元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか? (怠惰暴食)
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一巻
1話、プロローグ


 ダンジョンの中をひた走る。背後から追いかけてくるモンスターの気配を感じながら息を乱さず、できるだけ真っ直ぐに、自分の後ろを走る牛頭人体のモンスター【ミノタウロス】の連続して聞こえてくる足音を正確に感じ取り、ミノタウロスの体長や体重等をだいたい予測し、その情報を補強するかのように曲がり道を曲がるとき横目でミノタウロスの体を見て情報を上書きしていく。

 

 このミノタウロスを前にして逃げるにしても倒すにしても、どちらにしても一瞬、相手の虚を突かないとどうにもならない。となると、僕は自然と走るペースを変えてミノタウロスの距離を調整して、この先、行き止まりであろう通路へと進む。

 

 目の前に段々近づく袋小路を目にして、後ろからミノタウロスの下卑た笑い声を聞いて笑みを浮かべる。確かに追い詰めた獲物を前にして笑いたくなるのはわかるけど、追い詰めた相手が反撃することも考えないと……

 

 故郷を出るとき餞別として貰った鋼糸の変わりとなる千変万化【クローステール】で弱点である魔石を狙い討つ。

 

 後、5歩で壁にぶつかる距離で足に剄を走らせる。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 脚力を大幅に強化し、高速移動を可能にする技だ。二歩目で真正面にある壁に向かって跳び、その壁を両足で蹴れるようにする。

 

 膝を最大限まで曲げて開放するとき、僕はミノタウロスの表情が驚愕に変わるのを見た。魔石を貫くためにクローステールの糸を細長い槍に変化させて右手で握ってから、跳躍。

 

 ミノタウロスを貫こうと体をねじったその瞬間に、ミノタウロスの体から剣が生えた。

 

「へ?」

 

 間の抜けた声が口から洩れる。こちらが虚を突かれてしまった瞬間、剣が生えた箇所からミノタウロスの血が噴出した。

 

「わあ!!」

 

 ミノタウロスの血を頭から被ってしまうが、空中にいるのと虚をつかれたためあまり身動きができない。ミノタウロスの血に塗れた槍が形を保てずに解け、糸が巻き取られていく。事切れていると思われるミノタウロスの右肩を左手で叩いて調整し、体を丸めるようにしてミノタウロスから跳び越えた。その時、ミノタウロスを倒したと思われる金色の長い髪をした女性を目にした。

 

 体を丸めたとは言え、十数秒でも転がり落ちて体を床や壁にぶつけ続けるのは痛い。止まったときにはしばらく体を動かせず悶えてしまった。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 悶える様を見られてミノタウロスを倒したと思われる女性に声をかけられてしまったが、声を出そうにも予想外の痛みで出なかった。

 

 お礼を言わなきゃ、そう思い相手の顔を見る、蒼い装備に身を包んだ金髪金眼の女騎士だった。その瞬間、懐かしいと思ってしまった。故郷の【グレンダン】を思い出すほどの強さと身のこなしを彼女から感じてしまう。

 

「アイズ、大丈夫か?」

 

 アイズ、彼女の名前なのだろう。ミノタウロスを倒しに来た彼女の安否を確認する男性の声が遠くから聞こえた。その声に僕は思わず体を震わせた。聞き覚えのある声だったからだ。

 

「……ゴルネオ?」

 

 彼女が呟いた名前で確信した。今この五階層にグレンダンの兄弟子、ゴルネオ・ルッケンスがいる。この近くにはいないが、この都市、オラリオに来ていることは知っていたし、自分からオラリオに来たことやヘスティア・ファミリアに入ったことも報告するつもりでいたけれど、こんなミノタウロスの血を頭から浴びている姿を見られたら、そう思うと恥ずかしさの余りに頭が真っ白になり、変な声を出して、気付けば足が動いて逃げ出していた。そしてあの人に助けて貰ったお礼を言うのを忘れたことをダンジョンから出てから気付いて自己嫌悪に陥るのだった。

 

 ダンジョンから出て、僕が一番初めにした事は北と北西のメインストリートに挟まれた区画にある【ゴブニュ・ファミリア】の本拠【三鎚の鍛冶場】に訪れてクローステールを見て貰うことだった。腰のベルトの後ろに付いている糸が巻かれてあるリールのような装備に違和感を覚えたからだ。ミノタウロスの血と体をぶつけた拍子に壊れたのかもしれない。そう思うと急いでここまでやって来てしまった。血塗れのままで、その所為でゴブニュ・ファミリアの皆さんに迷惑をかけてしまった。

 

 ゴブニュ・ファミリアの拠点でシャワーを借りて、借りたタオルで髪についていた水滴を拭き取っていた。

 

「何があった」

 

 机の上に血塗れのクローステールが置かれ、そのクローステールの状態を見て、小柄ながらも逞しい体つきの初老の男神のゴブニュ様が怪訝な表情で尋ねてきた。

 

「五階層でミノタウロスと遭遇しちゃいまして、目の前でそのミノタウロスが倒されて返り血が……」

 

 僕の言葉に目の前にいる神様は呆れた表情をしていた。

 

「お前が正式にオラリオで冒険者になったのは最近のはずだ。いくら二年程、【ステイタス】を初期化したまま旅をして無事だったとは言え、ダンジョンでもその経験が通用するとは限らん」

 

 溜息を吐きつつ、慣れた手つきでクローステールの状態を確認しながらも厳かな口調で僕に助言をしてくれるゴブニュ様の言葉に、僕は深く恥じ入る思いだった。確かにダンジョンに入り気分が高揚していたし、クローステールがあるからという思いあがりもあったと思う。何のためらいもなく五階層まで行ってしまった。その結果が長年使用してきた餞別で貰ったクローステールを使用不能にしてしまった。

 

「流石にこれをすぐに修理し整備する事は難しい。代わりのものを用意することもできるがどうする?」

「いえ、代用品はいいです。しばらくは短剣で戦います」

 

 ゴブニュ様の提案に僕は首を横に振ってから断った。今は自分の実力をクローステール無しできちんと知ることだと思っているからだ。

 

「そうか。できる限り急がせる。時間ができたとき、また見にこい」

「あの、費用は?」

 

 今、所属しているファミリアでクローステールを修理するための費用は持っていない。というより、出せない。高額な借金をするくらいであればクローステールのことを諦めることもできた。

 

「必要ない。次からは整備費用の釣りくらい確認しておけ。今回はその釣りで足りる」

 

 もしかして、初めてオラリオに来たとき、真っ先にここでクローステールの整備をしたときのことだろうか、年単位ぶりの整備だったらしいので、その時、持っていた全財産を渡して、ファミリアに所属するためにあっちこっちに行って行き倒れてしまい、その時、ヘスティア様に助けていただいた。そしてヘスティア・ファミリアに入ってから、クローステールを受け取ったとき、ダンジョンに潜りたくなり、お礼を言ってすぐに三鎚の鍛冶場から出てしまった。その時、お釣りがあるなんて思わなかった。

 

「次からは気をつけろ、ファミリアの信用問題にかかわる。それからこの契約書に記入しておけ」

 

 ゴブニュ様が渡してきた契約書に目を通す。僕の身に何かあったとき、クローステールをどうするかという契約書だった。僕はその契約書に必要な項目を記入して最後に名前と所属ファミリア名を書いた。

 

 【ベル・クラネル】。【ヘスティア・ファミリア】と……

 

 

 

 ゴブニュ・ファミリアを出た後、僕は報告とついでに短剣をいくつか買うために借金できないか尋ねるためにギルドに向かった。

 

 ダンジョンを運営管理する【ギルド】の窓口に目的のハーフエルフの女性、エイナ・チュールさんが居た。

 

「エイナさん」

「ベル君」

 

 こちらを確認して優しげな表情で案じてくれているエイナさんにこの人が僕の担当でよかったと本当に思う。しかし、優しい時間はそんなに続かない。

 

「ごかぁいそぉ~?」

「は、はひっ!?」

 

 目の前で眉根を寄り合わせるエイナさんから怒気を感じさせるほどの間延びした単語に思わず変な返事をしてしまう。

 

 エイナさんに案内されたギルド本部のロビーに設けられた一室。僕とエイナさんはお互い椅子に座ってテーブルを挟んで向かい合い、今日会った出来事を報告したら、この様である。まぁ、エイナさんの忠告も聞かずに五階層まで降りた僕が悪いんだけれど、はぁ、クローステールもだけど、コートの方も孤児院でみんながプレゼントしてくれたものなのに……。

 

「――聞いてる?」

「は、はい」

 

 考え事をしていたら、エイナさんは怖い笑みを浮かべていた。

 

「もぉ、どうしてキミは私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンにもぐってるんだから、不用意に下層へ言っちゃあダメ! 冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」

「は、はいぃ……」

 

 エイナさんの説教にただただ僕は小さくなるだけだ。特にレベル1の駆け出しは肝に銘じておかなければいけないのだとか、冒険者に成り立ての時期が一番命を落とすケースが多いらしい。だからエイナさんは常に保険をかけて安全を第一にという意味を込めて忠告してくれる。

 

 五階層でレベル2にカテゴライズされるミノタウロスと遭遇するなんて誰にも予想できない。だからこそ、僕はどれだけ戦えるかを知るためにミノタウロスを誘導して撃破してみたいと思ったのだが……よくよく考えてみれば失敗すれば即、死に繋がることをすっかり忘れていた。そう考えると冒険をしすぎたと反省する。

 

 僕はエイナさんに言われたことを二度と忘れないと心に誓った。

 

「はぁ……キミは何だかダンジョンに変な夢を見ているみたいだけど、今日だってそれが原因だったりするんじゃないの?」

「あ、あはははっ……」

 

 自分がどれだけ戦えるか知るためにミノタウロスの喧嘩を買いましたと言ったら、きっと叩かれるだけじゃすまないよね。

 

 エイナさんが言っている変な夢は、まだ見ぬ美女美少女との巡りあい、それこそ英雄譚に出てくる運命の出会いのようなものに憧れてという不純な動機でオラリオの冒険者になった。ギルドの手続きの際に僕の胡散臭い情熱を目の当たりにしていたエイナさんの表情は未だに忘れられない。しかし、エイナさんに疑いの眼差しで見られ続けるのは精神的にきついものがある。そのため、すぐに話題を変えなければいけない。

 

「あの、エイナさんはアイズって名前の女性の冒険者をしっていますか?」

 

 僕の言葉にエイナさんは目を見開いた。五階層の説明のときにその人に助けられたことを言ったけど、それがどこのファミリア所属なのかわからない。

 

「ベルくん。キミ、【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインさんのことを知らないの!?」

 

 エイナさんの言葉に僕は頷く。するとエイナさんは目眩がしたかのように手の甲を額につけた。そこから、簡単にロキ・ファミリアについて教えて貰った。

 

 ロキ・ファミリア、女神ロキ様が恩恵を与えている最強のファミリアの一つで団長はフィン・ディムナ。そのロキ・ファミリアの幹部の一人がアイズ・ヴァレンシュタインさんらしい、レベル5で後一つ昇格すると天剣授受者になれる試合に出られそうだ。そして、幹部の一人にゴルネオ・ルッケンスの名前があった。あの面倒見がよく、戦場で跳び回っていたレベル1の僕を小脇に抱えて説教しながらグレンダンに連れて帰る兄弟子がレベル5で最強のファミリアの幹部になっていたことは純粋に良かったと思えた。最後に会ったときは悲しそうな表情をしていたから……。

 

「これでロキ・ファミリアの説明を終わるけどわかった、ベル君?」

「はい」

 

 つまり、ロキ・ファミリアには今のところ、できる限り接触しなければいいということだろう。ロキ・ファミリアに接触してゴル兄に今日のことを知られるよりは、ほとぼりが冷めてから改めて挨拶しにいったほうがマシである。アイズさんにお礼を言いたいけど、機会がないとは限らないし、その時、ミノタウロスのお礼を言おう。

 

「ところで、換金はしていくの?」

「……そうですね。一応、ミノタウロスに出くわすまでモンスターは倒していたんで」

「じゃあ、換金所まで行こう。私もついていくから」

 

 エイナさんの提案に頷きそうになるが、もう一つ用事があるのを思い出した。

 

「あの、エイナさん。できれば、新しい短剣をもう二つほど買いたいんですけど、ギルドでお金を借りれますか?」

「紛失したの?」

「違います。何と言うか、コートとか持っていた装備品がなくなって軽すぎて落ち着かないんです。それに予備の武器があると安心できますし」

「うーん、ギルドの規定だとちょっと難しいかな」

 

 お金を渡しすぎるとその返済できない可能性も出てくるのだろう。例えば、ダンジョンの中で命を落とすなど、それに誰かにお金を多く渡すと、他の人から「何故、そいつはレベル1なのに金を多く借りられるんだ」って苦情もあるのかもしれない。

 

 ギルドでの借り入れの話を切り上げてから僕達はギルド本部内にある換金所に向かい、本日の収穫を受け取った。

 

 ゴブリンやコボルトなどを中心に倒して手に入れた【魔石の欠片】。全て合わせて3200ヴァリスほど。いつもと比べ収入が低いけど、今日は思わぬできごとで普段より短い時間しかダンジョンへもぐっていなかったからだ。

 

 うーん、武器の整備や神様と僕の分の食事、それから短剣を新しく買うためのことを考えると、アイテムの補充はできないかな……。

 

「……ベル君」

「あっ、はい。何ですか?」

 

 帰り際、出口まで見送りにきたエイナさんに引き止められる。彼女は真剣な表情で僕を見ながら口を開いた。

 

「十枚」

「え?」

「後日、必要書類十枚、もしかしたらそこから更に二、三枚増えるかもしれないけど用意しておくから、それをベル君がきちんと記入してくれたら、短剣を二つだけ買うお金を融通できるかも」

 

 短剣の話を聞いてから今までずっと考えてくれた彼女に僕はみるみる内に笑みを咲かせた。

 

 勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返りエイナさんに向かって叫ぶ。

 

「エイナさん、大好きー!!」

「……えうっ!?」

「ありがとぉー!」

 

 顔を真っ赤にさせたエイナさんを確認して、僕は笑いながら街の雑踏に走っていった。

 

 




 千変万化【クローステール】:ベル・クラネルがグレンダンから出るとき、鋼糸の扱い方を教えたリンテンス・サーヴォレイド・ハーデンがベルに選別として与えたもの。ベルがオラリオにたどり着く前、二年程放浪しているが、クローステールがあったからこそ二年もの間、放浪できたといえる。ベルが短剣を使用する切っ掛けの一つでもある装備品。ゴブニュ・ファミリア作で不壊属性【デュランダル】、値段はアンティークの価値もあるが、使用者によっては無用の長物でもあるため、鑑定不能。
 登場作品:アカメが斬る


久しぶりの投稿というより、リハビリ作品です。
色々試していきたいと思っています。



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2話、グレンダンとヘスティア・ファミリア

 槍殻都市グレンダン。

 

 別名、移動都市、空中都市など色々と呼ばれている、まさしく宙に浮いて移動する巨大な島のような光景は近くで見ても、グレンダンから見ても圧巻といえるものである。

 

 そんなグレンダンは一応自給自足もしてはいるが、もっぱらの稼ぎは移動しながらのモンスターの殲滅である。

 

 ダンジョンから離れたモンスターは本能に従い、種族を繁栄させるため子孫を残す。しかし、子孫を残すためには自身の魔石を削って子に与えるため力が衰退していく。長い年月を経てモンスターが体内に宿す魔石の規模は縮小していき、その力は地上に進出したオリジナルの先祖より著しく低い。しかし、例外もあるのだ。どんな方法かは未だ完全に解明されていない魔石の補充や突然変異種、人がモンスター化する等のレベル2や3の人でも対応できないモンスターが現れたとき、グレンダンが意思を持って殲滅しにいく。そして、倒したモンスターの魔石を他の都市に高値で売り、その収入で食糧や燃料等を買う。他にも謎の遺跡に入ったりして宝物を探したり、他の都市にレベル3以上の人を派遣したりして収入を増やしてもいる。

 

 そういう戦い関連で稼ぐ人達をグレンダンでは武芸者と言われている。僕の冒険者になる前の職業でもある。

 

 僕はそんなグレンダンで祖父と一緒に暮らし、孤児院で育てられた。そこで僕は物心ついた時から祖父が読み聞かせてくれた英雄譚が大好きで、怪物を退治し、人々を救い、囚われのお姫様を助け出す、最高に格好良い英雄達のように自分もなりたいとそんな夢を抱いていた。

 

 そしてそんな時、祖父は教えてくれた。

 

 英雄達の物語の中で最大の醍醐味は、可愛い女の子との出会いなのだ、と。

 

 それからは行動が早かった。小さかった僕は英雄になるために、愛読書となった【迷宮神聖譚】、この迷宮都市で業績を残した様々な英雄の物語の舞台へ行く為に、お世話になっていた孤児院を経営しているデルク・サイハーデンさんにお願いして稽古をつけて貰った。そこでサイハーデン刀争術と戦いの基礎を学んだ。

 

 そこからは実戦あるのみとグレンダンから出てモンスターと戦ったり、見たことない遺跡にもぐったりして、勝ったり、死にかけたりとかしたけれど最終的にグレンダンの武芸者達に見つかって、小脇に抱えグレンダンに連れ帰られるということを繰り返し、グレンダンでは【悪戯兎】と呼ばれるようになった。そんな生活を繰り返す内に僕にとあるスキルが発現した。

 

 名前は【憧憬一途】、英雄に憧れ、英雄になりたいと願った幼い僕に発現したスキル。効果は英雄達の事を考えれば考えるほど早熟するという成長スキルだった。

 

 その後はスキルに促されるまま成長し続け、他の道場へと入門し、レベルアップも果たし、気付けば四年でレベル6へと至り、天剣を賭けた試合に勝利して天剣授受者になった。その後も僕は戦い続けた。迷宮にもぐるためと出会いのための準備として……。

 

 際限なく戦い続けて、陛下から要請を受けてグレンダンから遠い場所へと戦いにいったとき、それは起こった。

 

 隻眼の黒い竜がグレンダンを襲ったのだ。グレンダンに居た天剣授受者が全員出ていたはずなのに黒竜を倒すことができず最終的に逃げられてしまった。この時の記録は死傷者がグレンダンの総人口の八分の一を越え、黒竜に吹き飛ばされたのか行方不明者も出た。その行方不明者の中に僕の祖父が入っていた。

 

 グレンダンに戻ってから、復旧を手伝い終わった頃、グレンダン・ファミリアを脱退した。脱退条件は簡単なものでステイタスの封印、レベル1からの再スタートだ。

 

 そして、僕はグレンダンを出てからすぐにオラリオに向かわずに行方不明の祖父を探すために二年の間、放浪した。結局、祖父は見つからずに区切りをつけて、ここオラリオへと来たのだ。

 

 自分の夢を叶えるために……。

 

 今回のことで色々と考えることができた。ステイタスの封印がどれ程厄介かということを身に沁みた。グレンダンと同じような生き方ではダンジョンで生き残ることは難しいと、ただでさえ地上モンスターとダンジョンモンスターの強さは違うのだ。強さを測り間違えれば一瞬で全てを失う。それを失念していた。まだまだ、冒険は始まったばかりなのだ。ゆっくりと焦らず探索して強さを測っていけばいいだろう。それにしても、アイズ・ヴァレンシュタインさんか……あの人を見てると懐かしい気持ちになるなぁ。目的があって、ただただ強くなろうとがむしゃらに頑張っていたあの頃の自分を思い出した。

 

 そんな事を考えながら様々な種族で溢れる大通りを縫うように駆けていく。

 

 メインストリートを出て、細い裏道を通り、いくども角を曲がって、袋小路に辿り着いた。

 

 目の前の建物を仰ぐ。

 

 人気のない路地裏深くに建っているのは、うらぶれた教会だった。

 

 神様を崇めるために築かれたその二階建ての建物は崩れかけ、ところどころ石材が剥がれ落ちた外観からは気が遠くなるような年月と人々の記憶から忘れ去られた哀愁が漂っている。

 

 そんな廃墟のような建物の中に入り、何度も同じ謎解きをするかのように馴れた移動をしながら、そこまで深くない地下へと向かう階段を降りきった先にあるドアを開ける。

 

「神様、帰ってきましたー! ただいまー!」

 

 声を張り上げて、中に入ると、今日も無事に戻ってこられたという気分になる。ここが僕の、僕と神様の二人の拠点なのだ。

 

 ソファーの上に寝転がっていた神様、【ヘスティア】様がばっと起きて立ち上がり、笑みを浮かべながら僕の目の前まで来た。

 

「やぁやぁお帰りー。今日はいつもより早かったね?」

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

 

 言葉にしてみると自分としては首を捻りたくなるが、あながち失敗したら死なのだから間違っていないと思う。

 

「おいおい、大丈夫かい? 君に死なれたらボクはかなりショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない」

 

 神様の小さい両手が活剄ですでに治っている僕の体に触れて、怪我はないか確かめてくる。その気遣いが嬉しくて、懐かしくて、心地よかった。恥ずかしいけど……。

 

「大丈夫です。神様を路頭に迷わせることはしませんから」

「あっ、言ったなー? なら大船に乗ったつもりでいるから、覚悟しておいてくれよ?」

「なんか変な言い方ですね……」

 

