国広さんの上がり牌。

 ほんで文堂さんが喰いずらさんかったら一発ツモじゃったか・・・・・・)

 

おー怖い、とまこは{8}を捨てて聴牌にとる。

 

結局。

 

「ロン」

「うにゃ!?」

 

まこが平和赤1を池田から上がってこの局は終わった。

ふぃー、と小さくため息をついた後、まこはちらっと一に視線を送る。

 

「国広さん」

 

そしてトントンと自分の手牌の{6}を叩きながら問いかけた。

 

「この辺、待ちじゃったかいの?」

「・・・・・・まぁね」

 

その言葉に一は残念そうに手牌を広げた。

 

 

{①②(ドラ)1234[5]789北北}

 

 

まこが思っていた以上に形になっている。

その手牌に池田と文堂も表情を変えた。

 

(そ、その捨て牌でその手牌って!)

(配牌はどんなだったんですか!?)

 

後ろで見ていた面子でもなければ分からない。

 

{一三五九②(ドラ)134477北} {北}

 

一の配牌がこんな形だったなんてことは。

一通まで持って行くと決め打ちし、そしてその通りにツモを呼び込むとは。

一回戦でトバされたとはとても思えない思い切りの強い打ち方だ。

もはや完全復活である。

 

 

ついでに、上がりにはならなかったが一の復活っぷりを喜ぶ透華が後ろで悶えていた事を追記しておく。

 

 

 

東四局0本場 親・まこ ドラ{南}

 

まこ 42800

 

{五五[五]六②④[⑤]⑧⑨1267} {8}

 

赤が2牌なのは嬉しいが、ペンチャン2つが伸びてくれるかどうか。

配牌を受け取ったまこは暫し考える。

 

(この試合が始まった時、わしの持ち点は48400。

 +20000点じゃから68400点まで稼がないと志野崎先輩の罰ゲームが待っとる・・・・・・)

 

跳満を2回ツモられてへこんだ点数を考えるとさっきの上がりも含めて3万点近く稼がなければならない。

でなければ・・・・・・。

 

(この面子の前で「あれ」はいかんて!

 常連の前でもかなりきつかったのに・・・・・・!

 最後の方は大分慣れとった気もするけど・・・・・・いや、それはそれでいかんじゃろ!)

 

うー、と頭を抱えて足をじたばたさせるまこ。

それを周囲のメンバーは怪訝な表情で眺めていた。

唯一秀介は遠目から面白そうに見ていたが。

 

(・・・・・・もうええ、やるだけやっちゃる!

 仮にダメでも咲もおるし、半分くらいずつ身変わりして貰おう)

 

咲がどのような結果に終わるかを知らない彼女は{②}から切り出した。

数巡後。

 

{五五[五]六④(横③)[⑤]⑧⑨12678}

 

面子が完成。

そして面倒くさいペンチャンが残った。

どうする?と考える。

どちらのペンチャンを処理するか。

もしくは逆に{五六}を捨てて両方の伸びに期待するか。

いや、それはない。

 

(・・・・・・えーい、出たとこ勝負じゃ!)

 

パシッと{⑨}を捨てる。

吉と出るか凶と出るか、手を進めて行く。

 

{五五[五]六③④[⑤]⑧126(横4)78} {1}切り

 

{五五[五]六③④[⑤]⑧246(横9)78} {⑧}切り

 

{五五(横四)[五]六③④[⑤]246789}

 

間に何度も無駄ヅモを挟みながらも何とか聴牌だ。

{2を切っての5待ちか、6か9を切っての3}待ち。

どちらにしろカンチャン待ちだ、上がりやすいとは言えない。

仮にリーチと行くなら{9}を切ってのリーチタンヤオ赤2が最善か。

 

しかしまこは{2}に手をかける。

 

(わしの今の状況、あんまり流れがいいとは言えん。

 高く上がろうとタンヤオに受けたら裏目を引く気がする・・・・・・)

 

そのまま{2}を横向きに捨てた。

 

「リーチじゃ」

 

その選択は、同巡。

 

一 55800

 

{六七八九九九①①3(横西)[5]6西西}

 

「リーチ」

 

{3}待ちにしていたら一が一発で切っていたという裏目に出たが、

 

池田 54200

 

{五六七七八⑥⑦⑧2(横四)3478}

 

「リーチだし!」

 

(二人リーチ・・・・・・カンチャン待ちじゃきつい・・・・・・あっ)

 

一と池田の二人がリーチをした後に上がり牌をツモるという形で結果オーライとなった。

 

「ツモじゃ、リーヅモ赤赤。

 裏・・・・・・乗らんね、3900オール」

 

まこはこれでトップとなった。

 

 

 

東四局1本場 親・まこ ドラ{東}

 

まこ 56500

 

{五八八⑧2335[5]78西中} {中}

 

一度上がって流れに乗れたか、まこ得意の染め手がたやすそうな配牌だ。

混一中赤なら鳴いて進めても一本場と合わせて4000オール、秀介のお題もクリアできる点数だ。

ならば混一以外狙う必要無し、と{⑧}から切り捨てる。

 

途中無駄ヅモも何度かあったが、6巡目に一の切った{中}をポン、そして8巡目に聴牌となる。

 

{233445[5]7(横6)78} {横中中中}

 

{7を捨てて2-5-8}待ちだ。

これを上がれれば一気に楽になる、そう思っていた。

 

「リーチ」

 

しかしそう簡単には行かない。

対面の文堂が聴牌を宣言する。

 

文堂捨牌

 

{南東96四②4} {横④(リーチ)}

 

ここまでくるとめくり合いの勝負だ。

ツモってそれを切るごとに、長槍で切り合う武将の如く!

通常、先程の局で上がったまこの方に流れがあると思われる。

しかし。

 

「チー」

 

一が声が、その通常の流れを突き崩した。

 

一 50900

 

{二四七九②④⑥1226} {横⑨⑦⑧}

 

{九}を切り出す。

一見何の意味も無いようにしか思えないチー。

だが。

 

(・・・・・・まさか!?)

 

チャッとツモったまこの牌は{⑥}。

自身の上がり牌ではないそれはツモ切るのが常識。

だがまこはそれを手牌に収めた。

 

通常、流れ的にこの局を上がるのはまこ。

しかしそれを喰いずらされたとなれば。

 

(喰いずらしてすぐに相手の上がり牌を引くとは思えん。

 が・・・・・・これが上がり牌で無いという保証もない)

 

文堂の捨て牌はあれから{南と⑨}が増えた。

萬子が少なくて危険そうだが、{③-⑥}待ちも安全ではない。

くっと思い悩んだ挙句、まこは{8}を捨てた。

混一は無くなったが、まだ中赤で聴牌は維持している。

が。

 

「ツモ」

 

同巡、そのまま文堂に上がりを取られた。

 

{一二三六六①②③④⑤123} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和三色・・・・・・裏無し、2100・4100です」

 

やはり{⑥}待ちか、とまこは手牌を崩しながら点棒を渡した。

 

 

 

南一局0本場 親・池田 ドラ{中}

 

池田 47200

 

{一二四六①⑥⑦1457西北} {白}

 

文堂 30000

 

{四六九①⑤[⑤]1[5]7東南北發}

 

まこ 52400

 

{一四七九③③④⑧3東白白(ドラ)}

 

(どうしよう? この手)

(・・・・・・上がれるんでしょうか? これ・・・・・・)

(こらぁ酷い、上がりの形が見えん・・・・・・)

 

うーん、と3人共頭を悩ませたくなるような配牌だ。

そんな中、一はただ一人好配牌を貰っていた。

 

一 48800

 

{一三四七八九②③④⑥⑧⑨西}

 

とりあえず全員不要な字牌や端牌を切っていく。

そして一のツモ番だ。

 

{一三四七八九②③④(横二)⑥⑧⑨西}

 

有効牌、切るのは{西}だ。

そしてさらに次巡。

 

{一二三四七八九②③(横⑦)④⑥⑧⑨}

 

あっさりと聴牌だ。

しかしドラも役も無いこの手、果たしてこのままリーチする価値があるのか。

 

(リーチをしたところで平和もつかないリーチのみの手・・・・・・まだ巡目は早いし、そんな安手を上がっても何の意味も無い!)

 

一はガッと{九}を手に取り、捨てる。

そこから捨て牌に、{九八七}と並んだ。

そんな捨て牌の異様さに、当然池田も文堂も気が向く。

 

(面子落としって・・・・・・)

(何を考えてそんな捨て牌に・・・・・・?)

 

そして、6巡目。

 

「リーチ」

 

一の捨て牌が横向きになった。

 

{西九八七東} {横一(リーチ)}

 

ふむ、とまこも一の捨て牌に目を向ける。

 

(早い巡目から面子落とし・・・・・・2巡で聴牌しとったんじゃないか?

 おそらく役が無い、もしくは形が悪いんで作り直ししたってところじゃろ)

 

そうなると良形の聴牌が予想できる。

点数もおそらくリーチを含めて満貫以上。

対してまこの手はまだこの形。

 

{七七③(横②)③④⑦⑧⑧33白白(ドラ)}

 

どうしようもないので七対子を目指してみたのだがまだ聴牌には至らない。

 

(この局はいかんか・・・・・・)

 

{七}を落とす。

池田と文堂も無理そうだと判断したようで安牌を切っていく。

そうして2巡後、一はツモ上がった。

 

{二二三四五①②③[⑤]⑥⑦⑧⑨} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和一通赤、3000・6000!」

 

 

 

南二局0本場 親・文堂 ドラ4

 

この局、最初に聴牌までこぎつけたのは池田だった。

 

池田 41200

 

{一一二二三四①②③(横三)(ドラ)58}

 

高め一盃口の平和ドラ1だ。

既に9巡目で他家にも聴牌が入っていておかしくないが、当然引く手は無いとばかりにリーチを宣言する。

 

「リーチだし!」

 

次いで聴牌にこぎつけたのは一、池田の3巡後だ。

 

一 60800

 

{四五五六六⑤⑦⑨5(横⑥)6777}

 

両嵌張(リャンカン)が埋まってこちらは高め三色だ。

やはり引く手は無い。

 

「リーチ!」

 

両者の視線が交差し、互いに負けるものかと笑い合う。

まこと文堂は両者ともまだ一向聴。

勝負に絡んで行けない事を悔しく思いつつ見送るしかない。

 

次巡、一が{一}をツモ切りしたことで決着がついた。

 

「ローン!」

 

安目だがトップからの直撃だ、遠慮なく手牌を倒す。

 

「リーチ平和ドラ1、裏ドラ1つ乗って5200!」

 

上がったはいいがさして高い手ではない。

差は詰まったが順位変わらずだ。

 

 

 

南三局0本場 親・一 ドラ{七五}

 

「「「「聴牌」」」」

 

一  54600

 

{四⑦⑦⑦⑧⑧⑧} {横一(横一)一一發發發}

 

まこ 49400

 

{二四②③④⑥⑦⑧2345[5]}

 

池田 47400

 

{六(ドラ)八②③④[⑤]⑥66 三四[五](ドラ)}

 

文堂 27000

 

{(ドラ)七七③④⑤⑨⑨北北 234}

 

この局は一先ず全員聴牌で終了。

親の一は100点棒を一つ積んで一息つく。

この一本場分の点数が最後に勝ち負けを分けるなんてフラグ的な事は考えたくないので、今のは気合いを入れ直すのにいい局だったと考えることにする。

 

(・・・・・・よし、負けないぞ)

 

それは一に限らず、この卓に座る全員の志だった。

 

 

 

南三局1本場 親・一 ドラ{七}

 

「あ、ツモ。

 平和ツモドラ1、1400オール」

 

{三三五六(ドラ)④⑤⑥56789} {(ツモ)}

 

この局、あっさりと一が上がりを取った。

タンヤオか三色を目指して黙テンに取っていたのだがそのままツモってしまったのだ。

点差は多くないがトップだし無理に高めを狙う必要も無いかとそのまま手を倒したのだった。

 

 

 

南三局2本場 親・一 ドラ{二}

 

まこ 48000

 

{(ドラ)①①②③④⑦⑧⑨36東白}

 

まこの目標とする点数は68400、あと20400点だ。

この手最低満貫以上で上がらなければ。

となれば・・・・・・。

 

(面前混一に役牌、もしくは清一。

 できればリーチなんかも加えて跳満で上がっておければ後が楽じゃけど・・・・・・)

 

とりあえず筒子の並びを一通に育ててリーヅモ一通ドラ1の満貫手もあり。

そう考えつつツモった第一ツモは。

 

{(ドラ)①①②③④⑦(横④)⑧⑨36東白}

 

何かに後押しされた気がした。

まこは自分の手牌から躊躇なくその牌を抜き、不要だとばかりに河に叩きつけた。

それを見て一同の表情が変わる。

 

捨てられたのは{二}(ドラ)だった。

 

(第一打がドラ!?)

(何を考えて・・・・・・?)

 

ちらっとまこの表情を窺う池田と一。

だがまこは揺るがない。

 

「・・・・・・ん、外すの忘れとった」

 

チャッと眼鏡を外すまこ。

 

(この手、必ず跳満で上がっちゃる!)

 

その表情からはまこの決意が滲み出ていた。

 

 

それから5巡。

 

{①①②③④④④⑦⑧(横③)⑨6白白}

 

あっという間に筒子に染まった。

同時に混一一盃口の聴牌である。

待ちは悪いがリーチをかけてツモれば跳満だ。

だがこの手{①か③}が引ければツモり三暗刻。

そうなればリーチツモと裏ドラで倍満まで見えるようになる。

仮に{②をツモってしまったとしても満貫確定、さらに④切りで①-④・白}の三面張フリテンリーチも選択肢に入る。

手変わりを待つ価値ありと判断し、まこは{6}を切るだけでリーチを宣言しない。

 

それからしばらく不要牌が重なる。

捨て牌からも明らかなまこの染め手を警戒し、誰も筒子を一枚たりとも出さない。

そしてさらに悪い事態。

 

「リーチ」

 

連荘して流れに乗っている一からリーチ宣言である。

くっとまこは手牌に視線を落とす。

こうなればいっそこの手ツモってしまいたい。

でなければ目標点数確保どころか更に点数を削られて順位を落とされてしまうだろう。

しかしまこの待ちカンチャン{②}は自分の手中に1枚、一の序盤の捨て牌に1枚。

さらにまこからは見えないが池田の手にも1枚あり、残るは山に1枚である。

それをツモってくる、何と難易度の高い事か。

 

だがそれを成し遂げなければならない、何としても。

 

(罰ゲーム回避の為に!)

 

それほどまでにまこを駆り立てる以前の罰ゲームとは一体・・・・・・。

 

そんなまこの想いに何者かが応えてくれたのか、途中何度も危険そうな牌をツモり悩んだ末に切り捨て続けた結果、まこの手に上がり牌が転がり込んで来てくれたのだった。

 

「つ、ツモ・・・・・・」

 

大きく安堵の息をつきながらまこは手牌を倒した。

 

「面前混一一盃口ツモ、2000・4000の二本付け」

 

このツモでまこはトップだった一を逆転した。

 

 

 

南四局0本場 親・まこ ドラ{南}

 

トップに立ったまこだが、まだ気を抜くことはできない。

まこの点数は57600。

目標の68400まで10800、つまり11600以上の上がりが必要なのだ。

ここまで来たのだ、何としても罰ゲームは避けたい。

 

そんなまこのオーラスの配牌がこれだ。

 

{一一四五九③③④⑥1677} {中}

 

(・・・・・・平和ツモくらいしか見えん・・・・・・)

 

翻数を稼ぐ為に便利なドラは使い辛い{南}。

来てくれれば役牌のドラとして使用できるが、この配牌で{南}を取っておいてもどうしようもないだろう。

裏ドラに期待しようにもリーヅモ平和裏1では2600オールで罰ゲーム回避はできない。

一先ず手成りに進めるしかないか・・・・・・とまこは{九}を捨てる。

 

そして6巡目。

 

{一一四五②③③④④⑥6(横7)77}

 

{⑥}を切り出す。

弱った、とまこは頭を抱える。

平和も消えてきたこの手、{一の対子を落として7}を頭にしてタンヤオに移行を目指すしかないか。

そうすればリーチタンピンツモで、赤か裏ドラで満貫にできる。

 

数巡後に{5をツモり、一}に手をかける。

そしてそこから無駄ヅモが重なり、ようやく手が進んだのは14巡目。

 

{一四五②(横六)③③④④56777}

 

リーチタンピンツモは高め一盃口、{[⑤]}、一発で満貫だ。

この局は流局を目指すというのも手だが次巡好配牌が来るという保証も無いし、そもそもまだ他家に上がられる可能性もある。

リーチをかければ足を止められたかもしれないのに上がられたとなっては悔やんでも悔やみきれない。

ツモも残り少ないが押していくしかない。

 

「リーチ!」

 

この手、必ず上がる!と気合いを入れて捨て牌を横倒しにする。

そしてチラッと秀介に目を向けた。

 

この手を上がって罰ゲーム回避、むしろ逆に秀介に罰ゲームを要求するのもありだ。

覚悟しときんしゃい、志野崎先輩。

いつまでも先輩に頭の上がらない染谷まこではないのだ!

 

 

タン、と上がり牌が手牌と共に倒される。

 

「ツモ・・・・・・です」

 

 

{三四[五]六七八223334[5]} {(ツモ)}

 

 

「タンヤオツモ赤2、2000・3900です」

 

 

上がったのは文堂、現実は非情であった。

 

 

 

池田 41800

文堂 32300

一  51600

まこ 52700

 

 

 

「んー、文堂の上がりかぁー。

 流局かと思ったんだけどなぁ」

 

池田はそう言いながらまだ聴牌に至っていない手牌を晒し、崩す。

一も同様にまだ一向聴だったようだ。

 

で、まこに視線が移る。

 

 

まこは手牌に手を添えたまま動かなかった。

 

 

「えっと・・・・・・染谷さん?」

 

一が首を傾げながら声をかける。

まこはまだ無反応だった。

トップで終わったというのに何やら落ち込んでいる?

実はものすごくいい手が入っていて、総合順位を大幅に上げるチャンスだったとか?

あれこれ考える中、もしやと文堂が立ちあがる。

 

「あ、あの、ごめんなさい、順位変わらずで上がってしまって。

 でも染谷さんが上がっても順位変わらずだったと思うのですけど・・・・・・」

 

この半荘で終わりではなく、総合順位というものがある。

その為に順位変わらずでも上がりを取るのは決して間違いではないし批判される事でもないはず。

それでも自分の上がりを怒っているのだろうか?と思って文堂は謝ってみたが、それにしてもまこは無反応過ぎる。

三人共顔を見合わせて首を傾げていると、不意にまこが立ちあがる。

 

「・・・・・・池田さん、国広さん、文堂さん・・・・・・」

「えっと、何かな?」

「・・・・・・?」

「は、はい?」

 

 

 

「・・・・・・これから何が起こっても三人だけは笑わんといてくれるか・・・・・・?」

 

 

 

そう言い残してまこはゆら~っと卓から離れて行った。

 

「・・・・・・えっと、何が?」

 

池田の呟きに全員が揃って首を傾げた。

 

 

 




今回はじめちゃんメインにする予定だったけど、まこちゃんいじってる方が楽しくて(


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23染谷まこその5 罰ゲームと注目

「おかえりなさいまし! はじめ!」

「わわっ!? ちょっと透華!」

 

試合を終えた一を真っ先に迎えたのは、試合中から一の復活を喜んでいた透華だった。

 

「さすがはじめ! 見事な復活っぷり! いい試合でした! 私も鼻が高いですわ!」

 

一としても透華を安心させることができたのは嬉しく思う。

しかしだからと言って、延々と褒められながら頭を抱えられてすりすりと身を寄せられるのはちょっと遠慮したい、なんて思うのだった。

 

「まぁ、その辺にしておけ」

 

そんな一の気持ちを察したのか、ぐいっと引き離してくれたのは同じく試合を終えて戻ってきた純だ。

 

「ともかく、ホントにもう完全に大丈夫みたいだな」

「うん、心配かけてごめんね、純くん」

 

純の言葉に笑顔で返事をする一。

 

「お疲れ様です」

「衣は一を信じていたぞー!」

 

智紀と衣も迎えてくれる。

試合前は笑顔で見送っていたがやはり心配だったのだ。

みんなを安心させられて良かったと、一は一で安堵したのだった。

 

 

 

「戻ったぞ」

「・・・・・・戻ったぞー、ワハハー・・・・・・」

 

大量にではないが稼いできたゆみと、大量に失点してきた蒲原も鶴賀陣営に戻ってきた。

 

「お疲れ様っす、先輩!

 素晴らしい戦いぶりでしたっす!」

「いや、あの面子相手では厳しかった。

 思ったよりも稼げなかったし・・・・・・」

 

迎えてくれたモモとゆみが「二人だけの空間」と言わんばかりに話し始めたのを見て、津山と妹尾は蒲原のフォローに向かう。

 

「お疲れ様、智美ちゃん」

「お疲れ様でした、部長」

「・・・・・・うん、ありがとう二人とも。

 ごめんな、こんな部長で・・・・・・」

「い、いえ、そんな・・・・・・」

 

いつに無く落ち込んでいる様子の蒲原を何とかして慰めようとする二人。

やがて妹尾の「大丈夫、智美ちゃんは頑張ってるよ。誰も責めないから安心して」と言う言葉に、蒲原は落ち着きを取り戻したようだった。

 

「ワハハー、ごめんなー、二人とも。

 気を使わせちゃって」

「気にしてないよ。

 やっぱり智美ちゃんにはその笑いが似合うかな」

「佳織は褒め上手だなー、照れちゃうぞー」

 

そんな蒲原の笑いを見て、妹尾も津山も、離れて様子を見ていたゆみとモモも一安心だった。

 

「いやぁ、さすがにこれ以上点数減らしたらまずいし、最後の三回戦は隠された能力でも使わないと無理かなー」

「「「「・・・・・・隠された能力?」」」」

 

そんなものがあるの?と顔を見合わせる一同。

蒲原はいつもの調子でわっはっはーと笑いながら言葉を続けた。

 

「まぁ、嘘だけどなー」

 

うん、そうだと思った。

その一言は一同揃って口にしなかった。

 

「まぁ、仮にそんな能力があるとしたら、県大会の決勝戦で使わなかった事に文句が言いたくなるわけだが」

「ワハハー、私に逃げ道は無いわけだなー」

「八方塞がりってやつだ」

 

ゆみの言葉に、最終的に遠い目をする蒲原であった。

 

 

 

「-3900でした」

「私は-2000だ、揃ってマイナスだな」

 

自分の得失点差を報告し合うのは文堂と池田だ。

マイナスが少ないのは喜ばしい事だが、対戦相手は決して遥か格上というわけではなかった。

それを考えるとプラスで終われなかった事は残念だ。

 

「まずいな、親善試合とは言え結果が残せないと・・・・・・」

 

くっと表情を歪めながら池田が呟く。

 

「来年の大将は任せてもらえないかもしれない」

「もう来年の心配を・・・・・・いえ、確かにそうかもしれませんね」

 

どうしましょう、と文堂も考え込んでしまう。

 

「そうなったらその時、私はキャプテンにどんな顔を向ければいいのか・・・・・・」

「その時にはキャプテンはもう卒業していますよね」

 

むむむと考え込む池田の言葉にそう突っ込む文堂。

池田はしばし固まった後、くるっと文堂に振り返って言った。

 

「そ、そう言う問題じゃないんだよ!」

「・・・・・・済みません、良く分かりません」

「まったく、だからお前は文堂なんだ」

「・・・・・・つまり池田先輩は池田先輩ってことでしょうか?」

「そうだ、文堂にしては良く分かってるじゃないか」

「いえ、あまり分かってません・・・・・・」

 

訳の分からない事を言い合いながら二人はとぼとぼとキャプテンの元へ戻った。

結局心配は杞憂だったようで美穂子はいつも通りの笑顔で二人を迎えてくれた。

なのでいつも通り二人は「よかったけど次の試合こそはしっかりやらないと」と自主的に気合いを入れるのだった。

 

 

 

「ただいま、原村さん」

「お疲れ様です、宮永さん」

 

十分と言えるほど点数を稼いできた咲を笑顔で迎えたのは和、そして秀介だった。

 

「+21500か、残念ながら罰ゲームは回避だねぇ」

「え、残念なんですか?」

 

秀介の言葉に咲が少しばかり表情をしかめる。

するとそんな咲の前に和が立ちはだかってくれた。

 

「そう言うわけで志野崎先輩、宮永さんは罰ゲーム無しですよね?」

「ああ、そうだね」

 

秀介にしっかりとそれを認めさせると和は笑顔で咲に向き直った。

 

「大丈夫です、宮永さんは私が守りますから」

「えっと・・・・・・私、何やらされるところだったの?」

「・・・・・・そ、それは知らなくていい事です」

 

おどおどしながら咲が和に問いかけるが、和は何やら赤くなって言葉を濁す。

キョトンと首を傾げなら秀介に視線を送ってみると、秀介は笑顔で答えてくれた。

 

「抱き枕」

「だ、抱き枕!?

 わ、私、志野崎先輩の抱き枕になるところだったんですか!?」

「ちょ! 志野崎先輩! 試合が始まる前は私と膝枕だと言っていたじゃないですか!」

「ああ、そうだった。

 ごめん、間違えたよ」

「間違えにも程があります!」

 

ガー!と怒る和を秀介は相変わらず笑いながらいなす。

咲は「よかった、抱き枕じゃないんだ」と安堵しつつ、しかし膝枕は膝枕で恥ずかしいんじゃ?と思い直していた。

 

(・・・・・・でも原村さんだったらいいかな・・・・・・?)

 

そんな事を思いつつちらっと和に目を向けると何やら赤い表情の和と視線がかち合い、そしてまたお互いにカーッと赤くなるのだった。

 

 

「さて、まこ」

 

そんな秀介の言葉にビクッと飛び跳ねたのは、いつの間にか久の影に隠れていたまこであった。

 

「お前の出資を報告してみたまえ」

「ぷ、+24300じゃ」

「+4300だろ、2万も多いじゃないか。

 算数もできなくなってしまったのか、俺は悲しいぞ。

 これはもう・・・・・・「あれ」+算数のお勉強会かな」

「ダブルで!?」

「じゃあどっちか」

「算数を教えてください志野崎先輩!」

 

がばっと頭を下げるまこにやれやれと久が助け船を出してやる。

 

「大丈夫よ、罰ゲームは以前の「あれ」と違うから」

「・・・・・・ほ、ホンマか?」

 

ちらっと顔をあげるまこに秀介は笑顔で告げた。

 

「ああ、今回は抱き枕になった」

「抱き枕!?」

「そのやりとり、さっきのどちゃん達としてたじぇ」

 

もぐもぐとタコスを齧りながら優希が突っ込みを入れる。

それを見てテンパっていたまこもようやく「何だ、冗談か」と落ち着いた。

 

「全く・・・・・・志野崎先輩は人が悪いのぉ」

「いつものことじゃない」

 

やれやれと首を振る久。

そんな反応をじーっと見ながらまこは不意に久に声をかける。

 

「・・・・・・どんな罰ゲームか知らんがいざって時は助けとくれ、部長」

「何で私が」

「部長から言えば志野崎先輩も少しは自重・・・・・・」

「すると思う?」

 

久にそう返されるとまこも、うーんと頭を抱えてしまう。

 

「・・・・・・代わりに私も罰ゲーム受けることになったりしたら、まこは助けてくれるのかしら?」

「えっ!?」

「当然でしょう?」

 

しまった、その心配をしていなかった、とまこは再び頭を抱える。

が、やがてまこは顔をあげた。

 

「・・・・・・部長、タダでわしの罰ゲームを手伝っとくれんか?」

「学生議会長だからって慈善事業はお断りよ」

「いーや、取引じゃ」

「取引?」

 

まこの言葉に久は再びやれやれと首を振る。

 

「取引というのはお互いに対等のカードが無いと成立しないのよ。

 素寒貧(すかんぴん)にその資格は無いわ」

 

そう言ってバッサリと切り捨てる。

が、まこは何やらフフフと笑った。

 

「部長、これは一方的なお願いってわけじゃない。

 代わりに引っ込めとる札もあるんじゃ」

「何よ、それ?」

 

それはつまり、まこが久に一方的なお願いができるほどのカードを持っているという事。

一体それは何?と心当たりが思い浮かばない久は首を傾げる。

が。

 

「・・・・・・部長が志野崎先輩の見ていない所で、わしと同じ罰ゲームを勝手に・・・・・・」

 

そんなまこの発言は久の(圧力)により、最後まで語られることは無かった。

 

 

 

 

 

「さぁ、それでは次の試合のメンバーを発表するぞ」

 

その言葉にまた周囲が静まり返る。

靖子はそれを確認するとメンバーの名前を読み上げ始めた。

 

「第三試合、風越女子-吉留未春、鶴賀学園-妹尾佳織、清澄-須賀京太郎、平滝-南浦数絵」

 

名前が呼ばれたメンバーは周囲に励まされたり、自身で気合いを入れたりと様々だ。

そんな様子を見ながら靖子はメンバー発表を続ける。

 

 

「第四試合、鶴賀学園-津山睦月」

 

 

「頑張りましょう」

「う、うむ・・・・・・」

 

ゆみや蒲原も肩を叩いて「頑張れよ」と応援してくる。

それが嬉しくもありプレッシャーでもある。

それらを気負いつつ、対戦相手の名前に耳を傾ける。

 

 

「風越女子-福路美穂子」

 

 

「キャプテン! 頑張ってください!」

「ええ、頑張ってくるわ。

 吉留さんも頑張りましょう」

「はい!」

 

 

「龍門渕-龍門渕透華」

 

 

「あら、私ですの」

 

名前を呼ばれた透華は一達の応援を受けつつちらっと美穂子の方に視線を向ける。

と、あちらも透華を見ていたようで視線があった。

去年の県大会でぶつかったらしい両者、共に再戦できることを期待していたようでお互いに笑い合った。

 

その様子を靖子も見ていたようで楽しそうに笑いながら、

 

「清澄」

 

最後の一人を読み上げた。

 

 

「志野崎秀介」

 

 

途端に、一部からざっと視線が集まる。

 

「ん、俺か」

 

にもかかわらず、本人は何でも無いように普段のままの立ち振舞いだった。

 

 

(あの男と!?)

 

透華も秀介に視線を向けた一人だ。

というか龍門渕のメンバーは全員が彼の方を向いている。

 

(一の仇・・・・・・絶対に討って見せますわ!)

 

「透華・・・・・・大丈夫?」

 

一が心配そうに透華の方を見るが、透華は任せなさいとばかりに自分の胸に手を当てる。

 

「お任せなさい、はじめ。

 あなたの仇、とってきますわ」

 

そう言って笑うと、他のメンバーにも笑みが浮かぶ。

不意にグイッと引っ張られ、透華が視線を下ろすとそこには衣がいた。

 

「透華、油断するでないぞ」

「・・・・・・もちろんですわ。

 何せ・・・・・・」

 

透華は卓の方を向くと自信満々に宣言した。

 

「私は、龍門渕透華なのですから」

 

 

(あらあら・・・・・・)

 

美穂子も秀介に目を向けている。

散々注意していて対策も考えている相手、戦わずに終わったりしたら残念と思っていたがここで戦えるとは。

 

「・・・・・・キャプテン・・・・・・」

 

ちらっと池田と未春が視線を送ってくる。

先日の対戦の様子といい第一回戦での試合の様子といい、秀介の強さを一部だけだが見ている身として不安なのだろう。

が、美穂子はいつもの通りの笑顔。

 

「華菜、吉留さん」

「「は、はい」」

「あなた達のお陰で集まった彼への対策、無駄にならなくて済むわ」

 

それは絶対的自信からこぼれた言葉。

その一言に風越メンバーは安心したように緊張から解放される。

 

「頑張ってきてください、キャプテン」

「ええ、行ってくるわ」

 

部員たちの励ましに、美穂子はやはり笑顔を返して卓に向かうのだった。

 

 

「また強敵が相手だねぇ、須賀君」

「他人事だと思って・・・・・・」

「頑張っていい試合をしてこいよ」

「そりゃ頑張りますけど」

 

そんな会話を交わし、秀介は京太郎の肩をポンポンと叩く。

 

「あの・・・・・・京ちゃん頑張って。

 志野崎先輩も応援してます」

「二人とも頑張れーだじぇ!」

「お、おう、頑張ってくるぜ」

「ん、応援ありがとう」

 

チラッと秀介が和に視線を送るが、和は少しむっとした表情で秀介を無視し、京太郎の前に移る。

 

「頑張ってください」

(和が俺だけを褒めてくれただと!?)

 

ぐっと親指を立てた京太郎には、もはや迷いや不安は無いように見えた。

 

「おう! まかせろ!」

 

和パワーおそるべしである。

 

「シュウ」

「ん?」

 

そんな京太郎の様子を見て笑い、卓に向かおうとした秀介を不意に久が呼び止める。

 

「・・・・・・少しくらいは本気出しなさいよ。

 見ていて分かってるでしょうけど、風越のキャプテンも龍門渕さんも強いのよ」

 

少し頬を膨らませながら秀介にそう言う久。

それを受けて秀介はフッと笑うと、何かを掴むようなしぐさをした後にそれをくいっと捻った。

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

それを見て久がため息をつくが、他のメンバーには意味が分からない。

 

「・・・・・・今のは何だじぇ?」

「わしも知らん。

 あの様子を見ると部長は知っとるみたいじゃな」

 

優希とまこが首を傾げているのに気づいたのか、久がため息交じりに答える。

 

「んー、そうねぇ・・・・・・」

 

と言ってもそのまま意味を答えてくれるわけではなく。

 

 

「・・・・・・ようやく少しはやる気になったみたいよ」

 

 

そんな返事をしただけだったが。

 

 



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24福路美穂子その6 窮地と読み

第三試合 親順

京太郎→数絵→未春→妹尾

 

京太郎 17500

数絵  53100

未春  45100

妹尾  82900

 

 

第四試合 親順

美穂子→津山→秀介→透華

 

美穂子 75700

津山  41400

秀介  52300

透華  57600

 

 

 

「「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」」」

 

第三試合の卓、第四試合の卓共に和やかな空気で挨拶が交わされた。

表面上は、であるが。

 

まず津山。

現在彼女は同卓のメンバーの中唯一原点割れをしている。

トップの美穂子との差は3万点以上。

ましてや風越のキャプテンとして慕われている存在だ。

龍門渕の部長透華も当然注意の対象である。

唯一秀介は津山にとって未知数の存在だが、和の試合の解説を聞いた限りではやはり実力者と判断できる。

自分が最も実力が劣る。

が、津山も鶴賀の先鋒を任された身であり、新たな部長を任される身でもある。

無様な戦いはできないと、自然と気合いが入る。

 

美穂子、透華は揃って秀介に意識を向けている。

美穂子は先日からずっとマークしていてデータまで取った身だ。

念願の直接対決だし狙い打ちをして勝利し、しっかりと格付けをしておきたいところ。

透華は当然、ずっと一の仇討ちのことばかりを考えている。

だがその心の内、対局を直接目撃したわけではないがおそらく相当な強者であろうと予測がつく秀介との対決ともなれば十二分に白熱している。

 

秀介はそんな二人の視線をおそらく分かっていながら、それでも相変わらずの自然体。

この第三試合、第四試合のメンバーの中では最もリラックスしているように見える。

が、その心の内は果たしてどうか。

 

 

また第三試合のメンバーの心の内も様々だ。

 

まず数絵。

交流という名目でこの合宿に来たが、同じ学校の人間がいない完全一人身だ。

交流ももちろん大切だが、学校の看板を一人で背負っている以上無様な結果を残すわけにはいかない。

県大会の個人戦でも結果は残せなかったし、この試合の一回戦でも思いの外点数が稼げずに10位という結果に終わっている。

この二回戦で少しでも点数を伸ばして上位に食い込みたいところだ。

 

未春も風越の面子として低い順位に甘んじるわけにはいかない。

まだまだ点数を稼がなければならない身だ。

 

妹尾は一回戦で役満を上がり現在トップ。

二回戦で同卓のメンバー相手でも、二位の数絵を相手に3万点近い差がある。

だが自力ではまだおそらく京太郎にも劣るだろう。

もう一度役満が上がれればトップは揺るぎなくなるだろうが、代わりに役満手が入らなければその点数はむしられるのみ。

数絵と未春に狙い打ちをされればあっという間に転落だ。

気を緩めるわけにはいかない。

 

そして京太郎。

一回戦でトビだった一を除けば最下位。

この初めの親番で少しでも稼いでおきたいところだ。

 

 

 

第三試合

東一局0本場 親・京太郎 ドラ{⑧}

 

京太郎配牌

 

{一二四②⑤⑥⑦(ドラ)12679} {東}

 

むぅ、と悩みたくなる。

{東}が重なればダブ東ドラ1。

あと何か役が入れば満貫まで見えるところだ。

とりあえず{東は取っておくとして不要なのは9や②}か。

それと萬子は{三が入れば一二三か二三四}で面子が組める。

他に頭ができそうなら{一を切り飛ばして二三四}の受けに絞り込むのも良しだろう。

まずは{9}を切り出す。

 

手が進んで数巡後。

 

{一二四⑤⑥⑦(ドラ)12267東(横東)}

 

運よく{東}が重なった。

{2も頭にできそうだしここで一}を捨てる。

後は{東}が鳴ければいいのだが。

 

「ポン」

 

ふと未春から声が上がった。

{發}ポンで一役確保だ。

折角の親番でダブ東が作れそうなこの手、未春に先を越される前に上がってしまいたい。

 

が、結局{東}は鳴けず引けず、有効牌もようやく一牌引けたところで未春に上がられてしまった。

 

{九九九④[⑤]⑥⑦(ドラ)33} {發發横發} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 發ドラ赤、1300・2600」

 

それほど高い手ではないが、最下位なのに親っかぶり。

京太郎にとって良くない出だしだった。

 

 

 

東二局0本場 親・数絵 ドラ{六}

 

京太郎 14900

 

{四(ドラ)八八③③⑨(横⑤)5東南白中中}

 

{東白中}が役牌。

{東か白}も重なってくれるといいなと思いながら手を進めて行く。

 

5巡目。

 

{四(ドラ)八八③③⑤57東白中(横白)中}

 

{白}が重なる。

字牌対子は二つあれば十分と{東}を切り出した。

 

7巡目、京太郎はようやく場に現れた{中}をポンする。

 

そして9巡目。

 

「ポン」

 

{白}も鳴けた。

河にはまだ{發}は1枚のみ。

その後{發}を引いたと思われる数絵が少し残念そうにしたのが京太郎にも分かった。

他家の手が止まっている今のうちに聴牌し、さっさと上がってしまいたい。

 

そんな思いが実り、12巡目。

 

{(ドラ)七八八③③(横③)⑤} {横白白白中横中中}

 

{⑤}を切り出して聴牌した京太郎。

よしよし、後は{五-八}をツモってしまえばOKだ。

が、同巡上家の素人妹尾の手から{發}が零れ落ちた。

 

(ぐっ・・・・・・)

 

数絵も未春も京太郎に視線を向けたのが分かったが動けない。

自分の手は{發}を対子で抱えた大三元でなければ、一枚持ちの小三元でもない。

 

(くそ、なんてことするんだよ・・・・・・)

 

京太郎は無駄ヅモをそのまま捨てながら妹尾を睨むように視線をぶつける。

が、当の妹尾は自分の手牌で精いっぱいの模様。

そこで余裕あり気に笑いかけられたりしたら「まさかこいつ、俺の手を読み切って!?」なんて勘違いさせられただろうが、妹尾にそんな余裕は無い。

その証拠に次巡、京太郎の上がり牌が手から零れ落ちた。

 

「ロン」

「はぅ!?」

 

{(ドラ)七八八③③③} {横白白白中横中中} {(ロン)}

 

「白中ドラ1、5200」

 

先程の負けは何とか挽回したが、いまだ最下位に違いは無い。

まだまだ上がりを取っていかなければ。

 

 

 

東三局0本場 親・未春 ドラ{4}

 

京太郎 20100

 

{四七七九①④⑦⑨79西白發}

 

手は未だ良くない。

が、西家の京太郎の手元の字牌はどれも役牌になるもの。

先程の局のようにテンポ良く鳴いて行って手を進めて行きたい。

もしくは上の三色でもいいな、と思いながらツモった牌は{西}、幸先がいい。

三色も目指しつつ{①}を捨てる。

 

その後無駄ヅモが重なったが4巡目。

 

{四七七九④⑦⑨79西西(横西)白發}

 

これで役が確保できた。

{白}を切る。

後は他が三色まで伸びれば最高だが、それをブラフに他の場所でロン上がりというのも狙いたいところ。

 

7巡目。

 

「チー」

 

妹尾の手から零れた{8}を鳴き、{④}を捨てる。

 

{四七七九⑦⑨西西西發} {横879}

 

三色まで行っても行かなくてもよし。

そんな心持で9巡目。

 

{四七七九⑦⑨(横⑧)西西西發} {横879}

 

三色の筒子部分が埋まった。

{四}を切り出す。

このままチャンタまで絡められれば満貫だ。

 

この手、何とかして上がりたい。

 

そんな京太郎の想いに応えたわけでは全然ないが、再び妹尾の手から急所の牌、{八}が出てくる。

 

「チー!」

 

{⑦⑧⑨西西西發} {横八七九横879}

 

ようやく聴牌だ。

{發}はまだ一枚も場に出ていない。

誰かが暗刻で抱えている可能性もあるが山に一枚くらい眠っている可能性もある。

攻める価値は十分にある。

それに。

 

(危険な橋を渡ってこそ麻雀だろう!)

 

フッと笑いながら京太郎は次巡{3}をツモ切りした。

 

「ロンです」

「えっ!?」

 

パタンと手牌を倒したのは未春だ。

東一局といい今回といい、もしや未春に狙われている!?

そんなことは無いと思われるのだがそう思わざるを得ないような理不尽さを京太郎は感じていた。

 

そして理不尽は重なる。

 

 

{二三四②③④⑤⑥⑦2(ドラ)44} {(ロン)}

 

 

「タンヤオ三色ドラ3、18000」

 

「ぐあっ!?」

 

 

京太郎の表情が変わる。

この上がりで京太郎の残り点数はわずか2100。

一本場もあるので2000の手に振り込むとトビで終了だ。

しかし直撃を避けても親の2000オール、子の満貫ツモでやはりトビ。

 

 

俵に足がかかった京太郎、漢を見せられるか。

 

 

 

京太郎  2100

数絵  51800

未春  68300

妹尾  76400

 

 

 

 

 

第四試合

東一局0本場 親・美穂子 ドラ{6}

 

美穂子 75700

 

{七九九②③[⑤]⑤25788白} {中}

 

打倒秀介を目指す一人、美穂子。

東一局の配牌はドラも絡みやすそうな平和手。

既に赤もある。

ならばここは他家が役牌を重ねる前にと、{白}を第一打とした。

次巡{⑦}をツモって{中}切り。

そしてそれを見て、秀介の後ろでその手を見ていた久が少しばかり不機嫌になったように見えた。

 

(・・・・・・?)

 

傍目に見て久が秀介と仲がいいのは明白だ。

秀介は普段は実力を隠しているが相当な実力者。

先程の第一回戦でも彼は自分が上がるのではなく妹尾に役満を上がらせるという形で実力を披露してきた。

おそらく久はそれが気に入らなくて秀介に本気で打って欲しいのだろう、美穂子はそう考える。

 

さすがの美穂子もこんな早い巡目から全ての牌を見通せるわけではないが、久の不機嫌そうな表情を見るとおそらく何か正着手ではない立ち振舞いをしたのだろう。

多分、秀介の手の中で{中}が対子になっているのだ。

それを鳴かないで手を進めるということは。

 

(志野崎さんが本気ではない・・・・・・と考えるよりはおそらく{中}を鳴かないで進める方が彼にとって都合がいい、そう考えておいた方がいいわね)

 

手加減しているのだろうなどという甘い見通しで打って勝てる相手だとは思っていない。

こちらも対秀介を想定して彼の打ち方を観察してきたのだ。

絶対に勝つ、その為に読みは緩めない。

 

そして、チラッと秀介の手牌右側に目を向け、くすっと笑う。

 

 

(萬子が6牌。

 

 私には見えていますよ、志野崎さん)

 

 

 

秀介 52300

 

{二五六六七八③⑥4(横4)8西中中}

 

美穂子の読み通り、秀介の手牌には{中}が2牌。

ここで切り出すのは{西}だが、鳴かなかった以上{中}はツモる確信を持っているか後々切り捨てるのだろう。

次巡。

 

{二五六六七八③⑥44(横④)8中中}

 

このツモにあっさりと{中}を切り出す。

そこから平和手に移すらしい。

 

{二五六六七八③④⑥4(横6)48中} {中}切り

 

{二五六六七八③④⑥4(横⑦)(ドラ)8} {二}切り

 

{五六六七八③④⑥⑦44(横7)(ドラ)8}

 

途中無駄ヅモがあったが、{六}を切ってあっという間にタンピン三色一向聴である。

まだ7巡目、この面子を相手に先制を取るのかと思いきやそうはいかない。

親の美穂子の手の進みも中々の物。

 

美穂子手牌

 

{七九九②③[⑤]⑤⑦2(横②)5788} {2}切り

 

{七九九②②③[⑤]⑤⑦(横⑥)5788} {②}切り

 

{七九九②③[⑤]⑤⑥⑦(横4)5788} {⑤}切り

 

{七九九②③[⑤]⑥⑦4(横9)5788} {8}切り

 

{七九九②③[⑤]⑥⑦4(横3)5789}

 

「リーチです」

 

{七}を捨ててリーチ宣言、秀介に一向聴が入った次巡のことだった。

{6}(ドラ)こそ引けなかったもののリーチ平和ツモ赤1は裏ドラ1つで満貫、十分攻める価値のある手だ。

先制を取ったのは美穂子。

数巡後に秀介にも聴牌が入るがダマのまま。

そして11巡目。

 

「ツモです」

 

{九九②③[⑤]⑥⑦345789} {(ツモ)}

 

美穂子の上がりだ。

裏ドラ表示牌は{2}。

 

「リーピンツモ赤1裏1、4000オールです」

 

まずは美穂子がリードを広げる。

ここから他家はどう食いついていくか。

 

 

 

東一局1本場 親・美穂子 ドラ{三}

 

美穂子 87700

 

{一二(ドラ)七九②②④679南西} {中}

 

悪くない配牌だ、今の上がりで流れを掴んだか。

{9を切り出し、次巡[⑤]}をツモ。

字牌を整理して一気に突き進む。

が。

 

「ポンですわ!」

 

秀介の捨てた{東}を鳴いたのは透華。

 

透華 53600

 

{一二四九⑦⑧⑨北北北中} {横東東東}

 

{四}を捨ててチャンタを目指す。

それを見て秀介も美穂子に連荘されるよりはましと考えたのか、{(ドラ)}を切り出して援護する。

 

「チー!」

 

{九⑦⑧⑨北北北中} {横三(ドラ)一二横東東東}

 

暫し考え、{九}を切り出して聴牌にとる透華。

{中}はまだ生牌だ。

誰かの手に抱えられている可能性もあるだろうが、さすがに暗刻ではあるまい。

そう考えての{中}単騎待ち。

実際{中}はまだ美穂子の手に一枚抱えられているだけであり、残りは山の中だ。

ツモでなくても誰かがツモ切りする可能性大である。

 

そしてそんな中、秀介が動いた。

 

「チー」

 

秀介 48300

 

{二六六七⑥⑧567發發} {横③④⑤}

 

そして{發}を切り出す。

その様子に久に限らず秀介の手牌を見ていた面子が顔をしかめた。

 

(出来面子の{④⑤⑥}を崩してチー?)

(しかも役牌対子まで崩して・・・・・・)

(な、何考えてるんだ?)

 

その場では誰も分からない。

が、その2巡後。

 

美穂子手牌

 

{一二(ドラ)七九②②④[⑤](横八)67西中}

 

面子の急所、カンチャンの{八}ツモだ。

ここから字牌を整理していけば好形の平和手になるだろう。

これを上がればリードはさらに広がる。

が、その為には字牌、しかも透華の上がり牌である{中}を切らなくてはならない。

美穂子も透華の手がチャンタであることは察している。

となると。

 

(・・・・・・この字牌はどちらも危険。

 しかも志野崎さんの先程のチー・・・・・・龍門渕さんも私も手が早いという事を察したうえで上がりを目指した鳴きなの・・・・・・?)

 

どうも怪しい。

そしてその数巡後に自分の手に舞い込んだ有効牌。

 

(・・・・・・普通ならあり得ない事と思うけれど・・・・・・案外この{西か中}が龍門渕さんの上がり牌で、それを吐き出させる為に私に有効牌を入れたのかも・・・・・・)

 

美穂子の言葉通り、通常ならそれはあり得ない事、できるわけが無い事。

なのだが、しかし。

 

(・・・・・・昨日の吉留さん、今日の妹尾さん、どちらも志野崎さんが鳴きで他家に有効牌を入れたりしていた。

 それを考えると・・・・・・あり得ないとも言い切れない)

 

仕方ない、と美穂子は{九}を切って手を崩して上がり放棄。

そして同巡、透華が手牌を倒した。

 

{⑦⑧⑨北北北中} {横三(ドラ)一二横東東東} {(ツモ)}

 

「ツモ、東北チャンタドラ1、2100・4100ですわ」

 

何とか透華がツモ上がり、美穂子に食らいつく。

 

(この志野崎という男を倒すのも目標ではありますけれど、だからと言ってあなたを蔑ろにするつもりもありません事よ?)

 

チラッと向けられた透華からの視線に、美穂子は相変わらずの笑顔で返すのだった。

 

 

 

東二局0本場 親・津山 ドラ{東}

 

津山 35300

 

{一三③④⑤⑦17899(ドラ)南} {南}

 

実力が一番劣っていると自覚している津山の親番、配牌は中々の物だった。

ツモがはかどればあっという間に上がれそうな好配牌。

しかしその肝心のツモがはかどらない。

一先ず{1を切り出した後の津山のツモは⑦、發、七、五、西、2}。

ドラの{東}を切り出して受け入れを広くしてもなお7巡でこの形だ。

 

{一三五③④⑤⑦⑦789南南}

 

その後も字牌を掴まされ、結局この手が聴牌まで到達できない。

 

 

秀介 46200

 

{一二四①[⑤]57(ドラ)西北(横三)白中}

 

秀介は配牌こそ今一つだが逆にツモが好調。

 

{一二三四①[⑤]57(ドラ)西白中(横八)} {八}切り

 

{一二三四①[⑤]57(ドラ)西白(横④)中} {西}切り

 

{一二三四①④[⑤]57(横6)(ドラ)白中} {白}切り

 

{一二三四①④[⑤]56(横⑦)(ドラ)中} {(ドラ)}切り

 

{一二三四①④[⑤]⑦(横四)567中} {中}切り

 

{一二三四四①①④[⑤]⑦(横⑧)567}

 

7巡目で津山と同じ一向聴まで追いつく。

{①を切り出し、③-⑥-⑨}をツモれば聴牌だ。

 

 

透華 61900

 

{一五[五]九②⑦⑧13(横4)9北白中}

 

そして透華、こちらは配牌が良くなくツモも今一つ。

{一}を捨てて手を進める。

 

{五[五]九②⑦⑧134(横4)9北白中} {②}切り

 

{五[五]九⑦⑧1344(横[⑤])9北白中} {九}切り

 

{五[五][⑤]⑦⑧1344(横五)9北白中} {北}切り

 

{五五[五][⑤]⑦⑧134(横東)49白中} {東}切り

 

{五五[五][⑤]⑦⑧134(横7)49白中} {中}切り

 

{五五[五][⑤]⑦⑧134(横6)479白} {白}切り

 

赤は寄ってきてくれているのだがどうにも面子がまとまらない。

 

 

そして美穂子。

 

美穂子 83600

 

{四六七八八九①②3(横2)69(ドラ)南}

 

この配牌にツモが好調だった。

まず{9}から捨てて行く。

 

{四六七 八八九①②2(横4)36(ドラ)南} {南}切り

 

{四六七八八九①②2(横八)346(ドラ)} {(ドラ)}切り

 

{四六七八八八九①②(横白)2346} {白}切り

 

{四六七八八八九①②(横③)2346} {6}切り

 

{四六七八八八九①②(横七)③234} {四}切り

 

{六七七八八八九①②(横九)③234}

 

ドラも絡まない手だが、{八}を切り出して7巡目で聴牌。

理牌の癖から手の進行を読む限りまだ誰も聴牌していない。

リーチをかけても構わないのだが、万が一すぐに追いつかれてリーチを掛けられ、挙句に危険牌をツモるという事態は避けたい。

それに現在の美穂子の点数は、現在隣の卓で打っている妹尾が高い手を上がっていない限り既に総合得点でもトップになっていておかしく無い点数である。

なので点数など特に気にせず、安い手で場を流すだけでも美穂子のトップは揺るぎないものとなるのだ。

 

2巡後。

 

「ツモ」

 

{六七七八八九九①②③234} {(ツモ)}

 

「平和ツモ一盃口、700・1300」

 

トップの美穂子があっさりと上がりを取る。

こうして徐々に、だが確実に点差をつけて行けば他家は高い手を作らざるを得ず、その結果一層手が読みやすくなるという事態になる。

県大会決勝の池田がいい例だ。

そうなれば驚異の手牌読みを可能とするこの美穂子の勝利はより盤石なものとなるだろう。

 

が、そんな打ち回しがどこまで通用するのか。

 

(・・・・・・さて)

(・・・・・・いよいよ・・・・・・)

 

美穂子と透華が揃って視線を向ける。

 

試合前に久に活を入れられていた男、志野崎秀介の親番である。

 

 

 

美穂子 86300

津山  34000

秀介  45500

透華  61200

 

 



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25福路美穂子その7 奇跡と対決

ユニークアクセスだけですが、ジャンル:咲-Saki-内でトップとなることができました。
毎回ご愛読いただきありがとうございます。
逆転されぬよう今後とも精進させていただきます。


東三局1本場 親・未春 ドラ{南}

 

未春の{一}切りから始まったこの東三局。

大ピンチの京太郎の配牌はこれ。

 

京太郎 2100

 

{八②⑥(横六)⑨⑨12478東西北}

 

最低でも2000は上がっておけば親の4000オール、あるいは自分が親番の時に満貫をツモられても何とか耐えられる。

いや、欲を言えばもっと安全圏まで確保しておきたいのだがこの配牌でそんな点数が稼げるだろうか。

 

(ともかく切り間違えは許されない・・・・・・)

 

確実に不要と言い切れる{北}から捨てて行く。

次巡。

 

{六八②⑥⑨(横⑧)⑨12478東西}

 

この手から持って行くにはかなり遠いが、リーチツモ以外に役をつけるならば。

 

(・・・・・・678の鳴き三色?)

 

ドラの{南}は手元に無いのでせいぜい鳴き三色くらいしかなさそうだが。

それなら裏ドラが期待できるリーチツモでもいい。

が。

 

(下手に危険牌を引いて振り込んだらそれで終わりだ・・・・・・)

 

鳴きで手牌を減らす危険とリーチで突っ走る危険。

どちらも危険には変わりないが、どちらか選ぶしかないとすれば。

 

(せっかくなら俺は攻めて行く方を選ぶぜ!)

 

{西東}と切り出し、手を進めて行くことにする。

そして4巡目。

 

{六八②⑥⑧⑨⑨1224(横4)78}

 

三色が確定できれば{22と44}のシャボ待ちでタンヤオ鳴き三色だ。

{②とそれから⑨}の対子も不要だろう。

{②を切り出しそして次巡、妹尾の手から⑦}が零れた。

 

「チー!」

 

京太郎は鳴いて手を進める。

もう後には引けない、突き進むのみだ。

更に次巡、続いて妹尾から{七}が捨てられる。

 

「チー!」

「ふぇ!」

 

連続しての鳴きに思わず妹尾が声をあげるがそんなもの気にしない。

妹尾から二連続でチーをして更にその2巡後、8巡目。

 

{12244(横4)78} {横七六八横⑦⑥⑧}

 

{9}をツモったら洒落にならない、片上がりタンヤオ三色聴牌だ。

できれば両面になっている索子を先に鳴いて三色を確定させておきたかったが。

 

(さっきの鳴きは早まったかな・・・・・・?)

 

そう言う所が自分が上達できない原因だろうかと苦笑いしながらも、ともかく{1}を切って聴牌にとる。

 

そしてそのわずか後。

 

「リーチです」

 

未春から声が上がる。

 

未春 68300

 

{五五六六七七⑥⑦⑧7788}

 

親のリータン一盃口はツモれば3900オールで文句なく京太郎はトビだ。

京太郎としては先制を取りたかったが追いつかれては仕方が無い。

ともかくこの少ない手牌で逃げつつ、しかしツモられてもトビなので攻めないわけにもいかない。

 

と、その時。

 

「あっ」

 

妹尾から声が上がった。

何事?と全員の視線がそちらを向く。

 

「えっと、よっつだから・・・・・・カンです!」

 

親リーチ相手に暗カン!?

京太郎も数絵ももちろん、リーチをかけている未春もぎょっとする。

そんな周囲の反応を知らず、妹尾はパタパタと{6}を四つ晒した。

「確かこんな感じで・・・・・・」と外側の二牌をカチャカチャと裏返している妹尾をよそに、京太郎の表情が変わる。

 

({6}・・・・・・暗カン!?)

 

{2244478} {横七六八横⑦⑥⑧}

 

つまり京太郎のこの手、早くも上がり目0である。

さらに現れた新ドラ表示牌が{[5]}、つまり妹尾はドラ4確定だ。

そして妹尾はツモってきた牌を嬉々として手牌に入れ、{9}を横向きに捨てる。

 

「リーチです!」

 

(ど、どうする!?)

 

京太郎の表情が曇る。

{9}では役無しで上がれない。

ともかく{78}が重なるのを待ってタンヤオ手に移行するか?

{6}で面子が作れなくなった以上そうするしか・・・・・・?

 

(・・・・・・ん・・・・・・待てよ?

 それどこかで聞いたぞ?)

 

あれは確か、今日・・・・・・別の人の試合で似たような状況。

暗カンをした結果面子が成り立たなくなって切らざるを得ない牌。

 

(そうだ! 吊り出しだ!)

 

教えてくれたのは確か、今対面でリーチをかけている吉留未春!

あの時は確か{⑦暗カンで説明をしてくれたが、6}暗カンで面子が成り立ちづらい今の京太郎のような状態でも当てはまるはず。

それはそうだ、片方がツモれなくなった両面などカンチャン、ペンチャンと同じ。

不要と切り出される公算大。

そしてそれを狙い打つ。

ちらっと京太郎は妹尾の表情を窺う。

 

(自信満々に嬉々としてリーチ宣言・・・・・・俺の余り牌を狙ってるのか!?)

 

ごくりと唾を飲む京太郎。

こいつ、なんて麻雀を!と。

 

だが残念、妹尾の手牌はこの形。

 

妹尾 76400

 

{一二三四四四[五]③④⑤} {(ドラ)■■6}

 

吊り出しロン狙いの形などかけらも無い。

だがこれまた偶然、一足先にリーチをかけてきた未春の待ちが{78}のシャボ待ちだ。

結果、京太郎の「{78}を狙われている!?」という疑惑は正解なのである。

待っている人間が違うし、本当に結果論だが。

 

さて、そんなわけで偶然にも手元の{78}が危険牌だと察した京太郎。

だが仮にタンヤオに移行するにしても、{7か8}どちらかは切らなければならなくなる可能性が高い。

敵の上がり牌と分かっていてみすみす切るなんて真似ができるわけが無い。

かと言って相手の待ちの形が分からない以上どっちかはOKだろうなんて考えられないし、どちらかの単騎に構えるなんて真似もできない。

結局この手、{78}を手牌で使い切らなければならないわけだ。

 

(・・・・・・なら・・・・・・)

 

もう覚悟は決めたはずだ。

決して引かない、突っ走ると。

 

「失礼、チーです」

 

考え込んでいて遅くなったがまだツモっていなかったのが幸い。

妹尾のリーチ宣言牌{9を鳴いて78}を手牌で使い切る。

だがその結果京太郎の手は完全役無しのフリテン状態。

 

{22444} {横978横七六八横⑦⑥⑧}

 

ここから{2}を切り出すしかない。

完全なる窮地、だが・・・・・・。

 

(もしこの状態から上がれたら・・・・・・完全にヒーローだぜ!)

 

周囲を見れば皆、美穂子、透華、秀介の対決に興味があるようでこちらはギャラリーがほとんどいない。

だからこそここで、今見てくれている数少ないギャラリーからの称賛を浴びるヒーローになって見せる!

 

そのまま未春、妹尾共に上がり牌を引くこと無く、また京太郎も他の危険そうな牌を引くこと無く巡目が過ぎて行った。

そして、タンと未春が{4}をツモ切りする。

 

「!」

 

自分の手はフリテンを解消する為にすでに{2}を捨てており、現在はこの形。

 

{九444} {横978横七六八横⑦⑥⑧}

 

{九}単騎。

しかもこの牌は未春も数絵も捨てている地獄単騎だ。

そこに零れた{4}。

 

(これだ! これこそ俺が輝くチャンス!)

 

京太郎は即座に手牌の{4}を晒した。

 

「カン!」

「か、カン?」

 

親リーチ相手に二人目のカン。

そして大明カンとくれば。

 

(役無しでどうするのかと思ったけど・・・・・・狙いは嶺上開花!?)

 

そう言えば京太郎はあの宮永咲と幼馴染とのデータがある。

別にどうでもいい事と思っていたのだが、それはつまり、まさか!?

 

(彼も嶺上開花の能力が!?)

(咲・・・・・・俺に力を貸してくれぇ!)

 

ガッ!と嶺上牌に手を伸ばし、ダァン!と手元にその牌を叩きつける。

 

そう、引いて来たのはまさに、

 

京太郎の上がり牌、{九}!!

 

 

 

などという都合のいい事はあり得なかった。

 

 

{九} {4横444横978横七六八横⑦⑥⑧} {(ツモ)}

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

まだ1牌しか出ていない{①}の方がよかろうと、京太郎は牌を入れ替えて{九}を捨てる。

ついでにカシャッと露わになった新ドラ表示牌が{七}。

地味にドラ1だけ乗ったのが哀愁を誘う。

 

(・・・・・・ホントこれどうしよう・・・・・・?)

 

ついに手牌は1枚、京太郎最大のピンチである。

 

 

そのままどうしようもなく巡目は進み、そして未春も妹尾も上がれること無く、京太郎も未春、妹尾の当たり牌を引くこと無く、いよいよ流局間近となった。

京太郎の最後のツモ、もう何を引いても上がり目は無い。

ため息交じりに{1}をツモ切りする。

数絵は{⑧}をツモ切り。

未春も{④}ツモ切り。

上がれなくて残念と未春も少し浮かない表情をする。

 

そして海底牌の妹尾。

 

「むー・・・・・・残念ですぅ・・・・・・」

 

上がり牌ではない{①}を捨ててため息をついた。

 

(はぁ・・・・・・流局か、何とか逃げ切った)

 

京太郎はため息をつきながら、一応聴牌だと自分の手牌を倒す。

 

 

「・・・・・・あれ?」

 

 

そう言えば自分の手牌は{①}だったか。

 

 

・・・・・・・・・・・・ということは?

 

 

「あ、ロン・・・・・・」

「えぇ!?」

 

{①} {4横444横978横七六八横⑦⑥⑧} {(ロン)}

 

最後の最後の最後、奇跡は起きた。

 

 

河底ドラ1、2000と一本場でたったの2300だが立派な上がりである。

さらに上がれなかった未春と妹尾のリーチ棒も加えて京太郎の点数は6400、一先ず安全圏である。

 

 

 

そして迎えた東四局。

 

「ツモ!」

 

{一二三②③④⑤⑥11東東東} {(ツモ)}

 

「リーチツモ東、裏無しで1000・2000!」

 

京太郎は果敢にリーチをかけてツモ上がり。

これで京太郎の点数は10000を超え、子なら満貫を振ってもトバない程度の安全を確保できた。

 

 

 

南一局0本場 親・京太郎 ドラ{六}

 

そのまま流れに乗って親番。

仮に最下位は脱出できずとも、試合が始まった時程度の点数は稼いでおきたい。

この親番で一度は上がって稼いでおくぞ!と気合いを入れる京太郎。

ここから自分の快進撃が始まるのだ!

 

だがその快進撃も数巡まで。

 

「ロン」

 

既に南場、ここは彼女の領域だ。

 

{四五(ドラ)⑧⑧34567789} {(ロン)}

 

「リーピンドラ1裏1、5200」

「ぐっ!」

 

数絵のリーチに振り込んでしまう京太郎。

 

 

 

南二局0本場 親・数絵 ドラ{⑧}

 

続くこの局も、今の上がりで流れを掴んだ数絵にあっさりと手が入る。

 

数絵 56000

 

{三三四四五七七③④⑤345}

 

9巡目、タンピン三色の聴牌だ。

稼げるときに稼いでおきたい彼女としては、ここはリーチをかけずにタンピン三色ツモの満貫手で上がりたい。

ここで更に一役乗ると跳満ツモ、残り5200しかない京太郎はトビで終了となってしまう。

ここで満貫、更に次局大きな手で上がるという形で点数を稼ぎたい。

そう思ってリーチをかけずにいた彼女だが。

 

「・・・・・・」

 

あっさり引いてきたその牌に小さくため息をつき、しかし切るわけにもいかないので仕方なしにそれを表向きに晒した。

 

「ツモ」

 

{三三四四五七七③④⑤345} {(ツモ)}

 

高め一盃口追加、この手跳満で6000オールである。

 

「・・・・・・ぐはっ、トビです」

 

点箱を空にした京太郎はがっくりと卓に項垂れた。

 

「・・・・・・ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ふぇ・・・・・・ありがとうございましたぁ」

 

 

須賀京太郎  -800

南浦数絵  74000

吉留未春  60300

妹尾佳織  65100

 

 

ラストの跳満ツモで数絵はついにトップだった妹尾を逆転。

ここは結局一度も上がれなかったがそれでも2位にいる妹尾の点数を褒めるべきか。

しかしギリギリの窮地から一度は持ち直した京太郎も褒めてあげて欲しい。

 

 

 

 

 

そして、こちらは第四試合の続きである。

 

東三局0本場 親・秀介 ドラ{6}

 

「・・・・・・」

 

配牌を受け取り暫し考えた後、秀介は{①を切り出した。

それから⑧、④}と手出して捨てて行く。

 

(絶一門・・・・・・筒子を捨てて残りで手を作っていくつもりですわね)

 

透華は秀介の手の進行に気を配りながら打って行く。

 

そしてこの局、今まで空気になり下がっていた津山に手が入っていた。

 

津山 34000

 

{一一三八八九①④⑧1[5]7西發}

 

配牌こそ大した事の無い形だったが、そこからツモが萬子に偏り、7巡でこの形。

 

{一一一三三八八八九九九[5]7}

 

三暗刻聴牌である。

ドラ待ちで赤があるこの手、上がれば満貫確定だ。

だがドラ待ちというのはまずロン上がり不可、ツモしか狙えないだろう。

ならばせめて{4か8を引いて両面待ちでリーチと行きたい。

さらに5、7}を引けばツモり四暗刻、少ない可能性だが{三}が引ければ四暗刻単騎となる。

三暗刻止まりでもリーチをかけて裏が暗刻で乗ったりすれば倍満まで見えるこの手、何としても上がりたいここは一先ず黙テンにとる。

 

さて、津山が満貫をダマで張っている間に、秀介も手が進んでいた。

そして8巡目、秀介は捨て牌を横向きに捨てると同時に千点棒を取り出す。

 

「リーチ」

 

秀介捨牌

 

{①⑧④七中西東} {横北(リーチ)}

 

周囲の人間が首を傾げたくなるような捨て牌だ。

秀介の手牌を後ろから見ている人間も「いやいや、あり得ないって」と言いたげに表情を歪めている。

透華としても捨て牌の異常さに頭を抱えてしまう。

 

(まっすぐ読めば明らかな索子の染め手。

 最後の字牌連打は重ならなかった余りを切ったものと考えられますが・・・・・・)

 

どうにも怪しい。

そんな素直に読んでいい手牌なのだろうか。

 

一方の美穂子、秀介のリーチと同巡で聴牌が入る。

 

美穂子 86300

 

{二三四⑥⑥⑦⑧22(横4)235(ドラ)}

 

{⑥}を切り出せば絶好の五面張、{1}以外で上がればタンヤオドラ1の良形だ。

リーチをかけて秀介と競うだけの価値はある手だろう。

美穂子はツモってきた{4}を手中に収めると迷うことなくその牌を切り出し、捨てた。

 

 

{(ドラ)}切りである。

 

 

(ドラ!? この志野崎という男の捨て牌を見れば真っ先に索子を警戒するはずですのに!)

 

何を考えて?と驚く透華だったが、更に驚く声が上がる。

 

「ろ、ロン!」

 

津山が手牌を倒したのだ。

 

{一一一三三八八八九九九[5]7} {(ドラロン)}

 

手変わりを待っていたところに秀介からのリーチ。

そして苦しんでいたところに切られた上がり牌だ。

倍満まで伸びたかも、なんて期待は切り捨てて手牌を倒す。

 

「三暗刻ドラ赤、8000です」

 

ほぅ、と一息つく津山。

満貫を上がってもまだ最下位。

だが秀介のリーチ棒と合わせて、3位の秀介との点差はわずかに1500点まで詰まった。

行ける!と気合いを入れる津山。

が、そんな津山をよそに秀介から声が上がる。

 

「・・・・・・ドラ切りとは思い切ったことを」

「ふふっ」

 

美穂子は笑顔で応え、手牌を晒す。

その手を見れば透華がより一層驚く、絶対にありえないはずのドラ切りだった。

 

「な、何故そんな手からドラを・・・・・・?」

 

そして秀介の捨て牌を指差しながら透華は言葉を続ける。

 

「この男の捨て牌を見れば・・・・・・まぁ、かなり怪しくはありますが、索子は切れない所ではありませんの?

 誰が見ても、その手{⑥}切りしかないのでは?」

 

その言葉に秀介も続く。

 

「それにトップとは言えここで満貫放銃は痛いんじゃないですかな?」

 

あの場面でドラを切って差し込みに来た以上、美穂子は津山の手を見切っていた事になる。

おそらくその点数も。

ならば満貫に差し込むのはきついのでは?

だが美穂子は少し困ったような仕草をしながら答えた。

 

「ええ、確かに満貫は痛いですけれど・・・・・・」

 

困ったような仕草をしてはいるものの、その表情は相変わらず笑顔。

あからさまな演技、そしてそれを見破られても構わないとからかうような仕草で、美穂子は言葉を続けた。

 

 

「志野崎さんの () () の面前混一に振り込むよりはましかと思いまして」

 

 

その一言に、珍しく秀介の表情から笑顔が消える。

 

チラッと視線を落とした秀介の手牌はこの形。

 

 

{①②③④⑤⑦⑧⑨南南南白白}

 

 

美穂子の言葉通り、筒子の面前混一。

一通も合わさり跳満確定の手である。

始め3牌が筒子、最後の4牌が字牌という捨て牌でありながら、その手牌はこの綺麗な混一一通手。

彼が何をどう考えてその捨て牌、その手牌になったのか。

後ろで見ていた者達にはその手順は分かっても理由や考えまでは分からない。

手順を見ていても首を傾げたくなるような打ち方、それを秀介はやってのけたのだ。

 

 

美穂子の言葉を受け、秀介は手牌に手を添えると、

 

それをパタリと伏せた。

 

そしてじっと手牌の背を凝視してからチラッとまた美穂子に視線を向ける。

 

「・・・・・・透けてる?」

「ふふっ」

 

実際に手牌が透けて見えるわけも無いのだが、それを思わせるような美穂子の読み。

それを称賛しつつ冗談めかした一言に美穂子は笑った。

 

最終的にその手牌を晒して他のメンバーを一層驚かせたのだが、美穂子は相変わらずの笑顔のままだった。

 

秀介との直接対決、一先ず美穂子が制した。

 

 

 

美穂子 78300

津山  43000

秀介  44500

透華  61200

 

 



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26福路美穂子その8 癖と本気

東四局0本場 親・透華 ドラ{⑧}

 

この局開始と同時に、美穂子は小さく息を吸うと

 

その右目を開いた。

 

(・・・・・・志野崎秀介さん、あなたには一つ癖がある)

 

昨日池田、未春と共に打った時に見つけたという秀介の癖。

美穂子は今朝のフリー打ちの時、一回戦の試合の時、そしてこの二回戦の試合においてもその癖を確認していた。

 

(中々珍しい癖です。

 あのような癖を持つのは・・・・・・几帳面なところがある人、そしてパズルなどが好きな理系の人。

 それに加えて高い麻雀力。

 おそらくそこから生まれる・・・・・・本人も意識しないような傲慢さ。

 そのわずかな傲慢さがあなたの癖を生み出したものと思われます)

 

そこまで察する秀介の癖。

それは配牌を受け取った時に現れる。

今のように。

 

(志野崎さんは配牌を受け取った時、その全てが揃うまで手元で伏せたまま理牌をしません。

 そして・・・・・・)

 

配牌を受け取り終え、秀介は手牌を起こす。

そしてその直後、美穂子が見抜いた癖が現れた。

 

 

(あなたは受け取った配牌を少し前に出し、そして・・・・・・

 

 

 萬子だけを抜き出して先に整理する。

 

 

 その後残った手牌の筒子、索子、字牌を整理しながら萬子に加える。

 それゆえ、あなたの手牌の萬子が周りには丸わかりになります。

 また萬子が少ない時には萬子を抜き出して整理した後、筒子でも同様の癖を行う。

 

 しかし配牌を受け取った直後というのは通常自分の手牌に意識が向くもの。

 その上手牌整理は手慣れていて速い。

 今までその癖を誰にも指摘されなかったからこそここまで残っているのでしょう)

 

整理を終えた秀介の手牌を見て、美穂子はクスッと笑う。

 

(こちらから見て右端5牌が萬子・・・・・・。

 それだけ分かれば私には十分なアドバンテージになります)

 

後はその癖を利用して、狙い撃ちするだけ。

 

こうした癖が分かるというのは非常に便利なものだ。

 

「リーチですわ!」

 

例えば今透華からリーチが入った。

他のメンバーがリーチをかけて来た時同様、透華の捨て牌、切り出し方、手牌整理の癖からその手をおおよそ見切ることが可能だ。

同じく秀介の索子と字牌の切り出し方から、その手の中に字牌の対子があるのが分かる。

全員の捨て牌から見て秀介の手牌にあるのは{西か發}。

北家の秀介が欲しいのは{發}だろう、と美穂子は今しがた引いてきたそれを捨てる。

 

「ポン」

 

読み通り、秀介から声が上がる。

これで一発が消える。

更に次巡。

 

「チー」

 

津山の捨てた{三を含め、横三四五}と晒す秀介。

手牌にある萬子は{九}が捨てられて残り2牌。

残っているのは晒された{四五より左寄りなので五六か六七}の形だろう。

一方の透華は捨て牌から三色手と推測できる。

更に手牌整理の癖から萬子と索子の面子は完成していて筒子待ちと思われる。

平和、タンヤオ、裏ドラ、赤ドラなどが絡めば跳満まで見えそうだ。

ここで親の透華に跳満をツモられるよりはマシだろうと、美穂子はあっさりと手を崩して{五}を捨てる。

 

「ロン」

 

{六七⑥⑦(ドラ)66} {横三四五發横發發} {(ロン)}

 

「發ドラ1、2000」

「はい」

 

秀介に差し込んで透華の手をあっさりと潰す。

秀介との点差はこの振り込みがあってもまだ3万点近くある。

余り連続で上がられるとまずいが、跳満、倍満手に振り込みでもしなければ危険域には入らない。

そしてそんな手が入れば美穂子はいち早く察知できる。

やはり初っ端の親から満貫を上がれたのは大きかったようだ。

チラッと秀介に視線を送って笑いかけてみる。

秀介も今の上がりは美穂子の意図するところだと察しているようで、ついっと眉を吊上げたのみ。

すぐに視線を外すと手牌を崩して卓に流し込んで行く。

どことなく不機嫌そうに見える。

ならそれはそれで美穂子にとってプラスになることだ。

この流れのまま、一方的に押し切らせてもらおうと美穂子は嬉しそうに笑った。

 

 

 

南一局0本場 親・美穂子 ドラ{⑦}

 

美穂子 76300

 

{七③[⑤]⑧⑨1234899北} {發}

 

索子を伸ばして一通、そこまで行かなくても平和手に伸ばしていきたい。

{北}を切り捨てる。

 

津山 43000

 

{五五九⑧23567(横6)8南中中}

 

こちらも索子に寄せて行こうと{九}を捨てる。

 

秀介 47500

 

{一一二五九③④④26(横9)南西發}

 

不要牌、そのまま捨てる。

 

透華 60200

 

{一七①④⑤⑥⑧2(横⑨)469南南}

 

有効牌と言えるかどうか微妙。

ペンチャンができたし少し遠いが一通の目もあると{一}に手をかけて捨てた。

 

「ポン」

 

同時に秀介から声が上がる。

{一を持って来て西}が捨てられた。

え?と誰もが視線を向ける。

第一打の{一}をポン? チャンタか混一狙い?

同卓の美穂子、透華ですらそう思うのだが、後ろから見ているメンバーには余計に意味不明。

なんせ彼の手はこの形。

 

{二五九③④④26南發} {一一横一}

 

「・・・・・・な、何狙いかな?」

「知らん」

「・・・・・・あんな打ち方あり得ません」

 

咲、まこ、和が首を傾げる。

付き合いが長い久ですら狙いが全く分からない。

まぁ、いつものことだが。

 

そして直後の透華。

 

{七①④(横八)⑤⑥⑧⑨2469南南}

 

少し考えて{9}を捨てる。

更に次巡。

 

{七八①④⑤⑥⑧⑨246(横5)南南}

 

配牌と第一ツモの印象とは違い、手が伸びそうな気配を感じる。

平和手に伸ばしてみようかと透華は{①}を捨てた。

次巡{白}を無駄ヅモしたが、更に次巡。

 

{七八④⑤⑥⑧⑨24(横3)56南南}

 

{⑧⑨}のペンチャンを崩して5巡目。

 

{七八④⑤⑥⑧2345(横4)6南南}

 

あっという間に聴牌。

だが透華はここではまだリーチをかけない。

{南}が場風なので平和がつかないこの手、リーチをかけても精々リーチツモ裏ドラ期待止まり。

せめて平和はつけたい。

それに。

 

(・・・・・・この手、まだ途中ですわ)

 

伸びる気配が感じられる。

それはデジタル思考ではなくそれ以外の第六感のようなもの。

龍門渕透華を龍門渕透華たらしめているのはデジタル思考だけではないのだ。

 

次巡こそ無駄ヅモだったが6巡目。

 

{七八④⑤(横④)⑥234456南南}

 

{④が頭となり、(ドラ)}を手に絡められるようになった。

{南}を捨てる。

そして更に次巡、透華の口元に笑みが浮かぶ。

 

(ようこそ、いらっしゃいまし!)

 

{七八④(横六)④⑤⑥234456南}

 

平和とタンヤオが確定。

リーチツモと裏ドラ次第では跳満まで見える手だ。

遠慮なく千点棒を取り出す。

 

「リーチですわ!」

 

美穂子との点差は16100。

ここで跳満をツモれれば一気に逆転圏内に捕えることができる。

覚悟はよろしくて?と美穂子に視線を送る。

が、美穂子は美穂子で透華の手をおおよそ見抜いている。

先手を取られた以上さっさと手仕舞いをして安牌切りに切り替えた。

そんな中苦労していた津山がようやく一向聴までこぎつける。

 

{五五[五]235(横3)6678白中中}

 

透華に先手リーチをかけられた以上手仕舞いでもいいのだが、{白}は安牌だし危険牌をツモるまでは手を進めて行く。

直後、秀介が{中}をツモ切りした。

 

「ポン」

 

{五五[五]23356678} {中中横中}

 

一発阻止も兼ねて鳴きを入れ、{2を捨てれば4-7}待ちの聴牌だ。

津山は現在43000。

決して少なくは無いがこの面子の中では最下位。

上がれる時に上がるに越したことは無い。

よし、さぁ上がり牌来い!と気を入れる。

 

が。

 

「ツモですわ!」

 

あっさりと透華がツモった。

 

{六七八④④⑤⑥234456} {(ドラツモ)}

 

高めのドラツモだ。

鳴きが入って一発は消えたが文句は無い。

 

「リーヅモタンピンドラ1」

 

裏ドラが一つでも乗れば跳満だ。

さぁ、いらっしゃいまし!と裏ドラを返す。

しかし現れたのは{東}、残念。

 

「・・・・・・裏のらず、2000・4000ですわ」

 

ともかくこの上がりで美穂子72300、透華68200と一気に詰まった。

逆転まで秒読みだ。

 

そんな逆転間近な状況でありながら、美穂子の視線は相変わらず秀介に向いていた。

 

(こっちを向きなさいな!)

 

むきー!と怒る透華。

だがすぐに同様に秀介に視線を向ける。

 

(・・・・・・さっきの親番こそ風越キャプテンに一撃与えられそうでしたが、どうにも全体的に静かすぎる・・・・・・)

 

何か狙っているのか、そもそも勝つ気はあるのか。

未だ沈黙する秀介からは何も感じ取れない。

 

 

 

南二局0本場 親・津山 ドラ{2}

 

配牌を受け取った美穂子はちらっと秀介の手元に目を向ける。

秀介の癖、配牌の並べ方。

そこからおおよその手の形を見切る。

 

秀介のツモ番。

ツモった牌を手牌に収め、切り出したのは{9}。

取り出した位置は端から二番目。

おそらくその外側の一牌は字牌。

 

反対側の端から8牌が萬子なのは確定。

それ以外の牌がどうなっているかは今のところ判断ができない。

 

これだけでも大きなアドバンテージなのは、この試合に限らず今までの美穂子の麻雀人生で十分に分かっている。

あとはそれをどう生かすか。

 

美穂子手牌

 

{一六六(横五)七①[⑤]⑥⑧⑨(ドラ)5東} {中}

 

一先ず{①}を切り出す。

次巡ツモってきた{9}はツモ切り。

さらに次巡。

 

{一五六六七[⑤]⑥⑧(横⑦)(ドラ)5東中}

 

筒子が横に繋がった。

この手、字牌を重ねずに平和手にしていった方がよさそうだ。

字牌整理へと移る。

 

そうして自分の手を進めながらも、秀介の手を観察するのを忘れない。

もちろん他の面子も同様に注意が必要だが、できればこの局辺りでしっかり秀介を狙い打っておきたい。

 

 

福路美穂子は宮永咲や天江衣のような、いわゆる魔物だとか怪物だとか言われるような強さは持っていない。

それでも彼女が風越女子でキャプテンを務められたのは、敵の手の進行を見切るこの「目」で不要牌を狙い打つことができてきたからに他ならない。

 

全国クラスの実力者を何人も見て来た身としては、自分が最強になれるとは思っていない。

 

それでも最強に憧れなかったわけではない。

 

風越のキャプテンとして・・・・・・そして何より福路美穂子個人として。

 

(志野崎秀介さん、あなたを倒させてもらいます)

 

この男はまだ実力を出し切っていないようだが、その内に秘めた力は天江衣にも匹敵する可能性がある。

 

そんな男を倒す。

 

それがこの場にいる風越のメンバーの士気上昇に繋がり、また自分自身の成長にもきっと繋がる。

 

高校での麻雀はもう間もなく終わる。

 

だが麻雀人生はその後もずっと続けて行くつもりだ。

 

その為にこの一戦は、

 

この志野崎秀介という男との一戦はきっと大きな財産になる。

 

そう予感していた。

 

 

そして、8巡目。

 

「リーチ」

 

チャリンと千点棒を出し、秀介がリーチを宣言する。

それと同巡。

 

{五六六七七八[⑤]⑥⑦⑧(横5)(ドラ)5}

 

美穂子にも聴牌が入った。

ちらっと秀介に目を向ける。

 

秀介捨て牌

 

{9發1④[⑤]5⑧} {横四(リーチ)}

 

この捨て牌、そして観察し続けた手の進行から察するにその手は間違いなく萬子の清一色。

さっきの親番同様美穂子を狙ったリーチかと思ったが、今回は切り出し方に不自然なところも無く素直に読んでいいだろう。

ツモ狙いでリーチと裏ドラ合わせて一気に点を稼ぐつもりなのかもしれない。

後ろの面子が顔をしかめているのは待ちが見難い多面張の証拠か。

 

一方こちらはただの平和赤1。

だが下家の津山の手の進行を察するに、おそらく有効牌が入ればすぐにでも自分の待ち{④-⑦}のいずれかが出てくると思われる。

さらに津山、透華の手には秀介同様萬子が多い。

ならば秀介に上がられる可能性も通常より低くなる。

それに加えてあの捨て牌ならわざわざ萬子を切るメンバーでもないだろう。

 

相手の待ちを抑え、自分が上がり続けてリードを広げる。

 

この南二局、そして三局、四局と同様に繰り返せば、さすがの秀介といえどもどうしようもあるまい。

 

このまま逆転されること無くリードを広げ続けて勝利を収めれば、それは勝ちを宣言してもよいのではなかろうか。

 

 

勝たせてもらいますよ、志野崎さん。

 

 

秀介のリーチに対しドラの{2}切り。

誰がどう見ても勝負しているのは明らかだ。

ダマよりも上がった時の点が高くなるリーチを選択する。

 

もし一発で志野崎さんから出たらニッコリと笑いかけてやろう。

 

そんな事を思いながら、美穂子は{2}を捨て牌に横向きに置いた。

 

「リーチです」

 

美穂子はリーチを宣言し、秀介と目を合わせる。

 

(追っかけリーチ、どうしますか?

 と言っても、リーチしている以上どうにもできませんけどね)

 

秀介にはもはやこのまま無抵抗に不要牌を切り続けることしかできまい。

そう考えながら、美穂子は秀介に笑いかけた。

 

それを見て、秀介もフッと笑った。

 

 

 

パタン、と秀介の手牌の端が倒される。

 

 

 

「ロン、だ」

 

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

 

萬子の清一じゃない!?

 

ジャラララと秀介の手牌が晒された。

 

 

{五九66四四五②七②七九(ドラ)}

 

 

「・・・・・・?」

 

手牌整理がされていないせいか、津山が一瞬首を傾げる。

それに合わせて秀介もカチャカチャと手牌を並べ直した。

 

 

{四四五五七七九九②②(ドラ)66} {(ドラロン)}

 

 

萬子が多いのは間違いないけれども染まっていない!

{2の単騎はまだしも②と6}の対子もあったなんて!

 

だが、どうして!?

美穂子は必死に思考を回転させる。

 

自分から見て秀介の切り出し方に全く不自然な点は無かった。

その上で萬子の清一と読んで、だからこそ安牌と判断した{(ドラ)}を手放したのだ。

 

にもかかわらず晒された手牌は染まっておらず、しかも並び順がバラバラ。

見れば上下すら整っていない。

先程の局までは手牌を上下綺麗に整えて、さらに手牌は左から数字順に萬筒索(マンピンソー)と並んでいたのに。

何故この局に限ってそれらが全てバラバラなのか。

 

 

つーっと汗が流れた。

 

 

(・・・・・・わ、私を・・・・・・狙い打つ為?)

 

 

その為に昨日の夜打った時も、今日の朝から打った時も、全てわざわざその癖を続けていたというのか?

 

ここで自分相手にその手を晒したということは・・・・・・自分一人を罠にハメる為に?

 

 

そんな事・・・・・・あり得ない、信じられない!

 

 

「リーチ一発七対子ドラドラ」

 

呆然とする美穂子に秀介は手役を告げる。

そして津山に告げた。

 

「裏ドラめくってくれるかい?」

「は、はい・・・・・・」

 

秀介に言われてカチャッと裏ドラを表にする。

 

現れたのは{5}。

 

つまり秀介のこの手。

 

 

「裏裏、16000」

 

 

倍満直撃である。

 

 

がっくりと項垂れる美穂子だけでなく、風越のメンバーは揃って驚愕の表情を浮かべていた。

過去、キャプテンが人に振り込んだことなどあっただろうかと思いを巡らせている。

確かに何度かあっただろう。

だが倍満なんて高い手に振り込んだところなど見たことがない。

振り込まず、自分は手を高めて上がっていく。

その安定した強さが美穂子の強みだったのだから。

 

そのキャプテンが振り込んだ。

相手はキャプテンが警戒していた清澄の男子、志野崎秀介。

 

昨日の夜一度打っただけの池田も未春も、その時には感じられなかった脅威をその身に感じていた。

 

 

 

南三局0本場 親・秀介 ドラ{八}

 

この局、美穂子は秀介の理牌を見てやはり自分がハメられたという事を思い知らされた。

チャチャッとものの数秒で終わる秀介の理牌。

先程までの萬子から順に整理していく癖は見る影もない。

おまけに先程とは立場が逆転、あちらがフッと笑いかけてくる。

きゅっと唇を噛みしめながら自身の理牌を続ける。

 

倍満を振った直後のこの局、美穂子としては悪い空気を断ち切るために安手でも上がっておきたい。

手牌を整理して不要牌を切り出していく。

 

「チー」

 

3巡目、早くも秀介から声が上がる。

津山の{6}をチー。

手が早いのか?

上がっておきたいと思った直後にこの展開、何とか打開したい。

 

しかし次巡、どうにもできない間に秀介はパタッと手を倒した。

 

{三四五六七(ドラ)2444} {横867} {(ツモ)}

 

「ツモ、タンヤオドラ1、1000オール」

 

安い手、だがこの早い巡目での上がり。

間違いなく流れは掴まれている。

 

 

「・・・・・・福路さんって言ったっけ?」

 

点棒を受け取った直後、秀介が声をかけてくる。

 

「・・・・・・はい、そうですけど・・・・・・?」

 

何を言うつもり?と美穂子は秀介と目を合わせる。

 

「過去に誰かにトバされた経験は?」

「・・・・・・ここ3年ほどはありません」

「そうかい」

 

それがどうしたの?と思っていると、秀介は100点棒を2本取り出しチャリッと右端に1本積む。

 

残る一本はピンッと跳ね上げて人差し指と中指で挟んで持ち直す。

 

そしてそれを自分の口元に近づけた。

 

 

「・・・・・・ちょっとトバしてもいいかい?」

 

 

そう言って、100点棒を口に銜える。

 

 

途端。

 

 

「っ!?」

 

ガタッと透華が席から立ち上がる。

 

美穂子も背中にゾッとするものを感じた。

が、息も忘れたかのように秀介と目を合わせたまま動かない。

 

完全に秀介に飲まれたのか。

 

 

と。

 

「ちょっとシュウ!?」

 

見学していた久がその肩を掴んだ。

その表情はいつになく険しい。

だが秀介は、む?と100点棒を銜えたまま振り向き。

 

「どした?」

 

と軽く返事をした。

 

「どうしたじゃないわよ!

 あんたまさかこんな場で・・・・・・!!」

 

こんな場で、とそこで久の言葉は止まってしまった。

何かを口にするのを躊躇うように。

そしてその何かを察したのか、まこが久に近寄っていく。

 

「落ち着きや、部長。

 志野崎先輩もさすがにこんな場で無茶したりはせんじゃろ」

 

のう?とまこが視線を向けると、秀介も久が言い淀んだ何かを察したのか、笑いかけた。

 

「大丈夫だ、久。

 今は楽しく過ごして交流を深める合宿の最中だぞ」

 

そう告げると久はむっと表情を変える。

そこに先程までの険しさは無く、まるでからかわれたのがちょっぴり気に入らなかったりした時のような表情。

 

「・・・・・・ホントにホントでしょうね?」

 

秀介の一言で納得してしまったのか、久はそう言って念押しするだけだ。

久の言葉に秀介は笑いながら返事をする。

 

「ホントにホントだ。

 俺が嘘をついたことがあるか?」

「心当たりしかないわ」

「マジでか、そんな酷い言われ方されるとは中々ショックだ。

 ちょっと気分転換に・・・・・・」

 

そう言って秀介は100点棒をタバコに見立てて、ぷぅと小さく息を吐いた。

 

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

「高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

 




キャプテンが手牌読みの達人と聞いて、こう言ういじめ方をしたいと思ったのは俺だけではないはず。
え?それとも俺だけ・・・・・・?

待っていてくれた方々もいらしたようでありがたい。
無双、始まります。


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27志野崎秀介その8 狙い打ちと挑戦状

「・・・・・・まぁいいわ、分かった」

 

久はそう言うとあっさり下がる。

そしてスッと対面の美穂子の後ろに向かった。

 

「今だけ、福路さんの応援をさせてもらうわ」

「おや、酷い。

 俺の活躍を応援してくれないのか」

 

秀介が100点棒を銜えたままにやっと笑うと、久はべーっと舌を出した。

その反応に秀介は笑ったままやれやれと首を小さく横に振る。

 

「なら仕方がないな」

 

そう言って秀介は山が積まれた自動卓の賽をカラララと回す。

 

 

「風越キャプテンをトバして久を取り戻すとするか」

 

 

「・・・・・・分かりました」

 

不意に美穂子が口を開いた。

そう言えば挑発的な発言を向けられたにもかかわらず、その後存在をスルーされていた気もする。

 

「私をトバすというその挑戦、受けて立ちます。

 今の一撃であなたに逆転されてしまいましたが、私はトバされることなく、むしろ再びあなたからリードを奪って見せます」

 

正面からそう告げると、秀介は嬉しそうに笑った。

 

「いいね、そうこなくっちゃ」

 

 

 

南三局1本場 親・秀介 ドラ{⑤}

 

7巡目。

 

秀介 64500

捨て牌

 

{南⑧六①④西} {8}

 

 

美穂子は秀介の捨て牌から得た情報を整理する。

 

(・・・・・・一先ず先程の上がりを考えると、また手牌をバラバラにされている可能性がある。

 手牌の並びはもう信用できない。

 それでも不要牌は不要牌で手の進行の読みに使える。

 

 まず3巡目に唐突な{六}切り。

 おそらくその周辺の牌が手牌に存在しないと思われる。

 萬子はあっても手牌に一面子、それも下寄り。

 {二三四なら五}を引けば繋がるし切り捨てるはずが無い。

 萬子の面子があるとしたら{一二三}。

 だけど筒子・・・・・・{①はツモ切りだけど⑧④}は手出し。

 それを考えると本命はやはり・・・・・・索子の混一!)

 

次巡、津山が切った{3}の方に秀介の視線が行き、一瞬動きが止まったのを確認した。

 

(やはり・・・・・・)

 

さらに秀介が牌をツモると、少しばかり渋い表情になる。

そして「やれやれ、勿体ない」と言わんばかりに、{[⑤](ドラ)}をツモ切りした。

 

({[⑤]}・・・・・・ドラな上に赤が不要な面子はほとんど存在しない。

 やはり手の中に筒子も無い・・・・・・。

 仮にチャンタ、純チャン、混一狙いだとしたら、南場で親の第一打に{南}切りはあり得ない。

 索子の清一まで警戒した方がいいかも。

 それも津山さんの牌を鳴こうとした事を考えるとまだ聴牌していない)

 

美穂子 55300

手牌

 

{一二三②⑦⑨33678發發(横發)}

 

聴牌。

待ちはカンチャン{⑧}で決して良くは無い。

だがもし危険牌の索子を引いてきたら抱え込んで{⑦⑨}を切り出してやればいい。

役牌もあることだし、聴牌はとるが後からどうとでも対応できるようにリーチで攻めたりはしない。

{②}を切って様子見とする。

 

 

「ロン」

 

 

「・・・・・・え?」

 

秀介から不意に上がった声に美穂子の動きが止まる。

ジャララララと秀介の手牌が晒された。

 

 

{一二三①③⑨⑨123789} {(ロン)}

 

 

「純チャン三色、満貫の1本付け」

「そんな!?」

 

秀介の捨て牌には手出しの{④}がある。

一牌で二翻アップが狙える{[⑤]を期待して②-⑤}で待っていれば、平和ツモドラ赤。

リーチをかけていれば満貫、裏ドラが乗れば跳満まで見える手。

まだ手変わりが狙えそうな8巡目だというのに、確定とはいえそれをリーチも掛けずに純チャン三色カンチャン待ち?

 

いや、純チャン三色なのは別にいい。

それよりリーチをかけていれば跳満確定、一発裏ドラで倍満まで見える手。

なのになぜ黙テン!?

しかもさっき見せた津山さんの{3}を鳴こうかという気配は何!?

出来面子の{123}を崩して鳴く必要は無い。

なのにわざわざ一瞬間を開けたのは・・・・・・。

 

(やはり・・・・・・私を狙う為・・・・・・!)

 

宣言通り、秀介は本気で美穂子をトバしにきているようだ。

人を狙い打つという経験は数々してきたものの、これだけ狙い打たれた経験は始めてだ。

 

いや、思い返せば一度あった。

 

あれは確か中学3年での試合。

 

 

竹井久が上埜久だったころ、あの悪待ちで点棒を削られた経験があった。

 

 

あれ以降さらに能力に磨きをかけ、今では校内で自分を狙い打とうなんて考える輩もいないほどの実力を身に付けた。

 

その自分が、今再びこうして点棒を削られている。

 

相手はあの上埜久と仲の良さそうな謎の男子、志野崎秀介。

 

(・・・・・・冗談じゃない)

 

美穂子は再び久と戦う時を夢見てここまで実力をつけて来たと言っても過言ではない。

なのに久と戦う機会無く、よりによって彼女と一番仲の良さそうな、しかも男子に負けるなんて!

 

・・・・・・負けられない!

 

今自分の後ろで応援してくれている上埜さんの前でそんな真似はできない!

 

何としても絶対に負けられない!

 

不安を振りきるように、キッと秀介を睨むように視線をぶつける。

 

秀介はそれを見てフッと笑い、右端に100点棒を一つ追加する。

 

「2本場、続けて行くぞ」

 

 

 

南三局2本場 親・秀介 ドラ{①}

 

美穂子 43000

配牌

 

{三②②④⑧236(横3)88東發中}

 

まずは{⑧}を切り出していく。

次巡{中}をツモった。

役牌が対子、誰かと持ち持ちにならない限り一翻は確保したと言ってもよさそうだ。

{東}を切り捨てる。

 

手は進んで行って7巡目。

 

{三四五②③④23567中中(横中)}

 

{中}が手牌で暗刻になったのは幸いだが、配牌からあった他の対子が横に伸びてしまい、結果的に頭が無くなってしまった状態だ。

両面受けの{23を残す為に、}途中で{233から3}を切ってしまったのは失敗だったようだ。

それを頭でとっておけば上がりの形だったのに。

 

(・・・・・・後悔しても仕方がない)

 

他の面子が伸びるのに期待するとする。

{3を切り出して2}で単騎待ちだ。

出てくれればラッキー程度だが、そうそう幸運なことは起きない。

次巡。

 

{三四五(横三)②③④2567中中中}

 

運よく頭ができた。

{三-六}待ちで聴牌。

美穂子はちらっと秀介に視線を向ける。

 

(・・・・・・先程から狙い打たれてる・・・・・・この局も何か仕掛けてくると思っていた方がよさそうね)

 

聴牌にとるがリーチはかけない。

危険牌を引いても対応できるようにと考えての事。

 

そして次巡、秀介から声が上がる。

 

「カン」

 

パタパタと手牌の{⑦}が4つ晒される。

 

「カンドラ、めくってもらえますか?」

「・・・・・・分かりましたわ」

 

秀介に言われて王牌が目の前にある透華が新ドラをめくる。

 

現れたのは{⑥}だ。

 

「なっ・・・!?」

 

めくった透華も驚く。

これで秀介はドラ4確定。

ノミ手で満貫だ。

嶺上牌の{南}はツモ切り。

 

聴牌と考えた方がいいだろうか。

そう思いつつ美穂子は牌をツモる。

 

{三三四五②③④56(横西)7中中中}

 

秀介捨て牌

 

{二八東北1③85} {南}

 

今ツモってきた{西}はまだ誰も捨てていない生牌だ。

待っている可能性もあるかもしれない。

かと言って美穂子が聴牌を維持するには{西か三}を切るしかない。

その{三}は最初に萬子整理がされていて安全そうに見える。

しかし相手は志野崎秀介、昨日の池田といい今回の東三局といい最初に整理した色を頼りに捨てていたら上がられていたという事態があったし迂闊に信用できない。

 

どうする?

 

美穂子にしては珍しく長考する。

 

いっそ降りる?

いや、それこそ負けを認めたようなもの。

このまま上がり続けられたら自分に限らずいずれ誰かがトバされる。

その頃には点数も大きく引き離されてしまっている事だろう。

 

なら聴牌を維持し続けるしかないか。

切るのは{三か西}。

両方が待ちになっている可能性は・・・・・・{三と西}のシャボ待ち。

あるいは{四五六六六西西}と言った変則三面張。

 

だが透華の捨て牌に{三}が一つ。

自分の手牌と合わせて3枚見えている。

シャボ待ちの可能性はあり得ない。

 

そして津山の手牌。

自分の読みからして{六}は2枚入っているはず。

変則三面張もありえない。

 

やはりどちらかが通る。

 

なら、通るのはどちらか?

 

{三}か、

 

{西}か。

 

 

美穂子の思考はいつになく長く、しかし他家の迷惑にならない程度の時間。

 

やがて美穂子は捨て牌にトンと

 

{西}を置いた。

 

「・・・・・・どうですか?」

 

 

ホッと一息ついたのは秀介の手を確認した上で、現在美穂子の後ろで手牌を見ている池田。

 

秀介 76800

手牌

 

{二四六六999西西西} {(ドラ)■■⑦}

 

三暗刻カンチャン{三}待ち。

もし振っていたらドラ4と合わせて跳満だ。

 

(さすがキャプテン!ちゃんと回避したし!)

 

自分の事のように嬉しくなる池田。

秀介の方を見るとそちらも、ほぅと感心したような表情をしていた。

 

「やるね、風越キャプテン」

 

フッと秀介は笑った。

通した!と美穂子も笑う。

 

 

が、秀介はパタパタと{西}を倒した。

 

 

「そっちは安目だよ。

 カン」

 

 

{西}の大明槓!?

三暗刻が崩れて一気に役無しだ。

何をやっているの!?と後ろで見ていた面子も顔をしかめる。

 

 

そんな中、

 

咲は一人、とてつもない寒気を感じていた。

 

「み、宮永さん?どうしました?」

 

和がおろおろしながら咲を気に掛ける中、秀介は嶺上牌に手を伸ばした。

 

途端。

 

「ひぅ!?」

 

咲は感じていた寒気に耐えきれず、座り込んでしまった。

 

例えるなら、自分の領域を土足で踏み荒らされたような悪寒!

 

 

それはマホに自分の模倣をされた時とは比べ物にならないほどの不安、そして恐怖だった。

 

 

タァン!と秀介のツモ牌が卓に叩きつけられる。

 

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌が倒された。

 

 

{二四六六999} {西横西西西(ドラ)■■⑦} {(ツモ)}

 

 

嶺上開花(リンシャン)ドラ4、満貫と2本付けの責任払い」

 

 

 

結局{三}で跳満に振り込んだよりもわずかに安かった程度、結果はさして変わらない。

 

{三切りでも西}切りでも、どちらにしろ上がられていた。

 

なら・・・・・・どう打てば良かったのか。

 

降りていればあっさり津山か透華が上がっていたかもしれない。

しかし逆に{9}をツモられていたら、暗カンから嶺上開花三暗刻という可能性もある。

美穂子が降りたのを見て大明槓の責任払いを諦め、リーチを掛けられていたりしたら裏ドラがどうなっていたか。

 

 

正解は分からないまま、積み棒は3つに増えた。

 

 

 

南三局3本場 親・秀介 ドラ{六}

 

透華 67200

配牌

 

{三四五七八⑤⑦⑦399西中}

 

(・・・・・・あら?)

 

平和手の三向聴。

この局、秀介の流れ一辺倒になってから初めて、透華に好形の配牌が来る。

ちらっと秀介と美穂子の様子を窺う。

 

(この二人の対決・・・・・・というより、もはやこの志野崎という男の独壇場・・・・・・。

 風越の部長さんが一矢報いるのかどうか気にはなりますけれども・・・・・・)

 

ピーンと、透華のアホ毛が立ちあがった。

 

(だからと言って私が目立つのを控えるという選択肢はあり得ませんわ!

 チャンス手も来たことですし、この場はお二人だけの場ではないということを知らしめてやりませんと!)

 

フフフフフと怪しく笑う透華。

 

果たしてその思惑通り、手は順調に進んだ。

 

そして6巡目。

 

{三四五七八九⑤⑥⑦⑦(横⑦)699}

 

多少無駄ヅモはあったものの、誰よりも早く聴牌である。

しかも変則三面張、待ちは広い。

さて、と透華は秀介に視線を向けた。

 

(この志野崎という男、今回も風越の部長狙いなのでしょうけれども・・・・・・。

 その隙を突く為なら黙テンが一番。

 しかしそれでは役無し、ロン上がりができませんし・・・・・・)

 

チャッと透華は{6}を手に取る。

 

(やはり、目立てませんものね!!)

 

そしてそれを横向きに捨て牌に並べた。

 

「リーチですわ!」

 

 

周囲の視線も秀介と美穂子に向いていた模様。

突然の透華のリーチ宣言にざわざわと声が上がる。

美穂子も思わず透華の方に顔を向けた。

 

(リーチ? 手がよさそうだとは思っていたけれど、志野崎さんに流れがあるこの状況でこんなに早いリーチが入るなんて・・・・・・。

 志野崎さんなら私だけでなく他家の手の進行を阻害する為に何かしそうですけど・・・・・・)

 

ちらっと秀介に視線を向ける。

 

(ここで仮に龍門渕さんに上がられたら志野崎さんの連荘が止まる。

 既に私と彼との点差は十分と見て局を流すつもり?

 でも私をトバすという宣言までしたし・・・・・・それとも他に何か狙いが・・・・・・?)

 

分からないがともかくある意味チャンスかもしれない。

これで秀介の意識が透華に向いてくれれば自分へのマークが甘くなり、もしかしたらその隙に上がれる可能性もあるかも。

美穂子はそう思い、安牌を切りつつも聴牌を目指していく。

 

一方の秀介は特に慌てる様子も無く安牌を切ってくる。

 

(ならば私自らツモ上がるだけですわ!)

 

透華はぐぐぐっと力を入れてツモる。

が、上がり牌は来ない。

 

(一発ならず・・・・・・まぁ、いずれ来るでしょう)

 

誰かが捨てたらロンでもいい。

気楽に考えて巡を進めて行く。

 

 

 

そうして訪れた17巡目、残りツモ5牌である。

 

(な・・・・・・何で上がれませんの!?)

 

待ちは{④-⑦・9}。

12牌の内{⑦}は自分で3枚、{9}は2枚使っているので残りは7枚。

他家にツモられる可能性は十分にあるがそれでも1枚くらいはツモってもいいはずだ。

引いて頂戴!と願って引いた牌は{中}。

上がり牌ではないし他家も捨てている完全なる不要牌だ。

顔をしかめながらツモ切りする。

これで自分のツモは残り1回。

親が上家の秀介で誰からも鳴きが入っていないので、透華のラスヅモは海底牌。

 

(海底で劇的に上がり!なんてやってみたいですわね、衣みたいに)

 

もっとも衣にとっては劇的でも何でも無く、当たり前のようにやっていることなのだが。

 

一方の美穂子。

 

{一一①②③34[5]南南白白白}

 

この終盤、美穂子も聴牌していた。

{一と南}のシャボ待ち。

だが残念、既にどちらも捨てられており上がり目0だ。

美穂子にとってのラスヅモは{⑨}、問題なく切る。

 

そして津山。

 

{五五(ドラ)六七[⑤]⑥⑥⑦⑧456}

 

聴牌にはならず。

そしてツモってきた牌も{北}。

ため息交じりに切り出した。

 

そして18巡目。

秀介が牌をツモる。

ふむ、と一息つくとその牌をそのまま捨て牌に置いた。

 

 

 

横向きに。

 

 

 

「リーチ」

 

 

はっ???

 

 

全員の視線が秀介に集まる。

 

 

だって、もう残るツモは無い。

 

後は透華がツモる分しかないのだ。

 

つまり秀介のその手、上がる可能性があるとしたらあと一牌・・・・・・。

 

 

リーチ一発河底というバカバカしい上がりのみ。

 

 

透華の目が大きく開かれる。

 

(まさか・・・・・・私がここであなたの上がり牌を引くとでも!?)

 

 

ありえない。

ありえない。

ありえない。

 

デジタルの思考としてありえない、受け入れられない!

 

 

でも。

 

 

まさか・・・・・・?

 

 

(もしここで私が引いたりしたら・・・・・・?)

 

ごくりと喉が鳴る。

 

ありえない、通常ありえない。

 

ありえないけど・・・・・・まさか・・・・・・もしかして!?

 

 

秀介の表情はなんてことない、余裕に満ちている。

 

自分が特別な事をしているという感情も無いのだろう。

 

口に銜えた100点棒がくいくいと動いている辺りからもそれが感じられる。

 

 

ただ、リーチがしたいからリーチをした。

それだけ、とでも言いたげに。

 

 

そしてその余裕がさらに透華を不安にさせる。

 

 

まさか、まさか、まさか・・・・・・。

 

 

そう思いながら透華は山に手を伸ばした。

 

 

「・・・・・・おい、シュウ」

 

不意に声が上がり、透華はその手を止めた。

何事?と一同の視線が声を上げた人物に集まる。

声を上げたのは靖子だった。

この状況で何を?と注目が集まる中、靖子はあきれ顔で告げた。

 

 

「自分のツモが残っていない状態でのリーチは禁止されているぞ」

 

 

「・・・・・・マジで? そうだっけ?」

「だからあれほど大会に出ておけと・・・・・・」

 

やれやれと靖子はため息をつきながら頭を抱えた。

そう言えばいつぞや連荘で和をトバした時も「八連荘って無いんだっけ?」とか言っていた気がする。

大会に出ていなかったからルールもよく分かっていないという事か。

 

そんなルールもあったっけ?と忘れるほどに周囲の一同も今の場面に飲まれていたのだろう。

その空気も今のやり取りで弛緩した。

 

「・・・・・・まったくいいところだったのに・・・・・・気を付けるんだぞ」

「はいはい」

 

靖子に言われて秀介は牌を縦に戻す。

しかしリーチ棒を出す気配がなかった辺り、実はルールを知っていて悪ふざけをしていたのではないか?とも思える。

 

 

とりあえず先程までの緊張感は霧散した。

が。

 

(・・・・・・むぐぐ・・・・・・!)

 

これから海底牌をツモる本人、透華は山に手を伸ばすとやはり緊張が再びこみ上げて来た。

だがこのままツモらないわけにもいかない。

チャッと海底牌をツモる。

 

 

{七}

 

 

既にリーチをかけている透華は上がり牌で無い以上ツモ切りするしかないのだが、一応ちらっと全員の捨て牌を確認する。

海底牌ということは捨て牌もかなり切られているので確認も一苦労。

{七}は・・・・・・美穂子も津山も切っている。

スジの{四}も同じく。

というか{四}に至っては自分も切っている。

 

では肝心の秀介は?

 

萬子はあちこち切られている。

透華の記憶が確かならばツモ切りされた牌もかなりある。

 

しかし、肝心の{四-七}は切られていない。

上がり牌という可能性はある。

 

あるが、しかし。

 

(・・・・・・い、いえ、そんなことあるわけがないですわ)

 

透華は不安を振りきるように{七}を捨て牌に置いた。

 

さぁ、秀介はどうする?

 

上がるのか?

それともこのまま流局か?

 

 

パタンと秀介の手牌が倒された。

 

流局の聴牌宣言?

 

否、である。

 

 

{五(ドラ)②③④④④④67899} {(ロン)}

 

 

「ロン、河底ドラ1。

 3900(ザンク)の3本付け」

 

 

 

辺りは静まり返っていた。

 

まさか、本当に河底ロン上がり!

 

しかも他に役が無い!

 

本当に、本当に、河底一牌にのみ狙いを絞ったかのような上がり!

 

それだけでは無い。

 

透華の残った上がり牌の内6牌が押さえられている!

 

 

「・・・・・・ちょっと失礼しますわ」

 

さらに透華は自分の前の王牌に手を伸ばし、チラッと裏ドラを確認した。

 

他の誰も確認できない早さで、それはすぐにパタンと閉じられる。

 

周囲は「えー、見せてよ」と不満気だった。

 

しかし透華の表情から、まさか?と察する者もいる。

 

 

危うく声を上げるところだったその裏ドラ牌は、

 

 

{8}

 

 

つまり裏ドラは{9}。

 

もし先程のリーチが認められていたとしたら・・・・・・?

 

 

秀介のこの手、リーチ一発河底ドラ1、さらに裏2。

 

 

4つ抱えられた{④}がそのままドラになる事は無かったが、6巡でリーチを掛けることができたのに危うく跳満直撃されるところだった。

 

この一事には透華も動揺してしまう。

 

鳴きも無かったのに上がり牌はほぼ押さえられていて、しかも河底ロン上がり・・・・・・。

 

 

はっと思い至り、透華は衣に視線を向けた。

 

 

一向聴で手が止まったまま誰も上がれず、そして海底牌で上がりをさらう衣。

 

今の秀介の打ち方はそれに似ている。

 

しかも海底ではなく河底。

 

 

これはまさか・・・・・・いや、間違いあるまい。

 

 

志野崎秀介から天江衣への挑戦状!!

 

 

 

衣の表情は傍目には無表情。

 

だが付き合いの長い透華には分かる。

 

わずかに滲み出る怒りのような感情。

 

そして同時に湧き出る、

 

歓喜の感情!

 

 

 

自動卓に牌が流しこまれ山が出来上がっても、秀介の視線は衣に向かなかった。

 

意識して避けているように。

 

しかしそれにもかかわらず、衣の感情を感じ取ってそれをからかって遊んでいるかのように。

 

 

 




そしてまだこのメンバーでの対決は終わらない。


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28志野崎秀介その9 罰ゲームと謎の人物

今回はあちこち視点を変更して、時間軸も多少前後してます。
演出上こう言う順に話を進めましたけど、混乱したらごめんなさい。


南三局6本場 親・秀介 ドラ{白}

 

美穂子 3700

 

{⑤⑥⑦⑧24448(横7)9發發發}

 

「・・・・・・」

 

試合途中の笑顔もどこへやら、美穂子は苦しそうな表情で秀介の捨て牌に目を向ける。

 

秀介捨て牌

 

{1南西一三七} {横⑨(リーチ)}

 

秀介が透華から河底ロン上がりをした後も、延々と美穂子は秀介に狙い打たれていた。

 

まだ誰も手がまとまっていないような6巡目でタンヤオ三色ドラ1に振り込み。

狙い打たれていることを警戒して逆に見え見えの間4ケンを切ったら、それすらも読まれていたようで再び満貫手に振り込み。

 

そしてこの局、もはや何が危険か美穂子には全く読めなくなっていた。

筒子の混一? 最初に切られた索子の混一? 逆に一番切られている萬子?

タンピン手? 逆にチャンタ系? はたまた七対子?

どのパターンも昨日の様子見から含めて上がられている。

 

自分の手は發のみだが{⑤-⑧、2-3}待ちどちらでも選べる。

しかしその際切るのは{⑤か⑧か2}。

実は最初に{1を切っておいての2-5待ち、⑨切ってリーチ宣言しておいて⑤-⑧}待ち。

どちらも秀介ならやりかねない。

それは散々振り込んできた美穂子にとって拭いきれない恐怖。

 

どうする? どれを切る? どれを切ればいい?

 

自慢の右目を開いているにもかかわらず、彼の手牌は全く読めない。

降りようにも安牌すら無い。

 

どうする? どうする? どうする? どうする?

 

もはや苦しんでいるというよりも、今にも泣き出しそうな表情。

延々と悩み、手牌のあちらこちらに手を伸ばした挙句、美穂子は{發}に手をかけた。

完全に手を崩しての降り打ち。

おそらく心が完全に折れたのだろう。

 

もう・・・・・・彼に立ち向かうことができない・・・・・・。

 

それは美穂子の降伏宣言だった。

 

 

「ロン」

 

 

「・・・・・・えっ・・・・・・」

 

 

それすら、彼はばっさりと切り捨てた。

秀介の手牌の端から{發}が現れる。

 

「リーチ一発」

 

そして残りの手牌が倒された。

 

 

 

{四五五六六七⑥⑦⑧666發}

 

 

 

「・・・・・・のみ。

 3900(ザンク)の6本付け」

「・・・・・・そんな・・・・・・」

 

秀介の今までの実力を見れば美穂子の手牌に{發}が暗刻である事を察していてもおかしくない。

リーチ宣言牌の{⑨を取っておけばノベタン⑥-⑨}待ち。

その前の{七}を抱え込んでいればタンヤオ一盃口だ。

にもかかわらずそれらを切り捨ててリーチ一発のみ、待ちは美穂子の降り打ちを狙った{發}単騎待ち。

 

がっくりと、美穂子は頭を下げた。

 

「・・・・・・トビ・・・・・・です・・・・・・」

 

 

 

美穂子  -200

津山  40000

秀介 127600

透華  61400

 

 

 

 

 

試合が終わり、各々席を立つ。

 

結局美穂子の点棒の全てが秀介の元へ移った形だ。

キャプテンとして皆に合わせる顔が無い・・・・・・と美穂子は卓でしばし顔を伏せていた。

風越のメンバーも何と声をかけたらいいものかと遠巻きに見守るしかできない。

 

 

「福路さん」

 

そんな美穂子に声をかけたのは。

 

(・・・・・・上埜さん・・・・・・?)

 

久だった。

 

「・・・・・・ごめんなさいね、うちのシュウが。

 私達と打ってる時はわりと冗談半分な空気だからなんてこと無いんだけど、さすがに他校のあなたにはきつかったわよね。

 あいつには言っておくわ」

「・・・・・・いえ・・・・・・」

 

落ち込むのは決して悪いことではない。

だが今この状況、他校の久に気を使わせてしまっている。

おそらく同じ風越の後輩たちにも。

 

これではキャプテンとして余計にいけない、そう思い美穂子はこっそり涙を拭うと席から立ち上がる。

 

「・・・・・・ありがとうございます、竹井さん。

 志野崎さんにトバされたことですが、気にしていません。

 こんなこと久々なので少し落ち込んでしまいましたけど・・・・・・。

 私がこの先麻雀を続ける限り、きっとこういう事態もあるはずです。

 その時に同じように落ち込んでいたのでは色々と示しがつきませんものね。

 今日の事は前向きに受け止めたいと思っています」

 

久に正面から向き直り、そう言って頭を下げる美穂子。

これには久も驚きだ。

 

「・・・・・・そんな風に受け取れるのね、あなたは。

 強いのね、さすがキャプテンだわ」

「いえ、あんな打ち方をする人と付き合いの長い竹井さんこそ」

「あら、言うわね」

 

そう言ってお互いに笑い合った。

 

「ね、名前で呼んでもいいかしら?」

「えっ・・・・・・」

 

不意の提案に戸惑う美穂子。

だが嬉しく無いわけがない。

なんとなく気恥ずかしくて頬が赤くなる気もするけれど。

 

「・・・・・・は、はい、是非とも」

「そう、よろしくね、美穂子。

 私も久って呼んで」

「は、はい・・・・・・久・・・・・・さん・・・・・・!」

 

久はクスッと、美穂子は照れ臭そうに再び笑った。

 

「さて、じゃあ私はシュウに文句の一つでも言ってくるわ。

 何か言いたいことがあったら伝えるけど?」

 

そう言われ、「特には・・・」と言いかけて少しだけ考える。

そして。

 

「・・・・・・機会があれば、また打っては頂けませんか?と」

「あらら・・・・・・」

 

久は何やら複雑そうな表情をしながらも「分かったわ」と引き受けた。

 

「それじゃ、また後でね、美穂子」

「は、はい!」

 

名前で呼ばれることに慣れていないのか、ドキッと反応しながらも返事をする美穂子だった。

 

「キャプテン!」

 

不意に後ろから声を掛けられる。

振り向くとそこにいたのは池田を始めとする風越のメンバー。

 

「あ、あの・・・あの・・・・・・」

 

声を掛けたはいいものの、その後の言葉が続かないようだ。

そんなメンバーに美穂子は笑いかける。

 

「・・・・・・心配かけちゃったわね、ごめんなさい、みんな」

「い、いえ!」

 

美穂子の言葉にメンバーは顔を見合わせて、美穂子がもう落ち込んでいないようだと安心した。

 

「キャプテンの仇は私達が絶対討ちますし!」

「絶対決勝に残って見せます!」

 

皆の言葉に美穂子は嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう。

 私は失格になっちゃったけど、サポートと応援に回るわ。

 必ず誰かを決勝まで上げてあげるからね」

「はい! ありがとうございます!」

 

 

こうして、どうやら美穂子は一回り成長したようだった。

 

そんな様子を見守っていた久はやれやれと小さくため息をつき、しかし自分の事のように嬉しそうに笑った。

 

 

「・・・・・・それはともかくとして、あいつには一言言っておかないとね」

 

自力で持ち直したからいいものの、あれは対戦相手の心を折る打ち方だ。

あんな打ち方をされたら一生もののトラウマになってもおかしく無い。

なにが「楽しく過ごして交流を深める合宿の最中」だ、シュウめ。

 

久はブツブツと呟きながら秀介の元に向かった。

 

 

 

一方その秀介は。

 

「・・・・・・ん・・・ごくっ・・・・・・ごくっ・・・・・・!」

 

ガブガブとリンゴジュースを飲んでいた。

新しく買ってきたペットボトルの中身が一気に空になる。

それを見越して既にもう一本買ってきている辺り、本気でリンゴジュースで失った麻雀力を補給しているかのようだ。

 

「・・・・・・ふぅ・・・・・・」

 

空になったペットボトルを備え付けの小さなテーブルに置くと、ようやく秀介は一息ついた。

 

可愛い後輩たちは先程の秀介の打ち方に少しばかり恐怖を覚えてしまったのか、微妙に遠巻きに見守っている様子。

 

「そんな中でもお前は隣にいてくれるんだな、まこ。

 見ていて楽しんで貰えたかな?」

 

秀介はそう言って、一つ席を開けて右隣に座っているまこに話しかける。

だがそのまこも何やら頭を抱えて蹲っている様子。

 

「・・・・・・どうした、具合悪そうに」

「・・・・・・1年くらい前を思い出しとったんじゃい」

 

そう言って秀介を睨むように視線を向けてくるまこ。

1年くらい前、そしてこのまこの様子。

思い出すのは・・・・・・。

 

「・・・・・・「まこいじめ」か、懐かしいな」

「出来れば思い出したくなかったがの」

 

ぷーっと膨れるまこ。

何か嫌なトラウマでもあるらしい。

もはや今に始まったことではないが。

この子は過去にどれだけこの先輩に苛められてきたというのだろうか。

 

「・・・・・・今回のに比べたらわしが受けた仕打ちはまだましな方じゃけぇ、それでも半分くらいトラウマになっとるんじゃ」

「そうか、誰か知らないが酷い奴がいたもんだな」

「あんたじゃあんた」

 

そんなやり取りに笑いながら秀介は周囲を見渡す。

久を見つけたがどうやら風越のキャプテンと話しているようだ。

 

「・・・・・・なら仕方ないか。

 お前なら久も許してくれる事だろう」

「・・・・・・何がじゃ?」

「んじゃ、罰ゲーム執行」

 

まこが聞き返した時には既に秀介はごろんと横になり、まこの膝に頭を乗せていたところだった。

 

「え、ちょ・・・・・・ええっ!?」

 

俗に言う膝枕。

 

「ちょ! 志野崎先輩! 何しとるんじゃ!」

 

赤くなって声を荒げつつも突き落したりできないでいるまこ。

 

と、不意に秀介の額に浮かぶ汗が目に入った。

試しに額に触れてみる。

 

「・・・・・・特に熱は無いぞ。

 ただ強いて言うならば少し頭が痛い」

「・・・・・・無茶するからじゃ」

 

まこはハンカチを取り出すとその汗を拭ってあげる。

 

「・・・・・・スマンな」

「・・・・・・こう言うのは部長の役割のはずじゃ」

 

そうやって汗をぬぐい終える頃には秀介の表情がいくらか和らぐ。

そして・・・・・・。

 

「・・・・・・寝とる」

 

いつの間にやら眠りについていた模様。

そこでふと我に返った。

 

男を膝枕、汗をぬぐってあげる、眠りにつかせる。

 

完全に彼氏彼女のやり取りではないか。

 

これは困った。

周囲がどんな視線でこちらを見ているかと考えると恥ずかしくて顔があげられない。

しかしこのまま秀介の顔をじーっと見ているというのも恥ずかしい。

仕方なく誰もいない方向にプイッと顔を背ける。

さっきも言ったがこう言うのは久の役割のはずだ。

 

まったく。

 

無茶して本気の麻雀を打って。

 

たかが合宿の練習試合だというのに。

 

何故この先輩はそこまで無茶をするのか。

 

とりあえず寝てしまっている人間にグチグチ言うわけにもいかないので心の中にしまっておく。

 

その分起きたらぶつけてやろう。

 

 

 

「お爺様、あの人・・・・・・」

 

秀介の試合を見学していた数絵が声をかける。

正直あれ程の実力者は見たことが無い。

県大会の決勝戦を見学していた時に見た天江衣とはまた違った恐ろしさだ。

 

とんでもない強さです、と言葉を続けようとしたがそれが止まる。

何故なら話しかけた相手、南浦プロの表情は今まで数絵が見たことが無いものになっていたからだ。

信じられないものを見たかのような表情。

確かに信じられない強さだったが、その表情は何か違う。

麻雀の強さがではなく、別の何かに驚いているかのような。

 

「・・・・・・お爺様?」

「・・・・・・まさか・・・・・・そんなわけが・・・・・・しかし・・・・・・!」

 

激しい動揺が感じられる。

彼の打ち方に何か気になるものでもあったのか。

 

「・・・・・・数絵、ちょっとすまん」

 

南浦プロはそれだけ告げて彼に向って歩き出す。

 

「・・・・・・お爺様・・・・・・」

 

数絵は訳が分からずにそのまま見送るしかできなかった。

 

 

 

試合を終え、席から離れた人物の一人、龍門渕透華。

去っていった秀介の背中をじーっと見ていた。

決して彼の独壇場で試合が終わったことを怒っているわけではない。

 

「透華」

 

一が声をかけてくる。

 

「透華、大丈夫?」

 

一も最初は、今の試合展開に透華が怒っているのかと思っていたが、近づくにつれてそうではなさそうだと察する。

では透華は今何を考えているのか。

 

「・・・・・・ちょっとごめんなさい、はじめ」

 

透華はそう言って卓から離れると、ある人物の元に歩み寄る。

彼女も透華の接近に気付いて手元のノートパソコンの操作を止め、顔を上げた。

 

「ともき」

「・・・・・・はい」

 

声をかけた相手は同校の智紀。

どんな用事かと思いきや。

 

 

「あなたのパソコンの中にある、私が今まで見て来たネットの上位ランカー、Sリーグのトッププロ達の牌譜を見せてくださいまし」

 

 

そんな要求をした。

 

 

「・・・・・・今探しているところです」

 

智紀はすぐにパソコン画面を透華に向ける。

どうやら彼女もそれを見ていたようだ。

 

「・・・・・・やはり透華さんも同じ考えを?」

「・・・・・・そのようですわね」

 

透華は智紀の隣に座り、共に画面に目を向ける。

 

「・・・・・・えっと、どういうこと?」

「何だ何だ? 二人揃って何してんだ?」

 

一と純が話について行けずにいると、いつに無く真剣な表情の透華に代わり智紀が答える。

 

「・・・・・・先程の志野崎秀介という方の打ち方・・・・・・見覚えがあったのです。

 それが誰だったかを調べています」

「調べるって・・・・・・それプロやランカーの牌譜じゃねぇか。

 調べるなら中学とか高校の全国大会じゃねぇのか?

 っていうか、調べるも何も名前まで分かってるんだろう?」

 

純がそう言うと一も頷く。

が、透華は首を横に振る。

 

「私が大会前に調べたのはそのトッププロや上位ランカーの牌譜ですわ。

 中学高校の大会は調べていません。

 でも・・・・・・その時に見たはずなのです、この打ち方を」

「・・・・・・私もそう記憶しています。

 ただその人物の名前や保存ファイル名までは・・・・・・」

 

智紀も同意見のようだ。

そうなると間違いは無いだろう。

 

「でもそうなると・・・・・・じゃあ、誰なんだよ、その打ち方した奴って。

 あいつネットとかやってて同じような打ち方してるのか?」

「・・・・・・それが分からないから探しているんですのよ」

 

透華は歯がゆそうに画面に目を走らせている。

その様子に一も純も小さくため息をついた。

 

「・・・・・・牌譜、印刷できないの?

 ボクも探すよ」

「そこまで言われたら俺も気になる、一緒に探させてくれ」

 

二人はそう言った。

だが。

 

「・・・・・・印刷している方が時間がかかります」

「・・・・・・こうなれば仕方ありませんわね」

 

ふむ、と画面から顔を上げると、透華はパキッと指を鳴らした。

 

「ハギヨシ」

「はい、透華お嬢様」

「おわっ!?」

 

突然の執事の参上にびくっと飛び跳ねる純。

そんな純をよそに透華は現れたハギヨシに命じる。

 

「あの男の打ち方は見ていましたわよね?

 それと同じような打ち方をしている牌譜がこの中にあるはずですわ。

 それを探してくださいまし」

「かしこまりました」

 

スッと頭を下げるとハギヨシは智紀からノートパソコンを受け取る。

直後、目にも止まらぬ速さで両手が動き出し、画面のスクロールが滝のように速くなった。

 

「・・・・・・これ、ちゃんと見切ってんの?」

「ハギヨシですから」

 

純の言葉に、何を当たり前の事を?と言う表情で透華が返す。

純は納得いかなそうな表情でハギヨシの操作を見ているのだった。

 

 

 

「・・・・・・何してんのあいつ」

 

秀介の元に戻ってきた久。

そこでまこに膝枕をされている目的の人物を目撃したところだ。

清澄部員に限らずそんな久の様子を目にした者達は、うわっと声を上げるのだった。

 

そんな周囲の反応をよそに、久はつかつかとまこに歩み寄る。

 

「あ、部長・・・・・・」

 

少しばかり怯えた表情でまこが迎えた。

本当なら逃げたかったのだが、秀介が膝に乗っている状況ではそう言うわけにはいかない。

 

「・・・・・・まこどいて、そいつ殺せない」

「殺すのんか!?」

 

まこの驚きをよそに久の右足がスッと上がる。

あ、これはカカト落としだ、と察したまこはとっさにそれを止めさせる。

 

「あ、あのな、部長。

 志野崎先輩はちょっと疲れとるようじゃけぇ、少し寝かせておくっちゅうわけには・・・・・・」

 

だが久は変わらず無表情で右足を上げたまま。

説得は失敗か、と思いつつ、まぁ志野崎先輩相手に本気でやるわけもなかろうと思い、スッと手をどける。

 

途端、久の右足が振りあげられた後、秀介の胴体をめがけて落下した。

 

と思ったが、見事右腕で受け止められている。

 

「・・・・・・酷いな、寝ている人間にカカト落としとは」

「寝ている人間が受け止められるわけ無いでしょう」

 

チッと小さく舌打ちする久。

そんな久をフッと笑いながら秀介は視線を移す。

 

そこは久の振りあげられた脚の根元辺り。

具体的には開けた浴衣の裾の中身。

 

「・・・・・・ふむ、似合ってるじゃないか、その・・・」

 

その言葉が続けられる前に久の左拳が顔面に振り下ろされ、しかし左手に止められたのだった。

本来なら中々にバイオレンスな光景になりそうだったが、どうやら秀介の手にかかればコメディー止まりらしい。

 

「ふんっ!」

 

パッと手も足もどける久。

秀介はフッと笑いながら起き上がる。

 

「・・・・・・まだ痛いな、頭」

「・・・・・・無茶するからよ、こんな合宿で・・・・・・」

 

顔を背けつつも心配していたのかそんな事を言う久。

その態度に笑いながら、秀介は再びリンゴジュースを口にする。

 

と、そんなやり取りをしていた秀介達の元に、一人の人物が訪れる。

 

「・・・・・・む?」

 

秀介が声を上げたことでまこも久もその人物に気付いたようだ。

 

「えっと、南浦プロ・・・・・・何か?」

 

久がそう言って迎える。

が、南浦プロの視線の先はどうやら秀介。

 

「・・・・・・何か御用で?」

 

秀介は再びリンゴジュースを一口飲み、それを脇に置いて南浦プロを迎える。

 

南浦プロの様子はどう見てもおかしい。

信じられないものを見たかのような表情だ。

 

「・・・・・・単刀直入に尋ねる」

 

そして南浦プロはそんな表情のまま、秀介に声をかけた。

 

 

 

新木(あらき)(かつら)という人物を知っているかね?」

 

 

 

 

 

カタカタカタとパソコンを操作していたハギヨシの手が止まった。

 

「・・・・・・透華お嬢様、この牌譜かと思われます。

 ご確認を」

「ありがとうございますわ、ハギヨシ」

 

やはり自分達が作業するよりも早く終わったか、さすが万能執事である。

そんな事を考えながら透華はハギヨシからノートパソコンを受け取り、表示されている牌譜に目を通す。

 

「・・・・・・間違いありませんわ。

 御苦労様、ハギヨシ」

「いえ、お役に立てて光栄です」

 

そう言って頭を下げると再びハギヨシはどこかへと消えた。

 

「・・・・・・」

 

瞬間移動さながらの光景を純が不思議そうに見ていたが、すぐに透華が見ている画面に目を向ける。

 

「んで、その牌譜は誰のなんだよ」

 

その言葉に、透華は表示されている名前を読み上げる。

 

 

 

「・・・・・・新木桂・・・・・・」

 

 




まこが可愛く見えたら作者の勝ちということで。

追記:点数ミスがありました、ご指摘感謝です。


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29沢村智紀その2 伝説と怒り

あれー?予想外に長くなってしまった。

新木桂・・・・・・一体何者なんだ(



「・・・・・・新木(あらき)(かつら)・・・・・・」

 

 

「・・・・・・で、それ誰だ?」

 

真顔で問いかける純。

と、小さく声が上がる。

 

「・・・・・・新木桂・・・・・・まさか・・・・・・!?」

「ん? どうした智紀?」

「・・・・・・」

 

純が声をかけるが智紀は「・・・・・・何でも」と首を横に振る。

そしてパソコンの別ウィンドウで新たに操作を始めた。

 

「以前調べてまとめた物があったはずです、少し待ってください・・・・・・」

 

そうして智紀が調べ始めると同時に一が声を上げた。

 

「・・・・・・思い出した。

 透華、この牌譜確か旦那様がオークションで手に入れたものだよ」

 

それを聞いて透華も思い出したように「あっ!」と声を上げた。

 

「そうですわ!

 新木桂・・・・・・確か存在する牌譜が半荘5回分しか無く、世間で出回っているのは牌譜をコピーしただけの物。

 私のようなデータを集めるだけの者としてはコピーでも十分だったところを、お父様が高値でオリジナルを落札したとか。

 本当か嘘かその為に子会社を潰したとか笑っていましたけど・・・・・・」

 

それは笑い事ではない。

純も「さすがに嘘だろ・・・・・・」と呆れている。

 

「・・・・・・ありました」

 

そんな話をしていると智紀から声が上がった。

どうやら探していたファイルが見つかったようだ。

 

「新木桂・・・・・・不敗と噂の伝説の麻雀打ち。

 プロの内何人かが世話になっており、さらに「新木桂がいなければ自分はプロになれなかった」とまで言われた人物。

 その正体や私生活はまったくもって不明」

「・・・・・・漫画とかの主人公で出てきそうな設定だな」

 

純がそう言うと、智紀は珍しく少しむっとしたようで言葉を続ける。

 

「・・・・・・実在したのは間違いないようです。

 それほど多くは無いですが実際にプロも話していますし。

 ・・・・・・まぁ、確かに信じられない伝説もいくつか残っていますが」

「例えば?」

 

今度は一に聞かれ、智紀は新たに別のファイルを開く。

 

「・・・・・・現役生活は15年以上、その間無敗。

 

 デジタル思考の先駆者。

 

 彼の打ち方は堅実で安定した勝利をもたらす。

 

 しかしある時期を境にデジタルではありえない打ち方で勝ち続けるようになる。

 

 その打ち方を見た者は、まるで未来を見通して牌を操っているかのようだったという言葉を残している。

 

 点数申告の仕方が独特。

 

 生涯麻雀以外では稼がなかった。

 

 自称彼の弟子は全国中にいる。

 

 天和で大逆転。

 

 満貫以上の上がりはされなかったのに気づいたら箱下だった。

 

 八連荘を認めていれば死ななかったのに」

 

「なんで認めてたら死ななかったんだよ」

 

何があったのか知らんけど逆じゃね?という純の突っ込みで新木桂伝説とやらは終わった。

一同でむーっと考えてみる。

 

「・・・・・・どれもこれも胡散臭いですわね」

 

透華の言葉に揃って頷く。

 

「・・・・・・で、結局どういうことなのだ?」

 

ふと気付くと、いつの間にか衣がソファーに座っていた。

先程までどこにいたのやら。

 

「あの志野崎という男の打ち方が新木桂とやらと似ていたとして、それはつまりどういうことなのだ?」

 

衣にそう言われて一同も「そういえばそうだった」と思考を改める。

 

「・・・・・・まぁ、単純に考えれば子供とかそういう?」

 

一がそう言う。

苗字が違うのは色々考えられるし可能性としてはあり得そうだ。

しかし智紀は首を横に振る。

 

「彼に子供がいたという話は無いようです。

 もしかして話に上がらない所で・・・・・・という可能性はあるかもしれませんけれども。

 ただやはり志野崎さんが新木桂の血を継いでいる可能性は低いと思いますし、直接の面識もありえません」

「何故ですの?」

 

血を継いでいる可能性はまだしも直接の面識もありえないとは。

透華の言葉に、智紀はパソコン画面に表示されているとある数字を指差しながら告げた。

 

 

「彼は私達が生まれる10年以上前に既に亡くなっているからです」

 

 

 

「・・・・・・新木桂・・・・・・?」

 

同じ頃、南浦プロの前で同じくその名を口にしていたのは久である。

 

突然の南浦プロの言葉に首を傾げる久とまこ。

そんな二人の態度を見ても南浦プロは変わらず秀介をじっと見ていた。

 

知っているはずだと確信しているように。

 

そして秀介は「ふむ・・・・・・」と考え込むようにし、苦笑いをしながら小さく首を横に振った。

 

「いえ、生憎と」

「・・・・・・他の人がいる前で話し辛いということなら別に場を設けるが」

 

一歩近寄ってさらにそう言う南浦プロ。

だが秀介はやはり考えるそぶりを見せる。

 

「・・・・・・確かに新木桂と言う名前は知っていますが、私とは無関係です」

 

その言葉に、南浦プロは表情を険しくして更に詰め寄る。

 

「それを信じろというのか・・・・・・。

 あの打ち方は瓜二つだ、生まれ変わりと言っても信じるぞ」

「・・・・・・そんな非科学的な事を信じておいでで?」

 

秀介はそう返す。

そしてそれ以上の言葉は続けない。

普段久達をからかっている時のような表情で笑うのみ。

年齢的には大先輩と言えるプロを相手にその仕草。

大丈夫なの?と久もまこも心配そうに二人の様子を見守っている。

 

秀介の言葉に南浦プロは苦虫をかみつぶしたような表情になった。

 

「・・・・・・確かに、自分で言っていて何だが私は生まれ変わりなんて信じていない。

 あの人に子供がいるなんて話は聞いていないし・・・・・・」

 

ごくっと唾を飲み込む南浦プロ。

唾と同時に緊張をも飲み込むかのように。

 

「・・・・・・君があの人を直接知っているわけがない」

 

「・・・・・・ええ、そうですね。

 

 確かに私と新木桂は接点が無い。

 

 あるはずがない」

 

「・・・・・・それでも、君があの人と全く無関係などとは思えない・・・・・・」

 

そんな呟きを最後に二人の間に沈黙が流れる。

やがて南浦プロもこの場でこれ以上は聞き出せないと判断したようで、小さく息をついた。

 

「君・・・・・・志野崎秀介君と言ったね」

「はい、清澄高校所属の3年生です」

「・・・・・・また後日、改めて話を聞かせてはもらえないかね?」

「・・・・・・さて、その時に新たに話せるような事があるかどうか」

 

最後に南浦プロが「失礼した」と頭を下げて二人の会話は終わった。

 

 

南浦プロの背中を見送りながら再びリンゴジュースを飲みだした秀介に、久が声をかける。

 

「・・・・・・シュウ、今のは・・・・・・何の話?」

 

すると秀介は、しまったと少しばかり表情を曇らせる。

 

「そうか、今度はお前達からも聞かれるわけか」

 

答え方を誤ったかなと思いつつ、やはり少し考えて秀介は返事をした。

 

「南浦プロの年代の人たちにしか通じない話」

「・・・・・・そう答えられると、何であんたがそんな話ができるのかって質問に続くんだけど」

 

結局のところ今の回答では何も通じない。

だがこの話の濁し方、付き合いが長い久はよく知っている。

真面目に答える気が無い時の話し方だ。

答える気が無いというか、答えることが秀介にとって何らかの不都合になる時の答え方。

ならばこれ以上問い詰めても答えは聞けなさそうだ、と久は判断する。

 

しかしまこはまだ納得いかなそうに喰いついてくる。

 

「志野崎先輩、新木桂って誰なんじゃ?」

 

その質問に、秀介は何か遠い目をしながら答えた。

 

「・・・・・・懐かしい・・・・・・その名を聞いたのは実に30年ぶりくらいだ」

「志野崎先輩、今いくつじゃ」

「18」

「計算が合わないじゃろが」

「うむ・・・・・・あれは俺がまだ-12歳くらいだった頃の話だ」

「-12歳ってどんな状態じゃ!?」

 

はっはっはっと笑いながら真面目に取り合わない秀介を、まこはぐぬぬと睨むことしかできなかった。

 

 

 

鶴賀のゆみは取っていた牌譜を見ながら険しい表情をしていた。

 

「どうしたっすか、先輩?

 怖い顔をしてると幸せが逃げるっすよ?」

「それはため息だと思うのだが・・・・・・」

 

やってきたモモの言葉に突っ込みつつ、そこは重要じゃないかと思い直した。

 

「今の試合の南一局、福路美穂子が親の時に気になることがあってな」

 

そう言ってゆみは牌譜とは別のメモ帳に何やら書きこんでいく。

やがて書き終わったのか、それをモモにも見えるように持ち変えた。

 

「南一局、龍門渕透華の配牌がこの形」

 

{一七①④⑤⑥⑧24(横⑨)69南南}

 

「そしてその後のツモが、無駄ヅモを除けばこれだ」

 

{八534④六}

 

「これで聴牌にこぎつけてリーチをした結果、彼女は見事上がりを取っている」

 

{六七八④④⑤⑥234456} {(ツモ)}

 

「そうでしたっすね」

 

ゆみのメモを見ながらモモが頷く。

で、それのどこが気になったのか。

 

「・・・・・・今度は福路美穂子の配牌だ」

 

{七③[⑤]⑧⑨1234899北} {發}

 

「この後、彼女のツモ番が回ってくる前に志野崎秀介が鳴きを入れ、ツモをずらす。

 その結果龍門渕透華は上がれたわけだが。

 仮にここで喰いずらしが無かったら・・・・・・」

 

鳴きが入らなかった時のツモは先程の透華のツモと同じ、{八534④六}。

これを美穂子の配牌に加えて不要牌を消していく。

すると手牌は綺麗な上がり形になった。

 

{七八③④[⑤]23344599} {(ツモ)}

 

「・・・・・・このように、龍門渕透華が聴牌した巡目で既に彼女は上がりの形になっていたわけだ」

「ふむふむ・・・・・・」

 

そう頷いておきながら、モモはすぐに「む?」と首を傾げる。

 

「・・・・・・どういうことっすか?

 鳴きが入った結果龍門渕さんが上がったけど、喰いずらしが無かったら風越のキャプテンさんが上がりを取っていた、っすか?」

「そうだ」

 

その事実を突きつけられ、モモはむむむと表情をしかめる。

 

「そんなの・・・・・・偶然としか思えないっす」

「私もそう思いたい。

 だが・・・・・・」

 

ゆみも同様に表情をしかめながら、しかし何かを確信するように告げた。

 

「・・・・・・福路美穂子の上がりを阻止して龍門渕透華に上がらせる。

 それ以外に、志野崎秀介が龍門渕透華の第一打を鳴いた理由が思い浮かばんのだ」

 

モモのしかめっ面が驚きに染まる。

そんなまさか、と。

 

「そんなこと・・・・・・狙ってやるなんて・・・・・・」

 

ごくりと唾を飲み込みながらモモは言葉を続けた。

 

「絶対無理っす、できるわけない・・・・・・ありえないっすよ・・・・・・」

 

それはゆみも思っていた。

無理だ、絶対に、ありえない。

口元に手を当てつつちらっと視線を秀介の方に向けてみる。

彼は久達と何か話しているようでこちらの視線に気づいた様子は無い。

 

 

志野崎秀介、お前には何が見えている・・・・・・?

 

 

まさか・・・・・・

 

 

未来が見えているとでも言うのか・・・・・・!?

 

 

 

「はてさて、そろそろ二回戦最後の試合を発表するぞー」

 

不意に聞こえた靖子の声に、それぞれ色々な理由で盛り上がっていた各校のざわめきが収まる。

気になることはいっぱいあるが今はまだ試合の途中に過ぎない。

いつまでも盛り上がって進行を止めるわけにはいかないのだ。

 

とは言っても二回戦最後の試合なので誰が戦うかは分かりきっている。

後は誰と戦うかという心構えだけ。

 

 

「第五試合、龍門渕-天江衣、風越女子-深堀純代、鶴賀学園-東横桃子、清澄-片岡優希

 第六試合、龍門渕-沢村智紀、高遠原中-夢乃マホ、清澄-竹井久、同じく清澄-原村和

 以上のメンバーは試合の準備をするように」

 

 

そのメンバー発表に、静まっていた周囲はまたざわめきだす。

特に第五試合の組み合わせが気になるのだろう。

 

東場で大爆発をする優希、一回戦で一発逆転を見せた深堀、そして衣も大火力を持っている。

唯一モモはそんな火力を持たないが、ステルスによる上がりはタイミングによってはリーチ一発も絡むし何より精神的ダメージが大きい。

初めから大火力の応酬になるのか、それとも序盤は下地作りに力を入れて後半で爆発を見せる展開になるのか。

いずれにしろ荒れる試合模様になりそうだ。

 

かと言って第六試合も捨て置けない。

様々な能力により衣を相手にしておきながらオーラスまでリードを保ち続けたマホ、一回戦ではあまり活躍できなかったが県大会では大量点を稼いだ久、デジタルで僅差の逆転を演じた和。

こちらも全くもってどのような試合展開になるのか予測がつかない状況だ。

 

各々どのような試合になるのか期待しつつ仲間を送り出していく。

 

 

 

「そんじゃ、行ってきますっす」

 

ゆみの気になる話に耳を傾けていたモモだったが、試合で呼ばれたのならばと大きく伸びをしてそう告げる。

 

「・・・・・・済まなかったな、折角の試合前に妙な話をしてしまって」

「いえ、私も気になっちゃいましたけど、試合は試合で頑張ってくるっすよ」

 

本当にすまなそうに頭を下げるゆみに、モモは笑顔で言葉を返した。

それを聞いてゆみも笑顔に戻る。

 

「でも先輩」

「ん?」

 

不意に声を掛けられて、どうした?と聞き返すゆみ。

モモはちょっとだけ拗ねたような表情で言葉を続けた。

 

「男の人を気にかけるのは、私の前じゃ禁止っすからね」

 

そう言ってビシッと指差した。

別にそう言うのではないのだがな、と少しだけ呆れながらもフッと笑ってゆみはモモの肩をポンと叩く。

 

「分かった、もう気にしない」

「約束っすからね。

 じゃ、行ってくるっすよ」

「ああ、楽しんで来い」

 

お互いに手を振り合った後、モモは卓に向って行った。

 

決して「いってらっしゃーい」と小さく手を振る残りの鶴賀メンバーの事が頭から消えているわけではない、と思う。

 

 

 

こちらはこれから試合を行うメンバーが最も多い清澄の優希、和、久。

そして和達の後輩マホだ。

 

「宮永さん、大丈夫ですか?」

「うん、もう平気。

 心配かけてごめんね、原村さん」

 

心配そうな表情の和と対称的に笑顔を浮かべる咲。

先程の秀介の試合を見ていてとてつもない悪寒に襲われた咲だったが、和がずっとそばにいたことで立ち直ったようだ。

もっとも和自身は何かをしたというよりも、そばにいるだけで何も出来なかったと思っているようだが。

オカルトな話を嫌う和にとっては「自分の能力を模倣された悪寒で動けなくなった」なんて理解不能、どうやって慰めようかなんて見当がつかない。

それでもずっと一緒にいて背中や頭を撫でていただけで次第に咲が落ち着いていったのは、それまでの二人の絆があったからだろう。

 

「落ち着いたようでよかったじぇ。

 のどちゃんは咲ちゃんをだっこできて役得とか思ってたりするのかー?」

「なっ!? そ、そんなことは思ってません!」

 

イシシシと笑う優希に声を荒げる和。

その一事だけでどうやら和の中にあった些細な落ち込みも無くなったようだ。

付き合いの長い二人。

それだけに些細な落ち込みも無くして全力で戦ってほしい、なんて想いが優希にはあったのかもしれない。

 

「じゃ、そろそろいくじぇ。

 のどちゃんのついででいいから私の応援も頼むじぇ、咲ちゃん」

「ついでなんて・・・・・・ちゃんと二人とも応援するよ」

 

優希の言葉にそう返す咲。

その返事に嬉しそうに笑顔を向けると、優希は隣の後輩にも声をかけた。

 

「マホも頑張るんだじぇ!」

「は、はい、頑張ってくるです!」

 

両手をぐっと胸の前で握るマホ。

気合いを入れているつもりなのかもしれないが傍目にはただの可愛い構えにしか見えない。

 

「3人共、頑張ってきてね!」

 

咲の応援に3人はそれぞれ手をあげて応えた。

 

さて、それでは早速応援の為に自分も卓に向かわなくては。

そうだ、部長の応援も忘れずに。

 

「ついでに京ちゃんも何か・・・・・・」

 

応援の言葉を言えば良かったのに。

そう言いかけたが、その京太郎は気づけば近くのソファーにもたれて何やらぐったりとしていた。

 

「・・・・・・大丈夫だ、咲。

 試合が始まるまでには立ち直るから・・・・・・それまでさっきまでのように放っておいてくれ・・・・・・」

 

第三試合でトバされた京太郎。

だが一や美穂子がトバされた時と違い誰かが慰めに来てくれたようなシーンは無かった。

秀介の試合の盛り上がりが激しくて皆がそちらに注目していたせいだろう。

だから未だに立ち直れなくても仕方のないことだ。

しょうがない、ここは幼馴染として自分が少しくらい慰めてやらなくては。

咲はそう考えて京太郎に声を掛ける。

 

「大丈夫、京ちゃんは京ちゃんで頑張ったよ」

「・・・・・・そうか、どの辺が頑張ったか教えてくれ・・・・・・」

 

そう返されてはどうにも返事ができない。

何せ咲も京太郎の試合を見ていなかったのだから。

これは困った、どうしよう?

困った時には先輩を頼るべし。

きっと同じ男である志野崎先輩が言っていた慰めの言葉なら京太郎も立ち直ってくれる事だろう。

そう考えた咲はぐっと親指を立てながらその言葉を告げた。

 

 

「最後の{[⑤]}切りは見事だったよ」

「それは染谷先輩の試合内容を見てなかった志野崎先輩の言葉じゃねぇか!!」

 

 

そして残る清澄の一人、久は髪を両サイドでおさげにまとめた後に軽く両肩を回していた。

 

「じゃ、行ってくるわね」

「ああ、行って来い」

 

そう言って見送る秀介は未だソファーにもたれかかったまま、まだ具合が悪そうだ。

久は小さくため息をつく。

 

「・・・・・・まったく。

 やっぱり卓から無理矢理引き離してやればよかったかしら」

「引き離す方法は確か・・・・・・膝に乗ったり後ろから抱きついてみたりするんだったか?」

「そんなことしないわよ!」

 

顔を赤くして、むぅぅと怒る久。

それを見て秀介は笑い、まこはやれやれとため息をつく。

そんな二人の反応に久はやがてプイッと横を向いてしまった。

 

「もういいわよ。

 ふらふらしたまま立たれてても困るわ、しばらくそうして休んでなさい」

「分かったよ。

 でも応援はしてるからな」

 

久の言葉にそう返す秀介。

その返事にいくらか機嫌を直したのか、素っ気なく「じゃあね」と手を振りつつもどこか嬉しそうに久は卓に向って行った。

 

「・・・・・・志野崎先輩、やっぱり無理はいかんよ。

 次にまた倒れるような事があれば、例え意識が無くてもわしは先輩を殴るよ」

 

久の気持ちの代弁、それに自身の想いもあるのだろう。

それだけ怒っているのだという意図を込めて、まこは少しきつめの声で秀介にそう言った。

のだが。

 

「・・・・・・志野崎先輩、どこ見とるんじゃ」

 

肝心の秀介の視線はこちらに来ていない。

かと言って久に向いているわけでもない。

どこを見て?とまこもそちらを向いてみる。

そこにいたのはおそらく、これから卓に向かおうという一人の少女。

 

「どうかしたんか?」

 

まこが改めて秀介に声をかけると、むぅと少し困ったような表情で秀介は答えた。

 

「・・・・・・何か睨まれてた」

「・・・・・・何をやらかしたんじゃ?」

「心当たりが無い・・・・・・って言うか、何で俺が悪いと思った?」

「悪いのは大概志野崎先輩だからじゃ」

「酷い言われようだ、後輩の面倒見がいい先輩に対して。

 お前、俺のいない所で久に対しても同じような態度取ってるんじゃないだろうな?」

「酷い扱いを受けてきた事に対する些細な復讐じゃ、志野崎先輩以外にはせんよ」

「周りにはいい顔で特定の男子にだけツンツンする、とな。

 確か「ツンデレ乙!」とか言うんだったな」

「・・・・・・」

 

もういい、こんな先輩放っておいて応援に行ってやろう。

言葉じゃ勝てないのだし。

そう思ってまこはソファーから立ち上がる。

 

「・・・・・・部長の応援行ってくる。

 志野崎先輩はそこで大人しくしとれ」

 

部長、さっさと試合終わらせてこの先輩の面倒見とくれや。

そんな事を思いながらまこは秀介に背中越しに手を振り、その場を離れる。

 

「おう。

 俺もすぐ行くから、それまで俺の分も一緒に応援頼むぞ、まこ」

「・・・・・・」

 

放っておこうと思った矢先にそんな言葉を向けてくるか。

本当に言葉では勝てない。

 

 

 

「では・・・・・・行ってきます」

 

スッと頭を下げるのは風越の大火力、深堀。

それに対して「頑張って!」「キャプテンの分まで!」と風越メンバーから声が上がる。

そんな中、キャプテン美穂子も深堀に駆け寄って声をかけてきた。

 

「深堀さん・・・・・・頑張ってきて」

 

今しがたトバされたばかりでまだ落ち込むところもあるだろうに、キャプテンとして示しがつかないとか自分自身を追い込む考えもしただろうに。

なのにそれを感じさせないようにいつものような笑顔で応援。

それだけで深堀を奮い立たせるには十分だった。

そんなキャプテンの想いに対する深堀の態度は、ぐっと拳を見せるだけで何も語らずに卓に向っていくというものだった。

その姿は実に頼りがいがある。

とても女には見えないなどと言ってはいけない。

例え美穂子以外の風越メンバー3人がそう思ったとしても。

 

それにしても。

 

(・・・・・・キャプテンを狙い打ちできる人間がいるなんて・・・・・・)

 

ちらっと秀介の方に目を向ける。

あの打ち方、手さばき、それに運もだろう。

全国トップクラス・・・・・・それどころかプロにも至るかもしれない。

男子とは言え今までそんな人間の噂が耳にも入らなかったなんて。

まぁ、風越は女子高だしそう言う噂自体まれだが。

それにキャプテンが清澄の部長の出場を、県大会の決勝戦まで知らなかったという前例もあるし。

 

当の秀介は同校のメンバーの応援をしているようだが、無理でもしていたのか今はソファーに座り込んだまま。

結局一度も視線が合わないまま深堀は卓に向き直る。

 

さて、今回は同卓に同じ風越の選手は一人もいない。

それはつまり一回戦の未春のように仲間に差し込んだり、仲間から上がらないように工夫したりと言う必要が無いことを意味する。

しかも対戦相手は高火力の優希と衣、そして県大会では一方的にやられた和。

今回は絶対に負けられないな。

そう気合いを入れながら腕をゴキンと鳴らす。

 

周囲にいた人たちは空耳に違いないと決め込んで視線を逸らしていた。

 

 

 

「衣」

 

帯が緩んでいた衣の浴衣、それを直しながら透華は話しかけていた。

 

「この時期にもなるとまだしばらく日は沈みませんわ。

 そうなればいくら衣といえどもあの清澄、風越の高火力相手に油断はできませんわよ?」

「言わずもがな」

 

透華の言葉に衣は不敵に笑い返す。

 

「あの二人とは是非とも全力で戦ってみたいと思っていたのだ。

 今の状態で相手をするとなれば油断などしようもない」

「・・・・・・なら、いいですけれども」

 

少し長めの帯を腰に巻きつけ、きつくならない程度に引っ張りながら結わく。

余った部分で蝶々結びを作って完成。

 

「はい、できましたわよ」

 

くるんと回って浴衣が緩まないのを確認し、よしと嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう、トーカ」

 

そして純や一が衣を応援しているのを見て、透華はさてと改まって智紀に向かい合う。

 

「ともき、分かっていると思いますけれども・・・・・・」

 

一回戦が終わった後でもした説教にも似た小言。

それが再び繰り返されるのかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。

何故なら声をかけられた当の智紀本人がこちらを見ていないからだ。

パソコン画面も既に閉じられている。

いつもならば「とーもーきー! こちらを向きなさいな!」とムキーと怒りながら言うところだろう。

実際そうしかけた。

 

だがそんな雰囲気ではない。

どちらかと言えば無表情なことが多い智紀が、今まで見たことが無い不機嫌そうな表情で別方向を睨んでいるのだ。

不機嫌と言うかむしろ・・・・・・怒っている?

 

「・・・・・・ともき?」

 

どうなさいましたの?と言うよりも先に智紀はチャッと眼鏡に手を当てながら視線をこちらに向けた。

 

「・・・・・・では透華さん、行ってまいります」

「・・・・・・はい」

 

いつもとは別人のような雰囲気に押されそうになりながらも透華は返事をした。

 

 

そして智紀は衣と共に卓に向かう。

 

「・・・・・・智紀、珍しく怒気が溢れているぞ。

 何かあったのか?」

 

衣にそう言われ、智紀は取り繕うこともせずにあっさり頷く。

 

「・・・・・・少しばかり。

 いつになくやる気になったと思ってもらえれば」

「ふむ・・・・・・確かにいつになくやる気なようだが」

 

そこで言葉を区切り、衣は智紀の心の内を探るように問い掛けた。

 

「・・・・・・この二回戦で衣をも超えようなどと思っているのか?」

「・・・・・・まさか」

 

再び眼鏡に触れながら智紀は告げた。

 

「目標だけなら、総合トップに立ちます」

 

「・・・・・・く」

 

智紀の言葉に、衣は嬉しそうに声をあげた。

 

「奇幻な手合が増えるのなら、衣は嬉しい」

 

そして手をスッと上げる。

 

「決勝で会おうぞ、智紀」

「・・・・・・」

 

智紀も黙って手をあげ、二人は軽くハイタッチを交わした。

 

 

もっとも身長差のせいで衣がぴょんと跳ねなければならず、重苦しそうだった雰囲気は一瞬でどこかへ行ってしまったが。

 

 

衣を見送ると智紀は再びチラッとその人物の方に視線を向ける。

 

今度はしっかりと視線があった。

 

 

(・・・・・・志野崎秀介・・・・・・)

 

 

私は・・・・・・。

 

 

 



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30夢乃マホその3 応酬と模倣

秀介の試合の後じゃ盛り上がりが・・・・・・。
なんて思った?





第五試合

優希→衣→深堀→モモ

 

優希 47900

衣  76900

深堀 55700

モモ 52000

 

 

 

各々、心の内で考えている事はあるだろう。

点を稼ぎたい、上がりたい、戦いたい、勝ちたい。

 

東場の彼女にあるのはただ一つ、勝敗や点数以前の誰もが目指す目標であり欲求。

 

上がりたい、ただそれだけ。

 

好配牌で高打点を次々に上がっていく様はとても楽しそうであり、その笑顔が彼女の魅力でもあるだろう。

 

ただそれだけの単純な欲求だからこそ、彼女は好配牌に恵まれるのかもしれない。

 

 

 

東一局0本場 親・優希 ドラ{3}

 

優希 47900

 

{三三三四五八⑧⑧12(ドラ)67} {8}

 

「リーチ!」

 

二回戦第五試合、高火力の応酬が予測されるこの試合は優希のダブルリーチから始まり、そして。

 

「一発ツモ!」

 

{三三三四五⑧⑧12(ドラ)678} {(ツモ)}

 

たった二巡で上がるところから始まった。

 

「ダブリー一発ツモドラ1! 4000オールだじぇ!!」

 

この一瞬の出来事で四人中最下位だった優希は2位に浮上。

その早さにさすがの深堀も衣も改めて驚きを隠せずにいた。

満貫あれば上がり点としては及第点。

それがこの早さ。

さすが個人戦初日トップだっただけはある。

 

 

 

東一局1本場 親・優希 ドラ{⑧}

 

優希 59900

 

{一[五]②③④789東東東北白} {白}

 

今度はダブリーは無理だったか、と本来残念がるべきでない手で残念がる優希。

彼女にとってはこれが東場の当たり前。

{一}を切り出した次巡。

 

{[五]②③(横六)④789東東東北白白}

 

「リーチだじぇ!」

 

カシィン!と横向きになる捨て牌。

またしても一瞬。

 

「ツモ!」

 

{[五]六②③④789東東東白白} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモダブ東赤1! 6100オール!」

 

そして高打点。

だがまだ足りない、こんなものでは。

それは南場になったら追いつかれるとか、そう言う感情ではない。

 

まだまだ稼げる! 東場である限り!

 

それが優希の常識であり、打ち方だ。

チャリンと100点棒を積みながらふと思う。

そう言えばさっきは志野崎先輩が6連荘してたっけ。

それならば自分は。

 

(満貫以上の上がりだけで八連荘やってやるんだじぇ!)

 

乗りに乗っている今の自分ならばきっと可能。

深堀とか言う人が相手だろうがのどちゃんが相手だろうが、あの天江衣が相手だろうが。

 

(このまま東一局で・・・・・・押しきる!!)

 

 

 

東一局2本場 親・優希 ドラ{7}

 

優希 78200

 

{四[五]七②②⑤[⑤]34(ドラ)89南} {西}

 

またシャンテン数が一つ下がった。

代わりに赤が2つとドラ1つ、点は高くなりそうだ。

{西}を切り出す。

 

直後、声が上がった。

 

「ポン」

 

対面の深堀だ。

喰いずらされた、と優希の表情が少し強張る。

 

(大会のノッポの時みたいに・・・・・・)

 

そう考えて必死に首を振る。

 

(ダメだじぇ、そんな弱気じゃ!)

 

自分の番、優希はぐっと力を込めて牌をツモる。

 

{四[五]七②②⑤[⑤]34(横[⑤])(ドラ)89南}

 

ガッとツモってきた牌は{[⑤]}。

ほら来た、東場の私にはちゃんと流れが来るのだ!

優希は{南}を切り出す。

そして。

 

{四[五]七②②⑤[⑤][⑤]34(横5)(ドラ)89}

 

(よし、来たじぇ!)

 

リーヅモドラ1赤3は跳満確定、そろそろ裏ドラが乗ってもいいはず!

優希は迷わずに{七}を手に取った。

 

「リーチだじぇ!!」

 

ガンガン押す、引き際など知らぬとばかりに。

 

 

「ロン」

 

「ふぇ!?」

 

 

{六八①①123[5]6(ドラ)} {西横西西} {(ロン)}

 

パタリと手牌を倒したのは先程優希から鳴いた深堀。

 

「西ドラ赤、4500」

 

ぐっと顔をしかめる優希に、深堀はフッと笑いかけるのみ。

運や流れを喰い取ったと言わんばかりに。

 

 

 

東二局0本場 親・衣 ドラ{3}

 

続くこの局の2巡目、深堀の捨て牌が早々に曲がる。

 

「リーチ」

 

深堀捨牌

 

{東} {横2(リーチ)} 

 

早い巡目でリーチ。

手変わりを待とうという気配も無いほどストレートな打ち方だ、余程いい手なのだろうか。

しかし流れに乗っている優希から一度、それも3900の手を上がった程度でどれほどの手になるのだろう?

周囲がそう思う中、たった4巡で再び深堀の手牌は倒された。

 

「ツモ」

 

{一二三五五[五]六七南南北北北} {(ツモ)}

 

「リーヅモ面前混一南赤、3000・6000」

 

手が高過ぎる! 優希じゃあるまいし!

清澄メンバーからはそんな声が上がるに違いない。

一回戦の打ち方から、深堀は前半様子見して後半で一気に捲くるタイプの打ち手かと思ったがどうやらそう言うわけでもないようだ。

チャンスと見れば一気に駆けあがり、敵を引き離すタイプ。

引き離すというよりむしろ・・・・・・打ち倒す、か。

 

 

 

東三局0本場 親・深堀 ドラ{⑥}

 

配牌を受け取り、カチャカチャと手牌整理。

ふむ、と一呼吸置いた後に深堀の手から{⑨}が捨てられる。

 

「リーチ」

 

遠慮など無く横向きに。

 

県大会では残念ながら見られなかったが、これが風越女子副将を務めた深堀純代の実力か。

 

タァン、とツモ牌が表向きでに晒された。

 

{二三四四③③③(ドラ)⑦⑧567} {(ツモ)}

 

「一発ツモ、タンヤオドラ1で6000オール」

 

 

 

東三局1本場 親・深堀 ドラ{南}

 

続く深堀の親番、もはや完全に流れを掴んだか。

 

深堀 80100

 

{七八九①①①②③④⑤⑥⑦⑧} {1}

 

「リーチ」

 

{1}を切り出してダブルリーチ。

しかもとんでもない多面張、{②-⑤-⑧、③-⑥-⑨}待ちだ。

もはや引けない理由が無いほど。

 

そんな配牌を見ていた純は少しばかり残念がる。

 

(東場じゃ無敵と噂のタコスだが、大会でも俺がやったとおり喰いずらせば上がれなくなる。

 そして上がりを相手に取られれば調子が落ちてずるずると点棒を失っていく。

 ・・・・・・本当に残念だ、タコス。

 一度の鳴きや上がりで調子を落とすなんて)

 

チッと小さく舌を鳴らして純はため息をつく。

 

(そんなんじゃ、全国は任せらんねぇぞ)

 

やれやれと首を横に振る純。

 

だが直後、卓の外にいる自分にも感じられるほど強い流れを感じた。

 

(・・・・・・何?)

 

出どころは深堀の対面・・・・・・そう、タコスこと優希である。

彼女はにやっと不敵に笑うと、手牌から{東}を横向きに捨てた。

 

「リーチだじぇ!!」

 

(追いついただと!?)

 

鳴かれて上がられて、調子を落としたんじゃなかったのか!?

驚いたがしかし、すぐに純はこの深堀の多面張にはかなうまいと思い直す。

何せ6面張、一発で上がって終わりだろう。

 

そう思っていたのだが、深堀の一発目のツモは{3}。

上がり牌ではないのでツモ切りせざるを得ない。

モモの摸打(もうだ)を終えて、山に手を伸ばす優希。

 

思い返すのはこちらの様子を見ている純との対決。

 

(・・・・・・あの時は喰いずらされて上がられて、それでドンドン弱気になっていっちゃったんだじぇ・・・・・・。

 多分それが敗因・・・・・・。

 一回くらい鳴かれようと上がられようと・・・・・・)

 

優希はぐっと力を込めて牌をツモる。

 

 

(私はもう、絶対に揺るがない!!)

 

 

タァン!と力強く牌が晒された。

 

{一二三四五⑥⑥⑥22789} {(ツモ)}

 

「ダブリー一発ツモ!」

 

裏ドラを返すと現れたのは{⑤}。

つまりこの手。

 

「裏3で3100・6100!!」

 

 

 

点数の行ったり来たりが激しい。

ここまで荒れた試合も珍しいだろう。

 

開始時点で最下位だった優希が今の上がりでトップ。

総合2位だった衣がこの卓の中で3位に転落。

モモの持ち点は3万を切っている。

 

(・・・・・・東場はまだある)

 

そんな荒れた状況の中、優希は深堀にニッと笑いかけた。

 

(まだまだ、思いっきり楽しむんだじぇ!)

 

それを見て深堀もフッと笑うのだった。

 

 

 

優希 77000

衣  51700

深堀 74000

モモ 29800

 

 

 

 

 

第六試合

智紀→和→マホ→久

 

智紀 36700

和  55600

マホ 64200

久  46600

 

 

東一局0本場 親・智紀 ドラ{北}

 

久手牌

 

{一四五七④⑥⑨66南(横8)南南中}

 

さてどうしようかとしばし考える。

場風でも自風でもない{南}が配牌で暗刻。

混一やチャンタでも狙えそうならいいがこの配牌でそれは遠そうだ。

どうするかと考えてみるがどうしようもなかろう。

安手でもいいから上がりを目指しつつ、誰かに先制されたら降りればいいかと考え{一}切りから手を進めて行く。

次巡{⑦をツモって中切り}、手を進めて行く。

 

5巡目。

 

{四五④[⑤](横④)⑥⑦⑨668南南南}

 

一向聴。

索子が面子になってくれれば{三-六}待ちだが、そちらを先に引くと{④と6のシャボ待ちか、7}のカンチャン待ちになってしまう。

いくら巡目が早くてもリーチで勝負できるような手ではない。

いい形で聴牌になってくれるようにと願いながら{⑨}を捨てた。

 

 

「・・・・・・むぅ・・・・・・」

 

透華は気になっていた。

試合が始まる前の、あの智紀の様子が。

そして今も。

 

(ともき・・・・・・あなた何故・・・・・・?)

 

その前に何があったかを思い返してみる。

睨んでいた相手はあの志野崎秀介。

彼がやったことと言えばあの連荘と狙い打ち。

しかしそこで智紀が不機嫌になる理由は無いだろう。

 

(何をそんなに怒っていますの?)

 

 

そして当の智紀は今も不機嫌そう。

卓上は見ているが意識はどうもそこにない。

時折視線を外しているところから、もしかしたら未だに秀介をちらちらと睨んでいるのではないかと思われる。

何故? どうして? 何を怒っている?

透華の疑問ももっともだ。

智紀本人を問い詰めたところで答えが返ってくるかどうか。

 

(・・・・・・志野崎秀介・・・・・・)

 

ふと、再び秀介と視線があった。

しかし彼はキョトンとしている。

無理もない、睨まれる理由が分からないのだから。

 

(・・・・・・私は・・・・・・)

 

智紀はスッと眼鏡を上げた後、手牌の一部に手を添える。

 

 

(あなたを認めない)

 

「チー」

 

 

{横⑨⑦⑧}と晒された。

 

智紀捨牌

 

{81發中白} {七}

 

{⑦⑧⑨}の鳴きから考えられるのは混一、チャンタ。

捨て牌から言えば混一の方が可能性が高そうに見えるが、果たして。

 

同巡、マホに聴牌が入る。

 

マホ手牌

 

{二三五七八九⑦⑧⑨56(横[5])78}

 

(来ました! {[5]}ツモって平和聴牌です!)

 

三色にはならなかったが{一-四}待ちの平和赤1。

リーヅモと裏で満貫が狙えるし、この早い巡目で両面待ちなら攻めるに限る。

それに{五}切りなら今しがた鳴きを入れた智紀にも通るだろう。

もちろん三色まで待つというのも手だが。

 

「リーチです!」

 

マホは攻めを選択した。

牌を横向きに捨て、点箱から1000点棒を取り出そうとする。

 

「・・・・・・リー棒はいりません」

「ふぇ?」

「ロン、です」

 

そう宣言して智紀は手牌に手をかける。

 

まさか・・・・・・あの鳴きと捨て牌で{五}待ち?

一体何を狙って・・・・・・?

 

パタンと手牌が倒された。

 

{二二二[五]②②②222} {横⑨⑦⑧} {(ロン)}

 

「三色同刻三暗刻赤1、12000」

 

その晒された手牌に表情をしかめたのは久だった。

 

(・・・・・・{⑥⑦⑧で鳴けばタンヤオがついたし⑦⑧いずれかが重なるのを待てば対々もつけられたのに、わざわざ⑦⑧⑨}で鳴く必要はないはず。

 でもあの鳴きで混一かチャンタの可能性を考えさせた。

 そして混一でもチャンタでもない{五}でロン上がり・・・・・・)

 

むぅ、と手牌を崩しながら智紀に視線を向ける。

 

(・・・・・・この子の打ち方・・・・・・)

 

 

 

東一局1本場 親・智紀 ドラ{五}

 

智紀捨牌

 

{西北八①74⑦横一(リーチ)} {⑧}

 

この捨て牌に対しマホが取った行動は目を閉じての深呼吸。

そして再び目を開いた瞬間、時間が凍りついた。

同時に視線は智紀の手牌に。

 

(・・・・・・捨て牌では初めに{八}が切られているけれども、切り出し方と手牌整理から手中には萬子が多いです。

 おそらく混一と役牌合わせての満貫手)

 

その手牌読み、秀介に倒されこそしたものの強力無比に違いない美穂子の能力だ。

 

(となれば・・・・・・)

 

考えた末にマホが切り出したのは{④}。

{①⑦}と捨てられているし、完全にスジで大丈夫だろうと思って切り出す。

 

が。

 

「ロン」

「あぅ!?」

 

{二三四③⑤四(ドラ)六白白中中中} {(ロン)}

 

「リーチ中ドラ1、9600(クンロク)の一本付け」

 

{中}暗刻と三元牌対子、カンチャン待ちで42符は50符。

だが重要なのはそこではない。

先程安全と判断した根拠を覆す{①⑦捨てられての④}待ち。

さらに手牌を並び替えて混一に見せかけた切り出し方。

 

(・・・・・・やっぱり・・・・・・。

 似てるわ、この子の打ち方・・・・・・)

 

未だ半信半疑だが、久は一つの結論を出す。

 

(・・・・・・別の役に意識を振っての狙い打ち。

 安全を演出しての狙い打ち。

 

 どっちもシュウにそっくり・・・・・・)

 

おまけに智紀がちらちら視線を逸らしている先には、未だソファーに座ったままの秀介がいる。

先程の試合を見たことで、そちらを意識しての打ち方をしているのは間違いないだろう。

現に一回戦の打ち方を見た限りでは秀介に似ているなんて考えは出てこなかった。

 

(・・・・・・でもどうして?)

 

どうしてこんなにそっくりな打ち方をしているのだろう?

 

否、どうしてこんな打ち方ができるのか?

 

(シュウの打ち方はシュウにしかできないと思っていたけれど・・・・・・やろうと思えば誰でもできる?)

 

そんなバカな。

そのような打ち方の人間に倒されるほど美穂子はヤワではないはず。

自分だってあのトリッキーな打ち方に憧れたこともあるが、結局今の悪待ちがせいぜいだ。

少なくとも今日一日その打ち方を見ただけで真似することは不可能。

 

では、もっと前からそのような打ち方を真似ていたとしたら?

 

(それこそあり得ないわ。

 中学、高校とシュウは大会に出場したことが無い、つまり牌譜が存在していない。

 私はシュウとずっと一緒にいたし・・・・・・私の知らない所で牌譜が残るはずがない、と思う・・・・・・。

 まこの実家「roof-top(ルーフトップ)」で打つ時も必ず私が一緒だったし、もし沢村さんがそこで打ったことがあるなら私も知っているはず・・・・・・というかシュウも彼女を知っているはず。

 唯一あり得るのはネット麻雀だけど、その時のシュウは完全デジタル打ち、普段のあんなあり得ない打ち方はしていない)

 

ならば秀介の打ち方を知っていた人間は、少なくともこの場には自分とまこと靖子くらいしかいないはず。

 

・・・・・・とも言い切れない。

 

(・・・・・・さっきの南浦プロの言葉がものすっごく気になってくるんだけど。

 シュウの打ち方を見た南浦プロが「新木桂」と言う人物を連想した。

 ってことはシュウの打ち方がそもそも新木桂と似ているという事。

 ならその新木桂って人の牌譜が手に入ったのなら、沢村さんがその人に打ち方を似せたって可能性もある)

 

牌を卓に流し込み、新たな山ができるのを待ちながら、久も秀介に視線を送る。

 

(シュウ・・・・・・新木桂って誰なのよ?)

 

一度聞いて答えが返ってこなかった以上、もう何度聞いても答えは聞けなさそうだ。

それでも気になって仕方が無い様子の久。

かと言って麻雀に集中していないのかと言うとそう言うわけでもない。

この秘密を解くことがすなわち彼女の打ち方の秘密に繋がる様な気がするからだ。

 

とは言え今すぐその回答は得られなさそうだ。

なら仕方が無い、久はぐるっと首を回して気を入れ直す。

 

(考えるのは後ね。

 シュウの打ち方に似ていようがいまいが、ともかく倒して点数を稼がなきゃならない事に変わりは無いんだし)

 

まずは上がりを取って沢村さんの連荘を止めるところから始めないとね、と久は改めて卓上に意識を向ける。

 

 

 

(むぅ・・・・・・)

 

一方頭を悩ませているのはマホだ。

先程は美穂子の能力が引けて智紀の上がりを回避できるかと思ったのに、まさか手牌入れ替えで狙い打たれるとは。

 

マホは能力をほぼ完全な形で模倣(コピー)することができる。

つまり今のは美穂子の模倣が甘くて振り込んでしまったのではなく、単純に智紀の仕掛けた策が美穂子の読みを上回っていたということだ。

逆にいえば、今の策は美穂子本人であっても振り込んでいた可能性が大いにあるという事。

 

(・・・・・・信じられないです。

 キャプテンさんの打ち方は傍目には鉄壁。

 志野崎先輩さんに負けたのはそれだけ志野崎先輩さんが強かったからだと思ったのですが・・・・・・)

 

それはつまり美穂子の能力を使っていれば秀介本人以外には負けなかっただろうという読み。

だが結局智紀にも狙い打たれてしまった。

 

(相性が悪いんでしょうか? むむむ・・・・・・)

 

マホが能力を引くのはランダムだ。

他人の能力が発動しない事もある。

同卓を囲んでいないメンバーの能力を引くこともある。

意識して誰かの能力を引くなんて真似はできない。

 

だがしかし、マホの能力は憧れの延長線上にある物。

ならば一つの能力に憧れる思いが強ければ強いほど、求めるその能力を引く可能性が上がるのだろう。

現に衣の能力に憧れを持ったところ、本人を目の前にして海底牌をかっさらうこともしたし。

もしかしたら「憧れの和先輩にいいところを見せたい」と思って和のデジタル能力を発動することがあるかもしれないし、「宮永先輩の嶺上開花が凄かったです!」と思って咲の能力を発動することがあるかもしれない。

 

今マホが最も憧れているのは、先程引いた美穂子の読みをあっさりと上回った智紀であり、その智紀と同じような打ち方をしていた人物。

 

(・・・・・・志野崎先輩さん・・・・・・)

 

あの打ち方を見て恐怖を抱いた人間もいるだろう、対抗心を燃やした人間もいるだろう。

だが自分にとっては。

 

相手の読みを上回り、自分みたいに色んな打ち方で色んな上がりを取ったり。

 

あんな打ち方を見せられたら憧れるに決まっている。

 

その憧れが、彼女の模倣の原点。

 

 

そういえば、とマホは不意に思う。

 

(・・・・・・志野崎先輩さんの能力ってどういうものなんでしょう?)

 

和はデジタル、咲は嶺上開花、優希は東場の速攻、久は悪待ち、衣は海底及び速攻、などなど。

今まで模倣してきた人物は皆どういう能力なのかはっきりとしている人物だ。

未だに正体不明の打ち手である秀介の模倣が、果たして彼女にできるのだろうか?

 

(・・・・・・まぁ、やってみましょう)

 

そんな軽い気持ちでマホは目を閉じた。

山がせり上がった音がする。

智紀が賽を回した音がする。

 

 

さぁ、試合が始まるですよ。

 

 

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 

(・・・・・・ん・・・・・・?)

 

 

『 ー、     』

 

 

何か声が聞こえた、気がする・・・・・・。

同時に何かが見えたような・・・・・・。

 

 

 

血 痛

 

『あ は はは』

 

鎌 刺

 

『血 吐  死   』

 

爆 痛

 

『  、死  。

 

   は  いな  』

 

血 血 死 血

 

 

 

「痛いっ!!」

 

がくんとマホが頭を抱え込む。

卓に腕がぶつかったが山が崩れなかったのは幸いか。

 

「ど、どうした? マホ? 大丈夫か?」

 

マホを後ろから応援していたムロが駆け寄ってくる。

 

「・・・・・・なんか・・・・・・頭が痛いです・・・・・・」

「平気か? いきなりどうしたんだ?」

「分からないです・・・・・・」

 

辛そうにしながらマホはゆっくりと目を開いた。

 

同時に、その目が見開かれる。

 

 

 

「何・・・・・・これ・・・・・・!?

 

 

 

 

 

 んがっ!?」

 

 

 

いつの間にか顎に手を回されていて、グイッと上を向かされた。

同時に口に何かが突っ込まれる。

 

「んぐっ!?」

「飲むんだ」

 

そこにいたのは今しがた憧れの意識を向けていた秀介。

そして口に突っ込まれたのは形状からしてペットボトル、そして味からしてリンゴジュース。

 

何? え? どうして?

 

そんな事を思いながらも言われるままにそれをごくごくと飲む。

 

そしてある程度飲むとようやく秀介はマホを解放した。

 

「ぷはぁ! いきなり何をするですか!?」

「頭痛は平気か?」

 

マホの文句を意に介さない秀介の言葉。

むーっと睨みながら頭に手を当てる。

 

「・・・・・・平気です・・・・・・」

「じゃあ次に卓を見て」

 

その言葉にマホはくるっと卓の方を向き直す。

そして秀介は聞いた。

 

 

「何か見えるか?」

 

 

不機嫌そうなままマホはじーっと卓を見る。

そして答えた。

 

 

「・・・・・・いいえ、何も見えないです」

「そうか、それは何より」

 

ポンとマホの肩に手を当てると、秀介は備え付けのテーブルにリンゴジュースの残りを置いた。

 

「具合が悪くなるようだったらそれを飲むといい」

「・・・・・・どうもです」

 

ふぅ、とため息をつくマホ。

どうやらもう頭痛は平気のようだ。

 

が、周りには何のことやら全く意味が分からない。

全員が揃って今の秀介の行動に首を傾げている。

 

 

去り際、秀介はマホに言った。

 

「もう二度と、それを使うなよ?

 

 それから今見たことは誰にも内緒だぞ?」

 

口元に人差し指を当てながら。

 

マホはやはり不機嫌そうに答えた。

今の仕打ちもそうだろうが、それ以外の部分でも気に入らない事があった様子で。

 

「・・・・・・志野崎先輩はいつも、あんなのが見えていたですか?」

 

その問い掛けに秀介は、ははっと笑いながら答えた。

 

 

「ろくでもない物だっただろう? それ」

 

 

 




流れ的に分かっていると思いますが、次の試合は衣のいる方の卓です(

自分でやっておいて何ですけど、志野崎先輩さんって呼び方はどうだろう?
マホならやりかねないと思ってもらえれば幸いですが。


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31天江衣その2 復活と楽しみ

麻雀って楽しいよね。
だから最長話更新しちゃったけど許して下さい(
マジ力入れ過ぎた、けど読み直すとまだもう少し伸ばせそうな気がしなくもない。
余裕を持ってお読みくださいませ。



東四局0本場 親・モモ ドラ{8}

 

モモ 29800

配牌

 

{一三四八八③⑧4(ドラ)9南西白} {白}

 

(はてさて、どうするっすか・・・・・・)

 

ラス目のモモ、配牌を受け取って暫し考える。

左右には高火力の優希と深堀。

先程までのこの二人の暴れっぷりを考えれば、影が薄い自分の存在など既に消えていてもおかしくない。

警戒心0での振り込みを期待するには絶好の状態。

なのだが、しかし。

 

(お二人の上がり様を見ると・・・・・・今回も高い手が好形で入っていそうな気がするっす)

 

一先ず{西}を切り出して様子見。

しかし親番のモモはこの局誰にツモられても親っかぶりで支払いが倍になる。

最下位の身としてそれは避けたい。

できれば勝負している二人がお互いに振り込みあって局が進むのが理想だが・・・・・・。

 

(それじゃ私が負けるっす)

 

幸い既に東場ラスト、次局から優希の手が落ちるはず。

だがその後に待っているのは競り勝った深堀とそろそろ本気を出し始める衣の攻防。

変わらぬ高火力に晒されては持ち点3万すら心許ない。

上がりに向かわなくては。

 

 

そんなモモの心配通り・・・・・・いや、モモに限らず周囲の皆が予想する通り。

 

深堀 74000

配牌

 

{一二二三九九①②⑨⑨23南}

 

深堀に好配牌。

そして優希にも。

 

優希 77000

配牌

 

{①①②③④(横①)④⑤[⑤]⑦⑦⑧東南}

 

{東}を打って二向聴。

この局も深堀か優希のどちらかの上がりで決まりそうな気配である。

 

そんな中、衣の手からトンと{白}が捨てられた。

こんな序盤から唐突に役牌を捨てるとは、衣も手が早いのか?

それとも・・・・・・と衣に視線を送るモモ。

ばったりと目があった。

これはつまり衣がこちらの様子をうかがいながら牌を切ったという事。

まだこちらが見えているっすか、と思うと同時にモモは手牌に手をかける。

 

(・・・・・・鳴けって事っすか。

 確かに無茶でもしないと止められないみたいだし・・・・・・多分ここで上がられたら私はもう追いつけないというのも分かるっすけど・・・・・・)

 

鳴いて手牌が減るということは他二人のリーチを少ない手牌で回避しなければならないという事。

振り込みの危険も多いに上がる。

 

(私に鳴かせてそんな危険な状態にさせようなんて、酷い人っすね天江さんは。

 わざわざ天江さんの策に乗る必要はないっすけど・・・・・・でもまぁ・・・・・・)

 

「ポン」

 

モモは危険を承知であえてそこに踏み込んだ。

 

{一三四八八③⑧4(ドラ)9南} {白横白白}

 

{南}を捨てる。

そして優希の手番。

 

{①①①②③④④⑤[⑤]⑦(横⑥)⑦⑧南}

 

あっという間に手が染まりきった。

赤もある面前清一(メンチン)はリーチをかければ最低で倍満。

一通や裏ドラ次第では三倍満まで行く。

だがそれだけではない。

その対面、深堀の手番。

 

{一二二三九九①②⑨(横九)⑨23南}

 

ガッと手牌に重ねたのは{九}。

平和は消えるが、{23の面子が123}に固定されれば純チャン三色確定。

リーヅモに裏が一つでも乗ればこちらも倍満だ。

モモも優希も{南}を捨てていることを見て安牌を残そうというのか、先に{二}を切り出した。

 

「・・・・・・チー」

 

それを{横二三四}と喰って{一}を捨てるモモ。

 

{八八③⑧4(ドラ)9} {横二三四白横白白}

 

ドラが一つあるだけのバラバラの手牌。

それだけの無茶な鳴きでも今の優希と深堀は止められない。

 

{①①①②③④④⑤[⑤]⑥(横⑨)⑦⑦⑧}

 

来てしまった、その牌が。

高め平和一通、ツモって裏ドラが乗れば数え役満にすら届く。

ひたすら高めを目指す優希だ、リーチをかけない手は無い。

 

「リーチだじぇ!」

 

{⑦}が横に曲がる。

{②-⑤・③-⑥}待ちの四面張だ。

そして深堀も。

 

{一二三九九九①②(横1)⑨⑨23南}

 

「リーチ」

 

こちらも引く手は無い、遠慮なくリーチをかける。

そして再びお互いに顔を見合せて笑う。

 

(・・・・・・燃える展開っすけど・・・・・・怖いっすね)

 

{八八③⑧4(横中)(ドラ)9} {横二三四白横白白}

 

不安げながらも、モモは{中}に手をかける。

衣に見えている以上他の二人には見えていないだろうなんて安直な予測は立てられない。

ステルス無しで乗りに乗っている二人のリーチを交わしつつ上がりを取る。

できるのか? 自分にそんなことが。

 

(・・・・・・いや、やらなきゃダメなんすよね)

 

 

影が薄くて人に見つけられなかった。

それを自覚していたけれども「そういうものだ」と切り捨てていたから特に何も感じなかった。

コミュニケーションを放棄して、影の薄さに拍車がかかっても。

 

そういう生活の中で私は麻雀を覚えた。

影が薄い私は存在を消すことで、人を振聴にしたり人からロン上がりをすることが得意になっていた。

そんな私を認めてくれる人もいたけれども、そうでない人たちもいた。

自分と違う異物感。

迫害なんて表現とは程遠く生ぬるい物だったけれども、ほんの僅かに私を排除しようという動きもあった。

 

そして私は人から離れた。

例え近くに人がいたとしても、気配を消して誰にも見つけられなかったのならそれはいないのと同じ、離れているのと同じ。

 

 

私は一人になった。

 

 

そんな私を求めてくれた(先輩)がいた。

今まで切り捨てていたコミュニケーションに時間をかける楽しさを教えてくれた人がいた。

そして、皆で麻雀を打つことの楽しさを教えてくれた人達がいた。

 

ずっと一人で過ごしてきた。

今思い返せば間違いなくあれは寂しい時間だった。

 

部活に入って皆で麻雀を打った。

楽しかった。

 

ステルスで一人上がり続けた。

それも楽しかった。

 

けれども、ステルス無しで打つのもきっと楽しい。

県大会でおっぱいさんと打った時。

部活に入る前、校内のネット麻雀で打った時。

どちらも楽しかった。

それでもネットにこもらずにリアルに麻雀を打つのは楽しい。

だって牌や点棒の感触があるし、何より目の前にいる人と打つのが楽しい。

 

先輩への恩義で挑んだ麻雀の大会。

今も恩義を感じているのは間違いない。

けれども今、この局は。

 

(自分が楽しむ為に麻雀を打つっす)

 

その楽しさを教えてくれたのは、大好きな先輩なのだから。

 

 

タン、と{中}をツモ切りした。

 

(・・・・・・さぁ、この燃える展開。

 東横桃子はどうやって切り抜けるっすか?)

 

自らを奮い立たせ、モモは笑った。

 

優希のリーチ後一発ツモ、上がり牌ではない{⑧}がツモ切りされた。

 

(む、{⑧}ツモ切りっすか・・・・・・)

 

{⑦}切りリーチの一発目が{⑧}。

{⑧}は自分の手にあるので安牌として助かる。

それに流れに乗っている優希の一発目のツモが筒子と言う事は、その辺の待ちである可能性がある。

 

(筒子を余らせて混一・・・・・・いや、清一まであるかも知れないっすね)

 

いやはや恐ろしい、などと思っていると、衣の手からトンと{八}が現れた。

おや?と顔をあげるとニヤッと笑ってくる。

これはこれは。

 

(・・・・・・ホントに酷い人っすね)

 

まったく、と思いながらもモモは手を晒した。

 

「ポン」

 

{③⑧4(ドラ)9} {八横八八横二三四白横白白}

 

 

(・・・・・・三副露(フーロ)で安牌の{⑧}切り・・・・・・)

 

その様子を見守っていたのはゆみ。

感じられるモモの気配は既におぼろだったが、鳴きが続いたおかげでまだ見えている。

 

(きつい仕掛けだな・・・・・・)

 

モモらしくない、とも言える。

だがこの中で誰よりもモモと接してきたゆみは、モモの中にステルスに頼らない熱い一面がある事を知っている。

多分気配を希薄にして生きてきた少女だからこそ、そう言う熱い展開に憧れがあったのだろう。

 

(勝ち抜けよ、モモ。

 押し負けるな)

 

私が応援しているから。

ゆみは声に出すこと無く、なお応援を続けていた。

 

 

そしてこれだけ食いずらせばさすがに優希、深堀といえどもツモが狂ってくる。

優希がツモ切りしたのは{四}。

それに衣が声をあげる。

 

「チー」

 

攻めている気配のない衣が喰いずらし、一体何の為に?

 

(・・・・・・何かおかしな鳴きを・・・・・・!?)

 

深堀がツモったのは{7}、上がり牌ではないので切らざるを得ない。

まさか誰かの上がり牌か?と周囲に視線を送る。

それを見て次に表情を変えたのはモモ。

 

(き、きっついっすよ、天江さん・・・・・・)

 

乾いた笑いが出てきそうになったがそれを飲み込む。

 

(・・・・・・もう・・・・・・しょうがないっすね!)

 

「チー」

 

{③4} {横7(ドラ)9八横八八横二三四白横白白}

 

{4}を切って裸単騎。

 

流れに乗っている二人のリーチを相手に裸単騎。

その待ち牌は二人にとっても上がり牌。

モモがこの危地を乗り切るには、その流れに乗っている二人を相手に同じ上がり牌を引き勝たなければならない。

衣はある程度援護をしてくれていたみたいだが、こうなってはもう援護も振り込みも期待できない。

 

(きついっす、酷いっす、怖いっす・・・・・・でも・・・・・・!)

 

燃えるっすよ!

 

ぐるりと一巡回り、ツモったのは{9}。

そのまま切るしかない。

それと同時に。

 

「ポン」

 

衣から声が上がった。

 

(・・・・・・はいはい、最後までどうもっす)

 

次のモモのツモ、その牌を表向きに倒した。

 

{③} {横7(ドラ)9八横八八横二三四白横白白} {(ツモ)}

 

「白ドラ1、1000オールっす」

 

 

衣の援護ありとは言え、流れのある二人と同じ待ちをツモ上がり。

本来この程度の上がりで流れは変わらない。

確かに深堀は東一局2本場で優希から3900の手をロン上がりし、直後に高い手を上がった。

だがあれは流れを掴むのが上手い深堀だからこそであり、モモに同じような真似は出来まい。

それでも優希と深堀だけの流れでは無くなっただろう。

肝心なのは次の局、そこで上がれるかどうかでまた流れが変わってくる。

それは優希と深堀も同様。

 

再び場は荒れるだろう。

 

 

 

東四局1本場 親・モモ ドラ{白}

 

モモ 34800

配牌

 

{三四七九[⑤]⑦⑨16東東西發} {發}

 

役牌が二組、上手く鳴ければさっきの局よりずっと楽に上がれるだろう。

一先ず{西}切り。

 

優希 75000

配牌

 

{一六③⑦49東南南西(ドラ)中中}

 

配牌を受け取った優希は懸念事項を抱えていた。

 

(・・・・・・配牌落ちた・・・・・・?)

 

そんなまさか、まだ東場だというのに。

不安に思いつつツモったのは{南}。

ならまだ行ける。

そう自分に言い聞かせて{西}を切り出す。

 

深堀 72000

配牌

 

{二八③⑨45578北北(ドラ)發}

 

こちらも配牌が落ちたように見える。

だが第一ツモは{6}。

 

(この手・・・・・・多分索子が伸びる)

 

そう判断して深堀は{⑨}から切り出した。

 

そして各々手を進めて行く。

 

 

モモ手牌

 

{三四七九[⑤]⑦⑨16(横⑥)東東發發}

 

とりあえず手成りで{1}切り。

 

優希手牌

 

{一六③⑦(横一)49東南南南(ドラ)中中}

 

(この手・・・・・・チャンタだじぇ!)

 

もしくは混老頭。

その辺りを目指し、優希は{六}を切り捨てる。

 

深堀手牌

 

{二八③455678(横9)北北(ドラ)發}

 

やはり索子が来たかと{八}を捨てる。

 

 

モモ手牌

 

{三四七九[⑤]⑥⑦⑨6(横八)東東發發}

 

カンチャンツモ、手が進んだ。

{⑨}を切り出す。

 

優希手牌

 

{一一③⑦49東(横9)南南南(ドラ)中中}

 

読み通りのチャンタ手、{4}切り。

 

深堀手牌

 

{二③4556789(横6)北北(ドラ)發}

 

多少読まれていようが構わない、{二③}と落として混一一直線に手を進める。

 

 

モモ手牌

 

{三四七八九[⑤]⑥⑦6(横6)東東發發}

 

(むむ)

 

ここで暫しモモの手が止まる。

{東か發、どちらかを鳴いてもう片方は頭、残った三四で両面待ちにしようと思っていたのだが、ここで新たに6}が頭になった。

選択肢は二つ。

このまま片方を鳴いて{二-五待ちを目指すか、もしくは三四を捨てて東と發}両方を鳴けるようにするか。

 

(・・・・・・ま、ラス目の私は弱気に行っても仕方ないっすね)

 

赤があるこの手、ダブ東か發を鳴いて5800か2900。

だが両方鳴くか、片方鳴いて高めで上がれればダブ東發赤1。

11600(ピンピンロク)はツモれば一本場で4000オール。

この面子を相手にほぼ満貫手を上がれれば御の字だ。

後は鳴きを控えればステルスモードに突入できる事だろう。

 

(ここを上がって、後はステルスで行くっすよ!)

 

モモは{三}を捨てた。

 

優希手牌

 

{一一③⑦99東南南南(ドラ)中中(横中)}

 

{中}暗刻。

鳴かずに手が進められれば三暗刻どころか四暗刻すら見えてくる。

この東四局で役満がツモれれば最高の締めとなるだろう。

{③}を捨て、役満めがけて進む。

 

深堀手牌

 

{③45566789(横4)北北(ドラ)發}

 

こちらは混一一直線、{③}を捨てる。

 

 

そして次巡。

 

優希手牌

 

{一一⑦9(横⑧)9東南南南(ドラ)中中中}

 

(ん・・・・・・)

 

ここで{⑦}が横に繋がった。

四暗刻は消えてもまだ高めチャンタが狙える形。

チャンタ三暗刻南中は跳満確定、リーチツモで倍満だ。

{東}を捨てる。

 

「ポンっす」

 

カシャッとモモが牌を晒す。

 

モモ手牌

 

{四七八九[⑤]⑥⑦66發發} {東東横東}

 

{四}を切って聴牌だ。

 

続く優希のツモ。

引いたのは{七}、有効牌ではない。

そのまま切り捨てる。

そして深堀。

 

{445566789(横3)北北(ドラ)發}

 

有効牌ツモ。

だが今のモモの鳴きで役牌絡みの上がりの可能性が出てきた。

もしこの手牌の{(ドラ)}を捨てて鳴かれたり、もしくは上がられたりしたら。

ダブ東白ドラ3で跳満振り込みだ。

一方{發}なら5800程度。

だがどちらも危険に違いない。

均衡しているこの状況、おそらく振り込みなんてしたらもう流れは取り戻せないだろう。

どうするか、と暫し考える。

 

そして深堀は、

 

{(ドラ)}を切り捨てた。

 

(・・・・・・振り込んだなら私はそこまでだったという事。

 だが一度できた流れはそう簡単には消えない)

 

自分がドラを切っても当たられないだろうという考え。

それは今まで打ってきた自信によるものだ。

おー、と感心しながらモモはツモる。

上がり牌で無い{八}はツモ切り。

 

そして優希。

 

{一一⑦⑧9(横⑨)9南南南(ドラ)中中中}

 

チャンタ確定の{⑨}ツモ。

 

「リーチ!!」

 

先程深堀が通した{(ドラ)}を切ってリーチ宣言だ。

後はツモれば三暗刻。

 

対する深堀のツモは有効牌ではない{三}。

ツモ切りするが少しばかり表情が曇る。

この状況で有効牌が引けず、優希に先制を取られたという点で。

 

そしてモモも上がり牌は引けない。

引いた{②}をツモ切りする。

 

「ポン」

 

唐突に、それまで出番のなかった衣が鳴きを入れた。

先程の局に続いて再び唐突なポン。

攻めでも守りでもなさそうなその鳴き。

一体何?と皆が思う中、もしやと思っていたモモの手にその牌は舞い込んだ。

 

{七八九[⑤]⑥⑦66發發} {東東横東} {(ツモ)}

 

「ツモ、ダブ東發赤1。

 3900オールは4000オール」

 

この上がりでモモはわずかながら衣を逆転、3位に浮上する。

ましてや流れに乗っていた二人を抑えての上がりなのだ。

表情をしかめる優希と深堀に対し、モモは笑顔を見せた。

 

(さてさて、行かせてもらいますっすよ)

 

 

 

東四局2本場 親・モモ ドラ{八}

 

「ロンっす」

「・・・・・・え?」

 

この局、7巡目で手牌を倒したのはモモだ。

 

{二三四②③④⑤⑥⑦5677} {(ロン)}

 

「リーチ一発タンヤオ平和、7700(チッチー)は8300っす」

 

その言葉に深堀は思わずモモの捨て牌に目を向ける。

 

(リーチ・・・・・・いつの間に!?)

 

しまったと思った時にはもう遅い。

 

(ここからはステルスモモの独壇場っすよ)

 

 

 

東四局3本場 親・モモ ドラ{四}

 

モモ 56100

 

{一二八八③③[⑤]459南北白} {白}

 

(よし、やっぱり流れは掴んだっす)

 

この配牌、何も文句は無い。

{南}から捨てて行く。

 

だが一方他の面子も決して悪くない。

いや、むしろ。

 

優希 70000

 

{二四六①①③④⑥4[5]7(横6)東發} {發切り}

 

(まだ行けるじぇ!)

 

深堀 59700

 

{一二四六六八九⑥⑨(横七)2西中中} {西}切り

 

(・・・・・・)

 

どちらも良形、まだ流れは消えていないようだ。

 

そのまま手が進んであっという間。

 

モモ手牌

 

{一二三八八③③[⑤]4(横④)59白白} {9}切り

 

優希手牌

 

{二四五六①①③④⑥(横⑤)4[5]67} {二切り}

 

どちらも一向聴だ。

深堀も同様に。

 

{一二三四六六七八九⑥2中中}

 

だが先程の振り込みもある、このままで上がれるとは思えない。

そんな中、衣の手から{中}が零れ落ちた。

 

「ポン」

 

これ幸いと{中}を晒し、こちらも一向聴にこぎつける。

 

(・・・・・・皆さん手が進んでいるようっすね)

 

既に気配が消えているモモ、流れも掴んだと思っていたのだがまだ両者ともしぶといようだ。

しかしそれにしても。

 

(・・・・・・どうも妙な感じっす)

 

感じているのは奇妙な違和感。

もっともその出所は明らか。

 

(・・・・・・天江さんっすよね)

 

先程から静かすぎる。

おまけに自分のアシストまでしてくれて、一体どういうつもりなのか?

衣に目を向けてみるが何も感じられない。

 

それよりも足元から感じる妙なプレッシャーは何か?

 

(独壇場、って思ってしまった手前頑張りたかったんすけど・・・・・・)

 

 

(あーあ・・・・・・)

 

深堀の{中}ポンを見てやれやれと首を横に振るのは見学者の純。

こいつら熱くなりすぎて気づいてないな、と。

 

 

(・・・・・・コースイン、だぜ・・・・・・)

 

 

早々に一向聴にこぎつけたメンバー。

だが揃いも揃ってそこから手が進まない。

10巡が過ぎ、15巡が過ぎ、海の底が見えるようになってようやく思い至った。

 

いつの間にやらここは衣の領域だ。

 

「リーチ」

 

17巡目、衣から声が上がる。

 

 

モモにアシストしていたのは、できるだけ点数を平たくする為。

 

でなければ、衣が連荘すれば早々にトビで終了してしまうから。

 

あの志野崎秀介に追いつく為の点棒が稼げないから。

 

(実り豊かに肥やしてから収穫するのは至極当然の摂理であろう)

 

ぐぐっと力を入れてツモったその牌を、衣は高らかに掲げてから卓に晒す。

 

「ツモ」

 

一翻役でありながら難易度の高い役の一つにして、天江衣の武器の一つ。

 

 

{①②③④⑥⑦⑧⑨678白白} {(ツモ)}

 

 

「リーチ一発ツモ一通、海底撈月(ハイテイラオユエ)

 3300・6300」

 

 

 

南一局0本場 親・優希 ドラ{⑧}

 

この局も衣の支配は続いた。

 

衣 59600

 

{⑦(ドラ)⑨123789西西發發} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモ海底撈月チャンタ發ドラ1、4000・8000」

 

この倍満で衣は再びトップに立つ。

 

 

 

南二局0本場 親・衣 ドラ{9}

 

そして続くこの局も。

 

「ツモ」

 

衣 75600

 

{一一七八九⑦⑧⑨(ドラ)9} {東東横東} {(ドラツモ)}

 

「東チャンタドラ3、海底撈月。

 6000オール!」

 

一気に点数を引き離しにかかる。

わーいと点数を貰って喜ぶ。

が、このまま終わっては張り合いが無いと同卓のメンバーを見回した。

特に気になるのは東場で膨大な運気を誇った優希だ。

ぐぬぬと悔しそうな顔をしている今やその運気はほとんど感じられない。

衣を下したチームのメンバーとしては不甲斐ない、と少しばかり言葉をかけてみた。

 

「なんだ、急にくたくただな」

 

南場から急に力が感じられなくなったな、と。

それに対して優希は答えた。

 

「後半だと思うと集中力がぷっつりしちゃうんだじぇ・・・・・・」

 

弱気な答え、おそらく普段の優希からは絶対に聞けない言葉、南場の今だからこそ聞ける言葉だろう。

ふーん、と衣は頷くと、

 

「ならば」

 

にこりと笑いかけた。

 

 

「毎回東場と思えばどうだ?」

 

 

「じょ?」

 

どういうこと?と首を傾げる優希に衣は言葉を続ける。

 

「東場と南場の半荘を打っているのではなく、東場を二回打ってると考えればいい。

 

 ()すればほら、毎回東風戦だ」

 

 

それは単純で子供のような屁理屈。

だが確かにそうかもしれない。

優希も「いや、それは・・・・・・」と思いつつ、わずかながらやる気が出てきたように見える。

 

さて、発破をかけられた次局はどのような展開になるか。

 

 

 

南二局1本場 親・衣 ドラ{西}

 

「ツモ」

 

{六七八②③77西(ドラ)西西} {⑨⑨横⑨} {(ツモ)}

 

「海底撈月ドラ3、4100オール」

 

再び海底ツモ、やはり衣は笑う。

だが今回の笑いは前回のそれとは違う。

今回は形にならなかったが、再び感じる強大な息吹。

 

(そうでなくては)

 

圧倒して勝つ、それも麻雀の楽しさに違いないだろう。

以前の衣にもそう言う所があったかもしれない。

だが友達で家族な透華達と出会い、県大会で和と出会い、咲と出会い。

 

本当の麻雀の楽しさを知った気がする。

 

間違いなく以前なら麻雀を「遊び」などとは呼ばなかっただろう。

 

だが今は違う、そう思って衣は周囲に軽く視線を送る。

 

麻雀を通じてこんなにたくさんの人と知り合えた、交流できた、友達になれた。

 

他者を圧倒するための手段ではなく、他者と交流する為の手段として麻雀を見ることができるようになった。

 

それが、堪らなく嬉しい。

 

 

続く南二局2本場も衣が満貫手を上がり。

そして。

 

 

 

南二局3本場 親・衣 ドラ{6}

 

衣の発破から2局を経て、ついに。

 

優希 44400

 

{一一三四[五]⑦⑧1234[5]9(横6)}

 

「リーチ!!」

 

優希に復活の兆しが見える。

このリーチ、5巡目だ。

 

(来たか)

 

来ると思っていた、と衣は笑う。

それを見越して、この局は衣も打ち方を変えている。

 

すなわち速攻高打点に。

 

{五六七②③④⑤⑥⑦5(ドラ)78} {(ツモ)}

 

「ツモ、タンヤオ三色ドラ1、4300オール」

 

(むむっ・・・・・・)

 

競り負けた、と優希は衣に視線を送る。

衣も優希を見ていた。

負けぬぞと言っているかのように。

 

(じょーとーだじぇ!)

(そう簡単には・・・・・・)

 

((負けない!!))

 

再び場は白熱した。

東場の優希と深堀の対決のように。

 

 

 

南二局4本場 親・衣 ドラ{四}

 

「リーチ!」

 

またしても優希から声が上がる。

今度は3巡目、さすがに衣も追いつけない。

そしてまたたく間。

 

「一発ツモ!」

 

ジャララと手牌が倒された。

 

{八八八九九①②③56789} {(ツモ)}

 

そして裏ドラを返すと現れたのは{七}、つまり。

 

「裏3! 3400・6400だじぇ!」

 

とうとう上がられた、南場の優希に。

それも3巡リーチの一発ツモ、もはや完全復活である。

 

(そうだ、そう、そうでなくては!)

 

再び二人は顔を見合せて笑い合った。

 

 

 

南三局0本場 親・深堀 ドラ{7}

 

 

深堀 30400

配牌

 

{一四七④⑧⑨3899東西} {北}

 

モモ 23800

配牌

 

{二五五八②⑤⑥4東南北白發}

 

(・・・・・・酷い・・・・・・)

(うはぁ、これは・・・・・・)

 

深堀とモモは揃って自分の手牌に嘆く。

そしておそらく優希と衣には好配牌が入っているだろう事は見なくても分かる。

 

優希 52300

配牌

 

{九①③③④[⑤]⑦⑧⑨2(ドラ)西中}

 

衣  126000

配牌

 

{一二九①②⑥⑧1236(ドラ)東}

 

前半から飛ばし過ぎたか、と反省する深堀。

しかし表情こそ少し険しいものの、その心の内では反省のみ、落ち込んではいない。

再び最下位に落ちているモモにも落ち込みは無い。

少しばかり流れに乗っている二人が眩しく、羨ましくはあるけれども。

 

 

(衣の親番を流したことは褒めてやろう。

 だが・・・・・・)

 

{一二三①②⑥⑧12(横⑥)36(ドラ)8}

 

ものの3巡、聴牌である。

 

(付いて来れれば褒めて遣わす。

 だが・・・・・・)

 

「リーチ!」

 

(衣の方が上だと教えてやろう!)

 

 

(無駄だじぇ)

 

{①②③③④[⑤]⑥⑦⑧⑨西中中(横中)}

 

直後の4巡目、優希も聴牌だ。

 

(こっちこそ認めさせてやるんだじぇ!)

 

「リーチ!」

 

(私の方が上だ!)

 

 

「ツモ!」

 

{一二三①②⑥⑥1236(ドラ)8} {(ツモ)}

 

ジャラッと手牌を倒したのは衣。

 

「リーヅモ三色ドラ1・・・・・・裏無し、2000・4000」

 

そして、オーラス突入。

 

 

 

南四局0本場 親・モモ ドラ{西}

 

優希 49300

配牌

 

{一三④⑨[5]6677西(ドラ)西北發}

 

衣 135000

配牌

 

{二五六七②⑦⑧189南西(ドラ)西}

 

どちらもドラ2を抱えた配牌、優希はさらに赤も抱えている。

あっという間に満貫に至るこの手、この二人がその程度で済ませるはずが無い。

どこまで手を伸ばすか、お互い相手を意識しながら手を進めて行く。

 

優希手牌

 

{一三④⑨(横二)[5]6677西(ドラ)西北發}

 

一先ず{北}切り。

 

{一二三④⑨(横[⑤])[5]6677西(ドラ)西發}

 

手が高くならなさそうな気配を感じつつ{⑨}切り。

 

{一二三④[⑤](横南)[5]6677西(ドラ)西發}

 

無駄ヅモ、ツモ切りする。

 

{一二三④[⑤](横四)[5]6677西(ドラ)西發}

 

{發}切り。

順調に手が進むが衣も負けていない。

 

衣手牌

 

{二五六七②⑦⑧18(横三)9南西(ドラ)西}

 

まずは{1}を切り出す。

 

{二三五六七②⑦⑧8(横⑥)9南西(ドラ)西}

 

{南}切り。

 

{二三五六七②⑥⑦⑧(横6)89西(ドラ)西}

 

上側の数牌が伸びてきた。

三色まで伸ばせれば文句ないが。

{②}を切る。

 

{二三五六七⑥⑦⑧6(横7)89西(ドラ)西}

 

(よし)

 

行ける、この手は三色まで。

そう思って衣は{9}を捨てる。

 

そして。

 

優希手牌

 

{一二三四④[⑤](横⑥)[5]6677西(ドラ)西}

 

あっという間に聴牌まで至る。

 

「リーチだじぇ!」

 

{一}を切ってリーチと行く。

 

衣手牌

 

{二三五六七⑥⑦⑧6(横八)78西(ドラ)西}

 

そしてこちらも来た、あっさりと。

ちらっと優希に視線を向ける。

 

(・・・・・・12000程度、か。

 衣と奴との点差を考えれば無理に攻める必要もない、が)

 

「リーチだ!」

 

優希のリーチに続き、衣も珍しくリーチをかける。

 

(背中は見せん!)

 

それを見て優希はフフリと笑う。

 

(負けないじぇ!)

 

それを見て衣も笑った。

 

優希一発目のツモは{九}。

上がり牌ではないので切り捨てる。

衣一発目のツモは{4}。

こちらも上がり牌ではないのでツモ切り。

 

「ロンっす」

 

「・・・・・・む?」

「じょ?」

 

キョトンとする二人をよそに、彼女は手牌を倒した。

 

{四五六①②③2223白白白} {(ロン)}

 

「リーチ一発、白。

 裏ドラ1つで12000っす」

 

思考が止まっていた衣の目が見開かれる。

まさか、聴牌していた!? リーチ!? いつの間に!?

そしてしまったと表情を歪める。

優希との勝負で完全に見失っていた。

 

だがそう、こういうこともある。

 

(これが麻雀だ)

 

衣の力をもってしても完全ではない。

だから麻雀とは面白いんだ。

ははっと衣は声をあげて笑った。

 

「見事だった、だが次は無いぞ?」

「そうかもしれないっすね」

 

点棒を受け取ったモモはそれを点箱に仕舞いながら小さく息をつく。

 

(今回手が入ったのは偶然っす。

 上がれたからよかったっすけど次の局には手が入らないかもしれないっすね)

 

だがそれも麻雀だ。

モモは再び気配を虚ろにしながら一人頷く。

 

(やっぱり麻雀って楽しいっす)

 

 

 

南四局1本場 親・モモ ドラ{3}

 

この局、あっさりと決着はついた。

 

「ツモ、平和・・・・・・」

 

東四局2本場でモモに振り込んで以来大人しくしていた深堀の上がりによって。

 

(平和・・・・・・)

(ずいぶんと安手であっさりと・・・・・・)

 

モモもそこそこの手、優希と衣に至っては再び好配牌だったのだがこうもあっさり上がられたのでは仕方ない。

その手牌に目を向ける。

 

{二三四③④⑦⑦2(ドラ)4678} {(ツモ)}

 

「・・・・・・タンヤオ三色ドラ1、3100・6100」

 

(安くないっす!)

(安くないじぇ!?)

 

 

点棒を受け取り、手牌を崩しながら深堀は深く息を吐いた。

東場の終わり際にやられてからずっと大人しくしていてようやくこの上がり。

かと言ってこれ以上モモの連荘に期待するよりはやはり上がってよしだったか。

東場に飛ばして小休止、終わり際にようやく跳満上がり。

これが今の自分の限界、そう思いながらも深堀は笑った。

 

(でも・・・・・・やはり楽しかった)

 

「お疲れだじぇ!」

「・・・・・・お疲れ様でした」

「お疲れでしたっす」

 

挨拶を交わした後、優希は衣をビシッと指差しながら告げた。

 

「次は負けないじぇ!」

 

少しばかり驚いた表情をする衣に、更にモモが言葉を続ける。

 

「私も次は負けないっすよ」

 

続いて衣が深堀に視線を向けると、そちらもやはり同様に。

 

「・・・・・・次は負けない」

 

「・・・・・・お前達も、衣と打って楽しかったのか?」

 

「もちろんだじぇ!」

「・・・・・・うん、楽しかった」

「もちろんっすよ」

 

三人の返事に、衣はぱぁっと笑顔を浮かべた。

 

「衣も楽しかったぞ! また打ってくれ!」

 

 

優希  45200

衣  118900

深堀  38700

モモ  29700

 

 

 




つい最近まで衣の「毎回東風戦だっ」発言が、「東場だけで倒せ」ではなく「ずっと東場だと思えばいい」と解釈してました。
見直せば見直すほどそう読んでた俺マジ節穴としか思えない(


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32夢乃マホその4 相性と延長

なんか、普段の2倍くらいの文章量です。
分けてみたけどなんかしっくりこなかったんでまとめたまま投稿しました。
時間がある時にお楽しみくださいませ。



秀介はマホの事を共感能力者(エンパス)と呼んだ。

 

エンパスとは和も解説していたが、相手の感覚や感情を読み取る事に優れた才能のことだ。

 

それは何も対面して話をしたら相手の事が分かるということだけではない。

 

 

一流のエンパスは――超能力が使える時点で異端な存在を一流、二流と格付けしていいのかは分からないが便宜上そう呼ばせて貰う――相手が座っていた椅子や使っていたカップに触れただけで、その人間の感情を読み取ることすらできるという。

 

マホが模倣するのは能力だけではないのかもしれない。

本人も自覚していないので何とも言えないが、その能力の獲得に至るまでの相手の経験や記憶も模倣しているとしたら。

だからこそ、初対面の相手の能力すらコピーすることが可能なのだと言えるだろう。

 

 

だからつまり、マホが秀介の能力を模倣しようとした時に聞こえた声、見えた物。

 

マホが本物のエンパスならば、マホが体験したそれらは秀介が過去に体験した出来事と言う事になる。

 

 

はっきりとは見えなかった、はっきりとは聞こえなかった。

 

だがしかし、あれが過去に体験した出来事だとするならば。

 

彼はどんな過去を・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・点数は?」

「・・・・・・ふぇ?」

 

不意に声を掛けられて、マホはぱちくりと瞬きをする。

周囲を見渡すと同卓のメンバーどころか周囲の応援メンバーもこちらを見ている。

え? 何? と思いながら手元を見た。

 

マホ捨て牌

 

{北1中七⑨34[五]南} {横9(リーチ)}

 

手牌

 

{一二三③④⑤[⑤]⑥⑦⑧567} {②}

 

手牌は全員に見えるように倒されていた。

 

「おお? 上がってます」

「自分でツモって言ってましたよ」

 

あきれ顔の和にマホはわたわたと慌てる。

 

「え、えっと、えっと・・・・・・リーチまでしてるし。

 リーチ一発ツモ平和とタンヤオ・・・・・・は付かないです。

 ど、ドラ! ドラは?」

「ドラは{⑧}。

 リーチ一発ツモ平和ドラ1赤1、裏無しで2本場ですから、3200・6200ですね」

 

その様子に見かねて和が答えを出し、同時に点棒を差し出す。

 

「ご、ごめんなさいです、ありがとうございました」

 

どうやら何か考え事をしている間に、無意識に手を進めていたらしい。

秀介の能力の模倣に失敗した後、和の能力でも引いていたのだろう。

やれやれ、勝負の最中に考え事をするとは。

しかし気になって仕方が無いのも事実。

反省と言い訳を同時にしつつ、マホは差し出された点棒を手に取る。

 

少ない、圧倒的に。

具体的にはあと久の3200と智紀の6200ほど。

 

「あの・・・・・・?」

 

点棒を差し出す気配のない二人に視線を向けると、揃ってはっとした表情で点棒を取り出した。

 

 

「どうもです」と点棒を受け取るマホとその手牌に目を向けつつ、その打ち方を思い返す久。

ちらっと智紀に視線を向けると動揺しているらしい様子がうかがえる。

自分と同様に・・・・・・いや。

 

(・・・・・・シュウみたいな打ち方をしていたことで余計に、かしら)

 

智紀も自分と同じことを感じた故に激しく動揺しているのだろう。

 

今の打ち方。

 

 

(・・・・・・完全にシュウの打ち方じゃないの)

 

 

この局の初め、秀介のあの慌てっぷりとその後の会話から察するに、おそらくマホは秀介の能力を引いたのだろう。

 

多分、デメリットごと。

 

軽い寒気を覚えて久は自分の身体を両手で軽く押さえる。

久は知っている、秀介の能力のデメリット、反動、そのダメージを。

 

それと同じことがマホの身にも起こったら。

それはもうとんでもない騒ぎになる、麻雀合宿どころではない。

 

当の本人秀介もそれを知っているからこそ慌ててその能力を止めさせたのだろう。

それに関しては当然とも言えるし流石とも言えるし、折角の合宿が台無しにならなかった点では感謝してもいいだろう。

 

(・・・・・・でも、途中で止めさせたにもかかわらず、今の打ち方は完全にシュウそのものだった)

 

それはおかしい。

局の初めで能力を止めさせたのならその後の打ち方まで同じになるわけがない。

いや、正確にいえば全く同じだったわけではない。

むしろ配牌後の第一打で長考したり、その後素早く摸打したりする様子はおそらく和の打ち方だ。

にもかかわらず牌の切る手順に違和感がある。

 

手牌を見れば{①}が来れば一通の目がある。

デジタルならば{⑥⑦⑧とつながる⑨}をあの段階で切るのはあり得ない。

さらに平和手なら{34567}の三面張を捨てて{567}の面子に固定しているのもおかしい。

 

だが結果的にそれが最速の上がり。

デジタルらしからぬノーミスの打ち方は秀介そのものだ。

 

(・・・・・・シュウと和の能力が混じってる・・・・・・?)

