Fate/ Thunderbird (ジンネマン)
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ニコラ・テスラのステータス ガクトゥーン本編のネタバレあり

雷電王閣下のステータスです。
なおこれは勝手な解釈と独断と偏見によるものです。

なお説明文の大半はホームページからの借りたものです。


CLASS セイバー

マスター 衛宮士郎

真名 ニコラ・テスラ(惑星カダス)

性別 男性

身長・体重 74.8in 198.41lb(190cm 90kg.)

属性 秩序・善

 

クラス別能力

 

筋力 C+ 魔力 C

耐久 B 幸運 D

敏捷 B 宝具 A

 

*節電中のためこのスペック

 

対魔力:A

 

Aランク以下の魔術は全て無効。

雷の鳳(サンダーバード)と接触し雷電の身となった彼は生きた幻想であり、事実上、現代の魔術魔術ではセイバーを傷つけること能わず。

 

騎乗 :B

 

騎乗の才能。

大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

 

 

詳細

 

黄雷のガクトゥーンの主人公にしてヒーロー。

学園都市初めての“転校生”であり、自らの新設してた思弁的探偵部の部長でもある。

涼やかな青年の姿をしているものの、実年齢は72歳だと自称する。

その経歴は謎に満ちている。かつては合衆国の研修機関に身を置いていたとも、政府組織に対して反乱活動を続けていたとも、合衆国建国の父のひとりエジソン卿と敵対していたとも、さまざまな噂があるものの、どれひとつとして彼自身は認めない。

転校初日にして学園都市を運営する統治会《フラタニティ/ソロリティ》へ公然と敵対を宣言し、思弁的探偵部を建設して学園全土の正常化と理想の追求を謳う。

常に余裕に満ちており、涼やか。

自称72歳だけあって、学生的常識や若い感性には極めて疎い。(因みに本当は92才でサバを読む理由は、さすがに92才では格好が付かないからららしい)

理想を口にする割にさほど情は濃くないらしく、助手ネオンの扱いは酷い。しかし、敵対した相手であろうと、自分を傷つけようとした相手であろうと、「助けて」と言われれば決して見捨てることがない。

 

その正体は無限導力(テスラコイル)を発見し《電気王》《雷電王》の称号を有する天才碩学ニコラ・テスラその人。幼いころは《蒸気王》チャールズ・バベッジに学び、その後合衆国に渡り《雷電公》ベンジャミン・フランクリンに師事する。彼は電気エネルギーを普及させようとするが蒸気機関が発達したこの世界では受け入れられなかった。

なお上記の噂はすべて真実であり、かつて行われたフランクリン雷電実験及び第2次テスラ・コイル実験の際に雷の鳳(サンダーバード)と接触、その結果不老の身を獲て、あらゆる電気・電力・電子操る異能えた魔人である。フランクリンから機械ベルトを受け継いだ後は世界中を旅して数々の犯罪組織をつぶして回り、多くの人々を助ける。その活躍は伝説の「白い男」として言い伝えられている。かつて西インド会社に所属していたが、組織を裏切り敵対したことで「大敵」「裏切り者」「狂気の雷電王」「ペルクナス」などと呼ばれている。

 

 

 

スキル

 

雷電魔人……異能。あらゆる電気・電力・電子を操る。

電界の剣……異能。周囲に浮かぶ5本の剣状の発光体を操る。剣はそれぞれが雷の神の名を冠している。

 

バリツ……遠い過去に友より学んだ武技であるとのこと。雷電とひとたび合わされば、異次元の色彩さえをも蹴り砕く! 異境より来る獣をも打ち砕く!

 

雷電探知……あらゆる異常を感知する能力。

 

超電形態……異能。雷電を纏い、電気の巨兵に 変態 変態する。疲れる。

 

宝具

 

ゼリービーンズ

ニコラ・テスラ常に持ち歩いているソラマメ型をした砂糖菓子。『子どもは甘いものが好きだろう』 という考えのもと事あるごとに、助手のネオンにあげようとするが『甘すぎるのは嫌いなんです、子ども扱いしないでください』といった感じで毎回毎回突っぱねられている。

なおフロレンス・アメギノ・ナイチンゲール曰く、『あの子、ころころとした甘いものが好きだったから』と言っているのでネオンも本当はゼリービーンズ好きなのではないか。

 

 

世界介入

 

基底現実を書き換える能力。使用の際にはFエクスペリメンツというアイテムを使い、その度に電界の剣の本数が一定時間減る。

 

 

電気騎士(ナイトオブサンダー)

 

――巨大な鎧――光纏う鎧、それは白銀色をした輝き。それは異空の果ての輝き。その四肢は鋼鉄であり、その四肢は白銀であり、その四肢は雷電そのものである。

白銀の――巨大な、騎士――その頭部には巨大な翠の宝玉が。その周囲は眩い輝きが。白銀の装甲には黄金の意匠。

数十フィートを超す鎧。――周囲には浮かぶ銀の盾、4つ――これは鋼鉄であって、鎧だが、決して機械ではない――

電気騎士――かつて《結社》第3要塞本部を完膚なきまでに破壊せしめた巨人であり、ニコラ・テスタにとって文字通りのもう一つの体躯。

 

 

世界の果ての八雷(ライトニング・ケラウノス)

 

異形の空を引裂く矢となって、■■■■を打ち砕く刃となって、今、まさに、輝く者が空を貫く。

空の果てを駆け抜ける。



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二月二日
運命の日


2015年8月29日2218大幅改定、主に時数が三倍以上になった。自分に若干驚き。そして少しはましになったと思う。


 ――こんなところじゃあ死ねない。助けてもらったんだ、俺にはいきる義務がある。

 

 青い槍兵が土蔵に入ってきた。その姿は士郎にとって鎌を携えた死神にみえた。

 

「筋は悪くない、機転もきく、が魔術はからっきしときた、まだ若すぎたのもあるが運がなかったな。

 もしかしたらお前が七人目だったのかもな」

 

 ――どうにかしてこの場から脱出しなければ、今死んだら助けてもらった意味がない。

 助けてもらったからには早々と死んではならない。

 俺は生き残って義務を果たさなければならないのに、こんなところで死んでは義務を果たせない。

 ここは自分の鍛練場なにか武器になるものがあるはず。

 

「諦めろ哀れな魔術師よ」

 

 また一歩死神が近づいてくる。

 

「お前の声は届かない」

 

 そして青い槍兵は槍を構える。次こそは決して生かさぬと言わんばかりに。

 

「残 念 だ っ た な !」

 

 槍が心臓に向けて走る。

 この槍は前回と同じように、この穂先は俺の心臓を過たず貫くだろう。

 俺はそれを知っている。

 そしてそのあとには絶命した自分が横たわっているのがわかる。

 俺は――

 

 

 

 例題です。

 ここに一人の少年がいます。

 魔術師の少年です。

 少年の目の前には青い槍兵がいます。

 つい数時間前に少年の命を奪った男です。

 少年は必死に逃げて抵抗しました。

 助けられたからには生きなければならないと。

 生きて義務を果たさなければならないと。

 けれど為す術がなく追い詰められました。

 少年は自分の心臓を穿とうとする槍の軌跡を追います。

 今まで目視するとことかなわなかった槍の軌跡が見えます。

 刺突の一撃がまるで自分の心臓に吸い込まれるように走ります。

 この槍は皮膚を突き破り。

 骨を砕き。

 肉を裂き。

 心臓を串刺しにするでしょう。

 少年はその痛みを。

 穿たれる槍の感触を。

 意識が薄れいく感覚を。

 自分の命が消えゆくその時を。

 また味わうのでしょうか?

 少年の命はここで終わってしまうのでしょうか?

 助けられた命をここで終えてしまうのでしょうか?

 ――――どうするべきでしょうか?

 

 少年は、諦めるべき?

 少年は、泣き伏せるべき?

 少年は、抗うべき?

 

 少年は――――

 

 

 

 ――――少年は抗います。

 例え目の前に死神がいようとも。

 例え少年を絶命させた槍が来ようとも。

 少年は最後まで諦めません。

 意味もなく殺されないように。

 助けてもらったから。

 義務を果たさなければならないから。

 

 ――――少年は戦います。

 

「こんなところで意味もなく、平気で人を殺すお前みたいな奴に!」

 

 

 

 魔法陣が光る。まるで士郎の声を聞き届けたように。

 

「――なに! 七人目のサーヴァントだと!?」

 

「バリツ式雷電前蹴りッ!」

 

 音した瞬間には青い槍兵は外に吹き飛ばされていた。

 そして青い槍兵を土蔵の外に吹き飛ばす者が顕現した。

 

 ――雷鳴が轟く──

 

「輝きを持つ者よ。尊さを失わぬ、若人よ。 お前の声を聞いた。ならば、呼べ。私は来よう」

 

 ――黒い襟巻棚引いて――

 ――閃光が迸る――

 ――雷鳴が轟く――

 

 その腰部には機械の帯(マシンベルト)が。

 その両腕には機械の籠手(マシンアーム)が。

 たなびく黒い襟巻(マフラー)は僅かに雷電を帯びて、白い詰襟服には、見たことない意匠。

 

 曾て軍服の様なものをまとい、

 空の果ての雷をまとい、

 刹那に、彼はその姿を現した。

 

 ――そして――

 ――彼の瞳、輝いて――

 ――周囲に浮かぶ光の剣、5つ――

 

「絶望の空に、我が名を呼ぶがいい。――――雷鳴と共に。私は、来よう」

 

 

 

 静かな月華に照らされた土蔵、今日この日、運命の夜に衛宮士郎とニコラ・テスラは邂逅した。

 

 

 

 白い男はこちらを見た。

 

「少年、君が私のマスターか」

 

「……マス……ター?」

 

 なんのことかわからない。マスターとはなんのことだろうか、この男は何者なんだ。

 

「なるほど正規のマスターではないのだな、だが安心するといい。私が君を守る。

 さしあたっては外で殺気剥き出しの槍兵を大人しくさせてからゆっくり話すとしよう」

 

 そう言うと白い男は外へ飛び出ていった。

 士郎はそこで飛び上がるように立ち上がる、すると白い男を追うように外に出る。

 

 そこは士郎にとって、否魔術師とっても規格外の光景であり、世界であった。

 閃光が迸る、雷鳴が轟く。夜を昼に変える。土蔵の外は士郎の知る世界ではなかった。

 

「発雷十!」

 

  白い男がそう言うと雷鳴が10回ほぼ同時に鳴り響いた。しかし雷の落ちた黒焦げた大地には青い槍兵はいなかった、だが青い槍兵の回避した先に5本の光の剣、突き袈裟右凪ぎ唐竹背後からの突き、それらを緩急をつけ青い槍兵に迫る。

 

「なめるなぁ!」

 

 怒号一喝。青い槍兵は光の剣を全てを薙ぎ払い、打ち落とし、躱す。

 

「さぁ!」

 

 青い槍兵が突進すると三連突き、更に三連、どんどん加速する槍撃に白い男は腕組みを崩すことなく光の剣で迎撃。

 空気が軋む、大気が悲鳴を上げる。轟音鳴り響くこの場所はもはや現実ではなく神話の世界だ。只人が生きてはいけない世界。

 そして青い槍兵の槍がついに白い男に届く、が、その槍は素手で防がれた。

 しかし槍兵は止まらない、むしろ更に加速する槍はもはや瀑布。その怒涛の攻撃は音の壁を越え白い男を首を捉えた。

 

「――()った」

 

「惜しいが、遅い」

 

「な!?」「え?」

 

 白い男が文字通り消えたように見えたと思ったら槍兵の背後にいた。

 

「あの槍を躱た!? 閃光! 雷速! 否、光速――!」

 

 左手と右手を、輝かせて。

 左手と右手に、紫電を溜めて。

 白いの男が――

 

「然り! ――電刃ッ!」

 

荷電粒子の神槌(トール・ハンマー)ッ!」

 

「ちぃ!」

 

 ――閃光が――

 ――視界を埋めて――

 ――夜がほんの一瞬朝になった――

 

 

 

 

 目が慣れると二人は5mほどの距離をッていた。

 

「ふむ。やるなランサーあのタイミング、あの状態で直撃を避けるとはなかなかどうして。

 必殺の一撃を放つとき必ず隙ができる。絶妙だったはずだか。

 認めようランサーお前は私が今まで会った中で最強の槍兵だ」

 

 白い男は手放しに青い槍兵…ランサーを称賛していた。

 余りにも場違いで不真面目にも捉え得る言動、しかし彼は至って真面目である。

 ランサーはというと。

 

「うれしいこと言ってくれるね。だがあの一撃はヤバかった。危うく直撃を食らうところだった。

 ――しかし貴様何者だ。宙に浮かぶ光の剣、雷を操る、あまりに芸達者でキャスターかと思ったが、我が槍を受け止める奇っ怪な無刀術と光速の超移動。曲者揃いの聖杯戦争において貴様程の男はなかなかいないだろう」

 

「尊き輝きを守護するものだ。尊くも儚い者を守る騎士といったところだ。

 お前にわかるかランサー」

 

 そうだ。今自分はわけのわからない状況下にあるが、一つだけわかることがある。

 

「窮地に陥る者の味方だ。そしてお前の敵だ」

 

 それを聞いたランサーは笑いを堪えるように

 

「は、ほざけよ雷電魔人」

 

「ではどうするランサー、このまま、やるか」

 

 白い男は依然不敵な態度を崩すことなくランサーと相している。そしてランサーは。

 

「やってやろうさ! 元々偵察目的だかそんなもの知るか! ここまでやられたんだ返礼の一つも出来ずになにが英雄か!」

 

 ランサーは槍を僅かに下げ、姿勢が低くする。

 その構えを俺は知っている。

 それは必殺の一撃、夜の校庭で赤い男を殺すはずだったもの。

 周囲の空間が歪んだ。

 

 ――槍を中心に、魔力か渦巻き躍動する――

 

「宝具か――」

 

 白い男は不遜な態度を崩すことなく立ち続けている。

 敵がどれ程危険な存在かわかっているはずなのに白いの男は正面から受けて立つつもりだ。

 

「――その心臓、貰い受ける――!」

 

 ランサーが疾走する。

 そして距離も半ばのところで踏み込む。

 槍の間合いには程遠い、ランサーともあろう者が間合いを読み間違えるだろうか。

 

 刹那。

 

「――刺し穿つ(ゲイ)

 

 言葉に魔力が宿る。

 その真名をもって宝具は解放される。

 形をなした神秘。

 貴い幻想(noble phantasm)がいま、ここに顕象する。

 

「――死棘の槍(ボルグ)ッ!」

 

 槍が複雑な軌道をとって白い男に迫る。

 白いの男はその槍を光の剣で防いだ――防いだはずだ。

 ――しかしランサーの槍は――

 ――防いだはずの槍は――

 ――白い男の胸を貫いていた――

 ――凶々しいく深々と――

 そしてこの槍は心臓だけではなく雷電核をも貫いていた。

 それは、幻想たる彼の中心だ。それは、雷の鳳の力そのもの。

 人間でたとえるならば心臓と脳を同時に砕かれたに等しい。

 かの槍は神代の海獣の骨から作られた魔槍で貫かれた者は必ず絶命するといわれる。

 ここに白い男の敗北が決定した。

 

 ――Fエクスペリメンツ―を使用して世界介入をします――

 《――入力――》

 《――承認――》

 《介入を開始します》

 《基底現実を書き換えます》

 

 

 ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □

 

 

 ――二人は間合いをとった状態になっている。

 さっきまでの光景はなんであったのか。

 

「……貴様どうやって我が槍を防いだ」

 

 訝しむというよりはある種激昂している。

 彼の槍は心臓を穿つ文字通りの必殺の一撃だった、なのに彼は生きている。自分の必殺技を、自身の誇りを防がれたことに怒りを覚えているように見えた。

 白い男は未だに不遜な態度のままだかその内心は伺えしれない。

 

「ゲイ・ボルグっと言ったか、なるほど御身はアルスターの光の御子か」

 

 ランサーは槍を納めると片手で頭をかき。

 

「ちっ。これをやるからには必殺でなけりゃならないのに。俺もヤキが回ったか。

 まったく、有名すぎるのもどうか」

 

「落ち込むことはないランサー、御身の宝具は間違いなく必殺の一撃だった。私とて少しでも対応を間違えればれば命を落としていた」

 

 それを聞いたランサーは哄笑し始めた。

 

「そうかそうか、そいつは光栄だ。が、その一撃を防ぐお前は何者だ?」

 

「言っただろ、騎士だと、そしてお前の敵だ」

 

 ランサーは諦めたのかため息を吐くと踵を返した。

 

「追ってこないのか雷電魔人」

 

「追ってもいいがそこの少年を放っておくわけにもいくまい。

 行けランサー」

 

「そうか、ではな雷電魔人、次は全力でやり合おう」

 

 そう言うとランサーは塀を越えて夜の闇に消えていった。

 白い男がこちらにやって来た。

 

「大丈夫か少年。服は血塗れだが――大きな傷はなさそうだな」

 

 なんか大人が子供の心配をするような対応に少しイラッとくる。

 

「少年じゃない、衛宮士郎だ!」

 

「そうかでは士郎無事なようでなによりだ。それで君は私に聞きたいことがあるのではないか? 正規ではないとは言え君はマスターであり、私は君の質問に答える義務があるし、君は質問をする権利がる。

 故に私のわかる限り答えよう」

 

「っ……」

 

 ――な……なんなんだこいつは、いきなり名前で呼ぶなんて、ふ、フツーは名字で呼ぶもんじゃないのか………!?

 照れを隠すように、子供扱いされないように強い口調で質問する。

 

「……じゃあ聞くがあんたは何なんだ、なぜ俺は襲われたんだ」

 

 彼は手を顎に添えると。

 

「なるほどまずはそこからか。

 まず私はニコラ・テスラ、気軽にマスターテスラ又はマスターと呼ぶがいい。

 そして君は魔術師達による狂気なりし儀式、聖杯戦争に巻き込まれた。

 だが安心するがいい、私が君を護り抜く」

 

「ニコラ・テスラって、あのテスラコイルの?」

 

 ――なにか妙なこと言っている男がいる。と言うか痛い男。

 そんな視線をニコラ・テスラを名乗る男に向ける。

 

「確かにそのニコラ・テスラで相違ないが、なにやら失礼なことを考えている目だな。

 まぁいい、士郎きみは体のどこかに聖痕――令呪があるはずだが」

 

「聖痕って……そんなのあるわ――痛っ!」

 

 突然左手に痛みが走る。

 左手の甲には刺青のような、変な模様が刻み込まれていた。

 

「なん……だ、これは」

 

「士郎それが令呪だ。

 それが聖杯戦争におけるマスターの証であり、サーヴァントを律する三つの命令権であり、マスターとしての命でもある。あまり無用に使わないように、ここぞという時に必要になる」

 

 なんなのか未だに追い付かない。

 

「――ん? 外に気配がするな。この短い時間にサーヴァント二騎と遭遇とは、やれやれでは外で迎えるか。

 士郎は危ないからここで待ってなさい、戦闘は回避できるようにする」

 

 言うやいなやニコラ・テスラ(仮)は門の方へ跳んでいった 。

 

「……外に、気配?

 ちょと待て、俺を置いていくな!」

 

 彼を追い、全力で門へ走る。

 まだ聞きたいことが山積しているんだ。

 

 息を切らして門の外へ出る。

 ニコラ・テスラ(仮)と対峙している二人組を見つけた。

 月は雲に覆われて、辺りは闇に包まれて顔がよく見えない。

 そして、

 

「あら衛宮君こんばんは、なかなか面白いことしてるようね。よかったら私とお話しない?」

 

 月華に照らされた先には、この場には相応しくない女の子がいた。

 遠阪凛学園の優等生がいい笑顔でこちらを睨んでいた。今日、この日、この運命の夜がすべての始まりであった。

取り敢えずそんな笑顔でこっち睨まないで。




閲覧ありがとうございます。この小説はアーチャーと士郎が雷電王閣下と出会ったらという妄想を具現させたものです。正義の味方談義楽しいかなと思ったので。


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優等生? その①

初めての方に、この『優等生? その①』は大幅に改訂したやつなので、過去に書いた奴は活動報告に載っているので笑いの種としてどうぞ、そして。

あははははははは、まだやっていたよ
あははははははは、こんな恥をさらして

『――貴重な時間を無駄にして――』

『――クスクス――』

と、自虐してしまう私でした。
でも文字数が二倍弱増えましたからね。たぶん前よりも大分マシになったと思うので、どうぞ楽しんでください。



「あら衛宮君こんばんは、なかなか面白いことしてるようね。よかったら私とお話しない?」

 

 遠坂凛が、学園の優等生が片手を真っ直ぐ伸ばし、手を手刀のような形にしながら、いい笑顔でこちらを睨んでいた。しかも遠坂はその美貌の額の血管をピクピクと痙攣させてる。

 ――これはかなりヤバイのではないのか……

 

「士郎、彼女とは知り合いなのか?」

 

 ニコラ・テスラ(仮)が尋ねてくる。

 

「ああ、彼女は遠阪凛。同じ学校に通っている」

 

「初めましてセイバー、いま紹介いただいた遠阪凛よ。よろし」

 

「凛どうする。いまからランサーは追うことはできないがそこで呆けているマスターを葬ることは容易い」

 

 横から、というか遠坂の前方で長身の赤い男が、二つの短剣を構え殺気むき出しの、赤い男が口をはさんできた。

 

「アーチャー口出ししないで、私はここでなにも状況を理解できてない馬鹿に自分に何が起きているか、これからどうするのかを説明する義務ができたから」

 

「凛、それは必要なことか? 明らかにいらない労働と責任だぞ。そんなことする暇があるなら目の前の障害を排除した方が建設的だ」

 

「いいからアーチャーは黙ってて、セイバーもそれでいいわよね? 仮にも貴方のマスターが何も理解していないんだからそっちの方が都合がいいでしょ?」

 

 どうするべきだろうか。遠坂の提案はこちらからすれば魅力的だが彼女がそうする理由はわからない、切継(じいさん)曰く『魔術師は基本的に利己的で、おおよその世間の一般とは乖離した思想と常識を持っている。だから簡単には信用してはいけない』『彼らにとって他人はほぼ自分の研究に役立つか、立たないかの二択しかない。それは家族とて例外ではない』と言われているので遠坂が本当に魔術師ならここは慎重にならねばならない。

 

「ふむ。ではよろしくたのむ」

 

 そう思っていた矢先にニコラ・テスラ(仮)は俺に何の相談もなく了承した。

 

「な! なに勝手に話を進めるん」

 

「了解。じゃあここだとなんだから中で話しましょ」

 

 交渉成立と言わんばかりに遠坂は家に入ろうとするがアーチャーと呼ばれた弓兵が再度止める。

 

「待つんだ凛、君は自分のしようとしていることがわかっているのか?」

 

「わかってるわよ。でもねさっき貴方の斬撃と私のガントをそこに浮かんでる光の剣で苦もなく防ぎ、あのランサー退ける相手をそう簡単に抜けるとは思えない。

 それにこのセイバーは積極的に戦う意思はないようだから今日のところは様子見でも問題ないわよ。だって貴方はさっき言ったわよね『葬るのは容易い』ってね」

 

 言われてれば遠坂は先程まで挙げていた腕を下ろし、腰に手を当てていた。

 

「しかし凛」

 

 尚もアーチャーは遠坂の行動を止めようとする。

 

「いいの。もうこれは決定したことなんだから。

 そういうわけでアーチャーは屋根に登って周りを監視してね。貴方がいたら話が進まないから、いいこれは命令よ」

 

 アーチャーは最後の一押しに観念したのか肩を竦めてため息を吐いた。

 

「――了解した。凛あとで後悔しなことだな」

 

 アーチャーはそう言うと姿が消えた。遠坂が命令通りにたぶん今屋根の上にいるのだろう。

 遠坂はアーチャーが移動したのを確認すると俺と二コラ・テスラ(仮)の横を通り玄関の前でこちらを向いて一声する。

 

「なに突っ立っているの、早く来なさいよ。寒いんだから早く」

 

「ちょっと先行くなよ」

 

 俺は遠坂を、穂群原学園2年A組在籍、学園では男女ともに絶大な人気を誇る優等生遠坂凛を、親友の柳洞一成曰く女狐、学園中生徒教師を含め皆遠坂に騙されているとか。取り敢えず落ち着いて話をするために彼女を家に案内することに、決してあの遠坂から逃げるためではない!

 

 

 

 そう言うわけで玄関の鍵を開けて遠坂とニコラ・テスラ(仮)を上げる。

 

「へぇー和風って言うよりも武家屋敷かな? うんうんなんか新鮮ね。で居間はどこかしら、あっちかな?」

 

 遠坂は武家屋敷が珍しいのかキョロキョロと周りを見回しながら先行していく。

 俺は後について来るニコラ・テスラ(仮)に1つ釘を刺しておく。

 

「ニコラ・テスラ(仮)家に上がるときは靴を脱いでね」

 

「わかっている。この国は屋内で靴を脱ぐのが礼儀なのだろ」

 

「へぇ物知りだね」

 

 俺はそんな他愛ないことに感心してると、

 

「ねえーー早く来なさいよね」

 

 などと遠坂が催促するので小走りで追いかける。

 しかし遠坂が魔術師だというのにも驚いたが、こんなにアグレッシブというか、もっとおとなしい優等生という感じだと思ったんだか、今の遠坂を見て学校でのイメージが音をたてて崩れていく。

 

「あ、ここが居間ね……って寒! うわー窓が派手に割れてるじゃない」

 

「仕方ないだろニコラ・テスラ(仮)が助けてくれるまで一人だったんだから」

 

「へえあのランサーを一人で相手していたなんてやるじゃない」

 

「そんなんじゃない、ただ逃げ回るだけで精一杯だっただけだ」

 

「へー変な見栄張らないんだ。感心感心……ん?」

 

 突然遠坂の顔が硬直した。なにか信じられないことでも知ってしまったかのような、そんな顔だ。

 そして、なんか寒さとは違う身震いするんだが気のせいかな。

 

「――ねえ今あなたなんて言ったの?」

 

「え? 逃げるだけで精一杯?」

 

「違う!! その前!!」

 

「――二コラ・テスラ(仮)に助けてくれるまで」

 

 自分は何かおかしなこと思っていたら目の前から赤いオーラが立ち込めていた。そして肩に手が置かれた、ああ細くってきれいな手だなと思いきゃ。

 

「ちょっと衛宮君いまの、やり取り中にあった、ことの重要性理解している? うん?」

 

 凄い握力で肩がミシミシと悲鳴をあげる。

 ――痛い痛い離してほしいが圧倒的オーラに身がすくんで言えない。今こそ助けてマスターテスラ!

 ――そもそもの話、なんで遠坂はそんなに怒っているんだ?

 

「――なにをじゃれているんだ士郎、リンよ」

 

「じゃれてない! セイバーもセイバーよ、今の会話の中に違和感なかったの?」

 

 二コラ・テスラ(仮)は顎に手を置いて考えに耽っている。さっきまでの会話の中になにか問題点がないか検討しているのだろう。

 それはわかったので早く離してほしい&助けてほしい。このままでは肩がヤバい。

 

「どうしたんだ遠坂、人を名前で呼ぶのは当たり前のことだろう?」

 

「たしかにその通りだか士郎よ、私のことはマスターか、マスターテスラと呼ぶがいい。わざわざフルネームね呼ぶのは他人行儀が過ぎる」

 

「――そう、だね。じゃあマスターテスラ」

 

 マスターテスラが『ああ』と頷く。

 今、やっとニコラ・テスラと、いや、マスターテスラと繋がった気がする。

 ――そうだ、自分はこの人は信頼できる人とさっき感じたはずだ。ならニコラ・テスラなんて他人行儀で呼ぶものじゃない。

 そして置いてきぼりの遠坂はと言うと、

 

「あーもーなんなのよ! この主従は!」

 

 遠坂はそう言うとため息を吐いて俺の肩からの手を離す。圧力から解放されても肩にはまだ鈍痛が感じられる。

 ――いったいどんな握力してるんだよ。

 

「……もうやだ……こんなんにセイバーとられたなんて」

 

「こんなんって、失礼だな。たしかに俺は半人前ではあるが」

 

「うるさいヘッポコ」

 

 ――ヘッポコ……さっきからなんなんだこの女は、そりゃあ人間大なり小なり猫を被る(藤ねえは例外だが)ものだかこいつはひどすぎないか、もはや別人格ではないか。

 

「士郎そんなことよりも、やらねばならんことが他にあるだろう」

 

「やるべきこと?」

 

 マスター二コラは真剣な表情で俺に問いかける。

 

「いつまでガラスをそのままにしておくつもりだ、そのままでは足を怪我するし、何よりそこの短いスカートを穿く少女がいるのだ。体を冷やしすぎると腹を壊す、それはよくない。女性は体を冷やしてはいけない、速やかに対象するべきだ」

 

 言われてみれば少し冷える。そんななかで遠坂を放っておくのはよくないと今気付いた。

 

「ああすまない。遠坂はスカート短いしあまりに冷えると体に悪いからすぐ片付ける」

 

 ――遠坂が小刻みに震えている。余程寒いんだろう。これは急がねば。たしか段ボールの余りが土蔵にあったはず、あ、その前にガラスを片付けるためにちり取りと新聞紙か。

 思い立ったが吉日、急いで片付けようと動き出そうとするとまた遠坂に肩を握られ(決して掴まれたとかではない!)動きを停められた。

 

「あーもーさっきからスカートが短いだのなんなの! ガラスくらい私が何とかするわよ!」

 

 もはや八つ当たりにしか見えないが、取り敢えず肩がまた軋んでくる。痛い。

 

「いや、いいよ遠坂、そんな短いスカート穿いていたら冷えるだろうし、すぐそこが居間だから炬燵かストーブで暖まってくれ」

 

 ――そして早く離してくれ。

 

「いいわよ!こんなのすぐに終わるから!」

 

遠坂が俺を突き放すと割れたガラスの近くに歩いていく。

 

「――――Minuten vor schweisen」

 

 遠坂がガラスに触れ呪文を呪文を詠唱する。

 割れたガラスに魔力が通る、パリパリと奇妙な音をたてて宙に躍ると元通りに直った。

 

「ふう。まぁこんなのは張り替えれば済む話だし、魔力の無駄遣いよね。でも、偶然とは言えあなたのサーヴァントの真名を聞いてしまったんだしこれくらいはサービスよ」

 

「いや凄いよ遠坂! 俺はこんなことできないし」

 

 それを聞いた遠坂凛とニコラ・テスラは怪訝な顔をした。あれ? 俺何かとんでもないこと言った?




正直雷電王閣下をちゃんと書けているか心配です。本編の雷電王閣下はもっと面白くかっこいいので興味が出てなおかつ19才以上の方はPC用ゲームソフト『黄雷のガクトゥーン』をお勧めします。ダウンロード版が各サイトにて販売しているので詳しくは『ライアーソフト』『スチームパンクシリーズポータルサイト  steampunkseries.com』へ。独特の文章で好き嫌いを選びますが、大丈夫なら嵌まると思います。
ダウンロードするならば、おすすめとしてDMMでソナーニル以外はすべてダウンロード販売しているのでお暇のある方は覗いてみるのも一興かと思います。

では皆様、良き青空を。


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優等生? その②

え~~と、長らくお待たせしまして、待っていなかったひと初めまして。
今回は改訂というよりも加筆修正が適当ですね。主に会話部分と地文の修正で、説明文はゲームやりながら書いたからそのあたりの部分は前回とあんまり変わらなかったの少々自分に驚きました。

でも、それ以外のすこしは成長しているかな~と思って頑張ります。


 俺の失言(?)に遠坂は怪訝な顔をして俯く何か呟き始めた。漏れ聞こえた声から察するに聞き間違えたかと疑っている。そして、いきなり顔を上げると胡乱(うろん)な様子で口を開く。

 

「ねえ衛宮くん、念のために聞くけど割れた直後のガラスを元通りするなんて初歩の初歩が凄いって言った? じゃあもしかしてあなた五大元素の扱いとか、パスの作り方も知らない?」

 

 知らない物は知らないから素直に頷いた。

 

「……………………」

 

 うん。沈黙が痛い。なまじ美人なだけに真顔で沈黙されると痛い。

 

「――はぁ。こんな素人が聖杯戦争のマスターになれるなんて、私の十年間はなんだったの。往返徒労(おうへんとろう)もいいところじゃない。でもまあ、このサーヴァント優秀だけど、もしも召喚していたら多分心労で戦う前に負けていたかも」

 

 遠坂は不満を垂らしながらマスターテスラを見る。その視線にマスターテスラは手を顎に添えて考え込んでいる。

 

「――ふむ。私の対応に何か問題でもあったかリン? 英国紳士としてなんら瑕疵(かし)はなかったはずだが……」

 

「はぁ――まぁそう言うことにしておくわ。……ねぇあなたはセイバーのサーヴァントで間違いないのよね?」

 

額に手を当てて大きなため息を吐いた遠坂、しかし、次の瞬間、マスターテスラに質疑を投げかける遠坂の視線は学園では見ることのない戦士の、いや、魔術師のものだった。

 

「ああ確かにサーヴァントのクラスはセイバーで相違ない。なかなかの慧眼だなリン。ご褒美にゼリービーンズをやろう」

 

「いらない。甘すぎるの好きじゃないし、そういう安っぽいのは趣味でもないから」

 

 マスターテスラはどこからかカラフルなお菓子を取り出すと遠坂に渡そうとした、しかし、遠坂はすっぱりと断った。断られたマスターテスラは再度顎に手を添えて考え込む。

 ――そんなに悩むような事だろうか?

 

「……ふむ。いらんか。最近の若者は甘いものを好まないのか?」

 

「そんなことはどうでもいいから、っで、話を進めるけど私が説明していいのね?」

 

「ああ、よろしく頼む。どうも私は一言足りないらしくなかなか相手に伝わり辛い。特に助手にはいつもなぜか怒られていたからな。私の説明のどこに不備があるのやら」

 

「その助手については知らないけど、その苦労は推して図るべしね。

 じゃあさっそく本題だけど衛宮君、端的に言うわね。あなたは魔術師達の儀式、聖杯戦争というのに狂気の儀式に巻き込まれたの。そしてその聖杯戦争はたった1つしかない万能の願望器聖杯を求めて争うの。そこにいるセイバーみたいな存在が他に6騎の合計7騎と、そのサーヴァントを従えた私達マスター7人によるバトルロワイヤル。それが聖杯戦争よ。

あなたもマスターである証拠に腕のどこかに聖痕、紋様が刻まれているはずよ」

 

 俺は自分の手の甲を確認する。確かにそこには奇妙な紋様が刻まれていた。言葉が出ない、校庭で死闘を繰り広げたアーチャーやランサー、そのランサーを撃退したマスターテスラ、その他に4騎も同じような存在がいるなどと夢物語のような話はにわかに信じがたい。そんな困惑する俺を無視して遠坂は説明を続ける。

 

「それが聖痕、令呪っていうんだけど、それはサーヴァントを律する呪文であり、聖杯戦争のマスターである証、それがある限りはサーヴァントを従えていらるし従ってくれる。

 令呪は絶対遵守の命令権。サーヴァントの意思をねじ曲、どんな命令でも絶対に従わせれる呪文であり刻印。発動に必要な呪文はなく使用すると思えばいい。

 そしてその令呪が無くなったマスターはサーヴァントに殺されるだろうから注意してね」

 

 その言葉を聞いてゾッとした。マスターテスラが俺を殺すなんて想像もできなかったから。

 

「マスターは他のマスターを倒すのが基本だから。自分以外の他のマスター全てを倒したマスターには褒美として聖杯が与えられる。

 まだわからない? ようするに衛宮君、あなたはね昔の魔術師達が始めた狂気なりし儀式、聖杯戦争という殺し合いに巻き込まれたの。ただ一人残るまで終わらない殺し合いに」

 

 頭の中で、聞いたばかりの単語が回る。理解が追い付かない、いや、理解したくない。

 聖杯戦争のマスターに選ばれた自分。

 自分の敵対する相手、マスターだという遠坂。

 超常なりしサーヴァントという存在。

 そして聖杯戦争という魔術師達の殺し合い。

 

 余りの事に頭の整理が追い付かず黙っていると遠坂が口を開く。

 

「気持ちは察するけど、さっきまでのことは全部事実だし……あなただって心の底では理解しているんじゃない? 二度もサーヴァントに殺されかけて、もう逃げられる立場ではないということに。

 いえ。殺されかけたんじゃなくって殺されたんだっけ。よく生き返ったわね、衛宮君」

 

 殺されかけたのではなく殺された。その事実を思い出して初めて認識が追い付いた。

 自分はランサーに殺された。殺されたはずの自分が今も生きていることにも気付いた。

 そして。死の淵で聞いた、あまりにも潔かった誰かの声――

 

「納得いった? 自分はとっくにそういう立場にいるのよ。

 今さら逃げることなんて出来ない、あなたが曲がりなりにも魔術師というならとうの昔に覚悟は済ましているはずよね。殺し、殺されるのが私達魔術師だっていうことに」

 

 遠坂は困惑する俺が愉快なのか、上機嫌だ。

 それに自分だって魔術師だ。覚悟くらいとうの昔に出来ている。

 だか、その前に一つ疑問ができた。

 

「…………遠坂は何で俺がランサーに殺されたことを知っているんだ?」

 

(――チッ。少し調子にのりすぎたか)

 

 舌打ちをして怪しい素振りをする遠坂。

 

「今のはただの推測よ。あなたには何の関係もなく、どうでもいいことだから忘れなさい」

 

「……どうでもよくなんかない。俺はあの時、確かに」

 

「いいから! そんなことより自分の立場わかってるの? あなたも選ばれた七人のマスターの一人、聖杯戦争の主役なのよ。

 この冬木の聖杯戦争は何十年に一度、七人のマスターにそれぞれサーヴァントが与えられ、自分以外の全てのマスターを薙ぎ払う。これが聖杯戦争のルールよ」

 

 それ以上の追及は許さぬと捲し立てる遠坂、だが、遠坂の言っていることを少しずつ理解する。

 自分が聖杯戦争という狂気の儀式に巻き込まれたこと、今更逃げることはできないということが。

 

「私もマスターに選ばれた一人。だからサーヴァントを召喚して契約したし、あなたもセイバーと契約した。

 正確には衛宮君は自分の意志でセイバーを呼び出した訳ではないけど、聖杯は期限までに正規のマスターがそろわなかった場合に数合わせで魔術師の資質があるモノにサーヴァントという使い魔を与える。だから偶発的に、なにも知らない人がマスターになることも稀にある。魔術師として運がいいのか悪いのか判断は難しいところだけど諦めることね」

 

 聖杯戦争については大概はわかった。が、しかし一つ疑問が浮かび上がる。

 

「ちょっと待ってくれ。遠坂はサーヴァントが使い魔と言うが、そうは思えない。

 使い魔っていうのは普通鳥や猫、人によっては幽霊を使役するやつもいるって切嗣(おやじ)は言っていたけど、マスターテスラはどう見ても鳥や猫の類ではなく人だ。とても使い魔には見えない」

 

マスターテスラを見る。

マスターテスラは俺と遠坂の会話を、黙って聞いている。

 腕を組み、目を閉じ、きれいな姿勢で、静かに、確実にそこにいる。その姿は使い魔の類には思えず、人間そのものにしか見えない。

 

「まぁ分類的に言えば使い魔だけど、位置づけは段違いよ。何しろサーヴァントは使い魔とては最強のゴーストライナーなんだから。

 ゴーストライナーと言ってもただの幽霊じゃない。彼らは受肉した過去の英雄、精霊に近い人以上の存在なんだから」

 

「な!」

 

 驚愕した。マスターテスラは受肉した過去の英雄!? たしかにあんあ風変わりな英国紳……ランサーとやり合えるような人間は現代にいないと思うけど。

 

「因みに、これは魔術じゃないわよ。あくまで聖杯による現象と考えなさい。でなければ魂の再現、固定化なんて出来るわけない。

 人間であれ動物であれ機械であれ、偉大な功績を残すと輪廻の輪から外れてて一段上に昇華するの。

 英雄っていうのはそういう連中の事。崇め奉られて擬似的な神様になったモノ達」

 

 高霊術や口寄せなどの、一般的な『霊を扱う魔術』は英霊の力を一部借り受けて奇跡を起こす御業。

 しかしサーヴァントは英霊本体を直接使い魔にする。

 故に基本的に霊体にもなれる。アーチャーという赤い男が霊体になり屋根の上にいるように。そしていざとなれば実体化して戦う。

 

「実体化すれば一応こちらの攻撃も当たるけど倒すなんて現実的ではないわね。だってサーヴァントはみんな化け物じみてるもの。だからマスターは基本後方支援がセオリーね」

 

遠坂の説明は癪に障る。

――化け物……たしかにサーヴァントと呼ばれる連中はみんな化け物じみているけど、マスターテスラはそういう風には見えない、やはり人間にしか見えない。

 

「とにかくマスターに選ばれた人間は、サーヴァントを使って他のマスター全てを倒す。理解できた?」

 

「言葉の上なら理解はしたが、納得はできん。そもそもそんな儀式が、誰が、何のために始めたんだ」

 

「それは私の関知するとこではないし、答えられることでもない。その辺りは、ちゃんと聖杯戦争を監督している生臭神父に聞きなさい。

 私の言えるのは、あなたはもう逃げることはできない。サーヴァントと一緒に戦うしか道はないという事だけよ」

 

 遠坂はそれだけ言うと、マスターテスラに視線を向けた。

 

「さて、衛宮君から聞いた限り貴方は不完全な状態みたいね。マスターとしての心得がない魔術師見習いに呼び出されたんだからそれも当然よね」

 

「ああリン言う通りだ。確かに生前ほどの力は発揮できない、霊体化も出来ない、魔力パスも繋がってないがこちらは問題ない」

 

「へ~驚いた。そこまで酷かったこともそうだけど正直に話してくれるなんて思わなかったから。

一応真名は偶然にも聞いたけど、けれど貴方が本当にニコラ・テスラか正直疑問だったから、弱味の一つでも聞けたらなって程度だったのに……ん? 魔力のパスが無くっても問題ない? どういうこと! もしかして自給自足ができるタイプのサーヴァントなの!?」

 

 さっきまで冷静に説明していた遠坂が机に身を乗り出しマスターテスラに問い詰める。

 

「別に隠すようなことでもあるまいし、私はニコラ・テスラで相違ない。ただこの世界のニコラ・テスラとは違うようだがな。

 そして、私に魔力は必要ない、しいてお前たちにわかりやすく言えば電力だが、そんなものは副次的に過ぎず。私には人々の輝きさえあれば戦える」

 

「電力? 輝き? 貴方はロボットなの?」

 

 遠坂の疑問は俺も思ったが、体のどこかにコードがあって、それを伸ばしコンセント挿す姿を想像し…………

 

「「ぷ!」」

 

 俺たちは必死に堪える。マスターテスラのどこかにあるであろうコードをコンセントに挿し込み、充電が終わるまでじーーっと体育座りをしているであろうマスターテスラを。

 

「アーハハハハ!」 「もうだめ!もう無理!ハハハハ」

 

 こんなに笑ったのは久しぶりだった。腹筋がよじれそうなほど痛い。さっきまでのシリアスな空気が霧散してしまう。遠坂なんか手を何度も机に叩きつけながら笑い続けている。

 なかなか笑いが収まらない俺たち、マスターテスラはおもむろに俺たちの手に触れる。

 

 ――!

 何を急にと思った矢先、

 

                バチン!

 「「!」」

 

 耳に聞こえるくらいの空気の破裂音が室内に響いた。唐突で、いきなりの痛みと音に俺たちはのたうち回る。マスターテスラが俺たちに電気ショックを、スタンガンと同じことを俺たちにしたのだと痛みが薄れることに気づいた。

 

「いったいなにするんのよセイバー!」

 

 痛みが治まった遠坂はマスターテスラを睨む。

 

「あのままでは話が進みそうになかったのだが少々手荒だったな。そこは謝罪しよう。

それに、私の電力はそんな即物的なものではない。先も言ったが私にとっての電力は、

 人々の内から溢れ出す輝き。

 人が尊きものである証。

 《うつくしも》のである証。

 それが私の力の源だ」

 

 「――輝き――」

 

 人が尊きものである証、《うつくしも》のである証。そういうマスターテスラの顔は、遠き果てにある眩しいものを、輝けるもの見るような顔をしていた。

 ――やはりこの人は正義の味方なのだろうか?

 

 過去に置いてきたモノ。忘れていたもの。どれだけ手を伸ばしても決して届かぬモノが今、目の前にあるかもしれない。

 ――そう思うと、この出会いはFate(運命)だったかもしれない。

 

「はぁ、えーと話は少し脱線したけど。一応はまとまったわよね? じゃあ行きましょうか」

 

 呆けている俺を見て何を思ったか知らないが、遠坂が急に立ち上がり『パンパン』と柏手(かしわで)を打って強引に話を終わらせ、どこかに行こうと宣言する。

 

「行くって何処へ?」

 

「だから、聖杯戦争についてあなたは色々知りたいんでしょ? これから行くところに詳しいやつがいるから、隣町だし急げば夜明け前までには帰ってこれるわ。それに明日は日曜だから別に夜更かしてもいいんじゃない。それとも行きたくないの?」

 

「いや、そういう問題じゃなくて、今日は色々あったからもう休みたい」

 

 今日、というか今夜だけで二度もサーヴァントに襲われ、なおかついきなり聖杯戦争という狂気の儀式に巻き込まれたと言われれば精神的、肉体的に疲労困憊で本当なら今すぐ布団で寝たいくらいだ。

 もちろん今、そんな悠長なことを言っている場合ではないのは承知しているが、それでも『今くらいは』と思ってしまう。が、ここで追い打ちがかかる。

 

「いや士郎、ここは今日のうちにリンと一緒にその事情を知る者のところ行った方がいい。今後いつこのような機会に巡り合えるかわからんからな」

 

「……わかった。マスターテスラもそう言うなら行こう。

 それで何処にいけばいいんだ遠坂。あんまり危ないとこはごめんだからな」

 

「大丈夫よ。まぁ邪悪な男がいるから気をしっかり持てば大丈夫よ。

 さあ行きましょうか言峰教会に」




というわけで第三弾! あと二話ほど改訂作業が終われば本編連載再開ですね。速くしたい! なかなかうまく書けないのが現状。

が、俺は諦めない! 諦めなければどうにかなると信じているから! 

あと、今シャルノスが第九章、あと一息です。倫敦の闇は深い、深すぎる。本当にメアリはすごいですね。

では今日はこのくらいで親愛なるハーメルン読者の皆様良き青空を。


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夜の散歩

なお、言峰教会での説明というなのいじめは割愛します。


 衛宮邸での話し合いの後、私たちは聖杯戦争の歴史を知る男のいる言峰教会に向うため夜の街を歩く。

 

 私の世界の歴史上でもこと”魔術”や”錬金術”などの異端と呼ばれるモノは主の教義に反するとして多くの人々、中には冤罪や政治的理由でそれこそ老若男女民族貴賤問わず殺されてきた。もっとも、機関文明の第二次産業革後の教会にはそれほどの権威などは失われていた。

 しかし、この世界の教会と言うモノは私の世界における教会とは毛色が違うようだ。

 

 真贋の是非はともかく、聖杯と名の付く戦争を教会が管理していると言うのは少々どころではないほど違和感を感じる。私がもしも教会の関係者なら有無を言わさず力ずくで奪いに行く、しかし、それがないと言うことは裏では魔術組織と繋がっているいる可能性が、いや、たぶん何らかの協定を結んでいるのだろう。そうでなければ少女とはいえ一介の魔術師が自分の大敵と言ってもおかしくない教会に堂々と行くなどと言うモノか。

 聖杯戦争中にも関わらず警察機構の警邏らしき者たちははごく僅か、その事から聖杯戦争のことは公には完全に隠蔽されている。この街並みから察するに少なくとも一度は文明開化している、他にも様々な電波が飛び交っていることから高度な情報社会が形成されているであろうこの国で、過去に四度もこの聖杯戦争をしていたというにも関わらず。だ。つまり、それほどの強大な力を持つ組織が二つ手を組んでこの戦争をしている。

 

 一番懸念しなければならないのは、この聖杯戦争その物が出来レースでは無いかということだ。

 仮にそうであるなら士郎に誤った情報を吹き込んで、私たちを離反させて漁夫の利をとれることもありうる。そして、それほどの力を持つ組織が放つの監視役ならば話術はもとより戦闘力も油断できない。

 いや、この魔術師の少女がその神父と一定以上の関係を持っているということは、この土地の管理者に所縁のある人物……例えばリンの後見人? 

 

 この聖杯戦争に参加するのならまず当主が出てくるはずだ、そう考えるとリンが当主、もくは代行と言うことになる。

 そうなればまずリンの周辺を調査しなければならない。リン本人はともかく、その親が魔術師然とした魔術師だった場合、真っ先に士郎に害が及ぶの確実だ。

 

 さて、まずはこの周辺に魔術の痕跡がないか、雷電探知でこの世界の魔術師の結界を突破できるか、試してみる。か。

 

 川に掛かる橋の中央に差し掛かったところで探知の目を張る。その間、士郎とリンどころかアーチャーですら私が何かやっていることには気づいていないようだ。

 そうなると、キャスターのサーヴァントはともかく、この世界の一般的な魔術師とサーヴァントとは私の探知が張り巡らされていても問題ないことがわかった。

 

 その探知の範囲を広げている最中、ふと、河川に探知の輪が触れた。

 

 その水は暗く淀んでいなかった。いや、この世界が永遠の灰色に覆われていないことも、河川や海が暗く淀んでいないことも、とうに気付いていた。

 気付かざるおえない。それは、あの土蔵で士郎と向かいあった時、その場を月光が照らしていたのだから。

 

 空を見上げれば瞬く星と、優しい光で地上を照らす月。

 見下ろせば暗く淀んでおらず、粘性もなく、魚たちが泳ぎ回り、昼間であれば川底や海底が見えるであろう水。

 

 かつての19世紀には当たり前だった空、遥か遠き19世紀には憩いの場だっだ河川。

 どちらもわが師に守ると言った尊きもの。ネオンたちに残したかったかけがいのない物。

 

 永遠の灰色が覆い、煤と蒸気病が蔓延する機関文明ではない世界。

 かつて私が実現させたかった電気文明の世界。

 結社に阻まれた理想の世界。

 

 それは…………

 

「どうしたんだマスターテスラ? 空なんかじっと見て」

 

 気付けば私はその場に立ち止まり、空を眺めていた。

 久しく、そう、久しく見た月と、星と、永遠の灰色に覆われていない空、それらを前に、気付かないうちに文字通り感傷に浸っていた。

 あの世界でこのような空を見たのは遠くカダスの彼方、《世界の水殻》の先、《未知世界》でしか見ることが叶わないモノだから。

 

 だから――

 

「いや、夜空が、星と月が綺麗だと思って、な――」

 

「そうか? この街もだいぶ明るいから星もだいぶ少なくなっていると思うけど。

 それよりも早く行こう、あんまりのんびりしていると帰りの頃には朝になる」

 

 そう言うとまた歩きはじめる。

 先程よりも幾分、早歩きで、

 

 士郎の言いたいことはわかる。

 ここの空気はあちら程ではないが、それでも汚れている。しかし、それも許容範囲内であり、水もまた同様だ。

 仮に、あちらの富裕層がこの街を見たら大金を叩いて土地を買い占めようとするだろう。

 

 それほどまでに、あちらの世界は暗かった。

 ある一時期から僅かに見え始めた、永遠の灰色の隙間から差す陽射しですら貴重と思えるほどに。

 その程度の陽射しすら私は、守れなかったの、だから。

 

 その後も夜闇で暗いながらも、街の、新都の郊外の山へと向かう。途中自然の色そのもの森や草を眺めていると、違う世界にいると実感する。

 それに、私があちらの世界ではあるが、この国にいた頃よりも西洋化が進んでいるのにも知的好奇心が湧く、特に外人墓地や教会などあの頃は隠れるように、ひっそりと建っている物だったが、今では堂々とその威容を示している。

 そして、外人墓地を過ぎた辺りからリンの顔が険しくなっていった。この坂の上に件の言峰教会があるのだろう。

 

「衛宮くんはこの教会が初めてかもしれないから一つ言っとくけど、あそこの神父は一筋縄じゃいかないから、気を引き締めてね」

 

 リンはそう言うと先だって登っていく。

 暫く登ると教会が見えた。一見したところ立派な作りで、敷地もこの高台のほとんどを占めるだろう。手入れのいきとどいた広場が我々を出迎える。

 しかし、この教会は、そう大きくないのに、迷える子羊を導くはずの場所なのに、他者を威圧する。

 

 これが神の家なのか。

 これが人々に神の教えを教示する者の。

 これが聖職者いるべき場所か。

 

「どうしたんだマスターテスラ。早く行こう」

 

 士郎はまた私が物珍しさに呆けていると思ったのか、急ぐように催促する。

 だが、私は――

 

「いや、私はここに残る。士郎は気にせず行くといい」

 

「……え? なんで?」

 

「士郎、この教会に、ここにいるであろう神父に用があるのは士郎だろ。私はここまでの道中士郎とリンを護衛するために付いて来たに過ぎない。

 これから先は、士郎自身が聞き、考え、答えを出すのだ。

 二人に危機が及んだら、士郎が私を呼んだのなら、すぐさま私は駆け付けよう。

 だから、心置きなく行ってくるがいい、なにも心配するな」

 

「……わかった。行ってくる」

 

 士郎は一応の納得して行った。

 私は二人を送り出し、これまでの事を整理する。

 

 まず、私が現界で来ている理由、この胸にはスミリヤの家の者の繋がりを、ネオンとの繋がりを感じない。

 答えは一つ、私を召喚した士郎が楔となっているのだろう。

 電力に関しても士郎の傍にいる限り、士郎との繋がりを絶たれない限り問題もないだろう。

 

 次にこの聖杯戦争そのものについてだが、どうにかして士郎を戦線から遠ざけることはできないだろうか? ダメだ、士郎の性格を鑑みるにネオンと同じように私の後を追ってくる可能性が高い。そうなれば今の士郎では死んでしまう。

 士郎にメスメルを掛けるか、いや、そのようなことをしてもいずれは思い出し、魔術師としての道を進むだろう。ならば、私に出来ることは出来うる限りで士郎を鍛えること。

 

 士郎自身は体が出来ている、が、型に嵌っていないのは歩き方を見ても明白だ。魔術に関しては私は門外漢だ。

 他の者に教授願うか、そうなるとリンが適任だ。彼女の行動は非常にチグハグだが、一つの理由を付け加えれば一貫性が現れる。

 それは自身へのある種の暗示、踏ん切りを付けるための行動と言動。そうみれば彼女の行動に説明がつく。

 そうであるなら多少の段取りをとってリンに協力を要請しよう。

 

 結論を出した直後に教会の扉が開かれた。

 士郎たちが戻ってきた。

 

 二人は私の前に止まると、士郎が口を開く。

 

 その瞳には決意を。

 その拳には覚悟を。

 その心には輝きを抱いて。

 

「マスターテスラ。俺は、この聖杯戦争を終わらせるために戦う。

 力を貸してくれないか?」

 

 ならば、私もその意志に応えなければならない。

 

「サーヴァント 二コラ・テスラ、マスターたる衛宮士郎の呼び声に応じ、参上した。

 これより我が雷電は、貴方と共にあり、その輝きは常に貴方と共にある。

 この狂気なりし儀式、聖杯戦争を終わらせるために、この力、共にあらん」

 

「ふぅん。これにて万事解決、というわけでいいのね?

