怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか (風剣)
しおりを挟む

『古代』
プロローグ


 書き溜め中の作品を試しに投稿してみます。次の投稿は書き溜めしてから。

 批評、感想ぜひぜひお願いします。




『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 度重なる咆哮が轟いた。

 

 荒野に築き上げられた陣営。

 

 その前方で争うのは、多くもの亜人(デミ・ヒューマン)の集団と異形のモンスター達だった。

 

「えぇい、くそ! よりにもよって大将がいない間に大所帯で来たか!」

「前衛、大型は死んでも抑えろ!突破されたら一気に潰されるぞ!?」

「アイツ等が戻るまで死守しろ!」

「魔導師達は詠唱急げ!」

「ええい、私に指示を出すな!」

「とっとと口を動かせやぁ!?」

 

 罵声と怒号の飛び交う戦場。多種多様のモンスターを前に奮戦していく集団は、徐々に怪物たちを押し返していく。

 

「シルバ、左翼支援!崩れるぞ!?」

 

「なにぃ!?」

 

「ぐぉお、危ねぇえええ!?」

 

 猛牛(ミノタウロス)の剛腕を大盾で受け止めた大柄なドワーフが危うく吹き飛ばされかける。角を振るって追撃しようとした猛牛を黒髪の獣人が長剣で仕留め――真上から放たれた爪を必死に弾いた。

 

「くそったれ、怪鳥(ハービィ)まで群れやがって…!?」

 

「弓兵部隊、撃て!」

 

『ギャア!?』

 

 指揮を執るヒューマンの指示と同時、放たれた矢が次々と半人半鳥のモンスターを射抜いていく中。

 

 付近のモンスターまで巻き込んで放たれた炎弾が、前衛の一角を吹き飛ばした。

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 

「不味い!?『飛竜』だ!」

 

「嘘だろ…!?」

 

「ぐぁああああああああああああああ!?」

 

『アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 動揺が広がる中、大きい翼を広げるイル・ワイヴァーンは次々と獲物を襲う。

 

 かろうじて致命傷を避けていくが、その凄まじい猛攻に総崩れを起こしかけたその時。

 

『――ガッッ!?』

 

 10(ミドル)上空に君臨していた飛竜の側頭部に飛び蹴りが炸裂し、その首をへし折った。

 

『―――――――』

 

 息絶える直前、竜の瞳が捉えたのは――可視化できる程に凄まじい紅い魔力と、それを(まと)う黒髪のエルフ。黒髪を揺らす青年は、鋭い眼光でもって息も絶え絶えのモンスターを射抜いた。

 

「――――くたばれ、怪物が」

 

 今もその身体にめり込ませている右足を振るい、真下のモンスター達を竜の巨体でもって叩き潰した。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 細身のエルフが実行した力技にその場の誰もが顔をひきつらせる中。

 

「あまり独り占めすんな、グリファス!」

 

「本来魔力はあんな使い方をしないはずなんですがねぇ…」

 

「グリファス様ですから」

 

「ははっ、頼もしい物だ」

 

 彼に続いて現れたヒューマンの戦士が、美しい精霊とエルフの少女が、小人族(パルゥム)の騎士が次々と怪物を(ほふ)った。

 

「ジャック! 遅っっせぇんだよ!」

 

「うるっせえなあクレス! 1週間凌ぐ事もできなかったのか!?」

 

「あぁ!?全軍の武器を用意すんのにどんだけ俺が魔力使ってると思ってんだ!埋めてやろうか!?」

 

 駆けつけて来たヒューマンと指揮を()っていた土精霊(ノーム)の男が言い合う中、士気を取り戻した戦士達がモンスターを押し返していく。

 

「前衛引けぇ!?でかいの来るぞぉ!」

 

 後方で奏でられ続けて来た詠唱がとうとう完成する。先頭で戦い続けていた者達が瞬く間に散った、その直後。

 

 炎、吹雪、雷―――多種多様でありながら確かな威力を秘める無数の魔法が、残存するモンスターを消し飛ばした。

 

「……」

 

 瞑目した王族(ハイエルフ)の青年は、後方で沸きに沸く仲間の元に向かう。

 

 ヒューマンの戦友(とも)に背を叩かれ、笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は古代。後に降臨する事になる神も、その恩恵も、今は存在しない。

 

 ただの人間が、己を()し、道を切り開く。

 

 後に、誰もが憧れる英雄となって名を轟かせる事となる戦士達は、戦い続ける。

 

 今、ここで紐解かれる――『迷宮神聖碑(ダンジョン・オラトリア)』。

 

 

 

 




 毎日のように作品を更新する猛者は本当に憧れます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

連合《ユニオン》

お気に入り46件!私の作品を見てくださり、ありがとうございます!
感謝してもしきれません!




 

 

 モンスターの襲撃を受けた陣営の中では、大勢の亜人(デミ・ヒューマン)が慌ただしく動いていた。

 

 種族の違う亜人がここまで集結しているのはこの時代特に珍しい。潔癖なエルフに言動共に豪快なドワーフ、一匹狼を気取る狼人(ウェアウルフ)などは多種族と頻繁(ひんぱん)(いさか)いを起こすからだ。

 

 多種多様の亜人で形成された集団、『連合(ユニオン)』。

 

 たった一人で世界を回ったヒューマンが、一〇〇〇人規模にまで大きくした対モンスター最大派閥だ。

 

『物資の被害は?』

 

『弓兵部隊が空を飛ぶ害獣(モンスター)を率先して狙ったからな。ほとんど被害は無い』

 

『前回は悲惨だったからなぁ…』

 

『やめろ、思い出したくも無い』

 

『「飛竜」が出て来て死者が出なかったのは奇跡に近いな』

 

『全くだ。あんな怪物命がいくつあったって足りやしない』

 

『「偵察」に行っていたジャックさん達が間に合ってくれて良かったよ』

 

「……」

 

 用意された天幕の中央。

 

 そこで正座をする王族(ハイエルフ)の青年は銀色の瞳を閉じて瞑想(めいそう)を行っていた。

 

 外で行われる会話に集中を乱す事も無く、穏やかだが莫大な魔力を練り、制御する。

 

 

 

 

 

 

 

『―――良いですか、グリファス様。貴方の戦い方は不安定過ぎる』

 

 かつて、豊かな森の中で師に掛けられた言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『貴方には才能がある。その凄まじい魔力はそれこそ上級の精霊にも劣らない物となるでしょう。貴方の考えた戦い方ともきっと相性が良い』

 

『――ただ、制御を(あやま)ってしまえば、その魔力は確実に貴方をも傷つけます。詠唱もせずに身に(まと)うならば尚更(なおさら)です』

 

『制御を離れた魔力は、暴発する。目の前で同胞が身を焼き焦がして倒れる姿を、私は何度も見てきました。それこそ一瞬の動揺が命取りとなります』

 

『瞑想し、「大木の心」を身に付けなさい。何が起ころうと受け止め、流し、魔力の 手綱(たづな)を手離さないように。それはいつか、きっと貴方の力になるでしょう』

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 瞑目するグリファスが瞑想を続けていると。

 

 衣擦(きぬず)れの音と共に、腰まで伸びた白髪を揺らすエルフの少女が中に入って来た。

 

 レイラ・ヴァリウス・アールヴ。

 

 グリファスの出身である本家に忠誠を誓う分家の少女だ。

 

「失礼します……お邪魔でしたか?」

 

 (まぶた)を開くと、その紅い瞳と目が合った。立ち上がったグリファスは笑いかける。

 

「いいや、構わないさ。どうしたんだ?」

 

「あ、はい。ジャックさんが呼んでいました。今後の確認をするそうです」

 

「分かった」

 

 グリファスは天幕を出て野営地を見回す。

 

 一際大きい天幕に向かいながら、付き従う少女と言葉を交し合った。

 

「今回のモンスターの襲撃、かなり厄介だったみたいですね。数も多かったですし……」

 

「そうだな。まあアレを抑えられたのは確実にクレスの指揮のおかげだろう」

 

「順調ですね。一時はどうなるかと思いましたが…」

 

「むしろここからが正念場だ、気を引き締めろ」

 

「はいっ」

 

 天幕の中に入ると、既に主力の全員が集まっている様だった。

 

「来たぞ、ジャック」

 

「おう。じゃあ始めようか」

 

 天幕の中央に用意された円卓、その一席に座る黒髪のヒューマンが笑みを浮かべた。

 

 ジャック・アレキサンダー。

 

 他ならない『連合(ユニオン)』を立ち上げ、多くの亜人(デミ・ヒューマン)を説得して団体をここまで大きくしてみせた人間だ。

 

 円卓(えんたく)(あてが)がわれた席にグリファスが着き、その後ろにレイラが控えるとジャックが口を開いた。

 

「さてと、そんじゃあまずは新たな仲間を紹介するとしようか」

 

 精霊、ドワーフ、獣人、アマゾネス――陣営の維持を行っていた面々が、一人の 新顔(パルゥム)に視線を向ける。

 

 件の小人族(パルゥム)は立って一礼をした。

 

「何人か知っている顔はあるが――ひとまずは初めまして。フィアナ騎士団第十四代団長、ディルムッド・フィアナだ。先程の戦いは素晴らしい物だった。君達のような勇敢な戦士達と共に戦える事を誇りに思う」

 

 彼の自己紹介を聞いた何人かは仰天したようにジャックを見つめ、数名はディルムッドの持つ騎士の名に恥じない風格と気品、なによりこの場にいる者達にも劣らない存在感に納得した。その場にいる女傑(アマゾネス)が興味深げに目をギラつかせる。

 

「フィアナ騎士団のメンバーと出会ったのが……五日前だったかな。『偵察』で『穴』に向かう途中、モンスターの群れと戦っていた所を助太刀したんだ。正直に言うとその必要も無かったと言える位に洗練された戦いだった」

 

 ジャックの説明を聞いて何人かが得心したような顔になる。

 

 フィアナ騎士団。小人族(パルゥム)の中で深く信仰されている女神フィアナの信者で結成された精鋭だ。『戦場の槍』とも名高い彼等は力の差に決して屈せず、その勇気で多くのモンスターを討ち取って見せた武勇伝は他種族にも轟いている。

 

「『連合(ユニオン)』の話は私の耳にも届いていたからな。モンスターを殲滅(せんめつ)し、『穴』を塞ぐという目標も合致する。彼から誘いを受けた時は二つ返事だったよ」

 

 その言葉にグリファスは思わず苦笑する。自分が彼に誘いを受けた時の事を思い出したからだ。

 

「……あの情けないヒューマンがいまや一〇〇〇人単位の亜人を(たば)ね、『戦場の槍』も引き入れたか……随分ともまあ、偉くなった物だなあ?」

 

「おい、誰の事だよ」

 

「お前が一番分かっているだろう」

 

「エルフなのに失礼な奴だな」

 

「お前に礼儀をもつ人間などどこにもいないさ」

 

「「「「「確かに」」」」」

 

「……ようしケンカなら買ってやる。お前等全員歯ぁ食い縛りやが痛ぇええええええええええええッッ!?」

 

 ガタン!!と立ち上がったジャックが隣に座っていた土精霊(ノーム)、クレスの蹴りを向こう(ずね)に叩き込まれて悶絶する。

 

 というか音が凄かった。仮りにも団長として君臨する人物が転がって悶え苦しむ姿にディルムッドが顔を引きつらせる。

 

「グリファス、後は頼む」

 

「了解した。レイラ、地図を」

 

「はい」

 

 団長(ジャック)が倒れている中グリファスが進行していく光景にディルムッドが果てし無い違和感を覚えていると、隣に座る黒髪の狼人(ウェアウルフ)が笑いながら声をかける。

 

「戸惑ってるみたいだな、うん?」

 

「……否定はできない。どうなって……?」

 

「『連合(ユニオン)』の指揮はな。基本的にグリファスが()っているんだ」

 

「?」

 

「単純な話さ。融通の聞かないエルフも王族(ハイエルフ)の言う事なら必ず従うし―――」

 

「……聞こえてますよ、シルバさん」

 

 静かな圧力を発散するレイラに黙らされるシルバ。

 

 よろよろと起き上がったジャックが痛そうに続けた。

 

「――地理も把握する記憶能力を持っていて、賢いし腕っ節も強い。俺より少し弱い位だな。まさに指揮者にうってつけで―――」

 

「何言ってるんですかジャックさん。前にグリファス様に無謀な挑戦をして組み手をやった時は一瞬で叩きのめされてたじゃないですか」

 

「だいたいジャックは脳筋だからなあ」

 

「グリファスが指揮を執れば、まあ死人は出ないが……」

 

「ジャックがやると……勝てる(いくさ)も勝てんだろ」

 

「ごめん、ジャック……こればっかりは否定できないわ」

 

「……………………………………………………………………………泣いて良いか?」

 

「……ははは」

 

 苦笑するディルムッドはグリファスに視線を向ける。

 

 彼は円卓の中央に地図を広げていた。

 

 

 




 更新は、3、4日に一回を目処にしています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作戦会議

 文字数が少な目な事に少々悩みましたが、泣く泣く更新。キリ良くやっていきます。




 

 

「率直に言おう。『偵察』途中にフィオナ騎士団の助力を受ける事ができた事で効率が何倍にも跳ね上がった」

 

 地図を広げるグリファスの言葉と共に自分の顔に視線が集まるのを感じたディルムッドは苦笑する。

 

「私は『()た』だけだ」

 

「過去の『偵察』では『穴』に近づく程にモンスターの襲撃を受けた。貴方の加入で近づくモンスターの奇襲も完璧に察知できたんだ、謙遜する事は無い」

 

「……どういう事だ?」

 

 話を聞く面々の代弁をして尋ねるドワーフ、ガラン。

 

 疑問符を浮かべる屈強な戦士の問いにグリファスとディルムッドが目を合わせる。小人族(パルゥム)が頷いたのを確認してグリファスは説明した。

 

「ディルムッドは特殊な力を持っている。『千里眼』と言うらしい」

 

「せんりがん?」

 

「その名の通り、千里先まで見る能力だ。遮蔽物を無視してな。その恩恵で索敵も察知できた」

 

 その言葉を聞いて、何人かの男がピクリと震える。

 

「なあなあディル!」

 

「ディ、ディル?」

 

「その力で覗―――ごきゅっ!?」

 

 轟音。

 

 少女(エルフ)の細腕から投擲された長い杖の先端が眉間に直撃した火精霊(サラマンダー)の少年が席から転がり落ち、その場にいた女性陣に囲まれてげしげしと踏まれる。『痛い痛いっ、ぐぇっ、ちょ、ま、そこは、のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』と悲鳴を上げる彼に男性陣の気の毒そうな視線が集中砲火し、ディルムッドも汗を流した。

 

 制裁を下した女性陣、ボロボロになって股間の辺りを手で押さえる火精霊(サラマンダー)が席に戻ると、気を取り直す王族(ハイエルフ)は続けようとして―――

 

「あー、ちょっと良い?」

 

「……ミランダ?」

 

 褐色の肌を惜しみなく晒すアマゾネス、ミランダ・ゴブホーク。

 

 怪訝な顔になりながらも先を促したグリファスは、その直後に己の浅慮を呪った。

 

「フィオナ騎士団のメンバー、喰っちゃっても―――」

 

「頼む、自重してくれ」

 

 気に入った男は容赦無く()うアマゾネスによる被害は『連合(ユニオン)』の中でも甚大だ。モンスターとの戦闘の中でどうしても後回しにせざるを得なかった問題にグリファスは頭を抱える。

 

 何を隠そう、この場にいる男性陣の半数は『喰われた』経験がある。グリファスも一度襲われかけた事があったが、目撃したレイラが主犯のアマゾネスを半殺しにしてからはだいぶ落ち着いた。

 

 むくれるミランダに構わず、咳払いをして続ける。

 

「今回の『偵察』では『穴』の規模の確認、出て来るモンスターの種類と出現頻度の調査を行なった」

 

 広げた地図につけられた黒点を指差し、グリファスは告げる。

 

 淡々と告げられる情報に円卓に着く者達は一様に真剣な表情になって話を聞いていった。

 

「まあ当然といえば当然だが……最も出現頻度の多かったのは最弱のゴブリンやコボルトだったな。時折大熊(バグベアー)のような強力なモンスターも出たが、明らかに出現数が少ない。地上のモンスターをあらかた掃討した今なら『穴』の付近に陣取っても十分に戦えるだろう」

 

「そして――問題は『穴』、その規模だ」

 

 ごくり、と。

 

 それこそ世界の命運を左右する単語に、誰もが固唾を飲む中グリファスは続けていく。

 

「約半年前発見された『穴』。ここからは北東に4(キロル)だな。その規模は直径10(ミドル)、深さはだいたい同じ位だ。ある程度力をつけた者であれば十分に進入する事ができるだろう」

 

 その言葉にジャックが頷いた。

 

「具体的にはどうする?」

 

「『穴』の封鎖方法だが――埋め立てる事は得策とは言えない。何しろ『穴』の調査もできなくなる」

 

「ここに関してはジャックの案を取り入れる。物資にも問題は無いな?」

 

「ああ。石材、食糧にも問題は無い」

 

「『穴』からあれ程のモンスターが現れている以上、その中も相当広いはずだ。一朝一夕で終わるとはとても思えない。年単位の計画で進めて行くぞ」

 

「――――『バベル』に『オラリオ』、か」

 

「穴を塔で塞ぎ、定住に必要な街を築いた上で壁を創り上げる。これ以上のモンスターの進出は絶対に抑えるぞ」

 

 グリファスの言葉に、誰もが決心したように頷く。

 

「ジャック」

 

「あ?」

 

「仮りにも団長だろう。景気付けをしてやってくれ」

 

「うぇ、面倒臭ぇ……」

 

「おいおい……」

 

 苦笑するグリファスに分かった分かったと手を上げるジャックは、円卓から立つと他の者達にも立つよう要求する。

 

 その場にいる者で円を作り、中央に拳を向け合った。

 

「出発は3日後。何としても成功させるぞ!」

 

『おう!』

 

 拳をぶつけ合う中、戦士達は笑みを浮かべ合った。

 

 

 




 どうしてだ、ネタが凄い勢いで削れていく……!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意






 

「ここが『穴』、か……」

 

「見てみろ、外周部分にある坂が螺旋階段(らせんかいだん)みたいになってやがる。空を飛べねぇ怪物(モンスター)共はあそこを通って地上に出てきたんだな」

 

 その日の夜。

 

 壁面が何故か()()()()()()()()『穴』の(ふち)に座り込んで中を見下ろすガランは畏怖の声を発する。傍に立つシルバも吐き捨てるように告げた。

 

 彼等の後方には新たに築き上げられた陣営がある。時折襲撃をしてくるモンスターの撃破を続けながら進軍を続けた『連合(ユニオン)』は無事に『穴』の付近に辿り着いていた。

 

「ようやく、ここまで来たか……」

 

「これからだろ」

 

 (すさ)んだ眼で『穴』を見下ろす狼人(ウェアウルフ)は長剣を構えた。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 高速の飛行で『穴』から飛び出した大蜻蛉(ガン・リベルラ)を一撃で斬り伏せ、地に堕ちて悶え苦しむモンスターの胸部を踏み潰す。

 核である『魔石』を破壊されて灰になるモンスターに目もくれず、シルバは身を翻した。

 

「―――もう誰もやらせねぇ。モンスター共は根絶やしにしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――【迫る悪意、(よこし)まなる進軍。迎え撃つのは集結する戦士達】」

 

 同じ頃、築かれた陣営の中で土精霊(ノーム)の詠唱が行われる。

 

「【構えよ強弓(ごうきゅう)、防ぎ守り抜け(はがね)の盾】」

 

 クレス・バーナード・ダイダロス。

 

 彼は天界に住む神の意志を受けて戦士達に力を貸す精霊の一人だ。『連合(ユニオン)』が結成される前、まだ一人で世界を回っていたジャックに初めて力を貸した者でもある。

 

 紡がれる精霊魔法、その効果は武装生成。

 

「【その手に宿り(やみ)を払うは折れる事の無い銀の(つるぎ)】」

 

 無限に生まれる武器を取る事で戦士達は強大なモンスター達に立ち向かって来た。

 

「【邪悪なる敵を殲滅(せんめつ)せよ】――――【リベリオン】」

 

 剣、大盾、弓、槍、戦斧、大剣―――彼の周囲に無数の武器が生まれ、地面に突き立てられる。

 

 その時だった。

 

「―――悪いな、無理させちまって」

 

「……どうした、やけに神妙だな」

 

「おいおい、なんだよその言い方」

 

 歩み寄ってくるジャックの言葉に胡乱気な顔をするクレス。彼の言葉に心外だと笑うジャックは―――次には、表情を真剣な物に変えた。

 

「―――お前のおかげでここまで来れた。本当に感謝している、ありがとう」

 

「……なんか、変な物でも食ったか?」

 

「ひでぇな!?せっかく本気で礼を言ってたのに!!」

 

「ふん。その感謝の言葉とやらを他の面子に言ってみろ。似たような反応が返ってくるハズだ」

 

「うわーぶっ殺して―」

 

「はっ、ほざけ」

 

 軽口を叩き合う二人の顔には笑みがあった。

 

 やがて一本の剣を引き抜くクレスは表情を消して告げる。

 

「……だが……本当に、ここまで来たんだな」

 

「あぁ……ようやっとだ」

 

「……『穴』から出て来る狩り残しは俺達が(とりで)で抑えつける。塔や壁――『蓋』が完成するまでは気兼ね無く戦え」

 

「分かったよ。頼りにしてるぜ?」

 

「ああ」

 

 笑い合う二人は、拳を打ちつけ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 一人天幕の中で過ごすレイラは、手の中にある杖を整備していた。

 

「(魔宝石が、摩耗している……)」

 

 故郷の森に君臨する聖木(せいぼく)、その枝から作られた杖の先には魔力を増幅させる深緑(エメラルド)の魔宝石が取り付けられていた。

 

 魔力に反応して美しい輝きを放つ魔宝石だが、戦闘の中で酷使されたそれは罅割(ひびわ)れ、輝きも鈍っていた。

 

 専門外である杖の整備に少女が悪戦苦闘していると―――

 

「入るぞ」

 

「ひゃぁ!?ぐ、グリファス様!?」

 

 突然声をかけられて体を震わせるレイラ。天幕の外に(たたず)むグリファスはその奇声に眉を潜めた。

 

「……出直そうか?」

 

「いっ、いえそんな!大丈夫です!」

 

 どこか慌てているレイラの声に怪訝(けげん)な顔をしながらも中に入る。

 

「い、一体どうしたんですか?」

 

「ん?いや、様子を見に来たんだが……」

 

 そう言ってレイラを見たグリファスは、その手に握られている杖に視線を向ける。

 

「……正解だったみたいだな。杖を貸してくれ」

 

「あっ、そんな、大丈夫ですから!自分でできます!」

 

「良いから貸せ。お前には本調子でいてもらわないと困る」

 

「し、しかし……」

 

「ほら」

 

「……」

 

 必死に粘ったレイラだったがとうとう折れてグリファスに杖を渡す。

 

 故郷で王家直属の魔術師(メイジ)に教えを受けたグリファスは流れるような動きで整備していった。

 

「……もうこれは駄目だな。雷精霊(トルトニス)から贈られた新しい魔宝石に取り換えておくか……どうして言わなかったんだ。整備ならいくらでも付き合うと前にも言っただろう」

 

「うっ……」

 

 細められた銀色の瞳に思わず目を逸らし、叱られた子供のように―――いや実際叱られているのだが―――身を縮めるレイラはポツリと呟いた。

 

「……その、グリファス様はお忙しいですし……お手を煩わせたくなくて……」

 

「……」

 

 思わず頭を抱えそうになったグリファスは咎めるような視線で少女を見据えた。

 

「そんな物は気にするな……と言ったのは、何度目だったかな?」

 

「八回、です」

 

「数えていたのか……」

 

 呆れたような顔になるグリファスは息を吐いた。

 

「―――明日、私とお前を含めた精鋭で『穴』に入る」

 

「!」

 

 緊張したような面持ちになるレイラに言い聞かせるように告げるグリファスは目を細めた。

 

「我々は今まで地上―――慣れ親しんだ場所で戦い続けていたが、『穴』の中はそれこそ未知の世界だ。危険な事態になる可能性も一気に高くなるだろう」

 

「……」

 

 顔を強張らせるレイラに向かって、それでもグリファスは笑った。

 

「―――だが、そんな状況になった場合、私達を助けてくれるのは―――レイラなんだろうと思う」

 

「わ、私ですか?」

 

「当然だ。お前の持つ精霊にも負けない強力な魔法なら、どんなモンスターにだって通用する」

 

 だから―――、と。

 

 少女の頭に手を乗せて、王族(ハイエルフ)は微笑んだ。

 

「私はいくらでもお前を助ける。だからその時に備えて万全の態勢を整えて―――危険な事になったら、私達を助けて欲しい」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」

 

 顔を赤く染めた少女は、眼を潤ませ―――それでも、応えようと、最高の笑顔を見せた。

 

「――――――――――はいっ!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの一歩

お気に入り100突破しました!皆さん、ありがとうございます!
精進して頑張ります!!




 

 

「最後に確認をする」

 

 夜が明け、主力メンバーの集まった天幕の中でグリファスは告げた。

 

「装備、物資の確認後は少数精鋭で『穴』に潜る。恐らく―――いや、必ずいるだろうモンスターを殲滅(せんめつ)しつつ内部の調査を行う」

 

「『穴』に潜るのは私、ジャック、シルバ、ガラン、ミランダ、ディルムッド、レイラ、アリシアだ」

 

 最後に名を呼ばれた光精霊(ルクス)の美女が頷くのを確認し、王族(ハイエルフ)は続ける。

 

「他の者は部隊を複数に分け、予定通りに行動する。私達が『穴』に潜る間は総指揮をクレスが()ってくれ」

 

「ああ」

 

「ディルムッド、フィアナ騎士団の方は……」

 

「もう指示は出しておいた。彼等が足を引っ張るような事は無いと思う」

 

「むしろ俺の同胞(とも)が足引っ張るかもなあ?」

 

「おいおい、洒落になんねぇぞ」

 

 ガランの軽口を皮切りに弛緩した空気が流れる中、ジャックは笑みを浮かべた。

 

「そんじゃ解散。各自準備をしておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 『穴』の周りで待機し、選抜された者達が潜っている間に出て来るモンスターを食い止める事になっている一隊が見守る中、一足早く『穴』の側に来ていたジャックは手の中にある一振りの剣を弄んでいた。

 

 エクスカリバー。

 

 過去、クレスが全魔力を込めて作り上げた黄金の聖剣だ。柄の部分には真紅の宝石がはめ込まれ、美しい輝きを放っている。

 

「ジャック……早いな、もういたのか?」

 

「グリファスか……」

 

 白銀の杖を持って歩み寄る王族(ハイエルフ)に笑みを見せるジャックは聖剣を足元の地面に突き立て、大きく伸びをする。

 

 彼の瞳には、今もうっすらと光を放つ『穴』が映っていた。

 

「あの中……何があるんだろうなあ?」

 

「さあな。想像もつかん」

 

「だろうな。クレスやアリシアも知らねぇみたいだし」

 

「神々は、何も……?」

 

「らしいな。まあ『穴』の場所を教えてくれただけでも万々歳だろ」

 

「それもそうだな」

 

 (かが)んで『穴』を見下ろし、ジャックは一笑した。

 

「……なあ、グリファス」

 

「?」

 

「こう、なんだ。興奮しないか?」

 

「なんだと?」

 

「―――この『穴』の中にはどんな光景が広がっているのかは誰も知らない。それこそ物知りなエルフ(お前等)や、神々から特殊な力を授かった精霊、それこそ神だって知らないのかもしれないんだ。最大の『未知』だ。……それを、俺達は実際に目にする事ができるんだぜ?」

 

「―――――ふっ。そうか……そうだな」

 

 ジャックの言葉に目を見開いたグリファスは微笑み、肯定するように頷く。二人で笑みを分かち合った。

 

 彼等は振り向き、やって来る仲間達に気付く。

 

「おぉ、来たか」

 

「早いな、何を話してたんだ?」

 

「ちょっとな」

 

 ガランの問いを適当に(かわ)し、ジャックは集まった戦士達に笑みを浮かべた。

 

 今まで多くの死線を乗り越え、共に戦い続けた彼等には今更大層な演説をする必要は無い。

 

 ただ、その一言があれば十分だった。

 

「―――――行こう」

 

『おぉ!』

 

 その直後。

 

 多くの謎を抱える『穴』、その中に戦士達は飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギィ!?』『アァアアアア!?』

 

 10Mもの高さを落下する一瞬の刹那、空を飛ぶ数体のモンスターをジャックが斬り刻んだ。

 

 血まみれになって落下する半人半鳥(ハービィ)に目もくれず、ジャックは叫ぶ。

 

「―――!来るぞ、地面だ!」

 

 危なげ無く着地する彼等の目に入ったのは―――どこまでも横幅の広い一本道と、多種多様のモンスター達だった。

 

 発光する天井、広大な空間。

 

 彼等の脳裏に、『地下迷宮《ダンジョン》』という言葉が浮かんだ。

 

「なっ……地下に、こんな空間が……!?」

 

「あんだけの怪物共が出て来たんだ、この位は当然だろ」

 

「やはり雑魚が多いな。複数無視できない個体もいるが―――ジャック?」

 

 ガランとシルバが言い合う一方、グリファスは黙り込むジャックに視線を投げる。

 

「……この道―――『始まりの道』ってのはどうだ?」

 

「……そのままじゃないか」

 

「じゃあ他にあんのかよ」

 

「―――いいや………」

 

 各々(おのおの)が気負う事無く武器を構え、モンスターが殺意と共に侵入者を威嚇する中―――グリファスは杖を水平に構え、笑って告げた。

 

 

 

「それで行こう」

 

 

 

 直後、戦士達とモンスターの群れは激突した。

 

 

 




感想の返信で戦闘回とか言っちゃったのに次回に持ち越ししてしまった…
じ、次回こそ、ダンジョンダンジョンします!間違いなく!


夏休み突入!仕事をする親からのジェラシーが凄い事になってるwww





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進撃

はい、戦闘回です!ダンジョンダンジョンします!
深層域の怪物もガンガン出す予定です!


「ガラン、ジャック、前線に上がれ!レイラとアリシアは詠唱を始めろ!」

 

 天井に張り付いて隙を(うかが)っていたヤモリの様なモンスターの頭部を杖で粉砕したグリファスの指示に従って陣形が組まれる。

 

「―――邪魔だぁ!」

 

『ゲッ!?』『ギッ!?』

 

 疾走するジャックは進路上にいた二体のゴブリンを文字通り一蹴し、近くにいた大型、トロールの顔面に叩き込む。

 

『ゴッ……!?』

 

 ふらついたトロール、その太い首を切り裂いて絶命させ、肩を踏み台にして宙で羽ばたいていた蝙蝠(バットパット)を斬殺した。

 

「ッ……おらぁ!!」

 

『グゥウウウ!?』

 

 一方、大型級に匹敵する巨体を持つモンスター、バーバリアンと戦闘を続けていたガランは大剣を振るって致命傷を叩き込んだ。肩で息をする彼に襲いかかった野猿(シルバーバック)が裏拳で顔面を爆砕される。

 

「あまり上がり過ぎるな!巻き込まれるぞ!」

 

「【全てを貫け、光の槍】―――【イグザス・レイ】!」

 

 長槍で大虎(ライガーファング)を仕留めるディルムッドが叫ぶと同時、アリシアの超短文詠唱が完成した。

 

 彼女の指先から放たれた腕程の太さの閃光が、射線上のモンスター全てを貫いた。

 

 イグザス・レイ。

 

 光精霊(ルクス)の美女、アリシア・マリゴールドの操る、ありとあらゆる物を貫く『貫通魔法』だ。

 

「撃つ時は一言かけろ!?今ちょっと(かす)ったぞ!」

 

「ごめーん!」

 

 黒髪の一部を焦がすジャックの必死の叫びにアリシアが慌てる一方―――瞑目するレイラは後方で詠唱を続けていた。

 

「―――【凍てつく風、迫り来る冷気】」

 

「【世界の始まりから存在する二つの深遠】」

 

 王族(ハイエルフ)にふさわしいその凄まじい魔力に気付いた数体の屈強なモンスターが目の色を変えて襲い掛かるが―――届かない。

 

「させんさ」

 

「通させる訳には行かないからな」

 

「消えろ」

 

「らぁあああああ!!」

 

 紅い魔力を(まと)う銀杖が巨大蠍(ヴェノム・スコーピオン)を爆砕し、長槍が上位蜥蜴人(リザードマン・エリート)の胸部を貫き、剣と双剣の連携がフォモールを斬り刻んだ。

 

 紅い魔力を纏う王族(ハイエルフ)小人族(パルゥム)の騎士、狼人(ウェアウルフ)の剣士、褐色の女戦士(アマゾネス)がモンスターを抑えつけてみせる。

 

「【足を踏み入れし愚者は瞬く間に凍り付き、無数の氷像が形作られる】」

 

 (うた)う、(うた)う、(うた)う。

 

 今も編み続けるのはレイラの持つ二つの攻撃魔法、その一つ。

 

 終焉の吹雪(かぜ)を呼び、敵対する物を凍りつかせる広域殲滅魔法。

 

 自分を常に信頼し、今も昔も守り続けてくれる想い人(グリファス)に応える為、レイラは歌を紡ぎ続ける。

 

 どこまでも美しく()る少女は僅かに、だが確かにグリファスを見惚れさせ―――詠唱を完成させた。

 

「【咲き誇れ青い薔薇(バラ)、至れ、氷の国―――我が名はアールヴ!】」

 

 紡がれ続けた詠唱の完成に気付き、その魔力の規模に冷や汗をかく前衛が撤退すると同時。

 

 魔法名が紡がれた。

 

 

 

「【二ヴルヘイム】!」

 

 

 

 安全圏にいるにも関わらず視界が塗りつぶされる程の白い吹雪。それがあっという間にモンスターを呑み込んだ。

 

 もはや嵐と表現しても足りない純白の暴風が収まると―――そこにはどこまでも白い世界が広がっていた。

 

「あ、相変わらず洒落んなんねぇ……」

 

「さ、寒ぅっ……」

 

 壁面、天井まで白い氷に覆われる中、無数のモンスターの氷像ができあがっている。

 

 流れていた汗まで凍りついた事に気付いたジャックが顔を引きつらせ、ガタガタと震えるミランダもこくこくと頷く。レイラも多少は自覚があるのか困ったような笑みを浮かべた。

 

「その……ちょっと、やりすぎてしまって……」

 

「絶対ちょっと、じゃねぇ!?明らかにやり過ぎだったろ!?」

 

「絶対おかしいよ、なんで王族(ハイエルフ)ってこんなに強いの……」

 

 若干凍りかけてた尻尾を保護していたシルバが食って掛かり、アリシアが呻く中、弛緩した空気が流れる。

 

「レイラ」

 

「グリファス様……?」

 

 纏っていた魔力を解き、首をかしげるレイラにグリファスは微笑みかけた。

 

「良くやった。素晴らしい魔法だった」

 

「ぁ――――」

 

 数瞬遅れ、なんと言われたのか理解したレイラは頬を赤く染める。

 

「あ、え、その―――」

 

 照れ、はにかみながらも、少女は最高の笑みを浮かべた。

 

「―――はい!」

 

 束の間、穏やかな雰囲気になる中。

 

 念の為凍りついたモンスターは全て破壊し、戦士達は先に進んでいった。

 

 




いやあ、夏休みですねえ。東方の作業用BGMを聞きながらもそもそと執筆する日々。
最高です。

……原作のままだと、あれだな、モンスターのネタが足りなくなってきましたな。
タグでも新しくつけるか?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未知の世界

日々増えるお気に入り数を見てニヤニヤする日々。感想をもらえると狂喜します。

そして今日もダンジョンダンジョン。




「くそったれ……」

 

「畜生、どうなってやがんだ……」

 

 『始まりの道』、その奥。

 

 分かれ道の前で円になる戦士達。ディルムッドやミランダが周囲の警戒に当たる中、ジャックとシルバは毒づいた。

 

 彼等の表情は一様に驚愕と焦りに彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異変に気付いたのは、分かれ道の前までやって来た時の事だった。

 

「ちっ、やっぱ奥まで続いてんのか。どんだけ広いんだ」

 

「地図を作るぞ。ジャック、頼んだ」

 

「ああ」

 

「意外だな、地図を作れるのか?」

 

「クレスと世界を回ってる間にな。教えてもらったんだ……て、おいディルムッド。何が意外だって?」

 

 軽口を叩き合いながら手慣れたように作業を進め、『始まりの道』、今いる分かれ道までを羊皮紙に描き―――ジャックが固まった。

 

「?」

 

「ジャック?」

 

「どうした」

 

 顔を強張らせる彼に次々と問いが投げかけられる中―――ぽつりと、呟かれた。

 

「方位磁石が、壊れた……?」

 

「なんだって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああくそ、無理だな。ここでは磁気でも狂ってんのか?」

 

「……それが無くても、地図は作れるか?」

 

「できない事はねぇが……クレスと比べて質が馬鹿みてぇに下がるぞ」

 

「……」

 

 どうする。

 

 一旦退くのか、それとも進むか。

 

 黙考するグリファスに視線が寄せられる。

 

 少しの時間、空白が生まれ―――ピキ、パキリ、と。

 

 付近の壁から、()()()()()()()()()()()()()()が響いた。

 

『……』

 

 誰もがその位置を見つめる中。

 

 予想もしなかった光景が目に入る。

 

『―――ギィ』

 

 壁が、()()()()

 

「なっ……!?」

 

 迷宮の壁から産まれたのは、犬頭のモンスター、コボルト。

 

 普段なら歯牙にもかけないような最弱モンスター、それが戦士達の顔色を変える。

 

「(まさ、か―――)」

 

 直前に存在していた問題など、頭から吹き飛んでいた。

 

 モンスターはどこから生まれるのか。

 

 何故次々と『穴』―――この地下迷宮(ダンジョン)から姿を現して来たのか。

 

 誰も教えてくれず、誰にも分からず。

 

 永らく出て来なかったその『真実(こたえ)』が。

 

 

 目の前に、あった。

 

 

 牙をむいてソレが威嚇してくる中、彼等は一つの答えを出した。

 

 

「(モンスターは、迷宮から、生まれる―――!?)」

 

 

 動揺も半ば、襲いかかって来るコボルトを粉砕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、どうなってんだ……」

 

「……予想外、としか言い様が無いな。まさかモンスターが生まれて来るとは……」

 

 ひとまず進む一行。とりあえずは地図を大雑把(おおざっぱ)に作製していくジャックがぼやいた。

 

 迷わないように目印を次々とつけながら、物思いに(ふけ)るグリファスも応じる。

 

 衝撃が抜けずにある中、時折訪れるモンスターの撃破を続けながら彼等は進んで行った。

 

「ここは……広間(ルーム)、か」

 

 開けた空間に出た所でガランが呟く。

 

 探索を続ける中、それなりに広い空間を誇るルームとルームを通路が繋げている事が分かった。

 

 数体の雑魚を一蹴しながら、適当な通路をコイントスで決めて進む、そんな時。

 

「……待ってくれ」

 

 『千里眼』を使って前方の警戒を続けていたディルムッドの言葉に、進軍が止まる。

 

「どうした、(ドラゴン)でも出たか?」

 

 冗談でも何でも無いシルバの言葉に、ディルムッドは困惑したような顔をしながら首を振り―――告げる。

 

 

「この先のルーム、に―――階段、だ」

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おい、嘘だろう?」

 

 先程の光景よりずっと大きな衝撃に打ちぬかれ、グリファスの、その場にいる全員の思考が白く染まる。

 

 ―――――――――階段?

 

 この際他の階層があったって良い。坂道ならまだ良い、大穴が広がっていたって目を閉じよう。

 

 だが……階段?

 

 ありえない、馬鹿な、荒唐無稽だ。

 

 

 何故人類の技術が、この怪物の巣窟に存在する……!?

 

 

「どういう、事だ……!?」

 

 ジャックの言葉もロクに耳に入っていなかった。

 

 走り出す。

 

「グリファス様!?」

 

 レイラが叫んだが、構わずに疾走する。

 

『―――ヴゥ!?』

 

「―――退け」

 

 進路を塞ぐようにやって来た猛牛(ミノタウロス)を前に、(まなじり)を吊り上げる。

 

 一気に懐に潜り込み、紅い魔力を練り上げ―――銀杖を突き出して胸部の魔石をぶちぬいた。

 

『―――』

 

 断末魔すら上げる事もできずに灰となるミノタウロスを突破、背後から追って来る戦友(とも)の気配を感じながら―――通路を飛び出す。

 

 そのルームの中央にあったのは―――確かに、下へ降りる階段だった。

 

「ッ……!!」

 

「おい、冗談だろう……?」

 

 背後から聞こえたシルバの声も、届かなかった。

 

「……一体、どうなっている……!?」

 

 足元を見下ろすグリファスは歯を食い縛り、はるか奥深くに存在する『何か』を睨みつける。

 

「―――この下では、一体何が起きている……!?」

 

 あたかも、それに応えるかのように。

 

 下の階層から、竜の咆哮が(とどろ)いた。

 

 




いかがでしたか?

今話では迷宮の未知、それを追う彼等『冒険者』を描いてみました。

彼等は迷宮(ダンジョン)という名の未知にどう挑んで来たのか、精一杯考えて書きました。

次話、迷宮が牙をむきます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砲竜

 

 お、お気に入りが200突破……ッ!?気付けばランキング31位、だと……!?
 一日見ていない内に何が……!?と戦々恐々。と、ともあれ、ありがとうございます!
 今後ともよろしくお願いします!




「第一、第二部隊は『(ふた)』の用意を急げ。第四部隊、居住地の整備を続けろ!」

 

 『穴』から少し離れた場所に築き上げられた『連合(ユニオン)』の陣営。

 

 ジャック達のいない間指揮を()るクレスは次々と指示を出していた。

 

「……なあ、クレス」

 

「あぁ?どうしたんだよ、アル」

 

 彼に手渡された居住区の図面を見て顔を引きつらせる火精霊(サラマンダー)の少年に声をかけられ、胡乱気に応じる。

 

「……その、なんだ。この図面、本気か?」

 

「?当たり前だろう」

 

「そ、そうか」

 

「あ?」

 

「(なんか路地が迷路みたいな事になってるけど……まあ良いよな、大丈夫だよな)」

 

 何かを悩みながら立ち去っていく彼に胡乱気な視線を投げていたクレスだったが―――不意に、視線を『穴』に向ける。

 

 その直後、『穴』から数十(ミドル)離れた地面を中心に、辺りが大きく揺れる。

 

 天幕が揺れるのを尻目に、無骨な土精霊(ノーム)はポツリと呟いた。

 

「……アイツ等、大丈夫だろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、だ……?」

 

 腹に響く様な竜の咆哮。

 

 各々の武装を構えて警戒するジャック達だが、近くにはいないのか叫びの主が現れる事は無い。

 

 千里眼で周りを見ていたディルムッドが首を振る中、彼等の視線が階段―――地下迷宮(ダンジョン)2階層に向けられる。

 

 そして、足元を『視た』小人族(パルゥム)の騎士は―――一瞬で顔色を激変させた。

 

「不味い……ッ!?皆、早く通路に―――!?」

 

 言葉は、最後まで続かなかった。

 

 

 真下から炸裂した大炎弾が、先程まで彼等のいたルームを丸ごと呑み込んだからだ。

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 押し寄せる熱風、天井に直撃し、大爆発する炎弾。

 

 余波の衝撃に押される形で辛うじて通路へ逃げ込む事のできた彼等は爆風に呑まれ、吹き飛ばされて転がった。

 

「がッ、ぁ……!?」

 

「畜生、まさか……!!」

 

 ミランダが息も絶え絶えになる中、(まなじり)を吊り上げるシルバは表情を歪める。

 

 倒れるレイラを助け起こし、銀杖を地面に突き立てるグリファスは目を細めた。

 

「走れ!次のが来るぞ!」

 

 叫ぶディルムッドの言葉は聞かなくても分かった。

 

 遥か遠くからこちらを捕捉し、分厚い岩盤ごと獲物を消し飛ばす馬鹿の様な火力。

 

「くそったれ……!アイツか……ッ!!」

 

 過去の戦闘、その中で『連合(ユニオン)』に最大の被害を出した正真正銘の怪物(かいぶつ)

 

 毒づくジャックは、その名を呟いた。

 

 

「『砲竜』……!!」

 

 

 全力で走る彼等のすぐ後ろが、大火球に撃ち抜かれる。

 

「アリシア、魔法急げ!」

 

「【聖なる光よ、我が神よ、我に永遠(とわ)の輝きを、不滅の輝きを―――】」

 

 高い防御効果を誇る防護魔法を紡ぐ光精霊(ルクス)に指示を飛ばすグリファスは後方を振り向き―――目を見開いた。

 

「飛行モンスターが、穴から……!?」

 

 大蜻蛉(ガン・リベルラ)大鷲(ヴァン・ロック)飛竜(イル・ワイヴァ―ン)―――片手間では処理しきれないモンスターまでもが爆炎であけられた穴を通って下層から飛んで来る光景に呻き―――前方からジャックの声が飛んだ。

 

「おい、グリファス!『穴』に向かうのは駄目だ!上の連中まで巻き込んじまう!」

 

「ッ!」

 

 的確な指摘に王族(ハイエルフ)が時を止める中―――眼を光らせる大鷲(おおわし)のモンスター、ヴァン・ロックが部隊から外れかけていたレイラを襲った。

 

『アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「!?」

 

 単純な大きさなら4(ミドル)―――飛竜(ワイヴァ―ン)すらも超える巨体が壁を削りながら迫る光景に少女が硬直する。大木をも掴み取るその爪を必死に杖で防いだが、途方も無い衝撃が華奢(きゃしゃ)身体(からだ)を吹き飛ばした。

 

「がッ……!?」

 

 壁に少女が叩きつけられる。

 

「レイラ!?」

 

 真っ先に気付いたグリファスが駆けつけ、銀杖でもってモンスターを粉砕する、その直後。

 

 

 大爆炎。

 

 

「ッ―――」

 

 直撃は避けたグリファスだが、レイラに向かって振り向き―――その光景に固まりかけた。

 

「ぁ―――」

 

 片腕を焼き焦がしたレイラが、力無く穴に落ちて行ったからだ。

 

「―――――――――」

 

「グリファス!?」

 

 表情を消して振り向き、飛竜を撃墜してみせたジャックに向かって告げる。

 

「―――ジャック、砲撃が止まるまで持ち堪えろ」

 

「なに、言って……おま、まさか―――!?」

 

 察したのか、顔色を変えるジャックに背を向け、穴を見下ろす。

 

「―――()()()()()

 

「ッ……!!絶対にくたばんなよ!!二人で生きて戻って来い!!」

 

 顔を歪めるジャックに振り向かないまま手を振り―――紅い魔力を(まと)う。

 

 地を蹴り、高速で落下した。

 

 まだ意識はあるのか、下方で飛行モンスターに攻めたてられながらも生存する少女、そして遥か下の階層から自分達を狙う『ヴァルガング・ドラゴン』を視界に入れ―――詠唱を始める。

 

「―――【我が身に翼を。矮小(わいしょう)なる妖精の身を遥か空の上に住む神々(かれら)の元に届ける奇跡の翼を―――我が名はアールヴ】!!」

 

「―――【フィングニル】!!」

 

 短文詠唱を瞬く間に終え、魔法名を唱える。

 

 その背に生まれたのは、輝きを放つ虹色の翼。

 

 飛行モンスターのお株を奪う、グリファスだけの()()()()

 

 進路上のモンスターを瞬殺し、一気に加速する。

 

 その時。

 

「―――――」

 

 目の前でハービィに肩を切り裂かれた少女の唇が、動いた。

 

 声はせず、しかし届いたその言葉。

 

 

『ぐり、ファス―――』

 

 

「!!」

 

 加速。

 

 音の如し速度で飛び、少女を(おびや)かすモンスターを殲滅する。

 

「――――レイラ!!」

 

 血まみれで落ちる少女、その下方には―――放たれた大火球。

 

「ッ―――」

 

 届け。

 

 届けよ。

 

「届けぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 ボロボロになって力無く落ちる少女を、全力で抱き締め―――モンスターを無視して横に飛ぶ。。

 

 その直後。

 

 大火球が、二人のいた場所に炸裂した。

 

 




最初は一話にまとめる予定でしたが予想以上に長くなったので区切りをつけて更新いたしました。
お気に入りがあっという間に増えてもう喜びより驚きの方が大きかったです。いや、本当にありがとうございます。

二ヴルヘイムが予想以上に人気ですな。レイラの三つの魔法は特に力を入れたのでとても嬉しいです。他の魔法も気に入ってくださるでしょうか。

追記―――グリファスの魔法名を変更しました。資料を調べている内に素晴らしい物が見つかったので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷宮死線


 新しくタグ付けました。

 今話も戦闘回ですし、上手くラブコメ書けるかは分かりませんけどね!




 

 聴覚を消し飛ばすかの様な爆音が響いた時には、もう遅かった。

 

 大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)の砲撃に、腕が焼かれる、その直後―――レイラは、それの作った穴に、呑み込まれる。

 

「ぁ―――」

 

 迷宮の中を落下する中、彼女が目にしたのは―――遥か下方、数百(ミドル)下から砲撃して来た、一頭の巨竜。

 

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「ッ……!!」

 

 喉が干上がる。

 

 呼吸が止まる。

 

 汗が止まらない。

 

 大紅竜の放つ凄まじい威圧感に、レイラは気圧されていた。

 

『―――ギィ!』

 

「あっ!?」

 

 落下する中、醜悪な形相のハービィ、その群れに襲われる。

 

 砲撃を受けてもまだ落とさなかった杖を振るい、辛うじて防いでいたが反撃に転じる事ができない。

 

 グリファスの見よう見まねで杖を突き出したが、軽くあしらわれて蹴りを腹に受けた。

 

「グッ……!?」

 

 落下する中、必死に応戦するが、少女(エルフ)の細腕では防御すらおぼつかない。群れの猛攻を受けて次々と傷を負っていった。

 

『アァアアアアアアアアアアア!』

 

「うっ!?」

 

 焼かれた左腕が使えない事に気付いたモンスターが執拗にそこを狙い始める。群れの攻撃を防ぎきる事などできず、裂傷を負う度に激痛が脳を焼いた。

 

『ギャァ!』

 

「ッ!?」

 

 一体のハービィに肩を切り裂かれた。

 

「―――」

 

 意識が、朦朧(もうろう)とする。

 

 杖が手を離れた。

 

 故郷の森、送り出してくれた両親、そして出会った仲間。

 

 己を喰らおうとするモンスターを目の前に、走馬灯の様な光景が映る中―――少女が最後に思い浮かべたのは。

 

 憧れ、恋焦がれた王族(ハイエルフ)の青年の笑顔だった。

 

「(ぐり、ファス―――)」

 

 その紅い瞳が、一粒の涙をこぼす。

 

 下から大火球が迫る、その直後。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 周囲のモンスターが、一瞬で撃墜、爆砕される。

 

「―――ぁ」

 

 レイラの瞳に映ったのは―――魔力を纏い、背に虹色の翼を携えた王族(ハイエルフ)

 

 その直後、抱きしめられ、一気に飛び―――すぐ側で、大火球が炸裂した。

 

 

 

 

「ッ!」

 

 すぐ側で炸裂した大火球の余波で崩した体勢を立て直し、グリファスは叫んだ。

 

「レイラ、生きてるか!?レイラ!!」

 

 一拍置いて、返事があった。

 

「グリファス、様……?……えぁ!?ちょ、なん、で……!?」

 

 腕の中で確かに動いた少女の声を聞いて、彼は薄く薄く息を吐いた。

 

 正直泣きたい位の気分だったが、安心するのはまだ早い。下には大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)がいる。アレが健在である限り決して安心できない。

 

「あ、あのっ、グリファス様っ!?なんで、こんな事を……!?」

 

「……?」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶレイラ。一瞬何を言っているのかと思ったが、今彼女を抱きかかえている事を思い出すと意味が分かった。

 

 動揺を瞬時に抑える。

 

「……仕方がないだろう。落ち着いてくれ。それともまた砲竜に向かって落ちるつもりか?」

 

「……す、すいません」

 

 ようやく状況を把握したのか、未だに頬を染めながらも静かになったレイラに尋ねる。

 

「……レイラ、怪我は」

 

「だ、大丈夫です、炎は掠っただけですし、それほど切り傷も深くな―――」

 

「寝言は寝て言え」

 

「ふわっ!?」

 

 少女の言葉を一言で切り捨て、『連合(ユニオン)』に所属する薬師(くすし)の調合した回復薬(ポーション)を浴びせるようにかける。

 

「悪いが応急処置しかできそうにない。まずはアレを始末してからだ」

 

「わ、私達だけで、ですか?」

 

「他に誰かいるのか?」

 

「ジャックさん達は……」

 

「そもそもここでまともに動けるのは私だけだろう。詠唱を始めてくれ」

 

「は、はいっ」

 

「―――行くぞ」

 

 遥か下、16階層から放たれた大火球を回避。

 

 レイラを抱きかかえ、グリファスは急降下した。

 

 

 

 

「……」

 

 長剣を振るってモンスターを片付けたシルバが、何かに気付いた様に振り向いた。

 

「追撃が、止まったな」

 

 未だに大火球が放たれ、その度に迷宮が揺れるが彼等に対する被弾は無い。きっとグリファスが上手く誘導しているのだろう。

 

「ディルムッド」

 

「……大丈夫だ。彼等は生きてる」

 

 小人族(パルゥム)の騎士の言葉に一同は安心した様に息を吐く。

 

「それなら、砲竜ももう大丈夫ね」

 

「あいつ等ならどうにかするだろ。問題は―――こいつ等だ」

 

 ジャックの言葉と同時、戦士達が振り返った。

 

 ヴァルガング・ドラゴンの砲撃でできた大穴。

 

 そこから、飛竜(イル・ワイヴァ―ン)をはじめとした何体ものモンスターが飛び出して来た。

 

「うへぇ、飛竜が4体もいるじゃない。倒せんの?」

 

「通路に誘い込め。巨体ではあそこを自由には動けないだろう」

 

「アリシア、詠唱」

 

「精霊使いが荒いわねぇ」

 

「とっとと歌えや」

 

 好き勝手言いながら各々の武器を構える彼等を包むのは光の衣。

 

 魔法効果、物理効果から彼等を守り、移動速度を強化する光精霊(ルクス)の加護だ。

 

「さて……」

 

 聖剣を振るうジャックの視界に映るのは、グリファスの置いた出入口(あな)への目印。

 

 ここでモンスターを全滅させなければ、確実に大群は『穴』―――地上に殺到するだろう。

 

「―――ここで全部抑えつけるぞ。地上(うえ)には行かせねぇ」

 

『おう!』

 

 武器を握る戦士達と、咆哮と共に威嚇するモンスター。

 

 直後、二つは激突した。

 

 

 






 最近、執筆中に燃え尽きそうになる事が多い。
 1話書き上げられた瞬間、達成感と共にバタンキューする日々。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着



 英雄達の最初の迷宮探索、ここでいよいよ一区切りです。




 

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「っ!」

 

 咆哮と共に、飛竜が襲いかかる。

 

 通路に飛び込むディルムッド、彼を追う飛竜(イル・ワイヴァーン)は通路の壁を削りながら驀進(ばくしん)した。

 

「―――」

 

 光の衣を(まと)って走り続けるディルムッドを炎弾が襲うが、彼はロクに見る事も無く回避してのける。

 

 通路の途中で突然反転し、高速で飛び続ける飛竜―――その真下に飛び込み、小さな体を活かしてイル・ワイヴァーンを()(くぐ)った。

 

『!?』

 

 突然(おのれ)の背後に消えた小人族(パルゥム)に瞠目する飛竜。

 

 そして通路の狭さが災いし、方向転換もできないモンスターを、騎士の碧眼が穿った。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 追う者と追われる者が、瞬く間に反転する。

 

 怪物(モンスター)の本能か、殺気を感じて必死に飛ぶ飛竜の頭部を金色の槍が貫いた。

 

 

 

「おぉ、無茶すんなぁ……」

 

 ルームの端、モンスターを斬り伏せたジャックは通路内で飛竜を撃破してのけたディルムッドに呆れと称賛の混じった視線を向ける。彼の背後では詠唱を行う光精霊(ルクス)の姿があった。

 

「―――【集え集え集え、常闇(とこやみ)深淵(しんえん)をも照らす聖なる光。世界を照らせ、世界を(つな)げ、世界を守れ。潰えぬ希望、不滅の輝き、無限の光。闇を貫き闇を穿ち、(よこし)まなる存在を払い世界を清めよ。彼等は願った、永遠(とわ)の平和を。それならば応えよう、応えて見せよう。神の(しもべ)よ、真実と理想を掲げ、彼等を脅かす敵を駆逐せよ。神の名の元に断罪を下せ、浄化の槍。白い炎、純白の空間。穢れは失われ、世界は癒やされる。果たすべきは太陽と月の誓い、望むのは大いなる救済なり】」

 

 精霊の名に恥じない莫大な魔力を練り上げ、()()の高速詠唱を行う。

 

 王族(ハイエルフ)の二人を大きく上回る高速詠唱で紡がれるのは超長文詠唱。

 

 あらゆる闇を切り裂く聖なる光でもって、敵を殲滅(せんめつ)する。

 

 規格外の魔力に反応したモンスターが殺到する中、戦士達はその全てを抑えつけた。

 

「【我が名は光精霊(ルクス)。光の化身、光の女王(おう)】」

 

「下がれ!巻き込まれたら死ぬぞ!」

 

 言うまでもなかった。

 

 モンスターを無視して戦士達が全力で離脱する、その直後―――魔法名が紡がれた。

 

 

「【ホーリーレイ】」

 

 

 視界が、純白に塗り潰される。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 無数に放たれるのは極太の閃光。それが全てを一掃する。

 

 下層から飛んで来たモンスターも全て撃ち抜かれ、魔石を砕かれて灰になった。

 

「ったく、精霊達(おまえら)がいつもそうしてりゃあ楽なのによぉ……」

 

「しょうがないじゃん、凄い疲れるんだから」

 

 呆れた様にぼやくガランとアリシアが言い合う中、ジャックも息を吐いて座り込む。

 

「……そろそろ、向こうも終わった頃かね」

 

 視線の先には、砲撃でできた大穴があった。

 

 

 

 

「―――」

 

 手が離されるのを感じた。

 

「―――【吹き寄せる熱風、永遠(とわ)の業火】」

 

 大火球で生まれた穴の中央を自由落下する中、無防備に詠唱を始めるレイラに複数のモンスターが襲い掛かるが―――その全てが、粉砕される。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 縦横無尽に飛び回り、少女を狙うモンスターの撃破を重ねるのはグリファスだ。あらゆる敵を打ち砕き、決して少女には届けない。

 

「【世界の始まりから存在する二つの深淵(しんえん)】」

 

 乱戦の中グリファスが回収した杖を右手に構え、少女は歌うかの様に詠唱を続ける。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 竜の咆哮と共に大火球が放たれるが、戻ってレイラを抱き寄せるグリファスが真横に飛ぶ事で回避した。

 

「ッ―――【足を踏み入れし愚者は瞬く間に焼き尽くされ、跡には灰すら残らない】」

 

 爆炎の余波に屈せず歌う少女にグリファスはこの苦境の中で笑みを投げ―――襲いかかる蝙蝠(バットパット)を撃墜した。

 

 紡がれるのは【二ヴルヘイム】と対になる獄炎の広域殲滅魔法。

 

 ありとあらゆる物を焼き尽くす業火でもって、窮地(きゅうち)を救う。

 

 己を守る青年を信頼し、他の全てを投げ出して歌い続ける少女の魔力が、膨れ上がった。

 

「【咲き誇れ、紅蓮の(はな)。至れ、炎の国――我が名はアールヴ】!」

 

 無数のモンスター、大火球による迎撃を突破すると同時、詠唱を完成させる。

 

 その距離、10(ミドル)

 

 ルーム中央で瞠目する大紅竜、何体もの凶悪なモンスターを前に―――魔法名を唱えた。

 

 

「【ムスペルヘイム】!!」

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 火柱が、ルームの全てを呑み込んだ。

 

 レイラを抱えるグリファスをも巻き込みかねない程の業火。

 

 並の魔法ならば耐え凌いでみせるヴァルガング・ドラゴンをも苦しめる獄炎。他のモンスターなど断末魔も発せずに消し飛ばされていった。

 

『―――ゥウ』

 

 ズン、と。

 

 レイラの魔法を受けてよろめきながら、大紅竜が地響きと共に体勢を立て直した。

 

 上方を照準し、眼を光らせ、口腔を赤熱させる。

 

 その直後。

 

「ッ―――」

 

 タンッ、と焼け焦げた地面に降り立つ王族(ハイエルフ)

 

 最大出力。

 

 嵐の様に吹き荒れる紅い魔力を銀杖に(まと)わせ、大紅竜の頭部を爆砕した。

 

 






 今日は2話連投しました。マジ奇跡。
 次の投稿は月曜日、か?頑張ります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰還


 8話にて、グリファスの持つ飛行魔法の名前を変更しました。資料を読み漁っている内、ようやっと目当ての物が見つかったので。
 変更後、名前は【フィングニル】になります。




 

 

『―――こうして会うのは、久しぶりだな。また会えて嬉しく思う』

 

 夢を、見ていた。

 

 森の中に築かれた里、そこで紡がれた優しい思い出。

 

 王族(ハイエルフ)の住まう森の中、彼は優しい笑みを浮かべていた。

 

『しかし……前々から進んでいた話とは言え、随分と強引なものだ。正直申し訳無いと思っている』

 

 どこか気まずそうにそう言う彼に、私は慌てふためいて否定した。

 

『……君は、構わないのか?』

 

 首を傾げる彼に、顔を真っ赤にしながら少女は宣言する。

 

 もし、貴方が王族などでは無くても、しきたりなど無かったとしても。

 

 私の答えは、決して変わらない、と。

 

『そうか……』

 

 何かを考え込みむ様な素振りを見せた青年は。

 

 決心がついたかの様に、晴れ晴れとした笑顔を見せた。

 

『―――ありがとう』

 

 

 

 

「うっ……」

 

 目が覚める。

 

 その紅い瞳に映るぼやけた光景が、徐々にはっきりとしていった。

 

「―――目が覚めたか」

 

「……グリファス様?」

 

 寝台(ベッド)に寝込む自分の(かたわ)らに座って安堵した様な表情になる青年。

 

「痛みは無いのか?まる一日寝込んでいたが……」

 

「ぁ……」

 

 その言葉を聞いて、先日の出来事を思い出した。

 

 あの日、グリファスの飛行魔法で1階層のジャック達と合流した二人は彼等と共に帰還。

 

 一団の中で最も重傷だったレイラはグリファスに抱きかかえられて陣営に戻り―――

 

「レイラ!?」

 

 爆音が響いた。

 

 突然顔を真っ赤に染めた少女を心配するグリファスを大丈夫、大丈夫ですと必死に抑える。

 

 そう、本陣に帰還したレイラは回復魔法を操る治療師(ヒーラー)の治療を受け、ここで寝込んでいたのだ。

 

「本当に大丈夫だろうな……?」

 

「は、はい。傷も治っていますし……」

 

 汗を流しながらレイラがそう言うと、グリファスも安心した様に座り込んだ。

 

「……それにしても、治療師(ヒーラー)様々ですね。ハービィから受けた傷も跡が残らないで完治したみたいですし。それについては心底ほっとしました」

 

「あぁ、確かにそうだな。お前の綺麗な身体に傷が残ったら堪らんだろう」

 

「き、きれっ……!?」

 

「おい、レイラッ!?」

 

 うぅっ、と毛布に包まって真っ赤になった顔を隠す少女。戸惑うグリファスは、僅かに悩んで思考を重ね―――己の失言に気付いて頭を抱えた。

 

「……あー、その、何だ。妙な事を言ってしまって、すまない」

 

「い、いえそんなっ……!?」

 

 王族(ハイエルフ)の謝罪の言葉に起き上がって慌てふためくレイラ。

 

「あのっ、グリファス様が変な意味で言ったんじゃないのは分かってるんですっ、だから私が勝手に恥じらってっ!?だから、そのっ……!?」

 

「……」

 

 頬を紅く染めながら、一生懸命になって否定する少女に、若干呆然としていた青年はどこか面白くなって―――(こら)え切れず笑みを漏らした。

 

「……くっ」

 

「ぐ、グリファス様?」

 

「く、くく、ははははっ、いや、なんでもな―――」

 

「絶対何かありましたよね、どうしたんですかっ!」

 

「いや、その、なんだ―――」

 

「?」

 

 問い詰める少女に、とても楽しそうに笑う青年は告げた。

 

 

「―――ありがとう」

 

 

「え、えぇえ……?」

 

「もうすぐジャック達と軍議を行う。また来るよ」

 

「あ、あの、グリファス様……?」

 

 困惑する少女を置いて、笑う青年は天幕を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、か……なんでだろうなぁ」

 

 各地で砦を築き続けている影響か、どこか慌ただしい『連合(ユニオン)』の陣営内を歩くグリファスは、ぽつりと呟いた。

 

 どうしてあの時その言葉が出たのか、そもそもなんであの時笑ってしまったのか、正直グリファスにも分からなかった。

 

「……」

 

 考えて、悩んで、黙考して。

 

 彼女が目を覚ました瞬間に覚えた感情に、思考が行き着いた。

 

 安堵、喜び、そして狂おしい程の―――、

 

「(……まあ、そうだな。多少は浮かれる訳だ)」

 

 そこで思考を打ち切り、ジャックの待っているであろう天幕に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない円卓の一席に座って大きく欠伸(あくび)をしていたジャックは、グリファスに気付くと驚いた様な顔をした。

 

「あれ?案外早かったな、眠り姫は大丈夫なのか?」

 

「あぁ、先程目を覚ました」

 

「そりゃあ良かった」

 

「それより、良かったのか?レイラが回復するまで報告を()()()()()()()()……」

 

「お前が話に集中できる環境を整えてやったんだ。感謝しろよ?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 ごく自然にグリファスが言うと、ジャックは驚いた様な顔をした。

 

「……えらい素直じゃねぇか」

 

「なんだ、その言い方は」

 

 うんざりした様な顔で彼の向かいに座るグリファスは手に持つ銀杖を弄んだ。

 

「まあ、二人きりなら話が早い」

 

「あ?」

 

「いや……迷宮に潜って、実際に中を見て……気になる事があってな」

 

 空気が、変わった。

 

「まだ、確証は無いが―――」

 

 表情を消して先を促すジャックに応じ、グリファスは続ける。

 

「―――――――――――――――――――――」

 

 その、続きの言葉を聞いて。

 

 確かに、ジャックの顔色が変わった。

 

「……まさ、かな」

 

「あぁ、私自身本当に確証は無い。ただ、敢えて言うのなら―――」

 

 

 

大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)が2体、そして海の覇者(リヴァイアサン)……過去に、少なくとも3体以上の超大型モンスターが地上に進出した中、何故迷宮が、1階層が、()()()()()()()()()()……?」

 

 

 





 ら、ラブコメって難しいっ……!?(確信)

 とりあえずは、無事に帰還したレイラとグリファス、そして一気にシリアスな雰囲気を出してみました。迷宮の謎、挙げればキリが無いです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報告


 お気に入り数300突破!ありがとうございます!

 暑い日々が続いていますが、今後とも頑張りますのでよろしくお願いします!