 

それはそれで疑問だ、複数人の能力を同時に呼び出すなんて。

マホにそんな能力があったら、仮に制御しきれていないとしても中学から既に無名でいられるわけがない、必ず注目を集める存在になっているはず。

それこそ和が高校に進学した今年、全中王者(その跡)を継いでいてもおかしくない。

能力が発動していない時の地の腕前と、初心者の如きミスが重なったとしても。

 

(・・・・・・わけが分からない、こんがらがってきたわ)

 

一旦その事は忘れよう、今は試合が大事だ。

幸いにして先程のマホの打ち方に、智紀が久以上のショックを受けているようだし。

和は相変わらずのデジタル思考で落ち着いているようだし。

自分もとっとと平常心に戻る事に決めた。

 

(・・・・・・気にはなるけどね)

 

 

マホの捨て牌に視線を向けているのは和も同様。

久と同じ切り出し手順の違和感は当然だが。

 

(・・・・・・最後の{南と9}はツモ切りしてのリーチ。

 リーチをかけなければ満貫に届かないけれども、頭以外に牌が重なっていないあの平和手は牌の偏りを考慮しなければ、38.2%裏ドラが期待できます。

 しかしリーチをかける気でいたのならわざわざ2巡も回す意味は無いはず。

 にもかかわらず2巡ツモ切りしてリーチ、その後一発ツモ)

 

ふむ、と牌を卓の穴に流し込みながら小さく息をつく。

 

(・・・・・・大した偶然ですね)

 

視線は向けず、しかし意識は秀介がいるであろう方向に向ける和。

 

(偶然の偏りで上がるような打ち方をしておきながらデジタルを名乗るなど、世のデジタルに敵対しようとしか思えません。

 その上がり方があなたの魅力なのだという事は理解できますけれども)

 

山が出来上がり、和は卓に手を伸ばす。

 

(・・・・・・マホちゃんにはそんなオカルトではなく、堅実なデジタル打ちを身につけて貰いたいのです。

 私の可愛い後輩をたぶらかさないで貰えますか、志野崎先輩)

 

カララララと賽が回った。

ホゥと息をつきながら膝のエトペンをポンポンと撫でる。

賽の目は7、もっとも出る確率の高い目だ。

 

 

 

東二局0本場 親・和 ドラ{3}

 

和 52400

配牌

 

{二五六六七②⑧⑧(ドラ)467南} {北}

 

「・・・・・・失礼」

 

配牌を受け取り暫し考える。

頭一つに両面受けの塔子が4つの三向聴。

タンピン手を狙うには絶好の配牌だ。

それから次に切る牌へ。

候補は字牌{南と北}。

 

他家の配牌13牌で対子ができる確率、それが{南と北}である確率、さらにそれらが南家と北家に都合よく入っている確率。

 

考えるまでも無く、切り捨てて構わない確率。

仮に鳴かれても和のこの手ならこちらが上がる方が早いだろう。

スパンと{南}を捨てる。

 

{二五六六七②⑧⑧(ドラ)46(横7)7北} {北切り}

 

{二五六六七②⑧⑧(ドラ)46(横二)77} {②切り}

 

{二二五六六七⑧⑧(ドラ)46(横5)77} {二切り}

 

 

「・・・・・・{二切り}・・・・・・」

 

未春の呟きに池田が頷く。

 

「あっさりと行ったね、{⑧}と悩んでもいいと思うんだけど。

 ホント、考えるの早すぎじゃない?」

「どういう思考回路してるんだろう?」

「別に思考が早いわけじゃないと思うわ」

 

首を傾げる二人に声をかけたのは、彼女達が敬愛するキャプテン美穂子。

 

「あらかじめ自分の手に有効な牌だけを考慮しておいて、それ以外は全てツモ切りって考えておけばそれだけで悩みは少なくなるわ。

 そして有効牌が来た時はどの牌から切るかも同時に考えておく。

 リーチや鳴きが入った時にはその限りではないと思うけれども」

「なるほどー」

 

池田がふむふむと頷く。

対して未春は疑問を重ねた。

 

「でもツモってから「あ、こう言う受け入れもあるかも」とかって無いですか?」

「私はあるわ。

 でも・・・・・・もしかしたら彼女はその辺も全部考えているのかもね」

 

へぇーと未春が声をあげる。

 

手牌に対するツモを全て考慮し、不要な牌を切る。

 

さながら特定の入力に特定の出力をする機械のように。

 

(彼女の打ち方は私から見ても個性()が全く見切れない・・・・・・。

 デジタルならではの切り出し方からある程度手牌は読めるけど、そんなの麻雀を打っている以上どうしても発生する最低限の情報に過ぎない)

 

それを強さと見るか弱さと見るか。

だが現実に彼女は全中王者(インターミドルチャンピオン)、不安定で揺らぎの激しい成績を残す同年代の頂点に立ったデジタルだ。

和の強みであり魅力だと言っていいだろう。

彼女と対峙したら美穂子といえども癖を見切って狙い打ちすることは不可能と思われる。

 

(・・・・・・まぁ、偽りの癖で狙い打ちされるよりはマシかしら)

 

ちらっと秀介に向けた視線は、ほんのちょっとだけふてくされているように見えた。

 

「じゃあ何で{⑧じゃなくて二}を選んだんですかね?」

 

続く池田の疑問に美穂子はおそらくと断りを入れて解説をする。

 

「原村さんの手牌に対子は3つ、だけど{7は567}の並びで使えるのでとりあえず考慮しないでおくわね。

 残った{二と⑧}の対子のどちらを切るか、捨て牌に目を向けましょう」

 

マホ 54900

捨牌

 

{一西②}

 

久 43400

捨牌

 

{8白⑨}

 

智紀 52400

捨牌

 

{南①東}

 

{一⑨}共に一枚切れ。

色の枚数で言えば萬子が1枚、筒子が3枚。

 

「3人が揃って同じ考えで筒子を切り出したわけではないと思うけど、考えられるのは「手牌に筒子はあるけど端牌が不要で切り出した」か「筒子そのものが手牌に少なくて切り出した」か。

 まぁ、どっちを選んでもいいし仮に外しても確率上そう言うこともある、って感じで割り切るんじゃないかしら」

「つまりどっちでもいいけどとりあえず筒子を選んでみた、みたいなことですか」

 

確率を信仰しているからこそ、当たれば予定通り、外しても偶然と割り切る。

それも強さか。

 

 

「ツモ」

 

{五六六七八⑧⑧2(ドラ)4567} {(ツモ)}

 

「リーチタンピンツモドラ1、4000オールです」

 

そのまま和の上がりとなった。

 

和捨牌

 

{南北②二9二中横7(リーチ)3} {[⑤]}

 

結局{二や⑧}の周辺を引くことも無く、どちらを捨てても正解だったようだ。

{[⑤]}は勿体ないと思えるが、それに引っ張られて他家に上がりを取られるよりは遥かにいい。

この上がりで和はマホをまくって逆に13500点のリード、まずは一歩抜けだした。

 

 

 

東二局1本場 親・和 ドラ{中}

 

「ツモ」

 

この局も和が制する。

 

{二三四四[五]④④234[5]67} {(ツモ)}

 

「リーチタンピンツモ赤赤裏、6100オールです」

 

捨牌

 

{⑨一九發東白八七⑦5横[⑤](リーチ)} {⑥}

 

 

「ほい志野崎先輩、リンゴジュース追加じゃ」

「ん、サンキュー」

 

和の打ち方を見に一時的に卓近くにいたようだが、買い出し――と言っても近くの自動販売機までだが――から戻ってきたまこからリンゴジュースを受け取るなりまたソファーに座りこんでしまった秀介。

大分落ち着いたようだがまだ立っているのは辛いらしい。

 

「以前から愛用しとるようで今更じゃけど、なんでリンゴジュースなんじゃ?」

「麻雀力の補給」

 

まこの問い掛けにもこの返事、相変わらずだ。

 

「まぁ、誤魔化すのは勝手じゃけど。

 さっきの志野崎先輩の対応を見りゃ、そのリンゴジュースがどれだけ先輩にとって重要な(モン)か誰でも察するじゃろ。

 にもかかわらず話してくれんとなると、信頼されとらんのかなーと思ったりするわけじゃ。

 わしに限らず部長とかもな」

 

あえて久の名を出すことで秀介に揺さぶりをかけてみる。

もっともその程度の揺さぶりが通じる相手で無い事は百も承知だが。

 

「・・・・・・そうは言われてもなぁ、特異体質ってことで納得してはくれないかね?」

「むぅ・・・・・・」

 

そうまで回答を拒否されるとそれ以上突っ込めない。

いつものように冗談で誤魔化す空気もなさそうだし。

やれやれ仕方ないかとため息をつき、まこは秀介の隣に座った。

 

「・・・・・・で、どうじゃ? あの卓の様子は」

「マホちゃんといい久といい、さっきから何故かちらちら睨んでくる沢村さんといい、始まってまだそんなに経ってるわけでもないが中々カオスになりそうだな」

 

受け取ったリンゴジュースを飲みながら秀介は答える。

 

「和はどうじゃ?」

 

名前が上がらなかった和について聞いてみると、秀介は少しばかり頭を悩ませている様子。

 

「・・・・・・確かに安定して強いのは認めるけど、正直言えば何故彼女が全中覇者なのか理解できん」

 

そこまで言うか。

一回戦終了時点から和が秀介を敵視しているっぽい事は察していたが、秀介もそれでわざと辛口になっているのだろうか?とまこは秀介の表情をうかがう。

彼は周囲を見渡しながら言葉を続けた。

 

「全国ってのは化け物じみたのがいっぱいいるもんだ。

 この場にだって普通じゃないのが割といる。

 原村さんがそんな化け物を相手に勝っているとは思えん。

 かと言って彼女の年代だけ「そういうの」がいないってわけでもない」

 

そう言うと秀介は何やらメモ用紙にペンで書いていく。

いつの間に用意したのか。

 

「今の局、原村さんの手牌が{二三四四[五]④④234[5]67} {(ツモ)}

 捨牌が{⑨一九發東白八七⑦5横[⑤](リーチ)⑥}

 これの組み合わせをいじくると三色手になる」

 

まこはその用紙を受け取って頭の中で並べ替えてみる。

 

「567の三色か。

 けどそんなもん結果論じゃろ」

「確かにそうだ。

 だが時にはそれを読み切って狙わなきゃならない時もある。

 さっきの原村さんは平和手に受けた結果7翻の跳満手だったが、三色にしていたら平和が消える代わりに三色がついて倍満だ。

 {[⑤]}も手牌で使えるし裏ドラ期待せずに倍満、これは大きいと思わないか?」

「確かにそうじゃけど・・・・・・」

 

デジタルとしての能力は認めるけれども、それだけで全国を制するには実力が伴わないのではないか?という事だろうか。

 

「・・・・・・つまり志野崎先輩はこう言いたいんか?

 

 和が全中王者(インターミドルチャンピオン)になったのは運だ、と」

 

そんな本人が聞いたら絶対に怒るだろう言葉をまこは口にする。

秀介はそれを聞いてフッと笑った。

 

「・・・・・・ま、本人が天狗になってたら言ってやってもいいんだけど。

 彼女はそういうタイプじゃないし、デジタルとして高い実力があるのは俺も認めてるから言わないけどな」

 

その言葉にまこもフッと笑う。

 

「なるほど、後で本人に伝えとくわ」

 

そう言った途端、その手がガシッと握られた。

 

「まぁ、落ち着けまこ。

 お前が黙っていれば全て丸く収まるんだ。

 それともお前は自分が所属する麻雀部にギスギスした人間関係を持ち込もうというのか?」

「言い出したのは志野崎先輩じゃろが」

「明確な言葉を口にしたのはお前だ」

「仮にそうじゃとしても、和ならわしを信じてくれるじゃろ」

「そうなると俺は宮永さんを味方につけて人間関係の悪化を広めなければならないんだが」

「やめんしゃい」

 

 

そんな試合に関係ない話にまで広がってきた二人の事は置いておいて試合に戻る。

 

 

 

東二局2本場 親・和 ドラ{五}

 

「ポン」

 

{中}を鳴いて手を進める和。

この局も調子が良さそうだ。

 

そして7巡目。

 

和 82700

 

{①②③③④⑧⑨(横⑦)244} {中中横中}

 

中のみ聴牌。

だが{⑥}が入れば一通もある。

{⑤}をツモった時フリテンで一通を狙う者もいるかもしれないが、現在リードしているしそんな無茶はいらない。

一先ず{2}を切り出して聴牌。

そして2巡後。

 

{①②③③④⑦⑧(横⑥)⑨44} {中中横中}

 

一通に張り替え可能な{⑥}ツモだ。

躊躇うこと無く和は{③}を切る。

 

「ロン」

 

声が上がった。

 

{三四(ドラ)③④[⑤]⑥999北北北} {(ロン)}

 

手牌を倒したのは智紀だ。

 

「北ドラ赤、5200の二本付け」

「はい」

 

その手が成就しなかった事を特に残念がる様子も無く、和は点棒を差し出す。

 

受け取った智紀はそれを点箱に収めると、大きく深呼吸をした。

先程のマホの上がりによる動揺はようやく収まったようだ。

 

(・・・・・・大丈夫、もう平気・・・・・・)

 

もう一度今度は小さく息を吸い、吐く。

そしてチラッと秀介に視線を向けた。

 

(・・・・・・志野崎秀介・・・・・・見ていなさい)

 

 

 

東三局0本場 親・マホ ドラ{北}

 

「ポン」

 

この局も最初に動いたのは和だった。

 

和 76900

 

{三四四①①456778} {白横白白}

 

{三}を切り出して一向聴。

既に9巡目と中盤だしドラも絡まず安い手だが、親番が流れた今、局を進める安手上がりとしては十分だ。

 

「リーチ」

 

と、上家の智紀からリーチが入る。

 

智紀 48100

捨牌

 

{西八二②④九五一3} {横南(リーチ)}

 

チラリと視線を向ける和が引いたのは{西}。

安牌なので即座に切る。

だが次巡。

 

和手牌

 

{四四①①456(横發)778} {白横白白}

 

「・・・・・・」

 

{發}は他家の捨て牌に一つあるだけ。

役牌待ちリーチとしては悪くない狙い。

しかも仮に和が{四か①}を重ねるかポンして聴牌したとすると、{7を切って3-6-9}の三面張か{8}を切ってのシャボ待ち。

智紀の捨て牌は索子の混一とも判断できる。

そんな時、危険な橋は渡らないのが和。

先程振り込んだ事だし、今回は{四}に手をかけてオリを選択する。

 

「・・・・・・ロン」

 

だがそうはいかなかった。

 

{四六六④④⑥⑥⑨⑨445[5]} {(ロン)}

 

「リーチ七対子赤」

 

現れた裏ドラ表示牌は{⑤}。

 

「裏2、12000」

「・・・・・・はい」

 

二連続の振り込み。

とはいえ普段の和なら特に意に介すことは無かっただろう。

だが点数を差し出す動きが少し遅かった。

それこそ普段から和と交流の無い他校の生徒にも分かるほど。

 

一色手を装い、安牌と思っていたところでの七対子狙い打ち。

割と最近この手を喰らった覚えがある。

 

(・・・・・・先程からこの方、志野崎先輩みたいですね)

 

ようやくそれに思い至る和。

そして同時に思う。

 

(偶然極まりないですね。

 人と同じ打ち方など、狙ったところで上手くいくはずがありません)

 

ちらっとマホの事を思い浮かべたのは秘密だ。

 

(デジタル思考に基づいて行動すれば同じになるのは当然ですが、志野崎先輩の打ち方はそれに該当しない。

 それを真似して上手く打とうなどと)

 

ジャラジャラと牌を卓の穴に流し込みながら思う。

 

 

(そんなオカルトありえません)

 

 

 

東四局0本場 親・久 ドラ{六}

 

6巡目、智紀から声が上がる。

 

「ポン」

 

智紀 60100

 

{一二三五五①③③458} {發發横發}

 

和の捨てた{發を鳴き、8}を切り出して一向聴。

どうやら相性的に智紀は和に対して有利らしい。

その秀介に似た打ち方に変えた影響があるのかは不明だが。

そして9巡目。

 

{一二三五五①③③(横[五])45} {發發横發}

 

{[五]引いて聴牌、3-6}待ちだ。

{①}を切り捨てる。

これでまたもし和から上がれるようなら、逆転して再びトップに立つことになる。

 

のだが、{①}を捨てた途端奇妙な寒気が智紀を襲った。

 

この感覚、以前どこかで味わったような・・・・・・。

 

「ロン、です」

 

パタンと手牌の倒れる音がする。

しまった、和に気を取られていて振り込んだか。

智紀は少し残念そうに対面に目を向ける。

 

対面のマホの手牌と捨て牌に。

 

「リーチ一発」

 

リーチ? リーチなんていつの間に・・・・・・?

 

{六七八八八②③112233} {(ロン)}

 

「平和一盃口ドラ1」

 

はっと記憶が甦る。

確か二日目の個人戦!

今もう一卓で打っているある人物!

 

マホの肩がゆらっと揺れた気がした。

 

「8000です」

「っ・・・・・・はい・・・・・・」

 

ステルスマホ、智紀に炸裂。

どうやら智紀は逆にマホと相性が悪いらしい。

 

 

南一局0本場 親・智紀 ドラ{東}

 

智紀 52100

配牌

 

{一二二三九④[⑤]⑨3[5]7北發} {中}

 

振り込んだ直後のこの局、折角の親番だし上がることで悪い流れを払拭したい。

ドラ表示牌の{北}を切り出して様子見をする。

そしてこの手、思いの外伸びた。

少しずつだが順調に手が進み、9巡目にこの形。

 

{一二三②③④[⑤]12(横①)3[5]78}

 

123の三色一向聴。

{[5]は勿体ないが、④⑤78}いずれかが重なれば平和三色だ。

しかも捨て牌がこれ。

 

{北九中二⑨發⑨八} {[5]}

 

ヤオチュー牌が多く、どこが待ちか分かりにくくなっている。

もしも初めの方の{二切りが一二二三}からの切り出しで下寄りの三色手だろうと察しても、むしろそれは好都合。

123は確定して他の部分での両面待ちなのだ。

リーピン三色赤1はツモれば跳満。

{④が頭になった場合は[⑤]}を切る事になるが、それでも裏ドラが絡めば跳満に届く。

まだトップの和を一撃で逆転できる点差だ。

 

(必ずこの試合、トップで終える)

 

そして三回戦で更に点数を稼いで決勝卓へ。

そこに残っているであろう志野崎秀介を倒す。

 

彼女の一方的で勝手な思いだが。

それが「あの人」に対する彼女の礼儀、そう思っている。

 

 

「リーチ」

 

そんな彼女の想いに対して、妨害者が現れた。

ここまで上がりの無かった久だ。

 

久 33300

捨牌

 

{9九白1中發5南} {横⑨(リーチ)}

 

智紀同様ヤオチュー牌が多く待ちが絞れなさそうだ。

どうするか、と思いながら牌をツモる。

 

{一二三①②③④[⑤]1(横東)2378}

 

ドラの{東}。

役牌ではないし、使えないだろうと思ったらしい和がさっさと切ってしまっている。

マホもその後合わせ打ちをしたのでこの{東}はとっておいても役に立たない。

が、相手は久。

あの悪待ちの久だ。

 

ではどうする?

降りるのか? この手を。

仮に{78を切り出してこの(ドラ)}を頭にできれば、平和は消えるがドラ2追加。

ツモって裏が乗れば倍満まで手が届く。

しかし今も確認した通り和とマホが切っていて地獄単騎。

久が{(ドラ)}単騎待ちだとしたらお互いに抱えあって上がり目0だ。

もしその間に他のメンバーに上がられたとしたら。

 

この最後の親番で降り打ち?

それで果たして勝ち上がれるのか?

 

「あの人」はもちろん、おそらく秀介もこの局面で降りたりはしないだろう。

きっとあっさりと危険牌を切って上がりきる。

志野崎秀介に出来て私にできないというのか。

そんなことで志野崎秀介に勝てると思っているのか。

彼の持ち点は12万点オーバー。

自分はここから倍以上稼がなければならないのだ。

ならばこの最後の親番であっさり降りられるわけが無い。

 

突っ込む。

だが暴挙ではない。

「証明」の為に。

 

そもそもこの局面で敵の上がり牌を引くなど。

 

「・・・・・・ねぇ、そろそろよそ見やめたら?」

「・・・・・・?」

 

不意に声を掛けられてそちらを向く。

 

「沢村さん、あなたは今シュウと麻雀を打ってるんじゃないのよ」

 

そんな久の言葉に、智紀は少しばかり眉をひそめ、視線を落とした。

 

そうだ、卓上に意識が無い者が勝ちを求めるなどおかしい。

勝ちを求めるからこそ卓上に集中しなければならないというのに。

 

「・・・・・・っていうかね」

 

智紀が捨てた{(ドラ)}に対し、久はジャラララと手牌を倒した。

 

 

「そろそろ私の幼馴染に熱い視線送るのやめてくれない?」

 

 

そう言って久は智紀ににっこりと笑いかけた。

 

{四四四六七八②③④⑦⑧⑨(ドラ)} {(ドラロン)}

 

「リーチ一発ドラドラ、裏・・・・・・一つ乗ったけど変わらず8000(満貫)ね」

 

点数を差し出す智紀の顔は少しだけ青かった。

別に卓外に意識を向けていた自分を恥じたわけでもなく、勝利が遠のいたことを残念がっているわけでもなく。

 

単純に点棒を差し出す目の前の相手が怖く感じたから。

 

しかし今の台詞に「きゃー」と顔を赤らめる女子が周囲にちらほら。

少なくともまこは間違いなく頭の中のフィルターを通して「私の幼馴染(カレ)に色目使わないで」と受け取った。

 

「ほほう、部長やりおるの」

 

そう呟いてちらっと秀介の様子をうかがう。

 

「なんか久、怒ってるな。

 いや、楽しんでるのかな」

 

特に変わらない様子でそう答える姿があった。

 

こいつ! 女の敵か!

 

知らない間柄ならまこもそう言っただろう。

だが相手は志野崎秀介。

久を恥ずかしがらせてカーっと赤くなっている姿を見て楽しむ男だ。

きっとこれも後で久をもじもじさせたり照れさせたりするための予行なのだろう。

うん、やっぱり女の敵じゃないか。

まこもそんな久の姿を見ているのは楽しいのだが、きっと同罪ではない。

 

ともあれこれで最下位の久にエンジンがかかった模様。

 

「じゃ、次の局行きましょう」

 

相変わらずの笑顔で和に賽を回すように促した。

その笑顔にはデジタルモード全開の「のどっち」にすら少し表情を変えさせるだけの効果があった。

 

 

 

南二局0本場 親・和 ドラ{白}

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌を倒す久。

 

{④⑤⑥⑧789東東東南南南} {(ツモ)}

 

「リーヅモ南、{東}(裏ドラ)3つで3000・6000」

 

{東も南}も配牌から1枚ずつあったのだが、{南を役牌として残すのはまだしも東}は整理しようとしたタイミングで重ねた。

そこから「何かある」と察して重ね、裏ドラとして乗せる辺り完全に普段の久だ。

{⑧}単騎に受けている辺り絶好調である。

この上がりで一気に2位に浮上。

こうなれば和を捲くるのも時間の問題だ。

 

しかし和も一筋縄ではいかない。

 

 

 

南三局0本場 親・マホ ドラ{③}

 

「ツモです」

 

{七八九(ドラ)④⑤3457899} {(ツモ)}

 

「平和ツモドラ1、700・1300」

 

好配牌だったのもあるが、三色を狙う素振りすら見せずに平和ツモ。

追撃を許さない。

 

そしてオーラスだ。

 

 

 

南四局0本場 親・久 ドラ{7}

 

久 52600

 

{一六七③⑥⑦⑧3348東西} {白}

 

(まずは普通に字牌整理かしら)

 

久が{西}を切るところからこのオーラスは始まった。

 

智紀 40400

 

{一二三六①②⑥⑧5(横七)6南發中}

 

(・・・・・・この手は上寄り)

 

{①}切り、いきなりペンチャン落としから手を進める。

 

和 61600

 

{三五②[⑤]223(ドラ)東北(横⑥)白發}

 

少考した後、{東}切り。

 

マホ 48500

 

{一二八②④⑤116(横5)9南西北}

 

(えっと、南場でマホは今北家だから・・・・・・これがいらないです)

 

{西}切り。

 

そして各々手を進めて行く。

 

 

久手牌

 

{一六七③⑥⑦⑧33(横⑦)48東白} {一}切り

 

{六七③⑥⑦⑦⑧33(横中)48東白} {中}切り

 

{六七③⑥⑦⑦⑧33(横八)48東白} {東}切り

 

{六七八③⑥⑦⑦⑧3(横1)348白} {白}切り

 

 

智紀手牌

 

{一二三六七②⑥⑧5(横8)6南發中} {②}切り

 

{一二三六七⑥⑧56(横9)8南發中} {中}切り

 

{一二三六七⑥⑧56(横四)89南發} {發}切り

 

{一二三四六七⑥⑧5(横7)689南} {南}切り

 

 

和手牌

 

{三五②[⑤]⑥223(ドラ)8北(横2)白發} {北}切り

 

{三五②[⑤]⑥2223(横中)(ドラ)8白發} {中}切り

 

{三五②[⑤]⑥2223(横四)(ドラ)8白發} {發}切り

 

{三四五②[⑤]⑥222(横1)(ドラ)8白} {白}切り

 

 

マホ手牌

 

{一二八②④⑤115(横六)69南北} {9}切り

 

{一二六八②④⑤11(横③)56南北} {北}切り

 

{一二六八②③④⑤1(横4)156南} {南}切り

 

{一二六八②③④⑤1(横[5])1456} {一}切り

 

 

そして巡は進み、聴牌が入る。

 

久手牌

 

{六七八⑥⑦⑦⑧33(横3)46(ドラ)8}

 

(さぁ、行くわよ)

 

{⑦を切って2-5・4}待ちタンヤオ三色に受け、高め平和が付けば最低跳満だ。

しかし、だからこそ。

 

「リーチ!」

 

久の選択は{4切り}、中ぶくれ{⑦}単騎待ち!

リータン三色ドラ1は一発ロンかツモ、裏ドラで跳満。

悪待ちで勝ってきた久、今回の選択は吉か凶か。

 

智紀手牌

 

{一二三四六七八⑥⑧(横一)56(ドラ)8}

 

予想通り上が伸びた。

久と同じく678の三色だ。

逆転されて最下位まで落とされた智紀、ここで今更引く理由は無い。

 

「リーチです」

 

和手牌

 

{三四五②[⑤]⑥1222(横9)(ドラ)8}

 

聴牌、だが既に二件リーチが入っている。

追っかけでリーチをかけるのは危険だ。

トップということもあり、いざという時には降りられるようにダマテンを選択する。

 

マホ手牌

 

{六七八②③④⑤11(横⑥)45[5]6}

 

こちらも聴牌。

このオーラスは全員が同時に聴牌に至ったのだった。

{5}切って三面張。

憧れの先輩達と同じ卓で先制二件リーチ、この状況でテンションが上がらないわけが無い。

 

「リーチです!」

 

同じくリーチ、この状況に突っ込んでいく。

 

三人リーチ!

 

和はリーチこそしていないが同じく聴牌!

 

誰が上がり牌を引くのか。

1人が牌をツモる度に緊張が高まる。

 

 

そして、タァンと{⑦}が表になった。

 

 

{六七八⑥⑦⑦⑧3336(ドラ)8} {(ツモ)}

 

 

「ツモ」

 

戦いを制したのは久。

 

「リーヅモタンヤオ三色ドラ1、6000オールね」

 

 

 

智紀 33400

和  55600

マホ 41500

久  72600

 

 

この上がりで久の逆転トップ。

一同「はぁ・・・・・・」と息をついた。

 

「・・・・・・お疲れ様でした」

「ありがとうございました」

 

智紀と和が揃って頭を下げる。

マホも慌てて頭を下げた。

勝てはしなかったが皆その表情から楽しめたのが伝わってくる。

 

そんな中。

 

「ごめんなさいね」

 

久はそう言った。

何を謝ることが?と一同が首を傾げる。

 

「あの・・・・・・こんな機会めったにないし、こんな事言うの初めてだから少しテンションあがっちゃってるんだと思うんだけど・・・・・・」

 

久はなにやらたどたどしくそう言うと点箱から100点棒を取り出す。

今更点棒を取り出して何をするのかと思いきや、久はそれを卓の端にチャリンと積んだ。

 

「1本場、親の連荘やらせてもらうわ」

 

え?と声が上がる。

何故? 決着はついたんじゃ・・・・・・?

 

通常南四局で親が連荘しても、他の者が上がるまで勝負は続けられる。

その結果他の者に上がられたり振り込んだりして順位転落ということもあるだろう。

だがラス親には「上がり止め」という特権がある。

ラス親が上がった時点で試合を終わりにできる権利だ。

これによりトップに立ったら逆転する機会を相手に与えずに終了できる。

もちろんトップに立たずに上がり止めをすることも可能だ。

これは下手に連荘すると他の人に上がられて順位を落としそうな流れの悪い時や、コンビの合計点を争う場合などに使われるが今は置いておこう。

 

そしてこの上がり止めは権利である。

だから仮にトップに立ってもこの権利を行使せず、親を続行することが可能なのだ。

今回のように、三回試合を終えてその得点の上位4名で決勝を行うというルールの場合には大いに役に立つ。

わざわざ誰もトバないように点数調整をして稼いだ者もいるだろう。

確かにトビはその場で終了だが、逆にその心配が無い時このラス親での連荘で点数を稼ぐのは効果的だ。

 

そういうわけで。

 

「ごめんなさいね、もう少し付き合ってもらうわよ」

 

久はそう言ってウインクして見せた。

それを見て同卓のメンバー、特に智紀が青ざめたように見えたが気のせいだろう。

 

 

 

南四局1本場 親・久 ドラ{⑨}

 

そして続くこの試合、流れに乗っている久が再び制した。

 

久 72600

 

{三四[五]七八九⑥⑦⑧4599} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和赤、裏1つで4100オール」

 

この上がりで更に点差を突き放す。

そしてようやく終わり、ではない。

 

「2本場、行きましょう?」

 

 

 

南四局2本場 親・久 ドラ{2}

 

「ツモ」

 

久 84600

 

{一二三②③④(ドラ)224567} {(ツモ)}

 

「リーヅモドラ3、4200オール」

 

再び続行、そしてやはり。

 

「3本場よ」

 

 

 

南四局3本場 親・久 ドラ{北}

 

さすがに智紀やマホの表情に焦りが出てくる。

そろそろ何とかして止めなければ。

そんな二人の心配をよそに。

 

久 97500

 

{三⑥⑨89東東南南(ドラ)北中}

 

久の手元には高くなりそうな配牌が集まっていた。

配牌は後2牌、どこまで手が高くなるか。

チャンタ、七対子、混一、混老頭。

上を見れば四喜和、字一色も見える配牌。

最低でも満貫は下らないだろう。

 

これを上がれば久の点数も10万を超える。

そうすれば衣に並ぶ。

そして、秀介にも。

 

待ってなさいよ、今追いつくから。

 

秀介に視線を向けると彼と目が合う。

そしてお互いに笑い合った。

 

 

ガッシャーンと音がしたのはその直後だった。

 

え? 何? と全員が揃ってそちらに目を向ける。

 

 

そこには「あっ」という表情のマホと、配牌として持って行くところだった4牌と、それが落下して崩れた山があった。

 

「・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・」

 

靖子は冷めた目線で彼女に刑を宣告する。

 

「夢乃マホ、チョンボで満貫払い」

「あうー!?」

 

 

 

南四局4本場 親・久 ドラ{八}

 

結局。

 

「ロンです」

「えっ!?」

 

{四四(ドラ)八②②③5[5]西西白白} {(ロン)}

 

「七対子ドラ2赤、8000の四本付け」

 

延長のオーラス4本場は、久が智紀に振り込んで終わった。

 

 

 

智紀 36300

和  49300

マホ 25200

久  92300

 

 

今度こそ一同は礼をして卓を離れた。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

一息ついて伸びをしたところで、久は和とマホに笑いかける。

今度の笑いは試合中と違い、普段の柔らかな笑顔だった。

 

「ごめんなさいね、付き合わせちゃって。

 でもこの試合のルール上稼げるときに稼いでおきたかったのよ」

「き、気ニシテマセン・・・・・・」

 

マホは未だに泣きそうな表情で小さく震えていた。

あのチョンボで久の流れを止めてしまったし、怒られると思っているのだろう。

心外な、私は清澄でも有数の心の広さを持っているのよ。

そんな事を思いながら、マホの頭を軽く撫でてやる。

来年になればマホは清澄に入ってくるだろうが、代わりに自分は卒業してしまう。

こうして触れ合う機会は特別に設けない限りない訪れだろう。

だから今のうちにこうして後輩に優しく接しておかなければ。

 

「部長」

 

そんな久に和が声をかけてくる。

 

「何かしら?」

「稼げるときに稼いでおきたかったとおっしゃいましたが、しかし連荘する以上逆転される可能性もあります。

 トップで終わった以上無理をせず終わるのが得策だったと私は思います」

「そ、和らしいわね」

 

流れを掴んで稼げると思ったから、なんて和に言っても一蹴されるだけだろう。

だから特に否定はしない。

ただ自分も取った行動が間違っていたとは思わない、と強い意思で和を見返すだけだ。

和は納得いかなそうだったが小さくため息をついて行ってしまった。

 

まぁ、10万点には届かなかったが稼ぎとしては十分だ。

 

そういえば挨拶をしてすぐに立ち去ってしまった智紀には、どうして秀介をちらちら見ていたのか聞きたかったのだが。

チラッと智紀に視線を送る。

 

(・・・・・・シュウにライバル意識を燃やして無理矢理シュウみたいな打ち方をしてるのかと思ってたけど、もしかして・・・・・・)

 

少しばかり不機嫌そうに。

 

(・・・・・・シュウに気があるのかしら)

 

そんな正反対の事を考えていた。

 

 

久にとって秀介はただの幼馴染。

昨日部屋で寝る前に清澄メンバーにはそう公言した。

よくからかってくるけど優しいし困った時には助けてくれるし、一緒にいて楽しい幼馴染、と。

 

それがただの幼馴染であるわけが無い。

もちろん久はそれをよく知っている。

 

切っ掛けは何だったか、考えるまでも無い。

 

久は彼に大恩がある。

彼に感謝をした。

彼に謝罪もした。

 

それと同時にこの感情を明確に意識した。

 

今しがた改めてまとめた通り、秀介はよくからかってくるけど優しいし困った時には助けてくれるし一緒にいて楽しい存在だ。

多分そこそこ交流を持った人なら同じ意見を持つだろう。

だから秀介が他の人と親しくなるのも分かる。

 

でも、だからと言って「彼女ができました」などと言って女を連れてきたらきっと殴るだろう。

 

卓を離れて秀介の元に向かう。

 

目が合うと秀介はスッと手を挙げて笑いかけてきた。

 

なので同じように手を挙げて笑い返す。

 

 

もしも彼女なんて作ったら許さない。

 

 

 

あんた、

 

 

私とのことは、

 

 

 

忘れたくせに。

 

 




別にヤンではいません。


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33藤田靖子その3 困惑と決断

ここのところ文字数が増えています。
もうちょっとでこれだけ詰め込む必要もなくなるので少しだけお付き合いくださいませ。



「うーん・・・・・・」

 

予想通り順位を伸ばした者もいれば予想外に順位を落とした者もいる。

そんな荒れた展開となり、予想以上に長かったような気がする二回戦がようやく終わった。

三回戦に備えて休憩をとったり、二回戦の盛り上がりについて話し合ったりと、参加者は皆思い思いにくつろいでいた。

休んだり牌譜を見直して勉強したり色々できるようにと便宜を計らい、靖子は三回戦開始まで1時間の休憩を取った。

 

まぁ、それは建前。

実際には靖子自身考えたい事があったからだ。

その考え次第では時間を置く方が靖子にとって望ましい結果となるというのもある。

 

のだが。

 

「むむむ・・・・・・」

 

麻雀卓のある部屋から離れて喫煙所へ移動し、煙管をふかしつつコーヒーを飲みつつ靖子は頭を悩ませていた。

一体どうしたものだろうか。

 

「藤田プロ、何かお悩みですかな?」

 

そんな靖子に南浦プロが声をかけてきた。

やはり自分一人で悩んでいても仕方が無い、同じプロとして意見を聞こうと靖子は悩みを切り出した。

 

「ご察しの通り、大いに悩んでいるのです」

「どのような悩みですかな?

 年の功もありますし多少なら相談に乗れますよ」

 

そう言って靖子の隣に座り、南浦プロはタバコを取り出す。

それに驚いたような表情をした後、靖子は火を差し出した。

 

「南浦プロ、タバコを吸われたのですか。

 普段は吸わないようですが」

「ええ、吸うのは久しぶりです」

 

スーッとタバコの煙を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す。

 

「・・・・・・して、悩み事とは?」

 

南浦プロの言葉に、靖子は手に持っていた紙を差し出す。

 

「これは?」

「組み合わせです、三回戦の」

 

どうやら事前に決めていたらしい。

点数を見て丁度よさそうな組み合わせを作るよりははるかに楽だろう。

箱割れしても5万点で復帰できるルールだし。

 

ともかくその用紙を見てみると、すぐに南浦プロも表情をしかめた。

 

「・・・・・・これは・・・・・・」

「悩みたくなる組み合わせでしょう?

 三回戦の、それも第二試合ですよ。

 二卓同時に行っているから試合再開となったらすぐにその試合が行われるのですよ」

 

そう言って再び頭を抱える靖子と、それに続いて頭を抱える南浦プロ。

あらかじめ決めておいた組み合わせで何をそんなに悩んでいるのかというと、元々「その枠」には靖子が入る予定だったからだ。

それを別の人物に入れ替えた結果、こうして思い悩む事になっているのである。

 

「・・・・・・試合再開は何時の予定でしたか」

「二回戦で連荘してくれた奴がいましたからね、予定より伸びていますがそれでも17:30ですよ」

「なるほど、早いですな」

「ええ、早い」

 

ふーむ、とお互い考える。

そして再び靖子が口を開く。

 

「試合の組み合わせを改めて考えるのは少しだけ手間です。

 ただ単純に後ろに回すのも手ですが、しかし・・・・・・」

 

続いて南浦プロも。

 

「・・・・・・このままではもう一試合の方が集中できない可能性もある」

「・・・・・・それもありますね」

「仮に後ろに回したとしても、この組み合わせがある事をこの時点で知ってしまった以上・・・・・・」

「ええ、我々のはやる気持ちが抑えられない」

 

はぁ、と小さくため息をついた。

何が問題なのかは不明だが、ともかくこのまま考えっぱなしで済むわけではない。

時間がくれば再開しなければならないのだ。

やれやれ、困ったものだと南浦プロは頭をかく。

 

「こちらも相談事があって来てみたらこの様とは・・・・・・」

「相談事?」

 

悩んでいた靖子の元にやってきた南浦プロが相談事とは。

何の用事だろうかと気になったが自分の悩みもある。

聞くべきかどうするかと悩みを増やした後、おそるおそるという雰囲気で靖子は口を開いた。

 

「・・・・・・ちなみにどのような相談ですかな?」

 

南浦プロはうむと頷いた後に答えた。

 

「志野崎秀介君についてです」

 

 

 

 

 

「・・・・・・済みませんでした、キャプテン」

「いえ、謝ることじゃないわ深堀さん」

 

ぺこりと頭を下げる深堀と、それを宥める美穂子。

だが深堀は小さく首を横に振った。

 

「前半に飛ばして途中で息切れ、我ながら情けない打ち方です。

 普段の打ち方をしていればもう少し点数を稼げた可能性があります。

 ひとえに後半の天江衣と真正面からぶつかってどうなるだろうかと考えてしまった未熟な・・・・・・」

「深堀さん」

 

延々と反省を続けそうな深堀の言葉を止め、美穂子は笑いかける。

 

「試合、楽しかったかしら?」

「・・・・・・」

 

美穂子の言葉に深堀は一瞬顔をあげ、小さく頷いた。

 

「負けて悔しい、勝ちたいと思うのは当然よ。

 でもやっぱり楽しむのが一番よ」

 

そう言って美穂子は深堀にそっと寄り添ってその肩をポンポンと叩く。

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

いつに無く弱気に見える深堀を、美穂子はそうやって宥め続けた。

周囲の風越メンバーに羨ましそうに見守られながら。

 

 

 

「お疲れ様、モモ」

 

戻ってきたモモに声をかけたのはゆみだ。

 

「点数減らしちゃいましたっす、ごめんなさい先輩」

 

えへへと笑いながらも心底残念そうな表情でモモは応えた。

ゆみはそんなモモの頭にポンと手を乗せ、笑いかける。

 

「何を謝ることがあるか。

 風越と清澄一辺倒だった流れを食い止め、その上天江衣から直撃まで奪ったんだぞ」

「それは・・・・・・天江さんから直撃取ったのは自慢できるっすけど。

 でもあの二人を止めたのは天江さんの援護があったからっす・・・・・・」

 

ゆみが褒めているにも関わらず、モモは未だ落ち込んだ様子。

無理も無い。

 

「それに・・・・・・私の残り点数は29700、さすがにここから決勝に残るのは無理っすよ」

 

それは彼女に限ったことではないが、さすがに二回戦終了ともなればそろそろ自覚しなければならない事だ。

大負け大勝ちがあれば別だが、現在の4位は咲の76600。

彼女が大負けする可能性は少ないだろうし、それを逆転するとなると持ち点は6万点程無ければ厳しいだろう。

まぁ、上位とは離れていたが二回戦で圧倒的トップに立った秀介という前例があるが、さすがに例外過ぎる。

一試合で75000点以上稼ぐなんて、どこぞのチャンピオンじゃあるまいし。

少なくともモモは自分にそんな力があるとは思っていない。

だからこその落ち込み。

そしてそれに対する慰めの言葉をゆみは持ち合わせていない。

精々抱きしめてやるくらいか。

 

「こらこらー」

 

そんな二人に声をかけてくる人物がいる。

同じ鶴賀のメンバー、その部長でもある蒲原だ。

 

「落ち込んだ顔してるなー、モモ」

「部長・・・・・・」

 

落ち込んだモモやそれを慰められないゆみを目前にしてもなお、相変わらずの笑顔でワハハーと笑う。

 

「消えたそうな顔してるぞ、モモ。

 県大会が終わった時のゆみちんと立場が逆だなー」

 

あの時、ゆみは呟いた。

どこかに消え入りたい気分だ、と。

 

「あの時はモモが「大声で世界中探し回る」なんて言ってたけど。

 今モモが消えたら今度はゆみちんだけじゃない・・・・・・」

 

そう言って妹尾と津山の方を指し示しながら言葉を続ける。

 

「私達全員でモモを探し回っちゃうからなー」

 

そう言ってやはりワハハーと笑った。

その言葉が嬉しくて、なんとなく涙が出そうになるけれど、モモはぐっとこらえて。

 

「そんな恥ずかしい事させるわけにはいかないんで、消えるわけにはいかないっすね!」

 

ようやく笑顔を浮かべた。

それを見て蒲原も嬉しそうに笑うのだった。

 

というか。

 

「・・・・・・蒲原・・・・・・もしかしたら妹尾と津山も、あの場面見てたのか・・・・・・?」

「わっはっはー、喋ってしまったぞ」

 

そんなゆみの呟きに顔を背ける蒲原。

あれは当人同士だからこそいい思い出であるものの、それを誰かに見られていたとなっては話が変わる。

一瞬にして恥ずかしい思い出に変貌だ。

 

「まぁまぁ、いい思い出ってことでいいじゃないか。

 別に私達はからかう気があるわけじゃないし」

「むぅ・・・・・・」

 

まぁ、あの時に割って入られるよりはこうして後から話される分にはいいか、と思い渋々怒りを納めるゆみ。

 

「っていうか」

 

蒲原は言葉を続けた。

 

「・・・・・・本当に消えたいのは私の方なんだけど・・・・・・」

 

蒲原は現在17000点。

これは箱割れした美穂子と京太郎を除けば最下位だ。

さらに一回戦が終わった時の京太郎以下の点数でもある。

ワハハー・・・・・・と寂しげに笑うその言葉に、鶴賀メンバーに沈黙が訪れた。

 

「慰めに来たのか落ち込みに来たのか、どっちなんだお前は」

「・・・・・・いいじゃない落ち込んだって、人間だもの、智美」

 

力無く落ち込む蒲原に、やれやれとゆみは肩に手をかける。

 

「お前はお前で頑張っただろう。

 それとも、お前はこの試合つまらなかったか?」

 

見ていても打っていても、この試合は楽しかった。

だからそう言われては頷けないし、いつまでも落ち込んでいられないと思うだろう。

 

「・・・・・・まぁ、ゆみちんは私の点棒を削ったうちの一人なんだけどね」

 

言ったのがゆみで無ければ。

 

「・・・・・・なんかすまん」

 

その後鶴賀メンバーが本格的に落ち込む前に、津山と妹尾が割って入ってどうにかその空気を盛り上げようと画策する羽目になった。

 

 

 

「戻ったぞー」

「お疲れ、衣」

 

満面の笑みで戻ってきた衣を迎える純。

自分は点数を稼いだし、戦ったメンバーからは楽しかったと言われたし、不機嫌な要素は全く無い。

 

「・・・・・・追いつけなかったのだ」

 

点数が秀介に追いつけなかった事以外は。

衣の点数は118900。

これは既に十分過ぎる点数なのだが、秀介はそれを上回る127600だ。

先程も参考に出したが4位の咲が76600なのを考えれば、この二人がどれほど異質なのか理解できるだろう。

 

「・・・・・・しかし、何故不満気ですの?」

 

透華はそう言って首を傾げる。

 

負けているのだから不機嫌なのは当たり前では?と思うだろう。

だが県大会決勝で敗北を喫した咲相手の場合、涙を流していたものの「楽しかった」と笑い合っていた。

だからむしろ僅差であろうと上回っている相手と出会ったならば、衣なら喜びそうなものだが。

現に「奇幻な手合が増えるのなら嬉しい」と言っていたし。

 

点数が負けているのがそこまで不満か?

確かに一回戦の段階で衣は言った。

「あのような男より、衣の方が上だ」と。

だが現状僅差であるが衣の方が負けている。

代わりに秀介はその後の体調不良から察するに相当無茶をしていたように見える。

ならば次の三回戦で同じだけ稼ぐことは難しいだろう。

そうなれば衣が順調に稼げば追い抜くことも可能だ。

今点数で負けているだけで、おそらく三回戦でまた抜き返すことも可能だろう。

 

むーっと表情をしかめながら衣は応えた。

 

「・・・・・・衣にもよく分からない。

 最初にあの男に会った時には酷く心が躍ったものだ。

 冷たいトーカや咲とは違う、本当に人では無い何かに守られているかのような・・・・・・」

 

その言葉に一は、「それは普段ボクらが思ってる事だよ」と思ったが口にはしなかった。

 

「衣はあいつに、衣に似た境遇があるのではと思ったのだ。

 だからあいつと麻雀を打てば、咲と打った時みたいに新しい何かに気づけるのでは、と」

「似た境遇・・・・・・それにしちゃ大分明るい性格してないか?」

 

純の言葉に一が割って入った。

 

「もしかしたらボクらの知らない裏では調子が違うのかもよ」

「なるほど」

 

ふむ、と頷く純。

衣もそれに頷いた。

 

「あの男が衣と同じ、そして清澄の悪待ちがトーカと同じ。

 そして衣みたいに仲間をいっぱい作ったのだと思ったのだ。

 でも・・・・・・」

 

そこまで言って衣は声の調子を落とす。

雰囲気もどこか落ち込んだようになった。

 

「・・・・・・あいつの麻雀を見ていて何かが違うと思ったのだ。

 確かにあいつの麻雀は見ていて楽しいと思える。

 

 それこそ、盛り上げる為にあえてあんな打ち方をしているかのように」

 

「・・・・・・どういう事ですの?」

 

衣の言葉に透華は首を傾げる。

それはつまり、あれだけ点数を稼いでおきながらまだ本気ではないという事?

それとも・・・・・・?

衣は小さく首を横に振る。

 

「・・・・・・よく分からん。

 だがもしかすると・・・・・・あいつは・・・・・・」

 

そこから先は言葉にせず、ちらっと顔をあげて秀介の方を見る。

戻ってきた久達と笑い合う秀介。

その姿には衣がもしやと感じた「悪い予感」が該当するようには思えない。

傍目で見ているだけでは判断できない事なのだろう。

そうなれば、やる事は一つ。

 

「・・・・・・あいつと麻雀を打てば、きっと何か分かるのだ」

 

咲とだって麻雀を打って新しい自分を見つけられた。

人と分かり合う事が出来たのだ。

ならばきっとあの男とだってそうだ。

幸い秀介は現在総合1位で衣は2位。

このまま行けばよっぽど大量に点を落とさない限りは決勝で対戦できるだろう。

そこできっと何かが分かる。

 

決心をして大きく息をつくと、もう衣は普段の明るい衣に戻っていた。

 

「・・・・・・うん、なら何も不満は無いのだ。

 衣はあのしゅーすけという男と麻雀で分かり合いたいのだ」

 

にこっと笑いながら衣はそう言った。

 

「・・・・・・衣・・・・・・」

 

そうして衣が笑顔になると同時に、周囲は不機嫌になっていった。

何故?

ポンと衣の肩を掴み、透華達は告げる。

 

「・・・・・・それは確かにある意味めでたい事ですけれども。

 しかし・・・・・・衣にはまだ早いですわ!」

「そうだ! まだ早いぞ!」

「そうだよ! 早い!」

「・・・・・・何が?」

 

周囲の反応にキョトンと首を傾げる衣。

何故周囲が不機嫌なのかが分からない。

なるほど、確かにまだ早い。

 

「何がどう早いのだ?

 そうだ、智紀なら分かってくれるはず・・・・・・」

 

そう思い、今まで話に入ってきていなかった智紀の方に視線を向ける。

 

 

ずーんと落ち込んだ智紀の姿が目に入った。

前髪が前に垂れて顔を隠しているその姿はどこかのホラー映画のよう。

ましてや頭を抱えて何かブツブツ言っているのだから余計に。

 

「・・・・・・智紀、何をそんなに落ち込んでるんだ」

 

ようやく純が声をかける。

いや、戻って来た時から声をかけたかったのだが、この雰囲気にどうしても尻込みしてしまったのだ。

だが何とか声はかけた。

さぁ、智紀はどう動くか。

 

声をかけたことでブツブツと呟いていた何かは止まった。

が、顔をあげて髪の隙間からこちらを見る目が見えた時には思わず声をかけた事を後悔してしまった。

だって怖いんだもの、物凄く。

涙目で智紀は聞いてきた。

 

「・・・・・・私・・・・・・どうして負けたんですか・・・・・・?」

 

負けたというのは久にであろうか。

確かに56000点差は敗北と言えよう。

だがこの落ち込みようは不自然だ。

そもそも彼女がここまで感情を露わにするのも、もはや異常だ。

異常といえば対戦中の彼女の打ち方もそうだったが。

 

「・・・・・・私の方が強いと思ってたのに・・・・・・なんで? どうして・・・・・・?」

 

何がそこまでショックだったのかは不明。

だが落ち込んでいるのは分かる、誰がどう見ても。

やれやれと透華は智紀に正面から向き直って告げる。

 

「ともき、しっかりなさい。

 何故あなたがそこまで落ち込んでいるのか、何故対局前にあんなに怒っていたのかはあえて聞きません。

 ともかくあなたが敗北したのは・・・・・・」

 

一瞬躊躇ったが、はっきりと彼女はそれを告げた。

 

「あなたが弱かったからですわ」

 

その言葉に智紀ははっと目を見開いた。

 

「・・・・・・私が・・・・・・弱い・・・・・・」

「ええ、そうです。

 しかし、だからこそ強くなってリベンジすればよろしいのですわ!

 あなたにはまだ成長の余地があるということでしょう」

 

透華はそう言って今度は優しく微笑みかける。

きつい言葉の後に優しい仕草、落ち込んでいる人間はこれに弱い。

さすがお嬢様、人の心を掴む方法をしっかりと知っている。

智紀もその言葉に心を打たれたようで、ポロッと涙をこぼしたのを最後に深呼吸で息を整えた。

 

「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ありがとうございます」

「気になさらないでくださいまし。

 私たちは「家族」なのですから」

「そうだぞ、智紀。

 落ち込まないで笑っていて欲しいのだ」

 

透華と衣の言葉に、智紀はようやく落ち着いたようだ。

 

「・・・・・・そうですね、私はまだ弱い。

 だから・・・・・・強くなります」

 

そして、と智紀の視線は秀介の方に。

睨む気持ちもあるようだが、対局前と比べれば大分柔らかい視線を向けた。

 

次こそは、私が勝ちます。

 

「・・・・・・その、卓外に意識を向けるのも止めた方がいいよ。

 智紀らしくないし」

「そうだぞ、いつもは卓上で冷静に振舞ってるのに」

 

一と純の言葉に智紀は、そうですねと少しばかり天井を仰ぎ見る。

 

「・・・・・・確かにいつもの私らしく無かったです。

 でも、私だって熱くなる事情の一つくらいあります」

「それはどんな?」

 

透華の言葉に智紀は少し考え込む。

 

「・・・・・・何と言えばいいのか・・・・・・憧れ・・・・・・」

 

そして。

 

「・・・・・・もしかしたら恋かもしれません」

 

そう告げた。

 

「誰が!?」

「誰に!?」

 

再び一と純の言葉。

透華もあんぐりと口を開けて智紀を見ることしかできない。

そんな反応に、智紀はクスッと笑った。

 

「冗談です」

 

それは実に珍しい、見る者を魅了するような智紀の笑顔だった。

例えるならまさに恋する乙女か。

 

「・・・・・・何て笑顔を・・・・・・本当に誰かに恋を・・・・・・!?」

「どこのどいつだ、俺達の智紀に・・・・・・」

「てっきりパソコンが恋人だと思ってたのに・・・・・・」

「・・・・・・皆さんが私をどう思っていたかよく分かりました」

 

3人の反応にため息をついた智紀の表情は、もう普段のクールなものだった。

そしてずっと首を傾げてばかりだった衣は、いつも通りに戻った智紀の表情に笑顔を向けるのだった。

 

 

 

そしてこちらは清澄。

休憩に入って大分時間も経ち、盛り上がりは収まっている。

それでも麻雀関係から話題は離れない。

何せ現在の総合順位の上から4人の内3人が集まっているのだから。

 

「しかし稼いだな、久」

「まぁね、誰かさんに刺激されたかしら」

 

そんな話をしているのは秀介と久。

総合順位の1位と3位だ。

誰かさんとは誰であろうか。

智紀、マホ、やはりトップの秀介も入っているだろう。

 

「つまり少しでも早いとこ志野崎先輩に追いつきたかtt・・・・・・」

「ちょ、まこ!」

 

にやにや笑うまこの言葉を途中で止めさせる久。

その慌てっぷりを見ると本当にそう言う事情もあったのかもしれない。

というかそもそも試合中に「私のカレに色目使わないで」と言っておいて、からかわれないと思ったのだろうか。

 

そんな風に騒いでいる3人と、それを羨ましそうに見守っている京太郎を放っておいて和達は和達で話していた。

 

「・・・・・・点数を落としてしまいました」

 

少しヘコんでいる和。

咲が総合4位と点数を伸ばしているのに、自分が伸ばせなかったのが残念だったようだ。

 

「惜しかったよ、原村さん。

 部長があんなに稼いじゃったら仕方ないよ」

 

久は二回戦で46000点以上稼いだ。

一人あたりの出資に換算すると、6000点程しかマイナスになっていない和はむしろ頑張った方だろう。

 

「落ち込む事ないじぇ、のどちゃん。

 試合は盛り上がったし、楽しかったんじゃないかい?」

「・・・・・・確かに盛り上がりましたけど」

 

優希の言葉に和はそう返す。

 

「マホも頑張ったんだじぇ」

「そうだね、要所要所で上がりを取ってたし」

 

そう言って咲もマホも褒める。

が、彼女の表情は固かった。

 

「は、はい、頑張りました。

 だから、あの、その・・・・・・食べられたりしませんよね?」

「誰が食べるんですか」

 

呆れる和の言葉にちらっと久に視線を向けるマホ。

試合が終わってからずっと根に持っているのではないかと不安らしい。

こればかりは時間に解決してもらうしかないか。

一先ず話題を変えようと咲は優希に言った。

 

「優希ちゃんも試合盛り上がったね。

 楽しかった?」

「おー! もっちろんだじぇ!」

 

ぐっと高らかに拳を振り上げる優希。

衣に新しい意識の持ち方のアドバイスも貰ったし、むしろ彼女の麻雀はこれからまだまだ楽しくなっていく事だろう。

 

「まぁ、点数はちょびっとマイナスになっちゃったんだじぇ。

 それだけちょっと心残り・・・・・・あ、2万点以上稼げなかったってことは確か膝枕をやるんだったじぇ」

「「え?」」

 

咲と和の声が同時に上がる。

そう言えばそんなルールがあったような、無かったような。

何やら不意に目が合う咲と和。

直後にお互いボンッと顔が赤くなった。

 

(えっと、確かさっき目標達成できなかった染谷先輩が志野崎先輩を膝枕してたよね・・・・・・)

(という事は私が宮永さんを・・・・・・ひ、膝・・・・・・!)

 

別に言っていなかったしやらなくてもいいと思うのだが。

そんな二人をニヤニヤ見守りながら優希は京太郎に声をかけた。

 

「おーい、京太郎。

 膝枕してやるからこっち来るんだじぇ」

「え!? 俺が和に膝枕して貰えるって!?」

「のどちゃんは咲ちゃんとだから私とだじぇ」

「なんだ、優希かよ」

「何ー!? 嫌なのか!?

 なら私が無理矢理お前の膝に寝るじぇ!

 むしろ乗るじぇ! どーん!」

「ちょ! やめ! ぐはぁ!」

 

前言撤回、彼らの盛り上がりは未だ収まっていなかった。

 

 

 

ガチャリ、とドアを開けて入ってきたのは靖子と南浦プロ。

喫煙所から戻ってきた今の時刻は17:30を過ぎようかというところだった。

まだ太陽が山にかかる気配は無い。

 

「皆、揃っているか?

 そろそろお待ちかねの三回戦を始めるぞ」

 

はぁーやれやれと肩を回しながらそう言う。

どうやらずっと二人で話し合っていたらしい。

全員が揃って靖子達の前に集まる。

 

「さて、メンバーの発表の前に・・・・・・あ、しまった、点数と順位まとめてない。

 誰か、一覧にしている者がいたらヘルプ」

 

組み合わせ発表を心待ちにしていたところにそんな台詞、思わず全員でずっこけるところだった。

今から大きな紙に書き出す時間ももったいないのでと、智紀や風越用ノートPCを持って来ていた文堂が一覧表を出し、全員に見せて回ることとなった。

 

 

 

秀介 127600

衣  118900

久   92300

咲   76600

数絵  74000

 

妹尾  65100

透華  61400

未春  60300

ゆみ  59900

純   57000

 

まこ  52700

一   51600(失格)

和   49300

優希  45200

池田  41800

 

津山  40000

深堀  38700

智紀  36300

文堂  32300

モモ  29700

 

マホ  25200

蒲原  17000

美穂子    失格

京太郎    失格

 

 

 

前述のルールの通り、マイナスになっている美穂子と京太郎は5万点持ちで再開だ。

 

やはり上位2人が飛び抜けている。

咲は数絵とわずか2600点差だし、久は咲と16000点差。

前者はあっという間に引っ繰り返せるし、後者も無理な点差ではない。

秀介と衣は余程失点しない限りこのまま上位だろう。

そうなると残った久や咲は他のメンバーから狙い打たれる可能性が十分にある。

 

 

「・・・・・・なんて事を思ってるんじゃないだろうね?」

 

全員で点数を確認した後に、靖子はそんな事を言い出した。

思ってるんじゃないだろうねも何も事実としてそうなるとしか思えない。

のだが、靖子は不敵に笑った。

 

「そうでもないのだよ、とこう考えればプラス要素も増えるというもの。

 じゃ、試合のメンバーを発表するぞ」

 

そんなわけのわからない事を言った後、靖子はメンバー発表に入ってしまった。

 

 

「三回戦、第一試合、龍門渕高校-国広一、風越女子-福路美穂子、同じく風越女子-深堀純代、平滝-南浦数絵」

 

 

「あら、同じ卓ね、深堀さん」

「はい、よろしくお願いします、キャプテン」

「こちらこそ、よろしくね」

 

軽く挨拶を交わし、美穂子は咲に視線を向ける。

一も警戒を怠っていい相手ではないが、やはり注目すべきは総合5位になっている数絵と同卓だという事。

 

(彼女の点数を少しでも削っておけば吉留さんの助けになる。

 それに華菜や深堀さんが爆発してくれれば彼女達も届くわ)

 

既に失格となってしまった美穂子にできるのはそれくらい。

と言っても同卓の深堀に露骨な援護はしない。

彼女なら自力で勝ち上がるだけの力があると信じているから。

だから自分がやる事はまず一つ、南浦数絵を狙い打つ事。

美穂子はそう心に決めた。

 

そしてメンバーの続きが発表される。

 

 

「第二試合、鶴賀学園-加治木ゆみ、龍門渕高校-天江衣」

 

 

おや、と視線を向け合う二人。

県大会の決勝で戦った二人だ。

点数確認の為に集まっており、お互い割りと近くにいたが直接話すには少し遠い距離。

お互い目線で語り合う。

 

(今回は負けないぞ)

(やってみるがいい)

 

 

「清澄-竹井久」

 

続くメンバーがまた一人発表される。

ざわっと声が上がった。

総合2位の衣と3位の久が同卓!

潰し合えばどちらかが上位陣から脱落することもあり得る。

 

「あら、私?」

 

だが当の久は嬉しそうに笑った。

この合宿の話を靖子に聞いてからぜひ一度機会を作って戦ってみたいと思っていたメンバー、ゆみ、衣、美穂子。

そのうち二人と同卓できるとは。

主催者様々だ、後で靖子には感謝しておこう、久はそう思った。

 

 

そして最後の一人が発表される。

 

靖子のニヤッという笑顔と共に。

 

 

「同じく清澄-志野崎秀介」

 

 

辺りが静まり返った。

 

 

総合2位の衣、3位の久。

彼女達が同卓なだけでも驚きなのに、そこに更に総合1位の秀介まで加わるなんて!

下手をしたら二人、上位争いから落ちる。

 

仮に二人上位から落ちたら、後から試合をやる者達にとって希望になるだろう。

だがおそらく、いや確実に高レベルな試合になる。

そんな試合を見た後に通常通り試合をしろというのか。

一部から靖子に不満の視線が浴びせられる。

 

「・・・・・・いや、仕方なかったんだよ。

 今更組み合わせ変えるのもめんd・・・組み合わせにミスが出るといけないからな」

 

そんな靖子の言い訳が聞こえた。

いやそれにしても、と顔を見合わせるメンバー。

 

 

「・・・・・・どうしよう、透華」

 

一は透華に振り向きながら声をあげる。

 

「ボク、あの試合凄く見たい」

「・・・・・・ですわよねぇ」

 

透華も驚きが収まっていない表情のまま答えた。

 

 

(あの二人の対決が!? こんなタイミングで・・・・・・!)

 

美穂子も驚きの表情で衣と秀介を交互に見ていた。

これは気になる、とても気になる。

てっきり決勝卓で戦うものと思っていたのだが、まさか三回戦でとは!

見たい、だが試合がある。

これは・・・・・・。

 

 

数絵は何かそわそわした様子で南浦プロをちらちら見ていたが、南浦プロは南浦プロで黙り込むしかできない。

彼も靖子同様、この試合の組み合わせを知ってはやる気持ちを抑えきれなかったからだ。

もう一試合のメンバーが集中できないかも、という可能性を知りつつもそこに孫娘が入るとは予想していなかった。

そもそも衣と秀介という組み合わせに気を取られていてもう一試合のメンバーを確認していなかったのも原因だ。

 

 

そう、こんな組み合わせがあったらもう一卓のメンバーが集中できない。

これも問題点だ。

もう一卓の試合が気になるとは言え、ちらちら見ていたら自分達の試合どころではない。

そこのところをどう考えているのか、靖子は。

第一試合のメンバーから視線が集まる。

が。

 

「では10分後に試合を始めるぞ」

 

普通にそう進めた。

 

「お待ちください藤田プロ!」

 

それに対して声をあげたのは透華だった。

 

「何か用か? 龍門渕透華」

「こんな試合を隣で行われていては、うちのはじめが試合に集中できない恐れがあります。

 試合を後ろに回すか、同時ではなく別々に行わせては頂けませんか?」

 

それはまさに第一試合のメンバーにとって恵みとなる提案。

だが靖子はそれを受けてフッと笑った。

 

「例えばプロは、全員が揃って同じ部屋の中で試合を行う。

 中には全員が注目する試合もある事だろう。

 だがそんな時、「気になる試合があるから後にしてくれ」などという提案が通ると思うか?

 当然通らない。

 お前の今の提案はただのワガママだ、諦めろ」

「くっ・・・・・・」

 

靖子の言葉に俯いて黙りこむ透華。

その言葉には誰も何も返せない。

余りにも正論で、実際プロでなくても大会などでそういう事もあるだろうから。

確かに大会の個人戦などでそんな事を言ってはいい笑い者だ。

 

「はい」

 

そんな空気の中、手を挙げる者が一人。

 

「・・・・・・どうした、竹井久」

 

毎回ではないがこう言う時に上手く利用したり丸めこんだりするのが久なのだ。

roof-top(ルーフトップ)で秀介やまこと打っている時には名前を呼び捨てにされるし、プロとしての威厳大幅ダウンである。

そんな久が何を言い出すのかと思うと不満気になってしまうが、しかしこんな場で発言を許さず封殺するのも大人げない。

仕方なく靖子は久を指名する。

久はにこっと笑って声をあげた。

 

「そう言うのをプロが徹底する気持ちは分かるけど、今は楽しく過ごして交流を深める合宿なんだから別にいいんじゃない?

 私も当事者じゃなかったらこの試合を見れないのは辛いわ」

 

そう言って久は何やら携帯電話を取り出す。

 

「それとも、これから雑誌の取材とか入っちゃってこの試合が見られなくなるのも仕方ないって割り切るのかしら? 藤田プロ?」

「なっ!? ど、どこの雑誌だ!? どこで連絡先を!?」

「「ウィークリー麻雀TODAY」の西田さんって人が和を気にかけててね。

 名刺までくれたらしいのよ」

「ぐぅぅ・・・・・・!!」

 

表情を歪める靖子。

対してフフンと笑う久。

 

「さぁ、どうする?」

 

やがて靖子はプイッとそっぽを向いた。

 

「・・・・・・分かった。

 第二試合だけ先にやって、後から第一試合をやる。

 その代わり時間もあるから第一試合は第三、第四試合と一緒にやるからな」

「はーい」

 

靖子の言葉に返事をすると久は周囲のメンバーにぐっと親指を立てて見せる。

わっと歓声が上がった。

 

 

さて、ともかくそんなわけで決定されたのだ。

 

この合宿一番の注目株、天江衣と志野崎秀介の試合が。

 

 

 




六回戦と決めて六回戦をやるのは愚の骨頂って赤木しげ・・・なんとかさんも言ってた。
この場合は意味合いが全然違うけど。
決勝戦を用意して決勝戦をやる気など全く無し。
gdりそうで(

追記:
ご指摘を受け、第一試合の方のメンバーを入れ替えました。
なんで和VS美穂子の時は気付いて咲さんの時には気付かなかったのか(


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34志野崎秀介その10 静観と礼儀

三回戦

第二試合 親順

ゆみ→衣→秀介→久

 

 

親決めが終わり、各々席に着く。

ゆみはちらっと下家の衣に視線を向けた。

 

(天江衣が下家・・・・・・鳴きに対して牌を絞れば上がりの妨害が利く。

 それに山越しも掛けやすいし・・・・・・並びは悪くない)

 

そしてその衣、視線こそ向けないがやはり下家の秀介に意識を向けていた。

 

(しゅーすけとやらが下家・・・・・・鳴きの邪魔も山越しも掛けやすい・・・・・・並びがいい)

 

最後に久、視線を同じく上家の秀介に向ける。

 

(シュウが上家・・・・・・鳴きの邪魔も山越しもされやすい・・・・・・並びが悪いわね)

 

一人小さくため息をついた。

 

(ま、大体シュウと打つ時はこんな配置が多いんだけど)

 

 

席に着き、賽を回すゆみ。

 

この試合を見る者達は改めてその得点に声を上げる。

 

 

ゆみ  59900

衣  118900

秀介 127600

久   92300

 

 

4人合計398700点、まずトビはあり得ない。

唯一ゆみが6万点を割っているが、それでもダブル役満に振らない限り一発で飛ぶことはあり得ない。

まずはこの親番で稼ごうと、ゆみは配牌を受け取っていく。

 

 

 

東一局0本場 親・ゆみ ドラ{二}

 

ゆみ 59900

配牌

 

{[五]七八②③⑤⑥134南南西} {發}

 

好形の平和手。

{六を引いて[五]}が面子に組み込めればリーヅモ平和赤、裏1つで満貫だ。

ちらっと衣と秀介に視線を送る。

お互い目を合わせてはいないが意識しているのは間違いないだろう。

まずは{西}を捨てる。

 

それからゆみの手元には無駄ヅモがそこそこ。

だが配牌がいいのだ、早い段階で聴牌まで至った。

7巡目。

 

{[五]七八②③④⑤⑥2(横六)34南南}

 

赤が面子に組み込める絶好のツモ。

そして聴牌に至ったという事は。

 

(・・・・・・天江衣は海底を目指していないという事か。

 この局は様子見する気か?)

 

秀介の方も動く様子は無い。

こちらも様子見だろうか。

 

(気にはなるが・・・・・・点数が少ない私には様子見なんてしてる余裕は無いしな)

 

タンと{八}を横向きに捨て、千点棒を取り出す。

 

「リーチ」

 

ゆみは果敢に攻めた。

そして3巡後、あっさりとツモ上がる。

 

{[五]六七②③④⑤⑥234南南} {(ツモ)}

 

裏ドラを返すと現れたのは{六}。

 

「リーヅモ平和赤裏1、4000オール」

 

まずは先制を取る事に成功した。

 

 

 

東一局1本場 親・ゆみ ドラ{⑥}

 

続くこの局も、ゆみがあっさりと上がりを取った。

 

{二三四②③④⑦⑦23445} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピン三色、裏無しで6100オール」

 

二連続和了。

これでゆみは久を逆転し三位に浮上する。

点数も9万点を超えた。

衣との点差は18600、跳満ツモで逆転だ。

このままゆみが順調に点を重ねて行けば、試合開始時には遠かった上位陣の背中が見える、むしろ早くも追いつけそうな雰囲気だ。

 

順調に局は進んでいった。

それこそゆみ自身が不安を感じるほどに。

 

 

 

東一局2本場 親・ゆみ ドラ{四}

 

ゆみ 90200

配牌

 

{三五六七九③⑧223589} {北}

 

{北}を切り出し、ゆみは衣と秀介に視線を送る。

 

(・・・・・・まだ動かない気か・・・・・・?

 牽制し合ってるだけで済むような二人ではあるまい。

 そろそろどちらかが動くはず・・・・・・)

 

それとも、折角の直接対決だというのに様子見のまま終わり、決勝まで持ち越そうなんて考えているわけではあるまいな。

ゆみがこうして稼いでいる以上上位に残る為にはこの二人も稼ぐ必要がある。

そうなればぶつかり合うのも必然。

 

(・・・・・・まぁ、様子見してくれるというのならありがたい。

 今のうちに稼がせてもらうだけだ)

 

次巡のツモは{②、⑧}を捨てて手を進める。

 

そして久。

 

久 82200

 

{六七九①②③③⑦6(横⑥)9南北中}

 

(・・・・・・あんまりよくは無いわね)

 

不要なヤオチュー牌が目につく。

逆にいえば切る牌に悩むことはなさそうだが。

 

(・・・・・・相手はシュウと天江さん、それにゆみもいる。

 普通に打ったら勝てなさそうだし、少しくらい変な打ち方してもいいんだけど・・・・・・)

 

さすがにそれが原因で上がりを逃すような真似をしたらもう取り返しが利くような面子ではない。

安全策、まずは字牌から切って行こうか。

{南}に手をかけて捨てる。

 

(この局も二人は様子見かしら?

 どちらかが動けばもう一人も動くだろうし、ゆみみたいに私も今のうちに上がっておきたいんだけど)

 

 

一方の衣。

 

衣 108800

 

{一二三(ドラ)五八④⑦⑨(横⑥)47西西}

 

{⑨}を切った後、ちらっと視線を向けたのは秀介の方。

 

(しゅーすけとやら・・・・・・まだ動かないか)

 

その秀介は特に誰かに視線を向けるわけでもなく、ただ自分の手牌にのみ視線を落としている。

集中していると取るべきか、衣を含めた他の3人が眼中に無いと取るべきか。

 

(・・・・・・生憎と衣は子供よりも親をやる方が好きなのだ。

 だから・・・・・・)

 

ズズズ、と空気が衣を中心に渦巻く。

 

 

(挨拶代わり、先にやらせて貰おうぞ)

 

 

7巡目。

 

ゆみ手牌

 

{二三五五六七②③2(横[⑤])2358}

 

ヤオチュー牌は姿を消したし、無駄ヅモも多少あるが順調に手が進む。

 

久手牌

 

{六七七①①②③③⑥(横四)⑦⑦67}

 

(むぅ・・・・・・)

 

有効牌とは言えない。

が、切り捨てるのももったいないドラツモ。

{①}を捨てる。

 

(・・・・・・どうしたものかしら)

 

ゆみ捨牌

 

{北⑧九九9西} {8}

 

久捨牌

 

{南9南中九北} {①}

 

ヤオチュー牌は不要なので捨てられるのは当然。

だが他にもツモにヤオチュー牌が重なり、久の捨て牌はヤオチュー牌一色だ。

ゆみもあまり手が進んでいる気配は無い。

 

(・・・・・・実はそろそろ様子見を止めてたりするのかしら?)

 

チラッと様子をうかがうのは衣の方。

不敵に笑うその姿。

水位が徐々に上がってくるかのような息苦しさを感じる。

 

 

13巡目。

 

ゆみ捨て牌

 

{北⑧九九9西88中發23}

 

ゆみ手牌

 

{二三五五[五]六七②③(横三)[⑤]235}

 

手が進んでいる、とは言えない。

ツモが手牌と噛み合わないとでも言うべきか。

{三}を切り捨てて同卓メンバーの様子をうかがう。

 

衣捨牌

 

{⑨八④⑧一311[5]3⑤④}

 

秀介捨牌

 

{西東1中9①一⑨②發東白}

 

久捨牌

 

{南9南中九北①白4北東一}

 

特別気になるのが衣だ。

先程から中張牌をピシピシと連打している。

しかもツモ切り。

 

(・・・・・・既に張っていて海底狙いか・・・・・・!?)

 

久手牌

 

{四六七七①②③③⑥⑦⑦67}

 

ツモってきたのは{9}。

 

(惜しいんだけど・・・・・・)

 

ツモ切り。

ゆみも鳴く事はできない。

 

海の底が見えてきた。

 

ツモる、切る。

 

ツモる、切る。

 

ツモる、切る。

 

手は進まないし鳴く事も出来ない。

 

(くっ・・・・・・)

(ダメね・・・・・・)

 

そして17巡目。

 

「リーチ」

 

その宣告がなされる。

やはり喰いずらせない。

そして。

 

「ツモ」

 

{一二三四五六[⑤]⑥⑦78西西} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモ赤、海底撈月。

 裏1で3200・6200」

 

 

ごくりと唾を飲み込むゆみと久。

跳満ツモ、まずは衣が動いた。

そうなれば次に。

 

(・・・・・・動くのか・・・・・・?)

(シュウ・・・・・・次の局はどうするのかしら?)

 

二人に限らず、周囲からも視線が集まる。

 

秀介は特に目立つ変化も無く手牌を倒し、卓の穴に流し込んでいった。

 

 

 

東二局0本場 親・衣 ドラ{5}

 

この局も、衣の上がりが炸裂する。

 

「ツモ」

 

{三四[五]④⑤(ドラ)5[5]66} {99横9} {(ツモ)}

 

「海底撈月、ドラ3と赤2で6000オール」

 

(また跳満・・・・・・)

 

ゆみは点棒を払いながら衣に視線を向ける。

 

(確かに高い・・・・・・だが南家でない限り天江衣は鳴きが入らなければ海底にならない。

 そして鳴けばリーチや平和一盃口あたりのオーソドックスな役が絡められない。

 必然ドラに頼らざるを得ない)

 

逆にいえばドラを抑えることができれば衣の手は高くならない、そう読める。

県大会の決勝も、咲や池田のカンでドラが絡まなければ海底のみだった手も何度かあった。

 

(・・・・・・ある意味海底狙いの天江衣は南家以外怖くないのかもしれん。

 まぁ、さすがに打ち方を速攻型に変えられると困るが)

 

そんな事を考えながらゆみは手牌を崩した。

 

 

 

東二局1本場 親・衣 ドラ{4}

 

衣 139400

配牌

 

{八八①③[⑤]⑦⑦⑧⑨3(ドラ)6東} {西}

 

{西}を切り出し、衣はチラッと秀介に視線を向ける。

 

(志野崎しゅーすけ・・・・・・)

 

少しばかり不機嫌になる。

 

(・・・・・・何故動かない?)

 

{八八①③[⑤]⑦⑦⑧⑨(横⑥)(ドラ)6東}

 

ツモは{⑥}、一通が目指せそうだ。

東場の親番だがあっさりと{東}を切り捨てる。

 

(衣が動いているのだぞ。

 お前も何かしら、衣を打ち倒すべく動くべきなのではないか?)

 

{八八①③[⑤]⑥⑦⑦⑧(横4)⑨3(ドラ)6}

 

3巡、無駄ヅモが続いたがここでドラを重ねる。

 

(初めてお前と会ったあの廊下で、衣はお前に「何か」を感じた)

 

{6}を切る。

 

5巡後。

 

「ポン」

 

{①③[⑤]⑥⑦⑦⑧⑨3(ドラ)4} {八横八八}

 

久が切った{八を鳴き⑦}切りで面子を崩す。

さらに。

 

「・・・・・・チー」

 

{①③⑦⑧⑨3(ドラ)4} {横④[⑤]⑥八横八八}

 

ゆみが切った{④を鳴いて3}を捨てる。

え?という顔をしているゆみを尻目にこれで聴牌。

 

(・・・・・・お前も、衣の力を感じたはずだ)

 

そしてコースインでもある。

 

(衣は、お前と戦いたいと思った。

 

 お前も、衣と戦いたいとは思わなかったのか・・・・・・?)

 

再びチラッと秀介に視線を送る。

秀介は変わらぬ様子で摸打を続けていた。

 

(・・・・・・衣と戦いたいとは思っていないのか・・・・・・?)

 

点数はリード、そして変わらぬ海底コースの流れ。

衣にとって有利な状況だ。

 

にもかかわらず、衣は視線を落とした。

少しばかり寂しそうに、それでいて不安そうに。

 

 

(・・・・・・お前は・・・・・・衣と打っていて楽しくないのか・・・・・・?)

 

 

そして海底牌。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{②}を引き入れて終わる。

 

{①③⑦⑧⑨(ドラ)4} {横④[⑤]⑥八横八八} {(ツモ)}

 

「・・・・・・海底撈月、一通ドラ2赤。

 4100オール」

 

点数を申告する衣、その声のトーンは少しばかり低かった。

 

 

 

「・・・・・・志野崎しゅーすけ」

 

点棒を受け取った後、衣は秀介に声をかけた。

 

「・・・・・・何だ?」

 

声をかければさすがにこちらを向き、返事もしてくれる。

だがそれはそれで辛い。

話はしてくれるのに、この男は衣と麻雀を打ってくれていないのだから。

 

「何故衣と麻雀を打ってくれないのだ・・・・・・」

 

思わず呟くようにそう言う衣。

 

「・・・・・・麻雀を打つ、か」

 

衣の指摘通り、秀介も勝負に出ていない事を認めるかのように呟いた。

 

「衣はお前と・・・・・・しゅーすけと麻雀を打ちたい。

 衣が海底狙いで攻めていて、全く手出しができないような打ち手ではないだろう・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

衣の言葉に秀介は返事をしない。

何かを考えているかのように。

 

「衣は・・・・・・衣とお前が似ていると思ったのだ。

 父君と母君がいなくなったりとか、友達と呼べる者もいなくなったりとか・・・・・・。

 お前が衣と全く同じ境遇だとは思わない。

 けれども・・・・・・過去に何かあったのではないか、と」

 

その言葉に反応したのは秀介ではなく、久だった。

話していた衣に向けられていた視線が少し横にそれる。

衣はそれを感じながら言葉を続けた。

 

「衣がトーカ達に支えられて、咲やノノカに出会って、こうして麻雀を楽しめているように。

 お前も清澄の悪待ちに支えられて、皆と麻雀を楽しめるようになったのではないか、と」

 

一度言葉を区切り、衣は咲に視線を向ける。

 

「・・・・・・衣にとって麻雀は、相手を攻撃する手段になっていた・・・・・・。

 でも咲が教えてくれたのだ、麻雀で遊ぶという事を」

 

キョトンとしていた咲だったが、その言葉に笑顔を浮かべる。

衣も笑顔を返した。

そしてチラッと靖子の方を向く。

 

「そう言えばフジタにも言われたな。

 衣のは麻雀を打っているのではなく打たされているのだと」

 

その言葉に周囲のメンバーも「へー」と靖子に視線を向ける。

 

「ん・・・・・・そうだったかな」

 

何やら恥ずかしげにコホンと咳払いをする靖子。

そんな様子を見ながらやはり衣は笑顔を浮かべた。

 

そして再び秀介に向き直る。

 

「・・・・・・衣はしゅーすけに、衣に似た何かを感じた。

 でもお前がどんな人生を送ってきたのかは知らない。

 お前も衣の事を知らない。

 

 でも麻雀を打てば分かり合えるはずだ。

 咲とだってそうだった。

 それを意識してから打つ時は、トーカ達と打つ時もこの合宿で他の者達と打つ時も、それを感じられるようになった。

 

 だから・・・・・・」

 

衣は少し泣きそうな表情になりながら、秀介の腕に手を伸ばし掴んだ。

 

「・・・・・・衣と、麻雀を打ってはくれないか・・・・・・?」

 

 

衣が誰かにそんな事を言うなんて。

龍門渕のメンバーは全員が驚きの表情を浮かべていた。

彼女達は衣が麻雀を打って理解し合うという事を知る前に出会い、友達となり家族となった。

咲や和とは、彼女たちとの出会いが切っ掛けで衣はそう言う感情を知った。

 

だから、衣が誰かにそんな事を言うなんて初めての事。

 

ましてやそれを言ったのが男ともなれば。

 

龍門渕メンバーは皆穏やかならざる感情を胸に抱えて秀介に視線を向けていた。

 

 

そんな感情を向けられて、秀介はどう答えるか。

 

「・・・・・・悪いが」

 

やがて口を開いた。

 

「麻雀を打たされていた事は一度も無い。

 その感情は生憎と理解できないし、これからもそうだろう」

 

掴まれている腕を振り解くような事はしなかったが、秀介の言葉は理解の拒否を告げていた。

 

「天江衣、人と人が理解し合う事は無いよ。

 時に理解したような気持ちになる事はあるかもしれないがな。

 少なくとも俺は・・・・・・」

 

ポンと秀介は空いている右手を、自身の左手を掴んでいる衣の手に重ねた。

 

「理解した「つもり」以上の感情を、麻雀を通じて誰かに感じた事は無い」

 

 

衣の表情は既に呆然となっていた。

優しく腕を引き離されても抵抗する力も無い。

 

この男は・・・・・・衣はしゅーすけと分かり合う事が出来ないのか・・・・・・?

 

分かり合えば友達になることもできたのに。

 

それを・・・・・・拒否された・・・・・・。

 

 

「・・・・・・でも」

 

不意に声が上がる。

衣からでも秀介からでも無い。

 

「・・・・・・理解する努力はしてもいいんじゃない?」

 

そう告げたのは久だった。

 

「あんただって、私達と散々麻雀で遊んできたじゃない。

 今更天江さんとだけ遊べないなんておかしな言い分だと思うわよ?」

「む」

 

そう言われると、というように秀介の表情が変わった。

不意に久は衣にウインクして見せる。

それを見てようやく衣は理解した。

清澄の悪待ち、竹井久は衣としゅーすけが分かり合うのを助けようとしてくれているのだと。

 

「確かにシュウは、私やヤスコとは知り合ってから麻雀を覚えた。

 あんたが中学で真面目に麻雀打たなかったから、そこで出会いの場が無かったのは仕方なかったとして。

 でもまこや咲達とは麻雀を通じて知り合ったじゃない。

 それにこの合宿で、美穂子や龍門渕さん達とも出会った。

 あれを見てると、あんた麻雀を通じて友人を増やすの得意そうだと思ってたんだけど」

「そうなのか・・・・・・?」

 

むぅ、と秀介は頭に手を当てて少し考える。

 

「・・・・・・それはよく分からないな」

「ならいつも通りにやればいいのよ。

 清澄で咲達と打ったみたいに。

 roof-top(ルーフトップ)で色んな人と打ったみたいに。

 ついでにまこをいじめてたみたいに」

「それはやめて!」

 

離れたところからまこの声が聞こえて、同時に少し笑いが起こる。

 

「ふぅむ・・・・・・」

 

秀介は考え込むような仕草を見せる。

 

「麻雀、打ってあげなさいよ。

 天江さんみたいな強い人と打つ機会、滅多に無いでしょ?」

「・・・・・・ここによく共に打っていたプロがいるんだが」

 

スッと靖子が手をあげてアピールする。

ふむ、と秀介は頷いた。

 

「なるほど、確かに今までそんな機会は無かったな」

「おいこら、何故私の台詞の後に納得した?」

 

思わず歩み寄りたかったが試合中なのでそれは控える。

 

「どう?

 それとも天江さん相手にああいう麻雀を打つのはダメ?

 ダメだったら理由も聞かせて頂戴」

 

久がそう言うと、秀介はため息をついた後に椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「・・・・・・互いを理解し合うねぇ。

 それも麻雀を通じて、か・・・・・・」

 

一度緩やかに戻ったような表情が再び、いやそれ以上に険しくなったように見える。

 

「・・・・・・やれやれ」

 

久もため息をつくと、スッと衣に手を向ける。

 

「さ、天江さん。

 続きを始めましょう?」

 

その言葉に衣は溢れかけていた涙をゴシゴシと拭き取り、賽を回すべく手を伸ばした。

 

麻雀を通じて秀介と理解し合うことは難しいかもしれない。

だが久の言葉を受けた秀介の反応を思い返すと、希望はあるはずだ。

なら打つ、麻雀を。

秀介がその気になるまで。

 

カララララと回っていた賽が止まる。

配牌を受け取りながら衣は思った。

しゅーすけを絶対その気にさせる。

その為には・・・・・・海底狙いではぬるいだろう。

 

速攻高打点、それでできれば秀介から上がりを取る!

 

 

 

東二局2本場 親・衣 ドラ{1}

 

衣 151700

配牌

 

{六六八⑦(ドラ)14578西白白} {中}

 

ドラが対子、そして役牌もある。

混一まで行ければ跳満も容易だ。

 

(衣は攻めるぞ、しゅーすけがその気になるまで!)

 

{西}を切り出す。

次巡{中}を重ねる。

これなら行けると{⑦}を切り捨てる。

そしてさらに次巡。

 

{六六八(ドラ)14578(横1)白白中中}

 

ドラ暗刻、{八}を切る。

直後、秀介から{白}が捨てられた。

 

「ポン!」

 

カシャッと晒して{六}切り。

そうだ、相手から本気を引き出したいのなら自分も本気にならなければ。

健気な衣はそう考えて自ら反省する。

 

(麻雀を打って欲しいとお願いするだけではだめだ。

 衣の海底も決して手加減ではないが、しゅーすけから本気を引き出すならこちらの方が!)

 

そして。

 

{六(ドラ)11457(横9)8中中} {白白横白}

 

あっという間に聴牌。

鳴きが入ったが、衣の捨て牌はここから{六}を切ってもまだ5牌。

本当に速攻の跳満手。

 

(どうだ、しゅーすけ?)

 

少しはやる気になったか?とそちらに視線を向ける。

 

 

「はぁ~あ・・・・・・」

 

 

同時に、大きなため息が聞こえた。

なんだ? 衣がここまでしても、まだしゅーすけは退屈なのか・・・・・・?

 

コトンと音がする。

 

「・・・・・・分かったよ、天江衣」

 

ツモ牌が晒された音のようだ。

直後、パタンと手牌も倒された。

 

{二二二三四①②③④⑤(ドラ)23} {(ツモ)}

 

「・・・・・・確かに本気を出すと公言した相手に手加減をするのは無礼だ、済まなかったな」

 

上がり? まさか! と衣の表情が驚愕に染まる。

だって、鳴きを入れた衣よりも早いなんて!

 

だが、同時に嬉しくなる。

 

「ピンヅモドラ1、700(なな)1300(とーさん)の二本付け」

 

やっとしゅーすけが本気になってくれるんだ!と。

 

秀介は衣に視線を送り、告げた。

 

「・・・・・・覚悟しておけよ? 天江衣」

「・・・・・・ああ、負けないのだ!」

 

そう返事をし、笑顔を向けた。

 

秀介もフッと口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

東三局0本場 親・秀介 ドラ{3}

 

衣 150200

配牌

 

{二七八①③[⑤]⑥⑧468西白}

 

しゅーすけが本気になった、それは衣にとって嬉しい事。

だがそれ以上にプレッシャーも感じていた。

秀介が本気になった以上こちらも全力で当たらなければならない。

本気を出されたらあっさり負けましたでは済まされないのだ。

 

しゅーすけと分かり合う為に。

 

そんな秀介の第一打は{西}。

久、ゆみの打牌を経て衣のツモ番。

 

{二七八①③[⑤]⑥⑧4(横④)68西白}

 

こちらも不要牌は{西}だ。

同じ牌を捨てる、そんな些細なことで喜びを感じてしまう。

 

(不思議な気持ちだ、トーカ達や咲と打った時にもこんな感じはしなかった)

 

彼女はそれを、自分から相手に「本気を出してほしい」と願った故の感情と思っているだろう。

その感情がどういうものか、将来どういうものに育つか。

 

それは育ててみなければまだ分からない。

 

 

次巡、秀介の捨て牌は{南}。

 

衣手牌

 

{二七八①③④[⑤]⑥⑧(横六)468白}

 

自分の捨て牌は{白}。

さぁ、この手を進めて行こう。

どんな手に育つか、それを考えながら。

 

{二六七八①③④[⑤]⑥(横⑦)⑧468}

 

秀介は{中切り、こちらは二}切り。

秀介の手には字牌が多かったようだ。

ならばこちらが先制を取れる可能性もある。

 

続いて秀介は{①}切り。

順調に手が進んでいる気配を感じる。

こちらも置いて行かれるわけにはいかない。

 

{六七八①③④[⑤]⑥⑦(横⑧)⑧468}

 

少し手を止めて考える。

この手は一通か三色手になると見た。

三色ならば678か。

まだどちらに手を伸ばすのが有効か判断がつかない。

少し考えた後{4}を切り捨てる。

この選択、どういう結末を招くか。

 

そして次巡。

 

{六七八①③④[⑤]⑥⑦(横⑧)⑧⑧68}

 

さて、どうするかと考え込む。

三色狙いなら{①}切りリーチ、一通狙いなら{68}を捨てる。

衣は小さく息を吐いて、暫し山に集中した。

 

この手、どちらなら上がれる?

カンチャン{7}待ちで上がれるのか?

それとも一通に必要な{②⑨}辺りを引いてくるのか?

感覚を研ぎ澄ませる。

 

しかしその感覚に頼り切るのではなく、感覚を選択肢の一つとして受け止める。

選ぶのは自分、天江衣なのだ。

 

じっと山に意識を向けた後、衣は{8}に手をかけた。

 

(この手は、一通だ!)

 

タン、とそれを捨てる。

 

「チー」

 

秀介から声が上がった。

{横867と晒して三}を切る。

同時にその手に聴牌の気配を感じた。

 

(張ったか、しゅーすけ!)

 

三色を目指していたら秀介の手は進まなかっただろう。

だが自分も上がれたかどうか不明だ。

というか、確実に上がれるという感覚などそもそも存在しない。

麻雀とは不確定な領域を楽しむものだ。

確実なんてものは無い。

そして自分は三色ではなく一通を選んだ。

やり直しは効かない、その選択に責任を取らなければならない。

 

だから、楽しい。

 

{六七八①③④[⑤]⑥⑦(横⑨)⑧⑧⑧6}

 

そして衣の選択の答えが出る。

鳴きが入った結果有効牌ツモ、一通聴牌だ。

カンチャンの{②}、待ちは悪いが一通確定と考えればデメリットではない。

リーチ一通赤、ツモって裏一つで跳満だ。

 

ちらっと秀介の手に視線を向ける。

 

秀介捨牌

 

{西南中①九} {三}

 

(・・・・・・12000・・・・・・には届かないか)

 

役か符が足りないのか、衣は秀介の手が満貫に届いていないと感じた。

だがそれに近い手ではある。

 

(タンヤオドラ3という可能性もあるが・・・・・・678の鳴きとあの捨て牌から考えるに・・・・・・)

 

混一・・・・・・いや、{(ドラ)}と同色の染め手ならばむしろ満貫に至っていてもおかしくない。

鳴きを入れて満貫に届かない点数にするなどありえない。

となると。

 

(・・・・・・鳴き三色辺りなどどうだ?)

 

678と鳴いて三色。

タンヤオドラドラと絡めて7700。

 

(それよりも高いように感じるな、しゅーすけの手牌は)

 

単騎待ち、カンチャン待ち、中張牌の暗刻、ツモ。

それらが絡めば11600。

 

(・・・・・・その辺りか)

 

しかし三色なら三色で怖くない。

{⑧}は衣の手に3つ、さらにゆみの捨て牌にも一つあるのだ。

仮に678の三色ならば{⑧はカラ、待ちも⑤-⑧}の一本に絞りこめる。

安目ならば一気に点数が落ちてタンヤオドラドラで3900。

 

もっとも鳴き三色だと読んだ場合であり、他にも役牌や赤を抱えてギリギリ満貫に届かないという事もある。

 

(いずれにせよこの段階では100%当たりを回避することなど不可能。

 ならばやはり・・・・・・)

 

攻めるに限る。

衣は{6}に手をかけた。

 

「リーチだ」

 

さぁ、しゅーすけはどうする?

鳴きを入れている以上リーチはかけられない。

いざ危険牌を抱えたら降りるという事もある。

逆にいえば逃げ道がある。

その点衣は逃げ道を自ら閉じた。

その些細な覚悟が今後の展開を左右するという出来事も、麻雀ではある事。

 

危険牌と当たり牌、どちらを掴んだかで反応は変わるが、果たして秀介はその時どう動くのか。

回るのか、それともこちらの待ちを読み切って攻めてくるのか?

 

いや、その可能性を考えるのは不要。

何故なら。

 

「リー棒は不要だ、ロン」

 

その手牌が倒されたから。

 

 

{五六七⑤⑥⑦(ドラ)357} {横867} {(ロン)}

 

 

「タンヤオ三色ドラ2、11600」

 

 

その上がりに周囲から「おー」と声が上がる。

678に意識を振って567の三色上がり、それがここにいるほとんどの人間の認識だろう。

 

それに気付いたのは同卓のメンバーと、散々狙い打ちされた美穂子やデジタル思考の和、透華、そしてプロの二人くらいか。

 

ゆみはごくりと唾を飲み込んだ。

 

(・・・・・・その上がり形で鳴きが入るだと・・・・・・?

 そんなことがあり得るか!)

 

美穂子も同様に。

 

(鳴く前の手牌は

 {三五六七⑤⑥⑦(ドラ)35677}

 この形。

 十分面前で進められたというのに・・・・・・!)

 

透華も驚きを隠せない。

 

(面前で三色確定、ツモによってはタンピン三色ドラ2の好形だったのでは!?)

 

靖子と久に至っては既に見慣れた光景。

 

(なのにわざわざ鳴いてカンチャン{6}待ち)

(それはつまり・・・・・・シュウが天江さんの手格好を見切っていたという事)

 

衣は自分の手牌に視線を落とした後、秀介の手牌に目を向ける。

 

(・・・・・・衣が三色と一通で悩んでいる段階からその手の形を見切っていたんだ・・・・・・。

 {8を切ったらその後6}も出てくると。

 そのカンチャン落としを見切ったからこそ{8をチーして6}で打ち取り)

 

一点読みの狙い打ち。

まるで日本刀ででも切られたかのような読みの鋭さを衣は感じていた。

 

その視線は徐々に秀介の顔の方に。

フッと笑う秀介と目があった。

 

(・・・・・・これが・・・・・・しゅーすけの本気か!)

 

衣も嬉しそうに笑って点棒を差し出した。

 

(・・・・・・あれ? 何だろう・・・・・・?)

 

その光景を見ていて、久はふとおかしな感覚にとらわれた。

 

何だろう、なんだか凄く・・・・・・。

 

(嫌な予感・・・・・・胸騒ぎがする・・・・・・)

 

秀介に視線を送るが特に変わった様子は無い。

晴れやかな笑顔で受け取った点棒を点箱に収める。

 

ただし、仕舞ったのは受け取った11600の内11400だけ。

その手には二本の100点棒が残った。

 

「・・・・・・あ・・・・・・」

 

衣が声を上げる。

その光景を見るのは本日二度目だ。

 

そうか、やはりこれがこの男の本気のサインなのだ。

それを自分との対局中に見られて、衣はぱぁっと笑顔を浮かべた。

 

チャリンと一本を卓の端に積み、残る一本は口元に。

 

「中々盛り上がる戦いになりそうだな。

 ちょっと一服・・・・・・」

 

そして、それを銜える。

 

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

 

「・・・・・・高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

 

いつもの台詞を、しかし少しだけ思い悩んだかのように久は口にした。

 

何かいつもと違う感じがする。

 

その不安は美穂子に対し秀介が本気を見せようとしていた時にも感じたもの。

 

 

(・・・・・・シュウ・・・・・・まさかと思うけど・・・・・・あんた・・・・・・)

 

 

 

ゆみ  73000

衣  138600

秀介 119100

久   68000

 

 



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B story
01新木桂その1 登場と裏切り


※ごらんのお話は咲-Saki-二次創作「とりあえずタバコが吸いたい先輩」で間違いありません。
今回から唐突に章が変わっております。
この「B story」は「A story」までの評価、お気に入り、感想が一変するやもしれない「超展開」によって構成されております。
本編の続きをお待ちの方々はしばらくお待ちください。
いや、これも本編ではあるんですけれども。
「は?ここで区切ったの?何故?イミフ」と思われるかもしれませんが、急かされたからとか言う理由は決してありません。
「このタイミングでこの話を差し込むのがベスト」と判断した作者のシナリオ構成能力が変態だったというだけです(



とある料亭にて、勝負の場は開かれた。

 

 

用意されているのは麻雀卓と麻雀牌。

 

周囲には勝負を行う二組。

河本と言う男と、彼に金を貸している原田組。

そして立会人が十名ほど。

 

公平を期すために立会人の二人が入り、両者の代打ちが一人ずつ入る勝負となる。

 

河本が借りている金は、彼の知らない所で利息が増やされて、既に100万。

現在で言うと1000万を超えている。

しかも期日も設定され、もはや返せる金額ではない。

 

その金額をかけ、彼は今日勝負に挑む。

立てた代打ちはまだ来ないが、彼は対戦相手にせかされる中、ひたすらに待った。

 

 

カラカラと戸が開かれ、彼は現れた。

 

「・・・・・・最後でしたか、遅れました」

 

彼はそう言って頭を下げるだけ。

だが彼を呼んだ河本はそれを責めることもせず、ただ頭を下げた。

 

「・・・・・・来てくれたか・・・・・・ありがとう・・・・・・」

「お構いなく」

 

スッと彼は卓に着いた。

 

向かい合うのは対戦相手、琴野。

卓に着いた彼を見てフッと笑う。

 

「ずいぶん若いな。

 河本のおっさんが頼りにする位だ、どんな男かと思ったが。

 (あん)ちゃん、遊びで来てたりしないだろうね」

 

ヒヒヒと笑う。

彼はそんな対戦相手を見ても表情を崩さず、一言告げた。

 

 

「プロが卓について笑うな」

 

 

「・・・・・・何だと?」

 

チッと舌打ちする。

険悪な雰囲気の中、試合は始まった。

 

 

 

南四局0本場 ドラ{八}

 

「リーチ!」

 

琴野が牌を横に倒す。

現在2位、トップは目の前の男。

この手を上がれば逆転だ。

 

数巡後、下家から上がり牌の{4}が零れる。

 

「ロン!」

 

{二三四(ドラ)八八⑥⑥⑦⑧⑨23} {(ロン)}

 

「リーチドラ3! 満貫で逆転・・・・・・」

 

「悪いな」

 

ジャラッと、彼も手牌を倒した。

 

{五六七②②③③④④1234} {(ロン)}

 

「一盃口のみ、頭ハネだ」

「なっ!?」

 

逆転ならず、トップは河本が呼んだ男。

決着はついた。

 

「終わりだな」

 

彼は席を立ち、銜えていた煙草を近くの灰皿に置く。

 

「あ、ありがとうございました!」

 

河本は彼の背に頭を下げるが、彼は何も言わずにその場を後にした。

 

 

彼の名は新木(あらき)(かつら)

 

これは彼が28歳の時の出来事である。

 

 

 

 

 

彼のスタイルはデジタル打ち。

現代と比べても決して劣らない精度で敵の手牌、山の残り牌を計算していた。

イカサマでもなく、勘でもなく、彼が「裏」の世界で麻雀を打ち始めてから負けたという話は聞かなかった。

 

どこかの組や、誰かのお抱えの代打ちになるわけでもなく、彼は様々な依頼で麻雀を打った。

あの日の河本も依頼人の一人。

時に高い報酬で、時に義理絡みで金を受け取ることなく、彼は麻雀を打ち続けた。

 

 

 

2年して、そんな彼にまた新たな依頼が入る。

 

ある料亭にて食事に呼ばれ向かった新木の前に現れたのは、いつぞや対戦した原田組の代打ち、琴野であった。

 

「うちの組で困ったことがあるんだ、新木。

 一つ助けてはくれないか?」

 

前回負けた身でありながら、しかし敬語だったり臆する態度だったりはせず、琴野は新木にそう言った。

 

「・・・・・・内容次第だ」

「そうかい、とりあえず話そう」

 

酒をすすめながら彼は話を始めた。

 

「ある老人を倒してほしい」

 

 

その老人は資産家で、とてつもない金を持っているという。

そして老人は麻雀で勝負をし、自分に勝てばその金をくれるというのだ。

ただし持ってきた金が尽きたらそれで終わりというもの。

 

 

「・・・・・・終わりって、どうなるんだ」

「それは俺も知らねぇ。

 いや、組の連中も、他の連中も知らねぇんだ」

 

琴野は酒をくいっと飲み、言った。

 

 

「誰も戻ってこねぇからな」

 

 

「・・・・・・」

 

新木も酒を飲み、コップをテーブルに置くと。

 

「・・・・・・それで、ルールは?」

 

そう聞いた。

 

「・・・・・・やる気か」

「依頼だろう?」

「・・・・・・助かる」

 

明かされているルールは点数を現金として、ウマ、オカは無くそのままやりとりするというものらしい。

それと入るのは一度に二人まで。

そして、金が尽きたらそれで終わり。

 

「金はこっちで用意する。

 いざって時に尽きてギリギリ負けましたってんじゃ話にならないから多めにな」

「・・・・・・分かった」

 

新木が頷くと琴野は彼のコップに酒を注ぎ、自分のコップを持つ。

 

「勝利を願って」

「・・・・・・」

 

カチャンとグラスが音を立てた。

 

 

 

 

 

それから数週間して、新木の元に迎えが来た。

車で移動すること1時間ほど、とある豪邸の前に到着する。

 

「よ、来たか」

 

門の前で迎えてくれたのは、彼にこの話を持ちかけた琴野。

 

「二人まで入れるっつーからな、俺も入る」

「・・・・・・いいのか?」

 

戻って来た人間はいないと言っていなかったか。

ならもしもの時は彼も道連れと言う事になる。

 

「構わん。

 それにあんたとならやれそうな気がするからな」

 

そう言って琴野は笑った。

 

「行くぞ」

 

二人は金の入った鞄を手に、豪邸に入っていく。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

迎えてくれたのはメイド。

 

「新木様と琴野様ですね? お待ちしておりました。

 こちらへどうぞ」

 

案内されて豪邸の奥へ奥へ。

一つの部屋に案内される。

 

扉を開けるとそこは狭い部屋。

その真ん中に麻雀卓。

そして、奥に老人が一人。

その後ろにドアが一つ。

 

「クゥクゥクゥ・・・・・・来たか」

 

しわがれた声で老人は迎える。

 

「良く来てくれた・・・・・・座りたまえ・・・・・・」

「どうぞ、お好きな席へ。

 ただし一人は主様の向かいに座って頂きます」

 

席を促され、どうする?と琴野が新木の顔を見る。

 

「・・・・・・俺が座ろう」

 

新木はそう言って老人の正面に座る。

琴野はちらっとメイドを見た後に、新木の上家に座る。

メイドはまだ立ったままだ。

 

「まずは名乗ろうか・・・・・・。

 ワシは億蔵(おくら)と言う・・・・・・」

「主様のお世話をしております、メイドのエリスと申します」

「・・・・・・新木桂・・・・・・」

「琴野だ」

 

「では、ルールを説明いたします」

 

互いに自己紹介をした後、エリスが大量の点棒を持ってくる。

 

「1点が1000円計算で、まず初めに全ての現金を点棒に変えて頂きます」

「1点が1000円?

 ってことは・・・・・・」

 

琴野が指を立てて計算しようとする中、新木はあっさりと告げる。

 

「俺達が持ってきた1億ずつは、それぞれ10万点になるのか」

「な、なるほど・・・・・・」

 

琴野が頷く。

 

「点棒が尽きるまで、半荘ではなく一荘を延々と打って頂きます。

 なお、勝負が始まると終わるまでこの部屋からは出られませんので、食事、トイレ等は今のうちに済ませておいてください」

 

エリスがそう告げると新木は頷いた。

 

「・・・・・・分かった。

 ルール説明が全て終わったら少し時間をくれ」

「・・・・・・宜しいですか? 主様」

「構わんよ・・・・・・」

「では説明が終わったら時間を取ります」

 

億蔵の確認を取り、エリスは承諾した。

 

「他は通常の麻雀と同じです。

 一発あり、裏ドラ、槓ドラ、槓裏あり。

 赤無し、喰いタン後付けあり。

 それと点数が多いので役満はローカルダブルルールを採用しています。

 つまり四暗刻単騎、国士無双十三面待ち、純正九蓮宝燈、大四喜はダブル扱いです」

「・・・・・・分かった」

 

ダブル役満が多いのは珍しいが、それ以外では点棒くらいしか特殊なところはなさそうだ。

ルール説明が終わったところで少し休憩となる。

 

「お食事は?」

 

エリスの言葉に新木は首を横に振る。

 

「いや、いい。

 それより煙草は吸ってもいいか?」

 

懐から煙草を取り出しながらそう言うと、エリスも首を横に振った。

 

「主様は高齢です故、健康を害する煙草はお控えください」

「・・・・・・なら、今のうちに吸っておくか」

 

 

部屋を出るとトイレの場所だけ教えてもらい、新木は煙草をふかした。

 

「・・・・・・いけそうか?」

 

琴野が不安げに話しかけてくる。

 

「・・・・・・いつだって不安はある。

 負けたらどうなるか・・・・・・全身をナイフで細切れにされる夢を見たこともある」

「や、やめてくれよ・・・・・・」

 

ひーっと首をすくめる琴野。

 

「いつだって不安が半分は占める。

 残り半分で色々考えて麻雀やるもんだ」

「そ、そんなもんなのか・・・・・・?」

 

良く分からんね、という表情で琴野は苦笑いを浮かべる。

 

 

休憩時間が終わり、二人は部屋に戻り、席に着く。

エリスは箱に10万点分の点棒を取り分け、二人に渡してきた。

 

「クゥクゥクゥ・・・・・・それが尽きた時、君達は負けるわけだ・・・・・・」

 

億蔵は楽しげに笑った。

琴野はその笑いに気味悪がっていたが、新木は変わらぬ表情で聞いた。

 

「・・・・・・それで、そちらの点数はいくらなんだ?」

 

億蔵は怪しげに笑い、エリスに指示を出す。

エリスはそれに従い、億蔵の後ろにあったドアを開けた。

 

 

札束の壁が現れた。

 

 

「なっ!?」

 

琴野が声を上げた。

一体いくらになるのか・・・・・・。

 

「ざっと100億ある。

 点棒に直すと、まぁ・・・・・・1000万点じゃな」

「い、1000万!?」

 

点棒が0になったら終わりというルールだったはず。

これでは終わるのはいつになるのやら。

 

「・・・・・・そっちのメイドは?」

「エリスの負け分もワシが払う・・・・・・。

 まぁ、山分けして・・・・・・500万点ずつってところかの、クゥクゥクゥ・・・・・・」

「・・・・・・長期戦になりそうだな」

「クゥクゥクゥ・・・・・・まぁ、たっぷり楽しもうではないか・・・・・・」

 

億蔵は笑いながら、卓の上の麻雀牌を混ぜていく。

3人もそれに続いて、牌を混ぜ始めた。

 

こうして勝負は始まった。

 

 

親順 億蔵→琴野→新木→エリス

 

 

「ツモ」

 

パタンと新木が手牌を倒す。

 

{五五②③④⑤⑥⑦566(ドラ)8} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピンドラ1、2000(にー)4000(よん)

「・・・・・・変わった点数の読み方をなさいますね」

「よく言われる」

 

エリスの言葉にも特に表情を変えることなく点棒を受け取り、局は続けられる。

 

 

{(ドラ)七八③④⑥⑦⑧123北北} {(ツモ)}

 

「ツモ、平和ドラ1、700・1300です」

 

エリスも負けじと牌を倒す。

億蔵の老人はまだ上がらない。

琴野も手の進みが良くないのか聴牌すらおぼつかない様子だ。

自分が上がって稼ぐしかないか、と新木は手を進めて行く。

 

 

「リーチ」

 

エリスが牌を横に倒し、千点棒を場に出す。

 

捨て牌

 

{北中8南一7} {横九(リーチ)}

 

早い巡目のリーチ。

だが、新木にとっては怖くない。

彼のデジタル思考からしてみればこれでもかなり手牌は透ける。

 

(ツモ切りは{南と7}。

 {北と中は不要牌として、その後手牌から出た8}。

 {一よりも早い段階で切られていることからそれよりも不要、つまり8}の周辺の牌が手牌に存在しないことを意味する。

 逆に{一}は順子として繋がる可能性があったという事。

 萬子は下寄り、{三四五}辺り。

 索子はあってもやはり下寄り、少なくとも{5}以下。

 手牌の並びから考えて筒子は面子として出来上がっている可能性がある。

 索子の下寄りの待ち・・・・・・か)

 

その読みを起点に危険牌の周辺を抱え込み、安牌を切り出して行く。

 

そして数巡後。

 

「ツモ」

 

{一二三四五六②②⑥⑦⑧45} {(ツモ)}

 

「平和ツモ、700(なな)400(よん)

「・・・・・・!」

 

新木捨て牌

 

{西北發⑨9中2八} {九}

 

エリス手牌

 

{三四五③④⑤⑦⑧⑨3345}

 

一通が狙えたのにそれを捨ててエリスの上がり牌を止められる{45}を手中に留めている。

捨て牌の不自然な切り出し方、エリスは自分の手が読まれたことを察する。

 

「・・・・・・待ちを読まれたか、エリス」

「・・・・・・そのようです、主様」

 

億蔵の言葉に頭を下げるエリス。

 

「クゥクゥクゥ・・・・・・まぁ、そうでなくては面白くないものよの」

 

 

勝負は東場から南場、そして西場、北場と進み、一荘を終える。

この時点で新木は167500点、琴野はあまり上がれずに69000点となっている。

このままツモ狙いで続けると琴野の点数も削れてしまい、一度の振り込みでピンチになる可能性がある。

仕方がないと新木はロン上がりに移行する。

狙いはこの試合始ってから一度も上がっていない億蔵。

既に捨て牌、手牌整理の癖も読み切った。

狙うのはたやすい。

また席の関係上エリスに安手で頭ハネをされる可能性も無い。

代わりに億蔵が先に聴牌をすると安目を振り込まれる可能性はあるが。

 

 

{一二三⑨⑨⑨78(ドラ)北中中中} {(ロン)}

 

「ロン、中チャンタドラ1、満貫」

「む・・・・・・またロン上がりか・・・・・・狙い打たれとるのぉ」

 

億蔵も自分が狙われている事を察し回避しようとするが、それでも新木は逃がさない。

 

{三四①①①22277東東東} {(ロン)}

 

「ロン、ダブ東三暗刻、満貫」

「うぐ・・・・・・」

 

ここは無いという所でロン上がり。

またそうかと思うと見え見えの裏スジでロン上がり。

ドンドン狙い打ち、点数は20万点に迫った。

しかし相手は原点500万点である。

早々終わらない。

 

 

どうするかと思っていた所、事態は急転する。

 

 

琴野が切った{北}で、エリスが手牌を倒した。

 

「ロンです」

 

{四四四⑨⑨⑨222777北} {(ロン)}

 

「四暗刻、単騎はダブル扱い。

 64000です」

「なっ!?」

 

一撃で残り5000点!

 

「・・・・・・この勝負に挑んで帰った者がいない、というのは聞き及んでいるかと思います。

 つまり、片方が負けてももう一人も共に敗北という扱いになります」

 

エリスは表情を崩すことなく、そう宣告する。

 

「ぐっ! ま、待て! 振り込んだのは俺だろう!

 仮にトビでも俺だけ敗北にしてくれ!」

 

琴野がそう言うが億蔵は笑って返すのみ。

 

「トビは敗北・・・・・・じゃが、相方が点数を貸すと言うのなら続行させてもよいがの・・・・・・。

 敗北する時は両者共にじゃ・・・・・・」

「・・・・・・分かった」

 

億蔵の言葉に新木は箱から点棒を取り出し、琴野に渡す。

 

「俺はまだ大分ある。

 5万点、持って行け」

「ぐっ・・・・・・す、すまねぇ!」

 

琴野は新木に頭を下げ、それを受け取る。

20万点が近かった新木の点棒はこれで14万点を割った。

 

ダブル役満振り込み。

だが新木は諦めない。

必ず勝って帰ると、配牌を受け取り、{北}を捨てる。

 

「・・・・・・まぁ、こんなものですか、噂の新木と言う男も・・・・・・」

 

む?と視線を向ける。

 

同時にエリスは手牌を倒した。

 

 

{四四四白白白發發發中中中北} {(ロン)}

 

 

「大三元四暗刻単騎、親のトリプルで144000」

「何だと!?」

 

エリスは手牌を一つ切ったのみ、すなわち配牌で聴牌していたと言う事になる。

 

「バカな!?」

 

席から立ち上がった瞬間、ガコッ!と後ろから頭を殴られた。

ガシャンと牌の上に身体が崩れ落ちる。

 

「トビで終了ですね」

「では回収します」

 

後ろから声が聞こえる。

聞いたことのない男の声。

知らない男が新木の身体をグイと持ち上げる。

 

「・・・・・・待て・・・・・・」

 

頭から血を流しつつ、新木が声を上げる。

 

「ほ、まだ意識があるか・・・・・・」

 

笑い声を上げる億蔵を睨みながら、新木が言う。

 

「・・・・・・琴野の点棒がまだ残っている・・・・・・。

 まだトビじゃない・・・・・・」

 

男の手を払いのけて、新木は席に座り直す。

 

その様子を見て、億蔵はやはり笑った。

表情を崩さなかったエリスも、この時ばかりはクスリと笑った。

 

「・・・・・・琴野・・・・・・」

 

スッと手を差し出す。

琴野から点棒を受け取る為に。

 

が。

 

「・・・・・・ク・・・・・・」

 

 

琴野の表情が醜く歪んだ。

 

 

「ククククク、はっははははははははは!!!!

 

 まだ気づかねぇのかよ!?

 てめぇにやる点棒はねぇ!! トビで終了だよ!!」

 

「な、に・・・・・・!?」

 

点棒の代わりに琴野の拳がその手に叩き落される。

 

「がっ!? ぐっ・・・・・・!?」

 

「なぁ、億蔵のじいさん、もうネタばらししてもいいだろ?」

「クゥクゥクゥ、いいじゃろう・・・・・・」

 

気づけば億蔵の表情も同じように醜く。

 

「てめぇは嵌められたんだよ! 俺にな!

 今までの奴らも全員そうだ!

 組の連中には俺は見送りってことにしていたが、実際は俺が生贄の奴らと組んでここで打ち、わざと点棒を減らして負けたんだよ!!

 なんせ、俺が紹介してやらねぇとこんなところで麻雀打ちたがる奴なんかいないからなぁ」

「クゥクゥクゥ、それは酷い言い分じゃのぉ・・・・・・」

「ハハハハ、すまねぇな、じいさん」

 

笑い合った後、琴野は新木の顔に拳を叩き落す。

 

「ぐっ・・・!!」

「無敗とかいう噂があったけど、こうなると案外脆いもんじゃねぇか、新木、え?」

「・・・・・・組の連中も全員グルか・・・・・・?」

「組の連中は俺の裏切りを知らねぇよ。

 ってそんなことはどうでもいいか」

 

さらに腹にも蹴りを入れる。

 

新木は椅子ごと床に倒された。

 

「どうだい? じいさん。

 「裏切られた男の顔」、今回も堪能したかい?」

「クゥクゥクゥ、十分じゃ・・・・・・。

 今回も持ってきた1億、そのまま持って行け・・・・・・」

 

 

新木ほどの腕が立つ麻雀打ちが裏切られて負けるその顔を見る、それだけを楽しみに老人はこの麻雀を行っているのか。

 

老人の歪んだ愉悦を満たす為の生贄。

 

いや、よく見ればここにいる連中全員が歪んだ笑みを浮かべている。

 

 

全員が全員か・・・・・・。

 

 

「じいさん、最後にこいつに処遇を教えてやるんだろう?」

「おお、そうじゃった、クゥクゥクゥ・・・・・・」

 

億蔵は最後に一際醜く笑った。

 

 

「お前は新薬の実験台になる。

 死ぬまでな。

 薬が完成したらそれを売りに出し、また新たな金となる。

 ワシはこの金で城を築くんじゃ!!

 お前もその踏み台の一つとしてやろう、クゥクゥクゥ!!」

 

 

「・・・・・・ふざ・・・け・・・・・・」

 

「まだ意識があるみてぇじゃねぇか。

 とっとと寝ちまいな」

 

最後に琴野の蹴りが新木の顔面を捕える。

 

床に倒れ込み、そこで新木の意識は途切れた。

 

 




ちょいと急ぎ足で失礼。
感想でもありましたが、過去のお話をいつかはやるのだろうというのはサブタイトル的に察しておられたと思います。
いつかって今さ!

冒頭にも書きましたがこのお話は「超展開」によって構成されております。
「こんな展開俺は認めねぇ!こんな話は二度と読まねぇ!」となる可能性が無きにしも非ず。
あなたにはこの物語を拒否する権利があります(今更
それを踏まえた上でこの「B story」にどうぞお付き合いくださいませ。


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02新木桂その2 契約と逆襲

感想を読んでみたら元々不安を感じていた今後の展開よりも今回の方が不安になった(
逆にここを乗り切ればあんまり不安は無いかなーと。
賛否両論あるでしょう。
だが当初からの計画を変える予定はありません。
サブタイトルの表記的にも(



気がつくとそこは真っ暗な場所。

どこだここは・・・・・・俺は死んだのか・・・・・・?

新木はくるっと辺りを見回す。

 

 

逆様になって宙に浮いている女と目があった。

 

 

普段冷静な新木といえどもさすがにビクッと身体が跳ねる。

 

「あははははは」

 

女は鈴の音のような笑い声を上げた。

 

「無念な最後を遂げたね」

 

女は胡坐をかきながらそう新木に告げた。

 

 

「そうか、やはり俺は死んだのか」

 

 

新木は改めて女を見てみる。

 

年齢的にはまだ十代か。

露出の高いシャツと半ズボン、長いブーツ。

ふわっとしたロングヘア。

紫のアイシャドウと口紅が良く似合う半目の美人。

 

いや、それよりももっと注目するべきところはある。

 

 

その手に握られた、長い長い鎌。

 

 

「分かった? あたしは死神だよーん」

 

 

くるっと回転し、彼女は地面に降り立った。

いや、地面も周囲同様真っ暗なので本当にそこが地面なのかは分からないが、タンッと着地の音がしたから地面としておこうか。

 

「・・・・・・死神なんて、そんな非科学的なモンがいるとはな」

「デジタル打ちやってるくらいだもんね。

 確率と計算を信仰している人間からしてみたら確かににわかには信じられないでしょーね」

 

死神を名乗る女はそう言うと新木の顔を覗き込んだ。

 

「・・・・・・にしてはあんまり驚いて無さそうね。

 もっとパニックになるかと思ったのに」

「・・・・・・」

 

女の言葉に新木はプイっと顔をそむける。

 

「あー、そっか。

 もっとショッキングな死に方だもんね。

 裏切られてボコられて新薬の実験台!

 でもまぁ、ギャンブル物としては比較的あるバッドエンドじゃない?」

 

ケタケタと笑う女。

その笑い方、どこか妖しい。

 

「・・・・・・で、その死神が俺に何の用だ?

 生前何か契約を交わした覚えは無いんだが」

 

死神と言えば契約を交わしてその代償に死後魂を持っていく、と新木は考えるが特に思い当たる契約は無い。

いや、そもそもそれって死神っていうより悪魔との契約じゃなかったか?と思い直す。

 

「うん、まだ契約はしてないね」

 

女はそう言うとニコッと笑った。

 

「これからあたしと契約して欲しくて呼んだの」

「・・・・・・はぁ?」

 

死んだ人間を呼び出して契約も何もあったものではないだろう。

何せもう死んでいるのだから。

 

「ありゃ、やっぱりまだ分かって無いね。

 あんたまだ死んでないよ」

「・・・・・・そうなのか?」

 

しかしそれにしてはいかにも死んだような言い方をされた気がするのだが。

安心していいのか不安に思っていればいいのか、新木は変わらず怪しげに女を見てみる。

 

「このままだとあんたは意識を取り戻した時には拘束済み。

 それから死ぬまで薬の実験台。

 もう死ぬことは確定したも同然でしょ?」

 

女は事もなげにそう言う。

普通の人間がそれを受け入れるのにどれだけの労力を要するか。

 

「だからさ、あたしと契約してこの窮地を脱出してみない?」

「・・・・・・どうやって?」

 

「あんた、いざって時の為に、懐にお金入ってるでしょ?

 あの麻雀で言うとたった100点棒一本分。

 でもあの麻雀のルールは「点棒が尽きるまで」。

 だから、その点棒をかけてもう一回麻雀挑んで勝てばいいのよ」

「んな無茶な・・・・・・」

 

仮にそんな要求をしたとして三対一なのだ。

そんなにあっさり勝てるわけがない。

 

「だいじょーぶよ」

 

スッと女は自分の右手人差し指を立てる。

その先端は淡く光っていた。

 

「「これ」、あげるから」

「・・・・・・何だそれは」

 

新木の質問に、女は心底楽しそうに笑った。

 

 

「死神の力」

 

 

そしてその人差し指を新木に突き付け、聞いた。

 

「どうする? このまま薬漬けで死ぬ?

 それともあたしと契約して、この場を生き延びる?」

 

むぅ、と新木は考え込む。

 

死神の力と言う妖しげなものに手を伸ばせと言うのか。

代償は? その後の扱いは? 死後魂を取られるのか? 魂を取られたらどうなる?

様々な疑問が浮かぶ。

 

だが、新木は何も聞かずに頷いた。

 

「・・・・・・分かった、契約しよう」

「ありゃ、あっさりと。

 死後の扱いとか、力の代償とか聞かないの?」

 

逆に女が聞き返してくるが、新木は首を横に振る。

 

「他に選択肢は無いんだろう?」

「まぁ、そうだけどね」

 

くすくすと笑うと、女はその人差し指を新木の額に当てた。

 

途端に額が熱くなり、周囲の景色がぐらっと揺れる。

 

「最初はきついだろうけど、麻雀打ってるうちに慣れてくるよ。

 あ、それと素直なお兄さんに一つだけ代償を教えておいてあげる」

 

視界がぼやける新木に、女は言った。

 

「最初のこの試合だけはサービスしておいてあげるけど。

 それ以降あんまり長くその能力を使ってると・・・・・・」

 

そこで一度区切り、女はニコッと笑った。

 

 

「血を吐いて死ぬから」

 

 

それ、笑いながら言う言葉じゃない。

 

そんな突っ込みを入れることもできず、新木は意識を失った。

 

 

 

 

 

「・・・・・・では、よろしくお願いします」

「はい」

 

エリスに言われ、男は新木を引き摺って部屋を後にする。

こいつも負けた。

地下で新たな実験台になるのか。

 

男はわずかに同情しながらも新木を引き摺り、

 

ぐいっと引っ張られて足を止めた。

 

何だ?と顔をそちらに向けると、

 

頭から血を流しながらも新木が立っているのが見えた。

 

「なっ・・・・・・」

 

まだ意識があったのか、と男は腰にさげていた棍棒を手に取る。

先程もこれで後ろから殴ったのだ。

さっさと意識を失ってくれよ。

そう思いつつ棍棒を振り上げる。

 

「・・・・・・まだだ・・・・・・」

「あ?」

 

新木の言葉に腕を止める。

新木は懐からスッと封筒を取り出した。

 

「・・・・・・まだ金がある・・・・・・これで打たせてもらうぞ・・・・・・」

 

そう言うと新木は男を無視したように、先程の部屋に向かって歩き出す。

 

「・・・・・・逃げないのか・・・・・・」

 

男はボソッと呟き、棍棒を下げた。

 

 

 

ガチャッとドアを開け、中に入る。

中にいたメンツはこちらを見て、まるで死人にでも再会したかのような表情を浮かべた。

 

「なっ・・・・・・お前!?」

 

真っ先に声を上げたのは琴野。

 

「・・・・・・何の用じゃ・・・・・・?」

 

続いて億蔵が少しばかり不満気な表情で口を開く。

ここで暴れる気か?と琴野はとっさに構えた。

ここにいるのは老人とメイド、そして自分だけ。

相手は怪我をしているとはいえ成人の男だ、自分が相手をするしかない。

 

先程連れて行った黒服の男はどうした?

もしかしてこれだけの怪我でありながら圧倒してきたのか?

もしそうだとしたら怪我ひとつないとはいえ自分が勝てるのか?

 

琴野は汗を浮かべながら色々と考える。

が、新木の行動はそんな不安とは全く的外れなものだった。

 

手に持っていた封筒をエリスに差し出す。

 

「・・・・・・10万入っている。

 確か「点棒が尽きる」が敗北条件だったな・・・・・・これを点棒に変えてくれ」

「・・・・・・正気ですか?」

 

今度はあからさまな三対一ができるこの状況、勝てる気でいるのか?

しかも10万円はたったの100点。

たった100点でこの状況から逆転すると?

 

「・・・・・・クゥクゥクゥ」

 

億蔵の笑い声に、エリスははっとする。

 

「たった100点で挑むか・・・・・・いいじゃろう、受けよう・・・・・・」

 

億蔵はそう言って席に座った。

その様子に琴野も同様に席に着く。

エリスは暫し億蔵と新木を交互に見ていたが、やがてその金を100点棒に変え、新木に差し出した。

 

「・・・・・・逃げだせばよかったものを・・・・・・。

 まぁいいでしょう、殺してあげますから」

 

エリスはそう言って笑った。

 

新木はフンッと鼻で笑うと懐から煙草を取り出す。

 

「! 煙草は禁止と言ったはずです」

 

エリスはとっさにそれを取り上げる。

新木は小さく舌打ちし、先程受け取った100点棒を代わりに銜えた。

 

「・・・・・・なら・・・・・・これでいいや」

 

ニッと笑い、牌を混ぜて行く。

 

 

ジャラジャラと山が積まれ、続きのエリスの親から始まる。

 

 

(・・・・・・ん・・・・・・?)

 

 

少しばかり頭が痛い。

 

先程殴られたところか?と思い、新木は頭を手で押さえる。

 

が、どうも違う、何かがおかしい。

 

何だこれは・・・・・・?

 

 

 

{(西)()()()()()()()()()()西()()()()()()}

 

 

 

(・・・・・・は・・・・・・?)

 

 

チャラッと賽が振られ、配牌を受け取っていく。

 

 

これは

 

 

これは・・・・・・!?

 

 

{(西)()()}      {()()西()()()()()()}

 

 

(・・・・・・・・・・・・見える・・・・・・・・・・・・?)

 

 

 

「おい、何してんだ。

 さっさと配牌とれよ」

「・・・・・・ああ・・・・・・」

 

琴野に促されて配牌を取っていく。

 

 

全員の配牌が揃ったところで、やはり、と新木は確信した。

 

 

{二九①②③⑦⑨2(ドラ)57東西} {北}

 

{四五六七②③⑧1(ドラ)5北發發}

 

{二四五七九④⑤58東南中中}

 

 

(・・・・・・今までの切り方から考えて、エリスが切るのは{西北}のどちらか・・・・・・)

 

チャッとエリスは{西}を切り出した。

 

(億蔵が切るのは{北}・・・・・・)

 

一つツモった億蔵は手牌の端から3番目、{北}を切り出す。

 

(今は東場・・・・・・琴野が切るのは、{南}しかない)

 

琴野は牌をツモった後、手牌から{南}を切り出す。

 

(やはり・・・・・・そうなのか・・・・・・

 

 ・・・・・・{三}・・・・・・)

 

 

{一四八④⑤⑧⑧12(横三)6北發中}

 

 

新木は山から{三}をツモってくると、それを手牌に加えながら、改めて確信した。

 

 

 

(全ての山も、手牌も見える!)

 

 

 

デジタル思考にこの能力、まさに鬼に金棒。

 

(この手・・・・・・)

 

新木は手牌から{北}を切り出し、山と全員の手牌を見渡す。

 

(・・・・・・次巡、俺が{發}を切り出せば億蔵が鳴く。

 その後出てくる{⑧}を俺がポン。

 それから4巡目に琴野から出てくる{二}をチー。

 6巡目に億蔵がツモ切りする{2}で上がりだ)

 

そしてその宣言通り。

 

「ポン」

 

「チー」

 

「ロン」

 

ジャラッと手牌を晒す新木。

 

{④⑤⑥2456} {横二三四⑧横⑧⑧} {(ロン)}

 

「タンヤオのみ、1000の一本場」

「ほぅ、安いの・・・・・・」

 

億蔵は笑いながら点棒を差し出す。

 

「そんな安手上がってどうする気だ?」

 

琴野も笑い、エリスは退屈そうにため息をつくのみだった。

 

 

そして次局、エリスはちらっと親番の億蔵と視線を合わせる。

億蔵はこくっと頷いた。

年老いた億蔵に素早さと確実さを要するすり替え技は使用できない。

だが賽の目を操る程度ならできる。

チャラッと出したのは7の目。

これでエリスの前の山が丸々残った。

 

(残念ですが、新木さん。

 さっきのであなたは終わっていたんです、これ以上余計な時間は掛けさせないでください)

 

チャッチャッと配牌を受け取るとエリスは手牌を倒し、自分の前の山に手をかける。

 

{()()()()()()()()()()()()()()()()()}

 

狙うは大技、つばめ返し。

 

先程のようなトリプル役満が簡単に手に入るわけがない。

こうして積み込んでおく必要がある。

その前のダブル役満も同様だ。

後はすり替えるだけ、第一ツモで最後に端の{7}をすり替えて地和宣言で終了だ。

残り1400点、ロン上がりを狙わずとも十分に行ける。

 

そうして、山に手をかけた途端。

 

 

「おい」

 

 

新木から声が上がった。

 

 

「・・・・・・何か?」

 

エリスがそちらを向くと、新木はエリスを睨みつけていた。

 

 

「・・・・・・この麻雀、つばめ返しはありのルールなのか?」

 

 

「!?」

 

読まれている!?

思わず山から手を引く。

 

「・・・・・・何の事でしょう?」

 

平静を装ってそう聞くと、新木は牌を捨てながらクッと笑った。

 

「いや、無しならいい。

 ちょっと動きが気になっただけだ」

「・・・・・・失礼しました」

 

エリスは牌をツモり、不要牌を切る。

 

 

・・・・・・この局は失敗か。

結局エリスはすり替えを行うことができず、この局再び新木の安上がりとなった。

 

 

そしてまた次局、今度は大技ではなく小技を狙う。

 

{()()()()()()()()()()()()()()()()西(西)}

 

自分の山の端に有効牌を仕込んでおき、手牌の不要牌を端に加えながら逆から有効牌を抜く。

自分の山に配牌の取り出しが重なってもすり替えを可能とする両端への仕込みを施した、いわゆる。

 

「・・・・・・今度はぶっこ抜きか」

「!?」

 

危うく声を上げるところだった。

何故バレている!?

問い詰めたいが、それはつまり自分のイカサマを認めることになってしまう。

それはできない。

 

結局またすり替えられず、上がりを許してしまう。

 

 

ならばと今度は自分のツモスジに有効牌を仕込む。

 

{()()()()()()()()()()()()()()()()()}

 

通称。

 

「・・・・・・千鳥なら許されるのか?」

「っ!?」

 

なんで? なんで?

エリスは新木の顔を見る。

 

新木はやはりこちらを睨んでいる。

ただそれだけ。

 

どうして? どうして? どうして?

 

錯乱する中。

 

「ポン」

 

あっさりとツモスジをずらされる。

そして。

 

「ツモ」

 

自分の積み込んだ山にツモが入る間もなく、終わりとなった。

 

 

どうして? どうしてこの男に自分のイカサマが見破られているの?

 

原因は分からない。

けれどももう積み込みは使えない。

 

ならば。

 

次局、エリスは積み込みを止めた。

代わりに自分の山の牌を記憶することに専念する。

賽の目は新木の山からの取り出し、これでいい。

 

エリス配牌

 

{九①②③④⑤⑤⑦146東南}

 

{()()(西)()()()()()()()()()()()()()()}

 

おそらく下山をすり替えるのは見つかるだろう、そう考えて上山だけを記憶した。

そしてエリスの第一ツモ。

牌をツモり、チラッと確認すると{西}。

頭として使えるか、とそのままツモって{九}切り。

続くツモは{八}。

裏目に出たか? いや、そうではない。

 

{()()(西)()()()()()()()()()()()()()()}

 

{①②③④⑤⑤⑦146東南西} {(ツモ)}

 

エリスは{1}を切り出した。

音も鳴らさぬ高速の上山すり替え。

さすがにこれは見切れまい、とエリスは心の中で笑う。

次にすり替えを狙うのは右から2牌目の{7}か。

後々頭用にと取っておいた{西}もすり替えなければ。

続いてのツモは{8、東}を切り出す。

 

必要牌なら手中に収め、不要牌ならすり替える。

おまけにこの上山すり替えは牌をツモった手が自分の山の上を通過する一瞬で完了する。

すり替えを指摘する事はまず不可能だ。

どうやって積み込みを見抜いていたのかは不明だが、これなら新木といえども止められまい。

 

そして次巡、ツモは{二}。

萬子はもう不要だ、すり替えに回す。

右から2牌目の{7}の上を通るように牌をツモり、そして。

 

ガシャン、と山が崩れた。

 

「・・・・・・え?」

 

まさか、嘘、そんな。

エリスは自身の右手に目を向ける。

開いたり閉じたりしてみるが変わった様子は無い。

なら、何故すり替えをミスしたのだ?

この手の訓練は何年も積んでいる。

1mmの狂いも無く狙った牌をすり替えるなんて、今更造作も無いはずなのに!

 

それはつまり、逆に言えば1mmでも山がずれたのならすり替えが失敗するという事。

 

(山をずらされた!?)

 

「チョンボだな・・・・・・次は無いぞ」

 

新木はそう言ってエリスの左手の小指をちょいと摘まみ、軽く力を入れる。

すぐに解放されたがそれはつまり。

 

(次やったら・・・・・・折られる・・・・・・っ!?)

 

エリスは慌てて手を下げ、すぐに頭を下げて点棒を差し出した。

 

この新木桂という人物の前ではどんなイカサマも不可能だ、そう察した。

 

(こ・・・・・・怖い・・・・・・)

 

エリスはもうどんな技も、仕込むことも行うこともできなかった。

 

 

 

それから30分後、空気は一変していた。

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌を倒す新木。

 

{五(ドラ)④⑤⑥99} {横678中中横中} {(ツモ)}

 

「中ドラ1、1000オールの・・・・・・9本付け」

 

チャリッと100点棒が横に積まれる。

 

もはや牌が見えるだけではない、欲しい牌が自分のツモる所にいてくれる。

山を見通した上で打っていることで全てが有効牌に見えるだけか。

 

もしくはこれも「死神の力」か。

 

「・・・・・・八連荘はありか?

 まぁ、ローカルダブル役満を認めてるんだ、当然ありだろう?」

 

新木の言葉に顔を見合わせる億蔵とエリス。

 

信じられない早上がりで、勝負再開から全てこの男の得点だ。

途中エリスのチョンボがあったのでカウント上次に上がれば八連荘となる。

もしここで八連荘を認めてしまうと、彼が親を続ける限り、今後全ての上がりが役満になってしまう。

そうなればこの金額差とはいえ、全てが持って行かれる可能性が無いとは言い切れない。

 

だから、億蔵はそれを認めなかった。

 

「・・・・・・ダメじゃ、八連荘は認めん・・・・・・」

「あっそ」

 

新木は笑って手牌を崩し、牌を混ぜ始めた。

 

 

その選択が将来どんな事態を呼ぶか知らずに、と笑いながら。

 

 

 

タンと牌が倒される。

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌が倒される。

 

{二二四五六②③④④⑤444} {(ツモ)}

 

「タンヤオツモ、2000オールの・・・・・・」

 

チャリッと100点棒を広げ、数を確認させる。

 

「23本付け」

 

「ぐっ・・・うっ・・・・・・!」

 

億蔵が呻き声を上げる。

一向に新木の上がりが終わることは無かった。

延々と、延々と上がりが続く。

 

そう思われたが、ここで琴野が点箱を卓に放り投げた。

 

「・・・・・・トビだ」

 

はっとする億蔵とエリス。

そうだ、トビは終了と言うルール。

これで終わりだ!

大分点数は持っていかれてしまったがもうこれ以上失わなくて済む!

 

「・・・・・・どうやらこれで終わr・・・」

 

エリスが終了を宣言しようとする刹那、ジャラララと琴野の点箱がいっぱいになる。

 

「なっ・・・・・・どういうつもりだ!?」

 

自分の点棒を移したのは、新木。

彼は事もなげに告げた。

 

 

「これで続行だな」

 

 

「て、てめぇ! まだ続ける気か!?

 まだ上がり続けられると思ってんのか!?」

 

琴野はそう叫ぶ。

が、新木は点箱を琴野につき付けると言った。

 

「当然だ。

 まだまだ搾り取る。

 このじいさんからも、メイドからも」

 

そして、琴野と視線を合わせ、笑った。

 

 

「お前からもな」

 

 

 

{五六七⑦⑦中中} {横九七八白横白白} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 白中、2000オールの35本付け」

 

それからも。

 

{四五六⑤⑥22} {横456横二三四} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 タンヤオ三色、1000オールの41本付け」

 

彼の上がりは。

 

{12357發發} {88横8南南横南} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 鳴き混一(バカホン)、1300オールの52本付け」

 

終わることがなかった。

 

{一一八③③446699西西} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 七対子、1600オールの63本付け」

 

 

 

と。

 

ガシャーン!と音を立てて億蔵が卓に倒れた。

エリスがはっとした表情で億蔵に駆け寄る。

 

「主様!」

「む・・・・・・ぐ・・・・・・くぅぅ・・・・・・」

 

億蔵は胸を押さえて苦しんでいる。

 

「っ!」

 

エリスは億蔵を床に寝かせると、新木に告げた。

 

「・・・・・・主様は体調を崩されました。

 すぐに病院に・・・・・・」

 

 

「座れ」

 

 

くいっと、新木はエリスの席を指差した。

 

「なっ! 病人がいるのですよ!? 勝負などしている場合ですか!?」

 

声を荒げるエリスに、新木は告げた。

 

 

「八連荘を認めていれば、もっと早く終わっただろうになぁ・・・・・・。

 

 それから勝負が終わるまでこの部屋から出られないと決めたのはそちらだ。

 

 席につけ。

 

 もし打てないのなら、オールツモ切りで続行だ」

 

新木はそう言って億蔵の後ろの金の山を指差した。

 

 

「その金が尽きるまで、

 

 

 死んでも搾り取る」

 

 

 

ガタッと琴野が席から立ち上がる。

 

その表情は真っ青だ。

 

「い、嫌だ! もうこれ以上お前と打ってなんかいられるか!!」

 

そう叫び、彼は部屋から逃げ去った。

 

「こ、琴野!」

 

エリスが呼び止めるがもういない。

 

 

新木はそんな琴野が出て行ったドアに小さく舌打ちをすると席を立ち、億蔵に近寄る。

その前にエリスが立ちはだかった。

 

「な、何をするつもりですか!? やめなさい!」

 

気丈にも新木と向き合うエリスだが、その表情はやはり真っ青。

 

 

新木は口に銜えていた100点棒をプッと吐きだすと、告げた。

 

 

「で? いくら出すんだ? じいさん」

 

 

 

 

 

ギィと屋敷の扉が開いた。

 

現れたのは血まみれになりながらも不敵な笑みを浮かべ、大金の積まれた台車を押してくる新木。

 

「あ、新木さん!」

 

組員が彼に駆け寄る。

 

「あ、新木さんが出て来たってことは・・・・・・?」

 

笑顔の組員に新木は告げる。

 

 

「ああ、勝ってきた・・・・・・」

 

 

ワァァ!と歓声が上がった。

 

新木は組員たちの喜ぶ姿を見届けて、意識を手放した。

 

 

 

改めてになるが、これは彼が30歳の時の出来事である。

 

 




山が牌画像変換で作れたよ、ちょーめんどくさかったけど。
これで積み込み、イカサマがメインの麻雀ストーリーも書けるね!(

「斬新な事をやってやりたい」なんて考えてシナリオを作っていたものですが、投稿している本人は不安でガクブルです。
フルボッコ上等だ! 掛かって来いよ!(小声


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03新木桂その3 南風と強敵

読者の反応が思ったより柔らかいよ!
あんなに不安でガクブルしていたのに。
こんな読者に恵まれるなんて、私は幸せ者です。

今回あまり時間が取れず、少しダイジェストっぽくなってしまった。
そこだけ申し訳なかったです。


億蔵老人との麻雀に大勝してから新木の名は一層高まった。

金もたんまり手に入ったと言えば手に入ったのだが、あの扉の札束の内ほとんどがただの偽札だったのだ。

どうせ奪われるわけがないと高をくくっていたのだろう。

その上億蔵老人の手術費用や経営している会社の費用などもある。

中には国の経済に大打撃を与えかねない会社もあった為、資金の全てが完全に新木の物になったというわけではない。

それでも大金には変わりないが。

 

そうして最低限の費用だけを残された億蔵に対し、メイドのエリスは変わらず仕えていた。

いい給料を貰っていただろうとは予測がつくし、それが大きく削減されるだろうというのも分かるだろうに、である。

どうやら忠義心はしっかりしていたらしい。

元々賭けの相手は億蔵だったし、新木もあっさりと取り立てから身を引いたので、エリスがどこかに売られてまで金銭を工面する必要が無かったというのもある。

 

 

そしてそれから3年経ち、5年経ち、10年経っても不敗神話はまだ続いていた。

 

その頃にはさすがに裏の麻雀と言うのも規模が縮小し、新木も大々的に活躍することは無くなって行った。

代わりに時折打つ義理絡みの麻雀で、その高いデジタル思考能力が周囲の人間の目を惹くようになる。

 

それ以外では時間もあるし金もあるし、あちこち旅行に出歩くのが趣味になった。

その過程で温泉旅館にハマることになるのだが、まぁそれは置いておく。

 

 

 

「新木さん」

 

いつの間にか、彼を兄貴だの師匠だのと慕う連中が現れた。

別段麻雀を教えているというわけでもないが、困った時には金や人脈を融通している次第である。

街を散歩していた今、話しかけて来た川北もその一人だ。

 

「何だ?」

「新木さん、なんかプロを目指している連中に麻雀の勉強つけてやってるみたいじゃないですか」

 

水臭い、と川北は新木にそう言う。

 

別に勉強を見てやっているわけではない。

周りが彼の打ち筋を見て勝手にあーだこーだ言っているだけである。

さすがに的外れすぎる時には得意のデジタル理論で指摘したりはするが。

 

彼も既に40、粋がって一人で生きていける立場ではない。

仕方なしに始めたことかもしれないが、今や面倒見がいいのも彼の魅力の一つである。

 

「俺も新木さんみたいな麻雀打ちたいです。

 教えてくださいよ」

「お前に終始頭使うような真似できるかよ」

 

ひらひらと手を振って追い払う新木。

しかし追い払われても付きまとう、そんな自称舎弟である。

 

「むー・・・・・・どうしたら教えてもらえますか?」

「・・・・・・そうだな・・・・・・」

 

ふと、近くの雀荘が目に入る。

くいくいっと指で舎弟に近寄って来るように告げる。

 

「一緒に打とうか。

 俺の打ち筋が理解できなかったら、それはもうお前とは打ち方が違うんだ、別の人に教えてもらいな」

「頑張って理解します!」

 

川北は意気込んで雀荘に入って行った。

やれやれ、と新木もそれに続く。

 

 

入った面子は他に見慣れた男が一人と、見慣れない若い男が一人。

若い男は新木の対面だ。

 

「よろしくお願いします」

 

挨拶もしっかりしている。

そうして一同は打ち始めた。

 

 

「リーチ」

 

{北西東83發九北} {横⑨(リーチ)}

 

新木のリーチが入る。

 

「読んでみな」

「むむむ・・・・・・」

 

川北にそう言ってやると彼は考え込む。

やがて。

 

「どう見ても筒子の混一ですね!」

 

ズバッ!と{4}を切り出した。

 

「・・・・・・まぁ、だろうな」

 

ジャラッと手牌を倒す。

 

{三四五②③④(ドラ)256777} {(ロン)}

 

「一発タンヤオドラ2・・・・・・裏1、12000」

「ぐはぁ!」

 

ガターンと川北は倒れ込んだ。

 

「そんな・・・・・・その捨て牌で混一じゃないなんて・・・・・・」

「混一を目指すなら第一打{九}だろう。

 それに字牌を先に整理してから混一狙うって相当偏った配牌とツモだぞ。

 ここは捨て牌の{83}から間四ケンと読むのが正解だったな」

 

点棒を受け取ると簡単に解説を入れて次の局へ進める新木。

川北は不満そうだが、ふむふむと大人しく言う事を聞く。

 

 

そうして危なげなく東場は終わり、南場に入る。

 

 

(・・・・・・む・・・・・・?)

 

 

山を順に確認する。

 

(この流れ・・・・・・)

 

そして新木は、対面の若い男に意識を向ける。

 

手を進めながら、新木は彼を見て笑った。

 

(偶然か? それとも・・・・・・。

 もし本物なら・・・・・・面白い奴だ)

 

「リーチ」

 

今まで鳴くこともろくにしなかった若い男が早い巡目でリーチをかけて来た。

 

{東①二中發九} {横⑧(リーチ)}

 

「むむ、早い・・・・・・とりあえずこれで」

 

川北が切った牌は現物の{⑧}。

それを新木が鳴く。

 

「チー」

「ありゃ、新木さんもですか」

 

困ったなぁと呟く川北。

 

そしてぐるっと回って一巡後。

若者の一発ツモはならず、川北が牌をツモる。

 

「・・・・・・いらね」

 

ペチッと切った{2}。

 

「ロン」

「え!?」

 

若者が上がりを宣言する。

 

{五六七⑤⑥⑥⑥⑦34567}

 

「リーピン三色・・・・・・」

「悪いな、若いの」

 

と、新木も手牌を倒した。

 

{二三四六七八③④⑤2} {横⑧⑥⑦}

 

「頭ハネだ、タンヤオのみ、1300」

「た、助かりました!」

 

ふひぃと川北は新木に点棒を渡す。

 

その後も同様に若者のリーチが何度も入るが、新木はそれを悉く回避し続ける。

 

そして。

 

「ロン、3900(ザンク)

「ぐはっ! トビっす・・・・・・」

 

川北が箱割れして終了となった。

 

「・・・・・・くっ」

 

若者が悔しそうに拳を作っているのが見える。

 

「・・・・・・あんた、名前は?」

 

その言葉に川北が「え?」と声を上げる。

自分達のように勝手に慕っている者は数いるものの、新木の方から人の名前を聞くのは今までになかったからだ。

 

若者は少し黙っていたが、やがて名乗った。

 

 

「・・・・・・プロを目指しています、南浦と申します」

 

 

それはまだ彼がプロでなく、20代の頃の話。

 

 

それから新木はよく南浦と麻雀を打った。

時に多人数で勉強会のように、時に立ち寄った雀荘で真剣勝負のように。

さらには麻雀だけでなく、よく食事も共にした。

 

そんな交流の中で、新木は南浦の力が確かなものだと確信する。

「死神の力」なんてものと同義にするつもりはないが、普通では無い能力めいたものが彼にとって常識になっているのならば、実力差はあれど同じ類の人間と呼べるだろう。

ここまで明確に能力めいたものを発揮した人物に初めてであった事が嬉しかったのか、新木は一層南浦の事を気に入っていた。

 

「・・・・・・何でお前は南場になると流れが良くなるんだろうな。

 不思議だ・・・・・・」

 

新木は酒を片手にタバコをふかしながらそう言う。

が、南浦は南浦で不満気な表情。

 

「私からしてみたら悉く阻止してトップを取り続ける新木さんの方が不思議ですよ」

「南場で強くなる・・・・・・。

 だから南浦って名前なのか?」

「それは既に何年も前から言われ飽きています」

「はっはっはっ」

 

そんな些細なやり取りから、時に麻雀の一打を巡る論争まで、二人は会話を交わした。

それが後の彼がプロになった時に役に立っていたのかどうかは彼しか知らない。

 

 

そんな交流が数年続き、

 

新木はまた一人大物と出会う。

 

 

 

 

 

「・・・・・・済みません、新木さんのお手を煩わせることになるとは・・・・・・」

「構いませんよ」

 

若い頃に世話になった人の頼み、断るわけもなく貰う金も少々。

ただ彼に頼まれて勝つ、それだけだ。

 

今日の勝負は久々の裏。

現金が直接懸かっているわけではないが、収益の権利が懸かっている。

手に入れた後、上手く育てれば大きな金額を生み出す事になるだろう。

 

「この勝負が終われば大分楽できるようになります。

 そうしたら、新木さんにもある程度の謝礼がお渡しできますから」

「別に構いませんのに」

 

金はあるし人脈もある。

いざとなれば本格的に麻雀の勉強会でも開いて月謝を取れば十分稼げるのだ。

気遣いだけ受け取ると行きたいところだが、断るのも気が引ける。

どこか美味い飯屋でも連れて行ってもらおうかと考えながら新木は勝負が行われる雀荘に向かった。

 

 

今日は貸し切り。

いるのは立会人と自分と対戦相手、それとお互いの後ろ盾となっている人たちである。

後ろ盾の人たちは代打ちを雇っている人だったり、新木の場合は面倒を見ている後輩達も来ている。

 

ガチャッと雀荘のドアを開け、途端に新木は顔をしかめる。

 

(・・・・・・この感覚・・・・・・)

 

「死神の力」を手に入れてから時々感じる感覚。

南浦と初めて打った時にもわずかに感じた感覚が、今日は一段と大きい。

 

中に入ると、既に卓に座っている男が一人。

 

「初めまして、新木さん。

 城ヶ崎と申します」

「・・・・・・初めまして」

 

大物か、と新木は笑った。

 

 

 

「では勝負を始めますがその前に一つ」

 

両者が揃ったところで立会人の代表が声を上げる。

その言葉を合図に四人がそれぞれ卓の後ろに立った。

 

「牌譜を取らせて頂きたい」

「牌譜?」

 

手牌、ツモ、捨て牌、それらを全てメモに取る作業。

それを代打ちの場でわざわざやるとは。

 

「理由を聞かせてもらっても?」

 

城ヶ崎が聞くと立会人代表は苦笑いをしながら答えた。

 

「いやなに、名のある方々による対決ですからね。

 取っておけば勉強になるかと思いまして」

 

その返事にククッと新木が笑う。

 

「勉強? 金になるからでしょう」

「ぐっ・・・・・・いや、ははははは」

 

笑って誤魔化すしかない立会人代表。

本当に名のある方々と思っているのなら牌譜を勉強に使うよりオークションにでも売りに出した方が金になるだろう。

既に顔の広い新木だ、その辺りすぐに察した。

城ヶ崎も新木の言葉におやおやと笑う。

 

「もし売るんなら売り上げの一部をくださいよ」

「いやいや、ご勘弁を。

 こんなものよりよっぽど儲けていらっしゃるでしょうに」

 

はっはっは、と笑いが包む。

 

がそれも収まり、それでは、と立会人と共に新木も席に着く。

 

「では始めましょうか」

 

立会人代表もコホンと咳払いをし、真面目な表情になる。

 

 

「ルールは通常通り。

 一発あり、裏ドラ、槓ドラ、槓裏あり。

 赤無し、喰いタン後付けあり。

 半荘5回勝負で3回先取した方を勝利とします。

 

 それと、仮に南四局終了時点で全員が30000点を割っている場合、西入となります。

 西入した場合は西四局まで行います。

 また西四局でも30000点を割っている場合は北入とします。

 北四局が終了したら例え30000点を割っていても終了、その場で点数が100点でも多い方が勝利となります。

 

 立会人の二人はどちらにも肩入れしないよう平等に打たせます。

 もし納得がいかない打牌があった場合は、終了時に告げて頂ければ手を開けてその時の考えを説明させます。

 

 他に何か要求は?」

 

「・・・・・・特には無い」

「大丈夫です」

 

両者納得したところで、試合開始となった。

 

 

 

 

 

1回戦

 

東一局0本場 親・城ヶ崎 ドラ{七}

 

初っ端城ヶ崎の親番、新木は牌こそ見通しているものの、不用意に流れをいじくったりはしなかった。

不要牌をツモることもあるし、敵の有効牌を流したりすることも無かった。

そうして見て分かる、対面城ヶ崎の腕。

 

「リーチ」

 

東一局親のリーチ、大胆なものである。

 

「・・・・・・ふむ、チー」

 

城ヶ崎のリーチを受けて上家の捨て牌を鳴いてツモをずらす新木。

次巡、上家の立会人がツモったのは・・・・・・。

 

(上がり牌・・・・・・見事な引きだな)

 

危険牌、と上家がその牌を手に収める。

上がり牌を流すことに成功したのだ。

が。

 

「ツモ」

 

数巡後、ジャラッと城ヶ崎は手牌を倒した。

 

{五六(ドラ)八九①①④⑤⑥456} {(ツモ)}

 

「平和ツモ三色ドラ1、6000通し」

 

喰いずらしても数巡で引き上がり。

 

(なるほど、強運だ)

 

新木は城ヶ崎の実力をあっさりと認めた。

デジタル打ちとして運は認めがたいところだが、現に何人も同じような人物を見ていてはさすがに認めざるを得ない。

いるのだ、どう流れをいじろうが上がり牌を持ってくる人間と言うのは。

 

だが、彼らを相手にしても負けてこなかった新木である。

当然今回も負けるわけにはいかない。

 

 

「リーチ」

「ポン」

 

城ヶ崎のリーチ宣言牌を鳴く新木。

次巡、ツモってきたのは城ヶ崎の上がり牌である。

実に強運だ。

それを抱え込み、またその後も喰いずらしをして手牌を上がりに持っていく。

 

{(ドラ)④⑤3388} {横456三横三三} {(ロン)}

 

「ロン、タンヤオドラ1、2000の一本付け」

「ふむ」

 

城ヶ崎からのロン上がりが決まった。

互いに顔を合わせ、フッと笑う。

 

こんな勝負も悪くない。

 

 

互いにツモやロンの応酬を繰り返し、南四局(オーラス)で新木37500、城ヶ崎40700となっていた。

点差は3200、極僅かである。

そしてわずかとはいえリードがある城ヶ崎は何でも上がれば勝利であるにもかかわらず。

 

{四五六8999西西西中中中}

 

「リーチ」

 

1000点棒を場に出した。

役無し? いや、手牌を見るに不確定三暗刻だが他にも{中}がある。

ならばダマでも十分のはず、それをわざわざリーチとは。

城ヶ崎の上がりを妨害しつつ手をまとめ、やがて新木は引き上がった。

 

{五七666北北} {横⑧⑥⑦白白横白} {(ツモ)}

 

「ツモ、700(なな)1300(とーさん)

 逆転だな」

 

新木41200、城ヶ崎39000、僅差の逆転である。

 

 

「1回戦は新木さんの勝利です。

 では10分後に2回戦を始めます」

 

ふぅ、と一息つく一同。

 

「・・・・・・残念でした」

 

パタンと手牌を閉じる城ヶ崎に、新木は聞いた。

 

「その手、リーチは必要でしたかな?」

 

む、と城ヶ崎は顔を上げる。

そしてはっはっはと笑った。

 

「ゲン担ぎみたいなものです。

 8000の手を1000点で聴牌したら、上がっても上がらなくても流れが悪くなりそうで」

 

なるほど、と新木は頷いた。

 

今までも似たような事を言う連中はいた。

デジタル思考の新木とは違う、いわゆる流れ主義者と言うやつだ。

先程告げたとおり、確かに喰い流しても上がり牌を持ってくる連中はいた。

が、新木は今まで立ちはだかった彼らを全てデジタル思考と「死神の力」で倒してきたのだ。

負けられない。

 

が、まぁ、確かに。

この城ヶ崎と言う男ならやってのけるかもしれないな、などと思った。

 

 

その予感は実現する。

 

 




「A story」は麻雀に力入れ過ぎた(
でもそこが魅力と言ってくれる方々もいらっしゃるので反省点とは思っていません。
むしろまたもっと頑張らないと。


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04新木桂その4 強敵と遺言

まだより良くできるところが大分ある気がする。
時間が・・・・・・ぐぬぬ。



2回戦

 

東一局0本場 親・城ヶ崎

 

今回の城ヶ崎も配牌、ツモが噛み合い、手が高くなっていく。

 

{二二五八②⑧125西白白中}

 

こんな感じの配牌でも城ヶ崎の手にかかればあっという間。

 

{二二二⑦⑧1225(横5)5白白白}

 

実にたったの6巡である。

三暗刻白ツモで満貫聴牌。

 

「リーチ」

 

リーチと裏ドラが乗れば跳満、倍満まである手である。

 

「チー」

 

当然喰い流す新木。

だが、再び城ヶ崎のツモに上がり牌が。

 

「ポン」

 

喰い流す。

それでもまた、上がり牌。

 

「ポン」

 

喰い流す。

そしてようやく。

 

{七七56} {八横八八44横4横④⑤⑥} {(ツモ)}

 

「ツモ、タンヤオのみ300(三本)500(五本)

 

 

この半荘は同じような展開だった。

城ヶ崎が高い手を張り、新木がそれを苦労して流す。

 

延々と、延々と繰り返す。

 

そして南四局(オーラス)、城ヶ崎は上がれずにリーチ棒も失い続けている状態。

一方新木は局を進める為に多少他人に上がらせてはいるものの、ほとんどの局で上がっている。

 

新木  34300

城ヶ崎 20800

 

点差は開いている。

だが、ここまで城ヶ崎は全ての局で聴牌している。

只事ではない。

南場に流れが良くなる南浦なんてまだ可愛いものである。

 

調子が上がってきている、と言うやつか。

 

新木が苦笑いを浮かべる中、城ヶ崎が牌を横に倒す。

 

「リーチ」

 

{六七八⑤⑥⑧⑧334455}

 

手を見る、裏ドラを見る。

リーチタンピン一盃口裏1はツモれば跳満、ロンならば満貫である。

13500点差は跳満ツモでひっくり返る。

逆にロン上がりなら自分が振らない限り逆転しない。

ならば、と喰いずらして城ヶ崎の上がりを阻止しつつ左右の二人に手を入れ、上がり牌を吐き出させる。

ロンすればその場で逆転不能、敗北決定、それゆえに城ヶ崎も牌を倒さない。

これでフリテンである。

あとはツモられないようにするだけ。

喰いずらし、また時に立会人に牌を喰わせて上がり牌が城ヶ崎に行かないようにする。

 

だがそれでも、どれほど喰いずらしても、上がり牌は城ヶ崎の元に向かう。

 

まいったな、と新木はこぼす。

 

こんなこと初めてだ。

 

ジャラッと手牌を倒したのは城ヶ崎。

 

{六七八⑤⑥⑧⑧334455} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピン一盃口、裏1で跳満。

 逆転ですね」

 

1勝1敗で3回戦突入となった。

 

「・・・・・・珍しいな、新木さんが逆転されるなんて」

 

ざわざわと後ろから声が聞こえる。

ククッと笑ってしまう。

 

アホか、珍しいって。

 

 

この能力を手に入れる前から・・・・・・麻雀人生で初めての経験だよ。

 

 

新木は煙草を取り出して銜えた。

 

気合い入れないと負けちまう。

 

 

 

3回戦

 

それでも、気合いを入れたところで大きくは変わらない。

城ヶ崎は相変わらず何度もリーチを入れるし、新木は凌ぐだけで精いっぱい。

 

そしてこの3回戦、喰いずらしても上がり牌が寄っていき、回避しきれない中で、大物手が入ってしまう。

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌を倒しつつ、城ヶ崎は笑った。

 

「これ上がって逆転されたら、ギブアップしますよ」

 

{二二二九九九①①①③③南南} {(ツモ)}

 

「四暗刻、役満です」

 

結局この局追い上げるも逆転には至らず、城ヶ崎の勝利となる。

 

 

これは・・・・・・やるしかないか・・・・・・。

新木は汗をぬぐうついでに髪をかきあげ、新しい煙草を銜えて火をつけながら覚悟を決めた。

 

億蔵老人との対戦以来使ってこなかった、「死神の力」の全開能力である。

 

 

 

4回戦

 

東一局0本場 親・新木の上家

 

「リーチ」

 

{七八九⑦⑧⑨789東東中中}

 

相変わらず城ヶ崎に手が入る。

 

「チー」

 

相変わらず新木は喰い流す。

が、今回はそれだけではない。

ぐるっと山を見渡せば、彼の上がり牌はまだ山にいくつも残っている。

 

そして「死神の力」を使うのに何の問題も無い事が確認できたから、次巡新木はパタンと手牌を倒すことができる。

 

{六七八④④④3456} {横三四五} {(ツモ)}

 

「ツモ、タンヤオドラ1、500(ゴッ)1000(トー)

 

あっさりと上がる。

散々上がり牌を流しきれずに上がられておきながら、今回急にこの早上がり。

 

(山や手牌を見通すだけではない・・・・・・。

 俺の必要な牌が、そこにいてくれる)

 

これが、本来の「死神の力」!

 

 

新木がこの力を明確に理解したのはいつだったか。

思い返せばあの億蔵老人を倒して大金を得て、色々なところを時間つぶしに旅していた時だったか。

 

 

{七八345白白} {横②③④中横中中} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 中のみ、500オールの1本付け」

 

 

『ねぇ、お兄さん』

 

ああ、今でも思い出すあの人物。

 

『私と麻雀しましょう?』

 

 

{七八九②③④⑥⑦⑧34南南} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 平和、700オールの2本付け」

 

 

年の割に妙に子供っぽくて人懐っこかった人物。

 

名前は何と言ったかな。

 

確か出会ったのは、雪が降り積もっていたあの地だ。

 

機会があったらまた探しに行こう。

 

 

{四六88} {横二三(ドラ)横⑦⑤⑥横867} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 タンヤオドラ1、1000オールの3本付け」

 

 

機会が訪れれば、だが。

 

その時にはそうだな・・・・・・。

 

また麻雀を打とうかな。

 

 

{①②③7999} {横西西西發發横發} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 發チャンタ、1300オールの4本付け」

 

 

そして、東三局新木の親で勝負を終わらせるべく、上がり続ける。

 

 

{⑧⑧⑧666東} {北北北①①①} {(ツモ)}

 

「ツモ、対々。

 八連荘はありですか?」

 

立会人に確認すると、はっとした表情で頷いた。

 

「み、認めています」

「そう、それはよかった。

 なら八連荘、16000オール」

 

チャリッと点棒を差し出しながら、城ヶ崎は苦笑いをする。

その額には汗が浮かんでいるのが見えた。

 

「流れを掴んだかと思ったのですが・・・・・・」

「そう簡単に負けられない立場なもので」

 

笑って返してやる。

 

あちらの陣営からも、「城ヶ崎さんがあの流れで連荘されるなんて初めて見た・・・・・・」などと声が聞こえる。

そうかい、と新木はやはり笑う。

 

こっちがこれだけ追い詰められたのも初めてだよ。

 

そして、4回戦の勝負はあっさりと終わった。

 

{一一二二④④4477南白白} {(ツモ)}

 

「ツモ、七対子。

 九連荘は16000オール」

「トビです」

「お、同じく・・・・・・」

「私もです・・・・・・」

 

ジャラッと山を崩す。

 

「5回戦突入ですね」

 

新木はフッと笑ってやった。

城ヶ崎はきつそうな表情をしながらも、やはり笑った。

 

 

と。

 

「・・・・・・失礼、ちょっとトイレに」

「あ、はい、休憩中ですのでどうぞ」

 

新木はスッと席を立つ。

 

なんだ、この胸の感じ・・・・・・何かがこみ上げてくる・・・・・・。

 

いや、何か・・・・・・熱い・・・・・・熱い!?

 

ぐっ! うぐっ!!?

 

 

「がはぁっ!?」

 

 

洗面所で一人だったのが幸いした。

 

誰にも見られていない。

 

 

その口から血が溢れ出たのを。

 

 

「な、に・・・・・・!?」

 

 

意識が止まりかける。

だがそんなのは許されない。

とっさに水で洗い流し、口も手もゆすぐ。

 

だが何故? 何故突然吐血?

体調が悪かったわけでもないし、病気と診断された覚えも無い。

 

ではなぜ・・・・・・?

 

 

 

「血を吐いて死ぬから」

 

 

 

そう言った女の声が甦る。

確かあれは・・・・・・この力をくれた死神の女。

 

 

「は、はは・・・・・・マジ、だったか・・・・・・」

 

半分夢か何かだったのでは?と思うような出来事だった。

だがこの能力は間違いなくあの時に手に入れたものだ。

そしてこの吐血。

どうやら本当だったようだ、と今更ながら実感する。

 

まぁ、いいさ。

丁度引退を考えていた頃だ。

こんな能力を持ちながら麻雀を引退とは贅沢かもしれないが、ともかく麻雀から離れてゆっくり休もうと思っていたのだ。

その為に色々と話を付けているところもあるし。

 

そうだな。

 

「死ぬにはちょうどいいか・・・・・・ククク・・・・・・」

 

その前に、今日ここにきている世話になった連中や世話をしている奴らに一言残しておいてやってもいいかもしれない。

 

 

 

新木は部屋に戻ると立会人に告げる。

 

「すまない、紙とペンを貰えるかな?」

「紙とペン? 構いませんが何故?」

「なぁに」

 

それを受け取りながら新木は笑った。

 

「遺書を書く」

 

ざわっと周囲が騒然とする。

が、すぐに川北が笑う。

 

「ははははは、新木さん縁起でもねぇっすよ」

「ん、そうだったか」

 

新木は一緒になって笑いながらさらさらと文章を書いていく。

 

「なに、もし負けたら顔向けできないからな。

 今のうちに何か一言残しておこうと」

「いやいやいや」

「もしもってことがあるからな」

「いやいやいや」

 

川北は取り合わない。

それに合わせて周囲も「なんだ、タチの悪い冗談か」という空気になっている。

 

まぁ、それもいいか。

 

家族を作ったわけでもないし、金は有り余っている。

何か有効活用してもらえるよう信頼できる人間に頼むのもいいだろう。

あ、それから南浦も、プロになるのに資金が必要だったらやってもいい。

 

あっという間に書き終える。

新木はそれを胸ポケットに仕舞い、ペンを返した。

 

「すまんな、時間を取らせてしまった」

「いえ、お構いなく。

 こちらも気分を入れ替えられましたから」

 

新木の言葉に城ヶ崎が笑って返す。

先程までのきつそうな表情は無い。

 

良い勝負になりそうだ。

 

 

「では最終戦、5回戦を始めます」

 

 

 

5回戦

 

親は新木の下家の立会人。

つまりオーラス南四局は新木の親となる。

 

多少のリードは許す。

だが最後に必ず逆転させてもらうぞ。

 

新木はフッと笑う。

 

その笑みの意味を理解しているのか、城ヶ崎はクッと苦笑いを浮かべる。

 

 

 

さぁ、最後の麻雀だ。

 

 

 

東一局0本場 親・新木の下家 ドラ{③}

 

「リーチ」

 

城ヶ崎手牌

 

{(ドラ)③③④⑦⑧⑨555789}

 

捨牌

 

{南發1一} {横八(リーチ)}

 

城ヶ崎のリーチが入る。

相変わらず早い、そして手が高い。

 

「チー」

 

対して新木は上家から{横九七八}と鳴いて喰いずらす。

そして2巡後。

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌を倒すのは新木。

 

{⑦⑧⑨99南南中中中} {横九七八} {(ツモ)}

 

「中チャンタ、500(ゴッ)1000(トー)

 

まずは先制。

互いに顔を合わせて笑い合う。

 

 

 

東二局0本場 親・城ヶ崎 ドラ{4}

 

「リーチ」

 

城ヶ崎 23500

 

{一二三九九①②③⑦⑧⑨13}

 

またしても先制は城ヶ崎。

だが決して上がらせない。

 

「ポン」

 

リーチ宣言牌の{8}を鳴いて喰いずらし、城ヶ崎のツモを奪い取る。

 

必要牌をかき集めて、城ヶ崎の上がり牌を散らして、数巡後にはタァンと牌を卓に叩き付けた。

 

「・・・・・・ツモ」

 

手牌が晒される。

 

{四四22266} {横②②②8横88} {(ツモ)}

 

「タンヤオトイトイ、1300(いちさん)2600(にーろく)

 

 

新木、二局目も制す。

 

その命をかけて。

 

 

 

新木の下家 22700

城ヶ崎   19900

新木の上家 23200

新木    34200

 

 

 

東三局0本場 親・新木の上家 ドラ{二}

 

「リーチ」

 

{(ドラ)二①②③④⑤⑥⑦⑧⑨67}

 

手が衰えることを知らないのか、相変わらず城ヶ崎の先制リーチが入る。

手はやはりドラが絡んで跳満確定。

恐ろしいね、と新木はチーで喰いずらす。

 

{二三⑤⑥⑦北北白白白} {横八六七} {(ツモ)}

 

「ツモ、白のみ、300(三本)500(五本)

 

 

 

東四局0本場 親・新木 {四}

 

そしていよいよ、巨大な流れが押し寄せる。

 

「リーチ」

 

城ヶ崎 18600

 

{二二二三(ドラ)五4456南南南}

 

城ヶ崎のリーチが入る。

一発ツモに寝ているのは上がり牌の{4}。

裏ドラ表示牌は{一}なので裏3が確定。

今まで同様に喰いずらそうとして新木の手が止まった。

 

喰いずらした後の城ヶ崎のツモは、手で暗刻になっている{南}。

左右二人の手牌を見るが喰いずらせるのはそれだけ、追加で二人に鳴かせることはできない。

 

そして嶺上牌にも上がり牌{7}。

更に槓ドラ表示牌が{東}、槓裏{表示牌が一}。

つまり喰いずらしたら城ヶ崎の手はリーヅモ嶺上開花ドラ5裏6という数え役満。

 

そして今回に限って。

 

(・・・・・・ああ、運が悪い・・・・・・)

 

新木には何も出来なかった。

 

喰いずらせない・・・・・・上がり牌を散らせない・・・・・・。

一発ツモが一番安いとは・・・・・・。

 

新木は何もせずそのまま安牌を切るしかできない。

 

「一発ツモ」

 

当然のように城ヶ崎が手牌を倒す。

 

「ドラ1、裏・・・・・・3。

 跳満です」

 

 

城ヶ崎に点棒を渡した瞬間、また胸の奥からこみ上げてくるものがある。

 

あぁ・・・・・・終わりが近いな。

 

新木は一人笑った。

 

 

新木の下家 19400

城ヶ崎   30600

新木の上家 19700

新木    30300

 

 

 

南一局0本場 親・新木の下家 ドラ{二}

 

「リーチ」

 

またしても城ヶ崎のリーチ。

今度はどうあがいても喰いずらせない。

そして誰かに鳴かせることもできない。

またしても何も出来ない。

 

これが完成した流れと言うものか。

 

{六七八④④④⑤⑥⑦⑧678} {(ツモ)}

 

「一発ツモ、タンピン三色、跳満」

 

 

新木の下家 13400

城ヶ崎   42600

新木の上家 16700

新木    27300

 

 

 

南二局0本場 親・城ヶ崎

 

ここまで流れの良い城ヶ崎が迎えた親。

しかも点差は15300点。

ここはツモ上がりでもして大きく点数を削らなければならない場面。

 

だが、ここで新木の下家の残り点数が13400、下手に点数を削ると何かのミスで彼が城ヶ崎に振り込んだらトビで終了してしまう。

無理をしてでもロン上がりを狙っていくしか。

ここで、城ヶ崎からロン上がりできる手が入るかどうか。

 

 

「リーチ」

 

{七八九九九111南南南北北}

 

城ヶ崎はやはり先制リーチ。

しかし、先程までとは違う。

安いが注文通りの手牌だ。

 

「ポン」

 

喰いずらしによる一発阻止。

そして今度はこっちの番。

 

「ロン」

 

城ヶ崎の捨てた牌で上がり。

 

{3334567發發發} {2横22} {(ロン)}

 

「發混一、3900(ザンク)

 

肝心要、城ヶ崎の親を流せた。

 

 

新木の下家 13400

城ヶ崎   37700

新木の上家 16700

新木    32200

 

 

 

だが、ここで終わらないのが今の城ヶ崎。

 

 

 

南三局0本場 親・新木の上家

 

「リーチ」

 

城ヶ崎、もはや何度目か不明の跳満リーチ、一発かツモで倍満だ。

そして、ここで一大事である。

 

(下家の手牌・・・・・・次巡に城ヶ崎の上がり牌が溢れる!)

 

残り点数13400の下家が一発で城ヶ崎に振りこんだらその瞬間終わりである。

彼にその上がり牌を抱え込ませるような有効牌をツモらせる事も出来ない。

 

(他に、手は無いのか・・・・・・)

 

「・・・・・・チー」

 

新木は上家の牌を鳴き、一発を阻止。

 

そして、自ら上がり牌を切った。

 

「ロン」

 

当然容赦なく城ヶ崎は手牌を倒す。

 

{②②②③④④④⑤⑤⑥⑦⑧⑨} {(ロン)}

 

「一発もドラも無いですが・・・・・・リーチ清一、跳満」

 

対戦相手への直撃。

しかも跳満。

あまりにも痛すぎる。

 

 

 

南四局0本場 親・新木

 

ここで新木のラス親。

ここで先程のように連荘すれば逆転もある。

 

だが、対戦相手の城ヶ崎は49700。

自分は20200。

そして左右の二人はそれぞれ16700と13400。

城ヶ崎との点差は29500だ。

ツモだけを続けてこの点差を逆転するには、その前に左右の二人、特に下家がトビで終わる可能性が高い。

 

どうすればいい・・・・・・どうしようもないのか・・・・・・。

 

山を積み、チャラっと賽を振ったところで、「あっ」と気がつく。

 

 

「・・・・・・ははっ・・・・・・」

 

 

思わず笑ってしまった。

周囲からも不審な目で見られる。

いかんいかん。

 

 

だがしかし、最後の最後に

 

 

神様か死神か知らんが、

 

 

いかした真似をしてくれるじゃないか。

 

 

まぁ、王道と言うか、ありがちと言うか、

 

 

しかし実際体験するとこんな気分になるとはね。

 

 

 

新木はツモってきた配牌を伏せたまま並べる。

そして最後にツモってきた牌をその横に伏せたまま置く。

 

「・・・・・・? どうされましたか?」

 

城ヶ崎が不審に眺める中、新木は大きく深呼吸をした後に手牌を起こし。

 

 

 

「・・・・・・ツモ・・・・・・」

 

 

 

そのまま倒した。

 

そして最後に伏せておいた牌をピンッとひっくり返す。

 

 

 

{⑦西西8⑤⑥⑦7⑦④二一6} {三}

 

 

 

「天和だ」

 

 

 

歓声が上がった。

 

 

 

新木  68200

城ヶ崎 33700

上家    700

下家  -2600

 

 

 

 

 

「・・・・・・参りました、最後の最後にあなたに運があったとは・・・・・・」

 

城ヶ崎は悔しそうにそう告げ、手を差し出してくる。

新木はそれに応じて握手をする。

 

本当に最後の最後だよ。

フッと笑ってやった。

 

 

そして、胸元から先程書いた手紙を取り出す。

それを川北の前に差し出した。

 

「これ、頼む」

「? さっき書いたやつですか?

 何書いたんです?」

 

川北は不審そうに見ながらもそれを受け取った。

 

そして手紙を受け取ったのを確認すると、新木はフッと笑い、そして。

 

 

 

 

 

「がふっ!」

 

 

 

血を吐いて倒れた。

 

 

 




上がらずともどんどん調子が上がり常時満貫手、後半には常時跳満手。
喰いずらしても上がる、しかもその後ずっと継続。
てるてるなんて可愛いものだよ、実際可愛いし。

追記:「彼女」関係の描写ちょっと変更。


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05志野崎秀介その1 転生と家族

評価、アクセス、感想が増える度にいずれこの話を載せなければならないというプレッシャーをズッシリと感じていたものです。
シナリオ考えてるの俺自身なんですけど(
途中から捻りたくなったけど今更どうしようもって段階だったし。
とうとう原作の時間軸に繋がり・・・・・・あ、まだちょっと微妙か。



新木が気がついた時、そこはまた真っ暗な空間だった。

 

 

「やっほー、おひさ」

 

 

現れた死神も相変わらず逆様だった。

 

 

「まいったねー、最後に天和上がって死ぬとか歴史に名が残るよ。

 ずいぶん目立つ事やってくれたじゃない」

「・・・・・・ってことは、あれはお前がやったわけじゃないのか」

 

ケラケラと笑う死神は新木の言葉に頷く。

 

「あれはあんたが「死神の力」を使ってやったことさ、意識してなかったみたいだけど」

「・・・・・・そうなのか」

 

いっそ奇跡とか言ってくれたらもっと感動したんだがな、と新木は苦笑いを浮かべる。

 

「で・・・・・・やっぱり俺は死んだのか」

「うん、死んだ。

 今度は間違いなくね」

 

くるっと着地する死神。

というか逆様で登場する意味はあるのか。

 

「しかし色々やらかしたねー。

 元々不敗だったけど、「死神の力」を使って尚更無敵。

 大金ゲットしてニートまっしぐら。

 後輩の面倒見はいいし先輩の呼び出しには応じるし。

 麻雀で無敗ってところ以外は自重してるし。

 っていうか遊びで打った時くらい手を抜いてあげなよ」

「断る。

 無敗は無敗でプライドを持っていたからな」

「あー、そうですか」

 

はいはい、と新木の言葉をあっさりと流す死神。

 

「・・・・・・で、最後に接戦した後、天和上がって遺書を舎弟に渡して血を吐いて死ぬ、っと。

 しかもその最後の試合が唯一牌譜を取った試合。

 あー、こりゃ高値がつくね、牌譜」

「・・・・・・参考になる様な打ち方ができた気がしないんだが」

 

新木がそう言うと死神はやれやれと頭をかく。

 

「別に参考にするだけが牌譜じゃないでしょ。

 それに色々屁理屈こねてても、本当に山を見通せるあんたの打ち方なんて参考になるわけないじゃない」

 

やっぱり、と新木もため息をつく。

 

「おまけにあんた、「それ」だけじゃないし。

 あんな能力まで手に入れるなんて予想外にも程があるよ。

 っていうかそもそも、「あんな能力」が存在を許されているなんてびっくりしたよ」

 

そんな死神の言葉に、今度は新木は首を傾げた。

 

「何を言っているんだ?

 死神の力(あれ)はお前がくれたものだろう?」

「「死神の力」ってのは受け取った人間によって変わるのさ。

 あんたよっぽど変な星の元に生まれてるか、神様とか魔王様とかに愛されてるんじゃないの?

 ま、ホントにそんなのに愛されてたら、あたしなんかが介入する隙間は無かったでしょうけど」

「・・・・・・いや、ホントに何言ってるんだ? お前」

「分かんない?

 まぁ、分かんなきゃ分かんないでいいさ。

 あんたは「当たり」を引いた、くらいの気持ちでいればいいよ」

 

それだけ言って死神は話を元に戻す。

 

「しかしまぁ、それはそれとして。

 10年以上無敗だった男の牌譜だよ?

 例えコピーでも・・・・・・まぁ、ボチボチするでしょう」

「いくらだよ」

「予想付かないもん」

 

お互いにそう言い合ってやれやれと首をすくめる。

 

「っていうかさ、今更だけど別に死ぬ必要は無かったんじゃない?

 無敗じゃなくなるかもだけどさ」

「む・・・・・・」

 

死神にそう言われて、本当に今更ながら新木は考え込む。

だがすぐに結論を出した。

 

「・・・・・・いや、なんて言うかな。

 正直少し疲れていたんだと思う。

 麻雀で喰っていく人生に。

 多少旅行を楽しんだりしてリフレッシュはしてたが。

 

 強い相手と戦うのは楽しい。

 だけど・・・・・・この力を手に入れてから、なんだか燃えなくなった。

 だから逆に、あの城ヶ崎と戦った時は本当に楽しかった。

 あのまま死んでもいいと思ったんだ。

 

 臭い言い方だが、死に場所を探していたってやつかな」

 

「ホントに臭いね。

 それで、心残りは無く死ねたのかしら?」

 

死神のそんな言葉に、新木は記憶を辿る。

というか、そんな間もなくすぐに思い至った。

 

 

『私と麻雀しましょう?』

 

 

「・・・・・・あるな」

「バカじゃないの?」

 

ほっとけ、と新木は笑いながらそっぽを向いた。

 

 

 

さて、そろそろ本題に入ろうか。

 

「それで、この後俺はお前に魂を取られるんだろうが。

 取られたらその後どうなるんだ?」

「ん? ああ。

 取ったら別の所に押し込むよ?」

 

何だそれ・・・・・・と新木が怪しげなものを見る目で死神を見る。

実際怪しいし。

 

「まぁ、本当はね? あたしの栄養にしたりとか、魂取って来れなかった成績の悪い死神に売り渡したりしてもいいんだけど」

 

売り渡すって、金になるのか?

 

「でも色々考えた挙句、そして偉い人と相談した挙句」

 

偉い人って誰だ。

大王とかいるのか?

そんな突っ込みを入れる間もなく、死神は「パンパカパーン」と口でファンファーレを奏でた。

 

「おめでとーございまーす!

 あなたは新たな人生を歩めます!

 つまり、転生できると言うわけです!」

 

パチパチパチと死神は自分で拍手をした。

 

 

新木はそんな死神を無視して一人ジャンケンに勤しんでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・はは、楽しいなこれ」

「嘘っ!? そんなのが楽しいの!?

 そして私の話はそんなのよりつまらないの!?

 バカー!!」

 

ブン!と振った大鎌が新木の胴体を直撃した。

 

 

 

「・・・・・・で、転生ってのはなんだ?

 結局俺はこれからどうなるんだ?」

 

新木は死神の鎌の刃に刺さったままぶらーんとしていた。

 

「・・・・・・あんたその状態で苦しくないの?」

「別に、死んでるんだし。

 それより転生について教えてくれ。

 初めての事だから何も分からん」

 

新木の言葉に死神は鎌から新木の胴体を外して床に落とすと、ふーむと考え込む。

 

「転生物の話ならいくらでも読ませて・・・・・・いや、パソコンも携帯も知らないこいつにその概念を教えるところから始めなきゃならなそうだし、それはめんどくさいし・・・・・・」

 

ぶつぶつと考え込んでいる間に新木は起き上がる。

胴体に穴は開いたままだが血は出ないし痛くも無い。

不思議な感覚だ。

やがて死神は新木をビシッと指さし、説明を始めた。

 

「ようするに、あんたは今までの記憶を持ったまま新しく生まれ変わるの」

「一言で済むじゃないか」

 

どんだけ悩んでたんだよ、と言いたげにジト目を向ける新木。

それに対し死神は「文句ある?」と鎌をギラつかせて黙らせる。

黙らされたついでに新木は少し考えてみた。

 

「・・・・・・生まれ変わると言うと・・・・・・またあの麻雀世界を生き抜く人生を送るわけか?」

 

思いついた質問をぶつけてみる。

だが死神はノンノンと指を左右に振った。

 

「あんたが生まれるのは、あんたが育っていた世界よりも未来よ」

「未来?」

「そう、その未来では麻雀人口が増えて、それはもう一般人にも麻雀の大会が中継されるくらいの流行っぷりなのよ!」

 

死神の言葉に、新木はほぅと声を上げる。

 

「何? 嬉しい?」

「ああ、まぁな。

 人生の大部分を捧げた麻雀がそれだけ一般的になってくれれば嬉しいさ」

 

新木は笑顔でそう言う。

その笑顔に今度は死神は「へー」と声を上げた。

 

「あんた、そんな風に笑えるんだね」

「・・・・・・周りに人が集まってくるようになってから大分笑ってたと思うが」

「それとは違う笑いだったよ」

 

そうかね、よく分からんと新木は首を傾げる。

 

「まぁ、いいや。

 じゃあ転生したらまた麻雀人生送りなよ。

 身の回りとか、学校とかにも麻雀できるところあったりするからさ」

「じゃあ子供の頃から麻雀漬けか?」

「そういう人生を送りたきゃね、できるよ」

 

もちろん学業に影響が出ちゃダメだけどね、と死神は笑う。

 

 

「じゃあ、そろそろ行きなさい」

 

ヒュルンと死神が鎌を振ると、真っ黒な空間にドアが現れた。

 

「そのドアを開けると新たな人生の始まりよ」

「・・・・・・分かった」

 

新木はさっさとそのドアに手をかける。

 

「ちょ、本当に行くの? ちょっとはあたしとの別れを惜しんでもいいのよ?」

 

フフンと死神が笑う。

新木はためらわずにドアノブをガチャッと回した。

 

「・・・・・・」

 

いくらか寂しそうな顔をした死神の顔が目に入る。

新木はドアノブを回したまま、しかしドアを開けずに聞いた。

 

「なぁ、俺がいなくなったら、もしかしてお前一人ぼっちなのか?」

 

む、と新木の言葉を意外そうに受け止める死神。

だがあっさりと返事をした。

 

「んにゃ、友達とかいるし。

 さっきも魂を売り渡したりとか言ってたじゃん。

 ちゃんと交流あるよ」

「あっそ、心配して損した」

 

ガチャッとドアを開けた。

 

途端に身体が引き寄せられる。

 

「あは、心配してくれたんだ、ありがとう。

 じゃあ、最後に忠告を一つ」

 

ドアノブを掴む手が滑り、新木はあっという間にドアの向こうに吸いこまれた。

そんな新木に死神は最後の言葉を贈る。

 

 

 

「「死神の力」、使い過ぎるとまた死んじゃうからね。

 注意しなさいよ。

 あ、リンゴジュース飲めば多少軽減されるけど」

 

 

 

ああ、どうやらあれはまだ消えないらしい。

 

そして何故リンゴジュースなんだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

目を覚ましたのは布団の中、起き上がって周囲を探る。

眠っている若い夫婦が左右にいた。

おそらく今の自分の両親。

 

布団から出て部屋を少し探ってみる。

鏡を見つけたので覗き込んでみる。

まぁ、覗き込む前から動きまわる身体の感覚で何となく分かっていたが。

 

身体が縮んでいる。

子供になっちまってるな、と新木は苦笑いする。

 

いや、もう新木ではない。

既に頭の中に新しい人生の知識が流れ込んできている。

そう、自分はもう新木桂ではない。

 

 

俺の名前は。

 

「志野崎・・・・・秀介だ」

 

 

 

それから幼稚園に通い、小学校に通い、ごく普通の人生を進んで行った。

そんな中、あの死神が言っていた事を思い出す。

 

「身の回りとか、学校とかにも麻雀できるところあったりするからさ」

 

それ自体は嬉しいことだと思っていた。

だが、少し度が過ぎているようだ。

 

 

両親が大の麻雀好き。

好き過ぎて小学生の自分に一から麻雀を教えようとしてくる。

知っている事を一から教えられることの何と苦痛な事か。

おまけにこの両親、ただ好きなだけだ。

確率とか牌効率とか、自分の方がよっぽどできる。

かと言ってこんな子供がそれを前面に押し出すわけにもいかない。

下手くそな演技とかただのストレスでしかない。

 

どうしたもんかねぇ、と秀介は頭を抱える毎日を送っている。

 

 

家族は両親と秀介の三人暮らし。

だが、ほとんど家族と言えるほど仲のいいメンバーが他にもいる。

 

一人は隣の家の女の子、いわゆる幼馴染だ。

 

「おはよう、シュウくん」

 

満面の笑みで挨拶してくる隣の家の少女、上埜久。

表向き同い年とはいえ、中身と比較すれば娘か下手したら孫とすら呼べるほど年下の少女だ。

そんな少女にシュウくんと呼ばれることの何と気恥ずかしい事か。

 

まぁ、慕ってくれているのは悪い気はしないし、下手にやめろと言って泣かせるのも気分が悪い。

年齢を重ねれば少女も恥ずかしがって呼び方を変えてくれるだろうと、秀介は気長に待つことにしている。

 

それからもう一人。

よく家に遊びに来る親戚。

 

「よぉ、シュウ、遊びに来たよー」

 

藤田靖子。

麻雀が大好きな高校生のお姉さんである。

 

「シュウ、麻雀を教えてあげよう」

 

靖子姉さんはそう言うなり秀介を抱えて麻雀卓に着き、秀介の両親と共に麻雀を教えようとする。

両親に比べればマシだが、まだまだ実践の振るいをかけ足りない理論。

秀介にとって決して為になる話では無い。

まぁ、自分が今の靖子くらいの年頃に同じような理論が自力で作られていたかと思うとそれは少し考えるところではあるが。

 

口には出さないがそんな風に秀介から辛口評価を受けている靖子だが、彼女は「麻雀のプロを目指す!」と意気込んでいる。

その夢は応援してやりたいが、実際麻雀を生業として来た秀介にしてみてもあれはかなりきつかったものだ。

公式のプロである以上直接大金のやり取りをしたり、血生臭いことは関わりない仕事だが、現代となれば他にも選択肢はたくさんあるだろう。

「麻雀でお金稼いで食っていこうなんて、昭和40年くらいの人間の考えですね、おんぷ」と言ってしまったけど許してやって欲しい。

靖子も秀介の頭を抱えてぐりぐりしただけで許してくれたようだし。

 

 

そんな靖子に秀介が感謝していることが一つある。

「ついでに宿題をする」と持ってきた数学の教科書だ。

元々デジタル打ちで確率計算もやっていた秀介、教科書に乗っている数式を見て驚いたものだ。

 

今の時代にはこんな数式があるのか。

自力で計算していた確率もこれに当てはめればあっという間に出るとは。

未来の教育は素晴らしいな、と。

 

いや、元々麻雀と出会ってから勉学とは離れた生活を送っていただけの身。

前世でもやろうと思えばいくらでも勉強のしようはあっただろうが気が乗らずに避けていたのだ。

それを少しばかり後悔した一瞬だった。

 

 

「シュウ! 麻雀を教えて・・・・・・む?」

 

靖子が秀介を呼びにやってくると、秀介は部屋でひたすらにペンを動かしていた。

 

「何してんの?」

 

どうせ落書きでもしてるのだろうな、と思いつつひょっこり覗いてみる。

 

 

ズラーっと書かれた数式が目に入った。

 

 

「・・・・・・シュウ、これ何?」

 

三向聴から有効牌を引く確率、と言いかけて止まる。

そんな計算を小学生がしていたら大騒ぎだ。

 

「アカデミー主演物理化学賞目指すの」

 

と、自分でもわけのわからない事を言って誤魔化す秀介。

その一言で「なんだ、適当か」と靖子は興味を失ってくれたらしい、ファインプレーである。

 

その後すぐに秀介は靖子に抱きかかえられて麻雀卓に連れて行かれるのだが。

 

 

とにかく適当でいいから打とう!と靖子も両親も自動卓を起動させる。

 

それを見た瞬間の秀介の反応を想像してほしい。

 

 

麻雀で10年以上無敗の男。

彼がいた時代には自動卓なんてものは無かった。

いや、あったにはあったのだがまだまだ普及していなかった頃である。

 

あれだけ長い時間を麻雀に費やしてきた男が自動で山が積まれる麻雀卓を見たのである。

 

思わず牌をどかして卓の蓋を開け、中身を分解しようとしたのも仕方ないことであると思って頂きたい。

 

 

半ば無理やりだが、その自動卓で初めて麻雀を打った秀介。

その時抱いた感想は二つである。

 

一つは洗牌(シーパイ)する手間がかからなくていいなと言う事。

多少の偏りはあるもののしっかりと牌を混ぜてくれるし、山も積んでくれるし、実に便利なものである、という感想。

 

 

そしてもう一つ。

 

(なんだかなぁ・・・・・・)

 

そんな事を考えながら秀介は告げる。

 

「・・・・・・ツモ」

 

ジャラッと手牌を倒すのはまだ6巡目。

 

{(ドラ)四五③④⑤33445西西} {(ツモ)}

 

「いくら?」

 

あっさり点数計算ができるのもよく無かろうと靖子に点数計算を任せる。

 

「平和ツモ三色一盃口ドラ1・・・・・・え、えーと、ははは・・・・・・に、2000点かなー?」

 

ひくついた笑いを浮かべる靖子に、秀介は笑顔で告げた。

 

3000(さん)6000(ろく)、下さいな」

「ぐふっ!!」

 

がくっとうなだれる靖子、そして両親。

 

 

 

(・・・・・・手が出せなかった領域が無くなったなぁ)

 

 

どうやら、自分の能力は以前より強くなっているらしい。

 

 

 




アカデミー主演物理化学賞のイメージ画像お待ちしております(

どこかの誰かが咲の時代は2050年だとかって計算出してたのを見て「ゲェーッ!」と思いました。
30年前だろうが40年前だろうが絶対自動卓普及してるじゃん・・・・・・手積みェ・・・・・・。
パラレルワールドという便利な言葉を武器にして突っ走ります。

それはともかく(既に完全に予想されていた)、神様ではないが「転生」。
この要素が大嫌いだとかアレルギーだとか吐き気を催す邪悪だとか言う方は、ここで引き取るのも自由です。
ただそれでもなお続きが気になるという気持ちがあるのならば、また次話にてお待ちしております。


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06上埜久その1 打ち方と実験

今回小難しい話が長々と入っています。
理解できなかったら悪いのは作者の文章力です(



1年程、そんな感じで靖子と両親と共に麻雀を打った秀介。

 

{六七八九九②②③④④白白白} {(ツモ)}

 

「この手は何点か計算してみろ」

 

靖子が用意した手牌を見てあっさりと答えを出す。

 

副底20+{白}暗刻8+カンチャン2+ツモ2=32符は切り上げで40符。

 

「ツモ白一盃口。

 40符3翻は子で5200、親で7700。

 ツモだから子1300(いちさん)2600(にーろく)、親2600オール」

 

その答えに靖子は秀介の頭にポンと手を乗せる。

 

「・・・・・・何て言うか、もう完璧だな」

「教えが良かったので」

「そんなこと微塵も思ってないくせに」

 

そんな軽口を叩き合うくらいには仲がいい。

 

「では次の問題だ」

 

そう言って靖子が問題を出すのは秀介ではなく、その向かいに座る久。

 

{一二三四六七八九333發發} {(ツモ)}

 

「この手、子で何点か計算してみろ」

 

んー、と悩んだ久は指で符を数えながら計算していく。

 

「副底20+カンチャン2+ツモ2+{3}暗刻4=28、切り上げで30。

 役はイッツーツモ。

 イッツーが2役だから、30符3ファンで、えーと・・・・・・1000・2000!」

「答えは正解だ。

 が、{發}対子の2符を忘れているぞ」

「あ、そっか」

 

しまったと慌てる久の頭を撫でる靖子。

やはり仲がいい。

この二人も加えて本当の家族のようだと、秀介は何度でも思う。

 

 

さてそれでは、と靖子が牌を全て自動卓に入れて声を上げる。

 

「また半荘打ってみようか」

 

そう言うといつもどこから湧いてくるのか、「ママが打つわ!」「いや! パパが!」と騒ぎ始める二人が現れるのだが、まぁいい。

 

 

 

秀介、久、靖子、両親のどちらか。

この面子で打つことが良くあるのだが。

何度も打っていると気づくことがある。

 

それは靖子の打ち方だ。

 

靖子は前半から飛ばして行く打ち方を好む。

流れを掴むのが上手いのだ。

だが、その流れを最後まで維持することができない。

その結果。

 

「ロン」

 

{一二三五六七(ドラ)九⑥⑥⑥33} {(ロン)}

 

「リーチ一通ドラ1、8000」

「うぐっ・・・・・・またまくられた・・・・・・」

 

ラストで秀介にまくられて2位、もしくは3位という結果がほとんどとなっている。

 

「・・・・・・何で最後に逆転されるんだろう・・・・・・」

 

がっくりとうなだれる靖子に秀介は言ってやる。

 

「「まくりの王様」とか呼んでもいいよ」

「なんだと」

 

その結果頭をぐりぐりされるのだが、まぁそれは我慢しておこう。

 

「いいだろう」

 

靖子はすぐに元気を取り戻し、秀介に告げた。

 

「なら私は最初にリードを作って逃げ切る、「快速の女王」となってやろうではないか!」

 

ビシッと秀介を指差しながらそう宣言する靖子。

それを見て秀介はやれやれと首を振る。

 

その打ち方があってないから負けるんだろうに。

 

「靖子姉さんも狙ってみれば?」

「何を?」

「ラストのまくり」

 

秀介の言葉に、むむむと考え込む靖子。

そんな打ち方考えたことも無いと言いたげだ。

 

「色々打ち方変えてみればいいじゃない」

 

さり気ないアドバイス。

現在高校生の靖子がこんな年下に言われて聞くかどうかは不明だが。

 

「・・・・・・やってみるか」

 

やる気になってくれたようで結構、と秀介は小さく安堵の息をつく。

 

そんな靖子の出鼻をくじくような真似はしない。

秀介は特に喰いずらしや意地悪な捨牌迷彩もせず、前半に小上がりを何度か、それ以降は流れのままに打ってやった。

すると後半になって靖子が流れを掴み、上がりを重ねるようになる。

上手く行ったようだと秀介が見守る中。

 

「ツモ!」

 

バシッ!と靖子の上がりが炸裂した。

 

{一二三九九①②③北北發發發} {(ツモ)}

 

「發チャンタツモ、満貫で逆転!」

 

見事まくりに成功したのである。

 

「やった! シュウ相手に久々トップだ!」

 

ひゃっほーいとはしゃぐ靖子。

よかったよかったと秀介は温かい目で見守るのだった。

 

傍目には大人げない高校生を見るかのような目に見えたかもしれないが。

 

 

ラストのまくりを狙い始めてから調子が良くなっていく靖子。

そんな感じで靖子の調子が良くなっていくと、それに相対して不機嫌になっていく人物が一人。

久である。

この年で秀介の両親よりは強いのでラスは引かない。

それはいいのだが、今まで靖子がラストに点を取られて3位と言う時に何とか2位に残っていた久、靖子が安定して強くなって秀介も上位を譲らないとなると、必然万年3位に転落である。

まだ仕方ないと割り切れる年齢ではない。

 

ならば、と秀介は次に久に助けを送るために画策する。

 

ちなみに4位が定位置の両親にはずっとその位置でいてもらいたいので放置である。

 

 

「久」

「・・・・・・なに、シュウくん」

 

不機嫌な久に話しかける秀介。

本当に不機嫌そうだが助けないわけにはいかない。

 

「協力して靖子姉さん倒さない?」

 

その言葉に、む?と久の表情が変わる。

 

「最近靖子姉さん調子に乗ってるから。

 俺がサポートするから久が靖子姉さん倒してよ」

「わ、私が?」

 

何やら不安そうな久。

だが秀介はあれこれと丸めこみ、久をやる気にさせる。

 

「うん、やってみる!」

「よし」

 

そうと決まれば、と先程またトップでひゃっほーいとはしゃいでいる靖子に勝負を挑むのであった。

 

 

麻雀と言うのはトップを取るよりもトップを取らせる方が容易い。

自分の点棒をそっくり相手に与えればいいのだから。

 

ましてや自分にはデジタル思考と、「死神の力」がある。

 

自分で上がりを取ることも、靖子から点棒を奪うことも、久に点棒を与えることも容易だ。

 

そんなわけで場を完全に支配し、オーラスである。

トップは親の靖子、2位が秀介、3位に久と言う状況。

靖子はオーラスだけでなく調子が良ければ南三局、はては南二局から上がり始め、オーラスに最速で上がって上がりやめと言う手も使うようになった。

実に成長したものだ、と感心する秀介だったが今回はそうも言っていられない。

 

トップの靖子は好調。

ならばと万年ビリの両親に鳴きを入れさせて喰いずらし、久に有効牌を入れる。

そしてトドメ。

 

「リーチ」

「むっ」

 

秀介のリーチに靖子の表情が曇る。

ここでリーチする以上逆転確定だろう、ツモらせるわけにもいかないし振り込むなどもっての外。

慎重に手を回さざるを得ない。

 

だが残念。

 

{五六七八④[⑤]⑥46777西}

 

秀介のこの手はノーテンリーチである。

 

これで靖子の意識と警戒をこちらに向けさせ、時間を稼いだ上でこれから上がる久に1000点を献上すると言う実に便利な手だ。

 

もっとも人が手牌を見ているところでやったら速攻チョンボだが。

 

「ロン!」

「えっ!?」

 

作戦成功、久が靖子からロン上がりだ。

 

{2234678999南南南} {(ロン)}

 

「南面前混一、8000!」

「り、リー棒入れて逆転・・・・・・ぐはっ!」

 

がくっと靖子は卓に倒れ込んだ。

 

「やったー!」

 

久がトップを取るのは、この面子で打って確か初めてのはずだ。

はしゃぐのも当然だろうし、自分も褒めてやらなければ。

 

と。

 

「・・・・・・ちょっとトイレ」

「・・・・・・いってら・・・・・・」

 

靖子はぐったりと項垂れたまま手を振って見送ってくれる。

 

「お父さん、代わりに入ってもいいよ」

 

秀介はそう言ってリビングを後にした。

後ろから「よーし、パパ張りきっちゃうぞー!」とはしゃぐ声が聞こえたが無視する。

 

 

向かうのはトイレ。

便座の蓋を開けた途端、やはりそれがこみ上げて来た。

 

 

「げほっ!」

 

 

びちゃびちゃ、と便座が真っ赤に染まる。

 

万が一誰かに見られたら大騒ぎだ、こんな子供が血を吐く姿なんて。

 

 

だが何故だ?

これくらいの能力の使用なら普段からちょこちょこしている。

あの死神は「使い過ぎるとまた死んじゃうからね。注意しなさいよ」とは言っていた。

が、血を吐くほど無茶をした記憶は無い。

 

何故だ・・・・・・?

 

 

ふと、その続きの言葉が甦る。

 

「あ、リンゴジュース飲めば多少軽減されるけど」

 

 

・・・・・・・・・・・・。

 

 

「ただいま。

 ジュースあったよね?」

 

リビングに戻り、麻雀に白熱しているメンバーを放っておいて冷蔵庫からリンゴジュースを取り出す。

まさかな、と思いつつ一口飲んだ。

 

嘘みたいに体調が落ち着いていく。

 

「・・・・・・マジで?」

 

そう呟かざるを得ない。

コップ一杯飲み終える頃には完全に元気になっていた。

 

 

「シュウくん・・・・・・靖子さんが手がつけられない・・・・・・」

 

ふと久の声が聞こえる。

様子を見てみると、まくりをやめたのか東場から圧倒的なトップを取っていた。

 

やれやれ、と秀介は大人げない靖子に言う。

 

「靖子姉さん、うちの両親にトップ取らせる練習とかしてみれば?

 プロになったらそういう技術も必要かもしれないよ」

「むむ?」

 

秀介の言葉に靖子は腕を組んで考え込む。

 

「・・・・・・なるほど、何が起こるか分からないからな。

 よし決めた、その挑戦受けてやろう、シュウ」

 

別に挑戦した覚えは無いんだけどと思いつつ、どうやら大人げない靖子姉さんは打ち方を変えてくれるようだ。

よかったと秀介は一人安心する。

 

そんな靖子に久が「がんがん振り込まれてもつまんない・・・・・・」と呟くので、「なら読まれにくい待ちにしてみれば?」と言ってみた。

 

久が悪待ちに目覚めた切っ掛けがそれかどうかは分からない。

 

 

それはそれとして、リンゴジュースを飲むと能力の使用による副作用が落ち着いたのは確かだ。

便利だという言葉と不便だという言葉が同時に頭の中を占める。

そしてさらに、死神に言ってやりたい言葉が浮かんできた。

 

 

何故こんな身体にした。

 

 

 

それから数年、秀介はこの死神の力を使いこなすべく靖子や久と打ったり、時には一人で延々と打ったりした。

 

「死神の力」の能力は二つ。

一つは牌が透けて見えるもの。

これはON、OFFができない代わりにいわゆる代償と言われるものは必要ない。

 

そしてもう一つ。

これはON、OFFができる代わりに何度も発動していると発動後に吐血、軽くても頭痛に見舞われる。

 

欲しいと思った牌をツモったり、不要牌を他者に押し付けたりできるというもの。

 

 

もっというならば、山の牌が入れ替えられるのだ。

 

 

 

新木桂の頃から思っていた事だが、それは実に不思議な光景だった。

山を積んでいるその最中から既に牌が透けて見えるのだ。

自動卓なら山が現れたその時から。

 

例えば山に{東}を見つける。

それを表に返すと確かに間違いなく{東}なのだ。

 

 

そしてここからが、志野崎秀介になってから明確に強力になったと意識したところだ。

 

 

別の場所に今度は{⑥}を見つける。

そしてその牌に意識を向けながら、{1}に変わるようにと強く念じる。

するとその瞬間、その牌は{⑥から1}に変わる。

同時に別の場所に存在する{1が⑥}に変わるのだ。

それをツモると間違いなくそれは{1}。

 

そして最後にその牌を元に戻し、{九}に変われと念じる。

だが今度はその牌は変わらず、表にしても{1}のままだ。

 

この不思議な現象について、デジタル思考の先駆者と呼ばれた思考で考え続けていた。

そんなある日、一冊の難しい本から一つの理論を見つける。

量子力学、異なる二つの現象が同時に存在するという重ね合わせ。

 

いわゆる「シュレーディンガーの猫」というやつだ。

 

生きている猫と死んでいる猫、箱の中にいるのはどちらなのか観測するまで不明である。

それは誰かによって観測されるまで、生きている可能性と死んでいる可能性が50%ずつで存在し、「同時に重なり合っている」。

その箱の中には生きている猫と死んでいる猫が同時に存在し、誰かに観測されると同時にどちらか片方が消滅する。

箱の中の猫は生きているし死んでもいるとも言える。

 

それを今の秀介の牌の状態に当てはめてみる。

 

透けて見える{東}は間違いなく{東}であり、ツモったときに別の牌に変わっていたりはしない。

このことから見えている{東}は秀介によって観測されていると言えなくもない。

だがその{東は変われと念じれば別の牌⑥}に容易く姿を変える。

そこからさらに{1、九}へと念じれば、同様に姿を変える。

それは実際に秀介がツモるまでいくらでも変えられる。

ならばそれは透けて見えるとは言っても不確定な事象に入ると言っていいだろう。

さすがに「死神の力」といえども人の手牌や表ドラを入れ替えたりすることはできない。

当然自分の手牌もだ。

それは既に誰かによって観測されているものだから。

 

このことから秀介はこの「死神の力」を、「不確定な領域に干渉する力」だと結論付けた。

 

例えば事故にしろ故意にしろ山の一部が崩れて誰かに牌が観測されたとする。

するともう秀介はその牌に対して「死神の力」を使い、牌を入れ替えることができない。

つまり例えば、これは実験のしようが無いが、他の誰かが牌に印をつけて判別をする「ガン牌」をしていたとする。

そうなるとおそらく秀介には牌の入れ替えを行うことができない。

逆に言えば、秀介が牌の入れ替えが行えないということは、その牌には誰かの手によりガン付けがされているということだ。

もしくは積み込まれたりすり替えられたりした後だということ。

 

新木桂の頃、最初にこの能力を使った時は「欲しい牌がそこにいてくれる」なんて思ったものだが、その頃から無意識下でこの入れ替えに近い事を行っていたのかもしれない。

その後長く麻雀生活を続ける過程で明確にこの能力を意識し、それ以降は自らの意思で牌の入れ替えを行えるようになった。

そう考えるとこの能力は新木桂の頃よりも強くなったというよりは、この自動卓という環境がより能力の使用に適していたのだろう。

手積みというのはアラが出る。

完全に裏返した状態からかき混ぜてもふとした拍子に表になってしまう牌は何牌もあるだろう。

一度見た牌というのは無意識下でいくらか記憶しているもの。

だからこそ、入れ替えたりできない牌も存在した。

特に城ヶ崎との対決時はそれがピンポイントで城ヶ崎のツモと重なったりして入れ替えられず、とんでもなく苦戦したものだ。

それこそ勝利と引き換えに命を失うほどに。

 

だが自動卓は違う。

各局の決着後、卓の中に牌を入れてかき混ぜ、山を完成させて下からせり上げるという仕組みになっている。

つまり牌が姿を消してからせり上がってくるまでの間は、誰にも観測されていない状態となるわけだ。

もはや入れ替えができない牌は存在しなくなる。

当初能力が強くなったと勘違いしたのも無理は無い。

 

更に疑問を重ねてみる。

ならばガン牌に対して秀介は何も出来ないのか?

これも実験のしようが無いが、一つだけ可能性がある。

 

先程も告げたように、自動卓の場合は牌が姿を消してからせり上がってくるまでの間、誰にも観測されていない状態となるわけだ。

ましてや通常自動卓は二組の牌を交互に使用するようになっている。

観測されていない時間は長い。

その状態から既に特定の場所に特定の牌が来るようにと念じていれば、山が観測されてから牌を入れ替える必要も無くなるのではないか。

配牌やドラというものは賽の目によって決まる。

さすがにそこに干渉するような能力は持ち合わせていないので、秀介に配牌をいじることはできない。

いじるとしても賽の目が出次第すぐに能力を使用しなければならない。

咄嗟に能力を使うというのは平常時に使うよりも身体への負担が大きい、なので秀介としても控えたいところ。

だがツモは別だ。

例えば自分が親の時、鳴きが入らなければ自分がツモる牌は自分の目の前の上山の偶数列の牌と決まっている。

南家なら下山奇数列、西なら上山の奇数列だ。

対面も同様。

上家、下家は奇数と偶数が入れ替わる。

故にその列に自分が欲しい牌をあらかじめ仕込んでおけば、例えガン牌が相手であろうとも有利な勝負を行うことができる。

 

もっとも一度それを実際に行ってみたところ、勝負の途中にもかかわらず視界がぐらりと揺れるほど具合が悪くなった。

即座にリンゴジュースを摂取したが、それでも抑えきれずトイレに駆け込むことになった。

おかげで吐血の瞬間は誰にも見られなかったが、これはかなり自分に負担をかけるようだ。

残念ながらその局は代わりに入った親が勝手に進めて行ったので、結局のところ仕込みが成功したのかどうかは不明。

体調が悪くなるほどの代償を支払ったからと言って成功したとは限らない。

発動条件を満たしていない、意味のない能力に無駄な代償を支払ったという可能性もある。

 

同様に家に誰もいない日に、実験が成功したのかどうか分かりやすいように自分の目の前の山の牌を全て萬子にしてみようとしたこともある。

その時も同様に吐血、それに加えて激しい頭痛でその後ろくに身動きが取れなくなってしまった。

何とかトイレに駆け込んだので卓や床を汚すことは無かったが、家に一人でいるタイミングでなかったら即座に救急車を呼ばれていた事だろう。

それでも何とか頑張って卓まで這って戻って積み込んだ山を確認してみたが、山は萬子に染まりきっていなかった。

半分くらいは染まっていたのでおそらくそれくらいが秀介が入れ替えができる牌数の限界なのだろうと結論付けている。

もっとも何度かに分けて時間をかけて行えばできなくはないので、「一度に」入れ替えできる牌の数の限度だろうが。

 

自分の限度を見極める為に中々無茶をしたものである。

リンゴジュースが無ければ子供の頃から入院、通院生活を送る事になっていたかもしれない。

新木桂の頃にはできなかった事だ。

おかげでかなり明確に能力を知ることができた、その点に関してはこんな体質にした事を死神に感謝をしてもいい。

 

 

そうして自分の能力に対して様々な実験を終わらせた後、秀介は椅子の背にもたれかかる。

まだ子供なのでタバコは吸えない。

ヘビースモーカーだった彼にとって中々きついことだが、代わりに100点棒を取り出して銜えることで形だけでも取り繕う。

煙は混じっていないが、フーと息を吐いて秀介は思いを馳せる。

 

(死神・・・・・・)

 

前回の人生で二度だけ会ったあの死神を名乗る女。

彼女を思い浮かべ秀介は、ははっと声をあげた。

 

 

 

「なるほど、やっぱりお前は死神だ」

 

 

 




天使ではない。
はてさて、この能力に対する感想はどうなることやら。


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07上埜久その2 出会いと事件

秀介の能力の危険度認識が低かったことが作者の中で意外。
色々それっぽい描写してたのに、冗談っぽく(
それでいて「A story」の段階で転生とかヤク・・・なんとかまで当てたりするから読者怖いわー(棒
これもネット小説、しかも連載中しか味わえない楽しみですね。
後の展開や伏線に関わる突っ込みされるのは本当にドキッとしますけど。



年は進み、秀介も久も中学三年生になっていた。

靖子は大学を出て実業団で活躍後プロになったと聞いたが、未だに家に遊びに来て麻雀を打っている。

暇なのかとか言ってはいけない。

秀介は靖子に「お前に安定して勝てるようになるまで通う!」とビシッと指をさして言われた身であるが、たまに手抜きをする時以外は靖子を蹴散らして追い返している。

「牌入れ替え」の能力は使っても少しだけ、そのせいで体調を崩すようなバカな真似はしない。

後はちょっとした挙動や言葉から靖子の考えを誘導して振り込ませたり下ろしたりしているのだ。

麻雀歴の差から来る心理戦のようなもの、プロに成り立てくらいのレベルが相手では彼の敵では無い。

そして手抜きする時以外は100点棒をタバコのように銜えるのを癖にしていたところ、今では秀介がその癖を出す度に顔色を変えるくらいになってしまった。

その内雑誌か何かに載った時に「打つ度に負けている奴がいる」とか言い出したりしないか不安である。

しかし負けた時のあの魂の抜けたような表情が何となく見ていて笑えるので止められない。

 

 

そんな話はさておき、卒業を控えた中学三年である。

小学校のクラブ活動から既に存在していたので覚悟はしていたのだが、この中学校にも麻雀部と言うものがあった。

秀介も久も当然のように部活に所属している。

 

が。

 

「シュウ!」

 

帰り道、呼び止められて振り向く秀介。

呼び止めたのは幼馴染、久である。

いつの頃からか呼び方から「くん」が抜けていた。

初めてそれを聞いた時には肩の荷が下りたような安堵を感じた秀介であった。

それはいいとして。

 

「どうした? 久」

「どうしたじゃないでしょ!」

 

ビシッと指さして正面から文句を言う久。

後ろをついてきていた子供の頃の可愛い姿もどこへやら、だ。

 

「今日も手抜きしたでしょ。

 あんたの実力があんなもんじゃないってことくらい知ってるんだからね!」

「はいはい」

「流すなー!」

 

しっしっと手を振って追い払おうとする秀介になおも喰いつく久。

やれやれ、と秀介は真剣な表情で言ってやった。

 

「・・・・・・俺だって本気を出したいと思っている。

 だがな・・・・・・それはできないんだ」

 

その表情と口調に押されたのか、久が心配そうな表情に変わる。

 

「ど、どうして・・・・・・?」

「それはな・・・・・・俺は・・・・・・全力を出すと・・・・・・」

 

額に汗まで浮かべて、秀介は久に向かって言った。

 

「5リットルの血を吐いて死んでしまう身体になってしまったんだ」

「嘘おっしゃい」

 

ビシッと頭を叩かれる。

半分くらい本当の事だというのに。

 

「そんなの見たことないわ。

 いつもけろっとした顔で連勝してるくせに」

「そりゃ、見えるところで血を吐いたら大騒ぎだし」

 

事もなげにそう言う秀介に、久はぐぬぬと悔しそうな表情をする。

 

「大体家でヤスコと打つ時だって良いように弄んでおいて。

 あれで全力じゃないって言うの?」

 

秀介を呼び捨てにするのと同時期くらいに久は靖子からもさん付けを取っていた。

何故かはわからないがおかげで年上の威厳大幅ダウンである。

それはそれとして、久の言葉に秀介は何かを掴むような仕草をした後にそれをくいっと捻った。

 

「・・・・・・赤子の手を捻る程度・・・・・・ってこと?