 よかった。義理は果たしたんだじ、これで容赦なくあなたたちを倒せる」

 

 リンと霊体化を説いた赤い外套の男……アーチャーが立っていた。

 まったく開口そうそう剣呑なことを。親はどういう教育したのか。まったく子供らしくない。

 後でゼリービーンズをあげよう。そうすれば童心にかえって少しは子供らしくなるだろう。

 

「? 何いっているんだ遠坂、俺は遠坂と喧嘩するつもりはないぞ」

 

「はぁ……やっぱりそうきたか。まいったな、これじゃ連れてきた意味ないじゃない」

 

 リンは額に手を当てて大きなため息を零す、中でどのような話をしたかは知らないが、今の士郎には戦時中という緊張感がない。

 リンは先達として、魔術師として、いや個人のプライドがあるのだから最低限の手助けを下に過ぎない。それが終わった今、この場で襲われても文句は言えない状況なのに、士郎はそれを理解していない。

 

「凛」

 

「なによアーチャー。私がいいって言うまで口出ししない約束でしょ」

 

「それは重々承知している。が、このままでは埒があかない。

 相手の覚悟など確かめるまでもない。倒し易い敵が目の前にいるなら、遠慮なく殺るべきだ」

 

「随分な言いようだなアーチャー。

 確かに戦いは非情だ。士郎も戦いの参戦を表明した。

 これから真の聖杯戦争が始まるだろう、力無き者から倒れるのが必定だろう。しかし、覚悟の定まってない者から倒すと言うのは些かどうかと思うが」

 

「セイバー、我々の話に口を挟まないでいただきたい。

 それに先ほど貴様が言ったであろう。そこの男は参戦を表明した。自ら戦うと宣言したのだ。

 ならば今、この場で戦闘が始まってもおかしくない状況で、私でなくとも凛が、いやそもそも態々宣戦布告したにも関わらず、未だに戯言をほざくのだ。

 呆れもするし、嘆きもする。ならばいっそこの場で、と、思うの至極当然だと思うのだが?」

 

「士郎はまだ子供だ。準備も覚悟もないまま巻き込まれたのだ。リンは子供なからに周到な準備してきて、魔術の鍛練に関して言うに及ばずだ。

 だが、士郎にはそれがない。なかった。無論、ずっと見逃せとは言わんし、手加減しろとも言わん。

 だが、今夜はもういいだろう。リンも言外に今夜は見逃すと言っている。主の意に添うのもサーヴァントとして当然だと思うが」

 

「耳の痛いことを言う。だが、君の言葉で言うなら凛もまだ子供だ。

 マスターを正しく導くのもサーヴァントの勤めだし、苦言も呈する。私は敗北するために呼ばれたわけではなく。勝つためによばれたのだからね」

 

「ちょっとまって! 勝手に話を進めないで! アーチャーもセイバーも人を子供子供って失礼なこと言わないで。アーチャーも今夜はセイバーの言う通り見逃すの。いつでも倒せるなら別に今でなくてもいいでしょ。

 それに、我が家の家訓は『余裕を持って優雅たれ』よ。敵にさえなってない相手を倒すなんて優雅さの欠片もないまねできない」

 

 リンが私とアーチャーの間に入って仲裁しようとする。

 私自身としてはここで戦闘を開始するつもりは無いのだが、リンから見て臨戦態勢に見えたようだ。

 

「しかし凛、その男相手にそのようなことを言っていてはいつまでも進まんぞ」

 

「大丈夫よ。見逃すのは今日限り、次は無いわ。

 仮に、そう仮に次も私に対して無防備で、間抜けな面を見せたら、その時は容赦しない」

 

「ふう。ではその時が来たら呼んでくれ」

 

 アーチャーは肩を竦めると霊体に戻り姿を消した。

 その後、無言で帰路へつく。坂の途中に差し掛かりリンは。

 

「じゃあ、ここで別れましょうか。考えればなにも一緒に帰る必要もないし。

 私たちはこのまま新都で調査をするわ。今日は何にも成果がなかったって、いうのは癪だし。セイバーの真名は棚から牡丹餅だから成果に数えたくないし。

 じゃあね衛宮君、明日からは敵同士よ」

 

「遠坂って、いいやつなんだな」

 

「は? なによ突然。おだてたって手加減しないわよ」

 

「知ってる。けど出来れば敵同士になりたかくない。俺、おまえみたいなヤツ好きだ」

 

「な――――――」

 

 やれやれ、二人とも魔術に携わる者としては甘いな。21世紀の魔術師は皆こうなのか? まぁ魔術師皆があの魔女のようだったら、それはそれで気が滅入るが。

 

「ふぅ。いい! 二つ忠告よ。もしもセイバーがやられたら教会に逃げ込みなさい。

 そして、セイバーのことをマスターテスラと呼ぶのはやめなさい。無駄に真名を吹聴するものではないわ。

 あとはせいぜいセイバーと作戦を立てて、自分がやられないように気を付けることね」

 

 言うだけ言ってリンは新都の方へ歩き出す。

 

 が。

 

 幽霊でも見たかのような唐突さで、彼女の足はピタリと止まった。

 

          「――――――――ねえ、お 話 は 終 わ り ? ―――――――― 」




実は改定前の方がうまく書けている気がしないでもないが、でも、あの頃よりも、今の方が雷電王閣下の事を知っているのでどうしても書きたかったんですよ!


では、親愛なるハーメルン読者の皆様方。良き青空を。



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最強のサーヴァント 前編

遅くなり申し訳ございません。
今回は二編に分けて投稿します。理由としましては、目まぐるしく視点が変わるのと、個人的に一話に付き、一万文字前後を限度としているからです。
それと、今後に関わる設定が大幅に変わったのでそこは少し楽しんでもらうと幸いです。
では、本編どうぞ―――


  「――――――――ねえ、お 話 は 終 わ り ? ―――――――― 」

 

 幼き声が静かなる月下の夜に響き渡る。

 歌うようにかけられた声、声の主である少女に視線が向かう。

 

 向かうその先に――

 

「――バーサーカー」

 

 少女の隣に、突如として、人の形をした石巌があった。岩が精巧な人の形をしていた。

 いや、違う。月光に照らされるそれは、決してこの世にはあってはならないモノだ。

 

 そう。例えるなら、御伽噺や神話で出てくる悪魔や怪物のような異形。間違っても人が敵わないモノ。

 

「――何なの、単純な能力ならセイバー以上…………」

 

 聞きなれない単語を口にする遠坂。

 その言葉の意味するところに実感はもてないが、あの巨人のが放つ異質さは否が応でもわかる。

 アレは人の形をしているが、決して人と呼ばれるものではない。

 

 ならば、アレは――マスターテスラ、マスターと同じ、サーヴァントと呼ばれる存在(英雄)だ。

 

 バーサーカーと呼ぶそれを睨んだ遠坂が言った言葉の意味、単純な意味で狂戦士(バーサーカー)なのではないということでない。

 

「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 まるで妖精のように微笑みながら少女は言った。

 その無邪気な微笑みが、その悪意のない微笑みが、背筋を震わせる。

 少女とその隣にいる巨人がいる風景があまりにチグハグで、あまりに不釣り合いで、もはや悪夢としか形容できない。

 

「――――」

 

 いや、背筋どころではない。体中、意識、心まで凍り付いてしまう。

 アレは正真正銘の化け物だ。いかな逸話、武勇伝がある英雄だろうとアレは化け物としか言いようがない。

 ただそこにいるだけで周りを圧倒する存在、視界を合わせる必要もなく、意識されることもなく。その存在そのものが圧倒的存在。

 

 しかし、それらを意に介することのない者が此処にいた。

 

 

 

「少女よ。こんな時間に外をであるのは感心せんな。

 子供は家に帰って寝ている時間だ。道に迷ったと言うのなら、家を探すのを手伝おう。

 なに、なんの心配はいらない。レディの扱いは英国紳士のたしなみだ。しっかり送り届けよう」

 

 

 

「……………………」「――――――」

 

 あの巨人を前に変わらぬマスターに、俺たち二人は呆気にとられいた。

 そんなマスターの対応に少女は虚をつかれたようで、俺たち同様に一瞬呆けたあと、クスクスと笑い始めた。

 

「ふふふ、お気遣い感謝しますジェントルマン」

 

 っと。

 少女はスカートの裾を掴んで、その場に不釣り合いな、とてもきれいなお辞儀をした。

 

「はじめまして、リン、ジェントルマン。私はイリヤ。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。今夜限りのお見知りおきを。

 リンなら私のことわかるよね?

 そして素敵な名も知らないジェントルマン。今日私はここで、貴方たちを待っていたので、貴方の心配は杞憂です。どうぞご安心を」

 

「ふむ。名乗るのが遅れた、私はニコラ・テスラ。よろしくイリヤスフィール。

 そして、イリヤスフィール、先程の言は冗談ではないのだな。君は今日ここで私たちを待っていたと言ったな、ならば尚のこと感心せんな。

 イリヤ、きみはこのような争いするべきではない。

 言ったであろう。子供は家に帰って寝ている時間だ。それに子供は良く食べ、良く学び、良く遊び、健やかに育つべきだ。

 

 罷り間違っても聖杯戦争などに参加すべきではない。ましてやその影に潜む者(・・・・・)は人間が関わるべきではない。

 即手放し、このような世界から離れるべきだ」

 

「ふふふ」

 

 少女はクスクスと、なにがおかしいのか笑う。

 

「お優しいのねジェントルマン。それにとても礼儀正しい、あの人とは大違い。

 ねえジェントルマン、その優しさは余裕の表れ?」

 

「ああ――私が優しいのも、礼儀正しいのも当たり前だ。英国紳士だからな。

 

         ――――それに、私は強いぞ――――」

 

 マスターは不遜に、あの巨人(恐怖)を前にして動じることなく、そこにある。

 遠坂はマスターとイリヤスフィールが話している間、アーチャーに指示らしきものを出している

 遠坂の指示を出し終えてのか、アーチャーの気配が消え、視線をイリヤスフィールに向き直しつつ、俺に近づいき耳元で囁く。

 

「衛宮君、ここで逃げるか戦うか自由にしなさい。……けどね、出来ることなら逃なさい――」

 

「相談は済んだ? なら、始めちゃっていい?」

 

 少女は告げる。

 身体を揺らして、心底楽しそうに。

 歌うように、軽やかに。

 

「士朗、リン。一つ言っておく、イリヤスフィールとは決して戦うな」

 

 その合間、マスターが俺たちに言葉をかける。

 

「じゃあ殺すね」

 

「彼女自信もそうとうなモノだが、その影に潜むものは人の敵うものではない」

 

 その忠告の意味するところを問う間もなく、始まる。

 

「やっちゃえ、バーサーカー」

 

 先程まで巌のようだったバーサーカーに熱を宿る。

 筋肉が膨張する、体が赤黒く変色する。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

 咆哮が、轟音が、確かな衝撃を伴う裂帛が放たれる。

 巨人が、跳躍する。その一足は大地を砕く、まるで薄氷を踏み砕くように、容易く。

 巌の巨人、バーサーカーが坂の上からの十数メートルという距離を、一息で迫る。

 

「下がれ! 士郎! リン!」

 

 迫りくるバーサーカー、刹那の間に来るであろう脅威を前に身構える。

 しかし、その脅威が届く前に、空中という無防備な状態のバーサーカーに赤い光弾が襲う。

 

 撃ち落とされたバーサーカーに追い打ちの光弾五発が襲い掛かる。不利な体勢から五発の光弾の内三発を薙ぎ払うが、残りの二発は直撃を受け、外人墓地の一画に大きな爆発が起こる。

 しかし、爆炎の晴れた先に無傷のバーサーカーがいた。

 

「下がって! 衛宮君!」

 

 瞬間、視界からバーサーカーが消えた。

 かん(・・)か、はたまた危機を感知したのか振り向いた先に、バーサーカーが岩塊としか思えない大剣を振り上げ、今にも叩き落そうとしている。

 

 刹那――マスターの白い背中が視界を埋める。

 振り下ろされた大剣をマスターが、五本の光の剣が、近代兵器を思わせる一撃を防いだ。

 

「バリツ式――」

 

 マスターが拳を握りしめる。

 雷鳴と共にマスターが紫電を纏う。

 雷鳴と共に機械の籠手(マシンアーム)が紫電に輝く。

 

 外人墓地を照らす月明かりより眩い雷光が――

 深い闇さえ切り裂く輝きが――

 バーサーカーの腹部に吸い込まれる――

 

「――雷電正拳突き!」

 

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるバーサーカー。

 巻き上がる土煙、大地が砕ける音がするのと同時に土煙の中心からバーサーカーが飛び出しマスターに襲いかかる。先程よも苛烈に、先程よりも過激な攻撃。

 その身に傷はなく、疲弊した様子もない。ただ平然と、何事もなかったように、それこそ人の形をした災害とも言える存在。一撃一撃が猛威。

 力任せの一撃、誰にでも出来て、その実誰にもできない一撃をバーサーカーは振るい続ける。

 

 ただ力任せの一撃ならマスターも防ぐことなく、その攻撃を掻い潜り一方的な攻勢へと出るだろう。

 だが、そうはいかない、バーサーカーの一撃は力だけでなく、速さも兼ね備えている。規格外のパワーとスピード、大地を砕き大気が悲鳴を上げる一撃。常人であれば掠めるだけで粉砕される。単純な二つの要素を兼ね備えた攻撃がマスターを攻め立てる。

 

 次の瞬間、マスターが体勢を崩した。バーサーカーに砕かれた大地に足をとられた。

 僅かな隙、そんな隙を見逃すバーサーカーではなく、今までで一番大振りな一撃を繰り出す。

 しかし、マスターは振り落とされた大剣に片手を添えていなし、大地に食い込む大剣に二本の光の剣、止めに中国拳法の震足を思わせる踏み込みで大剣を大地に縫い付ける。

 完全な無防備のバーサーカーに三本の光の剣が、右肩、左足、胸に襲いかかる。

 誰しもが必殺の瞬間と思っただろう。

 

 だが、違った。

 

 バーサーカーは大剣を手放し、倒立と少しの体の捻りで三本剣を避け、その勢いで踵落とし二連、逆にマスターを大地に縫い付け回し蹴りをマスターに叩き込んだ。

 

「――!? なんなのあの肉ダルマ! あれ本当にバーサーカー!?」

 

 遠坂は驚愕していた。いや、驚愕しざるおえない。アレが文字通りのバーサーカーだとしたら、いや、終始あの怪物から理性の類は感じなかった。

 バーサーカーとはクラススキル狂化により、理性を失うことによりステータスを上昇させるサーヴァントの中でも異質な存在。それは同時に一部のスキルや宝具、生前持っていた武技を失うことを意味している。それ程までにあの武技は異常だ。

 

 吹き飛ばされたマスターが無事に着地する。マスターにダメージらしきものは見当たらないものの、その表情は驚愕に染まっていると思われた。が、

 

「――なるほど、異能(アート)を使ったジョウ以上のパワーとエリス以上の武技とは。

 さぞかし高名な英雄なのだろ。

 狂化に呑まれようとも消えぬ太刀筋、見事だ」

 

 ここにおいても、あれほどの熾烈な攻防をして尚も、その自負は揺るがず、不遜なまでに泰然自若。

 バーサーカーもさることながら、マスターも俺たちの常識では計り知れない。

 

「ッ! アーチャー援護して!」

 

 遠坂が遠くにいるであろうアーチャーに指示を出す。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ここは新都高層ビルの屋上。

 あれほど明るかった街は寝静まり、今この場には赤い弓兵が一人。眼下の街にいる人々は、今この時に頂上と超常が激突しているとも知らず。ただ静かに、約束された安寧たる朝を待っている

 その人ならざる者たちの戦いを見据え、その者たち同等の力を持つ者が自分たちの直上にいるとも知らず。

 

「消えぬ太刀筋と言うよりは、体に染み付いると言った方が的確だろう。さしずめ闘いの化身と、言ったところか」

 

 弓兵は遠くの言峰教会。坂を降りた公園を、その瞳は遠くバーサーカーを捉えていた。

 主の指示に応え、弓に矢を番える。必殺の時を見据えながら、弓を引絞る。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 咆哮が夜の空気を激震させる。その一振りが大地を隆起させる。一度や二度ではない、それこそ滂沱の如くマスターに様々な角度から降り注ぐ。

 正面、下、頭上、横、空中、それらをギリギリのところでいなし、光の剣で防ぐ。

 その間にも、アーチャーの矢は確実にバーサーカーに当たっている。なのに、

 

「やれやれ。思ったより頑丈で、想像よりも強い。

 どれ程の人生を送れば、それほどまでになるのか、興味がある」

 

「ふふ。まだ余裕があるのねジェントルマン。でもね、貴方がどれ程強くってもバーサーカーには敵わないわ。

 だって、そいつはギリシャ神話最大最強の大英雄なんですもの」

 

「! まさか、それって――」

 

「ふむ。なるほど、合点がいった。バーサーカー――貴公の真名はヘラクレスか」

 

「正解よジェントルマン。そいつこそ神が下した12の試練を踏破し、主神ゼウスに列なる大英雄ヘラクレス。

 貴方たちではアレに絶対に勝てない」

 

 不遜なまでに変わらぬマスター、それを見るイリヤスフィールは微笑ましそう嗤う。

 それは自信の顕れ、自分たちが負けないと言う、負けるということすら想像できない。事実、この状況かで俺はマスターが勝てるように思えないのだから。

 

「――ッ! 舐めんじゃ」

 

 遠坂は違った。歯噛みをしたのはほんの一瞬、バーサーカーに向かい駆け出した。

 

「ないわよ!」

 

 その手に握られた何かを、闇夜においても輝く宝石をバーサーカー相手に投げつける。

 

「アーチャー!」

 

 バーサーカーの上で宝石が弾ける。弾け、紫色の魔力がドーム状にバーサーカーを囲う。囲われたバーサーカーが地面ごと沈みこむ。

 多分アレは重力操作の魔術だ。しかも、バーサーカーの動きを止めるほどモノともなれば相当高位の魔術だ。それを遠坂は宝石を媒介に一動作(シングルアクション)で行使した。

 そして、動きの止まったバーサーカーに二十を越えるアーチャーの矢が突き刺さり、爆発する。

 

 されど、バーサーカーは健在。ダメージらしいダメージもなく、損傷らしい損傷もない。まさに怪物だ。

 

「バーサーカー。リンとアーチャーは無視していいわ。どうせあの程度じゃあなたの宝具は越えられないのだから。さあそろそろ幕引きとしましょ」

 

 更に激しくなる攻撃、獰猛さを増す斬撃、破壊の一撃。

 公園を縦横無尽に駆け回り、マスターに着地すら許さぬ連撃が、マスターを追い詰める。徐々に上へ上へと、教会のある頂上に向かって追い込まれるマスター。

 成すすべなく、反撃を許さず、回避すらままならぬ追い打ちが続く。

 

「追いなさいバーサーカー」

 

 イリヤスフィールはマスターたちの言った方へ歩き出す。

 俺たちに興味がないのか、それとも初めから眼中に無いのか、全く警戒素振りもなく向かう。

 

「ちぃ」

 

 遠坂は舌打ちをし、こちらに向かって。

 

「いい! あなたは逃げなさい! わかったわね!」

 

 それだけ言うと、遠坂は少女を追っていった。

 

「――――くそ!  一緒に戦うと言ったのに、これじゃあ只の足手纏いだ」

 

 ならどうする、ここで諦めるのか。マスターを置いて逃げるのか?

 

 いや、逃げない。

 逃げちゃだめだ。

 

 ――俺にだって出来ることは必ずあるはずだ。 そのために今日まで頑張ってきたんじゃないか!

 ――それに、今ここで逃げるのは、マスターに対する裏切りだ。それだけは、それだけはしてはならない。

 

 俺は駆け出す。マスターの手助けをするために。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 山の中腹の開けた場所に、イリヤスフィールは立っていた。

 ネオンの光が消え、車や電車も行き来しない新都を眺めている。

 

 突如イリヤスフィールの背後、暗い森から二つ魔力の塊がに放たれる。最少の動作と音による奇襲――

 

 しかし、その二つはイリヤスフィールに到達することなく、彼女の周りに浮遊する銀の針金細工で作られたような鳥が主人を護った。

 

「随分な挨拶ねリン。前口上も、名乗りもなしに攻撃するなんて、優雅さのかけらもない。なんて野蛮なのかしら、まるで野生の獣ね。

 それとも、これが遠坂の流儀なのかしらリン」

 

「あら、開戦の狼煙を揚げたのそちらよ。なら不意打ちも何もない。

 それともまたさっきみたいに名前を教えてくれるのかしら? イリヤスフィール」

 

 不意打ちした身でありながら、傲岸に喋りかける遠坂。喋りかけている間も得意のガントを放つ姿勢で、咄嗟の状況に即座に対応できるよう退路を確保しつつ、相手との間合いを図り、彼我の戦力差を計り、必勝の法を謀る。

 

「また自己紹介? そんなモノに意味があるのかしら? いいえ無いわ。

 すべて。そう、すべて。あらゆるものは意味を持たないわ。

 たとえば――――

 ここで死んでしまう。あなたに、そんなことする意味なんて。ないんだから。

 

 ――いいえ、訂正するわ。せめても無聊の慰めにでもなれば、あなたに意味が生まれるわ」

 

 イリヤスフィールも優雅に振り返る。まるで遠坂凛を脅威とは認識しておらず、敵とすら認識していない。それは遊び相手、自分の無聊を慰める相手。

 視線が交差する、イリヤスフィールの傍を飛んでいた鳥の形をした銀の針金細工が遠坂に迫る。そして、嘴から魔力弾が射出される。

 それを躱し、後退しながらガントで迎撃するも鳥の使い魔はそれを避けて、遠坂を追尾するのと同時に攻撃の手を休めない。やむなく遠坂は急斜面を転げ落ちるように下り追っ手を撒く。

 

「ッーー。なんなのアレ。自動追尾に魔力の生成までやるなんて、まるで魔術師じゃない!」

 

 手入れのされた自慢の髪やコートを汚しながらもなんを逃れ、独り言ちる遠坂。

 先程の交戦である程度互いの戦力は測れた。ならば、ここから勝つための方程式と、負けない。いや、ことイリヤスフィールに関して言えば死なず、何より勝つためにしてはならない行動と、しなければならない行動を決める。

 

 ――まず、あんなのに囲まれたら袋叩きにあってしまう。けれどもあれほどの魔術なら術者にもそれなりの負荷と弊害があるはず。

 ――それを見極めるために、今は逃げて、隠れてる。

 

「あら? リン、StorchRitter(コウノトリの騎士)から逃げたかと思ったら、今度はかくれんぼかしら?

 でも、逃げ切ったご褒美にもう二羽追加してあげる」

 

 イリヤスフィールが髪をかきあげる。かきあげると髪が二本中に舞い、銀の鳥の針金細工が生成された。

 

 ――なんなの! あの反則!

 こうなれば、いくら潜んでいても、いずれは発見され、囲まれるのが落ちだ。

 ――なら!

 

 

 

「へー。逃げ隠れするのを辞めて、正面対決か、あなたはもう少し賢いと思ったのだけど」

 

「言っていなさい――」

 

 遠坂はイリヤスフィールの正面へと躍り出た。彼女には搦め手は通用しないと判断し、今持てるカードのすべてを切らなければ、この状況を打開できないと至ったが故に。

 手刀を相手に突き付けるように構え、放たれるガンド。

 遠坂の得意魔術の初等呪術《ガンド撃ち》だが、物理的破壊力を持たないはずのガンドが、当たった相手を呪い、昏倒させるだけのぱずガンド撃ち。

 しかし、そのガンドは、普通ではあり得ないほど高い密度魔力が込められている。その威力は拳銃の弾丸並みの破壊力を持ったものになっている。これは一部の魔術師のみが行使可能な物理的破壊力を持ったガンド、通称《フィンの一撃》と呼ばれる高等魔術だ。

 

 二度目の不意打ち。

 

 しかし、それをもイリヤスフィールは防ぐ、鳥が盾へと変形し防ぎ、反撃する。

 

「せい!」

 

 遠坂が放り投げたエメラルドが砕け、その粉が自身を守るように魔力の壁が形成される。形成された盾に鳥たちの攻撃が殺到する。しかし、盾は砕けない。

 

「――お返しよっ!」

 

 ガントが鳥たちを襲う、放たれた魔力が鳥を二羽撃破、次に狙うは本命。イリヤスフィール本人。

 放たれるガントに対抗するために、鳥を形成していた銀の髪が(ひもと)かれ、剣の形成される。主の敵を、障害を滅せんがために、一振りの剣が遠坂に飛来する。

 瞬間、遠坂は直感で右に避けた。その直感は正しかった。飛来する剣はガントと盾を諸共貫く。

 ――貫かれた!?

 

Zähre()は防げてもDegen()は防げないのね。がっかり、もう少しは楽しませてくれると思ったのに――」

 

 もう一振りの剣が、遠坂に照準を定める。

 

「じゃあ、これでお終い。はしたない女鹿には串刺しがお似合いよ」

 

 放たれる剣。

 しかし、それを正視する遠坂凛は絶望していない。

 

「この程度、予測済みよ!」

 

 再度放つガント、それを見て嗤うイリヤスフィール。ガントと剣が接触する。鬩ぎ合うこともなく、術者諸共串刺しにする未来を想像する。

 だが、次の瞬間、イリヤスフィールが瞠目する。

 貫くはずの剣が砕かれ、それだけで勢いは止まらず自分に向かってくる。瞬時にからくりを看破する。あのガントの中には宝石がある。それにより威力を底上げしているのだ。

 急ぎ髪をかき上げ使い魔を三体盾にするも、粉砕される。そこでガントも消えるも、その一瞬、気を緩めた。

 

 それが命取りとなる。

 

 ガントの後ろに、隠すようにもう一発のガントが、目の前に迫っていた。今からでは使い魔も間に合わない。

 自身の命が刈り取られようとする。

 遠坂は心の中でガッツポーズをとり、勝利を確信した。瞬間、

 

 イリヤスフィールの影が、コポリと、泡立つ――――

 蠢くように、粘度の高い水のように、泡立つ――――

 昏く、暗い、イリヤスフィールの影が、主を害する凶刃を止める――――

 

「――――!!」

 

 ――なんな、のアレは――

 恐怖に駆られ遠坂はガントを放つ、手持ちの宝石すべてを消費して、残りの魔力すべてを動員して。

 説明できない恐怖に怯え、幼少の頃、第四次聖杯戦争の時感じた恐怖よりも強く。涙を耐えながら、悲鳴を押し殺して、攻撃を続ける。

 その攻勢は雪崩のように、機関銃のように、バズーカの如き一撃を混ぜながら、繰り出す。

 

 されど、押し寄せる脅威の波を、イリヤスフィールの影が、受け止めて。受け止めて――――

 飲み込み、喰らう――――

 ガントも、フィンの一撃も、宝石魔術も、等しく、喰らう――――

 

 ――なんなの、アレは……

 魔力も、宝石も、戦意も失い。呆然とする。

 

「……A(アー)。主人の遊びに手を出すなんて、とういうつもり?」

 

 イリヤスフィールが言うと、影から――――

 舞台の昇降装置から上がってくるように――――

 白く、(しろ)い、長身の執事が――――

 

「はい。いいえ。Mein Königin(我が女王)

 

 



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最強のサーヴァント 後編

 影から現れた白い執事は、主に恭しく頭を下げている。

 

 白い髪、肌は黒、赫い瞳。肌は黒人や日焼けおは違うもっと異質な涅ろさ。白い紳士服が更に肌の色を打ちあがらせいる。

 とても人間のそれとは思えない。あまりに異質な存在。

 

「っで、弁明は無いのかしら、A(アー)?」

 

「畏れながらイリヤ。あのまま傍観すれば、君が傷つくことになる。たとえそれが、猫に引っ掛かれた程度の傷であろうと、そう言ったことを事前に防ぐために、僕はいる」

 

「――ふん! あの程度、あたしだけでもどうにか出来たよ! それよりもA、あな――」

 

 イリヤスフィールが言葉を紡ぐの妨げるように、新都の方から、高い魔力を秘めた幾つもの紅い光弾が、襲いかかる。

 しかし、それらの光弾はイリヤスフィールに到達する前に、Aと呼ばれた執事の影に受け止められた。押し寄せる波のごとく放たれる矢を、波瀾の如く押し寄せる矢を、影が受け止めていた。

 陽炎のように揺蕩い。炎のように揺らめく。

 イリヤスフィールとA自身の周囲を囲うように、アーチャーの矢を、受け止めて。

 

「まったく、主人同士の戦いに横槍を入れるなんて、あなたは飼い犬の躾すらできないの? まぁ、それはこちらも同じだし、今日のところは許してあげるわリン。

 でもね――」

 

 イリヤスフィールがアーチャーがいるであろう高層ビルを睨む。

 それは自分の楽しみを、玩具を取り上げられた子供が、親を睨むような、そんな目をしてAに命令する。

 

「私の遊びに横槍を入れたアーチャーは許さない。

 A! アイツを狩りなさい――」

 

Ja。 Mein Königin(イエス。我が女王)

 

 未だに遅い続ける光弾に向かうA。

 悠然と、機械的に、彼方にいるアーチャーに向かい。

 

「サーヴァントアーチャー。射貫く者。射殺す者。その鷹の目をもってあらゆるものを見通し、撃ち貫く。たとえいかな距離があろうとも、外すことのない正確な射撃。何よりもその矢、一発一発の威力は並の魔術師では手も足もでないだろう。

 しかしその程度では、僕の影を超すことは出来ない」

 

 告げる。女王の騎士が、

 一つ。女王の命を受けて、

 静かに、揺るがぬ力を持って、

 

 影に下す。女王の命を。

 

「――さあ、来い。

 女王の言葉を借りて。来たれ。我が影、我がかたち、我が剣」

 

 コポリ。コポリ。コポリ。

 Aの影が激しく泡立ち、()り上る。

 追り上がる影が、形造られる。

 

 言葉に応じるように。意志に応じるように。

 それは、影だ。力ある影だ。意志ある影だ。騎士なる影だ。

 かたちを得る影、影がかたちとなる。

 声と、言葉と、力を道標として。

 それは、昏く。それは、暗い。それは、力と騎士なる魂の権限にして。

 

 アーチャーから放たれ続ける魔弾を、一介の魔術師なら防ぐこと能わぬ光弾を、受け止め、一歩踏み出す。

 穿たれる影。破砕される影。それでも、なお泡立ち続ける。それは、地の底から溢れ出る無形の、彼の力のあらわれ。

 

 Aの背後から、立ち上がる――――

 影、黒、力。しもべが一つ。

 

 ――それは、戦慄だった。いままで、見たこともないほど黒く、昏い魔力。

 ――魔力にも色がある。術者の特性に左右される色。放つモノに依存した色。

 ――多分アレは、護るもの。守護騎士の権限。女王の盾にして剣。

 

「堅固なる力の鼓動――――」

 

 ――たしかなる鼓動と共に、それは来る。

 ――白い執事の背後から。

 

「剣なる昏き影――――」

 

 ――黒い影、昏い影は、形をそのままに来る。白い執事の背後から。

 

「そして、すべてを護り、すべてを打ち払う(くろがね)の剣。

 我が声に応え顕現せよ、我が欠片。我が力。

 絶対なる守護騎士。

 ――――使い魔《クリッター・ナイトテンプル》ッ!」

 

 無形なる影が、秩序無き影が、歪む。

 瞬く間に、全長六メートルの騎士が、降り立つ。

 

 下半身は駿馬が、されど他を圧倒する巨体。

 上半身は二人一対の、四椀二頭の騎士の偉容。

 ここに、黒く、昏き、騎士が降り立つ。

 

「ナイトテンプル。イリヤスフィールを護り、敵なる射手を、薙ぎ払え――」

 

 嘶く馬頭、雄叫びを上げる四椀一対の騎士。

 駆ける。(くう)を蹴る。打ち付ける蹄が魔力の足場を創り、馬は障害物のない大草原を掛けるが如く加速していく。

 己が主の、敵に向かって。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「くっ!」

 

 思わず舌打ちをするアーチャー。それもそのはずだ。

 いまアーチャーは自分に近づいてくる騎兵を射貫こうと矢を放っている。それを止めるべく放つ赤い光弾が、騎士を、馬を狙う。しかし、騎士の四腕に握られた大型の盾二つと、常人なら片手では振り回せない筈のロングソードと馬上槍に阻まれる。

 いま自分に近づいてくる騎兵は、サーヴァントと同等の、正面対決ならアサシンやキャスターすら屠れるほどの存在だ。それが、次第に近づいてきているのだ。

 

 アーチャーが焦るほどに近づかれた原因、それはセイバーと対峙しているバーサーカーにも注意を向けていたからだ。仮にここでセイバーがやられた場合、自分のマスターの安全が保障できず、駆け付けたとしても間に合わない可能性が大きい。故に、セイバーへの援護は絶やさずしていたのが裏目に出た。

 もしも、かの騎兵に注意を向け、集中して攻撃していれば撃退できたやも知れない。だが、そうは出来ずここまで近づかれた。それほどまでにアーチャーにはセイバーが追い詰められているように見えたのだ。

 そして、

 

「!」

 

 騎兵がランスを投げた。アーチャーが躱し、投擲されたランスがそれまでアーチャーがいた場所を砕く。

 その隙を逃さず騎兵は加速、アーチャーも矢を射るが足場の不安定な空中ではまともな威力もなく、着地した自分の目の前には、

 

「Aaaaaaaaaaa!!」

 

 二本のロングソードを振りかざす騎兵がいた――――

 

 咄嗟に弓矢を干将莫邪に替え、振り下ろされる二振りの大剣を逸らし、距離を取る。

 

「――まったく、アインツベルンも相当この聖杯戦争に執心なのだな。まさか、これほどのモノまでを用意するとは、頭が下がる思いだ」

 

 不意に、不敵に、笑みを浮かべる弓兵。その笑みに一切の反応もなく、意に介することなく、騎兵はアーチャーに突進する。

 

「凛。少しの間耐えろ――」

 

 衝突する二騎――――

 火花散らす、激闘が――――

 始まる――――

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ――今の私じゃ敵わない。

 暗い森を遠坂凛は駆ける。文字通り闇雲に。

 あの白い執事の影から、二頭一対の人馬が出現し、新都にいるであろうアーチャーに向かった瞬間に駆け出していた。出そうになった諸々の声を噛み殺し、森に駆け出した。

 彼我の戦力差を、自身の準備不足を、自身の認識の甘さを、認識して。

 

 ――いや、違う遠坂凛。イリヤスフィールに関して言えば宝石を用意すれば勝算はある。

 ――だけど、あの白い執事とバーサーカーをどうにかしないと話にならない。違う、あの執事も私が相手しないとアーチャーはバーサーカーに勝てない。

 ――そうなると……

 

「わ!」「ッ!」

 

 考えながら走っていたせいで人の気配気付かず、目の前から男の子の声が聞こえ、咄嗟に相手の関節を極めて、地に叩き伏せた。

 

「痛い! 痛い! 遠坂俺だよ! 衛宮だ!」

 

 その声を冷静に聞くとつい数分前に別れた人物だとわかり、一瞬心が緩みそうになり、引き締めるためのスイッチに再度関節を強く締め、一呼吸おいて声をだす。

 

「――何やってるのあなたは! 私は逃げなさいと言ったのに、わざわざ戻ってくるなんて死にたいの!?

 それともなに、聞こえていなかったとでも言うつもり!」

 

 出来る限り語気を強く、相手に一瞬でも安心したなんて悟られないように。すごい剣幕で怒鳴られているとしか思われないように。

 

「聞いていたよ。でも、そうはいかない。いくワケにはいかなくなったんだ」

 

「どうしてそうなるの! どういう理屈でそういうことになるの! どうしてそんな結論になるの! 衛宮君には戦う手段がないんだから、ただの足手まといにしかならないのがわからないの!? 邪魔にしかならないの!」

 

「そんなの関係ない! マスターが戦っているだ! だったら俺一人が逃げていいワケがない!

 ――あと、遠坂はなんでそんなに怒っているだ? 別に俺が何しようと遠坂には関係ないだろ?」

 

 生意気な反論をした後、心底疑問なようにこちらに視線を向けてくるモノだから、一層腹が立ってもう一度強く関節を極める。

 そして、私と違う意味で聖杯戦争に対して認識の誤りがある馬鹿に言ってやる。

 

「関係あるわよ! 今夜は見逃すって言ったのに、これじゃあ私ただのバカみたいじゃない。いいこと、今晩はちゃんと家に帰ってもらわないと困るの、この、私が!」

 

 ――そう。あの取って置きまで使ったのに、あれだけお膳立てしたのに、ここで死なれちゃ――

 

「ああんも! とにかく無事なら、早く逃げなさい。今すぐに。

 イリヤスフィールは今日、ここで私たち皆殺しにするつもりよ」

 

「だから、そういかないんだ。マスターが今も戦っているのに、それなのに俺は一人で逃げれない。いいはずがないんだ。

 ―――――約束したんだ。一緒に戦うと言ったんだ。だから――」

 

「それは一人前の台詞よ。何の援護も出来ないあなたがいても無駄死にするだけでしょ。それこそセイバーの邪魔になるだけでしょ。

 ――これが最後の忠告よ、今すぐに逃げなさい」

 

「そんな事ない。体があるかぎり、諦めなければ出来ることはあるはずだ。

 それに遠坂、自分に出来ないことを他人に押し付けるな」

 

「………………はぁー」

 

 今悟った。これは何をしても曲がらない。いや、曲げれない。今なおも関節を強く極め続けているのに、それでもセイバーのもとに行くと聞かないこの男の子を、あの日の少年を(・・・・・・・)――

 

「どうなっても知らないわよ」

 

 最後に、一際強く締めたあと解放した。

 立ち上がった男の子は、何か言いたげ私を睨むも、近くから轟音が鳴り響くと、なにも言わずに走り出した。

 私は、彼の後を追うように走り出す。今の私にできることは無いとわかっているのに。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 轟音の震源地へと走り、視界の開けた場所に着いた。そこは外人墓地だった。

 墓標の連なるこの場所で、マスターは縦横無尽に動きながらバーサーカーと交戦していた。

 墓石が砕ける。

 

「■■■■■■■■」

 

 咆哮をあげてる巨人が、その凶暴な大剣を一閃するたびに、重たいはずの墓石が一瞬で石屑へと変貌していく。

 

 その中。

 

 数多の石塊となった墓石が宙を舞う戦場に、マスターは有利に戦っている。先程までの劣勢が嘘のように。

 墓石そのものはバーサーカーには障害物にもならないだろう、だがマスターは無数にある墓石を巧みに利用していた。

 

 先程夜も鋭い斬撃。

 先程よりも強い打撃。

 

 それらをすべてをバーサーカーに中てていた。

 そして、それらの攻撃は間違いなく、あの巨人にダメージを与えていた。

 

「なるほどね。あの肉ダルマ相手に遮蔽物ないところで戦うのは無謀、いえ自殺行為と言っても過言ではいわ。

 だからここまで誘導した。ここなら遮蔽物に困らない、セイバー機動力さえあればあのバーサーカーとさえ有利に戦える。これは評価を改めるべきね」

 

「じゃあマスターはわざとここまで追い込まれたのか、この状況をつくるために」

 

「そういうことね。流石は最優のサーヴァント、的確な状況判断能力。そしてそれを実行する行動力。戦闘力。非の打ち所がないわ。

 英国紳士云々がなければね」

 

 ――ごめんマスター。それはフォローできない。

 

「衛宮君」

 

 遠坂が墓地の中央を指さす。マスターとバーサーカー正面から対峙している。

 

「狂化されては、語ることも語れん。が、お前の輝きは見してもらった。

 英雄ヘラクレスよ、お前が戦う理由もわかった。ならば、少々手荒だが退場願おう。そして、この聖杯戦争が終わるまで自陣に引いてもらう」

 

 駆けるニコラ・テスラ。

 バーサーカーが大剣を両手で持ち、唐竹の構えをし、大地に叩きつける。大地が激しく隆起させた。その衝撃は地鳴りとなり、その爆風は俺たちの所まで届いた。

 その激震地に、マスターを正面突破した。五本の光の剣を足や腕に刺し、拘束。

 

 その一瞬。

 まばゆい光が、逬る。

 それは黄金色をした輝きだった。

 それは遥かな果ての輝きだった。

 黄金の――――

 輝き――――

 

 身動きの取れない黒い巨人に、白い彼!

 高速言語が音の壁を破る。

 

 左手と右手を、輝かせて。

 左手と右手に、紫電を溜めて。

 白色の彼が――――

 

 

「――――電刃! 極大雷電の神槍(マルドゥーク・ジャベリン)ッ!」

 

 ――――閃光が――――

 

 ――――黒の巨人を――――

 

 ――――すべてを、砕く――――

 

 

 

 視界が戻るとマスターの帯電は元に戻っていた。

 あの黄金の一撃が、巨人を砕いたのだ。バーサーカーは半身を失い、未だにマスターの黄金の雷が帯電している。それでも現界している。だがバーサーカーは間違いなく戦闘不能だ。

 

「ふむ。これで当分の活動は無理だろう。あとは大人しく自陣に――」

 

 直後、バーサーカーが自身の心臓を、握り潰した。自分でだ。

 瞬間、あれだけの傷が、塞がり始めた。

 

「なるほどこれは再生ではない。

 もはや時間逆行に近い。蘇生の呪い。死んだら発動するの、と言ったところか」

 

 冷静に考察するマスター。その最中、遠坂が独り言をしたかと思うと、何か首を傾げた。

 

「――――え? アーチャー…………? 離れるってどういう事?」

 

 その時、遥か彼方から、こちらに向かって殺気を感じた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「よくやったセイバー。後は――」

 

 新都高層ビルの屋上で、クリッター・ナイトテンプルと対峙しているアーチャーは、その先頭の最中、セイバーとバーサーカーの戦いを注視し続けていた。

 たしかに、この騎兵は侮りがたい敵だ。攻撃力、防御力、機動力、どれをとってもサーヴァントに匹敵するほどだ。だが、決定的に駆けているものがあった。

 それは知能。それは知性。それは意志。

 

 いかに強力な敵でも、短絡的な状況判断しかできないのならば恐れるに足らず。たとえ撃退、撃破が難しくとも、持ちこたえることさえ出来るのならば、そう悪い状況ではない。

 なによりも、慣れてしまえば他のことに注意を向けることも出来る。仮にこの騎兵があの白い執事やイリヤスフィールと一緒にいることで真価を発揮るというなら話は変わるが、それは今気にすることではない。

 そして、持っていた干将莫邪を騎兵に投げつけ、間合いを取る。

 

 弓兵が新たに弓矢持ち、矢を番え、弓を引き絞る。

 されど弓兵の番えるモノは矢ではない。

 ひどく螺れた剣、それを矢にして引き絞っている。

 

「凛そこを早く離れろ!」

 

 弓兵が引き絞っていた手を離す――――

 騎兵と射線が重なるように――――

 騎兵は躱すが、その余波が肉体を抉る――――

 抉られた騎兵は夜の街に墜落し、その矢の行く先は――――

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「あいつ!」

 

 気が付いたら俺は走っていた。マスターはアーチャーの攻撃気付いてない。

 

「マスターーーー!」

 

 マスターはこちらを見て驚いた顔をした。貴重な顔だと後から思った。

 マスターは悪さをした子供を叱るように言う。

 

「士郎。まだ戦いは終わってない。危ないから早く離れなさい」

 

 マスターが何か言っているが聞こえない。有無言わさずマスターの手をとって走り出す。あいつの攻撃が届く前に離れようと、強くマスターの手を握り走る。

 

 背筋が、全身の毛が逆立つ。迫りくる悪寒。

 

「士郎。一体――」

 

「いいから早くこっちに! 説教はあとでき――――」

 

 直後、マスターが俺を抱き寄せ、跳んで伏せた。

 

 ――――"矢"が着弾する。

 

「■■■■■■■■」

 

 その刹那。

 再生途中のバーサーカーは背を向けて逃げる俺たちを無視して、迫り来る"矢"を全力で迎撃した。

 

 ――――瞬間。

 白い閃光が走る。

 あらゆる音が、消えた。

 

 

 

「ッ!!」

 

 歯を食いしばり、マスターと地面に伏せて、ただ耐える。先程から音が聞こえないのは聴覚が麻痺したせいかもしれない、わかるのは大気の振動とこの身を焼かんばかりの熱風。

 それも途中までで、マスターが光の剣を突き刺し、その雷電が盾となって防いでいる。

 だが、マスターが光の剣を展開する前、アーチャー一撃によって発生した爆発は、様々な物を吹き飛ばしていた。その中の破片が、ごつっ、と重い音をたてて、俺の頭に破片が当たっていた。

 

「っ!」

 

 歯を食いしばって耐える。

 白い閃光が、晴れたのを確認すると二人で立ち上がる。自分の体を確認する。守るつもりが逆に守られていたのに少々悔しい思いがした。

 視線を自身から、白い閃光があった方に向ける。

 

「――――」

 

 炎上していた。アーチャーが放った”矢”が墓地を一瞬で火の海にしていた。

 バーサーカーのいたところは、爆心地となりクレーターが出来ていた。

 

 だが、それほどまでの破壊を起こしたにも関わらず。それほどの破壊をもってしても、黒い巨人、バーサーカーは健在だった。あれほど重傷を快復さえしている。

 

「バーサーカー――あれほどの宝具を受けて、なお健在とは、大したものだ」

 

 マスターは相変わらずだった。

 火がはぜる音が、揺らめく陽炎と火の粉が、静かな夜に溶けていく。

 黒い巨人は炎のなかに佇む。

 そんななか、硬い金属が音を立てて落ちて、視線を向けると奇妙なモノが転がってきた。

 

 それは剣だ。

 

 否、それは剣ではない、それは"矢"だった。

 

 豪華な柄と、螺旋状に捻れた刀身の矢。

 …………たとえそれが剣であろうとも、"矢"として使われたのなら、それは矢である。

 それが、どうしてそこまで気になったのか。

 バーサーカーによって叩き折られた矢は、粒子の粉になるように消えていった。

 それが――――

 

 

 ――――理由もなく、吐き気を呼び起こした。

 

「士郎。今のは」

 

「――――アーチャーの矢だ。ソレ以外は、わからない」

 

 顔を上げる。見える筈のない、遥か彼方のアーチャーに視線を向ける。

 

 そう、見える筈がない。見えるわけはないというのに、確かに見えた。

 やつは口角を高くしていた。

 狙ったのはバーサーカーだけではない、と俺に見せつけるように笑ったのだ。

 

「あいつ!」

 

 頭痛がする。

 吐き気がする。

 悪寒が止まらない。

 

「――ふうん。見直したわリン。やるじゃない、アナタのアーチャー」

 

 いつの間にか、イリヤスフィールは見たことのない、白い執事と共にそこにいた。

 

「いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに済まそうかと思ったけど、少し予定が変わったわ」

 

 徐に、不死身の巨人が動き出す。その炎をに身を焼くことなく、平然と歩き出す。

 

「なによ。ここまでやって逃げる気?」

 

「ええ、気が変わったの。セイバーもそうだけど、リンのアーチャーには興味が湧いたわ。

 だから、もう少しだけ生かしておいてあげる」

 

 黒い巨人が消えて、少女は笑いながら言った。

 

「それじゃあ失礼します。お優しいジェントルマン。

 バイバイお兄ちゃん。また遊びましょうね。さあ、A帰るわよ」

 

「了解。イリヤスフィール、降りたところに車を用意してある」

 

 そうして、イリヤスフィールは、白い少女と白い執事は炎の向こう側に消えていった。

 

 突如として舞い降りた厄災は去った。

 口ではああ言っていたが、遠坂はあの少女を追いかける気はないだろう。あの白い執事が出てきた途端、遠坂が強張るのがわかったからだ。いや、それ以前にわかったのだ。今は見逃されたということに。

 なによりも、

 

「やはり、あの気配は間違い――」

 

 マスターがあの白い執事を、睨んでいたのだ。それは強敵という証。

 バーサーカーだけでも難敵なのに、それ以外にも戦力があるとしたら、それは――

 

 瞬間、突然立ちくらみがし、尻餅をついてしまった。

 ――マスターがしゃがんで俺のことを見ている。

 

「士郎? 大丈夫か、どこか悪いの――――士郎、頭から血が…………!」

 

 切迫したマスターの声。

 ……頭痛が強いためか、マスターの顔がぼやけてきた。

 マスターは倒れかける俺の体を支えて、頭に手を当てる。

 

「取り敢えず、急ぎ士郎の家に戻ろう。

 そこで必要な措置をする。それまで気をしっかり持て士郎」

 

 …………倒れる体を支えてくれる感触。体温をあまり感じないけど、温かな感触。

 それもすすぐに消えて、呆気なく、ほんとんどの機能が落ちてしまった。

 

 ――――残ったのは、この鼓動だけ。

 

 何が癪に障って。

 何が気なっているのか。

 何に惹かれているのか。

 ……意識は落ちようとしているのに、熱病めいた頭痛だけが、鼓動のように続いてた。

 

そして、鼓動以外が全てが闇に落ちた。

 




と言うわけで、先にも書きましたが、これで大幅改訂は一旦終了。
後日から改めて、本編再開です。
まだまだ拙い文ですが、お付き合いして頂けると幸いです。
では、親愛なるハーメルン読者の皆様方。良き青空を。


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二月三日
生存・黎明


なんだろうクオリティが安定しないというか、自分が上手く書けているか分からない。


――――見たことない景色だった。

 

 頭上には炎の空。

 足元には無数の剣。

 戦火の跡なのか、世界は限りなく無機質で、生きてるモノは誰もいない。

 灰を含んだ風が、鋼の森を駆け抜ける。剣は樹木のように乱立し、その数は異様だった。

 

 十や二十ではきかない。

 百や二百には届かない。

 だが実数はどうであれ、人に数えきれぬのであらば、それは無限と呼ばれるであろう。

 大地に突き刺さった幾つもの武具は、使い手か不在のままに錆びていく。

 

 夥しいまでの剣の跡。

 

  ――――それを。

  まるで墓場のようだと、彼は思った。

 

 

 

 

 …………世界が戻っていた。

 

 

 

「――――ん」

 

 重い瞼を開けて、士郎は、視界に映るものを見る。

 聞こえてくる小鳥の囀り。

 ぼんやりと、辺りを見渡す。

 視界に写るのは見慣れた部屋。見慣れた庭。見慣れた景色。

 そこで自分は今、自分の部屋で寝ていたことに気付いた。

 外が明るい、日が昇ってから随分と時間が経ってるであろう、太陽が高い。

 そして、昨晩のことを思い出す。

 あの時、アーチャーの矢の破壊に巻き込まれて、アーチャーの矢の残骸を見て、

 そのあと、マスターの無事を確認したあと頭に鈍い痛みが走り、そして…………

 

 

 まだ、ぼんやり。する。

 けれど。

 

 

「……あれは…………夢か…………」

 

 

 …………剣の丘。

 あんな夢を見たのは……そう、剣を持ったマスターと、昨夜炎と破壊に包まれた墓地を見たからに違いない。そうでなければ――――

 

「お、お目覚め?」

 

「…………ふぁ…………」

 

 誰――――

 誰かいる?誰だ、今日は休日だらか桜ではない。ならば藤ねえか? いや藤ねえはこんな起こし方はしない。

 結論。まだ夢だ。

 

「うん………………ん」

 

「こら! 二度寝しないの!」

 

 再度起こされた。

 うるさい。昨日は酷く大変で疲れたんだ。

 

 青い槍兵に二度も襲われて。

 

 そのあと新都郊外の教会まで歩き。

 

 帰り道にバーサーカーに襲われた。

 

 ――――そこまで思い出し、目が覚めてくる。

 あそこでバーサーカーとイリヤスフィールがいなくなった後、記憶はなく今、自分の部屋に寝ているという現実。

 自分をここまで運んだのは誰だろうか? そして、自分を起こしているのは誰であろうか?

 桜でもなけば、藤ねえでもないのであれば誰だ?

 瞼をしっかり開く。

 

「やっと起きた。まあ、大事がなさそうでなによりだわ」

 

 なぜか、どうしてか、遠坂が偉そうに見下ろしながら、いたく普通なことを述べている。

 まだ夢を見ているんだろうか?遠坂が家にいるなんてあり得ない。

 

「~~~~~~~っ!」

 

 布団をひんむいて、一瞬で部屋の隅へ逃げた。

 

「とと、トトとどどと、遠坂! 何でこんなところいるんだ!

 何が何をしているんだ!?」

 

 頭が現実に追いつかない。

 自分は炎に包まれた墓地にいた筈で、近くにいたマスターで、自分の部屋には遠坂で、朝で、何が何やらどうなっているのか!?