 二人して笑みを洩らし部屋の奥に進んで、本日の成果とか出来事をソファーに座って夕食であるジャガ丸くんを食べながら報告しあった。

 

「……ごめんねぇ、こんなヘッポコな神と契約させちゃって」

 

 ファミリアの勧誘に今日も失敗した神様は僕に向かって謝る。

 

「そんな事はないですよ。行き倒れていた僕を助けてくれたのは神様じゃないですか、ヘッポコなんかじゃありません。素敵な神様です。それに僕はファミリアを一から神様と二人で立ち上げたいと思っていましたし」

 

 最後の言葉はファミリアを持っていない神だったら、どんな神でも良かったんじゃというような台詞だが、偽りはない。最初から僕は既にあるファミリアには入らずに一から立ち上げるつもりでいた。グレンダンで急いで強くなったのなら、オラリオではゆっくりと強くなろうと思っていたからだ。

 

「ベル君、君ってやつは……!」

 

 神様が僕のことを感動しながら見ている。どうも最後の台詞を『僕とヘスティア様の二人で』に置き換わっているようで間違いではないんだけど、何だろう、心が痛む。でも、何だっていいから神様には喜んで貰いたい。

 

 ハーレム云々や後先何も考えずに行き倒れていた僕だけど、神様はこの街に来て孤独で消えそうになっていた僕の手を優しく引っ張ってくれた大切な人だから、この神を助けてあげたい。

 

 それは神様と出会ってから僕の心に深く刻み込まれた、一番最初の自分への約束だ。

 

「ふふっ、君みたいな子に会えてボクは幸せ者だよ。それじゃあ、ボク達の未来のために君のステイタスを更新しようか!」

「はい!」

 

 ソファーから立ち上がり、部屋の奥にあるベッドへ向かう。

 

「じゃあ、いつものように服を脱いで寝っ転がって~」

「わかりました」

 

 冒険者用のライトアーマーを外してインナーも脱ぎ、僕は神様に言われたとおりベッドにうつ伏せで体を沈める。すると神様は僕のお尻の辺りに座り込んだ。

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

 

 そう言えば、ミノタウロスの件だけはきちんと話していなかった。

 

「ちょっと長くなるんですけど……」

 

 口を動かしている間、神様はステイタスの更新の準備をしていた。

 背中へポタリと神様の血が染み込んでいくのがわかる。

 

「ゴブニュへ預けた武器が帰ってきたから試しに下の階層って……君もほとほとダンジョンを甘く見ているよね。あんな物騒な場所に出てくるモンスターも確かめもせず降りていくなんて、しかもミノタウロスの強さを確かめたいからってわざと袋小路に突っ込むなんて死んだらどうするんだい」

「ううっ、あの時はいけるって思ったんですよ」

「結局、コートとその武器をダメにしちゃったと。まぁダンジョンは何が起こるかわからないからね。君の過度な地上の戦闘経験は役には立つけど、相手によって力量を測り間違えて身を滅ぼすこともあるとボクは思うな」

「……ううっ」

 

 神様に厳しい助言によって自己嫌悪で枕に埋没する僕を尻目に、神様は今回、僕が体験した【経験値】を付けたし、僕の能力を向上させていく。

 

「それにアイズ・ヴァレンシュタイン、だっけ? 本来なら9階層に出ないミノタウロスが居た時点で下層から何かから逃げてきたことも考える必要があったんだよ。今回は戦わずに逃げればよかった。ミノタウロスは別にダンジョンのレアモンスターじゃないからね」

 

 確かにそうだ。いずれ、ミノタウロスとも戦える。

 

「でも、良かったじゃないか、ベル君。今回、君の故郷に居た兄弟子がどこのファミリアに所属しているか、わかったし。君はこうして生きているから会いにも行ける」

 

 鞭は終わったのか、優しげに僕を励まし続けてくれる神様に心があったかくなる。

 

「ま、ロキのファミリアに入っている時点で、ヴァレン何某とか君の兄弟子とか簡単には会えないんだけどね」

「……」

 

 遠い目をして言う神様に止めを刺された。

 

「はいっ、終わり! まぁ今回のことは教訓として覚えておいて、明日からどうするか考えてみなよ。挨拶とお礼だけが君の人生の全てじゃないんだからさ」

「……はい」

 

 ステイタス更新が終わり、僕は着替えを行っている最中、神様は準備した用紙に更新したステイタスを書き写していた。僕はステイタスに使われている【神聖文字】なんて読めないから、神様が下界で用いられている共通語に書き換えてステイタスの詳細を教えてくれる。そもそも、背中に書き込まれた文字というのはちょっと見えにくい。

 

「ほら、君の新しいステイタス」

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :I 77→I 82

 耐久:I 13→I 15

 器用:I 93→I 99

 敏捷:H 148→H 175

 魔力:I 0

«魔法»

【】

«スキル»

【眷属守護者(ファミリア・ガーディアン)】

 ・所属ファミリアを守ろうとする間、階位昇華する。

 

 今回のステイタスはまぁ、こんなものなのかな?

 

 過去のステイタスがスキルで上がりまくっていたため判断がつかない。そして、スキルがいつも通り一つだけ、神様が言うには同じファミリアの仲間や神様が危険な目にあうと発動するもので、擬似だけどランクアップと同等の効果を得られるらしく、役目が終わると元のレベルに戻る。しかし、自分が危なくなったとしても効果が発動しないので、実質、有望なスキルでもソロでは役に立たないらしい。だからこそ、神様は必死でファミリアに誰か加入してくれないか駆けずりまわっているのかもしれない。

 

 急いで仲間を集める必要なんてないんだけどなぁ。

 

「…………」

 

 神様が何か思いつめた表情で僕を見つめている。ミノタウロスに殺されかけたからだろうか眷属集めを必死になるかもしれない。たった一つのスキルに振り回されて適当な人をファミリアに入れられたくはなかった。

 

「とりあえず、明日からは五階層には降りずに一人で頑張ります。そうだ、ギルドからの帰りに買ってきた焼き菓子があるので、今から食べませんか、神様?」

「それは素敵だね。ベル君、お茶を入れてくれるかい?」

「はーい」

 

 にこっと笑う神様に背を向けてキッチンへ歩む。

 

 そんなベルの様子をヘスティアは静かに溜息をついた。

 

(彼は自分に宿っているスキルがもう一つ増えたことに気付いていないんだね)

 

 多分、それほどまでに眷属守護者の効果が気に入らないのかもしれない。気が置けない仲間に対して使うならまだしも、眷属守護者目的の仲間に対してスキルを何回も発動させられたら彼はモンスターと戦うための道具に成り果ててしまう。それはヘスティアとしても勘弁だった。

 

(……あー、やだやだ。彼にこんな隠し事をすることになるなんて、しかも現在よりも過去がいいかもしれないって思っている彼に対する懸念を考えている自分が堪らなく嫌だ。認めたくないっ)

 

 グシャグシャと頭をかき乱したくなる衝動を抑えて、ヘスティアはベルの背中に刻まれたステイタスのスキル欄を見た。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :I 77→I 82

 耐久:I 13→I 15

 器用:I 93→I 99

 敏捷:H 148→H 175

 魔力:I 0

«魔法»

【】

«スキル»

【眷属守護者(ファミリア・ガーディアン)】

 ・所属ファミリアを守ろうとする間、階位昇華する。

 ・外部の精神作用の無効化。

 

【追憶戦線】

 ・早熟する。

 ・前回到達したレベルまで効果持続。

 ・追憶の丈により効果向上。

 

 彼に話していない二つのスキルとその効果、眷属守護者は彼には魅了や誘惑、催眠術などが効かない。そして、それは恋愛にも当てはまる。出会いだ、ハーレムだと言っているが、彼はファミリア以外の異性に惹かれることはない……と思う。それはいいのだが、彼がヘスティアを見限ると話は別だ。眷属守護者の効果は発動すらしない。

 

 そして、今回発動した追憶戦線、過去を思い出せば思い出すほど彼は強くなる。しかし、効果を実感すれば、彼は今よりも過去が良かったと考えているのかもしれない。ホームシックになられたら等の様々な負の思いがヘスティアの胃にずっしりと重くのしかかった。

 

 今、ヘスティアにできる事と言えば、ベルに過去の思い出と比べられ、幻滅されないように精一杯頑張るしかないのだ。

 




 眷属守護者:ベル・クラネルの『今度こそ大切なものを失うことなく守りきるために』という願望から出た出現スキル

 追憶戦線:アイズ・ヴァレンシュタインを自分に重ねたためか、ゴルネオ・ルッケンスの存在を確認したためかはわからないが、過去を懐かしんで出現したと思われるスキル。スキルの内容的にここでは出ていないがベル・クラネルの目的が関わっているのかもしれない

グレンダンではレギオス感を出したいので空中移動都市に、憧憬一途は過去発現したスキルとしてベルが英雄に憧れ、一途に頑張り続けたというものにしました。
オラリオの外では強いモンスターがいないため偉業が限られてとかレベル3以上はいないとかありますが、ここではダンジョンの外に強いモンスターはいるけどグレンダンが刈り取っているためグレンダンにはレベル3以上がいるということにしました。

ちなみにグレンダンの神様はサヤ、団長はアイレイン、陛下=副団長としてアルシェイラ、都市を移動させているのは精霊グレンダンとなっております。


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3話、ダンジョン前の穏やかな日常

「……ん」

 

 ヘスティア・ファミリアの本拠、教会の隠し部屋。

 

 地中に作られているため朝日も鳥の鳴き声も届かないこの場所で、僕はしっかり早朝を認め、起床を定められている時間に目を覚ました。

 

 放浪生活をしていると、どうしても人里に辿りつけずに野宿をすることも結構ある。だから一定の時間に目が覚めるように習慣をつけた。

 

(……五時、ぴったし)

 

 ソファーの上から頭を巡らし、壁に備え付けられている時計を確認する。

 

(ん? 体に何か乗っかっている?)

 

 普通なら気付いて目を覚ましそうなんだけど、シーツ以外の丸いものが僕の上にもたれるようにして乗っかっている。とても軽い。

 

 疑問を感じながらその丸い何かに手を伸ばすと……神様だ。神様が僕の胸に顔を埋めるようにして眠りこけている。びっくりしたけど、すぐに苦笑した。

 

(寝ぼけちゃったのかな?)

 

 寝ぼけていたのなら、寝ている僕が気付くわけがない。珍しいと考えながらも神様の頭を伸ばした手で撫でた。

 

 グレンダンに居た頃、たまに孤児院で眠っていると、体の上に誰かに乗られて眠られていることが多々あり、それについてたまにリーリンに何故か怒られたこともあった。

 

(出よう)

 

 名残惜しいけど、新しい武器を手に入れるために今日は早朝からダンジョンにもぐって稼ごうと思っていたので、神様を起こさないようにソファーから抜け出し、顔を洗ってから身支度をし、朝食に干し芋を齧りながら部屋を出た。

 

 少し肌寒くも感じる朝の空気に息を吐く。

 

 昼間とは趣が異なったメインストリートを一人で歩く。喧騒も人ごみもない大通りはやけに広く感じられ、道の左右に軒を連ねる石造りの商店は、どこも鎧戸をびっしりと閉めていた。

 

 東の空は既に明るく、早朝といっても人影がまばらにあり、それぞれ目的があって行動している。

 

 持参している水筒に入っている水で軽く口の中を湿らせる。

 

(えーと、とりあえず、今日はコボルトとゴブリンをメインに戦って、様子見で一種類か二種類ほど戦ってみようかな)

 

 水筒を鞄に仕舞いこみ、ダンジョンに向けて足を運ぶ……

 

「……!?」

 

 前に、ばっ、と後ろに向かって振り返った。

 

 ……嫌な感じ。この感じは盗賊か何かに値踏みをされた感じに視られていた。でもこの無遠慮過ぎる視線は盗賊関連ではない彼らの視線は値踏みをするが相手に探られないように気配を抑えている、一体誰なんだろう。

 

 ゆっくり周囲を窺い、警戒したまま移動しようとする。

 

「あの……」

「!」

 

 後ろからの声に、すぐさま反転し身構える。周りからみれば大げさ過ぎだと思われただろう。声をかけてきたのは僕と同じ、若葉色のウェイトレスの衣装を身に包んだ薄鈍色の髪と瞳をしたヒューマンの少女だった。

 

 明らかに無害な一般市民……な、なんて真似を!?

 

「ご、ごめんなさいっ! ちょっとびっくりしちゃって……!」

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって……」

 

 慌てて謝るとあっちも頭を下げてきた。申し訳なさ過ぎる。

 

 さっき周囲を窺っていたときに、カフェテラスで準備をしていた店員さんかな? テーブルを一人で頑張って運んでいた……。

 

「な、何か僕に?」

「あ……はい。これ、落としましたよ」

 

 差し出された手の平に乗っていたのは、紫紺の色をした結晶、【魔石】だった。

 

「え、【魔石】? あ、あれっ?」

 

 首をひねって、いつも魔石を入れる腰巾着を見る。いつも紐はきつく縛ってあるけど、何かの拍子で緩んでしまったんだろうか。昨日の換金の際に、魔石は全部ギルドに渡したんだけど。残っていたのかな?

 

 冒険者じゃない人が魔石なんか持っているはずなんてないし……うん、きっとそうなんだろう。

 

「す、すいません。ありがとうございます」

「いえ、お気になさらないでください」

 

 ほわっとする微笑みが返ってきた。すまなさそうに眉を下げながらも、僕もつられて笑ってしまう。純粋な善意に触れて肩の力はすっかり抜けていた。

 

「こんな朝早くから、ダンジョンへ行かれるんですか?」

「はい、ちょっと長めにもぐろうかなぁなんて」

 

 店員さんは間を繋ぐように話しかけてくれる。この場をどうまとめようかと迷っていたので、正直助かった。あと一言二言交わしてから別れの挨拶を告げよう。

 

 ……なんて、そんなことを思っていた矢先、グゥと僕の腹が情けない声を吐いた。

 

「……」

「……」

 

 きょとんと目を丸くする店員さん。顔を赤くする僕。やっぱり、干し芋一つだけじゃあ、足りなかったか。

 

 すぐに彼女はぷっと笑みを漏らした。痛烈なダメージ、僕はうつむいて頭のてっぺんから煙を出す。

 

「うふふっ、お腹、空いてらっしゃるんですか?」

「……はぃ」

「もしかして、朝食をとられていないとか?」

 

 恥ずかしくて堪らず、僕は店員さんに目を合わせられないまま鞄から干し芋を一つ取り出す。

 

「……それだけ……ですか?」

 

 店員さんの憐れみを含んだ言葉が痛い。彼女は何かを考える素振りをすると、急にぱたぱたと音を立ててその場を離れる。例のカフェテラス……そこを越えて一旦店内へ消え、ほどなくして戻ってきた。

 

 ここを離れた際にはなかったもの、ちんまりとしたバスケットが、その細い腕に抱えられていた。中には小さめのパンとチーズが見える。

 

「これをよかったら……。まだお店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど……」

「ええっ!? そんな、悪いですよ! それにこれって、貴方の朝ご飯じゃあっ……?」

 

 店員さんはちょっと照れたようにはにかんだ。

 

 ううっ……この人、体の内から可愛さが滲み出るタイプだ。

 

 神様や昨日あったヴァレンシュタインさんみたいに、思わずはっとするような顔立ちではないんだけど……接すれば接するほどその魅力に惹かれていくような。

 

 何ていうか、良い人だと思う。

 

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」

「ず、ずるいっ……」

 

 そういう言い方をされたら断れるはずがない。その笑顔でそんな殺し文句、卑怯だ。

 

 困り果てながら僕が返答に窮していると、店員さんはちょっとの間、目を瞑る。

 

 次に瞼を開けた時、今度は少し意地悪そうな笑みを浮かべて、僕の目の前に顔をすっと寄せてきた。

 

「冒険者さん、これは利害の一致です。私もちょっと損をしますけど、冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに……」

「か、代わりに……?」

「……今日の夜、私の働くあの酒場で、晩御飯を召し上がって頂かなければいけません」

「……」

 

 今度は僕が目を丸くする番だった。

 

 ああ、この抜け目のなさはただの良い人ではなさそうだ。

 

 にこっと笑う店員さんを前にして、僕は初対面の人に対する壁みたいなものを完璧に取り払われてしまった。

 

 思わずくしゃっ、と破顔してしまう。

 

「もう……本当にずるいなぁ」

「うふふ、ささっ、もらってください。私の今日のお給金は、高くなること間違いなしなんですから」

 

 遠慮することはありません、と店員さんは言ってくれた。

 

 今日は武器を買うために節約することなんてできっこない。できるだけお金を貯めないといけないかな。

 

「……それじゃあ、今日の夜に伺わせてもらいますっ」

「はい、お待ちしています」

 

 最後まで店員さんは僕のことを笑ってくれた。終始やりこめられた感じなのに、孤児院に居たときのように心地が良い。何だか急に照れくさくなってしまった。

 

 バスケットを片手に持って店員さんに見送られる。

 

 長いメインストリートが続く先、都市の中央部、摩天楼施設が澄んだ朝空を突き上げている。あそこの下に、ダンジョンがある。

 

 白亜の摩天楼を目指し少し歩いて、ふと、思い出したように振り返った。

 

 不思議そうに僕を見つめ返してくる店員さんに向かって言う。

 

「僕、ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」

 

 瞳を僅かに見開いた後、彼女はすぐにぱっと微笑んだ。

 

「シル・フローヴァです。ベルさん」

 

 笑みと名前を、僕等は交し合った。

 

 

 

 場所は変わり、ゴブニュ・ファミリアの本拠、三鎚の鍛冶場でロキ・ファミリアのアイズとティオナはここで武器の整備や注文に来ていた。

 

 アイズはゴブニュに会いに奥の部屋に行き、ティオナはというと気絶した相談相手が起きなければ交渉できないので、三鎚の鍛冶場の中に珍しい物はないかと見ていた。

 

「なんだろ、これ?」

 

 彼女の目に留まったのは巨大な糸巻き機のような機械だ。彼女がそれに手を伸ばすと、気絶していた親方と呼ばれていたゴブニュ・ファミリアの団員が目を覚まし、すぐさま、ティオナに触られないようにその機械を保護する。

 

「何のつもりだ。これはお前が触っていいようなものじゃないぞ!」

「その言い方、酷くない?」

 

 ティオナはむぅと口を尖らすが、親方と呼ばれた団員は耳を貸さず、その機械を他の団員に渡して避難させるように指示をする。

 

「いいか、あれはな。持ち主がいるんだよ。数年経過しても使い手が良かったのか、ほとんど損傷もなく、丁寧に手入れもされていて、作り手冥利につきるってもんだ」

 

 しかし、持ち主がミノタウロスの血を浴びて、涙目で現れたときは何ともいえない気分を味わった。しかも、そのミノタウロスはロキ・ファミリアが取り逃がしたものと噂を耳にした時は持ち主に憐れんだ。それを思い出したのか親方と呼ばれた団員の目に涙が浮かんでいる。

 

「ともかく、あれはお前さんが触って壊していいものじゃないとだけ言っておく」

 

 使い手がほとんどなくあのアンティークと言っていい代物を一から作りなおすことは時間がどれだけかかるか、わかったものではない。そんな物言いが切っ掛けでティオナと口論となったのは言うまでもない。

 




干し芋はなかったかなー


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4話、成長への疑問

 右手で握ったナイフで一閃する。

 

『ギャウ!?』

 

 外でも狩りなれた【コボルト】を一撃で刈り取る。短く息を吐き、左手に衝剄を収束させる。

 

 外力系衝剄の変化、九乃。

 

 四本に収束された衝剄の矢を放つ。

 

『『グェッ!?』』

 

 四本中三本の衝剄の矢は二匹のコボルトを倒した。残りは五匹。

 

『『『『『グルオァッッ!!』』』』』

 

 僕は武器を構える。

 

「ヒュッ」

 

 小さく息を吐いてその場から逃走した。

 

「まだ、追ってきてる」

 

 コボルトの包囲網を突破して、僕の後ろを居ってくるコボルトの数は五匹から一匹も減っていない。

 

 場所はダンジョン一階層。

 

 視界を埋め尽くす薄青色に染まった壁面と天井。空の見えない天然の迷路の中を移動する。

 

 早朝ということもあり他の冒険者の姿が全くないダンジョンの一階層で順調にモンスターを狩り続けていた僕は、先ほどのコボルトの集団に出くわした。コボルトは本来、あんなに群れることはないはずなんだけど、珍しく今回は八匹も群れていた。

 

(少し稼げるかな)

 

 何故、逃げているのかと言うとその場で五匹ほど狩ると残りが逃げてしまうからだ。だから、倒した三匹からそんなに離れた場所には行かず、少し移動した程度だろうか、そこから反転して、追ってきていたコボルトの群れに突っ込む。

 

『グヒュ!?』

 

 まずは一匹の喉笛を切り裂く。振り切りを利用して方向転換し、次のコボルトに狙いを定める。残った四体はわけもわからず呆然と立っている。

 

 外力系衝剄の変化、針剄。

 

『グガ!?』

 