 成り立てとはいえあれでもプロなのよ?

 そんな簡単に捻っておいて本気じゃないとか、本人聞いたら泣くわよ?」

「・・・・・・あの人を泣かせたくは無い、だから黙っているんだ・・・・・・」

「とりあえずあんたは今黙りなさい」

 

真剣な表情だったと言うのに胡散臭そうに迎撃される。

昔はコロッと騙されてくれたのにいつからこんなにやさぐれてしまったのか、と秀介は過去に思いをはせる。

当然のように、毎回こうしてからかっているせいなのだがそれを自覚しているのかいないのか。

おそらくしている上でわざとそういう態度をとっている。

 

「大会も近いのよ?

 中学最後の大会くらい、全力で挑んでみなさいよ」

「・・・・・・あんまり有名になるのは嫌なんだよ」

 

麻雀漬けの人生を送っておきながら有名になるのが嫌だとは、それが我がままだと言うのは分かっている。

だが常に全力を強いられるような戦いに身を置くことになった時、自分の命がどこまで持つのかという不安がある。

ましてやかつて自分が裏で現役で戦っていた頃より麻雀のレベルは上がっているのだ。

新しい人生、まだ中学生だ。

死ぬにはあまりにも早い、早すぎる。

 

が、そんな事を久に言ったところで「はいはい」と流されるに決まっている。

だから、いつしか秀介は不真面目キャラとしての地位を確立して行ったのだった。

 

ぎゃーぎゃー声を上げる久を宥め、時々からかいながら帰路に着く。

それが秀介と久の日常だった。

 

 

 

そんな日々を送っての中学生麻雀県大会である。

男子にも人気のある女子代表の久が秀介を猛烈にプッシュしたものの、人前でそんな実力を見せた事のない秀介を団体戦のメンバーにと言うのは誰も認めなかった。

久は悔しそうにしつつ秀介に八つ当たりをしていたものだが、「個人で頑張るよ」と言う言葉に小さく頷くのだった。

 

そうしてまずは団体戦、女子も男子も順調に勝ち抜いていく。

 

 

その対戦の最中、新たな出会いが訪れる。

 

 

試合の行われるフロア、その卓に久が向かうと、既に座っているのは一人だけ。

どうせなら、と久は彼女に挨拶をした。

 

「初めまして、上埜久よ。

 よろしくね」

 

彼女は少しばかり驚いた表情を浮かべたが、すぐに席から立ち上がり、久に頭を下げた。

何故か右目を閉ざしたまま。

 

「初めまして、福路美穂子です」

 

これが彼女達の出会い。

 

 

 

東一局0本場 親・久 ドラ{⑨}

 

久配牌

 

{二六③⑧⑧4566東西北白} {發}

 

(・・・・・・微妙な配牌ね)

 

うーむ、と思い悩む久。

まぁ、一応手成りで打って行くしかないか、と{西}から切り出していく。

 

一方北家の美穂子。

 

美穂子配牌

 

{八③④⑦⑨2446(横六)78東發}

 

悪くは無い。

この手なら役牌はいらないだろうと{發}から捨てて行く。

そしてその{發}切りに合わせて、次巡西家からも{發がこぼれる。}

 

({發}が早くも・・・・・・)

 

ふむ、と久は自分の手牌に目を落とす。

 

{二四六③⑧⑧4566(横④)東白發}

 

(・・・・・・よし)

 

{白}を切り出した。

 

そして。

 

「リーチ!」

 

8巡目、予想外に久がリーチをかけた。

 

久捨牌

 

{西北白東二⑧6} {横③(リーチ)}

 

美穂子手牌

 

{六六八③④⑤⑦34(横六)4678}

 

まだ情報は少なく右目は開けていないが、それでも捨て牌からある程度手を読む。

 

(牌は全て手出し。

 前半の字牌はいいとして、後半の牌の切り方。

 特に筒子{⑧③}切り)

 

こう言う時、仮説で手格好を思い浮かべ、そこから切り出しを当てはめて手を推測していく方法がある。

美穂子もそれにならって手を想像してみる。

 

(間四ケン、{③⑤⑥⑧という形から⑧③切っての④-⑦待ち}、そう考えるのが普通。

 でもそれならもっと早くに切り出されていてもおかしく無い。

 

 例えば{③④⑤⑥⑦⑧の形から⑧③切り}、これは既に面子として成り立っているからあり得ない。

 逆にそれにいくらか牌を加えた{③④⑤⑥⑦⑧⑧(ドラ)}、こう言う形ならありうる。

 ここから{⑧③を切り出して④⑤⑥⑦⑧(ドラ)}という手格好。

 筒子は完成していて他の所での待ち、ありえるわ)

 

ここまではよし。

だがまだ問題がある。

 

(何故{⑧(ドラ)切っての③④⑤⑥⑦⑧ではなく、⑧③切りで④⑤⑥⑦⑧(ドラ)}の形にしたのか。

 タンヤオを捨ててこの面子を成り立たせなければならなかった理由。

 ドラを組み込みたかった、なんてこともあるかもしれないけれど)

 

そこまでたどり着けば結論はわりとすぐに出た。

美穂子は自信ありげに断定する。

 

(手が三色だからってことかしら。

 {⑥を切って③④⑤⑦⑧(ドラ)}にするという手もあった事を考えれば、おそらく456が固定、その三色なのね。

 そう考えればリーチ前の{6切りも、566}辺りからの切り出しと考えれば{4-7}待ちと考えられる)

 

美穂子は手から{⑦}を切り出して久の様子を見る。

そこまで推測しておきながら、しかしまだおかしな点がある、と。

 

(その推測で間違いないと思うんだけど・・・・・・。

 でも三色で決め打ちしていたのなら{6}なんてさっさと切ってしまってもおかしくないと思うわ。

 それに捨て牌が{6⑧③}や{⑧③6}ではなく{⑧6③}になっているのも気になる・・・・・・)

 

麻雀とは上がりを目指す為、手牌から「何を切るか」を選択していくゲームだ。

極論、初心者とプロが同じ手牌、同じツモで打っても最終的な上がり形に大きな差は出ないだろう。

ならばそこから上がり牌を逃さないように受け入れを広くしたり、逆に決め打ちしたり。

あるいは牌の受け入れを想定し忘れて必要牌を先に切ってしまったり。

ともかく牌を切る順番には必ず理由がある。

久の捨て方{⑧6③}にも何か理由があるはずだ。

 

(・・・・・・ちょっとこの時点では分からないわね。

 三色手ってところに間違いは無いと思うんだけど・・・・・・)

 

次巡、美穂子がツモってきたのは{發}。

自分の捨て牌に一つと上家の捨て牌にも一つ、これで3枚目だ。

無駄ヅモ、と美穂子はそれを切り捨てた。

鳴かれる心配は無いし、ましてや上がりとなれば地獄単騎しかない。

そんなことはあり得ない、と。

 

「ロン、よ」

「・・・・・・え?」

 

あり得ないと判断すれば、それが手牌から捨てる理由になる。

そして悪待ちの彼女がそこで狙う理由にもなる。

 

地獄単騎はあり得ないから捨てる、そう思った、と。

 

{四五六④⑤⑥⑦⑧(ドラ)456發} {(ロン)}

 

「リーチ三色ドラ1」

 

裏ドラ表示牌は{白}、すなわち。

 

「裏2で18000(親ッパネ)!」

 

(そんな!?)

 

初っ端から跳満振り込み、それも読みを外された上でだ。

思わず俯きかける。

そんな待ちはあり得ない、と。

 

その手牌なら{③を抱えておけば③④⑤⑥⑦⑧⑨となり、③-⑥-⑨}の三面張。

{6を抱えておいて4566の3-6}待ち、など受けを広く構えられたというのに。

もっとも三色になるのはそれぞれ{③と6しか}無いが。

 

逆にいえば単騎上がり狙いで{發を抑えていたせいで捨て牌の切り方が⑧6③になったのか。}

{③④⑤⑥⑦⑧⑨}の三面張と{發}単騎で天秤にかけていたからこそ、{⑧6を切ってその辺りの面子を確定、最後に③}切りでリーチと来たのだろう。

 

東初の親ならまずは点数よりも確実に上がりを、と美穂子は考えていたが、彼女の考え方は違うようだ。

初っ端から三色決め打ち、しかも地獄単騎。

 

ある意味、デジタル等の思想に縛られない自由な打ち手。

それでいて、と美穂子は久に視線を向ける。

 

牌を卓に入れ、賽を回し、配牌を取っていく。

そんな姿を見て美穂子は思った。

 

(・・・・・・麻雀を打つのが楽しそう・・・・・・)

 

自分はそんな風に麻雀を打った事があっただろうか?

 

 

 

東一局1本場 親・久 ドラ{七}

 

美穂子配牌

 

{一四五(ドラ)[⑤]⑦⑧⑧3(横1)499東}

 

第一ツモは{1}。

まずこの手をどう進めようかと考える。

ドラも赤もあるが面子に組み込むには{六や⑥}を引かなければならない。

少し厳しいか。

一先ずツモの流れを見てみようと、{1}はそのままツモ切りした。

 

そして9巡目。

 

「リーチです」

 

南家の女子からリーチがかかる。

 

捨牌

 

{北①八北1⑨9④} {横3(リーチ)}

 

この時点で美穂子の手牌はこの形。

 

{四五(ドラ)④[⑤]⑦⑧⑧23499}

 

ちょっと手が遅い。

仮にこの手で上がりを目指すなら{⑧}はまだしも、おそらく{(ドラ)}も切らなければならないだろう。

今更それはきつい。

仮にドラが手に組み込める{六}を引いたとしても、ドラスジの{四}も切りにくい。

だからと言って他の面子や頭を崩すというわけにもいくまい。

 

(・・・・・・この手は降りね)

 

ツモってきたのはラス牌の{中}、そのまま捨てる。

そして直後。

 

「通らば、リーチよ」

 

久の捨て牌が曲がった。

思わず久の捨て牌に目を向ける。

 

{一南中1①③[五]西⑥} {横九(リーチ)}

 

{[五]}切ってのリーチ、一体どんな手を狙っているのか。

一色手では無さそうだし、三色も無さそうに見える。

普通に平和手か、もしくは七対子だろうか。

リーチで張り合う以上形はよく手も高いのだろう。

少なくとも単騎待ちの七対子では無いか。

 

(・・・・・・でも果たしてその手、上がれるでしょうか?)

 

ちらっと南家に目を向ける美穂子。

実は南家の手は第一打の時点から予測していたのだ。

 

南家は最初にツモった牌を自分の手の右端に加え、その3つ隣の{北}を切り出した。

南家が綺麗に手を並べていた場合、{北より外側に来るのは白發中}のいずれか。

{中は既に枯れているので白か發}、それが暗刻になっていると予測できる。

その上でリーチとくればおそらく待ちは好形、両面か三面張だろう。

リーチ發ツモは手格好にもよるが3900から5200。

赤、裏ドラ、一発があれば7700か満貫。

一本場なのでいずれにしろ8000以上だ。

 

対して久の手はそれに向かって行くに値する点数があるのだろうか。

 

東一局目から分けのわからない上がりをされたし、様子見をしてみる必要があるだろう。

美穂子は完全にベタ降りを選択する。

 

そして3巡後。

 

「ツモよ」

 

ジャララララと久の手牌が倒された。

 

{六六八九⑦⑧⑨34[5]789} {(ドラツモ)}

 

「リーヅモ三色ドラ赤、裏無しで6100オールよ」

 

ペンチャンドラ待ち!?

南家の子も「そんな待ちで向かってきたの!?」と言いたげに表情を歪めて手牌を晒す。

 

{二三四五六55777發發發}

 

やはり役牌暗刻ありの三面張。

三色手とはいえペンチャンドラ待ちが向かって行っていい手牌ではない。

 

(この人・・・・・・!)

 

これを読み切った上で突っかかって行ったのか、それともただの無鉄砲なのか。

 

そんな待ちでもなければまともに上がりをとれないような強者と相対してきたのか。

 

何にしても警戒が必要だ。

悪待ちをして来るというのなら、それを想定して動けばいいだけの事。

 

必ず読み切る。

この右目にかけて。

 

 

 

だがそんな美穂子の誓いはあっさりと空回りする。

 

一先ず美穂子が上がりを取って久の親を流したのはいいものの、悪待ちを警戒していると途端に普通の平和手を上がってくるのだ。

待ちも普通なら回避できたであろう裏スジ。

振り込んでしまう事もあるし、ツモで点数を削られる事もある。

とっさに狙いを他家に変えて上がりを取りなんとか2位になれたものの、トップの久相手に2万点以上差をつけられて終了となった。

 

「ありがとうございました」

 

久はただ一人悠々と挨拶をした。

他の二人も挨拶こそしたものの、落ち込んだ様子でフロアを後にしていた。

 

美穂子は席から立ち上がったものの、未だその場所から離れられずにいる。

 

自分の読みに自信を持っていた。

麻雀の強さに自信を持っていた。

 

その自信が今、砕かれた。

たった一人の少女によって。

 

その事実に少女は右目を伏せる事も忘れ、少女に見入っていた。

 

不意に久と目が合う。

 

「あら」

 

フッと微笑みかけられた。

 

「あなたの右目・・・・・・」

 

その言葉に美穂子はとっさに目を隠す。

色が違うこの青い瞳。

時にいじめに遭うこともあった右目(これ)を、彼女は何と言うだろうか。

 

 

「綺麗ね」

 

 

初対面でそんな事を言われたのは初めてだった。

 

それが嬉しくて、何だかドキドキしてしまって。

 

だから美穂子は、その後久が何を言いたかったのかよく分からなかった。

 

ただ、次に会ったらその答えを聞こうと心に決めた。

 

 

 

 

 

そして2回戦が終わり、男子は敗退したが女子はまだ勝っており、明日は3回戦だ。

そう、次の日も当然試合がある。

 

にもかかわらず、久が突然「急用がある」とだけ告げて帰ったと言うのだ。

 

「志野崎、お前何か詳しい話を知らないか?」

「いえ、何も聞いていません」

 

コーチに聞かれてもそう返さざるを得ない。

何かあったのか? 一体何が?

 

男子は既に明日試合が無いということもあり、秀介はとりあえず家に戻り後日の個人戦に備えて休むようにと言うコーチの指示に従った。

 

 

そんなわけで家に帰る秀介は、ついでに隣の家のインターホンを押してみる。

が、反応は無い。

どうしたものかと思いつつ家に帰るのであった。

 

ふと空を見ると雨が降り出していた。

 

携帯の電話もメールも連絡がない。

こちらからの連絡もむなしいコール音が鳴るばかり、久と通話が繋がる事は無い。

 

何があった、と不安を抱える秀介は自室で考え込む。

考えても分かることではないのだが、それでも何か頭を動かしていないと不安で仕方がない。

 

 

そんな中、家のチャイムが鳴った。

 

誰かを迎えたのは親だったが、すぐに呼ばれた。

 

 

久が来た、と。

 

 

秀介はすぐに玄関に走った。

 

 

そこには雨に全身濡れた久が立ち尽くしていた。

 

 

「久・・・・・・どうした・・・・・・?」

 

 

雨に濡れているだけではない。

 

久は泣いていた。

 

 

 

「シュウ・・・・・・助けて・・・・・・!」

 

 

 




ルビーとサファイヤが同じ石・・・・・・彼女は一体何を言いたかったのだろう?
うむ、全く分からん(

次回から久の苗字が変わった理由についてです。
両親の死別だとか噂は色々ですが、自分は真っ先にこうなんじゃないかなーと思いました、酷い奴です(
タグの「過去捏造」は次回のお話の為にあります。
仮に原作で回収されたとしてもこの物語はパラレルワールドです、目を瞑ってください(


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08上埜久その3 迎撃と講座

今回のお話はのんびりほんわかが魅力の咲に有るまじき「流血描写」「暴力的な表現」「ギャンブル的な表現」「借金的な表現」で溢れています。
いや、今更かもですけど、ご注意ください。
それと人によっては見たことも聞いたことも無い役が飛び出してくるかもしれません、ご注意ください。



久は秀介の胸に飛び込み少しだけ泣いた後、「一緒に来て!」と秀介を引っ張って行こうとした。

濡れたままなのはよくないとタオルで頭を拭いてやり、傘を渡して走っていくことにする。

 

「どこに行くんだ?」

 

秀介がそう聞くと久は言い辛そうに、近くの雀荘の名前を上げた。

 

秀介は両親に「問題事かもしれないから頼れる人に連絡しておいて」と告げ、久と共にその雀荘に向かって走った。

 

 

走りながら、久は何度も秀介に言った。

 

「・・・・・・ごめんなさい、シュウ・・・・・・本当は巻き込みたくなかったの・・・・・・でも・・・・・・他に頼れる人がいないの・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 

秀介はその度に久の頭を撫でてやる。

 

そして道中で、久の話を聞いた。

 

 

 

久の父親は小さな会社を経営しているのだが、最近売上が思わしくなく、再び軌道に乗るまでお金を借りて凌いでいた状態だと言う。

だがそのお金を借りた元が良くなかった。

気づけば説明以上の金利が付けられて借金が膨らみ、おまけに予定よりずっと早い日を期日に指定し、それまでに返せなければ会社を全て乗っ取ると言うのだ。

法的にあり得ないと反論するが、既に身元は割れているし相手は無法者、家や身の回りにどんな危害が及ぶか分からない。

 

そんな中、向こうから出て来た提案が。

 

「・・・・・・麻雀か」

 

秀介は雀荘の前で呟いた。

 

ガチャリ、とドアを開ける。

 

 

 

雀荘真ん中辺り。

いかにもな三人組とそのまた後ろでニヤニヤしている男が一人。

そしてこちらに背を向けている男が一人、彼が久の父親だ。

他に客は誰もいない。

店員らしき姿すら見えない。

完全に彼らのテリトリーというわけか。

 

「・・・・・・急に飛び出したと思ったら、ガキ連れてきてどうしようってんだ」

 

男の一人がそう言う。

秀介はそんな言葉に何の反応も示さず、久の父親の肩を叩いた。

 

「・・・・・・変わりましょう」

 

・・・・・・済まない、と彼は涙を流しながら席を立った。

 

「・・・・・・状況は?」

 

突然の状況に全く動揺を見せない秀介に、男達は笑いながら口を開いた。

 

「今ラストを引いたところだ。

 これからだと・・・・・・5連勝すれば上埜の借金は無かったことになる。

 が、途中一回でも負ければ借金は倍額、上埜の会社も家も、全部俺達のモンになる」

「・・・・・・分かった」

 

秀介は背もたれの無い椅子に座ると、ジャラジャラと自動卓に牌を流し込む。

男達は笑いながらそれを手伝った。

 

「へぇ・・・・・・兄ちゃん、随分落ち着いてるね。

 度胸だけは認めてやるよ」

 

ニヤニヤと笑う男に、秀介は言った。

 

 

「プロが卓について笑うな」

 

 

「・・・・・・てめぇ・・・・・・」

 

男達の表情から笑いが消える。

こんなことを10年以上も続けていた身だ、今更恐怖も何も無い。

それはそうと。

 

「・・・・・・にしても、あれだな」

 

この空気、かつて身を置いていた麻雀勝負(世界)を思い出す。

秀介は点箱から100点棒を取り出し、口に銜えた。

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

「・・・・・・」

 

親となる男が賽を回した後、懐から煙草を取り出した。

 

「・・・・・・吸うか? 坊主」

 

秀介は首を横に振った。

 

「中学生だからな、成人まで待つよ」

 

 

 

東一局0本場 親・秀介の対面

 

「ポン」

 

カシャッと{白}を晒す秀介。

 

「ノミ手かい? もっと腰をすえて打ちなよ」

 

クックックと笑いながら対面の男が牌を切る。

 

「ポン」

「ん?」

 

続いて晒されたのは{中}。

 

「・・・・・・大三元かい、怖いねぇ」

 

下家の男が牌をツモる。

引いてきたのは{發}だ。

 

「・・・・・・チッ」

 

それを手に抱え、手から{②}を切った。

 

「ロン」

「あ? やっぱり安手かい」

 

やれやれと頭をかきながら秀介の手牌を見る。

 

 

{六六③④發發發} {中横中中白白横白} {(ロン)}

 

 

「大三元だ」

「なっ!?」

 

東一局、あっという間の出来事だった。

 

「32000、トビで終了だな」

 

ジャラッと手を崩す秀介。

 

こ、こいつ・・・・・・。

男達の意識が切り替わった。

自動卓だ、イカサマはあり得ないはず・・・・・・。

 

「・・・・・・おい」

 

男の一人が、後ろで休んでいた男に視線を送る。

そしてその耳元でぼそぼそと何かを囁いた。

 

「分かりやした」

 

男は頷いて秀介の後ろに立つ。

 

「・・・・・・何だ?」

「いきなり役満なんてイカサマの可能性があるからな。

 手を見させてもらうぜ」

 

対面の男はそう言って笑う。

そう言いつつ手の進行を教えてもらうつもりなのだろう。

 

くだらない。

 

「好きにしろ」

 

秀介はあっさりと受け入れた。

 

「だ、ダメよ! こいつらは手を・・・・・・」

 

久が声を上げた瞬間、その近くの台がバチン!と爆ぜた。

男の手には鞭のようなものが握られており、それを振るったらしい。

 

「黙ってな、お嬢ちゃん。

 余計な事言うと次はその肌に叩き込むぜ」

「っ!」

 

とっさに身構えて下がる久。

 

「久、下がってろ。

 だからあんたらも久には手を出すな」

 

秀介はそう言った。

男達はへっへっへと笑う。

 

「ナイト気取りかい、格好いいね兄ちゃん」

 

そしてカラララと賽を回し、新たな親を決めるのだった。

 

 

 

東一局0本場 親・秀介の上家

 

親が決まり、配牌を取っていく一同。

が。

秀介は配牌を受け取るとそれを裏向きのまま揃え、確認することなく伏せたままにしていた。

 

「・・・・・・どういうつもりだい、兄ちゃん」

「これで十分だ」

 

意味の分からない返事に男達は首を傾げたが、まぁいいと手を進めて行く。

そして秀介のツモ番。

引いてきた牌を裏向きのまま手牌に加え、裏向きのままの手牌を一枚抜き出して切るのだった。

 

「てめぇ・・・・・・何やってんだ」

 

男がイラッとした表情でそう言う。

 

「普通に摸打(もうだ)してるだけだが」

「バカ言うな、てめぇ今ツモった牌見て無・・・・・・」

 

そこではっと言葉が止まる。

 

「盲牌か」

 

牌を見ず、指で牌の腹(模様がある方)をなぞるだけでその牌がなんであるかを判別することを盲牌と呼ぶ。

男達の表情が変わる。

今時、しかもこんな中学生が盲牌を身につけているとは。

しかも配牌にまでいつの間に行ったのか。

その驚きは久も同様だ。

今まで秀介が盲牌している所なんか一度も見たことがない。

チッと舌打ちしながら男は牌をツモる。

 

「・・・・・・ま、仮に盲牌失敗してても、上がった時にチョンボになるだけだからいいけどな」

 

タン、と{發}を切る。

 

「ポン」

 

ピクッと男達の身体がわずかに反応する。

表向きにされた牌は間違いなく{發}だ。

 

「ちゃんと盲牌はできているようだな・・・・・・」

「・・・・・・今度は何狙ってんだ、緑一色か?」

 

索子は切れないな、とそれ以降捨て牌から索子が消える。

正確には索子の{23468}、緑一色に必要な牌である。

例え索子でもそれ以外の牌が普通に切られているのは、混一程度なら別に構わないと考えているからだろうか。

本当に緑一色狙いだったのか、秀介はそれ以降手牌を入れ替えることはあるが鳴くことはなかった。

 

「へっ、そんな見え見えの手に振るわけにはいかねぇよ、リーチ!」

 

男が{西}を横向きに捨てる。

 

「・・・・・・カン」

「あ?」

 

秀介はジャラッと手牌の一部を表にする。

{西}が三つ。

 

「嶺上開花は責任払いでいいな?」

「・・・・・・上がれる気でいるのか?」

「・・・・・・いいんだな?」

 

秀介の念押しに男は舌打ちした後に言った。

 

「ダメだ、そんなもん無しだ」

「・・・・・・そうか」

 

秀介は嶺上牌をツモる。

タァンと卓に表向きで晒した。

 

「まぁ、同じこと」

 

 

{東東南南北北北} {西横西西西發横發發} {(ツモ)}

 

 

「ツモ、字一色小四喜、16000・32000」

 

「くっ!」

 

あっという間に二連続勝利だ。

 

男はチッと舌打ちした後、秀介に言った。

 

「・・・・・・そうそう、言い忘れてた。

 この局から追加したルールがあるんだわ」

「・・・・・・何だ」

 

 

途端。

 

 

バチン!と言う音と共に秀介の背中が爆ぜた。

 

「ぐああっ!?」

 

振り向くと男の手には先程の鞭が握られている。

 

「これが新ルールだ」

 

男はニヤッと笑い、告げた。

 

「お前が上がる度に、背中に一発こいつを叩きこむ」

「そ、そんなこと・・・・・・!」

 

久が秀介に駆け寄ろうとするが、鞭を持つ男に止められる。

 

「動くなよ」

 

ヒュルン、と鞭が振るわれる。

痛みは無く、久の頬を撫でるように。

ひっ!と声が漏れる。

 

「おいおい、女は傷つけるんじゃねぇよ」

 

ははは、と男達が笑いながら言う。

 

「・・・・・・久・・・・・・下がってろ・・・・・・」

 

秀介は変わらずそう告げた。

 

「で、でも・・・・・・シュウ・・・・・・!」

「・・・・・・いいよ、どうやらこいつら・・・・・・」

 

ジャラッと山を崩しながら秀介は言った。

 

 

「現存する役満、全部喰らいたいらしいからな」

 

 

「言うじゃねぇか」

 

対面の男はそう言うと、秀介の頭を掴む。

 

「次から、手牌伏せるの禁止だ」

 

ククク、と秀介の口から笑い声が漏れた。

 

「上等だ」

 

 

次の試合、カララララ・・・・・・と賽が振られ、秀介の上家が親となった。

 

 

 

東一局0本場 親・秀介の上家

 

配牌

 

{二三七①③⑦⑧⑧34[5]68} {北}

 

中々悪くない配牌ににやりと笑う。

タンピン手は容易、上手くいけば三色まで伸びる。

特に考えるまでも無い、あっさりと男は{北}を捨てた。

 

ジャラララと手牌が倒れる音がする。

 

「ん? 何だ?」

 

{四二⑥三9三7四北⑥⑥8二}

 

見ると秀介の手牌が晒されていた。

 

「・・・・・・おい、どういうつもりだ?

 チョンボにでもして欲しいのか?」

 

そう言う男達に秀介はフッと笑って見せた。

 

そして理牌をした後に告げる。

 

 

{二二三三四四⑥⑥⑥789北} {(ロン)}

 

 

「ロン。

 人和(レンホー)、役満だ」

 

 

「れ、人和だと!?」

 

鳴きの入らない状態で、子が第一ツモをツモるより先に他家の捨て牌でロン上がりする事を人和(レンホー)と呼ぶ。

地和のロン上がりバージョンだ。

しかしローカル役の一種であり、採用していないところも多い。

仮に採用していても役満ではなく満貫止まりだったりすることもある。

故に。

 

「・・・・・・悪いな、うちじゃ人和は採用してねぇんだ」

「だからそれもただの一盃口だ、よっと」

 

ビュンと鞭が振るわれ、再び秀介の背中を直撃した。

 

「ぎっ!!」

 

秀介の口から声が漏れる。

が、すぐに秀介は不敵に笑った。

 

 

次局、秀介が親となる。

クククと笑った。

 

「・・・・・・オーラスだな」

 

「はぁ? どうした? 怖くて頭フリーズしちまったか?」

 

男は秀介の言葉にニヤッと笑った。

 

 

その言葉の意味を、これから知ることになる。

 

 

 

東二局0本場 親・秀介

 

「ポン」

 

秀介は3巡で{中}を鳴く。

{中}ポン? また大三元か、字一色か。

男達は警戒しつつ手を進める。

が。

 

「・・・・・・ポンだ」

 

続いて{5}を晒す。

{中と5}をポン?

ただの対々か混一か、いずれにしてもこの二牌を使った役満は無いはず。

秀介の後ろの男からのサインも役満ではないと告げている。

 

「どうやら役満は諦めたみてぇだな」

 

男達はもう問題視する必要はなさそうだと手を進めて行く。

が。

秀介がツモってきた牌が手から零れ落ち、コロンと表向きになる。

力が抜けて落としたか、と思いきやそうではない。

 

「・・・・・・ツモ」

 

ジャラッと秀介は手牌を倒す。

 

緑一色は索子の緑のみの牌と{發}を使って構成されている。

条件を満たす牌は{23468發}、6種。

実際作ってみるときれいなものである。

 

それとは逆、赤が混じる{579}と孔雀が描かれている{1}、そして赤色の{中}。

 

6種で構成することができる上に順子を作れる緑一色よりも遥かに難易度が高い、それら5種のみで構成するローカル役満が存在する。

 

 

{1117799} {横555中横中中} {(ツモ)}

 

 

「・・・・・・紅孔雀、役満だ・・・・・・」

 

 

噂に聞いたことがあったのか、男達の動きが止まる。

こんな難易度の高い役を作るとは!

 

しかし、秀介の後ろに立つ男が鞭を振り下ろしながら声を荒げた。

 

「ただの混一対々中で満貫だろうが!!!」

 

バチンッという音と共に血が飛び散る。

 

今度は秀介の口から声は漏れなかった。

 

「連荘・・・・・・とりあえず、一本場だ」

 

 

 

東二局1本場 親・秀介

 

「・・・・・・チー」

 

4巡で{横一二三}と晒す秀介。

そして2巡後。

 

「それもチーだ」

 

{横四五六}と晒す。

 

どう見ても一通狙いだ。

そんな手に振るか、と男達は懸命に手を進めようとするのだが。

 

「ツモ」

 

あっという間に秀介は手牌を倒す。

 

{七八九東東北北} {横一二三横四五六} {(ツモ)}

 

「・・・・・・東北新幹線、役満だ・・・・・・なんてね」

 

ククククと秀介は笑った。

再び鞭が叩きつけられる。

 

「ダブ東混一一通だろうが!!」

 

バチンッ!!

 

ひっ!と久の泣き声が聞こえた気がした。

 

 

 

東二局2本場 親・秀介

 

「・・・・・・ポン」

 

2巡で{八}を鳴く秀介。

しかしそこから時間がかかった10巡目。

 

「・・・・・・カン」

 

{九}を暗槓する。

嶺上牌は手中に収め、別の牌を切る。

聴牌なのかもしれない。

しかし男達もサインで互いの手を通しあって聴牌までこぎ付けた。

 

「兄ちゃん、とうとう上がる気失せたか?」

 

ここで秀介がツモれなければ秀介の下家が対面に差し込んで連荘が終わる。

男たちがニヤニヤ笑いながら秀介を見る。

その顔に、秀介は牌をツモりながら笑いかけてやった。

 

 

「・・・・・・ツモ・・・・・・また役満・・・・・・」

 

 

ジャラララッと手牌が倒される。

 

 

萬子のみで構成され、上がった時の数字の合計が百以上の時のみ成立するローカル役満。

 

 

{四五六六七七七} {九■■九八横八八} {(ツモ)}

 

 

四+五+六+六+七+七+七+八+八+八+八+九+九+九+九=110>100

 

 

「百万石だ」

「た、ただの清一だろうが!!!」

 

ニヤッと笑う秀介の背中に、またしても鞭が振り下ろされる。

 

 

 

東二局3本場 親・秀介

 

「・・・・・・ポン・・・・・・」

 

{發}を鳴く秀介。

さすがに同席する男達も、後ろで鞭を振り下ろす男も、表情が険しくなっている。

 

ここまで上がり続けられていると言うのもあるが、それに加えて背中に鞭を叩きつけられ続けているのだ。

血もだらだらと流れて床を汚し始めたし、痛くないはずが無い、我慢できるはずが無い。

泣きの一つくらい入ってもいいだろうに。

自分達でもそうするかもしれないと言うのに・・・・・・たかが中学生の、目の前の男が・・・・・・!

 

「ポン」

 

今度は{南}だ。

また字一色か、と男達は字牌を抑える。

しかし後ろの男からのサインはそれを否定する。

ならばさっさと上がるに限る、と卓の下でこっそりとすり替えを・・・・・・。

 

「・・・・・・すり替えありのルールなら俺もやるぞ」

「!?」

 

ビクッとする男に笑いかける秀介。

慌てて手を引っ込め、字牌以外を切る。

 

そんな様子を笑って見ながら、秀介は山から一つツモる。

 

直後、それをバシュッと天井向けて投げ上げた。

 

「「「!?」」」

 

一同がそちらに気を向ける中。

 

「・・・・・・ツモ」

 

ジャラララと手牌が倒される。

 

そして最後に、投げ上げられた牌を掴み、卓に叩きつけた。

 

 

筒子の内赤が混じらない青と緑で構成された{②④⑧}と、風牌一種、そして{發}で構成されたローカル役満。

知名度の低さも中々のもの。

 

 

{②②②④④④⑧} {横南南南發發横發} {(ツモ)}

 

 

青ノ洞門(あおのどうもん)・・・・・・役満だ・・・・・・」

 

「は、發混一対々だ!!!」

 

鞭が振り下ろされる。

 

 

その直後、ドサッと何かが秀介の背中にぶつかってきた。

いや、前に回される手の感触から察するに・・・・・・抱きついてきたのか。

そんな事をする心当たりは一人だけ。

 

「・・・・・・久、下がってろって言ったろ」

 

手を伸ばしてポンポンと頭を撫でる。

 

「・・・・・・もう・・・・・・見てられない・・・・・・ごめんなさい・・・・・・巻き込んでごめんなさい・・・・・・」

 

ぐすっと涙を流しながら久は言う。

 

「・・・・・・こ、小娘・・・・・・勝負の途中だぞ! 離れろ!」

「嫌よ!!」

 

鞭を持った男の恫喝を久は正面から跳ね返した。

 

「・・・・・・叩くんなら、このままやりなさいよ・・・・・・!!」

「な、にを・・・・・・!!」

 

ぶるぶると鞭を持つ男の手が震える。

このままじゃ叩きつけられるな、そう思った秀介は。

 

「・・・・・・久・・・・・・」

 

ぐいっと久を引っ張り、そのまま腕に抱えた。

 

「えっ・・・・・・?」

 

突然のお姫様だっこ状態に、驚いて固まる久。

その胸元は秀介の血で染まっている。

まったく涙目で強がって、と秀介は涙をぬぐってやる。

 

「・・・・・・女の子が傷を作っちゃダメだろ・・・・・・貰い手が減るぞ・・・・・・」

 

そう言いながら自動卓の穴に牌を流して行く。

 

「・・・・・・でも・・・・・・シュウが・・・・・・こんな怪我して・・・・・・」

「いいんだ、好きで巻き込まれたんだからな」

 

久に諭すように語りかける秀介。

 

 

「お前が悲しむくらいなら、この程度何でもねぇよ」

 

 

そう言って、賽をカララララと回した。

そして久を起こして立たせる。

 

「・・・・・・久、後ろで見ていてくれ。

 必ず勝つから」

「・・・・・・うん・・・・・・」

 

さて、と久が下がったところで再び笑いかけてやる。

 

「4回役満上がったのに点棒が残ってるとか、しぶといね、皆さん」

 

そして背中に怪我など無いかのように、スムーズに配牌を受け取っていく秀介。

その行為の意味することは一つ。

 

「・・・・・・まだまだ行くぞ、役満講座」

 

 

 

東二局4本場 親・秀介

 

「チー」

 

{横123}と晒す秀介。

 

今度の狙いは何だ? 何を狙ってる?と男達もびくびくしながら手を進めて行く。

こうなると後ろの男の役目も重大だ。

何を狙っているのか瞬時に判断してサインを送らなければならない。

 

しかし知らないローカル役満を並べられては気づかないうちに手を進めさせてしまうかもしれない。

必死に脳味噌をフル回転させて、今の鳴きと手牌から手の進行を読む。

索子の{123}、そこからできるローカル役満は・・・・・・何だ!?

そう考える中、秀介の手の中には索子が集まって行き、そして。

 

「チー」

 

またしても、{横312}と晒した。

{123123}? どんな役満を・・・・・・?

そう思う中、秀介に聴牌が入る。

この形・・・・・・!!

男はとっさにサインを送る。

{⑨}単騎待ち!?

索子{123123と⑨}単騎・・・・・・ただの純チャン!?

そう思いつつ男達は互いにサインを送り、{⑨}のありかを探る。

が、3人揃って手牌に無い、残り3牌は全て山の中だ。

ツモって手を進めて行くがどうしても{⑨}が引けない。

そして。

タァンとツモった牌を裏向きに伏せる秀介。

 

 

「・・・・・・ツモだ・・・・・・」

 

 

パタンと手牌を晒し、最後にツモってきた{⑨}をピンッとひっくり返す。

 

 

{⑨112233} {横312横123} {(ツモ)}

 

 

「・・・・・・一色四順、役満だ・・・・・・」

「た、ただの純チャンだ・・・・・・!」

 

後ろの男はそう声を上げつつも、鞭を振り下ろせずにいた。

 

「さて」

 

ガシャッと手を崩し、秀介は笑いかけた。

 

 

「続けようか」

 

 

 

「・・・・・・止めだ」

 

対面で打っていた男から、そう声が上がった。

 

「・・・・・・止め?」

 

意外そうに言う秀介に、男は席を立ちながら言った。

 

「一色四順、役満で全員トビ。

 そして・・・・・・」

 

男は懐から何かの書類を取り出し、卓上に置く。

 

「次以降の試合も勝てる気がしない。

 下手に熱くなってこっちが金をつぎ込み始める前に手を引かせてもらう」

 

そして「行くぞ」と他の男達に声をかけると、彼は雀荘の入り口に向かい、足を止めた。

 

「・・・・・・誰か来てるな。

 裏から帰ろう」

 

そう行って引き返し、店の奥に消えて行った。

 

 

「・・・・・・ふぅ・・・・・・」

 

銜えていた100点棒を卓に置き、秀介も席を立った。

 

「ほら、おじさん」

 

秀介は卓の上の書類を久の父親に渡した。

と同時に、久が秀介に抱きついてくる。

 

「シュウ・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 

そして泣きながら。

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

そう言った。

 

 

ガチャリ、とドアが開く。

 

「・・・・・・やぁ、靖子姉さん」

「・・・・・・無事か、シュウ」

 

険しい表情をしながらも落ち着いた声色の靖子と秀介の両親を始めとし、警察まで来ていた。

まったく、靖子はもうプロなんだから、こう言う事に巻き込まないようにと思っていたのに。

両親が連絡を入れてしまったか、と秀介は苦笑いする。

 

「そ、そうだ、シュウ!

 早く病院に・・・・・・」

 

「・・・・・・そうだな・・・・・・」

 

 

久に手を引かれて歩きだそうとし、ぐらっと身体が揺れる。

 

そして今更ながら思った。

 

あぁ、役満連発はさすがにやりすぎたか、と。

 

 

「・・・・・・ごふっ!」

 

 

秀介の口から大量の血が溢れ出た。

 

 




「プロが卓について笑うな」(キリッ)とか言いつつ本人は笑ってますけど。
まぁ、今プロじゃないしいいんじゃない?(

久の背中にも一発くれてやろうかと思ってました。
それがこのお話の「A story」4話にて、久がお風呂ではなくシャワーで済ませた理由。
そしてアニメの県大会前の合宿で久が他のメンバーと一緒ではなく朝に温泉に入っていた理由、として。
でもさすがに女の子にそれはねぇ。


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09上埜久その4 死神とヘタレ

「やっふーい、よく来るね、君も。

 死ぬには早いよー」

「死なずに来たこともあったと思うんだが」

 

確か一番最初に会った時、と秀介は返事をする。

 

真っ暗な空間、死神は相変わらず逆様で浮いていた。

 

 

 

「女の子の為に能力を酷使して死ぬ。

 ストーリー的には感動できて、しかし悲しい結末だねぇ」

 

うんうんと一人頷く死神。

 

「・・・・・・で、今度も俺は死んだのか?

 それともまだ一歩手前くらい?」

「・・・・・・うーん、あの時代で少し順応しすぎたのかな、もう少し危機感持ってほしいんだけど」

 

死神は残念そうに秀介を眺める。

 

「そうは言われても何度も来てるとなぁ」

 

秀介も残念そうに死神を眺めてみる。

 

「まぁ・・・・・・残念だけどいいか。

 結論を言うとあんたはまだ生きてるよ。

 今病院のベッドの上だね」

 

怪我に加えて原因不明の吐血だもんね、と付け加える。

それには秀介も納得だ。

 

「今運び込まれて丸三日ってところかな」

「・・・・・・そんなに経ってるのか」

 

能力を貰った時は5分も経っていなさそうだったのに、と秀介はあの時の事を思い返す。

 

「時間の流れは違うからね。

 あの時は緊急だったし、今は少しくらい時間かけても平気そうだし」

 

死神はそう言ってにへらと笑う。

平気そうだし、と言われても丸三日意識を取り戻さないというのは結構危険だと思うのだが。

 

「あぁ、でも・・・・・・」

 

その可能性に思い至ったのか、死神はうーんと考え込む。

と思いきや、別に秀介が危険とか言う可能性を心配したわけではないらしい。

 

「・・・・・・あの子の様子を見てると、さっさと返してあげた方がいいかな?」

「あの子?」

 

誰だ?と考え、やっぱり久しかいないかと思い至る。

 

「あの子、あれから学校にもいかずに付きっ切りだからね」

「付きっ切りって・・・・・・三日後なら個人戦があるだろうに」

 

秀介の言葉に死神はキョトンとする。

そして。

 

「・・・・・・バカダネー」

 

くるっと着地しながらそう言った。

 

「・・・・・・何だその言い方は」

「いやぁ、思わず」

 

そう言った後、ふむと死神は考えながら言葉を続ける。

 

「・・・・・・そう言えば新木桂だった時は女っ気なかったもんね。

 それにしても少し鈍感過ぎない?

 それとも気づかないふりをしているの?」

 

何が?とここでとぼけても、後々この死神からの扱いが酷くなりそうな気がする。

 

「・・・・・・中身はもう60近いんだぞ」

「向こうはそんなの知らないし、もしかしたら普段からそういう空気感じ取った上で慕ってるのかもよ?」

 

慕っている、と言う言葉に秀介は少し戸惑う。

慕っているとはなかなかストレートな表現であり、しかしまだ受け取り方に猶予を残している言葉でもある。

 

もっとストレートに言ってしまえば、好きと言うことだ。

 

「背中にでっかい傷つくって、血を吐くまで戦って、それこそ身を削って助けてくれたわけじゃない。

 助けを求めた相手にそこまでされたら、女として惚れて当然よ。

 むしろ惚れて然るべき。

 これで惚れずにどうするかっ!」

 

一人で盛り上がっていく死神を放置し、改めて考え直す。

 

 

今現在に至るまでの久の反応。

やたらにおせっかいだったり、実力を認めてくれていたり、泣きながら頼ってきたり、自分にも鞭が振り下ろされるかもしれないのに背中を守ったり。

なるほど、確かに慕われている。

 

それから確かに血まみれになりながら借金から解放した。

それに喜び抱きついてくる久。

そして大会そっちのけ、倒れた秀介に付きっ切りで病室にいる。

 

なるほど、第三者視点から見ても「こいつ惚れてるな」と思える行動だ。

これで何も無かったら世界中の男子諸君が涙する事になるだろう。

ここまでしてくれた女が、「やだわー、本当に好きな男相手だったら逆にあんなこと出来ないって」とかケラケラ笑いながら知らない男と腕を組んだりするというのか。

皆のトラウマになることは避けられない。

 

こうしてまとめてみれば間違いなさそうだ、久は秀介に惚れている事だろう。

 

 

しかしその事実を突きつけられても、秀介はどこか納得がいかずにいた。

自分の胸の内の、久への感情がどのようなものか、まだ明確に形になっていないのだ。

 

何せ中身は50オーバー、むしろ60近い。

生まれ変わるまでの年数を加えれば70以上だ。

方や現役女子中学生。

親子どころか孫でも通じる年齢差。

常識的に考えれば犯罪臭がとてつもないことになる。

 

もっとも死んでから生まれ変わるまでの年数を正確に過ごしてきたわけではないし、志野崎秀介になってから大分長い時間を過ごしているし、もはや完全に中学生となじんで生活しているだろう。

いや、多少大人びたところはあると思われているかもしれないが。

それでも普通に友人はいるし、やはり中学生として問題は無かろう。

 

しかし散々裏の世界を知った自分が、今更中学生と恋愛・・・・・・?

 

しばし考えてみる。

 

 

「・・・・・・死神」

 

どれだけ時間をかけたのか、覚悟を決めた秀介は死神に向き直った。

 

 

 

「・・・・・・んでんで、やっぱりそのたくましい腕で抱き寄せられて、ぎゅっと少し苦しいくらいに抱きしめて!

 野性味あふれる男の匂いを胸一杯に吸わされながらくいっと顔を上げられて。

 そしていつになく真剣な表情でクールに言うのよ!

 

 「お前、俺の女になれよ」

 

 そんな事言われたらもうたまんない! ぎゅんぎゅん来ちゃう!

 もうどうにでもして!って叫んでこっちからもぎゅっと抱きしめてやるんだから!」

 

 

 

何だこいつ、と秀介は思わず視線をそらしてしまう。

さっきまで「惚れて然るべき! これで惚れずにどうするかっ!」とか抜かしていたけど、もしやその続きをずっとやっていたのか?

 

一人で?

 

ちらっともう一度振り返ってみる。

死神は自分の鎌にすりすりと身体を寄せながら何やら一人で身悶えていた。

 

・・・・・・こいつ、やっぱりここでずっと一人だったんじゃ?と秀介は頭を抱える。

今みたいに一人妄想に励んで時間を潰していたんじゃあるまいか?

 

ともかくこいつが元に戻ってくれないとどうやって戻ればいいのか分からない。

適当な呪文を唱えたり、帰れー!と念じてみようかと彼はあれこれ試してみた。

 

どれくらい時間が経ったのか、彼はようやく諦めて死神が正気に戻るまで一人ジャンケンに勤しむのであった。

 

 

 

「・・・・・・あれ? まだいたの?」

 

そんな声が聞こえたのは、その前に甲高い声が聞こえた気がしてから5分ほど経っての事だった。

妙に顔がつやつやしていて呼吸が乱れている気がするがそんなことは別にどうでもいいやと、秀介は意識から除外する。

 

「どうやって帰ればいいのか知らん。

 それよりもういいか?

 とっとと戻してほしいんだけど」

 

冷静にそう言うと死神はふーむと少し考えて口を開いた。

 

「・・・・・・ってことは、自分で結論出したのね」

「ああ、出した」

「ならいいわ」

 

あっさりと死神はヒュンと鎌を振るう。

以前のようにドアが現れた。

 

「ここを通れば元に戻れるわ」

「ああ、ありがとう」

 

とドアノブに手をかけようとして、ふと思い出したことがあった。

 

「そういえば・・・・・・志野崎秀介になって間もない頃、確か久をトップにさせる為に画策してた時だ」

「ん? 何いきなり」

 

キョトンとする死神に構わず、秀介は言葉を続ける。

 

「別に能力を酷使していたわけじゃないはずなんだが、確か血を吐いたことがあった。

 あれはどういうことなんだ?」

 

むむむ?と死神は考える。

 

「いつの事? ちょっと探ってみる」

 

ヒュヒュッと鎌を振るうと何やらいくつかの画面が空中に浮かんでいる。

何才の時の出来事だったかと記憶を辿りながら説明をすると、死神もその場面を見つけたのかポンと手を叩いた。

 

「そっか、説明してなかったか」

 

死神はそう言って何でもないような表情で説明を始める。

 

「子供の頃で身体が慣れてないって言うのもあったんだろうけど。

 あんたこの時割と能力酷使してるよ」

 

そうだったのか、と納得しかけたが死神はすぐに言葉を続けた。

 

「それでも本来は精々頭痛が痛くなる程度なんだけど。

 あんた・・・・・・この時「トップじゃなかったから」だよ」

 

頭痛が痛いとか頭の悪い事を言うのはやめて欲しい。

と意識が逸れたが、今何と言ったか。

 

「トップじゃなかったから・・・・・・?」

「そう」

 

ヒュルンと鎌を振るい、見ていた画面を全て消し去る死神。

 

「だって「死神の力」だもん、神のご加護とか便利な物じゃないんだよ。

 使うからには必ず勝つ、それが「死神の力」。

 それを誰か別の人をトップにさせる為に使うとか、余計な代償があって当然だよ」

 

その言葉に少しばかり絶句する秀介。

確かにこいつは天使でもないし神様でもない、死神だ。

もっとも死神は神の一種かもしれないが。

死神と言えば死の象徴、少しばかり便利に使い過ぎたかと考え、別の考えにふと思い至る。

 

「・・・・・・いや、でも普段から割と能力使っておいてトップ譲ってるけど、具合悪くなったりしてないぞ」

 

靖子と勝負する時にも能力を使いつつトップを譲る様な事をしてきたはずだ、たまに。

 

「あんたが完全に勝つ気無かったからでしょ。

 子供の時は加減が効かずに、あんたの意思に関係なく勝つつもりで能力を使ってしまっていた。

 でも結果あの子に勝利を譲った。

 だから、あんたは血を吐いたの」

 

む? 最後だけ飛躍している気がする、と秀介はしばし頭の中を整理する。

 

「・・・・・・つまり、勝つつもりで能力を使って勝てなかった時、俺は血を吐いて倒れるのか?」

「そのとーり」

「それは途中で能力の使用を止めても無意味?」

「そのとーり」

「長時間能力を使って勝ち続けた時も、やっぱり血を吐いて倒れるのか」

「そのとーり、今回もそうだったね」

 

むぅ、と押し黙る秀介。

これは予想外だ。

そんな秀介の様子を見て死神は言葉を続ける。

 

「ああ、あとそれから「死神の力」で一度連荘を始めたら、今回みたいにきっちりその場で終わらせなさいよ?

 途中で誰かに上がられたりしたらそれも余計なダメージになるからね」

「・・・・・・ってことは城ヶ崎以上の、「死神の力」でもどうしようもない奴とか現れたら?」

「んー・・・・・・その時は「死神の力」の使用をそもそも止めなさい。

 勝っても負けても代償が酷そうだし」

 

はぁ、とため息が漏れる。

 

自動卓という環境を得て、能力が強く便利になったのはありがたい。

が、その分死の危険性が高まったというわけか。

子供の頃に散々苦労して学んだ事を改めて認識し直した秀介だった。

 

「・・・・・・勝つ気が無くて使ってる分には平気か?」

「平気は平気。

 だけどあんまりオススメしないね。

 自分でも気付かないうちに熱くなってたりしたらピンチになるかもしれないし」

 

それは避けたい。

仕方ないな、自分で自分に制限でもかけてほどほどに使って行くか、と秀介は自分に言い聞かせた。

 

「・・・・・・そういえばその城ヶ崎だが、あいつも「死神の力」みたいなものを持っていたのか?」

 

不意に思いついた事を聞いてみる。

もっとも城ヶ崎の場合は牌を入れ替えているのではなく、そう言う操作が必要無いほどにそもそもとんでもない強運なようだったが。

 

「あれはあれでどこかの神様の加護を受けてるみたいだったね、詳しくは知らないけど。

 あんたみたいに牌が透けて見えるわけでも牌が操作できるわけでもないけど、ただひたすらに牌に愛された「ただの強運」の持ち主よ。

 あれから生涯満貫より低い点数では上がらなかったし。

 ピークには常時跳満から倍満手で上がるようになってたし、ホント怖いわー」

 

それを「ただの強運」で済ませるのか。

死神の基準というのはいまいちよく分からない。

以前偉い人がいるような話もしていたし、社会構成もよく分からない。

何を食べているのかとかも全くもって分からない。

死神に関しては分からない事だらけだ。

秀介が不満そうにしているのを知ってか知らずか、死神は「まぁ、それはともかくとして」と話を戻す。

 

「能力使うのはいいけど、加減を間違えるとあっさり死んじゃったり、死ななくても今回みたいに私の所に来たりするから、気をつけなさい」

「ああ、分かった、気を付ける」

 

ならよし、と死神はあっさりと頷く。

 

さて、そろそろ戻らなければ。

そう思い、秀介は最後に死神に問いかける。

 

「最後に一つだけ聞きたい。

 城ヶ崎、今どうしてる?」

「何? 最後に戦ったライバル的な相手の事は気になる?」

 

ライバル、という関係だろうか?

良く分からないが最後のあの戦いは新木桂の生涯を締めるのにふさわしい戦いだったと思っている。

そうだな、確かにライバルと言ってもいいかもしれない。

軽く頷き、しかし少し残念そうに秀介は言葉を続けた。

 

「「生涯満貫より低い点数では上がらなかった」って言ってたことから予想つくが・・・・・・」

「ん、そうだね、思わず言っちゃってたわ」

 

死神はその部分だけ反省しつつ、しかし変わらぬ調子で告げた。

 

「彼はもう死んでるよ。

 年代にするとあんたが生まれてから何年かしてから。

 志野崎秀介としてあんたが自分の生を実感していた時にはもう死んだ後」

「・・・・・・そうか」

 

あれほどの大物でも死ぬか、当然のことだが。

正確な年齢は知らないが、おそらく自分と同年代か年下だったであろう城ヶ崎。

新木桂として数えると、現在まで生きてきた彼の年は70才以上。

城ヶ崎はそれと同じくらいか、60後半辺りといったところか。

その10年以上前に死んだとなると、若ければ享年50半ば。

新木桂が死んだのが40過ぎだったからそれより長生きとはいえ、それでもまだまだ長生きしてもおかしくなかった年頃だろう。

もし墓が残っているのなら一度行ってもいいかもしれない。

 

「ん? 何かしんみりしちゃった?」

「・・・・・・そりゃまぁな」

 

顔を合わせたのは一度だけ、だが新木桂の人生であれほど記憶に残っている人物などあと何人いるだろうか。

それだけの人物の死を報告されれば落ち込むのも仕方がない。

死神は秀介の様子を「ふーん」と興味あり気に見ていたが、やがてにこっと笑った。

 

「人はいつか死ぬよ。

 確かに城ヶ崎が死んで、それを悲しむ気持ちも分かるけどね」

 

死神はその名の通り死が身近なのだろうか?

確かにその言い分は分かるが、今しがた聞かされたばかりで落ち込むなというのも無茶な注文だ。

しばらくは一人で城ヶ崎の死を偲ぶ事にしよう。

 

しかしながらあれほどの人物ともう二度と戦えないというのは残念な話だ。

いっそのこと自分みたいに転生していれば・・・・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつも生まれ変わっていたりしていないか?」

「え? いや、それはないよ」

 

あっさりと否定された。

だが死神はくすっと笑いながら言葉を続ける。

 

 

「まぁまぁ、残念がる気持ちは分かるけどさ。

 何ならその子孫と戦えばいいじゃない」

 

 

「・・・・・・今何才だ? 名前は? 性別は? どこにいる?」

 

それを聞いた瞬間に秀介は喰いついた、今までに無いほど。

城ヶ崎の子孫だと?

孫でもいたら年代的に秀介と同世代だったり、何才か上下しているだけの可能性がある。

もし秀介が全国大会にでも出ていたらあっさり対戦していたという可能性もあるではないか。

あの男の孫だ、あれに似た打ち方を身につけていてもおかしくは無い。

 

あんな実力者と、再び戦える可能性があるだと!?

 

そんな風に盛り上がる秀介を制しつつ死神は答えた。

 

「個人情報保護により、それらはお教えできません」

 

死神が個人情報?

破ったらどこかから怒られたりするのか?

以前言っていた偉い人?

っていうか情報が漏れて何か不利益な事が?

 

「でもあんたの事だから、仮に打つ機会があったらすぐに分かるんじゃない?」

 

その言葉に、つっこみをし続けていた秀介の思考が暫し止まる。

そしてすぐに頷いた。

確かにそうだ。

あれほどの強力な打ち手、一度打てばすぐに察する事だろう。

 

・・・・・・そうか、あの打ち手ともう一度戦えるかもしれないのか。

 

一つ、楽しみが増えたな。

秀介はフッと笑った。

 

「質問はもう無い?

 じゃ、さっさと戻りなさい。

 あの子心配してるから」

「ああ、そうだな」

 

言われるまでも無い、と秀介は改めてドアに向き直りそれを開けた。

 

 

「ついでに久ちゃんとの事、見守っててあげるから」

 

 

大きなお世話だ、と秀介はその言葉を無視した。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん・・・・・・」

 

寝ちゃってたか、と身体を起こす久。

時間は・・・・・・もうじき面会時間終わり。

 

秀介が意識を失って既に丸三日、団体戦二日目も個人戦も不参加だ。

 

私が巻き込んだこいつも・・・・・・と視線を向け、

 

ばったりと鉢合わせた。

 

「起きたか、久」

 

 

思考が止まる。

 

 

「・・・・・・俺も寝過ぎたかな・・・・・・今何時だ?」

 

 

起き上がるとする秀介に、久は覆いかぶさり、

 

 

声をあげて泣いた。

 

 

ナースコールで医者を呼び、これから改めて検査となるだろう。

久ももう帰る時間だ。

だから、秀介は用件を済ませる。

 

「ずっとついててくれたのか・・・・・・久、ありがとうな」

 

身体を起こした状態で、秀介はそう言う。

 

「い、いいの、気にしないで。

 そ、それより・・・・・・こっちこそありがとう。

 それから・・・・・・シュウに謝らないと・・・・・・」

 

久はそう言って秀介の手を握り、ベッドの上に乗るほど身を乗り出し、顔を近づけながら言った。

 

「ごめんなさい、シュウ。

 

 こんなに怪我して・・・・・・倒れるまで戦ってくれて・・・・・・。

 

 私・・・・・・シュウの為なら・・・・・・な、何でもする・・・・・・から・・・・・・」

 

「久、そういうこと、男の前で言うもんじゃないぞ」

 

フッと笑いながら秀介は言う。

 

が、久は顔を赤らめながら、なおも言葉を続けた。

 

 

「・・・・・・誰にでも言ってるわけじゃないもん、シュウだから・・・・・・」

 

 

そのままスッと顔を近づける。

瞳はわずかに潤み。

 

 

「わ、私・・・・・・シュウの事・・・・・・!」

 

 

「久」

 

トンと久の肩を抑え、秀介は苦笑いをしながら言った。

 

 

「悪い」

 

 

何が・・・・・・?という表情の久に、秀介は言葉を続ける。

 

 

「俺は・・・・・・お前が好きかどうか分からないんだ」

 

 

その言葉に、久の思考が再び止まる。

 

 

「お前とは仲良くやってきた、付き合いも長い、気軽に話せる。

 家族とも思えるくらいに親しい。

 それに、家族を含めても今まで出会った女の中じゃ、一番好きだ。

 

 

 それでも、この気持ちがお前の思う好きと同じかどうか自信が持てない。

 

 

 都合がいいと思う。

 お前に恥をかかせていると思う。

 

 でも、中途半端な気持ちで答えを出すのも失礼だと思う」

 

済まない、と秀介は笑いかける。

 

 

「今はまだ・・・・・・仲のいい幼馴染でいてくれ・・・・・・」

 

 

ポロッと久の目から涙がこぼれた。

 

 

「・・・・・・ごめんな、こんな野郎で・・・・・・」

 

「ううん・・・・・・」

 

 

ポスッと久の額が秀介の胸に当たる。

 

 

「・・・・・・待ってるから・・・・・・」

 

「・・・・・・ごめんな・・・・・・」

 

 

秀介は久の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

何処か遠くから「ヘタレ」と聞こえた気がするが無視しておく。

 

 

 




あ、甲高い声は聞こえた気がしただけだから全然セーフ。


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10竹井久その1 現状と進学

久ちゃんとのいちゃいちゃタイム始まるよー。
っていうか既に始まってるよー。


かなりの貧血とそれに加えて背中の傷。

秀介が退院するまで二ヶ月ほどかかった。

 

吐血した量が尋常ではなかったらしく、見舞いに来た靖子からも「死ぬかと思った」と顔を逸らされながら言われた。

面と向かって心配したと言うのが恥ずかしいのだろうか。

 

久はもう振りきってくれたのか、今までの通りになっていた。

秀介としてもありがたい。

 

そんな久だが、「これだけは伝えておかないと」と、意識を取り戻して割と近いうちにあの時の勝負の事を話してくれた。

 

 

まずあの日の出来事からだ。

 

そもそも久は父親の借金の事は知っていたが、あれほど膨れ上がっていて切羽詰まっていたことは知らなかったという。

大会の最中突然携帯電話が鳴り、出てみると知らない男の声。

 

「今お父さん借金返す為に麻雀打ってるんだけど、この腕じゃ借金膨れるだけだよ。

 代わりに打ちに来ない?」

 

そんな軽い声で、しかし死刑に近い宣告をしてきたのだ。

そもそも父親は麻雀があまり強くない。

それなら父親に任せるよりマシと久は急遽大会を辞退し、指定された雀荘に向かったのだという。

しかしそこで待っていたのは卓上の三人と、さらに後ろに立つ一人。

四人がかりで手を通され、サインやすり替えの横行。

久といえどもどうにもできない。

 

そんな時、「シュウなら・・・・・・」と頭に浮かんだ。

しかし巻き込むわけにはいかないと必死にその考えを振り払い、麻雀を続ける。

だが負けが重なり、もはやどうにもならない、頭が真っ白。

 

巻き込んで済まなかった、と泣きながら謝る父親が卓に着いたのを見たところまでは覚えている。

気がついたら雨の中、秀介の家に向かって走っていたのだと言う。

 

後は秀介も知っての通りだ。

 

 

「・・・・・・本当に、巻き込んで・・・・・・」

 

ごめんなさいと言うのを、秀介は止める。

 

「謝るのは無しだ」

 

笑顔でそう言い、しかしその後言いにくそうに言葉を続ける。

 

「・・・・・・俺も、現在進行形で悪い事をしている・・・・・・」

 

告白を断り、ただの幼馴染でいたいなどと。

それに思い至ったのか、ボンッと久の顔が真っ赤になる。

 

「べ、べべ、べ、別に・・・・・・いいなら、いいけど・・・・・・」

 

この反応・・・・・・ずっとこのままの関係でからかい続けるのも面白そうだ、などと思いすぐに自重する秀介であった。

 

 

そしてその後、今現在の状況だ。

 

まず借金は無くなり自由の身、これはいい。

だが久の父親が言うには、あんな連中と関係を持ってしまった事で今後も久達に何か無いとは言い切れない。

だから落ち着くまで夫婦親子の縁は切っておいた方がいいだろう、と。

それはつまり落ち着いたらまた籍を入れるだけで、しかし今はとりあえずそうしておいた方がいいだろうと言う事。

 

「だからね・・・・・・私今は上埜久じゃないの。

 母親の旧姓名乗ってるから、竹井久なの」

「そうか、俺も呼び間違えないように気を付けるよ」

「いやいや、あんたはずっと名前で呼んでくれてるじゃないの」

 

そう言って笑い合う。

やはりこの関係はいい。

 

だが、これは久を傷つける行為だ。

いずれ近いうちに答えを出さなければ、と秀介は自分自身に釘を刺すのを忘れない。

忘れはしないが、しかし中途半端な気持ちのまま急激に仲を進展させようとするのもよくない。

結局のところそのまま、日常を送るしかないのである。

ヘタレと言われるのも仕方がない。

 

そのまま幼馴染として過ごし、秀介は退院し、学校生活に戻る。

 

 

 

「そういえばシュウ、進学どこにするの?」

「・・・・・・考えてなかったな」

「ちょ、しっかりしてよ」

 

夏も終わり、季節は秋だ。

中学三年生としては受験を考える時期である。

前の人生よりも進んだ教育だったが一応2回目と言うこともあり、裏世界が長かった秀介でもそこそこの成績を収めていた。

よっぽど頭のいい学校を目指さなければ何とかなるだろう。

一方の久はかなりの成績優秀者である。

頭のいい学校も目指せるだろう。

例えば。

 

「お前はどうするんだ?

 頭が良くて麻雀も強い風越に行くのか?」

 

その発言に久の身体がピクッと跳ねる。

確かに以前風越を気にかけていたことはある。

しかしその話は秀介にはさり気なくした程度だ。

 

覚えていてくれたんだ、と何やら嬉しくなる。

 

が、久はついついっと秀介の制服の袖をひっぱりながら呟くように言った。

 

「今私立に行くようなお金無いし・・・・・・それに・・・・・・。

 

 ・・・・・・女子校行ったら・・・・・・会えなくなっちゃうじゃない・・・・・・」

 

ほんのり頬が赤い気がする。

何この可愛い生き物。

思わず秀介は久の頭にポンと手を乗せた。

 

「・・・・・・お前、可愛いな」

「なっ!?」

 

バッと離れる久。

そんな反応すら可愛いと思ってしまう。

 

「・・・・・・そうだな、どこか一緒に通えそうな共学でも探そうか」

「・・・・・・そ、そそそ、そうね・・・・・・」

 

その後もつかず離れずの距離で二人は会話を続けた。

 

まったくもっていじらしく、健気なものである。

 

 

それから数日後、久が秀介に向かって言った。

 

「清澄高校なんてどう?」

「清澄?」

 

はて、名前も聞いたことないしどんな学校だ?と聞いてみる。

特に麻雀部について。

しかし。

 

「あるわよ、一応」

「一応?」

「廃部寸前らしいわ」

「は?」

 

何故そんなところにと秀介は首を傾げる。

久は笑いながら言った。

 

 

「私達だけの麻雀部を作りたいの。

 それからその内メンバーを集めて、全国を目指すの!」

 

 

久のその輝く瞳に、秀介はほぅと見惚れる。

志を決めた姿の何と魅力的なことか。

 

「それまでは個人戦で頑張るのか?」

「んーん、個人戦にも出る気は無いわ」

 

は?と秀介はやはり首を傾げる。

 

「もちろんメンバーが集まってくれれば団体戦と一緒に出たいけど。

 それまでは・・・・・・ね」

 

そう言ってウインクしてみせる。

 

「・・・・・・実力を隠す、ってか」

「そそ」

 

ふーむ、と秀介は頷く。

久はニコッと笑った。

 

「シュウもそうでしょ?」

「ん?」

 

何が?と聞き返す。

 

「中学で名を上げなかった理由」

 

ああ、と秀介は手を叩く。

そういう風に思われていたのかと。

 

単純に全力勝負になったら体が持たないと思ってのことだったのだが。

 

しかし・・・・・・と考えてみる。

麻雀無しで将来どんな人生を送るのだろうか、と。

 

散々麻雀で、というか麻雀のみで生きて来た前回の人生。

確かに辛かったし、あんな死に様だったし。

しかし辛い事ばかりでは無い。

麻雀を通じて色々な人と出会ったし、何より麻雀という物が大好きだったから。

それを思うと多少無茶をしてでも麻雀で生きて行く人生を選んでもいいのではないだろうか。

 

「・・・・・・そうだな」

「やっぱり」

 

んふふ、と笑う久。

 

「行ってみるか、清澄」

「決まりね」

 

パンと二人はハイタッチを交わす。

 

 

 

そうして受験を終え、二人は清澄高校の生徒となった。

 

 

 

始業式を終え、さっそく二人は部室へ向かう。

 

「うむ・・・・・・まぁ、こんなものか」

 

埃まみれの床と麻雀卓。

空っぽの本棚と広い空きスペース。

 

「まぁ・・・・・・とりあえず掃除からね」

「そうだな」

 

 

最初の一週間は掃除だった。

床を磨いて、卓を綺麗にして、本棚を磨いて、窓を綺麗にして。

 

それから次の一ヶ月で色々な物を持ち込んだ。

本棚には本、窓にはカーテン。

それからティーセットなんかも持ち込んでお茶を飲んでみたり。

秀介はリンゴジュースを愛用していたが。

飲みながらも麻雀ができるように、小さなテーブルをいくつか買ったり。

 

パソコンを持ち込んで繋いだり。

秀介は機械系統が苦手なようで設定は久がやったり。

その割に麻雀卓の修理はあっさりやってのけたり。

 

大きなベッドを苦労して持ち込んで、暇な時には寝ようぜ、なんて言ってみたり。

それを聞いて久が赤い顔でごにょごにょ言っていたり。

 

それはそれで楽しい一ヶ月だった。

 

 

それを終えると、まるで無限ともいえる空き時間が押し寄せて来た。

 

 

他に部員はいない。

一応部活を行う為に必要な最低人数と言う物があるので、名前だけ借りている幽霊部員もいるにはいるのだが、彼らも顔を出してはくれない。

ベッドに二人で腰掛け、天井を仰ぎながら呟く。

 

「・・・・・・打つか?」

「・・・・・・二人で?」

「・・・・・・特殊ルール二人麻雀」

「・・・・・・何もしないよりよさそうね」

 

チャ、タン、と広い部室に二人だけの麻雀の音が響く。

 

久と秀介、二人だけの麻雀。

それはそれで楽しいものだったが、しかし長続きするものではない。

何とかしなければ、と久は考えていた。

 

 

そしてある日。

 

「出掛けるわよ!」

 

部室に向かおうとしていた秀介にそう声をかけた。

 

「・・・・・・どこへ?」

「んふふふふ」

 

何やら怪しげな笑いを浮かべる久。

 

「ついてらっしゃい!」

 

有無を言わせずそう言って歩き出してしまった。

そうなればついていかざるを得ない。

 

しばらく歩き、現れたのは喫茶店だ。

 

「ここよ」

「・・・・・・ここに何があるんだ」

 

秀介の言葉も聞かず、久は店に入っていく。

やれやれ、と秀介もそれに続いた。

 

チリリーン

 

「おかえりなさいませー」

 

眼鏡の女の子が迎えてくれる。

が。

 

「・・・・・・メイド?」

 

その服装に秀介は首を傾げる。

 

「来たわよ、まこ」

「おー、いらっしゃい久」

 

何やら親しげに話す両者。

知り合いか?と様子を見ている秀介に、まこと呼ばれた少女が寄ってくる。

 

「あんたが志野崎秀介?」

「そうだが」

 

秀介の返事にまこは、ほほうと怪しげに笑う。

 

「よく久があんたの話しとるよ。

 早いとこ進展した方がええんじゃない?」

「まこ? 何話してるの?」

 

聞こえていないようで久がひょいと覗き込んでくる。

 

「何でもー。

 今日もそっちで打つの?」

「ええ、お願いするわ」

 

そそくさと立ち去るまこ。

久はそれを見送ると秀介に向き直った。

 

「・・・・・・何話してたの?」

「・・・・・・別に。

 それより打つって言ってたか?」

 

むむ、と不満そうだったがすぐに久は喫茶店の奥を指差す。

 

「ここは確かに喫茶店だけど、奥に麻雀卓があるのよ。

 そこで麻雀好きが集まって打つの」

 

奥を覗き込んでみると、確かに麻雀卓が置いてある。

今は誰も打っていないようだ。

 

「たまに強いプロの人も来るらしいのよ」

「・・・・・・プロがこんなところに何の用で来るんだ」

「知らないわよ、メイドが好きなんじゃないの?

 ここの服装はいつもメイドってわけじゃないけど」

 

二人してやれやれと首を振る。

 

「・・・・・・とりあえず今は誰もいないみたいだが?」

「来るまで待ちましょう。

 喫茶店なんだし、コーヒーでも飲んで」

 

久はさっさとテーブル席に座る。

仕方ないなと秀介もその正面に座った。

ついでにチラッと聞いてみる。

 

「・・・・・・で? レートは?」

「いやいやいや! 喫茶店経営できなくなっちゃうでしょ!? ノーレートよ!」

 

ちぇーっと本気か冗談かよく分からない舌打ちをする秀介に、「何言ってるのよ」と割りと本気で心配する久だった。

そんな二人の所にまこが何やらニヤニヤしながらやってくる。

 

「ご注文は?」

「コーヒー二つ。

 あと本日のケーキ一つ」

「新メニューでカップル限定の「ジャンボパフェストロベリー風初キスの味、そして幸せが訪れる」ってのが・・・・・・」

「注文は以上よ」

「・・・・・・はいよ」

 

注文を取るとまこはやはりニヤニヤしながらさっさと立ち去る。

ふと、久が笑いながら聞いてきた。

 

「コーヒー、苦くて飲めないとか言わないわよね?」

 

別に飲めなくは無い、と思いつつ少し考えて言ってみる。

 

「別に平気だ。

 何ならビールくらい苦くても」

「ちょ、高校生でしょ、成人まで待ちなさいよ」

「冗談だ」

 

そう言って二人で笑い合った。

 

「ところで灰皿は無いのか?」

「タバコも禁止、成人まで待ちなさい」

「残念だ」

 

 

 

チリリーン

 

しばらく待っていると、新たな客が入ってくる。

 

「おかえりなさいませー」

「打てるかしら?」

「ええ、お二人お待ちです。

 わしが入ればすぐ打てますよ」

「ならお願い」

 

どうやら麻雀を打ちに来た客のようだ。

 

「久、それと志野崎先輩。

 打ちに来たお客さんですよー」

「今行くわ」

 

久と一緒に席を立つ秀介。

ちらっとまこの方を見ながら久に聞いてみる。

 

「・・・・・・今先輩って呼ばれたか?」

「あの子一つ歳下よ」

 

あっさり答える久。

だが久は名前を呼び捨てにされていなかっただろうか。

秀介にも親しげだったように感じる。

 

「あの子はそういう性格なのよ。

 あ、それからまこも麻雀中々の腕だから、油断しないようにね」

「そうなのか、分かった」

 

高校に入って最初の麻雀だ、少し本気で打とうか。

 

 

そう思った秀介の決断は、卓に着いた瞬間に削がれていった。

主に対面に座ったプロのせいで。

 

「・・・・・・なんでここにいるんだ」

「それはこっちの台詞だよ、靖子姉さん」

 

現れたのはプロになって1年程でありながらも徐々に「まくりの女王」としての地位を確立している靖子であった。

 

「ん? なんじゃ、お知り合いか?」

 

まこの言葉に、靖子の上家の久が小さく頷く。

 

「まこ、あんたの言ってた強いプロってヤスコの事だったのね・・・・・・」

「こら、人前では藤田さんと呼んでくれと言ってるだろう」

 

ぷーっと膨れる靖子にはいはいと返す久。

 

「まぁ・・・・・・じゃあ、シュウ。

 今日はまこの打ち方を見ることにしましょう」

「そうだな」

「おいこら、プロになった私の腕前を甘く見てないか?」

 

スルーされて悲しいのか、靖子が文句を言う。

 

「二人ともそんなこと言うとるけど、藤田プロより強いんか?」

「私は苦戦するわよ。

 でもシュウ相手じゃね」

 

まこの質問に、久はなんだか自分の事のように嬉しそうに答えた。

そんな久の態度がまた気に入らなかったのか。

 

「・・・・・・久」

 

靖子は意地悪気に口を開いた。

 

「何? ・・・・・・っと、何でしょうか? 藤田さん?」

 

今更ながらに敬語に直す久に、靖子は言った。

 

「シュウは私の可愛い弟分だ」

「・・・・・・?」

 

それが何か?と首を傾げる久。

フッと笑って靖子は続ける。

 

 

「もし付き合いたければ私を倒してからにしろ」

 

 

「ちょっ!?」

 

何それ!?と思わず立ち上がる久。

今の態度だけで察したと言うのかこの人は。

 

「べ、別にそんな! 私は・・・・・・あの・・・・・・うぅ・・・・・・」

 

とっさに否定しようとしたが本人の手前否定しきれない。

日頃の態度から見ても久は諦めていないのだから。

まこは「ほほぅ、これはこれは」と楽しそうに見ていた。

 

しかしそれは当人同士の問題だろう、と秀介は点箱を開ける。

 

「・・・・・・靖子姉さん」

「ん? どうした? シュウ・・・・・・」

 

靖子が見ている目の前で、秀介は100点棒を銜えた。

途端に靖子の表情が変わる。

 

 

「確かに靖子姉さんの事は本当の姉みたいに慕ってるけど・・・・・・」

 

 

カタンと点箱を仕舞う。

 

 

「・・・・・・あんまり口出ししてほしくないなぁ・・・・・・」

 

 

そう言って不敵に笑う秀介。

 

 

「ちょ! お前!」

「何ですか? 藤田プロ」

「お、お前まで呼び名を変えるな!

 いつも通り「靖子姉さん」と呼んでくれ!

 それから、お前まさか・・・・・・身内以外の人間がいる前で・・・・・・!」

「まさかプロが「手加減してください」なんて言わないですよね、靖子姉さん?」

 

んー?と笑ってやると、靖子の顔に汗が浮かんでいるのが見えた。

 

「大丈夫ですよ。

 もし万が一派手な負け方をしたとしても、ここにいるのは身内と、口の堅そうな店員さんだけですし」

 

ちらっとまこの方を見る秀介。

まこは「ありゃー?」という表情をした後にポンと手を叩くと靖子に視線を向ける。

 

「確かにわしは口がめちゃくちゃ固いですけぇ、気にせんといてください、藤田プロ」

 

と、いかにも信頼できなさそうな笑顔で言った。

靖子の顔が青くなってきた気がする。

 

「それはそれとして藤田プロ、志野崎先輩はそんなに強いんですか?」

「・・・・・・ぐ・・・・・・」

 

答えずに視線を逸らすその態度がもはや答え。

「へぇー」とまこは秀介の方に目をやる。

 

「お手柔らかにお願いします、志野崎先輩」

 

ぺこりと頭を下げるまこ。

秀介も手を上げて返事をする。

 

「ああ、よろしく。

 そういえばまこって名前しか聞いて無かったが・・・・・・」

「染谷です、染谷まこ。

 どうぞまこって呼んでください、先輩」

「分かった、まこ」

 

ニッと笑う秀介。

まこもニッと笑って返した。

 

それを何か気に入らなそうな表情で久は見ていた。

 

 

「さてと」

 

フッと秀介は正面の靖子に笑いかける。

ビクッと靖子の身体が跳ねた。

 

「もしも万が一、天文学的確率で、プロである靖子姉さんがビリ・・・・・・いや、箱割れするようなことがあったら・・・・・・俺と久の件には口出ししないと誓って頂きたい」

「お、お前! トバす気か!? 姉と慕う私を! プロの私を!」

 

がくがくと震える靖子に「やだなぁ」と秀介は笑って見せた。

 

 

「今まで黙ってたけど、靖子姉さん」

「は、はい!?」

 

 

「靖子姉さんが負けた時のあの魂の抜けたような表情、嫌いじゃないよ」

 

 

 

数十分後、卓にがっくりと倒れ込んだ靖子の表情は実に秀介のツボをついていたとだけ語っておこう。

 

 




あぁ、フルボッコは胸が痛む(笑)
まこちゃん登場したから、多少笑える描写が増やせるよ!(

久のデレ方はツンデレ系とは違う独特なデレ方な気がする。
いや、原作でそこまでデレたことないし、この作品書いてるの俺なんですけど(
なんかそんな気がする。


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11染谷まこその1 いじめとデジタル

まこのナンバリングも途中からでした。
「夢乃マホその1」「夢乃マホその2」と来て「染谷まこその3」だったので分かり辛かったかも
ですけど(偶然だぞ

雀牌を広げる時間が・・・・・・余裕ができたら文章だけのところに手牌とか差し込みたいです。



時は巡り巡り、早くも一年後である。

 

彼女は初めてその部屋を訪れていた。

 

とはいえそこにいるメンバーは既に知った顔。

それでもしっかり挨拶する所は礼儀正しいと言えるだろう。

 

「1年、染谷まこです!

 よろしくお願いします!」

 

新人の入部である。

 

「よろしく、まこ」

「改めてよろしくな、まこ」

 

久と秀介も揃ってそれを歓迎した。

 

 

「ここが部室・・・・・・」

 

まこが物珍しそうに部室のあちこちを見て回る。

 

「麻雀卓は当然として、パソコン、ティーセット、本棚・・・・・・。

 色々あるなぁ、二人しかおらんかったのに」

「悪かったわね」

 

人数が集められなかった事を非難しているわけではないだろうが、からかい気味のまこに久が不機嫌そうに返す。

まぁまぁと秀介がお茶を3人分淹れて卓の脇のテーブルに置いた。

 

「む、なんでベッドまであるんじゃ?」

 

不意に目に入ったのだろう、指差しながらまこが聞く。

 

「たまに寝る」

「いつ寝るんじゃ・・・・・・」

 

秀介の言葉に突っ込むまこ。

 

「二人しかおらんかったら、一人寝たらもう一人が寂しいじゃろ」

「一人しかいない時とかな」

 

人望と成績の良さから、久は生徒会に関わっている。

その為、頻繁にではないが呼ばれることがあるのだ。

そうなると秀介は一人きり。

帰ってもいいし一人でまこの喫茶店と言うのも手ではあるが、ほとんどはここで久が戻ってくるのを待っている。

となるとやはり暇。

二人でも暇だと感じるのに一人なら余計にそう感じるだろう。

そんな時、秀介はここで寝ているのだ。

 

「フフフフ、そんな事言って」

 

秀介のそんな説明をどう歪曲して受け取ったのか、まこはにやにやと笑う。

 

「男と女が一人ずつ、一つの部屋でベッドがある。

 そうなればやることは・・・・・・」

「なっ・・・なっ、なぁっ!」

 

クックックと声を上げて笑うまこの言葉に、久の顔が真っ赤になる。

 

「な、ななな、何を言ってるのよあんたは!!」

「はーてねぇ? 何をあせっとるのかいな? 竹井先輩は?」

 

今更他人行儀に苗字に先輩付けとは。

からかわれてることが分かっていても、久は頬を膨らませて赤い顔のままだ。

助けてやろうか、と秀介が口を開く。

 

「何を言ってるんだ、まこ」

「そうよ! 何を・・・・・・!」

 

秀介と共に声を荒げようとする久を制し、秀介は続きを口にする。

 

 

「今日からお前も混ざるんだぞ」

 

 

「ふぇ?」

 

何に?と首を傾げるまこに、秀介はくっくっくと笑う。

 

「今まで二人だったからなぁ・・・・・・三人になるとまた違った楽しみが・・・・・・」

「え、ちょ・・・・・・な、何が?」

 

不安げになるまこ。

人をからかうからだ。

スッとまこに近寄る。

それに合わせて一歩下がるまこ。

手を伸ばし、また一歩進む秀介。

 

「ちょ、ま、マジで? あ、あかんて! そんなん!」

 

ダダダッと下がるまこ。

だが秀介は構わずに手を振り下ろした。

 

 

カシャカシャンと音が鳴り、麻雀卓から牌が現れる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・三人で打つか」

 

ふーやれやれと秀介は何でも無いように席に座った。

ポカーンとするまこ。

 

「どうした? 三人麻雀(サンマ)はそんなにあかんのか? ん?」

 

フッと笑ってやると、まこはかーっと赤くなりながらも戻ってきて席に着いた。

 

「・・・・・・人が悪いわぁ、志野崎先輩」

「お前が言うか」

 

再び笑ってやる。

と、まだ座らない久に視線を向ける。

 

「どした? 座らないのか? 久」

 

久は何やら不満気に頬を膨らませていた。

 

「・・・・・・やるわよ」

 

どさっと席に座ると、やはり不満げなまま賽をカララララと回した。

どうしたことだろう?とまこの方を見てみると、まこはふむふむと一人頷いていた。

そして秀介に言う。

 

「志野崎先輩、久は志野崎先輩が自分以外の女の子をからかっとるのを見たくないようじゃ」

「な、何がよ?」

 

まこの言葉にびくっと身体が跳ねる久。

ふむ、と秀介も頷く。

 

「からかわれるのは私だけの特権!と言いたいのか」

「なっ! べ、別にそんなんじゃ・・・・・・!

 ほ、ほら! 親は私でいいわよね!? 早く配牌取りなさいよ!」

 

あせあせと山を区切って牌を取っていく久。

その様子に秀介もまこも笑いながら配牌を取っていった。

 

「それはそうとまこ」

「ん?」

 

秀介の言葉にまこが、なんぞ?と振り向く。

 

「お前、久のことずっと呼び捨てなのな。

 「先輩」とか呼んでやる気ないのか?

 今更っていうんなら別にいいけど」

 

その言葉に、むぅと考えるまこ。

やがて。

 

「そうじゃね、他に部員が入ったら考えるわ」

 

そう返した。

そしてそれを聞いて久が不機嫌そうになったのを見て、秀介は呟く。

 

「その内、久が「私に負けたら先輩って呼ぶように」って勝負を仕掛けるとみた」

「・・・・・・別にそこまで気にしてないわよ」

 

つーんと久は摸打を続ける。

秀介はその様子を見て「どうだか」と笑った。

 

 

 

「そういえば」

 

三麻を打ち始めてしばらくして、まこが口を開いた。

 

「どっちが部長なんじゃ?」

「私」

「久」

 

その質問にあっさりと二人の意見が一致する。

 

「シュウは部長ってガラじゃないしね」

「久はしっかり者だからな」

 

そう言って二人で笑い合う。

まこはふーんとその様子を見ていた。

 

「わしの店でも思ってたけど、ホント仲いいんじゃな」

 

その言葉にまぁねと久が笑う。

 

「幼馴染だし、付き合い長いし」

 

そして少しため息をついて、言葉を続ける。

 

 

「色々あったしね・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

その言葉に何か思うところがあったのか、不意にまこが真剣な表情で聞いてくる。

 

「なぁ、お二人は付き合おうとか思った事ないんか?」

「・・・・・・っ」

 

その言葉に、久の顔が赤くなる。

そしてその反応を見てまこはまた何やら考え込む。

 

「志野崎先輩は久の事どう思っとるん?」

「まこ」

 

またおせっかい焼きが余計な事を、と秀介は100点棒を取り出す。

 

 

「いつぞやの靖子姉さんを忘れたかな?」

 

 

その言葉にひくっとまこの顔が歪んだ。

この一年、靖子に限らず色んな人がトバされるのを見て、その100点棒が意味することを理解しているようだ。

その際「天文学的確率で・・・・・・」の後ろの台詞が状況やその人に合わせて色々変わっている。

今回はどうなるのか。

 

「もしも万が一、天文学的確率で・・・・・・」

「ちょちょちょ! ま、待った!」

 

慌てるまこに秀介は笑いかけてやる。

 

「遠慮することは無いぞ?」

「遠慮しますから!」

「うちの両親もこの洗礼は受けてるからな。

 あ、久にはやったことなかったな」

 

そういえば、と秀介は久に向き直る。

久も、んーと少し考えて頷く。

 

「・・・・・・そうね、確かに私シュウにトバされたことなかったわ」

 

秀介はふむと頷き、改めて久に聞いた。

 

「ちなみに聞くが久、俺にトバされたいとかいう願望あるか?」

「無いわよ、そんなの」

 

あっさりと答える久。

あったらあったで困るが。

 

「そうか、なら今日は「まこいじめ」と行くか」

 

パクッと100点棒を銜えた。

 

「ちょ! なんじゃそれ!?」

「説明が聞きたいのか? よろしい。

 説明しよう! 「まこいじめ」とは!」

「いらんわ! そんな説明!」

 

声を上げるまこに対し、秀介はジャラララと自分の手牌を晒した。

一部を除いて。

 

{■■⑤⑥⑦⑨2377白白白}

 

「? シュウ、何するの?」

 

首を傾げる久に秀介は笑顔で答えた。

 

「説明しよう、「まこいじめ」とはこのように一部を除き手牌を晒しているにもかかわらず、不思議とまこが俺に振りこんでしまう手品のような現象の事だ」

「説明いらんてゆうたのに!」

 

うぐぐぐ、とまこは呻き声を上げる。

そんなまこを笑いながら、秀介はトントンと自分の手牌を叩く。

 

「安心しろ、まだ聴牌してないから」

「・・・・・・確かに」

 

晒された手牌を見るからに確かにまだ一向聴と言ったところだ。

{1か4をツモ、⑨}を切り出して隠れている所の両面待ちにするつもりか。

 

「ほんならまぁ、聴牌される前にとっとと上がらせてもらうわ」

 

一足先に聴牌したのか、まこはそう言って{⑦}を切り出す。

ほほうと秀介は笑った。

 

「こう言う時は素直なのな、お前」

「ん? 何がじゃ?」

「いやなに」

 

秀介はそう言って隠れていた手牌をパタパタと晒した。

 

「こういうことさ」

 

現れたのは{⑧と1}だ。

 

{⑤⑥⑦⑧⑨12377白白白} {(ロン)}

 

「ロン。

 よかったな、リーチかけてないから裏ドラの心配も無くただの白のみだ」

「ちょ! 聴牌してないってゆうたじゃろ!? 嘘ついたんか!?」

「「まこいじめ」だからな」

「いやぁー! いつも藤田プロ狙いじゃから笑えたけど、敵に回すとこんなにも怖いん!?」

 

ギャー!とまこは頭を抱えてしまった。

やれやれと秀介は笑う。

 

「まだまだ、こんなもんじゃないぞ」

 

例えば・・・・・・と言いかけて止まった。

 

例えばで出てくるのはあの時の事。

 

 

久を助ける為に無法者3人と打ったあの時。

 

 

まだ痕は残っているが痛みはもう無いはずの背中の傷と、その後の吐血がフラッシュバックする。

 

 

いかんな、嫌な事を思い出したと秀介は首を振る。

 

「ま、いい、続けようか」

 

ジャラッと山を崩す。

まこは半分涙目になりながらそれを手伝った。

 

「あ、そうだなぁ・・・・・・ついでに罰ゲームでもやるか」

「ば、罰ゲーム?」

 

不意の秀介の言葉にまこの身体がビクッと跳ねる。

 

「この半荘が終了するまでトバずにいられたら回避、むしろ俺が罰ゲームを受けよう。

 しかし逆にもしも万が一、天文学的確率で、麻雀卓が置いてあるお店の従業員であり一人娘でもある染谷まこさんが、手牌を晒して打つ人物を相手にトンでしまったら・・・・・・お前が罰ゲーム」

「な、何させる気じゃ!?」

「終わるまでに考えておこうか」

「いやぁ! 先輩が怖いぃ!!」

 

 

それからも。

 

 

「ロン」

「ちょ! そんなところで待つ!?」

「でも出てきただろ?」

「うぐぅ・・・・・・こっち切っておけば・・・・・・」

 

 

秀介の上がりは。

 

 

「ロン」

「なっ!? 嘘っ!?」

「隠れてる所に惑わされて。

 捨て牌素直に見ればよかったのに」

「手牌が表んなっとったらそっちに目が行くじゃろ!」

 

 

しばらく続いた。

 

 

「ロン」

「七対子じゃのうて二盃口!?」

「安目だから平和一盃口だけどな」

「{7と8}入れ替えて隠すなんて!」

 

 

まこの点棒が空になるまで。

 

 

「ロン」

「嘘ぉ!? ツモ切りリーチしたから山越し一発狙いかと思っとったのに!」

「山越し狙い読み回避読み直撃。

 一発ついてトビだな」

「トビですよ! うえぇぇ・・・・・・久ぁ、志野崎先輩がいじめよる・・・・・・」

 

あまりの所業にまこはガシャッと手牌を崩すと久に泣きついた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

久は何故か不機嫌だった。

まこはいつの間にか泣き止んでいて、その表情をじーっと見ながら言った。

 

「・・・・・・久、もしや志野崎先輩にいじめて欲しかったんか?」

「なっ!? ちちち違うわよ!? 何よいきなり!」

 

突然の発言に慌てる久。

秀介もそれに便乗してみる。

 

「久、俺は多少ならそういう趣味に理解はある方だと思うぞ」

「よかったなぁ、久」

「二人とも何言ってるの!?」

 

久は真っ赤になって騒ぎ立てる。

やはり久をからかうのは面白い、と思いつつ秀介は呟いた。

 

「御希望なら日を改めて「久いじめ」をやってやろう」

「いらないって言ってるでしょ!?」

「まぁ、とりあえず今日はまこが楽しんでくれたようでなによりだ」

「楽しめた要素がまったく無かったんですけど!?」

 

 

それは置いておいて、後日喫茶店にはネコミミを付けて語尾に「にゃ」を付けるまこの姿があったという。

 

大盛況だったらしい、常連に。

 

その陰で「シュウってば、ああいうのが好きなのかしら・・・・・・」と呟く久の姿があったり無かったりしたらしい。

 

 

 

そんな感じで和やかに過ごす毎日。

時々また喫茶店でお客さんを交えて打ったり、靖子を交えて打ったり。

 

靖子が煙草を吸うようになったのもこの頃だ。

いや、もしかしたらその前から吸っていたのかもしれないが、秀介達の目の前で吸い始めたのはこの頃だ。

突然懐から煙草を取り出したのを見た時は、秀介も久もキョトンとしたものだ。

しかも吸うようになった理由と言うのがまた。

 

「どうだ?」

「・・・・・・何が?」

 

煙草を銜えてにやっと笑う靖子に、今回は何が言いたいの?と言う表情で返事をする秀介。

靖子は笑顔のまま告げた。

 

「お前の銜える100点棒に対抗してみた」

「・・・・・・」

 

何か銜えれば強くなれるとでも言いたいのか、この人は。

と思っていると。

 

「ほんなら・・・・・・」

 

自腹でデザートを用意したまこが、その内の一つポッキーを銜えた。

 

「わしはこれで・・・・・・にゃ」

 

そう言うまこの頭にはネコミミが。

既に何度かやらされているようで、もはや慣れたものである。

靖子は「ほほう」と笑ったが秀介としては呆れるだけだ。

それはそれとして、久の方に視線が集まる。

 

「・・・・・・何もしないわよ?」

 

その言葉にちぇっと落胆する靖子とまこ。

何を言ってるんだか、と久は頼んでおいたジュースを飲む。

 

「・・・・・・それを銜えるというのはどうだ?」

「え? 何?」

 

靖子の言葉に止まる久。

 

「いや、その今飲んでるストローをそのまま銜えてみるというのは」

 

その言葉にまこも頷く。

 

「他に無いしそれでええにゃろ」

 

ポリポリとポッキーを齧りながらそう言った。

 

「あ、こら、齧ってどうする。

 銜えてろ」

「じゃけどこのままじゃ口ん周りがチョコまみれんなりますにゃ」

 

靖子の言葉も聞かず、結局まこはポッキーを食べきってしまった。

そんな様子を見つつ、何を言ってるんだかという表情で秀介に助けを求めてみる久。

 

「・・・・・・やるだけやってみたらどうだ?」

 

秀介も自棄になっていたのか、助けてはくれなかった。

仕方なく久もそれを銜えてみる。

 

 

・・・・・・・・・・・・。

 

 

「うっとい!」

 

ストローは5秒で投げ捨てられた。

 

とりあえず妙な事を言いだした靖子はやはりトバされた。

 

その後も靖子は煙草をやめることはしなかったが、煙管に変更した辺り反省したのかもしれない。

 

 

そうかと思いきや。

 

「シュウ! カツ丼でゲンを担いでお前に勝つ!」

 

そう言うわけでもないらしい。

 

「ところでこのカツ丼美味いな。

 うん、美味い、とても美味い、かなり美味いぞ」

「良ければまた頼みます?」

「是非頼む」

 

なんかカツ丼にハマったらしい。

 

 

 

それからまたしばらくして、パソコンをインターネットにつないでネット麻雀もやってみたりした。

今までは麻雀卓で打っていたり喫茶店に打ちに行ったりしていたし、久が調べ事や生徒会の資料作成に使う程度だったので、こうして麻雀部らしく使う機会は無かったのだ。

サイトに接続しソフトを起動したところで、久は秀介を見てにやりと笑ったものだ。

 

「シュウ、あんた普段はまるで山や人の手牌が見通せてるかのように打ってるけど。

 果たしてネット麻雀ではどうかしら?」

 

その言葉にまこもにやりと笑った。

 

「なるほど・・・・・・オカルトな能力を持つ人間はそれが発揮できないゲームや画面越しでは大きく弱体化するっちゅーのが定番じゃな」

「・・・・・・なんか俺が負けること期待されてる?」

「「別にー」」

 

二人の反応にやれやれと頭を抱える秀介。

そんな秀介を席に座らせ、二人はその後ろに立ちながら見学する事にした。

 

「まずは名前を決めるのよ」

「決める?」

「本名入れてもいいけど、ハンドルネームっていうネット上だけで使う名前を決めておくのがいいわね」

「そうなのか、ふむ・・・・・・」

 

「何にしようかしら?」「格好いい名前がいいじゃろ」などと勝手に言い合う久とまこを置いておいて、秀介はため息をつきながらキーボードに手を伸ばした。

正体不明というのなら別にこの名前を入れてもいいだろう、と考えながら。

 

 

3おgtぞ

 

 

「・・・・・・シュウ、ローマ字って分かるかしら?」

「ん?」

 

久にそう言われて秀介は初めて自分が入力した文字が意味を成していない事に気付いた。

キーボードの文字探しに集中していたせいである。

 

「ローマ字・・・・・・これローマ字で書くのか?」

「そうよ」

「何だその面倒くさいシステムは」

「パソコンはそう言うルールで作られてるんだから仕方ないじゃない。

 中学の時にもやってたでしょ?」

「記憶にない」

 

ため息をつきながらやれやれと頭を抱える久。

それとは別の理由でため息をつく秀介。

 

「・・・・・・しょうがないわね、私が打ってあげるわ。

 で、なんて入れようとしたの?」

「・・・・・・いや、何かもういいや。

 久が決めてくれ」

 

投げやりな答えにまたため息をつきながら、久は「シュウ」と入力した。

まんまじゃないか、なんて秀介の呟きは無視して。

そうして対戦環境が整ったところで、秀介の初めてのネット麻雀が始まった。

マウスの操作なんかも一緒に指導されながら。

 

 

実際打ってみるとなるほど、確かに山は見えないし手牌も見えない、牌の入れ替えなんてもっての外。

「死神の力」といえどもゲーム越しにまでその効果を発揮するわけではないようだ。

そこまでは久とまこの期待通り。

 

しかし忘れてはいけない。

彼は元々デジタル打ちの人間である。

 

普段の圧倒的な早上がりや狙い打ち、時折ある高打点などは影を潜めたものの、終始リードを保ち続けた。

半荘3回打ち、1回2位、2回トップである。

 

「・・・・・・シュウ、ここを押してみて」

「ん? こうか?」

 

久の指示に従い、画面のボタンを押してみる。

いくらか慣れてきたようだ。

 

「ここで過去の牌譜が見れるの。

 このゲームでは半荘10回分までだけどね」

「なるほど」

 

便利なものだな、と思いつつ今打った半荘3回分の牌譜を見てみる。

 

「ここ、この半荘のこの局を選んで。

 そうすると配牌から一打ずつ見れるから」

「こんなことまでできるのか」

 

感心しつつ全員の手牌が見える状態で一打ずつ進めていく。

 

「ここ、ちょっと気になったんだけど」

 

久に言われて手を止めた。

 

ドラ{⑧}

 

秀介手牌

 

{四五六六⑥⑦⑦(ドラ)⑨3445} {(ツモ)}

 

「シュウはここからほとんどノータイムで{⑦}切りよね?」

「ああ、そうだ」

 

カチッとクリックして手を進めると、秀介はそこから確かに{⑦}を切り出している。

 

「む、言われてみるとおかしいなぁ」

 

まこもそれに気づいたらしい。

当の秀介も何が言いたいのか分かっているようだ。

伊達に前世でプロの卵の面倒を見ていたわけではない。

 

「平和手で考えると一番受けが広いのは{六}打ち、って言いたいんだろ?」

「そうそう」

「ドラもあるし筒子は残しといた方がええと思うけど」

 

 

{四五六六と⑥⑦⑦⑧}、この形の場合どちらを残すか。

通常{⑥⑦⑦⑧}の方を残すべきである。

すなわち{六}打ちが正しい。

 

何故なら、{四五六六の場合両面待ちになるのは五六七}をツモった場合のみ。

他に両面の待ちがあれば別だが、{三をツモると頭と六のシャボ受け、八}を引けばカンチャン待ちとなってしまう。

{四}は他の手牌によりどちらにもなりうる。

頭があれば{四四五六六のカンチャン、なければ五を切って四と六}のシャボ。

また{六をツモると頭と三-六}の変則三面張となるが、上がり形で{六}か頭となっている牌が暗刻となり平和が消える。

聴牌になるだけなら{三四五六七八}の6種、うち両面は3種。

 

一方{⑥⑦⑦⑧の場合、⑦を引いた場合のみ頭と⑦のシャボ、⑤⑥⑧⑨}を引けば両面待ちとなる。

現に{⑨が重なって頭となるまで⑥⑦}両面の形になっていた。

頭が無い場合は{④ツモ⑧}切りでカンチャン待ちとすることもできる。

聴牌は{④⑤⑥⑦⑧⑨}でやはり6種、だが両面になるのは4種。

ちなみにこれは{⑥⑦⑦⑧}の場合であり、数字が一つ下がった{⑤⑥⑥⑦の場合は③④⑤⑥⑦⑧⑨}の7種が受け入れ可能となる。

 

 

「確かに通常なら{六}打ちで正解だろう」

 

そう言いつつ、「ただし」と秀介は言葉を続けた。

 

「捨て牌を見ると萬子の出が少し多い」

「・・・・・・そうかしら?」

 

秀介の指摘に久が首を傾げる。

が。

 

「ま、数でいえば確かに多いとも言い切れないだろう。

 だが上家と下家の捨て方は手牌に萬子が無く、他の面子を伸ばす為に切ってる切り方だ。

 面子のキーとなる{三七}がそれぞれ切られているからな。

 対面も同様、あっても上の{六七八九}辺りだろう。

 ・・・・・・って、今手牌見えちゃってるけど」

 

秀介の指摘通り、確かに他家の手牌に萬子はほとんど無い。

 

「・・・・・・つまり山に残ってるわけね?」

「そう、萬子は山に残っている。

 このゲームの山が牌の偏りまで再現してるかは分からなかったが、つまり王牌にも多めに入っている可能性があるわけだ。

 それも他家の捨て牌が上に寄ってることから察して下寄り、{一二三四}辺り」

 

実際その局で秀介がリーチをかけツモ上がりをした結果裏ドラ表示牌が{三}となり、裏1となったわけだ。

 

「それに対して筒子。

 こうして手牌を見ると予想より多かったが、対面は一盃口成すか崩れるか、下家は2面子分とさらに両面。

 上家に至っては染め手が狙えそうなほど。

 つまり・・・・・・」

「・・・・・・裏ドラが期待できないと」

「そういうこと。

 ついでにツモもな」

 

ふわぁ、とまこから声が上がる。

結局秀介の上がり系はこの形。

 

{四五六六七⑥⑦(ドラ)⑨⑨345} {(ツモ)}

 

リーヅモ平和ドラ1と裏1で満貫だ。

 

はぁ・・・・・・と二人からため息が漏れた。

 

「・・・・・・あんた普段はあんなにおかしな打ち方とかしてるくせに、何でネット麻雀だとデジタル打ちになるのよ」

「何を言うか、俺はデジタルの打ち手だぞ」

「あんな打ち方するデジタルがおるかい・・・・・・」

 

この日の久とまこの収穫は、ゲームなら勝てると思っていた予想が大幅に外れたという結果だけだった。

一方秀介はネット麻雀という新しい遊びを少しは気に入ったようだ。

 

しかし一人でパソコンを操作していると何故か唐突に画面が青くなったり「不正な操作が行われました」だの「コピーは禁止されています」だの「電源が入っていません」だの

意味不明なエラーが表示されるので、一人でいる時にネット麻雀に入り浸る事は無く上位に行くほど打てたわけでもなく、ネット界に彼の名前が広がる事も無かった。

 

パソコンが苦手なのかパソコンに嫌われているのか、その辺りは謎である。

 

 




まこ「にやにや」
久(ネコミミ)「・・・・・・にゃ・・・・・・はっ!?」


多分久が「だって私はシュウが大好きなんだもん!」って開き直ったら、ものすっごく甘ったるい空気になると思います。
指定席は秀介の膝の上、とか。
そう言うのも嫌いじゃないですが、これくらいの距離間の二人もいいんじゃないかなーと思います。


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12染谷まこその2 恋愛とピンチ

ベッドは秀介の愛用品。
ところで原作の久は初登場時どこにいたっけなー?(



時は流れに流れ、11月である。

 

 

「・・・・・・暇ですねー」

 

まこは部室の麻雀卓にうつ伏せになりながら呟いた。

一方秀介はベッドに仰向けになりながら答えた。

 

「だから麻雀打とうぜって言ったのに」

「いやぁ、また苛められる気がして」

「人聞きの悪い」

 

まこの言葉に秀介は苦笑いをする。

 

現在久は生徒議会中。

先に帰ってもいいと言われているのでまこは秀介を連れて喫茶店で打とうかと思っていたのだが、秀介はここで待つというのだ。

なら一人で帰るのも、とまこも部室に残っているのだがどうにもやることがない。

 

不意に秀介が起き上がった。

 

「ならルールを変えて打つか?

 以前久と打ってた特殊ルール二人麻雀」

「・・・・・・どんなん?」

 

首だけ上げて秀介の方を見るまこ。

 

「聴牌合戦のステージAと相手の待ちを読むステージBに分かれてて、両方に勝たないと点が入らないルール」

「どっちも勝てる気がしないわー」

 

再びカクンとまこは首を倒した。

 

「ならネット麻雀に転がっている「次の一打」論争」

「それだって先輩の独壇場じゃあ・・・・・・」

「なら上級者向け捨て牌読み「反射」の説明でも」

「この間も聞いたけどよう分からんて」

「ならば・・・・・・」

 

スッとベッドから起き上がると秀介はホワイトボードに向かう。

久が用意したものだが滅多に使われる事がなく、何の為に持ち込んだのかがいまいち不明な品だ。

秀介はそれに何やらカリカリと数式を書いていく。

 

「・・・・・・何を書いとるんじゃ? 先輩」

「授業をしてやろう、まこ。

 麻雀牌は全136牌、この内配牌で13×4=52牌が消費される。

 王牌はツモらないが不明な領域なので数に含め、代わりにドラ表示牌のみを除く。

 残った山の内、有効牌が引けるのは大体3回に1度と言われている。

 ツモの順番が4回に1回、さらに有効牌がツモれる確率が3回に1回となると・・・・・・」

「数学の教師かい! 頭パンクするわ!」

 

まこの言葉に秀介はため息をつくと再びベッドに向かい、仰向けに倒れた。

 

「わがままな後輩め」

「自分の身を守る防衛手段じゃ」

 

やれやれ、とそのまましばし沈黙が流れた。

 

 

まこは両手を枕にしながらベッドに寝ている秀介に目をやる。

秀介はベッドの近くの窓から外を眺めているようだ。

目は開いているし眠っている様子は無い。

 

「・・・・・・志野崎先輩」

「何だ?」

 

まこの呼び掛けに秀介はこちらを見ないまま返事をする。

 

「・・・・・・久がいない今だから聞かせて欲しいんじゃ。

 先輩、久の事どう思っとるん?」

「まこ、今日は何点マイナスにしてほしいんだ?」

「いや! もうあれはホンマに勘弁!」

 

秀介の言葉に思わず飛び上がるまこ。

秀介も冗談だったのか特に起き上がる様子は無い。

むー、とまこは身構えるのをやめたが、秀介の方に近寄りながら言葉を続ける。

 

「久が先輩を好きなんは傍目にもよく分かる。

 からかえば反応するしな。

 先輩もそれはわかっとるじゃろ?」

 

これで分かってなかったら鈍感なんてもんじゃない、女の敵じゃ!とまこは言う。

 

「・・・・・・知ってるよ」

 

秀介は寝転がったまま、しかし声色は真面目に答えた。

 

「ほんならなんで何もせんのじゃ?

 あの久の態度から察するに一回くらい告白してきたんじゃないんか?」

 

そこまで言われて、秀介はようやく起き上がった。

 

「・・・・・・答えなきゃダメか?」

 

その表情はあまりに真剣。

普段からかわれている中でも見たことがない表情だ。

聞いておいて思わずまこも黙りかける。

しかしここまで聞いたのだ、せっかくなのでともう少し押してみた。

 

「・・・・・・あのままじゃ久が可哀そうじゃ」

 

そう言って視線を逸らしつつ、しかしチラッと秀介の様子を窺う。

秀介は軽く自分の頭をかくと、小さくため息をついた。

 

「・・・・・・やっぱりそうだよな・・・・・・」

 

秀介はそう言って、一人考え込んでしまったようだ。

 

(・・・・・・これは思ってたよりも深いなぁ。

 そこまでとは思わずに首突っ込んでしもうたか・・・・・・)

 

まこはまこでまた考え込んでしまっている模様。

そうなるとまた沈黙が訪れる。

しかし。

 

(・・・・・・久は先輩が好きじゃし、先輩も満更でない様子・・・・・・)

 

お節介焼きのまこはやはりとことんお節介を焼いてやろうと考えたようだ。

 

「先輩、久の事は嫌いか?」

「・・・・・・いや、そんなことない。

 むしろ女の中では一番好きだ」

 

好きだ、とまで言ったか。

 

「それを本人に言ってやれば解決じゃろうて」

「・・・・・・すまんな、これは俺のわがままだ」

 

過去の、病室での事を思い出しながら秀介はそう言う。

何かあったようじゃの、と思いながらまこは言葉を続ける。

 

「例えばじゃ」

 

ニッと笑ってやった。

そして秀介がいるベッドのそばまでやってくる。

 

「わしが今ここで先輩に告白してせまったとしたら・・・・・・どうする?」

 

笑いながらも言っておいて恥ずかしいのか、まこは少しだけ頬を赤らめながらそう言って秀介の顔を覗き込む。

秀介は何故かベッドのシーツを握った。

 

「とりあえず抑え込んで縛りあげてベッドに転がしておくかな」

「ちょ、そりゃ酷い」

 

苦笑いをしつつ、まこは秀介から離れる。

 

「確かに先輩ならやりかねんな。

 でも・・・・・・久はどうじゃろ?」

「む?」

 

久がどうした?と秀介が顔を上げる。

 

「久がどこかの男に迫られたとして、おんなじようにできると思う?」

 

ふむ、と考えてみる。

あの気性、時々来る物理的な突っ込み、それを考えるとできない事も無かろう。

しかしとどのつまり久も女の子である。

最終的には逆に抑え込まれる立場であろう。

 

 

「先輩だけじゃない、久だって誰かに迫られる可能性はあるんじゃ。

 

 いつまでも答えを保留しとったら久の気持ちが別の誰かに転がるってこともある。

 

 今の先輩みたいに久と仲良く笑って、話して、麻雀打って。

 

 そんな男が先輩以外に久の隣に現れたりしたら・・・・・・どう思う?」

 

 

「・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・嫌だな」

 

それほど時間をかけず、秀介はそう返した。

その返事にまこは安心する。

ここで身を引くようなら秀介の気持ちも所詮そこまで。

しかし嫌だと言えるのなら見込み十分だ。

 

「そんならとっとと返事して手元に置いておきんしゃい。

 あんまり久を待たせたらいかん」

 

ニッと笑ってやる。

秀介は「ああ」と小さく頷いた後にフッと笑った。

 

「・・・・・・お前、いい女だな」

「へ? ちょ! 何を!?」

 

突然の言葉に慌てるまこに、秀介は笑った。

 

「親友である久と先輩である俺の間に立って仲を取り持つとか。

 世間一般で言う「いい女」の条件しっかり満たしてるな。

 男子に人気あるんじゃないか?」

 

ああ、そういうこと、とまこは苦笑いを浮かべる。

 

「んなことないわ。

 先輩くらいに仲のいい男子はおりゃせんよ」

「まぁ、俺はいい男だからな」

「言うとれ」

「もし彼氏にするんなら、俺みたいないい男を選べよ」

「先輩はいじわるするから嫌じゃ。

 もっと優しい男がええな」

 

そんな会話をして二人は笑い合った。

 

と。

 

「ん、家から電話じゃ、ちょっと失礼」

 

まこが携帯にかかってきた電話に出る。

少しやり取りをして電話を切ると、その表情は苦笑いに変わっていた。

 

「仕事が忙しいから帰ってこいって」

「そうか」

 

まこは鞄を手に取るとドアに向かう。

秀介はベッドから降りてそれを見送る。

 

「じゃ、久と合流してからここを出るよ。

 店が忙しいんじゃ今日は寄らない方がよさそうだな」

「来てくれれば、時間はかかるかも知れんけどちゃんと接客しますよ。

 ほいじゃ志野崎先輩、またな」

 

手を振ってまこは部室を後にした。

それを見送ると秀介は軽く伸びをして、久を待つべく部室に残る。

その為に一人で時間を潰す為にどうするか。

 

彼は再びベッドに向かった。

 

「・・・・・・寝てるか」

 

選択肢はいつもの通りに。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ちょっと遅くなっちゃったわね」

 

久が生徒会を終えたのは普段より遅く。

 

「・・・・・・シュウ、また寝てるのかしら?」

 

久の頭には秀介が帰ったかもしれないなんて可能性はほとんど無い。

まぁ、まこが入部してからここまで遅くなったことは無いし、もしかしたらまこに気を使って一緒に喫茶店に向かった可能性もあるかもしれないが。

行くだけ行ってみましょうと、久は部室に向かった。

 

そして部室の前に来てドアを開けようとしたその時、不意に携帯が鳴った。

メールのようだ。

何事?と開いてみる。

まこからだ。

 

「麻雀関係で大ピンチじゃ。助けて欲しい。至急喫茶店まで」

 

そう書いてあった。

 

「・・・・・・シュウに頼みなさいよ」

 

そう思いつつメールを見直してみてふと気がつく。

宛先は自分だけ、一斉送信で秀介に送った形跡がない。

麻雀で頼りになる秀介には送らず自分だけに?

と言う事は・・・・・・秀介はすでに喫茶店にいる?

にもかかわらずピンチとは。

 

「この文面から考えると本当にピンチそうだし・・・・・・。

 そんな状況でシュウが手加減するはずもないし・・・・・・。

 ・・・・・・シュウが負けるなんてありえないし・・・・・・」

 

付き合いは長いのだ、それくらいは察する。

 

「・・・・・・とにかく行ってみましょう」

 

久は秀介とまこにメールで「何事?」と一言だけ送り、携帯を仕舞うとそのまま部室から離れた。

 

 

中でまだ秀介が寝ている可能性を考えずに。

 

 

 

結局秀介から返事は無く喫茶店まで到着した。

ドアを開けるといつも通りのチリリンという音が鳴る。

中は一見いつも通り。

 

だが、客が圧倒的に少ない。

 

そんな中、麻雀の音だけが聞こえる。

久はすぐに奥の麻雀卓に向かう。

卓についているまこと何度か見た常連さん、そして60代くらいの男とスーツの男。

そしてまこの後ろ。

 

「・・・っ!」

 

見覚えのある男が一人。

 

 

忘れもしない。

父親から法外な金を奪おうと無理矢理麻雀を打ったあの時。

 

 

秀介の背中に傷を残したあの男!!

 

 

「ロン」

「う、ぐっ!」

 

スーツの男が手牌を倒す。

 

「七対子ドラドラ。

 トビですか」

「・・・・・・あ、ああ・・・・・・」

 

振り込んだのは常連のお客さん。

 

「染谷さんは中々頑張りますねぇ。

 しかし・・・・・・あなたはちょっと」

 

スーツの男はそう言う。

麻雀好きなだけの一般人を相手に何を言っているのか。

 

「まこ」

 

区切りも付いたようだし、と久は声をかける。

まこはすぐに席を立って来た。

 

「スマン、できれば巻き込みたくなかったんじゃが・・・・・・わし一人じゃどうしようも・・・・・・」

「気にしてないわよ。

 それよりどういう状況なのか教えて」

 

こくっと頷くまこは、しかし辺りを見回す。

 

「・・・・・・志野崎先輩は?」

「え? 来てないの?」

 

てっきり一緒に来ていたと思ったのに。

 

「わしは仕事で呼ばれて先に帰ったんじゃが・・・・・・志野崎先輩はまだ部室で残ってるって・・・・・・」

「・・・・・・!」

 

迂闊だった、部室のドアを開けて中を確認するくらいしてくればよかった、と久は己の行動を嘆く。

 

「シュウの携帯にも一緒に送信したようじゃなかったからてっきり一緒にいるのかと思ってたわ」

「・・・・・・志野崎先輩のアドレス知らんて。

 いつも久が一緒におるから久に連絡してれば十分じゃったし」

「・・・・・・確かに」

 

それはそれで嬉しいやら恥ずかしいやら。

とは言えここで顔を赤くして身悶えしているわけにもいかないので話を続ける。

 

「・・・・・・ま、まぁ、それは仕方ないて。

 久、今からでも志野崎先輩に連絡・・・・・・」

「とりあえず状況を教えて」

 

まこの言葉を遮るように久がそう言った。

まこは少し不満気だったが、頷いた。

 

 

 

「わしが帰って来た時にはもうあの4人がおったんじゃ。

 卓に着いとる2人と、わしとあのお客さんの後ろに立っとった2人。

 そんでひたすらに勝ちを続けとるっちゅうんじゃ」

 

久はちらっと男達の方を見る。

あのまこの後ろに立っていた男、あの男がいるということから既に察しが付く。

 

「・・・・・・手牌を通されたのね」

「え? た、確かにわしもそれは疑ったけど・・・・・・でもお客さんじゃし、妙な疑いかけるわけにはいかん。

 でも何で断言できるんじゃ?」

 

知った顔だから、などとは言えない。

それはつまり久の過去をまこに説明する必要があるからだ。

父親がわざわざ関係を切ってまでこちらを守ってくれたというのに、それをわざわざ自分から掘り返すような真似はできない。

 

「・・・・・・それはそれとして、なんでまこの家に来てるの?

 もしかして借金抱えてたりとか・・・・・・」

「いんや、確かに昔雀荘じゃったここを改良した時にお金がかかったとは聞いとるけど、とっくに返し終わってるって聞いとる」

 

お金関係ではない?

ならばなぜ?

全く予想がつかない久に、まこが言う。

 

「・・・・・・わしも何の用かって聞いたんじゃ。

 そうしたら奴らこう言った」

 

少し声を落として。

 

「・・・・・・「麻雀のプロを負かす奴がいると聞いて来た」ってな」

 

どう聞いても靖子と秀介の事だ。

人目のある喫茶店で少しばかり勝ちすぎたか、と秀介がこの場にいれば嘆いた事だろう。

 

「狙いはシュウなのね・・・・・・」

「最初は常連の人とわしで追い返そうと思ったんじゃけど・・・・・・。

 あの対面のスーツの男がおかしい、強すぎるんじゃ。

 例えるなら・・・・・・」

 

ごくっと唾を飲み、まこは言葉を続ける。

 

 

「・・・・・・志野崎先輩と打っとるような・・・・・・」

 

 

「・・・・・・まさか・・・・・・」

 

あんな打ち方をする人間が他にも?

しかしまこは人の打ち方を記憶して手の進行の参考にする打ち手だ。

そのまこが秀介の打ち方に似ているというのなら本当にそうなのだろう。

 

「奴らは、志野崎先輩を出すまで帰らんと言うとるんじゃ。

 負けたら出ていくとは言うとるけど、素人のお客さんとわしじゃ追い返せん・・・・・・」

「いっそ警察でも・・・・・・」

 

久の言葉にまこは首を横に振る。

 

「あかんて、あの雰囲気只者やない。

 下手な騒ぎになったらうちの店にも変な噂立つかもしれんし・・・・・・」

 

そう言ってまこは苦虫を噛み潰したような表情で考え込む。

確かに実家に変な噂を立てられてはたまったものではない。

ましてや喫茶店なのだ、今後の売り上げに響くのは間違いない。

 

「・・・・・・なら、まこ」

 

まこの言葉に久はぐっと拳を作って言った。

 

「私達二人で追い返しましょう」

「え、でも志野崎先輩は・・・・・・」

「ダメよ」

 

まこの言葉を遮る。

あの手牌を通す男と秀介を会わせるのはよくない。

あの時の逆恨みで襲いかかってくるか、逆に秀介が恐怖心を抱えるか、どちらにしろ危険が高い。

 

「・・・・・・シュウは巻き込めない、そうでしょ?」

「う・・・・・・わしかてできれば巻き込みとうないと思っとった・・・・・・。

 けど・・・・・・勝てるんか?」

 

まこは不安そうに聞く。

久だって不安だ。

あの時男達に一方的に点棒をむしられた恐怖心を忘れたわけではない。

だがそれでも。

 

 

「・・・・・・やるのよ、私達で」

 

 

 



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13竹井久その3 出会いと経験

今後の話の展開を考えると浮きそうな気がするんで今のうちに。
今月末辺りでこの小説がハーメルンで連載()を始めて1周年ですよ。
めでたいと言うべきか長引いていると言うべきか。
さすがに2周年まで突っ込む予定は無いんで、これからもどうぞよろしくお願いします。



まずは、と久がその男の前に立つ。

 

「あ?」

 

久の顔を見て、その男は一歩下がった。

 

「お前・・・・・・あの時のか」

「・・・・・・まだこんなことしてたのね」

 

久の言葉に男は舌打ちをし、周囲を見回す。

 

「・・・・・・あのガキは来てねぇのか」

「・・・・・・もう巻き込むわけにはいかないから」

 

久はそう言って麻雀卓に近寄った。

 

「変わります」

「す、すまんね・・・・・・」

 

常連のお客さんにどいてもらい、代わりに久が入る。

まこは続行だ。

 

「・・・・・・久、この男と知り合いなんか?」

「いいえ」

 

まこの言葉に久は冷たく言い放つ。

 

「ただの無関係者よ」

 

 

「ふぅん・・・・・・」

 

久の上家、スーツの男が久を眺める。

 

「あなたがプロを負かしているという人ですか?」

「さぁてね」

 

男の言葉を久はあっさりといなす。

と、不意に対面の老人が笑った。

 

(ふじ)、こやつはどうだ?」

 

どうだ?とはどういうことか?

藤と呼ばれた男は暫し久を眺めた後、小さく笑った。

 

「外れかと。

 この相手に負ける者がプロになれるとはとてもとても」

「まだ打ってないのに笑うのは早いんじゃない?」

 

藤の態度に久は不満気に言う。

が、その言葉には老人も笑った。

 

「ハッハッハ、藤は相対しただけで相手の実力が分かる。

 そうじゃろ?」

「ええ、先程の方よりは打てるようですがね。

 まぁ、せいぜい楽しませてもらいましょう」

 

藤はそう言って笑うのみ。

久はやはり不満げだった。

 

 

 

「さて、では新しい人が入ったことだし、改めてルールを説明しようか」

 

老人が久にそう言う。

 

「通常通り麻雀を打ってもらう。

 オカやウマは無しだ。

 箱割れはその場で終了し、箱割れした者は下がってもらう。

 打ち手がいなくなったら仕方ない、終わろうというルールだ。

 箱割れせずに交代するのも自由だが、一度席を抜けた者が再び入るのは許さん。

 こちらはワシと藤、どちらかがトンだら終わりで構わん」

 

つまり逆にいえば箱割れしなければずっと打ち続けられるという事か。

 

「それだとそちらが不利なんじゃなくて?」

 

久はそう言ってみるが、老人は笑うのみ。

 

「そう言って今まで挑んだものは全員追い出されてるだろう?

 染谷さんはずいぶん残っているがな」

 

その言葉に、まこは「はン!」と笑い返す。

 

「よう言うわ、わしからロン上がりせんでおいて」

 

そう言ってやると、藤も笑い返した。

もっともその笑いはまこの物とは全く違っていたが。

 

「親父と女の子、どちらと打ちたいか明白でしょう」

 

やな奴、と久は思った。

 

「じゃあ・・・・・・女の子が二人入ったこの状況。

 そろそろあなたが退く頃かしら?」

 

そう言うと、藤はおやおやと笑う。

 

「これは痛いですね。

 しかしまぁ・・・・・・」

 

そして藤はまこの方を向いた。

 

「染谷さん、そろそろお疲れではありませんか?」

「こんだけ常連客に嫌な思いさせといて、従業員のわしがあっさりと引いてたまるかい!」

 

まこもまこで怒っているようだ。

ハッハッハと老人は笑い、賽を回すボタンに手を伸ばす。

 

「まぁ、それでは始めようかの」

 

カララララと賽が回っている間に久は聞いておく。

 

「まこ、こいつら何連勝してるの?」

「わしが入ってから4連勝じゃ。

 誰もトバずに終えられた半荘もあったが、わしが入る前から合わせて常連が8人も追い払われとる」

 

忌々しそうにまこは答える。

 

「そう・・・・・・」

 

口だけじゃなさそうね、と久は髪を左右でまとめて気合いを入れる。

 

「ん、ワシが親か」

 

親巡

老人→藤→久→まこ

 

「では、よろしくお願いしますよ」

「よろしくお願いします」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

藤の言葉に二人はつっけんどんだが挨拶はしっかりとする。

挨拶は礼儀だ。

 

 

 

東一局0本場 親・老人 ドラ{六}

 

久手牌

 

{一七九③④⑥⑥23(横4)8南北發}

 

(まこがシュウに似た打ち手と言ったこの藤という男・・・・・・。

 まずはどれくらいの腕前か見せてもらいましょう)

 

久は通常通り字牌整理から手を進めていく。

やがて。

 

(・・・・・・ん?)

 

ある牌をツモる。

 

(この牌が来た意味・・・・・・)

 

久はその牌を伏せたまま手牌の端に加えた。

そして不要牌を切っていく。

 

「ん? その伏せた牌は?」

「どう打とうが勝手ではありません?

 それとも、伏せられると何か不都合でも?」

 

藤の言葉に久は笑って返す。

その打ち方にまこははっとする。

 

(そうか、以前わしが志野崎先輩にいじめられた時も、手牌の一部だけを隠して待ちを読めんようにしとった。

 ツモった牌が見られないように伏せておけば、後ろの男達もわしらの手を通せんちゅうことか!)

 

まこもそれを即座に真似る。

老人はほほうと笑った。

 

「手牌を通していると疑っているようだな。

 酷い疑いをかけられたもんだのう?」

 

その言葉に藤も「まぁまぁ」と声をあげる。

 

「どう打つかは確かに個人の自由です。

 好きにさせようじゃありませんか」

 

(言ってなさい)

 

この手で直撃してやるんだから、と久は手を進める。

そして。

 

{七九②③④⑤⑥⑥⑥(横八)234■}

 

(来たわね)

 

久はニッと笑う。

 

(これが私の打ち方よ!)

「リーチ!」

 

タァンと捨て牌に{⑤}が横向きに置かれた。

それには後ろの男だけでなくギャラリーの常連からもざわめきが上がる。

 

(多面待ち捨てて伏せてある牌を残す!?)

(どう考えても{⑤}を切る理由が思い浮かばん!)

(一体伏せたのは何!?)

 

そんな中、まこもざわめきから久の手を察する。

 

(周りの騒ぎ様から考えて、また多面待ち捨てて悪待ちかぁ?)

 

そして、スッと眼鏡を外して久の捨て牌をじっと見た。

 

(・・・・・・この形・・・・・・以前似たような譜面を見た覚えがある・・・・・・)

 

その時久はどのように打っていたか?

そこから待ちを予測し、それ以外の牌を切る。

 

「ふむ・・・・・・」

 

と、老人の手が止まる。

おそらく通し(サイン)により多面待ちを捨てて何かの単騎待ちと知らされている事だろう。

となれば安牌以外は容易に切れない。

 

(さぁ、どうする?)

 

久は笑ってやった。

老人はそれを見てやれやれと藤に声をかける。

 

 

「藤、ワシは何を切ったらいい?」

 

 

何を切ったらいい?とは何ともおかしな質問だ。

確かにこの場で「何待ちだと思う?」や「お前の欲しい牌は何?」なんて聞くわけにもいかないだろう。

しかし「自分は何を切ったらいい?」とはまたおかしい。

 

何を考えているの?と訝しむ久。

そんな中、藤はフッと笑うと答えた。

 

 

「当たり牌はありますが、面子として使われているので手を崩さない限り平気ですよ」

 

 

「は?」

 

思わず声を上げてしまう。

何それ・・・・・・?

それはまるで・・・・・・。

 

(いや、私の待ちが分かるわけが・・・・・・)

 

 

久の伏せてある牌、それは{六}である。

つまり久の手牌は、

 

{(ドラ)七八九②③④⑥⑥⑥234}

 

ノベ単{六-九}待ちである。

高目のドラで上がり、裏が絡めば満貫が狙える形。

 

(まさか、捨て牌でも読めるわけが・・・・・・)

 

多少絞り込むことはできるだろうが一点読みができるとは思えない。

 

(・・・・・・それにあの言い方、自分の上家のお爺さんの手牌も見えてるの・・・・・・?)

 

まぁ、味方同士だしサインで通し合っていても不思議ではないが・・・・・・。

不審に思いながら自分の番にツモ切りする久。

 

そしてしばらく後。

 

「・・・・・・ふむ」

 

藤がツモった牌を表にする。

{九}だ。

出た!と久が手牌に手をかけた瞬間。

 

「ツモです」

 

ジャラッと手牌を倒したのは藤だった。

 

{七八②③④23456788} {(ツモ)}

 

「平和ツモ、700・400」

「!?」

 

久は藤の捨て牌に目をやる。

久のリーチ後に{三四}が切られているのだ。

 

(タンピン三色を捨てて{七八}を抱えてる!

 本当に私の待ちが読まれてる!?)

 

久の手牌を通しで教えてもらったのなら尚の事、伏せ牌が{六}とは推測できるはずがない。

{六があるなら通常九}を切ってリーチ、タンヤオ多面張を狙うからである。

久が悪待ち狙いだとあらかじめ知っていたとしても、やはり一点読みは不可能なはずだ。

 

ゾクッと背筋が寒くなる。

 

まこが秀介に似た打ち手だと言っていたが、久もそれに似たものを感じていた。

 

 

思い返せば、秀介と打って久が勝ったことは一度も無い。

いや、あるにはあるが手加減をしていたのだろう。

本気を出した時の秀介を知っている久としては、それまでの秀介の打ち方は手加減していたと断言できる。

靖子を交えて打った時にも、おそらく僅差を演じていたのだろう。

 

そんな秀介と同じように打てる相手に勝つ・・・・・・?

私が?

 

そんなことできるの・・・・・・?

 

 

「さぁ」

 

ガシャッと手牌を崩し、藤は自動卓に流し込み始めた。

 

「続けましょうか」

「・・・・・・っ」

 

久は不安な思いを飲み込み、手牌と山を崩して同様に流し込む。

 

 

 

それからも同様の事は続いた。

 

久がリーチをしてもかわされる。

まこがリーチをしたと思ったら鳴きを入れてツモをずらし、まこが上がれない間に安手で上がる。

何を狙っているのかよく分からない鳴きがあったと思ったら、老人が満貫手をツモ上がる、などなど。

 

極めつけはこれだ。

老人がツモった牌をツモ切りしようとした時のこと。

 

「ああ、それは切らない方がいいですよ」

「む? そうか、分かった」

 

当然藤に老人がツモった牌が見えるはずがない。

ツモってから切るまでの間に何をツモったのかサインを送ったとも考えられない。

にもかかわらず、その結果老人が高い手を上がったり、流局後の手牌を見てみるとこちらの上がり牌だったり。

 

(・・・・・・本当にシュウと打ってるみたいだわ・・・・・・)

 

いや、秀介は少なくとも久を相手にこんな打ち方をしたことは無い。

似た打ち方はしていてもここまであからさまな真似はしないし、まこや靖子が普段の対象だ。

体験したことがない自分すら似ていると感じるのだ、よく狙われているまこは秀介に似た打ち方だとなおさら敏感に察知したのだろう。

 

 

半荘終了した時点で久もまこも点棒は残っていた。

なのでここでの脱落は無い。

が、かなり差をつけられてしまった。

 

「とりあえず半荘生き残ったか」

 

老人は楽しげに笑う。

 

「まぁ、最初は挨拶程度ですよ。

 では」

 

藤もフッと笑った。

 

「次の半荘行きましょうか。

 染谷さん、次で休憩させてあげますよ」

「くっ・・・・・・」

 

まこは悔しそうに藤を睨みつける。

 

 

 

そして点数をリセットし、次の半荘。

 

「ロン」

「なっ・・・・・・!」

 

{七七八八} {横555横77722横2} {(ロン)}

 

まこが標的にされた。

東一局目から染め手に見せかけたタンヤオ対々。

さらに東二局では不要牌を狙った七対子。

 

そして東三局、藤が親である。

得点力1.5倍のこの状況で振り込むのはキツイ。

まこもそれを分かっているので回避に専念する。

 

8巡目。

 

まこ手牌

 

{二二三四四六六七八(横三)九8白白}

 

ここでまこは少し考える。

 

(・・・・・・藤って男、完全にわしを狙っとる。

 今回もそうじゃろう。

 つまりこの手、通常なら混一狙いで{8}切りするところを狙う。

 

 ・・・・・・となるとそれを回避する為に・・・・・・どうする?

 手を回すなら一枚切れの{白}・・・・・・?)

 

まこは{白}に手をかけ、止まる。

 

 

そして

 

パシッと

 

 

{七}を切った。

 

 

この時既に藤は聴牌。

 

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨678白}

 

しかも待ちは{白}単騎である。

もし{白}を切っていたら直撃だった。

藤の表情がわずかに変わる。

 

「・・・・・・ふむ、かわしますか」

 

そう言うと次巡、手牌から{白}を切り捨てる。

 

(まこ・・・・・・藤って男の狙い打ちをかわしたの?)

 

ちらっと久がまこを見ると、まこはニッと笑っていた。

 

(わしが今までどれだけ志野崎先輩に振り込んだと思うとるんじゃ!)

 

狙い打ちする輩の思考にも慣れたもの、と言う事か。

今までの経験が生きる、それがまこの強みだ。

 

その後も{白}二枚を落とし、安牌を切ってベタ降りするまこ。

しかし、藤の追撃は続いた。

 

「チー」

 

老人の切った{⑦を鳴き、横⑦⑥⑧}と晒す。

さらに。

 

「ポン」

 

老人の切った{④}をポン。

 

{■■■■■■■} {横④④④横⑦⑥⑧}

 

(・・・・・・清一に移行しよったか・・・・・・)

 

筒子も溢れてくる。

完全に筒子待ち。

となれば、萬子が手牌に多いまこはもう振りこむことは無い。

 

(・・・・・・ちゅーのが狙いどころじゃ。

 志野崎先輩にも何度もやられとる)

 

晒されているのは{横⑦⑥⑧}と{横④④④}。

溢れている筒子は{①③⑨}。

清一以外にも狙い目はある。

 

(ベタ降り、不要牌、何でも狙ってわしが降りることも攻めることもできんようにする気じゃな。

 そうして錯乱状態にしておいてから点数を絞りとるっちゅうのが狙いじゃろ。

 なら今はまだ点数は関係ない。

 

 喰いタンのみでも狙ってくる!)

 

となれば、混一狙いで手牌にあることがばれている萬子の中張牌などは狙い目だ、切れる牌ではない。

 

(絶対にかわしきっちゃる!)

 

そこから藤は次々に待ちを変えてまこを狙い打とうとしてくる。

が、まこはそれならばと萬子を切り出す。

 

そうやって攻めと守りの応酬が繰り広げられ、そして。

 

「・・・・・・流局じゃな」

 

パタンと手牌を伏せるまこ。

 

「聴牌」

「聴牌」

「ノーテンじゃ」

「・・・・・・ノーテン」

 

藤と久が聴牌、まこと老人がノーテンで終わった。

 

「ふむ、まさか回避しきるとは・・・・・・」

「ふっ、舐めたらあかんよ・・・・・・」

 

まこは再び笑いかけてやる。

 

「どうやら普段から誰かに狙われているようですね」

「・・・・・・ほっといてくれるか」

 

藤の言葉にまこの表情が苦笑いに変わる。

フフッと今度は藤が笑った。

 

「面白い、かならず打ち取ってあげますよ」

「フン、やってみぃ」

 

 

それから対局は続いたが、まこは一向に振り込まなかった。

 

 

(・・・・・・志野崎先輩なら、ここからさらに一つ上を読んで降り打ちを狙う。

 なら、ここはあえて危険牌を切る!)

 

(・・・・・・不要牌ツモ・・・・・・。

 藤は既に聴牌しとるようじゃし、その時点でわしの手牌に無かったこれで待つんは通常不可能。

 じゃけど・・・・・・志野崎先輩にもそれで振り込んだことあるし、これは切れん)

 

(今の待ち変え・・・・・・普通は山越し狙いじゃ。

 しかし志野崎先輩はそれを読んで狙い打ちしてきた。

 ならここは逆に合わせ打ちが安全じゃ!)

 

 

東三局以降まこは一度も振り込んでいない。

藤も聴牌しきれずに流局になった局もあり、南場に突入する。

局は進んで南三局、藤の聴牌が続いて再び局の進行が止まる。

 

「聴牌」

「・・・・・・ノーテンじゃ」

 

流局、もしくは藤の上がりが続いて既に11本場。

 

「しぶといですねぇ・・・・・・」

「それも取り柄の一つなもんでのぉ・・・・・・」

 

激しい攻防にさすがにまこも疲労を感じているようだ。

 

 

(・・・・・・このままじゃまずいわね)

 

久はまこの様子を見ながらそう思う。

それは疲労の様子だけではない。

 

藤の狙いを回避する為に、まこは聴牌すらおぼつかない状況だ。

ノーテン罰符や藤のツモ上がりで点棒は減るばかり。

つまり、このまま行くとノーテン罰符でトビ、終了と言う可能性もある。

 

(・・・・・・まこはどうしてもノーテンになる。

 ノーテン罰符は3人聴牌で3000点、2人聴牌で1500点、1人なら1000点。

 藤が聴牌を続けるからまこは最低でも毎回1000点はとられる。

 そこに私が聴牌したら500点多く取られることになる。

 それに気づいて私も極力聴牌しないようにしてたんだけど・・・・・・)

 

しかしこのままではただの延命措置になってしまう。

逃げているだけでは勝てないのだ。

 

(上がりにかけないとね)

 

 

 

東三局12本場 親・藤

 

(仮に上がれなくても・・・・・・聴牌したらリーチをかけてやるんだから!)

 

そう思いつつ手を進める久。

しかし。

 

「チー」

 

藤の鳴きが入る。

 

(・・・・・・っ・・・・・・喰いずらされたか・・・・・・!)

 

聴牌もおぼつかず、そのまま流局となってしまう。

 

「聴牌」

 

手を晒すのは藤一人のみ。

 

{三五六七八⑨⑨456} {横③②④}

 

「「「ノーテン」」」

 

(・・・・・・形式聴牌って・・・・・・)

 

やりたい放題ね、と久は表情を歪める。

まこを狙いつつ、久に聴牌が入りそうなら喰いずらす。

そして自分は仮聴牌に終わっても、流局させられればそのまま連荘だ。

手の着けようがない。

 

(なんとか・・・・・・なんとかしないと・・・・・・!)

(何か! 何か手があるはずじゃ!)

 

久もまこも必死に頭を働かせる。

しかし答えが思いつかない。

 

 

そのまま流局は続き、そして。

 

「聴牌」

「・・・・・・ノーテン・・・・・・罰符でトビじゃ・・・・・・」

 

まこは点箱の中身をすべて吐き出した。

 

「ふぅ、しぶとかったですね。

 狙い打てなかったのは残念ですが、これで終わりです」

 

さすがに疲れたのか、藤も汗をぬぐった。

 

「・・・・・・すまん、久。

 わしはここまでじゃ」

「・・・・・・いいえ、私も何も出来なかった・・・・・・」

 

がたっと席を立つまこ。

 

「さ、代わりの方は?」

 

藤の言葉に常連の一人が「俺で役に立つか分からないが・・・・・・」と入った。

しかし彼も藤に狙い打たれ、すぐに点棒が空になる。

 

 

(・・・・・・まこに助けを求められて来たって言うのに何も出来ない・・・・・・お世話になってる喫茶店だっていうのに・・・・・・)

 

久は席を立つ常連客を見送りながら思う。

確かに閉店時間になればさすがに帰るだろうが、しかしその間常連客にもそうでない客にも迷惑がかかるのは間違いない。

また次の日に、という可能性もある。

何とかしてやりたいのだが彼女にはどうしようもない。

 

(・・・・・・こんな時でも、「シュウがいてくれたら」って思っちゃう・・・・・・。

 

 巻き込まないって決めたのに・・・・・・ホント・・・・・・)

 

思わず項垂れる。

 

 

(・・・・・・シュウ・・・・・・)

 

 

そんな久の肩が、ポンと叩かれる。

 

まさか?と思うが、彼以外に思い当たる人物がいない。

 

来てくれたんだという思いと、また巻き込んでしまったという思い。

 

嬉しい気持と謝罪の気持ちが同時に湧きあがる。

 

 

ありがとう、ごめんなさい、どちらを言うべきかと悩みながら久は顔を上げた。

 

 

 

彼はマントと仮面を身に付けていた。

 

 

「誰っ!?」

 

 




わ、笑いで締めないと死んでしまう病が・・・・・・多分来週には完治しています(


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14志野崎秀介その2 推理と先手

笑いで締めないと死んでしまう病は無事に完治しました。
その代わり後遺症でこのお話は少しばかりネタが多い気がします、気がするだけです(



ベッドに横になり、夕暮れの空を眺めながら秀介は考える。

 

考えるのは久の事だ。

 

死神にも言われたし、まこにも言われてしまったし。

それに自覚もしている。

 

中身とか前世とか、そういうものはもろもろ捨て去って、今現在の志野崎秀介として考える。

 

 

久は幼馴染、子供の頃から面倒を見て来た。

秀介は久をよく知っているし、久も秀介をよく知っている。

小学校、中学校と共に麻雀を打ってきた。

 

久は一番仲がいい女。

 

いや、そんなものでは済ませられない。

 

中学三年の夏、あの大会の夜、事前に言われていた死神の警告を忘れるほど必死になって久を守った。

何故?

ただの幼馴染相手にそんな事をするか?

あの頃は娘ほど年の離れた相手だと思っていた?

 

本当にそうか?

 

いや、そんなもので片付けてはいけない。

 

多分、そう言うことなんだろう。

 

 

志野崎秀介は、

 

久が

 

好き

 

 

なのか?

 

 

「むぅ・・・・・・」

 

そこで首を傾げてしまう辺りがいけない。

中身の年齢差とか考えていたら、多分今回の人生でも伴侶となる女は現れないだろう。

前世ではそう言うことは全く考えてこなかった男である。

 

考えてみれば久ほど秀介の相手が務まる女もいないだろう。

靖子? 秀介があれを恋愛の対象と見たことは一度も無いのではなかろうか。

 

しかし久は?

 

思い返してみれば何度か今までにない感情を感じた記憶がある。

ああ、こいつはいい女だな、と。

まこに言ったのとは違う、本当に、本当に。

 

 

「・・・・・・そうか・・・・・・」

 

 

自分の傍に置いておきたい女だと思ったのか、と秀介は一人頷く。

 

 

まこにも言われた。

 

久の隣に自分以外の男がいたら?

 

はっきりと嫌だと思った。

 

ならつまりそう言う事なのだろう、うん。

 

 

 

志野崎秀介は幼馴染の竹井久が好きなのだ。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん」

 

眠ってしまっていたようだ。

時間を確認するともうかなり遅い、外も暗いし。

 

「・・・・・・なんだ、まだ会議は続いてるのか?」

 

まったくしょうがない、と秀介はリンゴジュースの補給がてら部室を出た。

 

が、生徒会議室に向かってみると既に会議は終わった後だという。

 

「どこにいるんだ全く・・・・・・」

 

電話かメールでもしてみようと携帯を取り出すと、メールが届いているのに気づいた。

「何事?」と一言だけ書いてある。

 

「・・・・・・それはこっちの台詞なんだが」

 

やれやれと思いつつ何が起こっているか考えてみた。

 

 

まずこちらに「何事?」というメールが届いているということは、久は秀介に何かあったと思っている。

では何故そんな事を思ったのか?

メールで連絡しているということから、どこからかメールの連絡を受け取ったのではないかと推測する。

どこかから「志野崎秀介が危険!」とか「志野崎秀介を預かっている!」とか連絡を受けたか?

いや、それにしては「何事?」なんて軽い一言過ぎる。

 

こちらに一言「何事?」とだけ来そうな連絡を考えてみようか。

 

「志野崎秀介が事故に遭ったって聞いたんだけど本当?」

いや、多分久なら「あんたが事故に遭ったってことになってるんだけど本当?」とか連絡入れてきそうだ。

 

「志野崎秀介が女の子に呼び出されてたよ」

いや、久なら「後で話聞かせて(にっこり」とか送ってくるだろう。

っていうか電話が直接来るだろう。

こちらが出るまで延々と。

 

「・・・・・・俺関係じゃないのか?」

 

他の可能性を考えてみよう。

 

例えばまこから連絡が行ったとする。

 

「志野崎先輩がまだ来てないんじゃけど」

いや、だったら久は部室に来て起こしてるだろう。

 

「志野崎先輩が事故に!」

いや、だったら久はまこに連絡して詳細を聞くだろう。

っていうか事故とかから離れよう。

 

「喫茶店が忙しいから手伝って!」

いや、秀介に連絡が来る理由がない。

 

逆に「喫茶店が暇、遊びに来てー」

いや、だから久が秀介に連絡する理由がないって。

 

「喫茶店が暇、志野崎先輩と一緒に遊びに来てー」

いやいや、だったらまこは秀介に直接連絡・・・・・・?

 

「あ、俺あいつのアドレス知らないな」

 

そうか、それで久に連絡したんだな、と秀介は思い至る。

 

「喫茶店が暇、志野崎先輩と一緒に遊びに来てー」

いや、それで久が秀介に「何事?」とは聞かないだろう。

 

「喫茶店でイベントがあってん、志野崎先輩と遊びに来んしゃい」

いや、それで久が秀介に(

 

 

そもそもこの高校生活において、秀介は久をずっと部室で待っていたのだ。

久は秀介が部室にいると知ってるはず。

何故部室の秀介をスルーしてメールで連絡をしてきたのだろうか?

考えられる理由としては、秀介が部室にいないと思ったからだろう。

では何故部室にいないと思ったのか。

まこを一人で帰らせるのは忍びないと一緒に喫茶店まで行ったとでも思ったのだろうか?

だったらその時に秀介から久に連絡するだろう。

 

いや待て、そう言えば、と秀介は思い至る。

秀介自身もさっき気付いたことだし、久は秀介とまこがとっくに連絡先を交換してると思ってるのかもしれない。

 

そうなれば、例えば「喫茶店がピンチ! 特に麻雀で!」とか連絡が行ったとする。

久は「だったらシュウに頼みなさいよ」と思うだろう。

しかしそこで、逆に既に秀介に連絡を出した後かもしれないと思ったら?

もしくは秀介も既に喫茶店に行ってるのかも、と思ったのかもしれない。

秀介が来ているにもかかわらず麻雀でピンチ、どんな事態? 「何事?」となるのではないか?

多分。

よく分かんないけど。

 

 

確証はないが結論を出した秀介は、一先ず「今どこにいる? とりあえず喫茶店に向かうぞ?」とメールを送る。

 

(さてさてこの推測、当たっていてくれればいいんだがなぁ)

 

そう思いつつ秀介は学校を後にした。

 

そして、ふと眠る前に考えていた事を思い出して立ち止まる。

 

「・・・・・・そうだな、先送りにするのもよくない」

 

再び携帯を取り出し、「それから、用件が済んだら話があるんだが」と新たにメールを送っておいた。

 

 

 

 

 

チリリーンといつも通り喫茶店の鈴の音が秀介を迎えてくれる。

が、中の空気が違う。

特に麻雀卓のある辺り。

 

何かがいるな?と、この時代に来てからは初めての強い相手の気配を感じていた。

と言ってもそれほど強い気配とは思えないが。

卓を覗き込んでみると、やはり久とまこが揃っていた。

秀介の予測は当たっていたようだ、よかった。

しかし状況はよくない様子。

少しばかり声をかけず、様子を見てみる。

 

と。

 

「!?」

 

一人の男が目に入る。

それと同時に、背中に痛みを感じた気がした。

 

間違いない。

あの男は、自分の背中に傷を残した男!!

 

ギリッと歯が鳴る。

こんなところで今度は何の用だ?

そう思いつつ卓の様子を見る。

 

 

まこの対面の男がひたすらまこを狙い撃ちしている模様。

だがまこも必死で回避しているようだ。

普段秀介に狙われていた経験が生きたか。

しかしそれにしても、と秀介は対面の動きを観察する。

あの狙い方は異常だ。

秀介でも「死神の力」を使うからこそ狙えるようなものの、それを素でやる人間がいるとは思えない。

後ろの男が手牌を通しているのは間違いなさそうだが、久もまこも手牌の一部を隠して手の進行を読めないようにしている。

となると。

 

(・・・・・・あいつも同じような力を持っているのか・・・・・・?)

 

疑うべきはまずそこ。

そもそもこの時代には、自分や前回の人生の城ヶ崎には及ばないものの、不思議な能力を持った者が数多く存在している。

悪待ちの久にしろ、染め手のまこにしろ、彼女達と一緒にテレビ中継で見た全国大会の出場者にしろ、まくりの女王と呼ばれるプロかっこわらいにしろ。

いや失礼、靖子は秀介が狙い撃ちをしているから負けているのであり、本来はプロを名乗るに値する素晴らしい腕の持ち主である。

と、今更取ってつけたようなフォローをしたところで、改めてその男に意識を向けてみる。

やはりあいつも手牌が透けて見えるくらいの能力は持っているのかもしれない。

 

「「聴牌」」

「「ノーテン」」

 

久は上がりにかけているようだが、あのスーツの男が有効牌を上手く散らして上がれないようにしているようだ。

しかし・・・・・・。

 

(久もまこもかなり追いつめられているな・・・・・・)

 

冷静になれば気づくこともあっただろうに。

それとも普段の自分の上がりっぷりで妙なトラウマでも植え付けてしまったか?なんて思いつつ見守る。

 

 

やがて。

 

「・・・・・・ノーテン・・・・・・罰符でトビじゃ・・・・・・」

 

まこが席を立った。

最下位は席を離れてもう打てないルールか?と思っていると、見慣れた常連が席に着く。

秀介は少ない人ごみにまぎれてこっそり近寄ると、まこを引っ張り込む。

 

「な、何?」

 

さすがに驚いたようだが、秀介はまこの口元に手をあてて顔を合わせる。

 

「んんっ!」

「しーっ・・・・・・」

 

声を上げないように、と合図をするとまこはこくこくと頷いた。

それを確認して秀介は口から手を離す。

 

「し、志野崎先輩!」

「状況を説明してくれ」

「わ、分かった!」

 

そしてまこに連れられて卓から少し離れ、状況や今打っている麻雀のルールを聞く。

 

「・・・・・・なるほど」

「ど、どうじゃ? やれそうか? 志野崎先輩?」

 

まこは不安そうに聞く。

やれやれ、と秀介はまこの頭を撫でた。

 

「後輩が心配そうな顔をするんじゃない。

 「お願いします、先輩」と一言言えばいいんだ」

 

そう言って笑った。

まこも安心したように笑う。

 

「ほんならお願いします、先輩」

 

その言葉に、秀介はぐっと親指を立てた。

 

 

「だが断る」

 

「ちょっと!?」

「冗談だ」

「タチが悪いて! こんな時に!」

 

はっはっはっと笑いつつ、しかし少し声を落としてまこに聞く。

 

「ところでまこ、そういうことなら俺は正体を隠した方がいいと思うんだ。

 なんか顔を隠すような仮面とか無いか?」

 

そう言うとまこは軽くこちらを睨みつつ、しかし何か思いついたのかポンと手を叩いた。

 

「あるわ、先輩。

 こっちへ」

 

そう言われて店の奥に連れて行かれた。

 

 

案内されたのは更衣室だった。

 

「えっと、仮面を付けとるのは・・・・・・」

 

ごそごそと衣装を探しているようだ。

 

「先輩、やっぱり100点棒銜える為に口元は無い方がええじゃろ?」

「ああ、分かってるじゃないか」

 

そこはこだわりなのか、秀介はそう言って笑った。

一方のまこもごそごそと衣装を取り出して並べながら笑った。

 

「ほんなら、この中から選びんさい」

 

 

ジャーンと現れたのは仮面を付けた数々のキャラクター衣裳だった。

 

 

「・・・・・・まこ、別に仮面だけくれれば衣装は・・・・・・」

「不謹慎なタイミングで冗談言った罰じゃ」

 

むぅ、意外に根に持つタイプだ、と思いながら秀介は衣装を見てみる。

 

 

「これは?」

「結局素顔は晒されなかったけど多分ムウと同じじゃないかと噂の人」

「クルーゼ隊長か」

 

 

「これは?」

「V3の相棒」

「確かに口元が空いてるのはこいつだけだけどさぁ」

 

 

「これは?」

「華蝶仮面とか言うたか」

「女衣装を添えるとか何考えてんだ」

 

 

「これは・・・・・・聞くまでも無いな」

「何故じゃ?」

「坊やだからさ」

 

 

「これは?」

「ロナ家の強化人間」

「ってかこれフルフェイスじゃねぇか。

 口元は無い方がいいと言ったのに用意するとは、つくづく女と言うものは御しがたいな」

「そうさせたのは仮面を外せないあなたでしょう?」

「まだ言うか」

 

 

良く分からないが多分ろくなものではない、と秀介は突っぱねていく。

仕方がないと適当にマスクを選んだところ、「そのマスクならこのマントは外しちゃいかん」と押し付けられた。

服は拒否したところ制服にマントと言うよく分からない服装にさせられてしまった。

 

「・・・・・・ちなみにこの衣装は?」

「お母さんとお姉さんが人形な一家の父親」

「クローバー家か」

 

 

 

そして再び店内に参上、久の肩を叩いたところである。

 

「誰っ!?」

 

久の反応も仕方ないと思いつつ席に座った。

いや、久も分かってて思わず言ってしまったのだろうが。

とりあえず名乗るか、と秀介は対面のスーツ男、藤に言う。

こほん、とできるだけ声を似せて。

 

「初めまして、レリウスだ」

「・・・・・・ふざけてるのですか?」

 

やっぱりそう思われるか、とレリウスはマントを外す。

 

「俺を探してるらしいからな、顔も名前も教えない方がいいかと思って」

「・・・・・・それでその格好は無いでしょ」

 

久もジト目でレリウスを見る。

 

「・・・・・・まこが嫌がる俺を無理矢理・・・・・・」

「・・・・・・ありえるわね」

 

そこで納得してしまうのがまこクオリティ。

さて、冗談はこの辺でと秀介は改めて挨拶する。

 

「そういうわけでお前たちが探してるのは俺だ。

 何の用か知らんが、お店に迷惑をかけず早急に撤退して頂きたい」

 

そう言うと藤はフッと笑った。

 

「あなたと戦いに来たのにそれを目前に帰るほどお人好しではありませんよ。

 あなたも座っている辺りを見ると、麻雀で追い返す気なのでしょう?」

 

その言葉に秀介もやれやれと首を振りつつ笑った。

 

「戦いが目的か? それともその後何か話でもあるのかな?

 まこ、お客さんに迷惑をかける連中はもはや客じゃなくていいだろ?」

「ええ、やっちゃってください、レリウスさん」

 

秀介の言葉にまこもノリノリで返した。

老人の方もハッハッハッと声を上げて笑った。

 

「ヒーロー参上か。

 藤、こいつはどうじゃ?」

 

老人の言葉に藤は暫し秀介を見ていたが、やがて笑った。

 

「・・・・・・本当にあなたが噂の人物ですか?

 とても強いようには感じられませんね」

「・・・っ!」

 

藤の言葉に悔しそうな表情をしたのは久。

それを秀介は宥める。

 

「そうか・・・・・・なら藤、蹴散らしてしまうが良い」

「任せてください」

 

カララララと藤が賽を回す。

久が親だ。

 

親順

久→レリウス→老人→藤

 

「では始めましょうか」

 

藤の言葉に久が改めて賽を振り、試合開始となった。

 

 

 

 

東一局0本場 親・久 ドラ{白}

 

8巡目。

 

藤捨て牌

 

{南北中六九82}

 

藤手牌

 

{一二三①②③⑤⑦⑧(横3)⑨299}

 

(来ましたね)

 

順調に進んで純チャン三色聴牌だ。

捨て牌は字牌を先切り、さらに端牌も捨てている。

 

(これで純チャンとは読めないでしょう。

 さて、噂の対面は・・・・・・?)

 

ちらっと秀介の方を見る。

秀介も久同様手牌の一部を伏せており、完全には通されていない。

 

だが。

 

 

(・・・・・・フッ、見えますよ、あなたの手牌)

 

 

{三三①①②④⑤⑤⑧14西西}

 

 

藤はいかなる手段を用いてか、しっかりと秀介の手を見通していた。

 

(七対子狙いですか・・・・・・。

 しかも私の待ち{1-4}を抱えている。

 対子にならなければ切り出されるでしょうが・・・・・・ロン上がりは厳しいかもしれませんね)

 

そう思いつつタァンと{⑤}を切り捨てる藤。

そして久の番を終えて、秀介が牌をツモる。

不要牌の{六}だ。

 

が、藤が見ている目の前で秀介は{4}に手をかけた。

 

「・・・・・・藤って言ったけ? 対面の」

「・・・・・・ええ、そうですが?」

 

秀介はその後、{4}を捨て牌に置いた。

 

「挨拶代わりだ、受け取っとけ」

「・・・・・・!?」

 

それはまるで、藤の待ちが{1-4}だと読み切っているかのように。

何故!? 何故こちらの待ちが分かる!?

まさか・・・・・・手牌が見えている!?

藤が驚愕する中、秀介は笑った。

 

 

「そんなに驚くことじゃないだろ?

 捨て牌は字牌先切り、それ以外も端の2、8牌が多い。

 だが{六}の出が早すぎる。

 その後の{九82}がチャンタや純チャンを否定しているように見えるが、純チャン決め打ちで不要牌を切ったってだけだろう。

 その割に{⑤}の出が遅い。

 それは筒子に一通の目があったからだ。

 その{⑤は①②③⑤⑦⑧⑨からの⑤}切り。

 {六九}の先切りは手牌にその周辺の牌が無いからだ、あっても萬子は下寄りのみ。

 逆に聴牌近くで切られた{82}は周辺に牌がある。

 {8は899}からの頭確定。

 もし筒子の{④⑥}が来たら一通に移行する為に純チャン三色と両天秤で残しておいた牌{2}に、純チャン三色に必要な{3}を引いて聴牌。

 リーチをかけなかったのは、七対子狙いの俺の手から{1-4}が零れるか不安だったから」

 

 

ビシッと指差してやる。

 

「だろ?」

 

 

周囲のギャラリーも含め全員が口を開けたまま固まる。

そんな間抜け面を晒さなかったのは、普段打ち慣れている久とまこくらいなもの。

 

 

「・・・・・・どうした? 上がらないのか? 純チャン三色じゃないと嫌か?」

 

手牌を倒さずに固まっている藤に笑いかける秀介。

藤は暫し考えた後、手牌を倒した。

 

「・・・・・・ロンです、平和のみ」

「ほいよ」

 

チャリンと1000点棒を差し出す秀介。

ふぅ、とため息をつくと藤が苦笑いを浮かべる。

 

「・・・・・・これは見誤りました。

 まさかこれほどの腕とは・・・・・・」

「そりゃどうも」

 

素っ気なく返事をする秀介。

 

久とまこにも安堵の表情が浮かぶ。

 

(やっぱりさすがね、シュウ)

(さすが志野崎先輩じゃ、これならきっと勝てる!)

 

 

だが、これだけの腕を見せられながらも藤は笑っていた。

 

(なるほど、これは予想外。

 しかし・・・・・・手牌も山も見通せる私があなたに振り込むことはありません。

 どう抵抗しようと、あなたの負けは確定ですよ)

 

クククと小さく笑う藤。

 

 

「・・・・・・さてと、俺の親番・・・・・・」

 

秀介はそう言って賽を回すと同時に、取り出した100点棒を銜えた。

 

「・・・・・・オーラスだ」

 

 

あれだけの腕を見せられても笑っていた藤が、それを見た途端に表情を変えた。

 

「・・・・・・どうした?」

 

配牌を取っていかない藤に老人が声をかける。

 

「・・・・・・こいつ・・・・・・点棒を銜えた途端に・・・・・・気配が・・・・・・!」

 

「・・・・・・気配がどうした?」

 

 

「・・・・・・こいつ・・・・・・やばいです・・・・・・」

 

 




仮面の男レリウス、一体何者なんだ(
「俺は○○しただけで相手の強さが分かる!」とか言うやつの噛ませ犬臭は半端ない。
あと強さを数値化する奴とか。

秀介は実際には敵の手牌が見えているけど、それっぽい理由を付けて手牌を読んでいるかのように見せているだけです。
すなわち心理攻撃です。


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15竹井久その4 決着と用件

どうでもいい小ネタ:100点棒は歯で挟まず、奥歯と頬の間に差し込んでます。
だから喋るのに支障なし(

とうとうこの時が来ましたよ。



繰り返すようだが秀介の対面に座る男、藤はいかなる手段を用いてか相手の手牌を見通す。

 

いや、正確には手牌だけではない、山の牌も見通している。

 

次にツモる牌は何か?

誰が何をツモるか?

裏ドラは何か?

嶺上牌は?

槓ドラは?

 

そこまで見えていれば、誰が何の牌を欲しがっているかも分かり、逆に誰にとってどの牌が不要牌かも分かる。

 

手の進行の妨害、有効牌の横取り、リーチ一発ツモ、敵の不要牌でのロン上がり。

 

これだけの事が出来る藤が負けるはずがない。

 

 

そう、

 

 

「・・・・・・ずいぶん」

 

 

通常の人間が相手ならば。

 

 

「しぶといじゃないか。

 聴牌」

「くっ・・・・・・聴牌」

「「ノーテン」」

 

秀介と藤が聴牌、そして久と老人がノーテン。

すでにそれが4回繰り返された。

 

状況はさっきまでと全く逆。

すなわち、秀介の上がりを藤が凌ぐだけで精いっぱいという状況だ。

 

こんなバカな、と藤は拳を握る。

 

 

 

東二局4本場 親・秀介 ドラ{六}

 

藤手牌

 

{四四八①②③⑤⑥⑧(横④)2367}

 

(よし、一枚入った)

 

{八}を切り出し、山と全員の手牌を確認する。

 

(途中妨害がなければ次巡ツモるのは{⑨}。

 その後は・・・・・・{8}か。

 それで一通聴牌だ)

 

しかし問題なのは、と対面の秀介を見る。

 

秀介手牌

 

{二五(ドラ)六七⑦⑧⑨⑨(横3)4599}

 

(・・・・・・奴も一枚入ったか。

 だがこのままいけば奴に有効牌は入らない)

 

秀介が切るのはどう見ても{二}。

久も老人も鳴けない牌だ、喰いずらされることもない。

そう、このまま行けば、だ。

 

秀介は暫し考え。

 

「・・・・・・ご老人」

 

手牌から{(ドラ)}を抜いた。

 

「もしや、これ欲しいですかな?」

「!?」

 

{(ドラ)}!?

それは老人の手牌で対子の牌!

しかも喰いタン狙いには絶好の手牌!

まずい! 喰いずらされたら自分の手が遅れるし・・・・・・その後奴に有効牌が入る!

 

「おお、なら遠慮なく・・・・・・」

「ま、待ってください!」

 

それを藤は必死に止めた。

何事?と老人も久も藤の方を見る。

 

「・・・・・・それを鳴いてはいけません。

 お願いします」

「・・・・・・ふむ」

 

藤の言葉に老人は手をひっこめた。

 

「・・・・・・お前がそう言うのならそうしようか」

 

そう言って普通に山から牌をツモった。

ほっと一息。

そして。

 

{四四八①②③④⑤⑥⑧(横⑨)2367}

 

(よし、3巡後に{8}が入る。

 ならここで切るのは・・・・・・)

 

藤は{2}に手をかけ、それを切る。

 

(今度はやらせないぞ!)

 

藤は秀介を睨むように見る。

 

と。

 

「・・・・・・久」

「え? 何?」

 

牌をツモろうと山に手を伸ばしていた久に、秀介は声をかけた。

 

「・・・・・・本当に済まないと思ってるんだが、俺の為にその牌鳴いてくれないか?

 もし鳴けたらでいいんだけど」

「!?」

 

な、何を言っている?と藤は動揺する。

表情も明らかに変わる。

何故そんな事を?

決まってる、奴に有効牌が入るからだ。

しかし・・・・・・。

 

(何故!? 何でわかるんだ!?)

 

自分が山を見通せるのは分かる。

しかし、何故対面が山を見通せる!?

 

こいつ、まさか!?

自分と同じ・・・・・・!?

 

 

藤があからさまな動揺を見せる中、久は手をひっこめた。

 

「・・・・・・まぁ、別にいいけど。

 失礼、チーします」

 

カシャンと久は手牌で既に面子になっている部分を崩して{横234}と晒した。

 

「ありがとう、恩に着るよ」

「いーえ」

 

そして、秀介のツモ。

藤が見通した通り、それは秀介の有効牌だ。

 

{二五(ドラ)七⑦⑧⑨⑨3(横三)4599}

 

平和ドラ1聴牌。

 

「リーチはかけないでおくよ」

 

そう言って{⑨}を切る秀介。

 

くっ!と藤は秀介を睨みつつ、山を見る。

 

(奴の上がり牌{一-四}・・・・・・あった、4巡後に{一}。

 ツモは・・・・・・私。

 {一}を抱え込めば奴は上がれないが・・・・・・その代わり私も聴牌から遠のく)

 

どうする?と、しかし藤はそれほど慌てない。

別に自分がツモらなくてもいいのだ。

老人でも。

 

そして久でも。

 

秀介が久からロン上がりするということは、久が敗北に一歩近づくということだ。

秀介もそれは避けたいところだろう。

ならば久がツモっても良し。

 

が、一つだけ問題がある。

先程もされた喰いずらしだ。

久がツモるはずの牌をツモらずにチーで飛ばせば、それをツモるのは秀介。

つまり上がられる。

 

結局のところ確実な場合を除き、藤か老人がツモるしかない。

 

そうして時に老人に鳴いてもらってツモを飛ばし、ある時は自分で鳴いてツモを飛ばし、何とかこの局も凌いだ。

 

「「聴牌」」

「「ノーテン」」

 

そしてまた次局に突入する。

 

 

 

東二局5本場 親・秀介

 

が、今度は流れが変わる。

 

(よし!)

 

藤に先に聴牌が入ったのだ。

秀介は一向聴、これから流れをいじればノーテンで終わらせることもできる。

いや、場合によっては自分に振り込ませることも。

 

そして追いかけっこが始まった。

秀介が藤の当たり牌を引き、それを抱え込む。

ならばと今度は藤が待ちを変えて狙い打つ。

 

それを繰り返し繰り返し、

 

しかし、追いつけなかった。

 

「「聴牌」」

「「ノーテン」」

 

いつまで続くのか、と藤が舌打ちしかけた時。

 

「・・・・・・なぁ」

 

秀介から声がかかる。

 

「・・・・・・何でしょうか?」

 

藤が返事をすると、秀介は少しつまらなそうに告げた。

 

「・・・・・・そっちが先にやってたから俺もやってみたけど。

 余計な発言は無しにしようぜ、やっぱりこれじゃつまらない」

「・・・・・・!」

 

確かに、今の状況はもはやまともな麻雀ではない。

互いに山が見え、互いに相方を使って上がり崩しと聴牌維持、それの繰り返しだ。

 

助言を無しにすればそれは不可能。

しかしそれは同時に、相方を狙われた時に守れないということだ。

 

お互いに。

 

ならば藤は久を、秀介は老人を狙えばいい。

 

「・・・・・・いいでしょう」

 

確かに勝算があるわけではない。

しかし、ここまで来て引くわけにもいかない。

 

「決まりだな」

 

秀介は笑って、牌を自動卓に入れていく。

ここからは如何に相方を守り、敵の相方を狙うかという戦いになる。

 

「・・・・・・と、そう言うわけだから久。

 先にメールを見ておいてくれと言っておく」

「メール?」

 

秀介の言葉にキョトンとしながら久は自分の携帯を開いた。

 

「・・・・・・あ、届いてたんだ。

 ごめん、気づかなくて」

「いや、いいよ。

 大変だったみたいだからな」

 

ピピピッと操作して先に届いていた順番にメールを確認する久。

まずは「喫茶店に向かうぞと言うメール」。

そして。

 

(・・・・・・? 用事が済んだら話がある?)

 

何の用事?と首を傾げる。

まぁいい、終われば聞けるのだ。

 

「・・・・・・何の話か分からないけど、終わったら聞くわ」

「ああ、終わったら言うよ」

 

自動卓から山が出てきて、秀介は賽を回しながら言った。

 

 

 

東二局6本場 親・秀介 ドラ{6}

 

久配牌

 

{二三七九①⑦⑧⑨[5](横⑧)78白發}

 

(・・・・・・ん、この手)

 

純チャンかチャンタの三色が狙えそうな手だ。

 

(シュウの親番、本来なら私が上がるのはあんまりよくないんだけど・・・・・・。

 トビは終了のこのルール、まだ東場だし点数を稼いでおけばノーテンが続いても対面のご老人の方が先にトビで終了。

 なら・・・・・・上がりを目指すわ)

 

そう思い手を進めて行く久。

 

 

しかし、やはり藤が立ちはだかる。

 

「ポン」

 

「チーです」

 

久に有効牌が入らないように鳴きを入れているようだ。

 

(折角のいい手だったのに・・・・・・くっ!)

 

久手牌

 

{二三七八九⑦⑧⑨5[5]788}

 

結局久の手は聴牌すらできず。

 

「「聴牌」」

「「ノーテン」」

 

秀介

 

{②②⑤[⑤]⑨117799西西}

 

 

{一二三⑦⑧33} {横345横東東東}

 

相変わらず秀介と藤のみが聴牌だ。

 

(シュウを狙いつつ私の上がりを阻止・・・・・・さっきのまこの時と同じだわ。

 一体どうすれば・・・・・・)

 

久の表情が歪む。

が、フッと秀介が笑ったのが聞こえた。

何事?とそちらを見ると秀介は藤の手牌を見ていた。

 

「何かおかしいのですか?」

 

藤も怪訝な表情で問い掛ける。

秀介は笑いながら答えた。

 

「いや何、俺狙いを止めたんだな、と思って」

 

「!?」

 

その言葉に久が藤と秀介の手牌をよく見る。

それからさらに捨て牌も。

 

(藤の捨て牌から手牌の移行を考えると・・・・・・確かにシュウの不要牌を狙い打つ形になって無い!)

 

そうしてハッと思い出す。

 

(・・・・・・そう言えばまこを狙い撃ちしつつ私の上がりを阻止しているのかと思ってたけど・・・・・・。

 よく思い返せば私の上がりを妨害していた時はまこを狙っていなかった? 狙っていたように見せていだけ・・・・・・?

 つまり・・・・・・どっちかしかできないの?)

 

よく考えればそうだ。

一人を狙い撃ちしつつもう一人の手の進行を妨害する、そんな手牌や山が何度も何度も揃うわけがない。

 

「・・・・・・なるほど、騙されてたわけね」

 

久がそう呟くと秀介は「いや」と声を上げる。

 

「・・・・・・って言うかお前らテンパりすぎ。

 冷静になればそれくらいちゃんと気づいただろうに」

 

秀介はそう言って久とまこをチラッと見てくる。

「うぐ・・・・・・」と言い返せない二人。

思いの外頭が回っていなかったようだ。

 

しかしその反面秀介の指摘があればすぐに気づくことができる。

いや、やはり秀介がいるだけで冷静になれる。

もっといえば、落ち着くのだ。

 

 

久はちらっと秀介を見る。

 

幼馴染でいて欲しいなんて、こちらの想いを断られたこともあったけど。

 

それでもやっぱり私は・・・・・・。

 

 

 

 

 

東二局7本場 親・秀介 ドラ{7}

 

(・・・・・・ん?)

 

配牌の偏り、それに早くも藤が気づく。

そこから山のツモを追っていく。

 

(な、何!?)

 

対面の秀介、その手牌。

偏りを色濃く受けた役満が見える。

 

 

{一九①⑦⑨38東西北白白中} {6}

 

 

九種十牌、国士無双三向聴である。

 

しかもツモが順調に進めば7巡で聴牌だ。

 

(そうはさせるか!)

 

{二三七七①⑤⑧147西發發}

 

藤の手牌はあまりよくない。

だが秀介の国士無双に必要な{發}を二枚押さえている。

上手く喰いずらして秀介がツモる予定の{發}をさらに抑えれば、ツモられる可能性はさらに下がる。

その隙に上がりに持ち込めれば・・・・・・。

 

少し進んで4巡目。

 

「チー」

 

{横二三四}と晒し、ツモをずらす。

そして次巡。

 

{七七①⑤⑧47(横發)9發發} {横二三四}

 

三枚目の{發}を喰い取った。

これで奴の上がり目は薄くなった、と藤はひそかに笑う。

 

しかし喰いずらしたら喰いずらしたで、左右の二人に入るはずだったヤオチュー牌が秀介の手に舞い込む。

 

{一九①⑦⑨39東西(横1)北白白中}

 

チッと舌打ちした後、藤は山を見る。

{南}は一枚切られているがまだすぐ近くに二牌もある。

ツモるのは容易だろう。

となると肝心なのは最後の{發}だ。

どこだ?と探す。

 

そして見つけた。

 

(流局間際! ならば多少無茶をしてでも私が聴牌すれば必ず先に上がれる!)

 

ここだ! ここで仮面の男を蹴落として自分が上がれば連荘の積み棒も加えてリードを取れる。

後は今までの状況が逆転、自分が連荘を続けることになる!

必ずここで上がりきる!と藤は手を進める。

 

そして3巡後。

 

{七七⑦⑧479(横8)發發發} {横二三四}

 

藤、聴牌。

勝ちが見えて来た。

当然{4}を切って聴牌に取る。

そして次巡の秀介。

 

{一九①⑦⑨19東西(横南)北白白中}

 

(国士を聴牌したか。

 だが残念、お前が欲しい最後の{發}は山の奥底だ。

 お前よりも先に私が上がる!)

 

藤の待ちは{⑥-⑨}。

どこから出てもツモでもOK。

山にもあるし左右二人の手牌にもある。

 

特に久。

 

{七八九⑤⑤⑥⑦⑧⑨2347}

 

一向聴で{68を引けば両面に受けて⑥か⑨}が切られる可能性大だ。

さらに一度も上がらせていない藤は知らない事だが、3巡後に久が{⑤をツモった時、悪待ちに受けて7単騎を選択してしまうと⑥⑨}が溢れる形になっている。

藤が勝ちを確信したまま巡目は進む。

 

そして3巡後、老人が{三をツモ切りした後、藤は九}をツモる。

当然不要牌、とそれを切り捨てた。

 

「・・・・・・やっと来たか」

「ん?」

 

ふぅ、とため息交じりに秀介が呟いた。

 

「何か来ましたか?」

 

藤がフッと笑いながら問い掛ける。

何を言われようが自分の勝ちは決まっているのだから。

 

「いやなに」

 

対する秀介も笑いながら返した。

 

「罠自体は大分前から張ってたんだけど、タイミングが悪くてな。

 ようやくハマってくれたよ」

 

秀介はそう言って手牌に手を添えた。

 

「・・・・・・何が言いたいんです?」

 

藤の問い掛けに秀介は答えた。

 

 

「ああ、失礼した、言いたいことは一言だけだ。

 

 

 ロン」

 

 

秀介はシュッと左から右に手を振るい、ジャラララと手牌を倒して行く。

 

「バカな!?」

 

手牌の裏側から藤は改めて秀介の手牌を確認する。

 

 

{一九①⑨19東南西北白白中}

 

 

何度見ても間違いない、国士無双{發}待ちのはず!

 

何故手牌を倒す!? ただのチョンボだろう!?

 

 

そしてパタパタと最後まで手牌が倒された。

 

 

 

{一九①⑨19東南西北}・・・・・・

 

 

 

・・・・・・{白發中}

 

 

 

「なんだと!?」

 

 

{白じゃない!? 發}!?

 

 

「国士無双、48000・・・・・・と7本付けで、トビだ」

 

 

「やったぁ!」

「やったなぁ! 先輩!」

 

久とまこが声を上げる。

少し遠巻きに見ていた常連客達からも歓声が上がった。

 

「そ、そんなバカな!?」

 

藤はバッと山に手を伸ばす。

{發}があるはずの場所に。

 

だが、その山を返して現れたのは・・・・・・{白}。

 

「ば・・・・・・バカな!?」

 

 

{白と發}が・・・・・・私が見間違えるはずが!?

 

 

ピーン、パシッと音がする。

見てみると秀介の左手には何かが握られていた。

再びそれをピーンと跳ね上げ、パシッと受け取る。

 

「・・・・・・10円玉?」

 

いつの間にそんな物を・・・・・・というより、何故そんな物を握っている?

 

「さて、まこ」

「は、はい、先輩?」

 

不意の呼び掛けにびくっとするまこ。

 

「こいつらはどちらかがトンだらこの雀荘から出て行くって話だったな」

「そ、そうです!

 ほら、あんたら!自分達で言い出したことじゃろ! 早いとこ・・・・・・」

 

秀介の言葉にまこが男達を追い出そうとすると、秀介は笑いながら言葉を続けた。

 

 

「追い出す前に、傷だらけの麻雀牌の代金も貰っとけ」

 

 

「なっ!?」

 

「傷だらけの麻雀牌?」

 

驚愕する藤をよそに、首を傾げながらまこも久も揃って山を見る。

そう言われてみれば確かに小さな傷がいくつか。

 

「・・・・・・ん、確かにおかしいな。

 いつも閉店時に牌は片付けとるけど、こんなに傷あったかなぁ?」

「・・・・・・気付かなかったけど、そう言われてみると傷多いわね。

 どうしてかしら?」

 

首を傾げる二人をよそに、青い顔で席から立ち上がる藤。

その頭の中で既に自分が牌を見間違えたカラクリが組み上がっていた。

 

傷だらけの麻雀牌に気付いていた秀介。

その手には10円玉。

 

「お、お前・・・・・・!」

 

藤が震える指で秀介を指差す。

秀介は笑いながら返事をした。

 

「こいつは麻雀牌に傷を付けて、その傷で牌が何なのか見通していたんだ」

「なっ! ガン牌ってやつじゃな!?」

 

まこの言葉に頷く秀介。

 

「俺がこうして打つまで大分人数がいただろうから、傷を付ける時間は十分にあったわけだ。

 しかもそれだけの人数が全く気づかないような小さな傷だ。

 大胆というか間抜けというか、傷の付き方に法則性がある」

 

ピーンと10円玉を弾き上げる秀介。

 

「だから、こいつで似た法則を持つ{白と發}の傷を1枚だけ書き換えさせてもらった。

 {白と發}を見間違えたこいつは、俺が国士無双{發}待ちだと勘違いし、無防備にもヤオチュー牌を切った。

 俺は十三面待ちだから何を切られても上がりだったんだが、どうせならお前から上がっておきたかったからな。

 そちらのご老人がヤオチュー牌を切っても無視し続けた」

 

「あー・・・・・・さっき言ってた「タイミングが悪かった」ってそういうこと?」

「そういうこと」

 

ポンと手を叩いて納得したような久に秀介が頷く。

藤は秀介の説明を受け、ガクッと膝をついた。

 

「さて、可愛い後輩の実家に迷惑をかけたんだ。

 大人しく立ち去ってもらおうか」

「そうじゃね。

 イカサマも発覚したことじゃし、傷つけた牌の代金置いていってもらおか」

 

未だに項垂れる藤にそう告げる秀介とまこ。

 

と、老人の方からバサッと音がする。

見ると麻雀牌の代金にしてはあまりに多い札束。

 

「・・・・・・迷惑かけたからな。

 ワシらはもうここには来ない、安心してくれ」

 

老人はそう言うと席を立ち、藤を置いて立ち去ろうとする。

 

「ま、待ってください・・・・・・川北さん」

 

老人の名を呼んで追いすがる藤。

が、川北と呼ばれた老人はため息交じりに告げる。

 

「・・・・・・お前なら、かつてのワシの兄貴分のように神がかり的な打ち手になるかと思ったのだが・・・・・・。

 その正体はイカサマの使い手、期待はずれだ」

「そ、そんな・・・・・・」

 

再びがっくりと項垂れる藤。

それを見かねて川北は残った男二人に告げる。

 

「めんどくさい奴だ。

 連れて行け」

「は、はい・・・・・・」

 

男は藤を連れてさっさと喫茶店のドアに向かう。

が、もう一人、秀介の背中に傷を残した男がチラッと秀介の方を見る。

 

「・・・・・・いいんですか? 川北さん。

 こいつの正体・・・・・・」

 

仮面越しに秀介と男の視線が交わる。

途端、バッと久が二人の間に立ちはだかり、男を睨みつける。

 

「・・・・・・」

 

たじろぎ、一歩引いたのは男の方だった。

助けを求めるように川北に視線を戻す男。

フッと笑いながら川北は返事をした。

 

「普通に負けたのならまだしも、イカサマなんぞでこちらが迷惑をかけたのだ。

 それに服装からして学生さんだろう、これ以上余計なことはするな」

「・・・・・・分かりました」

 

男はそのまま秀介達とすれ違い、店を後にした。

残った川北は秀介、久、まこにそれぞれ頭を下げる。

 

「申し訳ない、と謝って済むことではないが、迷惑をかけた。

 それと・・・・・・」

 

フッと秀介に笑いかける。

 

「イカサマの藤と互角以上の戦いをするとは、素晴らしい麻雀を見せてもらったよ。

 まるでかつての兄貴分を見ていた気分だ、ありがとう」

 

 

その笑顔、そして川北という名前に、秀介の記憶が一人の男を導き出す。

それはこの時代ではなく、前世で繋がった縁。

 

「まさか・・・・・・」

 

・・・・・・面影がある。

ごくりとつばを飲み込み、秀介は問いかけた。

 

 

「・・・・・・あなたの言う兄貴分・・・・・・もしや・・・・・・」

 

 

新木桂というのでは・・・・・・?

 

 

だが、その言葉は出てこなかった。

今更それを言ってどうする。

生まれ変わりだとでも告げる気か?

誰が信じるというのだ。

 

続きの言葉が出てこない秀介に、川北は首を傾げながらも笑いかけた。

 

「今はもういない。

 30年近く前に死んだからな」

 

そう言って川北はくるりと背を向け、喫茶店の出口に向かう。

 

そして不意に言葉を続けて来た。

 

 

「・・・・・・お前さん、もしかして生まれ変わりかね?」

 

 

そう言った後、まさかなと川北は一人笑って去っていった。

 

 

 

「・・・・・・シュウ、なんか気に入られた?」

 

久は川北の言葉をよく理解できずにそう結論を出してみた。

機嫌は良かったようだし、間違いなさそうだ。

秀介はとりあえず仮面を外して麻雀卓に置く。

 

その心の内は嬉しい気持ちと悲しい気持ちがぐるぐると入り乱れていた。

 

かつての自分を知っている人間に再び出会えた喜び。

その人間が人様に迷惑をかけて、おそらくそれが常識の世界にいるという悲しみ。

 

確かに新木桂は裏の人間だったが、出会った川北はその道に進まないという選択肢がまだ十分にあった状態だ。

完全に裏の道に進むきっかけと言ったら、やはり自分だろう。

 

それともう一つ。

おそらく藤はかつての自分の代わりにさせられていたのだ。

そんな影を背負わせてしまった、負い目というか辛さというか、やはり悲しみというか。

 

 

不意に傷ついた牌が目に入った。

 

ガン牌、か。

 

自分の力も似たようなものだな、と思う。

 

もっともこちらは証拠がなくて、さらにもっと酷いものだけれども。

 

 

「あ、そうだシュウ」

 

不意に久が携帯を取り出して言った。

 

「用事が済んだら話があるってメールで言ってたじゃない。

 その話って何?」

 

あ、そうだった、と秀介も思い出したように手を叩く。

そしてぐるりと周囲を見渡した。

 

「・・・・・・今言った方がいいか?」

「・・・・・・まぁ、ちょっと気になるし」

 

秀介の言葉に久は頷く。

そうか、と秀介も頷いた。

ここにはまこもいるし、それから余計な常連客もちょっといるけど。

 

まぁ、いいか。

 

軽く呼吸を整え、秀介は久に笑いかけながら言った。

 

 

 

「お前が好きだ、久」

 

 

 

「え?」

 

 

 

キョトンとした表情の久。

 

 

 

「ん? 何だ、冗談とでも思ってるのか?」

 

心外だな、と秀介は言葉を続けた。

 

 

 

「俺と付き合ってくれ、久。

 

 もっと言うなら・・・・・・俺の女になれ」

 

 

 




やっべ、レリウスって名乗らせてたの忘れてた(
まぁ、久ちゃんの幸せが有頂天だし、些細なことは別にいいか。


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16竹井久その5 告白と喪失

とうとうこの時が来ましたよ・・・・・・。



・・・・・・私・・・・・・今・・・・・・シュウに告白された・・・・・・?

 

 

 

秀介の言葉の意味をようやく理解したのか、固まっていた久の表情が徐々に驚きに変わっていき、それと同時に赤くなっていった。

 

 

 

「・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・」

「ん? どうした? 返事を聞かせて欲しいな、久。

 それとももう一回聞きたいのか?」

 

ハハッと秀介が笑いかけてやると、久の顔は一気に真っ赤になった。

それこそボンッと湯気が上がるほどに。

 

しかしそこから慌てたり声を荒げたりするようなことはしない。

顔は赤いまま、視線があちこち彷徨い、やがて俯く。

 

 

「・・・・・・あ、あの・・・・・・」

 

 

ちらっと上目づかいで秀介を見ながら、久は小さく聞いた。

 

 

「・・・・・・今の・・・・・・ホント?」

「ああ、ホント」

 

 

いつもと同じようなノリで返事をする秀介。

だがその目はどことなく真剣。

そのギャップが、いつもと違って真剣に言ってくれたんだと感じさせてくれる。

 

 

 

最初にそれを言おうとしたのは久。

 

それを断ったのは秀介。

 

それでも諦められなくて、振り向いてもらおうと今まで以上に一緒にいる時間を増やして。

 

同じ学校に行って同じ部室で同じ時を過ごして。

 

それからお節介なまこが同じ学校の同じ部に入って。

 

久の努力と、それから偶然や何かの気まぐれも混じっているのかもしれない。

 

でも、結果として秀介は久に振り向いてくれたのだ。

 

それが嬉しくて、嬉しくて。

 

 

「どうしたんじゃ? 久」

「ひゃっ!?」

 

不意にまこに声をかけられて久が飛び上がる。

その反応にまた首を傾げるまこ。

 

「顔が真っ赤じゃぞ。

 なんかあったんか?」

 

秀介の方を見てみるが、まこから見れば秀介はいつも通り。

なんじゃろう?と首を傾げるばかり。

 

「な、な・・・・・・何でも無いわよ・・・・・・」

 

ぼそぼそとそう言いながらくるっとまこに背を向ける。

危ない、危うく泣いちゃいそうだった。

周りを見れば他にも人がいる。

秀介の告白は他の人には聞こえていなかったようだ。

しかしあのままだと久は泣きながら秀介の胸に飛び込んで「やっと言ってくれた・・・・・・嬉しい! シュウ! 私も大好き! 抱いて!」とか言っちゃってたかもしれない。

 

いや、そこまではさすがに言わないって。

久は必死に一人突っ込みをして心を落ち着ける。

しかしそれに近いことは言ったかもしれない。

これだけの人がいる前で。

しかもそのうち一人は後輩にして親友のまこ。

 

そんなこと絶対にしない!とは言い切れない。

危なかった。

そんな真似をしたらそれこそまこはおろか常連客達にもどんな反応をされるか。

二度とこの店に来られなくなるところだった。

 

 

「で、返事は?」

「返事?」

 

しかしそんな心境を知ってか知らずか、秀介はまこがいるにもかかわらず返事を求めて来た。

多分わざとやっている。

恥ずかしがる私を見て楽しんでやがるんだわ!と久は赤い顔のまま悔しそうにする。

これが惚れた弱みというやつか、ぐぬぬ。

しかしこんな状況とはいえ返事をしないわけにはいかない。

なんせ自分の気持ちを伝えてから2年以上待ち望んだ相手からの告白なのだ。

なんとかまこに悟られないようにと注意しながら言葉を考える。

 

 

「・・・・・・わ・・・・・・私もよ・・・・・・」

 

 

これが精いっぱい、これ以上は無理。

でも伝わったでしょ?と秀介の顔をチラッと見る。

 

 

「ん? 私も、何だって? ちゃんと言ってくれるか?」

「二人して何を話しとるんじゃ? 気になるなぁ」

 

 

まこが注目しているこの状況できっちり告白しろというの!? あんたは!!

 

しかしそんな事を怒鳴ることはできない。

こんなところで告白されただの返事をしただの、まこに悟られるわけにはいかないのだ。

 

お節介焼きのまこだ、どうせ久の態度からその内悟るに違いないのに久は無駄な足掻きを続けていた。

 

そんな久の頭に秀介の手が乗せられる。

 

「冗談だ、嬉しいよ、久」

 

ぽんぽんと撫でられるとくすぐったいような安心するような。

 

子供の頃から何度頭を撫でられただろうか。

 

高校生になってからは初めてだっただろうか。

 

たったこれだけの事で安心してしまう。

 

 

まったく、これだから私はこいつが好きなのだ。

 

 

そんなこと本人にも言えないけど、と久はつーんと顔をそむけつつも大人しく撫でられ続けるのだった。

 

 

 

一方の秀介も平静を装ってはいるがその心の内はそれどころではない。

 

これが告白というものか。

前世から合わせて初めての体験だ。

未だ胸がどきどき言っている。

表情に出さないようにするのが精いっぱいだ。

誤魔化しついでに久をからかうが、気を抜くといじめすぎて泣かしてしまうかもしれない。

加減をしつつ、しかし初めて味わうこの感情を楽しんでいた。

 

 

「ま、無事に終わったことだし」

 

秀介はそう言って久に手を差し出す。

 

「帰ろうか、久」

 

手をつなごう、と言うのか。

久は少し戸惑いながらもその手に自分の手を伸ばす。

 

 

 

しかし、その手が触れ合うことは無かった。

 

 

「ん・・・・・・」

 

 

秀介の視界がくらっと揺れる

 

少し勝負に熱くなりすぎたか、と頭に手を当てる。

 

 

 

そして、久への告白による胸の高鳴りと、先程まで川北へ抱いていた複雑な感情が入り混じっていて気付かなかったが。

 

 

 

胸の奥からこみ上げてくる。

 

 

 

前世はそれが原因で死に、今回の人生でも子供の頃に軽く一回。

 

 

 

そして、久を助ける為に全力で使った能力の代償。

 

 

 

今回も思ってたより無茶したか。

 

 

そう思うと同時に。

 

 

「げほっ!」

 

 

ガタンと膝をつき、口元に手を当てる。

 

それでも指の隙間から血が零れる。

 

 

「シュウ? どうしたの・・・・・・?」

 

 

心配そうな久の声が遠く聞こえる。

 

 

 

ああ、くそ。

 

恋人になった久と手をつないで帰るという些細な希望が叶わないのは少し寂しいな。

 

 

 

「がふっ!!」

 

 

喫茶店の床を血まみれにしながら意識を失った。

 

 

 

 

 

久はただその光景を見ていることしかできなかった。

 

そして倒れた秀介を見ていると、以前にも同じことがあったことを思い出した。

 

 

「・・・・・・し・・・・・・シュウ・・・・・・?」

 

 

手を伸ばしてその身体を揺する。

 

それも確かあの時やったこと。

 

 

「シュウ!! しっかりして!!」

「志野崎先輩!? どうしたんじゃ!?

 誰か!! 救急車を!!」

 

 

勝利の余韻から一転、喫茶店は全く別の理由により騒ぎになった。

 

 

 

 

 

搬送された病院は以前秀介が入院したのと同じ所。

そして担当した医者も同じ人。

 

その答えも。

 

 

「・・・・・・原因は・・・・・・不明です・・・・・・」

 

 

一歩踏み出そうとした久を、連絡を受けて駆けつけた靖子が止める。

そして言おうとしていた台詞も代わりに言う。

 

「それでも医者か」

「・・・・・・済みません」

 

ともかく、と医者は説明を続ける。

 

「検査の結果肺の血管が裂けて、そこから吐血したものと思われます。

 が、それであの失血量は異常、他にも何か理由があるはずですが・・・・・・」

「・・・・・・その理由は不明。

 肺の血管が裂けたその原因も不明。

 ・・・・・・前回と同じか」

 

靖子はため息をつく。

医者は頭を下げることしかできない。

 

「突然こんなことが起こるなどウイルスくらいしか考え付きません。

 しかしウイルスの反応も無し・・・・・・」

 

ガッと靖子が医者に詰め寄った。

 

「・・・・・・前回もそうだ。

 二ヶ月もかけて原因が分からないまま退院・・・・・・病気かどうかも分からずに・・・・・・。

 あれから二年以上経って・・・・・・またこの有様(ザマ)だ!」

 

医者に怒鳴り付ける靖子。

それをぐいっと引っ張って引き離したのは久だった。

 

 

「・・・・・・シュウは・・・・・・」

 

呟くように、言い聞かせるように、久は口を開いた。

 

「・・・・・・変わらなかった・・・・・・。

 

 今までみたいに笑ったし、楽しそうに麻雀を打ったし・・・・・・。

 

 あんな怪我をして・・・・・・あんなに血を吐いたのに・・・・・・シュウは・・・・・・ずっと・・・・・・笑ってたの・・・・・・。

 

 

 だから・・・・・・あの時退院してもよかった・・・・・・って・・・・・・そう思いたい・・・・・・」

 

 

「・・・・・・私だってそうだ」

 

久の言葉に靖子もそう言う。

 

「あの時あんなに血を吐いて、三日も意識が戻らなかったのに。

 さらに怪我まであったのに、そんなもの感じさせないように笑っていた。

 

 退院してからも楽しそうにいつも笑って・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・まぁ、私はどちらかというとやられてばかりだったがな。

 

 

 それでも楽しかった、あいつと麻雀を打つのは」

 

 

最近家で麻雀を打つことも無くなって寂しい思いをしていた両親も頷く。

 

 

「・・・・・・だから・・・・・・」

 

ポロッと涙を流しながら、久は呟くように言った。

 

 

「・・・・・・また・・・・・・シュウに笑って欲しい・・・・・・!」

 

 

それは全員が同じ思い。

 

 

スッと靖子は医者に頭を下げた。

 

「・・・・・・済みませんでした、先生。

 あいつに・・・・・・シュウに最善の治療を施してやってください」

 

 

 

そして、秀介への検査と治療が始まった。

 

それも前回と同じ。

 

久がそれにずっと付き添っていたのも同じ。

 

 

 

ただ違うのは、今回は三日経っても、五日経っても、一週間経っても、

 

 

秀介が意識を取り戻さなかった事だ。

 

 

そしてまた、医者は新たな宣告をする。

 

 

「・・・・・・出血が前回よりも多く、それにより身体全体が酸素欠乏症に陥り、特に・・・・・・脳に障害が残る可能性があります。

 現在は輸血と薬により安定していますが・・・・・・」

「・・・・・・障害というと、どのような・・・・・・?」

 

靖子の問い掛けに、医者は頭を下げながら答える。

 

「・・・・・・どの程度かは意識を取り戻してから問答をしてみないと・・・・・・」

 

靖子は壁を殴り、唇から血が出るほどに噛み締めた。

 

 

久は病室で秀介に付添う。

 

ただ今日は膝を抱えて、少しばかり目が虚ろ。

 

「シュウ・・・・・・」

 

意識を取り戻さない秀介に、久は話しかける。

 

 

「・・・・・・私の事忘れたりしないでしょうね・・・・・・?」

 

 

もしそうだったら許さない。

抓ったり叩いたり殴ったり、歯形が残るほど噛みついてやるんだから。

 

二度と忘れられないように・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん・・・・・・」

 

目を覚まし、身体を起こす久。

 

 

前回同じようなことになった時は三日。

その三日間でもどれだけ不安になった事か。

それが一週間以上だ、不安も疲労もピークになろうというもの。

ずっと学校を休むというわけにもいかないし、朝早く起きて秀介の様子を見てから学校へ行き、学校が終わったらすぐに病室へ、そのまま面会時間の終わりまで。

休みの日は朝からずっと付き添っている。

 

時々話しかけたりはするが当然返事は無い。

 

ずっと一人で話して。

 

それからずっと黙って一緒にいるだけで。

 

 

久の母親はもちろん秀介の両親も、このままでは久も倒れるのではないかと不安で仕方がない。

 

だが誰一人として久を説得できない。

 

「・・・・・・今日こそ、きっと目を覚ますわよ」

 

久はそう言って笑って病室に入るのみ。

 

 

靖子としてもそんな久の姿は見ていられない。

 

久がいない時間帯に秀介の様子を見に来て、こっそり呟く。

 

「・・・・・・シュウ、とっとと目を覚ませ。

 でないと・・・・・・今度は久も危ない」

 

呟くというか、秀介にも聞こえるような独り言。

 

当然返事は無い。

ピクリとも身体は動かない。

 

それが無性にイラつかされて。

 

それが無性に悲しくて。

 

そしてまた呟く。

 

「・・・・・・私や、お前の両親も心配している。

 

 だが何より・・・・・・

 

 久の為に、目を覚ましてはくれないか・・・・・・?」

 

当然返事は無かった。

 

 

 

秀介が再び倒れてから八日目が終わろうとしている。

時間は今日もまた、まもなく面会時間終わり。

 

今日こそは目を覚ましてくれるはず。

何度も何度もそう思った。

 

 

 

・・・・・・現実とは非情なものね。

 

 

 

涙はもう枯れたように流れてこない。

 

その代わり今日もまた少し心が死んでいくのだろう。

 

秀介が目を覚まさない限り。

 

 

また以前のように、「起きたか、久」と軽く挨拶をしてはくれないだろうか。

 

 

 

「起きたか?」

 

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

ワンテンポ遅れて振り向く。

 

痛そうに頭を押さえてはいたが、起き上がってはいなかったが、確かに目を開けてこちらに視線を向けている。

 

 

「・・・・・・迷惑をかけたみたいだな」

 

 

「・・・・・・シュウ・・・・・・!」

 

 

ついさっきまで泣けなかったのが嘘のように、久はまた彼に泣きついた。

 

 

あの時と同じように。

 

 

そしてちょうどそんなタイミングで、病室のドアが開かれた。

 

「・・・・・・久、そろそろ面会時間も・・・・・・」

「久、そろそろ帰れ。

 シュウが心配なのは分かるがお前まで体調を・・・・・・」

 

入ってきた二人も、優しく久の頭を撫でるその男の姿を見た途端に固まり。

 

「・・・・・・やぁ、まこと靖子姉さん」

 

少し弱々しく手を挙げる姿に思わず駆け寄るのだった。

 

 

 

「・・・・・・ところで・・・・・・久、今日は何日だ?」

 

よしよしと頭を撫でながら彼は問いかけた。

こんな時に?と久は少し不満気だったがすぐに思い至る。

 

不安だったのは自分だけじゃない。

秀介の両親も自分と同じくらいに不安だったはず。

まこも靖子もこの場で「よかったよかった」と心底安堵しているし。

なら彼の事だ、どれくらい迷惑かけてしまったのかなんて考えているのかもしれない。

 

普段はいじわるなところがあるが、優しい男なのだ。

 

久は涙をぬぐいながら日付を伝える。

彼の表情が苦笑いに変わった。

 

「・・・・・・前回は三日だったのにな・・・・・・」

「・・・・・・そうね」

「そうだぞ、シュウ」

 

久も靖子も頷く。

今回は八日も待たせて。

どれだけ不安にさせられたか!

何てことを言ってやりたかった。

 

 

 

「九日も経ってるのか」

 

 

 

「・・・・・・九日?」

 

 

 

一日多くない?と久は首を傾げる。

日付の数え方を間違った?

でもあの日はまこの喫茶店で麻雀を打って、久に告白して、血を吐いて倒れてから病院に担ぎ込まれて。

一連の出来事は日付をまたいでいないし、間違える要素は無いと思うのだが。

試しに聞いてみる。

 

「八日でしょ? しっかりしてよ」

 

 

しかし今度は彼が首を傾げる番。

 

 

「・・・・・・お前とまこと部室で麻雀打ってたのは覚えてるんだが」

 

 

むむ、と考え込み、彼は久に問いかける。

 

 

「なぁ、八日前って何があった?」

 

 

あとそれから確認したいんだが、とさらに言葉を続ける。

 

 

 

「俺は何で病院にいるんだ?」

 

 

 

 

 

・・・・・・どういうこと?

 

わざわざ推理してまこの家の喫茶店まで来て、あの男達を追い出す為に麻雀を打って、それから・・・・・・その、私に告白をして・・・・・・そして血を吐いて倒れて・・・・・・。

 

あれだけの出来事を忘れた?

 

それとも記憶が食い違っている?

 

 

 

「脳に障害が残る可能性があります」

 

 

 

不意に久は医者の言葉を思い出した。

 

 




この物語はフィクションです。
実際失血が原因で記憶喪失になるかは知りません(


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17志野崎秀介その3 別れと原因

悲劇は物語のスパイス。
食材を作ったのが神で、調味料を作ったのが・・・・・・何だったか(



「・・・・・・とまぁ、そういうわけだから」

 

真っ暗な空間で、死神の鎌によって秀介は身体を貫かれてブラーンとしていた。

 

「前も言ったけど、二度と無茶しない事。

 いいわね? 約束しなさい」

「・・・・・・そりゃ、俺だって来たくてここに来てるわけじゃないが」

 

相変わらず軽いノリで両者は会話を交わしていた。

現実の秀介は一週間も意識を取り戻さない重症だというのに。

 

秀介はまたしてもこの空間に来ていて、そして死神が作り出した映像によって久達が医者から聞いているのと同じ話を聞いていた。

来たのは時間で言えばついさっき。

医者の新たな宣告は聞いたが、その前の久や靖子が医者に詰め寄ったところなどは知らない。

 

「っていうか、あんたってホントバカ。

 ガン牌に気付いてたくせに牌を取り替えずにお互い山が見える状況で続行とか。

 そのせいで麻雀卓の中の山に能力行使して、どれだけ苦労してんのよ!

 それがどれだけの負担か学習してたんじゃなかったの!?

 とっとと牌を新品と取り替えて、小上がりで藤ってやつトバしてればここに来ずに済んだのに!

 いい加減危機感が足りないのよ!」

「真正面からコテンパンに倒しておかないとまた絡んでくるかもしれないだろ」

 

死神の言葉に何でも無い事のように返事をする秀介。

そのせいで鎌に貫かれた状態でさらにブンブンと振り回されて傷口を広げられている。

 

「その度に守ってあげればいいでしょうが!

 血を吐いて意識失って、こんなところに来る方がよっぽど久ちゃんに心配かけてるって分からないの!?」

「・・・・・・確かに」

「もっと早くに気付けー!」

 

ヒュヒュヒュヒュン、とまるで何かの技でも繰り出しそうな勢いで鎌を回転された。

 

 

「・・・・・・話を聞いていて思ったんだが」

 

回転が落ち着いたところで秀介が死神に問いかける。

 

「お前、何だか久の肩持ってないか?」

「当たり前でしょ、私だってオンナノコなの。

 恋する乙女の味方なの」

 

死神がどの口でオンナノコなどとぬかすのか。

確かに見た目は人間だし自分達と同じくらいにも見えるし、容姿も悪くは無い。

というか初めて会ったときから年取ってなさそうな。

 

「だから、私は久ちゃんが悲しむようなことはしたくないの。

 でもあんたが無茶すると久ちゃんは悲しむことになるかもしれないの。

 分かる?」

「・・・・・・だったらそもそもこの代償をもうちょっと軽くしてくれないか?」

 

秀介の言葉に死神はブンと鎌を振って秀介の身体を地面に叩きつけると、さらに柄で滅多打ちにし始めた。

 

「バカなの? 死ぬの? っていうか死んでんの?

 「死神の力」なの、そう言う代償で能力与えてんの。

 代償を軽くするんじゃなくて、あんたが代償が軽くなるような使い方をするの。

 分かる?

 あんた自身が銃をどう使おうが勝手だけど、自分で自分に突きつけて引き金を引けば怪我するし、最悪死ぬの」

「・・・・・・その説明は相手に与えるダメージと俺が払う代償の例えとしては不適切だ」

「うるさい!」

 

滅多打ちが酷くなった。

痛いは痛いのだが血が出ているわけではないし危機感は感じられない。

 

 

「今のうちに言っておくわ」

 

滅多打ちを止めたところで死神が告げる。

 

「・・・・・・あんた、次ここに来たらもう戻れないと思いなさい。

 

 戻ったらもう全力は禁止ね。

 

 精々藤田プロをいじめる程度の力しか出しちゃダメ」

 

「・・・・・・十分だ、ありがとう」

 

ニッと笑いかけてやる。

死神は不満そうにプイッと余所を向いてしまった。

そして余所を向いたまま、続きを話す。

 

「・・・・・・それで、さっき医者も言ってたでしょ?

 あんたは記憶に障害を持つわ。

 と言っても軽いものだけどね」

「・・・・・・というと、今ここでこうしている事とかを忘れるのか」

「今ここで話したことを忘れたら、あんたすぐにまた戻ってくるでしょ」

 

そうじゃなくて、と死神は言葉を区切り、それを告げた。

 

 

 

「あんたが忘れるのは、あんたが久ちゃんに告白したことよ」

 

 

 

「・・・・・・何?」

 

「久ちゃんに告白したこと。

 それからそれを決意するに至った出来事や思考、ぜーんぶ忘れるの。

 だけどその辺だけを抽出して忘れさせると矛盾が生じるところも出てくるかもしれないから、あんたが倒れた日から何日分か記憶が消えると思うわ。

 もしかしたらあの日だけで済むかもしれないけど」

 

 

しばし秀介の思考が停止する。

 

俺が久の事が好きだと気付いたことまで全部忘れる・・・・・・?

 

 

「・・・・・・それは俺だけじゃなく、きっと久も悲しむと思う。

 さっき久が悲しむようなことはしたくないとか言ってたのにそういうことするのか」

「私が決めたんじゃないわよ。

 上からの命令なの」

 

だからその上と言うのは誰なのか。

やはり大王か何かがいるのかもしれない。

 

「これでもギリギリなの。

 あんたの為にわざわざ私が持ってるコネとか弱みとかお金とか使っちゃったものがあるんだからね」

 

お金とかあるのか、なんて思う秀介だがそれ以上に気になる。

そんなものを志野崎秀介一人の為に注ぎ込むとは、一体どういうわけなのか。

担当した魂がちゃんとした結果を残さないとペナルティでも発生するのだろうか?

だとしてもそうじゃないとしても、それだけの物を支払わせたとあっては謝らなければなるまい。

頼んでないなんて突っぱねるのは秀介のすることではない。

 

「・・・・・・すまん、負担をかけたようだな・・・・・・」

「・・・・・・私が勝手にやったことだもん、謝られる覚えは無いわ」

 

秀介の言葉に、死神はプイッと横を向く。

何となく顔が赤く見えるが気のせいと言う事にしておこう。

 

「とにかく、悪いと思うのならもう二度とここには来ちゃダメ!

 次来られたらもうどうしようもないわ。

 ありったけの物を全て支払って、身ぐるみ剥がされて最下層に貶められても庇いきれないの!

 こっちの身だって危険になるんだから!

 そんなのヤだからとっとと見捨てて地獄に送ってやるんだからね!」

 

ビシッと指差しながら言われ、秀介もやれやれと首を振りながら返事をする。

 

「分かったよ。

 そこまでして貰うのは悪いし、そこまでして貰う気は無い。

 万が一また俺が何かの間違いでここに来たら、その時は遠慮なく俺を地獄に突き落してくれ」

 

そもそも死神も最初からそこまでして庇う気は無いだろうし。

 

「分かればよし」

 

そう言いながらも死神はまだ怒ったような表情を崩さない。

そして鎌を振るうとあのドアを出現させた。

 

「ほら、とっとと戻る。

 告白を忘れちゃうのは悲しいだろうけど、あんたが起きればそれはそれで安心させられるんだから」

「・・・・・・そうだな、とっとと戻ろう」

 

秀介はドアに近寄り、ドアノブに手をかける。

そしてそのまま死神の方に振り向いた。

 

「・・・・・・何よ」

 

死神は相変わらず不機嫌そうだ。

秀介はそんな死神に笑いかけてやった。

 

「・・・・・・俺がもうここには来ないってことは、これでお別れってことか」

 

その言葉にピクッと肩が跳ねたのが見えた。

 

「名残惜しいとか思ってくれてるのか?

 ははっ、嬉しいね」

 

そう言うと、死神の表情が崩れる。

 

不機嫌そうな表情から、悲しげな表情に。

 

涙はこぼれていたりしないが。

 

「・・・・・・そりゃ寂しいわよ、もう会えないんだもん・・・・・・。

 で、でもこれはきっとあれよ!

 例えペットとかでももう会えないってなったら悲しいでしょ!?」

「俺はペットか」

「ペットみたいなもんよ! きっとそうよ!」

「そうかそうか」

 

ははっと笑いながら秀介はドアを開けた。

同時に身体が引き寄せられる。

 

「・・・・・・そういや死神、お前の名前聞いて無かったな」

 

振り向きながらそう言う。

しかし死神は首を横に振った。

 

「教えてやらない。

 二度と会わない相手に未練がられるのもヤだからね」

 

秀介はやはり笑って返事をした。

 

「お前の事、嫌いじゃなかったがな」

「そりゃどーも。

 これだけの事をしてあげたんだもん、当然でしょ」

「はは、なるほど」

 

 

最初に出会ってから・・・・・・年代的には多分50年近く経っているのだろう。

もっとも前回死んでから生まれ変わるまでの期間を計算すれば、だが。

それだけの長い付き合いだし、色んなものを支払ってまで助けてくれたし。

 

なるほど、これだけの事をしてくれた相手を嫌うとはとんだ罰あたりだ。

 

「恩に着る、死神。

 次に来る時は寿命で死んだ時だな」

「そうね、その時はちゃんとした手続きを取って、あんたの魂は私の所有物にしてコキ使ってやるんだから」

 

手続きって何だ、と笑いながら秀介の身体はドアの向こうに吸いこまれていった。

 

 

 

 

 

検査を終えて医者が戻ってくる。

その後ろからは久しぶりの覚醒でまだふらふらするという秀介が車椅子で押されて戻ってきた。

病室で待っていたのは秀介の両親と靖子、それに久とまこだ。

医者はコホンと咳払いをして一同に告げる。

 

「検査の結果、特に一般常識やご自身に関する記憶の欠落は見られませんでした」

 

ホッと一息つく。

しかし医者はチラッと久の方を見ると言葉を続けた。

 

「・・・・・・しかしそちらの方がおっしゃっていたように、確かに八日前の記憶は一切ありませんでした。

 それ以前もところどころ怪しいところがあります」

「ほんなら先輩は自分が何で倒れたかも覚えてないんですか?」

 

まこの言葉に秀介がこくっと頷く。

 

「血を吐いたってのは聞いたけど、その時の苦しさとかまったく記憶に無い。

 未だにふらふらするのはその名残なんだろうから、何となく実感は湧くけどな・・・・・・」

 

ナースや家族に支えられてベッドに戻る秀介。

ただそれだけの動作でも息を切らしている。

 

「・・・・・・その・・・・・・」

 

秀介の様子を見ながら久が言い辛そうに口を開く。

 

「・・・・・・記憶って戻ったりするんでしょうか・・・・・・?」

 

その言葉に医者は久に向き直って返事をした。

 

「しばらくして体調が落ち着けば徐々に記憶が戻ってくるというのはよくあることです。

 ただ一切戻らないという事態もそれはそれであることです。

 様子を見てみない事には何とも言えませんね」

「・・・・・・そうですか・・・・・・」

 

戻る可能性があるというのならまだ希望は持てるところか。

それでも久は複雑そうな表情になってしまう。

 

「まぁ、しかし大したことは無くてよかった。

 その時の状況を詳しくは知らんが、苦しかったことを覚えていないのならそれはそれで幸運だろう」

 

靖子はそう言って秀介の肩をポンポンと叩く。

両親やまこも揃って「よかったよかった」と笑顔で秀介を囲んだ。

 

「よかったなぁ、久」

 

まこはそう言って久の方を振り向く。

 

が、久は嬉しそうなわけではなく、むしろその表情はどことなく悲しげだった。

 

「久?」

 

まこは歩み寄ってその肩を叩く。

 

「どうしたんじゃ? 久。

 志野崎先輩は命に別条も無いし、きっとすぐに元気になるんじゃぞ?」

「・・・・・・う、うん・・・・・・そうね」

 

 

この中で、いや、おそらく世界中で唯一久にとってあの日の出来事を秀介が覚えていないというのは大問題である。

長い付き合いで、告白して、それを断られて。

しかしあの日ようやく、今度は秀介の方から告白してきてくれたのだ。

 

念願の時、秀介が自分に振り向いてくれた。

 

その出来事を秀介が丸々忘れているとなれば、久にとってこれほど辛いことは無い。

 

いっそまこが聞いてくれていればまた結果は違っていたかもしれない。

 

だがそんなことはもはや後の祭り。

 

 

もしも秀介があの日の事を思い出してくれなかったら、

 

 

あの出来事を知っている人間はもはや久以外にいないのだ。

 

 

「・・・・・・久? な、何で泣いとるん?」

 

まこの言葉に顔に手を当て、ようやく久は自分が涙を流していたことに気付いた。

しかし今この場で事情を語ることもできない。

 

「・・・・・・何でも無い、何でも無いの・・・・・・」

 

そう言うほどに、しかし涙は溢れてくる。

 

「・・・・・・久・・・・・・」

「・・・・・・ごめん・・・・・・ホント・・・・・・何でも無いの・・・・・・」

 

ポロポロと涙は止まらない。

 

「久」

 

そんな久に、秀介はおいでおいでと手を振る。

そして久が近寄ると、その肩をグイッと抱き寄せる。

 

「あっ・・・・・・」

 

そのまま頭をポンポンと撫でられた。

 

あの時のように。

 

「大丈夫だ、すぐに退院するからな。

 また麻雀でも打とう。

 それまで待っててくれ」

 

待っててくれ、そうこの男に言われたら久が待たないわけにはいかない。

 

小さくこくっと頷き、返事をした。

 

あの時のように。

 

「・・・・・・待ってるから・・・・・・」

 

「・・・・・・ごめんな・・・・・・」

 

 

大丈夫、シュウ。

 

私、

 

待つのは慣れっこなんだから・・・・・・。

 

 

 

それはそれとして、

 

一つ、久の頭に疑惑が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「よかったなぁ。

 志野崎先輩のことじゃ、きっとすぐに退院しよるじゃろ」

「そうね」

 

久はまこと共に病院を後にしていた。

秀介の両親からは家まで送ると言われたのだが、それを断りわざわざまこを誘ったのだ。

 

「・・・・・・しかし、何で志野崎先輩は倒れたんじゃろう。

 原因が分からんてそんなことあるんかいな?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

そう、そのことだ。

その原因について、久は一つの疑惑を胸に抱いていた。

 

普通の人にはバカらしくて話せない疑惑。

 

おそらく靖子も話せば聞いてくれるだろうが、しかしプロとして忙しい身である。

余計なことは言えない。

ならば話せるのはまこしかいない。

幸い同じ学校の同じ部活、いざという時に助けになってくれるだろう。

 

「まこ」

「なんじゃ? そろそろ何の話か教えてくれると助かるんじゃがな」

 

まこは何でも無いようにそう返事をする。

 

「気づいてたの? 話があるって」

「あんな誘い方しておいて何にもなかったらそれはそれで困るわ」

「・・・・・・それもそうね」

 

はっはっはと笑うまこに苦笑いを浮かべる久。

観念したように口を開いた。

 

「私はこれから馬鹿げた話をするわ。

 オカルトなんかじゃ収まらないようなヘンテコな話。

 で、まこの意見を聞かせて欲しいの」

「なんじゃそら」

 

何を話す気じゃ?とまこは首を傾げる。

 

 

「シュウが倒れた理由」

 

 

「・・・・・・ほぅ、なんぞ思いつくことでもあるんか?」

 

まこの問い掛けに久は「まぁね」と軽く返事をした。

 

 

「シュウの両親やヤスコの話から分かると思うけど、シュウは以前にも一回倒れてるの。

 同じように麻雀を打っていて、それが終わったら血を吐いて倒れた・・・・・・」

 

むむ、とまこの眼鏡が光る。

 

「前回も倒れたっちゅーのは分かったけど・・・・・・その時も麻雀を打っとったんか。

 誰と打ったんじゃ?」

「・・・・・・」

 

久は少し戸惑ったが、今更隠すのもよくないしややこしくなるだろうと思い、全てを語った。

借金の事、秀介を巻き込んだこと、助けてくれたこと、苗字が変わったことも。

 

「・・・・・・そんな過去を抱えとったんか・・・・・・」

 

腕組みをして複雑そうな表情を浮かべるまこ。

そこで「何で話してくれなかったんじゃ?」と聞いてこない辺り気がきいている。

もし聞かれていても「話したくなかった」とかありきたりな返事しかしようがない。

こういう細かいところが、まこと友人でよかったと久が思う所である。

 

「その時の麻雀も酷かったわ。

 藤を倒したあの時なんかよりもよっぽど」

「・・・・・・ちなみにどんな感じだったんじゃ?」

 

興味本位という感じでまこが問い掛けてくる。

久は苦笑いして答えた。

 

「上がったのは全部シュウ。

 しかも役満とローカル役満のみ」

「なんじゃそら・・・・・・」

 

めちゃくちゃにも程がある、とまこも苦笑いしてしまう。

その後、もしやとまこは口を開いた。

 

「・・・・・・もしかして、久は志野崎先輩が「役満を上がったら血を吐いて倒れる」とか思っとるんか?」

「いいえ、それは思わなかったわ。

 でも確かにそう言う可能性もあるわね」

「・・・・・・ほんなら何?」

 

まこの言葉に久は小さく深呼吸をして話を続けた。

 

「・・・・・・昔あいつが冗談交じりに言った事があるの」

「・・・・・・なんて言ったんじゃ?」

 

 

 

「「俺は全力を出すと5リットルの血を吐いて死んでしまう身体になってしまったんだ」ってね」

 

 

 

まこの目が大きく見開かれる。

対して久はくすっと笑った。

 

「あの時は「嘘おっしゃい」ってあっさりスルーしちゃったけど、こうまで重なるともう偶然とは思えない」

 

その後、寂しげに笑った。

 

「・・・・・・今となっては本当なんじゃないかって思うの。

 あいつは・・・・・・本気で麻雀したら死んじゃうんじゃないかって・・・・・・。

 オカルトどころじゃない馬鹿げた話でしょ?」

「・・・・・・い、いや、待った、久」

 

コホンと咳払いをしてまこが久の話を止める。

 

「・・・・・・やっぱりおかしいと思う?」

「い、いや・・・・・・あるかもしれんし、偶然とも思えん。

 じゃが忘れとらんか?