 いやまずは遠坂が何で目の前にいるかが一番びっくりしている。

 

「随分な言いようね。昨夜の記憶があるなら今の状況はすぐに理解できる筈だけど」

 

 遠坂はあくまでも冷静で、おかけでこちらの頭も冷えてきた。

 そうだ。

 昨日、あの戦場にはマスターの他に遠坂もいた。そして、今自分が生きていて、遠坂が目の前にいると言うことは、

 

「――そうか。あのあと気を失った俺をここまで運んでくれたんだな、遠坂」

 

「ふーん。なんだ、思ったより頭の回転速いのね。混乱していても思考はちゃんとしているようね。なかなかどうして」

 

 …………褒めているか貶しているのか、曖昧な言動はやめてほしい。

 

「……それじゃ、俺の家まで運んでこれたってことは、人目につかないで逃げられたんだな」

 

「そう言うことよ。話が早くって助かるわ。

 じゃあ、もういいわね」

 

 そう言うと、満足したのか。

 それじゃ、と言って、立ち上がると歩き出した。

 

「――――え、遠坂どこに行くんだよ」

 

 それを聞いた遠坂は、額に手を当てて、大きなため息を吐いてこちらを向いた。

 

「…………はぁ、衛宮君。まだ寝ぼけてるの?どこに行くにも何も、ここがどこかわかっているの?私はここに居ていい存在ではないでしょ」

 

 きっぱりと言う。

 昨夜の彼女の言葉を思い出した。

 

 『明日からは敵同士よ』

 

 そう言った。

 

「――――」

 

 そうだ。

 昨夜。

 戦うと口にした。

 

 ならば、衛宮士郎と遠坂凛は聖杯を求めて、殺し会い、奪い合うしかないか関係。

 そこには馴れ合いや、助け合いなどといった概念はない。自分達は魔術師であり、魔術師は一般的ルールといったモノに縛られない存在なのだ。

 しかし、

 

「そうだっだな。すまない遠坂。

 それと、今更ながらだか、ありがとな」

 

 その言葉を聞いた遠坂は、こちらを睨んだ。

 その瞳には激しい憤怒か宿っている

 

「衛宮君。間違っても敵には、そんな言葉掛けるモノではない!

 例えそれが肉親であろうと! 命の恩人であろうと! 同じ学校の人間であろうとよ! 敵のマスターは人の言葉を喋るだけの障害物! 始まったが最後、情け容赦無しに、ありとあらゆる手段を行使して戦うのが聖杯戦争。

 昨夜、あのエセ神父に嫌と言うほど聞かされた筈よね。もう忘れたの!?」

 

 遠坂の言葉は尤もだが、腑に落ちない点がある。

 

「――じゃあ、遠坂は何で俺にそこまでしてくれるんだ?

 遠坂の言い分なら、真っ先に殺している筈だろ」

 

 すると遠坂は、む! っとした顔をしたと思うと若干捲し立てるように、

 

「ええそうよ。けれどねスタートラインにすら立っていないあなたを倒すのはフェアではないわ。

 遠坂の家にはね『余裕を持って優雅たれ』って家訓があるのは昨夜聞いたわよね。その私に寝込みを襲えって言うのは、気分が乗らないのよ! なんか気にくわないのよ! 文句ある!」

 

「遠坂。今さっきどんな手段をとっても倒す相手、肉親すら障害物と思えって言ったよな?」

 

「言ったわよ。だからこれは私の失点、私があなたより強いから生じた慢心。言うなれば心の贅肉」

 

 なんか妙な表現だな。

 

「心の贅肉? つまり遠坂は太っているってコトか?」

 

 

 

 彼女は笑った。

 淀みなく、涼やかに、綺麗な笑顔。そう。あの笑顔には何ら不純物はなく純度100%のひとつ感情しかない。

 そして、その感情とは、

 

 

 

 例題です。

 ここに、一人の少年がいました。

 魔術師の少年です。

 彼は助けてもらった少女に疑問を問いました。

 心の贅肉とはなにかと、

 あなたは太っているのかと、

 そう問いました。

 するとどうでしょう。

 少女は綺麗な笑顔をしました。

 少年が見たことない笑顔です。

 少年の周りにはなかった笑顔です。

 しかし少年は震えていました。

 誰がどう見ても綺麗な笑顔なのに、

 少年には何か別のものに見えているようです。

 少年は焦ります。

 自分は何かとんでもないことをしでかしたのかと、

 赤い悪魔を目覚めさせたのかと、

 少年は後悔します。

 けれど後悔は先にたたないのです。

 そして必死に頭の回転させます。

 この場における最善策を、

 この場における正解を、

 ありとあらゆる可能性を模索します。

 ――――どうすべきですか?

 

 少年は、平謝りするべき?

 少年は、一目散に逃げるべき?

 少年は、このあとの結果を受け入れるべき?

 

 ――少年は

 

 

 

 ――少年には選択権はありませんでした。

 しかたないことなのです。

 人は時に選択を許されないモノなのです。

 そして朽ちてゆくのです。

 そして終わってゆく。

 だから、これでおしまい。

 何処かで誰かが嗤うのでしょう。

 新都の神父か、

 ふるき黄金か。

 ですから――――

 

 これで、おしまい。

 さよなら。

 

              残         念

                     で

                             した

 

 

 

 

 

 

 

 功程四拍

 寸勁→回転足払い→回転肘撃ち→崩拳の4連

 

 容赦がなかった。隙もなく。情けの欠片もなく。

 そして、彼女の笑顔に秘められた感情は殺意だった。

 

 教訓。

 女性に体重のことを言ってはならない。命が惜しければ。

 

「それじゃ、衛宮君お達者で。

 次会うときは敵同士だから、その時は覚悟しなさい」

 

 どの口が言うか、この赤い悪魔め。

 言いたいことだけ言って、赤い悪魔もとい遠坂は帰っていった。

 俺をここまで運んで、手当てまでしてくれのは本当に気紛れなのだろう。

 

「――――さてと」

 

 深呼吸をして、状況を確認する。

 昨夜の学校でランサーとアーチャーの戦いを目撃してから、ゆっくり考える時間がなかった。

 

「ん?じゃあ、あの時にいた人影って遠坂だったんだな」

 

 今更ながら気付いた。

 そのあと、ランサーに胸を穿たれて、どういうわけか生きていて、家に戻ったら再びランサーに襲われて…………

 マスターテスラに助けられて、マスターになった。

 遠坂や言峰の話。

 聖杯戦争という狂気の儀式。

 勝者のみに与えられる。万能の願望器"聖杯"。

 

 …………そんな話、実感が持てないが、確かなのは聖杯戦争という狂気の儀式があり。聖杯のために起こりうる被害を、

 

 新都の大火災のようなこと、

 

 あの地獄を、未然に防ぐために戦うと口にした。

 だから、俺の戦う理由は聖杯戦争に勝ち残るためじゃない。

 勝つために手段を選ばないヤツを、あの日の誓いを守るために、非道なヤツを、力ずくで止めるために戦うことだ。

 

「――――――!」

 

 …………拳を握る。

 間違ってない。

 衛宮士郎は正義の味方に、理不尽な"モノ"に、それらのモノから"誰かを"守るために、今まで魔術を、肉体を鍛えてきたんだ。

 

「よし!まずはマスターと話をしないと」

 

 

 身体中に痛みが走る(大半は遠坂の攻撃によるダメージ)が問題なく歩ける。

 何か引っ掛かるものはあるが、振り払ってマスターを探しにいく。

 すぐにマスターは見つかった。

 

「ん。おはよう士郎。身体の方は大丈夫か?」

 

 居間にいた。

 居間で眼鏡をかけて新聞を読みながら寛いでいた。

 まるで我が家のように寛いでる。

 

「…………マスターおはようございます。身体の方は大丈夫です。

 …………マスターその服はどうしたんですか?」

 

 マスターは昨夜の白い詰襟服は着ておらず、ここ五年間見ていなかった。けれど、懐かしい物マスターは着ていた。

 切嗣が、じいさんが着ていた和服。この五年間引き出しの奥に仕舞ったままだった物。

 

「ああ、あの格好ではリンが落ち着かないと言ってな、勝手で悪いが服を借りた。

 極東服は久しぶりだ。丈も悪くないし、生地の質も良い、この極東服はゆったりできる」

 

 そう言うマスターは心無し、懐かしさを滲ませて頬を緩める。

 そして、

 

「士郎、積る話もあるだろうが身体が大丈夫なら、少々遅いが朝食を作ってくれ。

 ……腹が減った」

 

「……………………」

 

 時計を見る。

 今は午前10時。朝というには遅い時間だ。

 

「どうした士郎、どこか具合が悪いのか?」

 

「……いや大丈夫だ。マスターすぐに用意するから待ってくれ」

 

 ――――サーヴァントもお腹減るんだな。

 そう思うとマスターが凄く身近に感じる。

 取り敢えず冷蔵庫にあるもので手早く作ってしまおう。




三日前にガクトゥーン ファンディスク購入しまして、あと四日で攻略予定。
ヴァルターさんに負けないように駆け抜ける!


では皆様、良き青空を


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朝食・矛盾

改訂報告。
最強のサーヴァント にてイリヤにバーサーカーの真名を明かしてもらいました。今回の話でサーヴァントについて説明するさいに上手く書けなかったので明かしてもらった次第です。

生存・黎明 で雷電王閣下に眼鏡をかけてもらいました。別に書き忘れていた訳じゃないんだから(ツンデレ風)


 カチン。パクパク。モグモグ。

 

「うむ。今日日(きょうび)の極東食は和洋折衷なのだな。以前私の食べた時より華やかで彩りがあるな。

 それに士郎の料理の腕もなかなかだな。特にこの極東風鶏肉のカラアゲがいい。

 しかし、ライスはもう少し堅めがいい、ミソスープはライスミソの方がいいだろう。サラダに使っているベーコンはラムベーコンにした方がいい。

 なにより……量が少ない………デザートはないのか?」

 

 マスターは食べながらそんなことを言った。

 ご飯三合空にして、オカズ全部食べてまだ足りないのか。因みにメニューは大根サラダ、鳥股肉四枚分の唐揚げ、味噌汁、ご飯と多めに用意してのにデザートまで所望とは…………

 取り敢えずご飯を炊飯器にセットしておこう。

 

「士郎、朝食は一日の活力源だ。もっと多い方がいい。フーゼレークなどとくにいい。

 あとデザートも必要だ。糖分は大事だからな。極東菓子もいいがドボッシュトルテもいいぞ」

 

 聞きなれない料理名だ。あと小言が多い。

 

「マスター、フーゼレークとドボッシュトルテってなんだ?」

 

「ん。士郎はハンガリー料理を知らんのか。

 フーゼレークは野菜を、主にグリーンピースとか、レンズマメ、その他キャベツ、カリフラワーなど色々をを煮込んで、とろみのあるシチュー状の料理のことだ。付け合せヴァグダルトや豚肉のローストなども必要だ。あとヴァグダルトは豚肉に衣を付けて揚げたものだ。

 ドボッシュトルテは5層~7層からなる薄いスポンジケーキの層の間にモカ・チョコレートクリームをはさみ、一番上のスポンジケーキをカラメルで覆って仕上げる菓子だ

 勉強になったな。励めよ」

 

 何だそれ、朝からそんなに手間の掛るものを作れというのか? あとなんだ、励めって!

 それに食事中に新聞読むな!

 

「マスターしん」

 

「官憲の汚職事件か、やれやれルールを守るべき官憲が汚職とは嘆かわしい」

 

「……あの」

 

「新都の方でひったくり、国が豊かになってもその手の輩は無くならないものだな」

 

「……だから」

 

「しかし、外来語が多いなこの新聞は、極東語でよかろうに。

 先人達が苦労して数多の言葉を翻訳したのに、その苦労を何だと思っているのか」

 

「…………そういう風に。

 そういう風に、無視、しないで。しないでください。するな」

 

「なんだ、何か言いたいことかあるのか衛宮士郎。遠慮なくするがいい」

 

「だから、食事中に新聞読まないでください」

 

「そんなに憤ることか? もう少し落ちついて言えばいいものを」

 

 誰のせいだ。誰の。

 

 ――食べ物に関しては今度ギャフン! と言わせてやる!

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そう誓いをたて、洗い物を終える。

 そして、昨夜聞けなかったことを聞く。

 

「マスター幾つか聞きたいことがあるんだが」

 

「その前に士郎。昨夜の事で言っておかねばならないことがある。

 あの時アーチャーの必殺の一撃から私を助けてくれたことは礼を言う。が、あまり危ないことはするな。

 あの一撃を、あの無防備な状態で受けた場合致命傷は免れなかったであろうが、士郎が飛び出てくる事ではない。

 士郎は他にも何らかの方法で私に伝えるべきだった。いくら私が強くても、士郎が態々死にに行っては私が護りきれない」

 

 真っ直ぐマスターが見つめてくる。

 その冷たいような瞳、しかし輝く瞳は静かに、けれども強く、厳しく、衛宮士郎を見据えている。

 

「すまない。マスター。

 今度からはよく考えて行動する」

 

「ふむ。わかればいい。聞き分けのいい子にはゼリービーンズをやろう」

 

「いや、いらないです。

 そういったのは苦手で」

 

 それを聞いたマスター出てくるは何やら考えて、

 

「ふむ。士郎もゼリービーンズはいらないのか。ネオンもいらんっと言っていたし、昨今の若者はゼリービーンズが嫌いなのか?

 子供は甘いもの好きであろうに、難しいな20世紀も21世紀も」

 

 マスターの中の子供像はどうなっているんだ。

 

「それでマスター、聞きたいことがあるんだか昨日、遠坂や新都の教会で聖杯戦争の監督役をしている神父が言っていたことだか、サーヴァントは聖杯に叶えたい願いがあって召喚に応じると聞いた。マスターもそうなのか?」

 

「ん。基本はその通りだか、私には叶えたい願いはない。私は生涯に後悔はない。心残りがないと言えば嘘になるが、それは聖杯にすがるモノではない」

 

 マスターはそう言った。興味無さげに、多分本当に聖杯を必要としていないんだろう。

 

「じゃあマスターは何で聖杯戦争に参加したんだ」

 

「なぜとは、初めてあった時に言っただろう。

 士郎の声が聞こえたから来たんだ」

 

「俺の声聞いたから来たってことは、マスターは――マスターは正義の味方なのか」

 

 若干の期待を込めながら、いや大きな期待を込めながらマスターに聞いた。

 するとマスターは、

 

「正義の味方なものか、私は世界の敵だ」

 

 ――その言葉の意味がわからなかった。

 ――世界の敵とはつまり悪のことか? いやマスターはそんなモノには見えない。悪とは世界に害悪を与えるモノの総称だ。マスターがそんなことをしていたとは思えないけど。

 

「――つまりマスターは、世界を敵に回して悪事を働いたという……ことなのか。

 …………罪のない人をたくさん殺したりして」

 

「お前には私がそう見えるのか」

 

 マスターが静かに、こちらを見据えて、言葉を放った。

 その言葉を聞いた瞬間、自分の軽率さを知った。

 マスターテスラがそんな事する筈がないのに。

 

「ごめんマスター。そんなつもりじゃあなかったんだ」

 

「――いや、いい。

 反省しているのならいい、ちゃんと反省できたことはいいことだ」

 

 この話はよした方がいいかもしれない、また何か軽率なことを言ってしまうかもだし。

 それに、

 

 

 この話には触れてはならない気がする。

 

 

 それよりは他の事を聞こう。

 

「マスター、サーヴァントは過去の英雄たちと聞いたが、バーサーカーやランサーやアーチャーもやはり過去の英雄なのだろう。それで言うとマスターテスラも過去の人間なんだろうけど。

 マスターは本当にニコラ・テスラなのか?

 ――俺が知っているニコラ・テスラはマスターみたいに武勇があるなんて話は聞かないし、雷をを降らせたり、宙に浮く剣を操るなんて話も聞かない」

 

「ふむ。幾分か正解だが、幾分か足りないな。

 まず呼び出される英霊達は正確には過去ではなく、人類史における英雄だ。

 例えばバーサーカーはイリヤスフィールが明かしたが真名はヘラクレスだ。彼は過去と言うより神話の英雄だ。神話は確かに過去にあったことをモチーフにした話というのは定説だが、決して過去足り得ない。

 そして、私は確かに過去19世紀から20世紀にかけて実在していたが、この世界とは違った歴史をたどった世界の人間だ。

 私の世界では蒸気機関の異常発達により世界は繁栄している、この世界の電気以上に社会に密接だ。

 そして、その機関文明の影響により海は黒く濁り、空は灰色に染まった。これは世界の一部ではなく世界のほぼすべてがそうなった」

 

 …………にわかには信じられない話だった。過去の英雄だけでも常軌を逸しているのに、マスターは異世界の人間だと言う。確かに人類史に過去も現在無いとは言えるが異世界となると、もはや魔法の域ではないか。

 

「故に本来は聖杯戦争に呼ばれる存在ではない、異世界を知ることが者など、

 ――万能なりし男(ウォモ・ウニヴェルサーレ)レオナルド・ダ・ヴィンチ。あの男にできないことは然々ない。それにあの男は聖杯にすがるような願いはないだろう。

 ――そして彼の第二魔法の使い手にして死徒二十七祖第四位、『魔導元帥』『宝石翁』『万華鏡(カレイドスコープ)』『宝石のゼルレッチ』の呼び名高き魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグくらいであろうが、彼は聖杯戦争に参加する気はない。それに彼の宝石翁はいるだけで世間に厄介事と迷惑しかしか掛けないから居ても困るがな……」

 

 マスターがひどく苦虫を噛み潰したどころではない酷い顔をしている。以前に宝石翁と何かあったんだろうか。

 そう言えばジイサンが魔法使いだけには決して関わるなって言っていたっけ、なんでも魔法使いという連中は碌なことをしない人外だとか。

 

「話が逸れたな、もうひとつ私は他のサーヴァントととの違いがある。

 それは私が生前から世界の外側にいたということだ。

 私は20才の時に雷の鳳(サンダーバード)と接触し雷電なる身となった。

 その瞬間から私は人ではなく幻想となったのだ。

 そして、人々は未知を拒み既知を肯定する。未知や幻想は科学で証明できる現象にすぎず、幻想はいずれ消え行く定めだ。彼のシャーロック・ホームズが幻想を否定したように。

 それは私とて例外ではなく、ある家系の者達が私を世界に繋ぎ止める(アンカー)となってくれなければ、長くこの姿を保つことは出来ずに霧散する存在だ」

 

 話の内容が昨夜以上に追い付かない。

 マスターはただの英雄ではないと思っていたがこれほどとは。

 

「つまりマスターは英霊という人が昇華した存在ではなく、本来の意味の聖霊、幻想種に近い存在ということのでいいのか。

 でも、異世界の人間だったということは、そのマスターを世界に繋ぎとめていた家系の人達はこの世界にもいるのか?」

 

「いや、いないだろう。

 どの世界においても同姓同名の人がいても同じ人ではないように、異世界においても同じで同姓同名だからといってその性質まで同じではない。

 ただこの世界において私の(アンカー)の役割を果たしているのは士郎。お前だ。

 なに、少々他の者達とは事情が異なるだけで、本質的には変わらん。気負う必要はない」

 

「俺がマスターの(アンカー)――」

 

 マスターは気負うなと言うが楔という言葉は重く感じる。

 

「でも、マスターテスラは俺が楔で何か不具合とかはないのか?

 自分は聖杯戦争のマスターとして未熟なので、もしもマスターテスラの足枷にならないか不安で」

 

「ふむ。士郎少し目を瞑れ」

 

「――――はぁ? 目を瞑るって何で?」

 

「いいから早く瞑りなさい」

 

 何やら訳がわからないが、兎に角目を瞑る。

 するとマスターテスラが近付いて来るのがわかる。

 ――マスターテスラの気配が近い。

 ――マスターテスラの息を顔に感じる。

 ――マスターテスラの顔が近づいてくる。

 

 

 

 ………………こつん。

 

 

 

 ――額に堅い感触。

 どうやらマスターテスラが額に額を当ててるようだ。

 ……なに緊張しているんだ。俺は。

 

「――マスター」

 

「静かに、集中するんだ士郎。今流れいる電力。魔力をしっかり認識して感じとるんだ」

 

 マスターテスラの言うとおりに集中する。

 すると何か頭の中に変わった絵のようなものが浮かび上がった。

 

 ――これは……ステータス? セイバー? なんだこれは。

 

「マスター、俺に何をしたんだ」

 

「見えたようだな。これで私の状態がわかるだろう。

 そもそも聖杯戦争のマスターは出来て当然なのだが、士郎はイレギュラーだから上手くできなかったのだろう。

 どう見えたかは知らないが士郎個人が判別しやすくなっているはずだ」

 

 ……よし。これで少しはマスターの役に立てそうだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後もサーヴァントについて、宝具について聞いたりしていたら正午になっていた。

 

「最後に私から士郎に聞きたいことがある。

 士郎は聖杯を手に入れたらどうする」

 

「何って、特になにも。

 昨夜に言った通り聖杯戦争を止めるのが目的だから、聖杯そのものには叶えてほしい願いはない」

 

 マスターは手を顎にそえると、何か考えてから口を開いた。

 

「士朗はなぜ聖杯戦争を止めようと思うのだ?」

 

「なぜって、無関係な人が巻き込まれるのは看過出来ないからだ」

 

 マスターを真っ直ぐ見据えて答えた。

 

「士郎よ。私が聞いたのは理由ではなく動機についてだ」

 

 ……動機、動機とはなんだ。人を助けたいということ――ただ助けるということに動機が必要なんだろうか。

 

「士郎、確かに人を助けたいということは良いことだ。誰かのためにその身を投げ出すのは紛れもなく美談にすらなる。

 しかし、ただ助けたいという動機もない行動にはどこかしらに矛盾を抱える。

 このままだと士郎は必ず後悔する。そして、取り返しの付かないことになる」

 

 

 そんな、言葉を、マスターが口にした。

 

 

 この空気を壊すように電話がけたたましく鳴った。

 この日曜日の時間に電話となると思い当たることはひとつ、居留守をするとあとが面倒なので電話に出る。

 

「――――はい、もしもし衛み」

 

「もしもし士郎! 私だけど!」

 

 キーーーーン! 耳がいたい。そして、目眩もする。

 昨夜からの血みどろの魔術師としての時間、空間が一瞬のうちに霧散した。この人の声を聞いただけでいつもの日常が戻ってきた。

 

「……なんだよ。何となく掛けてきた理由はわかるが、俺は暇じゃないぞ藤ねえ」

 

「何よ、私だって暇じゃないよ。今日も今日とて、たまの日曜日を可愛い教え子達のために返上しているんだから。( ̄^ ̄)えっへん!」

 

 えっへん! って、子供かよ。

 

「そうか。なら頑張れ藤ねえ。こっちはこっちで頑張るから安心して部活動に精を出して励んでくれ」

 

 そして、切ろうとすると。

 

「ちょっと待ったーー! 用件がわかっているなら話が早い。お姉ちゃん士郎のお弁当食べたいの甘々の卵焼きのやつ。

 以上! 注文おわり! 至急弓道部に届けられたし」

 

「藤ねえ。今から作ると時間かかるが、それでもいいならいいが。おかずなにも残ってないから」

 

「なぬ!? うーん。少しくらいなら待つからなるべく速く来てね♪じゃあ!」

 

 ……カチリと電話が切られた。

 しょうがないから手早く作れるものを作って、持っていくか。腹を透かせた猛獣は手がつけれないと言うし。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「よし出来た――マスター、ちょっと留守番御願い。

 すぐに戻ってくるから、待っててください」

 

 するとマスターは読んでいた新聞を畳む、眼鏡をしまうと。

 

「士郎学校に行くのだろ、では私も下見がてらに行くから少し待て、着替えてくる」

 

 下見? マスターはもしかして学校に危険があるかもと思っているんだろうか。

 

「マスター昼間の学校は安全だよ。魔術師って人目につくようなことは避けるだろうし、いても遠阪くらいしかいないから大丈夫だよ」

 

「ふむ。士郎は魔術師を理解していない。あれらは勝つために手段を選ばない輩ばかりだ。人目に付くのならば付かないようにすればいい。邪魔物がいるなら排除すればいいと思考する。

 そのような甘い考え捨てろ士郎」

 

 これはテコでも動かない。そして反論できない。

 

「……はぁ。じゃあマスターも一緒に行こう」

 

 マスターも学校を見れば納得するだろう。

 マスターが着替えるのを終え、学校へ猛獣の餌やりに行く。




矛盾は少ないはず………今回はかなり自信がないので何かあったら報告お願いします。

あといずれ第1 2 3話は大幅改訂予定です。


一昨日ハンガリー料理のグャーシュ(パプリカの煮込み)を作りました。あんまり美味しく出来なかった。ネオンは凄いなーと、思った今日この頃。

では皆様良き青空を。


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幕間・宝石翁

改定報告

ニコラ・テスラのステータスにゼリービーンズを追記

朝食・矛盾にて万能なりし男(ウォモ・ウニヴェルサーレ)を少し追記

この話の戦闘シーンを少し改定。少しは格好よくなったかな?


 学園に行く途中マスターに気になることを聞いてみることにした。

 

「マスターはゼルレッチと会ったことあるの?」

 

 それを聞いたマスターは一瞬、ほんの刹那フリーズした。

 

「……士郎は気になるのか」

 

「俺! 気になります!

 だって第二魔法の使い手だからな、気にならない方が無理だよ」

 

 再びマスターは考えて込んでいる。

 

「……はぁ。あの御仁は神出鬼没だからいず士郎れの前に現れないとも限らないからな、話しておいた方がいいやもしれん」

 

 何やら葛藤があったようだが話してくれるみたいだ。

 

「あれはまだ私が六十代の若かりし頃の話だ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 西暦1901年、空――灰色の空。嘗てはどこまでも広ろく高かった蒼穹は、今は、灰色に覆われた。海――黒い海。 嘗ての水平の彼方まであった蒼海は、今は、黒く暗い。もはや多くの人が燦々と燃える太陽も、夜の大地を照らす月華も、夜空を彩り瞬く星々の煌めきも、知らず、忘れ去った。あったかもしれない世界、あり得たかもしれない世界、もう一つの世界。

 ここは東南アジア合衆国委任統治下フィリピン。

 機関文明華やかなりし20世紀において、大英帝国ロンドン、ロンドン、パリ、バグダッド、香港、シアトル、シャッガイ、マルセイユ洋上学園都市。そして独自進化を遂げた極東大日本帝国程ではないが、それら機関文明先進国を除けばアジア指折りの機関都市であるフィリピン。

 

 このフィリピンに《西インド会社》という邪悪なりし組織の支部がある。

 アンドレス・ボニファシオがアメリカからの独立を目的に創設した秘密結社《カティプナン》というものがある。しかしその実は《フリーメイソン》が実権を握っているが《フリーメイソン》こそが《西インド会社》の支部である。

 《フリーメイソン》はゴル=ゴロスを信仰する組織で、そのために邪悪なりし魔導に身命を()す者達の集団で、ゴル=ゴロスを崇拝するためには、人間の若い娘の生贄が必要であり、そのためにフィリピン人の若い娘達を狂気の儀式の生け贄してきた。

 そしてフィリピンにおける《フリーメイソン》の支部長はエミリオ・アギナルド・イ・ファミイと言う男で、この男を止めるために私はフィリピンに赴いた。

 

 しかし私がフィリピンの《フリーメイソン》支部についた時には既に壊滅しおり、廃墟となっていた。

 そしてその廃棄の上に立っていたのが――彼の第二魔法の使い手にして死徒二十七祖第四位、『魔導元帥』『宝石翁』『万華鏡(カレイドスコープ)』『宝石のゼルレッチ』の呼び名高き魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグその人であり、私と彼の邂逅だ。

 彼は私に気付くとこちらに向かってこう言った。

 

「なんだお前も私に用があるのか?」

 

 彼は疲れと言うか呆れた様相だ。

 

「……いや、貴方に用はないが――これは貴方がやったのか? ここには結社の魔人もいたはずだが」

 

 彼は顎に手を当て少し考える素振りを見せ。

 

「結社? 魔人? ああ何やら機関がどうたらと(のたま)った奴がいたな。

 そしてやったと言えばやったが、私がここの近くを歩いているとここの奴等が近寄ってきてな。

 曰く」

 

『すいません。質問ですが貴方は高名な魔導士ですか? 突然この辺りに特殊や力の反応がありまして、力の痕跡を辿ってみれば貴方に行き着いたのですよ。

 なにも無いところから突然現れたところをみると、多分貴方は時間か空間のどちらか、又は両方を操作してここに来たと結論に至ったわで、そのような方は滅多におりません。

 そこで良ければ私たちの儀式に参加してくださいませんか? 無論参加しないという選択しもありますがお薦めしない。何故ならそうなると貴方の身の安全が保証できないのですからね』

 

「とか言ってきな。なんかムカついたから纏めて殴り飛ばした。

 そしたらどんどん来るわで、これは根から絶つしかないなと思ってここを潰した。

 それに奴等から若い娘の、しかも複数の死臭してな、こいつら悪党だからついでに殺っておくことにした」

 

 ……随分と吹っ飛んだ性格だな。

 それに結社の魔人を歯牙にもかけずに倒したというのか。

 

「そう言えばお前は何者だ」

 

 ここに来て私達はお互いに名乗ってないのに気づいた。

 

「私はニコラ・テスラ。通りすがりの英国紳士だ」

 

「そうか。私はゼルレッチ。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。魔法使いをやっている。他にも『魔導元帥』『宝石翁』『万華鏡(カレイドスコープ)』『宝石のゼルレッチ』等と呼ばれているが好きに呼ぶがいい」

 

 ……魔法使い。嘗ていた魔女達とは違う存在であろうが、どうも彼の本質が掴めない。

 魔道に身を賭す輩は大抵録なモノではない。

 

「――ふむ。ニコラ・テスラとやらお前は随分おもしろいな。

 その身は人ではない、その身は幻想だな。ふふ、なるほどなるほど。まだ1世紀も生きていない小僧のようだがなかなかどうして」

 

「そう言う貴方は――宝石翁よただの魔法使いではないな。その身は人ではなく、異形だな。さしずめ吸血鬼と言ったあたりか、優に千年は生きていそうだな」

 

 それを聞いた宝石翁は一瞬目を見開くと大きく哄笑した。

 

「ふふふ。さてどうだかな。

 では私はここらでおいとましよう……かと思ったがニコラ・テスラお前について行くとしよう」

 

 何を言っているんだこの男は。

 

「――何が目的だ魔法使い」

 

 宝石翁は不適に笑うと。

 

「なに、ちょっとした世界(・・)旅行の最中でね。

 何かおもしろいことはないかと思っていたらな、丁度君に会えたからなこれも運命だろう」

 

 私は酷く顔をしかめていることだろう。

 これほどまでに不愉快な言葉はなかなかない。

 

「随分、いや大いに、多大に呪わしい運命だなそれは」

 

 これほどにまで呪わしい運命は然々ない。

 自分にこのような運命が見舞われるのも雷の鳳(サンダーバード)の呪いなのか。

 そしてこの男は悪党や悪人ではないが、決して善人ではない、むしろ善を嘲笑うような男だ。だが悪に義憤を抱く男でもある。

 

「……ふん。好きにしろ」

 

「では、そうするとしよう」

 

 

 こうして暫くの間宝石翁と世界を回った。

 彼は途中に様々なことをした。私のバリツから「宝石による近接格闘礼装全種」なるものを作ったり。

 中心鉱石を見て「これは魔術礼装に使えるな」とか言って手持ちの翡翠と琥珀を加工してステッキを二本作ったりしてな。

 

 問題はここからだ。《西インド会社》の刺客やその他の者達まで私達に襲いかかってきた。そして刺客の中に宝石翁の癪に障る輩がおり、刺客の所属していた《西インド会社》の第4要塞本部を単身乗り込んで壊滅させた。それが契機になったのか襲いかかってくる者達が増えた。論私はそれらの者達に追われる身だが、数が一気に数倍に膨れ上がった。

 奴等の目的はゼルレッチの書いた本や魔術礼装。宝石翁本人の肉体だ。

 今までに観測したことのない力、それを行使する存在とそれが作った本と道具、それは《西インド会社》の魔人や碩学、魔道の者達には喉から手が出るほど求めてやまないらしい。

 

 碩学たる者達がオカルトに走るなど嘆かわしい……いや話が逸れたな。

 

 兎も角、それらの襲撃のせいで町には滞在することも出来ず、ひたすらに人気のない場所を移動していた。

 途中にあった町も録に寄れず、食事はまともなものなかなか手に入らずあれは辛かった……

 もしもこれが本当に雷の鳳(サンダーバード)の呪いならば、これほどにまでに苦痛を伴う呪いはないだろう。

 

 話を戻そう。幾分か時が経ったとき宝石翁が突然、

 

「十碩学や雷電公達は元気にしているか?」

 

 宝石翁から出た意外な名前に驚きを隠せない。

 

「――!? 十碩学や先生達を知っているのか?」

 

「ああ十碩学の何人かや雷電公達とは面識がある。

 しかしニコラ・テスラ、お前あれらの弟子なのか?

 はは、あれらが弟子を持つとは意外や意外。いや歳をとるわけだ。

 そう思うとあれから随分経っているが何人かはまだ生きているだろう。大碩学の連中は二十七祖並みかそれ以上に曲者ばかりだからな」

 

 そうして宝石翁と嘗ての初代十碩学や他の大碩学、先生達について様々なことを話した。

 他にも彼の世界のことも色々話した。死徒二十七祖や魔術師達について、なによりも青い空と青い海について。

 そして唐突に、

 

「ふむ。さてそろそろおいとまするか。十分楽しめたし、収穫もあった。それにニコラ・テスラお前はこれから行くべき場所があるのだろ」

 

 感の鋭い御仁だ。

 

「ああこれからある男の実験を止めねばない」

 

 自分の顔がこわばるのがわかる。

 これかた戦う男は自分では勝てないかもしれない。

 

「そうか。お前ほどの男がそのような顔をするのだ。よほど強敵なのだろう。手を貸してやってもいいが」

 

「いや、いい。ありがたい申し出だか、これは私の戦いだ。貴方を巻き込むのは本意ではない」

 

「ふむ。これ以上はなにも言うことはあるまい。

 いや、奴らの弟子であるお前に会ったのも縁だ。少々つきあえニコラ・テスラ――カンをとりもどさせてやる」

 

 宝石翁がまた突拍子もないことを言い出した。

 彼の嬉々とした顔を見て嫌な予感が全身を貫いた。

 まるで――そうまるで在りし日の、生身の肉体、雷電ならざる身で雷に打たれたような悪寒。黄金瞳でなくともわかる。これはまずい。

 

「は? 待ていったいなにを……」

 

「――そら行くぞ」

 

 宝石翁が視界から消えた瞬間、彼は屈んだような低さで腕を伸ばしきったコークスクリューをテスラの懐――鳩尾に拳が放っていた。

 

「マッハパンチッ!」

 

 迫りくる拳、人の限界を超えた吸血鬼の怪力乱神、彼はさらに強化の魔術によって威力を底上げしてる。

 幻想すら存在を許さんと言わんばかりの破壊の拳。

 破裂音がした――否爆発音がした。万象一切砕かんばかりの一撃をテスラは受けた。吹き飛ばされるテスラ、しかし踏みとどまった。彼の懐には刀身が砕けた5本の電界の剣。

 

「……何のつもりか宝石翁」

 

 彼はすでに戦闘態勢だった。

 宝石翁はその姿、とっさの反応を見て感心したように頷くと、

 

「いやなに、ここ最近まともな相手がいなかったものだからカンが鈍っていないか確かめただけだ。しかし杞憂だったようだな、だが力は使わないと使い方を忘れるものだ。

 ここからは少々本気を出す、いくぞ若者よ」

 

 一瞬、ほんの刹那、高速思考をもってもあるかないかの僅かな時間――力を溜めたかと思うと前方へ突進しながら強烈なパンチを放つ。先ほどより速く! 先ほどより重く! 先ほどより強い拳がテスラの胸部に目掛けて迫る!

 

「――デッドオンタイムッ!」

 

 ……爆発音がした。

 その衝撃は大気を揺らした。さながら大地震のごとく。

 その衝撃は大地を抉った。さながら爆撃のごとく。

 その音は十マイル以上先にまで響いた。さながら雷鳴のごとく。

 

 テスラは爆心地にいた。

 テスラは無事だ。 

 彼はあの破壊の一撃を防いだ。電界の剣だけで防げぬなら更に防御力を上げればいい、バリツを使って。

 

「ほう。あの一撃を防いだか。

 なるほどばるほど、しかし踏み込みが足りん」

 

 テスラは理解した。彼は本気だ。こちらも本気を出さねばやられる……

 

「……年寄りが、年寄りが! はしゃいでいるんじゃないッ!」

 

 ここからは正真正銘、本気でいかねばならない!

 

「……借りるぞ」

 

 5本の電界の剣の先端部を、チェスの駒めいた剣針を、

 それらを──

 中央機械部へ射し込む!

 

「──超電磁形態。来い」

 

 ──巨大な鎧──

 ──姿を顕して──

 ──白銀の装甲が煌めいて──

 ──閃光が弾ける──

 ──轟雷が鳴り響く──

 まばゆい光とともに──

 大地が叫び、暗闇と共に空間が裂ける。

 雷電が迸り、轟音と共に時間が砕ける。

 光纏う鎧が、現れる。

 それは白銀色をした輝きだった。

 それは異空の果ての輝きだった。

 空の彼方から来たるもの、

 灰色に染まった空を超えてくる、

 あらゆる物理法則を従えながら姿を見せる、巨大な人型。

 その四肢は鋼鉄であり、

 その四肢は白銀であり、

 その四肢は雷電そのものである。

 そして、揺るぎない確信が盾となり、

 貫く意思が剣となる。

 白銀の──

 巨大な、騎士──

 

「──ほう。それがお前の切り札かニコラ・テスラ」

 

 不敵に笑いながらも数十フィートを超す巨体を見上げる宝石翁。

 その笑みは新しい玩具を見つけた子どものように、無邪気に、されど鮮烈な笑みを浮かべている。

 

「少々遊びが過ぎるぞ宝石翁!」

 

「ならばどうするニコラ・テスラ」

 

 頭部の巨大な翠の宝玉が。

 双眸が眩い輝き。

 

「一撃で決める!」

 

「こい!」

 

 ──騎士の、瞳が──

 ──輝いて──

 胸部装甲に光が走る。

 それは、空に輝く雷電の輝きだ。

 紫電が大気を灼いていく。

 騎士の胸が──

 瞳の如く、輝いて──

 

「──超電刃!」

 

「方陣展開」

 

 ゼルレッチの背後に特殊な魔方陣が展開される。

 その魔法陣は壮大で広大で見るものすべてを圧倒する曼荼羅のような魔法陣。

 この世界には存在せず、ゼルレッチのみが使用可能な特殊魔法陣。

 ゼルレッチの魔術回路から魔力が淀みなく、されど超高速で生成、魔法陣に注がれていく。

 魔法陣が膨大な熱量を持って駆動する。魔法陣から一切魔力は漏れることはなく、しかして駆動する余波にこもる熱波は周囲一帯を焼け野原にし、その熱量は摂氏三千度を優に超す規格外の架空要素(エーテル)

 ニコラ・テスラが今まで見てきた中でも、否見たことのない超大の魔法。

 かつて朱い月のブリュンスタッド《月落とし》を砕いた──破壊の一撃が、放たれる──

 

「──無尽エーテル砲ッ!」「――交差雷電の鳳(オルタネイト・バスター )ッ!」

 

 ──閃光が──

 ──視界を、埋めて──

 ──世界を、白く染め上げる──

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「いやはやなかなかどうして。

 やるではないかニコラ・テスラ」

 

 宝石翁は晴れやかな顔をして笑っている。

 一方ニコラ・テスラは……

 

「やるではないか……ではない!

 宝石翁私を殺す気か!?」

 

「いいではないか生きているのだし、これでやることも済んだし今度こそおいとまする。

 ではな、ニコラ・テスラ良き青空を」

 

 ニコラ・テスラは理解した。いや痛感した!

 彼に何を言っても無駄で、関わると碌な事がない!

 

「……ああ良き青空を」

 

 そうして宝石翁とは別れた。

 宝石翁とはこれ以降会うことはなかったが、今も現役だろうし、回りに厄介事を色々起こしているに違いない。

 そして二度と会いたくない!

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「これが私と宝石翁の馴れ初めだ。

 正直あまり面白い話でもなかっただろう」

 

 士郎はどう返したらいいか、どう反応したらいいか悩みそして。

 

「なんかスゴイ人だね」

 

 そう返すのが精一杯だった。

 




FGOでもうすぐイベント始まります。
頑張ります。

今回は色々暴走気味な気がしますが、書いてみたかったので書いてみました。
なおぜルじいのキャラがよく分からないので、とある格ゲーキャラをモデルにして書きました。

では、皆さま良き青空を


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学園・呪刻

久々の投稿、遅れた理由? ちょっとスチパンのオリジナル考えていたら遅くなったんです。
あとこの話は後の話に大きく関わるのでちょっと慎重に書いていました。主に桜について。




 他にも生前について色々聞いた。食事はどうしていたかとか、友人関係はどうとか、エジソンのことを口にしたら凄い剣幕で。

 

「そのことは口にするな」

 

 と言われた。そんなにすごい喧嘩別れしたのかな?

 あと助手のネオンさんについては何故か親近感が湧いた。ネオンさんも苦労したんだろうな。

 なんだかんだと話をしている内に学園についた。

 そして校門で立ち止まる。

 

「マスターここから口裏を合わせてくれるか? マスターは近々学園に転入予定で、学園を見学しに来た。いいかな」

 

「ああ問題ない」

 

「そうか。それじゃあ行こう……マスターなんで立ち止まっているの?」

 

 マスターは校門の前で学園を睨み立ち止まっている。

 

「士郎は感じないのか、学園に強い魔力の残滓あることを」

 

「なんだって!?」

 

 マスターに言われて集中するも魔力を感じることはできなかった。

 自分にわかるのは学園と言う空間にある違和感だけだ。

 

「たぶんこの魔力はリンのモノだろう。他にも何らかの違和感があるが今は置いておこう。

 士郎弁当を渡しに行こう、もう午後の二時だ。待ち人は空腹に喘いでいるだろう」

 

 空腹に喘ぐどころか暴れていないか心配だ。美綴も苦労しているだろうし急ごう。

 

 

 

 弓道場に着くと門の前で美綴がいた。こちらを見つけるやないなや凄い睨めつけられ。

 

「衛宮おそい! なに道草くってるんだ!」

 

 凄い剣幕で怒鳴られた。

 ひどい言われようだ、こちらは速攻で弁当を作り、最速で来たと言うのに。

 

「しょうがないだろ、おかずも米も切らして一から作ったんだら。

 だから時間が掛かった分多目につくったんだから」

 

 美綴は呆れたように額に手を当てると盛大にため息を吐いた。それは本当に盛大に。

 

「なにやってんだ衛宮、お前本当に衛宮か? 私の知る衛宮はそんなヘマをする奴ではない筈なんだが。

 まあいいやこれでやっと昼御飯にありつける、ほら衛宮も上がんなよ」

 

 美綴は弓道場に親指を指して言う。

 仮にも弓道部員が道場を指で指すのはどうだろう。

 

「いやいいよ、あとは美綴が渡してくれれば済む話だろ。

 てか藤ねえはなにやってるんだ、もしかして自分が食えないから部員も食うなってなこと言ってないよな?」

 

「なに言ってるんだそのまさかだよ。おかけで此方はとばっちりだよ。これから下のトヨエーまで誰が買い出しに行くか決めようかとしていたところだよ。

 それに此処まで来て衛宮を帰らせたりしたら藤村先生がどうするか考えただけで……」

 

「……あー二つとも想像に難くない。

 わかった寄っていく。ここで引き返したら藤ねえになに言われるかわからないからな」

 

「よし! それでこそ衛宮」

 

 美綴が訳のわかないことを言うと此方の耳に顔を寄せ囁くように。

 

「――で、衛宮、誰よあの美丈夫? 悪い人には見えないけど」

 

「あーー……詳しくは言えないが今度家にホームステイするニコラ・テスラさん。よろしくしてくれると助かる」

 

「そのこと藤村先生は知ってるの?」

 

「いや知らない、だからそれも含め道場にそれとなく入れるように言い含めてくれると、かなり恩に着る。

 藤ねえに関しては自分でどうにかするから」

 

「……オッケー。その交換条件了承した。衛宮、後でとぼけるなよ。

 で、事情って何よ? 少しぐらい話なさいよ」

 

 俺は人差し指を口許に立てて。

 

「禁則事項です」

 

 

 

 扉が開かれる。

 マスターは美綴の背後を静かについてくる。

 

 弓道場に上がる。

 ……弓道場は戦場のように慌ただしく、一部阿鼻叫喚の様相を呈している。

 変わらぬこの光景に懐かしんでいる場合ではない。

 取り敢えずこの場を収拾し弓道部を救おう。正義の味方として。

 

「ん? 皆飢餓状態で部活に勤しんでいる――なるほど弓道部とは行住坐臥戦場を意識した部活なのだな。今日日(きょうび)の極東は平和ボケしていると新聞に書いてあったが男谷信友や伊庭八郎のサムライ魂はまだ消えていなかったな」

 

 ここに勘違いした外国人を放置しておくわけにもいかない。

 

「さて、桜はどこかな……いた。おーい桜ー」

 

 まずは藤ねえを大人しくするために桜を仲間に引き入れる。

 

「……え? 先輩……!?」

 

 桜は弓を片付けると駆け寄っていた。

 

「先輩どうして此処に? もしかして――」

 

「ああ藤ねえに弁当持ってきた」

 

「ぁーー…………わかりました……呼んで、きます」

 

 桜が落ち込んでるように見えたが、顔は笑顔だったので多分安心して気が抜けたのだろう。

 桜は藤ねえの元に行き少し話す、すると藤ねえは欲しかったオモチャを見つけた子供のような笑顔し、柏手(かしわで)を打つと大声で。

 

「ハーーイ今から休憩にはいりまーーす。各自はお弁当食べてよし!」

 

 本当にお昼食べてなかったのか……なんと横暴な。

 かく言う藤ねえは埃を巻き上げる勢いでこちらに走ってくる。

 

「シロー待っていたよ! 本当にすっっっごく待っていたよ! ささ早くご飯食べよ♪」

 

 ウキウキワクワクしながら弁当を催促する藤ねえ……もう少し大人しくしていられないのかこの人は。

 

「で、士郎後ろの人だれ?」

 

「――ああじいさんの知り合いのニコラ・テスラさん」

 

「はじめましてニコラ・テスラだ。あなたが士郎の大切な家族の藤ねえか」

 

「な…何言ってるんだマスター」

 

「士郎こそなにを言いているんだ。家族は大切なものだろう。恥ずかしがることではない」

 

 ぐうの音の出ない正論、言い返せない。

 それを聞いた藤ねえはニヤニヤしながら背中に回ると、ツンツンとつっついてくる。

 

「なに士郎そんなこと言っていたの~~も~~かわいいとこあるな~~お姉ちゃんうれしいな~~」

 

 くっ! 調子に乗りやがって。

 

「さて気分がよくなったし、はやく食べよ」

 

 部員達に説明を終えた美綴を加え休憩室で遅めの昼食をとる。

 

 

 

 

 昼食を終えて皆でデザートの羊羮をつまみながら休憩している。因みに弁当は重箱五段、朝マスターが足りないと言っていたからその分と藤ねえの分。見事に完食。家の家計大丈夫かな…………

 ここでマスターが問題起こさなきゃ平和なのだが、

 

「いい胸だ」

 

「……な!?」「は!?」「え!?」「…………~~~~~~っ!」

 

 マスターは桜を見ながら予想外の発言。

 四者異なるリアクション。因みに左から士郎、美綴、藤ねえ、桜の順。

 

「ちょっとあんた、なに桜にセクハラしてんの!」

 

「ちょっとテスラさん不謹慎ですよ」

 

「な……ななななに言ってるんだマスター」

 

 慌ててマスターに問いただすが、マスターはそんな俺を不思議そうな顔で。

 

「何をそんなに慌てる。女性を誉めるのは英国紳士として当然だろ? もしや私は失言をしたか? 女性はブドウの稽古をするときさらしを巻いたものだが、そうしないのは見せているかと思ったんだが……」

 

 それを聞いた女性陣は言葉を窮した。

 

「たしかに弓道にさらしを巻かなければならないという規定はないけど、それにさらしは胸の大きな人にとっては窮屈なものだし……」

 

 そしてマスター美綴を凝視している。

 

「?……テスラさんあたしになにか?」

 

 また嫌な予感がする。

 

「いやいい肢体だなと思ってな」

 

 美綴が自分を抱きしめるかのようなして、即座に立ち上がると二歩三歩引く。

 

「ちょっと今度はあたし!? なんなのあんた!?」

 

 マスターは至極真面目そうに。

 

「よく鍛えられた肢体だ。無駄な肉はなく、ジョンとは正反対の肉体美だ。

 しかしその肉つき――得意な得物は弓ではないな、んーー察するに長物――槍はないな――薙刀か。

 だが、ならば尚のことなぜ弓道部に所属しているか謎だ」

 

 美綴は目を見開いてる。ただの変な人かと思ったようだが、その実確かな観察眼を持って美綴を見ていたのだ。

 かく言う俺もマスターの発言に驚いている。

 

「へ~テスラさん体を見ただけでそんなのわかるんだ。もしかして武術の嗜みがあるの?」

 

「まぁなこの国に来るのは初めてではないし、これでも長生きしているからな。この国でいるところの”亀の甲より年の功”といやつだ」

 

「なるほど人に歴史ありですね」

 

 それを聞いていた藤ねえは興味津々にマスター問いかける。

 

「ねえねえ私は?」

 

 言われてマスターが藤ねえを見据える。

 

「……いい肉体だ。鍛錬を欠かしていない証拠だな、そして貴女も得意な得物は弓ではないな――木刀……いやそれよりも軽いな――竹刀か。つまり剣道だな」

 

「正解! いや~初めは邪な目で生徒を見ているかと思ったけどそうじゃなかったのね。安心したわ」

 

「誤解が解けてなによりだ。しかしまた失言してしまうとは、やれやれ21世紀も難しいな」

 

 肝が冷えた。マスターは時々なにを言い出すかわからないから大変だ。

 頭が痛くなった。もうやだ。

 ――しかしマスターは女性を凝視し過ぎだ……まったく皆にしつれいじゃないか。

 ――それに胸だの肢体だのもう少し言葉を選ぶべきだ。

 

「……………………」

 

 ただマスターが桜をじっと見ているのが少し気になる。さっきの今で胸を見ていないのはわかるが桜の何が気になるんだろう。

 桜もマスターの視線が気になるようだが、何かするわけでもなくじっとしている。

 

 

 

「そう言えば士郎はこのあとどうするの? このまま見学していく? 一応五時には解散するから」

 

 さてどうするべきか、このまま居てもいいし、マスターを学校に案内してもいいし。

 よし決めた。

 

「マスターに学園を案内するよ。

 あと桜昨日は心配かけたな、お詫びと言ってはなんだが今夜は俺が料理作るよ、桜は今夜大丈夫か?」

 

「は、はい! 大丈夫です! 先輩楽しみにしていますね」

 

 桜がうれしそうに笑顔で答えてくれた。やっぱりさっきの陰りは気のせいだな。

 それにこんなに嬉しそうなんだ、これは腕に腕によりをかけて作らねば。

 さてマスターを学園案内するか。

 

「マスター学校案内するけどどうする? このまま弓道部見学しとく?」

 

 マスターは少し思案する。

 

「若人達が物事に打ち込んでいる姿は見ていて飽きないが、気になるとこもあるし学園を見て廻ろう」

 

 マスターが腰をあげると自分もマスターの後をついてく。俺は入り口の前で振り返り。

 

「じゃあマスターを案内してくから大人なしく待ってろよ藤ねえ」

 

 射場からハイハイと、藤ねえの返事が聞こえると弓道場を後にする。

 

 

 

 まずは校内を案内することにした。魔力の残滓が遠阪のモノか一応確認するとのこと。マスターは昇降口を当然のように土足で上がっていた。あまりに自然だったので気がつかないくらいに。

 

「ま……マスター待っ」

 

 上履きに履き替えるのを忘れ、靴のままでマスターを追いかけ廊下に飛び出るとちょうどマスターの先に葛木先生がいた。

 

「衛宮そんなに慌ててどうした。それにマスターとはその人のことか?」

 

 葛木先生が問いかけてくる。葛木先生は生徒会顧問で厳しいイメージがあるが、ここは慌てずゆっくり事情を説明すれば大丈夫のはず。

 

「葛木先生……え~とこの人はニコラ・テスラさん、近々転入するかも知れなくって、そのために学園案内を頼まれたんだ。

 マスターこの人は社会科の担当で生徒会顧問の葛木宗一郎先生」

 

 全然冷静に説明できてない! なんだこの行き当たりばったりな言い訳は! 基本的に事前報告なしの見学はご法度だ。

 そして生徒会顧問の葛木先生がこんな言い訳を聞いてくれるわけ無い…………

 

「――そうか、海外からの転入は初めてだな。まぁ今時海外からの転入は騒ぐほどでもない時代だ。

 衛宮知り合いなら面倒を見てやれ、お前も来年には最上級生なのだらな。そのてのことはよい経験になる」

 

 あれ? てっきり小言を言われるかと思ったが、以外に話が早い。

 そう言えば一成が葛木先生は思慮深く、配慮が行き届く思いやりのある人だと言っていたな。

 

「ではな衛宮、私は職員室に行くから案内が終わったら寄りなさい」

 

 そう言うと葛木先生は職員室に向かって行った。

 マスターは去っていく葛木先生を感心したようにていった。その視線には若干羨望が含まれている気がする。

 

「マスター葛木先生がどうかしたんですか?」

 

「士郎は気がつかなかったか、あの宗一郎と言う男は呼吸や歩きが整っていた、人間としては完璧の域だ。

 あれほどの使い手は男谷以来見たことがない」

 

 マスター曰く呼吸はただ息を吸う行為ではなく、内と外を繋げる行為であり、しいては神を取り入れ、解放する動作らしい。

 ことオリエントに於いては呼吸と歩法は極めれば邪を清め魔を祓うことすら可能であり、稀に生まれもって体得している者もいるが、大抵の者はは長い修練すえ体得するもだか、しかしそれらを極めるのは生涯をかけても出来るとは限らず、一門派に一世代に一人いればいいとのこと。因みに葛木先生は後者とのこと、若いのにあれだけの者がいると感心している。

 そして魔術に於いてはそれらをを極めると言うことはその人自体が魔術師が到達出来ない純粋な魔術回路となるらしい。

 

「――なるほど、でもそれだけ凄い人と言うことは葛木先生は魔術師(マスター)なのか?」

 

「いや、宗一郎はマスターではない。彼は魔術師ではないし、血の匂いもない。

 彼はたぶん、おそらく、日ごろの鍛錬が彼に正しい作用をしているのだろう。

 魔女に見習わせたいものだ……ん?」

 

 マスターがいきなり立ち止った。マスターが見ているのは図書室だ。

 

「――マスター図書室に何かあるのか?」

 

「士郎やはりこの学園は危険だ。付いてきなさい」

 

 マスターは若干速や歩きで図書室に入っていった。

 俺はなんのことかわからずマスター付いて入る。

 マスターは奥の方へ進む、と、そこで、なんと言うか、この空間に強い違和感を感じる。

 

 ――なんだ、前来た時はこんな感じしなかったのに、

 

 マスターの付いて進むにつれ違和感がどんどん強くなっていく、そしてマスターが立ち止まると脇の本棚を見た。

 此処まで来ればわかる、この本棚に何かある。

 

「士郎も気がついたか」

 

「はいマスター、この本棚の奥になるかある」

 

 マスターふむ。と頷くと二歩三歩と近づいてくる。

 マスターは手をあげると冷たいけど、けれど暖かな優しい手を俺の頭において撫でてきた。

 

「…………~~~~っ!」

 

 ――なんだ!? なんでだ!? なぜ!?