 

 そもそも。

 

 地下迷宮(ダンジョン)(つな)がる出入り口(あな)は高さ、直径ともに10(ミドル)だ。そこから広がる1階層の通路はさらに狭い。

 

 過去に発見された大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)や国を一つ滅ぼした海の覇者(リヴァイアサン)が通るには、『狭すぎる』。

 

 あのモンスター達なら階層を破壊しながら進む事など容易だろうが、問題はそれではない。

 

 あんな巨体が通れば、1階層など丸ごと更地になってていても決しておかしくなかったのだ。

 

「……だが、私達が探索に訪れた時は全くと言って良いほど地形に異常は見られなかった」

 

「……その結論が、『迷宮は修復される』、ねぇ……頭が痛くなるな」

 

 うんざりした様にジャックが吐き捨てる中、グリファスは息を吐いた。

 

「……一週間後、が目処だな。次の探索で、本当の事が分かるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、待て待て待て、階段、だと?」

 

 顔を強張らせる極東出身のヒューマン、白夜(びゃくや)の確認に、迷宮に潜った面々が重々しく頷いた。

 

 ジャックの指示で呼び出された『連合(ユニオン)』主力陣が集まり、『穴』の中での出来事の報告が行われてていた(ジャックの作製した地図を見たクレスが馬鹿にした様に笑い、それに腹を立てたジャックが突っかかる、といった出来事(ハプニング)が発生したが)。

 

 方位磁石が使えなくなる、モンスターは壁から『産まれる』、といった未確認の情報に一同を驚愕が支配するが、『階段』の存在は圧倒的だった。

 

 ある者は困惑し、ある者は頭を抱え、ある者は静かに熟考する。そんな中グリファスは報告を続けた。

 

「階段の発見後我々は砲竜―――ヴァルガング・ドラゴンに遭遇(エンカウント)。真下から砲撃を受けて分断されたがそれを無事に撃破、探索を切り上げて帰還したが……その途中、下に広がる階層は最低でも16ある事を確認した」

 

「31だ」

 

「何?」

 

 グリファスの発言を訂正したディルムッドは視線が集中するのを感じて続ける。

 

「千里眼で先程()てみたが……私の視れる限りでは最低でも、31階層まで広がっている事が分かった。しかも下の階層に向かう程に層全体の規模が大きくなっている」

 

 地面の下を確認した小人族(パルゥム)の騎士の発言に、誰もが絶句した。

 

「おいおい、冗談だろ?」

 

「いくらなんでも広過ぎんだろ……」

 

 何名かがうんざりした様に吐き捨てる中、黙考していたグリファスは顔を上げて告げた。

 

「……以上で迷宮についての報告は終わりだ。『穴』の付近で防衛を行っていた面々の話を聞きたい」

 

「……」

 

「……おい、白夜」

 

「……え?あ、あぁ、済まない。考え事をしていた」

 

 隣の火精霊(サラマンダー)に声をかけられて肩を揺らした白夜は立ち上がる。

 

「あー、防衛を行っていた時の話、だったか?そうだな……ジャック達が行ってから少しした頃からモンスターが地上(うえ)に上がって来ようとした事は何回もあったな。日が暮れ始めた頃から特に飛行モンスターが多かった。厄介だったのが私の始末した()()だったな。たった一日で3体も―――ジャック?」

 

『……』

 

 主力陣が分散される中1人で飛竜を討ち取っていたと言う白夜の話を聞いていたたまれない雰囲気を醸し出すのはグリファス以外の探索に行っていた面々だ。ジャックなど『絶対に行かせない』等と息巻いていた手前惨めに頭を抱えてしまっている。

 

「(馬鹿な、砲撃でできた穴から地上(うえ)に向かおうとしたモンスターは全滅させたと思っていたのに……!?)」

 

「(……ほ、ほら、アレじゃない?階段ごとぶち抜いてきた穴は放置していたから、そこからモンスターが別の通路を通って……)」

 

「(うっわぁぁああああああ恥ずかしぃいい。『地上(うえ)には行かせない』とか言って凶暴なモンスター相手に無双してたんじゃなかったっけぇ?あんだけ自慢してたくせにぃ)」

 

「(おい、やめろ、やめてくれローゼ!?心を抉るな!?)」

 

 その様子を見た白夜はなんとなく察したのか、疲れ切った様に息を吐いて座り込む。

 

「……結局、ジャックのせいだった訳か。納得した」

 

「待て、納得するな!?なんで俺だけなんだっ、というかそもそもアレは砲竜がっ……!?」

 

「落ち着け、ジャック」

 

 その後もグリファスがまとめる中、『蓋』として機能する事になる塔や巨壁(きょへき)に関しての進捗や、その付近で建設が進められる砦の建築状況などが次々と報告されていく。

 

「それでは、最後だが―――今後の迷宮探索においての、防衛部隊の編成を変更する」

 

 グリファスの言葉を受け、その場にいる者は多くが胡乱気(うろんげ)な表情を見せた。

 

 彼の説明は続く。

 

「迷宮探索において、もはや防衛部隊は最重要案件だ。何しろ戦力が分散する中、多種多様の凶暴なモンスターが何体も地上に進出しようとする訳だからな。飛竜や砲竜などの強大なモンスターが地上で野放しになってしまえば確実に犠牲者が出る。とてもじゃぁ無いがそれらに対応できるのが白夜だけでは不味い」

 

「あぁ、それについては心底同意する。そういうのは確実に始末するべきだ」

 

「……それじゃあ、面子はどうする」

 

「もう考えてある」

 

 白夜が同意を示し、クレスの問いに応じたグリファスは円卓に座る面々を見回した。

 

「アルマンド、ゴルド、ローゼ、それから―――ディルムッド」

 

 名を呼ばれた火精霊(サラマンダー)、ドワーフ、ヒューマンが頷く中、小人族(パルゥム)の騎士は驚いた様な顔をした。

 

「私が?」

 

「あぁ。侵攻部隊(こちら)としては正直痛いが重要度は圧倒的だ。頼んだぞ」

 

「了解した」

 

 騎士が了承する一方、自分の名が呼ばれなかった白夜は少しほっとした様に息を吐き―――

 

「白夜にはディルムッドの代わりに侵攻部隊(こちら)に入ってもらう。頼んだぞ」

 

「え?」

 

 顔を確かに強張らせた。

 

 

 





 どこも真夏日が続く中、ジリジリと肌を焼く日差しは本当に憎たらしいですよね!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

調教

 

 主力陣で会合を行った次の日、その明け方の事だった。

 

「グリファス、それからジャック。話があるんだけど……」

 

「?」

 

「どうした」

 

 陣営内での食事を終えた二人を呼び止めたのはミランダだ。彼女の傍にはアマゾネスの少女がいる。

 

「ん、とね……まぁ、とりあえず来てちょうだい」

 

「あ、ちょ、ミランダさぁん!?」

 

 そう言うなり身を翻した彼女は小走りでついていく少女を連れて己の天幕に向かった。

 

「「……」」

 

 取り残された二人は怪訝な表情をして顔を見合わせる。

 

「……あの天幕に行ったら沢山のアマゾネスが待ち構えていて、俺達を貪り尽くしたりしないよな?」

 

「……否定はできないが……まぁ、違うとは思うぞ?殺気が無い」

 

「だったら良いんだが……」

 

 心なしか不安そうに言い合いながら、二人はアマゾネスの後を追う。

 

 その時、アマゾネス達の寝床となっている天幕の辺りから少年の悲鳴が聞こえた気がした。

 

「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」

 

「……おい、グリファス」

 

「……気のせいだと良いんだが……そうだな。ジャック、いざとなったらお前が喰い物(エサ)になれ」

 

「おいこら、(おとり)にするな」

 

「大丈夫だ、(しかばね)は拾っておいてやる」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 軽口を叩き合いながら、ミランダの天幕に入っていくと。

 

「遅いじゃない、全くもう」

 

「うるせぇなぁ、一体何の、用……」

 

 ミランダの文句に応じようとしたジャックが、固まる。すぐ後から中に入ったグリファスも目を見開いた。

 

 そこにいたのは、ミランダ、そして彼女と一緒にいたアマゾネスの少女と―――その腕の中に抱きかかえられている、白兎(ニードルラビット)だった。

 

「……よし、話を聞こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、リーナが―――このアマゾネスの子ね?『穴』から出てくるモンスターを仲間と一緒に潰してたんだけど、途中、このモンスターが懐いてきたみたいなのよ」

 

「……はぁ?」

 

 ジャックが呆けた様な声を出す中、グリファスはリーナに尋ねた。

 

「その時の状況を詳しく聞かせてもらえるか?」

 

「あ、はい。そうですね……あれは、私が猛牛(ミノタウロス)をいたぶって遊んでた時の事でした」

 

「……」

 

 あどけない顔をする少女から自然に放たれた言葉にジャックが顔を強張らせる中、説明は続く。

 

「戦いを(たの)しんで高揚してたんですけど、血まみれになってそろそろ頭が冷えてきた頃だったかな……見つけたこの子が、襲いかかりもせずに穴の傍でジッ……と私を見つめてきていて……」

 

 にへらぁ、と顔を緩ませて白兎(ニードル・ラビット)をギュッと抱きしめる。

 

 ビクゥッッ!!と、兎が怯えた。

 

「「……」」

 

「なんだか、こうクリッとした瞳がとっても可愛くなって、持ち帰ってきたんです!」

 

「それで私に相談してきたんだけど、見てみたら予想以上に可愛くってさぁ。とりあえず二人に話を聞いてもらおうと思って。ここで飼う事はできない?」

 

「……」

 

 頭痛が止まらなかった。

 

 頭を抱えるグリファスは、息を吐いて告げる。

 

「始末してくれ」

 

「「なんでっ!?」」

 

 ガ―ンッ、と落ち込む二人についていけなかった。

 

「……そもそも、こいつはモンスターだろう。人の手でどうにかできる物なのか?」

 

「現にできてるじゃない。(しつ)けも今やってるのよ?」

 

(しつ)け?」

 

 ミランダの返答に興味を持った様な顔をするジャックが尋ねた。

 

「例えばどんな?」

 

「突き」

 

「おっ!?」

 

 直後、頭部の鋭い角でニードル・ラビットがジャックに襲いかかった。

 

 ジャックは素手で受け止めてみせる。

 

「すげぇすげぇ。他には?」

 

「そうね……辺りをグルグル回らせたり、跳ばせたり、走らせたり……後は、用を足す場所とか、食事とか?完璧に叩き込んどいたわ」

 

「マジで?」

 

「凄いんですよ、ミランダさん。全部一度で覚えさせたんです」

 

「……」

 

 とても楽しそうに話す三人を目の前に、グリファスは物凄く嫌な予感がした。

 

 その直後、笑みを浮かべるジャックがこちらに向かって振り向いた。

 

「……おい」

 

「グリファス、飼おうぜ!」

 

「どこまでも予想通りだな、お前はッ……!?」

 

 

 多種多様の種族が所属する『連合(ユニオン)』。

 

 そこに、初めてモンスターが加入した瞬間だった。

 

 

 





 はい、連合(ユニオン)初の調教(テイム)です。今後ニードル・ラビットは癒し系の存在となります。

 ……サブタイ読んでエロい事考えた人手ぇ挙げて



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導書

 ぎ、ギリギリ、セーフ!
 本日の執筆時間が狭まった中、無事に書き切れました!
 いやぁ、燃え尽きましたな!



 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?』

 

「きゃー、可愛ぃー!?」

 

「ちょっと、私にも触らせてー!」

 

「ねぇ、私が連れてきたんだからねー!?」

 

 黄色い声と共に四方八方から伸びた手が白兎(ニードル・ラビット)を引っ張り回した。

 

 それぞれが自分よりもずっと大きい存在感を持つ少女達に何度も抱きしめられ、本気で怯える白兎は死にそうになっている。もう軽くパニックだった。

 

『……随分と人気だな、あの(うさぎ)は』

 

『……チッ』

 

『モンスターも手懐けられるモンだったんだなぁ』

 

『恐怖で縛り付けるのはあらゆる生物に共通するものなんだろう』

 

『いや、女共(あいつ等)に自覚は無いんだろうよ』

 

 代わる代わる女性陣に抱きしめられ、その手で撫でられるニードル・ラビットに対して周囲を通りがかる男性陣から羨望、嫉妬、関心、哀れみ等、多種多様の感情が込められた視線が突き刺さる。

 

「……」

 

「どうよ?」

 

「……まぁ、問題は無いみたいだな」

 

 ニヤリ、と笑う青年(ジャック)に対し、経過を確認していた王族(グリファス)は疲れ切った様に息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャック達がミランダからの相談を受けてから3日が過ぎた。

 

 当初は突然の話に誰もが反発していたが、今ではあの白兎、女性陣を中心に大きく人気になっている。女戦士(ミランダ)の調教も効果があったのかモンスターが暴れて被害を出す事も無く、一安心といった所だ。

 

 大魔法で砲撃でもしたのか、『穴』の付近から爆音が轟く中、グリファスは見知った少女(エルフ)を発見して近寄った。

 

「グリファス様……」

 

「レイラ?もう起き上がって大丈夫なのか?」

 

「はい。そう何日も寝ている訳にはいきませんし」

 

「そうか。調子が良い様なら何よりだが……ほどほどにな?」

 

「えぇ」

 

 作業を手伝っていたのか、荷物を抱えたまま白髪を揺らして微笑む少女にグリファスも笑う。

 

「あ、言いそびれていたんですけど……先日の探索では、助けていただいてありがとうございました」

 

「何、気にする事は無い。お前のおかげで砲竜も倒す事ができたんだからな」

 

「そんな事は……そもそもグリファス様が助けてくれなければ私は詠唱もできずにハービィに()られていたでしょうし……」

 

「謙遜するな。あの魔法は見事だった」

 

 否定しながらもやはり満更でも無いのか、うっすらと頬を染めるレイラ。

 

 そんな彼女を優しく見つめるグリファスは一笑を投げ、己の天幕に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 天幕の中、グリファスは筆を持ち、一冊の書物を静かに書き続けていた。

 

 

『魔導書を読みたい?』

 

 もう10年も前。

 

 森の中、訓練を終えた少年の言葉を聞いた師は難しい表情になって考え込んだ。

 

『……何故、突然その様な言葉を?』

 

 ぐっ、と少年は声を詰まらせる。

 

 正直に言ってしまうと、年下の少女が強力な魔法を使える事に若干の嫉妬と羨望を抱いたからなのだが、そんな事を白状するのはちっぽけな自尊心(プライド)が許さなかった。

 

 全ては話さず、魔法を使えるようになりたいとだけ言うと、師はじっと考え込み始めた。

 

『………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

 

 一言も発さず、黙考を続ける師に、心なしか少年が焦り始めた時の事だった。

 

 少し楽しそうな表情で、師は笑った。

 

『……作ってみましょうか。魔導書(グリモア)

 

『はい?』

 

 当時の少年(グリファス)は、師の顔を見て何故か嫌な予感を感じたのだった。

 

 

「……くっ」

 

 既に九割以上完成している分厚い魔導書(グリモア)の執筆を続けていたグリファスはそこまで回想を続けて苦笑混じりに笑う。

 

「(いやいや、あれは大変だった……)」

 

 まぁ、『自分の魔導書を自分で作れば、本当に欲しい魔法を手に入れられるかもしれません』と言う師の言葉には当時の自分も納得した。

 

 したのだが―――その後が大変だった。

 

 なにしろ複雑な工程を紙作りから始めるのだ。力ある文字(ルーン)を刻んだ樹木(じゅぼく)から紙を長い時間かけて作り、そこから血を使って何通りもの文字を刻むのだ。精霊から教わる必要のあった神の文字は本当に苦労した。あっという間に10年だ。今となってはもはや何の為に書いているのかも分からない。

 

「後、数日が目処か……」

 

 10年ものの歳月を経て完成に近づく自分だけの魔導書(グリモア)

 

 その古ぼけた一冊を見つめる青年の顔に、笑みが浮ぶ。

 

 その後、作業は日が沈むまで続いた。

 

 




 土日は投稿できるか分かりません。次話をお楽しみにしてください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる魔法

 

 

『―――私にとっての魔法とは、何だ?』

 

 奇跡。

 

 敵を殲滅し、仲間を守り、現実のルールを塗り替える物。

 

 ―――私の想像する『魔法』とは、そういう物だ。

 

『―――私にとって魔法とは?』

 

 希望。

 

 自分のよく知る少女が過去に示した、絶望をも消し去る希望の光。

 

『私にとって魔法とはどんなものだ?』

 

 ―――敢えて言うのなら、樹だ。

 

 どこまでも大きな大樹。どんな魔法も始まりは魔力(根っこ)からだ。詠唱によって育ち、枝分かれして多種多様の魔法(はな)を咲かせる。

 

『魔法に、何を求める?』

 

 力。

 

 もう誰も死なせない為に。戦友(なかま)を助ける為に。大切な少女(ひと)を守る為に。

 

 あらゆる敵を貫き、あらゆる壁を穿つ、そんな力が欲しい。

 

『それだけか?』

 

 ……神の力。おこがましい事だが、それに匹敵する様な力が欲しい。

 

 どんな敵をも打ち倒す、神の如き力が。

 

 …………こんな事を誰かに知られたら、何を言われるか分からんな。

 

『……欲張りな奴だ』

 

 全くだ。我ながら呆れる。

 

『―――だが、それが私だ』

 

 それを最後に、意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――グリファス様、起きてください、グリファス様」

 

「っ……」

 

 肩を揺すられる。

 

 聞き慣れた少女の声に、目を覚ました。

 

 顔を上げると、その紅い瞳と目が合った。

 

「目が覚めました?」

 

「っ~~、レイラ、か」

 

「珍しいですね、机で眠るだなんて」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 視線の先にあるのは、昨晩完成し、すでに読み終わった魔導書(グリモア)

 

 アレを読んで意識を落としたのだろうと察しがつく。

 

 当然レイラもそれに気付いた様だった。

 

「あれ、これって……」

 

「察しが良いな、魔導書(グリモア)だ」

 

「あ……完成したんですか!?」

 

「あぁ。昨晩な。もうこれは奇天烈書(ガラクタ)だが」

 

「わぁっ……!!」

 

 10年も前からグリファスが製作を続けていた事を知っているレイラは感動した様に魔導書を持ち上げる。

 

 心なしかその紅い瞳はキラキラと輝いていた。

 

「凄いっ、とうとう完成したんですねっ!」

 

「随分と苦労したよ……」

 

「本当に凄いですよ、魔導書(グリモア)を書くだなんて……!!あのっ、これは頂いても良いですか!?」

 

「構わないが……もう効果は消失しているぞ?」

 

「それでも良いんです!」

 

 パラパラと中身を(めく)っては感嘆の声を上げるレイラの姿に、苦笑しながらも気恥ずかしさを覚えた。

 

「どんな魔法を発現させたんですか?」

 

 今後連携をする上で重要な事を尋ねられ、グリファスは黙考する。

 

 必要な事は全て頭の中に入っていた。詠唱式も自由に思い浮かべられる。

 

「……詠唱式から考えて、単射系の攻撃魔法だな。超長文詠唱になる」

 

「……え?」

 

 その言葉に、レイラは戸惑った様な声を発した。

 

 超長文詠唱。

 

 レイラもそれは一つだけ発現させているが、長文詠唱と比べてもそれなりに時間をかける為に滅多に使わない。当然ながら威力も詠唱量に比例して上がるのだが、どうしても手間が長くなる。

 

「(白兵戦に特化したグリファス様とは相性が悪いのでは……?)」

 

 そんなレイラの疑問を察したかの様に、グリファスも苦笑した。

 

「まぁ、大丈夫だろう。私にも考えがある」

 

 迷宮から帰還してから、一週間が過ぎた。

 

 今日は、二度目の探索だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試し撃ち、ねぇ……」

 

「あぁ。だいたいの予想はついているが、新しい魔法がどの様な効果を発揮するのか、確認しておきたい。迷宮でならそれにうってつけだろう?」

 

「……」

 

 装備を整えていた途中、グリファスに事情を説明されたジャックは30(ミドル)離れた『穴』に視線を向け―――それを指差した。

 

()()を実験台にすれば良いんじゃねぇの?」

 

 その直後、穴の付近が()()()()()

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 咆哮と共に現れたのは、純白の体を持つ氷の竜。

 

 7(ミドル)もの巨体でありながら飛竜と変わらない飛行速度を誇るモンスター、『グレイシアドラゴン』。

 

 何よりも印象的なのは、周囲の空間を一撃で凍てつかせるその咆哮(ブレス)だろうか。

 

「流石にアレはディルムッド達でも抑えきれなかったか……グリファス、行けそうか?」

 

「あぁ……」

 

 軽傷のみで凍竜の攻撃を凌いだ防衛部隊を視界に入れながら、グリファスは笑みと共に銀杖を構えた。

 

「―――ちょうど良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒ぅ!?」

 

「野に放つのは不味い、何としても始末するぞ!」

 

 ディルムッド達が凍竜と戦闘を繰り広げる、その最中。

 

 投擲された小石がグレイシアドラゴンの側頭部に直撃した。

 

『ウゥ!?』

 

「!」

 

 その直後、虹色の翼を(まと)うグリファスが凍竜に一撃を叩き込む。

 

 空中で放たれた一撃はその爪に弾かれた。

 

「グリファス!?」

 

「―――済まない、こいつは貰うぞ!緊急時に援護頼む!」

 

 火精霊(サラマンダー)の少年に叫び返したグリファスは返事を待たずに凍竜に襲いかかった。

 

「―――【それは、破滅(おわり)の始まり】」

 

 そして、詠唱を始めた。

 

「【愚かなる人の王によって戦乱の剣が振るわれ、戦いが始まった】」

 

 攻撃、防御、回避、移動―――詠唱を続けながら戦闘を行うグリファスに、誰もが目を見開いた。

 

 明らかな強敵を前に、『並行詠唱』を実現する。

 

「【人々も世界も神々も死に至る黄昏(たそがれ)の戦い。最後に嗤うのはヒトならざる怪物】」

 

「【世界は終焉の闇に包まれた】」

 

 全てを凍てつかせる咆哮(ブレス)を回避。返す刀で振るわれた銀杖が竜の一撃と拮抗した。

 

 弾き合う。

 

「【人々を見下ろした世界樹よ、妖精(われら)を見守り続けた始まりの樹よ。世界を守れ、世界を繋げ。我が声に応え、力を貸したまえ】」

 

「【それは英知を司る一本の枝。妖精の手によって枝は槍に変わった】」

 

 想起するのは、一本の槍。

 

 あらゆる敵を狙い撃ち、闇を穿つ。

 

「【至れ、オーディンの槍】」

 

 グリファスを中心に魔力が吹き荒れた。

 

「【全てを貫け、暗雲を払え。放たれよ、神の一撃】!」

 

 詠唱が完成する。

 

 超長文詠唱によって編み上げられた魔力の規模に、凍竜が極限まで目を見開いた。

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「―――【グングニル】」

 

 魔法名が紡がれた。

 

 金色の魔力が、銀杖を包み込む。

 

 放たれた絶対零度の咆哮(ブレス)に真正面から―――投擲した。

 

 銀杖から放たれたのは、金色の槍。

 

 

 それは一瞬で竜の咆哮(ブレス)を撃ち抜き―――グレイシアドラゴンの胸部を貫いた。

 

 

『―――』

 

 魔石を破壊され、断末魔も発せずに凍竜が灰になる中―――飛行魔法(フィングニル)を解除した王族(ハイエルフ)が着地する。

 

 その直後、歓声が轟いた。

 




 グリファスの新魔法です。多分並行詠唱って、古代ではまあ、最上級(トップクラス)の力を持っていればやっていたんじゃないですかね。汚れた精霊も原作でやってるみたいですし。
 超長文にもなると、並行詠唱を使うか前衛中衛が死ぬ気で守らないと扱えないんだろうと思います。

 いやぁ頑張った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷宮探索

 

「―――邪魔だ」

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 通路を進む戦士達の目の前に現れたモンスター、フォモールの眼球を暗殺針が貫き、喉元を短刀が切り裂いた。

 

 並の軍隊なら軽く壊滅させられるモンスターを、疾走する白夜(びゃくや)が瞬殺する。

 

「ここが、迷宮……」

 

「おい、でかいのが来るぞ!」

 

 初見の迷宮内を見回す白夜の耳に、長剣で巨大蜂(デットリー・ホーネット)(ほふ)ったシルバの警告が飛んだ。

 

 ガサガサガサガサガサガサガサっっ!!と耳障りな音と共に現れたのは10(ミドル)にも届く体長を誇る大蜈蚣(タイラント・ワーム)だ。

 

「……」

 

 醜悪な外見のモンスターが暗殺針を躱しながら驀進(ばくしん)して来る光景に白夜が物凄く嫌そうな顔をする。

 

 切り分けても頭部を破砕しても、魔石を破壊するまで獲物を狙う悪質なモンスターに彼が短刀を構える、その直後。

 

「下がれ、白夜!」

 

「【我が名は土精霊(ノーム)、大地の代行者、大地の王】―――【ガイア・クレイグ】!」

 

 背後で紡がれていたクレスの詠唱が完成する。

 

 白夜が後方に跳ぶと同時、彼の攻撃魔法が発動した。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 壁、床、天井―――全方位から無数に生み出されたのは、極太の石柱。

 

 それは瞬く間に大蜈蚣を襲い、瞬く間に魔石を砕いて灰にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……迷宮全体が磁気を放っているな。方位磁石が使えなくなったのもその影響だろう」

 

「で、どうよ」

 

「予想以上に入り組んでるな。この階層全体をマッピングするだけでも手間がかかりそうだ」

 

 より正確な地図を作成する為に迷宮を訪れたクレスがジャックに答える中、他の面々は周囲を警戒しつつあたりを見回す。

 

「これは……」

 

「綺麗に、修復されているわね」

 

 現在位置は、二階層に繋がる階段の存在するルームだ。

 

 ヴァルガング・ドラゴンの砲撃に破壊された筈のルームを見回すレイラとミランダが呟いた。

 

 モンスターでも産まれたのか、壁のあちこちにひび割れがあったが、それだけだ。あの砲撃の傷跡はどこにも存在しない。

 

「どうする、グリファス。もう少し奥に向かうか?」

 

「……」

 

 ガランの問いに考え込んだグリファスは首を振った。

 

「……いや。まずはこの階層を回ろう。マッピングを進める必要もある」

 

「最低でも31階層まであるんだろう?堅実に行くのが正論だ」

 

 ジャックの補足も加えられ、特に異論が出る事も無かった。

 

 ひとまず階段の存在するルームを抜け、彼等は進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉら、行ってこーい」

 

『ピィっ!』

 

『グェ!?』

 

 ミランダの指示と同時に駆け出した白兎(ニードル・ラビット)が、コボルトの腹に一撃を入れる。

 

 その角を血まみれにして戻って来た白兎を抱きしめるミランダは頬をだらしなく緩めさせた。

 

「あぁ~~良い仔良い仔。本当に偉いわぁ」

 

「ミノタウロスやライガーファングなんかは無理なんだろうが……一定以下のモンスターであれば十分()れるみたいだな」

 

 1階層の奥に進み、ルームでの戦闘を消化した彼等は地図作成を続けるクレスのペースに合わせて移動をする。

 

 その時だった。

 

「三、六、八……十四、十五、二十……結構いるぞ、この奥に」

 

「へぇ、やけに多いな」

 

 通路を通る中、怪物(モンスター)の気配を感じ取った白夜の言葉に表情が引き締まる。

 

「レイラ、詠唱の用意を」

 

「はいっ」

 

 グリファスに応じて杖を力強く握るレイラ。

 

 進んでいく途中、異変に気付いたのはジャックだった。

 

「おい、若干明るくなってないか?」

 

「あ、そういえば……?」

 

 元々迷宮自体が光を放ってはいたが、通路を進むにつれてより明るくなっていた。

 

 光源は通路の出口、この先のルームからだ。

 

「……行くか」

 

 ジャックの言葉に従い、ルームに出る。

 

 その先にあったのは、予想外の光景だった。

 

 




 閲覧ありがとうございます。
 感想どんどんおねがいします!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

食料庫

 

「……は?」

 

 唖然とした様な声が、クレスから漏れた。

 

 その心境は、皆同じだ。

 

 より強い光を放つルーム、そこを訪れた彼等の視界に映った光景。

 

 飛竜(イル・ワイヴァーン)大熊(バグベアー)殺人蟻(キラーアント)―――多種多様のモンスターが、心なしかくつろいだかの様に休息を取っていた。

 

「ここ、は……」

 

 目を見開いたグリファスも辺りを見回す。

 

 1階層にあったルームよりは一回りも二回りも大きいルーム。その奥には水晶でできた美しい柱が存在し、そこからは透明な液体が流れていた。モンスター達はそれを摂取しているのだ。

 

 迷宮の奥深くに存在する、モンスター達の食料庫(パントリー)

 

 夢にも見なかった光景に戦士達は束の間目を奪われていたが、そんな時間も長くは無かった。

 

『―――!』

 

 当然、迷い込んだ異物に、モンスター達が気付かないはずも無い。

 

 彼等に気付いた無数のモンスターが目の色を変え、殺気をむき出しにした。

 

「……戦闘準備」

 

「レイラ、詠唱を始めろ」

 

 ジャックとグリファスが指示を出す、その直後。

 

 迷宮に訪れた招かれざる侵入者に、凶暴なモンスターの群れが襲いかかった。

 

 

 

 

『ギェ!?』

 

『グェ!?』

 

「ったく面倒臭ぇなぁ……」

 

 襲いかかって来た二体のインプを一蹴したジャックが息を吐く。

 

 食料庫として機能しているだけあってモンスターは多かった。むしろ増えてる。ここに食料を求めて通路からやって来た怪物(モンスター)が次々と彼等に襲いかかって来ているのだ。

 

 鈍いオークを始末する直後、彼の目の前でガランが薙ぎ払われる。

 

「がっ……!?」

 

「ガラン!?」

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「こいつ……!!」

 

 ガランの死角から尾で一撃を叩き込んだのは金色(こんじき)の肉体を持つ雷激の蛇(サンダー・スネイク)。人間など丸呑みできそうな顎が開かれ、戦慄するジャックに放たれるのは―――雷撃。

 

「ッ!!??」

 

 横っ飛びに回避する彼の後方から、巻き込まれたモンスターの断末魔と共に焦げ臭い臭いが届く。

 

「舐めんな、クソ蛇が!?」

 

『!?』

 

 疾走するジャックの振るった聖剣がモンスターの胴体を深々と切り裂く。

 

『―――』

 

 白熱する口腔を開き、ジャックに雷撃を撃ち込もうとしたサンダー・スネイク。

 

「―――」

 

 不可避の一撃を目の前に、硬直したかの様に見えたジャックは―――不敵に笑った。

 

 直後、跳躍したガランの振り下ろした大剣が大蛇の顎を縫いとめた。

 

『~~~~~~~~~~~~!?』

 

 直後、顎を縫いとめられたサンダー・スネイクの口内で雷が暴発した。

 

 頭部を消し飛ばしたモンスターから飛び降り、粗暴な笑みを見せたガランはジャックと手を打ち付けあう。

 

 その直後、王族(ハイエルフ)の少女が起こした絶対零度の吹雪に巻き込まれそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 殲滅魔法【二ヴルヘイム】でモンスターを一掃したレイラは息を吐く。

 

 モンスターの食料庫(パントリー)はレイラの魔法によって純白の世界と化していた。

 

 銀杖を振るうグリファスが凍り付いたモンスターを破壊し、戦闘が終わる。

 

 十分な力を発揮した己の魔法に、レイラが満足気な表情を浮かべた直後―――ジャックとガランに拳骨を落とされた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!??」

 

 爆発する痛み、揺れに揺れる視界。

 

 頭部を抱えて涙目になる少女がきっ、と睨みつける。

 

「なっ、なにするんですかっ!」

 

「こっちの台詞(セリフ)だぁ!?」

 

「死ぬかと思ったわ!何思いっ切り巻き込んでんだ!」

 

「あっ、あの位躱せばよかったでしょう!」

 

「何それ理不尽!?」

 

「ふざけるなよお前……!?」

 

 言い合う三人を中心に弛緩した空気が流れる。

 

「おい、早くここを出るぞ。モンスターがまた来るはずだ」

 

 白夜の言葉に同意した面々が移動を始める、そんな中。

 

「……」

 

 モンスターに透明な液体を与えていた水晶樹、それをグリファスが見上げていた。

 

 ガッ!と拳を叩き込み、水晶を割る。

 

 その一部を採取した。

 

「グリファス、何やってんだ!行くぞ!」

 

「―――あぁ!」

 

 彼は背を翻し、ルームを出る。

 

 その後、あらかた迷宮内を見て回り、彼等は地上に帰還した。

 

 




 閲覧、ありがとうございます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

守ってくれるのは

 ランキング22位……!
 お気に入り400突破……!!
 ありがとうございます!!今後とも精進しますのでよろしくお願いします!


 

 

「……」

 

 グリファス一人しかいない天幕で、静かに作業が行われていく。

 

 机の上には様々な資料が重なり、集中する彼の手の中には食料庫から採取した水晶があった。

 

 美しい石英(クォーツ)は、彼の注入した魔力に応じて輝きを放つ。

 

(……やはり、()()()魔力との親和性が……いや、これ自体が魔力を放っているのか?)

 

 適当に察しをつけるグリファスの側に置かれているのは大小様々な魔石。

 

 石英(クォーツ)を置いた彼はそれらも手に取って観察する。

 

 魔石は、モンスターの核だ。

 

 魔石を体から抜かれたモンスターは例外無く灰になる。それこそ種族問わずだ。

 

 最近近くで獲られた巨黒魚(ドドパス)などはその体の大きさと(いびつ)で強固な鱗からモンスターと勘違いされ、魔石が発見されずにグリファスを大いに焦らせた。

 

 魔石を破壊しても死なないモンスター?冗談じゃない。

 

 若干逸れた思考を戻し、小石程の大きさの魔石に魔力を集中させる。

 

 先日の防衛でディルムッドが串刺しにした大鷲(ヴァン・ロック)の魔石は魔力に反応し、石英(クォーツ)よりも強く光った。

 

「……」

 

 目を細めたグリファスは別の魔石を手に取り、これもまた魔力を流し込む。

 

 爪の欠片とほとんど変わらない大きさの魔石―――最弱モンスターであるゴブリンの魔石は、鈍く光るだけだった。

 

(魔石―――いや、ダンジョンで採れる物全般に、質の差がある様だな)

 

 当然といえば当然だろう。何しろゴブリンと大鷲(ヴァン・ロック)では文字通り格が違う。

 

 その核である魔石に差が出るのは、決しておかしい事では無い。

 

(―――まぁ、そもそもモンスターが存在する事自体が異常なのだが、それを言ってもしょうがないだろう)

 

 身も蓋も無い思考に苦笑しながら、迷宮から手に入れた物品の研究を続ける。

 

 モンスターから取り出される魔石については以前から研究を行っていたが、連合(ユニオン)での活動が激化するにつれて―――いや、元々かなり命懸け(ハード)だったのだが―――その余裕も無くなっていた。魔導書の執筆が遅れたのもその影響だ。

 

 迷宮から実際に『資料』を持ち帰る事ができたのは大きい。探索を続けていけば今後多くの事が分かってくるだろう。

 

(―――魔石から発せられるこの魔力、これを有効活用できれば……)

 

 魔力を持つ物体はそれだけで多くの可能性が生まれる。単純な加工をするだけでもそれを媒介にして簡単な魔法―――あるいはそれに近い現象を起こせるかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 集中して作業を行っていたグリファスは、だからこそその気配に気付くのが遅れた。

 

「―――グリファス様?」

 

「!」

 

 耳元でそう囁かれたグリファスは、僅かに肩を揺らす。

 

 普段はそれなりに冷静な彼のその挙動が、確かな動揺を表していた。

 

「れ、レイラか。どうした、いきなり」

 

「いえ、何度か声をかけていたんですけど……」

 

「……済まない、気付かなかった」

 

 思わぬ失態に頭を抱えたくなったグリファスは息を吐く。

 

「で、どうしたんだ?」

 

「いえ、こんな真夜中に明かりが点いていたので……また無理していないか、心配になって」

 

「お前は私の母親か……」

 

「一応、クリスティナ様からは貴方の事を一任されていますけど?」

 

 苦笑交じりにぼやいたグリファスに白髪を揺らす少女は悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

 こうして昔の様な会話をしていられるのも、二人きりだからか。いずれにせよグリファスにとっては心地の良いものだった。

 

「……()()()()()

 

 そう呼びかけるレイラが、そっと彼に寄り添う。

 

「最近、何だか怖くなってきました」

 

「……気にする事は無い。お前は―――」

 

「違います、そうじゃないんです」

 

「……?」

 

 独白する様に呟くレイラに言葉をかけようとしたが、否定される。

 

「モンスターが怖い訳じゃないんです。皆が、貴方が守ってくれるから。でも―――」

 

 そこで、彼女は思い詰めた顔で、言った。

 

 問いかけた。

 

 

「―――貴方は、誰が守ってくれるんですか?」

 

 

 レイラはまだ良い。弱いから、一人ではモンスターに勝てないから、誰もが注意する。守ってくれる。

 

 だが―――グリファスは?

 

 グリファスは強い。それこそ並のモンスターなど軽くあしらえる位に彼は強い。超長文詠唱による砲撃も手に入れた。実戦でそれを使いこなせる技量もある。単純な白兵戦でも連合(ユニオン)の頂点に立つだろう。

 

 しかし、彼は強くなりすぎた。

 

 だから、レイラは恐れたのだ。問いかけたのだ。

 

 もし、どうしようもない存在が現れ、彼が窮地に立たされた時―――誰が、貴方を守るのか、守れるのかと。

 

「……」

 

 その言葉の意味を、真意を理解したグリファスは―――そっと、微笑んだ。

 

 答えは、とても短かった。

 

 彼にとって、それは単純なものだったからだ。

 

「―――お前だよ、レイラ」

 

「え?」

 

 自分を見上げる少女の頭を撫で、笑う。

 

「お前が居てくれるから、ここまで来れた」

 

「お前が居てくれるから、これからもやっていける」

 

 むしろ自分だけだったら、三回は死んでいたとグリファスは断言できた。

 

 その魔法が、自分を何度も救ってくれた。

 

 守りたい存在が、守ってくれる存在が居てくれたから、自分は生きる事ができたのだと。

 

 目を見開くレイラにそう告げたグリファスは、優しく微笑む。

 

「だから―――大丈夫だ」

 

 その言葉を聞いて、少女はその紅い瞳を濡らす。

 

 小さな光の粒を散らしながら、レイラは笑い。

 

 感情のままに、グリファスに抱きついた。

 

 微笑むグリファスが彼女を受け入れる中。

 

(―――この人に応えられる様に)

 

 弱い自分を、頼りにしてくれる彼に、応えよう。応えて見せよう。

 

 彼を脅かす敵を打ち倒し、彼を守り、彼を癒やそう。

 

 彼を救う魔法(うた)を届け、私は―――

 

(―――いつまでも、どこまでもついて行こう)

 

 彼の腕の中に顔をうずめ、少女は誓った。

 

 




 最近ポケモンのSSも手がけ始めましたが、そちらの方は気が向けば、息抜き程度の感覚なので、こちらを基本的に進めます。
 暇な方は、是非ご覧ください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追憶、そして―――

 

 

『……』

 

 妖精(エルフ)の住む森の中、王族(ハイエルフ)の青年は一人大樹の側で佇んでいた。

 

 数年前にモンスターの襲撃を受けた森は、その生命力を発揮して元の姿を取り戻しつつある。

 

 彼等の愛した、美しい森だ。

 

『……』

 

 背後の気配に気付き、青年は振り向く。

 

『―――グリファス?』

 

『……レイラか』

 

 美しい衣装を(まと)う少女の姿に、彼は頬をほころばせる。

 

 彼女とはついさきほど契りを交わしたばかりだった。宴会の席を抜けた彼を追ってやって来たのだろう。

 

『……』

 

 そして、静かにグリファスを見つめる彼女は、彼がこの場に訪れた理由も察している様だった。

 

 ここは、大樹の根本は―――彼の師の墓だ。

 

『……最近、ここに来られる時間を取れなくてな……良い機会だったから、報告も兼ねてやって来た』

 

『……そうですか』

 

 微笑む彼女は、そっと彼に寄り添った。

 

『あの方は、きっと―――』

 

 そこで一拍置いて、少女は呟いた。

 

『―――貴方を、私達を祝福してくださると思いますよ?』

 

 グリファスと腕を絡め合い、大樹を見上げる。

 

『っ―――』

 

 月の光を浴びるその横顔は、青年が言葉を失う位に美しかった。

 

『……あぁ』

 

 少女を抱き寄せ、心中で誓う。

 

(―――必ず、守る)

 

 この森も、同胞も、腕の中の少女も―――何があろうと、守り抜いてみせる、と。

 

 迷宮で戦友(なかま)と共にモンスターと戦うより、少し前―――豊かな森の中で、王族(ハイエルフ)の青年は誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 目を覚ました。

 

 寝台(ベッド)の上、毛布の中で追憶(ゆめ)から意識を取り戻す。

 

「……」

 

 連日の戦闘による疲労が溜まっているのか、どこか気怠い体を起こそうとして、動きを止める。

 

 彼と密着する様に、一糸纏わぬ少女(エルフ)が眠っていたからだ。

 

「ん……」

 

「っ……」

 

 どこか艶めかしい声を発しながら身体を寄せ、ぎゅぅ、と満足そうな表情(かお)をして抱きしめて来るレイラに見えない自制心(ナニカ)がゴリゴリと削られた様な気がしたが、グリファスとしては眠っているレイラに手を出すつもりなど欠片も無い。

 

 暫くその柔らかな温もりに包まれていたが、いつまでもこうしている訳には行かない。

 

「―――」

 

 できるだけ静かに少女の腕を外し、毛布から出る。

 

「……」

 

 衣服を纏ってふぅ、と息を吐くグリファスだったが、細心の注意を払ったにも関わらず失敗してしまったらしい。

 

「ん……」

 

 毛布の中で呻くレイラが、目を覚ましたからだ。

 

「……おはよう」

 

「あ、おはようございます……」

 

 軽く挨拶を交わす。

 

 別に、二人の関係が変わった訳ではない。

 

 こうして過ごすだけの余裕が、ようやく生まれただけの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合(ユニオン)』が『穴』の付近に陣取ってから数ヶ月が過ぎた。

 

 度重なる探索によって迷宮攻略も10階層まで進み―――それに伴ってディルムッドの千里眼で迷宮が最低でも35階層まである事実が発覚し―――迷宮の『蓋』として機能する事になる塔や巨壁などの建設も進む、そんな中。

 

 クレスの指示によって進められていた居住区の建築が、とうとう完成したのだ。

 

 名目上は完成したにも関わらず現在進行形で行われる彼の改築によって、居住区はだんだん混沌とした様相を醸し出してきているが、現状問題は無い。

 

 現在『連合(ユニオン)』の構成員の多くがこの居住区で過ごしている。

 

 余談だが、この居住区は(のち)にダイダロス通りと呼ばれるようになった。

 

「……」

 

 そして、目を細めるグリファスは路地を移動する。

 

 あれから少しした後、レイラと交友関係のある女性陣が押しかけてきて、

 

『やほー、邪魔するよー』

 

『お邪魔します……』

 

『……精液臭い……レイラ、昨夜はお楽しみだったみたいねぇ?』

 

『いや、流石にこれは分かんないでしょ……超綺麗に整頓されてるし……』

 

『なんで貴女の嗅覚はそんなに凄いんですか……!?』

 

『あ、ヤッたのね』

 

『お楽しみって……?』

 

『アリア、お願いですから貴女だけは純粋(そのまま)でいてくださいね……?』

 

『?』

 

 等と会話があったが、どうもジャックからの伝言もあったらしい。グリファスは彼の住居に向かう事となった。

 

 恐らくは次の侵攻部隊の編成についての話し合いだろうと察しをつける。

 

 辺りを明るく照らす太陽は、既に高くなっていた。

 

 

 

 

 こんな日常が続くと、誰も思っていた。

 

 塔や巨壁が完成し、『蓋』として機能を始める事で迷宮を管理できる様になれば今度こそ安心を得られると誰もが信じていた。

 

 そんな日々は、唐突に打ち砕かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――迷宮の奥深く。

 

 未だ誰も訪れない、そして1000年後も到達される事の無い深層で。

 

『―――』

 

 食料庫(パントリー)で透明な液体を摂取していたナニカは、顔を上げる。

 

 付近に散らばるモンスターの死骸を踏みつぶし、その赤い瞳孔を開いた。

 

 見上げるのは、はるか上方に存在する街、そして―――どこまでも蒼い空。

 

『―――アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 迷宮全体を震わせる咆哮が、どこまでも轟いた。

 

 




 感想、どんどんお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

災厄の、その前に

 閲覧、ありがとうございます。


 

「……」

 

 その日の朝から、クレスは何故か落ち着かなかった。

 

 胸に何かが詰まっているかの様な不快感。それがずっと彼を(さいな)んでいたからだ。

 

 何かを忘れている様な、ナニカを予感するかの様な。

 

 それは居住区の改築計画の図面を引いている間も彼にのしかかり、彼を悩ませていた。

 

 その時、彼の住む工房、その扉が外からノックされる。

 

「……」

 

 浮かない顔のまま扉を開くと、その場にいたのは見知った顔だった。

 

「お前等か……精霊が勢揃いだな」

 

 その場にいたのは、『連合(ユニオン)』に所属する精霊、その全員だった。

 

 風精霊(アリア)光精霊(アリシア)火精霊(アルマンド)―――その他にも3人の精霊が、彼の元に訪れていた。

 

 その全員が、どこか不安気な、張り詰めた表情をしている。

 

「何の話かは、大体分かるが……まぁ良い、入れ」

 

 彼等を招き入れたクレスは、薄く薄く息を吐く。

 

 扉を閉じた。

 

「……ねぇ」

 

 真っ先に口を開いたのはアリアだった。

 

 普段は天真爛漫な彼女は、どこか焦燥に駆られている様な表情で尋ねる。

 

「クレスも、感じる?何だか、凄く嫌な予感がするんだけど……」

 

 嫌な予感。

 

 他人の言葉を聞いて初めて己の抱いていた感情の正体に気付いたクレスは息を吐く。

 

「(……成程な)」

 

 精霊の勘は良く当たる。これはもう人類の共通認識に近い。

 

 その勘が、神々の授けた感知能力が、人類を今日まで導き続けて来たのだ。

 

 そして、今回は精霊達の誰もが見えないナニカを警戒している。

 

 どうも、今までで最大の危機が人類に迫っているらしい。

 

「……お前等は、どう思う」

 

「単純に考えれば、モンスターじゃない?」

 

 クレスの問いかけに応じたのは闇精霊(スプリガン)の女性、フラン・オールラインだ。

 

 アリアとも仲の良い彼女の言葉に、その場の全員が同意を示す。

 

「まぁ、多分そうだよな……」

 

「ここまでヤバイのは初めてだけど、ね……」

 

 単純に考えて、この場にいる上級の精霊達全員が危惧をする程の存在が接近しているという事実に重苦しい空気が生まれる。

 

「……とりあえず、俺はジャックに警告しておく。そうだな……グリファス、いや主力陣全員にも話は伝えておけ」

 

「……うん」

 

「了解した」

 

 クレスの提案に納得した面々はそれぞれ工房を離れ、各地に散っていく。

 

「……」

 

 生涯で最大の厄介事が近付いている事を悟ったクレスは、重々しい顔でジャックの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなに、ヤバイのか?」

 

「7人の精霊の全員が警戒している。それだけ言えばお前でも分かるだろう?」

 

「……マジかよ」

 

 クレスの言葉を聞いたジャックは、疲れきった様に息を吐いた。

 

 頭を抱え、呟く。

 

「……それがモンスターだったら、まぁ、野放しはできないよなぁ……」

 

「……死人が出るぞ」

 

 声を低くして警告する。

 

 こんな感触は初めてだった。少なくとも精霊達が本気で警戒する存在だ。それこそ大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)よりもずっと強い存在だろう。主力陣はもちろん、戦闘の流れ弾による犠牲者が出る可能性も決して低くない。

 

 だが。

 

 それでも。

 

「……やるっきゃねぇだろ。野放しにしてられるか」

 

 危険性を理解しながらも、ジャックは宣言する。してみせる。

 

 自分達には、自分には仲間の命が、世界の命運がかかっている。

 

 だから決して、引くわけにはいかない、と。

 

「グリファス達を呼ぶ。早く対策を立てねぇと」

 

 そう告げるジャックに、クレスは目を見開き―――一笑を浮かべた。

 

「……そうだな」

 

 きっと、精霊達から警告を受けた他の者達も同じ決断をするだろう。

 

 仲間を、同族を、世界を救う為に。

 

「……」

 

 こいつ等と戦えるなら、死んでも悪くない。

 

 笑みを浮かべながら、クレスはそう心中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、どうする」

 

 ジャックの呼び出しに応じた面々が集まる中、シルバが尋ねた。

 

「正直、ここにいる面子以外じゃぁ少し厳しいんじゃないか?」

 

 ガランの言葉に、他の面々が同意をする。

 

 予想の域を出ないが、近い内に現れるモンスターは高い凶悪性が認められる。猛牛(ミノタウロス)を相手取るのが精一杯と言える他の構成員では流れ弾でも十分な脅威だろう。

 

「……一旦壁や塔の建築を切り上げ、各地の砦に避難させるか?」

 

「それだ」

 

 グリファスの提案にジャックが乗った。

 

 具体的な計画が組み立てられる。

 

「それじゃあここにいる面子で『穴』の側に待機。出てくるモンスターを確実に仕留めるぞ」

 

「物資の運搬に、構成員への通達もしなければな……」

 

治療師(ヒーラー)はどうする?」

 

「レイラがいる。大丈夫だ」

 

「あぁ……」

 

 先の見えない、何が来るか予想のできない戦い。

 

 それに備え、準備を行う彼等に、グリファスが告げた。

 

「―――勝つぞ」

 

『おぉ!!』

 

 




 次回、アレが出てきます。
 ゆっくりお待ちください。感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒竜

連投です。お気に入りから読む方はご注意ください。


 

 

「―――ディルムッド」

 

「……あぁ、もうじき厄介なのが31階層に現れる」

 

 ジャックの声に小人族(パルゥム)の騎士が応じた。

 

 迷宮から逃げる様にして地上にやって来たモンスターが次々と戦士達に狩られる中、彼等は『穴』を見下ろす。

 

 『穴』の側に陣取っていた彼等主力陣は、来たる怪物に備えて顔を引き締めた。

 

「……それにしても」

 

 千里眼で迷宮を見張るディルムッドは、畏怖の感情を込めて呟いた。

 

「迷宮が、悲鳴を上げている……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮が、揺れていた。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!』

 

 無数の怪物(モンスター)の断末魔と共に、地形が変わる。変えられる。

 

 たった一頭のモンスターによって、地下迷宮(ダンジョン)32階層は更地と化していた。

 

『―――ウゥゥ』

 

 破壊の中心に君臨するのは元凶たる災厄。

 

 このモンスターにとって、この階層は()()()()

 

 ソレが唸り声を上げる度にモンスターの恐慌(パニック)を起こし、一歩進む度に迷宮が罅割れ、震える。

 

 36階層を抜けてからは、そのモンスターに迷宮が耐えられなくなっていた。

 

『……?』

 

 上層に進出しようとしたモンスターは、その外見に見合わぬ仕草を見せる。

 

 真上を見上げ、首を傾げたのだ。

 

 無造作に翼を羽ばたかせ、真上に飛ぶ。

 

 その直後。

 

 分厚い岩盤を破壊し、爆砕音と共にソレが31階層に進出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ―――」

 

 姿を現したソレに、ディルムッドが息を呑む。

 

「何だ、アレは―――」

 

 そして―――

 

『……!』

 

 確信を得た様にして真上を見上げる怪物と、『目が合った』。

 

『―――オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??」

 

 一瞬で叩き込まれた殺意に、彼は弾かれた様に立ち上がった。

 

「……?」

 

「おい、ディルムッド?」

 

 周囲の言葉も、ほとんど聞こえなかった。

 

「嘘、だろ……」

 

 汗を滝の様に流し、槍を構える彼は呻く。

 

「あの距離から、捕捉された……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――』

 

 遠く離れた場所から確かに己を『視た』者に対して威嚇を行ったソレは―――その(あぎと)を開く。

 

 砲口を連想させる口腔が、熱を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?不味い、走れ!!砲撃が来る!!」

 

「!?」

 

「嘘だろ、31階層からだろ!?」

 

 それを視たディルムッドの警告に各々が武器を構え、一目散に走る。

 

 その、直後だった。

 

 

 全てが、破壊される。

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 ディルムッドのいた場所から半径10(ミドル)―――その全てが()()に呑み込まれた。

 

「っ!?」

 

「かっ、ぁ……!?」

 

 ディルムッドの警告の賜物(たまもの)か、直撃を受けた者こそいなかったが砲撃の余波で誰もが薙ぎ払われた。

 

「っ―――【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 立ち上がった精霊(アリア)が、瞬く間に超短文詠唱を終える。

 

「【エアリアル】!」

 

 攻守一体を為す風の付与魔法(エンチャント)を受け、戦士達が立ち上がり―――声を失う。

 

「っ―――」

 

「くそったれ……!」

 

 『穴』が、広がっていた。

 

 怪物の砲撃は、ディルムッドのいた場所から半径10(ミドル)に渡って、元の『穴』まで抉り―――黒炎に呑まれた地面を消失させていたのだ。

 

 建設途中だった塔が致命的な損傷(ダメージ)を受け、彼等の側で轟音と共に崩れていく。

 

 そして、これはソレにとっては『出口』でしかない事を、誰もが悟った。

 

「来るぞ……!」

 

 ディルムッドの警告の、直後だった。

 

 バサァアアアッッ!!と、その翼が生み出した嵐の様な暴風と共に、『ソレ』が姿を現した。

 

『―――』

 

 砲撃によって『穴』を広げても尚、壁を削って現れた巨体。

 

 全身を覆う漆黒の鱗。完成した塔も鷲掴みできそうな前腕。30(ミドル)近い巨体を浮かべる翼はどこまでも大きかった。

 

「ッ……!!」

 

 戦士達が武器を構えるのを眼前に、黒竜はどこまでも広がる蒼い空を見上げた。

 

『アァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 大地を空を世界を震わせる、狂喜の咆哮。

 

 今まで確認した事の無い存在感を放つ黒竜は、彼等にとって悪夢としか言えなかった。

 

 




 やって来ました、黒竜です。

 黒竜との邂逅は、物語の重要なターニングポイントとなります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漆黒の厄災

 お気に入り登録500件突破!
 本当にありがとうございます!今後ともよろしくお願いします!!




 

 

「「「―――」」」

 

 『穴』を広げて現れた黒竜に対し、彼等の行動は迅速だった。

 

 白夜(びゃくや)が黒竜の眼球を狙って暗殺針を投擲し、シルバやジャック、ミランダ等が襲いかかり、大盾を構えるドワーフが詠唱を始めたレイラや精霊達を庇う。

 

「【我が身に翼を。矮小(わいしょう)なる妖精の身を遥か空の上に住む神々(かれら)の元へ届ける奇跡の翼を―――我が名はアールヴ】!」

 

 グリファスも黒竜に向かって疾走しながら詠唱を終え、魔法を発動しようとした、その時。

 

『―――』

 

 

 黒竜の剛腕が、()()()()()

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!??』

 

 全てが、薙ぎ払われる。

 

「ッ!?」

 

 明らかに射程外だったグリファスもその衝撃に殴り飛ばされ、何(ミドル)も転がった。

 

「グリファス!?」

 

「が、ぁ……っ!?」

 

 後方からの悲鳴に応える余裕も無かった。

 

 魔力の暴発だけは起こさず、どうにか起き上がったグリファスが見たのは―――、

 

 

 死屍累々と転がる、戦友達(なかまたち)の姿だった。

 

 

「おい、嘘だろう……?」

 

 端正な顔立ちを歪めるグリファスは杖を突いて立ち上がる。

 

「ジャック、シルバ、ガラン、ミランダ……?」

 

 後方で呻いたのは、詠唱を行っていた火精霊(アルマンド)だ。

 

 後方で詠唱を行っていた者達は無事だったが―――歴戦の戦士達が、一撃で叩き潰された。

 

 その事実が、彼等を絶望の淵に叩き落す。

 

 その時だった。

 

「勝手に、殺すな……」

 

「!」

 

 未だに輝きを放つ聖剣を地面に突き立て、血まみれのジャックが起き上がる。

 

「っ……クソがぁ!!」

 

「死ぬかと思ったわ、本当……」

 

「まだ、死ぬ訳には行かないからな……」

 

「走馬灯が見えたよ、本当……」

 

 彼に応える様に、倒れていた面々も血反吐を吐いて立ち上がる。

 

 消し飛ばされたアリアの風が、彼等を致命傷から守っていた。

 

「―――【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 その瞳を濡らす精霊(アリア)が、戦士達に新たな風の加護を与える。

 

「―――【フィングニル】……!!」

 

 魔法名を紡いだグリファスが虹色の翼を生み出した。それと同時、王族(ハイエルフ)を真紅の魔力が包む。

 

「詠唱を始めろ。お前等の砲撃でアレを撃ち抜け!」

 

「―――レイラ、頼んだ」

 

 ジャックとグリファスの言葉が飛び、魔導士達が頷き合う中―――戦士達は、黒竜に立ち向かう。

 

 

 

 

『―――』

 

 立ち上がった彼等を目の前に、黒竜は(あぎと)を開く。

 

「っ―――」

 

 地下迷宮(ダンジョン)の分厚い岩盤を30以上重ねてもぶち抜く砲撃に対し。

 

 罅割れた銀杖を持つグリファスは―――飛んだ。

 

『!?』

 

 三次元的な挙動を展開し、一気に眼前に肉薄された黒竜の狙いが、ぶれる。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 グリファスに放たれた黒炎は躱され、真上の蒼穹を貫いた。

 

 返す刀で振るわれた銀杖が黒竜の横っ面を張るが―――その直後にグリファスは薙ぎ払われる。

 

 決河の勢いで吹き飛ばされるが飛行魔法(フィングニル)の出力を跳ね上げる事で必死に体勢を立て直す。

 

「……っ!!」

 

 攻撃を受け止めた左腕が、千切れかけていた。

 

「グリファス!?」

 

「大丈夫だ……!!」

 

 ジャックに叫び返し、彼は黒竜の無力化に専念した。

 

「!」

 

 詠唱する者達を守る為、彼等は目視すら厳しい猛攻を必死に躱して、いなし、受け流す。

 

 黒竜の一撃一撃はどこまでも強力だが、特筆するべきはやはり黒炎の砲撃だった。

 

 迂闊に放たれるだけでもその流れ弾は砦を街を破壊する。それを避ける為、グリファスは常に黒竜の周りを飛び回り、砲撃を真上に誘導していた。

 

 だが―――そんな無茶は、そう長く続けられない。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??」

 

 突如伸びた黒竜の腕が、グリファスを叩き落とした。

 

 全身が悲鳴を上げる中、姿勢を制御する事もできずに『穴』に落ちる。

 

 それでも強引に体を捻り、所々が崩落を起こしていた『始まりの道』に墜落する。

 

「っ……!!」

 

 悶え苦しむ暇も無かった。

 

『―――アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 邪魔な虫けらを確実に潰そうと、真上から黒竜が追って来ていたからだ。

 

「―――っ」

 

 醜悪な悪竜を見上げ、グリファスは翼の出力を跳ね上げる。

 

 その直後、黒竜がそのままの勢いで腕を振り下ろし―――

 

 

 その一撃でもって、地下迷宮(ダンジョン)1階層を崩壊させた。

 

 

 





 今作では、黒竜を無双させます。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名は絶望

 閲覧、ありがとうございます。


 

 

 迷宮内で、地響きが轟く。

 

「っ……!!」

 

 翼は既に消失していた。

 

 風の加護も紅い魔力も、とっくに消し飛ばされていた。

 

 黒竜の猛攻を受けた身体はボロボロだった。

 

 骨は罅割れ、血まみれになって―――左腕は、消失していた。

 

「―――」

 

 血反吐を吐くグリファスは目を細める。

 

 現在位置、1階層。かろうじて崩落を免れたルームで、彼は倒れていた。

 

「―――【我が身にっ、翼を】」

 

 詠唱を始める。

 

「【矮小(わいしょう)なる妖精の身を、遥か空の上に住む神々(かれら)の元へ届ける】……」

 

 逃げ切れたとは、思っていなかった。

 

 相手は、地下深くからディルムッドを正確に捕捉した怪物だ。

 

「……【奇跡の、翼を】」

 

 当然―――すぐに、ヤツは来る。

 

『―――ヴゥ』

 

 気付けば、漆黒の絶望は既にその腕を振り上げていた。

 

「―――【我が名は、アールヴ】」

 

 歴戦の戦士達を叩き潰し、地形を変え、地下迷宮(ダンジョン)1階層を丸ごと崩落させた一撃が。

 

 振り下ろされる。

 

 

「【フィングニル】……!!」

 

 

 再び虹色の翼を(まと)ったグリファスは全力で飛ぶ。

 

 剛腕を、掻い潜る。

 

 その直後、彼の背後で迷宮が爆砕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地が、揺れる。

 

「……大丈夫だ。彼は戦っている」

 

 片腕を奇妙な方向に曲げた小人族(パルゥム)が呟き、ジャックが息を吐いた。

 

「……あの魔法を叩き込んで黒竜を堕としてくれれば最高なんだが……そう簡単には行かないよなぁ」

 

 満身創痍(まんしんそうい)の彼等が見つめるのは、詠唱を行う精霊達と、王族(ハイエルフ)の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――【傷付く戦友(とも)、力尽きし同胞】」

 

 周りで精霊達が詠唱を行う中、レイラも詠唱を行っていた。

 

「【豊かな森よ、美しい花園よ、妖精の楽園よ】」

 

 しかし、他の者と違い、レイラが歌っているのは攻撃魔法では無い。

 

「【契りを結んだ友を守り、彼等を脅かす敵を退けよ】」

 

 仲間を守り、癒やす―――彼女だけの、『回復結界』。

 

 必ず出て来る想い人(グリファス)を守り癒やし、黒竜を防ぐ為に彼女はそれを紡ぐ。

 

「【生命(いのち)の種よ芽吹け、芽となり育て、大樹となりて彼等を(まも)れ、彼等を癒やせ】」

 

 ひたすらに願う、彼の帰還を。

 

 己の魔法で癒やし守り、彼を救う為に。

 

「【実れ、黄金林檎(おうごんりんご)。至れ妖精の国】」

 

 一際強く、大地が揺れる。

 

 怒りに満ちた竜の咆哮が、世界に轟いた。

 

「―――来るぞ!!」

 

 槍を構える騎士の叫びに応じる戦士達が武器を構え―――漆黒の炎弾が、『穴』から放たれた。

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 黒竜に追われて飛び出したのは、血まみれの王族(ハイエルフ)

 

「っ―――【我が名はアールヴ】」

 

 片腕を失ったグリファスの姿に瞳を揺らしながらも、詠唱を完成させる。

 

「「―――」」

 

 空中で激しい猛攻を凌ぐグリファスと、目が合った。

 

「っ!!」

 

 虹色の翼を羽ばたかせてこちらに突っ込む彼に応じ、魔法名を紡ぐ。

 

 

「―――【アルヴヘイム】!!」

 

 

 高速で飛ぶグリファスが魔法圏内に入った直後、魔法が発動した。

 

 深緑の輝きがドーム状の結界となって戦士達を囲み、彼等を守る。

 

「―――グリファス!」

 

 彼の翼が、消失する。

 

「っ!!」

 

 力尽きて落ちる彼の体を、レイラが受け止めた。

 

 その衝撃に少女も吹き飛ばされかけたが、倒れながらもグリファスを受け止めてみせる。

 

「グリファス、生きてますか!?グリファス!!」

 

「っ……」

 

 そんな、必死の叫びに。

 

 目を開いたグリファスが、唇を動かす。

 

「レイ、ラ……?」

 

「っ……!!」

 

 その言葉を聞いて、涙を流しながら彼を全力で抱きしめる。

 

 優しい輝きを放つ無数の光粒が、彼を、彼等の傷を癒やす、そんな中。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 黒竜の一撃が炸裂した。

 

「っ……!!」

 

 凄まじい衝撃がレイラの構築した結界を不気味に揺らすが、傷一つ付けずに耐え凌ぐ。

 

「……グリファス?」

 

「……どの程度、凌げる」

 

 罅割れた銀杖を突き立てて立ち上がろうとするグリファスの問いに、レイラは呟いた。

 

「……今のと同程度であれば、5回は。砲撃をされると、分かりません……」

 

『―――』

 

 その直後、黒竜が上空に飛んだ。

 

 明らかに、砲撃を放とうとしている。

 

「っ……」

 

「―――一発で良い、耐えさせて」

 

 そう言ったのは、詠唱を行っていた風精霊(アリア)だった。他の精霊達も頷く。

 

「詠唱はもう終わった。耐えてくれれば私達が決める」

 

「……」

 

 迷う暇も無ければ、その理由も無かった。

 

 頷いたレイラは、ありったけの魔力を結界につぎ込む。

 

 その直後。

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 漆黒の大炎弾が、結界と激突した。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??」

 

 途方も無い衝撃に、レイラの表情が苦悶に歪む。

 

 王族(ハイエルフ)の紡いだ長文詠唱によって展開された最硬(さいこう)の結界が、罅割れる。

 

 ピキビギバギギッッ!!と、ドーム状の結界が破られかける中。

 

 必死に耐え凌ぐレイラの背に懸かっていたのは、世界の命運、仲間の命、そして―――傷付き倒れた、グリファス。

 

「―――ッ!!」

 

 (まなじり)を吊り上げ、歯を食い縛る。足を(しか)と踏み締めた。

 

 背後には助けたい人がいる。救いたい仲間がいる。

 

 ならば踏ん張れ、耐え切れ、抑え込め。

 

 ありったけの魔力をつぎ込み、命を燃やせ。

 

 

 全てを懸け、己を賭し、圧倒的な暴力に―――打ち勝って見せろ。

 

 

「あァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 その、一瞬だった。

 

 彼等を守る深緑の結界が、眩く輝き―――砲撃と相殺を起こし、爆発した。

 

「うっ!?」

 

 世界を蹂躙する衝撃波。

 

 一気に吹き飛ばされたレイラが、先の光景を巻き戻すかの様にグリファスに抱き止められる。

 

 砲撃が、食い止められた。

 

 痛いほどの力でかき抱かれ、耳元で囁かれる。

 

「―――良くやった」

 

 直後。

 

 あらゆる物を切り裂く風の牙が、全てを貫く閃光の乱舞が、焼き尽くし呑み込む獄炎が闇が、黒竜を包み込んだ。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 黒竜の砲撃にも引けを取らない、精霊達の全力の魔法。

 

 原型を留めているのが不思議な位の斉射を受け、とうとう黒竜が堕ちる。

 

『―――』

 

 各所が抉れ焼き焦げ、闇に呑まれた腕など消失していた。

 

「……」

 

 動きの止まった黒竜を前に誰もが安堵の息を吐き、笑い合うそんな中。

 

「―――」

 

 唯一ディルムッドが、倒れた黒竜に向かって歩いて行った。

 

「……ディルムッド?」

 

「いや、何かが―――」

 

 そう。

 

 特殊な『眼』を持ち、黒竜を最初に目撃した彼だからこそ、その『違和感』に気付いた。

 

 そして、ソレを発見する。

 

 致命傷を負った黒竜、その傷跡から、真紅の光粒が立ち昇っていた。

 

 それは、レイラが回復結界を発動した際に生まれた光粒と、とても良く似ていた。

 

「ま、ず―――」

 

 警告する暇は無かった。

 

 槍を胸部、魔石めがけて突き出したディルムッドは、剛腕の直撃を受けて薙ぎ払われる。

 

「「「―――」」」

 

 突然の事態に、誰もが硬直する中。

 

『―――』

 

 傷の全てを癒やした黒竜が、起き上がる。

 

『オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 戦士達の反応は早かった。

 

 絶望を飲み込み、武器を手に取り、詠唱を始め―――

 

 

                       ―――漆黒の暴嵐(ぼうらん)に、全てを打ち砕かれる。

 

 

 




 過去最大の文字数でした。どうでしたか?

 感想いただけると嬉しいです、原動力になります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄の再起

 

 

「ぅ、あ……」

 

 紅く染まった視界が、明滅していた。

 

 割れた大地に倒れるクレスは顔を上げ、周囲を見回す。

 

「っ……」

 

 悪夢の様な光景が広がっていた。

 

 抉られた大地、血だまりの中に倒れた仲間。塔の瓦礫が辺りに散乱し、漆黒の炎が燃えている。

 

 周囲に転がる罅割れた武器が、彼等の末路を示している様に見えた。

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 破壊の中心に君臨する黒竜、その咆哮が轟く中。

 

「グリファス、グリファス!お願い、目を覚まして……!!」

 

 少女の、悲痛な叫びがあった。

 

 己を庇って致命傷を負ったグリファスに、レイラが必死に呼びかける。

 

『―――』

 

 ギロリ、と黒竜の視線が彼等を射抜いた。

 

「くそ、が……!!」

 

 動かなければいけない、そんな事は分かっているはずだった。

 

 だが、クレスは動けなかった。

 

 己の攻撃魔法は通用しない。すぐに回復されてしまう。

 

 何より―――黒竜の圧倒的な存在感に、完璧に気圧されてしまっていた。

 

 絶望が彼を呑み込む、その時だった。

 

 血だまりの中で、聖剣を突き立てるジャックが―――立ち上がる。

 

「ジャック……!?」

 

「……クレス、動けるか?」

 

 今も吐血する彼は、黒竜の一撃の直撃を受けて明らかな致命傷を負ったはずだった。

 

 その脅威を、その恐ろしさを、クレスと同等以上に感じたはずだった。

 

 だけど。

 

 なのに。

 

 彼は立ち上がる。

 

 

 圧倒的な災厄を前に、立ち向かって見せる。

 

 

「魔力を寄こせ。一撃で決める」

 

「……」

 

 罅割れ摩耗した聖剣を投げ渡して来るジャックに、目を細めたクレスは―――確かな笑みを見せた。

 

「無茶させやがって。とっととくたばって来い」

 

「黙れクソ野郎」

 

 最悪の苦境に立たされているのにも関わらず、二人は軽口を叩き合う。

 

 ジロリと倒れる仲間を見回したジャックは―――一言、告げた。

 

「―――」

 

 そして、剣を預けたジャックは、黒竜に向かって走り出す。

 

「……」

 

 黒竜の咆哮を聞きながら、彼は預けられた剣を大地に突き立てる。

 

 罅割れ、刃こぼれを起こした聖剣を目の前に―――詠唱を始める。

 

「―――【迫る邪悪、邪まなる進軍。迎え撃つは集結する戦士達】」

 

 彼の瞳には、確かな戦意が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――グリファス!お願い、目を覚まして……!!』

 

 声が、聞こえていた。

 

 愛する少女が、涙を流しながら縋り付いていた。

 

 ―――立てよ。

 

 

 立てよ!

 

 

 アレを倒さないと、レイラが死ぬ。

 

 世界が終わる。

 

 守りたかった物が、失われてしまう!

 

 何度もそう己に呼びかけるが、黒竜に叩き潰された身体は指一本動かすこともできなかった。

 

 意識を奪おうと襲いかかる漆黒の世界に青年が抗い続ける中。

 

 視界の片隅で、聖剣を持つヒューマンが―――起き上がった。

 

 妖精(エルフ)や精霊等の魔法種族(マジックユーザー)でも無い平凡な身でありながら怪物(モンスター)と戦い続け、多くの人間を纏め上げた青年が。

 

 再起する。

 

 間を置かずに、彼の黒い瞳がグリファスを射抜く。

 

『―――グリファス、アリア』

 

 それは、倒れた何人もの戦士達から選ばれた、二人の名だった。

 

 彼は、倒れた仲間の中で動ける可能性がある者は二人だけと判断した。

 

『生きてんならとっとと起きろ。黒竜(アレ)を倒すぞ』

 

 それだけだった。

 

 彼は返事も聞かず、二人が起きあがるのも待たずに死地へと向かう。

 

「……」

 

 呆然と、レイラが彼を見送る中。

 

 転がる銀杖を、王族(ハイエルフ)の青年が確かに掴み取った。

 

「―――あの腐れヒューマンが……!!」

 

「本っっ当、腹が立つ……人の返事も聞かないでっ!」

 

 血反吐を吐き、失った腕の断面を押さえ、己の武器で体を支え―――二人が、立ち上がる。

 

「グリファス、アリア!?」

 

「【風よ(テンペスト)】―――【エアリアル】っ!!」

 

 吐血と共に振り絞った詠唱が完成すると同時、ジャックとグリファスを風が包む。

 

 視線の先、ジャックは黒竜の砲撃を紙一重(ギリギリ)で回避した。

 

「まさか、二人共!?駄目です、そんな―――」

 

「レイラ」

 

 既に重傷を負った二人を止めようとする少女に、グリファスが告げた。

 

「―――行って来る」

 

 直後。

 

 風と紅い魔力を(まと)い、飛行魔法(フィングニル)を発動したグリファスが飛び立つ。

 

 苦笑するアリアもそれに続いた。

 

「……っ」

 

 一人取り残されたレイラは、歯を食い縛る。

 

 取り出したのは、翡翠色の液体が詰まった一本の瓶。

 

 魔法を発動すると消費する精神力(マインド)を回復する、『連合(ユニオン)』薬師の開発した精神力回復薬(マインド・ポーション)だ。

 

 それを、一気に飲み干し―――(まなじり)を吊り上げ、詠唱を始めた。

 

「―――【それは、(まこと)の始まり】」

 

 決戦が、始まる。

 

 人類の命運が決まる、最初の『冒険』。

 

 古代の戦いを描いた迷宮神聖碑(ダンジョン・オラトリア)、その最終章を彩る戦いが、始まった。

 

 

 




次回で、『古代』における黒竜との戦いが締めくくりとさせて頂きます。

あと二話で、『古代編』完結です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄の一撃

 投稿前に確認してみたらランキング入り。ありがとうございます!



