ハルケギニアの誓約者 (油揚げ)
しおりを挟む

人物紹介

ネタバレを含みますので、最新話まで読んでからのご覧になるのをおすすめします。


 ナツミ

 本名 橋本 夏美

 

 サモンナイトの主人公、誓約者(リンカー)。実際は四人の中から一人選ぶシステムでその内の一人。

 ナツミは戦士タイプと召喚師タイプの中間、言わば万能タイプ。

 リィンバウムに召喚されるまでは通っていた高校でバレーボール部に所属。

 今作での設定は、いわゆるリプレエンド。フラットのメンバーを家族とし共に暮らしていくことを選択したという流れです。

 ちなみにソルエンドいわゆるパートナーエンドでは元いた世界に帰還します。

 容姿は髪型が髪が肩にかかる程度(サモンナイト時よりやや長め)、目は目尻がやや上がった感じ、印象としては男勝り、ボーイッシュな感じの女の子。

 年は十七歳、リィンバウムに召喚された時が十六歳。無色の派閥の乱が終了してからだいたい一年後ハルケギニアに召喚された。

 幾多の経験を経て、サモンナイトの頃よりもやや思慮深くなっている様な気がするが、実際にはあまり変わらない。基本楽観的ですが過去、バノッサを助けられなかったことを後悔しており、人の心を利用して悪だくみをする連中には強い嫌悪感を持つ、

若干ソルが気になる。

 

 能力

 あらゆる属性の召喚獣をランクに関係なく使役可能な他、スクエアメイジを遥かに上回る魔力とサイジェント騎士団流剣術を使いこなし、横切りが主体の戦いを得意とする。

 また身体能力も非常に高く、特に俊敏さに優れている。

 

 

 ソル

 本名 ソル・セルボルト

 サモンナイトの主人公のパートナー。

 今作では作者がサモンナイトをプレイ時にソルをパートナーにしていたため、ソルが登場しています。

 実際はあと三人パートナー候補がいます。

 容姿はやや吊りあがった目、髪型はやや長め、小奇麗な感じ。

 無色の派閥の大家セルボルト家の嫡男。本人同士は終盤まで気づかないが実はバノッサの異母兄弟。

 任務と温かいフラットのメンバーとの間に揺れ、ナツミを監視(スト―キング)。

しかし、いくら魔王召喚の事故で召喚されたとは言え、女の子を大量の人間が死んだ荒野の儀式場に食料や飲み水も無しで放置。そのまま町までスト―キング。二人のならず者に絡まれても傍観とはこれいかに?

 その後、改心し無色の派閥の事を黙っていた事に罪悪感を持っていたがナツミの楽天的な考えで吹っ切れる。

 実は素直な性格では無く、人によってはぶっきらぼうともとれるが、パートナーエンドの時は責任を持ってナツミを元の世界に帰すと熱く語ってくれる。……帰り間際に行くなとか言うけど。

 現在は温かさを教えてくれたフラットやナツミに恩義を感じている。

 

 能力

 最高位の霊属性の召喚術が可能。あとインテリは殴り合いは出来ない。

 

 

 

 モナティ

 ナツミに懐く召喚獣の女の子。

 レビットという種類に属する獣人。まんまる帽子とそれからはみ出した垂れた耳、そして大きな尻尾が特徴的。

 サーカスで不当に働かせられているところをナツミに助けられ、それからマスターと慕う。あいかわらずドジっ子っぷりを見せつける。護衛獣契約はまだしていない様子。

 

 能力

 高位の獣属性の召喚術が可能。またスキル応援は特定の人物の身体能力を高める効果がある。彼女自身は他人を傷つけることに向かないため、発揮されないが、獣人故の身体能力は侮りがたし。

 

 

 

 

 アカネ

 ナツミを友人以上主未満と見る忍者の少女。自称せくしぃくのいち。

 容姿は特徴的な赤髪を後ろで纏めたポニーテール。瞳は糸目。いつも笑顔を絶やさない。

師匠であるシオンの召喚に捲き込まれる形でリィンバウムに召喚された。

 どうしようもない主人を、師匠があっさり見限り師匠共々リィンバウムを転々とし、主人に相応しい人物を探す中ナツミと会う。

 忍者故に正体を明かせず悩んでいたがナツミが戦いに巻き込まれていく中で友達として守りたいと願い、忍者の掟を守る師匠とぶつかり、敗れはしたがその信念を認めて貰い、師匠共々仲間となる。

 ナツミと同じ楽観的。かつ、面倒臭がりだが、面白そうなことには積極的に参加する。

師匠には頭が上がらない。

 

 能力

 忍者として卓越した身体能力を誇る。特に走ることに関しては馬にも負けない。

 また、刀等の刀剣類はもとより、苦無を始めとする投擲武器も巧みに扱える。

 忍術

 サルトビの術。十数メートルの範囲において予備動作なしに移動可能な特殊歩法。高低差にも左右されない。非常に使い勝手のいい忍術。

 

 

 シオン

 アカネの師匠である凄腕の忍者。その強さは覚醒前とはいえエルゴの王であるナツミを倒してしまう程。忍者としての身体能力に加え、薬師としての知識も持っている。公式チート。ゲーム中でも非常に使い勝手の良いキャラである。

 現在はハルケギニアに召喚され諜報活動に従事している。相も変わらず料理の腕も卓越している。

 

 能力

 アカネ以上の身体能力。

 忍術

 サルトビの術、分身の術、穏行。

 

 

 ジンガ

 ナツミを姐御と慕う少年拳士。

 フラットでエドスと肩を並べる膂力の持ち主。

 ただの格闘馬鹿に見られがちだが、ストラを使用して他者の傷を癒すこともでき、エドスに付いて行ってお金を稼いだりとガゼルの一万倍は役に立つ。

 拳を鍛える意味を知る旅をしているという高尚な目的を持っているが、なにかにつけて拳で解決しようとする矛盾には気付いていない。

 

 能力

 ダブルアタック

 移動、アイテム使用をしない代わりにその場で神速の二回攻撃を可能とする。

 ストラ、エルストラ

 いわゆる気であり、ジンガの体格に似合わぬ怪力もこれの恩恵。また、自分に限らず、他者の治療も可能。

 

 

 エルジン

 本名 エルジン・ノイラーム

 機属性召喚に特化した一族、ノイラーム家の少年。

 ロレイラルの遺跡調査中に父ともに行方不明となっていたが、父がその遺跡で死んだにも関わらず、遺跡の調査を続行し続けた生っ粋の機界(ロレイラル)馬鹿。

 遺跡で知り合ったエスガルドとともに機界のエルゴの守護者となり、魔王戦でナツミ達と共に戦った。

 機属性召喚に関してはリィンバウムで最高レベルを誇る。

 ハルケギニアにナツミに召喚されてからは、自分でいろいろいじくれるゼロ戦に興味を持ちコルベールの研究室に引き籠る日々を送っている。特にナツミがガンダールヴのルーンで機械兵器の中身を見れるのが、エルジンの研究を飛躍的に進める結果となっており、ナツミは日々エルジンに駆り出されている。

 

 

 エスガルド

 機界出身の機械兵士。

 機界では切り札として開発されたため、その戦闘力は並みの機械兵士を遥かに凌駕し、自己修復まで備えたその機体は脅威そのもの。

 リィンバウム人は基本的にかつての侵略者である機械兵士に良い感情をもってはいないのに対し、エルジンがそんな自分に対し気兼ねなく話してかけ友として扱ってくれた事に恩義を感じている。

 ドリル、射撃兵器と、接近、遠距離と物理攻撃には死角が無い万能機、別名紅き死神。

 遠距離殲滅を得意とするエルジンと組むとまさに鉄壁。

 最近は無機物仲間のデルフリンガーと仲が良い。

 

 

 シエスタ

 ハルケギニア出身の平民のメイド。

 だったのだが、現在はクラスメイドから、メイド召喚師にクラスチェンジ。

 本来ハルケギニア人は召喚適性を持っていないのだが、祖父がナツミと同じ名も無き世界の出身者の為、ハルケギニアでは稀有な召喚師として覚醒した。

 現在のところ、機属性と無属性を召喚が可能で特にエレキメデスを好んで使っている。

 典型的な後衛召喚師。

 

 

 ワイバーン

 幻獣界(メイトルパ)に生息する強力な竜種の幻獣。体長は三十メートル弱とシルフィードのゆうに五倍という圧倒的な巨大さを誇る。

 ハルケギニア産のワイバーンとは似て非なるもの。ただでさえ強力な幻獣なのに誓約者(リンカー)が召喚しているのでその力は手が付けられないものとなっている。

 本作では雌となっておりシルフィードにはワイバーンのお姉さまと慕われている。言葉は喋れないが知性は人間並み。

 ジュリオが嫌い。

 

 技

 ブラストフレア

 特大の火球をぶっ放す。

 ガトリングフレア

 特大の火球を複数ぶっ放す。

 

 

 エレキメデス

 有線式の旧型機 威力はあるが電力消費の効率が悪い為あまり生産されなかった。と公式の設定で書かれているがその実、範囲攻撃で複数の敵を麻痺らせたりと割と使える召喚獣。 更に憑依召喚してその身に宿せば、攻撃力を十二ターンもアップでき、その用途は幅広い。

 

 技

 ボルツテンペスト

 範囲内の敵に電撃+麻痺。

 ボルツイクイップ

 憑依召喚、憑依した相手の攻撃力を上昇させる。

 

 

 ミミエット

 ウサギの着ぐるみを着た可愛らしい少女。

 に一見見える、戦闘力抜群のウサ耳少女。その召喚レベルはワイバーンと同等。手から光弾を生み出せ地面を軽く吹き飛ばせる恐ろしい召喚獣。小柄な割に戦闘力が高いため、今後の活躍が期待される。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 リンカー再び召喚される
第一話 異世界の迷子


にじファンより移転してきました。

ストーリーの大幅な変更はありませんが、所々改定しています。本来なら章ごとに改定して投稿したかったのですが、年明けと同時に投稿したかったのですが、なんとか三が日中は間に合った感じです。

にじファンとの違いは、サモンナイト2で言うところのリンカールートではないことくらいだと思って頂ければ幸いです。



ここはリィンバウム。

選ばれた魂が集う楽園とも呼ばれるマナが溢れる世界。

かつてはマナが溢れるが故に隣接する四つの世界の内、二つ霊界(サプレス)機界(ロレイラル)から苛烈な侵略を受けていた。

そのリィンバウムを救ったのは後にエルゴの王、誓約者(リンカー)と称される伝説の召喚士であった。

そんな伝説に謳われる召喚士を越えた召喚師とも呼ばれる誓約者(リンカー)が紡績都市サイジェントのとある孤児院に住んでいた。

 

「いい天気ねモナティ」

 

雲一つない青空を仰いで、現代に再び現れた誓約者(リンカー)の少女は孤児院の庭に植えられた樹にその背中を預けていた。

伝説の誓約者(リンカー)の再臨と謳われている少女は、その尊称とは裏腹に身に纏う気配は只の少女そのもの、初見で彼女が最高の召喚士など見破れるものはそうはいないだろう。

ショートカットに切られた黒髪も、勝気そうなやや吊り上った瞳も、凛々しい少女といった印象を抱かせるものの、特別な何かを抱かせるには至らない。

だが、この少女―ナツミ―は一年近く前に名も無き世界と呼ばれる場所から、召喚された。そしてリィンバウムに現れた魔王を見事に倒していた。

 

「そうですね。マスター」

 

そんな途方も無い力を持ったナツミにモナティと呼ばれていた少女はぽわぽわとした陽だまりの様な笑顔を浮かべてナツミの隣に座っていた。

素直で天然といった言葉がぴったりと合うモナティは、一目見て人ではないと分かる特徴を有していた。

狸の耳が頭の上から生え、お尻にはふわふわの狸の尻尾が生えていた。

彼女はリィンバウムに隣接する四つの世界、幻獣界(メイトルパ)霊界(サプレス)機界(ロレイラル)鬼妖界(シルターン)の内、幻獣界(メイトルパ)から招かれた狸の獣人レビット。

リィンバウムに招かれ主を失って以来、ロクな目に遭っていないところをナツミに助けられ、それ以来、護衛獣としてナツミをマスターと仰ぎ慕っているのだ。

そのまま、夕方までのんびりと時が流れるかと思われたが、ナツミが急に立ち上がり、その時間は終わりを告げた。

 

「そろそろ釣りに行かないと」

「あ、一緒に行くですの。今日は一杯お魚さんが釣れると良いですの!」

 

初代誓約者(リンカー)は王国の建国者となったのに対し、現誓約者(リンカー)たるナツミは孤児院に住んでおり、常に緊縮財政を強いられていた。なにせまともに働けるのが、万年上半身を裸で過ごすエドス位なのだ。

一応、レイドも来月から騎士団に再び入団することが決まっているが、それでも今月が厳しいのは変えようがない事実。

そんな財政の中、ナツミに出来ることと言えば暇を見て川で釣りをして自給自足する事である。簡単な料理位ならナツミにも十分できるが、大人数を手早く美味しくとなると彼女の料理の腕では難しい。

幸いにもナツミの釣りの腕は、孤児院のメンバーで一番で、調子が良ければその日の夕食を賄うのは決して難しくない。

 

「モナティが釣竿持ってきますの」

「ううん、あたしが持っていくわ。モナティは玄関で待ってて」

「分かったですのー」

 

獣人故にモナティの方が腕力に優れてはいるものの、モナティはその間延びした言動に見合った生っ粋のドジッ娘である。何も無いところですっ転ぶのはもはや標準装備されていた。

モナティ自身が転ぶのは彼女自身が丈夫なので大事に至らないだろうが、釣竿を持って転んで竿が折れてしまえば、金欠孤児院には痛い出費となってしまうだろう。

 

「マスターそれなんですの?」

「ん?……なにこれ?」

 

モナティに釣竿を持たせた場合に起こるであろう未来を想像していたナツミは突如出現したそれに気付かなかった。

モナティの指摘でようやく、光り輝く光の門の様の者が目の前にあることを気付き、怪訝な表情を浮かべる。

 

「召喚獣……なわけないわよね。なにかしら……って吸い込まきゃあああああああ!?」

「マスター!?」

 

その身に宿る力が強大な故に、あまり警戒心の無いナツミは不用心にも、その光輝く四角に手のひらを押し当ててしまった。

その瞬間、凄まじい力でナツミは光に吸い込まれ、ロクに抵抗することも出来ないまま吸い込まれてしまった。

 

「マスター……マスター!!!?」

 

後にはモナティの悲痛な叫びがただ木霊するだけだった。

 

 

 

 

まばゆいばかりの光に包まれたナツミは思わず目をつむる。光は、自分を呼ぶモナティの声さえ包み込みやがて聴こえなくなっていく。

(この感覚、前にリィンバウムに召喚されたときに似てる?)

かつて無色の派閥が魔王召喚に失敗し、自分がリィンバウム召喚されたときを思いだす。

(そう言えば……あの時は目を開けたら無色の派閥の召喚師達が死んでたのよね……)

ナツミは自分が召喚されたときの惨状を思い出し、ごくりと喉を鳴らした。

やがて、その感覚も徐々に薄れ、それに伴い光もだんだんと収まり視界が晴れていく。

 

その視界の先には

 

「あんた……誰……?っ……」

 

 

と言って倒れこんでくる同い年くらいの桃色の髪の少女の姿があった。

 

 

 

 

 

「……」

ある意味、予想外な展開にナツミはひどく混乱していた。

かつて召喚されたような惨状も覚悟していたのだが、実際はそんな血生臭い惨状とは全く無縁の光景が広がっていた。

まさか、召喚しておいて本人は気絶してしまうとは、これでは自分を召喚した理由も聞ける訳も無く。とりあえず召喚者である気絶した少女を支えていた。

 

「君、ちょっといいかね」

 

すると途方に暮れるナツミに男性が声を掛けてきた。

ナツミが声のするほうに意識を向けると大勢の少年、少女がこちらを見ていた。服装を見る限り、皆が統一性のある恰好なので学校の制服といったところであろう。

その学生らしき少年、少女達を背後にして立つおでこが後退しすぎた中年の男性が立っていた。彼がナツミに声を掛けた男性だった。

大きな木の杖を持ちローブを羽織ったその姿は典型的な召喚師にナツミには見えた。

「ええっとミス?見たところ平民のようだが……何処から呼ばれたのですかな?」

「……え?へ、平民?」

男性の質問の意味がナツミにはいまいち分からなかった。自分の姿はどう見ても人間だ。ならば鬼妖界(シルターン)より召喚されたと基本的には考えるはずだ。角は無いし、レビットのような特徴的な耳も無いため幻獣界(メイトルパ)の亜人には見えないだろう。

召喚師にしては不自然なセリフだった。

 

「ええ、マントも無いし、杖も……無い……もしかして君はメイジですかな?」

男性は要領の得ないナツミに苛立つ様子もなく、もう一度質問してくる。

 

「いや、メイジじゃなくて、召喚師ですけど……」

(っていうかメイジって何?)

未だに男性が何を言いたいのかいまいち理解できなかったが、流石に二度目の質問も質問で返すのは気が引けたためナツミはとりあえず自分の職業(?)を答えた。

「召喚師?」

(というかメイジを知らないですと!?)

今度は男性が困惑する番であった。メイジとは基本的に貴族であり、この国においてありとあらゆる国民生活に密接に関係している者たちである。それを知らないのはよほど辺鄙で極少数の村人しかいない寒村ぐらいであろう。

そしたナツミはナツミで男性が召喚師を知らないことに驚いていた。召喚師とはリィンバウムでは戦争はもちろん、召喚獣による鉄道があるほど国民の生活に関わっているからだ。

よって、二人の互いの第一印象は奇しくも同じものになっていた。つまり、

―ド田舎人―と

そんな互いに全く同じ第一印象を抱いていたことを、知らない彼らであったが、ここにきて先ほどまで沈黙を守っていた少年、少女達が騒ぎ出す。

「ゼロのルイズのやつ平民を召喚したぞ」

「しかも、気絶してるし」

誰かがそういうと皆がどっと笑いだす。

「あれだけ挑戦して出てきたの平民じゃ、ルイズじゃなくてもショックで倒れるわ」

 

ほとんどの少年、少女は気絶した桃色の髪の少女―ルイズ―の心配をせず、嘲笑する様子にナツミは表情には出さなかったが密かに怒りを感じていた。

 

そんなナツミの様子に気づかず男性―コルベール―は一人顔を顰めていた。

 

(気絶……そうだ。いくらあれだけサモン・サーヴァントを繰り返しても精神力を使い切り、気絶するほど消耗などしないはず。つまりミス・ヴァリエールが平民を召喚したショックで気絶したのでないならば、この少女自体が強力な幻獣か……もしくはそれ以上の力を持っていた為、その代償として多くの精神力を消耗した……まさかな)

そんな思考に埋没している男性にルイズを馬鹿にしていなかった一人の赤い髪の少女が声をかけた。

「ミスタ・コルベール、ミス・ヴァリエールが気絶してしまっていては、コントラクト・サーヴァントも行えません。これ以上、外にいてもしょうがないのではありませんこと?」

「ん?そう言えばそうですなミス・ツェルプストー。皆、召喚の儀は終わりです。教室に戻りますぞ」

コルベールは赤い髪の少女から指摘されようやく気付いたのか皆に指示を出す。

コルベールの指示を受けた彼らは次々に空へと飛び上がっていく。

「はあ?」

そんな様子を見てナツミはつい間抜けた声を出してしまった。

「召喚獣も無しに人が飛んでる……憑依召喚?……じゃあないわね。……っていうか私がこの子を運ぶの?」

ナツミが一人で混乱し、さらにどうやってルイズを運ぼうかと頭を悩ませているとツェルプストーと呼ばれた少女がナツミに近づいて来て、ルイズに向かって持っていた杖を振り「レビテーション」と唱えるとルイズの体がふわりと浮かびあがった。

「流石にルイズがいくら小さくても女の子に担がせるのは気が引けるわね」

少女はそういうとじろじろとナツミを観察し始めた。

「ふーん。多少変わった服を着ている以外はどう見ても平民よね……。ねぇ貴女?」

「な、何?」

ナツミの事を観察していた少女は唐突にナツミと目を合わせ、声をかける。

「剣士には見えないんだけど腰に差してある剣……使えるの?」

「う、うん。少なくともそこらの騎士には負けない位には」

 

話がややこしくなるのであくまで剣のみを使った戦闘に限ってナツミはそう答えた。魔力を存分に振るえば、それこそ軍どころか国と真っ向から戦っても勝てるだろう。

 

「ふーん。なら主人を守ることくらいはできそうね。ああ、名乗るのを忘れてたわ。私の名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ルイズのクラスメートよ」

「ルイズ?」

「……そっかこの子、名乗る間もなく気絶したのよね。ルイズってのは今、そこに浮いてる子よ。貴女を召喚した張本人」

どうやら、ナツミの予想どおりこの気絶してる少女がナツミの召喚者であり、先ほど馬鹿にされていたルイズであったようだ。そこまで思考し、ナツミはある事実に気づいた。

「あ、こっちも申し遅れました。私はナツミ。橋本夏美」

「ハシモトナツミ?変な名前ね」

「……変で悪かったわね。ナツミで良いわ」

おもわずナツミはリィンバウムで初めて名を名乗った時を思い出す。

「まぁ、いいわ。その子のこと頼んだわね」

そう言うとキュルケは燃えるような赤い髪を翻し、大きな塔のほうへと去って行った。その背後にはやたらとデカい赤いトカゲがピョコピョコと付いて行く。

ほとんどの少年と少女が去って行くと先ほどコルベールと言われた男性がナツミへと近寄ってきた。

「話かけておいて放置して申し訳ありません」

「え、ああ、別に気にしてないんでいいですよ」

「申し遅れましたが私はジャン・コルベール。このトリスティン魔法学園で教師をしております」

「あ、どうも……ナツミです」

柔らかい物腰と丁寧なあいさつにナツミも姿勢を正す。

「ど、どうもご丁寧にありがとうございます」

「このまま幾つか質問をしたいのですが、ミス・ヴァリエールこのままにして置くこともできません。保健室まで行きましょう」

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ一応念のためにちょっと体を調べさせてもらいますぞ」

「えぇ!?」

中年の男性からのいきなりの発言。ナツミは身の危険を感じていた。

 

 

 

「魔法で武器が魔力が無いか調べるならそう言って下さいよ!何事かと思いましたよ」

「いや、こちらも思い返すに大分言葉が足りなかったようです。申し訳ない」

あの後、ナツミが戦闘態勢に入ったり、ナツミが発した魔力を見てコルベール仰天したりといろいろあったが、真にコルベールが仰天したのはナツミにかけた探査魔法ディテクトマジックの結果だったりする。

コルベールとてトライアングルクラスに連なる高位の魔法使い。その身に宿す力に少なからずの自信を持っていたがナツミのそれと比べると、溢るる大海を前にした湖としか思えなかった。

(この少女は何者なんだ?少なくとも悪意や害意は無いが、あのとてつもない魔力……ただの平民では無い)

ふぅ、とナツミには気づかれぬように溜息をつくコルベール。ルイズがこの春の使い魔の儀式で召喚を成功させることができるのかが一番の悩みの種であったが、よもや成功しても悩むことになろうとは想像もしていなかった。

 

そして、リィンバウムとは別の世界に再び呼ばれたにも関わらず、ナツミには悲観の様子は無かった。

まさか、更なる異世界に呼ばれてしまったとはまだナツミは気付いていなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 新たなる誓約

 



 

ルイズを保健室に運び終えるとナツミは早速、コルベールに自らの素性を話した。

コルベールもナツミがその身に宿す力の大きさが気になっていたので、彼にとってそれは渡りに船だった。

まさか、自分が警戒されているなどとは夢にも思わずナツミはここに召喚された経緯を偽りなく話す。召喚されたのは二度目だったということもあり、こういう時はさっさと素性を話した方が良いと分かっていたのだ。

その過程でようやくナツミは気付いた。ここはリィンバウムとは異なる世界だと。

だが、それを聞いてなおナツミに焦りの表情は無かった。

召喚術と送還術はセットだと思っていたからだ。

実はそれは大きな間違いなのだが、リィンバウムの召喚術しか知らないナツミはその事を完全に失念していた。

 

「それにしても異世界ですか、辻褄は合いますがなんとも信じがたい話です」

「まぁそうでしょうね……」

コルベールはナツミの話を理解はしたが信じきれないと言った表情を浮かべていた。

確かに召喚された本人が異世界から来ただのその世界では召喚師で英雄で異世界で魔王を倒しました。と言われても信じられないだろう。ある程度、信じてもらえたのは、ひとえにナツミの持つ力の膨大さがその話の信憑性を高めているからであった。

「とりあえずその召喚とやらは今できますかな?」

「あっと、出来ますけど、なるべくなら屋外のほうが」

 

その異世界の召喚術を見てみたいのか若干興奮した様子でコルベールがナツミへと詰め寄ってくる。その様子に若干引きつつも注意を喚起してみるナツミ。

別に屋外でも小さな召喚獣なら十分に召喚可能なのだが、コルベールの異様な興奮を見ていると、召喚獣を解剖されてしまいそうなので、ご遠慮したい感じだった。

 

「そうですか……残念です。ではまたの機会にお願いします。……それはそうと、ミス・ヴァリエールとコントラクト・サーヴァントをしてもらいたいのですが……」

「う、出来ればしたくないのですが……」

「やはり、そうですか……」

ナツミは先ほどからコントラクト・サーヴァント、リィンバウムでいうところの誓約を拒んでいた。ナツミとしてはリィンバウムの家族と呼んでる人達のところに帰りたいのでコントラクト・サーヴァントでこの世界に縛られるのは拙い。

 

「仲間達……ううん家族みたいな人達も心配していると思いますのでこのまま送還してもらいたいです。……彼女には悪いですが」

「……はぁ、家族が居るとなってはしょうがないでしょうな」

 

はぁ、とコルベールは今日、何度目となるか溜息を吐く。彼としてはルイズが留年するのを防ぐために是非ナツミにはルイズとコントラクト・サーヴァントをしてもらいたいところではあったが、家族のもとに帰りたがっている少女にそれを強制するほど貧しい良心はしていなかった。

「それでは、ヴァリエール嬢には新たな召喚をしてもらいますか」

「申し訳ありませんがそうしてもらえると助かります」

「それはそうと、どうやって帰るつもりなんですか?」

「……え?」

「え?」

 

妙な沈黙が二人の間に流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の会話が止まる少し前。

 

(う……あれ、私なんで寝てるんだろ)

よほど、魔力を消費したのか身動き一つとれずルイズは目を覚ました。目だけで回りの様子を見るとどうやら保健室のようだ。

(そうか、あれが力を使う感覚なのかな?)

再び目を閉じ先ほどのサモン・サーヴァントの様子を思い出す。サモン・サーヴァントの最中は何度、詠唱を唱えても何にも感じなかったが最後にサモン・サーヴァントが成功したときだけは違う感覚が彼女を貫いた。自分の中から何かがごっそり無くなる感じがしたのだ。

(あれは、きっと唯の平民なんかじゃない。もっと違う何かだ)

剣を腰に差したナツミの姿を思い出し、確信に近い形でルイズはそう考えていた。

そんな自己に埋没していたルイズの耳にコルベールと少女の声が響く。

 

 

信じられない。とルイズは思った。確かに自分の召喚した少女―ナツミ―とやらは唯の平民ではないと感じていたがナツミの話ではナツミとその仲間達が乗り越えてきた困難は正しく偉業と呼んで差支えないものであった。彼女の称号、誓約者(リンカー)とはなにか分からないが、ハルケギニアでいうところの6000年前にいたとされる魔法使いの始祖、虚無の使い手に近いものであることは分かった。

そしてそれを裏付けるようにコルベールが彼女に使った探査魔法(ディテクト・マジック)では彼女の魔力はコルベールの魔力と比べ大海に比するほど強大なものであったとも言っていた。

まさか、そんな強大な存在が自分に召喚されるとは露ほども思っていなかった。

(これで、もう落ちこぼれなんて言われない……)

そう思うと思わず涙が溢れてきた。ルイズは小さい頃から落ちこぼれと言われ、期待を持って入学したトリステイン魔法学院でも魔法を使うことは出来なかった。なんとか座学だけでも頑張ってトップをとっても魔法至上主義のトリステイン貴族の中において、そんなものになんの価値も無かった。

今回のサモン・サーヴァントがほんとに最後のチャンスだった。サモン・サーヴァントが成功しなければ留年、このまま魔法が使えない現状のままいけば間違いなく留年するはずだった。そんなことを許す両親では無い。きっと実家に連れ戻され末っ子にすぎない自分に待ってるのは政略結婚という道だけになるはずだった。だから……

「それはそうと、ミス・ヴァリエールとコントラクト・サーヴァントをしてもらいたいのですが……」

「う、出来ればしたくないのですが……」

「……っ!」

コルベールとナツミのその言葉は自己の思考に埋没するルイズを外界に向けるにはあまりにも強力で、彼女がいままで感じていた安堵感を無くすほどに破壊的であった。

(どうしよう、どうしよう……)

なんとか二人に気づかれずに済んだがルイズは完全に動揺していた。おそらく、彼女が召喚したものは自分には不釣り合いに強力だ。家族のもとに帰りたい、とかいう声もしたような気もする。だが今のルイズにはそれを理解しきるほどの余裕はもう無かった。それほどまでにルイズは追い詰められていたのだ。そうして、逃れたと思った最悪の結末は再び目の前に迫っている。そして、

「それでは、ヴァリエール嬢には新たな召喚をしてもらいますか」

「申し訳ありませんがそうしてもらえると助かります」

もうルイズの頭の中にはそれ(・・)をすること以外しか無かった。

 

 

 

 

 

 

「わが名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、わが使い魔となせ」

突然、ルイズは布団を跳ね上げると呪文を唱えながらナツミに向かって突進する。

あまりといえば、あまりのその光景にコルベールもナツミもまったく反応できなかった。

重なる、ルイズとナツミの唇。

「ヴァリエール嬢!」

怒鳴るコルベール。やはりナツミはいきなりのキスに反応できないでいた。

「……」

「……」

二人の唇が離れてもお互い無言のまま、見つめ合う。

ナツミは先ほどのコルベールの様子に嫌な予感がしてならなかった。そうして呆けていると突然全身を痛みと熱さが襲う。

「がぁっ……な、にこれ……?体が……熱い、んですけど?ってか痛いっいたたた!?」

まもなく熱さが過ぎてくるころナツミは自らの左手の異変に気付く。

彼女の左手には先ほどまでは無かった見慣れぬ文字が刻まれていた。

「あの、コルベールさんもしかしてこれって?」

ナツミの否定してくださいね、という念を込めた視線がコルベールに突き刺さる。

「ナツミ君、非常に言いにくいですが……今ヴァリエール嬢が行使した魔法がコントラクト・サーヴァントです。君らの世界風にいうならば誓約された状態です」

 

「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

悲鳴に近い声が保健室中に響き渡る。

窓の外には地球でもリィンバウムでも見ることが無かった二つの月が輝いていた。

 

その間、ルイズはそんなナツミに反応することなく俯いているのみであった。

 

 





改定出来ているのはここまでです。
我ながら遅すぎて申し訳ありません。
改定出来次第、随時投稿していきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 彼女の決意

べったりと耳に沈黙が張り付くような室内でルイズとナツミは丸テーブルを真ん中にして向かい合っていた。

強く、それでいて負の感情が一切込められていない視線でルイズを見つめるナツミに対し、ルイズは終始うつむき、テーブルクロスのしわを見つめ続けていた。

ここはルイズの部屋であった。

 

あの後、情緒不安定であったルイズを何とか宥め、この部屋までコルベールに連れてきてもらったのだ。コルベールはルイズ言いたいことがあったようだが何度もナツミに謝罪するような言葉を言ったり泣きじゃくったりして手に負えなかったためナツミに任せたのだ。ナツミがルイズに危害を加えるはずがない、わずか数時間でそこまでの信頼を得たのナツミの仁徳がなせる技か、誓約者(リンカー)のカリスマかは分からない。

 

ルイズは先程とは打って変わって静かなものであったがピクリとも動かない。ナツミもこんな空気の中、「気分どう?」などと空気ぶち壊し発言できるほど神経が太く出来てなかった。

しかし、なにもしゃべらないわけにもいかないので口を開く。

 

「まぁ誓約というか契約しちゃったもんはしょうながないか……。はぁ、でもなんで同意も無くいきなり契約したのかは聞きたいけどね」

 

契約しちゃったもんはしょうがない、本来なら理不尽さから怒ってもいいはずなのに、そのセリフを口にできるのは楽観的なナツミらしさだった。

彼女的には同意も無く契約したのはいただけ無かった。自らが強制ではなく召喚獣との信頼によって助力を得る誓約者(リンカー)ゆえにそこら辺だけははっきりさせておきたかったからだ。

 

「こっちは家族のところにも帰れないんだから理由くらいは話して欲しい。ね、怒らないからさ」

 

ナツミはあの後の、ルイズの尋常ではない様子から、コルベールに聞いた生徒の中で唯一魔法が使えないというのも関係しているのでは無いかと考えていたためルイズがナツミに対し強引にコントラクト・サーヴァントをした理由を強くは聞けないでいた。

 

 

 

 

 

ナツミの質問以降、ルイズの部屋は沈黙に包まれていた。

ナツミの見つめるルイズは終始、顔を俯かせ彼女と目を合わせようとはしなかった。

 

 

やがて10分近くそうしていただろうか。再び、ルイズが口を開いた。

 

「……んで」

「……え?」

「……なんで怒ってないの?」

「んー、まぁ怒ってないって言えば嘘になるけど、異世界に召喚されるのは二度目だしね。それに……あの時に比べれば相当マシだからかな」

そう話すナツミからは怒りは感じられない。ナツミの言うとおり召喚された状況が良かったからだろう。いきなり異世界に召喚されて状況が良いも悪いもないが、それにしても前の状況は相当に悪いものだった。

 

「前に召喚された時って?」

「そっか、コルベール先生にも話してなかったっけ。さっきあたしが異世界から召喚されたって言ったでしょ?」

「う、うん」

そう言ってナツミはリィンバウムに召喚された時の様子を話を始めた。

 

 

 

 

 

 

自分が前いた世界―リィンバウム―とも違う世界から召喚されたこと、その召喚が魔王という世界をも滅ぼしかねないものを召喚する為のもので、それに捲き込まれたことを。

「でね、そのソルって言うのが酷いのよ、こっちはいきなり召喚されて、周りが死体ばっかりでしかも荒野よ、荒野!しかも、あたしが困ってるってのに、様子を見てるだけってどう思う?あんたはストーカーか!?って感じだったわ」

過去の話をしているうちに当時のソルへの怒りまで思い出したのかテーブルから身を乗り出して説明を始めたり、

「しかも、大事な話は全部『話せない』だの『信じてくれ』よ!ぶっきらぼうだし、すぐにあたしのこと馬鹿にするし!」

個人的な感情を交えたナツミの身の上話は夕刻をこえ夜半まで続けられた。

「……というわけで魔王を倒したあたしは、そのもといた世界に帰るんじゃなくてリィンバウムでできた大切な人たちと暮らそうと思ってそのままリィンバウムに留まることにしたってこと……あぁ疲れたわ。一気に話す内容じゃあないわね……」

喉痛い、とすっかり冷めてしまったホットミルクを一気に煽るとナツミは苦しそうに喉を撫でる。

ふぅ、とナツミはそこで一息つくと先ほどよりは大分良い顔色をしたルイズの目を見やる。 その瞳はルイズに「今度は貴女の番よ?」と問いかけているようだった。そして、ようやく硬かったルイズの口が開く。

「あたしは……」

ルイズは切れ切れながらも、なぜナツミに強引にコントラクト・サーヴァントを施したか話し始めた。

自分が名門の出にも関わらず落ち零れであること。

小さい頃から馬鹿にされ座学だけは誰にも負けないように頑張ったこと。

そして結局、それでも馬鹿にされたこと。

二番目の姉以外の家族は上の二人の優秀な姉達と自分を比べ落ちこぼれとだといつも言われていた事。

そして、サモン・サーヴァントで自分が召喚したもの―ナツミ―が唯の平民では無いと召喚した時にうっすらと感じていたこと

ナツミとコルベールの話を盗み聞く中、やはりナツミが計り知れない力の持ち主であると確信したこと。

それが嬉しくて、つい泣いてしまったこと。

そして、ナツミがコントラクト・サーヴァントは出来ないと言ったこと。

そこまで、話すとルイズは再び嗚咽を漏らし始め、説明を続けた。

「あ、たし、やっと、……ひっく。おちこっぼれ……って、うぐ言われな……くなる……ひっくと、お、おもっった、がら、……」

ナツミは泣きじゃくる彼女の言葉に懐かしさとも罪悪感にも近い感覚を感じていた。

ルイズが言うには、ナツミは召喚したルイズには不釣り合いなほどの力をもった存在……別にエリートじゃなくていい。普通のメイジになりたかった彼女にとってナツミはいままでの状況を打開するかも知れない一つの可能性であったという。そうでなくとも、召喚に成功し進級ができれば、少なくとも向こう二年は政略結婚には使われない。そう思い安堵していたと。

そしてルイズが寝ていると思い発言していたあの言葉はルイズにとっては奈落の底に叩き落とすに等しい行為だったと。

いまだに泣きじゃくるルイズにナツミはある二人の人物を重ねていた。

一人は自分をリィンバウムに招くきっかけを作った。現在の相棒―護界召喚師―ソル。ナツミの過去話にも出ていたが彼は無色の派閥の総帥セルボルト・オルドレイクの子供であり幼き頃から、召喚師として卓越した力を持っていた彼は魔王召喚の現場責任者でもあった。

総帥の息子として過度に期待され、個を持つことを許されなかった彼は正しく総帥の道具であった。ゆえに魔王召喚の際に生贄に選ばれその命を散らすはずであった。

しかし、儀式の際に生贄として命を捧げることに恐怖を覚え、助けを願う。その願いは世界の壁を超え一人の少女を呼び出した。

それが、後にエルゴの王、誓約者(リンカ―)と呼ばれるナツミがリィンバウムに姿を現した瞬間だった。

魔王召喚により召喚された少女を監視する命がソルへと下る。

そして、ナツミやその仲間たちとの共同生活の中で少年は自らの心を成長させた。

彼の眼は無色の派閥より受けた教えの腐りきったと教えられた世界は光と優しさで満ちているように見えた。

そしてソルはやがて父と決別しナツミと仲間達とともに戦い魔王を打ち倒した。

 

そうしてもう一人は召喚され途方に暮れる自分を拾ってくれた仲間達とは敵対していた組織のリーダーのバノッサ。ナツミの事を敵視し何度も戦いを挑んできた青年であった。

彼は高位の召喚師の子供として生まれたが召喚師としての才能が皆無であったため、父親に母親もろとも捨てられたという過去を持っていた。ゆえにはぐれ召喚獣として召喚されたナツミが自分が持っていない召喚師としての才能を強く持っていたことに強い敵愾心を抱いていたのだ。

彼はのちに無色の派閥から無限に悪魔を召喚し使役可能な魅魔の宝玉を与えられ、サイジェントの都市の制圧に乗り出した。

無色の派閥の予想通り、強い負の感情を持つバノッサは魅魔の宝玉の力を完全に引き出し、リィンバウムには大量の霊界サプレスの魔力が流れ込み遂には魔王召喚の条件が再び揃う。

そんな彼を義理の弟であるカノンが止めようとするが、無色の派閥の総帥―オルドレイク―の返り討ちに合い殺されてしまう。

そんなカノンを見たバノッサは負の感情を爆発させ、その負の感情を呼び水に魔王が召喚されてしまう。

その様子に歓喜し、バノッサを褒め称えるオルドレイク。

…彼こそがバノッサの父であり、バノッサを捨てた張本人であった。

魔王に取り込まれそうな意識を振り払い、バノッサはオルドレイクを殺すが、魔王の意識が彼を飲み込んでしまう。

「俺が俺であるうちに殺してくれ」

という言葉とともに、

そして、ナツミがその魔王を―バノッサ―の変わり果てたものを打ち倒したのだ。

それが、力を追い求めた一人の男の最後であった。

同じ男を父に持つソルとバノッサ。

才能が有り道具扱いされるソル。

才能が無く捨てられてしまったバノッサ。

ナツミは思う。ソルとバノッサ、境遇もなにもかも正反対に見えるがそれゆえに二人はどこか似ていたと、自分と仲間たちはソルを救うことができた。だったらバノッサも救えたのでは無いかと、彼がいつも暴力を振りかざしてきたから、力で対抗していたが、思えばそれがかえってバノッサの召喚術に対する憧れを助長していたのではないかと。

そこまで、考え再びルイズを見やる。

貴族としては最高位の公爵家で生まれ、魔法が使えない彼女は、ソルとバノッサを足してニで割ったようなものだ。

(もう、バノッサの時のような間違いはしたくないよね)

 

そこまで考えナツミは決意した。

「いいわ、貴女の使い魔になるわ」

「……ひっく、う、……えっ?」

その言葉に今まで俯いて泣いていたルイズは泣き顔のままナツミへと顔を向けた。

「貴女の使い魔になるって言ったのよ。それとも人間の使い魔はイヤ?」

ナツミは困ったようないまいち状況を読めないでいるルイズに意地悪い顔をして問いかける。

「う、ううん。イヤじゃない!」

勢いよくルイズは返事を返す。その首は千切れんばかりに縦に振られていた。

 

「ちょっと気分転換しよっか?」

窓を開け放ちナツミはそうルイズに提案した。まだ春ではあるが少々、肌寒いが先ほどまで泣いていて火照っていたルイズには少しちょうどよかった。

「気分転換?」

「うん、こっち来て」

おいでおいでをするナツミを訝しみながらもルイズがナツミに近づくと行き成りナツミはルイズの腰を抱き上げ窓から体を投げ出した。

「え、あんたまさきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

ここは塔、しかも相当に高い階層にあった。人が死ねるほどには。

 

 

そのまま、地面にキスしていればだが、

「あれ?」

地面のようなごつごつした手触りしてルイズが恐る恐る目を開けるとそこには想像してなかった光景が広がっていた。

 

「なによこれ……?」

 

さきほどの手触りは地面などではなかった。トリステインの竜騎士が跨る風竜の倍以上の巨躯を誇る飛竜がルイズとナツミを乗せ夜空を舞っていた。

「ワイバーンよ、幻獣界メイトルパに住まう幻獣よ」

「これが召喚獣……」

夜気を切り裂き飛竜は空を悠々と飛ぶ。その様子にまるでルイズは空の王者にでもなったかのような錯覚に陥っていた。

「まだ、自己紹介がまだだったね。あたしはハシモトナツミ。よろしくマスター」

「……あたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。よろしくあと、ルイズでいいわ。えっと……ハシモ……?」

ルイズもファーストネームで呼ぼうと思ったが馴染みの無い名前だったのでいまいち切る部分が分からなかったようだ。

「ふふ、ナツミよナツミ」

「……よ、よろしくね……ナツミ」

ルイズは自分が名前のどこで切るか分からなかったのがばれて恥ずかしいのか月明りでも分かるほど赤くなってしまっていた。

 

「くしゅ!」

「ごめん、ごめん体冷えちゃった?」

「う、うん。ちょっとね」

幾分か時間が経ったころ、ルイズは体が冷えたのか、くしゃみをして体を震わせる。

「なら、これでも抱いててね」

「これ?」

すると突然、ナツミの手が緑色に光り輝いた。

「おいで、プニム」

やがて光が収まるとナツミの腕の中には長い毛で覆われ、耳が腕のようになっている動物が抱かれていた。

「ぷに?」

「わ、可愛い……、ってこれも召喚術?」

「うん、まぁまだいろいろあるんだけどね。それより部屋に帰るわよ」

ルイズの腕にプニムを抱かせ、ナツミはワイバーンを帰路につかせる。

 

 

プニムを腕に抱きながら、ルイズは密かに泣いていた。

だが、それはもう悲しみの涙では無かった。

まだ、話していないことや、これからのこと。

決まってないことは山積みであったが今は自分を一人の人間として見てくれているナツミの優しさが唯、嬉しかった。

 

ハルケギニアの静かな空に一人の少女の温かい涙が零れていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 小さな決闘

「ふぁ~あ、ん、なにこのもふもふは?」

 

ルイズが目覚めて、初めて目にしたのは大きい毛玉であった。

ルイズがその毛玉を撫でまわしていると

 

「ぷに」

 

突然毛玉が動いた上に目を開けてルイズと目を合わせる。

 

「あぁそっか、この子。昨日ナツミが召喚したプニムだっけ?」

「ぷに!」

 

名前を呼ばれて嬉しいのか元気に返事をするプニム。

あの後、ナツミのワイバーンで部屋まで帰って来たルイズはこれからの事を二人で話し合った。

 

ナツミは最終的にはリィンバウムに帰りたいことをルイズに告げ、ルイズは出来ればナツミにハルケギニアに留まって欲しいと思っていると伝えた。

 

本来なら平行線になる互いの願いであったが、夕べの話し合いの中でナツミはルイズが自分の系統魔法が使えるようになるか、ルイズの学園を卒業するまでの2年間の間だけであるが使い魔になることを決めた。そのため例えナツミがその間に帰る方法が見つかってもその間はハルケギニアに留まれなければならない事となったが、ナツミはそこらへんをあまり深く考えていない様だった。

 

(まぁそう簡単に帰る方法が見つからないだろうとも言ってたけど。)

 

もし、彼女をリィンバウムに返すなら、リィンバウム式の送還術が必要となる。なにせハルケギニアには送還術そのものが無いのだ。まぁナツミをもしリィンバウムに送還させるとしても、魔王召喚に匹敵する魔力が必要となるので、どちらにしても一朝一夕でどうなる問題でもないらしい。

 

ルイズがそんなことを寝ぼけながら考えていると、自分に対してプニムを挟むようにしている毛布の塊が起き上がる。

 

「あーよく寝た。流石貴族のベッド、当たり前だけどフラットのベッドよりも寝心地がいいわね」

 

少女とは思えない大あくびをして起きるナツミであった。

 

昨晩、いざ寝ようとするとナツミに用意されていたのは藁の束であった。

もともとルイズがサモン・サーヴァントに際して用意していたのだが、人を召喚する事など考えているはずもなかった為だ。

普通なら藁束で寝ろ等と言われれば、文句の一つも言うだろうが、そこはナツミ。その程度で動揺などするわけもない。

 

「別に藁でいいわよ?」

 

あっさりと何でもないようにそう言い放った。

リィンバウムでの戦いの中では謎の異空間に飛ばされたり、雪山の中を歩いたり、大量の剣が突き刺さる山など寝るというにはあまりにも過酷な環境も多々あったため、屋内しかも、むしろ藁があるのは彼女の中では上等な部類になっていた。

そして、言うが早いか早々と藁の中に潜り始めたナツミを自分のベッドで一緒に寝る様に説得したのだ。

決して、湯たんぽがわりに温かいプニムと寝ようとするナツミが羨ましくて一緒に寝ようと言ったわけではない。……多分。

 

 

 

 

朝の挨拶もそこそこに二人が部屋を後にしようとすると、ルイズの隣の部屋が開き、赤い髪をした褐色の少女―キュルケ―が姿を現した。

 

「あら、おはよう。ルイズ、ナツミ」

 

キュルケの挨拶にルイズはイヤそうな顔をして挨拶を返す。

 

「おはよう。キュルケ」

「……おはよう。って……どうしてあんたがナツミの名前を知ってんのよ!」

「ナツミを召喚したあと貴女が気絶してる間に自己紹介したのよ」

「うっ」

 

キュルケの言葉に昨日の事を思い出したのかルイズは急に苦い顔をした。

そんなルイズの様子に気付いナツミはキュルケに昨日のお礼を言う。

 

「ああ、キュルケ。昨日はありがとね」

「ん、どうしてキュルケなんかにお礼言ってんの?」

 

急にキュルケに礼を言うナツミを訝しむナツミ。

 

「ん、昨日ルイズが気絶したあとキュルケが運ぶのむぐむぐっ!?」

「あああああああああああああ!なんでもないわ!?」

 

突然、大声を上げたかと思うとキュルケはナツミの口を塞ぎ、ナツミに耳打ちする

「……昨日の事はルイズには言わないでね」

「……むぐむぐ(こくこく)」

 

多少、呼吸困難になりつつはあったが取り敢えずキュルケの言う通りにするナツミであった。

 

「?二人とも何こそこそ話てんの?食堂に行くわよ」

 

 

 

 

 

 

「わあ~大きい食堂ね」

 

ナツミが驚くここはトリステイン魔法が誇る大食堂アルヴィーズの食堂であった。食堂には大きな長いテーブルが三つ並び、座っている生徒のマントごとに並んでいるのを見ると学年ごとに座っているようであった。

 

「メイジはほぼ全員が貴族なの、『貴族は魔法を持ってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるのよ。だから、食堂もそれにふさわしいものでなければならないのよ」

「ふーん」

 

昨日からナツミに驚かされたり、泣かされたり(悪い意味ではない)していたので、ここぞとばかりに自分の事のようにルイズは自慢げに話す。

 

「でもさ、貴族の人達が食事をするところなら、あたしが入るのは不味くない?それにプニムもいるし」

「ぷに~」

「ん~確かに……、ナツミだけなら使い魔ですって言えばなんとかなると思うけど、プニムはちょっと文句いうやつもいるかもね」

 

ナツミの提案を飲むルイズ、彼女の知る貴族は肥大しすぎた誇りを振りかざすだけで、貴族としての義務を果たそうとしないものばかりだ。おそらくナツミが食堂に入っただけで大きく騒ぎ立てるだろう。ナツミだけでもそうなる可能性が高いのにそこにナツミの使い魔(に見える)プニムが一緒に食堂に入ればどうなるか悪い予感しかしない。

 

「ナツミ、今日のところは悪いけど使用人達のところで朝食にしてもらえる?あとで何とかできるか考えてみるわ」

「わかったわ。じゃあまた後で」

 

 

 

 

「というか何処にいけば使用人に会えるの?」

 

なにも考えず返事をした事をナツミはすぐに後悔していた。

 

 

 

 

トリステイン魔法学院。

 

ルイズたちの母校で五つの塔(魔法の象徴、水・土・火・風、そして虚無を表す)からなる。長い歴史を誇る由緒正しい魔法学校で、魔法をはじめメイジに必要とされる様々な教育を行う。三年制になっており、学年はマントの色で決まっている。ルイズはここの2年生で、二年生は春に春の使い魔召喚の儀式があり、ナツミが召喚された。

 

「と、いうわけね。概ね今の状況は」

 

使用人達が一向に見つからない為、ナツミは現実逃避気味に現在の状況を思い返していた。

 

「ぷに……」

 

その頭に乗っかるプニムはお腹が空いたのか元気がなさそうだ。

 

そうしてナツミが学院内をうろうろしていると、いわゆるメイドさんという恰好をした少女が目に飛び込んできた。

 

「あれってメイドさん?あの娘がここの使用人なのかな?」

 

メイド少女―シエスタ―は朝の貴族の食事の給仕を終え、自分の朝食をとるために使用人用の食堂へと足を運んでいた。

彼女達使用人の朝は非常に忙しい、早朝、日がまだ登らぬうちから起き、学院内の庭の清掃。それが終わったら貴族の食事の給仕に取り掛かる、食事自体は料理長を始めとしたコック達がこなすため、メイド達がする仕事は給仕と食器の片づけ位であり、皿洗いもコック達がしてくれている。だが貴族の相手をする給仕は肉体的疲労より精神的疲労が大きかったりする。

そして、シエスタ達使用人は基本的に貴族は食事をとるのが遅いため数人のメイドを交代しながらそのつど食事をとっていた。

食事は賄であったが貴族と同じ食材を使っているため味は対して変わらないので食事自体の不満は使用人達に不満はなかった。

 

「今日の賄はなにかな~」

 

厳しい環境の仕事、その食事は彼女の中では大きな楽しみの一つであった。

 

「あの~すいません」

 

そんなシエスタに一人の少女が声をかかり、賄の朝食の想像に心を奪われていた彼女は必要以上に驚いてしまう。

 

「はわわ、びっくりした……、えっとどうなさいました?」

「ええっと、使用人用の食堂って何処にあるのか聞きたかっただけなんですけど……すいません、なんだがびっくりさせちゃったみたいで」

 

ナツミ素直にシエスタに謝罪する。

 

「えっと使用人用の食堂ですか?」

 

ナツミの質問に首を傾げるシエスタ。あまり学園でされる質問では聞いたことが無いので少々戸惑っていた。

 

「うん。実はあたし昨日、召喚ってのされたんですけど、それであるうぃーず?だっけそこの食堂って貴族以外は食事できないって聞いて、使用人の食堂に行けばいいって言われたんです」

 

そのナツミの言葉に思わず、ぽんっと手を叩くシエスタ。

 

「ああ!昨日ミス・ヴァリエールが召喚の魔法で平民を呼んでしまったって聞きましたけど。へぇ~女の子だったんですね」

 

噂になってますよ。とにっこりほほ笑むシエスタ。

 

「げっそうなんですか?」

「ええ、召喚の魔法で平民というか人間を呼ぶのは学院始まって以来らしいですよ」

「だからあんなに皆騒いでいたのね」

 

昨日の召喚を思い出し苦い顔をするナツミ。

 

「かなり珍しいらしいですね……って食堂の場所でしたね。こちらですどうぞ」

「ああ、そうだ。私はナツミ、橋本夏美よろしく」

「変わった名前ですね……私はシエスタです」

 

挨拶しながら二人は食堂へと向かって歩き出した。

 

 

 

「あの~ナツミさん?ちょっといいですか?」

「うん?ああ敬語はいいですよ。あたし平民ですから」

 

何故かナツミを赤い顔をしながらチラチラと見るシエスタ。そんな様子に気づかないナツミ。

 

「えっとその……わたしも敬語じゃなくていいんですけど……そうじゃなくって……あの頭の上の……」

「この子のこと」

 

どうやらナツミを見ていたのではなく、ナツミの頭の上に乗るプニムを見ていた様だった。

 

「は、はい!えっと~何かと思って……」

「この子はプニム、あたしの家族みたなものかな?プニム、シエスタに挨拶して」

「ぷに~!」

「――――――――――――っ!」

 

プニムがシエスタに向かって元気に手をじゃなくて大きな耳で挨拶をする。その余りの可愛さに顔を真っ赤にして悶絶してしまうシエスタ。

 

 

 

 

 

あの後、シエスタはプニムを抱かせてもらいながら食堂へと向かうのであった。

 

 

「おいしいねこのシチュー」

「ナツミちゃんにそう言ってもらえるとわたしも嬉しいです」

 

二人は食堂へ向かう間に仲良くなり、シエスタはナツミのことを『ナツミちゃん』と呼ぶほどの仲になっていた。

 

「ふぅお腹いっぱい、シエスタはこれからどうするの?」

「あたしですか?これから仕事ですね。ナツミちゃんはミス・ヴァリエールのところに戻らなきゃならないんじゃないですか?」

「そうだった……。とりあえずご飯ありがとう。また夕方来るね」

 

二人は食事後の挨拶もそこそこにシエスタは仕事に、ナツミはルイズの元に戻るであった。

 

 

 

 

 

 

 

「なにが戻るのであった。よ、結局ルイズの居場所は分からないし……迷子のままか」

 

はぁ、とこの世界に来てやたらと多くなった溜息を吐きながらナツミは途方に暮れていた。

 

「第一、広すぎなのよ!この学院は」

 

学院を象徴する五つの塔だけでも十分なのに、それを有する敷地と言ったら考えたくもないほど広かった。

その大きさはナツミがリィンバウム以前にいた世界の学校でも見ないほどだ。

長い時間、学院を放浪していると突然目の前の塔の一角から爆発が起こった。ガラスが割れ使い魔が暴れている。遠くから見ても阿鼻叫喚であった。

まさか……とナツミが思った瞬間。頬を嫌な汗が伝う。

伊達にリィンバウムでは毎度トラブルに巻き込まれていたわけではないため、そういう感はよく当たる。

 

 

 

「……あ」

「……」

 

爆発の原因はナツミの知るものだと、彼女の感がびんびんに反応していた。そうなると放っておけないのがナツミというものだ。

幸いにも爆発した塔は目の前なので、ナツミは悩むことなく塔へと足を踏み入れた。

 

「……どこに行ってたのよ。あんまり心配させないで」

 

 

教室に入ると、一人で机を掃除しているルイズの姿がナツミの目に飛び込んできた。

目をごしごしと乱暴にこすって泣いてない風を装うルイズであったが泣いていたこと

など誰が見てもバレバレだ、そしてさきほどの爆発もおそらくルイズのものであったのだろう。

その場にいなかったナツミに言えることは無いといってよかった。せめてその場に居れば慰めでもなんでも言えただろうが。

なのであえて教室の惨状を、一人で掃除をしている理由を、泣いている理由を追求しないのはナツミなりの優しさであった。

 

それから幾ばくかの時間が過ぎ。

 

「……情けないでしょ?」

「……えっ?」

「異世界で王とまで謳われ、魔王なんてものを倒した英雄の貴女を召喚できて嬉しかった」

 

独り言のように抑揚の無い声で言葉を紡ぐルイズ。

 

「貴女を召喚したから、今日はなんだか魔法がちゃんと使えると思ったの」

 

ルイズの言葉が一瞬詰まる。

 

「でもダメだった。あはは、笑っちゃうわ……昨日今日でそんなに変わるわけないのに」

 

そういって涙が零れぬよう天井を見つめるルイズ。あわやその涙が零れるかと思いきや

 

「あたしもそうだったな」

「えっ?」

「あたしもそうだったなって言ったのよ」

 

 

「あたしだって、最初から誓約者(リンカー)なんて大層なもんじゃなかったわ。最初は感情が引き金になって力が暴走したこともあったし、世界の意志(エルゴ)から新たな誓約者(リンカー)として認められるように試練も受けたわ」

 

懐かしそうにナツミは語る。かつて世界の意志(エルゴ)より受けた試練。後に大切に仲間となるエルゴの守護者との戦い。

 

「で、でも今は誓約者(リンカー)でしょ?」

「うん。でもねルイズ、あたしは一人で誓約者になったわけじゃない」

 

ナツミは召喚されたときからその身にはすでに莫大な力が備わっていた。しかし、それは感情という引き金でたやすく暴走する力であった。

もし、あの時最初に知り合っていたのが今の家族―フラット―の人達ではなかったらどうなっていただろう。誰も信じられずにならず者になっていたとしても不思議では無い。彼女は聖人などではない、力はともかく中身は何処にでもいる普通の女の子なのだから。そんな彼女が自分の力を正しい方向に向けれたのは

 

 

「大切な仲間がいたから」

 

 

「一緒に戦ってくれた大切な仲間がいたからあたしは誓約者(リンカー)になれた」

「……なにが言いたいの?」

「だから一緒に探そうって言ってるのよ。ルイズの魔法を」

 

ルイズの肩を掴み無理やり自分と顔を向かい合わせる。

 

「ほんとう?」

「あたしはルイズの使い魔よ?任せなさい!」

 

不安気なルイズの空気を吹き飛ばす勢いで胸を叩くナツミ。

 

「それにね…… あたしを召喚するには高位の召喚師が何十人も死んじゃうくらいの魔力が必要なんだよ?自分で言いたきゃないけどね……。ともかく本来なら一人であたしを召喚なんて絶対無理なの。だからきっとルイズは特別。あたしが……誓約者(リンカー)が認めるわ。だから頑張ってルイズの魔法を見つけよう、ね?」

 

そんなナツミの言葉に先ほどまで落ち込んでいたルイズの目が光が宿る。

 

「そうね。あんなすごい幻獣を従える使い魔の主なんだもんね、あたし!きっとすごい力が眠ってるに違いないわ!」

 

あの後、妙にやる気を出したルイズとナツミ、プニムで部屋の掃除を終えるとちょうど夕食の時間となり、二人は貴族の食堂に向かっていた。

ルイズは食事に、ナツミは厨房にプニムの食事を貰うためだ。

 

「すいません」

「あ、ナツミちゃん」

 

ナツミが厨房に顔を出すとちょうど給仕に出ようとしていたシエスタと出会う。

 

「あ、シエスタ、給仕に出るの?」

「うん、今日は人がいなくてちょっと大変なんです」

「だったら……」

 

忙しそうなシエスタを見てナツミは、ふとあることを思いつくと間髪入れずにそれを口にしていた。

 

 

 

大きな銀のトレイにケーキと紅茶を幾つか載せ、ナツミはテーブルからテーブルへと移動していた。いわゆる給仕である。今日の朝の恩もあったため、ナツミはシエスタの手伝いをしていた。

 

「あんた、何してんの?」

「あ、ルイズ」

 

ナツミが最後のケーキを配り終えると、苦い顔をしたルイズが声をかけてきた。

 

「……ん?今日ちょっとメイドのシエスタって子にお世話になったからそのお返し」

「ぐっ人助けならいいけど、ちょっとは考えてちょうだい。なんか私が貧乏だから学院で貴女を働かせているとかいってる輩がいるのよ」

 

そう言って、ルイズが目線を送る先にはナツミを見てこそこそと話す何人かの貴族の少女がいた。

 

「言いたいやつには言わせておけばいいよ」

「貴女はそれでもいいかもしれなけど、こっちはって……ん、なんか向こうが煩いわね」

 

ナツミとルイズがこそこそ話しているとやけに周りがざわざわしている。てっきり自分たちが注目されてるかと思いきやそれもどうも違う。

 

「なんの騒ぎよ……」

「なんかあっちの方が騒がしいみたいだけど」

 

二人が騒ぎの中心と思い気ところに行くと金髪の少年が金髪で縦ロール少女に頭からワインをぶっかけられているという貴族らしい貴族を育成する学院にはあるまじき光景であった。

 

「なに……あれ?」

「さぁ、どうせギーシュの二股がバレて怒られたんでしょ……。いつものことよ気にしなくていいわ」

 

ルイズの声色には微塵の興味も感じられない。その様子からギーシュの女癖の悪さが今に始まった事では無いのだとナツミは理解した。

色恋沙汰に下手に顔を突っ込んでも、ロクな目に遭わないのは異世界でも変わらないだろうと、ナツミはルイズと共にその場を後にしようとした。

 

「どうしてくれる?君のせいで可憐な二輪の花が悲しんでしまった」

 

よく分からない言い訳にナツミの足がぴたりと止まる。無視しても良いような気もするが、厄介事に関しては抜群の感度を誇るナツミの直感が、その場を去るなと告げていた。

 

「なに言ってんのあの金髪?」

「さぁ、フレれて頭がいかれたんでしょ?」

 

直感の赴くままに、ギーシュの方を向くが見える範囲には彼一人が突っ立っているようにしか見えない。

 

「責任をとってもらうよ。そこのメイド」

「……!?」

 

ギーシュがマントを翻しながら話した途端、ナツミの顔に緊張が走った。なぜならギーシュの足元に顔を青褪めさせたシエスタがへたりこんでいた。

 

 

「待ちなさい!」

 

一陣の風の様に人影が駆けた。

ギーシュがそれ以上なにかをする前にナツミはシエスタを庇うようにギーシュに立ち塞がっていた。

 

「ナ、ナツミちゃん……」

「!?……いきなり怒鳴ってなにかね。ん、君は……確かルイズの使い魔の平民のお嬢さんか」

 

多少驚いた風をみせたギーシュであったが、平民程度に驚いては貴族の名折れと驚きを即座に書くkし、上から目線でナツミを睥睨する。

 

「なんでか、わかんないんだけど、どうしてシエスタに乱暴しようとしているか聞きたいんだけど」

「……いちいち平民風情に話す義務はないんけど、まぁいいか」

 

ギーシュが話す内容は完全に自業自得であった。モンモランシーという恋人がいるにも関わらず、1年生のケティという娘に手を出した。バレないようにしてはいたが、この食堂でモンモランシーから貰った香水を落としてしまったと、拾ってしまうとモンモランシーと付き合っていることがバレてしまうため拾わなかった。しかし、シエスタが気を使ってそれをギーシュに渡そうとすると、ちょうどケティが通りかかりモンモランシーのことがバレ、先程のワインをかけられる。へと続いたという訳だ。

…誰が見てもギーシュが悪いのは明らかだ。

しかし、そんなことで納得できるギーシュではなかった。

その鬱憤をせめてメイドで躾という名で晴らそうとしているのは明らかだった。

そんな事をバカげた事を許容できるナツミでは無い。

 

「はぁバッカじゃないの?」

 

心底呆れたようにナツミはギーシュに言い放つ。

 

「ふん。流石平民、礼儀もなってない。興が削がれたよ、行きたまえ」

 

どうやらギーシュはナツミの貴族を貴族と思わないあんまりな態度に怒りを越えて呆れ果て興味が無くしたようだった。億劫そうに顎をしゃくり去るように促す。

 

「さ、行くわよシエスタ。立てる?」

「あ……あ、は、はい。ありがとうございます」

 

よほど怖かったのか未だに震えるシエスタの様子に思わず歯ぎしりするナツミ。しかし、一応とはいえ収まったこの場を荒らすのはシエスタだけではなくルイズにも迷惑が掛かってしまうので、今回はもう何もする気の無いナツミであった。次の言葉さえ無かったらだが。

 

「やはりゼロのルイズの使い魔か品性も礼儀もゼロかお似合いな使い魔だな落ちこぼれには」

 

ブツン。とナツミの中で何かが切れた。

 

「……しないで」

「なにか言ったかね?使い魔クン」

 

怪訝そうにギーシュは尋ねる。

 

「もうルイズを馬鹿にすんなっていってんのよ!キザ野郎!人を馬鹿にすることしかできないあんたの方がよっぽど礼儀も品性も無いわ!」

 

ナツミの心の中は怒りでいっぱいになっていた。もう落ちこぼれ扱いは嫌だと泣いていたルイズ、こういうギーシュのような連中がルイズをあそこまで追い詰めていた原因だと確信していた。

そんな実力主義がリィンバウムでバノッサをも追い詰めた原因でもあるのだ。

かつての怒りすら再燃しギーシュを睨むナツミ。

 

「いいだろう。彼女には使い魔に礼儀を教えることすらできないらしい。なら僕がじきじきに礼儀を教えてやろう。来たまえ」

 

 

「ちょっとナツミ。よしなさいよ!」

 

ギーシュに付いていくナツミに追いすがるルイズ。

 

「……何?ルイズ」

 

いかにもあたし、機嫌悪いですけどオーラを隠そうともせず返事をするナツミ。

 

「きっと、ギーシュは貴女と決闘するつもりよ!」

「そう」

「そうって貴女どうすんのよ?コルベール先生から召喚術は人目につかないようにって言われてるでしょ!生身でメイジと戦うなんて無謀よ。それともプニムでも使うの?」

「ううん。プニムは戦わせないわ。あたし一人で戦うわ」

 

誓約者(リンカー)たるナツミが召喚するプニムは高位の召喚師すら歯牙にかけないほどの強さを誇りギーシュ程度なら一瞬で倒すことが可能だ。そして、そんなプニムのマスターがプニムより弱いはずなどない。

というか召喚術すら使う必要はない。なにせナツミはその気になれば剣だけで悪魔すら打倒できる。

 

「心配しないで、見せてあげるわ貴女が召喚したあたしの強さを」

 

 

 

「諸君!決闘だ!」

 

わあーっと歓声が上がる。

 

「ギーシュがルイズの使い魔と決闘するぞ―――――!」

 

そんな騒がしい外野を冷めた目で見るナツミ。

 

「僕はメイジだ。もちろん魔法を使うが文句はないね」

「無いわ、こっちも剣使うけど、いいわね」

 

(女の子相手に魔法を平気で使うかとことん…どうしようもないわね)

内心ナツミはそう思っていたがあえて口に出すことはしなかった。

 

「ああ、かまわない、だが剣はメイジに対抗するため平民が…」

「もういいわ。早く決闘するわよ。それとも貴族ってのは口喧嘩を決闘って言うの?」

 

 

「……いいだろう。ならおしゃべりはもうやめだ。ワルキューレ!」

 

ギーシュがバラの造花―杖―を振るうと突然、青銅製の女性を模したゴーレムが彼の前に現れた。

 

「これが僕の魔法さ!青銅の二つ名に相応しい。美しさと強さを顕現させた存在だよ!行け!」

 

ギーシュが命令を下すゴーレムはナツミに向かって突貫してくる。

 

(これが魔法……ユニット召喚みたいね)

 

ナツミはほぼ初めてみる魔法に興味を持つナツミ。そしてなんとなく、ギーシュの魔法がユニット召喚に似ているという感想を抱いた。

だが、それは見た目だけだ。かつて戦った悪魔やユニット召喚獣と比べて、その動きは呆れるほどに。

 

「遅い」

 

ワルキューレが左右の腕を何度もナツミに向かって振るうが一向にかすりもしない。

 

「くっちょこまかと!避けるだけは上手いな!なら!」

 

ギーシュがさらに杖を振るうとさらにもう一体のゴーレムが生み出されナツミに向かって攻撃を開始する。

だが、それでもナツミには掠りもしない。

 

「くそぉおおお!ワルキューレ!」

 

叫び声をあげ、さらにギーシュが二体のワルキューレを呼び出し、これで計四体のワルキューレがナツミに襲いかかるようになった。

左右前のワルキューレを相手するのはまだいいが、背後のワルキューレがナツミとって嫌らしい相手となった。背後からの攻撃は避け難いし、喰らった場合のダメージはシャレでは済まない。

様子見はここまでと、ナツミは腰に差した愛剣サモナイトソードを抜き放つ。

 

「っ!?」

 

瞬間、ナツミは自身の身体に違和感が走ったのを感じ取った。

ナツミの左手のルーンが淡く輝き、体がまるで羽の様に軽くなったのだ。

 

(左手が熱い?それに体が軽い……?)