 

「よくわかったな士郎偉いぞ。

 士郎は魔術の才能はないが空間に対する違和感には鋭いのだな」

 

 マスターは難問を自力で解いた子供を誉めるように優しく、慈しみ、愛しむように撫でてくれる。

 

「――マスター子供扱いしないで……」

 

 子供扱いしてほしくないのに、この手をはね除けたいのに、このままこの暖かな手に委ねていたい自分がいる。

 少ししたら、ほんの五秒ぐらい撫でたらマスター手を下ろした。

 少し残念だかいつまでもやっているわけにはいかない。

 

「士郎本をどかしてみなさい」

 

 言われた通りに本をどかすと赤紫色の凶々しいく、見たことの無い形の刻印があった。

 

「――マスターこれは……」

 

 刻印を見たマスター苦い顔をする。

 

「まったく厄介なモノを……」

 

「……マスターこの刻印はいったい……」

 

「――士郎そもそも結界とは仏教用語で清浄なる空間と不浄なる空間を隔て分けることを指す。

 だが魔術では内と外を隔て結界に様々な効用を付与する。結界の範囲内を人目つかないように遮断、魔術などを制限、そして結界内の生命活動の圧迫がある。

 この結界はその類いだが規格が違う。この結界は一度発動したら結界内にいる人間を文字通り"溶解"させるモノだ。

 発動したら最後結界内に人間を溶かして魂を強制的に集める血の要塞(ブラットフォート)だ。この結界内で生き残れるのは自分の体に魔力を通せる魔術師だけだ」

 

 ゾッとする話だ、そんな事になったらこの学園にいる人間は皆死んでしまうと言うことだ。

 そんな事にはさせない、そうさせないためこれまで鍛えてきたんだ。そのために生きてきたんだ(・・・・・・)

 その後もマスターと刻印を探し廻って七つ刻印を見つけ屋上に結界の基点を見つけた、それまでに見つけた刻印も含めてマスターが消していた。

 最後の刻印を消したあとはマスターと弓道場に向かう途中に職員室に寄って葛木先生に報告に行く。

 

「失礼します。葛木先生いますかーー」

 

 言うと葛木先生は席から立つとこちらに来てくれた。

 

「葛木先生学園案内終わりました。あと見学許可していただきありがとうございます」

 

「衛宮学園案内ご苦労、しかし二人とも今度見学に来るときは事前申請するよに。

 では気をつけて帰りなさい」

 

 葛木先生は簡潔言うと自分の席に戻り仕事を再開する。

 用は済んだので弓道場に行く。

 弓道場は部員達が片付けに奔走している。

 

「――藤ねえ片付け手伝おうか?」

 

 声に気づいた藤ねえが叫ぶように声を上げる。

 

「お帰りーー士郎ーー士郎は道場の外に待っていてーーすぐに終わるからーー」

 

 耳がキンキンする、声が大きすぎる。もう少しボリュームを下げてほしい。

 

「わかった。外で待ってるから」

 

 藤ねえはハイハイー、何て言いながら作業に戻る。

 俺たちは道場の外で待つこと幾分、道場から次々と部員達が出ていく、そして最後に藤ねえが戸締まりすると職員室に鍵を置いて行く。

 そんな中桜はトイレに行き、マスターは少し席を外すと言って離れる。

 美綴二人が居なくなったのを見計らったかのか口を開く。

 

「なあ衛宮は弓道は飽きたからやめたのか?」

 

「いきなりなんだよ美綴」

 

「だって衛宮さ、部活中に射を外したのって一回あったじゃない。そのときの台詞覚えてる?」

 

 そんな事あったかと思い出そうとするが思い浮かばない。

 

「いや覚えてない、俺はそんなに変なこと言ったか?」

 

 美綴はやっぱりか、と大きなため息を吐いた。

 やはり変なこと言ったのだろうが、美綴をこんなふうにさせるほどのことを俺は言ったのだろうか。

 

「私はね衛宮が射を外したとき若干嬉しかったんだ、そんで衛宮はどんな顔してるかなと覗いたら……特になんともない顔だったんだ。

 私は気になって『あんた外して悔しくないの』って聞いたらあんたは『いや、今のは外れるイメージだった』何て言うのよ! それでわかったの、ああこいつは他の奴と違う、もはや老成し過ぎて達人の域だってね」

 

「妙なこと言うな美綴、俺はそんなに老成していないし、達人でもないぞ」

 

「――じゃあ聞くけど衛宮は物事に楽しいって思ったことないでしょ?」

 

「………………」

 

 言葉が出なかった。好き嫌いはあるが物事を楽しいって思ったことはない。いや俺は…………

 

「だって強化合宿のときの私の取って置きの話に無反応だったんだもん♪」

 

 美綴は気を使ったのか……いや使ったんだろう。この話は終わりという空気にしてこちらに背を向ける。

 

「じゃあね衛宮、藤村先生と桜によろしく言っといて。あとテスラさんを今度ちゃんと紹介しなさいよ。んでたまに部に顔出しなさい。そんで決着つけるよ!」

 

 そう言うと美綴は帰っていった。

 入れ替わるように三人が来た。

 

「それでは帰りますか」

 

 四人で学園を出て坂を下っていると藤ねえが小声で聞いてくる。

 

「ねぇ士郎テスラさんどこまでついてくるの?」

 

「…………え? マスターも家で暮らすんだど…………」

 

「「えーーーーーーーっ!」」

 

 二人の声が木霊する。あれ? 言ってなかったけ?




なおここからはかなり手探りで書いていくので気になることがあったら遠慮なくどうぞ。

では親愛なるハーメルンの皆さま方良き青空を。(気分的には変わった仮面を被った気で)


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闇・胎動

遅くなりました。
今回はぎこちなく出来ているかもしれませんがすいません。
なにか疑問等があったら遠慮なくどうぞ。
え? 遅れた理由? いやいや決してFGOやっていて遅れた訳ではありませんよ……
ん? なにやら聞き覚えのある機関音が……


「「えーーーーーっ!」」

 

「あれ? 説明してなかったけ?」

 

「ちょっと士郎見知らぬと……でもなしに怪し……くわないし……変な人……は事実だけども失礼だし……兎に角いきなりテスラさを泊めるってどういうことよ!? しかも暫くっていつ決めたの!?」

 

「そうですよ先輩! 会って間もない人を家に泊めるなんて非常識です! しかも暫くってどれくらい居座るかもわからないのに」

 

 ――藤ねえも桜も少し言い過ぎじゃないか? 特に桜。

 マスターも心なし目が下に向いてる、さすがにマスターも落ち込んで……

 

「――私は英国紳士として振る舞ったのになぜ理解されない?」

 

 ――撤回! これっぽっちも落ち込んでない。

 ――あと、こんな英国紳士いますか!

 

「え~と、ほらマスターはじいさんの知り合いだし、わざわざ訪ねてきてくれた人を無下に扱うのも悪し……ねぇ藤ねえもそう思わない?」

 

「切継さんに外国人の知り合いなんて……いてもおかしくないか、切継さんはよく外国に行っていたし知り合いが訪ねてきてもおかしくないか……」

 

 ――よし! 藤ねえが陥落寸前だ、あとは桜を落とせば問題解決――

 

「なに説得され掛かってるんですか藤村先生! この人本当に先輩のおじいさんのしりあいなんですか!?」

 

 ――うぅ桜は強敵だ、どうやって説得したものか……

 

「――昔衛宮の者には世話になった。

 そして一族に何かあったら頼むと言われた」

 

「――え?」「ちぃ!」「は?」

 

 ――マスターがうまいフォローをしてくれた……いやまて、そう言えば前にマスターは『私は嘘をつかない』みたいなことを言っていた気がする……気のせいかな?

 あと桜、舌打ちしなかった?

 

「そっかでも切継さんの直接的な知り合いというわけではいのか、でも衛宮の家って他にもあるだろうし士郎の家のこととは限らないんじゃない?」

 

「そうですよ! 他の衛宮さんの家のことかもしれませんし、先輩もよく考えてください!」

 

「いやでも……間違っているとは限らないし……」

 

「そうだ間違ってはいない。私が頼まれたのは士郎の衛宮の家であっている。

 それに二人ともここまで反対するのは士朗が心配だからだろ、ならばそれこそ問題はない

 

  士郎は私が守る

 

 だから二人は安心してくれ」

 

「「……………………」」「――――――――」

 

「――な、なにいっているんだですか? 藤村先生も何か言ってください!」

 

「士郎をよろしくお願いします」

 

「「え?」」

 

「――藤村先生何を」

 

「大丈夫だよ桜ちゃん。この人は大丈夫だから」

 

「藤ねえ――ありがとう」

 

「藤村先生がそう言うなら……」

 

「よし! それじゃあ今日はテスラさんの歓迎会よ!

 士郎御馳走たんまり用意しなさい!」

 

「藤ねえほどほどにね……」

 

 ――バイトの時間増やそうかな……

 

「士郎御馳走は楽しみにしている」

 

「はい! がんばります!」

 

 ――もう自棄だ今日は奮発してしおう。

 

「………………」

 

「桜も行こう。

 今日はもともと桜のお詫のための御馳走なんだから楽しみにしていてくれ」

 

「はぃ。先輩ありがとうございます」

 

 桜は小さい返事をし、再び歩き出した。

 帰宅途中に今晩使う食材を買う。

 

 

 

 ――食材の消費速度が以前の比ではない、本気で今後の家計を考えねばならない。

 そう思案する士郎を放置して藤村大河とニコラ・テスラはと言うと。

 

「しろーお姉ちゃんお肉が食べたーい。

 あ! 今日は高いお肉が特売だって、買って買って」

 

「藤ねえ社会人なんだから自分で買いなさい」

 

「士郎私はフーゼレークが食べたい」

 

「今日図書室で本を借りてきたからやってみるよ」

 

「先輩私も手伝いまっしょうか?」

 

「桜大丈夫だよ。今日は俺に任せてくれ」

 

 などなど買い物だけでお祭り騒ぎだった。

 なおいつもの一週間分の量を買ったが、多分三日程度で消費されるだろう。

 荷物は一人では持ち切れないのでマスターと藤ねえに持ってもらった。

 そのまま家に着き、着替えてから早速調理にかかる。

 ご飯は炊き込みご飯にして、おかずはマスターのリクエストにこたえてフーゼレーク。

 他にも揚げ出汁豆腐、豚の生姜焼き、ベーコンサラダは不評だったのでかつおのタタキ風サラダ、肉じゃが、デザートに冷蔵庫で乾燥させた饅頭を上げて砂糖または藤ねえの持ってきたミカンで作ったジャムを添えて今晩料理は完成する。

 うん。こんな量を一人で作るのは骨が折れた。

 ――あとで朝の下ごしらえをしないと……当分は寝不足かな……

 

「おおーーーごちそうだーーーー!」

 

「藤ねえ並べるのぐらいは手伝って」

 

「すいません先輩片づけは手伝いますね」

 

「ああお願いするよ桜」

 

 料理を作り終えて配膳をしていると和服に着替えたマスターが居間に入ってきた。

 藤ねえは和服を着たマスターをぽかんと見ている。

 

「どうした大河? 何か変なところがあるか?」

 

「――いえ、よく、似合って、います」

 

 珍しく藤ねえがどもる。

 心なし頬を紅く染めているのは気のいか?

 藤ねえが小声で聞いてくる。

 

「ねぇ士郎、なんでテスラさんが切嗣さんの和服着てるの?」

 

「なんでってマスターが着る服がないかって言うからじいさんのヤツを貸したんだ。

 いいじゃないか似合ってるんだから」

 

「そりゃ似合ってはいるけど――」

 

「大河この服を私が着るのが気にかかるか?」

 

 ちゃっかり聞こえていたようだ、耳ざといことだ。

 

「いえ、そうではないんだけど、その服を着ていた人の事を少し思い出していたんです。

 でも……ずっと箪笥にしまって…ん…いたその服を……士郎が出したこと……はてきっといいことだから……」

 

 しゃべっている内に涙ぐむ藤ねえをみて複雑な気持ちになる。

 藤ねえはずっと気にしていたんだ、葬式の日に涙を流さなかった俺の事を――ずっと。

 

「ごめんね――さあご飯食べよ」

 

「ああそうだね食べよう」

 

 努めて明るく言う。

 せっかくのごちそうだ美味しく食べたい。

 

「士郎私はどこに座るんだ?」

 

「ああ待ってマスター」

 

 配膳を終えてマスターが席に着くとみんなで手を合わせて。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 賑やかな食事が始まった。

 藤ねえが我先にとおかずを狩りにかかる。

 それを俺が注意して聞かないところにマスターがやんわり(おかずを取られまいと威嚇)注意すると藤ねえはおとなしく食べる。

 桜はそんなやり取りをみて笑いをこらえている。

 マスターがいる食事はいつもと違って――いつもより明るく楽しい。

 ただ、

 

「どのおかずも旨いが特にサシミサラダは絶品だな。だがフーゼレークがいまいちだな、もう少し味の濃いといい。励めよ」

 

 この小言さえなければ。

 藤ねえと桜が苦笑いをしている。

 

「でも先輩このフーゼレーク? 初めて作ったわりには言うほど悪くないですよ」

 

 つかさず桜がフォローしてくれる。優しい後輩をもって幸せだな。

 

「そっかな? テスラさんの言うとおりいまいちだと思うよ」

 

 こちらの大虎は今度どうしてくれようか。と思案する。

 

 

 

 食事を終え居間でゆったりお茶を飲んでいるマスターと藤ねえ。

 俺は桜と片付けに没頭している。なにぶん量が多い。

 ただ料理はみんな完食されたのは若干引いた。お釜のご飯が一粒も残らなかった。これは由々しき事態だ。

 片付けが終わる頃には時計は九時を回っている。作る時間も片付ける時間も遅かったから当然であった。

 

「藤ねえーもう遅いから桜送っていて」

 

「却下。私はしばらく桜ちゃん送ってあげれないから」

 

「ん? 藤ねえ何か用事でもあるのか?」

 

「いんやないよ。

 ただ今日から私もここに泊まるっていうだけ」

 

 

 

「…………は?」

 

 ――今何を言ったこの大虎は。

 藤ねえの中では既に確定事項のように、というか確定事項だと言っている。

 

「――藤ねえ、それはどういうこと?」

 

「どうもこうも言ったままよ。あ、桜ちゃんもどう? お家の方には私から連絡しておくから大丈夫よ。

 桜ちゃんもこの家の人同然なんだからテスラさんのこと気になるわよね?」

 

「あ――は、はい! 私も泊まります! 藤村先生今日はたのもしいです」

 

 ――え~と、なんで桜はそんなに(りき)んでいるのかな桜さん。

 

「よし! そうと決まれば早速準備よ! 奥の座敷を使いましょう! 布団はいっぱいあるし、浴衣も十分にある! テスラさん今日は色々聞かせてもらうわよ。

 あ、もちろん寝るときは別の部屋で寝てね」

 

「…………」

 

 マスターがどうしたものか、と視線を投げかけてくる。

 

「――すまんマスター、ここは藤ねえの言うことをきいてくれ。俺じゃあどうにもならない。

 ここで断るとマスターを家に住むという話を破棄されかねない。そうなれば俺たちは、野外で野宿する選択肢しか残されない」

 

「ふむ。わかった。

 ここは拠点として優秀だし、冬の夜に野宿は士郎の体に悪い、何より旨い食事にありつけないのはいかんからな」

 

 ――なんだろう、食事の辺りの語気が一番強かったのは気のせいかな?

 

「はいそこ! こそこそと何を話してるの!

 という訳でテスラさんと士郎、お風呂のあとでじっくり話をしましょう」

 

「ああわかった。では大河と桜は先に風呂に入るといい。レディーファーストだ」

 

「あら、レディーだなんてテレる////」

 

「アレ? 桜以外にレディーなんていた」

 

 言い切る前に脇腹に拳がめり込んだ。その拳は剣道の足運びて繰り出されたとは思えない重さだった。この拳で瓦が何枚割れるかわからないくらいに。

 

 

 

「ごふ! 藤ねえ……痛い」

 

「あらー士郎どうしたの踞っちゃって?」

 

 ――この大虎は。

 

「――士郎、女性に失礼だろう。

 男子たるもの常に紳士であらねばならん」

 

 微妙な空気が居間を支配する。ここにいるものはみんな同じ事を考えただろう。

 ――マスター ――テスラさん×2

 ――みたいな英国紳士いますか! と、

 

 

 

 そんなやり取りが終わり、みんなが風呂を出たあと奥の座敷で四人で話に花を咲かす。もといマスターと俺に尋問が始まる。

 

 ――ただ湯上がりから時間がたっているとはいえ浴衣姿の桜無防備過ぎないか!

 ――帯も苦しいせいか緩めで胸がチラチラして……しかも緊張しているせいか肌が微妙に汗ばんでいて……こちらに桜の汗のとシャンプーの臭いで……ヤバイかも。

 

 ――マスターも最後に風呂をあがったせいか一番シャンプーの臭いがする。

 ――湯上がりなのに汗ばんでいたり、着崩したりしていなけど、しゃんときっちり着こなした浴衣姿は普段(といっても昨日会ったばかりだが)違った感じで心臓に悪い。

 ――藤ねえ? いつも通りでいいのでは?

 

 話を聞いてみるとマスターが知っている衛宮の人間とは"衛宮 矩賢"(のりたか)という切継(じいさん)の父親に当たる人らしい。

 マスターのことを訝しむ桜だか藤ねえの「ま、外国人って見た目年齢わかりづらいし」の一言で片がついた。

 他にもマスターの趣味や……想い人はいないかだとか色々話の花を咲かせて深夜零時近くなると解散になった。

 

 ただ部屋を出るときに藤ねえが。

 

「ちょっと待って、テスラさんは士郎の部屋で一緒に寝るの?」

 

「――藤ねえ、なに言ってるんだいきなり」

 

「いやね、なんかよくわからないけど二人を同じ部屋に寝かせていいものかと、むしろダメだと言われた気がするんだよね。

 ガイア的な何かに」

 

「なにっ、て、別に、男同士、なんだから、問題、あぁあ有るわけ無いだろ」

 

「なんでどもるの?」

 

「どもってなんか無い……」

 

「安心しろ大河、若人も夜は色々あるだろう。

 たから私は士郎の隣の部屋で就寝するから問題ない」

 

「そっか、隣の部屋なら問題ないはね、ねぇ桜ちゃん?」

 

 それまで沈黙を守っていた桜が何か腑に落ちない表情で返答する。

 

「いいんではないでしょうか」

 

「じゃあ問題ないわね。テスラさん士郎おやすみ」

 

「ああおやすみ大河、桜」「おやすみ藤ねえ、桜」「おやすみなさい先輩、テスラさん」

 

 客間をあとにする。

 あとは少し土蔵で日課の鍛練をしてから夜の巡回をするだけなのだか、部屋に向かう道中マスターがそれを止める。

 

「士郎、今日の巡回はよそう」

 

「なんで?」

 

「今日は大河と桜がいる。怪しまれるのは避けたいだろ?

 それに昨日の今日で士朗も疲れたろうからゆっくり休むといい、子供はよく寝て育つものだ。

 時間は少々遅いが思春期なら許容範囲内だろう」

 

「む! また子供扱いする。マスター俺は子供じゃない!」

 

「何をいう四半世紀も生きていないならまだまだ子供だ。とにかく早く寝なさい。ゼリービーンズをあげるから」

 

「だから子供扱いしないで……もういいあとゼリービーンズはいらない。

 鍛練だけしたら寝るから、それでいい?」

 

「ふーむ。私としてはすぐに寝てほしいが、日々の鍛練は大切だ。励めよ士郎。

 そして終わったら早く寝るといい。わかったな」

 

「ハイハイわかりました」

 

 ぞんざいに返事をすると土蔵に向かう。

 その背中をマスターは、

 

「士郎ハイは二度言わない。

 まったく反抗期か? 思春期だから仕方ないとはいえ若人の考えることはわからん」

 

 なんてぶつくさ言うと部屋に向かう。

 その後鍛練を終えてそのまま寝そうになるのを堪えて自分の部屋に着くと布団が敷いてあった。

 マスターが敷いてくれたと思うとなんか凄く嬉しかった。

 そのまま倒れ込み、意識を手放した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そこは闇よりも深い深淵の底、そこは暗黒宇宙よりも尚暗き空間、世界の外側にある黒く黒くなによりも昏い場所。

 そこは生命が一瞬の刹那さえ介在できない深淵の底、そこはあらゆる物質さえ存在できない空間、黒く黒く何者もの許さない黒い場所。

 

 そこにいられるのは尋常の範囲外、超常の存在。

 人より古く、星よりも古く、なによりも古き存在。

 決して人では到達できない存在、到達してはいけない領域の存在。

三界の果てより飛来した月の王。遍く者。すべての者を嘲笑う存在。

 

 ふと、それは懐かしい声を耳にする。懐かしい名前を耳にする。

 この世界では、決して出合うことの無い、異界の者がいる。

 そして、それは微睡みのなかに、小さく、けれど確かに、その名を呼ぶ。

 

 

「二コラ・テスラ」

 

 




ヴァルター「なぜ遅れた?」

ジンネマン「え、いや、決してFGOに余所見をしていたわけでは……」

ヴァルター「余所見じたいを責めるつもりはない」

ジンネマン「え? 許してくれるんですか?」

ヴァルター「だが遅れたこと、速度を失した事は別問題だ」

ジンネマン「な!」

ヴァルター「括目せよ!! そして猛省せよ!! オルトロス音速四連ッ!」

ジンネマン「……では皆さま……良き青……そ…らを」


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閑話休題・外伝
外伝・二コラ・テスラ 冬木にて


なんとなく書きたくなった第二弾!
出来はいまいちですがお楽しみいただけたら幸いです。


 1882年ここは極東、霧の町倫敦より遥か東に、東に、東に位置する国。

 その独自に進化した機関文明は主に欧州英国より持ち込まれた蒸気機関技術の流入したのはそう昔の話ではない、開国から十年という短い期間で、江戸をまさしく「異形の機関都市」へと変貌させていた。

 

 

 

 極東の首都江戸より離れた地方都市冬木。この地は港町として栄えており、この街は海外からの渡来した人たちが多く、そのために居留地がそこに形成されるほどである。

 最近この冬木の街に結社の魔人が潜伏しているのを感知した二コラ・テスラがこの街に来て早一週間。

 そしてそのニコラ・テスラはどこに居るかというと…………。

 

「はぁふ、はぁふ――ふーーふーーーーはぁむ」

 

 一心不乱にマーボー豆腐をかき込んでいた。

 彼がいるのは深山町にある商店街の一角に店を構え、その筋の人間には知らぬ者なしとうたわれる中華料理店『泰山』である。

 この冬木の街には上記の通り多くの海外居留者がおり、その中には大陸の者たちも多くいる。そういった中華料理店があるのは珍しいことではないが店の中の客は洋の東西を問わないのは珍しい。

 何より珍しいのは客は皆一様に溶岩のような真っ赤な料理を口にしていることだ。

 

 そんな異様な店の中に彼二コラ・テスラはいたが、

 そこには普段の彼からは決して見ることができない光景があった……いやありえない光景があった。

 幻想なりし彼は汗はもとより垢などのごく一般人における代謝とは無縁のはず彼が……そう彼が額にいっぱいの汗を垂らしながらマーボー豆腐をかき込んでいたのだ。

 彼の食べているマーボー豆腐はもはや溶岩どころか仏教における地獄の一つ大焦熱地獄ではないかと疑うほど赤い。

 もしもこの光景を結社の者や魔道に携わる者がいたら腰を抜かすか、あり得ないと現出逃避をするだろう。

 間違ってもこの店の料理を研究しようと思うものはいまい。

 

 この『泰山』の料理の特徴はある神父と共同開発した『辛そうで辛くないむしろ脳が辛さを認識してくれないラー油』をすべての料理に使っていることである。

 このラー油の製法は不明だがあの二コラ・テスラが汗をかきながら一心不乱に食するほどなのだから何があっても不思議ではない。

 

 後に彼二コラ・テスラは――雷電王閣下はこう言った。

「あの店のマーボー豆腐はわが生涯においてある種一番衝撃を受けた料理だ」と。

 

 

 

 現在二コラ・テスラは円蔵山の柳洞寺に身を寄せている。

 名目はこの国の宗教者がどのような生活を送るか知りたいからというものだ。あながち嘘というわけではなく、精進料理に興味があるのが大きい。

 その事を知ってか知らずか住職は快く承諾した。代わりに早朝の行事や僧侶達の修行の妨げになる物を持ち込まないという約束をいくらかした。

 無論僧侶達の修行の妨げになることはしないが、こと春画においてはニコラ・テスラは興味がある。なぜなら街中に春画等が売っている店が堂々とあるのにも驚いたが一番驚いたのはその種類の多さである。なかにはクトゥルーの眷属であろう海魔に襲われているものまであるのは本当に興味深い。

 因みに食事に関しては朝夕は一緒にとり、昼は自由とのこと。それ以外は自由で日の出てる内は街で食じ……ではなく探索と情報収集をし、夜には巡回をして日が過ぎる。

 

 そういったなか僧侶達や街の人たちとも顔見知りになり、子供達にもよく好かれており寺子屋の手伝いなどもしている。

 特に衛宮矩賢(のりたか)少年に好かれており武道の稽古などにも付き合ったりしている。

 

 そして冬木に滞在して一月(ひとつき)が経とうという頃。この街にいるはずの結社の魔人の気配がつかめず街にある怪しい場所を虱潰しに調査、場合によっては破壊をし続けてめぼしい場所はもうなくこの街を明日には去ろうかと思い方々に挨拶を回り終わり最後になった。

 

 場所は柳洞寺の裏山。

 

「矩賢は将来どうしたい?」

 

 賢矩は言いました。

 

「おれ、大きくなって家を継いだら正義の味方になるんだ!

 そして何より家族を守るんだ!」

 

 それを聞いた二コラ・テスラは少しつらそうな顔をした。

 この国において魔道は……いや世界にとって、魔道は異端であり、国家や結社に狙われている。

 こと結社においては彼らをエージェントにして世界に多くの悲しみを産み落とすだろう。

 少年の家が魔道を探求する家と知っていながらも……もしも少年が大人になっても変わらず在れること願わずにはいられない。

 だから、ニコラ・テスラは少年にあるものを託す。

 

「――矩賢、君にこのテスラマシン電磁射出刀(レールガンブレード)二号機を託す。

 何かあったとき自分の身を、なによりも大切な誰かを守れるように」

 

 ニコラ・テスラが渡したものは刃渡り二尺程の日本刀のような反りのある剣であった。

 できることならこのような武器ではなくもっと別の物を渡したかったが、しかし彼の今後の人生は苛烈を極めることになることは明白だ。

 だからせめて彼の人生においての一助になれるようにとこれ選んだ。

 

 彼のような輝きがある限り自分は戦い続けることができる。

 平和な時間、平和な空間、平和な街。このような日々かいつまでも続いてほしい。そう願わずにはいられない優しいひととき。

 が、そのような時間は長くは続かない。

 矩賢に最後の武道の稽古とテスラマシンの使い方を教えている最中であった。

 まだ日も高い時間帯に瓢箪携え酒を飲みながらも次には口に煙管をくわえ妙な箱を背負った武士が近づいてきた。その箱は天に向かって二本の円錐型の突起があり、その円錐の回りには螺旋階段のようなものがついていて、その先には丸い球体があった。

 なにより奇妙なのはくわえた煙管の先が帯電していることだ。

 

「初めまして、貴方が雷電王ニコラ・テスラですかね?」

 

 ニコラ・テスラは矩賢を守れるように場所を移動しつつ返答した。

 

「ああ、私がニコラ・テスラに相違無いが」

 

 それを聞いた武士は安心したのか安堵の息をはいた。

 

「ああ良かったー、ここで間違えたらまた一から探さなければならないところでした。まあ私以外に電機反応は貴方からしか出ないから間違えようもありませんがね。

 あ、申し遅れましたが私は平賀源内というしがない碩学をやっているものです」

 

「それで源内貴方は私になんの用があるのだ」

 

「――いえ、それ言う前に最後ひとつ聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

 源内は指一本立ててこちらを下から覗き込むような体制をとって聞いてきた。口では丁寧な丁寧な言葉使いをしているが態度は一貫してふてぶてしい、なによりもこちらを新しい研究対象や実験対象を見るような不愉快な目をしている。

 

「貴方ですかね、街中にあった私の実験施設を破壊して回っていたのは?」

 

「ああ、それは私がしたことだ。

 そして今私の(・・)っと言ったということは貴様がこの街に潜んでいた結社の碩学……いや魔人か?」

 

 源内は顎に手を添えて悩むようにんーんー言いながら答えた。

 

「――いや、私は別に結社に忠誠誓っているんではなく、ただ実験機材や資料なんかを貰う代わりにある頼まれ事をされただけなんですがね」

 

「――その頼まれ事とは」

 

「なに簡単な話ですよ――」

 

 源内は突如瓢箪を棄て神頼みするかのように大きな音をたてて手を合わせ、口の端を吊り上げながら叫んだ!

 

「あんたを殺せばいいだけだからなっ!」

 

 瞬間源内の手と手の間から墨汁を垂らしたような黒い雷電が産声をあげた。

 それは通常の雷と一緒に違う音を発生させている。ドロドロと耳に粘つくように聞こえるモスキートーンのような音を伴う黒い雷電。

 それが今地を駆ける――

 

 迫り来る黒い雷、この世にあり得ない雷に焼かれる自分達を幻視した賢矩達――しかしその瞬間は訪れなかった。

 

 ――雷鳴が轟く──

 

「輝きを持つ者よ。尊さを失わぬ、若人よ。 お前の声を聞いた。ならば、呼べ。私は来よう」

 

 ――黒い襟巻棚引いて――

 ――閃光が迸る――

 ――雷鳴が轟く――

 

 その腰部には機械の帯(マシンベルト)が。

 その両腕には機械の籠手(マシンアーム)が。

 たなびく黒い襟巻(マフラー)は僅かに雷電を帯びて、白い詰襟服には、見たことない意匠。

 

 異国の軍服の様なものをまとい、

 空の果ての雷をまとい、

 刹那に、彼はその姿を現した。

 

 ――そして――

 ――彼の瞳、輝いて――

 ――周囲に浮かぶ光の剣、5つ――

 

「絶望の空に、我が名を呼ぶがいい。――――雷鳴と共に。私は、来よう」

 

「――はは、なるほどね。本当に俺以外に電気なんてけったいなモノを使う碩学がいようとは人生生きているもんだな」

 

 源内は忍び笑いをしているつもりなのだろうが体小刻みに震えて、くくくと口から笑いが漏れている。そして我慢の限界に達した。

 

「あーーーーははははははははははははあははああはははははあははははあははああはははははあははははあははああはははははあは……いや失礼ご同業の、しかも同じ物を研究する碩学に遭うのは初めてでね。

 いやはやなかなかどうして違った出会いがあれば共にこの研究を邁進できたかもしれないのに……人生ままならないものだな二コラ・テスラ」

 

「――ああ私も同じ道を歩んだ者とこうして相対するのを悲しく思う。が、だからこそ、無駄だと思うが聞こう結社から離れる気はないのか?

 私で協力できるものならできるだけ手伝おう。そして共に結社の巨悪に立ち向かうことはできないか?」

 

 源内は手をあごに添えて悩むそぶりを見せるもその実は一切悩んでないであろう明白な声色で答える。

 

「――いやー同士からのお誘い真に嬉しいねぇ。だが、それは無理な相談だな。

 あんたと組むよりこっちの方が色々捗りそうだし、俺ぁ正義とかそんなのに興味ないんでな。

 いやー本当に、本当に心苦しいがしょうがない。

 ――じゃあ――――はじめようか」

 

 源内がまた柏手を打つ。

 そして黒い雷電は先より更に大きな音と黒い光。

 

「さっきの小手調べだ、ここからは本気だ」

 

 放たれる雷は大地を砕き、焦がし、焼き払う。

 

「矩賢そこでじっとしていなさい。大丈夫私がいるから安心しなさい」

 

 迫り来る黒い雷、それを電界の剣が防ぐ。

 

「ほう。これを防がれるか……ならこれならどうかな」

 

 源内が腰に携えた刀を抜く、しかしその刀には刃がない。

 

「――刃がない刀でどうするつもりだ源内、まさか刃がない刀で私を斬るつもりか?

 なるほどたしか中国の故事に弓の名人はその動作だけで獲物を射ったとあるがその刀版で殺陣(たて)で私を斬るつもりか?」

 

「いえいえ私はそんな人外魔境の人間ではありませんよ。私にできるのはこんなことぐらいですよ」

 

 源内が手をヒラヒラさせて否定し、取っ手を握り直すと鍔から雷が二尺ほどの棒状に伸び固定される。

 

「ふむ芸達者だな源内、あっぱれと言っておこう」

 

「あなたに言われても嫌味にしか聞こえませんが取り敢えず礼は言っておきましょう。

 ではいきますよ!」

 

 10mほどあった距離を一足で詰め横凪ぎを放つ源内、人間離れしたその身体能力に驚く矩賢、だかニコラ・テスラには通じなかった。ニコラ・テスラは腕組みしたまま源内の横凪ぎを電界の剣で受け止めた。

 源内は刀もう一本増やし、息もつかさぬ連撃を繰り出した。その連撃は普通の人間なら一太刀も防ぐことのできないものだがニコラ・テスラは全て受け止めた。

 

「いやー流石は結社に大敵と言わしめる二コラ・テスラ、私なんかの剣術じゃ傷一つつけることできませんか……全くどうしたものか」

 

 全く困ったと大袈裟なそぶりを見せていても内心そんなことは露にも思っていないだろう源内をよそに二コラ・テスラは源内の刀――雷を見ていた。

 

「――その雷電、ただの雷電ではないな……私が操れない電気などこの世に無いはずだ」

 

「ん? く、ひひひぃいははは」

 

 訝しふるニコラ・テスラに今度は隠すことなく嗤う源内。

 

「いやいやたびたび失礼、先達の驚く顔があまりにも愉快でね。

 ああネタばらしですがね、私の雷電はね背中の箱から発生させているんですがね、その箱に結社から貰った機関なる物を組み込んだんですよ。あなたには普通の雷は効かないでしょうからね。

 有り体に言えば『対ニコラ・テスラ専用電磁箱(エレキテルボックス)』っといったところですかね」

 

「――なるほどよく私のことを研究しているな。

 だかそれで勝ったつもりなのか源内」

 

「い~~んえそんなつもりは毛頭無い、それにねこの箱がただの発生装置ではないんですよ。

 本来は雷を受け止めるための物をなんです」

 

「なに」

 

 そう言うと源内はまたも柏手をして両手を前にかざす。

 

「こんなふうにねっ!」

 

 突如ニコラ・テスラから雷が発せられ源内の両手に向かう……否、その雷は源内両手に吸い寄せられている。

 ニコラ・テスラが膝をついた。ニコラ・テスラから電気が源内に吸収されていく。

 

「く! まさかこのような……」

 

「いやはや流石は雷電王閣下っと言ったところですかね。まさか限界まで充電させられるとは思いもよらなかったですよ。

 ――ですがこれで詰みだ」

 

 源内がニコラ・テスラにゆっくりと近づいてくる。

 そしてあと三歩で二コラ・テスラを殺せる間合いに入れる、しかしそれは小さな影に阻まれた。

 

「どういうつもりか坊主」

 

 その影は矩賢であった。矩賢は電磁射出刀を正眼の構えで源内に対峙していた。

 

「――先生は俺が守る」

 

 それは精一杯の虚勢。少年の膝は震え今に崩れ落ちても不思議ではなく、電磁射出刀を持つその手は上手く握れておらずガタガタと常にブレている。その顔は恐怖に染まり大量の汗と涙でぐちゃぐちゃであったがそれでも矩賢は源内から目を逸らさなかった。

 

「どきなさい矩賢」

 

「いやだ」

 

「どきなさい」

 

「いやだ!」

 

「あのー勝手に盛り上がらないでもらえますか。

 まあそんな妙な刀でどうこうできると思っているならやめたほうがいい、けど説き伏せるのも面倒だし二人まとめてやってしまおうか。

 最後だし盛大に決めますか」

 

 源内が大振りで柏手を打つ寸前に、

 

「やらせるかーーー!」

 

 刀から、電磁射出刀から閃光がはしる。

 

「なに!」

 

 咄嗟に源内は両手をかざすが、瞬間自分の失態に気づいた。

 電磁箱はすでに限界まで充電されており、その上に電磁射出刀から発せられるものまで吸収できるわけはなく電磁箱の一部が爆発した。

 

「く! やってくれたな小僧!」

 

 激昂する源内、その怒号にあてられ背中から崩れ落ちそうな矩賢を支えたのは二コラ・テスラであった。

 

「ありがとう矩賢。もう十分だ。あとは任せろ」

 

 立ち上がった二コラ・テスラは矩賢を庇うように自分の後ろにやり再び源内と対峙した。

 

「その弱った体でなにができる二コラ・テスラ」

 

「いや源内貴様の負けだ」

 

「なに?」

 

 訝しむ源内だが二コラ・テスラのそれをハッタリと断じた。

 見たところ自分はいまだに帯電していることから壊れたのは吸電装置のみで、放電に支障はないと判断できる。なにより二コラ・テスラは著しく弱体化しているはずだから自分が負ける道理はない。

 

「ハッタリはよした方がいいですよ二コラ・テスラ」

 

「ハッタリなどではない。源内貴様は負ける。

 ――なぜなら私は輝きある限り決して負けることはない」

 

「なにをわけのわからないことをほざく!」

 

 源内は後ろに距離を取る。

 

「もういい、十分観察できた」

 

 源内が今までで一番大きい柏手を打つ。

 そして今まで最も大きい雷電が生まれる。

 万物すべてを黒で染め上げるような黒くドロドロとした雷があたり一帯に蠢いてる。

 

「せめてもの礼だ、その小僧もろとも――」

 

 源内が両手を前に突き出した。

 

「――消し飛ばしてやるっ!」

 

 黒い雷は木々を、大地を、すべてを破壊する。

 たとえ雷電なる者であろうとも飲み込み、蹂躙し、滅却するために。

 

「――そう。私には――矩賢たちのような輝きがある限り敗北はない。

 今しがた認識したばかりではないか」

 

 二コラ・テスラは一歩踏み出す。

 

「邪悪なりし結社に連なる碩学、平賀源内よ。

 お前は道を誤った。

 お前はいずれ世界に闇を落とす。

 ゆえにお前の存在を許すわけにはいかない」

 

 まばゆい光が、逬る。

 それは黄金色をした輝きだった。

 それは遥かな果ての輝きだった。

 黄金の――――

 輝き――――

 

 迫りくる黒い雷に飛び込む。白い彼!

 高速言語が音の壁を破る。

 

 左手と右手を、輝かせて。

 左手と右手に、紫電を溜めて。

 白色の彼が――――

 

 

「――――電刃! 極大雷電の神槍(マルドゥーク・ジャベリン)ッ!」

 

 ――――閃光が――――

 

 ――――黒の雷を――――

 

 ――――邪悪なりし碩学を――――

 

 ――――すべてを、砕く――――

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「先生――」

 

「矩賢今日は助かった」

 

「そんな…おれ一人では何もできなった」

 

「そんなことはない、おまえはよくやった」

 

 ポンと頭に撫でられる。

 矩賢は恥ずかしのか照れているのかわからないが顔を赤くしてうつむく。

 

「矩賢、なにかあったら私を呼ぶがいい必ず駆け付ける」

 

 それを聞いた矩賢は首を横に振ってこちらをまっすぐ見つめてきた。

 

「俺のことはいいから――もしも俺の家族や親族になにかったら――その時はお願いします」

 

「……ああわかった。約束しよう。

 私は君の頼みをしかと聞き届けた。では今日はもう帰ろう」

 

 二人は帰途につく。

 

「そうだね先生。それに今日はもう疲れたから早く寝たい」

 

「そうだな、早く帰るとしよう。

 今日は寺で宴を開いてくれるそうだ」

 

「お寺で宴会やっていいのかな……」

 

「さあな――だが楽しそうではあるな」

 

「違いない」

 

 それかた止めどなくこの一月にあったこと話しながら家まで送られ、部屋についた途端に睡魔が押し寄せ眠りについた。

 翌朝目が覚めると既に先生は街を出た後だった。

 それ以降俺は先生に会うことはなかった。

 

 




もしもスチパンに平賀源内がいたら教えてください。
訂正・もしくは削除しますので。

あと皆様に聞きたいことがあるのですが、ウェブ小説で読みやすい字数はどれくらいでしょうか? 活動報告にあったオリジナル小説を弟に見てもらったとき字数が多いと言われてどれくらいが読みやすいかと聞いたら一万字くらいがいいと言われたので皆様はどうなのかなと思ったのでここに書きます。
どうかご意見よろしくお願いします。

では親愛なる読者の皆様方良き青空を。


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二月四日
穂群原学園・転校生


 小鳥の囀りが聞こえる。

 日の出直前の霜が降り始める冷え込みが感じる。

 朝独特の匂いが鼻につく。

 

 重い目蓋を上げて時計を見ると午前四時五十分、いつなら少々早い時間なのだが昨日から家にいるあの人(・・・)のために起きる。

 着替えを済ませて洗面所で顔を洗う、冷たい水が眠気や気だるさを洗い流し、意識をしゃっきりさせる。

 歯磨きをして寝癖などがないかチェックする。

 ――問題なし。

 居間に行くと和服を着たマスターが既にいた。新聞を読みながらコーヒーを啜っている。

 

「おはよう士郎。早起きなだな、早起きなのは良いことだ」

 

「おはようマスター。マスターも朝早いですね」

 

「ああ新聞配達員が来たのでな、受け取りにな。

 あと士郎今度からはコーヒーミルを用意しておいてくれ、インスタントコーヒーは不味くはないがイマイチだ」

 

 マスターは新聞を読みながら簡潔に答える。

 ――できれば顔を見ながら応えてほしいな……

 

「ハイハイ土蔵にあったはずだから帰ってきたら出すよ。じゃあマスターすぐに朝ごはん作るから少し待っていてくださいね」

 

 マスターはああ、と新聞を読みながら応える。このまま静かに読み続けると思っていたが……マスターは読みながらもこちらをじっと見ている。

 この間もこちらをじっと見ていたのだが、マスターは何か気になることでもあるのか見続けてくる。別に何かするわけでもなく、口出しすることもなく見続ける。

 ――気にしても仕方ない。ここは自分の仕事に集中しよう。

 

 

 決意をあらたに腕まくりをして調理を始めようと思ったが、ここで1つ問題が発生した。昨晩やっておこうと思った下拵えを忘れていたのである。だがここは歴戦の主夫衛宮士朗、冷蔵庫冷凍庫にある食材を確認して短時間で、尚且つ食べ応えのある料理を脳内のレシピ集から検索、選択したら即行動に移す。

 まず土鍋をコンロの上に置き、次に白菜を一枚一枚はがして水を張ったボールに入れ土や汚れを取り除き適当な大きさに切る。そして切った白菜と取り出しておいた豚肉のスライスをミルフィーユのように交互に土鍋に敷き詰めていく。それが終わったら調理酒とだしの素を適量ふりかけ中火にかけて出来上がるのを待つばかり。

 

 次は味噌汁をつくる。具材はさっきの白菜の余りと豆腐で白味噌を使う。

 箸休めにほうれん草のおひたしも作ってここで一安心したいが、あの人のことだからまだ足りないだろうと思うので鳥のむね肉を使った品とあと2つ加えるとする。

 

 むね肉のスジや骨を取り除き、水洗いしてフォークて刺したあと少し小さめの一口サイズに切ってボールにお酒、塩コショウ、今回は少し気分を変えてカレー粉でで味付けする。合わせ調味料を作ったらそこにむね肉を30分程漬け込む。

 あと食べる直前に焼くだけでいい。

 使った調理器具を洗って片付けたあと食後のデザート作りに入る。

 たまごと三温糖をボールに入れて泡立器でよく混ぜ合わせる。それに牛乳を入れて更によく混ぜ合わせるそれをを茶こしでこして型に入れ、フライパンにお湯を沸かしその中に並べる。蓋をして弱火で10分、火を止めて更に10分蒸らす。

 蒸している間に卵焼きを作っておく、味付けは酒と砂糖でふんわり甘いやつをだ。

 それらを終える頃には土鍋は湯気を勢いよく吹いていたので火を消して食べる直前に温めるだけだ。

 

 時計を見ると六時を過ぎていた。たしか桜は朝練がある日はもうすでに起きて料理をしている時間なのだが今日は少々遅いようだ。流石にそろそろ起きてくると思うのですぐにコンロの火をつけ直す。

 フライパンも温めてお肉を焼き始めるといきなりマスターが声を発した。

 

「今朝はフーゼレークはないのか?」

 

 マスターの突然の発言に首を傾げる。昨日は`精進しろ`と言っていた料理を`今朝はないのか?`とはいかなる心境の変化なのか。

 

「――どうしたのマスター急に、昨日は`精進しろ`って言ったくせに」

 

 ここは少々嫌味っぽく言ってみる。昨日の意趣返しに。

 

「確かにまだまだ精進する必要はあるが、士郎のフーゼレークは”ファーストキスの味”がする」

 

「ッ!」

 

 ――いきなり何を言い出すんだこの男は…俺はフーゼレークにレモンなんか入れてないぞ。

 ――第一”ファーストキスの味”っていったいどんな味だよ!? ファーストキス……

 自分の顔が熱くなってくるのがわかる。たぶん今俺の顔はりんご……いや完熟トマトのように真っ赤になりつつあるだろう。

 ――いかん! ここは冷静にならなければ――

 調理中に集中の乱れは怪我の元、しいては料理のクオリティーを下げる要因になる。だからこそ冷静であろうとする衛宮士郎。

 幸か不幸かここで桜が居間に入ってきた。

 

「おはようございます先輩。少し寝坊しました……って、あれ? 先輩、もう作り終えたんですか?」

 

 ――って、桜! いつの間に来た!? というか足音にさえ気づかないってどんだけ動揺しているんだよ俺は。

 

「――お、おはよう桜。悪いな桜あとはこれが焼き終えたら並べるだけなんだ」

 

 精一杯平常心を心掛けなんとか持ち直した。

 心の中でガッツポーズをして桜のほうへ視線を向ける。

 なぜか桜は少し残念そうにしたがすぐに気を持ち直していつもの笑顔になる。

 ――そんなに料理がしたかったんだろうか?

 

 俺のそんな思案をよそに桜は台所に掛けてある布巾を手に取り。

 

「配膳しますね先輩」

 

 桜はそう言うと俺の目をじっと見てくる。その目は『私にも何かさせてください』と言うっている。

 ここまでやったら全部やってしましたいが、後輩にそんな目をされてはしょうがない。

 

「じゃあお願いしようかな」

 

「はい!」

 

 桜は元気よく返事をして笑顔になる。さっきよりもきれいな笑顔だ。

 この瞬間、いつもの日常が戻ってきたような、あの夜のことが夢のように思える安堵感がこみ上げてくる。

 だが、視界の端に新聞を読みながらこちらを見つめるマスターを確認するとそうではないと実感する。

 ――そうだ。俺はあの夜に殺されて、そしてマスターと出会った。

 机を布巾で拭いて盛り付けておいた料理と茶碗や湯呑みを配膳していく。

 

「そういえば桜、藤ねえは?」

 

 桜は一度手を止めて俺の顔を向いてから答える。

 

「藤村先生ならお腹を空かせてもうすぐ来ると思いま」

 

 桜が言い切る前に廊下からけたたましい物音が近づいてくる。誰の足音かは言うまでもない。

 

「おっはよーーーー今日もおいしいごはんで来てる!? って多い! 豪勢! どうしたの士郎今日は何かあったけ?」

 

「いや、マスターが朝はしっかり食べた方が良いっているし藤ねえもその方がいいだろ」

 

「確かに朝はもっとしっかり食べたいと常々(つねづね)思っていたけど――けど士郎、前にそれを言ったら『もう十分だろ』って言ったじゃない。

 テスラさんにはやけに優しくない?」

 

「そ! そそ……そんな、こと、はないぞ」

 

 ――ばかトラまで何を言い出すんだ。

 

「あれ? 士郎どもちゃってどうしたの?」

 

「……なんでもない。ほらさっさと食べちゃおう」

 

 無意識に視線を食卓の方にやると新聞を読むマスターと配膳を終えた桜がこちらというか俺をじっと見ていた。

 ――なんか朝からよく見られるな。

 

「む! なんか変な士郎。それはともかくごはんごはん」

 

 それから俺も席に着き手をあわせて。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 食事が始まる。マスター昨日と同じく新聞を読みながら食事をしようとしたが。

 

「テスラさん新聞を読みながら食事するのは行儀悪いですよ」

 

「そうだそうだテスラさん行儀悪いぞ」

 

「藤村先生も昨日しましたよね」

 

「はい、すいません」

 

 という一幕があったのでそばに畳んで置いてある。

 

「あ! ニュースニュース」

 

 藤ねえがテレビをつけると新都のビルが映し出された。ちょうどテレビのキャスターが新都のビルで昏睡事件があたったことを伝えているところだった。奇妙なことに昨夜警備員が見回ったときは何の異変もなかったとも伝えており藤ねえは訝しんでいた。

 

「えー警備員が見回ったときは異変がなかったって職務怠慢の言い訳にしては杜撰すぎるんじゃない」

 

 倒れた人たちは病院に緊急搬送されて今も意識不明の状態で警察もお手上げらしい。

 ――これは間違いなく聖杯戦争がからんでいるだろう、しかもこれだけの規模となると普通の魔術師では無理だ。つまりこの事件はキャスターのサーヴァント仕業とみて間違いない。

 そう冷静に判断する一方、聖杯戦争に無関係な人を巻き込むサーヴァントとそれを容認する魔術師(マスター)に激しい憤りを覚える。

 

「テレビ切るね。みんなごめんね朝から気分の悪くなるの見せちゃって。ほらごはん冷める前に食べちゃおう」

 

 藤ねえがテレビを切るとみんな黙々と食事を再開する。特に会話などはなく食事が終わる。もちろんおかずもごはんも残ることはなかった。

 

「明日からもう一合多めに炊かないと」

 

 桜が顔を伏せて小さな声で何か言っていた。どうしたのかと聞こうとしたらマスターが先を制して聞いた。

 

「桜、食事が足りないならちゃんと言っておいた方が良いぞ。お前たちはまだ子供なのだから遠慮するものではない」

 

 桜が顔を真っ赤にしながら手を虚空にぶんぶん振り回してる。すごい慌てぶりでこんな桜は見たことがない。

 

「//////聞こえていたんですかテスラさん」

 

「耳はいい方でな」

 

「なんだ桜まだ足りないのか?」

 

 ――ふむ。桜もまだ足りないとなるとこれからはもっと食べ応えのあるもの作ることにしないとな。

 

「いいえそんなこちょはありゃませんせんぴゃい」

 

 桜がまた俯いてしまった。さっきよりも慌ててかみかみの言葉が微笑ましくなんか可愛らしい。

 

「ダメだよ桜ちゃん油断していると敵は静かに忍び寄るんだよ、体重計という見えないところからね」

 

「もう私の話はいいから早く学校に行きましょう!」

 

 桜が無理やり話を切り上げてしまう。よっぽど恥ずかしかったようだ。

 その後は何事もなく片付けを終えて家を出ようと玄関まで行く。

 そしてなぜかマスターは玄関におり、初めて会った時の白詰襟服を着ていた。

 

「見送ってくれるのマスター。じゃあマスター留守番よろしく」

 

「いや士郎わたしも今から出かけるところだ」

 

「? そうなのもしかして散歩と鳩の餌やり?」

 

 ――たしか前に趣味がそれだと言っていた気がする。

 

「違う」

 

「そう。まあいいやじゃあ閉めるから早く出て」

 

 マスターが出るのを確認して桜とガスの元栓やそのほかの確認事項をした後鍵を閉めた。

 

「じゃあ士郎、桜ちゃん私は先に行くから車に気を付けて来るんだよ。

 では、行ってきまーーす」

 

 藤ねえはけたたましくスクーターのエンジンを鳴らしながら学校へ行った。

 

「ずいぶん杜撰な二輪だな、あとで改修しなければ」

 

「じゃあ俺たちも行こうか桜」

 

 何かマスターが不穏なことを言っているが無視しよう。

 

「はい先輩」

 

「じゃあ行ってきますマスター」

 

「ああいってらっしゃい」

 

 マスターに挨拶をして学校に向けて歩き出す。

 ……歩き出したんだが、しばらく家を出てからずっとマスターは俺たちの後をついて歩いてくる。

 もしかして途中までの道が同じなのかと思い黙っていたのだ。

 幾分かするといつの間にかマスターは俺たちとは別方向に行ったのか姿がなかった。

 マスターがどこに行ったかは気になるが今は学校に行く。

 俺と桜は校門で別れて俺は生徒会室にいるであろう一成と校内の備品の修理に、桜は道場で朝練に行った。

 

 作業を終えるて教室に入ると赤毛のオールバックの男が此方を向いて挨拶をしてきた。

 

「おほよう衛宮。今日も朝早くから生徒会長と校内の備品修理ごくろう。

 母校に貢献することはいいことだ、だがなによりも朝早くからやるのがいい。

 速度は力だ。人生ってのは道だ、ゆっくり歩くやつから、転げて、崩れ落ちていく。その点衛宮は問題ない流石だ」

 

「…………」

 

 ――誰だ!?