 鋭い針となった衝剄が一匹のコボルトを壁に縫いとめ、そのまま命を絶つ。残り三匹。

 

 ようやく、何が起こったのか理解できたのか、コボルト達は少しキョロキョロしだした。逃げようとしているのだろう。

 

 でも、そうはさせない。

 

 内力系活剄の変化、戦声。

 

 剄のこもった大声で大気を振動させ、残ったコボルト達を威嚇する。二匹のコボルトは尻餅をつき、一匹のコボルトは僕に向かってきた。結果は言わずもがな、僕が勝ち残った。

 

「さてと……」

 

 動かなくなったコボルトの群れを一つにまとめて、解体する。まぁ、解体というより胸を抉って魔石を取り出すんだけど……どっちにしてもワイルドというよりは頭がおかしい人だよね。

 

 溜息を吐きながら、慣れた手つきでコボルトから魔石を取り出す。この魔石をギルドに持っていけば換金ができる。言ってしまえばこれがダンジョンでの直接の稼ぎになる。

 

 いつ見ても、これが【魔石灯】や発火装置に生まれ変わったりするから不思議で仕方ない。

 

 コボルトからとれる魔石は手の爪ほどしかない小ささで正確には【魔石の欠片】。換金額は低いけど、クローステールを失った僕にしてみれば貴重な収入源だ。魔石を取り除かれたコボルトはしばらくしたら全身が灰になって跡形もなく消える。それが魔石を失ったモンスターの末路だ。

 

 魔石はモンスター達の【核】であり、これを基盤として彼等は活動している。故に魔石を狙うのはモンスターを倒す上での有効打にもなる。しかし、魔石が砕けてしまうと換金もできないから気をつけないと、砕くときは命が危なくなったときだ。

 

 さてと、時間はないからさっさとしよう。僕は次々とコボルトから魔石を回収していく。

 

「ん……?」

 

 最後の死体を処理すると、全て灰になるはずの肉体の中で、右手の爪だけがぽつんと残った。

 

「【ドロップアイテム】だ」

 

 魔石を除去したモンスターは時折、こうして体の一部の原型を残すことがある。モンスターの中で異常発達した部位で、魔石を失ってもなお独立するに至る力が備わっているみたい。もしかして、これがコボルトの群れのリーダーかな。僕に立ち向かってきたコボルトかもしれない。

 

 これも換金の対象になる。具体的に武器や防具の材料として使用するもので、ものにもよるけど、ほとんどの場合、魔石の欠片よりは高く引き取って貰える。

 

「ラッキー」

 

 魔石の欠片を腰巾着、【コボルトの爪】を背にしょっている黒色のバックパックに放り込む。

 

 さて、最初の二匹のコボルトの死体へ向かおうかな。

 

『ウオオオオオオオンッ!』

『ガアアッ!!』

「……連戦?」

 

 鳴き声からして僕でも十分に狩れる。そのまま戦闘を続行するべく僕は構えて立ち向かう。

 

 ダンジョンは不思議に満ちている。戦闘中、僕はそんなことを思っていた。

 

 世界に一つしかないこの地下迷宮は神様が降臨する前から既に下界にあった。一説によるとダンジョンの最下層は地獄やら魔界やらに繋がっているとかいないとか。でもそんなあるのかないのか誰も確かめたこともないものより確かなもの、それは、ダンジョンは生きているということだろう。

 

 生きているとはつまり、修復されるのだ。例えば、僕が先ほどコボルトを針剄で串刺しにした壁が一つも傷がついていない状態へと戻っている。

 

 また、ダンジョンは中の日の光が届かずとも明るいし、更にモンスターが生まれ落ちる場所である。ここはモンスターの故郷でもあるのだ。

 

 冗談のような話だけど、迷宮の壁から雛が卵の殻を破るように這い出てくるのを、実際にみた人も沢山いる。冒険者がどれだけモンスターを倒しても、その数がつきないのだ。戦闘狂のサヴァリスさんが一日中というより、迷宮内に家を建てて住みそうだ。

 

 また、階層ごとに壁面から生まれるモンスターは決まっている。たまに生まれたモンスターが下の階層から上がってきたり、逆に降りたりするイレギュラーがあるらしい、ミノタウロスはそのイレギュラーなのだそうだ。

 

 大体出てくるモンスターは階層で固定されていて、下層に行けば行くほどモンスターの力は基本強くなるらしい。そして、下層に行くには階段だったり、巨大な下り坂だったり、穴があったりと色々あるが、瞬間移動とかでたらめな行為はできず、基本は自分の足だけが移動手段である。

 

 つまり、ダンジョンを攻略するためには僕自身が強くなるしかないのだろう。途中で考えるのが面倒になって極論を持ち出し、再び目の前にいるモンスターに意識を向ける。

 

「せいっ!」

『ゴブリャアッ!?』

 

 通路の真ん中で突っ立っていた『ゴブリン』に衝剄を当て、小太りした体を吹き飛ばす。

 

「あっ、またドロップアイテム」

 

 今度は【ゴブリンの牙】だ。

 

 手を後ろにやって回収を終える。バックパックも結構な重さになったから一度地上に戻ろうか。

 

『ギシャアアッ!!』

 

 活剄衝剄混合変化、金剛剄。

 

『グエッ!?』

 

 ゴブリンの攻撃を活剄の強化と同時に衝剄の反射を行うリヴァースさんの技で無効化して弾き返してから

 

「さらに」

『ブベエ!?』

 

 ナイフで一閃してゴブリンを倒す。

 

 ゴブリンから魔石を回収してから、地上に戻って換金して、またダンジョンに戻ってモンスターを狩って、換金を繰り返した。

 

 そして、夕刻、教会の隠し部屋に戻って、神様にステイタスの更新をして貰った。

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :I 82→H 120

 耐久:I 15→I 45

 器用:I 99→H 140

 敏捷:H 175→G 225

 魔力:I 0

«魔法»

【】

«スキル»

【眷属守護者(ファミリア・ガーディアン)】

 ・所属ファミリアを守ろうとする間、階位昇華する。

 

 

「……え?」

 

 神様から受け取ったステイタスの用紙、その中に記される熟練度の成長幅が半端ではなかったからだ。

 

「神様、まさかとは思いますけど憧憬一途というスキルが発動していませんか?」

「……憧憬一途? 何だい、それは?」

「グレンダン・ファミリアに居たとき、発現したスキルです。効果は英雄達のことを考え続けると成長する。そのスキルが発動したときと同じくらいの熟練度の上昇だったので」

 

 でなければ、特に耐久の部分、あの時の金剛剄で反射したときしか攻撃を受けていない。それなのにこの成長はおかしい。

 

「成程ね」

 

 神様は溜息を吐いてから口を開く。

 

「残念だけど、憧憬一途というスキルは発動していないよ」

 

 神様の言葉に首を捻る。もしかしてステイタスの封印が完全じゃないのかな?

 

「一概には言えないけど、もしかしたら前のファミリアのランクアップの道筋ができているのかもしれないね」

「道筋……ですか?」

「うん、君は前のファミリアでランクアップを何回もこなした。例えるなら、そうだねぇ。君の前のステイタスを水路、熟練度を水にしようか、君はグレンダンから出たとき、水路から水を抜かれている状態だ。で、その後、二年程放浪しているから、その間に君の出発点を見失ったんじゃないかな? 僕のファミリアに入ったころは水路を見失った状態で水を流していた。そして、最近になって水路に繋がって、そこに水が流れたってところかな?」

 

 神様の言葉に首を捻る。

 

「よくわかんなかったかな?」

「ようするにこのままいくと、前のステイタスに沿ってしまうってことでしょうか?」

「それに関しては君の頑張りしだいだと思うな。前の水路ができてるからって、そのまま流さなくても、水路を大きくしたり、深くしたり、広くしたりとか色々できるじゃないか。新しい水路だって作ることができると僕は思うよ」

 

 なるほど、最終的には僕の頑張りしだいというわけか。

 

「じゃあ、ベル君」

 

 神様は僕に背を見せ、部屋の奥にあるクローゼットへ向かい、扉を開けて、神様用に採寸された時の外套を取り出してから、羽織った。その小さな体に不釣合いな胸も覆い隠す外套とは一体……。そして僕の前までやってくる。

 

「僕はバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。悪いんだけど、今日は一人で食事をしてくれるかな? 君もたまには一人で羽を伸ばして、豪華な食事でもとったらいいと僕は思うな」

 

 そう言って、神様は胃を抑えながら部屋のドアから出て行った。

 

 胃の調子が悪いのかな? 今度、胃に優しい食事でも作ろうかな。んー、何だろ? 何か違和感があるんだよなぁ、話しかたがどこか違うような……。

 

「あ、そろそろ行かないと」

 

 今日はシルさんのところで夕食を食べるんだった。神様にも料理を作ることを考えると夕食の後にダンジョンに潜るのもいいかもしれない。

 

 教会からでると日は既に西の空へ沈もうとしていた。

 

 消えかかっている紅い光の代わりに姿を現すのは、蒼い宵闇とうっすら輝く満月。

 

 メインストリートに近づくと陽気な笑い声がだんだん大きくなる。仕事を終えた労働者やダンジョンから無事に戻ってきた冒険者達が一日の締めくくりとばかりに酒盛りに耽るのだろう。ほうぼうの酒場から景気良く大声が打ち上がり、後から怒声や大笑の声が続く。今日も一段と騒がしそうだ。

 

(朝、シルさんと会ったのは、この辺りのはずなんだけどなぁ)

 

 人の往来が絶えないメインストリートを歩みながら、僕は迷子のようにキョロキョロと当たりを見回す。

 

 周囲の光景は人気のなかった早朝とは様変わりしてしまい、記憶の中にあるお店を見つけるのも一苦労だ。本当に同じ場所だったとは思えない。

 

 酒場を中心に盛り上がりを見せる大通りは熱気が漂い、様々な人種が行きかい、歌い、踊り、騒ぎ、客引きをしたり見ているだけで楽しそうだ。

 

 メインストリートはすっかり夜の顔に移り変わっていた。

 

「……ここ、だよね?」

 

 ようやく見覚えのあるカフェテラスを見つけ、僕はその店頭で足を止めた。

 

 他の商店と同じ石造り。二階建てでやけに奥行きのある建物は、周りにある酒場の中でも一番大きいかもしれない。

 

 シルさんの働いている酒場、【豊饒の女主人】。

 

 凄い名前だなと飾ってある看板を仰ぎながら、まず入り口から店内をそっと窺ってみた。

 

 最初に目に付いたのは、カウンターの中で料理やお酒を振る舞う恰幅のいいドワーフの女性で彼女がたぶん女将さんだろう。ちらりと見える厨房では猫耳を生やした獣人キャットピープルの少女達がてんてこ舞いに動き回り、そして客に注文をとる給仕さん達もさも当然のように全員ウェイトレス。多分、だけど店のスタッフがみんな女性なのだろうか。

 

 ……酒場の名前の由来をなんとなしに察した。

 

(うーん、でもこれ、僕には難易度高すぎる……?)

 

 店員の中にプライドの高いエルフまで紛れ込んでいることに驚きながら、僕は頬を掻いた。その、こういう女性だけの店って苦手なんだよね。

 

 店内は明るい雰囲気で、店員さん達はみんなはきはきとして元気がいいし、飛び交うのは笑い声ばかり、客はほぼ男性の冒険者で鼻を伸ばしている人も一杯いるけど、みんな純粋のお酒を飲んで楽しんでいる。料理も美味しそう。

 

 どうしよう。入りづらいから撤退したい気分だ。

 

 そんな時だ。

 

「ベルさんっ」

「……」

 

 いつの間に現れたのか、シルさんは僕の隣に立っていた。

 




ヘスティア様の話し方は誤字じゃないですよ。

本音を言うとシル=フレイア様だと思っていた。


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5話、豊穣の女主人

「ベルさんっ」

 

 僕は痙攣しそうになる口を封じ込めながら、無理やり下手くそな笑みを浮かべた。

 

 観念、しよう……。

 

「……やってきました」

「はい、いらっしゃいませ」

 

 シルさんは朝と同じ服装で僕を出迎えた。

 

 開きっぱなしになっている入り口をくぐり、澄んだ声を張り上げる。

 

「お客様一名はいりまーす!」

 

(……酒場ってこんなこといちいち言ってたかな?)

 

 居心地の悪さを感じながらも、店内へ進むシルさんの後に続く。

 

 初めてくる馴れない場所に体を縮こませながら、どこまで小心者なんだろうと苦笑を滲ませる。

 

「では、こちらにどうぞ」

「は、はい」

 

 案内されたのはカウンター席だった。

 

 こう、真っ直ぐ一直線に席が並ぶカウンターの中、ちょうどかくっと曲がった角の場所。すぐ後ろには壁があり、酒場の隅に当たる。曲がり角の席だから隣に椅子は用意されておらず、誰かが座ってくることはない。一人きりでカウンターの内側にいる女将さんと向き合う感じ?

 

 シルさん、入店初めての僕に気をつかってくれたのかな?

 

 これなら他の人に邪魔されることなく自分のペースで食事ができる。

 

 かなり融通してくれたのかもしれない。

 

「アンタがシルのお客さんかい? ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」

 

 ドワーフの女将さんに言われなれた言葉にむっとしながらも、自分でも自覚があるため溜息を吐く。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「? 僕は故郷にある家では料理を作りすぎで怒られることはありますけど、そこまで大食いじゃないですよ?」

「へぇ、アンタ料理が作れるのかい。いいお嫁さんになるよ、アンタ」

 

 女将さんに笑われながら肩を叩かれてるが、婿の間違いじゃないだろうか?

 

 とりあえず、背後を振り返ってみると、側に控えていたシルさんは目を逸らして、ふけない口笛を吹いている。

 

 犯人はやっぱり、この人だ。

 

「……えへへ」

 

 僕のジト目に耐え切れなくなったのかシルさんは愛想笑いをしてくる。えへへじゃないんだけどなぁ。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「故意じゃないですか!?」

「私、応援してますからっ」

「できれば、誤解を解いてほしいです」

 

 良い人じゃなくて悪女だった。銀髪紫眼の幼馴染みがダブって見える。

 

「大食いはしませんけど、少し奮発するくらいなら」

「ええ、それで大丈夫だと思います。ごゆっくりしていってください」

 

 この後、ダンジョンにもぐるから、あんまりゆっくりできないんだけどなぁ。僕は丁寧に用意されているメニューを手に取り、料理の内容より値段の方をみて重きを置く。

 

 今日の僕が換金したお金は6500ヴァリス。過去最高のモンスター撃破スコアに加えドロップアイテムが運よく発生し続けたおかげで、普段より大幅な収入を得られた。

 

 いつもなら4000ヴァリスを上下するくらい。

 

 一度の食事は50ヴァリスもあれば十分らしい、僕は少し物足りない気もするけど……しかし、冒険者の装備品やアイテムの相場はかなり高い。体力を回復するポーションだって最低でも500ヴァリスはするからだ。装備品自体の整備費もある。

 

 今使っている短刀も3600ヴァリスも払ったし、しかもギルドに借金という形で。防具も合わせて返済はやっと済ませたけど、新しい装備を買うには懐事情的に難しい。買うとしても、またギルドに借金する形になるだろう。

 

 とにかく諸事情によりなるべくお金は取っておきたい。貯金もしたいし。

 

 無難にパスタを頼んでおいた。それでも300ヴァリスかかった。

 

「酒は?」

「この後、ダンジョンにもぐるのでジュースで」

 

 僕の言葉に女将さんは目を丸くしてから、怪訝そうな表情をする。

 

「アンタ、まだダンジョンにもぐる気かい?」

「ええ、神様の具合が悪いみたいで、もぐって稼いでから胃に優しいものを作ってあげようかなって」

「はー、まぁ、いいけど、気をつけなよ」

 

 女将さんは葡萄ジュースを置いてくれた。甘さよりも酸味が少し強いかな? 甘いものが苦手な僕としてはちょうどいいかもしれない。

 

「楽しんでいますか?」

「……それなりに」

 

 パスタを半分以上食べたところで、シルさんがやってきた。

 

 楽しそうに騒いでいる人達を見ると、羨ましい気持ちが湧いてくる。今は僕と神様の二人だけだけれど、少しずつファミリアの人数が増えていくといいなと思ったのは心の中の秘密だ。

 

 シルさんは薄鈍色の髪を揺らしながらエプロンを外すと、壁際に置いてあった丸イスを持って、僕の隣に陣取った。

 

「お仕事、いいんですか?」

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分に間に合ってますので。今は余裕もありますし」

 

 いいですよね? とシルさんは視線で女将さんに尋ねる。

 

「アンタ代わりにキッチン入ってくれないかい? 給金はだすよ」

 

 女将さんは口を吊り上げて僕に向かって、そう言った。思わず僕は笑ってしまった。

 

「今回はやめておきます」

「そうかい、残念だ」

 

 ちっとも残念そうじゃない様子で女将さんは仕事に戻っていった。

 

「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございます。パン、美味しかったです」

「いえいえ、頑張って渡した甲斐がありました」

 

 やはり干し芋一つだけと違って力がでるから、ちゃんと朝食とるようにしておかないとなぁ。朝早くでるときは前日に朝食の仕込みしておこうかな。でも、朝食を作っている最中、寝ている神様を起こすのは忍びないし、どうしたものかな。サンドイッチなら具材を挟むだけだし、いけるかな。

 

「ベルさん?」

「あ、ごめんなさい、少し考え事を……」

 

 せっかく、給仕の仕事を休んで貰っているのに考え事はだめだよね。

 

 それからシルさんと、ここのお店のことについて少しだけ話をした。

 

 この【豊饒の女主人】は女将さんのミアさん(店員の人はお母さんと呼んでいるらしい)が一代で建てたもので、彼女は昔冒険者だったらしい。その時の話を少し聞いてみたいけど、教えて貰えるのかな? 所属するファミリアから半脱退状態らしく、神様の許しももらっているそうだ。

 

 従業員は女性のみ受け付けと徹底的。さっきのキッチンの手伝いは彼女なりの冗談だろう……そうであってほしい。何でも結構わけありな人が集まっているらしく、そんな人達でもミアさんは気前良く迎え入れてくれているのだとか。シルさんの場合は働く環境が良さそうと、同性だから気楽なのかもしれないな、と思わず納得する。

 

「このお店、冒険者さん達に人気があって繁盛しているんですよ。お給金もいいですし」

「やっぱり、ある程度は懐に余裕があったほうがいいですもんね」

「それだけじゃないんですけどね」

 

 シルさんに苦笑される。

 

「ここには沢山の人が集まるから、沢山の人がいると、沢山の発見があって……私、目を輝かせちゃうんです」

 

 確かに放浪しているとグレンダンとは違った新しい発見があったし、冒険や、出会いもあった。ここ、オラリオでも今まで僕が体験したことがないもので溢れているかもしれない。そう思うと心が弾む。

 

 シルさんは「こほん」と咳をつく。

 

「とにかく、そういうことなんです。知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというか……その、心が疼いてしまうんです」

「……結構すごいことを言うんですね」

 

 もしかして、シルさんはお店を通じて冒険しているのだろうか、自分が体験できないものを接客でその人の冒険談や体験談を聞いて想像する。まるで子供が童話や神話を聞いて頭の中で描いて憧れるような……流石にそこまでは考えすぎかな。

 

 そんな事を考えていると、突如、どっと十数人規模の団体が酒場に入店してきた。あらかじめ予約をしていたのか、僕の位置とちょうど対角線上の、ぼっかりと席の空いた一角に案内される。

 

 一団は種族がてんで統一されていない冒険者達で、見るに全員が全員、生半可じゃない実力を持っている。

 

(って――)

 

 心臓がとび跳ねた。

 

 不意討ち気味に視界へ飛び込んできたのは、砂金のごとき輝きを帯びた金の髪。僕はその髪を見たことがある。

 

 あの人形というより御伽噺なんかに出てくる精霊や妖精のような人を僕は見たことがある。

 

 大きく際立つ金色の瞳に整った眉を微動だにせず、静かな表情で落ち着き払った美少女を僕は見たことがある。

 

 見間違える筈がない。五階層、ミノタウロスとエンカウントしたとき、ミノタウロスを背後から一撃で絶命させた人物、アイズ・ヴァレンシュタインさん。

 

『……おい』

『おお、えれえ上玉ッ』

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

『……げっ』

 

 周囲の客も彼らが【ロキ・ファミリア】だということに気付いた途端、これまでと異なったざわめきを広げていく。ところどころで顔を近づけあって密談を交わすようなひそひそ話も行われている。

 

 その聞こえてくるさざ波のような声には全て畏怖が込められており、中には女性の構成員を見て口笛を吹かす人もいる。

 

 一方で僕も落ち着きなんて保っていられない。

 

(ここにゴルネオ・ルッケンスがいるのではないか?)

 

 その思いが、僕に余裕を失わせていた。

 

 ど、どうする?