 

 

「っ!」

 

 地形ごと破壊しながら迫る剛腕、それを回避する。

 

 その余波に殴り飛ばされ、吹き飛ぶジャックに襲いかかる黒竜が―――幾筋もの斬閃に切り刻まれた。

 

『ウゥッ!?』

 

 傷ついた体を癒やしながら恐ろしい程の威圧感と共に睨み付けたのは、後方から攻撃魔法を放った精霊(アリア)

 

 その直後、一際大きい風の牙が黒竜の体をを穿った。

 

『―――オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 調子に乗るなと言いたげに怒りの咆哮を上げる黒竜は美しい精霊を正確に捕捉、(あぎと)を開く。

 

 岩盤を何枚重ねようがぶち抜く、漆黒の砲撃。

 

『―――ガッ!?』

 

 それは、翼を(まと)った王族(ハイエルフ)の回し蹴りを受けて横に逸れた。

 

「―――遅ぇよ、ノロマ!」

 

「先走った馬鹿が何を言う」

 

 合流した彼等は今にも崩れ落ちそうな体に鞭を入れ、|黒竜に立ち向かっていく。

 

「―――【それは、破滅(おわり)の始まり】」

 

 激しい戦闘に悲鳴を上げる銀杖を握り、グリファスは詠唱を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――【構えよ剛弓、防ぎ守れ銀の盾。その手に宿れ不屈の刃】」

 

 後方で詠唱を続作り上げたけるクレスは全魔力をつぎ込む。

 

 彼の魔力に呼応して聖剣が輝き―――詠唱が完成した。

 

「【邪悪なる敵を殲滅せよ】―――【リベリオン】!!」

 

 魔法名が紡がれると同時、金色の輝きが溢れる。

 

 罅割れ、摩耗していた聖剣は目を焼く輝きを放ち―――より鋭く、より輝く聖剣がその場にあった。

 

 これまで彼が創り上げた中での、最高の一振り。

 

 黒竜に損傷(ダメージ)を与えうる、最後の一手。

 

「―――」

 

 薄く、息を吐いた彼は―――それを、死地に向けて、()()した。

 

「―――らぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 黄金の聖剣が風を切り、高速で飛んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【凍てつく地も燃え盛る地も存在しない無の世界、始まりの地】」

 

 詠唱するレイラは、今も死闘を繰り広げる彼等を想う。

 

「【歴史はここから始まり、歴史はここで終わった】」

 

 あの時。

 

 立ち上がったジャックは、グリファスは、レイラに対して何も言わなかった。

 

 黒竜の砲撃を相殺したレイラに魔力はほとんど残っていないと判断したのだろう、それは正しい。

 

 精神力回復薬(マインド・ポーション)で回復して多少はマシになったが、それでも消耗は否定できない、恐らくこの魔法一つで自分は力尽きるだろう。

 

「【始まりの深淵、常闇の奈落】」

 

 でも。

 

 だからどうした。

 

 今も彼等は戦っている。

 

 それならば、たった一人でも歌い続けよう。

 

 たった一つの魔法でも、必ず届けて見せよう。

 

 全てを投げ捨ててでも、全魔力を込めてでも。

 

「【足を踏み入れし愚者は世界から消えていく、呑まれていく】」

 

 

 彼等を救い、彼等を守る―――魔法(うた)を、届けよう。

 

 

「【永久(とこしえ)の闇に広がる亀裂(さけめ)よ、(あぎと)を開け】―――」

 

 超長文詠唱によって紡がれるのは、全てを飲み込む消滅魔法。

 

 ありとあらゆる物を呑み込む裂け目を開き、世界から消し去る。

 

「―――【我が名はアールヴ】」

 

 詠唱を、完成させた。

 

 目の前に広がる脅威を見据え、魔法名を紡ぐ。

 

 

「【ギンヌンガ・ガップ】!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 爆砕。

 

 その衝撃に薙ぎ払われ、何(ミドル)もの距離を転がるジャックは、見た。

 

 精霊の全魔力を喰らって輝く聖剣が、こちらに向かって飛んで来るのを。

 

 それは、10M後方の地面に突き刺さった。

 

(―――来たっ!)

 

 目を見開くジャックだが、その直後に黒竜の剛腕が振り下ろされた。

 

「がっ……!?」

 

 剣を回収する余裕など、無い。

 

 吹き飛ばされて呻く中―――黒竜の周囲の空間が、()()()

 

 反応したのは、グリファスだった。

 

「―――離れろ!?」

 

 

 その直後、裂け目が開く。

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 虚空に開いた無限の虚無。

 

 それは瞬く間に黒竜を捕らえ、引きずり込んだ。

 

 どんな魔法を受けようが耐え凌ぐ黒竜に対して、レイラが出した答え。

 

 回復されてしまうのなら―――消し去ってしまえば良い。

 

「……」

 

 その様子を見ていたジャックだが、凄まじい引力に逆らい続ける黒竜を見て聖剣を回収する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――【最後に嗤うのはヒトならざる怪物】」

 

 詠唱を再開するグリファスは、レイラが超長文詠唱によって紡いだ魔法を凌ぐ黒竜に対して目を細める。

 

「【世界は終焉の闇に包まれる】」

 

 アレは、破られる。

 

 確信に近い思いを抱きながらも、彼は詠唱を続ける。

 

 ジャックの攻撃を、あの怪物に当てられる様に。

 

「【人々を見下ろした世界樹よ。妖精(われら)を見守り続けた始まりの樹よ。世界を守れ、世界を繋げ。我が願いに応え力を貸したまえ】」

 

 歌いながら思い起こしたのは、ジャックとの会話だ。

 

 

『具体的にはどうする。魔法以外であの体は傷付けられないぞ』

 

『―――眼を狙う』

 

『……成程な』

 

白夜(びゃくや)が言ってた。どんな生き物だって、眼球が一番脆いっ、てな!』

 

『回復されるだろう』

 

『眼を貫かれたままじゃぁ回復できないだろう?だから剣を突き刺す。どんなに掻きむしっても絶対に壊れない、絶対に取れない土精霊(ノーム)の聖剣をな!』

 

 

「―――【それは英知を司る一本の枝】」

 

「【妖精の手により枝は槍に変わった】」

 

 正直言って、論外だった。

 

 飛行魔法(フィングニル)を自在に操るグリファスでさえ度々撃墜されかけているのだ。地を走るしか無い剣士をどうやって黒竜の眼前に届ける。

 

「【至れ、オーディンの槍】」

 

 だから、彼は魔法に頼った。

 

 全てを貫く槍で黒竜を抉り、縫い留め、ジャックを届けさせる。

 

「【全てを貫け、暗雲を払え。放たれよ、神の一撃】!」

 

 詠唱を完成させる、その直後。

 

「っ……!?」

 

 後方で魔法を発動させていたレイラが、その整った顔立ちを苦悶に歪める。

 

 極限までその瞳孔を開いた黒竜は―――裂け目を、強引に破った。

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 消滅魔法を破り、解放された黒竜の咆哮が飛ぶ。

 

 もう、十分だった。

 

 絶望の象徴を目の前に静かに笑みを浮かべ、王族(ハイエルフ)は呟く。

 

「―――レイラ、よくやった」

 

 そして、魔力が罅割れた銀杖にかき集められ、槍を形作る。

 

 風を纏い、輝きを放つ聖剣を持ってジャックが走り出す、それに応じて。

 

「―――【グングニル】」

 

 その直後。

 

 銀杖を砕きながら放たれた神の槍(グングニル)が、ヒューマンに振り下ろされた剛腕ごと黒竜を打ち砕いた。

 

 追い打ちをかけるかのように風刃が切り裂くが、それでも黒竜は灰にならない。

 

 だが―――関係無い。

 

『っ―――』

 

 そして。

 

 そして。

 

 崩れ落ちた黒竜が、回復して身を起こすよりも早く。

 

「―――あぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 金色の光を纏う聖剣が、振り下ろされた。

 

 それは黒竜の眼球を穿ち、貫き、潰し―――柄の部分まで突き刺さった。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 叫喚が轟いた。

 

 深々と聖剣を突き立てたジャックが薙ぎ払われ、全魔力を魔法につぎ込んだ精霊と妖精(エルフ)が今度こそ力尽きた。

 

「っ、―――」

 

 暗闇に染まる視界の中で、グリファスは見た。

 

 どす黒い血をまき散らしながら、片目を潰された黒竜が、どこかへと飛び去って行くのを。

 

 彼の見つめる中。黒竜の輪郭はぼやけ、どんどん小さくなっていき―――やがて、空の果てに消えていった。

 

「……」

 

 そして、青年の意識は途切れる。

 

 

 

 

 その戦いは、砦から目撃した者達、そして少ない生き残りの戦士によって語り継がれていった。

 

 そして、彼等の紡いだ戦いの歴史は、後世に残される事となる。

 

 英雄達と怪物(モンスター)の戦いを描く物語。

 

 

 それはいつしか、迷宮神聖碑(ダンジョン・オラトリア)と呼ばれる様になった。

 

 

 

 




 今回は魔法をガンガン出しました。いかがでしたか?文字数もそれにおうじてかなり多くなっております。
 次回で古代編は終了になります。

 感想、お待ちしています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ 1000年後の森の中で

古代編、最終話です。




「―――とまぁ、こうして黒竜は最果ての地へ飛び去っていき、オラリオから追い払われて行ったんだ」

 

「わぁ……!!」

 

 深い深い森の中。

 

 エルフの子供達が集まる中、微笑みを浮かべる老人が締めくくる。

 

 幼い少年少女達が目をキラキラと輝かせる中、彼は手元の本を閉じて告げる。

 

「さて、これで迷宮神聖碑(ダンジョン・オラトリア)のお話は終わりだ。もう日も沈みかけている。皆早く家に帰りなさい」

 

『はい!』

 

 元気の良い返事と共に子供達は散って行く。

 

『黒竜って、今も生きているんだよね!』

 

『どこにいるんだろ?』

 

『グリファス様とずっと戦っているんでしょ?』

 

 自分達の聞いた話について興奮した様に話し合う彼等彼女等が去って行くのを、老人は笑みと共に見送っていた。

 

 黒かった髪は大半が白く染まり、神にも劣らない端正な顔立ちには多くの(しわ)が刻まれている。腰は曲がっておらず、無駄の全く存在しない身のこなしは決して衰えていなかった。

 

 ヒューマンから見ると70代、エルフからみると600~700歳程度に見える外見だが、実年齢を考えると『若過ぎる』外見だろう。

 

 森の中に立つ大樹、その根元に座る彼はその目を細め、面白そうに真上を見つめる。

 

「―――リヴェリア。アイナ。降りてきなさい」

 

「……やはり、気付いていましたか」

 

「ふふふ。だから言ったでしょう?」

 

 がさっ、と太い枝を揺らして顔を出したのは二人の少女(エルフ)だ。

 

 彼を見下ろす翡翠(ひすい)深緑(エメラルド)の瞳は、悪戯っぽく輝いていた。

 

 老人の言葉に従い、二人の少女は危な気無く大樹から降りる。

 

「一体何時(いつ)から気付いていたんですか?」

 

「30分前に、ここに来た時からだな」

 

「最初からじゃないですか……」

 

 リヴェリアと呼ばれた王族(ハイエルフ)の少女の問いにそう答えると、アイナが呻いた。

 

 苦笑する老人はリヴェリアの頭を撫でてぼやく。

 

「やれやれ。隠れたりせず、他の者と同じ様にして堂々と聞けば良い物を……」

 

「……アイナ以外の者は、変にかしこまるから窮屈です」

 

「リヴェリア、私みたいなエルフの方が珍しいんですよ?」

 

「アイナ、済まないな。この子といると大変だろう」

 

「御爺様っ!」

 

「いえいえ、そんな」

 

「アイナ、否定してくれ!」

 

 顔を赤く染めて怒り出すリヴェリアにアイナが吹き出す。

 

 この少女は、王族(ハイエルフ)として窮屈な思いをして暮らすリヴェリアにも分け隔てなく接してくれる数少ない存在だ。

 

 一頻り笑った老人は、二人に呼びかける。

 

「さぁ……帰ろうか」

 

「「はいっ」」

 

 元気な返事を返す二人の少女に、立ち上がったグリファスは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、『古代』はこの森も決して安全では無かった。モンスターの度重なる攻撃を受けてロクに森もうろつけなかったものだ(当時の王族(ハイエルフ)の二人はその限りでは無かったが)。

 

 だが―――今は違う。

 

 ()()()()()を除いては、かつて地上に進出したモンスターはとっくに死に絶え、その子孫も先祖(オリジナル)と比べて大きく劣化している。

 

 今では、誰もが安心して暮らせる様になっていた。

 

 アイナと途中で別れ、老人とリヴェリアは並んで帰路に着く。

 

「御爺様、今日は墓参りの予定でしたよね?」

 

「あぁ。ここ数ヶ月行けていなかったからな」

 

 彼等王族(ハイエルフ)の住む住居から近い所に、それはあった。

 

 森一番の大樹。妖精(エルフ)の里の聖木。

 

 その根元には、二つの墓石があった。

 

 その前で立ち止まった二人は瞑目する。

 

 その内の片方には、数年前に寿命でこの世をさった王族(ハイエルフ)の女性の名が彫られていた。

 

「レイラ……」

 

 その銀色の瞳を開き、墓前に(かが)んだグリファスは小さく呟く。

 

「……私達の【ファミリア】はまた大きくなった。アッシュやフロスを始めとした若い面子も育って来たんだ」

 

 どこまでも優しい微笑みを浮かべ、彼は続ける。

 

「お前が亡くなってから、ヘラが(ゼウス)以外の事で珍しく落ち込んでな……一時はどうなる事かと思ったが、どうも持ち直したらしい」

 

 彼は、1000年前の神々の降臨と共に知っている。

 

 こんな所に墓を作ったって、帰郷する度に欠かさず墓前に訪れたって何も変わらない事を。

 

 失われた者の魂は既に天界に送られ、ここにあるのはただの骨でしかない事を。

 

 その魂の行く先は、ただ天界に住む神々の匙加減でしか無い事も。

 

「……天界で、変態(かみがみ)にちょっかい出されていないだろうな?」

 

 だから、これは唯のこだわりだ。

 

 愛し、失ってしまった者に対する、彼なりの矜持だ。

 

「……また来る」

 

 花を手向け、静かにうつむくリヴェリアを抱き寄せ、彼は背を翻す。

 

 

 

 

 あの戦いから、1000年ものの年月が過ぎた。

 

 皆を纏め上げた英雄(ジャック)は死んだ。その他にも多くの犠牲者が出た。結局、アレと戦って生き残ったのはグリファスとレイラ、後は二人の精霊だけだった。

 

 左腕の銀の義手(アガートラム)の感触を感じながら、回想する。

 

 何とかして皆を纏め、『蓋』を作ろうとしても度重なるモンスターの侵攻を前に何度も計画は失敗した事。

 

 黒竜に続いて陸の王(ベヒーモス)が現れてまた死にそうになった事。

 

 ようやっと完成した塔がよりにもよって降臨して来た神々に破壊され、思わず殺しそうになってしまった事。

 

 神々の降臨によって女神フィアナが存在しない事が発覚し、重要な戦力だったフィアナ騎士団の士気が下がって数年後には解散してしまった事。

 

 それによって小人族(パルゥム)が一気に落ちぶれた事。

 

 ふざけた神々が多種多様、多くの事件を引き起こした事。

 

 腐った主神から神の恩恵(ファルナ)を授かった荒くれ者が暴れ回った事。

 

 考えている内に、オラリオで起こった問題のほとんどが神々のせいだと気付いたグリファスはうんざりした様な顔になった。

 

「……」

 

「おい、リヴェリア?」

 

 目を丸くして自分を見つめる曾々孫の少女に気付いたグリファスは怪訝な顔になる。

 

「……ふふっ」

 

「?」

 

 クスクスと笑う少女は、最高の笑顔を見せて言った。

 

「申し訳ありません。御爺様、凄く楽しそうだったから……」

 

「……そうか?」

 

 不思議そうにするグリファスに、少女は笑って頷く。

 

「……外の御話をする時、御爺様はいつも楽しそうでした」

 

「……そうか」

 

「いつか、私も外の世界を見てみたいです」

 

「……そんなに綺麗な世界でも無いんだがなぁ」

 

 リヴェリアの言葉に苦笑するグリファスは、彼女と住居に入る。

 

 曾孫にあたるエルフと挨拶を交わし、自分に宛がわれた寝室に向かった。

 

「……次は、いつ来るんですか?」

 

「そうだなぁ……二、三ヶ月位かな」

 

「そうですか……」

 

「寂しいのか?」

 

「御爺様がいないと、退屈です」

 

「アイナがいるだろう」

 

「それはそうですけど……もっと外の話を聞きたいです」

 

「……」

 

 そこで、彼女は尋ねた。

 

 オラリオの冒険者でも最強、Lv.7【妖精王(オベイロン)】として名を轟かせる老人に。

 

「貴方は―――どうして、怪物(モンスター)達と戦い続けているのですか?」

 

「……そうだな」

 

 答えは、すぐに出た。

 

 老人は、笑って告げる。

 

「―――守りたい物が、あるからかな」

 

 仲間(ファミリア)、家族、友人主神。

 

 いつだって彼は変わらない。守りたい物があったから、守りたい物があるから戦い続けている。

 

 そんな彼の言葉に、リヴェリアは目を見開き―――笑みを浮かべた。

 

「―――そうですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 一月の長旅だった。

 

 オラリオに帰還したグリファスは、己の【ファミリア】の本拠(ホーム)に向かう。

 

 そして、見つけた。

 

 己を出迎える主神を、己の【ファミリア】の仲間を。

 

 静かに笑みを形作り、彼は言った。

 

 

「―――ただいま」

 

 

 




今話で第一章『古代編』は終了になります。
1000年分一気に飛ばし、これからオラリオでの物語が始まりますが、話が一段落ついたら『追憶編』を投稿するつもりです。

それから報告を。
今週の土曜日から来週の金曜日まで旅行に行きますので更新が出来なくなってしまいます。申し訳ございません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヘラ・ファミリア
プロローグ


 はい、『ヘラ・ファミリア』編です。

 新章突入にあたってタグ追加しました。




 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 白濁色に染まった迷宮に、モンスターの咆哮が轟く。

 

 ダンジョン37階層、『白宮殿《ホワイトパレス》』。

 

 その中でも一際広いルームで冒険者達と争うのは迷宮の弧王(モンスターレックス)、『ウダイオス』だ。

 

 人間の骨格をベースにした漆黒の骸骨。

 

 Lv.6相当の階層主は、その巨体でもって冒険者達を叩き潰さんと迫る。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥウウァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 剛腕を振り下ろす。

 

「っっ!」

 

「おっと!」

 

 地形を抉りながら迫る一撃を正面から受け止めきれないと判断した第一級冒険者は危な気無く回避、追撃の様に真下から放たれた逆杭(パイル)を躱す。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――【エアリアル】!」

 

「―――よしっ!」

 

「ありがとアリアー!」

 

 精霊(アリア)の与えた風の付与魔法(エンチャント)を受けた冒険者達は各々の武器を振り鳴らす。

 

 一気にウダイオスへ襲いかかった。

 

「―――魔導師達は散らばって詠唱をしろ!攻撃を受けて詠唱が中断されても良い、坂杭(パウル)を分散するんだ!」

 

 片手に銀杖を持ち、指示を次々と飛ばすグリファスは戦場を掌握する。

 

 現在、【ヘル・ファミリア】は37階層にてウダイオスの討伐を行っていた。

 

 10(ミドル)もの巨体を持つ骸骨のモンスターを目の前に第一級冒険者達が立ち回り、階層主の呼び寄せる雑兵(スパルトイ)をその他の人員が抑え込んだ。

 

 並行詠唱を完成させたエルフの少女が炸裂させた砲撃を皮切りに、戦況が優勢になる。

 

(……順調だな)

 

 様子を見守るグリファスは頬を緩める。

 

 オラリオに現在3人存在するLv.7、その頂点(トップ)として君臨するグリファスが出ればたとえ階層主(ウダイオス)であろうと一分もかけずに終わらせる事が出来るだろう。

 

 だが彼はそれをしない、その理由は簡単だった。

 

 同じ【ファミリア】に所属する若い冒険者達を育てる為だ。

 

「っ!」

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??』

 

 風の剣を振るうヒューマンが前腕を斬り落とし、戦斧をドワーフが腰椎の『核』に叩き込んでウダイオスの動きを止めた。

 

「……ふっ」

 

 頼もしい仲間(わかもの)達の姿に、一笑する。

 

 この分では自分の出番は無さそうだと、銀杖を下ろした。

 

 それから間も無く、ウダイオスは撃破される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた!」

 

「今回のウダイオス強かったからねぇ」

 

「犠牲者が出なくて何よりだった」

 

「ふっ、団長(グリファス)が後ろで指示出してくれたからね。存分に戦えたよ」

 

「おいおい、老人は労わってくれ」

 

「はっ、アンタみたいなジジイが耄碌するか」

 

『確かに』

 

「おい?」

 

 アリア達と談笑する中、アマゾネスの言葉にグリファスは苦笑する。狼人(ウェアウルフ)の少女の言葉に周りの面々は頷きながら笑った。

 

 現在位置、ダンジョン16階層。

 

 37階層にて無事に階層主(ウダイオス)を討伐した【ヘラ・ファミリア】の面々は多くのドロップアイテムを手に入れて中層まで帰還していた。

 

 その時だった。

 

「―――止まれ」

 

 十字路の前で、空気を一変させたグリファスの指示により部隊の動きが止まる。

 

 怪物(モンスター)達の、遠吠えが聞こえていた。

 

「……あ」

 

怪物進呈(バス・パレード)?」

 

「いや、あれは……」

 

「……」

 

 グリファスを含め、事態を察した面々は無言で息を吐く。

 

 素人であれば血眼の冒険者が『なすりつけ』に来たと思うだろうが、アレは違う。

 

 覆面を被り、漆黒の装備で揃えた、他【ファミリア】の冒険者による―――襲撃だ。

 

 モンスターの群れを上手く誘導した冒険者達が、彼等に迫る。

 

「グリファス、どうする?」

 

「……」

 

 背後からの問いに、王族(ハイエルフ)の老人は黙考する。

 

 彼等の所属する【ヘラ・ファミリア】は、敵が多い。

 

 それは一重に主神と仲の悪い女神達の、とある確執によるものだ。

 

 故に彼女の【ファミリア】が迷宮に潜る際は良く襲撃を受ける。今回もその類だろう。

 

 あの数のモンスターは第一級冒険者でも手間がかかる。階層主(モンスター)の討伐で手に入れた貴重なドロップアイテムや物資を奪われるのは気に食わないし、もし相手が『本気』であればこちらに犠牲者が出る可能性も出る。

 

 どうしたものか、と思考し―――やがて、銀杖を装備する。

 

「……やれやれ」

 

 彼の嫌いな物は三つある。

 

 一つ、主神を泣かせる男神(ゼウス)

 

 二つ、過去に数十回彼に辛酸を舐めさせた黒竜。

 

 三つ、それは―――孫の様に思っている眷属(かぞく)を傷つける存在。

 

「……グリファス?」

 

「私が出よう」

 

 オラリオ最強と名高い存在、【妖精王(オベイロン)】を前に襲撃者が動揺し、数の力でもって押し込もうとする中。

 

 襲撃者達は、確かに聞いた。

 

 うんざりした様に、はっきりと―――目の前の老人が、唇を動かすのを。

 

 

「―――少しは敬意を払えよ?()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数時間後、【ヘラ・ファミリア】は無事に地上に出る。

 

「ん~~~っ、ようやく着いたぁ」

 

「腹減ったぁ」

 

「【フレイヤ・ファミリア】の【女巨人(ガイア)】が酒場始めたって知ってる?冷やかしに行こーよ」

 

「おい」

 

「やめろ」

 

「潰されるぞ」

 

「ナニソレコワイ」

 

 変わらずに笑い合う彼等の引く台車(カーゴ)、その上には。

 

『……』

 

 ボロ雑巾の様になって転がる、襲撃者達の姿があった。

 

 

 

 彼等は【ヘラ・ファミリア】。

 

 オラリオにおいて、【ゼウス・ファミリア】と並んで都市最強派閥とされる【神の眷属(ファミリア)】だ。

 

 

 

 




 グリファス無双www
 襲撃者はレベル3から5位でした。ロキやフレイヤではありません。

 そして次回、二つの最強派閥の実態が明らかに……!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヘラ・ファミリア

 

 

 神々の降臨から、全てが変わった。

 

 『古代』の末、神々しい光と共に下界に現れた彼等彼女等は己の眷属となった者に【神の恩恵(ファルナ)】を与え、新たなる力を人類に与えたのだ。

 

 ある者は魔法を極め。

 

 ある者は己をより高め。

 

 ある者は無限の神秘を求め。

 

 ある者は幾度に渡って()()()()()に挑み。

 

 そして、その内の一人は心身を限界近くまで昇華させ、老いによる衰えをほぼ止めた。

 

 そんな人間達は神々から授かった【ステイタス】を発揮してより早く作業を進め―――『穴』のあった場所には『蓋』ができた。

 

 『穴』は白亜の塔と巨大な壁に閉ざされ、神ウラノスの『祈祷(きとう)』によってモンスターの侵攻は無くなった。

 

 壁の中には都市ができ、そこはいつしか『迷宮都市』オラリオと呼ばれる様になった。

 

 今は大勢の亜人(デミ・ヒューマン)が訪れ、魔石産業によって『世界の中心』と呼ばれる程に発展している。

 

 そして、今も迷宮に潜り、多種多様のモンスターと戦う者達は、『冒険者』と呼ばれる様になった。

 

「さてと……」

 

「グリファス、アレ、どうする?」

 

 階層主(ウダイオス)の討伐を終え、地上に帰還した【ヘラ・ファミリア】。

 

 ようやっと日の光を浴びて息を吐く王族(ハイエルフ)の老人に声をかけたヒューマン、アッシュの視線の先には先程グリファスが叩きのめした襲撃者達の姿があった。

 

「アレは管理機関(ギルド)にでも預けておく。精製金属(ミスリル)の鎖でも使って縛っておくか」

 

「【ロキ・ファミリア】か【フレイヤ・ファミリア】だと思ってたんだけど、闇派閥(イヴィルス)……【ハデス・ファミリア】だったね?」

 

「【死神の影(メメント・モリ)】に【目に見えない者(アイドーネウス)】、【地獄の番犬(ケルベロス)】……随分とまぁ派手な面子だったのに瞬殺だったな」

 

「【ハデス・ファミリア】ねぇ……いい加減ぶっ潰さない?」

 

「……まぁ、今回主力の構成員は叩き潰した訳だからな。これを機にヤッておくか」

 

「同感」

 

「了解」

 

 適当に今後の方針を決め、彼等は本拠(ホーム)に向かう。

 

 迷宮都市、東のメインストリートをずっと行った場所。

 

 オラリオの東端に、【ヘラ・ファミリア】ホーム『理想郷(アルカディア)』はある。

 

 主神の趣味を大いに反映した白亜の宮殿。

 

 豪華さよりも美しさの目立つ豪邸を目にし、誰もが目を綻ばせる。

 

「お帰りなさい、団長」

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ、今戻った」

 

 ホーム正門に立つ二人の門番と言葉を交わし、グリファス達は我が家に足を踏み入れる。

 

 その時だった。

 

 玄関が内側から勢い良く開かれる。

 

『ぐ……ぐりふぁすぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!』

 

 咆哮があった。

 

 全力で走る女神が、透明な液体を散らしながら部隊の一番前にいたグリファスの胸の中にダイブする。

 

「ご……っ!?」

 

 ちょっと息が止まりそうになった王族(ハイエルフ)の老人はどうにか倒れずに主神を支える。

 

「へ、ヘラ……!?」

 

「お、おかえり……っ!」

 

「あ、あぁただいま……」

 

 息も絶え絶えになりながらも主神を見たグリファスは―――主神の姿を見て、喉を詰まらせた。

 

 腰まで伸びた美しい金色の髪、雪の様に白い肌。今も老人に縋り付く細い腕は触れればすぐに壊れてしまいそうで、纏う白いワンピースが華奢な印象をより際立たせていた。

 

 美の女神にも劣らない美貌を持つ女神は顔を歪め、その碧眼から大粒の涙をボロボロと零して泣きじゃくっていた。

 

「うぅ、グリファス、グリファスぅぅ……!!」

 

「―――おい、ヘラ。どうした?」

 

 この状況から導き出される答えを複数予想しながら、顔を強張らせるグリファスは問いかける。

 

 絞り出す様にして、答えがあった。

 

「つ、ついさっきっ!ゼウスを見張っていたルーラがっ、知らない女の子を連れたゼウスをダイダロス通りで見失ったって……!!」

 

『………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

 

 空白があった。

 

 やがて事態を理解した面々は一気に殺意を膨らませる。

 

(((―――またか、クソジジィ)))

 

 動きは速かった。

 

「アリア、お前はアッシュと共に【ゼウス・ファミリア】に向かって協力を得て来い。半年以上あの派閥にいる構成員なら事態を理解してくれる。この場にいる者は二人一組(ツーマンセル)で行動する事。あのクソ爺を捜索、ひっ捕らえて来い」

 

 異論は無かった。

 

 既に階層主(ウダイオス)との激戦を経ているハズなのに、疲弊した様子を欠片も見せずにその場の面々は瞬く間に散って行く。

 

 オラリオ最強派閥、【ヘラ・ファミリア】。

 

 それは、200年以上浮気を続ける主神の夫、ゼウスの浮気を予防、制裁する為に結成された【ファミリア】だ。

 

 

 




ゼウスのクソ野郎。これはもうマジで酷い。
ヘラ・ファミリアに主人公を入れる為にギリシャ神話を調べたら本当にクソみたいなヤツだと分かった。いや、色欲魔にも程があるだろうって。

母親を犯す男なんざエロ同人でもn……珍しいぜ?(無いとは言えなかった……何故だし)


そして申し訳ありません。明日から旅行に行きます。再来週の月曜日までゆっくり更新お待ちください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

制裁

 ―――待たせたな!

 ……いや、本当にお待たせしました。
 無事旅行も終わり。予想以上に執筆時間が確保できて。珍しく土曜に更新できました。

 それでは。



 

『―――どうしたのですか?』

 

 その出会いは、二百年以上も前の事だった。

 

 顔見知りのギルド職員に向かって何かを必死に訴えかける女神の姿を見たグリファスは、傍らのレイラと共に事情を尋ねた。

 

 その女神の名はヘラ。

 

 『出会いを求めて下界へ一人降臨した』と言う夫、ゼウスを探して欲しいと言う懇願に応え、当時無所属(フリー)だった彼等は彼女に力を貸し、初の【ファミリア】団員となった。

 

「ッ!」

 

 衝撃で石畳を破壊しない様に注意しながら跳躍、住宅の屋上に着地する。

 

「……」

 

 目を細めるグリファスは、迷宮の様に広がるダイダロス通りを見下ろす。

 

 オラリオ、東と南東のメインストリートに挟まれる形で広がる居住区は、後に奇人と呼ばれた土精霊(ノーム)の手によって何度も何度も改築された地上の迷宮だ。

 

 一度迷い込んだら二度と出て来られないと言う逸話すらあるダイダロス通りだが、彼の場合は少々異なる。

 

「ダイダロス通り西南部、D-46からE-7の通りは孤児院が、G-3から18は飲食店が多い。そこはひとまず候補から外して捜索を行え」

 

『了解』

 

 彼は迷宮の様に入り組んだダイダロス通りを完璧に把握していた。

 

 複雑な紋様を刻まれた木の板から【ヘラ・ファミリア】に次々と指示を出しながら彼も捜索を行う。

 

 過去に魔導書(グリモア)を執筆した彼の発現させた発展アビリティ、『神秘』。

 

 世界に一握りしか無い発展アビリティを極めた彼が開発した通信用の魔道具(マジックアイテム)でもって大神(ゼウス)の捜索を円滑に進める。

 

 その、数分後。

 

 ダイダロス通りを制圧した【ヘラ・ファミリア】の手によって、エルフの美少女と情事に浸ろうとしていた糞爺(ゼウス)が連れ出された。

 

 

 

「……」

 

 妻の眷属(ファミリア)の人間によって縛り上げられ、女神の目の前に突き出された大神(ゼウス)はダラダラと汗を流していた。

 

「―――何か、言いたい事はある?」

 

「ゴザイマセン」

 

 あ、これ詰んだ。

 

 目の前で仁王立ちするヘラの姿に、ちょっと本気で泣きそうになる。

 

 前回捕まったのは半月前。今回で458回目、らしい。言い訳などとっくにネタ切れ、何よりも背後で殺気を放つ【妖精王(オベイロン)】をはじめとした妻の眷属達がそれを許さない。

 

 以前『ハーレムは男の浪漫(ロマン)』と口走った直後本当に殺されかけた事を思い出して口をつぐむ。

 

「……」

 

 普段明るい女神(かのじょ)からは表情が消えていた。その手には漆黒の手袋がはめられ、拳はきつく握られている。

 

 ヤールングローヴィ。

 

 鉄で作られた手袋ははめる者に莫大な『力』を与え、細身のエルフですら屈強なドワーフにも勝る『力』を得る事ができる。

 

 グリファスによって作られた魔道具(マジックアイテム)の一つ。

 

 そして、それが女神の手にはめられている理由は、どこまでも単純(シンプル)だった。

 

「―――」

 

 ヘラは大きく息を吸い―――爆発する。

 

「ゼウスの……バカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「へぶぁっ!?」

 

 ゴグシャァッ!!と神体(じんたい)が出してはいけない音と共に老神(ろうじん)が殴り倒される。

 

「わ、悪かっ、ごふぅ!?すまん、愛してr―――ボグッ!?」

 

「馬鹿でしょ、本当に馬鹿でしょ!?貴方が私を愛してくれているのは知ってるよ、知ってるよ!!だけどそれならそれ相応の態度ってのを見せてくれないかなァ!?何なのハーレムって、馬鹿じゃない!?貴方はゼウスでしょ、私の夫でしょ!?だったらそんなの止めてよ、浮気しないでよ、私だけを見てよ馬鹿野郎ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 ゴンッ、ガッ、ドガッ、と暴力的な音が相次ぐ。

 

『―――』

 

 意識を落とす直前。

 

 撲殺系ヒロイン、と言う言葉がゼウスの脳裏に浮かんだ。

 

 アホな事を考えた直後、轟音と共に意識が闇に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当、何であんなの好きになっちゃったんだろ……」

 

「……」

 

 衣服を脱いで横になるグリファスの背の上で、すすり泣くヘラがポツリと呟いた。

 

 血まみれになった老神は、何度も頭を下げる己の眷属に抱えられて開放された。

 

 今主神の部屋で行っているのは【ステイタス】の更新。

 

 だが、彼のステイタスは百年以上前からほとんど上がっていない。

 

 伸びしろの残ってない彼に行う【ステイタス】の更新は、言わば二人きりで行う相談の様な者だ。

 

「……あーあ。いっその事嫌いになれたら良かったんだけどなぁ」

 

「……そうだな」

 

 もう何度も何度も繰り返し聞かされた愚痴に、王族(ハイエルフ)の老人は苦笑する。

 

 もう言いたい事は正確に想像できる。聞かされそうな文句はすぐに把握できる。

 

 もう、かれこれ二百年以上の付き合いだ。主神の事をグリファスは完璧に理解できていた。

 

「だが……そこで諦める訳では無いんだろう?」

 

「……まぁね」

 

 「本当、アイツはさぁー」と文句と共にしだれかかって来る女神に苦笑しながら、グリファスは付き合っていく。

 

 時には同意を返し、あるいは一緒に憤り。

 

 女神の理解者は、彼女が全てを吐き出すまで寄り添い続けた。

 

「……ふぅ、ありがと。すっきりした」

 

「気にするな」

 

「あ、珍しく上がってたよ?」

 

「へぇ、一ヶ月振りだな」

 

 相談を終えた女神から渡された羊皮紙に、グリファスは目を通していく。

 

 

 

グリファス・レギュラ・アールヴ

 

Lv.7

 

力:D589 耐久:D531 器用:A846→847 敏捷:A865→866 魔力:S999 魔装:A 魔導:A 精癒:B 神秘:B 耐異常:C 魔防:D

 

魔法

【グングニル】

・必中魔法

・恩恵を与えた神の神の力(アルカナム)を一部使用

 

【フィングニル】

・飛行魔法

 

スキル

妖精舞踏(フェアリィ・ダンス)

 

妖精追憶(オベイロン・ミィス)

 

 

 

「2増えたか」

 

「そうだね。何かあったの?」

 

「……【ハデス・ファミリア】の襲撃者を潰したのと、それを殺さない様に加減したからか?」

 

「あ、そう」

 

 あっさりとした問答だった。

 

 ヘラにとっては、ゼウスと己の眷属以外は眼中に無い。

 

 ましてや対処したのがグリファスでは、心配するのはむしろ彼にのされた襲撃者達の方だった。

 

「それじゃあ」

 

「あ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 穏やかな挨拶と共に、グリファスは寝室に向かった。

 

 




 閲覧、ありがとうございました。

 少ししたら旅行の事とか、今後の方針とか活動報告に載せたいと思います。

 次の投稿は……月曜かな?感想、お願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追憶

閲覧、ありがとうございます。




 

 

『……』

 

 森の中を、一人の老人が歩いていた。

 

 その表情には珍しく余裕が無く、焦燥が見て取れた。

 

 やがて彼は、馴染みの大樹の根元で捜し人を見つける。

 

『―――レイラ』

 

『……グリファスですか』

 

 大樹の根元で夕日を浴びていた王族(ハイエルフ)の老女は、グリファスに向かって淡い笑みを見せる。

 

『……心配したぞ。置き手紙だけ置いて勝手に出て行って』

 

『……ごめんなさい』

 

 安堵した様に息を吐いた老人は、レイラの隣に腰を下ろす。

 

『……どうして、ここに?』

 

『―――死ぬ時は、ここで眠りにつきたいと前々から思っていたんです』

 

『ッ……そう、か』

 

 その言葉の意味を悟ったグリファスは、顔を強張らせながらレイラを見やる。

 

『……まぁ、迷宮で死ぬよりかは多少マシなんじゃぁないか?』

 

『遺骨も残りますしね』

 

『……軽口を叩ける程度には平気そうだな』

 

『これでも結構無理してるんですよ?貴方を心配させない様に』

 

『それは本人に向かって言う言葉じゃない』

 

 クスクスと笑う老婆に、頭を抱えるグリファスは嘆息した。

 

『―――お前がいないと、私が困る』

 

『むしろ困ってもらわないと私が困ります』

 

『ヘラが泣くぞ』

 

『それは何よりです。自由奔放な神の一柱が私を大切に思ってくださったと言う事ですから』

 

『(……随分と口が達者になったな、コイツ)』

 

『何か言いました?』

 

『……いや』

 

『?』

 

 首を傾げる妻の姿に思わず苦笑する。

 

 どうも本人に自覚は無いらしい。いや、自分が勝手にそう感じているだけかも知れない。

 

 真偽はどうあれ、長い年月は自分達を大きく変えた。

 

 多くの神と出会い、別れて行く内にグリファスは【妖精王(オベイロン)】と、レイラは【妖精女王(ティターニア)】と言う、随分と大層な二つ名で呼ばれる様になった。

 

 片や限界まで己の心身を昇華させ、片や魔法を極めた。

 

 それでも、最盛期なのかと問われたら素直には頷けないだろう。

 

 衰えこそ目立たないが動きのキレは数百年前―――それこそ一〇〇〇年前『古代』モンスター達と戦っていた頃と比べれば雲泥の差だろうし、レイラなどはたった今寿命を迎えている。

 

 まぁ、そんな事はどうでも良い。

 

 重要なのは、最後に過ごせる愛した者との時間だ。

 

『……やれやれ。とうとうお前も()ってしまうか』

 

『あら、寂しいんですか?』

 

『当然だろう』

 

 悪戯っぽく笑うレイラに不機嫌そうな顔を見せると、余計面白そうに笑われてしまう。

 

『何が可笑しい』

 

『あら』

 

 そこで、満面の笑みを浮かべ。

 

 言った。

 

 

『―――』

 

 

『……くっ』

 

 その言葉を聞いて、笑みが零れた。

 

『は……はははははははははっ!!いや、まぁその通りだ。そこは認めよう』

 

『でしょう?』

 

 老夫婦はどこまでも楽しそうに笑い合う。

 

『ただまぁ、心残りと言えば……貴方が無茶しないか、ですねぇ』

 

『大丈夫だ。むしろ私達の【ファミリア】の若い者の方が不安になる』

 

『それもそうなんですけど―――例えば、黒竜とか』

 

『……』

 

『やっぱり』

 

 口を閉じるグリファスを見て、今度はレイラが苦笑する。

 

 海の覇者(リヴァイアサン)

 

 陸の王(ベヒーモス)

 

 そして―――黒竜。

 

 現在存在する三大冒険者依頼(クエスト)、その一つ。

 

 アレが地上に進出してから、もう一〇〇〇年が過ぎた。

 

 未だに存命するそれは、一〇〇〇年もの間無数の討伐者達を殲滅して来たのだ。

 

 一〇〇〇年もの月日の間、グリファスとレイラは当時の仲間と共に何回も何十回も黒竜に挑み―――仕留めきれなかった。

 

 ある時は部隊を壊滅、半壊させ。

 

 ある時はギリギリの所で逃げられ。

 

 ある時は殺されかけた。

 

 長きに渡る【妖精王(オベイロン)】と黒竜の戦いは、全世界が注目している。

 

『―――正直、お前無しで奴に勝てる気がしないよ』

 

『それは流石に買い被り過ぎですよ。私の魔法は決してアレを殺し切れなかったんですから』

 

 彼女は自嘲気味に笑いながらも、グリファスの言葉に満更でも無さそうだった。

 

『だけど―――』

 

 そこでレイラは、老人をそっと抱き締める。

 

『私にも、貴方に―――世界に(のこ)せるモノはあります』

 

『……?』

 

 怪訝な顔をしたグリファスだが―――気付いた。

 

 己を抱きしめる老女から流れ込んで来る、優しく穏やかで、しかし莫大な魔力に。

 

『私の全魔力(ぜんぶ)、受け取ってください』

 

『お前……』

 

『じっとしていてください』

 

『……本当に死ぬぞ』

 

『放って置いても死にますよ。時間に数分程度の誤差が出るだけです』

 

流石(さすが)にこれ程の魔力(ちから)は受け止めきれるか分からない』

 

『魔力の扱いについては貴方の得意分野でしょうに。きっと有効に活用できますよ』

 

『……残念だな。これ程の力を貰っても黒竜だけは倒せる気がしない』

 

『それなら新しい時代の為に使ってください』

 

『……ジャック、ガラン、シルバ、ディルムッド―――そして、お前までも私を置いて行くのか』

 

『流石に貴方でも後数百年も迎えれば寿命が来るでしょう。それまで我慢してください』

 

『―――全く。頑固な奴だ』

 

『人間老いればこんなもんですよ』

 

『じきに生まれる曾々孫の顔も見ないのか』

 

『……あー。それは確かに残念です』

 

 魔力と共に流れ込んで来るのは生命力やこれまでの記憶、そしてレイラの感情だ。

 

 何故か負の感情はほとんど無かった。あるのは喜び、達成感、(いつく)しみ、そして―――狂おしい程の、愛。

 

『―――本当に、仕方が無い奴だ』

 

 気付けば、老人の銀色の瞳からは涙が流れていた。

 

 ボロボロと涙を零しながら、グリファスはレイラをかき抱く。

 

()って来い』

 

『すぐに来たら承知しませんからね。貴方には―――』

 

 その華奢(きゃしゃ)な体から力が抜ける中、レイラは彼の耳元に唇を近づけ、言った。

 

 先ほども、満面の笑みと共に告げた言葉を。

 

『―――皆が、家族がいるんですから』

 

 それっきりだった。

 

 全魔力を、生命力までも受け渡した王族(ハイエルフ)身体(からだ)から生命(いのち)の温もりが消える。

 

 森の中で紡がれた思い出は、白い光に包まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ―――」

 

 目を覚ます。

 

 未だ夜も明けていない中、王族(ハイエルフ)の老人は目を覚ました。

 

「……」

 

 瞳が濡れるのを感じる中、グリファスは起き上がる。

 

 あの時の夢を見るのは、数年振りだった。

 

「―――あぁ、分かっているさ」

 

 今はいない者に、応えるかの様に呟く。

 

 その瞳には、確かな光があった。

 

 それは―――誰も知らない、妖精の物語(オベイロン・ミィス)

 

 




活動報告を載せました。今後の方針が少し出ているので参照ください。

感想、お願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖精王の朝

30話が予想以上に人気で何よりです。評価ありがとうございました!




 

 

「……」

 

 老人(グリファス)の朝は早い。

 

 日もまだ昇らない内から起き上がり、彼は寝室を出る。

 

 見る者が見ればその美しさに息を呑む白亜の宮殿、その廊下を歩いて彼が向かうのは【ヘラ・ファミリア】の図書館だ。

 

 扉を開き、その空間に足を踏み入れる。

 

 無数の書物が納められた図書館には、それこそ色んな物がある。

 

 ヘラを含めた【ファミリア】の人間達が気に入って買った小説、グリファスの執筆し、使用された魔導書(グリモア)、博識なエルフによって集められた書物等。

 

 その中にある一冊の書物を手に取ったグリファスは、パラパラとページを(めく)って中身を確認した。

 

「ふむ……これが良さそうだな」

 

 魔導書でこそ無いが、魔法についてしっかりと書かれた書物。

 

 彼の立場は【ヘラ・ファミリア】の団長であると同時、オラリオ最古最強の冒険者だ。

 

 であれば―――若い冒険者、その卵に指導を行うのも当然だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――【どこまでも広がる(あお)き世界よ、無限の蒼穹(そうきゅう)よ】」

 

「そうだ、ただ詠唱を口ずさむだけで良い。自分の中にある魔力を意識しろ」

 

「【晴れ渡る青空、迫る暗雲、清濁併せ持つ世界】」

 

 グリファスの指導を受ける幼い狐人(ルナール)の少女が唱えるのは彼女の発現させた魔法では無い。

 

 ただ、実際に存在し、確かな力を持つ魔法を唱える事で魔法種族(マジックユーザー)の才能を目覚めさせる切っ掛けを作っているだけだ。

 

「【大いなる力よ、我に応えたまえ】―――きゃっ!?」

 

 詠唱を完成させた直後、彼女に衝撃が叩き込まれる。

 

 規模こそ小さいが、発現させてもいない魔法を唱えた事による魔力の暴発(ファンブル)

 

 そしてそれは、彼女の中に眠る確かな魔力を示していた。

 

「っ……グリファス、これって―――」

 

「あぁ……ひとまずは成功だな」

 

「!」

 

 倒れ込んだままパァッ、と顔を輝かせる少女に顔を綻ばせる。

 

「数週間良く頑張ったな、冬華(ふゆか)。ずっと練習をしていたのか?」

 

「うんっ、グリファス達が迷宮に潜っているから、私も頑張らないとっ、て……」

 

「そうか、偉いぞ」

 

 頭を撫でながら褒めると、頬を染めて少女も笑った。

 

「―――ヘラに【ステイタス】を見てもらいに行ってきまーす!」

 

「おい、まだ早朝だぞ。アレも眠っているんじゃぁないか?」

 

「もう日は昇ってるから大丈夫!」

 

 暴発(ファンブル)を起こして消耗しているにも関わらず元気に駆け出していく少女に声をかけたが止まる様子は無かった。

 

 きっと彼女に叩き起こされたヘラは、文句を言いながらも可愛い眷属の為に【ステイタス】を更新するのだろう。その光景を思い描いたグリファスは可笑しくなって笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ヘラ・ファミリア】の構成員が朝食を摂るのは、二階の大広間だ。

 

 上座に座って細々と食べるグリファスは、隣にいる主神に視線を向けた。

 

「うぅ……」

 

「……随分と眠そうだな?」

 

「グリファスゥ……面倒見てたんなら、止めておいてよぉ……」

 

 ヘラの向けて来る恨みがまし気な視線からサッと目を逸らす。

 

「……済まない。どうもあの輝いた眼を見てると、止められなくてな……」

 

「止めてよ爺馬鹿(じじバカ)!私の安眠が懸かっているんだからね!?あんな朝っぱらから特訓した子供が叩き起こして来るとかありえないから!」

 

「お、おいヘラ!」

 

 途端にグリファスが焦り出す。

 

「?」

 

 珍しく、本当に珍しく焦燥を露わにする王族(ハイエルフ)の老人に首を傾げるヘラだったが―――自分達に、いやグリファスに集中する視線に気付く。

 

『―――早朝から、特訓?』

 

『団長と、誰が?』

 

『あ、私!』

 

『ふ、冬華!?おまっ、団長に……!?』

 

『長時間、一対一で御指導頂いていたのか!?』

 

『うん!魔法も使える様になったんだよ!』

 

『ぐぅ、羨ましい……!!』

 

「……あぁ、そう言う事」

 

「……」

 

 無言の肯定があった。

 

 【ヘラ・ファミリア】内では『優しいお爺ちゃん』『強い』『凄い』『憧れる』等々、グリファスの人気は凄まじい物がある。もし誰かが指導を受けていたとなれば自分も私も、と団員達が殺到してくる事だろう。

 

 幼い少女に口止めするのを忘れてたグリファスが嘆息するのを見て、食事後のグリファスの姿を思い浮かべたヘラはクスクスと笑う。

 

「ふふふっ、今日はギルドの用事も無かったでしょう?久々に相手して上げなさい」

 

「……あぁ」

 

 その、少し後。

 

『グリファス様、御指導お願いします!』

 

『俺も!』

 

『わ、私も!』

 

「……」

 

 何人ものの若者達に囲まれ、グリファスが遠い目になる。

 

 迷宮帰りの翌日だと言うのに、今日はとても休めなさそうだ。

 

 

 




幾ら【ステイタス】を昇華させようがグリファスはお爺ちゃんです。戦闘後は腰痛、肩こりが酷くなります。流石に戦闘中『ゴキィッ』となったりする事はありませんが消耗が早いです。

この後、団員達の面倒を見る破目になった【妖精王(オベイロン)】は筋肉痛を起こしましたとさ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常風景

お気に入り数700突破!日刊ランキングまさかの8位!本当にありがとうございます!

今後ともよろしくお願いいたします! 



 

 

「……はぁ」

 

 ホームにある広い中庭、その中で銀杖を持つグリファスはどこまでも重く息を吐いた。

 

「だぁー、負けたぁ……」

 

「やっぱ強ぇ……」

 

 呻き声が聞こえた。

 

 彼の周りには【ヘラ・ファミリア】の第一級冒険者達が死屍累々と転がっている。

 

 彼は目の前で凶笑を浮かべる狼人(ウェアウルフ)の少女に、うんざりとした視線を向けた。

 

 肩まで伸びた黒い髪。同じ色の耳が彼女の動きに合わせて揺れ、尻尾も楽し気に振られていた。

 

「……次はお前か、アロナ」

 

「ははっ!行くよ!」

 

「―――来い」

 

 双剣を構えて躍りかかる少女に嘆息し、グリファスは銀杖を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうなった理由は単純だった。

 

 団員達に指導をするグリファスを見た第一級冒険者(戦闘狂)達がらんらんと目を輝かせ、次々と模擬戦を挑んで来たのだ。

 

 格下の団員達が止められる訳も無く、グリファスが半強制的に彼等の相手をする羽目になったのだ。

 

「―――らぁぁっ!」

 

「おっと」

 

 高速の挙動でもって繰り出される無数の斬撃。

 

 Lv.5上位の敏捷(スピード)を活かして攻めたてて来るアロナの猛攻にグリファスも汗を流す。

 

 彼女に限った事では無いが、挑んで来る第一級冒険者達は割りと『本気(マジ)』だった。正直に言うと階層主と戦う以上の気迫を感じる。

 

 ガンギンゴンガンゴンドッッ!!と金属音が連続する。

 

「おい、殺す気で来られている気がするのは気のせいか?」

 

「アンタと()るならその位がちょうど良いんだよッ!!」

 

「おいやめろ戦闘狂、私の耐久はそれ程高くないんだ」

 

「フロスやラインを無傷でのしといて良く言う!」

 

 そうは言っても彼女も【大狼(オルトロス)】の名を冠する第一級冒険者だ。その攻撃が直撃すればグリファスでも普通に痛い。

 

 連続する斬閃を弾いては受け流し、生まれた隙を逃さずに銀杖を振り下ろした。

 

「げっ!?」

 

 顔色を激変させて双剣で防御するアロナが薙ぎ払われ、何M(ミドル)も吹き飛んで行く。

 

「っ~~、私に合わせろよ……」

 

「流石にそこまで手加減したら私が斬られる。勘弁してくれ」

 

「ははっ」

 

 よろよろと起き上がったアロナは―――詠唱を始める。

 

「―――【唸れ、暗雲の野獣】」

 

「―――」

 

 それを見逃すはずは無かった。

 

 詠唱を始める少女に一瞬で肉薄したグリファスは銀杖を叩き込む。

 

「!」

 

 キィン、と金属音が響く。

 

 音に等しい速さで振るわれた銀杖を、双剣の片割れが弾いた音だった。

 

「【轟け咆哮。(いかづち)の如く駆け抜け、世界に放たれよ】」

 

 並行詠唱。

 

 詠唱、移動、攻撃、防御―――格上(グリファス)の猛攻を前にその全てを実現して見せるアロナに、グリファスが目を細める。

 

 それは、孫の成長を喜ぶ老人の様な表情だった。

 

「【何よりも速く()れ、何よりも鋭く()れ。神の怒りよ、我れに宿り顕現(けんげん)せよ】」

 

「【あらゆる物を喰い尽くせ、(いかづち)の牙】!」

 

 互いの武器を高速で打ち合わせる中、とうとうアロナが詠唱を完成させる。

 

 それは行使者の移動速度を強化し、武器の威力を激上させる雷電の付与魔法(エンチャント)

 

 雷速の連撃でもって獲物を血祭りに上げる、狼人(ウェアウルフ)の少女が発現させた魔法。

 

 そして、魔法名を告げる。

 

「【サンダーファング】!」

 

 双剣に紫電(しでん)(まと)う、その直後だった。

 

 ゴンッ!!と言う轟音と共にアロナの意識が揺さぶられる。

 

「な、ぁ―――」

 

 見えなかった。

 

 側頭部に凄まじい衝撃を叩き込まれたアロナが最後に見たのは、銀杖を振り抜いたグリファス。

 

 己の『敏捷』と『力』を総動員して少女に一撃を叩き込んだ老人は、深い重い息を吐いた。

 

「―――流石に、地上(ここ)魔法(それ)を使うのは禁止だ。ホームが崩壊する」

 

 彼の先に広がっていたのは、第一級冒険者達との模擬線でボロボロになった庭園。

 

 極力被害を出さずに済ませるつもりだったが、しっかりと余波が辺りを蹂躙していた。

 

「……片付けるとするか」

 

 周囲で観戦していた団員達を呼び出し、彼はアロナの介抱を行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――早くっ、行こう!」

 

「ちょっと、待ってっ!」

 

「おいおい、走ると危ないぞ」

 

 目の前で駆け出していく娘と妻の姿に青年が不器用に笑う。

 

 彼の名はライズ・ヴァレンシュタイン。

 

 オラリオ最強派閥、【ゼウス・ファミリア】の団長を務めている冒険者だ。

 

 Lv.7の一人として世界に名を轟かせる第一級冒険者でもある彼は、家族と過ごすかけがえの無い時間に頬を緩ませる。

 

 彼の前で楽し気に笑い合う二人は、容姿は勿論中身も本当にそっくりだった。

 

 精霊である彼女(アリア)が本当に子供を孕んだ時は、居合わせた主神共々本気で仰天した物だ。

 

 今、彼等はアリアの所属する【ヘラ・ファミリア】のホームに向かっている。

 

 あそこの美しい庭園で一時(ひととき)を過ごすのが、娘であるアイズの楽しみだった。

 

「……あれ?」

 

「ん?どうし―――え?」

 

「……?」

 

 『理想郷(アルカディア)』正門前で硬直する二人に首を傾げる青年は傍まで追いつき―――顔を強張らせる。

 

 彼等の憩いの場となっていた庭園。それは凄まじい様相となっていた。

 

 芝生は抉れてはめくり上がり、草花は半ばから折れ、花畑も散乱している。

 

 その惨状を見たアリアは、ポツリと呻いた。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………あぁ、またか」

 

 模擬戦、襲撃、喧嘩―――人間離れした【ステイタス】を持つ彼等が暴れてホームを破壊してしまうのは、まぁ良くある事ではあった。

 

 その後、【ゼウス・ファミリア】の頂点(トップ)が懇意派閥の修繕作業に奔走させられると言う衝撃的な光景があったと言う。

 

 

 

 




アイズの父親の名前はライズと言う事で。原作の進行によって名前が出る様であれば即変更いたします。
……これ当たってたら、凄いよなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

豊穣の女主人

気付いたら評価数もお気に入り数も跳ね上がっていてビックリしました。本当にありがとうございます!



 

 

「……はぁ」

 

「どうしたんだい、辛気臭い(つら)して」

 

「いや、今日は本当に大変でな。ウチの派閥の若い面子の面倒を見る羽目になった。挙句アロナやフロス達にも模擬戦を挑まれてな……あぁ疲れた」

 

「ほー、年長者は大変だねぇ」

 

「全くだ。私もとっくに老人だと言う事をアイツ等は理解できていない」

 

 ギシィ、と左腕が軋んだ音を立てた。

 

「うん?……ボロボロじゃないか、その銀の義手(アガートラム)

 

「これはあくまで滞り無く生活をする為の道具であって戦闘に適した物では無いからな。第一級冒険者なんかと戦えば磨耗も早くなるし拳を全力で振り抜けば義手の方が砕ける」

 

「はー、何事も万能とは行かないもんだ」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】の方にも改良品を注文しているが、まぁこれ自体が『調合』と『鍛冶』を発現させた者にしか作製できない作品だからな。時間も金もかかる」

 

「第一級冒険者だろう。そん位どうにでもなるんじゃないか?」

 

「あぁ。今まで溜めてきたヴァリス金貨の一部を持っていかれる代わりにな。……この赤ワイン、美味いな。一体どこのだ?」

 

「最近大きくなって来た【デメテル・ファミリア】の葡萄(ぶどう)を使ってるんだ。安くて美味いから重宝してるよ」

 

「成程。……材料の割りにやけに高いのは気の所為か?」

 

「何言ってるんだい。相応の代金だろう?」

 

「まぁ、この味であれば文句は無いが……」

 

「ところで、聞きたい事があるんだけどね……」

 

「?」

 

 首を傾げる王族(ハイエルフ)の老人に、彼女が尋ねる。

 

 

「―――何でアンタがここにいるんだい、【妖精王(オベイロン)】」

 

 

 ドワーフの女将(おかみ)、ミア・グランドの向けて来る胡乱気な視線にグリファスは思わず苦笑する。

 

「いや、大した用は無いさ。あの【女巨人(ガイア)】が酒場を開いたと聞いてな。様子を見に来ただけだ」

 

 どうだか、と鼻を鳴らすドワーフだが、彼女も無理にグリファスを追い出そうとはしなかった。

 

 ただ冷やかしに来た様であれば己の得物(スコップ)で頭部をかち割ってやる所だったが、ちゃんと飯を食って行く様ならば彼女に文句は無い。

 

 主神(フレイヤ)に何か言われている訳でも無く。食事をしている間くらいは客として扱ってやろうと判断した。

 

「……それにしても」

 

「アン?」

 

「話を聞いた時は耳を疑ったが……いざ見てみると中々様になっているじゃないか」

 

「そりゃあどうも」

 

「店の用意はフレイヤが?」

 

「いいや、私の貯蓄からだよ。良い立地だろう?」

 

「確かに」

 

 ここ、『豊穣の女主人』はオラリオ、西のメインストリート沿いに建つ建物の中でも一際大きい造りの酒場だ。グリファスの目の前にいる店主の持つ人柄と、後は働く店員が全て女性と言うのに惹かれた者達によって大分繁盛していた。

 

『ほいっ』

 

『うげっ!?』

 

『ハッハーン!賭けは俺の勝ちィー!』

 

『チクショォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?母ちゃん、酒お替わりぃー!』

 

「……こう言う雰囲気も、悪くない物だ」

 

「だろう?話が分かるじゃないか」

 

 自棄酒に走る神々、飲み比べをする冒険者。若干酒臭い様な気もするが、立場も種族も違う皆が醸し出すこの騒々しい雰囲気は、グリファスにとっても心地良い物だった。

 

「……あぁ。昔を思い出すよ」

 

「へぇ。『古代』の話かい?素直に興味があるね」

 

「ほう。長い話になるぞ?」

 

「私だってそういう話も好きなんだ。幾らでも昔話に付き合ってやるよ」

 

「ふむ、どうしたものか……」

 

「黒竜の話が聞いてみたいねぇ」

 

「じゃあそれにするか」

 

 束の間の一時(ひととき)が過ぎて行く。

 

 酒を飲み、『古代』の話を続けるグリファスの顔には、楽しそうな笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冒険者辞めて私も店を開くか……?」

 

「それは流石に止めた方が良いんじゃないのかい?」

 

 それは駄目ェー、と、どこかで女神の涙声が聞こえた気がした。

 

 実際、彼が冒険者を辞めたら【ヘラ・ファミリア】は破滅する未来しか見えない。

 

 

 




今回は日常回でした。フレイヤ出そうか迷いましたがひとまずはこんなもんです。

ミア母さんの二つ名もオリジナルです。こちらも原作の進行によって変更します。

感想、どんどんお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは未来の万能者

本日もランキング入り!皆さんありがとうございます!


 

 

『……はぁ』

 

 オラリオから遠く離れた、とある海国。

 

 その国を治める王族達の住まう城、その内の一室で物憂げに息を吐く少女がいた。

 

 女神の様に整った顔立ち。青い髪には一房のみ白が混ざっている。眼鏡の奥から覗く碧眼は失意に沈んでいた。

 

 身に(まと)う豪奢なドレスも、彼女にとっては(かせ)にしかならない。

 

 海に囲まれた世界。王宮と言う名の牢獄は、彼女にとってはどこまでも窮屈だった。

 

『……あ』

 

その視線の先で、一羽の鳥が飛び立つ。

 

 水平線の向こうに消えていくその姿に、少女は束の間目を奪われた。

 

『―――私も』

 

 あんな風に飛ぶ事ができたら。

 

 どこまでも広がる大空に向かって飛び立ち、自由にあるがままに暮らす事ができたら。

 

 こんなちっぽけな鳥籠(せかい)から脱け出し、世界を見て回る事ができたら。

 

 どこまでも自由な鳥達に憧れ、羨望を抱いて呟くと―――背後から声が聞こえた。

 

『―――うんうん。成程、ロマンだよなぁ』

 

『!?』

 

 突然の声にバッ!と振り返る。

 

 いつの間にか自室にいた男性は、人差し指を立てて『し、シィーっ!』と言う。

 

『……』

 

 明らかな不審者。

 

 警戒する少女は従者を呼び出す(ベル)に近付き、その男を見つめる。

 

 見覚えの無い神だった。

 

 羽根つきの鍔広帽子を被った細身の男神。その顔に浮かべた柔和な笑みは優男を思わせ、しかし彼女の警戒を解くには不十分だった。

 

『……貴方は、誰ですか』

 

『ふっ、しがない唯の神さ―――うわぁ待った待ったちょっとタンマ!ストップ、落ち着いてくれ!』

 

『貴方が落ち着いてくださいよ……』

 

 無駄に格好つけようとした彼の余裕は少女が(ベル)に触れた直後消し飛ばされる。

 

 拍子抜けした様に息を吐いた少女は、緊張が抜けるのを感じた。

 

『で?』

 

『お、俺の名前はヘルメス。【ヘルメス・ファミリア】の主神さ』

 

『……?聞いた事ありませんね』

 

『おぅ、そこまでストレートに言われるとちょっと傷つくな……スタンス変えようかなぁ』

 

『?』

 

 頭を抱えながら訳の分からない事を口走る彼は、やがて微笑みと共に彼女に向かい合った。

 

『単刀直入に言うぜ。アスフィ・アル・アンドロメダ―――この鳥籠を脱け出して、俺とオラリオに来る気は無いか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

「おいおいアスフィ、そんな辛気臭い顔してちゃあ美人が勿体無いぜ?」

 

「誰の所為だと思っているんですか。あと馴れ馴れしく呼ばないでください」

 

「連れないなぁ」

 

 己を攫った主神が横で笑いかけてくる中、元王女は青筋を立てる。

 

 殴りたい。あの時あっさり頷いた自分を今すぐぶん殴りたい。

 

 てっきり両親や関係者に話を通してあるものかと思っていた。この誘いに乗れば後はもう簡単だろうと思っていた。

 

 それが、まさかの強行突破。

 

 あの後母国の衛兵達に二人は死ぬほど追い掛け回され、【ヘルメス・ファミリア】に所属する上級冒険者の助けによってどうにか事無きを得たのだ。

 

 今二人は迷宮都市に到着し、大通りを並んで歩いている。

 

「本当、これからどうするんですか……」

 

「なぁに、彼等にも面子がある。誰とも知れない男神に美姫を連れ攫われたなんて口が裂けても言えないさ。これ以上の追っ手はまず来ないよ」

 

「だと良いんですがねぇ……」

 

 嘆息するアスフィは横目で主神を見やり、尋ねる。

 

「で、どこに向かっているんですか」

 

「ん?」

 

 話し合う二人はオラリオ、西のメインストリートを歩いていた。

 

 てっきり【ヘルメス・ファミリア】のホームにでも向かうのかと思っていたアスフィだったが、ヘルメスはニヤリと笑う。

 

「おいおい、君の目的を忘れたのかい?」

 

「は?」

 

「空を飛んで行きたいって言ってたじゃあないか」

 

「……良くもまぁそんなこっぱずかしい事覚えてましたねぇ……」

 

 羞恥に頬を赤く染めるアスフィは、そこで目を丸くした。

 

「て事は……できるんですか?」

 

「多分ね。当てはある」

 

 笑みを深める男神は、少女に告げる。

 

「君も聞いた事はあるだろう?『古代』から数多のモンスターと戦い、今や世界最強となった王族(ハイエルフ)の名前を、さ……」

 

 




「……寒気がするな……風邪か?」
「大丈夫?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学区にて

21日、『敬老の日』を題材にした番外編を投稿する事にしました。



 

 

 ―――ギルド、と言う言葉がある。

 

 それは『古代』に神々が降臨した頃、当時のオラリオで活動していた『連合(ユニオン)』が一柱の老神によって再編成されてできた組織だ。

 

 下界に降臨した神々の自由奔放な姿を見て警戒したグリファスがその老神に掛け合って立ち上げたと言う経緯もあり、今では迷宮都市の管理機関として機能し、多くの役割を果たしている。

 

「―――約一〇〇年前だ。精霊達の怒りを買って『クロッゾの魔剣』のほとんどを失った軍国(ラキア)は今の魔法大国(アルテナ)に戦争を挑み、敗北した」

 

 その内の一つ、『学区』内で王族(ハイエルフ)の老人が指導を行っていた。

 

 学区。

 

 それは若い人材の育成を掲げて活動する教育機関だ。

 

 ギルドの全面協力の元、数学や歴史等の一般教養、あるいはヒューマン以外の種族が持つ独自の言語や【神聖文字(ヒエログリフ)】、そして冒険者になる上で必要な戦闘術も教えている。

 

 グリファスが教えているのは今も教鞭を振るう歴史、そして戦闘術だ。

 

 一〇〇〇年以上も生きた彼の実体験も織り交ぜた歴史の授業も人気だが、やはり世界最強が教えるとだけあって戦闘術も凄まじい物がある。

 

「そうして、軍国(ラキア)の不敗神話が終わりを告げたんだ」

 

 そうして解説を締めくくると同時、校舎として機能する建物の中でチャイムが鳴る。

 

「―――それじゃあ、今日の授業はここまで。三日後の授業では小テストがあるのでしっかり勉強する事」

 

『はーい!』

 

 子供達の元気な返事に笑みを見せるグリファスは資料を持つ。

 

「先生!ダンジョンの話聞かせてよ!」

 

「階層主やっつけたんでしょ!?」

 

「うん?ちょっと待ってくれ……ミィシャ、どうした?」

 

「あの、グリファス様。ここを御指導お願いしたいんですけど……」

 

「……どうしたいきなり。エルフみたいな言い方をして」

 

「エイナが、そう言えって……」

 

「……エイナ?」

 

「えぇっ!?私言ってませんよ!?」

 

「えへへ」

 

「ミィシャぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

「わーこわーい」

 

「ははは……」

 

 ハーフエルフの少女が追い、ヒューマンの少女が逃げる中、グリファスは苦笑する。

 

 次の授業が始まるまで、教室が静かになる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、子供達もグリファス様に親しんでいる様ですなぁ」

 

「そうだな……孫を見ている様な気分になるよ」

 

「やはり貴方に依頼して何よりでした。入学の申し込みが後を絶ちません!」

 

「……ところで、聞かせて貰って良いか?」

 

「はい!」

 

 息を吐くグリファスは、目の前の太ったエルフに尋ねる。

 

「……どうしてお前が来ているんだ、ロイマン」

 

「は、ははは……一つ、御相談がありまして……」

 

「わざわざ学区まで来て……ギルドに呼び出せば良いだろう」

 

「まさかっ、よりにもよって貴方にその様な御足労はかけられません!」

 

「……はぁ」

 

 王族(ハイエルフ)に対する畏敬は多少残っているのか、手を振って慌てる彼の言葉にグリファスは嘆息した。

 

 目の前にいる太ったエルフ、ロイマン・マルディールは数年前ギルドのトップとなった男だ。

 

 もう四〇年以上ギルドに勤めているこの男、一〇年程前まではエルフらしい整った顔立ちと細身の体を持っていたのだが、ギルドの頂点となってからは一変した。

 

 豪遊した日々を毎日の様に送り、それはもう見事に堕落したのだ。

 

 今では『ギルドの豚』とまで呼ばれ、あらゆるエルフから嫌われている。

 

「(また太ったな、この男……)」

 

「どうかしましたか?」

 

「……いや、良い」

 

 一体どこで間違えてしまったのか、とかつてロイマンを指導していたグリファスは息を吐く。

 

 首を傾げていたロイマンに視線を向けた。

 

「で?」

 

「あ、はい。実は、ウラノス様が」

 

「ウラノスが?」

 

 ロイマンの口から出てきた最初の主神の名に眉を跳ね上げる。

 

 オラリオ初期にギルドの指導者として名を刻んだグリファスにその後のギルドの長から相談事を持ちかけられるのは決して少なくなかった。ロイマンもその例に漏れなかったが、彼等との会話でその神の名が出る事は少ない。

 

 それ程の重要案件なのかと気を引き締めたグリファスの予想は、続くロイマンの言葉に覆される事となった。

 

「モンスターを使った、催し物を行いたいと……」

 

「はぁ?」

 

 思わず呆けた様な声を出すグリファスは耳を疑った。

 

 催し物?