 

「どうした衛宮黙って、聞きたいことがあるなら早く聞くといい時間の無駄だ。しいては速度を失する」

 

「では遠慮なく、誰?」

 

「察しが悪いな衛宮。俺だ後藤だ」

 

「……………………は? 後藤くん?」

 

 ――え? 後藤くんってこの間まで忍者していたんじゃなかったけ?

 と考えていると近くのクラスメイトが小声で教えてくれた。

 なんでも昨日の朝起きたら何か降ってきたらしく、曰く『今までの人生で自分はどれだけ速度を無駄にしていたのか』と宣うくらいキャラの変わりように家族はもとより友人というか周りすべてが一歩引いているらしい。

 

「ではな衛宮、おれは次の授業の予習をする」

 

 そう言って後藤くんはきびきびした足取りで自分の席について予習を始めた。

 俺はクラスメイトのあまりの変わりように周りの人同様あっけにとられていると予冷が鳴り響いた。

 いつもならあと五分はしないと藤ねえはこないのだが今日は予冷通りに来た。ただ額に汗を垂らして緊張というかなんというか状況が把握できていないという顔で。

 いつもと違う藤ねえをみたクラスメイトは自然と静まっている。

 

「はーーいみんな席について」

 

 藤ねえがパンパンと柏手をうってみんなが席に着くよう促す。

 そして全員が席に着くと再び口を開く。

 

「えーーと急ですが本日転校生がこのクラスに仲間入りします」

 

 その一言にクラス中がざわめきだす。

 

「はいはい静かに。じゃあ入ってきて」

 

 扉を開けて入ってきたのは白詰襟服を着たあの人だ。

 今朝一緒に食事をし、昨日は一緒に学校を回って、あの夜助けてくれたあの人。

 堂々と胸を張って。それこそが当然のように。

 

「こちらが2年C組の新しい同級生、転校生のニコラ・テスラ君です。

 それじゃあ、テスラ君。自己紹介をして」

 

「ああ」

 

「ニコラ・テスラ。73歳。転校生だ」

 

「ななじゅうさんさい!?」

 

「??」

 

「本日より諸君の同輩となる二年生だ。さらに……。

 本日付で開業された、思弁的探偵事務所の所長でもある」

 

「そして、だ。」

 

「冬木市10万の市民諸君。運命に呪われたお前たち、全員。

 ――私が、この手で、救ってやる。」

 

「そ、え……な……。

 マスター……?」

 

 

 




はい遅くなりまして申し訳ありません。
積みゲーを消化してから書こうかと思ったのですが中々終わらず見切りをつけて投稿した次第です。
やっぱりRPGはきついですね。


今日はというかいつも突貫気味というか今回はかなりクォリティ低いと思うのですいまん。
あとヴァルターさんぽい後藤くん書いてみたかったのでやってみました。あまりヴァルターさんぽくないですけど、こうしたらもっとそれっぱいていうのがあったら教えてください。
他にも時間がかかった理由はフーゼレークの味をどう表現したらいいかわからなかったからです。こちらもなにか他にいい表現あったら教えてください。

では皆様良き青空を。


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穂群原学園・転校生 その理由

 穂群原学園2年A組教室

 

 突然だが、私、遠坂凛は今非常に後悔している。クラス中、いや、学年中が騒がしい。煩わしく思うが仕方ないだろう。何せその話題の中心は、

 

「なーなー遠坂! 知ってる知ってる!」

 

 私の机に両の手を叩きつけてきたのは蒔寺楓、陸上部のランナーで、一応は私の友人ということになっている。

 たしかに彼女とは休日骨董巡りやたまに買い食い等してはいるが友人というよりは悪友が適切だ。

 

「ええ薪寺さん、あなたが言いたいのは噂の転校生のことですよね」

 

「えーーなんで知っての遠坂。せっかく驚かそうかと思ったのに」

 

 楓が不満に漏らす。それは盛大に漏らす。いや、これは漏らすというより放つと言った方が正確だ。

 

「噂というより騒動になっていますからね」

 

「ふーん。つまんないの。なーなーカネ、ゆきっち、知ってるーー」

 

 彼女は私が噂を知ってるとわかると同じ陸上部の氷室 鐘(ひむろ かね)三枝 由紀香(さえぐさ ゆきか)に話を振るが案の定二人は知っていたので不貞腐れる楓。

 彼女たちが、いや、学年中、もしかしたら学園中の噂になっているだろう転校生が私を悩ませているのだから。

 

 ――まあ、自分で蒔いた種なんだけどさ。

 

 話は二月三日、イリヤスフィールとバーサーカーの襲撃のあと衛宮邸でのことである。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 二月三日。あと一時間もすれば夜明けだ。

 あのイリヤスフィールの襲撃の後、気絶をした衛宮士郎を衛宮邸に運んで一通りの治療を終えた時のことだ。

 

「リン、少々話がある。この部屋ではなんだから居間でしよう」

 

 セイバー、士郎のいうところのニコラ・テスラ、だがその卓越した戦闘技術と装備は私の知るニコラ・テスラとはあまりにかけ離れている。

 私はセイバーに案内されるまま居間に着く。お茶が用意されていたので飲んで落ち着くとする。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「っで、話って何?」

 

 私はなんの捻りもなく問いただす。

 

「そう警戒するな、子供相手に少々あれだが所謂交渉だ。もっと言い換えれば取引だ」

 

「――取引?」

 

 

 

 私は考察する。今、この男と取引するようなものがあるだろうか。今思いつくのはランサーについてだが、それについてはただの情報共有くらいしか出来ない筈だから交渉と言うには値しない。では、いったい何だろう。

 

「そういうことなら私も同席させてもらおう」

 

 私の背後にアーチャーが実体化する。

 

「アーチャー、あなたは上で見張りを頼んだはずだけど」

 

「しかし凛、この取引次第では今後どうなるかわからん。それに凛は忘れがちになっているかもしれないがマスターとサーヴァントは一蓮托生。そう勝手に話を進められてはたまらん。

 それに交渉ともなると多角的な視点は必要だろう」

 

 突然現れたらアーチャーの意見に私は吟味する。

 ――たしかにマスターとサーヴァントは一蓮托生、私が下手に不利な条件を飲んでしまったら後々の戦況に響く。

 

「まずは私の要求だが――一時的な戸籍の手配と開業に関する諸々の手続き、そして士郎が通う学園に入学だ。リンはこの冬木市一帯の魔術師を支配する管理人(セカンドオーナー)であるなら容易だろう」

 

「な――!?」

 

 

 私は声をあげてしまった。こういう交渉の場において感情を(あらわ)にするのは悪手だ。それなのにそうしてしまうのは、このセイバーの要求があまりにも突拍子もないからだ。

 あのアーチャーでさえ声までは出さなかったものの、目を見開き驚いている。

 それにこの男はなぜ、

 

「ねえ、セイバーなんで私がこの冬木の管理人だと思うの?」

 

 まずはここからだ。私自身が何処かで吐露した覚えがないのにこの男はまるで確定したかのように言ってきたのだ。

 それに、これはセイバーの知性と弁舌がどの程度かを図る物差しになる。

 

「ふむ。まず正当な魔術師らしさと公平性を尊ぶ精神、これで在野の荒くれ者ではないことがわかる。えてしてそういう輩は公平性など微塵も気にしない。

 次に教会の神父と知己であることだ。聖職者は基本的に魔術などの神の教えに背くものと敵対関係にあるのにも関わらずリンは当然の如く教会に出入りした。つまり、ある程度の懇意もしくは協力関係にある。そういった関係を結べそうなのは土地の管理人において他ならないだろう」

 

 ――あれだけの短い時間にそれだけのことを思案していたの!?

 私は少なからず後悔する。このセイバー相手に今、交渉の場にあることは不利だと。もしも交渉するなら事前に用意をするべき相手だった。

 

「なるほどね。たしかに私はこの冬木の管理人だけどあなたに便宜を図るいわれはないわ。

 戸籍に関しても特に必要とも思えないし、なによりあなたを学校に転校させるメリットが私にはないもの」

 

「そうだな。たしかにリンにはメリットはない。しかし、私には必要だ。理由はある。

 知っての通り私は霊体化できない、だからこの家にいると士郎と懇意にしている人たちと接触もするだろう、その時彼らに身分を問われたりされると困る。それに炊事洗濯などを任せているのにその対価を一銭も出さぬというのは大人としてどうしたものか。

 故に戸籍だ。戸籍さえあれば事務所を開くことができるし金銭を得ることもできる。

 

 次に学園の転校につてだが、これは士郎とリンが通っている学校そのものに脅威が潜んでいるからだ」

 

 

「なるほど、戸籍についてはわかったわ。たしかに自分よりも年下の子供の脛をかじって生活っていうの大人として恰好がつかない。なるほど、あなたが大人として常識人だというのはわかった。条件次第によっては戸籍を用意するのも吝かではないわ。

 でも、転校については却下よ。わざわざ自分の領域に敵を招き入れるほど私は呆けていない。

 

 それに、なんで学園に脅威が潜んでいると思うの?」

 

 ――そう、戸籍を与えるくらいなら問題なさそう、だから精々有益な情報と高値をふっかけて美味しいところをいただくとしますか。

 私は表情を平静に保ち、腹ではセイバーをどう料理しようか考えていた。だから学園についても聞いている。無駄だとわかっているのに。

 

「そのことについては君自身が一番分かっているだろうリン」

 

「――――――」

 

 ――気づかれた! なんで!

 

「まぁ時間があれば聞かせてもいいが、いかん時間が惜しい、私が持っている手札を見せるとしよう」

 

 私は出来るだけ、いや、必死に平静を保つ、これ以上醜態をさらさないために。

 

「へぇ。何をみせてくれるのかしらね」

 

 そして、あくまで、自分の方が格上で、優位に立っているこちらだと余裕を見せつける。

 余裕をもって優雅たれ。遠坂の家訓を意識しながら。

 

 

「私が持っている手札は二枚。一つ目はランサーの宝具の詳細」

 

「――ランサーの宝具の詳細……ねぇセイバー、私たちはランサーとの交戦しているからそのカードは有効足りえるのかしら?」

 

 ――この男はランサーの宝具を受けて生きていた? なら上手く情報だけ引き出して、

 私は思考を巡らす、ここまで来たらなりふり構っていられない、だから損失を少なくするために最善を尽くすしかない。

 

「凛、やめておいた方が良い。この男にブラフは無意味だ。業腹ながら奴の方が一枚上手だ。

 ここは奴の要求を前向きに検討しつつ、この話を早く終わらせよう」

 

 アーチャーは暗に、もはや此方の敗北は決定している。だからこの話を早く終わらせることが一番損失が少ない。と言っている。

 

「…………わかったわよ。戸籍については約束しましょう。ただ、事務局の開業とかはランサーの宝具の話の内容による。

 転校に関しても話を聞いてからね。因みに何の事務局を開くつもり? ものによっては戸籍の話も無かったことにするからね」

 

「探偵事務所だ」

 

「……………………ねぇセイバー、あなた自分をニコラ・テスラって言っていたけど、あなたの本当はシャーロック・ホームズじゃない? 推理力はもとよりバリツも使っていたし」

 

 彼は静かに首を振る。その瞳にはある種の同輩を思い出す仕草にも見えた。

 

「たしかに、私は彼と同じ武を修めているが、私はシャーロック・ホームズではない。

 なぜなら私は彼のように幻想を否定するものではなく、幻想そのものなのだから」

 

 ――ホームズってそんなことしていたっけ?

 私はアーチャーに視線で問いかけるが、アーチャーも知らないのか首を振る。

 

「いいわ、じゃあランサーの宝具について話してもらいましょうか」

 

 そのあと私とアーチャーはセイバーからランサーの宝具の詳細を聞く。

 

 

 

 

「――不味いわね。相当な英雄だとは思ったけど、まさかアルスターの光の御子クーフー・リンだったなんて……しかも宝具が《因果律の逆転》とか反則もいいとこじゃない!」

 

 私は頭を抱える。《因果律の逆転》つまり、それは、回避不可能を意味している。あのまま無策に戦っていた場合を想像すると笑えない。しかし、ここでセイバーは更なる情報を出す。

 

「リン、苦悩しているところに追い打ちを掛けるようだが、奴の槍は投擲用の物であった。これの意味するところはわかるな」

 

 それを聞いたは私は更に頭が痛くなる。そう、ゲイボルグの逸話の中には『投げると30本の鏃となって相手に降り注ぎ、突くと相手の体内で30本の刺となって炸裂する』というものがある。つまり、これの意味することは。

 

「対人宝具にも、対軍宝具にもなる……ありがとう色々参考になったわ。事務所の件は了解したから二、三日中には大丈夫よ」

 

「何を言っているリン、二、三日では遅い。明日中だ」

 

「………………………は?」

 

 ――なに言っているんだこの男は…………

 

「無論、ただとは言わない。これから話す内容はそうする価値がある」

 

 セイバーが勿体ぶる言い方をする。これは最大限警戒をしていた方が良い。

 

「まず、念のために聞いておくが、リンは宝石翁の孫弟子にあたるな?」

 

「ええ、たしかにそうだけど――」

 

 ――なんなのそんなこと聞いてきて。

 

「私の持つ、もう一つのカード、それは宝石翁の魔術についてだ」

 

「はん」

 

 私は鼻で笑ってしまう。だって、いつ、どこに、どの世界に現れるかわからない神出鬼没が服をきたような御仁の、しかもその彼の使う魔術についてなどと笑わずにいられようか。

 

「セイバー、あなた、なかなかおもしろいこと言えるのね。うんうん。ユーモアがあってよろいし」

 

「宝石剣ゼルレッチ」

 

 バン! 

 

 瞬間、私は無意識に机を両手で叩いていた。強く打ち付けた掌にあるであろう痛み感じない。お茶が零れているがそんなのは気にならない。熱いお茶が掌にあたる気付かない。それほどまでに彼の口から出てきた単語が異常なのだ。

 

「――なんで、あなたが、その名前を知っているの?」

 

「なんでとは、見たことと、聞いたこと、余波ではあるが受けたことがあるからだ。ほかにも色々あるがどうする。このまま私の話に耳を傾けるかリン? もっともこれでは判断材料が少ないだろうから一つ話すとしよう」

 

 彼の話した『宝石による近接格闘』の話は、以前大師父の魔導書(グリモア)で少し読んだ内容と酷似している。つまり、彼の話に偽りはないということが証明された。

 そして、私は今、重要な岐路に立っている。ここでセイバーの話を聞くと、彼の要求をすべて受け入れたことになる。それぼどまでの価値のある話だろう。しかし、それは学園にセイバーを入れることに他ならず、自分の活動範囲が大きく制限されてしまう。それはよくない。

 だから、アーチャーが私の肩に手を置いて語りかけてくる。

 

「凛」

 

 肩に走る痛みを感じる。それほどまでに強くアーチャーが肩を握っていたのだ。私はゆっくりとアーチャーの顔を見る。その顔は真剣そのもので、普段の不敵なものではなかった。

 

「この話は聞くべきではない。ここはもう帰るべきだ」

 

 

 アーチャーの言いたいことはわかる。宝石翁の魔術となれば、どのようなものであれ全ての魔術師が喉から手が出るほど欲しいものだ。かくゆう私も欲しい、しかし、それは、この聖杯戦争においては悪手だ。だが、私はこの聖杯戦争のあとのことも視野に入れなければならない。

 

 だから、

 

「その話、受け入れるわ」

 

「凛!」

 

 アーチャーが怒鳴る。当たり前だ。このようなことをして、今の自分たちにメリットは一つもない。でも、

 

「いいの。アーチャー。たしかにこの案件は受け入れるべきではない。

 でもね、アーチャーは言ったわよね。『必ず勝利する』って、なら問題ないでしょ」

 

「凛。いくら勝つからと言って、自ら自殺願望するような輩を助けるほど私は甘くない」

 

「でもねアーチャー、私には必要なの。もしも、今後私たちないし、誰かにセイバーが倒された場合はこの話を聞くことが出来ない。なら、聞いておきたいの。

 お願い、アーチャー」

 

 アーチャーは胸の前で腕を組む、そのまま五分ほどして、答えが決まったのかため息を吐いた。

 

「――いいだろう。たしかに、君には今後があるだろうし、セイバーの話にあった『宝石による近接格闘』の有用性に気付けたのは収穫だ。それに君を『勝たせる』と言ってしまったからな」

 

「アーチャー――」

 

「話はまとまったようだな」

 

 セイバーは律儀に待っていた。アーチャーが考えている間に何らかの行動はとれたはずなのにだ。彼は初めからこの交渉は勝てると確信していたのかもしれない。それはそれで少々腹に据えるがここは置いておこう。

 私はセイバーの話を聞く間、アーチャーには家に行ってもらい必要な書類を取ってくるように頼んだ。書類を作成している最中、セイバーの白詰襟の服がどうも気になるから着替えをお願いした。そしたら着物を纏った彼はやけにどうに入っていて感心したのは内緒だ。

 ともかく最低限の書類作成を済ます頃にはセイバーの話は終わった。内容的に大師父の戦い方や使う魔術、魔法陣など多くの収穫があり、満足いく内容だった。ただ、彼の要求内容が月曜までに済ませるというものなので今日は徹夜で作業することになる。

 

 その後、そろそろ起きるであろう士郎を見るために席を外し、士郎を殴ったあと衛宮邸を後にして一日フルに使ってセイバーの要求に応えた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そして、今に至る。

 ただ、もしも、この状況で士郎がセイバーから離れて行動していた場合、せっかくセイバーがここまでお膳立てしていて、それを無駄にするような行動を士郎がしていた場合、私は容赦なく彼を殺すだろう。




と言うわけで二か月ぶりの更新! なんとか一月中に間に合った。フラグブレイカー!(錯乱中)

それでですね。この話、いつもは使わない部分の脳を使っているため色々齟齬があるかもしれません。ですからあったら教えてください。

あと、士郎のことが書けなかったのがちょっと寂しいと思う今日この頃な筆者でした。

では親愛なるハーメルン読者の皆様方良き青空を。


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遠坂凛・強襲

「これは、腐界の詩」

「これは、腐界の寓話」

「誰にも知られない、極彩色の言葉」

「誰にも聞こえることなく腐敗する常識。
 誰にも気づかれずに、崩れていく」

「誰にも、知られずに。腐敗していく。
ぼろぼろと、ぼろぼろと」

「異臭を放つ。
 強く、強く、強く、強く」

「腐敗して、腐乱して、すべてを崩す。
 それは淀み。それは、大いなる歪み」






その日転校生が来た(――時刻、8時21分)

なぜか、ふたつの言葉が重なった。

彼、衛宮士郎が転校生こうを呼ぶ。(――私たちに雷撃が放たれた)
マスター……?」(ご主人様)!』」

静かな教室に放たれた衛宮士朗の言葉は私たちは元より、他のクラスメイトにも届いていた。もちろん彼の友人、柳洞一成も聞いており。

「――衛宮! 今、この御仁をマスター(ご主人様)と言ったが、御仁とはいったいどういう関係だ!」

意外な人物も声をあげる。

そうだぞ(聞き捨てならないぞ)衛宮! いったいそいつはなんなんだ!」

「転校生! 貴様、なかなか速さと見た! この俺と勝負だ!」

間桐慎二だ。彼は衛宮士朗とは友人関係で、柳洞一成とは犬猿の仲だ。その二人が同じ意見を言うのはとても珍しい。あと後藤、お前邪魔だ。
それほどまでに転校生(恋敵)の登場は衝撃的で、二人に共通の意識まで芽生えさせるほどの案件なのだろう。

「ああ、マスターとは今――」

「私は士朗の家に同棲している」

「「「!!!!」」」

爆弾発言だ。そう、爆弾発言だ。彼は特大の爆弾を教室に落とした!

「な……なに言っているんだ! 「士朗どー言うこと!」マスター!」

もっともな発言だ衛宮士郎。あと、タイガー邪魔。
でも、同棲、か、ゲヘヘヘヘヘ――………………

巡る。廻る。めぐる。二人の同棲生活が、四角関係が、ああ、甘美なるものが! 雷鳴が、輝きが我らを貫く!


そして私たちは、鼻血を(午前8時25分)

高らかに吹き上げ、倒れた(私たちは五分と経たず天へと登った)



「チクタク。
チクタク。
チクタク。
すべて。そう、すべて。あらゆるものは意味を持たない。
たとえば――――」

「この前書きに何の意味もない」


「はぁ――」

 

 その日は、朝から大変だった。

 

 朝食と学校でのホームルームの時にマスターは変なこと言うし、マスターに無謀な挑戦をしてきた後藤くんは、

 

「わが加速の異能(アート)を見せてやる」(注意)彼はあくまで(・・・・)後藤君なので異能は使えません。

 

 体育の時間の準備運動のトラック三周を競争して倒れた。もう一度言う、これは準備運動だ、だから体を馴らす程度に走るものなのに後藤くんは100m走するように全力で走っていたので、一周する頃には酸欠で、回りが止めようとするがそれを振り切って走り抜き、最後は倒れて下校時刻まで保健室で寝ていた。

まあ、倒れて保健室で寝るのは良い、良いんだか、俺は一つ納得いかないことがあった。

 

――なんでマスターが後藤くんを運ぶのさ、しかもお姫様だっこなんてして、あんなの俵運びか引きづっていけば良いのに、最悪おんぶするくらいだろうにマスターは――あんな優しそうに運ぶんなんて、俺だってまだなのに、お姫様だっこ…………って、なんで俺が後藤くんに嫉妬なんかしてんだよ!

――そうだ、俺は男、男の子だ。うん。男の子だ。男だよね…………女子更衣室や女子トイレに入ったことはないし、小さい頃に藤ねえに無理矢理銭湯の女子風呂に連れていかれたことがあるくらい。

――うん。男の子、うん。男と子だよな? 女の子ではないし、男の娘ではないよね。うん。男の娘……………んな訳あるかーーーー! なんで俺はそんなわかりきったことを確認してんだよーーーー! 俺は漢だ!

 

「はぁ――」

 

 ため息が出てしまった。変なことを考えていたら本当に疲れた。本当はすぐにでも家に帰ってしまいたいが、マスターの急な転校だったらしく、書類に少々不備があり、その確認等を生徒相談室でやっている最中だ。マスターは部屋の外で待っているよう言ったが、それでは手持ち無沙汰で校内の備品修理をして回っている。

 

「なに一人で百面相してんのよ」

 

目の前から急に声が聞こえてハッとする。目の前には魔術師の少女、遠坂凛が仁王立ちしている。しかも、凄い形相で。

 

「――――――――」

 

「……遠坂、どうしたんだそんな顔して」

 

「わからないの――」

 

 質問を途中で切られた。が、何かしらの答えを出さないとこの場は切り抜けれない。そう思い考える。考える。

 回答が思いつかなく、重い沈黙が続く。そして、

 

「呆れた。さっきの百面相もそうだけど、セイバーがあれだけお膳立てして、私もその一端を担いだのに、それを理解できず一人でいるなんて」

 

 遠坂は堪えきれなかったのか、意味の分からないこと喋りだす。それに、今一部聞き捨てならないことを言っていた。

 

「待て遠坂、いま『お膳立て』って言っていたが、マスターが転校してきたのは遠坂のおかげなのか?」

 

「ええ、セイバーと取引をしてね。っで、私が、一日で、貫徹の突貫で、転校させたのに。その意味を分からずに、呑気に工具箱をぶら下げて校内を徘徊するあなたを見て、冷静でいられると思う?」

 

 ――なるほど、それで遠坂は怒っているのか。でも、

 

「……なあ、遠坂」

 

「――なによ」

 

「今俺とマスターが一緒にいないのは書類に不備があったからなんだが」

 

「…………………そんなのはどうでもいいのよ!!」

 

 ――あ、開き直った。

 

「それでも、部屋の外で待っていればいいでしょ!!」

 

「マスターも同じこと言っていたけど、別に学園には人がいるんだし、遠坂だって人前で魔術なんて使わないだろ?」

 

 俺は魔術を扱う者として当然のことを言った。だが、それを聞いた遠坂は嗤った。その顔には憐れみを通り越して、怒りも通り越して、憤怒の感情に染まっている。

 

「――ねえ、衛宮君、どこに、人がいるの?」

 

 遠坂は酷く、穏やかに、静かに聞いた。

 

「人って、そりゃあそこいらに……」

 

 俺は左右に首を振る。だが、誰もいなかった。

 

「衛宮君、冥土の土産に良いもの見せてあげる」

 

 遠坂は右腕の袖をまくり、俺に見えるようにかざす。その腕は見たことのない模様が、青白く光っている。

 そして、俺はそれが、なんなのかわかってしまった。

 

「遠坂、それは――」

 

「ええ。これが遠坂の魔術刻印」

 

 魔術刻印、魔術師の家系における後継者の証であり、遺産。歴史。その家が伝えてきた魔術を凝縮した刺青のような物。簡単に言うと体に刻み込む魔道書。

 データベースとしての役割だけではなく、刻印自体が術者を補助するよう独自に詠唱を行ったり、負傷した術者を強制的に生かす事も可能というより生かす。

 

 俺にないものであり、魔術の家系においては誇りだ。

 

「どう衛宮君。最後に良いもの見えたから、もう思い残すことはないわよね?」

 

「ちょっと待って遠坂、話を聞い」

 

 俺は遠坂を制止しようとする。ここで暴れたらどうなるか、もしものことになったらと心配だからだ。

 だが、遠坂には、俺の声は届かなかった。

 

「問答無用!」

 

 遠坂が俺に向かって魔術を放つ、俺は咄嗟に持っていた工具箱を投げつける。そして、一目散に逃げる。

 

「こら! まて! 逃げるな!」

 

「待てと言って待つ奴がいるか!」

 

 遠坂は魔術を放ちながら追い掛けてくる。ここに、俺と遠坂の命がけの鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 生徒相談室の扉が開かれる。部屋から出てきたのは転校生ニコラ・テスラだ。

 

「ふう。やれやれ思ったより時間がかかったな、リンも仕事が思いの外杜撰(ずさん)だな。

 さて、士郎はど」

 

 ニコラ・テスラの言葉が最後まで続かなかった。ニコラ・テスラの言葉を遮ったのは三本の矢。ニコラ・テスラ正面の開かれた窓の隙間から飛来したそれ、このような芸当ができるのはたった一騎。

 そして、奇襲をするにしてあまりに攻撃力が低い。つまり、これは脅し、威嚇。

 ――次は後ろの部屋、校舎ごと攻撃をすることもできる。そう言っているのか。

 

 直後に感じる魔力、その波動には覚えがある。遠坂凛のものだ。次に士郎の魔力も感知する。

 二人は今戦闘中と言うことだ。二人の戦力比は歴然、リンが下手を打たなければ士郎には万に一つも勝ち目はない。つまり、アーチャーはこのまま傍観しろと言っているのだ。

 

「アーチャー――」

 

 ニコラ・テスラは飛来した先を睨む、ニコラ・テスラの視力をもってしても捉えられない距離にいるであろうアーチャーを見据えて。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ここは久遠川にまたがる冬木大橋、そのアーチの一番高い場所にアーチャーはいる。

 その瞳は遠く、穂群原学園三階の生徒相談室の前にいるニコラ・テスラを捉えている。矢を(つが)え、弓を引き絞る。

 

「そう睨むなセイバー、君が動かなければ何もしない」

 

 彼はそう言いながらほくそ笑む。あとは、釣れる魚を待つばかりと言わんばかりに。

 

 

 

 ニコラ・テスラとアーチャーが睨み合うこと数分、しかし、その沈黙は破られる。

 ニコラ・テスラが表情を一変させる。直後ニコラ・テスラはアーチャーに声なき声を叫ぶ、無論アーチャーはニコラ・テスラが何を言ったのかわかった。

 

「サーヴァントだと――」

 

 アーチャーは装備を解除すると全速で学園に向かう。ニコラ・テスラに集中しすぎて学園全体の警戒を怠っていた。彼に有るまじき失態であるだ。

 

「凛、無事でいてくれ」

 

 彼は駆ける。学園へ。速く、速く、速く、主を助けるために。

 

 この時アーチャーは気付いていない、本来なら敵の言葉は疑ってかかるべきなのに、彼なら疑っているはずなのに、彼は疑うことなく学園へ駆ける。




遅くなりました。いやー以前、さる方から正気を失っていると言われたので、探していたら時間がかかりました。
実は親切な人が教えて下さったんですよ。その人は白いスーツに身を包んだ長身の男で、髪は白いが肌は黒く、瞳は赫くって、
「チクタク」
言っていたんですけど誰なんでしょうね?


ではハーメルン読者の皆様方良き柴影を。


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襲撃・提案

 ジャラジャラ、ジャラジャラ。

 ジャラジャラ、ジャラジャラ。

 

 鎖が擦れる音がする。いま俺は目の前のサーヴァントに拘束されている。まるで大蛇が獲物を絞め殺すように、背後の木もろとも絞め殺すように。

 強く、強く、強く。

 

「いい加減する観念する気になりましたか? 先の暴言の訂正、そして今すぐセイバーを呼ぶことに」

 

「く、――あ、ああああ」

 

 サーヴァントの鎖が首より下をより強く締め付けてくる。骨が軋む音が聞こえそうな程締め付けているのに、鎖が擦れる音と激痛でで実際に骨がどうなっているのかわからない。鎖の鉄臭(てつくさ)(にお)いで実際に体を這う液体が血なのか汗なのかわからない。

 ――このままじゃあダメだ、なにか、なにか手を考えないと、殺される。殺される(・・・・)。また殺されるのか?

 ――いやだ。まだ誰も(・・・・)助けれてない。まだなにも出来てない、このまま殺されたらコイツは遠坂とあの女の子のところに戻ってしまう。それはダメだ!

 

 ――でも、でも――

 思考が中断される。徐々に徐々に強く締め上げる鎖が脳内を激痛で埋め尽くされる。

 

「すいません。これではしゃべれませんね」

 

 サーヴァントがわざとらしく鎖の拘束を緩ませる。いつでも自分のさじ加減一つで殺せる。そう再確認させるために遊ばれてる。

 ――だからこそ、譲れぬ意地がある。こんなところで、こんな奴に弱味なんか見せられない。

 

「さあ、もう一度返事を聞かせてください。『私ごときがセイバーに勝てない』等という戯れ言の訂正とセイバーを呼ぶか否か」

 

「――は! 何を訂正する必要がある。あんた程度は俺一人で十分だ! セイバーを、マスターを呼ぶ必要はない!」

 

「……先程から疑問でしたが、あなたは自分のサーヴァントをマスター(・・・・)と呼ぶのですね。それはなぜですか?」

 

「そんなのは簡単なことだ。俺がそれだけマスターを信頼して、尊敬して、敬愛しているからだ」

 

「尊敬と敬愛? あなたはセイバーに暗示でもかけられているのですか? いや、そもそも暗示にかけられていたら認識できないか」

 

 サーヴァントが訝しむ、それは大いにまともな考えだ。サーヴァントは過去や神話に登場する英雄、本来は自分たちが呼び出せるはずない稀人。しかし、魔術師という者達はそのサーヴァントを所詮は使い魔と断じる、どこまで行っても聖杯獲得のための道具であり、ましてや自分からサーヴァントのことをマスター(・・・・)ことはないだろう。いたとしても呼ぶものはごく少数しかいないだろう。

 そんな奇異な存在が目の前にいるのだ、疑惑の目をむけるのは当然である。

 

「暗示? そんなものをマスターが俺にかけるはずないだろ。なにせ俺たちは信頼し合っている。聖杯欲しさに一般人を襲いそれを了承するマスター(魔術師)と組むような、趣味の悪い武器を使う陰険悪辣なサーヴァントは俺一人で十ぶ――ぐぁ! ぁぁぁぁぁぁぁっぁ」

 

 急に緩められていた鎖が強く締め出してきた。

 

「あなたは少々暴言が過ぎますね、それにこの調子では話は進みません。他の者たちが介入してきては厄介です。よって」

 

 サーヴァントが一歩一歩こちらに近づいてくる。その間にも締め付けはどんどん強くなってくる。いや、とりわけ右手首が強く締め付けてくる。

 

「その意志の強さに免じて命だけは助けてあげましょう。右手の令呪はもらい受けます。ただし、先までの暴言の罰として激痛を伴う方法を採択しますがそれは自業自得ということで」

 

 サーヴァントの手が俺の右手に伸びてくる。

 

 ――くそ! なんて様だ。なんで俺はこんなに弱いんだ。誰かのの役に立ちたかったのに、マスターの役に立ちたかったのに……これじゃただの一般人と変わらないじゃないか! 俺はこんなことのためにマスターと契約したんじゃない! 俺はどうすれば……

 

「――バリツ式」

 

「――!」

 

 聞こえた。確かに聞こえた。あの人の声が。

 

「雷電かかと落とし」

 

 刹那、俺とサーヴァントの間に、雷が、眩くも輝かしき雷電が落とされた。

 

「――マスター――」

 

 俺は呟く、来るとは思っていなかったから、あの追いかけっこの最中に遠坂が。『セイバーならアーチャーが足止めしているから誰も助けに来ないわよ』っと言っていたのだ。たしかに、いつもならすぐに駆け付けてくれるであろうマスターが一向にくる気配がなかったのは遠坂の言う通りアーチャーがうまく足止めしたのだろう。仮に、来てくれたとしてもまだ時間がかかると思っていたから、思っていたから。

 だから、だから、不意に、目から涙が零れそうになった。

 

「大丈夫か士郎」

 

 俺はマスターに抱き留められる。いつの間にか鎖が消失して支えを亡くした俺が前のめりに倒れそうになったのをマスターが受け止めてくれた。そして、その瞬間にさっきまでの痛みや疲れが一瞬で消えてしまったかのような錯覚に陥り、目を閉じて眠ってしまいそうになる。が、そこで気付く、ここには俺たち以外にもう一人いたはずと。

 

「マスター、サーヴァントは!?」

 

 俺は全身に響く痛みを堪えて立ち上がり辺り一帯をを見回す。そこにはあの紫のサーヴァントは見当たらず、俺とマスター以外は雑木林ししかない。

 

「落ち着け士郎。敵サーヴァントは逃げた」

 

「なんで追い掛けないんだマス……」

 

 マスターは冷静に敵サーヴァントが逃亡したと告げた、あの一般人を平気で襲う輩をマスターがみすみす逃したのかと思うと腹が立ってくる。しかし、気付く、ここでマスターが追撃に入ると俺は一人になる。そうなった場合また遠坂と戦闘になる可能性がある。最悪の場合アーチャーの加勢があるかもしれない。そう思とマスターが追撃できなかったのは足手まといの俺のせいであり、結局のところ俺はマスターの役に立てていない。そう言うことになる。

 ――ここでマスターに当たるのはお門違いだ。

 

 改めて自分の無力さを実感する。本当はすぐにでも追いかけてほしいのに、自分に背中を任せてほしいのに、でも現実は全く逆だ。今までの鍛錬が無意味であったと思えてしまう。マスターはそうではないと言ってくれるだろうけど、言ってくれるだろうけど実際には自分の身を守るのでさギリギリで、それもただの魔術師である遠坂一人でそれなのにここでアーチャーまで来たらどうにもならない。文字通り秒殺されるだろう。

 ――だからって!

 いま、所かまわず何処かに八つ当たりした気持ちに駆られる。そこらの木や、地面にだっていい。兎に角八つ当たりしたくなるが、そんなみっともない真似をマスターの前ではやれない。静かに俺を見守るマスターがいるんだから、だからここは強引に話題を変える。

 

「マスターあの女の子は?」

 

「ああ、無事とは言い難いが、リンが応急処置が的確で命に関わる状態は脱しっているだろう」

 

「そっか、よかった」

 

 安堵した。これであの子に何かあったら本当にどうしょうもなかった。安心したらまた倒れそうになるが何とか踏みとどまる。少しでもマスターにみっともない姿は見せたくないから。

 

「衛宮くーーん」

 

 校舎の方から遠坂の声が聞こえる。そこには息を切らして走ってくる遠坂の姿があった。

 

「遠坂」

 

「衛宮君も大丈夫……といわけではないみたいね」

 

 遠坂はしげしげと俺を見る。今更ながらた制服のあちこちは擦り切れて枯葉や枯木も所々に引っ掛かってボロ布同然だ。中身に至ってはあちこち打ち身、骨折まではいかないまでも酷い打撲痕もあるだろうし藤ねえや桜にどうやって言い訳したものかと思うと。

 ――いや、それよりもあの子のことだ。マスターは経過しか見ていないから最終的な状態はどうだったか聞かないと。

 

「遠坂おれのことはいい、それよりもあの子は」

 

「? セイバーから聞いてないの?」

 

「いや聞いた。でも容態の急変ということがあるかもしれないだろ」

 

 そう、マスターのことは信頼しているし、一片たりとも疑っていない。しかし、マスターは医療関連については門外漢だと思うから最後は遠坂に聞きたかった。

 

「ふーん。セイバー、あなた信用されてないわね」

 

 遠坂がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらマスターに声をかける。

 

「な――そ、そんなことないぞ! おれはマスターを信頼していりう」

 

「ハイハイ、わかっていますよ。ちょっとからかっただけじゃない。あと、安心していいわよあの子は無事よ」

 

 俺は慌てて弁明する。しかし、遠坂はそんな俺の反応は予想済みだったのか、未だにニヤニヤしている。マスターはそんなこと気にしていないのか俺たちを静かに見守っている。

 いや、見守っていたマスターが遠坂の背後に視線を向けた。

 

「すまんない凛、遅くなった」

 

 遠坂の背後に雌雄一対の双剣を持ったアーチャーが実体化した。そしてアーチャーが現れたのと同時にマスターが俺とアーチャーの間に入ってきた。

 

「アーチャー遅い! で、なんで臨戦態勢なの?」

 

 遠坂はアーチャーが現れて武装状態という疑問よりも先に罵倒した。

 

「凛、人に疑問をぶつけるよりも先に罵倒するのはどうかと思うぞ。それと遅れた理由は距離を考えていってくれ。未遠(みおん)橋の上から全速で来たのだぞ」

 

 アーチャーは手に持った双剣を仕舞うことなく、やれやれと遠坂に呆れていた。

 流石に今の遠坂の行動は同情の余地なしに酷いと思う。もっともあのアーチャーに同情はしたくないのだが。

 

「わかっているわよそんなこと! で、なんで実体化するなり臨戦態勢なの!?」

 

 遠坂が再度アーチャーに迫り詰問する。今度は先よりも語気と視線を強くして、踏み込む足もより強く。質問の返答よりさきに窘められたのが腹に据えかねているようだ。まあ、アーチャーの指摘ももっともだと思うが。

 

「ふう。凛、剣を持つ理由など簡単だろう。

 ここでその二人を倒すためだ――」

 

 瞬間、アーチャーから俺たちに明確な殺気が放たれる。未だに戦闘態勢に入っていないマスターと満身創痍の自分では明らかに不利であり、ここはマスターに足止めしてもらって自分が先に逃げるか? 否、たとえマスターがアーチャーを足止めしても遠坂がいる。今の状態では遠坂から逃げ切ることは難しい、いっそマスターに担いでもらって逃げるか。

 

「待ちなさいアーチャー」

 

 そうこう思案している内に遠坂がマスターとアーチャーの間に割って入る。両手を胸の前で組み不敵な笑みを浮かべながら。遠坂は提案する。

 

「ねえ衛宮君、私たちと手を組まない?」




はい。遅くなりました。うん。最近の自分の執筆速度に軽く絶望して言うる今日この頃。

軽く予告みたいなことすると、次回以降急展開する予定。うん。予定。とりわけクトゥルフ的な何かの正体がわかる人にはすぐわかる展開が来ると思います。

では、親愛なるハーメルン読者の皆様良き青空を。


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正義の味方・同盟締結

「ねえ衛宮君、私たちと手を組まない?」

 

 遠坂はそう提案する。その表情は不敵に、答えがわかっているような嫌な笑みをしている。隣に立つアーチャーは何も言わず腕を組み、盛大にため息を吐いている。

 その態度に遠坂はアーチャーに視線を向ける。

 

「あら? アーチャー、あなたならここで苦言の一つでも言うかと思ったのに」

 

「なに、この数日の間に君の性格は把握している。ここで私が何を言おうとも君は意志を変えるつもりは無いのだろう。せいぜい私にできることはこの無能なマスターが君の提案を拒むことを祈るくらいだ」

 

 アーチャーは片目で遠坂を見ながらヤレヤレとポーズをする。悪びれもしないアーチャーに遠坂は腹を立てるかと思ったが違った。遠坂は頼もしそうにアーチャーを見ている。

 二人はまだコンビを組んで俺たちとそう変わらないと思うのに、こんなにも信頼しあえている。それなのに俺はセイバー(マスター)に助けれてばかりで、二人をとても眩しく見える。

 

「ふーん。あんたも私のことわかってきたみたいじゃない。感心感心。

 っで、衛宮君、返答をしてもらる。私たちと手を組むか、組まないか」

 

 遠坂が返事の催促をする、気付けば俺は少し落ち込んでいたのか遠坂の胸元当たりを見ていた、すぐに視線を上げると遠坂が俺を真剣な目で見つめる。この答えによっては次の瞬間にまた死闘となるだろう。いや、マスターには俺と言うハンデがある分不利になる。

 ――そんなのは嫌だ、嫌だけど、

 

 今なら、違う、さっき身をもって知った。彼我の戦力差を、遠坂と俺との魔術師としての実力差を、知った。懐に入りさえすれば俺にも勝機はあるかもしれないが遠坂はそれを許さないだろう。校舎での逃走劇で手の内は晒してしまったし、いや、そもそもこちらは満身創痍、どう考えても遠坂と今戦ったら死んでしまう。もちろんマスターはそんな事態にならないように俺を守りながら戦うだろうがそれでは防戦一方、ジリ貧だ。

 ――俺はこんなところで死ぬためにマスターと契約したわけじゃない。マスターと一緒にこの街を守るために、一緒に戦うために契約したんだ。

 ――でも、そんな重大な判断を俺がしていいんだろうか? ここはマスターに任せた方が良いじゃないか。

 

 遠坂たちと、正確にはアーチャーから俺を遮る位置に立っているマスターの背中に視線を向ける。その背中は別段偉丈夫というほどでもないのに、同じ人間とは思えないくらい大きく見える。その背中は不遜で、一切の揺るぎはなく、全てを守ると語っている。

 ふっと気付く、今マスターは臨戦態勢ではない、この瞬間にも戦闘開始してもおかしくないのにマスターの周囲には剣がない、それどころか雷電さえ走っていない。マスターは何かを待っている、その何かはわからないが、このまま重い沈黙が続くかと思ったが違った。

 

「――士郎、自分でリンに応えなさい」

 

「マスター――」

 

 マスターが待っていたのは俺の答えだ。

 

「今この場において私がお前に助言することはない、お前が今日まで見聞きしたこと、お前が感じたことを考慮して答えを出せばいいだけだ。

 たしかに他者に意見を求めるのは間違っていない。が、今の士郎は私に決定権を委ねようとしている。それはダメだ、私は士郎に呼ばれたとはいえこの聖杯戦争の時しかいない稀人(まれびと)だ。この先、様々場面で意見の聞ける者がいるとは限らない。自分で考え、自分で判断するしかない。私はこの聖杯戦争において士朗の意思に従う。

 一つ私が言うことがあるのならば、人は間違いを犯すものだ、今の自分が絶対では無い、未来において失敗だったと判断することの方が多いだろう。この私をもって例外ではない。そして、その失敗から物事を学び成長していく。それが人間の唯一無二の特権だ」

 

「でも」

 

 ――マスターが言うこと正しいと思う。けれど、今この場においての判断ミスは命取りになる。死んでしまっては成長も何もない。マスターだってそれくらいはわかっているはずなのに、なんで、俺に全てを任せれるんだ――

 

「士郎は私が信頼できないのか? 心配無用だ、たとえどのような状況に陥ろうとも私は輝きある限り(やぶ)れることはない。

 そう、たとえ相手が誰であろうとも(・・・・・・)

 

「マスター――」

 

 ――いま、一瞬、いつものマスターとは違う、強い感情が覗いた。それは怒り、悲しみ、そして深い後悔。

 

「……は」

 

 その声は遠坂の前にいるアーチャーから聞こえた。

 アーチャーはわざと聞こえるよに、口元の嘲笑を隠そうともせず、歪んだその笑みを見せつける。

 

「――アーチャー――」

 

「いや失礼、そこの男が、あまりにも面白いことを言うのでね」

 

「私は何か貴様を笑わせるようなことを言ったか」

 

「ああ、言ったね。まるで《正義の味方》のようなことを言っていたな」

 

 笑っている。嗤っている。嘲笑っている。アーチャーは心底わらっている。いや、わらっているように見えるだけでアーチャーから強い敵愾心(てきがいしん)を感じる。腰を低くし、両足に力を溜めている。つい数分前が本気ではないと思えるくらいアーチャーは強い敵意をマスターに向けている。

 アーチャーの敵意は直接向けられていない俺にでさえ震えるほどなのに、アーチャーのマスターである遠坂もアーチャーがなぜマスター(セイバー)に敵意を向けているのかわからず困惑している。

 対するマスターは動じない、どれほどアーチャーから強大な敵意を向けられていても不動だ。不遜にも腕を組み佇む、延々と続くかに思えたその時、マスターが口を開く。

 

 しかし、マスターの返答はアーチャーにとって慮外のものだった。

 

「《正義の味方》なモノか、私は《世界の敵》だ」

 

「――!」「な――!?」

 

 以前のも聞いた台詞、《世界の敵》、初めはただはぐらかす為の方便かと思ったが、今は違うとわかる。アーチャーもあの時屋根の上から聞いていたはずだが信じていなかったんだろう。その証拠に声には出していないものの遠坂同様に驚愕している。

 

「――セイバー、それは、どういう意味だ……」

 

「言葉通りの意味だ。たとえ世界が人々を害することを選択したのなら、私は、それと戦う」

 

「言っている意味が分かっているのか? それは《抑止力》と、《秩序》と対立することを意味しているのだぞ。

 そして、その結末は人類の破滅だ。お前はそれを許容するというのか」

 

 マスターの次の一言に全員が固唾を飲んで待つ、その一言次第で俺はマスターと袂を分かつことになる。だから、次にマスターから発せられる言葉を一言一句逃さぬよう全神経を集中させる。

 

 そして、

 

「許容するわけなかろう。

 私は、その脅威からも、

 人々を救う――」

 

 突如、強烈な風圧と轟音が鳴り響く。アーチャーがマスターに切り掛かっていた。その一撃にはフェイントや牽制と言った戦術を感じない、ただあるのは殺意。あの冷静なアーチャーからは想像できない嚇怒の念に染まった形相でマスターに迫る。

 

「戯言を言うのもほどほどにしろセイバー、そのようなことが出来るはずないだろう。ああ、出来るわけがない!! 許されるはずがない!! そのようなことは神しか、いや、神でさえできん!!」

 

「アーチャー……お前は――」

 

「……! アーチャー止まりなさい!」

 

 遠坂がアーチャーを止めにかかる。しかし、アーチャーが止まる気配はない、むしろ、勢いが増している。

 

「アーチャー!」

 

「止めるな凛! この男だけは絶対に倒さねば、いや、殺さねばならん!」

 

「アーチャー、なんであなたがいきなりセイバーに襲い掛かるかわからないけど、今はその時じゃない。

 私たちはこの聖杯戦争を勝たなければない、仮にこの場でセイバーを倒したとしてもあなたは全力を出さなければならない。それは今もどこからか私たちを監視しているかもしれない誰かに手の内を晒すことになり、最悪の場合消耗した状態で連戦になるのよ。

 いいアーチャー、そこのセイバーは私たちが知っているニコラ・テスラとは合致する情報が少ない全く未知数の英霊よ。そんなのと戦って消耗するよりもここはセイバーたちと共闘して、その後出来るだけ多くの情報を得てからでも遅くはない。幸いにしてセイバーのマスターはへっぽこで役に立たないから数に数えなくっていい。つまりここで戦うメリットは少ない、あなただってそれくらいはわかるでしょ」

 

「ああ、それくらいは考えもするし、想像がつく、つかぬわけなかろう。しかし、それを度外視してもこの男の存在を許すわけにはいかない」

 

「おねがいアーチャー、引いて――」

 

「…………」

 

 懇願する遠坂、無視するアーチャー。そこには先程までの信頼関係は見えない。信頼し合っていたはずの二人の間には、今大きな溝が広がっていた。

 

「――私に令呪を使わせないで」

 

 遠坂は右手をかざす。これは最後通告、ここでどのような命令が出されるか見当はつかない、が、選択肢は少ない。

 自害か。

 停戦か。

 あるは交戦。

 

 その三つくらいだろう。

 

 再び沈黙、その間もアーチャーは手を緩めていない。変わらず視線はマスターに向いている。敵意も減るどころか増している。再度遠坂がかざすとアーチャーは引いた。

 彼にどれほどの葛藤があったかわからい、わかろうとも思わない。でも、それでも、アーチャーは引いた。そこにどのような打算が、妥協があったかわからない。しかし、引いたということは少なくともこの場での戦闘は終わりを告げる。

 剣を収めたアーチャーはマスターに背を向けると無言で霊体化して姿を消した。

 

(ありがとう、アーチャー)

 

 遠坂がなにか呟いたと同時に風がその小さな呟きを掻き消す。二人の間に、いま大きな亀裂が入ったのは明確で、わざと出ないとしてもその原因がマスターにある。

 ――でも、でも。

 

 マスターの言葉を反芻する。《抑止力》と二重の意味で敵対するという言葉。自身を《世界の敵》と号するその真意。どっちも現実味がわかず、マスターは、ニコラ・テスラは本当は狂っているのかという思考が横切る。少なくとも《抑止力》を相手にするなど正気でない。正気で言えるはずがない。

 考えれば考えるほど疑念が湧いてくる。それは針の穴から天を覗くようなことだとしても、それでもその、疑念は、俺の心のに小さな、そう、小さな、わだかまりとなって俺の心を引っ掻く。

 

 これはいけないモノだ。

 これがあっては戦っていけない。

 コレがあっては誰も信じれなくなる。

 

 だから蓋をする。しなければならない(・・・・・・・・)

 じゃないと、あの時、感じたモノが嘘になってしまうから。

 

「さて、返事、聞いていいかしら、衛宮君。

 セイバーにあそこまで言わせたのだから応えない。なんて言わないわよね」

 

 遠坂が俺に向き直る。その表情は普段の、魔術師としての彼女の表情ではあるが、声が少し震えていたが途中で立て直した。彼女が何を考え、何を感じたか察することはできないが、たぶん恐怖を感じたと思った。

 ――そう思うとは滑稽だ。結局この場にいた三人の考えや感情をどれ一つ察することが出来ず、対処するための行動さえ取ることが出来なかった。

 ――自身の無力さに、自身の無能さに呆れてくる。それでも遠坂は俺に返答を要求する。マスターも何も言わず、その背中はこう語っている。

 

『お前に委ねる』

 

 マスターに対して出来てしまった小さな疑念、懐疑心、それはまだ覆い隠せてはいない。さらけ出すモノでもない。でも、マスターに信じてもらっていると思うと、胸が暖かくなる。涙が零れそうになる。期待に応えようと思う。

 ――まだわだかまりはどうにも出来ないけど、出来ないけれども、俺はマスターと一緒にいたい。だからその期待に応える。

 

「遠坂、おれは、その申し出を受ける」

 

 答えを聞いた遠坂は無言で俺の顔を見つめる。そこにどんな感情があるか探っている。

 

「ねえ衛宮君、理由、聞いていいかしら? まさか安易にこの場を抜けたいから、なんていうのないわよね?」

 

 当然の疑問だ。そして俺は正直に答える。どのみち俺程度のポーカーフェイスが通用するとは思わないから。

 

「――それも理由の一つだが、一番大きいのは遠坂と争いたくないからだ」

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 遠坂は急に俺たちにそっぽを向く。

 

「――ふう。本来なら赤点だけど、まぁ大目に見てギリギリ及第点」

 

「は?」

 

 唐突のギリギリ及第点扱い、たしかに戦略的、戦術的理由に乏しいのはわかるがいきなり及第点はひどいと思う。

 

「いいの、気にしないで。

 じゃあ私は準備があるから先に帰るわね。あと、その傷の言い訳考えておきなさいね」

 

 そう言うと遠坂は駆け足で校舎へと向かって行った。なぜ俺たちから背を向けて駆け出したかわからないが、急ぐことでもあったのだろう。

 

「士郎、一つお前に言っておかねばならないことが出来た」

 

 これまた唐突にマスターが口を開く、『言っておかねばならない』ことはなかなか重そうな話なので静かに耳を傾ける。

 

「これは魔術師としてもそうだが、一般人としても大変重要なことだが」

 

 ――? なんだ? 魔術師だけでなく一般人としても重要なことって?

 

「こと、誰かと契約する際にはしっかり内容確認することだ。あとで知らなかったでは許されん場合がある」

 

 ――??? ますますおもってわからない。いったいさっきまでの遠坂との会話の中に注意する点があっただろうか?