 

「べ、ベルさん?」

 

 今のところ、あの中にゴル兄がいる気配はない。今の内に助けてもらったお礼を伝えに……いやいやいや、伝えに言った時にゴル兄がやってきたら逃げた意味がないじゃないか。

 

 決めた。様子見だ。

 

「……ベルさーん?」

 

 背中からあふれ出す嫌な汗は噴き出したまま僕は顔をカウンターに伏せ、ロキ・ファミリアの動向を窺う。草むらにひそみ、追いかけてきた狩人から逃げる獲物のように、息を殺して獲物を見失い近くでたむろしている捕食者達の様子を観察する。奇行を演じる僕にシルさんが困った顔で声をかけてくるけど、生憎構っている余裕がない。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 一人の人物が立って音頭をとった。

 

 それからロキ・ファミリアの人達は騒ぎ出した。ジョッキをぶつけ合い、料理と酒を豪快に口の中へ運んでいく。

 

 ロキ・ファミリアが宴会一色の雰囲気に突入すると、他の客も思い出したように自分達の酒をあおり始める。

 

「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意さんなんです。彼らの主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

 

 僕が気配を殺すようにロキ・ファミリアを見ていることに気付いたシルさんが、耳に顔を寄せ、手で壁を作りながらこっそり教えてくれる。

 

 ワカッタ、もう忘れない。

 

 ここに来なければゴル兄に会う確立が減る。あ、でもヴァレンシュタインさんにも会う確立が減るから、お礼が言えないか……。

 

 様子を窺い、あの中に会いたくない人物がいないことを完全に確認してから、さてどうしよう。

 

「そうだ。アイズ! お前、あの時の話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

 

 ヴァレンシュタインさんから見て、席が二つほど離れた斜向かいの獣人の青年が彼女に何かの話をせがんでいるようだ。

 

 しかし、その青年の直後の会話を聞いて、今の僕の表情は苦虫を噛み潰したように歪むことになる。

 

 彼らの話題は五階層に出たミノタウロスについてであり、そのミノタウロスの血で血塗れにされた僕の話だったからだ。しかも、話的には十七階層に出たミノタウロスの群れを彼らが返り討ちにして、集団逃亡され上に向かって上がっていったという。何と言うか、巻き込まれるだけ巻き込まれて、装備を失った身としては何ともやるせない話である。

 

 しかも笑い話にされているとは、グレンダンでもあったけど、嫌な気分は拭えない。今食べているパスタも味がせずに不快な食感を奏で、ジュースも嫌な渋みを感じさせる酸っぱさだけ、これ以上、食事を続けてもいいことはないか、ここらでお暇しよう。

 

「ベルさん?」

「すいません、シルさん。勘定をお願いします」

 

 無理やり笑顔を作り、未だに近くにいるシルさんに話しかけ、そのままお金が入った袋から確認せずまま彼女に渡す。今は早くここから出るのが一番だ。

 

「ベルさん!?」

 

 ここで殺剄を使うのは不自然なので店を出てからすぐに使おう。それまでは駆ける。後ろでシルさんが呼びかける声が聞こえるが、店内で注目されている今となっては立ち止まれない。店を出て、すぐに殺剄を使って気配を消し、ミアさんに言った通りダンジョンに向かって駆けていった。

 

 

 

 ゴルネオ・ルッケンスの足取りは重い。

 

 いつもは凛とした巌のような男が今は幽鬼のように歩いていると言えば、この男の落ち込み具合がよくわかる。

 

 頭を左手で抑えて溜息を吐く。彼がこんな様子になったのは今回の遠征から帰ってきてから、定期的に彼のもとに届いていた手紙が届いていなかったからだ。

 

 手紙が届いていないことに関しては別に構わない。何故なら、ゴルネオが受け取った最後の手紙の内容が、彼に手紙を送り続けていた主がオラリオに来ることだからだ。

 

 それから一切の連絡がない。ゴルネオが遠征に行っている間、本拠にいた団員達や女神からもゴルネオに会いに来た者はいないと言うのは聞いている。

 

「悪戯兎め……」

 

 あどけない笑みを浮かべてピョンピョンと危険地帯を跳びまわる兎のような少年を頭に思い浮かべて更に溜息を吐く。ゴルネオはどうしてもその少年の安否が知りたかった。同郷であり弟弟子でもある少年に何かあったのではないかとロキ・ファミリアの中でも面倒見がよく苦労人であるゴルネオは気が気でなく、遠征から戻ってきてからきちんと休めていなかったのだ。

 

 それに疲れているのか、ぼんやりと視界の隅で白髪頭が猛スピードでゴルネオから離れていく姿が見える。

 

「ん?」

 

 瞼を両手で擦り、もう一度、白髪頭が通った方向を見る。そこにはやっぱりゴルネオが安否を確かめたかった少年、ベル・クラネルはいなかった。

 

 今度はとても深い溜息を吐き、ロキ・ファミリアが宴会に使っている店に向かって歩くと、その店の外で二人の女性を見た。同じファミリアの団員であるアイズ・ヴァレンシュタインと主神のロキだ。

 

「何をしている、アイズ?」

「……」

 

 先ほど、ゴルネオが見ていた方向に向いて主神に絡まれている仲間に向かって声をかける。

 

「お、ゴルも来た。ほな、いこぅ、アイズたん、うちに酌してぇ」

 

 ゴルネオの質問にも答えず、主神にやんわり連れて行かれる仲間を見て、ゴルネオはまた溜息を吐いた。

 




 ゴルネオの登場、レイフォンと違ってガハ何とかさんとの確執がないし、ベルの兄弟子でもあるため、面倒見のいい苦労人となっています。どういうところがと言うとベルがレベル1の頃、危険な戦場にいるとゴルネオがベルを小脇に抱えてグレンダンに連れて帰ったりしています。


※ 銀髪紫眼の幼馴染はオリキャラではありません。かといって、だんまちとレギオスから登場するキャラとも違います。別作品から、チョイ役として引っ張ってきています。


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6話、悪戯兎

 ゴルネオ・ルッケンスは溜息を吐く。

 

 酒場、豊饒の女主人で目の前のテーブルの上に乗っている料理と酒に手をつけず、溜息を吐くばかり、アイズも落ち込んでいるため、宴会が通夜になりかけている。

 

「店の雰囲気を悪くするなら帰ってくれないかい」

「まぁまぁ、ミア母ちゃん。今日は待ち人が未だに来ないゴルの慰安目的もあるから堪忍して」

 

 女将であるミアはゴルネオを一瞥して、自分の店の従業員であるシルの方が気になるのか、何も言わずカウンターの方へと向かった。

 

「ゴルネオ、お主、体を十分に休めておるのか?」

 

 ロキ・ファミリアの派閥首脳陣の一人であるドワーフの大戦士、ガレスがドワーフの火酒が入ったジョッキの片方をゴルネオに手渡し、話しかける。

 

「ガレスさん」

「お主に倒れられると雑務がラウルに集中するからのう」

「ラウルに雑務が集中することはいつものことですが」

「まあのう」

 

 ガレスとの会話にテーブルのどこかで『ひどいっす』という言葉が発せられたが、ゴルネオとガレスは気にしていない。それにゴルネオが倒れてラウルに雑務が1.8倍となって集中するからあながち間違いでもない。

 

「心配することが間違っているのはわかっています。しかし……」

「しかし?」

 

 ゴルネオはそこで渡された酒が入ったジョッキを手にとって一気に呷った。

 

「あの悪戯兎がピョンピョンと何食わぬ顔で五階層辺りを降りていると思うと俺は、俺は……――」

 

 そこでゴルネオはそこで意識が途切れる。ゴルネオが受け取ったジョッキには眠りへと誘う薬が入っていた。酒との相乗効果により即効性も付与されたようだ。自分で休めないのなら無理やり休ませてやるというロキ・ファミリア一同(一部対象外)のありがたい心遣いである。ゴルネオは料理が未だに入った皿に顔面から突っ込んで、眠りについた。

 

「悪戯兎?」

 

 ゴルネオが意識を失う前に発した単語に一人だけ反応した、ティオナだ。

 

「悪戯兎って、ロキがこの前、読んでた童話の悪戯兎?」

「ふぇ?」

 

 いきなり話を振られてすでに酔っ払い、できあがっていた主神が変な声を上げるが、誰も気にもとめない。

 

「ふーん、珍しいわね。ロキがそんなものを読むなんて、どんな内容なの?」

「確か、おじいちゃんの膝の上で英雄譚の話を聞いていた兎が英雄に憧れて強くなっていく英雄譚、その兎は周囲の忠告も聞かずにモンスターの住処でピョンピョンと戦っているから、周りから悪戯兎って呼ばれてて、怒られたり、呆れられたりするんだけど、兎は周囲の反応に気にも留めずに銀色の桜の妖精に導かれるまま強くなっていって、ついに天剣授受者っていう兎が住んでいる国での最強の称号と武器を手にするんだ」

「まるで小さい頃の誰かさんみたいだな」

 

 目を輝かせながら言うティオナに、その話を聞いてこの空気を変えられるのではないかとリヴェリアが誰かさんに向かって言う。通夜状態のアイズが少し落ち着きを取り戻したのかリヴェリアの言葉に少しだけ頬を膨らませる。

 

「それから悪戯兎は同じ天剣授受者である蜘蛛の先生から糸の扱いかたを教わったり、キラーアントクイーンっていうキラーアントを生み出すモンスターから二人のお姫様を助けたり、その二人のお姫様から求愛されたり、蜘蛛の先生と狼の三人で傷を負っても再生する山のように大きいゴーレムと三日間戦ったりと偉業を達成していくんだけど……」

 

 ティオナはそこで気まずそうにグラスに入った飲み物を口に含んで、口を湿らせてから続けた。

 

「神様のお願いで兎は銀色の桜の妖精を連れて遠い場所へ赤い十字架を手に入れる旅にでるんだ。でも、兎が旅にでていた間に兎が住んでいた国に黒い竜が現れて故郷をめちゃくちゃにされちゃってさ。兎が帰ってきたら住んでいる場所や、おじいさんがいなくなって、黒い竜が現れたとき、その場にいなかった兎が故郷の住人に責められるんだ。兎はその中で一ヶ月間、必死で働いて、その働いたお金を補償として納めてから、偉業や最強の武器を捨てて故郷を出た。一部の人達から貰った道具と武器を持って……」

 

 内容があんまりなバッドエンドなためにアイズの瞳から光が消えて固まった。その様子を見てティオナの姉であるティオネが怒る。

 

「この馬鹿ティオナ。どうして途中で止めないの!?」

「だってー、もう一回読もうとしたら、書庫にはないし、買おうと思ってもどこに行ってもそんな本はないって言われたし、絶対、あの本には続きがあると思ったから、誰か知らないかなーって」

 

 ティオナは周囲を見るというか主神を見るが、主神は酔いつぶれたのかすでに夢の国へと旅立っていた。無意識の内に上げて落とすをしたティオナにリヴェリアは溜息を吐いてから、ティオナに尋ねる。

 

「その本の作者の名前はわかるのか?」

「えーと、グレン・サリンバン?」

「確かか?」

「多分……」

 

 人名を覚えることが苦手なティオナに果たして、作者名が本当にあっているのか疑わしいが一応、探してみるかというリヴェリアであった。しかし、彼女は知らない。ティオナに聞かされた物語が実はゴルネオ・ルッケンスがある一人の弟弟子の人生をデフォルメして書いたものであり、自分の身に何かあった場合、その少年に対してある程度の援助を促すために主神に送った、この世界に存在する、たった一つの英雄譚であること、そして、その少年が先ほど、ベートが口走り笑いものにされていたことを、その場にいた誰もが知らなかった。

 

 

 

 翌朝というより明朝、一人の傷だらけの兎がギルドから出た。

 

 酒場、豊饒の女主人から出て、その女将に宣言した通りにダンジョンに潜った彼は八つ当たりのごとく、モンスターを屠り、そしてダンジョンの洗礼を受けてボロボロになっていた。

 

(まさか、本当にモンスターが壁から産まれるなんて……)

 

 彼は深夜、六階層でその目でウォーシャドウというモンスターが生まれてくる瞬間を目撃した。彼はそのモンスターを難なく撃破したが、新しく踏み入れた場所と新しく出てきたモンスター、そしてモンスターの出生頻度の上昇、その後に出てきたモンスター達の攻撃を全て捌けず、現在の追いはぎにあったかのようなボロボロの格好をしている。アドバイザーの忠告を無視した自業自得である。

 

 そして現在、彼はギルドの換金所で魔石とドロップアイテムを売り、そのお金で買い物をするためにとある場所へと向かっている。

 

 取れたての果物と野菜が販売されている朝市だ。今の時間帯でやっているかどうかは彼にはわかっていないが、ボロボロではあるがしっかりとした歩みで目的の場所へと向かう。

 

 彼の視界に複数の屋台が映っている、それぞれの屋台にはさきほど採れたと思われる野菜や果物が分類別に分けられていて、近くに行けば目移りしてしまいそうだ。もしかしたら、彼が見たこともない野菜や果物が置かれているかもしれない。

 

 ふと彼の頭の中で主神である女神が美味しそうに彼が作った料理を食べる姿が映り、思わず頬が緩む。しかし、主神はおそらく胃の調子が悪い、となると作るものは胃に優しいものになる。

 

 彼の頭に浮かび選択された料理はリゾットだ。それでいて彼女は健啖家でもあるから、あっさりでいて少し濃い目がいいのだろうか、矛盾しそうな味付けに苦笑しながらも何を作るか決めて屋台に向かって足を運んだ。向かった先で悲鳴をあげられることも気付かずに……

 

 

 

 兎がダンジョンから出て買い物に行っている最中、その兎の主神、ヘスティアはホームである教会の隠し部屋で、同じ場所を行ったり来たりと繰り返していた。

 

(いくらなんでも遅すぎる……!)

 

 腕を組み眉根を思い切り寄せ合わせ、焦りを顔に浮かべる。

 

 ベルの成長速度について本人からの追及をそれっぽい理屈でかわして、それ以上の追及を避けるために昨晩はバイトの飲み会に出かけたのだが、ヘスティアが帰ってくると、彼女を迎えてきたのはがらんとした静けさだけで、眷属であるベルはこの部屋にはいなかった。

 

 いつも手料理を作っているベルが料理を作った痕跡もなく、本当に食べに行ったのかと思うと、いつも頑張っているからこれくらいはという気持ちと、ベルが自分に黙って美味しいものを食べにいったことに対する不満が混ざり、もやもやとした気持ちでベッドへと横になった。

 

 なかなか寝付けずヘスティアの視界に入った時計が、十時、十一時、十二時と刻み、まだ少年が戻ってこない事に対してヘスティアは危機感を覚えた。ヘスティアはベッドから立ち上がり、部屋から飛び出してベルを探しにいった。

 

 しかし近隣を探しても手がかりがなく、もしかしたらと思って、つい先ほど帰ってみれば誰もいない。今の時刻はもう五時だ。

 

 昨晩、別れたときのことを思い出すが、別に不振なところはない。

 

(どこに行ったんだい、ベルくん……)

 

 両手で頭を抱え、行方も知れない眷族に対して涙がこみ上げてくる。そんな時だった。

 

 ガチャリとドアノブが動き、扉が開く音が聞こえた。

 

 ヘスティアが扉に視線を向けると、ボロボロになったベルがパンパンに膨らんだ紙袋を抱えて部屋に入ってきた。

 

「ただいま戻りました。帰りが遅くなってごめんなさい、神様」

「ベル君!?」

 

 いつもならほとんど怪我を負わない彼が服をボロボロにして、体に裂傷と打撲の後を残して戻ってくることはなかった。ヘスティアは血相を変えてベルに迫る。

 

「どうしたんだい、その怪我は!? まさか誰かに襲われたんじゃあ!?」

「いえ、そういうことはなくて、昨晩の夕食が高めについちゃって、さっきまでダンジョンにもぐってました。あ、今から朝食を作りますね」

 

 ぽつりと落とされた言葉にヘスティアは怒ることも忘れて呆然とし、腰に力が抜けてへたり込んでしまった。ベルはその隙?をついて台所へと入り、朝食を作り始める。

 

 ヘスティアが意識を取り戻したのは台所から甘酸っぱくて爽やかな香りがただよい、彼女の腹の虫が鳴いてからだった。

 

 テーブルの上に料理が乗った器を置かれて、ヘスティアはソファーに座る。

 

 湯気が立つ料理に手を伸ばす前に質問するべきことがある。

 

「……どうして一晩中、ダンジョンにもぐるような無茶をしたんだい? いつもの君ならそんな自暴自棄のような真似しなかったじゃないか」

 

 ヘスティアの諭すような言葉にベルは苦笑する。その反応にヘスティアはむっとして乱暴に料理にスプーンを突き刺してから掬いあげ、一口、料理を口に含んだ。

 

 口の中にシャリシャリとした食感と優しい甘みが広がる。

 

「リンゴ?」

「はい、リンゴのリゾットです。神様が昨日、胃を押さえていたので、胃の調子がよくないのかなと朝市でリンゴや米とか買ってきました」

 

 確かに昨日、ベルとの別れ際に胃の辺りを押さえていた。それはベルに嘘をついた罪悪感からだ。その時の瞬間をベルに見られ、この料理が今ここにあるのだろう。

 

 ヘスティアが呆然とベルを見ると、ベルはヘスティアが食事をするところを見て幸せそうに目を細めて眺めている。

 

「……シャワー、浴びておいで、傷の汚れを落として治療しよう」

「はい」

 

 ベルは軽く頷くとシャワー室を目指して歩いていった。

 

 料理を作る際、ベルは必要最低限に手と腕、顔と頭と汚れを落としたみたいだが、完全には落ちきっておらず、傷の周囲にうっすらと泥などの汚れが残っていたのだ。

 

 ヘスティアはベルがシャワー室に無事に行ったかを見送り、そして目の前にある料理に視線を落とし、物思いにふける。

 

 ベルがヘスティアを彼自身よりも優先している。その事に関してヘスティアは凄く嬉しい、感謝もしている、執心するくらい惹かれてもいる。しかし、彼に対して自分はどうだ。自分は彼に何をしてやれただろう。バイトをしているがベルの稼ぎよりもかなり少ない、料理にいたってはベルに頼りきりだ。掃除はヘスティアの方が多いが綺麗度的に言えばベルの方が上だし、自分が彼より優れていることの方が少ないだろう。彼が行き倒れたのを助けたのは自分のファミリアに入ってくれないだろうかという打算的なもので、彼の身を本気で案じたわけでは無い。考えれば考えるほど、ヘスティアは悪い考えに囚われ、我に返ったのは目の前の料理から漂う甘い香りだった。

 

「せっかく、ベル君が作ってくれたんだ。冷ますのはいけないよね」

 

 ヘスティアは自分に言い訳するように口に出して、ベルが自分のために用意してくれたリンゴのリゾットを平らげた。最初に食べた味と比べて塩っぽかったのはここだけの話である。

 

 ベルがシャワー室を出てから、ヘスティアは彼の手当てをしてベッドで寝るように指示を出し、彼が眠るまで頭を撫で、彼の手を握った。その時、ベルが見たヘスティアはいつもの幼さを思わせる表情ではなく、慈愛に満ちた母親みたいな表情をしていた。

 




 桜の妖精は念威操者ですね。ちなみにフェリではないです。フェリはレイフォンのだからね。

 リンゴのリゾットは食戟のソーマ6巻に掲載されているもの。もしくはアニメ、狼と香辛料にでてくる羊の乳を煮込んだムギ粥に林檎の切り身を入れて山羊のチーズを入れた料理でもいいですね。米よりも麦粥のほうが良かったか……でも味が濃そうだ。

 クラリーベル、ごめんね。出したかったけど、ベルの英雄譚の話を増やすために犠牲になってもらったよ……(泣)




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7話、

 目が覚めてから神様の顔が近くにあって、びっくりしたけど、それよりも驚いたことが時間を確認して丸一日眠っていたことだった。

 

 一日分の収入、新しい装備を買うための資金がまた遠くなっちゃったけど、体からそんな事を考えるよりも栄養をよこせと腹の虫が鳴きだし、朝食と昼食のお弁当を作る事にした。

 

 朝食は丸一日食べていなかったことから、薄味の野菜スープを前菜として、オムレツ、ソーセージ、お弁当に入りきらなかったサンドイッチと鶏肉の香草揚げをテーブルの上に並べていると神様が起きて料理を見て一言。

 

「今日は何のお祝いだい?」

 

 神様がそう言ってしまうほど作りすぎてしまったみたいだ。

 

 それから二人で朝食を食べた。

 

「無理に全部食べなくても良かったんですよ、神様」

「いーや、君の作った料理をボクが残すわけにはいかない、全部食べるね(キリッ)」

 

 ベッドの上で仰向けになり、大きくなったお腹を手で押さえながら、キリッとした表情で言った後に「ケプ」と可愛らしいゲップをする神様。だけど野菜スープを飲み干さなくても、薄味に作ったから余ればシチューにでもカレーにでも味付けを変えられたんだけどなぁ。

 

 それから食休みを挟んで、ステイタスを更新した。食べ過ぎたのか、神様の動きが止まった。

 

「神様?」

 

 大丈夫だろうか、胃薬を買いに行ったほうがいいのかという思いで神様を見るが、神様は「ごめんごめん」と謝ると作業を再開させた。

 

「ベル君、今日は口頭でステイタスの内容を伝えていいかい?」

「あ、はい。僕は構いませんけど……」

 