 

元々、サモナイトソードは持ち主の身体能力や魔力を向上させる力を秘めているが、今ナツミの身体に起きているそれは、いつものものよりも遥かに上だった。

あまりの速さにいつものと感覚がズレてしまい、盛大にナツミの斬撃は空ぶった。

 

「っと!?うあぅ!」

 

ナツミから見て左に薙がれた斬撃。空ぶったその勢いをナツミは咄嗟に蹴りに利用する。

 

(なっ!?)

「なんだと!?」

 

ナツミとギーシュが驚いたの同時だった。

ギーシュはナツミの蹴りは当たったワルキューレを吹き飛ばすに留まらず隣にいたワルキューレすら纏めて吹き飛ばした。

しかも、ワルキューレはその衝撃に耐えきれずバラバラになってしまう。

 

(あ……あれっ?どういうこと?ジンガとまではいかないけど、すっごい威力なんだけど、それにこのルーンだっけ?なんか武器の情報と最適な使い方が流れ込んでくる)

 

ルイズによりナツミに刻まれてルーンはナツミがそれまで使いこなしていると思っていたサモナイトソードの力をさらに引き出し、持ち主の能力を上昇させる力が強化されたのだ。

元々このサモナイトソードはかつて無色の派閥で作成された意思持つ魔剣シャルトスの構造を模したものである。そして魔剣シャルトスは世界の境界から力を引き出す初代の誓約者が使用した至源の剣と同じ力を持っていたことを、

そう、このサモナイトソードは至源の剣と同等の力を持っていた。

その力が今、ナツミの左手のルーンにより、解放されていた。

 

(剣自体の使い方は分かる……けど魔力が)

 

ルーンはナツミに剣の使い方を示してくれていたが、発生した魔力自体の制御はナツミが制御しなければならない。元々細かな制御が苦手なナツミはその魔力を使いこなせず持て余していた。

いつもは意識して出していた魔力が今は意識しなくても体の内から滾々と湧き出ていた。

下手に剣を使えばここら一帯を吹き飛ばしても不思議ではなかった。

 

「く、ワルキューレ……!ワルキューレェエエエエ!!!!」

 

思わぬナツミの反撃に恐慌状態になったのか更に三体のゴーレムを生み出し、ナツミを五体のゴーレムにて包囲する。

 

「た、多少は腕が立つようだがこれでお終いだよ平民」

 

五体のワルキューレは中心にいるナツミに向かい同時に突撃した。

 

(どうしよう)

 

ナツミは内心焦っていた。召喚術は目立つからダメだとコルベールに言われている。サモナイトソードを使用しようともサモナイトソードから勝手に供給される魔力の制御は難しく下手に剣を振るえば周りの観客に危害を与えてしまうだろう。

そうなことをナツミが考えているとは知りもしないギーシュは大声でなんやら吠えている。

 

(ああ、もうどうしようって攻撃してきた―――!もう知らないわよ!!)

 

五体のワルキューレが攻撃してきた瞬間、ナツミは真上に飛んでいた。

剣により強化された肉体は五体のワルキューレを俯瞰(ふかん)できるほどの高さまで易々とナツミを運ぶ。

ナツミは即座に懐からサモナイト石を取り出す。

 

「……来たれ、光将の剣……」

(召喚先を目標の頭上に指定)

「シャインセイバー!」

 

ナツミがそう叫ぶと光輝く聖なる剣がワルキューレを頭から足先まで粉々にする。そして剣が石畳みをも壊すかと思いきや

 

(その前に送還!!)

 

光に溶けて消えていく。

後には粉々になったワルキューレと剣を構えたナツミの姿があった。

あまりの早業にナツミが剣でワルキューレを切り刻んだような光景がそこにはあった。

 

「あ、ああ……」

 

自慢の魔法が破られ戦意を喪失したのか呆然とするギーシュ。

そんなギーシュにナツミが近づく。

 

「あ、ぼ、ぼ僕の負けだ。た、頼む殺さないでくれ!」

「はぁ?殺すわけないでしょ、何言ってんの?」

 

突然命乞いをするギーシュに呆れるナツミ。

 

「それより言うことがあるでしょ?」

「な、何だね?」

「ちゃんとシエスタと謝んなさいよ。あと馬鹿にしたルイズにも……分かった?」

「メイドとルイズにはちゃんと謝っておくよ……」

 

その言葉が聞きたかったのかナツミはギーシュに背を向けて去ろうとし、もう一度ギーシュを見やる。

 

「あ、そうだ。あと、あんたが二股かけた二人の女の子にも謝っておきなさいよ」

「わ、わかった……」

 

そう告げると今度こそナツミはギーシュの元をさり、自分に駆け寄ってくるルイズと合流するのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間   学園長室にて

ギーシュとナツミの決闘よりやや時は遡る。

人の背丈を遥かに越える本棚がそびえ立ち並ぶ、ここはフェニアのライブラリー、始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれているというトリステイン王国でも最大の蔵書数を誇る図書館である。

その図書館に現在一人の男性が調べ物をしていた。

 

彼の名はジャン・コルベール。『炎蛇』の二つ名を持つ火のトライアングルクラスのメイジである。

現在、彼は先日生徒の一人であるルイズが召喚した少女―ナツミ―の左手に刻まれていたルーンについて調べていた。教職に就き二十年あまりの彼であったがナツミに刻まれたルーンを見たことは無かったため、生来の好奇心を刺激され、ナツミから許可を貰って紙に写したその未知のルーンについて、教職の合間にわざわざ調べに来ていたのだ。

それに彼はルーンだけでなくナツミ自身にも興味を抱いていた。

リィンバウムと呼ばれるハルケギニアとは全く別の異世界から召喚されたという少女。彼女の正体そのものも、非常に興味が惹かれたが、彼女が僅かでも話してくれた異世界の魔法……召喚術は機会があれば詳しく聞いてみたいと思っていた。

異世界より招かれた英雄。

本来なら鼻で笑ってしまう荒唐無稽な話だったが、ディテクトマジックで調べた彼女の魔力は、救世の英雄と呼ぶに相応しい程強力かつ無尽蔵だった。

トライアングルクラス、エリートといって差支えない魔力を持つコルベールをして成人と赤子以上の開きがナツミとの間には存在していた。

そんな彼女に刻まれた教職二十年を越える彼をして見たことが無いルーン。特別なルーンであったとしても不思議でもなんでもない。

しかし、そんな力の一端ですら垣間見えないナツミの事をコルベールは然程危険視していなかった。

過去の経歴から人を見る目には自信があるコルベールの目から見てもナツミは底抜けにお人好しだと感じていた。それにあれほど真っ直ぐな瞳をした人間が嘘を吐いているとも思えなかった。

だが、初対面とは思えない程ナツミのことを信頼しているコルベールだが、ナツミに秘められたその力には多少なりとも危惧を抱いていた。本人の善悪に関係無く、大きな力はそれだけで力を引き寄せやすい。

故に彼女の人柄とその力について学院長に報告していた。もちろん何も起きない可能性も多分にあるが、起きてから悔いるよりは益にならなくても対策を立てておくことは大事だ。

 

報告はさておき、大分調べものに時間を割いていたコルベールであったが、彼は一冊の本の記述に目を止めた。本の内容は始祖ブリミルが使役していた使い魔達について、その記述とともに描かれていたルーンに目を止め、驚きのあまり本棚から落っこちそうになってしまう。

 

「!……あぶない、あぶない」

 

危なげな体勢から持ち直したコルベールはあわてて本棚から降り、本を抱え学院長室に向かうのであった。

 

 

「失礼します!」

 

コルベールが勢いよく学院長室の扉を開けると学院長が秘書の下着を使い魔のネズミを使って覗き見ようとする威厳皆無な景色が広がっていた。

 

「……学院長何をなさっているのですか?」

「見て分からんのか?ミス・ロングビルの下着を見ておるのじゃが」

 

まったく悪びれた様子なく、今日の天気は晴れかのう。とでも言うように言い放つこの老人こそこのトリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンその人であった。

 

「はぁ……真面目に仕事してください」

「まったくです」

 

学院長のセクハラに呆れ果てたように抗議するコルベールとそれに同意する学院長秘書―ミス・ロングビル―。

 

「日々の英気を養うのも学院長の仕事じゃい!」

「私の下着で英気を養わないでください!」

 

学院長のあんまりな言い訳に若干、頬を紅く染め大声で抗議の声をミス・ロングビルはあげた。

 

「それよりも学院長!これを……」

 

二人の掛け合いに危うく本来の目的を忘れかけたコルベールであったが、二人の会話を無理矢理中断させると先ほどフェニアのライブラリ―で発見した古書のとあるページと先日書き写したナツミに刻まれたルーンを学院長に見せる。

 

「……!ミス・ロングビル、席を外したまえ」

「はい」

 

コルベールの真剣な表情と声、そして開かれたページの内容を見るなり、先程のふざけた空気を一瞬で払うような声でミス・ロングビルの退室を促す。

 

コルベールの発見した古書。始祖の使役した使い魔についてに記されていたのはその題通りかつて、始祖ブリミルが召喚した四つの使い魔についての内容であった。

特に彼らに驚きをもたらしたのは始祖を守護する守り人。神の左手、神の楯とも称される。始祖の使い魔の一人。

ガンダールヴに関する項目であった。

ありとあらゆる武具を自在に扱い、剣を左手に槍を右手に携えた一騎当千の使い魔。

詠唱時間が長い呪文を多様する始祖を外敵から守護していたと伝えられる傑物。

その英雄の左手に刻まれていたルーンこそがナツミにの左手に刻まれたルーンであった。

 

「これはどういうことかのう?」

「原因はわかりません……しかし、始祖を守護していた四人の使い魔、その中のガンダールヴのルーンがミス・ヴァリエール嬢の使い魔に刻まれたのは確かです」

「ふむ、この記述が確かならその使い魔はガンダールヴの可能性は極めて高いといえるのぅ。して、どのような人物じゃったっけ?」

「……忘れたんですか?」

 

昨夜、重要な案件であったためすぐさま報告をしていたにも関わらず報告した内容を覚えたいいない学院長に呆れながらもコルベールは再び説明をする。

 

「ふむ。異世界の召喚師、英雄であると」

「ええ……」

 

若干疲れつつも学院長に相槌を返すコルベール。

 

「ならば、そのような傑物を召喚したヴァリエール嬢はどのような生徒であった?」

「……座学はトップです。……魔法に関しては……その」

 

落ち零れ、教師としては良識のあるコルベールには言いにくい言葉であった。

魔法至上主義のこのハルケギニアでは生まれもった魔法の才でその人のほとんどの評価が決まってしまう。

コルベール自身はエリートと言って差し支えない才能があったため、その様な差別は受けなかったが教師となり、努力しても報われない生徒を何人も見ていく中でこのハルケギニアの魔法至上主義に疑問を持っていた。

 

(ままならないものですね。教師というものも……)

 

そんなコルベールの心中を知ってか知らずか学院長は言い放った。

 

「落ち零れと言われておると」

「はい」

 

若干苦い顔をして肯定するコルベール。

 

「ならば何故?彼女はガンダールヴを召喚できたのじゃ?」

「それは――」

 

その時、学院長室の扉が勢いよく開かれた。

扉を開けたのは先程退室を促した学院長秘書―ロングビル―であった。

 

「学院長!大変です!」

「何事じゃ」

「決闘です!ヴィストリの広場にて決闘騒ぎが起こってるとの報告がありました。つきましては教師陣より眠りの鐘の使用を求める声も出ております」

「はぁ~……馬鹿馬鹿しい。たかだか子供の喧嘩で学院の秘宝なぞ使えんわい」

 

溜息混じりのその台詞は心底呆れた様子が滲み出ていた。

 

「ところでどこの馬鹿どもが決闘などしておるのじゃ?」

「一人はギーシュ・ド・グラモンです」

「ほう。あの女好きグラモン元帥の息子か。どうせ、いや絶対女がらみじゃな……悪いとこだけは似るもんじゃな。して相手は?」

 

「ミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」

「「何ィ!!」」

 

先程まで話題にしていた少女がまさかこの話題でも出るとは思っていなかったのか。学院長、コルベールともにひどく驚いてしまっていた。そんな二人の予想もしていなかった驚き若干引くロングビル。

 

「ミス・ロングビル!」

「は、はい!」

「遠見の鏡の準備を」

「!了解しました」

 

学院長の今から行うことが分かったのか即座に踵を返すロングビル。先程の引いていたのが嘘の様に準備に取り掛かる様はまさにクールビューティであった。

 

学院長、コルベールの二人が見た二人の決闘はまさに圧巻の一言であった。

ナツミに対しなす術なくギーシュは敗北していた。

戦い、決闘、ギーシュが魔法を使ったにも関わらず、コルベールと学園長はそんな言葉を脳裏に浮かべる事が出来なかった。まるで木の棒を持って駄々をこねる子供を、宥める大人を見ているようなそんな錯覚を感じていた。

そう、決闘する二人の間には遠見の水晶越しにも分かる程の力の差が存在していた。

 

「なんじゃ……あの魔力は?スクエアクラスなんてもんじゃないぞい」

「それにあの錬金ですか?あの一瞬見えた剣は……それに体術も並みではないようですね」

 

遠見の鏡越しでも分かる魔力に二人は思わずごくりと生唾を飲み込む。

錬金の様なものは、あまりに剣の出現と消失が速すぎたため、生徒ではナツミが剣を振るった様にしか見えなかったが二人の眼は誤魔化せていなかった。

 

「剣をほとんど使っていない……これではガンダールヴかどうかはわかりませんね……王宮には報告いたしますか?」

「いや、やめておこう。暇な王宮の連中じゃこんな戦力を手に入れてはすぐ戦争を始めるに決まっている。今は静観するのが得策じゃ」

「承知しました。して、ナツミ嬢にはルーンの事を伝えますか」

「それもやめておこう。未だに素性は知れぬし、その力は強大じゃ。様子見が賢明じゃろう。」

「しかし……彼女は……」

 

学院長のナツミを危険視する言葉に反論しようとするコルベール。

 

「我らは貴族の子弟を預かる教師、易々と危険じゃないと判断するには強大な力を持ちすぎておるのじゃよ彼女は……そうであろうコルベール君?」

「確かに……」

 

 

 

「じゃが、わしとしても彼女は優しいいい子にしか見えんがね」

 

そう言いながら笑いながら笑う学院長。

そうですねと、微笑むコルベール。

 

彼らの見る遠見の鏡の向こうには彼女が助けて泣きじゃくっているシエスタと自らの主であるルイズに抱きつかれ困っているナツミの姿が映っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 ナツミの日常

「ナツミ!」

「ナツミちゃん!」

 

ギーシュとの決闘も無事終了し、心の中で召喚術が思い通りに放てたことに安堵していたナツミにシエスタとルイズ、二人の少女が抱きついてきた。

 

「わわ!?、ルイズにシエスタどうしたの?」

「無事でよかったです~うう……」

「もう!心配掛けないでよ!」

 

本物の戦いを幾度も繰り返したナツミにとっては何でもないようなことだったが、命のやり取りを知らない二人には少々刺激的だったようで、不安を押し隠すようにナツミを力強く締め付ける。

 

「ちょっと……痛いかも」

 

サモナイトソードや魔力での身体強化が無くば、ナツミも肉体の強度は少女のそれと大差無い。二人分の力で締め付けられた彼女の肉体は少々悲鳴をあげていた。

 

 

 

 

ギーシュとの決闘と呼べない決闘から数日。

異世界世界も二回目、既にナツミはこの世界にある程度慣れ、すでに生活のリズムを作りつつあった。フラットに馴染むのに幾分か時間が掛かったソルとは比べ呆れるほどの順応性だった。

まず午前中、衣食住に関しては召喚主であるルイズにより快適なニート環境が提供されることとなったが、リィンバウムでのガゼルの言葉を思い出したのか流石に気も咎め、ルイズの衣服の洗濯や部屋の掃除をすることになった。

十人近い人数が住む孤児院で生活していたナツミにとって自分とルイズの二人分の洗濯は対した労力ではなかったし、掃除にしてもそうだった。

洗濯が終了した後はそのまま屋外で剣術の反復練習、リィンバウムに帰った時、二人の剣鬼になまった姿は見せられないし、ルイズを守るためにも訓練しておいて損は無い、それにどうせやることが無い。

そして食事。食事は基本的に使用人用の食堂で食べていた。貴族用のところでは要らぬ軋轢を生みかねないし、そもそも貴族の食事のマナーは知らない。というか朝からあんなこってりしたものは食べられない。

そして午後、いまだに全容が把握しきれぬ学院内の探索をしていたのだが、いくら広いと言っても数日もかければ回り切れてしまうため先日ナツミは学院の探索を終了させていた。

そして夕方。ルイズが部屋に戻る頃、ナツミも部屋に戻り彼女が以前いた異世界の話をルイズに聞かせ疲れた頃に就寝という生活である。

こちらもそろそろネタが尽きかけてきたので簡単な召喚術の講義でも始めようかとナツミは考えて眠りに落ちるその日を終える。

 

それがここ数日のナツミの活動だった。

 

 

 

ちなみにギーシュとの一方的な戦いよりナツミを見る学院関係者の目は以前とは違うものになっていた。

生徒や教師は以前のルイズを馬鹿にしたりナツミ自身を蔑むような視線は少なくなって代わりに畏怖を込めた視線が多くなった。

そして、シエスタや使用人達のある意味人間以下の使い魔として召喚されてしまった不幸を憐れんだような視線は一変し憧憬や尊敬の視線へと変わっていた。

特に顕著なのは

 

「おう!我らの剣姫!どうした?」

 

このマルトーであった。マルトーは魔法学院の厨房を預かる料理長でありながら、貴族を毛嫌いしており、魔法ができるからと言って自慢散らすだけの貴族には作れない程の上手い料理を作って貴族に上手いと言わせるのが趣味の変わった人種であった。

そんなマルトーの現在一番のお気に入りが昨日、決闘で見事貴族を打倒したナツミであった。

しかも貴族相手に決闘をした理由がマルトーと同じ使用人であるメイドのシエスタを泣かせたのと、自らを召喚した主を馬鹿にしたからだという。

自身ではなく他人を貶められた事に義憤を覚えたという正義感溢れる理由にマルトーはナツミに心底惚れ込んだのだ。

 

「あの……マルトーさん。その我らの剣姫ってのやめてもらえますか?」

形の良い眉を顰めナツミはやんわりと剣姫という尊称を止めるように頼む。

 

「なんでぃ気に入んねぇのかい?」

 

ナツミ自身は『我らの剣姫』と呼称を気にいってはいなかったにも関わらずマルトーが使用人の皆に広めてしまったため、シエスタ以外の使用人の多く(男性が主に)は彼女のことをそう呼ぶようになってしまっていた。

 

「女の子に剣は無いです」

「だから姫をつけたんだろうが?男だったら剣だけだ!わははは」

「もういいです」

 

何度も新しい呼称にして下さい、むしろ使わなくていいです。と嘆願しては今のように軽く返されるため若干諦めが混ざり始めたナツミであった。

溜息と共に、ナツミは食堂に来た理由を思い出す。ただからかわれにきたわけでは無い。

ちょっとした頼みごとをマルトーにしに来ていたのだ。

 

「もういいです……。あの、昨日の夜、頼んでた釣竿ってありますか?」

「おお!すっかり忘れてたぜ、待ってな」

 

ここ数日、ハルケギニアでの生活もようやくリズムができかけてきたナツミであったが、どうにも授業は苦手で昼間はもっぱらブラブラ探検していたのだが流石にそれも次第に飽きる。

それを昨晩、使用人達と夕食の時に漏らすとマルトーが近くに大きな川もあるし、釣りでもどうだと言ってきたのだ。

釣竿も貸してくれるというマルトーにナツミがぜひという形で決まったことであった。

 

 

実はナツミ、リィンバウムではお世話になってる孤児院フラットの財政があまり良くないため、頻繁に近くの川に赴いて釣りをして食材の調達に貢献していた。

というかそんなことでもしないと、誓約者(リンカー)と書いてニート、エルゴの王ならぬニートの王と呼ばれかねないほど無色の乱以降のナツミは暇だった。

魚釣り以外の家事もしてはいたが、さすがにリプレの足元にも及ばない。さらにリィンバウムではまだまだ女性の社会進出は遅々として進んでいないこともナツミの暇さに拍車をかけていた。

リプレの手伝い以外の仕事はたまに起こる召喚獣がらみの事件の解決を依頼される程度であった。

そんなわけで釣りはナツミの得意分野かつ趣味の領域にまで達していたため、マルトーからの釣り具を貸すという提案は渡りに船であった。

 

 

 

「なぁ我らの剣姫?」

 

異世界の魚はどんなものが居るのだろうと、あまり女子らしからぬ思考をしていると釣竿を持ってきたマルトーが、興味津津と言った顔でナツミに問いかけてきた。

 

「……なんですか?マルトーさん」

「お前さんどこで剣を習ったんだ?鍛え上げた傭兵でも剣だけじゃメイジに勝つのは難しいって聞くぜ?」

「……元騎士団長と元副騎士団長さんからですけど?」

 

シエスタとそう年も変わらぬ少女が、メイジを剣であしらった。これが大女ならまだ納得ができるが、ナツミの腕はマルトーの半分の太さも無い。特別な技術を使っているではと考えるのは無理らしからぬ事だった。

その問いにナツミは小首を傾げるも、特に隠すことも無いので素直に答えた。

 

「なんだって!騎士団長?どうやって貴族連中から剣術を学んだんだ?というかあいつらは魔法しか使わねんじゃねぇのか?」

「ああ……そっか。説明してなかった……。マルトーさん、あたし。えっと、ロバ・アル・カリイエってとこから召喚されたんですよ」

「ロバアルカリイエ……そうか。東方じゃあ貴族はいねぇって聞いたことがあんなぁ……でもそれにしたって俺の半分も生きてねぇお前さんが元とはいえ騎士団長から剣術を教えてもらえるなんてすげぇなぁ、才能ってやつか!?」

 

とっさにルイズと決めていた嘘の素性を話すナツミ。

そんな嘘に気づかぬマルトー。ナツミのすごさを改めて認識したのか、マルトーはさらに興奮し出す。それを見て若干嘘をついた罪悪感に苛まれるナツミであった。

 

「……ははは、全然すごくないですよ。その二人にはまだまだ追いついてないですし」

 

彼女に剣術を指南しているのは不壊の剣聖、荒ぶる剣神と言われる二人である。いかに誓約者(リンカー)といえど召喚術の行使や魔力での身体強化無しでは勝ち目の無い存在である。

もちろんそんなことを知らないマルトーはそんなナツミがひどく謙虚に見えていた。

 

「おお!あんなすごい剣術を使えるくせに、その謙虚さ……。流石俺が見込んだけはある!聞いたか皆、達人は誇らない!」

「「「達人は誇らない!!」」」

 

マルトーのナツミを称賛する言葉に厨房にいた皆が唱和し、厨房の空気が揺れる。

 

「どうしてくれる!?我らの剣姫」

「……な、なにがですか?」

 

嫌な予感がして思わず後ずさるナツミ。

そんなナツミの両肩に手を載せるマルトー、心なしか顔が近い。

 

「お前にキスがしたくなっちまったぞ!」

「はあああ!?ちょっとやめて下さい!!」

 

息も荒く、んーと唇を近づけてくるマルトー。ナツミを引き寄せようとする力は割と強く、冗談では無く本気のようであった。

思わず魔王と戦った時ばりの魔力が内から溢れ出しかけ、ナツミは奥歯を噛みしめなんとかその衝動に耐える。

女の子が陥る脅威としては魔王に匹敵するとナツミの誓約者(リンカー)としての本能が目の前の男を吹き飛ばせ訴え続ける。

そのまま衝動に任せればおそらく塔が吹き飛んでしまうだけに我慢するナツミの負担は加速度的に増していった。

 

「い、いい加減にして!プニム~!」

「プ二!!」

 

魔力が暴発してしまう前になんとか自らの召喚獣プニムに助けを求めるナツミ。

人知れずナツミの足元に侍っていた優秀な相棒は即座に主の指示と危機を感じとりマルトーの顎にいいアッパーをかます。

 

「うごぉうふ!!」

 

顎を打ち抜かれナツミから手を放すマルトー。数多の戦闘を潜り抜けたナツミがそんな隙を見逃すはずは無い。即座に救世主プニムを抱き上げると敵陣から脇目も振らずに脱出する。

 

「し、失礼します~!!!!」

 

何とか暴発しそうになる力を必死に抑えナツミは足早に食堂を後にする。その手にはちゃっかりと釣り具が握られていた。

 

 

「痛たたた……照れやがって、わははは!!」

 

プニムにぶっ飛ばされたマルトーであったがあっさりと復活していた。これは別にプニムが弱いわけではない。プニムの打撃特性が精神への攻撃のために肉体的ダメージがほぼ無かったためである。もちろん手加減がしていたが。

 

「マルトーさん」

「料理長」

「な、なんだお前ら?」

 

がははと笑うマルトーであったが、シエスタその他の女性の使用人が底冷えするような声をマルトーに向けていた。

貴族にも臆することがないマルトーであったが女性陣の冷え切った瞳は、男であれば誰でも恐怖を覚えるような恐ろしい視線を発していた。

 

「「サイテーです」」

「な、なんだと!」

 

そして、マルトーは自らの行いが使用人の女性達からの株を大幅に下げたことを知り、がっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

「ふぅー着いた~、腰が痛いけど……」

「ぷに~」

 

まるで中年のおっさんの様にナツミは伸ばした腰をとんとんと叩く。

馬乗りはリィンバウムでもしたことがなかった為、腰を痛めてしまったのだ。とはいえ、馴れない乗り手にも関わらずナツミの手綱にきちんと馬が合わせてくれたのは、やはり幻獣、神獣、鬼神に限らず慕われるエルゴの王としてのカリスマなのだろう。

 

「えっと、餌をつけて、ミミズにえっと……にぼしがあったわね」

 

そんな圧倒的なカリスマを持つ少女は素手でにぼしやら、ミミズを弄っている。蒼の派閥や金の派閥のエルゴの王の伝説を知っている召喚士からすれば卒倒ものの光景だった。

無駄に手慣れた手つきで釣り針に餌を取り付けていくナツミ。餌は比較的オーソドックスなにぼしに決めたようだった。

 

「変な魚はいないわよね……」

 

リィンバウムでは何故かマタタビ団子で魚が釣れたり、そもそも猫や犬の上半身、下半身は魚を始めまともじゃない魚も居た事をナツミは何故か思い出す。

 

(でも、あんな魚でも意外と調理すんのよねリプレは…)

 

若干、不安げな様子で釣り糸を垂らすナツミ。

 

「こうしてるとハルケギニアもリィンバウムもあまり変わらないわね~」

 

暖かい日の光を浴びてナツミは気持ち良さそうに釣り目気味の瞳を細める。緩やかな風が穏やかな空気とナツミの髪を優しくそよがせた。

異世界に飛ばされ、帰るアテも未だに無いのにそこに危機感は一切見られない。

元からの楽観的な性格もあるだろうが、その身に宿る力の大きさが危機感を感じさせないのだろう。

水面に揺蕩う糸を見詰め、ナツミは小さく深呼吸し肩の力を抜く。リィンバウムでも頻繁に行っていた釣りをしていることで、無意識に張りつめさせていた緊張が解けたのかも知れない。

 

「学院の探検も終わったし、しばらくは釣り三昧もいいわね~」

 

しばらく、現在のナツミのように穏やかな水面を糸が緩やかに揺れ……僅かに釣り糸が引っ張られる!

 

「来たぁ!フィッシュオン!!!!!」

 

ミニゲームの名前……もとい謎の掛け声を叫びながらボタンを連射……じゃなくて釣竿を引くとタツノオトシゴのようなものがぶら下がっていた。

 

「……川にタツノオトシゴ?……こ、ここに来てもこれぇ?はぁ、いまさらか……」

 

どうやら彼女の変な生き物を釣るという特性はこの世界でも普遍的事実であったようだ。

 

「まぁこれだけ釣ればいいかな?」

「ぷに」

 

その後も変な魚は何匹か釣ったものの、まともな魚も幾つか釣り上げ満足したナツミは魚を皮袋に入れると帰り支度を整え川を後にした。

 

 

 

 

夜、ナツミはルイズとともに中庭に出ていた。

あの後、釣った魚をマルトーに渡し、調理して貰い今晩の夕食にしてもらっていた。思いの他多く釣れたたため、シエスタを始めとした使用人の皆にも魚料理が振る舞われていた。

何故かナツミに対し、マルトーが昼間とは打って変わって距離をとっていたのが少々気味悪くナツミは感じていた。

 

(なんかあったのかな?まぁセクハラされないのはいいけど)

「さぁナツミ始めましょ?」

「え、ああ。うん」

「ちょっとボサッとしないでよ」

「ごめん、ごめん」

 

ルイズが錬金の授業で失敗し泣いてから数日、あれからナツミはルイズからこちらの魔法の話を聞いたり、逆に召喚術の話をし、ルイズに召喚術を教えるという話に落ち着いていた。

ルイズの魔法が使えないというコンプレックスを少しでも無くしたいという気持ちからだった。

リィンバウム式の召喚術を覚えれば、自然と送還術を覚えてナツミがリィンバウムに帰る手段を考える手間が省けるのだが、ルイズの事を心配するあまりにそこまで頭が回っていないのは非常にナツミらしいと言えた。

 

「じゃあまずこの石を持って気持ちというか念じてみて」

 

いい加減極まりない説明と共にナツミはルイズに緑色の石、幻獣界(メイトルパ)のサモナイト石を持たせて念を込めるように促す。

 

「う、うーん……」

 

しーん。うんともすんと言わぬサモナイト石。

落ち込むルイズ。

 

「まぁまぁじゃ次はこれ」

 

次は赤色。鬼妖界(シルターン)のサモナイト石。

 

「次こそ……うーん」

 

しーん。落ち込むルイズ。

紫色。霊界(サプレス)の石。

しーん。

黒色。機界(ロレイラル)

……。

 

「おかしいわね……。誓約は召喚師じゃないと出来ないけど。召喚自体は四界どれかの適性があるってソルが言ってた気がしたけど……やっぱりこの世界じゃ無理なのかなぁ……。いや私を召喚したんだし……」

 

うーんと首を傾げるナツミ。

しかし、もともと召喚師としての教育は受けて無いうえ誓約者の既存の召喚術とは違う法則で召喚を行うナツミには人に召喚術を教えるというのは酷く不適格であった。

そんなナツミの指導力を知らないルイズは、魔法だけでなく、召喚術にも適性が無いのを知り落ち込み地面にのノ字を書き始めた。

 

「ふん、どうせ期待してなかったもん。召喚術は魔法じゃないからいいもん…」

 

ぶつぶつ言いながらどんよりしているルイズの傍ら、自ら幻獣界(メイトルパ)サモナイト石を握り念を込めるナツミ。

念もとい魔力を込めたサモナイト石は当然、鮮やかに緑色に光り出す。

ちなみにナツミはエルゴの王の名に相応しく四界全てのサモナイト石に完璧に感応する事が出来る。教えられずとも……というかリィンバウムに訪れた瞬間から召喚術師として既に完成しているという冗談としか思えない身だった故に、出来ないという感覚が無いのだ。

 

「……あたしの説明がおかしいのかも……はぁソルの講義真面目に聞いときゃよかったわね」

 

自分の時とは違い鮮やかに光るサモナイト石を羨ましいそうに見るルイズ。

 

「あれ?」

 

ふと、ルイズの目にさきほど試した四界のサモナイト石には無かった色、灰色の石が映った。

 

「ナツミ、その色だけ試してないわよ?」

「ん?あー忘れたわ。そう言えばもう一つあったわね」

「……あっ!」

 

ルイズがその灰色のサモナイト石を掴み、念を込める。

すると、

 

「わぁすごい光ってる……」

「光った?」

 

リィンバウムでは誰であれ四つの属性の内、一つとそして今ルイズが光らせた灰色のサモナイト石、名も無き世界への感応力を秘めた物、少なくとも二つに感応する。

四つの属性がダメだった時点で、ルイズの召喚士としての才は無いとナツミは思っていた。

にも関わらず、ルイズが無属性のサモナイト石を光らせた事に驚いていた。

 

「ナツミ……?どうしたの?」

「え……いや、なんでもないわ」

 

まさか光るとは思わなかったとは言えず、思わずナツミは多少焦りながらも誤魔化した。明らかに焦りを隠せない下手くそな演技だったものの、サモナイト石を光らせた事にルイズは素直に喜びの声を上げていた。

光り輝くサモナイト石を、同じくキラキラした瞳で見続けるルイズを見ながら、ナツミはなけなしの知識でこの現象を自分なりに考える。

本来リィンバウムの召喚術の誓約は召喚師のみが行使可能な術であり、一度誓約を交わしたサモナイト石であればたとえ召喚師でなくても、相性の良い属性の召喚術を使うことは誰でもできる。

そして、それとは別にどの属性でも使えるのが無属性と称される名も無き世界からの召喚であった。

ルイズは四界のどれとも感応出来ない。

でも本来、個人差が無いはずの名も無き世界との感応は何故か相性が良好。

もう少し、思慮深い召喚師であったならば、このサモナイト石の感応をおかしいと思うだろうが、ナツミ自身が型に嵌らない召喚師ということもあり、それ以上気にすることはなった。

 

「まぁいいや、よかったねルイズ」

「うん!よし頑張るわよ」

 

召喚術が使える見込みが出来て喜ぶルイズの手には光輝くサモナイト石が握られていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 新たなる剣

 瞬く星々の明かりに二つの人影が中庭に照らされていた。両方とも非常に細いが、片方がすらりとしているのに対し、もう一人は小柄と言っていい体躯をしていた。その小柄な方が両手を頭上に掲げると淡い光が周囲に漏れた。

 

「ロックマテリアル!」

 

呪文とともに数メートル規模の岩石が前触れも無く空中に出現し、地面を陥没させた。

 

「やった!また出来た!」

 

小柄な人影、ルイズは召喚術の初歩の初歩とはいえ、術が成したのが余程嬉しいのか、小さな子供の様にぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表している。一通り喜ぶと召喚術の師匠というか先生役をしてもらっているナツミに褒めてもらおうとキラキラした瞳をナツミに向けた。

 

「?どうしたのナツミ」

「う~ん、ちょっとね」

 

 するとナツミはなにか納得できないのしきりに首を傾げていた。そんなナツミに自身の召喚術に何か問題があったのかルイズが不安の声をあげる。

 

「……なんか失敗しちゃった?」

「いや失敗というより、う~ん。威力がありすぎるのかな?」

 

 本来、ロックマテリアルは一抱え程の岩石を召喚するという初歩の初歩の召喚術である。利点は基本的な術と言うこともあり消費魔力が極少ないということだ。そして欠点というのが良くも悪くも初歩の術ということで威力が弱いということである。

 もちろん使用する術者の魔力に依存するため誓約者であるナツミが本気でロックマテリアルを行使すればルイズよりも破壊力は断然上だ。

だが、今ルイズが使用したロックマテリアルは初心者が発動したものにしては威力があり過ぎたようにナツミは感じていた。

 

「弱いより良いんじゃない?」

 

 初めて、魔法……ではないにしろそれに近い現象を起こせたことが余程嬉しかったのだろう。ルイズは小首を傾げるナツミを脇に大艦巨砲主義のような事を言い出した。

 

「まぁ良いか……よく考えれば、あたしを召喚した位だし魔力はいっぱいあるんでしょうね」

 

ルイズの言葉にナツミもそれ以上考えることを辞める。元々、彼女は考えるより先に行動するタイプの人間だ。リィンバウムではまさにそれだった。むしろ下手に考えた方が悪い方向に行ったくらいだった。

 

「まぁ術は行使できてるし、とくに問題はないでしょ」

「……多少不安が残るわね。まぁいいわ次は何をすればいいの?」

 

これが生き物を召喚するのであれば、もう少しナツミも悩んだであろうが、無機物ならあまり大事には至らないだろうと判断する。

 そして、ルイズはルイズで初めて魔法の様なモノができて嬉しいのか、ナツミの言葉足らずな説明を必死に聞き、それを自分なりに解釈してその知識を吸収していった。

 

「次はそうね無属性の誓約をしてもらおっかな」

「ええ!」

 

 そんな喜ぶルイズを見るナツミもまた嬉しそうに微笑むのであった。

 

 

 

「ふぁあああ、眠ぃ……」

 

 朝方、ルイズのベットの二つの小山の一つが起き上がり大きな伸びをする。起き上がった人影―ナツミ―の目の下には多少の隈が浮き出ていた。

 あの後ルイズは無属性の召喚術の誓約に成功し、シャインセイバーの召喚石を手にしていた。

 相変わらずその他の属性の召喚術の誓約は出来なかったが、多少なりとも召喚術の素養があることにルイズは大いに喜んでいた。

 不思議なことに何個かの無属性の誓約の際に拳銃などの兵器など意図しないものまで召喚していた。

 どうやら、ルイズはナツミの当初の見立て通り、リィンバウムの召喚士では見られない無属性―名も無き世界―の召喚術に特化してるようであった。詳しく調べたくはあったがルイズがあまりに喜んで無属性のサモナイト石が無くなるまで誓約をしてしまったためこれ以上の調査は出来なくなってしまった。

 ……それに、もともとナツミは感覚的というか、リィンバウムに召喚された時点で全ての属性の召喚術をいつの間にか身に着けていたので、学術的な意味での召喚術を全くといっていいほど知らないためどちらにしても手詰まりであったが。

 

 昨夜の鍛錬をぼんやりと思い出ながら、ナツミは再び体を伸ばし、こしこしと右目を擦りようやく本格的に意識を覚醒させる。

 ゆっくりと覚醒した頭に、ルイズと計画した今日の計画が過ぎり、ナツミは隣で未だに小さな寝息を繰り返す仮の主に手を伸ばした。

 

「ルイズ~朝よ朝。今日は王都に買い物に行くんでしょ?」

 

 世界を左右する力を秘めているとは思えぬ嫋やかな細腕がゆさゆさとルイズの肩を揺らし、その目覚めを促す。

 

「う、うーん」

「ルイズ~おはよう」

「……おはよう、ナツミ……」

 

 元気の塊であるナツミと違い低血圧気味なルイズは基本的に朝が苦手だ。この時計が無いハルケギニアでどうやって今まで一人で起きていたのだろう。そんなどうでもいいことを思い浮かべながら、ナツミは寝癖でぼさぼさのルイズの桃色の髪に手櫛を通していた。

 

 

 

ルイズを起こし、それぞれ食事を取った二人は王都トリスタニアへ続く道を馬に跨って向かっていた。

 

「あはは、ナツミにも苦手なものがあるのね」

「……ははは、買い被り過ぎよ」

 

 珍しくくたびれたナツミを見て、はつらつとしたルイズの明るい声とは対照的にナツミの返事は酷く暗い。慣れない馬に長時間乗っているため大分疲れが出ていた。とてもワイバーンを代表とする数多の幻獣を使役する人物とは同一人物には見えない。

 

「王都まで三時間もかかるなんて聞いてないよ~」

 

 そう言うと馬に倒れこむように体を預ける。

 

 

 

「第一、馬に乗ったことの無い人間に遠乗りさせるなんて…」

「もぅだらしないわね」

「……今どの位まで来たの~」

「ちょうど、半分ね」

「帰りたい……」

 

 

 

 

「やっと着いた……」

 

 トリステイン魔法学院から王都まで三時間ようやく目的地まで着き、転げ落ちるように馬から降りるナツミ。腰に手を当てひょこひょこ歩く様子はエルゴの王とも呼ばれ讃えられる召喚師にはとても見えない。

 

「ここが王都……」

 

 やや腰を屈めながらナツミは周りを物珍しげに見渡す。

 

「ここはブルドンネ街、トリステインで一番広い通りなの。この先に王宮があるわ」

「これで一番広い……どう見ても狭いんだけど」

 

 トリステインで一番広いと言われた通りはどう見ても五メートル程しかない。ナツミがリィンバウムで暮らしていた聖王国の一都市であるサイジェントの大通りでもここよりは広かった。

 さらに行きかう人々の人数に対応出来ていないため歩くのも一苦労であった。

 

「さぁ服屋に行きましょうか」

 

 そう今日はここ王都にナツミの服を買いに来たのだ。召喚時に来ていた服をずっと着ていたことをルイズに指摘されたためだ。

 なんかんだでフラットで孤児達と生活していたときは節約、節約で暮らしていたため服に関してはやや無頓着になっていたようであった。ルイズもルイズで使い魔に人間が召喚されるなど露ほども思ってなかったため衣服の準備などしていなかったし、召喚後も色々とゴタゴタがあったりですっかり忘れており、昨日の夜の召喚術の練習の時うっかりナツミの服を汚してしまって、ようやく気付いた位であった。

 

「そうだ。ナツミ、スリには気を付けてね」

「あはは、流石にこんな重いの取られた気付くわよ」

「魔法を使われたら一発でしょ?」

 

 ルイズの言葉にナツミは周りの人々に視線を飛ばし貴族がいないか確認する。

 

「貴族はいないみたいだけど?」

 

 貴族はマントを必ず着けているため判別は容易である。

 

「メイジが必ず貴族とは限らないのよ。トリステインでは貴族は必ずメイジだけどその逆は別よ。没落した貴族や、家を継げない次男、三男が身をやつして傭兵になったり、犯罪者になることもあるわ。だからメイジだからといって貴族とは限らないのって……通り過ぎた」

 

 話をしながら大通りを二人で歩いていると目的の服屋を通り過ぎ慌てて道を引き返す。

 

「ここが服屋よ」

「ふーん」

(サイジェントにある服屋とあまり変わりないわね)

 

 店内にはあまり特徴の無い服が雑多に並んでいた。ナツミが見る限り主に女性用の服を扱っている店の様であった。

 

「ルイズは欲しい服とか無いの?」

「無いわね。いつも服屋は直接屋敷に来てたから、ここで服を買うのは平民ぐらいよ」

 

 なんでもないことの事の様にさらりと言うルイズ。こう見えてルイズの父親はこの国では貴族の中でも最高位の公爵家、超が付くほどのお嬢様なのだ。

 そんな彼女にあはは、と乾いた笑いで返すナツミ。彼女は彼女で超が付くほど貧乏な孤児院で暮らしていた。

 

 

「ま、特に私は欲しい服は無いからナツミの好きに見ていいわ。そのために来たんだし」

「ありがと」

 

 ルイズに礼を言うナツミはリィンバウムでも似たような事を言われたことを思いだしていた。

 

(あの時はガゼルに絡まれたなぁ……)

 

 今回と同じく、リィンバウムに召喚された時も着の身着のままだったため、当時はリプレに服を買って貰った。そして、それを当然の善意の様に捉えてしまいガゼルに怒られたのだ。

 

(まぁ、その後で仲良くなったけどね。でもあいつなんて当時、泥棒とかカツアゲしてたのよね。まぁリプレにバレて折檻されてたけど……)

 

 クラスが大盗賊だしね、とどこか遠い目をしながら必要そうなものを選んでいくのであった。

 

「えっとこんなに買ってもらっちゃって良かったの?」

 

 そう問いかけるナツミの両手には先程、服屋で購入した服が入った袋がぶら下がっていた。

 

「いいわ。大した額でもないし、ナツミには色々とお世話になってるから。っていうか二着って少なすぎるわよ」

 

 少し照れながら返事をするルイズ。

 

「そう?洗って乾かしてで二着で良くない?」

 泣けるほどに貧乏が染みついているナツミ。召喚士の派閥の総帥の様な生活をする必要はないが、もう少し召喚士の頂点に立つ者としてもう少し贅沢をしてもバチは当たらないだろう。

 

「いやいや少ないし、それに召喚術を教えてもらってるんだからそのお礼なのよ」

「う~ん。あたしとしては衣食住のことがあるからお礼に召喚術を教えてるって感じなんだけど」

「それを言ったらキリが無くなっちゃうわよ。良いから気にしないで。この位は全然気にならないから」

「……分かった。ありがとうねルイズ」

 

 馬を預けた場所に向かう道すがらそんな会話をしているとナツミの視線にあるものが入ってきた。

 

 剣。槍。戦斧。ナイフ。数多の武器が窓ごしに並ぶ店であった。

 

「?どうしたのナツミ。武器でも見たいの?」

「うん。ちょっとね」

 

 ナツミはギーシュとの決闘の時に起こったことをルイズに話す。

 

「つまり、ナツミは元々そこそこ剣は使えたけど決闘の時は何故かそれ以上に剣が使えたと」

「うん。サモナイトソード、えっとこの腰の剣なんだけど。なんかこの剣の最適な使い方?っていうのかなそれが剣を握った途端にルーンから伝わってきたわ」

 

 伝わってきたのは剣の使い方だけで、溢れた魔力の制御が出来ず危なくギーシュを殺すところであったことをナツミはルイズに伝えた。

 

「そ、そんなおそろしい事はもっと早く言いなさいよ」

 

 ナツミの力が魔王すら打倒するものだと聞いていたが故に、その恐ろしさがはっきりと感じていた。世界を滅ぼす魔王の力がどのようなものか分からないが、それでも学院を吹き飛ばすのは訳ないだろう。そして、それを倒したナツミはそれ以上の力を持っているだろう。その力を制御しきれなかったなど考えたくも無い。

 

「ごめん、ごめん。なんか色々あってすっかり忘れてたわ」

「忘れんじゃないわよそんな事……でそれでなんで武器を見てたの」

「いや、他の武器でも同じ事が起こるか試そうかなぁと」

 

 いざというときあれでは何が起こるか分からない。魔王や悪魔などの人外が相手であれば手加減無しで手を出せるが、あの時の力をそのまま人間にぶつければ跡形も無く吹き飛ばしてしまうだろう。

 

「確かに……殺人は私も勘弁して欲しいわ。いいわ、見ていきましょ」

 

 

 

 チリン。チリン。

 武器屋の扉を開けると扉に備え付けてあった。ベルが二人の来店を店主に告げる。

店の中は薄暗くランプの明かりが灯っていた。外からは武器しか見えなかったが、甲冑や楯、兜などの防具も多く販売しているようであった。

 ほどなくすると店の奥から五十代の男性、おそらく店長であろう人物が出てくる。

 

「いらっしゃい……おや、貴族のお嬢様とは珍しい!ここは貴族のお嬢様がくるところじゃありませんぜ。ところで何の御用でやすか?うちはお上に逆らうことなんてしてませんぜ」

「客よ」

「これはおったまげた。貴族が剣を!?」

「私じゃないわよ。この子が使うのよ」

 

 大げさに驚く店主にルイズはナツミに視線を送りながら言う。

 

「この方が剣をお使いになるんで?」

「ええ」

 

 訝しみながらナツミをじろじろと見る店主。見た目が唯の女の子にしか見えないナツミが剣を使うようには見えなかったようだ。

 

「……!腰にもう剣があるようですが?」

 

 ナツミを上から下まで眺めようとして腰に下げてあった剣―サモナイトソード―に目が留まり思わず問いかける店主。

 

「ああ……っと。よ、予備に」

 

 実は買うつもりなんてなくて武器を握ってみてルーンが反応するか確かめたいだけのナツミはどもりながらも誤魔化す。

 

「……お嬢さんでしたら、ええとこれなんてどうでしょう?」

 

 ごそごそと店主が棚から取り出したのは細剣、レイピアという刺突に特化した剣であった。本来のナツミのスタイルである横切りには向かないが武器を握るのが目的なので特に不備は無い。

 

「これはレイピアといって最近貴族の方々がよくお買い上げになってるんでさぁ」

「貴族が?なんで?」

「へぇ最近、盗賊の土くれのフーケがトリステインで貴族の家々からお宝を盗みに盗んでるんで警備の強化を兼ねてお屋敷の下僕達にこのレイピアを持たせてるんでさぁ」

「ふーん」

 

レイピアをルイズに売りたい店主は滑らかに口を滑らせるがルイズはあまり興味が無いのか適当に返事をしている。

 

「ちょっと持って見ても良いですか?」

「え、ああ、どうぞ」

 

 ルイズにレイピアの良さを説く店主に剣を握る許可を貰うナツミ。そんなナツミに声をかけるものがあった。

 

「娘っこ、やめときな。おめえさんじゃ剣なんて使えねぇよ!」

「え、誰?」

 

 きょろきょろと周りを見渡すナツミだがその視界には人影なぞ無い。

 

「デルフ!うるせぇぞ!仕事の邪魔だ」

「はっ何が仕事だ。なまくらしか置いてねぇだろ!」

「なんだと!」

 

 客そっちのけで何かと言い争いをする店長。店長の視線の先にはたくさんの剣が突き刺さった籠があるだけだ。

 

「もしかして……」

 

 なにかに気付いたルイズが剣が突き刺さった籠に近づくとやはりその籠から声が聞こえる。

 

「大体、商売する気あんのか!」

「お前がいつも邪魔すんだろ!」

「店主がロクでもねぇから客の質も悪いんだよ!」

 

 もはや客がいることすら忘れているほど怒声が飛び交う。ルイズはそんな二人には意を介さず籠を注視している。

 

「ルイズどうしたの?」

「これ」

 

 ナツミの問いに一本の剣を指さすルイズ。するとその指が差された剣が

 

「なんだ!そんなに剣が喋るのがおかしいか」

 

 カチャカチャと鍔を鳴らし言葉を漏らす。

 

「わあ!?け、剣が喋った!?」

「知性ある剣。インテリジェンスソードね」

「その通りだ!結構物知りじゃねぇか嬢ちゃん」

 

 驚くナツミ、当たり前のように答えるルイズ。

 ナツミなぞ目を白黒させている。召喚術とか魔王とか経験してきたナツミだが流石に喋る剣はリィンバウムには無かったため(ナツミの知る範囲だが)驚きも一塩だった。

 

「なんでぃそこの娘っこはそんなに喋る剣が珍しいのか?」

「ええ、こんなに驚いたのは久しぶり……」

「ナツミこんな剣はいいから早く剣を選びましょ」

 

 ルイズは多少喋る剣に興味を持ったようだがあまりに錆びついたその剣にこれ以上の用はないのかナツミを別の剣を選ぶように促す。

 

「ふん!小娘に扱える剣なんてねぇよ!花でも買って帰れ」

「ちっデルフ、客になんて口ききやがる!」

 

 ナツミを馬鹿にし帰るように促す剣、切れる店主。よくも飽きないのもだとナツミは別の意味で感心していた。

 

「これでも剣は使えるんだけど……」

 

 ナツミはそんな二人の口喧嘩には遠く及ばない小さな声を上げる。

 

「なに言ってやがる。小娘が剣なんて……ってウソじゃねぇみてぇだな」

 

 とっさにナツミの発言に噛みつこうとする剣であったがナツミの身のこなしに何らかの剣術の仕草が垣間見えたのか剣は少しナツミを見直すかのような発言をした。店主でも見抜けなかったナツミの所作を見抜くあたり、伊達に六千年に亘って存在していたわけではない。

 

「おい娘っこ」

「な、何?」

「ちょいと俺を持ってみろ」

 

 剣に促されるままにナツミは彼(?)を握る。

 その瞬間、淡く左手のルーンが光り出す、するとナツミには到底不釣り合いな大剣の部類に入る剣であったが片手で軽々とその剣は持ち上げられた。左手のルーンからはサモナイトソードを握ったときと同様に大剣の最適な使い方が流れ込んでくる。だが魔力の増大はそれほど見られなかった。

 

(あれはサモナイトソード特有の能力だったみたいね)

 

そんな考察をしていると

 

「へぇ、横切りが主体の剣術使いかそれも中々の腕と見たぜ……まぁ俺とは相性は良いとは言ぇねぇな……!っとおでれーた。おめぇ使い手か!」

「え?つ、使い手?」

「何言ってんのよボロ剣」

 

 ナツミが剣術を使えるのを握っただけで看破し関心し、使い手と言い出す剣。

 もちろん、いきなり固有名詞を言われてナツミは疑問を浮かべ、ルイズは眉を顰めていた。

 

「まぁそんな事はどうでもいい。さっきは悪く言って悪かったな。……娘っこ、俺を買いな。いや買ってくれ」

「だれがあんたみたいなボロを買うのよ」

 

 先程よりも眉をしかめるルイズ。元々、剣なぞ買う気は無い。ただナツミのルーンの効果が武器を持つと発動するのかどうか確認したいだけだったのだ。無駄にお金を浪費するのは賢いとは言えない。

 

「ルイズ。この剣買うわ」

「ええ!?」

 

 驚くルイズの耳に口を近づけるナツミ。

 

「……何も買わずに出るよりいいでしょ?どうせボロだから安いだろうし、喋る剣なんて面白そうでしょ」

「……まぁ一理あるわね。わたしはボロってとこが一番妥協したくないけどしょうがないわね」

 

 こそこそと何事かを話し合う二人。

 

「頂くわ。幾ら?」

「百エキューでさ」

「安いわね……」

「あはは、こっちからすれば厄介払いみたいなもんなんで」

 

 大剣としては破格の値段で売買されるインテリジェンスソード。……大層な名前だが扱いは酷い。

 

「あたしはナツミ、よろしくね」

「なんか、俺の扱いがすげぇわりぃ気がすんだが……まぁいい久しぶりの使い手だ!よろしくな!俺はデルフリンガーってんだ」

「じゃあ、デルフでいいわね」

「ああ、構わねぇよ。こっちも娘っこが二人じゃややこしいな、相棒って呼ばせて貰うぜ」

 

 

 

 これがナツミが新たな相棒―デルフリンガー―と初めて出会った日の出来事であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 青い髪の少女

「へぇ~ってことは相棒は異世界の英雄ってわけだ。こりゃあ、おでれーた!」

「ま、まぁ英雄って言うほど大したもんじゃないけど……」

「ほんとによく喋る剣ね」

 

 魔法学院に帰る道すがらナツミは自らの素性をデルフリンガーに教えていた。

別に黙ってても良かったがナツミの持つ魔力にデルフリンガーが気付いたため、いずれ話す事が早まっただけと判断したためだった。それに万が一デルフリンガーがナツミの素性を他の人に吹聴しても、こんな錆だらけの剣の言うことだあまり説得力は無いだろう。

 ちなみに慣れない乗馬でナツミがへばったのでルイズが代わりに説明していた。

 

「しっかし、娘っこ。相棒がすげぇのはわかったけどよ。流石に誇張しすぎじゃねぇのか?」

「そんなことないわよ。ナツミに聞いた話そのままよ」

 

 デルフリンガーは話の規模が大きすぎて話半分しか信じていないようであった。確かに異世界ということがまず眉唾物なのに、その上に世界を救った英雄というのは流石に六千年近く存在する彼にも信じにくいのだろうが実際には誇張が一切無いだけ手に負えない。

 

「まぁ、確かに只もんじゃねぇのはわかる。なんつーか、強者が持つ独特の気配をこいつも持ってるみてぇだしな」

 

 それでも自身を持った者の力を測れるデルフリンガーはナツミが持つ力が尋常ではないことは感じ取っていた。剣士としての力も優れているし、魔力もある。相棒としては文句のつけようがない。

 

(こりゃあ、いい相棒に見つけてもらったぜ)

 

 デルフリンガーは自らを十全と扱ってくれるであろう相棒の背中で揺られ、何十年ぶりに未来に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

「ルイズ……今日はもう寝ようよ」

「何言ってるの?こういうのは毎日の積み重ねが大事でしょ」

 

 珍しくナツミが疲れ切った声を上げていた。それとは対照的にルイズの声は喜色を多分に含んだものだった。

二人は現在、それぞれの場所で食事を終えて、中庭へと向かっていた。その理由はルイズが召喚術の練習をする為だ。ナツミは六時間にも及ぶ慣れない馬での遠出で、すぐに就寝することを提案したのだが、初めて使えるようになった魔法に近い召喚術を早く上達させたいルイズの向上心に折れた結果だった。

 

「はぁ~、しょうがないわここで見てるわ」

「うん。今日は少しだけにするから」

 

一応、練習には付いてきたものの、腰のだるさは半端ではなく。ナツミは心底疲れ切ったといった体で地面に座り込む。

 

「相棒、娘っこは何をするんだい?」

「ああ、召喚術の練習よ」

「召喚術?……ああ、相棒が言ってた相棒の世界の魔法だっけか。へぇ~ちょっと興味があったんだよなぁ」

 

 

 鍔を鳴らし言葉を漏らすデルフ、その言葉には若干の興味の色が見えた。

 

 

「ナツミやるわよ~!」

 

 準備ができたのかサモナイト石を握りナツミを呼ぶルイズ。術を行使していないのにもう魔力が漏れ始めており、ナツミは体に纏わりつく怠さ堪え注意を促す。

 

「全力でやらないでよ。ちゃんと魔力を制御してね」

「は~い」

 

 無意味に元気な返事と溢れる魔力、何処か覚えがあるその様子にナツミは不安を覚えるが、自身が持つ魔力が並外れている為、まぁ良いかと納得してしまう。ルイズが目を閉じ、それまで溢れるだけだった魔力をサモナイト石に込める。

 

(こういうのはイメージが大事。ナツミの召喚術を思い出すのよ)

 

 イメージはナツミがギーシュのゴーレムに放った召喚術の様に、素早く相手を粉砕するような一撃。

 イメージ通りに魔力をサモナイト石に込め、目を開くとともに握った石を前に突き出す。

 

「打ち砕け光将の剣!シャインセイバー!!」

 

 真名とともに名も無き世界より召喚された五本の聖剣が大地に突き刺さりその魔力を解放する。爆音と共に土砂が巻き散らかされる。後には深さ数メートルの穴が空いていた。

 

「すごい!やった~!!」

 

 両手を上げて喜ぶルイズであったがとうのナツミは頭を抱えていた。そして

 

「おお、すげえなぁ。只の錬金じゃ、ああはいかねぇぜ。?どうした相棒頭抱えて」

「……ちょっとね」

「ナツミ、どう?」

 

 とてとてと可愛らしい足取りでルイズはナツミへと歩みより、期待を込めてそう問いかけた。本人的には大成功だと思ってる居る分だけに言いずらそうにナツミは口を開く。

 

「どうってねぇ、ルイズ。魔力を込めすぎよ……。あの穴をだれが塞ぐの?」

「あ」

 

 ルイズは今の今まで魔力を行使していなかったためか、どの術にも魔力をしこたま込める癖があった。なので現状の課題は的確な魔力運用を主眼において訓練していたのだが、今回は失敗に終わった。

 

「一応、召喚術の事は内緒にしてるからあまり派手にやるのは不味いんでしょ?」

「う、ご、ごめんなさい」

 

 注意に対し潔く謝るルイズ、心根はやはり素直な子なのであろう。

 

「まぁ、まだ練習中だからしょうがないか、でも慣れるまではシャインセイバーは禁止ね。あれは威力があるから、しばらくはロックマテリアルで練習よ、いい?」

「うん。そうする、流石にあの威力を見ちゃうとね」

 

 あはは、と自分で作った穴を見て苦笑するルイズ。

 

「とりあえず、穴を塞ぐね」

 

 そう言うとナツミは幾つかのサモナイト石を懐から取り出し魔力を込め始める。

 

「えっと、ユニット召喚でプニムとゴレムでいっか」

 

 召喚術が完成する間際、ふと人の気配がしてナツミは召喚術の行使を止め後ろを振り向いた。

 

「何?今の魔法」

 

 冷たい声がナツミの耳に届く。そこには冷たい声が非常に似合う青い髪の少女が小首を傾げ佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ルイズとナツミが学園に帰り着いた頃、ベッドの上で一人のメガネをかけた青い髪の少女―タバサ―が自室で本を読んでいた。読書は彼女の唯一と言っていい趣味である。年頃の少女らしい本を読むこともあるが、知識を深めるために歴史書や教練用の本がその大半を占めていた。

 

「ふぅ」

 

 読書も一段落したのか、本から顔を上げ一息付く。その顔はなんだか晴れない。それはタバサの境遇から来ているものだけでは無かった。

 最近のタバサの悩みというか考え事はルイズが召喚した一人の少女ナツミの事であった。タバサ自身は名前までは知らなかったが彼女がギーシュを倒したときの様子がどうにも気にかかっていた。

 この年で騎士の称号を持つほどの戦闘経験を持つ彼女はあの決闘の異常に気付いていた。

 

(あの最後にゴーレムを倒した攻撃。あの時、一瞬だけど剣が見えた)

 

 その剣がギーシュのゴーレムを四散させるほどの威力で突き刺さり、地面に一切の傷を付ける事なく消えた。

 

(剣の錬成で一つ、エアハンマー以上のスピードでギーシュのゴーレムに突き刺ささる。そして瞬く間に消失)

 

 そんな事ができる魔法なんて無い。少なくともタバサは知らない。もしその魔法をメイジのクラスに当て嵌めるなら。

 

「トライアングルは確実、スクエアでもおかしくない……それだけじゃない体術も凄かった」

 

 複数のゴーレムを接近戦で相手にしながら僅かな掠り傷すらも負わないナツミの体術はある意味、彼女が目指すものである。

そきこまで考え、すくっと突然タバサはベッドから立ち上がり頭を振る。

 

(……考えても仕方ない)

 

 現状彼女はナツミの事を知らなすぎる。それにナツミの素性やその力は非常に興味を惹くが自分に課した目的とはなんの関係もない。これ以上無駄に思考を割くのは良策ではないだろう。それにもうすぐ夕食の時間でもある。思考を切り替えるのにちょうど良い、そう考えタバサは食堂へと足を運んだ。

 

 

 きょろきょろと食堂で辺りを見渡すタバサ、先程ナツミの事はもう気にしないと結論していたが、なんだかんだで気になるのかルイズを探しているようであった。

 

(居た、けど居ない)

 

 今日も食堂に来ているのはルイズだけの様であった。ギーシュの決闘以来、ナツミの事は見ていない。自分の使い魔たる風竜の幼体たるシルフィードが言うには毎日学園をふらふらしてたり、メイドの手伝いをしているようであった。

 

 

「どうしたのタバサ?」

 

 いつもと違い、きょろきょろしているタバサが珍しいのか、キュルケが声をかける。彼女はこの学園で唯一と言っていいタバサの友人であった。決闘騒ぎを起こしたことも今は懐かしい。

 

「気になる子でもいるの~?」

 

 からかう様な声色でタバサの様子を窺うキュルケ。

 

「なんでもない」

「あら、つまんないリアクションね」

 

 冷たい返事にキュルケは肩を竦めるのであった。

 

 

 皆が夕食を食べ終えた頃、タバサは残ったハシバミの葉のサラダを一人食べていた。苦みが強く魔法学院の生徒には人気があるとは言い難いがタバサの大好物であった。キュルケとはあの後、話もせず食事していた。もともとタバサは寡黙な方だし、キュルケは男子とのお喋りに夢中になっていたからだ。

 

 もう食堂にいる生徒が疎らになった頃、タバサは食事を終え立ち上がる。

 

(ちょっと食べ過ぎた)

 

 食堂を出て、部屋に戻るつもりであったが今日はいつもよりサラダを食べ過ぎた為、少し運動がてら散歩して帰ることにし中庭に向かう。

 

「……!」

 

 タバサが中庭へと着くとルイズとナツミが二人で何事かを話していた。ナツミはなんだか腰を痛めているのか腰を屈めていた。何故か二人に隠れるように様子を見るタバサ。そんなタバサに二人は気付くこと無い。話は終わったのかナツミは肩を落として近くの芝生に腰を下ろす。

 ルイズはナツミから距離から離れ懐から灰色の石を取り出した。

 

(……?)

 

 タバサはルイズの行動が読めず首を傾げる。灰色の石を取り出したルイズは目を閉じ魔力を込め始める。

 

「打ち砕け光将の剣!シャインセイバー!!」

「!!?」

 

 ルイズの声が中庭に響くと突然、空中に幾つかの剣が出現し中庭に突き刺さり、土砂が巻き散らかされる。

 

(なにあれ?)

 

 今の魔法は夕方、術者がルイズであることと剣が消えずに突き刺さった事を除けばタバサが思い出していたものと同じものあった。

 

(ルイズが使ったから?……!)

 

 タバサが疑問を浮かべる中、穴に突き刺さった剣が光とともに消えていく。部屋でも考えたが、剣をわざわざ消すために錬金を余分に組み込むだろうか?否、そんな無駄な事をするメイジはいない。それなら系統を一つ追加して威力を更に上げた方がいい。そんなことよりルイズは杖を持っていないではない。

 そして、今、ルイズが何もしていないのに剣が消えていく。剣に元々そんな能力がなければ説明がつかない。タバサが知る限りそんなマジックアイテムは知らないし、メイジ達が扱う系統魔法でも説明がつかない。

 

(そうか、説明がつかないのが答え)

「系統魔法とは違う魔法」

 

 その言葉と口にし、タバサは立ち上がり二人に近づく。

魔法が使えないルイズが使えたのだ、自分にも使えるかもしれない。とある理由から力を求める彼女にそれはひどく魅力的であった。

 もはや気配を消すのを止め、何事かを話している二人に近づくと気配を感じたのか振り向いたナツミを目があった。その目に敵意は無い。内心、安心するタバサは内に秘めた動揺を押し込め意を決して声を出す。

 

「何?今の魔法」

 

 内心の動揺とは裏腹にその声はひどく冷たく夜気に響いた。

 

 

 

 

 

 永遠とも思える沈黙の後、先に口を開いたのはルイズであった。

 

「ええっと錬金よ!こ、この前、失敗したからね、練習!練習!」

 

 上ずった声を上げながらもっともな理由をタバサに伝える。

 

「そ、そう!」

 

 主人同様上ずるナツミ。そんな二人にタバサの声が無情にも突き刺さる。

 

「ウソ」

「な、なんでそう思うのよ!」

「足せる系統が多すぎる。ドットでもない貴女には無理」

 

 先程、ルイズが行使した魔法は剣の出現と、出現した剣を加速させ地面に突き刺さる。威力を抜きにしても土と風、最低二系統、ラインスペルと言っていい。錬金してもあれだけの質量を一瞬で出現させている。数日前に錬金すら出来なかったルイズにそんな芸当ができるか?否、出来ない。

 

「ぐぅ」

 

 タバサの的確な反論に言葉を無くすルイズ。そんなルイズから視線を外し、ナツミを見やるタバサ。

 

「でも、あなたも不思議、ルイズと同じ魔法使ってた」

 

 蒼い瞳がナツミの黒い瞳をじっと見つめていた。

 

「あはは、実はあたしもメイジで……」

「それもウソ」

 

 先程ルイズに返したようにまたしても即座にナツミの言い訳を切って捨てるタバサ。容赦が無い。

 

「メイジは杖が無いと魔法が使えない。つまり、あれは魔法じゃない」

 

 もはや確信を突きすぎてナツミはなんとも言えなくなっていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が辺りを支配する中、タバサの瞳は依然ナツミへと注がれていた。

 

「……」

「……」

「……ふぅ」

 

 そのまま沈黙が続く中、タバサの溜息がそれを壊す。

 

「分かった……あれが魔法と言うなら、さっきの魔法を使って見せてくれればいい」

 

 何を思ったのか、タバサはそんなことを言い出した。

 

 

 

(どうすんのナツミ?シャインセイバー見せる?)