 

 一切の娯楽と無縁であろうあの老神が?

 

「あの、ウラノスが……?」

 

「えぇ。一体何を考えられているのやら……」

 

 ロイマンの真剣な表情から嘘では無いと判断し、グリファスは息を吐く。

 

「……詳細を聞かせてもらっても?」

 

「はい。これが資料です」

 

 ロイマンから手渡された紙の束に目を通す。

 

「……」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)

 

 東のメインストリートにある円形闘技場(アンフィテアトルム)を使用、熟練の冒険者の手を借りモンスターの調教(テイム)を行う。

 

 調教(テイム)に秀でた能力を持つ【ガネーシャ・ファミリア】に依頼し、催しを行う。

 

 開催時期は五年後を目処とする。

 

「……一体、あの男は何を考えている?」

 

「さぁ、私には何とも……」

 

 嘆息するグリファスに、これまた困惑した様な表情でロイマンも答える。

 

「……とりあえずこの案件は神会(デナトゥス)に回そう。快楽狂の神々であれば問題無く通るはずだ」

 

「分かりました」

 

 息を吐くグリファスが話を切り上げようとしたその時、彼の衣服にあるポケットから熱を感じた。

 

「……」

 

 複雑な紋様の刻まれた木板を取り出す。

 

 魔力を流すと、聞き慣れた声が聞こえた。

 

『あ……団長?』

 

「ルーラか。どうした?」

 

 己の作製した魔導具(マジックアイテム)でヒューマンの女性団員と会話するグリファスは、何か嫌な予感がした。

 

『今、お客さんが来てるよ?学区にいるからって断ろうとしたけど「アポは取ってる」なんて言ってたから通しちゃったけど……』

 

「いや、特に予定は無かったが……誰だ?」

 

 そう尋ねながらもグリファスには何となく心当たりがあった。

 

 そもそも、門番に向かって『アポは取っている』なんてほざく者など神々しかいない。

 

 そして、その予感は的中する事となる。

 

『―――神ヘルメスと、その眷属っぽい女の子が来てるよ?』

 

「……はぁ」

 

『うっわ凄い嫌そう』

 

 




閲覧、ありがとうございます。

感想お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヘルメスの願い

 

「……」

 

 日が沈み始めた頃、学区から戻ったグリファスは一組の家族とすれ違った。

 

「あ、グリファス!」

 

「アイズか。アリアにライズも。もう帰りか?」

 

「うん!」

 

 晴れやかな少女の笑顔につられ、グリファスも自然と笑みを浮かべる。

 

「グリファス、さっき神ヘルメスが来てたけど……?」

 

「あぁ、ルーラから連絡があった。一体何の用だか……」

 

 アリアの言葉に嘆息するグリファスは彼等と別れて正面玄関から理想郷(アルカディア)の中に入る。

 

「あ、団長」

 

「グリファス様……」

 

「ヘルメスは?」

 

「応接間に通しました」

 

 会った団員達から来訪者の居場所を聞き出し、王族(ハイエルフ)の老人は足早にその場に向かった。

 

 漆黒の扉を開き、広々とした応接間に入る。

 

 ソファーにゆったりと座っていた優男の神は、彼の姿を見るなり両腕を広げて立ち上がった。

 

「やあグリファス!久し振り、会いたかったよ!」

 

「あぁそうか。私はお前の顔をできるだけ見たく無かったがな」

 

 連れないなぁ、と笑いかけて来るヘルメスに嘆息し、グリファスはもう一人の来訪者―――青に白が混ざる髪の少女に視線を向ける。

 

 彼と目が合った少女は、パァッ!と顔を輝かせる。

 

「……」

 

 先程の嫌な予感が的中した様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの【妖精王(オベイロン)】と生で会えるだなんてっ、感激ですっ!あ、あのっ、私アスフィ・アル・アンドロメダと言います!どうかお見知り置きを……!」

 

「あ、あぁ」

 

 顔が引きつるのを感じた。

 

 世界最強と名高いあの【妖精王(オベイロン)】にキラキラと憧れの視線を送って来る少女に、ヘルメスに文句も言う事もできず硬直する。

 

「ははは。人気が絶えないねぇグリファス」

 

「……はぁ。それでヘルメス、何の様だ」

 

「あぁ、折り入って頼みがあってね」

 

「断る」

 

「早過ぎじゃないか!?」

 

 慌て出すヘルメスに嘆息して座らせ、グリファスも向かい合う様にして座る。

 

「……で?」

 

「グリファス。頼みがあるんだ」

 

 表情を真剣な物に変えたヘルメスは、アスフィの頭に手を乗せて、言う。

 

「この子―――アスフィを指導してあげて欲しい」

 

「―――よし、二人きりで話し合おうか」

 

「え、ちょっ!?グリファース!?」

 

 青筋を浮かべるグリファスはヘルメスの襟元を掴み上げて彼を引きずって行く。

 

 それは、半ば連行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 近くの空いた一室にヘルメスを連れ込んだグリファスは口を開く。

 

「まずは率直に言わせて貰おうか。……断る」

 

「おいおい、頼むよぉ」

 

 

「―――()()

 

 

 ズッ……!!と。

 

 空気が一気に重くなった。

 

 常人なら息を止める様な凄まじい殺気を目の前の神に叩きつけるグリファスは、それでもヘルメスがポーカーフェイスを貫くのを見て息を吐く。

 

「……済まない。少し苛立っていてな」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………し、死ぬかと思ったぁ!?」

 

 へなへなと崩れ落ちるヘルメスに申し訳無さそうな表情をするグリファスは続ける。

 

「本当に今は大事な時期なんだ。アイズ―――【ファミリア】の子供が六歳になれば迷宮に行かせる事になるし、三大冒険者依頼(クエスト)の話も出る様になって来てから一気に忙しくなった。正直これ以上の面倒事は厳しい」

 

「そ、そこを何とか……」

 

「そもそもあの娘は一体どうしたんだ。貴方の【ファミリア】の人間にしては見覚えの無い顔だな」

 

「海国の王女様」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 空白があった。

 

 やがて、過去に情報紙で見たとある国の王女と先程の少女の外見、名前が一致する事実に気付き―――彼は頭を抱える。

 

「……気付いてしまった自分が嫌になるよ」

 

「いやぁアスフィにはもう大丈夫だと伝えていたんだけどさぁ。移動している内に追跡者(ストーカー)を見つけたんだよねぇ。それが中々の腕前で、ダイダロス通りを使ってようやっと撒いて来たんだよ」

 

「こいつ……」

 

 つまり、目の前の男神(おとこ)はこう言ってるのだ。

 

 海国の追っ手を黙らせる為に元王女と一緒に居てあげて?と。

 

 たとえ【ステイタス】を持つ戦力の少ない海国でも立派な『国』だ。とてもでは無いが【ヘルメス・ファミリア】では手も足も出ない。

 

 だが、【ヘラ・ファミリア】なら違う。

 

 第一級冒険者ともなれば単身で軍隊を蹴散らす大戦力だ。それを多く抱える【ヘラ・ファミリア】に喧嘩を売るのは、神に攫われた王女と天秤にかけるにしても不味(まず)過ぎる。

 

「でも、アスフィも結構な境遇だったぜ?」

 

 ロクに外出もできずに鳥籠に囚われて日々を過ごしていた、孤独な王女。

 

「アイツはこう言っていたんだ」

 

『―――いっその事』

 

『外の広い世界(そら)を、鳥の様に飛んで行けたら―――』

 

 彼女の事情を語るヘルメスは、正面からグリファスを見つめる。

 

「頼む。あの子を守る為だけじゃぁ無い。あの子の夢を、真の意味で叶えさせてやって欲しい」

 

「……」

 

 沈黙があった。

 

 やがて息を吐いたグリファスは、うんざりした様にヘルメスを見やった。

 

「―――そんな事を言われて、断れるはずが無いだろう」

 

「……ありがとう」

 

 いつだって子供に優しい、そんな老人の言葉を聞いて。

 

 ヘルメスは、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 





「……だが、まず一発殴らせろ」
「え゛、ちょ―――」
 その夜、【ヘラ・ファミリア】ホームに鈍い音が響いたとか響かなかったとか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

指導


先程御指摘があり、『オリキャラの設定を纏めて欲しい』とのリクエストがありました。

この作品に登場したオリキャラは今後の『追憶編』に出す予定なので余裕ができた時に載せたいと思います。


 

 

 ……さて。

 

 ヘルメスからは追っ手についてとやかく言われたが、実質グリファスは指導だけをすれば良い。

 

 グリファスが表に出ずとも、指導の度にヘルメスとアスフィが理想郷(アルカディア)に姿を現すだけで向こうが『【ヘルメス・ファミリア】はオラリオ最大派閥の庇護を受けている』と勝手に判断してくれる。

 

 一ヶ月も通えば、海国の方にもそう報告が届くだろう。

 

 そうなればかの海国も手を出せず、アスフィや【ヘルメス・ファミリア】の安全も保障される事となるだろう。

 

 グリファスの考えは正しかった。

 

 ヘルメスの来訪から二週間が過ぎ、二人が頻繁に【ヘラ・ファミリア】に通う姿を見つめる追跡者の姿を発見したのだ。

 

「……」

 

 書斎の窓からそれを見ていた老人は息を吐き、二人を出迎える。

 

(―――この分であれば問題無い。一ヶ月後には問題無く『アレ』に向かう事ができるな)

 

 

 

 

 アスフィを伴ってグリファスがやって来たのは、己の書斎だ。

 

 彼は目の前の本棚を眺めると一冊の分厚い目録(リスト)を手に取り、中身を捲る。

 

 その中の一(ページ)に目を留めた。

 

「……これにするか」

 

 そう呟いたグリファスは、傍らで目をキラキラさせるアスフィに笑みと共に告げる。

 

「―――そうだな。今日は、魔導具(マジックアイテム)の作成を手伝って貰おうか?」

 

「はいっ!」

 

 元気な声で答える少女の顔は、眩しい位に輝いていた。

 

 指導をすると言う事で、グリファスは彼女に魔導具(マジックアイテム)の作成について教えていた。

 

 彼の指導を受ける事で発展アビリティ『神秘』を発現できれば、彼女の夢を実現させる足掛かりになるだろうからだ。

 

 まずは積極的に雑用をして貰う事で【ファミリア】の団員の好感を買って貰い、グリファスの与えた本を貸し与える。

 

 分からない所はしっかりと教えてやり、アスフィの飲み込みの良さもあって昨日には基本の基本を身に着けたと判断できた。

 

「今回は【ヘラ・ファミリア】の団員に支給している魔導具(マジックアイテム)を作成する」

 

 少女が頷くのを確認して彼は懐から一枚の木板を取り出す。

 

「これは私達が連絡に使用している魔導具(マジックアイテム)だ。魔力を流す事でこれを持つ者達と連絡を取り合う事ができる」

 

「へぇ、便利ですね……」

 

 興味深げに見つめるアスフィに微笑みかけ、多くの機材を入れた籠から何の加工もされていない木板を取り出す。

 

「さて、始めるか」

 

「はいっ!ご教授お願いします!」

 

「固くなるな。力を抜け」

 

 頂点にあった日が沈み始める中、彼の指導は続いた。

 

 

 

 

「おーい、グリファス、まだー?」

 

「良いから黙って待って居ろ。今良いところなんだ……よし、良いぞ。そこをずらすんだ……」

 

「はい……」

 

「もう日も沈んじゃったじゃないか。色々物騒なんだからできるだけ早く……」

 

「……基本的にお前の所為だと言う事を忘れて無いよな……?」

 

「あ、スイマセン」

 

 すっかり外も暗くなっている中、グリファスの書斎で作業が進められていた。

 

 暇していたヘルメスをグリファスが黙らせる中、アスフィは真剣な表情で作業に取り組む。

 

「……」

 

 ガリ、ゴリッ、と、静かになった部屋木板を削る音が響いた。

 

 そして―――その作業が、唐突に終わる。

 

「で、できた……!」

 

 パァッ、と顔を輝かせる少女の手の中には、複雑な紋様を刻まれた木板があった。

 

 試しに魔力を流す直後、確かな反応がある。

 

 完成した、何よりの証だ。

 

「完成しました、師匠(せんせい)……!」

 

「あぁ、良くやったな」

 

 喜色満面の少女に偽りの無い称賛をしながらも、彼の表情は驚きに染められていた。

 

 まさか、自分の指導があったとしても一回で成功するとは思わなかった。

 

 この少女には、才能があるのかも知れない。

 

 かつてグリファスや【賢者】の辿り着いた境地に追いつき、追い越す程の才が。

 

 少女の示した才と成功に驚愕するグリファスは―――しかしその笑顔を見て、破顔した。

 

 優れた才能?

 

 実に結構な事だ。今後のオラリオを支える一人として、その才能を存分に発揮して貰おうではないか。

 

 それを開花させるきっかけになれれば―――自分は、全力で彼女に教えよう。叩き込もう。

 

 己の手に入れた叡智を。先人達の手に入れた物の全てを。

 

 笑みを深めるグリファスは、喜ぶ少女に目を細めた。

 

 

 ―――これが、【万能者(ペルセウス)】と後に呼ばれる少女の始まりだった。

 

 




閲覧ありがとうございました。

感想、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話

今回は短めに。




 

「さて、と……」

 

「わぁ……!」

 

 理想郷(アルカディア)の地下、その一室で、少女の歓声が響いた。

 

 グリファスの開いた倉庫の中には、強大な力を持つ魔導具(マジックアイテム)が所狭しと並んでいた。

 

「あの、本当に良いんですか……!?」

 

「あぁ、自由に見て行くと良い」

 

「はいっ!」

 

 目を輝かせるアスフィは神秘の結晶を一つ一つ見て行く。

 

 アスフィだけの魔導具(マジックアイテム)作成、そのきっかけになればとグリファスは今までに己の作成した魔導具(マジックアイテム)を見せていた。

 

 興奮した様に目を輝かせる少女の姿に、グリファスも笑みを見せる。

 

「凄い……!これはどんな効果があるんですか?」

 

「あぁ、その紅い(たま)の扱いは気を付けた方が良い。爆発するぞ」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうした、アスフィ」

 

「あ、いや……賢者の石は、作っていないんですか?」

 

 一通り見て回り、地下から出た二人は書斎に向かって廊下を歩いていた。

 

 かつて【賢者】と呼ばれた人間が作成した魔導具(マジックアイテム)の存在について言及するアスフィは、先程の光景を思い返す。

 

 『真の魔導書(グリモワール・ネオ)』、『霊光の宝玉』、『聖なる護符』―――あの倉庫で見た様な凄い魔導具(マジックアイテム)を作成したグリファスならもしかして、と思ったのだ。

 

「ふむ……」

 

 一方、顎に手をやって考え込んでいたグリファスはアスフィと目を合わせると口を開いた。

 

「作れない事は無いと思うが、欲しいとは思わんな」

 

「えっ……どうしてですか?」

 

 誰もが羨む不老不死を実現する『賢者の石』をそう切り捨てた老人は、少女に可笑しそうな視線を向けた。

 

「必要が無い、と言うのもあるが。私はLv.7になって老化をほぼ止めた。それに―――」

 

「あ、グリファス!」

 

「―――ヘラか」

 

 手を振って駆け寄って来る己の主神にグリファスは振り向く。

 

 清楚なワンピースを纏う女神に笑みを浮かべた。

 

「そう言えば今日だったな。ヘルメスはもう?」

 

「うん。いつの間にか消えてたしそうじゃない?あっ、アスフィいらっしゃい。もう私の【ファミリア】に改宗(コンバージョン)しない?」

 

「え、できるんですか!?」

 

「おいおい、主神(ヘルメス)が許可しないだろう。それに改宗(コンバージョン)はあと一年待たないと無理だ」

 

「あー、そうだった」

 

 屈託無く笑う女神はアスフィの頭を撫でると、「じゃあ行ってきまーす!」と階段を駆け下りていった。

 

「そう言えば、今日は神会(デナトゥス)があるんでしたっけ……どんな物なんですか?」

 

 先程の会話も忘れ、疑問符を浮かべるアスフィに老人はうんざりした様な表情で告げた。

 

馬鹿共(神々達)のやる……『祭り』だよ」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神会


ダンまち9巻読みました。予想外の展開にびびりましたが、どうにか絡められそうです。



 

 

 神会(デナトゥス)

 

 元を辿ると一部の神々が退屈しのぎに企画した一種の集会だが、多くの神々が参加する様になった現在では神々の情報共有や【ランクアップ】した上級冒険者の『命名式』などを行う重要な(もよお)しだ。

 

 会場は迷宮都市中央にそびえる摩天楼(バベル)、その三〇階。

 

 一つの階層(フロア)を丸々と使った大広間には、多くの神々が集まっていた。

 

「ロキの眷属が三人も【ランクアップ】したらしい。Lv.6だ」

 

「おい見ろよアレ……」

 

「けっ、あんの貧乳ふんぞり返りやがって……」

 

「無乳だろアレは」

 

「やめろ、殺されるぞ」

 

 広い空間の中央にぽつんとある巨大な円卓。席に着く神々の数はざっと三〇を超えた。

 

 正装を指定される『神の宴』と異なり各々が自由な服装を纏って駄弁っている中、(ゼウス)の隣に座るヘラは周囲の面々を見つめていた。

 

「今回ランクアップした子供達は多いみたいだな……おぉ!この娘可愛い!」

 

「【九魔姫(ナイン・ヘル)】……リヴェリアちゃんもLv.6になったみたいだしね。グリファスもうかうかしていられないんじゃないのかな。……ところで、ケンカ売ってるんなら買うよ?買っちゃうよ?ヤールングローヴィと霊光の宝玉どっちが良い?」

 

「ごめんなさい本当にごめんなさいどっちも勘弁してください」

 

「ふんっ」

 

 取り出された手袋と得体の知れない宝玉を前に全力の謝罪をする情けない老神。

 

 鼻を鳴らすヘラは何かを思いついたかの様にニヤリと笑った。

 

「それじゃあ……グリファスが新しい魔導具(マジックアイテム)作ったみたいだからさ。今度付き合ってよ」

 

「え、SMプレイ?」

 

「誰がするか!?」

 

 青ざめて呟いたゼウスと対照的に顔を真っ赤にして怒鳴った女神は咳払いして気を取り直す。

 

「い、痛めつける様な真似はしないわよ、何も無ければ。確かそれ、フレイヤやアフロディーテみたいな『魅了』ができるって話だったけど」

 

「おいっ、搾り尽くす気か!?」

 

「貴方の浮気の抑止力になれば良いんだけどねぇ?」

 

 妖しい笑みを向けて来るヘラにゼウスが戦々恐々する中、円卓から象の仮面を被った男神が立ち上がった。

 

「それではっ、第984回神会(デナトゥス)を始める!―――俺が、ガネーシャだ!!」

 

『『『イェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!』』』

 

 相変わらずだなぁ、と平常運転の変神(へんじん)に呆れた様な視線を送るヘラは苦笑する。

 

「ていうか何で司会ガネーシャ?」

 

「暇らしい」

 

「あ、そう。……ちゃんと話進められるんなら構わないんだけど―――」

 

『俺は、ガネーシャだ!』

 

「―――無理ね」

 

「無理だな」

 

 顔を見合わせ、息を吐く。

 

 今回の集まりは、長くなりそうだ。

 

 

 

 

「ギルドの要請により、五年後、俺の【ファミリア】主導で怪物祭(モンスターフィリア)が行われる事となった!」

 

「はいはーい、何すんのー?」

 

「超!有能な俺の眷属達がモンスターの調教(テイム)を行い、その様子を見世物にする!心配はいらない、超有能だからな!」

 

「何か腹立つなぁお前……」

 

「ガネーシャだからな!」

 

「はいはいガネーシャガネーシャ」

 

「あっそうそう。そこのゼウス、昨日ウチのホームで見かけたけど。奥さんは許可したのかい?」

 

「―――アン?」

 

「んなっ、イシュタル!?」

 

「それじゃぁ―――」

 

『『『死刑確定』』』

 

「ぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

「止めろ止めろ」

 

「折角だ、殺させてやれよ」

 

「……ふんっ、いい気味や」

 

「ふふっ、貴方はいつもゼウスと言い合っているわよね?」

 

「けっ、無乳無乳うるっさいんや、あの好色魔め……」

 

 話題が二転三転、女神による暴力沙汰もあってより騒がしくなる中。

 

「それじゃあ次行くぞ―――命名式だ!」

 

 空気が、変わった。

 

 新参者の神々が青ざめ、古参がニヤリと笑う。

 

 ズタボロにした夫を抱きかかえていたヘラが死んだ目で見つめる中、『祭り』が始まった。

 

「それじゃあ最初は―――バッカスの子だな!」

 

「っ!」

 

「名前は、ロード・レイドル、ヒューマンか……」

 

「ど、どうなんだ!?できるだけ無難に……!」

 

「よっしゃ!【新月の申し子(ルナティック・ノヴァ)】!」

 

「!?」

 

「【白の聖剣使い(ホワイティ・ナイト)】www」

 

「ktkr!【混沌の闇(カオス・アンド・ダークネス)】!」

 

「てめぇらぁぁあああああ!!??(ひと)の苦しむ顔を見るのがそんなに楽しいかぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「ひゃっはー!楽しいぜ、楽しくなきゃやってねーよーん!」

 

 醜い。

 

 下衆な神々に常識神(じょうしきじん)と新参者が目を背ける。

 

「―――それじゃあ冒険者ロード・レイドル、二つ名は【黒い聖域(ブラック・サンクチュアリ)】」

 

「う、うわぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 男神が絶叫を轟かせたその後も、地獄の様な光景が続いた。

 

 新参者が一通り終わると、中堅派閥や【ゼウス・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】などの大派閥に所属する冒険者達の名前が列挙される。こちらは比較的マシな物だった。

 

「おっ、次は……【ロキ・ファミリア】の三人だな」

 

「ふふん!ウチの自慢の眷属や!」

 

「ちっ、もう手が出せなくなっちまった……」

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴ……【妖精王(オベイロン)】の、孫?」

 

「曾々孫だとさ」

 

「はー」

 

王族(ハイエルフ)チート過ぎワロタ」

 

「【勇者(ブレイバー)】【重傑(エルガレム)】は勿論、【九魔姫(ナイン・ヘル)】もそのまんまで良いよな?」

 

「当然」

 

「敢えて言えば……【妖精女王(ティターニア)】とか?」

 

「えー」

 

「それはレイラたんの独占で良いだろ」

 

「俺天界に戻ったら絶対あの子の魂探す」

 

「やめとけ、グリファスに殺されるぞ」

 

「あんな良い子、天界(うえ)の連中がとっくに転生させてるって」

 

「そんじゃまぁ、こんな感じで」

 

「さて、これでお開きだな!」

 

 その時だった。

 

 特に言葉も発さなかったヘラが手を挙げる。

 

「ん?」

 

「どーしたの、ヘラ様」

 

「あー、うん」

 

 言葉を促す神々に、あっさりと。

 

 どこまでもあっけらかんと、彼女は告げた。

 

 

「一ヶ月後、ゼウスの【ファミリア】と合同で三大冒険者依頼(クエスト)挑戦するから」

 

 

 時が。

 

 止まった。

 

『『『………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』』』

 

 その言葉の意味を理解した神々は、一気に目を見開く。

 

『『『えぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??』』』

 

 迷宮都市最大派閥の爆弾発言に、バベルが、オラリオが、世界が揺れた。

 

 





閲覧、ありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オラリオの地下で


随分と執筆に手間取りました。スランプかも……




 

 

「……よし」

 

「こんなもんかな……」

 

 理想郷(アルカディア)、その応接間で。

 

 無事に処理した複数の書類に、青年と中年男性、二人のヒューマンが息を吐いた。

 

 片や【ゼウス・ファミリア】団長、ライズ・ヴァレンシュタイン。

 

 その向かいに座るのは【ヘラ・ファミリア】副団長、アッシュ・ロックアウトだ。

 

 先程持って来たジャガ丸くんをライズに投げ渡し、彼は一笑する。

 

「昼飯だ。醤油バター味で良かったか?」

 

「あぁ。好物だ」

 

 笑い合う二人は遅めの昼食を食べ始める。

 

 一週間前の神会(デナトゥス)で発表された、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】合同の三大冒険者依頼(クエスト)挑戦。

 

 その知らせは瞬く間に広がり、今では世界中の注目となっている。

 

 それに伴い、彼等はギルドに提出する書類を纏めていた。

 

「―――それにしても、本当に良かったのか?」

 

「え?」

 

 ライズが首を傾げる中、中年の第一級冒険者は続ける。

 

「六歳になったばかりの娘を置いて、勝てるかも分からない戦いに挑んで」

 

「……それは、遠征と変わらないだろう?」

 

「まぁ、それもそうだがな」

 

 尤もだと苦笑するする彼に、都市最強の一角、Lv.7【天閃】は告げる。

 

「それに―――死ぬつもりも、毛頭無いからな」

 

「……」

 

 不器用に笑ってそう断言する彼に、僅かにアッシュは目を見開き―――そして、小さく吹き出した。

 

「ふっ、頼もしいな」

 

「それはどうも」

 

 束の間笑い合った二人だったが、ふと気付いたライズは気付いた。

 

「そう言えば、グリファスさんは?出かけているって聞いたけど……」

 

「あぁ」

 

 ジャガ丸くんを咀嚼するアッシュは、事も無げに告げた。

 

「―――ギルドだってさ」

 

 

 

 

「……」

 

 ホームの付近、西のメインストリート付近に広がる住宅街。

 

 その真下に存在する地下通路を歩くグリファスは、ふと立ち止まった。

 

 ロクな明かりも無い目の前の空間に広がる暗闇を見据え、笑みを浮かべる。

 

「―――フェルズ」

 

 誰もいない、薄闇の空間。

 

 そのはずだった。

 

 しかし。

 

 

『―――久方ぶりです、「師匠(せんせい)」』

 

 

 スゥっ……、と。

 

 闇に包まれた地下通路から、音も無くその人物は現れた。

 

 全身を包む漆黒の衣装。目深に被られたフードでその顔は見えず、両の手に紋様を刻まれた手袋をはめていた。

 

「本日はどの様な案件で?」

 

「ウラノスに用があってな。久々に昔話でもするか?」

 

「勘弁願いたい。アレは私の汚点(トラウマ)だ」

 

 苦笑するかの様に体を揺らすフェルズに、グリファスも笑みを浮かべる。

 

 ―――二人は、いや三人は『家族』だった。

 

 数百年前、(レイラ)と共に訪れた魔法大国(アルテナ)

 

 その貧民街(スラム)で倒れるヒューマンの孤児と出会った彼等はそれを介抱し、親身になって面倒を見ている内に気付けば家族の様に思う様になっていた。

 

 彼は養父母(ふたり)を慕い。

 

 王族(ハイエルフ)の夫妻は少年を息子の様に扱った。

 

 そして、関係はまた一つ変わる。

 

 当時オラリオ最強、Lv.6だった【妖精王(オベイロン)】に憧れた少年は彼に師事を仰いだ。

 

 グリファスもそれに応え、持てる全てを子に授けた。

 

 そして、時は流れ―――彼はグリファス以上に『神秘』を極め、いつしか【賢者】と呼ばれるまでになった。

 

 しかし、その時は訪れる。

 

 寿命の短いヒューマン。彼もそれからは逃れられず、限界を感じる様になる。

 

 まだ、学びたい事があった。

 

 世界の全てを知りたかった。

 

 ヒューマンの短い寿命を克服し、無限の叡智を欲した。

 

 だから、彼は創った。

 

 神々や精霊の域に届き得る不老不死の象徴―――賢者の石を。

 

 しかしそれは砕かれる事になる。

 

 あろう事か、完成した『石』を見せに行った主神の手によって。

 

 偶然の産物だった賢者の石は再生成する事もできず、かつて【賢者】と呼ばれた者は永遠の命に対する執着に取りつかれ、新たな不死の秘法を生み出した。

 

 そしてそれは、大きな間違いだった。

 

「―――まさか反動で全身の血肉が削ぎ落とされる事になるとはなぁ」

 

「ははは……」

 

 空笑いする愚者(フェルズ)に半眼を向ける。まぁ全身が骸骨化したこの男に笑みを浮かべる事などできそうも無いが。

 

「着いたな」

 

『―――』

 

 地下通路を歩く二人の前に立ち塞がったのは紋様の刻まれた石の壁。フェルズが片手をやって呪文を呟くと紋様が光を放ち、石壁が横に開かれた。

 

 相変わらず個性的(ユニーク)な呪文だなと思っていると隣のフェルズが進みだしたので、一歩遅れてついていく。

 

 そこに広がっていたのは、広大な地下室だった。

 

『―――グリファスか』

 

 ギルドの地下、最深部に足を踏み入れた直後、荘厳な声が響き渡る。

 

 神々の誰よりも神威(しんい)の込められた声に、王族(ハイエルフ)の老人は顔を上げ―――笑った。

 

「……ここに来るのも、数十年振りだな。―――ウラノス」

 

 玉座、いや神座に君臨するのは一人の老神(ろうじん)

 

 一〇〇〇年前、人類に最初に恩恵(ファルナ)を与えた、彼のかつての主神だった。

 

 





9巻が出たので早速絡めました。彼等の出会いについても追憶編でおいおい書くつもりです。

夜の零時に、番外編の予約投稿があります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 敬老の日

番外編です。初めての予約投稿。

どうぞ。



 

「アイズ、敬老の日は何をしたら良いと思う?」

 

「けいろう、の日?」

 

 その日の朝、【ヘラ・ファミリア】ホームの庭園で遊んでいたアイズは、一緒にいた冬華(ふゆか)の言葉に首を傾げる。

 

 フワフワとした尻尾を揺らす狐人(ルナール)の少女は笑顔と共に頷いた。

 

「極東の祝日でね?敬老の日って言うんだけど―――」

 

 疑問符を浮かべるアイズに、冬華が説明する。

 

 敬老の日。

 

 多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う事を主旨とした極東の祝日だ。

 

「へぇ……」

 

「それがね、明日なんだ!グリファスにはいつもお世話になってるし、何かしてあげたいと思って!」

 

「……私も、しようかな」

 

「うん!皆にも話して一緒に考えよ!」

 

 ニコニコと笑う冬華の言葉に、アイズも笑った。

 

 

 

 

「……」

 

 たまたま中庭を通りがかった時、少女達の話を聞いた少女は目を細める。

 

 彼女自身、耳に挟んだ内容に思う所があった。

 

「……あいつ等にでも相談するか」

 

 この後、理想郷(アルカディア)内で急速に『敬老の日』と言う単語が広まる事になる。

 

 

 

 

「何か欲しい物は無いか、だって?」

 

「うん!」

 

 わざわざ自分の書斎までやって来た二人の少女の問いに、グリファスはただただ疑問符を浮かべる。

 

「いや、これと言ってやって欲しい物は無いが……一体どうしたんだ?」

 

「良いから良いから!」

 

「何か、無いの……?」

 

「む……?」

 

 冬華とアイズにせかされる中、眉をひそめながらも考え込む。

 

(しかし、本当に無いんだがなぁ……)

 

 武装の整備は事足りているし、新たに読みたい本も無い。それならば何か手伝って貰おうと思ったが、山の様にあった書類もつい先程若い幹部達に無理矢理持って行かれてしまった。魔導具(マジックアイテム)の整理もやけに張り切るアスフィに任せてしまったし―――

 

 そこまで考えて、気付く。

 

 今日の【ヘラ・ファミリア】は何かがおかしい。

 

 一体何があった?

 

「……なぁ、二人共」

 

「「なぁに?」」

 

 狐人(ルナール)の少女と精霊の娘に同時に尋ねられる中。

 

 聞いた。

 

「今日、何かあるのか?」

 

「「え!?」」

 

 ギクッ、と二人が肩を揺らす。

 

 余りにも分かりやすい反応を見て当たりか、とさらに踏み込もうとした時だった。

 

「に、逃げよっ」

 

「し、失礼しましたぁ!?」

 

「あ、おい!?」

 

 脱兎の如く走り去って行く二人の少女に硬直する。

 

 ドアを破らんばかりの勢いでこじ開け、二人は逃げて行った。

 

 呆然と呟く。

 

「何だったんだ、一体……?」

 

 

 

 

「逃げちゃった……」

 

「うーん、どうしよう……」

 

 早足で廊下を歩く二人は、若干落ち込みながらも話し合う。

 

「やっぱり、プレゼントが良いと思ったんだけど……」

 

「アイズ、お小遣い幾らある?」

 

「ん、と……今日はジャガ丸くんガマンしたから……五〇ヴァリス、ちょっと」

 

「私は昨日ダンジョンに潜っていたから、六〇〇位だけど……何を買えば良いんだろう」

 

 グリファスの欲しがっている物を買う為に先程の問いがあったのだが、逃げてしまったので聞きそびれてしまった。

 

 むしろ【ファミリア】の皆で企画しているサプライズパーティが台無しになる処だったと汗を流す。

 

 その時、通りがかった部屋から複数の物音がした。

 

「この部屋って……」

 

「アロナさんの、部屋だよね?」

 

 生まれてからこの【ファミリア】で育った狼人(ウェアウルフ)の先輩が、何をしているのかが気になった。

 

 扉に耳を当て、会話を聞き取ろうとする。

 

『―――ウガー、しんど……』

 

『ちょっとアロナぁ、サボらないでよぉ』

 

『うへぇ、まだいっぱいある……』

 

『畜生あのジジィ、いつもこの量を処理していたのかよ……』

 

『大変だよねぇ』

 

「「……」」

 

 そっと耳を離した二人は、顔を見合わせる。

 

「グリファスの……お手伝い?」

 

「多分……」

 

 アロナさん達偉いなぁ、と若干の尊敬を抱いた二人は当ても無くホームを歩き回る。

 

『なぁなぁアスフィ。どうして俺までこんな作業に駆り出されてるか聞いても良い?』

 

『いつも師匠(せんせい)に迷惑かけてるじゃないですか。誠意と感謝を持ってしっかり手を動かしてください』

 

『手厳しいなぁ……』

 

 【ファミリア】の倉庫ではアスフィとヘルメスが倉庫の片づけを行っていた。

 

『ほらほら、飾り付け急いでー!』

 

『ルーナ、ケーキ届いたぁー?』

 

『よっ、と……』

 

 大広間では【ファミリア】の構成員達がサプライズパーティの準備をしていた。

 

「「……」」

 

 その様子を見て困った様な顔をする二人に気付いた女神が、そちらに駆け寄る。

 

「なになに、どうしたの?」

 

「ヘラ……」

 

「それが―――」

 

 ―――皆はそれぞれグリファスの為に動いているのに、自分達は何をしてあげれば良いのか分からない。

 

「何か買って、プレゼントしようと思ったんだけど……」

 

「グリファスからは欲しい物を聞けなかったし、どうすれば良いのか分かんなくて……」

 

「んー……」

 

 うつむく二人の少女の言葉に考え込んだ女神は、一転して笑みを浮かべる。

 

「気持ちが込められていれば、何でも良いと思うよ?」

 

「きも、ち……?」

 

「うん。プレゼントにこだわらないで手伝いをしたって良いし、自分の良いと思った物を買ってあげても良い。それには必ず二人の感謝の気持ちがあるんだから。グリファスも喜んでくれると思うよ?」

 

「「……うーん」」

 

 王族(ハイエルフ)の老人と一〇〇年以上の付き合いを持つ女神の言葉を聞いて必死に考える二人。その姿に微笑むヘラは、中断していた荷物運びをする為にその場を立ち去った。

 

 そして―――日が沈む、少し前。

 

「「―――できたっ!」」

 

 二人の少女の、嬉しそうな声がホームの一室で響いた。

 

 

 

 

「―――じゃーん!」

 

「これは……」

 

 その日の夜。

 

 (かたく)なに拒否されていた大広間の立ち入りをようやくヘラに許可されたグリファスが中に入ると、目の前に広がっていたのは夢にも見なかった光景だった。

 

 色とりどりに飾り付けられ、ごちそうが並べられた大広間。天井にはエメラルドの横断幕がかけられ、その横断幕には『団長(グリファス)、いつもありがとう』と書かれていた。

 

「っ―――」

 

 目を見開き、次には笑みを浮かべる。

 

「―――おいおい。一体、どんな風の吹き回しだ?」

 

「今日は『敬老の日』って言う極東の祝日なんだって!冬華が言ってたんだ!」

 

「お爺ちゃんお婆ちゃんに感謝の気持ちを伝える日なんだよ!」

 

「そうか……」

 

 何かが変だった【ファミリア】の理由に気付いて頬を緩める中、大勢の団員達が押しかけてきた。

 

「団長!」

 

「グリファス様、これはほんの気持ちです!」

 

「いつもありがとうございます!」

 

「これからもよろしくお願いしますね!」

 

 口々に各々のプレゼントを渡して来る団員達に面食らいながらも受け取っていくグリファスは、自分に駆け寄る二人の少女に気付いた。

 

「グリファス!」

 

「これ……肩叩き券」

 

「私は貴方を描いた絵!」

 

「!」

 

 アイズと冬華に渡された手作りのプレゼントにグリファスは瞠目した。

 

「何をあげようか、凄く迷ったんだけど……」

 

「ヘラから助言を貰って、精一杯書きました!」

 

 目を合わせ、『せーのっ』と二人は同時に言う。

 

「「いつも、ありがとう!!」」

 

「っ―――」

 

 不覚にも、泣きそうになった。

 

 二人を抱きしめたグリファスは、楽しげな家族(ファミリア)の声に目を細める。

 

「―――あぁ」

 

 思い起こしたのは、愛したパートナーの声。

 

 家族という名の存在を、痛い程に感じた。

 

「―――ありがとう」

 

 抱きしめられて目を白黒させていた二人の少女は、その声を聞いて満面の笑顔を浮かべる。

 

「―――それじゃ、食べようか!今日はごちそうだよ!」

 

 女神の声につられ、周りの面々も笑みを見せる。

 

 血が繋がっていなくても、種族が違くても。

 

 そこには確かな、温かい『家族』があった。

 

 




皆さんは、お爺ちゃんお婆ちゃんに感謝の気持ちをつたえていますか?

私は、伝えていません(おい)。

感想、お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウラノス

学校、忙しい。連休、忙しい。



 

 神ウラノス。

 

 オラリオの創設神とも呼ばれる、最初に下界へ降臨した神々の中の一柱だ。

 

 彼はこの地に最初の『神の恩恵(ファルナ)』を与え、精力的に塔と要塞着工に取り組んだ。

 

 彼の尽力によってモンスターの侵攻を防ぐ事に成功し、オラリオの原型となる要塞都市は完成に至ったのだ。

 

 そして時が過ぎ、オラリオがある程度安定した頃に【ウラノス・ファミリア】は彼の手により解体された。その後彼は当時のグリファスと共に派閥を再編成し、都市の管理機関ギルドは発足した。

 

 無駄な(いさか)いを防ぐためギルドの職員達には恩恵(ファルナ)を与えず、隠し持つ私兵もフェルズと【ヘルメス・ファミリア】、グリファス、そして一つの『異端』に留まっていた。

 

 現在はギルドの地下、祭壇でダンジョンを抑え込む為に日々『祈祷』を行っている。

 

 そんな老神(ろうじん)に笑みを向けるグリファスは、全てを見透かす様な碧眼と目を合わせた。

 

「何の用だ、グリファス」

 

「あぁ、一〇〇〇年前からの無理難題(クエスト)を片付ける前に、疑問を解消しておきたくてな」

 

 眼を細めるグリファスは、かつての主神向かって単刀直入に尋ねた。

 

「……一体お前は、何を企んでいる?」

 

 いきなり企てられたモンスターフィリア。あの様な催しを目の前の老神が提案したと言うのは明らかに異常だった。

 

 眼を細める彼の言葉に、ウラノスはゆっくりと口を開いた。

 

「アレは……『異端児(ゼノス)』の望みを叶える為の布石だ」

 

「―――っ」

 

 その言葉で、全てを察してしまった。

 

 異端児(ゼノス)、と言う言葉がある。

 

 いつからかダンジョン各地で見つかる様になった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指す言葉だ。かつてウラノスから依頼を受けた【ゼウス・ファミリア】が何体かを捕獲し、話を聞いたウラノスは『保護』と言う名目で支援を行っている。

 

 竜人(リザードマン)のリド、歌人鳥(セイレーン)のレイ、石竜(ガーゴイル)のグロス……彼等と対話をした事もあるグリファスは、その『望み』を正確に察する。

 

「ヒトと、モンスターの友和……とうとう、やるつもりなのか……?」

 

神意(しんい)は既に定まっている。ダンジョンに祈祷(きとう)を捧げ続けてきた私に、彼等の慟哭(どうこく)から目をそらす事はできない」

 

「……」

 

 ギルドの守護神としての地位を揺るがしかねない発言だった。

 

 だがグリファスはもう何も言わない。

 

『俺ハ、覚エテイルゾ。オ前ノ事ヲ―――』

 

 もう知っているからだ。

 

 ダンジョンの奥深くで転生を繰(・・・・・・・・・・・・・・・)り返す中で今までに無か(・・・・・・・・・・・)った理知を手に入れながら(・・・・・・・・・・・・)ヒトからもモンスター(・・・・・・・・・・)からも忌み嫌われる存在の事を(・・・・・・・・・・・・・・)

 

『―――やはり、ヒトと分かり合う事はできないのでしょうカ』

 

 その絶望を。

 

『俺っちは―――前に見たあの空を、見てみたい』

 

 その切望を。

 

「―――」

 

 そこまで考えて嘆息したグリファスは、思考を切り換える様に首を振る。

 

「……まぁ、突然あの催しを始めようとした理由は良く分かった。もう帰るとするよ」

 

 とんだ無駄骨だった、とぼやく王族(ハイエルフ)の老人はかつての主神に背を向ける。

 

「―――いけそうか?」

 

「……」

 

 そして、不意に投げかけられた老神(ろうじん)の言葉に立ち止まった。

 

 何の事かは、聞かなくても分かった。

 

 傍らのフェルズが耳(?)を澄ませるのに気付きながら、振り向きもせずに告げる。

 

「まぁ、無理だろうな(・・・・・・)

 

 感情の込もっていない声音で、彼は断言した。

 

「三大冒険者依頼(クエスト)―――陸の王者(ベヒーモス)海の覇者(リヴァイアサン)はまだ撃破できるだろう。だが―――黒竜は違う」

 

「アレを撃破するのに求められるのは、全てを消し飛ばす『英雄の一撃』だ」

 

「数百年見てきたが、最盛期の今でも【ヘラ・ファミリア】に―――いや、【ゼウス・ファミリア】にも、存在しない」

 

「だから―――もう潮時だと判断した(・・・・・・・・・・)

 

 そう。

 

 彼は、いや、レイラを含めた二人は一〇〇〇年間ずっと探してきていた。

 

 時代を担う英雄を。

 

 黒竜の片眼を潰した英雄(ジャック)や、『古代』共に戦った戦友(なかま)にも勝る素質を持った者達の到来を。

 

 だが、二つの【ファミリア】にはそれが存在しない。だから黒竜には勝てない、と。

 

 容赦無く彼は断じた。

 

 そしてその旨は、依頼の話を聞いた時に己の恩恵(ファルナ)が奪われる可能性を無視してヘラとゼウスにも話している。

 

 黒竜討伐におけるどうしようもない程の危険性(リスク)を知りながらも、二人は、いや、話を聞いた彼等(・・)は笑った。

 

『おいおい、お前は何を見てきた?』

 

『大丈夫。貴方の言う通りこの子達は二つの【ファミリア】黄金世代なんだから。黒竜も倒せるわよ』

 

『貴方もいるんだ、必ずやれます』

 

『魔石ぶっ壊せば終わりだろ?私が叩き斬って吠え面かかせてやる』

 

『ね?』

 

「……っ」

 

 そこまで思い返し、冷酷な表情が崩れそうになる。

 

 結局、始まる前から諦めているのは自分だけなのだ。

 

 若い彼等は未来を見据え、世界に巣食う怪物を討たんとしていると言うのに。

 

「……どう足掻こうと、黒竜は倒せない。だが―――」

 

「生き残る事はできる、だろう?」

 

 一瞬の沈黙があった。

 

 ややあって、表情を崩した老人は苦笑する。

 

「……神にはお見通し、と言う訳か。Lv.7になってからは多少誤魔化せる様になったのだがな」

 

「今のは下界の者―――いや、お前を知る者ならば容易に察しただろう」

 

 家族(ファミリア)の犠牲を、お前ならば必ず最小限に抑えようとするはずだ。

 

 そう告げる老神(ろうじん)は、珍しく微笑んだ。

 

 これは、(おや)からかけてやる事のできる数少ない激励だ。

 

「―――必ず、生きて帰ってこい」

 

「まだ、やる事が幾らでもあるからな」

 

 笑みを返しながら、グリファスは今度こそその場を立ち去る。

 

 静かになった祭壇に、周囲の松明(たいまつ)が燃える音がしばらく響いた。

 

 




原作で新要素が出ると、どうしても絡めたくなってしまう。これが吉となるか凶となるか……何だかハラハラします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前準備


お気に入り数900突破しました!皆さんありがとうございます!

これからもよろしくお願いいたします!



 

 

「店主、煮込みダレ味を頼む」

 

「あいよっ!……て、まさか【妖精王(オベイロン)】!?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「やっぱりか!応援してるぜ、【ヘラ・ファミリア】!」

 

「サービスだ!」ともう一個のじゃが丸くんを押し付けようとしてくるのを「食べ切れるか分からない」と断ると今度は鳥の串焼きを押し付けられた。

 

(全く……慣れているとは言え、やはり歯痒さを感じるな……)

 

 歩きながら、思わず苦笑する。

 

 出発が一週間後まで迫ったその日、グリファスは北のメインストリートを歩いていた。

 

 軽食を摂りながら歩くグリファスは、雑踏の中で長身の男神を見つける。

 

 向こうもこちらに気付き、笑みと共に歩み寄ってきた。

 

「おぉ、グリファスではないか!」

 

「神ミアハ……」

 

 長い黒髪を背に流す彼の容姿は他の神々同様完璧に整っており、比較的裕福な立場にも関わらず纏う質素なローブには彼の【ファミリア】のエンブレムがあった。

 

「ふむ。出陣前の買出しか?」

 

「……えぇ。ある【ファミリア】に作成を依頼していた装備が完成したとの連絡があったので」

 

 にこやかに笑いかけてくる彼に、グリファスも笑みを浮かべる。今向かっている場所を考えると、若干の引きつりがあったが。

 

【ミアハ・ファミリア】は施薬院を開いて活動する商業系【ファミリア】だ。

 

 回復薬(ポーション)等の道具(アイテム)を作成する際の補正を与える発展アビリティ『調合』を持つ団員を複数抱える彼の派閥は迷宮都市の中堅所として名を連ねており、主神に惹かれて入団した団員も多い。

 

 それを率いるミアハは、基本娯楽に飢えた神々を嫌うグリファスが主神以外に認める数少ない神格者(じんかくしゃ)だ。

 

「はっはっはっ。先日は高等回復薬(ハイ・ポーション)等を沢山買って貰ったな。今後も是非贔屓してくれ」

 

「こちらこそ。あれだけ安くして頂いて……大丈夫でしたか?」

 

「あの後団員達に本気で怒られた。財政は火の車だ。あっはっはっ!」

 

「……」

 

 裏の無い発言に顔を強張らせる。

 

 もし彼の派閥が没落してもずっと通い続けようと心に誓った。

 

「それでは」

 

「あぁ、待ってくれ」

 

「?」

 

 呼び止めてくる彼に視線を向けると―――そこには、神の姿があった。

 

「―――グリファス」

 

「……はい」

 

 突然真剣な表情になる男神に、グリファスも目を合わせる。

 

「こんな言葉、他派閥の神がかけるべきでは無いかも知れないが―――必ず、生きて帰って来るのだぞ」

 

「……分かりました」

 

「あぁ」

 

「邪魔したな」と笑って立ち去る彼の背が消えて行くまで見送り―――グリファスも背を翻す。

 

 足早に歩いて行き、ある建物の前で立ち止まった彼はそれを見上げる。

 

 とある【ファミリア】のホーム。

 

 純白の豪邸、その正門には光玉と薬草のエンブレムが刻まれていた。

 

 

 

 

(……まさかあの話の後でこの【ファミリア】に訪れると言うのは、ミアハに申し訳無いが……)

 

 まぁ、それは仕方が無い。

 

 そう息を吐くグリファスは男女の団員達に声をかけられた。

 

「グリファス様ですね。主神がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

「分かった」

 

【ディアンケヒト・ファミリア】。

 

【ミアハ・ファミリア】と同じく施薬院・治癒の商業系【ファミリア】だ。

 

 対立関係にある【ミアハ・ファミリア】と比べて異質な商品も多く取り扱っており、グリファスの装着している銀の義手(アガートラム)もその一つだ。

 

 豪華な調度品で埋め尽くされた応接間に案内され、椅子に腰かけて待っていると―――すぐに。

 

 バタンっっ!!と。

 

 騒々しく扉が開かれ、従者を伴った初老の男神が入って来た。

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!久方振りだなぁグリファス!待ちくたびれたぞ!」

 

「ディアンケヒト……」

 

 豪快に笑う男神は白い布に包まれた『作品』を従者から受け取り、グリファスの眼前に突きつける。

 

「私自ら持って来てやった!本来戦闘に使える様な物では無いと言うのに馬鹿げた代物を依頼しおって!値段は通常の銀の義手(アガートラム)一〇本分、それで文句無いだろうな!」

 

「あぁ。構わない」

 

 大金の詰まった袋を従者に渡し、グリファスはそれを受け取る。

 

 白い布を取ると、中に包まれていたのは一本の()だった。

 

 指先から関節まで完璧な黄金比で形作られた銀の義手(アガートラム)。所々に宝玉を埋め込まれたそれからは芸術的な美しさすら感じさせられた。

 

「これが……」

 

「我が【ファミリア】の最高傑作だ!不壊の銀義手(アガートラム・デュランダル)!どれ程の力で殴ろうがどんな攻撃を受けようが決して壊れる事は無い!お前の長い人生が終わった後も後世に残るだろう!材料にもひたすらこだわった!一〇〇年単位で扱える様重量は従来の銀の義手(アガートラム)と同等、いやそれ以上の軽さで抑え、その重さは生身の腕と大差無い!戦闘はもちろん生活をする上での一般的な挙動もより楽になるだろう!我々はとんでもない物を作ってしまった!技術革新とは恐ろしいな、ミアハの届かない領域からまた一歩進んでしまった!奴の悔しがる顔が目に浮かぶわぁ!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「ディアンケヒト様」

 

 哄笑する主神に、従者が顔色一つ変えず告げる。

 

「グリファス様がお帰りになられました」

 

「んな、いつの間にっ!?」

 

 

 

 

(……やれやれ、あの男神(おとこ)の自慢話は恐ろしく長いからな。とっとと立ち去って正解だった)

 

 静かに嘆息する。

 

 新たに手に入れた不壊属性(デュランダル)銀義手(アガートラム)を抱え、グリファスは帰路に着いていた。

 

 早足で西のメインストリートを歩く彼は、ホームの前である光景を目にする。

 

「あれは……」

 

 中庭に一台の台車(カーゴ)があった。それには大きな白い布がかけられ、【ゴブニュ・ファミリア】のエンブレムが刻まれている。その周りに多くの団員が集まっていた。

 

「ただいま」

 

「あっ、お帰りなさい」

 

 門番と言葉を交わして中に入ると、【ヘラ・ファミリア】の第一級冒険者であるエルフの少年が血相を変えて駆け寄って来た。

 

「グリファス様、何ですかアレ、何ですかアレ!」

 

「落ち着けフロス。あの程度で驚いていたら三大冒険者依頼(クエスト)もやってられないぞ」

 

「あんな馬鹿げた得物(えもの)、初めて見ましたよ!一体何なんですか!?」

 

「整備に出していた対陸の王者(ベヒーモス)専用武器だ」

 

 目をむくフロスも気にせず、事も無げに告げる。

 

「最後に使ったのが……数十年前、階層主(バロール)を殺った時以来か。肩慣らしでもしておきたい所だな」

 

 

 準備が進み、物語が加速する。

 

 来るべき戦いに向けて。

 

 





感想、ドシドシお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出発

 

 

「……」

 

 日が高く昇る。

 

 多くの団員達が慌ただしく動く中、グリファスは静かにその作業を見守っていた。

 

 迷宮都市、その門の外。

 

 そこには、【ゼウス・ファミリア】、【ヘラ・ファミリア】―――オラリオ最強である二派閥の戦力が結集しようとしていた。

 

 第一級冒険者達が各々装備を確認する中、門の中から何台もの台車(カーゴ)が運ばれて来る。その総量は遠征に向かう時以上の物だった。

 

 彼等の討伐対象は、いずれもオラリオから遠く離れた場所に縄張りを持っている。長旅に備え、台車(カーゴ)には食糧や武装など沢山の物資が積み込まれていた。

 

「船団は?」

 

「つい先程連絡が。軍国(ラキア)付近の海岸に予定通り停泊したそうです」

 

「そうか……」

 

「妨害、されませんよね?」

 

「三大冒険者依頼(クエスト)は全世界全人類の悲願だ。あの戦闘狂(アレス)もちょっかいを出して来る事などは……無い、はずだ。きっと……うん。……何、船の監督をしているのはアッシュ、Lv.6だ。何万人来ようと問題無いさ」

 

「は、ははは……そうですね」

 

 信用の無い軍神を思い浮かべて団員が苦笑する。今のやり取りをヘラが聞けば『アンのバカ息子……』と頭を抱えるだろう事は容易に想像できた。

 

 グリファスは台車(カーゴ)の中に積み込まれている物を思い浮かべる。

 

 今回の為に用意した魔導具(マジックアイテム)は一五冊の『真の魔導書(グリモワール・ネオ)』に五個の『霊光の宝玉』。第一級冒険者達に配った黒鉄の手袋(ヤールングローヴィ)をはじめとした補助用の魔導具(マジックアイテム)もあったか。

 

 そこで想起したのは、事前に討伐部隊全員に配布した漆黒の丸薬。

 

「(……不備は無いな。万全の態勢だろう)」

 

 その時だった。

 

「―――師匠(せんせい)

 

「……アスフィか」

 

 振り返るグリファスの目の前にいた少女は、その表情を曇らせて佇んでいた。

 

「……行ってしまうのですね」

 

「あぁ、そうだな」

 

「しばらく指導はして貰えなくなると、ヘルメス様が言っていました」

 

「……間違ってはいないな。戦いの結果に関わらず私は忙しくなる。時間も著しく削らされるだろう」

 

 静かに告げられた言葉に、アスフィは整った顔立ちを歪めた。

 

 ぽつりぽつりと、絞り出す。

 

「貴方のおかげで、私は多くの事を学べました」

 

「そうか」

 

 初めて彼女に指導を施した時の事を思い出す。

 

 あの時、目を輝かせる少女はグリファスの知識を貪欲なまでに吸収し、確かな才能を示した。

 

「貴方の元で学ぶ中で、王宮の中では決して叶えられなかった夢の、きっかけが掴めて来たと思います」

 

「身になった様で何よりだ。お前なら必ずできるさ」

 

 本音だった。

 

 後に【賢者】と呼ばれる事となる少年を指導した時の感覚と同じ物を、グリファスは彼女に覚えていた。

 

 この少女なら、いつか必ず夢を叶えられるだろう。

 

 そう確信していた。

 

「できる事なら、ずっと貴方の元で指導して貰いたい所ですが……」

 

「構わない。時間が空けばできる限りの事を教えよう」

 

「!」

 

 目を見開くアスフィに笑みを見せる。

 

 瞳を震わせ、彼女は呟いた。

 

「約束、ですよ……?」

 

「当然だ」

 

 王族の老人の言葉を聞いて、少女は輝く様な笑顔を見せた。

 

「―――三大冒険者依頼(クエスト)、頑張ってください!」

 

「あぁ」

 

『―――グリファス!』

 

 声が聞こえた。

 

 準備を終えた団員が合図を出した様だった。

 

「それじゃぁ、行って来る」

 

「はいっ!」

 

 アスフィに見送られる中、グリファスは団員達の元へ向かう。

 

「グリファス、頼む」

 

「あぁ……」

 

(……やれやれ。本来この様な事は不向きなんだがな)

 

 その場に集まったのは、【ゼウス・ファミリア】四三、【ヘラ・ファミリア】四一―――総勢八四名の部隊。

 

 ライズに促されたグリファスは隊列を組む彼等の前に立ち、声を張り上げる。

 

「―――これより我々、【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】は、三大冒険者依頼(クエスト)に挑戦する!」

 

 その様子は行使を許可された神の力(アルカナム)、『神の鏡』によって世界中の神々に見られていた。

 

「討伐対象は一〇〇〇年前地上に進出した強大な力を持つ怪物(モンスター)陸の王者(ベヒーモス)海の覇者(リヴァイアサン)、そして黒竜だ!」

 

「一度部隊を二つに分け、陸の王者(ベヒーモス)海の覇者(リヴァイアサン)を各自撃破!その後合流し、全戦力で黒竜に挑む!」

 

「勝算はある、だがこれまでとは比べ物にならない戦いになるだろう!だが、ここにいるのは両【ファミリア】のにおいてかつて無い最高の戦力だ!全力を尽くして戦い、またこの地に―――ホームに戻ろう!」

 

『―――おおっ!!』

 

 咆哮が轟いた。

 

 迷宮都市の外に集う冒険者達は雄叫びを上げ、より士気を高める。

 

 そして、その日―――【ゼウス・ファミリア】、【ヘラ・ファミリア】の主戦力は発ち、強大なモンスターの討伐に向かった。

 

 

 

 

 そして、オラリオでも各々の思惑が交差する。

 

 

「―――彼等が、出発しましたか」

 

「ガネーシャとの連携を取りなさい。彼等がいない間は、私達がオラリオを守らなければ」

 

 

「―――ひひっ、黒竜でどうせ奴等は潰れる」

 

「そん時が俺等―――【アペプ・ファミリア】が闇派閥(イヴィルス)を名乗る時だ」

 

「おぉ、怖いねぇうちの主神様は」

 

 

「―――ふふっ、始まったわね」

 

「フレイヤ様、神ロキからの申し出はどうされますか」

 

「そうねぇ……ヘラに対して悪意は無いけれど、あの男神(おとこ)には前々からちょっかい出されてきたし……良い機会だからお仕置きしましょうか」

 

 

 

 

 そして。

 

『……』

 

 山が蠢き。

 

『―――』

 

 海が揺れ。

 

『―――アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 空が震えた。

 

 

 戦いが、始まる。

 

 





閲覧、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陸の王者

 

 

「―――それで、どうだった?」

 

 広い砂漠。

 

 その中心に存在する()を見据えながら、グリファスは己の魔導具(マジックアイテム)で【ゼウス・ファミリア】の団員と連絡を取る。

 

 グリファスの率いる部隊と別れたヘラとゼウス、両【ファミリア】混合の部隊は既に海の覇者(リヴァイアサン)と接敵、二日前に交戦したはずだった。

 

『どうにか犠牲者無しで討ち取りました。重傷を負った者もいませんしね。海に潜られて逃げられそうになった時はどうなるかと思いましたが……』

 

「あぁ、アレか……よく()れたな」

 

『【大狼(オルトロス)】が最大出力の電流で抑えましたから』

 

「成程な。とにかく無事に終わった様で何よりだ」

 

『そちらは?』

 

「今から接敵する。じきに向こうも気付くだろう」

 

『……本当に、大丈夫なんですか?』

 

 

『―――たった一人で、陸の王者(ベヒーモス)に挑むなんて』

 

 

 そう。

 

 砂漠の中で、彼はたった一人だった。

 

 食糧や莫大な『ドロップアイテム』等の物資を運ぶ第二級冒険者を中心とした部隊もつい先程までいたが、戦闘に巻き込まない様にグリファスが離れた場所に置いて来た。現在彼の傍には誰もいない。

 

「問題無い」

 

 にも関わらず、彼は断言した。

 

「何度も戦ったのは黒竜だけでは無い。数度の戦闘でアレの戦闘パターンも大方把握している。大丈夫さ」

 

『だったら、良いんですけど……』

 

「クラネル、だったな?気にする必要は無い。老いぼれだからと言って【妖精王(オベイロン)】を甘く見るなよ?」

 

『は、ははは……』

 

 そう告げ、苦笑する青年との通話を切る。

 

(……さて。この距離であればそろそろ気付かれそうな物だが……)

 

 左手に持つ『得物(ソレ)』を引きずる彼は、過去の経験から対象の持つ索敵能力を予測し―――大きく、一歩を踏み込む。

 

 直後。

 

『―――』

 

 ズッッ……!!と。

 

 山が、震えた。

 

 どこまでも重たい存在感が周囲に垂れ流され、明確な敵意をぶつけて来る侵入者(グリファス)に対する殺意が充満する。

 

 そして―――それは、立ち上がった。

 

 視線の先にあった山。

 

 それが揺れ、次にはその()に積み上げられていた莫大な砂が歪み、形を崩し、雪崩(なだ)れ落ちる。ソレを覆っていた砂の膜が崩れると、露出したのは暗褐色の体皮だった。砂があらかた崩れ落ちると同時、オラリオの摩天楼(バベル)より一回りも二回りも太い足が大地を揺らし、その巨体を押し上げた。

 

『―――』

 

 遠方からはっきりと目視できる大顎が、開かれる。

 

『―――オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 砂嵐をも吹き散らす咆哮が轟いた。

 

 陸の王者(ベヒーモス)

 

 黒竜を上回る八〇(ミドル)もの体を持った巨竜。頭部から大きく突き出た漆黒の角はゆるやかに曲がっている。昆虫の様な漆黒の眼球は怒りに燃えていた。

 

「……さて」

 

 目を細める。

 

 既に陸の王者(ベヒーモス)強敵(グリファス)の存在を知覚して臨戦態勢を取っていた。飛行能力をあまり持たない翼は防御力を証明するかの様に大きく開かれている。その大口から放たれる咆哮(ハウル)は威嚇の領域を超えてあらゆるものを薙ぎ払う衝撃波を放ち、巨体を使った押しつぶしは一瞬で地図を塗り替える。

 

 本来Lv.7であろうと一人で挑む様な戦力では無い怪物だ。

 

 でも。

 

 だからどうした(・・・・・・・)

 

 神々が降臨して一〇〇〇年。陸の王者(ベヒーモス)を相手に勝算を持つ程度には、グリファスも己を鍛え上げている。

 

 負けるつもりは、欠片も無かった。

 

「っ!!」

 

 (ゴウ)っっ!!と、ここまで引きずって来た得物を振るう。

 

 グリファスが力の手袋(ヤールングローヴィ)をつけてようやっと使いこなせるソレは、5(ミドル)を超える大剣だった。

 

 光を反射して輝くのは一〇〇年も前、十人近くの上級鍛冶師(ハイ・スミス)が全力で最上質の精製金属(ミスリル)超硬金属(アダマンタイト)の山を打ち続けて完成させた一品。

 

 巨竜殺し(アスカロン)

 

「―――」

 

 そして想起したのは、王族(ハイエルフ)の大魔導士。

 

 彼女からかつて受け継いだ魔力を思い浮かべ。

 

 笑みをその顔立ちに刻んだ。

 

「さて……」

 

 猛々しい笑みを浮かべ、彼は告げる。

 

「始めるか」

 

 




いよいよ、三大冒険者依頼(クエスト)。ようやっと出せた……。

次話をお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アスカロン

 

 

『―――へぇ、階層主や陸の王者(ベヒーモス)に有効打を与えられる様な得物が欲しい?』

 

『まぁ、できればな』

 

『任せな!最強の武器を打ってやるよ!図面引くから待ってな』

 

『お、おい?』

 

 最初は、他愛も無い話の中で出した冗談のつもりだった。

 

『……なぁ、もう何時間も待たされているんだが』

 

『……うーん。このままだと五、六(ミドル)級の怪物ができるな。お前持てる、よな?』

 

『おい待て、どんな武器を打つつもりだ』

 

 鍛冶師が本気になった時程恐ろしい物は無いと後にグリファスは語った。

 

 当時オラリオに存在した鍛冶派閥、【ヴィシュヴァカルマン・ファミリア】。

 

 目を輝かせる団長の言葉に応えた彼等は大量の鉱物(インゴット)を用意し、上級鍛冶師(ハイ・スミス)十人がかりで鍛えぬいてとうとうソレを完成させた。

 

『これ、は……』

 

『名付けて「アスカロン」だ!はっはっはっ!』

 

 笑顔で彼女が見せてきた極大の大剣とその請求書を見てグリファスは本気で頭を抱えたのを覚えている。

 

 六(ミドル)もの規模を持つ両刃の大剣。片刃は精製金属(ミスリル)、もう片刃は超硬金属(アダマンタイト)でできた怪物。深層域で採れた最上質の鉱物(インゴット)でできた第一等級特殊武装(スペリオルズ)はLv.7の腕力を持ってもロクに振るえず、わざわざ武器を振る為に『力の手袋(ヤールングローヴィ)』を作る羽目になった。

 

 馬鹿げてる、と当時のグリファスは思った。

 

 でも。

 

 そんな規格外の武器だからこそ、怪物達を討つ一手となるのかも知れない。

 

 

 

 

「―――ッ!!」

 

 駆ける。

 

 彼の足元が爆ぜると同時、彼は一〇〇(ミドル)以上あった距離を一瞬で詰めていた。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「!」

 

 放たれた咆哮(ハウル)が彼の後ろで砂丘を吹き飛ばしたが、その余波に屈する事無く彼は一歩踏み込む。

 

 六(ミドル)もの大剣が、爆砕音と共に前足に叩き込まれた。

 

『ウゥ!?』

 

「チッ……」

 

 超硬の皮膚に軽傷どころか深々と裂傷を刻んだ一撃に陸の王者(ベヒーモス)が目を見開き、グリファスは相変わらずの硬さに舌打ちを漏らす。

 

 堅実に一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)、速やかに離れる。

 

 そしてアスカロンを構えなおしたグリファスを―――陸の王者(ベヒーモス)が、その足で踏み潰した。

 

 砂漠の形を大きく変える一撃。足はめり込んで大きなクレーターを作り出していた。

 

 そもそも八〇(ミドル)もの巨体を持つ陸の王者(ベヒーモス)に対して生半可な距離を取ろうならば、たった一歩で全て押し潰される。

 

 そのはずだった。

 

 だが。

 

「―――色々対策も考えて来たが……やはり手袋(これ)に尽きるな。ただ、砂漠に足を取られるのが難点か」

 

『!?』

 

 細身のエルフを踏み潰したはずの足が、揺れる。

 

 直後、強引に足が持ち上げられて無理矢理横にずらされた。

 

 砂漠に轟音が轟く。

 

「……」

 

 グリファスはともかく足場の方が耐えられなかったのだろう、踏み潰しを受けて胸まで砂に埋まった彼は高い【ステイタス】を利用して一息で砂を吹き散らす。

 

 だが本来、グリファスでも生身ならば今の一撃を受ければ無傷ではいられ無かっただろう。

 

 普段の効果とは別に、使用者にかかる負担(荷重)が大きければ大きい程『力』の補正を跳ね上げる『手袋』があって初めてできる力技だ。

 

「―――【我が身に翼を】」

 

 地上での戦闘は不利と早々に判断したグリファスは詠唱を始める。

 

「【矮小なる妖精の身を遥か空の上の神々(かれら)の元へ届ける】―――」

 

 ゴッッ!!と、再び陸の王者(ベヒーモス)の踏み潰しが炸裂したが、それは当たらなかった。

 

 一気に前方へ疾走したグリファスが、巨竜の腹の下まで潜り込んでいたからだ。

 

「―――【奇跡の翼を】」

 

 並行詠唱。

 

 大上段に構えた極大剣が振り下ろされ、超硬金属(アダマンタイト)で形作られた片刃が後ろ足に深々と食い込み、堅く分厚い筋肉、その束を次々と切り裂いて―――骨で、止まった。

 

「……【我が名はアールヴ】」

 

 鼓膜が割れかねない大音量で叫喚が飛び、怒り狂う陸の王者(ベヒーモス)が暴れ出す直前。

 

「【フィングニル】!」

 

 虹色の翼が生まれた。

 

 それは王族(ハイエルフ)の老人の背だけに留まらない。彼の魔力に呼応して竜殺し(アスカロン)が光を放つ。精製金属(ミスリル)で形作られた片刃から、小さな翼が出現する。

 

 後は簡単だった。

 

 カンストした魔力、A評価の『魔導』によって形作られた二対の翼。

 

 それを羽ばたかせて生まれた莫大な力でもって、陸の王者(ベヒーモス)の後ろ足、その片方を一息に斬り落とす。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 前足を落としてやった方が効果的だっただろうが、それでも体勢を崩してやるには十分だった。

 

 陸の王者(ベヒーモス)、その巨体が崩れ落ちる。

 

 足を切り崩し、地に落とす。

 

 グリファス達冒険者が一〇〇〇年に渡るモンスターとの闘争の中で手に入れた、階層主及び超大型モンスターに対する最適解(セオリー)

 

「―――よし」

 

 確かな手応えに笑みを見せるグリファスは宙に浮かび、陸の王者(ベヒーモス)を見据える。

 

 彼の黒竜と同じ様に傷は癒え血は止まり始めているが、失われた足が戻る事は無い。

 

 その差に笑みを浮かべるグリファスは、畳みかける為詠唱を始めた。

 

「―――【凍てつく風(・・・・・)迫り来る冷気(・・・・・・)】」

 

 




感想、どしどしお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖精追憶


書きたい物書いてたら凄い量になった。後悔はしてない。


 

 

 あの日。

 

『―――お帰りなさい、グリファス』

 

『ヘラ……』

 

 恩恵(ファルナ)に存在する神血(イコル)の繋がりで団員の生死を確認できる彼女は、既に眷属(レイラ)の死に気付いたのだろう。

 

 オラリオに帰還し、ホームに戻ったグリファスを呼び出したヘラの笑顔は、どこか寂し気だった。

 

『やっぱり、レイラは……?』

 

『……故郷()で死ねて幸せだったんだな。安らかな死に顔だったよ。本気で悲しんでいるこちらが馬鹿みたいだった』

 

『そっ、か……』

 

 自嘲を含んだ笑みと共に告げると、女神はそっとうつむく。その目には涙が浮かんでいた。

 

 事実として理解はできても、そうそう受け入られる物では無かったのだろう。そう察するグリファス自身胸中を哀しさが支配するのを感じていた。

 

 それでも喪失感を感じないのは、最期に力を譲渡された事が関係しているのだろうか。

 

 思考するグリファスに、切なく笑うヘラはそっと尋ねた。

 

『……【ステイタス】、更新するでしょ?前の遠征からやって無かったし』

 

『……あぁ』

 