 紙に写せないほど限界なのだろうか、神様は僕のステイタスを語る。しかし、ステイタスの内容を聞くと神様の体調のことが頭から離れてしまった。

 

「とまぁ、熟練度が凄い勢いで伸びてるわけ。何か心当たりはある?」

「えーと、確か……一昨日は六階層まで行きまし、っがふ!」

 

 神様に殴られた。

 

「あふぉー!! 防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない! それとも君はグレンダンでは防具もつけずに戦いに行くというのかい!?」

「え、行きますけど?」

「グルゥアアアアアア!!!!」

 

 そこからは神様の説教タイムに突入して、僕は半裸のままで身を小さくするしかなかった。

 

「はぁ……本題に入ろう。今の君は理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長する速度が早い。どこまで続くかはわからないけど、言っちゃえば成長期だ」

「はあ」

 

 神様の言葉に僕は首を傾げるばかりだ。グレンダンでステイタスの成長期などという言葉を耳にしたことは生まれてから一度もなかった。いや、もしかしたらサヴァリスさんとか陛下はステイタスの成長期とやらがあったのかもしれない。確認するすべが今のところないけど。

 

「……これはボク個人の見解に過ぎないけど、やっぱり、君には才能があると思う。冒険者としての器量も、素質も、君は兼ね備えちゃってる。だからこそ、君はきっと強くなる。そしてそれは多分過去の君のステイタスを超えるものになると思う」

「……はい」

 

 過去のステイタスを超える。それはきっといいことなのだろう。僕の目的を達成するにはどうしても過去のステイタスを超える必要がある。だけど、速度が問題なのだ。成長速度が誰よりも早くレベル6になった頃、いつの間にか僕の周りにいた仲間がいなくなっていた記憶が蘇る。……また一人になるんじゃないかと。

 

 そんな僕の心を知ってか知らずか神様の口が開く。

 

「……約束して欲しい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと、誓ってくれ」

「神様?」

「強くなりたいという意志があるならボクは反対しない、尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう。……だから、……お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ」

 

 神様の言葉に、思わず目を見開いた。そうだ。僕は一体、何を勘違いしているんだろう。ここはグレンダンじゃない、それに天剣授受者でもなければ、ベル・ヴォルフシュテイン・クラネルでもない。一人になる? まったく思いあがりも甚だしい。ファミリアは一人だけで作るものじゃない。僕と神様、それにこれから増えるかもしれない団員達と築き育てあげるものだ。それに決めたじゃないか、神様を助けると。それに――――……。

「……はいっ」

 

 成長速度について考えるのはやめよう。どうせ、なるようにしかならないし、目的の一つである黒竜の討伐には何よりこの成長速度はありがたいと思えばいい。

 

「無茶しません。頑張って、強くなりにいきますけど……絶対、神様を一人にしません。心配させません」

「その応えが聞ければ、もう安心かな」

 

 決意を口にして、神様は安心したように微笑んだ。

 

 それから神様から服を渡して貰って着替えていると、神様は食器棚に飛びつき、ごそごそと何かを探していた。音からして書類っぽい。

 

「ベルくんっ、ボクは今日の夜……いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

「えっ? あ、わかりました、バイトですか? お弁当、どうします?」

「いや、行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ。お弁当は量を少なめにして貰えるかな」

「わかりました。友達は大切ですから遠慮なく行ってきてください」

 

 神様はごそごそと部屋の中でパーティーに行く為の準備を始めて、僕は神様に言われた通り、小さめのタッパーの中にサンドイッチや鶏肉の香草揚げ、オムレツを入れなおして神様に渡した。神様はタッパーを受け取るとバッグに入れてドアに手をかけた。

 

「ベル君、もしかして、今日もダンジョンへ行くのかい?」

「そのつもりなんですけど……ダメですか?」

 

 つい先ほど約束を交わしたばかり、やはり自重しなければいけないかな?

 

「ううん、いいよ、行ってきな。ただし引き際は考えるんだよ? 君の場合、引き際を誤って散々な目にあっているし、それに今は怪我をしてるんだからね」

 

 唇を尖らせながら軽い注意をする神様に僕は頬を掻きながら苦笑を返すしかなかった。まさに返す言葉もありません。神様はジト目で僕を見たけど、その後、えくぼを作って部屋を後にした。

 

 

 

 神様が出かけた後、僕は冒険者用の装備一式を着用してバスケットを持ってから部屋を出た。

 

 時間は正午前、太陽が燦々と空に輝き、どこか景色のいい場所でお弁当が食べたくなるような心地だ。

 

 中のお弁当が崩れないよう、でも早くダンジョンに行きたいという気持ちが早歩きで表れ、人通りでこみ合っているメインストリートを進む。

 

 活剄を使っているから傷口の大半は治っているが、膝の傷はまだ痛んでいるので今日は無理をしないでおこうという気になる。

 

「ベルさん!」

 

 誰かに呼ばれた。声が聞こえた方を向くと、どこか安堵して泣き出しそうなシルさんの姿があった。

 

 それからシルさんは何も言わず、僕の手を握って導くように『Closed』と札がかかっている豊饒の女主人へ連れて行かれた。

 

 カランカランとドアをくぐった頭上から鈴の音が聞こえ、店の準備をしていた女性店員さん二人が驚いた顔で僕たちを見ている。しかし、シルさんはそんな二人を気にせず、僕の手を引いて店の中へ数歩進ませてから振り返り、抱きついてきた。

 

「!?」

 

 シルさんの思わぬ行動に僕は声にもならず口をパクパクさせ、ワタワタするしかなかった。トロイアットさんならキザな台詞を吐いて抱きしめるんだろうけど、僕には無理、不可能、あのスケコマシ!としか考えられない。

 

「……よかった」

 

 消え入りそうな声が聞こえる。しっかりと抱きつかれて顔は見えないけど、シルさんの声だ。

 

「……シルさん?」

「ベルさんが無事でよかった」

 

 どうやら、この前の帰り方は彼女を不安にさせたみたいだ。申し訳ないと思う。

 

 僕はおずおずと先ほどシルさんから手を離されて空いた右手でシルさんの頭をゆっくりと撫でる。

 

「大丈夫です。僕はちゃんとここにいます」

 

 安心させるように言葉もかける。この状況、天剣授受者になって初めて天剣を持って比翼連理で空を飛ぶ番の大型モンスターに丸呑みにされ、心配させた時のことを思い出す。あの時も抱きつかれて、大粒の涙を流しながら泣かれたので、頭を撫でながら「大丈夫」と言葉をかけてあやしていた。

 

「アンタら、一体いつまで店ん中でいちゃいちゃしてんだい」

 

 声がする方向に視線を向けると女将さんであるミアさんがカウンターバーからジト目で忠告してきた。というより、シルさんに集中してたから気付かなかったが、店の中ではここで働いている店員さん達が僕たちのことを好奇の目で僕たちを見ていた。

 

 シルさんがばっと僕から離れる。

 

「ご、ごめんなさい、ベルさん」

 

 シルさんは顔を真っ赤にして謝るが、僕はどうしていいかわからず、変な格好のまま石になったかのごとく固まっていた。

 

「シル、アンタはもう引っ込んでな。仕事ほっぽり出して連れて来たんだろう?」

「あ、はい……そうだ」

 

 シルさんはパタパタと急ぎ足でキッチンへ消え、そして僕が持っているバスケットと同じくらいの大きさのバスケットを抱えて戻ってきた。

 

「ダンジョンへ行かれるんですよね? よろしかったら、もらっていただけませんか?」

「えっ?」

「今日は私達のシェフが作った賄い料理なので、味は折り紙つきです。その、私が手をつけたものも少々あるんですけど……」

「えっと、その今回お弁当、持ってます……」

 

 シルさんにずっと左手で握っていたバスケットを見せると、彼女は表情を曇らせる。

 

「坊主、ちょいとそれを見せてみな」

 

 ミアさんが僕のバスケットを刺しながら言う。

 

「えっと、はい」

 

 僕はカウンターまでバスケットを持っていくと、ミアさんがカウンターの内側から手を伸ばしてバスケットを取り、中身を確認した。

 

「あー、こりゃダメだね。中身がグチャグチャだ。シル、坊主の弁当がこうなったのはアンタにもあんだろ、坊主にソレを渡してやんな」

 

 ここまで来るときにバスケットの中身がグチャグチャになる要因はない、ミアさんは気を使ってくれたみたいだ。

 

「どうぞ」

「えっと、ありがとうございます」

 

 シルさんは僕の側まで来て、笑顔でバスケットを渡し、僕は相好を崩してバスケットを受け取った。

 

「ほら、とっとと仕事終わらせてきな」

「わかりました」

 

 シルさんがお辞儀をして仕事に戻っていく。

 

「ところで坊主、これアンタが作ったのかい?」

 

 ミアさんがお弁当について尋ねてきたので

 

「はい」

「やっぱり、あんた良い嫁さんになるよ」

 

 僕が頷くと、ミアさんは豪快な笑みを浮かべてそう言った。いや、だから嫁さんじゃないですって、しかしミアさんは僕の心情などお構いなしに「一つ貰うよ」とそう言って、躊躇もせずに鶏肉の香草揚げ一つ摘まんで食べ、その後、サンドイッチやオムレツと僕が作ったものを全部一つずつ食べてから、味わうというより何が使われているかを調べるような表情で嚥下した。

 

「坊主、やっぱりここで働いてみないかい」

 

 そして、真顔で女将さんにそう言われたとき、どうしたものかと固まった。

 

『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食が無くなってしまいますが……』

『あ、うん。お昼くらいは我慢できるよ?』

『というか、あいつが作った昼飯、ミア母ちゃんに認められたニャ』

 

 厨房の方が騒がしくなったような感じもしたけど、目の前で「ただの冒険者にするのはおしい」とか何とか呟かれている身としては、気にしている余裕がなかった。

 

「まぁ、この話はまた今度にするさね、ほれ坊主」

 

 ミアさんに何か入った小さめの袋を渡された。中身はヴァリスだ。

 

「この前の釣りだよ。シルに改めて礼を言っときな。アレが説得していなかったら、その金は今、あんたの手元に戻ってこなかっただろうさ」

 

 確かにこの前、置いたと思われるお金が幾らか少なくなって袋の中に入っている。

 

「それから気をつけな。ウチの連中はアタシも含めて血の気が多いヤツ等だから、例えばだ。アンタが飛び出した後、シルはアンタを追いかけていったみたいだけど、結局会わなかったんだろう? 塞ぎこんで帰ってきたシルを見て、ほれ、あのエルフのリューが真剣持って出ていきそうになってね。止めるのに一苦労したもんさ」

 

 つまり、一歩間違えれば先ほどのエルフさんに背後から一突きされていたのかもしれない。

 

(でも、そっか……追いかけてきてくれたんだ……)

 

 話を聞いて、気付かなかったことに申し訳ない気持ちと追いかけてきてくれた嬉しさにより、じんわりと胸の辺りから熱が灯る。

 

 本当にいつか恩返しをしたいと、そんなことを思った。

 

「……坊主」

「何ですか?」

「アンタは多分、わかってんだろうけど言っとくよ。冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね」

 

 あの時ミアさんもカウンターにいたから、僕の事情を見通しているのだろうか?

 

 ミアさんはニッっと笑みを浮かべる。

 

「結局、最後まで二本の足で立ってたヤツが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」

 

 成程、それは確かに勝ち組だ。武芸者も冒険者も死んでしまってはそこで終わりだ。無様であっても生き残ることができれば、次に汚名を返上できるチャンスがある。

 

「ま、アンタの場合、ここに置いていった金が多すぎて、良い食材を買う金がないから無茶して膝を怪我したんだろ」

 

 今、膝を怪我したことと怪我の理由をあっさりと言い破られた。五OOOヴァリスも置いてしまい、残った金額では食費はともかく、それ以外の費用が捻出できずに無理をした事が知られていたとは……ミアお母さん、恐ろしい人……っ!

 

「そら、そろそろ行きな。それとも店の仕込みの準備を手伝ってくれるのかい?」

「仕込みを手伝ったらダンジョンに行くことができないので今回はやめておきます。それから、ありがとうございます」

 

 ミア母さんに促され、僕は彼女に色んな意味を込めたお礼を述べてから店の外へと出る扉へと向かって歩く。

 

「坊主、アタシにここまで言わせたんだ、くたばったら許さないからねえ」

「大丈夫です、行ってきます!」

 

 背後からのミアさんからの激励に目を丸くして、まるで家から出発するような言葉を発し店から出て行った。後から思えば少し恥ずかしい気持ちになった。

 




 


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8話、クトネシリカ

『ブォア!』

 

 向かってくる爪を危なげなく紙一重で避け、当たりそうな攻撃は短剣で弾く。

 

 それにしてもダンジョンの中でのゴブリンの声はよく響くなあ。

 

 何回も倒し、飽きもあるモンスターだが、その油断が命取りになる。僕は振り回される腕を何度も連続で空振りさせる。今、自分の動きがどのくらいのものになっているのか正確に確認しているのだ。

 

 グレンダンから抜けた武芸者達の大半は最初の戦闘で命を落とすことが多い。それは抜ける前のレベルが高ければ高いほど顕著になってくる。何故ならズレがあるからだ。例えば、一番多いのが相手の攻撃が見えているが体が思ったように動かず、その攻撃を避け、または受けきれずに致命傷を受けて死亡に繋がるケースだ。

 

 僕もグレンダンを出てから初めてゴブリンを相手に戦った時に戦慄した。ゴブリンの攻撃を認識するが、活剄を使ったときの自分の動きが予想よりもだいぶ遅く、威力が思ったよりでなくて手間取った。その時の感情といったら、色んな負の感情がごちゃまぜになって訳がわからず体が震えた程だった。

 

 最初の一、二週間を必死で体の状態を把握し、約二年間の放浪で自分の意識レベルというか認識レベルというか説明しにくいモノを下げて、ズレをできる限り小さくした。完全にズレを無くすことはできなかった。そして、そのズレは今もある。

 

 人間、ステイタスの成長の数値を知ってしまうと、それよりも高性能な動きができると勘違いしてしまう。それは期待と現実というズレとなって表れ、そのズレを突かれて取り返しのつかない状況に陥ってしまう。そうならないためにもきっちり把握しなければならない。ただでさえ今の僕は他の人よりもズレが大きいのだから……。

 

「!」

 

 ゴブリンの攻撃を避けながらも、頭の隅で警報が鳴る。

 

 目の前のゴブリンにではなく、視界の斜め上、壁に張り付き今にも飛びかかろうとするヤモリのモンスター【ダンジョン・リザード】に対してだ。

 

『ゲゲェッ!』

 

 僕の頭を覆いつくすほどの巨大な影が急降下してくる!

 

「よっと」

『グギッ!』

 

 僕はその奇襲が当たらないように躱し、飛んできたダンジョン・リザードの左前足を短剣で切り落とす。切り落とされた腕の吸盤のついた指がピクピク動いている。

 

 ダンジョン・リザードは自分が襲いかかってくることを誘われたという事を理解するとすぐにその場から離れようとするが、足を一つ切り落とされ、スピードが通常時に比べて落ちている。

 

『グゲエッ!?』

 

 旋剄を使わずに追いついて背中を一突きし、ダンジョン・リザードを倒すことができた。

 

「はああ」

 

 外力系衝剄の変化、九乃。

 

『グガッ!?』

 

 四本に収束された衝剄の矢を放ちゴブリンを倒す。目標であるダンジョン・リザードを、剄技を使わず倒すこと、そしてその間、一体のモンスターの攻撃をできる限り避け続けることという二つの課題を成功させた。

 

「……よし」

 

 短剣をしまって、その場で軽く屈伸。膝の調子は活剄の使用もあって、完治したといっても差し支えないだろう。

 

「ようやく、本調子……とはまだまだ遠いかな……」

 

 思わず溜息を吐いてしまう。

 

 現在位置はダンジョン四階層。周囲にモンスターの気配がないことを確認しながら、僕は短刀を再び抜いて魔石を回収し帰る準備をする。

 

 四階層から一階層まで上がるとき、何度か戦闘になるが何の問題も起きずにダンジョンから出る。

 

(そういえば、神様、今日も帰ってこないのかな?)

 

 神様がご友人のパーティーに出かけて二日経つ。神様自身何日か留守にすると言っていたし、そう心配することじゃないってわかってはいるけど、やっぱり一人で食べる食事は何か味気ない。そう思いながら人込みの中を歩いていると、見慣れない光景が飛び込んできた。

 

 巨大なカーゴ。箱型で底面に車輪が取り付けられてある物資運搬用の収納ボックス、それがダンジョンの大穴から少し離れた場所にいくつも置かれている。

 

 そのカーゴを眺めていると、唐突にガタゴトっとその箱が揺れた。

 

(ん?)

 

 まるで何かが檻に閉じ込められて、ここから出せと暴れているかのようだ。耳を済ませると獣のような低い唸り声まで聞こえてきて、カーゴの中身を確信してしまう。

 

(モンスターだ。でも、こんなところに連れ出してもいいのかな?)

 

 今いる場所はモンスターが地上進出しないよう未然に防ぐために【バベル】というこの巨塔は建てられている。要するにここで大半のモンスターを食い止めているのだ。

 

 しばらくすると、またダンジョンに繋がる階段から新しいカーゴを運んでいる団体が現れた。多分、あの中身もモンスターなんだろう。

 

『今年もやるのか、アレ?』

『【怪物祭(モンスターフィリア)ねぇ……】』

 

 僕の近くでそんな話し声が聞こえる。

 

 ……怪物祭?

 

 聞きなれない単語だけど、もしかして、あのカーゴの中にいるモンスターが関連しているのかな?

 

 象の頭の描かれたエンブレム付きの装備を纏うファミリアの構成員達。彼らが大小様々なカーゴを引っ張っていく光景を、僕は周囲の人達と同じように眺めていた。

 

(あっ……エイナさん?)

 

 視界の隅に映った見慣れた髪の色、注視してみると、間違いない、僕の担当官であるエイナさんがいた。彼女は今、真剣な表情でもう一人いるギルド職員と入念に打ち合わせを行っている。

 

(仕事中、なのかな……)

 

 書類を片手に話し込んでいるエイナさんへ声をかけるのはためらわれた。まだ武器を買う為に必要な書類についても後回しになってしまうほど忙しいのだろう。それに武器については急いではいないし、クローステールの仕上がりについても確認しないといけないから、話しかけないでこのまま行っても大丈夫だろう。というか、この前、六階層まで降りたことを知られたくない。エイナさんが怒ってそのまま説教する姿が頭の中に思い浮かんだ。

 

 そう考えると、不思議とエイナさんに見つからないように僕は静かにこの階に設置されてあるシャワー室にむかっていた。

 

 

 

「またこいよー」

 

 ギルド本部で魔石とドロップアイテムを換金してから、クローステールの様子を見に三鎚の鍛冶場にやってきて、クローステールの状態を聞いてから、店からでた。

 

 どうもクローステールを徹底的に整備するつもりらしく、バラバラにして、部品の損耗箇所や糸の痛み具合等を調べあげ、それを直してから完璧に仕上げてみせると親方に言われた。

 

 精密部品は動かして部品を無くす訳にはいかないから見ることはできなかったが、桶に特殊な液体が入っている糸の部分を見せられた。まだミノタウロスの血が残っているらしく、液体の色が透明なピンク色になっており、糸に残っている血が全部落ちたら、痛んでいる部分を直すために別の液体にまた付け込んで丁寧に手入れをするそうだ。

 

 ――クローステールが使えるようになるのはまだまだ先らしい。

 

「日も暮れてきちゃったなぁ……」

 

 外はすっかり夕焼けの色に染まっていて、そろそろ夕食の仕度をしなければと食材を買う為に北西のメインストリートに出る。

 

 さて、今日の夕食は何にしようかな?