(ダメ。あの子、半分気付いてんじゃないの魔法じゃないって)

 

 こそこそとナツミとルイズは相談する。そんな相談する光景をみてタバサは何も言わない。

 

(じゃあどうすんのよ?)

(召喚術で眠らせる)

(ダメよ。もし効かなかったらどうすんのよ)

(……そうだ!ルイズ、今日はもう魔力無いから使えないってことにすれば?)

(それよ!)

 

 多少物騒な解決策も出たが概ね良好な結論が出来た。ずばり、後回しと言う方法ではあったが。

 

「えっと、悪いんだけどもう今日は魔法が使えないのよ……あはは、また今度ね」

「……」

「ごめんね。今日はルイズ町に行ったりなんだりで疲れてるのよ」

 

 早口で捲し立てるとタバサに背を向け足早にその場から去る二人。

 

「待って」

 

 ギシリと油の切れた歯車の様に動きをとめ同じような動きで後ろを振り向く二人。

 

「なんでしょう」

 

 代表しナツミが問う。

 

「魔力が無いなら、さっきの魔法はしなくていい。レビテーションでも良い。唱えて」

 

 ルイズは元々魔法が使えない。さっきの現象を魔法というならより格下の魔法を使って見せろと言外にタバサはそう言っていた。

 無論、ルイズが使っていたのは召喚術なのでで、そんな魔法が使えるわけも無い。言い訳をなおも言い募る事しか出来ない。

 

「……いやもう魔力が……」

 

 ルイズが笑顔を向けながら断ろうとするが

 

「出来ないの?」

「えっと、今日は」

「出来ないの?」

「また今度」

「出来ないの?」

 

 

「ああ!やればいいんでしょ!」

(ちょっとルイズ!)

(しょうがないでしょ、やるしかないわよ!それに魔力の使い方は分かったわ……きっといけるわ)

 

 何故かやる気まんまんのルイズにナツミは不安しか感じていなかった。まだ短い付き合いだがこういう時のルイズは大抵失敗する。さっきのシャインセイバーがいい例だ。

 

 

 落ちていた枝を目標としルイズは杖を構えていた。

ルイズの背後には使い魔のナツミ、そしてルイズは名前も知らないクラスメートのタバサが並んで立っていた。目を瞑り、ルーンを唱え術を紡ぐルイズ。集中力は申し分なく、魔力の流れも召喚術で掴んでいる。

 短い詠唱が終わると目を開き杖を振るう。

 

「レビテーション!」

 

 なんと、ふわりと軽やかに枝は重力から解放される。なんてことは無く、枝は突き刺さったままだ。そして何故かルイズの向かいに建っている本塔の壁が爆発し壁に深い罅が刻まれた。

 

「……失敗」

「やっぱり」

「……」

 

 上からタバサ、ナツミ、ルイズである。

 再び沈黙が痛い。そしてもう言い逃れは出来なくなっていた。

 

(……ナツミ、ごめん)

(いいわ、気にしないで正直言って見逃してもらいましょ?)

(そうね)

 

 もう逃げ場が無いと悟った二人はタバサに向き直り、召喚術の話を正直に話すことにした。どちらにしてもレビテーションを使う前にタバサはもう気付いていた様であったし、遅いか早いかだ。だったら正直に言って研究所送りだけは免れるようにしたほうがいい。

 

「もう言い逃れは出来ないわね、実は……っ!?」

 

 ナツミが自らの素性を話そうとするとタバサは突然、杖を構えた。

 

「何!」

 

 とっさにデルフを右手に持ち、ルイズを左手に抱え後ろに飛び退く。

 

「おぅ、相棒出番かい!?」

「うん。ちょっとね!」

 

 タバサをまっすぐ見やり、ルイズを地面に下ろす。

 

(……この子只者じゃない、ギーシュと同じだと思ってかかったらひどい目にあう)

 

 数多の戦いを潜り抜けてきたからだろう。ナツミはタバサが纏う気配から優れた戦士だと即座に看過した。

 

「おい、相棒!」

「何よ!今取り込み中よ!」

「いいから聞け!その目の前の娘っこ、じゃねぇ後ろを見ろ!!!」

「え?」

 

 

 

ナツミが背後を振り向くと巨大なゴーレムが屹立していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 月下のゴーレム

 タバサはナツミに対してではなく、遥か後方に現れたゴーレム対して臨戦態勢を整えていた。それを証明するようにタバサの視線は目の前で剣を構えたナツミではなく正体不明のゴーレムへと注がれていた。

 それを悟ったナツミはタバサへの警戒をとき、ゴーレムへと体を向ける。

本塔に向かい会うように立つゴーレムはナツミ達に気付いていないのか、その巨大な右手を振りかぶると先ほどルイズが魔法により罅を入れてしまった場所へ拳を叩き込んだ。

するとその圧倒的な質量に耐え切れず本塔に大きな穴が空けられてしまう。そして空いた穴からフードを被った術者と思われる影が本塔の中に侵入していった。

 

「あそこは?」

 

 目まぐるしい展開に頭が回りきっていないルイズが思わず疑問の声をあげるといつの間にかナツミの背後まで近づいたタバサがその質問に答える。

 

「宝物庫」

「わぁ!びっくりした」

 

 突然、後ろからかかった声に飛び上がるように驚くルイズ。

 

「宝物庫の宝を狙った強盗ってとこかな?」

「多分」

 

 ナツミの疑問にタバサは簡潔に答える。

 

「あんな巨大なゴーレムを作れるなんて」

 

 驚きと若干の感嘆の色を含む声をルイズはあげた。

 

「多分、土くれのフーケ」

 

 土くれのフーケ、王都トリスタニアの武器屋でナツミとルイズが聞いた貴族専門の盗賊であった。彼、もしくは彼女自身が最低でもトライアングルを超えるメイジと目されており、その盗みは、ある時は夜闇に舞うフクロウのごとく金塊を奪いさり、ある時は巨大なゴーレムで屋敷を破壊して美しい貴金属を強奪する。

 昼夜、手口ともにまったく読めないため、王都の警備隊も手を拱いていた。

 そして、その手口の中で使用されているゴーレムが三十メートルを超える巨大ゴーレムであった。

 そう、今まさに彼女たちの目の前にいるゴーレムも三十メートルを超えている。そして術者と思われる人影は宝物庫に入って行った。三十メートルのゴーレムを操れる存在がほいほいとそこらに居る可能性は低い。確実に土くれのフーケとは言えないが、どう考えても不審者ではあろう。

 

「土くれってあの!?」

「……確証は無いけど」

 

 世間を賑わす大怪盗にルイズは当然、驚くがタバサは相変わらず冷静だった。

 ゴーレムは術者が宝物庫に入っているためか拳を宝物庫に入れたまま、微動だにしない。じっとゴーレムの動向を見ていても仕方ない。ナツミはゴーレムから視線を逸らさず、ルイズの指示を仰ぐ。

 

「ルイズ、どうする?」

「このまま見逃すわけには行かないわ!捕まえて!第一、自分が学んでる学院に忍び込まれて黙ってられないわ!」

 

 鼻息荒く、ナツミに指示を出す。

 

(と言われても、この子がいるしなぁ)

 

 召喚術について話す覚悟と結論を出していたが、まだ説明してないのにいきなり召喚術使うのも、とナツミは考えていた。

 

(ま、そんなことも言ってられないか!)

「了解!」

 

 とりあえず、デルフリンガーとサモナイトソードで出来るところまでやってみるか、と心の声を漏らすことなくナツミは戦闘を開始した。

 

 

 

 

 大地を軽やかに蹴り、ナツミはゴーレムへと疾駆する。その体は瞬く間ににゴーレムへと肉薄し、勢いそのままにナツミはゴーレムの右膝目掛けて左手に構えたデルフリンガーを叩き込む。

 

「くらいなぁ!!」

 

 ナツミの代わりにデルフリンガーが高らかに声を上げる。

 左の手のルーンで強化された腕力により振るわれたデルフリンガーは滑らかな断面を残し、右足を膝下から切り飛ばす。

 ゴーレムはその身を支える巨大な二柱の柱の内、その一柱を失い、右側へその体を傾ける。突然の事態にバランスを取ることすら出来なかった。

 宝物庫に突き突き刺さった腕もその傾いた体に引きずられるままに引き出されていく。

 そして、そのまま抵抗することなく大地に倒れこむと思いきや、その右手が大地に手を突き体を傾けつつも完全に倒れぬように支えた。

 

 異常事態に術者が気付いたのであろう。

 だが術者自身はまだナツミの目には映らない。

 ナツミは巨体を支える腕を伝いゴーレムの頭頂部に向かう。肩口まで到着するとそのまま空へ飛びあがる。ルーンに強化された身体はゴーレムを俯瞰できる位置まで彼女を導く。

いまだに術者の姿は見えない。ならば!

 

(これならサモナイトソードの力が存分に使える!)

 

 右手に持ったサモナイトソードを力強く握り、その力を思う存分引き出す。

 

「ふきとべぇぇぇぇ!!!」

 

 溢れる蒼い光が剣より生まれ、振り下ろされた。蒼い光はゴーレムの左半身を飲み込み吹き飛ばす。光が収まるとゴーレムはその左半身を失い大地にその体を預けた。

 

 

 

 ゴーレムが左半身を失った頃、術者である土くれフーケの奥歯がギリリと音を立てた。その手にはお目当ての宝物が握られていた。

 

(なんだい!あいつは!?)

 

 彼女のゴーレムはその巨大さえゆえに機敏な行動には不向きであったが、その分パワー、耐久力に特化させたものだ、それをああも容易く屠るとは。

 突然、ゴーレムが傾き慌てて遠隔操作でバランスを取ったと思った矢先のあの光であった。慌てて外を窺うと剣を構えた少女―ナツミ―が空中にいるではないか。状況から考えておそらくあの少女がゴーレムを倒したのであろう。

 方法は不明。系統魔法の可能性が高く少なくともスクエアに規模の攻撃であろう。このまま、宝物庫にいてはあの少女が自分を捕えにやってくるだろう。だが、かと言って宝物庫から馬鹿正直に出たのではあの少女と生身で戦うことになる。それは遠慮したい。

 宝物庫から廊下に出ても良いが内部犯の犯行と思われ荷物を検められるのも拙い。なにしろフーケは素性を偽り学院に潜伏しているのだから。

 フーケはこれからの計画を考えながら最適な行動を起こせるタイミングを見計らっていた。

 

「ナツミ~大丈夫!!?」

 

 淑女らしからぬ声が響き、フーケの耳に届く。ナツミに見つからないようにフーケがそっと様子を伺うと二人の少女がナツミに駆けてくるではないか。

 制服から両方とも二年生であろう。一人はおとなしそうな青い髪の少女、もう一人はピンクの髪をした少女……。

 

「あれはヴァリエール公爵家の……なる程、さっきのお嬢ちゃんはあの子の使い魔かい……」

 

 数日前にドットのメイジを一方的に倒した使い魔の少女。それが彼女の正体だとフーケは悟った。ドットを倒した程度では脅威に思っていなかったが予想以上の力を持っていたようだ。

 そして、決闘の後に二人の少女に泣きながら抱きつかれていた。その困ったような顔を見る限りは所謂、善人と言われる人種にフーケには見えた。

 

(なら……)

 

 まるで切れ込みが入ったような笑みがフーケの顔に浮かんだ。

 

 

「ナツミ~大丈夫!?」

 

 半身を失ったゴーレムにもう危険は無いと判断したルイズは、今の大活躍を演じた自分の使い魔目掛け、思い切り駆けて行く。そんな彼女に気づいたのだろう。ナツミはサモナイトソードを鞘に納め、デルフリンガーを持った手を振る。

 

「すげぇな相棒!!こんなすげぇ相棒は久しぶりだぜ!!!」

 

 ナツミの予想以上の強さに喜びを表すデルフリンガー、いつも以上に鍔を鳴らしていた。

 

 もう戦いは終わったかのような余韻の中、タバサが似合わぬ大声を上げる。

 

「離れて!!!」

 

 ルイズとナツミはその意味を解す間もなく半身を失ったゴーレムは瞬く間にその身を復元させ立ちあがった。

 

「ルイズ!!」

「……っあ!?」

 

 ナツミもその異変を伝えるも時は遅く、意図せずゴーレムの眼前に立ってしまったルイズは、腰を抜かしペタンと地面に座り込んでしまう。

 

「逃げて!!」

 

 ゴーレムを挟み響くその声はルイズの耳に届くが悲しいかな腰を抜かしてしまったルイズは逃げるどころか立ち上がることすら出来ない。

 

「作戦成功だね」

 

 その様子を見てフーケはほくそ笑む。このままルイズに危害を加えれば必ずナツミは彼女を庇うであろう。 そして、その隙を突き学園外に逃亡する。そうすれば少なくとも学園内の人間は疑われない。宝物は分かりにくいところに隠し、あとから回収すればいい。

 

 ゴーレムによりルイズと分断され、ナツミは焦っていた。サモナイトソードは威力がありすぎて使えない。デルフリンガーも下手に攻撃してゴーレムがルイズのいる方向に倒れてしまう可能性がある。タバサはルイズの遥か後方にいて、とてもルイズを助けることなど期待できない。

 

(躊躇っている暇は無い!!)

 

 使える手段は数少ない。ルイズが危険に晒されてる中、迷ってる時間が酷く惜しい。胸元に手を突っ込み緑色の石を掴み出し、魔力を込めた。

 

「おいで!ワイバーン!!」

 

 

 

 サモナイト石が光り輝き、巨大ななにかが空中へ現れた。

 空中に滞空するはゴーレムとほぼ同等の体躯。大気を地面を叩きつけるように動かすは強壮たる腕と一体化した翼。大地を陥没させんとするかのような隆々と発達した筋肉をもつ後ろ足。鞭のようにしなやかな尾、鋼鉄と見間違える鱗。そしてあらゆる獲物を食い散らす猛々しい牙。

 その姿はまさしく飛竜であった。

 それはワイバーンであった。

 ワイバーンは幻獣界より召喚されたばかりにも関わらず、即座に主たるナツミの意を汲みその鋭利な足の爪をゴーレムの両肩に食い込ませゴーレムを後ろへ引きずった。

 圧倒的なパワーにゴーレムは僅かばかりも抵抗できず、ルイズから離されその身を後ろ向きに倒された。

 

「よし!いいわよワイバーン!おいでプニム!」

 

 ワイバーンによりゴーレムとルイズを引き離すことに成功し、ナツミは更にプニムを召喚する。

 召喚されたプニムは瞬く間にルイズのもとに近づき、その身に似合わぬ怪力でルイズを耳で抱え上げゴーレムから離れるように走り出した。

 

「きゃあ!?」

 

 目の前で展開される状況を飲み込めず混乱していたルイズはそのままプニムにより危険域を離脱する。

 ルイズが無事に逃げられた事を確認し、ナツミが再び視線をゴーレムとワイバーンの怪獣大決戦に戻すと、ゴーレムはその体を起き上がらせ、ワイバーンと組み合っていた。

 

 

 

 ナツミとルイズを作戦通りに分断させた隙に宝物庫を脱出したフーケは目の前で繰り広げられる己のゴーレムと戦うワイバーンに唖然としていた。

 

(いつまに現れたんだい!?)

 

 ゴーレムを適当に暴れさせその隙を突き逃げようと背を向けていると突然、光が輝き大地が震え、何事かと後ろを見れば巨大なワイバーンが現れているではないか。

 というかあれはワイバーンなのか?大きさなぞ並みのワイバーンの倍以上。それにあの瞳は深い知性を備えているようにも見える。現にルイズに危害が及ばぬように立ち回っているようであった。

 

(引き時だね)

 

 もう、十分に距離は稼いだ。このまま戦っても益は無い。というか勝てる気がしない。

 

「……」

 

 術者自身の耳にも聞こえぬ声で呪文が中庭の隅で紡がれた。

 

 

 ゴーレムの拳が何度もワイバーンに叩き込まれる。その拳は当たる寸前に鉄へとその姿を変えるが、鋼鉄をも上回る硬さを誇る鱗に傷一つも付けられずいた。

 

「?」

 

 ふと違和感がナツミを襲った。急にゴーレムが拳を振るうのを止める。そればかりか体すらも動かすのを止める。

 それを好機と見たのかワイバーンは空中へと飛び上がったと思いきや、一気に急降下しその両足をゴーレムへと叩き付けた。叩き付けられた両足は大した抵抗も無く、ゴーレムの両肩のみならずその胴体すら破壊する。否!いつの間にか砂岩へと錬金されたゴーレムはその強力な攻撃に耐え切れず三十メートル級のゴーレムに見合った砂埃を発生させた。

 

「わぷっ」

 

 あまりに大量の砂埃にナツミは視界を奪われる。

 

「ったく!ワイバーン!」

 

 フーケの意図を即座に理解したナツミは砂埃を払う様にワイバーンに指示を飛ばす。がその前に一陣の風が砂埃を吹き飛ばした。

 

「……!」

 

 驚くナツミの目の前には杖を構えたタバサが立っていた。

 

「あ、ありがと。フーケは?」

「逃げた」

「そっか。あ、ワイバーン帰っていいわよ。ご苦労様」

 

 ゆっくりと光に包まれ幻獣界へとワイバーンは送還されていく。心なしか物足りなそうな顔をしている。

 

「次はもっとがんばりましょ」

「ぎゃう!」

 

 雄々しく返事をし、今度こそワイバーンはもといた世界へ帰っていった。

 

 戦闘を終え、一時の静寂に中庭は包まれていた。

 蒼く澄んだ目で再びナツミを見つめるタバサがそこには居た。

 

「……」

「……」

「……」

 

「わかったわ、ちゃんと今のことも含めて説明するから」

 

 こくこくと頷く、タバサと中庭の惨状を見てこれからのことにナツミは頭を抱えるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 破壊の杖

ゴーレム襲撃から明けて翌日の朝。

学院はまるで蜂の巣を突いた様な大変な騒ぎとなっていた。

夜が明けてみれば、宝物庫に穴は空いてるわ、学院の宝物の一つ破壊の杖はフーケに盗まれているわ、学院中が大量の砂塗れだわ、中庭には大穴が空いてるわ。となれば当たり前の事ではあろう。……最後の一つはルイズのせいだが。

 学院長室には早朝から今後の対策を練るため教師陣が、そしてフーケを目撃したナツミ、ルイズ、タバサが集められ今後の事を話し合っていた。あんな事件から寝れる暇があるわけも無く三人は不眠で話し合いに参加していた。ナツミはともかくルイズとタバサは見るからに目の下に隈をこさえ眠そうな顔をしている。小柄で見るからに体力が無さそうな二人に徹夜は辛いのだろう。

 そんな寝不足で立ってるのも辛い二人と普段通りのナツミ目の前では教師陣が、話し合いと言う名の責任の擦り付け合いを展開していた。日ごろ言う貴族の誇りを教える側の教師がこれであるならギーシュを始めとする傲慢な生徒が大量に生み出された理由もおのずと分かるような光景であった。

 

「これこれ、ミセス・シュヴルーズばかりを責めるでない。この中で今までまともに当直をしていたものの方が少ないのは誰もが知っておろう?今までその事実を知っていながらそれを改めることを誰もがしてこなかった。責任があるとすればそれを放置をしていた我ら全員にあると言わねばならない」

 

 終わらない擦り付け合いは学院長の鶴の一言で一応の終わりを見せた。普段は見せない威厳に溢れた学院長に感激したシュヴルーズが感激し学院長に抱きついた。

 

「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲の御心に感謝いたします。わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします」

 

 シュヴルーズは感動の涙をポロポロと零す。……そして学院長はそんな彼女のお尻をキリリとした顔で撫でていた。

 

「ええのじゃ。ええのよ。ミセス……」

「わたくしのお尻でよかったら!そりゃあもう!いくらでも!はい!」

 

 学院長はコホンと席を漏らす。場を和ませるつもりで尻を撫でたのに誰も突っ込んでくれない。それどころか冷たい視線が突き刺さる。

 

「……サイテー」

「私もそう思うわ、人の弱みに付け込んでお尻を撫でるなんて……」

 

 ぼそっとナツミが呟き、ルイズにそれに続きタバサもこくこくと頷いている。そんな声が聞こえたのか、学院長は視線をあたりに泳がせる。

 

「……えっと、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「このニ人です」

 

 学院長のあからさまな話題転換に、コルベールが律儀に返事をし、自らの後ろに控えていた二人を指差した。タバサ、ルイズの二人であった。ナツミは使い魔なので数には入っていない。

 

「ふむ、君たちか」

 

 そう呟き二人を見た学院長はナツミに視線を移す。

 

(こう見ると普通の平民の女の子にしか見えんのぅ)

 

 学院長がじろじろナツミを見ながらそんなことを考えている中ナツミは

 

(……なんであたしをじろじろ見るのかしら?はっ!まさかあたしのお尻を撫でようとしてんの!?)

 

 そんな馬鹿な事を考えていた。……現状ナツミからすれば学院長は堂々と非常事態にも関わらず女性の尻を平気で撫でるほど厚顔無恥な老人にしか見えない。そんな思考に陥っても仕方ないと言ったら仕方なかった。

 

 

 

目撃者たる三人の話を聞く中、学院長はふと自分の秘書が室内の何処にもいないことに今更ながら気付く。

 

「ときにミス・ロングビルはどうしたかね?」

「朝から姿を見ていませんね」

「この非常時に、どこに行ったのじゃ?」

「どこでしょう?」

 

 そんな話をしていると、ノックもせず学院長室の扉が開かれ件のミス・ロングビルが姿を現した。

 

「ミス・ロングビル!どこに行っていたんですか!?大変ですぞ!事件ですぞ!」

 

 興奮した調子で、コルベールが捲し立てるが、ミス・ロングビルは冷静に学院長に報告する。

 

「申し訳ありません。朝から行っていた調査を今さっき終えたところです」

「調査?」

「ええ、今朝方、起きたら中庭が大変なことになっているじゃないですか。そして宝物庫に穴が開いており、その壁には破壊の杖を盗んだとフーケからサインを見つけ、これは一大事とすぐに調査いたしておりました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル」

 

 髭を撫で感心した様子で学院長は頷いた。

 

「で、結果は?」

 

 コルベールが慌てた調子で促した。

 

「はい。フーケの居所がわかりました」

「な、なんですと!」

 

 冷静に告げるロングビルに対しコルベールが素っ頓狂な声をあげる。

 

「誰に聞いたんじゃ?ミス・ロングビル」

「はい、近在の農民に聞き及んだところ、近くの森の廃屋に入って行く黒づくめのローブの男を見たそうです。おそらく、その人物はフーケで廃屋は隠れ家ではないかと思われます」

「そこは近いのかね?」

「はい、徒歩で半日。馬で四時間といったところです」

「直ぐに王室に報告しましょう!王室騎士隊にフーケ討伐を依頼しましょう!」

 

 コルベールが叫ぶがその声は学院長に一喝により却下された。

 

「ばかもの!王室なんぞ知らせている間にフーケは逃げてしまうわ!我が身にかかる火の粉を己で払えんとして、何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた!これは魔法学院の問題じゃ!当然我らで解決する!」

 

 学院長はそこでコホンと咳払いし、学院長室に集まった皆を見やる。

 

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ!」

 

 学院長は有志を募るが、誰も杖を掲げず、互いに顔を見合すだけだ。

 

「誰もおらんのか?フーケを捕まえ、己が貴族の誇りを示せる、またとない機会じゃぞ」

 

 更に学院長が促すが一向に杖を掲げるものは現れない。

 

「はい!」

 

 誰も杖をあげずにいるとさきほどまで俯いていたルイズが、自らの杖を顔の前に掲げ高らかに声をあげた。

 

「ミス・ヴァリエール!何をしているのです!貴女は生徒でしょう。ここは教師に任せて……」

 

ミセス・シュヴルーズが、驚きの声をあげつつもルイズを窘める。

 

「誰も掲げないじゃないですか」

 

 ルイズはミセス・シュヴルーズを真っ直ぐに見やり言い放つ。真剣な目で凛々しいその姿はその場の誰よりも貴族らしかった。そんなルイズを見てナツミは少し困った顔をした後、微笑みを浮かべる。

 

(……無理して少し震えてるわよ)

 

 突然のルイズのフーケ捜索隊への立候補に目を奪われ、ルイズの震えに皆は気付いていないようだが、ナツミは気付いていた。そして、おそらくタバサもルイズの様子に気づいたのだろう、彼女もまた自らの杖を掲げる。

 

「君も生徒じゃないか!」

 

 コルベールが驚きの声をあげた。

 

「タバサ。いいの?」

「心配」

 

 言葉少なくタバサは返すが、不思議とルイズは冷たい印象を感じなかった。声色こそ抑揚が無いが、タバサの瞳にはそんな声色とは対照的な暖かな光が灯っていたからだ。

 

「……タバサ。ありがとう……」

 

 いつも強気で素直になれない彼女のそのお礼は、ナツミとの出会いの影響なのか?それは誰にも分からない。只その光景は学院長を微笑ませるには充分であった。

 

「そうか。では、頼むとしようかの」

「オールド・オスマン!わたしは反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけにはいきません!」

「では、君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ」

「い、いえ……。わたしは体調がすぐれませんので……」

 

 咄嗟に生徒の心配をしたミセス・シュヴルーズであったが、任務の矛先が自分に向けられると、お腹を押さえて呻きだす。

 

「彼女たちは、敵を見ておる。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 

 学院長の言葉にその場にいた皆の視線がタバサに集まる。とうの本人はそんな視線なぞ意にも介さずぼさっと突っ立ている。

 

「本当なの?タバサ」

 

 そう驚きながら問いかけるはルイズ。驚くのは無理もない。王室から与えられる爵位では最下級のシュヴァリエだが、その受勲対象は純粋な功績にのみ与えられるものである。つまり実力の称号である。それを自分と変わらぬ歳であるタバサが持っていた事に彼女は驚いていた。

 

「そして……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女、そして本人も……座学で優秀な成績を収めている将来有望なメイジと聞いているが?そしてその使い魔は」

 

 ルイズの評価を、ウソをまったく言わずに言い切る学院長。流石と言うか鬼謀と言うか、そう言わば狸爺であった。そんな学院長は今度はナツミを熱っぽい目で見つめた。

 

「平民でありながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンを決闘にて無傷で勝利したとの報告を受けている。如何にドットクラスとはいえ無傷でメイジを倒したのじゃ。足手まといにはならんじゃろ」

 

(むしろ本命はこの子じゃな)

 

 学院長はそう考えていた。戦いを知り、自身も強者であるコルベールが自身よりも遥かに強いと感じたと報告してきたのだ。弱い訳が無いだろう。それに伝説のガンダールヴの可能性もある。

学院長の言葉に続きコルベールが興奮した様子で、後を引き受ける。

 

「そうですぞ!なにせ、彼女は誓約者、いわゆる救世の……」

 

 学院長は慌ててコルベールの口を塞ぐ。

 

「むぐ!ぷはぁ!いえ、なんでもありません!はい!」

「?しかし、生徒がたった二人では……」

 

 教師の一人が学院長の奇行に首を傾げながらも異議を唱える。

 

「ふふふ、二人では無い。それ!」

 

 学院長は笑みを浮かべると呪文を唱え自らの杖を振るう。そこにはディテクトマジックの光が込められていた。

 

「!」

 

学院長室に向かって右側の壁にディテクトマジックの反応が集まり、その様子を見たミス・ロングビルが部屋から飛び出していく。

 

「あはは……」

「あ、あんた……」

 

 ミス・ロングビルが戻ってくると襟足を掴まれキュルケまでついてきていた。ルイズは思わず言葉を詰まらせる。

 

「ミス・ツェルプストー!先程の会話を盗み聞いていたのかね!?」

 

 コルベールはすごい剣幕で詰め寄るが学院長がそれを止める。

 

「構わんよ。今朝の失態で注意が散漫になっていた我らにも非はある」

「しかし……」

 

 食い下がろうとコルベールはするが、学院長はどの段階で気付いたかまでは分からないがだいぶ前からキュルケの盗み聞きに気づいていたのだろう。

 

「それで、ミス・ツェルプストー今の会話を聞いてどうするつもりじゃ」

「もちろん。あたしも捜索隊に参加しますわ」

 

 

 

 

「……借り一」

「気にしなくていいわよタバサ。ルイズへの貸しを二つにしとくから」

「なんでわたしだけ貸しになんのよ!しかもタバサの分も!」

 

 四人とそしてプニムはミス・ロングビルが御者を務める馬車に乗り込み、彼女の案内の元、フーケがいると思われる廃屋へと向かっていた。ちなみにプニムはナツミの頭に座っている。皆が乗車する馬車はすぐに戦闘に移れるよう、屋根が無い簡素なものであった。

ナツミは言い争うキュルケとルイズの二人を微笑ましく見ていた。ルイズはキュルケを嫌っているようだが、キュルケはゼロと呼ばれ馬鹿にされている彼女の事を心配しているようにも見えた。それを証明するようにキュルケはナツミは召喚されたときにルイズを心配して最後まで残ってくれていた。

 

「キュルケはルイズが心配なの?」

「な、なななんて事いうのよ。あたしが心配なのはタバサよタバサ!」

 

からかう様なナツミの言葉に面白いほどキュルケは動揺する。ルイズはなぜ動揺するのか分かっていないようであったが。

 

「へぇ、それにしては随分動揺してるみたいだけど」

「ど、動揺なんてしてないわよ。……え、えっと……あっ!ミ、ミス・ロングビル、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか?」

 

 あからさまに話題をミス・ロングビルへキュルケは振るった。

 

「いいのです。わたくしは貴族の名を失くした者ですから」

「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

「ええ、でもオスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方です」

「差支えなかった、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

 ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべる。おそらく言いたくない事情があるのだろう。キュルケは興味津々といった顔で、御者台に座ったミス・ロングビルににじり寄る。ルイズがその肩を掴んだ。キュルケが振り返ると、ルイズを睨みつける。

 

「なによ。ヴァリエール」

「よしなさいよ。ツェルプストー、言いたくない事を聞くなんて趣味が悪いわ」

「暇だからおしゃべりしようと思っただけよ」

 

 そんなキュルケを見て、ナツミが溜息をつく。

 

「もうすぐ暇じゃなくなるんじゃないの?」

 

ナツミがそう言い馬車が向かう先を指さした。その先には暗く深い森が広がっていた。

 

 

森に入ると一行は馬車を降り徒歩で移動していた。目的地の森は道が整地されておらず馬車が通れなかった為だ。森は鬱蒼としており昼間にも関わらず、気味い悪いほど薄暗かった。

一行がしばらく歩くと森の中が急に開け空地のような場所に出た。広さは魔法学院の中庭程もあろうか、その真ん中に話に出ていた廃屋がたっていた。しばらく使っていなかったのだろう廃屋の周辺は草が生い茂り、窓枠にはガラスも嵌っていない。

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。

早速ナツミ達は、集まり作戦を練り始めた。あの中にいるなら奇襲が一番である。破壊の杖の奪還を考えなければ、単純にデカい魔法を一発叩き込めば任務達成とできるのだが、そうもいかない。

 とりあえずナツミ達が立てた作戦はこうだ。

 偵察兼囮が小屋の傍に行き、中の様子を確認する。これは戦闘力が高く素早いものが適任の為、ナツミが志願した。

 中の様子を確認した後、フーケが居ればその場で鎮圧。フーケが居なければ皆で小屋に入り中を探索。

 もしフーケがナツミに気付き外に逃げてしまった場合はゴーレムを出される前に魔法で一気呵成に責め立てる。

 という作戦であった。

 ナツミからすれば少々まどろっこしい作戦だったが、召喚術を使うわけにもいかないので仕方がない。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

「気を付けてねナツミ」

 

 ルイズの不安を与えぬよう笑顔を向け、ナツミは小屋へと近づいた。

 右手でデルフリンガーを握ると左手のルーンが輝き、彼女を身体能力を強化する。窓に近づき、おそるおそる中を覗いて見る、小屋は一部屋しかなく部屋の真ん中にテーブルがある。

 

(こういう時は……)

 

 ナツミは今までの戦闘経験から最適な方法を選択する。

 音も無くドアに近づくとナツミは勢いよくその扉を蹴り飛ばす。強化された脚力はドアを粉々に吹き飛ばす。

 瞬時に部屋の真ん中まで進み辺りを見渡すが人影はどこにも見られない。

 

(……?無人)

「誰もいねぇみてぇだな」

「うん……おかしいわね」

 

 

 

「ちょっとナツミ驚かせないでよ」

「へ?」

「いきなりドアを蹴破って中に入るなんて何事かと思うでしょ!」

 

 廃屋の中でルイズの叱責にナツミは首を傾げる。人質を取られているならともかく、フーケだけなら別段無茶な方法だとナツミは思っていなかった。リィンバウムでナツミが相手にしてきた連中ときたら悪魔やら召喚術を使って世界征服を目論むテロリストだの物騒極まりない連中ばかり、先手を取るのは当たり前だった。

 

「いや今までの経験から下手に先手を取られると不味いだろうし。それに人質も居ないしね」

「どんな経験を積んで来てんのよ……」

 

人質が居ないからと言って平気で扉をぶち壊すナツミにルイズはがっくりと肩を落とし彼女の過去の経験が自分とはまるで違うと再認識する。だが後にそんなナツミの思考に彼女もどっぷりと浸かるのだが、それを今のルイズが知る由もなかった。

 

 

 

「破壊の杖」

 

 二人が捜索に参加せず、話し込んでるとタバサがチェストの中から破壊の杖を取り出し、頭の上に持ち上げ皆に見せる。

 

「これが破壊の杖?」

「うん。あたし、みたことあるもん。宝物庫を見学したときだけどね」

 

 ナツミが興味津々と破壊の杖をまじまじとみやりながら言うとキュルケがそれに答えてくれた。

 

「まぁ一応ミス・ロングビルに聞いてみれば?」

 

 先程の興奮は冷めたのか落ち着いた様子でルイズが言った。

 

「ミス・ロングビルはどうしたの?」

「近くの森にフーケがいないか調査にいってるわ」

 

 ナツミとキュルケがそんな会話していると、突然ナツミは目を見開いた。

 

(この感覚っ……上!!)

 

 異世界で戦い抜いたナツミの感が今、自分たちに迫る危機を察知していた。何か大きな者が接近してきている。直感を微塵も疑いもせずナツミは反射的に左手でサモナイトソードを抜き放ち、全力で天井に向かい剣を振るう。

 

 

 サモナイトソードから力強く美しい蒼き光の奔流が欠片も残さず天井を吹き飛ばす。……その先にあったゴーレムの右手さえも。

 

「きゃああああああああ」

「何!?」

 

 突然の事態にルイズ、キュルケが慌てる中、タバサの反応はナツミに次いで早かった。状況を理解するなり自分より大きな杖を振り、魔法を唱える。巨大な竜巻が舞い上がり、右腕を失いバランスを体制を崩しかけていたゴーレムにぶつかる。

 竜巻はゴーレムの体に傷をつけることこそ叶わなかったが体勢を崩しかけていたところに巨大な竜巻を食らったため後ろ向きに倒れていく。

 

「退却」

「プニム!ルイズをお願い!」

「プニ!」

 

 自らのトライアングルスペルがあっけなく防がれ、ゴーレムの対抗手段がナツミしかいないことを悟ったタバサは即座に撤退を提案した。タバサの言葉を聞きナツミはプニムに指示を出し小屋の外に飛び出す。

 キュルケ、プニムに持ち上げられたルイズ、タバサの順に外に飛び出し、ナツミは殿としてゴーレムを警戒しつつの撤退する。

 幸いにもゴーレムはまだ体勢を整えていない。

 

「タバサ!それ、わたしが持つわ」

 

 自分より小さな体躯のタバサより左手のルーンで身体強化された自分の方が破壊の杖を持った方がいいだろうとタバサに破壊の杖を渡すよう促す。それにこくりと頷くと無言でタバサはナツミに破壊の杖を渡す。

 

「!?」

 

 破壊の杖がナツミの手の中に収まった瞬間、突然この破壊の杖の使い方が彼女の頭を駆け巡る。

 

(なんでこんなものが……)

 

 ナツミが思いもよらなかった破壊の杖の正体に足を止めてしまう。

 

「ナツミ!?どうしたの?」

 

 急に足を止めたナツミを不思議に思い、プニムからルイズが降りる。その間にゴーレムが体勢を整え立ち上がってしまう。その右腕はいつの間にか復元されていた。

 

「!?」

「ナツミ!逃げて!!」

 

 破壊の杖に意識を傾けている間に、ナツミを押しつぶさんとゴーレムが歩を進めていた。誰もが絶望的と見てしまう光景にルイズは悲鳴に近い声を上げながら駆け寄ってしまう。何が出来る、出来ないじゃない。ただナツミを失いたくない、そんな感情の赴くままの行動だった。

 迫りくるゴーレムにもルイズの声をも意に介さずナツミの体は自然に破壊の杖をゴーレムへと向けた。サモナイトソードやデルフリンガーよりも自然に体が動く感覚が彼女は感じていた。まるで左のルーンはこの武器を使うためにあるかの様なそんな不思議な感覚であった。

 

「ルイズ!そこから動かないで!」

 

 ルイズに警告しながら破壊の杖をゴーレムに向ける。安全装置を外し、引き金を引く、破壊の杖から放たれたそれは狙いを違えずゴーレムの胸部へと着弾する。

 

次の瞬間。

 

耳をつんざくような爆音が響き、ゴーレムの上半身がばらばらに飛び散った。土の塊があたりに散らばる。残ったゴーレムの下半身は見る見るうちに崩れ、ただの土へと戻っていく。

 ルイズがナツミのもとに駆け寄るころには土の小山がそこにはできていた。

 

 

「すごいじゃないナツミ!破壊の杖を使えるなんて!」

「ヴァリエールの使い魔にはもったいないわね」

「……なんか含みのある言い方じゃない」

 

 キュルケの嫌味に睨みながら言葉を返すルイズ。それに遅れてタバサがナツミへと近づいてきて呟いた。

 

「フーケは何処?」

 

 全員は一斉にはっとした。

 その時茂みがガサガサと音を立て、周辺の偵察を行っていたミス・ロングビルが現れた。

 

「ミス・ロングビル!周辺にフーケはいませんでしたか?」

 

 キュルケがそう尋ねると、ミス・ロングビルはわからないというように首を振った。

 

「とりあえず周辺にそれらしい人影はありませんでした」

「そうですか……」

「それより、ヴァリエール嬢の使い魔さんが持っているのが破壊の杖ですか?」

「ええ」

「ちょっと見せてもらってもよいですか」

「はい、どうぞ」

 

 特に断る理由も無いナツミはミス・ロングビルが言われるままに破壊の杖を彼女へ渡す。

 

「ご苦労様」

「えっ」

 

 その言葉とともにミス・ロングビルは四人から距離をとり、破壊の杖をナツミ達へと向ける。

 

「どういうつもりですか!?」

 

 大声でルイズが問いただす。

 

「どうもこうもないわ、さっきのゴーレムを操っていたのは、わたしだよ」

「え、じゃあ……もしかして……」

 

 ミス・ロングビルはそこでメガネを外す。優しそうだった目が釣り上がり、猛禽類のような目つきに変わる。そして身に舞取る気配も、ただの秘書から何処か血なまぐさい裏の世界に身を置く者と言える独特のものに変質する。

 

「そう。わたしが土くれのフーケ。さすがは破壊の杖。わたしのゴーレムがばらばらじゃないか。」

 

 ゴーレムが壊された悔しさよりも、それを壊せる程の力を秘めた武器を手に入れた事が嬉しいのかフーケは酷薄な笑みを浮かべる。

何をしようとしているのか悟ったのだろう、キュルケとタバサが杖をミス・ロングビル、否フーケへと向ける。

 

「おっと!動かないで。破壊の杖はぴったりあんたたちを狙っているわ。全員、杖を遠くに投げなさい」

 

 破壊の杖を突き付けられ、仕方なくルイズたちは杖を放り投げた。

 

「あと、そこの使い魔さんも、剣を投げてもらおうか。特にその喋らない方の剣はとんでもないマジックアイテムみていだし、あとで貰ってやるよ」

 

 ふふふと隠しきれない愉悦を笑みに含ませながらフーケは呟いた。

 そんな笑いを受けながら、言われた通りサモナイトソードとデルフリンガーを言われた通り投げた。痛いとデルフリンガーが喚いていたが誰も気にしなかった。

 

「どうして!?」

「そうね、ちゃんと説明しなきゃ死にきれないでしょうから……説明してあげるわ、冥土の土産に」

 

人それを死亡フラグという。

 

「わたしね、この破壊の杖を奪ったのはよかったけど、使い方が分からなかったのよ」

「使い方?」

「ええ、振っても、魔法かけても、うんともすんとも言いやしない。このままじゃ宝の持ち腐れ。……でもね使い方が分からないなら、使ってもらえばいい。魔法学院の連中なら誰かしら知っているだろうしね。だからフーケの居場所を教えて破壊の杖を使わざるおえないような状況を用意したってわけ」

「私たちの誰も知らなかったらどうするつもりだったの?」

「その時は、全員ゴーレムで踏み潰して、次の連中を連れてくるわよ。でも、その手間は省けたわ。こうやってきちんと使い方を教えて貰えたしね。……まぁ安心しな。使い方を教えて貰ったお礼に殺しはしないわ」

 

 首から下を土で埋めてやるけどね。とフーケは面白そうにけらけらと笑う。

 だが、ナツミを目の前にして、その態度は愚行以外の何物でもない。武器を奪ったことで安心して舌の滑りが良くなっているようだが、ナツミは武器を振るっても無類の強さを持つが、武器を持たなくても圧倒的な力を持っているのだ。なんとも無知というのは心底恐ろしい。

 

「ん?使い魔さん。何をしてるんごうああああ!?」

 

 ナツミを不審に思い、問いただそうとしたフーケは突然、空中から現れた岩が頭を直撃しそのまま気絶した。

 

「ロックマテリアル。威力は大分抑えたから死ぬことは無いわよ。あとそれ破壊の杖って名前じゃないみたいよM72ロケットランチャーとか言うみたい」

 

 単発だからもう使えないという言葉は飲み込んでおいた。そうしなければあのフーケのシリアスな場面はあまりに滑稽で痛すぎる。

 未だに頭にロックマテリアルをめり込ませたフーケに歩み寄りナツミはその傍らに転がる破壊の杖を拾い上げる。

 

「フーケを捕まえて破壊の杖も無事回収。任務達成ねルイズ」

 

 ナツミはロックマテリアルを送還し三人に向き直りそう告げた。

 

「はぁ……今回は出番無しか」

 

 

 悲しそうなデルフリンガーの声が辺りに響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 少女の涙

明けて翌日。学院長室で、学院長に事件のあらましを四人は報告していた。

 

「ふむ……。なんと、ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったものでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」

「いったい。どこで採用されてんですか?」

 

 椅子に深く腰掛け、天井を仰ぐ学院長に隣に控えていたコルベールが尋ねた。

 

「街の居酒屋じゃ。儂は客で彼女は給仕をしておったのじゃが、……ついついこの手がお尻を撫でてしまってな~。……それでも怒らんので、気付いたら秘書にならないかと、誘ってしまったのじゃ」

 

……。

 

「「「サイテー」」」

 

 タバサ以外の少女三人がまったく同時に侮蔑の声を学院長にぶつける。

 タバサはこくこくと頷いている。

 

「むぐっ……。いや、きっとあれは、魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったのじゃろう。うん!……そうに違いない!魔法学院の学院長は男前ですね。とか言ってくれるし、しまいにゃ尻を撫でても怒らない。こりゃあ惚れてると思うわい!!なんと恐ろしい手じゃ……。のうコルベール君?」

 

 学院長は聞くに堪えない言い訳を並べ立てるばかりか部下のコルベールにまで同意を求める。

 

「……死んだ方がいいのでは?」

 

 そんな学院長にコルベールは冷たかった。援軍も無い学院長はこほんと咳払いをし、急に真面目な顔で四人を見やる。

 

「こほん。さてと、君たちはフーケを捕まえ、破壊の杖を取り戻した。君たちミス・ヴァリエール、ミス・キュルケにはシュヴァリエの爵位申請を、ミス・タバサは既にシュヴァリエであるので精霊勲章の受勲申請をしておいたぞ」

 

 学院長の言葉に先ほどまで冷たい顔をしていた三人の顔がぱあっと明るくなる。

 

「本当ですか!?」

 

 キュルケが驚いた声でいった。

 

「ほんとじゃ。君たちは、その位のことをしたんじゃからな」

 

 なんせ国中の貴族の屋敷を荒らし、尚且つ憲兵隊にその足取りすら掴ませることをしなかった土くれのフーケの捕縛である。それぐらい安いものである。

 

「……あの、オールド・オスマン。ナツミには何もないんですか?」

「残念ながら、彼女は貴族ではない」

 

 学院長は申し訳なさそうに言った。

 

「あ、別に何もいらないです」

 

 ナツミにとってはいつかは別れを告げるこの世界。重荷になるようなものなど欲しくはない。というか衣食住に困ってないので特に欲しいものがない。いや、さらに言えば欲しい物が思い浮かばない。

 リィンバウムに召喚され一年彼女はそこまで貧乏慣れしていた。

 

「ふむ。話はここまでじゃ。今宵はフリッグの舞踏会じゃ。このとおり、破壊の杖も戻ってきた。予定通り執り行うぞ」

 

 キュルケの顔が喜色に染められた。

 

「そうでした!フーケの騒ぎで忘れていました!」

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。着飾るとええじゃろう」

 

 学院長の言葉に三人は礼をするとドアへと向かった。ナツミもそれに続く。

 しかし、学院長によりナツミの歩みは止められた。

 

「ちょいと、ヴァリエール嬢の使い魔……ナツミ君じゃったか、君だけは残ってくれんか?」

 

 ルイズは心配そうに立ち止まり、ナツミを見つめた。

 

「ミス・ヴァリエール、コルベール君から話は聞いておるから大丈夫じゃよ。ちょっと気になることがあっただけじゃ……。気にせず先に行きなさい。それほど時間もかからんよ」

 

 ルイズは分かりましたと、だけ告げ部屋を出て行った。

 

 

「さて、聞きたかったことじゃが……どうやってあの破壊の杖を使ったのかだけ聞きたくての。あれは儂でも使えんしろものだった故、興味があってのぅ」

 

 学院長の言葉にコルベールはこの学院で最も古くからいる学院長が破壊の杖の使い方を知らないことに驚いた。ナツミは本来いた自分がいた世界にあった兵器なので使えなくて当然と驚かない。むしろ何故、自分が使えたのかが不思議であった。

 

「いえ……あたしにもよく分からないんです。何故か武器を持つと左手のルーンが光って、その武器の使い方が解るようになるんです」

 

 いまだにルーンの力、意味を知らないナツミにはそうとしか答えられなかった。

 

「武器の使い方が解る……。学院長、やはり彼女は…」

「うむ。コルベール君の予想通りじゃな」

「?このルーンが何か解るんですか?」

 

 二人で頷き合うコルベールと学院長にナツミが問う。

 

「……そのルーンはの伝説の使い魔に刻まれていた印じゃ」

「伝説の使い魔?」

 

 伝説の使い魔、普通なら一笑するところだろうが、何の因果かナツミは伝説の召喚師の力をその身に宿す存在。勘違いと断じるのは早計過ぎた。

 

(というかまた伝説?まさかまた厄介ごとじゃないわよね)

 

 だが、生来の楽観的な思考がこうも厄介ごとが重なる訳が無いと結論する。だが、次の学院長の言葉でその楽観的な思考も完全にぶち壊された。

 

「そうじゃ、ありとあらゆる武器を使いこなしたという使い魔ガンダールヴの印じゃ。そして偉大なる始祖、虚無の守り手の印でもある」

「……虚無ってまさか」

「……大まかには聞いておるじゃろうが、今は失われた系譜。六千年前にこの地に降臨した始祖が使っていたとされるメイジの系統じゃな」

「そんな使い魔の印がなんであたしに……まさか……」

 

 エルゴの王たる自分が、異世界で今度は伝説のルーンを刻まれる。しかも今は失われた系統たる虚無の担い手の守護者のルーンだ。そう自身が虚無を守る盾ならば、その守るべき相手は――――――。

 

「わからん」

 

 驚きつつも放たれたナツミの声にきっぱりと学院長は答えた。

 

「……たしかな事はなにも言えん。君も聞いてると思うがミス・ヴァリエールは魔法が使えん。それがなぜ君ほどの英雄を使い魔として召喚できたのかもわからん。……もしかすると以前、君が別の世界に召喚されたように、この世界でも何かが起ころうとしているのかもしれん。じゃがそれも、ただの推測にすぎんがの」

「そうですか……」

 

 リィンバウムでは魔王と戦う羽目になった事を思い出し、ナツミはさらに肩を落とす。まぁ流石にそこまでの事態にはならないだろうと楽観視したい…。そうでなくても魔王を倒した後に、メルギトスという大悪魔が復活し、サイジェントに悪魔の軍勢を送りこんできたりと大事に巻き込まれっぱなしなのだ。なのに始祖だの六千年前だの失われただの、リィンバウムで厄介ごとに巻き込まれた時に聞いたモノと良く似たワードが飛び交っているのだ。嫌な予感がしてしょうがない。

 

「まぁ儂に言えるのは君が伝説の虚無の使い魔であり、ミス・ヴァリエールも虚無の使い手の可能性を否定できんとしか言えん。しかし、注意しておくことに損はあるまいて、知らんよりは知っていた方がなにかあったときに対処もしやすかろうしの」

「わかりました」

 

 学院長の言葉に神妙に頷くナツミ。

 自らも巨大な力を持つが故に利用されかけた経験があるだけに、学院長の言葉の重さが分かる。それと同時にそれを伝えてくれた学院長に感謝していた。厄介ごとは御免こうむりたいナツミだが、それで一人の少女を見捨てるようなマネは決してできない。事件に巻き込まれれば、最後まで一緒に巻き込まれる覚悟はあった。

 それと比べて彼女を召喚した人物(ソル)なんて……それを黙ってるばかりか、女の子を荒野で一人……以下略。

 

「あと、破壊の杖を……恩人の形見を取り戻してくれてありがとう」

 

 余程のその恩人とやらに感謝の念を抱いているのだろう。先程までの学院長と言う役職の仮面を剥がしオールド・オスマンとして彼はナツミにお礼を言った。

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階の大きなホールにて舞踏会は行われていた。ナツミはバルコニーの枠に持たれ、華やかな会場をなんとはなしに見下ろしていた。

会場に視線を向けるナツミは先ほどの学院長との話を思い出していた。あの破壊の杖-M72ロケットランチャー-はナツミの本来いるべき世界より持ち込まれた可能性が高いものだということ、もちろん機界(ロレイラル)から自立機械が統治するより前に召喚された物の可能性もあるが生身の人間も一緒にもいたと学院長が話していた為、その可能性は低いだろう。

 だが、どちらにしてもナツミしてはどうでもいい事ではあった。たしかに元いた世界の友人、家族も気にはなる。でも自分の帰る世界はやはりリィンバウム……フラットの孤児院が彼女の居場所なのだ。

 

「相棒、黄昏(たそがれ)るねぇ~」

「そう見える?……はぁ」

 

デルフリンガーのからかうような言葉にため息を思わずナツミは吐いた。ナツミの視線の先には、料理と格闘する黒いドレスのタバサ、たくさんの男子生徒に囲まれ楽しそうに笑うキュルケ、そして

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢のおな~り~!!!」

 

美しい桃色の髪をバレッタでまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んだルイズがそこには立っていた。学院の制服ですら同性のナツミをして可愛いと思ってしまう容姿のルイズは、いまや宝石のごとき美しさへと磨かれ思わずナツミは息を呑んでしまった。

 

 

 ナツミはその美しさからちょっぴり羨ましいとさえ思っていた。無論ナツミの容姿も決して凡百のそれではない、整った容姿をしており着飾れば大いに映えるだろう。ただそれはルイズやタバサの様な愛らしいや可愛らしい、ではなく凛々しいと言われる姿になってしまう。

 普段はさばさばした性格ゆえに気にならない事柄だが今は何故かそんな事が気になった。

ナツミがそんな風に見とれてるとは知らないルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男たちが群がり、さかんにダンスを申し込んでいた。

そんな中、ナツミはただただ一人でバルコニーでその様子を見続けていた。何故かバルコニーとホールの距離がすごく遠くなったような不思議な感覚がナツミを襲う。

 ホールではキュルケを始め、貴族たちがダンスを踊り始めた。皆がダンスをする光景やルイズがダンスを申し込まれている姿を見ていたナツミはバルコニーから外へと続く階段を一人降りていく。

 

「おい相棒。娘っこの晴れの舞台を見なくてもいいのか?」

「うん。なんか場違いかなってね」

「相棒?」

 

 ちやほやされているルイズを見ているうちに何故かナツミの瞳には涙が溢れ出ていた。突然、バルコニーを去ったのはルイズと目が合いそうになったからだ。

 

こんな姿見られたくない。

 

別にルイズに意地を張っているわけではない。ただこのハルケギニアで唯一の居場所であるルイズが取られてしまったかのような感覚が彼女を襲っていた。

 ルイズがいままで自分を頼ってくれたのでナツミは自身が気付かないうちにそれを精神を支えとしていたのだ。しかし、今や皆に認められつつあるルイズに自分は必ずしも必要では無いのかと、そんなネガティブな感情が噴出していた。

 

「相棒……」

 

 デルフリンガーも気付く、異世界の英雄やガンダールヴという立派な外枠がなければ、今代の主は未だに二十に満たぬ少女であることに……。

 

「逢いたい……」

 

 リィンバウムの家族に……。

 

「逢いたいよぉ」

 

ソル、ジンガ君、リプレ、エドス、フィズ、アカネ、ラミ、アルバ、ガゼル、レイドさん……。

 

「逢いたい!」

 

 ………モナティ!

 自分が召喚される前、最後に一緒に居た泣き虫な護衛召喚獣の姿が最後に思い浮かんだ。

 

 その瞬間。

 

ナツミの目の前の空間が光り輝く。

 

「ナツミ!」

 

 いつの間にか、ついて来ていたルイズがナツミを呼ぶが、そんな声も今のナツミには何故かひどく遠く感じた。

 

 

 ドォオオオオオン!

 突然の衝突音とともに土煙が辺りを包む。

 

「?ゴホ、ゴホっな、なんなの?」

 

 ルイズは咳き込み混乱しながら、土煙が晴れるのをルイズは待った。早く晴れろと思うも、それで土煙が無くなれば苦労はしない。

 

 

 

「うぅ、なんですの~?。い、痛いですの」

 

 ようやくうっすらと人影が確認できるようになった土煙の中からはルイズにとっては聞きなれない、ナツミにとっては懐かしい声が辺りに響く。

 土煙が晴れるとそこには

 帽子から垂れた耳をはみ出させ、土埃が目に入ったのか碧眼を涙で濡らす少女がそこに座り込んでいた。

 

 

 

第一章  了

 




ようやく一章が終わりました。
七章まで投稿していたのを考えるとまだ七分の一。
次章はあの娘も登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 リンカー白き国へ行く
第一話 それぞれの再会


 

ルイズは夢を見ていた。

 広大な平原をびっしりと埋め尽し、空を汚し尽くす悍ましい悪魔の軍勢。絶望的、この世の終わりを具現化した様な恐ろしい夢。幼子なら間違いなく魘され飛び起きてしまそうな程の光景だがルイズは不思議と一切の怯えを感じてはいなかった。

 彼女には見えていたのだ。悪魔の軍勢を迎え撃たんする者達が。黒い髪を僅かに揺らし、蒼い光りを身に湛えた少女がルイズには見えていた。その少女はルイズがこの世界に偶然にも招いてしまった異世界の守護者にて伝説の召喚師ナツミ。そして、ナツミと共に並び立つ大切な家族と仲間達の姿が。

 勇ましくナツミがサモナイトソードを抜き放ち、伝説の名に一片も恥じない召喚術を炸裂させる。大地が振るえ、大気が唸りをあげ、世界に仇為す侵略者達を慈悲無く蹂躙していく。それに続きナツミの仲間達も思い思いの武器と召喚術を駆使して悪魔達を駆逐していった。

 そして、場面はガラリと変わる。

 今度は見知らぬ白い髪の青年が頭を抱えて叫び声をあげていた。見る間に青年は強大な化け物へと姿を変えた。化け物は自らの隣にいた男性を握り潰すとナツミへと声をかける。

 化け物が声を掛けるのだ。それは恐ろしくもおぞましい内容だろう。ルイズはそう思ったが、それは見事に外れた。

 それは願いであり、懇願だった。

 自分が自分であるうちに殺してくれと。

 化け物へと変じてしまう前に、心が怪物に食われてしまわぬうちにと。そうこの化け物は人だった。

 

 しかし、ナツミにそれは出来なかった。その願いが青年の最後の願いだと分っていても、生涯を他人に振り回された末の願いがそんな悲しいものなんて納得できなかったのだ。何か青年を救う手は無いのかと必死に考えていた。

 

「ば、か、やろ」

 

 青年の頼みを聞けず、泣き出しそうなナツミを見て青年は歪に苦笑しながらそう言った。青年も分っていたのだ。お人好しの極みの様な彼女にどんな無理強いをしているか。だが、それが青年が自我を保っていられる最後だった。

 次の瞬間。

 青年は更にその姿を変貌させる。

 人型を中心にそれを守るかのように背中から巨大な竜の頭を五つ纏わせた化け物へ。その偉容は化け物の王と呼ぶに相応しい威圧感を放っていた。ルイズは思い出す。おそらくこれがナツミが最初に言っていた魔王とその生贄になった青年のことなのだろう。

 魔王は咆哮は嵐を呼び、いくつもの竜巻が獣の様な咆哮をあげながら、天へと駆け上がる。雷鳴と豪雨がおりなすその光景はまさに地獄。この世の終わりに相応しい光景であった。もうダメだとルイズが目を瞑りそうになったその時、蒼き光がナツミから溢れ嵐を吹き飛ばす。

 雲が晴れ、月の光に照らされた魔王の眼前へと躍り出るナツミと仲間達、圧倒的としか思えない敵を目の前に彼らの瞳には一片の恐れも無い。信じているだろう。ナツミの力を、ナツミの力はこんな暴力だけの力には決して負けないと、穏やかで優しい光りをそれでいて力強さも兼ね備えたナツミの力は魔王のそれを凌駕すると誰も信じて疑ってはいなかった。

 戦いは佳境へと至る。すでに満身創痍の魔王へ特大の光を放つナツミ。もはやそれを避ける気力も、受け止める体力も魔王には残されていなかった。光を全身に浴び魔王は溶け崩れていく。

 魔王が消えゆく中、ナツミの周りに蒼い光の粒子が満ちていく。蒼き光の粒子は残る悪魔の軍勢を本来いるべき世界へと送り返していく。

 嵐が治まると、そこには綺麗な満月が空へと浮かんでいた。それは世界が救われた瞬間であった。

 

 夢と分かっていながらルイズはその光景に見とれていた。きっとこれはナツミが見た光景。ナツミが話していた世界を救った物語の一端なのだろう。

 今の場面がナツミが召喚され最初に魔王から世界を救ったという場面なのだろう。

 

 昨日まで、舞踏会までのルイズであれば手放しにすごいと思っていただろう。

 

でも今は……。

 

 あの舞踏会でそれまで自分を馬鹿にしていた男の子達が、ルイズのもとに集まってきてダンスを申し込んできた。ちょっと自分が手柄を立てたからといってちやほやする男とはダンスなぞ踊る気も無く。困り果て辺りを見ると外のバルコニーで手すりに背を預けているナツミがそこにはいた。

 目を合わせようとすると突然をこちらに背を向け、会場から出て行ってしまった。その最後に見た瞳に涙が浮かんでいるような気がして自分も会場を飛び出したのだ。あの後、思ってもいない事態となり結局はナツミの浮かべた涙の理由は有耶無耶になってしまったのだが。

 

 夢も終わりが近いのか、辺りは真っ暗になっていた。徐々に鳥のさえずりも聞こえてくる。ゆらゆらと水に揺蕩っているような感覚がルイズを包んでいた。

 

(なんでナツミは泣いてたのかな?)

 

 ルイズが夢と現の間で考え込んでいると、辺りがまた明るくなる。

 

 

(ここは?)