 普段から藤田プロが志野崎先輩にいじめられとる事。

 もし本気を出したら・・・・・・その、死んでしまうんじゃったら、普段からあんな打ち方できんはずじゃ」

 

まこの言葉に久は「確かにそうね」と頷いた。

 

「・・・・・・もしそれでも私の考えが正しかったとしたら・・・・・・」

 

久は寂しげに、しかし自分の事のように嬉しそうに言葉を続けた。

 

 

「ヤスコくらいの腕じゃ、シュウは本気を出さなくても倒せるってことになっちゃうわね」

 

 

「・・・・・・はは・・・・・・」

 

まことしても苦笑いを浮かべるしかない。

そこまで嬉しそうな笑顔を見せられたりしたら、たとえそれが仮の話だとしても余計な突っ込みはできなくなる。

 

「ま、何なら明日志野崎先輩に確認してみてもええじゃろ」

 

苦笑いのまま、まこはそう言った。

 

「・・・・・・」

 

が、今度は久は黙ってしまった。

 

「・・・・・・久?」

「・・・・・・それはね、どうしようかって思ってるの」

「なんでじゃ?」

 

折角見つけた可能性。

もしそれが真実だとしたら、それに思い至ったのが久なのだ。

ならなおの事、二人はお互いの事を知ったお似合いのカップルとなるであろう。

既に秀介が久に告白した事を知らないまこは、早い所二人がくっつけばいいのに、その為にもいい材料じゃないのか?と考えている。

 

「・・・・・・今はダメよ。

 記憶が飛んでるような状態だし、落ち着いてもう少し元気になったらにしましょう」

「・・・・・・それもそうじゃの」

 

それらしい理由を付けてその場は終わりにする。

 

 

久としては秀介に問いただすなどとんでもないことだと思っている。

まこ相手でさえあっさり話したように見せたが、その心の内は心臓バクバク、緊張ではちきれそうだったのだ。

それを本人に問いただすなどとてもできない。

ましてや話の内容は突拍子もないし通常であればとてもあり得ないようなものだ。

無理無理、とても無理、そんな事聞けないって。

 

 

そうして悩みに悩んで、毎日お見舞いに行くもどうしても聞くことができず、そのまま一週間が経ってしまった。

 

 




もうじき終わります、「B story」。
というか「A story」に戻ってからもあと何話くらいだろう?


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18志野崎秀介その4 追及と再会

ちょい短かったか、後で追加とか修正とかするかもしれません。

第一話での秀介とのやりとりで久がどんな想いをしていたのか。
その描写をせず皆様のご想像にお任せするのも筆者の嗜み()です。



二度目に倒れてから一週間、秀介は既に一人で歩くこともできるようになっていた。

が、まだ長時間は無理。

ゆっくり歩いているだけでも病院をぐるっと一周すればもう息を切らしてぐったりとしてしまう。

まだまだ体力不足である。

それに検査もある。

まだ退院の見込みは無いし、麻雀もできないし暇なものだ。

 

久達は今日もお見舞いだ。

秀介は「腕が落ちないようにたまにはまっすぐ喫茶店へ向かって打ったらどうだ?」と言うのだが、久は「それもそうね」と返しつつ毎日来る。

秀介としてはそれはそれで断る理由も無いので、それ以上は何も言わない。

 

 

 

しかし、今日は驚かされた。

そんな事を聞かれるなんて全く想像もしていなかったからだ。

何の前兆も無く、不意に秀介に声がかけられたのだ。

 

「志野崎先輩、倒れた日は麻雀打っとったって覚えとりますか?」

「・・・・・・突然どうした? 全く覚えていないが」

 

まこの言葉に首を傾げる秀介。

 

血を吐いて倒れたということはつまり麻雀で本気を出したということだ。

自分の事だしそれくらいは推測しているだろう。

それに死神と会ってきた記憶もある。

最後の別れだったというのに所々記憶が欠けているのは残念だが、覚えていることに変わりは無い。

あの日何があったかは覚えていないが、また全力を出したのだろうなと、推測だが秀介は結論を出している。

 

「・・・・・・で、それがどうしたんだ?」

 

秀介はまこにそう問いかけるが、気がつくとまこはこちらを見ていない。

そちらに視線を向けるとそこにいるのは久だ。

 

「・・・・・・ほれ、早く言いんしゃい」

「ちょ、まこ・・・・・・」

 

なにやらおろおろしている。

何だ?と秀介はやはり首を傾げる。

やがてまこに何やら言われて久は途切れ途切れに言葉を紡ぎ出した。

 

「・・・・・・あの・・・・・・ね・・・・・・?」

「うん」

 

「・・・・・・その・・・・・・ね・・・・・・?」

「うん」

 

「・・・・・・えっと・・・・・・ね・・・・・・?」

「うん」

 

「まどろっこしいな! さっさと言いんしゃい!」

 

がーっとまこが声を上げる。

久はまこを何やら恨めしげに睨むとため息をついて秀介に向き直った。

 

「・・・・・・た、単刀直入に聞くわ、シュウ」

「おう、何だ?」

 

久は深呼吸をするとその質問を浴びせて来た。

 

 

「シュウ、あんた麻雀で本気出すと・・・・・・し、死んじゃうの・・・・・・?」

 

 

「もっと言いようは無かったんかい」

 

やれやれとまこはため息をつく。

その態度に久は「だって・・・・・・」と俯いてしまう。

 

秀介はポカーンと口を開けていた。

 

「・・・・・・急にどうした?」

「い、いえ! 何でも無いの! ほら! まこ! やっぱり違うのよ!」

 

久はそう言うとプイッとそっぽを向いてしまった。

そんな久の態度に、まこはつかつかと歩み寄ってその頭を叩く。

 

「痛っ・・・・・・何よ!?」

「それじゃいかんじゃろ! ちゃんと聞かんかったら志野崎先輩だって答えようがないじゃろ!」

「うぅ・・・・・・」

 

久は涙目でまこに撤退を訴えかけるがまこは拒否、逆に徹底抗戦を告げる。

 

 

一方の秀介は表向きポカーンとして見せたが、その心の内は動揺しまくっている。

 

何故? どうして?

 

どうして分かったんだ!? 俺の能力の代償が!!

 

いや、考えてみろ。

久には二回もその現場を見せた。

二回目は憶測だが間違いは無いだろう。

そこから推測したのか。

 

だが待て。

だからと言ってそんな突拍子もない結論に思い至るか?

仮に思い至ったとして、それを本人に突き付けるだと?

久もまこもデジタル寄りの打ち手だ。

悪待ちがいい結果になったりだとか、染め手になりやすいだとか能力めいた物は持っているが。

しかし、本気を出したら死ぬなんて代償付きの能力をあっさり受け入れるような子達ではないはずだ。

 

そうなると・・・・・・とさらに頭を捻る。

 

それだけの葛藤をし続けて来た、ってことか?

 

あり得ない事だ。

でももしかしたら。

そんな事を延々と考え続けて来たのかもしれない。

 

いつから気づいたのは知らないが、久の性格からしてかなり長いこと悩んだのだろう。

 

そしてそれをとうとう本人にぶつけて来た。

 

なるほど。

むしろ二回も現場を見せておいてバレないと思っていた自分の方が甘かったか。

 

 

「久、まこ」

「何よ、シュウ・・・・・・」

「何じゃ? 志野崎先輩」

 

二人は未だに何やら言い争っていたので声をかけてそれを止める。

そして秀介はため息をつき、そっぽを向きながら言葉を続けた。

 

 

「・・・・・・他の人には内緒にしておいてくれよ。

 親とか靖子姉さんにもな」

 

 

今度は久達がポカーンとする番だった。

 

その表情を見て秀介はフッと笑いながら近くに置いてあった差し入れのリンゴジュースに口をつける。

それはまるで久達の顔を肴にして酒でも飲んでいるかのように。

 

「・・・・・・し、シュウ!? まさか本当に!?」

「おいおい、あそこまで単刀直入に問い詰めておいて今更それかよ」

 

ははっと笑う秀介の姿はまさに酒飲みのよう。

どうやら完全に開き直ったようだ。

そしてその態度に逆に慌てふためく久達。

 

「し、志野崎先輩? じ、実はそれは冗談なんじゃろ?

 わしらをからかっとるだけなんじゃろ?」

「あそこまで問い詰めておいて認めたら逆に疑うとか。

 黙ってとぼけておけばよかったかな」

 

ふぅと一息つくと今度はやれやれと首を振る秀介。

 

だがその内心は楽しくて仕方がないのだろう。

 

何せ前世で10年以上も能力を使い続けて、誰一人として「能力」という可能性に気付かなかったのだ。

まぁ、代償付きで使った事が一度しかなく、その一度で死んでしまったので無理も無いが。

それを秀介にとって身近なこの二人が気づいてくれたというのは、驚きもあるが嬉しくて仕方がないのだろう。

 

 

久達も慌てていたようだが、秀介がからかっていると少しずつ落ち着いていき、やがて普通に会話をするようになった。

そして一つ一つ確認するように聞いてくる。

秀介はそれにしっかりと返答した。

もっとも転生だとか前世が関わるものついては完全に返答を拒否したが。

それとリンゴジュース関係も。

 

 

「いつからそんな能力使えるようになったの?」

「小学校、割と低学年」

 

「代償に気付いたんは?」

「同じく小学生だったか」

 

「や、役満上がったらシュウが倒れちゃうのかな、とか思ったんだけど・・・・・・」

「それはないよ。

 まぁ、確かに普段は役満なんて上がらないしそもそも狙わないしなぁ」

 

「具体的にどういう能力なん?」

「それは秘密。

 何故ならその方が格好いいからだ」

「なんじゃそら」

 

「普段ヤスコと打ってる時は具合悪くなったりしない?」

「本気じゃないから平気」

「本気じゃなくてあんなに強いの?」

「まだいけるだろうけど・・・・・・その内手抜きじゃ勝てなくなるかもな」

 

「普段藤田プロをいじめてるんはなんで?」

「負けた時のあの魂の抜けたような表情が何となく見ていて笑える」

「・・・・・・わしをいじめてたのも同じ理由?」

「バカな、可愛い後輩をいじめる奴がどこにいるというんだ」

「鏡見んさい」

 

 

わいわい騒ぎながら、適当なタイミングで話に区切りをつける。

 

「しかし・・・・・・そんな不思議な能力を持ったもんがおるなんてなぁ」

「探せば他にもいるかもしれないな」

 

まこの言葉に秀介はそう返す。

実際前世でも城ヶ崎や南浦がそういう能力を持っていたし、あり得ない事ではないだろう。

いや、城ヶ崎はとんでもなく強い「ただの強運」らしいが。

全国大会の様子をテレビで見た時もそれらしい人物はいたし、そもそも久やまこもそんなような能力を持ってるし。

それを指摘してみると二人は顔を見合わせる。

 

「・・・・・・私の悪待ちも、似たような能力なの・・・・・・?」

「わしの染め手もか?」

「いや、知らんけど。

 でも可能性はあるだろ。

 他にも靖子姉さんのまくりとか」

「あれはシュウが狙ってみればって言ったんじゃなかったっけ?」

 

そうだったか、と秀介は笑って返す。

 

そしてそんな話題も落ち着いた頃、久が不安げに話を切り出した。

 

「・・・・・・シュウ・・・・・・つまりあんたは自分の代償を知った上で麻雀を打って、倒れてたってわけ・・・・・・?」

 

その指摘に、む?と考え込む秀介。

確かにそうだと言われればそうだが。

 

「前回のは覚えていないが、多分コテンパンに倒しておかないとしつこく付きまとって来るとか思ったんだろう。

 無茶したというか加減を誤ったというか」

 

藤との試合の事は覚えていないが死神との会話でそんな事を言った気がする。

そこから推測して答えてみたのだが、久はさらに落ち込んだように質問を続けて来た。

 

 

「じゃあ、その・・・・・・最初に倒れた時は・・・・・・?」

 

 

あの役満講座の日の事か。

秀介は頭を抱えてバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「・・・・・・久、それを聞くのは野暮じゃないか?」

「・・・・・・やっぱり、知ってた上で無茶したんだ・・・・・・。

 ・・・・・・私の為に・・・・・・」

 

ポロッと涙がこぼれた。

 

「・・・・・・ずるいよ、シュウ・・・・・・そんなことまでされてたなんて・・・・・・。

 私・・・・・・シュウに何にも返せてない・・・・・・」

「・・・・・・いいんだ、久。

 俺が好きでやったんだからな」

 

スッと歩み寄ってポンポンと頭を撫でる。

久は秀介に寄りかかってされるがままだ。

 

 

まこの方から「そこじゃ! 行け! 押し倒すんじゃ!」とかボソボソ聞こえる気がするが無視しておく。

 

 

 

結局話をまとめると能力による吐血であり、原因が不明なのも仕方ないのかと久もまこも理解した。

理解はしたが納得はいかない模様だ。

それは秀介自身も同じだが。

何かしら現代的な理由を付けてもらいたかった。

ウイルスにしろ病気にしろ。

能力の一言で片づけるのも限度があるだろう。

それからリンゴジュースで症状軽減なんて身体にしたことも忘れていない。

まぁ、そのおかげで普通より回復が早いのかもしれないが。

 

 

「とにかくシュウ、今後無茶な麻雀は禁止ね」

「ああ、分かってる」

 

久の言葉に秀介は頷いたが、しかし久は首を横に振る。

 

「ダメね、分かってないから二回も倒れるんでしょう。

 ・・・・・・か、感謝はしてるけどね・・・・・・。

 それはともかく!

 今後もし私の見てる目の前で無茶してるようなら無理矢理でも卓から引き離すから」

「どうやって?」

 

秀介の言葉に久は少し考えて返事をする。

 

「椅子を引っ張ったり引き摺り下ろしたり」

「膝に乗ったり後ろから抱きついてみたり?」

「そ、そんなことしないわよ!」

 

まこの突っ込みをガー!と追い払う。

そんな反応は秀介とまこをニヤニヤさせるだけなのだが。

 

「ああ、ともかく今後無茶はしないよ」

 

「次来たらもう戻れない」と死神にも言われてるし、と秀介は一人自分に言い聞かせる。

 

「・・・・・・分かった、信じるからね」

 

久も渋々といった様子で頷いた。

 

「しかしここしばらく打ってないから退屈だ。

 退院して学校にも通えるようになったらすぐにでも部室に行きたい」

「ちゃんと退院したらね」

 

秀介の言葉に久がそう返す。

「約束だぞ」と念押しして秀介は笑った。

つられて久もまこも笑顔になる。

そもそも麻雀を禁止!と言わない辺り、二人とも秀介の麻雀好きを知っているのだ。

 

 

 

だが、それから長らく秀介は退院できなかった。

オカルトな能力の話ができない医者にとっては、吐血の原因不明は何としても解決しなければならないもの。

その内年を越して、1月、2月と経過していく。

体調は安定していたので定期的に病院に来るということで手を打ってはもらえないかという秀介の訴えに、医者も渋々だがOKを出した。

入院中も久に勉強を見てもらっていたので成績は何とかなった。

学年末テストも無事に赤点無し、出席日数は本当に何とかギリギリで留年は免れた。

 

 

それからまた少し入院したり家でのんびりしていたりしていたが、3年生になってから秀介は学校で授業を受けてはいなかった。

いや、学校自体には来ていた。

だがいつも保健室か特別教室で、いつ倒れてもいいようにと半ば看護されている身。

別にもはや何ともないのだが、と訴えても信じてはもらえないだろう。

 

 

その内に久達麻雀部員は合宿やら大会やらで遠出。

そしてすれ違いで秀介は医者からの許可が出て授業復帰、会えない日が続いた。

 

それはまた寂しいことだったが、大会に出たということはつまり部員が規定人数集まったということだ。

それを考えれば逆に嬉しいことでもあった。

 

 

 

ガチャリとドアを開ける。

 

やってきたのは部室。

 

ここへ来るのも久しぶりだ。

 

きょろきょろと部室内を見渡してみる。

本が新しくなっていたり、カーテンが外されていたり、外にビーチベッドみたいなものが設置されていたり、誰の物か分からない私物が増えていたり。

一人取り残されたような気分。

しかし戻って来たんだという喜びも一入(ひとしお)

 

ふと目に着いたのは雀卓。

確かここに仕舞っていたはず、と麻雀牌を取り出し、卓にセットする。

 

久しぶりの麻雀は一人か。

 

苦笑いをしながら山をじっと見る。

 

能力に変わりは無い、相変わらず山は見通せた。

 

山に手を伸ばし、{東}をカシャッと表にする。

あれも、それも。

一つだけ下山にあった。

上の牌を下ろしてその牌を表にする。

{東}が四つ表になった。

 

これを見て、久は自分が来たことに気づくだろうか。

些細ないたずらを仕掛けた子供のように秀介は笑った。

 

そして今度はベッドに近寄る。

ここで寝るのも久しぶりだ、とごろんと横になった。

 

久達が部室に来るまでには帰るか。

 

そう思いながらもうつらうつらと意識を手放して行く。

 

完全に睡眠に着く前にフッと笑った。

 

 

 

久、俺は戻って来たぞ。

 

そう言っているかのように。

 

 



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19沢村智紀その1 憧れと感謝

既存キャラの過去を考えるだけでこれだけの話が作れる。
オリキャラを混ぜる話も好きだけど、こう言う話を延々と考えるだけでも十分楽しい気がします。
まぁ、この話は既にオリキャラが混ざっちゃってるんですけど(



彼女は麻雀卓に牌を並べる。

そうしておいて膝に抱えている自分の孫に楽しそうに笑った。

 

「ほぅらね、これで完成」

 

それは膝に抱えられた少女にはまだ少し早い確率の計算。

麻雀においてはデジタル思考と呼ばれるものだ。

だが少女はそれを見て目を輝かせていた。

どうやら気に入ったらしい。

 

「おばあさま、わたしもこれができるようになりたいです」

「うんうん、きっとできるようになるよ。

 何せ私の孫だからね」

 

それからも彼女は孫に麻雀のことをあれこれと教えていった。

それはそれは楽しそうに。

そしてそれを教わる少女も楽しそうに笑うのだった。

 

「おばあさま、どうしてこんなにいろいろなことをしっているのですか?」

「私も教わったからよ」

「だれに?」

「んー・・・・・・先生かしら」

「せんせい?」

 

それは、相手の事を何と呼ぶべきかと悩んだような言い方。

彼女が勝手にそう呼んでいるのかもしれない。

 

「どんなひとだったのですか?」

 

少女の言葉に、彼女はその人物の事を色々と少女に語る。

それは今までで一番楽しそうな笑顔で。

 

「そのせんせいっておとこのひとですか?」

「あら、分かっちゃったようね。

 どうして分かったの?」

「・・・・・・なんとなく?」

 

彼女は少女の頭を撫でながら言った。

 

「そうよ、男の人だったわ。

 とっても素敵な男の人」

「・・・・・・すきだったのですか?」

「お爺さんが私の前に現れるまではね」

 

ふふっといたずらでもしているかのように彼女は笑った。

 

自分に麻雀を教えてくれた、そんな彼女の楽しそうな笑顔がとても印象的で。

 

だから少女は、自分の祖母にそんな顔をさせるその人物にとても興味を持ったのだ。

 

「わたしもそのひとにあってみたいです」

 

そう言うと彼女はとても残念そうに首を横に振った。

 

「あの人はもういないわ。

 お空のお星様になっちゃったのよ」

 

そう言って窓から外を眺める。

 

「私ももう一度会いたいなんて思うけどね」

 

少女はそんな彼女の寂しそうな表情につられて空を見上げる。

 

「とても麻雀が強くて、面倒見がよくて素敵な人」

「・・・・・・そのひとのおなまえは?」

 

「新木桂さんっていうのよ」

 

 

その日、その名前が少女の胸に刻まれた。

 

 

 

少女が中学生の時、一つの出会いがあった。

 

「初めまして」

 

彼女の名前は知っていた。

むしろこの学校に通っている身として知らぬ者はいるまい。

この学校と同じ名前を姓に持つ者、それに加えて成績優秀者であり気品あふれるお嬢様であり、そして時折それが崩れて現れる年相応の素の表情。

帰来持つカリスマ性に不思議なキャラクター性が合わさり、同じ学校の人間で無い人物の間でも彼女は有名だった。

そんな彼女に少女は声をかけられた。

 

「私、龍門渕透華と申します」

 

存じております、と少女は頭を下げて一応自己紹介をした。

 

「単刀直入にお願いしますわ」

 

彼女はそう言ってこちらを指差し、告げた。

 

「私の従姉妹のお友達になっては頂けません事?」

 

それは不思議なお願いだった。

「私とお友達になって貰えませんか?」というのなら分かる、十分に分かる。

その高い能力と変わったキャラクター性から人が近づきにくく、友達ができないので適当に通りがかりの人物に声をかけてみた、なんて話で小説が一本書けそうなほどよくある話だから。

もっともその場合の台詞は「私がお友達になってあげてもよろしくてよ!?」というのが定番である。

 

だが従姉妹の友達になって欲しいとはどういう事か。

彼女は詳しい話をせず、くるっと少女に背を向けた。

 

「もし興味がおありでしたらいらしてくださいまし。

 衣に直接お会いした方が分かりやすいでしょうから」

 

そう言って彼女はすたすたと歩き出してしまった。

そんな怪しい話を聞いてついていく人物がいるのだろうか、と少女は首を傾げる。

怪しい、だが気にはなる。

そして何より少女が見たところ、彼女は悪い人物では無い。

だから、彼女について行くように少女は歩みを進めた。

 

彼女がちらっとこちらを振り返り目が合う。

クスッと笑って彼女は再び前を向いた。

 

やはり、ついてくると思った。

 

そんな風に考えていると一般人は思う事だろう。

決して人間観察が趣味だったり人付き合いが多い方では無い少女は、しかし全く別の考えを思い浮かべていた。

 

ついてきてくれてよかった、これで来てくれていなかったら恥ずかしかった。

 

そんな安堵の感情を少女は彼女に感じた。

それが何となく微笑ましくて、やっぱりついてきて正解だったかななどとほのかに笑みを浮かべた。

 

 

案内されたのは彼女の家、その別館。

道中彼女は背の高い女性に呼び止められていた。

 

「あら、井上さん。

 丁度よかったわ、一緒にいらしてくださいまし」

「あのな、呼び出しておいて待たせておいてその一言はどうなんだよ、お嬢様」

 

女性は呆れ交じりに嫌味を含んだ表情でそう返す。

 

「先日伝えました私の従姉妹に会わせますわ。

 いらしてくださいまし、そこでお話ししましょう」

 

彼女はマイペースにそう告げるとさっさと進んで行ってしまう。

女性は忌々しげに睨んでいたが、不意に少女に向き直る。

初めまして、と少女は頭を下げた。

対してスッと手をあげて挨拶をした後、女性はため息交じりに言った。

 

「あんたも災難だったな、あんなお嬢様に目をつけられて」

 

そう言って女性は透華の後についていく。

少女もそれに続いた。

 

そうして辿り着いた龍門渕家の別館、そのドアを開けて一歩踏み込んだ途端、井上さんと呼ばれた女性は立ち止まった。

思わずぶつかってしまうが井上さんはこちらを気にかけていない様子。

 

「・・・・・・おい」

「どうしましたの?」

 

透華はくすっと笑いながら振り向く。

井上さんの反応を楽しむかのように。

 

「・・・・・・この先に何がいるんだ?」

「言いましたでしょう? 私の従姉妹ですわ」

 

そう言った後、「あ、そうそう」と言葉を続ける。

 

「もし彼女に勝ったらその後は自由です。

 今後ここに来るのも来ないのも、私が何かに誘っても断っていただいて結構ですし。

 ついでに謝礼を差し上げてもよろしいですわ」

「はぁ?」

 

どんな条件だそれは。

 

「その代わり負けたら、2つほどお願いを聞いて頂きますわよ」

 

そう言って彼女は妖しげに笑う。

横に回って井上さんの表情を窺ってみると、彼女は透華から明らかに目を逸らしていた。

 

「・・・・・・戦って勝てってのか、この先にいる奴に・・・・・・」

 

不安げにそう言った井上さんに、透華はやはり笑いかける。

 

「不戦敗でも構いませんけれど」

「・・・・・・くそ・・・・・・」

 

井上さんは忌々しげに歩みを進める。

少女は訳が分からずにそれに続いた。

 

廊下を進んだ先には大きな扉があり、その中に入っていく。

中はまるで子供部屋のようにクッションやらぬいぐるみやらが転がっていて、そしてその部屋の真ん中に麻雀卓が置かれていた。

 

「衣」

 

透華が声をかけるとぬいぐるみが積まれた一角がのそりと動き、その中から少女が現れた。

 

「ふぁ~・・・・・・」

 

欠伸をしながら現れたその少女は、まさに少女と呼ぶにふさわしい小さな女の子だった。

主な特徴はその頭のウサギ耳のようなヘアバンドか。

 

「おはよう、トーカ」

「もう夕方ですわよ」

 

やれやれとため息をつきながら透華は衣と呼ばれた少女の隣に立つ。

 

「さて、衣」

 

そしてこちらに向き直った。

 

「今日も新しいオモチャを連れてきましたわよ」

 

オモチャ。

その言葉に衣はニッと笑った。

同時に井上さんが一歩下がる。

 

「・・・・・・おもちゃ・・・・・・確かにこいつにとっちゃおもちゃも同然か」

 

額に汗を書いている辺り相当なプレッシャーを感じているらしい。

 

「今宵の者共は如何ばかりか。

 其は衣の友となるか、供御(くぎょ)となるか」

 

麻雀卓の上の牌に手を伸ばし、カシャッと音を鳴らす。

 

「存分に戯れようぞ」

 

 

彼女と初めて遭遇した時の少女は無反応だった。

プレッシャーだとか人ならざる気配だとか、そう言うものに疎い方だから。

けれども少女を観察していれば何となく分かる。

それに周囲の反応を加えれば確実に。

 

天江衣という人物は確実に人外の存在である。

市井に混じっていてはいけない人間だ。

 

共に麻雀を打てば、それがより一層はっきりと分かる。

一見幽閉されているように見えるこの環境を、適切なものと判断してもいいかもしれない。

 

と、普通は判断しただろう。

 

だがしかしそれを直接感じられない少女に取って、衣を取り巻く周囲の人間の反応は首を傾げたくなるものだった。

彼女は人間だ、子供だ、少女だ。

世間一般の世界に連れ出して共に世間を歩き回ったとしても、事故だの事件だの起こるはずが無い。

そんなものが起こって、そこにたまたま彼女がいたとしても、それはただの偶然であり彼女の仕業であるはずが無い。

 

何故なら彼女は人間なのだから。

 

そんな風に考える少女だから、衣が

 

「ここまでやって壊れなかったのはトーカを除けばお前達が初めてだ。

 これからも一緒に麻雀を打って遊ぼう。

 友達になってくれないか?」

 

と、半荘8回打って15回の海底撈月と4回の箱割れを体験させた後にそんな事を言いながら笑顔で手を差し出した時も、少女はほのかに笑顔を浮かべながらその手を取り、告げたのだ。

 

「・・・・・・お友達なら、今度は私の家に遊びに来ませんか?」

 

それを聞いた時の透華と井上さんと衣の反応は、やはり少女にとって首を傾げたくなる反応だった。

 

「・・・・・・い、いいのか・・・・・・?

 衣が・・・・・・お前の家に・・・・・・い、行っても・・・・・・」

「お友達なら当然でしょう」

 

当然のように応える少女に何を感じたのか、衣は目元を軽くごしごしと擦ると問い掛けてきた。

 

「な、名前! お前の名前は何と言うのだ!?」

 

衣にそう聞かれ、そう言えばまだ名乗っていなかったと少女は答えた。

 

「沢村智紀と言います」

 

そんな出来事が、衣と透華が少女を気に入ったきっかけであり、彼女達龍門渕の麻雀部のメンバーに引き入れられた理由でもあった。

付け加えて、透華が二人の敗北時に出そうとしていた2つの条件、「龍門渕の麻雀部に入る事」「衣の友達になる事」はどちらもお願いすることなく叶う事になっていた。

 

 

 

その後、井上さんの自己紹介も受けて彼女を名前で呼ぶようになったり、国広一という新たなメイド(仲間)が増えたり。

その過程で背の高い純も背の小さい衣も同い年だと知って驚いたものだった。

 

そんな仲間達と共に麻雀をしながら過ごす日々。

中等部から高等部、すなわち龍門渕高校へと進学し、透華が「うちの高校のロートル麻雀部員を殲滅しますわよ!」と気合いを入れて勝負を挑んでいき、彼女達の高校生活は華々しく始まった。

 

そうして新しくなった麻雀部の環境、それは智紀にとって非常に嬉しく有意義で、成長に大きく役立つ環境だった。

 

透華自身が自分の成長の為にと用意した様々な牌譜。

プロの物からネット上位の物まで様々。

更にいつでも見れるようにとノートパソコンまで用意して貰えた。

そしてそれらを何度となく閲覧しているうちに、智紀の才能が開花していく。

 

テレビ中継でプロの大会を見ている時、それが明らかになった。

 

{(ドラ)八②③④④⑥⑥4(横[⑤])4西中中}

 

「ここから何を切ると思う?」

 

そんな一の言葉に透華も純も色々と答える。

 

「ここから平和手はきついですわね。

 七対子{西待ちを狙って③や②}辺りでは?

 その為にも{⑤}は重ねておきたいですわね」

「俺なら{西か⑥}切っちゃうなぁ。

 そこから{中}鳴いて攻めるけど」

 

そんな中、智紀はいつもの調子で答えた。

 

「・・・・・・この人なら{[⑤]}ツモ切りです」

「え?」

 

思わず全員が振り向く。

そして直後、テレビの中でそのプロが{[⑤]}を切り捨てた。

 

「・・・・・・智紀、あなた何故分かりましたの?」

「このプロの打ち方はあんまりパターンが分からないって噂だぜ?

 デジタル、鳴き狙い、決め打ち、いろんな打ち方があるだろ。

 今回はどの打ち方だなんてどうして分かったんだ?」

 

その言葉に智紀はやはり首を傾げた。

それは彼女にとって当たり前の事。

人外だのプレッシャーだのを感じられる彼女たちなら、てっきりそれくらい分かっていると思ったのに、と。

 

「・・・・・・プロは年2000試合も打ちます。

 透華さんから頂いた牌譜の中にもこのプロの物が300程ありました。

 それだけ見させてもらえればこのプロのパターンも分かります。

 この人なら七対子で{[⑤]切りを撒き餌に②}単騎を狙うでしょう。

 その際{③切りから}その周辺の待ちだと思われないように先に{③切り、そして西}切りでリーチと行きます」

 

その言葉に透華達は顔を見合わせた。

打ち方のパターンが分からないという噂のあるプロのパターンを見抜いた。

果たして偶然か否か。

すぐに透華は麻雀牌を取り出してカチャカチャと手牌を作る。

 

{四五六六③③④④5(横6)67發發}

 

「この手、ちなみに私なら何を切ると思いますの?」

「・・・・・・{發}対子落としでタンピン狙い」

 

智紀はあっさりと答えた。

それだけでは無い。

 

「・・・・・・純さんなら{四}。

 その後{五も落として六}は明刻か暗刻を目指します。

 一さんなら{六切りで、發ポンか②⑤をツモ狙い}かと。

 まぁ、捨て牌の状態や現在の巡目で変わるでしょうけれども。

 親番の衣さんなら{③④發}の明刻狙いで{六}切り、南家なら{發}切りかと思われます」

 

衣は現在昼寝中なので答えられない。

残ったメンバーで顔を合わせて答え合わせをする。

 

「・・・・・・私は正解ですわ」

「・・・・・・俺も{四}切るだろうな」

「・・・・・・ボクもだよ・・・・・・」

 

そんな反応に首を傾げる智紀を見て、透華はクスッと笑った。

 

「さすがともき! 私が見込んだだけの事はありますわ!」

 

おーっほっほっという高笑いも既に何度か見慣れたもの。

何か分からないがご機嫌なようでなによりと、智紀もくすっと笑い返した。

 

 

 

そんな風にとても楽しく過ごす日々。

 

「はぁ・・・・・・」

 

その日は唐突に透華が不機嫌そうに大きめの封筒をテーブルに投げていた。

同じ部屋でお気に入りの紅茶を飲みながら智紀はやはり首を傾げる。

 

「・・・・・・どうされましたか?」

「・・・・・・ちょっと困っておりましてね」

 

透華はソファーにドサッと腰を下ろしながら、今しがた投げた封筒を指差す。

 

「お父様からこんなものが送られてきたんですの」

 

その言葉に智紀はその封筒から中身を取り出してみる。

 

「・・・・・・牌譜、ですか」

 

牌譜の何が気に入らないというのか。

むしろ普段の透華を考えてみれば、喜んで繰り返し読んだり、パソコンに入れて何度も見返したりする事だろう。

そしてこれが誰の物かは知らないけれども、自分も読んでみたいなと智紀は思った。

透華は再びため息をつきながら言葉を続ける。

 

「その牌譜、何やら高価なものらしくて。

 購入する為にお父様が子会社を潰したとか笑っていましたのよ。

 まったく、私からしてみればコピーやデータだけあれば十分だというのに」

「・・・・・・それはそれは」

 

何度か挨拶を交わした事があるあの透華さんのお父様がそんな事を、と智紀は頷いた。

一見そんな大金を出す人物には見えないが、どこか娘の為にそれくらいの事はしそうな雰囲気があると智紀は見抜いていた。

だからそれほど驚く事は無かったのだが。

 

「・・・・・・で、これは誰のどういう牌譜なのでしょうか?」

 

それだけの高値がつくとなれば一体それはいかなる人物の物か。

透華はやはり呆れながら答えた。

 

「新木桂と言う人物らしいですわ。

 私は聞いたことありませんけれども」

 

 

新木桂・・・・・・新木桂・・・・・・?

 

新木桂っ!?

 

 

「・・・・・・ともき?」

 

思わずソファーから立ち上がっていた。

そして即座にその牌譜に目を通し始める。

 

新木桂!

これがあの新木桂の牌譜!

おばあさまが憧れたというあの新木桂の!

 

怪訝そうにこちらを見る透華の視線も気にならないほど、智紀はすぐにその牌譜に夢中になった。

 

対戦相手の城ヶ崎という人物の配牌、ツモ、いずれも只者ではない。

一体どういう星の元に生まれているのか、高い手が常に入り続けている。

 

そしてだからこそ、その対面で対戦を行っていた新木桂の打ち筋が不思議でたまらない。

 

何故かわせる? 何故凌げる? 何故上がりを取れる!?

 

安手とはいえ城ヶ崎の上がりを悉く押さえて自ら上がりを取る。

 

特に4回戦目の対戦が恐ろしい。

2回戦、3回戦と上がりを取っていた城ヶ崎を抑えてとんでもない早上がりの連荘。

八連荘ありのルールらしく9本場で試合は終わっていたが、もし無しだったら一体どこまで上がりが続いたのだろうか。

 

あり得ない、こんな人物が過去に存在していたなんて。

 

そしてなるほど、祖母が憧れるわけだ。

 

何せ牌譜を見ただけで自分は彼の虜になってしまったのだから。

 

もしこんな打ち方をする人物が目の前にいたら。

 

それはもう間違いない、一目惚れした事だろう。

 

 

「あの・・・・・・ともき?」

 

透華が本当に不安そうな表情でこちらを見てくる。

声を掛けられてようやく智紀は現実に引き戻された。

そして、そうだと思い至る。

 

 

あの日彼女が何を考えて自分に声をかけてきたのか、それは未だに聞いていない。

確かインターミドルのチャンピオンとか、ネットのなんとかいう人物に対抗意識を燃やしてデジタル打ちを心がけている透華だが、衣が言うには「透華はもっと自由気ままに打った方が強そうだ」とのこと。

そんな透華の事だ、計算では無い何か直感のようなもので選んでいてもおかしくは無い。

 

だがともかく、あの日彼女が自分を選んでくれていなかったら、この新木桂という牌譜(人物)に会う事はできなかっただろう。

 

 

だから多少唐突だが、智紀は満面の笑顔で透華に感謝を告げた。

 

「ありがとうございます、透華さん」

 

今までにない満面の笑顔に訳も分からずに赤面してしまう透華だったが、コホンと咳払いをした後に「ま、まぁ、喜んでいただけたのならいいですが」と返した。

 

 

牌譜自体は貴重な物。

だから智紀はそのデータだけを貰って自身のパソコンに入れた。

そしてそれを何度も何度も見直す。

ネットで新木桂という人物の事を調べてそれを保存し、やはり何度も見直す。

 

恋文(ラヴレター)でも貰った少女のように。

 

そして智紀がその新木桂という人物に惚れこむのに時間はかからなかった。

いやむしろ牌譜越しとはいえ、やはり一目惚れだったのかもしれない。

 

そう思い至って、ああそうかと考え付く。

歴史上の人物やネット越しの人物に惚れるというのはこう言う事か。

今までは理解できないと思っていたが、こうして体験してようやくなるほどと納得する。

その人が何を行ったのかしか知らない、直接会ったわけでもない。

けれども好きになる。

こうして体験してみればしっくりくる。

なるほど、私はこの新木桂という人物に惚れてしまったのだ。

悲しいという感情は一切ない。

むしろ嬉しいという感情が溢れる。

 

そして智紀は人生で初めて、様々な人物の牌譜を見てきて初めて、自分もこんな風に打ちたいと思った。

 

初めて真似してみた時は酷いものだった。

しっくりこない、手に馴染まない、上手くいかない。

挙句の果てに、

 

「ともき? 最近成績が落ちていますわよ?」

「智紀、最近打ち方変わったな。

 何かあったのか?」

「ともきー・・・・・・ボクでよければ相談に乗るよ?」

 

などと散々な言われ方をされたものだ。

唯一衣だけが、「智紀は最近楽しそうなのだ」と言ってくれたのが嬉しかった。

同時に「でも何か弱くなった」と言われて大きくヘコんだものだが。

 

仕方なく智紀は新木流の打ち方を控えた。

それでも憧れがある事に変わりは無いが。

 

そうして以前の通り、解析をした人の打ち方を読みの参考にしていると、不意におかしな感覚に襲われた。

 

人の打ち方が分かる。

それを今まで、こう言う打ち方をしたのならどういう手役を狙っていてどういう待ちをしているのか、を導き出す為に使っていたのだが。

 

逆に、こちらの一打をこの人物ならこう読むだろうという考え。

そこから何を考え、何を切るかが読めるのではないか。

そしてつまりこちらが打ち方を変えたら、相手の狙いや捨て牌を操作できるのではないか、という感覚。

 

これは・・・・・・何?

 

しばらくその感覚は分からなかった。

新たな思考回路が入って来たような感覚というか。

例えば今まで一から十まで計算していた問題に、新たな公式が与えられたような感覚というか。

 

新木桂の考え方と打ち方が自身の打ち方に加わったというところか。

 

智紀にとって牌譜を見ていると、その人物がどういう考えを持ってその一打に至ったのかをおおよそ考える事が出来る。

もちろん新木桂の打ち方はあまりに独特で理解が及ばない。

だが新木桂にとって、Aという打ち方をすればBという答えが返ってくるのが当たり前だったのだろう。

その思考は智紀には理解できなかったが、そう言う打ち方があるというのは理解できる。

 

Aという数字を入れればBという答えが返ってくる装置がある。

その仕組みは分からないがそれが確実に毎回同じ答えを返すというのなら、それを数式に組み込んでもいいだろう。

 

なんとなく薄らぼんやりではあるが、どうやら智紀は自身の打ち方に新木桂の打ち方を混ぜ込めたらしい。

 

自分の過去の打ち方と、新木桂の打ち方が混ざり合って、それが今の自分の打ち方。

何と言えばいいのだろう? この感情は。

勝手に新木桂の子種(打ち方)を授かって、子供(新たな打法)を生み出したような感覚・・・・・・。

うむ、よく分からない。

分からないがこれは悪い感覚では無い。

嬉しくて楽しくて胸がドキドキする感覚。

そうだ、自分は新たに成長する事が出来たのだ。

新木桂という人物のお陰で。

 

それが嬉しい、楽しい。

 

 

「ともき、最近また強くなりましたかしら?」

「・・・・・・それはどうも」

 

透華達も認めてくれた。

それがまた嬉しい。

 

智紀としてはもはや、自分が世界中の誰よりも新木桂を理解しているくらいの気持ちでいるのかもしれない。

 

そんな感情を胸に、智紀は今日も麻雀に打ち込んでいた。

 

「・・・・・・ツモ、3000(さん)6000(ろく)

 

「・・・・・・その変わった点数の読み方はどうしたんだ?」

 

憧れの人の真似をして、少しでもその人を近くに感じたいから。

などとは口が裂けても言えない。

 

「・・・・・・秘密です」

「・・・・・・ふーん」

 

純も一も透華も、そんな答えを返す智紀を不思議そうに見ていた。

だが三人は共通してある事に気づいていた。

 

 

そんな点数の申告をする時の智紀は、いつになく嬉しそうで楽しそうで、まるで誰かに恋でもしているようだったと。

 

 




咲とすれ違った時、アニメではともきーは反応あり、コミックでは無反応に見える。
実はそう言うのを感知できないともきーをアニメでは勝手に保管したように感じるんだけど、実際はどうなのやら。

ともきーが秀介にツンツンしてた理由:
私が憧れた新木桂はあなたみたいな人物像じゃないはず!
私の方がずっと新木桂の事を知っているんだから!という些細な嫉妬です。

あとともきーのリアル過去話知らずに済みませんでした。
なんか、世界線がどーのこーのとかで誤魔化されてください(


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After story
35天江衣その3 作業と恐怖


お待たせいたしました、再び「A story」をどうぞ。
感想では特に突っ込みがありませんでしたが、Aが未来でBが過去って逆でもよくね?と思った方がいらっしゃるかも知れません。
「A story」がAfter、となれば「B story」も予想がつくでしょう。



(・・・・・・シュウ・・・・・・まさかと思うけど・・・・・・あんた・・・・・・)

 

久は不安げに秀介に視線を向ける。

 

(あんたまさかこんな場で・・・・・・ただの合宿なんて場で・・・・・・)

 

その不安は美穂子に対し秀介が本気を見せようとしていた時にも感じたもの。

 

(・・・・・・命をかけるつもりじゃないでしょうね・・・・・・?)

 

今の秀介はいつものように100点棒を口に銜えて、何やら楽しそうに山を見ているだけ。

とても命を掛けるような場ではないし、秀介自身からもそんな事をしているようには見えない。

久としても秀介がそんな事をする心当たりは無い。

 

それでも付き合いが長い久だからこそ、今の秀介がいつも通りでは無いと感じてしまう。

 

(・・・・・・もし本当に無茶をするつもりがあるんだとしたら・・・・・・)

 

久は一人、いつも以上に秀介に意識を向ける。

もちろんせっかく一緒に打つ機会が訪れたわけだし、それが台無しにならないように麻雀にも集中しなければならないが。

 

(絶対に止めさせないと!)

 

山が出来上がり、賽が回される。

賽の目は5、親の秀介自身の山からの取り出しだ。

 

 

 

東三局1本場 親・秀介 ドラ{白}

 

秀介の点数は119100、衣の点数は138600。

最初の東二局までの上がりで点差は逆転されているがその差は2万も無い。

ツモ狙いでも十分逆転の余地はある。

 

配牌を取っていく。

2トン4牌のブロックを受け取る事3回、秀介は手早く理牌を済ませる。

 

配牌

 

{二二⑤⑨⑨33688南西}

 

「・・・・・・」

 

あちこちに視線を移す。

ドラ表示牌は{中、ドラの白}はまだ誰の手にも無い、全て山の中だ。

配牌はまだ二牌(チョンチョン)を残しているが、早くも4対子。

 

(・・・・・・そして裏ドラ表示牌が{7})

 

七対子狙いならリーヅモ七対子裏2で跳満が余裕。

1本場を考慮しなくても6000オールならツモでも衣を逆転。

無理にロンを狙う必要も無い。

だが残りの二人、ゆみは73000で久は68000。

ツモを続けて行けば衣より先に二人、特に久をトバす可能性が高い。

()としては別にそこにこだわる必要は無いのだが、秀介は今にも舌打ちしそうな表情で配牌の残り二牌を取りに行く。

残りの二牌は{三と中}。

有効牌と入れ替えてとっとと上がりを目指してもいいのだが、配牌が良すぎるのも考え物。

それにロン上がりに狙いを定めるなら、多少捨て牌が多くて「これが通りそう」と考える判断材料があった方がいい。

字牌連打の3巡でリーチをかけるよりは、捨て牌7つを萬子一色に固めて萬子待ちリーチにした方がロン上がりが期待できそうなのは分かるだろう。

もちろん、だからこそ逆に萬子が怪しいと読む者もいるだろうが、その辺りの心理戦はお手の物だ。

そんなわけで彼は残りの配牌を普通に受け取る。

 

{二二⑤(横三)⑨⑨336(横中)88南西}

 

さて、他のメンバーの配牌に目を向ける。

 

久配牌

 

{一二三七九③⑥⑥⑥79發中}

 

ゆみ配牌

 

{[五]①②②④⑥⑧⑨1[5]6南北}

 

衣配牌

 

{三六八③④⑤⑦356689}

 

誰もみな配牌は悪くない。

だがそれがそのまま上がりやすさに繋がるかというとそうではない。

 

一見速そうに見える久だが、そのツモは{五3西2四東}・・・・・・。

このままでは配牌と噛み合っていない。

ゆみのツモは{⑦四1白發八}・・・・・・こちらも噛み合っていない。

一方の衣。

この配牌にツモが{4四5五84}。

鳴きが入らなければ6巡でタンピン三色ツモ上がりだ。

ゆみはおそらく一通狙い。

久はどう打つだろうか?

手成りで打っても高くなる気配は無い。

チャンタを狙うなら{⑥}暗刻が邪魔、第一ツモの{五}を混ぜ込んでこちらも一通を狙うだろうか。

まぁ、いずれにしろ秀介達の読みの裏を行こうと悪待ちを選択しそうだ。

そしてそうなると二人に鳴かせて衣のツモをずらすのは難しい。

 

だがこちらは対子4つの七対子狙い。

有効ツモを引けば3巡で聴牌だ。

後は不要牌を狙い打つように待ち牌を変えればそれでよし。

彼にとって実に簡単な()()だった。

 

第一打は{三}。

不要牌であり狙い打てる牌でもない、それでいて見る者の混乱を誘う第一打。

 

そして久。

 

{一二三七九③⑥⑥⑥(横五)79發中}

 

どうするかと暫し悩み、そして秀介をちらりと見た。

同じく様子見をしていた秀介と目が合う。

さて、どうするのかな?と見ていると久は{③}に手を掛けた。

秀介の打ち方に乗ったわ!と言いたげな笑顔で、彼女はそれを手放す。

 

(ほぅ・・・・・・これはこれは)

 

真っ先に役牌を手放してもおかしくなさそうだったのに。

実に乗りがいい幼馴染だ。

秀介も笑い返してやった。

 

続いてゆみ。

 

{[五]①②②④⑥⑧⑨1(横⑦)[5]6南北}

 

一通の有効牌。

この乗りなら思い切って{[五]}なんか切ってきたりするのだろうか。

ゆみは二人の捨て牌と自分の手牌を見て、ふむと一息つく。

そして、{1}を切り出した。

実に堅実だ。

 

{三六八③④⑤⑦35(横4)6689}

 

最後に衣も二人の打ち方に乗ったりはせず{9}切り。

 

(・・・・・・ふむ・・・・・・)

 

これはもしや悪乗りだとかふざけているだとか思われているのだろうか。

心外な、と秀介は山に手を伸ばす。

 

(最善手を打っているんだがな)

 

そして秀介は、本来のツモである{發を[⑤]}と()()()()()ツモる。

 

{二二⑤⑨⑨3368(横[⑤])8南西中}

 

{[⑤]}が入った事により、ロン上がりでもリーチ七対子裏2赤1で跳満。

既に衣とゆみと自分の手牌で4枚在り処が知られている{6}を切り捨てる。

次巡、{南をツモって中切り、西}待ち聴牌だ。

ここでリーチをかけて衣のツモ牌を{西}に変えて振り込ませるのもありなのだが、ここではまだリーチをかけない。

 

(おそらく・・・・・・警戒される)

 

 

そして同巡の衣。

 

{三四六③④⑤⑦34(横5)5668}

 

タンピン三色に向けて前進中。

{六}を切り出す。

気になるのは秀介だ、チラッと視線を向ける。

 

(・・・・・・4800、既に張っているな・・・・・・)

 

3900では安い、5800では高い気配。

その間に該当するのは2翻50符の4800のみ。

リーチをかけないのは、手が安いので待ち変えを狙っているからだろうか。

いや、思い返してみれば秀介は面前手でもリーチをかけない事の方が多い。

衣が知っている限りでは美穂子を狙い撃ちし始めた試合で4回。

一度目は失敗、二度目は清一を装った七対子、そしてその後透華を狙い打った時の河底と、美穂子を飛ばした手くらいだ。

もっとも河底時のリーチは無効だったが。

 

先程の局では衣が狙われた。

余り牌が零れる事を見越しての鳴き三色。

 

(・・・・・・今回も衣を狙っていて、その為に有効そうな牌を待っているのか?)

 

そう思っている目の前で、タンと秀介の捨て牌が横向きになる。

 

「リーチだ」

 

秀介捨牌

 

{三6中} {横西(リーチ)}

 

同時にその手から感じる気配がぐっと強くなる。

 

(・・・・・・18000!)

 

先程まで4800の手がリーチをかけて跳満とは。

考えられるのは単純に裏ドラだ。

嶺上開花とそれ絡みの手の変化を衣が感知できないのは県大会決勝、咲との対局で確認済み。

咲は全く手に絡まないが、おそらく開いていない状態のカンドラ、カン裏も感知できないと思われる。

 

(・・・・・・風越の先鋒を狙った時のインパクトのせいか?

 しゅーすけの手は七対子の気がする・・・・・・。

 となれば元々の4800は2翻50符ではなく3翻25符の七対子か?

 七対子は2翻で当然ながら手牌は全て対子、ドラが1個だけ乗るなんてありえない。

 あり得るのは赤1だけ。

 七対子赤1の3翻25符4800がリーチをかけて裏ドラ2丁18000)

 

計算上ぴったりだ。

秀介の手はリーチ七対子裏2赤1。

 

(・・・・・・狙いは衣か?)

 

面と向かって本気で戦って欲しいと言い、それに正面から答えてくれた秀介。

今回もその延長で衣を狙っているのだろうか?

 

(・・・・・・嬉しい!)

 

だが同時に。

 

(そうたやすく打ちとれると思うでないぞ、しゅーすけ)

 

同巡、衣。

 

{三四③④⑤⑦345(横五)5668}

 

タンピン三色に向けてまたも有効牌ツモ。

何を切るかと少し考える。

候補としては{⑦68}。

 

(・・・・・・順当に考えれば{⑦}だろう。

 牌の寄り方を考えれば次巡辺りで頭が確定して平和手で聴牌できるはず)

 

次巡{⑥⑦⑧}を引いてきて聴牌する可能性と、{4678}を引いてきて聴牌する可能性。

それを考えれば索子に手を付けるよりも{⑦}切りで行くべきだ。

なのだが。

 

(・・・・・・しゅーすけの捨て牌、筒子が1枚も無い。

 あからさまに筒子を捨てずに筒子待ちというよりも、その可能性を考えさせて別のところで待つと思うのだが・・・・・・)

 

その前に1巡回したというのが気になる。

おそらく衣を狙い打つのに最適な牌を待っていたのだろう。

 

({⑦}・・・・・・ありえるか?)

 

一先ず{6}という現物もある。

だが{6}は現状頭になる最有力候補だ。

これを切ると新たに頭になりそうな牌を引いてこなければならない。

 

それでも。

 

(・・・・・・一度引いて機を待つ)

 

衣は{6}を捨てた。

 

秀介のツモは{2}、そのまま切った。

 

続いて久。

 

{一二三五七九⑥⑥⑥(横白)79發中}

 

{(ドラ)}ツモ。

手が進まないわー、と頭の中で愚痴りながらドラ表示牌の{中}を切り出す。

 

ゆみは不要牌の{發}をそのままツモ切った。

 

そして再び衣の手番。

 

{三四五③④⑤⑦34(横8)5568}

 

(聴牌!)

 

{⑦を切って4-7}待ちだ。

秀介に目を向ける。

 

(この{⑦}・・・・・・危険かもしれない)

 

これで振り込む可能性もある。

捨て牌を読んだそのまま、筒子の多面張だったならば。

けれども。

 

(・・・・・・ここは押すところだ!)

 

本気になってくれた秀介の前で、この巡目にこれだけの手を張れたのだ。

ここは押す。

仮にこれで振り込んだとしても、流れのままに打ったのならば手はくるはず。

全力で迎え撃つのだ! しゅーすけを!

 

「リーチだ!」

 

パシッと{⑦}を横向きに捨てた。

 

(衣は負けないぞ、しゅーすけ!)

 

カシャッと点箱を開き、千点棒を取り出す。

 

「・・・・・・ああ、先刻(さっき)も言ったが」

 

それを見て、秀介は口を開いた。

 

 

「リー棒は不要だ、ロン」

 

 

{二二⑤[⑤]⑦⑨⑨3388南南} {(ロン)}

 

 

「リーチ七対子赤」

 

そして自ら目の前の裏ドラを晒す。

確認していた通り、現れたのは{7}。

 

「裏2、18000の1本付け」

 

この上がりで衣は120300、秀介は137400、すなわち再逆転だ。

さすがに跳満に振り込むのは大きかったか。

だが衣は攻めた事を後悔したりはしない。

 

振り込めば悔しい、上がれば嬉しい。

 

それが麻雀なのだから。

 

例えこの振り込みが、秀介の掌の上だったとしても。

 

 

 

東三局2本場 親・秀介 ドラ{南}

 

そしてそんな思いが実らせたのか、それともチャンス手を潰されてきた衣に対する最後のチャンスなのか。

 

衣 120300

配牌

 

{一七②⑦⑧17北白白發發中}

 

大物手を予感させる配牌が舞い込んでいた。

 

(この手、できればしゅーすけに直撃させたいが・・・・・・さすがに難しいか)

 

今まで見て来た打ち方、そしてこうして直接戦ってみて感じた事。

それらを総合すれば、自分よりも秀介の方が実力が上なのかもしれないという想定も出来てしまう。

 

(だがまだ、衣は諦めないぞ)

 

そういう想定も含めて、攻める事を止めはしない。

衣に守りの麻雀は似合わない。

それは龍門渕に限らず、この場にいるあらゆるメンバーがそう思う事だろう。

衣自身もそう思っている。

だからこそ攻める。

それが自分の麻雀だから。

 

(衣が衣の麻雀を打っているからこそ、しゅーすけと麻雀を通じて分かり合う事が出来るはずだ!)

 

秀介の第一打は{西}。

さぁ、この局の行方はどうなるか。

久の{①、ゆみの西}切りを経て衣のツモ番。

 

{一七②⑦⑧17北白(横七)白發發中}

 

大三元になるかは別として、一先ず手は進む。

衣は{北}を切り捨てた。

 

次巡、親の秀介は手牌から{東}を切り出す。

ダブ東は不要という事だろうか。

直後、久とゆみも手から{東}を合わせ打ち。

なるほど、それを察しての事か。

 

そして衣のツモ。

 

{一七七②⑦⑧17白(横白)白發發中}

 

その手はまた一歩進んだ。

 

 

(・・・・・・天江衣は大三元・・・・・・)

 

{一}を切り出す衣の手牌を見ながら、秀介は己の手牌に手を添える。

 

(その手は成就させない)

 

「チー」

 

カシャンと牌を晒して{7}を切り出した。

 

 

({横一二三}の鳴き・・・・・・)

 

これは大きい。

例え秀介が本来とは別の手に意識を振って狙い打ちを試みているとしても、鳴きが入ったというのは大きい。

{横一二三}で鳴きが入った以上他の色の混一やタンヤオは絶対にあり得ないのだから。

しかしそれならそれでやり様はある。

例えば智紀は二回戦で{横⑨⑦⑧}の鳴きを入れた後に、2の三色同刻三暗刻の上がりを披露して見せた。

秀介自身も678に意識を振って567の三色で打ち取っていた。

同じようにフェイクを入れる可能性はある。

 

(そこは注意が必要だな)

 

タンと対面の久が切り出したのは{發}。

 

「ポン」

 

遠慮なく鳴いた。

 

(さぁ、しゅーすけ)

 

{②}を切り出して衣は笑いかける。

 

(衣は引かないぞ)

 

この大三元で勝負を掛ける!

 

秀介は手牌から{7}を切り出す。

対子落としだったようだ。

久とゆみの手牌がどうなっているかは分からないが、二人は揃って手出しの{九}。

手は進んでいると思っておいた方がいいだろう。

衣のツモ番。

 

{七七⑦⑧17白(横四)白白中} {發横發發}

 

不要牌ツモ、そのまま切り捨てる。

続く秀介は手牌から{五}切り、こちらも手は進んだだろう。

だがまだ聴牌気配はない。

今のうちに少しでも手は進めておきたい。

 

そして2巡後。

再び衣の手が進む、高い方に。

 

{七七⑦⑧17白(横中)白白中} {發横發發}

 

大三元にしろ小三元にしろ一向聴だ。

仮に秀介から直撃を狙うのが難しいとしても、秀介が親番の今ならツモでも十分削れる。

 

(もうじきだぞ、しゅーすけ)

 

必ずこの局で仕留める、それくらいに強い意志を持って{1}を切り出す。

 

そして、それをさせてこなかったからこそ秀介は強いのだ。

 

「チー」

 

再び鳴きが入る。

そして{⑤}が切り出されると同時にその手に聴牌の気配を感じた。

 

(また先を越されたか・・・・・・)

 

だがそれは今に始まった事では無い。

今度こそ追いつく!と衣は秀介の捨て牌に目を向ける。

 

秀介捨牌

 

{西東77五⑥二} {⑤}

 

秀介手牌

 

{■■■■■■■} {横123横一二三}

 

純チャンかチャンタの三色。

だがその手から感じる気配は。

 

(・・・・・・11600・・・・・・か?)

 

満貫の12000にはギリギリ届いていない気配だ。

11600となれば該当するのは三翻60符と四翻30符。

だが暗カン無しの手で60符はありえないだろう。

完全に四翻30符で考えてみる。

 

ドラは{南}、鳴きの入った純チャン三色では他に役もドラも当然赤も絡められないし四翻には届かない。

あり得そうなのはチャンタ三色ドラドラ辺り。

 

{九九九①③(ドラ)南} {横123横一二三}

 

暗刻、三元牌対子、単騎、カンチャン、ペンチャン待ちで符が加わって繰り上げ30符。

 

{七八九②③(ドラ)南} {横123横一二三}

 

もしくは鳴き平和の形で30符だ。

その際は平和形なので両面待ち、つまり不確定チャンタの形という事だ。

三色が完成していてもチャンタが無ければ三色ドラドラで3900。

三色が未完成なら安目では上がれないという事になる。

 

他にも役牌ドラ3なんて可能性もあるにはあるが・・・・・・。

ちらっと全員捨て牌に目を向ける。

 

秀介

 

{西東77五⑥二⑤}

 

 

{①東九八9四⑦}

 

ゆみ

 

{西東九③93} {1}

 

 

{北②四五北}

 

({東}は捨て牌で3枚見えているし、しゅーすけ自身が切っている)

 

同巡、衣のツモ番。

 

{七七⑦⑧7白(横四)白白中中} {發横發發}

 

(衣の手には{白暗刻、發明刻、中対子}。

 しゅーすけの手に役牌が入っている事はあり得ない)

 

そうなればまず何より注意するべきは。

 

({七八九①②③⑦⑧⑨789}の辺りだな)

 

他の字牌単騎待ちという可能性もあるが、現在衣の手牌には不要な字牌は無いので一先ず無視する。

チャンタ系の上がり牌を警戒するとこれだけ抑えなければならないのが厄介だ。

逆にいえばこれだけ抑えておけばもう他には無い、無いはず・・・・・・だ。

 

(・・・・・・いや・・・・・・)

 

それでも秀介なら、あっさりと衣の予想を超える手でロン上がりを狙っているのかもしれない。

かもしれないのだが・・・・・・。

 

(・・・・・・今回のしゅーすけは2面子も晒している。

 他の役に意識を振るには晒し過ぎだ)

 

ここから他の手で上がるだなんて。

衣はツモってきた{四}をそのまま切り捨てた。

 

フッと秀介の笑い声が聞こえた。

いや、まさかそんな事が・・・・・・。

 

「ロン」

 

上がられた、今度はどんな手で?

 

 

「上がれる方だ」

 

 

そう言って秀介は手牌を倒し始める。

 

(あ、上がれる方って・・・・・・!?)

 

そんなまさか!

チャンタにしろ三色にしろ{四}で上がれるわけがない!

そもそも既に{一二三}は晒しているのに!

上がれるわけがない!

ましてや「上がれる方」なわけがない!

片上がりの「上がれない方」なら分かるのに!

 

パタン、と最後の一枚まで手牌が倒された。

 

 

{[五]六七八九(ドラ)南} {横123横一二三}

 

 

「一通ドラドラ赤、11600の2本付け」

 

 

「い、一通・・・・・・!?」

 

チャンタでも三色でもない、鳴き一通!

おまけにチャンタでは絶対に使えないと思っていた赤が加わって四翻。

今までの秀介なら{[五]}を切っていてもおかしくないが、チャンタを意識させた手の進行で{[五]}切りはあからさまで逆に注目を集めていただろう。

だからこそ逆に赤では無い{五}を切ることで意識から逃れていたのだ。

 

再び上がられた、振り込んでしまった、予想外の手に。

 

フッと笑いかけてくる秀介。

 

その笑みを見ても本気の秀介と打てる事を楽しんでいた衣だったが、その感情はいつしか反転していたようだった。

 

 

 

東三局3本場 親・秀介 ドラ{中}

 

7巡目。

 

「リーチだ」

 

秀介の捨て牌が横向きになる。

 

衣 108100

手牌

 

{三八八八⑥⑥⑥⑧⑨(横三)2349}

 

同巡、衣も聴牌。

だが役無し。

先程上がりを逃したことでさすがに流れが悪くなったか。

秀介の捨て牌に視線を移す。

 

秀介捨牌

 

{南⑨發七五四} {横④(リーチ)}

 

索子が一枚も切られていない事以外は普通に手を進めて行ったように見える。

{④⑨}切って見え見えの間四ケンで待っているのか、それとも萬子待ちか、はたまた見た通り索子の混一、清一か。

 

(・・・・・・くっ・・・・・・)

 

衣の表情が歪む。

秀介の手から感じる気配は18000、跳満手だ。

だがそれがどういう手格好なのかが全く分からない。

清一、リーチ役牌混一、三暗刻ドラ、はたまたリーチとドラたくさん。

 

何を切ればいいのかと、衣の手が止まる。

手成りで{9}?

清一、混一に危ない。

そもそも役無しは勝負できる手では無い。

 

恐る恐るという仕草で衣は{⑨}を切る。

現物の安牌切り。

 

(違う! しゅーすけと勝負できそうな三暗刻まで手を伸ばす為だ!)

 

自らの弱気を打ち消すように衣は首を振り、秀介に視線を向ける。

やはり秀介はフッと笑った。

だが衣は笑い返せない。

何なのだこれは。

 

(衣は・・・・・・しゅーすけに本気の麻雀を打って欲しいと思っていたはずなのに・・・・・・)

 

次巡、秀介がツモ切ったのは{5}。

 

(索子は平気、なのか・・・・・・?)

 

とも限らない。

散々見て来た事ではないか。

{5を切って6-9}待ちなんて如何にもあり得る。

 

同巡、衣がツモったのは{四}。

これも安牌だ、安心して切れる。

 

次巡のツモは{②}、久が秀介のリーチ後に切った、安牌。

 

次巡のツモは{發}、ゆみが鳴いている、安牌。

 

次巡のツモは{中}、リーチ後に秀介自身が切った、安牌。

 

次巡のツモは{1}、今しがたゆみが切った、安牌。

 

ひたすらに安牌が並び、気づけば6巡が過ぎていた。

 

秀介捨牌

 

{南⑨發七五四横④(リーチ)5七中3九} {③}

 

一体何待ち?

何を狙っている?

 

衣に限らずゆみも久も同様に考える。

 

(安牌は増えるばかりだが・・・・・・ここまでくると悪待ちか上がり牌の数が少ないのか・・・・・・?)

(・・・・・・シュウがここまで上がれないなんて珍しいわね。

 どんな待ちなのかしら?)

 

もっとも先程まで狙われていた衣に比べれば恐怖心は無いわけだが。

それでも。

 

(・・・・・・不安は不安だな、志野崎秀介・・・・・・)

 

どこで待っているのだ?

ゆみも頭を悩ませながら牌を切っていく。

 

そしてリーチから7巡目。

 

「・・・・・・ツモだ」

 

ようやく秀介の手牌が明かされた。

 

{二三四五六七八九45677} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和一通、裏1で6000オールの3本付け」

 

「なっ!?」

 

衣がガタッと席から立ち上がる。

衣に限らない。

ゆみも、秀介の手牌が見えていなかったメンバーは全員が驚く。

久もさすがに表情を変えていた。

 

{一-四-七}待ち!

 

なのに!

 

(リーチ前に{四も七}も捨てられている!

 三面張のダブルフリテンリーチ!?)

 

ただの平和ツモならもっと早く上がっていただろうに!

わざわざフリテンでリーチをかけた理由は!?

 

そこまで考えて、衣は椅子に座り直した。

座り直したというか、足の力が抜けて座り込んでしまったというか。

 

(・・・・・・リーチをかければ衣も他の者も手を回してくると読んだんだ・・・・・・。

 だから高めをツモる余裕はあると・・・・・・)

 

きゅっとスカートの裾を握りながら秀介に視線を向ける。

秀介は100点棒を本当にタバコに見立てているように小さく息をついた。

そしてやはり笑いかけてくる。

衣は思わず視線を伏せてしまった。

 

 

 

東三局4本場、秀介の親は未だに続いていた。

 

 




ようやく秀介視点の麻雀が書けました。
ここのところ伏線回収とかに必死だったから、麻雀を書くのが難しく感じる(

追記:指摘されてた点数とそれに伴って衣の思考を変更しました。


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36竹井久その6 感覚と停止

東三局4本場 親・秀介 ドラ{⑨}

 

秀介 168500

配牌

 

{三九②⑦⑧15557南白發} {6}

 

久 61700

配牌

 

{二三三六八九④(ドラ)⑨⑨23發}

 

ゆみ 66700

配牌

 

{一二六②124[5]東西西北中}

 

衣  101800

配牌

 

{四五七七八①①②③④⑦12}

 

 

点差が大きくなってきた。

まだ東場三局、どちらかといえば序盤だ。

にもかかわらずこの点差。

 

(実力差・・・・・・なんて思いたくないわね)

 

久は頭を抱える。

幼馴染が実力者だというのは、それはそれで誇れる事。

だが今は対戦相手、大差をつけられて悔しくないわけがない。

既に4本場、そろそろ止めてやりたいのだが。

 

(・・・・・・そう言えば、シュウが連荘止められたところなんて見たこと無いわね)

 

それはつまり、本気を出したら容赦なく仕留めるという事だろう。

今回狙われているのは天江衣。

過去の対戦者達と同様に屠られてしまうのだろうか。

 

・・・・・・なんとか一矢報いてやりたいなぁ。

 

久はそんな事を思っていた。

 

 

秀介の第一打は{南}。

そして久のツモ番。

 

{二三三六八九④(ドラ)⑨⑨(横四)23發}

 

{四}、有効牌だ。

少し考えて{發}を切り出す。

次巡のツモは{五}、順調に進んでいる。

一通辺りを見据えて{④}を切ってもいいかなと考え、それを切り捨てた。

もっとも一通にするとなると{(ドラ)}を一枚切り出して平和一通ドラ2、リーチをかけて跳満手となるか。

うん、十分だわ、と更に次巡久は山に手を伸ばす。

 

{二三三四五六八九(ドラ)⑨⑨(横⑥)23}

 

今しがた切った{④のすぐ近く、⑥}ツモ。

 

(・・・・・・なんか嫌な予感がする)

 

とりあえずツモ切り。

その嫌な予感、外れてくれますようにと願う次巡、久の手にその牌が舞い込んだ。

 

{二三三四五六八九(ドラ)⑨⑨(横[⑤])23}

 

ひくっと表情が引き攣る。

私のバカー!とばかりにツモ切りしようとして、ふとその手を止めた。

 

(・・・・・・いえ、このツモに意味があると考えましょうか)

 

例えばこの手、一通を完成させればこの形。

 

{一二三四五六七八九[⑤](ドラ)⑨⑨}

 

一通ドラ3赤1、リーチをかければ同じく跳満だ。

しかも{④⑥切って⑤}待ちなんて、秀介っぽくていい感じではないか。

ならそれで行こう、と久は{三}を捨てた。

 

さて、久がそんな事になっている間に他のメンバーも手を進めていた。

 

ゆみ

 

{一二六②③1224(横3)[5]西西西}

 

{2}を切り出す。

下の三色手が見えるが果たしてどうなるか。

 

そして。

 

 

{四五七八①②③④⑤(横⑨)⑦⑦24}

 

{(ドラ)}ツモ。

使えるか?と思いつつカンチャン整理で{2}を捨てる。

 

 

そうして各々手を進めて行き、6巡目。

 

 

{二三四五六八九[⑤](横七)(ドラ)⑨⑨23}

 

狙いに一歩近づく{七}ツモだ。

後は{一}が引ければいいのだが、と思いつつ{3}を切り出す。

 

 

続いてゆみ。

 

{一二②③12344(横6)[5]西西西}

 

三色手が見えてきたところに、手の進行を悩ませるこのツモ。

{西}はゆみの自風、暗刻で一役ついている状態だ。

{[5]}はそれ単体では役にならないが一翻アップに使える。

出来ればどちらも欲しいが欲張って抱え込むのは難しいだろう。

リーヅモ三色赤かリーヅモ三色西、どちらも満貫だ。

ちなみに{西}が自風である以上平和はつけられない。

ロン上がりになるとリーチ三色赤は四翻30符で7700だが、リーチ三色西は四翻40符で満貫。

そう考えると{西}を残しておきたいか。

 

だが赤が手牌に絡むとゆみの手はこの形。

 

{一二三②③1234[5]6西西} {①}

 

頭以外に牌の重なりが無い手格好は、裏ドラが乗る確率が1/3以上。

ならば裏ドラが期待できる分こちらを選びたい。

 

果たしてゆみはどちらを選ぶか。

 

しばし手を止めた後、ゆみは{4}に手をかける。

頭になっていた{4}を捨てるという事は。

 

(リーヅモ三色赤と裏ドラを狙う。

 トップの志野崎秀介との点差は既に10万点近い。

 しかし・・・・・・)

 

ゆみはその牌を捨てながら、軽く秀介に視線を送る。

 

鶴賀の大将を任されていた身として。

モモに限らず全員が注目しているこの試合で無様な真似はできない。

10万点差があるから諦める?

加治木ゆみはそんな人物では無い。

 

(・・・・・・私とて、まだ諦めたわけではないぞ)

 

彼女の目はまだ死んでいない。

 

 

そして続く衣。

 

{四五七八①②③④⑤(横六)⑦⑦(ドラ)4}

 

両面待ち二つが三面張に繋がるツモ、悪くない。

{4}を切り出す。

だがこの手格好、おそらく{(ドラ)}は使えない。

聴牌する前、今の段階で切っておいてもよかったかと少しだけ思いをはせる。

 

 

その直後、秀介が{②}を切ると同時に衣が反応した。

 

(聴牌!)

 

ちらりと秀介に視線を向ける。

が、どうも高くない。

 

(・・・・・・5800・・・・・・か?)

 

ロンで5800、ツモで2000オールだろうか。

となればその手は二翻60符か三翻30符。

二翻の場合暗カンが入っていないのでそこまでは届かないだろう。

となれば三翻しかありえないか。

 

秀介捨牌

 

{南發白九1三} {②}

 

捨て牌から察するにタンヤオ手に見える。

リーチが入ったら一気に手が高くなるという可能性もあるにはあるが、今現在点数が高くない以上怖くはない。

 

(・・・・・・今回も衣を狙っているのか?)

 

だとすればまた衣が切りそうな牌をツモるのを待っているのかもしれない。

今度はそうはいかん!と強気に行きたいが、しかしここまで散々狙い打たれているし、さすがに強気にはなれない。

強気にはなれないが、しかし。

 

(まだリーチをかけていないという事は、衣を狙うのに最適な待ちではないという事。

 つまり、今ならまだ何を切っても平気だろう)

 

何とか今のうちに手を進めておきたい、と願いを込めるがツモったのは{7}、不要牌だ。

衣はそのままツモ切った。

 

「ロン」

 

「・・・・・・え?」

 

秀介から声が上がる。

そして手牌が倒された。

 

(リーチをかけてないのに・・・・・・くっ、油断した)

 

秀介相手に気を緩めたのがそもそも間違いだった、と衣は悔やみながら点箱に手をかける。

点数は分かっているのだ、わざわざ申告を待つまでも無い。

 

「タンヤオ平和一盃口、5800の4本付け」

 

秀介の言葉を待たずに7000点を差し出す衣。

しかしなぜ急にそんな安手で・・・・・・?

衣をトバそうというのなら、満貫以上を狙えばいいだろうに。

それともさすがに衣が警戒してくると思って小上がりに切り替えたのか?

 

そう思ってちらっと秀介の手牌に目を向けた衣は、その目を見開いた。

 

 

{4567⑥⑦⑧556677} {(ロン)}

 

 

並び順が変わっているが正しくはこの形。

 

{⑥⑦⑧4555666777}

 

三連刻という役は通常採用していないローカル役だが、それを差し引いてもタンヤオ三暗刻だ。

三翻と中張牌暗刻3つで12符を加え、繰り上げ40符。

ならば衣には7700と感じられるはず。

にもかかわらず・・・・・・。

 

(な、何で5800だと感じたのだ!?)

 

衣は混乱していた。

今まで人の上がる手の高さを間違えた事はない。

今回も一応秀介の上がり手は5800に間違いなかった。

だがそれはあくまでも安上がりの場合のみ、本来秀介のこの手は衣にはタンヤオ三暗刻で7700に感じられるはずなのに!

 

(ど、どうして!?)

 

衣の感覚が狂ったのか!?

今までそんな経験は無いのに!

もしそうだとしたら、ただでさえ圧倒されてしまっている秀介を相手にどうやって戦えばいいというのだ!?

 

秀介は怯える衣を見てフッと笑うと、受け取った点棒7000点を点箱に入れ、新たに100点棒を取り出して脇に積んだ。

これで5本場。

まだメンバーの点棒は大量に残っている。

誰かが箱割れするまで何本積まれる事になるのか。

 

「靖子姉さん、100点棒足りなくなったら他から使っていい?」

「・・・・・・別にリアルに積まなくてもいいだろう」

 

秀介の言葉に靖子はそう答えた。

確かにそうだけど、と秀介は笑って手牌を崩し、卓に流し込む。

 

「点棒が足りなくなったら他から使ってもいい?」とわざわざ聞いたという事は、本気でそこまで連荘を続ける気なのだろう。

 

(ま、また衣を狙う気なのか・・・・・・?)

 

見た目は幼い衣。

その心のあり方もどこか幼い部分がある。

 

今まで麻雀で他者を圧倒してきた。

一度敗北した咲が相手の時にも終わり際までは圧倒的優位に進めていた。

だからこんな風に、狙い打たれながら点差を離されていくなんて経験はした事が無い。

 

本気で戦って欲しいと思っていたはず。

 

なのに今は、こんなにも・・・・・・怖い。

 

 

 

東三局5本場 親・秀介 ドラ{7}

 

続くこの局、珍しく久の元に怪物手が舞い込んでいた。

 

久 61700

 

{三三八⑨2(ドラ)7779發中中}

 

配牌でまさかのドラ4。

暗カンして{9}を吊り出すか、一枚切って{89}待ちにとるか、どちらも久にとって好みだ。

リーチをしてもいいし{中}をポンして速攻を目指してもいい。

 

いずれにしろ「ただし」という言葉が頭につく。

それに続く言葉は「秀介と同卓でなかったら」、だ。

ツモ上がりに関しては秀介に勝てる気がしないし、ましてや秀介をロンで狙うなんてもっての外。

かと言って秀介以外の面子も強敵。

 

強い人と打ちたい。

自分が強くなる為に!

 

(・・・・・・そんな事思ってたんだけどねぇ)

 

タン、と切られた秀介の第一打は{9}。

そして久の第一ツモ。

 

{三三八⑨2(ドラ)77(横白)9發中中}

 

大三元とはならずとも小三元くらいは夢を見てもいいような手牌だ。

ドラ4を加えれば一気に倍満、実に夢がある。

 

通常ならば大いに喜びたい配牌だが、しかしその手牌を眺める久の考えは全く逆だった。

何かははっきり言えないが、なんとなく。

 

(・・・・・・良くない予感がする)

 

{⑨}を切り出しながら久はちらりと秀介に視線を向けた。

 

そして6巡目。

 

衣 94800

 

{七①③③⑥⑦⑧⑨1(横⑨)12[5]6}

 

一通、チャンタ、混一、どれも難しそうな手牌だ。

こんな中途半端な手牌になるとは、衣の弱気が影響してしまっているのかもしれない。

 

(だ、ダメだ。

 こんな弱気じゃ、しゅーすけに太刀打ちできない!)

 

点棒は削られに削られ、10万を割ってしまっている。

ただでさえやられてしまっているのだ、気持ちまで折れたらそれこそどうしようもなくなる。

まだ、まだなんとかなるはず・・・・・・!

そう思いながら衣は{七}を捨てた。

 

そして直後、秀介の手牌から{⑦}が捨てられると同時に、またその手牌に気配を感じた。

今度はかなり大きい予感だ。

 

衣としては先程感じた感覚の揺らぎはやはり不安だろう。

しかしだからといって今まで身に馴染んでいたこの警戒は無視できない。

 

(・・・・・・聴牌、おそらく役満手!?)

 

だが同時に大きな揺らぎも感じられる。

 

(多分、高目と安目の落差が激しいんだ。

 役満手で高目安目が関係するとしたら・・・・・・不確定大三元とか、もしくはツモリ四暗刻か?)

 

他にも緑一色や九蓮宝燈も場合によって高目安目がある。

衣は自分のツモ番が回ってくる前に、全員の捨て牌に改めて目を通す。

 

秀介捨牌

 

{9發②東2⑧} {⑦}

 

久捨牌

 

{⑨⑧西2三①}

 

ゆみ捨牌

 

{白8東6三一}

 

衣捨牌

 

{南白8發一七}

 

{發}は秀介と衣の捨て牌にある、となれば大三元はありえない。

さらに秀介は{發と2を捨てているし、8}もゆみと衣が捨てている、緑一色というのも考えられない。

萬子が一つも捨てられていないが{一}が二牌見えているし、そこでの九蓮宝燈も警戒不要。

 

他には一応高めで数え役満というのもある。

久の手牌でドラが全て殺されている事を知らない衣としては、その辺りも警戒の候補として考えてみた。

が、リーチをかけているわけでは無いので裏ドラは無し。

純粋に手役とドラだけで13翻まで届いているということになる。

そうすると清一一通ドラ4赤1とかかなり偏った手牌になるだろう。

さすがに警戒から外してもいいのではなかろうか。

 

順当にあり得そうなのはやはりツモリ四暗刻だろうか。

ロン上がりなら対々三暗刻の満貫に下がるし。

 

しかしツモリ四暗刻となると非常に読みにくい。

何せ特定の牌を必要としていないからだ。

確実にシャボ待ちを回避する為には、3枚見えた牌を捨てていくしかない。

今現在安全なのは秀介の現物を除けば、久の捨て牌に1枚、自分の手牌に2枚ある{⑨}くらいなもの。

 

だがそれは逃げの発想だ。

本当に秀介に勝ちたいと思うのなら攻めて行かなければならない。

 

(・・・・・・攻めて行って・・・・・・衣はしゅーすけに勝てるのか・・・・・・?)

 

再び不安が首をもたげてくる。

弱気で行ってはいけない。

だが強気で行ってもここまで散々狙い打たれているのだ、さすがに引きたくもなる。

 

しかし待て、と衣の思考は立ち止まる。

 

衣自身は強者だ。

今まで数々の対戦相手を葬ってきた。

強気で向かってきた相手も、弱気で逃げようとした相手もだ。

現に県大会決勝で池田の打ち方を読んで0点にまで持ち点を減らさせた事もあるし、自分と対峙した相手の思考ももはや手に取るように分かる。

 

悔しいが、今は自分がその狩られる側。

となれば自分がどのように相手にトドメを刺してきたか考えてみればいい。

 

(ここで逃げたら・・・・・・狙い打たれる!)

 

かわさなければ、何としても!

 

となれば弱気な考えではダメだ。

強く攻めて行くことこそが、秀介に対抗する手段!

 

そして同巡。

 

{①③③⑥⑦⑧⑨⑨1(横三)12[5]6}

 

(む?)

 

ツモったのは{三}、衣の手では不要牌。

さらにゆみも久も捨てている。

ツモリ四暗刻を回避する条件も満たしている牌だ。

 

(さすがにこれは無いだろう・・・・・・)

 

衣はツモってきた{三}に手をかける。

 

だが待て、とその手が止まった。

 

本当にそうか? 本当に安全か?

衣には予想もできないような手で聴牌していて、この{三}で待っているんじゃないのか?

チャンタ三色だと思ったのに一通で上がられたなんて事もあったではないか。

 

(・・・・・・だ、だが・・・・・・ではどうする?)

 

安牌を切ってベタ降りするか?

現在衣の手にある安牌は{⑦⑧}。

だがそれを切ればこの手は死ぬ、確実に上がれない。

 

(仮に降りても、安牌が無くなればきっと衣はしゅーすけの上がり牌を切ってしまう。

 そう言う事に関しては多分しゅーすけの方が上手(うわて)だ)

 

ここまで狙い打たれれば衣も弱気になる。

それは先程自覚した事だ。

ならばきっとしゅーすけもそれを感知して、今度は降り打ちを狙ってくるだろう。

 

(ならば、やはりここは攻めるべきだ)

 

衣のこの手、{②や3}を引いてくればあっという間に聴牌。

攻め気を捨てない衣ならば、きっとすぐにそこまで行ける。

 

(しゅーすけの読みを外させる意味も含めて・・・・・・)

 

衣は{三}に手をかけた。

 

(衣は攻めるぞ!)

 

まだ負けていない!

衣の心は折れていない!

 

強気に衣は{三}を切り捨てた。

 

(いつまでも・・・・・・お前の掌の上にいるわけにはいかない!)

 

相手の思い通りなんて、まるで子供ではないか。

違う、子供では無い! 衣だ!

 

 

スッと秀介は、タバコを吸っているかのように口元に添えていた右手を離す。

その手はゆらりと降りてきた。

牌をツモる為に山に伸ばすのか。

 

そうではない。

その手は手牌の端に添えられた。

 

(まさか・・・・・・)

 

「ロン、だ」

 

シュッ、とその手は右から左に手牌をなぞる。

一瞬遅れて手牌は倒れて行った。

 

(・・・・・・振ってしまったのか? 役満に・・・・・・!)

 

この状況で役満振り込みはかなり痛い。

 

だが{三}で振り込んだという事は衣が予想したツモリ四暗刻ではないということだ。

衣も予想できなかった役満手。

それは一体・・・・・・?

 

パタタタと手牌は晒された。

 

 

{四四五五六六六④④④333}

 

 

「は?」

 

衣は思わず声を上げた。

晒された手牌はやはりツモリ四暗刻。

だが上がったのは{四でも五でも六ない、三}だ。

という事は・・・・・・?

 

秀介は点数を申告した。

 

 

「タンヤオ、のみ。

 2000の5本付け」

 

 

(な、んで・・・・・・?)

 

例え安目でも{六}で上がれば一盃口がつくし、安目見逃しで四暗刻ツモなら、より決定打になっただろうに。

なのになぜ・・・・・・?

 

「何で・・・・・・四暗刻を狙わなかった・・・・・・?」

 

思わず衣の口からその疑問がこぼれ出た。

秀介は「ん?」という顔をしたが、すぐに笑った。

 

「見逃したら、もうお前からロン上がりできないだろう」

 

あっさりと、当然のようにそう答える。

 

(・・・・・・やっぱり・・・・・・)

 

衣は思わず視線を逸らした。

 

(衣を狙ってるんだ・・・・・・!)

 

とことんまで、頑なに、執拗に。

いくら直接本気で戦って欲しいと言ったとはいえ、こうまで、しかも安目であろうがとにかくロン上がりし続けるなんて・・・・・・。

圧倒的に強く、一部には恐れられてすらいた衣が、今はもうただの涙目の少女だ。

久なんかは自分が火を付けたとはいえ、「さすがに可哀そうじゃない?」と思っている。

 

ここまで徹底的にやる必要はあるのか?

 

彼の考えは久や靖子はもちろん、他の誰にも分からなかった。

 

 

 

東三局6本場 親・秀介 ドラ{⑦}

 

7巡目、秀介の捨て牌に{[⑤]}が置かれるのと同時に、衣の身体がびくんと跳ねる。

聴牌気配を感じたのだ。

やはりリーチはかけてこない。

 

衣 91300

手牌

 

{五六②②②⑤[⑤]13(横4)6678}

 

ちらっと半ば怯えながら衣は秀介の捨て牌に目を向ける。

 

秀介 179000

捨牌

 

{發東一六四三} {[⑤]}

 

秀介との点差は8万強。

どこまで引き離されるのか。

 

(・・・・・・しゅーすけの手は・・・・・・)

 

んぐっと衣の表情が変わる。

 

(・・・・・・18000)

 

何局か安い手が続いたが今度は高い手だ。

散々上がられてきた衣。

とうとう手を崩して現物の{六}を捨てた。

 

次巡、秀介は{四}をツモ切り。

久は{北をツモ切り、ゆみは手出しで③}を切る。

そして再び衣の手番。

 

{五②②②⑤[⑤]134(横二)6678}

 

安牌は{⑤}、それを切り出す。

 

秀介は{③切り、久は⑨切り、ゆみは九}切り。

 

衣のツモは{西}。

安牌は増えない、{[⑤]}切り。

 

次巡、秀介は{①切り、久は西切り、ゆみは一}切り。

 

そして衣のツモは{二}。

安牌は久が今切った{西}のみ、それを切る。

 

次巡、秀介は{西切り、久は四切り、ゆみは北}切り。

 

そして衣。

 

{二二五②②②134(横八)6678}

 

安牌はもう無い。

 

(・・・・・・うぅ・・・・・・)

 

衣は震える手を手牌のあちこちに伸ばす。

 

捨て牌に萬子が多いし、{二とか五}が平気じゃ・・・・・・。

いや、それで何度上がられた事か。

 

{②}は?

暗刻だし、一枚通れば3巡安全が買える。

いや、如何にも狙われそうだ。

ましてや{[⑤]切ってスジの②}待ちなんてのも何度か見た。

 

じゃあ索子は?

一枚も捨てられていないのに危険すぎる。

 

(・・・・・・何を切れば・・・・・・)

 

秀介の手は相変わらず18000。

どうすればいい? 何を切ればかわせる?

 

(・・・・・・ヤオチュー牌なら・・・・・・)

 

中張牌よりは当たりにくいはず。

そう思って衣は{1}を手に取る。

衣自身3巡目に切っていたのだが、他に安牌があったのでそちらを先に切っていたのでまだ手に残っていた牌だ。

 

(頼む・・・・・・)

 

おそるおそる、衣はその牌を捨てた。

 

(当たらないでくれ・・・・・・!)

 

ちらりと秀介の様子を窺う。

 

秀介は変わらぬ様子で。

 

「ロン」

 

手牌を倒した。

 

衣の表情が絶望に染まる。

 

振り込んでしまった、またしても。

 

今度は18000の高い手に!

 

 

{九九(ドラ)⑧⑨11222333} {(ロン)}

 

 

「・・・・・・あれ? それ、役無しじゃ・・・・・・?」

 

試合を見ていたマホから声が上がる。

秀介の手はどう見ても問題のないツモリ三暗刻だが。

 

「ああ、ツモリ三暗刻だからロン上がりはできない・・・・・・か?」

 

京太郎もそう呟く。

ゆみが上がり牌の{九}を捨てたのを、秀介がスルーした時も当然と思っていたのだが。

しかし周りは「いやいや」と首を横に振る。

 

それを見て秀介は手牌の一部をスッと上にずらした。

 

           {23}

{九九(ドラ)⑧⑨1122}  {33} {(ロン)}

 

 

「・・・・・・ん?」とマホと京太郎の頭に?マークが浮かぶ。

その行為の意味が分からない。

{23}を上にずらして、それがどうしたというのか?

 

秀介は言葉を続けた。

 

 

「平和純チャン一盃口ドラ1、18000の6本付け」

 

 

「え!? 平和!?」

 

ガタッと駆け寄ってくる二人。

改めて手牌を見直しているようだ。

 

「・・・・・・た、確かにこう言う形なら平和ですけど・・・・・・」

「複数の形にできるときは高い手役で計算するとかいうルールがある。

 原村さんもそれで点パネしてたしね」

「確かにしましたが、でもこんな手役滅多に入りませんし・・・・・・」

 

秀介の言葉に、和は頷くが曖昧に返事をする。

マホと京太郎には、秀介の手牌はツモリ三暗刻としか見えていなかったのだろう。

そしてだからこそ、突然こんな手役を申告されれば驚くしかないのだ。

 

和も言った通りこんな手牌は滅多に入るものではない。

それだけの手役を完成させて、なおかつ執拗に衣だけを狙い、そして見事に上がりを勝ち取る。

 

麻雀力、運、知力。

全て揃ってもここまでできるかどうか。

そして衣は知らないが、秀介が持っている「能力」。

それらを持って、秀介は今全力で衣に向かっているのだ。

 

(・・・・・・勝て・・・・・・ない・・・・・・)

 

この上がりで衣の点数は71700。

三位のゆみが66700なので、ほぼ同じ点数まで引き摺り落とされた形だ。

もっともそれをやったのは秀介なので、引き摺り落とすというよりは叩き落されたと言うべきか。

 

衣はすっかり意気消沈していた。

それにつられてゆみも対面の秀介に恐怖に似た思いを感じていた。

あの天江衣を手玉にとり、ここまで点数を奪い去っていくとは・・・・・・。

 

そうして卓のメンバーの気分が沈んでいく中、次局が始まる。

 

 

 

東三局7本場 親・秀介

 

山が現れ、カララララと賽が回る。

出た目は9。

秀介は自分の山を分けるとドラ表示牌を表にする。

現れたのは{9、すなわちドラは1}。

そしてすぐ隣の2トン、4牌を手元に持ってくる。

 

秀介 198600

 

{六5[⑤](ドラ)}

 

次に久がその隣の4牌を。

 

久 61700

 

{九2⑨八}

 

続いてゆみ。

 

ゆみ 66700

 

{五南(ドラ)1}

 

最後に衣だ。

 

衣 71700

 

{四7北9}

 

そして再び秀介、衣の目の前の山に手を伸ばし4牌を持って行く。

 

秀介

 

{六5[⑤](ドラ)37八③}

 

 

{九2⑨八八3七⑧}

 

ゆみ

 

{五南(ドラ)1⑥2⑤白}

 

 

{四7北94二西2}

 

チャッ、チャッと牌を持って行き並べる音がする。

 

そして三度目、秀介が山に手を伸ばしていった。

 

その手が山に触れる直前、

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

秀介の身体がビタッと止まる。

 

その視線は衣の前の山に。

続いてゆみの山にも。

 

 

{()()()()()()()()()}

 

・・・・・・{()()()()()()}

 

 

「・・・・・・?

 シュウ? どうしたの?」

「・・・・・・いや」

 

怪訝な表情の久に急かされて、秀介はゆっくりと次の4牌を持って行く。

そしてその4牌を手牌の端に加えると、そのまま手牌を伏せてしまった。

 

その様子を久は「何してるの?」という表情で見つつ次の4牌を持って行き、理牌を始める。

ゆみも、衣もそれに続く。

 

そしておかしな様子の秀介はチョンチョン(次の2牌)を持って行った。

 

その後の1牌を各々が持って行き、理牌を終える。

 

その時点で、「彼女」の表情が変わったのを秀介は意識の端で捕えていた。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

秀介は大きく深呼吸をすると、手牌の右から5つ目の牌を表にし、

 

{■■■■■■■■■1■■■■}

 

それを捨て牌に置いた。

 

第一打、{(ドラ)!}

 

それにいの一番に反応したのはゆみだった。

 

ゆみ手牌

 

{五九⑤⑥(ドラ)125南白發中}

 

鳴ける。

というか、久がそのドラ切りに驚きつつも鳴く様子が無いところをみると、鳴けるのは自分しかいないだろう。

 

(・・・・・・鳴け、ということか?)

 

そこまであからさまに鳴かせようとはどう言う魂胆か。

 

(・・・・・・どういうつもりか知らんが、大人しくそれに乗ってやる道理は無いな)

 

フン、とゆみは秀介に睨むような視線を送る。

トップの人間の思惑通りに動いてやる必要は無いのだ。

秀介が小さく笑ったのが見えた。

 

久が山に手を伸ばす。

 

そしてツモってきた牌を、

 

 

「・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 

そのまま表にした。

 

 

「・・・・・・つ、ツモ・・・・・・」

 

 

{六七七八八九⑧⑨234南南} {(ツモ)}

 

 

「え?」

 

思わずゆみは声を上げる。

 

 

「・・・・・・(ちー)(ほー)・・・・・・でいいのよね?」

 

久は若干不安そうにそう申告する。

 

「あ、ああ、あってるぞ」

 

手牌を確認した後、ゆみがそう言うと、ワンテンポ遅れて周囲から歓声が上がった。

 

「す、凄い! 地和!」

「初めて見ました!」

「こんな役、冗談であると思ってたし!」

「わっはっはー、凄いなー」

「さっすが部長だじぇ!」

 

 

そして久自身も、その上がりを噛み締めるようにぎゅっと胸の前で拳を握っていた。

 

上がれた。

 

上がれた!

 

(シュウの連荘、止められたんだ!)

 

圧倒的な強者だと思っていた、敵わないと思っていた。

その連荘を止められる人物なんていないと思っていた。

 

(・・・・・・運だけかもしれない。

 でも、私・・・・・・止められたんだ!)

 

出来ないと思っていた事が出来た。

それが嬉しくて、彼女は喜びを止められなかった。

 

そして、止められた秀介本人はどんな反応をするだろうか。

 

驚くだろうか。

 

喜ぶだろうか。

 

褒めてくれるだろうか?

 

久はちらっと秀介の様子を窺う。

 

 

フッと笑った秀介は銜えていた100点棒を置き、備え付けのテーブルに置いていたリンゴジュースのペットボトルを手に取るとそれをあおった。

 

がぶがぶがぶと音が鳴るほどに、勢いよく。

 

一気に全てを飲み干すと、空になったペットボトルを元の位置に置いて、やはり笑った。

そして。

 

「やるな、久。

 連荘を止められたのは初めてだ」

 

褒めてくれた。

 

「あは・・・・・・」

 

何だろう?

褒められる事がこんなに嬉しいなんて。

 

だから思わず泣きそうになったけど、それはあまりにも早すぎるから我慢した。

 

「あ、当たり前でしょ?

 長年あんたの幼馴染をやってるんだもの。

 たまにはこれくらいできないとね」

 

そう言って笑い返すと、秀介も「なるほど」と笑ってくれた。

 

そうしてひとしきり笑った後、山を崩しながら秀介は言った。

 

「さて、久の親番だな。

 何連荘できるか見させてもらおうか」

 

その言葉に久は「あれ? これって次に私が狙われるんじゃ・・・・・・?」と思ったものだがそんな不安は飲み込んで、ふふっと笑って見せた。

 

「見てなさい、シュウ。

 私がその点棒、全部削ってやるんだから!」

「そうか、期待していよう」

 

二人は笑い合い、やがて一息ついて気合いを入れ直した。

 

 

局は止まっていた東三局から、東四局0本場へと移った。

 

 

 

ゆみ  58000

衣   63000

秀介 181900

久   95800

 

 




やったね、とうとう一矢報いたよ。
秀介の連荘を止められるくらいに成長したんだね、久ちゃんは。


追記:タンヤオ一盃口→タンヤオ平和一盃口、及び東三局6本場、上がり役に対する周囲の反応を修正しました。


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37加治木ゆみその2 沈黙と宣告

東四局0本場 親・久 ドラ{⑧}

 

久 95800

配牌

 

{五六八①④⑥⑦1248東西} {白}

 

折角秀介の上がりを止めたというのに、その直後の配牌がこれ。

うーむ、と頭を悩ませる。

先程の上がりの直前まで来ていた好配牌がここで来てくれれば「流れが来た!」と喜べたのだが。

 

(ま、地和で上がれたのなんてただの運だしね)

 

運で成し遂げたことなんて所詮そこまで。

秀介の上がりが止まったのか、秀介の上がりを止められたのか、重要なのはそこだ。

 

有名な麻雀打ちは言った。

運で止まったんじゃ足りない、だから力で止めた、とかなんとかそんな感じの事を。

 

地和で上がって秀介の上がりが止まったのは、所詮運だけ。

 

(ならここで上がって、しっかりと流れを掴まないとね)

 

第一打、久は{①}を選んだ。

 

 

ゆみ 58000

配牌

 

{一四八八①①⑤⑦(横⑥)⑨46東南}

 

ゆみは第一ツモを配牌に加えながらちらっと視線を向ける。

久に、ではなく正面の秀介にだ。

 

(・・・・・・先程の局の第一打{(ドラ)}、あれは久の上がりを止める為だったのか?)

 

人の手牌に対子である牌をピンポイントで捨てるとか常識的にあり得ない。

何巡か進んだ後にならそこまで読む達人もいるだろうが、さすがに配牌時でそんな事を読める人間がいるとは思えない。

だがそれでも、この志野崎秀介ならありえるのでは?と思えてしまう所が恐ろしい。

二回戦目の第五、第六試合直前に思いついた馬鹿げた発想が再び頭をよぎる。

 

(・・・・・・未来が見えている、か)

 

やはりそんな馬鹿なと鼻で笑いたくなる。

だがしかし、あの上がりの速さと不要牌の見切りを考えると説得力はある。

 

(・・・・・・「そう言う能力を持っている」という前提で動くしかないか)

 

最悪の事態を想定して動いていれば、少なくとも動揺は無い。

 

(とはいえ、未来が見える相手にどうやって対抗すればいいのか)

 

ゆみはため息交じりに{一}を手に取り、捨てた。

 

 

局は進み8巡目。

秀介は特に動きを見せないままだった。

 

(・・・・・・あの連荘力を考えると、シュウは連荘を止められたらしばらく手が悪くなるとかデメリットがあったりするのかしら?)

 

秀介自身も連荘を止められたのは初めてだと言っていたし、上がりを止められたらどうなるかは分からない。

だがここまで動きが無いところをみるとその可能性もある。

久はそう考えながら牌をツモった。

 

{四五六③③④⑤⑥⑦(横③)4[5]68}

 

聴牌、{8を切れば②-⑤-(ドラ)、④-⑦}の五面張。

ツモが順調に重なり、あの配牌が良くここまで来たものだ。

折角の好手牌、それに秀介の連荘を止めた直後だ。

ここは無理をせず上がりを取っておきたい。

無理をせず、無茶をせず、確実に上がりを。

そうなればやる事は決まっている。

久は不要牌を手に取ると、ちらっと秀介に視線を向ける。

それに気づいたのか、秀介も「ん?」とこちらを向いた。

 

(いつまでもやられっぱなしってわけにはいかないのよ)

 

そして久は普段より強めに捨て牌に、

 

{⑦}を置いた。

 

「リーチ!」

 

千点棒と共に。

 

後ろで見ていたメンバーがざわめく、多面待ちを捨てての単騎待ち!

 

(私はいつだって、私らしくね!)

 

 

(ふーむ・・・・・・)

 

そんな久のリーチを見ながらゆみは山に手を伸ばす。

自信満々というか楽しげに宣言されたリーチ。

普通ならばどれだけ上がりやすい待ちかと思うところだろう。

だが昨夜藤田プロを交えて何度か打ったゆみは既に予測を立てている。

 

(また悪待ちかな)

 

久らしいと思いつつ、この状況で大胆だなとも思う。

 

{四四五八八④[⑤]⑥⑥⑦246(横5)}

 

ツモってきたのは有効牌。

久の捨て牌にちらっと目を向ける。

 

久捨牌

 

{①西白東1八2六} {横⑦(リーチ)}

 

悪待ちは通常読みにくい。

だが久の場合好手を捨てて悪待ちというのが多い。

捨て牌をぱっと見てゆみはその手を平和手と読んだ。

最後の{⑦、あるいはその前の六}切りの辺りで悪待ち用の牌を抱え込んで、本来手に残しておいた方がいい有効牌を切り出したものと思われる。

 

(久の捨て牌はどの色もまんべんなく捨てられている。

 平和手で特定の色に偏っていないとなれば、おそらく三色手だろう。

 悪待ちを躊躇なく選択できるとなれば三色が確定しているとみた方がいい)

 

三色とタンヤオ、リーチをかけているし裏ドラの可能性も考えれば跳満辺りは覚悟しておくべきか。

とりあえずゆみの手で不要なのは{2}。

久の捨て牌にもあるのでこれで当たられる事は無い。

 

(・・・・・・問題は手が進んだ時か。

 萬子の処理が難しいな)

 

ゆみの手は平和手を狙うのによさそうな手牌だ。

だがここから平和を狙うとなると、{三-六を引き入れて四}を切らなければならない。

久の捨て牌に{六八があるし、その間の七を待ちに含む四-七}は久が悪待ちで無かった場合は危険牌だ。

 

久の捨て牌で抜け落ちているのは345。

その前後、234や456の可能性もあるが、{三四四五}の中ぶくれ単騎待ちなんて如何にもやりそうだ。

 

(他にも・・・・・・索子の下側が切られているが上は全く出てきていない。

 その辺での単騎待ちなんて可能性もあるかな)

 

いずれにしろその周辺の牌を抱え込んだまま他の牌を処理し、手を再構成する余裕があるかどうか。

 

 

衣 63000

 

{二三⑤⑦(ドラ)⑧⑧⑨⑨(横④)2356}

 

衣は未だ調子を取り戻せず、怯えた様子で周囲を窺った。

いや、正確には秀介を主に注視していた。

 

衣は前局の久の上がりが一時的なもので、秀介の流れを止めるに至っていないと思っている。

だから注意すべきは久よりも秀介だ。

それでも一応久の手に意識は向けている。

 

(・・・・・・18000・・・・・・)

 

一時的な運で上がりを取った直後にこの手とは中々悪くない。

流れは来ていなくても、傾きかけてはいるようだ。

だがそれでも。

 

(・・・・・・しゅーすけがそんな上がりを許すはずがない)

 

彼の手からはまだ聴牌の気配が無い。

だが相手はあの秀介だ、あと2、3巡もあればあっさり上がりを取る事だろう。

だから衣にとっては自分が振り込まない事が最優先だ。

衣は今しがたゆみが切ったばかりの{2}を合わせ打ちした。

 

そして秀介、山に手を伸ばし牌をツモる。

 

だがその直後、一瞬秀介の手がカクッと下がりかける。

 

一瞬だけ力が抜けてしまったかのように。

 

「ん?」と久が視線を向けた時には、既に秀介の手から牌が転がり落ち、{8}が表になるところだった。

 

「・・・・・・え?」

 

何?どうしたの?と久が秀介に視線を向けるが、秀介は軽く指を動かすだけ。

表情も一瞬驚いたような表情をしていたが、すぐに無表情になった。

 

「・・・・・・悪い、滑った」

 

秀介はそう言ってその牌をそのまま自分の捨て牌に加える。

久は驚きの表情でその{8}と自分の手牌を見ていた。

 

「・・・・・・いいの? それで」

「表になっちまったからな、今更手牌に加えるわけにはいかないだろ」

 

秀介はそう言って苦笑いを浮かべるのみ。

 

「・・・・・・いいなら、いいけど・・・・・・」

 

久はそう言って手牌を倒した。

 

「ロン」

 

{四五六③③③④⑤⑥4[5]68} {(ロン)}

 

「リーチ一発タンヤオ三色赤」

 

そして裏ドラを返すと、現れたのは{7}。

 

「・・・・・・裏2」

 

なんか、変。

 

「・・・・・・24000」

「ほいよ」

 

ジャラッと点棒を渡される。

その点棒を仕舞いながら、久は改めて秀介に視線を向けた。

 

確かに上がれたし、しかもそれが直撃だったのだ。

これで完全に久に流れが来た事だろう。

 

だが、なんか違う。

これはおかしい。

 

「・・・・・・シュウ」

「ん? どうした?」

 

声をかけてみるが秀介はいつもの様子で笑うのみ。

どうした?って聞きたいのはむしろこちらの方だというのに。

 

「・・・・・・なんでも」

「・・・・・・そうか」

 

秀介はそう返事をして山を崩すと、卓の中に流し込み始めた。

久はそれを手伝いつつ、しかし秀介に視線を送る。

秀介の調子はいつもと変わらないように見える。

 

そしてそれが余計に久を不安にさせた。

 

 

 

東四局1本場 親・久 ドラ{發}

 

久 119800

配牌

 

{一五九③④④⑤22678西} {中}

 

秀介から上がりを取った直後の配牌がこの形。

ツモ次第だが不要牌を整理していけばあっという間に上がれそうな手牌である。

久は{一}から切り出した。

 

そして事実、ものの7巡で久は手牌を倒した。

 

「ツモ」

 

{四五②③③④④[⑤]22678} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピン赤、裏1で6100オール」

 

あっさりと、何の障害も無く。

そしてそれが彼女には堪らなく不満で、不安だった。

 

(・・・・・・シュウ)

 

ちらりと視線を向ける。

 

(・・・・・・何で・・・・・・何もしてこないのよ)

 

衣の連荘を見送っていたのは、実力を測っていたのだという可能性が考えられる。

だが今更秀介が、付き合いの長い自分を相手に様子見をして来るとは思えない。

しばらく一緒に打っていなかったから、なんて言い分もあるかもしれないけれど、この合宿でお互いの打ち方は十分見てきたし。

というかそもそも、そんな様子見が必要無いほど秀介は実力者だろうに。

 

先程の地和と倍満を合わせて「久はかつてとは違う、いい打ち手になったな」とか思ってくれた上での様子見だったら、それは凄くありがたいのだが。

いや、ありがたいというよりも嬉しいのだが。

 

(ま、それは無いわよね・・・・・・)

 

秀介はそういう成長を見せ付けてやろうとしても、そのまた一歩先を行ってこちらを悔しがらせてくるタイプだ。

そしてそれだけではなくて、その後でちゃんと「成長したんだな」と褒めてくるタイプだ。

実に憎らしいイケメンっぷりである。

多分、幼馴染補正を抜いても。

 

しかしそうなると秀介が今更本気で掛かって来ない理由が不明。

今の上がりで二人の点数は秀介151800、久138100。

次に久が満貫でもツモればもう逆転が見えるところである。

 

(・・・・・・越えたい・・・・・・)

 

この実力者を。

そしてそれをさせなかったから秀介は強い、それも分かっている。

なら今度こそ、次の局こそ。

 

(シュウ、私にあっさり越えられるなんて許さないでよ?)

 

それは遠回しに「私を叩きのめしてよ」と受け取れる気もするが、彼女自身そんなつもりがあるのか無いのか。

 

ともかく二人の点差はもはやたったの13700。

ならばこの局、久は上がりを目指すのみ。

 

 

 

東四局2本場 親・久 ドラ{5}

 

久 138100

 

{二三四九九九②③2489南} {西}

 

どう見ても三色手牌。

ならばそれに乗るのみ、と久は{南}を捨てる。

 

次巡。

 

{二三四九九九②③24(横3)89西}

 

有効牌だ、{西}を切り出す。

この手牌、{7を引いて九}を切り出して平和手にするのが理想か。

だがその場合三色不確定になりそうだ。

平和は欲しい、しかし安目ツモは避けたい。

何とかしたいなぁと思いつつ、3巡目。

 

{二三四九九九②③2(横⑤)3489}

 

(むむ・・・・・・)

 

少しばかり考える。

{九}は一枚切り出して頭にするとして、{⑤}にくっつく周辺牌を引ければ三色が確定できそうな。

いや、筒子が伸びるなら{②③④⑤⑥}の不確定三色でリーチを掛けてもいい。

安目をツモってもフリテン選択、{④-⑦}ツモ狙いだ。

ならば{89}は切り捨てよう、と久は{9}を捨てる。

 

4巡目。

 

{二三四九九九②③⑤(横8)2348}

 

ツモが変な方向にずれた。

一応{⑤}を切り出して聴牌だ。

だがタンヤオも平和もつかない不確定三色のみ。

 

(それはちょっと・・・・・・)

 

タンヤオか平和、せめてどちらかはつけたい。

そうなると邪魔なのが{九}の暗刻だ。

捨てようかと悩む。

幸いまだ4巡目、手を再構成する時間はある。

 

が、手の再構成を考えると厄介なのが秀介だ。

ここしばらく大人しいが、こちらが手を回している間にさっさと上がられる可能性もある。

どれだけ大人しくしていようが一瞬で上がられる可能性がある以上、手をこまねいている時間は無いだろう。

ただ同卓しているだけでこんなにも悩まされる打ち手もいるまい。

 

(とりあえず・・・・・・)

 

久は考えた挙句{⑤}に手をかける。

 

(リーチはしないでおきましょ)

 

そしてそれを捨てるだけでこの場は収めた。

この選択がどうなる事やら。

 

そして5巡目。

 

{二三四九九九②③2(横七)3488}

 

パッと{七八九九九88}の変則三面張が思い浮かぶ。

だが三色を目指しつつそれを組み込むことは不可能だ。

変に頭を悩ませるようなツモを、と考えてしかしその手は{九}に向かう。

 

(・・・・・・このツモに、意味があると考えましょう)

 

幸い{八}が引ければ平和がつけられる。

カンチャン待ちになるとしても、その間に{④}を引いて三色が確定できればベターだ。

そう考えて{九}を切り出した。

 

6巡目、狙い通りのツモが来る。

 

{二三四七九九②③2(横④)3488}

 

カンチャン{八}待ち聴牌だ。

リーヅモ三色、満貫には届かないが裏ドラは期待できるし、このままでも秀介を逆転できる。

仮に{九}暗刻を残していたらこれでツモ上がりだったが、役はどの道リーヅモ三色だけだ。

 

(どうする? このままリーチしようかしら?)

 

ここからの手変わりと言えば{六}を引いてタンヤオ平和がつけられるくらい。

タンピン三色はリーヅモで跳満だ。

そこまで出来れば最高だが、その為にはただ一点、{六}をツモらなければならない。

 

(引いてこれるかしら・・・・・・)

 

前局の上がりと今回の配牌とツモ、どちらも流れを掴めているだろう。

思い切って乗るのもいい。

だがやはり不安なのが秀介だ。

ここまでの静けさが何かを狙っているのだとしたら。

 

(むぅ・・・・・・)

 

悩みに悩んだ挙句久は{九}を手に取り、それを捨てた。

リーチはかけなかった。

 

(迷ったら前に出ない方がいい)

 

迷った末の決断は失敗した時に後悔を呼ぶ。

後悔は引き摺って後々にマイナス要素を呼び込んでしまう。

行く時は行くと迷わず決断できた時だ。

 

そしてそんな久の元に幸運が舞い込む。

 

{二三四七九②③④2(横六)3488}

 

ほら来た、もう迷いは無い。

 

「リーチ!」

 

{九}が三つ並ぶ捨て牌に誰もが注目するだろう。

今回は悪待ちではなく良形、だがこの手牌が果たして読めるだろうか。

 

ふふんと笑いたくなる久の喜びは、直後のゆみの声でかき消える。

 

「リーチ」

「!?」

 

ダン、と力強く放たれたその牌は横向きだった。

 

ゆみ 51900

捨牌

 

{2南白中東[5]} {横⑥(リーチ)}

 

字牌が多くて読みにくい。

だが{[5]}を切って追いかけリーチをして来る以上良形で手も高いだろう。

安くて満貫か。

 

(久、志野崎秀介を意識する気持ちは分かる。

 天江衣と志野崎秀介の対戦を見ているのも心が躍る。

 だがな)

 

ゆみはフッと久に笑いかけた。

 

(麻雀は四人でやるものだ。

 私とて鶴賀の代表、除者(のけもの)にして貰っては困る)

 

そして数巡後、{五}が卓に晒されて決着はついた。

 

「ツモ」

 

{六七①②③④[⑤]⑥⑦⑧⑨⑨⑨} {(ツモ)}

 

「・・・・・・同テンだったのね」

 

久は手牌を晒しながら苦笑いをする。

 

「珍しい捨て牌だと思っていたが、良形だったか。

 てっきりまた悪待ちかと思ったよ」

 

ゆみは変わらずクールに笑った。

 

「リーヅモ平和一通赤。

 裏は一つで変わらず、3200・6200」

 

 

ゆみ  65500

衣   53700

秀介 148600

久  130900

 

 

東場が終わった時点で各々の点数はこの状態。

 

そして長かった東場が終わり、南場に突入する。

 

 

 

南一局0本場 親・ゆみ ドラ{8}

 

ゆみ配牌

 

{六七⑥⑨1456679東北} {發}

 

今の上がりで衣を逆転、3位に上がる。

衣は今なお怯えた様子だ、しばらくは立ち直りそうにない。

だがそう楽観視はできない。

自分だって県大会の決勝で一度心を拉ぎ折られかけたが、そこから持ち直す事が出来た。

あの時の自分はモモを始めとする仲間達が心の拠り所だった。

今の衣もそれに匹敵するものを持ち合わせているだろう。

 

(天江衣はきっとこれから蘇る)

 

ならばその前に上がりを重ねて点数を稼ぐ。

 

時にセオリー外の打ち回しをするゆみ。

だがその打ち方は基本がしっかりあるからこそだ。

まずは基本に忠実に、ミスなく最短に上がりを目指す。

この手が一通に伸びればそれは幸い。

だがまず目指すのは平和の形にすることだ。

ゆみは{北}を捨てた。

 

2巡目。

 

{六七⑥⑨(横⑥)1456679東發}

 

中張牌で頭が出来た。

{6}も2牌あるが、{456と67の面子で使うから}頭としては除外だ。

これでタンピン手が狙える。

{⑨}を切り出す。

 

3巡目。

 

{六七⑥⑥(横[五])1456679東發}

 

萬子の面子が完成。

しかも赤とくれば申し分はない。

次に切るのは、とゆみは{東發}に手を伸ばす。

{1}はまだ一通の目を残しておきたいので切れない。

切るのは字牌のどちらにするべきか。

 

さほど悩むことなくゆみは、{東}を抜き出して捨てた。

 

親番の{東}、自分しか使えない役牌をこの段階で捨てるのは早すぎるんじゃないか?と見学者も思う。

だが彼女に迷いは無かった。

 

(平和手で行くと決めた以上役牌は不要。

 仮に重なっても後悔は無い。

 読み間違えたと反省するとしたら・・・・・・まぁ、暗刻になってしまった時かな)

 

一度道を決めたら決して後悔しない強い決意。

それもゆみの強さだ。

 

4巡目。

 

{[五]六七⑥(横②)⑥1456679發}

 

({②}・・・・・・)

 

表情は全く変化を見せず、しかし少しの違和感を持ってゆみは{發}を捨てる。

一応中張牌だからと手に残したが、おそらくこの{②}は使えない。

いずれ切り出すだろうと予感した。

 

5巡目。

 

{[五]六七②⑥⑥14(横2)56679}

 

一通の面子、{2}ツモだ。

前巡ツモった{②}を切り出す。

 

が、6巡目のツモは再び{②}。

むぅ、と少しばかり残念そうにツモ切りする。

 

次巡のツモは不要牌の{西}。

中々ままならないこともある、それも麻雀だ。

 

8巡目。

 

{[五]六七(横四)⑥⑥12456679}

 

萬子が横に伸びる。

直後、ゆみは{1}に手をかけた。

 

(この萬子は・・・・・・まだ伸びる)

 

あっさりと一通を捨て、ゆみはタンピン手に決め打ちする。

 

次巡、{(ドラ)}ツモ。

一通は目指せたかもしれないが構わず{2}切り。

 

そして時間は掛かったが10巡目。

 

{四[五]六七⑥(横八)⑥45667(ドラ)9}

 

「リーチ」

 

{9}を切り出してリーチだ。

少し遅めのリーチにゆみ自身少しばかり首を傾げる。

ここまで他家から聴牌が無かったのは珍しいだろう。

先程上がって流れが来ているとはいえ、久も天江衣も、それどころか志野崎秀介も全く追いついてこれていないというのだろうか?

いやいや、油断しているとどこからどんな攻撃が飛んでくるか分からない。

ここは今の内稼ぐ事を選択しておこう。

 

2巡後、ゆみはツモ上がった。

 

{四[五]六七八⑥⑥45667(ドラ)} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピンドラ赤、裏無しで6000オール」

 

 

 

南一局1本場 親・ゆみ ドラ{6}

 

ゆみ 83500

 

{三五①③⑤⑦1234479} {南}

 

この配牌、またしてもタンピンか一通か悩むところ。

いや、牌の寄り方によっては純チャン三色も狙えそうだ。

捌くのが難しそうだが、それくらいできなくてはこの面子相手に勝ち抜けまい。

まずは{南}から切り捨てる。

 

2巡目。

 

{三五①③⑤⑦12344(横4)79}

 

これもタンピン手か、とゆみは{9}を切り出す。

次巡の{中}は無駄ヅモ。

 

4巡目。

 

{三五①③⑤⑦(横⑥)1234447} {7}切り

 

5巡目。

 

{三五①(横四)③⑤⑥⑦123444} {①}切り

 

6巡目。

 

{三四五③⑤⑥⑦123444(横5)}

 

(・・・・・・三色だ)

 

あっさりと決断し、ゆみは{1}を切る。

 

7巡目。

 

{三四五③⑤(横④)⑥⑦234445}

 

予測通り聴牌。

 

「リーチ」

 

{2}を切り出してリーチを宣言する。

待ちは{②-⑤-⑧}。

ただし{②}で上がると三色が消える。

安目ツモは勘弁したいものだと思いながら次巡を待つ。

そしてツモったのは不要牌{北}。

ツモ切りする。

そして。

 

「リーチ」

「!」

 

同巡、久がリーチをかけてくる。

 

久 124900

 

{三四④④④⑦⑦⑦22(ドラ)66}

 

ドラ3内蔵のタンヤオ三暗刻だ。

ツモれば倍満、裏が絡めば三倍満まで見える。

 

東四局では久の先制リーチに対して自分が追いかけた。

今回はその意趣返しになるか。

 

(面白い)

 

ゆみは山に手を伸ばす。

 

(抜き身の真剣勝負と言ったところかな)

 

ツモったのは自分にとって不要牌の{9}。

この牌が通るか、と思いながらそれを切り捨てる。

 

一方の久も追いかけて有利なわけではない。

後からリーチをかけておいてゆみの当たり牌を引くなんて笑えない冗談はよしてほしい。

そう思いながらツモったのは{白}。

この牌が通るか、と思いながらそれを切り捨てる。

 

(負けないわよ)

 

お互いに視線を交わしてフッと笑った。

 

 

その様子を、衣はどこかぼんやりとした様子で眺めていた。

そして考えていた。

 

この二人は楽しそうだな、と。

 

そして、思い出した。

 

(・・・・・・衣も麻雀を楽しみたいと思っていたはず・・・・・・)

 

チラッと秀介に視線を向ける。

連荘を阻止されてから沈黙を貫いている秀介。

能力のデメリットか、それとも今更様子見か。

いずれにしろ聴牌気配どころか麻雀に対する集中もどこか霧散しているように感じる。

 

(しゅーすけ・・・・・・)

 

散々狙い打ちをされたせいで恐怖を感じてしまっている衣。

 

だが。

県大会の決勝戦で戦った相手、咲、ゆみ、池田。

自分を下した咲はもちろん、ゆみも池田も最後まで諦めることなく自分に喰らいついていた。

 

同じ境遇の自分が今現在こんなにも落ち込んでいるというのに、あの時の三人はなんて強かったのだろうか。

 

(・・・・・・衣も・・・・・・衣もあんな風に・・・・・・)

 

あの時の三人のように、強くなれるだろうか?

 

 

「ツモ!」

 

{三四五③④⑤⑥⑦34445} {(ツモ)}

 

決着がついた、ゆみのツモ上がりだ。

 

「リーヅモタンピン三色。

 ・・・・・・裏無しで6100オール」

 

この上がりでゆみは102800、久は117800。

15000点差は満貫ツモでひっくり返る。

そしてもし久を抜けば、その先の秀介も逆転圏内だ。

 

一気に決める、次の局で!

 

ゆみは力強く誓った。

 

 

 

南一局2本場 親・ゆみ ドラ{8}

 

ゆみ 102800

 

{七⑤1123344678南} {北}

 

ゆみの誓いに答えるような力強い清一手。

だが久の方も負けてはいない。

 

久 117800

 

{一一三七八九①③123東北}

 

純チャン三色目前の配牌、こちらも強力だ。

お互いに交わした視線で、互いにこの試合の苦戦を予感する。

だが。

 

(勝たせてもらうぞ)

(負けないわよ!)

 

それがまた楽しい。

 

第一打に{北}を選んだゆみ。

そして久の第一ツモ。

 

{一一三七八九①③1(横九)23東北}

 

{北}を切り出して純チャンを目指す。

 

2巡目、ゆみ。

 

{七⑤1123(横2)344678南}

 

こちらも順調、{南}を捨てて清一へ一直線に進む。

そして再びお互いに視線を交わし、負けないと己の意思をぶつけ合う。

 

4巡目。

 

{一一三七八九九①③(横二)123東}

 

まずは久が一歩リード。

{東}を切って純チャン三色一向聴だ。

 

そして6巡目。

 

{七⑤112233446(横6)78}

 

ゆみもそれに追いつく。

{七}を捨てて清一一向聴。

 

どちらが先に聴牌し、どちらが先に上がるのか。

お互いに不要牌ツモを重ねて行く。

 

そして、

 

そして。

 

 

{⑤11(横二)2233446678}

 

ツモ切り。

 

{一一二三七八九九①(横⑧)③123}

 

ツモ切り。

 

これで12巡目が過ぎていた。

さすがに二人もおかしいと思い始める。

好配牌で徐々にだが聴牌に進んでいく、いい流れだったはずなのに。

 

(このツモ・・・・・・)

(どうかしてる・・・・・・!)

 

そこまで来てようやく思い至った。

 

このツモは仕組まれたもの。

 

秀介に潰されたと思っていた、彼女の能力の副産物だ。

 

そして17巡目。

 

「リーチ」

 

彼女の宣告が成される。

 

(くっ・・・・・・油断していた!)

(そうよね・・・・・・これくらいで潰れていたら世話無いわね)

 

二人とも自分の最後の摸打を済ませる。

 

そして彼女は最後のツモを高らかに掲げた。

 

 

「ツモ」

 

 

{二三四①③④[⑤]⑥99白白白} {(ツモ)}

 

 

「リーチ一発ツモ白赤1」

 

 

あぁ・・・・・・しゅーすけの連荘のお陰かな・・・・・・。

 

 

「海底撈月」

 

 

月が、満ちてきた。

 

 

 



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38天江衣その4 二択と能力

なまじいい手が入るものだから。

 

(・・・・・・うっかり忘れていた・・・・・・)

 

そう考えてゆみは首を横に振る。

 

(いや、忘れようとしていたというところか。

 いくら集中的に狙われたからと言って、あの天江衣が折れるわけがなかった。

 意識から取り除いて久に集中したのはミスだったな)

 

麻雀は四人でやるもの、それを忘れてはいけない。

そう考えてゆみはふと顔を上げる。

 

(・・・・・・ならば・・・・・・)

 

対面に座るこの男は?

 

志野崎秀介、彼もまた死んではいるまい。

 

ゆみは改めて自分に言い聞かせた。

 

 

 

南二局0本場 親・衣 ドラ{④}

 

ゆみ 96600

配牌

 

{一二二五六七①[⑤]113南發}

 

良くは無いが酷いわけでも無い。

123の三色。

{①が伸びずとも[⑤]}を面子に絡めた平和手。

{南か發}の役牌。

 

どれも狙って行けるだろう。

衣が親番ということは海底を狙うには下家の秀介から鳴かなければならない。

ここまで秀介は衣に有利になることは一切してこなかった。

となれば衣は速攻を仕掛けるしかない。

そして鳴きを入れた速攻ならば役も手の進行も読みやすい。

仮に海底狙いで秀介以外からの鳴きに頼るとしても、久からポンした後にゆみからチー。

もしくはゆみから3回鳴くしかない。

 

そう考えたゆみの思考は、衣の第一打で僅かばかり揺らぐ。

 

衣の第一打、{⑦}。

 

よほどいい手なのか、染め手や三色に進める気なのか。

 

 

「・・・・・・げほっ」

 

 

直後不意に、妙に濁った咳が聞こえた。

 

何事?と顔を上げると秀介が口元を押さえていた。

どうやら彼の咳だったらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・まこ」

 

しばし沈黙した後、秀介は財布を取り出してポイッとまこに投げた。

 

「悪い、それで何か買ってきてくれ」

「えぇ!? いいところですのに!」

「頼むよ」

 

むぐーと不満そうに頬を膨らませていたまこだったが、やがて小さくため息をついて卓に背を向ける。

 

「・・・・・・リンゴジュースでいいですか?」

「ああ、頼む。

 是非とも頼む」

「はいはい」

 

そんな会話を交わした後、まこは小走りで自動販売機を目指した。

 

「悪かったね、続けようか」

 

秀介はそう言って牌をツモると、手から{⑨}を切り捨てる。

ふと先程の咳で唾でも飛んでいたのか、浴衣の手元で軽く卓を拭いた。

その様子を見ながら久は秀介の表情を窺うように声をかける。

 

「どうしたの? 急に咳とか」

「むせた」

「むせたって・・・・・・」

 

なんだ、と久は小さくため息をついた。

 

「ああ、心配してくれたのか、ありがとう」

 

心配そうに見ていた最中、不意にニッと笑いかけられてはさすがに直視できない。

 

「・・・・・・別に、平気ならいいけど」

 

何となく視線を逸らしながらそう返した。

 

 

その後、{久の東}打を経てゆみのツモ番だ。

 

{一二二五六七①[⑤]113(横2)南發}

 

あっさり手が進んだ、いいツモだ。

{123}の面子に固定するよりは、現状のまま{1-4}受け入れを残していた方がいいだろう。

三色を捨てることになるが、まずは{①}を切る。

 

2巡目。

衣は{八、秀介は1、久は南}をそれぞれ手出し。

そしてゆみ。

 

{一二二五(横三)六七[⑤]1123南發}

 

(悪くない、ツモは流れに乗っているようだな)

 

{二}を切り出して面子を固定する。

 

3巡目。

衣は{3を手出し、秀介は東をツモ切り}。

そして久は{東南に続いて西}を手出しで捨てる。

 

直後。

 

「ポン」

 

衣から声が上がった。

 

(動いたか、天江衣)

 

{西を鳴いて四}切り。

{西}は久の風なので衣が鳴いても役はつかない。

チャンタ、対々、役牌バック辺りか。

{⑦八3四}という捨て牌で染め手というのは少し考え辛い。

 

秀介が{⑧}を切った後、久が少考して{白}を切り出す。

一鳴きの衣相手に役牌切りは危険だが、それをしてきたということは久の手も悪くないのだろう。

 

(さて、私はどうするかな)

 

{一二三五六七[⑤](横九)1123南發}

 

ツモったのは{九}。

同時にゆみの頭に予感が走る。

 

(・・・・・・この手は一通か)

 

{一二三四五六七八九1123} {4}

 

一通ならばこう言う最終形を狙うのが一番だ。

だがその為には役牌も{[⑤]}も切らなければならない。

どちらも衣に対し切りたくない牌だ。

しかしだからと言って切らなければこの手は死ぬ。

いくら衣が強敵だからと言っても、攻めずに勝てるような相手では無い。

例え現在4万点以上リードしているとしてもだ。

 

(・・・・・・なら進もう)

 

いつかは切らなければならないのだ。

ならば早いうちに切っておいたっていいだろう。

それに、ただ鳴かれるだけで終わらせるつもりはない。

 

(動くなら、動いてみろ)

 

ゆみは手から{[⑤]}を切り出した。

 

「ポン」

 

衣から声が上がり、{横[⑤]⑤[⑤]}と晒される。

そして衣は{七}を切り出した。

{[⑤]}が二つは中々痛い。

だがそちらではなく、衣のその動きをゆみはしっかりと見ていた。

 

(・・・・・・役は対々ではない?

 しかもまだ聴牌をしていないのか?)

 

ゆみから見て今しがた鳴いた{[⑤]}の左側が3牌、まず間違いなく面子が確定している。

反対に{[⑤]}の右二牌を飛ばして{七}が切り出され、その右側の牌は二牌。

捨て牌の{四}は一番右端、{八は七}の二つ左からそれぞれ捨てられた。

 

{西横西西} {横[⑤]⑤[⑤]} {■■■ [⑤]⑤(ポン) ■ (捨て牌) ■ 七 ■■ (捨て牌)}

 

左側の二牌が{五か六}の対子だとしても、残った二牌が待ちの形になっていないように見える。

なっていたとしてもあり得るのは唯一{七八の六-九}待ちだ。

手牌で{七}が対子になっていたと予測できるが、それを崩したということは対々ではない。

大方左の三牌が役牌暗刻なのだろう。

久の{白}をスルーしたのは既に暗刻になっていたからか、もしくは既に二牌切られている{東以外の役牌、南發中}が暗刻なのか。

 

(役牌赤赤、右側の対子が{五}ならばそこにも赤が混じっている可能性がある。

 となれば満貫もありえるか)

 

一先ず聴牌していたとしても、{六-九}さえ切らなければ当たられることは無いのだ。

同巡のゆみのツモは、自分の手牌にもある{南}。

これで衣の役牌候補から{南}が消えた。

まぁ、どの道既に暗刻になっているのなら{發や中}を切っても問題無いだろうが。

 

そして巡は進み、10巡目に衣が手牌から{七}を切り出す。

待ち変えか、やはり聴牌していなかったのか。

 

(しかし速攻にしては手の進みが遅い・・・・・・?)

 

そこまで考えてゆみはハッとする。

まさか、速攻狙いではないのか!?

あれから自分の手は進んでいない。

久と秀介の捨て牌にも、一度捨てた牌が何牌か並んでいる。

 

手の進みが遅れる一向聴地獄。

さらに久とゆみからそれぞれ鳴いたということは。

 

(狙いは海底か!)

 

 

そして妨害の鳴きを入れることもできず、そのまま海底牌(ファイナルドロー)が衣の手に収まる。

 

「ツモ」

 

{五[五]②③456} {横[⑤]⑤[⑤]} {西横西西} {(ツモ)}

 

「海底撈月、赤3。

 4000オール」

 

ぎゅっとゆみは自身の手を握った。

 

(海底のみ・・・・・・捨てられた役牌の数から手牌に役牌が無いかもしれないと思っていたが、まさか海底のみだとは・・・・・・)

 

読みが外れた、まるで心がかき乱されるように嫌な予感だ。

県大会でも同じものを感じたな、とゆみは思っていた。

 

 

 

南二局1本場 親・衣 ドラ{7}

 

久 110600

配牌

 

{二④④⑤⑥13346(ドラ)西中}

 

久もゆみと同じような心境だった。

直接戦うのはこの試合が初めてだし序盤は秀介が衣を圧倒していたので、「対決」という意味ではようやく叶ったという状態だろう。

だからこそわかる、衣の強さ。

 

(・・・・・・序盤から動いたと思ったら海底狙い・・・・・・。

 ホント、緩急が自在ね)

 

こうなると終始警戒し続けるしかない。

だがそうなると余計に体力を使う事になりそうだ。

一先ず衣の{西、秀介の北}切りの後に回ってきた久の第一ツモに意識を向ける。

 

{二④④⑤⑥1334(横5)(ドラ)西中}

 

ふむ、いいところをツモった。

{二}に手を向けかけたが、今しがた衣が切った{西}も気になる。

自風の{西}が早くも一枚切れ。

この後手牌に重ねられるだろうか、今のうちに処理してしまってもいいのではと気になってしまう。

が。

 

(・・・・・・可能性が薄くなってもまだ0じゃない)

 

あっさり重ねる可能性もあるし、ここは取っておいてもいいだろう。

諦めるのはもう一枚切られてからでいい。

久は{二}を手放した。

 

そしてゆみ。

 

ゆみ 92600

 

{一二五八①⑧228東南(横東)白中}

 

(・・・・・・配牌が落ちたな)

 

ちょっと有効な上がり形が見えない。

精々得意の七対子が狙えたらいいなという程度か。

やれやれと{8}を切り出した。

 

2巡目、衣は{1}を手出しで捨てた。

秀介は手出しで{九}。

そして久。

 

{④④⑤⑥13345(横2)(ドラ)西中}

 

(あら、いいところ)

 

これで{④⑦258}を引けば絶好の平和聴牌だ。

そうなると切るのは{西にするか中にするか}迷うところだ。

一枚切れの{西を切ってしまいたい気もするし、まだ出ていない中}を誰かが手牌で重ねる前に切ってしまいたい気もする。

少し考え、久は{中}を手に取った。

 

({西}は私しか使えない風牌。

 一方{中}は誰でも使える危険な役牌、さっさと処分しちゃいましょう)

 

それに、と久は手牌に視線を落とす。

この手はこんな未来も待っている。

 

{④⑤⑥123456(ドラ)89西}

 

一枚切れの{西}単騎。

もう一枚誰かが切れば地獄単騎だ。

今の状態の天江衣を相手に久の麻雀がどこまで通じるか。

 

(試してみたい・・・・・・!)

 

スパッと{中}を切り出した。

 

続いてゆみ。

 

{一二五八①⑧(横①)22東東南白中}

 

いよいよ七対子しかなさそうだ。

ドラも絡まないこの手、精々裏狙いか。

今しがた久が切った{中}を合わせ打ちする。

 

3巡目。

衣は{8}切り。

秀介はある意味久の望み通りか{西}をツモ切りした。

聴牌できたら地獄単騎ね、と少しばかり嬉しそうに牌をツモる。

 

{④④⑤⑥12334(横九)56(ドラ)西}

 

残念、不要牌だ。

そのままツモ切りする。

 

{一二五八①(横八)①⑧22東東南白}

 

少考の後、ゆみは{二}を捨てた。

 

4巡目、衣は{②をツモ切り、秀介は手出しで八}。

そして久が山に手を伸ばす。

 

{④④⑤⑥12334(横一)56(ドラ)西}

 

(ああ、もう!)

 

折角のいい手なのにツモが進まない。

久は打牌が荒くならないようにと注意しながら牌を切る。

 

それからしばらくゆみも久も衣もツモ切りが続き、大きな動きは無かった。

 

そして6巡目。

有効牌が入ったのか別の有効そうな牌を引いたのか、ゆみがツモ牌を手牌に収め、{⑧}を切り出した。

途端。

 

「チー」

 

衣が動いた。

 

衣捨牌

 

{西18②3③} {六}

 

捨て牌だけ見れば萬子の混一かと思えるが、{横⑧⑦⑨}と晒してそれはあり得ない。

また海底狙いもあり得る。

そうなればゆみから鳴いた以上さらに久が鳴かせるわけにはいかない。

ポンはされたくないなぁ、と考えながら久は牌をツモる。

 

{④④⑤⑥12334(横中)56(ドラ)西}

 

{中}、自分が一度切っている上にゆみも合わせ打ちした牌だ。

 

(・・・・・・これなら鳴かれないか)

 

手は進まなかったが一応安全か、と久はそれを手放した。

 

何の警戒も無く。

 

 

「ロン」

 

「・・・・・・え?」

 

 

ジャラララと衣の手牌が倒された。

 

{[5]6(ドラ)白白白發發發中} {横⑧⑦⑨} {(ロン)}

 

「小三元ドラ赤、18300」

 

(しまった! 今回は速攻!?)

 

今更ながら久は自分の選択を後悔した。

鳴きは無くても上がりはあり得た。

よくよく見れば捨て牌に{白も發}も一枚も出ていない。

そんな状況でしかも自分のお株を奪われる地獄単騎待ち!

 

この一撃で久は92300。

ゆみが92600なので逆転されてしまった。

さらに衣も84500と射程圏内に捕えられてしまっている。

 

(しかしこれは・・・・・・)

(・・・・・・中々厄介だな)

 

久だけでなくゆみも、衣に視線を向けながらそう思う。

先程の局に見せた、鳴きを二つ入れて海底コースに入れつつ速攻上がり。

今回の久の打牌もそれが影響したものだ。

これではどちらを警戒すればいいのか分からない。

 

この終局間際で、天江衣もまた成長をしたのだろうか。

 

 

 

南二局2本場 親・衣 ドラ{9}

 

「ポン」

 

この局も2巡で衣が鳴きを入れる。

久からの{白}ポン、海底コースに入れない為にはゆみがチーをさせてはならない。

しかし、それはあまりにも困難だ。

 

ゆみ 92600

 

{六七九九①③④44[5](横5)6東東}

 

ちらっと衣の捨て牌に目を向ける。

 

衣捨牌

 

{1二東⑧8} {西}

 

(ポンをさせないように牌を絞ることならまだしも、チーをされないようにするのは難しすぎる・・・・・・。

 天江衣の事だ、出来面子からチーしても最終的に張り直して上がるくらいするだろう)

 

ならばどうすればいい?

警戒するだけ無駄と、自身の手の進行を優先するか?

いや、そんなことをしていてさくさく振り込むような事態や衣の手助けをするようなことになればそれこそ衣の独壇場になってしまうだろう。

かと言って安全な牌だけを切り続けていては手が死んでしまう。

 

(くっ・・・・・・)

 

悩んだ挙句、ゆみは{①}を捨てて自分の手を進める。

鳴かれることを半ば承知で。

 

「チー」

 

そしてやはり鳴かれてしまった。

 

(こ、今度はどっち・・・・・・?)

(速攻か、海底か・・・・・・)

 

久もゆみも、周囲のメンバーも衣の上がりを見守るしかできない。

 

「ツモ」

 

それは衣がチーをしてから2巡後のことだった。

 

{七九①①①(ドラ)9} {横①②③} {白横白白} {(ツモ)}

 

「チャンタ白ドラ2、4200オール」

 

この上がりで衣は二人を逆転、2位に躍り出る。

そして残る相手は、ここしばらく沈黙を貫いている・・・・・・。

 

(・・・・・・しゅーすけ・・・・・・)

 

衣は彼を真正面から見据える。

 

(勝負だ、しゅーすけ。

 我が陣形を打ち破ってみよ!)

 

当の秀介は衣の気合いに気付いているようだったが様子は変わらず。

だがそれでも構わない。

「覚悟しておけよ」とまで言った本人が今更手を抜くわけがない。

だから衣は、彼に全力をぶつけるだけだった。

 

卓に牌を流し込み、山が現れる。

衣が振った賽の目は6、秀介の山からの取り出しだった。

 

 

 

南二局3本場 親・衣 ドラ{西}

 

衣 97100

配牌

 

{一二五六七九②[⑤]⑦11西(ドラ)發} {中}

 

衣は第一打に{②}を選ぶ。

ここからどんな手を想像しているのか。

続いて秀介は牌をツモり、軽く一息ついて{二}を切る。

ところでその手牌の端の一牌が伏せられているのは何であろうか?

ともかくその後、久とゆみは{東}をそれぞれ切り出した。

 

2巡目。

 

{一二五六七九[⑤]⑦1(横西)西(ドラ)發中}

 

ドラを重ねる。

前巡の秀介と同じ{二}を切る。

続いて秀介は{④、久とゆみは揃って1}を捨てた。

 

3巡目。

 

{一五六七九[⑤]⑦11(横7)西(ドラ)西發中}

 

{一}を切る。

そして秀介が{9}をツモ切りした後に、久が{西(ドラ)}を切り出してきた。

 

「ポン」

 

衣はそれを拾い、{九}を捨てる。

 

そして次巡。

 

{五六七[⑤]⑦11(横5)7發中} {西(ドラ)横西西}

 

{發}を切り出して一向聴だ。

このまま行けば鳴き三色ドラ3赤1で満貫だ。

今回狙うのはまた速攻か。

 

否、衣には見えていた。

 

(・・・・・・海底牌は{6}・・・・・・)

 

海底撈月が加われば跳満、そちらが狙いだ。

二人を引き離しつつ一気に秀介との距離を詰めることができる。

もしもこの後ゆみから{⑥}が零れればそれが成し遂げられるだろう。

 

そしてそんな衣の執念か。

 

ゆみ 88400

 

{四五(横四)九九③③⑤[⑤]⑥3348}

 

(・・・・・・また・・・・・・七対子くらいしかできないか)

 

牌が中々横に伸びてくれない。

どうするかと考えた挙句に手を伸ばしたのは、衣が欲した{⑥}。

 

(・・・・・・天江衣の手助けにならないといいが・・・・・・)

 

頼む、と祈っても衣には通じない。

 

「チー」

 

{五六七1157中} {横⑥[⑤]⑦} {西(ドラ)横西西}

 

{中}を切ってコースイン、である。

もしも衣がこの手を跳満ツモで上がれば、衣の点数は116000で秀介は118600。

完全に射程圏内である。

 

(しゅーすけ・・・・・・覚悟して貰うぞ!)

 

海底コースで一向聴地獄。

しかも海底と速攻の二択で周囲を混乱させる上がりの連発。

 

今の衣の支配力に敵う者はこの場にいない。

 

 

「ロン」

 

 

彼一人を除いて。

 

 

{4七八九⑦⑧⑨56南南南中} {(ロン)}

 

「ダブ南、3200の3本付け」

 

「なっ!?」

 

衣は思わず声を上げた。

秀介は3巡目からずっとツモ切りだったはずだ。

仮に配牌が良くても衣の支配力の前ではツモは凍りつくはず。

ましてや今の自分は絶好調。

 

なのに上がられた?

振り込んでしまった?

いや、秀介ならそれくらいのことはやると思っていた。

 

だがしかし、聴牌の気配すら感じられずに上がられた!?

 

(ど、どうして・・・・・・?)

 

そう言えば点数の読み間違えもした事があった。

やはり衣の感覚がおかしくなってしまったのか!?

 

「・・・・・・し、しゅーすけ・・・・・・衣に何かしたのか?」

「ん? 何かって?」

 

キョトンとする秀介の表情は誤魔化しているのか本当に知らないのか区別がつかない。

だが。

 

「それはもしや、他家(ひと)の聴牌を察知する能力に不備があった事を言っているのかな?」

 

そう言って軽くにやりと笑うのを見れば明らか。

 

「っ!」

 

やはり何かされていた!と衣は軽く唇を噛む。

だが何を? 何をされていたのだ?

 

 

能力を所持する人間はいくつかに分類される。

 

限定的、条件付きで自身の配牌や引きを強くする強化型。

優希、妹尾、悪待ちの久などが代表的だ。

また彼女らはまだ出会っていないが、悪石の巫女、白糸台のフィッシャー、背向のトヨネ、ドラ爆などもこれに該当する。

能力者の大半がここに分類されているだろう。

 

他家の手の進行を邪魔する妨害型。

純や海底狙いの衣などだ。

岩手の片眼鏡少女や噂に聞く大星淡も該当する。

 

牌に直接関わらない部分で発揮する特殊型。

モモのステルスや美穂子の右目、危険察知、箱下にならない、照魔鏡。

 

などなど。

 

時にそれらを複数持つ者もいる。

衣自身も速攻と妨害を使い分けることが可能だ。

つまり「能力は一人一つ一種類」ではないということ。

 

それが能力の推測を難しくしているのだ。

 

秀介の能力を知らない衣は、自身が海底狙いで他家の手を封殺しているにもかかわらず速攻で上がることが秀介の能力のヒントになると思っていた。

狙い打ちはあくまで技術で、速攻こそが秀介の能力なのだと推測していたのだ、が。

衣の聴牌察知、点数察知を妨害するのはどういうことか。

それが一つの能力の応用によるものなのか、それとも複数の能力によるものなのか、はたまた誰でもできる技術の延長なのかが区別できないでいるのだ。

 

(・・・・・・やはり一筋縄ではいかないか、しゅーすけ)

 

これが能力なのか技術なのかは不明。

だが志野崎秀介はそう言うことが可能な打ち手なのだと深く考えない割り切りも、ある種強者と戦う為に必要なものだ。

だから衣はあっさりと受け入れた。

 

振り込んでしまったが点数は高くない。

その前に稼いでいたので一時期に比べれば点差は大分詰まった。

気分は大分楽だ。

 

さぁ、残すは南三局と南四局。

秀介がここからまた何連荘するかは不明だが、今度はそんな一方的にさせるわけにはいかない。

 

(ここはしゅーすけの親を流すのが最優先!)

 

その考えはゆみも久も同じ。

速攻が秀介の得意分野なのも十分承知だが、それでも秀介より先に上がりを取ることを目指す。

 

3人が共同戦線を張ってでも!

 

 

 

ゆみ  88400

衣   93000

秀介 129200

久   88100

 

 




さて、終わりが近いです。
話の終わりを書くのはいつでも寂しいもの。
だからこそしっかり仕上げなければ。


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39竹井久その7 役割と決着

む、最長話更新してしまった、時間がある時にどうぞ。

上でも斜めでも無く、せっかくだから俺は読者の予測の外を行くぜ。



ゴブッ、ゴブッと音を立てて、まこが買ってきてくれたリンゴジュースを飲む秀介。

一気に半分以上が姿を消した。

ペットボトルを口から離すと、ふぅと一息つく。

 

「もう一本あった方がよかったですか?」

「いや、十分だ。

 これだけあれば最後までもつよ」

 

秀介はまこに笑いかけながらお礼を告げた。

 

「ほんならいいですけど。

 ただ、途中何局か見られなかった分はいつか何らかの形で返して貰いますよ?」

「ああ、分かった。

 ちゃんと後で請求してくれれば、感謝の気持ちを込めて「まこ100回箱割れ」で返すよ」

「それは暗に「請求するな」って脅迫ですよね!?」

 

そんなやりとりを合い間に挟みつつ、秀介は賽を回してメンバーに向き直る。

彼女達は秀介とまこのやりとりを見ていながらも気を緩めることなく卓に意識を向けていた。

 

これから始まるのは南三局。

もしかしたら秀介が安手差し込みで終わらせ、続く南四局(オーラス)に早上がりで決着をつけに来るかもしれない。

南四局(オーラス)に速さ勝負となったら秀介には勝てない。

だからこの南三局で、少しでも差を詰めておかなければならないのだ。

もしも秀介が差し込みで局を進めようというのなら、彼女達は安手の聴牌なんか崩していって高い手のみを目指すようにすればいい。

しかしあまり高い手にこだわり過ぎると、逆に秀介が連荘を目指して引き離されてしまうだろう。

加減が難しい。

何よりも彼女達の協力体制(コンビネーション)が不可欠だろう。

 

このメンバーが三人がかりで打って、それでも届くかどうかという壁なのだ、この志野崎秀介という男は。

 

 

 

南三局0本場 親・秀介 ドラ{八}

 

秀介 129200

 

{二六(ドラ)③④[⑤]15689南白} {中}

 

久 88100

 

{二三九②④④⑥⑥⑧⑨[5]南白}

 

ゆみ 88400

 

{三三三五[五]九①③2889東}

 

衣 93000

 

{二二四九①⑧4778北北中}

 

 

「・・・・・・」

 

秀介の視線がゆみの手牌に向き、その後衣へと向かう。

 

(・・・・・・{二}が使えないな・・・・・・)

 

{二も三}も全て誰かしらの手牌に存在している。

すなわち秀介はこれらの牌に能力を行使できないし、手の内で使うこともできない。

しかも{二}を捨てると衣に鳴かれた上、その後のツモが衣の優位に働くのが見える。

それらに対して毎巡能力を行使しては身体が持たない。

この対局中は持たせなければならないのだ。

 

「・・・・・・」

 

暫し考えた後、秀介は{中}を捨てた。

 

次に久。

 

{二三九②④④⑥⑥⑧(横①)⑨[5]南白}

 

一通がほのかに見える手牌。

まず久は{九}を捨てた。

 

続いてゆみ。

 

{三三三五[五]九(横八)①③2889東}

 

ドラツモ、それはありがたい。

だがこの手はどうにもまとまりそうにない。

 

(・・・・・・精々七対子くらいか)

 

赤もドラもあるこの手が七対子になれば跳満は狙える。

裏が絡めば倍満だ。

上がれれば他の二人より一歩秀介に近づくことができる。

あくまで近づける程度だが。

 

(それさえも無理となったら、せめて志野崎秀介の妨害だけでもしなければな)

 

{東}を切り出した。

 

そして衣。

 

{二二四九①⑧477(横五)8北北中}

 

(点差では衣が一番しゅーすけに近い。

 だがそれでも3万点以上差がある。

 衣に親番が残っていない以上満貫直撃を2回繰り返しても逆転できないし・・・・・・)

 

衣は手牌から{①}を捨てながら秀介に意識を向ける。

 

(・・・・・・そもそもしゅーすけからロン上がりなんてできるのか・・・・・・?)

 

そこが一番の問題。

ロン上がりが出来ない、ツモ上がりのみでこの差を逆転するとなれば、一先ずこの局では倍満クラスの手が必要だ。

でなければオーラスに逆転の目処が立たない。

 

(この手を倍満・・・・・・)

 

衣は自分の手牌に視線を落としつつ唇を軽く噛む。

可能性があるとすれば・・・・・・と視線を向けたのは王牌のある当たり。

 

(・・・・・・少し時間がかかる、速攻では無理だ)

 

2巡目の秀介の{南}切りを見て、衣は秀介の手が早くない事を祈った。

 

次に久の手番だ。

 

{二三①②④④⑥⑥⑧(横3)⑨[5]南白}

 

{[5]}に繋がる有効牌だが、筒子で一通を目指すとしたら両面待ちの{二三}か赤の絡む{3[5]}どちらかを途中で捨てなければならない。

一先ず{南}切りで様子見をする。

 

続いてゆみ。

 

{三三三五[五](ドラ)九①③2(横2)889}

 

いよいよ七対子くらいしかないか。

 

(目指すだけ目指すさ)

 

ゆみは手牌で暗刻になっている{三}を捨てた。

 

そして衣。

 

{二二四九①⑧477(横六)8北北中}

 

{九}を切り出す。

 

3巡目、秀介。

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横9)689白}

 

「・・・・・・」

 

秀介は山と各々の手牌を改めて見回し、{白}を捨てた。

 

そして久。

 

{二三①②④④⑥⑥⑧(横⑦)⑨3[5]白}

 

(よし)

 

一通に一歩前進、秀介と同じく{白を切る}。

 

続いてゆみ。

 

{三三五[五](ドラ)九①③22(横5)889}

 

久の手に既に{[5]}があることはもちろん知らない。

なのでそのツモを期待して{9}を捨てた。

 

最後に衣。

 

{二二四六①⑧477(横北)8北北中}

 

狙っていたツモが一つ、衣の手に舞い込む。

{⑧}を切る。

 

各々の狙いが渦巻く中、動きがあったのは4巡目。

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横發)6899}

 

秀介は無駄ヅモの{發}をそのまま切る。

 

続いて久だ。

 

{二三①②④④⑥⑥⑦(横6)⑧⑨3[5]}

 

{3[5]}のカンチャン受けが{[5]6}の両面受けになった。

なら赤が生かせる{[5]6}を残すべきだろう。

そう思って久は{二}を捨てた。

 

「ポン」

 

声を上げたのは衣だ。

 

{四五六4778北北北中} {二横二二}

 

{4}を捨てる。

 

そしてこれで海底コース。

全員の手が止まった。

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横發)6899}

 

{三①②④④⑥⑥⑦⑧(横白)⑨3[5]6}

 

{三三五[五](ドラ)九①③2258(横東)8}

 

揃ってツモ切りしたその巡に、衣に聴牌が入る。

 

{四五六778北(横6)北北中} {二横二二}

 

役は{北のみの7か中}単騎待ち。

だが、衣はあっさりとツモ切りした。

 

(・・・・・・これではダメだ。

 この手を化けさせるには、「アレ」を引かないと・・・・・・!)

 

衣が望む牌をどのタイミングで誰が引くのかは不明。

だがもし衣が望むタイミングで来てくれれば・・・・・・!

 

そしてしばらく無駄ヅモが続く一同。

 

そんな中、衣はツモった{北}ににやりと笑いながらそれを晒す。

 

「カン!」

 

カンとは珍しい。

嶺上牌はツモ切りする衣。

だが、新ドラとして現れた牌は{西}。

すなわち衣はこれでドラ4!

 

(・・・・・・なるほど)

 

ゆみは今の衣の一連の動きに注目する。

もちろん意識したのはドラ4のところだけではない。

 

(実際にドラが4つ乗ったのが狙い通りかは分からない。

 だがドラを増やしたかったのだろうと予測が出来る。

 ということは・・・・・・それまでの数巡、天江衣がツモ切りしてきた牌の中に上がり牌があるのではないか?)

 

上がり見逃しまでは行かずとも、有効牌をあえて切り捨てている可能性もある。

そして海底コースも外れた今。

 

(天江衣が再び海底コースに戻るか、聴牌し直すまでの間が勝負だ)

 

ゆみはそう考える。

しかし衣はおぼろげながら感じ取っていた。

 

(・・・・・・{7}・・・・・・近いうちに捨てられるな。

 それもおそらく・・・・・・鶴賀の大将からだ。

 それを鳴けば再び衣が海底だ!)

 

そうして再び秀介を含む他家の有効牌を封じ込めれば衣の上がりに繋がるだろう。

カンを入れたことで海底牌がずれて、現在は{中}。

だから衣は{7ポンの後8}を切る。

それで衣の上がりだ。

 

そう考え少しばかり笑いを浮かべる衣の全身を

 

直後、激しい悪寒が走る。

 

「・・・っ!?」

 

思わず席を立ち上がりかけるが必死に抑えた。

視線はもちろん今しがた牌をツモった秀介の元に。

 

(・・・・・・今・・・・・・)

 

ごくりと唾を飲み込みながら見つめるのは、秀介の手牌に乗っているツモ牌。

 

(・・・・・・何かを()()()()・・・・・・!?)

 

まさか今のツモは!?

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横7)6899}

 

ゆみがツモるはずだった{7}が、秀介の手元にあった。

衣の一向聴地獄もこの男には無効。

ましてや衣自らそれを解除してしまったこの状況であればなおさらだ。

 

(喜ぶのはまだ少し早かったか・・・・・・)

 

だが一向聴地獄が解除された以上、久とゆみのツモも復活する。

 

(・・・・・・できれば衣がしゅーすけを倒したいが・・・・・・さすがに無理はできない)

 

最悪他の二人の援護も視野に入れつつ、衣は各々の動きに目を向けた。

 

秀介が{1}を切り出し、そして久の手番に移る。

 

{三①②④④⑥⑥⑦⑧(横③)⑨3[5]6}

 

下側のペンチャンもようやく埋まった。

{三}を捨てる。

 

ゆみ

 

{三三五[五](ドラ)九①③22(横3)588}

 

オーラス間近のこの状況、ツモはゆみに微笑んでくれない。

だがそれでも諦めず、投げ出すこともせず、ゆみは{九}を捨てる。

 

そして衣。

 

{四五六778北(横⑦)北北中} {二横二二}

 

(くっ・・・・・・)

 

ツモ切り。

 

 

鳴きが入って捨て牌にバラツキがあるが、これが10巡目だろうか。

 

秀介

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥56(横③)7899}

 

{二}を切り出す。

 

そして久。

 

{①②③④④⑥⑥⑦⑧(横7)⑨3[5]6}

 

(・・・・・・どうしようか)

 

少しばかり悩む。

完全に一通に狙いを定めて{④⑥}を切り落としたいところだが、ここまで来ると{3}も不要だ。

{⑤をツモる事が出来れば④④⑤⑥の④-⑦待ちか、④⑤⑥⑥の③-⑥}待ちを選ぶことができる。

切ってしまおうかと{3}に手を伸ばす。

しかしその手は止まった。

 

(・・・・・・この{3があったから[5]}を諦めずにとっておいて、結果面子に繋がったわけだし・・・・・・)

 

そんな願掛けにも似た思いが頭をよぎる。

 

(・・・・・・うん)

 

そして久は{④}に手をかけ、それを切り捨てる。

 

(あの時の決断の切っ掛けになった{3}、この牌に意味があったと信じましょう)

 

続いてゆみ。

 

{三三五[五](ドラ)③2(横八)23588}

 

(・・・・・・なんとか{(ドラ)}が重なったか)

 

このツモで七対子により近づいた。

{①}を切り出す。

 

そして衣。

 

{四五六77(横四)8中} {北■■北二横二二}

 

いっそ海底に眠っている{中}は捨てて受け入れを広くしようかと考える。

 

(・・・・・・だがこの手北ドラ4だけじゃ安い・・・・・・)

 

その為に海底をつけたというのに。

考えに考え、衣はそのままツモ切りした。

 

(ダメだ、衣が自ら武器である海底を捨てるなんて!

 この手は海底を付けた跳満で上がるんだ!)

 

無論それが当初の予定より低い目標なのは気づいている。

だが跳満だからと諦めるわけにはいかない。

次局がきつくなるのは目に見えているが、衣は狙いを変えなかった。

必死に目指した強い意志が無ければ秀介には勝てない!とそんな風に考えながら。

 

 

11巡目。

 

秀介

 

{六八③③④[⑤]⑥56(横⑧)7899}

 

ツモってきた{⑧}はそのままツモ切り。

 

そして久。

 

{①②③④⑥⑥⑦⑧⑨(横⑤)3[5]67}

 

(よし!)

 

悩むことは何も無い。

{⑥}を手にとって横向きに捨てる。

 

「リーチ!」

 

{3}は中張牌な上に衣が一枚捨てている。

さらにゆみの手牌にも一枚あるので山にあるのは残り一枚。

そもそも手に残りやすい3・7での単騎を選択している時点で悪待ちは当然。

 

この得意の悪待ち単騎で秀介に勝負を挑む!

 

ゆみ

 

{三三五[五]八八③22(横一)3588}

 

(・・・・・・久はまた悪待ちか?)

 

楽しそうな久を頼もしげに見る一方、自分の手の進まなさを嘆く。

それでもまだ{一}をツモ切りして七対子で進め続ける。

諦めたらもう挽回は効かないのだから。

 

そして衣。

 

{四五六77(横七)8中} {北■■北二横二二}

 

再び受け入れを悩ませるツモだ。

だがもう衣は決めたのだ。

 

(海底を諦めない。

 その為に{四五六は面子で確定、778}を鶴賀から鳴いて面子にするんだ!)

 

衣は{七}をツモ切りする。

意志の強さを表すかのように、その牌は強めに捨てられたように感じた。

 

刹那、声が上がる。

 

「チー」

 

秀介が動いたのだ。

 

{③③④[⑤]⑥567899} {横七六八}

 

{横七六八と晒して5}を捨てる。

後ろで見ているメンバーが意味も分からずに首を傾げる中、衣の身体がビクンと跳ねた。

 

(まさか・・・・・・!?)

 

衣がゆみから鳴けば海底コース。

それはすなわち、誰であろうと上家から鳴けば衣が海底コースになることを意味する。

なのでこれで衣が海底コースに入ったというわけだ。

だが何故わざわざそんな事を?

衣に有利な事をするとは考えられない。

だから衣は必死に頭を働かせた。

 

(海底コースになれば衣以外は有効牌が引けない・・・・・・。

 だからこれで清澄の悪待ちがツモ上がりできない、それはいい。

 だが衣だって有効牌をツモれば・・・・・・あっ!?)

 

バッと捨て牌に目を向ける衣。

衣がこの手を聴牌して海底の{中で上がるには、778}の面子を完成させなければならない。

すなわち{679}のいずれかを鳴くかツモるかする必要があるのだ。

 

(まさか・・・・・・もう山に残っていないのか!?)

 

だとすれば衣は有効牌をツモることができない、鳴いて聴牌しなければならないのだ。

だが海底コースに入った今、鳴きを入れれば自ら海底コース(その道)を外れることになってしまう。

そこから海底牌までに再び鳴きを入れて聴牌し直すなんて不可能だ。

 

そこまで考えて、衣はようやく秀介の狙いを悟った。

 

(・・・・・・流局してノーテン宣言する気だ・・・・・・それが一番罰符が少ない・・・・・・!)

 

全員が共同して高い手を目指したこの局、秀介自身も安手に振り込んで局を流すことは不可能だと察したのだろう。

ならば流局させてしまえばいい。

そうすれば他の三人が聴牌宣言をしたとしても3000の支払いで済んでしまう。

この状況で3000点以下の聴牌を目指す人物などいるはずがない。

衣はドラ4が確定しているし、久は一通にリーチをかけている。

ゆみは聴牌に遠いが、赤を含めて七対子のドラ3。

ならば流局が一番安いのだ。

 

現在、ゆみの捨て牌に{9、そして衣自身が北カンを目指している途}中{でツモ切りした6}が一枚。

そして秀介の手牌に{6と7が}一枚と{9}が二枚。

久の手牌に{67}が一枚ずつ。

つまり山にはまだ{6と9}が一枚ずつ残っている。

 

だがそれらをツモっても衣の手からは{7}が溢れることになる。

ノーテンでいいのだから秀介はそれをチーして手を崩せばいい。

そうすると海底は秀介がツモるので、衣の上がりを阻止して流局にすることができる。

 

ついでに秀介がその能力を行使すれば衣に有効牌をツモらせないことなど容易。

実質衣はこの手を聴牌までもって行けないことになる。

 

(くっ・・・・・・くぅぅ・・・・・・!!)

 

狙いが読めてもそれを防ぐことができない。

その悔しさに衣は泣きそうな表情で小さく震える。

 

 

「・・・・・・」

 

そんな衣の様子をゆみが見ていた。

 

(・・・・・・天江衣のあの様子・・・・・・やはり志野崎秀介の方が上回っているということか・・・・・・)

 

しかし、である。

 

{三三五[五]八八③2(横[⑤])23588}

 

ゆみは捨て牌に目を向ける。

主に久の捨て牌に。

 

(・・・・・・そうそう思惑通りには進ませない)

 

そしてゆみは手牌から{3}を抜き出し、それを捨てる。

 

(久・・・・・・)

 

驚いた表情の久と視線を合わせ、フッと笑うゆみ。

 

(後は任せたぞ)

 

その意思を受け取ったのか、久は小さく頷いた。

 

「ロン!」

 

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨3[5]67} {(ロン)}

 

「リーチ一通赤」

 

そして裏ドラを返す。

衣のカンで増えた裏ドラ、現れたのは両方共{2}。

 

「裏4、16000!」

 

 

この上がりでゆみは4位に転落。

だが秀介129200に対し、久は104100、差は25100。

一発でひっくり返すにはきつい点差だが、久が親番になるのだ。

連荘できれば満貫2回でも何とかなる。

 

 

そして、南四局(オーラス)突入だ。

 

 

 

南四局0本場 親・久

 

この展開に周囲の一同からはもはや咳払い一つ上がっていない。

久が秀介を逆転するのか、それとも秀介が逃げのびるのか。

 

(この一局でどうなるのか・・・・・・勝負よ!)

 

賽の目は5。

久は秀介に挑発的な笑みを向けながら山に区切りを入れ、ドラを表にした後に配牌を取る。

ドラは{六}、使い勝手に困らない牌だ。

 

{③⑥二[5]}

 

赤牌あり。

仮にリーチをかけるとするならば、とりあえず満貫まで残り二翻。

続いて次のブロックを取る。

 

{③⑥二[5]} {589(ドラ)}

 

ドラ1つ。

残り一翻、タンヤオでも何でもつければ満貫だ。

カチャカチャと理牌し、最後のブロックを取る。

 

{二四五(ドラ)③⑨5[5]789南}

 

悪くない、なんてものでは無い。

速さで言えば文句は無い。

そして最後の二牌。

 

{二四五(ドラ)③⑨(横④)5[5]789(横中)南}

 

(やった!)

 

まずは{中}を切る。

有効牌が上手くツモれれば平和もつくし、満貫まで容易そうだ。

 

(ここで満貫をツモれれば、私が116100でシュウが125200。

 点差は9100!)

 

9100ともなれば三翻40符のツモ、2600オールで逆転できる点差だ。

久の表情に笑みが浮かぶ。

 

(これが上がれれば逆転が見える・・・・・・次の局で)

 

「楽が出来る、とか思ってるのか? 久」

「・・・・・・えっ?」

 

思わず秀介の方に視線を向ける久。

まさか・・・・・・こちらの考えが読まれた!?

 

「かなり早い、そして点差を考えて二局くらいで逆転できそうな手なんだろう?

 現在二向聴の満貫手ってところか」

「な、なんで!?」

 

思わず声を上げてしまう久。

結果秀介の言った事が正解だと認めてしまっているが、それでも何故分かったのかが気になってしまったのだ。

秀介は笑いながら軽くため息をつくと答えた。

 

「顔に出てるぞ、分かりやす過ぎ。

 もう少しポーカーフェイスを覚えないとなぁ」

「くぅ・・・・・・!」

 

悔しそうに顔をしかめる久。

だがすぐにフンッと強がって見せる。

 

「仮にそうだったとして、いくらシュウでも追いつけるのかしら?」

「・・・・・・そりゃ無理だろうよ」

 

秀介はあっさりとそう答えた。

「ほらごらんなさい」と言いたげに久は笑う。

 

秀介の手から不要牌が捨てられるまでの間だけ、だったが。

 

「俺の方が先を行ってるからな。

 まだ俺を超えるには早い、楽させるわけにはいかねぇよ」

 

秀介はそう言って笑うと{六}を捨てた。

 

 

横向きに。

 

 

「ダブリーだ」

 

「んなっ!?」

 

余裕だった表情が一気に崩れる。

ゆみと衣も思わず驚愕の表情を浮かべていた。

 

まさかこの状況でダブリーとは!

 

思わずフリーズしてしまったが、すぐに山に手を伸ばしながら久は声をかける。

 

「・・・・・・安手で上がらせる為のノーテンリーチとかじゃないでしょうね?」

 

それに答えたのは、引き攣ったような笑みを浮かべるまこだった。

 

「安心せい、久。

 志野崎先輩はちゃんと聴牌しとるよ」

「そ、そう・・・・・・」

 

「ま、まぁ、当然ね」などと言いながら久は牌をツモる。

 

{二四五(ドラ)③④⑨5[5](横⑦)789南}

 

このツモで{⑦⑧⑨}と繋がる可能性が見えてきた。

{南}を捨てる。

 

(・・・・・・こうなってくるとこちらの責任も重大だな)

 

ゆみはそう考えながら牌をツモった。

 

ゆみ 72400

 

{八234668(横6)99東北白發}

 

混一が狙いやすそうだ。

しかしその際に溢れるこの{八}が安全だという保証は無い。

いや、そもそもダブリー相手にこの巡目で安牌も何も無いのだが。

だが久を援護した身として、例え事故であろうとも秀介に振り込むのは避けたいと考えるのは当然だろう。

ゆみの視線は久に向いた。

 

(今、{南}を切る時に久は特に緊張した様子は無かった。

 行かなきゃならないという考えで突っ込んでいった可能性もあるが・・・・・・久は志野崎秀介が字牌待ちではないと考えているのか?)

 

根拠に乏しいし、自分がそれを基準に捨て牌を考えようというのも余りにも頼りない考えだ。

だが。

 

(せめて久の援護は完遂する。

 背を向けた無様な闘牌は見せられない)

 

ゆみは{北}を抜き出し、切った。

 

衣も秀介の動向に気を向けざるを得ない。

 

{四五六①③③⑦27(横北)9西北中}

 

とりあえず今切られた{北}は通る。

だがその後はどうすればいいのか・・・・・・。

衣とて一矢は報いたい。

だがこの状況で一矢報いる為には、とにかく久に連荘して貰わなければならない。

そうすれば次の局で、秀介に直撃をぶつけて2位に引き摺り落とすという形にはなるが、一矢報いることはできる。

もちろんそれが可能であるかどうかは別として。

 

(・・・・・・今・・・・・・衣にできる事・・・・・・)

 

かすかに震える指先に力を入れて、衣は{⑦}を切った。

一同が驚くのをよそに衣は一人気合いを入れる。

 

(清澄の悪待ちが将来困りそうなところを先に通しておく!

 その途中で振り込んでしまったら、衣は所詮そこまでの存在だったという事だ!)

 

無謀な挑戦か、それとも勇気か。

ともかく衣は危機に自ら突っ込んでいく選択をした。

 

そして秀介が切ったのは{1}。

まだ他の誰の手にも存在していない牌だった。

 

 

2巡目、久のツモ番。

 

(・・・・・・えっ!?)

 

ツモ牌を見た途端に表情が変わる。

 

{二四五(ドラ)③④⑦⑨5(横南)[5]789}

 

前巡捨てたのと同じ{南}。

 

(無駄ヅモ・・・・・・っていうかもしかして・・・・・・さっきの{南}は切っちゃいけなかったの?)

 

そんな事を言われても困る、とばかりにその{南}をツモ切りする。

もしも先程の{南を残していた場合、5}とのシャボ待ちで聴牌だろうか。

そういえば{南}は風牌だし、リーチ南ドラ赤の満貫手もあった。

 

(迂闊だったかしら・・・・・・ここでのミスはまずいわ)

 

ゆみも援護してくれたのに、あっさり負けるわけにはいかないのだ。

 

続いてゆみは{②ツモの東}切り。

衣は{六}ツモ切りだ。

 

その後、秀介は{二}をツモ切りした。

 

({二}・・・・・・?)

 

秀介の切った牌を意識しながら、久は山に手を伸ばす。

 

3巡目。

 

{二四五(ドラ)③④⑦⑨5(横⑤)[5]789}

 

(聴牌だ・・・・・・)

 

カンチャン{⑧待ちだがともかく秀介が今しがた切った二}を切れば聴牌だ。

「丁度いいタイミングじゃない!」と嬉々として切る事を、しかし久はしなかった。

むしろ逆の考え。

 

(・・・・・・タイミングが良すぎる・・・・・・)

 

もちろん既にリーチをかけている以上牌を選んで切ることはできない。

だがそれでも久はそのタイミングのいい{二}切りを素直に受けられないでいた。

 

()()()()()()

 

そんな不確かな直観だが久は{二}を手中に収めたまま、代わりに2巡目に衣が切ったのと同じ{⑦}を捨てたのだった。

 

(・・・・・・この選択、後悔するかもしれない・・・・・・。

 でも決めたの。

 だから進むわ)

 

自分は道を選んだ。

後悔することがあってもその道を引き返すことはしたくない。

だから久は、突き進むことを決めた。

 

ゆみ

 

{八②2(横三)34666899白發}

 

{發}を捨てる。

やはり衣のように突っ込むことはできない。

 

そして衣。

 

{四五六①③③27(横②)9西北北中}

 

衣は妙な気分になっていた。

何だろうかこの感覚は。

 

(・・・・・・安心するというか、なんかあったかい気持ちだ・・・・・・)

 

それは、今しがた久が{⑦}を切ったのを見た時から感じた気持ち。

 

役に立った、役割を果たしたんだというような気持ち。

 

(この局・・・・・・少し悲しいが、衣のやることは終わったんだな・・・・・・)

 

衣は手牌から安牌の{北}を捨てた。

 

秀介は{中}をツモ切りした。

 

 

4巡目。

 

{二四五(ドラ)③④⑤⑨5(横三)[5]789}

 

久の待ちが広がった。

今度は迷わない。

 

「待たせたわね、シュウ」

「おう、よく追いついたな」

 

久の言葉に秀介は笑った。

 

「リーチよ!」

 

{⑨}を切り、久はそう宣言した。

その光景に久も衣も安心したように笑う。

後はめくり合い、そうなれば久の三面張は強い。

 

だが同巡、秀介は{5}をツモ切りした。

久の表情が少しだけ険しくなる。

 

(・・・・・・もしも{南}を切らないで対子にしてリーチしていれば・・・・・・あの{5}で打ち取ってた・・・・・・)

 

これはミスか、と久は思った。

だが後悔はしない。

 

(私は{南}切りを選択した。

 その結果は受け入れないとね)

 

例え負けたとしても。

 

 

決着は3巡後についた。

 

「ツモ!」

 

{二三四五(ドラ)③④⑤5[5]789} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和ドラ1赤1、4000オール!」

 

この上がりで秀介はリーチ棒を失って124200、久は117100。

点差はわずかに7100。

もはや2000オールのツモで逆転する点差だ。

 

ほっと一息つきながら久は秀介に声をかける。

 

「・・・・・・ところでシュウ、あんたの待ちは?」

 

その言葉に秀介は笑いながら手牌を倒した。

 

{一二八八⑦⑧⑨234678}

 

ペンチャンの{三}待ちだった。

 

(・・・・・・{5と南}のシャボ待ちだったら打ち取ってたなんて思っていたけど、その場合{三}をツモ切りしちゃってて振り込んでいたのね・・・・・・)

 

またしても息をつく久。

そして笑った。

 

「次、私の上がりで逆転させてもらうわよ」

「ふむ、それを許すわけにはいかんな」

 

秀介も笑った。

 

 

 

南四局1本場 親・久 ドラ{⑨}

 

そしてこの局、決着は実にあっさりとついた。

 

「ツモ」

 

手牌が倒れたのは実に4巡目。

その早さにゆみと衣は呆然とするしかなく、秀介はただ一人笑っていた。

 

{三四五五六①②③⑤⑤345} {(ツモ)}

 

「平和ツモ、400(よん)700(なな)の一本付け」

 

そして久も呆然としていた。

 

「言っただろ? まだ俺を超えるには早いって」

 

その言葉に、がしゃーんと卓に倒れ込む久の姿があった。

 

 

 

秀介 126000

久  116300

衣   88500

ゆみ  67900

 

 

 

こうして、長かった三回戦第二試合は終わりを告げた。

 

 

 

誰が始めたのか、パチパチという拍手を合図に周囲の全員から試合をしたメンバーに拍手が送られる。

そして今の試合を見た感動やら興奮やらを仲間内やこの合宿で新しくできた友人や、今しがた試合を繰り広げたメンバーと語り合い始めた。

 

 

「ワハハー、お疲れ様ゆみちん」

「お疲れ様です」

 

ゆみの元に真っ先に訪れたのは蒲原と妹尾、ではなく。

 

「お疲れ様っす、先輩」

 

いつの間にか、既にモモがゆみの腕に自分の腕を絡ませていた。

 

「ありがとう。

 生憎と最下位だ、済まなかったな」

「いいんす、先輩が悔いのない試合をしていたのなら私達からは何も」

「そうだぞ、ゆみちん。

 ゆみちんが好きなように楽しんでいれば、それで私達も十分楽しいんだから」

 

可愛い後輩と相変わらずワハハと笑う部長の言葉に、ゆみも心底楽しそうに笑った。

 

ああ、楽しかった。

実に楽しかった。

 

(欲を言えば勝ちたかったがな)

 

それはまたの機会に取っておくとしよう。

そう、またの機会ということはつまり。

 

(また戦おう、天江衣、久)

 

それに、と彼に視線を向ける。

 

(志野崎秀介、お前もだ。

 次は負けないぞ)

 

一番活躍しただけあって、一番注目を集めている秀介はこちらに気を向けていないようだ。

だがそれでも構わない。

ゆみは秀介に笑みを向けながら再戦を誓ったのだった。

 

 

「ただいま、トーカ」

「・・・・・・お疲れ様です、衣」

 

透華はそう言ってよたよたと歩いてきた衣を抱きとめた。

衣は喜んでいるわけでも悲しんでいるわけでもない。

呆然としているという言葉が一番似合いそうな表情だった。

衣が3位で終わるところなんて見たことが無い。

だからこんな呆然とした表情をしているのは、それが原因で衣の何かが壊れてしまったのではないかと不安で、だから透華は衣を抱きとめた後、どうすればいいのか悩みながらとりあえずその頭を撫で回した。

 

「ふぁぁ・・・・・・あんまり撫でるな、トーカ」

 

その反応はいつもの衣。

予想外の反応に透華も「あら?」と改めて衣に視線を落とす。

 

「こ、衣? 大丈夫ですの?

 何かこう・・・・・・気分が優れないとか」

「別に何も無いぞ?」

 

む?と首を傾げられては透華も首を傾げざるを得ない。

 

「何やら呆然としていたように見えましたけれども・・・・・・大丈夫ですの?」

「ぼーぜん?」

 

少し考える仕草を見せた後、衣はゆっくりと頷いた。

 

「そうだな・・・・・・何と言うか、こう・・・・・・」

 

そしてしっくりくる言葉を探すように声を紡ぎだし、やがて「うん」と頷いた。

 

「楽しかった試合が終わってしまったのだなーと。

 それを残念に思っていたのだ」

 

そう言って衣は笑った。

そんな予想外の言葉に透華は目をぱちくりとさせる。

周囲を見回すと少しばかり困った表情の純がいた。

一も同じような表情をしていたが、まるで子供でも見守るかのような表情で衣に問い掛けた。

 

「衣は今の試合、楽しかった?」

「ああ、楽しかったのだ!

 またしゅーすけと打ちたいと思ってるぞ!」

 

衣はそう言ってはしゃぐ。

 

「・・・・・・んまぁ、元気ならそれでいいか」

 

純の言葉に一と透華は同意するように笑い、衣と今の試合について語り始めるのだった。

と。

 

「智紀はまたしゅーすけを睨んでいるのか?」

 

そんな衣の言葉に一同は揃ってそちらを見る。

確かにまたしても智紀が見ている先には秀介がいた。

が、さすがにそんな指摘を受けてまで見ているような智紀ではない。

すぐにこちらに向き直る。

 

「失礼しました」

 

透華達は何故智紀が秀介を睨んでいるのかが未だにわからない。

だがそんな智紀の様子に何かを思いついたのか、衣が笑顔で問い掛けた。

 

「智紀はしゅーすけと戦ってみたいのか?」

 

その言葉に智紀は少しばかり驚いた表情を浮かべた後、こくりと頷いた。

 

「・・・・・・そうですね、戦ってみたいです。

 そして叩きのめしてやりたい、是非とも」

 

何が智紀をそこまで駆り立てるのか。

それは知らないが衣は、ぱぁっと笑顔を一層輝かせる。

 

「ならトーカ、この合宿が終わった後もしゅーすけを龍門渕高校(うち)に誘おう」

「え?」

 

その台詞を何度か頭の中で繰り返した後、透華はバッと衣の肩を掴んだ。

 

「お、お待ちなさい衣!

 それはつまり、あの男を我が校にお招きするという事ですの!?」

「もちろんそうなのだ」

 

相変わらず笑顔の衣。

対して透華は何やらわなわなと震えながらあちこちを指差していく。

 

「あ、あの男は! 一をトバして泣かせたんですのよ!?

 それに風越キャプテン(あの女)も泣かせたり! 清澄部長(あの女)を誑かしたり!

 私を衣への挑戦状のダシに使ったり!

 それに良く分かりませんけれども智紀を怒らせたり!」

 

そして最終的にズビシッと秀介を指差した。

 

「良く分かりませんけれどもろくでもない男ではありませんか!」

 

良く分からない割に酷い言われようである。

だがそれだけ言っても衣はキョトンと首を傾げるのみだ。

 

「しゅーすけが強いのはトーカも分かっているであろう?

 なら強いしゅーすけと繰り返し打つことで衣達の強化に繋がるのではないか?」

「ぐぬ・・・・・・」

 

確かにその通り、正論である。

実際彼女達はまだ全員二年生、来年の大会を考えれば十分助けになる提案である。

真正面から正論をぶつけられてはさすがの透華も言い返せない。

そしてそんな透華の肩をポンと掴む者がいる。

 

「・・・・・・何ですの? ともき」

「・・・・・・透華さん、私にあの男との対戦の機会を」

 

賛同者が一人増えた。

助けを求めた透華は残った二人に視線を送る。

 

「・・・・・・んー、ボクはちょっと苦手だな、あの人」

「オレはあの男と戦ってみたいぞ。

 どうしても無理にとは言わないが、確かにオレ達の強化に繋がると思うし」

 

賛成3、反対2、賛成多数で可決である。

これにはさすがの透華も「ぐぬぬ・・・・・・」と声を上げつつ認めざるを得ない。

 

「わ、分かりましたわ。

 但しもちろん、あの男が頷いたらですけれどもね」

 

その言葉にハイタッチを交わす三人。

残った透華は一を引き込みこっそりと作戦を立てるのだった。

「何としてもあの男から断らせましょう」作戦を。

 

「・・・・・・透華、皆は呼んでもいいって言ってるんだから。

 ボクも苦手だとは言ったけど、皆の為になりそうだし我慢するよ」

「はじめ! 何を言っているんですの!?

 嫌なことは嫌とはっきり言っていいんですのよ!?」

 

果たしてその作戦が上手く行くのか行かないのか。

それは今すぐには分からない。

 

 

「お疲れ、部長」

 

真っ先に久に声をかけたのはまこだ。

続いて清澄メンバーと一緒に美穂子がやってくる。

 

「お疲れ様です、部長」

「お疲れだじぇ!」

「お疲れ様です・・・・・・ひ、久、さん・・・・・・」

 

まだ名前呼びに慣れていないのが明らかに分かる。

だがそれだけのメンバーに労いの言葉を掛けられても。

 

「・・・・・・また勝てなかったわー・・・・・・」

 

久は悔しげに声を上げるのみだった。

無理もない、一時期あった大差を埋めてもう一息というところだったのだから。

本気で打っている秀介を相手でも喰らいついて行けていると、少しばかり自信を持っていたところに最後の最後であれである。

憎らしい、実に憎らしい。

憎らしいがそれでも。

 

(・・・・・・やっぱり楽しかったわ・・・・・・)

 

ところどころ引っかかるところはあったものの、それでもやっぱりそう言い切れる。

うん、この試合は楽しかった。

むくりと起き上がると久は来てくれたメンバーに笑いかけた。

 

「勝てなかったけど、楽しかったわ。

 あーあ、またリベンジの機会はお預けかぁ」

 

そう言って伸びをすると周囲のメンバーも久が落ち込んでいない事にほっとした。

 

「お疲れ様、どうぞ」

 

そう言って美穂子が差し出したのは氷入りのドリンクが注がれたコップだった。

 

「わざわざありがとう、美穂子」

「い、いえ・・・・・・」

 

やはり名前で呼ぶのも呼ばれるのも慣れていないらしい。

そんな美穂子を可愛く思いながら久はドリンクを口にする。

うん、冷たくておいしい。

それに水分が身体に染み渡る。

秀介と違って試合中にはほとんど水分を取っていなかったし。

そう思いながら秀介に視線を向ける。

 

いや、向けたと思ったのだが。

 

「・・・・・・あれ?」

 

いると思っていた場所にいない。

先程まで一番活躍していただけあって一番多くの人に囲まれていたのに。

どこに?とキョロキョロ見回すと、この麻雀部屋から外に出るドアの近くでその姿を見つけた。

 

それを見た途端、久の全身を不安が襲う。

 

何だろう?

 

何だか急に秀介が、久の手の届かない遠いところに行ってしまう気がして。

 

だから久はとっさに周囲のメンバーを退けて秀介の元に早足で駆け寄った。

 

「シュウ!」

 

声をかけると秀介はドアに手をかけながら「ん?」と振り向いた。

 

「ああ、挨拶してなかったな。

 お疲れ、久」

「そうじゃないわよ。

 あんた・・・・・・どこに行く気なの?」

 

試合が終わってすぐにどこかに移動なんて。

 

まるで何か、都合の悪いものでも見せたくないかのように感じてしまう。

 

秀介の方も、何やら答えずらそうに頭を掻きながら返事をする。

 

「・・・・・・それを聞いてどうするんだ?

 ついてくるとか言うんじゃないだろうな?」

「・・・・・・ついてこられると何か不都合でもあるの?」

 

久は不安を隠すように、少し強めにそう言う。

やがて秀介はため息をつくと、久に向き直って真面目な顔で言った。

 

 

「・・・・・・いや、さすがに飲みすぎたからトイレに」

 

 

男子トイレ。

そこは確かに久の手の届かない遠いところで、都合の悪くて見せたくないもので、女子についてこられると不都合なところだった。

確かによくリンゴジュースを飲んでいたし、不思議ではない。

むしろ良く今まで行かなかったなと思えるくらいだ。

 

「・・・・・・さっさと行ってきなさいよ」

 

これにはさすがの久もバツが悪そうに視線を逸らしながらそう言うしかなかった。

 

「ああ、分かってもらえて助かった。

 そうするよ」

 

秀介はそう言うと麻雀部屋を後にしてドアを閉めた。

 

(・・・・・・心配して損したわ)

 

やれやれと久はメンバーの元に戻る。

 

ふと、秀介の席の備え付けのテーブルに飲みかけのリンゴジュースが残っているのが見えた。

まだ残っているなら飲んでしまえばよかったのに、と思いつつさすがにトイレが優先かと納得する。

久はそれを手に取り、麻雀部屋の出口に一瞬視線を送った。

 

(帰ってきたら渡してあげましょ)

 

そしてまたメンバー達との会話に戻った。

 

 

 

 

 

よろよろと壁にもたれながら秀介は麻雀部屋を離れる。

あの場で倒れるわけにはいかないから。

すぐに仲間が聞きつけて駆け寄ってくるのだとしても、ほんの少しでも長く時間を稼ぐ為に。

 

ふと、彼の前に一人の人物が現れる。

 

「志野崎秀介さん」

「あぁ・・・・・・萩原さん、でしたか」

 

龍門渕家に仕える万能執事の姿がそこにはあった。

お互いに視線を交わす。

 

「・・・・・・少しばかりあなたの事を調べさせて頂きました。

 過去に入院の経験がおありですね?」

 

秀介はフッと笑い、視線を外した。

 

「・・・・・・なら説明をするまでも無いですかね。

 後を頼んでも構いませんか?」

「・・・・・・大事にはしたくないのですね。

 すぐに気づかれるかと思いますし、病院の手配をするとなると私も透華お嬢様に報告しなければなりませんが」

「バレる分には構いません。

 ただ・・・・・・」

 

秀介はちらっと後ろを振り返る。

これから次の試合が始まり、また麻雀を打つであろう彼女達の方を。

 

「・・・・・・少しでも長く、麻雀を楽しんでいて欲しいもので」

「・・・・・・それだけの気遣いを、少しでもご自分に向けられてはいかがでしょうか?」

「なるほど、確かに」

 

ははっと笑い、秀介の膝がガクッと折れる。

床に倒れ込む前にその身体をハギヨシが支えた。

その口元にタオルが当てられる。

これから起こる事を想定しているように。

だから秀介は安堵の表情を浮かべ。

 

 

「げふっ! がはぁ!」

 

 

そのタオルに吐血した。

 

 

「・・・・・・!?」

 

そんな万能執事の表情が変わる。

吐血は予想の内、だがその量があまりにも多すぎる。

床を綺麗にするよりは自分の服を変える方が容易。

だからハギヨシは秀介の血が床に垂れないように自分の服で秀介の吐いた血を拭った。

 

やがて脱力した秀介が床に倒れ込む。

血は床に垂れていない。

ハギヨシはそれを確認すると秀介の身体を抱え、合宿麻雀で盛り上がっているメンバーに気付かれないように離れた場所に救急車を手配するのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・えっ?」

 

その途中、不意に秀介が何かを呟いた。

 

この万能執事が人の言葉を聞き間違える事は無いだろう。

だがそれでも彼は自身の耳を疑った。

もし秀介の意識がまだあったのなら聞き返していたところだろう。

 

それほど不思議で、あり得ない言葉が聞こえたのだ。

 

「・・・・・・」

 

ハギヨシはその疑惑を抱えながら秀介の身体を抱き上げ、救急車を呼び出した場所に移動を始めた。

 

一体彼は何と言ったのか、何故そんな事を言ったのか。

 

移動しながらそれを考えてみるが全くもって理解が出来ない。

 

 

「・・・・・・ざまぁみろ・・・・・・」

 

 

確かに志野崎秀介がそう言って笑ったのを、ハギヨシは聞きとっていた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ざまぁみろ・・・・・・志野崎秀介・・・・・・」

 

 

 



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40志野崎秀介その11 ぜつぼうとりかい

今回はあえて読む人が理解不能かな?という程度で書きました。
理解不能っぽく書いた演出が理解不能のまま終わった人は完結してから改めてどうぞ。
それでも通じなかったらどうしよう?(

「B story」18話の最後、「そう言っているかのように」という一言はいらないんじゃないか?と感じた人は正解。
あと「B story」16話で秀介が意識を取り戻してから、地の文で「秀介」とは呼ばずに「彼」とか「その男」とかで徹底した事に気付いた人も。

ジャンジャジャーン! 今明かされる衝撃の真実ゥ!



ふと気がつくとそこはベッドの上だった。

横になったまま周囲を見渡すがそこは見覚えの無い部屋。

何だか頭が重い、それに少し痛い。

身体もだるい、動きたくない。

右手を頭に当てる。

少しばかり自分の髪をくしゃっといじる。

ほんのり脂の感触、何日か身体を洗っていないようだ。

 

ふと左手に重みを感じる。

頭をあげて確認してみると、そこには首下辺りまで髪を伸ばした少女の姿。

左手を抜こうとしたがぎゅっと握られたまま。

 

「・・・・・・ん・・・・・・」

 

少女が小さく声をあげ、一息ついて顔をあげたのはそのせいだろう。

起こしてしまったようだ。

 

顔をあげた少女は少しばかりやつれているように見えた。

まるで心配事があってろくに眠れていないような、それも何日か継続しているかのような。

 

それを見て、彼は何故だか「自分の中の誰か」にその一言を言うよう強制された気がした。

だから彼はその一言を口にした。

 

「起きたか?」

 

「・・・・・・え?」

 

目があった少女は一瞬後その目を見開く。

そして彼は続けて次の言葉を口にする。

 

「・・・・・・迷惑をかけたみたいだな」

 

「・・・・・・シュウ・・・・・・!」

 

少女は彼に抱きつき、その胸に顔を寄せて泣き出した。

死にかけだった誰かの生還を喜ぶように。

 

そしてちょうどそんなタイミングで、病室のドアが開かれた。

 

「・・・・・・久、そろそろ面会時間も・・・・・・」

「久、そろそろ帰れ。

 シュウが心配なのは分かるがお前まで体調を・・・・・・」

 

入ってきた二人も自分の姿を見た途端に固まり。

 

「・・・・・・やぁ、まこと靖子姉さん」

 

少し弱々しく手を挙げると駆け寄って来たのだった。

 

 

彼は未だ自分に抱き付いている彼女の頭を撫でながら小さく一息つき、そして改めて周囲を見渡す。

 

ここは病院か?

 

それはいい、見れば分かる。

問題はそこでは無い。

 

目の前にいる女性陣。

親戚の靖子、よく知っている人だ。

後輩のまこ、よく知っている人だ。

 

 

そして彼はこの少女の頭を撫で続けながら、その疑問を明確に形にした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・この子は・・・・・・誰だ?

 

 

 

 

 

それは実に不思議で、奇妙な感覚だった。

 

後輩の染谷まこ、麻雀卓のある喫茶店、清澄高校、麻雀の大会、吐血、自動卓、親戚の藤田靖子、志野崎秀介。

記憶を辿ればさらに思い出す。

吐血、城ヶ崎、南浦、億蔵老人、エリス、新木桂。

 

そして死神。

 

全てあったこと、起こった事実だ。

元々記憶力もいい彼は全てを順調に思い出すことが出来た。

 

だが一つ、この目の前にいる「久」という少女のことを思い出せない。

彼の記憶をもってしても思い出せないことだから、最終的に彼が出した結論は「知らない」だった。

 

しかし周囲も彼女自身も、彼にそんな結論を許さないかのような親しげな接し方だった。

自分が知らないはずの事を知っているべきだと強制されるような。

いや、それを知っているのが当然であるかのように会話をしてくるのだ。

知らないはずの事が体験してきた事になっている、という感覚。

 

そしてさらに奇妙なことだが、彼自身、そんな結論を周囲の誰にも話せずにいたのだ。

気持ちの問題が、などという理由ではない。

その言葉の通り、()()()()()()()()()()()

 

 

あまりSFだとかファンタジーとかの本を読む趣味は無かったが、例えてみるならば知らない人間の人生に無理矢理魂を突っ込まれたような気持ち悪い感覚だった。

そんな気持ち悪い感覚の中、しかし自分の口は何の戸惑いも無いかのように周囲の人間と会話を交わす。

 

「血を吐いたってのは聞いたけど、その時の苦しさとかまったく記憶に無い。

 未だにふらふらするのはその名残なんだろうから何となく実感は湧くけど」

 

自分の身体を勝手に使われている感覚。

 

いや、やはりこれは他人の中に勝手に魂を突っ込まれているという事なのだろうか。

 

自分の意思で身体を動かすことはできる。

自分の意思で言葉を発することもできる。

だが、突然の状況でどうすればいいのか戸惑った時、自分の身体が勝手に行動を起こすのだ。

 

「大丈夫だ、すぐに退院するからな。

 また麻雀でも打とう。

 それまで待っててくれ」

 

そう言って少女、久の頭を撫でる自分の身体。

突然泣き出した久がそれで収まったところを見るとその行動は正解だったようだ。

周囲も「お前ならそうするだろうな」と言いたげな温かい視線を向けてくる。

 

だがそれを勝手に行われる自分としてはたまったものではない。

 

気持ち悪い、ふざけるな、何だこれは。

 

何故俺はこんな行動を取っているんだ!?

 

 

 

自分という意識を保つ為に、彼は一人でいる時に自分の頭の中を整理するようにしていた。

 

名前は志野崎秀介、高校二年生。

前世の名前は新木桂。

名前も知らない死神の手によって新たに生まれ変わった存在。

 

あの少女は染谷まこ。

自分と一緒に久をからかっていた()()()同じ部活の後輩。

なお彼女も自分のからかいの対象。

 

あの女性は藤田靖子。

麻雀のプロとして活躍している親戚。

 

そして肝心のあの少女は竹井久、同じく高校二年生、らしい。

それ以外のことは「知らない」。

やはり覚えていない、記憶に無い。

 

周囲が知っている「全てを覚えている人物」を「志野崎秀介」とするならば、自分は一体何者なのだろうか・・・・・・。

何者だと名乗ればいいのだろうか・・・・・・?

それを考えると頭が痛くなってくる。

 

人間関係はこの辺にしておき、続いて勉学の記憶の整理に行こうかと思ったがそれよりも先に麻雀関係の整理を行う。

 

 

 

まず思い返すのは子供の頃。

自動卓と一人向き合って数々の実験を行っていた記憶。

牌の透視、入れ替えの能力。

 

新木桂だった時にはさほど気にならなかった。

最初にその力を手に入れた時には、それを使わなければ生き残れないような状況だったわけだし。

だがその後は違う。

 

確かにこの力は大いに役に立った。

数々の勝利へと導き、不敗伝説を打ち立てるに至った。

 

それこそ、能力なんて無くても勝てた試合においてもだ。

 

牌を入れ替える事が出来る。

志野崎秀介となった今でこそその能力を明確に知ることができている。

欲しい牌を山の別の牌と入れ替える。

やり過ぎると具合が悪くなり、頭痛どころか吐血に至る。

 

それはまだいい。

麻雀というゲームそのものを崩壊させる可能性のある能力だが、使わなければ何も起こらないのだから。

 

だが、牌の透視。

これはいけない、非常に頂けない。

 

どこに何があるのか分からない山から牌をツモり、不要と思われる牌を切っていく。

人の手の進行を読み、不要牌を通して必要牌を押さえる。

リーチをかけた。

いつツモれるか分からない、誰の手からこぼれるか分からない、裏ドラが乗るかどうかわからない。

 

それが麻雀というものではないのか?

 

山を見通して自身の欲しい牌がどこにあるのかを知る。

それに合わせて手を変える。

次にツモる牌が見える。

それに合わせて手を変える。

人の欲しい牌が分かる。

それに合わせて手を変える。

人の当たり牌が分かる。

それに合わせて手を変える。

 

それ、麻雀と呼べるのか?

 

トランプをいくらシャッフルしようが、表向きで並べて同じ数字を揃えて行く、それを神経衰弱と呼べるのだろうか?

そもそもそれはゲームなのか?

何が面白いのだ?

分からないカードをめくっていき、そのカードを記憶して、「欲しいカードが引けますように」と祈りながら新たなカードをめくる。

それが、それこそが神経衰弱ではないのか?

どこに何があるのか分からないから、それが面白いのではないのか?

それをゲームと呼ぶのではないのか?

 

 

新木桂は数学が好きな男だった。

得意なだけではない、好きだったのだ。

計算式に当てはめて手を進めて行けばきっと上がれる、きっと敵の上がりを抑えられる。

麻雀にもそんな公式がきっとあるに違いない、新木桂はそう考えた。

目に見えない領域、人の手に負えない領域、そこにすら公式を用いて挑んだ。

その公式の正しさを証明する為に勝ちを続けた。

 

時に理不尽な敗北が忍び寄る事もあった。

例え麻雀の9割を公式で解明する事が出来ても、残り1割、見えない山から牌を引いてくる以上どうしても解明できない部分という物が存在する。

その領域で負けることもあるかもしれない。

だがその敗北を、新木桂は己の(公式)で捩じ伏せてきた。

確率、思考、計算式、それらで麻雀に挑み、敗北することなく何年も生きてきた。

むしろそういうイレギュラーこそ新木桂は好んだ。

思い通りになるだけでは面白くない。

そういう理不尽を捩じ伏せるほどの力が数学にあるはずだ。

ならばまた新たに公式を作るだけだ。

 

数字というのは不定では無い。

特定の公式に当てはめれば計算ミスが無い限り100人が100人同じ答えを出す。

そこに取りこぼしは無い、理不尽も無い。

完璧な確定事項。

それが好きな人間としてイレギュラーを好むのはどうかと思うが、しかしそんな思考が新木桂を成長させ続け、能力を手にする前から不敗として名を挙げていた要因だろう。

 

新木桂が牌に愛された人間かどうかは分からない。

その勝ち姿から人は彼をそう呼ぶかもしれない。

だが間違いなく、新木桂()麻雀を愛していた。

 

 

まぁ、そんな人生はイカサマで嵌められたあの試合で一度終幕したわけだが。

 

そこで死神にこの力を与えられ、そこから新たな人生が始まった。

そしてそれ以降、麻雀を打つ度に彼は頭を悩ませていた。

 

全ての牌の在り処が知れる。

よりによってその能力にON、OFFができない。

 

 

人の手に負えない麻雀の闇の領域に計算式で挑んできた彼が、その為に麻雀に人生をつぎ込んできた彼が、その努力の全てをこの能力により否定されたのだ。

 

 

「麻雀をやろう」と三人が牌をかき混ぜ、山を作る。

自分もそれに続き山を作る。

全ての牌の在り処が見えている山を。

 

他の三人は麻雀をやっているのかもしれないが、彼にとってそれはもはや麻雀ではない。

ただの絵合わせ遊びだ。

 

前述の通り、自分の手番の時だけ全てのカードを表にしてやる神経衰弱。

何が面白いのか?

 

配られた時には既に全ての回答が正解で埋まっているテスト。

何が面白いのか?

 

端から順に埋めて行けば勝手に大連鎖を起こしてくれるパズルゲーム。

何が面白いのか?

 

 

最初は楽しいだろう。

新木桂もそうだった。

今までに出来なかった事が出来るようになったのだから。

 

だがすぐに察した。

自分の愛した麻雀が二度と出来ない事に。

もう二度と、人の手に負えないはずの麻雀の闇に挑む事が出来ないのだと。

 

それでも新木桂の頃はまだよかった。

大金を賭ける事が多かったし稀に命のやりとりもあったから仕方なくと割り切ることもできたし、そこそこ年齢も行っていた。

二度と麻雀が出来ないと気づいてからそれほど経たず城ヶ崎と戦い、能力の酷使で死亡したのでそれほど不幸では無い。

一度死にかけから救われた事だし、生きているだけで感謝だった。

 

しかし志野崎秀介としての新たな人生は違う。

確かに死神には言われていたが、この能力をまだ持っているとはっきり確認したのはまだ小学生、これから何年生きるか知らないが仮に前世と同じくらいまでと考えても残り40年程。

その間ずっと、麻雀卓に向かう度にこれを目にするのか。

 

このつまらない()()()()()()()を!!

 

愛した麻雀(もの)を奪われ、不要な能力(もの)を押しつけられて、それで生きていけというのだ。

 

一度死んだのにだ!!

 

あいつは死神だと名乗った。

ああ、その通りだと彼は思う。

 

天使や神様だったらきっとこんなことはしない!

俺を苦しめるだけの能力(デメリット)を与えたりなんかしない!

 

城ヶ崎が羨ましい!

あいつは牌に愛された強運で、しかしそれを()()()()()()()()()()

山に合わせて自分の手を変えるのではなく、手成りで打っていればその手が高くなるような牌が寄って来てくれる!

 

自分も牌が見えない時は似たようなものだった。

例え手が悪くとも次にツモる牌を予測して手を変える。

正解だった時にはにやりと笑い、外れてもまぁそんなこともあると割り切る。

 

断じて答えを知った上で手を変えるような事はしてこなかった!

そんなことは望んでいなかった!

 

 

前世はまだしもこの人生でも同じ感情を抱き続けるなんて、彼は無理だと思った。

 

それこそ自殺を考えるほどに。

 

だが、「志野崎秀介」としての身体がそれを許さなかった。

 

時に勝手に言葉を口走ったり久の頭を撫でたりするこの「志野崎秀介」の身体。

自殺など全く行動に移せる気配がしない。

そもそもそれを考えると心の奥から勝手に感情が湧きあがってくる。

 

頭に浮かぶのは幼馴染の少女、久。

 

だからどうした?

彼女がいるから、それがどうした?

彼女がいる事が、俺が自殺できない理由になるか!

そもそもこの少女は誰なんだ!

 

自身の口から勝手にこぼれる言葉、そして周囲の反応から過去に自分がやったことを察した。

それがあまりにも不満だった。

こんな少女の為に血を吐くほど能力を酷使して。

一体何故!?

この少女にそれだけの価値があるのか!?

いっそそのまま死ねば、俺がこんなに苦しむ事は無かったのに!

何故こんなことになっているのだ?

誰が悪いんだ?

あの死神のせいか?

それともその上にいるというやつか?

 

 

どうして俺がこんな目に遭わなければならないんだ!!

 

 

 

退院して学校に通えるようになる。

記憶を辿るまでも無く麻雀部の部室の場所に身体が赴く。

 

きょろきょろと部室内を見渡してみる。

自身の記憶と比べても本が新しくなっていたり、カーテンが外されていたり、外にビーチベッドみたいなものが設置されていたり、誰の物か分からない私物が増えていたり。

 

ふと目に着いたのは雀卓。

麻雀牌を取り出し、卓にセットしてみる。

山に手を伸ばし、{東}をカシャッと表にする。

あれも、それも。

一つだけ下山にあった。

上の牌を下ろしてその牌を表にする。

{東}が四つ表になった。

やはり能力に変わりは無い、相変わらず山は見通せた。

彼は自虐的に笑った。

 

そして今度はベッドに近寄る。

仰向けでごろんと横になった。

「志野崎秀介の身体」がそのベッドの感触を懐かしむ。

その感覚に引っ張られるように眠気が押し寄せて来た。

うつらうつらと意識を手放して行く。

完全に睡眠に着く前に、やはり再び彼は笑った。

 

・・・・・・俺は・・・・・・いつまでこんな能力に縛られていなければならないんだ・・・・・・。

 

 

 

「あの・・・・・・誰ですか?」

 

声を掛けられて目を覚ます。

「志野崎秀介の記憶」を持ってしても知らない人物がそこにはいた。

話を聞いてみると新入生、宮永咲というらしい。

軽く話をしていると更に二人やってきた。

原村和、須賀京太郎。

どちらも同じ新入生。

 

「せっかく四人揃ったんだ。

 打たないか?」

 

自分の口が勝手にフレンドリーな口調で話しかける。

自分で誘っておいて気が乗らない。

麻雀卓の牌は相変わらず見通せた。

 

 

東一局、親の咲に一発で跳満を振り込む京太郎。

どうやら彼がこの中で一番格下のようだ。

それに比べて上がった宮永咲。

彼女がこの中で一番()()()()()()

前世で強者と相対する時に感じていたのと同じ危機感が、彼女に対してもあった。

とはいえこの時点ではまだそれほど大したことはなさそうだ。

自分にリミッターでも科しているのか、それとも本気でやる気が無いのか。

なのにこんな少女に対してこれほどの気配を感じるとは。

 

・・・・・・少し試してみるか。

 

絶望に浸っていた彼は、ようやくほんの少しだけこの世界に興味を持った。

 

4巡の速攻上がりでペースを崩してみる。

彼女は残念そうに手配を伏せた。

年相応、ただ上がれなかった事を残念がっているだけのように。

まだ分からない。

もう少しだけ試してみる。

 

その過程で京太郎に差し込んで得点を調整したり、和の打ち筋がいかにもなデジタル打ちでほんのり親近感がわいたり。

 

そして東四局、それが決定的だった。

 

「カン!」

 

{中}の暗カンだ。

そして嶺上牌に手を伸ばし、それを表向きに卓に置く。

 

「ツモ」

 

{白發發發} {中■■中横②(ドラ)③横七五六} {(ツモ)}

 

「嶺上開花小三元ドラ1、3000・6000」

 

上がりになる前、むしろ配牌の時点からツモを目で辿って顔をしかめるところだった。

彼女の配牌で{白發中}は手牌に一枚ずつしかなかった。

それが見る間に{發が重なり中}が重なり。

おまけに嶺上開花和了。

 

間違いない、この少女は何かを持っている。

城ヶ崎のような強運では無い。

 

どちらかと言えば自分寄りの、普通では無い能力を。

 

同じ麻雀部員。

ならばこれからも打つ機会はある。

最初に挨拶くらいはしておくのが礼儀か。

ついでに彼女にとって刺激になるだろうか。

そんな面倒見の良かった前世の癖を自虐的に笑いながら、オーラスに彼は仕掛けた。

 

最下位(ラスト)の京太郎に入れ替え能力で牌を送り込み、ついでにカンドラも入れ替える。

そして自分の手牌に集めた{②}の暗カンでカンドラを公開、ノーテンだがリーチ棒を出して完成。

後は彼の読み通りデジタル打ちの和がこちらを深読みして、ノーマークだった京太郎に振り込んだ。

 

ラスだった京太郎が逆転トップ。

この宮永咲という少女は自分がそれを仕掛けたという事に気づくだろうか?

彼女はこう言った。

 

「・・・・・・手牌、見せてもらってもいいですか?」

 

ああ、やはり彼女は何かを察している。

トップを取って気分がいいであろう京太郎と、ノーテンリーチ(こういう行為)が嫌いそうな和には伏せておいて彼女にだけ手牌を見せる。

 

その後久達が入ってきて、感動の再会シーン()()()()()()()()()()()()が、意識の端で咲を捕えておく。

やはり彼の打ち方から何かを察したようで表情が変わっている。

 

これで彼女がどう変わるか、もしくは変わらないかは分からないが、いい刺激になったのかもしれない。

 

そしてもしも彼女が次に本気で戦いを挑んできたとしたら、そんな彼女と自分も全力で戦ってみたいと思った。

 

 

そしてしばらくして、再び彼女と戦う機会が訪れる。

咲と和、それに久を加えて対局。

出親は自分。

 

あの死神は言った。

 

「「死神の力」で一度連荘を始めたら、きっちりその場で終わらせなさいよ?

 途中で誰かに上がられたりしたらそれも余計なダメージになるからね」

 

ならばやる事は一つだ。

 

「オーラス、かしら」

「おいおい、人の台詞を取るなよ」

 

勝手に笑顔で返事をする「志野崎秀介」は置いておいて、やはりそれしかないだろう。

 

上がりを取る、上がりを取る。

不意にタバコが吸いたくなった。

前世の癖だろう。

仕方なく代わりに100点棒を銜える。

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

「志野崎秀介」が冗談で言っている口癖だが、この時ばかりは実に賛同できた。

 

そして上がりを重ね、上がりを重ね、8本場に入る。

出る幕が無いほどに早上がりをしているというのもあるだろうが、宮永咲は何も出来ずにいた。

まぁ、今回がダメでもまだ打つ機会はあるだろうし、その時に期待しようか。

とっとと終わらせるべくリーチをかける。

後はもう遠慮しない、次のツモを入れ替えて一発ツモ、それで全員トビだ。

 

そのはずだったのだが。

 

それをするな、と声が聞こえた。

 

(!?)

 

何だ!?と彼は一瞬顔をしかめた。

牌を入れ替える事が出来ず、ツモったのは{五}。

ツモ切りするしかない。

 

何だ? 今のは・・・・・・?

また・・・・・・「志野崎秀介」が妨害をしてきたのか!?

何故一発ツモがいけないのだ!?

牌を入れ替える力なんて物を持っておきながら一発ツモをしないことで手加減でもしているのか!?

それとも・・・・・・久がトビになるからか!?

記憶を辿れば昔からそうだった。

久と同卓した時は久を飛ばさないようにと打っていた。

何故!? どうしてこんな少女にそんな気を使う!?

理解できない! 理解できない!

 

結局その後のツモる牌を操作して捨て牌を偏らせ、やはり深読みした和から上がりを取ることで終了となった。

 

そしてその後だ。

 

「・・・・・・っ・・・・・・」

 

ぐらっと身体が揺れた。

自力で身体を支えられたので大事ではない。

だがその瞬間、彼は閃いたのだ。

麻雀を介して無茶をした後の副作用はまだ残っている。

いや、副作用が出るほどの無茶はできるのか、と。

そしてすぐに結論が出る。

 

 

(俺は・・・・・・麻雀を打っていて、能力を酷使して、その副作用でなら()()()()()()()のか!?)

 

 

不可能に思えたこの人生の終幕が見えて来た。

 

 

チャンスはすぐにやってきた。

清澄高校女子麻雀部が県大会の決勝戦で戦ったという他の三校、そのメンバーと集まって麻雀を打つというのだ。

様々な苦戦話を聞かされてきたし、どういう条件で本気になるのか不明な咲を待つよりは、それよりも確実に強い相手が一人くらいはやってくるかもしれない。

そんな期待を寄せながら合宿に参加した。

 

 

そして出会った、その化け物に。

 

 

死神から力を貰った自分なんてきっとまだ可愛いもの。

 

「・・・・・・なんだ、お前・・・・・・」

 

これはきっと神様か何かだ。

しかし城ヶ崎のように寵愛を受けたという感じでもない。

あの城ヶ崎と対面した時以上のプレッシャーを感じる。

だから、思わず聞いてしまった。

 

「・・・・・・神様でも飲み込んだのか?」

 

分け与えられたとかいうレベルではなく、神から無理矢理奪ったような力、それほどの迫力。

もしくは・・・・・・生まれる前から神の力の欠片をその身に宿して生まれて来たような存在。

ひょっとしたら彼女自身が神そのものか、その一部であるかのような。

 

「・・・・・・そう言うお前こそ、何か憑いているな?」

 

ああ、そんなことまで分かるのか、この化け物は。

 

「私が直に相手をしてもよいぞ」

 

どうやら気に入って貰えたらしい。

 

ああ、嬉しい、歓喜の感情が止まらない!

 

 

この化け物が相手なら、きっとこいつなら!

 

 

俺を殺してくれるだろう!!

 

 

 

その為にどうすればいい?

合宿は三日間しか無く、行き帰りに費やす時間を考えれば実質二日目しか猶予がないのだ。

彼は必至で考えた。

まずは仲間を狙ってみたらどうか?

実に悪役っぽい発想。

だが悪くない。

この天江衣という人物が周囲にいるメンバーのように仲間意識を大切に持つような人物ならば、きっと仲間を狙われれば怒りの矛先をこちらに向けてくるはず。

 

そしてあわよくば、そのままこちらの首を切り落としてはくれないだろうか?

 

合宿中、唐突に靖子が現れた。

久しぶりだなと彼女は「志野崎秀介」とじゃれ合う。

彼としては少しばかりうざったいことだったが、その後戦いの場を用意してくれたようだし、まぁ水に流してもいい。

同卓メンバーの中には天江衣と同じ高校の国広一と井上純という人物が混じっている。

これはまた幸先がいい。

どうやって遊んでやろうかなと考えながら局を進め、機を待つ。

 

機会はすぐにやってきた。

東三局、初っ端から親ッパネに振り込んだ下家の少女、妹尾佳織の手牌、ツモの流れを見ていくと大三元が狙えそうだ。

ツモから外れている牌は食いずらして何とかできそうだし、この局で仕掛けさせてもらおう。

妹尾の親番、そしてこちらの対面の国広一が48000を割っている。

狙うはそこだ。

食いずらして妹尾に聴牌を入れ、能力を駆使して彼女の上がり牌を一に仕込む。

直後。

 

「あ、えっと・・・・・・リーチです!」

 

鳴きを入れたのにリーチとは。

ガクッとずっこける一同。

何という少女、手付きからも察していたがこれはきっと素人に違いない。

そしてそんな彼女の仕草が予想外に同卓メンバーの緊張感と警戒心を削ぎ、結果として一は妹尾に振り込んだ。

まったく無警戒に。

うん、実にツイている。

天江衣ならこれを裏で操作していたのが自分だということくらい察してくれるだろう。

これで天江衣を焚き付けるという目標は達成した。

 

次にやることは自分の実力をしっかり示すことだ。

こちらも幸い、前日に毒を仕込んだ相手の一人、福路美穂子が同卓していた。

まずは東三局、彼女がどの程度自分の癖を見抜き利用してくるかを見るため、筒子の混一一通でリーチをかけてみる。

あっさりとかわし、津山という少女に差し込んで局を終わらせた。

なるほど、しっかり見て対応しているなと彼は心の中で笑う。

さぁ、そして次は南二局。

偽りの癖で萬子の清一を装って七対子。

表ドラを手牌に加え、裏ドラも能力で仕込んで聴牌だ。

 

「リーチ」

 

美穂子に聴牌が入る一巡前にリーチをかける。

そして同巡、美穂子に聴牌が入り、彼女はドラを手に取りリーチをかけた。

 

「リーチです」

 

こちらの狙い通りに。

 

「ロン、だ」

「・・・・・・え?」

 

一発がついて倍満直撃。

ショックの受け方と普段の堅実な打ち回しから察するに、おそらく大きな手に振り込んだ経験が少ないのだろう。

 

「・・・・・・ちょっとトバしてもいいかい?」

 

軽く挑発してやると怯えた表情に変わった。

中々悪くない顔だ。

もっとも、そこに久が割って入ってきたのでその空気もその場で終わったのだが。

しかしその後の対局でもひたすら狙い撃ちを続ければ精神的にもダメージは蓄積されていくというもの。

トドメの狙い撃ちで美穂子はがっくりとうなだれた。

 

対局が終わった後、久が何やら彼女のフォローに入っていったみたいだがそんなのは別に気にすることではない。

それよりも自身の身体に感じる頭痛と疲労感。

自身の死を連想させるその感覚が、しかし今の彼にとっては心地よかった。

()調()()死に近づいている予感。

 

ふと、見知った顔が近づいてきた。

南浦だ。

老けたな、などと思いつつ懐かしい人物との会話を楽しむ。

もっとも彼の要件は中々驚かされるものだったが。

 

「新木桂という人物を知っているかね?」

 

自分の打ち方を見て、自分の前世を連想してくれた。

ああ、嬉しい、彼はそう思った。

 

自分()知っているだけではない、自分()知っている人が目の前にいる!