 

「ん? おお、ベルではないか!」

「あっ、神様!」

 

 石畳の道を歩いていると、正面からきた人物に声をかけられた。

 

 美麗な目鼻立ち。僕より目線がうんと高い長身の青年、灰色のローブを着ているのだが、そこからにじみ出る気品みたいなものが、ヒューマンや亜人とは異なることを伝えてくる。

 

 この人もヘスティア様と同じ神様、ミアハ様である。

 

 僕はミアハ様にお辞儀をした。

 

「こんにちは、ミアハ様。お買い物ですか?」

「うむ。夕餉のための買出しだ、わたし自らな。ベルは何をしている?」

「僕もこれから夕食のための買い物です」

「ふははっ、ヘスティアがベルの料理について褒めていた」

「そう言ってもらえると腕を振るうかいがあります」

 

 大きな紙袋を両手に持ったミアハ様が気持ちよく笑いかけてくる。

 

「あの、ミアハ様。ヘスティア様のことについて何か知っていませんか? 二日くらい前にご友人のパーティーに出席されて、その、まだ帰っていなくて……」

「ヘスティアが、か? ううむ……すまない。私には少しも見当がつかん。力になってやれそうにない」

「い、いえっ、気になさらないでくださいっ」

 

 神様に謝罪させてしまった僕は、滅相もございませんと慌てて手を振った。

 

(神様の情報がないなあ)

「やあ、ベル君、お困りのようだね」

 

 考え事をしていると後ろからオラリオの外で聞きなれた陽気な声が聞こえてきた。振り返ってみると、旅人の服に身を包んだ、羽付きの鍔広帽子を被っている橙黄色の髪をしている優男な神様、ヘルメス様が布で巻いた長い棒状のものを右手で掴んで、左手で気軽に挨拶するように、こちらに手の平を見せている。

 

「お久しぶりです、ヘルメス様」

「ああ、久しぶりだ」

「何だ、ベル。ヘルメスと知り合いか?」

「はい、放浪中、何度かお会いしたことが……」

「おいおい、そんな他人行儀な、何度も助けられた仲じゃないか、僕が」

 

 ミアハ様の疑問に答えると、ヘルメス様が気楽に訂正する。しかし、その訂正の仕方は、あ、ミアハ様がジト目でヘルメス様を見ている。

 

「そうだ。ヘルメス様、ヘスティア様のことについて何か知っていませんか?」

「ヘスティア? ヘスティアならガネーシャのパーティーで女神たちと何か話していたぜ。まぁ、いつの間にかいなくなっていたが」

 

 空気を変えようとしたら、思わぬ収穫だ。となると本当に友人の女神のところへ泊まっているのかもしれない。

 

「そうだ、ベル君。遅くなってしまったがこれはプレゼントだ。君がオラリオに初めて来たことに対するお祝いさ。すぐに渡すつもりだったけど、色々と忙しくてね」

「ありがとうございます、ヘルメス様」

 

 ヘルメス様が右手で持っている布でくるまれた棒状の何かを差し出したので、お礼を言ってから受け取った。

 

「布をとってみな」

 

 ニヤニヤするヘルメス様の前で言われたとおりに布を取ると、中身は……刀?

 

 鍔や鞘に、狼や夏狐の装飾が施されている。少し引き抜いてみると綺麗な刀身が覗かせた、刀身を確認して鞘に収める。

 

「名前は【クトネシリカ】だ。珍しい名前だろ」

 

 刀につけるには珍しい名前だからという理由で贈り物に選ぶ、この神様らしい選定方法に思わず頬が緩む。

 

「本当にありがとうございます」

 

 久しぶりの刀の感触を手に改めてヘルメス様にお礼を言う。

 

「喜んでくれて、俺も嬉しいぜ。じゃあ、この後用事があるから俺は行く。また会おう、ベル君、ミアハ」

 

 ヘルメス様は片手を挙げて、そのまま人込みの中へと消えていった。いつも思うけど風のような神様だなあ。

 

「ヘルメスは相変わらずだな。しかし、ベル。そなたは刀を使うのか?」

「はい、でも正確には使っていました。刀は剣よりも耐久性が低いことが多いので、一度でも折れてしまうと金銭的に他の武器よりも高くついてしまうんです。だから途中から剣に代わり、放浪している時に剣よりも短剣の方が軽くて安いので短剣へと使っていく武器が変わっていったんです」

 

 クローステールを整備する必要もあるため、剣もしくは刀を買い、整備するより、短剣を複数購入して使い捨てていく。こっちの方が安く済んでいた。

 

 それに短剣とクローステールの相性は剣よりも高い。例えば短剣の取っ手にクローステールの糸を巻きつけ飛び道具にした後、回収したりとかだ。トリッキーな動きで相手を翻弄し勝利する。よく使っていた手でもある。

 

「なるほど、周囲の取り巻く状況により変わったのだな」

 

 ミアハ様はうんうんと頷いた後、何か思い出したように口を開いた。

 

「そうだ。ベル、わたしもこれをお前に渡しておこう。できたてのポーションだ」

「えっ!」

 

 紙袋を片手で支え、懐から二本の試験官を取り出したミアハ様は、それを気軽に差し出してきた。

 

「ミ、ミアハ様?」

「なに、神を助けた良き隣人に胡麻をすっておいて損はあるまい?」

 

 ミアハ様は優しげに笑いながら、男前にポーションを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 いつまでも差し出されたものを受け取らないという事は失礼だと思い、お礼を言ってからミアハ様からポーションを受け取った。

 

「ふはは、それではな、ベル。今後とも我がファミリアの御贔屓を頼むぞ?」

 

 片手を振りながらミアハ様は僕に背を向けた。

 

 一瞬、ぽかんとしていた僕は、雑踏に消えていくミアハ様の後ろ姿に、ぺこりとお辞儀をしてから、左腿に装備しているレッグホルスターに先ほど頂戴したポーションをしまい込んだ。

 

 貰ってばかりでは悪いから、今度おかずのおすそ分けをしよう。そう心に決めて、貰った刀を腰に帯刀してから、夕食の食材を買いに目的の場所へと移動する。

 




 ベル君の新しい武装、クトネシリカ(刀)です。

 これでサイハーデン刀争術が使えますね。

 ヘルメス様はベル君が放浪中に会っている設定です。

 しかし、ヘルメス様はどこでベル君が刀を使っていることを知ったんでしょうね?


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9話、モンスターフィリア

 神様が出かけてから三日目の朝。まだ神様は帰ってこない。

 

 がらんとした教会の隠し部屋で、一人で迎える朝食はほんのちょっぴり寂しい思いをした後、僕は今日もダンジョンにもぐる準備をする。

 

 今日は、ヘルメス様から貰ったクトネシリカの使い勝手を確認するのでお弁当にも力が入る。

 

 今回のお弁当はちょっと変り種でいこう。料理を完成させたまま持って行くんじゃなくて、食べるときに完成させる。包むんだ。食材とソースを薄焼きの小麦粉でつくった皮で包む。

 

 そして、お弁当を作り終わってから気付いた。これって一人で食べるには寂しすぎやしないかと……もう、作っちゃったからどうしようもないんだけどね。

 

 溜息を吐いてからポーションが差し込まれたレッグホルスターを脚に装着し、短刀と刀を腰に差す。最後に防具の上からバックパックを背負って、バスケットを持ち装備を整えた僕は、誰もいないホームに「行ってきます」と言って扉に手をかけた。

 

(足も完璧に治ったし、今日こそは五階層から下に……)

 

 先日は暴走まがいにダンジョンに突っ込んで、逃げ帰るような形になってしまった。今度こそリベンジしたい。「フンス」とバスケットの取っ手を強く握りしめる。念のため、アドバイザーであるエイナさんの意見も聞いたほうがいい……のだろうか?

 

 昨日、頭の中で思い描いたエイナさんがまた怒った顔で出てきて、今日はやめておこうと思った。

 

 本日の予定を組み立てつつ僕は地下室を出発する。廃墟じみた教会を後にすると朝の澄んだ空気に包まれた。路地裏に飛び出した後、こなれた動きで何度も角を曲がり、西のメインストリートを出る。

 

 腰に差し込んでいる刀の柄に触れ、気分が高揚していき、足が自然と速く動く。

 

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭―!」

 

 そろそろ走りだそうかという時に白髪という単語に反応してしまい、僕は思わず足を止める。

 

 声のした方向に振り向くと、豊饒の女主人の店先でキャットピープルの少女がぶんぶんと大きく手を振っていた。

 

 ……酒場の店員さん?

 

 一度辺りを見てから白髪の人はいないだろうかと確認するが、誰もいなかったので自分に指を向けて「僕ですか?」と確認すると、こくこくと頷かれた。

 

 シルさんにもらったバスケットだったらもう返した筈だし……何なんだろうと思いながら、僕はウエイトレス姿の彼女に駆け寄った。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」

「あ、いえ、おはようございます。……えっと、それで何か僕に?」

 

 眼前でぺこりと頭を下げられ、こちらも頭を下げ返す。

 

 何だかよく躾けられたようなお辞儀をした店員さんは、早速とばかりに用件を切り出した。

 

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ。コレをあのおっちょこちょいのシルに渡して欲しいニャ」

「へっ?」

 

 手渡されたものは【がま口財布】だ。シルさんに渡すって意味がわからない。

 

「アーニャ。それでは説明不測です。クラネルさんも困っています」

 

 と、今度はあのエルフの店員さんが現れた。準備を行っていたカフェテラスの方から歩み出て、彼女は僕達に近寄ってくる。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。ニャア、白髪頭?」

「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、よくわかりました。そういうことだったんですね」

 

 ふぅー、ヤレヤレという顔をするアーニャと呼ばれたキャットピープルの店員さんを綺麗に無視して、リューと呼ばれた店員さんは謝罪してきた。僕も疑問が氷解して納得する。

 

 そして、その後の話を聞いてみると、シルさんは実際に店をさぼった訳ではなく、ミアさんの許可をとって休暇でお祭りに行ったらしい。

 

「……怪物祭?」

「はい。シルは今日開かれるあの催しを見に行きました」

 

 バベルの中で聞いた言葉。

 

 何も知らない僕は当然興味を引かれた。

 

「初耳ですか? この都市に身を置く者なら知らないという事はない筈です」

「実は僕、オラリオに来たのがつい最近で……よかったら、教えてくれませんか?」

「――ニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」

 

 僕がそう申し出ると、一瞬で蚊帳の外に置かれてうつむいていたキャットピープルの店員さんが名誉挽回とでも言うように鼻息を荒くして話し出す。

 

 怪物祭とは年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催の大きな催しで内容が闘技場を一日中まるまる占領して、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを格闘して大人しくさせて調教するまでの流れを見世物にしているらしい。アーニャさんと呼ばれている店員さん曰く、サーカスみたいなもの。僕から言えば、武芸者同士をトーナメント形式で戦わせる武芸大会みたいなものだと思う。

 

「ミャー達だって本当は見に行きたいニャ、でも母ちゃんが許してくれねーニャ。シルは土産を買ってくるとか言って、笑顔で敬礼なんかしていったけど……財布を店に忘れていくというこの体たらくニャ。シルはうっかり娘ニャ」

「アーニャ、貴方が言えたことではないと思いますが」

「はは……」

 

 まぁ、大体の事情はわかった。お土産の話はともかく、お金がないと何も買えなくて苦労するだろうし。シルさんには恩を受けてばっかりだから、これくらい引き受けよう。

 

「闘技場に繋がる東のメインストリートは既に混雑している筈ですから、まずはそこに向かってください。人波に付いていけば現地には労せず辿り着けます」

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつける筈ニャ」

「わかりました」

 

 背負っているバックパックは邪魔だろうと言われ預かってもらうことになり、バスケットも渡そうとすると

 

「その中身は昼飯ニャ? ニャら、そのまま持っていってシルと一緒に食べニャがら怪物祭について教えて貰うといいニャ」

 

 そのまま持っていくことになった。

 

 ある程度、身軽になった僕はシルさんの財布を受け取り、バベルのそびえる都市の中心、更にその奥で伸びているだろう東のメインストリートの方角を見つめる。

 

 怪物祭か……どんな感じなんだろ?

 

 暇があったら見てみたいなと思いつつ、僕は酒場の前から出発した。

 

 

 

 東のメインストリートの人込みを塗って、たまに減速し、時に足を止めて、闘技場へと向かっていく。でも、人波が凄すぎて前に進むのに四苦八苦してしまう。

 

 そんな時だ。

 

「おーいっ、ベールくーんっ!」

「え?」

 

 耳を叩いた自分の名前に振り向くと、僕は目を丸くしてしまった。

 

 所在のわからなかった神様が、人ごみをかき分けてこちらに駆け寄ってきていたからだ。

 

「神様!? どうしてここに!?」

「おいおい、馬鹿言うなよ、君に会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 答えになってない答えを、目の前で立ち止まった神様は何処か誇らしげに胸を張って言った。

 

「いえ、僕も会いたかったですけど、そういうことじゃなくて……あの、今日まで一体どちらに……」

「いやぁー、それにしても素晴らしいね! 会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて! やっぱりボク達はただならない絆で結ばれているんじゃないかなー、ふふふっ」

 

 何だろう、この寝る間も惜しんでやるべきことをやって、達成した後に寝不足で気分が高揚しているかのような感じは……本当に何があったんだろう。

 

「か、神様? すごいご機嫌みたいですけど、本当に何があったんですか?」

「へへっ……知りたいかい? ボクが舞い上がっている理由を」

「は、はい」

 

 先ほどからずっと相好を崩している神様は、手を後ろに回し、何かをごそごそとまさぐりだす。そして、ふと、僕の腰を見て動きを止める。

 

「……ベル君。その刀は?」

「これですか? これはヘルメス様から頂いたんです」

「っち、ヘルメスめー」

 

 ヘルメス様から刀を貰ったことを知ると神様は舌打ちをして悪態をつく。

 

「ベル君もベル君だ。ボクがいない時に誘惑されるだなんて、眷属としての心構えができてないんじゃないかい!」

「誘惑って……」

 

 プリプリと怒り、頬を膨らませ、唇を尖らせながらも神様はごそごそと何かを取り出した。

 

「ヘルメスの後だなんて気に食わないけど、遅れたボクが悪いからね。はい、ベルくん。これを君に……」

 

 神様はびっくりさせようとしたけど、不発に終わってしまって仕方ないという残念な表情をしながら僕に白い布で大事に包まれた小さめの何かを差し出した。

 

「これは?」

「開けてみなよ」

 

 神様に促されるまま、包みを解くと中から出てきたのは黒い短刀だった。漆黒の鞘に収められた漆黒の柄を持つ短刀。一見簡素な作りに見えるけど、様々な武器を使った事がある僕にはとてつもなく凄くて素晴らしい武器だということがわかる。

 

「最初は剣とか、刀とか色々迷っていたんだけどね。でも、君が経験してきた話を聞いて、戦いだけじゃなく、冒険の最中にも使えるものをと考えたら短刀だと思ったんだ」

 

 優しげな神様の話し方は、漆黒の短刀に目を落としたままの僕の耳に心地よく振るわせる。

 

「戦いの役に立たなくてもいい。だけど、そのナイフが君の冒険の役に少しでも立てたらボクは凄く嬉しい。このナイフは君からして貰ってばかりの頼りないボクからの心からの贈り物だよ」

 

 頼りなくなんかないとか、そんなことはないとか叫び否定しようとした。けど、神様の慈愛に満ちた優しげな微笑に僕は何も言えなかった。

 

「受け取ってくれるかな、ベル君?」

 

 その言い方はとてもずるい。否定もさせてくれないなんてとてもとてもずるい。

 

「はい、神様……」

 

 神様から貰った黒い短刀を胸に抱き、そう口にした。今、僕がどんな表情をしているのか自分のことなのにわからない。

 

 でも、これだけは絶対に言える。

 

 ――僕の神様がこの(ヘスティア様)でよかった。

 

 

 

 神様からナイフを貰って落ち着いてから僕は神様に連れられて、出店を色々と回っていた。神様にお使いを頼まれていると言ったんだけど

 

「よし、じゃあデートしながら人探しをしようじゃないか。楽しみながら仕事をこなせて一石二鳥だ」

 

 とのことだ。これじゃあシルさんに財布を届けるように依頼してきた店員さん達に合わせる顔がない。だからと言って、神様を否定する気もない。神様と二人で羽目を外して出かける機会がそんなにないからだ。楽しそうな神様を見ていると、切り上げてシルさんを探しに行こうという気になれない。

 

 神様に手をつながれて、クレープやジャガ丸くん等を食べながら、シルさんを探すが、まぁそう上手くことが運ぶことはなく、円形闘技場まで来てしまった。

 

 闘技場の外周部でシルさんが困って、ここにいないだろうかと探しては見るが……

「ここにもいない……」

「やっぱり、もう闘技場に入っているんじゃないかい?」

 

 神様の言葉に観客でいっぱいの闘技場の中で知り合いを一人探すのはとても難しいので気合を入れるために両手で両頬を軽く叩いた。

 

「ベル君」

「あれ、エイナさん?」

「誰だいベル君、このハーフエルフ君は?」

 

 急に表れた人物に目を丸くした。しかし、神様の言葉にそう言えば、エイナさんと神様は初めて会うことを思い出して口を開く前に、エイナさんが手馴れた様子で会釈をして自己紹介をする。

 

「わたくし、ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを務めさせてもらっているギルド事務部所属、エイナ・チュールです。初めまして、神ヘスティア」

「ああ、そういうことか。いつもベル君が世話になってるね」

 

 恐縮ですと再びエイナさんが頭を下げるところを見るとやっぱり、エイナさんって凄いんだなと改めて思わされる。

 

 とりあえず、エイナさんに質問をしてみると、この祭はギルドも一枚噛んでいて、環境整備を手伝っているらしい、それでエイナさんはお客さんの誘導係を担当しているとのことだ。

 

 エイナさんにシルさんのことを聞こうと思っていたが、要領を得ない変な質問をしてしまいエイナさんは苦笑いをしてしまった。

 

 闘技場に入るには僅かばかりの入場料を取るので、財布を持っていないシルさんは会場の中にいる可能性は低いことを教えて貰った。

 

「それじゃあ僕、もうちょっとこの辺りを回ってみます。もしかしたら行き違いになったかもしれないんで」

「うん。もし見かけたらここで待ってるように呼び止めておくから、見つからなかったらまたおいで」

「ありがとうございます。そうだ、エイナさん。これを……」

 

 ずっと持っていたバスケットをエイナさんに差し出す。近くに居た神様がぎょっとして、エイナさんは意味がわからないのか首を傾げている。

 

「お弁当です。本当は食べる予定だったんですけど、ここに来るまでの間、いろんな屋台で神様と食べ歩きをしていたら、おなかいっぱいになっちゃって、もしよければ、どうぞ」

 

 流石に急だったのかエイナさんが困惑した表情を浮かべている。

 

「むむ、誰かが困っている気配がする!!」

 

 象の仮面をかぶった、がっしりした肉体の神様が現れた。

 

「そうだ。俺がガネーシャだ!!」

 

 大きい肉声で象の仮面をつけてポーズをつけたガネーシャ様。

 

「むっ、そこにいるのはヘスティアか!?」

「いちいち声を張らなくてもいいよ、ガネーシャ。でも、どうしてここにいるんだい?」

「誰かが困っている気配を感じてな」

 

 ムンっと、どうどうとポーズをとって説明するガネーシャ様に僕はいろんな神様がいるんだなと思った。

 

「実は人を探しに行きたいんですけど、このお弁当を持っているとその人を探すのに時間がかかってしまうんです。でも、僕と神様は屋台でお腹がいっぱいだし、だからと言って捨てる訳にもいかないので困っていたんです」

「ならば、俺がいただこう!!」

 

 僕の説明にガネーシャ様が即答で問題解決とばかりにバスケットをうけとって、中身をあける。

 

「……これは、どうやって食べればいいのだ?」

 

 そう言えば、今回のお弁当は変わり種だった。中に入っているのは、薄く円形に焼いた特性生地と、ウインナソーセージと鳥のもも肉唐揚げ、ひき肉に味をつけて炒めた物等の肉料理、レタス、オニオン、トマト等の野菜、後は三つの瓶に入ったソース。

 

「これはですね」

 

 一枚のパンを取り、その上にソーセージとレタス、オニオン、トマトに赤いピリ辛のソースをかけて、包んでいく。その様子を神様達とエイナさんが興味深く眺める。

 

「どうぞ」

「うむ」

 

 ガネーシャ様は僕に渡されたものを手にとって、パクリと食べた。

 

「ピリ辛で美味いな!」

 

 次に唐揚げとレタスとオニオンと照り焼きソース。

 

「これも美味いな!!」

「と、こう自分好みに包んで食べていくんです」

「なるほど、よく分かった! もし店を出す時、俺を呼べ。この美味いものが皆食べることができるのならば、支援は惜しまん!」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 何故かお店を出すときの支援が受けられるようになったみたいだ。そして、いつの間にか周囲に人が集まってきている。主にお面をかぶっている人達とエイナさんと同じ服装をした人が、ガネーシャ様に差し上げたお弁当に視線を向けている。

 

「えっと、エイナさん、僕たちは行きますね」

「う、うん、行っておいで……」

 

 エイナさんが軽く頭を押さえていたけど、もうどうしようもない。神様が悔しそうにガネーシャ様が食べているお弁当を見ている。

 

「ほら、神様。行きますよ」

「ちくしょー、本当なら、あのお弁当はベル君の手でボクに食べさせて貰えるはずだったのにー」

『ガネーシャ様、何一人で勝手にメシ食ってんですか!』

『エイナァ~、私も食べたい~』

 

 後ろから声が聞こえるけど、僕は振り向かずに神様と一緒に外へシルさんを探しに行った。

 




 念願のヘスティア・ナイフを手に入れたぞ。

 初めてのルビ、多分使うのはこれで最後でしょう。

 もし料理関連の店をするときガネーシャ・ファミリアから援助を受けられるようになりました。


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10話、シルバーバック

 闘技場から出て、しばらく時間が経過した頃。

 

 シルさんを探すため闘技場の周辺を一頻り見て回った僕は、神様と一緒にまた東のメインストリートに戻ってきていた。祭のショーが始まったのを皮切りに、もうほとんどの人が闘技場へ入場したのか、大通りの人影は行きの際と異なって随分とまばらだ。

 

「なぁ、ベル君。君が探している相手も女の子なんだよね?」

「え? あ、はい、灰色っぽい髪と瞳をしたヒューマンの方です。ちょっと大人びてて、身長はもしかしたら僕よりあるかも……」

 

 シルさんの外見を尋ねられていると思ったけど、神様はどうでもいいかのようにそれを聞き流して、こちらを責めるような眼で見つめてきた。

 

 避難がましい視線に、僕はわけもわからずうろたえてしまう。

 

「あ、あの、神様?」

「……さっきのアドバイザー君と言い、君も中々抜け目がないよなぁ」

「えっ……ど、どういう意味ですか?」

「さぁーねっ」

 

 神様はぷいっとそっぽを向いた。

 

 神様が何故不機嫌になったのかわからない僕はどうすることもできず、しばらくおろおろとすることしかできなかった?