 無理して気丈に振る舞おうとする主神に気付きながら、それに甘える。更新の為上着を脱いで横になった。

 

『―――どんな死に方だったの?』

 

『……そうだな。思い出のある大樹(場所)の傍で眠る様に亡くなったよ。死に際に大量の魔力を渡された』

 

『え?魔力を?そんな事ができるんだ……レイラから貰ったんなら「魔力」が凄い上がってそうだけど……』

 

 王族(ハイエルフ)の老人の背に神血(イコル)を垂らし、彼と話しながら手を動かしていたヘラはソレを見て―――固まった。

 

『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え』

 

『?』

 

『「魔力」がD評価だったのに、カンストしちゃった……「スキル」も、レイラと同じ効果のが……』

 

『……何だって?』

 

『ちょっと、待って……これ』

 

『……はは』

 

 羊皮紙に綴られている、共通語(コイネー)に走り書きで翻訳された【ステイタス】を見て―――彼は、力の無い笑みを浮かべた。

 

 妖精追憶(オベイロン・ミィス)

 

 スキルの欄に新たに刻まれたソレに、思わず苦笑する。

 

『全く、アイツは……とんでも無い物を残してくれた』

 

 

 

 

「―――【世界の始まりから存在する二つの深遠】」

 

 高速で飛行するグリファスは翼の出力を跳ね上げ、急旋回する。その直後に陸の王者(ベヒーモス)の放った咆哮(ハウル)が紙一重の空間を貫いた。

 

 レイラに魔力を譲り渡された後の更新で発現した妖精追憶(オベイロン・ミィス)

 

 その効果は、詠唱文と効果を把握した同胞(エルフ)の魔法の行使。

 

「【足を踏み入れし愚者は瞬く間に凍りつき、無数の氷像が形作られる】」

 

 詠唱するのは、最愛の妻であると同時に迷宮都市最強魔導師として君臨していた王族(ハイエルフ)の女王、レイラ・ヴァリウス・アールヴの広域殲滅魔法。

 

 あらゆる物を凍てつかせる純白の吹雪でもって宿敵を撃滅しにかかる。

 

「【咲き誇れ青い薔薇(バラ)、至れ氷の王国】―――【我が名はアールヴ】!」

 

 巨竜の砲撃(ハウル)を次々と回避しながら、詠唱を完成させた。

 

 彼を中心に、純白の魔法円(マジックサークル)幾重(いくえ)にも展開される。凄まじい魔力の規模に陸の王者(ベヒーモス)の巨体が揺れた。

 

 行使者と共に世界から一度失われた魔法、その名が紡がれる。

 

「―――【二ヴルヘイム】」

 

 その瞬間、世界が塗り替えられた。

 

 生き物に等しく飢えと渇きを与える砂漠、その一角が純白の嵐に呑み込まれたからだ。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 絶対零度の吹雪に閉じ込められた陸の王者(ベヒーモス)が悲鳴を上げる。その体にビキビキパキっっ!!と氷が張る。

 

 抵抗があった。

 

 そしてそれは、魔法を脱け出すにはまだ遠かった。

 

『―――』

 

 一〇秒にも及ぶ絶対零度の暴嵐。

 

 それが終わった時、白く凍てついた砂漠には物言わぬ巨像があった。

 

「……」

 

 油断無く眼下の白い世界を見下ろすグリファスは、静かに武器を構える。

 

 余程の力が無い限り、この魔法を耐える事は難しい。

 

 大抵のモンスターは断末魔を発する事もできずに氷像と化すし、よしんば数秒耐えたとしても息を吸った途端極寒の暴風が内臓を破壊し尽くすからだ。

 

 それでも、忘れるな。

 

 黒竜には劣れど、目の前の巨竜は一〇〇〇年も生き続けたLv.7を超える潜在能力(ポテンシャル)を持つ怪物―――陸の王者(ベヒーモス)である事を。

 

『―――ッ』

 

 パキっ。

 

 氷の罅割れる音が、純白の世界で響いた。

 

 ピシッ、ビキ、ミシ……、と破壊の音が連鎖する。

 

 氷像の全身に罅割れが走るのは、そう時間がかからなかった。

 

『―――オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 完全に凍りついた左前足を除いて氷の牢獄を完全に破壊した陸の王者(ベヒーモス)の咆哮が轟く。

 

「―――」

 

 そしてそれを認めたグリファスは、パックバックから三冊の書物を取り出す。

 

 それぞれ表紙の部分に美しい宝石を埋め込まれたそれを、ぞんざいに放り投げた。

 

「回路接続確認、『紅蓮の書』『蒼の書』『白の聖典』―――同時展開(・・・・)

 

 その直後、三冊の書物が同時に開かれて光を放ち、グリファスの周囲に浮かび上がる。

 

 真の魔導書(グリモワール・ネオ)

 

 発展アビリティ『魔導』『神秘』を最も極めたグリファスにしか作成できない、魔導書(グリモア)の上位互換。

 

 その効力は、書に刻まれた複数の魔法の無制限無条件発動(・・・・・・・・)

 

「【クリムゾンランス】、【フリーズエッジ】、【ホーリーレイン】」

 

 それが輝き―――一斉砲撃が放たれた。

 

『ッ……!』

 

「……」

 

 凄まじい爆音が連続し、グリファスの表情に感情は無かった。

 

 炎の槍、大氷の刃、光の雨―――空を埋め尽くされん程の魔法の連射を受ける巨竜は、しかし一歩も引かない。

 

 どんな傑作でも第二級魔導士の長文詠唱程度の威力しかでないと言う難点を除けば最高の一品と言えるが、やはり陸の王者(ベヒーモス)には通用しない。その強靭な皮膚に全て阻まれてしまっている。

 

 完全に予想通りだった(・・・・・・・・・・)

 

「―――さて」

 

 もう一つの魔導具(マジックアイテム)、『霊光の宝玉』を取り出し、彼は巨竜の元に投擲(・・)した。

 

 彼の魔力を一定量、一〇年に渡って溜め込まれた宝玉は魔法に縫い止められる陸の王者(ベヒーモス)に直撃し―――大爆発。

 

【二ヴルヘイム】を受けて凍りついた前足を、粉々に吹き飛ばした。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 

「よしっ……」

 

 巨竜の視界と動きを奪った砲撃は、魔法で負わせた傷に魔導具(マジックアイテム)を叩き込んで重傷を負わせる為の布石。笑みを浮かべるグリファスはアスカロンを構え、詠唱を始める。

 

「―――【吹き寄せる熱風、永久(とわ)の業火】」

 

 崩れ落ちた陸の王者(ベヒーモス)に向かって翼を羽ばたかせ、突貫する。

 

「【世界の始まりから存在する二つの深淵】」

 

 紡ぐ【妖精女王(ティターニア)】の攻撃魔法。

 

 全てを焼き尽くす炎を呼び起こし、最後の一撃を叩き込む。

 

「【足を踏み入れし愚者は瞬く間に焼き尽くされ、跡には灰すら残らない】」

 

『ッ―――アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「っ!」

 

 放たれた砲撃(ハウル)

 

 迫り来る衝撃に、王族(ハイエルフ)の老人は目を細め―――紅い魔力をその身に纏った(・・・・・・・・・・・・)

 

 アスカロンを振り下ろし、衝撃波を打ち砕く。

 

『ッッ!!??』

 

「【咲き誇れ紅蓮の(はな)、至れ炎の国】―――【我が名はアールヴ】!」

 

 詠唱を終わらせたグリファスは、驚愕に眼を見開く陸の王者(ベヒーモス)に向かって極大剣を構え―――一息に振り下ろした。

 

 記憶の中の英雄(ジャック)の動きをなぞり、眼球を貫く。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!??』

 

 苦悶の叫喚を上げる陸の王者(ベヒーモス)が暴れ狂う中、歯を食い縛って彼は耐え―――魔法名を叫ぶ。

 

「【ムスペルヘイム】!!」

 

 展開された魔法円(マジックサークル)に呼応し、大剣が紅く輝く。

 

 竜殺し(アスカロン)の片刃、それに使われている精製金属(ミスリル)が魔法を喰い尽くす。

 

 そして―――紅く燃える巨剣が、陸の王者(ベヒーモス)の頭部を焼き切った。

 

『ッ……!!』

 

 左の眼球を中心に頭部を斜めに焼き切られ、巨竜のシルエットが崩れる。

 

 全力で回復を始め、どうにか命を繋ぎ止めようとする陸の王者(ベヒーモス)に残された片眼―――それが、大炎剣を振り上げる老人の姿を捉えた。

 

『「―――っっ!!」』

 

 巨竜は回復を即座に放棄、その角を振るってグリファスを迎撃し、王族(ハイエルフ)竜殺し(アスカロン)を振り下ろした。

 

 激突する。

 

「な……!」

 

 炎剣が押し負け、罅割れる。

 

 翼の後押し、力の手袋(ヤールングローヴィ)、Lv.7の【ステイタス】を使っても力と頑強さで上回って来る怪物に、グリファスは苦笑した。

 

「やれやれ、これだから怪物は―――」

 

 追憶(おもいで)の巨剣に別れを告げ、砲声(・・)する。

 

「―――【ムスペルヘイム】」

 

 それは、世界を焼いた。

 

 竜殺し(アスカロン)を砕いて解き放たれたのは獄炎の槍。

 

 それは巨竜の角を消し飛ばし、頭部を貫き、肩、胸と次々と肉体を撃ち抜いて―――巨大な『魔石』を、完膚なきまでに打ち砕いた。

 

『―――』

 

 灰になる巨体、馬鹿げた量の『ドロップアイテム』。

 

「……ははっ」

 

 それを見て、笑い―――老人は崩れ落ちた。

 

「はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 炎で焼かれても溶けなかった氷の大地に仰向けに転がり、一頻り笑う。

 

「やったぞ、私は遂にやった!たった一人で陸の王者(ベヒーモス)を撃破した!信頼する【ファミリア】の家族達も海の覇者も撃破し、残るは後一体だ!」

 

 両手を広げ、天に宣言するかの様に叫んだグリファスは―――そこで笑みを苦い物に変える。

 

「だが―――これでも駄目だな(・・・・・・・・)黒竜で打ち止めか(・・・・・・・・)

 

 

 

 その、一週間後だった。

 

 黒竜討伐の為グリファスと合流した【ゼウス・ファミリア】、【ヘラ・ファミリア】が黒竜に敗北し、壊滅したと言う急報が彼等の主神からもたらされたのは。

 

 




感想、お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦場の傷跡

 

 

 荒れ果てた大地。

 

 凄まじい力によって周囲が大きく抉られ割られ、焼け焦げた跡や凍りついた薄氷など、魔法の残滓が残る地面がその激闘を物語っていた。

 

 住処を襲撃された黒竜はそこにはいない。あるのは、死屍累々と転がる冒険者達の姿だ。

 

 彼等の末路を示すかの様に、荒野には多くの血だまりが広がっている。

 

「うっ……」

 

 そんな中。

 

 荒野の形を変える大きなクレーターの中心で、狼人(ウェアウルフ)の少女が呻いた。

 

「く……ぅッッ!?」

 

 紅く染まった視界の中に黒竜がいない事に気付き、起き上がろうとするが―――全身の痛みが爆発し、再び倒れ込む。

 

「畜、生……」

 

 手足がへし折れ、全身が悲鳴を上げる中仰向けに転がり、灰色の空を見上げる。

 

『―――アレは今までのモンスターとは次元が違う』

 

『戦闘中魔石を破壊できなければ負けと思え』

 

『これを渡す。良いな、生きて帰る事に専念しろ』

 

 耳に胼胝(たこ)ができる程聞かされたグリファスの言葉の意味を、身を以って思い知った。

 

 そもそも最初から次元が違ったのだ。

 

 挨拶代わりにグリファスと黒竜の馬鹿げた砲撃が交わされ。

 

 恐らく事前に戦った海の覇者(リヴァイアサン)すら一撃で沈めかねない程の魔法を凌いだ怪物との死闘が始まり。

 

 斬っては殴られ、撃っては焼き焦がされ、削り取っては叩き潰され―――自分達は、負けた。

 

「……」

 

 ポツリ、と小さな滴が頬に当たって弾ける。

 

 雨が降り始めた。

 

 最初は弱かった雨音が徐々に強くなる中、第一級冒険者の五感が近付く一人分の足音を知覚する。

 

「―――アロナ。生きていたか」

 

「……こっちの台詞だ、爺」

 

 血反吐と共に憎まれ口を叩き、王族(ハイエルフ)の老人を見上げる。

 

 人の事を言えた義理では無いが、随分と酷い姿だった。頭部には血がこびりつき、不壊属性(デュランダル)を持つ銀義手(アガートラム)も壊れてこそいない物の罅割れてボロボロだった。

 

「……」

 

 真上の暗雲を見上げる。

 

 黒竜との戦闘が始まる直前、部隊の人間はグリファスから渡された漆黒の丸薬を飲んだ。

 

 それは服用した者の意識が途絶えた時、その者を一時的に仮死状態へと陥らせる丸薬だ。そして黒竜は、生命活動の止まった人間を必要以上に叩き潰す事は無い。

 

 自分やグリファスの様に生き残った者は、致命傷を受けずに済んで生き残る事ができたのだろう。

 

 微かな希望を持って、尋ねる。

 

「……何人、生きてる?」

 

「……」

 

 しかしそれは、グリファスの暗い顔を見て砕け散った。

 

「……私達の他には四人。後ろに居た面々だ」

 

「ッ……」

 

 動揺を感じ取ったのか、目を細めるグリファスはそれでも続ける。

 

「黒竜の砲撃……その余波を受けて重傷を負った者もいたが、辛うじて残っていた上級回復薬(ハイ・ポーション)を使ってどうにか回復させる事ができた。もうじきオラリオから迎えの部隊がやって来るはずだ」

 

「……なぁ」

 

 どうしようもない程、掠れた声だった。

 

「本当に、それだけ……?」

 

「ルーラにホルス、桜に……後は【ゼウス・ファミリア】の虎人(ワータイガー)……ライアスだったな。見て回ったがそれだけだった」

 

「―――」

 

 自分がどんな顔をしているのかも分からなかった。

 

 八四人もいた部隊。実際に怪物と戦った第一級冒険者は一六人もいたはずだった。

 

 なのに―――たった、六人?

 

「……あー畜生。ざまあねぇな。あんだけ啖呵切っといてこのザマか。本当情けねぇ」

 

「一〇〇〇年間誰にもこなす事のできなかった三大冒険者依頼(クエスト)、その内の二つを成功させたんだ。恥じる事は無い」

 

 視界が歪む。

 

 思い浮かんだのは、死闘の最中の一幕だった。

 

「あの時、私を庇わなかったら、ラインは―――」

 

「そんな風に後悔するお前を見て、あいつが喜ぶとでも思うか?」

 

「っ」

 

 歯を食い縛る。

 

「死んだ者の為にも精一杯生きろ。それが残された者にできる事だ」

 

「……分かってるよ」

 

 片手で目元を覆って吐き捨てると、グリファスは一本の上級回復薬(ハイ・ポーション)を置いて去って行った。

 

「……」

 

 その背を見て、思う。

 

 きっと彼は、自分の感じている痛みを何度も何倍も感じて来たのだろう。彼等を決して忘れず、その痛みを何度も乗り越えて来たのだろう。

 

 その強さが、羨ましかった。

 

 そして、それ以上に―――、

 

「―――あぁ、くそ」

 

 雨が降りしきる中、狼人(ウェアウルフ)の少女の瞳から涙が溢れる。

 

「―――悔しいなぁ」

 

 

 

 

『もし死んだら、骨拾い頼むわ』

 

「……」

 

 一〇〇〇年も前、けたけたと笑いながら言って来た仲間(ジャック)の言葉を思い出す。

 

 あの頃は縁起でもないと切り捨てたが、あながち冗談でも無かったのかも知れない。そのやり取りから一月も過ぎない内に黒竜が現れたのだから。

 

 雨の中、下半身から下を消し飛ばされた仲間を担ぐグリファスは、今は動かない青年を台車(カーゴ)の中に入れる。

 

 高い【ステイタス】を持っていた彼等の体は、黒竜に殺されてもまだ原型を留めていた。

 

 今残っているボロボロの魔導具(マジックアイテム)を組み合わせて即席の結界を作れば、死体の浸食を防ぐ事ができる。もうすぐ来るオラリオからの部隊に頼めば彼等の遺体はほとんどが家族の元に届くだろう。

 

 それがグリファスにとって、彼等とその家族にしてやれる唯一の事だった。

 

 だが―――、

 

「……無い?」

 

 二人。

 

 他の構成員の遺体が見つかったにも関わらず、二人の遺体だけが無かった。

 

「―――」

 

 思い返す。

 

 アリアと、ライズ。

 

 自分が意識を消し飛ばされる直前、あの二人はまだ戦っていた。

 

(まさ、か―――)

 

「―――最悪だ」

 

 表情を歪め、静かに呻く。

 

 このままでは少女(アイズ)に顔向けできない、と言う思いもあったが、それだけでは無い。

 

 もし、自分の予想が的中していたとしたら―――

 

もう黒竜は(・・・・・)倒せなくなるぞ(・・・・・・・)……」

 

 




先日、ハリポタの新作を投稿しました。

よろしければご覧ください(あらかさまな宣伝)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

願いと誓い

本日は振り替え休日。



 

 討伐部隊が壊滅した、一週間後。

 

 ベオル山地。

 

 オラリオの近辺に位置する山の中で、野営地が作られていた。

 

 生き残った冒険者達―――オラリオの貴重な戦力を救出する為に荒野へ向かった【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の混合部隊だ。

 

 グリファス達や死者の亡骸を回収した彼等は、オラリオへの帰路に着いている。

 

「……」

 

 野営地に築かれた天幕の一つ。

 

 その中で、エルフの麗人が息を吐いた。

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 女神にも勝る美貌を誇る【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者だ。同時、目の前で眠るグリファスの血を引いた王族(ハイエルフ)の一人でもある。

 

 彼女達に発見されたグリファスは相当負担を溜め込んでいたのだろう。二言三言言葉を交わした後は死んだ様に眠っていた。

 

「……はぁ」

 

 重い重い溜め息をつく彼女の表情は暗い。

 

 今回の死闘の結果、個人的に親交のあった精霊とその夫の遺体が見つからなかった事も拍車を掛けていたが、それとはまた違う要因による物だった。

 

 事実上、【ロキ・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】は敵対関係にある。

 

 元はと言えば女神(ロキ)の『女神らしからぬ体型』を老神(ゼウス)が顔を合わせるたびにからかっていた事が原因で、彼を目の敵にする中必然的にヘラとも仲が悪くなった、と言う事情があるのだ。

 

 しかも、グリファスの【ファミリア】は今後本格的に自分達と争う事になる。

 

 今回の救出作戦も、曽祖父の身を案ずるリヴェリアの存在が無ければロキが協力する事は決して無かっただろう。

 

「……全く、もどかしいな」

 

 抗争が始まるとなれば、もうこれ以上彼に手を貸す事はできなくなる。

 

 そんな派閥のしがらみに縛られるリヴェリアは、ほとほと辟易(へきえき)した様に息を吐いた。

 

「全く、苦しむ家族に手を貸せないなんてな……」

 

 目の前で眠る老人の顔には、涙の跡があった。

 

 

 

「うぁ、あぁ……!!」

 

 静まり返ったホーム、その一室で幼い少女の泣き声が響く。

 

 女神(ヘラ)に呼び出され、グリファスからの報告の内容を伝えられたアイズが、泣き崩れていた。

 

「お父さん、お母さん……!!」

 

「……」

 

 沈痛そうな表情をして見守るヘラが、机の上から一つの封筒を取り出す。

 

 それには、可愛らしい刺繍が刻まれていた。

 

「―――アイズ」

 

「……ぇ?」

 

 突然手を取られ、封筒を握らされたアイズは目を丸くする。

 

「これ―――アリアからの手紙」

 

「!?」

 

 ヘラの言葉に目を見開くアイズは、慌ててそれを見た。

 

 封筒に刻まれた刺繍は、確かに彼女の母親が好みそうな物だった。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 再び嘆息し、その場を立ち去ろうとした時だった。

 

 ガシィ!!と。

 

 その細い腕が、伸ばされた手に掴まれる。

 

「……グリファス?」

 

「……リヴェリアだな」

 

「大丈夫なのか?あ、動くと―――」

 

「―――頼みがある」

 

 瞠目するリヴェリアに構わず、万全では無い体を動かして汗を流すグリファスは、その内容を告げた。

 

「―――」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………正気か?」

 

 何を言っているのかと思った。

 

 頼みがあると言われた瞬間、女神(ヘラ)大神(ゼウス)の安全の確保か、抗争の制止を求めるのかと想像した。

 

 だが、その懇願は確かにリヴェリアの理解を超えた。

 

「―――アリアの娘を、【ロキ・ファミリア】に預けるだって?」

 

 

 

『私の愛するアイズへ』

 

 封筒の中から出てきた一枚の紙。

 

 その『血』が関係しているのか、母子で通じる神の文字(ヒエログリフ)で綴られた手紙はその一文から始まった。

 

『この手紙を読んでいる時、それはきっと私とライズがもう二度と貴女と会えなくなった時だと思います』

 

「っ―――」

 

 視界が濡れる。

 

 目をごしごしとこすり、少女は続きに目を通す。

 

 

 

「―――今回黒竜に敗北するのは、ある意味では予想通り(・・・・)だった(・・・)。主戦力の多くを失われた事態に備え、私達はいくつか準備を整えた」

 

『一応私も黒竜の恐ろしさは身に沁みていたからね。勝てる確証は無かったから、私も色々考えてみたんだ。でも―――』

 

「だが、派閥の勢力を大きく失った我々では迷宮都市の頂点に立つことはできない。今回の損失は陸の王者(ベヒーモス)海の覇者(リヴァイアサン)の魔石やドロップアイテムである程度埋め合わせられるが、第二級冒険者のほとんどを失ってしまっては、な」

 

『グリファスさえ生きていればどうにかなりそうだけど……彼だけじゃ駄目みたい』

 

「私一人では都市最強派閥の名を維持できない。そして上に立つ者が無くなった場合、オラリオがどうなるかお前なら分かるだろう?リヴェリア」

 

「まさ、か―――」

 

「あぁ―――世代交代が必要だ」

 

『この手紙が開かれてから一ヶ月後には、【ヘラ・ファミリア】【ゼウス・ファミリア】は消滅する。そうならなくちゃいけないの』

 

「―――私達に、都市最強派閥になれと?」

 

「厳密には、かつての都市最強派閥を壊滅させる形、でな」

 

『ヘラとゼウスにはオラリオの外に出て行って貰う事になっているけれど……団員達の行き場も無くなっちゃうでしょ?アフターケアって事で、ホームに残っている団員達の今後を考えてグリファスが最大限の用意を整えたみたいだけど。アイズをどうするか、私とライズも考えたんだ。本当なら、私達が見て居たかったんだけど―――ごめんね?』

 

「だから―――私達に、アリアの娘を預けると?」

 

「その通りだ」

 

『私の友達で、【ロキ・ファミリア】のエルフが居てね?ちょっと厳しい所もあるんだけど母親(ママ)みたいに優しくて、女神様よりも綺麗なんだ。主神もまぁ、うん、悪い(ひと)では無いし。女好きだけど、ゼウスと比べれば紙一重位良い神だから。この手紙持って頼れば、きっと面倒を見てくれるよ?』

 

「【ロキ・ファミリア】は確かな実力を持っている。そこに行けば闇派閥(イヴィルス)も手出しできないからな。アイズの安全が保障される」

 

『アイズと同い年位の子供もいるからね。きっと馴染めるよ!』

 

「だが、そんな話私は聞いていな―――」

 

「らしいな。出発前日にようやっと思いついたらしい」

 

「……」

 

『てへ。実は何も打ち合わせしていなかったから、多分事情聞いたら頭抱えるんじゃないかな。でも大丈夫。それがOKって証だから』

 

 

 

「―――話は分かった。だがすぐには返事ができないから、オラリオに戻った後ロキやフィン達と相談させて貰って構わないな?」

 

「あぁ、もちろん。急にこの様な話を持ちかけて済まないと思っている」

 

「……気にしないでくれ。せめてもの償いだ」

 

「?」

 

「……そろそろ出発する様だな。疲れている所悪いが、このままオラリオに帰る事になる。用意して置いてくれ」

 

「あぁ、分かった」

 

 そして天幕を出て行ったリヴェリアは空を見上げる。

 

「……やれやれ。とんでもない話になって来ているな」

 

 そして、静かに頭を抱えた。

 

 

 

 手紙には、続きがあった。

 

『お願いがあります』

 

『好き嫌いしない事、友達は大切にする事。後……自分一人で悩んで、思い詰めたりしない事。絶対失敗するからね。昔は私しょっちゅうだったから』

 

『最後になるけれど……貴女を最後まで見てあげられなくて、本当にごめんなさい。本当なら貴女の成長をライズと一緒に見守って、友達と遊ぶ姿や、貴女が自分だけの大切な人を見つけて幸せになる所も見守っていきたかったけれど……本当に、本当にごめんなさい』

 

「お母、さん……」

 

 本当に、もう会うことはできないのだと言う実感が浸透する。

 

 涙が、ぽつりとこぼれた。

 

 手紙に雫が落ちるのを見て目を拭ったが、大粒の涙は止まらない。

 

 そして、最後にそれはあった。

 

『私は―――ずっとずっと、貴女を愛してるよ』

 

 幸せそうに笑う精霊(母親)の顔が、脳裏に浮かんだ。

 

 もう、耐える事はできなかった。

 

「ぁ―――」

 

 静かに、手紙が床に落ちる。

 

「あ、あぁ、あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「……」

 

 顔を両手で覆って泣き崩れる少女を、見守る女神(ヘラ)がそっと抱きしめる。

 

 女神の部屋に響く泣き声は、何時間も止まらなかった。

 

 

 

「ぅ、あ……」

 

 涙は枯れた。

 

 泣き疲れて目を腫らし、少女は女神に抱き締められるまま眠りにつこうとする。

 

(待って……)

 

(取り戻すから……)

 

 声もロクに出ない中、幼い少女は静かに宣言する。

 

 強くなろう。

 

 強くなって強くなって強くなって。

 

 必ず、取り戻そう。

 

 失われた尊厳を。

 

 いなくなった家族を。

 

 黒竜に奪われた、両親を。

 

(絶対に、取り戻すから!)

 

 それが。

 

 後に【剣姫】と呼ばれる少女の、始まりだった。

 

 




ソード・オラトリア5巻読みました。ちょっと頭抱えた。

原作設定との乖離が激しくなっている……。まぁ、流石に直すのは厳しいので……。


古代の英雄の名もズレが出たし……アルバート≒ジャック、にするか?死ぬほど強引ですが。女帝イヴェルタと王族(ハイエルフ)のセルディアは……居なかったと言うことで(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇夜の別れ

なんやかんやでとうとう50話になりました!
ここまでやってこられたのも皆様のおかげです、本当にありがとうございます!

今後もよろしくお願いします!


 日が沈み、暗闇が世界を包む。

 

 深夜のオラリオで、四つの影が歩みを進めていた。

 

「やれやれ、まさかこんな八百長に付き合わされるとはのう」

 

「文句を言わないでくれ、ガレス。黒竜と戦って生きて帰ってきた『最強』を僕達で撃破し、ヘラとゼウスを追放する事でロキ、フレイヤ二派閥が都市最強派閥として君臨、オラリオの治安を守る―――文句の付けようが無い筋書きだよ。【妖精王(オベイロン)】は完璧だ」

 

「それにグリファスも色々と調整をするらしいからな。我々が全力でぶつかってギリギリで倒せるラインで戦うつもりらしい」

 

「……であれば、本気でぶつかるしかないと言う訳か」

 

 それは、並の冒険者が見れば卒倒しかねない光景だった。

 

 迷宮都市最上級(トップランク)であるLv.6に到達し世界に名を轟かせた【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者。【重傑(エルガレム)】ガレス・ランドロック、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 彼等が完全武装である場所に向かっている姿だけでも十分に衝撃的だが、それだけでは無かった。

 

 問題は、彼等と共に移動する大柄の猪人(ボアズ)

 

 迷宮都市のLv.7、【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 

【フレイヤ・ファミリア】団長である彼と【ロキ・ファミリア】の最高戦力が共に行動すると言う、信じられない様な光景が広がっていた。

 

 目的地はオラリオ東端、理想郷(アルカディア)

 

 そこに向かう彼等が束の間想起するのは各々の主神だ。

 

『踊らせられてる感はあるけどなぁ……まぁ【妖精王(オベイロン)】がそっちに釘付けになるんなら都合がえぇ。こっちはこっちであの糞爺強制送還しに行って来るから三人は頑張ってなあ』

 

『ふふっ、「あの」グリファスが保護したヘラとゼウスを天界に送還するのは難しいと思うけど……適当にちょっかいを出すとしましょうか。そうしないと折角の筋書きが台無しでしょうし……それにしても、周囲を巻き込まない様徹底してるわねぇ。ウラノスが恩恵を与えていれば十中八九ギルドに居たでしょうに』

 

 一様に思う。

 

 全く、とんでもない厄介事を押し付けられたものだ、と。

 

「……さて。いよいよな訳だけど」

 

 とうとう辿り着く四人。

 

 彼等の目の前には、固く閉ざされた門があった。

 

「……リヴェリア?」

 

「……思う存分破壊して欲しいらしい。演出だそうだ」

 

「……本当、徹底してるね」

 

 ゴっっ!!

 

 ガレスが腕を振るった直後、轟音と共に門が吹き飛ばされた。

 

 足を踏み入れる。

 

 そして―――、

 

「済まないな、ここまで来て貰って。本当に助かるよ」

 

「何、あの【妖精王(オベイロン)】とぶつかれるんだ。良い経験になるよ。だけど……」

 

「うん?」

 

「手加減する気はあるのかい?」

 

 豪邸の上方、バルコニーから飛び降りて現れた王族(ハイエルフ)の老人は、紅い魔力を纏っていた。

 

「ある意味では全力だがね。確かに弱体化しているよ」

 

「それは良かった」

 

 その直後だった。

 

 四人の第一級冒険者と、最強の冒険者が激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 その、少し前。

 

 白亜の豪邸、そのバルコニーには女神が一人佇んでいた。

 

 美しい月を見上げ、グラスに注いだ紅いワインを口に含む。美の女神にも劣らない美貌を持つ彼女が夜空の下で佇む其の光景は、芸術的な美しさを醸し出していた。

 

「―――」

 

 最後にワインを飲み干し、彼女は口を開く。

 

「―――そろそろ?」

 

「あぁ、時間だ」

 

 彼女の背後からバルコニーに現れた老人がその問い掛けに応じた。

 

「ゼウスも準備が整ったらしい。死んだ団員の息子を連れて行く様だが」

 

「あぁ、ベル君か……何才だったっけ?」

 

「もうすぐ四才だったはずだ」

 

「そっか……」

 

 ふとグリファスに視線をやり、笑みと共に尋ねる。

 

「……それにしても、本当に大丈夫なの?Lv.6が三人にLv.7の【猛者(おうじゃ)】だよ?幾らLv(・・・・)8でも(・・・)ステイタス(・・・・・)を封印していたら厳しいんじゃない(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「ギリギリの所で勝てないよ。寧ろ勝ってしまったら意味が無いだろう」

 

 答えなど聞く前から分かっていたのだろう、ニヤニヤしながら問い掛けてくる彼女に嘆息する。

 

 そんな風にヘラと会話するグリファスからは、第一級冒険者特有の存在感は感じられない。

 

 数分後に戦う事になる相手へのハンデ(・・・)として、彼に与えられた恩恵(ファルナ)を解除しているからだ。

 

「確認するぞ。市壁北西部にあるゼウスの隠れ家で奴と合流、フレイヤとロキから逃れてオラリオの外に出て行くんだ。Lv.6になったアロナがいればフレイヤからも逃げる事ができるだろうが、万が一美の女神に『魅了』された場合に備えて十分警戒する事。分かったな?」

 

「あぁ、うん。ただ、私としてはあの馬鹿が浮気に使っていた隠れ家がこんな時に役に立つと思わなかったから、結構複雑なんだけどね……」

 

「……」

 

 返す言葉も無かった。

 

「……まぁ、なんだ。前向きに考えたらどうだ?しばらくは二人きりで暮らせるだろうし……」

 

「!」

 

『二人きり』と言う単語に反応した女神に苦笑しつつ、通信用の魔導具(マジックアイテム)を投げ渡す。

 

「何かあったら連絡してくれ。体には気を付けてな」

 

「うん。貴方もね」

 

 屈託無く笑うヘラに、彼は笑みを浮かべようとして―――失敗する。

 

「っ……」

 

「グリファス?」

 

 表情を歪め、重く口を開いた。

 

「……最後に……済まなかった。お前達がオラリオを去る事になったのは、皆が死んだのは―――私の責任だ。本当に……済まなかった」

 

「……」

 

 勝てないのは分かっていた。

 

 三大冒険者依頼(クエスト)の話が出てからそう悟っていた自分なら強引にでもそれを中止できた。にも関わらず―――自分は、仲間を見殺しにする様に話を進めた。

 

 そう語るグリファスの懺悔は、本物だった。

 

 神の一柱として真偽を見極めるまでも無い老人の謝罪に、ヘラは目を細め―――ゆっくりと、首を振る。

 

 思いを込め、告げた。

 

「―――謝る必要なんて無いよ」

 

 ―――きっと、アレが最適解だった。

 

 三大冒険者依頼(クエスト)の挑戦は、彼にとって、世界にとってきっと必要な事だった。

 

 彼女は知っている。

 

 目の前の老人は、絶対に倒せないと分かっていた黒竜と戦う為に寝る間も惜しんで方法を模索し、挫折してもなお生き残る為に必要な事を探し続けていた事を。

 

 そして、それは確かに結果を叩き出した。

 

 二、三人生き残るのがやっとだった歴代の黒竜との戦いで、初めて六人も生き残る事ができたのだから。

 

 でも。

 

「―――ずっと、一人で背負い続けてきたんだよね」

 

 グリファスの苦しみを理解するグリファスは、そっと語り掛ける。

 

 数百年も前に叩き出された『正解』。

 

 それはどこまでも完璧で。

 

 それはどこまでも残酷だった。

 

 ソレ以外の方法は存在しないと断じて置きながら何度も計算を繰り返し、勝てないと分かっていながら実際の戦闘でも必死に唯一解に抗い、必要な事だと切り捨てながらも『正解』への過程を消化する度に仲間の死に涙を流した。

 

 それはきっと、どこまでも矛盾しているのだろう。

 

 だけどそれはとても美しい物の様に、ヘラには思えた。

 

 そして、そんな彼だからこそ皆は着いて来たのだろうと思う。

 

 だから―――、

 

「大丈夫」

 

 そっと背中を押すかの様に、女神は告げる。

 

「貴方なら、きっとできる」

 

 皆の死は決して無駄では無かったから。

 

 貴方の答えは、決して間違いでは無かったから。

 

 一〇〇〇年以上の時を経て、仲間の死と共にあらゆる物を積み重ねたグリファスなら―――きっと、黒竜にも届く。

 

「だから―――繋いで欲しい」

 

 彼等の死を、手に入れた全てを、勝利への鍵を。

 

 次の世代に、繋げて欲しい。

 

 そう言って笑う女神に、グリファスは頭を下げる。

 

「―――ありがとう」

 

 それが、最後だった。

 

 どこからともなく取り出した黒い布。

 

 特定の場所へ対象を転移させる『神秘』の結晶、それを微笑む女神に被せる。ダイダロス通りの一角で待つ狼人(ウェアウルフ)の少女の元へ送り届ける。

 

 それと同時、門が吹き飛ばされて轟音が轟いた。

 

「……さて」

 

 銀杖を持つ。紅い魔力を纏う。

 

 バルコニーから躊躇無く飛び降り、遥か下の地面に着地する。

 

 それと同時、侵入して来た―――侵入させた第一級冒険者達と、目が合った。

 

「済まないな、ここまで来て貰って。本当に助かるよ」

 

「何、あの【妖精王(オベイロン)】とぶつかれるんだ。良い経験になるよ。だけど……」

 

「うん?」

 

「手加減する気はあるのかい?」

 

「ある意味では全力だがね。確かに弱体化しているよ」

 

「それは良かった」

 

 苦笑する小人族(パルゥム)、杖を構える王族(ハイエルフ)、凄まじい力で大型の武器を掴む老兵(ドワーフ)猪人(ボアズ)

 

 そんな彼等に古代(かつて)の英雄達の面影が映り、思わず笑みを浮かべた。

 

「―――始めるか」

 

 

 その次の日には、【ヘラ・ファミリア】、【ゼウス・ファミリア】は消滅した。

 

 Lv.8【妖精王(オベイロン)】は四人の第一級冒険者に敗れ、二人の神はオラリオから追放される。

 

 そして彼等に代わって都市最強派閥となったのは、【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】だった。

 

 




タグ追加しました。感想お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ 妖精王の日記

 

 

 日記を再開した。

 三大冒険者依頼(クエスト)や【ファミリア】の消滅もあって最近ゴタゴタしていたが、一ヶ月振りに手をつける事ができた。

 ヘラとゼウスを逃がした後はどうするか悩んだが、今現在オラリオに存在する全ての(闇派閥(イヴィルス)を除いた)【ファミリア】を見て回った。と言うか予想以上に勧誘を受けて死にそうになった。

 商業系【ファミリア】も多少興味があったが、今後の方針を現実的に考えるとやはりダンジョン系【ファミリア】だな。

 大派閥から考えて行くと、【ロキ・ファミリア】はともかく【フレイヤ・ファミリア】は止めておこう。あの女神はどうも気に食わない。それに美の女神には少々トラウマがある。下手に誘惑されたらレイラが化けて出て来そうだ。当然【イシュタル・ファミリア】は論外。

【ガネーシャ・ファミリア】は……悪くないが、主神が面倒臭いな。怪物祭(モンスターフィリア)を考えるとこれから余計忙しくなりそうな派閥に好き好んで入るつもりは無い。……この【ファミリア】と共に治安を守る【アストレア・ファミリア】も良いな。だがあの女神に私の持つ案件―――例えば『異端児(ゼノス)』―――を知られる可能性が出るのは不味い。明らかに反感を受けるだろうな。

 色々考えると……絞られたのは【ロキ・ファミリア】に【ヘルメス・ファミリア】だな。

【ロキ・ファミリア】にはこの先が楽しみな若者が多く、主神であるロキも酒好きである点を除けば神格者(じんかくしゃ)の部類に入るだろう。ただ都市最強派閥としてある程度のしがらみに囚われる事が懸念されるが……まぁ、【ヘラ・ファミリア】と大して変わり無いだろう。

【ヘルメス・ファミリア】は愛弟子(アスフィ)もいるし、中立を気取る主神の姿勢(スタンス)も私の思想と一致する。中々の好条件だが……私が強過ぎる。最大派閥(ロキ・ファミリア)ならともかく中堅派閥(ヘルメス・ファミリア)に私が入ってしまったら明らかに悪目立ちするだろうな。団員達も動きにくくなるだろう。それにヘルメスの動きが読めない。まだガネーシャの方が分かりやすいと言うのに……。あの派閥に入ったが最後、主神に振り回されて過労死しかねないな。

 そう考えると、【ヘルメス・ファミリア】に入る必要性を感じなくなって来たな。あの中立派閥であれば【ロキ・ファミリア】にいてもアスフィの面倒を見れるだろうし、渡してある通信用魔導具(マジックアイテム)があれば情報も滞り無く集める事ができる。それにウラノスとの繋がりを利用すれば割と自由に外に出られるから……問題無いな、うん。

 それにしても今日は書く事が多かった。明日は【ロキ・ファミリア】を訪ねる事にしよう。

 

 

 

 随分あっさりと話が終り、【ロキ・ファミリア】に入る事となった。ロキは大分狂喜していたな。ヘルメスにその事を伝えると頭を抱えてうずくまっていたが。まぁあの駄神の事は置いておこう。

 夜食の時ベートとか言う狼人(ウェアウルフ)の少年に絡まれた。いきなり襲い掛かられた時に足を掴んで宙ぶらりんにしてやったのが不味かったかも知れない。ロキに唆されていた様だが……。それにしてもアロナと良く似ていた。まぁ血縁関係は無さそうだが。そう言えばアロナはヘラを外に出した後『豊穣の女主人』で働き始めたらしい。ヘラからの恩恵はそのまま授かっている様だ。今度様子を見に行くとしよう。

 

 

 

 眠い。

 今夜は夜中にティオナに叩き起こされて昔話をする羽目になった。結果的に二時間以上話を聞かせる事になったが、よくもまぁ飽きない物だ。どうも童話や英雄碑が好きらしい。前も誰かが言っていたが、そう言うのを生で見聞きした者―――私の様に長生きしたエルフや精霊等―――から話を聞くのはやはり違うらしい。

 三大冒険者依頼(クエスト)についても聞かれたが―――アイズに黒竜の話を聞かせるのはあまり良くないだろうな。気を付けるとしよう。

 

 

 

 私が【ロキ・ファミリア】に入団してから一ヶ月が過ぎ、今日は神会(デナトゥス)があった。

 Lv.8になった事で、私の二つ名も変わったらしい。

生きる伝説(レジェンド)】、だそうだ。

妖精王(オベイロン)】もそうだったが、随分と大層な二つ名を貰った物だ。一〇〇〇年以上生きている、と言うのもありそうだが。

 そしてもう一つ、ヘラから連絡があった。

 ゼウスが逃げたらしい。思わず通信用魔導具(マジックアイテム)を握り潰しそうになった。

 一回アイツ殺した方が良いんじゃないか?

 

 

 

 アイズがLv.2になった。

 いや、私も耳を疑った。何しろ過去にオッタルが実現した最速記録(レコード)と同期間で【ランクアップ】したのだから。しかも八才になったばかりの少女が、だ。

 12階層で黒犬(ヘルハウンド)白兎(アルミラージ)等のLv.2のモンスター、その群れと突然遭遇(エンカウント)し、これを単独で全滅させたらしい。話を聞いて私とフィンは頭を抱えたが……ボロ雑巾の様になって帰って来たアイズを見たリヴェリアの剣幕には肝を冷やした。アイズがどこかへ逃げて行った後は追い掛けて行ったが……二人でホームに戻って来た時はアイズが少し涙目だった。一体何があったんだ。

 今更だが、よくリヴェリアと若い頃のレイラが重なる。アイツも怒った時は本当に怖かった。

 私も気を付けるとしよう。

 

 

 

 最近闇派閥(イヴィルス)の動きが活発化している様だ。特に【アぺプ・ファミリア】や【テスカトリポカ・ファミリア】が妙な動きをしている。

【ハデス・ファミリア】が潰れた後姿を隠していた者達もそこに合流している様だ。全くキリが無い。

 都市内では【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】が取り締まりを強化しているが……ダンジョンでは既に冒険者同士の殺し合いが多発している。フィンも団員達に警戒を促していたが……アイズやティオナ達は普通にダンジョンに行きそうだな。仲が良いのは結構な事だが、しばらくは止めて置いた方が良いだろう。

【アストレア・ファミリア】の【疾風】がまたランクアップしたらしい。アイズと言いアスフィと言い最近の若い者は凄く成長が早いな。あまりうかうかできないかも知れない。

 

 

 

 27階層で多くの死者が発生した。

 ダンジョンにあると言う闇派閥(イヴィルス)の隠れ家を訪れた【ディアンケヒト・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】等の団員達を幾つもの怪物進呈(バス・パレード)と共に急襲し、多くの被害を出したのだ。

 一緒にいた私も戦ったが……まさか『邪神』の一角が自らダンジョンに潜って神威を放ち、故意に『神災(じんさい)』を引き起こすとは予想できなかった。

 結果生まれたのは27階層の階層主、迷宮の弧王(モンスターレックス)

 本来Lv.5のはずだったソレはダンジョンの怒りによってLv.6の潜在能力(ポテンシャル)を発揮し、私はその対処にかかるしか無かった。あの邪神を見つけた時点で早急に対処できなかった事が悔やまれる。身元不明の死体が多く発見された中、闇派閥(イヴィルス)の一人、オリヴァス・アクトの下半身も発見された。己の眷属の死すら嗤って見送ったあの邪神に対する憤りを私は決して忘れる事はできないだろう。

【アストレア・ファミリア】の主力は多くが死んだらしい。【疾風】リオンの遺体が無かったが……一体どうなったのか。

 今後に期待していた若者達の多くが失われた事を考えると本当に痛い損失だ。闇派閥(イヴィルス)は根こそぎ潰す必要がある。

 

 

 

【アぺプ・ファミリア】が壊滅した。死んだと思われていた【疾風】によって叩き潰されたらしい。一人残らず、皆殺しだった。邪神と登録されていた神アぺプは半死半生―――『神殺し』と呼ばれる禁忌を侵さないギリギリまで痛めつけられていた。

 あそこには第二級冒険者……Lv.4が何人かいたが、強力な『魔法』によって消し飛ばされていた。多対一の状況が成立した中であれ程の魔法を行使した事実に感嘆を隠せない。彼女は想像以上の力を持っていた様だ。

 だが、ギルド等の公的機関に姿を現さない事が気になる。した事を軽く咎められはするだろうが、【アぺプ・ファミリア】を壊滅させた事は恩賞を貰っても良い事だったのだが……。

 ……嫌な予感は外れて欲しいものだが。

 

 

 

 不味い事になった。

 リオンの主神であったアストレアは既にオラリオの外へ逃がされ、止める者―――いや、止められる者のいなくなった【疾風】は、仲間を死に追いやった要因全てに復讐をしている。

 闇派閥(イヴィルス)の残党は勿論、その構成員と繋がりのあった者を闇討ちから襲撃する形でだ。

 結果として悪事に手を染めなかった冒険者や、さらには一般人、ギルドの人間にも被害が出ている。もうじきギルドのブラックリストに登録されそうだ。

 こんな事になるとはな…つくづく神が嫌になる。

 

 

 

 闇派閥(イヴィルス)は壊滅した。【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】等、オラリオでCランク以上と認められている有力派閥に出された強制任務(ミッション)が出てからは早かったな。邪神達の多くは神々に強制送還された。

 ブラックリストに登録されていた闇派閥(イヴィルス)の人間は全て捕らえられたが……【疾風】はなりを潜めていた。勘に過ぎないが、これ以上一般人に被害の出る事は無いだろう。

 

 

 

『強化種』が現れたらしい。同族を次々と襲い、魔石を喰らったトロールが恐ろしく強くなったとか。

 冒険者依頼(クエスト)が出され、幾つかの【ファミリア】が動き出した様だが……果たしてどうなる事か。同じ様にモンスターの魔石を喰らう『異端児(ゼノス)』でも古参は第一級冒険者並みの力を誇る。まぁ今は結果を待つ事しかできないだろう。

 ……つい先程行って来た『豊穣の女主人』でどこか見覚えのある新人(エルフ)が居たんだが……気の所為じゃ、無いんだろうなぁ……まぁ、情状酌量、と言う事で良しとしよう。バレなければ問題は無い。

 

 

 

 アイズがLv.5になった。ベートに先を越される事となったが、あの若さで第一級冒険者になるのは本当に凄い事だと思う。あの子に刺激される形でティオナやティオネもすぐに【ランクアップ】する事だろう。

 ……アイズは、本当に丸くなった。ダンジョンに籠もる癖は決して治ってはいないが、ティオナが友達になってからは本当に良くなった。あの調子で居てくれれば、我々は言う事が無いんだが……。

 そう言えば、もうすぐ『学区』からエルフの女の子が来るらしい。アイズの一つ下で、Lv.2の優等生だとか。確か名前は……レフィーヤ・ウィリディスだったか。彼女にもアイズの支えになって貰いたい物だ。

 

 

 

 新たな団員としてレフィーヤが【ファミリア】に入った。アイズやティオナとも仲良くなっている様で何より。『魔法』が発現しているとの事で、彼女はリヴェリアが見ている。筋が良いと褒めていた。しっかりと勉強に励んでいるのは良い事だ。アイズやティオナはしょっちゅう逃げ出していたからな……、うん?

 不味いな、この派閥の幹部陣大丈夫か?

 

 

 

 以前の黒竜との戦いから、あっと言う間に時間が過ぎた。

 時代の流れを感じる。

 フィン、リヴェリア、ガレス、オッタル……かつての仲間(英雄)の面影が重なる彼等に加え、アイズをはじめとした若い者が育って来た。

 まだ、黒竜には早いのだろう。

 だが、ゼウスがいなくなった後、世界は少しずつ静かに変遷を迎えようとしている。

 もうそろそろだ。

 あと少し、新たな要素が加われば―――恐らくは、黒竜にも届き得る。

 もうすぐだ。

 時代が動く。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロキ・ファミリア
プロローグ


 

 

 度重なる咆哮が轟く。

 

 地下迷宮(ダンジョン)の奥深く、『深層』に存在する赤茶色の荒れた大地。

 

 49階層、大荒野(モイトラ)にて【ロキ・ファミリア】のパーティとモンスターの群れが激突していた。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!』

 

 個体によってはLv.5に匹敵する力を持つ事もあるモンスター、フォモール。

 

 それぞれが大型の天然武器(ネイチャーウエポン)を持つそれらが棍棒にも似た武器を振り下ろし、盾を構える冒険者達が鬼気迫る表情で受け止める。その威力を物語る様に彼等の(かかと)が地に埋まった。

 

【ロキ・ファミリア】のパーティは、あまりの大軍に押されつつあった。

 

「前衛、密集陣形(たいけい)崩すな!後衛は攻撃を続行!」

 

「ティオナ、ティオネ!左翼支援急げ!」

 

「あ~んっ、もう体が幾つあっても足りなーいっ!」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい」

 

 小人族(パルゥム)の団長の指示が次々と飛び、揺らぎかける戦況を何度も立て直す。

 

 アマゾネスの姉妹が眼前のフォモールを瞬殺する中、戦況を俯瞰(ふかん)していたグリファスが口を開く。

 

「フィン、私が出ようか?」

 

「君が出たらすぐに終わるだろう。団員達が育たない」

 

「まぁ、それもそうだな」

 

「お二人共、どうしてそんな平然としてるんすか……」

 

「ほらラウル、手を休めるな。あそこ突破されかけてるぞ」

 

「は、はいっス!?」

 

 グリファスに指摘されるラウルが慌てて弓を放つ。彼の矢は見事にフォモールの頭部を撃ち抜いた。

 

「腕を上げたな……大型級のフォモールと単独(ソロ)で戦ってみたらどうだ?多分【ランクアップ】すると思うぞ」

 

「流石にそれはお断りします全力で!」

 

 そんな彼等の後方で。

 

 魔法と矢を連発する魔導師や弓使い(アーチャー)に囲まれた中心から、その美しい声は絶えず紡がれていた。

 

「―――【間もなく、()は放たれる】」

 

 玲瓏な声で詠唱を紡ぐのは、【九魔姫(ナイン・ヘル)】の二つ名を持つ都市最強魔導師。

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 

 絶世の美貌を持つ彼女は翡翠(ひすい)の色を持つ魔法円(マジックサークル)を展開し、前方を見据えていた。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」

 

 流れる詠唱を耳にしながら誰もが全力を振り絞る中。

 

 フォモールが、吠える。

 

『―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウッッ!!』

 

 群れの中でも一際の巨体を誇る一体が仲間を蹴散らしながら驀進し、握る得物を大上段に構えた。

 

 振り下ろされた一撃は、構えられた盾に直撃し―――前衛の一角を、吹き飛ばす。

 

「ベート、穴を埋めろ!」

 

「ちッ、何やってやがる!?」

 

 素早くフィンの指示が飛び、遊撃を務めていた狼人(ウェアウルフ)が急行するが間に合わない。数匹のフォモールの侵入を許す。

 

「……」

 

 無言でグリファスが地面に屈みこむ、それと同時。

 

 前衛に守られていた魔導師達に、フォモールが攻撃を叩き込んだ。

 

「レフィーヤ!?」

 

 一人の少女が吹き飛ぶ。

 

 直撃を避けながらも、凄まじい膂力から生まれたその衝撃波は細身の少女(エルフ)を殴り飛ばした。

 

「―――ぁ」

 

『フゥーッ……!』

 

 地面に転がる彼女の目に映ったのは、鈍器を振り上げる獣蛮族(フォモール)

 

 仲間の壁を突破した超大型、その赤い目玉に射すくめられて時を止める。

 

 その時だった。

 

『―――ゥ!?』

 

「えっ?」

 

 爆砕。

 

 頭部で炸裂した衝撃によろめくフォモールは―――その直後、金と銀の光を目にした。

 

 無数の斬撃に斬り裂かれ、その首を宙に舞い上がらせる。

 

「……」

 

 呆然とする少女の先。

 

 後方に侵入したモンスターを全滅させ、無言で不壊剣(デスペレート)を振り鳴らすアイズが見つめたのは―――後方に佇む、王族(ハイエルフ)の老人だった。

 

「(……グリファス様が、狙撃を?)」

 

 僅かに遅れて気付いたレフィーヤだったが、周囲に矢も無い事に疑問符を浮かべ―――フォモールの付近に落ちている、砕けた石を見つけた。

 

「まさ、か―――」

 

「―――流石だね。小石一つでフォモールにダメージを叩き込むなんて」

 

「何、無駄に高い【ステイタス】にただ頼っただけだ。技も何もあったものでは無い」

 

 見えなかった投擲に感嘆するフィンの言葉に、グリファスは肩をすくめる素振りを見せた。

 

 最初は直接行こうかと思っていたが、現場に駆けつけるアイズを見つけて必要な時間を稼いだ。

 

 そう告げた彼は、その金髪金眼の剣士と目が合った。

 

 その金色の瞳は、確かな闘志を燃やしていて―――、

 

 ―――負けない。

 

 …………………………………………………………………………………………え、おい?

 

 その固い絆で為し遂げられる、王族(ハイエルフ)の老人と少女の奇跡の意思疎通(アイコンタクト)。ちょっと待て。

 

 顔を強張らせるグリファスから視線を外し、アイズは前を見据える。

 

 隣のフィンも嘆息した。

 

「……もの凄く嫌な予感がするんだが、気の所為だよな?」

 

「グリファス、ロキの言葉を借りるけどそれはフラグ―――」

 

『ちょ、アイズ、待って!?』

 

「「……」」

 

 仲間(ティオナ)の制止を振り切って更に前進する少女。

 

 攻めかかってくるフォモールの大軍に突っ込んで激しい剣舞を繰り広げる彼女に、二人は軽く頭痛を感じた。

 

「……私の所為か?」

 

「やっぱり、闘志を刺激しちゃうんじゃないのかな……」

 

 高みを求めて【戦姫】と化す少女の姿に、重い重い息を吐いた。

 

「【汝は業火の化身なり】」

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 後方、莫大な魔力の高まり。

 

 紡がれていた長文詠唱が完成に至ろうとする中、ティオネに呼ばれたアイズも自陣に帰還する。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣】―――【我が名はアールヴ】!」

 

 魔法円(マジックサークル)が拡大、【ロキ・ファミリア】の、全てのフォモールの足元まで広がる。

 

 広範囲殲滅魔法。それが完成する。

 

 白銀の杖を振り上げ、リヴェリアは魔法を発動させる。

 

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 

 大炎。

 

 魔法円(マジックサークル)から突き出す無数の炎柱、それが放射状に連続して放たれる。

 

 人間の一団を避けて放たれたそれらはフォモール達を次々と呑み込んだ。

 

「……」

 

 フォモールの群れが数瞬で一掃され、グリファスが感嘆の息を吐く。

 

 相変わらず優れた魔法だ、純粋な攻撃範囲なら【ムスペルヘイム】を優に上回るか。

 

 だがまぁ、そう褒めちぎってもいられない。やる事がある。

 

 そう思考するグリファスは、アイズの後ろ姿を見つめる。

 

「!?」

 

 その視線に肩を震わせたアイズは、静かに冷や汗を流した。

 

 




とうとう原作突入。えっ、白兎?もう少しお待ちくださいな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロキ・ファミリア

 

 

「ハッハッハッハッ!アイズがいきなり飛び出したから一体何があったと思っていたら、グリファスに火を点けられたか!それは笑えるわ!」

 

「……」

 

 爆笑するガレスに、王族(ハイエルフ)の老人は面白くないとばかりに憮然とする。近くに座るフィンとリヴェリアも苦笑を見せていた。

 

「まぁ、グリファス自体に非は無いと思うけどね……」

 

「あの時はレフィーヤも危なかったからな。仕方が無いだろう」

 

「ガハハ、アイズも負けず嫌いだからなあ」

 

「……全く」

 

 心底疲れた様に息を吐き、天幕の天井を見上げた。

 

 今、彼等【ロキ・ファミリア】がいるのは50階層。

 

 危険が腐る程―――寧ろ腐って欲しい位存在するダンジョンにおいて、モンスターの生まれない安全階層(セーフティポイント)の一つだ。

 

「……で、そのアイズは?」

 

「ティオネに呼びに行ってもらっているよ」

 

「……便利な奴だな」

 

「ハハハ……」

 

 半ば呆れた様なグリファスの言葉にフィンが苦笑していると……入り口をくぐって、件の【剣姫】が現れた。

 

「フィン」

 

「あぁ、来たかい、アイズ」

 

「がははっ、今ちょうどお前の話をしとった所だぞ、アイズ」

 

「ガレス……今は笑うな」

 

「……」

 

 派閥首脳陣の中で唯一無言を貫くグリファスに、アイズは若干の冷や汗を流す。

 

「さて、前置きは良いだろう。何故呼び出されたか分かるかい、アイズ」

 

「……うん」

 

「なら話は早い。どうして前線維持の命令に背いたんだい?……いや、まぁ原因は分かっているんだけどね」

 

「……そこで私を見るな」

 

「……」

 

 フィンの流し目に、グリファスは辟易した様に息を吐いた。己の悪癖(負けん気)を暗に指摘されたアイズも肩を揺らす。

 

「アイズ、君は強い。だからこそ組織の幹部でもある。内容の是非を問わず、君の行動は下の者に影響を与えるんだ。それを覚えてもらわないと困る」

 

「……」

 

「窮屈かい?今の立場は」

 

「……ううん、ごめんなさい」

 

 素直に自省し謝罪するアイズに、その場の四人は軽く笑った。

 

「まぁ、そう言ってやるな、フィン。理由はともかくとしてアイズがフォモールの群れに突っ込んでくれたのは正直助かった。危うく崩れかけたからのう」

 

「それを言うなら、詠唱に手間取った私の落ち度もあるか」

 

「私もあの大型級の対処に遅れを取ったからな」

 

 ガレス、リヴェリア、そしてグリファスもが助け舟を出す。

 

 アイズが申し訳無さそうに眉を下げると、ドワーフの偉丈夫は軽く目を弓なりにし、二人の王族(ハイエルフ)は何も言わず瞑目する。そんな彼等の姿にフィンも苦笑した。

 

 何も言わずとも伝わる。長い時の中で築かれた信頼が、四人の中にあった。

 

「アイズ、ここはダンジョンだ(・・・・・・・・・)。何が起きるか分からない。そしてレフィーヤ達全員がアイズの様に動けないし、戦えない。それだけは心に留めて欲しい」

 

「……分かり、ました」

 

「その顔を見ると、もうティオナ辺りに絞られたんだろう。行って構わないよ」

 

「……」

 

 ぺこりと頭を下げ、出て行く。そんな彼女を見送ったフィンは、グリファスに視線を投げた。

 

「良かったのかい?何も言わなくて。アイズも終始ビクビクしていたじゃないか」

 

「言いたい事が全部お前に言われてしまったんだよ。仕方が無いだろう」

 

「ははっ」

 

 苦い笑みを見せたグリファスにフィンも笑った。

 

 天幕から遠ざかって行くアイズの背を見つめたリヴェリアが口を開く。

 

「……心配だな」

 

「……強くなる事は良い事だよ。アイズにとっても【ロキ・ファミリア(ぼくら)】にとっても」

 

「だがあの子は、ひた向き過ぎる。強さを求めるあまり、誰も着いて行かれない様な場所に(ひと)りで行ってしまいかねない」

 

「どうしたものかなぁ……」

 

「困ったものだ……」

 

「……お主らふけとるのー、見た目若いのに」

 

 はぁ、ふぅ、と嘆息するリヴェリアとフィン、二人の苦労人にガレスが呆れた様な表情をしていると。

 

「……心配する必要も無いと思うがな」

 

 とても嬉しそうな笑みを浮かべるグリファスの言葉が、天幕に響く。

 

「お前等なら分かるだろう。今もまだ危なっかしいが、アイズは随分と丸くなった。今だって……ほら」

 

 天幕を一歩踏み出した、その先。

 

 第一級冒険者の視力が、親友(ティオナ)にじゃれつかれて仲間達と笑い合っている、アイズの姿を捉えた。

 

「……」

 

「あの子達も強い。アイズと一緒に強くなって行く事もできるさ」

 

 そんなグリファスの言葉に、それを証明するかの様に笑い合う少女達の姿に。

 

 三人も、確かな笑みを浮かべた。

 

「確かに、僕等の出る幕は無さそうだね」

 

「騒々しい者ばかりだからのぅ、この【ロキ・ファミリア】は。くよくよさせてもくれんじゃろ」

 

「……そうだな」

 

 眼前の光景に、グリファスも目を細める。

 

「―――【ロキ・ファミリア】、か」

 

 その名を、呟く。

 

 かつての精霊(アリア)の選択は、決して間違ってはいなかった。

 

 そう思考するグリファスは、楽しげに笑う少女の姿にそっと笑みを浮かべた。

 

「……良き仲間(とも)に巡り合えたな、アイズ」

 

 

 

 

大荒野(モイトラ)の戦いではご苦労だった。みんなの尽力があって今回も無事に50階層まで辿り付けた。この場を借りて感謝したい、ありがとう」

 

「いっつも49階層越えるの一苦労だよねー。今日は出てくるフォモールの数も多かったし」

 

階層主(バロール)がいなかっただけマシでしょ」

 

「ははっ。ともかくにも、乾杯しよう。お酒は無いけどね。それじゃあ―――」

 

『乾杯!』

 

 (みな)が唱和し、食事が始まる。

 

(……相変わらず、流石だな)

 

 団員達を纏める小人族(パルゥム)にグリファスは目を細めた。

 

 柔軟な思考、決断力、部隊を引っ張る統率力に仲間を鼓舞するに足る『勇気』。

 

 これまで会った者とは違う『英雄』の素質。

 

 静かに感嘆するグリファスは、ダンジョン内ではごちそうとも言える肉果実(ミルーツ)のスープを完食した。

 

 確かな栄養補給はできるが粘土の様な食感と苦味の拭えない自家製携行食は老人には少々堪える。団員の士気を考慮したフィンの計らいは正直ありがたい物だった。

 

 過剰摂取を避けているのか、食欲を刺激するスープを近付ける褐色の小悪魔から逃れるアイズを視界にいれつつ容器や鍋を片付ける。

 

「―――それじゃあ、今後の予定を確認しよう」

 

 食事を終え、見張り以外の者が輪を作る中フィンが口を開く。

 

「『遠征』の目的は未到達階層の開拓、これは変わらない。けど今は、59階層を目指す前に冒険者依頼(クエスト)をこなしておく」

 

「冒険者依頼《クエスト》……確か【ディアンケヒト・ファミリア】からのものですか?」

 

【ディアンケヒト・ファミリア】と言う単語に、義手が疼いた気がした。

 

「あぁ、内容は51階層、『カドモスの泉』から要求量の泉水を採取する事」

 

「できればで良いが、魔導具(マジックアイテム)作成用に私の分も採ってくれ」

 

「えぇー、グリファス行かないのー?」

 

「私は精神力(マインド)を消耗したリヴェリアと拠点(ここ)の防衛だ」

 

「お前が行けよ……」

 

「貴重な経験値(エクセリア)を私が独占する訳には行かないだろう。済まないが頼む、ベート」

 

「チッ、面倒臭ぇ……て、おい、何だよお前等!?」

 

 王族(ハイエルフ)が頭を下げた事実に戦慄するエルフ達。それには狼人(ウェアウルフ)の青年もたじろいだ。

 

 エルフの団員達を落ち着かせた後、フィンが詳しい説明をする。

 

「51階層には少数精鋭のパーティを二組、送り込む。無駄な武器、道具(アイテム)の消耗は避け、速やかに泉水を確保後、この拠点(キャンプ)に帰還。質問は?」

 

「はいはーい!何でパーティを二つに分けるの?」

 

「注文されている泉水の量がこれまた厄介でね。『カドモスの泉』はただでさえ回収できる量が限られている、要求量を満たすには二箇所の泉を回らなくてはいけない」

 

「食糧を含めた物資には限りがあるからのう。冒険者依頼(クエスト)の後59階層に向かう為にも時間はかけられん。二手に分けて、効率化というやつだ」

 

 説明も終わり、パーティが編成される。

 

 一斑:アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ。

 

 二班:フィン、ベート、ガレス、ラウル。

 

「え、えぇっ!?」

 

「じ、自分っスか!?」

 

「気張れよ」

 

 必然的に強竜(カドモス)と戦う事になるパーティに参加させられた第二級冒険者達に軽く声をかけたグリファスだったが……不安は拭えなかった。

 

 それは他の面々も同じだった様だ。

 

「……なぁ、一斑(こいつら)、大丈夫か?」

 

「ンー……」

 

 三人の戦闘狂(バーサーカー)後輩(レフィーヤ)で抑える事は不可能。ベートに尋ねられ、フィンは一瞬グリファスを見たが―――顔を上げる。

 

「ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれ」

 

「―――お任せくださいッッ!!」

 

 ―――大丈夫か?

 

 物凄い、嫌な予感がした。

 

 




執筆時間無事確保。原作入りしてからは章が小分けされる事になります。大体8話前後で。
感想、お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃

 

『アキさーん、食糧が少し傷み始めてるみたいなんですけど……』

 

『んー?……あー、本当だ。念の為いくつか集めた方が良いかもね』

 

『この階層の森に、食える物があるんですかね?』

 

『18階層と比べると種類も量も少ないけどね。ある事はあるよ』

 

『それじゃぁ……』

 

『でもモンスターもいるからね。ちゃんとパーティ組まないと』

 

 アイズ達が出発してから時間が過ぎ、仮眠を取った団員達が警備、食糧収集、作業等で外が騒がしくなってくる中。

 

「……」

 

「……」

 

 カッ。

 

 ……コッ。

 

 …………トンッ。

 

 静かな天幕の中で、金属的な音が響く。

 

「……ふむ。腕を上げたな、リヴェリア」

 

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 盤上(戦場)を睨むグリファスに、リヴェリアもにこやかに笑った。

 

 きっかけはグリファスの一言だった。

 

『これ、やるか?』

 

『……いつの間に、そんな物を?』

 

『この魔導具(ふくろ)、いくらでも物が入るからな。老人の道楽だよ』

 

『よし、相手になろう』

 

 楽しげに遊戯(ゲーム)に興じる二人には少しも気負いが無い。冒険者依頼(クエスト)の為に出発した仲間達なら必ず戻って来れると信じているからだ(尤も、アイズのパーティに関してグリファスは泉水を半ば諦めていたが)。

 

 盤の上で繰り広げられる激しい戦争(ゲーム)

 

 笑い合う二人は駒を打ち合い、盤上を見渡しては一手二手三手先を読み合う。

 

 ……こうしたゲーム一つで己の集中力を動員してしまうのは、負けられないと言わんばかりの彼等なりの矜持からか。

 

 しばらく駒を動かす音が続き、やがて決着が訪れる。

 

「……ふぅ」

 

 嘆息し、両手を挙げたのはグリファスだった。

 

 清々しい笑みを浮かべるリヴェリアは眉を跳ね上げさせて口を開く。

 

「珍しいな、貴方に勝てるとは」

 

「いやぁ参った。先程の悪手が今になって絶好の物になるとはな。発想の差か」

 

「それにしてはだいぶ長引いたものだ」

 

「悪かったな。結果が見えても最後まで足掻きたくなる性分なんだ」

 

 一笑する彼は盤を片付ける。

 

 その顔はとても楽しそうだった。

 

「昔からこの手の事は?」

 

「若い頃はパーティを組んでいた仲間とよく賭けをしてたな。想定以上にぼったくられた日は借金返せるようになるまでダンジョンに潜っていた。レイラには随分どやされたよ」

 

「……その話は聞きたくなかったな」

 

「ははは、よく言われる」

 

 今や世界唯一のLv.8、【生きる伝説(レジェンド)】として世界中に名を轟かせ、エルフの中では彼を神格化して敬う者すらいる王族(ハイエルフ)の老人のとんでもない爆弾発言。それに頭痛を感じたリヴェリアは軽く頭を抱えた。

 

 その時だった。

 

 外がやけに騒々しくなり、張り詰めた声が外からかけられる。

 

「グリファス様、リヴェリア様!失礼します!」

 

 顔色を豹変させたエルフの少女が駆け込んで来る。

 

「アリシア?」

 

「どうしたんだ?」

 

 口々に尋ねる二人の王族(ハイエルフ)に、青ざめたまま少女は口を開こうとする。

 

 だが、既に二人はただならぬ気配を感じ取っていた。

 

 今この場には【ロキ・ファミリア】の精鋭達が二桁単位で存在する。第一級冒険者に迫るLv.4の団員達も複数いるし、彼等の前に現れたアリシアもLv.4の実力者だ。

 

 他層から獣蛮族(フォモール)大黒犀(ブラックライノス)が現れたとしても、第一級冒険者無しで十分に対処できる手筈を整えていたはずだったが……。

 

 異常事態(イレギュラー)の代表格として挙げられる『大量発生』を懸念したグリファスだったが……告げられた言葉は信じられない物だった。

 

「見た事の無いモンスターが、現れて……!信じられない数です!」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なんだって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 正直、目の前の光景が信じられなかった。

 

「モンスターはどこから?」

 

「分かりませんでした……どこからともなく現れて」

 

 リヴェリアと団員の話し声が右から左へ流れていく中、グリファスは眼前の光景に愕然とする。

 

 芋虫形のモンスターだ。

 

 全身を占める黄緑色の表皮には所々毒々しい極彩色がきざまれ、無数の短い多脚からなる下半身は芋虫の形状に似ている。それとの誤差は左右から伸びる扁平状の器官―――恐らく腕―――位の物だろう。

 

 この一〇〇〇年間で一度も見た事の無かったモンスター、その群れは、野営地を構えた一枚岩に向けて灰色の森を突き進んでいた。

 

(下の階層から『祈祷』を振り切って進出して来た……のならまずウラノスから連絡が入る筈―――ダンジョンから新種のモンスターが生み出された、と考えるのが妥当か。ここの所フェルズもダンジョンの異変を観測しているらしいし……)

 

「被害は?」

 

「今の所、出ていません……」

 

 アリシアの言葉に安堵の息を吐き―――銀杖を握り締める。

 

「リヴェリア、私が出る。指揮は頼んだ」

 

「!」

 

 彼の言葉を聞いたリヴェリアは目を見開き、口を開こうとして―――途中で、それを苦笑に変える。

 

 自分は今、何を言おうとしていた?