 

 ルイズが辺りに目をやると見たことも無い建物が幾つも立つ光景が広がっていた。

 道の幅はトリステインで最も広いブルドンネ通りよりも遥かに広い。馬も無く鉄の荷台が道を走っている。石の木が規則的に何本も立ち並ぶ、ナツミはハルケギニアを異世界と呼んでいたがルイズからすれば、今見る光景がまさに異世界そのものであった。

 

「ハシモト先輩!」

「あらエミちゃん。どうしたの?」

「えへへ。校門を出たらハシモト先輩の後ろ姿が見えたんで走ってきました~」

「転んだりしないでよ」

(あれってナツミ?なんか見たことない服着てる)

 

 聞きなれない名前でナツミを呼ぶ少女と談笑しながらナツミは夕焼けの中を歩いている。見ればあたりには男子は男子、女子は女子で同じ格好をしている。それはまるで魔法学院で学ぶ自分たちの様にルイズには見えていた。

 そのナツミを先輩と呼ぶ少女と歩くナツミは誓約者と呼ばれる英雄には見えなかったそうこの夢の中を歩いている周りの少女達と何も変わらない。

 

 普通の少女がそこには―――居た。

 

 

 

 

「ん……」

 

 いつもはナツミに起こしてもらっていたルイズであったが、今日はおかしな夢を見たせいかナツミよりも早起きしてしまっていた。

 

「……そっか」

 

 ルイズは未だに覚醒しきらぬ頭で今見た夢の事を思い返していた。おそらくあの夢はナツミの過去の話。使い魔とその主は深い絆で結ばれているという。使い魔の過去を夢として見る事もあるのかもしれない。

 

「わたし、ナツミをナツミとして見て無かったのかもしれない……」

 

 あの夢が本当にナツミの過去なのかは本人に聞くしか無いが、今までナツミを英雄という外側だけを見ていたことにルイズは少し反省していた。彼女は自分と二歳しか歳が変わらない、女の子であるということに……。

 

 

「……ん。ふにゅ……もう食べられないですの。マスター」

 

 そんなルイズのシリアスな思考はテンプレートな寝言で粉砕された。この寝言は、今ルイズが悩んでいた少女のものでは無い。今、このベッドには三人の少女の寝床と化していた。

 

右端にルイズ、真ん中にナツミ。

左端に……。

 

レビットの少女、モナティが。

 

「はぁ……ぶち壊しね」

 

 上半身を起こし、モナティを軽く睨むが……ほにゃっとした彼女の寝顔を見ていると理不尽な怒りをぶつけている自分に馬鹿らしくなり、頭を軽く振るとベッドから降りる。

 

 ルイズが身支度を整えていると、その音に反応したのかナツミがもぞもぞと動き出す。

 

「う……」

 

 むくりと、ナツミは体を起こすと寝ぼけ眼で部屋の一点を見ていると思いきや、隣でむにゃむにゃやら、ふにゃふにゃ言ってるモナティに視線を移す。

 

「……?なんでモナティがここに……?あれフラット?」

 

 起きたばかりで働かない頭に?を浮かべまくっていた。そんなナツミにルイズは珍しいものを見たと少しほほ笑むが、自分よりもモナティを優先してるような気分になりちょっと面白くなかった。

 

「ナツミ。おはよう。寝ぼけるなんて珍しいわね?」

「ん……おはよ。ルイズ……ああ思い出したぁ!」

 

 ルイズに返事を返すと頭を振りながら叫びだす。モナティは起きない。ナツミは昨日の様子をすっかり思い出していた。昨日ルイズが皆にちやほやされているのを見て、たまらなく寂しくなり思わず会場を飛び出してしまったこと。まるでハルケギニアで独りぼっちになってしまったような感覚に陥ってしまったことを、抑えきれない気持ちは自分の心を家族への懐古と逢いたいという願望に染め上げ、何も考えず感情のままに魔力を放出してしまったことを

 幸いにも魔力自体は破壊という形で現れなかった。

 

 より斜め上の結果では現れたが。

 

 その現れた結果が自分の隣でのんきに眠る少女―モナティ-であった。

 逢えなくなって一週間とちょっとしかたっていなかったが随分とやつれているように見える。肌も少し荒れている。昨日の夜見たときは目の下の隈も酷かった。よほど自分を心配してくれたのだろうとナツミは感じていた。

 

「ナ・ツ・ミ!」

「わぁあああ!?」

 

 そんな事を考えていると突然ナツミの眼前にルイズの顔が割り込んできた。どうやらモナティの事を考えていて周り事が頭に入っていなかったようだ。

 

「いきなり驚かないでよ……。わたしは朝食に行くんだけどナツミはどうする?」

 

 いっしょに行こうと言いたい気持ちはあったが、モナティがこんなに憔悴してるのはどうやら自分がナツミを召喚してしまったせいらしいのでルイズはそこまで言うことが出来なかった。

 

「うーん。モナティが起きるまで待ってるわ。ここであたしが居なくなったらそれこそパニックになるかも知れないしね」

「ん……わかったわ。じゃあ行ってくるわね」

「うん。いってらっしゃい」

 

 少し寂しい気持ちとナツミが元気になってくれた喜びを感じながらルイズは部屋を出る。

 

 出たと思ったとたん再びドアが開かれルイズが顔だけ出す。

 

「……今晩は召喚術の練習する?」

「うん。昨日は舞踏会で出来なかったからやろうか。あたしも試したいことがあるしね」

「わかったわ。じゃあまた」

「またね」

 

 優しく声を掛けてもらいちょっぴり嬉しいルイズであった。

 

 

 ルイズが出て行った後、ナツミは再び頭を傾げていた。

 何故モナティが召喚されたのか。

 モナティとはマスターと召喚獣という関係ではあるものの、それはあくまで表面上のもので、実際彼女たちは契約を交わしてはいない。モナティはナツミではない召喚師よって幻獣界から招かれた召喚獣なのだ。主人に先立たれ、サーカスで酷い扱いを受けているところをナツミが救い、その恩を返すためにモナティはナツミをマスターと慕いナツミの傍に仕えているのだ。……実際はドジッ娘な為、色々と失敗しているが。

 

「う~ん。こういう理論は毎度の事ながらさっぱりね……」

 

 なんとか自分が覚えている知識だけで考えようとするものの、ほぼ感覚的に最上位の召喚術を行使する彼女は理論はほぼ分からず、解決の糸口すら見つからない。

 事あるごとにソルがナツミにもっと理論をとか構築される術式だとかナツミからすればわけのわからない言葉で口をすっぱくして言っていたが全てスルーしてきたことに今更ながらナツミは後悔していた。

 

 ナツミが柄にもなく唸りながら召喚術の事を真剣に考えていると隣のモナティが動き出した。

 

「ふにゅう……う……朝ですの?」

 

 モナティはむくりと起き上がりまだ眠たげな眼をこしこしと両手でこする。しばらくそうしているとようやく頭が冴えてきたのか、はっと辺りをきょろきょろ見渡し始めた。

 

「……っ……っ」

 

 ナツミは随分と必死に部屋を見渡すその様子に声をかけるにかけられないでいると突然モナティの瞳に大粒の涙が溢れだしてきた。

 

「……夢でしたの?……ますたぁ……う……っ」

 

 今にも大泣きしそうな様子にナツミは大いに慌ててモナティに声をかける。

 

「ちょっと、ちょっとモナティ!なにいきなり泣きそうになってんの?あたしならここにいるじゃない。まだ寝ぼけてんの?」

「ふみゅ………っ?」

「モナティ?」

「ふみゅうううう!!マスター、マスター……。夢じゃなかったですの~」

 

 声を張り上げながらモナティはナツミに抱きつく。昨日の再会した時と同じかそれ以上の強さで。

 

「モナティ苦しいぃぃ……」

「良かったですの……良かったですの!」

 

 心配かけていた身ゆえ、邪険にもできずされるがままになるナツミ。だが、いかに召喚師タイプのモナティとはいえ獣人。思い切り抱きつかれているナツミは随分と苦しそうな声をあげる。

 そんなナツミの様子にモナティは気付かない。元々、天然気味の……いや、かなり天然のモナティだが今回ばかりは大好きなマスターが目の前で消えてしまいご飯もろくに食べられないほどのショックを受けてしまっていたのだ。

 それが突然、自ら召喚され気付けばナツミが目の前にいるではないか。

 その時のモナティの喜びは昨日の再会で消えてなくなるほど生易しいものでは無かった。

 

 

「……落ち着いたモナティ?」

「はいですの!」

 

 あれから短くない時が過ぎ、ナツミはようやくモナティから解放された。大分ぐったりしたナツミはとりあえずモナティを連れ朝食に向かうことにした。いつもは朝食前に洗濯をするところだが今日は大分時間をロスしてしまったためだ。

 早く食事に行かねば朝食を食い損ねてしまう。

 

「モナティ、早く!朝ごはん抜きになっちゃうわよ」

「うう……それはいやですの~」

 

 まだ少し目元を赤く腫らしてはいるが、大分顔色が良くなったモナティを軽くからかうナツミ。それ抗議するモナティの声もどことなく嬉しそうであった。

 

 

「広いところですの~!」

 

 使用人用の食堂で食事を終え、ナツミはモナティと学院を案内していた。モナティの素性は、とりあえず答えられないとしか言えなかった。ナツミの出身はロバ・アル・カリイエだと答えてしまったからだ。

 ロバ・アル・カリイエは砂漠を越えた遥か東方に位置する土地。

 そんなところから一週間ちょっとで知り合いがくるなど、不自然極まりなく下手な言い訳は逆効果だと判断したためだ。

 

(モナティがいい子だってのは分かって貰えてよかった)

 

 モナティがこの世界では、忌避される獣人ということもあり、他人には言えぬ事情があると勝手に皆が思ってくれたのはナツミにとってありがたい事であった。それはナツミ自身が使用人から高い信頼を得ていたためであったが本人はそこまで頭が回っていなかった。

 

 

 一通り、学院を案内し終えたナツミは学院でもあまり人が来ない大型の使い魔の宿舎へと来ていた。

 

「マスターこんなところに来てどうしたんですの?」

「ちょっと試したことがあってね」

 

 ここに来たナツミの目的は昨日、モナティを召喚した際に感じた疑問を解消するためだ。

 

「えっと、モナティに確認したいことがあるんだけど」

「なんですの?」

「昨日、ここに召喚された時のこともう一回話してくれる?」

「?いいですの」

 

 ナツミは昨晩、モナティから聞いた召喚時の事を事細かに聞き始める。

なんでも、ナツミが居なくなり、ずっと泣いていたこと、自分が助けれなくて落ち込んで部屋にずっといたこと、落ち込んで幾日が過ぎたこと、ご飯は全然食べる気は無かったがリプレがたまに半ば無理矢理食べさせてくれたこと、お風呂なども一緒に入ってくれこと、そんなサイクルを何回かし、ソルとリプレがご飯を食べに行こうと誘ってくれそれに従って付いて行く途中に突然、体が光だし空中に投げ出されたと。

 

「大体、そんなとこですの」

「なんか話を聞いてると凄まじい罪悪感に囚われるわね……」

 

 自分が居なくなったことでそこまで他人に影響を与えるとは考えていなかったためナツミは少し落ち込んだ。

 

「うう、それより肝心なところを聞いてないわ。えっとモナティその召喚された時って前にリィンバウムに召喚された時と同じ感じだった?」

「……う~ん。前に召喚されたとは随分前でしたの。……あまり良くは覚えてないですけど、似てると言えば似てましたの」

「うーん……参考にはならないわね」

「うう、ごめんなさいですの」

 

 あまり情報が得られず思わず本音を言うと申し訳なさそうにモナティは耳を縮こませ謝る。

 

「ああ!ごめん、ごめん!別にモナティを責めてるわけじゃないのよ?」

「本当ですの?」

「本当よモナティに悪いとこなんて何もないわ」

 

 うるうると瞳を潤ませるモナティの頭をナツミは優しくなでる。

 

「それにしても埒が明かないわね……こうなったら」

「?」

 

 元々、頭が使うのは苦手なナツミ、彼女なりにいろいろ考えてみたがモナティが召喚された原因などは分からない。そもそも自分が召喚された原因も分からない。そんなナツミはナツミらしい短絡的な方法で疑問を解消することにした。

 

 すなわち。

 

 実践。

 

「モナティ」

「はいですの」

 

 いつになく真剣な顔してモナティを呼ぶナツミ。

 

「今からモナティをリィンバウムに送還するわ」

「はいですの!……ってふみゅうう!?」

 

 召喚できたから送還してみる。今のナツミの頭にはそれしかなかった。

 ナツミの体から魔力が噴出し送還術を組み上げる。リィンバウムでは召喚術と送還術はセット、召喚術を施行した術者であれば自らが召喚したものを送還するのは大した技量を必要としない。

 瞬く間に送還の術式を編み上げ、術を行使する。

 

「マスタ……」

 

 という声を残しモナティは送還された。

 

「送還術はできた」

 

 予想通りに結果に満足するナツミ。そのまま幾分か待つと今度は召喚術を組み上げる。

術式はサモナイト石を使わない方法。昨晩、モナティを召喚した時の術式を再現する。

 

「おいで!モナティ!!」

 

 サモナイト石を使った通常召喚よりも大分魔力を消費しつつも術式自体は無事に起動する。昨晩と同じ光が生まれ、衝突音が響く。そこにはナツミの予想通りモナティがいた。

 

 そして……。

 

「!いてぇ!?」

 

 過去に自分を召喚した少年……。

 ソルがいた。

 

「あれ?」

「あれじゃない!?」

 

 ソルはナツミの反応が不満だったのかナツミに詰め寄った。

 

「ど、どうしたのソル?」

「どうしたのじゃない!?そ、それはこっちのセリフだ!急に居なくなりやがって、皆心配してたんだぞ!モナティなんてロクにメシも食えなくなるし」

「それはどうもすいません……」

「それだけじゃない!昨晩はいきなり目の前でモナティが消えるわ、そしたら今日はなんだ!?いきなり俺の目の前にモナティが降ってきて、『マスターに召喚されましたの』って言ってる間にまた消えそうになるから慌てて飛びついたら地面に叩き付けられたんだぞ!」

「あはは……それもごめんなさい」

 

 それからしばらくソルの長い説教が続いた。

なんでも下手にモナティを送還して幻獣界まで送還したらどうしたんだとか。ナツミ自体がリィンバウムに居ればもし幻獣界に送還されても召喚し直せば良いが、ハルケギニアに居てはハルケギニアにしか召喚できないためフラットの皆と会えなくなるだろうと。

 

「……確かに不用意でした」

 

 素直に謝るナツミ、ハルケギニアに召喚されフラットの面々と会えなくて寂しい思いを自分もしていたため、自分が考えなしに行ったことを深く反省していた。

 

「まぁ、大事に至らなかったから良かったけどな……」

 

 そんなナツミを見て苦笑するソル。彼も言葉には出さなかったがナツミのことを心配していたため無事なその姿を確認し安心していた。

 

「まぁ、この件はもういい。とりあえず現状だけでも話してくれ」

「分かったわ」

 

 理解力に優れ、尚且つナツミのトラブルメーカーっぷりを嫌という程知っているソルはすぐに頭を切り替えると、ナツミの今の現状を聞き始めた。

 

「はぁ……相変わらずお人好しだなお前は……」

「う、悪かったわね……」

 

 一通りナツミが今の状況をソルに話すと呆れたようにソルは呟いた。ナツミも自分のお人好しなところは前々から皆に指摘されていたため歯切れが悪い。

 

「ま、それで俺もお前とフラットのメンバーに助けてもらったからな」

「モナティもですの!」

「……べ、別に成り行きよ成り行き。それにあたしも助けてもらったからね。お互い様よ!」

 

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くナツミ、意外と褒められ慣れていないためこういうのは苦手であった。なおかつ相手が微塵も恥ずかしがって無いのがそれに拍車をかけていた。

 

「これからどうするのよ?」

「ん~向こうに送還してくれないか」

「?なんで」

 

 ソルの意図が全く分からないナツミ。

 

「バカかお前は、いやバカだったな。いやそれは置いておいて……お前、モナティに次いで俺まで消えてみろ、ただでさえ大事になってんだぞ。多少危険でも向こうに帰らないと皆に迷惑がかかる」

「それもそうね。ってバカって何よ」

「良いからさっさと送還してくれ。……送還したら俺が単体で召喚できるか試してみてくれよ」

「分かったわ」

 

 言い合いながらも、ソルの考えが分かったナツミはソルの言う通りリィンバウムへソルを送還する術式を組み始めた。

 

「言っとくが、失敗するなよ。あと適当に魔力を込めるなよ」

「……善処します」

 

 

 

 

 そして、時間は夜半過ぎ。結論から言うとソルの召喚は一応成功した。

 ソルの送還、後の召喚も成功した。成功はしたがソルは妙に疲れ果てていた。

 

 送還されたソルは何故かピンポイントでラミ、フィズの幼女二人が入浴中の浴室に送還されてしまった。

 ハルケギニアから送還された直後ソルは。

 

「無事成功だな」

 

 といかようにも取れる発言をキリッとをかました後、ふと周りを確認し信号機の様に赤、青と点滅した。

 次いでフィズの叫び声、ラミは大泣き。

 異常事態を察知したリプレが男性陣を押し留め浴室に飛び込むと幼女の入浴中に侵入した変質者と言うとんでもない光景であった。

 リプレがその変質者を問い詰めようとすると

 

「ち、違う」

 

 と言う言葉とともにソルは再びハルケギニアに召喚された。まるで犯罪の現場から逃走するように。

 再びナツミに召喚されたソルは送還がうまくいったことを告げると絶望にまみれた顔で再びリィンバウムに送り帰された。

 曰く。

 

「帰りたくない」

 

 とぶつぶつ言っていたが、帰らないわけにもいかないだろう。

 ともあれソルの単体での召喚、送還が上手くいったことはナツミ、ソルともに良き結果であった。ソルの無事が確認でき、ハルケギニアと行き来できることは、ナツミがリィンバウムに戻る方法があるということを示唆することに他ならなかった。

 そしてソルはその事実を元に向こうでナツミを召喚する方法を皆と検討してくれると言っていた。

 

「まぁ、帰れる希望が見えたのは良かったかな。でも……」

「マスター?」

「―――――」

 

 言葉を切るナツミの見つめる先には、ぽやーっとしているルイズがいた。今朝までは至って普通の様に見えたルイズが昼間を挟んで呆けているのだ。言葉をかけても、目の前で手を振っても、肩を叩いても反応しない。故に今日の召喚術の練習はなし崩し的に無しとなっていた。

 

「一体どうしたのかな?」

「上の空ですの」

 

 ナツミは知る由もなかったがルイズは昼間、この学院に王女が行幸された際に長らく会っていなかった婚約者を目撃しその凛々しい姿にすっかり心を奪われていたのだ。つまり恋は盲目というやつである。

 

「それでマスターはガウムと自分を助けてくれたんですの」

「そりゃあよかったな獣っ子。やっぱし相棒は良い奴だねぇ」

「うん!マスターはすっごく良い人なんですの~。他には……」

「ほぉー」

 

 ナツミが真剣にルイズの頭を心配するところまで悩む中、妙に気があったのかデルフリンガーとモナティは仲良く話し込んでいる。会話だけなら江戸っ子おじいちゃんと、おしゃべり孫娘みたいにも聞こえなくもないが、絵面は獣っ子と喋る剣。酷くシュールな光景だった。

 

 そんな四者四様に時は過ぎて行く中。

 唐突にドアがノックされる。

 ノックは規則正しく叩かれる。初めに長く二回、それから短く三回……。

 

 その音を聞きルイズがはっとした顔になり立ち上がる。

 ルイズがドアを開くと、そこには真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女が立っていた。

 

「……貴女は?」

 

 ルイズの問いに、しっとだけ言うと、杖を取り出しルーンを唱え始める。

 

 

「っ!」

 

 それを見たナツミは即座にデルフリンガーを掴み、一息にドアまで近づくとルイズを自分の後ろに隠す。

 

「!?」

 

 黒頭巾の少女が驚くもすでにその喉元にはデルフリンガーが向けられていた。ミス・ロングビルの事もある、学院内に不届き者がまだ居ないとも限らないし、なにより相手は問答無用で杖を取り出したのだ。まっとうな客人ではないとナツミは判断した。

 

「……なんの用」

「……あ、怪しいものではありません」

「こんな夜中に顔を隠して女の子の部屋に来て怪しくないなんてことあるわけないでしょ」

 

 溢れるナツミの魔力か、はたまた突き付けられたデルフリンガーに恐怖しているのか黒頭巾からもれる少女特有の高く澄んだ声は少し震え、怖れを滲ませていた。ナツミも先のフーケの件もある。学院自体が安全と言う盲目的な考えは既に無い。

 

「……っ!?もしかして……」

「どうしたのルイズ?」

 

 幾分かの時が過ぎ、突然ルイズが声をあげる。そんなルイズにナツミは正面の不審者から目を逸らさずに問いかけた。

 

「姫殿下……?」

 

 

 ルイズの半信半疑の問いに黒頭巾の少女は頭巾を少しずらし、ナツミ、ルイズに顔が見えるようにする。

 

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

 

 そこには神々しいまでの高貴さをにじませた少女―アンリエッタ王女-が月明りに照らされ立っていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 その頃、リィンバウムでは

 

 ナツミがルイズに召喚されてしばらく経ったリィンバウムの地方都市サイジェントの孤児院フラットでは普段の賑やかさは無く。静かな日々が続いていた。

 後からフラットにやってきたナツミではあったが、どれだけ皆の心の支えになっていたかがわかる光景だった。

 

「だああああ!あいつは一体どこで何をやってんだよ!?」

「全くだな、俺たちはともかく、モナティなんて見てられないな」

 

 叫ぶはフラットの最古参のメンバーの一人、ガゼル。なぜかカツアゲ、万引きくらいしかしないのにクラスは大盗賊という痛い少年だ。

そしてそのガゼルの横にいる鍛え上げれた肉体を持つ上半身半裸の益荒男こそエドス。クラスはもちろん益荒男。

 エドスは子悪党みたいな生活をしているどこぞの大盗賊とは違い、いかつい容姿とは裏腹に誰に対しても優しい益荒男だ。日雇いではあるが石工の現場があればこまめに赴き皆の為にお金を稼ぐフラットには無くてはならない存在だ。本当に誰かに見習ってもらいたい。

そして

 

「大丈夫!ナツミの姐御の事だすぐ無事に帰ってくるさ!」

 

 と楽観的ともナツミを信頼しているともとれる意見を言っているのが少年拳士ジンガ。モナティで言うところのジンガ君である。クラスは剛拳王。腕力だけでなく、ストラという気を使い自分のみならず他者の回復もこなすことができる意外に器用な少年だ。

 それに最近ではエドスの石工の仕事にも一緒に行くほどの就労意欲も見せ始め、最近のフラットのお財布にかなり貢献していた。働けガゼル。

 

 

 そんな三人はモナティがいない中、フラットから外出していた。ジンガとエドスは石切りの日雇い仕事が入ったために、出稼ぎに。……ガゼルは孤児院に居ても特にやることが無いので居づらいために二人に付いて来ていた。

 

 もちろんガゼルに働く気は無い。更に最近は盗みやカツアゲもせず、ニート街道をひた走っていた。

 

「ときにガゼル」

「なんだエドス」

 

 特に用もなく付いて来たガゼルに普段は温和なエドスはやけに威圧しながら声をかける。ガゼルも内心ビビりながらも表面上は普段通りに受け答えをするがそんな虚勢も更なるエドスの言葉に潰された。

 

「働けよ」

「がはっ」

 

 ガゼルはがくっと体勢を崩し、右膝を大地につける。

 

「俺だって……俺だって働きたいんだぁ~」

「じゃあ、ガゼルも石切りに行こうぜ!」

 

 狼狽するガゼルと自らの仕事場に来るように誘うジンガ。

 

「い、いやまた今度な……ナツミが心配だし」

「ガゼルお前、働く気ないだろ」

 

 エドスの落胆したような、予想通りと言いたげな突っ込みがサイジェントの空に響いた。

 

 

 

 そんな真面目な二人とサボりが一人居なくなったフラットではリプレがモナティを励ますため、色々と気をもんでいた。頻繁にご飯を食べるように促したり、慰めたりとなかなか大変であった。

 

「ほら、モナティご飯食べよ?」

「食欲ないですの……」

「いいから食えよ。ナツミが帰ってきてそんな顔のモナティを見たら心配するぞ?」

 

 食欲が無く元気も無いモナティを励ますリプレとソル。リプレはともかく、以前のソルであればこういった心配はあまりしないがナツミとの出会いから仲間を大切にする心が芽生えたのか最近は結構皆に気を配っていた。

 

「ほら、ソルもこう言ってるし、ご飯食べよ。ナツミならきっと大丈夫よ」

「そうだぞ。あいつだったら絶対に大丈夫だ。お前のマスターをどうにかできる奴なんていないぞ」

「……うん、分かったですの」

 

 二人に励まされ、少しは気が晴れたのか、ようやくベッドから起き上がる。

 

「今日はナツミが好きだったらーめんってのにしてみたの、なんでもナツミが故郷でよく食べてたものらしいわ」

「へ~それじゃあ、匂いに釣られて帰ってくるかも知れないな」

 

 なんでも作れるリプレ。今日は名も無き世界の料理、ラーメンを食卓にあげていた。以前からナツミの助言を聞きながら数多の試行錯誤を繰り返してようやく再現した一品であった。最初のそれはとてもラーメンとは言えないものだったのは、ここだけの話だ。

 

 二人はモナティを伴い、食堂に行くため背を向けた。

 

 すると急に部屋に光が溢れ始める。

 

「え……!?」

 

 光の光源たるはモナティ。

 

「「モナティ!」」

 

 二人がモナティを呼ぶが光は瞬く間にモナティを飲み込んでいく。

 光が晴れた先にモナティの姿は無かった。

 

 

 モナティが光り包まれ消え去り、翌日。

 ラミやフィズ、アルバを除くフラットのメンバーで囲むテーブルは更なる静寂に包まれていた。

 ナツミであればここまで心配はしない、あの戦闘能力があれば、余程を越える程の危機が無い限り生き残るだろう。それこそ魔王クラスの相手が複数居るというとんでもない事態でない限り。

 しかしモナティは人より優れた身体能力を持つ獣人とは言え、自分以外の生き物を傷つけることなど出来ないほど優しい性格をしている。

 

 モナティはナツミが自分の処へ呼んだのでは?

 召喚事故に遭い、リィンバウムの誰とも知れない召喚師に召喚されたのでは?

 前者ならまだ良い。ナツミの傍であれば少なくとも魔王でも現れない限りほぼ無事でいられるだろう。

 だが後者なら?

 問題なのは良識のない召喚師に召喚された場合だ。召喚獣を見世物にしたり、不当な労働に従事させる悪辣な召喚師も決して少なくない。

 召喚師に限らず、マスターを失った行き場のない召喚獣をそういった仕打ちをする者もいるのだ。

 現にモナティもナツミの前のマスターを失った後はサーカスの見世物にされていたこともあった。

 

「現状、ナツミ、モナティの安否や行方をする術はない」

 

 フラットのメンバーで唯一召喚師の教育を受けたソルが言いにくそうにも断言する。

 

「そんな……」

「ちっ」

 

 口を押さえ青褪めるリプレ、苦々しそうに舌打ちをするガゼル。

 表情は違えど二人の安否を心配しているようであった。

 

「召喚獣には疎いのだが、他人の護衛獣をおいそれと召喚できるなのか?契約を交わしているのだろう?」

 

フラットのメンバーで最も年上で皆の保護者も兼ねているレイドが質問する。

 

「……基本的に他の召喚師と誓約を交わした召喚獣を召喚することはできない。……が、モナティはナツミの護衛獣だと自分では言っているが、実際には契約していないんだ。」

「なに?」

「あいつは面倒臭がって契約を交わしてないんだよ。くそっこんなことになるなら契約させておけば良かった。ナツミも居なくなったっていうのにっ!」

 

 レイドの質問に答えながら、次第に溜まった鬱憤が漏れ出したのか、ソルは苛立ちを吹き飛ばすようにテーブルを強く叩いた。

 

「つまり、こちらからは連絡を待つ以外に無いということか……」

 

考え込む皆を代表し、レイドがその場を締め括った。

 

 

 あの後、子供達を呼び食事を終えた後、ソルは自室へと戻っていた。

 

「ったくバカが……」

 

 ソルはベッドで一人悪態をついていた。

 モナティにではない、自分に初めて居場所というものをくれた相棒であるナツミにだ。

組織を抜け、親からも切り捨てられた自分をナツミとフラットのメンバーは受け入れてくれた。

 家族という言葉の意味を本当の意味で教えてくれた彼らをソルは心底大事にしていた。そのうちの二人がいない。それがなんとも落ち着かなかった。護界召喚師とも呼ばれる霊属性召喚師トップクラスの自分が何も出来ない。

 先程の悪態には、力無き自分へも向けられていたのかもしれない。

 

 

 

「うぼおおおおおお!?」

 

 そんな考え事をしているソルの腹部に突然衝撃と激痛が襲った。まるで人間大の大きさの何かが墜落してきたような……。

 

 

「ごほっ、がはぁああ!?は、腹が……!ぐぅふ……」

「いたたた……ん?」

 

 ソルが腹を抱え苦しんでいる中、ソルのお腹の人物が声をあげる。

 

「うぐぐぐ、ってその声は……」

「あらソルさん?どうしたんですの?」

 

 昨夜行方を晦ましたモナティがソルの腹の上にいた。

 

「どうしたんですの?じゃない!なんでモナティがこんなとこに居るんだよ!」

「ん?えっと、マスターに送還されたんですの」

「はあ!?ナツミが?どういうことだ」

「あ」

 

 モナティが突然現れたことも驚く事であったが、モナティがナツミの事を口にしたのも驚くべきことであった。

 その事をソルが問い詰めようとすると、突然モナティの体が昨晩のように光に包まれる。

 

「待った!」

 

 モナティの身体が完全に光に包まれる前にソルは自分の腹の上に乗るモナティに抱きついた。

 

 

 

「帰りたくない」

 あの後、ハルケギニアとリィンバウムをナツミの召喚術、送還術で行き来したソルはその言葉とともに再びリィンバウムに送還されていた。幼女の入浴現場に突然現れ、それを咎められそうになると即座に行方を晦ませるという罪を犯した身で。

 ソルは送還後リプレに会うなり土下座をし、釈明を開始した。

 

「そっかナツミとモナティは無事なんだ」

「そりゃあ良かった」

 

 リプレとガゼルがそれぞれ喜び、ほかのフラットのメンバーも心底安心した様子をであった。リプレの優しそうな笑顔にソルは一安心した。

 

「でも女の子の入浴を覗いた罪は別だけどね……ちょっと頭冷やそっか」

 

 頭を冷やそう。その言葉自体には何の悪意も無いが、なによりリプレの声で発せられたそのセリフには星をぶち壊しそうな破壊力が込められていたとソルは後に語った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 婚約者

 

 不審者だと思い込んでいた相手が王女と知って、ナツミは剣先を向けたまま呆けていた。

 

「ナ、ナツミ剣を下ろして!」

「え、う、うん」

 

 ルイズの焦った様子に慌てて剣を下ろすナツミ。幾らナツミが楽観的と言っても、王族に剣を向けるのは流石に肝が冷えたようだった。その様子に安心したのか王女はルイズの部屋へと足を踏み入れる。そして、ルーンを唱えると持っていた杖を振るう。

 

「ディテクトマジック?」

「どのにも目や耳があるかわかりませんからね」

 

 王女は部屋の安全が確認されると、頭巾をとりルイズに向き直る。

 

「改めて、久しぶりねルイズ」

 

 王女は感極まった表情を浮かべルイズを抱きしめた。

 

「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!」

「姫殿下、いけません。こんな下賤は場所へ、お越しになられるなんて…」

 

 ルイズは王女に抱きつかれ、困ったような顔をしながらも王女を抱き返した。

 二人の再会は随分時を挟んだものなのか、二人は懐かしそうに昔話に華を咲かせていた。

ルイズが宮廷で王女の遊び相手を勤めていたことや、王女をよく泣かしていたこと、逆にルイズが泣かされた話など貴族や王族らしさは無かったものの、年頃の普通の少女の様な話の内容であった。

 

「あの頃は、良かったわ……。なんの悩みも無くて」

「姫様……」

「ルイズ、今度わたくし結婚するのよ」

「……ええ、おめでとうございます」

 

 昔話も終わり、過去を振り返りルイズに結婚の報告をする王女の表情は憂いを帯びているようであった。心なしかルイズの祝福するはずの言葉も本来の色を失っていた。

 

「そう言えば姫様、ここへはどのような用件で来られたのですか?」

「え、ええ……それなんですが」

 

 王族がこんな時間に幼馴染とはいえ、ただ結婚の報告に来るのもおかしな話であった。

 ルイズに問われ、王女は歯切れが悪そうに答え始めた。

 現在、同盟国でもある隣国アルビオンの王朝は内乱により、潰える寸前まで追い詰められていること。

 内乱を扇動したレコンキスタなる集団は王室廃止を謳い、このまま内乱を成功させれば次はこのトリステイン王国を狙ってくる可能性が高いこと。

 独力でトリステイン王国がレコンキスタを打ち破るのは困難であること。

 そのため隣国、帝政ゲルマニアとの同盟が必要であること。

 その同盟に両国の皇室と王室の繋がりを強固にするためアンリエッタ王女がゲルマニアの皇帝に嫁がねばならないこと。

 

 ……そして、以前アンリエッタ王女がウェールズ皇太子にしたためた手紙の内容がレコンキスタの連中の手に渡り、ゲルマニア皇室の目に留まれば、

 

「……婚姻が潰れてしまうでしょう。そうなれば……」

「トリステインは独力でレコンキスタと戦わねばならない。そうですね姫様」

ルイズが王女の言葉を続けると、コクリと王女は首肯する。

 

「ええ、それで頼みというのが……いえ、やはりこんな危険なことを…お友達に頼むなど」

「……姫様、わたしは姫様の友人です。ですがこの国……姫様に忠義を捧げる家臣でもあります。なんなりとお申し付けください!」

「ああルイズ、ルイズ!貴女は本当に素晴らしい友人です!何にも勝るわたくしの宝物ですわ!」

 

 二人は再び感極まったのか泣きながら抱きしめあう。

 

 

 

「完全に蚊帳の外ね私たち」

「……マスター、ルイズさん達はなんで泣いてるんですの?お腹痛いんですの?」

 

 最初に自己紹介されなかった為、モナティ、ナツミは二人の会話についていけず、呆然としていることしかできなかった。

 

 

 

 

「こんな危険な事を頼んでしまい、本当にもうしわけありません」

「なにをおっしゃいますか姫様、このルイズ目が必ずや、その一件を解決して見せます」

「ああ、ルイズ……ありがとうございます!」

「ちょっとルイズ」

 

 ルイズとアンリエッタ王女は二人で感動の極みに突入している中、ナツミはその会話に水を差す。

 

「どうしたのナツミ?今いいとこなんだけど」

「いや、なんかとんでない事を頼まれた上にすごく軽く引き受けたでしょ」

「ルイズこの方は?」

 

 アンリエッタ王女はナツミが会話に割り込んできたことでようやくナツミの存在に気が付いた。

 

「え、ああナツミ……えっと、彼女は私の使い魔です」

 

 ルイズもそこでようやく自らの使い魔をアンリエッタ王女に紹介するのを忘れていたのを思い出し、遅ばせながら紹介する。

 

「えええ!?人にしか見えないですが」

「人です。姫様」

「人を使い魔にですか……初めて見ました」

 

 人間が使い魔なのがよっぽど珍しいのか、それともナツミの格好が珍しいのか不躾にナツミをじろじろと見るアンリエッタ王女。

 

「ナツミは人間ではありますが先のフーケの捕獲は彼女がいなければ達成できませんでした。彼女は宮廷のメイジと比べても優れた実力を持っています」

「まぁ」

 

 ナツミの活躍を聞いたアンリエッタ王女はナツミに向き直ると、明るい声で言った。

 

「頼もしい使い魔さん」

「は、はい!」

「わたくしの大事なおともだちを、どうか守って下さいね」

 

 そして、すっと左手を差し出した。

 

「そんな姫様、使い魔に手を許す……」

 

 ごとごと、アンリエッタ王女が平民に手を許したことにルイズが思わず声をあげると、なぜかルイズの部屋の向こうから異音がした。

 

「ナツミ!」

「分かってるわ!」

 

 デルフリンガーを携え、即座に駆け出すナツミ。ルーンを発動させるとドアを勢いよく開ける。そこに杖を持つメイジがいること確認すると杖を蹴り飛ばし、剣を突き付ける。相変わらずこういったことには無駄に手馴れていた。

 

 

「動かないで」

「あわわわ……、な、なにもしない!盗み聞きしたことも謝る!許してくれ!!」

 

 ドアの向こうに居た不審者メイジことギーシュ-は杖を失い、突き付けれた剣に怯え命乞いをした。

 

「ギーシュ!あんたまさか、今の話を盗み聞きしてたの!?」

「い、いや盗み聞きというか、中庭で麗しい姫様を見かけ、これは護衛せねばと後をつければルイズなんかの部屋に姫様が入っていくではないか!それで鍵穴から盗賊のように姫様を見守っていただけで……」

 

 ギーシュはルイズに捲し立てられると剣に怯えながらも、言い訳を言い出すが内容はまんま犯罪者、ストーカーである。

 ナツミはそんなギーシュの罪の告白を聞いて馬鹿らしくなり剣を下ろし頭を抱える。なんで自分の周りの男は犯罪者が多いのか、ストーカーとか万引きとかセコイのが。ちなみにそれ以外は世界を征服しようとしたり、国を乗っ取ろうとしたりとスケールが無駄にデカい。

 

 

「それでどうする?これ」

「これっていうな」

 

 脱力したナツミはルイズにギーシュをどうするか聞く。ルイズは腕組みをしてしばらく考えると

 

「女の子の部屋を覗いた上に盗み聞きなんて死刑ね」

「待て!い、いや待って下さい。姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けて下さいますよう」

 

 ルイズの非常な言葉に命の危機を感じたのか、ギーシュはアンリエッタ王女に向き直り、格好を整えると自ら任務を希望する。その瞳はどことなく熱を帯びているように見えた。

 

「ギーシュ……王女様に惚れたの?」

「な、なにを言う!つ、使い魔の癖に!僕はこの国を守る貴族だぞ、国家の危急とあらば命をかけるのは当然だろう!」

「隠さなくてもいいじゃない。王女様綺麗だし、ギーシュが好きになっちゃうのはしょうがないんじゃない?」

「だ、だから違うと言ってるだろ!」

「ん?でもギーシュってモンなんとかって人と、後なんかもう一人の女の子はどうしたのよ」

 

 その瞬間ギーシュは暗い表情になり影を背負う。

 どんよりとした空気を放つそれを見て、思わず後ずさるナツミ。

 

「モンモランシ―ね。振られたよ、君に言われた通り謝ったが……浮気はいけないね」

「自業自得だと思うけど、なんかごめん」

 

 あはは、と空笑いをするギーシュにナツミは思わず謝罪するが、二股をかけていたギーシュが全面的に悪い。今回はナツミに決闘で敗れた上にフラれるというダブルパンチでギーシュの心には大きな傷が残ったようであった。

 

「グラモン?貴方、もしかしてグラモン元帥の……」

「息子です!四男です!!」

 

 いや、たいした傷では無かった。アンリエッタ王女の興味が自分に向けられた途端に先程までの負のオーラは霧散し、しゃべりだすギーシュ。

 彼の家はもともと軍人家系。しかも歴代の軍部の幹部を一族が歴任するほど名家である。その勇名は王族であるアンリエッタ王女が知る程であった。

 

「そうですか。ではミスタ・グラモン。このわたくしの不始末故に生まれてしまった此度の国の憂い払ってくれますか?」

「ははっ!どうかこのギーシュ・ド・グラモンにお任せあれ!」

「ありがとうございます」

 

 アンリエッタ王女直々の依頼を受け、ギーシュは自分が王女専属の騎士であるかのような錯覚を受け、恭しくを頭を下げ、膝を立てる。

 ギーシュのその忠義にアンリエッタ王女も感銘を受けギーシュの腕をとり感謝した。

 

「ひ、姫殿下が、ぼぼ、僕の手を……」

 

 アンリエッタ王女がギーシュの手に触れた途端、ギーシュは笑顔の表情そのままに失神してしまった。

 

「こいつ役に立つのかしら?」

「置いて行こう」

「こんなとこで寝たら風邪をひくですの」

 

 王女以外が失神したギーシュに好き勝手なこと言い出すがギーシュが一向に目覚めない。

にやにや笑ったその表情から分かるのは、彼が今、夢という名の桃源郷に旅立っていることだけだった。

 

「大丈夫ですの?」

 

 モナティがギーシュをつつくが、ギーシュは「えへへ」と言いながら気絶したままだ。

 

「姫様、その任務は急ぎなのでしょうか?」

「……ええ。レコンキスタの貴族たちは、王党派を国の隅まで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間のもんだいでしょう」

 

ルイズはその返答に表情を一層引き締めると、アンリエッタ王女に頷いた。

 

「早速、明日の朝ここを発ちます」

「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」

「了解しました」

「あとこの……手紙をウェールズ皇太子に渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」

 

 アンリエッタ王女は憂いを帯びた表情でためらい気味にルイズに手紙を渡す。その表情は悲恋に悩む乙女そのもののようであった。アンリエッタ王女がさらに自らの右手の薬指の指輪を外すとルイズに手渡す。

 

「以前、母君から賜った水のルビーです。お守り代わりに持っていてください。路銀が足りなければ売り払ってもかまいません」

 

 そこでアンリエッタ王女は再びルイズと視線を合わせ、深々と頭を下げた。

 

「この任務にはトリステインの未来がかかっています。水のルビーがアルビンオンに吹く猛き風から、貴女方をまもりますように」

 

 

 

 

 翌朝、ナツミは頭を抱えていた。

 理由は馬に乗らねばならないからだ。しかも今回は王都トリスタニアよりも遠い港街ラ・ロシェール。

 正確な到着時間は怖くて聞けないナツミであったが、ルイズが普段は履かない乗馬用のブーツを履いていることから、長い時間、馬に乗らねばならないのは予想できた。思わずワイバーンを筆頭に乗れる召喚獣を脳内検索かけるも、そんなことをしたら後が大変なので渋々諦めた。

 

「はぁ……」

「なはは、もしかしてナツミは乗馬苦手?」

 

 そう声をかける少女はリィンバウム、フラットのメンバーがよくお世話になっている薬屋あかなべの自称看板娘アカネ。糸目がチャームポイントの少女である。

 昨晩、アンリエッタ王女から依頼された任務にモナティを連れて行くのは危険なため、ソルを夜中に呼び出して相談した結果、小回りが利くアカネがハルケギニアに召喚されていた。

 アカネは鬼妖界から召喚された人間である。もともとは忍術の師匠たるシオンが召喚され、それに巻き込まれる形で彼女も召喚されてしまったのだ。

 本来は自らを召喚した召喚師に仕えるのが正しい姿なのだが、シオンは自ら仕えるに足る主と召喚師を認めず。アカネとともにその召喚師の元を立ち去り、世を忍ぶ仮の姿として薬屋を営んでいた。

 そしてそこの店員がこのアカネである。

 彼女も師匠たるシオン同様、忍者であり仲間内でも近接戦闘能力はかなりのもので、それが今回の極秘任務に一番適しているためリィンバウムより召喚されていた。ちなみにモナティは最後まで渋っていたが、安全になったらまたハルケギニアに召喚するからと約束するとおとなしく送還されていった。

 

「うん……向こうじゃ馬に乗る機会なんてないしね、そういうアカネはなんか手馴れてるね」

「ナツミ、あたしは忍びだよ?馬に乗れなきゃ、忍びの任務もこなせないよ~。まぁ馬より速く走れるけどね」

 

あはは、と笑いながら鞍の調整をするアカネ。

こちらに朝っぱらから召喚されていたがアカネの機嫌はすこぶる良かった。リィンバウムで初めて出来た女友達であるナツミが行方不明になり、彼女も随分と心配していたのだ。ソルが話があるから来いと夜中に呼びやがった時はかなり頭に来たが、ナツミの行方が分かり自分の助けがいるとあらば、そんな怒りも吹き飛んでいた。

 

 

「きゃああ!な、なによこのモグラ!?」

 

 ナツミとアカネが、荷物を馬にくくりつけていると突然ルイズが悲鳴をあげた。

 慌てて二人がルイズを見やると巨大なモグラがルイズの体を己の鼻でつつき回していた。ルイズはなんとか逃れようと地面を転がるが、それでもモグラからは逃れられず、スカートが捲れ下着が露わになっていた。

 

「……良い」

 

 ギーシュはルイズがもがくその光景を頬を染めながら見入っており、ルイズを助ける気配がない。

 

「あんた何してんの?」

「お、おおう!?い、いや僕の使い魔とルイズが戯れる光景を微笑ましく思っていただけだけさ」

「いやいや、めちゃめちゃやらしい目してたよ?」

 

 とりあえず命の危機は無さそうなので、ギーシュを詰問するナツミ。

 ギーシュはかっこよく、言ってるつもりだがその目つきは酷くやらしい目をしていたため、アカネに突っ込まれていた。

 

「ギーシュの使い魔ってデカモグラだったの?」

「デカモグラではない。ジャイアントモールと言ってくれたまえ、ちなみに名前はヴェルダンデだ。良い名前だろ?」

「どうでもいいわ、ルイズ助けよ……」

 

 自分の使い魔のデカモグラを恍惚と紹介するギーシュ。顔は二枚目だが中身は三枚目だったようだ。

 そんなギーシュのどうでもよいと思ったのか、ギーシュを無視をしてルイズを助けに向かうナツミ。

 

 

 だが、ナツミがルイズに近づき、ヴェルダンデをルイズから引きはがそうとしたその時。

 突風が舞い上がり、ルイズに抱きつくヴェルダンデを吹き飛ばした。

 

「誰だッ!」

 

 愛する使い魔を吹き飛ばされ激昂するギーシュ。

 風が吹いた方向を見やると、一人の長身の男が現れた。マントを背に、頭には羽帽子を被っている。

 

「貴様!ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」

 

 ギーシュが自らのバラを模した杖を掲げると、それを遥かに上回る速さで男は自分の杖を引き抜き、ギーシュの杖を弾き飛ばす。

 

「僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。君たちだけではやはり心もとないらしい。極秘の任務ゆえ、一部隊を付けるのわけにもいかないので、僕が指名されて来たのだ」

 

 長身の男性はそこで帽子を取り一礼する。

 

「トリステイン女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 堂々と自己紹介するワルドからは自信とそれに見合う実力が滲み出ているようであった。その気配に押され文句を言おうとしたギーシュは分が悪いと見たのかうなだれる。

 

「ナツミ、ナツミ。あのギーシュってもしかしてメチャメチャ弱い?」

「うん」

「ぐふぅ!」

 

 アカネの歯に衣着せぬ言葉と全くフォローする気の無い様子にのけ反るギーシュ。ワルドには一瞬で無力化され、少女二人には低く見られる。朝っぱらから哀れ。

 

「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」

 

その言葉を聞いた途端、ナツミとアカネの動きが止まる。

 

「い、婚約者?」

 

 どうみても二十代後半のワルドと十六歳のルイズが婚約者。現代日本では犯罪であるそれにナツミは驚きを隠せずにいた。自分もルイズと一歳しか歳が変わらぬため驚きも一塩であった。

 そんなナツミに気づかずルイズが立ち上がりワルドを呼んだ。

 

「ワルド様……」

「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」

 

 ワルドはルイズに駆け寄ると、彼女を抱え上げる。

 

「お久しぶりです。ワルド様」

「相変わらず軽いな君は!まるで羽の様だね!」

 

 ワルドに軽々と抱え上げられ頬を赤く染めるルイズ。

 

「ぼ、僕のるいず?」

「なはは……あれ何?」

 

 はしゃぐルイズ達と冷めるナツミ達。

 

 これから戦争地域に行こうとするメンバーの空気では無かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 港町ラ・ローシェル

 

 ルイズとワルドがきゃきゃうふふ、を楽しんでる中、ナツミとアカネは絶望的なまでに冷めた空気を纏い。ギーシュは気絶した自分の使い魔の大きなモグラ、ジャイアントモールを心配そうに介抱していた。

 

 とても、同じ任務を背負ったメンバーには見えなかった。

 

 

 

 

 

「……あのワルド様、そろそろ」

「おお、すまない。ルイズ、彼らを紹介してくれないか?」

 

 恥ずかしそうにルイズが呟くと、こちらはまるで恥ずかしさなぞ無いといった様子のワルドが、周りを見渡し皆を紹介してくれとルイズを促した。

 

「あ、あの……、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のえっと……ナツミとアカネです」

 

 ルイズは交互に指さして紹介する。三人はそれぞれ頭を下げる。ナツミの紹介の時に祖少し言い淀んだのは、ナツミを使い魔というよりは友達だと認識しているためだ。

 

「……使い魔が人間?というか二人?どういうことだい?」

 

 ルイズの様子には気付かず、ワルドは使い魔という単語に首を傾げていた。ナツミはそれに付け足すように言う。

 

「あのっ、あたしがルイズに召喚されて、このアカネはあたしが今朝召喚したんです」

「ほう、ただの人では無かったかこれは失礼した。まさかメイジとは思わなくてね」

「あはは、……別に貴族とかじゃないんですけどね」

 

 ワルドはナツミが召喚術を使ったと聞いて勝手にメイジと思い込む。まさか、ナツミが異世界の住人でしかも大英雄だとは想像の埒外だった。無論ナツミは説明が面倒なので、そのままにしておくことにし、笑って誤魔化した。

 

「ぼくの婚約者が世話になっているのだ。貴族や平民などは関係ないさ」

「いえ、こちらこそ」

 

 ワルドは気さくな感じでナツミに声をかけ、ナツミもそれに答える。ワルドは大人の空気を漂わせる落ち着いた感じの男であった。ギーシュの上っ面だけのかっこよさではなく、いわゆる大人のかっこよさを滲ませていた。

 フラットのメンバーにはいないタイプだ。あえていうならレイドが一番近い。

 

「あはは、メイジと聞いて安心したよ!どおりでフーケを捕まえられたわけだ!」

 

 うんうんと何かを納得したの一人でワルドはひとしきり頷くと、口笛を吹いた。すると、鷲の頭部と上半身、下半身は獅子の体躯を持つ幻獣グリフォンが現れた。ワルドはひらりとグリフォンの背に跨った。

 

「ん、どうしたんだ?」

 

 跨った瞬間、ワルドは相棒たるグリフォンの様子がいつもと違うことを即座に見抜いた。

 グリフォンは何故か、ルイズの使い魔たるナツミを凝視していたのだ。魔法衛士隊のグリフォンと言えば、エリート中のエリート、任務中に余計なモノに気を払うなぞありえない。

 

(なんだ。危険だと判断したのか?いや、この気配は畏怖……崇敬)

 

 乗り手を自ら選ぶ高位の幻獣は他の生き物の実力を量る能力を持つ、グリフォンも例に洩れずその能力を持っていた。そのグリフォンがどう見ても少女にしか見えないナツミに対して畏怖を抱いていた。

 

(これは……予想外だな)

 

 ナツミの想像外の実力に、内心で焦るも、それをワルドはおくびにも出さない。この腹芸はナツミには出来ないものだった。

 

「さ、ルイズおいで」

 

 内心の葛藤など全く感じさせない優しい声色でワルドはグリフォンに跨るように促した。

 ルイズはワルドの言う通り、もじもじしながらもグイフォンに跨る。その様子を見て、残りの三人もそれぞれの馬に跨る。ワルドは全員の準備が整ったのを見やると、自らの杖を掲げて叫ぶ。

 

「それでは諸君、出撃だ!」

「おー!」

 

 高らかにワルドが宣言すると、ギーシュは憧れの魔法衛士隊隊長の言葉に感動した面持ちを見せ、ナツミはこれからの乗馬を思い項垂れ、アカネは自らも叫ぶノリの良さを見せるという。バラバラのリアクションを見せ彼らは出発した。

 

 

 

 そんなチームワークなど全く取れていないとは知りもしないアンリエッタは出発する一行を憂いを帯びた表情で見送っていた。

 

「どうか、始祖ブリミルよ。彼女たちに加護をお与えください。そして異世界の英雄さんどうかルイズを守ってください」

 

 目を閉じて祈りを捧げるアンリエッタ。隣では、学院長がのんきに鼻毛を抜いていた。

 

「オールド・オスマン。彼らを見送らないのですか?」

「ほほ、心配してもしょうがないですからの。それに姫様もヴァリエール嬢の使い魔の少女の話を聞きましたでしょう?」

「……はい。最初は疑いましたがあれを見せられては、信じるしかありませんわ」

 

 今朝、出発前にルイズはアンリエッタにナツミの素性を説明していた。本来はあまり吹聴していいことではないが、アカネというナツミに続き、これまた素性の知れない相手をアンリエッタの肝入りの任務に同行させることにアンリエッタが難色を示したため、説明をしたという次第であった。

 流石に説明だけでは半信半疑であったようでアカネを送還&召喚を実演して見せたのだ。

 

「ふふ、ルイズったら昔から変わってましたが、まさか使い魔が異世界の英雄とは」

 

 アンリエッタが昔を思い出し、年頃の少女と変わらぬ笑顔を浮かべる。その時突然、学院長室の扉がどんどんと叩かれた。

 

「入りなさい」

 

 学院長が入室を許可すると、コルベールが慌てながら飛び込んできた。

 

「いい、一大事ですぞ!オールド・オスマン!」

「きみはいつでも一大事ではないか…。一体なんだね?」

「慌てますよ!城からの知らせです!チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱獄したそうなんですよ!」

「ふむ……」

「しかも何者かが手引きしたそうです!つまり、城下に裏切り者がいるということです!これが一大事でなくてなんなのですか!」

 

 コルベールの言葉にアンリエッタの顔が蒼白に染まる。

 

「ふぅ、コルベール君。今は姫殿下もいるその話はまた後でな」

 

 学院長はそう言うと手を振り、コルベールに退室を促す。

 

「そんな、城下に裏切り者がいるなんて…アルビオン貴族の暗躍でしょうか」

「そうかもしれないですの」

 

 未だ顔を蒼白に染め、落ち着きがなくなるアンリエッタとは対照的に、学院長は冷静であった。その学院長に、アンリエッタは思わず呟いた。

 

「オールド・オスマン。トリステインの未来がかかっているのですよ。どうしてそう落ち着ていられるのですか」

「すでに杖は振られました。我々にできることは、待つことだけ。違いますかな?」

「そうですが……」

「それに信じているのですよ」

「信じている?」

「そうですじゃ、あの異世界から来た少女がなんとかしてくれるとね」

 

 それにあの少女はガンダールブである、とまでは学院長はアンリエッタには言わなかった。ナツミがガンダールブであるならば、その主たるルイズは虚無の属性を持つメイジである可能性が高い。

 それを王室に伝えるのはまだ早い。そこで学院長は敢えて、ナツミが異世界から召喚されたことをアンリエッタに告げていた。真実を隠すには、また真実。全部は話さず、一つの重要な事を話せば相手はその一つに囚われやすい。

 まだ、ガンダールヴの事を王室に話すのはまずい、この件はまだ胸の中にしまって置こうと学院長は考えていた。

 

「ならば祈りましょう。異世界から吹く力強き風に」

 

 アンリエッタの澄んだ声が学院長室に響いた。

 

 

 

 魔法学院からラ・ローシェルへの道中、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。ナツミを含め、三人の乗馬組は途中の町で二回、馬を交換したが、ワルドのグリフォンはすさまじいスタミナで疲れを見せず走り続けていた。

 

「ちょっとペースが速くない?」

 

 ワルドに抱かれるように、グリフォンに跨っているルイズは、ナツミとギーシュを心配そうに見ながら、ワルドにそう尋ねる。

 

「ギーシュもナツミも、大分へばっているわ」

 

 ワルドが二人を見やると、二人は半ば馬に上半身を預けるようにしがみついている。

 

「ラ・ロシェールまでは止まらずに行きたいんだが」

「無理よ普通は馬で二日はかかるのよ」

「へばったら、置いて行けばいいって、それよりもあの子はなんだい?先の街から馬と同じ速度で走ってるんだが……」

「……わたしが聞きたいわ」

 

 現在、ワルド、ルイズペアは一頭のグリフォンに、ギーシュとナツミはそれぞれ馬に乗っていた。そしてアカネは先程寄った街で馬が足りないと言われ、自らの足で一人走っていた。

そう、馬と同じ速度で。

 

「なはは、ナツミへばってるわね~」

「……うるさい」

 

 そんな中、さらに驚くことに彼女は雑談する余裕すら見せていた。その気になれば馬よりも早く走れるのは明白であった。

 

「あれは忘れて……って、それよりも置いていくわけには行かないわ」

「なぜだい?」

「だって、仲間じゃない。仲間を見捨てるなんて貴族のすることじゃないわ」

「やけに肩を持つね。もしかしてあのグラモン元帥のご子息は君の恋人かい?」

 

 笑いながらワルドは言った。

 

「違うわ」

 

 一切の照れもなく断言するルイズ。

 

「そ、そうか。ならよかった婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」

「お、親が決めたことでしょ?」

「そうかもね。でも僕は、ずっと立派な貴族になって君を迎えに行くって決めていたんだよ」

 

 

 

 

「うわぁ~あの髭。本気だよ。また、僕のルイズって言ってるよ」

 

 グリフォンから少し後方に離れてナツミの馬と並走するアカネは、呆れながら呟いた。少女といえど忍びは忍び、彼女はその忍びゆえの優れた聴覚をフルに利用し、二人の会話を盗み聞いていた。

 

「ねぇナツミ聞いてる?」

「……聞いてる~」

 

 ナツミはぐったりと馬に体を預け、なんとか顔だけアカネに向けて受け答えした。

 

「あ~ナツミ、すっかり忘れてたけど、今朝渡した紙とペンって別にこっちにもあるでしょ?なんであたしに持たせたの?」

「ん?ああ、あれか……。まぁ、大したことじゃないんだけどね」

 

 アカネがナツミの気を紛らわせようとして話題を振り、それにナツミが答えようとすると。

 

「もう半日以上、走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か!」

 

 一人だけ話相手が居なかったギーシュがナツミに声をかけてくる。

 

「知らないわよ」

「会話をぶつ切りにしないでくれよ。っていうか馬と同じ速度で走る人間がいるでしょ!っとか言ってくれよ」

 

 

 そんな馬鹿な会話を所々に挟みながらも、一行はラ・ロシェールを目指し、ひた走る。

やがて一行がラ・ロシェールまでもう少しという峡谷に差し掛かる頃には夜中になっていた。だが港街も近いというのにここには塩の香りなど一切しない。

 

「なんで港街なのに山道なのかしら?」

「塩の香りもしないね~」

 

 そんなナツミとアカネにギーシュが呆れる。

 

「君たちはアルビオンを知らないのか?」

「「知らない」」

 

 二人が同時に応えた。

 その時、ナツミ達が跨った馬、目掛けて崖の上から松明が何本も投げ込まれる。松明の炎に驚き、馬たちは大きく嘶きギーシュは馬から放り出され、ナツミは馬に振り下ろされる前に飛び降りる。

 そこに松明の炎によって夜闇に浮かびあがったナツミ達を狙い、幾つもの矢が飛んでくる。

 

「奇襲よ!」

「デルフ!出番よっ!」

「おうさっ!」

 

 アカネが声をあげ、苦無を引き抜きギーシュに向かって飛んでくる矢を打ち払う。ナツミはデルフリンガーを構え、自ら飛んでくる矢を撃ち落とした。しかし、その直後、先に倍する数の矢がナツミ、ギーシュに向かい殺到してきた。

 

「わあああ!」

 

 ギーシュがその様子に、頭を抱え怯える。ナツミは飛んでくる大量の矢に対し今度はサモナイトソードを引き抜くと、息を僅か吸った。

 

「はっ!」

 

 その直後、ナツミが息を吐くと同時に解放された魔力は周囲の空気を押しのけ即席の楯を作り出す。ナツミ達を射抜かんとする数多の矢は、あっけなく弾かれた。

 

「風のメイジだったのか、どうやら心配は無用のようだね」

「ありがとうございます」

 

 ワルドはナツミを風のメイジと誤解していたが、ナツミはあえて訂正せず、気をつかわせた礼だけをする。ワルドとナツミは油断なく崖を見るが今度は矢が飛んでこない。それを好機と見るやナツミはアカネに指示を出した。

 

「アカネ、お願い」

「がってん承知ぃ。サルトビの術!」

 

 ぱっとアカネが突然姿を消す。サルトビの術。アカネが得意とする高低差を無視した瞬間移動である。高位の術者であれば、相対する敵の後ろすら容易くとることができる便利忍術の一つであった。

 

「ぐわっ!」

「い、いつの間に…ぐふぅ!」

 

 アカネが消えたと同時、崖の上から肉を打つ音が連続で響く。

 さらに小型の竜巻が現れ、次々に崖の下に賊を吹き飛ばしているではないか。何事かと、ナツミが空を見上げると、月を背に蒼き竜が羽ばたいていた。

 

「おや?あれも風の魔法だね。しかも風竜使いか」

「シルフィード?」

 

 ワルドが感心したような声を、ナツミが素っ頓狂な声をあげるその先にいる竜は間違いなくタバサの使い魔たるシルフィードであった。シルフィードが地面に降りると、赤い髪の少女がシルフィードから飛び降りてくる。

 

「こんばんわ」

「こんばんわじゃないわよ!何しに来てんのよ!」

「助けにきてあげたんじゃないの。朝方、窓を見たらあんたたちが馬に乗って出かけるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけてきたってのに」

 

 そう言うとシルフィードの上のタバサを指さす。タバサは着替える時間すら与えられなかったのか、ナイトキャップにパジャマを着ている。よほど眠いのか目をこしっていた。よくそんな状態で魔法を唱えられたものだ。

 

「あのね。ツェルプストー。これはお忍びなの。極秘なの。お分かり?」

「お忍びぃ?だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。とにかく感謝しなさいよ。貴女達を襲った連中を、捕まえたんだから」

 

 キュルケは倒れた男たちを指さした。ちなみに三分のニ程がアカネに残りがタバサに無力化されていたため、実質キュルケは何もしていない。その男達はアカネとギーシュの尋問を受けていた。ときおり、アカネの忍者仕込みの技を受けたのか悲痛な色を宿した悲鳴が上がる。

 

「やっぱりキュルケは友達思いねルイズ」

「何言ってるのナツミ?」

「だから、キュルケはルイズが心ぱ、もごもが!?」

(黙りなさいナツミ!)

(もごもご)

 

 三人がじゃれていると、尋問を終えたのか二人が戻ってくる。

 

「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言っています」

「ふむ……、なら捨て置こう」

「いや、ちょい待って。あたしが尋問した奴は、女に頼まれたって言ってけど?後、もし捕まったら物取りだ。とだけ言えと言われたって」

「……そうか。ならこの町の衛士に引き渡した方が良さそうだな」

「ん?」

 

 ギーシュが手に入れた情報とは違う情報を手に入れたアカネをじろりと見やるとワルドはそう言った。その瞳には一切の感情が浮かんでいないようにナツミには見えた。

 

「アカネ、どんな尋問したの?」

 

 ナツミがギーシュの尋問では喋らなかった賊からそんな情報を聞き出した方法を興味本位で聞く。

 

「えーと、まず、腕を縛って猛毒を塗った苦無を手の甲にぶっ差して、腕が腐るの見せ……」

「もういい」

「えー、あと師匠特製の秘薬を……」

「もういいから!」

 

 明るい声でおぞましいことを話し出すアカネをなんとか制止するナツミ。見た目は年頃の少女でも中身は忍者。やるときは結構えぐいことを平気でこなしてしまうのだ。今回は死者が出なかったのがせめても救いではあった。

 ここにきてナツミはさらにどっと疲れが出たのか目の下には隈が浮かんでいた。

 

 

 

 

 王女とナツミ達、ワルドの極少数しか知らないはずの任務。にも拘わらず自分達を狙えと指示された賊の襲撃。しかも任務自体は昨晩依頼されたにも関わらず、通常馬で二日かかるこのラ・ロシェールでの待ち伏せ。

 アンリエッタ王女依頼の任務はここにきて、きな臭さを漂わせ始めた。

 

 ラ・ロシェールはもう近い。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 港町の夜

 ラ・ローシェルに到着した一行は、街で一番上等な宿、女神の杵亭に宿泊することになった。女神の杵亭は貴族を相手にする宿というだけのことはあって、所々に豪華な装飾品をあつらえており、テーブルなど大理石を一枚の岩から削り出して作ってあるほどだ。比較すのも間違いだがフラットのテーブルとは比べ物にならない。

 現在、ワルドとルイズが桟橋に乗船の許可を取りに向かっており、残りのメンバーは宿の一階の酒場で二人を待っていた。ちなみに既にタバサとキュルケには任務の内容は伝えてないが、アルビオンに行く事は話していた。そもそも腹芸に疎く、裏表のない性格のナツミに秘密を守り通す事は難しいのだ。

 なんとかナツミが一番の秘密を守っていると、桟橋から二人が戻ってきた。

 

「待たせたね。アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」

「急ぎの任務なのに……」

 

 

 話によると、アルビオンに向かうには、特定の条件が揃わないかぎり船が出せないため為、出向は早くても明後日となるそうだ。

 

「あ~良かった。とりあえず明日は休めるのね」

 

 そういうとナツミは胸を撫で下ろす。よっぽど今日の乗馬が応えたのであろう。その声色は喜びに満ちていた。

 

「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋はとっておいたよ」

 

 ワルドは鍵束を取り出すと、机の上に乗せた。

 

「キュルケとタバサは相部屋。ナツミとアカネも相部屋、そしてギーシュが一人、そして僕とルイズが同室だ」

「「は?」」

 

 ワルドのとんでもない言葉に思わずアカネとナツミは間抜けな声をあげてしまった。さらっと言っているが、ワルドの発言は年頃の少女であるナツミとアカネにはインパクトがあり過ぎた。

 

「婚約者だからな。当然だろう?」

「そ、そんなダメよ!まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」

 

 ワルドのさも当然という態度に、ルイズは思わず大声をあげてしまった。

 

「いや、まずいしょ?年頃の男女が二人ってのは」

「うんうん」

 

 アカネがワルドに苦言を呈し、ナツミもそれに同意する。婚約者同士だから問題無い。と言ってる時点でルイズになにがしかを行おうとしているのではないかと二人は感ぐっていた。

 

(姫様の極秘任務中に何をしようとしてんのよ。やっぱりワルドさんってロリコンってやつかしら?)

 

 などとナツミは思っていた。ワルドはナツミがそんなことを思っているとは露とも知らず。

 

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

 

とえらく真剣な態度でルイズの手を握っていた。

 

 

 

 

 

「ルイズが心配ね」

「大丈夫だって相棒。相棒の居た世界じゃ分からねぇが、こっちじゃ十代で結婚なんて当たり前だぜ?なんなら相棒にはそんな相手いねぇのかい?」

「あんたにきいたあたしが馬鹿だったわ」

 

 そう言ってナツミはデルフリンガーとの会話をぶつ切りにする。

ナツミは心情をデルフリンガーに吐露するが帰って来た言葉はむしろ心配を助長するものや、相棒たるナツミのからかいであった。

 

 ちなみにアカネは、屋根裏に上り、ワルドとルイズの部屋を監視していた。ナツミからの頼みごとではなくアカネ自身が希望してのことだった。デバガメにならないことをナツミは祈っていた。

 

「相棒~怒るなよ。悪かったって」

「…別に怒っちゃいなけどさ」

「怒っちゃいないならいいけどさ。相棒だっていい年だろ?浮いた話の一つや二つあるだろ?」

「ないわよ。そんなの」

 

 デルフリンガーはナツミは怒ってないと見るや先程の話を蒸し返す。ナツミから聞く異世界での悪魔たちの戦いは六千年もこの世にあるデルフリンガーにも、非常に血沸き肉躍る(血も肉も無いが)話であった。しかし、たまには自身の相棒たるナツミの年相応の部分も聞きたいと思っていたデルフリンガーはここぞとばかり、聞きたてた。

 

「ホントかぃ?あのソルだっけか?あいつとはなんもないのか?」

「……はぁ?ソルとあたしが?無いわね」

 

 即座に否定するナツミ。

哀れソル。

とは言ってもナツミは別にソルのことを嫌っているわけではない。勝手に元の世界から召喚したうえ、荒野に一人きりで放置した罪は計り知れないが、フラットの今の家族と言える人たちと出会えたのは間違いなくソルのお蔭だし、ナツミが召喚されていなければ、無色の派閥に召喚された魔王により、リィンバウムは滅ぼされていたかもしれないからだ。

それに。

 

(まぁ素直になれないとこはちょっと可愛いかもね)

 

 普段は落ち着き払って冷静なソルだが、ナツミが魔王の力を宿した嫌疑をかけられ、青の派閥に護送された時はお前にいて欲しい、なんて熱い台詞をぶちまけたこともあった。

 

(……ん?今、考えるとあれって……)

 

 そこまで考えるとナツミの顔は急に火照り、赤く染まる。

 

(いや、ソルはそんな知識ないから……親愛とか友愛とか……)

「ぬわぁぁぁぁぁ!!」

 

 思考の海がさらなる大荒れの様相を呈してきたのか、思わず頭を抱え、うめき声をあげるナツミ。

 

「おおお?ど、どうした相棒?」

「……気にしないで、うん。なんでもないわ」

 

 突然の大声に訝しむデルフリンガーを誤魔化すナツミはまだ、思考の海から脱出できないようであった。

 

 

「なはは。おもしろい話をしてんね」

 

 そのとき、言葉とともに天井から一人の少女が降りてきた。鬼妖界の忍、朱の忍匠とも呼ばれる赤髪糸目の少女。アカネである。

 

「ア、アカネ。どうしたの?ルイズは?」

「うーん。なんか危険は無さそうだから戻ってきたー。疲れからもう寝るってさ」

「そっか。一日中移動に費やしたもんね。疲れて当然か……。じゃああたしたちも寝るとしますか?」

「確かに、そこそこ疲れたかも。って誤魔化されないわよー。っでソルがどうしたって?」

 

 ルイズとワルドの部屋の監視の報告終わり、話題が蒸し返されないうちに寝ようと考えたナツミであったが、その作戦はあっさりと忍び少女アカネに看過されていた。伊達に忍びをしているわけでは無い。相手の弱点を即座に見抜くなぞ朝飯前であった。

 

「い、いや別になんとも思ってないわよ?」

「ほんと~?なんか思うとこがあったんじゃないの?」

(く、流石(?)忍者ね……)

「無いわよ。あえていうなら家族よ家族」

「じ――。……まぁいいや~。どうせ口割らないでしょうし」

(下手に煽って避けるようになると面白くないしね。……ふふ適度にからかうのが一番ね)

「割るも割らないも中身が無ければ意味ないでしょ。ってかルイズ達はどんな感じだったの?」

「ワルドがルイズにプロポーズしてた」

「はあああ!?」

 

 思いもよらぬアカネの言葉に先ほどの困惑をぶっ飛ばす勢いでナツミは驚いていた。

二人が婚約者であるのは今朝聞いていし、いずれは結婚するのは分かっていたが、なぜこのタイミングでプロポーズするのかが分からなかった。

 ルイズの話では二人は十年ぶりぐらいに再会したらしいし、なにより今は国の存亡がかかっているといっても過言ではないほどの極秘任務の真っ最中だ。その上明、後日には生死入り乱れた戦場に足を踏み入れるのだ。そんな危険地帯に赴くのにわざわざルイズの集中力を損なわせることをなぜワルドは言ったのだろうか。

 ナツミは頭を傾げるが答えは出てこなかった。

 

「うん。多分ナツミが考えている通り、あたしも、もうちょっと時と場所を考えろって言いたいね」

「うーん。まぁ考えてもしょうがないか。久しぶりに見たルイズが可愛すぎて我慢がならなかったとか」

「もしかして、借金しすぎて公爵家の援助目当てとか」

 

 二人が勝手にワルドの今回のプロポーズについて考察する中、夜は耽って行くのであった。

 

 

 翌朝、ナツミとアカネは二人で、宿の中庭へと繰り出していた。中庭には多くの空き樽が積まれていたが、それでも十分すぎるほど広い。流石、街一番の宿と言ったところであろうか。

 

 二人がこの中庭を訪れた理由は単純明快。

 訓練のためであった。

 ナツミは魔王討伐以来の習慣として、アカネは師匠の教育の賜物というか、訓練をサボると何故かすぐにバレるからだ。

 

「あーめんどいけど体、動かさないと落ち着かないのよね~」

「アカネも?あたしもなんだよね。習慣って恐ろしいわ」

 

 そう言いあうとそれぞれの得物を構えあう。

 アカネは苦無と刀、ナツミはデルフリンガーだ。

 

「訓練たぁ。真面目だねぇ相棒!」

「褒めても何もでないわよ!っとぉ!?」

 

 デルフリンガーと他愛もない会話をしていると、その隙をついてアカネが苦無を投げた。

デルフリンガーを構え、ルーンを発動させていたナツミは紙一重で、アカネの苦無を回避した。

 

「いきなり投げないでよ!」

「なはは!忍者に隙を見せるのが悪い!」

「言ったわね!」

 

 言い放つとナツミは地面を舐めるように走り出す。倒れる寸前まで体を低く走るナツミは風のごとき速さでアカネの元にたどり着くと同時に右手に構えたデルフリンガーを薙ぐように振るう。錆びついたデルフリンガーがアカネを打ち据えた。と思った瞬間、アカネの姿が一瞬で掻き消える。

 

「サルトビの術!?」

 

 高低差を無視した高速移動忍術。

 相手の後ろを取るのはもちろんだが、他の場所への移動可能な万能忍術。

 

「はっ!」

 

 後ろを振り向く間も惜しむように、全身から魔力を放出し空気の壁とするが、背後にいると予想したアカネはそこにはいなかった。即座に辺りを確認するがアカネの姿は一切見えない。

 

 隠密。

 

 忍びが持つ、スキルの一つである。

相手への攻撃を起こさぬ限り、真横にいたとしてもその姿をまったく悟らせない忍術である。アカネはナツミの攻撃をサルトビの術で回避したのちに隠密を用い自らの姿を隠していた。馬鹿正直にナツミと打ち合えば、ただでさえ修羅場と呼べる歴戦の経験とエルゴの王の名に相応しい魔力を持つ上に、ルーンの加護を持つナツミには流石のアカネでも勝てない。

 ならば自らがもつ忍者のスキルを用い、搦め手で行けばよい。もとより忍者とはそういった戦いを得意とする者達だ。

 

 ナツミの頬に汗が伝う。一向にアカネは仕掛けてこない。持久戦に持ち込み、ナツミの集中力を削ぎ、隙を突こうという策を分かっていても手出しが出来ない。忍者らしい、いやらしい戦いかと言えた。

 ……僅かな時がどこまでも引き延ばされる様に思える緊張の時間であったが、その幕切れはあっけないものであった。

 

「ワルド。来いって言うから、来てみれば、何してるの?覗き?」

「ルイズ、もう来てしまったのか?」

「貴方が来いって言ったんでしょ」

 

 二人が極度の集中状態にあったなか、そんな会話が中庭に響いた。ナツミがふとそちらを見やるとワルドとルイズが並んで立っているではないか。

 

「ありゃ?見られちゃったか~」

 

 そう声がナツミの耳元から聞こえたと思うと、ふっとナツミのすぐ背後にアカネが現れた。

 

「わわっ!?そ、そんなとこに居たの!?」

「なはは、気取られないように大分気を使ったけどね。あと一分二人が来なければ詰んでたね」

「ぐっ、最初の一撃が決まってれば…」

「……なはは、いやいや、あれ食らってたら間違いなく骨まで逝ってたよ」

 

 アカネが顔を青ざめさせながら呟いているとパチパチとワルドから拍手が送られてきた。

 

「ははは!これは良いもの見させて貰ったよ!」

「ワルドさん?」

「いや、二人がルイズを守るに足る人物かどうか決闘でもしようと思っていたが、その必要は無かったようだ。流石ガンダールブだね」

「ガンダールヴ……って、あの?」

 

ワルドの言葉に彼の隣に居たルイズが首を傾げる。

 

「ああ、そうだよルイズ。かつて始祖の使い魔が用いていた四つの使い魔の一柱。神の楯ガンダールヴ。一騎当千の実力を誇る英傑。そうでなければ、ただのメイジしかも女の子があの剣を片手で扱うなんてそうできることではないからね」

「……」

 

 いや、普通に使えます。と思わず言いそうになるナツミだが面倒なので黙る。というか実際は一騎当千どころか数万の悪魔に憑りつかれた人間を一方的に倒せるというバカげた力を持っている。

 

「なに魔法衛士隊という職業柄、強者には興味があってね。フーケを尋問した際に片手で剣を扱うならまだしも、巨大なゴーレムの腕を両断する少女の話を聞いてね。興味があって調べたところガンダールブに辿り着いたのさ」

「そうなんですか」

 

 ナツミはワルドの会話の内容に若干の違和感を覚えたが、大して気にもせずそれを流す。

 

「土くれのフーケを捕まえた腕でも試そうと思ったが、先程の二人の決闘で十分理解できた。これで失礼するよ」

 

 ワルドは髭を一撫でするとルイズを伴い、朝食に向かっていった。

 

「なんか萎えたね」

「なはは、あたしたちも朝食にしよっか」

 

 お互い師匠がいないと若干、訓練も甘くなる二人であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 奇襲!フーケ再び

「……ふぅ」

 

 夜もまだ更けきれぬ中、ナツミは一人でアカネと自身にあてがわれた部屋のベランダで、喉へ良く冷えたアイスティーを流し込む。ナツミ以外のメンバーは、明日にも戦場たるアルビオンに向かう恐怖を誤魔化すためか、宴会としゃれ込んでいた。

 恐怖心とは甚だ無縁のナツミだったが、リィンバウムに召喚されて以来、なんとなく夜はこうやって一人で黄昏ることが多かった。

 

(そういえば、結構リプレと夜会話……じゃなくて夜におしゃべりしてたなぁ)

 

 そして、一人で居るとほぼ例外無く誰かが語りかけてくれてた事も同時に思い出す。そんな優しい思い出に浸っていると、程よい風量の風がナツミの肌を撫ぜ、さっきまでお風呂に浸かって火照った体をやんわりと涼める。

 

(良い風)

 

 水気を帯びたナツミの美しい髪がハルケギニアの夜空に静かな靡いていた。

 

 

 月の光をその瞳に写しナツミは暫く、無言のままベランダの縁に体を預けていた。傍から見れば、凛とした佇まいの少女が月光に照らされているという絵になる光景がそこには存在していた。だが、その常人では侵すことを躊躇う雰囲気をぶち壊す物がここには居た。

 

「どうしたい?相棒、黄昏てよ」

 

 雰囲気を見事にぶち壊した物。それはハルケギニアでナツミが見つけた剣、デルフリンガー。ガンダールヴのルーンを得た現在ではサモナイトソードを使うと予想外の力を出してしまうため、意外に使用頻度が多いナツミの第二の愛剣である。なにより、六〇〇〇年という長きに亘って存在した剣だけあって、物知りでナツミの知識不足を補う利点を持つという素晴らしい剣だった。

 

「うーん。月を見てたらね、思い出しちゃってさ」

「月?こっちに来てから何回も見てるだろ?今更じゃないのか?」

 

 服はいつもの服だが、流石に風呂上りに剣を背中に背負う気には慣れなかったのか、ベランダの脇にサモナイトソードと共に並べられたデルフリンガーが納得できないようにナツミに問う。

 

「……リィンバウムも名も無き世界って言われてる私の生まれた世界でも、月は一つっきりなんだよね」

 

 ぽつりと感傷に浸るように話すナツミ。だが不思議とそこには悲しみは少ないように見える。

 

「そうか、今日は二つの月が重なる日か、確かに今夜は月は一つっきりしかないように見えるな」

 

 デルフリンガーが納得の声をあげる先、そこには普段、赤い月と白い月が夜空を浮かんでいるはずが、今晩は白い月しか浮かんでいない。それは赤い月は現在、白い月に影に隠れており、見かけ上、白い月だけが夜空に浮かんでいるように見えるのだ。

 

 

 ナツミは飽きもせずに月を眺めるが、それを中断させる第三の声があがった。

 

「生まれた世界?」

「うわぁ!?た、タバサ?びっくりした」

 

 蒼い髪の少女―タバサ―が首を傾げ、ナツミに質問を投げかけた。タバサはキュルケに拉致された時に来ていたであろうナイトキャップとパジャマのままであった。

 突然のタバサの登場に大げさに驚くナツミ、先程のシリアスな様子は皆無であった。

 

「りぃんばうむってところが貴女の生まれた世界じゃないの?」

 

 そんな驚くナツミをスルーして、タバサは彼女にしては饒舌に先程の疑問を繰り返す。どうやらナツミとデルフリンガーとの会話は始めからタバサに聞かれていたようであった。

 

「あーそっか。この前はあたしがリィンバウムから召喚されたってことと召喚術の話しかしてなかったけ?」

(こくん)

 

 タバサは首肯を用いナツミの疑問に答える。ナツミがタバサへ召喚術の話をしたのは数日前、フーケのゴーレムを学院内で迎撃した際、ワイバーンなどを彼女の前で召喚してしまい、その説明をしたときだ。

 フーケが宝物庫を荒らしたりと、学院内も騒然としていたので大まかな事しか話していなかったのだ。

 

「そっか。まぁ大したことじゃないんだけどね。そのリィンバウムってとこも、元いた世界つまり、あたしが生まれた世界から召喚して訪れたとこなんだ。まぁ二回も異世界に召喚されちゃったことだよ」

「……」

 

 一つきりしか見えない月のせいか、ナツミはこの世界でルイズにしか話していなかった事まで、タバサに告げていた。タバサはこの世界の住民からすれば荒唐無稽としか言えない話を茶々を入れずに聞いていた。

そして、ナツミがリィンバウムを侵略せんとした魔王を倒したくだりでタバサは急にそれまでとは違った反応を見せた。

 

「……勇者さま?」

 

 そう言うタバサの瞳はなぜかきらきらと輝いているようにナツミには見えたが気にしないことにし、おしゃべりを続行する。世界を救ったのは紛れもない事実だが、英雄だの勇者だの言われるのは実のところ恥ずかしいのだ。

 

「あはは……、まぁ見る人から見ればそういうのにも見えるかもね」

 

 そんな、高尚なもんじゃないけど、と続けようとしたナツミの言葉は突然現れた巨大な影により中断された。

 

「ん?」

 

 疑問に思いナツミがふと窓を見ると、先程は眩しいほどに夜空を照らしていた月が、大きな影に隠れていた。そう巨大すぎる岩の影によって。

 

「ゴーレム」

「えっ?」

 

 タバサがぽつりと告げながら、どこに隠してあったかも知れぬ、自らの身の丈ほどもある杖を構えた。タバサがゴーレムと告げた大きな影がゆらりと動くとその背に隠れていた月光が差し、ゴーレムがその巨体を露わにする。

 

「フーケ!」

 

 ナツミがそう叫ぶ先には月明かりに照らされ、ゴーレムの右肩にフーケが座っていた。

 

「貴女、捕まってたんじゃないの?」

「ふふ、覚えてくれていて光栄ね。お嬢ちゃん、それにね、あたしみたいな美人は牢屋にいたんじゃもったいないってでしてくれた人がいたのさ」

「……たしかに、貴女は美人だけどさ、罪は償わないといけないんじゃないの」

 

 ナツミからの突っ込みを期待してわざわざ自分で美人と言ったのに、軽く天然気味のナツミはそれを素直に受け取る。

 

「む、や、やりずらいわね。そこは反論するとこでしょ」

「なにが?」

 

 フーケもフーケで何処か純情なのか、顔を若干赤く染めてナツミに文句を言うが、その文句も当然ナツミには通じなかった。

 

「く、本当にやりずらい娘だね!。まぁおしゃべりはここで終わりよ!」

 

 それまでの会話を終わりにすると、フーケは長い髪をかき上げ、声を高らかに上げる。主の意を汲んだゴーレムはその巨大な拳を振り上げ、ナツミ達へと振り下ろした。

 

「タバサ!」

 

 ナツミは壁に立てかけてあったデルフリンガーとサモナイトソードを抱えると、ルーンを発動させタバサを抱え上げる。そのまま、一階へと向かい宴会中の皆に合流しようとナツミは考えたが、その考えはタバサによって中断された。

 

「このまま跳んで」

「えっ」

「いいから」

 

 有無を言わせぬタバサの言葉と迫り来るゴーレムの巨腕に急かされ、ナツミはベランダからフーケ目掛け思い切り跳ぶ。

 

「何!?」

「喰らえええええ!」

 

 流石にベランダから自分目がけて飛んでくるとは思わなかったのか、フーケが慌てた声をあげるが、時は既に遅く、ナツミの跳び蹴りが彼女の顔面へと突き刺さる寸前であった。

 

「エアーハンマー」

 

 まさにフーケの顔面がナツミにより蹴り抜かれる、その瞬間、フーケの真横から低い男の声で呪文が唱えられる。声のする方向を見る間はナツミは無かったが、そこには黒いローブを纏い、仮面で素顔を隠す怪しい人物が杖をこちらに向けていた。

 

「っエアーハンマー!」

 

 それより僅かに遅く、ナツミの右手に抱えられていたタバサの声が響く。瞬間、ナツミとタバサの体は突風に煽られた様に、吹き飛んだ。

 

「くぅぅっ」

「―――っ!」

 

 思わず二人は苦悶の声をあげるが、それで運命が変えられるわけもなく、二人はフーケか ら大きく離れた場所まで、飛ばされる。そのまま、地面へと叩き付けられるかと思いきや、ナツミは器用に体勢を立て直すと、音も無く地面へと降り立った。

 

「どうやら、もう一人いたみたいね」

「多分。スクエアクラス、わたしより強い」

 

 無表情にそう告げるタバサであったが、口にした言葉にはやや不機嫌の色がついてるようであった。

 

 

 うおおお!