 

「――!」

 

 遠くから少しずつ近づいてくるようなモンスターの唸り声……?

 

「? ……どうしたんだよ、ベル君?」

 

 前触れもなく足を止めて周囲を見回した僕を、不機嫌そうな表情で神様が僕を見るが、神様に返答するよりも先に確認しなきゃいけないことがある。息を潜め、音を識別し……

 

「……悲鳴?」

 

 思わず洩れ出た呟きの次の瞬間。

 

「モ、モンスターだぁあああああああああああああっ!?」

 

 大音響が響き渡り、平和な喧騒に満ちていた大通りは一瞬言葉を無くす。

 

 そして、僕は見た。

 

 闘技場方面から伸びる通りの奥。

 

 石畳を激しく蹴る音を従わせながら、純白の毛並みを持つ一匹のモンスターが、荒々しく突き進んでくるのを。

 

(……シルバーバック、外ではあんまり脅威にはならないけど、もしこの個体がダンジョンから連れてこられたものだとしたら、十一階層のモンスター。今の僕では太刀打ちできない……)

 

 シルバーバックが足を止めて、何かを探すように周囲を窺い、一歩、足を踏み出した。

 

 人垣の群れは、絶叫を放ってばらばらに散っていった。しかし、僕には人垣に対して注意を払っている余裕が無かった。

 

 何故なら、視線の先にいるシルバーバックがぎょろりと僕に、神様に視線を向けていたからだ。

 

「……神様、行きますよ」

「へ? うわぁ!?」

 

 神様が間抜けな声を出すが、僕は構わず神様を抱えて走り出した。

 

『グゴォオオオオオ!!』

 

 背後からシルバーバックの咆哮が聞こえ、こちらに向かって走るような足音が聞こえる。

 

「神様、シルバーバックは、モンスターはどうしてます?」

 

 僕の言葉に神様は両手を僕の首の後ろで組んで、落ちないように後ろを見る。

 

「つ、ついて来てるよ! というより、狙いはボク達!?」

 

 神様の言葉に別方向へ逃げる人達に目もくれていないのだろう。手当たり次第に人を襲うモンスターらしからぬ行動、それに足音が途絶えることなくシルバーバックが後ろから僕達を追いかけきていることを教え、ある事象の裏づけをしている。

 

(もしかして、誰かに操られている?)

 

 しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。狙われているのが僕達だというのであれば、立ち止まるとどうなるか想像できてしまうから足を止める事ができない。

 

 活剄で脚力を強化し、シルバーバックから少しでも距離をとり、少しでも人通りが少ない場所へと裏路地を通っていく。

 

「っ……ベル君、だめだっ、こっちはっ……!」

「!?」

 

 神様の切羽詰った声に、意識を取り戻す。

 

 僕の足が辿り着いた先、神様の言葉、そして目の前の光景から、ここがどこかわかってしまった。

 

【ダイダロス通り】……。

 

 よじれたような何本もの通路、壁から不自然に突き出ている正方形の部屋、入り混じる無数の階段。路地を形成している人家の群れがこれ以上なく猥雑に立ち並ぶ。その重層的な構造は、オラリオに存在するもう一つの迷宮を思わせる。度重なる区画整理で秩序が狂った、広域住宅街。

 

 聴覚に集中するようにシルバーバックがどこにいるか確認する。

 

(距離をとったつもりだけど……そんなに離れていない。屋根を伝っているのかも)

 

 思わず建物の上を見てしまう。まだ、シルバーバックは来ていないが、ここに来るのも時間の問題だろう。

 

「べ、ベル君?」

 

 神様が不安げに僕を見上げる。不安にさせてしまっただろうか、その不安を取り除くように僕は神様に笑いかける。

 

「大丈夫です。行きましょう」

 

 そのまま神様を抱きかかえたままダイダロス通りに前進していった。

 

『アアアアアアアアアァァッ!』

 

 その少し後、僕達が居た場所でドスンと重い物が落ちる音が聞こえた後、シルバーバックが苛立ちの声が聞こえた。やっぱり、屋根の上から来たようだ。こうなってくると時間が稼げない気がする。

 

 住宅街の悪路を僕はシルバーバックに追いつかれないように走る。ここに居た住民達はシルバーバックとその咆哮により悲鳴を上げて逃げ出した。

 

 迷路の如く進んでいくと途中で狭い地下道を見つけた。しかも、この地下道は奥の出口からは陽光が見える。ここを通り抜ければ一つ隣の居住区に出られるだろう。

 

 僕は神様を申し訳ないと思ったけど放り込む。神様は受け身を取れず呻き声を上げてしまった。ごめんなさい、神様。

 

 神様は驚いた顔で振り返るが、僕はそれより先に入り口に備え付けられていた封鎖用の鉄格子をスライドさせた。

 

「ベル君!?」

「……ごめんなさい、神様」

 

 鉄格子が閉まり切り、僕と神様の間に冷たい境を作り上げる。

 

「神様はこのまま進んでください」

「ボクは、って……君はどうするつもりだよ!?」

「……あのモンスターを引き付けて、時間を稼ぎます」

 

 今の僕では神様を守りながら戦うことはできない。それにステイタスでも成長しているとはいえ今はあのシルバーバックを倒すこともできないだろう。

 

 なら、今の僕にできるのはシルバーバックを引き付けて他の冒険者が来るまでの時間を稼ぐしかない。

 

 僕の真意が正しく伝わったのか、神様は愕然とした顔でその場で立ちつくした。

 

「な、何を馬鹿なこと言ってるんだ、君は!」

「死ぬつもりはないですよ……」

「なら! ここを開けるんだ、ベル君!」

 

 僕は首を横に振って扉から離れ、神様に背を向ける。

 

「神様、ごめんなさい。今の僕では神様を守りながら戦うことはできません。大丈夫です、時間を少し稼ぐだけですから心配しないでください。行ってきます」

 

 神様の必死で僕を制止させようと大きな声を張ってくる。しかし、僕は振り返らない。そしてそのまま、来た道を戻って十字路へと出た。

 

 シルバーバックはまだ来ていないし、神様の方にも向かっていない。こちらへ近づいてくる気配はある。

 

 僕はレッグホルスターからミアハ様から貰ったポーションを取り出し、飲み乾した。

 

 拭われる疲労感。体力が戻り、力が湧いてくる。ダメージを受けていないとは言え、万全の状態でやらなければ、一瞬で命を落とす。

 

 深く息を吐いて、クトネシリカを居合い抜きするように構え、剄を込める。

 

「来た」

『ルァッ!』

 

 シルバーバックが通路の奥から走ってやってきた。

 

「せあっ!」

 

 僕は十字路の真ん中まで近づいてきたシルバーバックに攻撃をしかける。

 

 サイハーデン刀争術、焔切り・翔刃。

 

『グァッ?』

 

 跳躍と共に放たれた炎を引き連れた居合い抜きの斬線はシルバーバックの右腕に当たる。しかし、薄く斬れただけで致命傷には程遠い。

 

(こうなる事はわかっていたはずだ)

 

 あまり効果が無かった事に落ち込む心を叱咤して、次に繋げる。跳躍の抜き打ちによりシルバーバックの上を取っている。

 

 サイハーデン刀争術、焔重ね・紅布。

 

 炎と化した衝剄を眼下のシルバーバックに叩きつける。紅の瀑布となって襲い掛かるそれにシルバーバックはなすすべなく、爆発に巻き込まれる。

 

『……ガァアアアアアッ!』

 

 着地してシルバーバックを見ると、多少焦げただけで余りダメージを受けた様子はなく、度重なる攻撃で怒り狂っている。

 

「結構やっかいかも……」

 

 自身の攻撃が通らないことに今の自分がもの凄く弱く。目の前のシルバーバックを倒すには時間がかかることに溜息がでる。

 

 だけど攻撃したことにより、目の前のシルバーバックはターゲットを僕に定めた。間違って神様のもとへ行くことはないだろう。

 

「どこまでやれるかな?」

 

 体力にはまだまだ余裕がある。剄量もぜんぜん大丈夫、剄技の方は僕の今の器によって剄の出力は制限されているから威力は見込めないかな、となると手数で勝負だ。

 

「フゥ」

 

 小さく息を吐いて構えてから、相手の出方を窺う。

 

『グ、ガ?』

 

 シルバーバックが急に僕から視線を逸らしてキョロキョロしだした。どうやら、最初から狙いは僕ではなく神様みたいだ。

 

 だから――

 

 サイハーデン刀争術、焔切り。

 

『ギッ!?』

 

 今度はシルバーバックの左腕を浅く斬る。

 

「余所見をしてると死にますよ?」

 

 モンスター相手に効くかどうかわからない挑発を冷めた声でする。

 

『グ、ガァアアアアアアアア!!』

 

 咆哮を上げてシルバーバックは僕に跳びかかる。いつ冒険者がやってくるかわからない状況の中、僕は命がけの時間稼ぎをするためにシルバーバックを迎え撃つ。

 

 隙に切り込み、攻撃を技で切り抜け、咆哮を雄たけびで返す。モンスターの本能的な攻撃を僕は心を乱さずに理性と経験と技で対応する。

 

 時間にして多分、数分間。攻撃を受けてはいないけど、思ったより緊張があったのか、呼吸の乱れを自覚し、焦燥感が少しずつ顔を出す。

 

 シルバーバックの方は四肢に軽い裂傷が走り、血が滲んでいるが、闘志に衰えはない。

 

(まずいことになったかな)

 

 決定的な一撃を入れることができない僕と攻撃を当てることができないシルバーバック、致命的な一撃を与えられない以上、時間をかければかけるほど不利になっていく。シルバーバックが僕の動きに少しずつ対応してくるからだ。

 

(手元にクローステールがあれば……)

 

 ふと、そんな事を思ってしまう。ああ、いけない。手元にない武器のことを思うなんて重症だ。僕はこんなに諦めが良かったか?

 

 戦い方を変えないと、左手に前まで使っていた短剣を逆手に持ち、右手にクトネシリカの柄を握りしめ、体を斜めに左手に持っている短剣をシルバーバックに見えないようにして、クトネシリカの切っ先をシルバーバックに向ける。

 

 剄を奔らせる。

 

 キン……

 

 胸の鼓動が早くなる。

 

 キン……キン……

 

 汗が流れ落ちる感触が敏感になった肌で感じる。

 

 キン……キン……

 

(まだだ。まだ動かないで……)

 

 そんな事を思いながら、成り行きに身を任せ、思わず唾を飲み込む。

 

 キン……キ、キン……

 

 武器に込める剄の密度を上げる。薄く開いた唇から息が吐き出される。

 

 キ、キ、キン……キウゥゥゥン…………

 

 もう、これ以上、武器に剄を込められない。これより先の物理的世界に到達することは不可能だという音が聞こえる。

 

(準備はできた。後は僕次第……)

 

 サイハーデン刀争術、水鏡渡り。

 

『ガッ!?』

 

 旋剄を超える瞬間的な超高速移動でシルバーバックを翻弄し、シルバーバックの攻撃可能な間合いに入ってから目標に跳躍。

 

 外力系衝剄の変化、轟剣。

 

 剄を練り上げてクトネシリカの刃に纏わせて、長大な刀を作り出し、短剣を持ったまま左手で柄を支えて、クトネシリカを上段から振り下ろす。

 

『ガァアアアアアアァァ!!!!』

 

 シルバーバックは白刃取りをするように両手で轟剣の刃に触れ掴まれて斬撃を止められてしまう。

 

(だけど!!)

 

 轟剣を形成している剄からクトネシリカの刀身が抜ける。シルバーバックは驚愕に目を見開いて、自由落下する僕を見る。未だに消えずに残っている轟剣だった剄が形を変えて、無数の閃断になりシルバーバックを切り裂いた。

 

『グガァアアア、ア、ア、ア、ア、ア!!』

 

 シルバーバックの四肢を閃断が最初の焔切りより深く切り裂くが、これでもまだシルバーバックを倒すには足りない。

 

(だから、用意した。君のために作り上げた。僕が君を倒すためだけに作り上げた技だ……どうか、受け取ってくれ……)

 

 左手で握られた短剣をシルバーバックに向かって投げる。あの短剣には僕の剄を持ちうる技術を全て使って込めている。あの短剣はもう僕の手には戻ってこない。できうる限りの全力を込めた。問題は制御の方だ。タイミングを狙わないと爆発による衝撃は無駄に散らばり、やはりシルバーバックを倒すにはいたらない。

 

(狙うは魔石!)

 

 放たれた短剣から魔石の距離まで1M。シルバーバックは両手を頭に乗せたままだ。

 

 残り50C。シルバーバックは気付いただろうか? でも、逃げたとしても、それは追尾として化練剄の糸を使っているから早々に逃げられないはずだ。

 

 残り30C。もう少しだ――

 

「ベル君っ!」

(!?)

 

 しまった。制御を手放した。

 

 シルバーバックを倒すために用意したものが爆発し、爆風によって目を瞑る。

 

 目を開けると――シルバーバックが右手を振り上げて、斜め上から

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 振り下ろした。

 

 左半身を今まで受けたことがないような衝撃を受けて吹き飛ばされ、僕は壁に叩きつけられた。

 




 ベル君が死んだ――!!

 次回更新、来週の日曜日予定。


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11話、眷属守護者

 時間はベルがヘスティアと別れた時まで遡る。

 

 ヘスティアはベルが去った後、すぐに隣の居住区から出られる通路を走りぬけ、ベルがいる場所へ向かう為に人工の迷宮の中を走る。

 

 別に彼女はベルと一緒にシルバーバックの戦闘に参加する訳では無い。彼女の頭の中にあるのは一つだけ。

 

(ステイタスを更新すれば、ベル君はきっとあのモンスターをやっつけられる)

 

 追憶戦線、ベルのステイタスの成長を促進させるレアスキル。彼の場合、ヘスティアがいない時もダンジョンにもぐり、他の子供達よりも多くの経験値を蓄積させているはず、それを更新することができれば、ベルはシルバーバックを難なく倒せるはずだ。

 

 ベルと別れた場所の方角と離れた場所から聞こえるモンスターの咆哮でベルとシルバーバックの居る位置をだいたいの方角で割り出して、そこに向かうようにヘスティアは駆けて行く。

 

 彼女のたった一人の眷属を勝利させる為に……。

 

 だけど、彼女はミスを犯していた。

 

 一つ目は追憶戦線をベルに知らせなかったこと、これは情報の齟齬による二人の意識の違いだ。ベルはヘスティアに比べて自身の成長率に頼るほど楽観していない。精々、前回と前々回のステイタスの上昇値を比べて大まかなステイタスを割り出してから使えないと断じている。ステイタスの上昇自体がベルの肉体における精密な動きを難しくするからだ。

 

 今回の戦いは多少のステイタスの上昇よりも精密な動きでシルバーバックを翻弄する必要がある。だからこそ、ベルは別れるときにステイタスを更新せずに戦いを赴いている。

 

 二つ目はヘスティアがベルの勝利、もしくは戦い方を信じることができなかったこと、ヘスティアにとってベルは唯一の眷属、第三者を介さないベルの過去の戦いによる自己申告より、神友であるヘファイストスからのステイタスの話、そしてこの前のベルの防具なし六階層の進出による怪我の具合により、ヘスティアはベルの勝利が絶対的なものではなくステイタスを更新すれば勝てるという思いがある。

 

 三つ目はタイミングだ。こればかりはどうしようもない。彼女がベルの近くまで辿り着き声をかけるタイミングとベルが勝負を決めるが被ってしまった。もし、ベルが轟剣を繰り出す時だったら、ベルは轟剣を閃断に変えて、すぐにヘスティアのもとへと駆け寄ったし、ベルが勝負を決めた後だったら、二人で喜びを分かち合い、良い思い出になっただろう。しかし今回ばかりは間が悪かった。

 

 ヘスティアは右へ曲がるとシルバーバックが手前、ベルがその向こうにいるのを確認し、大声で自分の眷属の名前を呼んだ。

 

「ベル君っ!」

 

 その時の光景を彼女は忘れることができるだろうか?

 

 自分の眷属の表情が驚愕に変わり、その直後に爆風。シルバーバックが怒り狂って、棒立ちになっている眷属を壁に叩き付けた光景を……。

 

 ヘスティアはそれを喜びから絶望に表情を変え、壁に叩きつけられて倒れて動かないベルを呆然と見ていた。

 

 自分が何をしてしまったのか、遅まきながら気付いてしまった。でも、気付いたところで後の祭だ。ベルは帰ってこない。

 

 腰に力が抜けて、へたり込んでしまった。体に力が入らず、人形のように動かず、目の前の光景を目に映すだけ、こちらに近づいてくるシルバーバックの様子をどこか遠い出来事のように眺めている。

 

 シルバーバックの表情が歪んだ。あれは喜んでいるのだろうか? それさえ、どうでもいい。でも、できることなら、自分の眷属に謝りたかった。

 

「……ごめんね、ベル君……」

 

 

 

 耐久を鍛えなかったことを後悔するのは初めてだった。

 

 体が衝撃と痛みで指を動かすこともできない。

 

 シルバーバックは僕に目もくれず、神様に近づいていく。神様にいたっては力が抜けたのか動くことすらしない。「逃げてください」と言おうにも口も動かないし声もでない。

 

 このまま、僕は神様がシルバーバックに殺されるのを見ているだけなのか?

 

 グレンダンに戻ったとき、グレンダンは黒竜に襲われて、祖父は行方不明。いや、グレンダンから落ちたのなら、もう帰らぬ人なのだろう。

 

 たった一人の家族を失った時の喪失感を覚えてる。空っぽになってしまった胸の痛みを覚えてる。

 

 多分、祖父を失った時から、旅に出てからもずっと、僕は家族というものに飢えていた。僕は家族が欲しかった。

 

 だから、オラリオに着いたら、ファミリアという名の家族を作ろうと思った。そして、今度こそ家族を失わないように頑張ろうと思った。

 

 なのに、これはどういう事だろう。僕はモンスターに負けて、神様は目の前で殺されようとしている。

 

 なんのために僕はここに来たんだ。なんのために僕は戦ってきたんだ。動けと心の中で喚いている。動くなと頭のどこかで囁いている。

 

「……ごめんね、ベル君……」

 

 神様の声が耳に届いた。

 

 動け。

 

 動けよっ。

 

 動いてよッ!

 

 動かなくちゃ!?

 

 たった一人の家族を助けられず、何が英雄になるって言うんだぁああああああああああああああああっ!!

 

「ああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 背中に刻まれたステイタスが燃える。空っぽだった体力がまだ動けると叫んでいる。四肢がまだ戦えると力が漲ってくる。頭がならば家族を守れと諦めて、勝つための行動を考えてくれる。

 

 まだ立ち上がれる。まだ動ける。まだ刀を握れる。まだ刀を動かせる。まだ刀を構えられる。

 

 まだ、戦える!!

 

 自分の器の中にあるものが押し広げられる。そこから力が溢れてくる。まるで僕が受けた攻撃は一撃で命を刈り取るものではなく、ただの雑魚が繰り出すちっぽけなものだと言わんばかりに痛みが消える。

 

 そして、この感覚は……ランクアップした?

 

(眷属守護者が……発動した?)