 その後、保健室で治療をして家に帰る最中に言い訳を考えていたのだが、家に着いた途端、それらの事が頭の中から抜け落ち呆然としてしまった。

 

「あら、お帰り衛宮君。遅かったわね」

 

 家の門の前で大きい旅行用トランクと共に赤い悪魔(遠坂凛)が笑顔で立っていたからだ。




遅くなりました。うん。最近この言葉ばかりしか言っていない気がします。
以前にもまして遅筆になりました。以前なら7~10日には一回のペースで登校で来ていたのに!
今回は地文と会話に苦労しました。うん。なにせ雷電王閣下の呼称がマスターだから結構気を使ったんですよ。まぁそれでもどこか違和感があったら言ってください。すぐ訂正するので。

では、親愛なるハーメルン読者の皆様良き青空を。


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同盟 同居

 二月四日、衛宮邸居間午後八時現在、この家の平日にして少し遅めの夕食。

 正面にはいつもにも増してガツガツというよりは、やけ食いをしている藤ねえこと藤村大河、その隣には今時の日本人もビックリな程綺麗な礼儀作法で食べるものの、食べる量は藤ねえと大差ないニコラ・テスラ。

 少し暗い顔をしながら食べる桜。努めて平静を装う俺。

 それだけならば『たまにはこんな日もある』ですまされるのだが、今日は少々、いや、大分違う。

 

「うん。やっぱりこの炊き込みご飯美味しい。衛宮君おかわり頂戴」

 

 学園のアイドル遠坂凛が憚ること無くおかわりを要求していた。

 先人にして曰く、『居候は三杯目を控えめに出す』という。因みに四杯目だ。昼間の戦闘と言う名のいじめで相当疲れたのか、よく食べる。

 たしかに遠坂は居候ではないが、それでもこの空気のなか、よく平気で食べられるものだと感心する。

 

 遠坂の差し出した茶碗にご飯をよそい。食事の時間は続く。

 ――なんでこうなった…………

 

 それは、今から二時間前に遡る。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 家の門の前に、大きな旅行用トランクと共に赤い悪魔《遠坂凛》が笑顔でいた。

 なんとなく、そこはかとなく、嫌な予感しかしないが、今一番聞きたいことを遠坂に聞いてみる。

 

「……遠坂、いったい(うち)に何の用だ?」

 

「え? もう忘れたの? 私たち同盟を組むのよ。だから、今日からあなたの家に住むの。ああ、もちろん聖杯戦争の間だけだからね」

 

「いやいやいやいや、そうじゃなくって、なんで同盟=家に住むことになるの!?」

 

 そうだ、たしかに俺と遠坂は同盟を結んだ。だが、それは停戦協定だったはず、だから同じ家に住む必要性なんかない筈なのに。

 

「うーん。どうやら衛宮君は少し勘違いしているみたいね。説明してもいいけど、ここじゃ寒いから中でしましょ」

 

 遠坂は勝手知ったるなんとやらで、家に入ろうとする。途中玄関の鍵を開けるよう声を掛けられるまで、俺は固まっていたというのに。

 

 

 

 鍵を開けて居間でお茶をして一服。をさせられて、一息ついたのを見計らって本題に入った。

 

「……で、なんで、遠坂は家に来ることになったんだ?」

 

「ん? ああ、同盟の話ね。たぶん衛宮君は同盟の中身を『停戦』か『不可侵』と思ったんでしょうね。

 でもね衛宮君。夕方の森で私とアーチャーの話をよ~く思い出してみて、私は『手を組む』以外にも『共闘』って言ったはずよ?」

 

 言われて思い返してみる。思い返してみてると、その通りであった。何よりも遠坂が立ち去ったあと、マスターが『契約内容の確認』についても言われた。つまり、マスターはこの状況を想定していたことになる。

 そんなマスターを恨めしそうに睨むも、マスターは我関せずでお茶と茶菓子の煎餅を「ライスクッカーは良いものだ」っと堪能していた。

 

「とにかく、もう準備してきたし、へっぽことは言え魔術師なんだから一度契約したんだからそう簡単に反故にはしないわよね衛宮君?」

 

 そう。魔術師において契約と非常に重い意味があり、反故にした場合はそれ相応の対価が支払わる。それは御伽噺一つを見ても明らかなことで、もちろん一般論としても契約を一方的に反故することはあり得ない。

 無論口約束だから知らぬ存ぜぬで通す人も世の中にはいるが、俺はそんなことはしない。それに、仮に俺がそんなことをしても遠坂を口で負かすことは出来ないだろう。

 その事をわかっている遠坂は笑顔だ。笑顔でこちらを追い込んでくる遠坂に、何処かに自分の味方はいないか探す。が、そんな都合よくはいかず、時計を見て救援を待つしかない。そう思った矢先、玄関から福音が聞こえた。

 

「たっだいまーシロー。今日の夕御飯なにかな? お姉ちゃん気になって、おなかと背中がくっつくぞ!」

 

 シャドーボクシングをしながら、今時の小学生もしないようなことを言って、居間に入ってきたのは藤ねえだ。教師であり、俺の保護者(名目上)が帰って来た。今この場において、救世主なり得る存在。これで事態は好転を迎えるはず。

 ……はず。

 

「こんはんは藤村先生、お邪魔してます」

 

「あ、遠坂さんこんばんは。なにもない家ですが、おか…………」

 

 満挨拶をする遠坂に藤ねえはホームルームで見せる教師(?)の調子で返事をしようとして、満面の笑みの遠坂と対照的に対照的に、藤ねえの顔はどんどん固まっていく。

 そして、

 

「なんで遠坂さんがここにいるの!?」

 

 その発言で、俺の希望は儚いものだと悟った……

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その後の展開は、推して知るべし。知ってください。わからない? ……なら、概要を少し、掻い摘んで言うと、藤ねえが正論(少し、いやだいぶ感情論を込みで)遠坂を説得しようとしたものの、遠坂が論破して最後に『衛宮君はそんなに信用できないんですか?』で、『そんなことないよ! 士郎はいつ他所に出しても恥ずかしくない、いい子です!』で終わった。その少し後に帰ってきた桜にも似た強引な正論に押されて、遠坂が衛宮家に滞在するのを了解した。

 俺の傷などに関しては、その場の雰囲気もあってか、それほど苦労もなく済んだのがせめてもの救いだろう。

 

 二人の説得(?)が終わり、離れの空き部屋に遠坂の荷物を運び、『後は自分でやるから、ありがとね衛宮君』で追い出され。桜と一緒に猛る虎を鎮めるために少々豪華な夕食を作って今に至る。

 ――しかしなんで『何処に出しても恥ずかしくない』だ。それじゃ――まるで……お、おお嫁に……行くみたいじゃないか……別に、誰のとは、言ってないけどさ――。いや、そもそも、出す=お嫁 は偏見だよな、お婿さんの可能性もあるし……いやいや、今のところ俺は何処にも行くつもりは無い。てか、どっちも変わらない!

 何気なしに、それとなくマスターに視線が向く。

 

「どうした士郎。先程から箸が進んでいないようだが、調子が悪いようなら私が部屋まで送るが」

 

「なに士郎、調子悪いの? あんまりひどいようならお姉ちゃん言うのよ」

 

「――なんでもありません。ないです。ない。二人ともよく食べるな~っと思っただけです」

 

 二人にそっぽ向いて言う。俺の視線に気づいたマスターが見当違いなことを言うものだから、ちょっとツンケンした物言いなってしまった。それでマスターが気分を害していないか気になって、そっと、見てみる。

 見てみて、黙々と食べ続けるマスター。俺は、唖然としつつも出来るだけ平静を装い食事の時間を終えた。

 

 

 片付けを終え、今日は疲れたから一番風呂をもらうことした。体を洗い、湯に浸かり一息つく。湯が傷の節々に沁みるものの、それを差し引いてもこの安堵感は抗えがたい。

 

「ふう」

 

 思わず出る安堵の息。ここ最近色々なことが立て続けに起きてから心の休まる暇が少なかった。

 聖杯戦争、魔術師たちが自分の望みを叶えるために争う儀式、十年前の災禍の再来。しかし、マスターが来てくれた。何の心配もない。マスターは言ってた。すべてを護る。だから、俺はそんなマスターの足手まといにならないように頑張らないと。

 ただ、マスターはともかく他のサーヴァントが暴れた場合の被害を考えると慎重にならなければならない。夕方のサーヴァントのこともある、この家にだってランサーが襲来したことがある。

 ――そう言えばなんで遠坂は桜を家に帰さなかったんだろう。なにか事情があるのかな? あとで聞いてみよう。そうだ今はこのひと時を謳歌しよう。

 

 浴槽に体重を預けて、お湯の心地よい暖かさに身心ともにリラックスして、このまま寝てしまってもいいかも、そう思わせるほどの幸福。

 

 だが、そんな一時の安らぎも、あと一分と持たなかった。

 

 脱衣室に誰が入ってきたのだ。

 多分藤ねえ辺りが心配になって覗きに来たんだろ。

 

「藤ねえ、俺は大丈夫だから居間でゆっくりしていてくれ」

 

 だがそれでも物音は静まらない。俺は少し焦り、言葉を吐く。

 

「藤ねえ! 本当に大丈夫だから」

 

 脱衣室の扉が開かれた。

 開かれた先にいたのは。

 

「士朗、大河ではない。私だ。

 入るぞ」

 

「!!!!!」

 

 俺のサーヴァント。セイバーのグラスに顕現した。世界の敵を号する俺のマスター。ニコラ・テスラが浴室に入ってきた。

 一糸まとわぬ姿のマスターが、堂堂と浴室に入りシャワーを浴び始めた。

 

「ま、マスター……なんで、入ってきたの?」

 

「ん? 効率の問題だ」

 

「……効率?」

 

「そうだ。今日はいつもよりも遅めの夕食で、尚且つ凛が滞在することになったのだから風呂の回転を早めなければならない。子供は早く寝るものだからな。

 それに、子供とは言え女性の湯編みは基本的に長いからな」

 

 説明をし終えたマスターは無言でシャワーを浴び続ける。

 

 シャワーの水滴がマスターに当たり弾ける――

  ――――マスターの肢体に目を奪われる。

 弾かれた水滴と熱気が浴室に溶ける――

  ――――その背中の大きさに憧憬のようなものを感じ。

 マスターの僅かな吐息と俺の呼吸が交わる――

  ――――胸の鼓動が早まる。

 滴る音と揺れる音が静かに響く――

  ――――その静かな時間に風景が揺れる。

 

 そんな時間がどれだけ過ぎただろうか、一分と経っていないかもしれない。十分以上経っているかもしない。

 その蕩揺(とうよう)とする意識のなか、呼吸が熱くなり、頭の中までもが揺蕩い始め。

 遂に、意識が、黒に染まった。

 

 真っ暗な黒いなか、遠くからマスターの声が聞こえるが、その声に手を伸ばしても届かず、

 ――ほんと、俺、マスターの前でばかりこんな……

 そして、俺は沈んだ。




はい。と、言うわけで(どうわけで?)連載再開しました。
今回は短めですが、このあとがきの下におまけがあるので許して。
ちなみに、このおまけは改訂版最強のサーヴァントを読んでいない人に、改訂によって何が変わったか、具体的にはアインツベルンの設定を大きく変えたことお知らせするためのお話です。
では、そんなわけで、親愛なるハーメルン読者の皆様方。良き青空を。






二月三日早朝のアインツベルン城。

「はぁ。疲れた――でも、お兄ちゃんと遊べて楽しかった」

自室のベットに飛び込み笑顔ではしゃぐイリヤスフィール。

「今回は殺し合いだけだったけど、こんど他の遊びもしたいな~でもあんまりはしゃぎすぎるとセラがうるさいからこっそり行こう」

次に城の外に出た時のことを計画していると、ベットに煤のようなモノが落ちているのに気づく。
ベットから離れ、自分のコートや髪を触ってみると、ざらっとした。砂や煤、埃などついていているだけではなく汗もかいていることにも気づいた。そうなると気持ち悪くなってきた。
そして、コートを脱ごうとした時、ある異変が起こっていた。

「うーーん。うーーーーん!」

いくら力を入れてもボタン一つとれない。捲り上げてとろうとしても持ち上がらない。

A(アー)出てきて!」

「ここに、イリヤ」

扉を開けて入ってきた執事。白い執事服と白い髪が、黒人のそれとは違った黒色の肌を際立たせ、その無機質な赫い瞳は機械を思わせる冷たさを放っている。

「A。この服脱げないんだけど、そう言えばあなた外へ出る時になにか魔術をかけていたわね。何をしたの?」

「ああ。そのコート、というよりは衣服全体に対魔術、対物理、《対脱衣》の術をかけた」

「《対脱衣》?」

強めの視線と語気を、そよ吹く風の如く平然と受け流し答えたA。
しかし、《対脱衣》という奇怪なワードに怪訝な顔をイリヤスフィールはする。それと同時に嫌な予感もした。

「……念の為に聞くけど、《対脱衣》って、どんな代物?」

「簡単だよイリヤ、文字通りあらゆる攻撃を受けても脱げず破れず、破れたとしても恥部などは絶対隠す画期的な術だ」

いやな予感は当たった。いま聞き捨てならない単語があったからだ。

「……ねぇA。それは、つまり、私も今は脱げないということかしら?
というか、そもそもなんでそんな術をかけたの!?」

イリヤスフィールはAに問う。それも当たり前のことだ、世に数多魔術はあれど、《対脱衣》魔術など聞いたことがない。それこそ魔法使いとよばれる者たちでさえ考えもしない代物だろう。
そして、Aは答える。至極真面目に、さも当然に、全くの自然体で。

「イリヤスフィール。僕はこの国に来るにあたり戦闘というモノを学習した。
結果わかったのは、戦闘すると服が脱げる。
七つの聖遺物を集めて願いを叶える物語然り、胸に北斗七星を刻むことにより死の概念を拳に込めた物語然り、世界の果てにある島にある真理を目指す物語然り、みな戦闘をすると服が破れ、裸になる。
イリヤは女性だから、無闇に肌を晒してはいけない。故の《対脱衣》術式だ」

その内容に、イリヤスフィールはめまいを起こし、取り敢えずこの従者を叱責するのは後にして、湯浴みをすることを優先することにした。

「わかったわA。ええ、話は後にするとして取り敢えず部屋から出て行って。
セラ、リズ」

手を叩き、名を呼ぶと部屋に二人のメイドが入ってきた。

「二人とも服を脱がせて」

そう言って二人に脱がせよとした。が、

「く! なんてでたらめな術式! なんで対魔術、対物理、の術式よりも強固にできてるんですか!?」

「ふーーん!」

セラは必死に術を解体しようと、リーゼリットは力任せにボタンを引っ張る。二人は悪戦苦闘しているなか、部屋にAが入ってきた。

「二人とも、やめておいた方が良い。それは特に強固組んだから、セラでも半日は掛かるほど」

「っちょっと! それじゃあどうするんですか!?」

「簡単なことだよ。その術は僕には反応しない。つまり、僕が脱がせばいい」

「は!?」「へ?」「?」

「待ちなさいA! あなたはお嬢様を脱がせるつもりですか!」

Aの答えに、不服をあらわにして迫るセラ。しかし、そんなセラの剣幕もAは全く気に止めず話を再開する。

「その通りだセラ」

「『その通りだ』じゃあありません! いいですか、あなたもホムンクルスとは言え男性、そんなあなたがお嬢様の肌を見ていいものではありません! そんなこともわからないんですか!」

「問題ない。僕にイリヤの肌を見て欲情する機能はない」

「そういう問題ではなく――」

「大丈夫だ。問題ない。」

「だから――」

「わかった。セラの心配理由が」

「――やっとわかってくれましたか」

「たとえイリヤを襲っても妊娠の心配はない」

「そうではなくって!!!!!!!!!!!!」

その言い争いが終わったのは、それから二時間も後だった。


今日もアインツベルンは賑やかです。因みに、その後もAは頑なに術式をとかないものだから結局三人で脱がし、A は浴室のそとで待機という形に収まった。


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二月五日
夢それは記憶


 多分、これは夢だ。夢なんだろう。

 見たことのない程広く、世界そのものを覆い尽くす暗い灰色雲の空。観たことのない程壮大で、どこまでも貫くような蒼穹の空。俺たちの世界に似ているようで、全く似てない世界。

 さりとて、この夢には介入は出来ない。これはただの夢ではない。多分これは過去、すでに過ぎ去り、確定されて既定されている現象だ。

 そう、これは記憶、記録だ。

 青空がのぞく地にて、幼い子が誰から燻陶を受けている。そして、小さな約束をして、時は駆け抜ける。

 その後の少年は成長した。けれども彼は、道を、義を、人を、何もかもが、遠ざかる――――

 

彼は世界の敵なのだから

誰とも結ばれない

それは契約であり

呪いなのだから

 

 

――――救われない――――

 

 

――――いつまでも――――

 

――――どこまでも――――

 

 

その時が訪れるまでは

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 気付いたら朝になっていた。視界が、いつも見ている天井の風景が滲んでいる。瞳は涙でぼやけている。

 夢を見て泣いていた。そんなのはいつぶり……いや、少なくともオヤジに、切継に拾われてからそんな記憶はない。もしかしたら、それ以前は、怖い夢を見て泣いたことがあるかもしれない。

 けれども、そんな記憶は酷く朧気で、酷く曖昧で、自分のことなのに胡乱に思える。

 

 薄情で、

 非道で、

 

 あの日、助けられなかった人達の中には実の両親もいたはずなのに、毎朝挨拶をした近所の人達も、友達も、学校の先生も、いたはずなのに…………

 それなのに、朧気で、曖昧で、胡乱なのは、

 

 あの日

 あの火の海

 切継との出会い

 

 それ以来、過去を昔話として、記憶を記録として、切り離し、磨耗するフィルムのように思えてしまう。

 いや、あの日以前の自分と今の自分は、乖離している。してしまっているのが、どうしょうもなく――

 

 

いやだ

 

 俺は目を拭い、上体を起こして、

 

「起きたか士朗」

 

 すぐそばにはマスターがいる。

 

「あ、おはようマスタ…………」

 

 ………………あ、れ、?なんで、マスター…………がここに………………ッ!!――――――!!

 跳ねるように、文字通り飛び上がり。壁に背を密着させて、一瞬にして乱れた呼吸を迅速に整える。

 今の今まで寝ていたのが嘘のように、昨日までの疲れが無かったかのように、自己最速俊敏に動けた。

 

「ふむ。もう問題なさそうだな」

 

なんでマスターがここにいるの!?

 

 声を荒げる。荒げて、少し冷静になった。落ち着いて考えればマスターは男で、ここにいても問題ないのに、むしろこの朝の感じからして寝坊したのは自分だと判断できる。

 故に、なんら、問題は、ないはず…………はずだ。

 昨日の記憶を遡る。遡り、

 ――たしか、昨日は夕食の後片付けをしたあと、一番風呂を頂いて、それで…………――――――!!

 

 思い出す。思い出した。思い出してしまった。

 そして、あることをマスターに聞く。

 

「あ、あの、マスター。もしかして、着替えは――」

 

「? もちろん私がした。子供とはいえ、女性にさせることではないからな」

 

 ――やっぱりかーーーーー!

 声ならぬ声を、悲鳴ならぬ悲鳴を、音ならぬ叫びをする。

 同時に、身を捩り赤面する。

 

「何を恥ずかしがっている。士郎はいい体をしている。なにも恥ずかしがることは無い」

 

 ――………なにを、言っているんだ……

 

「あ、あの、マスター、何のこと?」

 

「? 士郎はいい体をしてる。その年にしては全身を満遍なく、無駄のないように、実戦に耐えれるように鍛えられている。年齢と身長と人種等を加味していれば完成していると言っていい。

 実にいい肢体と言いても過言ではない。それは士郎自身の今までの努力の現れなのだから」

 

 ――いい体をしている? いい身体…//////いい――

 なおのこと、悶え、隠れたくなる衝動を抑え、再度冷静に、心を穏やかに、平静になるよう深呼吸する。

 そう、マスターは男で、のぼせた自分を朝まで看病してくれた恩人。つまり、ここで逆上するのはお門違いで、感謝こそすれど、起こるなんてもっての他。だからもう一度深呼吸していつもの自分になる。

 ――まだ頬が熱いが、それ以外は、大、丈夫の、はず////:

 

「さて、大丈夫そうなら、私は居間に行く。

 士朗も落ち着いたら、着替えて来るといい。今は桜が朝食の用意をしている」

 

「桜が」

 

「ああ。今日は人数が多く大変そうだからな。早く手伝うといい」

 

 マスターは、言うだけいって部屋を出ていく。そもそも朝食が大変なのはマスターが朝にたくさん食べるのが原因なのでは? とは口が裂けても言わない。

 ――ともかく、早く桜を手伝いに行かないと。

 そんな、どうでもいい(家計的には重大)ことを考え、即さと着替えて居間に向かう。

 少し、ほんの少し、いつもの調子が戻った。けれども着替えの最中にも体節々の痛みが、この間によりも生々しく打ち付けられた傷が疼く度に、今が聖杯戦争という非日常を思い知らされる。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その後俺は先に朝食の支度をしていた桜の手伝いに入り、配膳を終えて後は遠坂がくれば、いつもよりも少し遅めの朝食が始まる。

 はずであった――

 

ひゃーーーー!!

 

 朝の静寂……とはいかないまでも、穏やかな朝をぶち壊す女の子が出すには間抜けな悲鳴が衛宮邸に木霊する。その際、お茶を口に含んでいたため僅かながら、不覚にもむせてしまう。桜に背中をさすられ、自分の周辺を台拭きで拭っている。

 ドタドタとした地鳴りが居間に近づいてくる。

 突然の悲鳴に、近づく地鳴り、些かなからの緊張と共に待つ。

 

 そして、

 

「衛宮君なんなんあれ!?」

 

 居間の戸を荒々しく開けた遠坂。目元が若干涙目で、顔を赤くした少女、遠坂凛。

 俺たちが通う学園の高嶺の花、眉目秀麗才色兼備を欲しいままにして、親友の一成曰く《赤い悪魔》《魔性の女》《女狐》と、言われる遠坂凛が――

 

 否応なく目を奪われる絶対りょ……太ももから下の黒いタイツにかけて透明な液体がつたい、黒いタイツにシミを作り、更に下の足首には薄桃色の下着が心持ちなく引っ掛かっている。

 そんな遠坂に藤ねえと桜は、苦笑いしつつなにか納得した感じで、マスターは泰然自若で、俺はどんな反応したらいいかわからず固まる。

 そんな中マスター。

 

「士朗、なにも驚くことはない。リンもまだまだ少女なのだ。不意に粗相してもおかしくない」

「な!」

 

 マスターの突然の言葉に固まる遠坂、そんな遠坂をお構い無しに言葉を続けるマスター。

 

「そもそも女性は男性よりも堪えがきかないものだ。

 それよりも早く、片付けてあげなさい。紳士たるもの女性に恥をかかせてはいけない」

 

「そう、なんですか?」

 

 マスターの言葉に半信半疑ながら、別の思考では早く片付けないといけないという衝動が駆ける。

 駆ける衝動に抗いきれず、行動を起こす。

何より、先程から小刻みに震えてい遠坂、それは体を冷やしたのではないかと思ったから。

――そうだ。マスターに言われなくても、切継からも女性は大事にしろって言われていたんだ。だからこれくらい。

 

「遠坂大丈夫か? 替えの下ぎ」

 

「大丈夫なわけあるか!」

 

 一瞬にして間合いを詰められ鳩尾に頂肘(所謂肘突き)をくらい、意識が、暗く、落ちる。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……きみがこの部屋へ来るのは、随分と久方ぶりな気がするね。その後変わりないかい、士郎君」

 

「はい。いいえ。うん? え? 俺はここ来るのは初めてですよ。というか、ここどこですか?」

 

 少年の当然の言葉と疑問に、彼は、その老人は僅かに微笑んだようだった。古めかしいパイプから紫煙が漂う。部屋がやや白く染まり、汚染された空気が少年の鼻腔を刺激する。

 薄く煙るその”部屋”で。少年は、一人の老人と対話している。

 その鼻腔を刺激する紫煙に、どこか懐かしさを覚え、しかし目の前の老人には一切の面識がないのを明確にして、少年は部屋で佇む。

 

「そうかな」

 

 老人は、再度微笑んで。静かに言葉を紡ぐ

 

「衛宮士郎。君は神という超常的存在を信じるか?」

 

「神? 何のことですか?」

 

「いいかね。神とは気まぐれで、無頓着で、気狂いで、自棄奔放な存在のことを言うのだよ」

 

「だから、何の話ですかって言っているんですけど!」

 

「神は、人に望外の幸運を下ろしもすれば、望まぬ不幸を下ろすのも神だ。彼は、彼らは、自分が面白いと思うシナリオを人に強制して、それを自画自賛し、他者に広め毀誉褒貶を楽しむ存在だ。

 そんな者に、抗う術はそうはない。抗うこと事態が不可能なのだ。しかし、君が諦めなければ、いや、それも無理な話だ。

 だから、抗うのはやめたまえ。すべては、無駄な足掻きだ」

 

「じいさんあんた、いったい何の話を――」

 

「それでも、君が諦めなければ、君が望めば、君自身が君自身を、常に最強の自分に抱けたのならあるいは――」

 

『なるほど。諦めなければいつか、必ず叶う。ですか、

 けれど、あなたは願いは叶えられることは無いでしょう。いや、かなうはずがない』

 

 背後から、声が聞こえる――

 少年の背後からのぞき込む者があった。それは、視界の端で嘲笑う仮面。奇怪な男。華美な衣装に身を包み、顔だけを隠した男。

 暗がりにある老人と同じ空気を纏う者。直感で、わかる。この男はいてはならない存在だ。

 

『滑稽だ。実にあなたは滑稽だ』

 

 怪人の口元は歪んでいる。それは、少年のすべてを嘲っている。

 

『あなたは。

 いや、お前には。何もできはしない。何をしても、何をしようとも』

 

「おまえ、いったい何を言って……」

 

『そうだ。お前の選択は無意味で、無価値だ。何にも成れず、何も掴むことは出来ない。

 お前は、お前は神に弄ばれ、慰み者になる運命だ。救い、希望ある明日は訪れない。

 そう。お前は神の掌か抜け出すことはできない。胡乱な超常なる神だけではなく、たしかに存在する時計仕掛けの神からも抜け出すことは出来ない』

 

 

『残 念 だ っ た な!』

 

 「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 その哄笑に、その嘲笑は、部屋全体に反響し。残響する音は暗闇となって、俺の意識さえも、すべて覆い尽くす。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆

 

 

 

「せ……ぱい」

 

 ――誰かが、俺を揺すっている。

 ゆさゆさと、俺の肩を揺する誰か。柔らか手、優しい香り。

 藤ねえならこんな起こし方はしない。なら、誰だ。

 

「マス……ター」

 

「!」

 

 直後。額に痛みが走る。目を開けると桜が半ば馬乗りのような格好で俺の上にいた。

 ――そのような体勢ということは、先程の痛みは桜がやったのか?

 

「桜」

 

「先輩。大丈夫ですか? どこか痛みとかありませんか?」

 

「うん。ああ、特にこれといってない。それと桜、さっき額に」

 

「そうですか。じゃあ席に座って朝食食べましょうか。あちらもそろそろ終わりそうですし」

 

 なにやら強引に話を終わらされたカンがある。が、額の痛みは特に酷いというものでもないので、特には気にならないが。

 ――うん? あちら?

 先程桜が視線を向けた方に、俺も向けると…………

 

「くっそ! 素直に当たれ!」

 

 マスターに拳を連打する遠坂。

 

「子供が扱うには少々物騒な拳法だか、なかなかの功夫だ。師に恵まれたのだなリン」

 

 マスターは遠坂の武を称賛しつつも、なんの事も無げに、器用に片手で新聞を読み、もう片方の手で遠坂の連撃を防いでいる。自分が二度にわたり成す術が無かった遠坂の暴力を、いとも簡単に。

 

「ッ! あんなのが師なものか!」

 

 もっと、遠坂はマスターの称賛がカンに障ったのか、深い踏み込みと共に拳を繰り出そうとした。

 が、そこに来てマスターは正座を崩して、片足を遠坂と同じタイミングで踏み込み、繰り出された拳を受け止めた。それにより、遠坂の一撃によって発生した衝撃を相殺し、そばの机にはほぼ振動が伝わってなかった。

 

「リン。そろそろ気も晴れただろう。朝食にしよう」

 

「フン!」

 

 遠坂も今は敵わないと判断して、自分の場所に移動して乱暴に座ったのを見計らって空腹の限界だったのか藤ねえが、

 

「いただきます!」

 

 っと、何事もなかったように朝食をマスターと張り合うように平らげ始めた。




さて、大分遅くなりましだか、あと、六時間くらい早く更新したかったジンネマンです。
今回は、まー、嵐の前の静けさ(?)的な話にしたかったのでこんな感じですね。次回にはアレが来ます。スチパン的には絶望するしかないアレが…………
まあ雷電王閣下がいれば問題ないですよね!士朗次第ですが…………

それはそうとFGOの年末年始の成果!
ナーサリー六枚!?
ベーオーウルフ二枚
フィン一枚
カーミラー一枚
ステンノ一枚
オジマン一枚
両儀式一枚(三万円)
エルメロイ一枚

因みに他に狙ったのはイリヤ、ギル、イシュタル、キング破産。
全部爆死したがね!

では、親愛なる皆様良き青空を。


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親友・分水嶺

「まったくなんなのあのトイレは! 新手の嫌がらせか罠としか思えない!」

 

 まだ道行く人もまばらな時間帯とは言え、女の子が天下の往来でトイレ発言はどうかと思う。それと、日本が誇る文明の利器を罠や嫌がらせ発言を訂正するとしよう。さもないと設置した俺が謂れのない謗りを受けそうだから。

 

「遠坂、アレは『ウォシュレット』っと、言ってお尻を自動で洗ってくれる文明の利器だ。元々は医療用に開発されたも」

 

「そんなことはどうでもいいのよ! 私が言いたいのは不意討ちで作動するのはどうかっていうことよ!」

 

 顔を真っ赤にして憤慨する遠坂、この時間帯の深山町は人通りが少ないので注目は浴びないものの、もうそろそろ朝練の学生や新都に向かう人たち達が増えてくる。遠坂の機嫌をどうにかしないとこちらにあらぬ誤解を受けそうだ。

 昔切嗣(じいさん)が言っていた。『誤解はすぐに解いた方がいい。さもないと大変なことになる』

 その真意はわからないが、その事を語る時の切嗣はとても一言では言い表せない。とても苦い顔をして笑っていた。

 そんな俺の意図を察してか桜が助け船を出してくれた。

 

「遠坂先輩。あれはあれで良いものですよ。

 特に調理に携わる者としては衛生面には気を付けたいですし、慣れれば快適なんですよ。

 それにあの便座は暖房機能が付いてるから冬でも暖かです」

 

「…………ふん。確かに衛生は大事よね。

 まあ、確かに自分の手を汚れないのは良いことだし。便座が冷たくないのはいい文明ね」

 

「そうだぞ遠坂。清潔なことはいい文明だし、暖かいのもいい文明だ」

 

 ――うん。でもなんだろうか? 遠坂はなんら間違ったことは言ってないのに、一部なぜかとても物騒に聞こえるのは………

 

「――そう言えばテスラ君はどうしたの? 朝食のあとそくさと出ていったけど」

 

「ああ。マスターなら昨日早速依頼された迷い猫を探しに行ったよ。ほらあの電柱にも貼ってある猫。なんでも本当は昨日のうちにやる予定だったんけど、都合が悪くなったから今朝早くに探して、一限目が始まる前には片を付けてくるとか言って」

 

「ふーん。まあいいけどさ、猫一匹そう簡単に見つかるの? 見つからないから張り紙をするんだし、その子はたぶん藁にも縋る思いので依頼したのね」

 

 まあ。そうなんだろう。冬木は田舎とは言え地方都市でそれなりの規模の街であり、そんな中一匹の猫を見つけるのはとても難しい。

 俺も昔に何度かそう言った迷子の迷子のペットを探したが、そのすべてが結局見付からずに今に至る。無論頼まれれば全力で探しに行く、それでも見つけるのは至難だろう。その度にある種の諦観がある。

 せめて生きていてほしい。交通事故等に巻き込まれないでほしい。死体となって見つからないでほしい。

 

 士郎にしてはネガティブで、普段の彼なら思いもしない感情だが、それだけ迷子の動物を探すのは困難で途方もない。

 それが顔に出たのか、遠坂が俺の背中に紅葉を作る勢いで叩いてた。

 

「なに暗い顔してんのよ。まだ猫以前にあの男が見つけるとは限らないんだから……気を落とさないでね衛宮君」

 

 途中から口調が変わった。回りを確認すると人がいるようには見えないが、遠坂のことだから壁向こうから人の気配を察知したんだろう。猫を被るのにそこまで必死になると言うのもどうかと思う。

 それから昨日の印象のせいか、激しい違和感のする猫被りな遠坂ととりとめのない話をしつつ学園前の坂を登り終えた先、校門に背を預けている男に気がついた。その男も数舜遅れてこちらに気付くと、瞬間に顔をしかめた後笑顔になってこちらに近づいてきた。

 

「……おはよう衛宮。今日も早いな。それに遠坂もおはよういい朝だね。ついでに桜も」

 

「……おはよう慎二。でも妹の桜をついで扱いはないんじゃないか」

 

ッチ。相変わらず五月蝿い奴だな。それよりも衛宮、ちょっと話があるんだ来いよ。

 遠坂、衛宮返してもらうよ。ほら早く来いよ」

 

「待ちなさい間桐君。衛宮君は|私たちと楽しくお話をしてるんだから邪魔しないでよね♥」

 

「!!!!!」

 

 慎二は俺の二の腕を掴むと強引に引っ張ろうして遠坂に制止された挙げ句、俺たち三人の歓談を遮った邪魔者扱い。そんな扱いされたら自尊心の高い慎二だから次の反応は容易に想像がつく。

 

「五月蝿いな遠坂。衛宮は僕のだ。どうしようが僕の勝手だろ!」

 

「待てしん」「あら? いつから衛宮が物になったの? しかもあなたの?」

 

「うるさいぞ遠坂! 衛宮は僕と話があるんだ! 引っ込んでろ!」

 

「遠さ」「あら? 女性徒には優しい間桐慎二君がまさか私に手を挙げたりはしないわよね?」

 

 その言葉に歯が軋む音と共に憤怒の視線を遠坂に向けるもそれをそよ風のように受け流す、いや、そも遠坂は風とすら思っていない。それどころか俺が二人を仲裁するために声を出そうとすると、絶妙なタイミングで台詞を乗せて封じ込めてくる。慎二がいくら喋っていようともだ。

 俺の言葉を潰す瞬間の遠坂は終始猫被りの笑顔だったが、内心は嫌らしい笑みを浮かべていることだろう。今朝の事が未だに腹に据えていたのか、次第に慎二を煽る言動が増えてきた。

 こうして口論が激しくなるにつれて二人を中心に直径五メートルは誰も近づけない空間が出来上がっていた。普段から慎二と一緒にいる取り巻きの女性徒、抜き打ち検査を実施している風紀委員ですら近づこうとしない。

 

 ただ一人の例外を除いて――

 

「おい。校門の前でなんの騒ぎた――貴様は遠坂! それに衛宮と慎二。

 遠坂、まだ貴様が原因か!?」

 

 今の刹那、密着されている俺にだけ聞こえるほど小さな声で遠坂が『げ!』っと言ったのが聞こえた。顔がひきつったかに見えた。いや、ひきつったのだろう。

 穂群原学園の最後の良心にして問題時たちの最強の敵、遠坂凛にとって不倶戴天。この学園の生徒会長にして慎二と俺の共通の友達――柳洞一成。

 

「何かしら生徒会長。開口一番に原因扱いとは穏やかではないんじゃない? それともなにか証拠でもあるのかしら?」

 

「戯けたことを抜かすな遠坂凛。お前がなにか行動すると言うことは、何かしらの企みがあるに相違ないのはわかっている。

 お前のせいでうちの会計がどうなったか知らぬわけではあるまい! いや、知らぬとは言わせぬ!!」

 

 ビシ! っと、某ゲームの熱血弁護士なら背後に擬音出そうなほど力強く遠坂を指差す一成。 普段の一成ならしないであろう人に指差すという失礼な行為はしない。

 礼儀などにうるさい一成をここまでさせるのは、流石は遠坂と言えばいいのか、親友の一成を慮りもう少し手加減してやってくれと言えばいいのか、何とも言えない。

 

「なによ。まだあの子ノイローゼが治ってないの? ちょっと精神薄弱すぎない? この間も挨拶しただけで逃げちゃうし」

 

 「おい遠坂」

 

 そんな二人の言い争いの中になにか、小さな声が聞こえた。

 

「何度同じこと言わせる戯けが! お前が彼女をそこまで追い詰めたのであろう! 彼女は真面目で芯が強く、仕事もできる将来有望な子たったのに……それが生徒会を辞めたいだの、果てには転校まで考えているそうだぞ。

 何をすれば彼女をそこまで追い詰められる!? 彼女になんの罪があった!?」

 

 「柳洞」

 

 まただ、一体誰の声かと思案すると、

 

「……だから前にも言ったじゃない。私は会計の子と文化系部活動に配分される不平等なな部費について話をしただけよ。ほら、お金に関することは明朗会計が一番じゃない? 不透明な資金は明解にした方が生徒会のため。しいては皆のためなんだから」

 

「だから何度同じこと言わせるのだ遠坂! なせその手のことを文字通りの部外者が口を出すのだ! 部活動の予算についてはこちらも是正しようと色々やっておるのに、お前のせいで交渉が停滞しておるのだぞ!」

 

「だから私はよかれと――」

 

 「お前ら僕を無視するのも大概ににしろよーー!」

 

 突然の怒声。俺の腕を掴んでいた慎二がその手を離し、二人に掴みかかろうとする。が、二人は阿吽の呼吸で同時に慎二の関節を極めた。それの流れる動作は見ていて美しいとさえるもので、極められた慎二はと言うと……

 

「痛い痛い痛い痛いんだよ! 離せよ!」

 

「すまん慎二。お前がいきなり来るものだからつい」

 

「まったくよ間桐君。いきなり飛び出してくるのは危ないわよ。と言うかまだいたの? あんまりに静かだらもうとっくに教室行っているのかと思ったわよ」

 

 二人から解放されたにも関わずこの対応に再度慎二が(いき)り立つのは目に見えているのに、特に遠坂の余計な一言は火に油を注ぐようなものだ。

 当の慎二は歯が砕けんばかりの歯ぎしりとトマトよりも真っ赤な顔で二人を睨んでいる。

 ――不味いこのままだと――

 

「貴さ」「俺に話があるんだろ! ほら、何処に行く? 早く行こう! 俺も丁度慎二と話がしたいと思っていたんだ! と言うか慎二から誘ってくれるなって嬉しいな」

 

 また行動を起こしそうな慎二の両手で掴み、ぎこちないまでも笑顔で慎二要求と自尊心を満たすように快く答える。そんな俺を見た慎二はなんとも万人向けしそうな笑顔で俺の手を握り返す。

 そして、俺越しに二人に視線を流し。

 

「と言うわけだお二人さん。いやー衛宮は話が分かる奴で助かるよ。僕はお前の物わかりのいい所はそんなところ嫌いじゃない。

 ああ、むしろ好感すら覚えるね。流石僕の親友だ。あとな柳洞、おまえ僕が衛宮を道具扱いしているって言うがなお前こそ衛宮を道具扱いしているじゃないか、毎朝早くに学校の備品を衛宮にタダで修理させておいて何言っているんだか。遠坂も僕の事を言う前にそい」「ほら早く行こう慎二、あんまり遅いと藤村先生がまた騒ぐからさ」

 

「ふん。そうだな、あの女教師はうるさいから早く終わらせよう。なにすぐ終わる要件だから心配しなくっていいよ衛宮。

 じゃあねお二人さん。僕たちは忙しいから、あと遠坂、すげなくしてわいるけど今度お茶にでも誘ってやるよじゃあな」

 

 慎二の手を引き先を進む俺には見えないが、たぶん慎二は遠坂と一成に優越感に染まった笑顔を向けていることだろう。

 後で二人に謝罪とフォローしておこう。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 それから人気(ひとけ)のない校舎裏まで来て慎二の手を離した。

 

「慎二、話って言うのはなんだ? お前がわざわざ俺のことを待ってるなんて、相当重要な話なんだろ」

 

「話が早いな衛宮。僕はお前のそう言うところが好きだよ」

 

 慎二が仰々しく、大げさに手を広げて一人で悦に入ってる。先のやり取りに慎二を喜ばせる何があったとは思えないが、少なくともあまり慎二を激昂させないよう注意しなくてはならない。

 仮にここで慎二を激昂させると、その波は桜や他の生徒に及ぶ可能性もあるから。

 そして慎二は普段と変わらぬ態度と口調で爆弾を落とした。。

 

「さて、衛宮もあの二人をあのまましておくのは気が気じゃないだろうし、まあ僕は気遣いと空気を読める男だからね。早め済ませてあげよう。

 衛宮。お前、聖杯戦争のマスターだろ?」

 

「!」

 

 ――なんで慎二が聖杯戦争の事を!? いや、それよりもなんで俺が聖杯戦争のマスターだと。

 背中に冷や汗が吹き出す。知らず拳を強く握りしめ、半歩下がって腰を低くする。

 

「おいおい衛宮。そう怖い顔するなよ」

 

 なおも変わらぬ慎二に俺は不信感と警戒感を露にする。

 

「……慎二なんで」

 

「『なんで聖杯戦争のことを知っているか?』か? そんなの簡単な話だよ衛宮。僕も聖杯戦争のマスターだからだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 それと衛宮とテスラが聖杯戦争のマスターとサーヴァントだってのはバレバレだったからな」

 

「!!」

 

 衝撃だった。慎二が聖杯戦争のマスターだったということもそうだか、俺とセイバー(マスター)の聖杯戦争の関係者だとバレていたこと相当だった。

 ならば、マスターのいない今は慎二にとって絶好の機会だということに今思い至る。聖杯戦争が遠坂やあの神父が言った通りならば慎二の側にサーヴァントがいる。

 ――いや、聖杯戦争では人目につかない夜に戦うのが暗黙の了解のばず。

 

 そうは言っても先日そのサーヴァントに痛め付けられたことが脳裏をよぎる。

 もはや警戒の余地なく魔術回路を起動させて臨戦態勢に移る。

 ――一矢報いることは出来なくてもせめてマスターが来てくれるまでは、

 

「おいおい、だからそう怖い顔するなよ衛宮。そんな警戒しなくっても僕のサーヴァントはここにいないし、僕に至っては無防備そのものだ。

 それとなにか、衛宮は戦う意思もなく無防備な人間を攻撃するような非人間なのか? 違うだろ」

 

 ――確かに今の慎二に戦う意思はないし無防備だ。ならいまは大人しく慎二の話を聞こう。マスターには後で連絡すればいい。

 握っていた拳を緩め、励起していた魔術回路も閉じて臨戦態勢を解く。

 

「そうそう。やっと話ができるよ。

 さて、無駄に時間を浪費してしまったから単刀直入に聞くよ衛宮。

 

 

僕と手を組まないか

 




本当は先月に載せたかった……
なんでしょうね、最近投稿スピードが落ちてきて仕方ない。でもこれからは今よりも少し時間が取れそうな反面、給料が下がる……喜んでいいやら悲しんでいいやら!
てなわけで、恒例(?)の不定期になる『アインツベルン陣営の日常(仮)』をお送りします!
その後ネタバレ必至な次回予告を書きます。と言ってもタイトルをのせるだけなんですが、それでも良いという方は見てください。




二月四日アインツベルン城内、浴場。


「お嬢様。シャンプーを流します」

「いいわよセラ」

「イリヤ。背中流す」

「いいわよリズ」

「イリヤ足を洗うよ」

「いいわ『けなわけないでしょA(アー)

アインツベルン城の広い浴場に耳をつんざく高音が反響する。
その声にセラの正面にいたイリヤスフィールと真横にいたリーズリットは耳を塞ぎ目をつむるほどであった。が、とうの本人はなに食わぬ顔でイリヤスフィールの足を黙々と洗っている。指と指の間、それどころか指紋の溝に至るまで洗いそうなほど丁寧に洗っている。
そんな彼は、セラに一切視線をあわせず手も止めず口を開く。

「セラ。そんな至近で大声を出したらイリヤに迷惑だよ」

「だ・れ・の・せ・い・だ・と・思っているんですか!」

「?」

セラの嫌味にAは気付いていない。むしろ困惑しているくらいだ。

「だいたいですね。昨日決めたではないですか、お嬢様のお身体(肢体)を洗うのは私とリーズリット。あなたは妥協に妥協を重ねた結果更衣室で待っていることに!
それなのにあなたときたら」

「しかしセラ、もう聖杯戦争は始まっている。そんな中でマスターであるイリヤスフィールが無防備をさらしているのを見過ごすことはできない。

――だからこそ僕はここに来た――


これ以上もなく真面目に、いつもの鉄面皮から想像できないほど真摯な声が、英国紳士もかくやという凛とした声が、セラに響く。
だかしかし、そんなことで折れるセラではなかった。

「なるほど。どこまでも真摯に、真剣に、紳士にあろうとしているのですね…………っとでも言うと思いましたか!」

「? 何が不満なんだセラ?」

尚も困惑するAにセラは遂に堪忍袋の緒が切れた。

「あなたの下腹部のそれを見て何を信用しろと言うのですか!?」

セラがAの身体の一部を指差す。これが動かぬ証拠だと語る探偵の如く。

「…………僕は欲情してはいない」

「ならそれはなんですか!? どうしてそうなったんですか言ってみなさい!」

「…………………………僕にもこんな機能があったことは以外だったんだか、

僕はいま興奮している


「キメ顔で言うことかーーーー!」

そのセラの声は欲じょ……ではなく浴場を越えて城全体にまで響いた。
再度、この日の内に使用人会議は開かれ(イリヤスフィールは萱の外)Aは背中と髪のみ洗うことが決められた。




以上、『アインツベルンの日常(仮)』でした!
さて、下の空白の先にタイトルコールとその他多少を書くのでネタバレの嫌な方はここで終わり。
では、親愛なる皆さま方、良き青空を。













































次回は『チクチク・回転悲劇』


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チクチク・回転悲劇

 

「僕と手を組まないか」

 

 舞台役者のように半身て右手を胸に添え、左手を俺に差し出した慎二。その表情は結果のわかりきっているギャンブルをやる人間のような顔、絶対の自信と確信。

 目には見えるはずもない慎二の自尊心が滲み出ている見えてきそうなほどの余裕。

 そんな慎二に対して俺は、慎重に口を開く。

 

「――慎二、いくつか聞きたいことがるが、いいか?」

 

「!」

 

 慎二は鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな晒し、一瞬憤怒の表情を除かせるも、直ぐに先程と同じ顔に戻った。

 

「……いいよ衛宮。そうだな、その判断は正しいよ。お前はいい子ちゃんだからね。他人の話をすぐ信用するし、仮に敵の偽情報で騙されて僕に噛みつくようじゃ話しにならないからね。

 うん。だからいいよ衛宮。及第点だし、僕は寛大で、寛容で、優しいからなんでも聞いてくれ。僕は誠心誠意答えるから」

 

 今度は俺と正面から向き合い、両手を広げすべてを受け入れると明示する。

 そんな慎二に違和感を覚えつつも、話を進める。

 

「ありがとう慎二。じゃあいくつか聞くが、この聖杯戦争に桜は関わっているのか?」

 

「……ふーん。ほんと衛宮は桜の事ばかり気にかけるんだな。

 まあいいや、桜は聖杯戦争とは関係ないよ。衛宮は魔術師のことあんまり知らないようだから教えてあげるけど、魔術師の家系は基本的に嫡子がその家の魔術を継承するんだよ。中にはあえて競わせたり、政治目的に育てたり、下のヤツの方が優秀だからって乗り換えたりと、家によって色々あるけど、間桐の家は僕が継いだから桜はお払い箱さ」

 

「――そうか。よかった」

 

 なるほど。つまり桜はこの血生臭く、魔術師の狂気に満ちた聖杯戦争に関係してい。そうとわかると安堵の息が零れる。

 あの優しく、()だまりのような桜が巻き込まれていないのに安心したし、これ以降も巻き込まないように細心の注意をはらわなければならないと自覚する。

 ――それにしても、いま慎二の口角がひくついたように見えたが、気のせいか? いや、いまはそれよりも聞かなければならないことがある。

 (かぶり)を振り、思考を調える。ここからは慎二自身に問わなければこと。だから慎重に言葉を選ばなければならない。

 

 慎二の返答如何(いかん)によっては最悪ここで戦闘になることもあり得る。何より慎二はサーヴァントがここにはいない(・・・・・・・)としか言っていない。つまりここ以外にいる可能性がある。

 自然荒くなる息を調えるために、一度深く呼吸して再度思考を綺麗にする。

 

「……なら慎二は自分の意思で聖杯戦争に参加したのか?」

 

 

 俺が確かめたったこと、それは間桐慎二が聖杯戦争にどう関わっているか、そこに慎二の意志が介在しているかどうか。

 仮に慎二が自分から参加したのなら、そこにどんな理由があるか慎二に問い質し、諦めもらうように説得する。それで駄目だったのなら実力行使するしかない。慎二のサーヴァントがいるかもしれないこの場で、セイバー(マスター)無しで戦闘となる。

 

「はん。馬鹿だな衛宮は。僕がそんな野蛮な儀式に好き好んで参加するわけないじゃないか。

 いいかい衛宮。衛宮は魔術師のことだけでなく聖杯戦争の知識に疎いみたいだから特別に教えてあげるけど、この聖杯戦争を始めた《御三家》。《アインツベルン》《遠坂》《マキリ》のことをさすんだけど、聖杯はこの三つの家に優先的に礼呪を配布するんだ。

 ここまで言えばわかるよな衛宮?」

 

「その《マキリ》って言うのが間桐のことで、その嫡子たる慎二に礼呪か宿った……」

 

「その通りだよ衛宮。つまり僕は聖杯戦争に巻き込まれた被害者なんだよ。

 だから、僕と手を組んでこの聖杯戦争を生き残ろうじゃないか」

 

 再度手を差し出す慎二。言葉には出てない言葉が聞こえる。

 

もう十分だろ?

 再度自信に満ちた笑顔を浮かべる慎二。彼が初めて俺に手を差し出した。

 

なにも不満は無いだろ?

「さあ僕の手を取りなよ衛宮」衛宮士郎に確かな、俺にはわからない感情で手を伸ばしてくれている。

 

なにも悩む必要はないだろ?

 

 ――確かに生き残るためならここで慎二と手を組むのも選択肢の一つだ。

 ――でも、

 

「まだだ慎二。あと二つ聞きたいことがある」

 

「ッチ。なんだよ衛宮、もういい加減にして欲しいんだけど。

 そんなに難しく考えることはないんだよ衛宮。ただ僕と手を組んでこの聖杯戦争を生き残ろうじゃないか?」

 

「校舎に張られている結界は慎二のサーヴァントの仕業か?」

 

「は」

 

 慎二は俺を小馬鹿にするように嗤う。

 

「おいおい衛宮。お前は僕をなんだと思っているんだ?

 これでも僕はこの学舎(まなびや)に愛着は持っているし、大切な友人や妹もいるんだ。そんな僕があんな趣味の悪い結界なんて張るわけないじゃないか。

 むしろ僕もあの結界はほとほと手を焼いていてね。僕のサーヴァントでも解除は難しいくらいだ。そんなんだからおちおち勉強すら出来ない有り様だよ。全く本当に迷惑だよねこの結界。これをサーヴァント張らせた奴は陰気で人付き合いの出来ない社会不適合者に違いないね。

 あ~あー憐れで仕方ないね。そう思わないか衛宮?」

 

「さあな。魔術師って言うのは一般常識の埒外いるやつのことを言うんだろ。なら俺にわかるはずもない」

 

「こらこら衛宮。その言い方だと僕までその埒外の連中みたいじゃないか? 僕ほど穏和で平和主義な魔術師は異端なんだぜ。まあ、そんな僕も聖杯戦争には多少の不安があるから親友である衛宮にこの提案をしているんだ。

 さあ、返事を聞かせてくれよ衛宮」

 

「まだだ。あと一つ。これが本命だ」

 

「ッチ! ならさっさと言えよ」

 

 露骨な舌打ち。明らかにじれ始めいるが最後のこれだけは聞かなければならない。

 

「――これで最後だ慎二。なんで教会に行かないんだ?」

 

「ほあ? なんで僕が教会に行かなきゃいけないんだ。馬鹿じゃないか衛宮」

 

「慎二は聖杯戦争に巻き込まれたんだろ? ならなんですぐに教会に駆けこまなかったんだ?」

 

 慎二が急に黙り、目を少し泳がせる。

 

「な、なんでって、そりゃあ聖堂教会なんか信用できないからだよ。魔術師なら常識だろ? 聖堂教会と魔術協会は水と油だ。あいつらほど信用できない輩はない。だろ衛宮?」

 

「あの神父は礼呪を破棄することもできると言っていた。礼呪さえ破棄すればアーチャー以外は単独行動スキルを持っていないから直ぐに消えるはずだ。

 間桐も《始まりの御三家》って言うくらいだから聖杯聖杯の資料が豊富にあるはずだ。そこからなら探れば他にも手はあるかもしれないだろ。

 

 ……なによりも慎二、俺はこの聖杯戦争を終わらせるために戦っているんだ。生き残るためじゃない。十年前の悲劇を繰り返さないために戦っているんだ。戦うって決めたんだ。戦い抜くって誓ったんだ。

 それに、俺はもう遠坂と同盟関係を結んでいる。今慎二と手を組むって言うのは明らかな遠坂への裏切りだ。それは出来ない。

 ただ慎二が戦う気がないって言うならこの事は遠坂に黙っておく、俺も慎二がこのまま静観してくれるならこの事はや」

 

ふざけんなよ衛宮!

 

 突然の怒声。それまで友好的(彼にしては)だった慎二が近くの木に拳を打ち付け憤怒の形相で声を荒げる。周囲に誰も居なかったからよかったものの、誰かがいれば駆けつけて来てもおかしくない声量だ。

 ――たぶん慎二が昨日の遠坂みたいに前もって張っておいた人払いの結界のおかげなんだろうけど、それにしてもなんで慎二はここまで怒っているんだ?