 タバサとナツミが油断なく、ゴーレムと対峙していると、宿の方から、幾人もの男の声が響いていた。視線のみ、そちらを二人が見やると、傭兵と思われる鎧を着こんだ男たちがナツミ達が宿泊していた宿を囲んでいる。ときおり、突風や炎が彼らを襲い彼らを迎撃している為、どうやらフーケがルイズ一行を狙って、雇い入れた傭兵達であろう。

 今のところ、善戦しているようであったが、流石に多勢に無勢、いずれ均衡は破られるだろう。というかこのゴーレムとスクエアと思われる謎のメイジがあの場に入っただけで容易く今の均衡は破られてしまうだろう。

 

「……タバサ、あたしがこいつらを相手にするわ」

「……」

 

 ナツミはデルフリンガーとサモナイトソードを構えタバサの前に出る。ナツミの戦意に呼応し魔力がサモナイトソードから溢れ出し、服をばさばさと靡かせた。

 タバサはナツミと宿の方をそれぞれ見やると困ったような顔をした。ナツミの実力は相当なものだと理解していても、未だナツミの力の底を知らないタバサはトライアングル、スクエアメイジを両方を相手するのは可能なのかと判断に迷っていたのだ。

 

「大丈夫よタバサ。勇者様に任せなさい!」

 

 タバサを安心させるために、先程タバサが言っていた言葉を持ち出してナツミはにっこりと笑う。その笑顔を受け、タバサは真剣な顔で頷いた。

 

「気を付けて」

 

 その言葉を残して、タバサは宿へと駆けて行った。

 

「ふん!あんたさえ足止め出来れば、どうとでもなるさ!」

 

 フーケはタバサには見向きもせず、ナツミへとゴーレムを向ける。ゴーレムはフーケの命を受け、今度はその巨大な足でナツミを踏み潰そうとする。

 ナツミは右手に構えたサモナイトソードを通じ、更なる魔力を引き出す。サモナイトソードは即座に蒼い光を溢れさせ、主の意を汲んだ。

 

 ナツミがサモナイトソードを油断無く構え、己を踏みつぶさんとする足を迎撃しようと剣を振り抜く。

 その瞬間、ナツミの視界が白く染まった。

 

 

 

 

 フーケはその光景を見て、息を呑んでいた。流石に、自分を捕まえたあのナツミとかいう少女には多少の恨みはあったが、あの年頃の、しかも貴族でもない少女を殺す気は無かった。せいぜい、痛めつけようという気持であった。

 平民を平気で殺す。そんな自分の大嫌いな貴族と同じことをしたくはなかったのだ。例えそれが妙な力を持つ変な使い魔であろうとも、フーケが巨大なゴーレムで彼女を襲ったのは、どうせあの少女ならなんなく防ぐだろうという歪な信頼があったからだ。

 

 だが、フーケのゴーレムは容赦なく彼女を踏み潰していた。

 確かに、ナツミはゴーレムの足が迫る直前に剣を構え、いざ剣を振ろうとした。だが、その瞬間を狙って、フーケの隣にいた仮面の男が風の系統魔法の中でも、殺傷能力の高いライトニング・クラウドをナツミに向かって放ったのだ。ゴーレムの迎撃に集中していたナツミにそれを防ぐ術は無かった。

 ライトニングクラウドで全身を黒焦げにされた上ダメ押しのフーケのゴーレムの踏みつけ。

 ナツミの生死など確認するまでも無かった。

 

「……あんた。ここまでしなくてもよかったんじゃないかい」

 

 フーケが苦虫を噛んだように、仮面の男に問う。

 

「いや、これでいい。連中の中で一番厄介なのは間違いなく彼女だったからな」

「魔法衛士隊の隊長さんじゃないのかい?」

「ああ、あれはあれでやりようがあるからな、彼女ほど手を煩わせることはないだろう」

「そうかい」

「気にするな、平民の娘が一人死んだと思えばいい、――っ!?」

 

 仮面の男が冷たく言い放つと同時に、ゴーレムがぐらりと揺れる。揺れた震源は先ほどナツミを踏んだはずの右足。

 

「ま、まさか……」

 

 ゴーレムの右足と地面の間から蒼き光が漏れ出した。光は圧力を持ってフーケのゴーレムを押し返す。

 

「あぶないわね、死んだらどうすんのよ!」

 

 蒼き光を纏う異世界の英雄、誓約者《リンカ―》が、体の所々を傷つけながらもそこには立っていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 月下の攻防

 

 

 蒼き光を纏ったナツミは、自らを押し潰す寸前まで追い詰めたゴーレムの足をその蒼い光の圧力で排除しようとしていた。数十トンの重さをも物ともしないその力はフーケにどうしようも無い程の恐れを抱かせていた。

 

(この娘、なんだっていうんだい!?)

 

 

数分前のライトニング・クラウドの電撃で一瞬ではあるが、意識を失ったナツミに迫りくるゴーレムの足を回避する術は無くナツミは白く染まる意識の中、万が一を覚悟しサモナイトソードを握り魔力を放出し、身に纏わせていた。ゴーレムはその魔力ごとナツミを踏み潰したが、魔力に守られたナツミを傷つけることは叶わず、ナツミの体を魔力ごと地面にめり込ませるのが関の山であったのだ。

 

 

 ゴーレムの足の下、いまだに先のライトニング・クラウドの後遺症なのか、ナツミは全身に引き攣るような痛みを覚えていた。こちらの世界の魔法の知識が無いためナツミは気付いていなかったが、ライトニング・クラウドをまともに受け、その程度のダメージしか負っていないのははっきり言って異常である。

 本来のライトニング・クラウドは電撃により、全身の毛細血管を破裂させ死に至らしめる強力な対人魔法である。その魔法を受けて多少の焦げ目で済んでいるのは誓約者としての膨大な魔力から派生した防御力ゆえであろう。

 そんな事は露知らずナツミは、電撃とゴーレムの踏み付けを貰い、かなり頭に来ていた。

 

「あぶないわね、死んだらどうすんのよ!」

 

 叫ぶと同時、一層強い魔力が放出され、信じられないことにナツミはゴーレムの足を魔力を用いて軽々と持ち上げる。片足を持ち上げられたゴーレムは踏鞴を踏み、持ち上げられた足をナツミの真横にずらされた。

 

「どんだけしぶといんだい!あんたは!?」

 

 フーケが驚きと恐怖を滲ませた声をあげる。ハルケギニアの知識ではありえない事態に思わず攻撃することすら忘れたフーケ。その隙を逃すナツミでは無かった。

 

「はあああああ!」

 

 先程は仮面の男に防がれた斬撃を再び放つ。蒼き光と化した斬撃はフーケのゴーレムを袈裟懸けに切り裂いた。

 左の肩口を中心に真っ二つとなったゴーレムはその量にあった土へと還って行く。

 

「わあああ!」

「くっ!」

 

 思い思いの声をあげ二人の下手人は地面へと落下していく。二人とも驚きの声をあげてはいたが、名の知れたフーケはもとより、仮面の男も地面へと落下する前にレビテーションを即座に唱え危なげなく地面へと降り立った。

 

「ふっ小娘と思い侮ったな。しかし、ライトニング・クラウドの直撃を受けその程度とは自信を無くすな」

 

 ナツミの思わぬ反撃に驚いていた仮面の男であったが地面に降り立った今では、冷静にナツミの出方を見計らっていた。彼からしてもライトニングクラウドが本命で、ゴーレムによる踏み付けはあくまでダメ押しに過ぎなかったのだ。足止めが目的とはいえ、ここまで常軌を逸していると何をしていいかも分からなかった。

 

 

 

 

「あはは!そら!」

 

 ナツミがフーケのゴーレムに踏まれていた頃、傭兵達に襲われていた宿の酒場に高らか笑い声が響いていた。声の発生源は火のトライアングルの『微熱』のキュルケ。

 祖国ゲルマニアでは武門として名高いツェルプストー家の彼女は久しぶりの鉄火場に闘争心が燃えに燃えていた。

 

「あたしの炎の威力を見た?火傷したくなかったら、おうちに帰んなさい!あっはっは!」

「くっ僕だって…ワルキューレ!」

 

 文字通り燃えに燃えるフーケに触発されたのかギーシュも隙を見てワルキューレを突っ込ませる。しかし、まだ後方に控えていた傭兵達の弓の一斉射撃を受けあっという間にその形を歪ませ転倒した。そんな情けないギーシュのゴーレムに思わずルイズが声をあげる。

 

「情けないわね」

「ぐぐぅ」

 

 思わず唸るギーシュ。ちなみに、ルイズは土のドットと見せかけてロックマテリアルを傭兵たちの頭にぶつけていた。

 

「あれ?ルイズ、貴女いつの間に魔法が使えるようになったの?」

「え?え、えっと……ナ、ナツミを召喚してしばらく経ってから……かな」

「……」

「サ、サモン・サーヴァントとかでコツを掴んだのか……な?」

「……ふぅん」

 

 無論、ルイズが急に爆発させずに魔法を使えば、疑問に覚える者も居るわけで、キュルケはじろりとルイズにうろんげな視線を送る。ルイズはルイズでばればれの演技をして誤魔化した。それを分からないキュルケでは無かったが、状況が状況であったので、疑問を一時棚上げにすることにしたようだった。

 彼女としては下手をすれば足手まといが二人になっていたかもしれない状況で、的確に相手の頭に岩を落として意識を狩り取るルイズが居て助かっていたのだ。追及は何時でも出来る。

 そんななか、ルイズの隣で風のスペルで敵を吹き飛ばしていたワルドが低い声でしゃべり出す。

 

「まずいな…」

「ワルドどうしたの?」

「いや、一見優勢に見えるが魔法が尽きればそれもいずれ破られる」

 

 ワルドはそこで会話を止めると、皆を見やる。

 

「いいか諸君。このような任務では、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」

「つまり、囮と本命に分けるってことだね~」

 

 苦無を傭兵達へ投擲していたアカネは糸目の片方だけを開け、声をあげた。

 

「ああ、傭兵も数が多い。任務を知っている僕とルイズだけで桟橋に向かう。残りは囮でいいかい?」

「OK」

「了解!」

「えっ?」

 

 即座にワルドの意図を汲んだキュルケとアカネだったがギーシュは分かってないのか困惑の声をあげていた。

 

「行くよ、ルイズ」

「えっでも……敵もあんなにいっぱいいるのに……」

「大丈夫……とは言い切れないが仕方が無い。このままこうしていては任務もこなせない。そうなればどうなるか……。言わなくても分かるだろう?」

「……っ」

 

 残していく皆が心配なのと、アンリエッタから依頼された国の運命を左右する任務との間で揺れるルイズ。そんなルイズにキュルケが普段通りにからかいをかけてくる。

 

「なにだんまりを決め込んでるかしらミス・ヴァリエール。あたしは今に乗り乗ってるの。あんまり大勢でいると仲間まで燃やしちゃうわよ?……もしかしてあたし達を心配してるのかしら?」

「な、なに言ってるのよ!別に心配なんてしてないわよ」

 

 内心を言い当てられたルイズであったが生来の意地っ張り故に思わず強く言い返してしまった。

 

「なら行きなさい。どうせあたしは任務ってのを知らないから適任なのよ」

 

 そう言って赤い髪をかき上げるキュルケはいつものふざけた様子は一切なく、ルイズを諭すような優しささえ浮かんでいるように見える。

 

「……分かったわ。でも無理はしないで」

 

 ぺこりと頭を下げ、ルイズはワルドと共に裏口へと向かった。

 

「ったく調子狂うわね」

 

 ふふっとキュルケは微笑むながら呟く。そんな彼女を見てアカネが言う。

 

「貴女達って仲良いのか悪いのか分かんないわ。そらっ!」

「まぁ、良くも悪くもないわね。ほっとけないって感じかしらっと!」

 

 会話しながらも器用に相手を捌いていく二人。

 

「な、なにをのんきに会話してるんだい!もっと緊張感をだね!っひぃ!」

 

 ギーシュはそんな二人とは対照的に矢が横を掠めるたびにひぃひぃ声をあげている。先程まで風の魔法で矢を逸らしていたワルドが居なくなったため、キュルケ達へ飛んでくる矢が多くなったためだ。

 

「確かに、ワルドが居なくなって防御できる人が居なくなったのが痛いね。攻撃はあたしとキュルケでできるけど……」

「お、おい、僕が入ってないぞ!」

「このままじゃジリ賃ね。アカネなんとか出来ない?」

「う~ん。サルトビの術で相手の背後を取れるけど、攻撃の手を緩めると真正面から潰されちゃうし……うむ、こうなった召喚術で……ってダメよねぇ」

「僕を無視するなぁ!!」

 

「うぐぅ」

「があっ」

 

 アカネとキュルケが作戦を考え、ギーシュが一人喚いていると、傭兵側から苦悶の声が幾つも聞こえてくる。何事かと三人が物陰から頭を覗かせると、何人もの男が中を舞っていると光景が目に飛び込んできた。

 

「な、なにが?」

「!見て、あそこ!」

 

 アカネが指を差した方向には、杖を縦横無尽に振り回し、そこから発生させた風で傭兵達をぶっ飛ばず蒼い髪に少女―タバサ―がいた。

 

「タバサ!」

 

 キュルケは無二の親友であるタバサが援軍現れ嬉しそうに彼女の名を叫ぶ。アカネはそれを好機と見るやサルトビの術を用い、タバサの魔法で吹き飛ばされていない傭兵の背後に即座に移動しその意識を刈り取った。

 一陣の風により、乱された傭兵達を無力化するのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 あっという間に傭兵達を沈黙させると、タバサがアカネへと駆け寄ってくる。

 

「ん?タバサどうしたの?」

「フーケとナツミが戦ってる」

「―っ!」

 

 タバサの言葉を受け、アカネが顔がすっと強張った。

 

「どこ?」

「向こう」

「……。タバサは二人に付いてあげて、ちょっち様子見てくるわ」

「……分かった」

 

 二人は短い会話を交わし、アカネはそれが終わると瞬く間に夜の闇に溶けて行った。

 

 

 夜の闇を裂くようにアカネは疾走する。幸いナツミは宿とは然程離れてはいないところでフーケと見慣れぬ仮面の男と戦っていた。

 

 

 

 仮面の男は焦っていた。事前に野盗の仕業に見せかけ傭兵を仕掛け実力を量り、ナツミが剣の腕も立つ風のメイジと当りをつけ、物理攻撃……つまりフーケのゴーレムで叩き潰すという作戦を立て実行した。作戦の決行に当たり、万が一防がれた時を考え、一撃で人を即死可能な風の魔法、ライトニング・クラウドを先にぶつけた。

 作戦は見事に成功。

 

 したはずだった。

 

「くっ手ごわい!」

「もうどうすんだい!向こうも決着尽きそうだよ!」

 

 それがどうだ。

 現在はフーケと仮面の男は苦戦を強いられていた。蒼い光を纏うナツミの実力は、仮面の男の予想を遥かに越えて強大な力で二人に襲いかかる。そこらのメイジよりは多少が腕が立つ程度と思っていたが、その身に纏う気配はドラゴンにも匹敵しかねない程だった。

 

「はああああ!」

 

 裂帛の気合とともに振られる剣からの衝撃はスクエアスペルにも匹敵する威力で大地を削る。

 

「ちっこのままだとヴァリエールの小娘に逃げられちまうね」

 

 フーケは苛立つように言葉を吐いた。そんなフーケと仮面の男にとって不利な状況は想像もしなかったもので覆る。

 

「ナツミ!大丈夫!?」

「アカネ!?」

「ぴんぴんしてるようにも見えるけど……所々焦げてない?」

「聞かないで……」

 

 突然のアカネの登場に思わずナツミは気を抜き、アカネとの会話に意識の幾らかを裂いた。そんな隙を逃す襲撃者では無かった。

 

「フーケ!」

「あいよ!」

 

 仮面の男の合図にフーケは即座に先程のゴーレムと同規模のゴーレムを作り出した。ゴーレムはその身を倒れこませるように二人に覆い被さってくる

 

「くっサモナイトソード!」

 

 ナツミは右手に持つサモナイトソードから魔力を吸い上げ、巨大な衝撃波として打ち出し、ゴーレムを迎撃する。蒼き光を纏った衝撃波はゴーレムを砕かんと唸りをあげ襲い掛かった。衝撃波は容易くゴーレムの体に食い込み、その体をなんと砂埃へと変化させた。大量の砂埃と化したゴーレムはアカネとナツミの視界を容易く奪う。

 

「ああ!また同じ手を……!!」

「うわっぷ」

 

 ナツミは魔法学院の時と同じ手口でフーケにやられたことを思い出し、思わず歯噛みをするが、サモナイトソードを振るい風を起こし視界を晴らす。

 

「あああ!逃げられた!」

「あちゃ~」

 

 二人はまるで同じ格好で頭を抱えた。

 

 

 

 

「宿の方はどうなったの?」

「ん~もう終わったよ」

 

 とりあえず当座の危機が去ったのを確認した二人は現状の確認をしていた。ナツミはフーケと怪しい仮面の男に襲われていたことを、アカネは傭兵達に襲われ、アンリエッタ王女の作戦を優先するために、ワルドとルイズを桟橋まで向かわせたことを報告する。

 

「それを早く言いなさいよ!」

「色々あってこっちもそれどころじゃなかったのよ!って言い争ってる場合じゃないでしょ!?」

「くっ場所は分かってるんでしょうね?」

「諜報活動は得意分野で~す。ばっちりよん」

「流石、えっと……おいでクロックラビット。ムーブクロス」

 

 ナツミの言葉とともに、空中から服を着て時計を抱えた兎が現れ二人の体に吸い込まれていった。

 

 ムーブクロス。

 幻獣界に住まう、速さに特化した能力を持つ兎―クロックラビット―を複数を対象とした特殊召喚術の一つである憑依召喚(対象の体に召喚獣を取り憑かせ身体能力を上昇、下降させる召喚術)することで一時的に移動能力を上昇させる召喚術である。

 ただでさえ俊敏な二人がこの術を行使すれば、

 

「行くわよアカネ!」

「あいあいさー」

 

 風にも勝るスピードで疾駆することも可能とする。

 

 

 二人は急ぎ、ルイズ達のもとへ駆ける。

 周囲は先ほどまでの喧騒が嘘のように不気味な静けさを漂わせていた。

 

 




 この三日で二か月分位投稿しているという。
 本当は二章を全部、改稿してからまとめてと思ったのですが、時間が掛かりそうだったので出来てる分を投稿しているというのが、三日連続投稿のカラクリです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話  白き国へ

 

 月明かりに照らされた夜道に二つの人影が映し出される。人影は速さは風のごとく、目的地へと走っていく。もし、その光景を見るものがいたのなら、あまりの速さに目にも止まることは無かったであろう。

元々仲間内でもトップクラスの俊敏さを誇る二人が憑依召喚によって強化された今、そのスピードはグリフォンにも匹敵するほどに早かった。

 

 

 二つの人影、アカネとナツミがルイズ達を追って走り出して数分。未だに二人は彼女達に追いついてはいなかった。存外にフーケ達や傭兵達の戦闘に時間がかかっていたのか、ワルド達の足が速いのか、あるいはその両方なのか。

 それとも……道に迷ったのか。

 アカネの誘導に従い、走っていたナツミは桟橋に向かうはずなのに何故か長い階段を上りつづけるアカネに疑問を覚え始めていた。つまり、アカネがここにきてヘマをかましたのではないかと。そんな考えがよぎったナツミはすかさずアカネに問いかける。

 

「アカネ!本当に桟橋に向かってんの?ここ上ると山とかじゃないでしょうね?」

「うるさいなぁ。黙ってあたしに付いてくればいいのよ」

「いや、道を間違ってたら致命的だと思うんだけど」

 

 非常事態にも関わらず、突っかかってくるナツミにアカネはまさかと思いつつも問いかけた。

 

「……もしかして、アルビオンってどこにあるか知らないとか言わないよね?」

「知らないけど?」

「はぁ……説明すんのも面倒だからそのまま付いてきてよ。このスピードならもうすぐ着くし」

 

 まさかナツミがハルケギニア二日目の自分よりも、この世界に関して知らなかったという事実にアカネは走りながらも器用に肩を落とし、溜息を吐いた。それ以降は会話もなく二人は黙々と長い、長い階段を上りつづける。階段を上り終えるとそこは丘になっており、そこにはあまりにも巨大な樹が立っていた。その大きさは山ほどもあり、天空を覆い尽くすように枝を伸ばしている。

 

「デカっ!なにこれ!?樹?樹なの!?」

「驚くのは良いけど、二人を見つけたわ。さっさと合流するわよ!」

 

 驚きの声をあげながら、走り続けるナツミを促すアカネ。忍者として卓越した視力と夜目を持つ彼女には、巨木の根本に向かって走るルイズとワルドの姿が既に見えていた。

 

 

 

 

 キュルケ達を囮に無事脱出したルイズとワルドの二人は、幸いにも伏兵や罠といった妨害に会うことも無くすんなりと目的地である桟橋のある巨木の根元まで着いていた。そこに来て突然ルイズがその足を止める。

 

「どうしたルイズ?もう疲れたかい?」

「ううん。まだまだ大丈夫よ」

 

 かなりの距離を走っていたが、普段鍛えてあるワルドは元より、魔法を使えない故に魔法に頼らない生活を送っていたルイズもまだ体力には余裕があった。ルイズの顔は疲れとは無縁の理由で顔を蒼くさせていたのだ。

 

「なら、残した仲間が心配かい?」

「……うん」

「気休め程度になるかも分からないが、僕が見た限りあれ以上の敵の増援は無いと見た。火のトライアングルの彼女があのまま戦えるなら、負けは無いと見ていいと思う」

「……ホント?」

 

 ワルドの言葉を聞き、か細げな声で問うルイズの声は、小さな期待を込めたものだった。

ああ、とワルドが不安がるルイズを抱きしめようとした時。

 

「やっと追いついた!」

「ルイズ、大丈夫だった?」

 

 アカネとナツミの大声があたりに響き、ワルドは抱きしめようとした手をすぐに引っ込める。ある意味、空気を読んだとも言えるほどの良いタイミングの声掛けだった。

 

「ナツミ!アカネ!無事だったの?」

 

 言うなり、ルイズはナツミへと抱きつく。そこでナツミは自らに抱きつくルイズが震えていることに気づいた。

 

「まあね、少し焦げたけど……」

「こっちはあの後、タバサが挟み撃ちしてくれて楽勝だったよ」

 

 ナツミは落ち着けるようにルイズの頭を優しげに撫でながら、アカネはその光景を微笑みながらそれぞれ報告する。一向にナツミを離そうとしないルイズであったが、その行動はワルドによって中断された。

 

「コホン!そこまでにしてくれないか?主従の微笑ましい再会に水を差すみたいで悪いんだが。今は緊急事態だ。なにをすべきか分かるだろ?」

「あ、そ、そうね!早くふ、船に向かいましょ!」

「?」

「照れ隠しね……分かりやすい」

 

 婚約者に恥ずかしい場面を見られ、顔を真っ赤にしたルイズは皆を置いてけぼりにして、ずんずんと一人で空洞になった巨木の中へと進んで行く。そのルイズの態度にナツミは頭を傾げ、アカネは何かに気づいたのか、にやりと笑った。

 

 一行が入った巨木の中は吹き抜けのような構造をしており、各枝まで向かう階段が幾つもあった。その内の一つに、ワルドが駆け上り、アカネ、ルイズ、ナツミと続く。

 階段は巨木の大きさに比例しその長さも尋常ではなく、上を見上げるナツミにもその目的地は見えなかった。

 幾分か階段を上るうち、ルイズの後を追いかけてながらも、後ろへの警戒を緩めないナツミの感覚が、後ろから追い縋る足音を察知する。ナツミが振り向くと、フーケとともに逃げた仮面の男がナツミを追いかけてきていた。

 

「どこのホラー映画よあんた!」

 

 仮面を着け、少女を追いかけるその姿に、かつて居た世界で見た映画を思い出すナツミ。だが、過去に見た映画では恐怖を覚えたワンシーンの様な場面にも関わらずナツミは一切の恐怖を感じてはいなかった。もはや、今のナツミの身にはどこぞのホラー映画のチェンソー男や、テレビから這い出てくる怨霊なら一撃粉砕。それどころか怪獣すら倒してしまっても何ら不思議ではない程の力がある。

それに焦がされた上に踏みつけられた恨みもある。やる気は十二分にあった。

 

「相棒、すんげぇ怒ってんな。なんだか知らんがすげぇびんびん感じるぞ。……なんだっけこれ?」

 

 抜き放たれたデルフリンガーはナツミの怒りから、何かを感じ取ったのか一人でぶつぶつ呟いていた。

 

「ナツミどうしたの?」

 

 ナツミの怒鳴り声を不思議に思ったのかルイズが振り向くと、仮面の男は風の魔法でも使ったのか軽々とナツミを跳び越し、ルイズの元へと向かおうとする。だが、仮面の男の想像以上にナツミの足は速かった。

 だがナツミもそれを許す程甘くは無い。仮面の男が飛び上がると同時に、アカネは未だに残る憑依召喚による身体能力で、ルイズの直ぐ背後に追いすがった。

 

「―――っ!?」

 

 仮面の男はナツミのあまりの俊敏さに目を見開き驚くが、すぐに冷静さを取り戻したのか、空中で杖を構えナツミへと向ける。閃光が辺りを照らす。

 

「え――っ!?」

 

 目まぐるしく進行する事態に付いてこれずルイズは驚きの声をあげようとするがその言葉は突然倒れかかってきたナツミの体によって遮られた。ナツミよりも体格の劣るルイズに彼女を支えることが出来ず、二人とも階段に倒れこむ。

 

「痛ぁ!」

「ぐぅ……」

 

 それぞれ苦痛の声をあげる二人。

 

「ナツミっ大丈夫!?」

「ごめん。走り通しで足にきたみたいね(あいつ!)」

 

 急に倒れ込んできたナツミに心配の声を上げるルイズ。

彼女たちを追跡していた仮面の男がそんな隙を逃すはずはないと、言いたいところだが、彼はナツミ達から若干離れたところで、二人―否―ナツミを警戒するように杖を構えていた。

ナツミはそんな男を視界に入れるなり、ダメージを感じさせない動きで起き上がるとデルフリンガーを構え男と対峙する。

 

「ど、どうして襲ってこないのかしら?」

「さあ?」

 

 仮面の男と対峙する二人。仮面の男が警戒したのは、やはりナツミであった。彼は先ほど空中で、ルイズに当たるようにライトニング・クラウドを放ち、それをナツミに受けさせていたのだ。ナツミは彼に目論み通り、主であるルイズを庇い、自らの背でライトニング・クラウドを受けた。

 しかも場所は背中から見て脊椎の位置。人体でも運動に限らずあらゆる生命活動に密接に関わる急所中の急所を狙い撃ちしていたのだ。しかも、背中側とはいえ、その直線状には心臓も有る。運が悪ければショックで心臓が止まっていたかもしれない程の一撃だった。そうでなくても、戦闘不能にするには十分すぎる……はずだった。

 そんな魔法を喰らってもナツミは即座に立ち上がり、ダメージを感じさせずにデルフリンガーを構えている。

 

(信じられん……。どんな体をしているというのだ!?この使い魔化け物か!?)

 

 顔色知れぬ仮面の下、襲撃者の頬を冷や汗が流れた。

 

 

(あいつ!一度ならず二度までも!)

 

 ナツミはルイズに心配かけぬように何事もなかったように振る舞っていたが、ダメージが足に来るほどに消耗していた。流石に昨日の乗馬に加え連戦、マラソンもどきをこなした体に、電撃は彼女と言えども少々辛かった。

 

「ルイズ!」

 

 そのまま硬直状態が続くかと思いきや、階下の異変に気付いたワルドが杖を引き抜きながら駆けつけてくる。ワルドは仮面の男へ杖を向け魔法を唱える。だがその行動はナツミによって止められた。

 

「来たれ!シャインセイバー!!」

 

 いい加減、頭に血が昇ったナツミは、ワルドがいるにも構わず召喚術を唱えた。まだ、錬金とも言い訳ができる分、多少は冷静であるようだが、ワルドほどのメイジを誤魔化せるかどうかは微妙だろう。

 空中から現れたシャインセイバーは仮面の男を貫かんと襲いかかる。

 突然空中から現れたバカみたいな魔力を纏った五本の剣に仮面の男は驚くが、卓越した魔法の使い手故か、それに見合う判断力で剣が当たらぬ位置に己の体を潜り込ませる。仮面の男の予想通り、彼の位置には剣は刺さらない。だが、この場所に限ってはその手は悪手であった。

 

「っ!?」

 

 五本の剣は階段に突き刺さるどころか、易々と貫通し、階段を崩落させた。剣の脇にいた仮面の男は、その崩落に巻き込まれ、階下へと吸い込まれて行った。

 

「大丈夫か?上から見た限り、あの魔法はライトニング・クラウドだな。風の系統の強力な呪文だ。相当な使い手の様だったな」

 

 そういうとワルドは未だに微妙に煙をあげるナツミへと近づきその背中を見る。ナツミの背中は服が破れ、肌が露わになっていた。その肌は本来は年相応に白く滑らかであったであろうが、雷撃に黒く焼かれていた。

 

「ライトニング・クラウド……命を奪うはずの呪文を受けてこの程度か……。本来なら電撃が通り深い裂傷が刻まれるはずなのだが」

 

 ワルドはナツミの背をしげしげと眺めしきりに首を傾げている。そんな、ワルドにナツミは肌を見られて恥ずかしそうな声をあげた。

 

「あ、あの~ワルドさん。その辺で……」

「む、す、すまない」

「あたしは大丈夫なんで行きましょう」

 

 

 

 その後、一行は妨害も無くすんなりと船へと到着することができた。

 だが、出航するには、風石という石が足りず、朝を待たねばならないということであったが、ワルドがその風石の代りをするということで、無事に出航することができた。アルビオンに到着するのは明日の昼頃と言うことでワルド以外はしばしの休息をとることにした。

 

「ナツミ大丈夫?」

「うん。まぁ多少は痛いけど、召喚獣を使えるなら、すぐに治るんだけどね」

「使わないの?」

「服が無いからね。今、治したら傷を見られたワルドに疑われちゃうしね」

「そ、そうね……」

 

 そこでルイズとナツミの会話は途切れた。

 ルイズがナツミに思うところがあったからだ。フリッグの舞踏会で見たナツミの泣き顔。あの時はモナティの召喚でうやむやになっていたがルイズの頭の片隅には常にその時のことがよぎっていたのだ。

 本当は今すぐにでもリィンバウムに帰りたいのではないのか。そんな彼女をハルケギニアに縛るのは自分の我儘ではないかと。そんな事を考えるとどうしてもナツミに対して遠慮してしまうのだ。

 

 

 船員たちの慌ただしい声が響き、船室に光が差して来る。それに反応しルイズは目を覚ました。どうやら考え事をしている最中に寝てしまったようであった。

 

「アルビオンが見えたぞー!」

 

 その声に反応したのかルイズの隣で寝息を立てていたナツミも目を覚ました。

 

「んー?」

「ナツミおはよう」

「ふぁああああ。おはようルイズ着いたの?」

「ううん。まだよ。アルビオンはもう見えるみたいだけど」

 

 ルイズの声に窓に目を向け、アルビオンを眼下を探すがナツミの瞳にはアルビオンは映らない。

 

「見えないよ?」

「ふふ、あっちよ」

 

 笑いながら、ルイズが指さすは空中。

 

「……え?」

「驚いた?」

 

 ナツミはあんぐりと口をあける先には、巨大な大陸が空へ浮いているという壮大かつ馬鹿げた光景が広がっていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 二人は止まらない

 生まれた世界でも、そしてファンタジー溢れるリィンバウムでも見たことがない途方も無い風景にナツミは茫然としていた。

 浮遊大陸アルビオン。

 空中へその身を浮かす、雄大かつ壮大なる大陸が今、ナツミの瞳に映りこんでいた。

 

「浮遊大陸アルビオン。国土はトリステインくらいあるのよ。通称、白の国」

「白の国?」

「大陸の下を見れば分かるわよ」

「下?」

 

 ルイズの言う通りにナツミが視線を移すと、アルビオンから流れる川から溢れた水が、空に落ち込んで大陸の霧となり、霧は白雲となって大陸の下半分を覆っている。

 

「うわあ……。なるほど、だから白の国なのね」

「分かった?」

「うん。すっごく綺麗ね」

 

 ナツミは怪我の痛みも忘れ、すっかりその美しい光景に目を奪われていた。ルイズはそんなナツミの横顔を見て、違和感なく会話できたことにほっと一息つく。

 二人はしばし、言葉も忘れまったりと過ごしていたが、遠くで大きな破裂音がしたかと思うと、船内が慌ただしくなり、ばたばたと船員が走り周っているのが二人の耳にも届き、船が動きを止めた。

 

「うっさいな~」

 

 その音でようやく忍者娘のアカネが目を覚ました。こんな光景を師匠に見られていたらお仕置きものだろう。

 

「なに?なんなの?」

 

 アカネは起きたばかりで機嫌が悪いのか、糸目をこれ以上ないほど細めて辺りを睥睨する。ときおり頭をかくその姿は花も恥じらう乙女には見えなかった。

 

「とりあえず、甲板に行こっか?」

「そうね」

 

 ナツミは花が恥じらうというより、見てるこっちがアレ過ぎるアカネを放っておくことに決め、ルイズを甲板へと誘う。アカネは使い物になるのはもう少しかかるだろう。これで奇襲とかには即座に反応できるのだから、切り替えの良さなら師匠たるシオンにも匹敵しているのだろう。

 

 

 

 ルイズと並んで、ナツミが甲板に出ると、彼女たちが乗っている船マリー・ガラント号の隣に、いつの間にか黒船が止まっており、甲板はこの船の船員とは明らかに違う武器を持った男達に占拠されていた。

 ナツミは明らかな異常をすぐさま感じ取ったが、男たちの正確な人数が分からない為、迂闊な行動をとることはしなかった。これが一年近く前だったら即座に突っ込んでいただろう事を考えると、少しはナツミにも思慮というのが身に付いてきたのだろう。

 

「誰だ!?」

 

 不審な男たちの一人が、様子を見ていたナツミ達二人に気づき大声を上げる。それに気づきぼさぼさの黒い髪で左目に眼帯の男がこちらに目を向け近づいてくる。周りの荒くれどもが、何も言わずに道を開けるのを見るとどうやらこの男が荒くれどもをまとめている頭目であるのが分かった。

 

「貴族の客まで乗せてやがるのか」

 

 空賊の頭は、ルイズに近づきその顎を持ち上げようとした。だが、その手はルイズと頭の間に割り込んだナツミよって遮られた。

 

「あたしの主人に触らないで」

「――っ!」

 

 頭は突然、目の前に現れたナツミに驚いた顔をするが、ナツミの凛とした強い瞳を見て、にやりとその頬を緩ませる。

 

「くっくく。貴族の娘も別嬪だと思ったが、その従者……か?その嬢ちゃんもなかなかの別嬪じゃねぇか!しかも主を守ろうとし、賊にも臆せぬその態度。面白れぇ、おめぇら俺の船で皿洗いでもしねぇか?」

「い・や・だ」

 

 わざわざ区切るように拒絶を意をナツミは示す。そこには虚勢は一ミリも無い。空賊の頭程度の恫喝など、ナツミからすればガゼルのカツアゲと大して変わりは無い。

 むしろ今のこの光景は力の差を考えればネズミがライオン、どころかドラゴンに対峙すると動議の状況だった。無知とは恐ろしいとはまさにこのことである。

 

「一言かよ。がははは、面白れぇ!!」

 

 そんな力の差を知る由も無い頭はナツミの賊である自分にも怯まない態度に気を良くしたのか、頭は面白そうにげらげら笑っている。ナツミはそんな頭にも警戒心を緩めず、その背でルイズを庇っていた。

 

 そしてルイズは昨晩から見ていなかったナツミの背を見て絶句していた。

 本当なら傷の具合を確かめたくて、すぐにでも確認したかったが、ナツミがあまりにも恥ずかしがった拒絶したため、昨晩は見る事が叶わなかったのだ。その背は電撃による火傷か、赤く腫れ上がり、所々に水泡が浮かび、しかもその幾つかは破裂までしており、痛々しさを増大させていた。

 ルイズは傷口のあまりの凄惨さに言葉も忘れ、ギュッとナツミの服の袖を握り、俯く。

それを見てナツミはなにを勘違いしたのか、ルイズがこの後の展開を恐れていると思ったのか。

 

「大丈夫よルイズ。必ずなんとかするわ」

 

 などと見当違いの慰めの言葉をかけた。

 

 

 

 

 あの後一行はワルドとルイズは杖を、ナツミとアカネは武器をそれぞれ奪われ、船倉にぶち込まれていた。とは言っても、もともとルイズは魔法が使えないし、ワルドは風石の代わりに魔法を使いすぎて打ち止めで杖を奪っても意味はないし、ナツミとアカネは武器が無くてもある程度、戦闘が可能だしサモナイト石もそのままなのでこちらも別の意味で武器を奪っても痛手は無かった。

 

 船倉は酒樽や火薬樽などは乱雑に積まれ、お世辞にも整っているとは言えない。だが我儘を言っても始まらないのでナツミはその隅っこに移動し、壁へ背を預ける。その時、傷口に触れたのか、痛みに顔を顰めた。そんなナツミの様子を見て、ルイズがナツミに詰め寄った。

 

「なんで怪我したこと言わないのよ!」

「ふぇ?」

 

 いきなり怒鳴られ、ナツミは目を真ん丸にして驚く、その剣幕はナツミがルイズに会って以来、最大級のものであった。

 

「見せないさい!」

「うわっとと」

 

 体格でナツミに劣るルイズであったが、怒鳴って勢いのついたルイズは、ナツミを乱暴に後ろに向けさせ、その傷口を覗きこむ。そこにあった傷口は先ほどと変わらぬ酷い有様であり、普段は溢れんばかりであろう少女特有の滑らかさは、すっかり失せていた。

 

「ひどい火傷じゃない!……あの時ね。急に転ぶからおかしいと思ったのよ。ワルドもナツミの背中を見てたし、あんた私をあの時、庇ってくれたんでしょ!」

「え、まぁ結果的に見ればそうかも」

「どうして、ナツミなら避けようと思えば避けられたでしょ?」

「いや、あたしが避けたらルイズに当たるし……」

 

 その言葉にルイズは口を噤む、俯いた。心なしか瞳が潤んでいるように見える。ナツミが宥めようと、口を開きかけるが、その言葉はルイズによって阻まれた。ルイズは突然、立ち上がると扉を両手で叩き始める。

 

「ちょっと誰か!誰か来て!」

 

 ルイズの叫び声に外に控えていた見張りの男がむくりと立ち上がる。

 

「なんでぃ!うるせぇな」

「水を!あと水のメイジを呼んで!怪我人がいるの!」

「いねえよ。そんなもん」

「嘘!いるんでしょ!」

 

 ルイズは何故か突然、取り乱しそれをワルドは呆気に取られた様子で眺めている。ナツミは更に見張りに言い縋ろうとするルイズの肩を掴み止めさせた。

 

「ルイズ。大人しくして、あたし達捕まったんだよ?」

「で、でもナツミの怪我が……」

「あたしはこのくらい平気よ」

「う、ふぇえええ」

 

 なおもナツミを心配しようとするルイズを安心させようとするがルイズは逆に嗚咽を漏らした。その様子はまるで、叱られた子供のような取り繕うことを知らないものの泣き方であった。

 

「ちょっとルイズ……」

「あらら、泣かせちゃった」

「アカネ~。どうしよ?」

「はぁ、あたしに頼らないでよ」

「むむむ」

 

 困り果てたナツミはアカネへと援軍を頼むがあっさりと断られる。そのあいだルイズは俯いてぐすぐすと泣いている。

 

 援軍も見込めぬ以上、どうこうすることも出来ないナツミが、手持ち無沙汰にルイズの頭を撫でようとすると、船倉の扉が急に開き、痩せ気味の空賊が入ってきた。

 

「てめえらに聞きたいことがある」

「……なんだ」

 

 痩せ気味の空賊の言葉に一同を代表してワルドが答えた。

 

「てめえらはアルビオンの貴族派か?」

「……」

「おいおい、だんまりじゃわからねぇぜ?まぁ貴族派だとしたら失礼したなと思ってよ。俺たちは貴族派の皆さんのおかげで商売できてるからな」

「どういう意味だ」

「いやいや、いまだに王党派に協力する酔狂な連中もいてよ。俺たちは空賊の仕事を大目に見て貰う代わりに、そういう連中を捕まえるって密命を帯びてるのよ」

「じゃあ、この船は貴族派の軍艦ということか」

「軍艦って言うほど大したもんじゃねぇよ。あくまで協力者って位置だな。で、おめぇらは結局、貴族派か?もしそうなら近くの港まで送るぜ」

 

 その言葉にナツミは内心、やったと思った。この場だけでも貴族派と言えば、このまま解放され任務に復帰できるからだ。だが、その期待も主人であるルイズにあっさりとぶち壊された。

 

「誰が薄汚い貴族派なもんですか。私は王党派へと使い。トリステインを代表してアルビオン王室へ向かう途中の大使、だからあんたたちにも大使としての扱いを要求するわ」

「「え!?」」

 

 ナツミとアカネはルイズのあまりの馬鹿正直さに同時に驚きの声をあげる。そして即座にその意味を理解した。

 

「ル、ルイズ!?」

「あんたバカ!?」

「いや、バカじゃないわよアカネ。大体バカはそこの怪我を放っておいたナツミでしょ!」

「いや、バカって言った方がバカって……そうじゃなくて!正直なのはすっごく良いけど今は嘘でもいいから貴族派って言うべきじゃ」

「黙って。貴族派の恥知らず共に嘘を吐くなんて誇り高き貴族のすることじゃないわ!」

 

 そんなルイズ達に先ほどまでにやにやしていた空賊の男は、笑うのを辞め鋭い目線で彼女たちを睨む。

 

「正直なのは良い事だが、ただじゃすまねぇぞ」

「うるさい!ただでさえ空賊となんか会話したくないのに、その上貴族派?そんなやつらに嘘を吐いて頭下げるくらいなら死んだほうがましよ」

「いや、その言葉に四人分の命がかかってるんですけど……」

 

 アカネの悲壮な突っ込みは華麗にスルーされた。

 

「頭に報告してくる。その間に覚悟を決めるんだな」

 

 

 空賊が去って、一行を閉じ込めた船倉は沈黙で支配されていた。

 

「……」

「……」

「ごめんなさい……みんなの事考えてなかったわ」

「はぁ謝るくらいなら嘘ついてよルイズ」

 

 俯くながら皆に謝るルイズにナツミは苦笑しながら、文句を言う。その言葉には非難の色は無かった。

 

「でも、ルイズらしいわ」

「……ありがと」

 

 優しげにルイズを褒めるナツミ。ルイズは頬を軽く染め、照れた。

 

「いや、のんきに和まないでよ……」

 

 場違いに和んだ空気はアカネによって、吹き飛ばされた。

 

「あ、ごめん」

「ごめんじゃないわよナツミ。はぁ……めんどくさいけど脱出するわよこのままじゃ、殺されるしね」

 

しょうがないわねぇとアカネはごきごきと両肩の骨を鳴らし、意識を先頭へと切り替えていく。

 

「しかし、どうやって脱出するのかね?僕も杖は無いし、ナツミ君も杖代わりの剣を取られた。魔法を使えない現状で、船倉の扉を破るのは難しいぞ」

 

 ワルドが現状を分析し、この状況を打開する方法が無いことを告げる。どうやらワルドはナツミが杖では剣と契約を交わして特殊なメイジだと勘違いしているようであった。

 

「大丈夫!ナツミはこう見ても怪力なんです!」

「アカネ……。どういうことよ」

 

 突然話題の中心になったナツミ本人は首を傾げている。

 

(ジンガからストラを習ったんでしょ?)

(ああ、でも極初歩よ。なんの役にも立たないわよ)

 

 ストラ。気とも言われる身体強化法の一種である。特殊な呼吸法で身体能力を強化する技法で、熟練者になれば細腕で大岩も砕くことも可能である。また、使い方によっては自分、もしくは他者の怪我も治療可能な万能技術である。

 フラットのメンバーではジンガがその使い手であった。

ナツミも暇を持て余していたため、ジンガから多少その技術を学んでいた。が、適性が無かったため、少々身体能力をあげる程度しか使えない。

 

(ん~だったら憑依召喚でもしたら?あれなら召喚獣は見えないからワルドがいても問題ないでしょ?)

(ああ!その手があった)

 

「なにか揉めてるが大丈夫か?」

「任せて下さい」

 

 ナツミはやる気満々で扉へと近づく。

 

「……力を貸してナックルキティ」

 

―ファイトだニャー―

 幻獣界に住まうボクシング猫、ナックルキティを自らに乗り移らせ、攻撃力を跳ね上げる召喚術。中級に属する召喚術でありながら、その攻撃力上昇具合は全召喚術の中でも指折りである。

 

 憑依召喚を終え、手のひらを握ったり、開いたりして具合を確かめ、ナツミは扉の前で歩みを止めた。

 

「うらぁあああああ!!」

 

 怒鳴り声とともに離れたその一撃は、扉を砲弾のようにふっ飛ばし、向かいの壁まで破壊する。

 

「あらら、やり過ぎた」

 

 自らが起こした惨状に、軽く頭を傾げナツミとその一行は廊下へと脱出する。

 

「……女性にこんなことをやらせて文句を言いたくはないが……もっと穏便にできなかったのか?」

「ワルドさん、穏便って言葉はナツミと無縁の言葉です」

 

 頭を抱えて文句をワルドは言うが、その言葉は、なははと笑うアカネに流される。

 

「なんだ!」

 

 その時、廊下の突き当たりから先程の痩せた空賊が、慌てた様子で顔をだす。

 

「おやすみ~」

「ぐあ」

 

 瞬時にアカネはサルトビの術を使い、男の背後を取ると当身を食らわして、男の意識を刈り取る。

 

 反撃の始まりであった。

 

 ルイズ一行……(と言ってもナツミとアカネだが)の反撃は一方的なものであった。

 ナツミが強化された腕力で次から次へと扉をぶち抜き、詰め寄る空賊を叩きのめし、距離が離れた空賊はアカネがサルトビの術で瞬時に距離を詰め当身を叩き込む。

 死角は無かった。

 

「……なんと言うか。彼女達は常識というものが通用しないようだね」

「うん」

 

 ワルドも自分よりも遥かに体躯が劣る少女達の猛撃に開いた口が塞がらないようであった。なにせ、自身よりも一回りは大きな体躯を誇る男共を素手で蹂躙しているのだから、その反応は当然だった。

 

 

 

 

「ナツミ!こいつらのボスの部屋が分かったわよ」

 

 アカネが尋問を終えた空賊の男を放りだし、ナツミへと報告する。

 空賊は意外にも高い忠誠心を抱いていたようで、アカネの忍者流の尋問にも口を割らず、アカネは師匠譲りの自白剤を用いて、ボスの場所を聞き出していた。

 

「アカネ……最初から薬使えばよかったんじゃないの?」

「うーん。この薬は副作用が激しいからね。あまり酷いことはしたくないからさ、最後の手段って決めてんの」

「そうなんだ……」

 

 そう言って引き攣るナツミの視線の先には、白目を剥いて泡を吹く男の姿があった。

 

「こわっ……」

「……彼女達は良識というものが通用しないようだね」

「……うん」

 

 アカネの行動に皆が引いていた。

 

 

 一行は甲板へと上がり、船の後方へと突き進む。船の後方、後甲板の上に設けられた部屋、そこがこの船の船長室―つまり空賊の頭がいる場所だ。空賊達は未だに、船倉にぶち込んだ捕虜の脱出に気付いていないのか、甲板は静かなものだった。

 

 ナツミとアカネは音も無く船長室の扉まで近づく、アカネとナツミは互いに視線を交わし合図をし合う。

 

「せえぇぇぇの!」

 

 扉はまたもや砲弾のように打ち出され、豪華なディナーテーブルに上座に座る頭へと襲い掛かる。

 

「「なっ!?」」

「「えっ!?」」

 

 頭を始め、数人の貴族が驚きの声をあげる。ほとんどの男達は反応らしい反応が出来ない中、杖をいじくっていた頭だけは咄嗟に風の魔法を唱え、扉を防ぐが彼らに出来た抵抗はそこまでだった。

 

「動かないで」

「――っ!?」

 

 頭は後ろから響く冷徹な声と首筋から感じる冷たい感触に息を呑む。

 

「……降参だ」

 

 頭の背後には、途中で空賊から奪ったと思われるナイフを頭の首筋に押し付けるアカネの姿があった。

 

 

 

 そして、入口近くにいた数人の空賊はナツミの強化パンチを貰って壁にめり込んでいた。

 

 扉をぶち破られ、電光石火の勢いで頭を人質に取られた空賊も一瞬後には事態を飲み込めたのか、一様に得物を取り出した。なぜかその武装は空賊とは思えぬ杖ばかりであったが。

 

「くっ貴様ら!」

「動かないで……後は言わなくても分かるでしょ?」

 

 戦闘態勢を整えた空賊に対して、アカネはいつもの漂々《ひょうひょう》とした態度とは打って変わって氷の様な冷たい気配を滲ませ牽制の言葉を言い放つ。

 

「……」

「くっ……」

 

 アカネの冷たい殺気に本気の殺意を感じた空賊は杖を下ろし、アカネを睨みつけた。

 

「さて、このまま王党派がいるニューカッスル城まで運んでくれる?」

 

 一同を代表し、腕を組んで空賊を一瞥し、命令するナツミ。

 

「待ってくれ!その君たちは貴族派ではないのか?」

 

 頭はナツミの言葉に反応し、何故か貴族派かどうかを聞いてくる。その態度は先ほどまでの空賊の頭としての粗暴な様子は鳴りを潜めていた。

 

「だからさっきルイズが王党派の大使だって言ったでしょ?何回言えば分かるのよ」

「本当に貴族派ではないのか?」

「……アカネ」

 

 なおも言い縋る頭に、背中傷口からの痛みで、ストレスが頂点のナツミはアカネに頭を静かにさせる意思を込めて、名前を呼ぶ。その意図を汲んだアカネは首筋に押し付けていたナイフをさらに押し付ける。

 

「ぐっ!」

「おう、じゃなくて頭!」

「動かないで!三度目は言わせないで」

 

 空賊達は自分達の頭に危機に、一様に汗を流し焦燥していた。その忠誠心はただの賊にしてはもったいない程であった。

 

「もう抵抗はしないよ。勇敢なお嬢様方。あと皆も杖をしまってくれないか?」

 

 自らの手下の様子にこれ以上の抵抗は出来ないと頭は諦めたのか、手下にも抵抗を止めるように促した。いつの間にか、その口調は気品に溢れたものになっていた。

 

「……?」

 

 アカネは予想した結果とは違う様子に警戒こそ解かなかったが、ナイフはそのままに器用に首を傾げていた。

 

「そのままでいい。聞いてくれ」

 

 空気が頭の言葉に厳かなものに変わっていくような錯覚に皆は感じる。そして頭の次の言葉に、ナツミ達一行は今日一番の驚きの声をあげた。

 

「わたしはアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官。そしてアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。今までの無礼な態度は許してほしい」

「「え」」

「「ん?」」

 

 ワルドとルイズは今の頭の言葉を頭の中で、よ〜おく咀嚼し消化する。

 

 そして

 

「「ええええええええええええええ!!?」」

「「何?」」

 

 ワルドとルイズがあまりの事態に絶叫する中、ハルケギニア人ではないナツミとアカネは致命的なまでにその場の流れというやつに取り残されていた。

 

 





……ただでさえ不定期更新なのにパソコンがフリーズ連発中で絶不調です。
今日はネットに繋がったので出来上がった分を投稿しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 白い国の王子様


パソコンが直りました。……多分。
何回かの再起動でも特に問題は無いので、多分大丈夫だと思います。ネットに繋がりにくかった時に纏めて修正した分を投稿します。


 

「すいません!すいません!すいません!!」

 

 ナツミ達一行は、その場で両膝をついて必死に許しを乞うていた。

 そのポーズはずばり、土下座であった。日本出身のナツミと、日本に良く似た文化を持つ鬼妖界《シルターン》のアカネはともかく、なぜ残りのハルケギニア出身組がそのポーズを知ってるのかは謎だが、一同が最上級の謝罪をしているのは確かであった。

 

「いや、頭をあげてくれないか?こちらも敗残兵と言っても差支えない我ら王党派への、最後となる大使殿にとる態度ではなかった」

「し、しかし」

「つまりお互い様だよ」

 

 ルイズの言葉を遮り、ウェールズ皇太子はにっこりと笑う。ウェールズ皇太子は先ほどまで頭に被っていた黒髪のかつらと、付け髭を外して素顔をさらしており、付け髭が無くなったその表情にも怒りの感情は一切なかった。

 

「皆もそう思うだろう?」

「まったくですな!」

「まさか、このようなお嬢さん二人に我らが制圧されるとは!」

 

 ウェールズ皇太子が周りの空賊……否、アルビオン臣下の者達に声をかけると、臣下達もナツミ達の行動を非難するどころか豪快に笑っている。

 

「して、何用でこのような落ち目の王室へと赴いたのかな」

「はい。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

「ふむ、姫殿下とな。きみは?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます。この度、姫殿下より大使の大任をおおせつかい密書をもって参りました」

 

 この中で一番年下と見えるルイズが、このような危険な任務を依頼されたことに、ウェールズは驚きの表情をする。そして、視線をワルドに移した。

 

「わたしはトリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵でございます」

「君のような立派な貴族があと十人、わが親衛隊にいれば、私も辛酸など舐めさせられることは無かったろうにな…。して、残りの二人は貴族ではないのかね?」

「はい、二人はヴァリエール嬢の使い魔のナツミと更にその使い魔のアカネにございます」

「なんと!?人間の使い魔というだけでも珍しいのに、メイジと更にその使い魔も人間とな?」

 

 ウェールズはルイズの複雑な使い魔事情に首を傾げていた。

 

 

 

 

 

「その二人が怪力無双の少女と、神速の少女か、魔法を使わずにこの船を制圧するとは……」

「……」

「……ぷっ」

 

 ウェールズは戦闘が終わった後に届いた、一切魔法を使わずに船を蹂躙した化け物のような少女二人組の報告を思い出し一人でうんうんと頷いていた。そしておもむろに二人の目の前まで足を進めた。

怪力と言われたナツミは何とも言えない表情をし、そしてアカネは思わず吹き出す。

 

「こう見るとアンリエッタ姫殿下と変わらぬ歳の少女にしか見えないが、大したものだ。君達二人がいるならトリステイン王国は安泰だな!」

 

 実際にその二人の脅威に晒された割に、ウェールズ皇太子は豪快に笑ってみせた。

 

「あ、あの……」

 

 ルイズがおずおずといった様子でウェールズに声をかける。

 

「ん、大使殿。何かね」

「は、はい。密書の事なのですが」

「ああ、すまない。この二人を見ていたらすっかり、忘れていた。してその密書とやらは?」

 

 ウェールズに促され、ルイズは慌てて、胸のポケットから手紙を取り出して、ウェールズに渡そうとするが、途中で躊躇うように歩みを止める。

 

「あの、失礼を承知でお聞きしますが……。本当に王子様ですか?」

「はっはははは!まぁ、さっきまでの情けない様子を見せられては仕方ないね。僕は正真正銘の皇太子、ウェールズだよ?なんなら証拠を見せよう」

 

 ルイズの右手をとり、ウェールズは自らの右手の薬指に光る指輪をルイズの右手の薬指の指輪へと近づける。宝石は互いに共鳴し、虹色の光を辺りに振りまいた。

 

「この指輪は、アルビオン王家に代々伝わる風のルビー。そして君の持つその指輪はアンリエッタが嵌めていた、水のルビー。そうだね?」

「はい。その通りでございます」

「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」

「大変、失礼をばいたしました」

 

 ルイズは恭しく、ウェールズへ一礼すると、アンリエッタのしたためた手紙をウェールズへ手渡した。ウェールズは、愛おしそうにその手紙を見つめると花押に優しげに接吻し、手紙の中から、便箋を取り出した。

 

 

 

 ウェールズはしばし、周りの目も、時すらも忘れかのように手紙を読む。皇太子としての生まれ待った魅力はその何気ない仕草すらも、威厳を放ち、周りの皆も王子がただ手紙を読んでいるだけにも関わらず、その姿に見惚れていた。

 

「……なるほど、姫からの依頼は、以前私に書いた手紙を返してほしい。ということらしい。姫から貰った大事な手紙ではあるが、姫の望みは私の望みでもある」

「では……!」

「ああ、手紙は姫に返そう。だが手紙はニューカッスル城にあるのだ。多少面倒になってしまうが、このまま御足労願いたい」

 

 

 

 

 目的地ニューカッスル城は浮遊大陸アルビオンの海岸線沿いの岬に立つ、高い立派な城であった。そのまま、王党派所属の軍艦である船イーグル号は、ナツミ達一行をニューカッスル城へと向かうかと思いきや、浮遊大陸の下側に潜るような進路を取ろうしていた。

 

「なぜ下に潜るんですか?」

 

 疑問に思ったナツミがウェールズに問うと、ウェールズは言葉よりも先に、指先を遥か上空へと向ける。そこには、イーグル号と比べると馬鹿らしいほど大きな船が空へ浮かんでいた。

 

「逆徒どもの船レキシントンさ。……かつての我が軍の旗艦ロイヤル・ソヴリンだがね。あれに見つかっては流石に勝ち目は無い。まぁこの船はここまで慎重に来たから気付いていないだろうが」

 

 ウェールズ皇太子が、貴族派の船を、悔しげに見つめていると突然船の後方から、一匹の竜が飛び出した。竜の背には一人の男が乗っており、二人に視線を飛ばすとにやりと笑い、遥か頭上の船へ向かって行った。

 

「なっ!?」

「え」

 

 甲板にいた、二人以外のものも予想していなかった事態に、驚きの声をあげる。

 

 

 

 

 

 竜の背に乗る男は貴族派の男であった。

 彼が、貴族派へと鞍替えしたのは、もう貴族派の大攻勢が終わり貴族派の勝ちがほぼ決まってからだった。特に大義名分も無く、ただ死にたくないからという理由で貴族派になった人物であった。

 そんな戦いも終盤になってから、貴族派についた彼に大きな任務、地位など与えられる訳も無く、攻勢に出られるわけもない王党派の偵察という閑職同然の任務だけが与えられた。

 

(俺は運がいい)

 

 今日、彼はニューカッスル城に籠城する王党派の偵察などやっても仕方が無いとばかりに、空を風竜で思うがままに駆ってストレスを発散させていた。

 その時だ。とある船が彼の目に留まったのは、最初は内乱により治安が悪くなった隙をついて活発化している空賊の類かと思ったがどうにも様子が違う。そのまま気付かれぬように監視を続けると、甲板に特徴的な金髪の美男子が現れたのだ。

 不審に思い、船を隅から隅まで、見ているとあることに気付く。

 この船は巧妙に隠蔽されたアルビオン空軍の船であることに、となればあの金髪の正体は……。

 王位継承権第一位。アルビオン皇太子。ウェールズ・テューダー。

 

 男は、風竜を雲に隠れるように駆り、イーグル号を追跡した。

 

 イーグル号の目的地はニューカッスル城。このままでは、ただ追跡しただけで終わってしまう。そう思い男が落胆している時、男は気付いた。遥か上空に貴族派の旗艦、レキシントンが浮かんでいるのに、男は戦果があげられる事に喜び勇んで、風竜をレキシントン号へと向かわせた。

 去り際に見た、ウェールズの呆気に取られたような顔が酷く男の笑いを誘った。

 

 

 一匹の竜がイーグル号を通り過ぎ、それが意味する事を皆が理解した頃、甲板及び、船内は焦燥したような空気に包まれていた。

 

「不味いな……」

「取り敢えず、雲間に身を隠しては?」

「しかし、竜騎士に見つかっては……」

 

 ナツミ達を放って、王室派の貴族たちは今後の行動をどうするかを話し合っていた。

現在の進路は話し合いが決まらぬので、当初の予定どおり、浮遊大陸の真下に向かっていた。目的地であるニューカッスル城の真下にさえ着けば、あのような大型艦では追跡できないためだ。

 

だが、そんな都合の良い様に事は進まなかった。

 

「ウェールズ様!」

「なんだ」

「竜騎士隊がこちらに向かってきます!!」

 

 話し合いに参加していた。貴族の一人が危惧した通り、大型艦から竜騎士隊がイーグル号へ向けて、放たれていた。一撃の威力は戦艦には到底及ぶべくもないが、その機動力と旋回能力は戦艦の遥か上である。今回は大型艦がイーグル号を攻撃範囲に含めるまでの時間稼ぎが目的であろうことは容易に想像できた。

 

「不味いな……甲板に出れるものは出てそれぞれ迎撃にあたれ!」

「はい!」

 

 ウェールズは焦った様子を隠すこともせず、部下へ指示を飛ばす。それを聞き、部屋に居た貴族が杖を片手に、部屋を飛び出していった。

 

「すまないな。こんなことになってしまって」

 

 一人になったウェールズは、ナツミ達を見てすまなそうに頭を下げる。その顔は悔しさで溢れているようであった。おそらく、アンリエッタの手紙をナツミ達に渡せず、レコンキスタがトリステインに害を齎すことを悔やんでいたのだ。

 

「君達だけでも逃がしてあげたいが……それも叶わぬようだ」

「まだ、負けると決まった訳ではないのでは?」

 

 戦を知らぬルイズがウェールズへと問いかける。対照的に衛士隊に所属するワルドは眉間にしわを寄せ、歯噛みしていた。

 

「現在我らを狙っている船は、レキシントン。このアルビオンで現在、名実ともに最強の戦艦だよ。……はっきり言うがこの船があの船に勝ることなど、船速以外に無いと言っていい」

「なら、このまま逃げ切れば……」

「それも無理だ。あの船がただの戦艦ならそれも可能であったが、あの船は竜騎士も搭載可能な万能艦だ。今こちらに向かっている竜騎士に囲まれ動きを封じられれば……」

「――っ!」

 

 そこまで言われ、ようやくルイズは気付いたのか、表情が青褪める。

 

「ナツミ……」

 

 すがる様な視線をナツミへとルイズは送る。その視線に気付きナツミは溜息を一つ吐いた。

 

「はぁ……分かったわルイズ」

「ナツミがそういうなら、あたしも行くよ~」

 

 溜息混じりのナツミ、軽いアカネ。両方ともこれから過酷な戦地に赴こうとするようには見えない。

 

「ち、ちょっと待ちたまえ、何しに行くんだ!?」

 

 二人の物騒な会話にウェールズは上ずった声をあげながら問いかけた。その問いに二人は頼もしすぎる言葉で返す。

 

「軽い運動です」

「煩い虫を追い払ってきまーす」

 

 戦いではない。

……蹂躙《・・》が始まった。

 

 

(こ、こんなはずでは!)