 

 家族が危機に陥ったときにランクアップするスキル、大切なものを今度こそ守るために僕が心の底から望んだ力。

 

 視線の先でシルバーバックが牙をむき出しながら僕を睨んでいる。

 

 僕は軽く息を吐いて、シルバーバックに向かって走る。

 

 

 

 ボロボロにされたシルバーバックは怒っていた。

 

 すでに最初の目的さえも忘れている。

 

 部屋を出るときに感じていた女神の魅了が消え去り、今はその残滓である小さい女神を捕まえることだけが残り、捕まえてからどうするかすらわかっていない。

 

 ようやく、鬱陶しい相手を叩き潰したと思ったら、その相手が雄たけびを上げて立ち上がってきた。

 

 痛い、鬱陶しい、面倒臭い、そんな単純な思いを怒りに変えて、シルバーバックは今度こそ、ヤツの息の根を止めようと思った。

 

 逃げるとか、降伏するとかの選択肢をシルバーバックは持っていなかった。ダンジョン育ちだからと言うわけではない。単純に目の前の相手がボロボロだったからだ。

 

 相手がまた目の前から消えた時、シルバーバックは両手を胸の前に置いた。ヤツの攻撃が自分の中にある魔石を狙っていることを理解したからだろう。だからヤツの攻撃を通さない両腕を守りにつかった。

 

 しかし、シルバーバックが気付くと両腕が無かった。何故だろうと一瞬首を傾げる。彼はこの時気付いていなかったが、彼の両腕は今、両方とも肩から切断されて宙を舞っている。

 

 そして、その直後、シルバーバックの視界に両腕の変わりに胸から刃が出てきた。先端には紫紺の塊が突き刺さり、割れて砕けた。それを綺麗だと思いながら眺めて、シルバーバックは事切れた。

 

 

 

 サイハーデン刀争術、逆螺子。

 

 シルバーバックの両腕を通り過ぎたと同時に切り落として、背後から左右の手から剄を放つと共に突きを繰り出す技。二つの剄は剣を芯に二重螺旋を形作り、切っ先に収束。シルバーバックの体内に送り込んで、内側から破壊する技なんだけど、威力が強すぎたのか、シルバーバックの魔石を体外に出して砕いちゃった。

 

 シルバーバックが目の前で灰になっていくのを眺めてから、刀を振り、刃についた灰を落としてから鞘に収める。

 

 ――キン…………。

 

『――――――ッッ!!』

 

 鞘に収めた時にでる残響音の後に歓喜の声が周囲から迸った。

 

 どうやら、シルバーバックとの戦いを見られていたようだ。

 

 ダイダロス通りの住民達が興奮を爆発させて、人家の中に身を潜めていた人達も窓から乗り出して次々と歓声を上げている。

 

 少し恥ずかしい。

 

 その恥ずかしさをごまかすように神様を見る。

 

「神様っ!?」

 

 路上に倒れている神様に顔が蒼白になっていくのを感じる。

 

 神様のもとへ駆け寄り、力なく横たわる体を抱き起こし、力なく閉じられている両の目を見て一層心が冷たくなる。

 

 僕は神様を抱えて、一目散に走り出した。

 

 

 

 とある人家の屋上。

 

 ベルのいる付近一帯を一望できる高所で、フレイヤは己が体を抱きしめた。

 

 顔は恍惚を浮かべ、まるで何かの余韻に浸っているかのように愛おしげにベルとシルバーバックが戦った場所を見つめている。

 

 今、彼女の頭の中にあるのは先ほどのベルの戦いだ。

 

 彼の技の一つ一つが宝石のように煌いて、思わず魅了されてしまった。

 

 途中でヘスティアが出てきたときはベルの煌きを台無しにされて、思わず、むっとしてしまったが、ベルの最後の炎のごとく蘇る不死鳥のような輝きは台無しにされたものを帳消しどころか、引き立てるほどのものを感じさせた。

 

「あの動きは……そう、器を昇華させることができるのね」

 

 おそらくスキルの効果で一時的なものだろう、ヘスティアを抱きかかえて運ぶベルの姿を見るとシルバーバックとの初期戦闘と同じくらいの動きに戻っている。

 

「……もう、妬けちゃうわね」

 

 青空の下、自分もボロボロのはずなのにヘスティアを大事に抱きかかえて移動している少年に、どこか拗ねるように言葉を落とす女神は、しかしすぐに笑った。

 

「でも、素晴らしい戦いだったわ、思わずまたモンスターを逃がしてしまいそう」

 

 闘技場からモンスターを逃がす前と同じように慈愛と優しさの中に嗜虐の色を宿す女神はいけないと首を横に振って、熱い視線をベルに向ける。

 

「また遊びましょう――ベル」

 

 

 

 時刻は夕暮れ時。

 

 僕は今、豊饒の女主人に居た。

 

 あの後、僕はようやく怪物祭に来ていたシルさんと偶然出くわし、シルさんの勧めで意識を失っている神様を酒場の離れの二階にある一室のベッドで寝かせてもらっていた。

 

 シルさんに預かっていた財布を渡して、お礼と軽く話をした後、シルさんはお店を手伝いに行ってしまった。

 

 そして、現在、僕は神様が寝ているベッドの傍らに椅子を置いて、今も眠っている神様を眺めている。

 

 急に眠気がこみ上げてきた。振り返ってみると今日は色々と大変だったと苦笑が浮かぶ。

 

「ふぁあ~あ……」

 

 思わず大きな欠伸が出てしまった。

 

「……ベル君?」

 

 どうやら、僕の欠伸で神様が目を覚ましたみたいだ……恥ずかしい///

 

 神様は目に涙を浮かべて、僕に跳びかか……ろうとしたのか、ベッドの上で倒れた。

 

「か、神様!?」

 

 神様は頭からベッドにぶつけたのか痛そうに両手で頭を押さえている。

 

「……ごめんよ」

「え?」

 

 神様が突然謝ってきて僕は思わず面喰った。

 

「ベル君、ごめん、ごめんよ。あの時、ボクが君に声をかけなかったら……」

 

 神様はシルバーバックの戦闘中に起きた出来事について謝っていた。

 

「僕は気にしてませんよ」

「でも!」

「それによくよく考えてみるとアレで倒せるとも思いませんでしたし」

 

 あの時は倒せると思っていたけど、確実な方法でもなかった。

 

「だけど!!」

「最終的に倒せましたし、僕達も無事です。今はそれでいいじゃないですか」

 

 神様は言葉につまって俯いた。

 

「……ボクは、ベル君を信じることができなかった」

 

 神様の口から洩れ出た言葉は懺悔だった。

 

「君を置いて逃げるなんてボクにはできなかった、ボクは君を、守りたかったんだ……!」

 

 涙を流して顔をくしゃくしゃに歪めながらもはっきりとした神様の慟哭は僕の心を抉ってくる。時間を稼ぐと言っておきながら、刀に浮かれて目的がシルバーバックを倒すことになっていた。

 

 そう考えるとあの出来事は起こるべくして起こったんだと思う。自分勝手な僕と僕を心配して駆けつけてきた神様による出来事、多分、遅いか早いかの問題だったに違いない。

 

 小さい頃からみんなに制止されながらも危険な場所で英雄に憧れて戦っていたあの時から一つも成長していない自分が嫌になってくる。そして、成長していないってことはこれからも神様に心配をかけることになるんだろう。

 

「神様は間違っていないと思います。僕だって時間稼ぎをすると言っておきながら、シルバーバックを倒すことに拘っていましたし……」

 

 口を開いて自分の心情を吐露する。

 

「……変わったつもりでいたんですけどね。でも今回のことでわかりました。神様、僕はこれからも神様にいっぱい心配をかけさせるんだと思います。それでも、僕は神様のファミリアでいいですか?」

 

 僕の説明が下手くそな言葉に神様はどう捉えただろう。

 

「ボクのほうこそ、君に養われて……助けられてばかりで、今回だって迷惑をかけて……多分、これからもベル君にいっぱい迷惑をかけるんだと思う。それでも、君はボクのファミリアに居てくれるかい?」

「はい、喜んで」

 

 僕は首肯する。

 

「ボクだって、君がボクのファミリアに居てくれなきゃ嫌だよ」

 

 目の付近を真っ赤に腫らしながらも、僕がファミリアにいることを許してくれた。

 

 多分、これでいいんだと思う。ここに居ることを選択したのは僕だし神様だ。

 

「ベル君!」

「はい」

「これからもよろしくね」

「はい」

 

 僕達のファミリアはまだ始まったばかり、これから大変なこともいっぱいあると思うし、嫌なこともあるだろう。それでも、僕は神様と一緒に頑張っていきたいし、喜びも分かち合いたい。ここには何でもある、迷宮都市オラリオなのだから。

 




 これがあがったということは、今日が来週の日曜日ということだ。いいね?

 ちょいと駆け足になりましたが、この話で一巻が終わりました。

 しばらく休憩します。


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12話、新たな階層での試し切りとデート

 サンッ、と子気味いい音と共に【キラーアント】の首が宙を舞う。

 

「……凄い」

 

 思わず戦闘中にそう呟いてしまうほど、神様から貰った【神様のナイフ】の使い心地が良かった。

 

 手の平に吸い付く感覚。まるでずっと一緒に居たかのように僕の手に馴染み、踊るように振るっただけで、硬い甲殻を持つと呼ばれているキラーアントの首を切断した。

 

 すごい、これがヘファイストスの武器!!

 

 神様が、僕のために贈ってくれたもの!

 

 クトネシリカとはまた違った切れ味に思わず高揚する。

 

『ギギッ』

 

 キチキチキチッ、と最初の個体とは別のキラーアントが口をもごもごと動かし歯を鳴らしている。

 

「あ、また増えた」

 

 ダンジョンでのキラーアントの特性は身に纏った頑丈な硬殻と攻撃力、そして仲間を呼ぶため【新米殺し】と呼ばれているらしい。僕からすれば嫌悪の対象としかいいようがない。一度、鉱山に宝物が眠っていないかと隠れて入ってみたら、通路の床、壁、天井にみっしりとこちらにむかって歩いてくるキラーアントの群れを見てから、思わず殺虫剤の代わりに衝剄で吹き飛ばした経験がある。

 

 それにその鉱山では【キラーアントクイーン】が人や動物を生きたまま肉壁としか言いようがない赤紫色に混ぜて、それを苗床としてキラーアントを産み出すという何とも形容しがたい負の感情を沸き立たされた。キラーアントを見た日は必ずと言っていいほど夢に助けを求める呻き声とか、殺してくれと嘆き叫ぶ肉塊に囚われた人達の夢を見る。

 

 そんな僕の思い出を知ってか知らずかキラーアントは四体増えた。

 

「試してみようかな」

 

 ナイフと体に剄を奔らせ、キラーアント達の攻撃を避けていく。

 

 横に避け、下に伏せ、上に跳びと何回か繰り返してから準備が整い、技を発動させる。

 

『『『『『ギッ!?』』』』』

 

 活剄衝剄混合変化、千斬閃。

 

 多数の僕の分身が現れ、キラーアント達の動きが止まる。今度は僕が攻撃する番だと言わんばかりに、僕は分身と共にキラーアント五体を解体した。

 

 バラバラにしたキラーアント達から魔石を取り出して、腰巾着にしまってから、再び神様のナイフを見る。

 

 剄の奔り方がクトネシリカよりもこちらの方が圧倒的に良かった。まさか、ルッケンスの秘奥である千人衝から自分好みに変えた千斬閃がこうも簡単に使えるとは思わず感心してしまう。

 

 クトネシリカがあるから副武装にしようと思っていたけど、これだけの威力を見せられると迷ってしまう。奥の手として温存するにはまだこのナイフでの戦いに完全に慣れていない。

 

 それにダンジョンは序盤だし、今の内にこのナイフの扱いに慣れておくのもいいかもしれない。

 

「ありがとうございます、神様」

 

 そう呟いてから、腰に差した鞘にナイフをしまい、七階層の探索を再開した。

 

 

 

 七階層に行った帰り道、僕はギルドへと赴いて、エイナさんに武器を用意する必要がなくなったことと近況報告をした。

 

 武器についてエイナさんはすんなりと「わかった」と言ってくれたが、近況報告で七階層に行った事がばれて怒られてしまった。四階層と最初報告したので余計に怒られた。

 

 何故、ばれたのか今でもわからない。

 

 エイナさんにリーリン並のスパルタ教育でダンジョンの脅威を叩き込まれそうになったけど、僕のステイタスがEにまで上がったことを伝えると、確認のためにエイナさんにステイタスを見せることになった。

 

 その時、成長スキルが発現してるかどうかエイナさんに聞いてみたけど、エイナさんは有言実行するタイプらしく、スキルスロットは見なかったようで、眷族守護者についても首を傾げられた。

 

 そして翌日の現在、僕はオラリオの北部で、大通りと面するように設けられた半円形の広場に一人立っている。

 

 エイナさんと待ち合わせをしているためだ。

 

(これって……デートなのかな?)

 

 僕の中でデートというと、一緒に買い物したり、一緒に食べ物を食べたり、一緒に人形を見て巡ったりという記憶がある。

 

 でも、昨日のエイナさんが持ちかけたのは、僕の防具を一緒に買いに行かないかというお誘いだった。

 

 僕のダンジョン攻略状況と現在の装備を照らし合わせて、今の防具では頼りないと判断をしたらしい。面倒見のいいあの人が、僕のためにわざわざ世話を焼いてくれたのだ。デートとは言いがたい。

 

(でも、冒険者同士ならデートになるのかも。あの防具、君に似合ってるね、とか。あの店のポーション、中身を薄めているね、とか)

 

 そんな事を考えながら広場の銅像前で立っていると

 

「おーい、ベールくーん!」

「!」

 

 エイナさんが来た。

 

 あの耳をくすぐる可憐な声の持ち主が、視界の中、小走りをして徐々に大きくなってくる。

 

「おはよう、来るの早いね。なぁに、そんなに新しい防具を買うのが楽しみだったの?」

「あっ、はい、でも防具よりも武器に目がいっちゃって」

「男の子だなぁ~」

 

 エイナさんに笑われてしまった。まぁ、この間のシルバーバックの時、耐久が低すぎて倒れたとき、耐久を補えるものを探そうと思っていたから、今回のお誘いは良い機会だと思っている。

 

「まぁ、実は私も楽しみにしてたんだよね。ベル君の買い物なんだけどさ、ちょっとわくわくしちゃってっ」

 

 そんな事を言うエイナさんの服装はいつもと装いが異なっていた。普段はギルドの制服でぴしっと決めているけど、今日はレースをあしらった可愛らしいブラウスに、丈の短いスカート。それによくかけているところを目にする眼鏡は外しているようだ。

 

 ギルドの制服を見慣れちゃっているせいか、大人びた雰囲気ががらっと変わったエイナサンを見ると、デートじゃないと頭ではわかっていてもドキドキしてしまう。

 

「装備品なんて物騒なものを買いにいくのにわくわくするなんて、私おかしいかな?」

「そんなことないです。他の国では神の恩恵を受けていない人がファッションとして服の上から軽い防具を組み合わせたりとかしてますし」

「そうなの? ベル君は物知りだね。でも、今回は実用品を買うから安心してね」

 

 エイナさんのウインクはとても魅力的で、ギルドの職員の中でも冒険者の人気が一、二を争うのも頷けてしまう。

 

 ハーフエルフって、どの人もエイナさんみたいなのかな……。

 

「コホン。それで、ベル君?」

「な、なんですか?」

「私の私服姿を見て、何か言うことはないのかな?」

 

 悪戯好きな子供みたいな瞳で、上目遣いをされてしまった。

 

「いつも、ギルドの制服を見慣れているので、今日のエイナさんは何と言うか、新鮮で……可愛いです」

 

 僕の言葉にエイナさんはキョトンとすると、気にいらなかったのか、ジト目で唇を尖らせている。

 

「まるで手馴れているみたいだね、ベル君」

「そう、ですか? 孤児院の子と一緒に買い物に行く時、結構聞かれたりしますけど」

 

 最初の頃はよく分からず怒られて、祖父に尋ねてみると、お下がりを自分なりにアレンジしたり、裁縫したりして自分を高めようとしてるのだから、忌憚のない意見をいいなさい、けれど、できる限り褒めることを忘れずにとのことを実戦してるだけなんだけどなぁ。

 

 また、僕の言葉にエイナさんはキョトンとした表情をしている。

 

「ベル君って孤児院に住んでいたの?」

「うーん、祖父と二人だけで暮らしてましたけど、それだと大変なときもあるだろうからとデルクさん……孤児院を経営している方が困ったことがあったら近所なんだし訪ねてきなさいと、かなりお世話になりました」

 

 本当にお世話になった。デルクさんにはサイハーデン刀争術や祖父の葬式など、様々なことを手助けしてくれた。孤児院では同じ両親がいない者同士で仲も良かった。

 

「……そうなんだ、えっと……」

「謝らないでください、僕にとって、あそこでの生活は幸せだったんです」

 

 エイナさんが沈黙してしまい、湿っぽい空気になっちゃった。

 

「さぁ、防具を買いに行きましょう、エイナさん。場所は何処ですか?」

 

 湿っぽい空気を吹き飛ばすつもりで僕はエイナさんに笑いかけた。

 

 

 

 バベル八階、ヘファイストス・ファミリアの店舗の一角。

 

 今、エイナの近くにはベルでも品によっては防具一式を揃えられる値段の防具が置いてある。

 

 ここに来る間、ベルに【バベル】や【ヘファイストス・ファミリア】について説明して(説明している最中、ベルの主神であるヘスティアがここで働いていたり、釘を刺されたり? と色々あった)、二人で広く探した方が良いものが見つかると言って別れたばかりだ。

 

 防具の値段を見ながらもエイナの頭の中ではベルについて考えられていた。

 

(ベル君って一体、何なんだろう?)

 

 いつもは頼りない少年であるが、昨日のエイナが頼み込んでベルのステイタスを見たとき、スキルスロットに目を向けて読めないと判断した時にベルから無機質な声で

 

『成長に関連するスキルは見つかりましたか?』

 と言われた時は、思わずギョッとしたものだ。

 

 彼の口から【眷属守護者】とスキル名を出されてエイナが本当にスキルを見ていないか確認した後、見ていないとわかるといつものエイナが見慣れたベルに戻っていた。

 

 そして、無用な疑いをしたお詫びに眷属守護者の効果内容を告げられた。条件を満たすと擬似ランクアップというレアスキルにエイナが目眩を起こしかけたのは言うまでもない。

 

 しかし、エイナは罪悪感に襲われた。何故なら、スキルスロットを見なかったのではなく、スキルが読めなかったのだ。それなのに、お詫びとしてベル自身が秘匿しなければいけない情報をエイナに教えた。思いがけず少年の信用を得てしまったことに罪悪感を抱かない訳がない。

 

 だからこそ、エイナはベルとここにいるのだろうか?

 

(それは違う。ここに居るのはベル君に死んで欲しくないから、それに罪悪感は結局、自分が自分を許せるか許せないかでしかない。ベル君に後ろめたいことがあるなら、満足するまで行動するしかない、それが誠意であり、けじめなんだから)

 

 そう結論を出し、エイナは数度軽く頷いてから、目に付いたプロテクターを見る、目の前にある防具をベルがつけたらどんな感じになるだろうかと思いを馳せる。

 

「あれ?」

 

 想像がつかない。一生懸命な表情で敵に立ち向かっていくベルが思い浮かぶと思ったら、昨日の無機質のようなベルの声を聞いて、どこか冷静沈着で相手を見極めて一閃で倒すようなベル、もしくはエイナの忠告を聞かずに下層に降りる姿から飄々として相手の周囲を跳びまわり翻弄してから一撃を与える道化師のようなベル等、様々なベルが浮かんでくる。

 

 思わず首を傾げてしまうが、ベルの戦闘スタイルは一撃離脱のはず、プロテクターは間違いじゃないはずだが……

 

 しばらく、考えていたがベルと一緒にここに来ていることを思い出して、エイナはベルのために防具を探すのだった。

 

 

 

「兎鎧(ピョンキチ)Mk-2かぁ」

 

 目に留まったライトアーマーの名前を見る。名前だけ見れば購入する気は起きないけど、実物を見て、手で触れてみると話は違う。

 

 これは良い防具で確かに掘り出し物だ。製作者の名前は【ヴェルフ・クロッゾ】っていうんだ……うん、覚えた。

 

 9900ヴァリス、この装備品としてはお手頃価格だと思う。

 

「これにしよう」

「おーい、ベル君! 私いいの見つけちゃったよ! プロテクターに皮鎧! ちょっと高いけど、どっちか一つは買っといた方がっ……あれ、ベル君も何か見つけたの?」

「はい」

 

 購入予定物を前に頷くと

 

「ベル君って本当に軽装が好きなんだね」

「かもしれません」

 

 返す言葉もないけど、僕の戦闘スタイルとしては動きを阻害されにくい軽装を選んでしまう。苦笑しながらボックスを抱える。

 

「購入してきますね、エイナさん」

 

 エイナさんは何か言いたそうだったが、ここで働いている神様を見ると早く買い物を済ませて、食事の下ごしらえをしなきゃいけない気持ちがある。

 

 カウンターで支払いを済ませると、やっぱり結構高いと感じてしまう。

 

「あれ……?」

 

 エイナさんがいない。辺りを見渡すと、僕の後ろに立っていた。しかも、ニコニコの笑顔で……。

 

「ベル君。はい、これ……」

 

 エイナさんから渡されたのはエメラルド色の細長いプロテクターだった。

 

「……これは?」

「私からのプレゼント、ちゃんと使ってあげてね?」

「!!!? い、いいです。 いらないです! 返します!」

「なぁに? 女の人からのプレゼントはもらえないって言うの?」

「お菓子とかならまだしも、防具は値段的に受け取れませんよ」

 

 待ち合わせの時には持ってなかったし、後ろに居たということはこれもヘファイトス・ファミリアにあった防具なのだろう。なら、安いことはないはずだ。

 

「僕なんかのために、そんな高いものを……」

「高くなんかないよ」

 

 僕の言葉をエイナさんはすぐに否定した。

 




 オリジナルモンスター
『キラーアントクイーン』:キラーアントを使役して動物を生きたまま攫い、その動物を特殊スキルによって生きたまま変質させ魔石を生成させたり、キラーアントを生み出す苗床にする。変質させられた動物は助けることはできず、ベルは死を与えることしかできなかった。
 神経に作用する毒と強力な酸を用いた攻撃を繰り出す。
 元ネタは映画『エ○リアン』シリーズに出てくるクイ○ンを参考にしました。

 次回も多忙なため、だいぶ期間があきます。

 FGOでアストルフォが欲しいのに天草が出てきた(涙目)


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