 いつもの慎二なら先程のように感情がある程度上がると一度冷静になろうとする。慎二は良くも悪くも感情の起伏が激しく、熱しやすく冷めやすい気性なのだが今回は下がる気配がなく際限なくボルテージが上がっている。

 

「どうしたんだ慎二、そんなにお」

 

「うるさいって言ってんだよ衛宮! お前いつから僕に誘いを断れるほど偉くなったんだ! ちょっと強そうなサーヴァント手に入れていい気になりやがって! なめてんじゃないよ!」

 

「だから慎二、俺は」

 

「うるさいって言ってるんだよ! お前もか、お前も僕を見下すのか。アイツと同じように僕を憐れむのか衛宮!」

 

 あまりにヒステリックなことを言い出す慎二に俺はどうしたらいいかわからず狼狽えしまう。がその狼狽えでさえ慎二にはどう映ったのか更に強く睨んでくる。歯軋りの音がここまで聞こえてくるほど、それこそ周りすべてを憎んでいるような目で睨んでくる。

 

「あひはははは。ああ、ああああ。そうかそうか。衛宮もそうなんだな。ああ、いいよ。いいよいいよ。衛宮がそうならこっちにも考えがある。いいか、衛宮。いまさら謝っても遅いんだかなら。そうさ、僕からの友情を無下にしたんだ。どうなったって文句はないよな?

 はははは、じゃあね衛宮。あとで後悔しても知らないからな」

 

「慎二!」

 

「近づくんじゃない!」

 

 伸ばした手をはね除けられた。俺に向けられる瞳は憎悪で赤く染まっていた。今までも慎二を起こらせたことはあるが、ここまで憎しみのこもったのを見たのは初めてだ。

 そんな慎二を見て呆気にとられる俺を置いて、慎二は校舎の方へと歩いていく。

 ――ダメだ。慎二をこのまま行かせては……

 

 再度、右手を伸ばす。

 掴むため、いま慎二を一人にしては行けないとおもったから。

 一歩。二歩。近付き手の届く範囲まで、あと少し。

 

 しかし、俺の手は届かなかった。

 

 ――!

 瞬間。体の一切が動かなくなった。まるで全身が石にでもなったかのように重く、固く、硬い。息をするのだって(まま)ならない。

 全身に力を込めてもびくともしない。ついには全身に魔力を全力で流しても効果がない。そこに来て始めてこれは魔術による拘束とわかった。

 

 ――まさか慎二がこれほどまでの使い手だったなんて!

 歯痒く思う。ついさっきまで気性は激しいもののごく普通一般人で、中学時代からの親友が魔術師だったのもそうだが、そんな親友と自分の実力差にただただ暗然としてしまう。

 その後少ししてから魔術による拘束は解け、授業中にも関わらず校舎に消えた慎二を探している途中藤ねえに見つかり物理的に拘束され、無為に時間が過ぎていくのを受け入れるしかなかった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その後、昼の時間になると俺は一人三段重ねのお弁当とと共に屋上にいた。理由は今朝がたマスターにお昼は屋上にいるように言われたからだ。

 ――たしかに聖杯戦争に関する話を教室でするわけにはいかないからな。

 

 遠坂ともここで合流予定だったのだが、未だに来ないのは優等生故の人付き合いや女の子の事情でもあろうと適当なことを思いつつ、風のあまり来ない場所に陣をとり暫しの休憩。

 本当なら今にでも慎二を探しに行きたいが、遠坂は携帯電話は持っておらずマスターも同様で、いまこのまま自分勝手に学園を離れるわけにはいかず、一旦二人と合流して自分がが魔術師であることは言わずにうまく事情説明してから離れるつもりだ。もちろんその時に慎二の正体については話すつもりはない。

 この事は友人である俺の責任、慎二の妹である桜に悲しい思いをさせないために、やらなければならない。

 

 ――それにしても静かだ。

 とても昨日学生一人が昏倒、俺と遠坂との戦闘(という名の虐め兼鬼ごっこ)があったとは思えない平穏ぶりだ。クラスの雑談で聞こえたがなんでも近隣の不良による悪戯という事になっているらしい。つまり、程度の大小どうであれ情報の隠蔽は完璧。これで聖杯戦争のマスター(魔術師)とサーヴァントが如何に暴れても問題が無いという証明ともとれて、不安が溢れる。

 もしも、十年前の悲劇が繰り返されても教会が真実を塗り替える。

 

 ――ダメだ。そんなことになら無いために、させないために、俺はマスターと一緒に戦うんだ。

 ――あの日、あの月の夜に切継と約束したんだ。いや、誓ったんだ。

 ――正義の味方になるって。

 

 知らず、拳に力が入る。ニコラ・テスラを正義の味方と映す、彼と共に歩くとしながらも彼のようになりたいとは思わない。昨日ニコラ・テスラとアーチャーの会話が脳裏を過ぎる。

 

 

 

『言っまるで《正義の味方》のようなことを言っていたな」

 

『《正義の味方》なモノか、私は《世界の敵》だ』

 

『――セイバー、それは、どういう意味だ……』

 

『言葉通りの意味だ。たとえ世界が人々を害することを選択したのなら、私は、それと戦う』

 

『言っている意味が分かっているのか? それは《抑止力》と、《秩序》と対立することを意味しているのだぞ。

 そして、その結末は人類の破滅だ。お前はそれを許容するというのか』

 

『許容するわけなかろう。

 私は、その脅威からも、

 人々を救う――』

 

『戯言を言うのもほどほどにしろセイバー、そのようなことが出来るはずないだろう。ああ、出来るわけがない!! 許されるはずがない!! そのようなことは神しか、いや、神でさえできん!!』

 

 

 

 マスターの言葉。

 アーチャーの言葉。

 二人の相違。

 

 ――マスターとアーチャー。全く違う二人なのに、どこか重なるモノがある二人。その差異がわからず、それの意味するところ、二人の立つ地平が見えない。似ても似つかない二人の在り方に重なるモノは見えない。

 ――けれども、俺はマスターよりもアーチャーの方がなんとなくわかる気がする。マスター自身が浮世離れしているのは別に、なにをアーチャーから感じる。そのなにかは掴めない。

 

 自分の右手を開いては閉じ、開いては閉じと、繰り返す。対極の二人に思考を没頭する。

 そしてそのまま幾分か過ぎた時、屋上の扉が開いた。

 

「待たせたな士郎」

 

「待ってたよマスター」

 

 待ち人の一人が来たのとほぼ同時に、マスターの後ろから誰かが駆け上がってくる音が聞こえてきて、マスターが半歩横に移動して扉を開けておくと奥から見覚えのあるシルエットがいた。

 

「お待たせ衛宮君。ありがとうテスラ君」

 

「英国紳士だからな。私は」

 

 思考に蓋をする。もうお昼休みの残りも短く、手早く食べて二人に事情を説明してから慎二を探しに行こう。

 そう思い、お弁当を広げて三人で食べ始める。因みに今日は三段すべてサンドイッチ弁当だ。もちろんあっさりした前菜風サンドイッチからデザートサンドイッチまで完備している。

 初めはマスターも遠坂も黙々と食べていたのだか。

 

「あ~あ。こんなに美味しいのもっとゆっくり食べたかったな」

 

 話を切り出したのは遠坂だった。

 因みにマスターは食事につく前に学校に来なかった理由と来てからのあらましを教えてくれた。

 

「そう言うならもっと早く来ればよかったじゃないか。別に全部無理だけど少しくらいなら早めに食べてもよかったのに」

 

「全部って、衛宮君は私をどう思ってるのかしら?」

 

 優しく綺麗な笑顔をする遠坂。見ていて惚れ惚れするくらいいい笑顔なのに、その笑顔を見た刹那、全身に寒気が走った。二日前の朝、俺を看病してくれたあとの遠坂と重なった。

 ――いかん。この後の選択肢を間違えてはあの時の二の舞だ。

 

「ぷ」

 

 遠坂から視線を外すことなく身構えようとする前に、その遠坂が小さな笑いを漏らした。

 

「ごめんごめん。いや衛宮君があんまり面白い反応するからついね。

 まあ、普段は衛宮君が作るような料理口にしないから食べ過ぎちゃった私にも一旦はあるし、お昼休みも短いから今日は見逃してあげる」

 

 指一本。顔の前で人差し指を立てて『貸し一つね』っと口外に言っているのを理解する。不条理な暴力を回避できたのは幸いだが、その結果が不合理な貸し借りを作ることになろうとは思わなかった。まさに悪魔の所業。

 だか、理不尽なことに微笑む遠坂は不意なこともあって、一瞬だか、心拍数が少しだけ上昇したが、それを認めるのは癪だから強引に話題を逸らす。あわよくば貸し借りのことも忘れてくれと切に願い。

 

「そう言えばなんで遅れたんだ遠坂? もしかして三枝さんの誘い断るのに時間がかかったのか?」

 

「ああ。衛宮君もその事知ってるってことは割りと有名なのね」

 

 遠坂は困ったような顔をする。その表情は寂しいように、申し訳なさそうに、少し嬉しそうなものだ。

 

「三枝さんのことは嫌いじゃないの。むしろ好きな部類よ楓よりはずっとね。でもあんまり親しくし過ぎると何かあったら困るじゃない職業柄。

 だからあの子の誘いは断ることにしているの。でも今日遅れたのは別の人のせい。三枝さんは遠回し断るとあっさり引いてくれるけどそいつは遠回しに言っても聞かなかったから時間を食ったのよ。その点で言うと三枝さんは察しがよすぎる分私の良心がガリガリ削れるんだけど…………」

 

 先程とは違い本当に申し訳なさそうな顔をしながら心臓辺りを押さえいるその姿は本当に良心が痛んでいる証であり、遠坂が切継が教えてくれた魔術師然とした魔術師でないことに安堵を覚えた。普段の悪魔然とした性格は置いといて、仮にこの姿を一成が見たらなんと言うだろうか…………『鬼の撹乱』かな?

 

「ねえ衛宮君。あなた私に失礼なこと考えてない?」

 

「! いや、そんな事少しも考えてない! それより遠坂を呼び止めたのは誰なんだ!?

 ねえマスターも気にならない?」

 

「さてな。私はこの学舎に来て日が浅い。凛も器量はいいから同年代の思春期の青少年たちに声をかけられたところで不思議はあるまい。

 ふむ。この《カツサンド》はなかなかイケる。やはりこの国のランチボックスに対する情熱は素晴らしい。だが士郎、英国紳士としてもう少しいい紅茶ならなおよかったのだが」

 

 マスターのいつもの小言を流しつつも話題を向け危なげ無く話題を逸らし(っと思いたい)、遠坂はマスターの訳のわからない言葉に惑わされることなく、モゴモゴっと租借をしてから再度口を開いた。

 

「慎二よ慎二。間桐慎二。彼がやたらしつこく誘ってくるものだから(・・・・・・・・・・・・・・)時間とられたの」

 

 嫌な胸騒ぎがした。額や背中から冷や汗が出てくる。

 

「……遠坂。慎二は遠坂を何に誘ったんだ?」

 

「何って、聖杯戦争よ。アイツと『僕と遠坂が手を組めばこの聖杯戦争生き残ることができる』とか、言っていたんだけど、まず『勝ち残る』って言わない時点で論外で落第。だから遠回しもう他に同盟相手がいるから他を探してって言ったんだけどそれでも食い下がるからね。つい『衛宮君っていう心強いパートナーがいるからあなたはいらない』って言ったらなんか喚きながら走っていたわよ」

 

「……因みに遠坂。お前のことだから他にも色々言ったんじゃないか?」

 

「あたり。よくわかったわね衛宮君。

 あと言ったことは『背中どころか身も心も預けられる』とか『彼以上に頼りになるパートナーはいない』とか言ったわよ」

 

 まったく鬱陶しいたらなかったわ。なんて言う遠坂、自信満々で誘ったであろう慎二に同情の念がこみ上げる。

 ――憐れだ慎二…………いや待て、自尊心が高い慎二がなんの用意もなしに俺や遠坂に同盟を持ちかけるか? 慎二なら何かしらの報復の手段も同時に用意しているはずだ。それも速効性のあるものを。

 ――今、この場で速効性のあるものを……まさか!

 

「遠坂! 慎二がどこに行ったかわかるか!?」

 

「な、なによ急に」

 

「いいから! 時間が惜しいんだ!」

 

 心が焦る。もしも自分の予想が正しかったのならその結末は、

 

「たしか一階の科学実験室の方に向かった気がするけど」

 

「なら急いで向かおう! 手遅れになるま――」

 

 

 

 

「「「!!!!」」」

 

 

 

 突如。全身を虚脱感が襲うのと同時に学園内の空気と空が変異する。

 一息するだけで麻痺しそうな、気持ち悪いほどぬるく、粘りつくように重く。

 なによりも周囲一帯が紅く染まり、空には大きな目玉のようなものが顕在していた。

 

「結界――――」

 

 それはこの学園に仕掛けられ、準備されていた魔法陣を起点にした結界。遠坂やマスターでは解除不可能と判断された神代の御業。それからは迅速だった。すぐさま屋上を降りて近くの廊下を見る。

 その光景は、食虫植物の中身と同じだと直感に思った。廊下も教室も紅く滲み染まり。男女も学生も教師も区別なく痙攣して倒れて泡を吹いて白目を剥いている。

 たぶん。この結界は以前マスターが言った通りのモノだった。結界内にいるかたちあるものを文字通り”溶解”させてすべてを吸い尽くすモノだ。

 

 そう。この結界は人を殺すものだ。規模や凶暴性は差があれど十年前のあの光景を幻視させる代物だ。

 ――こうなるのを防ぎたかったのに、防ぐことが出来ていたかも知れないのに。

 

「マスター!」

 

「わかっている。いま雷電感知で――――見つけた。校舎一階の実験室に人間一人とサーヴァント…………これは、いや、今はこの結界を止めることが先決だ。士郎、リン最短距離で行くぞ」

 

「え? 最短距離って」

 

「まってその前にアーチ」

 

 なぜか、最短距離と言う不穏な単語を聞いて、先程までとは別の嫌な汗が背中を流れる。遠坂も同様の物を感じたのかその背中に冷や汗が流れているのがなんとなくわかった。数秒後にその予感が正しかったのが証明された。

 突然の雷鳴とガラスの破砕音。直後の浮遊感、そして何かに引っ張られるように、視界を後ろと上に置いて行く。一秒か、二秒か。そんなわずかの時間に四階にいたはずの俺たちはいつの間にか運動場の地面を視界に収めており、また視界を置換しそうなほどの加速。ついには目的地である化学実験室にたどり着いた。

 

「衛宮。遠坂!」

 

 そこには慎二と先日を俺を襲った謎のサーヴァントと――

 

「やはりお前だったか宗一郎。いや、聖杯戦争のマスター葛木 宗一郎(・・ ・・・)

 

「テスラか」

 

「なんで……」

 

 そこにいたのは穂群原学園の教師で、社会科と倫理の担当で2年A組担任で、生徒会の顧問も勤めていて、あの一成が慕うほどの人間が聖杯戦争のマスター。にわかには信じられない、だが事実として魔力の通っていない人間では昏倒してしまう環境において平然としている姿はその身に魔術を修めている確固たる証拠に他らない。

 それと同時に学園に潜むマスター(魔術師)が間桐慎二一人だと断定していた自分の浅慮さを呪いたくなる。

 騙し騙されるのが戦争。油断と慢心が死を招くのが戦争。こと個人という最少単位で最大限の破壊が横行するのが聖杯戦争だとあの夜に体感したというのに。

 

「間桐だけでも驚いたが、衛宮と遠坂もこの場にいるとうことは全員が聖杯戦争のマスターないし、関係者だということで相違ないな」

 

 この場においても平静さを失わない葛木に俺は問いかけをしようとして、

 

「待て士郎」

 

「マスター!」

 

 マスターに止められた。普段は泰然自若を体現しているマスター。そのマスターが目を細めて慎二のサーヴァントを睨んでいる。それは明らかな怒りの感情。

 マスターがこれほどまでの感情を露にするのは初めてで、その影響か周囲に雷電が迸っている。

 

「士郎。お前の疑問ももっともだが、今はこの結界を解くのが先決だ。だから宗一郎。そのまま動いてくれるな、動くようなら私も相応の対処をせねばならない。慎二も決して動くな。

 士郎は下がっていなさい。リンも令呪でアーチャーを、この場において最悪二騎同時に相手する可能性も、いや、それ以上のこともあり得る」

 

 マスターが一歩踏みだず。

 

「征くぞサーヴァント。覚悟は、いいな」

 

 葛木は動かず、慎二は僅かに悲鳴を上げて、サーヴァントがあの鎖突きの武器を握り臨戦態勢を取った。

 一触即発。マスターか、慎二か、慎二のサーヴァントか、葛木か、もしくは俺か遠坂があと少しでも動けばそれが開戦の狼煙となっただろう。

 だが、その瞬間は永遠に訪れなかった。

 

 突如として鳴る甲高いまでの不快音。

 悲鳴が学園全体に響き渡る。

 絶命の声が空間を侵食する。

 

 

 

 その時。紅く染まっていた空間が砕けた。

 その時。空に顕在していた瞳が砕けた。

 その時。学園を覆いていた結界が砕けた。

 

 

 

 

結界を構成するすべてが、砕け散った。




と言うわけで、話がようやく動いてきました。うん。
ここからかなり話がごちゃごちゃしてきますが頑張りたいと思います。

では本日は短めに、親愛なる皆様方良き青空を。



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天使・御遣い

 そこは闇よりも深い深淵の底、そこは暗黒宇宙よりも尚暗き空間、世界の外側にある黒く黒くなによりも昏い場所。

 そこは生命が一瞬の刹那さえ介在できない深淵の底、そこはあらゆる物質さえ存在できない空間、黒く黒く何者もの許さない黒い場所。

 

 そこには玉座が鎮座する。否、玉座が鎮座していた(・・・・・・・・・)

 それまでには無かった物。今その瞬間に出来たのか。それとも以前から有ったのか。定かではないが確かにそこには玉座がある。

 その玉座は異形であった。奇形であった。数多の女が集合して出来た玉座であった。女はどれ一つ例外無く同髪同顔同形の裸体を晒した女で形作られた玉座。

 

 そこに座すはヒトか。ヒトではない。ヒトの形をしたそれだ。

 三世の果てより飛来した月の王。遍く者。すべての者を嘲笑う存在。

 

「チク・タク。チク・タク」

 

 呟く。囀ずる。この世すべてに。

 

「英雄たちよ。儚く、脆弱で、無知なる英雄たちよ」

 

「聖杯に導かれた希人たちよ」

 

「お前たちの魂からの叫びが、お前たちの悲痛なる叫びが、私にちからを与える」

 

 嗤う。口角を鋭く、三日月の笑み。

 嘲笑う。すべてに例外なく、たとえ英雄であろうとも。

 

「罪深き者たちよ」

 

「断罪の時だ」

 

「お前たちの願いも

 お前たちの戦いも

 聖杯戦争も

 すべて、すべて

 あらゆるものは意味を持たない」

 

「たとえば――

 砕け散ってしまえばなんの意味もない」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 誰かの断末魔のような叫び声とガラスが割れるような音。同時に起こる校舎どころかすべての空間が同時に激しく震動する。

 震源地たる運動場に目を向ける。

 

 初めは白い輪っかだった。

 白く昏い輪っかが一輪(いちりん)、運動場の中空に顕れる。輪っかから鳥の羽根のような一片。また一片と生えてゆき。一対の大きな翼ができ、顕れた輪の中心の空間に皹が入り、粘つく黒い液体が滴る。

 滴る液体が次第に人の形になり、細部が形を変えてゆき、長い髪を垂れ流し片手には変わった装丁の本と剣を握った項垂れた黒色の騎士が顕れた。

 

 そして輪っかは騎士の背後に降り立ち、羽根の一部が騎士を覆い尽くし、昏く真っ白な騎士へと成り果てた。

 

――白い翼。

 

――白い仮面。

――白い輪。

 

 白。それは清純の象徴。

 白。それは聖なる象徴。

 白。それはむくなる象徴。        

 

 それだけを見るなら主を護る守護天使。

 邪を払う聖なる存在。

 人を救い、世界を平和する存在。

 

 ――いや違う。アレはそんな綺麗な天使(モノ)じゃない。

 ――本能でわかる。アレはそんな聖なる御遣い(モノ)じゃない。

 ――アレはもっと禍々しいものだ。人々に厄災をもたらす化身(モノ)だ。

 

「大丈夫ですか宗一郎様」

 

「無事かリン」

 

 遠坂のそばにアーチャーと葛木のそばに正体不明のサーヴァントが顕れた。

 

「問題ないキャスター。テスラが」

 

あーーあーーーー僕の、僕の礼呪が、礼呪がーー!

 

 慎二の悲鳴、葛木の言葉を遮る形で慎二が大きな悲鳴をあげた。礼呪と聞いて凄惨な光景を脳裏に横切り慎二に視線を向けるが、そこには燃えている一冊の本と仰向けで倒れているサーヴァントがいるのみだった。

 

「あああ、あ、ああああ、僕の礼呪が…………」

 

 燃える本と同調するように断末魔をあげたサーヴァントがボロボロと粒子となって消えていく。

 最後には本と同様に跡形もなくいなくなった。

 

 遠阪とキャスターの二人が慎二を無言で見下している間、マスターは運動場に出現した天使を睨んでいる。

 

「なあ遠坂。アレはサーヴァントだったよな?」

 

「ええ。そのはずよ。私もあの黒い液体が人形(ひとがた)に形成された一瞬しかステータスは見えなかったけど、間違いなく」

 

「キャスターあれのなんだ?」

 

「――たしかにアレはサーヴァントです。ですが、あの白いものに包まれた途端に私でも理解できない力を、私でさえ理解不能な魔力以外の何かを纏いサーヴァントとは別の存在に変異しました」

 

 未だに不動の(くろ)い天使。その偉容は守護騎士そのものだが、本能が訴える。アレは生命すべての敵だと。その騎士が未だに全く動く気配がない不気味な騎士。

 俺にも一瞬はサーヴァントと判断できたのだが、今は聖杯戦争のマスターなら見えて当然のサーヴァントのステータスが見えない。セイバー(マスター)やアーチャー、キャスターのステータス問題なく見えるのに、あの昏い騎士から何もわからない。

 

「白きもの。第1の《御使い》圧死を司る鋼鉄の天使。空間を破壊する超常の現象(ディスラプター)

 

 唐突に、マスターが言葉を発する。それは敵の情報なのだろう。静かに騎士を見据えて発した言葉に疑問が生まれる。

 かつては穂群原という俺にとっての日常の象徴の一つたる学園で重苦しい静寂が支配している。うちひしがれている慎二を覗きみんな敵の反応を伺っている。魔力以外の未知なる力を纏った騎士。

 しかし、突然に、それまで沈黙を破る深い虚の声が聞こえてきた。

 

『チク・チク。チク・チク。イア・イア。

 チク・チク。チク・チク。イア・イア。』

 

 それはとても小さな声だったはずなのに、百メートル以上は離れていたはずなのに、敵の声がやたら鮮明に聞こえてきた。

 

『神は、いた。

 ジャンヌを見棄てた主なる神ではない。

 我が背徳と悪徳を看過した神ではない。

 冷徹で、冷酷で、無慈悲たる神ではない。

 

 そうだ。神は、いた。

 そうだ。神は、言った。

 ジャンヌをお救いくださると、言ってくださった。

 真なる主は確かに仰って下さったのだ。

 

 無知無能な主に成り代わり、聖処女ジャンヌ・ダルクを救済してくださると、言ってくださったのだーーーーーー!

 

 おお、おおおおおおお、おーーーーー。OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク!チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア・イア・イア・いぃィィAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』

 

 雄叫び。 同時に騎士の足元の大地がひび割れて砕け、その波が校舎に襲いかかろうとした。しかし、その直前に校舎から一メートル離れた地点に電界の剣が等間隔に刺さり、暴威の波動は校舎に届くことなくその一直線に止まった。

 

「士郎、リン。おまえたちはここで待ってなさい」

 

 マスター(ニコラ・テスラ)の声が、いつもと違う。その声から普段の泰然自若で不遜な気配は感じられない。

 そこにあるのは憎悪。厭悪。憤怒。赫怒。

 ――マスターはあの敵のことを知っている。

 

「マスターはあいつのことを知ってるのか?」

 

「宗一郎。キャスター今は一時休戦だ」

 

 マスターは俺の質問に答えることなく葛木とキャスターに語りかける。

 

セイバー(マスター)!」

 

「セイバー。一体なんのつもりかしら?」

 

「いいだろう。テスラその申し出を受けよう」

 

「宗一郎様!」

 

「キャスター」

 

「…………はい」

 

 俺を蚊帳の外に置いて進む話に苛立ちを覚え、口を開こうとする。開こうとしてマスターが俺に向かって掌を開いて向けた。

 ――これは暗に後で教えてくれるということだろう。それだけ時間が無いということも示唆している。

 ――俺と言葉を交わす時間すら惜しむほどの強敵。

 だから、俺は黙る。マスターのことを信頼しているから……

 

「気を付けろ。奴は空間を破壊して厚壊させる現象そのものだ。故にやるなら飽和か波状。絶対に破壊されない概念、もしくは絶対的な破壊力を持つ一撃だ

 

行くぞ

 

 マスターは遠坂とアーチャーに視線を向けて一言、それだけで意志疎通。刹那、運動場へと躍り出た。

 

『邪魔立てするか、邪魔立てするか、邪魔立てするかーー! 邪神の使徒が! 聖処女の復活を邪魔立てするか悪魔の使徒がーーーー!』

 

 片手に持っていたスペルブックを開き、何らかの呪文を詠唱した。途端にもう片方に握っていた剣で自分の腹部を突き刺し引き抜いて人間の血液とは思えない黒い液体が吹き出る。

 血のような液体。黒く粘度の高い液体が勢いよく運動場に降り注ぎ、その液体からタコとイソギンチャクを会わせたような怪物。それも一匹や二匹じゃない。夥しい数の化物が発生した。

 

「ルルイエ異本の一説。クトルゥーの眷族を召喚か、だが!」

 

「キャスター私に魔術を」

 

「はい。宗一郎(マスター)

 

 マスターは躊躇せずに、真っ直ぐ進む。上空から、いつの間にか屋上に移動していたアーチャーの矢が運動場に降り注ぐ。その一矢(いっし)一つ一つが怪物を粉砕すると同時に矢そのものが砕けた。

 背後からはキャスターの魔術が掃射された。その一撃一撃は遠坂の宝石魔術に匹敵するかそれ以上の威力のそれを一言呟くだけで発動している。そして怪物を粉砕するもその瞬間には魔術は砕けた。

 マスターも電界の剣で怪物たちを凪ぎ払う。だか、電界の剣は砕けることなく切り裂き続けている。おそらくあの破壊の振動波防いだのと同じ原理で剣が砕けないんだろう。

 それでも零れてくる個体もいるが、そこを遠坂のガントで迎撃、無論一撃では仕留めきれないが足止めにはなっており、そこにキャスターの魔術で強化された葛木の拳が化物を確実に倒していく。

 

 最初こそ、その夥しいまでもの数から圧殺されるかと思ったが違った。白きものが産み出した化物たちが蹂躙されていく。

 あの一体一体を人が殺すにはどれ程力が必要なのか、少なくとも普通の魔術師なんかじゃ無理だ。仮に一撃でやるにしたって遠坂の宝石魔術を使ってやっとだろう。

 ――俺なんかに至っては………

 

 俺の強化の魔術程度は触れるだけで砕けるのが目に見えている。いや、たとえ砕けなくってもあの数じゃすぐに触れられて死んでしまう。

 自分の魔術の未熟さと脆弱さ、遠坂と葛木の連携に手を出そうものなら邪魔になるのは明白だ。そう思うと、自分の不甲斐なさにヘドが出そうで、無意識近くの壁を殴っていた。遠坂が俺を一瞬心配そうに見るがすぐに戦場へと視線を戻した。遠坂の気遣いが余計に腹が立って再度壁に打ち付ける。拳の痛みよりもハラワタが煮えくり返る不快感が圧倒的でそれどころじゃなかった。

 

 己の不甲斐なさで自己嫌悪をしている間も状況は変化、いや、もはやこの戦闘での趨勢は決した。少なくとも俺はそう感じていた。

 マスターが一直線に白いものに向かい。その露払いをアーチャーとキャスターがする。

 

 そして、マスターと白きものの間合いが十メートルを切った時。

 白きものの周囲に地面が隆起した。瞬間、地面から歪な人の形をした物が十数体、白きものの全周囲を覆うように襲いかかる。が、

 

『小癪な!』

 

 刹那、片手に持った剣と体捌きのみで蹴散らした。しかし、彼らの攻撃はそれだけでは終わらなかった。白きものに向かってアーチャーが放った数十の紅弾が間をおかず白きものへ吸い込まれるように降り注ぐ。

 

『オノレ、オノレ。オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレ!

 私の、邪魔を、するなーーーーーーーー!』

 

 突如、白きものは仮面の下から本を差し込み飲み込み自分の腕を切り落とした。そこから数多の触手が生えた。それだけにはとどまらず白きもの鎧の内側が波打つと破裂した。その裸身には多くの古傷があった。ある古傷があった場所は裂けてタコの口のようなものが、また別の古傷があった場所からは触手がウネウネと生えて、白きものはその姿を更に変異、いや変態させていく。

 

「シャーーー!!ー!ーーー!」

 

 骨の兵隊からアーチャーの追撃までほとんど間も無かったのに、白きものはそのすべてに対応した。触手が紅い魔弾を弾き砕き、漏れたモノを自身の剣で迎撃。隙の無い防御。

 だか、マスター減速することなく白きものに進む。あれほどの波状攻撃を難なく防いだ白きものに向かって。

 白きものの眼球がマスターへと向いた。俺の目ではここからではわかるはずもないのに、遠目からでは視認できない距離にいるはずなのに、白きものがマスターを視認した。

 

 瞬間、白きものがマスターにその触手を伸ばそうとした時。両者の間にアーチャーの矢が突き刺さり爆発、こちらにまで届くほどの衝撃とともに辺り一帯を爆煙と砂煙で視界を塞ぐ。

 

 

 

 視界を塞がれた白きものは刹那の一瞬思考する。留まるか、引くか、進むか。

 傍目からは巨大な二足歩行のタコのような姿をしているが不思議と触手その物に重さを感じず、動こうと思えば素の状態と同じ動きができる。だからこその思考。

 不幸にも白きものには探知系のスキルや宝具は無いためこう視界が塞がれた状態ては下手に動けない。仮に全身の触手で無茶苦茶に振るえばこの鬱陶しいものもの払えるだろう。がその場合にできる隙を突かれてしまう可能性がある。

 

 先程までの戦闘で敵方の大方の戦力は把握した。無論まだ隠していスキルや宝具の危険性は無視できないが、それでも敢えて隙を作るのは愚作と思考する。では引くか? これも否、いまや全身に触手があり四方に死角はないといえどもこの噴煙を不利な体勢で突き抜けた瞬間に集中砲火される。

 ならば一直線に来るセイバーと近接戦にもつれ込み戦場を校舎内に移す。そこから確実に一騎一騎を始末する。

 

 ――いざ。

 しかし、白きものはセイバーを迎撃することは出来なかった。それは確かな失態。いや、戦士としては当然の行為であり、生前元帥まで上り詰めた彼ならば呼吸をすると同義なほどやり慣れた思考。

 だか、それが仇となった。

 

 ほんの刹那。まばたき一回にも満たない高速思考を終えた白きものが前へと進もうとした瞬間。

 

『!』

 

 辺りに散らばっていた竜骨が鎖となり白きものの全身を絡めとる。触手も、手足も、そのすべてが拘束される。

 ――なぜ砕けない! まさか――

 否、確かに砕けてはいる。竜骨にかけられつ強化の術が秒毎何十と砕かれている。そう、キャスターはあの短時間に竜骨に鎖へとなる形状変化の術式と強化の術式をかけたのだ。

 だが、それも一秒、いや二秒と持たない。が、サーヴァントにとってはそれで十分な時間だ。

 

 目の前には、雷を纏ったセイバーが、

 

 その一瞬。

 まばゆい光が、逬る。

 校庭に漂っていた噴煙が晴れる。

 それは黄金色をした輝きだった。

 それは遥かな果ての輝きだった。

 黄金の――――

 輝き――――

 

 身動きの取れない白きものに、白い彼!

 高速言語が音の壁を破る。

 

 左手と右手を、輝かせて。

 左手と右手に、紫電を溜めて。

 白色の彼が――――

 

『――!! ………この匹夫めがーーーー!!』

 

「――――電刃! 極大雷電の神槍(マルドゥーク・ジャベリン)ッ!」

 

 ――――閃光が――――

 

 ――――黒の巨人を――――

 

 ――――すべてを、砕く――――

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 光が収まる。そこには、泰然自若にあるマスターと立ち尽くす白きもの。

 全身に生やしていた触手はぼろぼろと、風に拐われる砂のように崩れていく。主と同様に。

 

『死ねーーこの異教徒めが!』

 

 そんな満身創痍を通り越して死に体の白きものが、(かろ)うじて動く腕に持っていた剣をマスターに振りかざす。

 だが、その剣撃は人間の、子供でも躱せそうなほど弱々しい一撃だ。そんな剣をマスター避ける素振りも防ぐ素振りすらもせず受け止める。

 白きもの剣はマスターに触れた途端にその腕諸とも砕け散った。

 項垂れる白きもの。

 

『な ぜ だ。なぜ。また、私の願いは届かない』

 

 その口から、呪詛の如き言葉がこぼれ落ちる。

 

『またもや、あの人を救えなかった。あの人を、あの人と、いられなかった。

 新たなる神に、新なる神に、供物さえ捧げることも出来なかった』

 

 顔をあげる白きもの。瞬間、白きものが着けていた仮面が砕け散りその相貌を露にする。深海の生物を彷彿させる突き出た眼がギロリと、そう擬音かでそうなほど怨嗟のこもった白きものの瞳がマスターを、射抜く。違う、あれはマスターを通して別のものを、もっと広く、もっと高い場所を睨んでいる。

 

『いつか、いつか。いつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつか。

 必ずや貴様らにも凡てを清算してもらうぞ。あの人の恨みも、憎悪も、怨嗟も、憤怒も、赫怒も、恥辱も、彼女から奪ったそのすべてを。

 覚悟せよ醜悪なる神の僕たちよ』

 

『チク・チク。チク・チク。イア・イア。

 チク・チク。チク・チク。イア・イア。』

 

『チク・チク。チク・チク。イア・イア。

 チク・チク。チク・チク。イア・イア。』

 

『チク・チク。チク・チク。イア・イア。

 チク・チク。チク・チク。イア・イア。』

 

 最後の際に、白きものは怨恨の言葉を残して、紫影の空と共に露へと消えた。

 




なんとか間に合った?うん。月一本は死守した!
ま~クオリティは不安。さて、次回から色々本筋とはかけ離れていく。
ここからが正念場。頑張らないと。

では、親愛なる皆様。良き青空を。


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惨禍・停戦

聖杯戦争が終わって無事に進級した学生生活最後の12月某日。
あの激しく、苛烈に、激動の半月はたぶん、幾星霜経っても忘れない。忘れない日々。

たからだろうか。気の緩みか、慢心か、遠坂のうっかりが感染したのか、ともかくその日は油断していた。

その日は美綴に頼まれて臨時で入部して間もない新入生の稽古を見ていた。その年は例年よりも多くの部員が入ったのと、以前に美綴に藤()関係で迷惑をかけた貸りを返すために駆り出された。
当日美綴の()美典(みのり)本人の希望で私が担当した。

――流石は美綴の妹だけあって飲み込みがいい、このまま伸びれば来年にはレギュラー入りも間違いない。
そんな将来有望な後輩の指導をこなし、昼食のお弁当を藤兄と桜、美綴兄妹と囲む。みんなが舌鼓うつ中美典だけ『先輩はズルい』っと、むくれるようにほほを膨らまして呟く。
尤も、とうの士郎本人はなにが(・・・)ズルいのか検討もつかず、美典は『料理も上手で、弓も巧くって、優しくって可愛いなんて、こんなに女子力が高いなんて、先輩はズルい』っと、最後の部分だけが無意識に漏れたのは誰も知らないし、本人も気づいてない。

そんな美典を葛藤をよそに時は刻々と進み、その日の部活は終了してそれぞれの帰路につき、美典からは『絶対に負けませんからね!』っと、挑戦状を叩き付けられた。
士郎から言えば向上心旺盛な後輩が自分を目標に頑張る姿にしか見えず、『頑張ってね』と返事をしたら顔を赤くして帰っていたのは不思議な光景に思えた。
なお、美典本人は『桜先輩のことは、絶対に負けませんからね』と言ったつもりだったのだが、堂々と桜の名前を言うのも恥ずかしく後半部分しか声に出せていなかったのは本人も気づいてない。



夕方の衛宮邸ではいつもなら士郎、桜、たまに凛とアシスタントでライダー、ごくたまにキャスターの料理(料理を習いに来た時の副産物)といった具合なのだが、今日は久しぶりの弓道という事で普段使わない筋肉を酷似して汗をかいたので白米の用意だけしといて、先にお風呂を浴びることになった。
こういう時に運動部用にシャワー室とか学校に完備してほしいところだが、流石にそれは不公平かと思う。去年今年と一成が運動部文学部と予算の不公平差の是正や校内秩序(主に学園の三悪対策)等の政策に熱をあげているのに、そこを乙女(・・)としては重要な案件だが親友の邪魔だけはしまいと諦める。
ただ、久しぶり弓道場で弓を引くのは楽しかったし、ほとんど接する機会もなかった弓道部の後輩たちとの交流も楽しかった。

――鍛練以外で久しぶり気持ちのいい汗をかいたかも。
まんざらでもなく、これからも暇があれば弓道部を覗いてもいいかもしれない、そう思えるくらいに楽しかった。
顔を出すといってもせいぜい道具の手入れや掃除の手伝いや、弓についての相談も指導等はするつもりはない。それは桜や藤兄の領分だから。
思ったよりも楽しそうに感じ、悪くないかもと思い馳せる。

だが、士郎は油断していた。
気が抜けていた。
注意力散漫していた。
諸々か緩みきっていた。

それも致し方ないと言えばそうだとも言う。
久しぶりに弓を引き、後輩たちとの交流、まだ肌寒い季節の一番風呂、こまでの好条件が重なれば頬どころかありとあらゆる警戒心も緩む。

そして、彼女に捕っての霹靂が来た


「士郎、『温泉のもと』を持ってきた」

「………………………」

沈黙、青天の霹靂、寝耳に水、虚をつかれる。
咄嗟に自身のサーヴァント、敬()すべきセイバー、ニコラ・テスラが突然乙女のプライベートの最奥たる御風呂場に入ってくるとは想像すらできなかった。
故に、

「――は、ん? あれ? って、えええええエエエェェェェェエエエ!!!!
なんでセイバーがお風呂に入ってきてるの!」


当然の悲鳴。
当たり前の質問。
リラックスして伸ばしていた肢体を丸め、胸元を両手で隠して。

が、当の本人は、

「? 温泉のもとを容れようと思ってな」

何を驚いているか、
何に悲鳴を上げているか、
何故顔を赤くしているか、
検討もついていない模様。

憐れ

だが、セイバー、ニコラ・テスラは碩学であり、学者でであるから向けられた質問に誠心誠意答える。

「大河から聞いてな、士郎が弓道部の後輩たちに指導をして汗を滴らせるほどかいていて食事の準備をする前に風呂にはいると、そして士郎も普段使わない筋肉を使用して疲れているだろうと思い『温泉のもと』を持ってきたのだか、なにか問題があったか?」

「そそ、その気遣いは嬉しいけども声くらい」

「かけた。だが返事がなかったので入った。なにが不満なんだ士郎?」

事情は理解した。自分の不手際とセイバーの不器用が過ぎる心遣いと、もう少し英国紳士を自称するならばデリカシーを学んでほしいという願望は高望みと諦めて今この状況をどうするか。
――折角の気持ちを無下にするのは気が引ける。かといってこの状況を維持するのもNG。どうしたら………

「そうか。背中を流してほしいのだな」

「なんでそうなるの!」

こちらが色々頭を悩ませている最中にこの英国紳士の思考回路でどういった計算式でその解答に至ったか疑問にして尽きない。
そして、あまりにも予想外で斜め上でこっちの思考回路を周回遅れにした答に湯槽から立ち上がってツッコミを入れてしまった。
もちろんここは御風呂場で、スーパー銭湯や温水プールでもなく、海外の露天風呂でもない。

結果、士郎は一糸纏わぬ裸身を敬()するマスター(ニコラ・テスラ)にさらしてしまう。

「!!///////////」


感じられる膝から上の、少し深めの湯槽から立ち上がったことで浴室の湿気をおびた独特の寒気に、浴室暖房がついていない浴室は濡れた裸身を肌寒く感じるには十分な室温であったのは確実だ。
咄嗟、寒さと羞恥諸々(もろもろ)で総身を震わせて湯槽にダイブするように体をお湯に叩き付け、身を隠すように体操座りの体勢を鼻より下をお湯につける形に。
そんな私の行動に際し、目の前の英国紳士の反応は――

「相変わらず難しいな、21世紀は」

――どこがですか!
先程の寒さと羞恥諸々にプラス怒りに再度身を震わせる。ああんもー! っといきり立ちたい衝動を抑えて浴槽に身を隠す。
第一、自分のとっている行動は一部の特殊性癖の方々いがではほぼ普遍的に、一般的に、常識的に間違っていないはず。なのに、目の前の英国紳士はそれ以上の………………聖杯戦争でゴニョゴニョがあったのだから何ら羞恥足り得ないと思っているのか、色々と遠慮がない。

――だあー、もーー! やっぱり一言(ひとこと)言わないと!

決意を新たに口をお湯から出して、物申そうとしたところで、
――あれ?

意識が揺らぎ朦朧とした。
振り替えれば激しい感情の起伏、こちらの思考回路とは解離した自称英国紳士の発言に頭を痛め、僅かとはいえ濡れた裸体を冷ました結果かもしれないが、少なくとも脳が情報処理能力を超過して冷却期間を求めた結果がこれだ。
ほんの少し前屈みに、浴槽に身を預けるように意識がおちる。

「――――――」「!!!!――――――」「!!!!!!」「!!!!!!れ!!」

かすれゆく意識の端にセイバー以外の声が二人三人聞こえた。消えはしたが、それを最後に意識が途絶えた。

後日談とオチ。

セイバー以外の声は桜と遠坂と藤兄だった。悲鳴の発生から遅れてきた理由は風呂と居間が離れていたのとテレビの音で聞こえ辛かったことだ。
突然桜が『乙女(センパイ)の危機を感じました!』とか言って風呂へ突撃しようとしたのを遠坂と藤兄が止めていたのだが、その拘束を突破して駆けつけたのが顛末だ。
私が意識を取り戻すと夕飯の出来ていて、着替えはたまたま家に来ていたイリヤのメイド(アー)がしてくれた。

その後の家族会議でお風呂を最新の設備に改装して呼び出しボタンや浴室暖房などの設備が充実することになった。そして、私が呼ばれない限り風呂に近づくのは禁止となった。

最後に、セイバーが風呂来た理由は『ほめてほしかった』から、らしい………
なんでも、聖杯戦争が終わってかは自分との距離が空いたと思いスキンシップをとりたかったみたいで、確かに思い返してみれば聖杯戦争がお終わってからは疎遠とまでは言わないけども接する時間は減っていたのは事実であり、遠因で言えば自分にもあるわけで、だから、こんど、誰もいないときに、二人きりの時には言ってあげる。

「マスター。ありがとう」


っね。







「チクタク。
チクタク。
チクタク。
すべて。そう、すべて。あらゆるものは意味を持たない。
たとえば――――」

「この前書きに何の意味もない」




追記


今回から文中で士郎が『セイバー』と言っている箇所は『マスター』と言っています。つまり、『セイバー=マスター』とふりがなは付いてませんが、そう呼んでます。
これから度々『マスター=魔術師』と『マスター=セイバー』を使い分け、分かりやすく書く自信が無い故の措置です。
ご了承下さい。許してください。


 紫影の空が砕けた。ガラスが割れるようなかん高い音と共に、降り注ぎ地面に触れて粉々と。

 それは、とても幻想的で、美しかった。先程まで悍ましく、今思い出しても身震いするほどの恐怖と暴を振るった《白きもの》の散り際としては、相反するほどに。

 

 一時の静寂、セイバー(マスター)やアーチャーは残心、キャスターは警戒をしているのかもしれないが、少なくとも俺は惚けていたんだと思う。

 凶悪なライダーの結界の発生から葛木がキャスターのマスターという事実、そこから突如ライダーの結界が砕かれ紫影の空へと塗り替えられ、降臨した《白きもの》の奉公の余波でのライターの敗退。

 そこから3陣営の一時休戦と共闘。《白きもの》の撃退まで息つく間もなく余りにもの情報量に脳がパンク寸前だった。だからかしばし惚けてしまった。

 

 静寂故だった。背後からの物音に過敏に反応して振り替えると、《白きもの》との戦闘の余波か立て付けが悪くなり一向に開こうとしない扉と格闘していた元ライターのマスター間桐慎二(・・・・)がいた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その男を見た私は、一瞬で頭に血が上るのを自覚した。

 

 

 

 私は肩で息をしつつも緊張感を途絶えることなく張り続け周囲に目を向ける。後ろで惚けている衛宮君は置いておく、彼も妙に胆が据わっているがそれでも今日1日にあったことは情報量過多でクールダウンが必要だと思ったからだ。

 私も最初はライターの結界の惨禍を目の当たりにして動揺して、狼狽えてしまった。だが、だからこそ克己しなければならなかった。私は冬木の管理人(セカンドオーナー)遠坂の現当主だ。

『余裕をもって優雅たれ』毎日、何時如何なる時も忘れぬよう、心がけてきた遠坂の家訓を胸に抱き。お父様に託された思いに応えるために、奮起して今度は目の前の男と割れた窓から覗く惨状といつの間にか葛木にいたキャスターを見据える。

 

 直立不動ながら周囲への警戒を怠っていない葛木、やはり只人ではない、先の戦闘で見せた徒手空拳は異様だった。素人とか達人とかどうこうではなく現代日本では廃れて久しい蛇を彷彿とさせる殺人拳。しかもあれは間違いなく初見殺し。一度きりの為の、生涯唯一一回のみ許される。使い捨ての拳。

 正直、葛木と綺麗(陰険神父)が拳を交わしたら初見なら間違いなく葛木が勝利するだろう。射程距離に入りさえすれば、もしやサーヴァントですら殺しかねない拳だった。

 少なくともランサーに対抗できるほどの武技を誇ったアーチャーでも確実に狩られている。もしかしたらセイバーすらも、そう確信が持てるほどに凶悪な拳だった。

 

 そして、その葛木のサーヴァントたるキャスターも恐るべき相手だ。ほんの呟くような詠唱一つで遠坂よ宝石魔術に匹敵するほどの魔術を連発したのだから、それを見て確信した。

 現代に伝わり残る程度の魔術ではない、失われた神代の魔術(ロスト・ミスティック)だ。文字通りの神代(かみよ)の時代の御業。

 

 現代よりもずっと神秘に溢れ、

 近代よりもずっと根源に近く、

 今世よりもずっと神魔が当たり前の、

 

 師曰く、

 科学は未来へと進む技術体系。

 魔術は過去へと遡る技術体系。

 

 ならば私たち現代を生きる魔術師の求める一旦が目の前にあるのに、余りにも格差がありすぎて実感が湧かない。

 キャスターのサーヴァントは現代にはない魔術に精通する分基本的に脆弱だ。それに大抵の魔術師は自尊心が強く唯我独尊でサーヴァントのことを文字通りのサーヴァント(従僕)としか思っておらず、そのせいで仲違いや自滅へと追い込まれた例もある。稀にサーヴァントの琴線に触れて良好関係を結ぶものもいるらしいが、今回がその例だろう。

 

 サーヴァントすら屠りえる凶拳を使うマスター(前衛)と神代の魔術を行使するキャスター(後衛)。聖杯戦争の常識からすればあり得ない布陣ながら、見事に噛み合っている布陣。

 だが、脅威はキャスター陣営だけではない。《白きもの》との戦いの最前線、アーチャーとキャスターの援護があったとはいえ終始圧倒したセイバーもサーヴァント単体の括りなら最大の最大の脅威だ。唯一の救いはマスター(衛宮士郎)がへっぽこであることだけだ。

 

 そんな、脳内で今後の戦略を練っている最中に後方で、衛宮君よりも後ろのドアが軋む音が聞こえた。事後の静寂故を破る、普通なら聞き逃してしまいそうな程ほんの僅かな音が室内に明瞭に響いた。

 振り変える。先の戦闘の衝撃でひしゃけ歪んだドアの前には間桐慎二(・・・・)が四つん這いでいた。

 

 間桐慎二。間桐家の長男で間桐桜の兄、今回の聖杯戦争の間桐家のマスターで、サーヴァントライダーのマスターでもあった(・・・)男。

 開戦の狼煙となった魔術における魔力とは違う、未知の力がこもった《白きもの》の咆哮は令呪が刻まれた魔導書(スペルブック)をその余波だけで破壊し燃やした。燃えるのと同時にライダーも断末魔を上げて消失。

 

 もはや、ただの一般人となった間桐慎二は戦闘中も教室隅で膝を抱えて震えていたのは容易に想像がつき、今度は無力な自分に(遠坂凛)や葛木、サーヴァントたちの凶刃が来るかと予想して逃走しようとした。

 普段の私ならそんなもの杞憂だと、サーヴァントを失い再起を図る力のない間桐慎二にそんな価値はないとしてさっさと教会に保護してもらえと逃がしただろう。

 

 だが、今回は例外だ。

 

 間桐慎二は聖杯戦争のマスターだ。サーヴァントは最大7人という二桁にもならない人数でありながら戦争と表現される程の戦力を秘めた兵器といっても過言ではない存在だ。

 そんな常識から逸脱存在を世間一般とは価値観がかけ離れている魔術師とはいえ一個人が所有し行使するのだ。街一つが地図から消えてもおかしくない。一般人から言えば常に人の形をした戦闘機や爆撃機がいるのと同義だ。

 だからこそ、聖杯戦争のマスターは覚悟しなければならない。

 

 自分の命を奪われる覚悟を、

 自分が命を奪う覚悟を、

 数多の犠牲を強いる覚悟を、

 

 例外的に偶発的に魔術の資質をもって生まれる突然変異、または祖先が魔術の家系だった場合は一般人であろうとも聖杯戦争に巻き込まれる事例もある。しかしこの男、間桐慎二は明らかに自ら進んで聖杯戦争に参加したはずなのに、自身が傷付き倒れる可能性を考慮していない。無論負け戦を好き好んでやる馬鹿はいないだろうが、そういった万が一に備えるのも覚悟の内だ。かつて時臣(お父様)がしてくれたように、言葉にしろ資産や財産にしろ己が身を賭して戦う覚悟の現れでもあった。

 だが、間桐慎二(この一般人)にはそれらの覚悟が一つもない。それなのに多くの学生、あまつさえあの子(・・・)にまで害を為したのだ。虎の威を借る狐だ。サーヴァントの威を笠に着るだけの屑だ。

 

 ああ、たからだろうか。先程から精神が高ぶり冷静であろうとするのに、冷やした先から瞬時に沸点を超える怒りがこみ上げてくる。

 そんな怒りを少しでも発散させて冷静になるために、普段から被っている優等生の仮面をかけることなく一歩一歩踏み出す。

 威圧のためゆっくりと歩いているつもりだったが、思いの外速いのか間桐慎二は押っ取り刀で扉に体当たりした。思いの外軋んで脆くなっていた扉は容易に壊れ、散らばった破片と共に間桐慎二は無様に廊下の壁へとぶつかった。

 私は一瞬止めかけた歩みを再度進めて間桐慎二の左肩に足の裏を押し付け、止めに身動き取れなくするために声を上げる(脅す)

 

「答えなさい慎二、アレがなんなのか!」

 

 痛みと恐怖で言葉が出ず、首を激しく横に振るだけの間桐慎二に一回気付け(ガント)を見舞うと再度問う。

 魔術回路はおろか、対魔術ようの礼装の類いも持っていない間桐慎二には現状において最大限手加減したガントでさえ神経と内蔵が撹拌されたも同然の痛みと辛苦が襲う。

 

「慎二、アレがなんなのか答えなさい」

 

 そこまできてやっと目の前の遠坂凛(魔術師)は本気だと理解して、絶え間なく攻めてくる苦痛の嵐に必死に抵抗して言葉を吐き出す。

 

「………………ジら、ない。ぼ、ボくば、なじモ、じらばい」

 

「本当でしょうね?」

 

「ぼんどだ。なにもしらない゛んだ。おじいさ゛まから、な゛にも聞いでないんだ」

 

 最初は聞き取り辛かった言葉も徐々に呼吸を整え、少しは聞こえるようになり、思考に余裕ができたのか間桐慎二の顔が歪んだ。

 

「しかし、おと、なげないな゛遠坂、ぼくはざ、ーヴァンとを失っ、たトハ言え、マスターだ、っダンぞ。

 ――――それなのに、こんな仕打ちとは、遠坂も落ち、ヒィ!」

 

 一度深呼吸をして呼吸を整えた。まだ痛みを伴っているだろうが言葉も聞き取り安くなったが耳障りな()を囀ずる音源の真横にガントを撃ち込む。正直今すぐにでも苛虐行為をしそうな自分を抑えているのに、間桐慎二は自分で自分の寿命を消し飛ばしたいのか。――何でこいつは私のカンに障る言葉ばかり発するのだろうか。

 もはや短絡な思考が横行しそうになる。だが、間桐慎二の言葉の中に彼女を冷静にさせる単語があった。赫怒一歩手前まで来た精神を鎮静させるには十分な効力がある人物が。

 

 ――間桐の翁、間桐臓硯(ぞうけん)………

 かの御仁は表向きは慎二と桜の祖父、穂郡原学園のPTA会長で地元有数の名士にして地主の顔を持つが、その実態は老獪とにして悪辣と狡猾が人の形と成った妖怪だ。ある種魔術師の極致、怨念と妄執の権化とも言える悪鬼の類い。

 そんな相手の親族を、魔術回路すらないマスター(間桐慎二)を、聖杯戦争とはいえ殺そうものならどんな厄介事をされるか検討もつかない。いや、最悪の場合無理矢理あの娘()か臓硯本人がアイツ(間桐慎二)の後釜に据えられる可能性がある。

 否、あの御仁なら歴代間桐マスターの令呪を隠し持っていてもおかしくない、何故なら聖杯戦争のにおいて《サーヴァントシステム》と《令呪》を考案したのは間桐だ。大事なサーヴァントへの絶対命令権たる令呪を教会に使用したと申告する必要もなく、ましてや第三次聖杯戦争から介入してきた教会の監督官にあの妖怪が渡す謂れはない。

 

 激情と沈着の間を思考が行き来して、若干の混乱と事態の早期解決、彼女にとって最悪の事態を防ぐ意味で、渋々間桐慎二に肩から足をどける。

 

「………………さっさと行きなさい慎二。もうあんたに用は無いから」

 

 沸き上がる激情を抑え顔を背けて逃亡を許すと言った。しかし、見ようによってはそのぶっきらぼうに様は照れ隠しのようにも見えなくもない………かなり強引だが、だが当の言われた本人はこの状態の慈悲を、一時でも自身に窮地に追いやりった相手を決して許さない。徹底的に追い詰め自身が味わった苦痛を何倍にもして返す。だから間桐慎二(自分)は彼女にとって特別な価値があると勘違いした。

 ………………してしまったのだ。好意による裏返しと――

 

「――なんだよ。遠坂も可愛いところあるじゃないか、大丈夫だよ遠坂、こんなことで僕がギッ!」

 

 不意に放たれたガント、間桐慎二の鳩尾へ寸分の狂いもなく。

 うずくまり、苦しみ悶え見上げた彼の目に写ったのは、感情が一線を越えて無表情になった遠坂凛その人だ。

 

「ねぇ慎二………何を勘違いしているか知らないけどね。何が『大丈夫』なの? 『僕が』なに?