 

 先程、貴族派旗艦レキシントンに、ウェールズ皇太子発見の報告をあげ、そのままイーグル号の足止めの任についた男は焦りに焦っていた。彼を含め、足止めに当たっていた竜騎士は総勢二十三名。

 だが現在、その竜騎士は彼を含めもう五名までその人数を減らされていた。

 イーグル号にはとんでもない使い手が少なくとも二人居たようで、その使い手の一人が最初に投擲武器が無数に放ち、しかも一発も逸れることなくこちらを強襲してきたのだ。実際彼も肩に一本の刃物が突き刺さったままだ。

 さらにもう一人は、どう見てもスクエア以上の風を操り数人の竜騎士を竜ごとまとめて吹っ飛ばした。それからは、警戒し遠巻きに牽制のみに徹していたのだが、不意に脅威が現れた。

 そう、脅威が現れたのだ。

 

 それはまさに脅威としか言いようが無い存在だった。

 

「―――――――――――――――ッ!!!!」

 

空気をも引き裂く大轟音の咆哮が白き国の大空に響き渡る。それは巨大なる影。

正体は見た目から判断するならおそらくワイバーン。本来なら知能も低く、多少凶暴だが手慣れた竜騎士であれば仕留めることは大した労力ではないはずの幻獣だ。

 だが、このワイバーンの様なものには、そんな常識なぞ、全く通じなかった。なにせ、そもそも既存のワイバーンとは比べ物にならない巨躯、なんせこちらの竜の軽く三倍。しかもそんな大きさの癖に機動力、旋回力は風竜以上、更に耐久性や威圧感、攻撃性能、比べうるありとあらゆる能力を凌駕する冗談の様な怪物だったのだ。

 それだけでも十分なのに、さらにこいつはワイバーンではありえない火炎まで吐き出す始末である。しかも射程や連射速度はただ一度見ただけでトラウマになりそうな程のもの。姿形こそワイバーンだがワイバーンでは有り得ないと男は心中で断言していた。

 その様な、化け物に対し竜騎士の駆る竜達は素直であった。ワイバーンが無造作に放った辺りの空気を激震させる咆哮に怯え、ほとんどの竜は怯え操縦不能となり方々へ散って行ってしまったのだ。

 

 そんな中、ワイバーンは今だに己に歯向かう男に向かって火炎を吐き出してきた。それを辛くも男は未だに自らの指示に従ってくれる心強い相棒を駆り回避する。だが、完全に回避するにはワイバーンの火炎ブレスは余りにも強力に過ぎた。

 

「ぐっ……は、はやく来てくれ!」

 

 軽く火傷した手で風竜の手綱を握る。助けを待つ男の叫びが青き空へと響き渡った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 天空の支配者

 

 イーグル号の甲板に出ていた全ての、船員は一様に驚きの表情を見せていた。だが、それも無理らしからぬ事だった。なにせ、たった二人の少女により、苦戦していた戦況が一変したのだから。

 

 まず最初に驚かされたのは、忍者の少女アカネ。甲板から放たれる魔法を巧みに躱す竜騎士に対し、彼女の攻撃方法は魔法でもなければ、銃でもないただの投擲武器、鬼妖界《シルターン》では苦無と呼ばれる武器であった。

 縦、横、高さ、縦横無尽に飛び回る竜へ寸分の狂いもなく苦無を投げつける。その様子はまるで、自ら辺りに来てるのではないかと錯覚させるほどの正確さであった。そして、それ以上に驚いたのが、類い稀なる腕力を見せた少女ナツミ。彼女が、腰から剣を抜き構えたと思いきや、空気が震え慄いた。

 そして彼女が、甲板より竜騎士に向け剣を振り下ろした瞬間、突風が彼女の剣から生まれ、真正面にいた何人かの竜騎士を遥か彼方へ、飛ばしてしまったのだ。その威力は少なくともスクエア以上であった。

 

 ロイヤル・ソヴリンの竜騎士達はナツミとアカネの異常っぷりに怯えたのか、あとは遠巻きにこちらを牽制しているだけに徹していた。そのまま戦況は膠着するかと皆が思ったとき、突然隣の雲間から巨大なワイバーンが現れたのだ。ワイバーンは空気が激震するほどの咆哮を一つすると、ナツミを背に乗せ竜騎士達へ文字通りその牙を剥いたのだ。

 

「あ、あれはなんだ……?」

「す、すごい……」

 

甲板の皆は圧倒的に不利な状況を掌を反す様にひっくり返すナツミに驚きを隠せないでいた。

 

「お~ワイバーンか~!」

 

 やることが無くなったアカネは、船の縁に腰を乗せ、ナツミの奮闘を観戦し始める。

 

「アカネ君だったか?あれはなんだね?」

「ああ、わたしたちもぜひ知りたいな」

 

 ワルドは事情を知ってそうなアカネへ巨大なワイバーンの素性を尋ね、ウェールズもそれに便乗する。

 

「あれですか?あれはナツミの召か……じゃなくてペットみたいなもんです。多分のナツミの匂いをたどってきたのかなぁ?」

「あれがペット?」

「はっははは!いい意味でナツミ君は期待を裏切ってくれるな!」

 

 とっさに嘘をついて誤魔化すアカネ。あまりの非常識っぷりにその嘘を見抜けないほど頭の回転が鈍っているのか。ワルドは頭を抱え、もはや笑うしかないのかウェールズは腹を押さえて笑っていた。

 

 

 

 船上でそんな会話がされていることを知る由もないナツミは、ワイバーンを自由自在に駆り、竜騎士達を次から次へと戦闘不能に追いやっていた。率先して殺しはしないが、なんとか飛べる程度に竜を痛めつけ、その数を減らしていく。

 しかし、敵もなかなかやるもので、目的である時間稼ぎをなんとか成功させようと、各個撃破されるのを承知で周囲の空域に散開し、イーグル号を攻撃しようとする。ナツミも敵の意図を読めてはいたが、イーグル号を攻撃させまいと個別に撃破していく。

 

 そして、竜騎士の目的はその部隊のほぼ壊滅と引き換えに成功した。

 

 レキシントンがついにその大砲の射程圏内にイーグル号を捉えたのだ。レキシントンの大砲は両側百八門。その内、片側五十四門はイーグル号を破壊せんとその狙いを定める。

 

 

 その様子を見て、ウェールズが歯噛みしながら言葉を漏らす。

 

「不味いな……」

「どうしたんですか?竜騎士達はナツミがほとんど倒しましたよ」

「そうじゃない。もうこの船はレキシントンの射程に入ってるんだよ」

 

 ルイズの問いに、苦々しくウェールズは答える。

 

「この船から砲撃はできないのですか?」

 

 ルイズが視線を飛ばす先には、イーグル号の武装である大砲があった。

 

「砲撃自体は可能だが、こちらが片側二十門に対し、向こうは五十四門…。しかも射程も向こうのほうが広い……。いくらあのワイバーンが強くても、一斉に放たれる五十四もの大砲を止められるとは思えない」

 

 言うが早いか、爆音がレキシントン号から鳴り響き、数多の砲弾がイーグル号へ殺到する。

 

「きゃああああああ!」

「くっ」

 

 ルイズ、ウェールズがそれぞれ最悪の結末を予想して、声を漏らし、悲鳴をあげる。

 

………

 

……

 

 覚悟を決めて、目を瞑っているが決定的なその瞬間はいつまでたっても、やってこない。

不審に思いルイズが目を開けると、先程と変わらぬ景色が広がっている。想像しなかった光景に軽い混乱状態にあるルイズが周りの様子を見ると、ワルドが自分の隣で口を大きく開けぽかんとしていた。

 

「ワルド。ぼけっとしてどうしたの?なにがあったか見てたの?」

「…………」

「ワルドってば!」

「……っ!ああルイズか」

「ルイズかじゃないわよ!一体どうしたの?」

「実は……」

 

 そう切り出すと、ワルドは自分が見た信じがたい光景を、ルイズに聞かせた。ルイズが目を瞑る、ほんの少し前、イーグル号を庇うようにしてワイバーンを飛ばせていたナツミがまず、迫りくる砲弾の脅威に晒されていた。

 ルイズ達はこの後すぐに目を瞑ってしまったがワルドは見ていた。サモナイトソードと彼女が呼んでいた剣を両手に構えたナツミの姿を、先程のワイバーンの騎乗能力とワイバーン自体の身体能力を駆使すれば、容易く避けられるであろう砲弾の群れを敢えて迎え撃とうとする戦士の姿を。

 その姿を逃さんと瞬きも惜しんで、注視していると、砲弾が彼女の目の前で迫っていた。それに怯える様子を見せず彼女が両手に構えた剣を、横一線に振りぬいた。

 

 

 その瞬間、剣から蒼く眩い光が放たれた。蒼い光は、唯一つの砲弾も逃すことなく飲み込み、イーグル号を守り抜いた。

 

 

「というわけだ」

「ははは、豪快ねナツミらしいわぁ」

「まったく。彼女には驚かされるばかりだね」

 

 ワルドの説明に、二人は度重なる想像もしてなかった事態の連続にもう反応らしい反応ができないでいた。だが、そんなことをしている間に、レキシントン号は次弾の装填終えたのか、再び大砲が火を吹いた。

 しかし、その砲弾たちも先達たちと同じ運命を辿り、一発たりとも目的を果たすことが出来ない。

 

「あ、あれがさっきの光かすごい……。力強い光だ……一体あれは?」

「……ナツミ。しょうがないとはいえ、派手に力を使いすぎじゃないの…バレても知らないわよ…」

「どうしたルイズ?」

「ワ、ワルド!?な、なんでもないわ!」

 

 ナツミの力があまりも馬鹿げているせいか、甲板は先ほどまでの悲壮感に塗れた空気がどこかにぶっ飛んでいた。そして、その現況たる少女がイーグル号に巨大ワイバーンに乗ったまま近づいて来た。

 

「ルイズー!?大丈夫だった!?」

 

 距離がいくらか離れている為か大声を出し、ルイズの安否を聞いてくる。

 それに返すルイズもまた大声を出した。

 

「こっちは大丈夫よ!」

「良かった――!!でこれからどうすんの?」

「……えっ、えっと?」

「ルイズ君ちょっといいかね?」

「は、はい」

「ナツミ君!!聞こえるかい!?」

「はい!って王子様?どうしたんですか?」

 

 二人の会話に入ってきたのはウェールズ。そして、王子が急に、会話に入って来たにも関わらず、特に気にしないナツミ。流石楽観的。

 

「いいかいナツミ君。現状では我らが進路にあの戦艦がいるため、これ以上進むにはあの戦艦を撤退させるか、もしくは落とす必要がある。そしてこちらの大砲は射程圏外。だが幸いにもあちらの大砲も君の力で防いでいる」

 

 そこでいったんウェールズは話を切ると、ナツミが理解したかどうか確かめる。ナツミが力強く頷くのを確認すると再び口を開いた。

 

「敵の攻撃を封じてもらった上に、このような恥知らずな事を聞くのは気が引けるが……」

「……なんでしょう」

「あの艦を攻撃し、撤退もしくは、落とすことは君に可能か?」

 

 空気がしんと静まり返る。

 それを破るは。

 

 

 もちろんナツミの声であった。

 

「できます!」

「すまないな、女の子一人に頼るとは……」

「そんなに落ち込まないで下さい。ルイズを主を守るのが使い魔の務めです!」

 

 そう言うと、ワイバーンを翻らせ、レキシントンを一息に飛んでいく。

 

 

 

「でっかいわね~。あの船」

「galll!」

 

 主の独り言に律儀に答えるワイバーン。怖そうな外見とは裏腹に以外に主思いなのかもしれない。ナツミとワイバーンが現在陣取る位置は、先程大砲を防いだ位置と大差ない位置であった。これ以上、レキシントンと近ければ、イーグル号を守れないし、逆に距離を取ってしまえば攻撃の精度が下がるからだ。

 

「さぁ、ちゃっちゃっと追い払っちゃいますか!」

 

 

 

 レキシントンの艦長は、現在目の前で繰り広げられた事態の飲み込めずに、呆然と立っていた。部下もそれを咎めることもできずに、艦長同様に呆然としている。

 この艦の性能と、向こうの艦の性能差を考えれば、簡単としか言うことできない難度で王党派のナンバー二を殺すも生かすも自由という多大なる戦果をあげられるはずだった。

 

 だが、そのレキシントンの船員が抱く確定されていたはずの予想はあっさりと砕かれた。

 巨大なワイバーンがたった一頭でハルケギニア最強の誉れを受ける竜騎士達を蹂躙したのだ。

 それだけではない。

 本来は王子を捉えることを主眼に置いて、作戦を立てていたが、あのワイバーンの戦闘力を見るにそれは不可能と即座に判断し、ワイバーンごと船を沈めんと、レキシントンが誇る五十四の大砲を一斉に打ち込だ。

 だが、それさえもワイバーンから放たれた正体不明の蒼い光で防がれ、なにかの見間違いと不安を打ち消さんと放たれた次弾も、あっさりと防がれた。

 

「……あ、ああ、ま、まさか……せ、先住魔法?」

「先住魔法?馬鹿を言うな!ただのワイバーンが使えるわけがないだろう!!」

「どこを見てやがる!?大きさ、火炎ブレス!形だけだろ!ワイバーンと言えるのは!」

「……もしかして、伝説の韻竜?」

 

 船内は今、混乱と不安が入り乱れ、怒鳴り声が辺りを飛び回っていた。まるでそうでもしなければ、不安が一気に溢れ最悪の結末を呼び寄せてしまうと追い詰められているかの様に。

 

「皆!静かにしろ!相手はデカイだけのワイバーンだ!弾が無くなるまで大砲を打ち込み続けろ!その後の事はそれから考えろ!!」

 

 ………。

 艦長の鐘を叩いた様な大声は瞬く間に、艦橋に鳴り響き、艦橋に静けさが戻る。

 

「返事は!」

「はい!」

「よし、では……っ!?」

 

 艦長は再び、皆に指示を出そうとするが、その声は、突然船が揺さぶられることで最後まで言うことは出来なかった。

 

 

 

 ナツミが俯瞰するレキシントンは現在その背に巨大な岩を背負い、その重量に耐え切れず、バランスを崩し傾いていた。その強大な岩の正体はナツミが放った召喚術。無属性、名も無き世界に属する召喚術―ガイアマテリアル―、威力は上級の範囲召喚術、同じく岩を召喚するロックマテリアルの十倍近い大岩を対象の真上に召喚しぶつける召喚術である。

 

 大型の戦艦レキシントンに大きなダメージを与えられる。遠距離からでも攻撃可能。そして、ハルケギニアで使用してもそれほど違和感が無い。

 以上の条件を満たす中で、最も威力が高いもの、それがナツミが今回使用したガイアマテリアルであった。その大きさはフーケのゴーレムと比べてもなんら遜色がない大きさの岩石であった。

 レキシントンに突き刺さった岩は、刺さり方のバランスが悪かったのか、レキシントンからゆっくりと抜け、遥か真下へと落下していった。

 

「さぁどうする。このまま続けるなら、撤退するまで何度でも喰らわせるわよ!」

 

 言うが早いか、サモナイトソードを持たぬ左手を空へあげ、魔力を込め、召喚術を紡ぐ。

今度、放たれたのはガイアマテリアルよりは威力が劣るロックマテリアル。いつでも攻撃できるぞという意味と撤退してくれと言う意味も込めて放たれたそれは、再びレキシントンの真上に現れ、墜落するように突き刺さる。

 

「……これでどう?」

 

 ナツミが睨む中、レキシントンは攻撃を辞め進路を変えた。レキシントンはその所々から煙をあげながらも、しっかりした動きでこちらに背を向けて、遠ざかって行った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 落城前夜

 

 勇壮たる翼を羽ばたかせ、ワイバーンはナツミを乗せニューカッスル城の真上をゆっくりと旋回していた。本当なら王党派が秘密裏に利用している洞窟からニューカッスル城内に入るはずだったのだが、ワイバーンの巨躯は規格外に過ぎ、とても洞窟内に入りはしない。なのでナツミは中庭にストレートに着地しようとしたのだが、ウェールズ以下というかアカネ以外がいらん騒ぎになるから絶対ダメと言われ、ウェールズが城内の仲間たちに事情を説明するまで、上空を滞空しているように頼まれたのだ。

 王党派の最後の拠点たるニューカッスル城の周囲には先程撤退したレキシントン以外にも数隻の船が飛行していた。だが、先のワイバーンの冗談の様な戦闘力を目の前に全て逃げ去った後だった。

 

 なので、その後はすることも無くのんきに空の景色をしばらく堪能し、ナツミがそろそろ準備が出来た頃かと、城に視線を移すと中庭に多くの人達が集まっている。あまりの高さに、細かい人物が判断できず、ゆっくりとワイバーンを中庭に近づけると、ウェールズが手を振る姿が確認できた。

 

「ありがと、ワイバーン!」

「Gaaal!!」

 

 ウェールズが待つニューカッスル城の中庭へと降り立ったナツミは、ワイバーンの労をねぎらい喉を撫でると、嬉しそうにワイバーンは吠える。周囲は武器こそ構えていないものの、城の多くのメイジが警戒するような視線を送り、誰一人言葉を発しようとはしなかった。

 その沈黙を破ったのはウェールズ。

 彼は先ほどの戦闘で、ワイバーンを見ていた為、多少なりとも耐性がついていたためだろう。

 

「近くで見るとなお、大きいなこのワイバーンは……」

「そうですか?見慣れちゃうとそうでもないんですけどね」

 

 ここら辺がハルケギニア産とメイトルパ産のワイバーン、どちらかしか見ていないもの同士故に生じたずれた会話だったのだろう。

 

「あ、そうだ王子様、お願いしたいことがあるんですけど」

「なんだね?大したことは出来ないけどね」

「えっと、あたし達が帰る時までこの子を中庭に居させてもらってもいいですか?」

「……別に構わないが……一つ聞いてもいいかい?」

 

 即座に否定はしないが、ウェールズは顔を引き攣らせながらもなんとか質問する。

 

「なんですか?」

「……暴れたりはしないだろうね」

「?そんな事するわけないじゃないですか~」

「そうか……それなら一晩くらい構わないよ」

「ワイバーン良かったね!一晩くらい居てもいいってさ」

「Gaaaaaaaalllll!!!」

 

 先程よりも大きい咆哮で喜びを表すワイバーン。ただの咆哮が城の所々にひびが入っていく。その光景を見るウェールズの表情は後悔に塗れていた。

 

 

 

 ワイバーンを中庭で休め、ナツミとアカネを除く一行は、目的である手紙を受け取るためウェールズの部屋へと向かっていた。ナツミがウェールズの部屋に行かなかったのは、背中が丸出しの上に、怪我を負ってるのを今更ながら皆に指摘されたからだ。

 今は、この城に使えている侍女の少女に、治療と着替えのため別室に案内されていた。

 そしてアカネは、面倒事が嫌いなのでナツミに付いてきていた。

 

「いや~王族とかって面倒くさそうじゃん。ナツミに付いて行った方が気を使わないしね~」

「はぁ相変わらずね。それよりなんかあった?ルイズの様子おかしかったけど」

 

 ワイバーンを中庭に降ろしてからルイズは顔を何度も顰めたり、唸ったりしていた。話しかけようとはしたが、城内の貴族が送るなんとも言えない視線に邪魔されて、聞くに聞けなかったのだ。

 

「ん~?ああ、多分ね……」

 

 アカネが思い当たる理由をナツミに聞かせる。今回、最初にナツミ達が乗船していた船から王党派は大量の硫黄を手に入れたこと。明日、貴族派から大規模な一斉攻撃があること。

 戦力は三百対5万で勝ち目は無いこと。

 そして、ウェールズを含む王党派は名誉ある敗北を受け入れていること。

 

「そういうことか……」

「うん、理解できないって、とこだと思うわ」

 

 笑顔で死を受け入れるウェールズとその部下達。あの歳になるまで、大きな戦を経験していない少女からすれば、理解しろというのが無理な話だろう。むしろ、この歳で世界の命運を委ねられ、そして救ったナツミ、アカネのほうが異常なのだ。

 

 会話はそこで途切れ、二人は案内されるがままに、一つの部屋に通された。その部屋は医務室。現在は戦時中と言うこともあるせいか部屋の中は医療品で溢れていた。

 

「どうぞこちらです」

「ありがとうございます」

「今、治療を担当してらっしゃる貴族様を呼んで参りますのでもう少々お待ちください」

 

 ナツミは丁寧に礼を言うと、治療を担当している貴族を呼ぶため部屋を出ようとする。

 

「ああ、ちょっと待って下さい」

「はい?どうかなさいましたか?」

 

 突然の制止に首を傾げてこちらを見る侍女。

 

「怪我を治すのはこっちで出来るんで、えっと、治療の人は呼ばなくていいですよ」

「これは失礼いたしました。水のメイジ様でしたか。分かりました。では着替えだけ持って参りますね」

「お願いします」

 

 扉が静かに閉じられ、ナツミはようやく一息つく。

 

「はあぁぁぁぁぁ、やっと怪我が治せる」

「っていうかさ。なんでさっさと治さなかったの?」

「召喚術をほいほいこっちの世界で使うと目立つからよ。……最悪、解剖される可能性があるらしいわよ」

「うげ、人間を解剖すんのこっちの世界では!そんな世界に呼ばないでよ」

 

 アカネは顔を顰め嫌そうな顔をする。さしものというか忍者だろうがなんだろうが、解剖されたい人間など居ないだろう。

 

「だから人前ではなるべく、召喚獣は使わないようにしてるのよっと」

 

 ナツミは喋りながらも召喚術を構築し、術を行使する。そこに理論は無い。エルゴの王たるナツミの召喚獣は普通の召喚師のものとは根本的に違う。

 

「おいで、聖母プラーマ。祝福の聖光」

 

 慈愛に満ちた霊界の聖母プラーマ、分けへだてなく何者をも癒す、強力な回復用召喚術である。微笑むプラーマから柔らかい光がこぼれ出し部屋を包み込む。その光はナツミの傷を瞬く間に癒していく。

 

「ふぅ~。天国ね、この心地よさは」

「――――」

「うん、もう全快!ありがとプラーマ」

 

 ナツミの傷を残らず癒した聖母プラーマは、感謝の言葉を告げるナツミに満面の笑顔を向けると、ゆっくりと消えて行った。

 

「回復してんのはいいんだけどさ……ワイバーンを召喚した時点でおかしいってバレじゃないの?」

「あのさアカネ。あたしがワイバーン召喚するところ見てた?」

「ん?そう言えば見てないような……」

「でしょ?わざわざ雲の中に召喚指定したり、結構気をつかってんのよ。それにワイバーン自体はこの世界にも居るみたいだしね。大きさはちょっと違うみたいだけど」

 

 そのちょっとが三倍も違うということに、ナツミが気付くのは随分、経ってからであった。

 

 

 それから数十分後。

 わあああ!城のホールが歓声に包まれ、パーティの始まりを告げる。玉座に座る今代のそして、アルビオン最後の国王であるジェームズ一世に、最後まで付き従う覚悟を決めた貴族たちが代わる代わる酒を注ぎに訪れていた。

 城のホールは、まるで園遊会のごとく煌びやかに飾られ、パーティに出席する貴族達もそれに見合った美しい姿に着飾っていた。

 

「明日で終わりだってのに、随分派手ね」

「……そうね」

 

 アカネに返事するナツミの声は随分と沈んでいる。あの後、召喚術による、治療も無事終えしばらく経つと、侍女が着替えを持って医務室へ戻ってきた。そして、今晩このアルビオン王国の最後のパーティが開かれることをナツミは初めて聞かされたのだ。

 別に、王国最後の晩餐の反対する気はナツミには無い。暗く悲観、諦観に塗れた最後を迎えるより、最後まで抵抗しつくした最後の方がいい。現にナツミならそうするだろう。

 だが、理解できても、感情はどうにもならない。それ故にナツミは少し暗くなっていた。

だがそれには及ばないまでもナツミを暗くさせる理由がもう一つあった。

 

 それは、

 

「やあ、ナツミ君。船で見た凛々しい姿も似合っているが、そのドレスもよく似合っているよ」

「あぅ……あ、ありがとうございます……」

 

 着慣れぬ美しいドレスを着せられていたからだ。そう、侍女が持ってきた服は青いドレス。それも貴族がパーティで着る様な豪華なドレスであった。リィンバウムはもとより、元いた世界ではただの女子高生である彼女がそんなドレスを着る機会とお金があるわけもなく、彼女からすれば初の体験であった。

 

「しかし、トリステインの使い魔はすごいな!あんな光景は見たことが無かった」

「いや、トリステインでも珍しいらしいですよ」

 

 自分の恰好の事は隅に置き、会話に集中するナツミ。よっぽど今のドレス姿が恥ずかしいらしい。

 

「君は……分かっているんだね。我らの覚悟を……」

「……はい」

「ふふ、主は随分と真剣にわたしを踏み留まらせようとしてくれたよ」

「そうですか……」

 

 そう言ってナツミは俯いた。もちろんナツミとて本心では逃げろと言いたい。だが、本人達が覚悟を決めている以上、それはもう逃げることが出来ないからではないかと理解していた。彼らの明るさがもう、玉砕しかできない諦めから来ていることに。

 

「どちらも心底ありがたいよ。君達みたいな温かい子達が、この国の最後の客で良かった」

 

 それだけ言うと、ウェールズは再びパーティの中心へ戻って行った。

 

「アカネ……」

「決めるのはナツミでしょ?……ま、どちらにしてもあたしはナツミの味方だから、好きなようにやれば?」

「ありがと、アカネ」

 

 顔をあげたナツミにそれまでの陰りは無かった。

 

 

 パーティ会場が離れルイズは一人、月明かりに照らされた廊下を歩いていた。ナツミ、アカネと別れ、ウェールズの部屋へ行き任務である手紙の回収を終えた後、ウェールズに亡命を進め、断られその覚悟を聞かせられた。

 納得がいくわけが無かった。愛する者がいるのに、進んで笑いながら死に向かおうとするウェールズを理解できるわけが無かった。ウェールズだけじゃない。パーティに参加していた貴族たちも一様に笑顔を浮かべ、明日迎えるであろう死を前にして、無性に悲しくなり、ホールを飛び出していた。城内のほとんどの人はホールにいるのだろう。随分と城内を歩いているが一向に誰とも会わない。

 ぼんやりとする頭でルイズがそう考えていると、進路の先にある大きな扉が開かれ、彼女の使い魔たる少女ナツミとソルと呼ばれていた少年が姿を現した。

 ナツミの背後から見える部屋のレイアウトを見るに会議場だろうか。先ほどまでホールにいた何人かの貴族の姿も見えた。

 

 

「ソルあんたって随分大胆なこと考えるわね」

「お前の馬鹿魔力頼みだがな、普通の人類では無理な作戦だな」

「遠まわしにあたしのこと馬鹿にしてない?」

「直接馬鹿って言ったろ?」

 

 二人は随分と明るい様子で会話しているのを聞いて、ルイズはなんだか無性に腹が立っ てきた。明日、落城するという城に居ながら、のんきな会話を交わすのが許せなかった。        

まるで自分達が当事者じゃないから関係ないと言わんばかりのその態度に。

そんなルイズに気付かず、二人の会話は進む。

 

 

「そう言えば、リィンバウムへの帰還方法だが思いついたことがある」

「え、ホント!?」

 

ルイズは帰還方法という言葉にびくっと体を引き攣らせた。

 

「ああ、問題は召喚媒体とナツミをリィンバウムまで持ってくる魔力の確保といったところだな」

「ふむふむ」

「召喚媒体は簡単だ。お前のサモナイトソードを誰かに預けて送還すればいい。これは誓約者、つまりエルゴの王の剣、初代が持っていたとされる始原の剣と同じくお前と強く結びついてるから召喚媒体として申し分ないだろう」

「魔力は?」

「フラットのメンバー全員の魔力を使えば召喚できる……はずだ」

「なんか自身無さそうなのが気になるけど……流石ソルね!」

「ま、まぁな。俺もお前には早く帰って……?」

 

 ナツミがソルが考案した帰還方法を喜びの声をあげ、普段は無愛想なソルが珍しく素直な気持ちを伝えようとしたが、その言葉は二人の正面に立つルイズに遮られた。哀れ。

 

「なによ……」

「あ、ルイズ」

「……」

「どうしたのルイズ?調子悪そうだけど」

 

 ソルの言おうした言葉など、脳細胞の一片にも残りもしなかったナツミは様子のおかしいルイズを心配し、顔を覗き込もうとした。

 その瞬間。

 

 ぱぁん!

 

 思いもしなかったルイズの平手に歴戦の戦士たるナツミは反応できず、その頬を張られる。

 

「ル、ルイズ?」

 

 なにが起こったのか、いまいち理解できず戸惑うナツミ。それを追撃するはルイズの、怒鳴り声であった。

 

「なによ!この城の人たちも、あんたも自分の事しか考えてない!」

「ちょっ」

「うるさい!残される人の気持ちも理解しない王子様!あんたはこの城の明日、人達が死ぬって言うのに元の世界に帰る事しか考えてないんでしょ!」

「っだから」

「嘘吐き……!」

「っ!」

 

 ルイズがナツミに抱く誤解をナツミは解こうとしたが、その言葉に一瞬ナツミは言葉を失った。

 

「一緒にわたしの魔法を探すって言ってくれたのに……。あんたなんか」

 

 ルイズはそこで大きく息を吸った。その目は赤く腫れ、大粒の涙が幾つも溢れていた。

 

「あんたなんか……だいっきらい!勝手に帰りなさい!」

 

 そう言ってルイズは踵を返し、暗い廊下を走り去って行った。

 

 

「おい、ナツミ。追わなくていいのか?完全に勘違いしてるぞ、あいつ」

「うん。ちょっと思うところがあってね」

「思うところ?」

「一緒に魔法を探そうってところ……。こっちに来た時は、ホントに帰る当てが無かったから、逆に開き直ってたんだけど、モナティとかソルとか召喚してからは帰る当てが付いてからは、帰る方法しか考えてなかったかもって」

 

 先程までのソルとの会話を思い出して、軽く落ち込むナツミ。普段の楽観的が取り柄のナツミはすっかり鳴りを潜めていた。

 

「らしくないな」

「え?」

「楽観的なのがお前の取り柄だろ?」

「……なんか、あたしがただの馬鹿みたいに聞こえるんだけど」

「ただの馬鹿じゃない、大馬鹿だろ」

「馬鹿って言う方が……」

 

 呆れた様子でナツミを諭すソル。それに反論しようとするナツミの言葉はソルに遮られる。

 

「だけど、そんな馬鹿で、見返りなんか考えない。そんなお前に俺達は助けられたんだ」

「ソル……」

「まぁ下手に考えるのはお前に似合わないってことだよ」

「……ありがと!ソル」

 

 ソルの言葉に陰りが払われたのか、ナツミは勢いよく走りだし、ルイズの後を追う。

 

「まったく世話の焼けることだな。うちのエルゴの王様は」

「まったくね」

 

 ソルの呆れたような苦笑にいつの間にか現れたアカネが同じく苦笑しながら相槌を打った。

 落城前夜。敵味方、それぞれの思いを映し、ハルケギニアの月は静かに輝いていた。

 

 





 纏めて投稿もこれで打ち止めです。
 次話は出来ているのですが、最終話がまだなので、少々お待ちください。次話で切ると凄い気になるところで終わってしまうのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 裏切りの婚約者

 

 

 

 舞台は翌朝。

 率直に結論から言おう。あれほど爽やかにルイズを追ったナツミは、ルイズに会えなかった。現実は物語ほど上手くは行かない。まさにその典型と言えるだろう。

 

 流石に恰好がつかないと、しばらくは探していたが、あてども無く探すのも非効率だとルイズに宛がわれた部屋で待っていたのだが、ルイズは部屋にも戻らず、ナツミは一晩中ルイズの部屋に居る羽目になった。そしてナツミは流石に昼間の戦闘により疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。

 そんなナツミを起こしに来たのはアカネ。

 

「ナツミ!起きて!」

「んぁ?」

「んぁ?じゃないわよ!ルイズを探しに行くって言ったくせに全然戻って来ないと思ったら一人でなにぐーすか寝てんよ!?」

 

 寝ぼけるナツミをぶんぶんと縦左右に揺らすアカネ。その様子に容赦という言葉は無かった。

 

「やめて~死んじゃうよ」

「ほら、早く起きて!作戦に遅れちゃうよ!」

 

 作戦。

 昨夜、ウェールズ皇太子と残った忠臣達数人にナツミとソルが提案した王党派からすれば、あまりにも無謀な作戦。その決行に遅れては、せっかく拾える命をみすみす散らしてしまうことになる。

 それだけは絶対に避けねばならない。過去に救えなかった命からそれを学んだナツミの瞳に強い光が宿った。

 

「ごめんアカネ。少し寝ぼけてたみたいね」

「まったくしっかりしてよ?この作戦はナツミにかかってるんだから」

「うん!」

 

 自らやるべきことを思い出したナツミは、勢いよく部屋を飛び出した。

 

 

 ナツミが向かう先は中庭。現在ワイバーンがいる場所だ。ナツミが向かうとのんきにワイバーンは眠っていた。体が巨大なだけあり、その鼻息だけで軽く木々が揺さぶられるのはご愛嬌だろう。

 

「ナツミ、お前どれだけのんきなんだ。こんな日に寝坊するなんて」

「あっははは、ごめんごめん」

「あと、ドレスのまま寝たのか?」

「えっ?ってわあああ!?」

 

 ソルがからかうように、笑いながら言う。ナツミはようやく自分の恰好に気付いたのか、真っ赤になって俯いてしまった。

 

「ま、ふざけるのはここまでにしよう」

「~あんたね~」

 

 話を振っておきながら、すぐに話題を切り替えるソルにナツミは軽く殺意が湧いた。だが、事の重大さが分かっているナツミも思考を即座に切り替える。

 

「ふぅ。ま、遅れたあたしが悪いんだしねっていうかさ。王子様もきてないじゃん!」

「あれ、そう言えば」

 

 からかわれた上に、集合場所に来ていないウェールズにナツミは憤る。

 

「おかしいな。ナツミはともかく王子が来ないとは」

「どういう意味よ」

 

 

 

 ナツミとソルが危機感をまったく感じさせない夫婦漫才を繰り広げている頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、件のウェールズは新婦と新郎の登場を待っていた。本来なら、ナツミ達が立案してくれた起死回生の作戦の手伝いに向かうはずであったが、手伝いはいらないと伝えてくれとナツミ言われたと新郎のワルドが伝えてくれたのでやることが無くなったのと、ワルドが結婚式の媒酌をして欲しいと言ってきたので、それを了承したのだ。

 

「……ふむ、しかしまさか、異世界の英雄とはね」

 

 ウェールズは昨日、ナツミが自分達に伝えてきたナツミの素性に思いを馳せていた。

言われてみれば、何から何までおかしいことに気付いた。

詠唱もせずに突風を巻き起こす。見た事も聞いたことも無い程の巨大なワイバーンを手足の様に扱う。よく気付かなかったものだと、今更ながらに思っていた。

 最初はもちろん疑った。

 だが、目の前で見た事もない魔法で人間を召喚されては信じずにはいられない。

それに彼女にしたって、翌日に堕ちる王族を騙したところでなんのメリットもない。

以上の事から、ナツミの発言を信じたウェールズに、ナツミが召喚したソルと呼ばれた少年が提案した作戦は、起死回生と言っていい程の作戦だった。この辺りの地形、敵の総数、アルビオン大陸の形状など、集められる情報をわずか一時間で理解した少年の頭脳にも驚かされた。

 そして、その作戦の要たるナツミの力にはそれ以上に驚かされた。

 

「よもやその様な事が出来るとは……、つくづく驚かされる」

 

 ウェールズの独り言が礼拝堂に響いた。すると、扉が開きルイズとワルドが現れた。ルイズは呆然と突っ立っており、ワルドに促されようやくウェールズの前に歩み寄った。

 ルイズは、今日死に向かうアルビオンの貴族の気持ちや、昨日リィンバウムに帰れる方法を見つけたと言っていたナツミへの思いに、思考がぐちゃぐちゃになり、眠る気にもなれず廊下で一人蹲っていたのを、ワルドに発見されこの礼拝堂まで連れてこられたのだ。

 ワルドの結婚式を今挙げようという言葉も、ろくに理解できていなかった。

 

 

始祖ブリミル像の前に立つウェールズの眼前に、二人は並ぶ。

 

「では、これから式を始める」

 

 ウェールズの式の始めを告げる凛々しい声が、礼拝堂に響き渡る。だがルイズはその声も何処か遠くに感じていた。

 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓うか?」

 

 ワルドは重々しく頷いて、杖を持った左手を胸の前に置いた。

 

「誓います」

 

 ワルドの淀みない宣誓の言葉に、ウェールズは満足そうに頷くと今度はルイズに視線を移した。ルイズはここに至りようやく、自分がワルドと結婚式を挙げているのだと理解した。

 

「新婦、ラ・ヴァリエール嬢公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか」

 

 ルイズはとっさに返事が出来なかった。

 なんでこんな時にワルドは、結婚式をしようなどと言ったのか?自分は誇れる自分になるまで結婚は待ってと言ったはずなのに。ナツミに召喚術を教えてもらって、一緒に魔法を探さなきゃいけないのに……。

 

(……あたし、昨日ナツミにあんな酷いことを……ナツミだって、来たくてハルケギニアに来たわけじゃないのに……)

 

 そこまで考え、ルイズはナツミとの昨日の会話を思い出し、顔が青褪める。

 

(もしかして、向こうに帰っちゃったかな……?)

 

 勝手に帰りなさい、と昨日ナツミに最後にぶつけた言葉。もし、ナツミがその言葉を真に受けていたら?

頬を張られ怒っていたら?

 帰る方法が見つかって、この世界に居る理由が無くなればナツミはすぐにでも家族の待つリィンバウムへ帰るのではないのか。そこまで考えたルイズは突然の焦燥感に襲われた。

初めて、自分を一人の人間、ルイズとして接してくれた大切な人がいなくなってしまう。

 

「新婦!?」

 

 驚くウェールズはそのままにルイズは感情の赴くままに、踵を返すとそのまま扉へと駆けようとする。

 そのルイズの手をワルドが捕える。

 

「ルイズ!?どうした!?」

「放して!わたし、ナツミに謝らないと」

 

 無理矢理その手をルイズは放そうとするが、思った以上にワルドが握力を込めていたため、思い通りにいかなかった。

 

「ルイズ。どうした急に気分が悪いのかい?」

「違うわ。でもごめんなさい……」

「日が悪いのかい?なら別に日に改めても……」

「ううん。そうじゃない…そうじゃないわ。ワルド、あたし……」

「ルイズ?」

 

 返事をルイズがしていない以上、この結婚式は有効にならない  

 ルイズは涙を拭い、今度ははっきりとワルドに告げた。

 

「ゴメンなさい子爵様。わたし、まだあなたとは結婚出来ません」

「新婦はこの結婚を望まぬのか?」

「はい」 

 

 ウェールズが確かめるようにルイズに問う、それに対するルイズの返事は淀みを一切感じられないものだった。 

 

「……子爵、残念だが、花嫁が望まぬ以上、式を続けるわけにはいかぬ」

 

ワルドはウェールズの声を無視してルイズの手を取る。

 

「緊張しているんだ。そうだろルイズ。君が僕との結婚を望まぬ筈がない」

「ごめんなさいワルド。でも、宿でも伝えたでしょ?立派なメイジに成ってから結婚しようって」

 

 断言するルイズにワルドの表情が変わる。

 優しかった瞳は狂気に染まり獣のような視線をルイズに見せる。

 

「結婚式はここまでだ。新婦が望んでいない以上この結婚式は無効とな……」

「うるさい!」

 

 ワルドのただならぬ気配を感じ取ったウェールズがルイズを自らの背でかばった。だが、激高したワルドは昨日まで王族に対して見せていた礼儀とは真逆の態度でウェールズを怒鳴り、そればかりか殴り飛ばした。

 

「ぐあ!」

 

 そこらの貴族とは鍛え方の違う、衛士隊の拳を貰い。ウェールズは礼拝堂の幾つかの椅子にぶつかる程、派手に飛ばされた。

 

「王子様!」

 

 ウェールズの身を案じ、ルイズが駆け寄ろうとするが、ワルドに両肩を強く握られ、それも叶わない。そして無理矢理、ルイズと視線を合わせるワルド。

 

「今じゃなければ、意味が無いんだ!僕は世界を手に入れる…その為にも君の力が今必要なんだ!!」

 

 狂気に満ちたその口調と瞳にルイズは、この男が自分のことなぞ、これっぽちも見ていないことを悟った。

 

「……ワルド、あなたはわたしを見ていない。あなたが見ているのは、わたしの中にありもしない力だけ! わたしを愛してなんかいない!こんな侮辱なんか無い!そんな人と結婚なんてするもんですか!」

「……そうか、どうしても駄目かい?僕のルイズ」

 

 それまでの狂気がまるで嘘のようにワルドはついさっきまでの優しい声でルイズを諭す。

だが、一度本性を見てしまった彼女の目に、それはひどく演技臭いものにしか見えなかった。そしてそれが演技ということは、学院で再会してから今この瞬間まで演技をしていたことの証拠に他ならなかった。

 

「いやよ。誰があなたとなんか結婚するもんですか!」

 

 ルイズはワルドから放たれる不気味な気配に内心は怯えながらも、表情には一切出さず言い放った。

 ワルドはその様子に、大げさに肩を竦め、首を振る

 

「こうなっては仕方ない、目的の一つは諦めよう」

「……目的?」

「そうだルイズ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つだけでも達成できただけでも、よしとしなければな」

「……達成?二つ?一体何を言ってるの?」  

 

 口元は、裂けるような笑みを浮かべながらも、瞳は一切笑わぬワルド。その不気味な様子に、最悪の予想を心中で浮かべながらもルイズは尋ねた。ワルドは右手を掲げると、人差し指を立てる。

 

「まずは君だ。ルイズ。君を手に入れる事。……まぁこれは達成できそうもないが」

「当たり前よ!」

 

 次にワルドは、中指を立てた。

 

「二つ目は、君が今持っている姫殿下……いや、アンリエッタの手紙だ」

「っ!」

「貴様……!」

 

 『アンリエッタ』とトリステイン王国の貴族たるワルドが自国の王女を呼び捨てたことでルイズと、先程派手に吹っ飛ばされてようやく起き上がれたウェールズはすべてを察した。ウェールズはすばやく杖を構え、ワルドに魔法を放とうとした。

 だが、それよりも遥かに早く、『閃光』のワルドが詠唱を完成させ、ウェールズに詰め寄り魔法を発動させる。

 

「三つ目は、貴様の命だ。ウェールズ!」

 

 

 

 

 

 

ナツミとアカネ、ソルは礼拝堂へ続く廊下を、全速力で走っていた。徐々にソルが引き離されているのはご愛嬌だ。三人はあの後も、ウェールズが来るのを待っていたが、一向に来ないため王子付の侍従であるパリーにウェールズの事を尋ねると、ワルドとルイズの結婚式の媒酌しに行ったと言うではないか。

 しかも、ワルドがナツミ達には自分から伝えてあるといったという。

 そして、実際はそんなこと事実は無い。そのことに不審に思い礼拝堂に歩いて向かっていたのだが、突然ナツミが

 

「一体どういうことよ!」

 

 と怒鳴るなり、走り始めたというわけだ。

 

「昨日、呼ばれたばっかの俺に聞くな」

 

 苛立つナツミの独り言に後方から律儀に応えるソル。なんの解決にもなってないが。

 

「っていうかさー。急に走り出したのはナツミでしょ?」

「うん。左目が多分だけど、ルイズの視界になってる……と思う」

「それで、どうしたのなんか大変な事になってんの?」

「……ついさっきだけど、王子様がワルドに殴られてた」

 

 二人とも、相当なスピードで走っているが、息は全く乱れない。そして、会話に入らないソルは、もはや遥か後方にいた。

 

「はぁ?どうなってんの?」

「っ不味い!ワルドのやつ、杖を構えた!」

「っ!」

 

 最悪の結果が、ナツミ達の脳裏をよぎる。オルドレイクに殺された。カノンの最後が繰り返し繰り返し脳内で再生される。

 

「間に合って!」

「ナツミ!あそこの壁を壊せば近道よ!」

「了解!はああああああああ!!」

 

 礼拝堂が二人の視界に飛び込んでくる。だが、礼拝堂への扉は二人に向かって、右手側へ迂回しなければならない構造であった。

 今にもルイズに危害を加えようとするワルドが左目に映っているナツミにそんな悠長なことをしている余裕など無かった。ナツミはアカネに言われるままに、サモナイトソードを腰から抜き放ち、勢いそのままに壁を突き破った。

 

 

 

 ウェールズは自分に胸に突き刺さろうとする杖をまるで他人事のように観察することしかできないでいた。もはや、何をしても手遅れと分かっている分、慌てることなく冷静になっていたのだろう。

 ワルドの青白く輝く杖が、ウェールズの胸に突き刺さる。

 あとほんの少し、刺されば致命的。というところで救世主は現れた。

 

 轟音とともに礼拝堂の一部の壁が崩れ、青い光が突風とともに室内に荒れ狂う。突風に思わずワルドは杖を引き抜いて、自らの顔を庇った。杖を引き抜かれ、支えを失ったウェールズはゆっくりと床へ吸い込まれるように崩れ落ちた。

 

「貴様ら……」

 

 ワルドが憎々しげに睨む先には、蒼く輝く剣を持つナツミと、苦無を構えたアカネの姿があった。

 

「ナツミ!」

「ルイズ怪我は無い?」

「う、うん。あたしは大丈夫でも王子様が……」

 

 視線を追うとルイズより数メートル離れた位置にワルドが経っており、その足元には血の海に浸るウェールズの姿があった。

 

「……王子様?」

「ワルド!あんた!」

 

ナツミは呆け、アカネは激高しワルドを呼び捨てし怒鳴る。

 

「どうしてこんなことを」

「ナツミ!こいつは裏切り者だったの、今回アルビオンで反乱を起こした貴族派の仲間……」

 

「レコンキスタ!僕が末席に名を連ねる貴族の連盟さ!」

 

 ルイズの言葉尻に続けるように、しゃべるワルド。その様子はどこまでも誇らしげであった。

 

「なんで?あなたはトリステインの貴族じゃなかったの?」

「国という境界線に縛られぬのが我らレコンキスタよ。聖地奪還を目的にする我らに国など不要なのだ!」

「そんなことで婚約者のルイズを騙したの!?」

「ふっ目的のためには、手段を選んでおれぬのでな―――ライトニング・クラウド!!」

 

 会話をしながらも、密かに詠唱していたのか、ワルドはそれまで下に向けていた杖をナツミに向け、ライトニング・クラウドを放つ。それはワルドの二つ名『閃光』に相応しい、    

言葉通りの電光石火の速さであったが、二度も同じ魔法を見せられ躱せぬナツミではない。なんなくライトニング・クラウドを避けるナツミ。アカネはその間にルイズの元へ移動する。

 

「馬鹿正直に真正面から唱えても当たらないわよ」

「……だろうな」

 

 ここ数日でナツミの能力を分析していたワルドは彼女が自分よりも遥かに高い力を秘めていると自覚していた。そして、それゆえにレコンキスタにとって大きな障害になることもそれ以上に理解していた。

 

「ライトニング・クラウド!」

「だから、何度やっても……がっ!?」

 

再び真正面から放たれたライトニング・クラウドを容易く躱したナツミは突然、背後からの強い衝撃を受け踏鞴を踏んだ。

 

「ああ……」

「ナツミ!」

 

 ナツミは自身を呼ぶ、アカネと呻くルイズの声が何処か遠いことに気付く。未だに自分の正面にはワルドがいる。ルイズをウェールズを裏切った敵を倒そうと、足を動かそうとするが、胸に何かが引っかかり上手く動かせない。

 ふと胸に目を向けると、左胸から赤い液体を滴らせる青白い杖が飛びしていた。後ろに目を向けると、ラ・ローシェルでナツミ達を襲った仮面の男が居るではないか、ぼんやりそんなことを考え、再び正面を見るがそこにもにやにやと笑うワルドが居た。

 

(……体が……動かな……い?)

 

 疑問を覚えるが、どこがおかしいのかいまいちナツミには思考できなかった。そうこうしている間に自分の胸から突き出た杖が、ゆっくりと体の中に潜っていく。体内から響くブチブチという音を聞きながら、ゆっくりとナツミは床に吸い込まれていった。

 

 

「ナツミ―――――――!!!」

 

 自らの主の声だけがナツミの耳に残った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 嘘つきにならないで

「ナツミ―――!!!」

「ワルド―――!」

 

 アカネが大切な友人を、ルイズが大切な使い魔を傷つけられ、それぞれの相手に向かい走り出す。

ルイズはナツミを助けるために。

アカネは友人を傷つけた相手を倒すために。

 

「よくもナツミを!!」

 

 サルトビの術すらも忘れる程、激昂したアカネが腰に帯刀していた剣を抜き放ちワルドへと躍り掛かる。初動は最早意識すらせず行った剣撃は仮面の男の仮面にその剣身を食い込ませる。そのまま縦に両断する程の勢いがあったが、それは横から吹いてきた突風により防がれた。

 

「っ!?」

 

 想像外の驚愕に目を剥くが、日頃の修練と豊富な戦闘経験から、アカネはなんとか体勢を整え構え直す。右手に刀を、左手に苦無を持ち油断なく敵を見る。驚くアカネの目の前には素顔晒す仮面の男――ワルドが立っている。

 そして先程、吹いた風の出所にもワルドがいる。

 つまり、この場に二人のワルドが立っていた。

 

「分身の術……!?」

 

 アカネはワルドそれが未だに自分でも会得しきれていない高難度忍術の一つ分身の術だと勘違いし、冷や汗を流した。

 

「ふっただの分身……の術?……まぁいい。とにかくただの分身では無い。風の偏在、風は偏在する。ありとあらゆるところにさ迷い歩き、その距離は意思の力に比例するのさ」

「なら―――――――何っ!?」

 

 ワルドの言葉を無視してアカネはサルトビの術で背後を取ろうとするが、幾つもの爆発音と城を揺るがす程の振動に思わず身を固めてしまう。そんな隙を見逃すワルドでは無い。

 

「ウィンド・ブレイク!」

 

 不意を突こうとしたはずのアカネが逆に不意を突かれた形になり、受け身も取れずまともに魔法を受けて吹っ飛んだ。

 

「ぐあぁ!」

 

 アカネは吹き飛ばされた先にあった壁に全身をしたたかに打ち付ける。

 

「……ぐっ一体何が?」

「なに、王党派が自爆用に仕掛けていた爆弾を少し爆発させただけさ。……まぁ突入の合図変わりだよ。くくく」

「なんですって!?」

 

ワルドの言葉にアカネは目を見開いた。まさかとは思うものの、ワルドはその身を複数に分ける術を持っているし、その実力はアカネをして卓越したと呼べるものだ。……おそらく嘘ではないのだろう。そうアカネは判断した。

 

(こいつ……なんてことを!!せっかく皆を助けられる方法を考えたのに)

「ふ、ふざけないで!!」

 

 冷静さがウリのはずの忍者としては失格と言っていいほどの感情の発露。それはアカネも自覚していたが、多くの命をあっさりと奪おうとし、婚約者を裏切り、そしてナツミを傷つけたワルドへの怒りは限界を迎えてしまった。

 懐から数多の苦無を取り出し、無造作とも思える動作でそれをワルドへと投げつける。一見雑に見える投げ方だが、アカネ程の実力者が投げれば只の一本も逸れることなくワルドへと苦無は殺到する。

だが、相性が悪かった。ワルドが無造作に振った杖から放たれた風の魔法により、苦無はその軌道を無理矢理変えられ、あらぬ方向へと飛んで行く。

 

「くっ!」

「今度は」

「こちらから行くぞ!」

 

 二人のワルドは、先程ナツミとウェールズを貫いた風の魔法エア・ニードルを自らの杖へ纏わせ、突進してきた。

 

「どうした?」

「随分剣筋が荒れているぞ?」

「っ!」

 

 杖と刀が何度となくぶつかり合い、甲高い金属音が礼拝堂に響き渡る。

 普段ならまだしも、友を傷つけられ冷静さを失ったアカネが戦うにはワルドの実力は高すぎた。それにトリッキーな戦いを得手とする彼女に真っ向からのぶつかり合いは聊か相性が悪い。アカネはなるべく攻撃を避けることに集中し、どうしても避けられぬ攻撃は刀で受けるという動作を繰り返していた。致命的な攻撃は防げていたが、二方向から迫りくる斬撃に徐々に切り傷が増え、それにともない彼女の体力も奪われていく。

 一度、傾いてしまった戦況を返す手段が今のアカネには無かった。

 

「―――――ああああ!ソルはなにやってんのよ!!」

 

 ナツミの元へと駆け寄れぬもどかしさ。敵を思うように討てぬ自分の弱さ。そして、それを打開する鍵となりうる人物が来ない事に思わず、アカネは叫んでいた。

 

「ふむ、二人では、やはり手に余るな」

「?」

 

 ゾクッとワルドの言葉に背後から吹き上がる殺気を感じ、アカネは自らの感の赴くままに確認もしないで横っ飛びに避ける。回避し即座に、殺気の出所を見ると三人目のワルドがアカネの居た場所にエア・ニードルを放っていた。

 それに冷や汗を流し、もう一人増えた偏在(アカネ的には分身)と残りの二人を視界に納めた。

 その時、アカネの背後から再び殺気が生じた。

 

「ライトニング・クラウド」

「がああああああっ!?」

 

 四人目のワルドの放つ電撃を、体勢の崩したアカネに避けることは不可能であった。高電圧はアカネを焼くに留まらず、あたりの空気をも焼き霧散した。

 

 

 

 

 アカネが戦闘不能になる少し前。

 

 

「ナツミ―――――!!!」

 

 ルイズはナツミの元へ駆け寄っていた。

幸いにも障害はアカネが相手をしてくれていたため、ルイズはナツミの元に邪魔をされることなく辿り着くことが出来た。

 

「ナツミ、ナツミ!」

 

 服が血で汚れるのも構わずルイズはナツミを自らの胸にかき抱いた。必死に名前を呼ぶもナツミは浅い呼吸を繰り返すだけで返事をしない。

 

「ああ、血が止まらない……どうしよう、どうしよう。うぅうひっく」

 

 好転しないどころか悪化する事態に、遂にルイズの涙腺が崩壊し始める。

 

「ぐあぁ!」

 

 そのときアカネの呻く声が聞こえ、ルイズが声のする方向に目を向けると、アカネが壁にしたたかに打ち付けられていた。

 

「アカネ!」

 

 ルイズがアカネの身を案じ、声をかけるが極度の集中状態にあるアカネにその声は届かない。そうこうしてる間もナツミの体からは命が徐々に流れ出ていた。

 

「うぁ、ナツミ、ナツミ」

 

 その命を流れさせまいと、傷口を抑えるが、それはルイズの手をいたずらに血で染めるだけであった。

 

「があああああああっ!?」

 

 それをしばらく続けていると、突然アカネが大声を張り上げる。その声に驚き、アカネを見るとアカネは全身を黒焦げにされ、床に倒れていた。その周りにはいつの間にか四人のワルドが立っている。

 

「ひぅ」

 

 思わず、ルイズが上ずった声をあげると四人のワルドが一斉にこちらを向いた。

 

「残るは君だけだよルイズ.」

 

 一番アカネに近いワルドがそう言いながら、ルイズへ近づいてくる。

 

「僕を拒絶しなければ、殺しはしなかったのに。君が悪いんだよ僕の小さなルイズ。ん……まだ息があるのか、しぶといな」

 

 責めるような諭すような不気味な声色でワルドは声をかけてくる。だがルイズは不思議と恐怖心は湧かなかった。だだ、自分が死ねば確実にこの胸に抱いたナツミもまた死ぬことだけが理解できた。

 

 

「…………いで」

「こないで?……今更、命乞いかい?」

 

ルイズの囁きを聞き、ワルドは悦に浸ったような笑みを浮かべた。自身を拒絶したルイズが命乞いした来たことで、暗い愉悦を感じたようだった。

 

「ふざけないで!!!」

「―――――――――っ!?」

 

 突然、ルイズの身体から暴風の様に魔力が噴出した。その魔力に当てられ、ワルドは思わず後ずさってしまう。

 

「ナツミをこれ以上、傷つけさせない!……打ち砕け!!」

 

 左手にサモナイト石を握り込み、ありったけの魔力を練り込んでルイズは、自身が使える最大の召喚術を行使する。

 

「シャインセイバー!!」

 

 聖なる剣が主の意のままに、ワルドに襲い掛かる。

 

「……危ないなぁルイズ。だけど、いくら強力な魔法でも当たらなければどうということはないよ」

 

 まさにワルドの言うとおり、まだまだ召喚術のいろは程度しか身に着けていないルイズが百戦錬磨のメイジであるワルドの勝てる術はない。

 自身の最大の攻撃をあっさりと躱された更にナツミを深く胸に抱く。これ以上、ナツミを傷つけられたくないが故に。自分の保身はそこには無かった。

 一歩一歩とワルドが近づく。

 

「ナツミっ死なないで!!約束したでしょ?言ってくれたじゃない一緒に魔法を探そうって!」

 

 ただ、ナツミに死んで欲しくなかった。壊れた壁の破片を踏み潰す音が辺りに響く。

 

「召喚術だって全然教えて貰ってないわよ……」

 

 自分の事を一人に人間として見てくれたナツミを。自分のすぐ隣でワルドが足音が留まる。

 

「お願いだから……死なないで!……目を開けて……!」

 

 失いたくなかった。恐怖心を煽るようにワルド詠唱が紡がれる。

 

「嘘つきに……ならないで……!!」

 

 涙ながらの懇願とともに小さな背中でナツミを庇った。自身が傷ついてもいい、ただこれ以上ワルドにナツミを傷つけられたくなかった。しかし無情にも呪文は完成し、放たれた。

 

 

 

 

 

 熱を失いつつあるナツミは体の前面が、安心するような温かさに包まれているのをぼんやりと知覚していた。そして、それとは逆に頬に幾度も当たる雫が空気より冷やされる心地よさもまた、感じていた。

 

「ナツミ、ナツミ」

 

 近くにも遠くにも聞こえるルイズの声が何度も耳朶を打つ。それがとっても悲しくて、慰めてあげたいのにナツミの体はその意思とは裏腹に全く反応してくれない。胸から流れる温かいものに比例するように、眠さがどんどんと増していく。

 

 そのまま、抗いという抗いもできずに、揺蕩う意識が闇に飲まれていった。

 

「…約束…」

 

 それは遥か遠くから聞こえてきたただの言葉。文脈も、抑揚も、図れぬ程に遠くから聞こえた来た言葉の欠片にナツミの意識は反応した。一度反応した意識は、緩やかに浮上していく。

 ルイズの声が近くなる。

 

「嘘つきに……ならないで……!!」

(…………!)

 

 その声を聞いた途端、ナツミの意識は完全な覚醒へと向かった。

 

(……)

 

 嘘つき、それはナツミにとって一番ふさわしくない言葉。なぜなら、

 

 彼女は、固く誓うもの。

 

 

 誓約者(リンカー)!!