 

 心配の言葉などかける必要が無いじゃないか。何せ彼は最古最強の冒険者―――【生きる伝説(レジェンド)】、グリファス・レギュラ・アールヴなのだから。

 

「―――任せる」

 

 それだけで、十分だった。

 

 笑みすら浮かべるグリファスは野営地の外まで進み出て、銀杖を軽く振り鳴らし―――消える。

 

 次の瞬間、彼は先頭の一体、4(ミドル)もの巨体を持つソレに肉薄していた。

 

『!?』

 

 ―――反応速度は付近の階層に出現するモンスターと大して変わらない、か。

 

『―――』

 

 何らかの攻撃をしようとしたのだろう、嫌な音と共に口腔を開くモンスターだったが……次の瞬間、爆砕した。

 

「……」

 

 銀杖を振り上げて頭部を粉々に吹き飛ばしたグリファスは、ソレを見て固まる。

 

 魔法ではなく打撃に特化した精製金属(ミスリル)製の第一等級武装である銀杖、『アリアンマース』。

 

 彼の身長程ある長さの杖、その先端―――芋虫型のモンスターに触れた部分が、嫌な煙と共に溶け落ちていたからだ。

 

「なっ……!?」

 

 ―――まさかの、武器破壊。

 

 撃破したモンスターを凝視すると、頭部を消し飛ばされてできた首の断面、そこから溢れる体液が地面をドロドロに溶かしていた。

 

「(第一等級武装をも溶かす、腐食液……ッ!?)」

 

 顔を強張らせるグリファスだったが、相手は止まってくれたりしない。

 

『『『――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!』』』

 

 周囲のモンスターが同時に口腔を開き、紫と黒の入り混じった大理石(マーブル)状の液体を放出する。

 

 だが直後に、モンスターの苦悶の叫びが轟いた。

 

「……かなり知能が低い様だな。あれだけ近ければ攻撃に同士を巻き込む事位ゴブリンにだって想像がつくだろうに……」

 

 その場から数(ミドル)離れた場所で、本当に呆れた様にグリファスは息を吐く。

 

 だがまだ数は多い。今もモンスターの群れがこちらに襲い掛かって来ていた。

 

「……さて」

 

 今も煙を上げて溶ける銀杖の一部を破壊、それ以上の浸食を防ぎ―――白銀の左拳を握った。

 

「―――」

 

 こちらに驀進するモンスター、その真横まで一気に踏み込んで裏拳を叩き込む。

 

 その名は不壊の銀義手(デュランダル・アガートラーム)

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の最高傑作であるそれは、あらゆる手段をもってしても破壊できない『最硬の鈍器』。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

「っ!?」

 

 その凄まじい一撃にモンスターの体の均衡が崩れ、破裂(・・)する。

 

「何だ、この悪意の塊は……!?」

 

 飛び散る腐食液を避けて後ろに避けるが、体液が一滴、頬に当たる。

 

 冒険者の武装すら食い潰すソレは弾け、グリファスの頬には傷一つ付かなかった。

 

「……まぁ、C評価の『対異常』を貫通する腐食液だったらもう悪夢だったな」

 

 まともにモンスターに触れた左腕を確認するが、高い物理・魔法耐性を誇る衣装は焼け落ちていてもその銀腕には何の変化も無い。

 

 襲い掛かって来るモンスターを一撃一殺、次々と撃破する。

 

 そして。

 

「……もう(・・)十分か(・・・)

 

 わざと突進を受け止めては『力』を推測し、放出される腐食液の飛距離を測り、挙句の果てには口腔に手を突っ込んで強引に魔石を抜き取り。

 

 未確認のモンスターに対して情報収集を行っていたグリファスはもう潮時と判断し、一瞬で何(ミドル)ものの距離を取る。

 

 告げた。

 

「―――【ムスペルヘイム(・・・・・・・)】」

 

 その直後、あらゆる物を焼き尽くす業火がモンスターの群れを消し飛ばした。

 

 




土日にここまで執筆時間が取れたのは珍しい。
感想、お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷宮戦線

お気に入り数1,000件突破……!!
この様な拙作をこれ程の方々に読んで頂き恐縮です、歓喜に打ち震えております。
皆さん、本当にありがとうございます!
今後も頑張らせて貰いますので、どうぞよろしくお願い致します!


「……まぁ、こんなものか」

 

 灰色の大地に佇む彼は、眼前の惨状を感慨も無く見つめる。

 

 50階層に広がっていた灰色の森。

 

 その一角はグリファスの魔法によってモンスターごと消し飛ばされ、彼の目の前には焼け野原が形作られていた。

 

『詠唱破棄』。

 

 超長文、長文、短文、超短文―――それぞれ量に差はあれど魔法を使う上で誰もが強いられる詠唱を省略し、より早く魔法を行使する技術だ。

 

 魔法行使の簡略化と高速化と言えば聞こえは良いが、実際は『魔法』と言う名の暴れ馬を操る為の安全対策を全て無視して解き放つ様な物だ。

 

 魔力の手綱を持つ事ができなければ、起こるのは魔力暴発(イグニス・ファトゥス)

 

 魔力の扱いにおいて世界で最も多くの経験を積んで来たグリファスにしかできない、最大の裏技だ。

 

 急襲して来た芋虫型を詠唱破棄した魔法でもって殲滅したグリファスは息を吐き―――目を細める。

 

 視線の先、51階層に繋がる急な坂。そこから無数のモンスターが現れたからだ。

 

「……全く、面倒くさい。下に行った連中は生きているんだろうな?」

 

 こんな事なら、通信用魔導具(マジックアイテム)でも渡してやるべきだったか。

 

 ほとほと辟易した様に嘆息し、地面を踏み締める。

 

 モンスターの大群に対し、即座に迎撃に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く、行かないと―――」

 

「よし、着いた―――わっ!?」

 

 51階層で現れた芋虫型のモンスターとの突然の遭遇(エンカウント)をアイズの『風』と不壊剣(デュランダル)、フィンの指揮、レフィーヤの魔法で切り抜け、早急に拠点(キャンプ)へ戻ろうとしたアイズ達。

 

 そんな彼等が50階層に足を踏み入れた直後、純白の暴嵐に巻き込まれそうになった。

 

「寒ッ……!?何なのよ、コレ……」

 

「これ、グリファス様の……!?」

 

「アァ!?ったく、冗談じゃねぇぞ。これだからエルフは……」

 

「……なぁ、フィン。大丈夫か?」

 

「…………いつかのトラウマを思い出すよ」

 

「オッタルと一緒に氷付けにされかけてたからのう、お主」

 

 間近で吹き荒れた絶対零度の嵐。

 

 それが消えると、森と共に氷像と化していたのは見覚えのあるモンスターだった。

 

「これ、さっきの新種……!」

 

「やっぱり、来てた……」

 

「……まぁ、問題は無かったみたいだけどね」

 

 そう言葉を交わしながらボロボロになった森を抜けると、平地で芋虫型から強引に魔石を抜き取っていたグリファスも彼等に気付いた。

 

「おぉ、戻って来たか。無事生きていた様で何より」

 

「ついさっき死にかけたわー!!」

 

「こんのクソ爺、馬鹿みたいな魔法ブッ放しやがって……ッ!!」

 

「お、お二人共落ち着いて……!」

 

 レフィーヤの制止も振り切ってウガーッ、と噛み付くティオナとベート。

 

 それ等を適当にかわしたグリファスは笑みを浮かべるフィンに歩み寄った。

 

「お疲れ、フィン。お前達もあのモンスターと?」

 

「あぁ、レフィーヤの魔法で難を逃れたよ。アイズとベート以外は武器を失う形になったけれどね」

 

「そうか、『竜の壷』には行けそうに無いな……ラウル、その腕は大丈夫か?」

 

「あ、はい。腐食液食らったんすけど治療してもらってどうにかなりました」

 

「そうか、後で念の為リーネにでも見て貰うと良い。……『対異常』を評価Cに上げるまであの腐食液を浴びない方が良いぞ」

 

「ハハ、多分辿り着くまでに一生が終わるっス……」

 

「何、諦める事は無い。恩恵(ファルナ)を解いてダンジョンに潜ればかなり経験値(エクセリア)を稼げる。試してみると良い」

 

「すいません無理です死んじゃいますって!?」

 

「私が、やる……」

 

「あ、私も!面白そー!」

 

「お前等は絶対やめろ。引き際を考えない奴は絶対にやっちゃ駄目だ」

 

「えぇ~!?」

 

「あぁ確かに。こいつなら【ステイタス】無くなってても馬鹿みたいに突っ込んでいきそうだ」

 

「なんだとー!?」

 

「は、ははは……」

 

 モンスターが粗方撃破された事で安堵したのか、束の間穏やかな空気が流れた。

 

 

 

 

「……やれやれ、相変わらず馬鹿げているな」

 

 野営地を構えた一枚岩。その中で50階層を一望できる岩場に佇むリヴェリアは、沸きに沸く周囲の団員達を尻目にそっと息を吐いた。

 

 全てを凍てつかせる吹雪、あらゆる物を焼き尽くす獄炎。詠唱を省略した事で本来のソレと比べれば雲泥の差と言える物だったが、それでもその威力はモンスターの大群を撃滅するに足る破壊力を秘めていた。

 

 己の切り札である『詠唱連結』でようやく辿り着ける境地に、その老人は立っている。

 

 いつも、彼は自分の目標だった。

 

「―――私も、負けられないな」

 

 あらゆる冒険者の頂点―――【生きる伝説(レジェンド)】を前に変わらぬ憧憬を抱くのも束の間。

 

 思考に沈む。

 

(しかし、あのモンスターは一体……)

 

 一〇〇〇年以上に渡ってグリファスとその仲間が集め続けた情報には無い新種、更に安全階層(セーフティポイント)に大群をなして乗り込んで来たその奇行に、これまで感じた事の無い違和感(なにか)を見出そうとする。

 

 その時だった。

 

 美しい翡翠(ひすい)の目が、視界の奥の一点に止まる。

 

 無意識の内に、その呟きが零れ落ちた。

 

「何だ、あれは……」

 

 

 

 

「―――」

 

 最初に気付いたのは、グリファスだった。

 

 この場の誰よりも高い【ステイタス】で強化された五感が何かののた打ち回る様な音(・・・・・・・・・・・・)を捕らえ、長い耳が震える。

 

 先端の折れた銀杖を握り、臨戦態勢を取るその直後。

 

 音が響き、木々をへし折る破砕音と共にソレは現れる。

 

 そして、その姿を視認したグリファスの思考を空白にした。

 

「………………………………………馬鹿な」

 

 いつの間に、この階層に現れた?

 

「……あれも下の階層から来たって言うの?」

 

「迷路を壊しながら進めば……何とか?」

 

「馬鹿言わないでよ……」

 

 他の面々も唖然とする中アマゾネス姉妹の気の抜けた会話が静かな空間に響く。

 

 黄緑色の体躯に扁平上の腕。芋虫型のモンスターの形状を引き継ぎながらも、全容の作りが大きく異なっていた。

 

「人型……?」

 

 芋虫を連想させる下半身、扇のような厚みのない二対四枚の腕。

 

 上半身は人型の形をしているが女を模したその姿は醜悪で、六(ミドル)をも超える巨体にはその身に相応しい夥しい量の腐食液が貯めこまれているのが一目で理解出来た。

 

「あんな、でかいの倒したら……」

 

「……まあ、馬鹿げた爆弾が爆発するだろうな。だが―――」

 

 ―――それなら、腐食液ごと消し飛ばしてしまえば良い。

 

 存在自体が害悪と言える怪物に向けて手を伸ばし、詠唱破棄して【ムスペルへイム】を発動、Lv.8の凄まじい火力で焼き尽くす直前。

 

「……」

 

「……グリファス?」

 

 動きを止めた彼に首を傾げる金髪金眼の少女に目を留め、一言尋ねた。

 

「アイズ、お前の風で腐食液は防げるか?」

 

「……うん。問題無い」

 

「そうか。それじゃあ任せる。フィン、撤退の指示を出して構わないな?」

 

「……やれやれ、こんな時まで経験値(エクセリア)の分配を気にするのかい?」

 

「大丈夫だよ、この程度なら問題無い」

 

 それだけだった。

 

 背を翻したグリファスは、リヴェリア達に撤退の指示を伝えに向かう。いきり立つ若者達の対処は団長に丸投げした。

 

 得体の知れないモンスターをアイズが撃破し、【ロキ・ファミリア】が遠征を切り上げたのはそれから数十分後だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

考察と帰還

 

 

「さて、そろそろ僕等も出発しようか」

 

「あぁ」

 

 フィンの言葉に頷いて周囲の団員達に合図を出し、部隊を動かす。

 

 グリファス達は18階層にいた。

 

 50階層の安全階層(セーフティポイント)、及び51階層で今まで確認される事の無かった芋虫型のモンスターやその上位互換と思われる女体型のモンスターと交戦、撃破した【ロキ・ファミリア】。

 

 グリファスがモンスターの相手をした事で野営地や物資の被害は無かったが、アイズとベート以外の第一級冒険者達は芋虫型との交戦で己の得物を失ってしまっている。それで58階層を超える事などできる筈も無く、彼等は迷宮攻略を断念して地上への帰還に移っていた。

 

 数十人規模の大所帯である彼等は18階層に到着した時点で部隊を分割。リヴェリアが指揮を執る先行隊が数十分前に出発し、ガレス、フィン、グリファスは後続の部隊を率いて地上へと向かっていた。

 

「……結局、あのモンスター達は何だったんだろうね?」

 

「さあな。下層域から進出して来たと考えるには不自然な点が多い。加えて―――」

 

 フィンと言葉を交わしながらグリファスが懐から取り出したソレに、フィンとガレスは目を大きく見開いた。

 

「極彩色の魔石、じゃと?」

 

「グリファス。もしかして、それは―――」

 

「あぁ。あの得体の知れんモンスターの魔石だよ」

 

 17階層を進む彼は小石に近い大きさの魔石を上に掲げて見上げ、目を細める。

 

 本来は紫紺一色である筈の魔石だが、彼の持つソレは中心が極彩色に濁っていた。

 

「ダンジョンから生み出される魔石本来の性質とは別に、何らかの不純物が紛れ込んでいるな。どんな力が働いているかは分からないが……」

 

「不純物……?」

 

「魔石の質はそのモンスターの出身階層や種類、強さによって変動するが、これは違う。ゴブリンの様な上層域の魔石にあるようなソレとは明らかに違う『ナニカ』が、これにはある」

 

「よくもまぁそこまで調べられるモンじゃのう、迷宮(ここ)には碌な設備も無いだろうに」

 

「今ある魔石の調査・加工用の設備が存在しない時代から、こんな事を続けていたからな」

 

「年の功と言う奴か」

 

「……」

 

 グリファスの話を聞いて何かを考え込んでいたフィンが、ふと顔を上げる。

 

「……そう言えばあのモンスター、個体によって大きさと戦闘力に差があったね」

 

「……確かに」

 

「十中八九『強化種』じゃろうな。51階層で遭遇した時もモンスターを率先して狙っとった」

 

「……は?」

 

 ガレスの言葉に瞠目したグリファスは移動中にも関わらず立ち止まって振り返る。

 

「あの芋虫型、その全てがモンスターを狙っていたのか?目の前の冒険者を無視してまで?」

 

「ンー、確かに不自然な動きだったね。あの時は大して気にしていなかったけれど」

 

 アイズ達の報告では強竜(カドモス)も芋虫型に倒されていた、と言うフィンに驚倒しそうになる。

 

 本来『強化種』は無数のモンスターの中から数体程度と、深層域でも決して多くない割合で発生する物だ。

 

 それに、魔石の味を知った『強化種』とは言え最大の敵たる人間が近くにいると言うのにわざわざモンスターを狙う個体など聞いた事が無い。どう考えても優先順位がおかしい。

 

 それが群れどころか、種族単位で発生している……その事実に果てしない違和感を覚えた。

 

「……全く、つくづく厄介な」

 

 第一等級武装すら易々と破壊し腐食する体液に、それを吐く『強化種』。加えてグリファスの索敵を無視して突然現れた女体型。

 

 生態から習性まであらゆる面で謎なモンスターに、グリファスは心底うんざりした様に息を吐いた。

 

「……それにしても、先に出発した連中はどうしたのかのう」

 

「……え?あぁ、ミノタウロスか」

 

「ンー、まぁ大丈夫だと思うけどね」

 

 思考の泥沼に嵌りかけていた所に声をかけられて反応が遅れかけるが、それでもガレスの言葉に応じる。

 

 つい先程、通信用魔導具(マジックアイテム)を介してリヴェリアから連絡が入った。

 

 17階層を移動中ミノタウロスの群れと遭遇、異常事態(イレギュラー)とも言える大群をアイズ等第一級冒険者が一瞬で返り討ちにしたものの狩り切れなかったミノタウロスが足並み揃えて逃げ出して行ったと言う。

 

 その報告にはグリファスもフィン共々頭を痛めたものの、そこまで心配もしていなかった。

 

 彼等は【ロキ・ファミリア】の精鋭だ、逃げ出した猛牛(ミノタウロス)程度すぐに狩り尽せるだろう、と。

 

 だがその報告は合流する少し前にようやく届き、最終的にはダンジョン5階層までミノタウロスが進出したと聞いて彼等は若干の冷や汗を流す事になるのだが……そんな事は知る由も無かった。

 

 

 

 

「ん~っ、やっと着いたぁ!」

 

「やれやれね。今回は色々しんどかったし」

 

 摩天楼(バベル)の外に出たティオナが体を伸ばす。他の団員達も弛緩した様子を見せていた。

 

 バベルの中で問題無く合流した【ロキ・ファミリア】は無事に地上へ帰還した。

 

 したの、だが……、

 

「……」

 

「……アイズ?どうしたんだ」

 

「……なんでも、ない」

 

「……全く」

 

 一体何があったのか、合流した時からアイズがやけに落ち込んでいた。

 

 尋ねても何も言わない少女に呆れたような苦笑を向けるが、自分に言わないという事はそれ程重要な案件でも無いと判断し―――寧ろそう有ってくれと祈って―――放っておく事にする。

 

 北のメインストリートを進んで行く彼等の視界に映ったのは、迷宮都市北端に位置するホーム。

 

 八つの尖塔によって槍衾の様に形作られた建物。

 

【ロキ・ファミリア】ホーム、『黄昏の館』。

 

 門の前に立ったフィンは門番の団員に声をかける。

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

「お疲れ様です」

 

「お帰りなさい!」

 

 口々に言う彼等が門を開き、遠征に向かっていた面々が敷地に足を踏み入れる。

 

 厳しい遠征を乗り越えてようやっとホームに帰れた事に安堵の息を漏らす彼等の目の前で、騒々しく扉が開け放たれた。

 

「おおぉっっかえりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 零能の身とは思えない速度で駆け込んでくる赤髪の女神。

 

【ロキ・ファミリア】の主神である彼女は男性陣には目もくれず、女性陣に向かって勢い良くダイブした。

 

 ひょい、ひょい、ひょい。

 

「えっ、ちょ―――きゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 先輩達の鮮やかな回避に着いていけなかったレフィーヤが勢い良く押し倒される。

 

「ちょ、ロキ、待って、止めてください!?」

 

「ふははぁ、良いではないか、良いではないかぁ」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ少女と、どこまでも下種い笑みを浮かべて柔らかな身体を堪能する主神。

 

「……やれやれ」

 

 そんな『いつも通り』の光景に軽く呆れた様に息を吐くグリファスだったが、それを見てようやく『帰って来れた』様な気がした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇夜の対話

 

 

「……ふぅ」

 

 食事を終え、ようやく一息つく。

 

 果物のジュース、野菜や魚介の盛り合わせ、香ばしく焼かれた肉……食糧の保存環境が中々整わないダンジョンではついぞ食べる事のできなかったご馳走を食べて、グリファスは満足そうな表情を浮かべた。

 

 そんな彼と同じく広間の上座に座るのはフィンとガレス、リヴェリアであった。

 

 団員達に呼びかけるロキの『今夜の更新は10にんまでなー。早い者勝ちやでー』との発言を聞いたフィンはふと彼に視線を向ける。

 

「グリファスは【ステイタス】の更新に行くのかい?」

 

「んー……今夜は止しておくよ。明日にでもゆっくり更新して貰うさ」

 

「あの気色悪いモンスターを何体も潰したんじゃろう。結構上がっとるんじゃないか?」

 

「どうだろうな。私が見た限りではあのモンスターとグリファスでは随分と差があった。それ程上がらないと思うが」

 

 ガレスとリヴェリアの問答を聞き流しつつ、グリファスは口を開く。

 

「フィン。今日はもう何も無いんだろう?」

 

「あぁ。もう他の構成員にも伝えてある。作業は明日からだね」

 

「むぅ、正直ありがたいのう。今回は随分と疲れた」

 

「ははは。あんなに逃げたのは久々だったよ」

 

「全くじゃ。ドワーフの火酒が恋しいわい」

 

「ガレス、羽目を外すのは構わないけれどせめて明日の打ち上げまで我慢してくれ」

 

「ただでさえ酒飲みなど理解できんと言うのに、ドワーフはよくあんな酒が飲めるものだ……私からすれば異常にしか見えん」

 

「がっはっはっ、他の種族がだらしないだけじゃ」

 

「ガレス、ドワーフ基準で考えないでくれ。他の酒は飲めても何故かアレだけはC評価の『対異常』を貫通して酔い潰してくるんだ」

 

「そもそもお酒に『対異常』が適用されるのかな……?」

 

「あれは毒だろう」

 

「泥酔しない程度には適用されるはずなんだが……」

 

 他愛も無い話で盛り上がり始める中、口元を拭いたグリファスが立ち上がる。

 

「ん、行くのかい?」

 

「あぁ、かなり眠くなって来た。そろそろ寝室に戻るよ」

 

「そうかい、お休み」

 

「お休み」

 

 フィンやすれ違った団員達と挨拶を交わしながら広間を出たグリファスは、懐から一つの魔導具(マジックアイテム)を取り出す。

 

 そのまま、上に向かった。

 

 

 

 

「……」

 

『黄昏の館』中央塔、その最上階に位置する主神の部屋で、アイズは薄く息を吐いた。

 

 彼女の手の中には、【ステイタス】の更新内容を記された羊皮紙がある。

 

 アビリティの総合上昇値は16。約二週間に亘る遠征で深層域に生息する強敵(モンスター)(ほふ)りつづけてきたアイズにとって、それはあまりにも低い物だった。『魔力』などあれ程魔法(エアリアル)を酷使したと言うのに一つも上がっていない。

 

(もう、ここが打ち止め……)

 

 これ以上の成長は見込めない、己の器の限界と判断して次の階位(ステップ)への移行を視野に入れる。

 

「ロキ、【ステイタス】を封印してダンジョンに潜りたいんだけど……」

 

「いきなり何言っとんのアイズたん!?」

 

 

 

 

「……」

 

 その、真上(・・)

 

 尖塔の頂上に掲げられた【ファミリア】の旗、その支柱に背を預ける形で座っていたグリファスは、眼前に広がる迷宮都市の夜景を眺めていた。

 

 どこぞの美の女神が住まう摩天楼(バベル)には劣るものの、この中央塔は『黄昏の館』で随一の高さを誇る。八つのメインストリートによって切り分けられたホール状のケーキの様な形になっているオラリオを一望するには十分な高さだった。

 

 どこまでも美しい満天の星空、都市を彩る多様な建物とその明かり。

 

 彼とその仲間が創り上げ、守りたいと願った世界だ。

 

 そんな景色を眺める王族(ハイエルフ)の老人は、手の中で紋様の刻まれた木板を弄ぶ。

 

 通信用の魔導具(マジックアイテム)だ。

 

『遠征お疲れ様です。師匠(せんせい)

 

「あぁ。ありがとう、アスフィ」

 

 初めて出会った当初と比べれば凄まじい成長を遂げた愛弟子の声に目を細めつつ、一言尋ねた。

 

「それで、報告って言うのは?」

 

『はい。師匠(せんせい)が近頃お探しになられていた「クラネル」の性を持つ少年を確認しました』

 

「―――そうか」

 

 鈴の鳴る様な声と共に告げられた言葉に、彼はどこか懐かしそうに笑った。

 

『名前はベル・クラネル。白い髪に紅い瞳、年は14。貴方の仰っていた特徴とも一致します』

 

「うん、間違い無いな。一体どこの【ファミリア】に?」

 

『……【ヘスティア・ファミリア】ですね。師匠(せんせい)が遠征に出発する少し前にギルドで発足の登録がされています。彼がたった一人の団員です』

 

「……それはそれは。よりにもよってあの女神の眷属とは……残念だな、あと数週間早く私が見つけられていれば【ロキ・ファミリア】に誘ったものを」

 

『ホームの場所は聞きますか?』

 

「いや、必要無い。オラリオの神の性格と所在地はほぼ全て把握している」

 

 そう話しながら彼が思い浮かべたのは北のメインストリートにあるジャガ丸くんの露店でバイトをする幼い女神だった。その身長にそぐわない胸囲に嫉妬したロキと日々情けない争いを繰り広げていたと記憶している。

 

 闇派閥(イヴィルス)の件から都市に降臨したあらゆる神の情報を集めるグリファスに、アスフィは感嘆の声を上げた様だった。

 

『はぁ、流石「管理者(マスター)」ですね』

 

「止めてくれ、何なんだその呼び名は」

 

『結構有名ですよ?オラリオで暗躍する迷宮都市の裏の管理者って』

 

「……不味いな。そこまで注目されているとなるとかなり動きにくくなる」

 

『大丈夫ですよ、おかげで中立派閥(われわれ)が動きやすくなってますから』

 

【ヘルメス・ファミリア】の団長からの実感の込められた言葉に思わず苦笑する。

 

「【ファミリア】の調子はどうだ?」

 

『順風満帆、と言った所ですね。一月前の遠征では何人かLv.4にランクアップしましたし』

 

「そうか、それは何より」

 

『貴方の御指導のおかげでしょうに……』

 

「ははは、私が表立って動けない分ヘルメス・ファミリア(お前たち)にはしっかり働いて貰わないといけないからな。しっかり鍛え上げさせて貰った」

 

『うわぁ、何ですかその言い方。厄介事持ち込まれそうで嫌です』

 

「どうだろうなぁ……今の所は何とも言えないが」

 

『えぇー……』

 

 物凄く胡乱気な声を上げる苦労人(アスフィ)に笑みを浮かべた。

 

 真上の美しい月を見上げ、立ち上がる。

 

「それじゃあ。アスフィ」

 

『えぇ、師匠(せんせい)

 

 その直後、グリファスの姿が消える。

 

 どんな仕掛けを使ったのか、次の瞬間には自室に居た王族(ハイエルフ)の老人は窓から夜空を見上げる。

 

【ゼウス・ファミリア】の忘れ形見である少年に思いを馳せ、その名を呟いた。

 

「ベル・クラネル、か……」

 

 一度、会ってみたいものだ。

 

 その願いは次の日に叶えられる事など、彼には知る由も無かった。

 

 




感想、よろしくお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭壇会議

 

 

「夜には打ち上げやるからなー!遅れんようにー!」

 

 そうのたまうロキに送り出され、【ロキ・ファミリア】の面々は北西のメインストリートに出る。

 

 朝食を終えたグリファス達は遠征の後処理を済ませる事になっている。

 

 ダンジョンからの戦利品の換金や武器の整備もしくは再購入、消費した道具(アイテム)の補充などやる事は山積みだ。遠征後はいつも団員総出で取り掛かる事になる。

 

 メインストリート沿いに建てられたギルド本部に着いた所で、笑みを浮かべるフィンが口を開いた。

 

「僕とリヴェリア、ガレス、グリファスは『魔石』の換金に行く。皆は予定通り、これから各々の目的地に向かってくれ。換金したお金はどうかちょろまかさないでおくれよ?ねぇ、ラウル?」

 

「あ、あれは魔が差しただけっす!?本当にあれっきりです、団長っ!?」

 

「くくっ、ラウル、気を付けろよ?信頼を築き上げるのは大変だが、失う時はあっと言う間だからな?」

 

「は、はいッ……!?」

 

「ははっ、グリファスもおっかない事を言うね。それじゃあ皆、解散だ」

 

 それぞれの任された『ドロップアイテム』を持った団員達が得意先の元に向かって行く中、グリファス等派閥首脳陣は白い柱で作られた荘厳な万神殿(パンテオン)に足を進める。

 

「……」

 

 だがエントランスホールを進む途中、何かに気付いたかの様にグリファスは立ち止まった。

 

「グリファス?」

 

「……ふむ。済まない、換金を任せてしまって構わないか?」

 

「ンー、まぁ大丈夫じゃないかな。数千万ヴァリス位は十分僕等で運べるし。問題無いよ」

 

「しかし、どうしたんだ?武器の整備に行く訳でも無いんだろう」

 

「あぁ、それは後で行くよ。ただ―――」

 

 エントランスホールの隅に彼は目をやり、呟く。

 

「―――かつての教え子を、見かけてな」

 

 一瞬だけ視界に入った、漆黒のローブ。

 

 珍しく表に現れたその姿は、既に消えていた。

 

 

 

 ギルド職員専用の廊下を堂々と通り、目当ての祭壇に向かう。

 

「あっ、先生!」

 

「おぉミィシャか、久方振りだな」

 

「えっと、どうしてここに……?」

 

「あぁ、今度のフィリア祭について上層部から相談されていてな。ミィシャは……随分と重そうな資料を抱えているな。手を貸そうか?」

 

「ホントですか!?それじゃあお言葉に甘え……るのは止めときまーす」

 

「ミ・ィ・シャ~?」

 

「ささっ、エイナ仕事仕事~」

 

「全くもう……申し訳ありませんグリファス様……ほんっとうあの子は……」

 

「ははっ、気にするな。それじゃあ」

 

 ギルド上層部の相談役として割りとギルドを訪れているグリファスを見咎める者はいない。止められる事無くウラノスの元へ向かう。

 

 そしてしばらく進んで行くと、長く長大な一本の通路に出た。列柱が立つ大通路に敷かれた赤い絨毯は地下に伸びる階段まで続いている。

 

「……」

 

 老神が『祈祷』を捧げる祭壇までの正規ルートである長い階段を下りて行くグリファスは、やがて石造りの祭壇に出る。

 

 彼を待っていたのは四炬の松明に囲まれた玉座に座るウラノス、そして傍らに控えるフェルズだった。

 

「来たか、グリファス」

 

「あぁ。こちらも気になる発見があってな、ウラノス」

 

師匠(せんせい)もか……遠征で何かあったのか?」

 

「そんな所だ。恐らくは考えている事もお前と同じだと思うがな」

 

 そして、二人は同時に告げた。

 

「「―――ダンジョンで、何かが起こっている」」

 

「……」

 

生きる伝説(レジェンド)】とかつての【賢者】、二人の英知が下した答えにウラノスは瞑目し―――口を開く。

 

「―――まずは情報交換と行こう。グリファス、深層で見た物を教えてくれ」

 

「あぁ。遠征に出発して一週間が過ぎた頃、50階層の安全階層(セーフティポイント)で―――」

 

 

 

「……ふむ」

 

「………」

 

 遠征中に遭遇(エンカウント)した芋虫型のモンスター、それについての説明を終えると、ウラノスとフェルズは思う所があるのか、一様に黙り込んだ。

 

師匠(せんせい)。その芋虫のモンスターから取れたのは、極彩色の魔石と言っていたが……」

 

「あぁ、間違い無い。見せようか?」

 

「いや……これで(・・・)間違い無いか(・・・・・・)?」

 

「何?」

 

 そう言ったフェルズの掲げた手に握られていたのは、小石程の大きさ―――グリファスの回収した物とほとんど変わらない、極彩色の魔石だった。

 

「……どこで、それを?」

 

「30階層でリド達が回収した。やはり未確認のモンスターだ」

 

「30階層だと……?いや待て、芋虫型のモンスターとは違うのか?」

 

「その通りだ。魔力に反応する(・・・・・・・)食人花と、迷宮に寄生する(・・・・・・・)巨大花のモンスターと遭遇したらしい」

 

「…………………………………………………………………………………………………」

 

 最初の数秒で、無理矢理に思考の空白から抜け出し。

 

 その食人花の『魔力に反応する』との情報からモンスター―――正確にはその魔石を積極的に狙っていた芋虫型との共通点を見い出し。

 

『迷宮に寄生する巨大花』と言う少々理解を超えた発言に、素直に両手を上げた。

 

「……詳しく頼む」

 

「長くなるが、構わないな?」

 

 

 

 フェルズの説明を聞いていく内、だんだんとグリファスの表情は深刻な物になっていった。

 

【ロキ・ファミリア】遠征中―――深層域に潜っていた頃に30階層で発生した、モンスターの異常発生。

 

 それの対処及び原因の調査に向かった『異端児(ゼノス)』から届いた報告の内容は、30階層の食料庫(パントリー)、その封鎖、変貌。

 

 そして封鎖された食料庫(パントリー)に侵入した彼らを急襲したのは、件の食人花と巨大花。

 

 未確認のモンスターとの戦闘で大きな被害を出しながらも辛うじてこれを撃破した彼らは、食料庫(パントリー)中心にある石英(クォーツ)の柱で得体の知れない『宝玉』を発見したらしい。

 

 それを『異端児(ゼノス)』の一人が回収しようとした途端、それは『寄生』した。

 

 手に取った半人半馬(ケンタウロス)の手に張り付いた直後、彼は変貌を起こしたらしい。

 

 体の至る所が隆起しては眼球から血涙を流し、生物のものと思えない様な破鐘(われがね)の咆哮が轟いたと言う。

 

 最後は彼が己の魔石を砕いて自害したが、灰の中にその『宝玉』だけが取り残された。

 

「少なくとも自分達(モンスター)の手に負えないと判断したリド達は一旦引き上げたそうだ」

 

 そこを封鎖していた巨大花のモンスターも死に絶え、『宝玉』のみが取り残された食料庫(パントリー)は彼等が見張り、モンスターも冒険者も近づけない様にしている。

 

 そう語ったフェルズに、グリファスはこれまで無い程の渋面を作った。

 

「モンスターに寄生し、変異させる存在……全く、留守にしていた間に本当に面倒な事になっているな」

 

「今は異端児(ゼノス)が見張っているが、それにも限界がある。極秘の冒険者依頼(クエスト)を発注する事にしようと思っているが……」

 

「事は慎重に起こさなければならない」

 

 フェルズの言葉を引き継いだウラノスは、その双眸を眇める。

 

「迷宮から人間が最も少なくなる時期……フィリア祭の当日に、『宝玉』を回収させる」

 

「……だが回収はどうする。最低でもLv.4の冒険者に行って貰わなければ30階層は厳しいだろう」

 

「それについては考えてある」

 

 グリファスに応じる様に答えたフェルズは顎の辺りに手をやって告げた。

 

「【爆拳闘士】、ハシャーナ・ハフナー。素顔を見られる事の少なく、【ガネーシャ・ファミリア】に所属する彼ならフィリア祭と相まって秘密裏に動きやすいだろう」

 

「……それならば、運び屋も手配しなければな」

 

「18階層辺りで『宝玉』の受け渡しをさせるのが良いだろう」

 

「……それなら」

 

 フェルズとウラノスが言葉を交わす中、グリファスは笑みと共に告げる。

 

「【ヘルメス・ファミリア】に丁度良い盗賊(シーフ)がいる。金に目が無い犬人(シリアンスロープ)だが、それなりの実力は保障する。報酬を弾めば問題無いだろう」

 

 この時、グリファスは気付かなかった。

 

 数日後、フィリア祭の翌日に18階層で起こる最悪な事件に。

 

 後に彼が軽く頭を痛めるのは、そう遠い事では無い。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

酒場の邂逅

 

 

 遠征の後に盛大な酒宴を開くのが、【ロキ・ファミリア】の習慣だ。

 

 眷属の労をねぎらうと言う大義名分を得た酒好き(ロキ)が率先して準備を進め、団員達もこの時ばかりは大いに羽目を外す。

 

 辺りはすっかり日が沈み、夜になっていた。ギルドの最奥でウラノスと話していたグリファスはホームに戻ってロキ達と合流し、彼女達と共に西のメインストリートに向かった。

 

「これから行く所、グリファスもよく行くんだよね?」

 

「行きつけの店と言う訳か」

 

「あぁ、昔からの知人が何人か店にいてな。しばらく行ってなかったが……」

 

「あそこの酒は美味いからなぁ、楽しみじゃわい」

 

 列の前方、先導するロキの後ろでフィンやリヴェリア、ガレスと談笑するグリファスは、魔石灯に照らされる盛況な大通りの光景に目を弓なりにする。

 

「ミアお母ちゃーん、来たでー!」

 

 予約を入れた酒場、『豊穣の女主人』に到着した所でロキが声を上げる。すぐにウエイトレス姿のエルフの店員が出迎えた。

 

「いらっしゃいませ、【ロキ・ファミリア】の皆様」

 

「ぬふふ、リューちゃん久方振りやなぁ。相変わらず可愛ぇでえ?」

 

「お戯れを」

 

 さっそく鼻の下を伸ばすロキを彼女が軽くあしらう中、顔を見合わせる団員達が苦笑する。

 

 この酒場はロキお気に入りの店だ。店員が全て女性であるのとそのウエイトレスの制服がロキの琴線に触れたのだろうと彼等は悟っていた。

 

「お席は店内と、こちらのテラスになります。ご了承ください」

 

「あぁ、分かった。ありがとう」

 

 酒場にはテラスが存在した。

 

 恐らくは【ロキ・ファミリア】の大所帯が入り切らない為の処置だろう、エルフの店員に頷いたフィンが団員の半数をテラスに座らせる。

 

「それではこちらへどうぞ」

 

 残ったフィン達を店内へ案内するエルフの店員だったが―――ロキ達の後ろに着く形で傍を通ったグリファスが、彼女に聞こえるギリギリの大きさで呟く。

 

「―――久し振りだな、リオン」

 

「ッ……その名では―――」

 

「はは。分かってるさ、悪かった」

 

 大きく狼狽したエルフの少女―――【疾風】に意地の悪い笑みを投げ、グリファスは店内に入る。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「おぉ、久し振り冬華(ふゆか)。調子はどうだ?」

 

「はい!ミアお母さんや皆には優しくして貰っています!」

 

「ふーゆーかーたん!尻尾モフモフさせてー!!」

 

「わっ」

 

「ごきゅ!?」

 

『『おーっ』』

 

「……今の動き、見えなかったんスけど……」

 

「ん?おぉ、ベート坊か」

 

「なっ、おま、【大狼(オルトロス)】!?てめぇ何でここにいやがる……!!」

 

「言って無かったっけ?私ここで働いてんだよ。それと昔負けたからって親の仇みたいな面すんなって」

 

「あぁ!?」

 

「まぁまぁ落ち着け。Lv.5でも上位になったみたいだし、地上(ここ)で、月が出てたらなら多分お前の方が強いから。あの時も結構楽しかったからまた相手してやっても良いんだけど―――」

 

『アロナぁ!この忙しい時になに油売ってんだい!』

 

「……母ちゃんがマジで怖いから、また今度な」

 

「……」

 

「ルノア、アロナと【凶狼(ヴァナルガンド)】どんな関係か知ってるかニャー?」

 

「何年か前、突っかかって来たのを返り討ちにしたって」

 

「何だ、つまらんニャー」

 

「良いから貴女達も働きなさい」

 

「「「あいあいさー」」」

 

「アイズさん、一杯どうぞ!」

 

「私からも!」

 

「受け取ってください!」

 

「えっと……」

 

「止めろお前等。アイズに酒を飲ませるな」

 

「あれ、アイズさんお酒飲めないんですか?」

 

「ん、と……」

 

「アイズは酒を飲ませると面倒なんだよ、ねー?」

 

「え、どういう事ですか?」

 

「お酒に弱いっていうか、下戸っていうか……ロキが殺されかけたっていうかぁ」

 

「最終的には私が割と全力で抑え込んだな」

 

「ティオナ、グリファスも、止めて……」

 

「あはは、アイズ顔赤ーい!」

 

「くくく……」

 

 ティオナにじゃれつかれ笑い合うアイズ達の姿に笑みを浮かべるグリファスだったが……ふと、不思議な視線を感じた。

 

 この様な場に現れると当然の様に好奇の視線が集中するものなのだが……何故か、これは不思議な感覚がした。

 

「……」

 

 その視線の方向に顔を向け……グリファスは目を見開く。

 

(あれ、は……)

 

 店の奥で自分達に視線を向けていたのは、白い髪に紅い瞳の少年だった。

 

 

 

 

(アイズ・ヴァレンシュタインさん……)

 

 僕ことベル・クラネルがシルさんのお誘いを受けて食事をしていると、何かの打ち上げなのか、都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】が酒場に訪れる。

 

 その内の一人―――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんに、僕は目を奪われていた。

 

 その時だ。

 

 彼女と幾つか言葉を交わしていたエルフの老人と、目が合った。

 

 驚いたかの様に、その銀色の瞳が見開かれ。

 

 僕もその顔を見て、呼吸を止めた。

 

 知ってる。

 

 あの人は世界唯一のLv.8。

 

生きる伝説(レジェンド)】、グリファス・レギュラ・アールヴ。

 

『古代』、神様達が下界に降臨する前からモンスターと戦い続け、数多くの英雄達を支え救い指揮した、文字通りの伝説の人。

 

 それこそ英雄碑や童話など多くの物語に登場し、歴史に名を刻んできた大偉人を生で目にする事ができたと感動に打ち震える。

 

 その直後だ。

 

 突然立ち上がったあの人は、怪訝な顔をするエルフの店員に何かを言って―――こちらに歩み寄って来た。

 

(えっ……?)

 

「あれ、グリファスさん?どうかなされましたか?」

 

「あぁ、少しな」

 

 シルさんに軽く笑みを投げた彼は、次には座る僕を見下ろす。

 

「えっ、と……?」

 

 思わぬ事態に困惑する僕が、アールヴさんを見上げていると。

 

「済まない。相席構わないか?」

 

「え、えっ。えぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」

 

 盛大な驚声が酒場に轟き、眼前のアールヴさんが顔を強張らせた。

 

 




感想、よろしくお願いします!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

WhiteRabbit

「……さて」

 

「はっ、はははははいッ!?」

 

(……参ったな)

 

 体をガチガチに固め、何か物凄く緊張してしまっている白兎(しょうねん)に、困った様に息を吐く。

 

『おい、見たか?』

 

『あのガキ、一体何なんだ……』

 

『見覚えの無ぇツラだが……』

 

『グリファス様が、何故……?』

 

『あの、子……』

 

『何やアイズ、知り合いか?』

 

『あぁ?アレ、ミノタウロスに追いかけられてたガキじゃねぇか』

 

 そもそも話をするしない以前に視線が痛い。何しろ誰もがその名声を聞く【生きる伝説(レジェンド)】が、予約された席を離れてまで何の変哲もない少年と相席を取ったのだ、注目されても仕方が無いだろう。

 

 打ち上げも半ば、【ファミリア】の仲間や主神までこちらに視線を向け、聞き耳を立てるのを察して嘆息する。

 

 こうなってしまっては仕方が無い。腹を括る事にした。

 

「どうぞ、葡萄酒です」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 エルフの店員から受け取ったグラスを僅かに飲み、口を開く。

 

「―――久し振りだな、ベル・クラネル」

 

「は、はいっ!?―――てっ、えぇ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる少年に、軽く笑みを浮かべた。

 

「何、覚えていなくても仕方ない。もう一〇年も前になるからな……最後に見た時、お前は祖父(・・)に抱かれていたよ」

 

「おっ、お爺ちゃんを、ご存知だったんですか……?」

 

「あぁ、長い(・・)付き合いだった」

 

 共通の知り合いの話題を出して会話が成立し、少年の緊張が薄らぐ。

 

 それと同時、聞き耳を立てていた人間達もひとまず疑問を解消した。

 

 何しろグリファスは一〇〇〇年以上の時を生き、エルフの中でも長く生きた部類に入る。その中で少年の祖父、あるいは曽祖父と関係を作っていても何ら不思議は無い。

 

 尤も、その付き合いが一〇〇〇年近く続いていた事など誰にも想像できないだろうが。

 

「あの、お爺ちゃんとはどんな関係で……?」

 

 それもまた気になる話だ。周囲も再び耳を澄ませ―――、

 

「あぁ―――私は、お前の祖父が心底嫌いだった。寧ろ今も嫌いだ」

 

「え」

 

 空気が、凍った。

 

 ベルが顔を引き攣らせて硬直する中、話が変な方向に流れる。

 

 グリファスの頭部には、青筋がいくつも浮かんでいた。

 

「あの男の思考回路は全く持って理解できん。なあ、人生で愛する女は一人で十分だろう?本来そうだろう?だがアイツはどうしてそれが通じなかったんだろうなぁ、あの女と愛し合っていた事は間違い無いだろうに。あの男が逃げたと知って私は思わず通信用の魔導具(マジックアイテム)を握りつぶしそうになったよ。何なんだあの男、覗きといい女遊びといい常軌を逸しているだろう。だから私はああいう神種(じんしゅ)が嫌いなんだいつも飄々(ひょうひょう)として下品に笑って。あぁ全く、顔を思い出すだけでも虫酸が走る―――」

 

「あ、あの、アールヴさん、アールヴさぁんっ!?」

 

 直前の親しみやすい表情から一変、鬼の様な形相になって恨みつらみをぶちまける。本来隠されていた地雷が少年の存在によって踏まれ、積もりに積もった一〇年分の鬱憤(うっぷん)が下手な魔法よりも凄まじく爆発してしまっていた。

 

 半分泣きそうになるベルが慌てて呼びかけるが、怨念のどつぼに嵌ったグリファスは抜け出せずに呪詛を紡ぐ。その内容が色々心当たりのあるのだろう、『ハーレムは男のロマン』等と洗脳を施されていたベルは汗をだらだらとしていた。

 

 そしてグリファスと同じく老神(ゼウス)に思う所があるのだろう、この場でたった二人詳しい事情を知る狼人(ウェアウルフ)狐人(ルナール)の店員も遠い目をしてその場から離れた。

 

 ベルは助けを求めるかの様に【ロキ・ファミリア】の方に視線を向けるが―――気まずそうに、しかしあらかさまに視線を反らされる。

 

(そ、そんなぁ!?)

 

「(……済まない、ヒューマンの少年)」

 

「(アレは不味い。かつて闇派閥(イヴィルス)に向けられた物に近い感情を感じさせる)」

 

「(確かにあの眼はやばいなー、でも誰か助けに行ってやらんと……)」

 

「(ならお主が行くか、ロキ?)」

 

「(嫌やー!?空気が重いもん、暗黒面出ちゃってるもん!)」

 

「(わ、私が……)」

 

「(アイズさん行っちゃダメです、殺されちゃいます!)」

 

「(あの子のお爺さん、グリファスに何したのー!?)」

 

 戦々恐々となる都市最強派閥。王族(ハイエルフ)の老人がだらだらとぶちまける恨み言の数々に白兎(ベル)共々汗を流した。

 

 だが幸いにも、自制心を取り戻したグリファスが息を吐く。

 

「……いや、悪かった。お前に言う事でも無かったか」

 

「い、いえ、お気になさらず……」

 

 心なしか晴れ晴れとした表情を見せる彼は葡萄酒を飲み干し、どこかほっとした様な表情を浮かべるベルに視線を向けた。

 

「風の噂に話は聞いていたが……あの男が、死んだって?」

 

「あ、はい……村を出掛けた時、谷に落ちたって……」

 

「そうか……あの男は、そう死ぬタマでは無かったがなぁ……」

 

「え?」

 

「いや年寄りの戯言だ、気にしないでくれ」

 

「は、はぁ……」

 

 グリファスの態度の軟化と共に打ち解ける二人だったが、老人の心中は未だに煮え滾っていた。

 

 谷に落ちて死んだ?馬鹿馬鹿しい。あの駄神(おとこ)はピンピンしてるわ。

 

 ゼウスの追跡に関しては凄まじい精度を誇る女神(ヘラ)から逃れる為に死を偽装し、まだ14の子供を置いて行方を眩ました事などとっくに知っていた。ゼウスと連絡を取ったヘルメスにも確認済みだ。

 

 己の【ファミリア】が最後に遺した『可能性』を自ら放り出した辺り本気で馬鹿げている。一度と言わず何度でも殺してやりたい。

 

「あ、あのっ、アールヴさん、アールヴさん?」

 

「……あぁ、済まない。考え事をしていてな」

 

「はい、おかわりです」

 

「………頼んでいないんだが?それにこれ店で特に高い奴じゃないか」

 

「しっ、シルさん……!?」

 

「大丈夫ですよベルさん、この人基本的にとても優しいですから。お金ポンポン出してくれます」

 

「おい?」

 

 苦笑するグリファスに酒を届けたヒューマンの店員は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「ベルさんのお爺さんと、仲が良かったんですね?」

 

「……おい、今の話を聞いてよくそう言えるな」

 

「えー、でもよく言うじゃないですか。喧嘩する程仲が良いって」

 

「あらゆる人間関係にそれが通用すると思うなよ……?」

 

 うちのベートやティオナ辺りになら当て嵌まりそうだが、とぼやいた彼は、ふとベルに尋ねる。

 

「【ヘスティア・ファミリア】に入ったそうだな?」

 

「は、はい」

 

『あァ!?じゃが丸おっぱいドチビの!?』と席でロキが反応するのを軽く無視しつつ続ける。

 

「良い神か?」

 

「……はいっ!」

 

 その清々しい笑顔と、嘘偽りの無い純粋な言葉に、グリファスはとても嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「……そうか」

 

 それを聞いて、安心した。

 

 そう呟いた彼の声色は、まるで孫を前にした老人の様で。

 

「―――頑張りなさい」

 

「!」

 

 祖父の知人にあたる老人の言葉に、世界最古最強の冒険者からの激励に。

 

 羞恥、困惑、歓喜―――顔色を目まぐるしく変化させた少年には、最後には勢い良く頭を下げ、絞り出す様に言う。

 

「はい……ッッ!!」

 

 それで、満足だった。

 

 笑みを浮かべるグリファスは仲間達の元まで戻ろうと席を立ち―――金髪金眼の少女とぶつかりそうになった。

 

「わ……」

 

「おっと……アイズ?」

 

 どうした?

 

 そう目で尋ねかけるグリファスに彼女は気まずそうに眼を逸らし、ぼそぼそと呟く。

 

「えっ、と……その子に、謝り、たくて……」

 

「え?」

 

 目を丸くする少年に、歩み寄るアイズはぺこりと頭を下げる。

 

「あの時……ミノタウロスを、逃がして……色々、怖がらせちゃったから……」

 

 ごめんなさい。

 

 そう言ったアイズに、目を丸くしたベルは―――真っ赤になって慌てふためいた。

 

「いや、そんなっ、寧ろ謝るのは僕の方でっ!?助けてもらったのに恥ずかしいやら何やらで逃げてしまって、その……!?」

 

「……くくっ」

 

 その可愛げのある姿に、老人は思わず笑みを漏らした。

 

 何て、透明な。

 

 奇しくもとある美の女神と同じ感想を抱いたグリファスは、今度こそその場を離れる。

 

 その夜は、家族(ファミリア)と遅くまで飲み笑い合った。

 

 




ひとまずこれで一段落、次話から怪物祭(モンスターフィリア)編になります。
感想、よろしくお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モンスターフィリア
ステイタス


 

「……よっ、と」

 

 ダンジョン12階層、そのルームの一つ。

 

 深い霧が立ち込める中、背のバックパックを担ぎ直すグリファスは目を細める。

 

『ギィ!』

 

『ヒヒッ!』

 

 周囲を取り囲むのは10体近くのインプの群れ。

 

 威嚇してくるモンスターに微塵も余裕を崩さず、堂々と一歩を踏み出すと―――前方にいた3体のインプが、同時に襲い掛かった。

 

「―――」

 

『ヒャァ!』

 

 無所属の一般人と何ら変わり無い動き(・・・・・・・・・・・・・・・・・)を見せる老人に、正面のインプが左手の爪を振り下ろす。

 

「さて」

 

『ィ!?』

 

 それをあっさりと躱したグリファスは、その小さな翼を鷲掴みにした。

 

 強引に、引っ張る。

 

『『ギィッ!?』』

 

『~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 一斉に叩き込まれた同胞の攻撃。盾にされたインプが深々と切り裂かれた。

 

「!」

 

『ヒギャ!?』

 

『ゲェ!?』

 

 唖然としていたインプに回し蹴りを打ち込み、首をへし折る。付近の一体にぶつけて奇襲を防いだ。

 

「―――」

 

 インプは総じて耐久力が低い。最高位の異常効果(アンチ・ステイタス)を持つ銀鎖(魔導具)恩恵を無効化していても(・・・・・・・・・・・)十分肉弾戦で叩ける。

 

 時間をかけずにインプの群れを殲滅したグリファスは、低い唸り声を耳にした。

 

『ヴゥ……』

 

 筋肉質で白い体毛を持つ野猿のモンスター、シルバーバックが二体。

 

 力、敏捷、耐久など高く纏まった身体能力(ポテンシャル)を持つモンスターの体皮は、初期装備の『短刀』程度なら軽く跳ね返す強度を誇る。

 

『ギァアアアアアアアッ!』

 

 人間離れした速度で飛び掛って来るが、それは十二分に『見える』動きだ。

 

【ステイタス】を授かっていても並みの耐久であればLv.1の多くが骨の一本二本砕かれる様な拳打。

 

 それを簡単にいなしたグリファスは、突き出された片腕を手に取り―――、

 

 ゴキッ!!と、異音と共にへし折った。

 

『ギィイイイ!?』

 

 極東の武術には、柔術と呼ばれる物が存在する。

 

 素手で相手を撃破する為の技術だが、グリファスのそれは元の物を応用し昇華させた物だ。

 

 一の力で一〇を生み出す。

 

 相手の強大な力を逆手に取っていなし流し掌握し、五体を打ち砕く。

 

『アァアアアアアアアアア!!』

 

 力、いや技術の差に分からずもう一体のシルバーバックが接敵するが、決着は一瞬で着いた。

 

「―――」

 

 シルバーバックが気付いた時には、いつの間にか懐に潜り込んでいたグリファスが己の胸板に白銀の拳を押し付けていて。

 

 それがめり込み、90度程回って―――、

 

 ゴグシャアッッ!!と。

 

 五臓六腑を破壊され吐血するシルバーバックが、何(ミドル)も転がった。

 

「……ふぅ」

 

 疲れた様に息を吐く彼は、己の撃破したモンスターから魔石を収集する。

 

 浸透打撃。

 

 硬い(うろこ)や強靭な体皮を持つモンスター、防具を纏い恩恵(ファルナ)を与えられた冒険者などの耐久を無視して衝撃を叩き込み、体の内側から破壊する。

 

 それは先の柔術と同じく、強過ぎる黒竜と戦う為に手に入れた『格上殺し』の技術だ。

 

 懐中時計を見ると、もう早朝だった。

 

『豊穣の女主人』での思わぬ出会いから二日が過ぎた。

 

 中々寝付けず、かと言ってやる事も無く暇潰しの為に訪れたダンジョンからの帰還を決意し地上へ向かう。

 

 最近は怪物祭(モンスターフィリア)の準備をする【ガネーシャ・ファミリア】の面々がダンジョンに潜っていたはずだが、早朝だからか帰り道で見かける事は無かった。

 

 途中出現するモンスターを何度かあしらって地上へ帰還する。

 

 時間は早く経過するもので、日は完全にその姿を現していた。ギルドに行って手早く換金を済ませ、朝食が始まる前にいそいそとホームに向かう。

 

「お帰りなさい」

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ、ただいま」

 

 出発前に顔を合わせた門番の団員と言葉を交わし、我が家に足を踏み入れる。

 

 ひとまず荷物を置こうと自室に向かっていると、アマゾネスの少女と鉢合わせになった。

 

「あ、グリファスおはよー!」

 

「おはよう、ティオナ」

 

「何、その鎖?」

 

「……最近作った魔導具(マジックアイテム)だ。危険だから触るなよ」

 

「ん、分かった。ところでその格好……ダンジョン行ってたの?」

 

「あぁ」

 

 ティオナの指摘に、己の様子を確認する。

 

 空になったバックパックに、右手を守る籠手(ガントレット)。他が普段着である事を除けば、微かに残る血の臭いと相まってダンジョンに潜っていた事が一目で分かる姿だ。

 

「夜に寝付けなくてな。暇潰しに12階層まで潜っていた」

 

「えー、いつも疲れた顔してるのにー?ちゃんと寝ないとダメじゃん」

 

「全くもって同意するがな、こう老いると眠りも浅くなる。一応睡眠薬もたまに取っているが、中々安眠できん」

 

「私にはよく分かんないなー。疲れたら爆睡しちゃうし」

 

「だろうな、その寝癖を見ればよく分かる」

 

「え、本当ー?直すのめんどくさいなぁ……」

 

 ドワーフに勝るとも劣らない大雑把な性格を見せるティオナに苦笑しつつ、地下への階段を下りる。

 

 バックパックと籠手を自室で脱装し、大広間へ向かった。

 

「おはようございます」

 

「あぁ、おはよう」

 

「どうぞ!」

 

「ありがとう」

 

 今朝の配膳当番である団員達から朝食を受け取り、広間の一角で食事をしている主神を発見する。

 

「ロキ、向かい良いか?」

 

「ん、構わんでー」

 

 気にせずにそう返したロキは、シチューに伸ばした手を止めてグリファスを見る。

 

「あれ、グリファス右手腫れてないか?」

 

「ん、あぁ……一応回復薬(ポーション)かけたからすぐに腫れは引くと思うがな」

 

 ロキに見せる様にして右手をぷらぷらとさせたグリファスは苦い笑みを浮かべる。

 

「ダンジョンに潜っている途中、12階層でインファント・ドラゴンを潰してな。安物の籠手は着けていたが、少々痛かった」

 

「て事はまた【ステイタス】無効化してダンジョン乗り込んだんか……」

 

「まぁLv.8にもなるとロクに経験値(エクセリア)が溜まらないからな。多少は裏技を使う必要がある」

 

「相変わらずメチャクチャやなぁ……」

 

「はは、まともな手段を取っていない自覚はあるさ。後で更新良いか?」

 

「えぇでー。飯食い終わったらウチの部屋来てや」

 

 

 

 

「……相変わらず汚い所だな。多少は気を付けろ」

 

「一言目がそれかい」

 

 雑多な物にあふれた部屋に訪れたグリファスの言葉に、ロキが辟易した様な顔をする。

 

 早速上着を脱いだグリファスの背に神血(イコル)を垂らし、【ステイタス】の更新を始めた。

 

「大体自分はどうなんや。あんな量の魔導具(マジックアイテム)、それこそ足の踏み場も無いんじゃないんか?」

 

「お前と一緒にするな、持ち物と空間を有効活用しているよ」

 

「……成程、あの袋やな?ウチにくれ」

 

「余裕ができたら新しいのを作ってやる」

 

「マジか。約束やで……おっしゃ、終わりや」

 

「今写すなー」と告げたロキが羊皮紙に情報を書き込む中、グリファスは上着を着込む。

 

「はい、これや」

 

「……」

 

 主神の渡したそれに、ゆっくりと目を通した。

 

 

グリファス・レギュラ・アールヴ

 

Lv.8

 

力:E486→D502 耐久:F340→344 器用:C638→659 敏捷:C681→699 魔力:A831→834 魔装:S 魔導:A 精癒:B 神秘:B 耐異常:C 魔防:C 拳打:F→E

 

魔法

【グングニル】

 

【フィングニル】

 

 

スキル

妖精舞踏(フェアリィ・ダンス)

任意発動(アクティブトリガー)

・魔力を纏い身体能力上昇。

 

妖精追憶(オベイロン・ミィス)

・効果、詠唱文を把握した魔法の行使。

同胞(エルフ)の魔法限定。

 

 

「……えらい上がったなぁ」

 

「まぁ、こんな物か」

 

「アイズたんが見たら絶対へこむでこれ……」

 

「はは、違いない」

 

 苦笑しつつ立ち上がるグリファスは、目を細める。

 

 真の意味での本気で戦っている訳では無い為上位の経験値(エクセリア)は中々溜まらないが、数年前に始めてから順調に強くなっている。

 

 だが、これでも―――、

 

「グリファス?」

 

「……」

 

 思考の渦に呑まれかけていたグリファスは、ロキの言葉に我れに返る。

 

「どうした?」

 

「ん、いやぁ、頼みがあってなぁ……」

 

 どこか悪どい笑みを浮かべたロキは、王族(ハイエルフ)の老人に対してこう言った。

 

「今夜『宴』に出るから、良いモンあったら貸してくれん?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒の妖精鍛冶師

 

 

「やれやれ、一体どんな風の吹き回しだ?」

 

「―――ヌフ。恥知らずの貧乏神が『宴』に参加するって聞いてなぁ。ドレスも用意できないその哀れかつ惨めな姿を、思いっきり笑ってやるんや」

 

「……」

 

 ゲスイ笑顔を見せるロキに、思わず白い目を向ける。顔だけは整っている分、その笑みは余計醜く見えた。

 

 二人はロキの部屋から移動し、グリファスの工房に訪れていた。

 

 魔石灯を点けたグリファスは、嘆息しながらも主神の要望に応える。

 

「ドレスの仕立てや馬車なんかはアルベラ商会にでも依頼するとして、どんな物が欲しい」

 

「んー、指輪とかネックレスとか、とにかくゴージャスなの頼むわ!」

 

「……」

 

 浅ましい事この上無い発言だったが、グリファスに協力を要請したのは正解だったろう。

 

 何しろこの場にある魔導具(マジックアイテム)はその多くが高位の『神秘』によって形作られた英知の結晶だ。並みの装飾品とはかけ離れた神々しさを持つそれ等を売れば部屋にある物を適当に見繕うだけで億単位の収入を得る事ができるだろう。

 

(……さて、どうしたものか)

 

 目を細める王族(ハイエルフ)の老人は安全と判断した幾つかの魔導具(マジックアイテム)を吟味し、一つのペンダントに目を留める。

 

 その中心にはめ込まれた虹色の宝石は、美しい輝きを放っていた。

 

「……丁度良いか」

 

「ん、決まったか?」

 

「あぁ、これを持って行け」

 

「ん、どれどれ……おぉっ、めっちゃ綺麗やん!フリュネちゃんが着けても神々しくなりそう!」

 

「……いや、それは無理じゃないか?」

 

「……ごめん、無理やったな。寧ろ禍々しくなるわ」

 

 ロキが例えに出した【イシュタル・ファミリア】団長の名前に何とも言えない空気になる中、気を取り直したロキが駆け出す。

 

「そんじゃウチ、ドレスを仕立て直して貰って来るわ!あんがとなー!」

 

「……大事に扱えよ」

 

 そう返したグリファスは、階段を上っていくロキの背が見えなくなるまで見つめて。

 

 遠いどこかを見透かす様に、目を細めた。

 

「……『神の宴』、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午頃。

 

 大通りを歩くグリファスは、空高く昇った日を見上げる。

 

 時刻は正午。

 

 北西のメインストリートを歩く王族(ハイエルフ)の老人は、整備して貰っていた得物を受け取るために契約をした鍛冶師の元に向かっていた。

 

 その青年の所属する【ヘファイストス・ファミリア】は団員の大半が己の工房をこの付近に構えているが、【ファミリア】幹部である彼は支店に備え付けられている工房を利用する事が多い。

 

 やがて【ヘファイストス・ファミリア】の支店に到着した彼は店内に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃいませ」

 

「あぁ、グレムはいるか?整備を頼んでいたんだが」

 

「恐らく2番工房かと……案内します」

 

「分かった、ありがとう」

 

 店員の一人に案内されて工房に向かう。

 

 ヒューマンの少女に案内された通路は炉が働いているのかやけに暑かったが、気にする事も無く進んで行った。

 

「こちらになります」

 

 少女に従って工房の一つに訪れると、工房の中で休息を取っていたのはダークエルフの青年だった。

 

「ん、エリザどうし……おぉ、グリファスか」

 

「邪魔するぞ」

 

「邪魔なんてとんでもない。大切なお客様だからな」

 

 破顔した青年は焼き焦げたかの様な漆黒の手を伸ばし、机の上に置かれた銀杖を手に取る。

 

「上々の仕上がりだ。遠征前よりも良い出来だろう?」

 

「どれ……」

 

 渡された銀杖を軽く手の中で弄び、グリファスは軽く笑みを浮かべる。

 

「流石【盲目の黒匠(ドウェルグ)】。良く馴染むよ」

 

「ハハハ、【生きる伝説(レジェンド)】にそう言われるとは鼻が高い」

 

 そう笑う彼はLv.4、『戦える鍛冶師(スミス)』の名に恥じない実力者だ。変わり種だらけの【ヘファイストス・ファミリア】の中でも特に飛び出た存在でもある。

 

 曰く、『【ステイタス】に頼っていては、真の意味で神の境地に辿り着けない』。

 

盲目の黒匠(ドウェルグ)】グレム・スヴァルトは、高位の『鍛冶』を保有しながらも【ステイタス】を封じて武器を鍛える唯一の鍛冶師(スミス)だ。

 

 発展アビリティである『鍛冶』は勿論『力』の補正も受けられない為、作製するのは精製金属(ミスリル)を素材とした武器のみ。そんな職人然としたこだわりに感化された顧客(ファン)も多く、グリファスもその一人だ。

 

「しかし、それで第一等級武装並みの武装を作るのだから大したものだ」

 

「何、ヘファイストス様には程遠い。武器としての完成度も多くが椿(つばき)の作品に劣る」

 

 第一級冒険者であると同時、最上級鍛冶師(マスター・スミス)でもある【ヘファイストス・ファミリア】団長の名を引き合いに出されてグリファスは苦笑する。

 

 寧ろ【ステイタス】無しで最上級鍛冶師(マスター・スミス)に迫る武器を打つダークエルフには感嘆しか出なかったが……それ以上は諦める。

 

 この男は過程を無視して結果を見て言っている。頑固な職人には何を言っても無駄だと息を吐いた。

 

「さて、私は帰るよ。押しかけて済まなかったな」

 

「何、お得意様だからな」

 

 これ以上居座るのも迷惑だろうと判断し、受け取った銀杖を片手に立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さぁて」

 

 グリファスが立ち去った後、一泊を置いてグレムは立ち上がる。

 

 彼の眼は、光を映さない。

 

 幼少の頃冒険者同士の諍いに巻き込まれたダークエルフは、その日から光を失った。

 

 それでも彼が今日まで冒険者として鍛冶師として生きて来られたのは、手で耳で鼻で気配で周囲を完璧に把握できるようになれたのは、ひとえに支えてきてくれた仲間と主神のおかげだ。

 

 彼女の剣に、憧れた。

 

 盲目の身でありながら鍛冶師を目指すと語った自分を彼女だけが笑わず、己の鍛えた剣を見せた。

 

 触れる前からその剣の美しさに気付いた。光を失ったはずの眼がその剣だけは映し出した。

 

 完成した黄金比、全身を打ち抜いた衝撃、心に刻まれた白銀の輝き。

 

 それを目指している内に、彼女と全く同じ条件で武器を打って打って打ち続けていたら、いつの間にかここまで来ていた。

 

 だから、今日も目指そう。

 

 未だ届かないその境地に、辿り着く為に。

 

 その時だった。

 

「あの……」

 

 背後に佇む少女の声に、立ち止まる。

 

「見せて頂いても、構いませんか?」

 

 己の指導していた見習いの団員に、振り返る事も無く告げる。

 

「もう基礎は叩き込んだ。これからは自分であの境地を目指せ。そう俺は言ったはずだが?」

 

「うっ……」

 

 背後で少女が決まり悪そうに肩を揺らすのが分かった。

 

 気にせず告げる。

 

「これが最後だ」

 

「えっ……?」

 

「この技術、盗めるものならば盗んでみろ。後は自分で高め、あの方の境地を目指せ」

 

「ぁ、は、はいっ!」

 

 それだけだった。

 

 もはや己の一部分と化した鉄槌を手に取り、深層域のモンスター、フレイムロックから摘出されるドロップアイテム『火炎石』を炉に放った。

 

 心を燃やす。

 

 魂に刻まれた憧憬を、目の前の金属を見据え、ただひたすらに槌を振るう。

 

「凄い……」

 

 だが、盲目なダークエルフは気付かない。

 

(いつか、私も……)

 

 他の者の心に憧憬を刻んだのは、主神だけでは無い事に。

 

 団員達が目指すのは、主神だけでは無い事に。

 

 少し意識を向ければ分かる事に気付けぬまま、今日も彼は槌を振るう。

 

 これもまた、一つの眷属の物語(ファミリア・ミィス)

 

 




壊し屋(クラッシャー)を全部椿や【ゴブニュ・ファミリア】に任せる訳には行かなかったので。書いてて番外編に近い気がしたかも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神の宴

 

 

「むー……」

 

「どうした?」

 

「おー、戻ったかグリファス」

 

 夕方。

 

 燃える日が沈み始めた頃、整備して貰っていた銀杖を受け取ったグリファスが黄昏の館に戻ると正門前で馬車を見上げるロキが何か考え込んでいた。

 

「うんにゃ、商会から馬車を手配したのは良いんやけどな。御者をどうするかなぁ……【ファミリア】から出した方が安上がりなんやけど……」

 

「あぁ、そういう事か……」

 

 周囲を見回したグリファスは、たまたまその場にいたヒューマンの団員を目に留めた。

 

「ラウル」

 

「は、はいっす!?」

 

「実家にいた頃、馬に乗った事はあるか?」

 

「そ、そりゃあ田舎でしたから行き来に使ってましたけど……無理っスよ!?もう八年も乗ってませんもん!!」

 

「任せた」

 

「え゛ッッ!?」

 

「大丈夫だ、Lv.4にもなれば馬が暴れようが余裕で抑えられるだろう」

 

「そ、そんな……!」

 

「ラー、ウー、ルっ!」

 

「あ、アキ……!?」

 

 にやにやと笑いながら駆け寄って来た猫人(キャットピープル)の女性団員に、ラウルは思わず顔を強張らせる。

 

 頼もしい仲間であるはずの彼女の笑みに、何故か物凄く嫌な予感をかき立てられた。

 

「これ、なーんだ?」

 

「んなっ……」

 

「おっ!良ぇやないか!」

 

「その礼服、自分も着るんすか……!?」

 

「ふふっ、当然じゃない。【ファミリア】の顔に泥を塗る訳には行かないもの」

 

「絶対楽しんでるでしょう……!?」

 

「良ぇやん、それ着てなー!主神命令や!」

 

「えぇええええ……!?」

 

「……」

 

 ラウルがアキに連行されて行くのを尻目に、グリファスは背を翻す。

 

 今夜は、忙しくなる。

 

 

 

 

「―――さて」

 

 地下の工房に戻る。

 

 大広間で手早く食事を済ませたグリファスは、机の上に置かれた虹色の水晶玉に手を置いた。

 

 複数存在する『目』から一つを選択、接続する。

 

 水晶玉に、オラリオの一角が映し出された。

 

『相変わらず、奇天烈な形しとるなぁ……』

 

 ロキに手渡したペンダント。そこにはめ込まれた宝石は水晶玉と繋がる目であり耳だ。

 

 馬車が止まり、ラウルの手を借りて外に出たらしきロキが見上げたのは【ガネーシャ・ファミリア】ホーム、『アイアム・ガネーシャ』。

 

 主神を模した象顔人体の巨大建築物。入口はあろう事か股間であった。訪れた神々は『ガネーシャさんなにやってんすか』『ガネーシャさんマジぱねぇっす』などと笑い合って中に入って行く。

 

「……」

 

 ホームが完成した直後幹部を含めた団員の七割が【ファミリア】脱退を申し出たとの逸話すらある建物にグリファスが頭痛を覚えているとロキが動き出した。

 

『じゃ、行ってくるわ』

 

 苦笑いするラウルにそう告げたロキは広い庭を越えて建物の中に入って行く。

 

 神のみが参加を許される『神の宴』。

 

 開催する神も開催時期も無差別である宴は目的意識も無く、ただ騒ぐ為に開かれる事も多々ある。一種の社交場として複数の神々には情報交換にも利用されているが……グリファスの目的は、まさにそれだ。

 

 最近ダンジョンで『異端児(ゼノス)』を捕獲している【ファミリア】の主神をできれば特定したい所ではあったが、極彩色のモンスターという不穏分子が現れた以上現在の都市の情勢を早急に把握する必要があった。

 

 ロキが広間に足を踏み入れると同時、ここからは見落とせないと意識を集中するグリファスだったが、

 

『あちゃーロキ来ちゃったよ』

 

『残念女神いただきましたー』

 

『おいよせっ、ロキたんの悪口はやめろっ』

 

『お前等後で殺されるぞ』

 

『しかし、ロキがドレス……!?』

 

『世も末ってるな』

 

『しかし見事な貧乳だ』

 

『いや無乳だ』

 

『あれ程の断崖絶壁お目にかかった事無いぜ』

 

『露出大きめのドレスなんか着て……すかすかのまな板を見てもなあ』

 

『馬鹿、それが良いんだろうが!』

 

『ふむ、もはや女装した男神(おとこ)と言っても過言ではないな』

 

『それな!』

 

『『『はっはっはっはっはっはっ!!』』』

 

「…………………………………………………………………………………………」

 

 気を引き締めたらこれである。

 

 神々の馬鹿笑いする声を聞いたグリファスは凄まじく微妙な顔になった。

 

 ロキに殺気を向けられた馬鹿共が足並み揃えて逃げていく中、心底辟易した様に息を吐く。

 

 神々に真剣(シリアス)を求めるのは間違っていただろうか?