 もしかして私がアンタに好意でも抱いていると思ったの? ずいぶん御目出度い頭しているのね。何だっけ、前に楓が言ってた『ツンデレ』? と勘違いしてるの?

 だったら、教えて上げる。私はね、アンタみたいな羽虫のことなんかどうでもいいの。うんん、羽音のうるさい蝿でもいいし、何でもいい。私を不快にさせる点では同じだもの」

 

 そこまできて間桐慎二の顔を見る。彼は恥も外聞もなく、ガントによる苦痛とは別の恐怖によって、取り巻きの女子たちにはとても見せられない程顔を酷く泣き濡らしている。

 そして、彼女の手から魔力が集まる、高まる魔力は魔術回路のない間桐慎二(一般人)にも見える程、わざわざ見えるように調整した呪いの塊。

 

「慎二、綺麗には言っておくから教会で聖杯戦争が終わるまで養生しなさい。安心しなさい、殺しはしないしアレで綺麗は医療魔術だけは上手いから」

 

「あぁぁぁぁあ、お、お、おい衛宮!

 この狂暴な女をどうにかしろ! 友達だろ! 早く! 早くしろ!

 

「っ! 遠坂止めろ!」

 

 間桐慎二の必死の救援、直後後ろから衛宮君の駆け音がする。だが間に合わない。間に合わせない。この男はここで退場させるべきだ。

 ――そうだ。殺すことなく、教会で保護兼治療となれば間桐の翁とはいえ容易に動けないはず。

 打算的で、よく考えれば穴だらけの、その場しのぎですらない即興の計画を、この時の遠坂凛は名案と誤認して、

 

「たっ、助けて!」

 

 

――止めの一撃(ガント)を撃つ――

 

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「………………なんのつもりセイバー?」

 

「そこまでたリン」

 

 慎二に放たれた致命の一撃を遮ったのは《白い男》だ。慎二と遠坂凛の間に掌を突き出して吼えるガントを受け止めたのだ。

 セイバーのマスターである俺と同盟者の遠坂はすぐに思い至る。

 

 雷電移動と雷電探知。

 

 セイバー常識から逸脱した俊敏性と探知能力。その2つを駆使すれば校庭からこの場所までの把握と移動は容易なのは想像がつく。最速と言われるランサーの背後に回るほどの速さはまだ記憶に新しい。

 

「もう一回聞くわセイバー、何で止めたの?」

 

「助けを求める声が聞こえたからだ」

 

「っ!!」

 

「さあ慎二、早く行きなさい」

 

 首が壊れんばかり上下させておっとり刀で立ち上がり、悲鳴を上げる気力もないのか無言で下駄箱の方へと一目散に向かう。途中床や壁に転びぶつかり、よろよろと蛇行しながら慎二は消えていった。

 その際に遠坂は腹いせにとガントを撃つ。だが、慎二の背後に張られた雷電防御膜によって届くこと無く徒労に終わった。

 

 俺再度二人を見る。内心驚愕と納得、同時に呆れとそれ以上に尊敬。この状況下において然も平然とこなす意志の強さと不動の行動指針とそれを貫く力に羨望を覚え、それ以上に己の不甲斐なさも痛感してしまう。

 そして、遠坂もセイバー(ニコラ・テスラ)の行動原理もここ数日で多少はわかっているはず。そう、遠坂からすれば業腹だろうが、結果的にといえセイバーは遠坂を三度助けられている。

 

 一度目はバーサーカーの時に、

 二度目はライダーの時に、

 三度目は今回、

 

 顕著なのは二月二日の深夜バーサーカーに襲われた時、セイバーは言った。

『下がれ! 士郎! リン!』っと、つまりセイバーは始から己のマスター衛宮士郎と停戦状態とはいえ敵である遠坂凛を守るつもりで戦いに臨んだのだ。荒れ狂う人形(ひとがち)嵐と言っても過言ではないバーサーカー相手に、二人に災禍が及ばぬように移動し遠ざけた。それだけではない、セイバーはイリヤスフィールと戦うなと警告までしたのだ。

 完全にセイバーにとっては衛宮士郎と遠坂凛は披保護対象で彼にとっては守るべき子供たちなのだ。遠坂本人としては俺と同列に扱ってもらいたくはないようだ。彼女は一人前の魔術師として覚悟や矜持を持って生きている。

 

 その激情は慎二の時とは別種の怒りだ。たぶん遠坂は主従共々甘い考えと唾棄しているのだろう。少なくとも彼女のサーヴァントはマスターより露骨に不快感を露にしている。

 それでもアーチャーが手を出さないのは、セイバーのことをまだ測っているからだ。これまでの言葉が真実か、その根幹にあるのはなにかを――

 

「リンの言いたいことはわかる。後の禍根を残さぬために根から摘み取る。なるほど、戦略上ではしごく正しい。

 慎二の実力はさておき間桐は古くからある魔術の家系、なら魔術が使えない状態での策は用意している可能性はある。戦争とはありとあらゆる不測の事態に備えることを意味する。

 だが、リンはそれ以外の感情で行動しようとしている。

 

『余裕をもって優雅たれ』が遠坂の家訓なのだろ、ならここで慎二を射っても益はない。むしろ不利益があるからこそリンは躊躇したのだろ?」

 

「………答えになってない。

 それは私、『遠坂凛』を説得するための方便で、セイバーあなた自身のこたえではない」

 

 セイバーの説得で頭が少し冷えたのか、声は幾分平静さを取り戻していた。背中越しで遠坂がどのような表情をしているわからないが、セイバーを見据えるそであろうその瞳はアーチャー共々セイバー《ニコラ・テスラ》の真意を確かめるため、返答次第では同盟を破棄する覚悟で問い(ただ)していた。|さんとしていた。

 

「――――私は」

 

「遠坂撤収なり隠蔽工作なりしなくていいのか? 魔術師とは神秘を隠匿するものだろ?」

 

 二人の会話を遮っる葛木、ことの推移を見守っていたキャスター陣営の二人が割り込んだ。

 見守っていた理由は慎二を尋問してある限りの情報を得るためだ。もっとも大した情報もなく、せいぜい間桐の実質的当主が事の一端を担っている可能性があるかどうか、あやふやな情報のみで時間の浪費とこのまま放置すれば自分たちには関係のない話をしだしそうで中断さたほうが賢明だと判断した。

 そこまで来てやっと遠坂は今現在共闘は終了し、いつ戦闘に突入してもおかしくない状況に、またもやセイバーに守られていたことに。

 

「……そうね。一旦ここから離れないと、ここのことは綺麗が片付けてくれるでしょうから私たちは特に何もしなくっていいわ。

 それと、セイバーにはあの『白いやつ』の正体や情報をキッチリと教えてもらうわよ」

 

「無論だ。アレのことは仔細に提供しよう。葛木とキャスターも来るといい。

 

 

これは、正しく、世界の危機なのだから

 」

 

「………貴方がそこまで言うなら相当でしょうね。さて、まずは綺麗に連絡しないと」

 

「待て遠坂」

 

 言うなや遠坂は昇降口とら逆方向に走り出そうとした。俺は咄嗟に遠坂の手を掴んで(・・・・・)止めた。

 握り止めた遠坂のては細くスベスベとして、それでいて少し掌に湿りっ毛を感じた。

 初めは何か驚く遠坂、だか次の瞬間も何か別のこと気づいたのか、握った手を強引に振り払い半身を捻った反動で俺の脇腹に中拳を打ち込んだ。

 

「ゴホア」

 

 あまりにも見事に打ち込まれた拳は肋骨には(あた)ってはいなかったが、俺も一応は鍛えてはいるがそれでも筋肉のつきづらい脇腹は脆く、打ち込まれた中拳はめり込む勢いで危うくお昼の中身が逆流しそうなのを懸命に堪えた。耐えて息を整えて口を開く。

 

「………………遠坂、わざわざ職員室にいかなくても俺がケータイ持ってるから」

 

「………何よ、持ってるならは早く言いなさいよ!」

 

 戦いが終わったあとに膝をつく無様を見せまいと、打ち込まれた脇腹を抑え、膝に懸命に力をいれて、さも平気さを偽りケータイを遠坂に差し出した。

 遠坂も男の子の意地を尊重してか気まずさを誤魔化すためか、殴る勢いで俺のケータイを受け取り………………硬直した。

 その目はマンガ的な表現で言うなら、額に汗を垂らしケータイを遠ざけたり近づけたりして、画面やボタンの意味がわからず『う~ん。う~ん』うねりながら目をグルグルしている。

 

「あの遠坂、ロックは解除してあるからあとは」

 

「ちょっと衛宮君、これどうやって操作するの!」

 

 意を決して声をかけて話の腰を折ってられて逆に怒鳴られた。

 やるせなさと理不尽さを感じつつも遠坂に操作方法を教える。最初はそのままダイヤルボタンを押せばかかるといぅたのだが、『そのままってどのままよ!』とかボタンを押す度に指がバイブレーションして違うボタンを押してやり直すと二度三度繰り返して、最終的にはセイバーが操作して呼出音を鳴るところで遠坂に渡した。

 その後、遠坂はケータイに向かってぶっきらぼうに最低限状況報告と隠蔽措置についての要望を伝えると再度セイバーにケータイを渡して通話を切ってもらい俺に返却した。

 

「――さて行くわよ」

 

「行くってどこに?」

 

 即座、昇降口に向かおうとする遠坂を呼び(・・)止める。

 ――また繋ぎ止めて殴られてはたまらない。

 

「何処って、衛宮君の家に決まってるじゃない」

 

「なんで(うち)って決まってるんだ?」

 

「だって衛宮君の家って『見られたり』『盗られて』困るようなものないでしょ?」

 

「いや、家にだって金庫や通帳とかな」

 

「んー。ねえ衛宮君、私が言ってるのは『魔術師的』な意味での『見られたり』『盗られたり』であって、衛宮君の家に見られて困るようなものある? 無いわよね。だって魔術の基礎すら疎かなるところに大した物があるとは思えないもの。

 だってまともな魔術が強化した出来ないじゃない?」

 

『そんなことはないぞ。俺にだって他の魔術(・・・・)も使えるし土蔵(工房)くらいある』とは言えない。土蔵を鍛練場と言い換えたところで中の惨状を見られれば同じ反応するの予想に易い。

 ――それなら黙って忍び耐える。

 

「そうかしら? 私は坊やの工房に興味があるわ」

 

 なぜか初対面のキャスターから興味を持たれた。俺なんて遠坂から見ても『へっぽこ』と呼ばれているのに、あんなとてつもない魔術を行使するキャスターからだと赤子以下と罵られても反論できない。

 ただ、キャスターの発言にセイバーが警戒心を露にする。

 

「キャスター、士郎の何に興味をもったか知らんが、余計なことはしないことだ」

 

「あら怖い。別に捕って食ったりしないわよ。ただの一魔術師として坊やに興味を持っただけよ。

 私は万能の優等生(・・・・・)よりも一極特化した(・・・・・・)劣等生の方が可愛げあるという話よ」

 

「?」

 

 ――なんだろ。俺はキャスターに興味を持たれるような魔術の才能はなかったはず………

 そんな益体のない思考に没しそうになった時、校舎のそとからけたたましいサイレン音が響く。

 

「思ったよりも早いわね。さあ急ぎましょ。ここで警察に見つかると手間が増えるから」

 

 遠坂が先頭をきって進む。その後急いで俺たちは昇降口で靴を持って裏の雑木林から駆け降りて、途中からマスター三人はキャスターに認識阻害をかけられ各々のサーヴァントに抱えられて衛宮邸に向かった。




お待たせしました。ごめんなさい。二月ふりの投稿が改定版ですいませんでした!(土下座)
そのお詫びを込めたのか前書きです。内容は雷電王閣下以外の性転換です。ですのでイリヤの執事こと、Aもメイド(!?)になってます。もちろん性格は一切ぶれてません!

あと、今回の話は間違って削除したわけじゃないんだからね、変な勘違いしないでよね(無駄にツンデレ風)!

まあ、言い訳や弁解はこれくらいにしないと長くなりそうなので、
では、親愛なる皆様、良き青空を。





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会談・共闘へ

お久しぶりです。

待っていた人がいたか不安ですが、取り敢えず、なんとか書けたです。はい。リハビリしながらですが頑張ります。
遅くなりすいません。
ですが、完結させるきはあるので、絶対に、だから暇で暇で死にそうな時にでも、無聊の慰めとしてどうぞ。

後書きは以前に間違えて消してしまった作品を思い出しながら書いたものです。

では、親愛なる皆さま方、良き青空を

追記
あと、未だに誤解されている方が多くいらっしゃいますが、ここで弁明します。
私はシスコンでもロリコンでもショタでも男の娘でもない!
え?好きな軍艦?暁型駆逐艦雷や英国の軽空母ユニコーン、潜水艦イ401ですかね。
は?アズールレーン?艦これ?アルペジオ?そんな軍艦を擬人化したアニメ、マンガ、ゲームへと数多くのメディアミックスした作品なんか知りませんね。
最近のFGOならカーマや殺生院キアラてす。大人の女性ですね。
つまり、私は無実だ!


 チャンポン。チャンポン。チャンポン。

 玉となり自重に耐えかねた水滴が様々な形で重力に引き寄せられる。

 落ちた水滴は床に、あるいは水面に堕ち、弾け、飛散して音を奏でる。

 

 何度も何度も何度も。

 天井から、あるいは肢体から。

 何度も何度も何度も。

 

 滴り落ちる。

 体を伝うは水滴。

 熱を発散できずにいる水滴。

 

「はぁはぁはぁ」

 

「50,49,48,47」

 

 籠る熱気。湿り気のある吐息。

 それとは別に、声は小さいが確かに、ハッキリとした声が、室内をわずかに反響するカウント。

 片や息も絶え絶え、片や泰然自若とした明瞭なる声を。

 

 淡々と減る数字を、未だか、まだかと、

 早く、速く、俊く、はやく。

 時が過ぎ去るのを懇願するが如く、待望の声が喘ぎ零れる。

 

「はぁ、はぁ。セイバー(マスター)……おれ、もう…もう………」

 

 室内に反響するカウントダウンは、呼応する嘆願の声を顧みることなく淡々と無慈悲にカウントは進む。

 だが、その苦境と終わりへと近付いていた。

 それは解放と歓喜を焦がれる希望の嘆願。今か今かと身を焦がす程の忍耐を持ち、

 

「10,9,8,7」

 

 カウントが10を切ってからソワソワウズウズとし始める。体を無意識に震わせて眦には若干の涙さ溜めて。

 (せきら)め荒げる呼吸に呼応して心拍も激しく、なお激しくなる。心音が外にまで聴こえているのではないかと思えるほどに。

 

 そして、

 

 

「3,2,1」

 

 

 

「あああぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 カウント終了よりコンマはやく、声をあげて湯船(・・)から身を出し水をかぶる衛宮士郎。

 赤く染まっていた顔は幾分引き、息を整えてカウントをしていた対象(セイバー)を凝視して声をあげる。

 

「マスター、流石に熱すぎない、むしろ熱い。低温火傷どころか普通に火傷するよこのお湯⁉」

 

「そんなことはない。私がいた頃の江戸っ子はもっと熱い湯に浸かっていた。それも鼻唄を歌いながら酒を飲み、時には喧嘩をしてそれを娯楽としていた輩もいたものだ。懐かしいものだ。

 尤も、後半については少数派であったがな」

 

「だからって75度は高すぎたよ。てか、いつの間に給湯器を改造したの! これ50度以上にはいかない仕様のはずだったよね?」

 

「士郎、私は碩学だ。この程度の機械改修するのは容易い」

 

これは改修じゃなくって、魔改造って言うんだよセイバー

 

 なお、他の二人。葛木とアーチャーはとう風呂を出ていた。特にアーチャーの去り際の顔は……

 ――思い出しただけでも腹が立つ。

 

 

 そう、穂群原学園での戦闘を終えて警察が来る前に現状確認と今後の事を話し合うため衛宮邸(我が家)に一度帰還したはいいのだが、マスターは元より遠坂と葛木も俺も御遣いの使役していた海魔の体液に大なり小なり汚れた。

 いや、あれは体液なんかではなく粘着性汚液と称するべき汚濁だ。主ふ……じゃなくって家事を預かるものとして(まみ)れた衣服を諦めざるを得ないほどの汚れに絶望したほどの物。

 

 あの皮がマントル級に厚い遠坂でさえ、戦闘を終えて神父への連絡を終えた途端あまりにも汚臭に人前に見せられないほどの顔をしていた。

 その事でキャスターに『洗濯魔術とかない?』と真顔で聞く辺り胆が太い。だがキャスター『解毒治療魔術はともかく、洗濯魔術なんてのあるわけないじゃない』と、にべもなく言われ。

 

「レディファーストよ衛宮君」

 

 っと、とびっきりの笑顔で強行された。まあ、レディファーストについては文句は無いんだが長風呂だけはしてほしくはなく、自分達もいるのだから早めにと年押しした。返答は。

 

「善処するわ」

 

 あれは長風呂までいかないまでも、臭いがとれるまで、最低限ではなく最大限するまででないと言うことだと悟った。

 尤も、キャスターは葛木を優先させたく一悶着起きそうだったのだが、葛木はキャスターと遠坂を優先させた。あの遠坂の化けの皮を剥がした悪臭に顔色変えず佇んでいる様はどこか、マスターに通じるモノを感じた。かくいうマスターも泰然自若として女性二人が出るのを待っていた。

 なおその時は普通の温度、40度だった。それがものの数分には熱湯に……

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「さて、私を含め三陣営がこの場集ったのは僥倖だが、事は穏やかに談笑をする暇はない。

 早速だか私が知りうる時計人間(チクタクマン)の所業とその能力を説明する」

 

 遠坂と葛木が卓に着いて間もなく敵の事を、語る。

 その内容は想像を絶するモノだった。

――いや、寒気どころか、とらえようのない何かが、何かが…

 

大機関時計(メガエンジンクロック)

≪御使い≫

≪時間牢獄≫

現象数式(クラッキング)

≪大消失≫

 

あまりに悍ましく、凄惨で惨烈な存在。

月の王、人類の規格の埒外の存在。

話を聞いただけで怒りや義憤より先に恐怖が襲うはじめての体験らセイバー(ニコラ・テスラ)が敗北きっした存在。

 

 此方の常識を逸脱した力。セイバーは語る。他にも自分が知り得ないだけで数多くの事件に暗躍していると思われる事件を次々と、その御業というにはあまりに凶悪な魔技、一流の魔術師であっても不可能な文字通り魔法に匹敵する領域。

 いや、もしかしたら魔法すら凌駕しうる脅威。

 二つの陣営、驚愕大小あれども提供された情報に各々が思考する。キャスター陣営は念話の類いで審議しているかもしれない。

 そのまま5分。いいや、10分程の時間をおいてセイバーが口を開く。

 

「各々、私の言葉で何れ程理解してもらえたかは敢えて問うまいが、一つだけ確定していることがある。

 この聖杯戦争は既に正常なモノでは無い。

 奴が関わっている、直接関節問わず、その影の片鱗がちらついた時点で少なくとも――

 

第五次聖杯は既に破綻している

 

 正常に戻すなどという希望もない。聖杯の器ないし、中身は奴の手が及んでいるとみて間違いないのだから」

 

 セイバーの話が一段落したのを見計らって遠坂が挙手する。

 

「セイバーの宿敵が今回又はそれ以前から聖杯戦争に関与しているのはわかったけど、それは逆にチャンスではないかしら? 

 聖杯戦争のサーヴァントは本来人の手に余るモノ、聖杯ですらそう易々とは召喚できないから《クラス》という型に嵌めることで7騎のサーヴァントを喚んでいる。

 でも、このクラスに嵌める行為が全盛期の能力を軽減させている場合もある。なら付け入る隙があるんじゃない? 

 

 例えば槍が得意な英雄がいたとして魔術が使えるからと言って、キャスターで召喚されれば明らかな弱体化みたいな例が過去にもあったしいし、今回の例で言えばアインツベルンのバーサーカー、《ヘラクレス》は理性を失っている代わりにステータスを向上してる代償、でもセイバーなら《マルミアドワーズ》っていう強力な神剣を、アーチャーなら《ナインライブズ》を持って今以上に厄介な上に厄介な相手になっていた可能性があった。

 貴方の世界のエジソンが現界していたとしてもサーヴァントのクラスに嵌められいるならまだ勝機はあるんじゃない?」

 

 遠坂の話は初耳で、その話が本当なら、自分が喚んだセイバー《ニコラ・テスラ》は――

 ふと、頭に、誰かの手が置かれた。

 

「士郎は気にする必要はない。例え私がセイバー以外のクラスで喚ばれようとも、輝きがひとつでも、あるならば――

 

私は、負けない

 

 確固たる意思。

 揺るがぬ決意。

 果てることなき思い。

 

 頼もしい、誇らしい、憧憬を抱くのと同時に――

 ――俺は

 

「ふ、随分な大言壮語を吐くが結局は負けたのだろセイバー。その尋常ならざるエジソンに、ならば今回も負けるのではないか? 

 尤も、弱体化している可能性を頼みにしているなら楽観的というか、随分な能天気としか言いようがないがな」

 

アーチャー!! 

 

 アーチャーがセイバーを謗る。親の仇を見るように睨むが、当の本人はどこ吹く風、全く意に介していない。

 腕組み、壁に背を預け、目を閉じ、こちらを見ようともしない(・・・・・・・・・・・・)

 

「アーチャー、その辺りにしておいて」

 

 遠坂の制止、一瞬自身のマスターを見て、再度目を閉じ霊体化をして静観の意を示した。

 

「面倒な駆け引きはなしにするわ。私たちは今回の聖杯戦争を通常のものではなく、明らかなる異常事態として捉え、事態の解決を方針とします。

 その間、他の陣営に敵対行為を故意にとることはしない。

 ただし、障害となるなら、その限りじゃない――

 

 葛木先生はどうしますか?」

 

 遠坂が葛木に視線を向ける。返答の如何によってはこの場で戦闘が開始されてもおかしくない重圧を込めて。

 葛木はセイバーと同じ体制、腕組み瞑目(めいもく)して僅かばかりの間をおき、言の葉を吐く。

 

「協力しよう」

 

 キャスターとセイバーこれと言った反応もなく、霊体化しているアーチャーの気配はわからないが遠坂は「ふーん」っと、若干訝しんでいる。

 訝しむと言うよりは疑っている。セイバーや遠坂から事前にキャスターのクラスは権謀術数、譎詐百端*1の限りを尽くす。善良な魔術師は極少なく一例としてマーリン・パラケルスス・テュルパン大司教等が該当すると推測していた。

 

「葛木先生。確認しますけど、停戦ではなく共闘(・・)でいいんですよね? 

 理由、聞いてもいいですか?」

 

「未知の敵、未知の力、行動指針不明。

 不確定要素に対して最善最良の選択をしたまでだか、何か疑問はあるか遠坂」

 

「……いいえ、なにも問題ありません。

 ただ、それは聖杯戦争のマスターとしての意見ですよね? 問題なければ葛木先生本人(・・・・・・)の言葉「いい加減にしない小娘」」

 

 遠坂の言葉に割り込むキャスター、現代魔術師には不可能な魔力を鳴動させ即時戦闘に入らんばかりの敵意に呼応するアーチャーの両の腕には陰陽夫婦剣。

 わずからなる睨み合い、空気が圧倒的な密度をもって軋み、悲鳴をあげる最中、咄嗟どう行動するかを考えているなか――気が付く。

 

 セイバー

 遠坂

 葛木

 

 この三名は一切の動揺もなく、セイバーと葛木は例外としても火付け役の遠坂はゆるりとお茶をすすってさえいる。そんな遠坂に普段なら毒気を抜かれへたれるのだが、キャスターは更に魔力を躍動させようとさせ、アーチャーが踏み込まんとする。

 

「悪ふざけはそこまでだ」

 

 停めたのはセイバー、ニコラ・テスラだ。

 

「同盟とは一時的に背中を預け合う関係だ。本来なら事前に相手の経歴やパーソナルデータ、動機(・・)を精査した上で結ぶものだ。特に動機は重要だ。事と次第によっては最悪のタイミングで裏切られることさえあり得、敵対者と通じて貶められる可能性さえある。

 だが、この男なら、葛木なら大丈夫だ

 

 私が保証する」

 

 ニコラ・テスラ(セイバー)の言に遠坂は表面上は目立った反応を見せずに、普段は選択肢を委ねてくれる筈のニコラ・テスラ(サーヴァント)の豹変ぶりに困惑を隠せない士郎。

 アーチャーとキャスターは臨戦態勢を解いて静観の姿勢に。

 

 逆に言えば、遠坂と葛木は途中でこの話し合いの結末を確信したのだろう。未だに動揺を必死に隠そうとする士郎を、ほんの僅か、針の穴程の疑心と揺らいだ信頼を(むね)に秘め。

 アーチャーとキャスターは自分達のマスターの思惑とは別にニコラ・テスラ(セイバー)を心底信用していない。

 それは、英雄としての半生か、己が心情か、単純な好悪か趣味趣向。それらを差し置いても《御使い》の脅威を肌て感じ、それがあと六柱、奇しくも聖杯戦争と同じ七柱。更にその御使いを創造した首魁。

 遠坂凛は以前に文献にあった一文、ある条件下において聖杯が行うカウンター、聖杯大戦の様相になりつつある事。

 

 現時点で敵対した《御使い》の強さ三騎士クラス、それも条件次第では下手をしたらトップサーヴァントに匹敵するかも知れないレベルだった。更に今回の《御使い》はセイバーの曰く、サーヴァントに《チクタクマン》が以前に作ったモノ(・・)を融合させた状態であり、元々の《御使い》の能力は知っていてもそれがサーヴァントと融合した場合どのようなモノになるかは想像もできないという。

 そのような反則状態にも関わらず、ルーラーが聖杯により召喚されない不可解さに聖杯どころか、聖杯そのものが改編……いや、改悪されている可能性も否定できない。

 

 畢竟、冬木の管理者とはいえ、個人どころかセイバー陣営のと共闘で対応できる範疇を越えたと判断した。

 故にキャスター陣営の勧誘と探りをし、ことのほかあっさりと承諾されたことに内心驚いていたが、よくよく思い出せば葛木という男は合理性突き詰めたきらい(・・・)があり納得する。

 

 そして、僅かな沈黙を各員の一応の了承ととらえたセイバーは立ち上がり告げる。

 

「では、行こうか」

 

 どこえ? っと、士郎が内心首を傾げる。

 

「聖杯戦争における始まりにして、もっとも深奥にあらねばならない者達。

アインツベルンへ

*1
嘘や裏切りが非常に多いこと




此処は過去。
今を置き去りにした過去。
遠い、果て。

時は十年前、場所は日本より海を越えた先の常冬の昏い森(シュバルツバルト)より深き森、ラインの黄金による永久の富を約束された錬金術の大家アインツベルンの居城(工房)が座す。
この時、此所には数多の歯車たるホムンクルスと、一体の中枢制御用ホムンクルスと、一組の夫婦と、一人の幼き少女がいた。

時に第五次聖杯戦争十年前、第四次聖杯戦争を間近に控えていた頃の一時。嵐の前の静けさ、決戦前の張り詰めた空気が城を支配する中で一組の夫婦と幼き娘たちだけが違った。
いや、正確には娘を前にすると違ったのだ。

夫婦は両者共に無償の愛を娘に注ぐ。母『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』はもとより、外の世界では《魔術師殺し》悪名轟かせていた父『衛宮切嗣』さえ娘の前では一人の、それこそ娘の態度行動に一喜一憂する平凡な父親でしかなかった。

そんな二人の寵子(ちょうじ)イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは幸せだった。二人の愛を一身に受けて、寵愛を感受していた。
だからか、故にか、ある夜に事件は起こった。

いつもなら大きなベットに川の字(・・・)に三人で眠るのに、時折り順番を変えつつ就寝する三人。
そんなある夜のこと、深夜にもよおしたイリヤスフィールは寝惚けまなこでベットを降りる。
ふと、両隣にいた父母がいないのに気付いた。この時はまだ意識が半分寝ていたのもあって二人ともトイレに行ったのかと思い自分も向かう。

帰り際に合流したらまた三人で寝ればいいと、また少し楽しみに向かう。だか、行き道はもとよりトイレですら二人とは会えなかった。
これは流石におかしいと頭をひねり、道中に見落としがなかったか慎重に戻ると寝室の近く、少し離れた脇道の奥から僅かな光と音が聞こえてきた。

イリヤスフィールほ抜き足忍び足と部屋の扉に近づき耳をたてる。
すると中からアイリスフィールと衛宮切嗣の声が聞こえた。

「さあ、アイリ。早く■■■■■くれ。もう我慢できないんだ」

「もー切嗣ったら、そんなに私の■■が我慢できないの?」

「そうなんだ。こればっかりは、これだけは、イリヤに渡したくないんだ」

「うふふ。もう私の愛しの旦那様は甘えん坊さんね」

聞こえてた。聴こえた。きこえてしまった。
あんなに自分を愛していくれた父母が、
あれほど愛を注いでくれた大好きな父と母が、
二人だけで自分を除け者にして密会していた。

その事実に幼いイリヤスフィールは言いようもないショックを受ける。後ろに一歩二歩と後退り振り返って寝室に走った。幸か不幸か部屋の二人にはイリヤスフィールの走り去る音は聞こえなかったし、肝心の部分は一切理解できていなかった。
寝室に戻ったイリヤスフィールは余りにもの寂しさと悲しみに涙を流して幾分かして疲れて寝てしまった。その後寝室に戻った衛宮切嗣とアイリスフィールは涙で頬を濡らした娘に見て、深夜に突然父母がいなくなって寂しさのあまりに泣いてしまったと勘違いして二人で抱き締めるように寝た。

それから数日、イリヤスフィールは不機嫌であった。
森でクルミの新芽を探す恒例の競技もイリヤスフィール(チャンピオン)がやる気が起きないので無効試合。いつもなら一晩、長くても一日もすれば機嫌がなおる愛娘が今日もまだ悪い。
普段なら『怒っているイリヤも可愛いな』なんて能天気に親バカを炸裂させる衛宮切嗣も今回は困り顔だ。

――どうしたんだイリヤは、ここ数日僕はおろかアイリにまで不機嫌さを隠さない。
衛宮切嗣は苦悩する。目に入れても痛くないほど大好きな愛しの愛娘(親バカ)が数日も不機嫌なのは看過できない。故に、ここ数日で両手両足で足りないほど愛娘にした質問をする。

「イリヤ、どうしたら機嫌をなおしてくれるんだ? お父さんなにか悪いことしたかな? なにかあったら謝るからさ〜〜」

語尾になるにつれて弱々しくなっていく言葉、流石に問われたイリヤスフィールも罪悪感を募らせていたのかブス(・・)っと、頬を膨らませながら初めて答えた。

「………ふーんだ。キリツグとお母様たって秘密かあるんだからイリヤだってヒミツがあってもいいんだもん!」

「秘密? 何のことだいイリヤ?」

「とぼけてもムダだだもん。知ってるんだからね。キリツグとお母様が夜遅くにイリヤにヒミツがあるのを!」

――っな!! なんでイリヤがその事を!
――今までアハト翁ことアインツベルン当主『ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン』と一部のメイドを覗き秘匿していたアレをイリヤに知られた!
衛宮切嗣は戦慄する。衛宮切嗣にとってそれは愛娘ことイリヤスフィールには絶対に知られたくはない情報だった。

――どうする。どうすればいいんだ! 内容をイリヤに教えるか? 否だ! アレがどれ程危険を説いても嘘と断じられれば証明するために摂食するしかなく、それは絶対に回避すべき結末だ。
――ならば断固として秘匿ないし嘘を教えるか? これも否だ! イリヤは好奇心旺盛だからアレに辿り着く可能性は否定できない。例えダミーを配置してもアイリの所に答え合わせしに行ったら元も子もない。
この時衛宮切嗣は今までにない程に脳を回転させている。それこそ《固有時制御》を使ってもいないのに、それを上回るほどの速度でだ。

――そう。アイリの■■(劣化ウラン)に辿り着かせてはいけない!

その魔術師殺し(親バカ)が導きだした答えが――

「なななな、なんてことだ、ついにイリヤにバレてしまった〜〜」

ひどい棒読みの告白。一般人が百人聞けば九割以上がツッコム程の棒読み。コレが『指先を心と切り離したまま動かす』 ことを行使できる冷徹にして冷酷、非情にして残忍とも称された魔術師殺し衛宮切嗣と同一人物とは思えない。
そんなわざとらしく、棒読みな犯人の告白にイリヤスフィールは満面の笑みで追求する。さながら事件解明する名探偵の如く。

「ふ ふ ふ ん。ついにバケノカワがハゲタだなワトソン君!」

父も父なら娘も娘である。衛宮切嗣は内心刎頸(ふんけい)の交わりと言っても過言ではない名探偵(相棒)に犯人扱いされた助手(被害者)に哀悼の念を抱くも一瞬。今は愛しの愛娘との関係修復が第一と切り替える。

「どうか、どうかこの事は、アイリには」

「さてさて、それはエチゴヤしだいかの?」

次は探偵から某時代劇の商屋に早変わりでどう対応したものかと困惑するも、突発的なトラブルは戦場にはつきもの、咄嗟に最適解(?)の対応をする。

「お代官様、お一つ提案がございます」

「ほお、何かなワトソンくん?」

もはや何てもありである。
そして、愛娘が怒りをおほえている箇所に特効のある言葉(魔法)を放つ。

「僕たち二人だけの秘密(魔法の言葉)を共有しないか?」

「……二人だけの秘密?」

「そう。二人だけのヒ・ミ・ツ」

顔の高さを合わせ
人差し指一本を口の前に立てて
『しー』っと、秘密を強調するように

みるみる内に愛娘、イリヤスフィール顔を赤く高揚させて抑えることのできない歓喜を滲ませながら冷静(本人にとっては)な態度で尊大に振る舞う。

「ふ、ふーん。臣下のフテイをゆるすのも貴族のつとめ、いいわよキリツグ! 特別にゆるしてあげる!
その代わり早くお母様に秘密を作るの!」

もはや文法が無茶苦茶だが、愛娘が喜んでくれるならそんなものは些事だ。
その後二人でキッチンに潜入、有り合わせの材料(超高級)でハンバーグ擬きを作った。キッチンにはケチャップやピクルス等はなく、あってもマスタードがギリギリ、そこでハンバーグを焼いた後の肉汁に塩と赤ワイン加えて煮詰めたなんちゃってグレイビーソース。
ちょっと煮詰めすぎて苦く、塩を入れすぎてしょっぱい、娘とのはじめての共同作業。

無性に楽しかった。今までも外でクルミの新芽を探したり、鬼ごっこやかくれんぼ、雪合戦と二人きりで過ごす時間はあったがどれとも違う。けれどもかけがいのない時間。
普段ならとても美味しいとは言えないひどい味だったが、今まで食べたどんな高級料理よりも

心が満たされる

涙止まらない

ソースとは別のしょっぱさが染みる

極上の味だった











閑話休題

後日の父親(衛宮切継)――

「ガフ!ゴホ!グハ!」

「も~切継ったら、そんな美味しそうに(切継は真っ青な顔で、鉄の心と鋼の精神で笑顔を作り、必死に箸を進めている)慌てなくってもまだまだ料理(殺人遅れて兵器)はまだありますよ♥️」

(ほんと、イリヤにバレなっくて良かった。
でも、僕は、もしかしたら、聖杯戦争が始まる前に死んでしまうかもしれない……)


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炎斬・第二第三の御使い

こんには今晩はおはようございました。

久しく一月以内の投稿!……燃え尽きたぜ、真っ白にな――もう今年は投稿できる気があまりしない。
でも、頑張りますので、頑張るんで、楽しんでください(もはや限界)


 有言実行、普段から言葉足らずで此方を困惑させる事が多いセイバー(マスター)が即断即決………いや、普段から即行動していた。だから、早速行動開始したセイバーに付いていく形で郊外の森へ。アーチャー、キャスター陣営の六人三組でアインツベルンの森に侵入した。

 もっとも、セイバーのとった行動を侵入(・・)といよりも進撃(・・)強襲(・・)言った方が正確かもしれない。

 

「はぁ。何て出鱈目、今回はアインツベルンに同情するわ」

 

「リン。あまり君が見ていて気持ちいいものではないのなら目と耳を塞いでいても構わないが」

 

 セイバーへの呆れとアインツベルンへの憐憫の情を向けざるを得ない。それほどまでに目の前の光景は、現代の魔術師には毒だ。

 先頭を駆ける士郎を抱えるセイバーが発動する前の魔術トラップを軒並み素手(バリツ)と雷撃で打ち払い、その零れを後ろに続く葛木を抱きしめるキャスターが無力化して、最後尾に私を抱えれたアーチャーと続く。その光景は丹精込めて作られたであろう森というなの結界を蜘蛛の巣を払うかの如く、いや蜘蛛の巣を払うのだっていったん止まったり速度は落ちるものなのに、それすらないのとうことはそれ(・・)以下なのだろう。

 あえて言うなら、せいぜいが緩やか過ぎて平地と大差ない坂を上る程度の減速なのだろう。本当に心臓というか胃というか、心に悪い。

 ――でも、

 

「いいえ、この事態で目を閉じるなんて自殺行為、できるわけないじゃない」

 

 そう。今私たちが向かっている場所、アインツベルンの城に、そこには、否、私たちの頭上には、

 

 

 

――紫影の空が広がっていた――

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 二月五日 セイバーたちが森へ侵入より30分前

 

「ふん。ここに来るのは久しいがなかなか。ウルクの我が宮殿には劣るが、改めてみるとなかなかの侘び寂しがある城ではないか」

 

 アインツベルンの城、その上空から見下(みお)ろす金髪の男が一人。

 

 中空に浮遊するは凡百の魔術師――

 

 上空にて佇むは凡庸なるサーヴァント――

 

これに君臨するは人類最古の神話、人類最古の英雄、人類最古の王。

英雄王ギルガメッシュ

 

「さて、急ぐか」

 

 城塞の一角に降り立つ英雄王。中央庭園を見下(みお)ろす、その先に2人のメイドと1人の執事。

 

 白銀の髪、ほとんど露出していない肌は白、瞳は赤。白亜を基本とし、所々を紺色をアクセントとしたメイド服を着た。

 ホムンクルスが二体。

 

 白い髪、肌は黒、赫い瞳。肌は黒人や日焼けおは違うもっと異質な涅ろさ。白い紳士服が更に肌の色を浮き上がらせている。

 とても人間のそれとは思えない。あまりに異質な存在が1体。

 

「ふむ。王の歓待にしては質素が過ぎるが、矮小とは言え戦時の最中とすれば我の寛大な心をもって赦そう。

 だが、その剣呑な面持ちは如何なものか――返答次第では恩赦も取り消すことになるぞ大地の落とし子たち」

 

 只人であれば心臓が止まりかねない圧を受け、ほんの僅か、後退りしそうな足に叱咤するメイド二人、『セラ』『リーゼリット』と対して執事『(アー)』一切の動揺も恐れもなく右足を後ろに引き、その右足のかかとを浮かし、つま先は地面に着いたまま右手は身体の前で直角に曲げ、ウエスト上に水平にします。

 そして頭は相手を見つめながら、軽くお辞儀。

 ボウ・アンド・スクレープ(西洋貴族式お辞儀)する。

 

「ようこそいらっしゃいました。お客様。

 一廉(ひとかど)の王とお見受けしますが浅学の身の上、御身のを存じ上げないことお許ししていただく「もうよい」――」

 

「貴様に発現を許した覚えはない。月と黒の混沌……いや、他にも混じっているな、これは異星の――つくづく業が深いな、魔術師は。

 ――まあいい、聖杯の器を差し出せ。さすればこの「お断りします」……ほう」

 

 Aはボウ・アンド・スクレープを崩すこと無く、共に微動だにしない表情で英雄王の言葉を遮り、拒否をした。この行動の示す意味を理解できぬ者はいない。

 英雄王の背後の空間が歪み、数多の宝剣宝槍、その他多種多様な宝具が装填されて眼下の不敬者に照準を合わせた。

 

「オレは忙しい、無理矢理に事を起こさないのは慈悲とわからぬか?」

 

「存じ上げています偉大なる王。されども従者として主のために身命を賭けて仕えるが本懐。そこに例外はございません。

 ――たとえ、相手がら何者であろうとも――

 

 ――さあ、来い。

 女王の言葉を借りて。来たれ。我が影、我がかたち、我が剣」

 

 コポリ。コポリ。コポリ。

 Aの影が激しく泡立ち、()り上る。

 追り上がる影が、形造られ――

 

「待ちなさいA」

 

 静止の声。

 悠然と庭園を歩く、この城の主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 背後に供なうはバーサーカーのサーヴァント、ギリシャ神話の大英雄《ヘラクレス》。

 

「去りなさいアーチャー、貴女が危惧している事態にはならないわ。

 その為のバーサーカー(最強)

 その為の(最高)

 その為だけの(ジョーカー)

 

 お爺様の思惑と私の意思は違うわ。だから、ここから退きなさいアーチャー。

 もっとも、私に仕えるなら話は別だけど」

 

「ふふふ、フハハハハハハハハハハハ」

 

 呵呵大笑(かかたいしょう)。哄笑。唐突の笑い。

 大地に、空に、響き渡る笑いに一同は静観する。イリヤスフィールとバーサーカー、Aは別にセラはギルガメッシュを前に不要に動けず、リーゼリットは近くにいるイリヤスフィールに被害が及ばないかを憂慮したため、だかメイド二人は主人の為に身命を賭す覚悟は出来ていた。

 たとえ、相手がどれほどの強者(理不尽)であろうとも。

 

「ははは、いや、最近の魔術師はなかなか面白いことをする。聖杯の器に道化を仕込むとは、いやはやなかなかどうして。

 褒美だ聖杯の器、お前を生かしたまま連れていこう。本当ならその心臓で我を(たばか)った愚か者に誅罰をくれてやろうと思ったが、気が変わった。

 光栄に咽び泣け。我が許す」

 

「ふう。話にならないわ。

 A、許可します。アーチャ――――」

 

ガラスが、割れる音が、鳴り響いた

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そこは闇よりも深い深淵の底、そこは暗黒宇宙よりも尚暗き空間、世界の外側にある黒く黒くなによりも昏い場所。

 そこは生命が一瞬の刹那さえ介在できない深淵の底、そこはあらゆる物質さえ存在できない空間、黒く黒く何者もの許さない黒い場所。

 

 そこには玉座が鎮座する。否、玉座が鎮座していた(・・・・・・・・・)

 それまでには無かった物。今その瞬間に出来たのか。それとも以前から有ったのか。定かではないが確かにそこには玉座がある。

 その玉座は異形であった。奇形であった。数多の女が集合して出来た玉座であった。女はどれ一つ例外無く同髪同顔同形の裸体を晒した女で形作られた玉座。

 

 そこに座すはヒトか。ヒトではない。ヒトの形をしたそれだ。

 三世の果てより飛来した月の王。遍く者。すべての者を嘲笑う存在。

 

「チク・タク。チク・タク」

 

 呟く。囀ずる。この世すべてに。

 

「英雄たちよ。儚く、脆弱で、無知なる英雄たちよ」

 

「聖杯に導かれた希人たちよ」

 

「お前たちの魂からの叫びが、お前たちの悲痛なる叫びが、私にちからを与える」

 

 嗤う。口角を鋭く、三日月の笑み。

 嘲笑う。すべてに例外なく、たとえ英雄であろうとも。

 

「罪深き者たちよ」

 

「断罪の時だ」

 

「お前たちの願いも

 お前たちの戦いも

 聖杯戦争も

 すべて、すべて

 あらゆるものは意味を持たない」

 

「たとえば――

 燃え尽き

 切り裂いてしまえば

 なんの意味もない――」

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 それは正に、青天霹靂、否、曇天砕影とも言うべきか。突如として空を覆う灰色の雲が粉々に砕けた。割れる窓ガラスのような甲高い音とともに。

 それと同時に広がる紫影の空(・・・・)が広がった。森全体を覆うように広がった。

 

 あまた張り巡らされていた魔術防御を、ことごとく無視して、異界の法が下される。

 

 イリヤスフィール、A(アー)、セラ、リーゼリット、ギルガメッシュが音源を視認した時にはすでに完成していた紫影の大結界。

 愉快気に庭園を見下ろしていたギルガメッシュは舌打ち眉間に皺を寄せ即座に臨戦態勢に入りる。Aはイリヤスフィールとセラを抱えバーサーカー後方へ。リーズリットもその腕に『リーゼンアルム《巨人の腕》』を握りしめていた。

 

 そして、五人準備が揃うの待っていたかのように、天使が、御使いが、降臨する。

 

 初めは白い輪っかだった。

 白く昏い輪っかが一輪(いちりん)、また一輪、と中庭の中空に顕れる。輪っかから鳥の羽根のような一片。また一片と生えてゆき。一対の大きな翼ができ、顕れた輪の中心の空間に皹が入り、粘つく黒い液体が滴る。

 

 滴る液体が次第に人の形になり、細部が形を変えてゆき、短く流された髪に右目の下に泣き黒子。黄色の短槍と真紅長槍を握り項垂れた黒色の騎士が顕れた。

 

 滴る液体が次第に人の形になり、細部が形を変えてゆき濃紺色のフルフェイスの西洋甲冑が、背中からしなだれる鎧飾りが触手のような蠢き、纏う魔力は陽炎(ようえん)の揺らめきながらも黒い焔となり辺りを焦がし、顕れた。

 

 そして輪っかは二人の騎士の背後に降り立ち、羽根の一部が騎士を覆い尽くし、昏く真っ白な騎士へと成り果てた。

――白い翼。

――白い仮面。

――白い輪。

 

 

 白。それは清純の象徴。

 白。それは聖なる象徴。

 白。それはむくなる象徴。        

 

 それだけを見るなら主を護る守護天使。

 邪を払う聖なる存在。

 人を救い、世界を平和する存在。

 

 ――違う。アレは聖書に語れるような綺麗な天使(モノ)じゃない。

 ――本能でわかる。アレはそんな聖なる御遣い(モノ)じゃない。

 ――アレはもっと禍々しいものだ。人々に厄災をもたらす化身(モノ)だ。

 

 五人は凝視する。

 

 空から零れ落ち生まれた二人の御遣いが顔を上げる。

 遺恨 怨毒 惆悵 怨恨 怨讐 赫怒 憤激 憤怒 悲嘆 忸怩 慚愧 瞋恚(しんい)の炎*1は両者の共通。斬奸(ざんかん)*2の誉れに酔いしれ狂喜する。歪んだ騎士が二騎。

 

 

『――またか、またか、またかまたかまたかまたかまたかまたかまたかまたかまたか!また貴様らは邪魔するのか!

 俺の細やか願いを、誉れある騎士の闘いを、唯一つの忠義を、真摯なる闘争を、それをまた穢すのかセイバーーーーッ!。』

 

『かの王は、我を罰せず、我を裁かず、我を赦さず、我を貶めず、我を懲めず、我を(ころさ)なかった。

 貴方は、貴女は、アナタは、あなたにとっては私は、とるに足らない芥、有ろうが亡かろうが変わらぬ塵も同然だと言うのか――――

Arrrrrrthurrrrrr……

ArrrrrrthurrrrrrA――urrrrrrッ!!rrr。』

 

『『チク・チク。チク・チク。イア・イア。

 

 チク・チク。チク・チク。イア・イア。』』

 

 

『新たなる主、新たなる主人、新たなるマスター。

 このような機会を与えていただき恐懼感嘆の至り、さあ御照覧あれ我が神よ。

 今度こそ、今から、早急に、御神へこの忠義を捧げます。

 

 チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク!チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア! チク・チク! チク・チク! イア・イア・イア・イア・いぃィィaaarrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!。』

 

 雄叫び。 同時に騎士達の足元の石畳外壁がズタズタに切り刻まれ、植物はもとより石空気魔力(オド)非燃焼物が物理的に魔術的に有り得い現象が波状に広がる。暴威が五人襲いかかろうとした。だが、その暴力は五人に届くことはなかった。

 Aの黑い影が、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から壁のように数多の盾が、主人への不敬を遮る。

 

「ふん。どこかで見た顔と思えば、狂犬ではないか、あとは前回のランサーか…なるほどそういう趣向か、悪辣が過ぎるな異界の神。

 

チクタクマン

 

『Arrrrrrthurrrrr!Arrrrrrthurrrrrrrr!rrrrrrrrrrrrrrrr』

『セイバーーーーーー!ー!ーーーーーーッ!!!』

 

 駆ける二騎、双槍を携えた《白きもの》は背中から一対の翼が生え変異、肉体とはまったく様相の小なる腕が、その手には短剣と長剣が握られて四腕の様は両面宿儺そのもの。

 フルフェイスの騎士は背飾りが銃器に変異、此方に照準を捉えた。

 

 瞬間、刹那、疾走する斬撃と焼滅の弾幕が押し寄せる。

 

 

 

*1
燃え上がる炎のような激しい怒り・憎しみ、または恨み。瞋恚のほむら。

*2
悪者をきり殺すこと。




いつものごとく(?)オマケです。
うん。お詫びです。



冬木市郊外の森の奥に鎮座する白亜の城。常冬の城。基本的に明かりが落とされる事のない雪と木々に囲まれた不夜城。謎多き城、夢幻の城、常冬の蜃気楼、数多の怪談が、噂が、都市伝説がされる白亜の城。

曰く、不用意に近づこうとしても近づけず、まして万全の準備をした探検家すらも辿り着けない幻の城。
曰く、悪意害意をもって森に侵入した者は生きて帰ってこれない幻の城。
曰く、ここ最近、森に妖精か住まい始めた。

等々、他にも探せばいくらでも出てくるであろう白亜の城。
それは通称『アインツベルンの城』と呼ばれる錬金術の名家にして御三家の一つ、アインツベルンの冬木の聖杯戦争における拠点。

城には主人と使用人三人とサーヴァント一体の系5人が住んでいる。
この中でも男女比率は男1:女3(鯖1)である。彼等彼女等はホムンクルスだが、生理能力と生殖能力(筆者の妄想)があり、魔術回路や身体能力、異能と一般人とは乖離している存在ではあるが、それら諸々を覗けば人と変わらない。

睡眠、食事、老廃物などもあり、汗や汚れがあれば湯浴みをして清潔であろうともする。

必然掃除洗濯は必須であり、使用人の義務でもある。
そう、義務だ義務なんです義務なんだよ!

「A、いい加減にその衣類を渡しなさい」

「いや、セラ、これは僕が洗おう」

「いいえ、それはなりません」

「なぜだ? 僕とて使用人、アインツベルンのホムンクルスだ。炊事洗濯掃除はお手の物。貶めるつもりはないが、リーゼリットのように物を壊したり損なったりすることもない」

「ええ。わかってます。貴方の能力、その全てを正確に私は把握しています」

「ならば、なぜ僕の仕事の邪魔をするんだい」

「わからないのですか?」

「わからない」

「――本当に?」

「イリヤスフィールに誓う」

「…………それはね、A、貴方の洗おうとしている衣類が、衣類に、お嬢様の服が、下着が含まれているからですよ!」

「…………なぜだ「はいストップ!ループするからストップ!」僕はイリヤスフィールの身に纏う物に物理的魔術的に瑕疵(かし)*1や工作がされてないか確認の為に洗濯しているだけだが?」

「ええ!ええ!貴方はいつもマトモそうで、頭がおかしい事を平然とする!
お嬢様の衣類に関することなら私1人で十分です!貴方は自分の分だけ洗濯していればいいのです!」

「しかし、セラ。確かに君なら衣類の汚れや魔術的な工作には十分対応できるだろうが物理的な、現代的な知識は僕の方が詳しい。
何よりも、僕は、衣類を通して、イリヤスフィールの近代的魔術的に彼女の状態を確認しているんだよ」

「…………ちなみにどうやって」

「におい」


こんの変態不審犯罪者がーーーーーーーーーーーーー)ー)ー))!!!!

今日もアインツベルンは平和です。






そう言えば皆さんFGO六章どうでしたか?私、一応モルガン~オベロンまで全鯖ゲットできました!
え?そのなかでのお気に入り?もちろんロリスロッ…ごほ!ではなくバベにゃ………ごふ!でもなくカウェインとトリスタンに決まっているじゃありませんか。
え?好きな競走馬ライスシャワー ハルウララ トウカイテオウ キタサンブラック サトノダイヤモンドです。ウマ娘?プリティーダービー?はて、なんのことやら(冷や汗)

てば、親愛なる皆さま方良き青空を

*1
キズ、欠点



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