 

 

 

 

「エア・ニードル」

 

 ワルドがルイズへ向けて放った魔法は皮肉にも彼女の使い魔を傷つけた魔法であった。魔法もろくに使えぬ彼女にそれを防ぐことはできない。しかし、ルイズはそれにも拘わらず、ナツミを放って逃げることはしなかった。

 ただその背で使い魔を庇う。

 だが、抵抗空しく無情にも命は散った。

 

 

 と思われたその瞬間。

 

 暴風がルイズがいるあたりから吹き荒れ、ワルドを吹き飛ばす。暴風が止んだその中心にはルイズが今まで、胸に抱いていた少女が立っていた。

 

「ナツミ」

「や、お待たせ」

「お、お待たせじゃないわよ!そ、それにその怪我……立っちゃダメじゃない!……じっとしててよぉ、う、ええ……」

 

 ナツミが生きて立ち上がれたことに喜びの涙を流し、それとは別にせっかく生きているのに無茶をしようとするナツミに悲しみの涙をルイズは流す。そんなルイズの矛盾する泣き声を聞きながらも、その意思は汲まず、床に落としていたサモナイトソードを右手に背から抜いたデルフリンガーを左手に構え敵を睨む。

 

「娘っ子の言うとおりだぜ相棒……重症としか言いようがねぇぞ。その怪我は……」

「……ん、ルイズもデルフも、心配してくれんのは嬉しい……けどさ。ここであたしが戦わないと……皆が死んじゃうからね、それに」

「つくづく化け物だな貴様は、くっくくく、だがその怪我では満足に戦えまい!!」

 

 ワルド達はナツミを取り囲むように突撃を開始する前衛二人、中心に一人、後衛に一人の陣形を組む。ナツミはその陣形を見てもなんら意に介さずに召喚術を構築し唱えた。

 

「それに……この位であたしは、エルゴの王は誓約者は死なないわ。顕現せよ光の賢者!天使エルエル、オーロランジェ!」

 

 ナツミを中心に光が溢れる。その頭上には翼を持つ、癒しの天使の姿があった。光は大怪我であるはずのナツミの傷を一瞬で癒してしまう。ハルケギニアでは信じらないそれを見て攻撃をしようとしていたワルドは立ち止まってしまう。

 

「き、貴様、それはなんだ……?」

「さぁ?言うと思う?」

「くっ」

「かかってこないの?ならこっちから!」

 

 怯え、たじろぐワルドを好機と見るや逆にナツミは攻撃に転じる。近、中、遠距離と効果的に陣取るワルド達であったが、冷静さを失った彼らはその攻撃を捌くの精一杯であった。

 

「はぁああああ!」

「ぐぅっ」

 

 早く、重い攻撃はワルド達を防戦一方に追い込むも、受けに回ってるせいかなかなか仕留めるに至らない。そして、ここに来てワルドにはさらなる布石があった。

それはワルドは唱えていた最後の偏在。城の爆発を任された5人目のワルド。

 

 それが音もなくナツミの背後に現れていた。

 

「ナツミ――――――!」

 

 喉が裂けるばかりの声でルイズはナツミに危機を知らせる。一瞬遅れ、ナツミがそれに反応するが、そこには

 

 杖を構えるも頭を苦無でぶち抜かれるワルドの姿があった。ワルドは偏在の方だったのか、ぶち抜かれた頭から空気に溶けていく。

 

「ったく。二度も同じ手に引っかかるって誓約者としての自覚ないでしょ?ナツミ」

「アカネ!」

 

 ナツミが視線を移す先には無傷のアカネが苦笑しながら立っている。それを見て、ナツミも驚くがそれ以上にワルドは驚いていた。

 

「貴様、ライトニング・クラウドを受けて何故!?」

「喰らってないし、ほら」

「なに!」

 

 ワルドが振り向くとそこには何故か人間大の丸太が転がっていた。しかも何故か焦げて。

 

「空蝉の術」

 

 空蝉の術。

 素養がある忍者のみが使用できる特異忍術の一つ空蝉の術。死に瀕するほどの攻撃や、回避不能の攻撃を一度の戦闘で一回だけ(丸太が一個しか持てないので)肩代わりすることが可能な忍術だ。

 

 ナツミの全快と未だに戦闘可能そうなアカネを見て、戦況が一変したと悟るワルド。

 彼に残された道は……。

 

「こうなれば任務だけでも!!」

 

 ワルドは背後のアカネを警戒しつつも、ナツミの背後にへたり込むルイズ目掛けて突撃を開始する。風を壁の様に発生させ相手を吹き飛ばすウィンド・ブレイクを多用し、ナツミを牽制する。

 ナツミも偏在を含む多数のワルドから面で多方向から責められ、たじろいだ。

その隙を突けなくて何がスクエアメイジか。

 

「ルイズ!」

「せめて手紙はいただくぞ!」

 

 と言いつつもただで手紙を奪う気は無いのか、エア・ニードルを唱えてルイズに躍り掛かるワルド。

 

「きゃあああああああ!」

「があああああああ!?」

 

「は?」

 

 最悪の瞬間を想像したナツミだったが、ルイズの悲鳴とともに聞こえたワルドの苦悶と目に映った光景に目を剥いた。ワルドは全身をくまなく黒く焼かれ、空気に溶けていく。その頭上には召喚獣のタケシーが浮かんでいた。

 どうやら、こちらも偏在だったようだ。

 思ってもみなかった事態にナツミ達だけでなく。ワルドと偏在達も呆けていた。

 

「大丈夫か!?」

 

 未だに状況を飲み込めぬ一同の元に飛び込んできたのは今更感もあるが、ナツミの相棒、 召喚師ソル。

 

「間に合ったようだな!」

 

 自らの愛用の杖を構え、かっこよく決めるソル。

 

「「間に合ってないし」」

 

 そんなソルに冷たく言い放つリィンバウム組の二人の少女。

 

「なに!?ってナツミその血は……!」

 

 とっさに疑問の声をあげるソルであったが、朱く血に染まるナツミの胸元を見て、その表情は怒りに染まる。

 

「お前がやったのか……」

「あ、ああ……」

 

 シリアスな空気と若干緩みつつある空気が生み出す微妙な空間ではあったが、よくも悪くも不器用で真面目なソルはそんな空気を読めるわけもなく、ワルドも困惑したような表情を浮かべていた。

 

「……ソル、こいつの相手はあたしがするから」

「いや!俺が相手だ」

「ソル向こうで王子様が怪我してるから治療して」

「いや……」

「治療して」

「……分かった」

 

 納得はしていないようだが、ナツミの威圧感と王子の怪我を無視できないと悟ったソルは早足で王子のもとへと駆けて行く。それを良しとしないのが、ワルドであった。

 

「させると思ったか!」

 

 王子の治療と言う言葉に反応し再起動したワルドは、それを阻止せんとする。

 

「ぐああ!!?」

「それこそさせないわよ」

 

しかし、サルトビの術で背後に現れたアカネに切りかかられ、空気に溶ける。

 

「さぁ、これで二対二よ?」

「………」

 

 つい先程までは、覆すことなど不可能と思われた戦況をあっという間に変えられ、その上王子まで治療されては、自分はただレコンキスタのものでした。と告げるためにこの旅に参加したようなものだった。

 そう思い、歯を噛み締めるが、彼に現状を打破する策は思いつかなかった。この状況で彼が出来る事それは……。

 

「エア・ストーム!」

 

 巨大な竜巻が室内を吹き荒れる。

 

「うわっ!」

「ルイズ!」

 

 アカネは咄嗟に顔を覆い、ナツミはルイズのものまで一息に駆け寄り、その背で庇う。

 

「こんな竜巻なんかで!おいで!ウィンゲイル!ダブルサイクロン!!」

 

 機界から召喚された機械兵器ウィンゲイルはその両手のプロペラを主の命ずるがままに、回転させる。両手から生まれた竜巻は片方だけでワルドのエア・ストームにも匹敵するほどの強力なものだった。

拮抗するまでもなくウィンゲイルの竜巻はワルドのそれを中心にいる術者ごと飲み込み消えた。

 

 

 

 

 偏在にエア・ストームを唱えさせ、本体たるワルドは礼拝堂を抜け、貴族派のもとへと向かっていた。

 

(結局……なに一つ思い通りに行かなかった……)

 

 魔法を使いすぎ、気だるさが全身を包む中、ワルドの心には一人の少女が浮かんでいた。

 

(あの女が……あいつさえ居なければ全てが上手く行くはずだった)

 

 それは自らの婚約者だった少女の使い魔。思った以上に主に心を許された少女。今回の作戦において障害となることは予想済みだった。

 だがそれは予想した以上に大きな障害だった。

 否。それは最早障害などと言う可愛いレベルではない。城壁といってもいいほど高く固いものであった。

 風の魔法の様なものは詠唱も無しにスクエアレベル。

 地面とは程遠い空中で作られた巨大な岩もスクエアレベル。

 そして手足の様に操るワイバーンも主同様規格外。

 近接戦闘も素手、剣術ともに高レベル。

 その上に手のルーンを盗み見た限りはガンダールヴ。

 さらに妙に魔法が効きにくい。殺す気で放ったライトニング・クラウドを二発も受けてピンピンしている。

 ダメ押しに、重症の怪我を治した謎の魔法。

それに自分の竜巻と同等いやそれ以上の竜巻を生み出したこれまた謎の魔法。どちらも見たことない幻獣を使役していたような気がする。

 どれか一つあっただけでも、大した障害になる程のものを複数所有している。

 

(全く、厄介にもほどがある。だが)

 

 何度も言うが今回の任務自体はほぼ失敗。唯一の成果と言えば、

 

(あの少女の無意識外から一撃で決めれば殺せるということが分かった)

 

 のみであった。

 あの時、ワルドの攻撃がナツミの頭部を破壊、もしくは首をはねる様な攻撃であったならば、おそらく今頃任務は成功していただろう。

 

「ちっそれが分かっただけでも良しとしなければ」

 

 もちろんそれが、どんなに困難なことかワルドも十分に理解していた。だが、そう思わなければ今の状況に納得が行かなかった。

 やれやれとワルドは首を横に振る。その首に下げられたロケットがきらりと光った。

 

 

 

「逃がしちゃったわね」

「追う?ナツミ」

「…ん…良いわ。王子様も心配だしね」

 

 当面の危機も去り、警戒を若干解くナツミとアカネ。

 

「ナツミーーー!」

 

 そんなナツミに大声で飛びつくルイズ。

 

「わああ!?ル、ルイズ!?」

「ナツミ!ホントに大丈夫?怪我は」

 

 あまりに心配したルイズは、怪我をしたあたりをまさぐり始める。

 

「うわぁ、ちょっと、や、やめ……どこ触ってんの!」

 

 なんやら敏感なところを刺激され、思わず怒鳴るナツミ。情緒不安定な今のルイズにその怒声はきつかった。

 

「え……、ゴメ……で、でも、あんなに……血が!ふぇ…ぇえええん」

「うわっと、ちょっと何泣いてんの?ルイズ、泣き止んでよ」

 

 子供の様な大泣きをするルイズに困惑するナツミ。いくらエルゴの王と言われる彼女も泣いた子には勝てないのだ。頭を撫でたり、慰めの言葉をかけるが一向にルイズは泣き止まなかった。

 ナツミがどうしたもんかと悩んでいるとソルが呆れた様子で声をかけてくる。

 

「なに、ご主人様を泣かしてんだナツミ」

「あ、ソル」

「あ、ソルじゃねぇよ!聞こえないのか外の音が!」

 

 怒鳴り声をあげるソルの言う通り、ナツミが外へ耳を傾けると、怒号や爆発音が響き渡っていた。その音に思わずナツミは、はっとなる。

 

「まさか」

「ああ、もう場内に進入されてる。不味いな」

「早く、作戦を開始しないと!って王子様は!?」

「もう治したぞ。血が足らないせいか意識は戻ってないけど命に別状はない」

「そう、良かった。じゃ行きましょ」

 

 ナツミはほっと胸を撫で下ろすと、未だに泣きじゃくるルイズの手を取って立ち上がらせる。ルイズはそれに逆らいもせず、大人しく従っていた。

 そんなルイズの足元が突然ぼこっと盛り上がる。

 

「きゃあああ」

「何!」

 

 足元が突然、不安定になりルイズはナツミに倒れ込むように体を預けてくる。そして、そんな二人を庇うようにアカネが前へ出た。ぼこぼことなおも地面が盛り上がり、その中から茶色の毛むくじゃらが顔を出す。

 

「あんた、ギーシュの使い魔のヴェルダンテ?」

 

 ナツミが首を傾げていると、その隣からギーシュも顔を出した。

 

「こら、ヴェルダンテ!お前はどこまで穴を掘るんだ。って君達こんなところに居たのかね?」

 

 

 

 土塗れの間抜けな顔をしたギーシュは事の顛末を語り出す。

 傭兵団を撃退し、タバサの風竜シルフィードでアルビオンまで来たが、知らぬ異国故どこにいけば分からない。途方に暮れているとヴェルダンテが突然、穴を掘り始めてここまで誘導したと。

 

「つまり、ヴェルダンテはルイズの水のルビーの匂いを辿ってここまで来たわけだね」

 

 指を立て、説明口調で話すギーシュ。

 

「話は後!」

「え……何を興奮してんのよ」

 

 ギーシュの説明中にでも現れたのか、土塗れの顔をハンカチで丁寧に拭きながらキュルケはナツミを窘める。

 

「もう貴族派が攻めこんでんのよ!」

 

 そうナツミが怒鳴った瞬間。礼拝堂の扉が乱暴に開けられる。皆に緊張が走り、扉の方向を一斉に見る。

 

「ここに居ましたか!ナツミ殿!」

「パリーさん!」

 

 扉を開けたのはウェールズの侍従であるパリー。パリーは酷く焦った様子を見せていた。

 

「ウェールズ様は!?」

「王子様ならそこに」

 

 ナツミが指さす方向には血に塗れ床に倒れ伏すウェールズの姿があった。その姿を見てパリーの顔色が変わる。

 

「!これはどういうことですかな?返答次第では……」

「ち、違います!?あたし達じゃありません!」

 

 なんやら、パリーは誤解したようで、険しい表情を向け、杖を忍ばせている懐へ手を入れる。その様子にナツミは、誤解を解こうと両手をあげて説明をする。

 

 

 

「なるほど。子爵殿が裏切り者とは……。本来ならあなた方も疑うところではありますが、王子の怪我も綺麗に治療されておりますし、……信じましょう」

「なら、早く作戦を!」

「……もう、無理ですな」

「えっ」

 

 大まかにであるが、現状を説明し、なんとかパリーの誤解を解くことに成功し、貴族派を撃退する作戦を決行しようとパリーを急かすが、それはパリー自らに否定された。

 

「もう城門が破られました。ナツミ殿のワイバーンが応戦してくれておりますが、全てのゴーレムを流石に相手には出来ないようです。」

「ってことは……」

「ええ、敵はかなりの人数が既に場内に進入しています」

「っ!」

 

 今回ソルが、提案した作戦の最低条件が敵の城内侵入の阻止であるため、この時点で彼らの作戦は瓦解したことになった。作戦の決行を敵の総攻撃に合わせて、追撃を振り切ると言う作戦だったため、ワルドのとの戦闘が致命的な時間の遅れとなり作戦に響いてしまったのだ。

 

「ど、どうすれば……」

「不味いな」

「ワルドのせいで!」

 

 作戦を知っていたナツミ、ソル、アカネが暗い空気を纏って肩を落とす。そんな三人の空気を感じ残りのメンバーに暗い空気が媒介したように暗くなる。

 

「皆様」

 

 そんな空気に一人流されず、パリーは凛とした声色を辺りに響かせた。

 

「皆様に無理を承知で頼みたいことがございます」

「な、なんですか」

 

 一同を代表しルイズがどもりながらも返事をした。

 

「ウェールズ様をここから連れ出して貰いたいのです」

「ええ!?で、でも王子様は確か……」

「ええ、殿下はソル殿が提案された作戦を聞くまでは、我らと共に最後を共にしたいと申しておりました。ですがそれは臣下一同が納得したわけではありません。本当は最低でも殿下だけには脱出して貰いたかったのです。陛下と殿下が倒れれば我ら王党派は負けでございます。ですが逆に言えばどちらかが生きていれば王党派はまだ戦えます」

「……王子様は納得されるでしょうか」

「しますまい。ですが、王族と言うは皆を背負うものなのです。無事にここを逃げられ殿下がお気づきになられたら伝えてください。この国がアルビオンでない。殿下こそがアルビオンなのだと」

「でも……」

 

 ルイズはそれでも納得がいかず、なおも言い募ろうとするが、パリーによってその言葉は遮られた。

 

「もう時間がありません。皆様にはそれ以外にも、イーグル号と先日拿捕したマリー・ガラント号に乗せた非戦闘員の護衛を任せたいのです」

 

 死地に赴こうとするパリーの揺らがぬ意思にルイズ達は頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 マリー・ガラント号とイーグル号をアカネとタバサ達に任せ、ナツミはワイバーンの背に乗っていた。

 ワイバーンは空中から人には当たらぬように、だが牽制するように城の付近に火炎ブレスを放っていたため、人はまばらにしか居ないようであった。隣には自らの相棒たるソル、そいて主人たるルイズが佇んでいた。

 もう、作戦を決行してもなんの意味も無かったが、ただで帰るのは嫌だったため、最後に貴族派に目にものを見せるために作戦の実行することをナツミは決めていた。

 それがただの我儘に過ぎない事は分かっていた。

 それが自分自身に対する贖罪に過ぎない事も分かっていた。

 ナツミはサモナイトソードを抜き放ち、精神を集中し、魔力を解き放つ。

 

「結局、エルゴの王とか言っても、なにもかも思い通りに行くわけじゃない。一年前の変わってないのかな」

 

 極力人を殺したくないと思って、この作戦を決行しようと思ったのに、結局多くの人が 今もなお戦い死んでいく。それが先程までナツミ達がいた場所で行われているのだ。

 彼女が本気を、いや本気を出さなくても貴族派を殲滅することは可能だ。

 さらに言えば、現在のような混戦状態で無ければ、誰一人殺さずにこの戦いを終わらすこともできただろう。

 もう終わったことを悔みながら、彼女は全力を魔力をもって彼の者を呼ぶ。

 

「おいで……鬼神将ガイエン!」

 

 そこに現れたのは一本の猛々しい角を天へと聳え立たせる。人外の武人が浮かんでいる。その片手には一太刀でゴーレムを両断して余りある巨剣が握られていた。彼こそ鬼属性召喚獣中、単体攻撃力最強を誇るまさにその名と通りの鬼神の力をもつ召喚獣―鬼神将ガイエン―であった。

 

 ガイエンはその剣を正眼に構える。ナツミもそれに合わせるように魔力をガイエンに流し込む。

 

「行くよガイエン!」

「―――――――――!!!!!」

 

 頼もしく、雄々しい返事を返すガイエン。鬼属性特有の赤い光が眩しいほどに輝いた。

 

「――――――真鬼神斬!!!!!」

 

 ナツミを共催な魔力を込めたガイエン最強の技、召喚術ランクSを誇る真鬼神斬が、極限までに強化されアルビオンの大地に向かって放たれた。ガイエンの放った真鬼神斬は、ちょうど敵も味方も居ない場所を選んで放たれていたのと、あまりの剣速にガイエンの剣の厚さ程の溝しか大地には刻まなかったため奇跡的に負傷者は居なかった。

 見た目があまりにも派手だったため、どれほどの攻撃は来るのかと怯えていたレコンキスタであったが、想像もしていなかった結果に呆気に取られていたようであったが、しばらくすると皆、笑い合い安心仕切った様子を見せていた。

 

 だが、それはつかの間の安心に過ぎなかった。

 しばらくすると、浮遊大陸故に無縁であった地震がレコンキスタ達を襲っていた。地震はガイエンの放った斬撃の痕を中心にどんどんと大きくなっていく。

 

「あああ、み、見ろ!」

 

 

 誰の叫びに皆が反応し、その方向を見る。

 そこには目を疑う光景が広がっていた。

 浮遊大陸アルビオンからニューカッスル城が切り離され、ゆっくりと流されていく。

 

 

「そ、そんな……この大陸を切り離すなんて……!!」

「う、嘘だ!?」

「わああああ!?」

 

 あまりの衝撃的に光景にレコンキスタの兵たちは怯え、統制が取れなくなっていた。

 

 

 それを上空からガイエンの背に乗ってみるナツミの目は、暗いままだった。本当なら、敵が来る直前にこの攻撃を行なって敵の戦意を落とし、なおかつ脱出も兼ねるというソルの完璧な作戦のはずだった。

 

「こんなのただの八つ当たりだよ……情けない」

 

 

そう悲しげにナツミは自嘲する。

 

 その姿はいつも明るく楽観的な彼女とはどこまでも対称的であった。

 

「そんなことないわ!」

 

 ナツミを一喝するように、声を出したのはルイズ。

 

「ナツミ達は精一杯やったわよ!……確かに、城の人全部は救えなかった。でも、救えた人もいるでしょ?」

「……」

「そうだぞナツミ。ルイズの言う通りだ。確かに俺達は最善は出来なかった。でも、あの船の護衛と王子様を頼まれたんだぞ。それになんでも一人で背負うな、俺……達がいるだろう?」

 

 俺とは言えない……ソルへたれ。

 ルイズとソルの叱るような慰める様な声に、ナツミはようやく顔をあげる。肩を震わせ、涙で頬を濡らす様子を見ただけなら、ついさっきアルビオン大陸からニューカッスル城を切り離した人物には見えなかった。

 

「ソル、ルイズ……」

 

 赤く腫れた瞳で、ナツミは二人に交互に視線を送った。

 

 アルビオン大陸を一行は後にする。

 成したこと成せなかったもの。

 

 ナツミ自身は失ったものは無かったが、ひどく彼女自身のハルケギニアでの立ち位置を意識させた。異世界人であり、世界に対して大きな影響を与える己がこの世界でどう振る舞えばいいのかを……。

 彼女は悩む。

 

 ワイバーンの背から見る蒼い空はナツミの懊悩とした心とは裏腹にどこまでも青く澄んでいた。

 

 

 

第二章    了

 

 




 パソコンが本格的に直ったようです。立ち上がりが少し遅いですが、以前に比べれば大分マシって感じです。
 とりあえず二章は終了です。次回からは第三章に入ります。
 次回のリィンバウムからのゲストは……?。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 リンカーと蠢く闇
第一話 虚無の系統


お久し振りです。
いつものごとくまとめて投稿します。
いよいよ第三章です。


トリステインの王都トリスタニアでは、隣国アルビオンを制圧した貴族派レコンキスタが侵攻してくるという物騒な噂が町中のあちこちでなされていた。あくまでも噂と笑い飛ばす住民は少数派であることから、それをレコンキスタの侵攻を信じている住民が多いことが窺えた。

 その噂の信憑性を高めているのが、王宮の前で入れ替わりで幻獣に乗った魔法衛士隊の隊員たちが警護に当たっていることと、現在、王宮の上空で幻獣、船を問わずに飛行禁止令が出されているのがその噂の信憑性を高めていたのだ。

 

 そして、今その飛行禁止令が出されているはずの王宮上空にとてつもない巨躯を誇るワイバーンが現れた。ついでに、それの半分にも満たない風竜も。

 

 それを見た瞬間。

 王宮は蜂の巣を叩いたような、騒ぎが起こっていた。本来なら、今日警備に当たっているはずのマンティコア隊が対処に当たるはずが、危機を察知して他の隊の隊員たちまで、着の身着のままで現れる程の事態だった。

 

 ワイバーンは魔法衛士隊の警告を無視して中庭へと着陸した。というか、幻獣たちがワイバーンに怯えて、声が届く範囲に近づいてくれなかった(逃げなかっただけでも立派)。

 ワイバーン(標準サイズの竜の三倍は優にある)からは桃色の髪の美少女と、可愛いというより凛々しい顔立ちの黒髪の少女、赤い髪のポニーテールの少女、そしてやや茶色の髪を所々立たせた少年が降り立ち、風竜からは燃えるような赤い髪の少女とメガネの少女、そして金髪の少年が降りてきた。

 三隊の衛士隊を代表して、今日警備を担当しているマンティコア隊の隊長が、剣のような形状をした杖を取り出し、大声を出して飛行禁止令を無視した輩に命令する。

 

「杖を捨てろ!」

「Gaaaaalll!!」

 

 主に武器を突き付けられ、機嫌を悪くしたのかワイバーンは咆哮を一つする。ワイバーンにとってただの威嚇程度の咆哮であったが、その咆哮に慣れているナツミ、ソルはなんでもなかったが、他の者たちにとってその咆哮は十分に本能を刺激するものであった。

 魔法衛士隊の隊員とルイズを始めとする仲間たちも耳を抑え蹲る。……なぜかタバサだけはケロッとしている。

 

「タ、タバサあんたよく平気ね……」

 

 耳を抑え呆れたように彼女の友人のキュルケがタバサに視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後は大変な騒ぎとなった。

 流石に至近距離であの咆哮を貰って、本来野生で暮らしていた幻獣達にそれを耐える術は無かった。一部のよっぽど鍛えらえていたもの以外は怯えて暴れ出す始末、さらにその中には隊員を振り払いワイバーンに仕えようとしようとするものまで現れる始末。

 収拾がいつ着くかも分からない程の混乱で中庭が満たされる中。その混乱を収めてくれたのはこの国の王女、アンリエッタであった。

 

「ルイズ!」

 

 どうやら、城中が異様に騒がしいのに気付いた上に、先程のワイバーンの咆哮を聞きここまできたようであった。

 

「姫様!」

 

 二人は、中庭の混乱を忘れ、ひしっと抱き合った。

 

「ああ、無事に帰って来たのね。うれしいわ。ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……それにしても大きなワイバーンね」

「ナツミの使い魔です」

 

 幻獣界産の巨大ワイバーンをただ大きいで流す辺り、流石箱入り王女。常識を知らな過ぎる。だが、それを突っ込む程の余裕はルイズには無かった。戦場の空気を始めて体感したり、婚約者の裏切りなどで傷ついた心に、心を許した王女の言葉は温かかった。

 そして改めてトリステインに帰ってきたことを自覚したルイズの目から涙がぽろりと流れた。

 

「件の手紙は、無事、このとおりでございます」

「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」

「もったいないお言葉です。姫様」

 

 そこでアンリエッタは一向に視線を向けるが、そこにウェールズの姿が無いのを見ると、その端正な顔を曇らせる。

 

「……ウェールズ様は、やはり父王に殉じたのですね……」

 

 瞳に涙を滲ませ、なんとか言葉をアンリエッタは絞り出した。そのまま沈痛な空気で場が支配されそうになりそうになったが、その空気をルイズが吹き飛ばす。

 

「いえ、王子様は生きています」

「えっ、ほ、本当ですか!?」

 

 死んだと勝手に思い込んで悲しみ暮れそうになったときに、突然ルイズから吉報を聞き、優雅ないつもイメージを崩してしまうアンリエッタ。

 

「ソル」

「はいはい」

 

 いきなり名指しされたにも関わらず、ナツミの意図を汲み取ってワイバーンの背に飛び乗るソル。ごそごそとなんやらやっていると思うと、背中に何かを背負って降りてくる。

 

「ウェールズ様!?ああ、い、生きてらっしゃた……んですね……良かった、良かった……」

 

 アンリエッタは恥も外聞も無く年相応の少女の様に感情の表し、泣きじゃくる。しかし、その服が血に汚れていることに気付く。

 

「はっ、こ、これは?ま、まさか怪我なさってるんですか!?」

 

ちなみに彼女の目の前のナツミはそれ以上に血に塗れているが、恋は盲目を地で行くアンリエッタにそれは映らなかった。

 

「安心してください。治療は俺がやっときましたから、今はまだ血が足らなくて気絶してるだけです」

「そ、そうですか良かった。でもなぜ、このような怪我を?血の量を見るとかなりの大怪我の様ですが……やはり戦地はそれほど過酷だったのですか?」

 

 それだけ危険な場所にルイズを送り込んでしまったのを後悔する様な顔をアンリエッタは見せた。やはり一番のおともだちというだけあり、それだけ情があったのだろう。……ナツミの血には気付かないが。

 

「いえ、戦地は確かに危険でしたが、王子様が怪我した理由はそれだけではありません」

 

 流石に婚約者が友人の思い人を殺そうとしたなどと、ルイズは言いにくかろうと、代わりにナツミが口を開いた。

 

「ワルドが裏切り者だったんです。お姫様」

「えっ、子爵が……って、貴女も血が!」

 

 そこまで聞いてようやくアンリエッタはナツミの怪我に気付いたのか口元に手を当て、驚いていた。

 

 

 その後、ナツミの怪我も治療済みということも伝え、ルイズとナツミ、ソルはアンリエッタの自室に、タバサとキュルケは別室へとそれぞれ案内されていた。アカネは物々しいの苦手ということでワイバーンとともに中庭にいることとなった。

 そして、未だに目覚めぬウェールズをアンリエッタのベッドに寝かせ、ルイズ達は今回の旅の報告始めた。

 

 ラ・ローシェルでの土くれフーケと彼女が雇ったと見られる多くの傭兵達に襲われたこと。

 船でアルビオンを向かう途中で空賊に扮したウェールズに襲われたこと。

 アルビオンでの最後の晩餐。

 先程少しだけ話したワルド子爵の裏切り。

 ……そして王党派の敗北。

 

 ルイズの報告を聞くアンリエッタは終始、その顔を青褪めさせていた。宮内で繰り広げられる権力闘争を知っている彼女でも、純粋な暴力という力には怯えという感情が刺激されたようであった。

 そして、中でもアンリエッタを一層青褪めさせたのが、自らが任務遂行の為にと付けたワルドの裏切りであった。知らなかったとはいえ愛しいウェールズに自ら刺客を送ってしまい傷を負わせてしまったことに、憂いの表情をアンリエッタは見せた。

 

「私、自らがウェールズ様を狙う刺客を送ってしまうなんて……」

「姫様に非はありませんわ。それにこうして殿下は生きておられます。あまり自分を責めないで下さい」

「ああ、ルイズありがとう……慰めてくれるのね。ごめんなさい、本当に辛いのは婚約者に裏切られた貴女の方なのに……」

 

 自責の念に駆られるアンリエッタをルイズは慰める。そんなルイズにアンリエッタはルイズこそが本当に傷ついているのでは、とルイズを気遣うような声をかけた。

 

「気にしないで下さい姫様。確かに子爵とは婚約者同士でした。でももう、十年以上も会っていなかったんです。好きだったかも、憧れていたのかも知れませんけど……それはもう昔の話です」

 

 無理をした様子もなく、感情を出さずにそう言うルイズに、アンリエッタは思わず抱きついた。

 

「ひ、姫様?」

「ごめんさい……ルイズ。危険と知りつつ私は任務に私情を交えてしまいました。その結果、ウェールズ様を傷を負わせ、おともだちである貴女まで危険に晒してしまいました」

「姫様……」

 

 泣きながら謝るアンリエッタは年相応の少女にナツミには見えた。

 

 

 

 

「しかし、これからどうしましょうか?」

 

 アンリエッタが落ち着いたのを見計らってナツミが場を仕切るように口を開いた。

 

「これからとは?」

 アンリエッタはきょとんとした顔で首を傾げる。

 

「王子様のことですよ姫様」

 

 ナツミの問いに答えられないアンリエッタにソルが救いの手を差し出す。

 

「ウェールズ様ですか?このまま王宮に居て貰えばよいのでは?」

 

 その様子にナツミとソルは内心、溜息が止まらなかった。

 

「はっきり言います。このまま王子様をここで匿うとなるとレコンキスタに攻め込まれますよ?」

「ええっ!?な、何故ですか?」

 

 ソルの言葉に、かなり驚くアンリエッタ。どうやら、彼女は王子を救うのが第一で他の事には頭が回っていなかったようである。故に王族排斥を謳うレコンキスタにとって、王族たるウェールズの首がどれ程の価値があるなぞ知る由も無かったのだ。

 

「ど、どうしましょう」

「姫様、落ち着いてください」

 

 せっかく手紙を取り戻して、ウェールズも助けたと思った矢先に現れた新たなる危機にアンリエッタは眩暈を起こし倒れこみ、ルイズが支える。

 なんとかアンリエッタが眩暈から脱した後も、話し合いが続けられたがいい案が浮かばない。楽天的なナツミ、箱入り娘のルイズ、アンリエッタからは当然ろくな案が出ず。ソルに期待が寄せられたが、如何に名門の召喚師の家系に生まれ、なおかつ魔王召喚に抜擢されるほど優秀な彼でも、他の世界の政治事情を知らなければ、良い案が浮かぶ訳もなかった。

 

「仕方ありません。あの方の指示を仰ぎましょう」

「あの方?」

 

 アンリエッタが思いつめた表情で提案する。それにナツミは首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

十数分後アンリエッタの自室に怒鳴り声鳴り響いた。

声の持ち主は、先代の王が急逝して依頼、王が不在のトリステインにおいて、政治の舵取りを担ってきたマザリーニ枢機卿であった。

 現在トリステインの事実上の宰相であり、王不在のこのトリステインが王国としての体裁をなんとか取り繕えているのも、彼のおかげであるとまで言われている。だが、そこまで考えているのは、この国の極一部の貴族と他国の者達であり、トリステインの国民からは国を乗っ取ろうとしているなどと言われ、人気が低かった。

 そんな彼が今日も今日とて政務に追われていると、侍女の一人が王女が彼を呼んでいるとの伝えられ、政務もそこそこにアンリエッタの部屋へ赴くと、見知らぬ男女が三人ほど、一人は見覚えのあるヴァリエール公爵の娘とそれよりは身分が低そうな二人。

 ヴァリエール嬢は昔、姫様の遊び相手も務めたこともあるので、この国の王女の部屋に居るのもまだ許容できた。もう二人は身分的にはアウトなので、咄嗟にマザリーニはアンリエッタが不用心に人を王宮内に入れた事を怒鳴ろうとするが、王女のベッドに人が転がっている人物を見て目を剥いた。

 そこにはアルビオンの内乱の渦中のど真ん中に居るアルビオンの王位継承権第一位のウェールズが眠っていたのだ。

 

「……姫様」

「は、はい」

「納得のいく説明をお願いいたします」

 

 目が全く笑っていない笑顔でアンリエッタを問い詰めるマザリーニ。その笑顔に逆らえずありのままをアンリエッタは説明する。

 マザリーニの顔が赤になったり、青になったりを繰り返し、最後は赤色で落ち着くと

 

「なんということしてくれたのですか――――――!!!」

 

 と骨ばかりの彼からが想像もできない大声が放たれた。

 アンリエッタはあまりの剣幕にぽかんと呆けてしまう。そんな事はお構いなしに矢継ぎ早にマザリーニは言葉をぶつけた。

 

「姫様!事の重大さが分かっておられないようですね!いいですか。ウェールズ皇太子はレコンキスタの標的なのですぞ!」

「はい…それは分かっています」

「いいえ、全然分かっておりません!貴女はこの国にレコンキスタを招き入れる口実を作ったようなものなのですよ!」

 

 アンリエッタのか細い言葉も、マザリーニには通じない。

 

「で、ではどうすれば……」

「この国を守るならばレコンキスタに引き渡すのも吝かではないですな…ですが」

「そ、そんな!それだけはどうか!あのような反逆者達にウェールズ様を渡しては……」

「ですが!!始祖から賜れた三杖の杖の一つが失われるのは好ましくありません」

「では……!」

 

 アンリエッタの表情は先ほどの青褪めた様子からぱぁっと華が咲いたようになる。

 

「ええ、ですが現状トリステインで殿下を匿うのは難しいでしょう」

「では?」

「レコンキスタとは無関係な国、ないしレコンキスタをものともしない国に匿ってもらうのが良策でしょうな。そうなると……ロマリア連合皇国が第一候補になりそうですな」

 

 顎を一撫でして自らの策をマザリーニは口にした。

 

 ロマリア連合皇国。

 始祖ブリミルの三人の子供がトリステイン、アルビオン、ガリアのそれぞれ三つの国を興し、更に一人の弟子がロマリア連合皇国を興した。その関係もあってか四つの国は比較的に争いも少なく現在まで存続してきた。現にトリステインとアルビンオンではアンリエッタの母とウェールズの父は実の姉弟である。

 ガリアとは特に血の交わりこそ無かったが、争い特に無く現在までの関係を続けている。

ロマリアとも枢機卿であるマザリーニの始め、王国中に教会を建てる事を許可していたりするので、こちらも別段仲は悪くなかった。

 それにロマリアは宗教国、その信仰の対象は三つの国の祖先である始祖ブリミルだ。

いくら聖地奪還を掲げているとはいえ、信仰の対象たるブリミルの子孫の王族排斥を成そうとするレコンキスタに良い感情を持ってはいないだろうとマザリーニは考えていた。

 

「とにかく!この件は私に預けて頂きたい。このまま下手を動いてしまうとこの国は本当に滅ぼされてしまいますからな」

 

 そう言ってマザリーニは多少強引ではあったがその場をまとめたのだった。

 

 

 

 

 アルビオン大陸。

かつてニューカッスル城が存在していた場所はすでに無く。そこにあるのは切り立った崖と化していた。そしてその崖の手前には幾人もの亡骸が転がっていた。

 損害は死者がおよそ二千、負傷者も含めて四千の大損害。

 ニューカッスル城が浮遊大陸の岬に存在していたため、攻城の際に一方向からしか攻められずレコンキスタの先陣が正面からまともに攻撃を受けた為だった。本来なら空中戦力も投入して戦いになるはずだったので、それほどの損害は受けないはずが攻城前日に、王党派の船を襲った際に突然現れたワイバーンにより戦場に投入する戦艦が数隻、中破させられたためそれも叶わず、今回の大損害となったのだ。

 

 戦が終わった二日後。照りつける太陽の下、死体と切り立った崖の近くにワルドとフーケが立っていた。その周りには数人の傭兵達がおり、切り立った崖の見物をしていた。もともと財宝目当てでこの戦いに参加したような連中でこの度の戦では大したおこぼれは頂戴できなかったようで、どこかその様子は悔しそうであった。

 

「しっかし、どうやったらこんな風にアルビオン大陸を切れるっていうだい?前線の兵共も、恐慌状態で空に巨人がいたとか意味不明な事言ってたよ」

「……分からん。確かにあの使い魔はとんでもない力を持っていたが、こんなことを出来るとは思えない」

 

 そう言うとワルドは腕を組んで考え込んだ。

 

(まさかルイズか……?)

 

 ルイズが秘めているだろう力の強さを考えれば既存の魔法とは比べ物にならない事象を起こせることを知っているワルドは不意にそんなことを考えていた。

 

 

「随分その使い魔を過大評価するねぇ。あんた魔法衛士隊の隊長だろ?」

「馬鹿か貴様は。実際貴様もあいつに痛い目に遭わされただろう?」

「そういやそうだね。確かにあれは化け物だったね」

 

 戦ったときの様子を思い出したのか、フーケは額から流れる汗を拭う。貴族の宝物庫を軽々とぶち壊せるゴーレムの攻撃が直撃してもピンピンしている人類なんぞとは二度と戦いたくないというのが彼女の正直な感想だった。

 そんな取り留めもない会話を二人がしていると後ろから声がかけられた。

 

「子爵!ワルド子爵!こんなところでなにをしているのだね?」

 

 やってきた男は、年は三十代半ば程。丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントを身に着けている。一見すると聖職者のような恰好をしている。物腰は軽く、高い鷲鼻に、瞳は碧眼。帽子の裾からカールした金髪が覗いていた。

 

「閣下。この度はご期待に添えず申し訳ございません!なんなりと罰をお与え下さい」

 

 ワルドその人物を見るなりそう言って頭を垂れて、許しを乞う。

 

「気にしなくて良いぞ、ワルド子爵。余と君はお友達じゃないか、それに今まで君が余に尽くしてくれて事を考えれば取るに足らないことさ」

「ですが」

「余は良いと言ってるのだよ子爵」

「…閣下」

 

 そんな事を二人が話しているとフーケが手持ち無沙汰になり、無言でそのやり取りを見ていると、その人物がこちらを注視していることに気づく。

 

「な、なにか?」

「ああ、すまない。あまりに美しい女性だったので見惚れてしまった。ワルド子爵、この方を余に紹介してくれないか?長らく僧籍についているせいか女性に声をかけるのはどうも苦手でね」

 

 見惚れていたという割には先程の目には艶を帯びていなかったことと、女性に声をかけるのは苦手といいながら普通に話しているその男にフーケは違和感を覚えていた。

 

「は、トリステインにてその名を届かせた盗賊、土くれのフーケにてございます」

 

男はその言葉を聞くなりぽんと手を打って頷いた。

 

「ほう、噂はかねがね存じておるよ!お会いできて光栄だ。ミス・サウスゴータ」

「子爵に、わたしのその名を教えたのは、あなたなのね?」

「いかにも、世はアルビオンすべての貴族を知っている。系図、紋章、土地の所有権……管区をあずかる司教時代にすべて諳んじた。おお、そう言えば挨拶が遅れたね」

 

 そう言って、男に自己紹介を聞いたフーケは酷く驚く。なんせその男こそ王党派を滅ぼし、貴族派が席巻した現アルビオンの頂点。

 

「余が皇帝クロムウェルだ」

 

 威厳ある声を辺りに響く。その目はらんらんと輝き、体からはなんとも言えない力が溢れているような気にフーケは感じた。

 

「さて、蒸し返すようだが、さっきの話の続きだ子爵。君は余が多少なりとも気にしていたゲルマニアとトリステインの同盟を阻止するために必要なアンリエッタの手紙を奪えなかったことと、余の兵たちの多くを失ったことを責めているんだね」

「はい、その通りでございます」

「だったら安心したまえ、ゲルマニアとトリステインが同盟を結んだとて、トリステインはもはや伝統にしか縋れぬ弱小国だ真に警戒するのはゲルマニアだけでいい。そして、兵の事も気にしなくていい」

 

 クロムウェルは両手をあげ聞いたこともない詠唱を唱える。すると目には見えない何かがクロムウェルから無数に離れて行き、周りに転がっている死体にまとわりつく。

 

「我が虚無の力があればね」

 

 クロムウェルの言葉が終わると同時にそれまで地に臥していた死体が立ち上がり、目を開ける。そしてゆっくりとではあるが体中の傷が塞がっていく。その様子をフーケとワルドは驚いて見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 クロムウェルの手にある水晶の欠片のようなものと、指に嵌めた指輪がきらりと光った。

 

 

 

 

……キーヒッヒッヒ。

 

 何処かで誰かの笑いが響いた気がした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 久方ぶりの日常

モナティへ

 

 この前はいきなり呼んで、すぐに送り返しちゃってごめんね。あと、フラットのメンバーにも急に居なくなってごめん、でも元気にしてるって伝えておいてね。

 こっちは王女様から頼まれた任務も終わってあたしを召喚したルイズの居る学院に戻ってきたよ。

 任務は簡単に行くものじゃなかったけど、あたしがお世話になっている人の国の一大事じゃ手を貸さないわけにはいかないからね。

 そうそう、その頼まれた仕事先に行った場所がすごかったの!

すっごく大きい大陸が空に浮いてて、そこから流れ出る川の水が大陸の下を真っ白にしててものすごく綺麗だったの!

 いつかモナティにも見せてあげるね。また、落ち着いたらこっちに呼ぶわね。

 

 それまで、体に気をつけて。

 

 かしこ

 

 

 

 

 

 

 一行が数日ぶりに魔法学院に戻ってきた翌日。ナツミはリィンバウムからアカネに持って来て貰っていた紙とペンで書いたモナティ宛ての手紙を、その元いた世界つまりリィンバウムへ送還していた。

 内容はモナティをリィンバウムに送還してから、昨日までのことを書いたものだが、戦争などの血なまぐさい内容は書いていなかった。

 そんな事を書いた日にはマスター思いの彼女に要らない心労を与えてしまうからだ。そして、わざわざ向こうからペンと紙を用意してもらった理由はこちらの世界の紙とペンを向こうに送るのはナツミでも不可能だが、リィンバウム由来のものでなお且つ自分で召喚したものなら送り還すのは容易だからであった。

 

「んん~っ」

 

 手紙を送還したナツミはそこで一つ伸びをする。椅子で伸びをしながら、ふとナツミがベッドを見ると主たる少女ルイズがまだ眠っている。昨日は結局、夜遅くの帰りとなったが学院長にことのあらましを報告した。アンリエッタから話を聞いていた学院長は、ナツミ達の労をねぎらい、褒めてくれた。

 部屋に戻ると任務の事や今後の事を話すのが困難なほど疲れていたので、話し合いは後日ということでソルとアカネをリィンバウムに送還した。それから床についたので結局、二人が寝たのは深夜過ぎ、ナツミの元いた世界で言うところ、日付が変わるころであった。

なので起こすのは少し、可愛そうだと思いつつも授業に遅刻させるわけのもいかないので、躊躇いつつも起こすことにした。

 

「ルイズ~朝よ、起きて」

「ふにゃ」

 

 相も変わらず低血圧のルイズは眠そうな顔をしながら謎の声をあげ、体を起こす。

 

「ルイズ、寝ぼけてないで顔を洗いなさい」

 

 そう言ってルイズから離れるナツミの足元には手紙を書く前に汲んでおいた水が洗面器に張ってあった。ナツミはそのまま少し離れた椅子へと座り、ルイズの着替えが終わるのを待つ。

ルイズが着替えが終わるまで手持ち無沙汰になり、ぼんやりと昨日無事に終えた任務の事を考えていた。

 そうして最も頭を悩ませていたのがアルビオン王子ウェールズの今後のことである。

あの枢機卿であるマザリーニの言葉通り、ウェールズをこの国に連れ帰ったのは不用意なのではと思い至ったからだ。相手が世界を脅かす絶対の悪であったなら容赦の無く叩き潰せるが、人間相手ならそうはいかない。

 

「なに頭抱えてんの?」

 

 いつの間にか頭を抱えていたらしい。ナツミが振り返ると、着替えを終えたルイズが怪訝な顔でナツミを見つめている。

 

「なんでもないよ」

「ふぅん。なんか怪しいわね」

 

 とりあえず下手くそな誤魔化しを披露するナツミ。ルイズはじっとそんなナツミをさらに見つめるが、不意に後ろを向き歩き出した。

 

「ほら、朝ごはんに行こ」

「そうね」

 

 ナツミは不安を吹き飛ばす様に頭を軽く振るうと、ルイズのあとに続いた。

 

 

 

 朝食は今更、貴族専用の食堂、アルヴィーズの食堂へ行くのもなんなので、使用人達が利用する食堂へ向かうナツミ。というか、元々がただの女子高生なうえに、ボロも良いところのフラットの食堂。豪華すぎる食堂では逆に食欲がなくなってしまう。

 ナツミが食堂に顔を出すとシエスタが先に朝食をとっていた。

 

「おはよーシエスタ」

「えっ!?……ナ、ナツミちゃん!ぶ、無事だったんですか!?」

「ど、どうしたのシエスタ?そんなに慌てて」

 

 ナツミは予想もしていなかったシエスタの態度に思わずナツミは後ろへ下がる。

 慌てるシエスタから詳しく話を聞くと、最近ルイズの姿が見えない事をルイズのクラスメートが話しているのを聞いたり、メイド仲間も魔法衛士隊の隊長がルイズと数人の貴族が早朝からどこかへ出発しているの見たという。

 そして、それを証明するようにルイズの使い魔のナツミもここしばらく食堂に姿を現さない。

 ゴーレムを倒したともっぱら噂になっているナツミに目を付けた王宮から厄介な任務を受けたのではと考えるものが多かったと。

 

「というわけなんですよ」

「ふぅん。そんな噂が流れてたんだ」

「……で、実際どうなんですか?」

 

 どこの世界でも女性が噂話に興味を持つのは恒久的なものの様だった。シエスタも噂の真相が知りたいのか、ずずっと体を前に突出しナツミに詰め寄る。

 

「……え、えっと……う、噂とは全く違うよ?え~と、王女様とルイズが幼馴染で久しぶりに王宮にお呼ばれして、その護衛に魔法衛士隊の隊長が来たって感じかな~ほ、ほらルイズってば公爵家だし?」

 

 ナツミがその場で思いついた言い訳をたどたどしくもシエスタに伝える。

 その言い訳にシエスタが首を傾げる。

 

「あれ?でも、クラスメートの貴族様が何人も居なくなってたって聞きましたけど?」

「うっ……あ、ああそうなの?う~ん。あたしは知らないなぁルイズの他にクラスメートが一人来てたけど、他は知らないよ」

「うぅなんかはぐらかされた気がしますぅ~」

「ははは、はぐらかしてなんかないよ?それよりご飯って余ってる?」

「あっ!?わ、忘れてました~。すぐ準備します!」

 

 ナツミにご飯の事を指摘され、それまで夢中になっていた会話を切り上げるとシエスタは急いでナツミ食事の用意しに行く。

 

「ああ、自分でやるからいいよ~」

 

 無事に話題を逸らせたことを胸を撫で下ろしたナツミは、自分の食事を準備しようとするシエスタの後を追うのであった。

 

 

 

 いつシエスタにまた任務の質問されるかと戦々恐々しながらも食事を終えたナツミは、その足で学院の使い魔の宿舎へと足を運んだ。この世界、そして魔法学院に来てもっとも人目に付かない場所だったからだ。

 宿舎へと足を運んで、周りに人目が無いのを確認すると、召喚術を行使する。

その召喚対象は―――――。

 

「うぉ!?……ナツミか」

 

 ソル。

 スプーンを右手に持って驚いた表情をソルは浮かべている。どうやら間の悪い事に、ナツミはソルが朝食をとっているタイミングで呼び出したようだった。

 

「おい……食事時は避けてくれよ。……いや用を足しているよりはマシか」

 

 タイミングの悪さに文句を口にするソルだったが、よくよく考えれば食事以上にタイミングが悪い場合も有る事に気付き、微妙に頬を引き攣らせた。

 

「ごめんごめん。別に意図して変な召喚してるわけじゃないのよ?」

 

 首を傾げながらそういうナツミの仕草に思わず可愛いと思ってしまったソルはそれ以上の追及をするのをやめた。

 

「……ごほん。まぁいい。それでなんのようだ?」

「うん、これからのことについて再確認しようと思って……ん?」

 

 本題に入ろうとしたナツミであったが、突然周りが暗くなり、空を見上げると大きな青い塊がナツミ達の上空でホバリングしていた。

 良く見るとその青い塊はタバサの使い魔の幼竜シルフィードであった。

 

「えっと、確かシルフィードだっけ?」

「きゅいきゅい」

 

 シルフィードはナツミに自分の名前を覚えた貰っていたのが嬉しいのか、楽しそうに鳴き声を上げる。

 その体躯に合わず、まだまだ子供の彼女はナツミに体を擦り付けるようにして甘える。

それは、本能で生きる野生動物故か、ナツミの持つ力強くも優しい力に気付いているようだった。

 

「あはは、くすぐったいよ。シルフィード!わああ大きい舌ね」

「……デカい癖に甘えん坊だな」

 

 ソルはどこか嫉妬するようにじと目でシルフィードを睨む。

 

「きゅいきゅい!今日はワイバーンのお姉様は居ないんですの?」

「「…………」」

「きゅい?どうしたんですの?二人とも黙っちゃって?」

 今まできゅいきゅいとしか発さなかった生き物が突然、言葉を……しかもしっかりとした文脈、文法で喋れば誰だって驚く、それは自明の利だった。

 

「ワイバーンって」

「……雌だったんだ」

 

 自明の利だったはずだったのだが、ソルとナツミはシルフィードが言葉を介したのにはさほど、驚かず、その内容に驚いていた。

これが、ハルケギニアの住民だったら言葉を喋っていただけで驚いていたのであろうが、リィンバウムというか、リィンバウムへ召喚される生き物たちは、獣はおろか獣人、ロボット、精霊、悪魔、天使など、その種類は枚挙に暇がない。その中で人語を介する生き物など別に珍しくもなんともない。

知るフィードが喋ったのはそういうものなんだろうとあっさりと二人は受け入れていたのだ。

 

「きゅい!?人前で喋っちゃだめでしたの!……ワイバーンのお姉様の言ってたすごいマスターに会ってすっかり忘れてましたの」

 

だが、それはあくまで二人の話。ハルケギニアでは普通は竜は喋らない。それが常識だった。それ故にシルフィードは人前で人語を喋る事を主であるタバサに禁止されていた。

 それを思い出したシルフィードはシルフィードでわたわたと慌てている。よっぽどきつい教育を受けているのだろう。

 しばし、妙な空気が辺りを包み込んでいた。

 

 

 

 

 

「きゅいきゅい……なので、お姉様には人前で喋ったことは言わないで欲しいの」

 

 きゅいきゅいと甲高く喉を鳴らしながらシルフィードはナツミ達に懇願する。

 シルフィードが言うには、彼女は風竜という一般的な竜とは異なる種で、太古の昔に滅びを迎えたとされる知恵ある竜、風韻竜がその正体だという。

学院の皆に風韻竜であることを隠すのは、この国の研究機関にそんな希少な幻獣が召喚されたと知られれば解剖されるからだそうだ。

 解剖の件についてはナツミも正体がばれれば解剖コースとなるので、シルフィードの怯えっぷりからよっぼど解剖を忌避してるかと思ったがどうも違った。

 なんでも

 

「お姉様を怒らせると大変なの!」

 

 とまだまだ成長途中とはいえ、人よりは大きい体をがくがくと振るわせる。解剖より怖いタバサ。大人しそうな外見とは裏腹に怒ると怖いのであろうか。

 などとナツミはタバサの無表情な顔を脳裏に浮かべていたが、それよりも気になる事が彼女にはあった。

 

「っていうか……ワイバーンが雌ってホントなの?」

「きゅい?どう見ても年頃のお姉様にしか見えないですの」

「マジか!?しかも年頃?」

「きゅい!鱗のきめ細かさ、瞳の輝き、体の線も柔らかいですの。それにスタイルも抜群ですの」

 

 憧れですの~。と乙女の様にきゅいきゅいと叫ぶシルフィードを尻目にソルとナツミは二人で首を傾げながら、話し合っていた。

 

「あのきめ細かい?あの鋼鉄の様な鱗が……?」

「えっ体の線が細い?胴回りだけでシルフィードの三倍はあったわよ」

 

 人と竜の感性は相容れぬのだろう二人はそう二人は結論を出した。

 

 

 その後も結局、ワイバーンのどこら辺が年頃なのかは分かるはずもなく。

 二人がうんうん唸って、相手をしてくれなくなり寂しくなったのか、いつの間にかシルフィードは空へ飛んで行ってしまった。

 

「すっかり話が逸れたな」

「うん、ワイバーンの事は気にしないことにしよ」

 

戦場で感じるのとは違う別の疲れが溜まったような気がした二人だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 タバサと召喚術

昼間、ワイバーンの知られざる一面を知ったりして混乱させられたがそれでも夜はやってくる。ソルと昨日までのことや今後の事を確認し、これ幸いとルイズの召喚術を見て貰おうと、夜までハルケギニアに居てもらっていた。

 ナツミはソルが嫌がると思っていたが、特に嫌がる様子がないのが不思議だった。あれでソルは結構人見知りなのだ。

 

 

 そして夜、中庭。

 数日ぶりの召喚術の講義をするためにプロデュースナツミ、生徒ルイズ、特別講師にソルを招いての召喚術の講義が開かれていた。

 

「ん?ナツミなんか余計なのがいないか?」

「あれ、タバサどうしたの?」

 

 

 その視線の先にはタバサがいつもの大きな杖を両手に持って立っていた。タバサはルイズの質問にタバサはナツミに視線を送る。

 

「ああ、前に召喚術ばれたときに召喚術を教えてくれれば、あたしのこと黙ってくれるって言ってたから、呼んだのよ。ちょうど今日は先生役がいるし」

「おい、お前が教えるって言っといて俺に振るのかよ」

「……あはは、冗談よ冗談。タバサはあたしが見るわよ」

「今の間がすげぇ気になるんだが……」

「タバサー、あっちに行こうか」

 

 タバサをソルに丸投げしようとした作戦があっさりと見破られ、ナツミはソルの言葉を最後まで聞くことなく、タバサを連れて少し離れた所へ移った。

 

 

 

 

 

 

 

「さ、タバサ。あっちはあっちでやってもらって、こっちはうちらだけでやろうか」

「……」

 

 こくこくと無言で頷くタバサはぎゅっと強く杖を握ってやる気を出していた。

 

「じゃあまずは、この召喚術の適性を見るね、はい」

 

 そう言ってナツミはタバサに霊属性のサモナイト石を渡す。敢えて霊属性を渡した意味は特に無い。

 

「これは?」

 

 タバサは杖を右手に、そしてナツミから受け取った霊属性のサモナイト石を左手に持って、にぎにぎしていた。

 

「それはサモナイト石って言って、召喚術を使う際に使う召喚媒体。タバサ達が杖がないと魔法が使えないでしょ?」

「うん」

「それと同じね。召喚術師もサモナイト石が無いと召喚術が使えないの。まぁ、あたしは例外的にサモナイト石がなくとも召喚術が使えるけどね。ソル達を喚ぶ時なんかは使ってないんだ」

「どうやって使えばいいの?」

 

 タバサは普段と同じクールな表情をしていたが、目はやる気に満ち溢れたように輝いていた。

 

「うーん。あたしはよく分かんないだけど、なんかこう魔法を込める様な感じで念じてみて」

「……」

 

 サモナイト石をじっと見つめて、タバサが念というかそれっぽいものを込めてみようとサモナイト石をぎゅっと握る。サモナイト石は一向に感応せず、タバサは業を煮やしたのか杖を放り投げ、両手で石を包み込んでまるで祈るように念を始める。だが、タバサの努力も空しく、サモナイト石は一向に反応してくれなかった。

 

「……」

 

 タバサは一見すると無表情のように見えるが、よく見るを少し落ち込むように眉毛が下がっていた。そんなタバサの様子にナツミが気付けたのはラミという妹分がフラットにいたからだろう。

 

「タ、タバサそんなに落ち込まないで……まだ4種類も石があるからさ」

「早く渡して」

 

 少しむっとしたようにタバサはそう言って右手を前に突き出した。いつもは見せない子供っぽいタバサの仕草はナツミは苦笑しながら、獣属性のサモナイト石をタバサに渡す。

 はいはいと言いながら渡すその光景は、フラットで子供の世話をしている時の様であった。

 

 

 その後、タバサは獣属性、機属性、鬼属性と四大属性は軒並み適性が無いという燦燦たる有様で、最後に残ったのが無属性のみというナツミがつい最近経験したような結果であった。

 タバサは無表情を通り過ぎ、影を背負ったように暗くなってしゃがんでいる。先の子供っぽい様子も含めて意外に負けず嫌いなのかとナツミはタバサに抱いていたラミっぽい子という印象を忘れることにした。

 ナツミはしゃがみこむタバサにいよいよ最後となった無属性のサモナイト石を差し出した。

 

「タバサ、落ち込むのはまだ早いよ。まだ最後の一個が残ってるよ」

「……」

 

 のそっと顔あげ、無表情に無属性のサモナイト石を受け取ったタバサは祈るように目を瞑って念じる。最後の属性ともあってか、タバサは今まで以上の集中力を見せていた。

 タバサは初めて魔法を唱えたときの感覚を思い出しながら、サモナイト石が光る光景を脳裏に浮かべる。

 トライアングルクラスの魔力がサモナイト石を光らせようとうねりをあげる。

 

だが、無情にも無属性のサモナイト石は光らなかった。

 

 

 

 

 普段感情を見せないタバサが初めて落ち込むという、初めて見せるにはあんまりな感情をナツミに披露していた頃、ルイズは中庭の芝生に座り込み、ソルの座学を受けていた。

 タバサが召喚術の適性があれば、簡単なコモンマテリアル位使わせてみようということもあっての中庭だが、座学を中庭で受ける意味はズバリ無い。

 それでもルイズはナツミではあっという間に限界を迎えていた召喚術の知識をソルに享受され興味津々で話を聞いていた。

元々ルイズは魔法学院の同学年で座学のトップの成績を誇っている。その知識の吸収スピードによりナツミの知識量を上回りつつあった。

 

「そもそも召喚術師が召喚術を使えるのは例外もあるが血統による遺伝によるところが大きい。誓約の儀式は召喚術師でなければ絶対できない。だが術自体は誓約された石であれば感応するサモナイト石と同じ属性のものが使用できる。そしてリィンバウムの人々は必ずと言っていい程、四大属性の内一つと感応するわけだ」

「四大属性と?それじゃあ、あたしが無属性にだけ感応したのは?」

「……」

「……ち、ちょっとどうしたの?」

 

 ルイズの問いに、それまで饒舌に語っていたソルが突然無言になったことでルイズは、何故かどもる。

 

「わからん」

 

 がくっと分かりやすくルイズはずっこける。

 

「あ、あんたね~」

「だが、誓約を出来たということは召喚術師としての適性があると見ていいだろう」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、だがそれだけだ」

「?」

「一度にあまり話しても逆効果なんだが、無属性の召喚術は他の召喚術と違って色々と例外が多いんだ。例えば、四大属性のいずれかに適性があれば、それだけで無属性の適性もあるということなんだ」

 

 ソルはそこで一呼吸入れ、ルイズが話に付いて来ているか、確かめる。

ルイズは、持ち前の頭の回転の速さでソルの会話にもなんとか付いて行く。

 

「だが、お前は四大属性のどれの適性もないくせになぜか無属性の召喚術の適性がある。しかも誓約もできる。リィンバウムの召喚術の概念ではありえないが無属性召喚術師といったところだな」

「無属性召喚術師……」

 

 ルイズがソルの言葉を反芻するように自らの口で口ずさんだ。

 

 

 

 

「そっちはどう?」

 

 タバサが落ち込んで、再起動を未だにしない中、貧弱な語意でなんとかタバサを慰めようとして諦めたナツミは、手持無沙汰となったのでルイズ達のところへ顔を出していた。

 

「ん、まぁぼちぼちだな」

「それはよかった」

「というかな、お前相変わらず召喚術の基礎位知識として知ってろとあれほど言ったのにやってなかったんだな!」

 

 ぎくっとナツミは分かりやすく体を強張らせる。

 

「モナティを正式な護衛獣にするんだって言って、誓約の勉強を真面目にやってたから、一般的な召喚術師ぐらいの知識は付いてるかと思えば……」

「……うへぇ」

 

 ソルはここぞとばかりに、ナツミへと説教を開始した。

 

 

 

 残りの召喚術の講義はソルからナツミへと説教と言う形で終了することとなった。

 ソルとしてはまだまだ、説教したこともあったが、流石に深夜に差し掛かりそうな時間になってきたので、途中で説教を切り上げる。

 

「二人は先に戻ってていいぞ」

「ええー!?あたしは?」

「もうちょい説教だ……それと」

 

 ソルはナツミにしか聞こえない声で呟く。その声を聞き、顔を少しだけナツミは顰めるとそれっきり黙ってしまった。

 

「「?」」

 

 顔を顰めるナツミにタバサとルイズのちっこいコンビは首を傾げるが、説教が嫌で顔を顰めたと結論した。

 

「ナツミ、しっかり説教を受けなさいよ!ソルのおかげで大分、座学が進んだけど、逆にナツミがどれだけ座学が疎かになってるか分かったからね。先生役なんだからしっかりしなさいよ。……頼りにしてるんだから」

「ん?なんか言った?」

 

 ルイズが掠れるように語尾に付けた言葉を耳にできなかったのかナツミがそれを問う。

 ルイズは顔を真っ赤にすると

 

「なんでもない!先に戻ってるから!」

 

 びゅん!と聞こえてきそうな程の速さでその場を後にした。

 

「どうしたんだろ?……トイレかしら?」

 

 貴族は常に余裕を持って優雅たれ、と誰かが言ってたような気がするのになぁ。と鈍感かつ失礼なことをナツミは考えていた。そしてもう一人の未だに再起動しきれていない少女へ視線を移す。

 

「タバサ、召喚術は元々リィンバウムで生まれたものだから、ハルケギニア人のタバサが使えないのは当然だよ?」

「……ルイズは?」

「ルイズは異世界人のあたしを召喚するぐらいだから、相当変わってるんだと思うよ多分」

「……」

 

 一応とは言え主人という括りの人間に対してあんまりな事をナツミは口にする。タバサはしばらくナツミのじっと眺めていたが、やがてゆるゆると動きだし、寮内へと向かいだす。

 

「……また来る」

 

 召喚術にまったく適性が無いと分かっても、召喚術という未知の技術に興味があるのか、タバサはいつもよりちょっぴり小さな背中をみせてそう呟いた。

 

「うん。今度は召喚術について詳しく教えるからね。ソルが」

「……俺かよ」

 

 堂々と他人に丸投げするナツミにほんの小さな苦笑を見せ、タバサは室内へと戻って行った。

 

 

 

 

「それでさっきの話したいことって?」

 

 二人の気配が完全に無くなったのを確認すると、ナツミはソルへと向き直る。

 

「ああ、別に二人に聞かれては不味いとかそんな話じゃないぞ」

「そうなの?」

「ああ、多少気になるという程度だ」

 

 そう口火を切ってソルは話を始めた。

 

「アルビオンでお前に召喚された時に感じたマナの濃さだ」

「マナの濃さ?」

 

 マナ。

 魔力の源であり、生命の力の源でもある、その世界の血とも言える生命の根源たる存在それがマナ。マナが豊富な世界であれば、世界は豊穣な土地、豊かな生態系をもつ楽園となる。

 だが逆にマナが枯渇すれば大地は痩せ枯れ、生き物がいない滅びの地となる。

かつてリィンバウムはその溢れんばかりにあったマナを異世界に妬まれ、多くの悪魔や邪神、果ては機械兵器からの侵略を受けたこともあった。ソルが言うにはそのマナが浮遊大陸アルビオンでは異常に濃かったという。

 

「それって誰かが召喚術を使ったってこと?」

「……ああ、あの感じだとおそらくサプレスのマナだろう」

「ふぅん……って言われてもよく分んなかったわね」

「お前は自分が一つの世界並みの力を持ってるから外部の魔力を細かく感知するのがものすごく下手なんだよ」

「サラっと言われるのがなおさらむかつくわね」

 

 またしてもナツミを馬鹿にするソルにナツミが青筋を立てるが、それを気にせずソルは続けた。

 

「事実だ……話が逸れたな」

「誰が逸らしたのよ、誰が」

「もう一つ気になったのが、召喚術を使ったときに感じた抵抗だな」

「抵抗?」

「ああ、使用した召喚術がいつもよりも多くの魔力を使ったぞ、まさかお前は感じなかったのか?」

 

 信じられないという顔をナツミにソルは向けていた。

 

「うん」

「……お前が人外というカテゴリーに入るのをすっかり失念していた、すまん」

 

 ソルはがくっと肩を落とした。

 

「まぁお前はエルゴの王だからな真名と心で誓約を交わすお前と比較してもしょうがないな」

「人を貶めるのか褒めるのかどっちかにしてよ。でそれがどういうことなの?」

「ナツミが抵抗を感じていないなら別にいいけど、俺ら召喚師がいつもの感覚で召喚すると思ったよりも威力は出ないってことだな。まぁリィンバウムよりもそれぞれの世界と距離があるかもしれないな。気にする程じゃないだろう」

 

  それに馬鹿魔力のナツミには関係無いなと、ソルは無遠慮に笑っていた。ナツミはなんだか今日は馬鹿にされっぱなしな上に最後まで馬鹿にするソルに怒りを覚え、テキトーに送還術を組む。

 

「お、おいナツミ、お前そんなデカイ魔力でいい加減に術を作ん……」

「ソル……お休み!!」

 

 その日リィンバウムの孤児院にお空からお星様が落ちてきました。

 

 

 ソルに対して無駄に魔力を込めて送還し、大分溜飲が下がったのか、ナツミはすっきりした顔でルイズの部屋へと足を運んでいた。

 

 

 それから数日はアルビオンでの戦いが嘘のように日常は、流れて行った。

 そして、幾日が経ち、枢機卿マザリーニからルイズとその使い魔のナツミが王宮へ来るようにと書簡が届いていた。

 

 殿下について話したい。

 

 そう書簡には記してあった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 枢機卿からの依頼

 

青く澄んだ大きな湖、ラグドリアン湖の湖面にこれまた大きな影が通り過ぎた。

それはハルケギニアでは有り得ない大きさのワイバーンはナツミの召喚獣の影である。

 

「うわぁ、大きな湖~!」

 

 そう楽しげな声をあげるのは、誓約者兼使い魔のナツミ。

 

「釣りしたいわね~」

「……なにをのんきな事を言ってんだお前は?」

 

 ワイバーンの背から湖面を眺めて、釣竿を振る真似をするナツミ。釣りはフラットにとって貴重なタンパク源たる魚をゲットする重要な行為であり、ナツミが誰に憚ることなく出来る数少ない仕事の一つなのだ。とは言え、フィッシュオン!等と大きな声を上げている辺り、ナツミも釣りが大好きなのは周知の事実だった。

 

「ガゼルと同じで、何もしていないソルに言われたくないわね」

「ぐっ」

 

 ナツミの一言にソルが胸を押さえて蹲る。偉そうなことを言っているが、フラット内でソルはほぼ何もしてない。有事の際の参謀として作戦立案などの重要なポジションを任せられるソルだが、肉体労働には向かない。かといって頭脳労働しようにも人見知りが災いして上手くいかない。

 それどころか、三人の子供達に振り回される日々。亡き彼の父もまさか裏切った自分の息子がそんな目に合っているとは想像もしていなかっただろう。

 

 

 枢機卿マザリーニから書簡が届いた翌日、ルイズとナツミそしてソルは数日ぶりに王宮へと足を運んでいた。移動手段は先日、散々王宮を騒がせてしまったためワイバーンは使えず、ナツミが苦手とする馬を使用していた。

 当然ナツミは嫌がったが、そんな頼みが通るはずもなく渋々馬に乗っていた。

 ナツミは一路の希望を込めてタバサへシルフィードの乗せて欲しいと頼み込もうとしたが、タバサが先日から故郷の国であるガリアに用があるとのことで留守にしていたため、それも叶わなかった。

 王都トリスタニアまでは馬で三時間、そこから王宮まで十数分。幾らラ・ローシェルまで一日中、馬に乗っていたと言っても、まだまだ馬での移動に慣れないナツミは当然のように腰を痛めていた。

 ちなみに痛む腰を撫でひょこひょこと歩くナツミの右側を歩くソルは、よどみなく歩いていた。インテリ、インドア派の彼だが、リィンバウムでは基本的に馬移動。幼少の頃から馬乗りに慣れていたためだ。

 

「でも、枢機卿はどうしてソルも来て欲しいって言ってたのかな?」

 

 馬を預けて、城門へと向かう道すがらナツミの左側を歩いていたルイズが頭を傾げた。

マザリーニがルイズ宛に出した書簡には、ルイズの他にナツミとソルを必ず連れてくる様に頼まれていたのだ。

 ルイズを呼ぶのは、アルビオンへの大使を務めたりしたし、ナツミもルイズの使い魔であるもののメイジであのワイバーンの主として呼ばれた様な気もするが、どうにもソルが必ず来るようにと呼ばれる理由がルイズには思いつかなかった。

 

「王女様に色目を使ったのがばれたとか?」

 

 ナツミがなんとなくソルをからかう。

 

「ば、バッカ!い、色目なんか使ってないぞ!」

 

 突然の振りに思わず、ソルはどもる。確かに彼としても色目を使った覚えはないが、考えてみると見惚れるくらいはしたかもと思ったからだ。まぁ、世間知らずなヴァリエールのお嬢様にあまり頭脳派には見えない使い魔とくれば頭の回転の速いソルをわざわざ呼ぶのも当たり前と言えた。

 

「あんた達、なに馬鹿なこと言ってんのよ」

 

 ルイズは溜息を吐きながら二人を注意する。もう正門まであと僅かだ、空中飛行禁止令が出ていたりと厳戒態勢が強いられたこの状況下で騒いでは、しょっ引かれかねないからだ。ルイズの注意に、二人も流石に周りの空気を感じていたのか、すぐに黙ってルイズに付いて行く。

 相変わらずナツミは腰を抑えていた。

 

 

 

 政務室。

 

「よく来てくれました」

 

 そう声をかけるは枢機卿マザリーニ。厳戒態勢のため王宮に入るには面倒くさい手続きがあるかと思いきや、枢機卿から聞かされていたのか、正門の衛兵は三人を容易く通してくれた。

 

「ちょっと待っていて下され、ここにある書類だけでも処理してしまうので」

 

 マザリーニはそう言うと、てきぱきと机に山と積まれた書類を次から次へと捌いていく。

十分ほど三人はその書類整理のスピードに感心していると、マザリーニが肩に手を当てながら三人に視線を移した。

 

「呼んでおいて待たせてしまい申し訳ない。アルビオン王国が共和制になって以来、国内外の政務が増えてしまって……」

「い、いえ、お疲れ様です」

 

 数日前よりも幾分痩せたように見えるマザリーニの謝罪の言葉に、思わずナツミは恐縮してねぎらいの言葉をかけていた。普段から鳥の骨と言われる程痩せていたマザリーニが更に痩せたその姿は、枯れ木の様だった。

 

「それで、私達には一体どのようなご用件ですか」

 

 ルイズが一同を代表してマザリーニへ質問する。

 

「悪いがここでは話せない内容なので場所を変えますぞ」

 

 そう言ってマザリーニは立ち上がると、三人を連れて政務室を後にした。

 

 

 

 大理石で作られた白亜の廊下を四人が連れだって歩いて行く、しばらく無言で歩いている。 とマザリーニがある部屋で立ち止まる。それにいち早く反応したのはルイズだった。

そこは。

 

「あ、ここって……」

「姫様、マザリーニです。客人をお連れしましたぞ」

 