 

 結論、間違っていた。

 

『にしてもドチビおらんなぁ……ガセやったか?』

 

「やはり、神ヘスティアか……」

 

 主神がまさにこけにしようとしている女神に察しをつけ、やれやれと嘆息する。

 

(この分では今後ベルと会うのも厳しいだろうなぁ……主神同士の不仲は下手をすれば抗争に直結する)

 

 思考しては溜め息を着く、その時だった。

 

『おぉ、ロキ、ロキじゃないか』

 

『ん?』

 

 視界が揺れる。

 

 どこかの貴族の様な印象を与える男神が、目を弓なりにして笑いかけていた。

 

『どうだ、話さないか?』

 

『よぉー、ディオニュソス。来とったのか』

 

「……ふむ」

 

 柔らかな金髪を首の辺りまで伸ばし、相変わらずの品良くありながらも泰然とした物腰を持つ男神。

 

【ヘラ・ファミリア】にいた頃付き合いのあった知神(ちじん)の存在に目を細めたが、女神デメテルも交えた会話が進むにつれて鼻を鳴らした。

 

(相変わらず食えない神だ。ほとんど情報が得られやしない)

 

 恐らく何らかの思惑というか狙いがあってロキに接触しているのだろうが、これではどうにもならない。拘泥するのも馬鹿らしいとうんざりした。

 

 直後。

 

 神々の雑踏を映す『目』の隅で、幼い女神や眼帯の女神と話す、本来いないはずの女神を見かけた。

 

「っ」

 

 視界から消えかけた時に目を見開いて身を乗り出すが、ちょうどロキも二度見したようだ。

 

 間違い無い、あれは―――、

 

『おっ』

 

「……フレイヤ?」

 

『おーい、ファイたーん、フレイヤー、ドチビー!』

 

 驚愕に目を見開いたグリファスは水晶玉に集中する。

 

 ほとんどこの様な場に来ないはずの女神に意識を向け、一言一句聞き逃さないようにする。

 

 それが、間違いだった。

 

『ッゥ……!今度現れる時は、そんな貧相なものをボクの視界に入れるんじゃないぞっ、この負け犬めっ!』

 

『うっさいわアホォーッ!覚えとけよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 涙を流して走り去る情けない主神。

 

 ヘスティアとの醜い争いを終始見せられたグリファスは静かに崩れ落ちる。

 

(あれが私の【ファミリア】の主神とは、考えたくも無いな。あぁ胃が痛い……)

 

 あまりにも情けない主神の姿に息を吐き、戸惑うラウルの元に辿り着いた辺りで『目』との接続を切る。

 

 そもそもロキはヘスティア目当てで来ていたのだ、初めからそこまで期待しておらず、何か情報を手に入れられれば上々と考えていたのだが……目の前に落ちて来た餌を取り上げられた気分だった。

 

『目』を通して得られた数少ない収穫に、思考を巡らせる。

 

(しかし、フレイヤか……)

 

 目を細めたグリファスは、静かに動き出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女神の気紛れ

今年の「このライトノベルが凄い!」を昨日買いました。
作品部門ダンまち8位、男性部門ベル君7位、女性部門アイズたん13位、16位にヘスティア様がランクイン!
ダンまちの発展にホクホクでした!



 

 

「へぇ、珍しいね。アイズがフィリア祭に行くのか」

 

「あぁ、ロキに連れられてな。良い息抜きになるだろう」

 

「まぁアレといれば退屈する事も無いだろうな。良い意味か悪い意味かはともかくとして」

 

「それにしても驚いた根性だのう。宴から帰った後は自棄酒に走って酔い潰れておったのに」

 

「ハハッ、違いない」

 

 宴から数えて三日。

 

 その日の朝、大広間で朝食を摂りながら派閥首脳陣は言葉を交わしていた。

 

 彼等の視界に話題となっているアイズの姿は無い。手早く済ませたのか、大広間を訪れた四人とすれ違っていた。

 

 果汁(ジュース)を飲み干した小人族(パルゥム)の首領は、ふとグリファスを見上げる。

 

「グリファスは、今日のフィリア祭には行くのかい?」

 

「あー……」

 

 己を見上げるフィンの問いに迷う素振りを見せ、やがて王族《ハイエルフ》の老人は答える・

 

「そうだな。一応は行くつもりだ」

 

「そうかい、楽しんで来ると良いよ?最近は随分と忙しかったみたいだし、ね」

 

「……」

 

 ここ二日間、昨夜まで秘密裏に行っていた情報収集を暗に指摘された事に気付き、数瞬黙り込む。

 

「……済まない」

 

「なに、『管理者(マスター)』のやり口はよく聞いているさ。何かあったらいつでも協力する、とだけ言っておくよ」

 

「……そこは素直に感謝するべきなんだろうが……何だ、そこまでその悪名は有名なのか?」

 

「ンー、そうだね。酒場でもよく聞くよ」

 

「……それはそれは。余程広まっている様だな」

 

 微妙な表情をしたグリファスはうんざりした様に息を吐く。

 

(……それにしても)

 

 グリファスは女神の動きに思いをはせる。

 

『宴』から二日間、グリファスは情報収集に駆り出されていた。

 

 そうは言ってもやった事は普段と変わらず、地上(オラリオ)地下(ダンジョン)における不審な動きをピックアップしただけなのだが。

 

 先日から見受けられていた【イケロス・ファミリア】【ソーマ・ファミリア】の妙な動きもあったが、目新しいものも複数あった。

 

 その中には西のメインストリートや大派閥付近を中心とした女神フレイヤの相次ぐ目撃情報もあり、グリファスが特に注目したのもそれだったのだが……軽く呆れた、というのが心情だ。

 

 何しろ、複数ある可能性を精査した結果―――フレイヤが、他派閥の団員を見初めたというのが最も有力だったからだ。

 

 フレイヤの男癖、あるいは女癖は神々の中でも特に性質(タチ)が悪い。何しろ見初めた人間をその美貌でもって片端から『魅了』して落としているのだから。

 

 恐らく、その『魅了』に抗えるのは神々を除いて極限まで心身を昇華させた冒険者のみ。最低でも第一級、下手をすればLv.5でも厳しいだろう。

 

 そして、『神の宴』に出席した目的もグリファスと同じ。情報収集。

 

 流石のフレイヤも大派閥に喧嘩を売る様な真似はしたくなかったのだろう。惚れた冒険者の所属する【ファミリア】を調べに行ったと考えるのが妥当だった。

 

 それを考えると、自分の行動は手遅れ(・・・)だったと悔やまざるを得ない。

 

 もし『宴』で目当ての情報を手に入れたのなら、今までと同じ様に直接落としにかかる。そして『宴』から三日が過ぎた今、その冒険者はとっくに寝取られただろう。

 

 主神ごと籠絡(ろうらく)されたのか、抗争が起きた様子も無い。狙われた相手には軽く憐憫を覚えつつもグリファスはもう一つの事柄に集中せざるを得なかった。

 

 だが、彼は知らなかった。

 

 その冒険者が、グリファスの気に掛ける少年だった事を。

 

 その女神が普段と趣向を変え、白兎(ベル)を見守ってはほくそ笑んでいた事を。

 

 そして、前提が一つ。

 

 神の気紛れは、誰にも計り知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「それじゃあ、こんなところに呼び出した理由をそろそろ教えてくれない?」

 

「んぅ、ちょい久々に駄弁ろうと思ってなぁ」

 

「嘘ばっかり」

 

 祭り一色に染まった東のメインストリート、それに面する喫茶店の二階。

 

 そこで対峙する、二柱の女神がいた。

 

 机を挟んで向かい合うのはロキとフレイヤ。ロキの傍らには連れて来られたアイズもいた。

 

 目深にかぶったフードの中で薄く笑うフレイヤに対し、ロキも不敵に笑う。二柱の女神が形成する圧力感に、注文を取りに来た従業員も顔を強張らせた。

 

「率直に聞く。何やらかすきや」

 

「何を言っているのかしら、ロキ?」

 

「しらばっかくれんな」

 

 傍で凍り付く従業員にフレイヤが微笑みかける。『美の女神』と呼ばれるにふさわしい美貌が瞬く間に彼を魅了し、赫面した彼は猛退散した。

 

 周囲に人がいなくなると、ロキが猛禽類の様に目を細める。

 

「散々興味無いとぬかしとった『宴』に出るわ、ここに来た時の口振りからして情報収集に余念は無いわ……今度は何企んどる、自分」

 

「企むだなんて、人聞きの悪い事言わないで?」

 

「じゃあかあしい」

 

 フレイヤの言葉を一蹴したロキは探る様に彼女を見る。フレイヤも微笑を絶やさずにロキを見返した。

 

 現在都市最大派閥として君臨する【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】はかつて最大派閥だった二つの【ファミリア】とは違い仲良しこよしではない。勢力争いの絶えない両者は隙あらば蹴落とす関係にあり、片方が動けばもう片方も動かざるを得なくなる。

 

 そして、動くのはロキだけではない。

 

「あんまし調子に乗っとると……『管理者(マスター)』が動くで?」

 

「あら、脅しているつもり?」

 

「いや、これは忠告や。何しろあの男、オラリオを脅かすモンは芽の段階から潰したがるからなぁ。迂闊に動くと……送還されるで?」

 

「あら怖い」

 

「スキルや発展アビリティからして実質Lv.9、恩恵封じて猛者(オッタル)やフィン達と互角に戦った位やからなぁ、超越存在(デウスデア)に片足踏み込んどる。加えてあの一途さや。【ステイタス】の有無関係無しに、『魅了』で落とせるとも考えとらんやろ?」

 

「……そうね。忠告、ありがたく受け取っておくわ」

 

 微笑を浮かべ続けていたフレイヤは、そこで初めて苦笑を見せた。

 

 彼女にとって、『管理者(マスター)』の指す老人は特別な存在だからだろう。

 

「で?」

 

「……?」

 

「男か」

 

 会話の中である程度掴んでいたのだろう、野次馬根性丸出しで問いかけてくるロキに嘆息する。

 

「……強くは、ないわ。貴女や私の眷属(こども)……ましてや彼とは比べるのもおこがましい。今はまだとても弱くて、儚い。少しの事で傷ついてしまい、簡単に泣いてしまう……そんな子」

 

 それでも、私は惹かれた。

 

 その銀色の瞳に熱を宿しながらフレイヤは語る。

 

「綺麗だった。透き通っていた」

 

 魂を見る『神の目』。

 

 それを持つフレイヤは多くの魂を見て来た。

 

 どこまでも燃える永遠の炎。

 

 一切の穢れを認めない、目を焼かんばかりの純白。

 

 世界に絶望しどこまでも黒く染まりながら、救いを手にし光を宿した闇。

 

 悲しみに暮れ日々不安定でありながら、それでも精一杯生きようと輝く光。

 

 だがその子供は、今までに見たことの無い色をしていた。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ」

 

 当時の情景と重ねる様に、開いている窓から外の光景を見下ろす。

 

「あの時も、こんな風に……」

 

 そして、彼女は見た。

 

 あの時と同じ様に視界の中を走り抜けて行った、白髪の少年を。

 

「―――」

 

 フレイヤの動きが止まる。

 

 その銀の視線が、冒険者の防具を纏った白兎(しょうねん)に釘付けとなった。

 

 その足が向かうのは闘技場、怪物祭(モンスターフィリア)。徐々に遠のいて行くその背を見つめるフレイヤは、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

 

「はぁ?」

 

「また今度会いましょう」

 

 ぽかんとするロキ、そして窓から外を見つめるアイズを残してフレイヤは席を立つ。ローブでしっかりと全身を覆い隠し、店を後にした。

 

 だがこの程度では己の『美』を隠し切れない。周囲の視線から逃れる為裏道に入ったフレイヤは、口元の笑みを抑え切れなかった。

 

(あぁ、ダメね。ロキに警告されたばかりなのに……)

 

 ちょっかい(・・・・・)を、出したくなってしまった。

 

 どこまでも傍迷惑な、女神の気紛れ。

 

 クスクスと笑いながら、思いつきを具体的に頭の中で組み上げていく。

 

 そこで、立ち止まった。

 

「……」

 

 懸念するのは、王族(ハイエルフ)の老人の存在だ。

 

 彼は都市最強のLv.8。もし騒ぎに気付けば、10秒もかけずに鎮圧できるであろう最強。

 

 それこそ、モンスターを解き放った(・・・・・・・・・・・)程度であれば尚更だ。

 

 ならば、と。

 

 今現在地上にいて、それこそ事態が収拾されるまで【生きる伝説(レジェンド)】を抑え込める眷属(しょうじょ)を思い浮かべる。

 

 グリファスの作品を模倣して彼女の眷属が作った通信用の魔導具を取り出し、連絡を取る。

 

『―――』

 

「ふふっ、もしもし?ちょっとお願いがあるのだけど―――」

 

『―――』

 

「あら、貴女の成長も見て貰えるでしょ?久々にゆっくりお話しなさい」

 

『―――』

 

「今夜、私の部屋に来る?」

 

『―――――――!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

「それじゃぁ、お願いね?」

 

『お願い』と『ご褒美』の狭間で相手が涙目になる様子を想像してクスクスと笑いながら、フレイヤは通話を切る。

 

「―――さぁ」

 

 始めましょうか、と。

 

 妖艶に嗤う女神は、裏道に消えて行った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前準備

 

『魔法』による派手な演出と共に、それは始まった。

 

『さぁてやってまいりました怪物祭(モンスターフィリア)ァ!実況は私、【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】イブリ・アチャーがお送りさせて頂ます、どうぞよろしくぅ!』

 

 魔石製品の一つである拡声器片手に【ガネーシャ・ファミリア】の団員が声を張り上げる。

 

『それではまず我らが主神より開会を告げさせて頂きます!ガネーシャ様、どうぞ!』

 

『―――俺が、ガネーシャだ!』

 

『はいっ、ありがとうございましたぁ!それではどうぞ、我が派閥の誇る調教師(テイマー)達の鮮烈なショーをご覧ください!最初のモンスターは―――何とッ!「上層」最強、インファント・ドラゴンだぁ!!』

 

 体長4Mを超える巨体を誇るモンスターの登場と共に歓声が沸き、円形闘技場(アンフィテアトルム)が揺れる。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 そんな中。

 

 円形闘技場(アンフィテアトルム)付近の大通り、その片隅では金髪を肩まで伸ばした狐人(ルナール)の少女が頭を抱えてうずくまっていた。彼女の傍らにいる友人兼同僚は慰める様にその頭を撫でている。

 

「う、うぅ……まさかあんな事押し付けられるだなんて……恨みますよフレイヤ様ぁ……」

 

「ほら、冬華(ふゆか)。元気出して?」

 

「し、シル……ごめんなさい、折角フィリア祭に一緒に行こうって誘ってくれたのに……」

 

「ううん、大丈夫だから。また一緒に行こう?」

 

「う、うん」

 

 その友情に感謝しつつ立ち上がった冬華だったが……ヒューマンの少女が開いた手をこちらに差し出しているのをを見て、眉を細める。

 

「……シル?」

 

「その、ごめん、財布忘れちゃったみたいだから……闘技場入るのにもお金かかるみたいだし―――貸して?」

 

「話聞いてなかったの!?フレイヤ様の悪だくみに巻き込まれる前に避難しなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 同時刻。

 

 忙しくなる時間帯に備えて仕込みや掃除の手伝いをしていた冬華(・・)は、顔色を激変させて崩れ落ちる。

 

「なッ……!!」

 

「冬華?」

 

「どうしたのですか?」

 

本体(・・)に何かあったのかニャ?」

 

「……」

 

 深呼吸を繰り返し、壊れた笑みを浮かべ、口々に尋ねて来る同僚を安心させる様に告げる。

 

「……だ、大丈夫。大丈夫じゃないけど大丈夫」

 

「……何言ってるの?」

 

「完全に錯乱してるニャ」

 

 余計心配された。

 

「は、はは。フレイヤ様から厄介事押し付けられちゃって……ちょっとミアさんの所行って来る」

 

【ファミリア】の主神が迷惑をかけてくるのは決して珍しい事では無い。そのフワフワした尻尾を元気無く垂らしながら行く少女の背に気の毒そうな視線が集中砲火する。

 

「……すいませんミアさん。一旦抜けさせて頂きます」

 

「……お前さんも大変だねぇ」

 

 話し声から察したのだろう、厨房を訪れて頭を下げる冬華にドワーフの女将は何も言わなかった。

 

 その優しさにちょっと泣きそうになった。深々と頭を下げて謝意を告げる。

 

「マサムネはどうするんだい?」

 

「そうですね……ホームにいる私が持って来ると思います(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 自分も準備を整えなければ。

 

 従業員の控え室でウェイトレス服から着替えた冬華は、一人酒場を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】ホーム、『戦いの野(フォールクヴァング)』。

 

 南と南東のメインストリート、それに挟まれる形で建つ豪邸を飛び出した冬華(・・)は、軽く涙目になっていた。

 

 その腰に結ばれた刀は、己の刀身を鞘の中で振動させて『声』を出す。

 

 どこまでも軽薄そうな男の声だった。

 

『いやーもう十二年前ってとこかねぇグリファスと()るのは。楽しみだ、うずうずするよ』

 

「何言ってんの正宗(まさむね)!?戦い楽しむ余裕なんてある訳無いじゃん、相手グリファスだよ、Lv.8だよ!?多分フレイヤ様が本気で怒らせてるから軽く死ねるよ!?」

 

『最初に妖術発動させとけばどうにかなるだろ、精神力(マインド)が尽きるまでなら耐えられる筈だ』

 

もう分身10体以上出してるじゃん(・・・・・・・・・・・・・・・・)妖刀(アンタ)からの供給があったって10分もてば良い方だよ!」

 

 そう言い合いながら駆ける彼女は建物の屋上を次から次へと飛び移り、本体(・・)との合流地点へと急ぐ。

 

『……それにしてもさ。情事の誘い一発であそこまで揺さぶられる辺り、あの主神様に随分と毒されてるよな』

 

「う、考えたくなかったのに……!?あぁ、我ながら情けない……」

 

『まぁ人類共通なのかも知れんが。「あぁ、昔は本当に純粋な()だったんだが……」』

 

「へし折るぞこの野郎!?無駄にそっくりなグリファスの口真似しやがってッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――これで良し、と」

 

『作業』を終えた狐人(ルナール)の少女は、嘆息しつつ立ち上がる。

 

 彼女の佇む裏路地。そこは至る所に無数の呪符が貼り付けられていた。

 

 冬華は通信用の魔導具(マジックアイテム)―――これを作ったエルフは模倣品を作る事にあまり良い顔をしなかったが―――を取り出し、どこかと連絡を取る。

 

「やほー。そっちの調子はどう?」

 

『ん、まぁ上々かな。妖力の調子を見る限りは東西南北全部設置し終わったみたいだけど』

 

「あ、本当だ。じゃあ準備は完璧だね」

 

 彼女達(・・・)は、これから起こるであろう戦闘の下準備を行っていた。

 

 単純に考えても第一級冒険者同士の激突だ。加えて冬華の魔法―――極東で言う妖術―――は、非常に目立つ。加えて他者を巻き込みかねない規模を誇る為、己の妖力を込めた呪符をオラリオの各所に設置する事で一種の結界を作っていた。

 

 戦場となるだろう場所の空間を弄り、あらゆる方式で他者の認識からその場を外す結界をだ。

 

 ……わざわざここまで大規模にしたのは、ただでさえ『かなり』怒っているであろう王族(ハイエルフ)の老人に、万が一にも他者を巻き込んで火に油を注ぐ様な真似をしたくなかった、との要因もあるが。

 

「でもさ、わざわざこうして連絡取り合うのに疑問を感じるな。貴女も私も私なんだから(・・・・・・・・・・・)、全部念話で済ませちゃえば良いのに」

 

『10人も20人もワーワーギャーギャー言ってたら頭がパンクするでしょう。少人数か緊急時以外は本体(・・)からの一方通行のみって決めたのは「私」でしょ』

 

「まぁそうなんだけどさ。不便に思うとあの判断を後悔する時もあるのよ」

 

 好き勝手言い合う彼女達だが、【影法師】と呼ばれるスキルによって生み出された彼女達に個体差がある訳では無い。

 

 他の人間と同じだ。自分の中で複数の情報と推測、己の感情と無数の選択肢を擦り合わせては答えを弾き出す。

 

「はぁ、それにしてもあんなお願いされるなんてなぁ……」

 

『今夜を期待してよう……』

 

「……我ながら情けないなぁ」

 

『まぁ、それについては全面的に同意するけどね。まぁ折角グリファスと()れるんだし、精々楽しくやりましょう』

 

「あぁ、でもやっぱ怖いなぁ……」

 

 だから彼女は、彼女達は。

 

 正誤美醜喜怒哀楽全てをひっくるめて、きっと誰よりも素直に自分と向き合う事ができる。

 

「さて、始めましょうか」

 

『えぇ。どこまでもふざけきった女神と、その眷属による盛大な茶番を』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開幕

「これは……」

 

 東のメインストリートから外れた路地裏。

 

 そこに佇んでいたグリファスの視線の先には、無数の呪符が貼り付けられている。

 

 フィリア祭の行われる円形闘技場(アンフィテアトルム)に向かっていた彼は奇妙な魔力を感知、この場に訪れていた。

 

(他者を阻む結界、いやこれは……精神に干渉する類のものか……?)

 

 込められている妖力、高い完成度の結界から下手人であろう人物に当たりをつけるが……どうも、解せなかった。

 

 第一級冒険者である彼女によるここまでの結界。抗争などがあればこの動きも納得できるが、今日は至って平和だ。【フレイヤ・ファミリア】による不審な動きも見受けられなければ、どこかの【ファミリア】が暴動を起こした様子も無い。

 

 かといって眼前の大規模な結界は決して無視できるものではなく、隠蔽を徹底したその慎重さからしても少女の独断には思えなかった。

 

 狐人(ルナール)の少女、いやそのバックにいるだろう女神の意図が読めず眉を顰める、その時だった。

 

「……」

 

 莫大な妖力が練り上げられる。

 

 素早く反応した王族(ハイエルフ)の老人は、静かに上を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 刀身が紅く染まった妖刀を抜き、石畳に突き立てる。

 

「―――【逢魔(おうま)の時が迫る】」

 

 眼下の光景を見下ろし、狐人(ルナール)の少女は詠唱を始めた。

 

「【立ち昇る化天の幻。今世界の(ことわり)は歪められ、人ならざる者共が集う】」

 

 彼女がいるのは都市を囲む市壁、その上。

 

 第一級冒険者が暴れようと一般人を巻き込む恐れの無いこの場所に、戦域を設定した。

 

「【(くら)い炎が灯された】」

 

 普段目立たない様にする為一本に結わえた尾。それは妖力の鼓動と共に揺れ、膨らみ、分かれる。

 

 露わになったのは、彼女の髪の色と同じ毛並みの尾―――それが、九本。

 

「【世界を暗く照らす妖しき光。それは彼らを(うつつ)へと(いざな)う】」

 

 九尾。

 

 それは獣人唯一の魔法種族である狐人(ルナール)の中でもとある一族の者のみがなれる、人智を超えた妖術を操る存在だ。

 

「【忘れ去られた夢よ、風化した記憶よ、姿を消した者よ】」

 

 オラリオの各地で役目を果たした分身達が次々と消えて行く中、冬華(ふゆか)の魔力が高まって行った。

 

 魔導士の持つ杖と同等以上の補助を可能とする妖刀(相棒)の力も借りて、妖力を練り上げて行く。

 

「【悪鬼羅刹魑魅魍魎、永く遠い道のりを経て姿を現せ】」

 

【フレイヤ・ファミリア】に所属する第一級冒険者、二つ名は【妖狐(テウメソス)】。

 

 その妖術を発動してから終了するまで、平均10分間。

 

 その間、彼女玉藻前(たまものまえ)冬華は―――誰にも、負けた事が無い。

 

「【我が身を糧に顕現し、かつて人々を恐れさせた猛威でもって全てを蹂躙せよ!】」

 

 詠唱を完成させる。

 

 長文詠唱によって紡がれた妖術。その名を告げた。

 

「―――【百鬼夜行】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、何を……?」

 

 動きが読めない。

 

 一度大通りを出て市壁上部を見上げるグリファスが疑問符を浮かべる中。

 

『―――』

 

 声が、聞こえた。

 

 モンスターの遠吠えと、人間の悲鳴が。

 

「………………………………………………………………………………………………………………」

 

 まさか。

 

 ありえない、ふざけるな、何故、誰が、どうして。

 

 あってはならない事態に思考が空白に陥りかける中、それでも意識を集中させる。

 

【ガネーシャ・ファミリア】に捕えられたモンスター。それに取り付けられる事を義務付けられた首輪状の発信器から放たれる魔力を探知する。

 

 闘技場外で割り出されたその数は―――九つ。

 

「……!?」

 

 余裕が消し飛ばされた。

 

 顔色を激変させる。委細合切を放り投げ、モンスターの撃滅に専念した。

 

 どこからともなく銀杖を取り出し、その巨体を五〇(ミドル)前方に現したトロールを捕捉、瞬殺するべく一歩を踏み出そうとして―――、

 

 

 カーン。

 

 

「……」

 

 気付けば。

 

 己の周りを、宙に浮かぶ提灯が取り囲んでいた。

 

 

 カーン。

 

 

 こんな時でなければ風情を感じさせる様な音と共に、それは回る。

 

「―――」

 

 得体の知れない横槍に対し、王族《ハイエルフ》の老人が選んだ方法は単純だった。

 

 正面突破。

 

 一歩踏み出す。

 

 たったそれだけで最高速度を叩き出し、音を超える速度で飛び出し、モンスターの首をへし折るべく銀杖を振るう。

 

 

 カーン。

 

 

 その直後。

 

 グリファスの振るった銀杖は、神速の居合と激突した(・・・・・・・・・・)

 

「!?」

 

「あっぶな……!」

 

『よぉグリファス。久しぶりだな?』

 

「こい、つ……!!」

 

 轟音と共に互いの得物が振り抜かれ、反動に逆らう事無く距離を取る。

 

 場所は市壁の真上。恐らく妖術によって移動させられたのだろう、ふと横に視線を向ければ迷宮都市が一望できた。

 

 目の前にいるのは旧知の仲である狐人(ルナール)の少女。極東の衣装をイメージした戦闘衣(バトルクロス)を纏う彼女の手の中には彼女以上の付き合いである一振りの妖刀が握られていた。

 

 大方の事情を把握する。

 

「『送り提灯』と『送り拍子木』を同時に使っても突破されかけるなんてね。正直焦ったよ」

 

「……やれやれ、やってくれる。フレイヤの指示だな?」

 

「……あの、弁解させて貰っても良い?一応、フレイヤ様も一般人に被害を出すつもりは無かったみたいだけど……」

 

「気休めにもならん」

 

「……怒ってる?」

 

「それが分からない程勘が鈍っている様なら冒険者を辞めた方が良い」

 

「……」

 

 頭部に浮き上がった青筋、普段ならありえない様な痛烈な皮肉。一蹴された冬華が顔を強張らせる中、銀杖を振り鳴らしてはじろりと睨み付ける。

 

「お前は私の足止め、といったところか。大方、フレイヤの用が終わるまでの時間稼ぎだな?」

 

「……だ、大体そんな感じ」

 

「ふん、確かにその妖術は便利だからな。手札の数なら私とほぼ同等だろうよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 一見穏やかに話しながらも少女を見定め、状況を分析する。それに気付いているのかいないのか狐人(ルナール)の少女は汗を流していた。

 

 相手は既に妖術を発動し、手に構えるのは並の武装とは一線を画した妖刀だ。早期の撃破は―――少なくとも殺さずに片をつけるのは―――難しいと判断した。

 

「あの色ボケ女神は何をしている。こんな騒ぎまで起こして」

 

「……多分、どこかの男にちょっかい出してると思うけど」

 

「これだから……」

 

 問題無いと判断してしまった己の浅はかな見通しと女神の気紛れに軽く頭痛を患いながら、重く口を開く。

 

「なぁ、冬華」

 

「う、うん」

 

「これが少しばかり八つ当たりの域に達しているのは理解している。あぁ分かっているさ。お前も主神には逆らえない。『美の女神』なら尚更だろうよ。本来は主神にぶつけるべき怒りをお前にぶつけるのは間違っているかも知れない。嫁入り前の身体に傷を付けるのは回復薬(ポーション)があろうと褒められた事では無いだろうさ」

 

「……!」

 

 そのか細い手に、凄まじい力が込められる。

 

 掴む銀杖が悲鳴を上げる中無表情で抑揚無く呟くグリファスに、少女が軽く青くなる。

 

「だが、こんな真似をして―――拳骨の一発で解放されるとは、思って無いよな?」

 

『おー怒ってる怒ってる』

 

「殺す気で行くよ正宗!じゃないとこっちが死ぬ!?」

 

 直後。

 

 第一級冒険者達が、激突する。

 

 




感想、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百鬼夜行

 

 

生きる伝説(レジェンド)】と、【妖狐(テウメソス)】。

 

 共に都市最大派閥の一角を担う第一級冒険者達の激突。

 

 それは―――音を、超えた。

 

「「―――」」

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!

 

 残像を伴う斬撃と殴打の応酬。幾つものの剣閃を白銀の拳が打ち払い、返す刀で振るわれた銀杖を妖刀が弾いた。拳蹴も交えて別次元の戦闘が繰り広げられる。

 

 鞘に刀が納められては神速の居合が解き放たれ、紅い軌跡を置き去りに首元へ迫る。不壊属性を持つ銀の義手(アガートラム)に無造作に掴まれながらも、どんな技術を用いたのかいつの間にか妖刀はグリファスの手を抜け出して少女の手元に戻っていた。

 

 紅と白銀の光が交差し、轟音が轟く。

 

「……ほう、驚いた。随分と磨き上げられたものだな」

 

『……今のやり取りで五回もへし折りにかかってきといてよく言う』

 

妖刀(アンタ)は折れないでしょうに……こっちは叩かれたところ、凄い痺れるんだけど……」

 

 そう言葉を交わしながら一度距離を取った二人は、再び激突する。

 

「……さて」

 

 目を細めたグリファスが、動く。

 

 Lv.8の【ステイタス】を発揮、その姿が掻き消えた。

 

「―――」

 

 音すらも置き去りにして冬華の背後に回り込み、銀杖を振り上げる。

 

 側頭部に衝撃を叩き込んで意識を落とそうとした、その時だった。

 

「!」

 

「ほう……!」

 

 逆手に持ち替えられた妖刀が、後ろを見る事も無く振るわれて銀杖を弾く。

 

 明らかに視覚外であった格上の一撃を逸らした事に王族《ハイエルフ》の老人が目を見開く。そんな彼に顔を向けた狐人(ルナール)が、呟いた。

 

「―――鎌鼬(かまいたち)

 

「!」

 

 虚空より生じたのは風で形作られた無数の刃。それらはグリファスの体を確かに捉えたが、手足を振るうと同時に全てが吹き散らされる。

 

 発展アビリティ『魔防』。魔法効果に対する耐性を与えるそれをCまで上げたグリファスに、この程度の攻撃は意味を為さない。

 

(今の一撃、意思を宿した妖刀の補助があろうとそう反応できるものではない。グレムと同じ『心眼』でも取得しているな……!)

 

 完璧に防いでもなお貫通する衝撃、巻き起こる突風。距離を取らされた直後に冬華が後方に跳び、納刀する。

 

 一族が一〇〇年以上に渡って受け継いで来た中、付喪神と呼ばれる存在にまで昇華された妖刀。

 

 その柄に手をやって居合の構えを取り、意味在る言葉を紡ぐ。

 

「憑り憑け、鎌鼬(かまいたち)

 

「!」

 

 風が、吹き荒れる。

 

 全方位から吹き付けた風が、刀に吸い込まれた(・・・・・・・・)

 

「っ……」

 

 舌打ちしそうになるのを懸命に堪える。

 

【百鬼夜行】。

 

 それは精神力(マインド)を消費して極東に伝わる怪物(モンスター)……妖怪を呼び出す、召喚魔法(サモン・バースト)だ。

 

 彼女の【ステイタス】の上昇と共に強くなるとされるそれ等は、種類にもよるが平均Lv.6。そんなものを好きに呼び出せると言えばその脅威も理解できるだろう。

 

 故に絶え間無く攻め続ける事で召喚もさせずに撃破しようとしていたのだが……目論見は失敗に終わった。

 

「……」

 

 風が止み、溜まり切った(・・・・・・)とグリファスが判断する、その直後だった。

 

「―――!!」

 

 解き放たれる。

 

 嵐を錯覚する暴風、鞘から解き放たれたのは風の大斬撃。

 

 迫り来るのは階層主(ウダイオス)すらも一刀の元に切り伏せるだろう一撃。市壁上を翔ける不可避の斬撃に対し、グリファスは―――白銀の義手でもって、真正面から受け止めた。

 

 拮抗する。

 

 規格外の一撃を難なく受け止めて見せながらも、その表情は浮かなかった。

 

 対象的に笑う冬華は、とても楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「―――おいで、餓者髑髏(がしゃどくろ)

 

『―――』

 

 ヌッ、と。

 

 突如彼女の後ろに現れたのは、一〇(ミドル)ものの巨体を誇る骸骨。

 

 一見すると37階層の階層主、ウダイオスによく似ているが、相違点は人間のそれをそのまま大きくしたかの様な頭部と、胸部の魔石の有無か。

 

「―――っ」

 

 歯噛みするグリファスが大風刃を握り潰して霧散させた、その直後。

 

 その腕を振るった巨大骸骨が、王族《ハイエルフ》の老人を殴り飛ばした。

 

「面倒な……!」

 

 銀の腕(アガートラーム)を盾代わりにして防ぎながらも何(ミドル)も吹き飛ぶ。市壁から落ちそうになったものの宙で体勢を立て直した事で落下を免れた。

 

「―――」

 

『オォオオオオオオオ―――がぁ!?』

 

 追撃の様に片腕を振り下ろし、グリファスを叩き潰そうとした餓者髑髏(がしゃどくろ)。その雄叫びは途中で途切れる事となった。

 

 グリファスの振るった銀杖が、その腕を文字通り打ち砕いたからだ。

 

「……!」

 

 一歩、力強く踏み込む。

 

 引き絞られた強弓に己を見立て、次には―――足元の石畳を爆砕し、一瞬で巨大骸骨、その頭部へ肉薄する。

 

『ウっ!?』

 

 音を超える矢と化した跳び蹴りは、一撃で頭蓋を吹き飛ばした。

 

「―――」

 

 宙に浮いたまま右手を狐人(ルナール)の少女に向け、照準(・・)する。

 

 戦闘が始まってから1分が過ぎようとしている。決着を着ける為事態を収束させる為、魔法の行使に踏み切った。

 

「【解き放つ一条の光聖木の弓幹汝弓の名手なり、狙撃せよ妖精の射手穿て必中の矢】―――」

 

 尋常じゃない速度で紡ぐのは【ロキ・ファミリア】の魔導士であるエルフの少女の攻撃魔法。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 大閃光。

 

 崩れ落ちる骸骨を胸部を貫きながらも勢いは欠片も削られず、短文詠唱でありながらLv.8の『魔力』『魔導』で底上げされた一撃が迫る。

 

 そしてそれが持つのは追尾属性、敏捷性の高い獣人であろうと躱せるものではない。

 

 だから冬華は、一切の回避行動を取らなかった。

 

塗壁(ぬりかべ)

 

 不可視の障壁が、極太の光線を真っ向から受け止める。

 

 衝突地点の空間―――恐らくは障壁が鈍い音と共に罅割れるが、それと同時に【アルクス・レイ】も吹き散らされた。

 

「相変わらず、やりにくい……!」

 

「はは。遠慮無く魔法ぶっ放されて焦ったけどね……」

 

 着地したグリファスの言葉に苦笑しながらも何らかの合図の様に妖刀を振るい、少女は紡ぐ。

 

「赤鬼、青鬼」

 

 顕現するのは、対となる(あか)(あお)の巨体を誇る筋骨隆々の怪物。

 

『『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』

 

 かつて親友(とも)を思うが故に離れ離れとなった二人は王族(ハイエルフ)の老人を前に黄金の連携をこなし、大剣と金棒を振るう。

 

 横薙ぎに振るわれる大剣を身を屈めて躱し、振り下ろされる金棒に横から一撃を打ち込んで逸らした。空を切った渾身の一撃は石畳を抉り取るが、それを放った青鬼に僅かな―――しかし、致命的な隙ができる。

 

『―――っ』

 

 凍り付く青鬼の懐に潜り込んで銀の腕を伸ばし、首をへし折った。

 

『――――――――っっ!!』

 

 片割れを倒され激昂し、潜在能力(ポテンシャル)を激上させる赤鬼。その動きはLv.7にすら見劣りしないものだった。

 

『おぉぉおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

「―――」

 

 大上段の振り下ろし。それに応えるようにグリファスも銀杖を振るった。

 

 交差すると同時に片方の武器が砕け、もう片方の得物が振り抜かれる。

 

「ははっ」

 

 赤鬼を打ち破って疾駆するグリファスに、冬華は笑う。それに応じて妖刀もその紅い刀身を震わせた。

 

 始まりは老人の怒りと少女の焦りから始まった闘争。

 

 だが、今。

 

 双方の表情には、とても楽しそうな笑みがあった。

 

 かつて面倒を見ていた少女の成長した姿に、グリファスは顔を綻ばせ。

 

 己の全力を受け止めてくれる老人に感謝と歓喜、そして憧憬を覚え、冬華は満面の笑みを浮かべる。同時に傷らしい傷も無ければ疲労も見せない最強に対し対抗心を燃やし、全てをぶつける。

 

 あらゆる技術を。

 

 あらゆる剣技を。

 

 あらゆる妖怪を。

 

 それから、少女の率いる軍勢が次々と生み出された。

 

 怪力無双と呼ばれた鬼神が次々と変化(へんげ)してはその膂力を振るった。

 

 鉄よりもずっと強靭な体皮を持つ大蛇が(あぎと)を開き、あらゆるものを喰らわんと襲い掛かった。

 

 聞いた事の無い様な気味の悪い声を聴かせた者に幻術にかける雷獣が紫電を纏って突進を繰り返した。

 

 天狗が暴風を起こし、河童が水を操り、雪女がそれらを凍てつかせる複合攻撃でもって【九魔姫(ナイン・ヘル)】に匹敵する砲撃が解き放たれた。

 

 目には目を歯には歯を、骨には骨を―――その怨念と呪詛でもって己の脆い体を傷付けたものに同じ傷を付ける細身の骸骨がその歯をカタカタと鳴らした。

 

「―――!」

 

「っ……!(わざわい)!」

 

 それ等全てを突破したグリファスは、莫大な妖力を完璧に制御しつつ戦う冬華と武器を打ち合う。

 

 鉄の様に硬い体を燃やす大猪をけしかけて距離を取った冬華は、汗を流しつつ息を吐く。

 

「もう、ここまでかな」

 

「……精神疲弊(マインドダウン)か?」

 

『一定量は俺が供給しているからブッ倒れる事は無いが……まぁまともに戦えるはずがねぇな』

 

「Lv.8を7分も抑え込んだのは偉業と言える領域だ、気にする事はないだろう」

 

「ははは……だから、これで終わり。ここまでやればあの女神《ひと》も満足でしょう」

 

 そう告げる彼女は、妖刀を石畳に突き立てる。

 

「我等が祖先よ、我等が神よ。偽りでありながら真の神に通ずる力をもって現れたまえ―――空狐」

 

 それが、引き金だった。

 

「っ―――」

 

 莫大な光の奔流。認識を妨げる結界を破りかねない程の輝きを放つ光の柱。

 

 それがだんだんと薄くなり、消えて行くと―――ソレは、いた。

 

『―――』

 

 それ自体が輝きを放つ純白の毛並を持つ妖狐。尾の無いそれは紅い瞳を輝かせ―――周囲に、無数の火の玉を浮かべる。

 

 悟った。

 

 この存在は、これまでと比べ物にならない力を操る存在―――大妖怪と呼ばれるものの一角である事を。

 

 その潜在能力(ポテンシャル)は下手をすればLv.8―――いや、魔力を纏ったグリファスとも渡り合えるであろう事に。

 

 だから。

 

 それを操る冬華に感嘆の意を覚え―――しばらく使う事の無いだろうと感じていた魔法を、使う事とする。

 

「―――【グングニル】」

 

 詠唱破棄、紅い槍を手元に顕現させる。

 

 それは、全知全能である神の力(アルカナム)、主神のそれを行使する魔法だ。

 

 そして。

 

 だから。

 

 それがグリファスの手から消えた時―――勝負は、既に決していた。

 

 

 対峙していた二人と一匹。

 

 その内の一つ、狐が崩れ落ち、姿を消して―――狐人(ルナール)の少女も、石畳に倒れ込む。

 

「……まったく」

 

 今日何度目か分からない溜め息。

 

 息を吐いたグリファスは、一人精神回復薬(マインド・ポーション)をあおった。

 

 

 




二話に纏めるつもりだったのを一つにしたから結構長くなった……まぁ、書き甲斐がありましたが。
感想、よろしくお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇夜の邂逅

 

「……」

 

 市壁の上。

 

 そこから賑やかなオラリオを見下ろすグリファスは、ふと尋ねる。

 

「立てそうか?」

 

「無理、空狐様呼び出すのに精神力(マインド)使い過ぎた……」

 

 彼の側で仰向けに転がる狐人(ルナール)の少女は消耗を隠す事無く応じる。その言葉に嘘偽りは無く、あまりの疲労で身体に力が入らなかった。

 

 その横でぞんざいに転がされた妖刀も不満気に震える。

 

『おい、俺も休ませろ。具体的には鞘に入れてくれ。女神に巻き込まれて今日は疲れた』

 

「ほう、奇遇だな?私も同じだ」

 

「……はい」

 

『え、おいっ、痛っ!?』

 

 非常に雑な動きで正宗を納刀する。刀は武士の命とか言う言葉もあった気がしないでもなかったが、そもそも彼女は冒険者である。そこらへんに遠慮は無かった。

 

 緊張の抜けきった緩慢な動き。いよいよ本気で意識を落としそうになる冬華(ふゆか)だったが、突然頭部を蹴られた。

 

「こん!?」

 

「……」

 

 頭を抑えて睨み付ける少女だが、グリファスはというと呆れ果てたかの様な表情を浮かべていた。

 

「ついさっきまで随分と派手にやってくれたが……よくもまぁ、そうのんびりしてられるなぁ……?」

 

「え、嘘。ここにきて追い討ち!?嘘だよね、Lv.8の一〇連拳骨コースとかって無いよね……!?」

 

「さぁなぁ、一〇〇発位は雷落とそうかと思っているんだが……物理的に」

 

「魔法!?やめて死んじゃう、ほんとに死んじゃう!!」

 

 今更になって顔を青くする少女にも分かる様に、その魔力を練り上げる。

 

 あわあわとなる冬華を詠唱破棄による軽い魔法で焼いてやり、制裁を下そうとしたその時だった。

 

 何者かからの連絡に、通信用の魔導具が反応した。

 

「……」

 

 眉を顰めたグリファスは複雑な紋様を刻まれた木板を手に取り、それに応じる。

 

『―――グリファス』

 

「フェルズか。どうした?使い魔で状況は把握しているんだろう。私はこれから脱走したモンスターの撃滅を行うが―――」

 

『いや、違う』

 

「あ?」

 

『グリファスにはこれから、東のメインストリート付近の大通りに向かって貰いたい』

 

「……どうした?」

 

 思わず、眉間に皺を寄せる。

 

 彼にかつて師事したフェルズは、全肯定とまではいかぬもののほとんどグリファスの行動に干渉する事は無かった。暗に『脱走したモンスターは後回しにしろ』と告げるフェルズの言葉に疑問符を浮かべる。

 

『不味い事になった』

 

「要点を言え」

 

 少なからず動揺しているかの様な声色に、一層疑問を深める中。

 

『新種のモンスター―――先日、異端児《ゼノス》を襲った食人花が複数現れた。現在【大切断(アマゾン)】と【怒蛇(ヨルムガンド)】、【千の妖精(サウザンド)】に【剣姫】が対処したが……』

 

「すぐ向かう」

 

「……?」

 

『食人花』との馴染みの無い単語に困惑する冬華。通話を切ったグリファスは彼女を一瞥し、一言告げた。

 

「次は無いぞ」

 

「あ、はいっ!?」

 

 こくこくと頷く狐人《ルナール》の少女に嘆息しつつ、王族《ハイエルフ》の老人は軽やかに市壁から飛び降りる。

 

 汗を流す冬華は、頭上の空を見上げ、一人呟いた。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が過ぎるのは早い。

 

 日が沈み月が昇り、オラリオは夜に染まっていた。

 

 雲がかかった月が見下ろすところ、屋根が崩れ落ちた古い廃墟。

 

 朽ちた建物は至る所が破損しており、石材が剥き出しになっている。昼夜問わず光を絶やさないオラリオの中でもその奥深い路地裏の一角には灯りの手が届かず、宵闇がはびこっていた。

 

 そんな廃墟の中に、月を見上げる影が一つ。

 

 闇夜に紛れる様に、一人、暗がりの中で佇む影があった。

 

「―――ディオニュソス様」

 

 廃墟の中で、声が響く。

 

 物音一つ立てずに現れたのはエルフの女性だ。暗闇の奥から出てくる彼女に対し、呼びかけられた神物(じんぶつ)はゆっくりと振り返った。

 

 雲が割れ、大穴の開いた屋根から蒼い月明かりが差し込む。端正に整った神の容貌がはっきりと照らし出された。

 

「ギルドより先に、回収する事はできたか?」

 

「はい、こちらになります」

 

 普段纏っている笑みを消したディオニュソスは、己の眷属から取り出されたものを受け取る。

 

 手の平の上で転がすこと数度。

 

 中心が極彩色に染まった魔石を細い指で掴み、夜空に掲げ、双眸を細める。

 

「面倒な事になってきたな……」

 

 そう呟いた、直後だった。

 

「あぁ、全くもってその通りだ。心底同意するよ」

 

「「!?」」

 

 突然響いた、後方からの声。

 

 感じ取った圧迫感。警戒心を剥き出しにして得物を構える従者と共に振り返った男神は、珍しく顔を強張らせた。

 

「グリファス……」

 

 どこからともなく姿を浮き上がらせたのは、『管理者(マスター)』とも呼ばれている王族(ハイエルフ)の老人だった。

 

「っ……」

 

 あらゆるエルフが崇拝する存在に、短剣を構えていた少女が硬直する。エルフとしての、冒険者としての本能が最強の王族(ハイエルフ)に対する警鐘を鳴らしていたが、どうしても身体が動かなかった。

 

「―――フィルヴィス」

 

「ディオニュソス、様……」

 

 信愛する主神の声が、彼女を不可視の鎖から解き放つ。

 

「それを納めろ」

 

「ぁ……」

 

「荒事は彼も起こさないさ。万一なったとしても……分かるだろう?」

 

「………はい」

 

 ディオニュソスの言葉に従いうつむいて後ろに下がるエルフ。

 

 その姿を見ていたグリファスは、ゆっくりと息を吐いた。

 

 正直、彼女―――フィルヴィス・シャリアを見かけたのは全くの偶然だった。

 

 フェルズの教えた場所、凍り付いた大通りで食人花の魔石を回収した時、帰りにふと【ディオニュソス・ファミリア】の団長を見かけたのだ。

 

 周囲の視線を意識した挙動に気付いた時には既に魔石を採取しており、そんな彼女を見咎めたグリファスはこうして後を追ってここまで来ていた。

 

「……さて」

 

 おもむろに脱力した男神は気品のある笑みを纏い直し、一言尋ねる。

 

「見られたからにはいろいろ説明しなくてはならないんだろうけれど……どこまで掴んでいるんだい?」

 

「ふむ……」

 

 顎を指でさすって考え込んだグリファスは、思い起こした名を読み上げる。

 

「ドレア・カーティス、ロッコ・ベルクカッツェ。それに加え、第三級冒険者のウルバ・マーティスだったか」

 

「!」

 

「……流石だね」

 

 それを聞いたフィルヴィスは瞠目し、ディオニュソスも思わずといった風に苦笑した。

 

 グリファスの読み上げた人名。

 

 それ等は先日オラリオで殺害された、【ディオニュソス・ファミリア】の団員達の名前だったからだ。

 

「一体いつから、私達をマークしていたんだ?」

 

「別に。ここ数日、とある女神の不審な動きについて情報を集めていた時にたまたま冒険者の不審死を耳にしただけだ。加えあの『新種』の魔石を回収していたとなれば尚更、な」

 

「……あぁ、ご明察の通りだ。私は眷属を殺した者を追っている。そして現場に残されていたのが―――これだ」

 

 ディオニュソスの掲げた極彩色の魔石。それを聞いたグリファスが目を細めた。

 

「……どういうことだ?」

 

「正確には少し違うが……死んだ眷属の傍に落ちていたのは、それこそ砕けたかの様な欠片だったよ」

 

「……成程、事情は理解した」

 

 暫し黙考したグリファスは、やがて紋様の刻まれた木板を投げ渡す。

 

「何かあったら連絡する。できる限りの協力をする事を約束しよう」

 

 背を翻した。

 

 ひとまず己の回収した魔石をウラノスの元に持って行こう。

 

 そう考えていた時だった。

 

「……信じて良いのかい?」

 

「……どういう意味だ」

 

 突然投げかけられたディオニュソスの言葉。それに一物含むものを感じ取り、男神に胡乱気な視線を向ける。

 

「……私は、ギルドが―――いや、ウラノスがこの案件に関わっていると思っている」

 

「……」

 

 一〇〇〇年間ギルドの裏で動いていた【生きる伝説(レジェンド)】。それに対し物怖じせずに放たれた言葉に、グリファスはつい口元を歪めた。

 

「……確かにウラノスも私も色々と隠し持つ物はある。どんな根拠でその結論に辿り着いたかは知らないし、興味も無いが……」

 

 その銀色の瞳で神の碧眼を見据え、断言する。

 

「万が一そんな事があれば、私は迷わず始末をつけるさ」

 

『祈祷』を捧げる神の殺害(・・)すら厭わない。

 

 そう暗に告げるグリファスに、ディオニュソスは目を弓なりにした。

 

「……変わらないね」

 

「なんだ、疑っていなかったのか?」

 

「もしそうだったら、私達は今頃血の海に沈んでいるだろうさ」

 

「……相変わらず、食えない男神(おとこ)だ」

 

 苦笑したグリファスは、一人立ち去る。

 

 暗闇の邂逅は、誰にも知られずに終わった。

 

 




……食人花を絡めたいと思ったけど、下書きではお爺ちゃんがアイズたんやレフィーヤ達の出番を奪ってしまったのでカット。結果空白の時間が生まれてしまったのは申し訳ないと思ってる。

そしてこれから18階層とか24階層になる訳ですが……【ヘルメス・ファミリア】がメインとなります。
だってグリファス出すと半日で全部のイベント消化しちゃうんだもん!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

泥犬の受難
悪意の牙


 

 

 ダンジョン18階層、安全階層(セーフティポイント)

 

 階層西部の湖畔、そこに浮かぶ島の東部。高さ二〇〇(ミドル)はある断崖の上に存在する街の名はリヴィラ。

 

 中層域に到達可能な上級冒険者達が経営する、ダンジョンの宿場町だ。

 

『おいっ、この量の魔石だぞ!?幾ら何でも安過ぎるだろう!』

 

『これで不満なら他の店に行けば?多分ここよりは安いと思うけど、ねぇ?それが分かっているから貴方もここに来たんでしょう……?』

 

『くっ……!』

 

『ふはは、交渉がしたければもっと経験積んで来なさいな。それにしても……ソロで荷物も大変でしょう。いつも一緒にいる彼女はどうしたの、別れた?』

 

『お前には関係の無い話だろう……それに別れてなど―――』

 

『おっ、何だメスト。娼館にでも行ったってか?げひゃひゃ』

 

『誰があの様な汚らわしい場所へ行ったって……!?』

 

『けっ、自分にはイイ女がいるからってお偉く留まってんなぁ、エルフさんよ』

 

『はっ!下品なお前には娼婦がお似合いだろうよ!』

 

『あぁ!?』

 

「………」

 

 雑踏と騒めきが絶えない冒険者の街で、褐色の肌をもつ犬人(シリアンスロープ)の少女は一人歩いていた。

 

 現在の時刻は『夜』。階層の天井に生え渡った大水晶は光を失い、周囲は僅かばかりの魔石灯と、地面の割れ目から生え出た青水晶によって照らされていた。

 

 褐色の少女が訪れたのは、『リヴィラの街』にある数少ない酒場の一つ。

 

 リヴィラの片隅にある簡素な造りの店に足を踏み入れた犬人(シリアンスロープ)は、カウンター席に座って注文を取る。

 

「蜂蜜酒と……おっ、雲果実(ハニークラウド)のクレープがあるのか!良いなっ、それで!」

 

「ほう、結構高いぞ?調理用、保存用の魔石製品や材料を持ち込むのには苦労したからな」

 

「へへっ、気前の良い冒険者依頼(クエスト)を受けてな、懐はポカポカだ―――て、高ぁ!?」

 

「どうしたよ【泥犬(マドル)】、懐が温まってるんじゃぇのか?」

 

「流石にこれはないだろう……!?」

 

 意地汚くニヤニヤと笑う店主と、驚愕の値段に戦慄する犬人(シリアンスロープ)の少女。その光景を見た周囲の冒険者が愉快そうに笑う中、店内にまた一人客が訪れた。

 

 鋼の鎧に身を包む、長身の男。顔全体を覆う(ヘルム)を外しもせずに酒場に入った彼に周囲の視線が集中するが、奇人は各々の主神で見慣れている。それ以上注目される事は無かった。

 

 そして彼はカウンター席の左端から二つめ―――少女の隣に座る。

 

「……」

 

 依頼人に教えられた装備、指定された席。目当ての人物と察した少女はクレープを頬張りながら笑みを浮かべた。

 

 残っていた蜂蜜酒を飲み干し、席を立つ。

 

「そんじゃごちそうさん。さてと―――お代、八四〇〇ヴァリスだったっけ?幾ら何でも高過ぎるだろ、地上じゃぁ二〇〇ヴァリスもしないぜ」

 

「……」

 

 ピクリと、全身型鎧(フルプレート)の男の肩が揺れた。

 

 犬人(シリアンスロープ)の少女が店主と言い合う中、腰に結わえられた袋から布で包まれたそれを取り出す。

 

 ロクに顔も見ずに伸ばされた褐色の手が、瞬く間に包みをかっさらった。

 

「今度からは頼むよ、もう少し安くしろよな!」

 

 店主の男のそう吐き捨て、少女は立ち去る。

 

 包みを素早くしまい込み、褐色の盗賊(シーフ)は酒場を後にした。

 

(さて、後はこれを地上に運ぶだけだから……開錠薬(ステイタス・シーフ)でも高値で売り付けに行こうかなぁ)

 

 莫大な報酬に胸を高鳴らせながら、尻尾を振る少女―――【ヘルメス・ファミリア】所属の運び屋、ルルネ・ルーイは満足そうに笑う。

 

 帰還の時刻が特に決められている訳でもなし。ルルネは暫く迷宮の楽園《アンダーリゾート》で体を休める事にした。

 

 それが致命的な判断であった事に彼女が気付いたのは、半日後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 斜面や段差の多いリヴィラ上方、中心付近に存在する洞窟。

 

 天然の洞窟に広がる空間を利用して宿屋にした場所で、宿の主であるヴィリーはここ暫くの仕入れを計算していた。

 

(昨日は【ヘファイストス・ファミリア】のパーティが来て……三、四日前はヒュアキントスの連中が来たんだったか。稼ぎは上々……そろそろ地上(うえ)で証文の換金に行くか?)

 

 受付場所であるカウンターで複数の証書を睨む獣人の青年。中肉中背でぼさぼさの髪、左右の頬には赤の(ライン)塗料化粧(ウォーペイント)を施している。

 

 少なからず人気のある宿を経営するリヴィラで過ごす事一週間。そろそろ地上の空気が恋しくなってきた事も手伝って帰還の目処を立てていく彼だったが―――ふと、獣人の優れた五感が今夜最初の客人の足音を捉えた。

 

「(……今夜は、まず二人か)」

 

 第三級冒険者の視力が、洞窟を訪れた二人を認識する。

 

「いらっしゃ―――」

 

 愛想笑いを浮かべて決まり文句を口にしようとした彼だったが、その途端に彼の目が見開かれる。

 

「ぉ……!」

 

 思わず、掠れた様な声が漏れてしまった。

 

 片方は全身型鎧(フルプレート)の男だった。ある程度―――そう、ある程度は安心が保障されるリヴィラで顔面を覆い隠す(ヘルム)を被った男の見た目は珍しかったが、ヴィリーの視線を引き寄せたのは隣にいた女だった。

 

 身に纏うローブの上からでも分かる妖艶な体つき。大きな双丘は情欲をそそり、なだらかな臀部は否応なく劣情を掻き立てられる。くびれた腰の位置は高く、しなやかな肢体は指の先まで細い。目深に被ったローブで顔を隠しているにも関わらず、瑞々しい色香がどこまでも漂っていた。

 

「いらっしゃいませ。お泊りで……?」

 

「あぁ、宿を貸し切らせてくれ!」

 

「あいよ、貸し切り……貸し切り?」

 

 艶めかしい女に鼻の下を伸ばすヴィリー。男の注文にも半ば無意識の反応だったが、意味を悟ると同時冷や水を浴びせかけられた様な気分になった。

 

 男の浮かれ切った様な声を聞いてあっという間に仏頂面になり、低く男に尋ねる。

 

「……証文は。高くなるぞ」

 

「ほら!」

 

「っ」

 

「釣りはいらない。これで十分過ぎる位だろう?」

 

 ずい、と押し付けられたのは巨大な魔石だった。

 

「……確かに」

 

 その質と大きさから下層域の大型級から摘出されるものと判断し、ヴィリーは閉口する。

 

「さて、行くとするか」

 

「……」

 

 二人の男女が暗闇、洞窟の奥へ消えて行くのを確認し、青年は辟易した様に息を吐いた。

 

「くそったれが……くたばっちまえ」

 

 これは酒でも飲まなければやっていられない。

 

 そう毒づいたヴィリーは満席の札をかけ、酒場へと繰り出す。

 

 青年が宿から姿を消した、数分後だった。

 

 ―――グシャッッ、と。

 

 鉄臭い臭いと共に、何か血肉を踏み潰したかの様な音が炸裂した。

 

 

 

 

 もしかしたら。

 

 客人を迎い入れたその時、ヴィリーは生死の境にいたのかも知れない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

朝の風景

 

「さあ団長。私の(おてせい)の料理です、たーんと食べてください♡」

 

「……」

 

 大食堂で食事が始まる。

 

 湯気の立つスープやふわふわのオムレツに各々が手を伸ばす中―――【デメテル・ファミリア】から先日届いた大量の野菜が猛威を振るっている―――フィンの前には、巨大魚を丸焼きにした野性味溢れる女戦士《アマゾネス》料理が置かれていた。

 

 その体の大きさと(いびつ)で強固な(うろこ)から度々モンスターと勘違いされるモンスター、巨黒魚(ドドパス)だ。子供でありながら一(ミドル)を超える魚の丸焼きに、小人族(パルゥム)の少年は黙って遠い目をした。

 

「ティオネの奴……。全く、給仕当番を追い出して何をやっているのかと思えば……」

 

『はい団長、あーんッ』

 

『いやティオネ、ティオネ?流石にこの量は……ちょっ』

 

「……」

 

 ご機嫌なティオネに強引に食べさせられるフィンに、グリファスもまた周囲の者と同じ様に気の毒そうな視線を向ける。

 

 野菜と塩漬けした肉のサンドイッチを食べた王族(ハイエルフ)の老人は、巨大魚(かいぶつ)の攻略を断念した想い人(フィン)の食べかけを美味しそうに食べるティオネを尻目に思考した。

 

(予定通りならルルネは既に『荷物』を受け取ったはずだ。昼頃には帰還していてもおかしくないはずだが……まぁ明日には戻ってくるだろう。解析の用意もしておかなくてはな)

 

 金にがめつい―――報酬さえ払えば詮索もせずに依頼をこなす―――褐色の犬人(シリアンスロープ)の少女を思い浮かべつつ野菜をふんだんに使ったスープを飲み干す。

 

 そして、脳裏をよぎったのは銀の女神。

 

「……」

 

 苦虫を噛み潰したかの様な表情で思い浮かべたのは、昨夜、怪物祭(モンスターフィリア)の翌晩のやりとりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何か申し開きはあるんだろうな?」

 

 迷宮都市中央部、摩天楼(バベル)最上階。

 

 美しい調度品の数々に彩られたその部屋は見る者を圧倒し、部屋の主の放つ正真正銘の『美』も相まって誰もが感嘆と恍惚に息を吐く空間だった。

 

 だが、今回ばかりは事情が違う。

 

 神秘的な雰囲気すら内包する場所を塗り潰すのは、圧倒的な重圧。

 

 一般人なら泡を吐いて倒れてもおかしくない程のそれを放つ王族(ハイエルフ)の老人に、優雅な仕草で葡萄酒を口にするフレイヤは妖しく笑った。

 

「あら、一体何の事かしら」

 

「こちらに冬華をけしかけてきておいて何を言っている。これ以上無駄な手間をかけるな、死にたいのか?」

 

「そうねぇ……貴方となら天界に行っても構わないけれど」

 

「もしありとあらゆる厄介事が解決して若い者達に全てを任せて逝っても、それだけは御免だ」

 

「あら。私、そんなに嫌われる様な事をした?」

 

「『美の女神』の類は基本的に嫌悪の対象だよ。加えて昨日の一件だ」

 

「そう、残念ねぇ……」

 

 鬼の様な形相を見せるグリファスに、フレイヤは微笑で返す。

 

 無言の視線の応酬があった。

 

 やがてグリファスは、辟易した様に息を吐く。

 

「……まぁ、不幸中の幸いと言うべきか……お前の起こした騒ぎのおかげでアイズをはじめとした冒険者が動いた。別件の被害を抑えられた側面もあったからな、今回の一件は不問にしておく」

 

「……あぁ、ロキの言ってた?」

 

「何だ、お前等会っていたのか?」

 

「えぇ、騒動が終わった後真っ先に呼び出されたけれど、快く見逃してくれたわ」

 

「……ほう。快く、ねぇ」

 

 神々の中でも畏敬を込めて『魔女』と呼ばれている女神を、白い目で見つめる。

 

 天界にいた頃からの長い付き合いだったらしいロキが彼女に借りの一つ二つ作っていたであろう事は想像に難くない。大方今回の騒ぎの事でゆすろうとでもした時に弱みを握られて見逃さらずを得なかったのであろう。

 

 そして恐らくは、この先の事も(・・・・・・)

 

「全く、あきれた根性だな。そこまでして欲しいか、ベル・クラネルが」

 

「……あら」

 

 今度こそ。

 

 心底驚いた様に目を見開いた美の女神は、どこか愛嬌を感じさせる仕草で首を傾げた。

 

「どうして分かったの?ロキにもまだそこまでは気付かれていなかったのに」

 

「騒ぎの中でお前の解き放ったモンスターが唯一襲った冒険者だ。半信半疑だったが『本命』と仮定して調べれば後は簡単だったよ」

 

 あっさりと答えた老人の目は、しかしどこまでも冷たい。

 

「普段のものとは趣向が違う様だが……あの少年は既に別の【ファミリア】に所属しているだろう。あまり手を出すな、今回の様な真似は絶対にやめろ」

 

「随分肩入れするのね?」

 

「当然の事を言ったまでだろう」

 

 だが、グリファスの表情は決して良くない。

 

 フレイヤには手を出すなと言ったものの、これ以上何もできないからだ。

 

 ただでさえ『新種』の案件で手一杯なのだ、それを抜きにしたって女神の動きは読み切れず後手に回ることになるし、フレイヤもそれを理解している。現状でさえ気を変えて白兎《ベル》に接触すれば一瞬で籠絡できるのだから。

 

 だから彼にできたのは、『これ以上地上で余計な真似をするな』と釘を刺す事のみ。

 

 まぁ万が一フレイヤが昨日と同じ真似をすれば怒りのままに叩き潰す気満々なのだが―――、

 

「ね、グリファス?」

 

 そこで、薄く薄く微笑んだフレイヤは身体を寄せて囁いた。

 

 常人ならたったそれだけで『魅了』し得る、魔性の囁き。

 

「もう、夜も更けてきたし―――今夜は、泊まっていかない?」

 

「断る。あまり密着するな、自分の眷属にでも相手してもらえ」

 

 あっさりと女神を引き剥がしたグリファスに、彼女は思わずといった様に苦笑した。

 

「相変わらず、つれないわねぇ」

 

「いい加減にしろ、お前―――っ?おい待て、その本は―――」

 

「え?あぁ、最近入団したシギン―――エルフの女の子が持っていて。行きつけの本屋に行けば買えたけれど……素敵よねぇ、貴方達。一〇〇〇年もの間一生愛し合って支え合って。見出しに『乙女の憧れる物語』とか『理想の伴侶』とか出ていたのも頷ける―――」

 

「くそっ、その本そこまで広がっていたのか……!?やけにあの作家から大金を振り込まれていると思ったら……!!」

 

「売り上げも最上位だったと思うけど」

 

「何……!?」

 

 とあるヒューマンによって自分の半生を描かれた物語。

 

 想定以上に受けていたらしきその存在に戦慄し、狼狽するグリファスの表情に、フレイヤはクスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 よりにもよってあの女神に動揺する姿を見せてしまった事に息を吐きつつ、食器を片付ける。

 

 その時だった。

 

「あ、グリファス」

 

「ん?」

 

 声をかけられ振り向くと、そこにいたのはティオナだった。彼女の後ろにはアイズやティオネ、レフィーヤもいる。

 

「どうかしたのか?」

 

「んー、これから皆でダンジョンに潜ろうと思っててさ。ちょっと長くなりそうだから報告のついでにフィンも誘おうと思ってたんだけど……」

 

「グリファスも、行く?」

 

「あー……」

 

 ティオナの言葉を引き継いだアイズの問い。

 

 軽く考え込んだグリファスは、苦笑を浮かべつつ答えた。

 

「誘ってくれた所悪いんだが、生憎と今日は用事があってな。済まない」

 

「い、いえお気になさらず……!」

 

「でも、用事って何なの?」

 

 レフィーヤが慌てふためく中投げかけられたティオネの問い。

 

 視線が集中する中、王族(ハイエルフ)の老人は静かに笑った。

 

「―――何、ちょっとした調べ物をな」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地下水路

 

 

「―――」

 

 ゴッ!

 

 ドッッ!!

 

 ゴグシャァッッッ!!!