 

思わず全てを語りたくなった。

「久しぶりだな」なんて笑顔で返事をしたくなった。

 

だがやはり、「志野崎秀介」が許してくれなかった。

 

「いえ、生憎と」

 

少しばかり考えるような仕草を見せたものの、「志野崎秀介」はあっさりと否定した。

確かに今この場には久もまこもいる、ストレートに返答するわけにはいかない。

それでも何かしら言い回しを変えてくれてもよかっただろうに。

それが、彼にとっては悲しかった。

覚悟はあったものの。

いや、それは覚悟ではなく、諦めだ。

 

そうして南浦の言葉を否定し、久とまこにも適当に誤魔化しをしつつその場は終わった。

 

また彼は、死への決意を新たにした。

 

 

 

そして第三試合。

てっきり決勝で戦うと思っていたものだから、その発表は中々驚かされた。

 

能力者では無さそうだが地力が強い加治木ゆみ。

それに久と天江衣。

そしてそこに加えられる自分の名前。

 

これはいい、もう一試合してからなんて待ち切れない。

 

決着をつけよう、ここで。

 

天江衣との麻雀に。

 

そして、「志野崎秀介」自身の人生に。

 

 

 

試合が始まり、まず出親のゆみが走った。

上がりを重ねて点数を稼ぐ。

そして、天江衣がそれに待ったをかけた。

海底撈月。

何度も見たが実に素晴らしい支配力だ。

上がりを重ねる天江衣。

 

さて、こちらはいつ仕掛けようかと考えながらその打ち筋に見惚れていると、不意に声をかけられた。

 

「・・・・・・志野崎しゅーすけ」

「・・・・・・何だ?」

 

返事をすると、天江衣は少しばかり泣きそうな表情で言葉を続けてきた。

 

「何故衣と麻雀を打ってくれないのだ・・・・・・」

 

自分が様子見をしながら手を抜いていることに対し、天江衣はそう言ったのだろう。

 

だがその発言は、彼の心を抉った。

 

俺だって麻雀を打ちたい・・・・・・。

俺だって麻雀を楽しみたいんだよ!!

 

麻雀を打たされているだと!?

結構なことじゃないか!

それでも麻雀に変わりはないだろう!?

 

俺は違う!

 

俺のこれは!

 

「・・・・・・悪いが」

 

 

麻雀ですらないんだぞ!!

 

 

「麻雀を打たされていた事は一度も無い。

 その感情は生憎と理解できないし、これからもそうだろう。

 天江衣、人と人が理解し合う事は無いよ。

 時に理解したような気持ちになる事はあるかもしれないがな。

 少なくとも俺は・・・・・・」

 

拒絶の意思を込め、彼は衣の手を自身から引き離した。

 

「理解した「つもり」以上の感情を、麻雀を通じて誰かに感じた事は無い」

 

俺はお前を理解できない。

おそらくこう考えているだろうな、程度のことは考えられても、理解したと思うことはない。

 

お前が、俺の感情を理解できないようにな。

 

それでもどうしても理解したいというのなら。

 

いいぞ、ほんの些細な欠片程度だが。

 

 

絶望に染まれよ、天江衣。

 

 

 

二回戦で美穂子を狙い撃った時以上のえぐい一点読みでロン上がり。

カンチャン落としの狙い撃ち。

あふれ牌の狙い撃ち。

チャンタと見せかけての片上がり一通で狙い撃ち。

ダブルフリテンリーチの高めツモ上がり。

 

そして二回戦までの対局を見学していて、そして実際に対戦してみて察しが付く天江衣の能力。

どの牌を危険そうだと判断し、どの牌を安全だと判断したのかという判断基準。

そこに何か、デジタルならざる()()が混ざっている。

天江衣の打ち回しから様々な可能性を想定し、実際に打った時にいくつか試してみて、そこから逆算してようやく察しがついた能力。

 

天江衣は相手の手の点数の高さを察している。

 

その可能性が一番しっくりくる。

ならば読みの拠り所にしているその能力を狂わせたらどうなるか。

その為にどうするか。

 

彼はまず高め安めのある手役を用意した。

高目はツモ上がりで満貫に届くタンヤオ三暗刻、そして安目ロン上がりで5800になる手。

 

この手を、高目ツモ上がりを完全に狙わず、安目ロン上がりのみを狙い続けたらどうなるか。

自身の能力を使えば上がり牌を他家に回したり山の奥に眠らせたりすることなど容易だし、リーチをかけていないのだから他家から上がり牌が出たのを無視しても、その後また天江衣を狙い撃つことが可能だ。

そうしてとことん安目のみを狙い続ける。

そうしたら一体どうなるのだろうか。

 

天江衣の身体反応からこちらの聴牌を察しただろうことは判断できた。

だがその後の牌の切るスピードはそれほど落ちていない。

安い聴牌だしリーチもかけていないから手替わりを待っているのだろう、と考えているのだろうか。

例えリーチをかけていなくてもこちらの手が満貫だと察したらそんな打ち回しなどできるわけがない。

こちらの予想通り、「高目上がりをする気が無い人間からは高目の点数を察知できない」のだろう。

実際安目でロン上がりしてこちらの手牌を晒した時の天江衣の反応は、あまりに驚愕に染まりすぎていた。

さぁ、信頼していた己の能力の一部を奪われ、お前はどう思う?

 

お前は絶望してくれているか? 天江衣。

 

そして次の、役満四暗刻を捨ててのタンヤオロン上がり。

これで天江衣の心が折れたのが分かった。

誰かが言っていた。

勝負とは相手の心臓を掴むこと、そして掴んだら潰すということ。

 

今、彼は天江衣の心臓を潰した。

 

それでもまだ許さない。

 

天江衣、お前は俺を理解したいのだろう?

まだだぞ? まだ俺の絶望は終わっていない。

まだまだこんなものじゃないぞ。

俺の絶望を理解しろよ、天江衣。

もっとだ、もっと、もっと! 絶望に染まれ!

 

「平和純チャン一盃口ドラ1、18000の6本付け」

 

俺は麻雀牌を見ただけで絶望に染まるほどになったぞ。

お前はどうだ? 天江衣。

この試合が終わった後にまだ麻雀牌を握れるようじゃ、まだまだ俺を理解できてはいないぞ。

お前は俺を理解したいと言ったな?

俺もお前に理解して貰いたいぞ。

この絶望を。

 

死を望むほどの絶望をな!

 

トドメなんて物は無い。

お前の点棒はまだ71700もあるじゃないか。

あと何回ロン上がりができるかなぁ?

箱割れになる前に終わらせないとなぁ。

心が粉微塵になる程に打ち砕いて、二度と麻雀がしたくないと絶望して、それでもまだ点棒が残っているから卓に向かわなければならない。

 

そうなればお前は見事俺の絶望を理解してくれていることになるだろうよ。

 

なぁに、心配するな天江衣。

お前は怪物なのだろう?

神様を飲み込んだと俺が錯覚したほどの怪物なのだろう?

優しい仲間もいっぱいいるみたいじゃないか。

麻雀なんか無くても生きていけるよ、天江衣。

それでも麻雀がしたくて、それでも麻雀が出来なくて。

絶望に染まって自殺を考えて。

しかし優しい仲間が止めるだろうなぁ。

「死ぬのなんか止めて」「私達に相談して」って。

 

だが誰もお前を理解できない。

どれだけ絶望に染まっても死ぬことも許してくれない。

 

それだよ、それ。

 

それが今の俺なんだ。

 

お前もそれを望むのだろう?

 

絶望(りかい)してくれよ。

 

俺はお前にも絶望(りかい)して欲しいんだよ、天江衣!

 

 

 

そんな彼の腕が突然ビタッと止まった。

 

「・・・・・・?

 シュウ? どうしたの?」

「・・・・・・いや」

 

怪訝な表情の久に急かされて、彼は配牌の続きを持って行く。

残りの山を見れば動揺せざるを得ない。

せっかく天江衣に自分の絶望を理解して欲しかったのだが。

 

久の手に地和が入った。

 

これはまた酷い偶然があったものだ。

上がりを止められたらダメージを負ってしまうと死神も言っていた。

果たして久の上がりを成立させて、自分はこの後もこの試合を続けられるのだろうか。

 

そこでふと思う。

自分はおそらくこの試合が終わればいつものように吐血して倒れるだろう。

自分の予想通りならそれで死ねるはずだ。

そして天江衣も絶望に叩き落とせる。

 

だがこの、「志野崎秀介」はどうだ?

「志野崎秀介」は絶望しているのか?

俺は絶望に染まっている。

だがきっと「志野崎秀介」は全く絶望していない。

いや、それ以上。

もしかしたら今後、何事もなかったかのように自分の身体を完全に乗っ取って生きていくのではないだろうか?

周囲には何も知らせず、何もない平穏な日々を過ごすのだろうか?

 

それは・・・・・・それは許せない。

 

ならば、これは絶好の機会なのではないか?

 

上がりを止められて余計なダメージを負って死ぬ。

しかもそれを成し遂げたのは「志野崎秀介」が愛する幼馴染の竹井久なのだ。

竹井久に「志野崎秀介」のトドメを刺させる、実にいい、絶望的ではないか!

 

だがそう考えると同時に、やはり声がした。

 

それをするな、と。

 

出たな、「志野崎秀介」。

 

だが邪魔はさせない。

俺は「志野崎秀介」(お前)にも絶望して貰いたいんだよ。

幼馴染の女に自分を()()()()な!

能力は使わせない。

お前が久のツモ牌を入れ替えようというのなら、俺はすぐに元通りに戻させる。

そうやって能力を酷使し続ければ、それはまた余計なダメージとなって俺に帰ってくるだろうよ!

俺は死ぬ、そしてお前も死ぬんだよ! 「志野崎秀介」!

 

絶対にそれはさせないと意固地になるか? ん?

俺がこれほど絶望しているのはお前のせいだというのに!!

 

ならいいだろう、一度だけチャンスをやるよ。

 

手牌から{(ドラ)}を捨てる。

加治木ゆみの手牌に{(ドラ)}が対子で存在している。

これを加治木ゆみが鳴いてくれればツモはずれて地和は成立しない。

だが鳴かれなければ次のツモで久の上がりだ。

俺の読みでは加治木ゆみは動かない。

いや、お前もそう思っているんだろう? 「志野崎秀介」。

 

チャンスをやると言ったな?

あれは嘘だ。

初めからお前にチャンスは無いんだよ。

俺がお前にチャンスなんかやるわけがないだろう?

 

そして久の手が山に伸びる。

ツモ牌は変えさせない。

喰いずらしもできなかった。

 

さぁ、絶望しろよ、「志野崎秀介」!!

 

 

「・・・・・・つ、ツモ・・・・・・」

 

 

久が上がった。

 

 

 

 

 

ん・・・・・・ああ、今何局だ?

意識を失っていたらしい。

その間も「志野崎秀介」が普通に局を進めていたようで支障はない。

だがダメージに変わりはない。

ああ、死の感覚が全身を覆う。

 

浴衣の袖口がわずかに汚れている。

軽く血でも吐いたかな?

周りが騒いでいないところから察するに、軽く咳き込んでまき散らした血を拭い取った程度だろうか。

 

ふと見ると衣が連荘を重ねているようだ。

盛り返したのか? あそこから?

いつの間に。

想像以上に強かったようだ、さすが天江衣。

久の上がりが無ければトドメをさせただろうになぁ。

そう笑いながら彼は配牌を受け取り、しかし一牌だけは伏せたまま理牌をした。

万が一にも「志野崎秀介」が生き残らないように、完全にトドメを刺す。

 

手牌の一部を伏せたまま一切触れない。

透視でこの牌がなんであるかは分かっているがそこは重要ではない。

そのまま手を進めて一向聴。

一方の天江衣は聴牌。

そして不要牌を切ったと同時に、伏せておいた牌を有効牌に入れ替える。

急激な能力の使用も大きなダメージにつながる。

そして天江衣、お前はこれでもまだ自分の能力を信じていられるかな?

 

「ロン。

 ダブ南、3200の3本付け」

 

さぁ、「志野崎秀介」。

 

死のうぜ? 俺と一緒にな。

 

 

 

「平和ツモ、400(よん)700(なな)の一本付け」

 

 

そして、試合は終わった。

 

今にも意識を失いそうだったが、まぁここくらいは騒ぎを起こすなという「志野崎秀介」の意思に同調しておいてやる。

大事にならないようにとその場を離れた。

途中久に呼び止められたが、適当に話を濁して立ち去る。

 

 

最後に萩原と名乗った執事に出会う。

俺が倒れた後、病院を手配するのだろう。

 

だが無駄だよ。

俺は死ぬ、生きる気が無い。

()()()と一緒に死ぬんだ。

 

 

は、はは、はははははははははは!

 

 

動機は確かに暗く染まったものだったのかもしれないが、その打ち筋は、いかに相手を狙い打つかという思考は、まさに「麻雀を楽しんでいた」と言える姿だった。

 

にもかかわらず、それに本人だけが気付かないまま。

 

 

「・・・・・・ざまぁみろ・・・・・・志野崎秀介・・・・・・」

 

 

彼は最期に笑った。

 

 




全牌透視と牌入れ替えで嫌悪感を抱くのは、それを知った他の人物だけでは無いってことです。
天使ではなく死神、祝福ではなく呪い。
麻雀が大好きな人間ほど、この能力自体がもう麻雀を心底楽しめないという代償。
秀介の能力詳細を書いた回の感想で突っ込んできた方、まともにお返事できずごめんなさいでした。

「麻雀を打たされていた事は一度も無い。
 その感情は生憎と理解できないし、これからもそうだろう」

この台詞を聞いて皆さんはどう思った事でしょう?
「自分はそんな酷い体験したことない」と思ったでしょうか?
「自分の方が酷い体験しているよ」と思った方は果たしていらっしゃるか。
意識を誘導するような文章は周辺には書いていないはずですが、それでも前者ばかりではないかと思っております。

バッドエンドはお嫌いですか?
私はたまーにそう言う空気に浸りたいと思う事があります。


この時の秀介は、「いい年したクソガキのわがまま」。


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41志野崎秀介その12 記憶と喪失

気がつくとそこは真っ暗な場所、ではなかった。

 

今度は真逆、真っ白な空間だった。

 

「・・・・・・何だここは?」

 

そう呟きつつ、どうせまたあの死神みたいなのが来るんだろうと思い、周囲を見回してみた。

 

白いワンピースに身を包んだ金髪の美人がそこにはいた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 

そら来た、彼は軽く鼻で笑いその人物と向き合った。

 

「今度は死神じゃないんだな」

「はい」

 

彼女の正体、それは彼女の姿を見れば分かる。

金混じりの白い翼と、頭の上の輪っか。

 

「私は天使です。

 初めまして、「志野崎秀介」様」

「ああ、初めまして」

 

死神の次は天使か。

全くおかしな存在と縁があるものだ、と彼は笑った。

 

さて、死んだ自分はどうなるのかと疑問をぶつけたかったが、それよりも気になる事を先に聞いてみた。

 

「あの死神はどうしたんだ?」

「そう、私が何故ここにいるかという事は、その事と関係があるのです」

 

ほう、死神と天使が関係しているとは知らなかった。

もしやあの死神が言っていた友人と言うのはこの天使の事だったのか?

そんな事を思いつつ続きを促す。

 

「詳しく話して貰えるのか?」

「ええ、もちろん。

 それに当たってまずはあなたに感謝の言葉を送らせて頂きます」

 

・・・・・・感謝の言葉?

何を感謝される事があるというのか。

思わず胡散臭そうな表情をしてしまった彼に、天使は変わらぬ笑顔で言葉を続けた。

 

 

「まずは、「志野崎秀介」様。

 あの死神を殺して下さった事を感謝いたします」

 

 

「・・・・・・殺した?」

 

眉をひそめる彼に、天使は頭を下げる。

 

「死神というものは死んだ人間の魂を栄養にしたり、仲間に売り付けたりする非道な存在。

 浄化して来世へと送り届けてあげる私達天使からしてみたら全く持って憎い存在です」

 

そして天使は彼に手を差し出す。

 

「あなたはそんな死神を一人葬り去ってくださいました。

 まことに感謝をしております」

「・・・・・・待ってくれ」

 

話について行けない、と彼は一度天使の話を止める。

 

「まず確認させてくれ。

 あの死神が死んだだと?」

 

その言葉に天使は「あらあら」と意外そうな顔をする。

 

「てっきりご存知でいらっしゃると思いましたが。

 そこに転がっていますでしょう?」

 

何が、と彼は天使が指示した方向に顔を向ける。

 

 

「死神の亡骸が」

 

 

そこにはこの真っ白な空間に似つかわしく無い、砂とも錆とも区別がつかない細かい物体の小さな山。

 

「無意識で死神を殺すなんて、死神殺しの才能に秀でていらっしゃるようですね」

「・・・・・・待て」

「私達の慈愛の力を受ければ、これはおそらく立派な死神殺しに・・・・・・」

「待て! 待てと言った!」

 

彼の言葉に天使は首を傾げる。

 

「どうかなさいましたか?」

「死神が死んだってのはどういう事だ!?

 俺が何をして殺したと!?

 いや、そもそもこいつら、どうやって死ぬんだ!?」

 

天使は相変わらずキョトンとしている。

しかし説明は続けてくれた。

 

「あの死神は何も言っていませんでしたか?」

 

 

『ありったけの物を全て支払って、身ぐるみ剥がされて最下層に貶められて、色んな奴らの色んな処理道具にされても庇いきれないの!

 

 こっちの身だって危険になるんだから!

 

 そんなのヤだからとっとと見捨てて地獄に送ってやるんだからね!』

 

 

ああ、あの時は冗談か何かだと思っていた。

仮に本気だとしても、死神がそこまでして自分をかばう理由など無いと思っていた。

なのに、何だこれは?

 

『万が一また俺が何かの間違いでここに来たら、その時は遠慮なく俺を地獄に突き落してくれ』

 

ちゃんとそう言ったのに・・・・・・!

その記憶はあるのに!

 

「あいつまさか・・・・・・俺を助けたのか!?」

 

天使はくすくすと笑った。

 

「その通り、あなたはまだ死んでいません。

 死神は人を助ける為に力を使ってはいけない、というルールがあるんです。

 それを破ると死んでしまうから。

 逆にいえば死神に人を助けさせることができれば、彼らを殺す事が出来るという事です」

 

「・・・・・・あいつが・・・・・・何で俺を助けたんだ・・・・・・」

 

自分を見捨てて殺せばよかったのに。

そう言えば以前にも疑問に思った。

コネとか弱みとかお金とか、そんなものを自分一人の為に注ぎ込むとは一体どういうわけなのか、と。

 

天使は相変わらずくすくすと笑った。

 

「そこまでして守りたくなる理由なんて、一つしか無いではないですか」

 

もはやその笑いは天使に見えない気がする。

 

 

「彼女はあなたの事を愛していたんですよ。

 そして死神に自分を愛させる事が、死神を殺す一番の方法なのです」

 

 

「・・・・・・嘘だ・・・・・・」

 

「本当ですよ。

 私はその場を見ていませんが、死神が命を掛けて一人の人間を守ろうというのですから、その惚れっぷりは想像できます。

 彼女があなたを好きだということすら気付かなかったんだとしたら、それはそれは大した天然ジゴロっぷりですね」

 

彼は鷲掴みにするように自分の胸に手を当てる。

 

「・・・・・・俺は・・・・・・これからどうなるんだ?」

 

天使はにっこりとほほ笑んだ。

 

「死神を殺した実績がありますからね。

 例えばそうですねぇ・・・・・・」

 

んー、と少しだけ考え、天使はそれを告げた。

 

「その記憶を持ったままお好きな能力を追加で得て、新しく別の世界に転生する権利、なんていかがでしょうか?」

「ふざけるな!」

 

ダン!と彼は足を鳴らした。

 

「俺は生きる事を止めたんだ!

 こんな能力なんかいらないんだ!

 生まれ変わるというのならそれもいいだろう!

 だが記憶は消せ! 能力なんて物もいらない!

 俺を普通に生きさせてくれ!!」

「あらあら、それは困りましたねぇ」

 

天使はそう言いつつ、変わらない笑顔のまま言葉を続ける。

 

「折角の天使のご加護ですよ?

 断るなんて罰当たりですよ、受け取ってくださいな」

「断る! そんなものいらない!」

 

彼は天使を指差しながら告げた。

 

「俺は自殺したんだ!

 まだ生きられる人生を捨てて死を選ぶのは、天使の世界じゃ大罪じゃないのか!?

 俺は罪を犯した!

 だからもし天使の加護なんて物が受けられた上で転生できるというのなら、その権利を放棄する代わりに死神を生き返らせてくれ!」

 

彼は自殺を選んだ。

自身の能力が嫌で死を選んだ。

だがそれは彼が死ぬだけを望んだのであり、死神も一緒に死ぬなんてのは想定していない。

さっさと見捨ててくれればよかったのに、なんで自分を犠牲に俺を助けたんだ!

巻き込むつもりなんて無かったのに!!

 

だから彼は、死神の死を否定した。

彼女を生き返らせるよう頼んだ。

 

だが、天使は「やれやれ、困ったものですね」と、子供でも宥めるかのように言った。

 

「無理ですよ、死神を生き返らせるなんて。

 第一彼女はあなたを苦しめて辛い思いをさせたんじゃないんですか?」

 

その言葉に思わず押し黙る。

その能力を嫌ったからこそ彼は死を選んだ、確かにそうだ。

 

「あなたは彼女から貰ったその力をどう思っていましたか?」

 

その言葉に彼は意識を得てから今まで積らせた文句を思い浮かべる。

誰かにぶつけたかったがぶつけられなかった。

そんな話ができる相手など、ここにでも来なければいなかった。

そして、そんな思いを抱いてしまったことは間違いのない事実。

だから彼は、それを口にした。

 

 

「・・・・・・こんなもの・・・・・・麻雀じゃない・・・・・・」

 

 

「そうでしょう?

 あなたの愛した麻雀をあなたから取り上げた。

 そんな事をした相手ですよ?

 死んで当然ですし、それを成し遂げたあなたは祝福されて当然です。

 どうして助けようというのですか?」

 

その言葉に彼ははっとする。

 

何故死神を助けようとしているのか?

 

記憶が混濁している。

だがちゃんと辿れ。

自分は何を覚えている? 何を体験してきた?

 

「志野崎秀介」の人生に魂を突っ込まれたかのような自分の人生。

そこに竹井久の記憶は無い。

だから自分はそれを「知らない」と結論付けた。

「志野崎秀介」の人生にケチを付けたくなることもあった。

自分の人生にもケチを付けたこともある。

 

意識を失って死神に会って、目を覚ましたらこうなっていた。

 

じゃあ、それまでは?

 

今がおかしいのなら過去はおかしくなかった?

 

記憶を辿れ。

 

自分が知っているのは竹井久のいない人生。

 

だが、考えてみればそれではおかしな行動が多い。

いや、おかしな事が多すぎる。

死神との最後の会話もところどころ欠けている。

一体何故?

そこで何があった?

 

何があったからそんなことになっているんだ?

 

おかしい、何かがおかしい。

普通では無い。

記憶が混濁している。

 

いや、混濁しているのではない?

 

 

「・・・・・・俺は・・・・・・記憶を失っているのか・・・・・・?」

 

 

自分の頭を抑えながらそう呟く。

そうだ、そう考えればしっくりくる。

この妙な記憶と身体を勝手に使われているかのような感覚。

知らないはずの事が体験してきた事になっている、と感じてきたがそうではない。

やはりこれは体験してきた事を思い出せないという感覚だ。

何故今までこんな可能性に気付かなかったのか。

絶望で目が曇っていたのか?

それとも気付けたはずの元来の思考能力をも失ってしまっていたのか?

 

何らかの拍子に記憶を失って、しかしそんな自分とは別に身体を動かし言葉を発する「志野崎秀介」という人物がいる。

記憶を無くした事を周囲に悟らせないように、それこそ完全に記憶を無くすよりもよっぽど性質(タチ)の悪いやり方で記憶が消えたのだ。

 

何故そんな記憶の消え方をしている?

誰がそんな事をしたのだ!?

 

あの死神が・・・・・・?

そんな事をする奴だなんて思えない!

でも、死神なんだぞ? 天使じゃないんだぞ?

人の記憶をこんな形で消すようなことを・・・・・・いや、しかし・・・・・・だが現実に・・・・・・。

 

あの死神がやったのか、他の誰かがやったのか。

それとも他の事故か何か?

覚えていない。

だがこれだけは間違いないようだ。

だから彼はその言葉を改めて口にする。

 

 

「俺は・・・・・・記憶を失っているのか?」

 

 

その言葉に天使は驚きの表情を浮かべ、そして喜びとも悲しみとも区別がつかないような表情を浮かべ。

 

「おめでとうございます」

 

そう言って。

 

「あなたは上埜久、現在の竹井久に関する記憶を全て失った。

 それによって生じる不都合を補うために、おかしな形で別の記憶が補完されてしまった。

 さぞかし不都合だったでしょう、さぞかし苦しかったでしょう、さぞかし辛かったでしょう」

 

こちらに人差し指を突き出してきた。

 

「正解者にはご褒美を」

 

そして光を放ち始めたその人差し指を彼の額に当てた。

 

その途端、視界が揺れた。

 

記憶に無い「あの日」と、それ以前の久の記憶がよみがえる。

 

 

「そんならとっとと返事して手元に置いておきんしゃい。

 あんまり久を待たせたらいかん」

 

 

「シュウは部長ってガラじゃないしね」

「久はしっかり者だからな」

 

 

「俺と久の件には口出ししないと誓って頂きたい」

 

 

「・・・・・・特殊ルール二人麻雀」

「・・・・・・何もしないよりよさそうね」

 

 

「清澄高校なんてどう?」

 

 

「今はまだ・・・・・・仲のいい幼馴染でいてくれ・・・・・・」

 

 

「お前が悲しむくらいなら、この程度何でもねぇよ」

 

 

「シュウ・・・・・・助けて・・・・・・!」

 

 

「5リットルの血を吐いて死んでしまう身体になってしまったんだ」

「嘘おっしゃい」

 

 

「シュウくん・・・・・・靖子さんが手がつけられない・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 

 

「わ、私・・・・・・シュウの事・・・・・・!」

 

 

 

「お前が好きだ、久」

 

 

 

ああ、これが俺が忘れていたものか。

 

空と地面の区別もつかない真っ白な空間で、便宜上空と呼べそうな上を見上げてそう思う。

 

こうして記憶を取り戻してみると、自分が死のうとした事の何と愚かな事か。

 

この代償を抱えてでも、生きていたいと思えるものが俺にはあった。

 

 

「思い出せたようですね」

 

天使は笑顔でそう言った。

秀介もそれに笑顔で返す。

 

「・・・・・・ああ、ありがとう。

 お前のお陰だ、感謝するよ」

 

そして、それからと言葉を続ける。

 

 

「・・・・・・また会えて嬉しい」

 

 

天使の表情が消えた。

 

 

「・・・・・・えっと・・・・・・」

「ああ、悪い。

 見破られたらダメだとか決まりがあったらごめんよ。

 その辺薄ぼんやり誤魔化そう」

 

笑顔のままそう言った。

天使は困惑した表情であちこち視線を外していたが、やがて俯き、言葉を絞り出すように口を開く。

 

「・・・・・・どうして分かったの・・・・・・?」

 

秀介は事もなげに答えた。

 

「何年の付き合いだと思ってるんだ。

 確かに見た目は違うが、声はそう大差ない。

 お前が無理矢理敬語を使っておとなしく喋ればそんな感じになるだろうし、笑い方がどことなく似ていた。

 それにお前は命の恩人だし、他の人間には愚痴れないような秘密を共有した・・・・・・んー、なんていうかな」

「共犯者?」

「その言葉のチョイスはどうかと思うが、まぁそんなところかもな」

 

自信有り気に、というか自分の予想が外れているはずが無いというような前提で話す秀介。

そして天使の方もそれを受けて、小さくため息をついた。

 

「・・・・・・あたしがせっかく必死に天使に()()()()()っていうのに」

「・・・・・・ってことはやっぱりお前は天使じゃないんだな」

 

ぽりぽりと頭を書くその姿は先程までと同一人物の天使には見えない。

 

「天使には間違いないよ。

 だから、そこにあるのがあたしの死体ってのも間違いない」

 

先程の、この白い空間に似つかわしく無い砂だか錆だかの小さな山を指差しながらそう言う。

 

「・・・・・・でも俺にとって、お前はやっぱり死神だよ」

「ん、そうして話して来たのが長いからね」

 

やれやれと首を振ると、やがて彼女はニッと笑った。

 

「あたしも、また会えてうれしいよ」

「そりゃ光栄だ」

 

わざと大仰に礼をする秀介。

お嬢様を前にした貴族を気取るように。

 

「・・・・・・んで、死神だったはずのお前が何で天使なんてやってるんだ?」

「今言ったでしょ?」

 

少しばかり視線を外しながら、天使(死神)は言った。

 

「・・・・・・死神は人を助ける為に力を使ってはいけない。

 あたしはそれを破ってあんたを助けた。

 だからもう死神じゃないの、死神のあたしは死んでしまったのよ」

「それは確かに聞いた。

 だが、じゃあなんで天使になっているんだ?」

 

死んだのならもう会えないはず。

何故天使の姿で、こうしてまた会えているのか。

彼女はため息交じりに答えた。

 

「・・・・・・身を呈して人を守った死神を死神にしておくにはもったいないって、神様があたしを天使にしてくれたのよ」

「・・・・・・胡散臭いな」

「言われると思ったよ!」

 

ぷぅっと膨れる天使(死神)

それを見て秀介は笑い、つられて彼女も笑った。

その言葉が本当か嘘かは分からない。

だがこうして二人が笑っている以上それはどうでもいい事かも知れない。

 

 

一頻り笑ったところで秀介が話を切り出す。

 

「さて、天使(お前)が死神だと見破った上で話をしているわけだが、何かペナルティーとか無いのか?」

「平気よ、それに関しては問題無いわ」

 

ならよかった、と見破っておいて秀介は安堵する。

それはそれとして。

 

「他にも聞きたい事がある」

「あら、何かしら?」

 

首を傾げる天使(死神)に秀介は問いかける。

 

「さっき・・・・・・俺の記憶が戻る前に、散々死神(自分)の事をボロクソに言っていたような気がするんだが」

「・・・・・・」

 

ギクッと身体が跳ねる天使(死神)

 

「・・・・・・自虐することで「そんなことない! あいつは!」とか庇って欲しかったのか?」

「・・・・・・ソ、ソンナコトナイヨー?」

 

そんなことない? 本当かよ? なんて突っ込みは不要。

どう見ても嘘である。

 

「他にも色々言ってたなぁ。

 例えば・・・・・・「彼女はあなたの事を愛していたんですよ」、だったか」

「・・・・・・あんた・・・・・・久ちゃんはこんな風にからかったりしちゃダメよ!?

 ああ! 何これ! この感覚!

 なんかムカツクようなじれったいような!」

 

ぐぬぬと悔しそうにする天使(死神)

これは面白いな、なんて思ってる秀介に彼女は逆に問いかけた。

 

「仮に、「そうよ! 私はあなたを愛しているわ!」なんて言ったらどうするのよ?」

 

フフンと勝ち誇ったようにそう言う彼女。

秀介は特に考えるでもなく答えた。

 

「そうだな・・・・・・素直に嬉しいぞ?」

「・・・・・・」

 

その返事にまた彼女の表情は渋くなった。

 

「・・・・・・この卑怯者」

「はて、何がかな?」

 

むーと不機嫌そうだった天使(死神)だが、やがてフンと顔を逸らす。

 

「・・・・・・そろそろ話を戻しましょう。

 いつまでもこうして漫才してても仕方ないし、時間無いし」

 

漫才、そうだったろうか?

と思いつつも秀介は素直に黙る。

 

「とりあえずそうね。

 せっかくあたしがここまで身を呈して守ったんだし、この言い方が正しいのかはあたしにも分からないけど、あんたはちゃんと生き返るわよ」

「それは何より」

 

麻雀で無茶をして死んだなんてのを悔いる今の秀介にとって、生き返るというのはもちろんありがたい。

折角記憶が戻ったんだ、ちゃんと元に戻ってやることをやらなければ。

 

「それから伝えておくのは・・・・・・その「死神の力」の消し方ね」

「・・・・・・え・・・・・・消せるのか!?」

 

むしろそれが分かっただけでもありがたい、と言いたげに秀介が詰め寄る。

天使(死神)はそれをスイッとかわして言葉を続ける。

 

「具体的な答えは秘密。

 でもどうしても消したくなって必死に調べれば分かる程度にヒントだけ教えてあげる」

 

そして天使(死神)は答えた。

 

「「神の集う場所」に行きなさい。

 そうすればあなたの力は消せる、昔のように「麻雀を打つ事」が出来るようになるわ」

「「神の集う場所」・・・・・・」

 

ふむ、と秀介はその言葉を胸に刻む。

 

「そんなところかしらね。

 まぁ、あんたがあたしとの繋がりを消したくないって惜しむんならそのままでもいいけど」

「帰ったら真っ先に探そう」

 

二人はまた笑い合った。

 

 

「さて、じゃあそろそろお別れの時間よ」

「・・・・・・そうか」

 

またドアが現れてそこから帰るのだろうか。

確か今までは彼女が鎌を振るってそれを出していた気がするのだが、それを手にしていない今はどうするつもりか。

そう思っていると、天使(死神)はスッと近寄ってきて、秀介に抱きついてきた。

 

「・・・・・・おい」

「・・・・・・うるさいわね。

 別れを惜しんでるのよ、ちょっと黙ってなさい」

 

そう言われては黙らざるを得ない。

もう無茶をする気は無いし、今度はどれだけ会えないか分からない。

いや・・・・・・そうなるときっと今度こそ本当に、寿命で死ぬまでは会えないのだろう。

なるほど、秀介としても惜しみたくなる気持ちが分かる。

なので軽く抱き返してみた。

 

「・・・・・・もっと」

「ん?」

「もっと強く・・・・・・抱きしめて・・・・・・」

「・・・・・・ああ」

 

ぐっと力を入れる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

両者とも何も言わない、抱き合ったままの沈黙が続く。

やがて彼女はスッと顔をあげて秀介と目を合わせる。

 

「・・・・・・あんたの事、好きだったよ」

「・・・・・・ああ、俺も・・・・・・」

 

好きだった、と言いかけたその口を人差し指で塞がれる。

 

「あんたの好きはあたしと違う」

 

そう言って彼女は秀介から離れた。

 

「それに、その台詞を言う相手はあたしじゃない」

「・・・・・・そうだな」

 

それは秀介も認めている事。

この死神と、これが本当に最後の別れだとしても、その言葉は彼女に言うべきではない。

他に言う相手がいる。

 

「うん、それでよし」

 

ニコッと彼女は笑った。

秀介も笑う。

 

「ホント・・・・・・お前は死神っぽく無いな」

 

「えへへ、あたしも自分でそう思うよ」

 

 

彼女がそう言うと同時に

 

ピシッとヒビが入った。

 

 

真っ白な空間と、

 

 

彼女の身体に。

 

 

 

「・・・・・・言ったでしょ? お別れの時間だって」

 

「・・・・・・おい・・・・・・」

 

「・・・・・・ありがとう。

 

 最期にまた会えてうれしかったよ・・・・・・」

 

ポロッと涙がこぼれる。

 

同時にまたヒビが入った。

 

「お前・・・・・・最期って・・・・・・!

 もしかして・・・・・・俺が天使になったお前を死神だと見抜いたからか!?

 なにかそれで、神の加護が無くなるとかそういう・・・・・・!」

 

「ちゃんと言ったでしょ?

 それに関しては問題無いわって。

 

 問題なのはその前にあたしがやったこと」

 

その前にやった事・・・・・・。

 

 

「死神だった頃にやった事を、天使になってから修正した。

 

 それは死神だった過去と決別して天使になったあたし自身の否定。

 

 死神だった過去にやった失敗を認めたという事。

 

 だから消えるの。

 

 だから、あんたは悪くない、何もしていない」

 

 

「・・・・・・俺の・・・・・・記憶を・・・・・・!」

 

 

再びポロッと涙がこぼれるが、死神はニッと笑った。

 

またヒビが増える。

 

 

「あんたと話していて楽しかった。

 

 あんたの生きている姿を見ていて楽しかった」

 

 

またヒビが入る。

 

彼らの足元に入るヒビも増える。

 

地面がぐらついた。

 

 

「あたしは自分がやった事を後悔していない。

 

 だから、あんたもあたしがやったことを悲しまないで、喜んで欲しいな」

 

 

秀介は彼女に歩み寄り、手を伸ばす。

 

 

その手が彼女に触れることは無かった。

 

 

地面が、崩れたから。

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

彼女は崩れた。

 

 

地面も崩れた。

 

 

 

彼は落ちて行った。

 

 

 

落ちながらも彼は彼女に手を伸ばす。

 

だが悲しいかな、彼は彼女の名前を知らない。

 

こんな時に呼ぶべき彼女の名前を知らない。

 

それは辛くて悲しい事。

 

二度と会えなかったとしても、記憶を失う直前のあの時、名前を教えておいてくれればよかったのに!!

 

 

死神とずっと呼んでいた。

 

だがこの状況でその名を叫ぶ事はできない。

 

人の名前を知らないからって今生の別れで「人間」と呼ぶなどあり得ない。

 

 

だから彼は、彼女に向かって手を伸ばし、しかし彼女をどうやって呼ぶべきかも分からず、ただ黙って落ちて行くしかできなかった。

 

 

 

 

 

『む? これはこれは』

 

ふと、聞こえてくるものがある。

 

『ギャンブルに負けて薬漬けとな。

 ずいぶん酷いね、これは』

 

作り出した画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『名前は・・・・・・新木桂。

 変な名前』

 

死神はそう呟くとくすっと笑った。

 

『よしよし、あたしがチャンスをあげましょう』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『・・・・・・死神の力だもんね。

 大丈夫かな? あいつ後で苦しむ・・・・・・だろうなぁ・・・・・・』

 

ふと、新たに見えるものがある。

 

『また会ったら、ちゃんとケアしてあげないとね』

 

鎌に寄りかかるようにしながら、作り出した画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『転生ですか?』

 

誰と話しているのか、首を傾げる死神がいた。

 

『はい、分かりました。

 ちゃんと新たな人生を歩めるよう面倒みます』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『よしよし、ちゃんと生まれ変わったね』

 

画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『伝説の麻雀打ちが少年に転生。

 はてさて、これからどうなるのやら。

 あたしは特等席で見させてもらうよー、んふふふ』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『あいつ・・・・・・久ちゃんの為にあんなに・・・・・・』

 

画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『前世では家族なんて呼べる人もいなかったしね、それだけ大事ってことかな?

 まったくあいつってば』

 

死神はやれやれと首を横に振る。

 

『・・・・・・いいタラシになりそうね』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『・・・・・・ありゃりゃ、断ったよ告白・・・・・・』

 

画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『・・・・・・ヘタレ・・・・・・』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『いえ! お願いします! せめて後もう一回!』

 

姿が見えない誰かに頭を下げている死神の姿があった。

 

『もう二度とここには戻ってこないようにと伝えますから!

 多少のペナルティはあっても・・・・・・ここで終わりにするのは!』

 

死神は必死に誰かにそう訴える。

やがて少しだけ悲しそうな顔をしながらも、死神は頷いた。

 

『・・・・・・はい、分かりました』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『話が違うじゃないですか!!』

 

姿が見えない誰かに怒鳴っている死神の姿があった。

 

『久ちゃんに対する好意とか、そう言うのだけを消すって・・・・・・!

 あれじゃ・・・・・・もう完全に別人・・・・・・!

 あんなの酷過ぎる!!』

 

直後、彼女はキッと歯を食いしばって押し黙る。

 

『・・・・・・はい、分かりました・・・・・・』

 

それだけ言うと彼女は振り向き、鎌を地面に突き立てた。

そして土下座するように地面に座り込み、頭を地面に擦り付ける。

 

『・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんね・・・・・・そんなつもりじゃなかったのに・・・・・・!』

 

両手で両目を塞ぎ、しかし涙を溢れさせながら今度は空を仰ぐ。

 

『死神だからって・・・・・・人を助けたっていいじゃない!!』

 

一頻り泣いて、まだ泣きじゃくりながら彼女は呟いた。

 

 

『・・・・・・何であたし・・・・・・死神に生まれたんだろう・・・・・・?』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

今のが本当の光景かは分からない。

いや、それをいうならばその前の会話も崩れた世界も、全てが本当の事かどうか分からない。

 

なんせ死神だから。

人を騙したり嘘をついたりするかもしれない。

 

案外今も先刻(さっき)も彼を騙す為にそんな映像を見せて、小芝居を打って見せただけなのかもしれない。

そして当の本人は今の彼をどこからか隠れ見て、「あいつ本当に信じたよ」とケラケラと笑っているのだ。

 

 

だがそんなのはどっちだっていい。

 

志野崎秀介は死神に騙されて人生を弄ばれていたとしても、

 

そんな死神が気に入って別れを惜しんでしまうような人間なのだ。

 

 

死神が人を騙す為に嘘をつくというのなら、その嘘に喜んで騙される人間がいてもいい。

 

 

今見た光景が偽りの物なら死神はちゃんとまだ生きているという事。

 

いつかまた会える事があるかもしれない。

 

 

今見た光景が本当の物なら、それはそれで感謝。

 

 

だから彼は今の光景に対して一言告げる。

 

 

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は一度心音が消えた、心臓が止まった。

 

だからもうてっきり助からないものだと思って泣いてしまった。

 

そしてだからこそ、

 

再び心電図が音を鳴らし始め、

 

彼が目を開いた時には、彼女達は喜びよりも先に驚きで動きを止めてしまった。

 

 

目を開いた彼は周囲を見回す。

清澄のメンバーと靖子。

それから龍門渕透華と天江衣。

最後を頼んだ萩原という執事は確か彼女の専属だった。

そうか、ここは彼女の息がかかった病院か。

それに加えて美穂子やゆみや、合宿のメンバーが病室に入れるだけ入ったという感じだ。

 

そして当然、彼の手を握る彼女の姿も。

 

「・・・・・・久・・・・・・」

「・・・・・・シュウ!」

 

よかった!と彼女はまだ横になったままの彼に抱きついた。

それにつられて周囲のメンバーも喜びの声をあげる。

合宿で初めて出会ったばかりだというのに涙を流してくれているメンバーもいる。

ここまで心配をかけていたとは。

彼はポンポンと久の頭を優しく撫でると身体を起こす。

 

「・・・・・・あ、まだ無理しない方が・・・・・・」

 

起き上がるとなるほど、確かにまだふらつく。

大量吐血のせいなのは間違いない。

 

だがやるべきことがある。

 

 

「久」

 

「・・・・・・何?」

 

 

だから秀介は大きく深呼吸をして全身に新鮮な酸素を送り込むと、

 

「二回目になるが・・・・・・待たせてごめんな」

 

久に向き直って告げた。

 

 

 

「お前が好きだ、久」

 

 

あの時と同じセリフを。

 

 

「俺と付き合ってくれ、久。

 

 もっと言うなら・・・・・・」

 

 

だが

 

その台詞は最後まで言えなかった。

 

 

 

 

 

彼の唇を、

 

 

彼女のそれが塞いでしまったから。

 

 




皆が修羅場とか期待してるみたいな感想書いてたから、キャプテンの目の前でズキュゥゥンってやってやりたくなっちゃったじゃないですか(

バッドエンドはお嫌いですか?
私はたまーにそう言う空気に浸りたいと思う事があります。

但しこの作品に関してはお断り。

ようこそ、ハッピーエンド。

隠し味にほんの些細な、ビターなバッドを混ぜ込んで。


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42志野崎秀介その13 見舞いと約束

目を覚ました彼の体調はすこぶる良好。

確認できた症状は貧血のみ。

その貧血も目を覚ましてから数日、普段よりも鉄分多めの食事を続けた結果完全に改善された。

記憶も戻っているし完全に健康体、医者にとっては本気で理解不能だろう。

前回と前々回に秀介の担当をした医者は別の病院の所属だったが、わざわざその話を聞きつけてやってきた後、錯乱して帰って行ったという。

何しに来たんだとか言ってはいけない。

秀介としては早々に退院を申し出たのだが医者、両親、靖子、久、まこを始めとする清澄メンバー、果ては合宿を共にしただけの各校麻雀部員からも、もはや「ありとあらゆる」と言える知り合いから止められて仕方なくそのまま入院を続行していた。

まぁ、気持ちは分かる。

記憶を失っていた間の体験も覚えている現在の秀介にとっては自業自得と言われても仕方がないだろう。

久はもちろん清澄メンバーも見舞いに来てくれるし、龍門渕家の息のかかった病院ということで衣やその付き添いの透華達も来てくれるのでその点はありがたい。

 

だからと言って健康体で入院していることのなんと暇なことか。

思わず今日もわざわざ見舞いに来てくれた久に、愚痴吐きがてら絡んでしまう。

 

「久」

「何よ」

「暇」

「病人はおとなしくしていなさい」

 

久は花瓶の水を交換しながらあっさりと返答する。

実につれない態度である。

頼み方が悪いのかと、秀介は一息ついて言葉を続ける。

 

「久、外が見たい。

 俺を病院から連れ出してはくれないか?」

「それは男が言う台詞じゃないような気がするんだけど」

 

なるほど、確かに女が口にした方が、映画か何かのワンシーンだろうかと見紛うほどに似合うセリフだろう。

だが口にしているのは男だ、残念である。

外に行くのは無理なようだ。

ならばどうするか、と秀介はベッドに横になり久をじーっと見つめながら考える。

 

久は秀介右手側の椅子に座り、お見舞いの果物の定番リンゴの皮をむき始めた。

これは確か風越の池田が持ってきたものだっただろうか。

「食べ物を持っていけば食べきれない分が私達にも回ってくるかもしれないし!」とかいう動機らしいが、実際に秀介が食べきる前に悪くなりそうな量なので思惑通り見舞客にも回している訳だ。

風越メンバーも美穂子が皮をむいたリンゴを分けて食べていた。

むしろ何故か美穂子がむいたリンゴは全て風越メンバーに回されていたようだが。

多分美穂子のいじわるではなく、久と秀介に気を使っているのだろうと前向きに捉えておく。

一部のメンバーが「はい、あーん」を期待していると思われるキラキラした期待の眼差しをこちらに向けていたようだったが、まぁそれはいい。

 

久の向こう側には白いカーテンと開かれた窓がある。

それらを背景にする今の久は実に絵になった。

このまま見ているだけでもいいかな、という気になれるほどに。

 

が、秀介の視線が気になるのか、久はすぐにその手を止めてしまう。

 

「・・・・・・な、なによ、そんなにじっと見て・・・・・・」

「・・・・・・久」

「何?」

 

やがて何か思いついたのか秀介は起き上がり、久に微笑みかけながら告げた。

 

「お前といちゃいちゃしたい」

「っ!?」

 

危うくリンゴを落とすところだった。

いや、ナイフを落としても危ないけど。

 

「い、いきなり何を言うのよ!」

「しかし俺とお前は付き合っているわけだろう?」

「それは・・・・・・あぅ・・・・・・そう、だけど・・・・・・」

 

言い返してみたものの秀介の追撃にあっさりと黙り込む久。

確かにその通り、あれだけ大勢の前で告白しただけでなく、感極まった久がキスまでしてしまったのだ。

もはや誤魔化しようもないし誤魔化す気もないほどの、万人が認めるカップル成立の瞬間であった。

しかしだからと言って恥ずかしいことに変わりはない。

 

「年頃のカップルが病室で共に過ごすだけというのも実に味気ない青春だと思うんだ」

「そ、それは仕方ないじゃない、シュウは病人なんだから」

「俺は健康極まりないんだがなぁ」

 

はてさてどうしたもんかねぇと秀介はため息をつく。

そんな秀介を見てドギマギしたままの久は心を落ち着けるべく息をつく。

 

「記憶を失ったり血を吐いたりして入院した人の言うことなんか信じられるもんですか」

「酷いな久、病人に対する差別だ。

 俺の言うことを信じてくれないとは」

「当たり前でしょ。

 あんたはいい加減自分がやらかしたことの重大さを思い知りなさい」

 

確かに。

何度も無茶をするなと言われておきながら何度も吐血したり入院したりしたら、そうなるのも当然だろう。

その辺は今更であるが・・・・・・いや、記憶を取り戻した今だからこそ、自業自得だと自覚している。

だがそれでもやはり、健康体が病室に閉じ込められて不満が出ないわけがない。

仕方がないから秀介は、やはり久に向き直って先程の続きを始めた。

 

「反省はしているよ。

 だが発言を信じて貰えないというのはきついな。

 もしかして俺の告白も信じてくれていないのかな?」

「っ・・・・・・それは・・・・・・その・・・・・・」

 

赤い表情でうつむく久。

もはやリンゴの皮をむくどころではない。

 

不意に秀介が左手を伸ばし、久の右頬に手を当てる。

そして優しく自分の方を向かせた。

 

「久・・・・・・」

「ちょ・・・・・・!

 だ、ダメよ、ナイフが危ない・・・・・・」

「ああ、そうだな」

 

久の言葉を受け、秀介は空いている右手でナイフとリンゴを奪うと、ベッド横の備え付けの棚の上の皿に置く。

そしてリンゴの果汁がついた右手の人差指で、久の下唇をそっとなぞった。

 

「んっ・・・・・・!」

 

久の口の中にほんのりとリンゴの甘い味が広がる。

ドキドキが止まらない。

何をされるのだろう、とほのかな不安と期待が浮かび上がる。

 

「久・・・・・・」

 

秀介は変わらない笑顔のまま、久に呼びかける。

 

「な・・・・・・何を・・・・・・する気・・・・・・?」

 

その笑顔から視線が外せない。

 

「こんな状況で男が言うことと言ったら決まっているだろう?」

 

フッと笑い、秀介は言葉を続けた。

 

「久」

「は、はい・・・・・・!」

 

 

「俺の目に入ったゴミを取ってはくれまいか?」

 

 

スパコーンと頭を叩かれた。

 

「台無しよ! バカ!」

「むむ、何が悪かったのか・・・・・・」

 

大して痛くはなかったものの、叩かれたところをさすりながら秀介は久から離れた。

 

「悪いに決まってるじゃない!

 なんかほら、えっと・・・・・・ほ、他にも言うべきことがあるでしょ!?」

「他に? はて、何だろう?

 俺はああいうシチュエーションだったら愛の囁きでも口にした方がいいかなと思っていたのだが」

「あれが!? どんな囁きよ!?」

「目に入ったゴミを自分ではなく他の女に取ってもらうのだぞ?

 「俺のパンツを一生洗ってくれないか?」に匹敵する実にいいセリフだと思ったのだが」

「比較対象が古いわよ!」

 

むーっと秀介をにらむ久。

まったく、真面目なのか冗談なのかよく分からない。

少なくとも今の空気はそのまま本気で押し倒してもよさそうな・・・・・・と考えて久は余計に赤くなってブンブンと首を振るのだった。

いや、でも待って?

古いとは言え「俺のパンツを一生洗ってくれないか?」と言えばプロポーズのセリフではないか。

そのセリフをこの状況で・・・・・・?

いや、ちょ、え? 待って!?

 

と、コンコンとドアがノックされ、誰かが病室に入ってきた。

慌てた久はとっさに平静を装う。

 

「よ、元気してるか? シュウ」

「おー、やっぱり久も来とったか」

 

靖子とまこだ。

この二人は久に次いでよく見舞いに来てくれる。

 

「二人ともいらっしゃい。

 こっちは元気すぎてさっさと退院したいよ」

「ダメだ」

「ダメじゃ」

 

二人揃って秀介の願いをばっさりと切り捨てる。

散々分かっていて仕方のないことだ。

秀介もそれ以上は言わず、代わりに何でもない世間話に移るのだった。

 

「靖子姉さん、俺の目に入ったゴミを取ってはくれまいか?」

「何だ? 急に。

 別に構わんぞ、見せてみろ」

 

そう言って靖子が近寄ろうとすると、途端に久が秀介の頭を抱え無理矢理自分の方を向かせる。

ゴキッと音が聞こえた気がするが気のせいだろう、気のせいに決まっている。

 

「・・・・・・シュウ、あんたね。

 冗談で言っていい事と絶対に言っちゃいけない事があるのよ?」

「どうした久、さっきはくだらないと切り捨てられたように感じたのだが?

 あと首が痛い」

「目に入ったゴミを自分じゃなくて他の女に取って貰おうなんて、冗談でも許されないのよ!

 ここぞって言うときの一回しか許されないんだからね!

 あと相手は彼女限定!」

 

むーと睨む久とそれを笑顔で受ける秀介。

取り残された二人は笑いながらそれを見守る。

 

「で、なんで目に入ったゴミを取るのがいけないんだ?」

「それは知りません。

 二人に聞いてください」

 

先程まで二人が話していた内容に何か関係がある話題だったのだろうが、当然その場にいなかった二人には理解不能なのであった。

 

と、再び病室のドアがノックされる。

今日は来客が多いようだ。

まとまって多人数が来ることはあるが、事前約束が無い状態でたまたま人数が集まるのは珍しい。

 

「しゅーすけ! いるか!?」

「いるぞー、今日も来たな衣」

 

元気よく入ってきたのは衣だった。

その後ろから透華も入ってくる。

 

「失礼しますわ、志野崎秀介さん」

「これはこれは、お世話になっております龍門渕透華さん」

 

ぺこりと丁寧に頭を下げる秀介。

ここは龍門渕家の息が掛かった病院である。

となれば秀介にとって透華は一命を取り留めてくれた恩人と言っても過言ではない。

実際はその使用人こそがまさに命の恩人なのだが今日は来ていないようだ。

いや、呼べばすぐにでも現れるのだろうけれども。

それはともかくとして、咲や和を未だに名字で呼んでいる秀介としては珍しく、既に衣を呼び捨てにする程の仲になっていた。

衣は衣でよく秀介の見舞いに来ているのだ。

 

「元気そうだな、衣」

「おー、衣は元気だぞ。

 しゅーすけも元気か?」

「ああ、元気だな」

 

子供をあやすようなやりとりだが衣自身がそれを気にかけていないようなので良しとしよう。

衣は秀介の返事を聞いて一層笑顔を輝かせた。

 

「では退院だ! しゅーすけ!」

「ああ、そうだな。

 早く退院したいよ」

 

やり取りし慣れた会話のように秀介はそう返事をした。

が、それを聞いて衣は「む?」と首を傾げる。

 

「しゅーすけは嬉しくないのか?」

「ん? いや、そりゃ退院できれば嬉しいけど」

「退院なのだぞ? しゅーすけ」

「・・・・・・何?」

 

今度は秀介が首を傾げる番だ。

衣との会話が今日に限ってどうも噛み合わない。

衣は何を言いたいんだろうか?と考える。

そこに衣は間髪入れずに回答を叩きつけた。

 

「しゅーすけはもう退院していいのだ。

 トーカが言っていたぞ」

「!?」

 

え? そんなあっさりと? なんで?

秀介に限らずその場の全員が透華の方へ振り向いた。

透華ははしゃぐ衣を宥めながらそれに答えた。

 

「・・・・・・衣が言った通りですわ。

 志野崎秀介さん、あなたは明日退院です。

 今日中に荷物をまとめておいて下さいな」

「え? ちょ、え?」

 

さすがの秀介もこれには驚く。

前回は何ヶ月も拘束されていたというのに、今回はあっさりと退院?

一体何故?

 

「ま、待って龍門渕さん!」

 

久が割って入る。

こちらも停止していた思考がようやく再起動したようだ。

 

「どうかしましたの?

 あなたも早く彼が退院した方が嬉しいのでは?」

「いや、それは嬉しいけど・・・・・・。

 でもほら! いつまた倒れるか!」

「それでしたら心配ご無用です」

 

そういうと透華は衣に目配せをする。

それを受けて衣はポケットから何やらペンダントのようなものを取り出し、それを秀介に差し出した。

 

「これを受け取るのだ、しゅーすけ!」

「これは?」

 

受け取った秀介はそれをまじまじと見る。

ペンダントには違い無さそうだが側面にスイッチらしき突起が見える。

 

「ふっふっふ、聞いて驚くがよい、しゅーすけ。

 そのペンダントにはスイッチがついている。

 そのスイッチを押すとな!」

「変身するのか」

「そうなのだ!」

「違いますわよ!?」

 

二人のやり取りにすかさず透華の突っ込みが入る。

さすがの龍門渕家と言えども、そんな謎の技術(オーバーテクノロジー)は所持していないようだ。

が、それを聞いているのかいないのか、秀介は「おおお」とわざとらしく声を上げる。

 

「実は俺、バイクの運転手的なヒーローに憧れていた時期があったんだ」

「おー! しゅーすけは改造人間なのだな!

 トーカ、衣も何かに変身したい」

「いや、そんな機能はありませんわよ!?」

「二人はなんとかな伝説の戦士とかいいんじゃないか?」

「いいなー! それはいいぞ!

 相方はトーカに頼もう!」

「出来ませんしやりませんわよ!?」

 

衣の騒ぎと秀介の悪乗りを宥めたのち、改めて衣がそのスイッチについて説明を始めた。

 

「聞いて驚け、しゅーすけ!

 そのペンダントのスイッチを押すとな!」

「ロボットが呼び出せるのか」

「そうなのだ!」

「だから違いますわよ!?」

 

むきー!と透華が声を上げる。

仕方がない、何せ二回目なのだから。

しかし秀介は再びわざとらしく声を上げた。

 

「機動戦士的なロボットとか出てきてくれたら嬉しいな」

「おー! 衣は自由な奴が好きなのだ!

 あの翼が格好いいと思うぞ!

 しゅーすけは何が好きなのだ?」

「実は俺、運命が好きなんだ」

「ライバル機だな! まるで衣としゅーすけのようだ!」

「青い方の1号機だけどな」

「青い方? 1号機???」

「マニアックすぎる!!」

 

ズビシッと突っ込みを入れたのはまこ。

この突っ込みはこのメンバーの中では彼女にしかできない。

 

「マニアックとか言うな。

 こいつはちゃんと主人公機だし、中々に悲劇的な逸話を持つ機体でな・・・・・・」

「語らんでええよ!?」

 

 

話が進まないでしょ!と久が秀介の頭を叩くことでようやく先に進めることになった。

 

「で、結局これは何なの?」

 

秀介に口を挟ませると余計な時間を食う、ということで久が透華にそれを聞いた。

 

「もし再び志野崎秀介さんが倒れるという事態になったら、そのボタンを押してくださいませ。

 すると近くの病院に直接信号が飛び、さらに同時に現在位置も知らせるようになっていますの。

 さすればどこにいようとも最寄りの病院から、場所に応じて救急車から救急ヘリに至るまで即座に出撃させるよう手配してあります。

 そして日本最高の医療技術をもって、あなたがどれだけ死の淵にいようと必ずや生還させましょう!

 我が龍門渕家は日本各地の病院にも顔が利く存在!

 これくらいやってやれないことはありませんことよ!」

 

おーっほっほっほっと笑い出す透華。

話をまとめるとどうやらかなりえらい事態になっている模様だ。

久やまこや靖子は当然として、秀介もポカーンとしてしまっている。

 

「・・・・・・それは何というか、ありがたい限りなのですが。

 そこまでされると逆に申し訳ないというか、受け取りにくいというか・・・・・・」

「私だって、身内でもない人間を相手にここまでするなんて不本意ですわ!」

 

キッと睨んだ後に透華はそっぽを向く。

が、すぐに渋々と言葉を紡ぎだした。

 

「・・・・・・衣たっての願いですからね」

「衣が?」

「そうだぞ!」

 

ぐいっと秀介の服の袖を掴む衣。

先程までの明るい表情もどこへやら、悲しげな表情で秀介に向かって告げる。

 

「しゅーすけが倒れたと聞いて・・・・・・衣は、すごくショックだったのだ。

 衣の父君と母君がいなくなったと聞いた時と同じくらい・・・・・・。

 そして病室に来てみれば・・・・・・本当に・・・・・・もう目を覚まさないのではないかと思えるほどに静かで・・・・・・!

 あんな思いはもう嫌なのだ!」

 

それは合宿で初めて出会って、一度同じ卓を囲んだだけの人間を相手にしているとは思えないほど深い感情。

ほとんど、たった一日だけの出会い、一度だけの麻雀だったにもかかわらず、衣にとって秀介は特別な存在になっているのかもしれない。

そして、だからこそ透華は渋々とだが衣の願いを叶えたのだろう。

 

「こうして病室で話しているだけでも楽しい。

 だが一番楽しいのはやっぱり麻雀をしている時なのだ。

 しゅーすけが麻雀が出来ずにこうして不貞腐れている姿を見ているのは衣もつまらない。

 だからしゅーすけ、これを持ち歩くのだ。

 トーカが信頼を寄せている龍門渕家の病院なら衣も安心できる。

 これさえあれば、しゅーすけは自由に外に出られるし、また麻雀を打つこともできるのだ!」

 

そう言って衣は服の袖ではなく、しっかりと秀介の手を握った。

 

「だから、しゅーすけ・・・・・・衣とまた、麻雀を打ってほしいのだ」

 

一度目は久の助けがあってようやく受け入れてもらえた提案。

だが今回の秀介は。

 

「ああ、いいぞ」

 

あっさりと頷き、衣の頭を撫でた。

 

「や、約束だぞ! 絶対だぞ!?」

「もちろんだ」

「えへ・・・・・・えへへへへ・・・・・・!」

 

衣は嬉しそうに笑いながら自分の頭を撫でる秀介の手に自分の手を添える。

その様子を残りのメンバーは微笑ましげに見守るのだった。

 

 

 

そして翌日。

 

「お世話になりました」

 

担当医に頭を下げ、秀介は荷物を抱えて病院を後にした。

で。

 

「付き添いありがとうな、久」

「別に、お礼を言われることじゃないわ」

「「私がシュウと一緒に歩きたいだけだから」と言いたいのか」

「そ、そういう訳じゃ!」

「違うのか?」

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・!」

 

荷物の一部を抱えて秀介と並んで立つ久の姿があった。

ついでにからかわれる光景といい、病室にいた頃と変わらない。

そして、入院する前の光景とも変わりはなかった。

 

「なぁ、久。

 家に荷物を置いて休憩したら、少し近所を散歩しないか?」

「・・・・・・別にいいけど」

「そうか、ありがとう」

 

ただ違うのは、秀介の押しが少しばかり強くなり、久が少しばかり素直になったところだろうか。

これから秀介の両親が車で迎えに来てくれる予定だ。

それに乗って家に帰ったら、散歩という名のデートに家の周囲を出歩くのもいいだろう。

生まれてからずっと引越しをしていない秀介とそのお隣の久。

二人が近所を散歩するとなったら、そこかしこに幼い頃からの思い出が溢れていることだろう。

それらを順に見て回り、休憩がてら喫茶店で休んだりして、どこか見晴らしのいいところで夕暮れを背景に、なんていかにも青春ぽくていい感じだ。

そこまで秀介が考えているのかは不明だが、久の方はそこまで想像してしまっていた。

一人で先走ってはよくない。

でも・・・・・・。

 

(・・・・・・期待してもいいかな・・・・・・?)

 

久は高鳴る鼓動を抑えながらちらりと秀介の方を見た。

 

と、その時病院の敷地内に車が入ってくる。

それは二人の目の前で止まった。

黒塗り、標準より長い車体、ボンネットのエンブレム。

どこからどう見てもそれはリムジンであった。

何だ? どこのVIPのお迎えだ?と二人は少しばかり後ずさる。

そんな二人の目の前でドアが開いた。

 

「しゅーすけ!」

 

中からは衣が飛び出してきた。

それはまだ分かる。

ああ、龍門渕家のリムジンか、と予想が付くし。

だが。

 

「やぁ、シュウ」

 

一緒に靖子が降りてきたのはどういう理由か。

 

「事情説明を求める」

「いいぞ、だがまずその前に二人とも車に乗れ」

 

秀介の言葉に靖子はそう返してくいっと車の方を指さす。

その姿はまるでオーナーのよう。

だがはっきり言ってしまえば靖子と龍門渕家は赤の他人のはずだ。

精々衣と顔見知りという程度の関係のはず。

靖子は「お前の両親にも説明してあるから」と言って急かすので、その辺の事情も聞かせてもらおうかと二人は渋々車に乗り込んだ。

 

 

走っていたリムジンはやがて市街地を抜け、大きな門をくぐり、城かと見紛うような屋敷に入って行った。

降ろされた先から衣達に連れられて赤絨毯の廊下を歩き、突き当たりの扉を開く。

 

中には煌びやかな照明と、あの合宿にいたメンバー。

一部ドレスアップしているメンバーもいる。

そして周囲には食事やらなにやら。

 

事前に説明が無くともここまでくれば察しが付く。

とはいえ、説明を受けていてもここまでの豪華さはさすがに予想外だったが。

 

「志野崎秀介さん、退院おめでとうございますわ」

 

つかつかと歩み出てメンバーの真ん中で挨拶した透華の一言に続いて、周囲からも「おめでとー!」と声が上がった。

まぁ、ようするに秀介の退院祝いパーティーというわけだ。

 

「どうだ!? 凄いであろう!?

 衣がトーカ達に手伝ってもらって考えたんだ!」

「そうか、ありがとう、衣」

 

そう言って衣の頭を撫でる秀介。

衣は嬉しそうに秀介にすり寄っていた。

 

「しかしこれはまた凄い豪華だな」

「え、ええ、そうね」

 

周囲を見渡す秀介同様久も落ち着きがない。

 

「む、しゅーすけは豪華なのは嫌いか?」

「いや、せっかくだから楽しませてもらうよ」

 

そう言って笑いかけると衣もほっとしたように笑った。

そんなやり取りを見守っていたかのように、直後にメンバーが秀介達の周囲に集まってきた。

 

「退院おめでとうございます、志野崎先輩」

「先輩! 無事でよかったです!」

「こんなに早く退院なんてびっくりだじぇ!」

 

真っ先に集まったのは清澄メンバー。

 

「きっと華菜ちゃんの果物が効いたんだし!」

「いや、それはどうかと・・・・・・」

 

続いて風越メンバー。

 

「おめでとう、志野崎秀介。

 元気そうで何よりだ」

「ワハハー、今日退院したばかりとは思えない顔色だなー」

 

鶴賀メンバーも。

もちろん龍門渕家の主催である以上龍門渕メンバーも揃っている。

 

「よくこんなに集まったな」

 

秀介が半分呆れながらも嬉しそうにそう言うと久が答えた。

 

「みんな心配してたのよ?

 一気に押しかけたら迷惑になるかもって、わざわざ私経由で花束渡したり。

 果物とかケーキとかタコスとかプロ麻雀せんべいとか」

「誰だよ、あのせんべい寄越したのは。

 キラキラしたカードばっかで目に悪い」

「「ええー!? よろしければそれ譲ってくださいませんか!?」」

 

ズドドドドと駆け寄ってきた文堂と津山に「君たちか」とカードを差し出す秀介。

「スーレア三尋木プロが!」「小鍛治プロのホロレアだと!?」「実在したのですか!?」「確かプレミア価格で!」とかいう声をスルーして輪に戻る。

 

「料理もいい匂いだな」

 

その言葉に答えたのは透華だった。

 

「うちのシェフが作りましたのよ。

 ま、普段は食べる機会もないでしょうから存分にお楽しみくださいな」

 

ツンとした言い回しでそう言う透華。

本人に嫌味のつもりがあるのかは不明だが、仮にあったとしても通じる秀介ではない。

 

「ああ、ありがたく頂きますよ」

 

そう言ってバイキング形式で好みの料理を取っていく。

周りのメンバーも既に食べ始めていることだし、遠慮はない。

いくつか皿に取って食べてみる。

 

「む、美味いなこれは。

 久も靖子姉さんも食べなよ」

「もう食べてるわよ。

 ホントに美味しいわね」

 

共に来た久達に秀介が声をかけたが、彼女達も既に食事を始めていた。

靖子は離れたところで「酒は無いのか?」と使用人に聞いて、衣に「主催のトーカが高校生なのにある訳がないであろう。だからお前はゴミプロなのだ」と突っ込まれていた。

そのせいで頭をグリグリされて悲鳴を上げている衣は後で助けるとして、周囲の盛り上がりから察するに自分の体調を気にする人はあまりおらず、それをダシに集まって騒ぎたかっただけなのだろうなと秀介は思った。

向こうでは優希が不満気に「タコスを作れ!」と使用人に命じていて、ものの数分で出てきたそれを満面の笑みで頬張っているし。

何人か使用人に料理の作り方を聞いている女子もいるし。

だが逆に使用人達に、より味に深みを出すコツを指導しているのは美穂子だけだと思う。

盛り上がる彼女達の様子を楽しげに見ていながら、秀介は通りがかりの使用人に声をかける。

 

「リンゴジュースはありますかな?」

「はい、こちらに」

 

差し出されたのはワイングラスに入ったリンゴジュース。

そして差し出したのはハギヨシだった。

 

「これは・・・・・・命の恩人様」

「どうぞお気になさらずに、志野崎様」

 

お互いに敬語を使い合う。

秀介は恩人相手に当然として、ハギヨシは使用人の立場を考えれば当然として。

 

「・・・・・・本来なら床に頭を擦りつけてあなたに謝罪と感謝をしなければならないのですが、この場ではさすがに人目を引きすぎる。

 後で個人的に」

「それには及びません、使用人として当然のことをしたまでですから。

 しかしあの時も申し上げさせて頂きましたが、謝罪と感謝の気持ちがあるのでしたらそれを今後、周囲の方々を悲しませない心遣いに回して頂けたらと思います」

「それはもちろんのことです」

 

秀介はハギヨシの言葉にそう返して頭を軽く下げた。

軽い挨拶を交わす程度、だが頭を上げて再び視線を合わせた時、ハギヨシは今までにないほど真剣な表情で秀介に迫っていた。

 

「・・・・・・特に、次にあなたが倒れたりしたら悲しむ方々の中に衣様も含まれてしまっているようですので。

 もし今後衣様を泣かせるような事態になったら、その時は・・・・・・」

「・・・・・・その時は?」

 

聞き返した秀介に、ハギヨシは少しばかり表情を和らげて返事をした。

 

「その時は、私がこれまで受けてきた数々の使用人としての心構えを、あなたにも学んでもらうべくご指導させて頂きます故。

 その際にあなたのご都合や泣き言の類は、一切無視させて頂きますのでご了承の程を」

「これはこれは・・・・・・」

 

ハギヨシがここまでの万能完璧執事になるに至った過去の経験、一体どれ程のものになるのだろうかさすがに想像が出来ない。

それを叩きこむと面と向かって言われてはさすがの秀介も苦笑いを浮かべる。

が、すぐに先程までのハギヨシ同様真剣な表情を浮かべ、返事をした。

 

「その約束、必ずや果たさせて頂きます。

 まぁ、事情が事情だけに「この身に代えても」とは言えませんがね」

 

そう言ってお互いにフッと笑い合った。

 

 

と、その時広いフロアの奥の方から何かが運ばれてきたらしく、小さなざわめきが上がる。

 

「しゅーすけー!」

「おう、何だ?」

 

同時に衣に呼ばれ、秀介は返事をしながらそちらに向かった。

行ってみるとそこに現れたのは。

 

「・・・・・・麻雀卓?」

「そうだ!」

 

当然のように胸を張って答える衣。

何故このような食事の場に麻雀卓が?

それを聞くまでもなく、衣は一緒に使用人が用意した椅子に座りながら答えた。

 

「「衣とまた麻雀を打ってほしい」とお願いしたら、しゅーすけは頷いてくれたではないか。

 約束したであろう?」

「ああ、確かに約束したけど・・・・・・」

 

今かよ、というのが正直な感想。

だがそんなものどうでもいいと思えるほどの喜びもある。

 

「そうだな、せっかくだし打とうか」

 

秀介はそう言って衣の正面の席に座った。

 

「で、他には誰が?」

「・・・・・・私が」

 

秀介の言葉に、いつの間にか智紀がスッと現れて秀介の上家に座った。

紫を中心としたドレスに身を包んだ姿は、普段の彼女とは少しばかり違う雰囲気を醸し出す。

キラリと眼鏡を輝かせながらわずかに秀介を睨むような視線がそれを後押しする。

秀介は相変わらず彼女に何故睨まれているのかを知らない。

他のメンバーも知らない。

だが彼女の有無を言わさぬ態度が、他の誰にも余計な口出しを許さなかった。

 

「では、あと一人だな」

 

衣の言葉に周囲のメンバーは顔を見合わせる。

「誰が入る?」「あのメンバーに入るのはさすがに・・・・・・」「でも興味あるかも」など色々な声が飛び交う。

そんな中、秀介が声を上げた。

 

「久、入ってくれ」

「え? 私が?」

 

驚きの声を上げる久。

秀介はそんな久に笑顔を向けるのみ。

 

「退院して最初の麻雀は、お前と一緒に打ちたいんだ」

 

この男に正面からそう言われて断れる久ではない。

ましてや物凄い笑顔なのだ。

 

「・・・・・・分かった」

 

笑顔を直視できないのか微妙に逸らしながら久も席に着いた。

それを確認して衣が卓に手を伸ばす。

 

「では、言い出しっぺの衣が賽を振ろう」

 

カララララと賽が回り、その間に同卓のメンバーは用意された牌を卓に流し込んで山が出来るのを待つ。

賽の出た目は8、智紀だ。

 

「・・・・・・私が親でいいですか?

 それとももう一度振りますか?」

「いいんじゃないかな、そのまま親で」

「・・・・・・では」

 

秀介の言葉に智紀が起親マークをセットする。

 

「しゅーすけ」

 

不意に衣が話しかけてきた。

 

「衣を楽しませよ」

 

同時に襲いくる殺気にも似たプレッシャー。

卓に座っていない他のメンバーが怯むような圧力の中、しかし秀介は相変わらず笑って返した。

 

「そちらこそ、気を抜いているとあっという間にその点棒(クビ)攫っていくぞ」

 

 

 

東一局0本場 親・智紀 ドラ{五}

 

退院して初めての麻雀、相変わらず秀介の目には麻雀牌が透けて見えた。

だがもう絶望は無い。

 

(・・・・・・ああ、この感触・・・・・・いいなぁ・・・・・・)

 

チャッと見えている牌をツモる。

 

(自分が楽しみ、そして見ている者も楽しませる)

 

山を見通した上で不要牌を手牌から抜き出して切る。

 

(これも、麻雀だ)

 

今秀介の表情には笑顔しかなかった。

 

8巡目。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{一二三①②③③③123西西} {(ツモ)}

 

「リーヅモ三色裏1、4000オール」

 

まずは親の智紀がそのまま上がりを取った。

チャンタに出来なかったのは残念だが、スムーズにまとまった手で上がりを取ったのは流れを呼ぶのにちょうどいい。

 

「・・・・・・お二人で盛り上がるのはご自由ですが」

 

点棒を受け取りながら智紀は口を開いた。

 

「除け者にしてもらっては困ります」

 

その言葉に、衣も秀介も笑った。

 

「ああ、もちろんだぞ」

「卓上に部外者はいないからな」

 

そして久も。

 

「そ、そうね」

 

考えてみれば思った以上にこの卓はレベルが高いなー、と今更ながら気後れしているように見えた。

が、実は本人はどちらかと言えば智紀に意識が行っていた。

 

(相変わらず少し不機嫌そうにシュウの方を見てる・・・・・・やっぱり気があるのかしら?)

 

 

 

東一局1本場 親・智紀 ドラ{②}

 

智紀が連荘したこの局、実にたったの6巡で決着はついた。

 

「ツモ」

 

秀介の上がりで。

ジャカッと手牌が倒される。

 

{⑤⑤⑦⑦117788北白白} {(ツモ)}

 

「リーヅモ七対子裏2、3000(さん)6000(ろく)の一本付け」

 

あっさりと無駄ヅモの無い最速上がりだ。

 

「相変わらず早いな」

「このメンバー相手じゃトップギアでもなきゃ失礼だ」

 

衣の言葉に秀介はそう言って点棒を受け取り、点箱に仕舞う。

 

ただ一つ、久が渡した100点分を残して。

 

「ちょっと、忘れ物よ」

「ああ、悪い」

 

スッと久が改めて手渡してきたそれを、秀介は直接口で銜えた。

 

「なっ、ちょ!」

 

赤い顔でとっさに手をひっこめる久。

公衆の面前で点棒ごと指を銜えられるかと思った。

が、秀介はそんな久の反応を楽しんでいるようで、加えた100点棒を指で挟み、ぷぅと息を吐いた。

 

まるでタバコを吸っているかのように。

 

「退院祝いだし・・・・・・」

 

それを見て智紀は一層表情を険しくし、衣はぱぁっと表情を輝かせ、久はやれやれとため息をつくのだった。

 

 

「タバコが吸いてぇな」

 

「高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

 




締めはやはりこのやり取りで完結。

と見せかけてまだあります。

一番時間をかけたのは秀介が好きな機体を語るところ(
割と直前までゴーストファイターではない奴とどっちにするか悩んでました。


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Before story
竹井久その2番外 久と旅行


「○○と○○」というサブタイトルにはこういう使い方もあるなぁ、と途中で思いました。
ええ、当初の計画ではありません、偶然だぞ!(

そうそう、勘違いがあるといけないから、先に絶望感を与えておいてやろう。
どうしようもない絶望感をな。
この作者はリミッターを外す度にいちゃいちゃシーンの描写力が遥かに増す。
前話までにそのリミッターをあと2回も俺は残していた。
フッ、その意味が分かるかな?(

本編最終話(エピローグ)が過去最長話。
時間があるときにどうぞ。



暖かい夕差し、そして涼しい風。

それらが同時に存在する実に心地いい空間。

 

旅館から少し離れた木陰の中に二人は来ていた。

 

 

辺りは静かで近くの川のせせらぎと自分達の足音と、時々小鳥の鳴き声が聞こえるのみ。

空気は澄んでいておいしい。

 

「・・・・・・いいところね」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

髪をかき上げながら呟く久と、それに頷く秀介。

二人は並んで小道を歩いていた。

空き時間に周囲を散策、それも旅行の楽しみだ。

ふと川に行きつく。

 

「ね、ちょっと入ってみましょう?」

 

久がそう言って川に近寄り、靴を脱ぐ。

 

「足、滑らせるなよ?」

「平気よ」

 

ズボンの裾を捲り上げると、ぱしゃっと裸足で小川に入る久。

秀介は川の近くまでは来たが久のように小川に入りはしない。

 

「ねぇ、シュウも入れば?

 気持ちいいわよ?」

 

久が笑顔で秀介に手を伸ばす。

と。

 

「わっ!?」

 

つるっと足を滑らせたらしい、久がバランスを崩した。

 

 

バシャンッと音がする。

 

 

久が川の水で濡れたのは足と左腕だけ。

 

右腕は秀介に支えられていた。

 

大きな水の音は靴も脱がずにいきなり川に入った秀介の足音だ。

 

「平気か? 久」

「・・・・・・う、うん、ありがとう・・・・・・」

 

ぐいっと引っ張られて、しかしまたバランスを崩す。

 

「きゃっ!」

 

ドンとぶつかったのは秀介の胸。

まるで抱きかかえられるかのように。

 

「・・・・・・!」

 

そのまままた辺りが静かになる。

 

聞こえるのは川のせせらぎと小鳥の声だけ。

 

「・・・・・・靴、濡れちまった」

「・・・・・・あ、ごめん・・・・・・」

 

秀介の言葉に久はスッと離れる。

 

「わ、私のせいで・・・・・・」

 

久は少しばかり落ち込む。

が、秀介は笑って返した。

 

「別に平気だ。

 ただまぁ、戻らないとだな」

「・・・・・・そうね、戻りましょう」

 

二人は川から上がり、持ってきていたタオルで足を拭く。

 

そしてやはり二人並んで歩いて旅館に戻るのだった。

 

 

 

 

 

で、どうしてこうなっているかと言うと。

 

 

「ふっふっふっふっ」

 

ある日の喫茶店、今日も靖子は麻雀卓についていた。

秀介、久、まこと共に。

しかし今日の靖子は何かが違う。

何故なら席に着くと同時に笑い出したからだ。

 

「・・・・・・どうしたの靖子姉さん、プロの仕事が忙しくて疲れてるの?

 リフレッシュにビルの上から飛び降りてみたらどうかな?

 風が気持ちいいと思うよ」

「死ぬわ! いきなり何を言い出すんだお前は!?」

 

相変わらず100点棒を銜えた秀介のブラックな言葉に思わず席から立ち上がる勢いで突っ込む靖子。

どうやら疲れてはいないようだ。

 

「・・・・・・実はな、気づいたことがあるんだ、シュウ」

 

いくらか落ち着いたところでそう切り出す靖子。

 

「・・・・・・何にさ」

 

何を言い出す気?と聞いてみる秀介。

その心の内ではどうせどうでもいい事だろうな、などと思っているが。

 

「おそらくこれがお前の弱点だ」

「・・・・・・シュウの弱点?」

 

久が興味あり気に聞く。

靖子は懐から何かを取り出して広げた。

何かのパンフレットのようだ。

 

「この間プロの大会で優勝した時の事だ。

 あんまり大きな大会じゃなかったけど。

 その景品として旅館の宿泊券を手に入れたんだ」

「へぇ、どんなところ?」

 

久が興味あり気にそのパンフレットを受け取って見てみる。

 

「高地で温泉付き・・・・・・へぇ、いい所じゃない」

「だろう?」

 

ふふんと笑うと靖子は言葉を続ける。

 

「1泊2日で、日付は7月末までならいつでもいいそうだ。

 もちろん早く決めるに越したことは無いがな。

 さすがに部屋まで押さえてるわけじゃないから、部屋が埋まっていたら日付を変えねばならない。

 宿泊費も食事代も無料。

 交通費はかかるけどそんなに遠くないし、最寄り駅まで行けば送迎バスが出てるから大して高くない。

 ペアチケットというから親戚のよしみでお前を誘ってやろうかと思って持って来たんだ」

「・・・・・・それはどうも」

 

一応頭を下げる秀介。

が、結局のところ何が言いたいのかが良く分からない。

それと秀介の弱点に一体どんな関係が?

そう思っていると、靖子はそのパンフレットを卓の真ん中に置き、改めて秀介に向き直った。

 

「ただし・・・・・・もしこの半荘で私に勝ったら、だ。

 もし負けたら誘ってやらない」

 

そう言って秀介をビシッと指差す靖子。

 

「どうだ!? お前の麻雀の結果で旅行が無くなるかもしれないんだぞ?

 プレッシャーを感じただろう、シュウ?

 大会に出ずにプレッシャーを受けて来なかったお前の人生だ。

 そのプレッシャーの中でいつも通りの麻雀ができるかな!?」

 

はっはっはっ!と靖子は笑った。

 

つまり何だ、靖子は秀介にプレッシャーをかければ勝てるだろうと思って来たわけだ。

確かに普段何も賭けてないし。

 

思わずやれやれと頭を抱えそうになる。

前世でどれだけ大金を賭けてやってきたと思っているのかと。

だがそれを口にするわけにもいかないし、色々考えて盛り上げようとしてくれていると考えれば感謝もできよう。

 

しかし少し意地悪をしてみようか、と秀介は口を開いた。

 

「・・・・・・別にいいよ、行かなくても」

「え!?」

「プロは忙しいでしょ? そういうリフレッシュをする機会も少ないだろうし。

 どうぞお友達と行って来てください。

 邪魔する気はありませんよ」

「いや、ちょ・・・・・・」

 

そういうと靖子は何やら寂しそうな表情になる。

 

「・・・・・・い、行きたいって言えよ・・・・・・」

「なんでさ」

 

何を言ってるの?と聞いてみる。

すると靖子は少しばかりオーバーなリアクションで頭に手を当てた。

 

「・・・・・・最近思い出すんだ、昔のお前を。

 私の膝に乗って楽しそうに麻雀を打つお前をな・・・・・・」

「あれは靖子姉さんが俺を無理矢理抱えて自分で打っていたような気がするんだけど」

 

それは家族麻雀に久が混じる前の話だったか。

当然久からの突っ込みは期待できないので秀介が自分で突っ込むしかない。

で、やっぱり何が言いたいのか分からないので靖子の反応を待つ。

すると。

 

「・・・・・・なんか・・・・・・最近そう言うスキンシップしてないなーと思って・・・・・・。

 こうして麻雀打つ時も、なんかお前いつも対面だし・・・・・・なんか・・・・・・寂しーし・・・・・・」

「そう言うスキンシップは、そろそろ彼氏を作ってやるべきだと思うんだ」

 

そう返してやるとグサッと何かが刺さったかのように声をあげ、靖子は卓に倒れ込んだ。

実際胸に刺さったんだろう、言葉が。

が、そうかと思うとすぐに起き上がって真っ赤な顔で言う。

 

「うるさい! とにかく私は! お、お前と旅行に行きたいんだ!

 だからお前も少しは行きたがれ!」

 

最初からそう言えばいいのにと思いつつ、しかし言っていることはめちゃくちゃだな、と今度は秀介が頭に手を当てる。

つまり負けたら負けたで怒るんだろう。

ならいつもどおり勝つだけじゃないか。

 

とはいえ、ここで普通に勝ったのではつまらない。

それに秀介を誘いに来たと聞いて少し残念そうな顔をした久が気になる。

 

「・・・・・・久」

「え? 何?」

「それ、行きたいか?」

 

秀介は久にそう聞いてみた。

 

「・・・・・・そりゃ、行ってみたいとは思うけど」

 

久は少し控え目にそう返事をする。

かと言って久が靖子と旅行するのが嬉しいかと聞かれたら久は間違いなく微妙な表情になる事だろう。

なら決まりだ。

今回はこれで靖子姉さんをいじめさせてもらおう、と秀介は笑った。

 

「・・・・・・靖子姉さん、その勝負受けてもいいけど条件がある」

「ほぅ、何だい? 言ってみろシュウ」

 

余裕気に笑う靖子に、秀介は言ってやった。

 

「靖子姉さんは、俺が勝っても負けても俺に旅行に行けって言うんでしょ? どうせ。

 ならその条件を変えて欲しい。

 靖子姉さんが勝ったら俺は大人しく靖子姉さんの旅行についていくよ。

 旅行中もある程度言う事聞いてあげよう」

 

「言う事聞いてあげよう」というその一言がどれほど魅力的だったのか、靖子はガタッと立ち上がって「ホントか!?」と食いつく。

それに対し秀介は「もちろんですとも」と頷きながら続きの言葉を口にする。

 

 

「だが俺が勝ったらその旅行、俺が久と行く」

 

 

「え?」

「え?」

 

キョトンとする靖子と久。

が、すぐにその言葉の意味を理解したのか、二人とも真っ赤な顔で立ち上がり声を上げた。

 

「な、何を言うか! お前達はまだ高校生だろう!」

「そ、そうよ! それに、お、幼馴染とは言え女の子を二人だけの旅行に誘うなんて!」

「何考えてるんだお前は! そう言うのはまだ早い!」

「そうよ! ま、まだ早いわ!」

 

何を想像してるんだろうこの二人は。

早いって何が?

銜えた100点棒をくいくいと動かしながら秀介は言葉を続ける。

 

「そう、一応高校生だから保護者がいるだろう。

 その保護者でという名目なら靖子姉さんを同伴させてもいい」

 

む、と靖子は顔をしかめながら一応席に座り直す。

 

「・・・・・・しかしだな、ペアチケットだとさっきも言っただろう?

 二人一部屋という縛りだと思うよ。

 だから一人あぶれて新たに部屋を借りなきゃならない事になると思うんだ。

 仮に部屋が一緒にできたとしても、確実に宿泊費も食事代も1人分料金がかかるじゃないか」

 

その言葉に頷きながら秀介は言葉を続ける。

 

「足りない費用は靖子姉さんが出すんだよ。

 つまり自腹で旅行。

 ああ、わざわざ部屋代を出すんだし一人で存分に使っていいよ」

「・・・・・・なん・・・・・・だと?」

 

靖子の動きが固まった。

 

「もし負けたら大人しく俺だけで付いていくよ」

 

そう言って笑った。

靖子はやはり動かない。

 

「・・・・・・えっと、シュウ?」

 

久が靖子と秀介を交互に見ながら口を開く。

が、秀介は久にも笑いかけてやった。

もちろん靖子に対する笑みとは違う意味の笑いだ。

 

「大丈夫だよ、久。

 靖子姉さんもプロで稼いでるだろうし」

「いや、そんな稼いでるってほどでは・・・・・・」

 

おろおろとする靖子。

秀介はそんな靖子にトドメを刺す。

 

「嫌なら一人で行ってらっしゃいな」

「うぐぐ・・・・・・」

 

靖子は真剣に考えているようだ。

しかしそれは表向きだけだろう。

既にその条件を受けなければならないような状況である。

 

「・・・・・・わ、分かった、その条件受けよう」

「ありがとう、靖子姉さん」

 

秀介は分かり切っていた答えを出した靖子に笑いかけてやった。

 

「ちょ、ちょっと待って。

 私の意見は?」

 

二人で話がまとまりそうだったところに割って入る久。

確かに旅行に行く当事者になろうと言うところだったわりに隅に置かれていた気がする。

だがこちらも特に問題は無い。

 

「久は俺と旅行に行くの、嫌か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌じゃない」

「ふむ、問題は何も無いな」

 

赤い顔で俯く久を見て秀介は笑った。

それを見て不機嫌そうに靖子が声を荒げる。

 

「た、ただし! それならその条件を飲む代わりに私も条件を出す!

 旅館ではちゃんと私の言う事を聞けよ!?」

 

言う事を聞けよとか、何を命令する気か知らないが「そんな命令出す靖子姉さんなんて嫌いだ」とでも言ってやれば引っ込む事だろう。

 

「交渉成立だね。

 ああ、そうだ。

 えっと、何て言ったっけね・・・・・・そうそう、思い出した」

 

100点棒を一旦口から離し、その先端を靖子に向けながら秀介は言った。

 

「そのプレッシャーの中でいつも通りの麻雀ができるかな?」

 

「そ、それ私の台詞・・・・・・!」

 

靖子が悔しそうな表情を浮かべる中で試合は始まった。

 

 

そして試合開始まで散々無視され続けていたまこが不機嫌そうだったことに気づき、秀介が声をかける。

 

「寂しそうだな、まこ。

 お前も行きたいのか?」

「そりゃ、目の前でこんだけ盛り上がっとったら興味わくわ」

「だそうだよ、靖子姉さん」

「私に連れて行けというのか!?」

 

まこが加わった事でさらに靖子にプレッシャーがかかるのだった。

 

 

もちろん結果は見えている。

 

結局のところ靖子、秀介、久、まこの4人で旅行に行くこととなり、靖子は余計な宿泊費を2人分負担することになったのだった。

 

 

 

 

 

駅から送迎バスに乗り数十分ほど、一同は目的の旅館に到着した。

周囲は森林に囲まれている。

荷物を持ってバスから降りると新鮮な空気が一同を迎えてくれた。

 

「ほぅ、雰囲気ええなぁ」

「高地だからかしら、街中より涼しい気がするわ」

「周囲の木々が影を作ってるっていうのもあるんだろうな」

「とりあえず先にチェックインするぞ」

 

口々に感想を言っていた一同だが、靖子の言葉に従い旅館に入っていく。

和風の日本旅館、その一室が今回泊まる場所となっている。

 

靖子としては秀介が他の誰か――主に久だがまこにも注意を払っておいて損は無い――が秀介と二人きりで部屋を使う可能性を潰すべく4人一部屋にしたかったのだが、旅館に確認を取った時にダメだと言い渡されてしまったので二部屋になっている。

まぁ、実質チケットの部屋代無料を本来の人数以上で使える形になってしまうので仕方がない。

そしてこうなってしまった以上、何としても秀介と相部屋になるのは自分が務めなければならない。

年頃の若い男女が二人一部屋で宿泊など何が起こるか分からないから。

いや、何かが起こってしかるべきだ。

若い男というのはいざとなったら女の子を襲う(けだもの)になる、そうに決まっている。

それは例え普段知的な秀介と言えども例外ではあるまい!

仮に秀介が行動を起こさずとも、靖子の目から見ても秀介に惚れていると分かる久、なんだかんだ秀介を慕っているまこ、どちらかが行動を起こす可能性はある。

その点自分は彼らより大人だし、軽はずみな行動を取ったりはしない。

まぁ、仮に秀介が自分に対し溢れ出る情熱を持て余して何か行動を起こしたとしても、大人な自分なら全て受け止めて見せよう。

なんせ大人だからな。

まだまだお子様な久やまことは違うのだ、ぬふふふふ。

 

「・・・・・・なんかヤスコが気持ち悪い顔で笑ってるわ」

「疲れてるんだよ、きっと。

 やっぱり靖子姉さんが宿泊費を出した部屋は靖子姉さん一人で使わせてあげるべきじゃないかな」

「わしもそんな気がしてきたわ・・・・・・」

 

ちなみに4人で二部屋という括りになっているようで、その内訳は自由らしい。

つまり2-2で別れても1-3で別れても、その内訳がどういうメンバーでも後から変更しても、特に旅館から文句は言われない。

また夕食は部屋に運ばれてくるらしいが、その際も身内ということで4人分の夕食を一部屋に運んで一緒に食べ、寝るときにまた別れるというのも可能らしい。

 

「・・・・・・というわけだ。

 私とシュウはこちらの部屋を使う。

 お前達二人はそちらの部屋で仲良くしていろ」

 

チェックインを済ませたらしい靖子が戻ってきて、鍵を差し出しながらそう言う。

 

「靖子姉さん、無理しないで一人でのんびりくつろいでいいんだよ?」

「寂しいことを言うな!

 とにかく部屋に入れ、シュウ」

 

秀介の言葉に返事をしつつ、靖子は部屋の前まで来ると鍵を開けて中に秀介を入れる。

そして。

 

「じゃあ、夕食まで自由に過ごせ」

 

そう言って同じ部屋に入っていく。

 

「ま、待ってヤスコ!」

 

それを久が呼び止めた。

 

「何だ? 久。

 まさか若い男女が同じ部屋で過ごしたいだなんて抜かすんじゃないだろうな?」

 

キランと睨みつけるように返事をする靖子。

「ヤスコもまだ若いじゃない」と返せばいいものを、その眼光に久は思わず黙ってしまった。

仮にもプロだ、その迫力に黙ってしまうのも無理はない。

が、それも一瞬だけ。

 

「・・・・・・わ、悪い?」

 

キッと睨み返すように久はそう言った。

それに対して靖子は表情を崩さずに告げる。

 

「ああ、悪いに決まっている」

「な、何でよ」

 

いくら年上の靖子とは言えそんなのはあまりに横暴だ、と久は言い返した。

せめてその事情は聞かせてもらおうか、と。

 

「元々はシュウと旅行を楽しみたくて誘ったんだ。

 お前にシュウを取られたら私は寂しい。

 なんで私だけ大金を払って寂しい思いをしなければならないんだ・・・・・・」

 

思ったよりも切実な事情だった。

 

「あ、うん、なんかごめん。

 で、でもね! 私だって!」

 

だが久だってせっかくの旅行なのだ。

もう少し秀介との距離を縮めたいと思ったっていいではないか。

しかしその想いを、靖子は聞こうとはしなかった。

 

「まこ、久を連れてそっちの部屋に行きなさい」

 

まこの手を借りて。

 

「久、ごめんな」

「ちょ、何するのよ!?」

 

そして命じられたまこは久を捕まえて靖子から鍵を受け取る。

それを確認して靖子はさっさと秀介と同じ部屋に入って行ってしまった。

 

「は、離してよまこ!」

「ごめんな、久。

 でも・・・・・・」

 

何故まこが邪魔をするのか。

普段は久と秀介をからかいつつ応援するような様を見せておいて。

まさか・・・・・・まさか、実はまこも久と秀介がくっつくのを妨害したかったというのか!?

普段は久と秀介を応援するようなそぶりを見せておいて、いつの間にかまこまでもが秀介の餌食に!?

くっと苦虫を噛み潰したような表情で、まこは久を捕まえたまま理由を話した。

 

「わし、今回の旅行では一円も・・・・・・ホンマに一円たりとも払ってないから、藤田プロには逆らえんのじゃ!」

「思ったより現実的な事情!」

 

後輩にして親友のまこの言い分も分かる。

だがここで引くわけにはいかないのだ。

まこも「一応捕まえたしもう義理は果たした」とか言って離してくれないだろうか?

 

そう思っていると、突如部屋の中から声が聞こえる。

 

「ちょ、こ、こら! 止めろ! 離せ!シュウ! な、何をするだァー!」

「靖子姉さんが仕掛けてきたんじゃないか。

 姉さんが悪いんだ、俺だってこんなことしたくなかったのに」

「こ、こら! ほどけ! こんなプレイまだ早い! せ、せめてもう少しノーマルな・・・・・・!

 おい! ちゃんと私の言うことを聞け!」

「そうだねぇ、強いて言うならば・・・・・・君はよき姉であったが、御しきれなかった君の欲情が悪いのだよ」

「シュウ! 謀ったな!? シュウ!!」

 

そんなやり取りの後、ガチャリとドアが開いた。

中から現れたのは秀介、その奥に浴衣の帯か何かで縛られて転がっている靖子の姿が見える。

 

「久、散歩でも行かないか?

 家の周辺でもあんまり、ここまで自然に囲まれたところって無いしさ」

「え? あ、うん、いいけど・・・・・・」

 

散歩のお誘いには特に断る理由が無い。

だが「いいの・・・・・・?」と視線を部屋の中に送る。

それを受けて秀介も、「ああ、そうだな」と頷き、まこの方を向いた。

 

「まこ、靖子姉さんの面倒を見ておいてくれ」

「面倒って・・・・・・」

「夕食までには帰ってくるよ。

 ちゃんと面倒見れていたら、後で頭撫でてやるからさ」

「そんなんで喜ぶのは久とお子様だけじゃろ」

「わ、私お子様!?」

 

抗議する久の頭を撫でて大人しくさせると、秀介は久の荷物を持ってあげて部屋に置く。

そして二人連れ添って部屋を後にするのだった。

残されたまこは自分の荷物を部屋に置くととりあえず靖子のいる部屋に向かい、ギャーギャー騒ぐ靖子を尻目に部屋に備え付けのお茶を飲んでのんびりとするのだった。

 

 

その後は冒頭の通り、のんびりと散歩をしていた二人は川ではしゃいだ後に部屋に戻り、転がった二本の瓶ビールと浴衣に着替えて既に出来上がった靖子の姿を目撃するのだった。

 

「まこ・・・・・・まさかお前が靖子姉さんに無理矢理酒を飲ませて無理矢理着替えさせるような奴だとは思わなかったよ」

「それは藤田プロが勝手に飲んで勝手に着替えたんじゃが」

「なら無罪」

「当たり前じゃろ」

 

 

さて、もうじき夕食の時間だ。

とりあえず酔っぱらった靖子を移動させるのも面倒なので、旅館に連絡を入れてそちらの部屋に食事を運んでもらうことにする。

とはいえ食事の準備をする間邪魔にならないように、一度壁際に運ぶ必要はありそうだが。

 

「・・・・・・引きずる?」

 

寝転がっている靖子を指さしながら言う久に、秀介は笑いながら返事をする。

 

「一応女性だからな」

 

そして背中と膝の後ろに手を回し持ち上げた。

いわゆるお姫様抱っこである。

 

女性のあこがれ、お姫様抱っこ。

それを意識が無いと思われる女性相手に振舞うとは中々紳士である。

が、それを見る久は少しばかり残念だった。

 

(シュウのお姫様抱っこ・・・・・・私だってされたことないのに・・・・・・)

 

そんな思考を遮ったのは、ガンッという音だった。

靖子の足が備え付けの大きなテーブルにぶつかった音だった。

 

「・・・・・・ん・・・・・・痛いぞ・・・・・・」

「ああ、ごめんよ靖子姉さん。

 こんな抱き方したの初めてだからさ。

 久の前に練習出来てよかったよ」

 

床が畳だからよかったものの、降ろす時にも床や壁にぶつけたりと散々な状態で運ばれる。

久はそんな靖子を見て少しばかり溜飲を下げるのだった。

 

「さてと」

 

一息ついたところで大きく伸びをするまこ。

 

「せっかく旅館に来たんじゃし、わしも浴衣に着替えるかのぅ」

「ん? 今から風呂に行くと夕食が先に来ちゃうんじゃないのか?」

 

秀介がそういうとまこはキョトンと首を傾げる。

 

「別に風呂は後でもええじゃろ?

 着替えるだけじゃよ、志野崎先輩」

「・・・・・・なん・・・・・・だと?」

「え?」

 

そう返事をした直後、今まで聞いたことが無いような低い秀介の声が聞こえてきた。

まこが振り向くと、今までまこが見たこともないほど暗く染まった秀介の表情がそこにはあった。

 

「せ、先輩?」

「まこ、お前まさかせっかく旅館まで来たのに持ってきたパジャマで寝るとか抜かすんじゃないだろうな?」

「い、いや、そんなことせんけど・・・・・・?」

「・・・・・・見損なったぞ、まこ。

 お前は風呂に入っていない(けが)れた身体で浴衣を着て、浴衣を(けが)し、風呂に入って綺麗になった後で再び(けが)れた浴衣を着て寝ようというのか・・・・・・」

「ええっ!?」

 

確かに間違ってはいないがそんな言い方をしなくても!とまこは後ずさる。

 

「なぁに、お前が思い留まるというのなら俺も何も言わんさ。

 だがもしそんなことをやらかすようなら、残念だが今日は一緒に寝てやれないな」

「いや、別にええですけど・・・・・・」

「それから部内でも言い触らす」

「先輩と久しかおらんくせに」

「・・・・・・となると、後はせいぜいroof-top(ルーフトップ)くらいかな」

「止めて下さいお願いします」

 

相変わらずタチ悪いわーと渋い顔をするまこを見て笑いながら秀介は立ち上がる。

 

「さて、じゃあとりあえず・・・・・・」

 

秀介はそう言って一度畳の間から姿を消し、洗面所から水を入れたコップを持ってきた。

 

「靖子姉さんに水飲まして起きてもらおう」

 

 

 

そして、まだぼーっとしているようだが目を覚ました靖子の賛同を得て夕食となる。

配置は秀介の隣に久、正面に靖子、斜め前にまことなっている。

4人ということで女将さんは何度かに分けて料理をテーブルに並べていった。

おひたし、野菜の盛り合わせ、お吸い物、刺身、煮物、即席コンロとその上に置かれた小さな鍋。

並べ終えると女将さんは飲み物を聞いてくる。

 

「全員ジュースで」

「おいシュウ、もう私にお酒を飲ませない気か?」

「こういうところのお酒って別料金だから安い方がいいかなと思ったんだけど。

 それにこれからお風呂でしょ?

 お酒の後で風呂は危険だよ。

 まぁ、支払いも体調崩すのも靖子姉さんだし、頼みたいなら別にいいよ?」

「・・・・・・ジュースで」

 

女将さんは飲み物を確認したところで「残りはまた時間をおいてお持ちしますので」と告げて去って行った。

一同は改めて並んだ料理を見回す。

 

「まだ来るのよね・・・・・・?」

「ちょっと多いかもしれんのう」

「こういうところの料理ってこんなもんさ。

 「一口だけ食べて残す」っていうのは料理人にとって「不味かったから残した」って意味になるから、残すんなら手を付けるなよ。

 まぁ、この場で熱してるこの小さい鍋とかは食べた方がいいだろうし、逆にこれから来るだろうご飯を食べないとかして工夫するといい」

 

久とまこの言葉に秀介が答える。

へぇーと声を上げながら二人は改めて料理を見回した。

「これは食べよう」「これは残しておいて、後で食べられるようなら食べよう」とか判定しているのだろう。

 

「じゃ、食べようか」

 

靖子はそう言っておひたしの入った器を手に取る。

が、その手は秀介の「おや」という声に止まった。

 

「どうした?」

「もう食べちゃう?

 飲み物はすぐ来るだろうし、乾杯してからの方がいいかなと思ってたんだけど」

 

食事のあいさつを乾杯で行うなんて酒好きな社会人か、と思ったが靖子は黙っておくことにする。

せっかくの旅行で弟分からの好感度を下げるわけにはいかない。

話に乗っておくことにする。

 

「そうするか」

「そうしよう。

 靖子姉さんへの日頃の感謝の気持ちも込めて」

「よ、よせよ」

 

日頃の感謝などと言われて満更でもない顔でにやにや笑う靖子。

感謝なんてそんな、プレゼントとか身体で払ってくれてもいいんだぞ?と想像してくねくね身悶えている。

 

「というわけで靖子姉さん、俺の感謝の気持ちとして盛り合わせのキャベツを1枚どうぞ」

「お前の感謝の気持ちはそんなものか!」

 

がーっと捲し立てたかったのだが、そのタイミングで入ってきた女将さんの存在に靖子はもやもやした気持ちを抱え込むしかなかった。

 

「それでは・・・・・・」

 

注がれたジュースを手に取り、一同は掲げる。

 

「靖子姉さんへの感謝の気持ちを込めて、乾杯」

「「「かんぱーい」」」

 

カシャンとグラスを合わせてジュースを飲んだ。

 

「本当に感謝の気持ちとか言って乾杯か・・・・・・」

「靖子姉さん、いつも仕事忙しいのに一緒に麻雀打ってくれてありがとう」

 

冗談で感謝の気持ちと言っているのかと思ったのに本当にそれで乾杯してくれてちょっと嬉しい靖子。

その後の秀介の言葉が後押しする。

 

「いや、別に。

 私が時間を見つけて好きで打ってるわけだしな」

「今回も旅行に連れてきてくれてありがとう、靖子姉さん大好き」

「ぐはぁ!!」

 

 

靖子姉さん大好き

 

靖子姉さん大好き

 

靖子姉さん大好き

 

 

私はあと半世紀はプロでやっていける!と靖子は後ろに倒れこみながら思った。

他の二人と違って明らかな棒読みだと気付いていないようだが、本人が幸せそうならそれでいいだろう。

 

「まこも清澄に来てくれてありがとうな、大好きだ」

「あ、うん・・・・・・先輩達こそよく(うち)に遊びに来てくれてありがとうな」

 

明らかな棒読みだと分かった上で「大好き」と言われるのも微妙な感じだが、一応まこも礼を返しておく。

さすがに冗談でも「大好き」は言い返さなかったが。

今、まこの正面には誰よりもそれを言われたい人物がいるわけだし。

ちらっとそちらに視線を向けると、やはりそわそわした雰囲気で秀介の方を見ている久がいた。

秀介もそちらをじーっと見ている。

 

「・・・・・・な、なによ・・・・・・」

 

箸の先端を咥えながら言う久に秀介は笑いかけ、少しばかりトーンを落として告げた。

 

「・・・・・・久、大好きだぞ」

「ちょっと待て! なんで久だけ本気のトーンなんだ!?」

 

がばっと起き上がる靖子。

真っ赤になって俯いて誰にも聞こえない声で「わ、私も・・・・・・」とぼそぼそ言っている久。

思い出したように「あ、今日何かお笑いの番組やってなかったっけ?」とテレビをつける秀介。

「お次の料理をお持ちしました」とやってくる女将さん。

 

騒がしい中、食事は進んでいった。

 

 

 

食事が終わり、温泉へ向かう一同。

女将さんはその間に食事の片づけと布団の準備をしておくとのことだった。

 

「温泉に来るなんて久しぶりだな」

 

前世(むかし)を思い出して思わずそう呟く秀介。

日本のいろんなところを巡って、その過程で温泉旅館にハマったものである。

 

「確か、子供のころに一回来たことあったわよね?」

「ああ、そうだったな」

 

聞かれていたか、と久の言葉にそう返す秀介。

こことは別の温泉だったが仲のいい隣との家族旅行という形で、志野崎家と上埜家で共に温泉に行ったことがあった。

 

「その時にもシュウは、「お風呂に入ってから浴衣に着替えろ」みたいなこと言ってたわよね」

「言ってたような気がする」

 

説教というほどではなかったはず、そう記憶している、そう思いたい、と秀介は自分に言い聞かせる。

そんな秀介に、まこが苦笑いしながら聞いた。

 

「浴衣の着方にそこまでこだわり持つんか、子供なのに。

 そういえば食事の作法も知ってるみたいじゃったのぉ。

 食べる順番とか箸の持ち方、置き方もこだわってたみたいじゃし」

「・・・・・・見てたのか。

 あれだ、子供の頃本を読んでて興味を持っただけだ」

 

さすがに「前世でその辺の作法をしっかりしていないと追い払われるような店に行ったことがある」などとは言えない、事実であっても。

その辺は濁しながら話をしていると大浴場の入り口に到着する。

右が男湯の青のれん、左が女湯の赤のれん。

 

「じゃ、後でな。

 女は時間掛かるだろうから、俺もゆっくり入ってくるよ」

「そんな気を使うな。

 ちょうどあっちに喫茶店みたいなのもあったから、早めに上がったらそこでゆっくりしていろ」

 

靖子が指差した先には確かに喫茶店らしきフロアがある。

大浴場に到着する前に通ってきた場所だ。

分かった、と頷き秀介は久に笑いかけた。

 

「覗くなよ?」

「それはこっちの台詞よ」

 

そうして彼らは別れた。

 

 

 

こちらは女湯の更衣室。

何人か先客もいるみたいだがそれほど大人数ではない。

久とまこは既に浴衣を着ている靖子と違い、風呂に入った後に着替えるための浴衣を持ってきているため靖子より少し荷物が多い。

だが靖子もタオルと手ぬぐいのほかに化粧品もいくつか持ってきているようで、決して手荷物が少ないわけではない。

久達も靖子より少ないがその辺は軽く用意しているし、貴重品もあるし、そんなわけで女性更衣室は全て鍵付きのロッカーになっている。

お風呂上がりの化粧品の準備とバスタオル、そして着替えの浴衣と新しい下着を取り出しやすいように並べて置いてから久達は服を脱ぎ始めた。

装備品は心もとない手ぬぐい一枚のみ、それで身体(胸元から股下まで)を隠しながら浴場に向かう久とまこ。

なお靖子は手ぬぐいを手に持っているもののどこも隠してはいなかった。

そして何やら大人の余裕と言わんばかりに笑いかけてくる。

 

「隠すとは、ずいぶん自分の身体に余裕が無いんだな、久」

「なっ・・・・・・女性として当然の恥じらいよ」

「恥ずかしがっとるだけではいかんぞ、久」

「ひゃわぁ!?」

 

不意に背後から久の脇腹を両手でつかむまこ。

その手はすすすっと上に登っていく。

 

「いざとなったらこの身体で志野崎先輩に迫るんじゃぞ?」

「せ、せせせせまるって!」

 

かーっと赤くなる久。

胸に向かって登ってくるまこの指が余計なアクセント。

耳元で何か言われる度に息が当たるのも合わさって心拍数も上がる。

 

「恥じらうのもええポイントじゃが、思い切って迫れるのも男子にはポイント高いと思うぞ」

 

背後から久の耳元に囁き、まこの両手は久の胸を登っていく。

そしてやがてその指先は、久の胸の先端・・・・・・。

とそこで、ばっと久はまこの手を振り払い、浴場への入り口に向かって走り出した。

 

「な、なによ! 二人とも余裕ぶっちゃって!

 大して私と変わらない胸のサイズ(身体つき)なくせにー!」

 

ガラガラピシャっと久の姿が浴場に消えた。

 

「な、なんだと!?

 待て久! そこまで言うなら比べてやる!

 大人の身体というやつを高校生(こども)なお前に見せつけてやろうじゃないか!」

 

いや、確かに藤田プロは背が高いけれども、胸のサイズはそんなに言うほどだろうか?

などと言ったらこちらにも飛び火してくると思い、まこは黙ってついていくのだった。

 

 

 

一方こちらは男性浴場。

秀介は身体の隅々まで綺麗に洗っていた。

それこそ頭のてっぺんから足のつま先まで。

せっかく使わせてもらう温泉、余計な汚れを持ち込んで後に使う人の迷惑になってはいけない。

そして全身の泡を少しぬるめのシャワーで流し、湯船に向かう。

ざぁっと熱いお湯を何度か身体にかけて熱さに慣らし、足先からゆっくりと入っていく。

手ぬぐいはお湯につけないのがマナー。

わざわざ手桶でお湯をすくってそこで手拭いを温めて頭に乗せる。

湯船の中で大きく伸びをし、周辺を散歩した時の疲れを取るべく軽くマッサージをする。

熱いお湯が身体の隅々まで温めていく様をじっくり感じながら。

 

「・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・・・・・・・」

 

ゆっくりと幸せそうなため息をついた。

 

そうしてじっくりと温まり、それこそもうすぐのぼせるのではないかというほどに温まった後、秀介はシャワーに向かう。

そして再びぬるめのお湯を頭から浴びて少し体温を下げた後に何をするかというと。

 

「・・・・・・またあったまるか」

 

彼は再び湯船に向かうのだった。

わざわざ冷ました後にまた温まろうとは、どれだけ風呂が好きなのか。

 

「・・・・・・む?」

 

と、不意に壁際の表記に目が行く。

そこに書いてある文字を読んだ後、彼は楽しそうに矢印の方へと向かうのであった。

 

 

 

再び女湯。

靖子とまこは一つ席を開けて身体を洗っており、久だけが一人離れていた。

最初は三人並んでいたのだが、「お互いに背中を流し合おう」と言う靖子に従って横を向いて洗い合っていたところ、真ん中の久はどちらから身体を洗われていてもついでにくすぐられたり敏感なところに指を這わされたりしたので逃げたというわけだ。

 

「裸の付き合いというのは有効なスキンシップじゃと思ったんじゃがのぉ」

「まったく、久の恥ずかしがりにも呆れたものだな」

 

二人は全く責任を感じていないと言わんばかりに身体の泡を流し、湯船に向かう。

ちょうど久も同じタイミングで湯船に入ったようだ。

但しかなり離れたところに。

 

「おやおや、ずいぶんと嫌われたものだな」

 

はっはっはっと笑いながら靖子は湯船につかる。

まこもそれに続いた。

 

その様子を見ながら久は一人離れたところでぷーっと頬を膨らませていた。

 

(何よ二人とも、身体を洗うとか言いながらあっちこっちを触ってきて。

 私の身体を弄んでおいて涼しい顔して!)

 

せっかくの温泉だしゆっくり浸かっていたいのだが、少し熱いお湯だし気を抜くといつの間にかあの二人が接近してくるのではないかと思うとのんびりはできない。

どこか別にゆっくりできる場所でもあればいいのだが・・・・・・と久は辺りを見回す。

 

(・・・・・・ん?)

 

ふと壁際に何か書かれてあるのが見えた。

文字と矢印のようだ。

 

「・・・・・・露天風呂かぁ」

 

今日はいい天気だし、時期的にそろそろ暑くなってきそうな頃だ。

露天風呂もいいかもしれない。

何より靖子とまこ(あの二人)の脅威から逃げられそうだし。

そう思い久はさっそく矢印の方へと向かうのであった。

 

 

「・・・・・・おや?」

 

靖子と談笑しながらくつろいでいたまこが不意に声を上げる。

久が浴場の奥へと姿を消すのを見たからだ。

 

「どこへ行くんじゃろ?」

 

その奥の壁際に何かが書いてあるらしいが、さすがにメガネを取った今の視力ではぼやけて見にくい。

 

「藤田プロ、あっちに何があるんか分かります?」

 

まこがそちらを指さしながら靖子に聞く。

靖子は何でもないように答えた。

 

「ああ、露天風呂だろ。

 私はそういう趣味が無いから行かないぞ」

「そういう趣味って何じゃ」

 

露天風呂と言えばいい景色が見える場所。

もしくは時間帯から判断していい夜空が見える場所だろう。

そういうところでのんびりするというのは悪い趣味ではないと思うのだが。

首を傾げるまこに靖子はぼそぼそと何か呟く。

 

「・・・・・・え?」

 

マジで?とまこが驚いた表情を浮かべる。

 

「だからお前も行くのはやめておけ」

 

そう笑う靖子を尻目にまこは立ち上がった。

 

「・・・・・・さっき、久がそっちに行ったんですけど」

「・・・・・・え?」

 

まずい、とまこは湯船から出て久を追って行った。

が、走ると滑って危険なので追いつけるかは不明。

 

「ひ、久! ちょい待て!」

 

聞こえているかは不明だが、そう呼びかけながらまこは露天風呂の方へと走って行った。

 

 

 

外へ出て露天風呂へとやってきた久。

 

「・・・・・・身体が濡れてるとさすがに冷えてくるわね。

 さっさと入っちゃいましょ」

 

夜ということもあり、さすがに風が当たると寒くなってくる。

と。

 

「・・・・・・ん?」

 

露天風呂の奥の方、何やら柵が立てられて奥に行けないようになっている。

 

「・・・・・・なんでこんなところに柵が?」

 

外から見えないようにする壁ではない。

その証拠に隙間だらけで向こう側が見えるようになっている。

奥に何か危険なものでもあるのだろうか?

覗いてみるが同じように浴槽が続いているだけに見えた。

まぁいいや、と思いながら湯船に足をつける。

少し熱めのお湯らしいが、外の寒さもあるのでこれくらいがちょうどいいだろう。

 

ふと上を見上げると満天の星空だった。

露天風呂周辺の明かりが少し邪魔をしているが、それでも星は綺麗に見える。

他に誰も来ていないようだし、今はこの空を独り占めできるのだ。

 

「おー、綺麗ね」

「おう、綺麗な空だな」

 

不意に聞き慣れた声が聞こえた。

 

「「え?」」

 

それは先程の柵がある方向。

でも間に人はいないし、声がするとしたらその柵の向こうに人がいるということに。

 

視線を向ける。

 

 

柵の向こうに幼馴染の姿が見えた。

 

そして当然ながら装備品は手ぬぐい一枚のみ、お互いに。

 

しかもお互いに油断していたからお互いに隠していない、どこも。

 

 

「久ー! 戻ってくるんじゃ!」

 

背中側から声が聞こえる。

二人の可愛い後輩である。

 

「ここは混浴なんじゃと!

 早いところ戻って・・・・・・」

 

そして後輩も目が合った。

その男子の先輩と。

 

 

「――――っ!!!」

 

 

悲鳴を上げることも忘れ、二人は湯船に飛び込んだ。

秀介もさすがに驚いて柵に背を向けながら湯船に入る。

 

「な、ななな、何であんたが女子風呂に!?」

「いや、ちゃんと男子風呂に入ったんだが・・・・・・混浴なのか?」

「そ、そうじゃよ。

 だから止めようと思ってきたんじゃが・・・・・・そしたら・・・・・・!」

 

二人は赤い顔をしながらちらっと秀介の方に視線を向ける。

秀介は相変わらず向こうを向いたままだ。

 

「・・・・・・見た?」

「・・・・・・見てない」

 

定番のやり取り、だがやらざるを得ない。

 

「嘘! 見たでしょ! 絶対!

 だって正面だったじゃない!」

「見てない、というか見えてない。

 画面外に切れてた」

「画面外って何!?」

「あー、ゲームとかアニメでよくあるやつじゃろ。

 肝心なところを映さないようにあえてアップにする演出」

「そうそう、それそれ」

「有り得ないでしょ!? どんな言い訳よ!?」

「んじゃあ・・・・・・えっと、ほら、謎の光で隠れてた」

「謎の光!?」

「DVDとかで取れるやつ」

「無いわよそんなの! 漫画やアニメじゃあるまいし!」

 

その後も秀介は「湯気が仕事をしてた」とか「逆光だった」とか「柵の配置が肝心なところを完璧に隠してた」とか「絶妙のカメラアングルで」とか言い訳をしていたが、最終的に久が手ごろなところにあった桶を放り投げ、頭に直撃をくらうのであった。

 

 

 

そして一同は風呂上がりに合流し、部屋に戻る。

道中久は何やら赤い顔で秀介の方を見ないようにしているし、まこは多少秀介と話すがすぐにパッと違う方向に視線を背けている。

 

(・・・・・・何があったのか)

 

靖子は一人その空気に頭を悩ませていた。

露天風呂が混浴だとまこに注意したがすぐに戻ってこなかったわけだし、きっと男性はいなくて軽く星空を堪能してから戻ってきたのだろうと推測する。

それともまさか、混浴で偶然にも秀介と久が出くわして、お互いに裸を見られて恥ずかしくてまともに顔を見られないとか?

いやいや、そんなまさか。

漫画やアニメやラノベやどこかの物好きな作者が書いたありがちなラブコメじゃあるまいし、そんな可能性は無いだろう。

となると一体何があったのか?

靖子は必死に頭を悩ませ、そしてやがて考えるのを止めた。

 

(・・・・・・部屋に戻ったら酒を飲んで寝よう)

 

現実逃避である、役に立たない、だからお前はゴミプロなのだ。

 

 

そして部屋に到着する。

中はそれぞれ二人分ずつの布団が用意されていた。

さて、どうやって分かれるか。

旅館に到着した当初からの問題を解決しなければならない事態となった。

うーむと声を上げながら秀介は問いかける。

 

「とりあえずどうする?

 もう寝る? まだ何か話す?」

 

その言葉に女性陣は顔を見合わせる。

時間的に寝るのはまだ早い。

だが話すといっても何を話すか。

テレビでやっているであろう映画でも見てみるか?

それも悪くないだろう。

だが女子部屋的なおしゃべりになった時、秀介はついていけない。

それに旅行というのは存外自覚が無いまま疲れているもので、いざ横になればあっさり寝られる事も多い。

加えて靖子は何やら酒を飲んで寝たいらしい。

 

という話し合いを行った結果、秀介は片方のドアを開ける。

そしてその部屋の鍵を久に渡した。

 

「俺はこっちの部屋で寝るよ。

 三人で話し合ってそっちの部屋で三人で寝るなり一人こっちで寝るなり好きにしてくれ」

 

それじゃ、と秀介は部屋の中に姿を消した。

続いて靖子がその部屋に入ろうとするのを久が必死に止め、まこも手伝ってもう一つの部屋に入って行った。

そして三人での話し合いが始まった。

と言っても主に靖子が、

 

「久、お前も向こうの部屋で寝たいというのか? ん?

 だったらはっきり言ってみろ、「私はシュウと一緒に寝たいです」とな。

 どうした? 恥ずかしくて言えんのか? まったくお子様だな、お前は。

 大体さっきから何やら仲が悪い様子じゃなかったか? ん?

 どうせ同じ部屋にいてもろくに話せずに、部屋の隅と隅に布団を移動させて寝て終わりに決まっている。

 だったら私に譲れ、二人っきりという状況を存分に利用させてもらうからな。

 私はお前よりもシュウとの付き合いが長い。

 普段は弟分だと言っているが血縁関係上結婚することだってできるんだぞ?

 お前がそうやってもじもじしているというのなら、私は堂々と正面から陥落させてもらうからな」

 

などというのをまこが「まぁまぁ、藤田プロ、お酒でも飲みんしゃい」と宥めながら酒を飲ませており、そのうちにぐったりと横になって寝たところで終わったが。

計画通りと言わんばかりに眼鏡を光らせたまこは靖子を布団に収めると軽く伸びをしながら呟いた。

 

「あーあ、お酒を飲んで寝ると途中で具合が悪くて目を覚ますかもしれんなぁ。

 そういう世話ならわしも多少心得があるし、久に任せるよりもええじゃろ。

 そういう作業はホンマに一円たりとも払ってないわしがやるとして、だから仕方なく久には志野崎先輩と一緒に寝てもらわんといかんなぁ」

 

わざとらしくそう言って、まこは久に隣の部屋の鍵を持たせるとさっさと部屋から追い出し、「ごゆっくりー」と告げて部屋の鍵を閉めてしまった。

もはや久には秀介の部屋で一緒に寝る以外の選択肢が無い。

少しばかり部屋の前で「うーうー」言いながらうろうろしていたが、やがて意を決したように秀介のいる部屋へと入った。

 

部屋に入るとドアと鍵を閉める。

これでもう本当に邪魔者は入らない。

そーっとふすまを開けて布団が敷いてある部屋を覗く。

既に真っ暗、秀介は奥側の布団で眠っているようだった。

少し安心すると同時に少し残念だった。

せっかくこちらが決心してきたというのに、私ってばバカみたい。

いや、ちょっと待って。

決心なんてそんな大げさな。

そうよ、ただ一緒の部屋で寝るだけじゃない!

 

(い、一緒の・・・・・・部屋で・・・・・・)

 

かーっと赤くなりながら部屋に入り、ふすまをそっと閉めた。

もじもじしながら布団に近づく。

と。

 

(・・・・・・シュウの腕・・・・・・布団から出てる・・・・・・)

 

それも偶然にも久の布団がある方。

 

(ま、麻雀打ちが腕を冷やしたらよくないし・・・・・・!

 そ、そうよ、これはシュウの為なのよ!)

 

誰に対して言い訳しているのか、久は自分の布団を少しばかり秀介に寄せると布団に入り、そして自分の掛布団をはみ出ている秀介の腕にも掛けてあげた。

 

そして、

 

布団の下でそっと手を伸ばし、

 

その手を握った。

 

(・・・・・・やっぱり冷えてる・・・・・・あっためてあげないと・・・・・・)

 

久はちらっと秀介の方を見る。

相変わらず寝息が聞こえるだけで起きているようには見えない。

握った手はすぐに温かくなってきた。

それに安心すると共に、なんだか眠気が襲ってくる。

久は秀介の手を少し強めに握ると目を閉じた。

 

これが今の久にできる精一杯。

 

確かに靖子が酔っぱらいながら言っていたように、眠っている秀介が相手でもキスしたり布団に入り込んだり、あわよくばそれ以上のなんやかんやが出来たりするだろう。

久も望んでいないわけではない。

ただおそらく相手が眠っていようと、秀介に改めてこちらからキスするのはとても勇気がいるし、ましてや同じ布団に入り込むなどとてもとても。

 

だから、久にできるのは一つだけ。

 

秀介の方から久が好きだと言ってくれるまで。

 

 

(私・・・・・・待ってるからね・・・・・・)

 

 

 

 

 

(・・・・・・さてと、これはどういう状況だ?)

 

秀介はちらっと久の方に視線を送る。

久はもう眠っているようですうすうと寝息を立てている。

自分の右手は久の布団の中に引き込まれ、久の手によって握られたままだ。

 

久が部屋に入ってきた時点で、秀介はうつらうつらと眠りかけていた。

だから部屋に誰かが入ってきたのは察していたし、秀介の中では「多分久だろうな」という予測はあった。

だが布団から手が出ていたことには気づかなかったし、その手を久に握られて初めて意識が覚醒したのだ。

あれ? 俺、手を握られている?

そちらを見てみると寝息を立てる久の顔。

そこからいつもの通り「やれやれ、久ってば子供だな」とばかりに余裕を見せて眠れればよかったのだが。

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・眠れん・・・・・・)

 

今日に限って秀介の意識は眠りに落ちてくれなかった。

さっきまで寝ていたのだし、多少眠気は残っていてもおかしくないはずなのに。

 

かつて億蔵老人と長時間麻雀を打った時にも、やる気と緊張感で眠気は一向に訪れなかったが、その時と同様に眠気が全く来ない。

 

それは麻雀打ちとして長年生きてきた新木桂が知らなかった感覚。

 

それが何なのか、考え出すと余計に眠れ無さそうだったので秀介は眠ることに意識を集中する。

だが寝ようとすればするほど眠れないという事態もよくある話。

 

結局秀介はろくに眠れずに翌朝を迎えるのだった。

 

 




「久その2」ってことで、大体の時間軸はその辺です。
まぁ、久達が高校一年か二年かってのは書いてませんけど、まこちゃんが普通に遊びに行ってるし二年の方がしっくりかな?

彼は今から4ヶ月ほどしてその感情の正体を知り、久への告白に至る。

ってなわけで

FIN.


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あとがき

一時期、咲の二次創作を書いてる作者は麻雀知らない奴が多いとか言う噂が流れてたけど、一緒にしてもろたら困る。
格が違うわ。
あ、はい、そんな言うほどでもないです、ごめんなさい(

書きたいことをかねてから書き溜めしてたから長くなっちゃった☆
ではちょっと長めの



ではない(

 

第一話を最初に持って来なくてもいい。

それを最初の方のTV放送版ハルヒとか某ゲーム「Braid」とかで教わりました(

 

咲-Saki-二次創作「とりあえずタバコが吸いたい先輩」本編はこれにて完結となります。

ご愛読頂きありがとうございました、そしてお疲れ様でした。

転生を伏線に組み込んで面白い事やってやりたいと思って書いてきましたが、皆様はご満足頂けたでしょうか?

バレバレだったかもですけど(

 

物語に秀介が混じったことでこの後ストーリーがどのように変化するのか。

皆様のご想像にお任せするのも作者の嗜み()です。

 

合宿前の数日と合宿中、そして回復したエピローグまでと考えると1ヶ月経っているかどうか、短期ストーリーです。

新木桂の頃からと考えると40年以上、長編ストーリーですね(

 

 

このお話を考えついたのは、私の記憶が確かならば一期のアニメ咲の決勝戦が終わろうかという辺りだったと思います。

久関係のエピソードに張り巡らされた伏線を見てうっすらと思い浮かべておりました。

だって原作者様がいっぱいつけいる余地を残してくれているんですもの。

回収される前にこんな話を一つくらい差し込んでも怒られ・・・・・・いや、怒られるかも(

そんな思いで書き連ねていっても未だ回収される気配なし。

コミック派なので雑誌の方では回収されているのかどうか知りませんが、きっとされてないだろう(

 

今後また出番があって治水の解説がなされるのか透華。

結局本当はどんな打ち方だったんだまこ、ともきー、深堀さん、むっきー、わはは。

いや、まこはまだ希望があるか。

あるよね・・・・・・?(せつじつ

その他の伏線に関しても、小林立先生の真相はどうなのやら。

それとも回収せずに終わるのだろうか。

100巻くらいかかってもいいから全部書いてくださいよー(

 

原作で活躍していなかったキャラも活躍して貰いたい、そんな思いも突っ込んで書いたつもりです。

文堂さんもむっきーも噛ませ的になってしまってごめんよ。

お詫びに魔改造したお話を書こう、とか思ったら物凄く楽しそうじゃないか(

でも県大会決勝中堅はワハハを強化したお話があるから、書いてもむっきーだけかな?

次鋒の方々はこのお話本編でちょいちょい活躍してるし、副将は深堀さんが強化されてるし。

読んでない方がいらしたら「ワハハだから8並べ」で検索検索ー。

 

ああ、それと最初書き始めた頃は、実はそれほど久ちゃん好きでもなかったんですよ。

でも久ちゃん可愛いを書けば書くほど久ちゃんが可愛くなってくる不思議。

たっぷりいちゃいちゃしやがれー、デレ久最高、秀介爆発しろ、抱き枕発売してください(

 

 

あと、読み返してみると色々改良できそうな点が見当たります。

合宿で試合している時は学校の隔たりなくもっと皆を交流させてもよかったかなーとか。

新木桂の時代をもうちょっとだけ書いてみようかなとか。

前半でもうちょっと暴走する秀介を書いてみてもよかったかなーとか、麻雀に対してつまらなそうな姿勢を見せていたりとか。

決定的なのはともきーの過去ですね。

あと修正済みですがオレンジ→リンゴとか。

まぁ、まかり間違ってもリメイクの機会はなさそうな気はしますが、もし何かあればその辺に手をつけてみたいです。

 

あ、オレンジ派の方々、機会があったら飲み交わしましょうね!

オレンジを。

 

それから、大まかな流れは変わっていませんがところどころ当初の予定と演出を変えているところがあります。

合宿の最後の試合で秀介は試合終了後に席から立ち、「楽しい麻雀だった」とか言ってその場で吐血予定でした。

でもそれやると久はもちろん衣も精神的にやばそうだったんで見られていないところになりました。

誰もいないところで吐血したら死ぬんじゃ?→何か都合のいい便利な人は・・・・・・→ハギヨシさんお仕事です、と変更。

死神も秀介以外には見えない存在になって人間世界で秀介にまとわりつくようになる、とか考えてました。

だからまぁ、そっちの案を採用しても久ちゃんと取り合いはできないですよ。

久が見ている目の前で背中に乗っかってきたりしても、秀介が一人で悩まされるだけで。

え? ノートの切れ端に触らせればいい?

いや、この作品の死神はノートを持っている死神ではないので(

 

あとそうね、秀介が記憶を失って「A story」の裏側がブラックになるのも当初の予定では無かったです。

ただ最後の試合で命を投げうつ理由を、当初よりもう少し説得力持たせたくあんな形になりました。

書いてる時マジ鬱(

 

あの話を読んでマジで落ち込んだ方とかいらしたら・・・・・・でも謝罪はしません。

「秀介と久ちゃんが結ばれてハッピーエンドなんだろ」というメタい安心感を一旦消し去ってからハッピーエンドの結末を読んでほしかったんです。

主人公って言うのはね、絶望の中でも何かしら希望が残っていて、なんていうか最後には救われなきゃあダメなんだ。

でも救われる前提で安心して見ていられたらダメなんだ。

作者も「多少ミスはあっても一刻も早く読者に救われる結末をお届けしたい!」と思いながらも、じっくり一週間掛けて書かせて頂きました。

作者が焦れるのが一番ダメね、焦れたら負け。

心を鬼にして絶望のスープで煮させていただきました。

一週間更新の動機も、締め切りを自分に課してやる気を起こさせるという理由の他にも、こういうところにあったりします。

作者ってのは焦れたら負け。

 

バッドエンドはお嫌いですか?

 

皆嫌いだってさ。

愛されてるな、秀介。

あと久ちゃんも。

 

あのあとがきで不安を持たれたら、それは作者の計画通り(ゲス顔)なんです。

ちゃんと最後まで読んでもらって救われたら、ですけどね。

低評価のまま立ち去られたらどうしようって、あの話の次を投稿するまで作者も不安でした。

多分何人かにあそこで見捨てられてるけど(

逆に考えるんだ、ハッピーな結末を見ないで立ち去った方々こそが残念なのだと(強がり

 

「いつだって不安が半分は占める。

 残り半分で色々考えて麻雀やるもんだ」

 

by新木桂 麻雀の部分は他のものに変更可能。

 

 

ついでに語っておく裏話。

自信を持ってお送りしたのはキャプテンに倍満をぶち当てて二回目の「タバコが吸いてぇな」と言ったシーンから3話、河底ロンと「新木桂を知っているかね」のシーンです。

っていうか、途中すっ飛ばして先にそこを書いていました。

点数だけ後で帳尻合わせ。

ここで盛り上がるだろうと(勝手に何の根拠もなく)自信を持っていたのでそれまで評価や感想が少なくても気にしておらず、逆にこれ以降の超展開とかネタばらしとかはガクブルでお送りしていました。

まえがき、あとがきでは何でも無いように強がったりしていましたけどね!

ジャンプとかだったら展開が遅くて盛り上がる前に容赦なく打ち切られていたレベル。

そこから無事に盛り上がりが継続していたようで安心です。

皆! アクセスとか感想とか少なくても気にするな! 迷わず書けよ! 書けばわかるさ!(

あぁ、「ざまぁみろ、志野崎秀介」の回も、「どんでん返しの使い方を見せてやる」とか「皆の睡眠時間削ってやんよ」とか大言吐きかけるテンションでしたけど(

 

それから知ってる人もいると思いますが、自ら語る作者の弱点。

ネーミングセンスが無いです。

新木桂って・・・・・・藤って・・・・・・もうちょっとなんかあるだろ・・・・・・(しかし具体案が思いつかない

死神に名前がついていないのもこれが理由。

まぁ、逆に悲劇の要素に一役買ってますけど。

 

秀介「あの時名前を教えておいてくれればよかったのに!!」

作者「マジでスマンかった」

 

秀介がまともなのが奇跡です。

しかし咲の登場人物の苗字は皆地名らしいですね、志野崎ってあるのかいな・・・・・・。

別作品で名前関係で助けを求めてる姿とか見つけても、なんかこう、辛く当らないでくださいませ(

 

 

そして最後に秀介の簡単なデータ。

 

誕生日は6月4日。

理由は特に無いけど、11月生まれの久より早く生まれてた方がいいかなと。

ホントは10月生まれにしようと思ったけど、A-29話で18歳って言っちゃったもんで(

4日は苗字と名前が「し」で始まるから。

 

身長は176cm、久+キスがしやすいと噂の身長差12cm(

京太郎の身長は上回れなかったよ。

散々先輩風吹かせただけに身長が負けているのはなぁ、うむむ。

いやぁ、でも先輩の威厳よりも久ちゃんとの相性を優先すべき、きりっ。

 

小学校の算数と中学、高校の数学テストで100点しか取った事がないが、別に自慢では無い。

近代歴史は年代によるが実際に体験してきた事なので知識が豊富で、教えを乞うてきたクラスメイトに「まるで体験してきたように話す」と言われる(

スポーツは得意ではない。

それについて突っ込まれると、「武力を必要とする麻雀打ちは国会議員だけで十分」と返す。

どっからネタを仕入れているのかは、えーと・・・・・・まぁ、分からないことの一つくらい残ってた方が楽しみ甲斐があるよね(

 

 

そんなこんなでご愛読ありがとうございました。

 




だがしかし、本編ではないお話はもうちょっとだけ続くんじゃ。

それではよいお年を、また来年。


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アフター阿知賀編
01高鴨穏乃 挑戦と推測


「小説家になろう」に投稿した時はこれが第一話でした。
あの時釣り針に引っ掛かtt・・・げふん、評価して下さった方々のおかげでここまで形にすることができました。
あの頃からここまで読んでくださってる方いるー?と思ってたんだけどいたんだよなー、感想でその辺ほのめかしてくれる方々がいた時は嬉しかったです。
このサイトでもこれが第一話だったらどんな反応だったのだろう?
多分、いっぱい矛盾が出て修正だらけに(
あとバッドエンドを匂わせてもダメージが少なかったか、チッ(
まぁ、そんなことを20話くらい投稿してから思ったものですが、これはこれで一つの作品の形。
乗り込めー、「アフター阿知賀編」スタートです。



勝てない・・・・・・!!

 

 

「また衣の勝ちだー」

 

 

阿知賀女子学院一同は練習試合にとやってきた龍門渕高校でボコされていた。

 

しかしまぁなんというか、ポジティブな人間はいたもので。

 

「もうひと勝負お願いします!」

「いいのか?」

「はい!」

 

 

 

レジェンド赤土晴絵率いる阿知賀女子学院一同は、インターハイが始まるまでの休日を使って各県の2位との練習試合に挑んでいた。

今日は4番目に向かった長野の2位、龍門渕高校との練習試合である。

 

 

 

「ほら、そろそろ帰るよ」

 

どれほど打った頃か、ポンと頭に手を乗せて赤土晴絵は高鴨穏乃にストップをかける。

 

「えー! もう少し打ってたい・・・・・・」

 

常にポジティブで引くことを知らない穏乃の要望により練習試合は延長され、そろそろ夕日も沈もうかと言う時間帯である。

 

「そろそろ帰らないと龍門渕さんにも迷惑になるよ」

「うぅー・・・・・・そっか、なら仕方ないか」

 

新子憧にも言われ、穏乃はようやく席を離れた。

 

「もう終わりか・・・・・・衣も楽しかったのだ。

 時間があれば明日にもまた打ってほしいのだ!」

「ぜひとも!」

 

衣の言葉にダダダッと駆け寄ってその手を取る穏乃。

 

「いいですよね!? 先生!」

「ん・・・・・・まぁ、時間はあるしね。

 ただ今日みたいに遅くまでは打てないよ」

 

帰りの時間もあるしね、と条件付きで頷く晴絵。

 

「やったぁ!」

 

衣も嬉しそうだった。

 

 

そうしてその日はお開きになりまた明日という段階で、不意に衣が思い出したように声をかける。

 

「お前達、確かインターハイに備えて強い奴らと戦ってるのだったな」

「はい、そうですよ」

 

穏乃が頷きながら返事をする。

その返事にまたさらに衣の表情がパァと明るくなる。

 

「それなら是非ともしゅーすけに会っていくべきなのだ!

 麻雀を打ちにここまで来たらしゅーすけに会っていかないのは損なのだ!」

「・・・・・・しゅーすけ?」

 

誰?と顔を見合わせる阿知賀一同。

名前からして男のようだがどういう知り合いなのだろう?

そんな反応をよそに衣は透華の方に振り向く。

 

「トーカ、しゅーすけに連絡して」

「・・・・・・それは別に構いませんけど。

 彼も一応インハイ出場の清澄の生徒ですし、もしかしたら規定に引っ掛かるかもしれませんわよ?」

 

透華の言葉に衣はキョトンと首を傾げる。

 

「それだとまずいのか?」

「まずいですわ。

 最悪清澄も阿知賀さんも規程違反で失格と言う可能性もありますもの」

「・・・・・・それはまずいのだ」

 

むむむと考え込む衣。

それを見かねて透華はため息交じりに携帯を取り出す。

 

「まずは大会委員に確認を取ってからですわね」

「頼むのだ!」

 

やれやれと電話をかけ始める透華。

その一連のやり取りを、「何の話をしているのかさっぱり分からない」と言う表情で阿知賀一同は見守るしかできなかった。

 

しばらくして透華は電話を終えた。

 

「OKが出ましたわ」

「やったー!」

「インハイ出場を決めたのは女子で、彼はインハイに関わっていないということ。

 そして女子同士で会わず彼個人が会う分には問題ないということですわ。

 それに加えてさらに私が直にお願いしたというのもあるのでしょうけど」

 

透華は飛び跳ねる衣の頭をよしよしと撫でながら、おーっほっほっほっと説明をした。

 

「ただ清澄に出向くのはまずいとのことですわ。

 明日もここで私達と打つというのでしたらこの場に呼べば済みますけれども」

 

未だに置いてきぼりの阿知賀一同は透華の言葉に顔を見合わせ、よく分からないような表情のまま頷いた。

 

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

その返事を受けて透華は再び携帯でどこかに電話をかける。

と思いきや。

 

「ほら、衣。

 ちゃんと用件は伝えられますわね?」

 

そう言って携帯を衣に渡した。

 

「もちろんなのだ」

 

衣はそれを受け取ると満面の笑みで話し始めた。

 

「もしもし? しゅーすけか?」

 

話が落ち着いたところでようやく思考が動き出した阿知賀一同。

とりあえず晴絵が透華に確認を取る。

 

「えっと・・・・・・どなたか強い人と戦わせてもらえるという事かしら?」

「ええ、確かに衣が言う通り、麻雀を打ちにここまで来て彼に会わないのは損ですわ。

 ただあちらもインハイ出場を決めた清澄の麻雀部員、何かと忙しかったりしますしね」

 

透華の言葉に再び顔を見合わせる阿知賀一同。

これだけ強い龍門渕の麻雀部員がそこまで言うとはよほどの人物に違いない。

 

「でも、その人男子なんですよね?」

 

憧が手を上げて質問すると透華は頷いた。

 

「ええ、男子ですわ。

 以前決勝に残った清澄、鶴賀、風越と一緒に合宿をやった時に知り合ったんですの」

 

その言葉に、不意に松実玄が声を上げる。

 

「あ、あの、天江さんずいぶん楽しそうに話してますけど・・・・・・その・・・・・・も、もももしかしてそのしゅーすけという人と天江さ・・・・・・」

「それはありませんわ」

 

思春期特有の思考をあっさりと否定される。

ありゃ、と玄は落胆した。

 

「確かに衣はあの男に懐いていますし、外で待ち合わせて打つこともありますし何度かここにも招待しておりますけれども。

 私やはじめはどちらかと言えばあの男苦手ですし。

 もしそんな話が出てきたら二度と龍門渕高校の敷居は跨がせませんわ!」

 

くきー!と一人盛り上がる透華。

その様子を龍門渕の一同は面白そうな目で見ているのだった。

特に純が。

 

「トーカ!」

 

と、衣が戻ってきた。

 

「しゅーすけ来るって!」

「そう、それはよかったですわね」

 

言葉とは裏腹にあまり笑顔ではない透華。

衣はそんな透華に携帯を差し出す。

 

「しゅーすけが代わって欲しいと言っているのだ」

「・・・・・・私に? まぁいいでしょう」

 

透華は携帯を受け取ると話し始める。

 

「もしもし、代わりましたわ。

 明日お越し下さるそうで・・・・・・いえ、別に、言い出したのは衣ですし。

 え? ・・・・・・いえ、そんな、悪いですわ・・・・・・そ、そう・・・・・・そういうことでしたら受け取っておいて差し上げてもよろしいですわよ?

 では明日、朝10時頃お迎えに・・・・・・いえ、お昼はこちらで用意しますし・・・・・・。

 いえいえ! 龍門渕の令嬢である私が客人を自転車で来させるなどと!

 お迎えに上がります! 待っていてください! いいですわね!?

 

 それではまた明日。

 ええ、ごきげんよう」

 

ピッと通話を切る。

 

「では明日10時頃またいらしてくださいまし。

 それから少し遅れますが必ずあの男を連れてまいりますので」

 

先程までの電話の様子とは打って変わって透華はキリッと阿知賀一同にそう告げる。

一同はそれに対して何やらニヤニヤと笑っていた。

 

「・・・・・・な、何ですの?」

「いえ、勘違いをしていたようで」

 

そう玄が言った後、憧も笑いながら告げる。

 

「付き合っていたのは天江さんじゃなくて龍門渕・・・・・・」

「だから私あの男苦手だと言ったじゃありませんの」

 

きっぱりと告げる透華。

そうは言われても先程の態度は好きな人を前にしたツンデレお嬢様の反応に見えなくもない。

 

 

ところがどっこい、透華はしゅーすけにそんな感情は全く抱いていない、これが現実です。

 

 

そんなところで今日はお開きとなった。

最後に憧が透華に尋ねる。

 

「明日来るそのしゅーすけって人、どんな人なんですか?」

「どんな人・・・・・・」

 

むぅと考え込む透華。

 

「捕え所がなくてのらりくらりとしていると言いますか。

 よく人をからかって、こちらが怒らない程度にいじめてくると言いますか。

 しかしそれでいて面倒見が良くて気の効くところもあるという・・・・・・」

 

そこまで告げて少し考え、最後に透華は告げる。

 

 

「どうしようもない男ですわ」

 

 

何故最後にそれでまとまった、阿知賀一同はやれやれと首を振った。

 

「・・・・・・それもそうですけど」

 

と、鷺森灼が口を開く。

 

「どんな麻雀を打つのか・・・・・・」

「灼さん待った!」

 

灼の言葉にストップをかけたのは穏乃だ。

 

「・・・・・・何?」

「そのしゅーすけって人がどんな麻雀を打つのか、それは打てば分かりますよ!

 ううん、打つまで分からないのが楽しいんじゃないですか!」

 

そうでしょ?と笑顔で告げる。

 

「・・・・・・確かにそうだけど」

 

むぅ、と不満気ながらもその考えを否定できない灼。

 

「だから、明日までの楽しみですよ」

 

んふふ、と笑う穏乃に灼は肩をすくめながらも頷いた。

 

のだが。

 

「・・・・・・そうですわね、初めに説明しておいた方がいいですわね。

 あの男は・・・・・・」

「ちょ! 待って!」

 

楽しみを奪われる!?と穏乃が話し出した透華を遮った。

 

「明日打つまでの楽しみって言いましたよね!? 今言ったところですよね!?

 何で話し始めちゃうんですか!?」

 

ぐわっ!と喰ってかかる穏乃を憧と玄が「どうどう」と抑え込み、透華の話の続きを促す。

 

「いえ、別に楽しみを奪うつもりは無くて・・・・・・。

 というか彼の麻雀を口で説明するのは中々難しいものですわ」

「・・・・・・そうなんですか?」

 

確かにそう言う麻雀を打つ人間もいるだろう。

衣の麻雀なんかもそうだ。

誰かが説明をしたとしても実際に体験しないとその怖さも実感もわかないという物。

 

「ただ・・・・・・注意点が二つほど」

 

ビシッと指を二本立て、透華は告げる。

 

「一つ、彼は既にピークを過ぎた打ち手。

 つまり本気で麻雀を打つことはできませんし、彼の全力を知る者からしてみれば今の彼の麻雀にはそれほど脅威を感じないということ」

「・・・・・・何かあったんですか?」

 

晴絵が不安げに聞く。

かつての、いや、今なおトラウマを抱えている自分のように何か酷い経験でもあったのだろうか、と。

しかし透華は首を横に振ってそれには答えない。

 

「・・・・・・それを私達の口から語るのは野暮というものですわ。

 本人の気が向いたら話してくれるかもしれませんけれどもね」

 

そう言われては「そうですか」と引き下がることしかできない。

 

「そしてもう一つ」

 

透華は続けてもう一つの注意点を告げた。

 

 

 

「それでもなお、彼は衣と渡り合う実力者であるという事ですわ」

 

 

 

 

 

阿知賀一同は近くに借りた旅館でくつろいでいた。

費用節約のため少し大きめの部屋に6人泊まりである。

 

「強かったねー、龍門渕の人たち」

 

松実宥がお風呂上がりのほかほかとした状態で幸せそうに呟く。

 

「天江さんも龍門渕さんも井上さんも・・・・・・皆強かったねー。

 私はドラがあるから一回上がるだけで逆転できたけど、その一回も難しいこともあったし」

 

玄も宥と共にほわーっと幸せそうに呟いた。

さすが姉妹である。

 

「明日こそもう少し善戦できるようになりたいですね!」

 

穏乃がぐっと拳を作りながら言うとくつろいでいた他のメンバーからも「そうだねー」と気合いの入っていない声が上がった。

 

「・・・・・・それに、明日にはしゅーすけって謎の人も加わるんでしょ?」

「どんな人なんだろうね」

 

灼と憧の言葉に一同は揃って首を傾げた。

想像で色々言うのは勝手だがその判断材料になるものも無いし。

 

「衣さんと渡り合う実力者って言ってたね」

「つまり衣さんと同じように人の聴牌率を下げる・・・・・・?」

「衣さんと渡り合うのなら毎回地和で上がるとか」

「それ、手に負えな・・・」

 

そんな感じでわいわい騒いでいると、一人いなかった晴絵が部屋に入ってくる。

 

「お疲れー、皆揃ってる?」

 

手を上げながら挨拶すると一同から返事が来る。

 

「揃ってますよ」

「先生、どこ行ってたんですか?」

「もうみんなお風呂入っちゃいましたよー」

 

ごめんごめんと謝る晴絵のその手には、何かメモ帳が握られている。

 

「ちょっとそのしゅーすけって人の事調べてみたんだ」

「おー! 何か分かったの? ハルエ」

「教えて先生!」

 

憧と穏乃が真っ先に食いつく。

他の皆も興味ありげだ。

が。

 

「残念、麻雀に関することはほとんど分からなかった。

 公式大会にも名前無かったし」

 

その言葉に一同は揃ってコケるのだった。

 

「分かったのはこれくらいかな。

 志野崎秀介、清澄高校3年生。

 過去三回ほど入院経験あり」

「入院って・・・・・・怪我? 事故? 病気?」

 

晴絵の言葉に穏乃が喰いつくが、それにも首を横に振るのみ。

 

「詳しいことは何にも教えてくれなかった。

 ま、私も警察じゃないしジャーナリストでもないしね」

 

やれやれと首を振る晴絵。

一同も大した情報が得られず残念そうだ。

 

「・・・・・・それからもう一個、彼が良く現れるという喫茶店があったわ」

「喫茶店?」

 

行きつけ喫茶店が分かったからってどうだというのだ。

 

「無駄なことに時間使って・・・・・・」

 

頼りないコーチ、と憧がため息をつくと晴絵はむっとした表情で言葉を返した。

 

「その喫茶店は麻雀卓が置いてあって、プロも出入りしてるって話よ」

「プロ!?」

 

途端に全員の反応が変わる。

 

「つまりプロとよく手合わせしてるってことかなーと思ってちょっと調べてみたんだけど、どうやらそんな情報いらないようね。

 じゃ、この話はここでおしまい」

「待ってー!」

 

パタンとメモ帳を閉じてしまった晴絵に穏乃が縋りつく。

 

「ごめんなさいコーチ! 憧が怒らせちゃったみたいで!

 後でちゃんと謝らせますから!」

「ちょ! 何私に責任押し付けてんのよ!?」

 

穏乃の言葉に憧が立ちあがって突っ込む。

 

「お、教えてください赤土さん!」

「気になって眠れませんー」

 

玄と宥も晴絵に頼み込む。

ちらっと灼を見ると、そちらも興味あり気にうずうずしている。

 

「仕方ないな、そこまで言うのなら教えてあげよう」

 

こほんと咳払いまでして勿体付けて晴絵は話し始めた。

 

 

「彼の麻雀に関する逸話がここでようやく見つかったわ。

 その逸話と言うのが・・・・・・。

 

 この喫茶店の麻雀卓で14連勝していた二人組を東二局で追い払った。

 

 この喫茶店によく来るプロは毎回のように彼に負けて帰っている。

 

 しかし常連さんと打つ時は安定せず、1位だったり2位だったり3位だったり、ビリを引くこともある。

 

 彼の打ち方を後ろで見ていても理解できず、しかし彼と麻雀を打っていると勝っても負けても楽しい。

 

 などなど・・・・・・」

 

色々出て来たわ、と報告をしてメモ帳を閉じる。

それを聞いた阿知賀一同の反応はまちまちだった。

 

「プロを毎回負かしている・・・・・・!?」

「でも安定しないって、なんで?

 プロより常連さんの方が強いの?」

「後ろで見ていても打ち方が理解できない・・・・・・?」

「勝っても負けても楽しいって素敵ねー」

「何かよく分かんないけど凄そうです!」

 

各々の感想を聞いたところで、晴絵は付け加えるように話を続けた。

 

「それから・・・・・・彼には一つ不思議な癖がある」

「癖って麻雀の?」

 

憧の言葉に晴絵は首を横に振る。

それはそうだ、麻雀の癖なんてバレていたらあっという間に狙い撃ちだろう。

それ以外の癖と言うと何であろうか?

 

晴絵は面白そうに言葉を続けた。

 

 

 

「彼が本気を出す時は、100点棒を口に銜える」

「なんで?」

「いや、それは分からなかったけど・・・・・・」

 

 




だって龍門渕が一番最初だったら合宿の前っぽいじゃないですかー。
なんか適当な事情があって最初に対戦できなかったと思ってください。
えーと、なんかほら、秀介が混じった事によるバタフライエフェクトとかカオス理論とか世界線がどーのこーのとかなんかそんな感じの(


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02松実玄 挨拶と波乱

にじファンでは、「アフター阿知賀編その1」(現在の「高鴨穏乃」)「志野崎秀介その5」「志野崎秀介その6」の3話のみを投稿していました。
にじファンが閉鎖すると決まってからこの3話を投稿、読者の反応を見て要望があったら移転するよーとやっていたのです。
そうしたらオリジナルを含むそれ以外の作品を大幅に上回る評価とアクセスがありまして(
「ブラッド・スティンガー」はまだしも「エアウォーク」ぇ・・・・・・。
いいんだ・・・・・・俺、この作品が書き終わったら「エアウォーク」に新キャラ加えて再リメイクするんだ(宣伝
「小説家になろう」に掲載しているオリジナルラブコメバスケット小説「エアウォーク」の再リメイクを!(宣伝




ガチャリと家のドアを開ける。

時刻は9:50、約束の時間の10分前だ。

 

にもかかわらず、そこにはすでに一台の高級車が止まっていた。

そしてなおかつ、家の門の前には一人の女性が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「遅いですわ!」

「・・・・・・いつからいたんですか」

 

夏休み目前、こんな時間だが既に暑くなってきているというのに。

後ろに車もあるし、わざわざ彼女はいつからそこで仁王立ちしていたというのか。

 

「かれこれ20分ほどですわ。

 衣は暑いからと車に戻ってしまいましたし。

 女性を待たせるなんて最低ですわよ!

 男なら気を利かせてもっと早く出てくるべきですわ!」

 

それはまた何とも勝手な言い分。

チャイムでも鳴らせばよかったものを。

だがそんな理不尽を向けられた相手は怒ることなく、笑顔を返すのだった。

 

「これは失礼を、時刻を守る事に捕らわれ過ぎていたようだ。

 次回から改善させて頂きましょう」

 

そう言って大仰に頭を下げる。

芝居がかったような口調に、彼女はプイッと顔をそむける。

 

「ふ、フン、分かればよろしいのですわ。

 さっさと参りますわよ」

 

くるっと車に向き直ると、彼女専属の執事が車のドアを開けて二人を迎え入れる。

そしてドアを閉めた後、運転席に戻るのだった。

 

車の中は実に涼しい、外とは比べ物にならなかった。

 

「しゅーすけ! よく来たのだ!」

「おう衣、元気だったか?

 前回会った時よりも大きくなったんじゃないか?」

「本当か!?」

 

車に入るなり少女は腕を絡めてきゃっきゃっと喜ぶ。

相手はよしよしと少女の頭を撫でてやった。

その様子を見ていた彼女はムッとした表情で執事に告げる。

 

「出して下さいまし」

「かしこまりました、透華お嬢様」

 

そして車が動き出す。

 

「・・・・・・ん? 何を持っているのだ?」

 

ふと、少女は彼が持っていた袋に目を向ける。

がさがさと音を立てるビニール袋、その中には箱が入っているようだ。

 

「昨日透華さんには言っておいたケーキさ。

 良ければ皆さんで、ってな」

「ケーキ!?」

 

わーい!と喜んだ後うずうずし出す少女。

早くも食べたくて仕方がないらしい。

彼はフッと笑うと箱から手に持てるカップケーキを一つ取り出す。

 

「ほら、衣用に一つ多く買っておいたから、食べていいぞ」

「いいのか!? ありがとうしゅーすけ!」

 

受け取るなり即座にパクッと食べる衣。

そして幸せそうな笑みを浮かべるのだった。

 

「・・・・・・あんまり甘やかさないでくださいまし」

 

フンッと不機嫌そうに女性は告げた。

そんな中、不意に執事から声が掛かる。

 

「志野崎様、箱の大きさから察するに龍門渕の方々の分しか用意が無いのでは?」

「申し訳ない、昨日連絡を受ける前から用意していたもので。

 なんでも今日は他の学校の方々が練習試合に来ているそうですね」

「・・・・・・ふむ。

 お嬢様、本日いらしているお客様の分、よろしければ少し急いでご購入して参りますが」

「さすがハギヨシですわ。

 それでしたらお願いします」

「かしこまりました」

 

小さく頭を下げた後、バックミラー越しに客人に視線を送る執事。

 

「そう言うわけですので志野崎様、少しばかり急がせて頂きます」

「どうぞお構いなく、ハギヨシさん」

 

そうして高級車は少しばかりスピードを上げた。

 

 

 

 

 

午前10時、阿知賀の一同は約束通り龍門渕を訪れていた。

昨日同様校門で入場受付を済ませて校内に入ると、迎えに来ていた一の姿を見つける。

 

「おはようございまーす!」

「本日もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

穏乃と玄の挨拶に一も返事をする。

そのまま連れられて昨日の麻雀部室へ。

そこではやはり昨日同様に純と智紀が待っていた。

が、2名ほど足りない。

 

「龍門渕さんと天江さんは?」

 

穏乃がキョロキョロ見回しながら問い掛けると、智紀が返事をする。

 

「・・・・・・お二人とも志野崎さんをお迎えに行かれました」

「え、二人で?」

 

何故わざわざ二人で?と穏乃が首を傾げると、純もため息交じりに答えた。

 

「透華はいつも迎えに行ってるから今回もって言ってたんだけど、そしたら衣も一緒に行きたいって言い出してさ。

 なんだかんだ言いつつ結局二人で行くことになったんだ」

 

やれやれと首を振る純。

が、すぐに卓にスッと手を向けた。

 

「ま、戻ってくるまで少しかかるだろうから、先に打ってないか?」

「それじゃ遠慮なく」

「待て」

 

そそくさと席に座ろうとする穏乃を晴絵が押さえつけた。

 

「その前にちゃんと挨拶しような」

「あ、はーい」

 

そうだった、と穏乃は大人しくそれに従い、一同揃って並ぶ。

 

「本日もよろしくお願いします」

「「「「「よろしくお願いしまーす!!」」」」」

 

「ああ、こちらこそ」

「改めてよろしくね」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

挨拶を交わしたところで一同は卓に着き、麻雀を始めるのだった。

 

 

 

打ち始めて30分ほど。

一卓が終わり、もう一卓も終盤という状況で不意に部室のドアが開いた。

入ってきたのは衣と透華だ。

 

「今戻ったのだー」

「お待たせいたしましたわ、阿知賀の皆さん」

 

「あ、天江さんに龍門渕さん!」

「おはようございます」

 

穏乃と憧が声をかける。

と。

 

「失礼します」

 

その後ろから一人の男性が入ってきた。

阿知賀一同は揃ってそちらに視線を向けた。

見慣れぬ男、彼が透華達が言っていた男性か。

 

「初めまして、清澄高校3年志野崎秀介です。

 本日はよろしくお願いします」

 

丁寧な挨拶に、阿知賀一同も思わず背筋を伸ばしてかしこまる。

 

「は、初めまして!

 阿知賀女子1年高鴨穏乃です!」

「お、同じく阿知賀女子1年新子憧です!」

 

「よろしくお願いします!」と気合いを入れて挨拶しようとした刹那、純から声が上がる。

 

「よ、志野崎先輩、ずいぶん似合わない挨拶だな」

「まぁ、最初くらいはな」

 

スチャッと手を挙げて交わすフレンドな挨拶に、二人は拍子抜けしてしまった。

「あれー? 気合い入れて挨拶しようとしたのに」とキョトンとする穏乃と憧の横をすり抜けて、秀介は晴絵の前に来る。

 

「初めまして、顧問かコーチの方でよろしいですか?

 昨日(さくじつ)ご紹介に預かったらしい清澄の志野崎秀介です。

 本日はお邪魔させて頂きます」

「あ、いえ、こちらこそ。

 阿知賀女子学院麻雀部顧問の赤土晴絵です。

 よろしくお願いします」

 

お互いに頭を下げて挨拶を交わす。

その後秀介は「それでは」と告げ、まだ麻雀を打っている卓の方に向かった。

 

「・・・・・・挨拶がしっかりしてる。

 敬語使ってくれない憧にも見習って貰いたいわ・・・・・・」

「ハルエ、何か言った?」

「いや、別に」

 

晴絵は卓に向かう秀介を感心した表情で見送った後、憧に視線を向けてこっそりとため息をつくのだった。

 

 

 

「今はどんな状況だい?」

 

秀介に声を掛けられ、卓で打っていた智紀が返事をする。

 

「・・・・・・今からオーラスです」

「そうか。

 ケーキの用意があるんだ、終わったら食べよう」

「・・・・・・ありがとうございます」

 

ペコリと頭を下げた後、智紀は配牌を取りに手を伸ばす。

 

「あ、あの! はじめまして!」

「初めまして」

 

玄と灼が慌てて立ち上がろうとしたが、秀介はそれを片手で制した。

 

「ああ、初めまして。

 挨拶は終わってからでいいよ」

「・・・・・・はい、分かりました」

「は、はい。

 はわわ・・・・・・」

 

見慣れぬ男性に見られての麻雀。

良く分からない、経験したことのないプレッシャーを感じながら玄も配牌を受け取る。

 

(・・・・・・この人が噂の志野崎秀介・・・・・・)

 

灼も配牌を受け取りながら、意識を秀介に向けていた。

 

(普通の男子にしか見えないけど、龍門渕さん達曰く天江さんに匹敵する強さを持つとか)

 

そんな人に見られながらの麻雀。

別に普段通りに打てばいいのだ、秀介への意識を切り卓に向き直る灼。

と。

 

「・・・・・・?」

 

様子がおかしい人物が一名。

一である。

あからさまに秀介から視線を逸らし、表情もどこか暗い。

 

(・・・・・・そう言えば昨日龍門渕さんが、自分も国広さんも彼が苦手だと言ってた気がす・・・)

 

合宿をやった時に出会ったと言っていたはず。

その時に何かあったのだろうか、などと考えながら配牌を整理し、山から牌をツモる。

 

 

 

南四局0本場 親・玄 ドラ{二}

 

智紀 31600

配牌

 

{一⑤⑦⑧⑨23779西北發}

 

灼 22500

配牌

 

{三七七八九②②⑥⑧2東南北}

 

秀介の立ち位置は智紀と灼の間、二人分の手牌が同時に見える位置だ。

だが秀介の目には対面の一の手牌も見えている。

 

一 19100

配牌

 

{三五七八⑦3469東南中中}

 

それを知らないから灼は現在の秀介の立ち位置を好都合に思っていた。

 

(このままクロが上がらなければ、志野崎さんにはクロの特性が理解できないまま戦うことになる)

 

ドラが手牌に集まる特性なんて言うものは、その特性の持ち主が上がらない限り明白にはならない。

玄が上がる以外で玄の特性を理解する方法は、玄と一緒に何局も打つくらいだろう。

だが秀介がやってきたのはオーラス、この一局で玄の特性を見抜くことは不可能。

確かに上がりを取って勝つのも大事だが、ここはその情報を伏せておいた方がアドバンテージになると思われる。

 

(ま、そのアドバンテージもクロが上がっちゃったら意味ないけど・・・・・・)

 

果たして玄は上がりを取るかアドバンテージを取るか。

そんなことを考えていたから、灼は秀介が渋い表情を浮かべていたことに気付かなかった。

 

当然秀介相手にそんなアドバンテージは存在しない。

一と同様に玄の手牌も秀介には見えているのだから。

 

(・・・・・・何だあれ・・・・・・)

 

 

玄 26800

配牌

 

{(ドラ)二三五六[⑤]⑦⑨4[5]689} {西}

 

 

配牌でドラ4である。

さらに次巡の彼女のツモも{(ドラ)}。

玄は相変わらずどこか秀介を意識したような緊張感のまま{西}を手放す。

逆に言えば彼女にとってそれ以外の部分、これだけドラが集まっていることは自然なことなのだろう。

彼女が{(ドラ)をツモらない可能性は、灼が2}を切ってラス目の一がわざわざ面前を崩してそれをチーするという有り得ない展開の時のみ。

そして当然ながらそんな展開は起きず、玄は手にした3枚目の{(ドラ)}を笑顔で手牌に加えるのだった。

秀介はげんなりとしながら山の方にも視線を向ける。

 

(・・・・・・裏ドラは{白、カンドラは③、カン}裏{は中}・・・・・・。

 {中は既に国広さんの手牌にあるが、白}は王牌と山の奥の方に固まってる。

 {③}も誰も所持していないし、ツモられるのは中盤以降・・・・・・。

 ・・・・・・というかそもそもカンが出来そうな人は・・・・・・)

 

ポリポリと頭をかきながら小さくため息をついた。

 

(・・・・・・支配力高すぎだろう)

 

 

そして各々手を進めて行って5巡目。

 

玄手牌

 

{(ドラ)二二三五六(横[五])[⑤]⑦⑨4[5]68}

 

赤ドラ追加、これでドラ6である。

タンヤオドラ6はほぼ確定、三色が追加されれば倍満だ。

この様子ならやられっぱなしでも上がり一回だけで逆転できる。

むしろここまで点差が拮抗しているのを見ると、玄は一度上がった後に他のメンバーに削られて現在の状況になったのではないかと思われる。

着々と上がりへと近づいていく玄。

だがこの局はそう簡単には上がれなさそうだ。

 

智紀手牌

 

{四五六⑤⑦⑧⑨2237(横4)79}

 

現在トップの智紀は平和のみでも上がれば勝利。

玄がドラ6になった次巡で既にこの形、勝利は目前に見える。

ただしその場合最下位が一になる。

龍門渕として――学校としても透華(あのお嬢様)としても――それは少し不満の残るところではないだろうか。

おそらく一としてもここで上がりを取って智紀とワンツーフィニッシュと行きたいところだろう。

一の手牌はこの形。

 

{三五六七八⑦3346中中中}

 

ドラも赤も玄が押さえて使えない以上精々リーヅモ中の3翻30符で1000・2000止まり。

ふむ、と秀介は顎をさする。

 

(・・・・・・親のドラっ娘との点差は7700。

 ペンチャン、カンチャン、単騎の悪待ちで2符をつけるか、暗刻を一つ増やして同じく符を増やすか、一発ツモで4翻にしなければ逆転できない。

 仮に直撃してもツモが消えるのでリーチ中で2600止まり、一発で当たらない限り逆転できない)

 

さて、それではどうするのかなと秀介は一に視線を向ける。

一はそれに気付いているのかいないのか、ただ秀介の方は見ずに牌をツモる。

 

一手牌

 

{三五六七八⑦(横九)3346中中中}

 

{三を切れば萬子は四-七}の両面待ちで、筒子、索子は中張牌の受け入れを待つ形。

赤ツモにも対応できるし本来はそうしたいところ。

だが赤は玄が抑えているし、両面待ちにした場合符が足りずに逆転できない。

ここは{⑦}を切ってカンチャン、単騎待ちになるのを期待するしかないか。

一応{6}を切って萬子を一通まで伸ばす手もあるが、ツモが上手くかみ合わなければ玄か智紀が上がってしまうだろう。

 

この先のツモが見えている秀介には正解の打ち筋が分かっている。

だが当然ながら秀介が一を助けるつもりは無い。

ただ見守るのみだ。

 

(衣のチームメイトを名乗るなら、これくらいはやってもらわないとな)

 

そして一は{⑦}を切り出す。

続いて先程から秀介がげんなりしているドラ娘、玄の手番である。

 

玄手牌

 

{(ドラ)二二三五(横三)[五]六[⑤]⑦⑨4[5]6}

 

玄は{⑨}を取り出して切った。

これでタンヤオ確定聴牌間近だ。

続いて秀介を目の敵にしている智紀。

 

智紀手牌

 

{四五六⑤⑦⑧⑨234(横3)779}

 

前巡{2を切ってしまったのでこの234}周辺でもう一面子作るのは厳しいか。

それでもツモればいいという考えで{3を残し、9を切って頭を確定したり⑤を切ったり}と打ち様はある。

智紀は暫し考えた後、{3}をツモ切りした。

灼の手番を経て一。

 

一手牌

 

{三五六七八九3346(横4)中中中}

 

このツモで{3344}のシャボ待ち、すなわち上がり形で暗刻が一つ増やせる可能性が出てきた。

そうなると一がここで切るのは{三か6}。

一も一度{三}に手をかけた。

が。

 

(・・・・・・ともきーの捨て牌に{3}が一つ・・・・・・)

 

一は今しがた智紀が捨てた{3}に焦点を合わせる。

仮にシャボ待ちでリーチをかけても待ち牌の残りは{3}が1枚と{4}が2枚。

ましてや真ん中寄りの中張牌は誰かの手に1枚や2枚抱えられていてもおかしくない。

現実的に山に2枚残っているかどうか。

 

(・・・・・・前巡にともきーが{2を捨てた後に3}をツモ切り・・・・・・。

 {2234の面子から2を切った後に3}をツモっちゃって、不要だからツモ切りしたっていう可能性はあるよね・・・・・・。

 ・・・・・・なら、やっぱりこれじゃダメだ。

 どこかのカンチャン待ちにしないと)

 

せっかくツモった{4}だが、一はツモ切りした。

実際智紀の手牌に{234}の面子がある。

さらに玄の手牌に{4[5]6の面子があるので、もしも3と4}のシャボ待ちにしていたらロン上がり以外不可能になっていたわけだ。

なんとか危機は回避した一。

そして数巡後。

 

一手牌

 

{三五六七八九3346(横5)中中中}

 

一の手に聴牌が訪れる。

{三}を切ってリーチしたいところだが逆転の符を稼ぐためにカンチャンでリーチをかけなければならない。

 

「リーチ!」

 

{九を切り、カンチャン四}待ちにする。

それを見て秀介はフッと笑った。

 

(まぁ、そうでなきゃな)

 

{四}は智紀の手牌に1枚あるのみ。

嶺上牌にも1枚眠っているが残りはまだ山の中だ。

後はこのまま鳴きが入らなければ。

 

(・・・・・・さて、そんな非常識な鳴きが出来るメンバーはいるかな?)

 

秀介は楽しげに玄と灼の様子をうかがう。

ちなみに智紀はその手の鳴きが出来る人物だと秀介は評価しているが、この状況で一の流れを崩すような鳴きはしないだろう。

 

このまま一が上がればトップにはなれないが挑戦者二人を抑えて龍門渕のワンツーフィニッシュ。

もし玄か灼がその上がりを崩す鳴きを入れられる面子ならば、これから戦うであろう秀介としてはいい収穫と期待になる。

傍観者としてはどちらであっても損は無い。

 

そしてそれから3巡、一の手牌に上がり牌が舞い込むまで鳴きは入らなかった。

 

「ツモ!」

 

ダンッと少し強めに牌が叩きつけられる。

 

{三五六七八33456中中中} {(ツモ)}

 

「リーヅモ中、3翻40符で1300・2600!」

 

事前の計算通り、ギリギリだがこれで逆転だ。

 

 

 

智紀 30300

灼  21200

一  24300

玄  24200

 

 

「・・・・・・ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

 

一同は挨拶を交わして席を立つ。

見事逆転を成し遂げてほっと一息ついた一は「ともきーの捨て牌に助けられたよ」と感謝しており、感謝された智紀はそれを狙っていたのかは不明だが「・・・・・・助けになったのなら何より」と返していた。

 

「あーん、逆転されちゃったよー」

「あの状況で逆転の手を作ったのは凄いとおも・・・。

 私たちも見習うべき」

「そうだね、同学年だもん、負けられないなぁ」

 

一方玄と灼も終わった直後こそ少し落ち込んでいたようだったが、既に立ち直っているようだ。

わざわざ遠征してきた事だし、これくらいでいつまでも沈んでいるようなメンタルはしていないのだろう。

なるほど、自分が声を掛けられただけはありそうだなと思いながら、秀介は彼女達を見ていた。

と、灼達もそれに気付いたのかこちらに向かってくる。

挨拶は終わったらでいいと言ったから挨拶に来るのだろう。

そう思って秀介も彼女たちの方に歩み寄った。

 

「志野崎さん」

 

そして挨拶を交わそうとした刹那、透華に呼び止められた。

このタイミングで声を掛けてきたということは挨拶の前に何か用事があるということだろうか?

一先ず世話になっている身として透華の方を優先する。

 

「どうかしましたか?」

「せっかくですから皆さんにまとめて挨拶をされた方がよろしいかと思いまして」

「ああ、なるほど」

 

一人一人個別に挨拶するよりも、確かにそちらの方がいいかもしれない。

阿知賀の一同もそれに従い横一列に集まる。

秀介もそれに向かい合った。

それを確認して、透華が秀介の方にスッと手を差し出す。

 

「では志野崎さん、ご挨拶を」

「・・・・・・ついでに何か面白い一言を」

「・・・・・・一発ギャグ」

「期待してるぜ、志野崎先輩」

 

ついでに一と智紀と純も言葉を続ける。

 

「何だそれ、やんなきゃダメなの?」

「ダメです」

「・・・・・・当然」

「やってくれるよな!」

 

ぐっと親指を立てながら追撃してきた。

透華の方に視線を送るがプイッとそっぽを向くのみ、助けてくれる気配はない。

 

(・・・・・・仕方ないな、この手は使いたくなかったが・・・・・・)

 

秀介は少しばかりため息をついた後、声を上げた。

 

「衣お姉さん、みんながいじめるんだが助けてくれないか?」

「何!? 衣おねえさんに助けを求めたか!? しゅーすけ!」

 

秀介の言葉に衣はシュババッと現れ、秀介と龍門渕メンバーの間に立ちはだかった。

 

「安心しろしゅーすけ、いつも衣と麻雀を打ってくれるお前の頼みとあらばいつでも助けに馳せ参じようぞ。

 任せておくがいい、この衣()()()()()に。

 この衣()()()()()に!」

「初めまして、ご紹介に預かりました志野崎秀介です。

 本日は一日よろしくお願いいたします」

「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」

 

こうして秀介は衣が龍門渕一同をせき止めている間に挨拶を済ませたのだった。

 

「面白い一言が無かったみたいですが」

「・・・・・・一発ギャグ」

「期待してたのになー」

「お前ら後で覚えてろよ」

「こらー! しゅーすけをいじめるなー!」

 

 

挨拶を終えたところで休憩がてら、秀介とハギヨシが用意したケーキが振舞われた。

それぞれ別の種類、まずはお客様の阿知賀メンバーが選び、その後龍門渕メンバーと秀介が順番に選んだ。

紅茶を飲みながらケーキを食べ、一先ずのんびりしてから麻雀をということで話はまとまり、自己紹介を交えながら各々くつろいでいた。

のだが。

 

(憧、志野崎さんってずいぶん龍門渕さん達と仲がいいんだね)

(・・・・・・そうね、こんな場にわざわざ呼ばれるくらいだし)

 

何やら穏乃が憧に話しかけていた。

 

(日頃からよく一緒に麻雀打ってるんだろうね!)

(え、うん、そうでしょうね)

(あー、どんな麻雀打つんだろう?

 楽しみだなー、早く打ちたいよ!)

(とりあえずケーキ食べてからでしょ、静かにしてなさいよ)

「あーもう待てない! 早く麻雀打ちましょう!」

「静かにしてなさいって言ったでしょ!?」

 

ガターンと席から立ち上がってわめく穏乃を取り押さえる憧。

なお穏乃は既にケーキを完食した模様、紅茶も空である。

その様子に秀介は、はっはっはっと笑いながら答えた。

 

「そうだな、待ち切れない様子だしいいよ。

 麻雀しながらでもケーキは食べられるし」

「やったー! じゃあさっそく打ちましょう!

 憧! 一緒に打とう?」

「巻き込まれた!?」

 

ゆっくりケーキ食べたかったのに、と愚痴りながらも穏乃の誘いを断らない憧。

なんだかんだで穏乃に弱いのだ。

 

「それじゃあ、あと一人・・・・・・」

 

穏乃が一同を見回す中、秀介が声を上げた。

 

「一応阿知賀さんとの練習試合ってことだから阿知賀さんから選んだ方がいいだろ?」

 

そして先程試合をしていた玄の方へと歩み寄る。

 

「さっきの試合、一局だけだし手牌は見れなくて打ち方がよく分からなかったから、よかったら一緒に打ってもらえないかな?」

「ふぇ!? べ、別に構いませんけど・・・・・・」

 

普段から男子との接点が無い中で唐突に紳士的なお誘い、思わず玄は頷いていた。

こうして秀介と打つ阿知賀のメンバーが決まった。

 

秀介は卓に近づくと山の一つを器用に崩さずくるっと返し、{東南西北}を抜き出すと裏返してガシャッと混ぜた。

 

「さぁ、引いてくれ」

 

それに従い穏乃は真っ先に{南}を引き当て、続いて憧が{北}、玄が{西}をそれぞれ引く。

残った{東}が秀介だ。

 

「賽を振るかい?

 それとも俺がこのまま親をやるかい?」

「しゅーすけ! そのまま親で圧倒的力を見せてほしいのだ!」

 

秀介の言葉に答えたのは阿知賀メンバーではなく衣だった。

そうか、と秀介は頷く。

 

「圧倒的力か。

 うん、まぁ、楽しんで貰えるよう善処はするよ」

 

そう答えて席に着いた。

それに従い、阿知賀メンバーもそれぞれの席に着く。

 

「志野崎さん!」

「ん?」

 

不意に穏乃に声を掛けられ、秀介はそちらを向いた。

 

「和は・・・・・・強いですか?」

「おや、原村さんの知り合いかい?」

「はい。

 私も、向かいの憧も、下家の玄さんも、赤土先生も」

 

一人ならまだしもこれだけたくさんいるとは。

 

(原村さんは昔彼女達の地元に住んでたことがあるのかな?)

 

秀介はどちらかといえば和に目の敵にされている、故にそのような雑談はしたことが無かったので新たな一面が知れたなと小さく喜んだ。

 

「私たち皆で・・・・・・全国で和と遊ぶんです!」

 

ぐっと気合を表すように拳を握る穏乃。

苦笑いを浮かべたりため息をついたりする阿知賀メンバーとは対照的に秀介は、へぇ・・・と眉を吊り上げていた。

 

麻雀を楽しみ、想いの限りをぶつけようという心意気。

彼女もまた、「牌に愛された子」なのだろう。

 

その輝きをなんだか眩しく思いながら、秀介はふと衣に声を掛けた。

 

「衣、この子は強いか?」

 

突然声を掛けられてキョトンとしたが、衣はすぐに笑顔で返事をした。

 

「ああ、しずのは強いぞ!

 衣の海底を目の当たりにしても微塵も怯えを見せぬ勇気を見せてくれたしな!」

「そうか」

 

衣の言葉に何かを思いついたのか、トントンと何度か机を指で叩きながら考えている様子の秀介。

そしてやがて、小さく頷いた。

 

「・・・・・・分かった、圧倒的力を見せるとしようか」

 

真剣な表情でそう言う秀介に憧と玄は警戒を高めた様子。

 

だが穏乃と衣は、期待にあふれた笑みを浮かべた。

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

そうして期待に満ちたその半荘は、

 

 

「あ・・・・・・えっと、ロンです・・・・・・志野崎さん」

 

 

{四[五]六九④[⑤]⑥(ドラ)114[5]6} {(ロン)}

 

 

「三色ドラ6、16000です」

 

 

「・・・・・・しゅー、すけ・・・・・・?」

 

 

東一局倍満直撃、波乱の幕開けとなった。

 

 

 

秀介  9000

穏乃 25000

玄  41000

憧  25000

 

 




のよー「裸単騎なのよー!」
ネキ「十三面待ちやから!」
でこ「オープンリーチですから!」

特技盲牌の人の罰ゲームまだー?
それにしてもアニメの影響か少しずつ咲小説が増えてきて嬉し・・・・・・はっ! 秀介の身に一体何がー!?(


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03新子憧 動揺と大差

誰が予測できただろうか。

東一局、秀介による玄への倍満振り込み。

この開幕に龍門渕一同の表情は驚愕に染まった。

 

「嘘だろ・・・・・・?

 志野崎先輩が倍満振り込みなんて・・・・・・」

 

秀介が振り込んだ玄の手牌はこの形。

 

{四[五]六九④[⑤]⑥(ドラ)114[5]6} {(ロン)}

 

「た、確かにヤオチュー牌の単騎は狙いやすいとは言え、あの人が振り込むとは思えないよ・・・・・・。

 ましてやリーチかけてたわけでもないのに・・・・・・」

 

龍門渕メンバーと秀介は合宿の後も何度か招待して共に麻雀を打った仲だが、その間秀介に振り込みと呼べるものは無かった。

あるにはあるのだがその後の逆転ぶりを見ると、振り込みというよりは差し込みというのが正確だろう。

今回もそれか?と思ったが、さすがに東一局で倍満振り込みは大きすぎる。

 

「まぁ、落ち着きなさい皆さん」

 

そんな一同の動揺を透華が抑える。

 

「たまにはそういうことくらいありますでしょう。

 彼も人の子と言うことですわ。

 私はむしろ少し安心しましたけれどもね」

 

おほほほほと笑う透華。

だがその唇がわずかに震えていることに気付かないほど付き合いは短くない。

 

一方衣は自身の動揺を必死に抑え込んでいた。

 

(い、いや、しゅーすけのことだ、きっとまた何か考えてやっているに違いない!)

 

このメンバーの中でおそらく一番秀介を気に入っている衣。

そんな衣だからこそ、合宿の最後の試合と比べて現在の秀介が弱体していることを一番よく痛感している。

それでも透華すらが今でも「衣と渡り合う実力者」との評価を下しているほどだ。

いくら衣も打っていて楽しかったとはいえ、阿知賀とかいう今までろくに聞いたこともないような学校の生徒にやられるほど秀介は弱くない、はずだ。

 

(しゅーすけ・・・・・・大丈夫、だよね・・・・・・?)

 

動揺を押さえ込みながらも、衣は不安そうに秀介を見守ることしかできなかった。

 

そして智紀は。

 

「・・・・・・」

 

(と、ともきー怒ってるよね? あれ怒ってるよね!?)

(ああ、多分怒ってるぜ!)

(おそらくですが物凄く怒っていますわ!)

 

今までに無いほどの怒りの圧力(プレッシャー)を周囲に放っている。

秀介を一方的に敵視している智紀、だが普段は子供でもあしらうかのようにあっさりと追い払われてしまっている。

そんな扱いを受けている智紀だからこそ、秀介があっさりと倍満に振り込んだことが許せないのだろう。

自分以外の誰かに負けるなんて許さない!とか、どこぞのライバルキャラみたいなことでも思っているのかもしれない。

ともかく智紀は怒っていた。

 

 

そんな龍門渕一同とは打って変わって、阿知賀メンバーの間では少しばかり弛緩した空気が流れていた。

 

「玄ちゃん、先制決まったよ」

「玄はさっきの試合で手牌をさらしてないし、まだ志野崎さんに打ち方バレてないから」

 

宥と灼はそう話し、一先ず玄の上がりを喜ぶ。

 

「まだ喜ぶのは早いよ、一撃当てただけだからね。

 とはいえ・・・・・・」

 

晴絵はまだ油断していないが、それでもやはり嬉しいのだろう。

 

「ツモじゃなくてロン上がり出来たのは幸いだね。

 一人沈みをひっくり返すのは容易じゃないよ」

 

そう言ってにやりと笑った。

 

「振り込んだ本人も、そんな表情してるしね」

 

 

そして実際に試合をしている当人達の方、秀介は点箱から1万点棒を一つと1000点棒6本を対面の玄に渡していた。

 

「・・・・・・いきなり倍満かい、破壊力あるね。

 それともさっきまで打ってたから肩があったまっているのかな?」

「いえいえ、さっきのオーラスは上がれませんでしたし。

 運が良かっただけですよ」

「そうかい、てっきり普段からドラがたくさん寄ってくるのかと思ったけど運か」

「そ、そうです、運ですよ」

 

秀介の言葉に一瞬ギクッとしたが、なんとか平静を装って点棒をしまう玄。

何にしてもこのリードは大きい。

それはいいのだが・・・・・・玄はちらっと秀介の様子をうかがう。

軽口を叩いて平静を装っているようだが、右手が少しばかり震えているように見える。

 

(・・・・・・いきなり上がっちゃったのは悪かったかな・・・・・・?)

 

玄はそんなことを思った。

 

何せあの天江衣さんがわざわざ「会っていかないのは損なのだ!」とまで言って呼び出した人物だ。

相当慕われていると考えて間違いないだろう。

にもかかわらずその最初の試合でいきなり倍満振り込み。

後で龍門渕さんから「期待して呼び出したのにあの有様(ザマ)は何ですか!?」とか怒られたりするのではなかろうか。

そ、そんなことで後々この志野崎さんと龍門渕さん達との間に亀裂でも入ってしまったら!

先日は天江さんも龍門渕さんも「志野崎さんとは付き合っていない」と言っていたが、実は周囲に秘密でお付き合いをしている可能性もある(憶測

いや、あの二人に限らずもしかしたら他の三人と?

いやいや、まさかまさかの二股、三股、あわよくばハーレムとかも!?(思春期特有の妄想

それだけの付き合いがあるにもかかわらず、倍満に振り込んだのがきっかけで別れ話になんて発展しちゃったりしちゃったら!!

「この責任、君の身体で払ってくれよ」とか言われちゃったりするんでしょうか!?

いやいや! 待つのです!

この龍門渕さん達はどちらかといえばお胸様(おもち)があまり多くない(無意識の誹謗中傷

私のおもちにはきっと興味無いですよ、この志野崎さんと言う方は。

はっ!? ま、まさか!

「ここのメンバー、あんまりおもちが無くて飽き飽きしてたんだよね。

 このたまったストレス、君のおもちで晴らさせてくれないか?

 あ、君のお姉さんもいい身体(おもち)してるよね」

いやぁー! ダメですそんなの!

初めては好きな人って決めているのですー!

ま、ましてやおねーちゃんも一緒だなんて!

ゆ、許さないのですよー!

 

「玄さん、早く配牌持ってってよ」

「はう!? おもちがどうかしましたか!?」

「・・・・・・え? お餅がどうかしたの?」

 

穏乃の指摘にようやく我に返った玄は、「あわわ」と慌てながら配牌に手を伸ばしていった。

 

 

秀介  9000

穏乃 25000

玄  41000

憧  25000

 

 

 

東二局0本場 親・穏乃 ドラ{⑥}

 

「おっと・・・・・・失礼」

 

配牌を取る時、不意にカシャッと音がした。

秀介が一つ転がしたらしい。

誰にも見えていないのでそのまま手牌に回収したが、もしや倍満を振り込んだ影響だろうか。

 

憧配牌

 

{七八③③⑦15699東東中}

 

配牌を受け取った憧もやはり秀介が気になるようでチラッと視線を向ける。

 

(あれだけ注目されている中で東一局に倍満振り込み・・・・・・まぁ、ショックだよね。

 気持ちは分かるけど手加減なんてしたら失礼だし、そもそも・・・・・・)

 

が、すぐにタンッと切られた玄の{東}に手牌の一部を倒す。

 

(練習試合に来た意味が無いしね!)

 

「ポン!」

 

第一打から仕掛ける憧。

 

「チー!」

 

そのまま流れに乗って一気に上がりを取った。

 

「しず、それロン!」

「えっ!?」

 

{七八九99中中} {横①②③横東東東} {(ロン)}

 

「東中チャンタ、3900!」

 

高目で上がれた!と小さくガッツポーズをとる憧

仲間から上がるのは少し気後れしたが、それでも穏乃と秀介との点差はまだ12000以上。

穏乃ならまだまだ平気だろうという信頼と、やはり練習試合で手加減できないという思いからさっさと上がりを取ったわけだ。

 

 

秀介  9000

穏乃 21100

玄  41000

憧  28900

 

 

 

東三局0本場 親・玄 ドラ{三}

 

そしてこの局も憧は流れに乗った。

 

{四五七八①③④⑦⑦289中}

 

このような配牌が順調に牌が重なり、8巡でこの形。

 

{四五六七八①②③④⑦⑦⑦⑧(横⑧)}

 

「リーチ!」

 

平和がつけられなかったのは残念だが構わずリーチをかける。

{三-六-九}の三面張。

だが{九はタンヤオが消えるし、(ドラ)}は玄が押さえているだろう。

理想の上がり牌は{六}のみ、果たして引けるか。

 

(安目は勘弁ね)

 

次巡引いてきたのは{五}、おしい。

それを手放すと。

 

「・・・・・・チー」

 

秀介から声が上がった。

{五六七}の鳴きだ。

 

(動いた! 何か狙ってる!?)

 

晒した牌の中に憧の待ち牌{六}が入っていることから察するに、こちらの上がり牌を使い切って不要牌で狙い撃ちをする気か。

 

(まずっ・・・・・・リーチしたのは早計だったかも)

 

前日から注意していたというのに東一局の倍満で注意を切ってしまっていたか。

少しばかり後悔したがそれも束の間。

 

「あ、ツモ!」

 

{四五六七八②③④⑦⑦⑦⑧⑧} {(ツモ)}

 

数巡後、憧は上がり牌を手にすることが出来た。

裏ドラは乗らず。

 

「リーヅモタンヤオ、1000・2000!」

 

喰いずらされてもツモ上がり、ナイスチー!と言って煽るのは憧の好みではない。

結果ラッキーと思っておこう。

 

 

 

東四局0本場 親・憧 ドラ{西}

 

(ようやくやってきた親番)

 

憧は点差を確認しながら玄に視線を向ける。

ここで連荘して少しでも玄との点差を縮めておきたいところだ。

 

憧 32900

配牌

 

{三四六七④⑥⑥⑦⑧1125} {7}

 

幸い配牌はこの形、上がりは容易そうに見える。

 

(さて、まずは・・・・・・)

 

リーチをしてもいい、鳴いてもいい、ツモってもいい、ロンでもいい。

 

(ひとつ、和了(あが)る!)

 

{1}を雀頭に固定、タンヤオは消えるがこれが一番早いだろう。

第一打には{2}を選んだ。

 

秀介 8000

配牌

 

{二五八九①⑨⑨347(横5)9南北}

 

まさかの、子の満貫に振ったら即終了という事態。

さすがに険しい表情で{北}を切り出した。

 

穏乃 20100

配牌

 

{四①②⑤(横④)⑨248東北白發中}

 

良くない配牌だ。

どうしようかと悩むが、一人へこみがいる状況でネガティブに打つわけにはいかない。

まずは字牌整理、{北}を捨てる。

 

玄 39000

配牌

 

{一二二三四七[⑤]⑨66(横西)西(ドラ)發}

 

憧が追い上げてきているが現在トップの玄。

配牌ではドラが少ないが第一ツモも{西(ドラ)}でドラ3。

おそらくこれからツモにドラが寄ってくるのだろう。

 

(おかーさん・・・・・・私、今日もドラを大事にしてるよ)

 

ドラを見る度に、幼い頃亡くした母親を思い出す玄。

ドラを大事にしているうちにドラが寄ってくるようになったという体質。

例え手役が縛られようとも彼女がその体質を疎ましく思うことは無い。

手牌のドラを眺める玄は今日も笑顔だった。

 

(・・・・・・{發}は寄ってくるかもしれないし)

 

一応手牌に{一二二三四}と二面子になりそうな候補はあるが、赤ドラを手放せない玄としてはリーチを掛けなくても役が確定する役牌は欲しいところ。

幸い役牌暗刻あるいは明刻(ポン)と、三種類の赤は二面子と頭、そして{西(ドラ)}暗刻もしくは槓子で上がりの形まで持って行ける。

まずは端牌から、と{⑨}を切った。

 

「ポン」

「ふぇ?」

 

同時に秀介から声が上がる。

1巡目から{⑨}をポン、一体何を狙っているというのか?

ましてや鳴きを入れたことで秀介の手牌はこの形。

 

{二五八九①34579南} {⑨横⑨⑨}

 

ピシッと{南}を切り出す。

実際に打っている三人も意図が不明ながら、見学しているメンバーの方が理解不能という打ち筋。

 

「・・・・・・ハルちゃん、今の・・・・・・」

「・・・・・・いや、分かんない」

 

晴絵に解説を求めた灼だったが首を振って断られた。

 

「流れを変える、とかいう鳴きかもしれないよ。

 その辺は各々の感性だからね」

「・・・・・・そう・・・・・・」

 

むーっと卓上を眺める晴絵。

灼も今の秀介の鳴きの意図を探そうと目を凝らすがヒントになりそうなものは転がっていない。

二人とも彼の打ち方は理解できなかった。

 

それはもちろんである。

何故なら普段からよく打っている龍門渕メンバーですらよく分からないのだから。

 

「透華、今の・・・・・・」

「あの男の打牌を私に聞かないでくださいまし!」

 

純に声を掛けられた透華は即座にそれを拒否した。

それを苦笑いしながら見ていた一は智紀に聞いてみる。

 

「あはは・・・・・・ともきーは何か・・・・・・」

「・・・・・・新子さんの流れを止めるもので間違いないかと」

 

こちらはあっさりと答えが返ってきた。

 

「確か合宿でもありました。

 風越の福路さんの流れを止めて透華さんに有効牌を入れていた鳴きが。

 今回対面の松実玄さんの牌を食い取ったところを見ると、新子さんの有効牌は対面の高鴨さんに流れるはず・・・・・・」

「うむ、衣も今回はしずのの上がりだと思うぞ。

 しかしあの思い切りの良さは相変わらずだな、しゅーすけ」

 

やられっぱなしなだけではないのだと言うことが分かり、智紀も衣も些か機嫌が直ってきたようだ。

そして両者の考えていた通り。

 

「リーチ!」

 

その穏乃からリーチが入る。

一方の憧の手牌は、あれからツモが字牌やら既に切った牌やらに偏りろくに進まなかった。

 

(やば、しずに先制取られた・・・・・・1巡目の鳴きのせいか)

 

憧も龍門渕メンバーと同様の考えに至ったのか秀介に視線を向ける。

だがいくらなんでも思い切りが良すぎるし、そこまで都合よく牌がはまるだろうか? そこが疑問だ。

疑問は疑問のまま、しかし一応の答えは出る。

 

「ツモ!」

 

{四四②②③④⑤223344} {(ツモ)}

 

穏乃の上がりだ。

 

「リーヅモタンヤオ一盃口、2000・4000!」

 

いよぅし!とガッツポーズをとる穏乃。

 

(上がられたか・・・・・・まぁ仕方ない)

 

憧は小さく一息つき、点棒を差し出す。

が、それを秀介が止めた。

 

「・・・・・・? 何ですか?」

「符が足りないよ、それ。

 満貫じゃなくて2000と3900(ざんく)だ」

 

その指摘に穏乃が「あっ」と声を上げる。

 

「ご、ごめんなさい、ついテンションが・・・・・・」

「もう、穏乃ちゃんしっかりしないと。

 これから全国で戦うんだよ?」

 

てへへと笑いながら憧に100点棒を返す穏乃。

玄は苦笑いしながらもそれを軽く叱った。

憧は点棒のやり取りを終えて点箱を閉めると、ちらっと秀介に視線を向ける。

 

(・・・・・・落ち着いてる・・・・・・)

 

 

それに気付いたのは智紀も衣も同じだ。

 

「・・・・・・落ち着いていますね」

「おそらく倍満を振り込んだ直後の震えとか配牌を落としたりしていたのも演技だ。

 今もしゅーすけの計算通りに事が進んでいるに違いない」

「・・・・・・手の込んだことです」

 

嬉しそうに秀介を見守る衣と、少しばかり不敵な笑みを浮かべる智紀。

二人の考えが正しければ。

 

「・・・・・・ということはつまり」

 

透華の言葉に頷く二人。

 

「そうだ! この次は南一局、しゅーすけの親番!

 ここで・・・・・・いつもの大連荘が始まるのだ!」

 

 

 

南一局0本場 親・秀介 ドラ{九}

 

そうして普段の秀介の腕前を知っている龍門渕メンバーの期待が集まる中、また秀介の動向に不安を持つ阿知賀メンバーが見守る中、その南一局は瞬く間に終わりを迎える。

 

「玄さん、それロン!

 ダブ南で2000!」

「あうー、速いよ穏乃ちゃん」

 

「「「「「あれー!?」」」」」

 

上がりを取った穏乃と振り込んだ玄以外の全員から声が上がった。

 

「な、なんだ・・・・・・何かあるかと期待してたのに」

「びっくりしましたー」

 

晴絵と宥はほっと一息つく。

 

「ちょ、ど、どういうことですの!?」

「いや、ボクに聞かれても・・・・・・」

「連荘狙いじゃないのか!?」

「・・・・・・志野崎さんにも計算外の事が・・・・・・?」

 

龍門渕一同は龍門渕一同でおろおろしていた。

秀介が連荘狙いじゃない!?

なら一体・・・・・・一体何を狙っているのか!?

まさか本当に秀介にも計算外の事が!?

 

そんな中、衣は見た。

秀介が軽く口元に右手を持って行った仕草を。

 

(あれは・・・・・・)

 

確かそう、普段からたまにやっている、100点棒をタバコに見立てて一息ついているような仕草。

 

「・・・・・・違う・・・・・・」

 

そうだ、間違いない!

100点棒こそ銜えていないがあの仕草が出るということは!

 

「・・・・・・衣?」

「・・・・・・た、多分まだ、この展開はしゅーすけの思惑の内なのだ」

 

透華の言葉にそう答える衣。

だがしかし。

 

「で、でも・・・・・・それでは志野崎さんは何を狙っていると?」

 

そう、その答えが分からない。

だからこそ一同はこうして不安になっているのだ。

南場の親も捨てて、秀介は一体何を狙っているというのか。

 

「分からない・・・・・・でも・・・・・・!」

 

信じてるぞ、しゅーすけ。

お前の力を。

衣が友と認めたお前の力を!

 

 

 

南二局0本場 親・穏乃 ドラ{⑨}

 

秀介 6000

配牌

 

{二三七八①③④⑧8東西白中}

 

残りはたったの6000点、ダントツの最下位だ。

トップの玄との点差は29000点もある。

何とか差を詰めなければならないというのに配牌はこの形。

一体どうしろというのか。

後ろで見ていた晴絵もさすがにため息をこぼしてしまう。

 

(こりゃ逆転するのは厳しいね。

 逆に言えばここから逆転したらそれは大したものだけど・・・・・・ちょっと期待外れかな)

 

誰しも調子のいい悪いはあるので一概に責める気はない。

それでもわざわざ期待させるべく呼び立てた人物がこの有様ともなれば落胆するのも仕方ないだろう。

 

そう思っていた晴絵の目の前で。

 

「チー」

 

第一ツモを待たずに秀介は動いた。

 

{二三①③④⑧8東西白中} {横九七八}

 

「は?」

 

鳴いて一面子完成、だがそれがどうしたというのか。

今の鳴きで上がる可能性があるとしたらチャンタか役牌バックのみ、早くも手に蓋がされてしまった。

 

(・・・・・・いやいやいや、焦ってたのか知らないけど、ダントツの4位が1巡目からそこ鳴いてどうするのよ?

 素人でもそんなことしないでしょ・・・・・・)

 

チラッと{九}を捨てた憧の手牌を覗いてみる。

 

憧 29000

手牌

 

{三五①②②④⑥⑥26789}

 

(字牌が無い・・・・・・確かに切るなら{九}が妥当か)

 

また流れを食い取るとかいうやつだろうか?

いや、だとしたら憧のツモを食い取ってどうする。

東場は確かに憧に流れがあっただろうが、その後は穏乃の上がりが続いている。

狙うならそちらではないのだろうか?

 

(それともさらに動くつもりか・・・・・・)

 

2巡目。

 

秀介手牌

 

{二三①③④⑧8東白(横白)中} {横九七八}

 

{白}対子、これで役牌バックの目は出てきた。

ここからさらにチャンタを付けるなら{④}切り、役牌のみを目指すなら{①}を切ってしまってもいいか。

だが秀介はここから{三}に手をかけた。

 

(な・・・・・・なんで!?)

 

鳴くにしてもツモを待つにしても好形の両面待ち、それを払ってどうするよ!?

 

「・・・・・・ハルちゃん、今の・・・・・・」

「ごめん、無理、分かんない」

 

灼の言葉にもあっさりそう答えて自身の考えに没頭する晴絵。

やっぱり流れを弄ってる?

いや、でももう親番の残っていない南二局だ。

トップが欲しくないのか? ビリが怖くないのか?

それを()()()()()()()()()()正しいのかどうかも分からない。

得体が知れなさすぎる、直後の3巡目。

 

「ポン」

 

{二①③④⑧8東中} {白横白白横九七八}

 

対面の玄が切った{白}をポン。

先程の打牌は理解できなかったが一先ず役牌確保、それに加えて結果的に穏乃のツモの流れが秀介のところに来た。

結果オーライなのか、と晴絵が見守る前で秀介は{⑧}を切る。

 

(さっき切った余りの{二}は!?)

 

先程{三を捨てたのだから続いて二を切るかと思いきや唐突に⑧}切り、その打ち筋が全く理解できない。

出来ればこの場で今すぐ問い質したいがそういう訳にもいかない。

そんな晴絵の動揺を捨て置いて、秀介は手を進めていく。

 

次巡、{①をツモって東}切り。

さらに次巡、{中}が重なった。

これも鳴ければ白中で2000、チャンタが絡めば3900。

秀介は{8}を切る。

そして。

 

{二①①③④中(横④)中} {白横白白横九七八}

 

{二}を切って一向聴。

とても東一局に倍満を振り込んだ人間のツモとは思えないほど順調な流れの中。

 

「ポン」

 

{①①③④④} {中中横中白横白白横九七八}

 

穏乃から{中を鳴いて④}を切り出し、あっさりと秀介は聴牌した。

その様に晴絵は少しばかり秀介を見直す。

 

(・・・・・・驚いた、流れに乗るとこんなにスムーズに手が進むのね、彼は。

 憧みたいに鳴きも上手いみたいだし)

 

これくらいの姿を見せてくれれば、わざわざ衣が呼ぶと言った理由も納得するというもの。

とはいえそれでも、最初の倍満と合わせてどっこいどっこいだが。

直後、手牌に筒子が無い穏乃からあっさりと{②}がツモ切りされる。

 

「ロン」

 

{①①③④} {中中横中白横白白横九七八} {(ロン)}

 

ジャラッと手牌が倒された。

 

「白中、2000」

 

スピーディーな2000の上がり、見事なものだ。

 

(・・・・・・とはいえ、ねぇ・・・・・・)

 

そう、とはいえ、である。

この上がりを含めても未だ所持点棒が1万点に届いていない秀介。

実力者かと問われれば首を傾げたくもなる。

 

(まぁ、とりあえず終わってからね)

 

晴絵は自分にそう言い聞かせる。

終わってからなら「あの時の一打はどういう考えで?」など聞くこともできる。

が、この有様を見るとそれだけの記憶力もあるかどうか。

何なら自分が指導するのもやぶさかではない、そう思いながら秀介の動向を見守ることにした。

 

 

 

南三局0本場 親・玄 ドラ{③}

 

玄 35000

配牌

 

{一二四(ドラ)[⑤]⑨⑨15[5]東南西} {西}

 

相変わらずドラが寄ってくるが、今回はそれ以外の部分はあまりよろしくない。

南場で親番なので対子で欲しいのは{西ではなく東か南}。

さっさと{西}を捨てても構わないだろうが一先ず{1}を手放すことにする。

 

憧 29000

配牌

 

{二四七①①②④⑥2233(横7)北}

 

玄に比べればずっといい配牌だ。

上手く牌が重なればタンピン三色まで見える。

迷いなく{北}を捨てた。

 

秀介 8000

配牌

 

{二五六⑤⑥⑦⑧136(横3)9西發}

 

早くはなりそうだが安い手だ。

南三局で8000しかない身としてはもっと高い配牌が欲しかったのではなかろうか。

とはいえドラを玄が押さえている以上それも難しいか。

第一打には{發}を選ぶ。

 

(第一打から役牌手放すのか・・・・・・)

 

晴絵は相変わらず意図が理解できなさそうな表情で秀介の手牌の睨んでいた。

後から役牌が重なったらどうするかとか考えないのだろうか。

それともさっさとタンピン手に進める為?

いや、だったら{9}を切ってもいいのではないだろうか。

よく分からない、思い切りがいいのかヘボなのか。

 

穏乃 28000

配牌

 

{一五八(横六)④⑦⑨115東白發中}

 

役牌が三つあるだけの手牌、さすがの穏乃も悩む。

 

(・・・・・・どーしよ、この手・・・・・・)

 

とりあえず{東はいらないとして、あと候補に上がるのは一}くらいか。

その辺を整理している間に面子の種が出来ますようにと祈りながら{東}を切る。

 

この局、好配牌だった憧が意外に伸びず、代わりに秀介と穏乃がどんどん伸びていった。

 

7巡目。

 

穏乃手牌

 

{四五六七八九④⑦(横⑤)⑨1145}

 

あのバラバラだった手牌がどういうわけかこの形。

ほとんど無駄ツモがなかったのだ。

{⑨}を切って一向聴に取る。

 

そして8巡目を迎える。

 

玄手牌

 

{二四六八(ドラ)③[⑤](横④)[⑤]⑨⑨5[5]}

 

ドラ6、まだツモっていないのは{[五]}と残り一枚の{(表ドラ)}だけか。

{八}を切る。

 

憧手牌

 

{二四②④⑥22335(横北)778}

 

無駄ツモが重なって未だこの形。

その流れのままにツモってきた{北}もツモ切りする。

おまけに上家玄の捨て牌がこの形。

 

玄捨牌

 

{1西西一南東中} {八}

 

鳴けるところが一枚も出てこない。

最下位ではないとはいえトップでもないので、何とかここいらでもう一度上がっておきたかったのだが。

半ば諦めかけながら場の流れに目を向けた。

 

そして。

 

秀介手牌

 

{二五五⑤⑥⑥⑦⑦⑧3(横⑧)366}

 

タンピン一盃口を目指していたのかと思いきやここで聴牌、タンヤオ七対子だ。

一応リーチをかけてツモれば1600・3200、裏が乗れば跳満。

だが玄の支配力を考えれば裏ドラを乗せるのはきつい。

実際に裏ドラ表示牌は{二}で裏ドラは{三}になる。

それにタンピン一盃口ならリーチツモで満貫だ。

こちらの方がいいのではなかろうか。

しかし秀介はそのまま{⑤}を切って聴牌に取る。

リーチはかけないようだ。

仮テンのタンヤオ七対子。

 

直後の穏乃。

 

{四五六七八九④⑤⑦(横⑥)1145}

 

聴牌、高め三色だ。

 

「リーチ!」

 

あの悪い配牌が一気にこの形、「流れは来てる!」とばかりに迷わずリーチをかけた。

 

穏乃捨牌

 

{東發中北白一⑨} {横⑦(リーチ)}

 

(リーチ・・・・・・さっきは安かったけど穏乃ちゃんに振り込んじゃったから気を付けないと)

 

一応まだトップを維持している玄は穏乃に気を向けながら牌をツモる。

ツモったのは自分が一度捨てている{南}、残念がりながらツモ切りした。

憧はやはりツモがはかどらない{⑨}ツモ。

穏乃の捨て牌にあるので気にせず切る。

そして秀介の手番。

 

秀介手牌

 

{二五五⑥⑥⑦⑦⑧⑧3(横⑧)366}

 

自身の手牌に対子である{⑧}だ。

リーチを掛けなかったのが他の待ち頃な牌を待つためだとしたら失敗である。

が、秀介はその{⑧を手牌に収めると、それとは別の初めから手牌にあった⑧}を取り出し。

 

「追っかけさせてもらうよ、リーチ」

 

横向きに捨てると同時にチャリンと1000点棒を出した。

 

(今テンに見せかけた空切りリーチ!?)

 

晴絵は秀介の捨て牌に目を向ける。

 

秀介捨牌

 

{發西六19中8⑤} {横⑧(リーチ)}

 

萬子は一牌、筒子も二牌しか捨てられていないが、序盤にポツンと捨てられた{六よりも⑤やリーチ直前の⑧}の方が気になるだろう。

{①-④-⑦、③-⑥-⑨の}裏スジ、またぎスジをより注意してしまう。

そう考えるとこの{二}待ちも決して悪くない。

 

続いて先にリーチをしていた穏乃。

ツモったのは{八}、上がり牌ではないのでそのままツモ切りする。

そして玄。

 

玄手牌

 

{二四六(ドラ)③③④[⑤][⑤]⑨⑨(横6)5[5]}

 

穏乃の上がり牌{6}を引いた。

{4-7受け入れで5}切りを選択すれば押さえられるが、そのままツモ切りする選択肢もある。

 

(どうしよう・・・・・・とりあえずは・・・・・・)

 

玄は一先ずツモった{6}を抑え、萬子に手を伸ばす。

 

先程秀介も見学していた試合のオーラス。

 

玄手牌

 

{(ドラ)二二三五(横三)五六[⑤]⑦⑨4[5]6}

 

ここで玄は{⑨}を取り出して切っていた。

それは赤ドラを切れない玄としては当然の選択。

{⑧をツモっても[⑤]が切れないのだから⑦⑨}の受け入れを残しておく必要はない。

 

今回もそれと同じ考え、{三をツモった後に[五]を引いたらいずれにしろ二}は捨てるのだ。

ならこの{二四六の二を残しておいても}意味は無い。

そう考えて玄は{二}を切った。

 

それを、秀介は見逃さない。

 

「ロン」

 

{二五五⑥⑥⑦⑦⑧⑧3366} {(ロン)}

 

「リーチ一発タンヤオ七対子、8000。

 東一局の分は返してもらうよ」

 

「あうぅ・・・・・・」と少しへこむ玄にそう言い放つ秀介。

別に東一局の玄は狙ったわけではなく、ツモ狙いの仮聴牌だったわけだが。

 

(やっちゃった分をやり返されただけだから。

 うん、落ち込んじゃダメダメ!)

 

玄は自分にそう言い聞かして点箱から8000を取り出して秀介に差し出す。

が、そこで秀介が差し出した2000点が目に留まる。

 

「ああ、ごめん、1万点棒でお願いできるかな?

 次の人の為に」

「え? あ、はい」

 

別にいいですけど、と玄は点棒を仕舞い直して1万点棒を秀介に差し出し、お釣りの2000点を受け取る。

 

晴絵と憧はその様子を見ながらわずかに疑惑を抱いていた。

 

(・・・・・・今、なんて言った?)

(・・・・・・次の人の為・・・・・・?)

 

どういうこと?

今の発言は何を意味しているのか。

 

それが理解できる終局まで、あと1局。

 

 

 

南四局0本場 親・憧 ドラ{七}

 

3巡目。

 

穏乃手牌

 

{二四六①③④⑧(横⑤)12南發中中}

 

(もうオーラス・・・・・・トップとの差はたったの2000!

 {中}は鳴けるとしてもう一つくらい役牌欲しい!)

 

あとはチャンタが付けば最高なんだけど、と考えながら手牌で浮いている{⑧}を切る。

 

「ポン」

 

カシャッと秀介は牌を晒す。

 

(オーラスだし、さすがに足掻いてきますね!)

 

果敢に仕掛けてくる秀介に、穏乃は楽しげに視線を送った。

 

6巡目。

 

玄手牌

 

{五六(ドラ)七七②[⑤][⑤]⑧(横⑦)⑨2[5]7}

 

早くもドラ6で上がれば跳満、タンヤオでもなんでもさらに一翻つけば倍満確定だ。

 

(さっきの振り込みでトップから落ちちゃった・・・・・・。

 でももう一回上がればまたトップだよ!

 頑張れ、私!)

 

{②}を捨てる。

 

「ポン」

 

またしても秀介から声が上がった。

この時点で秀介の手牌はこの形。

 

秀介手牌

 

{⑤⑦336668} {②横②②⑧⑧横⑧}

 

そして秀介はここから{⑤}を切る。

 

(む、{8}を切ればタンヤオのみとはいえ聴牌なのに聴牌取らず・・・・・・?)

 

晴絵は秀介の後ろで腕組みしながら思考を働かせる。

確かに今更タンヤオのみを上がっても意味は無いのだが、聴牌にも取らないとは。

おそらく対々もつけたいのだろう。

{[⑤]}は玄が一枚か二枚押さえるだろうから捨てるのは決して悪い選択ではない。

後は上がれるか否か。

 

直後の7巡目。

 

憧手牌

 

{一一三①②④(横③)④6789東東}

 

({④}の頭はちょっと邪魔だけど・・・・・・でもチャンタまで行ける!)

 

強気にチャンタを狙い、憧は{6}を切る。

 

「ポン」

 

三度秀介は動いた。

む、と晴絵の表情が険しくなる。

 

(ポン? 動くならカンじゃ・・・・・・?)

 

秀介手牌

 

{⑦3368} {横666②横②②⑧⑧横⑧}

 

{⑦}を切る。

 

(どのみち喰いタンのみ・・・・・・それならさっき聴牌取っても同じだったと思うんだけど)

 

いまいち彼の考えはよく分からない、と晴絵は頭を悩ませる。

 

そして、8巡目。

 

秀介手牌

 

{3368(横8)} {横666②横②②⑧⑧横⑧}

 

「カン」

 

{8}をツモった秀介はここでカンを宣言した。

手牌から倒した{6}を横に晒した牌に加える。

 

そして嶺上牌をキュッとツモり、手牌の横で表にした。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{3388} {横6(横6)66②横②②⑧⑧横⑧} {(ツモ)}

 

「タンヤオ対々嶺上開花、2000(にー)4000(よん)で終了」

 

ふぅ、と秀介は大きく息を吐いた。

さすがに疲れたようだ。

 

「ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました」

「あぁ、ありがとうございました」

 

 

 

(親っかぶりで最後に削られた・・・・・・)

 

それを悔しく思いながら憧は点棒を確認する。

 

「おー、25000ピッタリだ!」

 

不意に穏乃の声が聞こえる。

どうやら原点ピッタリだったらしい。

 

「危ない危ない、原点確保!

 あはっ、凄いよ、点棒の数も最初とおんなじだ!

 1万点棒が1本と5000点棒が1本、1000点棒が9本と100点棒が10本!

 玄さんは・・・・・・ん? あれ?」

 

そんな台詞が聞こえると同時に憧は凍り付いた。

 

(原点・・・・・・?

 点棒の数も・・・・・・同じ!?)

 

憧はとっさに自分の点棒、特に1000点棒の数を数え始めた。

 

「あ、私も原点だよ、25000・・・・・・え?」

 

答えた後、玄もそれに気付く。

1万点棒が1本と5000点棒が1本で同じ点数ということは、当然1000点棒の数も同じはず。

各々の手元には点差が一目でわかるようにと、全員分の点数を表示する場所がある。

穏乃も玄も自分の点数だけを見ていたようだが。

 

「・・・・・・私も同じよ、25000。

 点棒の数もね」

 

震えながら放たれた憧の台詞に、全員が同じく凍り付いた。

 

「・・・・・・え?」

「・・・・・・ま、まさか・・・・・・」

 

バッと全員の視線が秀介に集まる。

 

「・・・・・・まぁね、俺だけ違う点数ってことは無いよ」

 

受け取った点棒を点箱に仕舞いながら答えた秀介の言葉に、見学していただけのメンバーを含めた全員が動きを止めた。

 

 

全員が原点、25000で終了。

 

そんな事態があるのか?

 

どれだけの低い確率だと言うのか!?

 

 

「えっと・・・・・・あ、じゃあこの場合って全員引き分け・・・・・・ですかね?」

 

若干震えながら問いかけた穏乃に答えたのは同じく秀介だ。

 

「上家取りって言ってね、同点のメンバーがいた時は出親に近い人から順位が上になるんだ」

 

出親、東一局目の親は秀介。

つまり、そういうことだ。

 

秀介はそれを告げると席から立ち上がる。

 

 

同時に晴絵は理解した。

先程の秀介の意味不明な発言、その意味を。

 

「ああ、ごめん、1万点棒でお願いできるかな?

 次の人の為に」

 

次の人の為に。

 

全員が原点で点棒の数も同じなら、次にその卓を使う人の為に点棒をセットし直す必要が無い。

そういえば東一局の倍満振り込みの時に支払ったのは、5000点棒を使わない1000点棒6本だった。

その理由は? ただの嫌がらせ?

玄の点棒の推移は最初に16000ロン上がりし、その後は憧のツモで-2000、穏乃のツモで-2000、穏乃への振り込みで-2000、秀介への振り込みで-8000と同じく秀介のツモで-2000、結果±0。

 

もしやツモや振り込みで2000点ずつという細かい点数を払わせる予定が、東一局の時点からあったから!?

 

(まさか・・・・・・今のを故意に!?)

 

発言や行動を考えればそうとしか思えない。

 

けれども、しかし、そんなことが人間にできるとは思えない!

 

 

 

その実力を見せつけた神業、圧倒的()()()()()()

 

 

「楽しんで貰えたかな?」

 

 




いやぁ、点数計算めんどくさかった(
秀介さんマジ策士。
手元に全員分の点数表示する機能があるせいで最後の驚き表現がちょっと難しい。
誰だよあんな機能作ったの、どーなってんだ。
毎局点数打ち込んでるのか、それとも点棒の重さで計算してるのか、どっちにしろハイテクだわー。


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04赤土晴絵その1 擬態と挑戦

穏乃「クルペッコ!」
憧「クルペッコ言うな」



「しゅ、しゅーすけ!

 やっぱりしゅーすけは凄いのだ!」

 

席を離れて龍門渕メンバーの方に向かうと、衣が満面の笑みで駆け寄ってきた。

さすがに頭を使ったのだろう、空調が十分きいている部室内にもかかわらず秀介は軽く汗をぬぐいながら返事をする。

 

「おう衣、前回会った時よりも大きくなったんじゃないか?」

「本当か!?」

「それ今朝も言いましたわよね?」

 

透華にジト目で突っ込まれるが、秀介は笑いながら衣の頭を撫でるだけだ。

そして安心したような表情の一同にも声を掛ける。

 

「おやおや、ずいぶん驚いてたみたいだね。

 もしや俺が負けることを期待していたのかな?」

「いや、期待はしてなかったけどよ」

「でも心配はしてたんですよ」

 

試合序盤の心配そうだった表情もどこへやら、純と一が笑顔でそう返す。

 

「だから言ったではないか、全てはしゅーすけの思惑の内なのだと」

「そういう衣が一番青い顔してましたけれどね」

 

透華の言葉に衣は「そ、そんなことはないぞ!」と抗議していたが、一同に温かく見守られていただけだった。

そして残る智紀は特に秀介に駆け寄ってくるような様子はなく、少し離れたところでこちらの様子をうかがっているだけだったが。

 

(ともきー、あれは笑ってるよね?)