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 耳を塞ぎたくなる様な破砕音が轟く度に破鐘(われがね)の叫喚が上がり、黄緑色の長躯が薙ぎ払われる。

 

 力任せに殴り飛ばされた食人花が同胞も巻き込んで何(ミドル)も吹き飛ばされる光景に、当の老人は泰然とした表情で歩みを進める。

 

「これが第一級、いや【生きる伝説(レジェンド)】……」

 

「予想はしていたけれど、相変わらずのチートっぷりじゃないか……」

 

「何を言っている、私をここまで連れてきたのはお前達だろう?フィルヴィス、ディオニュソス」

 

 その長い耳で声を聞き取り、後ろで唖然と固まって顔を引き攣らせる主従に肩をすくめた。

 

 時刻は正午。

 

 アイズやフィン達がダンジョンに出発した頃、グリファスは彼等とオラリオの地下に潜っていた。

 

 迷路を彷彿とさせる入り組んだ地下水路には申し訳程度の魔石灯位しか光源が残っておらず、暗闇が周囲を取り巻いている。地下から飛び出した食人花の居場所を突き止めたディオニュソス達に案内された彼は旧式の地下水路、空堀となった大貯水槽にて件の食人花と遭遇(エンカウント)。文字通り『開花』して襲い掛かってきたそれに応戦をしていた。

 

 当然ながら潜在能力(ポテンシャル)の差は歴然であり、どこまでも一方的な戦いと化していたのだが―――、

 

『ッ!?』

 

「……やはり硬いな。正直驚いた」

 

 白銀の拳を振るったグリファスは、その硬質な手応えに眉を顰める。

 

 眼前の『新種』、食人花の数は今の所四体。

 

 それ等はLv.8の拳蹴によって例外なく打ちのめされたにも関わらず、未だに存命していた。

 

 その体の各所を拳の形にめり込ませ、蛇の様に長大な体躯を蠕動(ぜんどう)させては悶え苦しんでいるものの致命傷と呼ぶにはまだ遠いだろう。

 

「……」

 

 目を細めたグリファスは、やがてうんざりした様に息を吐く。

 

「やれやれ、腐食液を放つ芋虫の次には第一級冒険者の打撃も耐える食人花か。尖兵でこの能力ならいよいよ先が思いやられるが……」

 

『―――アァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 破鐘の咆哮。

 

 真正面からでは敵わぬと悟ったのか、食人花の群れは王族(ハイエルフ)の老人に向けて己の触手を一斉に解き放った。

 

 点ではなく面の様に大規模な波状攻撃。直撃すれば第二級冒険者であろうと一撃で昏倒し得る触手が無数に襲い掛かり、理不尽なまでの暴虐を働かんとしたが―――その全てが、消し飛ばされる。

 

『ガッ……!?』

 

「な―――」

 

 絶句する食人花。それは後ろで見ていたフィルヴィス、ディオニュソスも同じだった。

 

 目の前で佇む老人の手の中には、黄緑色のナニカがあった。

 

 それはボトボトと体液を落とし、あまりの力に球体状となったそれには周囲に散らばる触手の残骸、その先端が繋がっている

 

 ―――握り、潰された。

 

 自分達の叩き込んだ無数の触手、その全てが一瞬で掴まれ、引き抜かれ、握り潰されて老人の手の中に収まる程に圧縮された。

 

 圧倒的な差にモンスターが硬直する中、グリファスは告げた。

 

「ひとまず、『雑草』の駆除をしなくてはな」

 

 小手調べ、様子見が終わる。

 

 一方的な虐殺が始まり、破鐘の悲鳴が上がり、そして数秒で途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 モンスターの存在した大貯水槽。

 

 その一角、大量の灰の中心に佇むグリファスは、手の中の魔石の観察をする。

 

 やはり中心が極彩色に染まった魔石は、50階層及び怪物祭(モンスターフィリア)当日に採取されたものと遜色無かった。

 

「……しかし、何度見ても違和感が拭えないな。この魔力、どこかで見た様な気がするんだが……ディオニュソス、貴方はどう思う。……ディオニュソス?」

 

 極彩色の魔石を手の中で弄びつつ振り返り、顔を強張らせている男神に怪訝な表情を作る。

 

「どうしたんだ一体。フィルヴィスまで青くなって」

 

「い、いえ……」

 

「あぁ、気にしないでくれ……」

 

「………」

 

 恐らくは都市最強たる冒険者の戦いにあてられてしまったのだろう、蒼白になっている彼等の反応に呆れた様に視線を投げていた、その時。

 

『なぁなぁ、今どんな気持ち!?アイズたんじゃなくてうちをおんぶして、今ドンナ気持ち!?』

 

『振り落とすぞ……?』

 

「「!」」

 

「この声は……」

 

 突如地下水路内で響き渡った騒々しい声。

 

 まさかこの場に他の人間が来るとは思っていなかったのだろう、男神と少女(エルフ)が肩を揺らす中、グリファスは非常に聞き慣れた声に目を丸くする。

 

 だがまだ二人の声は遠い。ディオニュソス達を連れて逃走する選択肢もあったが、グリファスの耳が間違っていなければ片方は嗅覚に優れた狼人(ウェアウルフ)、しかも純粋な『敏捷』ならLv.7にも迫る第一級冒険者だ。荷物(ふたり)を抱えて逃げるのも難しいだろうし―――、

 

『下りろ、ロキ。……この匂いは?』

 

 既に、彼等は捕捉されている。

 

「あれ、グリファスに……ディオニュソス?」

 

「何でお前がここにいんだよ、ジジイ」

 

「……それはこちらの台詞(セリフ)なんだがな。ロキ、ベート」

 

 食人花が力任せに作ったのであろう穴から現れた、己の【ファミリア】の主神に狼人(ウェアウルフ)の青年。

 

 彼等も独自に食人花を追って来たのだろうが……全く、説明も面倒臭い。

 

 困惑する彼等を他所に、王族(ハイエルフ)の老人はうんざりした様に溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「……街の雰囲気が、少々おかしいな」

 

「そういえば、いつもより人気が少ないような……?」

 

 リヴェリアの言葉に、レフィーヤも周囲を見回す。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)でアイズの壊してしまった細剣(レイピア)、【ゴブニュ・ファミリア】で作り直されたティオナの大双刃(ウルガ)。後者に関しては億を超える借金を返済する為ダンジョンに潜っていたアイズ達は、17階層を突破してリヴィラにいた。

 

 リヴェリアの発言を皮切りに、パーティの面々も異常に気付く。

 

 道中すれ違ったのも数人しかいない。ダンジョンに長期滞在する上級冒険者の需要が大きいリヴィラが今は閑散と静まり返っている様子に、彼女達は違和感を覚えた。

 

「えーと……どうする?」

 

「ひとまず、どこかお店に入ろうか。情報収集も兼ねて町の住民と合流しよう」

 

 ティオナの言葉にフィンが答え、長槍を携える小人族(パルゥム)の指示に従いパーティが動く。

 

 店主すらいない店も多く見受けられる中、唯一人のいた店に足を踏み入れた。

 

「今は大丈夫かい?」

 

「ん?おぉ、【ロキ・ファミリア】じゃないか。客かい?」

 

 店にいたアマゾネスの店主にレフィーヤやティオネが道中モンスターと交戦して手に入れた魔石やドロップアイテムを手渡すのを尻目に、世間話でもするかの様にしてフィンは尋ねる。

 

「街にずいぶんと人気が無かったけど、何かあったのかい?」

 

「……あぁ、今来たのかい、アンタ等」

 

 破格の安値でそれ等を買い取りつつ、辟易した様に彼女は告げた。

 

 

「―――殺しだとさ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水晶広場



最近Fateの二次創作を執筆中。
質と量を両立させるのって、ほんとに難しい(汗)。



 

 

「え?おい、どうして入口を塞ぐんだよ!?」

 

 リヴィラに存在する二つの入口の一つ南門。

 

 道を塞ぐ者に食って掛かるルルネに、眼前のエルフも困った様に肩をすくめた。

 

「ボールスが言うには、ヴィリーの宿で冒険者を殺した殺人鬼がまだ街にいる可能性があるらしい。それを捕まえる為にもこの街から鼠一匹出すなとの事だ。悪く思うなよ、【泥犬(マドル)】」

 

「え~?」

 

 帰還しようと思っていた時に面倒な事態に巻き込まれ、心底参った様にして頭に手をやるルルネ。犬人(シリアンスロープ)の少女は、これ以上はどうしようもないと判断して背を翻す。

 

 その時、彼女の耳がピクリと震えた。

 

 拡声器の魔石製品によって町中に響き渡った、荒くれ者の野太い声を聞きつけてだ。

 

『―――おら、街に居る冒険者は全員水晶広場に集まりやがれ!宿で殺された冒険者は第二級、【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナだ!これから犯人の捜索にかかる、今の指示に従わねぇ奴は犯人と見なすからな!街の要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せられたくなけりゃぁ一〇分以内に集まりやがれ!!』

 

「………」

 

 リヴィラの大頭(トップ)である第二級冒険者、ボールス・エルダーの言葉を聞いた冒険者達が動き出す中、少ない情報を精査したルルネは不安気に尻尾を揺らした。

 

(ハシャーナ……【剛拳闘士(ハシャーナ)】ってったらLv.4だろ?ぞっとしないな、下手したら第一級と同等の殺人鬼が居るって事になるじゃないか……ウチの【ファミリア】以外にそこまで【ランクアップ】を偽ってる派閥なんかあったっけ?)

 

 そして鼻をくんくんと鳴らした彼女は、次には顔を顰める。

 

(……あー、やっぱりだ。いやぁな臭いがする)

 

 嗅覚、視覚、聴覚が優れている獣人の中でも、犬人(シリアンスロープ)狼人(ウェアウルフ)は特に嗅覚に特化している。それはヒューマンと比べても一〇〇万倍以上だ。

 

 そんな彼女が感知したのは、どこか鉄臭いにおい。ハシャーナを殺した本人は洗い流したつもりだったかも知れないが、残るものは残る。ルルネが嗅ぎ付けた臭いはヒトのそれと相違無かった。

 

(絶対、コイツだろうなぁ。人が多い所為で誰かは分かんないけど……)

 

 見れば周囲の獣人達もどこか落ち着かない様だ。自分のすぐ近くを歩いているのがLv.4を殺す殺人鬼かもしれないのだから当然だろう。

 

 冷や汗が流れるのを感じ取りつつ、他の者達と同じ様に水晶広場に入り―――ルルネの顔が、強張った。

 

 街の中心地に存在する水晶広場。広場中央では大きな白水晶と青水晶が双子の様に寄り添ってそびえ立ち、その側に置かれていたのは―――血塗れになった、見覚えのある全身型鎧(フルプレート)

 

「なッ……!?」

 

 ゾワッ、と。

 

 背筋が寒くなるのを感じ取りつつ、ルルネは凍り付いた思考の中で点と点を繋げる。

 

 全身型鎧(フルプレート)、ハシャーナ、殺人、冒険者依頼(クエスト)―――『宝玉』。

 

 青褪めたルルネは、汗を流しつつ結論付けた。

 

(ヤ、バイ……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惨殺死体を発見し、ハシャーナを殺した犯人を探す為にリヴィラ中の冒険者を集めたものの、他派閥の人間にそれ等を統率する事などできるはずもなく。

 

 フィンが女性冒険者達にお持ち帰りされ、ティオネが暴れ、ティオナが抑え、ティオネが解き放たれ―――アイズの目の前に広がる光景は、惨憺たる有様となっていた。

 

「うん、と……」

 

「あぁ、もう何が何だか……」

 

 犯人探しどころではなくなった目の前の光景に、アイズとレフィーヤは頭を痛める。フィンやグリファス達派閥首脳陣や管理機関(ギルド)の苦労が理解できた様な気がした。

 

「……?」

 

 ふと。

 

 困った様に視線をさまよわせていたアイズの瞳が、人ごみの中からとある人物を捉える。

 

 中型の小鞄(ポーチ)を抱えた、犬人(シリアンスロープ)の少女だ。

 

 小麦色の肌の顔を、今は病気かと見紛うほど青白く染めている。

 

「アイズさん?」

 

 動きを止めじっと彼女を見るアイズの視線に、レフィーヤも気付いた。

 

 騒がしい人立ちの中で一人浮いている犬人(シリアンスロープ)の少女は、双子水晶のある広場の中心地を愕然と見詰めたまま、顔を強張らせ、警戒している。

 

 彼女は後退りした後、周囲の混乱を利用する様に、足早に広場を抜け出した。

 

「―――行こう」

 

「は、はい!」

 

 その不審の身を放置する選択肢は無かった。

 

 声をかけるアイズにレフィーヤは頷き、急いで少女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

「……」

 

 追われ、追う彼女達を見つめる人物が一人。

 

 コツ、と音を鳴らし、沈黙を纏いながら彼女達を追う。

 

 

 

 階層の上空、天井に咲き誇る水晶の大輪。

 

 水晶の光はゆっくりと薄れていき、街には『夜』が訪れようとしていた。

 

 あの時、冒険者が惨殺された時と同じ様に。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅

 

 天井の中央に生える無数の白水晶が発光を止め、周囲の青水晶も光量を落としていく。森や大草原に降り注ぐ暖かな白い光はみるみる失われていき、階層全体が暗くなり始める。

 

 18階層の水晶の空は、『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた。

 

「……」

 

『リヴィラの街』もまた蒼い薄闇に覆われようとする中、ルルネは錯綜する岩の路地を走っていた。

 

 リヴィラの中心地である水晶広場から北西、街壁を近くにする街の片隅。

 

 どこぞの『管理者(マスター)』によって鍛え上げ(痛めつけ)られた彼女は息を切らす事もなく疾走する。背後を振り返ると、金の長髪を輝かせる剣士と山吹色の髪を揺らす魔導士が後から追いかけて来ていた。

 

【ロキ・ファミリア】。先程の水晶広場での光景を見た限り【勇者(ブレイバー)】を中心に殺人鬼の捜索に乗り出していた様だったが。

 

(どうしたもんかなぁ……グリファスはいないみたいだけど……)

 

 あの血塗れの鎧を見た時は少なからず動転してしまった彼女だが、独りで走る内に頭を冷やした事で思考を重ねる。

 

 単純に考えれば、事情を彼等に話して第一級冒険者のパーティに保護して貰った方が安全そうではある。

 

 そう彼女が即座に判断できない理由は二つあった。

 

 一つ、情報が少ない。彼女が分かっているのは自身と同じ(・・・・・)Lv.4であるハシャーナが殺された事とその犯人が自分を―――正確には持っている『宝玉』を―――狙っている事のみ。万が一にも、ほんの一厘でも【ロキ・ファミリア】の団員が己を狙っている可能性が残っている以上あの広場に戻りたくはなかった。

 

 二つ、引き受けた冒険者依頼(クエスト)の内容にある『「宝玉」の絶対秘匿』。【剣姫】達に保護を願い出れば依頼内容、己の【ステイタス】も含めて少なからず事情を話す事になるだろう。本来背に腹は代えられないが、依頼人(クライアント)から提示された莫大な報酬やキレると鬼よりも怖い首領(アスフィ)の存在はルルネにとってその判断を躊躇わせる程のものがあった。

 

 坂や階段を一息で駆け上がり、獣人の持ち味である身軽さで剥き出しの岩の地面を蹴る。右肩にかけている小鞄(ポーチ)を揺らしつつ再度振り返ると、追手が一人消えていた。

 

「……あ?」

 

 必死に追いかけてくるのはエルフの少女のみ。姿を消した金の剣士に怪訝な表情を浮かべるが、それならそれで好都合と速度を跳ね上げる。

 

 曲がり角を折れて小径に逃げ込もうとしたルルネは記憶にあるリヴィラの地図と照らし合わせる。

 

(この道は一本道だから、一気に引き離す―――一本道?)

 

 嫌な予感に顔を強張らせるが、気付いた時にはもう遅かった。

 

 巨大な青水晶と岩壁に挟まれた、谷間の様な一本道。

 

「―――」

 

「……あーあ」

 

 その【ステイタス】でもって先回りしたのであろう少女に立ち塞がれ、間を置かずに後ろから響いた足音にルルネは渋面を作る。

 

 前門の【剣姫】、後門の【千の妖精(サウザンド)】。息が上がっているエルフの少女を狙えば逃走できない事もないだろうが、殺人鬼に襲撃を受ける可能性を考えても消耗は避けたかった。

 

 やれやれと息を吐き、観念した様に肩をすくめる。

 

「……【ロキ・ファミリア】か。どこから話そうか……とりあえず人のいない所行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、大丈夫?」

 

「………なんか、見られてる気がするなぁ」

 

「はい?」

 

「あぁ、いや、何でもない!多分、多分気の所為だと思うし……うん」

 

「はぁ……」

 

 胡乱そうな視線を向けるレフィーヤに犬人(シリアンスロープ)の少女は慌てて手を振る。くんくんと鼻を鳴らした彼女は、どこか落ち着けなさそうに尻尾を揺らした。

 

『殺人鬼のいるかも知れない広場には絶対行きたくない』と断言した少女に応じ、三人は街の倉庫を訪れていた。

 

 北西の街壁を間近にする、人気の全く存在しない倉庫。周囲には物資運搬用のカーゴが無数に放置されており、他にも鶴橋(つるはし)やシャベル、材木などが置かれている。街を築く為に使用した道具が纏められている様だった。

 

 レフィーヤが携行用の魔石灯を発見し、点灯する。

 

 カーゴの角にかけられた灯りが薄闇を照らす中、アイズ達は向かい合った。

 

「貴方の名前は?」

 

「ルルネ。ルルネ・ルーイだよ」

 

「Lv.と、所属も教えて貰えますか?」

 

「あー……2だよ、2。【ヘルメス・ファミリア】」

 

「嘘ですよねっ!?」

 

「……さっき、やけに速かった様な」

 

「さぁ、何の事だか……」

 

 目を泳がせるルルネに懐疑的な視線が突き刺さる。汗を流す彼女は耳をぴくりと動かした。

 

「……」

 

 レフィーヤが何と言い募ろうと口を閉ざすルルネにこれ以上は無理だと判断したアイズは、やがて質問を変える。

 

「どうして、広場から逃げ出したの?」

 

「……さっきも言ったろ?アンタ等第一級と同じくらい強い殺人鬼に狙われてる知れないってのにあんな所いられるかよ」

 

「どうして、狙われてるって分かったんですか?」

 

「あ」

 

 顔を強張らせたルルネに、アイズは鋭く言葉を踏み込ませた。

 

「貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

「!」

 

 レフィーヤが目を見張る中、肌身離さず持っている小鞄《ポーチ》に手が添えられる。

 

「あ……」

 

 その手を反射的に伸ばしてしまったルルネは、二人の視線を感じるとがくりと首を折った。

 

「どうして貴方がハシャーナさんの荷物を……もしかして、盗んだんですか?」

 

「ち、違うっ。私は……依頼を、受けたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳は少女達の動向を追っていた。

 

 薄闇に包まれる体が立つ場所、街壁の上。

 

 眼下、視線の先では、巨大なカーゴが乱雑に置かれる倉庫の一角で、ヒューマン、エルフ、獣人の少女達が向かい合って会話を交わしている。

 

 息を殺し闇と同化する視線が少女達の顔をなぞっていくと、最後にヒューマンの剣士のところで止まった。

 

 ―――強いな。

 

 瞳が細まる。

 

 あれも(・・・)手間がかかりそうだ。サーベルを腰に佩き、隙のない身のこなしを纏う金髪金眼の少女に対し呟きが落ちる。

 

 そしてしばらく観察を続けていると、どこか浮かない顔で獣人の少女が動き、『宝玉』が現れた。

 

 睨み付けるかの様に眦が吊り上がる。金髪の少女が崩れ落ちるのを視界外に、その緑色の胎児を瞳の中心に収めた。

 

 一瞬、冒険者達の集まる水晶広場に目をやり、再び少女達を見下ろす。

 

 やがて、懐に伸ばされた手が取りだしたのは、草笛だった。

 

 そして。

 

 

 

「っ!?」

 

 肩を揺らしたルルネは、街壁を見上げ。

 

 

 

「ほう……気付いたか」

 

 ―――やはり、手慣れているな(・・・・・・・)

 

 視界に入れた当初と同じ感想を抱きつつ、軽く目を細める。

 

 臭いか、音か、はたまた殺気か。とにかく己に気付いて見せた手合いに驚嘆の意を抱いた。

 

 だが、遅い。

 

「―――出ろ」

 

 唇と草の間から生まれる高い笛の音。

 

 鳴らされた呼び笛の音が、街の上空を渡った。

 




メリークリスマス。
いよいよ冬休みに突入ですが、年末年始は旅行に行きますので一、二週間ほど投稿が遅れると思います。申し訳ありません。
この様な拙作ですが、来年も何卒よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女の焦燥

お待たせいたしました。あけおめです。
今年もどうぞ、よろしくお願いします。


「……で、ディオニュソスの話を信じた自分があそこにいて、捜査してた訳か」

 

「あぁ、大体その認識で合っている」

 

「……」

 

 身を乗り出してじぃー……と見つめて来るロキ。視線を受けるグリファスは軽く息を吐いた。

 

無駄だぞ(・・・・)

 

「……わーっとるわ」

 

 どっかと椅子に座って鼻を鳴らすロキに、ディオニュソスも苦笑する。

 

「やはり、主神でも無理なのかい?」

 

「うんにゃ、【ステイタス】封じとらんと……ウラノスの爺辺りなら分からんけどなぁ」

 

 思わぬ邂逅を果たした彼等は、地下水路を出て地上に帰還していた。

 

 街路の脇にあるホテル、外とは窓で仕切られた一階の休憩室(ラウンジ)

 

 多くの金を握らせて貸し切りにした休憩室(ラウンジ)で、グリファス達はロキに事情を説明していた。

 

「……んー」

 

 暫く考え込んでいたロキは、やがて鷹揚に頷く。

 

「まぁ、グリファスも関わっとるんやったら間違いは無いやろ。ひとまず自分等の事は信じる事にしたる」

 

「ありがとう、ロキ」

 

 甘い美顔(マスク)を纏って笑いかけるディオニュソス。「止めろ気色悪い」と手を振ってあしらった彼女はグリファスに胡乱な視線を向けた。

 

「んで、食人花や。こいつ等とは別に自分も自分で首ぃ突っ込んどるんやろ。ウラノスは何て言っとる?」

 

「……そう言えば、『管理者(マスター)』などと呼ばれているんだったか、私は。ギルドと繋がっていると思われても仕方ないか」

 

「事実だろう?」

 

「………まぁ、否定はしないが」

 

 眉間に皺を寄せるグリファスは一時目を閉じ、頭の中の情報を整理する。

 

 その時。

 

『―――』

 

「……む」

 

「何や、噂をすればか?」

 

「あぁ、そんなところだ。すまない、少し良いか?」

 

「あぁ、私は構わない」

 

「ウチもや」

 

 懐の通信用魔導具(マジックアイテム)の振動に目を見開いたグリファス。恐らくはフェルズからのものだろうと察しつつ、二柱の神の了承を得た彼はそれを手に取り通信に応じた。

 

「……どうした?」

 

『グリファス。―――不味い事になった』

 

「……聞き覚えのあるフレーズだな。今度は何があった。芋虫、食人花の次は新種のドラゴンでも出てきたか?」

 

 浮かない顔を見せる王族(ハイエルフ)の老人。ロキとディオニュソスが静かに聞き耳を立てる中。

 

 悲嘆を滲ませた声で、フェルズは告げた。

 

『例の依頼を受けていたハシャーナが、殺された。たった今、リヴィラの街から一報があった』

 

「……何だって!?」

 

 ガタン!と、衝撃のままに立ち上がる。

 

 座っていた椅子が後ろに倒れるのにも気付けないまま周囲を歩き回り、思考を重ねる。

 

「……ルルネはどうした。もう帰還していてもおかしくはないだろう」

 

『分からない。少なくとも、地上に帰ってきてはいないようだ』

 

「……くそ」

 

 その表情を焦燥に歪めるグリファスは、僅かに残っていた疑念を確信に変えた。

 

 やはり、それはあった。

 

 彼等ですら把握し切れない極大の異常事態(イレギュラー)、モンスターの上位固体(・・・・)

 

 

 モンスターを変異させる、謎の宝玉。

 

 

(【ヘルメス・ファミリア】の面々には私の技術を最大限叩き込んでいる。ルルネもそう簡単にくたばりはしないだろうが……)

 

 どうしようもできない自分に歯噛みしつつ、窓から覗く空を見上げる。

 

「無事でいてくれよ……」

 

 オラリオの空は、今にも暗雲に包まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……参ったな」

 

 頭に手をやって軽く呻いたルルネは、先程まで男《・》がいた空間を見上げる。

 

 街壁の上にはもう誰もいない。たった今あれが吹いた草笛には非常に嫌な予感がさせられたが、あの距離ではどうしようもなかった。ただあの殺人鬼にまで跡をつけられてしまった自分の間抜けに苛立ちを募らせる。

 

「大丈夫ですか、アイズさん……?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 背後では、レフィーヤに応えたアイズが弱々しく起き上がろうとしていた。

 

「……」

 

 彼女達に向かって振り返ったルルネは、狼狽するエルフの少女の手の中にある宝玉を見つめる。

 

 緑膜に包まれた気味の悪い胎児。詮索するアイズ達に根負けしてそれを見せた直後、何らかの関係があってか突如アイズが崩れ落ちたのだが……さらに厄介なのは、一連の光景をあの人物に見られた事だろうか。

 

(パッと見、男にしか見えなかったけど……ぶっちゃけ、そんなのどうにでもなるんだよなぁ……)

 

 特定のモンスターから採取されるドロップアイテム、『神秘』修得者の作成する魔導具(マジックアイテム)、スキル、魔法……挙げればキリがない。十中八九あの人物がハシャーナを殺した犯人だろうと当たりをつけた、その時だった。

 

「私が持って、団長に渡します」

 

「……マジ?」

 

 どうやら、この冒険者依頼(クエスト)は本当にお釈迦になってしまうらしい。

 

 宝玉を持つレフィーヤの発言に眉を顰め、反論しようとした少女だったが、水晶広場には二人もLv.6がいた事を思い出してそちらの方が安全だと判断する。

 

 彼女の視線に頷き、宝玉をしまっていた袋と小鞄(ポーチ)を預けた。

 

 レフィーヤは宝玉をしまい口紐を強く縛ると、受け取った小鞄を肩に担ぐ。

 

「それじゃあ、行きましょう―――」

 

 直後だった。

 

 遠方から何かが崩れる音と、悲鳴、そして破鐘の咆哮が届いてきたのは。

 

「!?」

 

 三人は共に目を見開き、次には弾かれる様に駆け出す。

 

 倉庫を後にし、水晶と岩の間隙にできた薄暗い路地へ。激しさを増していく叫喚に引き寄せられる様に走っていくと、やがて小径を抜け、高台に出た。

 

 視界が一気に広がる瞬間、彼女達の目に飛び込んできたのは街の方々から上がる煙、そして。

 

「あれは……!?」

 

 空高く首を伸ばす、無数の食人花のモンスターだった。

 

「な、なんだよこれ、何がどうなって……!?」

 

「街が、モンスター達に攻め込まれてる」

 

 見た事も聞いた事も無いモンスター、その大群が至る所にのさばる光景にルルネが動揺する。感情の希薄な表情に驚きと険しさを乗せるアイズの瞳には幾つもの黄緑(おうりょく)があった。

 

 阿鼻叫喚の悲鳴が途切れぬ中、やはりと言うべきか水晶広場はモンスターの急襲に手際良く応戦していた。巨大な翡翠(ひすい)魔法円(マジックサークル)が展開し、周囲のモンスターがこぞって進攻する中何百人もの冒険者が各個撃破していく。【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者もあの広場にいるのだろう、冒険者達は食人花の群れを押し返し始めていた。

 

「広場に行って、フィン達と合流しよう」

 

 アイズの判断に異論は無かった。

 

 激戦区であると同時安全地帯。ルルネとレフィーヤが同意を示し、高台から出発する。

 

 しかしその矢先。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「!?」

 

 岩の斜面を土石流の様な勢いで削りながら、一体の食人花のモンスターが彼女達の眼前に飛び出す。

 

 アイズが抜剣、あっという間に斬り倒すが―――今度は群れが、北西の街壁から押し寄せてきた。

 

「あっちからも……!?」

 

「う、嘘だろ!?」

 

 完璧に補足される。

 

「……っ」

 

【ステイタス】の看破を恐れていたルルネが観念した様にナイフを引き抜いたが―――【剣姫】が、一人飛び出した。

 

「なっ」

 

「レフィーヤ、先に広場に行って!」

 

「アイズさん!?」

 

 追撃してきたモンスター達に突っ込み、斬撃の嵐を見舞った。

 

 金の長髪をなびかせる後姿にレフィーヤが立ち止まるが、すぐに走り出す。

 

 モンスターの比較的少ない北へ迂回しつつ彼女と併走するルルネは、唇を噛む彼女に声をかけた。

 

「―――なぁ」

 

「……どうかしたんですか?」

 

「……いや、勘違いなら良いんだけど―――」

 

「?」

 

 郡昌街路(クラスターストリート)

 

 背の高い青水晶の林立する、入り組んだ水晶の道を走る中、ルルネは続けようとして―――轟音。

 

「うわっ!ば、爆発!?」

 

「あれは……リヴェリア様の魔法!」

 

 大炎の極柱が広場から連続して立ち昇る。同時、響いた歓声を聞いたレフィーヤは都市最強魔導士の魔法が多くのモンスターを撃破した事を悟った。

 

「……で、何ですか?」

 

「あぁ、それが―――」

 

 再び尋ねるレフィーヤに、何かを言いかけたルルネは―――次の瞬間、顔を引き攣らせた。

 

「―――嵌められたみたいだ」

 

『―――』

 

 

 そして街が、空が、燃え立つように紅く染まる最中。

 

 火の欠片が降り注ぐ水晶の道に、一つの影が、レフィーヤ達の前に現れた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

群昌街路

 

 

「っ……!?」

 

 広場に向かう途中突然現れた人影に、レフィーヤは硬直する。

 

「男性の、冒険者……?」

 

 脚具(レッグアーマー)籠手(ガントレット)胸甲(ブレストプレート)

 

 首にはボロ布の様な襟巻きをし、頭には兜を被っている。浅黒の肌の顔半分には包帯が巻かれており、露わになっている左目がレフィーヤ達を無感動に見つめていた。

 

 レフィーヤが細い眉を曲げ訝しげな表情を隠せないでいると、眦を吊り上げるルルネが口を開いた。

 

「さっきの草笛……あの変なモンスターをけしかけてきたのはお前だな。【剣姫】を分断してから私達を追って来たってことはやっぱり目当ては宝玉か」

 

「えっ?」

 

 ルルネの言葉にレフィーヤが戸惑った様な声を上げるが、男は答えなかった。

 

 話す必要など無いと言わんばかりに、彼女達に向かって直進する。

 

「と、止まってくださいっ!?」

 

 反射的に叫んだレフィーヤ。

 

 男のその不気味な雰囲気に気圧され、杖を構える。

 

 だが、警告は意味を為さなかった。

 

 一歩、また一歩と大股で距離を詰める男。幅は4(ミドル)はある道の真ん中を、敷石を踏みつけて迫る漆黒の脚具(レッグアーマー)。レフィーヤの手が汗ばみ、詠唱を口ずさむか否か動きに迷う。

 

『―――』

 

 そして、その迷いが命取りだった。

 

 十歩分の間合いを切った瞬間、男の姿は掻き消え―――一切の反応を許さぬ速度でもって肉薄する。

 

 懐に踏み込まれたレフィーヤに伸ばされた手。

 

 それは『あの時』冒険者を殺した瞬間を巻き戻すようにして首を掴み、瞬く間に骨をへし折る。

 

 その、直前だった。

 

「ッ!」

 

「あ!?」

 

 唯一男に反応したルルネがしなやかな脚を突き出し、エルフの少女を蹴り飛ばす。

 

 首に伸ばされた魔の手は、紙一重で空を切った。

 

「―――!」

 

 レフィーヤを蹴り飛ばしたルルネはバックステップしつつ投擲用の小刀を三本装備、指の間に挟んだそれ等を閃かせ男に向けて投げ放つ。

 

 眼球、首元、脚。

 

 露出部や間接部など、鎧に守られていない部分を狙った正確な弾丸。

 

 鋭い凶器の全ては、籠手(ガントレット)に包まれた片腕が振り回されると同時に叩き落され―――、

 

 腰に佩いている長剣を抜き放った男が、人間離れした速度でそれを振り下ろした。

 

「……っ!」

 

 辛うじて得物のナイフで受け止めたルルネの顔立ちが、その馬鹿げた重圧に苦悶で歪む。

 

「―――」

 

「く、ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 己の高速挙動に対応したルルネに、男の目が細められるが―――更なる連撃。重く速く強い斬撃と拳蹴の数々に少女は圧倒された。

 

(やっぱり、こいつは……!!)

 

 Lv.4であるルルネを苦しめる速度、そして力。しかもまだ底が見えない。目の前の人物の力はLv.6にも届くと悟り、舌を打ち鳴らした。

 

 だが―――この程度なら、見える(・・・)

 

 その直後、長剣が横薙ぎに振るわれ、破砕音と共にナイフの刀身が砕け散った。

 

「あ」

 

「―――」

 

 得物を失い硬直する犬人(シリアンスロープ)の少女、驚きと呆れ、そして侮蔑の色を見せた男の左目。

 

 大上段に構えられた長剣が、容赦なく振り下ろされた。

 

「! ルルネさん!?」

 

 

 倒れるレフィーヤの悲鳴が飛び、鮮血が散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深層域のモンスターのドロップアイテムをそのまま武器にしたのだろう長剣。あまりの速度に鈍い残光を暗闇に描いて地面を抉った(・・・・・・)それに、男が目を見開いた。

 

「なっ」

 

「……はっ」

 

 笑うルルネの手には、逆手に握られた一振りのナイフ。

 

 暗い輝きを放つそれを、男の左腕、手首に深々と突き立てていた。

 

「馬鹿げた『管理者(マスター)』様にみっちりと鍛え上げられたからな、この程度十二分に対応できる!」

 

「っ……!!」

 

 瞠目する男の蹴撃。冗談の様に敷石を粉砕する一撃を犬人(シリアンスロープ)の少女は素早く回避した。

 

 次の瞬間。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 絶叫を上げ、ズタズタに斬り刻まれた長躯が突っ込んできた。

 

 群昌街路(クラスターストリート)を突き破る食人花のモンスター。幾つもの青水晶の破片が周囲に飛散し、間髪入れず現れた金髪金眼の少女を青白い光で彩る。

 

「ッッ!!」

 

 横手に振り向いた男目がけ、その銀のサーベルが振り下ろされる。咄嗟に回避した男の鎧に鋭い斬閃が刻み込まれた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「………死ぬかと思ったぁ」

 

 ルルネの横に立ったアイズは気遣う様に視線を向ける。耳と尻尾をぶるぶると震わせる彼女はギリギリの戦いに汗を滝の様に流していた。

 

 剣を振り鳴らすアイズは、眼前の男を一瞥する。彼は不自然に落ち窪んでいる左眼を眇め、ちっと舌打ちを放った。

 

「……貴方が、ハシャーナさんを殺した人?」

 

 まだ確たる証拠こそ無いが、第一級冒険者としての勘が働いたのか。とにかくそう問いかけたアイズに、右手から流血する彼はずっと引き結ばれていた口を開く。

 

「だったらどうした?」

 

 戦場に高く響いた、女の声(・・・)

 

 外見通りではなかった声音にアイズとレフィーヤが目を見張る中、全てを理解したルルネが嫌悪の表情を浮かべた。

 

「あ、貴方は男の筈じゃあ……!?」

 

「違う」

 

 明らかに男性の顔立ちである相貌を見つめて戸惑うレフィーヤに、ルルネが否定の声を上げる。

 

「その臭い、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の奴だ……死体の皮を引き剥がして(・・・・・・・・・・・)、被っているな」

 

「「!?」」

 

「……ほう、知っていたか」

 

「アレの体液に浸した人の皮は腐敗を防ぐ事ができる……単純だけど馬鹿げてるよ。雑に扱えば毒に犯される可能性だってあるってのに……」

 

「それじゃあ、その顔はハシャーナさんの……?」

 

 それまで言いかけたレフィーヤは顔を蒼白にさせ、口元を押さえる。男に変装する事で捜査の目を掻い潜った女の手口を見破ったルルネも吐き捨てる様な表情だった。

 

「……あぁ、くそ。きつくてかなわん」

 

 女は彼女達を無視し、苛立った様に身につけている鎧を脱装し始めた。

 

 胸甲(ブレストプレート)を掴み、砕く。簡単に破壊して取り外すと剥がれた鎧の内からインナーに包まれた豊満な胸がまろび出る。襟巻きや他の装備も強引に外し、白い首筋やしなやかな肢体を露わにした。

 

 腐敗防止の作用が切れたのか、肉の仮面(マスク)の一部が音を立てて溶け落ち、左眼周囲に女の白い肌が露わになる。

 

「ッ……あの女宝玉を狙ってる【ステイタス】はざっとLv.6得物は見ての通り剣もの凄く強いけど右手は腱を切ってやったから強力な回復薬(ポーション)でも使われない限り動かせない筈―――!?」

 

 息を呑むアイズに超早口でルルネが情報を伝える中。

 

 鎧を脱装し、兜、膝当て、籠手を残した状態で女が顔を上げた。

 

 小さな光粒と共に傷の癒えた右手(・・・・・・・)で、長剣を握る。

 

 ルルネが顔を強張らせる中、感情の薄い表情に驚きを滲ませるアイズも愛剣(デスペレート)を構えた。

 

 

「―――いい加減、宝玉(たね)を渡して貰おう」

 

 

 激突。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤い女

 

「っ!」

 

「ああ、やはり強いな」

 

 三人に襲いかかった女に対し、疾走したアイズも自ら斬りかかる。デスペレートが女の長剣とぶつかり合い、激しい火花を散らした。

 

 振り下ろされる長剣、横に滑るサーベル。舞い狂う剣と剣が打ち鳴らされ、銀色の斬閃が宙を何度も飛び交う。互いの姿は(かす)み、縦横無尽、決して広くない道の中で何度も立ち位置が入れ替わった。

 

 水晶壁に反射することで二人の姿がまるで分裂したかの様に周囲へ広がり、幾つもの蒼い影が群昌街路(クラスターストリート)を暴れ回る。

 

「……っ!?」

 

「……あぁクソ。この分じゃあ私も手が出せないな」

 

 巻き起こる激しい剣戟にレフィーヤが言葉を失う中、辟易した様に息を吐くルルネも加勢を断念する。

 

 射程(リーチ)の短いナイフを得物とするルルネは相手の懐に飛び込んでの超近接での白兵戦でこそ真価を発揮する。気兼ねなく動くことのできる一対多の戦闘ならともかく己の挙動が味方の邪魔になりかねない多対一は決して好ましいものではなかった。

 

 連携を積んだ【ファミリア】の仲間とであれば話は別だっただろうが、今いるのはほぼ他人と呼んでも良い【剣姫】と【千の妖精(サウザンド)】のみ。正直どうしようもなかった。

 

 可能であれば乱入して不意を討たんと二人の戦闘に集中する。

 

 まだ今のところはお互いに様子見と言ったところか。長剣だけではなく拳と蹴りを織り交ぜて洪水の様な攻撃を叩き込む女もLv.6に等しい潜在能力(ポテンシャル)を発揮する気配もなく、金の少女が十八番(おはこ)である風の付与魔法(エンチャント)を発動する様子もない。

 

 手札の全てを使った全力の戦闘でないにも関わらず、音に近い速度での戦闘を繰り広げる二人に、ルルネは冷や汗を流す。

 

 これが第一級冒険者。

 

 Lv.8の『最強』に指導を受け格上との戦闘に慣れたルルネだからこそ先程は女に対し一矢報いる事ができたが、並の冒険者であれば一撃で殺されていたことだろう。

 

 だからこそ、疑問を抱く。

 

(だけど本当に、あの女―――誰だ?)

 

 先程はLv.4であるルルネを圧倒し、今は第一級冒険者であるアイズを相手に互角―――いやそれ以上に戦っている。加えて、回復薬(ポーション)も回復魔法も無しに傷を癒したあの回復力。とてもではないが、あれ程の実力を持っていながらその名声が知られていないなど考えられない。単純に考えてあれ程の存在が彼女の【ファミリア】の情報網を潜り抜けられる筈がないのだ。

 

 にも拘らず、彼女はあの女を知らない(・・・・)

 

 美女、剣士、凄腕の調教師(テイマー)Lv.6にも届き得る【ステイタス】―――尋常ならざる回復能力。

 

【フレイヤ・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】【イシュタル・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】……ギルドに申告されていないものも含め第一級冒険者を保有している派閥に関する情報を全て網羅する彼女達の知識の中に、あの女の特徴に一致する存在はいないのだ。

 

 困惑と焦燥を隠せずに歯噛みする中、少女の視界の端でレフィーヤが杖を構えた。

 

(……やるしかないか!)

 

「【千の妖精(サウザンド)】、やるなら殺す気でやれ!あれは本当に怪物だ、長文詠唱の魔法を直撃させてもきっと生き残る!」

 

「っ―――【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 ルルネの言葉を受け、レフィーヤは迷いを見せながらも詠唱を始める。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

「―――」

 

「!」

 

 紡がれる詠唱、展開される山吹色の魔法円(マジックサークル)。レフィーヤに女が視線を向けたが、目を眇めるアイズが縫い止めんと速度を更に上げた。

 

 紡ぐのは彼女の保有する召喚魔法(サモン・バースト)。本来ならモンスターに向けるべきそれを唱える迷いを押し殺し、詠唱を進める。

 

「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 見てしまったからだ。見てしまっているからだ。

 

 己より遥かに戦いに慣れた動きを見せた犬人(シリアンスロープ)の少女、憧れる金髪金眼の剣士。自分よりずっと強い彼女達をも圧倒する謎の女の姿を。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

「―――【エルフ・リング】」

 

 詠唱が完成する。魔法名を告げると同時、山吹色の魔法円(マジックサークル)翡翠(ひすい)色に変化した。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ】」

 

「ちっ」

 

 収束する魔力、目を焼かんばかりに輝く魔法円(マジックサークル)、そして続く詠唱。

 

「【黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

「……邪魔だ」

 

「っ、うっ……!?」

 

 ここに来て露出した片眼を鬱陶しげに細めた女が、より速くより強く長剣を振るう。階層主(ウダイオス)を彷彿とさせる重い斬撃の数々にアイズが窮地に立たされた。真正面から横薙ぎに振るわれた大斬撃を愛剣で受け止め、あまりの衝撃に少女の身体が後方へ吹き飛ぶ。長剣に断たれた髪の一部が地に落ちるのも待たず、長剣を大上段に構え追撃せんと迫る女だったが。

 

「―――らァ!」

 

「!?」

 

『夜』の中で生じた暗闇、それに紛れて急接近したルルネのナイフ、柔い首元に迫ったそれを寸前に引き戻した長剣の腹で受け止める。

 

「お前……一瞬、また見えなくなったな(・・・・・・・・)。どんな仕掛けをしている」

 

「はっ、誰が言うかよ!」

 

 アイズに代わって女を抑え込む少女。隔絶した【ステイタス】の差に気付きながらも物怖じせず、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を心掛け格上を相手に立ち回る。

 

「ちっ、面倒な―――お前、やはり戦い慣れてるな!」

 

「っ―――」

 

 地面を抉り取りながら迫る一撃、それをナイフで叩き紙一重で逸らすルルネに苛立った様に女は罵声を上げる。

券蹴を織り交ぜられた怒涛の猛攻を凌ぐルルネは、守りに徹する事でどうにか女と渡り合っていた。

 

 だが、やはり潜在能力(ポテンシャル)の差は圧倒的だった。

 

 ルルネは首領(アスフィ)の作成した魔導具の一つである刀身を透明にするナイフでもって応戦するが、一体どうやって対応しているのか、彼女の放った攻撃はそのすべてを打ち落とされる。対して規格外の膂力で開放される女の攻撃は幾度も防御の上から衝撃を叩き込んできた。

 

 一手二手先を読もうと、十手先で必ず詰む。

 

 だが―――九手もてば、それで十分だった。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

「【吹雪け、三度の厳冬―――我が名はアールヴ】!」

 

 レフィーヤの編み上げていた二つ目の詠唱、それが完成する。

 

 召喚魔法(サモン・バースト)によって呼び起されたのはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。

 

 あらゆるものを凍てつかせる三条の吹雪でもって、敵対する者を余すことなく凍結させる。

 

「っ!」

 

「がっ……!?」

 

 女の放った蹴りを防御しながらも、その圧倒的な力にルルネが容易く吹き飛ぶ。その細い身体は何(ミドル)も薙ぎ払われ、後方のアイズに受け止められた。

 

 そこで女は、詠唱を完成させ莫大な魔力を迸らせるレフィーヤに気付く。

 

(っ―――! やられた、今の一撃を利用して射程から離脱したか!!)

 

 女の回避を待たず、魔法名が紡がれた。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 荒れ狂う絶対零度、純白の霜と氷。扇状に広がった範囲攻撃は敷石や水晶ごと群昌街路(クラスターストリート)を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫?」

 

「……あ゛ー、死んだ死んだ。あばらが何本かイッたかなぁ、これ」

 

 強力な魔法によって凍てついた群昌街路(クラスターストリート)。それを前に心配そうな視線を向けるアイズに、苦痛に呻きながらも気軽に振る舞うルルネ。

 

 魔法二つ分の精神力(マインド)を消費して息を吐くレフィーヤは、不安気に氷の世界を見つめた。

 

「大丈夫でしょうか、あの人……本当にあの魔法撃っちゃいましたけど……」

 

「あの火力でも殺しきれてないと思うけどな。多分生きて―――あれ?」

 

 エルフの少女に応じて白く染まった群昌街路(クラスターストリート)に視線を向けたルルネは、疑問の声を上げる。

 

 無い。

 

 交戦していたあの女の姿が、氷像と化していなければおかしいあの女の姿が、どこにも―――、

 

「っ!!??」

 

「ほう、今のを防いだか」

 

「嘘、だろ―――」

 

 反射的に振り上げられたナイフが長剣とぶつかり、腕を痺れさせる。ただでさえ不安定だった少女の体勢が崩れ、長剣を振り上げる女の姿が視界に映り―――、

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

「な」

 

 紡がれた超短文詠唱、吹き荒れる風。

 

 驚倒する女の長剣をアイズのデスペレートが撃墜、嵐の如き風が宿った斬撃を逆袈裟に放つ。咄嗟に防御するも相手の体は耐え切れず、凄まじい勢いで後方へ飛ばされた。

 

 斬撃の余波、風圧によって敵の兜が宙を舞い、肉の仮面(マスク)が裂けて飛ぶ。石畳を削りながら停止した女の赤い髪と、白い肌の美貌が露わになった。

 

 愕然と見開かれた緑色の瞳。驚きを隠さない彼女は、静かに呟いた。

 

「今の風……そうか、お前が『アリア』か」

 

 

 

 そして。

 

 エルフの少女の抱えた小鞄(ポーチ)が揺れ。

 

「……?」

 

 違和感に気付いたレフィーヤが、眉を訝しげに細める、その直後。

 

 ―――叫喚が、響いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暴走

 

 

『―――ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

「「!?」」

 

 背後からの甲高い叫び声に、アイズが、ルルネが振り向いた。

 

 同じくその声を聞き、焦燥を露わにした赤髪の女が動き出すよりも早く。

 

 レフィーヤの抱える小鞄(ポーチ)、その中で袋の中にしまわれていた宝玉が、戒めを引き裂いた。

 

 宝玉の中にいた(おんな)の胎児。その極小の手が、異様な眼球の埋まる頭部が、裂け目から覗く。

 

「っ―――」

 

 喉を干上がらせるレフィーヤが、手を伸ばして捕えるよりも早く。

 

『アァアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 あたかもアイズの魔法が切っ掛けだったかのように活動を開始した胎児は、その小さな体のどこにそのような力があるのか、自分の総身の何倍もある距離を飛礫(つぶて)の様に飛んだ。

 

 自身の顔に迫った不気味な眼球をアイズが大きく回避すると、胎児はそのまま中を飛び、全身から液体をしたたらせながら。

 

 水晶の壁に埋まる食人花のモンスターに接触、寄生(・・)した。

 

「なっ―――」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

 アイズと赤髪の女の中間、瀕死だった筈の食人花が絶叫を上げる。

 

 長軀(ちょうく)の一部に張り付いた胎児はあたかも刻印するかのようにモンスターの体皮と同化していき、そこを中心に変化が始まった。

 

 赤い脈状の線が長軀を走り抜け、モンスターの叫びが高まっていく。唾液にまみれた悲鳴を口腔から吐き出し、びくりっ、と震えたかと思うと、長大な体全体が膨れ上がった。

 

 肉が隆起する。

 

「何だよっ、これ……!?」

 

 凍りつくルルネ、悶え苦しみながら変化を続けるモンスターの姿が瞳に映りこんでいる。

 

 変容に次ぐ変容だった。

 

 音を立て、胎児が寄生した場所から何かが盛り上がっていく。

 

 まるで蛹から羽化する蝶の様に、人の体らしき輪郭が、メリメリと体皮の中で起き上がろうとしていた。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~オオォォッ!?』

 

「うわっ!?」

 

「っ!」

 

 前触れなく襲い掛かってきたのたうち回るモンスター。無作為に暴れ狂うその巨体に、レフィーヤを抱えるアイズと、ルルネが疾駆して水晶の通り道を脱出する。

 

「ええい、全て台無しだ……!」

 

 盛大な舌打ちを放つ赤髪の女もその場から脱出した。

 

「……追ってくる」

 

「赤いのは……見えなくなったな。【剣姫】、このままじゃ埒があかない! ここで潰そう!」

 

「分かった……レフィーヤ、行ける?」

 

「は、はいっ!」

 

 三人を追いかけるモンスター。地形を無視する様にして水晶の柱を破壊し、耳を聾する狂声を放ちながら執拗に追行する。群昌街路(クラスターストリート)を逃げ回る彼女達は、やがて反転する。

 

 迫りくるモンスターに対し、迎撃の態勢を取った。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】」

 

『―――アァァ!!』

 

「っ!」

 

 紡がれる詠唱、展開された山吹色の魔法円(マジックサークル)破鐘(われがね)の咆哮を放ち迫りくる巨体に対し、ナイフを引き抜いたルルネが跳躍する。モンスターのなりふり構わぬ突撃も機能して一瞬でそれの真上に躍り出たルルネは逆手に構えたナイフを振り下ろした。

 

 体皮の中にあったヒトガタ、先程の胎児らしき部分に寸分違わず突き刺さる。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?』

 

 やはり中枢だったのか、無秩序に暴れ回っていたモンスターが悲鳴を上げた。

 

「この手応え、腕か……胸辺り狙えば魔石があるか―――くっ!?」

 

 再びナイフを振り上げたルルネだったが、異物を振り払わんとした悶え苦しむ食人花が長軀を水晶の壁に勢いよくぶつける。

 

 危うくすり潰されそうになったルルネが全力で跳んでモンスターから離れる直後、膨れ上がった尾に薙ぎ払われた。

 

「がっ……!」

 

 どうにかナイフで受け止めたものの一息に吹き飛ばされ、林立する水晶にぶつかって束の間息を止める。

 

 だが、追撃するモンスターが彼女を叩き潰す事はなかった。

 

「―――【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 嵐の如き暴風を纏ったアイズが懐に踏み込み、連続の斬撃を見舞ったからだ。

 

『――――――アァアアア!?』

 

 風で威力を底上げされたそれ等は一撃一撃が深層域のモンスターを葬る大斬撃。より硬質になった己の身体を冗談のように斬り刻む刃にモンスターが悲鳴を上げる。

 

 いよいよモンスターの体躯を駆け上がりヒトガタを切り裂かんと構えた、その時だった。

 

『―――!?』

 

「!」

 

 回避も放棄したモンスターの突撃。それを回避したアイズは目を見張る。

 

 進撃するモンスターの先に現れた、複数の食人花。同族であった筈のその個体に、モンスターが躊躇なく食らいついたからだ。

 

『―――』

 

 驚きながらアイズが見つめる中、何体ものモンスターが折り重なり繋がっていく。

 

 そして、アイズの金の瞳は。

 

 羽化を遂げたかのように、モンスターの体皮を破った女体の姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――アハハハハハ!! 凄い、本当にアリアの風(エアリアル)だ! 私や「あの子」までとっくに死んだ筈のアリアの気配を感じたからどうしてかと思ったけど……そっか、そういう事か! いやぁ、本当にそっくりだよ、ビックリしたぁ!』

 

 18階層、その中心。

 

 19階層に繋がる出入口、それが存在する大木。

 

 18階層を一望できる大樹の枝に乗って哄笑する、一つの『影』があった。

 

『アハハ、まさか本当に産んだ訳じゃぁないだろうし……やっぱり血でも分けたのかな? それなら納得できるんだけど……』

 

 クスクスと嗤うそれは、どこまでも得体の知れない存在だった。

 

 魔力によって形作られた漆黒の影。女のシルエットを形作りながらもその輪郭は幾度も崩れ、歪み、ぼやけては元に戻っていた。

 

『さてさて、状況は……あー、駄目かぁ。まあ盗まれた時点でほとんど諦めてたから良いんだけどさ。うーん、やっぱり巨大花(ヴィスクム)使って育てようとしても中々上手く行かないよねぇ。モンスターが大移動しちゃうから異変を地上(うえ)に気付かれちゃうんだっけ……やっぱ余程の深層かこういう安全階層(セーフティポイント)使うしかないのかなぁ……』

 

 むぅ、と唸る彼女の視線の先。

 

 狭い群昌街路(クラスターストリート)の中心に、4(ミドル)を上回る巨体のモンスターが姿を現していた。本来ならもう少し大きくなる筈だが、やはり相当痛めつけられたのだろう、動きもどこか弱々しかった。

 

『……あーあー、エルフの()に魔法で焼かれちゃってるよ。やっぱこの程度じゃあ無理か。5分もしない内に潰されるんじゃない?』

 

 早々に見限った彼女は、ふと水晶広場に視線を向ける。

 

『さっきの炎の魔法、なーんかレイラの匂いがしたんだけどなぁ。 ……おり、オリ、なんだっけ? 名前忘れたけど、とにかくあの白いのから聞いた限りじゃあ死んでる筈なんだよねぇ……出来損ないをぶつけて倒せれば良かったんだけどなぁ、まったkっ』

 

 揺らいだ。

 

 一瞬影がぶれた直後、それから発生されていた声が不自然に歪む。

 

「……mうッ、もtど、あの子のkkと、見ていたqあったんだけd……」

 

 乱れが激しくなる中、影はウンザリした様に息を吐く素振りを見せた。

 

 ゆっくりとその身体が薄れていく中、彼女は、薄く薄く嗤った。

 

 

『―――【剣姫】、か。また会いましょう、アリアの娘』

 

 

 その声に、束の間の郷愁と悲嘆を乗せて。

 

 僅かな魔力の残滓を残し、彼女は消滅した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな異変の、その前に

お待たせしました。
最近執筆ペースが(ついでに文才も)著しく低下しております。更新が遅れることが多々あるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。


 

 

「―――以上が、今回の事件の顛末だ」

 

 祭壇の暗がりを、煌々と燃える松明(たいまつ)が照らす中。

 

 分厚い書類の束を手に持つフェルズが、その言葉と共に締めくくった。

 

「……」

 

 重々しい空気に包まれる空間で、眉間に手をやったグリファスは息を吐く。

 

 18階層で起きた殺人事件から、一週間。

 

 各々で情報を集めていた彼等は、こうしてギルドの地下で報告を行っていた。

 

「―――赤髪の女の情報は?」

 

「いいや、あらゆる方式で調査を進めているが、全く足が掴めない。 ……はっきり言って、凄く驚いているよ」

 

 無念そうに肩を揺らしてウラノスに答えたフェルズの言葉をグリファスが引き継ぐ。

 

第二級冒険者(ハシャーナ)を容易く殺害し、格上との戦闘にも慣れたルルネやLv.5のアイズを圧倒、フィンとリヴェリアが二人がかりでようやく打倒している。 加えて例の食人花を一〇〇単位の規模で使役したこともルルネから報告を受けている……これが事実であれば予測される潜在能力(ポテンシャル)はざっとLv.6と同等以上、調教(テイム)の練度に関しては【ガネーシャ・ファミリア】の面々をも凌駕していることになる」

 

「信じられないよ……悪夢のようだ」

 

 呻くような声を漏らすフェルズに同意を示しつつ、それでも王族(ハイエルフ)の老人は続けた。

 

「その女に、一体何者が力を与えているのかも気になる―――背後に存在する勢力が見えないのも大きな問題だ。 最も有力に思えるのが闇派閥(イヴィルス)の残党といった線だが……オラリオに存在する【ファミリア】とも考えにくい。 都市にさえいれば十中八九尻尾を掴められる体制を整えているのにも関わらず、未だに例の殺人鬼を見つけられていないのだからな」

 

「……過去の亡霊、か」

 

 あくまで仮定の話だが、と念押ししたグリファスは、今もダンジョンに『祈祷』を捧げる老神に視線を向ける。

 

「これから私は30階層に行こうと思う。 フィン達も調べたとは言っていたが、最奥に存在する食料庫(パントリー)を調べ切れたとは限らないからな……何か分かったら連絡をくれ」

 

「あぁ」

 

 蒼い瞳で見つめてくるウラノスの言葉に頷いた王族(ハイエルフ)の老人は、背を翻して隠し通路へ消えて行った。

 

 その後姿が見えなくなるまで見つめていたフェルズは、やがて肩をすくめる。

 

「さて、私もそろそろ行くとするよ。地下水路で確認された食人花についても調べを進めなければ―――ウラノス?」

 

 闇に消えて行ったグリファスを見つめていた老神は、重々しく口を開いた。

 

「グリファスは……気づいている(・・・・・・)のかも知れないな」

 

「は?」

 

「『古代』より共に戦ってきた者の気配……だがそこに至る理論が理解できない、といったところか。 信じたくない感情も強いのだろうな……」

 

 困惑するフェルズもよそに、独白するかのように呟いたウラノス。ともすれば深刻な眼差しを見せる老神は、顎を僅かに上げる。

 

 見上げた祭壇の天井は、ここが地下であることを忘れそうな程に高く。

 

 松明の明かりも届かない頭上の闇は、彼等のここまでの危惧の行方を物語るかのように、音もなく渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

『―――ォォっっ!?』

 

 嘆息と同時、適当に蹴られた小石がミノタウロスの頭部を粉砕する。 ダンジョンの一角に血飛沫がぶちまけられ、砕けた頭蓋と脳漿が散らばった。

 

 時折地盤を砕いて直通の道を開き、あるいは縦穴を使い17階層まで僅か数十分でやってきたグリファスは心労も露わにして迷宮を進んでいた。

 

 

 ―――証拠は、気付けば大量に転がっていた。

 

 食人花や芋虫型のモンスターから採取された極彩色の魔石、それを解析する中で発見した混ぜ物(魔力)

 

 彼等の情報網にかからない―――つまり【ファミリア】に所属していたとしてもほとんど【ステイタス】の更新ができていない筈の人間に、Lv.6に匹敵する身体能力を与え得る何か。

 

 そして―――モンスターを変異させ、加えてアイズにも影響を及ぼしたという緑色の胎児。

 

 神々を除いてダンジョンや地上に存在するものの中で、それ等の所業を為し得るであろう彼等の敵は―――、

 

「……まさかな」

 

 有り得ない。

 

 そもそもそれ程の力を持つ個体など既に姿を消した筈だ。

 

 それにダンジョン、モンスターとは人類の敵でしかない。例え彼等が残っていたとしても、それに干渉する事で人類に危害を及ぼすような真似は絶対にしない筈だ。

 

 くだらない思考を止め、18階層へ繋がる坂へ足を踏み入れる。

 

「―――さて、行くとするか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ッ!』

 

『落ち着け。焦りが透けて見えるぞ』

 

『ぁっ!?』

 

 殴打。地面に叩きつけられる、

 

『……!!』

 

『悪くない反応だ。が―――踏み込みが甘い』

 

『うッ!?』

 

 一撃を受け流しながらの斬り上げを容易くいなされ、殴打。地面に叩きつけられる。

 

『―――ッ!!【目覚めよ(テンペスト)】!!』

 

『温い。(魔法)に振り回されるな』

 

『!?』

 

 風を纏っての突撃。片腕の一振りであっさりと体勢を崩され、抑止(ブレーキ)もままならず壁に正面から激突する。

 

『―――リル・ラファーガッ!!』

 

『ほう―――上達したな。悪くない』

 

『ッッ!?』

 

 賛辞の言葉と同時、殴打。風の螺旋矢と化した自分が容赦なくねじ伏せられる。

 

『……どうしたら、強くなれるのかな』

 

 ホームの中庭、ダンジョン、市壁の上。心身共にめっためたにされ仰向けに転がる自分は、幾度となく彼に問いかけた。

 

 ―――お前は本当にそればかりだな。もう少し年頃の女の子らしく振舞えば良いものを。

 

 決まってそんな小言をぼやいた彼は、いつものように言った。

 

 ―――強いよ、アイズは。そんな勢いで駆け上がれる者はそうはいない。

 

 でも、まだ弱い。

 

 そう言いたげに頬を膨らませる私に、彼は困ったように息を吐いて。

 

 ―――その根性(負けん気)と、命さえあればお前はどこまでも強くなれるだろうよ。傍に家族(ファミリア)がいれば完璧だ。

 

 だが―――あまり無茶をすると、分かるな?

 

 そう言って、見覚えのある動きで片腕を揺らすグリファスに、私は青くなってこくこくと頷いて。

 

 また、無茶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 既視感を感じさせる夢から覚め、少女は目をうっすらと開く。徐々にはっきりとする視界に映ったのは、青水晶が階層全体を照らす18階層の天井だった。

 

 先日に起きた赤髪の女との戦闘。一度地上に戻ったアイズはフィン達と共に『深層』に潜り、37階層での階層主(ウダイオス)との戦闘を経て帰還に移っていた。

 

 今は、迷宮の楽園(アンダーリゾート)にある森の一角でリヴェリアと共に休息(レスト)を取っていた。

 

「アイズ、目を覚ましたか」

 

「うん……」

 

 上体を起こしたアイズは後方からかけられた玲瓏な声音に頷き、もう一つの気配を感じて振り返る。

 

 リヴェリアの隣に座っていたのは、銀杖を傍に置いた王族(ハイエルフ)の老人だった。

 

「おはようアイズ。五体満足なようでなによりだ」

 

「えっ……?」

 

 用があると言って彼女達のパーティには入らなかったグリファス。いつの間にかこの場にいた彼の存在に戸惑うアイズに気付いたのか、目を細めるリヴェリアが助け船を出した。

 

「30階層に調査へ向かっていたらしくてな。たまたま我々を見かけたらしい」

 

「あぁ。フィン達の姿も見えなかったから、どうも気になってな。話を聞いてみれば……階層主(ウダイオス)を単独で撃破したそうじゃないか? いやはや驚いたよ。まさかLv.6相当のモンスターを撃破するとは……そういう所は昔から何も変わらんなぁお前は。え? 全く、こちらは数え切れんほどの悩みを抱えていたというのに……あぁくそ、悩んでいた私が馬鹿みたいじゃないか」

 

 笑顔だった。

 

 これ以上ない位の笑顔だった。

 

 にこやかに笑う彼だったが、その背後はこれでもかと言うくらい歪んでいる。憤怒に燃える鬼を幻視した。

 

「ぐ、グリファス?」

 

「だがやってしまったことは仕方がない。ロキやティオナ達からも絞られるだろうから……取り敢えず、一言だけ言わせて貰おう」

 

 ゆらりと、手を伸ばす。

 

「っ……!!」

 

 全力で飛び起きたアイズは人形めいた顔立ちを焦燥で歪めバックステップ、階層主をも撃破するに至った身体能力を発揮して瞬く間に距離を取り―――、

 

「馬鹿が」

 

 怒涛のデコピンが炸裂、少女の意識が激痛と共に消し飛ばされた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【ヘルメス・ファミリア】
プロローグ


 

 

「―――はぁ」

 

 心底疲れ果てたような溜め息が、容姿端麗な女性の口元からこぼれ落ちた。

 

【ヘルメス・ファミリア】ホーム、執務室。

 

 小綺麗な室内に存在する机に座る彼女は、頭痛をこらえるように眉間に手をやる。眼鏡の奥から覗く透き通るような碧眼が、目の前で縮こまる犬人(シリアンスロープ)の少女をじろりとねめつけた。

 

 憤怒、苛立ち、焦燥、諦観―――ルルネの話を聞く中次々と表情を変えていた彼女は、この上ない渋面を作って黙り込む。

 

「……」

 

「……」

 

「……………………」

 

「……なぁ、アスフィ」

 

「…………………………………………………………」

 

「その、何だ」

 

「…………………………………………………………………………………………………………」

 

「話持ってきた私が言うのもなんだけど、今回は本気で悪いと思って―――」

 

「当たり前でしょうこの駄犬。ちょっと黙っていなさい今考えてるんですから」

 

「あ、はい」

 

 迂闊に話しかけたのが不味かった。怒気を纏う首領の一喝に汗を流すルルネはこくこくと頷く。

 

「……」

 

「……」

 

 気味の悪い沈黙が続く。

 

 慣れない雰囲気に犬人(シリアンスロープ)の少女が居心地悪そうに肩を揺らす中、ゆっくりと目を見開いたアスフィが結論付ける。

 

「……取り敢えず貴方は肥やしにでもしましょうか。全身切り刻んで中庭にでも埋めれば特殊な薬草でも採れるでしょうし」

 

「待って待って待ってちょっと待って本当に待って悪かったすいませんごめんなさいだからちょっと勘弁してください!?」

 

 どこからともなく取り出された禍々しい短剣にルルネが悲鳴を上げる。両手を上げて全力で後退した彼女を暫く睨み付けていたアスフィは、やがて辟易したように息を吐いた。

 

「本当、面倒な事を押し付けられたもんですね……」

 

「うぅ、ごめんようアスフィ」

 

 ほとほと疲れたように息を吐いた彼女の言葉に、ルルネも申し訳なさそうに耳を垂らした。

 

 

 ―――それは昨晩の事。ルルネの前にいつか依頼を持ちかけてきた黒ローブの人間が、再び彼女に近づいてきたのが始まりだった。

 

 18階層から帰還した折、ルルネからの報告を受けた後は姿を晦ましたと言うその人物が持ち込んできたのは、これまた厄介事としか考えられない様な内容の冒険者依頼(クエスト)だった。無論ルルネは全力で断ったようだが―――その直後、【ステイタス】の偽装を暴露すると脅されたという。

 

【ヘルメス・ファミリア】は抱える団員の8割以上が主神の判断によって【ランクアップ】を隠蔽している。あまり名を上げすぎると中立を維持しにくくなる、といったヘルメスの考えによるものだったがどう取り繕おうと自分達のやっていることは立派な違反(脱税)だ。もし管理機関(ギルド)に知られれば重い重い罰則(ペナルティ)や罰金が待っている。

 

 あまりの苛立ちに偏頭痛すら患いかけている頭部を指先で叩くアスフィは、大きな嘆息と同時に告げる。

 

「―――ルルネ、ファルガーとセイン、メリルを……いやこの際です。Lv.3の面子も全員かき集めなさい。ホームにいない者は私の魔道具(マジックアイテム)を使って呼び出すこと。それから18階層で貴方が交戦した食人花と『宝玉』、それが寄生、変異させたモンスターについての情報を早急に纏めるように」

 

「え、あ……分かった!」

 

 一瞬の戸惑いの後走って執務室を飛び出したルルネの後姿を見送りながら、薄く薄く息を吐く。

 

 率直に言ってこんな厄介事に首を突っ込んでしまったのは不本意でしかないが、背に腹は変えられない。手っ取り早く済ませるに限るだろう。

 

 碧眼を細めたアスフィは席を離れると、戸棚を開いて己の武装の準備にかかる。

 

 布によって幾重にも包まれた宝石、白銀のマント、そして奥にしまわれていた木製の箱。それ等を取り出したアスフィは、蓋を開いて中のものを取り出す。

 

 彼女の最高傑作、その一振り。

 

 箱から取り出された血の色の短剣は、どこまでも禍々しい輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 どうにかホームに帰還したグリファスは、心底疲れ切ったかのように息を吐く。

 

 結局、30階層で得られたものは無かった。

 

 18階層で行われた口封じといい、敵方が証拠の隠滅を図る可能性は十分に高く。何か見つけられる事ができれば儲け物程度にしか考えていなかった彼にとってそう驚くような事でもなかったが、それでも様々な要因による心労は老人をしっかりと蝕んでいた。主に闇派閥(イヴィルス)とか神々とかアイズとか神々とかアイズとか神々とかアイズとか。

 

 太陽が市壁の奥に消えた夕暮れ時。

 

 窓の外から空に残る薄明が見える中、グリファスが足を踏み入れた応接間には珍しい客人がいた。

 

「―――それでは、依存症状はあくまで短期的、ということですか?」

 

「せや。神酒(ソーマ)を飲めなくなって、正気に戻っている子達も大勢いるんやないかな?」

 

 部屋にいるのは四人。30階層へ潜っていたグリファスよりも早く帰還したアイズ、リヴェリア、それにロキ―――そして、かつて彼が指導したこともあったギルドの女性職員だ。

 

「ほう、珍しい顔だな?」

 

「ぐ、グリファス様……!?」

 

「そう畏まるな、エイナ」

 

 慌てて立ち上がったハーフエルフの女性に苦笑を返す。『学部』にいた頃から全く変わらない姿に自然と口元が綻んだ。

 

「どうした? 他の職員ならいざ知らず、受付嬢であるお前が来るのも珍しい。それにこの香り……神酒(ソーマ)か?」

 

「うちに【ソーマ・ファミリア】の事聞きに来たんやって。あの馬鹿の眷属(こども)、それなりに異常な状態やからなぁ……これは、やらんで?」

 

「要らん、それはどうも趣味に合わなくてな。……しかし、成程そういうことか。お前なら随分と詳しかっただろうなぁ、ロキ? うん?」

 

「お? なんか含んだ言い方するなぁ、グリファス」

 

「は、ははは……」

 

 既に粗方話を聞き終えていたのか、何となくグリファスの言いたい事を悟ったらしきエイナが困ったような笑みを浮かべる。ロキの酒好きは常人の想像できる範囲を逸しており、一度は件の神酒(ソーマ)を作る【ファミリア】の本拠地へ単独へ乗り込んだほどだった。

 

「それにしても……」

 

 ふと首を動かしたグリファスは、アームチェアの上で体を丸める少女を視界の中に入れる。純白のワンピースに包まれた膝に顔を半分埋めるアイズは……落ち込んでいた。傍から見ても気付く程、盛大に。

 

 心なしか金の長髪は輝きを失っている気がする。まさか先日の制裁(デコピン)を未だに引きずっている訳もないだろうし、一体どうしたと言うのか。

 

 思わぬ姿に顔を引き攣らせた王族(ハイエルフ)の老人は、エイナの向かいに座っていたリヴェリアに小さく声をかける。

 

「おい……アイズは、どうしたんだ?」

 

「あぁ、あれか……」

 

 問いかける彼の言葉にクスクスと笑った彼女は、やがて楽しげに告げる。

 

「前回の打ち上げの時にいた……ベル・クラネルだったか? 彼に、逃げられてしまったようでな」

 

「は?」

 

「えぇ!?」

 

 思わぬ人名にグリファスが目を点にすると同時、エイナの素っ頓狂な悲鳴が飛んだ。

 

「あ、あの、ベル・クラネルって……!?」

 

「何だエイナ、知り合いか?」

 

「い、いや。私の担当する冒険者なんですけど……」

 

「ほう、そうだったか……」

 

「それでリヴェリア、どう言う事なんだ?」

 

「あぁ、それが……ダンジョンで精神疲弊(マインドダウン)を起こしたのか、彼が5階層のルームで倒れていてな―――」

 

 

 その後の話を聞いて、久々に爆笑させて貰ったのは言うまでもない。

 

 腹が痛くなるほど笑ったグリファスに対し顔を真っ赤に染め、頬を膨らませて怒るアイズの姿が妙に印象深かった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。