(ええ、おそらく不敵に笑っていますわ)

(「さすが私が認めた男、そうでなくては困ります」的な感じだぜ、きっと)

 

付き合いの長い龍門渕メンバーは特に怒っているわけではないのだと判断した。

 

「それにしても驚いたぞ、しゅーすけ。

 いつものように100点棒を銜えないから本気を出していないのかと思ったぞ」

「・・・・・・そうです、いつから本気だったのですか」

 

その衣の言葉には智紀も食いついてきた。

そうだ、いつものその癖が無いからこそ余計に不安を煽られていたというのに。

秀介は何でもないような顔でソファーに腰を下ろしながら答えた。

 

「衣にあの穏乃って子の話を聞いた時から既にやる気だったよ、一応。

 ただほら、せっかくの初対面だしそういう癖も偽りたいじゃない」

 

その思考、完全に人をはめる方向に特化している。

敵を騙すにはまず味方からと言うが、癖を偽るというのはむしろ味方に対する効果の方が大きい。

いや、本人はからかっているだけな気分なのだが。

しかし相手の裏を取る為にはそういう思考も必要なのかもしれない。

 

「まぁ、しゅーすけも少し疲れただろう?

 ハギヨシにお茶を淹れてもらうといいのだ」

「かしこまりました」

 

秀介を気遣った衣の発言と同時に、その背後に茶葉の用意をしているハギヨシが現れた。

相変わらずどこから現れているのやら。

 

そうして秀介は龍門渕一同に囲まれながら暫し身体を、というか頭を休めるのだった。

 

 

一方の阿知賀メンバーの空気は全く逆だった。

さすがに今の全員±0が偶然だとは思っていない。

むしろ確実に秀介の仕業だろうと気付いていた。

そしてだからこそ、その空気は重苦しいのだ。

 

「・・・・・・しず、正直な感想言ってごらん」

「え、あの・・・・・・」

 

卓を離れて戻ってきた穏乃は晴絵にそう聞かれ、思わず俯く。

キャプテンはしっかり者の灼だが、今のこの部活を立ち上げようと言い出したのは穏乃だし、それを抜きにしてもムードメーカーとして一役買っている。

普段からポジティブなメンタルには皆も支えられているのだ。

穏乃もそれを自覚しているからこそ、ここでネガティブな発言はしたくない。

「なぁに! あれくらいどうってことないですよ! むしろやる気が満ち溢れてきました!」とかあっさり言えたらどれだけ楽だろうか。

実際そう言いたい、のだが。

 

「・・・・・・すみません、正直・・・・・・どうやって戦えばいいのか・・・・・・」

 

さすがの穏乃もそう返事をする。

無理もない、全国行きを果たした訳だし、こうして練習試合をして回っている身でもある。

当然何人もの強いメンバーを相手にしてきただろう。

今回の龍門渕も強い。

中でも衣が圧倒的だ。

対抗策が丸っきり無いわけではないが、それでも一向聴地獄で足を止められ速攻でペースを乱され苦戦を強いられてきた。

「人ならざる身」と言われても思わず頷けるほどの実力は感じてきた。

 

しかし衣の打ち方を「人ならざる身」とするならば、彼は一体何と表現すればよいのだろうか。

自分達は勝利を目指して最善を尽くし、その中で自分達の意思で自由に麻雀を打っていたはずだ。

それが終わってみればこの有様、全員が示し合わせたとしても全員が±0なんてできることではないのに、あの試合は確実に全ての上がりがあの男の掌中だったわけだ。

人の手を一翻1符単位で調整し、誰かがリーチをかけるタイミングまで計らなければとても成し遂げることはできない。

憧はもちろんとして玄もそれを感じ取ったため、さすがに今は落ち込んだ空気を醸し出している。

というか玄は宥に「よしよし」と頭を撫でられている。

それくらいに先程の結果は衝撃的だったのだろう。

 

「玄」

「は、はい!」

 

突然晴絵に呼ばれ、玄はびくっと身体を跳ねる。

 

「最初に彼から倍満を上がった時、どう思った?」

「え、えっと、あの・・・・・・」

 

おろおろしながらあれやこれやと記憶を紡ぎ出し、少し混乱しながらもやがて言葉にまとめた。

 

「えっと・・・・・・正直、上がっちゃってよかったのかなーと。

 だって龍門渕さん達に呼ばれてきて、期待がかかってるであろう人ですから。

 そんな人がいきなり倍満振り込んだら、龍門渕さん達に後で何か言われるんじゃないかって・・・・・・」

「じゃあ、今まで倍満をロン上がりした相手に対してもそんなことを思った?」

「・・・・・・あ、それは思ってないですけど」

 

うん、と晴絵は一区切り入れた。

 

「憧はどう思った?

 特に彼が上がりを重ね始めるまで」

 

続いて憧に似たような質問をぶつける。

憧は少し渋い表情を浮かべた後に答えた。

 

「・・・・・・正直舐めてた。

 思い返せば配牌取る時に零したりとか、小さく手が震えて見えたのはわざとらしい。

 でも最初に倍満振って動揺するのは当然だと思ったし。

 しずが2000・3900をツモった時の点数を指摘した時は落ち着いてるなと思ったけど、でもその後はしずの上がりとあの人の2000上がり。

 センスが無い、下り調子の人間の打ち方だと思ったよ。

 龍門渕さんが天江さんに匹敵するって昨日言ってたのに、本人を前にして完全に忘れてた」

 

憧の言葉に晴絵はうんうんと頷く。

 

「正直私もそうよ。

 思い切りがいいとは思ってたけどヘボかもしれないとも思ってた。

 っていうかむしろ、対局が終わったら指導してやろうかとすら思ってたよ」

 

「結果あの様だけどね」と苦笑いを浮かべた。

ここまで来て阿知賀一同の胸にほのかな期待が湧き上がる。

阿知賀メンバーがここまで勝ち上がってきた理由の一つに晴絵の観察力があるからだ。

膨大な選手のデータから相手の癖や打ち筋を見抜き、時にかわし、時に逆手に取り的確なアドバイスを与えてきた。

今回もあの一局で早くも何かを見抜いたのだろうか。

晴絵はニッと笑った。

 

「とりあえず一つ言えるのは・・・・・・彼は擬態みたいな能力を持ってる」

「擬態?」

 

擬態とは本来の姿を偽ることだ。

木の枝そっくりに化けるナナフシとか、花にそっくりな姿をしたカマキリや蜘蛛が有名だろう。

 

「ただの植物かと思ったら捕食者、ヘボかと思いきやかなりの実力者ってことね。

 事前に情報があってもそれを忘れるほどの演技力だ。

 能力なのか単純に才能なのかは知らないけど、これだけでもかなりの脅威だよ。

 特に、あんたたちはよく言えば純粋、悪く言えば単純。

 そういう擬態はやるのも相手にするのも苦手だろうね」

 

その言葉に一同はお互いの顔を見合わせる。

憧や灼は平気だろうが、もしかしたら穏乃も玄も宥も未だに指が取れて見える手品でも驚くのではないかと思えるほど純粋だ。

将来悪い男に騙されないか心配である。

まぁ、晴絵が人のことを言えるのかと言えばそれはどうかと思うが。

 

「だから注意すること。

 ま、せっかくの練習試合だし、存分に騙されてくるのもいいかもね」

 

そう言って一同に笑いかける晴絵。

それを聞いて穏乃も元気が出てきたようだ。

 

「分かりました!

 つまり騙されてくればいいんですね!」

「いや、そうじゃなくてね・・・・・・」

「よし! 志野崎さんにもお願いしてこよう!」

「しず! 違うって! 待ちなさい!」

 

良かれと思ってのアドバイスだったのだが、どうやら裏目に出たようだ。

出来ることならばその騙しを逆手にとれるようにならなければならないので、騙されながらもそれを見抜ける目を養ってほしいのだが。

その為に「相手のペースに巻き込まれない」とかアドバイスもいくつか考えていたのだが、せめてそれは聞いていって欲しかった。

何はともあれ再びやる気になってくれたことだけはありがたい。

 

 

そういうわけでやる気を漲らせた穏乃は秀介の元へ到達するまでの短い距離を無駄に走り、特に頭を下げる様子もなく堂々と告げたのだった。

 

「志野崎さん! もうひと勝負お願いします!」

 

さすがの秀介も一瞬ポカーンとしたようだったが、すぐにいつもの調子で笑い出した。

 

「ああ、いいよ。

 と言いたいところだけどさすがに疲れたからね、少し麻雀力を補給してからにさせてくれ」

「ま、麻雀力!?」

 

聞き慣れない単語に思わず「何ですかそれは!?」と食いつく穏乃。

この時点で相手のペースに巻き込まれていることに気付いていない。

 

「人は誰しも身体の中に麻雀力と言うものを蓄えており、それを消費することで強い手を招き寄せたり場を支配したりするのさ。

 麻雀力を失った状態では支配力も弱くなってしまう。

 だから少し休憩して補給しなければならないのさ」

「な、なるほど!」

「そ、そうだったのかしゅーすけ! 知らなかったぞ!」

「嘘をつくな嘘を」

 

穏乃だけでなく衣まで釣られたこともあり、さすがに純から突っ込みが入る。

真に受けてその内「麻雀力を早く回復させる為に!」とか言って面倒なことを吹き込まれたりしたら、それに付き合わされるのは純達なのだから。

 

「嘘・・・・・・?

 はっ! 今のも嘘だったんですね!?

 危ない! 騙されるところだった!」

「いや、既に騙されてたじゃないあんた・・・・・・」

 

後からやってきた憧の突っ込みを受ける穏乃。

だが騙されてばかりもいられない。

夏休みはまだ目前であり突入していない以上、今日中には再び奈良に戻って翌日の学校に備えなければならないのだから。

つまり秀介と戦えるのも今日が最後。

今日中にはせめて騙されているのか否かを見抜けるくらいにはならなければ。

 

「気を抜けばすぐに騙そうとしてくるなんて・・・・・・でももう簡単には騙されませんよ!」

「どっから湧いてるの、その自信・・・・・・」

「あなたの事はもう高校生だとは思わない!

 それこそプロを相手にしているつもりで挑ませてもらいますよ!」

「それは言い過ぎ・・・・・・いや、あながちそうとも言い切れないのが恐ろしい・・・・・・」

 

フフンとキメ顔で宣言する穏乃に対し不安を隠せない憧。

そのやり取りに何を思ったのか、秀介はフフフフと笑いながらゆらりと立ち上がる。

 

「そうか、ならばこちらも隠しておく必要はないな・・・・・・。

 実は清澄高校三年生というのは仮の姿・・・・・・」

「な、何っ!?」

 

秀介の醸し出す迫力に思わず穏乃は後ずさる。

再びそのペースに巻き込まれていることには気づいていない。

 

「何を隠そう俺は・・・・・・かつて裏麻雀界のトップに君臨していた男なのさ!」

「嘘をつくな嘘を」

 

再び純に突っ込まれる秀介。

まぁ、秀介は誰にも己の過去(前世)を語ったことが無いから仕方がない。

だが構わずに続ける。

 

「そんな俺でも屈辱の敗北を味わい、裏麻雀界から追い出されてしまった・・・・・・。

 その代償として・・・・・・」

 

そう言って秀介は自分の左手に右手を添え。

 

()()()()、親指を失ってしまったのさ!」

 

左手の親指が取れて見える手品を披露した。

同時にそれを見ていた阿知賀メンバーから悲鳴が上がる。

 

「きゃー! お、おねーちゃーん! 指が! ゆびがー!」

「うわあああ!? ま、まさか本当に・・・・・・!」

「あわわわわ・・・・・・だ、だめだよ、私はおねーちゃんだからしっかりしないと!

 く、くくく玄ちゃん! 見ちゃダメ!」

 

何ということでしょう、晴絵の心配した通り、玄も穏乃も宥も親指が取れて見える手品を信じてしまった。

麻雀打ちどころか高校生として不安である。

 

 

手品を得意とする一が、秀介の手品を信じたメンバーにそのネタを説明し、実際に彼女達がその手品をマスターしたことでようやく誤解は解けた。

むしろそこまでしなければ解けなかったことには憧も灼も晴絵も呆れてしまったが。

ともあれおちゃらけた話もそこまで、再び麻雀を打とうという話に戻った。

だが秀介が先程の一局で疲労しているのは本当なので、一先ず休憩で他のメンバーの打ち方を見学させてくれとお願いした。

これにはさすがに晴絵も渋い表情を見せる。

事前に情報が無かったはずの穏乃、憧、玄を相手にしても全員±0を披露して見せたのだ。

この上宥の打ち方まで見破られたら一体どうなってしまうのかが分からない。

そういうわけで何かしら理由を付けて皆も休憩と言うことにしたかったのだが、今打ってなかった龍門渕のメンバーはやる気だし、何より穏乃があっさりとOKしてしまったので仕方がない。

 

試合が始まっても秀介は休憩としてソファーに座りながらゆったりとハギヨシのお茶を飲んでいるようだったが、その視線は卓上に向けられている。

宥の斜め後ろに位置する場所だし、打ち方を観察しようというのだろう。

 

(・・・・・・ええい、出たとこ勝負だ!)

 

晴絵は思い切って秀介の隣のソファーに腰を下ろした。

礼儀の正しい秀介だ、こうすれば無視はできまい。

必然視線もこちらに向けなければならず、宥の打ち方に意識を割く余裕がなくなるはずだ。

 

「おや、阿知賀のコーチさん」

「どうも、失礼するよ」

 

予想通り、秀介は晴絵に視線を向けてきた。

ここまではよし、だがここからどうするか。

特に話題がある訳ではないし、そもそも自分も阿知賀という女子高出身であり、男性との接点は多くなかった身である。

気の利いた話題なんて持ってはいない。

まぁ、こういう状況で話すことは麻雀の事しかないのではないだろうか。

ちょっと話してみようと晴絵は口を開く。

 

「うちの生徒と打ってみて、どうだった?」

 

言ってみてちょっと後悔した。

「うちの生徒はどんな感じでしたか?」なんて他校の監督にするような話ではないか。

大人びて見えるとはいえ高校三年生にするような話だっただろうかと思い悩む。

しかもたった一回打っただけで何を語れと言うのか。

だが秀介は少し考えて答えてくれた。

 

「高鴨さんって言いましたか、あのジャージの子は。

 ああいう明るい子はいいですね、チームの空気が盛り上がる。

 それにあの一試合で実力差は見せつけたはずなんですが、それでも心が折れてない。

 芯も強くて明るいムードメーカー、5人しかいないのでしたら既にチームの柱なんじゃないですか?」

 

(・・・・・・何だろう、このどっしりとした物怖じしないたたずまいは)

 

他校の監督に同じように聞かれて、自分はここまでしっかり返せるだろうかと逆に不安になるような返答だ。

逆に物怖じしてしまっている晴絵に構わず秀介は言葉を続ける。

 

「それから俺の対面に座った松実さん、の妹さんでしたね。

 彼女はちょっと打たれ弱いところがあるんじゃないですか?」

 

む、とその発言が気になった晴絵。

 

「・・・・・・何故、そう思うのかな?」

「俺から倍満を上がった後にちょっと遠慮したような仕草をして見せた。

 それから最後に俺が全員の点数を調整していたと知った時と、さっきの親指を取ってみせる手品を見た時の反応。

 姉に縋ったあの姿は、一人きりという慣れない環境で予想外のところから攻撃を仕掛けられると脆いタイプなんじゃないかなーと思っただけです」

 

晴絵の言葉にそう答えると、秀介は再びお茶を口にしてのどを潤す。

 

(・・・・・・あちゃー・・・・・・これは予想外だわ・・・・・・)

 

晴絵は軽く自分の頭をかく。

気を逸らすだけだけのつもりで話しかけ、ついでに何か情報が知れればいいなと思った程度だったのだが、逆にその観察力を見せつけられた感じだ。

これには晴絵もめげる。

 

(・・・・・・幸いなのは彼が女の子ではなくて、私達と大会で戦う可能性が0ってことだけだね)

 

そんなことを思いながらちらっと秀介に視線を戻した。

秀介はフフッと笑いながら口を開く。

 

「まぁ、あの松実さんが俺の「泣き顔が似合いそうだな」レーダーに引っかかったっていうのもあるんですが」

「何それ!?」

 

思わず目の前のテーブルに足をガターンとぶつけてしまった。

何だろう?

冗談としか思えないんだけど、とても冗談とは思えないほど黒い笑顔!

 

麻雀を打っている時の真剣な表情、皆と談笑している時の笑顔、人を騙している時の表情、「泣き顔が似合いそうだ」発言の時の黒い笑顔。

結局どれが本当の彼なのかよく分からず、むしろ煙に巻かれた感じだ。

これが本当に高校生の話術及び演技力なのだろうかと疑ってしまう。

 

「・・・・・・まぁ、泣かせるのはちょっと勘弁してほしいね。

 大会を控えている状況で変にトラウマでも持たれたら困るし」

「そうですか?

 だったらそもそもこんな練習試合なんか組まなければいいのでは?

 強い他校と練習試合をすればそういう可能性は増えるばかりでしょうし」

「まぁ、そうだけど・・・・・・」

 

正直こんな強いのがいるというのが予想外過ぎたのだ。

衣の時にも止めさせた方がいいだろうかと思っていたところだったのに、彼に対する危険信号はそれ以上だ。

困った、この男はどうやって扱えばいいのだろうか?

思わず晴絵は頭を抱えそうになる。

とりあえず話題を変えて何とか自分のペースに持って行かなければ。

 

「・・・・・・そういえばさっきの±0」

「はい、いやぁ、すごい偶然でしたねぇ」

「何を今更・・・・・・」

 

釣られる気配がまるでない。

ここまで堂々と嘘をつけるのはもはや才能だ。

 

「どうせ狙ってやったんだろうからそれについては聞かないよ。

 配牌をこぼしたのだとか、倍満振り込んだ直後の険しい表情とかも全部嘘でしょ。

 何故、あんな打ち方をしたのか、聞かせてもらおうかな」

「おや酷い、聞いておいて嘘と断定するとはね」

「いいよ、もう。

 本当でも嘘でも正解率は50%なんだし、こっちも本気半分で聞かせてもらいたいだけだから」

 

直訳、言うことはあんまり信じないけど話は聞かせて、と来た。

こういう言い回しは実に監督らしくない。

だが率直なところは実に赤土晴絵らしいと言えよう。

秀介も言い回しについては特に気にしていない様子で答えた。

 

「衣からのリクエストで、実力差を見せつける為。

 後はまぁ、俺の演技を彼女達がどこまで見抜いてくるかと計る為。

 もし東場でうまくいかないようだったら、南場の親番で連荘してトバしてましたよ、対面のドラっ娘」

「玄限定!?

 なんでそこまで玄を狙うのよ、一目惚れ?

 好きな女の子をいじめたいタイプなの?」

「やだなー、いじめてほしそうなオーラを出している彼女が悪いんですよ。

 あと俺、彼女いますから」

「彼女がいるのに他の女の子にちょっかい出すとか、酷い男ね」

「いやぁ、思わず。

 でも俺、この練習試合(たたかい)が終わったら幼馴染の彼女にプロポーズするんだ・・・・・・」

「はいはい」

 

ダメだ、全然こちらのペースに持って来れない、晴絵はもはやお手上げだった。

ホントもう、どうすればいいのよこれ。

 

「あ、ちなみに一つ確認したいんですけれども」

「・・・・・・何かな?」

 

そんな項垂れかけている晴絵に構わず、秀介は笑顔で問いかけてきた。

 

「彼女、先鋒ですか?」

「・・・・・・!」

 

驚きで声を上げかける。

事前に調べてきたのを伏せてこちらの様子をうかがっているだけ?

それともその観察力でこの場で何かを見抜いたというのか?

 

(・・・・・・どうする?)

 

別にバレても構わないと開き直って答えるか、情報は明かさないに越したことはないと隠し通すか。

損得で悩んでいる時間は無い、直感で答えなければ。

 

(・・・・・・とか考えている間に時間オーバーな予感)

 

即答しなかったということは正解を見抜かれて動揺した、と受け取られてしまうことだろう。

仕方なくあっさりと晴絵は答えた。

 

「ああ、そうだよ、先鋒。

 ネットか何かで調べたのかな?」

「いえ、あいにくとパソコンには嫌われる体質でして」

 

何だその言い訳は。

彼の言うことはあまり真に受けないようにしようと思い、晴絵はとりあえず見抜いた理由を問いかける。

 

「じゃあ、この場で何か玄には先鋒を任せた方がいいと思う理由でも思いついたのかな?」

 

フフッと笑いながら聞いてみると、秀介も同じく笑いながら返事をしてきた。

 

「先程言った通り、松実玄さんは打たれ弱いところがある。

 そんな中、団体戦は後半になるほど点差が開く恐れがある。

 次鋒戦でも場合によって4~5万点、大将戦に近づけはその倍以上差がつくことも。

 仮にそれだけの点差を付けられていたとして、彼女がその責務に耐えられるかというと些か不安が残るところだ。

 ならば最低でも手持ち10万点ある先鋒に任せて、突っ走ってもらうのが一番理想ではないだろうかと思っただけです。

 あなたもその打たれ弱さに気づいていれば、ですが。

 逆に大将はあのムードメーカーの高鴨さんに任せるのがいいかなと、実力が伴っていればですが。

 

 ふとそんなことを思っただけですし、あなたが気付いていてもいなくても逆にエースが集まる先鋒を他のメンバーでトバない程度にやりすごしてあの大量のドラで反撃するって手もありますからね。

 言ってみただけで、正解率はまぁ、20%程度でしたよ」

 

「あぁ、そう・・・・・・。

 その正解率の目安がどうなのかは分からないけど、当たってよかったんじゃないかな」

「まぁ、本当のことを言うと、「彼女、先鋒ですか?」とは聞いたけれども「松実さんが先鋒ですか?」とは聞いていない。

 その後あなたが松実玄さんの名前を出したのでラッキーだっただけですけど」

(・・・・・・んにゃろう・・・・・・)

 

晴絵は必死にしかめっ面を表に出さないようにしながら聞いていた。

先程も思ったことだが本当に高校生か?

この年にしてコーチとか努められそうな貫録じゃないか。

 

これ以上話していても宥の打ち方を観察させないことはできるが、それ以上に自分に対するダメージが大きい気がする。

なのでこの話はここまでだと打ち切ることにした。

 

「なるほど、高校生と話しているとは思えないご意見ありがとう」

 

晴絵はそう言ってソファーから立ち上がる。

秀介もそれに続いて立ち上がった。

 

「はは、どういたしまして。

 まぁ、おっさんみたいと言われたこともありますし、平気ですよ。

 もっとも言った本人は過去にいじめてやりましたけど」

「いじめ!?」

 

どこまで本当の話かは分からない。

しかしこの黒い笑顔は警戒するに越したことはない!

 

「なぁに、本人はそれをバネに強く生きているので特に問題は無いですよ」

「・・・・・・どうだか」

 

嘘だ、それは絶対に。

そのいじめ対象には絶対なにかトラウマを埋め込んでいるに違いない。

どうしよう? 彼とうちの生徒をこれ以上戦わせてもよいものだろうかと思ってしまう。

 

「・・・・・・ちなみに」

 

そんな晴絵に向かって、同じような黒い笑顔のまま秀介は。

 

 

「あなたも何か麻雀に対してトラウマを持ってますか? 赤土晴絵コーチ」

 

 

爆弾をぶつけてきた。

 

既に秀介には背中を向けていたことが幸いだ。

晴絵の驚愕の表情を見られずに済んだのだから。

 

秀介の一言で心の奥底から浮かび上がってくる光景がある。

 

あの時、全国大会の準決勝で・・・・・・。

 

(やめろ! 思い出すな!)

 

ぐしっと胸の真ん中辺りの服を鷲掴みにする。

彼が何をどう考えてそんな質問をぶつけてきたのかは知らないが、そんな心の内側まで見抜かれてなるものか!

 

晴絵は背を向けたまま小さく一息つき、何でもないような顔で振り向いた。

 

「何だい、急にそんなことを聞いてきて。

 別にそんなもの無いよ」

 

ははっと笑って返してやった。

そんな晴絵を見て秀介は「おやおや、外れましたかな」とうさん臭そうな笑顔を浮かべる。

 

「いやいや、何、これもふと思っただけですよ。

 自分の生徒がトラウマを持つことに対してかなり気にかけていらっしゃる。

 生徒思いにしても、ましてや昨年長野から全国行きを果たした龍門渕に自分から挑んでおいて心配することとしては、少しばかり心配のベクトルが気になった。

 可能性としては自分が麻雀に対してトラウマを持っているから、生徒に対してもトラウマを気にしている、と言ったところか。

 まぁ、なので精々正解率は10%程度」

 

先程よりもずいぶん低い正解率。

それを自覚しておきながら堂々とぶつけてきた度胸は、なるほど大したものだ。

だが秀介はなおも言葉を続ける。

 

「だが、先程俺が「松実さんは打たれ弱いところがある」と言った時の、あなた自身の反応。

 一瞬反応して間を空けた後、イエスでもノーでも無く質問を返してきた。

 

 正解を見抜かれた人間の反応としてはよくあるパターン。

 

 その上、同じく「松実さんは打たれ弱いところがある」と言った時、話を誤魔化そうかとしたあなたの反応。

 

 こちらを向きながら、視線を一瞬逸らして瞬きをした。

 

 今もそれと同じ癖が出た」

 

クククと、あの黒い笑顔を浮かべたまま秀介は告げた。

 

 

「85%」

 

 

(・・・・・・何だろう・・・・・・)

 

トラウマを思い出させられていい思いはしない。

だが今彼女の胸の中は全く別の感情が支配していた。

 

あの時対面に座っていた、()()と同じような気配がする。

 

未だ拭えない記憶、全国大会準決勝で戦った()()と。

 

「・・・・・・志野崎秀介君・・・・・・」

「はい」

 

それによって感じる、むしろこれは何だろうか、この奇妙な期待感は。

 

「・・・・・・もしよかったらなんだけど」

 

もしかしたら私は、赤土晴絵は。

 

「・・・・・・私と、」

 

 

彼と麻雀を打ったら、あわよくば倒すことが出来たならば。

 

 

「麻雀を打ってもらえないでしょうか」

 

 

このトラウマを和らげることが出来るかもしれない、

 

そんなことを思った。

 

 




レジェンド「代打、(あたし)

思いのほか文章が増えてしまった。
全員1回ずつメインで全6回の予定だったけど変更だ、レジェンド、お前2回メインやってくれ。
読者はきっとお前の活躍を待っているからな(


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05松実宥 興味と凍結

タコス「GNステルスフィールド!」
京太郎「行こう、スターゲイザー!」
霞さん「この子を人殺しの道具にはさせない!」
ハギヨシ「誘い込んだつもりか!」
純「お前の腹を切り裂いてやる!」
南浦「海ヘビを味わいなッ!」
淡「声が聞こえる・・・・・・? まさか、どうしてあなたが!?」
たかみー「ストライク発進、どうぞ!」
すばら「ハロハロハロー」

フルブ楽しいです(

ところで千里山のエースですら大会時はスカートの着用が義務付けられていたのに、どうしてジャージさんは穏乃で大丈夫だったんだろう?
学校の規定かな?
準決勝ではちゃんとしてましたけどね。

あ、今回も文章量なげーです、ご注意ください。



晴絵の申し出に、秀介は「おやおや」と笑った。

 

「てっきり部員同士の練習試合だと思ったのですが、まさかコーチが出張るとは」

「私もね、まだ麻雀で生きていく道を捨てたわけじゃないのよ」

 

秀介は晴絵の言葉に、改めて彼女に向き直る。

 

赤土晴絵。

今回龍門渕に練習試合にやってきた阿知賀女子学院麻雀部のコーチ。

秀介はあくまでトラウマがあるなと見抜いただけで、その具体的な内容は知らない。

そんなトラウマ持ちが未だに麻雀に接している理由は何だろうか?

彼女達は自分の二の舞にしたくないから?

それとも。

 

(・・・・・・勝ち進む彼女達を見続けることで、自身のトラウマを克服しようというのか)

 

秀介にとって麻雀とは久との絆であり、自身が楽しみ、他人を楽しませる――時にからかう――為の手段だ。

麻雀を打つ理由なんてそれこそ人の数だけあるだろう。

晴絵のその辺りの事情は分からない。

だがその想いと行動に偽りはないと思われる。

 

「・・・・・・高3の男子に挑発されて滾るか、まだ若い」

「・・・・・・君より年上のはずなんだけど」

「いや、お気になさらず」

 

不意に出た自身の一言を笑いながら、秀介は改めて晴絵に挨拶をする。

 

「お受けいたしましょう、赤土晴絵さん」

 

あえてコーチという役職を外して名前を呼ぶ。

晴絵もその意図を察して笑った。

 

「ええ、コーチではなく赤土晴絵という一個人としてお願いします」

 

 

そうと決まれば、とさっそく卓に向かおうとする晴絵だったが、秀介がそれを止めた。

 

「せっかくだから、まだ俺が打っていない二人も一緒に打ちませんか?」

「君がそれでいいのならいいけど」

 

初めて一緒に打つ相手が一人なのと三人なのでは、意識の割く相手が増えて大変だと思われる。

先程三人相手に打った後も秀介は疲れていたようだったが、それがもう一度繰り返されて大丈夫だろうか?

だが秀介は「心配ご無用」と言いたげに笑った。

 

「さっきは点数計算にも大分意識を割いてましたからね、今回は大丈夫でしょう」

「ほーう、私を相手にする疲労がそれよりも軽いと?」

「さぁてね、打ってみなければ分かりませんよ」

 

それはそうなのだが。

舐められているのかと思いつつ、晴絵は少し挑発的に言葉を続ける。

 

「それに、もしかしたら二人が私に協力するかも、なんて思ったりはしないの?」

「それであの二人やあなたが、満足するような打ち手でしたらね」

 

秀介は全く動じなかった。

そんなことをして勝ったとして満足できるような人間が、ましてやコーチという立場の人間が、わざわざ自分に「麻雀を打ってもらえないでしょうか」なんて言うとは思っていない。

それに、先程三人まとめて打った時にも特に協力プレーは見られなかったし、心配していないのだろう。

晴絵は納得した様子で、現在手の空いている灼に声を掛けに行った。

 

 

「あーらた、彼と麻雀打つんだけど一緒にどう?」

「彼・・・・・・あー、志野崎さん」

 

誰?と聞きかけて該当者が一人しかいないことに思い至る。

練習試合として来た以上麻雀を打つことに文句は無い、と頷きかけてはたと思い留まった。

「彼と麻雀打つんだけど」と言ったか? 今?

 

「・・・・・・ハルちゃんも打つの?」

「そうだよ」

「何で?」

「興味を引かれたから」

 

確かにあの±0の打ち方には非常に驚かされた。

興味を引かされるのも分かる。

だが灼はその言い方に非常に引っかかる点があった。

 

(・・・・・・興味を引かれたって、志野崎さん(あの人)の麻雀に?

 それとも・・・・・・)

 

いやまさか、ハルちゃんに限ってそんなことが。

そうは思いつつ、なんとなくわくわくした感じの晴絵の笑顔がとても気になる。

灼は何となく不機嫌になりつつ、しかしそれを問い詰めるなんてできず、むーっと表情を顰めながら秀介の方に向き直った。

 

確かに麻雀の腕前は強い。

しかし、ただ強さを示すだけなら普通に得点差をつけて勝てばいいだけだ。

それをわざわざ点数調整をして全員を±0にした、その理由は?

灼が思いつく理由はただ一つ。

 

性格が悪いから!

 

そんな男、ハルちゃんにはふさわしくない。

きっとこれから麻雀を打つと言って苛めようとするに違いない。

でもレジェンド赤土晴絵を苛めようなんて身の程知らずもいいところ。

返り討ちに合うといいよ!

とは言っても、ハルちゃんは優しいからトドメは刺せないかもしれない。

でも安心して、その時は。

 

「・・・・・・ハルちゃん、私も打つ」

 

ちゃんと、私がやってあげるから!

そんな心の内を当然知らない晴絵は、灼の闘争心を快く称えた。

 

「いいね、やる気に満ち溢れていて。

 あたしたちでぎゃふんと言わせてやろう」

「うん、言わせてやる・・・・・・」

 

晴絵は灼の肩を抱きながら、ぐっと拳を上げて見せる。

灼はそれを嬉しく思いながら、控えめだが同じく拳を上げた。

それぞれ心の内で気合を入れながら。

 

ベクトルは全く違う方向だが。

 

 

 

宥の試合が終わるのを待って声を掛けたところ、宥は秀介との戦いを快く引き受けた。

休憩をはさむかと晴絵が気を使ったが、宥は首を横に振る。

 

「大丈夫です、身体あったまってますから」

 

こちらもまた心強い返答だ。

晴絵は満足気に笑うと、宥と灼の肩をそれぞれ左右の手で抱く。

そして顔を寄せて告げる。

 

「さっきは±0なんて()()()()()許しちゃったけど」

 

続いて灼が頷きながら言葉を続ける。

 

「・・・・・・今度はそうはいかない」

 

そして宥も。

 

「阿知賀の底力、見せましょう」

 

お互い力強い視線を交わし合い、秀介の方へ向き直る。

秀介は既に卓におり、{東南西北}を抜き出していた。

 

「じゃ、行こう」

「はい」

「うん」

 

晴絵が先陣を切り、宥と灼が続く。

 

いざ、秀介VS阿知賀メンバー第二戦、開幕だ。

 

 

 

抜き出した{東南西北}を晴絵達に確認させた後、秀介は牌をがしゃっと混ぜる。

 

「さぁ、どうぞ」

 

秀介が牌から手を離す。

が、晴絵はその牌に手を伸ばす前に声を上げた。

 

「今のうちに{東}を引いた人間が親決めの賽を振るかどうか決めない?」

「なるほど。

 では先程俺が打った時には{東}を引いた俺がそのまま親をやりましたし、今回もそうしましょうか」

「分かった、それで」

 

秀介の意見にあっさりと賛同し、晴絵は牌に手を伸ばす。

続いて灼と宥、最後に余った牌を秀介が手にした。

 

「幸先いいね」

 

コトンと晴絵が表向きに晒した牌は{東}だった。

 

「{南}です」

「・・・・・・{北}」

「余りが{西}だ」

 

親順が、晴絵→宥→秀介→灼に決まった。

そして各々席に着き、牌を卓に流し込んで新たな山を作って試合開始となる。

 

「よろしくお願いします」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

宥と灼に続き、晴絵と秀介も互いに見合いながら挨拶を交わした。

 

「相手が正面っていうのは悪くないね」

「まぁ、横にいるよりは盛り上がるでしょうし、ちょうどいいでしょう」

「あはは、確かに」

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 

 

東一局0本場 親・晴絵 ドラ{四}

 

晴絵配牌

 

{一三[五]六⑦⑨2389東南南} {西}

 

まずまずの配牌。

上か下の三色が作れるのが理想だが、平和手にできれば上出来だ。

第一打、{西}を手放す。

 

宥手牌

 

{一二(ドラ)五六六八九⑦1(横⑨)46中}

 

萬子が多めの配牌、{中}も一枚あるし宥好みの配牌だ。

{1}を捨てる。

 

(あったかい色の牌・・・・・・来て・・・・・・)

 

萬子の混一が狙い目だが、{⑦⑧⑨や456}の面子を待つのも悪くない。

いずれにしろ先程打っていたのを観察されていたら打ち方がバレていてもおかしくは無い。

問題はどの程度までバレているか、だが。

 

秀介手牌

 

{三①③④⑤⑦⑨7東南南西(横白)發}

 

(はは、こりゃまいったね)

 

秀介は先程の観察で宥の打ち方をある程度は予想している。

後は彼女が上がらなくても、その手の進行を観察し続ければ確信が持てるだろう。

だがそれよりもまず先に、秀介は自身の手牌を嘆いた。

こればかりはどうしようもない。

混一が狙えそうに見えるが、唯一対子になっている{南}は晴絵と持ち持ち。

晴絵が切ればもちろん鳴けるが役にはならないし、東場の親番となれば{南}は平和手の頭としてもおかしくない。

そしてもう一人厄介なのが下家に一人。

 

灼配牌

 

{(ドラ)⑥12368西北北白白發}

 

こちらも索子で混一が狙えそうな配牌だ。

しかも{北白}が対子、さっさとドラを切って混一まっしぐらを目指す可能性もある。

そうなると秀介は手牌の{白}を切れないし、自身の手の中でも使えない。

この手は早くも、狙いは七対子くらいしかないわけだ。

 

(さて、その残る一枚の{白}は・・・・・・)

 

山を見回してみると、鳴きが入らなければ次巡の灼のツモだ。

 

(そのツモを横取りすれば彼女の手を抑えつつ俺の七対子を一手進めることが出来る。

 が・・・・・・)

 

この序盤、手が速そうな三人を相手にノーミスで七対子を目指したとしてどうなるか。

誰よりも先に聴牌することは可能だろうし、上がることもできる。

だが裏ドラが{九}で絡まない。

ただのリーヅモ七対子では労力の割に合わないし、裏ドラまでいじるのは控えたい。

 

(・・・・・・この局は七対子を目指しつつ、いざリーチが入ったら鳴いて他家が安手になるように妨害だけしていくか)

 

しばし考え込んだが、秀介はドラ表示牌の{三}を切る。

ぎょっとする灼と宥。

 

(・・・・・・第一打がドラ表示牌・・・・・・)

(あったかい牌なのに・・・・・・)

 

そんな中、晴絵はその一打から秀介の手の進行を鋭く見抜いた。

 

(・・・・・・狙いは混一・・・・・・いや清一? もしくは七対子かね。

 配牌から思い切ったことだ)

 

 

当然ギャラリーもその一打に驚く。

 

「ドラ表示牌切っちゃった・・・・・・」

「ドラ引いたらどうするんだろう」

 

穏乃と玄がそう呟く中、智紀がいち早くその狙いを察する。

 

「・・・・・・七対子狙いですね」

「え? なんで?」

 

一の言葉に智紀が言葉を続ける。

 

「あくまで一般的なデジタルとして見た時に可能性が高いと言うだけです。

 ドラ表示牌として場に存在する以上どうあがいても残りは3枚。

 志野崎さんの手牌にある1枚を引けば残りは2牌、重なる可能性は他よりも低いです。

 それに私からは分かりませんでしたが、志野崎さんはさらにもう1枚くらい誰かの手牌にあると読んだのかもしれません」

「だから七対子狙いで切るのは当然・・・・・・ってこと?

 でもまだ第一打だし、鷺森さんに至ってはまだツモってもいないんだよ?

 目指す手役にしろ捨て牌選択にしろ、思い切りが良すぎるでしょ」

「・・・・・・それでいて選択にミスが無いというのが、あの人の強いところでしょう。

 とはいえ第一打から七対子を狙うのは、よっぽど七対子(それ)に向いた手牌か逆に悪い手牌の場合です。

 志野崎さんのあの手牌は混一を目指すのがよさそうですが、そうしないのはさっき±0をやる為に無理をして流れが乱れたのを察しているせいかもしれません。

 ・・・・・・ここから筒子を多く捨てて、河を偽装した七対子萬子待ちという可能性もありますが」

 

智紀は相変わらず睨むように秀介の手牌の眺めている。

だが一からしてみれば、ただそれだけで智紀が秀介の狙いを断言したことも十分驚きだ。

そして同時に不安でもある。

 

(ともきー・・・・・・少し前から思ってたけどなんでそんなに志野崎さんに詳しいのさ)

 

元々プロの打ち方を読んだりもしていた智紀だが、対秀介時の読みはさらに鋭い。

合宿の時に恋がどうとか零していた気がするが、まさかあの相手が秀介だったというのではなかろうか。

でもあの合宿の時が初対面だったんじゃ・・・・・・。

実はともきーにとって志野崎さんは初恋の幼馴染で、あの時が久々の再会だったとかそういうドラマ?

それとも意外に一目惚れ?

仮にそうだったとしても、あの人は清澄の部長さんと誰もが認めるカップルだし・・・・・・。

まさか割って入ろうとか考えてるんじゃないだろうね!?

略奪愛!? 何それ、面白そう!

それともまさかの愛人の座狙いかい!?

 

思春期特有の思考はここにも伝染していた。

 

さて、それはさておき灼の手番である。

 

灼手牌

 

{(ドラ)⑥1236(横3)8西北北白白發}

 

混一を目指して早くも{(ドラ)}を切って見せるか、それとも他のところを切るか。

 

(・・・・・・できればこの試合はハルちゃんに頑張って貰いたい。

 私はそのフォローでいい・・・・・・。

 でも点数はあるに越したことは無い)

 

終盤で持ち点が低すぎてプレッシャーがかけられず、逆に局を流す要員として使われるのは避けたい。

灼は晴絵が切ったのと同じ{西}を捨てた。

 

そして2巡目。

 

晴絵手牌

 

{一三[五]六⑦⑨238(横4)9東南南}

 

一先ず一面子が出来上がった。

こうなると塔子(ターツ)が一つ多いことになる。

{一三、[五]六、⑦⑨、89}の内どれかは捨てなければ。

{[五]六}は両面だし赤もあるし捨てるのはあり得ない。

残りの3つ、どれにするか。

様子見で{東}を切るというのもあるが、東場で親番のこの状況、誰かしら{東}を絞っている可能性がある。

ここでみすみす{東}を手放したらその誰かに楽をさせることになるだろう。

ましてやそれが秀介だったという可能性を考えたらまだ気軽には切れない。

どうせいつかは選択しなければならないのだ。

 

(・・・・・・ま、ペンチャンよりはカンチャンの方が望みがあるかな)

 

{一三には四、⑦⑨には⑥}のツモから両面になる可能性がある。

それを考えればペンチャン{89は6}をツモったところでカンチャン待ち、望みが少ない。

{9}を手放すことにした。

 

続いて。

 

宥手牌

 

{一二(ドラ)五六六八九⑦⑨46(横7)中}

 

(あったかいの・・・・・・)

 

これでカンチャンが両面に変化した。

宥好みの赤い牌も増えたし文句は無い。

{4}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{①③④⑤(横④)⑦⑨7東南南西白發}

 

二個目の対子が完成。

なお牌入れ替えは行っていない。

それでも先の牌の流れが見えていれば一番作りやすいのが七対子なのだ、これくらいのスムーズな手の進みは当然である。

晴絵も灼も切っており、残る一枚が王牌に眠っている{西}を切る。

 

灼手牌

 

{(ドラ)⑥123368北北白白(横白)發}

 

(面前でも混一狙えそ・・・)

 

面前混一(メンホン)となれば最低7700。

ツモ上がりの場合親の晴絵に多く支払わせることになるが、それでも晴絵の実力を信じてあえてここで上がりを取っておくのも悪くない。

 

(狙えるだけ、狙っておく)

 

{⑥}を切り出した。

 

3巡目。

 

晴絵手牌

 

{一三[五](横二)六⑦⑨2348東南南}

 

残しておいたカンチャンが埋まる。

先程のペンチャンの残り{8}を切って手を進めた。

 

宥手牌

 

{一二(ドラ)五六六八九⑦⑨67(横中)中}

 

{中}が対子、笑みを浮かべながら手牌に加える。

さて、何を切るか。

宥が注目したのは一巡目の秀介の{三}切りだ。

 

(志野崎さん、何を考えて{(あの子)}を切ったんだろう・・・・・・?)

 

さすがにその意図は分からない。

単純に不要だったという可能性もある。

しかし宥はそこに別の意思を感じた。

 

(・・・・・・理屈は分からないけど、もしかしたら誰かの手牌にあるとか、ツモりにくいとか思ったのかな・・・・・・?)

 

ドラ表示牌ということを加味しても、自分もツモりにくそうな気がする。

 

(・・・・・・でもここは・・・・・・)

 

それでも宥は{⑨}を切ってペンチャン処理をする。

後々への布石として。

 

そして秀介。

 

(うん、さっきの試合で流れをいじりすぎたかな)

 

秀介手牌

 

{①③④④⑤⑦⑨7東南南白(横中)發}

 

一見混一の好手牌に見えるが、前述の通り{南は晴絵、中は宥、白}は灼が押さえているのでその辺が軒並み鳴けない、ツモれない。

なおこの後の灼のツモに{發}があることを付け加えておく。

 

デジタルを信仰している身として「流れなんてただの偏りです!」と言う人もいるだろう。

だが秀介の頭はそこまで硬くない。

むしろ前世でそういう流れの作り方、乗り方なんかにまでデジタルで挑んでいた男だ。

この手牌の具合は、先程の±0で本来あるべき流れを壊したせいだと自覚していた。

 

(・・・・・・誰かの隙を見つけるまで、しばらくベタ降りだな)

 

早い巡から降りているところを悟られないようにと注意しながら、秀介は{發}を手放した。

 

そしてこの局阿知賀陣営、特に晴絵の手の伸びが良かった。

 

晴絵手牌

 

{一二三[五]六⑦⑨(横⑧)234東南南}

 

5巡目にして早々に聴牌である。

幸先がいい、誰に遠慮する必要もない。

 

「リーチ!」

 

リーピン赤。

高めの{(ドラ)}をツモれば満貫、裏が一つでも乗るか一発ツモで跳満だ。

このまま勢いに乗って高めツモと行きたい。

だが。

 

(まぁ、そうはいかないよ)

 

次巡、秀介が妨害に動いた。

 

「チー」

 

七対子狙いに見せていた手を崩して{横②③④}の鳴き。

ツモがずれた結果高目の{(ドラ)は宥の手に、そして晴絵の元には安目の七}が舞い込んできた。

 

(ありゃ、安目だ。

 彼の鳴きでずらされたか)

 

それでもツモ切りして果敢に高目を狙う手もあるが、赤い牌が集まる宥の元に{(ドラ)}が行ってしまう可能性もある。

ここは上がっておくが最善か。

 

「上がっておくよ、ツモ」

 

{一二三[五]六⑦⑧⑨234南南} {(ツモ)}

 

「リーピンツモ赤、裏は・・・・・・無しか。

 2600オール」

 

まぁ、上がれたわけだし出だし好調と言うことにしておこうか。

秀介を相手にまずはリードだ。

点棒を差し出してくるその表情は特に変わらない。

一度上がりを取っただけでそれほど点差は開いていないのだし当然だろう。

晴絵もこれくらいで気を緩めるわけがない。

 

 

 

東一局1本場 親・晴絵 ドラ{⑥}

 

「ツモ」

 

この局も晴絵は流れに乗っていた。

 

{二三四七七(ドラ)⑦456777} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンヤオドラ1裏1、4100オール」

 

一局目ほど早くはなかったが他三人を抑えて満貫ツモ上がりだ。

これで晴絵は4万点を超えて他三人は2万点を割り、とりあえず頭一つ抜けた。

まだまだ手を緩めるわけではないが。

 

(さぁ、あんたたちもそろそろ喰らいついて来なさいよ)

 

左右の二人に視線を送ると、それに応えるように頷き返される。

よしよし、それでいい。

後は。

 

(対面の君もね)

 

秀介にも視線を送ると、それに気付いたようで軽く笑い返してきた。

さて、次局はどうなるか。

 

 

 

東一局2本場 親・晴絵 ドラ{東}

 

晴絵 45100

配牌

 

{一五七②③⑤[⑤]⑧⑨1[5]79} {(ドラ)}

 

(ありゃ、これは・・・・・・)

 

浮いているダブ東がドラ、鳴ければ満貫確定だし赤もあるから跳満も圏内だ。

だが出来れば上の三色を狙い、{⑤}を頭にしたいところ。

0本場の時以上に扱いに困る{東}だ。

 

(ま、一先ず{一や1}の処理かね)

 

晴絵は{1}を捨てた。

 

宥  18300

配牌

 

{二三六六八九49南西西發(横中)中}

 

今回は文句ない、萬子の混一が目指せそうだ。

{9}を切る。

 

秀介 18300

配牌

 

{一二三四六[⑤]⑨6678(横發)(ドラ)北}

 

(・・・・・・少しはマシになったな)

 

軽く平和手が狙えそうだ。

気掛かりなのが晴絵同様手牌に紛れ込んだ{(ドラ)}。

この局で晴絵が出した目は6、宥の山からの取り出しだ。

そして残る{(ドラ)}は二枚とも秀介の山にある。

早い巡目で決着が付くのなら気にする必要はないが、全員の手の進みが滞ったりすると厄介なことになる。

 

(いざとなったらそれらしい捨て牌を作ってから{(ドラ)}を強打すれば聴牌を警戒させられる。

 そうすれば安手で場を流そうと考える子もいるだろう)

 

まぁ、それまでに晴絵が{(ドラ)}を手放そうと考えなければ、の話だが。

ドラ表示牌{北}を捨てる。

 

灼  18300

配牌

 

{一三八(横五)①⑥⑦⑦⑧29南西白}

 

灼は特に考える間もなくあっさりと{9}を切り出した。

 

2巡目。

 

晴絵手牌

 

{一五七②③⑤[⑤]⑧⑨[5](横3)79(ドラ)}

 

1巡目の流れで{一}の処理をする。

と同時に。

 

「チーです」

 

宥が動いた。

 

宥手牌

 

{六六八九4南西西發中中} {横一二三}

 

些か動くのが早い気はするが、ともかく{4}を切って手を進める。

 

秀介手牌

 

{一二三四六[⑤]⑨6678(横發)(ドラ)發}

 

{⑨}を河に捨てながらも秀介は今の宥の動きに視線を向ける。

 

(2巡目から両面チーかい。

 混一狙いだとしてもそこはツモ狙いでよかったんじゃないか?)

 

普通なら焦った人間の打ち方とかヘボの打ち方と思うところだ。

が、彼女も県予選を勝ち抜けて全国行きを果たした学校のメンバー、ヘボとは思えない。

 

(・・・・・・何かあるな、面前を捨てて動いた理由が)

 

それが彼女の考えによるものか、それとも能力によるものか、それはまだ少し様子を見てみなければ分からない。

 

灼手牌

 

{一三五八(横六)①⑥⑦⑦⑧2南西白}

 

先程同様スパッと{①}を切る。

普通に平和手でも狙っている様子だが果たして。

 

3巡目。

 

晴絵手牌

 

{五七②③⑤[⑤]⑧⑨3[5]79(横南)(ドラ)}

 

不要、とそのままツモ切りする。

 

宥手牌

 

{六六八(横七)九南西西發中中} {横一二三}

 

(あったかいの・・・・・・)

 

{發}を切り出し上がりに近づけていく。

 

秀介手牌

 

{一二三四六[⑤]6(横4)678(ドラ)發發}

 

せっかくの{發}が宥から切られたが、秀介は鳴かずにスルーする。

 

(この手の急所{五}が少し遠い。

 ずらせば松実さんから次巡の{七}を食い取って三巡程で{八}をツモれるが、仮に上がってもこの手は發赤1、ちょっともったいない。

 それよりも・・・・・・)

 

手牌から{一}を抜き出して切る。

 

(松実さんの観察が優先だ)

 

灼手牌

 

{一三五六八⑥⑦⑦⑧2(横⑨)南西白}

 

(宥さんが動いた・・・・・・)

 

灼はちらっと対面の宥の様子を見た後、{南}を捨てた。

 

4巡目。

 

晴絵手牌

 

{五七②③⑤[⑤]⑧⑨3[5](横3)79(ドラ)}

 

(宥が早そうだね。

 協力プレーをする気は無いけど・・・・・・)

 

自分の力で勝ちたいという想いがある。

だから仲間との共闘はあまりしたくないのだが、他家を上手く使って相手を追い込むというテクニックも上級者には必要だ。

ここは宥に上がってもらおうと、晴絵は{⑨}を切る。

 

(この局は{(ドラ)}を抱え込んで、志野崎君に少しでもプレッシャーがかけられればいいかな)

 

宥手牌

 

{六六七(横七)八九南西西中中} {横一二三}

 

(あったかいの・・・・・・いっぱい・・・・・・)

 

宥は嬉しそうに笑顔を浮かべながら{南}を捨てる。

これで一向聴だ。

 

秀介手牌

 

{二三四六[⑤](横④)46678(ドラ)發發}

 

とりあえず有効牌ツモ、だがどうするか。

 

(・・・・・・対面の赤土さんは{(ドラ)}を切らないな。

 ダブ東ドラ3のプレッシャーをかけてるつもりか)

 

無視してもいいがここはあえて乗っかろう。

そう考えながら秀介は自山に視線を向ける。

 

(・・・・・・{5は遠いな、③-⑥}なら鷺森さんの山だし鳴きが入ってもどちらかツモれるだろう。

 だが{六}切りは松実さんに鳴かれて聴牌だし、直後に俺が彼女の高め{中}をツモる。

 赤土さんはこの局上がりよりも松実さんへの援護を考えているみたいだが、俺が{中}を抑えて彼女の上がりが遠のいている間に{(ドラ)}ゾーンが近づくのは勘弁だ。

 そろそろ赤土さんの連荘も終わりにしてもらいたいし・・・・・・)

 

ぺしっと{6}を切り捨てる。

 

灼手牌

 

{一三五六八⑥⑦⑦⑧⑨2西(横中)白}

 

そして秀介が()()通り、今しがた秀介が{六を宥に鳴かせなかったことにより灼が中}をツモる。

が、彼女はそれを見るなりスパンとツモ切りした。

 

「あ、ポン」

 

当然宥は鳴く。

 

宥手牌

 

{六六七七八九西西} {中横中中横一二三}

 

{六}を切り捨てて聴牌だ。

秀介は牌をツモりながら灼の様子をうかがう。

 

(あっさり切ったな・・・・・・。

 この二人・・・・・・共闘してるのか?

 それとも鷺森さんもここは松実さんに上がってもらうのが一番と考えたのか?)

 

その表情からはうかがい知れない、中々ポーカーフェイスが出来ている子だ。

こちらも様子見が必要か。

 

そのまま3巡後、宥がツモ上がる。

 

{六七七八九西西} {中横中中横一二三} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 混一中1200・2200です」

 

とりあえず一上がり、宥によって晴絵の連荘は終わった。

続いて宥の親番だ。

 

(さぁ・・・・・・)

 

秀介が宥の観察に一層力を入れる。

 

(この局で大まか決められるかな、彼女の打ち方は)

 

 

 

東二局0本場 親・宥 ドラ{⑦}

 

「ツモです」

 

この局、またあっさりと宥の上がりが決まった。

 

{一二三五六七[⑤]⑥(ドラ)⑧中中中} {(ツモ)}

 

「リーヅモ中ドラ赤。

 裏無しで4000オールです」

 

またも{中}が入った萬子が多めの手。

ふむ、と秀介は点棒を渡しながら頷いた。

 

(・・・・・・さすがに決まりかな。

 彼女は萬子と{中}が集まり、それによる混一、清一が強みなんだろう)

 

秀介はそう結論付ける。

上がりの速さはそれほどでもないし、分かっていれば狙い撃ちも可能。

対処の仕方はありそうだが。

 

(・・・・・・まぁ、狙い打たれた時用のカウンター策があるのかも知れんし、奈良のレベルがどれくらいかも知らないがね)

 

一先ず次局辺り狙ってみようかと秀介は心に決める。

 

 

 

東二局1本場 親・宥 ドラ{8}

 

宥 34900

配牌

 

{二二三四六①[⑤]⑥49東西發} {中}

 

(・・・・・・いけそう・・・・・・かな・・・・・・?)

 

宥がまず手に取ったのは{①}。

それを切り出すと同時に、マフラーを軽くパサッと払った。

 

秀介 13100

配牌

 

{九②②③④⑧(横④)(ドラ)9東南西北}

 

秀介はそんな宥の仕草を視線の端に捉えながら{西}を切る。

 

(・・・・・・なんかの癖かね?)

 

今のが意味のないことなのか、それとも自分の100点棒と同じ何かの癖なのか。

それも様子見だなと、秀介はこの場では深く考えないことにした。

 

灼 13100

配牌

 

{三七七八①③⑨11236(横8)9}

 

(宥さんの今のは・・・・・・)

 

灼も今の宥の仕草は見ていた。

そしてそれを受けて、灼は手牌から{三}を抜き出して捨てる。

ざわっと周囲から声が上がった。

萬子を早めに処理して絶一門でも狙う気だろうか。

だが牌の数でいえば筒子の方が少ない。

何を考えているのだろうか。

 

晴絵 38900

配牌

 

{九②②⑤⑧⑨378西北白(横白)發}

 

晴絵は{北}を切りながら、灼に軽く視線を送る。

 

(灼・・・・・・何か作戦でも立ててるのかな?)

 

相手を意識して自分のスタイルを崩すのはよくない。

だがまぁ、せっかくの練習試合だ、色々試してみるのもいいだろう。

それが後々にまで影響を及ぼさなければ、だが。

 

(・・・・・・後で聞いてみて、考えの内容によっては怒らないとだけどね)

 

2巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四六(横五)[⑤]⑥49東西發中}

 

(あったかいの・・・・・・来て・・・・・・)

 

宥が言うところのあったかくない牌、{西}を処理する。

次巡以降も{東發4}あたりを捨てるのだろう。

 

秀介手牌

 

{九②②③④④⑧4(横3)(ドラ)9東南北}

 

このツモと先の流れに目を向けて、秀介は少しばかり動きを止める。

 

(・・・・・・この{3と9}は不要だな。

 とはいえドラそばの{9}をこの段階で手放すのはよくない。

 序盤でドラそばを切るのは明らかに不要な手役が狙える場合か、もしくはドラが複数あり、頭もしくは面子、暗刻として決まっている場合だ。

 この段階からドラが手にあるのを悟られるのは・・・・・・まぁ、今回は別にいいと言えばいいんだが、情報は伏せるに越したことは無い。

 鷺森さんにならって俺も萬子を処理するか)

 

自身の手牌をミスなく進められて一流。

相手の思考を誘導できるようになれば超一流だ。

その分考えることが多くて大変だが秀介にはそれだけの能力がある。

{九}を切って灼の打ち筋の陰に隠れることにした。

まぁ、それだけの能力をもってしてあえて±0を狙ったりする辺り、才能の無駄遣いと言うべきか舐めプと言うべきか楽しそうで何よりですと言うべきか。

 

灼はそんな秀介の打ち筋を一瞥し、ツモった{南}をツモ切りする。

続いて晴絵もツモった{一}は不要とツモ切りした。

 

3巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四五六[⑤]⑥49(横5)東發中}

 

(あったかいの、もっと・・・・・・)

 

{9}を捨てる。

{東も發も、というか今回は中}も切ってタンヤオ三色を目指す予定だ。

ちらりと秀介に視線を送る。

 

(・・・・・・萬子待ちだって、思ってくれてるかな・・・・・・?)

 

 

 

それは試合開始前、晴絵に引き連れられて秀介の待つ卓へ向かう途中。

 

「・・・・・・宥さん」

「なぁに? 灼ちゃん」

 

不意に宥は灼に声を掛けられていた。

 

「志野崎さんを倒す為に、ちょっと手を組みませんか?」

「・・・・・・手を組む?」

 

突然の言葉に首を傾げる宥。

灼は構わずに続けた。

 

「萬子の混一を多めに狙ってください。

 私は宥さんが聴牌気配なら萬子以外を切るようにします。

 あ、{中}は揃っていない限り援護しますけど」

「ど、どうして?

 あんまり変な打ち方するなって赤土さんも言ってくれてたのに・・・・・・」

 

コーチとしてその指摘は当然であり、また灼もそれを聞いていたはずである。

阿知賀メンバーの中で一番晴絵を慕っている灼としても言うことを聞かないわけがない。

だがそれでも今回、灼は揺るがなかった。

 

「・・・・・・志野崎さんはさっきの宥さんの試合を見ていてある程度打ち方を見抜いてくると思います。

 それとさっきの志野崎さんの試合だけでは断定できませんが、序盤は様子見で点数を減らすかもしれません。

 うまく点数が減ったタイミングで宥さんが筒子、索子も混ぜて三色辺りで跳満を仕上げれば、一撃でトバすことも可能なはずです」

「・・・・・・」

 

灼の言葉に、宥は苦笑いを浮かべるだけだった。

真面目に取り合っては貰えないのだろうか。

 

「いいタイミングで狙えそうな手が入ったら、マフラーを払うなりサインを・・・・・・」

「灼ちゃん、大丈夫」

 

玄の敵討ちと思って、と話を付け加えようとしたところで止められた。

そんなことをしなくてもいい、と言うことだろうか。

だが宥の言葉は灼の予想を超えていた。

 

「私も最初からそうするつもりだったから。

 あのね、さっきの試合も志野崎さんに見られてると思ったから、いつもより萬子集めるのを多めにしていたの」

「・・・・・・!」

 

いつもぽやーっとしているように見える宥。

にもかかわらず既にそれだけの行動をとっていたとは。

 

「玄ちゃんがやられちゃった分も、私がやり返すよ。

 だって私は・・・・・・」

 

 

おねーちゃんだから。

 

 

 

そして8巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四五五六[⑤](横七)⑥457中}

 

一向聴、ここで{中}を捨てる。

 

宥捨牌

 

{①西9⑨東南發} {中}

 

ここまで萬子を一枚も余らせることなく手の中で使い切っている。

これで{中}を手放すとなれば萬子の混一から清一に移行したと考えてもおかしくない。

おまけに{9を切ってるから6}は一応スジ引っ掛けだ。

タンヤオ三色赤、リーチをかけて一発か裏ドラが乗れば跳満。

秀介は晴絵と宥のツモで削られたまま取り返していないので、残り点数は13100。

これは親ッパネ直撃でトぶ点数だ。

 

(この一撃で玄ちゃん・・・・・・だけじゃなく、憧ちゃんや穏乃ちゃんの分も・・・・・・)

 

まとめて返すから。

それは普段温厚な宥からは考えにくい攻撃的な闘牌だった。

 

さて、その秀介の手番だ。

 

秀介手牌

 

{②②④④⑧4(ドラ)89南南北北}

 

さすがの秀介もここは宥を狙い打つと決めていただけあって、多少の無駄ヅモは挟みつつもこの形まで進めていた。

七対子ドラドラ、宥が三色を狙うとしたら捨てられる{4}が狙い目だ。

宥も一向聴だし秀介もここいらで聴牌しておきたい。

が、秀介はツモった牌をチラッと確認すると手牌に加えることなく捨てた。

無駄ヅモだったらしい。

 

秀介捨牌

 

{西九3東中發③} {9}

 

ん?と後ろで見ていた衣が首を傾げる。

同じく透華もだ。

 

「{9}なら有効牌のはず・・・・・・」

「ですわよねぇ・・・・・・それをツモ切りって・・・・・・」

 

何を考えて?

実はちゃんと見ていなくて盲牌ミスしただけ?

それともこれも何かの布石?

そう思いながら確認の為に秀介の手牌に視線を落とす。

 

秀介手牌

 

{②②④④⑧⑧4(ドラ)8南南北北}

 

「ん・・・・・・んん!?」

 

思わず二度見してしまった。

聴牌・・・・・・してる?

先程まで秀介の手牌はこの形。

 

{②②④④⑧4(ドラ)89南南北北}

 

一向聴だったはず。

それが{9}をツモ切りしたと思ったらいつの間にか聴牌?

一つ増えた{⑧}はどこから来た!?

真っ先に気付いたのは一だった。

 

(牌をツモるときにあらかじめ手の中に{9}を持ってたんだ!

 そしてツモ切りしたと見せかけて手の中でツモって来た{⑧と9}を入れ替え。

 ツモ切りで手が進んでいないように見せかけてこっそり聴牌だなんて!)

 

イカサマではない、全ては自分の手の内でのことなのだから。

だが公式ルールでは著しく評価が下がりかねないギリギリの行為だ。

確かに今は公式大会ではないがそんな真似をするなんて。

と言うか一でも気付かなかったそのモーションは手馴れているように見えるが。

 

(・・・・・・もしかして、普段ボク達と打ってる時にもちょこちょこやってたんじゃ・・・・・・?)

 

さすがに自分の詳しい過去――小学生時代にやらかした事――まで語ってはいないが、一は秀介が龍門渕に麻雀をやりに来るようになってから手品が得意だということは話したことがある。

それに対して当てつけるようにやってたんじゃないだろうね?

今まで気付かなかったボクのことをどう思っていたのさ!?

この種明かしもからかいの内!?

ホントに人が悪い!

 

そうこう考えている間に9巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四五五六七[⑤]⑥4(横⑦)57}

 

宥に聴牌が入った。

 

(志野崎さんはツモ切り・・・・・・手が進んでない。

 なら今の内に・・・・・・!)

 

千載一遇のチャンスとばかりに、秀介への直撃を狙ってトバせる点数を目指す。

 

「リーチです」

 

三色に受けてカンチャン{6待ちになる4}切り。

が。

 

「リー棒はいらない、ロンだ」

 

パタリと秀介が手牌を倒す。

 

{②②④④⑧⑧4(ドラ)8南南北北} {(ロン)}

 

「七対子ドラドラ、6400の一本場」

 

宥の狙いは空振り、むしろカウンターで余り牌を狙われた。

秀介としてはここで宥が三色を狙うかどうかは不確定だったが、まぁ上がれたからよしだ。

 

そうして宥が点棒を差し出す様子に。

 

(・・・・・・ん?)

 

秀介に限らず同卓のメンバーも気付いた。

 

「あ・・・・・・う・・・・・・。

 さ・・・・・・さ、む・・・・・・」

「お、おねーちゃん!?

 どうしたの? 大丈夫!?」

 

玄が駆け寄ってきて宥に寄り添う。

はっとして宥は玄の方を見た。

 

「玄ちゃ・・・・・・ん・・・・・・。

 う、うん・・・・・・大丈夫だよ・・・・・・」

「おねーちゃん・・・・・・?」

 

一体何が?という表情で玄は宥の様子を見ている。

が、秀介の手牌を見た途端に「あっ・・・・・・!」と声を上げた。

何かに気付いたらしい。

 

(・・・・・・何だ?)

 

秀介としてはその反応はあまりにも違和感がありすぎる。

自身の手に視線を落とすが、特に変わったことは・・・・・・。

 

途端、秀介の思考が今日確認した限りの宥の手牌形を思い返す。

上がった、上がらなかったに係らず全ての手牌を。

 

それと試合前の軽い雑談や、今の彼女の発言。

そこから導き出される答え。

 

(まさか・・・・・・!)

 

デジタルであると同時にオカルトの極みと言ってもいい能力を所持している秀介。

にもかかわらず、どこぞの誰かのように「そんなオカルトありえるか!」と言ってしまいそうだった。

 

彼女の手牌には常に溢れていて、今の秀介の上がり形には一牌も存在しないもの。

萬子、だけではない。

 

(赤い牌か!?)

 

赤が混じっている彼女の大好きなあったかい牌。

今しがた秀介が上がった手牌には一牌たりともそれが存在しない。

それでロン上がりをされたから、今彼女は寒がっているのか?

そんなバカなと言いたい。

だが自分も血を吐くような代償を抱えていた身だ、完全に否定することはできない。

 

秀介は点棒を受け取り、牌を卓に流し込みながら考え続ける。

赤が混じっている牌と赤が混じっていない牌。

数えてみれば明らかだが赤が混じっている牌の方が多い。

 

{一二三四五六七八九①③⑤⑥⑦⑨1579中}

{②④⑧23468東南西北白發}

 

この通りだ。

これはつまり、作れる手役の幅が広いということである。

もちろん宥は実際のところ赤が混じっていない牌も含めて手役を作っている。

今回も萬子待ちを狙っているように見せかけて秀介から{6}がこぼれるのを待つべくカンチャン待ちを選択したのだろう。

 

(・・・・・・俺が言うのもなんだが、ちょっと突拍子もない発想だ。

 次の局、また試すか)

 

秀介は相変わらず震えて見える宥の様子をうかがいながら、次局の手役作りへと頭を働かせ始めた。

 

 

 

東三局0本場 親・秀介 ドラ{九}

 

宥 28200

配牌

 

{二三(横二)六六七(ドラ)②④⑨5北中中}

 

(うぅ・・・・・・玄ちゃんにちょっとあっためて貰ったけど・・・・・・まだ寒い・・・・・・。

 あったかい牌・・・・・・あったかいの、いっぱい来て・・・・・・)

 

未だカタカタと震えながら{北}に手をかけて止まる。

 

(・・・・・・一応私北家だし・・・・・・取っておいたほうがいいかな・・・・・・。

 でもあったかくない牌欲しくない・・・・・・北ってなんか寒そうだし・・・・・・)

 

さんざん考えた挙句、宥は{北}を手放した。

 

途端、その指先から凍るような寒気を感じた。

 

(ひぅっ!?)

 

「ポン」

 

鳴いたのは秀介だ。

手牌からは{1}を切る。

 

(・・・・・・親なのに1巡目から{北}ポン・・・・・・嫌な感じがするよぉ・・・・・・)

 

灼、晴絵と回り、再び宥の手番が回ってくる。

 

宥手牌

 

{二二三六六七(横八)(ドラ)②④⑨5中中}

 

{⑨}を手放す。

 

3巡目。

 

宥手牌

 

{二二三六(横五)六七八(ドラ)②④5中中}

 

(あったかいの・・・・・・もっといっぱい・・・・・・!)

 

宥はあったかくない{②}を捨てる。

 

今度は肘の辺りまで凍り付くような幻影を見た。

 

「ひぁっ!?」

「ポン」

 

再び秀介が鳴く。

{北、②}と鳴いて捨て牌は{二17五}、宥が言うところのあったかい牌のみが捨てられている。

 

(な、なんか・・・・・・あったかくない役狙ってる・・・・・・?)

 

宥が知る限り最もあったかくない役は緑一色だ。

目にしただけで寒気が走る。

ましてや振り込んだらと思うとそれだけで身体が震えそうだ。

だが秀介の鳴きを見る限りそれはない。

にもかかわらずこの寒気、秀介が何を狙っているのか分からないのが怖いと言うのもあるのかもしれない。

 

(あったかいの・・・・・・あったかいの、もっといっぱい来て・・・・・・!)

 

次巡。

 

宥手牌

 

{二二三五六六七八(ドラ)④5(横九)中中}

 

(あったかいの、いっぱい・・・・・・!)

 

大好きなあったかい牌に囲まれて笑顔が戻る宥、{④}を切る。

 

その笑顔もつかの間。

 

「ポン」

 

今度は右腕一本、肩まで凍り付く。

 

(い、いやぁ!!)

 

バッと右手を引っ込める。

本当に体温が下がっているように錯覚してしまう。

いや、果たしてそれは錯覚だけなのか否か。

 

さらに次巡、{一をツモって5}切り。

手牌は萬子と{中}で染まる。

それでも宥の震えは止まらなかった。

 

(もっと・・・・・・もっとあったかく!)

 

そして。

 

(やっ!? この牌やだ!)

 

ツモった瞬間から寒気を感じたその牌。

 

宥手牌

 

{一二二三五六六七八(横⑧)(ドラ)九中中}

 

(うあぁ・・・・・・あったかくないの・・・・・・やだ!)

 

涙目になりながら{⑧}をツモ切りする。

 

真夏でもマフラー、手袋、上着の下にはセーターも着こんでいるほかほかな宥。

 

その全身も、目元の涙も、心臓の奥の奥までが。

 

 

「ロン」

 

 

その一言で凍り付いた。

 

 

秀介手牌

 

{⑧發發發} {横④④④横②②②横北北北}

 

「發混一対々」

 

あったかくない牌オンリー、そしてこの役には別名がある。

 

筒子の内赤が混じらない青と緑で構成された{②④⑧}と、風牌一種、そして{發}で構成されたローカル役満。

 

 

青ノ洞門(あおのどうもん)、だ」

 

 

「い、いやぁああああ!!!」

 

ガタンと宥が自分の身体を抱くようにしながら倒れこむ。

 

「お、おねーちゃん!?」

「・・・・・・さ、寒い」

 

玄が慌てて宥を抱きかかえるが、宥はそれにも気づかない様子で震えていた。

 

「・・・・・・寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い・・・・・・!」

 

これにはさすがに晴絵も灼も、秀介(張本人)すらが「大丈夫か?」と手を差し伸べる。

 

一時試合を中断し、玄が寄り添いながら温かいお茶を飲ませてあげてようやく話ができるようになった。

震えはまだ止まっていないようだが。

玄も宥につられて涙ぐんでいる様子。

そんな中、「宥さんに何をしたんですか!?」と灼に問い詰められた秀介が、宥の能力の推測とそれを確認するための手段を説明していた。

 

「・・・・・・なるほど、宥の特性は理解してたけどそんなデメリットがあったとはね」

 

うむ、と一緒にそれを聞いていた晴絵が頷く。

 

「先程の俺の七対子に赤が一つもなかったところからの推測で、それを確かめようと思っていたのですが。

 まさかここまでとは・・・・・・申し訳ない」

 

そう言って晴絵に頭を下げる秀介。

さすがに今回はやりすぎたと思っているのだろう、不可抗力とはいえ。

だが晴絵は手をひらひらと振って返すのみ。

 

「いいよ、相手の弱点を突くのは基本だからね」

 

気にしていない風にそう言い、晴絵は特に秀介に詰め寄るようなことはしなかった。

コーチである晴絵が表立ってそういう態度を取っている以上他のメンバーもそれ以上の追及はしない。

灼は未だに秀介を睨んでいるが。

晴絵もそれは気付いているが特に注意せず、そのまま宥の方へと向かった。

 

「宥、大丈夫かい?」

 

玄に寄り添われながら震えている宥だったが、小さく頷いた。

 

「そうか、それはよかった」

 

そう言って晴絵は宥に手を差し伸べる。

 

「じゃあ、卓に戻ろう」

「・・・・・・え・・・・・・?」

「なっ、ま、待ってください!」

 

晴絵の前に立ちはだかったのは隣にいる玄だ。

さすがに今の状態の宥を卓に戻して、今まで通りに打てるとは思えない。

だが晴絵は変わらない様子できっぱりと言ってのけた。

 

「宥、あんた全国大会でも同じことになったらそうしてるのかい?」

「・・・・・・!」

「それとも・・・・・・棄権しちゃうのかな」

「あ、う・・・・・・」

 

言い放たれたその一言は非常に重みがある言葉だった。

 

ここが全国大会の会場だったら、玄が助けに入ることもできなかったし、途中で試合を中断することもできなかった。

かつて久やまこを守る為、血を吐くほどに能力を行使していた秀介も、戦っている最中に席を立つ真似はしなかった。

後に戦う千里山のエースも、極限まで能力を行使しながらもチャンピオンを相手に最後まで戦い続けた。

 

だが宥は今、席を()()()()()()()()()

それを仕方ないと取るか甘いと取るか、それは個人によって違う。

しかしルール上、大会の最中だったら棄権と判断されても仕方がない。

晴絵はそれを指摘したのだ。

 

「・・・・・・や・・・・・・ります・・・・・・」

「おねーちゃん!?」

 

その言葉に、宥は未だ震えながらも立ち上がった。

カタカタと震える姿はとても頼りない。

だがその目には再び火が点ろうとしていた。

 

「よし、頑張れ!」

 

晴絵はそう言うと宥達に背を向け、一足先に卓に戻った。

 

「おねーちゃん・・・・・・ホントに大丈夫・・・・・・?」

 

玄の言葉に震えながらコクコクと頷く宥。

 

「だい・・・・・・じょーぶ・・・・・・だって、私・・・・・・」

 

まだ頼りなさげではあるが、それでも宥は笑って玄に告げた。

 

「・・・・・・おねーちゃんだから」

 

 

再び全員が着席し、試合再開となる。

が、さすがの灼も晴絵の方に視線を送らざるを得ない。

 

(ハルちゃん、さすがにちょっと厳しいとおも・・・)

 

自身がトラウマを抱えている身でありながら、宥にとってトラウマになりかねない事態にあの発言は少し厳しいのではないかと思ったのだ。

そして晴絵はそれに対し、灼や他のメンバーに特に何かを言うでもなく、どちらかと言えば無表情で卓に座るのみだ。

他のメンバーもさすがに不安だろう。

そんな中、秀介が不意に声を上げた。

 

「・・・・・・強がり」

「え?」

 

灼が秀介の方を見る。

が、秀介が見ているのは晴絵の方だ。

 

「・・・・・・何か言ったかな?」

 

晴絵は無表情のまま聞き返す。

秀介は軽く笑いながら言葉を続けた。

 

「その役目、俺が代わってやってもよかったんですよ?」

 

だが晴絵はそっけなく返す。

 

「ダメ、コーチとしてこれくらいやらないと。

 それに君がやったら最終的に遺恨が残るんじゃないかな?」

「今後も長く付き合う予定のあなたがやった方が、後々トゲが残るんじゃないですか?」

 

むー、と軽くにらみ合う二人。

だがすぐに晴絵は「ふふっ」と笑った。

 

「・・・・・・その言葉だけで救われるよ」

 

その一言で灼は察した。

 

(そっか・・・・・・ハルちゃんも本当はやりたくなかったんだ。

 でもコーチとしてたまにはきつい言葉も言わなきゃならない・・・・・・)

 

でなければ面目が保てない。

仲良しこよしで勝ち残れるほど全国は甘くないはずだ。

だから晴絵は嫌われるかもしれないという考えを持ちながらもあえて宥にきつくあたったのだ。

やっぱりハルちゃんは凄い、私が尊敬するに値する人だ!と灼は思った。

それに気付けたのは秀介がこの場でそれを指摘してくれたからだ。

にもかかわらず、灼が秀介を見る目はきつかった。

 

私でも気づけなかったことを気付き、気を使ったのがこの男だ、というのが気に入らない。

 

ただのわがままだと分かっていても、だからと言って気を使ってやるつもりはない。

 

(やることは一つ、この人を倒すことだけ!)

 

灼は自分にそう言い聞かせる。

 

秀介はそんな灼の視線に気づいているのかいないのか、変わらぬ様子で牌を卓に流し込み、新たな山を作る。

そして自分の右側に一本場を示す100点棒を一つ置いた。

 

が、その手にはもう一本の100点棒が。

「ん?」とそれに反応したのは晴絵だ。

それから一瞬間をおいて他のメンバーもその意味に気付く。

すっかり忘れていた彼の癖。

逆に龍門渕メンバーからは「やっとか」と安堵の笑み。

特に衣が嬉しそうだった。

 

「ではでは、阿知賀女子学院の全国大会での健闘を祈って軽く一服・・・・・・」

 

秀介はそれを銜え、煙を吐くように小さく息を吐いた。

 

 

「タバコが吸いてぇな」

 

「高校生だぞ、成人まで待つのだ!」

 

今日ツッコミを入れたのは衣だった。

 

 

 

晴絵 38900

宥  16200

秀介 31800

灼  13100

 

 




何でこんなに文章長くなってるんだろう。
おねーちゃんをいじる算段立ててたのが楽しかったんじゃねぇの?って聞かれたら否定はできないんですが(
予定よりも大事になったし。

周囲の咲ファンに聞いてみたけど、「あったかーいおねーちゃんが緑一色に振り込んだら凍死する」で満場一致だったよ。
実にノリのいい仲間です。
あれ? 秀介が入れ知恵したら全国決勝でまこちゃん活躍できるんじゃね?これ。
「緑一色が大好きな役満」とか言ってたし。
不憫な子と見せかけておいてしっかり伏線になってるではないか!(


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06赤土晴絵その2 伝説と実力

話の区切るところを変えて、前回+今回を3話に分けた方がいいかと思いました。
前回も今回も共に18000文字オーバーだってよ。
まぁ、リアルタイムで書いてたらそういうこともあるよね(
次回はあんまり長くない予定なのになー。

今回予告:
さすがレジェンド、あなたならやってくれると思ってたよ!



東三局1本場 親・秀介 ドラ{⑧}

 

100点棒を銜えていざ始まった東三局1本場。

颯爽と上がりを重ねる。

 

「ツモ」

 

秀介手牌

 

{二二⑤⑤⑥⑥⑦⑦45689} {(ツモ)}

 

「リーヅモ一盃口、2000オールの一本付け」

 

安いがまだろくに他家が面子を作れていない7巡目だ。

おまけに灼はここまで一度も上がりを取れていないから、この上がりで残り点数は11000。

もし秀介に満貫振り込んだらそこで終わってしまう。

さすがに少し守りに入らなければならない。

 

(・・・・・・ちょっときついかも・・・・・・)

 

ここであっさりトバされて終わるなんて、日頃から指導してくれている晴絵に申し訳が立たない。

何とかしなければ。

そんな灼の心境を知ってか知らずか、秀介は山が出来終わったのを確認すると賽を振る前に積み棒の100点棒を一つ増やした。

 

「2本場、続けていくぞ」

 

 

 

東三局2本場 親・秀介 ドラ{⑧}

 

秀介 38100

配牌

 

{二二六八②③(ドラ)⑧1344白} {白}

 

灼 11000

配牌

 

{九②⑤⑤66789東西發發}

 

晴絵 36800

配牌

 

{二①④⑥4799東南南白白}

 

宥 14100

配牌

 

{一四四七七八④⑨2東北中中}

 

秀介は配牌を受け取り、全員の配牌をぐるりと見渡すと同時にこの手の進行の難しさを察した。

{白}は晴絵と持ち持ちで鳴けない。

かといって喰いタンに進めると{(ドラ)}も警戒されて鳴けないだろうし、{白}を切ることで晴絵の手を進めてしまう。

普段だったら七対子くらいしか狙えないような配牌だろうが、この後のツモが灼に有利に進む形になっている。

鳴きが使えない七対子では、相手の手を妨害する為には能力を行使するしかない。

しかし灼のツモの度に牌を入れ替えるのは、後の事を考えるとあまりにもきつい。

ではどうするのか。

まずは{1}を切り出した。

 

灼手牌

 

{九②⑤(横③)⑤66789東西發發}

 

{發}が鳴ければ早そうな手、{西}を切って様子を見る。

 

晴絵手牌

 

{二①④⑥4(横⑧)799東南南白白}

 

1巡目から{(ドラ)}ツモだ、ありがたい。

西家の晴絵が{南を鳴くことに意味は無いが、白}が鳴ければ手を進められる。

逆に平和手に進められそうなら{白}を切ってもいいし。

一先ず{①}を捨てる。

 

宥手牌

 

{一四四七七八④⑨2東北中中(横中)}

 

早くも{中}暗刻。

未だに寒気の残る宥としては衝動的に萬子の混一を目指したくなるが必死に落ち着ける。

 

(自分の手だけ考えていらない牌を切ってるだけじゃ、またさっきみたいに寒い手に振り込んじゃうかもしれない・・・・・・)

 

混一まで染めるのは一先ず最終手段にする。

秀介に削られた点数と現在秀介に連荘されていることを考えれば、ここは最悪中のみの上がりでも良しと考えよう。

とはいえさすがに{北}は不要だ。

あったかくない牌を手元に置いておくのも切るのも嫌なものだが、ここは切らざるを得ない。

 

(さ、さすがに何回も鳴かれはしないよね・・・・・・?)

 

また指先から凍り付くのではないかと不安に思いながらも{北}を手放す。

 

2巡目。

 

秀介手牌

 

{二二六八②③(横②)(ドラ)⑧344白白}

 

{八切り、六七八}の面子は目指さないようだ。

 

灼手牌

 

{九②③⑤(横④)⑤66789東發發}

 

順調に進む。

{九}を捨てる。

 

晴絵手牌

 

{二④⑥(ドラ)47(横[5])99東南南白白}

 

{[5]}ツモ、中々の好ツモだ。

今回も{東を絞る作戦で行こうと二}を手放す。

 

「ポン」

 

そして、秀介が動いた。

{二を晒して六}を捨てる。

 

灼手牌

 

{②③④⑤⑤6(横三)6789東發發}

 

秀介の鳴きに灼は少しばかり眉を顰める。

 

(・・・・・・今の鳴きで宥さんがツモるはずだった萬子が私のところに来そうな予感・・・・・・)

 

唯一手牌にあった{九}は先程切ってしまった。

仮に残っていても{三と九}では面子として繋がりようがないし、そもそも萬子よりも他のところが欲しい。

この局は失敗かも、と{三}をツモ切りしようとしてふと手を止める。

宥のツモが自分のところに来ているということは、今後も萬子が重なるかもしれないということ。

ちょっと狙ってみようか、と灼は{三}を残して{東}を捨てる。

 

晴絵手牌

 

{④⑥(ドラ)4[5](横七)799東南南白白}

 

今しがた切られた灼の{東}に視線を向ける。

 

({東}が切られたけど誰も鳴かない・・・・・・。

 誰も対子で持っていないのかツモを待っているのか)

 

考えた挙句晴絵は同じく{東}を捨てる。

仮にこれで誰かが鳴いたとしても、逆にその人物はできれば面前で進めたかったと考えることが出来る。

面前で進めたい理由としては点数が低いから裏ドラを狙いたいだとか、七対子で進めようか迷っていたとか色々推測できる。

だがここでは誰も鳴かなかった。

それはそれで誰の手も進まなかったということなので良しとしよう。

 

宥手牌

 

{一四四七七八④⑨2東中(横發)中中}

 

({發}来ちゃった・・・・・・)

 

これを切れば灼が鳴いて聴牌できる。

が、それを察していない宥は手を止めてしまう。

秀介が{二をポンしながらも六八}を捨てているところを見れば混一ではない、対々、喰いタン、役牌なども候補に入る。

まだ一枚も場に出ていない{發}を秀介が待っている可能性もあるし、さすがに安全が確認できるまでは押さえて{2}を捨てる。

 

「チー」

 

またしても秀介が動いた。

 

秀介手牌

 

{②②③(ドラ)⑧4白白} {横234二横二二}

 

{②}を捨てる。

それに目を止めたのは、鳴きで手を進めるのが得意な憧だった。

 

({②②③}の形で取っておけばポンもチーも出来るのに・・・・・・)

 

何故わざわざ選択肢の狭くなるような切り方をしたのか。

 

(両面の形を残したってことは{①か④}をツモる可能性があると思ったのか、もしくはチー狙いってことかな・・・・・・。

 チー狙いってことは宥姉の手牌からこぼれると読んだってこと?)

 

そう考え付いた時は既に宥のツモ番、憧はスイッと宥の手牌を見に行く。

 

宥手牌

 

{一四四七七八④⑨(横⑨)東發中中中}

 

あっ、と憧は声を上げかけた。

 

(ちょうど{④}が浮いてる!)

 

おまけに秀介の捨て牌はこの形。

 

秀介捨牌

 

{1八六} {②}

 

もし先程{②②③の形を残しておいたら最後の②は4}になっており、捨て牌から筒子が消える。

「喰いタンで萬子と索子を鳴いたから筒子で待っています」と言っているようなものだ。

少なくともこのタイミングで{②}が切られている以上、筒子待ちはあっても上寄りと考えられるだろう。

宥もそう考えたのか、手で浮いているあったかくない{④}を手放した。

 

「チー」

 

{横④②③と晒して先程余らせた4}を切る。

 

それを受けて晴絵は少しばかり考え込む。

 

(あの鳴き・・・・・・やっぱり喰いタンかねぇ)

 

晴絵手牌

 

{④⑥(横[⑤])(ドラ)4[5]7899南南白白}

 

このタイミングで悪くない{[⑤]}ツモ。

秀介は早そうだが喰いタンとなればヤオチュ―牌では上がれない。

浮き気味とはいえ{(ドラ)}を手放すのももったいないし、平和手に進めようと{白}を切り出した。

 

「ロン」

 

秀介から声が上がる。

 

秀介手牌

 

{(ドラ)⑧白白} {横④②③横234二横二二} {(ロン)}

 

「白ドラドラ、5800の2本付け」

 

(役牌バック!?)

 

その上がり形に少々驚く晴絵。

だが点棒を渡し終える頃にはその手の進め方を察した。

 

(・・・・・・なるほど、配牌で{白}とドラが対子だったのか。

 {白}は私の手にも対子・・・・・・捨てられてたら私も鳴いたわね。

 確かにそのまま進めてたら{(ドラ)も白}も誰も切らないでしょうしね。

 その為に中張牌だけ鳴いてたのか)

 

どのタイミングでどうやって晴絵の手の中の{白}を察したのかまでは分からないが、その手の進め方にはやはり興味を引かれる。

 

(面白いわ、彼。

 今の鳴きの進め方は憧も勉強になっただろうし、やっぱり打ってよかったと思えるわ)

 

晴絵はそう思いながら新しい山が出来るのを待つ。

 

「3本場」

 

秀介は積み棒を一つ増やして賽を回す。

 

 

 

東三局3本場 親・秀介 ドラ{⑧}

 

秀介 44500

配牌

 

{二二九①①②34589南西} {北}

 

灼 11000

配牌

 

{六八③③[⑤]⑦6789南北白}

 

晴絵 30400

配牌

 

{三五五②(ドラ)⑨⑨236西白發}

 

宥 14100

配牌

 

{一三三四七九①⑥4579中}

 

「ん、ちょっと失礼」

 

配牌を受け取るなり秀介はそう言って少し考える。

何かあったのか?と見学者達は秀介の配牌を見てみるが、特に悩む手牌には見えない。

どうしたのだろうかと首を傾げるメンバーをよそに秀介は山と、主に灼の手牌を注視しているようだった。

 

(・・・・・・私の方見てる・・・・・・?)

 

灼が少し警戒する中、秀介は自分の手牌に視線を戻す。

 

(・・・・・・鷺森さんと赤土さんは未だによく能力が分からんな。

 無能力者なのかまだ能力を隠しているのか、条件が揃わずに発動できていないだけなのか・・・・・・。

 

 さてさて、そんな中俺がここまで使()()()()()()()

 

 まだ東三局なのに、二人の領域に踏み込んでたらちょっとまずい。

 さすがに青の洞門はやりすぎたかな・・・・・・。

 

 この局は鳴きが入らなければ鷺森さんが7巡で上がる。

 俺が喰いずらすことは可能だがそうなると上がり目がなぁ・・・・・・)

 

さんざん考えた挙句秀介はため息をつき、点箱を開いた。

え? 何を?

まさかのダブルリーチ!?と同卓のメンバーが注目する中、秀介は積み棒を一つ戻す。

 

「む? あれ? しゅーすけ?

 も、もしかして・・・・・・?」

 

それを見て衣が声を上げた。

秀介は首を横に振りながらそれに答える。

 

「いや、まだ平気なんだが・・・・・・」

 

そして銜えていた100点棒を、代わりに積み棒に重ねて置いた。

 

「悪いな、この局はパスだ」

 

そう言って秀介は{北}を切った。

 

「そうか、パスか」

 

(え? 何? どういうこと?)

 

衣は納得したようだったが、晴絵も灼も宥も、卓外の穏乃、憧、玄も揃って顔を見合わせて首を傾げる。

パス、と言ったか、今。

 

(・・・・・・この局は上がらないってこと?)

 

晴絵は思わず考え込む。

配牌から何を言っているのかと言いたい。

が、彼の事だ、何か作戦でもあってそう言っているのかもしれない。

だとしたらその作戦は何?

 

(・・・・・・分からないけど・・・・・・)

 

いずれにしよ警戒しておくに限る。

灼が牌をツモろうと手を伸ばしていくのを見ながら、秀介はふと思った。

 

(あ、そうか、初対面なら言わなくてもよかったんだな。

 100点棒銜えた俺を相手に上がりを取ったら「やった! 調子に乗ってざまぁみろ!」とか思わせられたかもしれないし。

 ま、いずれにしろ少し大人しくしないと・・・・・・)

 

灼手牌

 

{六八③(横八)③[⑤]⑦6789南北白}

 

とりあえず平和手に伸ばしていくのがいいかと、秀介と同じ{北}を手放す。

切ってから四風連打の可能性を考えたが晴絵が切ったのは{西}なので胸を撫で下ろす。

 

 

そんな卓上に意識を向けながらも、穏乃は近くにいた智紀に声を掛けていた。

 

「あの、沢村さん。

 志野崎さん100点棒下ろしちゃいましたけど・・・・・・あれ、何ですか?」

「・・・・・・今志野崎さんが言った通り、上がり放棄です」

 

智紀は相変わらず不機嫌そうに答えた。

そうは言われても穏乃にはよく意味が分からない。

重ねて質問する。

 

「・・・・・・どういうことですか?」

「相手の手牌や流れを察しているのか知りませんが、あの人が100点棒を下ろした局では他の人が上がります」

「な、何でそんなことを?

 銜えたまま上がり続けてたら、灼さんとかトバして終わりにできたんじゃ・・・・・・?」

 

穏乃の言葉も当然だ。

100点棒を銜えていない状態でも±0をやってのけた実力者が本気になる仕草を出したのだ。

実際にその後も二局続けて上がりを取っていたし、阿知賀陣営としても「一体どれだけの実力者なのか!」と恐怖すら覚えようとしていたというのに。

そんな穏乃の言葉に、智紀に限らず同じく聞こえていた衣も少し浮かない表情をする。

 

「昨日トーカが言っていただろう」

「昨日・・・・・・あっ」

 

衣の言葉に昨日の別れ際の透華の言葉を思い出す。

 

『彼は既にピークを過ぎた打ち手。

 つまり本気で麻雀を打つことはできませんし、彼の全力を知る者からしてみれば今の彼の麻雀にはそれほど脅威を感じないということ』

 

「・・・・・・そういう訳です。

 以前の志野崎さんなら一度100点棒を銜えたら誰かが箱割れするまで連荘を続けていたようですが・・・・・・」

 

智紀が続けた言葉に穏乃は愕然とする。

ずっと強い人だと思っていた。

今でこそ心の強い穏乃は立ち直っているが、あの±0を目の当たりにした直後はそれこそ「この人には勝てないんじゃないか・・・・・・?」なんて思ってしまったものだ。

だが今の彼は、こうして自分から白旗を上げなければならないほど勢いが落ちる局があるのだろうか。

思い返せば晴絵が調べた情報でも3回ほど入院したと言っていた。

もしかしたらその時の後遺症で何かがあるのかもしれない。

智紀と衣の残念そうな表情も、彼が以前の強さを失ったことを悲しんでいるからかもしれない。

 

「・・・・・・志野崎さん・・・・・・」

 

普段元気な穏乃も思わず落ち込んでしまう。

麻雀が強いとこれだけの人に認められる人間がその力を失ったらどんな気持ちなのだろう?

衣も智紀も悲しそうだが、何より悲しいのは秀介本人に違いない。

そんなことを思う穏乃の気持ちを察したのか、智紀は何でもないような顔で言葉を続ける。

 

「・・・・・・そんなわけで、この局の志野崎さんは・・・・・・遊びます」

 

彼も悲しいことでしょう、でも気にしないでください、とか何かそんな感じの言葉が来るかと思いきや。

 

「・・・・・・遊ぶ?」

「ええ、遊びます」

「・・・・・・ドユコト?」

 

改めて見直した智紀の表情は不機嫌そうなものに戻っていた。

 

秀介手牌

 

{二二九(横八)①①②(ドラ)34589西}

 

穏乃が秀介の手牌に視線を戻すと、場は既に4巡目。

秀介はここから{西}を切る。

一見普通に進めているように見えるが。

 

秀介捨牌

 

{北南①} {西}

 

(・・・・・・なんで{①}切ってるんだろう?)

 

残しておけば手牌に暗刻、{②}もあるし面子には困らなそうだが。

 

灼手牌

 

{六八八八③③[⑤](横④)⑦6789白}

 

灼は浮いている{白}を切る。

ここから平和手に進めることに決めたようだ。

 

灼捨牌

 

{北南1} {白}

 

見る限り灼は普通に手を進めている模様。

まぁ、秀介がふざけているのかは他家には分からないが。

しかし、確かにあの{①}切りは気になるがそれ以外は普通に手を進めているように見える。

 

「・・・・・・あの、沢村さん。

 遊ぶってどうやって遊ぶんですか?」

 

智紀は何か分かっているのだろうかと聞いてみると、やはり彼女は不機嫌そうな表情のままだった。

 

「・・・・・・今回は(捨て牌)、ですね」

「捨て牌?」

 

先程から穏乃も見ているが、一体何がどう遊びなのか。

それが分かったのは次の巡だ。

 

5巡目。

 

秀介手牌

 

{二二八九①①②(ドラ)45(横4)89}

 

ペンチャン整理をしようと言うのか、秀介は{9}を切る。

 

灼手牌

 

{六八八八③③④[⑤]⑦(横⑥)6789}

 

タンピン手、三色まで伸ばせそうだ。

{9}を手放す。

 

秀介捨牌

 

{北南①西} {9}

 

灼捨牌

 

{北南1白} {9}

 

「・・・・・・なんか、同じような牌が切られてますね」

 

穏乃の呟きに智紀が頷く。

正解だったようだ。

{北南9}が一緒、さらに{①と1は同じ数字、西と白}も同じ字牌と考えれば、灼は秀介が切ったのと同じ牌を同じ巡目に捨てていることになる。

 

「志野崎さんを警戒して合わせ打ちしてるのかな・・・・・・?」

「いえ、鷺森さんの手の進め方にはおかしなところがありません。

 あれは志野崎さんが、鷺森さんが切る牌を先読みして切ってるんです」

「・・・・・・えっ?」

 

いやいやいやいや、何を言っているのかと思わず智紀の方を振り返るが、彼女はいたって変わらない表情。

 

(い、いやいやいやいやいやいや・・・・・・)

 

±0もあり得なかったけどそれもあり得ないって。

そう思う穏乃の目の前で二人が手を進める。

 

秀介手牌

 

{二二八九①①②(ドラ)3445(横發)8}

 

{發をツモった秀介、何故かそれを残して九}を捨てる。

他の牌は綺麗に揃っているのに、何故か{九}だけ上下逆に。

 

灼手牌

 

{六八八八③③④(横③)[⑤]⑥⑦678}

 

筒子の多面張に伸ばせそう、となれば灼の得意分野だ。

そうなると・・・・・・。

 

(・・・・・・平和がなくなるのはもったいないけど、裏ドラ乗せられれば結果オーライ・・・・・・)

 

そう考え灼は{六}を捨て、点箱を開く。

 

「リーチ」

 

リーチ棒を出して聴牌を宣言した。

 

秀介捨牌

 

{北南①西9} {九}

 

灼捨牌

 

{北南1白9} {横六(リーチ)}

 

「あ、ほら、志野崎さんは{九で灼さんは六}、ずれましたよ」

「志野崎さんの捨て牌の{九}は上下逆さまに捨てられています。

 手牌に6が無いからその代わりでしょう。

 9の反対は6・・・・・・」

「いやいやいやいやいやいやいやいや!」

 

ぶんぶんと手を振る、振らざるを得ない。

そんなの狙うのもおかしいし、そもそも狙えるものではない。

多少のこじつけはあるかもしれないが説明されれば納得できるレベルでやり遂げるのはあり得ない。

同卓のメンバーは気付いているのか?と表情をうかがってみる。

 

(宥さん・・・・・・気付いてないっぽい)

 

それはそうだ、気になっても確信を抱くまで行くはずがない。

続いて灼。

 

(・・・・・・志野崎さんの捨て牌見てる・・・・・・気付いてるのかな・・・・・・?

 それともまだ気になっているだけ?)

 

そして晴絵。

 

(先生! 怒ってるっぽい!

 気付いてる! あれ気付いてるよ!

 「舐めた真似してくれるじゃないの」って思ってるよ!)

 

あわわわと震えながら秀介の手牌を見る穏乃。

 

秀介手牌

 

{二二八①①②(ドラ)3445(横東)8發}

 

さて、ここからどうするのか。

 

(い、いくら捨て牌を合わせるって言っても、ここから灼さんはツモ切りだし合わせられるわけがないよね・・・・・・?

 そ、それともまさか当たり牌を切っちゃうとか・・・・・・?)

 

秀介の手牌には灼の当たり牌である{②、(ドラ)}が存在している。

果たしてそれを切るのか?

フッと笑った様子で秀介は手牌から{二}を捨てた。

 

(あぁ、まぁ当たり牌は切らないよね)

 

穏乃がホッとした直後、灼が独特のモーションで牌を引き、声を上げる。

 

「ツモ!」

 

灼手牌

 

{八八八③③③④[⑤]⑥⑦678} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモタンヤオ赤1裏1!

 3300・6300!」

 

灼得意の筒子多面張。

バケット、{②④⑤⑦⑧}待ち一発ツモだ。

普段の穏乃なら「いよっしゃぁ! さすが灼さん!」なんて騒いだことだろう。

だが今しがたの二人の捨て牌を見ては、さすがに騒げない。

 

(あ、灼さんのツモ牌は{②}・・・・・・志野崎さんの捨て牌は{二}・・・・・・)

 

そこまでとことん一緒、狙っていてもそんなことが出来るものか!

 

「い、いつもあんな打ち方を・・・・・・?」

「・・・・・・以前衣と打った時には純さんの鳴きを上手く使って捨て牌を減らし、海底時には捨て牌が十三不塔(シーサンプーター)だったこともありましたが」

「なにそれこわい」

「まぁ、十三というか16牌あったんですが、それでも塔子(ターツ)が0でしたので・・・・・・」

 

とりあえずそのことは忘れよう、今は灼さんが跳満を上がったことの方が大事だから。

穏乃は必死に自分に言い聞かせた。

 

 

 

東四局0本場 親・灼 ドラ{一}

 

「ツモ」

 

灼手牌

 

{三四五②②③④⑤⑧⑧345} {(ツモ)}

 

この局も灼による上がりが決まった。

リーチ後に秀介が鳴きでずらしたので一発ではなかったが、それでも上がれれば十分だ。

ダブルウッド{②⑧}待ち、リーヅモタンヤオ三色の4000オール。

 

 

 

東四局1本場 親・灼 ドラ{中}

 

灼 35900 

配牌

 

{二四八①②⑤[⑤]⑥⑨1345} {6}

 

晴絵 23100

配牌

 

{四六①②⑥14479東西發}

 

宥 6800

配牌

 

{一二二七九[⑤]⑨458西白(ドラ)}

 

秀介 34200

配牌

 

{二三五八①④⑧⑨2267白}

 

先程の上がりで灼がトップ、代わりに宥が6800と危うくなっている。

秀介との差はわずか1700、安手のツモ一回でひっくり返りかねない。

出来れば差を広げるべくもう一度上がりたいが、秀介相手にそれが許してもらえるかどうか。

ともかく灼の配牌は字牌が無く、平和手が容易そうな形だ。

 

(志野崎さんはまだ点棒を銜え直さない・・・・・・。

 さっきの±0の時も銜えてなかったから本気じゃないとは判断できないし、もしかしたら連荘した時だけ銜えるのかもしれないけど・・・・・・。

 それでも・・・・・・今回も上がらせてもらう)

 

その辺の判断はいまいちつかないが、それでもこの配牌ならもう一度上がりを取ることも容易そうだ。

まずは{⑨}を捨てる。

 

晴絵手牌

 

{四六①(横六)②⑥14479東西發} {西}切り。

 

宥手牌

 

{一二二七(横五)九[⑤]⑨458西白(ドラ)}

 

自風だが晴絵に合わせて{西}を手放す。

 

秀介手牌

 

{二三五八①④⑧⑨226(横3)7白} {白}切り。

 

2巡目。

 

灼手牌

 

{二四(横三)八①②⑤[⑤]⑥13456}

 

カンチャンが埋まった好ツモ。

{八}を捨てる。

 

晴絵手牌

 

{四六六①②⑥14479(横8)東發}

 

{1}を切る。

 

宥手牌

 

{一二二五七九[⑤]⑨458白(横中)(ドラ)}

 

ドラ{中}が重なる、実にありがたい。

秀介に合わせて{白}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{二三五八①④(横②)⑧⑨22367}

 

ペンチャン整理、{⑨}を切った。

 

3巡目。

 

灼手牌

 

{二三四①②⑤[⑤]⑥13456(横7)}

 

平和手に伸ばせそうだ。

筒子だがここは{①}を手放す。

 

晴絵手牌

 

{四六六①②⑥1(横⑦)4479東發}

 

筒子の上が伸びるかもしれない。

一先ずまだ役牌は押さえ、{①}を捨てる。

 

宥手牌

 

{一二二五七九[⑤](横④)⑨458(ドラ)中}

 

{[⑤]が面子にできそうだ、8}を切る。

そして。

 

「チー」

 

秀介が動いた。

 

秀介手牌

 

{二三五八①②④⑧223} {横867}

 

{⑧}を捨てて手を進める。

 

(動いてきた・・・・・・けど・・・・・・!)

 

灼手牌

 

{二三四②⑤[⑤]⑥(横⑤)134567}

 

好都合なことに有効牌ツモだ。

{②}を捨てる。

 

(こっちも負けない・・・・・・!)

 

灼は秀介を睨むように視線を向ける。

秀介はそれに気付いたようだったが笑って返すのみ。

その余裕、いつまで続くか。

 

とはいえさすがに流れが崩れたか、灼はそこからしばらく手が進まなかった。

代わりに秀介がポンやらチーやらで手を進める。

 

秀介手牌

 

{■■■■} {横423②横②②横867}

 

秀介捨牌

 

{白⑨⑧八①2} {五}

 

さすがにもう聴牌したと思った方がいいだろう。

そうとなればこちらも余裕はない。

灼の手牌も好形の一向聴だ、そろそろ有効牌が一つくらい流れてきてもいいはず。

 

そして次巡。

 

灼手牌

 

{二三四⑤⑤[⑤]⑥13(横2)4567}

 

(よし、張った)

 

{⑥切っての1-4-7待ちか、1切ってのビッグフォー④⑥⑦}待ち。

タンヤオも平和も消える{⑥切りよりも、ここは確実に自分の能力を生かせる1}切りを選ぶ!

 

「リーチ」

 

チャリンと千点棒を出し、リーチを宣言する。

 

灼捨牌

 

{⑨八①②九東南} {横1(リーチ)}

 

晴絵は灼の手を見守ろうというのか安牌を切って降り打ちの模様。

そして宥。

 

宥手牌

 

{一二二五(横三)七八九③④[⑤](ドラ)中中}

 

宥の手も進んでいる。

とはいえここまで連続で上がっている灼のリーチだ、無理につっぱることは無い。

灼が上がりを重ねていけば、いざとなれば宥をトバして終わりにするということもできる。

 

(灼ちゃん・・・・・・)

 

ちらりと顔を上げて灼の表情をうかがう宥。

彼女は相変わらずの無表情。

だがそこには今までの付き合いがあってようやく分かる程度の変化があった。

 

(・・・・・・宥さんをトバせば終わる・・・・・・)

(灼ちゃん・・・・・・)

 

灼が6800点ある宥をトバすとなれば跳満ツモでも足りない、倍満が必要だ。

ただしそれはもちろんツモでトバす場合である。

振り込みなら7700で足りる。

四翻あれば平和手の20符でも可能だし、40符あれば三翻でも届く。

灼の手牌はこの形。

 

{二三四⑤⑤[⑤]⑥234567}

 

一発で振り込めば安目であってもその条件を満たす。

仮に一発でなくても高目、もしくは安目でも裏次第で届くがそこは運任せになってしまう。

ここは一発で振り込みたいところ。

 

(・・・・・・ごめん、宥さん)

 

灼の意図に宥が気付いたと察し、灼は申し訳なさそうに軽く俯く。

宥はそれに笑顔で答えた。

 

(いいよ、灼ちゃん)

 

後は灼の上がり牌を振り込むのみ。

宥は手牌の、灼が待っていそうな筒子に手をかける。

 

宥手牌

 

{一二二五(横三)七八九③④[⑤](ドラ)中中}

 

彼女の手牌に筒子は3つ。

その内灼の上がり牌は{④}のみ、果たして選べるか。

 

(灼ちゃんの多面張、どこを切っても上がれるかもしれないけど・・・・・・)

 

{[⑤]}・・・・・・いや、違う。

多少秀介の鳴きで崩されたとはいえ、連荘で勢いのあった彼女なら持っていてもおかしくない。

 

(その前後・・・・・・{③-⑥待ちか④-⑦}待ちが絡む手牌・・・・・・)

 

さんざん考え、宥は{④}を抜き出した。

 

(外したらゴメンね、灼ちゃん)

 

タン、とそれを捨てる。

 

「・・・・・・ロン」

 

灼は声を上げ、手牌を倒した。

 

灼手牌

 

{二三四⑤⑤[⑤]⑥234567} {(ロン)}

 

「リーチ一発タンヤオ平和赤1」

 

裏ドラ見なくてもトビで終了、と言い掛けて。

 

「悪いな」

 

彼に遮られた。

 

「ロン、頭ハネだ」

 

パタッと手牌が倒される。

 

秀介手牌

 

{二三四④} {横423②横②②横867} {(ロン)}

 

「タンヤオのみ、1000と300」

 

(・・・・・・やられた・・・・・・!)

 

灼は表情を顰める。

秀介が最後に捨てた牌は{五}。

手牌に残しておけば{二三四五で二-五}待ちにできたのに!

1300では当然宥はトバない。

それどころか灼が場に出したリーチ棒も持って行かれてしまった。

これで秀介が36500、灼が34900で逆転だ。

冷静になってみれば、逆に秀介が宥をトバしに狙ってくる危険も考えなければならなかった。

残り5500しかない宥をトバすには、子でも6400か7700の直撃で十分。

 

(ど、どうしよう・・・・・・何とか私も上がらないと・・・・・・!)

 

プレッシャーでカタカタと震える宥。

宥の下家に秀介がいる以上、灼も晴絵も宥から直撃を狙おうとしても頭ハネは回避できない。

宥の5500をツモでトバすとなれば子なら三倍満が必要・・・・・・。

 

そこまで考えて灼も宥も晴絵の方を向く。

これから親番の晴絵なら跳満ツモで届く。

だが満貫ならいざ知らず跳満を作ると言うのは中々難しい。

三色や一通に平和とドラを絡めたり、あるいは混一役牌、清一など、いずれにしろ配牌で相当恵まれなければ厳しい。

ましてや秀介の妨害もあるのだ。

さすがにレジェンドと呼ばれる赤土晴絵であろうとも、果たしてそれが可能かどうか。

心配と期待の入り混じった二人の視線を受けながら、晴絵は軽く笑い、点箱を開く。

 

「・・・・・・そうだね、私が挑んだんだし私がやろうか」

 

そう言って笑い、秀介に当てつけるように口元に100点棒を持って行った。

 

「安心しな、二人とも」

 

む、と秀介が気に入らなそうにするのを見て、晴絵は見せつけるようにそれを銜える。

 

 

(わふぁひ)決着(へっひゃく)()けるから・・・・・・ごめん、喋りにくい」

 

 

何がしたかったのか、晴絵は点棒を戻した。

 

 

 

南一局0本場 親・晴絵 ドラ{9}

 

晴絵 23100

配牌

 

{四六七八③④④⑥345南北} {白}

 

南場突入。

晴絵の手は幸いにも三色が見える形だ。

タンピン三色に仕上げ、リーチツモで跳満だ。

ドラがあれば楽なのだがドラは{9}、複数集めなければタンヤオを捨ててまで手に収める利点は無い。

そもそも晴絵の現在の手牌にはあっても邪魔にしかならない。

 

(さぁて、できればこの局で・・・・・・)

 

晴絵は{北}を手に取る。

 

(取らせてもらうよ、志野崎君)

 

ピシッとそれを捨ててこの局は始まった。

 

宥 5500

配牌

 

{三五六七九⑦(横九)⑧3[5]6東中中}

 

宥としてはこの局、できれば晴絵に振り込んで終わりにしてしまいたい。

だが晴絵は23100で秀介は36500、満貫程度では逆転できない。

それにそもそもそんな真似をすれば後で怒られること請け合いだろう。

ここは晴絵の跳満ツモを期待しつつ、邪魔をしない程度に自分の手を進めていくのが一番か。

南場で南家、となればもはや{東}は役牌ですらない。

それを切ることにする。

 

秀介 36500

配牌

 

{一八八11246南西白發發(横發)}

 

配牌と第一ツモで早くも役牌が完成。

後は何でも鳴いて手を進めていけば上がりはとれるだろう、が。

 

(・・・・・・他の部分があまりよくないな)

 

秀介のこの手牌、鳴くための塔子が少ない上に、その鳴き所の牌があちこちに散らばっているのだ。

{八}は晴絵の手牌に一つと宥のツモに一つ。

{5}は宥が赤を一つ持っており、晴絵の手牌にも一つ、晴絵のツモに一つ、残りは山の中盤辺り。

{南}は晴絵の手牌とこれから灼がツモる所、残りは山の終わり際。

{西}は灼の手牌に一つと、山の中盤に2牌。

{白}は晴絵の手牌に一つ、嶺上牌に一つ、山の終わり際{南}の直後に一つ。

{1}は山の中盤に二つ。

{3}は宥の手牌から比較的早めにこぼれそうだが、逆に言えばそれ以外が手を進められないということ。

簡潔にまとめると秀介がこの手を進めるには、能力を行使することがほぼ必須なのだ。

今の秀介にそれはきつい。

できれば先程同様白旗を上げてしまいたいところだ。

 

(だがそうすると赤土さんのツモが進んでしまうな・・・・・・)

 

晴絵に跳満をツモられたら宥が箱割れする上に逆転を許してしまう。

それはさすがに許すわけにはいかない。

結局のところ鳴きでツモをずらしながら流局か他家の上がりを手助けするしかないのだ。

{白}を捨てる。

 

灼 34900

配牌

 

{二三七②③[⑤]⑦⑨678西(横南)北}

 

秀介が見た通り灼のツモは{南}。

秀介が今しがた切ったところだし合わせ打ちしてもいいのだが。

 

(・・・・・・逆に志野崎さんが聴牌した時の安牌として使お・・・)

 

北家と言うこともあるし{西}を捨てる。

 

2巡目。

 

晴絵手牌

 

{四六(横[五])七八③④④⑥345南白}

 

秀介に合わせたのか、{白}を手放す。

 

宥手牌

 

{三五六七九九⑦⑧3(横⑨)[5]6中中}

 

萬子には染まらなそうだが手は作れそうだ。

{3}を切る。

それを見て少し悩んだ秀介だったが。

 

(・・・・・・崩せるときに崩しておこうか)

 

「チー」

 

動くことを決意した。

{横324}と晒して{南}を切る。

これで少なくともやる気を見せていた晴絵のツモはずれて、少しは秀介にとって楽な展開になるはずだった。

が。

 

晴絵手牌

 

{四[五]六七八③④④⑥345南(横7)}

 

一先ず晴絵に三色から外れそうなツモが入る。

晴絵は特に気にする様子を見せず{南}に手をかけ。

 

「・・・・・・うん、こっちだ」

 

トンッと河に{四}を捨てた。

 

(・・・・・・何?)

 

あの手牌で{(それ)}を捨てるだと?

秀介が疑問に思う中。

 

「チーです」

 

宥も動いた。

 

宥手牌

 

{六七九九⑦⑧⑨[5]6中中} {横四三五}

 

そして{六}を捨てる。

 

(・・・・・・何だ? 何をしている?)

 

秀介手牌

 

{一八(横六)八116西發發發} {横324}

 

(何故今彼女は鳴いた?)

 

面前でも進められそうなあの手をわざわざ鳴く必要はないはず。

何故宥は鳴いたのか?

秀介は思考を回転させながら{西}を切る。

だが同時にそれだけに思考を割いてはいられない事態を目にした。

 

(・・・・・・赤土さんのツモが・・・・・・)

 

晴絵手牌

 

{[五]六七八③④④⑥3457(横5)南}

 

{南}を切る。

一先ず手は進んでいない、あの{5}はいずれ切り出される牌だ。

だがこの先の晴絵のツモは索子に偏っている。

平和一通に伸びて行ったら跳満ツモは十分視野に入る。

そして秀介の手牌の鳴き所は前述の通りほとんど無い。

これはまずい。

 

(・・・・・・赤土さんの能力が何か関係しているのか・・・・・・?)

 

秀介は晴絵のツモをずらすタイミングを計りながら晴絵の動きに注視する。

次巡の灼のツモ番も終わり、晴絵は{2}をツモる。

が、彼女はその牌を手牌に加えることなくツモ切りした。

 

(・・・・・・ん?)

 

ぬるま湯につかっていて気が抜けていた、と言われても仕方がない一瞬。

今しがた捨てられたのは{⑥}。

以前の秀介だったら牌の透視無しでも気づけたはずの動きを、それでようやく察した。

 

(ツモ切られた牌は{⑥}!?

 彼女のツモ牌は{2}のはずだぞ!)

 

その晴絵の手が手牌に触れた直後の入れ替え(小手返し)

それで秀介はようやく察した。

 

手牌から一牌手の中に隠しておき、ツモ切りに見せかけて手を進める。

先程秀介がやった技だ!

 

(見えていたのか、あれが)

 

それだけではない、やってのけたのだ。

喧嘩を売られている、いや先に売ったのは秀介の方かもしれないが。

 

(解析、分析が彼女の得意技なのか・・・・・・。

 能力か才能かは別として、あれが見えていた以上俺でも気づかないこちらの()も見られているかもしれない・・・・・・。

 ということは・・・・・・なるほど。

 松実さんが「鳴いた方がよさそう」と思わせるような仕草か何かを送り込んだ可能性がある)

 

そんな真似ができる人間、そこまで警戒しなければならない相手が、まさかこの時代に存在しようとは。

 

(この局・・・・・・どうする?)

 

このままのツモは最悪、それでもせめて左右二人には悟られないようにと何牌か手牌と入れ替えて順に切っているが晴絵には見破られていると考えた方がいい。

最善は安手で流すことだが、鳴けそうなところが他家から出てくる可能性は低い。

少なくとも最も避けるべき最悪の事態は、晴絵が跳満ツモで終わること。

 

(・・・・・・逆に言えば、ここで松実さんがトバされなければいくらでも逆転の機会はある)

 

7巡目。

 

晴絵手牌

 

{[五]六七④④2(横1)3455678}

 

「リーチ、させてもらうよ」

 

{5}を横向きに捨て、晴絵が千点棒を出す。

危うく秀介は舌打ちしかけた。

 

(高目の{(ドラ)}が一発ツモか!)

 

リーピン一発一通ドラ1赤1、おまけに裏ドラも1つ乗る。

跳満どころか倍満だ。

そんな中不意に。

 

宥手牌

 

{七九九⑦⑧⑨[5]6中(横7)中} {横四三五}

 

宥の手から{七}がこぼれる。

 

秀介手牌

 

{六八八116(ドラ)發發發} {横324}

 

秀介がポンできる{八、1}は灼の手牌に無く、そちらから喰いずらすことは不可能。

仮に宥から喰いずらしたとしても、晴絵がツモるはずの{(ドラ)}が宥に向かうのみ。

そのままツモ切りされたらどのみち宥がトビで晴絵の逆転勝利となる。

この巨大な流れが赤土晴絵の能力によるものならば、それを一時的にこちらの能力でずらしたところで最終的に勝ち目が減るだけだ。

仮に能力を使わずとも、対戦相手たる秀介からであろうとも、安目を切ったところで見向きもするまい。

 

(・・・・・・あーもー、くそ、分かったよ)

 

ともなれば秀介が取れる選択肢は一つしかない。

 

(後で返してもらうからな!)

 

「チー!」

 

{横七六八}と晒し、そして秀介は手牌から{(ドラ)}を抜き出す。

 

そして、それを手放した。

 

「ロン」

 

晴絵が手牌を倒す。

 

晴絵手牌

 

{[五]六七④④12345678} {(ロン)}

 

「リーチ平和一通ドラ1赤1、裏1で18000!」

 

 

この一撃で晴絵は一気に4万点越え、秀介は18500で3位転落だ。

さすがに龍門渕メンバーも今のが普段の秀介の振り込みでないことは察した。

 

「しゅ、しゅーすけ!? なんで今当たり牌を切ったのだ!?」

 

駆け寄ってくる衣。

酷く慌てているように見えるその姿に、逆に秀介の方が落ち着けた。

軽く笑いながら晴絵の次のツモをコロンと表にする。

 

「一発が{(ドラ)}ツモだ。

 喰いずらしたところで松実さんがツモ切りしたらどのみち終了だし。

 さすがに倍満を上がられるのはごめんだね」

 

衣くらいになるともはや「何故それが分かったのか」などとは聞いてこない。

むしろこの秀介をこんな状況に追い込んだ晴絵に対して驚くことだろう。

フフッと挑発的に晴絵は笑った。

 

「とりあえず、皆の敵はとらせてもらったよ」

 

秀介は軽く髪をかき上げながら返事をする。

 

「まだ点棒が残っている相手に言うのは早いのでは?」

 

晴絵は笑って答えた。

 

「ああ、そうだね。

 じゃあちゃんと潰してから改めて言うよ」

 

 

 

南一局1本場 親・晴絵 ドラ{3}

 

この局、秀介と晴絵の本格的な正面衝突になるかと思いきや、そうはならなかった。

 

「あ・・・・・・ろ、ロンです」

 

宥手牌

 

{二二三四七八九} {一一横一中中横中} {(ロン)}

 

「混一中、4200です・・・・・・」

 

秀介がアシストし、宥に振り込んだのだ。

この状況で何を?とはさすがに誰も思わない。

先程の一局では宥の点数の低さが秀介の枷だったのが明白だからだ。

この局、自分の点数を犠牲にしてでも宥を安全圏に戻すことでその枷を一つ無くしたのだろう。

 

(はてさて、そんなことをしておいて、私との直接対決なら勝てるとか思っているのかな?)

 

晴絵も秀介が点棒を減らすなら好都合とばかりに、宥に対する援護を妨害しなかった。

激突は次局か。

 

 

 

南二局0本場 親・宥 ドラ{三}

 

この局阿知賀三人の手の進みは悪くなかった。

5巡目でこの形。

 

宥 9700

手牌

 

{一(ドラ)三四五六(横五)六七[⑤]⑥⑧中中}

 

萬子も十分あるし、筒子はおそらくあったかい{⑦}の方をツモるだろう。

{中が鳴けるのはいつになるかと思いながら⑧}を切る。

 

「ポン」

 

秀介が鳴いた。

そして直後、同じく5巡目の灼。

 

灼 34900

手牌

 

{(ドラ)四①②③③④⑥⑦1146(横9)}

 

さすがにこれはいらないと{9}をツモ切りする。

 

「ポン」

 

再び秀介が動いた。

 

晴絵 41100

手牌

 

{二二二四五③④45668(横7)9}

 

(対々・・・・・・いや、また何か狙ってそうだね)

 

さすがに晴絵も警戒する。

ただの対々狙いで堂々と動くだろうか、と。

確かに対々に加えて上手くドラ暗刻にできれば満貫も見えるが早々上手くはいかないだろう。

晴絵はその観察眼で宥の手牌に{(ドラ)}が対子であるだろうということは察している。

と言うことはその手は高くても対々ドラ2、満貫止まりだ。

ドラ2でもドラ3でも点数が変わらない以上、高目でも安目でも晴絵から当たり牌が出れば当たるだろう。

 

(まぁ、一先ずは自分の手優先で行こうか)

 

晴絵は平和手にするべく{二}を捨てて手を進める。

できればここらでタンピン手を上がりたいところだが。

 

「ロン」

「・・・・・・えっ?」

 

予想外、秀介が早くも手を倒した。

 

(まさか・・・・・・ドラ表示牌も{二}なんだし、対々なら単騎待ちすらあり得ないはず・・・・・・!)

 

秀介手牌

 

{一(ドラ)22南南南} {99横9横⑧⑧⑧} {(ロン)}

 

「ダブ南ドラ1、5200」

 

(対々じゃない!?)

 

確かに先程の役牌バックのようにのみ手という可能性はあったわけだが。

しかし安い、と言うのが率直な意見だった。

ここで安手を上がってどうする?

確かに上がられたは上がられたが、この程度で勢い付いて急激に連荘を重ねるという事態になるのだろうか?

 

(可能性・・・・・・んー、無いとは言い切れないね)

 

警戒しておくに越したことは無い。

今の一局も、その前の跳満直撃を取ったことで少し気が緩んでしまっていたのかもしれない。

 

(・・・・・・落ち着け、私・・・・・・)

 

かつて小鍛治健夜にやられた時の事、未だにトラウマになっているが今は逆にそれを思い出せ。

気を緩めて勝てる相手か?

そんなわけがない。

そんな状態で勝てる相手と戦って、私はそのトラウマを解消できるというのだろうか。

そんなわけがない。

 

(今持てる全力をぶつける・・・・・・志野崎秀介君・・・・・・!)

 

晴絵は決意を新たに秀介に向き直る。

秀介もそれを正面から受けて、いつになく真剣な表情をぶつける。

受け取った点棒の内5700点を点箱に仕舞い、残った100点棒を口元に持って行った。

 

無言のままぶつかり合う視線、そして周囲が震えるほどのプレッシャーの衝突。

 

南三局、再び秀介の親番だ。

 

 

晴絵 35900

宥   9700

秀介 19500

灼  34900

 

 

 

南三局0本場 親・秀介 ドラ{1}

 

秀介が手牌の、晴絵から見て左端から2番目の牌を抜き出して切り、この局は始まった。

切った牌は{北}、その外側に{白發中}のいずれかがあるはずだ。

 

晴絵配牌

 

{二七⑥(横七)⑦⑧⑨(ドラ)東西西北白發}

 

配牌を受け取った時点から感じていた予感が、第一ツモを見て確信に変わる。

 

(・・・・・・来るわね)

 

秀介と同じ{北}を捨てる。

 

そして彼女はあの時の事を思い出す。

 

小鍛治健夜と戦った時のことを。

 

晴絵配牌

 

{二七七⑥⑦⑧⑨(ドラ)東西(横⑨)西白發} {東}切り

 

あの時彼女に叩き込んだのは渾身の跳満。

だが今回はそれ以上。

 

秀介の手牌から{西}が切られる。

晴絵の風牌だ。

だが鳴くわけがない。

 

(・・・・・・この{西}は、ツモるね)

 

この手を鳴いて終わらせられるわけがない!

 

晴絵手牌

 

{二七七⑥(横七)⑦⑧⑨⑨(ドラ)西西白發}

 

2巡目に秀介が手牌の左端から切ったのと同じ{白}を捨てる。

 

晴絵手牌

 

{二七七七⑥⑦⑧(横⑦)⑨⑨(ドラ)西西發} {發}切り

 

彼女が進めているのは、誰しも見たことがあるであろう役。

特に上がりに必要な牌が指定されていない役。

 

晴絵手牌

 

{二七七七⑥⑦⑦⑧⑨⑨(ドラ)西西(横西)}

 

国士無双に並ぶ比較的難易度の低い役満!

 

今、二暗刻!

 

({⑦と⑨}も引く・・・・・・なら)

 

将来多面待ちとなっては四暗刻が不確定になってしまう。

多少強引でも{⑥}を切る。

 

そして、6巡目。

 

秀介捨牌

 

{北白西一②} {七}

 

少し間を空けつつ牌を切っている。

聴牌はまだだろうが近いのだろう。

それに。

 

(ツモってきた牌を左端に、そしてその5牌隣を切った、それが{七}。

 ってことはその外側は{八九東南}のいずれかが暗刻でいずれかが頭・・・・・・。

 私に暗刻が寄ってきていることから考えても場は対子場だ。

 彼の手にもいくつか暗刻があってもおかしくない)

 

最悪お互いに四暗刻のぶつかり合いと言う可能性もある。

親の秀介が四暗刻を上がるとなれば誰が振り込んでもトビで彼のトップ。

むしろツモですら宥をトバしてトップとなる。

一方晴絵の場合、秀介か宥から四暗刻単騎ロン上がり出来れば問答無用で勝利。

だがツモった場合は、トップにこそなれるが誰も箱割れしない。

勝負は南四局にもつれ込むだろう。

圧倒的優位に違いは無いが、優位はあくまで優位であって勝利ではないのだ。

もちろん今度こそ気を緩めるつもりはない。

 

(彼を倒せば・・・・・・私は・・・・・・!)

 

晴絵手牌

 

{二七七七⑦⑦⑧(横⑦)⑨⑨(ドラ)西西西}

 

晴絵はこのツモで三暗刻!

先程同様多面待ちを避けて{⑧}を捨てる。

 

そして秀介。

ツモった牌を左から4番目に入れ、右から6番目から{五}を抜き出す。

 

(・・・・・・さて、赤土さんが俺を上回っているのかどうか・・・・・・ここは賭けだな)

 

彼女の観察眼なら自分でも察していない癖を読まれているかもしれない、それは覚悟している。

だからこれは引きの勝負ではない。

 

赤土晴絵と志野崎秀介の観察力、読みの勝負だ!

 

「先制、リーチ行かせてもらいますよ」

 

秀介捨牌

 

{北白西一②七} {横四(リーチ)}

 

秀介のリーチ、それを見て晴絵は思考を回転させる。

 

リーチをするには理由がある。

一つは手を高くする為、裏ドラ、一発を期待して、だ。

 

だがもし彼の手が晴絵同様の役満手だとしたら、それは後ろに引かない不撤退を意味することになる。

この手と心中するんだという意思の表れ。

 

(こっちだって・・・・・・引かない!)

 

私は、赤土晴絵は。

 

この戦いで、必ず、今度こそ。

 

志野崎秀介(小鍛治健夜)を倒すんだ!

 

 

そして、その手は舞い降りた。

 

 

晴絵手牌

 

{二七七七⑦⑦⑦⑨⑨(横⑨)(ドラ)西西西}

 

 

四暗刻単騎聴牌!

切るのは{二か(ドラ)}か。

 

晴絵が視線を向けるのは秀介の捨て牌、それと手牌だ。

 

秀介捨牌

 

{北白西一②七} {横四(リーチ)}

 

特にあの{②七四}が切り出された秀介の手牌の位置。

 

(彼の手・・・・・・萬子一色に役牌暗刻が一つか二つある程度、役満じゃないね。

 ただおそらく相当な多面張だ。

 {一-四-七待ちはあり得ないが、二-五-八、三-六-九}はあり得る。

 いずれかじゃなく、それらの複合もね)

 

晴絵はそう睨んだ。

先程からまるで秀介の手が萬子一色だと決めつけているかのように。

事実、彼女はそうだと決めつけていた。

宥という赤い牌に愛された少女と同卓しているにもかかわらず、だ。

秀介の手牌からの切り出し方だけではない。

 

(・・・・・・志野崎君、君がこちらのメンバーを観察していたように、私も君をずっと観察していたよ)

 

晴絵は{(ドラ)}を手に取った。

選択は{二}単騎待ち。

 

(そして気付いたことがあるんだ、君の・・・・・・最大の欠点)

 

秀介の待ちが萬子である以上これは切れない。

ここからは晴絵が唯一の当たり牌を引くか、もしくは秀介によってそれ以外の秀介の当たり牌を引かされるかの闘いになるのだ!

 

(志野崎君、君は・・・・・・!)

 

晴絵は{(ドラ)}を、秀介に見せつけるように河に叩きつけた。

 

 

 

(理牌の時、

 

 萬子を最初に整理する癖があるんだよ!!)

 

 

 

そして彼女は。

 

 

 

秀介手牌

 

{九九①①①(ドラ)1123999} {(ドラロン)}

 

 

 

「高目、リーチ一発純チャン三暗刻ドラ4、36000」

 

 

 

卓上に崩れこんだ。

 

 

 

晴絵  -100

宥   9700

秀介 55500

灼  34900

 

 

 

その後、最後の力を振り絞りながら秀介に手を伸ばし、「あ、有り得ない・・・・・・ちゃんと萬子から理牌してたはずなのに・・・・・・!」と呟く晴絵に、

 

{一①四123九七九9②西北} {白}

 

配牌をこのような形に並べていたことを説明してトドメを刺したところで晴絵は動かなくなった。

 

瞳が光を失い、魂の抜けたような表情を教え子達に晒すその姿は実に秀介のツボを突いていた。

 

 




合宿中に似たような光景を見た(真顔
さすがレジェンゴ、あんたならやってくれると思ってたよ(笑)

しかし割と情景すっ飛ばしてこの文章量って、まともに書いたらどんだけ濃かったんだよレジェンド編。
まぁ、オチがオチだしこれくらいでね。


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07鷺森灼 講座と誓い

突っ込みが無かったけどお気づきだろうか。
秀介が普通にお茶を飲んでいたことに、リンゴジュースを飲んでいないことに。

Q:どうしてリンゴジュースじゃないんですか?
A:もう牌入れ替えの代償、吐血が無いからです。
っていうか、代償が発生する前に能力が使えなくなるようロックが掛かるようになっているからです。
秀介自身の「もう二度と麻雀で無茶して倒れない」という意思の表れ。
その結果牌入れ替えによる神業闘牌が減り、それを透華達は「秀介は倒れたせいで全盛期の能力を失った」と判断しているわけです。
透視は続行ですが。
おかげでレジェンド相手に苦戦()を強いられてしまったよ。
前回ころたんが心配そうにしてたのは、それを知っていて「もう疲労が限界なのか?」と思ったからです。



白熱の試合を終え、昼食を済ませた一同。

なお晴絵はその間ずっと灼に面倒をみてもらっていた。

 

「ハルちゃん・・・・・・しっかりしてよハルちゃん!」

 

そんな必死な呼びかけと甲斐甲斐しい世話に、何とか晴絵も自我を取り戻しまともに会話できるようになっていた。

 

「・・・・・・どんだけ深い傷を負わせてるんだよ」

 

純が秀介にジト目を向けてくるが、秀介は何でもないように答えた。

 

「深い傷だなんて大げさな、あれは軽い戯れ程度さ」

「そうは見えないから言ってるんだが」

「まぁ、確かに戯れにしては燃えた方だと思うよ。

 だからまぁ・・・・・・○○(某グラップラー)で言うところの・・・・・・」

「え?」

「まだ若い頃の○○(主人公)○○(ケンカ師)がゲームセンターで殴り合った後くらいな感じだろう」

「なんで○○(某グラップラー)で例えたんだよ」

「接戦の末一応勝たせてもらったから、まぁ俺が○○(主人公)で赤土さんが○○(ケンカ師)だろうな」

「嘘つけ、その無傷っぷりはその後に颯爽と現れた○○○(ラスボス)だろ」

「ははは、そんなに持ち上げられたら嬉しい反面プレッシャーに潰されそうだ」

「あんたの口から聞くプレッシャーほど疑わしいものは無い」

 

秀介はそんな軽口を叩きながら食後の紅茶を楽しんでいる。

だがしかし途中やむを得ず跳満を振り込まされたのも事実、そこは秀介もしっかり評価している。

 

そしてそれは阿知賀陣営も同様だった。

確かに晴絵は負けた。

だが一撃喰らわせたわけだしそれは僅差の敗北。

故に、次やれば今度はやり返すことも可能のはず、と。

 

「先生! もう一回やりましょう!」

「そうです! 次は勝てますよ!」

 

だから穏乃も玄も必死に晴絵にそう声を掛けた。

だがそれを受けた晴絵は「えっ」と少しばかり身を引く。

 

「も、もう一回やるの?」

 

一同にはその反応がよく分からない。

さっき接戦だったんだからもう一回やればいい。

確かに負けたけど次こそは!と。

灼も「諦めちゃダメだよ! ハルちゃん! どうしてそこでやめるの!? もう少し頑張って! 熱くなってよ!」といつになく必死に説得する。

それを受けて晴絵も次第にやる気になってきたのか、「そうだね、やろう!」と立ち上がった。

 

「灼! 玄! 一緒に打ってくれるかい!?」

「もちろん!」

「おまかせあれ!」

 

お互いに気合を入れ直したところで、一同は秀介の元にやってくる。

 

「おや、何か?」

 

一、透華、憧、宥が打っているのを見学していた秀介はそれに気付き、先に声を掛けた。

フフンと腰に手を当てる晴絵に先程までの魂の抜けたような気配は全く感じなかった。

立ち直りの早いことである。

 

「再戦、挑ませてもらってもいいかな?」

 

晴絵は挑発的にそう言う。

その後ろで灼も玄も、むむっと秀介を睨むようにしている。

睨むと言っても特に殺気は感じないし所詮は低身長の少女達、可愛いものである。

 

「む、しゅーすけまた打つのか?」

 

秀介の近くにいた衣がそれに気付き声を上げる。

 

「ああ、そうだな。

 衣も打つか?」

「もちろんなのだ!」

 

ぴょんと跳ねる衣をよしよしと撫でながら、秀介は晴絵の方に向き直る。

 

「そういう訳ですので、赤土さんとどちらか・・・・・・」

「私が打つ」

 

秀介の言葉にずいっと灼が前に出る。

 

「今度こそ、ハルちゃんが勝つところを間近で見る」

「じゃ、じゃあ、私は応援するよっ!」

 

灼の気迫を受けて、玄は即座に応援に回る。

 

「決まりですね」

 

秀介は晴絵達を引き連れて卓に向かう。

そして山を崩し、{東南西北}を抜き出した。

 

「赤土さん、先に引いてください。

 俺はその対面に座りますから」

「お、いいねぇ、やっぱりその方が盛り上がるしね」

 

秀介が混ぜた牌から晴絵が引いたのは{南}だ。

続いて衣が{東}を引く。

秀介が晴絵の対面なので残った灼は牌を引くまでもなく{西}だ。

 

「衣がこのまま親番でいいか?」

 

わざわざ確認をしてくる衣。

秀介が他二人の反応を見ると特に問題なさそうだ、なので頷いた。

 

「わーい、衣が親だー!」

 

嬉しそうにはしゃぎながら牌を卓に流し込み、賽を回す衣。

そして配牌を取っていく。

 

「今度は負けないからね」

 

晴絵は秀介に向かってそう言う。

 

「ええ、楽しみにしていますよ」

 

秀介はそう言って笑った。

 

ただそれを見て衣はただ一人首を傾げる。

 

今のしゅーすけは、先程打っていた時よりもどこか、無理をして笑っているように見えたのだ。

 

 

 

東一局0本場 親・衣 ドラ{七}

 

7巡目。

晴絵手牌

 

{三四四五④⑤⑥⑧(横⑦)22678}

 

よしよし、と晴絵は心の中で笑う。

初っ端から悪くないタンピン手だ。

ちらりと秀介の捨て牌に視線を向ける。

 

秀介捨牌

 

{南⑨1北8} {7}

 

萬子が捨てられていない。

そして秀介の手牌整理の癖も先程晴絵を引っ掛けた通りのまま、すなわち萬子を先に整理しているように見せていた。

それに従うならば秀介の手牌は萬子の混一、だが。

 

(さすがにそう何度も同じ手は食わないよ)

 

今回秀介は{發}をポンしている。

役牌を確保しておいて萬子は面子として確定、他のところの待ちで役牌ドラ1くらいがせいぜいだろう。

今度は萬子待ちではない、晴絵はそう読み切って{四}を捨てる。

 

「リー・・・・・・」

「失礼、ロンです」

 

パタン、と秀介の手牌が倒される。

 

秀介手牌

 

{三五六六(ドラ)八九西西西} {横發發發} {(ロン)}

 

「發混一ドラ1、8000」

 

「・・・・・・えっ?」

 

癖の通りに萬子待ち?

まさかこちらの思考が読まれた・・・・・・!?

 

(い、いやいや、そんなこと考えてたらドツボにはまる!)

 

そうだ、偶然だ、偶然に決まっている。

偶然決まったところを、さも当然のように振る舞って見せているだけだ。

 

「・・・・・・志野崎さん、一ついいですか?」

 

不意に声を掛ける人物がいる。

灼ではない、卓の様子を見ていた智紀だ。

 

「どうかしたかい、沢村さん?」

 

返事をする秀介に、本当に不機嫌そうに智紀は告げた。

 

「先程から、その萬子を最初に整理するわざとらしい癖は何ですか?

 合宿の時もそうでしたけど、目障りなんですが」

 

「・・・・・・え?」

 

呆けた声を上げたのは、智紀の話し相手の秀介ではなく晴絵だった。

 

(あの癖・・・・・・彼女も見抜いていた・・・・・・?)

 

それだけではない。

合宿の時もそうだったと言った。

それはつまり・・・・・・?

 

(・・・・・・もしかして、以前も同じようにハメた相手がいるってこと・・・・・・?)

 

合宿、と言うことは共に打ったメンバーはやはり同じ高校生のはず。

え? と言うことは・・・・・・?

 

(・・・・・・わ、私の読みが・・・・・・高校生レベルってこと・・・・・・?)

 

少なくとも同じ手を使われた以上、秀介はそう判断したということだろう。

 

(な、何よそれ・・・・・・)

 

晴絵は不安そうに秀介を見る。

一瞬目が合ったが、秀介はすぐに智紀の方に向き直った。

 

「沢村さん、それを見抜けるのはごく一部の人間だよ。

 現に鷺森さんは意味が分かってないだろう?」

 

不意に名前を呼ばれ、灼はびくっと跳ねる。

そう、灼には智紀の言った言葉の意味がよく分かっていなかった。

最初に萬子を整理? そんなことをしていたのか?

 

(・・・・・・認めたくないけど、気付かなかった・・・・・・)

 

それも無理はないこと。

秀介がその癖を見せていたのは、皆が理牌している時。

見学している時ですら流暢な動きに見逃すことがあるというのに、ましてや同卓していてそれに気付けるメンバーなど、ここには晴絵の他にひたすら秀介を敵視している智紀と、言葉は悪いが秀介が心底化け物と認めた衣くらいだろう。

そしてそういうメンバーだけを引っ掛けるための(トラップ)だ。

もっとも衣くらいの実力を持っていたり、智紀くらい執拗に秀介を観察していれば、わざとらしい癖がフェイクか本物かを見抜くこともできるだろう。

晴絵の実力がそこまで至っているのかいないのかは、さすがに秀介にとっても賭けだったわけだが。

 

「まぁ・・・・・・分かったよ、沢村さん。

 目障りと言うことだしこの癖はやめておくよ」

 

秀介はそう言って手牌を崩す。

一同もそれに倣って卓に牌を流し込んでいく。

ちらっと秀介が晴絵の表情をうかがうが、晴絵はそれに気付いていない様子で落ち込んでいた。

 

(あーあ、トドメ刺しちゃったよ)

 

智紀が余計なことを言わなければ、もうしばらくはやる気に満ちていただろうに。

とはいえ遅かれ早かれ自力で気付いただろうし、いっそ早い方が良かったかもしれない。

 

(仕方がないなぁ)

 

秀介はため息をついた。

 

 

 

東二局0本場 親・晴絵 ドラ{9}

 

8巡目。

 

晴絵手牌

 

{六七八⑥⑦⑦13(横2)(ドラ)9中中中}

 

聴牌、中ドラドラはリーチを掛ければ満貫だ。

せっかくの親番だし、さっき振り込んでしまった分はこれで取り返す!

再び秀介の捨て牌に視線を向ける。

 

秀介捨牌

 

{南西1二七4} {⑧}

 

端から順に整理していっただけに見える。

普通に読むならタンピン手だろう、が。

 

(・・・・・・こ、今度こそその手は食わない!

 そう思わせるのが狙いのはずだ!)

 

先程は癖と捨て牌で萬子待ちをアピールして本当に萬子待ちだった。

なら今度は「タンピン手に見せて今度もタンピン手を狙うはず」というこちらの思考を読み、別の手を狙ってくるはず。

 

({南西1・・・・・・と二}辺りまでは不要牌を切って行っただけのはず、問題はその後。

 萬子、索子と整理して最後に筒子切り。

 もし平和手で聴牌していたとしたら最後の{⑧}周辺は危なくて切れないところ・・・・・・と読ませておいて別のところの待ち。

 つまり逆にこの{⑦}は安全だ!)

 

晴絵はそう読んで{⑦}に手をかける。

 

 

手を進めるにつれ、晴絵は次第に落ち着いていった。

それに従い、一時灼たちに奮い立てられていった心も落ち着いていく。

そして、その前まで落ち込んでいた晴絵の心を占めていた不安がもたげてきたのだ。

 

それは今秀介が無理に笑っているの原因にもつながる。

 

先程の一戦は、それはもう楽しかった。

久々に会った強力な打ち手、跳満直撃をさせられるなんて能力の反動でふらついていた合宿の最後の試合を除けば一度も無かった。

それこそ前世最後の、城ヶ崎との試合まで遡るだろう。

だからこそ心が震えた。

そしてだからこそ、終わった時は充実感に包まれていたが、その後は寂しい気持ちが湧いてくるものだ。

楽しい時はいつまでも続かない。

 

衣のようなライバルと思える相手なら別だが、残念ながら晴絵は秀介にとってそれに該当しなかった。

 

いわゆる、「格付けが済んだ」と言うやつだ。

 

晴絵はもう生涯秀介に及ばないだろう。

 

それを晴絵も秀介も感じていたからこそ、晴絵は魂の抜けたような表情で落ち込み、秀介は再戦している今も少し寂しそうなのだ。

 

秀介にはもう晴絵を倒す方法が分かっている。

 

「赤土さん」

 

心無い智紀によってトドメが刺されたこともあり、だから秀介はそれをぶつけるのだった。

 

「・・・・・・ん? 何?」

 

不要牌の{⑦}を切ろうとしていた晴絵はその手を止めて顔を上げる。

秀介は笑顔で告げた。

 

 

「俺は筒子で待ってますよ」

 

 

それを聞いた途端、晴絵の頬がひくっと震えた。

自分が秀介の待ちをどう読んだか分かっていなければその言葉は出てこない。

自分の思考が読まれている?という不安を晴絵は必死に押し殺す。

そうだ、そんなことできるはずがない。

今回の言葉だってきっと偶然だ。

 

「あはは、その手は食わないよ」

 

晴絵はそう言ってピシッと{⑦}を横向きに捨てた。

 

「リー・・・・・・」

「だから言ったのに」

 

パタン、と秀介の手牌が倒される。

 

秀介手牌

 

{五六七①②③⑦445566} {(ロン)}

 

「一盃口、1300」

「んなっ・・・・・・!」

 

宣言通りの筒子待ち!

 

(う、嘘・・・・・・でしょ!?)

 

捨て牌が{南西1二七4⑧}ということは、{⑧と4を残しておいて}

 

{五六七①②③⑦⑧44456}

 

こんな平和手も狙えたし、{4445566}の索子多面張も狙えたということではないか!

あるいは{七を残しておいての五六七七}。

それらを全て捨てて役は一盃口のみ、待ちは晴絵の余り牌{⑦}単騎。

 

(か、完全に私を狙ってる・・・・・・?)

 

晴絵はもはや完全に疑心暗鬼に捕らわれた。

 

そして次の東三局、秀介のリーチに手を崩して流局した結果、その手が上がり牌0の空聴リーチだと判明したところで晴絵の心は折れた。

 

まっすぐ行けば聴牌だった手を崩しては振り込んだ。

今度は通るはず!と思い切って捨てた危険牌で振り込んだ。

現物なら大丈夫だろうと思って切ったら衣に振り込んだ。

もう捨て牌なんか無視する!と自分の手に集中していたらリーチをされて、「リーチは見なきゃかわせないですよ」と挑発された。

最後には手牌にせっかく暗刻で揃っていた役牌を崩して、地獄単騎に振り込んだ。

 

その落ちていく様は、合宿中に同じ手でハメられた誰かと同じようだったという。

 

箱割れした時には、晴絵は再び魂の抜けたような表情でぐったりと項垂れてしまった。

 

「おっ、ギリギリでトップだな」

「しゅーすけ、わざと安手で上がったであろう」

「はて、何のことやら」

 

ぷーっと膨れる衣を軽くいなしながら秀介は席を立った。

もっとも衣は怒っているわけではなく、衰えてもなお衣相手にそんな真似をして見せる秀介の実力に心底喜んでいるのだが。

 

そして残された晴絵を灼や穏乃や玄が必死に励まそうとしていたのだった。

 

 

「しゅーすけ、少しばかりあのコーチを狙い打ちしすぎではないか?」

 

さすがの衣も不憫に思ったのか、秀介にそう告げる。

秀介は何でもないように返事をした。

 

「そうか? 靖子姉さんも大体いつもあんな感じだぞ。

 でもこの間会った時は普通だっただろ?」

「なんと! フジタもあんなおもしr・・・落ち込んだ表情を見せることがあるのか!」

「ああ、うん。

 あの表情がなんとなく見ていて笑えるから、ついやっちゃうんだ」

 

ほほう、ふむふむと衣は何やら興味ありげに反応する。

「衣にも出来るだろうか」とか考えているのだろうか。

見た目完全な幼女だが、県大会や合宿の戦いっぷりを見て分かるように彼女も中々()()()()素質があるように思える。

 

「泣かせてみたいのか?

 今ここにいる面子だと、あの松実さん姉妹がいい感じだと思うが。

 特に妹」

「え? いや、あの・・・・・・こ、衣はしゅーすけみたいないじわるではないぞ!?

 と、友達になりたいとは思うが・・・・・・。

 友達とは仲良くするのが当然だ!」

 

秀介の言葉を必死に否定する衣。

あの合宿もあって友達が増えてきている衣だ、そういう友達を増やして皆で仲良くしたいと考えるのも当然だろう。

だが先程の靖子を狙っていた視線を秀介は見逃していなかった。

 

「県大会の決勝で戦ったのは、確か加治木さんと宮永さんと池田だったな」

「え? ああ、そうだが・・・・・・?」

 

突然何を?と首を傾げる衣に、秀介はひそひそと話を続ける。

 

「決勝戦の最中に誰か泣かせたんじゃないのか?」

「んなっ!? そっ! え、っと・・・・・・」

 

秀介の言葉にばつが悪そうに顔を背ける衣。

 

「・・・・・・池田・・・・・・と咲も、多分、ちょっと・・・・・・」

 

結局ぼそぼそとそう答える。

へぇ、と秀介は笑いながら言葉を続けた。

 

「宮永さんはどんな感じに泣いたのさ」

「いや、あの・・・・・・前半戦の終わり際とか、多分衣の力を感じ取って、ちょっと震えてたと言うか・・・・・・。

 で、でも咲はそのあと巻き返して楽しそうに打っていたし、衣もそれにつられて楽しかったし・・・・・・。

 だ、だから! 泣かせて楽しかったなんてことは無い・・・・・・んだからな!」

「池田は?」

「0点ピッタリまで点棒を奪った辺りがなんかぞくぞくした」

 

あっさり答えてから、はっと口を塞ぐ衣。

だがもう遅い。

秀介はにやりと笑っていた。

 

「でも合宿では池田と仲悪くはなかっただろう?」

「ま、まぁな・・・・・・試合後に楽しかったと言ってくれてたし・・・・・・」

「大丈夫だ、衣」

 

何かを諭すように、秀介は衣の肩に手を当て、屈みこんで話す。

 

「衣が誰かを泣かせようと、結局は仲良くなれるんだ。

 池田だって宮永さんだって仲良くなれただろう?

 俺だって今では国広さんと普通に会話するし、赤土さんだってすぐに立ち直って勝負を挑んできただろう?

 大丈夫、圧倒的な力でねじ伏せるところから始まる友情だってあるさ。

 だから衣、試しに彼女を軽くねじ伏せてきてみな」

「そ、そうか! しゅーすけがそう言うならやってみるのだ!」

 

「透華さん、志野崎さんが衣に何か吹き込んでいますが」

「あ・の・男・はー!」

 

智紀の密告で透華が突っ込んできたことで、結局衣は松実姉妹(主に妹)に勝負を仕掛けることは無かった。

 

 

 

そして一方の阿知賀陣営、再びぐったりと項垂れている晴絵をどうやって再起させるかで悩んでいた。

 

「ハルちゃん、しっかりして・・・・・・!」

「なんかこう、わーっと応援してあげるとかどうでしょう」

「・・・・・・あったかーい物でも食べればきっと元気に・・・・・・」

「逆にここであえて突き放・・・・・・」

「ハルちゃんを助けてあげるの!」

「あ、はい・・・・・・」

 

うーんうーんと頭を絞るがどうもいいアイディアが出てこない。

憧はふと、一番ポジティブな穏乃が全く意見を出していないことに気付いた。

 

「しず、なんかいい意見ない?

 あんたは最初の±0の後でも結構立ち直り早かったでしょ?」

 

穏乃なら何かしら立ち直るいい気持ちの切り替え方法を知っているのではないか、そう思って聞いてみたのだ。

すると穏乃は腕組みをしながらゆっくりと口を開く。

 

「・・・・・・うん、ちょっと考えてみたんだけどさ」

「うんうん」

 

やはり何か意見があるようだ。

どんな意見なのかと憧は穏乃に続きを促した。

穏乃はキリっとした、まさに大将を任せるに値すると評されそうな真剣な表情で答えた。

 

「志野崎さんにも麻雀のアドバイスを貰うのはどうかな」

「裏切り者っ!」

 

灼が両手を振り上げて、がーっと穏乃に向かっていく。

それを玄と宥に抑えられていた。

 

「ハルちゃんが偶然たまたま万に一つの確率で負けたからって! その相手に乗り換えるなんて!」

「い、いや、そんなつもりじゃなくてですね・・・・・・」

 

さすがに直球過ぎて伝わらなかったかと、穏乃も灼を宥める。

 

「赤土さんはもちろん私達のコーチですよ、それは変わりません。

 でもたまーに違う人に教わってみると言うのも視野が広がっていいんじゃないかなーって・・・・・・」

「やっぱり裏切り者!

 ハルちゃんと違うこと言われたらあの(やろう)の方に従うつもりでしょ!」

「い、いや、だからホントにそんな・・・・・・裏切るとかいうつもりは無くて・・・・・・ってかあの野郎って言い方は・・・・・・」

 

必死にそう弁明するが灼は頑なに穏乃の意見を拒否する。

最後には晴絵の背中にしがみついて「ハルたん! ハルたんには私がいるからね! 裏切り者の事なんか忘れさせてあげるから!」とか言いながら泣いていた。

その姿のあまりの居た堪れなさに憧が声を漏らす。

 

「うわー・・・・・・なんか灼さんのイメージ崩れるわ・・・・・・」

「あそこまで言われるとさすがに行き辛いね・・・・・・」

 

穏乃も、たははと頭をかきながらそう言った。

ちなみにこの間晴絵は本当に動かない、本当にどうしたものであろうか。

 

「あ、あの、灼ちゃん」

 

ここまで来て、それまであまり発言していなかった宥が手を上げた。

 

「無理に元気づけようとしなくても、少しそっとしておいてあげるのもいいんじゃないかな。

 近くで誰かが寄り添っていてあげるだけって言うのもありがたいこととかあるし・・・・・・」

「・・・・・・そう・・・・・・かな」

 

宥の言葉に灼が泣き止む。

何回か言葉を交わせば灼も落ち着いたようだ。

さすが「なだめる」と言う字が名前なだけあるし、伊達におねーちゃんはやっていない。

 

「灼ちゃんは赤土先生に寄り添ってて上げて。

 さっきもそうだったし、少しすればまた元に戻ると思うから」

「・・・・・・分かった」

 

灼は相変わらず晴絵から離れてはいなかったが、その言葉に頷いて晴絵にしがみつく手に一層力を入れるのだった。

 

「お願いね」

「・・・・・・宥さん達はどうするの?」

 

不意に灼がそう返す。

宥は笑いながら返事をした。

 

「志野崎さんと麻雀のお話をしながら弱点を探すよ」

「弱点・・・・・・?」

 

その言葉に、灼に限らず穏乃も玄も憧も驚く。

まさかそんなことを考えていたとは。

 

「気になるところがあったら突っ込んでみて、もし私達が言い負かせるところがあったら少しは灼ちゃんも溜飲が下がるでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・そう、かも・・・・・・」

「だからこっちは私達に任せて。

 灼ちゃんは赤土先生をお願いね」

「・・・・・・うん、任せて。

 ハルちゃんは私が元気づけるから」

 

そう返事をする灼はもういつもの調子だった。

 

そうして灼に晴絵を任せ、残った四人は秀介の元に向かう。

 

「・・・・・・意外だったわ、宥姉があんなこと言うなんて」

 

憧の言葉に穏乃も玄も頷く。

宥は「あらあら」と笑いながら告げた。

 

「じゃあみんな、志野崎さんに麻雀教えてもらいに行きましょう」

 

その一言で一同は、「ああ、彼女も穏乃の意見に賛成だったんだな」と納得した。

 

「・・・・・・私もあの人を後ろで見てて勉強になるところがあったし、教えてもらうのもいいと思ってたけど」

「おねーちゃんがそういうなら私も勉強させてもらうよ」

 

そうして秀介の弱点を探ると言う名目の元、秀介にアドバイスを貰いに行くのであった。

 

 

 

穏乃達の申し出を、秀介は快く受けた。

龍門渕のメンバーとも何度か意見交換などをしていたようで、実際に牌を並べた「何切る?」問題や配牌の時点でどういう手作りを考えるかと言った意見交換は、阿知賀陣営にとって非常に為になった。

ついでに、と穏乃が手を上げる。

 

「志野崎さん、ツモ切りに見せかけて手牌と入れ替えてたのありましたよね。

 あれって簡単にできるものなんですか?」

「高鴨さん、あれはあんまりやるべきじゃないよ」

 

秀介の後ろで穏乃と同じく見ていた一がそう突っ込む。

 

「まぁ、確かに公式の大会では何を言われるか分からないしなぁ」

 

秀介もそう言った。

 

「代わりに何かあるかな・・・・・・。

 小手返しとかはできる?」

「小手返し?」

 

首を傾げる穏乃。

憧は「知らないの?」と言う視線を穏乃に向けていたが、玄と宥は穏乃同様首を横に振っている。

それを見て憧はカチャカチャと簡単に手牌を作って見せる。

 

{一二三四五六七八九}

 

「例えばこういう手牌があったとするでしょ?」

「憧、少牌してるよ」

「今はいいの!」

 

憧はそう言って新たに牌を一つ持ってくる。

 

「例えばここに・・・・・・{1}を持ってきたとするでしょ?」

 

穏乃に見えるように{1}を引いてくる。

それを手牌の横に置いた、と同時にカチャカチャと牌が入れ替わる。

 

{一二三四五六七1八} {九}

 

「こんな感じでツモった牌を手牌に紛れさせて、ツモ切りか手出しかを分からなくさせるテクニックよ」

「へぇー」

 

手品みたいと驚く穏乃。

秀介はそんな穏乃を対面に移動させ、いくつか裏向きの牌を並べた。

 

「じゃ、ちょっと見てな」

 

そう言って引いてきた牌を手牌の端に加え、真ん中当たりから牌を抜き出して裏向きのまま捨てる。

それを4回ほど繰り返した。

 

「じゃ、今捨てられている牌が何か分かるかな?」

 

その言葉に穏乃はフフンと笑って返す。

 

「どこから切ったかくらい分かりますよー。

 こっちから{六七八九}ですよ」

 

そう言ってくるっと裏向きの牌を表にした。

 

{①⑥西8}

 

「あ、あれ?」

 

秀介が晒した手牌は{一二三四五六七八九}のままだった。

 

「うわ! なんで!? 確かに入れ替えてたのに!」

「小手返しでツモ牌を手牌の中に入れてたのさ。

 実際は手が進んでいるように見せて全部ツモ切り。

 応用すればその逆、ツモ切りに見せかけてしっかり聴牌ってことも出来るね」

 

ほーう、と龍門渕メンバーからも声が上がる。

さすがにこれを見たのは初めてだったのだろう。

 

「さらに技術が上がれば・・・・・・国広さんと新子さん、対面から見てて」

 

秀介の言葉に従う二人。

おそらくまた小手返しでツモ切りかどうか当てさせられるのだろう。

憧は自分が出来るくらいだし見切って見せると意気込むし、一に至っては手品が得意な自分に見抜けないと思っているの?と少し不満気だ。

 

「いくぞ」

 

秀介はそう言って手牌の{一二三四五六七八九}が見えないように再び立て、持ってきた{1}を手牌の上に乗せる

途端、カチャカチャと音がして牌が手牌に紛れ込んだ。

 

「さ、{1}はどこかな?」

 

秀介は手牌を伏せて二人にそう言う。

 

(牌が動いたのはこっち側3牌だけのはず・・・・・・。

 でもツモ牌を3牌目に入れた後さらに動かしたように見えたし・・・・・・)

 

憧は今の動きを頭の中で再生(リプレイ)しながら結論を出す。

 

「こっちから2牌目です」

 

一方の一は表情が険しくなっていた。

 

(う、嘘・・・・・・速い!

 しかも飛ばしたのは、4・・・・・・いや、5?)

 

少し考えた後、一も結論を出した。

 

「・・・・・・こっちから5牌目。

 で、そこから外の部分も何牌か入れ替わってる」

 

二人の結論が出たところで秀介は手牌を晒した。

 

{一二三四1五八七九六}

 

「え!? そんなに入れ替わってた!?」

 

憧が思わず声を上げた。

一も眉を顰める。

 

「実際に使うとしたらこんな感じかな」

 

{一二三四五六七(横1)八九}

 

改めて手牌を整理した後に、{1}をツモ牌として手牌に乗せる。

直後。

 

{一二三四五1七(横六)八九}

 

「・・・・・・は? な、何?」

 

穏乃がごしごしと目を擦って手牌を見直す。

今のは手牌を入れ替えたカシャッという音すら聞こえなかった。

なのにツモ牌と手牌が入れ替わっているのだ。

 

「何事も応用次第さ」

 

そう言って秀介は再び牌を並べ直すと手牌を伏せた。

そして右端を表にする。

 

{■■■■■■■■■1}

 

現れたのは{1}だ。

それを伏せた後に隣の牌を表にする。

 

{■■■■■■■■1■}

 

現れたのはやはり{1}だ。

 

「・・・・・・ん? え?」

「・・・・・・あれ?」

 

穏乃と玄が声を上げる。

あの手牌に{1}は1枚しかなかったはず・・・・・・?

順番に表にしていく。

 

{■■■■■■■1■■}

 

{■■■■■■1■■■}

 

{■■■■■1■■■■}

 

{■■■■1■■■■■}

 

{■■■1■■■■■■}

 

{■■1■■■■■■■}

 

{■1■■■■■■■■}

 

{1■■■■■■■■■}

 

現れた手牌は全て{1}だった。

 

「ええっ!? いやいやいや! なんで!?」

 

穏乃の反応を楽しみながら秀介は手牌を表にする。

 

{一二三四五六七八九②}

 

「んなっ!?」

「えっ!? どういうことですか!?」

 

{②}はどこから来たの!? {1}は!? なんでなんで?と、他のメンバーも手牌に群がる。

 

「まぁ、今のは麻雀の技術ってよりも手品寄りだけどね」

 

秀介はそう言って右手からコロンと{1}を卓上に転がす。

 

「隠し持ってた{②を1}と入れ替えて並べ直し、{(こいつ)}を隣の牌と一緒に持ち上げて毎回見せていたのさ」

 

手牌はこの形、{一二三四五六七八九②}。

端の{②}を持ち上げる時に手の中の{1と入れ替え、全員に1}を見せる。

そしてその{1を回収すると同時に隣の九}を持ち上げて手の中の{②を伏せて戻し、再び1}だけを全員に見せたのだ。

後はそれの繰り返し。

 

「実際に麻雀では使えなくても、牌入れ替えの練習にはなるよ」

「す、凄い!」

 

目をキラキラと輝かせて穏乃が小手返しの練習を始めると、他のメンバーもつられて同じように始めた。

それを見守りながら時にアドバイスを出し、不意に秀介は玄に声を掛けた。

 

「そうだ、松実さんの妹さんの方」

「え? あ、はい、何でしょうか?」

 

小手返しが上手くいっていないのでそのアドバイスだろうか。

そう思っていたのだが、秀介は卓から他の牌を集めてきて手牌を作る。

 

{[五]六七(横六)③④(ドラ)⑨34東北白發}

 

「こんな感じの配牌の時、何から切っていく?

 ドラは{⑥}で・・・・・・東場で南家とでもしようか」

「この配牌ですか? えっと・・・・・・」

 

玄は少し考え、{北}を選択する。

 

「それじゃあ・・・・・・」

 

続いて、「ドラが寄ってくる体質だよね。ドラが来ないことは無い?」などと確認しながらドラと赤牌が多くなるようにツモを選んでいき、手牌が完成するまでそれを繰り返した。

 

手牌

 

{三四[五]六六③④[⑤](ドラ)⑥⑥34[5]}

 

捨牌

 

{北東發白⑨6二七}

 

タンヤオ三色ドラ3赤3の倍満だ。

で、それがどうしたのかと秀介の方に視線を戻す玄。

 

「例えばだ」

 

そう言って秀介は捨て牌を並べ直す。

 

{6七二⑨發白東北}

 

「こんな感じの捨て牌を見たらどう思う?」

「えっと・・・・・・変だと思います」

 

まぁそうだけど、と笑いながら秀介は言葉を続けた。

 

「最初に中張牌を連打したら普通チャンタ何かを思い浮かべないかい?」

「ああ、それは確かに」

「ところが手牌はタンヤオ三色、ドラもたっぷり乗っている。

 ドラがたっぷり来る君にドラの脅威を聞いても実感湧かないだろうけど、例えばチャンタだと思って切った{4}が索子の清一に刺さったりしたらびっくりするだろう?」

「・・・・・・そうですね、びっくりします」

 

秀介の言葉にこくこくと頷く玄。

ここまでくれば秀介の言いたいことが察せられるだろう。

 

「ドラや赤が来る前提で手を進めてごらん。

 能力頼りになるし面子選択を誤ったら手がボロボロになっちゃうけど、うまくはまればロン上がりを狙うのに最高の形を狙えるよ」

「な、なるほど!」

「じゃあ、試しにこういう手牌の場合は・・・・・・」

 

そうして何回かテストの配牌に対しドラが来る前提で手を進めてみる。

チャンタどころか国士無双を思わせるような捨て牌でありながら手牌は綺麗なタンピン三色。

何度か失敗しながらも綺麗に決められた時には思わず「おおー!」と声を上げてしまっていた。

 

「す、凄いです、私にもこんな上がりが出来るなんて・・・・・・!

 私、ドラを大事にしないといけないと思って中張牌は抱えるようにしていたから、余った牌を狙われたりすることがあったんです。

 でもこれがちゃんと使えるようになれば・・・・・・!」

 

ドラに手が縛られることを弱点とするのではなく、手牌を先に確定できる利点として受け入れる。

それは晴絵が教えてくれなかったことだ。

とは言っても、秀介程狙い打つことに思考を割いてでもいなければ早々思いつかないことだったかもしれないが。

少なくとも玄は自力では思いつけなかったし、仲間からも昨日今日の龍門渕メンバーからもそう言われたことは無かった。

そこには感動すら感じてしまった。

 

「あー! 玄さん小手返し以外にも何か教わってるでしょ!」

 

突然穏乃の声が聞こえた。

小手返しが上手くできているか見てもらおうと秀介を探していたらしい。

 

「え!? 何それずるい!

 わ、私にも鳴き所の牌の選び方とか教えてもらえませんか!?」

 

憧もそう言って秀介の元に来る。

 

「まぁまぁ、順番に」

 

秀介はそれまで打った感想なども交えて改善点を説明していった。

そうは言っても皆晴絵の指導の元基礎はしっかりしているわけだし、ほんの些細なきっかけを与える程度だった。

 

「新子さんは鳴きのセンスが十分ある、無理に新しいことを取り込む必要はないよ。

 ただ自分の手が進められなさそうなときに相手を妨害する目的で鳴いてみてもいいかな。

 高鴨さんは折れない心を持ってるところが凄い。

 たまにこうやって基礎を振り返ったり勉強し直したりしつつ上を目指していけば強くなれるだろう。

 松実お姉さんはちょっとずつ赤くない牌も交えて手役を目指してみるといいんじゃないかな。

 鷺森さんは・・・・・・」

「あなたに教わることは何もありません!」

「・・・・・・まぁ、行き詰るようなことがあったら伝えるアドバイスとして・・・・・・」

 

あれやこれやと説明していき、実際にそれを実行しつつ打ってみようと再び卓に向き直ったりした。

 

「しゅーすけ! 衣にも何か教えてほしいのだ!」

「お前は十分強いし小手先のテクニックなんて学ぶだけ無駄だ。

 そのままいろんな人と麻雀を楽しめ。

 楽しんだ数だけ成長につながるからな、きっと身長も伸びるぞ」

「ホントか!? がんばるぞ!」

「志野崎先輩ー、俺にもなんか教えてくれ」

「純は鳴きのセンスも流れの読みも抜群だ。

 それだけに能力を行使するタイミングをミスしないように気を付けろ。

 何度かそれで沢村さんにも狙い打たれてるだろ」

「ともきーにもアドバイスしてあげればどうですか?」

「沢村さんは俺のアドバイスなんか聞かんだろう。

 代わりに牌譜を何度も見直しているみたいだから、その時に「こういう打ち方もあるのか」と思えるような打ち方をしてあげている。

 彼女なら何度か見直すだけで勉強になるだろうよ、多分」

 

前世でプロ候補の面倒を見ていたせいか、先生体質を存分に発揮して面倒を見ていく秀介であった。

 

 

やがてもう阿知賀メンバーが帰らなければならない時間となった。

その頃にはさすがに晴絵も動けるようになっていたが、秀介を見ると小さくカタカタと震えているように見えた。

 

「じ、じゃあ、お世話になりました」

「「「「「お世話になりましたー!」」」」」

 

一同は揃って頭を下げる。

それを受けて龍門渕メンバーも秀介も頭を下げた。

 

「こちらこそいい刺激になりましたわ」

「・・・・・・色々勉強になりました」

「また機会があったら打とうぜ」

「いつでも待ってるからね」

「また来るのだー!」

 

挨拶を交わした後、晴絵の車に乗り込む阿知賀一同。

と、晴絵の元に秀介が向かい、手を差し出した。

握手でもしようと言うのだろう。

秀介はいつもの笑顔で、晴絵は少しひくついた笑顔で手を差し出し、握手を交わした。

 

「では、機会があったらまた全国でお会いしましょう」

「ひぅ! そそそ、そ、そうですね、おおおおお会いしましょう!」

 

晴絵はそう返事をして車に戻って行った。

「ハルちゃん!? どうして泣いてるの!?」と声が聞こえたが気にしない。

それを放っておいて車の窓から憧が声を掛けてくる。

 

「ところで志野崎さん、全国で私達と清澄が戦うかもしれないっていうのに色んなアドバイスくれちゃってよかったんですか?」

 

にやにやと笑っているようだったが、秀介も笑顔で返事をしていた。

 

「ほら、強敵を作ってそれを乗り越えていってもらうみたいな楽しさもあるじゃないか。

 清澄(うち)清澄(うち)でより一層強くなってもらうだけさ」

 

それを聞いて阿知賀一同は考えた。

より一層強くなってもらうというその方法とは、今回の練習試合の後半のような優しいアドバイスだろうか。

それとも晴絵達にしたようなスパルタ的なやつであろうか、と。

まぁ、深く考えないようにしよう。

 

確実に言えることは、彼がいる以上清澄は恐ろしい強敵になるだろうということだけだ。

 

最後に穏乃が窓から手を伸ばす。

秀介はそれと握手を交わした。

 

「本当にありがとうございました。

 また機会があったら打ってくださいね。

 和にも・・・・・・」

 

よろしくお願いします、と言い掛けて言い留まった。

そして。

 

「・・・・・・いえ、秘密の方が楽しそうかな」

「分かった、原村さんには秘密にしておこう。

 全国で会うのを楽しみにしているよ」

「はい! こちらこそ!」

 

それでは、と両者が手を離すと車が動き出した。

 

両校の一同はお互いに手を振りながら別れを告げた。

 

次に会う時にはもっと強くなっていることを胸に誓いながら。

 

 

 

「しゅーすけ、今日はこれからどうする?」

 

阿知賀一同を見送った後、衣がそう声を掛けてきた。

 

「おう、衣、さっき見た時より大きくなったんじゃないか?」

「本当か!?」

「一日の間に何回そのやりとりを繰り返すおつもりですの・・・・・・」

 

透華のツッコミは気にしない。

 

「そうだな、また引き続き麻雀打っててもいいんだけど・・・・・・」

 

何か考えがあるようで、秀介はフフッと笑った。

 

「明日から清澄の強化にもう少し力を入れた方がよさそうだから、久と作戦会議でもしようかなと思ってるよ」

「そうか、うん・・・・・・」

 

衣は少し寂しそうだったが、すぐにまた笑顔に戻る。

 

「今度はしゅーすけが強化した清澄とも戦いたいのだ」

「・・・・・・そうだな、全員共衣が満足できるような強さになって貰わないとな」

 

秀介はそう返して衣の頭を撫でる。

 

「では本日はこれでお開きとしましょう。

 ハギヨシ、志野崎さんを送って差し上げなさい」

「かしこまりました」

 

いつからそこにいたのか、相変わらず唐突にハギヨシは返事をした。

車の中から。

 

「・・・・・・嘘だろ、本人はいい加減慣れたけど車はあり得ないだろ・・・・・・」

「ハギヨシですから当然でしょう?」

 

純の呟きに当たり前のように告げる透華であった。

 

「ではここで」

 

秀介は開かれたドアから乗り込もうとし、一旦止まって衣の方に向き直った。

 

「じゃあ、俺は清澄の強化をするから。

 衣、龍門渕の強化は任せたぞ」

 

その言葉に、寂しそうだった衣のリボンがピョコンと跳ね上がる。

 

「ま、任せておくのだ!

 例えしゅーすけが強化しようとも、衣はそんな清澄を返り討ちに出来るくらいに皆を強くして見せようぞ!」

「ん、その心意気だ」

 

秀介は衣に笑顔を向けた後、他の龍門渕一同に頭を下げる。

 

「それではまた、都合が合えば参りますので」

「あ、ちょっと」

 

挨拶をした秀介を透華が呼び止める。

「何か?」と返事をすると、少しあちらこちらに視線を逸らしつつ咳払いをして透華は告げた。

 

「・・・・・・あなたは呼べば来ますけれども、そちらから来たいと連絡を受けたことがありませんわ。

 衣も喜びますし、たまにはそちらから連絡してきてもよろしくてよ?」

 

腕組みをしながらそう告げる透華。

その頬は少し赤いように見える。

 

「ええ、そうですね、こちらからも連絡させて頂きましょう」

 

秀介はそう笑顔で返して車に乗り込んだ。

 

「と、透華?」

 

秀介を見送りながら、一が透華に声を掛ける。

何だ今の反応は。

照れ隠しをしながら見送るツンデレお嬢様のようではないか。

ま、まさか、ボクの透華がいつの間にか陥落されていたというのか!?

 

「くっ、衣さえ懐いていなければ・・・・・・あんな男にあんな台詞を言わずとも済んだというのに・・・・・・!」

 

ところがどっこい、透華は秀介にそんな感情は全く抱いていない、これが現実です。

 

秀介やハギヨシ以外とはろくに男と接点がないせいか、何とも思っていないはずなのに妙に恥ずかしくなってしまったのだろう。

それを察し、一は落ち着きを取り戻したのだった。

 

 

そんな反応を知らず、衣は秀介が乗った車を見送り続けていた。

 

次に会う時にはもっと強くなっていることを胸に誓いながら。

 

 




清澄のメンバーは? 阿知賀のメンバーはこの後どうなるの?
皆さまのご想像にお任せするのも作者の嗜み(

次回は募集していた小ネタをやりますよー。

そういえば今更謝りますけど、ともきーって敬語キャラじゃないんですよねー(


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小ネタ
清澄高校ゆとり麻雀部


秀介  9
千里山 3
風越  3
清澄  2
阿知賀 1
龍門渕 1
白糸台 1?

投票の結果、この小ネタは「秀介のいる清澄高校」に決まりました。
2位が風越と千里山で同着。
千里山は別のネタ考えてるんですけど、風越はどうしよう?

きよすみこーこーゆとりまーじゃんぶー!って感じで読んでもらいたい、声優さん達に(希望

実際ここまでゆとりなキャラは一人もいないでしょうけど。
現実でもいないでしょうけど。
ほら、ギャグだから(

時間軸的にはアフター阿知賀編の前かな。



卓を囲うメンバーは咲、和、優希、久。

先程までメンバーに交じって打っていた秀介は、今はベッドで大きく伸びをしている。

京太郎は買い物、まこは用事があるとかで遅れてくるそうだ。

 

それは秀介が退院し、再び部室で清澄麻雀部のメンバーと麻雀を打つようになったある日の事だった。

 

 

「・・・・・・ありゃ?」

 

ガタンガタンゴトンとおかしな音がして、清澄高校唯一の麻雀卓が停止した。

優希が卓をバンバンと叩くが動く様子は無い。

 

「動かなくなっちゃった、どうしたんだろうね?」

 

咲もそう言って卓を揺すってみるがやはり動かない。

牌を流し込む部分を開けて中をのぞき込んでみるが、さすがにそれだけでは暗くてわからないだろう。

 

「ちょっと中を見てみましょうか」

 

和がそう言って卓の蓋を開ける。

だがパッと見ではどこがおかしいのか分からない。

仕方が無いので全員で協力して牌を取り出してから隅々まで見渡してみた。

が、やはり故障の原因が分からない。

 

「シュウ、ちょっと見てもらえる?」

 

久がベッドにいた秀介を呼ぶ。

「どれどれ」とやってきた秀介はライトで卓の中を照らしたり、ドライバーを使って別の蓋を開けたりして隅々まで確認する。

何度か電源を入れ直したりしてみるが、やはり動く様子は無い。

10分ほどあれこれやってみて結果的に出た結論は。

 

「・・・・・・完全に故障だな。

 業者でも呼ばないと無理じゃないかな」

 

そうなってしまうか。

 

「仕方がないわね」

 

久はそう言ってスマホを取り出すと生徒会の副会長に修理依頼の連絡を入れたらしい。

後で正式に書類を書いたり見積もりを見たりする必要はあるだろうがとりあえずOKだ。

 

 

さて、そうなると困るのは故障が直るまでどうするかである。

替えを用意するにしてもお金がかかるし、発注すれば届くまでどれくらいかかるか不明、買いに行くとしても今日は活動できなくなってしまう。

 

「まぁ、手積みでやるしかないだろうな」

 

秀介の言葉に一同はテーブルやマットの準備をしながらも、お互いに不安そうに顔を見合わせていた。

原因はそう、普段から自動卓でしか打っていないことである。

 

「私、手積みってやったことないよ」

「私もだじぇ」

「・・・・・・あいにくと私もです」

「そういえば私もだわ」

 

どうやら女性陣は誰一人として手積みで打ったことが無いらしい。

つまり今この部室には手積み経験者が秀介しかいないことになる。

ハイテク時代の弊害である。

 

「まぁ、やってみろよ。

 普段と何かが変わっていい刺激になるかもしれないぞ」

 

秀介にそう言われて一同は頷く。

確かに、久に提案されてツモ切り動作を繰り返した和が上達したように、あえて手積みにすることで何かに覚醒するメンバーがいるかもしれない。

それならばやってみよう、ということで。

 

「卓の準備はOKね」

 

久が確認する。

テーブルにマットを敷いて、四人が椅子に座って囲む、通常通りの配置である。

 

「じゃあ、どかした牌を用意するじぇ」

「そうしましょう」

 

そう言って優希と和は揃って卓に牌をドジャァと撒いた。

 

「点棒はどこに置いておきましょうか?」

「空いた箱を使えばいい」

 

咲の言葉に秀介が答える。

 

「どれ、点棒は分けてやるから箱を貸してみな」

「はい、じゃあお願いしますね」

 

そう言って咲は秀介に空の箱を8つ渡した。

 

「・・・・・・8つ、だと?」

「え? そうですけど・・・・・・?」

 

バッと卓上を確認する秀介。

そこには8箱分の麻雀牌が積まれていた。

通常麻雀牌1セットは4箱に収められているはずである。

 

「おい、何で2セットもあけてるんだよ」

「え? 何が?」

 

秀介の言葉に久が首を傾げる。

 

「普段から2セットではないですか」

 

和も「何を言っているんですか?」と呆れたような視線を寄越してくる。

だがむしろ呆れているのはこちらだ。

 

確かに自動卓では一組の麻雀牌で打っている間にもう一組が卓の中で混ぜられ、山として積まれている仕組みになっている。

だから一局終わって使用していた牌を卓に流し込むと、すぐに新たな山が作られ間を開けずに連続して試合ができるようになっているのだ。

なので彼女たちにとって麻雀とは牌を二組使うのが常識。

だがしかし、だからと言ってこれは無いだろう!

混ぜてどうするんだ!

 

秀介の軽い説教を受けた後、とりあえず混ざってしまったものは仕方がないから、まずは牌を種類ごとに分別してきっちり二組に分けた。

そして片方を回収して仕舞う。

なんかもう他のメンバーには任せられないのでそれは秀介の仕事だ。

 

「じゃ、改めて混ぜましょう」

 

ジャラジャラジャラと音を立てて牌がかきまぜられていく。

それを横目に見ながら秀介は点棒を分けていく。

まずは1万点棒が1本ずつ。

 

ジャラジャラジャラ。

 

5000点棒を1本ずつ。

1000点棒を9本ずつ。

 

ジャラジャラジャラ。

 

5000点棒が2本で1000点棒が4本の分け方もあるが、頻繁に両替の必要が出そうだし普段からこちらで分けている。

 

ジャラジャラジャラ。

 

最後に100点棒を10本、これで合計25000点だ。

 

ジャラジャラジャラ。

 

分け終わったので秀介は各々に点棒の入った箱を配る。

 

ジャラジャラジャラ。

 

ところで混ぜ過ぎではないだろうか?

 

「いつまで混ぜてるんだ」

 

秀介にそう言われて一同は、はっと手を止める。

 

「そ、そうですね」

「お、おう、これくらいで勘弁してやるんだじぇ」

「さ、最初に種類ごとに分けてしまったから心配だったんですよ」

「そ、そうよ、別に混ぜるのが楽しかったとかじゃないんだからね?」

 

積み木か何かで遊ぶ子供か、という突っ込みは飲み込んでおいた。

 

さて、ではいよいよ手積みと名の付く通り山を手で作っていくわけだ。

が。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

一同はじーっとぐしゃぐしゃに混ぜられた山を見ていた。

何してるんだ、早く積めよと言いかけたところで、突然和から声が上がる。

 

「み、皆さん! わ、私は凄いことに気付いてしまいました!」

「な、何?」

「ど、どうしたの、和ちゃん?」

 

一同が注目する中、和はわなわなと震えながら卓上の牌を指さす。

 

「自動卓でないということはもしかして・・・・・・私達が自分達の手で山を作らなければならないのではないでしょうか!?」

 

な、何を今更?と言いかけて危うく秀介は飲み込んだ。

だって自動卓は自動で山を積むから自動卓だろう?

それが使えないってことは手で積むのは当然ではないか?

手積みをやったことが無いから知らない?

そういうレベルで知らないというのか!?

 

「はっ!? ま、待つんだじぇ! みんな!」

 

不意に今度は優希が声を上げた。

今度は何だ?

全員が注目する中、優希はおそるおそるといった感じに言葉を紡ぎだした。

 

「・・・・・・手で山を積むから・・・・・・「手積み」って言うんじゃないか?」

 

当たり前だろう!?という秀介の発言は女性陣の声でかき消される。

 

「た、確かにその可能性はあるよ!」

「こ、これは大発見です!」

「驚いた・・・・・・優希、あなた冴えてるわね!」

 

逆だよ! お前らが冴えてないんだよ!

そう突っ込んでやりたいがどこまで本気か分からない以上下手な発言はできない。

そうとも、全員グルになったドッキリという可能性もあるのだ。

むしろその可能性が高い。

っていうかそうであってほしい。

 

「じゃあ、積みましょうか」

 

ごくりと息を飲み込むような重い緊張感の中、久の言葉を合図に牌に手を伸ばしていく女性陣。

初めての手積みとはいえそんな重苦しい空気に包まれる必要があるのだろうか?

きっと麻雀が大流行した世界だからこそあるのだろう、多分。

 

「・・・・・・っていうかめんどうね、これ」

「あ、もしかしてこれ毎局やるんでしょうか・・・・・・?」

「え? 一局ごとに?」

「て、手積みってこんなに面倒だったんですね・・・・・・」

「あっ、だから自動卓というものが開発されたんだじぇ!」

「なるほど! これは面倒だもんね!」

「誰だか知らないけど発明者には感謝しないとね」

「まったくです。

 でもこうして自動卓のありがたみを知れただけでも手積みをやった甲斐があるのではないでしょうか」

「そうだね」

「同感だわ」

「まったくだじぇ」

 

なんかもういい、深く気にするのはやめようと秀介は自分に言い聞かせた。

 

まぁ、積んでいる間に飲み物でも用意してやろうかと、秀介はコップにお茶を入れる。

冷蔵庫もあるし氷を入れて冷やしてやった。

もう夏だしこれくらいの配慮はした方がいいだろう。

それをトレイに乗せて持っていく。

 

まだ山は完成していなかった。

 

「しゅ、シュウ、クイズよ!」

「何だ、いきなり」

「山は横に何牌並べるでしょうか!?」

 

突然の久の出題に、秀介は一瞬で理解した。

この状況でそんなクイズを出す理由は一つ。

 

「山の枚数位覚えておけよ」

「お、覚えてるわよ!? これはシュウがちゃんと知っているかのクイズなんだから!」

 

はいはい、そういうことにしておこうか、と秀介はため息をつきながら答えた。

 

「18牌×2段」

「せ、正解よ! さすがシュウね、やるじゃない!」

「本当は17牌だけどな」

 

固まっている久を放置してお茶を配る。

しばし固まった後、再起動した久はぷーっと膨れながらぶつぶつと秀介に文句をぶつけた。

 

「ま、全くシュウってば人を試すような真似をして・・・・・・そんな子に育てた覚えは無いわよ?」

 

育てられた覚えはないし、むしろ秀介の方が育ててあげたようなものだが。

 

「ふぅ、危ない危ない、恥かくところだったわ」

 

かいてるかいてる、とてつもなく。

 

「・・・・・・ん・・・・・・あっ、ちょっと!!」

 

お茶を配り終わったところで久がまた唐突に声を上げる。

視線を向けると、やはり久はぷーっと膨れていた。

というか、全員が不満気に睨んでいた。

今度は何だろうか。

 

「志野崎先輩は嘘つきです!」

「そうだじぇ! こんな人だとは思わなかったじぇ!」

「酷いです! 冗談ならもっとわかりやすくやってください!」

「・・・・・・何がだよ」

 

意味が分からず卓をのぞき込む。

そこには完成した山と、真ん中に8牌が転がっていた。

久がそれを指さしながら声を上げる。

 

「全員17牌×2段ずつ積んだのに8牌余ってるじゃない!

 これって全員がさらに2牌ずつ積める・・・・・・つまり本当はやっぱり18牌×2段が正解だったのよ!」

 

は?そんな馬鹿な、と言いかけて秀介はふと思い至る。

そういえば余り牌が無い。

花牌とか、赤牌を入れる代わりに抜かれるはずの牌とか。

先程点箱として利用した箱にも無かったし。

ぐるっと山を見渡すと牌の透視ですぐに見つけた。

こういう時は便利である。

秀介はその周辺の牌ごと掴み、がしゃっと表に返した。

 

「な、何をするんですか!? せっかく積んだのに!」

 

咲が文句を言うのを、取り出した花牌を見せつけて黙らせる。

 

「花牌も赤牌の代わりの牌も抜いてないだろう。

 {五、5}が5枚と{⑤}が6枚ある花牌麻雀なんて珍しいことをやるつもりかい?」

 

その言葉に全員が、はっとした表情で山を崩して牌を表にする。

 

「そ、そういうことは早めに言って欲しいじぇ!」

「そ、そうよ! まったく、シュウもしっかりしてよね!?」

 

おかしい、普段からちゃんと抜いてやっているはずなのに。

これが全国行きを決めた麻雀部員のやることなのか?

ゆとりにもほどがある。

せっかくの合宿の後だというのに気が抜けすぎではないだろうか。

 

とにかく全員が協力して不要牌を抜くことには成功した(仕舞っておく箱が無いからと秀介に手渡されたのだが渡されても困る、一応麻雀セットのケースの中には入れておいた)。

 

「じゃあ、積み直しね」

「仕方がありませんね」

 

ジャラジャラジャラと牌を混ぜていく一同。

一体いつになったら麻雀が始まるのだろうか。

再び混ぜ過ぎと思われるほどかき混ぜていたのだが、秀介が声をかける前にそれを察した久が「さ、さぁ! 混ぜるのはこの辺にしましょうか!」と止めたので文句を言わずに済んだ。

 

そして一同は山を積んでいく。

左右の手に一つずつ牌を持ち、片方の牌の上にもう片方を重ねて左に寄せる。

もう一度左右の手に一つずつ牌を持ち、片方の牌の上にもう片方を重ねて左に寄せる、これで2トンだ。

それをもう一度繰り返し先程の牌の横に並べる、これで3トン。

それをもう一度繰り返し先程の牌の横に並べ、さらにそれをもう一度。

 

「・・・・・・久、ちょっと変われ」

「え? 何?」

 

すいっと久の横から手を伸ばす秀介。

カカカカッと17牌×2段を並べる。

そして上山をスッと持ち上げると下山に重ね、そのまま定位置にずらして持っていく。

さらに6・5・6で分かりやすく区切るというおまけつきだ。

 

「え!? な、何今の!?」

「一瞬で山が積み上がったじぇ!?」

「す、すごい! 手品みたい!」

「そ、そんなオカルトありえません!」

「お前らどんだけ手積みを知らないんだよ!」

 

カシャカシャと全員分の山を積み終えたところで、秀介は一人離れた椅子に座りぐったりと頭を垂れていた。

 

「・・・・・・何でだよ・・・・・・何でこんなことも知らないんだよ・・・・・・出来ないならまだしも知らないって・・・・・・失われた技術(ロストテクノロジー)にするには早すぎるだろう・・・・・・これがジェネレーションギャップというものか・・・・・・まったく、最近の若い(モン)は・・・・・・昔はよかったなぁ・・・・・・ああ、何もかもが懐かしい・・・・・・そうだ、まこ・・・・・・まこならきっと知っているはず・・・・・・ああ、早くまこに会いたい・・・・・・まこに会って癒されたい・・・・・・」

 

「先輩がなんか落ち込んでるじぇ」

「きっと疲れたんだよ」

「そうですね、これだけの山を一瞬で作る技術・・・・・・よほど体力を消耗したのでしょう」

「シュウに無理はさせられないわ、ここからは私達が頑張って山を作りましょう」

 

秀介の気も知らず一同は頷き合った。

 

「じゃあ、まずは親決めね」

 

久はそう言って小さな賽を2つ手に持つ。

「小さいから無くしそうね」などと呟きながらそれをヒュッと投げる。

コロコロと転がったそれらは対面の山にぶつかり、やがて静止する。

出た目は2と4で6。

久の下家に当たる優希がもう一度振ろうと賽に手を伸ばす。

その途端。

 

「こ、これは・・・・・・!?」

 

久が声を上げた。

 

「ど、どうしたんだじぇ? 部長?」

 

優希がビクッと手をひっこめる。

咲と和もどうしたものかと久の方に視線を向けた。

 

「・・・・・・振れば分かるわ」

「???」

 

よく分からないと思いながらも優希は賽を手に取り転がした。

やはり賽はコロコロと転がり、やがて静止する。

そして。

 

「こ、これは!?」

 

やはり優希も声を上げた。

 

「え? 何?」

「どうしたというのですか、部長も優希も」

 

二人はおろおろしながら優希の様子をうかがう。

優希は何やら興奮した様子で二人に声を掛けた。

 

「のどちゃん! 賽を振るんだじぇ!」

「え? なぜ私が?」

「いいから! 振ればわかるじぇ!

 あと咲ちゃんも!」

「え? 私も振るの?」

 

こくこくと頷く優希。

二人は顔を見合わせながら順番に賽を振る。

 

コロコロコロ・・・・・・コロコロコロ・・・・・・

 

「・・・・・・これは・・・・・・!?」

「え、何これ・・・・・・?」

 

一同は顔を見合わせる。

どうやら揃って同じ考えに至ったようだ。

 

サイコロを振るというこの行為は・・・・・・

 

 

た、

 

 

楽しい!!

 

 

「もう一回! もう一回やりましょう!」

「わ、私も振るじぇ!」

「ずるい! 私も振りたいよ!」

「こ、これは単純なようでいて中々不思議な魅力が・・・・・・!」

 

コロコロ、コロコロと賽は何度も振られた。

秀介は相変わらず何やらぶつぶつと呟いている様子。

なので誰も彼女達に対して、「お前らさっさと麻雀やれよ!」と突っ込む人間はいないのだった。

 

 

何度賽が転がされただろうか。

やがて彼女たちは「麻雀をやる」という本来の目的を思い出し、親を決めた後に山を区切り配牌を取っていくのだった。

 

 

山を積み直すのには時間がかかっているが、試合の進行は慣れたものだ。

出親の優希がさっそく満貫を2回上がってリードを取る。

が、久や和に狙われて点数を削られた後、咲が相変わらず嶺上開花を上がったり久が高い手をツモったりしているうちに気が付けば南入。

一時期50000近くあった優希の点棒はあっという間に削られ、最下位にまで落ち込んでしまった。

一方久が変わって35000程あった点棒を守っていく。

そしてオーラス。

 

「ツモ、1000・2000です」

 

和の上がりにより対局は終了となった。

小さくため息をつきながら挨拶を交わす。

 

「ありがとうございました」

「ありがとうございました、さすが和ねぇ」

「ありがとうございましたじぇ。

 うぅ、点棒が目に見えて少なく・・・・・・」

「ありがとうございました。

 えっと・・・・・・」

 

ここに来て全員揃って点箱を卓上に持ってきた。

そして。

 

「・・・・・・誰が何点ですか?」

「・・・・・・うん、私もそれ気になってたところよ」

 

咲の言葉に久も賛同する。

そしてお互いに自身の点数を申告するのだった。

 

「・・・・・・13200点、きっと最下位だじぇ・・・・・・」

 

優希が悲しげに告げる。

 

「私は33900、これだけあれば多分トップよね」

 

久は自分の好成績を誇らしげに伝える。

とはいえ原点プラス8900はぶっちぎりではない。

さすがに同校のメンバー同士、実力が拮抗してきているということか。

 

「私は25600です。

 その前まで21600でしたけど、まぁ原点あればきっと2位になれると思ってあの手を上がりました」

 

和は少し自慢気にそう告げる。

トップでなかったのは残念だが2位なら上出来だ。

が。

 

「え? ごめん、私27300あるんだけど・・・・・・」

 

残った咲の言葉に固まった。

 

「ま、まさかそんな・・・・・・!」

 

和は何度か全員の点棒を数えてみるが、合計点数はちゃんと10万点でずれていない。

点棒のやり取りは普段からやっているし、差し出す側も受け取る側も全員が見ている目の前でやり取りするから間違っていたらすぐに分かるはずだ。

と言うことはこれは単純に和の計算ミスになる。

 

「た、確かに何度か咲さんの上がりはありましたけど・・・・・・ま、まさか原点確保しても捲れていなかったなんて・・・・・・」

 

しょぼんと落ち込む和。

「慣れない手積みだったからしょうがないよ」と慰めようとする咲だったが。

 

「原村和ぁー!!」

「ひっ!?」

 

突然雷が落とされた。

秀介によって。

 

「お前! お前ぇ!

 デジタル雀士を名乗る者が計算ミスだと!?

 一流なら毎局の点棒のやり取りどころか、それぞれの上がり手牌、人によっては河に至るまで完全に記憶するぞ!

 それが何だ!? 所持点数を把握してなくて捲れませんでしただとぉ!?

 そこに直れ! 俺が修正してやる!」

「ちょ、シュウ! 落ち着きなさいって!」

「再教育だ! 人間でいられると思うなよっ!」

「そこまで!? 何でそんなに怒ってるの!?

 落ち着いて! 落ち着きなさいよ!」

 

どうどうと久が宥めてようやく少しは落ち着いたようだった。

秀介は詳しく語らなかったが、おそらく(久からはそうは見えないが)同じデジタル雀士として少なからず和に期待していたところがあったのだろう。

それが学校内での練習とはいえ、オーラスに目指す点数を間違えて捲れなかったというあまりにも単純なミスが許せなかったのだと思われる。

決してそれまでの手積みの知らなさで溜まっていた鬱憤をまとめて晴らしたわけではない、多分。

 

と言うことを久がこっそりと話すことで、何とか一年生トリオも落ち着いた。

 

「し、志野崎先輩って怒るとあんなになったんですね・・・・・・」

「私もあんなの初めて見たわよ」

「のどちゃん、大丈夫か?」

「あぅ・・・・・・あぅ・・・・・・怖かったです・・・・・・」

 

カタカタと小さく震える和。

その姿は例えるならば咲が迷子になって「ここどこ・・・・・・?」と泣いている姿を思わせた。

さすが親友同士、似たところがある。

が、そんな和もすぐに落ち着いた。

 

「・・・・・・で、でも、言われてみれば確かに志野崎先輩の言う通りです。

 私としたことが、いくら慣れない手積みで集中を削がれていたからと言ってあのミスは酷かったと思います。

 ここからは点数の把握も目指しながら挑みたいと思います!」

「その意気だよ、和ちゃん!」

「おう! 私も次こそはトップを目指すじぇ!」

「手積み、やってみてよかったわね」

 

 

こうして清澄一同はどうやら手積み卓による特訓で一層強固な絆を作るのであった。

 

和はその日の部活が終わるころには頭から煙を出していたが、そんな状態がものの三日も続くと少しは慣れ、いくらか成長につながったようであった。

 

 

 

「来たぞい、遅れてスマンなぁ。

 ・・・・・・ん? 何をしとるんじゃ?」

 

その日、遅れてやってきたまこは目の前に自動卓があるにもかかわらず、わざわざ他の場所で麻雀をやっているメンバーを目撃する。

故障でもしとるんか?と卓を見ようとすると、それに気付いた秀介が即座に駆け寄ってきた。

 

「まこ!」

「な、なんじゃ?」

「お前は手積みをやったことがあるよな!?

 いや、やったことがなくても知ってるよな!?」

 

今まで見たことが無いその迫力に押されながらも、まこは返事をする。

 

「志野崎先輩・・・・・・?」

 

秀介はいつになく真剣な表情。

「まこ、お前だけが頼りなんだ」とでも言いそうな切羽詰まった感じだ。

 

それを見て全てを察したまこは一息つき、

 

 

首を傾げながら答えた。

 

 

「手積みって何じゃ?

 

 

 

 

 

 いや、すまん嘘、ちゃんと知っとるよ。

 

 いや、知っとるって先輩。

 

 先輩? どこ行くんじゃ?

 

 え? 「かみはしんだ」? 何を言っとるんじゃ。

 

 なんで窓に向かうんじゃ?

 

 先輩!? なんで窓の縁に足を掛けた!? そっから先はホンマに危ないて!

 

 ちょ! 待った! 待って先輩!

 

 おい! みんな! 先輩を止めるのを手伝え!」

 

 

なんかそんなやり取りがあったが、それは些細なことであった。

 

 

 




げに恐ろしきゆとり世代・・・・・・。
ちなみに千里山だったら雅枝さんがフォロー、宮守だったら熊倉さんがフォロー。
風越や姫松の若い監督だったり、監督すらろくに出ていない高校だったらツッコミ不在だったという恐怖(
それでも選ばれてたら書いたけどね!
え? 誰かまともな選手を一人用意して解説(ツッコミ)させればいい?
いや、そんな気さらさら無かったけど。
だってボケてる方が可愛いじゃない(



京「・・・・・・先輩達、何騒いでるんすか?」
秀「須賀君! 君は手積みを知ってるよな!?」
京「え? 何ですか急に。
 そりゃ手積みくらい知ってますよ、当たり前じゃないすか」
秀「ありがとう、結婚しよう」
京「ファッ!?」
久「ファッ!?」


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アフター宮守女子編
01鹿倉胡桃 出会いと手合わせ


他の人はどんな風に書いてるんだろう?と思って探したけど、宮守女子がメインの麻雀小説がほとんど見つからない、アニメで活躍しているというのに。
阿知賀とか鶴賀とか龍門渕はあるのに何故宮守女子は無いのか。
「熊倉さんが親戚の男子に宮守女子の強化を頼んだ」とか、「トヨネさんが弟を連れてきたら麻雀部員にちやほやされる」とか、「塞のお兄さんが麻雀強くてシロにぞっこんでシロも満更でもない感じで、麻雀部の他メンバーとシロを取り合いしてる」とかいう小説読んでみたいのに。
ま、まさか、みんなは宮守女子のメンバーが嫌いなのか・・・・・・?
だったら俺が皆もらtt(
こほん。
異端が集う岩手の代表校のお話、「アフター宮守女子編」スタートです。



岩手県、とある駅。

夏にも関わらずこの辺りまで来るとなかなか涼しいものである。

夏は暑いものだという常識のある長野から来た彼にとっては、常時冷房の風に当たっているような心地よさがあった。

 

改札を出て大きなカバンから取り出したのは手紙、それをパラリと広げる。

ずーっと読み進めて行った最後の方、「迎えは出せないので目的地まではタクシーでお願いします」との文章。

なお交通費は出してもらえる模様。

 

はぁ、と小さくため息をついた彼はタクシーを捕まえて乗り込む。

 

「どちらまで?」

 

運転手の問い掛けに彼は手紙の一文を読み上げる。

 

「宮守女子高校まで」

 

その言葉に運転手は怪訝な表情で乗客を見る。

どう見ても高校生か大学生の男子。

女子高に一体何の用が?

そんな運転手の視線を知ってか知らずか、彼は逆に運転手に問いかけた。

 

「どれくらいかかりますか?」

「・・・・・・まぁ、そんなに掛からないですよ、歩いていく人もいますし」

 

おおよその時間を告げると彼はまた小さくため息をついて頬杖をついた。

 

「ちょっと疲れてるんで寝させてください」

「・・・・・・お客さん、どちらから?」

「長野です」

「そんな遠いところからわざわざどうして?」

 

興味本位に聞いてしまう。

彼としては「寝させてください」と言っておいたことだし、今のうちに寝ておきたいのだが。

 

「・・・・・・ちょっと呼び出されましてね」

 

パラリと再び手紙に目を落とす。

 

 

差出人、熊倉トシ。

 

志野崎秀介はまだその人物の事を知らない。

 

 

 

 

 

「ツモ、2000・4000。

 捲くりで終了」

 

いつものまこの喫茶店、靖子は一般客を相手に勝利を収めていた。

対戦相手に秀介を含んでいるにもかかわらず。

 

「残念、二位だ」

 

チャラッと点棒を差し出して秀介は自分の手牌を閉じる。

以前まで一方的にやられっぱなしだった靖子は、今回トップという成績にもかかわらずそれを見て不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「シュウ、お前また手を抜いてるんじゃないだろうな?

 今日も一回も100点棒銜えなかったし」

「酷いな靖子姉さん、その発言は敗者に鞭打つようなものだよ」

 

やれやれ、と秀介は背もたれにもたれかかる。

靖子は変わらず不機嫌そうなまま、しかし一拍置いて真面目な表情で問いかけた。

 

「・・・・・・三度も倒れたから、全力出すのを自重してるのか?」

「・・・・・・おや」

 

その言葉に秀介は意外そうに声を上げる。

 

「麻雀で全力を出したら倒れるとか、そう言う非科学的なこと信じてるわけ?」

「麻雀打って、非科学的なことなんざいくらでも見てきたからな」

「なるほど」

 

コップに残っていたウーロン茶をぐいっと飲み干して秀介は席を立つ。

 

「まぁ待て、シュウ」

「ちょっと休憩するよ。

 靖子姉さんもほどほどにしておいてお仕事に戻りなよ」

 

靖子はまだ不満そうだったが、それには構っていられないと言うように秀介は背を向ける。

が、靖子は構わずに言葉を続けた。

 

「お前に渡す物がある」

「・・・・・・何さ?」

 

スッと差し出したそれは折りたたまれた手紙。

筆書きの達筆な字で「志野崎秀介様へ」と書かれていた。

 

「・・・・・・何これ、誰からの手紙?」

「熊倉トシさんだ。

 お前あの人とどこで知り合ったんだ?」

 

靖子から受け取った手紙をひっくり返すと、そこには確かに「熊倉トシより」と書かれていた。

 

「・・・・・・ごめん、誰?」

 

知らないんだけど、と靖子に視線を向けると靖子はキョトンと首を傾げる。

 

「熊倉さんがわざわざ私を待ち伏せて「これを渡して」って頼まれたんだが・・・・・・てっきり知り合いかと思ったが違うのか?」

「だから誰さ、熊倉さんって」

 

秀介の言葉に靖子はその熊倉さんの特徴やら身長やらおおよその年齢やらを告げる。

が、やはり秀介は首を傾げるのみ。

 

「・・・・・・じゃあ熊倉さんはどういう意図でお前に手紙を渡したんだ?」

「知らないよ。

 とりあえず読んでみる」

 

パラッと手紙を広げた秀介は、

 

バンッ!と即座にそれを閉じた。

 

「・・・・・・シュウ? どうした?」

 

その表情は忌々しげと言うべきか、苦虫を噛み潰したような表情と言うべきか。

 

「・・・・・・靖子姉さん」

「・・・・・・ど、どうした?」

 

少しして秀介は言葉を吐き出すように靖子に言った。

 

「・・・・・・この熊倉って人のこと詳しく教えて」

「・・・・・・急にどうした? 別に構わ・・・・・・」

 

あっさりと承諾しようとして言葉を止め、靖子はフッと笑った。

 

「教えて欲しければ私に勝て」

「・・・・・・分かった」

 

手紙を懐にしまった秀介はドカッと椅子に座り、100点棒を取り出して銜えた。

それを見て靖子は嬉しそうに笑う。

 

「そうそう、そうこなくてはな」

 

 

その半荘、東三局で親の秀介が靖子に二連続で跳満を直撃させて終了となった。

さっきまでの笑顔もどこへやら、卓に倒れ込んだ靖子は魂の抜けたような表情に変わっていた。

 

 

靖子から目的の情報を聞き出した秀介はさっさと喫茶店を後にする。

そして誰も見ていない事を確認した後に、懐から手紙を取り出して広げる。

 

その最初の一文に、秀介が過剰に反応してしまった言葉が書いてあった。

 

 

 

「新木桂様へ」と。

 

 

 

 

 

「お客さん、着きましたよ」

 

その言葉に目を覚ます。

時間は短かったがやはり車内で寝るのは少し不自然な体勢になってしまったようで、秀介は金額を支払ってタクシーを降りると首を左右に動かす。

 

「・・・・・・さて」

 

まずは熊倉トシの名前を出して入校許可を貰わなくては、と校門に向かうが守衛らしき人物はいない。

龍門渕には当たり前のようにいたのだが、そう言えば清澄にはそれらしき人がいなかったなと思い返す。

となると事務室でも探さなければ。

くるりと見渡す、がどこが入り口なのか。

昇降口は見えるのだがそこに事務室があるのかが不明。

そもそも呼び出しておいて迎えはどうしたのか。

色々と愚痴っぽいものが思い浮かんだがそこは飲み込んでおく。

伊達に二度目の人生というものを経験していない。

おそらくその熊倉という人物より自分の方が年上だろうし、精神的な意味で。

とりあえず今見える昇降口へ行ってみようと一歩踏み出す事にした。

 

ザッザッと足音がしたので振り向く。

 

「・・・・・・ん?」

 

両手にコンビニの袋を下げた、白髪でだるそうな表情をした中々長身で半目の少女と目があった。

制服・・・・・・ここの生徒だろうか、と秀介はしばし少女を見続ける。

少女も見知らぬ人物に興味があるのかじーっとこちらを見続ける。

が、やがてふいっと顔を逸らして校舎に向かって行ってしまった。

 

「あ、ちょっと」

「・・・・・・何?」

 

呼び止めると振り向いてくれた。

折角出会った少女なのだ、色々聞いておきたい。

 

「部外者が中に入りたいんだが、事務室はどこか教えてもらえるかな?」

 

制服ということは高校生、最上級生でも自分と同い年だ、遠慮なくタメ口で聞く。

 

「・・・・・・」

 

少女はこちらを探るように半目で視線を送ってくる。

そしてやがて校舎の一ヶ所を指差した。

 

「・・・・・・あそこ、向こうから二番目の昇降口の横が事務室」

「そうか、ありがとう」

「・・・・・・じゃ」

 

スッと少女は行ってしまう。

あ、その前にもう一つ聞かないと、と秀介はもう一度呼び止めた。

 

「もう一つごめん、麻雀部ってどこかな?」

「・・・・・・麻雀部?」

 

相変わらずだるそうに首だけこちらに向けて少女が問い掛けてくる。

 

「・・・・・・そう、麻雀部」

「・・・・・・・・・・・・」

 

んー、と少女は眉をひそめて考え事をしているようだ。

やがて小さくため息をついて、くるっと校舎の方を向く。

 

「・・・・・・ついてきて、案内する」

「・・・・・・ありがとう」

 

速くは無く、しかし遅くも無く、なんとなくゆったりとした歩きで少女は校舎に向かい始めた。

秀介もそれに続く。

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・だる・・・・・・」

 

そんな呟きが聞こえた。

 

 

 

 

 

事務室で許可を貰い、少女に案内されるまま学校内を歩く。

今日は休日、誰ともすれ違わない。

外で運動している部活の声が聞こえる程度。

 

のどかでいいところだな、などと秀介は考えていた。

 

やがて一室の前に立ち止まり、少女はそのドアをおもむろに開ける。

 

「おかえり、シロ」

 

中から声が聞こえた。

 

「・・・・・・ただいま」

 

ここが麻雀部の部室か、と秀介も続いて入る。

 

「失礼します」

 

麻雀卓も椅子もある、どうやら部室に間違いなさそうだ。

案内してくれた少女はコンビニの袋を近くのテーブルに置くと、備え付けのソファーに座りぐったりともたれかかった。

 

「・・・・・・ダルかった」

「お疲れ」

 

中にいた少女がシロと呼ばれた少女に声をかけた後、秀介の方に向かってくる。

赤っぽい髪をお団子状に頭の上でまとめた片眼鏡の少女だ。

 

「どちら様でしょうか?」

「熊倉さんに呼ばれて参りました、志野崎秀介と申します」

 

そう言って秀介は折り畳まれた手紙の裏側の「熊倉トシより」という文字を見せる。

 

「話には聞いています、遠いところからわざわざようこそ。

 私は臼沢塞と申します」

「こちらこそ、よろしくどうぞ」

 

お互いにぺこりと頭を下げた。

しっかり者だな、と思いつつ秀介は先程の少女の方に視線を向ける。

 

「・・・・・・あー・・・・・・」

 

相変わらずダルそうだったが、ソファーにもたれるのは止めてくれたようだ。

 

「・・・・・・麻雀部の小瀬川白望です・・・・・・よろしく・・・・・・」

「ああ、よろしく」

「・・・・・・麻雀部と黙っていて済みません・・・・・・ダルかったもので・・・・・・」

「いや、予想付いてたから」

「・・・・・・そう・・・・・・」

 

返事をするとすぐにまたぐったりとソファーにもたれる。

悪く言えば客に対してこの態度、良く言えばいつでも自然体と言ったところか。

 

「どうぞ、座ってください」

 

塞と名乗った少女に従い、秀介は近くの椅子に腰かける。

持ってきた荷物は床にドサッと降ろした。

 

「今お茶でも入れますね。

 シロ、お菓子ありがとう。

 レシート出しておいてくれれば後で熊倉さんが立て替えてくれるって」

「・・・・・・んー・・・・・・家から持ってきた奴だから、別にいい・・・・・・」

 

塞の言葉にシロはぐったりとしたまま答えた。

その返事に塞の動きがぴたりと止まる。

 

「・・・・・・シロ、何でコンビニで買ってこなかったの?」

「・・・・・・ダルかったから・・・・・・」

「・・・・・・シロの家ってここからだとコンビニより遠くなかったっけ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

その言葉にしばし沈黙し、シロはやはりぐったりしたまま答えた。

 

「・・・・・・考えるのがダルい」

「移動の労力は気にしないんだ・・・・・・。

 まぁ、多分熊倉さんの事だから出してくれると思うけど・・・・・・」

 

やれやれとため息をつきつつ塞は秀介にお茶を差し出した。

 

「どうも」

 

ぐいっとお茶を一口。

中々いいお茶だ。

そう思っていると部室のドアがガチャリと開かれた。

 

「タダイマ、デス」

 

そして入ってきた金髪の少女と目があう。

途端、タタタッと壁の影に隠れられた。

 

「どうしたの? エイちゃん?」

 

外からまた別の少女の声が聞こえる。

 

「え? 知らない男の人がいる? 女子高なのに? きっと不審者だね! 任せて!」

 

キュッキュッと何かの音が聞こえた後、そんな声が聞こえた。

そして締まりかけていたドアが再びバーンと開く。

 

「不審者! 大人しくここから出て行きなさい!

 あ、待って! 警備の人を呼ぶから待ってて貰った方がいいのかな?」

 

何やらちっこいのが入ってきた。

そのちっこいのの背中に隠れるように先程の金髪の少女が入ってくる。

当然隠れきれていない。

 

「ともかく覚悟!」

 

何か良く分からないがそのちっこいのがビシッと秀介に指を向けた。

 

「・・・・・・」

 

それを受けて秀介はとりあえずまた一口お茶を飲み、それを近くのテーブルに置いて一息つく。

そしてバッと立ち上がり、適当なポーズをとった。

 

「フハハハ! バレてしまっては仕方がない!

 お前の相手はこの俺、麻雀の神に愛されしヒーロー、大三元戦隊(チュン)レッドが相手だ!」

「大三元戦隊中レッド!? ぐぬぬ、どうりで只者じゃないと思った!」

 

ちっこいのも負けじと適当なポーズで対抗する。

 

そしてそんな様子を塞が「いやいや」と突っ込み切れずに見守っていた。

 

実にダルい。

 

 

 

「どうも初めまして、鹿倉胡桃です」

「ハ、ハジメマシテ・・・・・・Aislinn(エイスリン) Wishart(ウィッシュアート)デス・・・・・・」

 

ペコリと二人が頭を下げるのに合わせて秀介も挨拶をする。

 

「初めまして、大三元戦隊中レッドこと志野崎秀介です」

「その設定引っ張るんだ」

「何と言うか・・・・・・そんな感じの空気だったのでやってみた。

 普段はあんなじゃないんだけど」

 

決して恥ずかしがっているわけではなさそうな立ち振舞いで秀介はそう告げる。

あれから胡桃の方は勘違いだったことに気づいてそそくさと態度を改め、秀介もそれに合わせて悪乗りを止め、互いに自己紹介したという状況だ。

 

「それで」

 

秀介はスッと手紙を取り出して一同に問いかける。

 

「肝心の熊倉さんはまだですか?」

「トヨネを迎えに行ってるから、もう来てもおかしくない時間なんですけどね」

 

秀介が貰ったという手紙を見れば呼び出したのは熊倉先生の方、にもかかわらずその本人が未だに現れずお客さんを待たせてしまっている状況だ。

これはよろしくないと塞が申し訳なさそうに頭を下げる。

もちろん秀介は手紙を完全には渡さずに、呼び出したという所だけを見せた。

でないと「新木桂」の名前からどのようにどんな話が広まるかが分からないからだ。

ましてや自分が「新木桂」だ、などと名乗るわけにもいかないし。

 

「・・・・・・とにかく麻雀部に呼び出されたってことは麻雀すればいいんじゃない?」

 

シロが相変わらずソファーに寄りかかりながらダルそうにそう言う。

目的は分からないが一理ある、と塞もそれに頷く。

 

「肝心の熊倉先生がいないけど、とりあえずそうしてみましょうか」

 

そう言ってガシャッと山を崩して{東南西北}を取り出し、裏返して軽く混ぜる。

 

「さ、まずはお客さんである志野崎さんからどうぞ」

 

スッと塞は当然のようにそう進めてくる。

胡桃もエイスリンも同様だ。

 

「・・・・・・」

 

どの牌が何かが分かってしまう秀介としては断りたかったのだが仕方なく、スッと一枚引く。

それに合わせて塞、胡桃、エイスリンが牌を引く。

 

「・・・・・・そちらの、小瀬川さんはやらないのかい?」

「・・・・・・・・・・・・ダルいんで」

 

ずっとそれか、と秀介は苦笑いで引いた牌を表にする。

 

「{北}」

「私が{東}」

「私が{西}だね」

「{南}、デス」

 

 

親順

 

塞→エイスリン→胡桃→秀介

 

 

山を崩して全員が席に座る頃には新たな山が現れる。

 

「では、手合わせ願いましょうか」

「よろしくお願いします」

「ヨロシク、オネガイシマス」

 

三人の挨拶を受けて、秀介は深呼吸した後に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

一台の車が宮守女子高校を目指して走っている。

距離は後10分もしないうちに到着するだろうと思われる辺りだ。

一人は年配で背は低く、もう一人はまだ若くおしゃれな帽子をかぶり背がものすごく高い。

秀介をここ宮守女子に招いた熊倉トシと、その熊倉が迎えに行ったというトヨネこと姉帯豊音である。

 

熊倉はチラッと時計を見る。

 

「・・・・・・少し遅れてしまったかしらね。

 彼の方が遠いところから来ているというのに遅れてしまうとは申し訳ないわ」

 

そんな呟きに、それまで上機嫌そうだった豊音の雰囲気がどよーんと落ち込んだ。

 

「・・・・・・ごめんなさい、私がこっちに移れればいいんだけど、そう言うわけにもいかなくて・・・・・・」

 

それを見て熊倉も「あらあら」と慌てる。

 

「こちらこそごめんなさい、あなたのせいだって言いたいわけじゃないのよ。

 始発バスと始発電車でこの時間だったんでしょう?

 むしろそんな無茶をさせてこちらこそ悪かったわ。

 お互いにごめんなさいってことで、この話は終わりにしましょう」

 

笑顔でそう言うと豊音の表情もいくらか柔らかくなる。

そして話題変更の為に、と新たな話を振るのだった。

 

「ところで、その志野崎秀介ってどんな人なんですか?」

 

わざわざ麻雀を打ってもらう為に熊倉が呼び寄せたというその人物、豊音は興味ありげに楽しそうに聞いた。

 

「そうねぇ、うーん・・・・・・」

 

少しばかり思い悩み、熊倉は告げた。

 

「義理堅いし頭もいい、でもわりと自由気ままでたまに子供っぽいところを見せる。

 彼を知っている人は敵であってもみんな彼に憧れたわ」

「へぇー」

 

わくわくという気持ちが伝わってくるような満面の笑顔で豊音は聞き入る。

そしてそんな反応を見て熊倉も楽しそうに笑うのだった。

 

「それからもう一つ、彼には面白い癖があるの」

「癖?」

 

首を傾げる豊音に熊倉は告げた。

 

 

「100点棒を銜えるのよ」

「なんで?」

「タバコの代わり」

 

 




熊倉さんマジ策士。
秀介さんマジキャラ崩壊(


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02Aislinn Wishart からかいと記憶

説明しよう!
(チュン)に愛された男、志野崎秀介は手元に来た中を額に掲げ「変身ッ!」と叫ぶことで、大三元戦隊(チュン)レッドに変身することができるのだ!
その効力は!

1.無駄ヅモが無くなる!
2.聴牌したら必ず一発でツモる!
3.リーチ、カンがあったら必ず中がドラになる!
4.中を逆さまに捨て「中ビーム!」と叫ぶことで、対面の手を封殺することができる!
  封殺された手牌は燃え上がりあまりの熱さに触れることが出来なくなり、相手は手牌を晒すことが出来ないので鳴くことも上がることもできず、ツモ切りしかできなくなる!
5.変身時間は一局で、変身する度に中を一つ消費する!
  すなわち半荘で4回しか変身できない!
6.中を消費する度に手元に「中カウンター」が1つ溜まる!
  中カウンターを消費することで、他家のツモ上がり、ロン上がりに割り込んで手牌を封殺することができる!
  封殺された手牌は以下略!
7.もしも変身した半荘で敗北した場合、大三元戦士としての資格を失い、二度と変身することが出来なくなる!

新番組! 三人揃って正義の印! 麻雀戦士! 大三元戦隊白發中!!!
いくつもの(戦場)を巡り、彼らは何を思い、何を成すのか!
20××年4月×日(日)、朝7:30から放送!

↓以下、温度差がある本編開始(



東一局0本場 親・塞 ドラ{②}

 

(・・・・・・おや?)

 

秀介は配牌を受け取りながら、その後のツモの流れに目を向ける。

 

秀介配牌

 

{一二三四五七③⑥⑧267西中}

 

言い出しっぺは自分だったわけだが、そのあまりの偶然に声をあげて笑いたくなる。

突然そんな事をするわけにもいかないのでそれは抑えたが。

 

塞の第一打は{南}。

エイスリンと胡桃の第一打は{北}。

特に不思議は無い、ごく普通の打ち方だ。

秀介は第一ツモに手を伸ばしながらフッと笑った。

牌を入れ替えていなくてもその牌が手元に来ると分かったから思わず笑ってしまったのだ。

 

(・・・・・・今回はこれで行くか)

 

初対面だから通用する、この宮守女子メンバーをどうやって()()()()かが決まった。

 

4巡目。

 

塞手牌

 

{二二三①③⑤⑧13(横中)3378}

 

上手くツモが噛み合えば三色まで伸ばせそうな手牌だ。

とりあえず今ツモってきた{中}は不要なのでそのまま切る。

 

「ポン」

 

秀介から声が上がった。

 

({中}ポン・・・・・・?)

 

む?と少しだけ怪訝な表情を浮かべる塞。

別にただの役牌ポン、本来なら気にすることは無いのだが。

 

そして8巡目。

 

「ツモ」

 

あっさりと秀介がツモ上がった。

 

{一二三(ドラ)③④⑤⑥77} {中中横中} {(ツモ)}

 

「中ドラ1、500(ゴッ)1000(トー)

 

 

 

東二局0本場 親・エイスリン ドラ{六}

 

秀介 27000

 

{南八9東②一7東一九①2②}

 

今回は入れ替えが必要のようだ。

それも2牌。

配牌は受け取ったまま開けていない、裏向きのままだ。

そして山にまだその牌が3牌ある事を確認すると、小さく息をつき、それらを入れ替えた。

完了したところで配牌を起こし整理する。

 

{一一八九①②②79東東中中}

 

エイスリンの第一打は既に切られてしまったが、その次の胡桃の第一打には間に合った。

パシッと切られた{中}に、秀介は手牌の一部を倒して声をあげる。

 

「ポン」

 

カシャッと牌を晒して{九}切り、ペンチャン整理だ。

 

(・・・・・・また{中}ポン・・・・・・)

 

胡桃は変わらぬ表情のまま秀介の手元に視線を向ける。

その後も鳴きを入れて手を進め、対面のエイスリンから切られた{8}に手牌を倒す。

 

「ロン」

 

{②②67東東東} {横一一一横中中中} {(ロン)}

 

「東中、2600」

「・・・・・・ハイ」

 

点棒を受け取るとさっさと手牌を崩し、卓の穴に流し込んでいく秀介。

その様子を見ながら胡桃は、むぅ~と少しだけ眉をしかめる。

 

(大三元戦隊中レッド・・・・・・さっきの自己紹介、あながち嘘じゃなかったのかな?)

 

突っ込みどころ満載の自己紹介を真正面から受けた胡桃、それだけに反応は誰よりも早かった。

 

 

 

東三局0本場 親・胡桃 ドラ{2}

 

7巡目。

 

「リーチ」

 

この局も秀介の先制となった。

 

捨牌

 

{⑨東南九⑤1} {横一(リーチ)}

 

(リーチかぁ・・・・・・)

 

胡桃 24500

手牌

 

{三七八④[⑤]⑥⑧⑨4(横8)79西西}

 

チラッと秀介の捨て牌に目を向ける。

 

(・・・・・・今までは鳴きで確定していたけど、今度は待ちに絡んでるのかな?

 そうなると・・・・・・あんまりスジとか当てにできないなぁ)

 

胡桃は一人そんな事を考えながら安牌の{⑨}を切り出す。

それからすぐに秀介が上がるわけでもなく、三人も振り込みは避けようと牌を打って行くという膠着状態が続いた。

 

そして12巡目。

 

(・・・・・・ア・・・・・・)

 

エイスリンに聴牌が入る。

 

エイスリン 21900

手牌

 

{七八九①①②④[⑤]⑦(横⑨)⑧567}

 

{②}切りで平和赤の聴牌。

リーヅモと裏が絡めば満貫だ。

まだ東三局とは言え現在最下位のエイスリン、できればここで上がっておきたいが。

 

(リーチ・・・・・・ドウシヨウ・・・・・・?)

 

リーチをかけなければツモっても平和ツモ赤で700・1300。

上がれば一先ず2位になれるが、秀介との点差はそれほど詰まらない。

エイスリンの和了率を持ってすれば安手でも最終的に逆転はできるだろうけれども。

チラッと対面の秀介に目を向ける。

リーチから5巡、まだ手を倒す様子は無い。

待ちが悪いのだろうか。

それなら勝負に行く価値はある。

 

(ナラ・・・・・・イキマショウ)

 

和了率が高いエイスリン。

そんな彼女が上がれる時に毎回極力リーチをかけて点数を稼ぐようにしていれば、必然他家の逆転の目は無くなってくる。

麻雀歴が短い分、そう言う決断は単純な損得勘定で動いても構わないだろう。

 

「リーチ、シマス」

 

{②}を切って千点棒を取り出す。

エイスリンの「能力」をよく知っている塞達は、このリーチでこの局を上がるのはエイスリンだと思った事だろう。

 

(・・・・・・出て来たか)

 

秀介が今まで上がりを待っていた目的が、その1000点棒にあるとは思わずに。

 

「ツモ」

 

次巡、あっさりと秀介はツモった。

 

{三四五五六七②②789中中} {(ツモ)}

 

「リーチ中ツモ、1000(いち)2000(にー)

 

エイスリンはリーチ棒を攫われて早くも2万点割れ。

一方の秀介はこの上がりで早くも3万を超えた。

だが問題はそこでは無い。

 

(エッ!?)

 

エイスリンに限らず、宮守メンバーは揃って表情を変える。

 

({②と中}のシャボ待ち!?)

(リーチノトキ、キッタケド・・・・・・!?)

(エイちゃんの切った当たり牌{②}を無視してツモ・・・・・・?)

 

秀介とエイスリンの差はこれで14700。

エイスリンの和了率ならもしかしたらここまでトップから引き離された経験は珍しいかもしれない。

少しばかり顔をしかめた。

塞と胡桃もそんなエイスリンの表情が珍しいのか、心配そうにしている。

 

(エイスリンがここまで削られるのか)

(この人・・・・・・熊倉先生が呼んできただけの事はあるね!)

 

チラッと秀介に視線を向けながらそんな事を思う二人。

だがそう怖い事ばかりでは無い。

何せここまでくれば彼の能力は明白なのだから。

 

(・・・・・・ここまで志野崎さんの上がりには全て{中}が絡んでいる)

(毎回{中}が上がり役に絡む能力、なのかな?

 エイちゃんの上がり牌をスルーしたところを見ると、逆に必ず{中}を絡めて上がらなきゃいけない制限とかありそうだね!)

 

だとすれば対策はできる。

{中}を手にしたら絶対に手放さないようにすればいいのだ。

仮に誰かが{中}を二枚押さえれば、もう秀介の手役に{中}が絡む事は無くなる。

全員がそれを徹底すれば秀介が上がる事はできなくなるだろう。

 

(ヤラレッパナシデハ、イラレマセン!)

 

エイスリンも今のでそれを把握している。

故にぐっと拳を作ってここからの反撃を胸に誓うのだった。

 

 

もちろんそう言う思考に至るというのは、秀介の思い通りに他ならないのだが。

 

 

 

東四局0本場 親・秀介 ドラ{9}

 

秀介 34600

配牌

 

{一四②⑦25888西北北白} {中}

 

(さて、これだけ偏らせて上がっていれば、そろそろ警戒する頃だろうな)

 

ひたすらに{中}絡みで上がって意識をそちらへ振る。

これは「能力」だとか「特性」だとかいうものに理解がある人間ほど容易く引っかかることだろう。

ましてやデータの無い初対面、罠にかかるのも仕方がない。

そうしておいて後から別のところで狙い打ちをするのが常套手段。

なのだが。

 

(・・・・・・肝心の熊倉って人が来てないからな。

 今回はこのまま、からかい続けさせてもらおうかな)

 

秀介は小さく笑い、{8}を切り出した。

そして、7巡目。

 

「リーチ」

 

捨て牌が横向きになる。

 

秀介捨牌

 

{8白一西⑦東} {横2(リーチ)}

 

(リーチ・・・・・・また{中}待ちか・・・・・・?)

 

塞の手には既に{中}が一枚。

切らずにいることで手の進行の妨げになってしまっているが、秀介がまた{中}のシャボ待ちを選択していたとしたら待ち牌の一つを握り潰している事になる。

とりあえず切ったのは安牌。

そして次巡。

 

塞 23000

手牌

 

{六七八九②③④⑥⑦(横中)355中}

 

(よし、重ねた!)

 

{中}対子、これでもう秀介の手役に{中が}絡む事は無い。

頭にすれば平和は消えるが上がり自体はまだ目指せる。

 

(熊倉先生が呼んできてくれたお客さんとはいえ、そうそういつまでも好き勝手はさせられない。

 それに私達も・・・・・・)

 

塞は{九}を切り出す。

 

(格好悪いところばかり見せるわけにはいかない!)

 

そして2巡後。

 

{六七八②③④⑥⑦35(横4)5中中}

 

塞も聴牌に至る。

今更引くわけがない。

 

「リーチ!」

 

1000点棒を出して勝負だ。

 

(さァ、めくり合いと行こうじゃないか!)

 

秀介に視線を向けてフッと笑って見せる。

その挑発的な視線に秀介も笑って返し、

 

「ツモ」

 

次巡あっさりと上がり牌を引いた。

 

(あら?)

 

勝負になるかと思った矢先にそれか。

やれやれと塞は秀介の手牌に目を向ける。

 

(・・・・・・え? ちょっと待って?)

 

ツモを宣言し秀介が晒したツモ牌に視線が釘付けになる。

何故ならその牌は、塞が二枚押さえている{中}だったからだ。

手牌を改めて確認するが間違いない。

 

(私が{中}を二枚押さえているのに{中}ツモ上がり!?)

 

一体どんな手牌・・・・・・!?と倒された秀介の手牌を確認した。

 

{四四②②5588西西北北中} {(ツモ)}

 

「リーヅモ七対子、裏無しで3200オール」

 

{中}は手役では無く単騎待ち!

 

(まさか・・・・・・役にならなくても待ち牌ならツモれるのか!?)

 

てっきり{中}が役に絡むように打ってくると思っていたのに。

いや、逆にその程度の相手を熊倉先生がわざわざ呼んだと考えたのが浅はかだったか。

塞は小さく息をつく。

 

(・・・・・・? サエ・・・・・・ナンカドウヨウシテル?)

 

そんな塞の様子が気になったのか、エイスリンが小首を傾げながら様子を見ている。

すぐに塞ははっとした。

 

(まずい、私が{中}を二枚抱えている事は私しか知らない。

 かと言って今分かった情報を口頭で伝えるなんてマナー違反だし・・・・・・)

 

少し考え、塞は自分の手牌をジャラッと公開した。

 

「??」

 

胡桃もエイスリンも思わずそちらに目を向ける。

秀介の眉がピクッと跳ねた。

 

「いやァ残念、上がれませんでしたか。

 {中}は二枚押さえてたんですけどね」

 

塞はそんな事を言ってすぐにパタンと手牌を伏せる。

今まで塞がそんな動作を見せた事など無い。

だから二人はすぐに感づいた。

 

(サエノテハイ、{中}ガアッタンダ・・・・・・)

(私も手役に{中}が絡むものだと思ってたけど。

 なるほど、残り牌の枚数が一枚だろうが{中}なら引けるんだね!)

 

二人の表情から言いたいことが伝わったらしい事を察し、塞は一息つく。

そして秀介にも視線を向けた。

 

(・・・・・・それから、追いかけだろうが先制だろうがリーチをかけたら直後に上がられるという事態が続いている。

 豊音と逆・・・・・・追っかけられたら上がるってことかな。

 もしかしたら彼の「特性」は{中}絡みだけじゃないのかもしれない)

 

そうと分かれば対策が打てるぞ、と塞も改めて気合いを入れ直した。

 

 

(・・・・・・なんて事を思ってるんだろうなぁ)

 

秀介は一人笑いながら100点棒を脇に積む。

 

 

 

東四局1本場 親・秀介 ドラ{八}

 

秀介 45200

配牌

 

{二二四五⑧⑨2356東西白}

 

(・・・・・・今回は、ちょっと工夫しないとダメかな)

 

ちらっと視線を向けた先は胡桃。

 

胡桃 19300

配牌

 

{三七八⑤⑥⑧1225北中中}

 

(よし、配牌で{中}二枚!)

 

フフンと胡桃は自慢げに笑っていた。

 

(・・・・・・まぁ、対策された時の対策は用意してあるがね)

 

それを実行する時が来たか、と秀介は{西}を切り捨てる。

そして、7巡目。

 

「リーチ」

 

{西東3⑨8九} {横⑧(リーチ)}

 

秀介はリーチを宣言した。

そんな秀介に胡桃は、むぅと顔をしかめる。

 

({中}は二枚押さえてるけど・・・・・・またさっきみたいに上がられちゃうかな?)

 

そして二巡後、胡桃の元にもう一枚それが舞い込む。

 

(おや?)

 

{七八九⑤⑥⑦⑧12(横中)35中中}

 

(三枚目だ)

 

{中}暗刻、聴牌だ。

ちらっと秀介に視線を向ける。

 

(これは・・・・・・上がり牌を抑えたってことでいいのかな?)

 

秀介の待ちが先程と同じ{中}単騎だとしたらこれで上がり目0だ。

{中}のみに支配が及ぶのなら、逆にその分支配力は高そうなものだが。

 

(・・・・・・思ったより強い能力じゃないのかな?

 それとも短期決戦用の能力で、もう息切れしちゃったとか?)

 

そんな事を思いながら{5}を切って聴牌にとる。

リーチはかけない。

次巡、胡桃がツモったのは{⑦}。

おしいおしいと思いながらそれをツモ切りした。

直後。

 

「ツモ」

 

秀介がツモ上がった。

 

(え? ちょ・・・・・・)

 

{中}は自分が三枚押さえている。

にもかかわらずツモ上がり?

まさか・・・・・・国士無双!?

 

(だったらなんでリーチかけたの!?)

 

思わず秀介の手牌に注目する。

 

 

{二二三四五234456白白} {(ツモ)}

 

 

「リーヅモ白」

 

(ええっ!?)

(はァ!?)

(!?!?)

 

胡桃に限らず、塞もエイスリンも声をあげるところだった。

{中}は!? {中}はどこに行ったの!?と言わんばかりに慌てふためく。

{中}を警戒していたのに、実際は{中}が無くても上がれる・・・・・・?

 

(まさか・・・・・・今までのは全部フェイクだったのか!?)

 

騙された!と悔しがる塞に秀介は言った。

 

「裏ドラ、めくって貰えますか?」

「・・・・・・はい」

 

塞は大人しく目の前の王牌から裏ドラを抜き出して表にする。

 

現れた牌を見て全員が表情を変えた。

 

(・・・・・・こ、ここかぁ!!)

 

{中}はそこにいた。

 

「裏3、6000オールの1本付け」

 

({中}・・・・・・そんな風にも使えるんだ)

 

胡桃もむぅと顔をしかめる。

この上がりで秀介の得点は6万を超えた。

一方最下位のエイスリンはギリギリ1万を超えている程度。

もう2局ほど同じ展開を繰り返せばもはや秀介の勝利で終わるだろう。

 

だが秀介は小さく息をついて、全く反対の事を考えていた。

 

(ここまで使()()()のは「23」。

 さすがに偏らせすぎたか。

 これから何があるか分からないし、これだけ挑発したのに彼女達()()は一切何の能力も見せてこない。

 腰が重いのか俺が気づいてないのか、あるいはそう言うモノを持っていない一般人だったか。

 この点差もあるし・・・・・・)

 

新しい山が現れると、秀介は賽をカラララと回す。

 

(店仕舞いさせて貰おうか)

 

 

(どうする・・・・・・?)

 

一方塞は思わず顔に手を当てていた。

 

(・・・・・・塞ぐか?)

 

秀介の店仕舞いを知らずに塞はちらっと秀介に視線を向け、しかしすぐに首を横に振った。

 

(これに頼ってばかりじゃダメだ。

 {中}絡みの能力だってことは分かってるんだし、「これ」無しで勝負して勝てるようにならないと)

 

せっかく熊倉が呼んでくれたゲスト、能力で「塞いで」追い返すというのも気が引ける。

まぁ、だからと言って。

 

(一方的にやられていい気はしないけどね!)

 

フンッ!と塞は秀介に続いて配牌を取り始める。

 

 

ここで「塞がなかった」という決断が、後に彼女をどういう事態に追い込むかを彼女は知らない。

もし知っていたらここで一先ず塞いでいた事だろう。

 

後にメンバー全員が揃った前で、意識を失いかけるほどのショックを受ける事になると知っていれば。

 

 

この局、秀介はあっさりと塞に振り込んだ。

いや、正確には差し込んだと言うべきか。

 

「ロン」

 

{一二三四①②(ドラ)4[5]6南南南} {(ロン)}

 

「リーチ南ドラ1赤1、裏1で8600」

「はい」

 

チャラッと点棒を渡して秀介はさっさと手牌を伏せる。

塞は晒した自分の手牌に視線を落としていた。

 

(・・・・・・裏ドラ表示牌は{三}。

 {四}で上がってたらもう一本追加で跳満だったのか・・・・・・)

 

そこまで見切って差し込んできたのか?と思いつつ、いやまさかとその考えを切り捨てた。

 

(ともかくこれで少し差は詰まった。

 出来るだけ直撃を狙いつつツモでも構わずに上がって行くようにしようか)

 

そして秀介はその差し込みを切っ掛けに、南場では完全に静観して彼女達の上がりを見守った。

手牌が分かる秀介が大物手に振り込むわけもないし、喰いずらしたりして上がり牌を他家に回したり安目をツモらせたりするのも出来る。

危なげなく局を消化していった。

そして。

 

 

 

南四局0本場 親・秀介 ドラ{三}

 

「ウゥッ・・・・・・ツ、ツモ、デス」

 

{一二(ドラ)④④⑤⑥⑦⑦⑧⑨[5]6} {(ツモ)}

 

「リーヅモピンフドラアカ、ウラ1。

 3000・6000デス」

 

試合はエイスリンの上がりで終わりとなった。

 

 

秀介    37200

塞     25400

エイスリン 24900

胡桃    12500

 

 

 

一番秀介に点数が近かった塞には手が入らない様子で降り打ち、胡桃も珍しく渋い表情で手は入っていないらしい。

それに対して秀介が早々に一副露で好調な様子。

そんな様子を見せられては逆転狙いで手作りなんて難しい。

元々3万点以上離れていたエイスリンと秀介の点差は倍満直撃でなければ逆転できなかったのだが、平和手になってしまったこの手はどんなに頑張ってもリーチ一発平和ドラ赤裏2で跳満止まり。

本来ならやりたくなかった上がりだが、最後に秀介に上がられて更に引き離されて終わるよりはマシと考え、泣く泣く上がりを取ったのだ。

 

「ありがとうございました」

「・・・・・・ありがとうございました」

「アリガトウゴザイマシタ」

「お疲れ様でした」

 

結局逆転には届かず、宮守メンバーは悔しげに挨拶をするしかできなかった。

特にエイスリンは自分の思い描いた展開を悉く崩され、半分涙目であった。

 

(・・・・・・ゼンゼン・・・・・・アガレナカッタ・・・・・・ふぐっ・・・・・・)

「エイちゃん・・・・・・」

 

見かねた胡桃がその肩をポンポンと叩いて慰める。

 

一方の秀介は後半(けん)に回ったことで収穫があった。

能力を使っていたらしい彼女に関してのみであるが。

 

(対面・・・・・・ウィッシュアートさんって言ったな)

 

たどたどしい日本語で話す愛らしい金髪の少女。

 

(・・・・・・あれは能力っていうのかな。

 どちらかといえば・・・・・・)

 

才能というかなんというか。

多分分類としては秀介寄りでは無く。

 

(・・・・・・城ヶ崎寄りだな)

 

彼女の配牌とツモを見て行くと毎局必ず、遅くても13巡目までに聴牌に至る。

それは手成りで打っているだけに見えるが、その打ち方とツモが毎回必ず噛み合い、必ず聴牌に至るのだ。

途中で鳴きが入るのを考慮したとしても。

東四局で2本場まで積んでそれ以降連荘は無かったので、この半荘で打ったのは10局。

その10局で毎回必ず同じ現象が起こっていればそれはもう偶然では片付けられない。

それが彼女の能力なのだろう。

 

もう少し早い巡目で高い手が入っていればかつての城ヶ崎に匹敵する。

だが彼女が城ヶ崎の血を引いている可能性はあるまい。

日本人である城ヶ崎の孫とかなら、もう少し日本語がスムーズに話せていいはずだ。

また他家が聴牌を目指して入れた鳴きに対してはツモが対応していたが、秀介が意図してずらした鳴きには対応できていない。

そんなところも、城ヶ崎らしくない。

まだ力が目覚めていない、というよりは完全に血筋では無いのだろう。

 

少しばかり残念に思いながら秀介は席を立った。

そこでふと、先程までソファーに座っていたはずのシロと呼ばれた少女が卓を見学するように立っている事に気付いた。

 

「・・・・・・シロ、珍しいね。

 人の卓を見学するなんて」

「ん・・・・・・ちょっと気になって」

 

塞の言葉にそう言ってじっと卓を見つめるシロ。

 

(・・・・・・彼女も何かあるな)

 

秀介はそんなシロにちらっと視線を向ける。

対局していないにもかかわらず何かを感じさせる打ち手。

となれば中々の強者だと予測できる。

 

それはそうと、と秀介は部室のドアに目を向けた。

 

(・・・・・・来てるな、誰か)

 

おそらくこちらも麻雀が強い誰か。

もうしばらくすればドアを開けて入ってくるだろう。

 

(・・・・・・ここまで明確に分かるのは珍しいな。

 よっぽどの強い打ち手か・・・・・・もしくは・・・・・・)

 

ガチャリ、とドアが開いたので思考を中断する。

さて、入ってくるのは誰か。

と言っても決まっている。

秀介を呼び出した熊倉という人物だろう。

 

「遅れてごめんなさいね」

「おはよー、みんな」

 

背の低い年配の女性と、その後ろから長身の女性が入ってくる。

 

「あ、トヨネおはよう」

「・・・・・・熊倉先生もおはようございます」

 

一早く胡桃が立ち上がって出迎える。

塞もエイスリンもそれに続いた。

そんな様子を見て熊倉と呼ばれた年配の女性は「あらあら」と表情を変える。

 

「皆、ちょっと元気無いかしら」

 

そう言いつつちらっと視線を秀介に向けた。

 

(・・・・・・彼にヘコまされたのかしら?)

 

だとしたら、それはそれで予定通りではあるのだけれど。

 

(程度によるわね)

 

そう思いつつニコッと笑いかけた。

 

「初めまして、あなたが志野崎秀介さんね」

 

それを聞いて一同がキョトンとする。

 

(・・・・・・ハジメマシテ?)

(知り合いじゃない・・・・・・?)

(え? じゃあ何で呼んだの?)

 

宮守女子メンバーが五人揃って秀介と熊倉を交互に見る。

 

(・・・・・・おや?)

 

一番に秀介の様子がおかしい事に気付いたのはシロだった。

今まで卓についていて余裕ありげに三人を弄んでいた表情とはまったく異なる、

驚愕に染まった表情。

 

その通り、秀介は今驚いていた、とてつもなく。

 

視線の先にいるのは今しがた入ってきた人物。

 

 

 

ずいぶんと昔の記憶、大分色あせたがはっきりと覚えている事もある。

 

その笑顔と、朗らかな空気と、

 

それに反した強力な麻雀の打ち方。

 

その姿と、今の目の前の人物が重なる。

 

 

(・・・・・・似てる・・・・・・!)

 

 

『ねぇ、お兄さん』

 

 

彼女の名前は何と言ったか。

 

 

『私と麻雀しましょう?』

 

 




秀介さんマジ策士。
まぁ、秀介の能力がズバ抜けて応用利き過ぎるのは認めますが。
ちなみに胡桃の「毎回ダマで聴牌気配を知らせない」という能力らしいものは、牌が見える秀介相手に何の効力も発揮しておらず、塞同様最後まで能力を見せなかったなぁ程度に思われてます、残念。

なお「大三元戦隊白發中!!!」はまず連載しません(


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03熊倉トシ 過去と現在

宮守女子と言えば4コマ漫画の咲日和。
あのだるーっとしたゆるやかーな空気がたまらん。
公園でみはるんと池田ァ!が遊んでるのも好きですけど。
他にも怜が「共食いになるな」フフッて笑ってるやつとか。
あ、あとねぇ(



「・・・・・・すまないね、もう一度言ってもらえるかな?」

 

普段温厚な彼としては珍しく、明らかにイライラしているなと分かる様子で彼は告げた。

 

「そ、その・・・・・・申し訳ございません。

 こちらの手違いで既に予約が入っている部屋にお客様の予約を入れてしまいまして・・・・・・。

 本日に限り他の部屋もすべて満室で・・・・・・も、申し訳ございません!」

 

がばっと頭を下げるフロントの男性。

いざとなれば彼の知り合いを通して圧力をかけて無理矢理宿泊することも不可能ではないが、こんな些細なことで借りを作るのは遠慮したいし、何よりどうゴネてもこのホテルと遺恨を残すに違いない。

このホテルの宿泊客専用の食事は非常に美味だと聞いていたから楽しみにしていたのだが。

大きくため息をつきながら仕方がないかと流すことにする。

 

「・・・・・・ま、ミスがあったのは仕方ないとしよう。

 で、どうするつもりだい?」

 

ミスがあって宿泊できなかったのは――まぁ、もちろん文句はあるのだが――過ぎたこと。

重要なのはその後どうしてくれるのかだ。

宿泊が出来ない時にこのホテルがどういう代案を出してくるのか、それで評価も変わろうというもの。

既に支払ってある分の料金を全額返すのは当然として、代わりに近場のホテルに連絡して部屋を手配してくれるところまでやってもらえればとりあえず文句は無いところだ。

ついでにそちらの宿泊費も出してくれたり手土産の一つでも持たせてくれれば、予定がぎっちり入っている身ではないわけだし、後日改めて泊まらせてもらうことも検討できるというもの。

 

「は、はい、ホテルではないのですがこの近くの宿に連絡して部屋を押さえさせて頂きます。

 事前にお支払頂いた分の料金は全額返金致しますし、こちらからその宿まで車を出させて頂きますので・・・・・・」

 

まぁ、及第点か。

一先ずそれでOKを出し、決まったら連絡をくれと告げてホテルのロビーで無料のコーヒーを何杯か頂き、時折タバコも吸いながら待つことにした。

ついでにケーキも出てきた。

もちろん無料。

別に甘いものが嫌いだったりはしないのでありがたい。

味も悪くないし、これだったら料理も噂通り期待できそうだ。

気になるのは先程の「ホテルではないが」という一言。

どこぞの安宿を紹介されたらさすがにもう二度とこの地には来るまいと思うことだろう。

 

(さて、どうなるかな)

 

こういうトラブルも楽しみに変えられるのが旅行好きのいいところか。

 

 

 

しばし待たされ、宿の手配が出来たと言うので送迎の車に乗り込む。

車内は暖房が起動しているようだがまだ暖まりきっていない。

外は雪、再びこの寒さに当てられることになろうとは、と少し残念がりながらホテルを出た。

 

そして経過すること1時間以上、街を離れてもはや村ではないかと言うような郊外に到着した。

目の前にあるのは旅館ではなく、民宿。

「支配人の故郷で地元の人々からも愛される宿なんですよ」などと道中で聞いたが、さらに詳しく突っ込んでみると部屋は全部で4部屋しかないド民宿。

宿泊費もホテルの1/3以下。

実際見てみれば外見もちょっと古びて瓦が何ヶ所か無くなっていたり、塀にヒビが入っていたりと不安を掻き立てる。

中は大丈夫なんだろうな、中は。

「本日は申し訳ありませんでした、また機会がありましたら・・・・・・」と挨拶するドライバーに「またいつか」と告げて宿に入って行った。

 

宿の人に声を掛けると奥から年配の女将さんが現れ、田舎独特の鬱陶しくない程度の親しさを醸し出しながら荷物を持って部屋に案内してくれた。

中は思ったほど悪くない、きちっと隅々まで清掃されているし隙間風もない。

だがさすがに廊下に暖房は無いようで少しばかり寒い。

「お話は聞いておりましたのでお部屋の暖房は入れておきました」との事なので、部屋にたどり着けばきっと大丈夫だろう。

二階に上がって真ん中の部屋の前に来ると女将さんは鍵を取り出した。

 

「どうぞ、こちらですー」

 

ドアを開けて荷物を運び込む女将さんに続いて部屋に入る。

確かに部屋の中は暖かいし、思っていたほど狭くない。

これだったらまぁいいか、後は食事と風呂次第だが。

施設や風呂の案内を聞き、売店などは無いそうだがルームサービスで何か作るくらいは出来るとのこと。

後は場所次第だが喫煙可というのもありがたかった。

ついでに「トラブルはごめんですが、麻雀卓もありますよ」と笑いながら言われる。

口調から察するに彼の事は知らないようだったが。

夕食はすぐ用意するとのことだったが少し休憩したいと言うことを告げて1時間後にお願いをする。

 

そして女将さんが去ったところで少し休もうと横になる。

布団などは敷いていない、畳の上でだ。

ホテルの方は洋室だったようだがこういうのも悪くない、日本人として。

 

「!?」

 

そうして横になった直後、彼は飛び起きた。

何かいる。

いや、何か来る。

何だこれは。

位置まで正確に分かるほどの強力な()()

この宿の構造からして今階段を上っている最中。

彼は立ち上がり、ドアの方に向き直り自然と身構える。

二階に上がってきた、こちらに向かってきている。

足音も聞こえてくる、これは民宿として少しマイナスだ。

そして足音は彼の部屋の前で止まった。

コンコンとドアをノックされる。

彼が何も返事をしていないうちに、ドアは開かれた。

 

「みーつけた」

 

入ってきたのは女性だった。

見た目は成人しているかしていないか微妙なところだが、妙に子供っぽくて人懐っこそうな声で彼女は彼に声を掛けてきた。

 

「地元の人じゃないでしょ、お兄さん。

 旅行者? どこから来たのかしら?」

「・・・・・・質問が多いな。

 そもそも中の人間がドアを開けていないのに勝手に入ってくるのは失礼に値するもんだぞ」

「あらぁ、これは失礼。

 結構細かいお兄さんなのね」

 

細かくなどないはずだ、決して。

入ってきた彼女が無礼なだけで。

ずかずかと部屋に入ってきた彼女に対し、とりあえず年上だろうという威厳として答えるだけ答えておくとしようか。

 

「・・・・・・年は32だ。

 確かに俺は地元民じゃない旅行者だが、宿に泊まるのは大抵余所者じゃないかね」

「ここの宿は地元の人も泊まりに来るのよ。

 なんせ地元にも愛される宿だから」

 

そういえば道中でドライバーがそんなことを話していたような。

だがこの言い回しを考えると彼女も地元民で、地元の人間自らが「地元に愛される宿」と吹聴していることになるが。

 

何故部屋に入ってきたのか、何の用があってこの部屋に来たのか。

色々聞きたいことはあるが、それよりも何よりも彼女が何者か気になる。

だから彼は駆け引きも何もなく直接彼女に問いかけた。

 

「単刀直入に聞くぞ。

 

 お前は、()()?」

 

問われた彼女は相変わらず子供っぽいまま、しかし身に纏う雰囲気は妖しげに変化する。

 

「ねぇ、お兄さん」

 

そして彼女はそれに答えず、微笑みながら声を掛けた。

 

 

「私と麻雀しましょう?」

 

 

何故麻雀なのか、しかし彼もそれが一番分かりやすい手段だろうと言うことを察していた。

 

「お兄さん、麻雀打ちでしょう?

 それも相当強いね。

 近くを通りがかっただけでも匂いで分かったよ」

 

匂いと言われてもピンとこない。

だがそれはおそらく彼が感じているこの気配のようなものだろう。

やはり同類か。

そしてそこまで言われれば彼女の正体は不明なままでも少しは目的が分かる。

ただその前に一つ知りたいことがあったから、彼は先に名乗りを上げた。

 

「俺の名は新木桂。

 お前は?」

 

その質問に雰囲気が変わる前の笑顔を浮かべて彼女は答えた。

 

「私の名前は・・・・・・」

 

 

 

 

 

「姉帯豊音です、よろしくお願いします」

 

ペコリと頭を下げる長身の女性。

その前にも軽く自己紹介のようなものを言われていた気がするが頭に入っていなかったようだ。

 

「・・・・・・志野崎秀介です、よろしく」

 

暫し過去に記憶を走らせていた秀介はそれを悟らせないように咄嗟に返事をする。

怪しまれてはいない、と考えるのは短絡的だろうか。

それを危惧しながら秀介は改めてその横の年配の女性に視線を移す。

彼女が秀介をここへ呼んだ熊倉トシに違いあるまい。

先程塞も熊倉先生と呼んでいたことだし。

一応確認をする。

 

「あなたが熊倉トシさん?」

「ええ、そうよ」

 

変わらず笑顔のまま熊倉は返事をした。

そのやり取りにやはり塞達は息を呑む。

 

(志野崎さんも熊倉先生を知らない・・・・・・)

(やっぱり知らない同士?)

 

ならば何故熊倉先生は彼をここへ呼んだのか?

そもそも彼は何者なのか?

今しがた勝負をしたから彼が強い打ち手だというのは分かる。

男子の全国上位者とかだろうか?

それとも大学生? 社会人? 若手プロ?

豊音が来るまで碌に活動が出来なかった麻雀部員として、その辺りの情報をよく知らないから可能性はある。

だがしかし、だからと言って何故彼を呼べたのか。

実は熊倉先生は麻雀界に影響力を持った人物だった、とかなら納得だが。

 

そんな宮守女子メンバーの思惑はさておき、秀介は秀介で熊倉にぶつけなければならない疑問がある。

 

「・・・・・・単刀直入に聞きます」

「あら、何かしら?」

 

その全く変わらない笑顔を不満気に見ながら、秀介は言葉を続けた。

 

「俺の事をどこで知ったのか、それと俺に何の用か。

 あと・・・・・・」

 

一度言葉を区切り、秀介は軽く睨むように告げる。

 

「俺を()()()()知っているのか・・・・・・」

 

それは年上に対してするべきではない口調、態度。

それを承知で、不満をぶつける意味も込めて秀介はあえてそんな言い方をした。

敬愛する熊倉先生にそんな態度をとったとあっては、さすがに温厚な宮守女子のメンバーと言えども、むっとする。

そんなメンバーを制しつつ、熊倉は変わらぬ笑顔で返事をした。

 

「麻雀を打ってもらいたいってだけよ。

 あなたの事は、そうね・・・・・・風の噂って事にしましょうか」

 

要領を得ない返答、それは新木桂について南浦に聞かれた時の秀介の態度に似ていた。

だが熊倉の場合は答えることが不都合なわけではなく、事情を知らないこちらをからかっているだけだろう。

なるほど、普段秀介がからかっている時も相手はこんな感情を抱くのか。

 

(俺はからかうのは好きだがからかわれるのは嫌いなんだな)

 

ただの我儘である。

しかしそちらがそういう態度ならこちらにも考えがある、と秀介はぶっきらぼうな態度で言葉を続けた。

 

「そうか、なら今しがた打ったし俺はお役御免と言うことで」

 

そっけなくそう言って秀介は床に置いておいたカバンの方へと向かう。

 

「あら、困ったねぇ。

 あなたには是非豊音と打ってほしかったのに」

「それはそちらの都合でしょう」

 

麻雀を打つのは別に構わないがあなたの態度が気に食わない、と言いたげに秀介はカバンを肩に掛ける。

と、出口の方を振り向いたところでいつの間にか接近していた豊音と視線が合う。

改めて近くで見るとやはり身長が高い。

自分より背が高い女性と出会うのは純以外では初めてだが、見るからに彼女は純よりも背が高い。

だがその身長に反した子供っぽい笑顔が威圧感を無くしているように感じた。

 

「あ、あの、志野崎さん」

 

少し遠慮がちではあるが、彼女はわくわくした表情で告げた。

 

「わ、私とも麻雀打って貰えませんか?」

 

そう言って豊音はペコリと頭を下げる。

 

「ここに来る途中、熊倉先生から色々聞いていて楽しみだったんです。

 それにうちはここにいるのが全部員だから、知らない人と打つ機会も全然無くて・・・・・・」

 

そこで一旦言葉を切ると、豊音は宮守メンバーの方に向き直って言葉を続けた。

 

「だから、この間の大会は色んな人と打てて楽しかったよね!」

「あ、うん、そうだね」

 

突然話を振られて塞がとっさに返事をする。

周囲のメンバーも小さく頷いている辺り、とっさに返事をしただけでなく本心なのだろう。

そんな一同に笑顔を向けた後、豊音は秀介の方に向き直ると再び頭を下げた。

 

「せっかくの機会なんです、私と麻雀打ってください、お願いします!」

 

そのストレートな頼み方に思わず、んぐっと言葉に詰まり渋い表情で視線を逸らす秀介。

が、割とあっさりとカバンを下ろして返事をした。

全く毒気の無い笑顔に、意地悪をしようとしていたことを少しは後悔したのだろう。

 

「・・・・・・分かった、やるよ」

「ありがとうございます!」

 

パァッと満面の笑みになり、豊音は胸の前で両手をぐっと握った。

実に女の子らしい。

その身長さえ無ければ、というのはおそらく彼女にとってコンプレックスだろうから言わないでおく。

カバンをまた元の場所に戻し、秀介は改めて豊音に向き直る。

その際チラッと遠目に熊倉を睨むのを忘れない。

 

「・・・・・・それじゃ、どうする?

 30分くらい休憩してから始めるかい?」

「えっ、休憩なんて別にそんな・・・・・・」

 

秀介の言葉にわたわたと手を左右に振る豊音。

すぐに打ちたいという気持ちと、遅れてきておいて休憩するなんて申し訳ないという気持ちがあるからだろう。

だが秀介はそんな豊音の遠慮をばっさりと切り捨てた。

 

「遅れてきたのは何故かな?

 寝坊したのか、そもそも家が遠いのかと思ったんだが。

 寝坊したのなら30分で頭をはっきりさせてほしいし、家が遠かったのなら来るだけでも多少は疲れるだろうから休んでほしいし。

 まぁ、ようするに・・・・・・」

 

秀介はビシッと豊音を指さしながら告げた。

 

「全力で麻雀やろう、ってことだ」

「は、はい!」

 

ぱぁっと華やかな笑顔で返事をする豊音、「やたー!」とメンバーの方へ向かって行った。

そしてシロにすりすりと抱き付きながら「全力で麻雀やろうだって! ちょー嬉しいよー!」とはしゃいでいた。

比較的長身のシロだが豊音が相手では小さい部類になってしまう。

豊音の身体を支えきれずにずるずると身体を崩して近くのソファーへと共に座り込む形になった。

その様子を見ながら秀介も近くのソファーに腰を下ろす。

 

(やれやれ、少人数っていうのはどこも仲がいいものだな)

 

清澄然り、阿知賀然り、龍門渕然り。

いや、龍門渕は確か既存の麻雀部を打倒したとかなんとか言っていたからそちらとは仲が悪いのかもしれないが。

しかし仲が悪い者同士がチームを組んで酷いことになるかと言うと一概にそうとも言えない。

「お前より稼ぐ!」「こっちこそ!」と睨み合いながら互いに点数を競い合って稼いでいけば、必然上位にのし上がることだろう。

たまにはそう言う学校も見てみたいものだが、と考えたところでいつの間にか色んな学校を見て回ることが前提の思考だと気付いた秀介であった。

 

 

 

「え、全員が3年生なのか」

 

秀介は改めて振る舞われたお茶と、シロが持ってきたお菓子を頂きながら宮守メンバーと休憩がてら談笑していた。

 

「そうなんです。

 それどころか5人揃ったのも今年になってからで、それまでろくに活動できなかったんですよ」

 

塞が苦笑いしながらそう答える。

それはまた清澄(うち)よりも酷い状況だなぁと秀介は呟く。

女子は3年の久と2年のまこ。

今年になるまでそれに秀介を加えて3人しかいなかった状況は宮守(ここ)とさほど変わらない。

だが今年になって1年が4人入ってきたし、来年以降の事を考えると清澄の方がずっと恵まれている。

全国大会出場は果たしているとのことなのでライバル校かと思いつつ、全国大会が終わるまでは部員募集などの活動はやらなそうだ。

終わってから声を掛けていくのか、それとも来年以降の事はもう諦めているのか。

全国に出場できるレベルの学校で麻雀部が続かないと言うのは残念に思うが、そこにまで口出しする義理は無い。

 

そんなことを考えていると、今しがたの呟きを聞き取られたのかシロから声を掛けられる。

 

「・・・・・・そちら(うち)よりも酷いってことは・・・・・・志野崎さんの所も?」

「ん、あぁ・・・・・・そういえば言ってなかったな」

 

返事をしたところで、そういえば年齢の話はしていなかったなと思い出して言葉を続けた。

 

「そちらと同じく全国出場を果たした長野の代表、清澄高校の3年だ。

 改めてよろしく」

「え、同い年?」

「と、年上かと思った」

 

秀介の言葉に驚く塞と豊音。

というか熊倉以外の全員が驚いた表情をしている。

「ふぇー」と声を上げながら胡桃が言った。

 

「やけに大人っぽいから年上かと思ってたのに」

「ああ、同い年と聞いた時には俺も驚いたよ」

「どうしてこっちを見ながら言うのかな?」

「別に、今話してるからさ、深い意味は無いよ」

 

絶対ちっこいからでしょ、と言いたげな胡桃の視線から逃れるようにそっぽを向きながらお茶を口にする秀介。

まぁ、実際衣と言う前例を見ていなければもっと驚いていたことだろう。

彼女達も彼女達で、秀介の事を大学生かプロかと考えていたことだしおあいこか。

しかし胡桃やエイスリンは背が低いが、対してシロと豊音が長身だ。

全体的に背が低かった阿知賀メンバーとは何が違うのだろう。

食べ物か? それとも土地柄的なもの?

いや、単純にたまたま背が低いのが集まったのが阿知賀だったのだろう、きっと深い意味はあるまい。

そんなことを考えていると、今度は豊音が話しかけてきた。

 

「長野ってどんなところですか? 都会ですか?」

「いや、都会って程じゃないよ。

 周辺に広く田んぼとか広がってるし」

「なるほど、何か名産の食べ物とかってありますか?」

 

何故食べ物、と今しがた自分も食べ物について考えていたことを思い出しつつ返事をする。

 

「まぁ、そばじゃないかな。

 あとは味噌とか馬刺しとか、牛肉も一応あるな。

 それに日本酒とタコス・・・・・・は違うか」

 

タコスは本当に限られた一部限定だ、多分。

それを聞いて豊音は一層目を輝かせた。

 

「おそば! この辺にもあるよね!」

「・・・・・・あぁ、わんこそばとか冷麺とかじゃじゃ麺・・・・・・」

 

シロがだるそうにしつつも答える。

 

「そうそう、また冷麺食べたいね、最近はあったかいし」

「そうだねー、行きたいよー」

 

塞と豊音がそう言ってはしゃいでいる様子を見ながら、一瞬耳を疑って秀介はちらっと外を見た。

 

(・・・・・・あったかい・・・・・・か?)

 

長野から来た彼にとってこの辺に来た時の最初の感想は冷房に当たっているような心地よさだった、つまり彼にとってこの辺は今の時期でも涼しいのである。

来た時よりは日が高くなっているし、確かに7月も終わろうと言う頃だし、本来はあったかいどころか暑くてもおかしくないのだが。

土地の違いだなぁと思いながら食べ物トークに花を咲かせる一同を眺めていた。

ふと、あんまりしゃべってないなと思いエイスリンの方に視線を向ける。

ビクッと跳ねて視線を逸らされた。

何故かなー、などとすっ呆けつつ時間を確認するとそろそろ昼食が近い頃か。

 

「もうすぐお昼だし、皆で食べに行くのもいいんじゃない?」

「そうだね」

 

彼女達のトークもそんな雰囲気だ。

この場でお菓子やお茶を口にしているのですぐに食事に行くことは無いだろう。

そう、少なくとももう半荘打つくらいまでの間は。

 

なら、さっさと打って昼食を楽しむのもいいかなと秀介は軽く伸びをする。

ちょうど話題も途切れたのか、熊倉がパンと軽く手を鳴らした。

 

「じゃ、そろそろ打ちましょうか。

 終わったらみんなでお昼にしましょう」

「はーい」

 

その言葉に返事をしながらスッと立ち上がる一同。

秀介としても久しぶりの遠出、旅行気分で食事を楽しみたいところだ。

 

問題は一つ、この場に()()がいることである。

 

チラッと視線を向けるが、彼女は「なぁに?」と言いそうな表情で首を傾げるのみ。

秀介はすぐに視線を逸らして卓に向かう。

卓では塞が{東南西北}を抜き出していた。

 

「えっと・・・・・・誰が打ちます?」

 

塞は熊倉にそう問いかける。

今来た豊音と先程打たなかったシロは入るとして、もう一人は誰が入るか。

エイスリンに視線を向けるとビクッと飛び跳ねて胡桃の陰に隠れる。

確かに半泣きだったけどそれほどか。

胡桃の方を見るとこちらに手を差し出して「どうぞどうぞ」と席に座るのを促されている模様。

熊倉先生が打ったりしないだろうかと振り返ってみるが、熊倉は「あら、どうしたの」と察していない模様。

いや、察してはいるのだろう。

 

「塞、彼とは打った?」

「あ、はい」

「もう二度と打ちたくないとか思っちゃったのかしら」

「うぐっ」

 

ずいぶんと酷い言い回しをする、と塞は軽く頭をかきながら首を横に振った。

そんな言い方をされて頷くような軟弱者が岩手の代表などと思われたら心外だ。

 

「いいえ、打たせてもらいます」

「そう、お願いね」

 

実際塞はまだ武器を晒していない、戦いようはある。

今度こそ、いざとなったら。

片眼鏡(モノクル)に手を添えながら、塞は改めて秀介に向き直る。

 

(遠慮なく、塞がせてもらうよ)

 

それを受けて秀介は笑い返した。

 

(さっきとは違う何かを仕掛けてくるな。

 いいよ、受けて立とう)

 

がしゃがしゃと混ぜられた4牌。

誰から引くかと顔を見合わせる。

秀介としてはやはり最初に選びたくはない、と思っていると。

 

「じゃあ、私が引くよー」

 

スイッと豊音が引いていってくれた。

引いたのはまだ表にされていないが、秀介には{東}であることが見えている。

 

(彼女が熊倉さんの本命みたいだしなぁ)

 

阿知賀のコーチ晴絵と対面で向き合って打った時を思い出し、秀介は豊音の対面に位置する{西}を引いた。

そして塞が引き、めんどくさがり屋のシロは牌を引くことなく自分の席を確定させたようだ。

 

「{東}だよー」

 

コトッと牌を卓に置く豊音。

それは置いた場所に座ると言うことも意味するのだがそこまで分かっているのかどうか。

まぁいい、と秀介はその対面に立ち、{西}を表向きに置く。

 

「対面だな」

 

フッと笑いかけると豊音はにこっと笑い返す。

実に無邪気で子供っぽい。

 

「あ、{南}だ」

 

そして秀介の上家に塞。

残ったシロは北だ。

 

「起家はそのまま豊音でいいかい?」

 

席に着いたところで豊音の後ろに立つ熊倉が口を挟んでくる。

初っ端から豊音の力を秀介にぶつけるつもりなのだろう。

特に異論はない、望むところだと秀介は了承した。

 

「よろしくお願いします」

「・・・・・・よろしく・・・・・・」

 

塞とシロが挨拶するのとほぼ同時、豊音が口端を吊り上げて妖しげに笑う。

 

そして周囲を圧迫感(プレッシャー)が覆った。

 

この圧力、衣に近いものがある。

 

ふむ、と秀介は対面に視線を向ける。

妖しげに笑う豊音と、その後ろから笑顔で見守る熊倉。

 

(・・・・・・()()とどちらが上か・・・・・・)

 

「よろしくねー」

 

秀介の心情を知らず、豊音は間延びした挨拶をする。

 

(まぁ、見せてもらおうか、その力)

 

「よろしくお願いします」

 

 

豊音の親番からこの試合は始まる。

 

 



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04姉帯豊音その1 先制と反撃

阿知賀編でも多少書きましたが、ここらで明確に弱体化した秀介の能力を。
血を吐くなどの代償が無くなった代わりに、入れ替えできる牌数に半荘毎に制限が掛かるようになった。
限度に達すると入れ替えは不可能になる。
試合毎に限度が変わり、明確な数字は限度に達してみないと分からない。
つまり牌入れ替えが出来なくなって初めて限度に達したことが分かる。
なので秀介は入れ替えた数をカウントしていておおよその最低限ラインに達する前に止めるようにしている。
なお同時に入れ替える牌を増やしたり、他の人の領域に踏み込むと消費枚数が増える。
咲さんの嶺上開花、トヨネさんの先負けなどは(一般市民にとって)発動条件が厳しい分、それを可能にする彼女達の支配力が強い。
人の領域と知らずに牌入れ替えをし続けると、東二~三局程度で入れ替え不能になる可能性がある。
まずは観察から入りましょう。



東一局0本場 親・豊音 ドラ{北}

 

豊音 25000

配牌

 

{一三七④⑤36889東南西} {(ドラ)}

 

豊音は、ふふふんと楽しそうに鼻歌を歌いながらまずは{西}を捨てた。

 

塞 25000

配牌

 

{六九①④⑧(横⑦)⑨1456南南西}

 

(ドラ表示牌が{西}・・・・・・トヨネも切ってるしこれにしよう)

 

塞も豊音に続いて{西}を切る。

ついでに{西}は秀介の風牌でもあるので、多少は妨害になればいいなという思惑もあってのことだ。

そしてその秀介。

 

秀介 25000

配牌

 

{二六八九⑤⑧⑧358(横[5])(ドラ)中中}

 

第一ツモの赤ドラは好ましい。

後は{中}が鳴ければ手はあっという間に進むのだが。

 

(・・・・・・しかしまた{中}か)

 

言い出しっぺとは言えここまで続くとは。

少し自分の引きに呆れながらも秀介は{九}に手を掛ける。

山を見渡すと{中}は嶺上牌二つ目、そして豊音の山に一つ。

配牌の取り出しがシロの山からだったのでまだ先だ。

出来れば七対子を目指したいが今後のツモが上手くいかない。

結果{中}を頭にして普通に手を進めていくしかなさそうだ。

 

シロ 25000

配牌

 

{二五(横四)六八③⑨346東白白發}

 

続くシロは特に悩む様子もなく、少しため息をついて{⑨}を切り出した。

 

2巡目。

 

豊音手牌

 

{一三七④⑤36889東南(横東)(ドラ)}

 

豊音は{南}を切り出す。

 

塞手牌

 

{六九①④⑦⑧⑨14(横3)56南南}

 

続く塞、今切られた{南}は南家の塞にとって役牌なので鳴いてもよかったのだが、あえて鳴かずに牌をツモった。

 

(さっきは私達三人掛かりでも勝てなかった・・・・・・。

 でも今回はトヨネにシロもいる。

 全く上がらないってわけにはいかないけど、出来るだけ二人に任せて私はその援護に回ろう)

 

しばらくは豊音とシロに任せる様子、一先ず{①}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{二六八⑤⑧⑧35[5]8(横9)(ドラ)中中}

 

(・・・・・・鳴かないのか。

 確かにさっきも鳴くことはほとんどなかったが)

 

今回は様子見かと塞の様子をうかがいながら{二}を切った。

 

シロ手牌

 

{二四五六八③3(横1)46東白白發}

 

ピシッと{③}を捨てるシロ。

はなから筒子は捨てて手を進めるようだ。

そしてその{③}に。

 

「チー!」

 

豊音が喰いついた。

 

豊音手牌

 

{一三七36889東東(ドラ)} {横③④⑤}

 

そして{七}を切る。

 

(そんなところを鳴く、ってことは・・・・・・)

(・・・・・・最初からソレ出すのか・・・・・・)

 

塞とシロに限らず、揃って豊音に視線を向ける。

こんな早い巡目に両面チー、今の鳴きが普通でないことは手牌が見えていなくても明らかだ。

秀介も興味深そうに「それを鳴くのか」と様子を見る。

豊音はニコッと笑い返した。

 

その後も。

 

「チー」

 

豊音手牌

 

{36889東東(ドラ)} {横二一三横③④⑤}

 

「ポン」

 

豊音手牌

 

{69東東(ドラ)} {88横8横二一三横③④⑤}

 

「ポン」

 

豊音手牌

 

{6(ドラ)} {横東東東88横8横二一三横③④⑤}

 

「ぼっちじゃないよー」

 

瞬く間に{(ドラ)}単騎。

そして。

 

「お友達がきたよー」

 

豊音手牌

 

{(ドラ)} {横東東東88横8横二一三横③④⑤} {(ドラツモ)}

 

「ダブ東ドラドラ、3900オール」

 

豊音、まずは一歩リード。

 

 

 

東一局1本場 親・豊音 ドラ{③}

 

豊音 36700

配牌

 

{八④⑦⑧1567東西北白發} {中}

 

塞 21100

配牌

 

{三三四五五(ドラ)④[⑤]133白中}

 

秀介 21100

配牌

 

{一六七七八①④⑤⑥46東北}

 

シロ 21100

配牌

 

{一二四六八(ドラ)[⑤]⑥⑦[5]67東}

 

塞とシロはドラと赤が混じっているし、手が伸びれば自然と高い手になりそうな配牌だ。

秀介は高くなるかは別として速そうではある。

豊音の手牌は決していいとは言えない。

 

それでも上がるから、彼女は異能が集うこの地を制した宮守女子の大将を務めているのだ。

 

豊音はまずこの手牌から{八}を切り出した。

 

塞手牌

 

{三三四五五(ドラ)④[⑤]133白(横7)中}

 

345の三色が見える配牌。

{1}を切り出してもいいのだが、様子を見ようと{白}を切る。

 

秀介手牌

 

{一六七七八①④⑤⑥4(横⑦)6東北}

 

さほど時間を空けず、秀介は{北}を捨てた。

 

シロ手牌

 

{一二四六八(ドラ)[⑤]⑥⑦[5]67東(横白)}

 

無駄ヅモ。

少し考えたがやはり不要だとそのままツモ切りした。

 

2巡目。

 

豊音手牌

 

{④⑦⑧1(横⑧)567東西北白發中}

 

{白}を捨てる。

役牌が重なるのを待って二翻くらいで上がる算段だろうか。

しかしそれなら{西や北}を切っていくはずである。

何を狙うのか。

 

塞手牌

 

{三三四五五(ドラ)④[⑤]1337中(横南)}

 

無駄ヅモ、そのままツモ切りする。

 

秀介手牌

 

{一六七七八①④⑤⑥⑦(横⑥)46東}

 

一応手は進んでいるか。

豊音とシロの手牌に一枚ずつあるのを確認して{東}を捨てた。

 

シロ手牌

 

{一二四六八(ドラ)[⑤]⑥⑦[5](横2)67東}

 

秀介に合わせて{東}を切る。

 

3巡目。

 

豊音手牌

 

{④⑦⑧⑧1567東(横7)西北發中}

 

{北}切り。

 

塞手牌

 

{三三四五五(ドラ)④[⑤]1337中(横東)}

 

またも無駄ヅモ、{東}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{一六七七八①④⑤⑥⑥⑦46(横8)}

 

秀介の視線は対面の豊音に向かう。

 

(・・・・・・{東}、切らなかったな)

 

前巡、秀介とシロが揃って捨てた{東}。

取っておく理由は無いと思うのだが。

今しがた塞も切ったから次巡あたり切るか、もしくは安牌として取っておくのだろうか。

まだ一局しか打っていないし、さすがにその考えはまだ読めない。

{一}を切って手を進める。

 

シロ手牌

 

{一二四六八(ドラ)[⑤]⑥⑦2[5]67(横8)}

 

前巡手牌に収めた{2}だがこうなっては不要か。

萬子にはいつ手を付けるかと考えながら{2}を捨てた。

 

4巡目。

 

豊音手牌

 

{④⑦⑧⑧15677東西發中(横發)}

 

{發}が対子で重なった。

狙い通りなのだろう、手を止めることなく{西}を切り出す。

 

塞手牌

 

{三三四五五(ドラ)④[⑤]1337中(横西)}

 

(ぬぎゃ・・・・・・もう!)

 

無駄ツモが続く塞、少し苛立つ自分を抑えながら{西}をツモ切りする。

 

秀介手牌

 

{六七七八①④(横③)⑤⑥⑥⑦468}

 

{(ドラ)}ツモ、順調だ。

{①}を捨てる。

 

シロ手牌

 

{一二四六八(ドラ)[⑤]⑥⑦[5](横2)678}

 

こちらも無駄ツモ、そのまま{2}を切る。

 

5巡目。

 

豊音手牌

 

{④⑦⑧⑧15677東發發中(横中)}

 

{中も重なり、④}を捨てた。

 

塞手牌

 

{三三(横一)四五五(ドラ)④[⑤]1337中}

 

ようやく字牌ではないツモだが、よりによって引いたのはここか。

まぁ、さっさと切っておこうと塞は{中}を切る。

 

「ポン」

 

豊音から声が上がる。

 

豊音手牌

 

{⑦⑧⑧15677東發發} {中中横中}

 

そしてようやく{東}が切られた。

 

(ん・・・・・・あれ?)

 

塞手牌

 

{一三三四五(横四)(ドラ)④[⑤]1337}

 

ようやく手が進むツモ、それは喜ばしいことなのだが。

一つ気になることが出来た。

ついうっかり{中}を手放してしまったが・・・・・・。

 

(・・・・・・鳴いたのが志野崎さんじゃなくてトヨネ・・・・・・)

 

先程の対局で秀介が{中}絡みの能力を所持していると思わされていた塞、だから今の鳴きに思わず秀介の方に視線を向けた。

 

({中}に支配が及んでない・・・・・・?)

 

豊音の支配力に及ばずその力が打ち消されてしまっているのだろうか。

 

(・・・・・・いや、それは楽観的過ぎる。

 でも{白}も場に2枚出てるし、裏ドラで使う様子も無さそうな・・・・・・)

 

どういうことか、とその事態に思考を回しながら{一}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{六七(横六)七八(ドラ)④⑤⑥⑥⑦468}

 

(鳴かれちまったか)

 

秀介にとってそれは半分承知の上だ。

いつまでも偽り続けていられるものではない。

ましてや正面で微笑んでいる()()に見抜けないわけがないし、確実に引っ掛けられそうな相手がこの卓には塞しかいない。

それでもまだ偽れるうちは偽り続ける。

ここは{4}を捨てて()に狙いを定めることにした。

 

シロ手牌

 

{一二四六八(横九)(ドラ)[⑤]⑥⑦[5]678}

 

(・・・・・・めんどくさいところが来たなぁ・・・・・・)

 

出来れば567の三色辺りを狙いたいところだが萬子が上手い具合にまとまってくれない。

とりあえず下寄り、{一}を切り捨てる。

 

豊音手牌

 

{⑦⑧(横二)⑧15677發發} {中中横中}

 

{二をわざわざ押さえ、5}を切った。

 

塞手牌

 

{三三四四五五(ドラ)[⑤]1(横⑧)337}

 

(ん、んー・・・・・・)

 

使えないかぁ、とそのままツモ切り。

 

「ポン」

 

再び豊音が動いた。

 

豊音手牌

 

{二⑦1677發發} {⑧⑧横⑧中中横中}

 

{6}を切り出す。

 

塞手牌

 

{三三四四五五(ドラ)④[⑤]13(横2)37}

 

豊音の捨て牌にはこれで{56}が連続で切られた形になった。

そしてこのツモ。

 

(・・・・・・{7}かなぁ・・・・・・)

 

一応聴牌だが形が良くない。

それに今回も豊音が好調そうだし、聴牌には取っておくがリーチはかけない。

{7}を捨てる。

 

そのチャンスを見逃さない。

 

「チー」

「ポンっ!」

 

発声は一瞬の差。

先に動いて手牌を晒したのは秀介だが、チーとポンではポン優先の為鳴けるのは豊音の方。

ふふん、と笑いながら豊音は{二}を切り出す。

 

「・・・・・・」

 

秀介は渋々といった表情で晒した{68}を戻した。

それを見て、塞のみではなく胡桃とエイスリンも小さくガッツポーズをする。

 

(優先権でトヨネに欲しい牌を持って行かれた)

({中}もトヨネが鳴いてるし、間違いないかな)

(トヨネノホウガ、ツヨイ!)

 

そうだ、やっぱり我らが豊音は強い。

なんせ初見では誰も対応できなかったのだから。

さっきは自分達相手に好き勝手やってくれたようだが、彼とてそうあっさり対応できるわけがない。

さぁトヨネ、そんなやつコテンパンにやっつけちゃってよ!

 

彼女達はまだ知らない。

 

(・・・・・・そんな風に思っていてくれればいいんだが)

 

未だ秀介の掌の上から出ていないことを。

 

ただ一つ、秀介にとっての問題は。

 

それがシロや豊音に対しても有効かどうかということだ。

 

豊音に対するデータは無いが、あれだけ素直な性格なら素直に引っ掛かってくれそうな気もする。

だが宮守メンバーに頼られているような様と、()()のことを考えるとそう簡単には行かないだろう。

シロに至っては引っ掛かる以前に、裏まで読むのがだるいとかいう理由でスルーされそうで不安だ。

そういうメンバーに対しては一撃で決めてしまいたい、油断したところを一撃で。

赤土晴絵を一撃で切り捨てた時のように。

 

さて、鳴いて手を進めた豊音はその後もシロがツモ切りした{發}を鳴いて裸単騎。

「ぼっちじゃないよー」の決め台詞と共に上がりをものにした。

 

豊音手牌

 

{1} {横發發發77横7⑧⑧横⑧中中横中} {(ツモ)}

 

「發中対々、4100オール!」

 

満貫和了。

先程の3900オールと合わせて、これで全員から8000ずつ持って行った形になる。

「そのまま突っ走っちゃえトヨネ!」とばかりに応援する胡桃達に笑顔を向けた後、牌を卓に流し込みながら秀介に視線を向ける豊音。

そこには未だに揺らぎも疑いもない。

本気出してよと急かされているような気配すら感じる。

 

(・・・・・・やっぱり通じないと思っていた方がいいな)

 

秀介は観念したように笑う。

そうなれば仕方がない。

今の秀介がどれだけやり合えるかは不明だが。

 

(真正面からやらざるを得ない)

 

その為にも豊音のことをもっと観察しなければ。

今しがたの上がり形を思い返してみる。

 

豊音手牌

 

{1} {横發發發77横7⑧⑧横⑧中中横中} {(ツモ)}

 

(・・・・・・金鶏独立(チンチトゥリィ))

 

日本読みで「きんけいどくりつ」、{1}を鶏に見立てた上がり名。

{1}裸単騎での上がりにかつて付いたというローカル役だ。

が、ローカル役を上がるのが豊音の能力ではあるまい。

先程の上がりは{北}単騎だったわけだし。

単純に裸単騎になるとすぐに上がれる能力なのだろうか。

可能性はいくらでも考えられるが、いくつか当たりを付けておいた方が目安にはしやすい。

 

(ともかく、鳴きが彼女の起点だと考えておこうか)

 

それならそれでこちらからもいくらでもやりようはある。

 

豊音が賽を振る。

出た目は11、秀介の山からの取り出した。

 

(まずは一つ、潰させてもらおうか)

 

 

 

東一局2本場 親・豊音 ドラ{②}

 

豊音 49000

配牌

 

{四[五]九九①④⑦2669北白} {白}

 

既に大分リードを稼いでいる豊音。

だが久々にメンバー以外との対局。

加えてわざわざ熊倉先生が呼んできてくれた上に車の中で色々と話を聞かせてくれた人が相手である。

それにそろそろ反撃の一発を食らわせてきそうな予感。

こんなところで手を止めるわけがない。

 

(まだまだいくよー!)

 

第一打{北}、気合の入った一打だった。

 

塞 17000

配牌

 

{四五五九(横五)⑤⑧⑧⑨145南北}

 

豊音は相変わらず好調な様子。

なら邪魔をしてはいけない、万が一にも。

一瞬{北}に手が掛かったが四風連打で流れになる可能性を考慮して先に{1}を手放す。

 

秀介 17000

配牌

 

{八(ドラ)③④④⑦(横④)289南西西白}

 

配牌とその後の山の流れに視線を向ける。

加えて今流れに乗っている豊音の手牌と他家の手牌も見て、どのタイミングでどの牌が鳴かれるか、その結果ツモがどのようにずれるかまで頭の中で組み立てる。

ただここまで全く動いていないシロはさすがにイレギュラーも多目に考慮する。

その上で、秀介は第一打に{⑦}を選んだ。

 

(エッ・・・・・・Why?)

 

眉を顰めたのはエイスリン。

豊音とシロの手牌が見える位置でその手の未来を思い描いていたところだった。

さっきの対局でも鳴きでツモをずらされて、思い描いた未来が崩れるのを何度も味わってきた。

しかし今、その秀介の一打だけでその未来にヒビが入ったのを感じた。

まだ崩れ切っていない、それでも未来に影響を与える()()があったのだ。

 

「・・・・・・I can't understand him for what is considers.」

「え? エイちゃん何か言った?」

 

彼女の呟きが聞こえたらしい胡桃が聞き返す。

はっとしたエイスリンは首から下げているボードにキュッキュッと絵を描き始めた。

 

「・・・・・・あの人が何考えてるか分かんない、かな?

 そうだね、私もちょっと分かんないよ。

 こっそり手牌見てみるね」

 

そう言ってこそこそと秀介の背後に回る胡桃。

秀介はそれに気付いたようだったが特に指摘することなくそのまま手牌を見せていた。

そこからサインで手牌を仲間に通すような真似はするまいという信頼と、万一手牌を通すようならそれを逆手に取れるという自信の表れだ。

暫し手牌を見た後、胡桃は戻ってきてエイスリンに告げた。

 

「ごめん、余計に分かんなくなった」

「???」

 

そして胡桃が見てきた手牌をボードに書いた結果、やはり二人して頭を悩ませるのだった。

 

シロ 17000

配牌

 

{一三①③⑥⑨45(横4)7東北發中}

 

(・・・・・・{4}?)

 

シロの手が止まる。

索子は難しそうだが下の123が狙えたら理想的な手牌。

シロも配牌の時点では役牌でも構わずに切って平和手にいこうかと思っていたところだ。

が、思わぬところで手が止まった。

この手、何かある。

 

「・・・・・・ちょいタンマ」

 

(このタイミングで?)

(シロにも手が入ったんだねー)

 

塞と豊音が揃ってシロに視線を向ける。

このまま豊音が突っ走るかと思ったらシロも絡んでくるとは。

頭に手を当て、軽くその白髪に指を絡ませたりしながらたっぷり10秒ほど悩み、やがてシロは牌を抜き出した。

 

「・・・・・・これで行く」

 

手放されたのは{一}。

三色や平和を捨てて自分でも最終形が分からぬ手へと進めていった。

 

秀介はそんなシロを視界の片隅で捕えていた。

 

2巡目。

 

豊音手牌

 

{四[五]九九①④⑦2669白白(横中)}

 

ここは手が進まない、そのまま{中}をツモ切りする。

 

塞手牌

 

{四五五五九⑤⑧⑧⑨45南(横8)北}

 

あまり有効なツモでは無いが、ここはより不要な{北}を手放す。

 

秀介手牌

 

{八(ドラ)③④④④289南(横9)西西白}

 

この時点ではまだ何を目指しているのか不明。

だが明らかに不要な{南を残したまま2}を捨てる。

手牌をメモしていた胡桃とエイスリンはその一打に一層首を傾げるのだった。

 

シロ手牌

 

{三①③⑥⑨(横⑥)4457東北發中}

 

対子は重なったが果たして手は進んでいるのか。

だがこの感覚に身を任せて間違ったことは無い。

だから彼女はもう手を止めることなく{⑨}を捨てるのだった。

 

3巡目。

 

豊音手牌

 

{四[五]九九①④⑦2669(横八)白白}

 

この局も鳴いて手を進める予定の豊音、鳴きの選択肢が増えるこのツモはありがたい。

{2}を切る。

直後の塞。

 

塞手牌

 

{四五(横二)五五九⑤⑧⑧⑨458南}

 

このツモをきっかけに萬子が横に伸びるのか、それともただの無駄ヅモか、それはまだ分からない。

だがまずはこの辺りを切っておこうかと{九}を切る。

 

「ポン!」

 

すかさず豊音は鳴いた。

 

豊音手牌

 

{四[五]八①④⑦669白白} {九九横九}

 

今しがたのツモで手に留めておいた{八}だがこうなっては不要だ、あっさりと切る。

 

塞手牌

 

{二四五五五⑤⑧⑧⑨(横⑧)458南}

 

自風の{南はそろそろ切り時かなと考えながら8}を捨てた。

 

秀介手牌

 

{八(ドラ)③④④④899南西西白(横西)}

 

自風の{西}が重なる。

予定通りと言うようにあっさりと{八}を手放した。

 

シロ手牌

 

{三①③⑥⑥4457東北發中(横發)}

 

またも対子が増える。

七対子か、それとも対々や暗刻系に伸びるのか。

シロ自身もこの手の成長に期待しつつ{三}を切る。

 

「チー!」

 

再び豊音が動いた。

 

豊音手牌

 

{①④⑦669白白} {横三四[五]九九横九}

 

二鳴き。

傍目には手牌がバラバラにしか見えないが、それでも鳴き所は残っているので彼女にとってはこれが最善手なのだろう。

そしてまだ横に伸びない筒子に手を掛ける。

問題はどれを切るかだ。

 

(・・・・・・{④は左右に繋がりやすいから切らないとして、①⑦}のどっちかだよねー)

 

ちらりと視線を向けたのは対面の秀介、その第一打{⑦}。

その一打に不穏な気配を感じたのはエイスリンだけではない。

当然同じく卓を囲む豊音にも異質な一打に見えた。

何かある。

だがそれが何かはまだ分からない。

秀介が豊音やシロの打ち筋をまだ読み切っていないように、豊音もまだ彼の打ち筋を理解してはいない。

だから何かあると言う不安に押されただけで、彼女は{⑦}を手放した。

 

(・・・・・・アッ)

 

先程、自分が思い描いた未来にヒビを感じたエイスリン。

 

まだエイスリンにも豊音が何をミスしたのかは分からない。

 

だがエイスリンが描いた「豊音が上がる」という未来は、今崩れた。

 

 

それから数巡、豊音が中々鳴けずにむーっと表情を顰めたり、塞が少しずつタンヤオ手に進めて行ったり、七対子かと思われたシロが暗刻を重ねて三暗刻が見えてきたり。

 

そんな中、牌をツモった秀介がフッと笑った。

 

「リーチ」

 

{⑦2八北南} {横白(リーチ)}

 

先に宣言をしてから{白}を切る余裕っぷり。

これには塞も一瞬驚く。

 

(先制リーチ・・・・・・そうか、トヨネは鳴いちゃってるから追っかけられない、「先負」が使えないんだ。

 こうなるともう純粋に速さの勝負!)

 

まだ豊音が二鳴きしかできていない状況でのリーチ、これは秀介の反撃としては最適のタイミングか。

もちろん秀介はまだ「先負(そちら)」の能力を見ていないからそれの対応策ではないだろうが、しかしこれは有効な対策だ。

今後の練習で狙えることがあったら狙ってみようと塞はひそかに感心していた。

だがもちろんそれをあっさり許す豊音ではない。

バラッと手牌から晒されたのは{白}が二枚。

これで彼女も手が進んだ。

にっこりと笑いながら彼女は声を上げる。

 

「ポンっ!」

 

そして秀介の捨てた{白}に手を伸ばそうとした直後、声が上がった。

 

 

「ロン」

 

 

その一言に一同は動きを止める。

ポンよりもロンが優先というルールもあるし、上がりなのならばそちらを優先するのはもっとも。

だがそうではない。

一同が注目するのも無理はない。

 

何故ならロンの発声をしたのは、今しがた{白}を切った秀介自身なのだから。

 

「・・・・・・えっと、まだ切ってないんだけどー・・・・・・。

 それとも自分で切った牌を自分でロン・・・・・・かな?」

 

ちょっとよく分かんないんだけどー、と苦笑いしながら言う豊音。

 

「ああ、そうだな、確かに早かった、ごめんよ」

 

秀介は1000点棒を場に出しながら手牌に手を添える。

 

「これから君が切る牌が、俺の当たり牌だよ」

 

そう言って手牌を倒した。

 

 

{(ドラ)③④④④78999西西西}

 

 

{①-④、6-9}のダブル両面待ち。

それを見て、豊音の表情が変わった。

 

「あ、嘘・・・・・・」

 

{白}を取ろうと伸ばしたままだった指が震えているのが分かる。

 

「・・・・・・豊音、皆に手牌を見せてごらん」

 

宮守メンバーが「何事?」と不安そうに豊音に視線を向ける中、豊音を背後から見守っている熊倉がそう声を掛けた。

豊音は未だ少し震えながら手牌を倒す。

 

それを見て、一同は驚愕した。

 

 

豊音手牌

 

{①④669白白} {横三四[五]九九横九}

 

 

{白をポンしたら残るのは①④669}、それらは全て秀介の当たり牌!

そんな驚愕する一同をよそに秀介は目の前の裏ドラを返す。

 

「リーチ西ドラ1、裏ドラ表示牌は{7}だから1つ。

 副底20+面前ロン上がり10+西暗刻8でこの手は四翻38符。

 加えて切られた牌によって{④か9}が暗刻になるけど、{④}なら4符、{9}なら8符、合計は42符か46符。

 どちらにしろ繰り上げ50符で点数は変わらないし、そもそも四翻なら40符以上は満貫で統一だ。

 8000の二本付けで8600」

 

しれっと点数を申告する秀介。

だがそんなものを見せられて震えないメンバーはいない。

 

豊音の手の進行、その手の中の牌、裏ドラ。

少なくともこれは全部見えていなければできないことだ。

いや、見えていたとしてもそれを狙い打てる通りの手牌を用意できなければ意味がない。

 

それは彼女達が頼りにしている豊音の支配とは違う、

 

全く()()()()()()

 

 

(こ、この人・・・・・・)

 

全員±0を見た阿知賀メンバーは全員が凍り付いた。

今の一局を見た宮守メンバー、シロは生憎と表情の変化が分かりにくいが、胡桃もエイスリンも塞も見るからに表情を変えている。

そして豊音。

震える手をぎゅっと握りしめ、不敵に笑う秀介と視線を合わせ。

 

 

(ちょーすごいよー!!)

 

 

満面の笑みを浮かべた。

 

これだけのものを見せられてなおこれほどの笑顔を浮かべるとは、秀介にとっても予想外だった。

強がっている様子は無い、間違いなく本心で彼女は喜んでいるのだ。

 

「はい、どーぞ」

 

嬉々として点棒を差し出す豊音。

その様子に塞達もいくらか落ち着きを取り戻したようだ。

 

豊音は全く折れていない。

この男の底はまだ割れないが、豊音なら十分に渡り合えるのだ。

ならば自分達だっていつまでも落ち込んではいられない。

 

(・・・・・・いいものだな、大黒柱(頼れる存在)というのは。

 きっと彼女は大将に違いない)

 

一方の秀介も驚いているだけではない、久々の歯ごたえに喜びを感じていた。

いや、高校生レベルだと予想したのは些か過小評価だったかと思い直す。

 

思い出せ、()()との戦いを。

せっかくの機会なんだ、()()と直接戦っているくらいの気負いは必要だ。

小さく一息入れ、秀介は改めて豊音に向き直った。

 

「やられっぱなしは性に合わないんでね、そろそろ反撃させてもらうよ」

「望むところだよっ」

 

豊音も豊音で秀介の認識が多少は変わったことだろう。

軽いウォーミングアップは終わり、ここからが本番だ。

 

受け取った点棒の内8500は点箱に、残った100点棒はピンッと跳ねあげて持ち直し口元へ。

キョトンとする一同をよそに大きく深呼吸。

透明な煙をまき散らすように息をフーッと吐く。

 

「何それ?」

「俺の必勝祈願さ」

 

首を傾げる豊音にそう返事をし、秀介は100点棒を銜えた。

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

豊音はキョトンとしたまま答える。

 

「・・・・・・身体に良くないよー?」

 

 

 

真面目に返されるのは中々キツイな、と秀介は顔を逸らした。

 

 

 

豊音 40400

塞  17000

秀介 25600

シロ 17000

 

 




熊倉さんにからかわれ、豊音さんには素で返される。
この地は秀介の思い通りにならないことが多いようです。
あ、切られる前にロン宣言するのはルール違反です、良い子は真似しないようにね(


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05臼沢塞 衝突と告白

能力は俺が作った(キリッ
話の区切りを重要視した結果20000字突破した模様。

注意:今回、「小説としてその表現どうなのよ」って書き方した文章が出てきます。
でもどうしてもやりたかった、後悔はしていない(



東二局0本場 親・塞 ドラ{北}

 

塞 17000

配牌

 

{三四七①⑥⑦⑧1247白發} {中}

 

役牌のタネはあるのだが1枚ずつでは何の役にも立たない。

何とか重ねるか、他の面子が早めに伸びてくれればいいのだが。

まずは浮いている{①}を切る。

 

秀介 25600

配牌

 

{二四(横三)四六七②⑤589東白中}

 

今回も豊音は鳴きで手を進めてくるのだろうか。

山を見てみると豊音の手牌と合わせて平和一通で聴牌できそうだ。

もっともそれは鳴きが入らなければの話だが。

 

(今回彼女の手牌は鳴きに向いていない。

 山の流れを感じ取って面前で進めるのが最善だ。

 だが・・・・・・その場合俺の方が先に上がる)

 

前局の反撃で流れを呼び込めたようだ。

{⑤}を手放す。

 

(エ、エェー・・・・・・)

(何でそんなところから切ってるんだろう・・・・・・)

 

今回は秀介の手牌を見てみようとその後ろに回り込んだエイスリンと胡桃は、やはり揃って首を傾げていた。

熊倉は相変わらず豊音の後ろ。

豊音を見守っているのか、それともその対面で戦っている彼を見ているのか、それはよく分からない。

 

シロ 17000

配牌

 

{一七八八①(横八)②35南南(ドラ)發發}

 

{發}が鳴ければ手が早そうだ。

面前よりも鳴きに向いていそうな配牌。

だがシロはあまり鳴くのは好きではない、面前で進めたい派だ。

鳴くとツキを逃すとかそういうジンクスを信じているわけでは無い、もっともっと単純なこと。

 

(・・・・・・人の捨て牌に手を伸ばすのがだるい・・・・・・)

 

シロは{一}を切りながら小さくため息をついた。

ついでにもう一つ。

 

(・・・・・・「ポン」とか言うのがだるい・・・・・・)

 

豊音 40400

配牌

 

{六③④1235(横4)79南西西白}

 

秀介が、鳴きよりも面前の方で進めるのがいいと断定した配牌、おそらくほとんどの人間が賛成することだろう。

平和一通が容易そうだ。

それでも鳴きで進めるのかというとそういうわけではない。

 

(さっきは上手いことやられちゃったからね。

 今度は別の方法で攻めるよー)

 

{南}を捨て、そのまま素直に平和一通に進める。

 

(心配なのは、そうだねー・・・・・・志野崎さんがどれくらいで聴牌するかかなぁ)

 

2巡目。

 

塞手牌

 

{三四七⑥(横八)⑦⑧1247白發中}

 

面子のタネが増えた。

順調に手が進んでくれれば{白發中(役牌)}はいらないことになる。

だが思い切って捨ててもいいものだろうか。

大切にしたいような、不要だとばかりにぞんざいに扱いたいような、何とも言えない困った奴らだ。

一先ずは{1}を手放す。

 

秀介手牌

 

{二三四四六七②58(横7)9東白中}

 

ペンチャンが面子になった。

こちらも手が順調に進めば役牌は不要そうだ。

チラッと視線を向けたのはシロの方。

 

(・・・・・・姉帯さんが捨てた{南}、鳴かなかったな・・・・・・)

 

役牌ではないから鳴かなくても不思議ではないが、手牌はチャンタ系だし大半の人は鳴くのではないだろうか。

何かを感じ取って鳴かなかったのか、それとも単純に面前が好きなのか。

その辺りも観察しつつ、秀介は{四}を切る。

 

(だから何でそこ切るの!)

(!???)

 

後ろで様子を見ている胡桃とエイスリンの心のツッコミは、見えていない秀介には届いていなかった。

 

シロ手牌

 

{七八八八①②3(横④)5南南(ドラ)發發}

 

チャンタになりそうな配牌だったが余計な牌をツモった。

 

(んー・・・・・・どうしよ・・・・・・)

 

今回は彼女の特性とは関係なく頭を抱える。

鳴くのはめんどくさいし、チャンタにはなるか不明だし。

残るは七対子?

 

(・・・・・・だるい、今回はいいか)

 

迷った挙句に{①}を捨てるシロ。

 

(・・・・・・盛り上がってるみたいだし、トヨネに任せた)

 

人はその行為を「投げる」と呼ぶ。

 

豊音手牌

 

{六③④1(横⑧)234579西西白}

 

このツモは不要か。

{⑧}をそのまま切った。

{白}も不要だがまだ2巡目で役牌は一枚も出てきていないし、あっさり切るのは気が引ける。

それに対面の秀介の捨て牌があまりにも奇妙。

この{白}で手が進んだりするのではないか。

しかしよくよく考えると{白}を鳴かれるよりも怖いものがある。

 

(国士とかはゴメンだよー)

 

そう考えると早めに切った方がいいかもしれない。

有効牌が来たら切ろうと豊音は心に決めた。

 

3巡目。

 

塞手牌

 

{三四七八⑥⑦⑧247白(横9)發中}

 

{7}とカンチャンで繋がったが、あまり有効牌とは言えない。

切ってもいいのだがそれよりも、と秀介の捨て牌に視線を向ける。

 

({⑤四}って・・・・・・どんな手牌なのよ・・・・・・)

 

最も警戒するのは国士無双。

続いて純チャン、チャンタ、混老頭などのヤオチュー牌が絡む役。

あるいはその辺りの役など一切無視した役牌のみ、など。

そう考えるとこの三元牌は切りにくい。

 

(・・・・・・でも、引っ張った挙句聴牌した後の高い手に振り込むよりは・・・・・・)

 

役牌鳴かれるくらいなら許容しよう。

そう決めた塞は{白}を捨てた。

 

秀介手牌

 

{二三四六(横五)七②5789東白中}

 

続く秀介、牌をツモった際に視界に入った次のシロのツモと、豊音の手牌にも視線を向けて小さく笑う。

 

(折角だ、この機会に処理しようか)

 

塞に続いて秀介も{白}を切り出した。

 

シロ手牌

 

{七八八八②④35南南(横白)(ドラ)發發}

 

今しがた二人が切った{白}。

そんなものいらないとばかりに切った。

 

豊音手牌

 

{六③④1234579西西白(横北)}

 

何やらワクワクした様子の豊音。

ツモって来た牌を手牌に加えて即座に{白}を捨てた。

 

(全員が同じ巡で同じ牌を切るって、何か面白いよねっ!)

 

各々の思惑は違えども、かくしてこの3巡目で{白}が全て捨てられることになった。

 

4巡目。

 

塞手牌

 

{三四七八⑥⑦⑧2479發(横東)中}

 

(今の1巡で国士の可能性は消えたけど、まだ役牌鳴かれる可能性はあるんだよね。

 そう考えるとこの{東}も切りにくいんだけど・・・・・・んー・・・・・・)

 

少し考え、秀介の様子をうかがいながら{東}をツモ切りする。

 

秀介手牌

 

{二三四五六七②5(横⑨)789東中}

 

こちらも不要牌、あっさりツモ切り。

 

シロ手牌

 

{七八八八②④3(横⑦)5南南(ドラ)發發}

 

(んー・・・・・・いらないかなぁ)

 

何を狙っているのか分からないながらも、こちらもツモ切り。

 

豊音手牌

 

{六③(横一)④1234579西西(ドラ)}

 

(今度は全員ツモ切りだ)

 

豊音も同じく{一}をツモ切りした。

はたまたおかしな偶然があるものだ。

 

5巡目。

 

塞手牌

 

{三四七八⑥(横九)⑦⑧2479發中}

 

二面子目が完成。

できれば索子も頭か面子が確定してほしいところだ。

{中}を切ろうかと手をかけ、先程{中}で上がられまくっていたことを思い出して手を止める。

 

(もう無いとは思うけど・・・・・・ま、まぁ、止めておくに越したことは無いかな、うん)

 

誰に言うでもなく一人で自分を説得し、{發}の方を捨てた。

 

秀介手牌

 

{二三四五六七②5(横②)789東中}

 

これで一向聴、手の進みは順調だ。

塞の方をチラッと見る。

 

({發中、迷った挙句に發}を切ったな。

 さっきの俺の{中}がまだ響いてるのかな。

 だったらやった甲斐はあるし、俺もそれに乗らせてもらおうか)

 

{中を切らずに東}を切る。

残りの{中}は裏ドラに1つと、もう4巡程しなければ出てこないところにある。

その前に秀介に聴牌が入り上がれるはずだ。

対面の豊音も今回は鳴きではなく面前で手を進めているようだし、このまま上がれることだろう。

 

シロ手牌

 

{七八八八②④3(横⑦)5南南(ドラ)發發}

 

(・・・・・・さっき切ったんだけど・・・・・・)

 

七対子狙いで{八}を切っておけばよかったかなと思いつつ、{⑦}をツモ切りする。

 

(でも七対子は七対子でめんどうだしなぁ・・・・・・。

 さっきの局で上がれれば楽だったんだけど)

 

でもまぁ、上手くいかないのも麻雀だよなぁ。

などと若くして真理に至った風なことを思いながらシロは背もたれにより深くもたれかかるのだった。

 

豊音手牌

 

{六③④1234579(横8)西西(ドラ)}

 

(よし、一向聴!)

 

ここまでくればしめたもの。

{六}を切り出す。

後は待つのみ。

 

6巡目。

 

塞手牌

 

{三四七八九⑥⑦⑧2(横⑧)479中}

 

塞もこれで手が進んだ。

{中を切って234か789}の面子が完成すれば聴牌になる。

 

({中}・・・・・・切らなきゃだめだよね・・・・・・)

 

むーっと秀介の方を見ながらおそるおそるといった感じで{中}を捨て牌に置いた。

そしてその秀介。

 

秀介手牌

 

{二三四五六七②②57(横6)89中}

 

(・・・・・・よし)

 

この後のツモの流れに視線を向ける。

 

 

{()()([5])()()()()}

 

 

2巡後に上がり牌の{4}をツモれる。

その間の豊音のツモは{五と8}だし、聴牌に至ることは無い。

二撃目も上がらせてもらおうかと{中}を横向きに捨てる。

 

「リーチ」

 

秀介捨牌

 

{⑤四白⑨東} {横中(リーチ)}

 

シロ手牌

 

{七八八八②④3(横⑨)5南南(ドラ)發發}

 

(・・・・・・志野崎さんが先制取った・・・・・・)

 

安牌の{⑨}を切りながらシロは豊音に向き直る。

秀介はそんなシロの視線の動きを見逃さなかった。

そう、豊音に期待をかけているようだがそのツモは有効牌ではない。

残念ながら彼女達には秀介の上がりを見守るしか手は無いのだ。

 

豊音手牌

 

{③④123457(横6)89西西(ドラ)}

 

(・・・・・・ん?)

 

そう思っていたから、秀介は一瞬その光景を見誤ったのかと思って軽く目を擦ってしまった。

 

「んーと・・・・・・」

 

豊音はツモった{6}を手中に収めると、ドラの{北}を抜き出す。

 

(ツモ牌が変わってる、だと!?)

 

「おっかけるけどー」

 

タンッと{(ドラ)}を横向きに捨てた。

 

豊音捨牌

 

{南⑧白一六} {横北(リーチ)}

 

「とおらば、リーチ」

 

それだけではない。

 

 

{()()([5])()()()}

 

 

{()()([5])()()⑤}

 

 

塞手牌

 

{三四七(横六)八九⑥⑦⑧⑧2479}

 

(俺のツモ牌も変わってる!

 彼女のツモ牌は確か{五で、俺の次のツモは一}だったはずだぞ!?)

 

すり替え、ではない。

そんなものを見逃すほど秀介の目は衰えていないし、第一その二牌は別の山にあったはずだ。

であればこれは・・・・・・。

秀介は豊音に視線を向ける。

彼女の笑顔はそのまま、しかし視線は先程よりも鋭くなったように感じた。

 

(これも、彼女の能力なのか・・・・・・?)

 

「ツモ番だよー、志野崎さん」

 

豊音にそう急かされた。

塞は弱気になったのか、それとも豊音の上がりを確信しているからか、秀介の安牌を切って降り打ちしたようだ。

 

まだ何も確信はできない。

彼女も自分同様自由度の高い能力で、裸単騎を必ず上がる能力を装っていたのか。

それとも衣のように複数の性質を自由に操る能力なのか。

確かめる。

その為にも、ここはあえてその掌の上に()()()()()()()()

 

秀介の上がり牌ではない{⑤}。

秀介はそれをツモり、そのまま河に置いた。

 

「ロン」

 

豊音手牌

 

{③④123456789西西}

 

「リーチ一発平和一通。

 裏ドラは無し、8000」

 

豊音の点数の申告と同時に秀介はその点棒を差し出した。

 

満貫止まり。

だが秀介が差し込んだのではなく、振り込まされた。

阿知賀のレジェンド赤土晴絵が決死の覚悟をもってようやくもぎ取った跳満には及ばないが、秀介にとってはそれに匹敵する一撃だ。

 

(・・・・・・確かめなければ)

 

今のが彼女の能力なのかを。

具体的にどういう能力なのかを。

 

そして場合によっては、その能力ごと打ち倒さなければ。

 

 

 

東三局0本場 親・秀介 ドラ{八}

 

秀介 16600

配牌

 

{二四七七②⑤⑦⑧⑧88南白} {白}

 

予定外の最下位、それに加えてこの配牌となれば鳴いて手を進めていきたいところ。

それが一番早い。

だが今回は鳴くわけにはいかない。

彼女の能力が追っかけリーチで先制者から上がりを取るというものならば、こちらもリーチをしなければならないのだから。

となるとこの手は対子をいくつか暗刻にするか、もしくは七対子にするか。

秀介はこの後の山に視線を移す。

 

(・・・・・・今回は七対子に必要な牌が遠い、{白や⑧}を暗刻にする方が早いな。

 もっともそれ以上暗刻は増やせなさそうだし、裏も絡まないから役はリーチ白くらいか・・・・・・)

 

それでもいい、この局は彼女の能力の確認と、それに対抗できるかの確認を行うのだから。

{南}を切る。

 

(今度は普通に{南}切ったね・・・・・・)

(フツウニススメルノカナ・・・・・・?)

 

その普通の切り出しに、胡桃とエイスリンは逆に不安を感じる様子だった。

 

シロ 17000

配牌

 

{一三九①①③(横②)⑧⑨28南西發}

 

純チャン手牌、三色も見えるし悪くない。

ずっとこういう配牌なら悩まなくていいのに、と思いながら{西}を捨てる。

 

豊音 49400

配牌

 

{三四五九③③⑥(横[⑤])⑦⑨77西北}

 

現在トップ、今しがた秀介から上がりを取ったことだし上り調子のようだ。

平和が付くかはまだ定かではないが、タンヤオ系で筒子の多面張が狙えそうな手牌。

 

(「友引」では狙われちゃったけど、「先負」のリーチ合戦なら私の方が有利!

 このままどんどん点差広げちゃうよー)

 

ドラは{八だから九}を手放すのは気が引ける。

それよりも、と期待するところもあり{北}を手放す。

 

(後は()()()()だねー。

 ()()が決まれば、もうほとんど私の勝ちだよー)

 

塞 17000

配牌

 

{一二四五七①②46(横4)67發中}

 

ツモったところで暫し頭を悩ませる。

役牌を切るのもペンチャン整理をするのも勿体無い様な配牌だ。

 

({一二三四五六七八九44678}って感じに上がれればいいんだけど。

 萬子が伸びるかなぁ・・・・・・)

 

まだこの段階では手がどのように伸びていくのかは分からない。

だから少し勿体ないとは思いつつ{發}に手を掛ける。

 

(トヨネの方が支配力が高いみたいだし{中}を切ってもいいんだけど・・・・・・一応ね)

 

誰に言い訳するでもなく自分に言い聞かせながら{發}を切った。

 

2巡目。

 

秀介手牌

 

{二四七七②⑤⑦⑧⑧8(横1)8白白}

 

手は進まない無駄ヅモ、そのままツモ切りする。

 

シロ手牌

 

{一三九①①②③⑧⑨28(横3)南發}

 

純チャン三色に一歩前進だ。

塞も切っているし{發}を切る。

 

豊音手牌

 

{三四五九(横六)③③[⑤]⑥⑦⑨77西}

 

萬子も横に伸びるツモ。

自風だが構わずにここで{西}を捨てる。

 

塞手牌

 

{一二四五七①②44667中(横9)}

 

微妙なツモ。

{8}をツモれば面子になるし、万一萬子が伸びなかった時に助かる。

ちらりと秀介の様子を見ながら{中}を切った。

 

3巡目。

 

秀介手牌

 

{二四七七②⑤⑦⑧⑧88白白(横白)}

 

まずは{白}暗刻、予定通りだ。

{②}を捨てて手を進める。

 

シロ手牌

 

{一三九①①②③⑧⑨2(横1)38南}

 

順調に手が進む。

こちらも自風だが気にせず{南}を切った。

 

豊音手牌

 

{三四五六九③③[⑤](横③)⑥⑦⑨77}

 

筒子面子完成。

ドラそばの{九}と悩んだが{⑨}に手を掛けた。

 

(筒子は{④}が引けたらいいなー)

 

ピシッと{⑨}を切り捨てる。

 

塞手牌

 

{一二四五七①(横八)②446679}

 

{(ドラ)}ツモ、萬子に新たな面子のタネが増えた。

こうなれば筒子のペンチャンは不要だ。

{①}を切る。

 

4巡目。

 

秀介手牌

 

{二四七七⑤(横八)⑦⑧⑧88白白白}

 

こちらも同じく{(ドラ)}ツモ、だがあまり喜ばしくない。

 

(・・・・・・鳴きが入れば別だが、このままじゃ{六-九}はツモれない。

 {⑧と三}はツモるから残るは頭、つまりこの{(ドラ)}は不要なんだよなぁ・・・・・・)

 

ここで切っても鳴かれはしない。

だが妙な警戒心を与えてしまう可能性はあるし、不要なら不要でこのドラは別に使いどころがある。

ここは{8}を対子落としすることにした。

 

シロ手牌

 

{一三九①①②③⑧⑨1238(横中)}

 

無駄ヅモ。

2巡目に塞も切ってるし・・・・・・とはいえ鳴かれる可能性も0ではない。

ちらりと秀介に視線を向けつつ{中}を切った。

 

豊音手牌

 

{三四五六九③③③[⑤]⑥⑦7(横2)7}

 

こちらも無駄ヅモ、{2}を切る。

 

塞手牌

 

{一二四五七(ドラ)②446679(横南)}

 

やはり無駄ヅモ。

渋い顔をしつつ{南}をツモ切りした。

 

5巡目。

 

秀介手牌

 

{二四七七(ドラ)⑤⑦⑧⑧8(横⑧)白白白}

 

{⑧}暗刻、これも予定通り。

{8}を捨てる。

一向聴、準備は出来た。

 

シロ手牌

 

{一三九①①②(横①)③⑧⑨1238}

 

{①}は頭に出来るだろう。

他の{九や⑨}は対子にせず、出来ればカンチャン、ペンチャン待ちでもいいから純チャンを確定しておきたいところだ。

{8}を切る。

 

豊音手牌

 

{三四五六九③③③[⑤]⑥⑦77(横7)}

 

こちらもまた面子が完成、一足先に聴牌となる。

こうなればドラそばだろうが{九}は不要だ。

切り出しながら秀介に視線を向ける。

 

(志野崎さんも聴牌近いかな?

 こっちは準備できたし、いつでもオッケーだよー)

 

秀介がリーチをしてくれば再び「先負」で返り討ちに出来る。

問題はリーチしてこなかった時だ。

「先負」は使えないが、別にこちらが先にリーチをしてプレッシャーをかけてもいい。

まさか豊音同様に「先負」が使えるわけではあるまいし、しっかり上がれれば「別の能力」を発動することもできる。

ただでさえリードしているのだ、引き離すにはうってつけだろう。

自分の優位を確信して豊音は笑った。

 

塞手牌

 

{一二四五七(ドラ)②4(横九)46679}

 

先程の{(ドラ)}ツモに続いて面子完成。

こうなれば思い描いていた一通も期待できる。

先程処理したペンチャンの残り、{②}を切る。

 

6巡目。

 

秀介手牌

 

{二四七七(ドラ)⑤⑦⑧⑧⑧白白白(横西)}

 

さすがに即聴牌とはならない。

{西}をツモ切りする。

 

シロ手牌

 

{一三九①①①②③⑧⑨123(横白)}

 

生牌だが純チャンには不要。

鳴かれてもいいやとそのままツモ切り。

そして秀介もこれをわざわざ鳴いたりはしない、豊音のツモ番になる。

 

豊音手牌

 

{三四(横一)五六③③③[⑤]⑥⑦777}

 

このツモで待ちが変えられるが、形が悪いカンチャン{二}待ち。

折角優位にいるのだ、こんな悪形でリーチをかけて手に蓋をすることはない。

こちらもツモ切りだ。

 

塞手牌

 

{一二四五七(ドラ)九4(横②)46679}

 

先程切った{②}を再びツモ、当然不要。

 

そして7巡目。

 

秀介手牌

 

{二四(横三)七七(ドラ)⑤⑦⑧⑧⑧白白白}

 

とうとう来た、聴牌だ。

 

(・・・・・・さて)

 

秀介は{(ドラ)}を手に取りつつ、山に視線を送る。

 

 

{()()()()東}

 

 

そしてこの先のツモを確認した上で、今度は豊音と目を合わせた。

 

(見せて貰うぞ!)

 

「リーチ」

 

少々気合の入った強打、{(ドラ)}切りリーチだ。

 

秀介捨牌

 

{南1②88西} {横八(リーチ)}

 

ドラ切りリーチと言うだけでも注目を集める中、それまで一枚も萬子が捨てられていない捨て牌だ。

萬子の混一、清一を警戒させる捨て牌だろう。

だがこのメンバーなら肝心の待ちまでは読めなくても、あからさますぎて萬子待ちでは無いということは見抜いてもおかしくない。

 

だからこれは宣言。

豊音と勝負をする、だから二人は下がっていろ、と言う宣言だ。

 

それを受けて、豊音はフフッと笑った。

1000点棒を取り出しながら秀介は山に再び視線を向ける。

 

(・・・・・・やはり、か)

 

 

{()()()()東}

 

 

豊音と秀介のツモが変わっている。

彼女に聴牌が入り、自分がその当たり牌を掴むように。

 

シロ手牌

 

{一三九①①①②③⑧⑨123(横東)}

 

先程の{白}に続いてまたも生牌の{東}。

不要牌だが親番の秀介のリーチを受けてそのままツモ切りは出来ない。

 

(・・・・・・トヨネが追いかければ勝てるはず。

 なら、ここは勝負に出なくていい)

 

秀介の現物、{②}を切って手を崩す。

 

そして豊音。

長身の彼女は手も人より大きい。

牌をツモる為に伸ばしたその手が今、より大きくなったように錯覚した。

 

豊音手牌

 

{三四五六③③③[⑤](横④)⑥⑦777}

 

待ちの変わる有効ツモ。

しかも理想的、{②-⑤-⑧、④-⑦}待ち!

 

「とおらば」

 

豊音は{三}を横向きに捨てた。

 

「リーチ!」

 

豊音捨牌

 

{北西⑨2九一} {横三(リーチ)}

 

先んずれば即ち負ける、「先負」!

 

塞手牌

 

{一二四五七(ドラ)九446(横5)679}

 

有効牌ツモ、だがこちらもシロ同様前には出ない。

このまま秀介にツモ番が回れば豊音が上がれるのだ、無理をするわけがない。

 

(・・・・・・とはいえ、どうしたもんか・・・・・・)

 

秀介と豊音が共通して捨てているのは{西}のみ、そしてそれは塞の手牌には無い。

あれだけあからさまな萬子待ちの捨て牌に対して豊音が萬子を切って追いかけたところを見ると、やはり萬子待ちではなさそうな気はする。

しかし、では何を切るか。

{8}二枚落としを考えてその上の{9}とか平気か?

いやいや、こちらの{9}落としを読まれたら秀介にツモが回る前に上がられる。

そうなっては「先負」も意味は無い。

秀介が捨てていて、豊音の上がり牌でもなさそうなもの・・・・・・。

 

(・・・・・・こ、これしかないかぁ・・・・・・。

 トヨネ、当たっちゃったらごめんね)

 

意を決し、塞が手放したのは

 

{(ドラ)}だった。

 

これなら絶対に秀介は当たれない。

問題は豊音の待ちに{(ドラ)}が含まれた場合だが、どうやら回避できたようだ。

そしてそうなれば次は秀介のツモ番。

 

 

{()()()}

 

 

ツモるのは豊音の当たり牌、{⑤}!

そして秀介の当たり牌でない以上、それをツモ切りするしかない。

 

山に手を伸ばす秀介を見ながら豊音は笑った。

 

さぁ、志野崎さん、さっきとおんなじだよ。

 

もう一度、

 

 

        /んで振り込んじゃいなよ!

私の当たり牌を掴/

 

 

「うあああっ!?」

 

ガタンッと椅子を倒しながら豊音は立ち上がった。

すぐ後ろにいた熊倉に支えられたので転びはしなかったが危ういところだった。

椅子は熊倉にもぶつからなかったようなので怪我の心配はない。

が、豊音にとってはそれどころではないようだ。

 

「・・・・・・え? トヨネ・・・・・・?」

「・・・・・・?」

 

塞もシロも何事かと豊音に視線を向ける。

 

「・・・・・・驚いたわ。

 どうしたの? トヨネ?」

 

熊倉も声を掛けるが、豊音は震えるのみ。

そんな豊音を一瞥しただけで、秀介はツモ牌を晒した。

 

 

{二三四七七⑤⑦⑧⑧⑧白白白} {(ツモ)}

 

 

手牌と共に。

 

「ツモ」

「・・・・・・えっ? ツモ!?」

 

その言葉に塞が声を上げながら秀介の方に振り返る。

豊音の上がり牌を掴んだのかと思いきや、まさかそのままツモ上がり!?

 

「リーチ一発ツモ白、4000オール」

 

点数を告げ、不敵に笑う秀介。

それを直接向けられた豊音は、より一層震え上がるのみ。

 

「・・・・・・トヨネ、手牌見るよ」

 

秀介と豊音の顔を交互に見ながらそう告げたのはシロだ。

右腕を伸ばしてパタンとその手牌を晒す。

 

{四五六③③③④[⑤]⑥⑦777}

 

何度か見直すが{②-⑤-⑧、④-⑦}待ち。

即ち秀介がツモった{⑥}は豊音の待ちに絡んでいない。

それはつまり、どういうことか・・・・・・?

 

豊音は自身を抱きしめるようにしながらその場に座り込んだ。

 

(・・・・・・な、何今の・・・・・・?)

 

恐ろしい殺気・・・・・・いや、刃物だ。

 

大型の刃物・・・・・・例えるならそれは、()()()()()()()()()()()で左肩から右腰まで真っ二つにされたような悪寒!!

 

今にも涙が出そうなほどの恐怖!!

 

その悪寒、そして秀介が豊音の上がり牌を掴まなかったという事実。

この二つから豊音は震えながらも結論を導き出した。

 

(・・・・・・わ、私の「先負」を()()()()()自分の上がり牌を引き寄せた、ってこと・・・・・・?

 そんな、それじゃ・・・・・・この人・・・・・・!)

 

豊音は倒れた椅子に捕まり、未だ震えながらもゆっくりと立ち上がった。

 

(・・・・・・わ、私よりも・・・・・・()()!?)

 

初めてだった、自分の能力(ちから)を真正面から切り崩されたのは。

椅子を起こしそこに座り直し、豊音は秀介と視線を合わせないようにしながら点棒を差し出した。

 

(こ、この人・・・・・・ちょー怖いよぉ・・・・・・)

 

 

秀介は一息つきながら牌を卓に流し込んでいく。

この人生では初めてだった、人の能力(ちから)を真正面から切り崩したのは。

受け流したり回避したり逆手に取ったりすることはあったが、相手の領域だと察した上でそこに自身の能力を行使したのはこれが初めてだ。

咲がカンした時に嶺上牌を入れ替えたことは無かったし、衣の海底牌を入れ替えたこともないし、玄と同卓の時にドラを奪ったこともない。

絶対に麻雀で無茶をしないと誓った今、牌を入れ替えできる枚数には上限がある。

人の領域に踏み込むと消費枚数が増え、結果入れ替えできる枚数が減ることになる。

それは避けてきた、自身を守るために。

だが今はあえてそこに踏み込んだ、後の不利を承知の上で。

そうしなければ豊音の「先負」は破れないと判断したのだ。

 

(・・・・・・もっとも、もうやりたくないがね)

 

出来れば今の一撃で今後の「先負」は控えてほしいと言うのが本音だ。

リーチをしなければいいのだが、まだ点差で負けている以上点数アップの為にもリーチは使いたい。

その時に「先負」で押され続けるとこちらは回数制限のある能力の行使を強制されることになる。

能力が使えなくなるのと相手の点数が0になるのとではどちらが先になるか分からない。

 

(今の反応を見る限り大丈夫だと思うが、姉帯さんがどう受け取るかによるな。

 最悪もう一度くらいは覚悟しておこうか)

 

 

 

東三局1本場 親・秀介 ドラ{二}

 

豊音 44400

配牌

 

{(ドラ)二四八①⑥(横①)36南南西北發}

 

配牌を受け取って豊音は、むむっと表情を顰める。

 

(あんまり良くない・・・・・・これじゃ志野崎さんに追いつけないかなぁ・・・・・・)

 

いや、仮に追いついたとしてどうする?

再び追っかけリーチを掛けるのか? 掛けられるのか?

それで今度は勝てるのか?

 

(うぅ・・・・・・)

 

小さく身震いしながら豊音は{北}を捨てる。

またあんな怖い思いをするかもしれないのだ。

 

(本気で・・・・・・ホントに()()()()かと思ったよぉ・・・・・・)

 

ちらっと秀介に視線を向ける。

変わらず真剣に打っている様子、先程感じた悪寒は気のせいだったのでは?と思ってしまいそうな自然な表情だ。

だが気のせいではない。

確実に悪寒を感じ、だから豊音は思わず椅子から立ち上がってしまったのだ。

その身に植え付けられた恐怖はそう簡単には消せない。

 

(・・・・・・「先負」はちょっとやめておこうかなー・・・・・・なんて・・・・・・)

 

自信の弱気を察しながらも、豊音は一度「先負(それ)」を封印することにする。

何もそれだけが武器ではないのだ、他にもいくらでもやりようはある。

 

(志野崎さんと私の点差はまだ14800。

 それを少しでも詰めようと思ったらここで連荘するのが一番)

 

子と比べれば親の得点力は1.5倍だ、これを生かさない手はない。

 

(なら志野崎さんは連荘を狙ってくるはず・・・・・・。

 今度はそこを狙うよ!)

 

カッと目を見開く豊音。

同時に周囲の気温が下がった気がする。

塞は曇った自分の片眼鏡(モノクル)をハンカチで拭きながら豊音の様子をうかがう。

それは「友引」でも「先負」でもない。

 

(トヨネ・・・・・・今度は何を仕掛けるの?)

 

何なら手伝うよ、というような視線を向けるが豊音は笑顔で返すのみ。

手助けは無用、自力で流れを取り戻す。

 

何事も避けたほうが無難、迂闊に手を出せば自滅を誘う。

 

「赤口」!

 

 

「ツモ」

「ふぇ?」

 

ジャラララと手牌を倒したのは秀介だった。

 

秀介手牌

 

{一(ドラ)①②③③④④④[⑤]⑦⑧⑨} {(ツモ)}

 

「ツモドラ赤、2000オールの1本付け」

 

(え、ちょ・・・・・・!)

 

上がったのはまだ5巡目、圧倒的早さである。

しかも一通や清一になりそうな手にもかかわらず、それらを捨ててツモとドラのみ。

 

「赤口」、それは厄日とされ、何事も避けたほうが無難な日のこと。

また赤という字が入っていることから、火や刃物など死を連想させる物に注意が必要とされる日でもある。

豊音も今それにちなんだ能力を発動していたのだ、が。

赤口は()()()()()吉とされている、つまり。

 

(効果があるのは7巡目以降なのに!)

 

もちろん秀介は豊音がそんな能力を発動していたことなど知らない。

何かあるなと察することはあっても、具体的な能力の内容まで知ることは不可能だ。

だからこれは、普段から連荘の起点に早上がりを使用していることによる偶然の回避。

だが偶然であろうと豊音にとって自分の能力を回避されたという事実は変わらない。

 

(ど、どうしよう・・・・・・「赤口」は連続使用が出来ないのに・・・・・・!)

 

複数の能力を所持するが故の弊害。

「先負」、「友引」は特殊な条件を揃えることで発動する、つまり条件を揃えることが出来なければ発動できないという弱点を持つ能力だ。

だが「赤口」は局の初めに豊音の任意で発動することが出来る能力、それ故に間を一局以上開けなければならないという弱点を持つ。

今の回避が偶然で次の局なら秀介を捕えることが出来るのだとしても、連続して発動することが出来ない以上再び「赤口」を仕掛けることが出来ない。

さらに「赤口」に限ったことではないが、豊音は複数の能力を所持しているもののそれらを同時に発動することもできない。

「赤口」で牽制を掛けつつ「友引」で攻撃を仕掛けるような真似は出来ないのだ。

 

(また別の能力で行かないと・・・・・・次はどうしよう・・・・・・。

 志野崎さんが流れに乗ってる状況で「大安」なんて使ったら逆転されかねないし・・・・・・。

 「仏滅」が使えればいいんだけど、さっきから条件が揃わないし・・・・・・さっき出かけたけど・・・・・・)

 

悩んでいる間にも牌は卓に流し込まれ、新たな山が現れる。

当然豊音の考えがまとまるまで待つ必要はないので、秀介はさっさと賽を回してしまう。

うぐぐー、と悩みながらも豊音は結論を出さざるを得ない。

 

(速さ勝負なら「友引」か「先勝」。

 「先勝」は一回しか使えないし・・・・・・まだ東場だし、もう一回「友引」でいくよっ!)

 

 

 

東三局2本場 親・秀介 ドラ{②}

 

豊音 42300

配牌

 

{一⑥⑦2345[5]8(横7)南西西北}

 

悪くない配牌だ。

索子の混一が狙えそうだし、{⑥⑦}は面子にすると点数が安くなる代わりに手が早くなる。

自風の{西}が対子だしどちらも狙えるこの配牌はありがたい。

 

(スピード勝負、負けないよっ)

 

{北}を捨てる。

 

2巡目、3巡目共に無駄ヅモ。

 

だが4巡目に上家のシロから{西}が捨てられる。

 

「ポン!」

 

豊音手牌

 

{一⑥⑦2345[5]78南} {横西西西}

 

{一}を切る。

面前でも行けたかもしれないが、「友引」を持つ豊音にかかれば鳴いた方が確実だ。

「全員の捨て牌が11個、その間に11回ツモった気分だった」と言う人間もいるくらいだし。

豊音ならばそれくらいに勢いに乗ることもできる。

さぁ、今回は追いつけるかなー?と秀介に笑顔を向ける豊音。

そしてその秀介も豊音に笑顔を返し、同時に告げた。

 

「リーチ」

「・・・・・・え、えー!?」

 

秀介捨牌

 

{7八⑧1} {横東(リーチ)}

 

(早っ! ど、どうしよう、一回鳴いちゃったよー・・・・・・)

 

これでもう「先負」は使えない。

豊音が鳴いて秀介がリーチと言うことは、自分が鳴いたことによって彼に有効牌が入った可能性がある。

しかし面前のままなら追いつけていたかと言うとそれも怪しいところ。

 

(こ、この人速すぎる! 「友引」でも「先負」でも追いつけないなんて!)

 

豊音は揺らいでいた。

最初にリーチを掛けられた時にはもう二鳴きしていたし、負けるものかと突っ込んでいく気になれた。

だが今回はまだ一鳴き、なまじ手牌がまだ多いだけに降りるという選択肢も出てくる。

手牌を減らせばその分降りることが出来なくて、最悪振り込む可能性もあるのだ。

 

(まだ5巡目だし・・・・・・降りる? 攻める? ど、どうすれば・・・・・・)

 

さんざん考えた挙句、塞やシロの捨て牌を参考に安牌を切りつつ攻めていったが、手の内に危険そうな牌が溜まってくると泣く泣く手を崩して降りた。

 

(そもそもなんなのかなー、あの捨て牌は・・・・・・訳が分からないよー・・・・・・)

 

チャンタ系? 七対子?

豊音に限らず塞もシロも、全く訳が分からずにおそるおそる牌を切っていくしかできなかった。

 

そして12巡目、ようやく秀介の手牌が明かされた。

 

「ツモ」

 

秀介手牌

 

{一一三五④⑤⑥⑦⑧⑨567} {(ツモ)}

 

「リーヅモ裏1、2000オールの2本付け」

 

(う、嘘でしょー・・・・・・?)

(それ、リーチかけるの早かったんじゃ・・・・・・)

 

豊音も塞もその上がり形に渋い表情を浮かべる。

5巡目でこの形と言うことは、456の三色に移行したり{一}の頭を崩してタンヤオを付けたり、両面待ちにして平和を付けたりいくらでも高く手替わりできただろうに。

リーヅモタンピン三色で跳満に出来れば一発で豊音を逆転するだけでなく、引き離すこともできたというのに。

 

(・・・・・・もっともその場合は私の方が早く上がれてたかもしれないけどー・・・・・・)

 

結果上がれているのだからその選択が正しかったということか。

 

 

その様子を熊倉は豊音の背後からふむふむと観察していた。

 

(5巡目でリーチが掛かったから豊音は攻めきれなかったわけだけど。

 多分あそこで豊音を悩ませるために聴牌即リーしたんだろうねぇ。

 目の前の点数や手の有利不利だけでなく、相手の心理も汲み取って手を進めるなんて・・・・・・なるほど、高校生レベルじゃないわね)

 

卓上から秀介に視線を移す。

 

(噂に違わぬ、というところね。

 でもまだ全力ではないのではないかしら。

 せっかくだから見せて貰いたいわねぇ)

 

何かを思い出しながら、熊倉はふふっと笑った。

 

 

 

東三局3本場 親・秀介 ドラ{七}

 

先程の上がりで秀介の点数は42500、とうとう豊音を逆転していた。

ここは秀介の流れを断って再逆転したいところ。

なんとか打ち崩さないとと考えながら豊音は山に手を伸ばす。

 

豊音 40100

配牌

 

{二二六(ドラ)九①129(横6)南白白中}

 

第一ツモは{6}、面子になる牌ではないが中途半端に筒子を掴むよりはマシか。

一先ず{①}を切る。

{白}が対子だし鳴いていければ早いだろう、となればここは「友引」の出番。

なのだが、ちらりと秀介に視線を向ける豊音。

 

(早目に鳴いたらまたリーチで手を止められちゃうかもしれないし・・・・・・かといって無理に突っ込んだら振り込んじゃうかもしれないし・・・・・・。

 リーチをさせないためには面前を維持しないといけない、けどそれだとスピードが・・・・・・)

 

むーっと眉を顰めて考え込む。

いっそ秀介が先に鳴いてくれればいいのだが。

何とか突破する方法を見つけなければ。

 

そう思って面前で手を進めて行ってみるが、結局8巡目。

 

豊音手牌

 

{二二五六(ドラ)七[⑤]126(横3)6白白}

 

面前のままそこそこ手がまとまってきてしまった。

ちらりと捨て牌に目を向ける。

 

秀介捨牌

 

{九北南發9八⑦} {6}

 

シロ捨牌

 

{西發北南②西東} {②}

 

豊音捨牌

 

{①南九9東中} {南}

 

塞捨牌

 

{西北發東西中} {⑨}

 

豊音の鳴きの急所、{白}はまだ捨てられていない。

これはまだ鳴きで手が進められる可能性があることを示しており、しかし同時にここまで捨てられていないと誰かと持ち持ちの可能性もある。

ここまで来たらもういっそ最後まで面前で進めようかと考えて{二}を落とすことにする。

直後、塞からも{二}が捨てられた。

 

「チー」

 

そして秀介が{横二三四と晒し白}を捨てる。

 

(この巡目に来て鳴き? ってことは手が悪かったの?)

 

もしそうなら今から鳴いても追いつける、いや追い越せるかもしれない!

咄嗟にそう判断した豊音はシロが山に手を伸ばすのを制して{白を晒す。}

 

「ポン!」

 

{二五六(ドラ)七[⑤]12366} {白横白白}

 

{二}をもう一枚捨てて一向聴。

だが「友引」を発動するなら面子を崩してでも鳴いていかなければならない。

いっそ「友引」でなくともこのまま白ドラドラで上がってもいいかと考える。

次巡、シロからこぼれたのは{四}。

 

「チー!」

 

{(ドラ)七[⑤]12366} {横四五六白横白白}

 

{[⑤]}を切って聴牌。

スピード重視でこのまま上がらせてもらうよ!と秀介に笑みを向ける。

と、秀介と視線が合った。

彼もこちらを笑顔で見ていたようだ。

そして無情にも宣告する。

 

「ロン」

「・・・・・・えっ」

 

秀介手牌

 

{三三③④⑤⑥⑦345} {横二三四} {[⑤](ロン)}

 

「タンヤオ赤1、2900の3本付け」

 

その上がり形に、あわわと声を上げる豊音。

塞やシロもその上がり形に眉を顰める。

上がり形がこの形で捨て牌に{6}があるということは。

 

{三三三四③④⑤⑥⑦3456(横白)}

 

彼がチーをする前はこんな形の手牌だったことになる。

ここから{白ではなくわざわざ6}を切るのも信じられないが、この好形のタンピン三色をチーで崩し、タンヤオのみの安手上がりをしたということが余計に信じられない。

 

(どうしよう、この人・・・・・・何をするのか分からないよー・・・・・・)

 

人にはそれぞれ打ち方に癖と言うものがある。

平和手が好きな者、チャンタが好きな者、鳴きが好きな者。

そして「能力」を所持し、それを利用する者。

もっともそう言う癖と言うのは悪いことばかりではない。

何かに()ることにより安定し、勝ったり負けたりではなく安定した勝ちを得ることが出来るようになるのだ。

複数の性質を使い分けることができる豊音にとっては、相手の拠り所見抜くことが出来ればそれに有利になる「能力」を行使することが出来る。

時に攻撃的に、時に防御に回り、豊音率いる宮守女子は岩手代表として全国大会出場を果たしたのだ。

 

だが秀介の打ち方は未だに予想もつかない。

早上がり、鳴き、こちらの待ちを見抜いてロン上がり、ツモ狙いで腰を据える。

まぁ無理もない、秀介の最も身近な存在(幼馴染)でも未だに見抜けていないのだから。

初対面の初対局ともなれば混乱するに違いない。

そう言った自信の喪失や不安を重ねることで「勝てない」と思ってしまったら、これ以降はもう完全に秀介の独壇場になるだろう。

 

(・・・・・・トヨネが弄ばれてる・・・・・・)

 

塞もそんな豊音の様子に不安を抱く。

豊音と言えども彼には勝てないのか?

 

(なら・・・・・・)

 

豊音ならやってくれると期待していたけれども、豊音にばかり頼るのはよくない。

仮に豊音一人では無理だとしても、自分が援護すれば何とかできるかもしれない。

 

軽く片眼鏡(モノクル)を拭いて掛け直す。

もう4本場、これ以上は上がらせない。

牌を卓に流し込んで、新しい山が上がってくる。

彼の能力が分からずいつ上がられるのかが不明な以上、この時点から秀介に視線を送る。

 

(()()!!)

 

明確な意思をもって塞は秀介を睨みつけた。

 

 

途端。

 

 

「がっ!?」

 

 

彼は頭を抱えて蹲った。

肘が卓にぶつかりガタンと揺れ、何ヶ所か山が崩れる。

 

「・・・・・・え? え? な、え?」

「ど、どうしたの? 大丈夫ー?」

 

睨みつけた本人塞もおろおろと秀介に手を差し伸べ、対面で少し萎縮し始めていた豊音も何事かと立ち上がって肩を揺する。

めんどくさがりのシロすらが心配そうに顔を覗き込んでいるし、呼び出した熊倉も想定していなかったようで慌てて駆け寄ってくる。

 

「大丈夫かい? しっかりして。

 誰か飲み物を買って来ておくれ」

「じゃ、じゃあ私が」

 

タタタタッと駆けていく胡桃。

そんな胡桃の背中に声がかけられた。

 

「・・・・・・リンゴ・・・・・・」

「え?」

 

未だ辛そうにしているが、薄目を開けた秀介が胡桃にそう告げていた。

 

「・・・・・・リンゴジュースを頼む」

「・・・・・・何故リンゴジュース? まぁ、いいけど」

 

注文を受けて買いに走った胡桃。

5分もしないで帰ってきた辺り近くに自動販売機があったらしい。

 

「はい、買ってきたよ。

 大丈夫?」

 

さっとペットボトルのリンゴジュースを差し出す胡桃。

秀介はそれを受け取ると蓋を開け、がぶがぶと一気に飲み干した。

 

「・・・・・・・・・・・・ぷはぁ・・・・・・」

「いい飲みっぷりだねぇ」

 

落ち着いたと判断したのか、熊倉がそんな軽口を叩く。

秀介は椅子に首までもたれ掛って胡桃の方に向き直った。

 

「・・・・・・スマン、助かった」

「もう大丈夫? なんでリンゴジュースなの?」

「そういう体質なんだ」

「・・・・・・バカみたい・・・・・・」

 

そんなこと有り得ないでしょと言いながらも、胡桃は空になったペットボトルを片付けてあげていた。

面倒見のいい胡桃に感謝をしながら、秀介は改めて一同に向き直る。

 

「お騒がせしました、もう大丈夫です」

 

その笑顔に宮守メンバーもほっと胸をなで下ろす。

 

「大丈夫ならいいけど。

 何か持病でもあるのかい?」

「・・・・・・そうですね、以前はありました。

 ただ少しばかり久々なので何が原因なのやら・・・・・・」

 

(・・・・・・私のせいじゃないよね・・・・・・?)

 

熊倉と秀介の会話を聞きながら視線を逸らす塞。

今までやっていなくて今やったことと言ったら真っ先に自分が塞いだことに思い当たってしまう。

でもまさか、上がりを塞いだらダメージを受けるとか有り得ないし。

そう思いつつ塞は秀介の様子を見ていた。

 

(・・・・・・だ、大丈夫かな? もう一回塞いでみて・・・・・・)

 

しかし全く心当たりはないが、もしこれが原因だったらまた秀介にダメージを与えてしまう。

 

(こ、これでダメだったら、本当にもう何もしないから・・・・・・)

 

誰に言い訳するでもなく、塞は深呼吸をして心を落ち着けていた。

 

 

結局山は崩れたがまだ誰も配牌を取って行っていなかったので、積み棒はそのまま山を崩して続行となった。

新しい山が現れる、そのタイミングで塞は改めて秀介に視線を向けた。

その上がりを()()為に。

 

「・・・・・・っ!」

 

一瞬辛そうな顔をした秀介。

だが眉を顰めただけで倒れる様子はない。

 

(・・・・・・だ、大丈夫なの、かな?)

 

そして山が現れ、

 

(・・・・・・・・・・・・え・・・・・・?)

 

秀介は驚愕した。

 

 

 

{()()()()()()()()()()()()()()()()()}

 

 

 

(・・・・・・見え・・・・・・ない・・・・・・?)

 

「・・・・・・サイコロ」

「志野崎さん、大丈夫? まだ具合悪い?」

 

シロと豊音に声を掛けられて、秀介はようやく賽を回すために手を伸ばした。

出目は6、シロの山からの取り出しだ。

 

 

{()()()()()()()()()()()} {()()()()()()}

 

 

配牌を受け取って手元で起こす。

 

{②5中五}

 

(・・・・・・・・・・・・は・・・・・・はは・・・・・・)

 

下家のシロに視線を向ける。

だるそうに配牌を受け取っていた。

対面の豊音に視線を向ける。

こちらに注意している様子はない。

上家の塞に視線を向ける。

怪訝そうな表情をした塞と目が合った。

同時に秀介が口を開く。

 

「・・・・・・これは、君の能力(しわざ)か」

「・・・・・・え?」

「・・・・・・いや、いい」

 

秀介はそう言って配牌の続きを取っていく。

 

(相手の能力を封じているのか、この能力は・・・・・・)

 

秀介が視線を向けた時に、シロも豊音も自分の配牌を注視していた。

そんな中で塞だけが秀介と視線が合った。

つまり塞は今このタイミングで唯一秀介に意識を集中していたのだ。

だからこの原因は彼女。

 

(まさかこんな能力があったとは・・・・・・。

 そして・・・・・・まさかこんなことになるとは!)

 

秀介は嬉しそうに配牌を取っていく。

 

彼は死神に授けられたその能力で牌を見通す。

今でこそ楽しめているがその能力に絶望を抱いたこともあった。

 

それが今、完全に封じられているのだ。

 

つまり。

 

(・・・・・・牌が見えない・・・・・・これが・・・・・・やっぱり、これが麻雀だよなぁ・・・・・・!)

 

今、彼の胸には希望しかなかった。

 

 

一方言われた塞としてはたまったものではない。

 

(な、何で分かったの!?)

 

自分が何かをしたということは仮にわかったとしても、今の言い方はまるで何をされたかまで全て察しているかのようではないか。

塞の能力は「上がりを塞ぐ」。

手が進まない、裏目を引くなど様々な要素により上がりを封じ、その間に自身が上がるのが塞の能力だ。

なのに秀介は今、配牌を受け取っている最中にもかかわらず塞の事を鋭く見抜いてきた。

 

(何なのよこの人は!)

 

{中}を頼りにさんざん上がられまくったと思ったら、頼りにしていた豊音もへこまされ、おまけに自身の能力を一発で見抜かれた。

不安を抱かないはずがない。

塞ぐのが効いてないとか無いよね・・・・・・?と不安に思いながら配牌を取っていき、理牌する。

 

 

 

東三局4本場 親・秀介 ドラ{③}

 

5巡目。

 

塞 8700

手牌

 

{一一二二六七九九①(ドラ)8西(横西)}

 

七対子手牌。

ここまでノー和了の塞としてはそろそろ上がっておかないとまずい。

だが流れに乗っているであろう秀介は今塞いでいるから、彼女が上がれる確率は上がる。

豊音が高い手をツモ上がりしたりしたらそれも良くないが、さすがにこの状況でそんなことはしないだろう、多分。

シロも自分と同じくノー和了なので、この局は自分かシロが上がるのが理想。

ここは{七}を捨てる。

七対子は必ず単騎待ち、上がりを確実に回避するにはありかが4枚見えた牌を切る以外ない。

それに七対子は捨て牌に迷彩がしやすい。

混一を装ったりチャンタを装ったり、そうしておいて安牌のはずの牌で待つということがしやすい。

塞もそれを狙って、まだ5巡目なのに面子のキー牌となる3・7をこのタイミングで手放した。

これでねらいは絞れまい。

対子被りもまだしていないし、手の進行に関しては何も問題はない。

 

問題があるのは、秀介なのだ。

塞はちらっと彼の様子をうかがう。

彼が親番なのでこれで6巡目。

さすがに6巡目ともなれば今までよりも手の進行が悪いとか、塞がれていることによる違和感を感じてもおかしくない頃合いだ。

にもかかわらず、彼は全く意に介さない様子でスムーズに摸打を繰り返している。

その動作を見る限り、上がりに向かって最短で突き進んでいるようにしか見えない。

その上がりは塞が押さえているはずなのに。

 

(まさか・・・・・・塞げていない!?)

 

県大会で遭遇した猛者、いや、それ以前からも強い相手と戦った時にその手を塞ぐことは多々あったが、今まで塞げなかったことは一度も無い。

豊音や熊倉さんを相手にしても塞ぐことが出来たのだ。

だからそう、封じられないはずがないのだ、それだけの自信もある。

しかし今の彼の自信有り気な、というより楽しげな笑顔を見ているとどうしても不安を抱いてしまう。

豊音の「友引」も「先負」も効かなかったし・・・・・・。

 

(い、いや、違う、そうじゃない。

 志野崎さんは豊音がそれらの能力を使えないような打ち回しをしていただけだし。

 何も能力そのものを無効にしているわけじゃない)

 

でも一度「先負」を真正面から打ち破った気もするけど。

ダメだったら考えるから!と問題を先送りにしつつ、塞は手を進めて行った。

 

結局この局、秀介は特に目立った動きをしなかった。

鳴きを入れて手を進めるわけでもなく、こちらの手の進みを妨害するわけでもなく。

かと言って誰かに鳴かせる有効牌も切らず、ただ淡々と手を進めているように見える。

塞がれていることを全く意に介していないような打ち筋をしながらも、結局上がりを取ったのは塞だった。

 

塞手牌

 

{一一二二九九①①(ドラ)③6西西} {(ツモ)}

 

(・・・・・・上がっちゃった)

 

秀介からのロン上がりを狙っていたのだが、そのまま上がり牌を引いてしまった。

点棒が少ない身だし無理にロン上がりを狙う必要はない、塞はそのまま

 

「ツモ上がりかい?」

 

上がりを宣言しようとした瞬間、秀介から声が上がった。

 

「・・・・・・え?」

「七対子ドラドラで2000(にー)4000(よん)の4本付け、だろう?

 それとも、誰かからのロン上がり狙いで手を崩すのかな?」

 

その言葉に、塞は思わずツモ牌をコトンと落としてしまった。

まだ自分は上がりを宣言していない。

それどころかリーチもかけていないから聴牌すら告知していない。

なのに何故!?

 

「手牌は・・・・・・{一一四四九九①①(ドラ)③6西西} {6}」

 

(・・・・・・嘘、でしょ・・・・・・?)

 

塞はパタリと手牌を晒した。

それを見て秀介は、ははっと笑う。

 

「{四じゃなくて二}だったか。

 いかんな、久々で鈍ってるようだ」

 

残念残念と秀介は自分の手牌を伏せる。

が、塞にとってはそれどころではない。

もちろんほかのメンバーにとっても。

 

手牌のほとんど、そして上がりのタイミングも見抜かれた。

 

これは何だ、人間に出来ることなのか・・・・・・?

 

そんな疑問をぶつけることもできないでいる塞に、秀介は告げた。

 

「臼沢塞さん」

「・・・・・・は、はい・・・・・・?」

 

満面の、最上の笑みでもって。

 

「うちに来てくれないか?」

「ヘッドハンティング!?」

 

はわっと声を上げる豊音。

塞も突然の言葉に驚きつつ首を横に振る。

 

「せ、せっかくのお誘いですけど、全国行きも決めてますので宮守女子から離れる気は・・・・・・」

「いや、うちにってうちの学校にじゃなくて・・・・・・」

 

塞の言葉を否定しつつ、秀介は手を差し伸べながら再び最上の笑顔で告げた。

 

 

「俺の家に来てくれないか?」

 

 

「・・・・・・プロポーズ?」

 

だるそうな表情をしたシロの呟きに一瞬遅れて塞の顔が真っ赤になった後、ボンッと頭から煙を上げると彼女はガターンと卓上に倒れこんだ。

 

そこから復帰するのに軽く10分以上を要したという。

 

男子と接点がない女子高に所属しているとはいえ初心な反応である。

 

 

 

豊音 33900

塞  17900

秀介 41900

シロ  6300

 

 




えんだー(偽

塞の能力は上がりを封じる。
弱体化したとはいえ牌が見える上に未だに牌を入れ替えられる秀介の上がりを封じるとなったら、これはもう能力そのものを封印するしかないと思ったのです。
逆に秀介にとっては上がる上がらない以前に、記憶が無い時に死のうとすら思った程待ち望んだ「麻雀を打つ」ことができたので感謝しかないわけです。
だが今更久を差し置いて「俺の嫁になってくれ」と言わせるわけにもいかないので(


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06小瀬川白望 迷いと100

お待たせしました、遅れて申し訳ない。
前回ほどじゃないけど割と文字数あるのでご注意を。



東四局0本場 親・シロ ドラ{6}

 

「・・・・・・あ、ツモ」

 

シロ手牌

 

{四四四④⑤⑦⑧⑨(ドラ)6白白白} {(ツモ)}

 

「白ツモドラドラ、4000オール」

 

 

ぶっ倒れた塞だったが原因が原因だけに何とか立ち直るに至った。

そしてシロにプロポーズかと聞かれた秀介の方は、「いや、そういうわけではないんだが。何というかまぁ、つい思わずね」と中途半端に返事をするのみだったので解決したとは言い難い。

解決したとは言い難いし乙女として納得もできていないが、熊倉が「男の子にはそういう時期があるのよ」と助け舟を出してくれたので宮守メンバーは渋々追及を抑えたのだった。

 

そして再開した東四局、ここまでノー和了だったシロが上がって一先ず点数を取り返した。

 

 

 

東四局1本場 親・シロ ドラ{發}

 

現在の点差はこの通り。

 

豊音 29900

塞  13900

秀介 37900

シロ 18300

 

一時期よりは平らになってきたが、それでも秀介が頭一つ抜きんでていることに変わりはない。

これくらいの点差になってくるともはや豊音が一人で頑張っても追い落とすのは難しい。

塞やシロも上がりを取って点差を縮めていかなければ。

 

(その為にも・・・・・・)

 

新しい山が出来ると同時、塞は深呼吸をする。

 

(志野崎さんの足止めはしておかないとね)

 

結果として先程塞いだ時に彼は上がれなかった。

スムーズに手を進めていたように見えたのは気になるが、それでも上がれなかったと言う事実は変わらない。

彼の手も塞ぐことは可能なのだ。

 

(なら今回も・・・・・・塞ぐ!)

 

例え自分が上がれずとも彼の足止めが出来ればシロや豊音が上がって差を詰めることも可能。

塞は意思を込めて彼を睨むように視線を送った。

 

同時に笑顔の彼と目が合う。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

ボンッと顔を赤くした後、塞は視線を逸らした。

 

(何でこっち見るのよ!? 無理だって! 今笑顔とか向けられたら!)

 

つい先程告白まがいのことをされたばかり、しかも人生で初めての経験だ。

顔を合わせるとか無理難題すぎる。

 

(でも彼の方を見ていないと塞げないし・・・・・・でも顔を見るとか無理だし・・・・・・)

 

どうしたらいいんだろうと悩みながらも普通に手を進めて行くしかできない。

結局この局、8巡目に秀介が上がりを取った。

 

「ツモだ」

 

100点棒をタバコに見立ててぷぅと息を吐きながら秀介は手牌を倒した。

 

秀介手牌

 

{四[五]六⑤⑥⑦2334[5]北北} {(ツモ)}

 

「ツモ赤赤、1000(いち)2000(にー)の一本づけ」

 

現在北家なので平和はつかない安手。

それでもリーチを掛けずに豊音を牽制することはできたし、現在トップなのだから無理をする必要はない。

これくらいの安手でも重ねていけばトップは安泰になるというもの。

安手を上がって流れを掴み、そこから連荘するのは秀介の得意とするところだ。

 

問題はこれから、先程まで苦戦を強いられていた豊音の親番だということ。

そしてその豊音が、先程の秀介の上がりを見てわずかに口元を吊り上げたということだ。

 

(・・・・・・今、何かされたのか?)

 

今はまだ分からない。

それが判明するのは、次の局なのだから。

 

 

 

南一局0本場 親・豊音 ドラ{西}

 

豊音 28800

配牌

 

{五六六七九③④2279白白} {中}

 

塞 12800

配牌

 

{一四八②②[⑤]⑦⑧⑨17東發}

 

シロ 16200

配牌

 

{一三[五]六①⑥⑨34東南西(ドラ)發}

 

三人の配牌がこんな感じ、良くも悪くも平凡である。

「友引」を使用する豊音には中々好都合な形かもしれない。

 

そんな中唯一人、秀介だけが違っていた。

 

(・・・・・・!)

 

秀介 42200

配牌

 

{一五八③⑥⑨36東南北白發}

 

今しがた上がりを引いたとは思えないバラバラの配牌。

しかも次のツモが{中}。

頭すら無いので配牌と第一ツモがバラバラのローカル役満、十三不塔(シーサンプーター)すら成立しない。

もっともさらにローカル役、あるいは中国麻雀では十四不塔という役は存在するらしいが。

 

上がりを取った好調な流れの中で突然の悪形七向聴。

九種九牌で流すことすらできない。

そして秀介は()()()()()()()()()

 

(・・・・・・さっき俺がツモ上がった牌は{1}、上がりは8巡目。

 これはまさか・・・・・・「赤口」、だと!?)

 

そうか、と秀介はすぐに納得した。

 

(()()()()()、火や血などを連想させる()()()で上がりを取ると訪れる()()

 これは・・・・・・()()の能力だ!)

 

対面に目を向ける。

こちらが罠にはまったことを不敵に笑う豊音。

それにより配牌をボロボロにされたことを知っているのかは不明だが、豊音の様子を見守りながらこちらに笑みを向ける熊倉。

 

(・・・・・・なるほどな。

 確かに君ならその能力を使っても不思議はないよ、姉帯豊音・・・・・・。

 これが完全に彼女と同じ能力なら、この局の俺はツモもバラバラで上がりはとれない)

 

豊音、塞が牌を切った後、秀介は完全に無駄ヅモの{中}をツモる。

そしてドラ表示牌の{南}を捨てた。

 

(国士無双も無理、七対子も無理、塔子は増やせてもろくに面子になるかどうか・・・・・・。

 この状況下で俺の能力を使って無理矢理上がるとしたら7牌近く、自力で牌を重ねることを考えても4~5牌は消費することになる。

 しかも()()()()()()という可能性を考えると・・・・・・)

 

その消耗はあまりにも大きい、とても手を出せたものではない。

結局のところ秀介はこの局上がれないようだ。

後は鳴きを入れたりして、上がる人間の手を少しでも安くするよう工夫するしかない。

どうにかできるかなぁ、と背もたれに持たれながら秀介はため息をつく。

 

(裸単騎、追っかけリーチに加えて「赤口」とは・・・・・・。

 衣でも海底と早上がりの二つだったというのに、この調子じゃいくつ持ってるのか・・・・・・ん? 「赤口」・・・・・・?)

 

唐突に何かを思いついた。

思わず今度は卓にもたれるように前かがみになる。

豊音の様子を観察するのではなく、ここまで打った過去の豊音の様子を思い返す。

 

(・・・・・・「赤口」・・・・・・裸単騎・・・・・・「お友達がきたよー」・・・・・・追っかけリーチ・・・・・・)

 

今更ではあるが秀介の前世、新木桂は古い人間である。

それ故に、すぐにその能力の正体に行きついた。

 

(裸単騎は「友引」・・・・・・追っかけリーチは「先負」・・・・・・?」

 それに「赤口」とくれば・・・・・・六曜!)

 

改めて豊音の方に視線を向ける。

 

(まさか・・・・・・全部使えるのか!?

 ()()以上じゃないか!)

 

これにはさすがに驚愕する。

あの時戦った()()ですら使えたのは2つだったというのに、3つ以上使っているのを確認した以上最悪の事態を想定しておいた方がいいだろう。

対して今の自分はかつてに比べれば制限付き。

あの時はまだ能力に関しては未熟だったとはいえ、()()との対戦結果を考えると豊音との対決は決して簡単ではない。

むしろこれから大苦戦を強いられることだろう。

 

()()()()()()()()()

 

 

5巡目。

 

豊音手牌

 

{五六六七③④22779白(横北)白} {北}切り。

 

塞手牌

 

{三四八②②[⑤](横④)⑦⑧⑨457發} {發}切り。

 

秀介手牌

 

{五七八③⑥(横[⑤])⑨⑨36北白發中} {北}切り。

 

シロ手牌

 

{一三四[五]六①⑥⑨(横⑦)2348西(ドラ)} {8}切り。

 

豊音捨牌

 

{中九二北} {北}

 

塞捨牌

 

{1中東一} {發}

 

秀介捨牌

 

{南一東9} {北}

 

シロ捨牌

 

{南東東發} {8}

 

やはり秀介の手の遅さが目立つ。

だが他の三人も秀介よりましな配牌とは言え、手の進め方に苦戦しているようだ。

動きがあったのは次の6巡目。

塞が{白}をツモ切りした時だった。

 

「ポンっ!」

 

{白を晒して9}切り。

そこから豊音は一気に手を晒していった。

 

「ポン」

 

豊音手牌

 

{五六六七③④77} {横222白白横白}

 

「ポン!」

 

豊音手牌

 

{五六六③④} {77横7横222白白横白}

 

まだ裸単騎ではないが、{五}を切って聴牌に取る。

塞が{六}をツモ切りして秀介の手番だ。

 

(・・・・・・ん?)

 

ふと秀介は顔を上げた。

視線の先は豊音。

彼はこのツモが回ってくると思っていなかったのだ。

何故なら豊音の手牌は今この形。

 

{六六③④} {77横7横222白白横白}

 

({六をポンして③④}の単騎に取るんじゃないのか?

 確かに鳴いてすぐ上がりにはならないが、3巡もあればどちらか・・・・・・)

 

山に視線を向けながらそう考えて、ふと秀介は思い至る。

 

(・・・・・・待てよ? もしや今彼女は・・・・・・)

 

秀介手牌

 

{五七七八③[⑤]⑥⑨⑨36(横5)白發中}

 

山に手を伸ばしツモって来たのは{5}。

そして秀介はこの手牌からわざわざ{[⑤]}を抜き出し、叩きつけるように捨てる。

 

(どうだ?)

 

その一打に豊音は、ぱぁっと笑顔を浮かべて手牌を倒した。

 

「ロンだよ!」

 

豊音手牌

 

{六六③④} {77横7横222白白横白} {[⑤](ロン)}

 

「白赤、2900だよー」

 

裸単騎を待たずそのままロン上がり。

高目の赤牌だし、しかも追いかけている秀介からの打牌。

これ幸いと豊音は遠慮なく手牌を倒した。

秀介は、むむっと眉を顰めながら豊音に声を掛ける。

 

「今度は裸単騎じゃないんだな」

「もう一鳴きするまで安全だと思った?

 残念、ロン上がりでした」

 

ふふふと笑いながら豊音は秀介から点棒を受け取る。

その様子に秀介は相変わらず渋い表情を浮かべながらも手で口元を隠し、笑った。

 

(やはり、「友引」は使っていなかったな。

 そもそも思い返してみれば「友引」を使っている時の彼女なら、{白を鳴く前に小瀬川さんから切られた8}をチーしていたはず。

 今回は役を確保してから動いた。

 即ち自分自身上がれるか不安だったからだ。

 肝心の{白}が鳴けずに役無し、{白}なら上がれたのにそうでない方をツモってしまい、上がれずに捨てた牌で振り込みなんてバカらしすぎる。

 

 それに、だ。

 「友引」や「先負」と「赤口」を同時に使用していれば、どれだけこちらに負担を強いることが出来るか。

 強大な能力であるが故に制限が掛かっているんだろう。

 もしくは「六曜は一日に一つずつ定められているから」とかいう、よく分からない理屈も混ざっているのかもしれないが。

 衣も月の満ち欠けで支配力が変わっているし、そういう可能性も考えられるだろう。

 ともかく彼女は、一度に一つの能力しか使用できない!)

 

豊音は今裸単騎ではなく、その上7巡目以降に秀介が切った赤い牌で上がった。

つまり今豊音が能力を使っていたと仮定すると、それは「友引」でも「赤口」でもない。

もちろん鳴いている以上「先負」でもない。

 

(「仏滅」も()()()()()()()()()()

 残るは「先勝」と「大安」。

 さすがにこの辺は推測しないとならないが・・・・・・()()()()を舐めて貰っては困る。

 

 「先勝」は「先んずれば即ち勝つ」。

 この巡目での上がりはさすがに先んじているとは言えない。

 つまり「先勝」を使った可能性が低い。

 

 残るは一つ、「大安」だ。

 「大安」は「大いに安し」、何をするにも成功するであろう日。

 そして彼女の必死な上がりっぷりと、上がった時の安堵の表情を考えると・・・・・・)

 

憶測ではあるが、そう考えればかなり絞り込める。

彼女は「大安」を使っている最中に何としても上がりたかったのだ、つまり。

 

(「大安」中に上がれば次局の配牌とツモが良くなる、と言ったところか。

 あの必死っぷりを見ると上がれなかった時にデメリットがあったりするかもな。

 もしくは「赤口」で俺の上がりを封じた後に使ったところを見ると、上がった人物が誰であろうとそちらに好配牌が入るって方が可能性が高いか)

 

豊音が連荘するのが一番だが、点数が低い塞やシロが上がるのも大いにありだ。

その為に秀介を「赤口」で封じた上で「大安」を使用したのだろう。

 

(だが()()と同じなら、「赤口」の効果は一局のみ。

 となると重要なのは、姉帯さんが「大安」を連続使用できるかどうか、だ)

 

日替わりの六曜にちなんだ能力と言うのなら同じ能力を連続使用できないという制限はありそうだが、実際のところ豊音は「友引」と「先負」を連続使用している。

「赤口」は連続使用できないし効果も一局のみだが、だからと言って残りの能力も同じ効果時間とは限らない。

 

(次局また「大安」で連荘を狙ってくるか、「赤口」でこちらを封じてくるか・・・・・・)

 

兎にも角にも配牌次第。

秀介は賽を回す豊音の動きに視線を送った。

 

 

 

南一局1本場 親・豊音 ドラ{⑤}

 

豊音 31700

配牌

 

{二二三四五④(ドラ)[⑤]24[5]6南} {發}

 

(好配牌ってレベルじゃねぇぞ!)

 

豊音の配牌に思わず声を上げるところだった秀介。

タンピン手が容易そうな上にドラと赤が2ずつ。

最低跳満、リーチや三色を絡めれば倍満以上も圏内だ。

これなら役牌も不要、豊音は{發}を捨てた。

 

塞 12800

手牌

 

{二七③⑧⑨358東南(横東)北發發}

 

もはや南場なのでこの{東}はあまり意味が無い。

豊音の{發}は鳴けたが、それをやって好調そうな豊音の調子を崩すわけにはいかない。

七対子辺りを目指しつつ、万が一豊音の上がりが阻止されそうならフォローをする形を目指すべきか。

{北}を切る。

そして秀介。

 

秀介 39300

手牌

 

{五①(横六)②③③⑥⑦⑦⑧15西北}

 

混一、清一が容易そうな手牌。

だが普通にそれを目指しても豊音の上がりの方が早い。

普通に上がりを目指したのではダメだ。

それにもう一つ問題がある。

 

(・・・・・・今回、彼女は何の能力を使う?)

 

あれだけの好配牌ならわざわざ鳴きで崩すことは無い、つまり「友引」は無い。

誰かが先制リーチを掛けるまで待つ必要もない、つまり「先負」も無い。

早上がりを狙いつつも妨害された時の保険に「赤口」を使っている可能性もあるが、それで万一自分が赤牌待ちになってしまったらそれこそバカらしい。

あれだけの能力、自分にも作用してもおかしくない。

そもそもあの好配牌なら他の能力を重ねていない可能性もある。

つまり。

 

(能力を使っているとしたら・・・・・・今回も「大安」の可能性大!)

 

それは逆に言えば、もしここで豊音を蹴落として自分が上がることが出来たならば、次局の好配牌を横取りすることもできるかもしれないということ。

 

(ならば、多少不恰好でも上がりを狙う!)

 

秀介は{1}を捨てる。

この局はきつそうだが、おそらくここが分岐点。

もし豊音がリーヅモに裏ドラを絡めて三倍満で仕上げたら、逆転される上に塞の残り点数は700しか残らない。

大量の点差に加えて一人崖っぷちがいるという事態は相手を追い詰める絶好のシチュエーション。

現に秀介もそれで追いつめられた事が数回ある。

そうはいかない、ここは何としても豊音の上がりを阻止する。

 

(その為に狙うべきは・・・・・・)

 

秀介は山と全員の手牌に視線を向ける。

最善は自分が上がること。

そうでなければ点数が低い塞やシロに上がらせること。

頭の中で計画(プラン)を構築していく。

 

シロ 16200

手牌

 

{一一三[五]九九①(横九)④[⑤]⑧2南西}

 

この局も配牌とツモに違和感は感じない、すなわちマヨイガは機能していない。

そもそも迷ったところで必ず上がれるわけでは無いわけだが。

豊音が好調ならそちらに任せる、と相変わらずダルそうな表情で{西}を手放した。

 

2巡目。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(ドラ)[⑤]2(横⑤)4[5]6南}

 

ドラ追加。

いつぞやの玄の手牌を思い出させるドラの量に、さすがの秀介もげんなりしてしまう。

ドラ3赤2はタンヤオツモで跳満、リーチで倍満。

ほくほくとした満面の笑みを浮かべながら豊音は{南}を切った。

 

塞手牌

 

{二七③⑧⑨358東東南發(横南)發}

 

豊音が手放した直後に{南}ツモ、ダブ南の塞としては惜しいタイミングだ。

だが代わりに別の役が見えてくる。

 

(字牌が全部対子で揃った・・・・・・七対子に行けるかな)

 

「大安」は「先負」や「友引」のような分かりやすい発動の目印が無い。

だから塞には豊音の手が好調であることは見抜けていない。

先程の上がりが「友引」では無かったからもしや?と推測することは出来ても確信するまでは至っていない。

なので豊音をフォローしつつ自分も上がれるように手を進めるのは自然なこと。

塞は七対子に手を進めるべく{③}を手放した。

 

「チー」

 

そして秀介はここで動いた。

 

秀介手牌

 

{五六③③⑥⑦⑦⑧5西北} {横③①②}

 

{北}を切る。

それは手を進めたといえるのか微妙な鳴き。

目指すは混一か、それとも別の何かか。

 

シロ手牌

 

{一一三[五]九九九①④[⑤](ドラ)2南(横白)}

 

無駄ヅモ、あっさりとそのまま切る。

 

3巡目。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(横①)(ドラ)⑤[⑤]24[5]6}

 

(今の鳴きで流れ崩されちゃったかなー・・・・・・。

 でも私のこの手には追いつけるかな?)

 

無駄ヅモの{①}をそのまま捨てる。

気になるのはこの後のツモがよれたままかどうかということ。

入る牌にもよるが待ちが悪くなることはあっても手が安くなることはまず無い。

 

(でも出来れば上がりやすい待ちにしたいね。

 安くても上がっておけばまた「大安」で次回も好配牌、逆転してそのまま引き離しちゃうよー)

 

最悪自分の好ツモが流れていくであろう塞が上がるのもありだ。

味方が同卓であることを存分に生かした十重二十重の戦略。

 

(ホントは私一人で勝ちたかったけどね。

 でも正直志野崎さんは私より強い、それを認めないと)

 

塞手牌

 

{二七⑧⑨35(横3)8東東南南發發}

 

対子が増えた有効牌。

豊音の手に入っていたらそちらでも有効牌であったことを考えると、豊音の予想通り好ツモが塞に流れたようだ。

{二}に手を掛けたが一旦止まる。

七対子なら端牌で待ちたいところ。

 

(ならこの辺の方がいいかな・・・・・・?)

 

考えた挙句、塞は{七}を捨てた。

中張牌からの整理、先程秀介もやっていた切り順だ。

 

(なるほど、はたから見ると困りそうな捨て牌を作るっていうのは中々楽しそうだね)

 

彼の打ち筋もまるで参考にならないというわけではなさそうだと、塞は秀介の方を向く。

まぁ、すぐに見惚れていたことに気付いて顔を赤くするわけだが。

 

「チー」

 

秀介手牌

 

{③③⑥⑦⑦⑧5西} {横七五六横③①②}

 

{西}を捨てる秀介。

 

(え? また鳴き?)

(しかも{横七五六横③①②}って・・・・・・何を狙ってるのかなー?)

 

塞も豊音もその動きに警戒心を高める。

 

シロ手牌

 

{一一三[五]九九九①④(横④)[⑤](ドラ)⑧2南}

 

{南}に手をかけ、しかしその手は止まった。

 

(・・・・・・んっ・・・・・・)

 

額に手を当てて考え込む。

視線の先は秀介の晒した牌、そして手牌。

 

「・・・・・・ちょい、タンマ」

(ここで?)

 

むぅっとシロに視線を移す豊音。

普段のシロなら第一ツモの時点で迷いを見せ、結果その後のツモを効果的に生かしていく。

だが今はもう3巡目、しかも豊音が好調な状態での迷い。

一体何を迷っているのか?

 

シロ自身も何を迷っているのかがよく分かっていない。

というか迷う時はいつもそうだ。

だが普段は自分の手牌を迷うはずが、何故か今は秀介に対して、自分でもよくわからない()()()()()()()()

その正体は分からない。

だが今彼女の直感が()()を求めている。

通常の打ち方では成し遂げられない()()を成し遂げろと言っているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・決めた」

 

考えた挙句、シロはツモ牌を手牌に収めて代わりの牌を抜き出し、それを強打した。

 

シロ、渾身の{[⑤](ドラ)}切り。

 

「!?」

 

卓上の全員、いや、見学しているメンバーも含めて全員が驚愕した。

このタイミングでダブルドラの{[⑤]}切り!

真っ先に自分の手牌に視線を落としたのは豊音だ。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(ドラ)⑤[⑤]24[5]6}

 

大明カンしてもし有効牌が引ければ聴牌。

しかもドラ7で倍満確定、カンドラが乗れば何翻の手になることか。

 

(シロ・・・・・・もしかして私に鳴けって言ってる?)

 

豊音の手がわずかに震えた。

そんな大それたことはできない。

そもそもシロがただ手を進めるのに不要だと察したから切ったという可能性もある。

もしかしたら将来豊音の待ちが{②-⑤}になると読んで先に切っておいて、秀介の思考から{②-⑤}待ちを消そうという思惑とかもあるのかもしれない。

 

(さ、さすがにカンってことは無いよね。

 うん、さすがにそれは無理だよー・・・・・・)

 

思惑が読めなくてごめんね、と豊音は山に手を伸ばし普通にツモる。

それに対してシロが思うところは何もない。

彼女自身も、何者かに背を押されるがまま{[⑤](ドラ)}を切ったのだから。

それでも豊音が牌をツモると同時に熱のようなものが引いていくのを感じた。

だからシロは一人、今のは失敗だったのかなというのを察したのだった。

 

4巡目。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(ドラ)[⑤]2(横⑨)4[5]6}

 

無駄ヅモ、{⑨}をツモ切りする。

 

塞手牌

 

{二⑧⑨3(横2)358東東南南發發}

 

塞はちらりと秀介の方に視線を向ける。

 

(あのバラバラの鳴き・・・・・・まぁ、考えられるのは役牌抱えて安上がりだけど・・・・・・。

 南場で西家の志野崎さんが使える役牌は{南西白發中}。

 その内{南}は私が二枚、捨て牌に二枚でカラ。

 {西}はシロと志野崎さん自身が捨てている。

 {發}は豊音の捨て牌に一つと私の手牌に対子。

 {白}はシロの捨て牌に一つだけ。

 残るは・・・・・・また{中}かっ!)

 

もう暗刻で抱えているのかまだ対子なのかは分からないが、また{中}に警戒しなければならないとは。

塞は渋い表情をしながら{2}をツモ切りした。

 

秀介手牌

 

{③③⑥⑦⑦⑧(横⑦)5} {横七五六横③①②}

 

塞の推測は外れ、その手牌に役牌は一つもない。

{5}を切れば役無しでも一応聴牌だが、残したまま{⑧}を捨てて手を崩す。

 

シロ手牌

 

{一一三[五]九九九①④④⑧2南(横6)}

 

(・・・・・・)

 

ツモ牌を収めて{南}切り。

その姿は先程の{[⑤](ドラ)}切りの時と比べて確実にダルそうであった。

 

5巡目。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(ドラ)⑤[⑤]24[5]6(横白)}

 

(ダメだぁ、全然手が進まないよー・・・・・・)

 

{白}をツモ切りする豊音。

役は不明だが秀介が二鳴きしている様子を見れば手が進んでいると思われる。

豊音の手は高いし決して悪い形ではないはずなのだが、こうまでツモが噛み合わないと面前に拘ってもいられなくなる。

 

(さっきのシロの{[⑤](ドラ)}、カンじゃなくてもポンしておけば一応聴牌だったなー・・・・・・)

 

変に面前に拘ってしまったが故の失敗。

取り返しがつくかは分からないが、次があればもう逃がすわけにはいかない。

 

塞手牌

 

{二⑧⑨3358東東南南發發(横中)}

 

(ぐっ、{中}・・・・・・!)

 

よりにもよって今しがた危険ではないだろうかと推測した{中}を引くとは。

 

(今豊音が{白}を切って鳴かなかったから、やっぱり役は{中}だよね・・・・・・。

 くっ、捨てるわけにはいかない)

 

秀介が暗刻で抱えていたらどうしようもないが、もしまだ対子で高目{中}待ちとかだったらチャンスはある。

ここは{中を抱えて8}を捨てることにした。

 

秀介手牌

 

{③③⑥⑦⑦⑦5(横4)} {横七五六横③①②}

 

100点棒を銜えた口元から、ふぅと一息つく秀介。

 

(姉帯さんがツモるはずだった{②}、()()()()なければヤバかったな、まったく・・・・・・)

 

豊音の無駄ヅモの原因。

喰いずらしもそうだがさすが能力による好調の波だけはあり、喰いずらしだけでは弾けない好ツモがいくつかあった。

秀介はそれらの牌を他の不要牌と入れ替えることで豊音の手を滞らせていたのだ。

 

(もし{②}を入れ替えてなかったら、次巡臼沢さんの{③}切りで上がられていた可能性がある。

 そうなりゃタンヤオドラ5の親っぱね直撃で即終了だ。

 代わりに臼沢さんのツモを横取りするって手もあったが・・・・・・今回はこれで良しとしよう)

 

{4}をツモ切り、その後のツモの流れに視線を向けて今後の手順を確認する。

 

シロ手牌

 

{一一三[五]九九九①④④⑧26(横7)}

 

{①}を切り出す。

手は進んでいるのかいないのか。

 

6巡目。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(ドラ)⑤[⑤]24[5]6(横6)}

 

(ん、んー・・・・・・)

 

聴牌ではないが少しは聴牌に至る牌の受け入れが広くなったか。

{2}を切り出す。

 

塞手牌

 

{二⑧(横③)⑨335東東南南發發中}

 

(・・・・・・2巡目、だっけ、志野崎さんに鳴かれたやつだよ)

 

一度不要牌として切ってしまった{③}、切るしかない。

ぺしっと河に捨てた。

 

「ポン」

 

秀介手牌

 

{⑥⑦⑦⑦5} {横③③③横七五六横③①②}

 

三度、秀介は動く。

手牌が見えていない人間には役牌のみと見えているだろう。

ここから秀介が狙うのはただ一つ。

{⑥}を捨てて準備は整った。

あとは山に残っている牌を引いてくるのみ。

 

シロ手牌

 

{一一三(横一)[五]九九九④④⑧267}

 

{2}を捨てる。

大分手はまとまってきたように見えるが、もう遅い。

 

7巡目。

 

豊音手牌

 

{二二三四五④(ドラ)⑤[⑤]4[5]66(横西)}

 

(んにぃー、もう少しで聴牌なのにー!)

 

悔しそうにしながら{西}をツモ切りする豊音。

 

塞手牌

 

{二⑧(横②)⑨335東東南南發發中}

 

無駄ヅモ、{②}をそのまま切る。

 

そして秀介、上がりにつなげられる数少ない牌の一つ。

 

秀介手牌

 

{⑦⑦⑦5(横⑦)} {横③③③横七五六横③①②}

 

「カン」

 

(・・・・・・{⑦}カン?)

(役牌じゃない!?)

(それだけバラバラな手牌・・・・・・ってことは、まさか!)

 

自分の目の前の嶺上牌を手中に収め、秀介は手元で晒した。

 

秀介手牌

 

{5} {⑦■■⑦横③③③横七五六横③①②} {(ツモ)}

 

「ツモ、嶺上開花。

 新ドラ無し、700・400の1本付け」

 

上がり形を晒すと同時に、ふはぁと息を吐いて天井を仰ぐ。

きつかったぁ、という感想を全身で表しているように。

 

実際にかなりきつかったのだ。

豊音の好配牌と、それに加えて秀介の下家、シロのせいで。

 

「ずいぶん無理して上がったんだねぇ」

 

不意に熊倉が声を掛けてくる。

秀介は軽く笑いながら返事をした。

 

「ええ、ずいぶん不格好な上がりを晒しました」

 

そして手牌を崩しながら言葉を続ける。

 

「お詫びと言っては何ですが、次局は華麗に上がって見せますよ」

 

(んなっ!?)

 

その言葉に悔しそうに表情を顰めたのは豊音だった。

 

(華麗な上がりって・・・・・・私の「大安」の影響があるから、いい手が入るのは私のおかげなんだよっ!?

 ん? あれ? それってもしかして・・・・・・志野崎さんが私の「大安」を見抜いてるってこと・・・・・・?

 いやいや、まさかねー・・・・・・ねー?)

 

そうは思いつつ直接口にする訳にもいかないので、余計に溜まる恨みつらみを表情で表すしかない。

それを楽しそうに見ながら点棒を受け取り、牌を卓に流し込みながら秀介の意識はシロの方に向く。

 

3巡目のシロの{[⑤](ドラ)}。

あれに最も驚いたのは誰であろう秀介だ。

秀介があの配牌で豊音より先に上がりを取るとなると手段が限られてくる。

最初に秀介が狙ったのは嶺上開花。

嶺上牌が{5}であることが分かっているから配牌で浮いていた{5}をとっておき、その後は牌が重なるのを待っていた。

次に保険で狙ったのが海底、河底だ。

この場合は豊音のツモを鳴きでボロボロにしつつ、ツモるか切られるのを待てばよい。

もちろん能力での入れ替えも必要になるから、消耗は嶺上狙いの比ではないが。

海底、河底牌は{4}なので{6を引けば5}とつなげられるから、それまでに手牌を仮聴牌の形にしておけばよい。

「大安」が発動した状況で誰も上がらず流局になったらどうなるのかは不明だが、まぁそれ相応のデメリットを背負ったことだろうし、最悪流局でもよかった。

 

だからシロが{[⑤](ドラ)}を切り、もし豊音がそれを大明カンしていたらその両方が潰されていた形になるのだ。

次の嶺上牌は自身が一度切ってしまった{西}。

そして王牌に海底牌が取り込まれる結果、次に海底牌になるのは{九}。

これはシロがあの時点で暗刻で持っていたので、上がりに組み込むためには{七八}を山から持ってこなければならない。

もちろん秀介の能力で入れ替えることも可能だが、豊音に有効牌が入らないようにしつつ自身の有効牌を持ってくるともなれば、最悪この局で牌入れ替えが上限に達する恐れもある。

極力消耗は避けて上がりたい。

だからこの局は嶺上開花で上がれたのは幸い、あの時点で豊音がカンしなかったのは実に助かったのだ。

 

そして代わりに一打でそれだけの危機をもたらしたシロに対して、秀介の警戒度は格段に上がった。

 

 

 

南二局0本場 親・塞 ドラ{7}

 

迎えた南二局、豊音の「大安」を奪った影響で配牌が良くなっていた。

 

(これはこれは・・・・・・)

 

それはもう、秀介自身が呆れたくなるほどに。

 

秀介配牌

 

{七八九(横八)②⑨11233北北中}

 

唯一不満があるとしたらドラか。

豊音の時にはがっつり手牌に絡んでいたくせに。

そんな愚痴をこぼしつつも、秀介はこの手あっさり5巡で上がった。

 

{七七八八九九11233北北} {(ツモ)}

 

「ツモ、チャンタ二盃口で3000(さん)6000(ろく)

 

 

 

南三局0本場 親・秀介 ドラ{發}

 

秀介 53100

配牌

 

{一四四五六七③④[⑤]⑦568} {西}

 

二位の豊音との点差は25200、もはやそう簡単にはひっくりかえらない点差である。

この局は安手で上がってもいいし他家に差し込んでもいい。

点数の少ない塞を狙うという手もある。

幅広く対応するために{西}を捨てる。

 

シロ 12700

配牌

 

{三三四五七③⑥235(横4)8北(ドラ)}

 

タンピン手になりそうな悪くない配牌。

だが秀介と比べた場合一手遅れになりそうだ。

{北}を切って手を進めて行く。

 

豊音 27900

配牌

 

{八八①①④(横①)⑦⑧1389東南}

 

{東}切り。

 

塞 6300

配牌

 

{一二①②③(横②)2578南北北白}

 

(むむ・・・・・・)

 

この点数で最下位。

秀介が親番なので役満をツモれば逆転できなくはないが、狙えそうな役満が無い。

そもそも先程親っかぶりで点数を削られたばかりでそんな大物手が入るものでもない。

どうしようかと考えつつ{南}を捨てる。

 

 

(・・・・・・来たっ!)

 

 

その一打に、豊音に笑みが浮かんだ。

いつもの純粋無垢な笑顔ではない。

そしてその笑顔に、はっとした様子で一同はようやく場の捨て牌を認識した。

同時にその全身を寒気が襲う。

 

(これは!?)

(・・・・・・捨て牌が・・・・・・)

 

宮守メンバーでもあまり体験できない、これは豊音の六曜の一つ。

豊音自身では出そうと思っても出せず、出したくない状況でも出てしまう制御が効かない能力。

 

秀介捨牌

 

{西}

 

シロ手牌

 

{北}

 

豊音手牌

 

{東}

 

塞手牌

 

{南}

 

捨て牌が{東南西北}一つずつ。

その順にたどれば円を描く。

その流れに従うように、闇が渦巻いた。

さしもの秀介もこれには震える腕を押さえつけた。

 

(「仏滅」っ!)

 

仏も滅するような大凶日。

かつて一度体験した、()()のもう一つの能力!

秀介は自身の好配牌に視線を落としながら表情を顰める。

 

(ここで来るとは・・・・・・まずい、この手が()()()()()!)

 

かつてこの状況で上がってしまった自分がどうなったか。

またあの時のようにハメられたら、南三局でこの点差でも撃ち落とされる可能性がある。

仮にここで跳満をツモって塞の点数を300点まで削ったとしても、その残りを奪いきれなくなってしまうのだ。

しかも連荘して自分の親番が続くと言うのが、次局誰かにツモられたら点数が他家の倍削られるというデメリットでしかなくなる。

()()()()()()()()

その能力を知っているからこそ、この時点で早くも流局を強制されてしまったのだ。

 

(・・・・・・くそっ・・・・・・)

 

2巡目。

 

秀介手牌

 

{一四五六七③④[⑤]⑦568(横北)}

 

無駄ヅモ。

豊音から「大安」を奪う為に多少無茶はしたが、このペースなら最後まで能力は使用できるだろう。

だから普段ならこの手で早上がりを目指すべく有効牌と入れ替えていた無駄ヅモだが。

この局は上がれない。

だから秀介は山の流れのまま{北}をツモり、そのまま切り捨てるのだった。

 

(・・・・・・問題はこの局で俺が上がれないことじゃない)

 

ちらりと視線を向けるのは塞の方。

 

(・・・・・・もしも彼女が・・・・・・)

 

シロ手牌

 

{三三四五(横四)七③⑥23458(ドラ)}

 

豊音の「仏滅」を知っているシロ。

そして南四局は彼女が親番だ。

秀介同様無茶をせず、ここは降りに徹する。

鳴きたいなら鳴いてもいいよとばかりに早くも{(ドラ)}を捨てた。

 

豊音手牌

 

{八八(横三)①①①④⑦⑧1389南}

 

こちらはこの状況を招いた元凶。

当然上がりを目指さず、しかしそれを秀介に悟らせないようにと{南}を切り普通に手を進める。

そして塞。

 

塞手牌

 

{一二①②②③2578北(横東)北白}

 

彼女も当然「仏滅」を知っている。

秀介が罠に掛かれば豊音やシロにも逆転の目は出てくるし、ここで無理に自分が上がる必要はない。

だが、それでも。

 

(・・・・・・志野崎さんが親番・・・・・・。

 ロン上がりできれば最高だけど、最悪ツモで親っかぶりで点数を削れる・・・・・・)

 

自分がここで上がれば、秀介の点棒を削れる。

その代わりに背負うデメリットと天秤にかけることになるが。

塞はフッと笑った。

 

(どうせ残り少ない点棒()、ずるずると削られていって負けるなんて)

 

スッと手に取ったのはドラ表示牌の{白}。

この手から上がりを目指すにはもっとも面子が期待できない牌。

 

(格好悪い真似は出来ないわよ!)

 

スパンッとそれを切った。

その一打に豊音は鋭く塞の意思を悟る。

 

(塞・・・・・・? まさか! ダメだよ!

 分かってるでしょ!? 今上がったらどうなるか!)

 

心配そうな表情で塞を見守る豊音。

同じ卓、同じ学校のメンバーだが、塞のその決意を押し留めさせるような言葉を発することは許されない。

手を伸ばせば触れることが出来ようとも、その距離はとてつもなく()()のだ。

 

 

(・・・・・・開き直ったか・・・・・・)

 

その一打で塞の意思を悟ったのは秀介も同様。

それはこの局面で唯一秀介のトップを揺るがす可能性がある一手。

 

(・・・・・・彼女も同じ学校ならこの能力を知っているだろう。

 その後のデメリットを背負ってでも、ここで俺の点数を削ることを決意したなら・・・・・・)

 

フンッと秀介は牌をツモりながら、笑った。

 

(いい仲間じゃないか)

 

 

それ以降、豊音、シロ、秀介の三人が降り、塞一人が上がりを目指していく展開が進む。

 

 

塞手牌

 

{一二①②②③2578(横7)東北北} {8}切り。

 

 

塞手牌

 

{一二(横一)①②②③2577東北北} {①}切り。

 

 

塞手牌

 

{一一二②②③257(横[5])7東北北} {2}切り。

 

 

塞手牌

 

{一一二②(横二)②③5[5]77東北北}

 

「リーチ」

 

{③}切りでリーチ。

 

途中何度も無駄ヅモを重ねながら、苦心してその牌を掴んだのは15巡目だった。

 

塞手牌

 

{一一二二②②5[5]77東北北} {(ツモ)}

 

「ツモ、リーヅモ七対子赤、裏2で3000・6000」

 

 

 

南四局0本場 親・シロ ドラ{9}

 

秀介 47100

配牌

 

{四九①③34688(ドラ)南西白}

 

決して良くはない。

だが能力を使わなくとも上手く面子を重ねていけば中盤辺りには上がりが取れそうな配牌だ。

 

(まぁ、さっきの局で無茶をした臼沢さんに比べればな)

 

秀介の視線は塞の手牌に向く。

 

塞 18300

配牌

 

{一四八②[⑤]⑧17南西北白發}

 

「赤口」の影響を受けた秀介の時と同様、次のツモも有効牌ではない{中}、最悪の七向聴。

 

(治るまで・・・・・・残念だけど志野崎さんとは打てないかなぁ。

 バラバラの配牌で一人だけ蚊帳の外って言うのは寂しいし、そんな状態で打ってもらうって言うのもねぇ)

 

そんなことを思いながら塞は豊音とシロに視線を向ける。

 

(後は頼んだよ、二人とも)

 

豊音 24900

配牌

 

{一五九④④⑥⑥⑨⑨57北發}

 

秀介との点差は22200。

跳満直撃か、相手が親ではないのでツモなら三倍満が必要だ。

 

(ぐぬっ、三倍満はさすがに無理・・・・・・。

 この手牌を跳満にするなら・・・・・・混一か七対子で裏ドラ期待?

 あとは三色・・・・・・は遠そうだなぁ。

 {(ドラ)}は手牌に無いし、使うなら{789}の面子にしないと。

 でもそうすると混一は絶対無理。

 七対子ロン上がりで跳満にするには一発か赤牌がいる。

 混一なら面前混一役牌リーチ・・・・・・んー、やっぱり赤がいる。

 とっておいた「先勝」を使うにしても、進める手の方針は決めておかないと・・・・・・ど、どうしよう・・・・・・)

 

悩みに悩む豊音。

自分が一番秀介に点数が近い、つまり逆転が一番望める。

だからここは自分が何としても上がらなければ!

 

そんな風に考えていたから、

 

「・・・・・・ちょいタンマ・・・・・・」

 

シロからその言葉が聞こえた時には思わず「え?」と声を上げるところだった。

 

シロ 9700

配牌

 

{一二三[五]七七③334[5]東白} {中}

 

通常なら平和手に進めて行くのがよさそうな配牌。

役牌は揃うなら鳴いて手を進めても良し。

タンヤオが付くかは不明だが、平和赤赤、役牌赤赤が順当なところ。

345の三色を狙うなら{③を取っておいて一二}を切り、タンピン三色赤赤か。

 

誰もがその辺りに狙いを定めるであろう手牌。

だがシロはそれを受け入れていないからこそ、今頭に手を当てて()()()いるのだ。

それ以外の、もしくはそれ以上の何かがあるのだ、この手牌には。

手牌に手を添える。

そして左から順に指を滑らせる。

切る牌を何にするか迷いながら。

左から右へ、そしてまた左へ、右へ。

何度か往復し、迷いに迷った挙句、シロは牌を一つ抜き出した。

 

「・・・・・・決めた」

 

その牌を河に置くシロの表情は、ほんのりと笑っているように見えた。

 

シロが選んだ第一打。

 

 

 

{[5]}

 

 

 

(な、何!? シロ!?)

(第一打・・・・・・{[5]}!?)

 

豊音も塞も、その手牌を見ていた胡桃もエイスリンも揃って驚愕する。

いや、後ろから見ていた方が余計に驚いたことだろう。

{34[5]}の面子を崩す、絶対にありえない一打。

 

(し、シロ・・・・・・)

 

豊音はおろおろとした様子で牌をツモった。

 

豊音手牌

 

{一五(横四)九④④⑥⑥⑨⑨57北發}

 

(シロ・・・・・・)

 

迷った挙句のその{[5]}切り。

その一打で豊音の思考はいくらか冷静になった。

 

(・・・・・・シロがこの局の親、だし・・・・・・うん、シロが連荘するっていう手もあるんだよね・・・・・・)

 

思い出した、忘れていた。

これはいけないと思い、豊音は大きく深呼吸をした。

 

(()()、じゃない。

 誰かに頼ってもいいんだ)

 

落ち着いた様子でにこっと笑うと、豊音は{一}を切り出した。

 

(私達、友達だもんねっ!)

 

ここで豊音が使うのは妨害ではない、自身の強化でもない。

本来自分が上がれなさそうな場ではあまり使うことが無い「大安」だ。

シロの連荘に自身の能力を上乗せする。

 

(シロ、上がれるって信じてるからね)

 

塞手牌

 

{一四八②[⑤]⑧17南西北白發(横中)}

 

何度見ても酷いバラバラの手牌。

シロがどんな上がりを目指すのかは不明だが、あの一打に対しこの手牌で塞が出来ることはただ一つ。

 

(・・・・・・シロの為だ、うん)

 

豊音と合わせた{一}打ち。

そして。

 

(()()!)

 

視線を秀介に向ける。

眉を顰めた秀介の様子から見て塞ぐのは成功。

ここから先はたとえまた微笑み返されても視線を逸らさない。

 

秀介手牌

 

{四九③(横②)⑦45688(ドラ)南西白}

 

先程まで見えていた山の中身、それが突如消えたことからまた塞に能力を封じられたことを察した秀介。

だがその関心は塞に向いていなかった。

 

「・・・・・・小瀬川さん、だったね」

 

秀介はシロに声を掛けていた。

 

「・・・・・・何?」

「麻雀を始めてどれくらいになる?」

 

突然麻雀歴の質問。

さすがに意味が分からずに眉を顰める。

だが特に文句を言うでもなく、軽く考えながら返事をした。

 

「・・・・・・そんなに長くない、小学校の高学年辺りだから・・・・・・7年経ったかどうか・・・・・・」

「そうか」

 

そう言って秀介は手牌から牌を抜き出し、持ち上げる。

 

「・・・・・・それが何?」

「いや、別に。

 その麻雀歴の割には・・・・・・」

 

そしてその牌を河に捨てる。

指で隠されていてまだ何が捨てられたのかは分からない。

 

「良く麻雀を()()()()()()()()()と思ってさ」

 

指を離し、露わになったのは{⑦}。

シロの理解不能の一打に対抗する一打か。

ふーんと怪訝な表情をしながらシロは牌をツモった。

 

2巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三[五]七七③(横七)334東白中}

 

続いて切ったのは{4}、完全に面子を落とす気配だ。

 

豊音手牌

 

{四五(横一)九④④⑥⑥⑨⑨57北發}

 

先程切ったのと同じ{一}、そのまま切る。

 

塞手牌

 

{四八(横六)②[⑤]⑧17南西北白發中}

 

現在完全に秀介の上がりを()()()いるはずだ。

だが前回塞いだ時には何の影響もないかのように手を進められた。

結果として上がれはしなかったが、それでも今まで塞いできた対戦相手とは何かが違うのは間違いない。

シロの邪魔はしない、させない。

その為に彼の手に有益そうな牌は絶対に切らない。

完璧に封じることが不可能でも、極力それに近づけることはできるはずだ。

そもそも「仏滅」の影響でバラバラの手牌、ハナから上がる気はない。

秀介の第一打{⑦の近く、⑧}を切り出す。

 

秀介手牌

 

{四九②③45688(ドラ)西白(横西)}

 

何を引いてくるのかは不明。

一応局の初め時点ではある程度山が見えていたので完全に先が分からないわけでは無い。

塞としてもシロの決意を受けてから塞ぎにかかったのでそれはどうしようもない。

重要なのはただでさえ能力無しでも有効な手の進め方が出来る彼の頭をもってすれば、その()()()()が見えただけで十分すぎるということだ。

上がりが完全に塞がれていようとも、鳴きで妨害したり不可思議な一打で混乱を誘うことができる。

 

だが、今の秀介が目指すのはそれではない。

クククと笑いながら秀介は{九}を手放した。

 

各々の思惑が渦巻く中、一同は手を進めて行く。

 

3巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三[五]七七七③(横九)33東白中} {3}切り。

 

豊音手牌

 

{四五九④④⑥⑥⑨⑨57北(横9)發} {5}切り。

 

塞手牌

 

{四六八②[⑤]1(横⑧)7南西北白發中} {⑧}ツモ切り。

 

秀介手牌

 

{四②③4568(横7)(ドラ)南西西白} {7}ツモ切り。

 

4巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三[五]七七七九(横七)③3東白中} {③}切り。

 

豊音手牌

 

{四五九④④⑥⑥⑨⑨79(横8)北發}

 

(・・・・・・面子が出来たけど、今はいらない。

 それより志野崎さんが切ったとこを・・・・・・)

 

{九}切り。

 

塞手牌

 

{四六八②[⑤]17南西北白發中(横發)}

 

{發}対子、鳴く気は無いが秀介が仮に対子で持っていたとして鳴かせる気もない。

 

(この局、字牌は絶対に手放さない)

 

秀介が3巡目に切った{7}を切る。

 

秀介手牌

 

{四②(横六)③45688(ドラ)南西西白} {③}切り。

 

5巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三[五](横三)七七七七九3東白中} {3}切り。

 

豊音手牌

 

{四五④(横六)④⑥⑥⑨⑨789北發}

 

そろそろ捨てる牌に悩む。

秀介の捨て牌から手牌が読めないのはもはや覚悟の上。

未だ字牌が一枚も捨てられていないからそこは切れないし、かといって中張牌を切って鳴かれない保証もない。

少なくとも自分が対子で持っている牌ならまだ鳴かれないかなと考えて{⑨}を切る。

 

塞手牌

 

{四六八②(横①)[⑤]1南西北白發發中}

 

こちらも悩みどころ。

字牌を切れないのはいいとして、チーも警戒しなければならない。

かと言ってもし安牌を先に切りまくって、無くなったころに塞の能力を切り払ってリーチなんて掛けられたらどうしようもない。

塞いでいる、にもかかわらずこんな不安を抱えて打たなければならないとは。

{②}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{四六②4(横⑧)5688(ドラ)南西西白}

 

字牌は切らない、かと言って面子は崩すし相変わらず何を考えているのかが分からない。

何でもないような涼しい顔で{5}を切り出す姿に、豊音も塞もむーっと表情を顰めざるを得ない。

 

6巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三三[五]七(横五)七七七九東白中} {東}切り。

 

豊音手牌

 

{四五六④(横八)④⑥⑥⑨789北發} {⑨}切り。

 

塞手牌

 

{四六(横二)八①[⑤]1南西北白發發中} {二}切り。

 

秀介手牌

 

{四六②⑧4688(ドラ)南西西白(横中)}

 

(・・・・・・んーと、確か・・・・・・)

 

一瞬手を止めたが、すぐに{南}切り出す。

 

7巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三三五[五]七七七七九白中(横發)}

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

何か思うところがあるのか、少しばかり動きを止める。

カリカリと左親指の爪を噛んだかと思うと{發}を捨てた。

 

豊音手牌

 

{四五六八④④⑥⑥7(横1)89北發} {7}切り。

 

塞手牌

 

{四六八①(横九)[⑤]1南西北白發發中} {九}切り。

 

秀介手牌

 

{四六②⑧(横⑤)4688(ドラ)西西白中} {四}切り。

 

8巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三三五(横四)[五]七七七七九白中} {中}切り。

 

豊音手牌

 

{四五六八④④⑥⑥18(横2)9北發} {發}切り。

 

塞手牌

 

{四六(横三)八①[⑤]1南西北白發發中}

 

(ん、シロと豊音が切ったから{發}はもう完全に大丈夫だ)

 

{發}切り。

 

秀介手牌

 

{六②⑤⑧4(横⑨)688(ドラ)西西白中} {8}切り。

 

9巡目。

 

シロ手牌

 

{一二三三四五[五]七七七七九(横八)白} {白}切り。

 

豊音手牌

 

{四五六(横五)八④④⑥⑥1289北}

 

(志野崎さんが切ってる・・・・・・これっ!)

 

{8}切り。

 

塞手牌

 

{三四六八①[⑤]1(横⑥)南西北白發中}

 

先程と同様{發}の対子落とし。

 

秀介手牌

 

{六②⑤⑧⑨4(横1)68(ドラ)西西白中}

 

(・・・・・・これで、終わりっと)

 

{6}切り。

 

10巡目、牌をツモったシロは一息ついてそれを晒した。

 

「・・・・・・ツモ」

 

シロ手牌

 

{一二三三四五[五]七七七七八九} {(ツモ)}

 

「清一ツモ赤1、8000オール」

 

(わっ! やった!)

(シロの上がり! それも倍満! これで逆転の目が出てきた!)

 

その上がりに同卓、卓外問わず宮守メンバーは揃って笑顔を浮かべる。

 

そんな中シロはただ一人浮かない表情。

そして熊倉は唯一それに気付いたようだった。

 

「・・・・・・何か不満なことでもあったのかい?」

「んっ・・・・・・」

 

声を掛けられたシロは熊倉に視線を送るが、すぐに頭をかきながら秀介の方に向き直る。

 

「・・・・・・志野崎さん、あなたの麻雀歴も教えて」

 

その一言にキョトンとする一同。

この局の最初に秀介がしたのと同じ質問を、このタイミングで返してきたのだから無理もない。

秀介は笑って返事をした。

 

「気になるのかい?」

 

シロはコクンと頷いて、手牌から牌を抜き出していった。

{七九七三五四八}

それらを抜き出した後、シロは秀介に告げた。

 

「・・・・・・私のツモはこの順番。

 あなたはその1巡前に、同じ数字の牌を切っている」

 

「・・・・・・え?」

 

その一言で辺りは静まり返った。

それはつまり、何を意味するというのか。

当の秀介は再び笑った後に返事をする。

 

「きづ・・・・・・凄い偶然だねぇ」

「今「気付いた?」って言いかけた・・・・・・」

「残念、「傷つけるくらいなら傷つきたい」って言いたかったんだ」

「・・・・・・」

 

ムスッとした表情のシロ、宮守メンバーでもあまり見ない珍しい表情だ。

 

「・・・・・・人のツモを先読みして捨て牌で示すなんて・・・・・・どれくらい麻雀打ってたら出来るようになるの?」

 

そういう意図を含めての、麻雀歴の問い掛けだったか。

秀介も、配牌の時点から萬子の流れを読み取ったシロに興味を持ったからこその麻雀歴の問い掛けだったわけだが。

 

「そうだなぁ・・・・・・」

 

秀介は100点棒を口から離し、煙を吐くようにため息をついた後に答えた。

 

 

「・・・・・・100年、くらいじゃないかな」

 

 

その返事と秀介の笑顔に、やはりシロは不満げな表情を浮かべたのだった。

 

 

 

豊音 16900

塞  10300

秀介 39100

シロ 33700

 

 

 




100巡、100年生、100速に次いで、麻雀歴100年。
元々は「碁を始めて何年になる?」「千年」に倣って言わせる予定だったんですけど、阿知賀編でやられるとは(
実際には総合年齢が70年ちょっとなので麻雀歴は50年あるか無いか。
しかも実際には活動していない十何年があるからもっと少ない(
新木があと20年くらい年取ってたら合計年齢はリアル100年だったんですがね。
でも60過ぎの老人が血を吐きながら麻雀続けるのはさすがに酷過ぎるかなと。


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07姉帯豊音その2 誘拐とサイン

熊倉さんマジ策士(宮守女子編1話以来二度目

お気に入り数、ジャンル:咲のトップになりました、ありがとうございます。
いつの間にやら、今はもう落ちてますが(



その日、彼女は喫茶店にいた。

()()()()で人と会う時にはよく利用している喫茶店、そのお気に入りの紅茶を優雅に楽しみながら彼女は人を待っていた。

間もなく喫茶店のドアが開き、取り付けられているベルがカランコローンと音を立てる。

入ってきたのは彼女の待ち合わせの人物、軽く手を振るとあちらも気づいたようで頭を下げて歩み寄ってきた。

 

「ずいぶん早くいらしたのですね、お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ、ここで人と会う時は早めに来てのんびり紅茶を楽しむことにしているのよ。

 だからお気になさらずに」

 

お互いに頭を下げ合いながら、遅れてきた人物は彼女の向かいに座った。

待っていた彼女はいつもの通りのんびりとした様子だったが、相手は少し緊張気味な様子。

やってきたウェイトレスにコーヒーをオススメされたが、香りを楽しむ紅茶の邪魔をしては悪いと同じく紅茶を頼む。

 

「あらあら、気を遣わなくても構いませんのに。

 意外と紳士なのですね、南浦プロ」

「呼び出したのはこちらですから当然の気遣いです、熊倉さん」

 

 

あまり見ない組み合わせだし、この場所で二人で会うのは初めてだがお互いに面識が無いわけでは無い。

注文した紅茶でのどを潤しながら、セットで付いてきたケーキを熊倉に差し出しつつ南浦は口を開いた。

 

「監督されている宮守女子も全国行きを決めたそうで。

 お忙しい中ご足労頂きありがとうございます」

「いいえ、お構いなく。

 私もこちらにちょっと用事がありましたから」

 

堅苦しい表情の南浦とのんびりした様子の熊倉、実に対称的だ。

軽く雑談を挟んだ後、南浦は本題に入る。

 

「熊倉さん、新木桂という人物をご存知でしょうか?」

 

その言葉に熊倉は珍しく驚いた表情で返事をした。

 

「私達の世代では知っている人は多いでしょう。

 あ、でもあの頃から麻雀をやっていたわけでは無い人にとってはそうでもないかもしれないわね。

 懐かしい名前だわ」

 

新木桂が亡くなってから実に30年程。

その後もしばらくは名前を聞いたが、知っているメンバーの間でも彼の名前が話題に上がらなくなって久しい。

熊倉が何やら遠い目になるのも仕方がないことだ。

 

「で、その新木桂がどうしました?」

 

やがてそう言葉を続けた熊倉に、南浦は真剣な表情で答えた。

 

「・・・・・・先日、藤田プロが主催した合宿が開かれましてね。

 私の孫の数絵も参加しまして、私も見学させてもらったのですが・・・・・・」

 

緊張を誤魔化すかのように紅茶に手を伸ばし、一息入れた後に続きを口にする。

 

「・・・・・・一人の青年の打ち方が、新木桂にそっくりだったのです」

「・・・・・・あらまぁ」

 

気の抜けたような返事。

だが言葉とは裏腹に熊倉は非常に興味を引かれていた。

新木桂と言えば先程の通り彼女達にとって有名な存在。

その打ち方に誰もが憧れ、しかし誰もが辿り着けなかったものだ。

それを、新木桂と交流の深かった南浦の口から「そっくり」と言わせるほどの打ち手とは。

 

「彼は「新木桂とは無関係だ」と言いましたが、どうもその言い方は嘘くさかった。

 あれは間違いなく新木桂を知識だけではなく知っていると思うのですが・・・・・・。

 どうにも誤魔化されてしまいましてね、それ以上の追及は出来ませんでした」

「・・・・・・なるほど、あなたがそう言うくらいなら相当に似ているのでしょうね」

 

ふーむ、と考え込む熊倉。

 

「熊倉さん、新木桂の打ち方を見たことは?」

「ありますよ。

 でも私があの人を知った時にはもうほとんど引退していたようなものだったからねぇ、本気とは遠かったと思うの。

 それでも十分に引かれる打ち筋だったけれど」

 

今でも思い出すあの打ち筋、と言わんばかりに思いを馳せる熊倉。

その様子に南浦は決意を秘めた口調で告げる。

 

「そこで熊倉さん、もしよければ彼の打ち方を直接見ては頂けませんか?」

「私が?」

 

南浦の言葉に熊倉は首を傾げる。

 

「宮守女子も全国行きを決めたことですし、彼と練習試合と言うのも悪くないと思いますが」

「それは・・・・・・新木桂に似た打ち方の人物と打てるとなれば、あの子たちにもいい刺激になるでしょうね。

 それに私も興味あるし・・・・・・」

 

ふむふむ、と考えを巡らせる熊倉。

助け舟の意味合いも込めて南浦はさらに言葉を続けた。

 

「私から声を掛けても、一度断られた手前彼も容易には乗ってこないでしょう。

 藤田プロを経由して手紙でも渡せばよろしいかと」

「藤田プロ?」

「何でも親戚らしいですよ」

 

へぇーそうなの、と頷く熊倉。

自分の教え子の為にもなりそうだし、何より面白そうだし。

乗らない手はない、と熊倉は二つ返事で承諾した。

 

「しかしそうなると、どういう文面で呼び出すかですね・・・・・・。

 表向きの用事も用意しないといけませんし・・・・・・」

 

渋い表情で考え込む南浦。

実はその辺りが思い浮かばずに相談できる相手という意味も込めて熊倉に連絡したのだ。

新木桂を知っていそうな人物は他にも何人か出てくるが、いい理由を付けて練習試合を行えそうな人物と言うと限られてくる。

その点熊倉は年の功・・・・・・いや、経験も豊かだしそう言う小知恵も沸いてくることだろう。

ちらりと熊倉の様子を見ると、何やら思いついた様子でくすくすと笑っていた。

そして唐突に聞いてくる。

 

「南浦プロから見て、その人は新木桂の関係者だと思う?」

「まず間違いなく・・・・・・」

「じゃあ、生まれ変わりだったりするかもしれないわね」

「生まれ変わりって・・・・・・確かにそれでも信じられるくらいでしたが。

 生憎とそういうものは信じていません」

 

やれやれと小さく首を横に振る南浦。

そんな南浦の様子を見て笑いながら熊倉は言葉を続ける。

 

「そう、生まれ変わりだって言っても信じられるくらいなのね。

 じゃあ、それで行きましょう」

 

え?と首を傾げる南浦。

なにやらいい小知恵は出てきたようだが何をするつもりなのか。

熊倉は笑うだけでそれ以上は告げなかった。

 

 

南浦との話し合いを終わらせ、用事を済ませた彼女は岩手に戻る前にただの招待状としか思えない手紙を書き綴る。

ただ一言だけ、それに付け加えた。

魂を揺さぶるような一言。

無関係者でもどういうつもりかと興味を持つだろうし、関係者ならそれこそ急ぎ足で来てくれることだろう。

これを読んだ瞬間の彼は一体どんな反応をするのだろうか。

それを直接見れないのは残念だが興味津々と言った様子で笑いながら、熊倉はその一文を書き加えた。

 

 

「新木桂様へ」と。

 

 

 

そんな招待を受けてやって来た彼は、今熊倉の前で麻雀を打っている。

その打ち筋に、熊倉は年甲斐もなく心躍らされた。

なるほど、南浦が興味を持ちこだわるのも分かる。

確かに新木桂を彷彿とさせるとんでもない打ち手だ。

 

(うちの白望、塞、豊音が三人掛かりでも押し負けるなんてね)

 

彼女の眼前、卓上で一人が手牌を晒していた。

 

 

 

南四局1本場 親・シロ ドラ{中}

 

{二三四七八九④⑤⑥⑥⑦西西} {(ツモ)}

 

「平和ツモ、700・400の1本付け」

 

にひっと笑い、手牌を晒すのはやはり秀介。

前局上がったのはシロ。

それに豊音の「大安」も加わってそれこそ6巡以内で上がれるような好配牌を受け取ったにもかかわらず、秀介の上がりはそれよりも早かった。

圧倒的速度。

代わりに点数は安いが、トップの彼としてはオーラス上がるのにこれ以上望む手はない。

そうして少し疲れた笑顔を浮かべながら、一同は挨拶を交わした。

 

「ありがとうございました」

「・・・・・・ありがとうございました」

「ありがとうございましたぁー」

「ありがとうございました」

 

 

秀介 40900

シロ 32900

豊音 16400

塞   9800

 

 

 

一番に席から立ち上がった秀介は、飲みかけのリンゴジュースを一気に飲み干す。

ゴミはゴミ箱ではなく自分のカバンに入れて帰りの道中に処分する様子。

残りの一同、塞は椅子にもたれかかって疲れを体現しているし、シロは変わらずダルそうな様子。

そんな中豊音はぐたーっと卓上に倒れこんでいた。

 

「勝てなかったよぉ・・・・・・志野崎さん強いですねー。

 こんなに強い人初めてだよー」

 

倒れこみながら顔だけ秀介の方に向ける。

秀介はフフッと笑って返した。

 

「まぁ、100年くらい打ってればな」

「・・・・・・どこから出てきたの、その数字・・・・・・」

 

ダルそうにしながらもそれに突っ込むシロ。

塞も「100年かー」と呟いている豊音を本当に信じていないかと心配に思いながら立ち上がる。

 

「・・・・・・っと」

 

ガタンと再び座り込んでしまった。

足に力が入らない?

 

(あれ? 思ったより疲れてる?)

 

結局この試合塞いだのは2局ほどだったはず。

にもかかわらずこの疲労。

やはりとんでもない打ち手だったのかと今更ながら実感する。

だからと言っていつまでも座っているわけにはいかない。

意識して足に力を入れて立ち上がる。

と同時に。

 

ぐぅー

 

音が鳴った。

 

「・・・・・・?」

「今の・・・・・・お腹の音?」

 

他のメンバーにも聞こえたらしくキョロキョロとお互い顔を見合わせる。

そんな中顔を合わせないのが一人。

ホワイトボードで顔を隠した何者かがいた。

 

「・・・・・・エイスリン、お腹すいたの?」

 

シロの問い掛けにちらっと視線を合わせながら小さく頷くエイスリン。

 

「お昼にしましょうか」

 

熊倉の一言で場は一気に和やかになった。

 

 

 

やってきたのは試合の前に宮守メンバーが話していた、以前みんなで食べに来たという冷麺のお店。

店はあまり大きくないし客足も少ないが味の方は果たしてどうか。

 

「おじさん、また食べに来たよー」

 

手を振る豊音に対し、「おー、また来たのかい」と店主らしき人が返事をする。

 

「冷麺7人前、お願いします」

「あいよ。

 豊音ちゃんはまたサービスで大盛りにしておくよ」

「わーい!」

 

席に着きながら交わされる会話を察するに、豊音は店主に気に入られているらしい。

見た目に反して子供っぽいし、その辺のギャップもあるのかもしれない。

そんな推測をしている秀介にも、店主から声が掛けられた。

 

「そっちの兄ちゃんも大盛りにするかい?

 料金はちゃんと貰うが」

 

何その男女差別。

いや、おっさん店主としてはある意味当然か。

それなら普通盛りでいいですよ、と返事をしようとして熊倉に止められた。

 

「あなたも大盛りにしてもらいなさいな、料金は私が出すから、皆の分もね。

 だから気にせずお食べ」

 

その言葉に「わーい」と喜ぶのが豊音とエイスリン。

「そんなの悪いですよ」と遠慮するのが塞と胡桃。

シロはどちらでもない。

秀介としては食べ慣れないものを大盛りで出されて口に合わなかったらという不安もあるので即答できない。

それにこの人物に奢られるというのはなんだか借りを作るようで嫌な気がする。

しかし冷麺はこの辺りの名物として有名だし、このメンバーの様子を見ると味が悪いということはあるまい。

熊倉の奢りと言うこともここまで来た手間賃と考えれば・・・・・・そう考えると逆に安いか。

 

(・・・・・・ま、いいか)

 

まだすぐに帰るというわけでは無いし、足りない手間賃分色々話を追及させてもらおうかと決めて、熊倉の申し出を受けることにした。

しばらくして店主が差し出してきたのは大盛り、すなわち豊音と秀介の分だ。

豊音は受け取るなり箸を取り出して「お先に、いただきまーす」と笑顔で麺をすすり始める。

 

「んふー・・・・・・おいしい」

 

おいしそうに食べる子だなぁと感心しながら秀介も冷麺に向き直る。

半透明のスープ、麺、チャーシュー、ネギ、キムチ、ゆで卵、薄切りのリンゴ。

この店は冷たさを持続させるためか、おそらくスープを凍らせた氷が浮かべてある。

 

「ちなみに、食べる順番の作法などは?」

 

ちらっと熊倉に問い掛ける。

「真面目なのねぇ」と言いたそうな表情で熊倉は返事をした。

 

「特には無いけど、スープは少し味が濃いから先に飲むのはオススメしないかしら」

「なるほど」

 

ならば麺から頂くか、と箸を手に取る。

店主はその後の麺の準備を進めながらもこちらをうかがっている様子。

がさつに食べる味が分からないガキだと思われるのは癪だが、こちらも味の感想に関して手を抜くつもりはない。

手に取った箸をくるっと持ち替え、両手を口の前でパンッと合わせる。

 

「いただきます」

 

口の前で十字を切る姿。

「何それ?」というツッコミも許さない迫力を纏ったまま秀介は麺を掬い上げ、ちゅるるるるっとすすった。

事情を知らない店主としても、この店を紹介した宮守メンバーとしても少しばかり不安が浮かぶ。

もし口に合わなかったらどうしようと思っていることだろう。

強烈なコシ、つるっとした舌触り、それでいて絡むスープ。

その味と独特な歯ごたえを楽しんだ後、飲み込む。

次の一口は先程の倍の量。

目を瞑り、少しばかり天井を仰ぐようにしながら味わう。

 

「・・・・・・うん・・・・・・美味い」

 

笑顔で告げたその一言に、宮守女子のメンバーにも笑顔が浮かんだ。

 

 

 

食事を終えて学校に戻ったら再び麻雀を打つ。

豊音はリベンジとばかりに卓から離れないので秀介と豊音は固定。

残りの席にまた胡桃やらエイスリンやらが座って試合をしたり、入れ替わりで塞とシロもまた打ったり、エイスリンがまたビクビクと怯えたり。

そうかと思えば、打ちっぱなしでは秀介も疲れるだろうからと見学に回していつものメンバーで打ったり、その状態で意見交換をしてみたり。

お菓子やお茶を口にしながら雑談をしたり。

 

不意に秀介が「ちょっとお手洗いに」と告げて席を立つ。

場所を熊倉に教えて貰って部室を出た。

この学校も女子高とは言え男性の教員もいるので男子トイレ自体はちゃんと存在する。

その分数が少ないので戻ってくるまでは少し時間が掛かるだろう。

 

「凄いなぁ、何であんな打ち方できるんだろー?」

 

豊音がお茶を飲みながらほわーっとくつろぐと、一同もつられてくつろぐ。

ふと出来た休憩時間に、宮守一同は卓に向かうことなくのんびりとしていた。

 

「明日も打てるのかな? 戻ってきたら予定聞いてみようよ」

「そうだね」

 

豊音の言葉に塞が頷く。

だがそこに熊倉が口を挟んだ。

 

「あら、言っていなかったかしら?

 彼は今日中には戻るのよ」

「えっ!?」

 

そんなこと言ってたっけ?と豊音が驚いて立ち上がる。

 

「でも、長野って遠いんじゃ・・・・・・」

「遠いは遠いけど、今朝だって来てくれたじゃない。

 あ、そうだ、戻ってきたら交通費渡しておかないとねぇ」

 

のんびりした口調の熊倉とは裏腹に宮守メンバーの空気が少し重くなる。

 

「・・・・・・帰っちゃうんだ・・・・・・」

 

シロがそう呟きながら、珍しく少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「で、でもほら、あの・・・・・・どこかに泊まってもう一日くらい・・・・・・」

 

豊音が何とかそう言うが、熊倉が宥めるように言う。

 

「彼にも予定があるでしょうし。

 それに泊まるところが無いわ。

 宿代まで彼に負担させるのは忍びないし、私が立て替えるとしてもさすがに手持ちでは足りないわよ。

 まぁ、あんたたちの誰かが彼を泊めてあげるっていうなら別だけどねぇ」

 

その言葉に押し黙る一同。

さすがにうら若き女子高生が初対面の男を家に泊めるとかハードルが高すぎる。

気まずいことこの上ないし、家族に何と言われるか。

 

「あ、じゃあうち・・・」

「ちょ、待ったぁ!」

 

その辺りの事を全く考えていなかったであろう豊音が即答しようとしたのを、塞が必死に止める。

そしてその辺りの事情をあれやこれやと、豊音が顔を真っ赤にして理解するまで続けた。

熊倉はその様子を笑いながら見守っていたが、やがて席を立つ。

 

「じゃあ、私は彼が迷ってないか探してくるわ。

 ついでに交通費も渡してこないとね」

 

そして熊倉も部室を後にした。

残されたメンバーに暫し、しゅーんとした空気が流れていたがせめて戻ってきたら時間いっぱいまで楽しもうと盛り上がるのだった。

 

 

 

部室を出た熊倉は、近くの階段のところで秀介に出くわした。

どうやら迷っていなかった様子。

 

「ああ、どうも・・・・・・」

「迷ってはいなかったみたいね」

「説明が分かりやすかったもので」

 

秀介はそっけなく返事をして部室の方に歩き出す。

それを熊倉が止めた。

 

「はいこれ、交通費」

「・・・・・・どうも済みません」

「いえいえ、呼んだのはこちらだし当然だわ」

 

秀介が封筒をポケットに仕舞うのを見て、熊倉は言葉を続ける。

 

「今日帰る予定でいいのよね?」

「泊まる宿もありませんし。

 いや、楽しかったですし、可能なら明日もという気持ちもありますけどね」

「あの子達の誰かが「家に泊まってもいい」って言ったら泊まっていくかしら?」

「それはよろしくないでしょう。

 全国行きを決めた学校で、他校の生徒と不純異性交遊とか取り上げられたらそれどころじゃなくなりますから。

 お互いにそれは困るでしょう」

「ふふ、そうね」

 

熊倉はそう言って笑った。

実際のところはまだ熊倉の家に泊まるという選択肢もある。

年の差は親子ほどだからお互い親戚感覚で泊めることは可能なはずだ。

だが秀介からそう言い出すほど図々しくはないし、熊倉も都合が悪いのか言い出すことは無い。

ならば選択肢は無し、それでいいのだ。

じゃあこの話はここまで、と熊倉も秀介に続いて部室に戻ろうとしたのだが、どうしたものか秀介の足は止まっていた。

 

「あら、どうかしたのかしら?」

 

回り込んでひょっこり顔を覗くと、秀介は何やら思いつめたような表情をしていた。

散々思い悩み、考えに考えているような様子。

ふぅ、と小さく息をつき、やがて秀介は口を開いた。

 

「・・・・・・彼女・・・・・・」

「・・・・・・ん?」

 

熊倉が聞き返す。

秀介は一瞬引き下がりかけたが、また一息つくとそれを告げた。

 

 

「・・・・・・彼女、「()()()村」の出身なのでは?」

 

 

「・・・・・・!」

 

珍しく熊倉の表情が驚愕に染まった。

それこそもうすっ呆けることも不可能なほどの反応だ。

それを察し、今更出かけた「何の事かしら?」というセリフを飲み込んで熊倉は返事をする。

 

「・・・・・・どうして、分かったのかしら。

 いえ、そもそもどうして「あの村」の事を知っているのかしら?」

「あなたが俺について知っていることを洗いざらい・・・・・・いや、それでも教えられないな」

 

「だから悩んだんだ」と言いたげに秀介は頭を掻く。

 

「「あの村」、そしてあの苗字・・・・・・だとしたら彼女、一体()()()()ここにいられるんですか?」

「・・・・・・」

「二十歳になるまで? その一年前まで? 高校を卒業するまで?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

秀介の言葉に熊倉は沈黙を貫く。

そして秀介も問い掛けを止めると、両者の間に沈黙が流れた。

 

暫し静まり返ったまま、先に口を開いたのは秀介だった。

 

「・・・・・・この大会が終わったら、もう戻らないくらいでいい。

 ()()()にならないように。

 なんならうちで預かることもやぶさかではない。

 幸い全国大会の為に東京に出てくるとなれば、荷物は多めでも悟られはしない」

 

それに対し、熊倉は珍しく険しい表情で返事をした。

 

「・・・・・・あなたが何をどこまで知っていて、どうしてそこまでしてあの子を守ろうとするのか。

 理由を全て話して、信用出来たらその手も考えるわ」

「・・・・・・・・・・・・それは、出来ない。

 俺には他にも守るものがあるし、志野崎秀介には彼女を守る義理は無い」

 

視線を逸らしながらそう言う秀介に、熊倉は小さく首を横に振る。

 

「なら無理ね、そこまであなたが信用できない。

 控えめに、無理矢理取り繕って言うのならば、「あなたの手を煩わせるわけにはいかないわ」ということよ」

 

お互いに信用できないというならばその結論も致し方無し。

秀介が何をどこまで知っているのかは知らないし興味もあるが、だからと言って()()()に関して信用するわけにはいかない。

熊倉ははっきりと拒絶の言葉を口にした。

と同時にふと気づく。

「志野崎秀介には彼女を守る義理は無い」?

何故彼は今自分の名前を出したのか?

()()()()()()()()()

 

改めて見直した彼は、その口元を吊り上げて告げた。

 

「それでも()は彼女を守りたい。

 単なる我儘と言われようがやらなければ気が済まない。

 あなたが協力してくれないというのなら・・・・・・」

 

秀介は熊倉の横を通り部室に向かいながら言葉を続ける。

 

「あなたより先、大会が終わり次第・・・・・・・・・・・・彼女を攫う」

「・・・っ!」

 

同時に叩きつけられる殺気に近い気迫。

思わず震える熊倉。

だがその身体を抑え込み、言葉を返した。

 

「攫って、どうするつもり?

 それを聞いたら私()は真っ先にあなたを疑うわよ?」

 

睨むようにそう言う。

こちらの計画を崩そうというのなら、相手が誰であっても容赦しない。

目の前の高校生であっても、その背後に誰がいようとも。

それだけの思いを込めて。

だが秀介は不意に元の笑顔に戻った。

 

「それはそれで結構。

 俺が彼女を知ったのは今日が初めて、だからこの後どんな計画を立てても間に合わない、守り抜けない。

 あなたも彼女を守る計画を立てているんでしょう?

 ならその準備が整い次第そちらに任せる方が確実。

 だが今のあなたの態度から察するに、準備が出来てから彼女を保護したのでは()()()()

 

 俺が出来るのはあなた方の準備が整うまで預かることだ。

 

 幸い俺は彼女ともあの村とも接点が無い。

 大会直後に彼女が消えたとして、俺を疑える人物はあの村に一人もいない」

 

そう言って秀介はくるっとまた部室に向き直る。

 

「大会までに準備が整ったならそう言ってください。

 無理に彼女を攫うことはしませんよ。

 ああ、でももし彼女を攫わせてくれるんなら、彼女には事情も俺の正体も話していい。

 その後彼女から事情を聞けば、俺の事も分かるんじゃないですか?」

 

そう言うとまた秀介は歩き出してしまった。

これ以上の追及は熊倉にも出来ない。

だが一つ、何としても一つ、今聞いておかなければ。

 

「・・・・・・あの子ともあの村とも接点が無いと断言しておいて、それで何故あの村の事を知っているの?

 そして何故、あの子を助けようとするの?」

「それは教えません。

 俺が攫った後彼女から聞くか、もしくは推測してください。

 答えが分かった後じゃ考える楽しみはなくなりますよ」

 

熊倉の問い掛けにも応じる様子は見せない。

だからもう最終手段、熊倉は冗談半分だと思っていたその一言をぶつけた。

 

「・・・・・・あなたの前世ででも、あの子・・・・・・いえ、あの村と何かあったのかしら?」

 

秀介は振り返りながら部室のドアに手を掛ける。

その表情は笑顔、心の内を誰にも読ませることのないあからさまな笑顔だった。

 

その笑顔を最後に秀介は部室の中に姿を消す。

中から「おかえりなさい」「あれ? 熊倉先生と会いませんでしたか?」「ああ、そこにいるよ。すぐ入ってくるんじゃないかな」と会話が聞こえた。

熊倉もすぐに戻らなければ誰かが外に出てきてしまう。

そこから推測できる秀介の行動。

彼はもう帰るまで自分と二人だけになることはしない。

つまりもう「この件」に関して話すことはできないということだ。

 

(・・・・・・本当に新木桂の生まれ変わりかねぇ)

 

驚き、動揺、喜び、呆れ。

何とも例え難い複雑な思いを抱えたまま熊倉も部室に戻った。

あと出来ることと言ったらこれから秀介がどんな態度でどういう風に彼の計画を進めて行くのかを読み、それを阻止するくらいか。

 

(あなたが何者かは分からないけど、()は絶対にあの村からあの子を守るわよ)

 

決意は新たに、しかし表情は笑顔でその心の内を誰にも読ませないようにしながら、熊倉は宮守メンバーの輪の中に戻った。

 

 

 

それからまた麻雀を打ち、雑談をし、日が傾き始めたらもう秀介の帰る時間だ。

熊倉も含めた部員全員で彼を見送る為に駅まで共にする。

来る時は詳しい場所が分からなかったからタクシーで来たが、歩いてみれば何のことない、それほど遠くない距離だった。

 

「誰か駅まで迎えを寄越してくれれば歩いて来たのに」

 

秀介がそう言うと胡桃が「いやぁ」と首を振る。

 

「あんまりこの駅使う人いないからね。

 うちの学校の生徒か、この辺からどこかに出掛ける人だけだと思うよ。

 ましてや今日は休日だし」

「「志野崎秀介様 宮守女子はこちら」みたいな看板を持って立ってるにはあまりに目立つんですよ。

 多分よく知った近所の人20人くらいに笑いながら声掛けられると思うんです」

「・・・・・・なるほど、それはちょっときついな」

 

塞の言葉も加わって秀介は納得した。

まぁ、そのタクシーの費用も熊倉持ちなわけだし別に構わない。

そんな話をしていたらもう駅の改札は目の前、すなわちお別れの時間だ。

 

「では・・・・・・」

 

何歩か前に歩み出た後向きを変え、秀介は宮守一同と向き直った。

 

「本日はどうも、お世話になりました」

「こちらこそ」

 

秀介の言葉に熊倉が返事をしたのと同時、宮守メンバーは揃って頭を下げた。

 

「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」

「ありがとうございました」

 

秀介も頭を下げる。

だがこれで終わりではない、秀介にはまだもう一つやっておきたいことがある。

はてさて、どうやって切り出そうかと考えながら頭を上げた。

率直に言うのが一番かと思っていると、顔を上げた秀介の目の前には豊音が。

そしてずっと気になっていた、その手に持っていたものを差し出してきた。

 

「あの、志野崎さん・・・・・・さ、サイン、貰えますか?」

 

それは見紛うこと無きサイン色紙であった。

 

「・・・・・・何故サイン?」

「えっと、趣味です」

「でも俺プロとかじゃないよ? 無名だよ?」

「それでもです!」

 

何やらワクワクした様子でペンと共に秀介に手渡す豊音。

チラッと他のメンバーに視線を向けてみるが、「ごめんなさい、お願いしますね」と言わんばかりの表情を返してくるのみ。

まぁ、いいかと秀介は色紙に向き直った。

 

「書いたこと無いから、普通に名前だけ書くよ」

「はい! あっ、姉帯豊音さんへ、って書いて貰えますか?」

 

やれやれと思いながら秀介はペンを走らせる。

思えばサインなんて前世でも書いたことは無かった。

今じゃよくあるみたいだし、自分もプロを目指すとしたら書くことになりそうだなぁと思いながら秀介はこっそり練習を決意した。

そうしてサラサラとサインを書きながら、ついでに秀介は口を開く。

 

「ついでによかったらなんだけど」

「あ、はい?」

「メルアド、交換しないかい?」

 

その一言に豊音の表情は驚きに染まり、しかしすぐにパァッと笑顔に変わった。

 

「はい! ぜひとも!」

「ダメよ、豊音」

 

それを引き留めたのは熊倉だった。

 

「え?」

 

思わず振り向く。

他の宮守メンバーも揃って、だ。

熊倉の表情は笑顔。

だがどこか、いつもと違う怖さを感じる。

 

「ど、どうしてですか?」

「彼とは直接じゃないけれど、彼の学校とはいつか戦うかもしれないのよ?

 その時に相手の事を知りすぎていたら、あなたの事だから無意識に手加減しちゃうこともあるんじゃないかしら」

「そ、そんなことしません」

「そうでなくても、顧問の先生の前で男女で連絡先を交換するなんて見逃すわけにはいかないわねぇ」

 

取り付く島もない。

豊音は「何で?何で?」とおろおろしていたが、やがてしょぼーんと落ち込む。

 

「・・・・・・ご、ごめんなさい」

 

そう言って頭を下げる豊音。

その向こうで「つ、ついでに私も・・・・・・」と携帯を取り出していた塞も一緒に落ち込む。

秀介は何でもないような笑顔で返した。

 

「いいさ、先生に見咎められたんなら仕方がない。

 サインだけ渡しておくよ」

「あ、はい、ありがとうございます」

 

サラサラと書き終えたサインを渡す秀介。

豊音は両手でしっかりとそれを受け取る、と同時に。

 

「・・・・・・?」

 

熊倉からは見えない豊音の左手に、何やら紙切れを握らせてきた。

サインと一緒にそれを受け取る豊音。

秀介はそれを確認すると上着の襟首を直すような仕草をしながら左手でさりげなく口元を隠し、豊音にだけ聞こえるような声で告げてきた。

 

「・・・・・・熊倉さんには内緒でな」

 

そう言われてすぐに予想がついた。

連絡先の話をしていて熊倉に止められ、その直後に渡される紙切れ。

中身はきっと秀介のメルアドに違いない。

 

「ありがとうございます!」

 

豊音は両手で胸の前にサインを抱えながら頭を下げる。

そして同時に熊倉に見えないように胸ポケットに紙切れを仕舞った。

それを確認し、秀介も笑顔を返す。

 

「ちょっと恥ずかしいから、他の人には見せないでくれよ」

「はい! 部室に飾ります!」

「いや、見せないでくれって」

「あ、じゃあ家に」

「あ、うん、それならいいか」

 

よしよしと頷き、改めて宮守女子全員に向き直る。

 

「じゃあ・・・・・・」

 

秀介は片手を上げながら笑顔を向けた。

 

「次は全国で」

「はいっ!」

 

宮守女子一同は再び揃って挨拶をした。

 

その後も彼の姿が改札から消え、彼が乗るはずの電車が見える位置まで移動して窓越しに彼の姿を確認すると、その電車が見えなくなるまで彼女達は見送った。

特に豊音はブンブンと手を振る。

その手に秀介のサインを握ったまま。

 

「・・・・・・見せないでくれって言ったのに・・・・・・」

 

やれやれ、と秀介は席に座った。

同じ車両には誰も乗っていないが、この電車自体には何人か乗っていることだろう。

見られてなきゃいいけどなーと思いながらポケットに手を突っ込む。

取り出されたその手には自身の携帯電話。

先程渡した紙切れは豊音の推測通り秀介のメールアドレス。

一先ず後は豊音とこっそり連絡を取り合うだけだ。

 

(・・・・・・熊倉さんの事は信じている、そうでなきゃ任せられない。

 この時代の地盤は熊倉さんの方が築けているだろう。

 それに今は時代が時代だし、おそらく()()()の俺ではどうしようもなかったことでもなんとかなるかもしれない。

 ただ最善は尽くす。

 一度身を隠されたら二度と見つけられないくらいの覚悟は必要だ)

 

窓にもたれかかり、流れゆく景色を見ながら秀介は思い出す。

 

(あの時は奪われた・・・・・・いや、俺が奪えなかったんだ・・・・・・。

 今度はちゃんと・・・・・・攫わないとなぁ・・・・・・)

 

 

「・・・・・・ネネ・・・・・・お前、まだ元気なのか・・・・・・?」

 

 

秀介の呟きは誰にも聞こえなかった。

 

 

 

「・・・・・・行っちゃったね」

 

シロの呟きに一同は頷く。

 

「強かったなー。

 次は全国か、頑張らないとね」

「モ、モチロン!」

 

胡桃の言葉に、無理矢理自分を奮い立たせるように気合を入れるエイスリン。

声は震えている。

塞は秀介とメルアドを交換できなかったことを少し残念に思いながら、ちらっと熊倉に視線を向ける。

 

「・・・・・・負けられないわね」

 

熊倉はそう呟いていた。

その表情はいくらかいつもの笑顔に近づいている。

だが気になって仕方がない。

 

(熊倉先生・・・・・・なんであんなにメルアドの交換止めたんだろう?)

 

別にそこから連絡を取り合うくらい普通だと思うのだが。

と言うかあそこまで交流するのは許して連絡先はダメって。

 

(・・・・・・いやァ、別に私が連絡先知りたいって言うよりは、もし豊音がアドレス交換するんならそのついでにーっていうくらいだし・・・・・・。

 別にそんな・・・・・・あんな、あんなこと言われ、いわ、言われて、別に、何とも思ってないしぃ・・・・・・)

 

思考が脇に逸れてきたことを察しながらもぶつぶつと何やら呟くのを止めない塞であった。

 

そして豊音。

まだ熊倉が目の前にいるから大っぴらに取り出してはいないが、その胸ポケットにはサインをもらった秀介のアドレスが入っているのだ。

んふふふーと笑いながら豊音は思考を巡らせる。

 

(最初の挨拶は何にしようかなー?

 「今日は楽しかったです」とか?

 「またお会いしたいです」とか?

 な、何かデートの後の会話っぽいよぉー!

 で、ででで、でーとって! でーとって!!)

 

きゃー!と一人騒ぐ豊音を見ながら、シロは「・・・・・・サイン貰えたの、そんなに嬉しかったのかな・・・・・・?」などと呟いていた。

すぐに豊音は我に返る。

嬉しさのあまり手に持つ色紙をぐしゃっと潰しては元も子もない。

アドレスの方に意識が行ってあまり見ていなかったが、せっかくだから秀介のサインをじっくり見てみようとそちらに視線を落とす。

 

(「志野崎秀介 姉帯豊音さんへ」・・・・・・・・・・・・えっ!?)

 

ピタッと足を止める。

 

「・・・・・・? トヨネ?」

 

エイスリンが声を掛けると、他のメンバーもそれに気付いたようで振り返る。

 

「トヨネ? どうしたの?」

「・・・・・・・・・・・・ど、どうして・・・・・・?」

 

塞の声も聞こえていない様子で豊音は声を漏らす。

その姿を見て何と声を掛けたものか、シロは少しばかり()()()後に声を掛けた。

 

「・・・・・・サイン、そんなに嬉しかったの?」

「・・・・・・えっ、あ・・・・・・そ、そうそう!」

 

慌てながら頷く豊音にシロは追加で声を掛ける。

 

「・・・・・・ひたるのは家に帰ってからにしなよ」

「そ、そうだね、ごめんごめん!」

 

えへへと笑いながら豊音は再び一同と揃って歩き出した。

 

だがその視線に映ったものは忘れられない。

 

(ど、どうして志野崎さん・・・・・・)

 

 

色紙の名前。

 

中央に縦書きした「志野崎秀介」。

 

その左に小さめに書かれた「姉帯豊音さんへ」。

 

 

そしてさらにその左下に小さめに書かれた名前。

 

 

 

「& 姉帯音々」

 

 

 

(姉帯(あねたい)音々(おとね)・・・・・・・・・・・・なんで志野崎さんが・・・・・・

 

 お祖母ちゃんの名前を知ってるの・・・・・・?)

 

 

 

秀介に送る最初のメッセージはまだ決まらない。

 

だが、そのすぐ後に聞くべき質問は決まった。

 

 




あのシーン書き上げた次の日に冷麺食べに行きました(
いや、現地までは行ってないですけど。

()()って熊倉さんの事じゃないよー。
なお感想ですでに見破られているのでドヤれない、ぐぬぬ(

大沼プロとかにも知られて、その辺の人たちとひたすら仲良くなるorライバル関係になる、そんな未来もあるかもしれませんね。


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08新木桂その2.2くらい 約束と誘拐

ここまで話を広げることを考えてなかったからなぁ。
思い切って「B story」の新木桂を1、2、4、5にしておいても面白かったかな。
時間軸は2と3の間、だけどどちらかと言えば若い2寄り、なので2.2くらいになってます。
若いっつっても30過ぎてますけど。

??「さ、30はまだ若いよ!」

あ、それに合わせて新木桂の頃のお話を一言二言変更しています。
豊音さんの村の秘密、多分こんな感じ。



「俺の名は新木桂。

 お前は?」

「私の名前は・・・・・・」

 

その質問に雰囲気が変わる前の笑顔を浮かべて彼女は答えた。

 

 

姉帯(あねたい)音々(おとね)

 音を繰り返すと書いておとね、よ。

 ここからちょっと離れた「がしま村」っていうところに住んでるわ」

 

 

それが彼女との出会いだった。

 

 

 

「それじゃ、麻雀牌を用意しましょう」

 

そう言って彼女は部屋の内線を勝手にとって「麻雀牌お願いします」と連絡を入れた。

しばらくして女将さんが麻雀牌とマットを持って入ってくる。

 

「あら、さっき連絡くれたのは音々(ねね)さんでしたか。

 あんまりお客さん苛めないでくださいよ?」

「そんなことしないよ」

 

そんなやり取りをした後に女将さんは新木の方を向く。

 

「麻雀をされるのならお夕食はもう少し遅らせましょうか?」

「・・・・・・そうだな、よろしく頼む」

 

新木の言葉に「かしこまりました、ではごゆっくり」と告げて女将さんは去って行った。

残された新木は、音々(おとね)と名乗り音々(ねね)と呼ばれた女性の方を見る。

彼女はテーブルにマットを広げると、麻雀牌をジャラジャラと撒く。

 

「ほーら、お兄さんも混ぜて」

 

そう言って牌を混ぜ始めた。

彼女の服装は着物、必然的に正座する形になっているが足のしびれには強いのであろうか。

やれやれと頭を掻きながら彼女の対面に座り、新木も牌を混ぜ山を積む。

 

「サイコロを一個ずつ振って、数が大きい方が親ね」

「ああ」

 

音々の言葉に新木は賽を受け取り、二人で揃って振った。

新木が5、音々が3だ。

 

「じゃあ、お兄さんが親ね。

 二人だから東家と西家のみ、場風は東に固定、対面からのチーも可能。

 左右二人分の点数は無視、つまりツモだと得点力ダウンね。

 それで25000を先に削り切った方が勝ち、それでどう?」

「一進一退のまま時間が掛かるのは勘弁だぞ」

 

万が一にも負けることは無いだろうと思っている新木。

何せ裏で負け無しだ。

目の前の女性から警戒心を抱くほどの気配を感じてはいたが、それでも負けはあり得ない。

とはいえ想像以上の実力者で決着までに何時間も掛かるのは勘弁だ。

だから新木は部屋に備え付けてあった目覚まし時計を手に取り、1時間後にセットする。

 

「これが鳴ったらその局で終了。

 点数が多かった方が勝ち、でいいな?」

「いいけど、私相手に1時間持つかなー?」

「言ってろ」

 

チャラッと賽を振ると同時にタイマーをオンにする。

出目は6、新木の親からスタートだ。

 

「よろしくお願いします」

 

スッと背筋を正して恭しく頭を下げる音々。

表情は相変わらず挑戦的ではあるが。

新木もそれを受け、少しばかり背を伸ばして頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

二人の対局は始まった。

 

 

 

「失礼します」

 

そして1時間ほど過ぎ、女将さんがさすがにそろそろ夕食の準備をと新木の部屋にやってきた。

 

「・・・・・・あらあら」

 

そこで目にしたのは仰向けにぐったりと倒れた新木と、その対面で卓に突っ伏した音々の姿だった。

 

「お疲れのようで。

 音々さんがここまで疲れてるのは珍しいですね」

 

笑いながら声を掛けると、二人とも顔だけ起こして女将さんの方を向く。

 

「・・・・・・ああ、夕食ですか」

「・・・・・・ごめんなさーい、片付けるよー・・・・・・」

 

そう言いつつ、ふぅと一息つく始末。

女将さんは笑いながら音々を起こすと麻雀牌とマットをどけて食事の用意を始める。

あれ?と音々が声を上げた。

 

「二人分?」

「ええ、音々さんも食べて行ってください。

 さすがにもう遅いですよ。

 帰る時もおっしゃって頂ければお送りしますし、何なら泊まって行っても」

「ごめんなさいね、ありがとう」

 

用意を終えた女将さんが頭を下げて部屋を後にする頃には、新木も起き上ってテーブルの食事に向き直っていた。

とりあえずビールでも貰おうかと思っていると、既に栓が開けられていたビール瓶を手に取った音々の姿が。

 

「お注ぎしますよー」

「・・・・・・ああ」

 

コップをもってとくとくと注がれるビールを受け止める新木。

注ぎ終ったら音々にも注ぎ返そうとしたのだが首を横に振られた。

 

「未成年なんで」

「・・・・・・何?」

 

確かに若く見えたが未成年だったか。

と言うことは・・・・・・。

思わず視線を外す。

 

(・・・・・・未成年の女に、あそこまで能力を駆使してようやくこの結果だったと・・・・・・?)

 

闘っている最中は久々に夢中だったので気にしていなかったが、改めて確認するとこれは裏プロとしてかなり堪える。

 

「まさか負けるとは思わなかったよ」

 

音々がそう言うと同時にとくとくと音がする。

見てみるといつの間にやらその手に握られていた瓶のオレンジジュースが、彼女の手元のコップに注がれていた。

一人で先にビールに口を付けようとしていた新木だったが、乾杯を待とうかと手を止める。

 

「こっちだって、最後の最後にようやく僅差で逆転なんて演じるとは思わなかったぞ」

 

新木は愚痴りながらコップを差し出した。

音々も笑顔で同じくコップを差し出す。

 

「良き出会いを果たした今日の日に」

「・・・・・・なんだそれ」

「いいじゃないの、ほら」

「・・・・・・良き出会いを果たした今日の日に」

 

カシャンとコップの音が響いた。

 

 

食事をしながら彼らは色々なことを話した。

生まれ、麻雀歴、過去の戦績など。

新木としては裏プロだということを話して怖がられたり、逆に「裏プロ相手にここまで戦った!」と調子に乗られても嫌なのでその辺りは伏せたままだ。

そうして話を続け、もはやお互いに軽口を叩けるくらいに打ち解けたところで女将さんが部屋に入ってきた。

 

「音々さん、そろそろお帰りを。

 お泊りされるのでしたら連絡を入れないと」

「ああ、そうね。

 今日は泊まるわ」

「かしこまりました。

 お部屋の準備をしますね」

 

食器を下げ、そう告げてから部屋を後にする女将さん。

音々は女将さんが去って行ったドアの方に視線を向けたまま、ボソッと呟く。

 

「・・・・・・別に、同じ部屋でもいいんだけどね」

「そりゃまずいだろ、年頃の娘が」

「なによぅ、子供扱いして」

 

ぷぅっと膨れたがすぐに笑顔になる。

 

「・・・・・・まぁ、ダメだって知ってたけど」

 

再び何やら呟いて立ち上がる音々。

ずっと正座だったはずだが足は大丈夫なようだ。

女将さんに続いてドアに向かうと首だけ振り返りながら笑顔を向けてくる。

 

「それじゃ、お兄さん、また明日ね」

 

そう言って音々は去って行った。

 

その笑顔は少しだけ寂しそうに見えた。

 

 

 

翌日。

音々との麻雀とその後の雑談を交えた食事のせいで風呂が閉められてしまっていたので、新木は朝一で風呂に入っていた。

雪が降る時期は代謝が落ち着いていて汗がべたつくことも無かったのだが、入浴前に浴衣を着ないというこだわりを持つ新木にしてみたら布団も同様だ。

「風呂に入らずに布団で寝られるか」と直接言ったわけでは無いが、女将さんにお湯と手ぬぐいを持ってきてもらって身体を拭いてから眠りについたわけだ。

さすがに朝起きるとべたつくし何とも言えない気怠い不快感が身体を包むので、食事すら後回しにして風呂にじっくりと浸かった。

さっぱりしたところで、さぁ朝食だと部屋に戻る。

 

「おはよう、お兄さん」

 

そこには二人分の朝食と、そのうち片方を食べている音々の姿があった。

その横には麻雀牌とマットも用意してある。

 

「人の部屋で何してんだ」

「いいじゃない、別に。

 食事は一人で食べるより人数いた方が楽しいよ。

 あ、お茶入れるね」

 

そう言うなり食事を中断してポットから急須にお茶を淹れる音々。

実に手際がいい。

身なりもいいし、いいとこのお嬢様なのだろうか。

そう思いながら新木は音々の対面に座ると、即座に箸を手に取って音々の皿から卵焼きを一切れ奪う。

 

「あ! ちょ、何するのよ!」

「こっちの台詞だ。

 俺の皿の不自然にスペースが空いた卵焼き、お前が持ってった証拠だろ」

「バレ・・・・・・酷い言いがかりね!」

「バレたって言い掛けただろ」

「じゃあこうしましょうよ。

 麻雀で勝った方が正義! 私が勝ったらその残りの卵焼きも頂くわ!」

「朝食終わるまで麻雀なんか出来るか」

 

やれやれと頭を掻きながら新木は麻雀牌に手を伸ばす。

ケースの中の麻雀牌は全て裏向きになっていた。

 

「どれでも好きな牌を一個引け。

 大きい数字を引いた方が勝ちだ」

「字牌は?」

「無条件で負け」

「乗った」

 

これならすぐに済む。

朝食を一時中断して音々は一箱選ぶ。

そして。

 

「これ!」

 

その1牌を指で押さえたまま箱をひっくり返し、それ以外の牌をジャラジャラと畳にまき散らした。

片付けるのが面倒そうだなと思いながら新木は音々が箱に残したその1牌を見る。

{9}だ。

 

「へへん!」

 

ドヤァと自慢げに笑う音々に呆れながら新木は容赦なく他の箱を一つ選び、同じように1牌以外を畳に撒いた。

 

「{九}」

「うぐ・・・・・・」

「引き分けだからしょうがないな」

 

新木はそう言うと先程奪った卵焼きを音々の皿に戻した。

 

「これで手打ちにしよう」

 

そう言って新木は音々が入れたお茶を一口飲み、箸を取って朝食に手を付け始めた。

 

「え、いいの?」

「男に二言は無い。

 が、受け取れないって言うなら食べてやってもいいぞ」

「食べるわよ、女将さんの卵焼き美味しいんだから」

 

二人は笑い合うとちらかった麻雀牌をとりあえずまとめておいて、朝食を先に済ませることにした。

 

「・・・・・・ホントだ、美味いなこれ。

 やっぱ返せ」

「二言は無いんでしょ!?」

 

そんなやり取りがされたのは、新木が卵焼きを返して5秒後の出来事だった。

 

朝食が片付けられると麻雀の用意をしながら雑談だ。

 

「お前、昨日確か「がしま村」に住んでるって言ったな。

 どんな字書くんだ?」

「鬼ヶ島とかの最初の文字を無くした字、「ヶ島(がしま)村」」

「変わった名前だな、どこにあるんだ?」

「・・・・・・知らない」

 

その返答に新木は顔を顰める。

自分の村がどこにあるのか知らないなんてことがあるか、と思ったが音々の表情は少しばかり暗い。

 

「他の人の車でこの町に連れて来られる以外、来たことが無いから。

 ルートも距離も知らない、地図も見たことが無いの」

 

隔絶された村なのだろうか。

ふーんと聞きながら食事を続ける新木。

 

「・・・・・・で、お前はその村のお偉いさんの娘、とかかな?」

「・・・・・・まぁ、そんなとこ。

 何で分かったの?」

「昨日からこの宿の従業員が全員、お前に対して敬語を使ってるからな」

「常連さんの娘、っていう可能性もあるんじゃないの?」

「勘」

「むぅ・・・・・・」

 

ここまではっきり言い切られると突っ込みようがない。

実際当たっているのだろう、音々は特に言い返す様子もなくご飯を口に運んだ。

結果黙ってしまった音々に、新木は言葉を続ける。

 

「村の人とか、この周辺の人とかに聞けば教えて貰えるんじゃないのか?」

「無理よ、そんなこと・・・・・・」

 

返事をしようとして、しかし音々の言葉は途中で止まってしまった。

 

「何故だ?」

 

秀介が続きを促すが、音々は首を小さく横に振る。

 

「言えない、それ以上は村の事に係わるから。

 でもそうね・・・・・・」

 

そうかと思うと、またフッと笑って音々は笑顔を新木に向けてくる。

 

「また私に麻雀で勝ったら、少しは教えてあげてもいいかな」

 

そう言って挑発的に笑った。

新木はお茶で口内の食事を飲み込むと返事をする。

 

「上等だ、洗いざらい吐かせてやろう」

 

だがその前に、まずは目の前の朝食を片付けなければ。

 

 

食べ終わった朝食を女将さんに片付けて貰い、二人は麻雀牌を広げる。

一局ごとに、上がれなかった方が相手に聞かれた質問に答えるというもの。

場風や東家、西家は前回と同じというルールで始まった。

 

まず一局目。

 

「ツモ」

「ふぇ?」

 

{六七③④⑤⑨⑨678南南南} {(ツモ)}

 

新木が手牌を晒したのは5巡目だった。

 

「ツモ、のみ」

「早いって! しかも安い!」

 

ぐぬぅと新木を睨む音々。

しかし点数関係なく上がられたら相手の質問に答えるというルールだ、文句は付けられない。

 

「で、何を聞くの? 村の事?

 あ、それとも私のスリーサイズかしら?

 やーん、ダメよそんなこと」

「じゃあそれで」

「え?」

 

ふふんと笑いながら冗談交じりに言ったのだが、新木はあっさりと返事をした。

 

「年下の女にからかわれるってのもあんまり好きじゃないんでな。

 村の事は次に上がった時にするよ。

 そういう訳でスリーサイズを答えろ」

「え、いやいやいや、な、何を言ってるの?」

「どうした、さっさと答えろ。

 答えないって言うなら麻雀は止めだな。

 軽く周辺を散歩してさっさと帰らせてもらうよ」

「うぐ、ぐ・・・・・・!」

 

睨んだり色々言い返したりしようとしているようだがルールはルール。

そもそもルールを言い出したのもスリーサイズどうとか言い出したのも音々が先だ。

顔を赤くし、そっぽを向きながらも渋々音々は答えた。

 

「102、60、95」

「正直に答えろ」

「くっ・・・・・・・・・・・・83、67、89・・・・・・」

「へぇ、そう」

「何よ! 乙女の秘密を聞いておいてその反応は!」

 

むきー!と怒りながら山を崩す音々。

 

「許さないんだから!

 私だって恥ずかしいこと聞いてやるわよ!」

 

そういうとジャラジャラと牌を混ぜ、山を作っていく。

新木もそれに合わせて山を作るが、まぁふざけるのは最初だけだ。

早上がりをちゃっちゃと重ねてとっとと肝心の質問に入ろうと決めていた。

 

そんなわけで二局目。

 

{二三四六六七八九②③⑦⑧⑨} {(ツモ)}

 

「平和ツモ」

「うぐぅ・・・・・・」

 

またしても先に上がる新木。

 

「こ、今度は何を聞く気よ・・・・・・?」

 

音々はびくびくと怯えた表情を向けてくる。

それを見て思わずまた違う質問を重ねようという気も沸いてきたが、さすがに自制して新木は本題に入る。

 

「お前が住んでいるという「ヶ島(がしま)村」の事と、あとお前自身の事だな」

 

その質問に、今まで何かしらの感情を見せ続けていた彼女の表情が、すーっと収まった。

 

「・・・・・・分かった、話すよ」

 

小さく一息、ついでに朝食と一緒に補充された新木の部屋のお茶を淹れ直しながら音々は話を始めた。

 

 

 

「順を追って話しましょう。

 

 「ヶ島(がしま)村」にはね、私達姉帯家が代々半ば祀られる形で暮らしているの。

 何でも昔その村の周辺では水害やら干ばつやら気象異常が頻繁に起こっていたらしいわ。

 そこにたまたまやってきたのか、それとも呼んだのかは知らないけど、よそからやってきた姉帯の一族は不思議な力を持っていて、それで異常を鎮めることが出来た。

 だから村に住んでもらうことでその災害を鎮め続けようっていうお話よ。

 まぁ、今代の私にそんな力があるとは思えないし、精々麻雀上で不思議な力を発揮することが出来る程度。

 それでも祀られ続けているのは、風習程度でしょうね。

 

 でね、村にはもう一つ代々(おさ)を務めてきた一族もいるのよ。

 村は元々「主ヶ島(ぬしがしま)」っていう名前だったらしいんだけど、()が強いその一族が「この村の(あるじ)となるのは我々だ!」とかよく分からない理由を付けて村の名前から「主」の字を取ったっていう話よ。

 それで今の名前は「ヶ島(がしま)村」。

 

 それで話を戻すと、最初に村にやってきた不思議な力を持った姉帯、私のご先祖様は女性だったらしいの。

 それを我の強い村長が、子供が出来れば村から離れられなくなるだろうと考えて、自分の息子の一人を婿養子に入れる形で結婚してもらったらしいの。

 事実は知らないけど話を聞く限り私には、村長が脅したか何かで無理矢理結婚させたんだと思うんだけど。

 おかげで姉帯は村長の思惑通り村から離れることが出来なくなり、また良い事なのか悪い事なのか、生まれてきた子供も災害を封じる力を持っていたらしいわ。

 それ以降、村長の一族は複数の子供をもうけてそのうち一人を姉帯家に入れていく形になったの。

 村長の一族が完全に姉帯とくっついたら、いつか権力を乗っ取られる可能性もあるからね。

 だから村長の一族は複数の子供をもうけて、村長としての権力と血筋を維持しつつ姉帯が離れられないように婿入り、嫁入りしていくようになったのよ。

 

 それがいつのころからか力関係が逆転し、今じゃ姉帯の名字を引き継いではいるものの完全に村長の一族との結婚を強制されているわけよ」

 

ずずっとお茶を飲み、音々は一息ついた。

 

「今の私も、許嫁として村長の所の息子をあてがわれてるところよ。

 年の差は結構あるのにね」

 

やだやだ、と愚痴が混じる。

 

「・・・・・・私は今18。

 代々二十歳になったら村長の一族と結婚して子供をもうけなければならないって決められてるの」

 

あと2年。

たったそれだけで彼女は村とその周辺以外の事もろくに知らずに結婚させられ、子供を作ることを強要されるのだ。

音々はお茶をもう一口飲み、ため息交じりに告げた。

 

「・・・・・・こうやって現状を再確認して嫌な気分になってくるから、あんまり喋りたくなかったのよ」

「・・・・・・なるほど。

 つまりお前が村の場所もよく知らずにこの周辺だけをうろつかされているのは・・・・・・」

「そう、他の場所を知ったら逃げられるかもしれないから。

 私にそんな気はないんだけどね」

 

新木の相槌に返事をする音々。

 

旅館の女将さんは音々に対して敬語を使っていた、つまりその村の権力はこの辺りにも有効なのだろう。

新木がこの旅館に来た時もタクシーだった。

そしてその運転手はこの場所の事をよく知っていた。

おそらく「ヶ島(がしま)村」の事も。

新木が見回した途中の風景でも、電車らしきものは無かった。

 

導き出される結論は一つ。

 

彼女には自由が無い。

 

この周辺以外の場所を知らないということは、おそらく学校やなんかも村の中だろう。

隔絶されたこの周辺の地域が、彼女が知る世界のほぼ全てなのだ。

 

彼女がここを脱出しようとしたらバスかタクシーを使うしかないが、タクシーの運転手が「ヶ島(がしま)村」の事を知っていたら彼女を脱出させるわけがない。

バスも運転手が村の者ならば乗せることを拒むだろう。

電車が無い以上、他に脱出する方法があるとしたら徒歩しかない。

しかし新木が元々泊まるつもりだったホテルからここに来るまでタクシーで1時間以上。

雪は降っていたがそこそこスピードは出ていた。

となれば徒歩でどれくらいかかるか。

ましてや音々はスポーツをやっているように見えない、体力もどれくらいあるか。

村の人間の妨害もあり、彼女自身脱出の術を持たない。

彼女は村の掟通り、2年後に村長の一族と結婚して子供を作るしかないのだ。

 

己の未来が決まっている人生、それはどんなに・・・・・・と聞きかけて新木は止めた。

それがどれほど嫌か、そんな自分を再確認したくないからこんなことを話したくなかったと彼女は言った。

答えは決まっている。

だがそれでも、彼女はお茶を飲み干すと笑顔で言った。

 

「・・・・・・だから、残り2年は精々いっぱい遊びたいと思ってるんだ。

 お兄さん、また来てくれる?

 麻雀で負けたのなんて初めてだから、悔しいけどやっぱり楽しくて、嬉しくて」

 

にっこりと、新木に対して正面から、告げた。

 

「だからまた、私と麻雀しましょう?」

 

 

それからまた少し麻雀を打ったり話をしたりして、新木は旅館を去った。

金はある程度持っているから無理をしなければ働かなくても生きていけるが、麻雀の代打ちやらなにやらやることが無いわけでは無い。

だから新木は、また一年後に会おうと告げて去って行ったのだ。

 

 

そして一年、再び雪の降る季節に新木はこの地を訪れた。

泊まるのは同じ旅館。

タクシーで来るのは高くなると思ったが、バスのルートを調べて乗り継ぎを繰り返すのは手間だったので再びタクシーに頼んだ。

そして到着した旅館、事前連絡をしていた甲斐あって旅館の女将さんが出迎えてくれた。

 

ついでにこちらに手を振る音々の姿を見つけた。

 

「いらっしゃい、っていうかな」

 

ふふっとはにかみながら彼女は言った。

 

「おかえりなさい」

 

だから、裏プロとして染まっていた彼としては珍しく、心からの笑顔で返事をするのだった。

 

「ああ、ただいま」

 

そして彼らはまた話をしたり麻雀をしたりして盛り上がるのだった。

今回は一週間の連泊。

たまに周辺を巡ることもあったが、新木と音々が離れることはそれこそ別々の部屋で眠る時くらいだ。

それ以外はずっと一緒にいた。

十年来の友人のように。

それ以上、まるで  であるかのように。

 

 

「はぁー・・・・・・」

 

今日もまた麻雀牌の上にぐったりと倒れる音々。

 

「強くなった自信あったのになぁ・・・・・・また負けた。

 お兄さんもすっごく強くなってるね」

「まぁな」

 

音々と会っていなかった一年間、裏プロとして麻雀を打ってきた新木だ。

前回音々と会って以降、己の「死神の力」の詳細を明確に理解し磨いてきたのだから弱くなるはずがない。

一方の音々も村に行けば麻雀の対戦相手がいるのだろう、一年前よりも強くなっていた。

 

「前回は・・・・・・「赤口」、だったか。

 あれだけだったのに、今回のあれは何だ。

 嫌な気配はしたけど上がったら手が死ぬとか」

「「仏も滅するような大凶日」、「仏滅」だよー。

 四人麻雀じゃないけどちゃんと発動できてよかったわ」

「「赤口」に「仏滅」・・・・・・その内六曜全部使えるようになるんじゃないだろうな」

「なったら、その時があなたの敗北の時よ」

「つまりそれまでは俺が勝ち続ける、と」

「んなっ!」

 

「そういう意味じゃないもん」と膨れる音々。

だがすぐに少し寂しそうな表情を浮かべる。

 

「まぁ・・・・・・私が全部を使えるようになる日が来るかは分からないけどね・・・・・・。

 それに、仮に全部使えるようになったとして、お兄さんとまた麻雀できるかどうか・・・・・・」

「なぁ、音々(ネネ)

 

再開して今日でもう5日目。

その間に音々が「皆がねねって呼ぶのはあんまり好きじゃないけど、でも愛称みたいだから呼んでもいいよー」と許可を出したので、新木も遠慮なくネネと呼ぶようになっていた。

 

「・・・・・・なぁに?」

 

返事をする音々に新木は告げる。

声を小さめにしながら。

 

「・・・・・・逃げたいと思わないか?」

「・・・・・・え?」

 

その言葉の意味を理解したのか、音々は驚いた表情で声を上げる。

 

「ど、どういうこと・・・・・・?」

「今言った通り、この地で一生を終えるのが嫌なら他所で生きてみないか?ということだ」

「どうやって!?」

 

声が大きくなってきた音々を宥めながら新木は言葉を続ける。

 

「記憶力には自信があるんでね。

 前回の帰り、今回来た時、さらにこれから帰る時の3回あれば、毎回ルートをバラバラにされていてもどの辺りの地域にこの旅館があるのかは分かる。

 地域を絞り込んだら人を集めてまたここに来るから、その時に目に付く場所にいてくれれば・・・・・・」

 

そう言って新木は音々の胸辺りを指さす。

 

「お前を攫って行く」

「・・・・・・ホント、に?」

 

ぽろっと音々の眼から涙がこぼれた。

 

「私・・・・・・ここから出られるの?」

「一応聞くが両親は?」

 

新木の質問に音々は涙をぬぐいながら答える。

 

「・・・・・・お母さんは私が10歳の時に死んじゃったよ・・・・・・。

 山の中で事故で亡くなったって言ってたけど、村長たちが何かやったんだと思う。

 私が姉帯家と村の事情をお母さんから聞いたのは、お母さんが亡くなった何日か前だったから。

 ・・・・・・それ以上余計なことを言わないようにって、口を封じたんだよ・・・・・・きっと・・・・・・!

 お父さんは村長の側だし、私が大切に思っている人なんてあの村にはもういないよ。

 だから・・・・・・お兄さん」

 

音々は決意を秘めた表情で新木に懇願した。

 

 

「私を・・・・・・攫って・・・・・・!」

「・・・・・・分かった」

 

 

 

それから新木が帰るまで、二人は細かい打ち合わせをした。

と言っても、精々村人たちに悟られないように振る舞いを注意したりとか、荷物を持って行くと感づかれる可能性があるからこっそりと最小限だけとかいうことだけだ。

あとは新木がこの村の場所を間違いなく調べられれば問題無い。

 

「あとはそうだな・・・・・・。

 この周辺の人達に抵抗されてもちゃんと攫えるように人数も集めなきゃならないからな。

 一週間くらい見てくれるか」

「一週間だね、分かった。

 それまで毎日この周辺に来てたら怪しまれるから、それまで来ないようにする。

 その代わりきっちり一週間で来てよ?」

「ああ、分かってるよ。

 じゃあ、待ち合わせは俺が帰ってから一週間だ」

「うん、約束だよ!」

 

間違いがないよう何度も日付とおおよその時間を確認し、二人は一旦別れの時を迎えた。

旅館の人達と一緒に音々は新木を見送りに来る。

もうここまで来たら「また一週間後に」などと挨拶を交わすわけにはいかない。

だから二人は打ち合わせ通り、同じ挨拶を交わすのだった。

 

「また一年後に」

「うん、また一年後に」

 

そして新木はまたタクシーに乗り、去って行った。

 

 

 

来る時も同様だったわけだが、そこから新木の思考はフル回転していた。

最初に来た時は運転手の案内に任せていたのでちゃんと覚えているわけでは無い。

その次の帰り道、音々の話を聞いた後から新木はタクシーのルートを記憶していた。

だが予想していた通りその時の帰り、そして今回の往復で全てルートは違うようだった。

それでも新木は記憶することを止めない。

この旅館の場所をしっかり覚えておかなければ。

 

「ありがとう、運転手さん」

「ええ、またお越しくださいね」

 

軽い挨拶を交わした後に、新木はすぐに地図を取り出してメモを取る。

3ルート全てを地図にメモしたところでようやく確信を得た。

 

「・・・・・・間違いないな、あの旅館の場所は」

 

キュッとペンで地図に印をつける。

 

一週間後、その場所に。

 

 

(音々(ネネ)、お前を攫いに行く)

 

 

 

そして一週間。

既に名の知られた新木が声を掛ければ必要人数はすぐに集まった。

と言ってもあの地は新木が拠点にしているわけでは無いので地元民はほとんどいない。

日付を決めて車両を貸し切って大人数で移動したり、現地で車を借りたり、そこから新木の地図を頼りに最短ルートを決めて何台もの車両で揃って移動したり。

 

そうして時間は掛かったが、約束通りの場所に約束通りの時間、新木は辿り着いた。

 

「・・・・・・間違いない、この旅館だ」

 

外見、周囲の風景、全てが記憶通り。

よく似た別の場所では決してない。

間違いなく新木は約束の場所に辿り着いたのだ。

 

辺りを見回す。

外に音々らしき姿は見えない。

 

(音々(ネネ)、どこだ?)

 

旅館の中だろうかと、他のメンバーに待つように告げて入ってみる。

中から老婆が現れた。

 

「・・・・・・いらっしゃいませ、大人数でお泊りですか?

 さすがにお部屋が足りますかどうか・・・・・・」

 

いつもの女将さんではない。

新木は表情を顰めながら聞いた。

 

「何度か来ている新木と言う者だが。

 いつもの女将じゃないな、変わったのか?」

 

そう言いつつ、さすがに少し違和感を感じていた。

世代交代なら若い人になるはずだし、そもそもこの一週間で別の人に代わるなどありえるだろうか。

体調不良で別の人に代わっているとしても、あの女将さんより年配の人が代わるとなるとどういう事態なのだろう。

そんなことを思っていると、老婆は怪訝そうな表情で首を傾げた。

 

 

「この旅館の女将でしたら、私がもう半世紀ほどやってますがなぁ?

 お客さんの事もちょっと覚えとりませんし、どこかとお間違えですか?」

 

 

さすがに背筋が凍った。

 

「・・・・・・ちょっと失礼する」

 

新木はそう言って旅館に上がり込む。

いつも泊まっていた二階の部屋、その途中の階段、床の軋む音、隙間風が入る廊下、窓から見える景色。

全てが記憶通り。

だが何故だ、そこにいる人間が違う。

 

(・・・・・・計画がバレたのか?

 それで人を変えてしらばっくれようと?)

 

そうはいくか、と新木は老婆に別れを告げて旅館を後にする。

旅館の人間を一新して他の人達に箝口令を敷いた程度で音々の存在が消せるものか。

新木は連れてきたメンバーに指示を出し、町中を歩かせる。

自身も同じく歩き回る。

姉帯音々の事、自分の事を話す。

あれだけ村人から慕われていた音々のことだ、突然箝口令を出したところで不審がる人の一人や二人いるはずだ。

そこから見つけられなくても、今度は「ヶ島(がしま)村」の事を聞いて回る。

騒ぎを大きくするわけにはいかないので暴力は使わず、あくまで話だけだ。

 

だがそれでも、音々の事も「ヶ島(がしま)村」の事も誰一人として知っている人はいないときた。

タクシーの運転手も、バスの運転手も、通り掛かりの車の人も。

果ては近くにあった別の村の人たちにも聞いて回ったが、誰一人として「ヶ島(がしま)村」の事は知らないと返事をした。

 

そんなバカな!!

 

町中を探した。

音々が何かヒントを残していないかと旅館の部屋の中も隅々まで探し回った。

 

それでも、何も出てこなかった。

 

数日かけて周辺の町も、地図にある限りの全ての村も探し回り、地図上に無い村の間の空間も探し回った。

 

それでも何も出てこなかった。

 

町の人達にも何事かと好機の視線を向けられ、連れてきたメンバーからも不信の目を向けられ。

 

疲れ果てた新木はやがて、探すことを諦めた。

 

 

ずっと麻雀一筋で生きてきた新木桂は、恋愛感情と言うものがよく分からなかった。

将来生まれ変わった時に幼馴染に対してその思いを抱き理解することになるのだが、それはまだ何十年も先の話。

 

新木桂がこの時点で恋愛感情と言うものを理解していて、音々に対してその思いを抱いていたなら。

もしくは新木が音々に対して初めて恋愛感情というものを抱いたとしたら、彼はまだ音々を探し続けていただろう。

何年もかけて、麻雀で蓄えた金もつぎ込んで、そこまですれば見つけられたかもしれない。

だが、新木は探すことを諦めた。

 

もちろん音々に対して未練はあるし後悔もある。

銃の一つでも持って行って適当な車を一台奪って、音々を攫ってあの場から逃げていたら助けられたかもしれない。

だが新木は女の子一人に対してそこまでのことが出来なかった、やろうという発想すらなかった。

それはつまり、「助けられたらいいな」と思っていただけで「何としても助けなければ」とは思っていなかったと言うことなのかもしれない。

それは恋愛感情を知らなかった新木桂としては仕方がないこと。

だが結果として、彼は音々を攫うことが出来なかったのだ。

 

 

帰りの車の中、新木は一人呟いた。

 

「・・・・・・音々(ネネ)・・・・・・お前今、どこにいるんだ・・・・・・?」

 

 

 

 

 

彼女をいつも町まで連れてきているのは村長の家系の使用人。

彼は今日も音々を村まで連れて帰ってくる。

森林によるブラインド効果と曲がりくねった道、そして遠回りしたり同じ道を逆走したりと言う複雑なルートを走ることにより、音々には村と町との距離も方角も分からない。

仮に「ヶ島(がしま)村」から逃げ出したところで、迷ったり行き止まりにぶつかったり、村に入る別の道に入ってしまったりして逃げることはできないことだろう。

だから音々はここから出ようとはしなかった。

だから、逃げるチャンスは街に出て来た時だと思っていた。

 

そしてそんな中新木から差し出された助けの言葉。

音々は言った。

 

「私を・・・・・・攫って・・・・・・!」

 

新木は答えた。

 

「・・・・・・分かった」

 

今日から一週間後、彼は彼女を攫いに来る。

今の彼女の胸には希望があった。

この生活も、あと一週間なのだ。

 

 

そうして村に戻ってきて、姉帯の家で降ろされて使用人が帰っていくのを見送るのかと思いきや、今日はそのまま村長の家に連れていかれた。

 

「・・・・・・家に帰してくれるんじゃないの?」

「村長がお呼びです」

 

携帯電話もないこのご時世いつそんな連絡があったのか、村に入ってきた後で彼に対してサインでも送られたのだろうか。

そんなことを考えながらも音々は大人しく従う。

そして、広間に案内された。

中には村長、そして音々と結婚する予定のにやにやと笑う息子。

音々はこの男の事が好きではなかった。

この村長一族がそもそも好きではないのだが、それを抜きにしても彼の事を友達にすらなりたくないタイプだと思っていた。

他にも村長の使用人が何人も。

 

「戻ったか、音々(おとね)

「・・・・・・呼び出して何か用?」

 

声を掛けてきた村長に音々はそっけなく返事をする。

この村では姉帯の名は崇められている。

そんな姉帯の家系に対して敬語を使わないのは村長の一族だけだ。

いつの間にそんなに偉くなったのか。

だが力を増したというわけでは無い。

こいつらはいつも()()なのだ。

姉帯の名を利用して自分達の地位を上げたつもり。

だから姉帯を失うのが恐ろしくて、だからこうしてわざわざ小娘一人を複数人で囲わなければ話もろくに出来ない。

それを知っているから音々も全く怖がらず堂々と返事をするのだ。

 

まぁ、座って茶でも飲めと言って村長は言葉を続ける。

 

「お前も今年で19、来年にはうちの息子と籍を入れる予定だ」

「それが何?」

 

差し出されたお茶をすすりながら投げやりに返事をする。

何度も聞かされてきた、鬱陶しくて仕方がない。

また息子の方も「嫁にしてやるからな」とべたべたしてくる、うざったいことこの上ない、だから嫌いなのだ。

嫌悪感を露わにする音々。

例え一年後に大人しく結婚に応じたとしても、その態度を変えるつもりはないのだろう。

そう思っている()()()()、村長はクックックッと笑った。

 

「二十歳に籍を入れ、子を作ることを義務としてきたわけだがな。

 息子と話し合って少し考えを変えたのだ」

「・・・・・・考えを変えた?」

 

悪い方に変わる予感しかしない。

音々は眉を顰める。

 

「何をどう変えたの? 説明して」

「ああ、もちろんだ。

 その為に呼んだのだよ」

 

相変わらず嫌な笑顔を浮かべながら、村長は話を続けた。

 

「代々二十歳になったら子を作るという定めだ、それを変えるつもりはない。

 だがな」

 

ククッと息子の方も嫌な笑顔を浮かべる。

村長は告げた。

 

「籍自体は入れてしまってもいいのではないか、とな」

「・・・・・・なるほど。

 子を作るのは二十歳、だけどその前に結婚自体はしてしまえ、と。

 で? それはいつ?

 準備もいるでしょうから、来月とかかしら?」

 

つまらなそうにそういう音々。

だが、嫌な予感がする。

何ならすぐに立ち上がって平手でも飛ばせるようにと、床に手をつき前傾姿勢になって村長の言葉を待った。

村長は笑いながら言う。

 

 

「今からだ」

 

 

同時に息子が立ち上がった。

ああ、そう、そういうことね。

 

「ふざけないで」

 

スッと立ち上がると音々は息子に平手を食らわせる。

彼は驚いてガタンと倒れこんだ、格好悪いことだ。

 

「一年後には大人しく結婚する。

 だからそれまで自由にしてくれるって約束でしょ、今更一方的に破らないで」

 

そう言って音々は二人に背を向けて歩き出す。

が、周囲の使用人たちが立ち上がり、音々を囲った。

 

「・・・・・・どいて」

 

音々が凄んで見せるが、一瞬ビクッと怯えるだけで誰も道を開けない。

 

「取り押さえろ」

「やめてよ!」

 

村長の指示に、使用人達が音々に襲い掛かる。

着物は走って逃げるのには向かない、そのまま取り押さえられた。

この人数で押さえられては逃げようがない。

いや、そもそもそれだけではない?

 

(視界が・・・・・・霞む?)

 

なんだかボーっとする。

何故?

怪しげな香が炊かれているわけでは無い。

ならば。

 

「さっきのお茶・・・・・・何飲ませたの?」

 

凄んで見せようとしたのだが、喋る言葉にさえ力が入らない。

 

「なぁに、大人しくなる薬だ」

 

使用人たちは音々の手を後ろで押さえ、髪を掴んで上を向かせる。

そんな状態になっても音々は言葉を続けた。

 

「・・・・・・なんで急に・・・・・・こんなことするのよ・・・・・・。

 私は・・・・・・大人しくしてたのに・・・・・・」

「おや、自分の胸に聞けばよいものを」

 

クックックッと笑いながら音々の言葉に村長は答えた。

 

「私を攫って」

「なっ!?」

 

その言葉、音々が新木に言ったものに相違ない。

何故? 何故その言葉を知っている!?

宿の人の誰かに聞かれた!?

人の気配には気を使っていたのに!?

 

「あの・・・・・・新木とか言ったか。

 あの男が今年の宿泊の予約を入れた時点で部屋にマイクを仕込んでおいたのだ」

「盗聴・・・・・・!」

 

ギッと歯が鳴る。

迂闊過ぎた。

でもまさか村長がそこまでしてくるなんて!

 

「あの街の住人は全員揃って他の町の住人と入れ替える。

 「姉帯がこの地からいなくなったらまた災害が起きるかも、そして周辺の町も巻き込まれるかも」と信じている信心深い住人ばかりだからな、皆大人しく従ってくれたよ」

「そ、そこまでするの・・・・・・?」

 

姉帯一人を逃がさない為だけにここまで囲ってくるなんて!

予想が甘すぎた、逃げられるなんて所詮夢だったのか。

 

「さぁ、納得したか?

 ではさっそく」

 

説明を終えたところで音々の前に村長の息子がやってくる。

相変わらずにやにやとした表情。

目の前に来られたら嫌悪感で殴り飛ばしたくなる。

 

彼は音々の顔を両手で捕まえた。

 

 

「誓いの口付けを」

 

「いやだ!」

 

 

 

 

 

新木はその時彼女にそんな事態が降りかかっていることを知らない。

だから助けには来れない。

それは十分に分かっている。

 

それでも彼女は夢想した。

 

「お前を攫いに来た」とやってくる彼の姿を。

 

 

 

その夢は叶わない。

 

 

今世では。

 

 

 

叶うのは40年ほど後の世界。

 

 

 

 

 

その場所は東京。

麻雀の大会を行い、それを中継する観客席のある所。

 

時は全国大会真っ只中。

 

人通りのないその廊下にいるのはたったの二人。

 

一人は長身の女性、姉帯豊音、姉帯の名を持つ者。

 

一人は男性、志野崎秀介、新木桂の意思を持つ者。

 

「志野崎さん」

 

笑顔の豊音が口を開く。

既に大会で敗退が決まっている彼女。

永水女子からのお誘いで海にでも行こうかと決まったところだ。

その夜、何度かメールでやりとりをしていた秀介からの呼び出しで一人抜け出してきた豊音。

待っていた秀介に何の用かと問いかける。

 

「お久しぶり、メールでは何度かやり取りしてたけどー」

「ああ、そうだね」

「それで、あの・・・・・・こんな時間に何の用かな?」

 

秀介が一瞬下を向く。

 

それまでそこにあった笑顔は消え、まじめな表情に変わっていた。

 

「豊音」

 

秀介は告げる。

 

 

()()()言えなかった言葉を。

 

()()()彼女が待ち望んでいた言葉を。

 

 

 

 

 

「君を攫いに来た」

 

 

 




進展があるのは全国大会に行ってから、だから宮守女子編としてはここでおしまいです。


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終わり
秀介と久がひたすらいちゃいちゃするお話


良い子の諸君、秀介の嫁は久だって忘れてないか?(

久が開き直って秀介もノリノリになったら、ものすっごく甘ったるい空気になると思う。
ならいっそそっち方面に突っ走ってみようぜ!
そう思って書き上げました。
リミッター解除、これが私の全力全開。
んなわけで、このお話は「キャラ崩壊」によって構成されています。



彼の朝は早い、というわけでもない。

起床するのはいつも6:20だ。

中学に上がると同時に両親がプレゼントしてくれた目覚まし時計を念の為にと6:30にセットしているのだが、そこまで眠っていた試しがない。

時折夜更かしをすることがあってもこの時間に起きるのが、どこかきっちりした性格である彼を表しているようだ。

 

と、いつものように目を覚ました彼だったが、今日は少しばかり違和感を覚えた。

その正体は軽く寝返りをうとうとしてすぐに判明する。

彼のベッドの中にもう一人いたのだ。

寝た時には確かに一人だったはずなのに。

布団をめくって顔を確認してみる。

もぐりこんでいたのは彼の幼馴染だった。

制服姿のまますやすやと寝息を立てている。

おそらく起こしに来て驚かせようと思って布団にもぐりこんで、そのまま眠ってしまったものと思われる。

すぐにそう推測したが彼は幼馴染を起こすような真似はせず、むしろ起こさないようにそっと布団を抜け出した。

そして制服に着替えて目を覚ます為に軽く伸びをして、大きく一息ついてから幼馴染の肩を揺する。

 

「起きろ久、朝だぞ」

 

声を掛けられた彼女は「んー」と声を漏らしながら起き上がり、大きく欠伸をした後に彼に微笑みかけた。

 

「おはよう、シュウ」

 

 

 

こんな起こされ方も初めてではない。

子供の頃にもたまにあったし、彼らが正式に付き合うようになった後に、いつの頃からかまた時折こういう事態が発生するようになったのだ。

しかし恥ずかしがってはいない、恥ずべきことなど何もない。

何せ彼らは、彼氏彼女の関係なのだから。

 

目を覚ました彼らはリビングへ、そこで既に用意されている朝食をとる。

秀介の両親は何やらバタバタと騒がしい。

子供の頃はいつでも麻雀を打ちに現れていたような気もするが、こうして朝から忙しそうにしている日もあり、ちゃんと働いているということが分かる。

やがて朝食を終えて片付けをしている秀介に「それじゃ、後は頼んだぞ」と告げると、両親は一足先に家を出て行った。

食器を簡単に片付けると、コーヒーは少し時間が掛かるので軽く牛乳を一杯飲み、二人は揃って志野崎家を後にする。

向かうは当然清澄高校だ。

 

 

 

「おはよう、竹井さん」

「おはようございます、会長」

 

学校が近づき、他の生徒たちが増えてくると久は自然と声を掛けられてくる。

生徒会長、この学校では学生議会長なので顔が広い。

その上慕われているので、こうして声を掛けられる事態が頻繁にあるのだ。

一方その隣の秀介も、学校に行けばクラスに友人もいるので挨拶を交わすこともある。

彼らが生徒たちの注目を集めないわけがない。

学生議会長の久、その幼馴染にして彼氏の秀介。

二人が手をつないで登校しているからだ。

それも指と指を絡めた、いわゆる「恋人繋ぎ」と言うやつだ。

今日に限った話ではない、毎日である。

おかげで彼らの仲を知らない人はこの学校にはまずいない。

 

一度それに対して教師が口を挟んだことがある。

 

「竹井さん、学生議会長として不純異性交遊はよろしくありません。

 ましてや手をつないで堂々と登校するなど認められません、即刻やめなさい」

 

そう言ってきた女性教師に対し、久は毅然とした態度で返事をした。

 

「私達は不純な動機で付き合っているわけではありません。

 それにこうして付き合っていることで学校の成績が低下しているわけでもなく、部活動においても全国大会出場と成績は残しています。

 学生議会長としても常に仕事を全うしているではありませんか。

 業務が滞っているという連絡でも入っているのでしょうか?

 私はきちんと学業と恋愛を両立してやっています。

 むしろ私にとっては、そばに彼がいてくれるからこそ頑張れるのです。

 その仲を引き裂いて、もし逆に学業や部活の成績が低下したり学生議会の仕事に影響が出たりしたら、その責任はいくら先生と言えどもとれないでしょう?

 今のままで問題がないというのでしたら口出ししないで頂きたいです。

 

 ねー、シュウ?」

 

「ああ、そうだな、久はいつも頑張っているよ。

 学生議会長、麻雀部部長を両立しつつ学校の成績も維持し、その上でこうして俺と付き合ってくれるなんて、俺にはもったいないくらいさ」

「そんな・・・・・・勿体ないなんて言わないで、シュウ。

 私こそ堂々と胸を張ってあなたの隣にいられるか不安なの。

 ねぇ、シュウ・・・・・・私と付き合っていて不満は無い?」

「そんなものあるもんか。

 俺の方こそ至らない点があったらいくらでも言ってくれ。

 お前の為にいくらでも改善しよう」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

そんなやり取りで独身の女性教師を「私もこんな彼氏欲しいよー!」と泣かせて追い払って以来、彼らに意見できる教師はいなくなったという。

どんな障害も乗り越える、愛の力は偉大なのだ。

 

そんな彼らのいちゃいちゃっぷりに当てられたのか、最近この学校でカップルが増えているという噂もあるが真相は不明である。

 

 

 

授業中。

 

「あ、ごめんシュウ、消しゴム貸してくれる?」

「ああ、いいぞ」

「ありがと。

 ごめんね、迷惑かけて・・・・・・」

「気にするな、お前の為なら何も苦にはならないよ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

彼らのいちゃいちゃが止まることは無い。

手も繋がれたままである。

何かが怒りに触れてしまったらしく、数学教師の怒声が響いた。

 

「おい! 竹井! この問題を解いてみろ!」

「X=2の時、最小値-15です」

「!?」

 

即座に回答を叩きつけられ、教師は自分が書いた問題と解答を見比べる。

 

「・・・・・・せ、正解だ」

 

周囲から「おー」「すげぇ」「さすが学生議会長」と声が上がった。

 

「さすがだな、久」

「そんな、シュウの教え方が上手いからよ」

「いや、久の物覚えがいいからな。

 生徒が優秀だと教える側も楽でいいよ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

「おい志野崎! この問題を解いてみろ!」

 

「①の式を変形させることで2x+xy+2y=8。

 x+y=s、xy=tと置くと式は2s+t=8となる。

 ②の式を変形させることで(x+y)^2-2xy=5。

 同じく置き換えることでs^2-2t=5となる。

 置き換えたそれぞれの式により、sとtはそれぞれ(3,2)か(-7,22)であることが分かる。

 

 sとtが(3,2)の時、xとyはX^2-3X+2=0の解であり、Xは1か2となる。

 代入するとxが1の時yは2、xが2の時yは1となる。

 

 一方sとtが(-7,22)の時は、同様にX^2+7X+22=0となる。

 これは解の公式に代入するとX=(-7±√39i)/2となってしまい、(x,y)は実数だから不適切となる。

 

 したがって共有点の座標は(1,2)、(2,1)となります。

 以上」

 

「・・・・・・せ、正解だ・・・・・・」

 

またしても教室中から感心の声が上がった。

 

「さすがシュウね、あの問題を即答するなんて」

「なぁに、こんなことに時間を取られてお前との時間を減らすなんて勿体ないことはできないからな」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

熱い視線で見つめ合う二人。

周囲も「ヒューヒュー」と声を上げる。

一方教師の方はそれが気に入らなかったのか、ぐぬぬと悔しそうにしながら咳払いをする。

 

「あー、お前たちがちゃんと授業を聞いていたのは分かった。

 だがな、授業中に私語は止めてくれ」

「私語?」

 

その言葉に顔を見合わせる久と秀介。

 

「先生、私達は私語なんて交わしていません」

「あ、もしや消しゴムのやり取りのことでしょうか。

 そんなに大きな声じゃなかったはずですけれども?」

「え、あんな些細なやりとりを咎められる覚えはないのですが・・・・・・」

 

うぐっと押し黙る教師。

正直なところ「いちゃいちゃが気になったから」なのだが正直にそう言う訳にはいかない。

分かった分かったと教師は首を振った。

 

「分かった、もうこれ以上何も言わない。

 ただな、最後にこれだけは言わせてくれ」

 

そう言って教師はため息を一つ付き、その一言を告げた。

 

 

「竹井、自分の席に戻りなさい」

 

「何を言っているのか分かりません。

 私の席はここ(シュウの膝の上)です」

 

 

そう、彼女は今秀介の膝の上に座っていた。

ノートの書き取りも問題を解くのも、わざわざ狭い机を共有して行っていたのである。

久の言葉に対し、教師は少しばかり憐れむような視線を秀介に向けた。

 

「・・・・・・志野崎、嫌だったら嫌だと言っていいんだぞ」

 

その一言に久は、はっとした表情で秀介の方を振り返った。

 

「しゅ、シュウ・・・・・・もしかして私・・・・・・迷惑だった・・・・・・?」

 

悲しげな表情を浮かべる久。

だが秀介は笑顔を向けるのみだ。

 

「そんなことは無いぞ、久。

 むしろ俺の方こそ、お前にこんな狭い机しか提供できずに申し訳ないくらいさ。

 本当は自分の机で授業を受けたいんじゃないかと不安で・・・・・・」

「そんなことない! 私はシュウと一緒にいたいの!

 しゅ、シュウが迷惑じゃないんなら・・・・・・私はこれからもこうしていたいな・・・・・・」

「もちろん、お前がそれでいいなら大歓迎さ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

再び、いや、もう何度目か分からないが見つめ合う二人。

教師はまたしても盛大な溜息を付いた。

 

「・・・・・・分かった、お前がいいならいい・・・・・・。

 だがな、教師としてやはり一言言わせてもらう」

 

再び何を告げようというのか。

さっきは「最後にこれだけは」と言っていたくせに。

 

教師は廊下を指さして告げた。

 

 

「竹井、自分の教室に戻りなさい」

 

「嫌です」

 

 

そう、彼らは別々のクラスだった。

 

「いや、でもほら、授業の進行とかクラス毎に違うから・・・・・・」

「それはぬかりありません。

 友人がノートを取ってくれていますので、後でシュウと一緒に学習しています」

「そっちの方が手間じゃないか!?」

 

余りに堂々とした久の言葉に流されそうになったが、すぐにちゃんと教師は言葉を返した。

だが久は変わらず言い放つ。

 

「複数の教師、すなわち複数の視点から授業を学んだ方がより深く理解できると思います。

 それとも先生は、自分の授業がどこの何よりも最上(さいじょう)だと胸を張っておっしゃるのですか?」

「ぐ、ぬぬ・・・・・・!」

 

学校の体系として良くは無いが一理あると思えてしまう。

さすが学生議会長、弁論に関しては教師にも負けていない。

だがそんな久に、秀介はそっと言葉を掛ける。

 

「久、先生に言われてしまったんなら仕方がない。

 一度教室に戻れ」

 

その言葉に、久は泣きそうな表情で縋るように言う。

 

「しゅ、シュウ・・・・・・やっぱり迷惑だったの・・・・・・?」

「迷惑だなんてとんでもない。

 だが俺達の都合で先生に迷惑をかけるのは良くない。

 それにほら、常に一緒にいるよりも一度距離を置いた方が少し新鮮な気持ちで接し合えるとも言うだろう?

 この授業の間だけ、ほんの少しだけ離れてみるのもいいんじゃないか?」

 

相変わらず泣きそうな表情のまま、しかし久は秀介の言葉に小さく頷いた。

 

「・・・・・・分かった、シュウがそう言うなら・・・・・・」

 

そう言って久は秀介の膝の上から降り、少しずつ秀介と距離を取っていく。

なお、まだ手は繋がれたままだ。

その手が徐々に離れていく。

掌が離れ、交わっていた指先が少しずつ解けていき、やがて指先だけで触れるようになり、それも離れた。

同時に久の瞳からポロッと涙がこぼれる。

 

「・・・・・・シュウ・・・・・・すぐに戻ってくるからね」

「ああ、授業が終わったら迎えに行くよ」

「ううん、私が迎えに来る。

 だからシュウはここにいて・・・・・・」

「・・・・・・ああ、分かった」

 

そんなやり取りを交わし、久は廊下に向かっていく。

途中何度も何度も振り返りながら、やがて教室のドアに行き着き、それを開ける。

そしてドアを閉めながらも、視線を交わし合い続ける。

 

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

やがて扉は閉められ、静寂が訪れた。

 

ようやく授業に戻れる、と教師は黒板に向き直る。

 

「・・・・・・では次に」

 

キーンコー

 

「シュウ!」

「久!」

 

授業の終了を告げるチャイムと同時に久は教室に戻り、二人はひしっと抱き合った。

 

久が教室を出てからわずか3秒の出来事であった。

 

 

 

昼休み。

それは購買で何かを買うにしても、学食で食事をするにしてもにぎわう時間帯である。

今は夏なので自動販売機も中々混雑する。

しかしいくら夏だといっても、砂糖抜きのコーヒーや苦めの紅茶が常に売り切れているのは感心しない。

業者にはしっかりして貰いたいものである。

 

さて、購買や学食で昼食を用意する以外にも、登校前に買っておいたり家で作ったお弁当を持ってくるメンバーもよくいる。

本日の清澄麻雀部員は1年生皆で食べようという話があったので、和と咲がお弁当を多めに持ってきていた。

京太郎、優希と合流し、今日はどこで食べようかと話し合った挙句屋上に行き付く。

途中まこがいたので合流し、一緒に昼食をとることになったのだった。

そして屋上でお弁当を広げていると。

 

「あら」

「奇遇だな」

 

同じく屋上でお昼を食べようと久と秀介がやってきた。

 

「げっ、部長に志野崎先輩・・・・・・」

 

まこが思わず声を上げる。

部活でも常にいちゃいちゃを見せつけられている身として、お昼でまでそれを見せつけられるのは遠慮したい。

もちろんそれはまこに限らず、1年生メンバーも同じだ。

 

「珍しいこともあるわね、一緒に食べましょう。

 あ、でも私のお弁当はシュウ専用だからね」

「こら、そんなことを言うな。

 皆で仲良く分けて食べるんだぞ」

「うー、せっかくシュウの為()()に作ったのに・・・・・・。

 でもいいわ、シュウがそう言うならみんなで食べましょう」

「ん、今日は久の手作りなのか。

 ありがたく頂くよ」

「そ、そう言われると照れちゃうわね。

 でも一生懸命作ったの、口に合うといいんだけど・・・・・・」

「お前が作ってくれたものなら何だっておいしいよ。

 だって、俺の為だけに作ってくれたものなんだろう?」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

「また始まったじぇ、部長達・・・・・・」

「いつの頃からかずっとこうだよね・・・・・・」

「ええかげんにしてほしいんじゃがのぉ・・・・・・」

「そろそろ胸焼けがしそうです」

「・・・・・・ああ、俺にも彼女が欲しい・・・・・・」

 

麻雀部員達は呆れた目で見ていた。

まぁ、いつまでも気にしていてもしょうがないので、咲と和のお弁当と一緒に合流したまこもお弁当を寄せ合ってみんなで食べ始める。

そんな中、久もお弁当箱を取り出した。

座る位置はもちろん定位置(秀介の膝の上)である。

 

「あ、あんまり、見ないで・・・・・・」

「食べるんだか見ないとダメだろう?

 恥ずかしがらずに見せてくれ」

「う、うん・・・・・・」

 

そんなやり取りをしながら、久はゆっくりとお弁当箱を開けた。

 

 

真っ黒に染まったゲル状の「()()」がたっぷりと詰まっていた。

 

 

(((((何ィ―――――!!!?)))))

 

ガビーンとメンバーの表情が驚愕に染まる。

 

(な、なんだじぇ!? あれ!!)

(見たことが無い物体が詰まってるぞ!)

(ま、まさか! 暗黒未元物質(ダークマター)じゃと!?)

(ぶ、部長って料理下手なんでしょうか・・・・・・?)

(いや、まともに作ってるのを見たことがある! というかあれは下手とか言うレベルと違うじゃろ!)

(そ、そんなオカルトあり得ません!!)

 

一同の反応を意に介することなく、久はほっとした表情を浮かべる。

 

「よかった、偏って崩れちゃってたらどうしようかと思ってたの」

 

(偏るってレベルか!!)

(ゲルなんだから偏る・・・・・・いや、あれだけ詰まってたら偏りようがないじゃろ!)

(しかも崩れるって何だじぇ!?)

(何かの不手際でああなったんじゃなくて、本当にあれが完成形だったの!?)

(そ、そんなオカルトあり得ません!!)

 

「形なんてそんなに気にするなよ。

 お弁当なんだから多少崩れるのも仕方ないし、味は変わらないだろう?」

「そうだけど・・・・・・でも少しでもおいしそうに見えてた方がいいじゃない」

「俺はどんな料理でも、お前が作ってくれたものだから気にしないよ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

(「どんなものでも気にしない」って意味深だじぇ!!)

(先輩! 無茶はしちゃダメっすよ!?)

(じ、実はおいしかったりするのかな・・・・・・?)

(いや、よう見てみぃ! 怪しげな黒い煙が上がっとる! どう見てもあれは危険じゃよ!)

(そ、そんなオカルトあり得ません!!)

 

「それじゃ、食べさせてあげるわ」

「おいおい、なんだか照れるな」

「なによ、普段は私の方が、その、よくドキドキさせられてるんだから。

 たまにはこういうのもいいでしょ?」

「そうだな、ありがたく食べさせてもらおうかな」

 

秀介の言葉に笑顔を浮かべると、久は箸で()()をプルンと持ち上げる。

 

(あれ!? ゲル状なはずなのに箸でつまめてるじぇ!?)

(そんなバカな! 多少プルプルしてても掴めないだろ!?)

(どうなっとるんじゃあれ!?)

(お、おそらく摘まんだことで圧力が加わって固体として多少変質する性質を持ち合わせて・・・・・・そんなオカルトあり得ません!)

(和ちゃん落ち着いて! 何を言っているのか分からないし、さっきから同じことしか言ってないよ!?)

 

「ほら、シュウ、あーん」

「あーん」

 

久は箸で摘まんだそれを秀介の口に入れる。

 

たぷとぷとろんとるんくちゃくちゃくちょくちょもにゅくりゅこりゅかりかりこりぐりメキメキガリボリゴキンベキバギン!と音が響いた。

 

(何の音ぉぉぉぉ!?)

(何か変な・・・・・・異様な音がするじぇ!!)

(げ、ゲル状の物体からあんな音が!?)

(志野崎先輩の口の中、どうなってるの!?)

(そ、そんなオカルト(略)!)

 

「ど、どう? おいしい、かな・・・・・・?」

 

不安そうな表情を浮かべる久。

しばらく口を動かしていた秀介は、やがてごくりとそれを飲み込んだ。

そして笑顔で親指を立てる。

 

「ああ、おいしいよ」

「ホント!? よかったぁ、作った甲斐があったわ!」

 

ほっとした表情で次の一口を箸にとる久。

笑顔の秀介の口の端から、赤黒い液体が流れ出ていることには気づいていない様子だった。

 

(先輩! 無理して食べてるじぇ!)

(あ、あれは絶対無理してるよね!?)

(志野崎先輩! そんなことに命を懸けちゃいかんぞ!?)

(せ、先輩! あんた男の中の男だ!)

(そ、そんな(略))

 

 

そうして昼食は終わり、昼休みが終わるまでの間、一同は少しばかりゆっくりと休憩していた。

 

「よかった、シュウに喜んでもらえて」

 

久は笑顔でお弁当箱を仕舞っている。

他のメンバーは、

 

(いや、喜んでたか?)

(喜んで見せてはおったなぁ・・・・・・)

(し、志野崎先輩、本当に大丈夫かな・・・・・・?)

(途中顔色がおかしかったけど、一周回って戻ってるから、多分もう手遅れだじぇ・・・・・・)

((略))

 

などと言いたそうな表情だったが、それを口に出すことは出来ずにいた。

 

「ところで久、お前あんまり食べてなかったんじゃないか?」

「え? そ、そんなこと・・・・・・って言いたいけどそうかも。

 でも、シュウが喜んで食べてるところ見たら、なんか胸がいっぱいかなぁって」

「それならいいが・・・・・・。

 お弁当作ってくれたお礼に、帰りに何か奢ってもいいぞ」

「そう? そうね、それなら放課後ちょっとどこか寄っていきましょうか」

 

(先輩! あんなことの最中にも部長の観察を!?)

(どこまで気が利くんだじぇ先輩!)

(先輩! 俺もう一生あなたについていきます!)

(ぐぬぅ! なんというイケメンっぷり!)

(た、確かにここまでくるとなんだか格好良く・・・・・・い、いえ! そんなオカル(略))

 

一同はそんな感じでツッコミをしたくても出来ず、秀介と久のいちゃいちゃっぷりを見せられ続けていた。

 

「しかし・・・・・・よくそんだけいちゃいちゃしていられるのぉ・・・・・・」

 

思わず呟いたのはまこだった。

何せ季節はもう夏、一人でいても暑いというのによくもまぁ密着して二人でいちゃいちゃと。

そう思っていたまこだったが、不意に久の表情が変わったのを感じた。

 

「・・・・・・まこ、あなた何を言ってるの?」

「え?」

 

いつになく真剣な表情。

久は演説でもするかのような大仰な身振りでまこに言い放った。

 

「愛に! 飽きなんかないのよ!」

「部長こそ何を言っとるんじゃ!?」

 

即座に言い返すまこ。

だが久はフンッとそっぽを向くのみ。

 

「私はね、シュウがいればそれだけで心が満たされるの。

 シュウもそうでしょ?

 そ、それとも、違う・・・・・・?」

「いや、俺も久といると心が満たされる、いつも一緒にいたいと思うよ」

「ホント? やっぱり? えへへ・・・・・・。

 分かった? まこ、それだけで十分なのよ」

「いや、よう分からん・・・・・・」

 

笑顔になったり不安になったりデレッとしたりキリッとしたり、表情を変えながら久はまこにそう言うがまこは首を横に振るのみ。

そして1年生達も、

 

(部長の表情がコロコロ変わってるじぇ)

(京ちゃん、あれなんて言うんだっけ? 顔芸?)

(それとは違・・・・・・とは言い切れない・・・・・・いや、多分あってるよ、咲)

(オカルトが・・・・・・オカルトが・・・・・・ありえないありえない・・・・・・ぶつぶつ・・・・・・)

 

と理解しがたい表情を浮かべている。

その様子を見て久は、「はー、やれやれ」と呆れた表情を浮かべた。

 

「まこ、あんた彼氏いたことないでしょ」

「うぐっ!? こ、答える義務はないじゃろ」

 

その反応ですでに答えは出ている。

だが久はあえて見て見ぬふりをして言葉を続けた。

 

「彼氏がいれば分かるはずよ、この胸に満ちる愛・・・・・・この想い・・・・・・!

 いつまででも一緒にいたい、一緒にいれば心が満たされる。

 でも満たされていても満足ではないの、もっともっと欲しくなるのよ・・・・・・」

 

久は遠い目をしながらそう言う。

まこは「いや、あんたらはむしろ満ち溢れて周囲にもまき散らしとるから」と言いたかったが、どうにも言葉を挟めない雰囲気に黙るしかなかった。

その後も「あれもしたい」「これもしたい」「この感情、まさしく愛だ!」「すばら!」などと訳の分からない供述を繰り返し続ける久。

やがてまた「ねー、シュウ?」「ああ、その通りだよ久」「シュウ・・・・・・」「久・・・・・・」と見つめ合いながら黙ったので、ようやくまこは盛大にため息をついた。

 

「・・・・・・その内人前でキスとかしだすんじゃないじゃろうね」

 

やれやれとそう呟くまこ。

目撃はしていないしそう言う噂も聞かないが、その内やらかしてもおかしくは無い。

と思っていたのだが。

 

「き、ききききき、キス!!?」

 

突然の久の反応に逆に驚いてしまった。

 

「な、なんじゃ?」

「むむむむむむ、無理よそんな! 人前でキスなんて!」

 

真っ赤な顔で慌てふためく久。

「・・・・・・何が?」とまこが問い質すと、久は真っ赤な顔で俯きながら呟いた。

 

 

「ひ、人前で、き、キス、なんて・・・・・・は、恥ずかしいじゃない・・・・・・」

 

 

「「「「「今更ぁ!?」」」」」

 

一同の感想は完全に一致した。

 

 

 

その日はその後も学生議会で仕事をしたり。

 

「あの、さすがに部外者を入れるのは・・・・・・」

「部外者じゃないわ! 私の彼よ!」

「久、そこは思い切って・・・・・・旦那って言ってみてくれないか?」

「だ、旦那!? や、やだそんな! まだ心の準備が・・・・・・! で、でも、嬉しいけど・・・・・・でもでもぉ!」

 

部活で練習に励んだり。

 

「・・・・・・部長はまた志野崎先輩の膝の上なんですね・・・・・・」

「何か文句ある?」

「いえ、何も・・・・・・」

「あ、久、こっちを先に切っておけ」

「え? でも受け入れが減っちゃうわよ?」

「確かにそうだが、俺の言うことは信じられないか?」

「そ、そんなことない! 私は信じるわ!」

「こ、これは練習になっているのでしょうか・・・・・・?」

「和、それロン」

「なっ!?」

 

そうして放課後、彼らはまた手を繋いで下校していた。

途中で今日一日のことを話していちゃいちゃしたり、寄り道をしていちゃいちゃしたり、買い食いをしていちゃいちゃしたり。

 

気が付けば夜、そして気が付けば久の家の前だった。

秀介の家もすぐ隣なのだが、一応女の子を家まで送るという名目の元久の家まで一緒に来たわけだ。

この時間、そしてこの状況となれば来るのは当然別れの時間。

別れなければならない、でも別れたくない。

名残惜しさから久は秀介の手をきゅっと強く握ってしまう。

それに何かを察したのか、それとも秀介も同じ思いだったのか、久にフッと笑いかけた。

 

「・・・・・・久、少し歩かないか?」

「え? う、うん」

 

二人は手を握ったまま歩き出す。

そうしてやってきたのは近所の公園だ。

そこのベンチに、二人は寄り添ったまま腰かける。

 

そのまま暫し、言葉を交わさないまま時間が流れた。

 

「ねーねー、そこの彼女ぉ」

 

不意に声が掛けられた。

現れたのは男が3人。

制服を着ているところから高校生らしい。

 

「そんなところで何してんの?」

「よかったら俺らと遊ばない?」

「隣の男なんか置いてさぁ」

 

そう言った時だった。

 

 

 

邪魔をするな

 

 

 

「「「ひっ!?」」」

 

思わず後ずさった。

彼らは改めて目の前のカップルを見る。

女の子はうざったそうに視線を寄越すだけ。

男の方はこちらを見ているのかいないのか。

 

だが何だ、この

 

圧倒的な殺気!!

 

例えるならそれは、背後から首筋に

 

死神の鎌でも当てられているかのような殺気!!

 

 

「い、行こうぜ!」

「あ、ああ」

 

彼らは即座に退散していった。

 

 

「・・・・・・静かな夜ね」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

暫しまた沈黙が流れた。

 

 

 

やがてゆっくりと口を開いたのは秀介の方だった。

 

「なぁ、久」

「なぁに?」

「清澄を卒業したら、その後はどうするか決めてるか?」

 

不意に聞かれたのが進路の話とは。

久は訝しげに思いながら返事をする。

 

「んー、まだはっきりとは決めてないけど・・・・・・まぁ、大学に行こうかなって」

「そうか・・・・・・うん、それがいいだろうな」

「シュウも行きましょう? 一緒の大学」

 

彼女の進路の先、その隣には当然秀介がいる前提で考えている。

だから久は大学に行くのなら秀介と同じところにしたいと思っているのだ。

全体の成績で言えば久の方が上、だから必然久が秀介に合わせる形になる。

二人が恋人同士になったのは高校三年の夏、麻雀の合宿が終わった後だ。

まだ1ヵ月も経っていない。

それでも二人で過ごす日々がこんなにも楽しい。

だから大学でも同じように過ごせたらどれだけ幸せだろうか。

久はそう考えて秀介を誘った。

 

だが。

 

「・・・・・・俺は、大学に行かないつもりだ」

「・・・・・・え? じゃあ、どうするの?」

「バイトでもして少しお金を貯めようと思ってる」

 

突然の予想だにしない返事。

久は少しうろたえながら言葉を続ける。

 

「私、大学でもシュウと一緒ならすごく楽しいと思うんだけど・・・・・・。

 シュウは嫌なの・・・・・・?

 じゃあ、私も大学行かない」

「いや、久には大学に行ってほしい。

 ほら、加治木さんとか福路さんとかと一緒の大学に行ったら楽しいと思うぞ」

「で、でも、シュウは行かないんでしょ・・・・・・? どうしてなの・・・・・・?」

 

秀介の考えていることが分からない。

いや、それは以前からよくあったことだが、それにしても今回は特に分からない。

久には大学に行ってほしい。

でも秀介は大学に行かない。

ならば。

 

「・・・・・・シュウは、高校卒業したら・・・・・・バイトしてお金を貯めて、それでどうするの・・・・・・?

 シュウは・・・・・・何がしたいの・・・・・・?」

 

久のその言葉に、秀介は夜空を見上げながら答えた。

 

 

「・・・・・・俺は・・・・・・久、お前が好きだ。

 お前が何より大切だ。

 

 そしてその次くらいになら、麻雀を挙げてもいいと思っている。

 昔、靖子姉さんがプロになるっていうのを笑った事もあったけど、今の俺も、麻雀を切り離しては考えられないくらいだし。

 

 俺にとって、麻雀はもう人生の一部だ。

 生きていく道に選んでもいいかなと思っている。

 

 多分自惚れじゃなくて、麻雀を人に教えていく講師とかいいんじゃないかな。

 どこかの雀荘を借りて麻雀教室を開いて。

 ただ、どこの誰とも知らないやつが麻雀を教えると言って人が集まるものじゃない。

 そこそこ有名な誰かが教室を開かないと人なんて集まらないだろう。

 

 だからな、久。

 

 将来麻雀教室を開くために、バイトをしてお金を貯めながら麻雀の勉強をして、たまにお前と出掛けたりして息抜きして・・・・・・。

 

 そして・・・・・・」

 

 

スッと視線を久に戻し、秀介は笑いながらはっきりと告げた。

 

 

「俺はプロになる」

 

 

「シュウ・・・・・・」

 

その笑顔に、久も思わず笑顔になる。

 

「・・・・・・うん、シュウが麻雀を打ってるとこ見るの、私も好き」

 

秀介が麻雀のプロになる、それを考えただけでなんだか自分のように嬉しくて、楽しみだった。

そして久は、「じゃあ、私もプロになる」と言い掛けて、少しだけ悩んだ挙句言葉を続けた。

 

「じゃあ、私は・・・・・・その隣でシュウを支えてあげる」

「久・・・・・・ありがとう」

 

繋がれた手に、少しだけ力が入った。

 

「でもな」

 

そう言って秀介は言葉を続ける。

 

「俺の麻雀教室で、俺はお前を育てるつもりだ」

「え?」

 

なんで?と言い掛けて察しがついた。

そういうことか。

 

「久、お前もプロになる気はないか?」

「うん、なりたい」

 

久は即答した。

 

「私は・・・・・・ずっとシュウのそばにいるわ・・・・・・」

 

 

 

月明かりの下、見つめ合った二人は少しずつ顔を近づけ合い、

 

 

やがて唇を重ねた。

 

 

 




いちゃいちゃかと思ったらギャグだった、ギャグだと思ったらシリアスだった。
温度差が激しい。
何があったのかは知りません(
もしかしたら久の苗字が上埜に戻る日は来ないかもしれませんね(志野崎的な意味で
二乗の²は環境依存文字だったりしないだろうか。

さて、自分でも非常に残念なことではありますが、「とりあえずタバコが吸いたい先輩」関連のお話はもうこれでほぼおしまいです。
他のキャラとの絡みも色々考えたけど、話がまとまらないしさすがにグダりそうなんで書く予定はありません。
秀介が出掛けるor向こうから押しかけてくる→麻雀打つ、の流れだけですし。
こればっかりはどうしようもね・・・・・・。
あとはリアルとの兼ね合いです。

まぁ、思わせぶりダイジェストくらいならできるかな?(


2016/11/01:tex変換ツールで数式を書いてみたのですが、牌画像変換ツールと併用できないっぽいので諦めました。


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ダイジェスト

最後にグダりそうだと思った色々なアフター編を思わせぶりダイジェストでお送りします(
ダイジェストなんでこの回だけ台本形式です、よろしくどうぞ。
なおプロットをつぎはぎした上に今回のダイジェストの為だけに無理矢理絞り出した部分もあるので、いくらか矛盾をはらむ可能性もあります。
こんなプロットでも各話肉付けすれば本編くらいの文章にはなるんですよ(



夏休みのある日、早朝から新幹線で彼らは二人仲良く旅行に出掛けていた

 

秀介「靖子姉さん、あれもおいしそうじゃない? 一緒に食べない?」

靖子「さっきから食べすぎだろう! 全部私のお金なんだぞ!?」

洋榎「なんや、そこのたこ焼き食べようなんて、おたくら東京モンかい」

船Q「洋榎さん、あれ藤田プロですやん」

洋榎「おー、若い燕連れかいな、スキャンダルやな」

靖子「お、おいおい、よしてくれ、この事は内密にな」

秀介「靖子姉さん、何で嬉しそうなの?」

 

秀介は岩手に行って熊倉さんに軽くいじめられたことを逆恨みし、八つ当たりとして藤田プロに旅行をおごらせたのだった。

 

 

藤田プロに食事をおごらせ続ける大阪食べ歩き旅行編

 

 

洋榎「なんや兄ちゃん、ブー麻雀知らんのかいな?」

秀介「ルールは軽く聞いたことあるけど、どうも性に合わなくてね」

靖子(嘘つけ! 短期決戦とかお前の得意分野だろうが!)

 

怜「船Q、ここにおったん?」

フナ「・・・・・・あ、園城寺先輩・・・・・・」

洋榎「かっぱがれたー・・・・・・!」

セーラ「なんや、えらいへこんどるな」

 

怜(一巡先・・・・・・!)

秀介(・・・・・・やけに一発ツモが多い。

 それにあの打ち方・・・・・・少しだが山が見えてるのか?)

 

セーラ(鳴きが入ってへんのに、怜が一発で上がれん!?)

怜(な、何でや・・・・・・?

 今・・・・・・未来が変わった!?)

 

秀介(リーチ一発ツモでノミ手が満貫に。

 

 全てが見通せる俺がそういうので上がるのはな、美学に反するんだよ。

 

 お前も先が見えてるんだろう?

 ならそういう上がりをするのは見逃せない。

 

 いじめさせてもらおう)

 

 

絹恵「お姉ちゃんここにおったん・・・・・・なんでへこんどるん!?

 あの男のせいか! ちょっと蹴って来たる!」

洋榎「やめときー、あいつはいつか私が直接リベンジしたるわ」

 

怜「うちはいっぺん死にかけてん、それ以来先が見えるようになったんよ」

秀介「その時に死神に会ったとか言うんじゃなかろうな」

怜「・・・・・・死神?」

秀介「いや、何でもない、忘れてくれ」

怜「あんたは・・・・・・その死神とかいうのに会うて強うなったん?」

靖子「死神とか、どうせいつものからかいだ、気にするな。

 ま、こいつは三回入院してるけど関係ないだろう、その前から強かったし」

怜「・・・・・・あんたも大変な目に遭うたんやね」

秀介(いや・・・・・・俺、本当に一回死んだからなぁ・・・・・・)

 

怜「また機会があったら打ってな。

 そん時には10巡くらい先まで見えるようになっとるから」

秀介「無茶するなよ」

洋榎「あんた長野の人なん?

 よっしゃ! 今度はうちらがそっちに乗り込んだるからな!

 待っとけや!」

 

 

こうして大阪の旅は終わり、秀介は長野に戻る

そしてそこでまた、新たな刺客()が待ち受けていた

 

 

久「おかえり、シュウ」

秀介「何でお前はにこにこしながら怒ってるんだ?」

久「綺麗なお姉さんがシュウを訪ねて来てるわよ」

秀介「まさか、どこの誰だよ、知らないぞ」

健夜「初めまして」

秀介(知らないとは言えなかった・・・・・・)

健夜「一応自己紹介させてもらいます。

 プロの小鍛治健夜です」

秀介「噂には聞いていますよ、衝撃の美人雀士さん」

健夜「誰に聞いたの!? こーこちゃん!? こーこちゃんなのね!?

 冗談だと思ってたのに、本当に雑誌に載せたのね!?」

 

 

話を聞きつけたアラサ・・・フォー編

 

 

健夜「熊倉さんが南浦プロとお話しされているのを聞きました」

秀介(何してんのあの二人。

 いや、多分南浦が熊倉さんに言ったんじゃなかろうか。

 岩手に呼ばれたのもそれがきっかけだろう。

 なるほど、犯人は南浦か)

健夜「ともかく私と一局打って貰えませんか?」

秀介「残念ながら面子が・・・・・・っ!?」

大沼「失礼、邪魔させてもらうよ」

健夜「お、大沼プロ!? どうしてここに?」

秀介(大沼秋一郎・・・・・・新木桂()と同じ時代を生きた本物・・・・・・か)

大沼「・・・・・・君が熊倉さんが話していた・・・・・・」

秀介(またあの人絡みか・・・・・・)

大沼「新木桂の生まれ変わりか」

久「えっ!?」

秀介「何話してんのあの人!?」

大沼「こちらからすれば別に君が本物だろうが偽物だろうが構わない。

 このメンバーで4人揃えば、麻雀をするしかないだろう」

秀介「別に酒でも構いませんよ」

久「高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

秀介(どうするかな・・・・・・本気を出したら今後面倒な事になりそうだし・・・・・・。

 しかし俺の夢の為、こう言う面子とパイプを作っておくのは悪くないだろうし・・・・・・)

 

久(出親で早くも聴牌! ここはリーチして牽制しましょう!

 しかも悪待ち! 上がれたらラッキーね)

健夜「・・・・・・」

大沼「・・・・・・」

秀介(リーチか・・・・・・プロ達から嫌な気配を感じるなぁ・・・・・・)

久「上がれず・・・・・・聴牌」

健夜「聴牌」

秀介「聴牌」

大沼「聴牌」

久(全員聴牌で誰も上がれずか。

 私のリーチで手を止められたってことかしら)

秀介(違うんだなぁ・・・・・・)

 

健夜「ツモです」

久(え、安い・・・・・・リーチもかけずに?)

秀介(始まったか、くそ・・・・・・)

健夜「ツモ、またツモです」

大沼「おっと、こっちもツモだ」

健夜「さすがですね、大沼プロ」

大沼「なぁに、現役最強と言われる君と戦う機会なんてあんまりないからな」

久(な、何これ・・・・・・二人とも安い手でしか上がってないのに・・・・・・上がれる気がしない!)

秀介(ほれ、久、上がっておけ)

久「あ、ロン」

健夜「・・・・・・!」

大沼「・・・・・・」

秀介(さて・・・・・・きつい戦いになるな)

 

健夜「・・・・・・リーチ」

久(プロのリーチ・・・・・・何が通るのか分かんないっ!

 このままじゃテレビでもおなじみの「すこやんツモ」が炸裂しちゃう!)

秀介「ツモです」

久「あれ、そっち?」

健夜(・・・・・・っ、私のリーチをあっさり流した。

 並みのプロでも容易ではないというのに・・・・・・)

大沼(今の一局で分かる。

 こいつは高校生の枠に当てはめていい存在では無い)

秀介(神経使う・・・・・・だがそれが心地いい。

 やっぱりプロの戦いって言うのはいいものだな)

久(折角プロと打つ機会だし、いい試合がしたい・・・・・・いいえ、そんな考えじゃシュウに顔向けできないわね。

 私もいずれプロを目指す。

 その為にも・・・・・・勝ちたい!)

 

秀介「ツモ、終了」

久「え、安くない? それじゃ逆転できないでしょ?」

健夜「1位」

大沼「2位」

久「・・・・・・あれ? シュウと同点?」

秀介「すみませんでした。

 でもこればっかりは譲れないんで」

健夜「・・・・・・はぁ・・・・・・」

大沼「フッ、二流だな。

 だが、いい男だ。

 大切にしろよ、お嬢さん」

久「え? え?」

 

健夜「どう見ます? 大沼プロ」

大沼「彼がプロになってくれたら嬉しいな、というのが率直なところだ」

健夜「そうですね・・・・・・。

 彼女を最下位にしない為だけに、プロの私達を相手に点数調整するなんて。

 その覚悟に免じて上がらせてあげたけど・・・・・・はぁ・・・・・・私にもあんな彼が欲しい・・・・・・」

大沼(この世代はどうしてこう男に恵まれ・・・・・・いや、余計なお世話だな、俺も年を取ったもんだ)

 

久「え、最初の私のリーチがまずかったの?」

秀介「ああ、全員聴牌で終わらせることで、お前はリーチ棒分だけ最下位になっちまったのさ。

 後は小さな上がりで確実にそれを広げていくだけ。

 小鍛治プロの普段の上がりとは違うけど、高校生レベルが相手ならそれでも十分だと思ったんだろうさ」

久「ぐぬぬ・・・・・・私だって全国出場を決めた清澄の部長なのに、あんなふうに弄ばれるなんて・・・・・・」

秀介「プロは遠いな、久」

久「・・・・・・あんたにとっても?」

秀介「さぁてね」

 

 

プロとの対局を終え数日後、のんびり過ごしていた秀介。

ある日の早朝、秀介の元に藤田プロとすこやんが訪れてくる。

そして秀介を連れ出して東京へと向かうのであった。

 

健夜「志野崎秀介君、君を紹介してほしいって女の子がいるんだけど」

靖子「可愛い女の子だぞ、会ってみればいいだろう」ニヤニヤ

 

秀介「靖子姉さん、俺が久と付き合ってるって知ってるよね?

 さすがに他の女の子に俺を紹介するとか、久が本気で嫌がるようなことをする人だとは思ってないよ。

 それに靖子姉さんもどこまで本気か知らないけど、久から俺を寝取るとか言ってるよね?

 そんな状況で女の子に俺を紹介するとなると恋愛絡みではない、小鍛治プロも同伴している流れから言っても麻雀だろう。

 そして東京には噂の麻雀強豪校がある。

 臨海女子、そしてチャンピオンが所属する白糸台高校だ。

 プロのお二人と接点を持つ機会が多そうなのは、やっぱり大会三連覇を果たすかと期待の集まるチャンピオンのいる白糸台高校の方だと思うんだ。

 そこに好戦的な女子がいて、俺の噂をこの間の小鍛治プロみたいに聞きつけて戦いたいって言ったんでしょう。

 そして小鍛治プロが「この子なら志野崎君をぎゃふんと言わせられるだろう、私も彼がボロボロに負けるのを見たいし」とか思ってOK出した。

 そんなところですね、はい論破」

 

健夜「!!??!???!?」

靖子「推理力が神過ぎて怖いわ」

 

 

プロと同様噂を聞きつけた白糸台編

 

 

靖子「お昼も食べたところだし、さぁ向かおう」

健夜「お望みの彼、連れてきたよ」

菫「お待ちしていました、小鍛治プロ、藤田プロ」

健夜「あれ? 3人?」

菫「言い出しっぺの照はお菓子を買ってくると言って今しがた出て行ってしまいまして・・・・・・。

 賛同していた淡も付き添って行ってしまいました」

秀介「彼女達と打てばいいんですか?」

菫「よろしくお願いします」

尭深「・・・・・・いらっしゃいませ」

亦野「あれ、もう来ちゃったんですか」

 

亦野「先陣を切らせてもらいますよ。

 ポン、ポン、ポン、ツモ!」

秀介(3回鳴いて何とやら・・・・・・自慢げに上がってるけどまさかそれが能力だとか言い出さないだろうね?)

亦野「ポン、ポン、ポン、ツモ!」

秀介(・・・・・・マジか。

 単騎じゃなくていいのは豊音より優れてるが、チーではダメそうだし・・・・・・何より威圧感が全然違う)

亦野「もう一丁! ポン! ポン!」

秀介「これもいるかい?」

亦野「いいんですか? では遠慮なく、ポン!」

秀介「ロン」

亦野「え? 今自分で切った牌をロン・・・・・・ですか?

 ちょっと意味が・・・・・・」

秀介「違うよ、これから君が切る牌が俺の当たり牌さ」

亦野「いやいや、まさかそん・・・・・・私の手牌全部が当たり牌!?

 そ、そんなの偶然です! ポン!」

秀介「はいロン」

亦野「ぐはぁ!? 今度は不要牌を!?」

 

菫(・・・・・・亦野が存分に動いてくれているからな・・・・・・今の内に射抜いておくか)

秀介(・・・・・・狙われてる?

 ふむ、いい手牌読みだな)

菫(・・・・・・切らない・・・・・・?)

秀介「ツモ」

菫(私のロン牌を抑えている・・・・・・かわされたか。

 だが次こそは・・・・・・!)

秀介(悪いね)

菫(くっ・・・・・・またかわされた!?)

秀介「ロン」

菫(かわされた上に、逆に狙い打たれた!?

 こんなの初めてだぞ!)

秀介(狙いはいいんだが・・・・・・気付いてないのか?

 目と目が合うってことの意味を分かっていないんじゃ、悪いがまだまだだな)

 

手牌や捨て牌を観察することはあっても、相手の表情を観察することはあまりない。

ましてや目と目が合うということはお互いに観察をしているということ。

賭博漫画風にいうならば、「あの時、あんたオレの目を見たっ!」というやつである。

 

秀介(自分が観察されている可能性もちゃんと考えなよ)

秀介「ほい、ツモだ」

菫「く、くぅ・・・・・・!」

秀介(さて、残る一人なんだが・・・・・・)

尭深「・・・・・・」

秀介(・・・・・・ずいぶん静か・・・・・・何を狙っている?

 この学校でレギュラーを張っている以上、それらしい何かを持っているはずだが・・・・・・)

亦野(・・・・・・弘世先輩達に気が行ってるみたいだし、今の内に・・・・・・)

秀介「だがロン」

亦野「スジ引っ掛け!?」

 

秀介(さて、オーラスだが・・・・・・なっ!?)

尭深(・・・・・・収穫の時(ハーベストタイム)

 彼が連荘してくれたおかげで仕込みは国士無双12牌、十分すぎます)

秀介(まずい、このまま配牌を持って行かれたらその後のツモで上がりがあっという間だ。

 ・・・・・・不本意だが仕方ないな、彼女が俺の下家でよかった)

尭深(・・・・・・え? 配牌が・・・・・・バラバラ!? な、なんで・・・・・・!?)

菫(・・・・・・ん? 何だ? 角がずれてる・・・・・・?

 賽の目から判断して私は2山に掛かるように配牌のブロックを取っていくはずだが・・・・・・誰か少牌しているのか?

 この局面で何というミス・・・・・・いや、まさか!?)

秀介(さてお嬢様方、さぞや綺麗な麻雀ルールの中で生きてきたことだろうよ。

 世の中にはこういう汚い(ブラックな)やり方もあるんだよ)

尭深(・・・・・・配牌の最初のブロックを取る時に、4牌じゃなくて2牌だけ持って行ったの・・・・・・?

 わ、わざと少牌して私の配牌を崩した・・・・・・!?

 少牌ならチョンボにならずただの上がり放棄・・・・・・それを逆手に取るなんて・・・・・・)

秀介(多牌はすり替え(イカサマ)の可能性があるからチョンボを取られるのは当然。

 だが少牌は上がり放棄で続行とわざわざルールブックにも書いてある。

 まぁ、鳴き禁止とかツモ切り強制とかは場所によって違うけど。

 いずれにしろ君の国士は崩れたわけだ)

菫(くっ、偶然だとかただのミスだとか言い張られるだろうし指摘のしようが無い・・・・・・。

 し、しかしなんで渋谷がオーラスに配牌を仕込むと分かったのだ!?

 さすがにこの男も研究してきたということか!?)

秀介(・・・・・・問い詰められても知らんぷりしよう。

 最悪、途中があまりにも静かすぎたから最後になんかやらかすと思ったとか言おう)

菫(くっ! ラス親は私だ!

 なんとか連荘して渋谷に望みを!)

菫「ツモ!」

秀介(連荘されたか・・・・・・まぁ、さすがにもう一回ってことは・・・・・・)

尭深(・・・・・・収穫の時(ハーベストタイム))

秀介(また同じだけ仕込まれてるだと!?

 オーラス限定だけあって強固な能力だな!

 まぁ、今回は有効牌が他家や山の後半に偏っている。

 国士無双である以上鳴けないし、必要牌を他家に回してやればいいだろう)

尭深(・・・・・・あと2牌なのに・・・・・・聴牌できない・・・・・・)

秀介(・・・・・・ん? 必要牌がさっきと同じ・・・・・・ってことはただオーラスで国士無双が入る能力ってだけじゃないな。

 事前に必要牌を集めるだけの何かをやっていたってことか・・・・・・。

 さすがにこの場じゃ分からないが・・・・・・まぁ、久達にアドバイスくらいは出来るだろう)

 

秀介「ツモ、終了」

 

菫(くっ! これくらいで調子に乗るなよ!?

 うちのエース、照が戻ってくればこんなやつ・・・・・・!)

 

秀介「失礼、電話だ。

 久か? どうした?

 家に行ってみたらいないからどうしたかと?

 ああ、うん、靖子姉さん達に攫われて東京で麻雀打ってる。

 すまん、連絡できなくて・・・・・・まさか! 俺がお前を嫌いになるなんてありえない!

 今すぐ帰る! 今日は一緒に夕飯を食べよう。

 ああ、明日はデートだ、絶対だ、約束するよ。

 じゃあな、少しだけ待っててくれ、すぐに帰るから。

 

 そういう訳で帰らせてもらいます」

 

菫「ちょ! 待てぇ!」

亦野「勝ち逃げ・・・・・・やられた・・・・・・。

 こんな時、どんな台詞を言えばいいか私分からないの・・・・・・」

尭深「・・・・・・リア充爆発すればいいと思う・・・・・・」

菫「ぐぬぬ・・・・・・」

 

照「・・・・・・ただいま、お菓子買ってきた」モグモグ

菫「・・・・・・遅かったな」

淡「なんかテルがどうしても遠くのお店でお気に入りのお菓子を買いたいからって。

 あれー? みんな何でヘコんでるの?」

照「・・・・・・お客さんはまだ?」

菫「・・・・・・もう帰った」

照「!?」

淡「!?」

 

 

照「・・・・・・藤田プロ、再戦を要求します」

淡「そーだそーだ!」

靖子「悪いな、あいつ今旅行中なんだ。

 実は・・・・・・」

 

 

靖子「シュウ! 私と勝負だ!

 お前がさっさと白糸台から帰ったせいで、小鍛治プロも私も色々文句を言われたんだぞ!

 罰としてもしお前が負けたら私の家・・・・・・いや、私の部屋で一泊しろ!」

秀介「分かった」

久「ちょ! 何言ってるのよ!?」

秀介「大丈夫だ、俺は負けないよ。

 軽く追い払ってお前との絆を見せつけてやるよ」いちゃいちゃ

久「やだ、シュウってば・・・・・・」いちゃいちゃ

靖子「イラッ!

 はン! いつまでも私に勝てると思うなよ!」

 

秀介「ロン、平和のみ。

 ロン、タンヤオのみ。

 ロン、リーのみ。

 ロン、河底のみ。

 ロン、槍槓のみ。

 ツモ、嶺上のみ。

 ツモ、海底のみ。

 ツモ、のみ」

靖子「い、一翻縛りだと・・・・・・」

 

適当に流局を混ぜて二翻縛りを発生させず、そのまま押し切って勝利

 

そして勝った代償として、靖子は秀介に旅行を奢ることになってしまった

 

 

秀介(のんびり九州一人旅を楽しみますか。

 ラーメン、明太子、イカ刺し・・・・・・)

哩「おんし・・・・・・何者たい」

秀介「ん?」

姫子「・・・・・・部長?」

哩「私と麻雀ば打って貰いたい」

姫子「!?」

秀介(・・・・・・どうしてこうも麻雀に縁があるかね?

 ま、嫌いじゃないが)

 

 

藤田プロに旅行を奢らせる九州一人旅前編

 

 

秀介「ツモ、平和一通ドラ1」

安河内(な、何かこの人の打ち方変ね・・・・・・平和一通ばっかで上がっとる)

羊(何もかも政治が悪い!)

 

 

秀介(こいつ・・・・・・)

哩(こ、こん男・・・・・・)

 

((強い・・・・・・!))

 

哩(あたしにここまで喰いつきよるモンば、九州にもろくにいなかとゆうに・・・・・・。

 しかも男なんに・・・・・・何者たいね!?)

 

秀介(こいつ・・・・・・神に愛されたとか、能力が強いとか、「そういうの」じゃない。

 ただ純粋に、本当に麻雀が強いんだ・・・・・・。

 

 ・・・・・・お前が初めてだぞ、白水哩。

 能力無しで、真正面から戦ってみたいと思ったのは!)

 

作者(哩さんの台詞、マジ再現不能!)

 

姫子(私には部長との絆ばある!

 こんな男一人には負けられんね!)

秀介(どうするかな・・・・・・こいつの好配牌、ずらして破るのは簡単なんだがその後がな・・・・・・上がり放棄になるし・・・・・・)

 

秀介「え?すばらって名前じゃなかったのか?

 会った時に「すばらです!」って言ったからてっきり・・・・・・」

(すばら)「すばらくない!!」

 

秀介「機会があったらまた来る。

 その時には、また打ってくれるか?」

哩「・・・・・・機会ばあったらむしろこっちから行く。

 首ば洗って待っとるね」

姫子(部長は私のもの! 部長は私のもの!)

秀介(・・・・・・あの子には終始睨まれてたなぁ)

 

 

時に電車で九州を縦断

 

そろそろ帰ろうかなとぶらり立ち寄った海にて、また一つの出会いがある

 

 

初美「あれあれー? このお兄さん、何か憑いてますねー?」

霞「身体によくないものみたいですね。

 よろしければそれ、祓ってあげましょうか?」

 

 

藤田プロに旅行を奢らせる九州一人旅後編

 

 

「死神の力」は本来危険な物

 

今でこそロックが掛かるようになっているが、巫女たちにとってその力は祓うべき悪

 

秀介「これは俺の大切な物だ、無くすつもりはない」

春「・・・・・・その手のモノを宿す人は、皆そう言う」ポリポリ

小蒔「ダメです! そんなものを身体に宿すなんて!

 無理矢理にでも祓います!」

 

秀介(こいつら・・・・・・雰囲気が変わった・・・・・・?)

 

初美(ち、七対子!?

 しかも風牌全部押さえられてますー!?)

巴(はっ!? そ、そんなところで待つ!?)

霞(危なかったわねぇ、ふんふむ・・・・・・。

 守るのは得意なはずなんだけど、巴ちゃんが切らなかったら私が切ってたわ)

 

秀介(・・・・・・しまったな・・・・・・まだトップじゃないのに。

 

 残りの局・・・・・・全部平打ちか・・・・・・!)

 

小蒔(絶対に祓わないと、この人の為にも!)オォォォォ

秀介(これは・・・・・・守るべき絆だ。

 俺は絶対に負けない!!)

 

 

優しさが勘違いで空回り

 

神が集うこの地にて、秀介は己の絆を守る為にただ一人戦う

 

 

 

白熱の試合を終え、久達の全国大会を見守って数年後

 

秀介は自身の抱いた夢に挑んでいた

 

 

靖子「プロオーディション、まさか今年から男女混合とはな。

 負けるなよ、シュウ」

秀介「負ける気はないよ」

 

 

夢を叶えるべくプロ入りを目指す志野崎プロ編

 

 

秀介「筆記はクリアできた、問題は実技だな。

 やっぱりプロ試験ともなるとそこいらのメンバーよりレベルが高い。

 ・・・・・・見覚えがあるのもちらほらいるし」

大沼「よぅ、ずいぶんと調子がいいみたいだな」

秀介「・・・・・・あぁ、どうも」

大沼「そう嫌そうな顔をするな、同年代のよしみだろ」

秀介「いい加減転生とか言うその夢物語止めて貰えます?」

大沼「今まで女子のレベルが高かったため男子とは分けられていた。

 だがお前ならそこにも切り込んでいけるだろうよ。

 舞台は整えた、期待しているぞ」

秀介「そんな重い期待を背負わされたら潰されちゃいまいますよ」

大沼「白々しい」

 

色々ありつつ試験は続く

 

そんな中

 

秀介(久・・・・・・どこに行った?

 嫌な予感がする・・・・・・)

 

『こちらの望みはただ一つ、プロ試験を辞退して貰いたい。

 そうすれば、竹井久さんは無傷でお返ししますよ』

 

 

久が攫われたのをプロ麻雀と並行して解決する裏物語

 

 

靖子「ダメだ、会場中探したが久はいない。

 連絡もつかないし・・・・・・」

『いい加減答えは出ましたか?

 早くしないと彼女に何が起こるか分かりませんよ? ククク・・・・・・』

秀介(もし俺の予測が正しければ・・・・・・今この瞬間もこいつかこいつの仲間が俺を監視しているはず・・・・・・。

 この廊下には今俺と靖子姉さん以外いない・・・・・・。

 今の俺の立ち位置を外から観測できる場所は・・・・・・・・・・・・あのマンションが怪しい。

 と思ってたら今何かが光ったな。

 双眼鏡か何かでこちらを見ているのか)

秀介「ま、待ってくれ! せめて久の声を・・・・・・!」

『いいでしょう、それくらいなら』

久『・・・・・・シュウ・・・・・・ごめんなさい・・・・・・』

秀介「・・・・・・本当に久なのか・・・・・・」

『本人確認ができれば十分でしょう。

 また10分後に連絡しますが、くれぐれも他の人を巻き込まないように。

 それでは』プツッ

秀介「ま、待ってくれ! 何でこんなことを・・・・・・くそっ!」

靖子「シュウ! 落ちつけ! 気持ちは分かるが・・・・・・」

秀介「・・・・・・靖子姉さん、プロ麻雀試験会場西側のマンションの4階、試験会場から見て右から2番目の部屋だ」

靖子(え? ちょ、今の崩れ落ちたのは演技か!?)

 

自身よりも大切な人の命が掛かった状況

 

この後のプロ試験のことなど完全に除外して思考回路をぶん回す

 

秀介「監視が俺を追っていたら今頃俺に電話をしてきているはずだ。

 まだ会場内にいると見せかけて上手く捲けたようだが・・・・・・時間が無い。

 あんたの助けを貸してくれ、川北さん」

川北「・・・・・・確かにお前さんの打ち方は気にいっとる。

 だがワシがお前に手を貸す義理は無い、違うか?」

 

秀介「・・・・・・俺が、

 

 新木桂に(ゆかり)の者だと言っても?」

 

 

久「シュウ!」

秀介「久、無事だったようだな。

 今たくさん応援が来るから、そうしたら助けてやるぞ」

久「いやいや、今助けてくれてもいいじゃないの!」

秀介「いや、暴力とかよくないだろ。

 それに俺は麻雀打ちだ、手を怪我したら一大事だろう?」

久「シュウ? 男にはね、時に暴力を振るう事が美徳になる瞬間って言うのがあるのよ? 今とか」

秀介「どう言われようが手を出す気は無いよ。

 手は、な」

 

徒歩がメインの旅行で鍛え上げた脚力が誘拐犯を襲う!

 

久「シュウ、何で主犯は蹴らなかったの?」

秀介「あの人、女性だろ?」

久「え、一目で分かったの?」

秀介「いや、元々こんな事件を起こすのは、麻雀界における男の地位が上がるのが気に食わない人かなぁと思って。

 俺、何か期待されてるみたいだし、その為に大沼プロが色々やってくれたみたいだし」

久「大暴れしてるように見えたけど意外と冷静だったのね」

秀介「頭に血が上ったら負けだよ」

久「さすがシュウね。

 でも・・・・・・ごめんなさい、私のせいでシュウのプロ試験が・・・・・・」

秀介「いや、俺まだ諦めてないよ」

久「え? でももう時間が・・・・・・」

 

秀介「お前のせいでプロになれないなんて、俺は絶対に認めない、許さない。

 必ず今回の試験でプロになる。

 絶対にお前に負い目は感じさせないぞ」

 

久「シュウ・・・・・・ありがたいけど、じゃあ何で私を抱きかかえて走ってるの?

 一緒に走るくらいするわよ?」

秀介「・・・・・・お、お前に負い目を感じさせない為に・・・・・・」

久「このせいで遅れたらそれはそれで負い目になるんだけど」

秀介「こ、根性で」ゼェゼェ

久「ああ、うん・・・・・・まぁ、嬉しいからいいけど」

 

久を無事に取り戻し、急いで会場に戻った秀介を待ちうけていた実技試験

 

その対戦相手に、秀介は疲労困憊ながらも小さく笑みを浮かべた

 

照「・・・・・・ようやく機会が訪れた」

秀介「別に訪れてくれなくてもよかったがな。

 だがせっかくの機会だ、楽しませてもらうよ」

 

 

そして

 

 

秀介(・・・・・・まさか本当に一目で分かるとはね・・・・・・)

 

 

運命の再会(出会い)

 

 

秀介「・・・・・・いや、下の名前だけで結構だ。

 

 

 君の事は()()()()()()

 

 

 ()()()

 

 

照「リーチ」

 

 

あぁ・・・・・・本当に・・・・・・

 

 

城ヶ崎「リーチ」

 

 

麻雀って言うのは楽しいなぁ

 

 

「・・・・・・ツモ」

 

 

パタリ、と手牌が倒された

 

 

 

 

 

ええい、ダイジェストでも語り尽くせない。

こうなったら年表だ!!(

 

 

秀介18歳、大会後に宣言通り豊音を攫う。

秀介が親を説得して自宅に囲う形になり、それに納得がいかない久が秀介の家に押しかけてきた。

詳細は次話にて。

大会の結果、どの学校が優勝したかはご想像にお任せする。

もしかしたら勝ち抜いた学校も変わってるかも(

 

 

秀介19歳、高校卒業後は大学に行かず雀荘でバイトに勤しむ。

常連からは老若男女問わず慕われ、時々来る迷惑な客は静かに追い払う姿に店長から給料を弾んで貰っている。

豊音は守られているだけでは嫌だから働きたいと、まこに相談して喫茶店にバイトとして入店し、固定客が付くレベルで人気者になる。

全国出場の勢いに乗り清澄に麻雀の強い新一年生が入り、まこ部長の元で特訓しているがたまに指導を乞われて出向く。

初対面で「男子なのに」「無名」「誰この人」とか言っていた生意気な実力者達が3日で忠誠を誓うまでになった。

久は美穂子やゆみと同じ大学で勉強しながら麻雀を楽しむ。

 

 

秀介20歳、熊倉から豊音受入れの準備が出来たとの報告が入り、そちらに行くことになる。

長野、岩手から離れた場所で気軽に会えなくなることを嫌がった豊音だったが、秀介と熊倉の説得により大人しく従った。

 

秀介が唐突にバイトを辞め、貯えた給料の一部で久を誘って軽くあちこちを旅行して回る。

「プロを目指して進み始めたら遊ぶ余裕が無いと思ったから」とのこと。

ついでに豊音にも会いに行った。

旅行から帰ったらひたすら勉強に打ち込むようになる。

 

成人ということでタバコを解禁したのだが、久が「やめて、キスしたくなくなる。でもシュウとキスしたい、ぐぬぬ・・・・・・!」と激しい葛藤に悩まされた為、結局吸わない。

いつもの「タバコが吸いたいな」の口癖に、靖子から「吸えば?」との新しいツッコミが入る。

 

 

秀介21歳、プロ試験を受ける。

ここで「久が攫われたりしたのをプロ麻雀と並行して解決する裏物語」。

結果は見事合格、そしてここから新人の志野崎プロが無双を始める。

東一局八連荘を連発。

3半荘5トップは当たり前、3半荘8トップ取ることも。

 

無双開始後まもなく、久が秀介を支える為に同居を提案。

秀介が久の大学近くのアパートを借りて、そこで二人の同居がスタートする。

その際、美穂子が非常に激しく反対したとか何とか。

一つ下の後輩にその時の事を聞くと、「あの時のキャプテンは聖母じゃなくて阿修羅だったし・・・・・・」と教えてくれる。

 

岩手の山中で謎の大地震が発生。

土砂崩れも発生して地図にも無い様な小さな町や村がいくつか消滅し、人が生活していた痕跡だけが何ヶ所か発見されるが生存者はいなかった。

宮守メンバーは、揺れが怖かっただけでそれ以上の被害は無く全員無事。

 

 

秀介22歳、久が体調不良。

病院の検査で妊娠が判明する。

 

「責任はとる・・・・・・いや、こうなる前に言うべきだった。

 久、結婚しよう」

「うん!」

 

その後、指輪を購入して差し出す際に、べったべたなシチュエーションで非常にあまーい台詞で改めてプロポーズをしたらしい。

だが久には超高評価。

その年の内に、麻雀仲間やら清澄メンバーやらを集めて簡単に結婚式を上げる。

プロポーズのエピソードを聞くと大概の人は胸やけを起こすのだが久は構わず話を続ける為(しかもちょっともじもじしていて可愛い)、久にその話題を聞くのは仲間内で禁止されるようになる。

結婚する二人の姿を見た衣が笑顔で祝福しつつ突然ポロポロと泣き始め、「祝福したいという気持ちがいっぱいなのになんだか胸の奥が痛い」と言って透華に頭を撫でられる。

同時にハギヨシに「衣様を泣かせたらどうなるか、言いましたよね?」と詰め寄られ、秀介は仕方なく「ごめんなさい、俺は久を愛すると誓ったんです。お詫びに気が済むまで殴ってください」と返す。

その後人目のないところでどうなったかは誰も知らないが、なんだかんだ二人の間に遺恨は残らなかった。

 

同日の夜、靖子と美穂子が大量の酒を空けて酔いつぶれている姿が目撃された。

 

豊音が一時的に岩手に帰り、宮守メンバーと再会する。

故郷の村は前年の地震で完全に無くなっていたが、何故か姉帯家の墓石だけが無傷で発見され、熊倉の提案で引き取ることになる。

ついでに村からの追手がいなくなったと判断出来次第、豊音がまた岩手に戻ってこれるよう手配を始める。

本人は「長野でもいいよー」と言ったのだが笑顔で却下。

 

 

秀介23歳、女の子が生まれる。

両家の家族総出で大騒ぎ、久が退院してしばらく後、すっごい豪華そうな店で料理をごちそうになる。

 

京太郎から「結婚します」と連絡が届く。

出来婚でもう子供もいるらしい。

相手は秀介も知る人物だったが仲人は京太郎の友人と彼女の友人に任せた。

なお秀介は大会で忙しかったので久と娘だけが出席してお祝いの言葉を贈るのみとなった。

 

秀介、大会中にアナウンサーの声が聞こえていないにもかかわらず、「あのアナウンサーならこのタイミングでこう言ってるに違いない」とトークを予想して流暢に返答するという神業を見せる。

 

 

秀介24歳、短期間で上り詰められるだけ上り詰めると言わんばかりにハイペースで大会に参加し、上位の成績を取り続ける。

おかげで国内男子でも上位を譲らない超ベテラン勢と並ぶ高評価。

男女混合試合時も、一部の本当にどうしようもないメンバーとの対戦を除き勝利。

お陰で麻雀における男子の地位も徐々に上がっていく。

 

靖子と試合をすると未だに執拗にロン上がりを狙い続ける。

試合終了時に靖子は毎回魂の抜けた表情で卓に倒れこむ為、そういう表情が好きだというコアなファンが付くようになる。

また晴絵もプロになっていたが、どんなに絶好調でも秀介との試合だけはボロボロにやられる。

コアなファンが付いたかどうかは知らない。

 

秀介が地元長野の人々から生きる伝説として「レジェンド」と呼ばれ始める。

 

秀介が娘に冗談で「麻雀」という言葉を教えたら、「ママ」の次に口にした言葉が「まーじゃん」。

「マジでスマンかった」と反省しつつも、しばらく「パパ」と呼んで貰えなかったので久も責められなかった。

 

 

秀介25歳、娘を麻雀牌に触れさせる。

積み木代わりにいじる程度だったが、秀介は「こんな年から麻雀牌に触れていれば相当な麻雀打ちになるに違いない」と親バカっぷりを披露する。

そして久は母親でありながら、溺愛されている娘に軽く嫉妬する。

 

子供が両親達に任せられるくらいになったので、久がマネージャー的な立ち位置で秀介を支えつついちゃいちゃする日々が始まる。

上位の年配ベテラン勢が引退していき、とうとう秀介が男子プロランクのトップに躍り出る。

時々靖子が遊びに来て酒を飲んだり子供と遊んだりした後に、「絶対お前よりもいい男を見つけてやるんだからな! バーカ!」と言って帰る日々が続く。

 

秀介の試合を間近で見ようとやってきた豊音が久と再会。

結婚して子供がいることを教えると笑顔で祝福する、マジ天使。

 

地元長野の高校生麻雀県大会決勝の解説を任される。

地元の町中を歩き回っただけで景気が上がったらしい。

母校に寄ったところ学食でタコスを作っている優希と遭遇。

大会では女性アナウンサーとの軽快なコントで会場を笑いに包みつつ、的確な解説と指摘で活躍する。

元々地元民には有名だったがこの一件でより一層親しみを持たれ、仕事前、仕事後に地元民に囲まれる姿が目撃されている。

なお半数が女子高生だった模様。

グッとガッツポーズしただけでファンが5人くらい失神した。

帰宅後、久に笑顔(目以外)で迎えられしどろもどろになる。

 

まこが突如、秀介を主人公にした漫画「大三元戦隊白發中!!!」のネームを持ち込み、ヤングガン・・・何とかという雑誌に読み切りが掲載される。

大盛況すぎて連載を求められたのだが喫茶店の経営がてらでは間に合わないので、ネタだけ振って別の漫画家に書いて貰う形になる。

 

 

秀介26歳、世界大会の代表に選抜。

対戦相手国の応援団からのヤジにも流暢な外国語で返事をしながら八連荘を決める。

男子団体3位、個人で初出場ながら日本代表の中では最上位。

だが準決勝に進出したものの相性の悪い相手との対局で決勝戦に上れず。

その時の対戦相手に試合後「またいつか戦おう」と言われ、「いいのかい? 俺はホイホイと挑発に乗って返り討ちにしちまうような男だぜ?」と返し握手を交わす。

 

まこの「大三元戦隊白發中!!!」がコミックに。

期待を込めた出版社が初回生産100万冊を発行したが売り切れて追加でさらに100万冊発行、完売。

まこにも印税が入り一気に大金持ちに。

 

 

秀介27歳、久と家にいる時に突如吐血。

久がパニックになりながら病院に連れて行くと、疲労とストレスで胃に穴が開いたと診断。

龍門渕製ペンダントの事は忘れられていた模様。

命に別条は無いがしばらく休養をとるように告げられる。

原因は無茶し続けたプロ麻雀。

 

 

秀介28歳、早すぎる引退を表明。

その後一年かけて療養しつつ、付きっ切りで久の麻雀を鍛える。

 

「大三元戦隊白發中!!!」がファンに惜しまれつつ完結。

咲がこっそり「大三元戦隊白發中!!!」の二次創作小説を書いていたのを知ったまこが「ネットに投稿してやんよ」と、小説投稿サイトのハー・・・何とかというサイトに投稿する。

そこそこ人気らしい。

 

 

秀介29歳、久が遅めのプロデビュー、初年度から好成績を残す。

同年、秀介は講師として麻雀教室を開く。

 

娘が小学校に上がる。

麻雀を基礎から教えていくとそこそこ好反応。

 

何者かの手によりB級グルメに長野からイカクレープが応募されたが落選。

 

 

秀介30歳、秀介自身の知名度に加えて教え子の久がプロとして活躍しているので、麻雀教室は大繁盛。

プロの賞金には及ばないが安定した稼ぎを得る。

また久は秀介ほど根を詰めて大会に出場しているわけではなく、時間に余裕が出来たので、一人もしくは久と二人、または家族三人で旅行に出掛けてリフレッシュするようになった。

なお一人で旅行している時には、以前その地を訪れた時に再戦の約束をした人物を探す為に雀荘で連勝を重ねて噂を流すという荒技を披露したりした。

 

娘にクラスで仲のいい男子はいるのかと聞くと「みんなこどもだもん。わたし、パパとけっこんする」と言われて軽く身悶える。

同時になんか嫉妬したらしい久が秀介をぽかぽかと叩く。

 

まこが「大三元戦隊白發中!!!」で儲けたお金をつぎ込んで、「roof-top」を全国に展開させ始める。

経営者が「大三元戦隊白發中!!!」の原作者と言うことに加えて、麻雀が出来る喫茶店というのがウケたらしく大繁盛、龍門渕家をも超える日本有数の億万長者になる。

謎の男たちに神輿ごと担がれながら「先輩のおかげじゃからのぉ! 些細なお礼じゃ!」とか言って志野崎家に1億円持ってきて、ポカーンとする秀介達に笑い掛けながら去っていった。

 

 

秀介31歳、靖子が年下の男と結婚する。

コアなファンの一人ではない。

麻雀の腕前は中の下くらいらしいが、靖子曰く「スジはいいし教えがいがあるし、甘えてくれるし甘えさせてくれるし、どことなく昔のシュウに似ている」とのこと。

秀介も久も「旦那さんには言うなよ」と釘を刺したが、旦那さんは既に察していて笑顔で「いつかその面影を振り払ってやりますから」と答えたらしい。

旦那さんマジ天使。

なお秀介より年下の模様。

 

「roof-top」の人気が収まり、そこそこ人が来る喫茶店程度になる。

売り上げが大きく落ちたので従業員をガッツリ減らさざるを得なくなり、畳む店もかなり出てくる。

結局高校生の頃のような落ち着いた雰囲気の喫茶店が全国のあちこちにある程度に収まった。

まこが涙目で志野崎家に「あの時の1億ちょっと返して」と言ってきたので、叱りつつ全額返す。

 

 

秀介32歳、娘に「そろそろ一緒にお風呂入るのは終わりにしよう」と言うが拒否られる。

怒った久が娘に本気で勝負を挑む。

「返り討ちにする!」と意気込む娘だが、勝負の種目が麻雀なので勝てずにお風呂タイムは終了する。

なおその後、「私がお母さんに勝ったらまたお父さんとお風呂に入る!」と喧嘩を売ったとか何とか。

 

 

秀介33歳、娘が麻雀大会小学生の部で好成績を残す。

秀介も久も自慢げだったが、「いつか優勝したら一日お父さんとデートする!」と言った娘と久が火花を散らせることになる。

 

「大三元戦隊白發中!!!」が朝7:30から放送開始、初回視聴率20%オーバーを記録。

 

 

秀介34歳、貯めたお金で一軒家に引っ越し。

娘用の部屋を用意したが「お父さんと一緒に寝る」と拒否られ、再び久と戦う。

 

「大三元戦隊白發中!!!」が放送終了。

瞬間最高視聴率は45%、戦いの後に意識を失った主人公が目覚めてヒロインに告白するシーン。

再びまこが億万長者になるが、さすがに懲りて全額貯金に回し、時々家族やかつての仲間達と少し豪華な食事に出掛ける程度の生活を送る。

 

 

秀介35歳、娘が麻雀大会小学生の部で優勝、秀介とのデート権を行使する。

娘は未だに「お父さんと結婚したい」と言っており、久と激しく取り合いをしている。

その真ん中で「ははは、よさないか」とにやける秀介には是非とも爆発してもらいたい。

勝負は未だ久が勝ち続けている、プロだし。

 

 

秀介36歳、娘が中学に入る。

 

「初めまして、私は志野崎。趣味は麻雀」

「初めまして、私は須賀っていうの。趣味は麻雀だよ」

 

そしてそこで新たな麻雀の物語が始まる。

 

と思う。

 

 

同時に作者が、「女の子がメインキャラだと苗字が引き継げなくて次世代予告が盛り上がらない」と嘆く(

 

 

 

END

 

 

 

 

 

追加

 

この物語のその後、原作名シーンダイジェスト

 

 

 

まこ「志野崎先輩と京太郎は?」

久「須賀君は隣の棟の一人部屋に入って貰ってるわ」

まこ「ああ、そう・・・・・・一人部屋?」

久「さて、今から明日の開会式までは自由時間にしましょう。

 各自ハメを外さず疲れない程度にね」

タコス「おー」

久「さて、それじゃ・・・・・・」

咲「部長? 荷物持ったままどこに行くんですか?」

まこ「それから部長、志野崎先輩はどうしたんじゃ?」

 

久「あ、あの・・・・・・わ、私ね、その・・・・・・シュウと二人部屋・・・・・・取ったから・・・・・・」テレテレ

 

まこ「もしもし、志野崎先輩か? 部長は預かった。

 大人しく一人部屋に移れい」

久「離してみんな! シュウが! シュウが私を待ってるのよ!」

和「何してるんですか、学校のお金だからって余計な出費を・・・・・・」

 

京太郎が秀介と二人部屋になることで解決しました。

 

 

 

憧「あ、あの制服・・・・・・清澄!」

穏乃(同い年・・・・・・なんて言ったっけ名前・・・・・・確か・・・・・・

 咲・・・・・・宮永咲・・・・・・!

 確か志野崎さんが言ってた・・・・・・

 

 今の和の親友で、泣き顔が似合う文学魔王少女!!)

 

咲(・・・・・・何か気分が良くない・・・・・・気のせいかな・・・・・・?)

 

 

 

咲「決勝まで行かないとお姉ちゃんと戦えない。

 だから・・・・・・

 

 全部・・・・・・ゴッ倒す!!」

 

和「咲さん・・・・・・」

 

咲「・・・・・・実際私達を鍛えてくれた志野崎先輩より強い人いないと思うし・・・・・・」

和「・・・・・・それには概ね同意しますが」

咲「あの人に比べれば、もう誰も怖くない!」

和「お姉さんもですか?」

咲「お、お姉ちゃんは別だよ!

 お姉ちゃんの方が強いと思う! だってお姉ちゃんなんだもん!

 志野崎先輩よりきっと強いよ! うん!」

和「あ、はい」

咲「お姉ちゃんが何て呼ばれてるか知ってる!?

 チャンピオンだよ! チャンピオン!

 日本で一番強い高校生なんだよ!

 全国のプレッシャーに揉まれてきたお姉ちゃんなら、志野崎先輩のプレッシャーなんて大したことないよ!」

和「・・・・・・その理屈で言うと全国の常連はみんな志野崎先輩より強いってことになりますよ?」

咲「・・・・・・あれ?」

和「「あの人に比べれば、もう誰も怖くない」とおっしゃいましたが、その理屈で言うと・・・・・・」

咲「う、うるさいな! いいんだよ!

 私は決勝でお姉ちゃんと戦うんだ!」

和「咲さんのお姉さんは先鋒で、咲さんは大将・・・・・・」

咲「うるさいうるさいうるさい!

 わーん! 京ちゃーん! 和ちゃんが屁理屈で苛めるー!」

タコス「京太郎なら荷物持って先に行ったじょー」

咲「わーん! 京ちゃんのいけずー!」

 

 

 

憧「荒川憩さんが、白糸台の宮永照はヒトじゃないって言ってた・・・・・・」

玄「ゴクリ・・・・・・」

宥「・・・・・・!」カタカタ

 

穏乃「・・・・・・でも志野崎さんよりも強いのかな?」

 

憧「・・・・・・いや、そう言われると何とも」

宥「!!」ガタガタブルブル

玄「志野崎さんかぁ・・・・・・赤土さんから見てどうですか?」

晴絵「ハハハ、サー、ドウダロウネー」白目

灼「あ、あんな人が強いわけないよ!」

穏乃「宮永照が魔王だとしたら、志野崎さんは・・・・・・魔神・・・・・・いや、魔帝とか」

憧「あんまり恥ずかしい二つ名考えるのやめなよ」

 

 

 

洋榎「む、まだ他の部屋やってるん?」

のよー「長野がすごいのよー」

洋榎(長野・・・・・・あいつ確か長野の人間やゆーてたな。

 あんだけ強かったら地元で有名やったりせんやろか・・・・・・聞いてみたい・・・・・・。

 っていうかあの中堅の連荘力・・・・・・あいつみたいやわ・・・・・・。

 うち、あいつみたいな女と当たるんやわ・・・・・・!)ソワソワ

絹恵(長野・・・・・・あの男思い出しちゃった・・・・・・!

 お姉ちゃんをあんなにへこまして・・・・・・きっとなんか卑怯な手を使ったに違いないねん!

 次に会うたら許さへん!)ギリギリ

末原(・・・・・・何や知らんけど今日の愛宕姉妹様子がおかしいわ・・・・・・)

漫「うわ、中堅でトバしちゃった。

 一回戦突破ですよ」

のよー「三人とも聞いてないのよー」

 

 

 

小蒔「県予選決勝の3校の中に、あなどっていい相手がいたでしょうか。

 すべての相手に・・・・・・敬意をもってあたりましょう」

霞「そうですね・・・・・・」

初美「コクコク」

春「ポリポリ」

小蒔「・・・・・・まぁ、あの人の悪い気を払うので強い神様使っちゃいましたけど・・・・・・」

巴「・・・・・・結局払えてなかったみたいですしね」

霞「試練だったとでも思いましょう」

初美「この私が一回も上がれませんでしたし・・・・・・。

 でもあの人、私を見るのをちょっと躊躇ってたみたいですし。

 もしかしたら私のプレッシャーに当てられて、あの人もギリギリだったのかもしれませんよー」

フンス

霞「そう言われれば、あの人あんまり初美ちゃんの事見てなかったみたいだったわね」

小蒔「そういえばそうかもしれませんね」

巴「何ででしょうね?」

春「・・・・・・ポリポリ」

初美「ま、まさか私みたいな体型の女の子が好きなんでしょうか・・・・・・?」

 

 

 

豊音「2回戦の相手決まったよー」

胡桃「南大阪の姫松、鹿児島の永水女子、長野の清澄・・・・・・清澄?」

シロ「長野の清澄・・・・・・確か熊倉さんが呼んだあの人がいるところ・・・・・・」

塞「し、志野崎、さ・・・・・・あうあうあう・・・・・・」プシュー

エイ「・・・・・・」カキカキカキブルブル

熊倉「そうだね、頑張ろうね」

豊音「絵が震えて歪んでるのによく分かりますねー」

シロ(・・・・・・エイスリン、そんなにあの人の事苦手になっちゃったのか。

 ・・・・・・私はまた打ちたいと思うけどなぁ・・・・・・)

豊音(志野崎さん・・・・・・志野崎さんに会えるんだ!

 会場うろついてたらばったり遭遇したりしないかなー?)ソワソワ

 

 

 

怜(1回戦の不自然な打ち回しを見る限り・・・・・・彼女はドラを捨てられない・・・・・・!)

 

怜「ロン、1300」

玄(私を狙い打ってる・・・・・・?

 よし、それなら・・・・・・!)

怜(な、なんや? 序盤から中張牌連打・・・・・・?

 これじゃ狙い打てん・・・・・・)

玄(志野崎さんに教わった通り・・・・・・ドラが来る前提で中張牌から整理していく打ち方!

 私だって成長するんです!)

 

玄「よし、ツモ! 4000・8000!」

怜(打ち方が変わった・・・・・・やっかいやな。

 しゃーない、普通にツモ狙いで行こか。

 こっちもあの時打った彼のおかげで、疲労は大きいけども・・・・・・

 

 2巡先まで安定するようなったさかいな)

 

 

憧(くっ、やっぱり強い・・・・・・でもこっちだって)

セーラ(3900を3回刻むより、12000を上がる方が・・・・・・)

憧「チー!」

セーラ(うげっ、喰いずらされた!)

憧「それロン!」

セーラ(くっ、やるやんか!)

 

 

穏乃(玄さんや憧の上がりもあったし、皆も頑張ってたから点はたくさん!

 頑張ればもうちょっとで1位通過だよ!)

竜華(・・・・・・思ってたよりやるやん。

 うちら相手にここまで喰らいつくなんて・・・・・・)

 

カチャカチャッ

 

穏乃(よし、聴牌っと)

竜華(ん? なんや今の?)

 

 

アナ「阿知賀女子の高鴨穏乃、手が進みませんね、ツモ切り・・・・・・え?」

咏「おおっ、小手返し、なかなか早いね。

 そこいらの高校生レベルじゃ見切れないんじゃねーの? 知らんけど」

 

 

竜華(仮に振り込んでも2位になるだけでうちらの予選通過は崩れへん、けど・・・・・・)

 

怜『阿知賀さん達、打ち方変わっとる。

  まぎれが起きんよう堅実に打った方がええかも』

 

竜華(2位通過なんて千里山の名に傷がつく。

 怜も言うてたし、ここは確実な安牌を・・・・・・)

安福(まぁ、大丈夫でしょ♪)

穏乃「ロン!」

安福「!? こ、これ・・・・・・!!」ゾゾクッ

竜華「なっ!?」

 

 

アナ「準決勝進出は、まさかの1位阿知賀女子学院!! 2位千里山女子!!」

 

 

 

熊倉「プロ行きの話はどーするの?

 教え子を準決勝に導いたのもプラスの・・・・・・」

晴絵「ごめんなさい、あと5年くらい修行させてください・・・・・・」カタカタカタ

熊倉(・・・・・・この子はまたトラウマ増やしたのかしら?)

 

 

 

タコス「この試合に・・・・・・東二局は来ない!」

シロ(メンドくさいのがきたなぁ・・・・・・ん・・・・・・?)

タコス(志野崎先輩に許可貰ったし・・・・・・お力お借りしますじょ!)

シロ(100点棒・・・・・・銜えた・・・・・・?)

 

 

洋榎「あっ! あの癖・・・・・・やっぱりか!」

末原「え? 何ですか?」

 

 

初美「100点棒銜えましたよー!?」

春「・・・・・・あの人の癖・・・・・・」ポリポリ

 

 

小蒔「・・・・・・あ、ごめんなさい、少し寝てました。

 点減ってる・・・・・・100点棒銜えてる!?

 あ、あの時はやられてしまいましたが今日はそうはいきませんよ!」

漫(寝ぼけてるとかウソやろ・・・・・・?)

シロ(・・・・・・メンドくさいのはヤだなぁ・・・・・・)

タコス(・・・・・・天然さん(咲ちゃんみたい)な感じがするじょ・・・・・・)

 

 

まこ「ツモ、300・500」

エイスリン(キ、キヨスミ・・・・・・シノザキサンミタイデ、コワイ・・・・・・!)

まこ(嫌いな顔なら好きな顔にゆがませりゃええ。

 志野崎先輩が藤田プロをいじめとる時のように)クククッ

久(・・・・・・最近のまこ、シュウに悪い影響受けてないかしら・・・・・・)

まこ「ん、メガネ外すの忘れとった。

 後これも・・・・・・」

エイスリン(!!)

巴(・・・・・・彼女も100点棒を!?)

のよー(清澄はパフォーマンスが好きなのかしらー)

まこ(永水の反応が面白かったからやれと志野崎先輩に言われとったが・・・・・・なるほど、今回は対面の留学生が面白いことに)ゾクゾク

久「・・・・・・シュウ、まこに何を吹き込んだの?」

秀介「いやぁ、別に」プククク

 

 

久「早く打ちたくてね、気が急くのよ」

咲「なんだか部長、おかしな感じ・・・・・・」

秀介「久、ちょっと待て」

久「え、何?」

 

チュッ

 

和「なっ!? き、き、キス!?」

タコス「お、おでこだけど確実にしたじぇ!」

久「しゅ、シュウ・・・・・・?」

秀介「緊張してるな、楽しんで来いよ」

久「・・・・・・うん!」

咲「・・・・・・部長、元に戻った感じ・・・・・・」

まこ「愛じゃよ、愛・・・・・・」(遠い目

 

 

洋榎「清澄はん、あんたらみんな100点棒銜えてたみたいやけど」

久「ええ、そうね」ポヤァ

洋榎「100点棒銜える強い男、知らんか?」

久「・・・・・・!?」

洋榎「知っとるみたいやな」

久「・・・・・・何? あいつの知り合いなの?」

洋榎「以前大阪で会うたんや。

 めっちゃ強かったから興味持ったんやよ。

 今日も来とんのか? よかったら紹介してんか?」

久「・・・・・・悪いけど私、自分の彼氏を他の女の子に紹介できるほど人間が出来てないのよ」

洋榎「か・・・・・・!?」

胡桃「!?」

春「ポリッ・・・・・・!?」

久「今のはそう・・・・・・ケンカ売ってるってことでいいのね?」パクッ

洋榎「ひゃ、100点棒!」

 

 

久「リーチ」チャッ

洋榎(・・・・・・なんや点棒がホンマにタバコに見えてきよる・・・・・・いや、気のせい気のせい)

9巻120P2コマ目参照

春(・・・・・・黒糖・・・・・・私も口に銜えようかな・・・・・・)

 

 

洋榎「どやった!?」

末原「思ってたより稼げてませんね。

 せやけどあのノってる清澄を相手にしてることを考えたら十分、さすが主将です」

洋榎「せやろー、さすがやろー?」

末原「・・・・・・そういえば試合開始前に何か話してたみたいですが?」

洋榎「あの男、清澄のの彼氏なんやと」

末原「いや、あの男が誰なんか知りませんけど・・・・・・」

絹恵「あ、あんな男に彼女が!? 信じられへん!

 なんや卑怯な手使うたか、あの女も卑怯な手使うんやー!」

洋榎「・・・・・・絹恵?」

絹恵「お姉ちゃん! 気ぃ付けるんやで!」

 

 

シロ「・・・・・・」

胡桃「充電! 充電!」

シロ「・・・・・・そういえば100点棒の事、何か聞いたの・・・・・・?」

胡桃「ああ、志野崎さんの事話してたよ。

 竹井さんの彼氏らしいね」

シロ(・・・・・・彼女いたんだ・・・・・・)ヘェー

豊音(・・・・・・彼女いたんだ・・・・・・)ショボーン

塞(か、彼女がいたのに私にあんなことを言ったの!?)

 

 

絹恵(あの男の事話してる時のお姉ちゃん、楽しそうやわ・・・・・・。

 それが・・・・・・気に入らない!)

久「永水の副将の子よ、知らないの?」

和「知りませんよ!」

絹恵(ペンギン・・・・・・)

 

ドカッ!

 

和「え、エトペ―――ン!!!」

絹恵「それ私物やったん?

 なんや不気味やったさかいに思わず、堪忍な」シレッ

和「ゆ、許さない!」

塞「体温上昇・・・・・・? 何?」

 

 

初美「{北}ポン! {東}ポン!」

絹恵(来たか・・・・・・)

塞(そうはさせないよ!)

初美(上がれない!? この人・・・・・・ホントにですかー!!)

和(小四喜・・・・・・偶然極まりないですが・・・・・・。

 ・・・・・・そうだ、志野崎先輩に教わったアレ、試してみますか。

 えっと、確か・・・・・・)

 

 

久「シュウ、和に小四喜対策教えた?」

秀介「ああ。

 ただ彼女にも今まで培ってきたデジタルとしてのプライドがあるから、この場で使ってくれるかは分からないぞ」

久「・・・・・・使ってくれるか、ってどういうこと?

 {北と東}に気を付けてって言うだけじゃないの?」

秀介「え? それだけでよかったのか?」

久「え?」

秀介「え?」

久「え? ちょ、何教えたの!?」

秀介「俺が昔使っ・・・・・・げふん。

 いやなに、ちょっとした公式をいくつか・・・・・・」

 

 

初美「{東}ポン! {北}ポン!」

和(えーと、捨て牌とそこから導き出される手牌、牌を鳴いたタイミング。

 それからあれとこれとそれを代入して・・・・・・うー、頭がパンクしそうです・・・・・・。

 ・・・・・・この局の上がりは・・・・・・宮守さん? でしょうか?

 役は七対子、待ち牌は・・・・・・)

塞「ロン、6700」

初美「・・・ッ!」

和(・・・・・・ホントに当たった・・・・・・。

 まさか今までの志野崎先輩の上がり全部が、こんなデジタルに染まったものだと・・・・・・?

 い、いえいえいえ、さすがにそこまでは・・・・・・そんなオカルト・・・・・・)

 

和(・・・・・・この手牌とツモの流れ、他家の捨て牌、ドラ・・・・・・。

 まだ序盤だからはっきりはしないけれど、上がれる確率は低いかもしれません)

塞(キツイ・・・・・・塞ぐのやめるか。

 役満を警戒していない清澄の方が死に近いはず・・・・・・!

 やられちゃえ! 全中王者(インターミドルチャンプ)!)

和(この局は志野崎先輩の公式に従うなら永水さんが上がる・・・・・・。

 あ、えーと、ここで鳴けば崩せるのでしょうか?)

和「ち、チーします」

絹恵(ここで鳴いた? なんでや?)

和「ノーテン」

塞「ノーテン」

絹恵「ノーテン」

初美「・・・・・・上がれず・・・・・・聴牌ですぅ・・・・・・」

和(小四喜・・・・・・部長の言っていたこともあながち嘘じゃない・・・・・・。

 それに志野崎先輩のコレは・・・・・・いえ、そんなオカルト・・・・・・オカルト・・・・・・ではないのかもしれませんね、コレは)

 

 

絹恵(薄墨最後の北家、ここさえ無事にすませば・・・・・・)

和「リーチ」

絹恵(また・・・?)

初美「{東ポン}!」

絹恵({北}が来ても捨てへんで)

初美「{北カン}!」

絹恵(暗槓もアリなん!?)

塞(塞ぐわけがない)

絹恵(し、凌ぐで・・・・・・!)

初美(小四喜聴牌! 今度こそ上がりますよー!)

 

和「ロン」

 

初美「え?」

塞「え?」

絹恵「え? な、何やその待ち・・・・・・!」

和(永水さんに聴牌が入る確率90%。

 志野崎先輩に教えて貰った公式に当てはめると、手牌から察していずれ{③}が切られる確率45%、{④}が切られる確率10%。

 予測と外れて他の牌が切られる確率は残りの45%。

 なるほど、理解はしがたいですし納得もできませんが、どうやらこれはデジタルだと認めざるを得ませんね)

初美(あ、上がれなかった・・・・・・私の小四喜・・・・・・ぐすっ)

塞(こ、この打ち回し・・・・・・志野崎さんに似てる・・・・・・!)

和(・・・・・・でも、100点棒は銜えませんからね)

 

 

副将戦、永水女子薄墨初美は役満を一度も上がれず、大将戦へ!

 

 

霞(あの人を相手にした時に強い神様使っちゃったけど、元に戻るまで自分の実力だけで打ってたのよね。

 その時の経験はきっと役に立つはず。

 それに神様の力も加えれば、この試合きっと勝てるわ)

 

豊音(少しでも勝ち進んで、皆と長く一緒にいたい。

 それに志野崎さんにもいいところ見せたいし。

 ・・・・・・彼女がいたのはちょっと残念だけどー・・・・・・)

 

咲(お姉ちゃんと戦う。

 その為に・・・・・・負けない!)ゴッ!

 

末原(・・・・・・なんや戦う前からものすっごいプレッシャーが・・・・・・めげるわ)

 

 

 

末原「よろしくお願いいたします」

霞「よろしくお願いしますね」

豊音「よろしくねっ!」

咲「よろしくお願いします」

 

 

 

霞(私が降ろした神様・・・・・・この六曜の子との相性が・・・・・・

 

 イイッ!!)

 

豊音(後半戦、出し惜しみ無しとは思ってたけど来てくれたなんてねー。

 

 全国お披露目しちゃうよー、「仏滅」!!)

 

咲「・・・・・・ツモ、嶺上開花」

 

末原(普通の麻雀させてーな)

 

 

 

勝ち残るのはどの学校か!?

 

 

 

 

 

穏乃「そういえば和は今日の試合勝ったのかな?」

憧「あー、どうなったんだろ」

灼「それ知らない方がいいんじゃ・・・・・・」

憧「そっか、もし和が負けてたりしたらうちらのモチベ下がっちゃうかもしれないしね・・・・・・」

穏乃「・・・・・・そうだね、ホテルに戻ったらちょっとのんびりテレビでも見ようよ」

憧「いや、テレビってあんた・・・・・・」

 

『勝ち抜いた長野代表の清澄高校、100点棒をタバコのように銜えるパフォーマンスが人気ですね!』

 

憧「思ってた通り麻雀番組やってるし・・・・・・酷いネタバレを見た。

 やっぱ志野崎さんの指導を直接受けてれば強いか」

穏乃「・・・・・・」

憧「・・・・・・しず、真似しようとか考えてないよね?」

穏乃「え!? か、考えてるわけないじゃん! あはははは!」

 

 

 

煌「みなさんおそろいですね! すばr・・・・・・新道寺の花田です」

怜(なんで自己紹介したねん)

玄(・・・・・・な、何故このタイミングで自己紹介を?)

煌(また私の名前が「すばら」だと思われたら嫌ですからねぇ・・・・・・)

照(この間叩き潰したのに様子が変わらない・・・・・・心が強いようね、花田(すばら)さん)

 

 

怜(たった4巡目で・・・・・・!?)

照「ツモ、6200オール」

怜(想像以上やこの人・・・・・・せやけど・・・・・・あの人みたいに、未来が変わる訳やあらへん!

 1巡先であかんかったら2巡先まで読んだる!)

玄(う、打ち方をちょっとでも変えて・・・・・・チャンピオンにプレッシャーを!)

照(・・・・・・いつもと何か空気が違う・・・・・・。

 ・・・・・・ちょうどいい、彼と戦えなくて最近溜まってたストレス、ここで発散させてもらう)

 

 

怜(2巡先まで読んどってもきつい・・・・・・さすがチャンピオンや。

 ・・・・・・今なら1回くらい耐えられるかもしれへん・・・・・・。

 

 トリプル! 3巡先へ! ここや!)

 

煌「またポン!」

怜「ツモ! 2300・4200!」

 

 

照(・・・・・・思ったほど稼げていない・・・・・・厄介。

 ・・・・・・でも!)

煌(ま、またですか!)

照「ツモ、4100オール」

怜(みんなゴメン、もう一段無理させてもらうわ・・・・・・!)

 

四巡先(クワトロ)!!

 

怜(くっ・・・・・・さすがにきっつい・・・・・・!

 けど・・・・・・まだや! まだやられはせんよ! クワトロだけになぁ)フフッ

照(・・・・・・っ、この状況で笑顔?

 リーチをかけたのはミスだった・・・・・・?

 でも私は能力の制約上、こう打たざるを得ない・・・・・・)

玄「ロン、16600です!」

照(・・・・・・絡めとられた)

 

 

 

穏乃「な、何でここにいるんだ!?」

憧「和・・・・・・!」

玄「うわわ・・・・・・」

和「穏乃、憧、玄さん・・・・・・お久しぶりです」

穏乃「和、お前・・・・・・」

和「ああ、観戦に来たのですが観客席が立ち見だったもので・・・・・・」

穏乃「・・・・・・おっぱいおっきくなったな」

和「何で第一声がそれなんですか」

玄「ホントに見事なおもち・・・・・・志野崎さんが言った通り・・・・・・」ワキワキ

和「ちょっと待ってくださいあの人とどういう知り合いなんですか何を話したんですかあの人ただじゃおかない詳しい説明を要求します」

 

 

 

泉(弘世菫が狙うとしたら新道寺やんな)

菫「ロン」ドシュッ

泉(はっ!? こっちかい!)

 

宥(赤土先生が教えてくれた通りなら・・・・・・指が動いた!

 次のターゲットは・・・・・・私だ! かわす!)

 

宥「ロン」

菫(何!? こっちの狙いがかわされた上に振り込むなんて・・・・・・。

 くっ、あの男の事を思い出してしまう!

 あれから普段の打ち方をチーム虎姫総出で確認したが癖らしいものは見つからなかった・・・・・・。

 だがこうも続くと・・・・・・やはり私に何か癖があるのか?)

 

 

照「・・・・・・やっぱり、菫に癖があるのかな?

 もう一度全部調べてみよう」

亦野「・・・・・・そうですね」

照(・・・・・・菫達の話を聞く限り、志野崎秀介と言う人は菫の狙いを回避していた。

 初対面の男に見破れて、普段から打っている私に見破れないはずがない・・・・・・!

 何か・・・・・・何か癖があるはず・・・・・・間に合うかな・・・・・・)

 

 

菫(もう一度、射掛けてみる!)

宥(・・・・・・また私狙い・・・・・・ふぅ・・・・・・)

菫(っ! またかわされた!)

 

宥「・・・・・・()()、ですね」

 

安河内「え?」

泉(・・・・・・そりゃ夏にその恰好は暑いやろ・・・・・・)

菫(・・・・・・な、なんだ、この気迫・・・・・・ッ!)

 

 

玄「あ、嘘、おねーちゃんが・・・・・・」

穏乃「まさか! 宥さんが!」

憧「・・・・・・マフラーとコートを、脱ぎ捨てた!?」

 

 

宥「・・・・・・私はもう、寒くない」

 

 

安河内(阿知賀の人、怖かぁ・・・・・・!)

菫(くっ、強い!

 だがこちらも最強校としてのプライドがある、ナメられたままってのも癪だ!)

泉(なんやこれ・・・・・・全然上がれへん!

 それどころか・・・・・・こ、この人たちから上がれる気がしーひん!)

 

 

照「・・・・・・あ」

淡「テル、どうかした? 癖見つかったの?」

照「・・・・・・菫が狙い打とうとした局の初めに、右手の指がピクッてなってる、拡大しないと見えないけど・・・・・・」

亦野「まさか・・・・・・そんな些細なのが癖!?」

尭深「・・・・・・でもそれだけじゃ、自分が狙われているかどうか分からないはず・・・・・・」

照「・・・・・・他にも何かあるんだと思うけど・・・・・・見つからない。

 とりあえずこれだけでも菫に伝えておこう」

 

 

泉(最速で上がりに向かってんのに・・・・・・聴牌すらできひん!)

安河内(なんとかまた細かい上がりでつないでいかんと・・・・・・)

宥「・・・・・・ふぅ・・・・・・」

菫(さっきの休憩で右手の指を動かす癖があると照に指摘されたが・・・・・・それだけでは私が誰を狙うか分からないはず。

 一体阿知賀の松実宥は何を見ているというのだ・・・・・・)

宥(・・・・・・また指が動いた、狙ってるのは・・・・・・新道寺さんだ)

菫「ロン」

安河内「・・・・・・っ!」

菫(・・・・・・今の上がりも、何かを見抜かれているというのか?

 ならもう一度、阿知賀狙い・・・・・・!)

宥(・・・・・・私狙い、かわさないと)

菫(・・・・・・ん? なんだ今の、何か違和感が・・・・・・)

宥「ツモです」

菫(も、もう一度、今度は千里山狙い・・・・・・)

泉(もう堪忍してや! 点棒が残っとっても私のライフはとっくに0やで!)

菫(そして再び阿知賀を・・・・・・)

宥(千里山の人狙い・・・・・・そしてまた私・・・・・・)

菫(!! これか! 違和感の正体は!

 私の癖を読んでいるであろう阿知賀とだけ目が合った!

 そうだ、思い返せばあの志野崎と言う男とも何度か目が合った・・・・・・。

 そうか、目が合ったということは、私が相手を狙っていることを向こうも観察していたということか!

 そうと分かれば次の局で・・・・・・!)

 

菫「阿知賀、ロンだ!」

宥「えっ!?」

 

穏乃「宥さんが振り込んだ!?」

晴絵「まさか! 今の局は視線が新道寺の方を向いたはずだ!

 試合中に自分の弱点に気付いて修正したってこと!?」

 

宥(癖は赤土先生の指摘通り、今のは新道寺の人を狙ったはずなのに・・・・・・!)

菫(くっ、おしいな、もう少し早く気付ければ・・・・・・!)

 

 

憧「宥姉、どうしたの?」

宥「・・・・・・なんか、試合終ったら急に寒くなって」カタカタ

憧「試合終ったら元通りか・・・・・・まぁ、何か安心した。

 頑張った宥姉をあっためてあげるよ」

宥「あ、ありがと」ギュッ

 

 

 

憧(この前半戦は江口セーラにも連荘を許してない、上手く流せてるわ。

 もしかしたら協力してくれてるのかもしれないけど・・・・・・)

セーラ(上がれるなら極力上がりたいけど・・・・・・渋谷尭深がおるし無茶はせーへんよ)

憧(前半戦のスロットは7、さすがにこれじゃ役満まで持って行けないでしょ)

 

憧「ツモ!」

尭深(上がれなかった・・・・・・後半戦には巻き返さないと・・・・・・)

 

 

晴絵「流局と連荘が多いと、渋谷尭深にはオーラスに入る有効牌が増える」

穏乃「じゃあ、連荘しなかったり、流局時に親が聴牌してなければいいんだね!」

憧「そ、対策自体は簡単でしょ?」

 

 

セーラ「よっしゃ、出親いただきや」

憧(渋谷尭深を抑えてても、江口セーラに初っ端から親で連荘されたらかなわない、速攻で流す!)

 

晴絵「な、出親が江口セーラ!?」

灼「え、ハルちゃんどうしたの?」

晴絵「・・・・・・まずいかもしれない」

 

照「・・・・・・ラス親が・・・・・・」

菫「尭深か、勝ったな」

淡「ああ」フッ

亦野(なんだろう、淡のあのゲンドウ的なポーズは・・・・・・)

 

 

憧(南四局(オーラス)、渋谷尭深の配牌・・・・・・ガチやばい!

 しかも親番だし、上がられたらダメージ大きい!)

 

淡「いつもは有効牌が多い国士無双狙うのに、今回は大三元だね」

菫(鳴きにも対応できる役満に狙いを変えたか・・・・・・。

 あの男に一度崩されたのがトラウマになっていないかと心配していたが、克服は出来なかったみたいだな・・・・・・)

 

羊「リーチ」

尭深「ポン」

憧(ふきゅっ!

 渋谷尭深に上がられるのも江口セーラに上がられるのも困る・・・・・・。

 できれば私自身が上がりたいけど、無理は出来ない!)

 

憧「チー!」

セーラ(ふはっ、また鳴いてずらすか)

憧(できれば新道寺さんに上がって貰いたいけど・・・・・・)

 

尭深「・・・・・・ツモ、16000オール」

羊「うぐぅ・・・・・・!」

憧(やっぱダメだったか・・・・・・ん? あれ? 親で連荘・・・・・・ってことは!?)

セーラ(さて、俺の心配が的中するかどうか)

 

尭深(・・・・・・収穫の時(ハーベストタイム))

 

晴絵「やっぱり! また配牌に役満手が入ってる!」

 

尭深「ポン」

セーラ(まずいで、今回も上がられたらもう追いつけんくらいに突き放される!)

羊「負けじとリーチ!」

尭深(聴牌・・・・・・これでこの局も貰います)

セーラ(く、追いつけん!)

羊(多面待ちだから上がり牌を早くー!)

 

憧(・・・・・・!? 何この牌、なんか・・・・・・引きたくない?)

 

憧「・・・・・・失礼、チーします」

 

セーラ(・・・・・・?)

尭深(・・・・・・不要牌)

羊「ロン」

尭深(!! つかまされた・・・・・・!?)

 

憧(不思議な感覚だったな・・・・・・。

 ひょっとしたら私があの牌をツモって抱え込んでいたら、誰かが手を崩さない限り新道寺さんの上がり目は0になってたりして・・・・・・まさかね)

セーラ「よっ、最後はええ鳴きしたやん。

 またその内打とうや!」ガシッ

憧「ちょ! やめてよ!」

セーラ「えー、参加校同士の美しいスキンシップやんか・・・・・・」

羊(なんもかも政府のせい・・・・・・)

 

 

 

哩(2位を捲らんとな。

 その中で白糸台も削っとかんと、姫子が追いつけんくなる・・・・・・ッ!?)

 

警備「そこ、関係者以外は立ち入り禁止だ」

「ああ、失礼、すぐに行きますよ」

 

哩(あの後姿・・・・・・! あんときの男か!)

 

秀介「・・・・・・」

 

哩(・・・・・・こりゃぁ・・・・・・下手な麻雀見せられなかいな)

 

 

久「どこ行ってたのよシュウ、折角見に来たのに私を放っておいて」

秀介「飲み物を買いに行ってただけさ、ほら」

久「別によかったのに・・・・・・でもありがと」

 

秀介(さて、白水哩。

 「能力」においては知らんが、「麻雀」においてはお前の方が宮永照よりもいくらか強いと思ってるぞ。

 どんな試合運びをするか見せて貰おうか)

 

 

 

亦野「ポン、ポン、ポン、ツモ!」

哩(まずは1上がりか)

灼(親っかぶり、キツ・・・・・・)

 

船Q「ロン、2000」

亦野(ポンの余剰牌を狙われた・・・・・・?

 ・・・・・・リードはあるんだ、無理はしないで行こう)

 

哩(普段の相手ない3900辺り連発すっだけで楽勝やった。

 ばってんこの点差ば考ゆっきそいばっかじゃおられん。

 そいにそんな麻雀・・・・・・あん男に見せられん!

 

 東三局0本場・・・・・・無茶は承知・・・・・・。

 

 こん試合ばよか配牌なん全て満貫以上の縛りで行く!

 

 リザベーション! 4翻(フォー)!)

 

姫子「・・・ッ!」ビビクン

 

哩(東四局、この親番も稼ぐ!)

 

姫子(部長、さっきから凄い攻めてる・・・・・・!)ビビクン

 

哩「リーチ」

船Q(リーチ?)

亦野(さっきからよく攻めてくる・・・・・・迂闊に動けない)

哩「ツモ、4000オール」

 

亦野「ポン!」

哩(釣り人さん、あなたが上家でよかった。

 また先制できる!)

 

哩「リーチ!」

亦野(鳴ける・・・・・・けど先制を取られたなら無理は出来ない、ここは安牌として使わせてもらおう)

船Q(二鳴きからでも降りるんか、思ったより慎重やな)

灼「追っかけ、リーチ」

船Q(二人リーチ・・・・・・まぁ、振り込み合ってくださいとしか)

亦野(降り降り・・・・・・)

灼「ツモ! 3100・6100!」

船Q(やっぱそういうやつか。

 グリークチャーチ!)

 

 

淡「亦野先輩、ずいぶん慎重になってますね」

菫(・・・・・・あの男にずいぶん狙い撃ちされてたからな)

照「失点が減るのはいい。

 その代わりリズムを崩してないといいけど・・・・・・」

尭深「・・・・・・練習してたし、見守りましょう・・・・・・」

 

哩「ツモ、裏一つで3000・6000」

船Q(さっきから上がりすぎやろ、福岡の。

 しかも打点が高い!)

哩(まだまだ、貪欲にキーば稼ぐ)

 

姫子(部長・・・・・・無理ばせんとってくださいよ・・・・・・)ビクン

 

亦野「ポン、ポン!」

船Q(お、スジひっかけ・・・・・・親やしとりあえず、リーチしとこか)

亦野(ぐ、来た! 三鳴き出来れば突っ込んだけど・・・・・・二鳴きから無理は出来ない、降りる!

 あれだけ降り打ちの練習もしたんだ、少ない手牌からでもかわし切る!)

船Q(む、そろそろ出てきそうなもんやけど・・・・・・あの手牌から降りたんか、白糸台)

哩(亦野は降り気味、聞いてたより攻めっ気がなか。

 ・・・・・・いや、ギリギリまで攻めてから回避に回ゆあん姿勢は十分攻撃的。

 親リー相手じゃけん、普通ば降りも考ゆところ。

 ばってんそんな麻雀見せられんとよ!

 それにこれは、姫子との二人の上がりになるとやけん!)

 

姫子(ぶ、部長! またですか!?)ビビクン

 

船Q(追ってきた・・・・・・まだ稼ぎ足りひんのかこの人は)

亦野(リーチ二軒! やっぱり攻めなんて考えてる場合じゃない、降り降り!)

船Q(上がり牌が出て来ん・・・・・・見誤ったか!)

哩「ツモ!」

船Q(ぐぅー、点棒持ってかれた!)

 

灼「リーチ」

船Q(阿知賀がリーチ・・・・・・とりあえず阻止せんとな)

亦野(鷺森灼には筒子以外通るはず・・・・・・)

灼「ロン! 8000!」

哩(な、{八九}待ち!?)

亦野(なんだそりゃ!?)

船Q(スタイル変えて・・・・・・いや、混ぜてきよったんか!

 やっかいな、良形ならそのままツモ狙っとけよ!)

亦野(攻めが少ないとは言え直撃も多くは無いはず。

 なのにここまで追い上げられるなんて!)

 

哩(それなりに稼いできたばってんまだまだ足りん。

 ここに来てこん配牌!

 

 麻雀の役は最大でも数え役満の13翻、つまり7翻(セブン)までしか縛る意味は無か。

 

 じゃけんこいは・・・・・・不撤退の意思!

 

 こん手はリーヅモ面前混一白赤までいかる!

 そいに裏一つでも乗らば・・・・・・

 

 リザベーション!

 

 8翻(エイト)!!)

 

姫子(ひにゃぁんっ!!)ビクンビクン

 

哩「ツモォ!!」

 

亦野(ば、倍満!?

 もし鶴田姫子がこの倍の上がりでくるとしたら・・・・・・数え役満!!)

 

姫子(部長・・・・・・ほんにやるなんて、すごかぁ!

 翻数的には意味ん無かばってん、部長の意思引き継ぎますよ!

 16翻キー、ゲット!)

 

哩(オーラス、ここでも上がっておきたいが・・・・・・!)

船Q(そうはいくかい)

灼(さっきの局で引き離されちゃったけど、負けない!

 リーチを掛けて少しでも差を詰めておく!)

亦野(降り降り・・・・・・)

 

灼「ツモ! 1300・2600!」

 

 

哩(稼げはしたけん白糸台まではまだ差があるか・・・・・・)

船Q(うちが最下位やなんて・・・・・・。

 データよりも全員成長しとったし・・・・・・皆に合わせる顔がないなぁ・・・・・・)

灼(追いつけなかったけど、差は詰めた。

 後は大将に任せる)

亦野(守り通した・・・・・・けど失点が大きい。

 くそ、あんな攻め方じゃチーム虎姫の名折れもいいところだ。

 決勝までには改善しないと!)

 

 

哩「姫子、後は任せた」

姫子「はい、部長がキーを全部倍満以上で稼いでくれましたけん、負けられませんよ」

 

船Q(部長、後は頼みます)

竜華(怜、見ててや・・・・・・)

 

灼「あとはよろしく、阿知賀の大将」

穏乃「はい、精一杯やってきます!」

 

淡「ハンデ付け、お疲れ様でーす」

亦野「相変わらず容赦ないな。

 頼むから勝ってくれ」

 

淡「フフフ、

 

 私に負けはありえませんよ」ゴォォ

 

 

 

姫子「よろしくお願いします」

竜華「よろしくお願いします」

穏乃「よろしくお願いします」

淡「よろしくお願いしまーす」

 

 

 

姫子(おいでませ、三度目の倍満キー!)

 

怜(怜ちゃんの膝枕パワー、全開やでー!)

 

淡(やっちゃってもいいよねっ!)

 

 

穏乃(うん、視界良好!

 

 見てて、みんな。

 

 志野崎さん、先生も)

 

 

 

 

 

ダイジェストはここで途切れている

 

 

かゆ

うま

 

 




え? ダイジェストじゃなくてちゃんと書け?
さすがに収拾つかなくなるしおんなじことの繰り返しだし、何より話が掘り下げられてないしまとまらんし思いつかんし(
まともに書いたらこれらの話は・・・・・・グダる(かくしん
あと長い、多分次の咲アニメが始まるくらいまでかかるね!
逆にそこまで続けてたら「咲アニメが再開するまで皆のモチベーションをつないだ二次創作」とかで有名・・・・・・無理だな(
中途半端なところで「もう無理!エタる!」ってなるより、こうしてバッサリ終わりにします。

死神は明らかに生きてるままのルートも考えてたんですけどね。
その場合は天使から死神の姿に戻って、別れ際に飛びついて抱きついてキスをしておいて、恥ずかしくて照れ隠しで秀介の魂を殴り帰す感じで。
でもそうすると巫女さん達と出会った時に秀介が能力を手放す方向に思考が流れるかもなーと思ったり、秀介のファーストキスの相手が久ちゃんじゃないよ!とか思ったので(
あ、温泉でこっそり久が寝ている(振りをしていた)秀介にキスしておけばよかったのか!

次回はダイジェストの中に書いてある通りに。
あ、ダイジェストじゃなくて年表だ(


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姉帯豊音その3 誘拐と迎え

豊音さんを攫った直後辺りのところは、ダイジェストじゃなくて少しちゃんと書こうと思ったもので。

ところでもう7月じゃないですか。
このサイトが出来てからもうじき2周年かー。
この小説ももうじき2周年。
まぁ、その前に終わりますけどね。



まだ全国大会の最中(さなか)、場所は麻雀全国大会の会場。

その試合を制した清澄は帰り支度を整えて宿泊施設まで戻ろうとしていた。

「今日の試合は頑張ったな」とか「夕食は何にしましょうか」などと話しながら歩いていると、不意に秀介が立ち止ったのだ。

 

「どうしたの? シュウ」

 

声を掛ける久。

秀介は携帯を取り出して何やら操作している。

 

「・・・・・・ん、ちょっと先に戻っててくれ。

 靖子姉さんのところに行ってくる」

 

試合が終わったこの時間、既に日は暮れている。

にもかかわらずわざわざ呼び出しとはどういうことだろうか。

「カツ丼さんが?」「何の用じゃろ?」と一同が声を上げる中、久はスッと自身の携帯を取り出した。

 

「・・・・・・断りの電話入れるわね」

「いや、待てって」

 

それを止めさせ、秀介は宥めるように久に言う。

 

「すぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待っててくれ、久」

「で、でも! ヤスコの事だからシュウに何をするか!

 私もついていくわ!」

「ついてきて大丈夫な用事ならわざわざ俺だけを呼び出したりしないだろ。

 先に部屋に行って休憩しててくれよ、久。

 夕食の時に合流するから」

「・・・・・・シュウがそう言うなら・・・・・・。

 でも、何かされそうになったらすぐに言うのよ!?」

 

男女の立場が逆だなーと考えながら秀介は久を宥め、彼らと別れて元来た道を戻りだした。

まこを始めとする清澄メンバーも「何にも無いから安心しましょうよ」と宥めつつ宿泊施設に戻る。

そしてそこに。

 

「やぁ、ようやく来たか」

 

靖子は待ち構えていた。

唖然と立ち止まる清澄一同。

 

「・・・・・・なんだその顔は、一応「おめでとう」と言いに来てやったというのに」

 

少し頬を膨らませながらそう言う靖子。

それに対し、一歩前に歩み出ながら返事をしたのは久だった。

 

「・・・・・・ヤスコ、さっきシュウを呼び出したんじゃないの?」

「呼び出し? そんなことしてないぞ」

 

靖子の言葉にざわめきが上がる。

 

「志野崎先輩、藤田プロに呼び出されたって言ってましたよね?」

「名を騙った、っていうのはメールじゃありえんじゃろし」

 

どういうことかと話し合う中、優希がポンと手を叩く。

 

「きっと私達の知らない、他の女のところに行ったんだじぇ」

「・・・・・・あー、藤田プロのところに行くって嘘をついて?」

 

まこの言葉に頷く優希。

その言葉に、「これだけいちゃいちゃしてる部長がいるのにありえない」という意見と「いや、案外どこかで仲良くなった女の子がいるのかも」という意見とに別れた。

 

「いやいや、何を言ってるんだお前達」

 

靖子がそう言って彼女らの言い合いを止めさせる。

そんな過激な言葉を久の耳に入れたらきっと怒るだろうと言うのが分からないのか、と。

 

そしてその当人、久は無言のまま

 

ポロポロと涙を流し始めた。

 

「え、ちょ、久!?」

 

慌てて駆け寄る靖子。

久は涙をぬぐうようなしぐさも見せず、言葉を紡ぎだした。

 

「・・・・・・そ、そりゃぁ、シュウは恰好いいし優しいし気が利くし麻雀が強いし、もてても不思議じゃないけど。

 わ、私より可愛い女の子だって、全国にはいるだろうし、しゅ、シュウの気を引く、子がいても、ふ、不思議、じゃない、けど。

 で、でも、シュウは・・・・・・シュウは私だけって、い、言ってくれた・・・・・・のに・・・・・・!」

 

「お、落ち着け久! 違う! そんなことは無いから!

 あいつに限ってそんなことは無いから!」

「そ、そうですよ! いつもあんなにいちゃいちゃしてて片時も離れなかったんですから、他の女の子なんているわけないですよ!」

「そ、そうです!

 優希! 部長を不安にさせるようなことを言ってどうするんですか!」

「え、私が悪いのか? べつに可能性の一つとしt・・・」

「いいですから!」

「ご、ごめんなさいだじぇ、部長」

 

何とか一同で必死に宥め、泣き止ませることには成功した。

しかしそうなるとやはり、秀介が誰に会いにどこへ行ったのかという疑問がどうしても湧き上がる。

 

「わ、私! シュウを探してくるわ!」

「あ、ちょ、待・・・・・・」

 

呼び止めようとした時には既に久の姿は無く、遠ざかっていく足音だけが聞こえていた。

 

「・・・・・・わ、私達も追う?」

「・・・・・・い、一応その方がいいのでしょうか」

 

 

 

 

 

そんな騒ぎがあったとはつゆ知らず、秀介が向かったのは麻雀大会が行われた施設のすぐ近く、予めメールで約束していた目印の場所。

靖子に呼び出されたということにしておいて他の女の子と会うという点では間違ってはいない。

 

「こんばんは、お久しぶりだねー、志野崎さん」

「ああ、久しぶり」

 

姉帯豊音と志野崎秀介はそこで再会を果たしていた。

大会中にも遭遇していなかったので、こうして直接会うのは岩手で別れて以来である。

とは言っても2ヶ月も経っていないし、メールで頻繁にやり取りはしていたので懐かしいというほどではない。

その過程で豊音も敬語を使うのは止めたし、秀介も豊音の事を呼び捨てにするようになっていた。

 

「負けちゃったよ、清澄強かったなー・・・・・・」

 

小さくそう零す豊音。

チーム一丸となって精一杯戦った、それでも彼女達は秀介が所属する清澄に負けてしまったのだ。

 

「いや、そちらもあれから成長したんだなというのは見ていて伝わったよ」

「んー、なんとなく上から目線に感じるんだけど、気のせいかな?」

「別に、「俺が指導するチームには勝てなかったようだな」とか言ってないだろう?」

「半分言ったようなもんだよー」

 

笑顔のまま、しかし少しだけ悔しそうにしながら豊音はそう言う。

だがあくまでも平等な麻雀という舞台での試合結果だ、そこにうだうだと文句を言うつもりはない。

すぐに豊音も秀介も笑顔になって話を続けていた。

 

やがて話題が一段落ついたところで、豊音が話を切り出す。

 

「あ、それで、わざわざ呼び出して何の用かな?

 えっと、私も会いたくないってわけじゃなくて・・・・・・ただ志野崎さん彼女いるらしいのに、何かなーって・・・・・・」

 

少しもじもじしながらそう言う。

試合中に胡桃を通して久の発言を聞いていた豊音。

あれだけ親しくしてくれたしメールでのやりとりもしているので、()()()()期待が全くなかったわけでは無かっただけに少しだけ残念だったわけだ。

本当に少しだけだからね、と誰に言うでもなく一人心の中で言い訳する豊音に対し、秀介は小さく一息つく。

 

同時に、それまでそこにあった笑顔は消え、まじめな表情に変わっていた。

 

そして告げる。

 

「・・・・・・豊音、君を攫いに来た」

 

「!?」

 

豊音は驚いた表情でその一言を受け止めていた。

 

その言葉に、彼女は聞き覚えがあったから。

 

 

 

「豊音、あんたこの村をどう思う?」

 

それは彼女がまだ幼かった頃の思い出。

うつぶせで横になり、正座した祖母の膝に甘えるように寄り掛かっていた豊音にかけられた言葉だった。

 

「え? うーん・・・・・・」

 

豊音は少しばかり考える。

彼女は村の人達からよくしてもらっていたし、村長一族もまだ子供の豊音に対して優しく接してくれていた。

この村と姉帯家の事について既に聞かされていたということを差し引いても、豊音の理性としてはこの村を嫌いだとは思っていなかった。

昔の事は昔の事、今の自分には良くしてくれているわけだし豊音本人としてみればそれほど嫌いな理由にはならない。

だがそれでも、本能のどこかで嫌悪感がわずかにあるのかもしれない。

 

「きらいじゃないけどー」

 

だからまだ子供なのにもかかわらず、豊音は祖母の言葉にそんな返事をしたのだった。

祖母は豊音の頭を撫でながら言葉を続けた。

 

「・・・・・・もしこの村からあんたを攫ってくれる人が現れたら・・・・・・全てを捨ててついていきなさい」

「え?」

 

その一言の意味が分からずに、豊音はキョトンと首を傾げる。

その様子を祖母は愛おしそうに眺めながら小さく首を横に振った。

 

「・・・・・・ううん、何でもないわ・・・・・・けほっ・・・・・・」

 

笑顔で告げた言葉にわずかに咳が混じる。

 

「おばあちゃん、くるしいの? だいじょうぶ?」

「だいじょうぶよ・・・・・・」

 

祖母はそれ以降その話題をすることは無く、ただ豊音の頭を撫でていた。

豊音はそれを不思議に思いながらも、横になったまま優しくしてくれる祖母に甘え続けるのだった。

 

 

 

きっとこの人の事だ。

理由は無いが、豊音の直感がそう告げていた。

だから豊音は「いきなり言われても何事かと思うだろう」と説明をしようとしていた秀介に対して小さく首を横に振り、その場で返事をしたのだった。

 

「・・・・・・はい、ついていきます」

 

 

 

 

 

それから数日後、団体戦の優勝校も決定し、個人戦も終了して表彰式も終わると、この年の全国高校生麻雀大会は終了を迎える。

宮守メンバーはその間に永水女子のメンバーと共に海へと遊びに出掛け存分に楽しんでいた。

もちろん遊んでばかりではなく個人戦の応援と見学もして、大会が終わるまで麻雀尽くしではあったわけだが。

 

そうして大会も終わり、共に遊んだ永水やしばらくの滞在で世話になった宿泊施設の従業員や周辺のお店に挨拶をして、ついでに一度解散してお土産なんかも買い揃えて彼女達は帰路に付く。

だが、帰りの新幹線を待つ彼女達の表情は思わしくない。

少しイライラした様子の胡桃と塞。

普段からダルそうにしている白望すらが何度か時計に視線を送っている。

無理もない、集合しようと言っていた時間を過ぎてもその場に豊音が現れないのだから。

エイスリンも不安そうにおろおろしているし、熊倉は険しい表情で黙っているのみ。

 

「・・・・・・トヨネどうしたんだろう? 迷子かな?」

「それにしても、誰かに聞けばすぐに来れるだろうし。

 そうでなくてもあれだけ目立つトヨネがおろおろしてたら、絶対誰かしらの目に留まるでしょ」

 

胡桃と塞がそう言いながらまた険しい表情に戻る。

その内来るだろうからと保留にしていたが、そろそろ何もしないという訳にもいかない。

 

「・・・・・・連絡してみる」

 

白望がそう言って携帯を取り出す。

彼女が自分から動くというのも珍しい。

5回ほどコールした後、ようやく豊音に繋がった。

 

「・・・・・・トヨネ?」

『・・・・・・シロ・・・・・・』

 

電話越しに聞こえる声に、どこかほっとした表情で白望は言葉を続ける。

 

「どうしたの? 早く戻って来ないと新幹線に間に合わないよ?」

 

迷子なら迎えに行くよ?と続けようとしたのだが、その直前に豊音によって遮られる。

 

『ごめん』

 

その一言で白望の表情が少しばかり険しくなった。

もちろん電話越しにそれは見えていないはずだが、豊音は心底申し訳なさそうに言葉を続ける。

 

『・・・・・・シロ、私しばらく戻れない・・・・・・』

「・・・・・・どういうこと?」

『皆によろしくお願いできるかな』

 

問い質してもお願いだけで返事をしてくれない。

白望の表情が一層険しくなる。

が、それと同時にひょいっと電話機が取り上げられた。

そちらに目を向けると、そこには話の続きをする熊倉の姿が。

 

「豊音、あんた・・・・・・志野崎君の所かい?」

 

熊倉としてはほんのわずかな可能性、だが彼と会話した時に抱いた消し去れない不安からその一言をぶつけてみた。

 

『え!? な、なんでそ・・・・・・あ、えっと、違いますよ!』

 

その反応、間違いなさそうだ。

 

『と、ともかくごめんなさい熊倉先生!

 学校にもよろしくお願いします!

 心配はしないでくださいね?』

 

それからそんな感じの言葉を一言二言続けた後、豊音は一方的に電話を切ってしまった。

小さくため息をつくと熊倉は通話を切り、白望に電話を返しながら言う。

 

「・・・・・・あんたたちは先に帰ってなさい。

 私はあの子を探してくるわ」

 

熊倉はそう言うともう振り返ることはせず、自分の分の荷物をまとめて持つと去っていってしまった。

 

「え、えっと、一体何が・・・・・・?」

 

残されたメンバーはお互いに顔を見合わせることしかできなかった。

 

 

 

一方のこちらは清澄メンバー。

同じく帰りの新幹線を待っている最中だ。

改札前で一人トイレに行くと言って離れた秀介を待っている状態。

「またどこかの女に会いに・・・・・・」と茶化そうとした優希は咲や和によって黙らされていたが、それが無くても久はどこか不安そうだった。

 

あの日、靖子に呼び出されたと言って出ていった秀介。

戻って来た時に問い詰めても「嘘をついたのは本当に悪かった。ただどうしても大切な用事があったんだ」と言うだけで、その内容は教えてくれなかった。

 

(・・・・・・本当にどこかの女の子・・・・・・ううん、シュウに限ってそんなわけが・・・・・・)

 

久は必死に自分に言い聞かせる。

そう、秀介が自分にすら秘密にしたいことなのだ、変に詮索してもよくない。

不安は不安だが、地元に帰れば埋め合わせとして色々自分が喜ぶことをしてくれるに違いない。

秀介はそういう男なのだ。

だから不安になるのはこれで終わり、と久は自分に言い聞かせる。

 

「悪い、待たせたな」

 

秀介の声が聞こえた、どうやら戻ってきたらしい。

久はとりあえず不安を飲み込み、笑顔を作ると秀介を迎えることにしたのだ。

 

「遅かったじゃない、シュウ」

 

 

視線の先には秀介と、彼の後を不安そうについてくる女性の姿があった。

 

久は凍り付いた。

 

 

「あれ? 確か宮守女子の・・・・・・」

 

一番に気付いたのは直接対戦した咲だ。

豊音も「こ、こんばんはー・・・・・・」と挨拶を交わす。

が、だからどうだと言うのだ。

何故秀介が彼女を連れて居るのか、事情が全く理解できない。

 

「・・・・・・シュウ、どういうことか説明して貰えるのかしら?」

 

誰よりも気が気で無さそうな久だが、溢れ出そうな感情を飲み込んでその一言をぶつけてみる。

秀介は申し訳なさそうに頷き、返事をした。

 

「とりあえず長野について解散したらな」

 

 

 

 

 

そうして清澄メンバーは豊音を連れて長野へと戻る。

豊音の交通費は岩手までの分をキャンセルして払い戻し、その分を利用した。

不可能なら秀介がその分を払う予定だったが、駅員に突っ込んだ事情を聞かれずに対応して貰えたのは幸いだ。

道中豊音は持ち前の人当たりの良さや直接対決した咲の計らいもあって、打ち解けた会話を繰り広げていた。

だが秀介及び豊音のそれまでの態度を考えて、何故一緒に来ているのかという突っ込んだ会話だけはされなかった。

 

やがて駅に到着、一同と別れて秀介と久は豊音を連れて家へと向かう。

秀介は「家に着いたら話すから」というだけで説明をしてくれなかったので、久も突っ込んだ質問をできず、なんとなく豊音に邪険な視線を向けることしかできない。

豊音は豊音でそんな視線にさらされてどうすればいいのかとおろおろするのみだ。

 

そして秀介の自宅に到着する。

出迎えた両親は何も聞かず、「やぁ、君が秀介が言っていた・・・・・・」と挨拶するのみなのでどうやら両親への説明は済んでいる模様。

 

「とりあえず俺の部屋に来てくれ、久も豊音も」

「あ、うん」

「あ、はい・・・・・・」

 

秀介に連れられて二人は秀介の部屋へと入る。

久は割と来慣れているが、豊音はそもそも異性の自宅に上がること自体が初めて。

その上さらに部屋にまでとなると中々緊張が隠せない。

 

「さて」

 

床に座り込む二人、その正面に秀介も座り込む。

荷物も置いてお茶を振る舞ったところで秀介は漸く口を開いた。

 

「事情説明をするのは中々長い話になるんだが、一言で纏めるとだな」

 

そこで一度区切りをつけ、秀介は二人に視線を向け直すと言葉を続ける。

 

「豊音を家で預かる。

 親は大会前から既に説得済みだ」

「・・・・・・」

 

久の表情が険しくなる。

一方の豊音も「え、わ、私、志野崎さんの所に泊まるの?」と意外そうに慌てふためいていた。

 

「まぁ、靖子姉さんを説得するって言うのも手なんだけどねぇ」

 

それはそれで巻き込む人が増えて手間になる。

やれやれとため息をつく秀介に対し、バンッと床を叩くと久が立ち上がった。

 

「ゆ、許さないわよそんなこと!

 女の子を家に泊めるなんて! そんな・・・・・・そんなこと!」

 

そして感情に任せ言葉を続ける。

 

「それだったら! 私もシュウの所に泊まるわ!」

 

その一言に「んー」と首を傾げる秀介。

てっきり「私の家で預かるわ! 女の子同士だし!」とか言い出すかと思いきや、自分も家に来ると言い出すとは。

慌てふためいていた豊音はその状況についていけていない様子だったが、ともかくこの二人の世話になるんだなーと言うことは察したらしく。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

と小さく挨拶をするのだった。

 

 

 

「それで? 詳しい事情を教えて貰おうじゃないの」

 

怒った表情のまま久は秀介に事情説明を求めた。

当然のことではある。

豊音の方も久の言葉に頷いた。

 

「わ、私も知りたいよ。

 志野崎さんがどうして私の村の事を知ってるの?」

 

「私の村?」と一瞬豊音の方に視線を向ける久だったが、どうやらこの様子では豊音の方にもろくな事情説明をしていないらしいと察する。

それでよくついて来たなとも思ったが、ともかく秀介は二人が揃っているこの状況で事情説明をするつもりがあったのだろう。

二人の言葉に頷くと秀介は重苦しそうに口を開いた。

何度か息を整えているところから察するに、彼自身もその事情説明に緊張をしているらしい。

 

「久、豊音、真面目に聞いてほしい」

 

意を決したように、秀介は言葉を続ける。

 

 

「俺には、前世の記憶があるんだ」

 

 

「えっ!?」

 

突然の言葉に豊音は息を呑む。

 

「シュウ・・・・・・? あんた・・・・・・」

 

久の方も突然の予想外の言葉に言葉を失った。

やがておそるおそるという感じで口を開く。

 

「まさか・・・・・・思春期特有の病気を・・・・・・」

「それを発症するには4年ほど遅いな」

 

ビシッとツッコミを入れられた久を見つつ、今度は豊音が口を開く。

 

「・・・・・・えと、それで、それが何の関係が?」

 

うん、と頷き秀介は言葉を続ける。

 

「お前の祖母、音々(おとね)って名前だろ」

「そ、そうだよー、どうして知ってたの?」

 

秀介に貰ったサインを見て以来ずっと聞きたかった質問。

いや、メールで聞きはしたのだがちゃんと答えてくれなかった質問だ。

先程の「前世の記憶がある」発言と加えて秀介は話し続ける。

 

「俺は前世で彼女を助ける約束をしていた、だがそれは失敗した。

 だから、この人生で出会ったお前は助けたいんだ、豊音」

「し、志野崎さん・・・・・・」

 

その説明で豊音は祖母音々に聞かされた村の事などを思い出す。

同時にいくつか納得もしてしまった。

祖母があの時に何故「全てを捨ててついていきなさい」と言ったのか。

秀介が何故祖母の事を知っているのか。

秀介が言っていることが本当かどうかは別として、確かに過去にそう言うことがあってもおかしくはないという思い。

だがその辺りの事情を知らない久は相変わらず怒った表情で口を挟んでくる。

 

「話がつながってないわよ。

 助けるってどういうことなの?」

 

それに対して豊音が「わ、私達の村にはこういう言い伝えがどーのこーの」とか、秀介が「だから彼女達は村に縛られてうんぬんかんぬん」と話をした。

一応筋は通っているかと久は小さく頷く。

 

「・・・・・・そういうこと。

 それはそれで納得するけど・・・・・・」

 

頷くだけで受け入れているわけではない様子だが。

 

「あんた、本気で言ってる?」

 

そう言う久に対し、秀介は頭を下げた。

 

「お前には悪いと思ってるよ、久」

 

「悪いと思っているなら事前に話を」と思った久だったが、よく考えてみればつい今日まで大会の表彰式をやっていたわけだし、話を挟む余裕は無かったことに気付く。

確かに大会前にこんな話をしていたら、大会に集中できない要素になっていた可能性がある。

なるほど、確かに事前に話は出来なかったし他のメンバーに聞かせるわけにもいかないし、このタイミングで話すしかなかったと納得が出来た。

そんな様子の久に、秀介は言葉を続ける。

 

「俺はな、久・・・・・・これからお前と一緒になり、人生を進んでいくつもりだ」

「そ、そんなはっきり言われると恥ずかしいんだけど」

 

いきなり何を言い出すのよ、と慌てふためく久。

豊音も横で、うわー!うわー!と赤い顔で慌てている。

その様子を軽く笑いながら秀介はさらに話を続けた。

 

「今もその気持ちに変わりはない、心変わりしたわけじゃないんだ」

 

その右手に、なんとなく力がこもっているのが傍目にもわかる。

過去の何かを悔やむように。

 

「・・・・・・これは前世でやり残したケリだ。

 このまま何もなければそのまま生きていくつもりだったが・・・・・・豊音と出会った以上、前世の約束を果たさなければ・・・・・・」

 

一度言葉を区切り、秀介としては珍しく叫ぶように告げた。

 

 

「俺は志野崎秀介として生きていけない!」

 

 

「シュウ・・・・・・」

「志野崎さん・・・・・・」

 

その言葉に二人は黙り込む。

豊音はもちろんとして、幼馴染の久でさえもここまで感情的な秀介は見た記憶がなかった。

 

「・・・・・・失望したか? 頭のおかしいやつだと思ったか? 久」

 

秀介は項垂れるように言葉を紡ぎだす。

むーっと考え込んでいた久だったが、やがてため息交じりに返事をした。

 

「・・・・・・いいわよ、嘘でも本当でも。

 わ、私を大切に思ってくれているあんたが私を蔑ろにしない上でそこまでしてやりたいって言ってる事なら、私も文句は言わない。

 っていうか、まぁ、うん・・・・・・いくらか手伝ってもいいわよ」

 

女の子同士だからこそ分かる不便もあるだろうし、と久はそう言った。

秀介は比較的女の子の気持ちが分かるタイプだと久は判断している。

そうでなければ欲しい言葉を投げかけていつも自分を喜ばせてくれることはあるまいと。

 

だが自分に接するのと同じような態度で豊音に接していたら、豊音だってころっと秀介に惚れてしまう可能性がある。

それは困る、非常に。

見れば長身だが話してみれば可愛らしいしどこか子供っぽい、見た目とはギャップがある。

それに加えてパッと見で服の上からわかる豊満な胸、それと長身に加えて足は長くスラッとしてそうだしスタイルもいいのだろう。

無意識でも故意でも、あの性格と胸部武装(おもち)などを武器に秀介に迫ったら、例え秀介と言えども何もないとは言い切れない。

これは信頼が無いというわけでは無い、年頃の男子というものはそもそもそう言う生き物なのだ。

だから久は「・・・・・・すまん、久」とか謝る秀介と「竹井さん・・・・・・!」と何やら感動したような豊音に対し、しっかりはっきりと言ってやるのだった。

 

「その代わり、彼女に手を出したら許さないから」

「ああ、それはもちろんだ」

 

即答する秀介。

彼氏としてはそう言ってくれるのはありがたい、ひとまず安心だ。

だから隣の豊音から「え?」と声が聞こえた時には久も「え?」と声を上げてしまったのだった。

 

「・・・・・・あなたまさか・・・・・・」

「あ、いえ、あの・・・・・・そうですよねー、志野崎さんにはもう彼女がいるんですしねー」

 

あははと何かを誤魔化すように笑う豊音。

久の視線が鋭くなる。

 

「・・・・・・ちなみに、もしシュウが誰とも付き合っていなかったらどうするつもりだったのかしら?」

「え、いやー、そのー・・・・・・」

 

煮え切らない態度、そして何やら赤い顔でもじもじとしている様子。

ふむ、と久は秀介に向き直る。

 

「シュウ、ちょっと話があるわ」

「あ、うん・・・・・・」

 

 

それから豊音はしばらく秀介の部屋に一人残され、部屋の外で何やら騒いでいる様子を聞きながらそわそわしているしかなかったのだった。

 

 

 

やがて部屋に戻った久が「お茶のおかわりを持ってくるから」と言って茶道具一式を持って部屋を後にすると、何やらよろよろとした様子の秀介が部屋に戻ってきて座り込むのだった。

特に顔面が腫れていたり口元から血を流していたりはしないが。

何があったんだろうという興味と、聞いてはいけない!という恐怖が同時に豊音の心を支配する。

 

「・・・・・・大丈夫?」

「・・・・・・ああ、うん・・・・・・まぁ、仕方ないさ」

 

秀介は力なく笑うのだった。

なんとなく申し訳ないなと思って黙ってしまった豊音に対し、秀介は軽く笑いかけると言葉を続ける。

 

「・・・・・・ところで豊音、音々は・・・・・・」

「あ、はい・・・・・・」

 

その言葉を受けて豊音は自分のカバンの中身を探り出す。

やがて隅の方からそれを取り出した。

 

「これ・・・・・・」

 

豊音はそれを秀介に手渡す。

 

 

「・・・・・・本当に、亡くなってたんだな」

「・・・・・・うん」

 

 

それは音々の位牌だった。

 

 

「・・・・・・私が宮守に転校してしばらくしてから・・・・・・。

 だから、あの・・・・・・まだ今年の出来事なんだよ・・・・・・半年くらいしか経ってないのかー・・・・・・」

 

大会に参加するために岩手を離れる前に、メールでやり取りしていて話には聞いていた。

それでも実際にそれを目の前にすると感情が高ぶる。

 

「・・・・・・彼女の最後は・・・・・・どうだった?」

「・・・・・・私の頭を撫でてくれて・・・・・・。

 ・・・・・・私がまだ小さかった頃に「攫ってくれる人がいたらついていきなさい」って言われてて。

 最後に、村の他の人達には分からないようにって、私だけに小さな声で・・・・・・「そのことを忘れないで、幸せになりなさい」、って・・・・・・」

 

「・・・・・・音々・・・・・・音々ぇ・・・・・・」

「志野崎さん・・・・・・」

 

秀介の手から位牌が落ちる。

 

そしてそれに覆いかぶさるように秀介は倒れ伏し、そして。

 

 

「うぁあああああああ!!!」

 

 

慟哭した。

 

「ネネ! ネネぇ! ごめんな! 俺は・・・・・・守ってやれなかった!!!」

「志野崎さん! そんな、泣かないで・・・・・・ふぇ・・・・・・! おばあちゃぁん・・・・・・!!」

 

それを見て豊音の両眼からも涙が零れ落ち、秀介に覆いかぶさるようにして泣き出した。

 

 

 

「・・・・・・すん・・・・・・シュウ・・・・・・」

 

 

部屋の外、ずっと離れずに全てを聞いていた久も、その場で立ち尽くして涙を流していた。

 

 

 

 

 

それからしばらく後、場所は岩手、宮守女子高校。

 

学校全体、特に麻雀部でとある噂が広がっていた。

 

放課後、部室にはいながらも集まるだけで麻雀を打っていない麻雀部メンバーがお茶を飲みながら話をしていた。

 

「・・・・・・昨日、不審者が学校周辺をうろついてたって」

 

教師からそう言う説明があったらしい。

白望がそう言うと胡桃も声を上げた。

 

「聞いたよ、しかも結構な人数いたらしいね」

 

ホワイトボードでカタカタ震える自分を隠すようにしながらエイスリンも続く。

 

「ワタシ、コエカケラレタ・・・・・・」

 

塞も声を上げる。

 

「私も。

 トヨネのこと聞かれたし、やっぱり何か関係あるのかな」

 

うーむ、と一同は考え込む。

そもそも豊音と別れた理由すら彼女達には分からないので、推測しようにもその手がかりすらろくにない状態なのだが。

強いて言うならば。

 

「・・・・・・熊倉先生、あの時志野崎さんの名前を出してたよね」

 

塞の言葉に頷く一同。

あの時、とは豊音と電話していた時だ。

間違いなく「志野崎君の所かい?」と言っていた。

その後すぐに電話は切られたようだが、熊倉の反応を見るに無関係ではないのだろう。

 

豊音と別れた後も塞達は電話やメールで何度か連絡を取ってみたのだが、ちゃんと通じるし返事も来る。

しかし肝心の詳しい事情説明が無い。

そうなるとこちらとしても不安しか残らないわけだ。

 

いなくなった豊音と、その直前に名前が挙がった秀介。

そこから推測できることは・・・・・・。

白望が首を傾げながら言った。

 

「・・・・・・駆け落ち?」

「その結論はまだ早いんじゃないかな」

 

胡桃がズバッとツッコミを入れる。

エイスリンもホワイトボードに大きく「NO!!」と言う文字と×マークを書いて見せている。

塞に至っては立ち上がって声を上げた。

 

「そんなまさか!

 だってトヨネと志野崎さんが仲良くしてるようなところなんてなかったじゃない!

 駆け落ちするような仲になるだけの交流はなかったはずよ!」

「・・・・・・そうだね、プロポーズされてたのは塞の方だし」

 

ボソッと漏らした白望の言葉に、ボンッと頭から煙を上げて倒れこむ塞。

 

「べ、べべべ、別にそういうのじゃ、ないし・・・・・・」

「そうだね、駆け落ちするなら塞の方か」

「別にそういうんじゃないし!!」

 

胡桃の追撃に思わず声を荒げてしまう。

だがすぐに真っ赤な顔を伏せて屈みこんで恥ずかしがっている様子だ。

 

「デモ、カケオチジャナイ、トスルト、ナンナンダロウ?」

 

エイスリンがそう言うと再び一同は考え込む。

他に可能性は思い浮かばない。

出て来てももはや突拍子もない発想のみだろう。

悩んでいた様子だったが、白望はやがて投げやりな様子で告げた。

 

「・・・・・・きっと豊音が悪の組織に追われてて、志野崎さんがそれを助けてどこかに匿ってるんだよ。

 あの不審者たちもきっとその一味・・・・・・」

「シロ、それはあの人の「大三元戦隊中レッド」発言を受けての推測かな?」

「・・・・・・そうかも」

 

白望の発言と胡桃のツッコミでその場の深刻な空気は霧散した。

 

 

 

一方の熊倉は未だ東京にいた。

学校に所属する教師として生徒と共に帰っていないというのはどうかと思うが、事が事だけに融通してもらったのだ。

一応学校から不審者の件は聞いている。

それと合わせて熊倉は思考を回していた。

 

(この様子・・・・・・やっぱりあの村の者達よね・・・・・・)

 

周辺の町だけではなく、豊音に同伴して村の者に連れられるという形でではあるが、「ヶ島(がしま)村」にも直接訪れて姉帯にまつわる話を聞いたことがある熊倉。

当然その事情を知ったからこそ、彼女も彼女で豊音を助けるべく色々準備をしていたのだ。

豊音が突然いなくなればこういう行動に出るのも当然である。

 

姉帯の一族を利用しようということしか考えていない村長の一族。

豊音の麻雀の力を生かせば全国も夢ではなく、そこからこの村の知名度も上がって大幅に発展できるようになるかもという熊倉の囁きに乗ってきてくれたのは幸いだった。

豊音を連れ出してから間もなくその祖母が亡くなった時に、村民はまたすぐに豊音を幽閉しようとしたのだが、「突然そんなことをしようとしたら怪しまれる」「少なくとも高校は卒業させておいた方が」と説得して何とか留まらせられたと思ったのだが。

 

(・・・・・・まさか志野崎君が言った通り、あのまま豊音を連れ帰ってたら本当にすぐに幽閉されていた可能性が・・・・・・?

 どうして彼にはそんなことを予見できたの?

 いや、そもそもどうしてあの村の事を・・・・・・)

 

いくら考えていてもらちが明かない。

結局出した答えは至極当然の事。

 

(やっぱり、一度会いに行きましょう)

 

向かうのは長野。

とは言え秀介の自宅なんて知らないし、周辺で聞いて回る訳にはいかない。

 

「・・・・・・藤田プロに聞きましょう、確か彼の親戚だったわね」

 

まず探す標的は靖子に定めることに決まったようだ。

となれば。

 

「彼女が行きそうな場所は・・・・・・この時間だと・・・・・・」

 

現在はお昼時。

靖子がいるのは十中八九カツ丼が有名なお店であろう。

 

 

 

 

 

今年麻雀の長野県代表を務めた清澄高校。

少し前からこの学校周辺でもある噂が広がっていた。

 

「シュウ! 今日も一緒に帰るわよ!」

 

下校中の人目がある中、久の声が響き渡った。

以前なら「またあのカップルか」「いちゃいちゃしてんじゃねーよ」「さっさと行こうぜ」とか言われることもあった。

もちろん逆に「あれが噂のカップルか」「あんな風にいちゃいちゃしたい」「私達だって負けない!」などの理由で見守られることもあったのだが、今は全く別の事情でほとんどの人達がその様子を見守っているのだ。

久からそんなお誘いがあったとなれば答えるのが秀介、少なくとも麻雀の大会で遠征する前まではそうだったはずだ。

いや、むしろ久からお誘いがある前に秀介から誘っていたことだろう。

だが。

 

「・・・・・・久、何度も言っただろう?

 今日は帰って豊音の世話をしなきゃならないんだ。

 そう言う約束で昨日はちゃんと一緒に帰っただろう?」

 

「トヨネの世話?」「トヨネって誰だろう」「ペット?」「そうか、とうとう娘が生まれたか」などの声に囲まれながら、久は小さく呟く。

 

「何よ・・・・・・ここのところずっと豊音豊音って・・・・・・。

 シュウは私の事が嫌いになったの?」

「久!」

 

その発言に、さすがに秀介は久に歩み寄る。

そしてその肩を掴みながら言葉を返した。

 

「バカをいうな、俺は世界中の誰よりもお前を愛しているんだぞ!」

「で、でも! 不安なのよ!

 最近のシュウは豊音の事ばっかり気にかけてて・・・・・・。

 私とは、朝と登校時と授業中と休み時間とお昼休みと部活の時と家でしか一緒にいてくれないじゃない!」

「久・・・・・・分かってくれよ、久。

 俺はお前なら分かってくれると思ってあの事を打ち明けたんだ。

 そしてお前は受け入れてくれた、協力してくれるとも言ったじゃないか。

 なのに・・・・・・お前はそう言って俺を困らせるのか・・・・・・?」

「こ、困らせるなんて、そんなつもりはないけど・・・・・・でも・・・・・・!」

「現に困ってるんだよ、俺は。

 お前がそんな態度をとるというのなら・・・・・・俺も心苦しいが・・・・・・。

 お昼休み以降の授業中、お前を膝の上に乗せるわけにはいかなくなる・・・・・・」

「そ、そんな! 嫌よ! そんなの嫌!

 ごめんなさいシュウ! もうわがまま言わないから・・・・・・だから、嫌いにならないで!」

「当たり前だ! 久!

 俺こそごめんよ、納得してもらうためとはいえそんな条件を出して・・・・・・」

「そんなことない、私がわがままだったから・・・・・・。

 明日からも・・・・・・シュウの膝の上に乗せて?」

「ああ、もちろんだ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

その様子を見て生徒たちは思った。

 

ああ、いつもの(バ)カップルだな、と。

 

今や清澄はこの周辺では有名だった。

麻雀で、というのもあるがそれ以外でも。

通りゆく他校の生徒に聞けばまずこう答えるだろう。

 

「ああ、あの(バ)カップルがいる学校ね」

 

方や全国へ行った麻雀部の部長にして学生議会長、方やその幼馴染。

二人のいちゃいちゃっぷりの噂は学校を飛び出し、市どころかそろそろ県レベルに広まりつつあった。

 

 

 

さて、清澄高校で今日もそんなことが起こっているとは知らないとある商店街。

ここでもまた一つ噂が広まっていた。

 

「こんにちはー」

 

彼女が訪れたのは商店街の肉屋。

入ると同時に声が上がった。

 

「また来やがったか! この女!」

 

ビュンと投げられる紙に包まれた何か。

彼女はそれを受け取ると紙を広げて中身を確認する。

 

「わ、凄いおいしそう」

「あたりめぇだ! 信州黒毛和牛最高級のサーロインだぞ!

 レア気味に焼き上げりゃ、お前のほっぺたなんかとろっとろに落ちちまうぞ!」

「すご、高そう・・・・・・。

 でもさすがにそんなお金は無いよー。

 ここに15000円って書いてあるけど・・・・・・」

 

その言葉と同時に店の奥から現れた老人が、値段の表記された紙をビリィッと破り捨てる。

 

「バカ野郎! 店主が5000でいいっつってんだからお前は5000おいてさっさと帰ればいいんだよ!」

「えー!? いや、さすがに5000円じゃ・・・・・・。

 それにお肉だけで5000円も使っちゃったら他のおかずが・・・・・・」

「つべこべ言ってんじゃねぇ!」

 

そう言いながら老人は彼女の財布から「3000円」を抜き取るとぽいっと投げ返した。

「わっ、わっ」と慌てて財布を受け取る女性に、老人は指をさしながら告げる。

 

「ほれ! とっとと消えろ! もう二度と来るんじゃねぇぞ!

 次来たら塩まいてやる!

 そうだ! 前回まき忘れた塩だ! 受け取りやがれ!」

 

財布に続いてぽいっと飛んできたのは瓶入りの塩だった。

ラベルに「ステーキ用振り塩」と書いてある。

 

「掛け過ぎてせっかくの肉の味を殺すんじゃねぇぞ!」

「はーい、ありがとうございます。

 また来るねー、おじいさん」

「二度と来るな!」

 

老人の乱暴な言葉遣いを受け、その女性は笑顔で去っていくのだった。

 

 

この商店街では一つの噂が広まっていた。

 

それは突如現れた長身の女性が、商店街中のありとあらゆる頑固おやじを籠絡しているというものだった。

 

 

 

「あっ」

 

そんなありとあらゆる頑固おやじを籠絡していると噂の女性。

買い物を終えて満面の笑みで帰路に付く途中に、ふと見覚えのある年配の女性と数日ぶりに再会したのだった。

 

「豊音、探したよ」

「熊倉先生、お久しぶり・・・・・・」

 

女性、豊音の言葉に熊倉はため息をつきながら言葉を続ける。

 

「お久しぶりじゃないよ、私は怒っているのよ」

「あぅ、ごめんなさい・・・・・・」

 

しょぼーんと落ち込む豊音。

無理言って突然行方をくらませたのだ、怒られるのも当然と頭を下げる。

そして熊倉の方も、どうやら酷い目に遭わされているわけでは無いのだなと思いながら少しばかり笑顔を浮かべる。

 

「学校の方には今週いっぱいまで休校の届け出を出しておいたけど。

 さ、一緒に帰りましょう」

 

そう言って熊倉は豊音の手を取る。

 

「え、で、でもでも」

 

慌てて逃げようとした豊音だったが、熊倉の手を振り払って逃げるなんて真似がこの心優しい豊音に出来るわけがない。

しかしこのままでは熊倉に連れられていってしまう。

秀介にも久にも何も言っていないのに。

そもそも反対側の手には今日の志野崎家の夕食用にと買ってきた食料が握られたままだ。

このままでは買い物を任せてくれた志野崎家の両親にも秀介にも、一緒に食事している久にも悪い。

だが恩師の腕を振り払うことはできない。

悩みに悩んだ挙句、豊音は決断した。

 

「く、熊倉先生、ごめんなさい!」

「え!?」

 

 

 

そして志野崎家。

夕食を控えたこの家のリビングには今、豊音と熊倉と、生徒会がある久を残して一足先に帰ってきた秀介がいた。

 

「・・・・・・と言う訳で連れてきちゃいました」

 

なるほど、と頷く秀介。

熊倉の方を見ると、振る舞われたお茶を飲んでリラックスした様子で口を開いた。

 

「近所の人に白い目で見られたわよ」

「俺も明日から白い目で見られると思いますよ、何があったんだろうって。

 いやまぁ、豊音じゃ熊倉さんの手を振りほどいて逃げるとか出来ないと思ったけど」

 

しみじみと秀介はそう返した。

まぁ、知られてしまっても特に問題がある訳ではない。

 

「さて、それじゃ話を聞かせて貰いましょうか、志野崎君」

 

そう言ってきた熊倉に秀介はおとなしく返事をする。

 

「ええ、そうですね。

 ここまで来たのなら仕方がない」

 

その様子に豊音は「あ、あれ?」と熊倉と秀介の顔を交互に見た。

 

「怒らないんですか?」

 

熊倉には黙って行方をくらましたことを、秀介には熊倉を連れてきてしまったことを、それぞれ怒られると思っていたようだ。

熊倉は少しむすっとした様子で言う。

 

「怒ってるわよ」

 

その様子を軽く笑いながら、秀介が「最初からうちに来る予定だったんでしょう?」と言った。

そう言われ、熊倉はやれやれと首を振りながら言葉を続ける。

 

「分かっているなら早いところ説明してほしいわね。

 言っておくけど嘘ついても私には分かるから」

「いやいやまさか」

 

ははは、と笑う秀介。

ある程度推測は出来ても完全に見破れるわけがあるまい。

と思っていたのだが。

 

「あの、熊倉さん本当にそう言うの鋭いから・・・・・・」

 

豊音が少し不安そうにそう言う。

 

「ふむ・・・・・・」

 

その様子を見るに中々高い的中率を誇るのかもしれない。

ならばそれを試そうというのか、秀介は何でもないような表情で告げる。

 

「俺左利きなんです」

「嘘ね」

 

即答された。

そう言えば一緒に冷麺を食べた時に箸を使ったなと思い出す。

ならば何か別の事を、と秀介は言葉を続ける。

 

「彼女持ちなんで豊音には手を出していません」

「・・・・・・本当ね。

 よかった、傷物にされていたらただじゃおかなかったわよ」

 

熊倉が事前に久との事を知っていたかは不明だが、知らない可能性の方が高いだろうし、嘘を見破れるというのも中々信憑性はありそうだ。

秀介の隣で何やら赤い顔でもじもじしている豊音はさておき。

 

「冬はよく別荘に遊びに行ってます」

「嘘ね。

 それも別荘自体が無いでしょう?」

「俺、拾い子なんで両親とは血が繋がっていません」

「それも嘘。

 そんな事を言っても無駄よ」

 

自信有り気に熊倉はそう言う。

なるほど、これはよっぽど自信がありそうだなと思いながら、秀介は告げた。

 

 

 

「俺、死神に憑りつかれてます」

 

 

 

やれやれと首を横に振りながら熊倉は言う。

 

「あのねぇ、そんなう・・・・・・そ!?」

 

自信ありげだった熊倉の表情は、その一言で崩れた。

それに気付かない様子で豊音が口を挟んでくる。

 

「あの、そろそろ試すのいいんじゃ?」

「そうだな、じゃあ説明しよう」

 

豊音の言葉に頷いて秀介は、「あの、ちょ、ま・・・・・・」と慌てた様子の熊倉を無視して一気に説明をする。

 

「俺の前世で豊音の祖母を助ける約束をしていたけれどそれが果たせなかった。

 だからこうして出会った豊音の方は、何としても助けたいと思った、それで攫った」

 

簡潔にまとめ、一息に説明を終える。

事前に言われたわけだが、改めてそれを聞いた豊音は「うーん」と腕組みをしてしまった。

 

(改めて聞くと、うーんってなっちゃうよねー・・・・・・。

 私も半信半疑ではあるんだよねー)

 

そう思いながら豊音は秀介の方にチラッと視線を向ける。

 

(でもお祖母ちゃんの名前は知ってたし・・・・・・うーん・・・・・・。

 この家での生活結構楽しかったから気にしてなかったけど、改めて考えると信用していいのか悪いのか・・・・・・。

 熊倉先生、本当か嘘か見抜いて?)

 

そう、熊倉なら秀介の言っていることが嘘か本当か分かるだろうと思ったのだ。

いや、熊倉を家に連れてきた理由は「手が振りほどけなかったから」で間違いないのだが、考えてみるとこの人なら見破れるかなーと言う期待が途中から出てきたわけだ。

 

(本当なら信用できるし、嘘なら他に何か目的があるってこと。

 私に手を出さないから、か、身体が目的じゃないし・・・・・・か、身体が目的・・・・・・って・・・・・・うわー! うわー!)

 

何やら一人で妄想を働かせて赤くなる豊音。

だが熊倉の判決を見極めるべく、彼女は熊倉に視線を向けるのだった。

 

 

「   」

 

 

熊倉はポカーンと口を開けたまま凍り付いていた。

 

「熊倉先生!? 本当なの!? 嘘なの!? どっちなの!?」

 

こんな表情見たことないよ!と、思わず立ち上がって熊倉の肩を掴んでしまう豊音。

がくんがくんと揺さぶるのはやりすぎではないかと秀介が豊音を止めたところで、玄関の扉が開閉する音が聞こえた。

 

「・・・・・・あら、お客さん?」

 

リビングの騒ぎが聞こえたらしく顔をのぞかせてくる。

現れたのは久だった。

 

「おかえり、久」

「その人は?」

「熊倉トシさん、宮守女子の監督だ」

 

秀介の説明を聞き、久は「ああ」と声を上げる。

 

「なるほど、突然行方をくらませた豊音を探しに来たのね」

「察しが良くて助かる」

 

ふむふむと頷く久。

いつの間に意識を取り戻したのか、熊倉はその様子を見て(たず)ねてきた。

 

「・・・・・・あなた、志野崎君の彼女?」

「え!? ま、まぁ、そうですけど」

 

突然の言葉に照れながら返事をする久。

普通に家にやってきたこの状況なら姉や妹と勘違いされてもおかしくは無いはずだが一目で見抜くとは。

久と秀介の様子を見ながら熊倉は考え込む。

 

(彼女がいたのは本当・・・・・・以前岩手で食事をしたときは箸を右手で使ってたから左利きなのは嘘、のはず。

 他の言葉も彼の反応を見る限り間違っていない、はず・・・・・・。

 なのに死神とか前世とか・・・・・・嘘を言っていない!?

 まさか本当に・・・・・・!?)

 

いやいやそんなバカな。

確かに世にオカルト的なものは割とありふれているし、彼女もそのその一端をよく知る身だ。

だが本当に死神だの生まれ変わりだの・・・・・・。

そこまで考えて、熊倉は「あっ!」と声を上げた。

 

「・・・・・・志野崎君」

 

やがて秀介の名を呼び、正面から視線を合わせながら問い質す。

 

 

「あんたの前世の名前は?」

 

 

「・・・・・・それを聞いてどうするので?」

「それで信じるかどうか考えるわ」

 

ふむ、と秀介は頷く。

まだ豊音どころか久にも教えていないその名前。

彼女ならその名前を知っていてもおかしくないし、そこからどんな探りが入れられるか。

だがここまで来たのだ、今更熊倉に嘘をついたところでバレるだろうし、なにより彼女の協力も必要だろう。

やむを得ずという表情だったが、秀介は答えた。

 

「興味本位で人に広めたり・・・・・・いや、絶対に人に教えたりしないと約束して頂けるなら」

「約束するわ」

 

熊倉が頷いたのを確認し、秀介はこの人生で初めてその名を()()()()

 

 

 

「新木桂」

 

 

 

熊倉の表情が驚きに染まると同時に、疑惑が確信に変わったように見えた。

 

豊音はその名に聞き覚えが無い。

 

(え、そう言う名前だったんだ。

 そこまでは教えて貰ってなかったなー)

 

そんなことを思うのみ。

だが久は違う。

 

(新木桂・・・・・・?

 確か南浦プロとか大沼プロとかが言ってた・・・・・・)

 

南浦プロは自分でも疑っていた様子。

大沼プロは冗談めかしていた様子。

だが二人とも確かにその名を口にしていた。

となるとそれはつまり、「新木桂」という人物が本当に存在し、なおかつ中々の有名人であった可能性が高いということだ。

 

暫しその場に奇妙な沈黙が広がる。

どういう言葉を口にすればいいのか、どう話を続ければいいのか分からないのだろう。

そんな中、熊倉の大きなため息が沈黙を破った。

 

「・・・・・・いいわ、信じましょう」

「・・・・・・いいんですか・・・・・・?」

 

なんとなく話についていけていない様子の豊音がそう言うと、熊倉はどこか懐かしむような表情で言葉を続ける。

 

「あなたの前世が本当に新木桂だったのなら、信用に値するわ」

 

その言葉に驚いたのは久だ。

 

(やっぱり・・・・・・本当に新木桂って人はいたの・・・・・・?)

 

半信半疑。

だが今更壮大な計画の元に実行されたドッキリだなんてことはあるまい。

豊音の方は「新木桂って、熊倉先生の知ってる人なのかな?」と首を傾げるのみ。

秀介は秀介でその名を出してしまったことをどう思っているのか。

覚悟はしていても少しは後悔しているかもしれない。

しかしこれで豊音の安全が少しでも高まるのなら。

 

「では・・・・・・」

「ただし」

 

「信用に値すると言って貰えたのなら豊音は自分が預かる」と言葉を続けようとした秀介だったが、それは熊倉に止められた。

 

「私が匿う予定だった場所の準備が出来次第、豊音は引き取らせてもらうわ」

 

熊倉は熊倉で計画していたことがある。

秀介個人が匿っているよりもよっぽど確実で安全な計画なのだろう。

それは秀介も分かっていること。

だから秀介は、豊音が「えっ」と声を上げるのにも構わず了承の返事をする。

 

「ああ、そちらの方が安全でしょうしね」

 

そうなると困惑するのは豊音と久だ。

てっきり他の誰も信用できないから「攫う」などという行為に踏み出したものだと思っていたのだし。

 

「・・・・・・いいの? シュウ」

 

困惑しながら久が聞くと、秀介は笑顔で頷いた。

 

「豊音が守られればそれでいい、守るのは俺でなくてもな」

 

そう返事をして、秀介はからかうように久に言う。

 

「それとも、俺と久が結婚してからも豊音の面倒を見続けると思ったか?」

「え、け、結婚、って・・・・・・!!」

 

「何を言い出すのよ!」と赤くなりつつも満更でもなさそうにデレデレしながら返事をする久であった。

豊音の方もその言葉が聞こえたらしく、「え、結婚って! わっ!わっ!」と赤い顔で声を上げていた。

 

そんな三人の様子を見て、やれやれと首を振りながら熊倉は立ち上がる。

 

「それじゃ、今日のところは帰るわ。

 豊音、すぐに迎えに来てあげるからね」

「え、あ、はい・・・・・・」

 

すぐってどれくらいだろうと思いながら、豊音は反射的に返事をした。

それを聞いて笑顔を浮かべると、熊倉は秀介と久と秀介の両親に挨拶をして帰っていくのだった。

 

 

 

とは言っても、やはり不安は残る。

熊倉は帰りの道中一人考えていた。

なお運よくタクシーを捕まえられたので、それで駅まで向かう模様。

 

(心配だわ、豊音は男の子とあんまり接してこなかったっていうし。

 あんなに一生懸命に守られたら惚れちゃっても無理ないわね。

 はぁ、全くいい男がいたもんだ。

 しかも新木桂だなんて、私達の世代では男女問わず憧れの対象だったっていうのに)

 

はぁ、とため息交じりに思考を巡らせている。

やがて何かの危機を察知したのか険しい表情に変わった。

 

(もし私が迎えに来るまでに・・・・・・もしも、万が一!

 彼女がいるにもかかわらず、豊音が彼と恋仲・・・・・・それ以上、子供とか作っちゃってたら!)

 

手塩にかけて育てた、というわけでは無いが、保護者代わりと言ってもいい様な立場で豊音の面倒を見てきた熊倉。

そんな風になった豊音をもし目撃してしまったら!と考え、熊倉は流れる外の景色を見ながら思う。

 

 

(その時は私も口出ししてしっかり育ててあげないとね。

 

 間違っても、将来の麻雀界が楽しいことになりそうだなんて思ってないんだからねっ!)

 

 

険しい表情もどこへやら、何か楽しげに熊倉は笑っていた。

 

 

 




ツンデレ熊倉さん、これは流行らない(

どうでもいい補足ですが、回想シーンの豊音さんは10歳くらい(身長160cm

年表に書いた通り、村の連中はバッドエンドです。
そして豊音さんの家族が人質に取られたり災害に巻き込まれたりしない為には、豊音さんの家族には既に死去して貰っていなければならないという悲劇。
代々短命だから二十歳で子供を作っているとかいう裏設定も考えてたけど。
その方がしっくりくるかもしれないけど、そうすると豊音さんも短命になる恐れがあるから、やっぱり村長一族のせいにしておこう(
もしくは土地の災害を鎮めていた代わりに短命だったから、土地から離れたら長生きするよー、とかね。
やっぱり村長一族のせいじゃないか(

次回は「おまけ」、そんなに長くないから二日くらいで投稿できると思います。


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おまけ

とりあえず区切って付け加えてみたおまけ。
リミッターは解除したけどギャグが混じったし、まだ100%とは言っていない。
感想から判断するに作者のいちゃいちゃ力の約50パーセント、つまりキスシーンの続き程度まで出せば読者を宇宙のチリにすることができるだろう(
楽しかったよ、こんなにいちゃいちゃしたのはホントに久しぶりだった。



「久、お前もプロになる気はないか?」

「うん、なりたい」

 

久は即答した。

 

「私は・・・・・・ずっとシュウのそばにいるわ・・・・・・」

 

月明かりの下、見つめ合った二人は少しずつ顔を近づけ合い、

 

やがて唇を重ねた。

 

 

 

しばらくそのまま、誰も訪れない公園のベンチで二人は口付けを交わし続けた。

時折唇を離しても暫し見つめ合ってまた口付けを交わす、それの繰り返しだ。

ついばむような軽いキス。

唇を長時間合わせたままの長いキス。

ほんのちょっぴり舌で唇をなぞったり、唇の隙間から差し込んでみたりするとビクッと久の身体が跳ねる。

だがそれも少しの間だけ、次第に久の方もおそるおそるという感じではあるが舌を動かしてきた。

 

「んっ・・・・・・ふ・・・・・・」

 

繰り返すうちに久の口から熱い吐息が漏れ、息も弾んでくる。

月明かりと公園に設置された明かりで映し出される久の表情も、頬が赤く上気して目元もとろーんとしてきた。

時に唇を外して頬や額にもキスを浴びせると、久はくすぐったそうにしながらもされるがままだったが、やがて「・・・・・・もっと・・・・・・」と言って秀介の唇を自身のそれで追いかける。

そうしてまた口付けを交わし合う。

 

やがて何度かそれを繰り返した後、唇を離すと久は甘えるように秀介に寄り掛かった。

 

「ねぇ、シュウ」

「・・・・・・なんだ?」

 

秀介に寄り掛かったまま、久は言葉を続ける。

 

「今日、泊まりに行ってもいい?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

秀介は即答できない。

家に両親がいるから、とかそういう言い訳があるからではない。

()()から即答できないのだ。

 

今朝、秀介の両親はバタバタと慌てながら朝早く出掛けて行った。

それは両親が揃って、()()()()()()()()に出掛けて行ったからだ。

 

つまり、今日秀介の家に両親はいないのである。

 

そして久の母親からも秀介は、それはもう絶大な信頼を寄せられており、「仮に()()と呼ばれるようなことが起ころうとも、それは秀介君がそうするべきと判断しての事でしょう。だから何の口出しも文句も無いわ。久をよろしくお願いね」と言われるほどである。

もはや逃げ道は無い。

彼女からの誘いを断ることを逃げ道と呼ぶのかは不明だが。

 

うーむ、と悩みながら秀介は暫し視線を逸らした後、再び久と見つめ合う。

久は「迷惑だったかな・・・・・・?」と少しばかり不安そうな表情だ。

やれやれと頭を掻きながら、秀介は逆の手で久の頭を撫で、返事をした。

 

「・・・・・・来るか?」

「うん」

 

久は幸せそうな表情で返事をした。

 

 




文字数が1000文字に足らなくて増やすためにやむなく(
だって増やせる描写がそこしかなかったんですもの。
あとお前ら末永く爆発してろ。

そんなところで完結、お疲れ様でした。

時間が空くまでどれくらいかかるか分からないけど、次は何を書こうかな。
時間が掛からない短編をちらほらかな。
色々二次創作のネタもあるけれども、やっぱりオリジナルにも全力を注がないと。
それに期待させるのもよくないから、大阪食べ歩き編が少し展開出来ていることは秘密にしておこう(

麻雀は頭使いますね、執筆でも対戦でも。
もうしばらく麻雀書かねーぞ!

ご愛読ありがとうございました!


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