 こんこんとノックしながらマザリーニはそう言った。しばらく待っていると、ドアがゆっくりと開き、中からアンリエッタがひょこっと顔を出した。

 

「……どうぞ」

 

 アンリエッタは巣穴から頭を出すプレリードックのように辺りをきょろきょろすると四人を部屋へと招き入れた。

 

「姫様、警戒するようにと確かに申しましたが、あれでは何かを隠してますと自分から喧伝しているのと変わりませんぞ」

「?」

 

 マザリーニは呆れたようにアンリエッタに注意を促すがとうの本人は頭を傾げて、なにが悪いのか分かってないようであった。

 

「はぁ~」

 

 マザリーニはここ数日、何百回目となるであろう溜息を吐いた。

 

「あの~」

 

 全然本題が見えてこないため、ルイズが消極的に手をあげる。

 

「なんですかな?ヴァリエール嬢」

「は、はい。何故、私達が呼ばれたのか知りたいんですが……」

「おお、そうでした!」

 

 ルイズの言葉にようやく本題を思い出しのかマザリーニは大声をあげる。そして、アンリエッタへ向き直る。

 

「姫様、では皇太子様を呼んで来てくだされ」

 

 アンリエッタはマザリーニの言葉に一つ頷くと、奥の部屋へと入っていった。

 

 

 皆が静かに待っていると、ドアがゆっくりと開き、アンリエッタが再び姿を現した。そしてそれに続く様に、ウェールズが姿を現す。

 

「ナツミ殿、どうもお久しぶり」

「ど、どうもお久しぶりです」

 

 臣下や父王、果ては国まで失い、失意のどん底にあると思ったウェールズはナツミの予想に反して、以外に元気だった。そんなウェールズを見て夏美は首を一つ傾げる。ナツミの挙動が気になったのかウェールズがナツミに対して口を開いた。

 

「どうしたんだねナツミ殿?首を傾げて」

「い、いや。思ったより王子様が元気なのでちょっと意外でした」

 

 最後にあった時とそう変わらないウェールズに一瞬ナツミはたじろいだが、思ったことを素直に口にした。

 

「……いや、確かに悩んだりしたさ。だが、アン……いや姫殿下の事もある。私一人が悲しみ暮れているなどゆるされることではない」

「姫殿下のこと?」

「ああ、そういえばまだ言ってませんでしたな」

 

 ウェールズへのルイズの問いかけにはマザリーニが答えた。その内容は、本日正式に発表されるものであった。

 それはトリステイン王国王女アンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世との婚姻というルイズ達には驚きの内容であった。

なんでも、アルビオン王国がレコンキスタに討たれ、聖地奪還、王族排斥を訴える彼奴らの次の狙いは、アルビオン王国と同じく始祖の血を引くトリステイン、ガリアの両国なのは疑いようがなかった。

 だが、うちガリアは魔法先進国ということもあり、近隣諸国では抜きんでた軍事力を持っていた。ならば、レコンキスタが狙うのはトリステインの可能性が高い。そして、王不在が長らく続き、腐敗しきったトリステイン王国に単独でこの度、迫りつつある危機を乗り越えることは不可能であった。

 そこで、枢機卿のマザリーニが考えた打開策が、王女たるアンリエッタを他国、この場合はゲルマニアへと嫁がせて、ゲルマニアの帝室とトリステインの王室を外戚関係にすることであった。

 これによりトリステインはゲルマニアとの軍事同盟を結びやすくなり、ゲルマニアは近隣の国で唯一、統治者が始祖、そして弟子であるフォルサテの血を継いでおらず、国を統治する正当性が薄いため、下に見られることが多かったが、アンリエッタとアルブレヒト三世との間に子が生まれれば、始祖の血をその子供が継ぐため、国家の正当性が強まるという利点があった。

 現状、アルビオンの事を考えれば、この婚姻は決して間違ったものではない。だが、そこにアンリエッタの感情というものは全く考慮されてはいない。

 それに彼女の友が噛みついた。

 

「なんで姫様があんな野蛮人の国へ嫁ぐのですか!」

「……ヴァリエール嬢」

 

 ルイズの激昂に思うところがあったのか、マザリーニは大人しくしていた。ルイズは今回の婚姻を決断した枢機卿が静かにしているのを、そして更に同じく大人しくしているウェールズ見てさらに、怒りがこみ上げるのを抑えられなかった。

 

「納得いかないわ!これじゃあ姫様はただの政治の道具じゃない!」

「ルイズ」

 

 今度はナツミが窘めるように、ルイズに声をかけるが、ルイズは止まらない。

 

「それに姫様はウェ……」

「ルイズ!」

 

 ルイズが決定的な一言を発しようとした時、部屋中に響く大声が響き渡る。その声の持ち主は、アンリエッタだった。

 

「姫様……」

「ルイズ、もういいのです」

「でも……」

 

 内から漏れ出る困惑をルイズは隠すことができず、しかし気丈に振る舞うアンリエッタに 明確に反論も出来ずに弱弱しい声をルイズは上げた。

 そんなルイズをアンリエッタは優しげに抱きしめる。ルイズは一瞬、アンリエッタの腕の中でびくっと体を強張らせたが、やがて自らもアンリエッタの腰に腕を回した。

 

「……」

「心配してくれてありがとう……ルイズ」

 

 王族としてではなく、一人の友として自分を見てくれているルイズにアンリエッタはそう言った。

……部屋の中に響く嗚咽は誰のものだったのだろうか。

 

 

 

「あ、ありがと」

 

 ナツミからハンカチを渡され、恥ずかしそうにそれをルイズは受け取る。あれからしばらく二人は抱き合っていたが、マザリーニが空気を読まず、軽く咳を一つして二人の思考を現実に引き戻していた。

 

「皆、落ち着きましたな?」

 

 マザリーニは今一度、皆を一瞥すると、本題を切り出した。

 

「さて、時間もあまりありません。簡潔にヴァリエール嬢へ任務を依頼します」

「任務?」

 

 いきなり、任務と言われルイズは訝しむようにマザリーニを見やる。

 

「ええ、私はこの後ゲルマニアに赴き、姫様の婚姻に先立ち締結されるトリステインとゲルマニアの軍事同盟の調印をして参ります」

「それの護衛が任務ですか?」

「違います。護衛して貰いたいのはウェールズ皇太子なのです」

「?」

「ここにいれば護衛なんていらないんじゃ?」

 

ルイズとナツミがそれぞれ疑問を露わにする。

 マザリーニは、予想通りの反応に微笑する。

 

「いえ、貴女たちにはウェールズ皇太子をロマリアまで護衛して貰いたいのです」

「では、ロマリアは協力してくれるのですか!?」

「はい。こちらが送った書簡の返答も快く匿って頂けると書いてありました」

 

 マザリーニは快くと言っているが、その中身はそんな綺麗なものでは無いと分かっていた。始祖の血が失われるというのに、内乱の際にアルビオンの王族にロマリア皇国は手を貸さなかった。

 その理由にマザリーニは心当たりがあった。何人かマザリーニがアルビオンに遣わした密偵からの報告がそれであった。

 その報告に記してあった一つの噂。

 それは、レコンキスタ総司令官、クロムウェルが失われた幻の系統、虚無の使い手であるという内容であった。それが真実なら、聖地奪還を謳うロマリアが敵対するはずがない。

だが、それ以上にロマリアには葛藤があったのではないかと、マザリーニは考えた。

 それはクロムウェルの虚無が虚言であった場合だ。

 その場合は始祖の血を守るため、アルビオン王族に手を貸さねばならない。しかし、クロムウェルは虚無かもしれない。ならば、虚無の力は欲しい。以上の葛藤があったため、ロマリアは傍観に徹していたのではないかと、ならば今回のウェールズを匿ってくれというこちらの嘆願はロマリアにとって渡りに船だ。

 これにより失われてしまったと思われていた始祖の血脈の一つを己が内に納めることができ、クロムウェルの虚無が嘘で、さらに始祖の血脈が一つ失われるという最悪の事態を避けられるからだ。

 逆にクロムウェルの虚無が本物でも問題は無い。

 どちらにしても始祖の血脈は残る事に変わりは無いのだから。そして、それを裏付けるように、ウェールズを匿うというハイリスクを背負うにも関わらずロマリアからの見返りは何もなかったのだ。そして、この軍事同盟締結のタイミングでウェールズをロマリアへ連れて行くのは

 

「レコンキスタの目をこちら側に向けさせるというわけか」

 

 ソルがいち早く、その隠された意図に気付いた。おそらく、レコンキスタはアルビオン大陸を制圧したことで、各国がどういった反応をするかを、監視しているはずだ。

 そして、ワルドがアンリエッタの手紙を狙い、アンリエッタとアルブレヒト三世との婚姻を阻止しようとしていたことから次の狙いはトリステイン。ならば、手紙の奪取が失敗した今、この王宮はレコンキスタの注意が最も向いているとマザリーニは考えたのだ。

 その状況でウェールズをロマリアまで連れて行くのは困難。しからば、その目をどこかへ向ければいい、それが今回の軍事同盟というわけだ。

 マザリーニはゲルマニアへ軍事同盟締結へ向かい、レコンキスタの注意を自分に向ける。

そして、その間にナツミ達がロマリアへウェールズを連れて行く。それが今回の依頼であった。

 

 

 

 

 ワイバーンの背で風に髪を靡かせながら、ナツミはウェールズへと視線を送る。

その頭の中では数時間前の王宮での出来事を思い出していた。

 あの時、ウェールズはアンリエッタの婚姻の話には決して混ざらなかった。そして、ロマリアで匿ってもらうという話にも自分の事にも関わらず何も言わなかった。青く澄んだラグドリアン湖の湖面がやけに憂鬱な色に彼女には見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姐御~!そういえば、どこに向かってんの?」

 

 ジンガの明るい声でシリアスな空気が吹っ飛んだ。

 

 




お待たせしました。今年最後の更新です。


年末、人が辞めた。のコンボで悍ましい程の忙しさで疲労が……。一日の時間外が十四時間半。

今日と明日だけは休みが取れたのでちまちまと書きたいと思います。
正月とは……なんだったのか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 一路ロマリアへ


明けましておめでとうございます。
今年、最初の更新です。
今年もよろしくお願いいたします。


 

 

 ガリア王国領。高度約三千五百メートル付近をルイズ達一行はワイバーンに乗り、ひたすら飛び続けていた。そのスピードは風竜など及びもつかない程の速さである。

 本来、このように他国の領空を飛ぶのは、領空侵犯と取られかねない危険な行為ではあったが、ワイバーンが高高度、並びに風竜を上回る速度で飛ぶことでその問題をクリアしていた。高度が高ければ、それだけで見つかる可能性は低くなるうえ、たとえ目撃されたとしてもハルケギニアで有数の飛行速度を誇る風竜でも追いつかれない速度で飛んでいれば捕まる事もないであろう。

 しかし、そんなスピードで空を飛べば、通常であれば背に乗った人間は風圧で遥か後方に投げ出されてしまうだろう。だが、そこは風のトライアングルであるウェールズの魔法で風を逃がす障壁を張ることで万事解決していた。

 そのおかげで一行は風圧とは無縁の快適な空の旅を楽しんでいたが、魔法を使ったとうのウェールズ自身は、なぜかワイバーンの背から見える風景をどこか遠い目で眺めていた。

 

「君が羨ましいな」

「え?」

 

 それまでルイズ達の言葉に相槌しかしなかったウェールズは突然、言葉に羨望の色を滲ませてナツミにそう言った。

 

「君は自分の力だけで、好きな所へ行き、好きな事ができる。私は王族としてずっと縛られて生きてきたのかも知れないな……」

「王子様……」

「なにをするにも王族として恥ずかしくない態度を常に心がけてきた。まわりが望む王族を常に演じてきたのだ」

 

 ウェールズはそこで一旦言葉を区切り、ナツミと目を合わせる。

 

「そして今、アルビオンが滅んでもこの体に流れる王族としての血が私を縛っている。あの場では言わなかったが私も本当なら争いなど忘れてアンと一緒に暮らしたかった。だが、私がトリステインに居るのが知られればレコンキスタにとってトリステインに攻め入る口実になってしまう」

 

 そこでウェールズは再び、遥か遠くに視線を移す。

 

「私も君のような強い力を持っていれば、こんなことにならなかっただろうにな」

 

 ウェールズのその言葉を聞き、ソルが静かにだが厳しく言葉をぶつける。

 

「いい加減にしろ。力が無いのを理由に出来る出来ないを論じるな」

「……なんだと」

 

 ソルの言葉にそれまで、暗い表情をしていたウェールズに怒りという感情が灯る。

 王族という下から持ち上げてもらうことに慣れきってしまった彼にソルに厳しい一言は余計に響いたようだった。

 

「なにもしなかったことの言い訳に力の有無を使うなって言ってるんだよ」

「君に何が分かる!」

 

 辛辣な言葉をさらに続けるソルに、ついにウェールズは激高して大声を上げながらソルの胸倉を掴み上げる。ぎゅうぎゅうとまるで殺さんばかりの勢いを持って胸倉を掴むウェールズにソルは苦しい表情をしながらも淡々と言葉を紡ぐ。

 

「ごほっ……分か、るさ、俺も親の言、いなりで、高い地位に甘ん、じて生きて、きたん、だからな……ごほっ」

「えっ」

 

 ソルが話す内容にウェールズは驚きの声をあげ、思わず腕の力を緩めてしまいソルはそのままワイバーンの背に膝をつき、苦しげに喉を押さえた。

 

「ぅごほっ!ごほごほっ」

「す、すまない!つい頭に血が上ってやりすぎてしまった。申し訳ない!」

 

 ソルの話した言葉の内容を頭の中で反芻していたウェールズであったが、苦しげに咳を繰り返すソルを見て我に帰り、頭を下げる。

 

 

 

「いや、気にしないで下さい。怒らせる様な事を言ったのは俺ですから」

 

 吹っ切れたとまではいかないが、先程よりも大分、気分が晴れた表情をウェールズは浮かべている。そんなウェールズを見て、ソルは満足する様に微笑んだ。怒りを煽るような言葉は不器用な彼なりの励ましだったのだろう。

 

「……しかし」

「いや、ホントに気にしないで下さい。むしろこっちが不敬罪で首をはねられても文句は言えない位ですよ」

「いや、流石に首をはねたりはしないが…っと、それよりも君が言っていた話だが」

「ああ、それですか」

 

 ソルは一つ頷くと自らの身の上を話を始めた。

 悪の総帥の息子として生まれた事。

 親の言われるままに、召喚術をひたすら学んだ事。

 魔王召喚のいけにえとして選ばれた事。

 いざ召喚の際に怖くなり助けを求めてしまった事。

 そしてその召喚の際にナツミが召喚され、出会い、孤児院で一緒に暮らす中で変わることが出来たと。

 

「まぁ、あのバカなら、きっと力の有無に関わらず俺達を助けたはずですよ。そういうやつです。ナツミは。巻き込んだ元凶の俺が言うのもあれですけどね」

「はは、確かに話を聞く限りそんな感じだな」

 

 ソルの話に共感できる部分と、ソルのナツミへの気持ちを感じ取ってウェールズはほんの少しの笑みを浮かべた。ウェールズは微笑みはそのままに、ふたたびワイバーンの背から見えるどこまでも青い空を見る。

 そして思った。

 まだ、心の中のわだかまりは消えてはいない。

死んでしまった父王、忠臣への申し訳ない気持ちもあるし、自分を含む王党派が不甲斐無いせいで愛するアンリエッタには望まぬ結婚を強いてしまったことも申し訳なく、それ以上に悔しかった。

 しばらくはふとしたことで、また暗い感情に囚われてしまうこともあるだろう。だが、ソルも言っていた力の有る無しを理由になにもしないのはもう止めようと。

 その手本のような少女が目の前にいるのだから。

 

「それに……殿下が望むならこんな方法もあるんですよ?」

「……む?」

 

 感慨にふけるウェールズに何事かを耳打ちする。その顔に浮かぶ笑みは何かを覚悟するかの様なモノだったが、ソルが鏡を見ていたら間違い無く全力で己の頬を張り倒していただろう。何故なら、その笑みはナツミの浮かべる笑みに良く似ていたのだから。

 

 

 

 

「ジンガ~お腹冷えるわよ」

「むにゃむにゃ。姐御もう食えないよ~」

 

 長い話にジンガは飽きて腹を出して寝てしまい。ナツミはそれを心配していた。シリアスな空気は完全にぶち壊されていた。

 

 

 

 そこからさらに数時間が過ぎ去り、ワイバーンはロマリア皇国の領内を悠々と飛んでいた。ちなみにジンガはまだ寝ていた。とはいえ、彼くらいの格闘家なら、殺気を感じれば勝手に起きるであろうが。

 そんなことはさておき、ナツミ達はどうやって、ロマリアの宗教庁まで行こうかと話し合っていた。

 一応マザリーニが既に連絡を入れたと言っていたが、急にゲルマニアでの軍事同盟締結の調印が決まったため、どうやってウェールズをロマリア皇国内に連れて行くかなどの詳しい打ち合わせが出来なかったのだ。

 それに詳しく打ち合わせをすれば、その分、外部に情報が漏れる機会をも増やしてしまう。そんな行きあたりばったりな任務であったが、ワイバーンで直接、教皇がいる宗教庁には流石に行けない。

 他国の中枢部にいきなりこんなワイバーンが現れれば、どんな国でも蜂の巣を突いた様な騒ぎが起きるだろう。それはもう先日のトリステインの様な。極秘にウェールズを匿って貰うというのにそんな騒ぎを起こしては本末転倒だ。

 ならば、ワイバーンを郊外に降ろして歩きで大聖堂まで向かうという案も出たが、目立つ容姿をしたウェールズが街を歩いたら歩いたでそれは大騒ぎになる可能性もある。

と二つの案どちらも一長一短があるため、皆は頭を突き合わせ、あーでもない。こーでもない。と相談中だ。

 相談が平行線になってしばらく経った頃にウェールズがまた自分のせいでと言い出して、軽くネガティブモードへ突入しかけてのは、どうでもいいだろう。

 

「せめて迎えが来てくれれば別なんだけどね、ん?」

「gyaaaalll!」

 

 そんな言い争いが続く中、突然ワイバーンが叫び声をあげナツミへと注意を喚起する。

人語ならざるその言葉の意味を明確に理解したナツミは立ち上がるなり、ワイバーンの首の付け根付近まで移動する。

 

「どうしたの?」

「gyall」

 

 ナツミの問いに対し、ワイバーンは首を前に振って答える。ナツミはワイバーンが示す通り、前方を注意していると、雲間から米粒ほどの小さな塊が姿を現した。

 

「あれは……?」

 

 向こうは向こうでこちらに近づいてきているようでぐんぐんとその距離が縮まっていく。

そしてそれがやっと視認できる程の距離まで近づいた。

 

「風竜?」

 

 そこには幼竜たるシルフィードよりもさらに大きな成竜と思われる風竜がこちらに向かい猛スピードで接近していた。そしてその風竜は野生の風竜では無かった。なにせその背には人が乗っていたのだから。

 

「っ!」

 

 人影を確認するなり、ナツミ、ソルが立ち上がり警戒態勢をとり、二人の臨戦態勢を感じ取り、ジンガが飛び起きる。風竜はワイバーンの手前でスピードを緩めるとその場に滞空し、小さいながらもロマリア皇国のものだと分かる旗をこちらに向い振り始める。

 

「なんだあれは?」

「さぁ?」

「蹴散らそうぜ姐御!」

 

 しかし悲しいかな異世界出身の三人にはその旗に刻まれた紋章がなにを表すか分からず、ソルとナツミは首を傾げ、異世界に来てテンションが上がりやすくなっているのかジンガは物騒な事を言いだす。

 

「あれは……ロマリア皇国の国旗だね」

「ええ、でも何の様でしょうか?私たちがここを通るなんて誰も知らないと思いますよ」

 

 そんな異世界出身者をルイズとウェールズは軽く流し、ソルやナツミとは別の理由で首を傾げた。

 

「しかし、無視するわけにもいかないだろうな」

「そうですね。ナツミ!ワイバーンをあの風竜の目の前で止めてくれる?」

「了解」

 

 ナツミはルイズの指示通り風竜の目の前でワイバーンを滞空させる。すると、風竜の背に乗る少年が笑顔でナツミに笑いかけた。

 

「やあ!君達が皇太子の護衛を任された人たちかい!?」

 

 爽やかなオーラをこれでもかと振り撒き、少年は右手をあげ大声をあげる。

 

「ええっむぐぐ……!」

「違うといったらどうするんだ!?……お前は馬鹿か?」

 

 ソルは素直に答えようとしたナツミの口を手で塞ぐと代わりに質問を質問で返す。そして楽観的すぎるナツミに釘を刺しておくことを忘れない。

 

「違っていたらかなり困るね。なんせ僕は教皇様から皇太子の案内をするように頼まれたんだからね」

「証拠はあるのか?」

 

 ソルの言葉に、少年は筒を取り出すと、ソルに向かって手にした物を放ってきた。

 

「おわっ!?」

 

 今まで格好よく決めていたソルであったが、ワイバーンの背と言うこともあってバランスの悪い場でそれを少々不格好にキャッチする。ソルは少し恥ずかしそうに顔を赤らめるが、気にしない風を装い筒を開けるとそこには一枚の質の良い紙で作られた書簡が納まっている。

 ソルはその書簡を引っ張りだし、中身を確認する。ざっと紙に目を通すとソルはその内容のせいか顔を眉間にしわを寄せた。

 

「どうしたの?」

 

 そんなソルの表情を見て、ルイズは不安気にソルに声をかけた。ルイズの問いにソルは表情そのままに書簡をルイズへと渡して一言。

 

「読めん」

「あ、あんたね」

 

 よっぽど文字が読めなかったのが恥ずかしいのか、ソルは誰とも目を合わせずにクールを装っていた。

 

 ルイズはソルに若干以上に冷たい視線を送ると渡された書簡へと目を通す。そこには、現ロマリア教皇ヴィットーリオ・セレヴァレのサインが刻まれていた。

 

 





まだ、にじファン時の投稿まで追いついていないとは……情けないですねぇ。頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ジュリオの受難

更新が空いてしまい、申し訳ないです。
前に投稿していた時とは、大分展開が違う為に手直しが多かったと言う……。


 

 

 

 トリステイン魔法学院を五割増ししたような大きな六つの塔、否トリステイン魔法学院が似ているのでは無い。トリステイン魔法学院がそれ似せて建てた美しい建造物、そこはロマリア大聖堂。その真ん中の塔の入口目掛けて、二つの大きな影が今、舞い降りた。

 一つは成竜と思われる十数メートルはあろうかという立派な雄の風竜。

 もう一つはその風竜の倍を優に超える巨大なワイバーン……の雌。

 そして、その二匹の竜からそれぞれ搭乗していた者達が地面へと降り立つ。

 

「いちばーん!」

 

 掛け声とともに元気に一軒家にも匹敵する高さから軽々と飛び降りるは少年拳士ジンガ。その足元の地面はべコリと凹んでいる。そんな衝撃を足裏に受けたにも関わらずジンガは目の前にそびえ立つ大きな塔を眺めしきりに感心している。

 

「おお~でっかいなぁ!すっげぇ!」

 

 ジンガはリィンバウムでは見た事も無い大きな建造物を見て年相応のはしゃっぎぷりを見せていた。そしてそんなジンガの行動にワイバーンの背から尻尾を伝って降りてきたルイズが呆れた声をかける

 

「あんまりはしゃがないでよ。田舎者だと思われるでしょ!!」

「まあまあ、はしゃいでしまうのも無理はありません。このロマリア大聖堂の美しさはハルケギニア屈指ですから」

 

 キラリと歯を煌めかせ微笑みながら風竜に乗っていた少年がルイズを窘めるように声をかけた。

 

「えっと、確かあなたは風竜に乗っていた……」

「おっと、そう言えば名前を言ってませんでした。申し訳ありません。僕の名前はジュリオ・チェザーレ。皆さんのお出迎え役を教皇様から仰せつかったものです。ようこそロマリアへ」

 

 白みがかった金髪のジュリオと名乗った少年は、それは整った容姿の美しい少年だった。

 

「……月目?」

 

 ぼそりとルイズが誰にも聞こえない小さな声で呟く。月目、左右の瞳が違う色オッドアイ。ハルケギニアでは縁起の悪いものとされているにも関わらず、極秘たる王族の出迎え役を任せられるとは、よほどの事情があるのだろうか?密かに伺うような視線をジュリオに送りながらルイズはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆がロマリア大聖堂に入る中、一人置いてけぼりを喰らったナツミの機嫌はかなり悪かった。というか、その前から機嫌が悪かった。その原因はナツミ達の案内をしてくれた金髪のイケメン、ジュリオのせいであった。

 ジュリオは金髪かつ互い稀なる優れた容姿の持っていたが、その中身は外見通りと言えばいいのか、そう凄まじく軽い男だった。

 なにしろ、挨拶もそこそこにいきなりルイズの左手をキスをかましたのだ。流石のナツミもこれには驚いたが、ルイズは貴族だしそんなもんかと他人事のように思っていたら、なんと今度はナツミの番だった。

 当然そんな風習なんて元いた世界でもリィンバウムでも経験の無かったナツミはそのキスに過剰反応した。召喚師を超えた召喚師、エルゴの王、誓約者。数多の幻獣を使役し、悪魔の軍勢にも一歩も引かないどころか、全力疾走で突撃を敢行する様な勇者。だが彼女はそれと同時に年頃の初心な少女だった。

 

「きゃあああああああああああ!!?」

 

 そんな初心な彼女が出会って間もない少年に手とはいえ、キスをされたのだ。悲鳴をあげるなと言うのが無理だろう。

 そして、そんな主の危機に対し、彼女の召喚獣ワイバーンの反応は劇的だった。

 

「graaaa!!!」

 

 大音量の咆哮をあげ、翼を大きく広げ明らかな攻撃態勢をワイバーンはとった。ワイバーンにとってナツミは何にも代えがたい大切な主。それに対する不敬は万死に値する。

 しかし、そんな命の危機に瀕しているにも関わらず、ジュリオは余裕の表情を崩していなかった。どう見ても危険以外の何物でもない怒れるワイバーンを目の前にしてのその態度をとれるのは、よっぽどのバカか、よほどの隠し玉を持っているか、そのどちらかだろう。そして、ジュリオは後者だった。

 ジュリオは獣や幻獣を自在に使役するという力をその身に宿していた。その力の前ではネズミだろうが竜だろうが等しく彼の前に頭《こうべ》を垂れる生き物に過ぎない。

 

「まぁまぁ落ち着きたまえ」

 

 右手の手の甲に暖かさを感じながら、ジュリオはその絶対の自信を持つ力を発動させた。

 

「!?……gaaaaaaa!!」

「……は?」

 

 一瞬、ジュリオは現状を理解出来ずにいた。今まで、この力を使用して彼が使役できなかった動物、幻獣は居なかったのだから。そして気付く、自身の命が風前の灯であることに。

 

「gaaaaa!!!!!!」

「え、あ、あれ?……ちょ……待っ!?」

 

 ジュリオの思惑とは裏腹にワイバーンは些かも言う事を聞く様子は無い。主に対する不快な行動、自身の精神を惑わそうとする態度、どれも許せるものでは無いと敵意を込めてワイバーンは咆哮をあげた。

 その途轍もない剣幕に、ジュリオは思わず恐怖から後ずさる。再度と言わず、能力を行使するがワイバーンは今度は僅かな反応も見せずに威嚇行動を続ける。

 しかし、主を思っているのは、何もワイバーンだけではない。

 

「gaaaaooo!!」

 

 ジュリオの風竜が己が主に害を成そうとするワイバーンに対し、牙を剥き咆哮をあげる。その咆哮には、それ以上ジュリオに危害を加える事を許さない、そんな強い意志が込められていた。だが、そんな態度を許すワイバーンでは無かった。

 ぎろりっと、ワイバーンが睨みを利かせると風竜はあっという間に大人しくなった。

 ジュリオはそんな相棒を情けないと一瞬思ったが、ワイバーンとの体格差を見て、咆哮を浴びさせただけでも立派だと思い込むことにした。

 

「ワイバーン。もう許してあげて。ね?」

 

 流石にこれ以上は不味いと思ったのだろう。自分に冷たい視線を浴びせながらワイバーンを宥めるナツミの視線にジュリオは思わず泣きそうになった。それと同時にこれ程の幻獣を容易く宥めるナツミに畏怖を覚えた。

 

 

 

 

 そんなこんなで、いきなりのジュリオの行動にナツミは機嫌が悪くなってしまった。

 そしてワイバーンのその威容に脅威を抱いたジュリオが、ワイバーンを野放しては危険だと主張し、見張りをナツミに頼んだというわけだ。その後にジュリオがナツミ達の気を引くために、ワイバーンに乗ろうとしたら、いきなり尻尾で鳩尾を殴打された派手に吹っ飛ばされたのも、それに拍車をかけていた。

 そして、散々ボロボロにされたジュリオは汚れまくった服を着替え、懲りずにナツミの気を引こうと塔の玄関へ戻ったところで驚愕していた。

 

「……アズーロ、なんで……」

 

 アズーロ。ジュリオの愛馬……じゃなくて愛竜とでも呼ぶべき相棒である。

 その大切な相棒が……。

 

「gyauuu♪」

「よしよし、良い子だね」

 

 先程、己の主に尻尾を振るったり、咆哮を浴びせたワイバーンの主たるナツミに喉を撫でられ、嬉しそうに尻尾を振りまくっていたからだ。ジュリオは心の内では憮然としながらも、ナツミの元へ笑顔で向かう。

 

「や、やぁ、ちょっと見ない間にアズーロも君に随分懐いたね」

「うん。最初はちょっと乱暴かなって思ったけど、顔に似合わず可愛い子だね」

 

 ジュリオの言葉にナツミがにっこりと笑いかけた。その笑顔を見て、ジュリオは自分の風竜を手なづけられた苛立ちはあったものの、それで先程のキスが打ち消され機嫌が良くなったのであればまぁいいかと思い直した。

 ……ちなみジュリオがアズーロの顔よりワイバーンの顔の方が百倍怖いと思ったのは内緒だ。

 

 

 その後は、お互いの相棒の良いところや乗り心地を話したり、試しに乗ってみたりしていた。

 風竜がすごく喜んでナツミを乗せていたのに対し、ワイバーンがナツミに諭されて嫌そうにウェールズを乗せていたのはあまりに対照的であった。

 

「すごいな君のワイバーンは、いや僕が今まで乗ったハルケギニアの幻獣の中でも間違いなく最高の幻獣だよ!」

 

 ワイバーンから振り落とされるように地上に戻ってきたジュリオはナツミが頭を強くぶつけたのではないかと思うほどに、はしゃぎ大笑いしていた。ワイバーンとしては本気で空から叩き落とす気で、何度も空中で宙返りをかましていたので、生きていただけでも奇跡に近い事を彼は知らない。

 

 

 そして二人の話は互いの身の上話まで及んでいた。ジュリオは孤児で現教皇に拾われて、本来は縁起の悪い月目でありながら取り立ててもらったことを誇らしげに話す。

 ナツミは異世界から来たことと誓約者の力は隠して、ロバ・アル・カリイエから来たことにした以外はある程度真実を話した。

 孤児院と言うのがお互いの共通点だったため思いの他、共感し合いキスをされたことで生まれたぎすぎすした空気は霧散していた。

 

「すまないけど、左手のルーンを見せてもらってもいいかい?」

 

 ジュリオはナツミが纏う空気が柔らかい物に変わったことに気付くと、今度はナツミに一言断りを入れてから、再びナツミの左手を握り、その甲に刻まれたルーンを射抜くように視線を当てていた。

 

「どうしたのジュリオ?」

 

 ついさっきまでのチャラさ全開の彼とは打って変わったジュリオの様子にナツミは怪訝な表情をしながら問いかける。

 

「……ナツミ、君はこのルーンの意味を知っているかい?」

「うん?知ってるけどそれが?」

「……そうか知ってるのか……なら主の方も?」

「どうしたの?」

 

 ジュリオは相変わらず首を傾げるナツミに聞こえないようにぼそぼそとなにかを呟くと、それまでの真剣な表情を消して軽い笑顔に戻る。

 

「いや、僕と君は出会うべくして出会ったのかもしれな……」

 

「行け!ジンガ!!」

「うおおおおおお!!」

 

 ジュリオがまるで口説き文句の様なセリフを吐こうとしたとき、タイミング良く大聖堂の扉が開く。

 そしてジュリオが再びナツミの左手にキスをしようとしていると判断したソルの魂の指示を受け、ジンガが己の姐御を守るために拳を怨敵へと抉るようにぶちかました。

 

「ぐふぅううう!!」

 

 名も無き世界のロケットのようにジュリオは吹っ飛び、美しく頭から着地を決めた。

 

 

 

「ジュリオ何をやっているのです?」

「い、いやすみません。聖下」

 

 部下の余りの醜態にロマリアを治め、ブリミル教の頂点たる青年ヴィットリオー・セレヴァレは引き攣った笑いを浮かべていた。

 なにしろジュリオはヴィットリオーにとって右腕とも呼べる最も信頼できる部下。有能と言っても過言でも無い彼がバカな真似をしているのだ。顔を引き攣るのは当然と言えた。

 

「ま、まあ良いでしょう。ではウェールズ殿下。ご健勝をお祈りしております」

「ええ聖下も……。ご面倒をおかけしました」

 

 ジュリオの醜態へと至った経緯は取りあえず後に聞くことにしたヴィットリオーはウェールズへと別れの言葉をかけ始めた。

 

「ん?あれ?」

 

 二人の言葉にナツミが首を左右に動かし、腕を組む。

 

「……聖下?」

 

 ナツミと同じく、二人の会話に違和感を覚えたのだろう。ジュリオもまた疑問を隠しきれない表情を浮かべていた。

 

「ねぇソル?あたしたちって、陛下をここで預かってくれるっていうから連れて来たんじゃないの?」

 

 ナツミの問いも最もなものだった。ナツミ達がここに来たのは、ウェールズの身柄をロマリアで保護してもらう為だった。にも関わらず何故か、ヴィットリオーとウェールズは別れの挨拶を交わしている理由がナツミには分かっていなかった。

 

「ん?あぁ、陛下がやっぱり身柄を預かってもらうのは止めてもらうってさ」

「は?でもそれじゃあ……神聖アルビオンの連中に攻め込む口実を与えちゃうんじゃないの?」

「く……ふふ」

 

 きょとんとするナツミの表情が面白かったのだろう。ソルは口元をニヤリと浮かべる。それはソルには珍しい悪戯が成功した少年の様な笑みだった。

 

「なに笑ってんの?なんか隠してる」

「ああ、陛下をリィンバウムに連れて行くのさ」

 

 なんでも無い様にソルは呟くが、聞かされるナツミからすれば耳を疑う様な話である。

 

「え……えええええ!?」 

 

 素っ頓狂なナツミの声が辺りに響いた。

 

 

 

 




にじふぁんの時と展開が変わっています。
改定前はロマリアにウェールズの身柄を預けていたのですが、リィンバウムにて匿う事に。
無論、滞在先はフラットです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 エズレ村へ

「じゃあ、また会おうね!行くわよワイバーン!」

 

他国のトップにする挨拶にしてはあまりにも軽い挨拶……されどナツミらしい挨拶を合図にワイバーンは雄々しく(雌だけど)翼をはためかせ、空へと昇る。

 瞬く間にその体が米粒に見えるまでに上昇すると、ワイバーンはナツミ達と共に瞬く間に空の彼方へと去って行った

 

「始祖の血脈を現代の虚無が救ったか……。これが神の導きならレコンキスタの虚無はいよいよきな臭くなったということですかね」

 

 そう呟くジュリオがヴィットリオーへと視線を向けるとヴィットリオーと視線が合う。

ヴィットリオーはジュリオと目が合うと同じことを考えていたのか微笑みながら頷いた。

 

「ええ、まぁそもそもクロムウェルは血筋からして疑わしいものでしたし、偽物と考えていいでしょう。陛下の身柄を預かれなかったのは少々惜しくはありますが……あの少女の傍ならまず安全でしょうし、……というかガンダールヴにも関わらず幻獣を自在に操るとは、どういうことなのでしょう?」

「うぅ……あ、あれは、驚きましたよ」

 

 ワイバーンに睨まれた時の事を思い出したのだろう。ジュリオの顔は明らかに青くなり、冷や汗まで垂らしていた。

 

「あのワイバーンが特殊なのか、ナツミが特殊なのかはまでは分かりませんが、どちらにしても、とんでもないですね」

 

 乾いた笑いを浮かべながら、あまり的中して欲しくない予想をジュリオは口にするが、実際は魔王と小細工無しにぶつかり合える力も持っているのだから、とんでもないどころの話ではない。

 

「とりあえず調べられるだけ調べてみますよ」

「頼みます」

 

 ガンダールヴとしてではなく、ナツミ自身が異質だと感じた二人は、ひとまず情報収集が肝要だと判断し、当面の目標を定める。だが、調べても調べてもナツミの力の底に至れない事をこの時の二人はまだ知る由も無かった。

 

 

 

 

広いワイバーンの背に、ウェールズの風の障壁を張った一行は優雅に空を旅を楽しんでいたが、ガリア領に入って幾ばくかしたころ、ワイバーンが何かを知らせるように一啼きする。

 

「gaaaa!」

「どうしたのワイバーン?」

「gaaall」

 

ナツミの問いにワイバーンは更に啼き声をあげ、その巨体を地面へと向かわせる。

 

「ナツミどうしたの?」

「んーよく分かんないけど、なんか見つけたみたいよ」

「何かって?」

「さぁ?なんとなく考えてることは分かるんだけど、細かいのはよく分かんないんだよね」

 

 そういう間にもぐんぐんとワイバーンは地面へと近づいて行く。その先にはこじんまりとした宿場町の姿があった。

それを見て、ルイズとソル、ウェールズの比較的常識組は、こんなデカいワイバーンが突然、町の上空に現れたら一騒動になると顔を青褪めさせる。

 

「ナ、ナツミ君、このままだと」

「やばいナツミ、ワイバーンを止めろ!」

 

男性陣がナツミに警告するが、二人の悪い予感は当たらず、ワイバーンは町には目もくれず、街道から外れた森にその巨体を降り立たせる。

 

「ん?ここに何があるの?」

 

 空から見えた限りでは、ただの鬱蒼とした森にしか見えず。ワイバーンがこんなところに降りた理由があるようには思えない。

 

「きゅいきゅい!ワイバーン姉様ですの!」

 

 すると、妙な声が辺りに響く。声色自体は若い女性のそれだが、きゅいきゅいと何を意図して話しているのかは、まったく分からない。そんな声だった。

 声に反応してナツミは、その光景に己が目を疑った。

 

「ん……え!?」

 

 そこには、若く瑞々しい肢体をマント覆い辛うじて腰の辺りに腰を巻いてずり落ちないようにしている青い長髪の美しい女性が立っていたからだ。そして、その隣には……。

 

「……ナツミ?」

 

 最近、学院で仲良くなった少女、タバサの姿がそこにはあった。

 

 

ハルケギニアの誓約者

第三章

第七話

~エズレ村にて~

 

 

「これもおいしいのね。あ、これもおいしい。このワインで煮込んだお肉なんて、とろけるほどに柔らかいのね。ほら、ジン……なんだっけ?なんでも良いや、このあぶり鳥を試してみるのね。中に野菜やらキノコが詰まってて、たいしたもんなのね」

「おう!、んん!?うめぇうめぇ!フラットのご飯もうめぇけど、久しぶりの肉は美味いなぁ!な、姐御!」

「うん。もぐもぐ、リプレよりは落ちるけどまぁ美味しいわね」

 

 青髪の女性、ジンガ、ナツミの単細胞トリオがのんきにご飯を貪る中、ルイズだけは渋い顔していた。

 ちなみにソルとウェールズ、タバサは黙々と箸ではなく、スプーンやフォークを進めていた。

 

「タバサは食べるの早いね。それに量もすごいわね。どこに入ってんの?」

「……お腹」

 

 小さな体のどこにそんな容量があるのか、ジンガに負けず劣らずタバサは恐ろしい勢いでテーブルの上の食料を平らげていく。それを見て不思議に思ったナツミがタバサへ問うが、帰った来た答えは、当たり前と言えば当たり前の回答が帰って来た。

 タバサはナツミへと答えを返す為、食べる手を一度は止めるが、すぐに料理へと手を戻した。

 そんな中、唯一渋い顔していたルイズがキレた。

 

「だああああ!!なにのんきにご飯なんか食べてんのよ!?私達は任務の帰りなのよ?早く報告をしなきゃいけないの!いい!?聞いてる!?」

「は、はい」

 

 あまりのルイズの剣幕に思わずナツミは背筋を伸ばして話を聞く体制をとり、タバサ、ソルもそれにならう。

 

「そう思いますよね!?」

「ん、あ、あぁ、そうだね」

 

 剣幕そのままにウェールズへと同意を求めるルイズ。その怒りの権化の様な姿にさしものウェールズも肯定以外の言葉を持っていなかった。

だがそんな怒れるルイズを物ともしない猛者が二人程、存在していた。

青髪の女性とジンガだ。二人はルイズを無視してご飯を食べ進めていた。そんな二人の様子に火に油を注がれたような状態になったルイズは矛先を彼らに向ける。

歴戦の猛者たるジンガの反応を上回る速さで二人の目の前に置かれた料理をルイズは奪い取る。

 

「だから!話を聞けって言ってるでしょ!?」

「何すんだ!」

「うるさい!!人の話くらい聞きなさいよ!」

 

歴戦の勇士たるジンガの眼力を真っ向から受けたにも関わらずルイズはジンガに怒鳴り返した。……それはもうスキル・勇猛果敢が発動したかのような堂々としたものだった。

 そしてルイズの怒りはジンガにとどまらず青い髪の女性へと向けられる。

 

「ってか、青いのあんた誰?タバサの知り合い?それにしては服装があれだけど……」

 

 タバサもいまいち素性こそはっきりとはしないが、貴族であることは疑いようがない。

にもかかわらずタバサと一緒に居た女性は、素っ裸にマントを羽織り、腰の部分で蔦を縛るっているというなんともあれな恰好をしているのだ。しかもそのマントはタバサのものときたものだ。

 

「ん?シルフィードはシルフィードですの」

 

 女性はきょとんとしながらなんでもないことの様に自分の名前を名乗った。女性の名はシルフィード。タバサの使い魔たる風竜と同じ名前だった。

 

「へぇ、シルフィードは人間の姿になれるんだ~すごいね」

「鬼妖界の獣の中には歳を重ねると人化できる獣が居ると言うが、それと同じようなものか」

 

 もともとシルフィードが喋ることを知っていたナツミとソルは竜が人間の姿になったことに然程も驚かない。それにリィンバウムでは幽霊だの悪魔だのシルフィードすら上回る珍妙な生き物が幾多の世界から召喚されてくるのでその程度ではびくともしないのだ。

 だが、生粋のハルケギニア人たるルイズはそうはいかなかった。

 

「えええええええ!?こ、この人が、シ、シルフィ……ド?」

 

 他の客がいるのも忘れて、いやその前から忘れていたが、ルイズはシルフィードを指さして口をぱくぱくしている。そんな驚くルイズにシルフィードはしまったという顔をした。

 

「あ、いけない。このことは内緒でしたの!きゅい!おねえさまに怒られるぅ!!!……いたぁい!」

 

 鈍い音とそれに続くシルフィードの呻き声があたりに響く。

 鈍い音の正体はいつのまにかタバサに握られていた杖がシルフィードの頭部にめり込む音だった。

 

「きゅい~痛いのね~!!おねさ、痛っ!きゅいきゅい!」

 

 痛がるシルフィードに何度もタバサは杖を振り下ろす。そのシルフィードのあまりに痛々しい様子にナツミが助け船を出した。

 

「タバサその辺で許してあげなよ。別に内緒にすることでもないでしょ?」

「ナツミ……あんた本気で言ってるの?」

「?別に確かに最初に喋ったときは驚いたけど……それに喋れるんだから変身したっておかしくないんじゃない?」

「いやいや、すごいおかしいから!喋るくらいだったら使い魔のルーンの効果でそういうのもあるけど……変身するなんて聞いたことないわよ。……説明してもらうわよタバサ」

 

 そう言うなりルイズはタバサにぎろりと視線を向けた。タバサはその視線に首を左右に傾けた後にナツミをじっと見る。そして一人で頷くとぽつりと話し始めた。

 

「風韻竜」

「ぶっ!」

 

その言葉にルイズが吹いた。かつてハルケギニアに存在していた最強クラスの強さを誇る幻獣の名が飛び出たことで淑女らしからぬ行動をとってしまったようだ。

 

「ふ、風韻竜って……」

「……ばれたら大変。だから秘密」

 

 タバサは口元に指を当ててそう呟いた。いつもと違うそのリアクションはクールな彼女を年相応に見せた。

 

「まだ生き残りが居たのも驚きだが、その風韻竜を使い魔として召喚するとは……余程の使い手なのだな彼女は」

「それを言ったら、ルイズはどうなるんです?」

 

 ルイズが驚いている間、ウェールズとソルがそんな事を話していた。

 

 

 

一騒動はあったものの、その後は静かにテーブルを囲んで食事としゃれ込んでいた。

ルイズはシルフィードが風韻竜だったのがあまりに衝撃的だったのか、任務の報告を早くしなければならないと喚いていたはずなのにそれをすっかり忘れて食事をしていた。

 一行がそんな食事タイムを過ごしている中、店の扉の鐘がチリンチリンと鳴り、新たな客が来店してきた。

 客はこの店で食事をするお金があるのかも怪しい痩せこけた老婆であった。ボロボロの麻の服を纏い、穴が開いた靴を履いている。

 老婆は店の中をきょろきょろと見渡し、ルイズの方を見やると慌てた様子で走り寄ってきた。

 

「き、貴族様!!」

「な、なに?」

 

 鬼気迫る老婆の声に引き攣った声をルイズは漏らす。老婆はそんなルイズに気付きもせずに更に言葉を続ける。

 

「貴族様は、も、もしかして森にいるワイバーンの主様でございますか?」

「……えっと」

 

 自分がワイバーンの主でないことと、そのワイバーンのせいで一騒動が起こっていることにルイズは思わず言いよどむ。ナツミが本来なら自分が主と言ってもいいのだがと思いつつもそれはそれで面倒だと考えて助け船を出す。

 

「どうしてそんな事を、ワイバーンが何かしました?」

「いえ、そうではなくて、実は……」

 

 そう言って老婆は話を切り出した。

 

 

 

「ミノタウロス?」

 ルイズ達のテーブルで老婆はとつとつと自分達の村で起こっている事件について語っていた。なんでも老婆が住むエズレ村の近くの洞窟にミノタウロスと呼ばれる牛頭の怪物がつい最近住み着いた上に、若い娘を生贄として寄越すように要求しているのだという。しかも、もしその要求が飲めないようなら、村人すべてを皆殺しにするという。

 もちろん村人はそんな要求を飲みたくはない。だが、ミノタウロスは首をはねてもしばらくは動くことができるほどの生命力と巨大なゴーレムに匹敵する怪力を持っており、とても普通の人間が相手にできる存在ではない。

 村人も領主に騎士団を派遣するように要請を出してはいたが、一向に重い腰を領主はあげることはなかったそうで、村人たちが方々の町々を訪ねて騎士もしくは貴族にミノタウロスを退治してもらえるように頼み込んでいるという状況だという。

 老婆も昨日、この町にたどり着き目に付いた貴族に声をかけたが一向に聞いてはもらえず。途方に暮れていたところにあのワイバーンが現れたというわけだ。もし、ワイバーンが野生のものであれば食い殺されてもおかしくない中、何故老婆はそんな危険を犯してまでも、誰かの使い魔か確認したのか、その理由は……

 

「実はミノタウロスが最初に生贄に選んだのは……わたしの孫娘なのでございます……」

 

 そう言って老婆は泣き崩れた。

 

「どうか、貴族様があのワイバーンの主様ならさぞかし腕の立つ方とお見受けいたします、どうかどうか……」

 

 老婆は地べたに頭を擦り付けるまでに下げて必死に懇願する。その様子にナツミが動いた。

 

「大丈夫よ!おばあさん。あたし達に任せちゃってください!ミノタウロスなんてぽいっとやっつけちゃいますよ!!」

「ああ!俺達にかかりゃあ、そのミノ……?まぁいいや、その化けもんなんて楽勝だぜ!……くぅ腕が鳴るぜ!」

「ミノタウロスな」

 

 ナツミに続きジンガが立ち上がり、指の骨を鳴らしてやる気を見せ、ソルが頭の足らないジンガに突っ込みを入れた。

 

「やはりあのワイバーンの主様がいらっしゃいましたか!ほ、本当にこの老婆めの頼みを聞いて頂けるのですか!?」

「うん!ワイバーンに……じゃなくて大船に乗ったつもりで期待してください」

「……ナツミ、私達は……言っても無駄か、はぁ」

 

 安請け合いするナツミを咎める様な声色でルイズが呟くが、途中で諦めた。

異世界に召喚され、不良に絡まれ、気付いたらその流れで魔王を倒してしまう程のお人好しのナツミが困った人を放っておけないのに今更ながら気付いたからであった。諦めの色が濃い溜息を語尾に付けつつもその表情はどこか誇らしげであった。

 

 

 

 

 

 徒歩で三時間もかかる場所にその村はあったが、ワイバーンにかかれば僅かに三十分もかからぬ間に老婆が住む村エズレ村へと一行は到着していた。ちなみにその背にソルとウェールズの姿は無い。あまりウェールズの姿を人前に晒すのは良くないのと、危険なミノタウロス退治にわざわざ突き合わせる理由が無いからだ。

 ワイバーンが村の広場に降り立った途端に村は悲鳴に包まれてしまったのはお約束と言えばお約束であった。ミノタウロスに怯える今の村人たちとって、凶暴だと有名なワイバーンが現れれば、無理もらしからない事だろう。

 そんな村へ颯爽というか衝撃の到着を見せたが、ワイバーンの背から続々と人が降りてくると野生のワイバーンではないと分かったのか物珍しげに巨大すぎるワイバーンを村人は遠巻きに見つめていた。

 

「小さな村ね」

 

 ルイズが村を一通り見渡し感想を口にする。エズレ村は領主が見放したのも頷けるほどの小さな寒村と呼ぶに相応しい村であった。ナツミも同じ感想を抱いてはいたが、それよりも気になることがあったので、まずはそちらへと視線を向けた。

 

「来てくれたのはありがたいけど、タバサは用事とかあるんじゃないの?わざわざガリアまで里帰りしてるんだしさ」

 

 ナツミが声をかけた先には、青き髪を靡かせるメガネっ娘―タバサ―がぼーっと突っ立っている。タバサはナツミへと視線を向けると一言。

 

「乗りかかった船」

 

 と何の感情も見せずにそう呟いた。そしてそれに続くようにもう一言呟く。

 

「……それに助けたい」

 

 空気に溶けるように小さく囁いた言葉だったが、風のいたずらかそれがナツミの耳には届く。感情表現こそ不器用で何を考えてるか分からないタバサが見せた優しい言葉を聞き、ナツミはなんやら無性に嬉しくなりタバサの頭を静かに撫でた。

 

「?」

「なんでもないよ」

 

 不思議そうに自らの頭を撫でるナツミを見上げるタバサに小さくナツミは微笑んだ。

 そのまま、頭を撫でつつタバサを促しながら、ワイバーンを物珍しそうに集まってくる村人達の元へと二人は向かった。

 

 

 村人は老婆―ドミニクと名乗っていた―を囲むように集まっていた。ドミニク婆さんはこれ村人が粗方集まったのを見ると大きな声で救世主の訪れを告げる。

 

「皆!貴族様を連れてきたよ!」

「貴族ってそのワイバーンの主様かい?」

「ああ!こんな大きなワイバーンを従える立派な貴族様が我らを救いの手を差し伸べてくださるそうじゃ!」

 

 村人はルイズの小さな体躯を見て一度は肩を落とすが、その後ろに控える巨大なワイバーンを見て、人は見た目には寄らないと考えたのか、大きな歓声を上げる。

 その中で、ワイバーンの恐ろしさを知らない小さな子供がワイバーンに近づきたそうなのを見て、それに気付いたナツミがワイバーンになにがしかを呟く。

 それにワイバーンが小さく一啼きすると、その大きな顔を子供近くまで近づけた。

 村人達にどよめきが広がる中、子供がおずおずとワイバーンの顔をちょんちょんと突くが特に暴れもせずに子供の好きにさせているワイバーンを見て村人達が先程よりも大きな歓声をあげた。

 

「すげぇ!凶暴なワイバーンをあんなに手懐けるなんて!」

「主じゃない人の言うことも聞くなんて……よっぽど貴族様はメイジとして卓越してらっしゃるのね」

 

 メイジとしての実力を見るにはまず使い魔を見よという言葉もある。それが正しいならあの使い魔の主と思われる少女―ルイズ―は、巨大なワイバーンを従えるに相応しいメイジだと村人は考えた。

 まさか人間が使い魔で、更にその人間がワイバーンを捕まえているなどと想像する者は村人の中にはいなかった。子供たちはワイバーンが大人しいと分かると我先にと尻尾や翼などペタペタと撫でたり、背に昇ったりと好き放題しているのを尻目に、一行はドミニク婆さんが案内するままに、彼女の家へと向かうのだった。

 

 ドミニク婆さんの家は、村のはずれにあった。土を焼いて固めた壁の、素朴な作りの家であった。ドミニク婆さんが扉を開くと、ナツミと同い年くらいの美しい少女と、母親と思しき女性が二人抱き合いさめざめと泣いているところであった。

 

「おばあちゃん!」

 

 少女は扉を開けたドミニク婆さんを見るなり、飛び込むように抱きついた。

 

「ジジ、もう大丈夫だよ。ほら、凄腕のメイジ様を連れてきたからね」

 

 ジジと呼ぶ少女の頭を愛おしそうに撫でると、扉の外へと視線を移し、安心させるようにルイズ達を紹介した。

 

「まあ!」

 

 ジジは一瞬、ちんまりとしたルイズとタバサを見ると悲しそうに顔を歪めた。それを見たドミニク婆さんがジジを外へと連れ出し、村のはずれのこの家からでも見える広場のワイバーンを見せると安心したように瞳を輝かせた。

 

「なんて大きいワイバーンなの!」

 

 それに続き母親と思しき女性が、皆の足元に平伏する。

 

「どうか、どうかこの娘を救ってやってくださいませ!」

 

 一行の返答は既に決まっていた。

 

 

その夜……、ルイズ達は村長の家で歓待を受けていた。ジジを始め、ドミニク婆さんが自分の家の娘がミノタウロスに狙われているのだから、自分たちの家で歓待するべきと主張したが、ルイズを含め五人(内一名は風韻竜)もの大所帯を招待できる家はエズレ村では村長の家しかなかった為、急遽村長の家が提供されたのだ。

 食料も村人達がおのおのの家から持ち込んだものと、ナツミがワイバーンに頼んで森から調達してもらったイノシシが振る舞われた。これには村人も大いに喜んだと同時に、ミノタウロス退治に更なる希望が見えたと久々の笑顔を見せていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 森のならず者

 

「これがミノタウロスが寄越した手紙でございます」

 

ジジの母がそう言って、ルイズに渡したのは獣の皮であった。その皮の内側には血文字で、『次の月が重なる晩、森の洞窟前にジジなる娘を用意するべし』と書いてある。ハルケギニアの空に浮かぶ二つの月が、重なるのは明日の晩である。

 ルイズはじっとその文字を見つめる。筆跡こそ荒かったが、ハルケギニアで公用語となっているガリア語であった。悪知恵の働くミノタウロスは、人の言葉も操るのだ。

 

「字は汚いけど文脈は整ってるのね。ミノタウロスってここまで頭が良いのね」

「……」

 

 ルイズがなんでも無いように自分の考えを呟き、その呟きを聞いたタバサが口元に手を当て何事かを考え始めた。

 

「十年前も同じような事があったのです……。その時はこの子の姉が犠牲となりました。領主様は以前も何もしてくれず、我らは今回と同じように街へミノタウロスを退治して頂ける方を探しました。その時はラルカス様とおっしゃられた騎士様が快く引き受けてくださいました。ラルカス様も名うての騎士様でしたが、かなりの苦戦を強いられ、大怪我こそ負いましたが火の魔法を駆使して、見事ミノタウロスを退治なされたのです」

 

 ジジの父親が説明した。

 

「なんであの洞窟にばかり、ミノタウロスが住み着くんだろうね……」

 

 ジジの母親が疲れた声色でそれに続いた。

 

 

 歓待の宴も終わり、後は寝るだけとなり、タバサはジジの父親に一つだけ質問した。

 

「十年前も娘の指定はあった?」

「いえ……、十年前は、ただ若い娘と書いてあっただけと記憶していますが……、だからくじ引きで決めたんです。それがなにか?」

 

 暫しの沈黙の後、タバサは首を振った。

 

「なんでもない」

 

 タバサとシルフィードはジジの家に、ナツミとルイズは村長の家に、ジンガもその他の家にと人数の関係から分かれて寝床が用意されていた。

 ワイバーンの主と勘違いされたルイズとその侍女ナツミ(村人視点では)は、この村で一番の部屋である村長の家の部屋で一つのベッドを共有して眠りに就こうとしていた。

 

「ねぇ、ルイズ?」

「ん?どうしたのナツミ、寝れないの?」

「ううん。そうじゃなくてミノタウロスってどういうやつなのかなって思ってさ」

 

 ナツミの問いに隣で目を瞑っていたルイズはもぞもぞと体をナツミへと向け視線を合わす。

 

「そうね、生命力が非常に高いって言われてるわね」

「死ににくいってこと?」

「ええ、例え首をはねたとしても、しばらくは動き回れるらしいわね。……しかもそれだけでも厄介なのに、人語を解せるだけの知能と、鋼鉄以上の硬さを持つ皮膚、巨大なゴーレムに勝るとも劣らない怪力も持っているわ」

 

 流石に座学ではトップに君臨するルイズ、ハルケギニアに存在する幻獣の生態をすらすらと披露する。

 

「……タバサは風のトライアングルって聞いてるからミノタウロスの相手は厳しいかもしれないわね」

「なんで?」

「風のスペルは、基本的に風の刃で相手を切り裂くのが基本なのよ。人間相手なら強力な武器となるんだけどね。ミノタウロスの硬い皮膚相手では、相性が良いとは言えないわね。……タバサがライトニングクラウドみたいな雷を使えるなら、もしかしたらってとこね」

 

 ミノタウロスに本来有効と言われているのが、呼吸を封じることができる炎をのスペルと言われている。雷も皮膚を介さずに内臓に直接ダメージを与えられるが、ミノタウロスに内臓がどの程度の耐久性を持つか不明なためルイズがあえて言葉を濁す。

 

「まぁなんとかなるでしょ……ふぁあああ」

「……あんたってホントのんきねぇ」

 

 ルイズの危惧を聞きつつも、その程度の怪物なら数えきれないほど相手してきたナツミはいまいち危機感が無いのか、大きな欠伸を一つする。そんなナツミをじっとルイズは睨むが、無邪気に欠伸をするナツミを見ているとなんだか自分が馬鹿らしくなり、釣られて小さな欠伸をすると、睡魔が急に彼女を襲う。

 

(ふぁあああ……ねむ、……おやす、み、ナツミ……)

「おやすみ、ルイズ」

 

 眠りに落ちる寸前、ナツミの声が聞こえた様な気がしたルイズだった。

 

 

 翌日、ナツミ達はいつも通り目覚めたが、タバサ達は一向に目覚めなかった。起こそうかとナツミ達は考えたが、タバサが魔法学院を離れガリアに戻ってきた事情も詳しく聞かされてなかった為、夜まで起きてくればいいかと放置していた。

 その間、ナツミとルイズは村の子供たちをワイバーンに乗せて空を飛んだりしたり、ジンガがミノタウロスとのガチを想像して落ち着かない体を力仕事を手伝ったりして消化したりと有意義に過ごしていた。

 やがて日も沈んだ頃になるとようやく起きたのかタバサとシルフィードが広場へと姿を現した。

 

「さて、怪物退治と行こうか」

 

皆が揃ったのを確認するとナツミが場を仕切るように言い放った。

 

 

 

「いきなり噛みつかれないわよね……」

 

 村から徒歩で三十分程かかる、洞窟の前に縄で縛られて座るナツミは流石に不安の声をあげていた。ここまでジジの父親が案内してくれたが、実際戦いになると足手まといの何者でもないので、さっさと村へと帰していた。ナツミはジジが着ていた服を身に纏い、髪も茶色に染め、自らの目の前に暗い口を開く洞窟を見やる。

 高さは五メートル、幅は三メートルほどで、月明かりに照らされながらもその奥は、深い闇を湛え、いつミノタウロスが肉を貪りに現れてもおかしくない雰囲気を辺りに放っていた。

 そんな洞窟の近くの茂みには皆が隠れ、いつでも飛び出せる体勢を整えていた。

 

v三十分いや一時間以上そうしていただろうか、二つの月が重なり、辺りが薄暗くなった頃……。洞窟ではなく、洞窟の右側の茂みから、ガサリと言う音が辺りに響く、タバサ達が隠れた地点とはナツミを挟んで逆の方向であった。

 

「……」

 

 ナツミは流石、誓約者(リンカー)と呼ばれる伝説の召喚師、物音がしても微動だにせず泰然自若としている。そんなナツミを知ってか知らずか、物音はさらに大きくなり、茂みから完全にその姿を見せた。がっちりとした男の体躯。身長は二メートル近くもあり、手に大きな石の斧を携え、そしてその頭部は人ではありえぬ牛のそのものであった。

 

「……ミノタウロス」

 

 ぼそりとルイズが呟くが、肝心のナツミが何故か反応しないため、動くに動けない。そうこうしている間にミノタウロスはナツミへと近づき、じろじろとその体を眺めまわした。

 そして、

 

「なんだコイツ、寝てやがるのか」

 

 とミノタウロスとは思えぬ、流暢な言葉を口にした。

 というかナツミは寝ていた。

 

 ルイズはナツミが寝ていたのにも驚いたが、ミノタウロスがこんな流暢な言葉を話すことにも同じくらいに驚いていた。そして、隣にいるタバサを見ると彼女もこちらをみていたのか、視線が合う。

 

「手紙を見て時点で怪しいと思った、これで確信した相手は人間」

 

 視線が合うなり、ルイズの驚きを看破していたのか、ミノタウロスの正体は人間だとタバサは言い放った。それを肯定するようにジンガも続く。

 

「ああ、気配は人間そのものだな」

「そうなの?」

 

 一行がロクにナツミの心配をせずに、ミノタウロスの正体を話し合っていると、向こうにも動きがあった。ミノタウロスはのんきに寝こけるナツミを「よっこらしょっ」と担ぎ、そのまま来た方角へと引き返していく。歩き始めたミノタウロスもどきが歩くたびに上下する肩に、ようやくナツミが目を覚ます。

 

「ふぁあああ、何?」

 

 欠伸をしながら呟くナツミに彼女が起きたことをミノタウロスもどきも気付いた。

 

「騒ぐな、殺すぞ」

 

 寝惚けながらも自分が置かれた状況に気付いたナツミはとりあえず言う通りに大人しくしていることにして、様子を探ることにした。ミノタウロスの事はルイズから昨晩に聞いていたが、聞いていた話に比べて随分人間らしいことに違和感を覚えた事もそれに拍車をかけていた。ナツミが担がれたまま運ばれしばらく経つと、ミノタウロスもどきが向かう先にカンテラの光が見えた。

明かりを中心に五人のガラの悪い男達の姿が浮かぶ。

 連中はそれぞれ武器を持っており、短剣が二人、単発式の拳銃が二人にそして最後の一人が長柄の槍を携えていた。

 

「よぉジェイク、持ってきたか」

 

 拳銃を握った、太った男の人間を物《・》扱いする言葉にナツミは頭に血を上らせる。

 

「あんた達、何者?」

 

 苛立ちを隠そうともしないナツミの言葉に、ジェイクと呼ばれたミノタウロスに化けた男ははつまらなそうに答えた。

 

「おめぇには関係ねぇ」

 

 そう言うなりジェイクは乱暴にナツミを地面へと転がした。

 

「痛ぁ!」

「……?おめぇ、よく見りゃ、ジジじゃねぇな?」

「なん……だと……エズレ村で売れそうな別嬪(べっぴん)はあの娘ぐれぇだぜ?」

 

 売れそうな、その言葉にただでさえ血が昇ったナツミの頭は、爆発寸前まで怒りを溜め込むことになった。

 

「売る?あんた達、人を売り物にしてるっていうの?」

「ん?ああ、そうだぜ。ま、ジジじゃなくてもいいか、おめぇもよく見りゃ、かなりの美人じゃねえか。ジジより高く売れそうだぜっうばらあああ!?」

「ジェイク!?……てめぇ!」

 

 男はナツミの顎を持ち上げようとした瞬間、ナツミの体から放たれる蒼い奔流をまともに受けて、奇声を叫びながら砲弾のごとく吹き飛ばされた。

 それを見たルイズが頭を抱える。

 

「……ナツミ、何も考えてないわね」

 

 もはや戦闘は回避不能、それを本能で察知したジンガがルイズを飛び越え、雄たけびをあげて、男達へ突貫し、タバサ、ルイズもそれに続く。

 

 その後の展開は一方的であった。ジンガの拳が男の肋骨を粉々にし、タバサのエアーハンマーが相手を吹き飛ばし、ルイズのロックマテリアルが男を昏倒させた。

 ……シルフィード?風韻竜はその身に宿る大いなる力である先住の力を人に変身した状態では使うことができない。つまり、役に立たない。それに元の姿に戻って下手に怪我でもされれば、連れて帰るのも大変だ。

 よってシルフィードは、茂みから蹂躙と言う名の戦いをただ見守っていた。

 

 

 

 その後、男どもは武器を奪われ、ナツミを縛っていたロープで一まとめにして縛り上げられていた。

ナツミはそんな男たちを一睨みした後にタバサに向き直る。

 

「タバサ、最初から犯人はミノタウロスじゃないって気付いてなかった?」

「確信は無かった」

 

 そう切り出すとタバサは詳しく説明をし始めた。

 タバサの話では、ミノタウロスは確かに文字を理解する知能を持つが、あの手紙は字の汚さと文脈の整い方が不自然過ぎたという。さらに若い娘なら誰でも構わないはずのミノタウロスがジジを指定したというのも、普通ではありえない話だという。そもそもミノタウロスが人の固有名詞を理解することはまず無いそうだ。

 とタバサが説明を終えるか終えないかのタイミングで、森に女性の悲鳴が響き渡る。

 

「ーっ!?」

 

 真っ先に反応したのは、少年拳士ジンガ。

 木々が生い茂り、辺りに女性の悲鳴が響く中、正確に女性の居場所へ視線を向ける様はさすがと言えた。

 ジンガの視線の先、そこには、四十過ぎのほどの痩せたメイジが、左手でシルフィードの首を掴み、右手の杖をシルフィードへ突き付けた男が立っていた。

 

「シルフィード!」

「うう、ナツミ姉様ぁ、……きゅいきゅい」

 

 ナツミが名前を呼ぶとシルフィードはよほど怖いのか大粒の涙を流して泣きじゃくる。いくら風韻竜でも人間の姿であんな至近距離から魔法を放たれてはただでは済まない。

 

「動くんじゃないぞ、動けばこの娘の耳を切り飛ばす」

 

 殺しては人質としての価値は無い。それを正確に理解していることからも、相手は頭が回る冷徹な人物だと言えた。

 皆が動けないのを視認すると、メイジは風魔法を唱え、男たちを縛っていたロープを切断した。

 だが、ここでメイジは大きな誤算をしていた。暗闇故に部下の男たちの様子を正確に把握していなかったのだ。

 メイジは部下が二、三人は意識が有ると思っていたが、そんな生半可な攻撃をするメンバーではない。彼部下は全員は見事に気絶していた。

 

 そしてもう一つの誤算。彼の背後にそれはあった……否、それは居たのだ。

 

 一向に起きようとしない部下を叱咤しようと、メイジが右腕を振り上げるとその腕は何故か遥か上空へと勢いよく飛んで行く。

 

「え?」

 

 メイジは何が起こったのか分からないのか、自分の右腕があった場所に恐る恐る目を向けた。そして有るはずの腕が無い事に気付く、気付いてしまう。

 やがて遅れてやってきた痛みを知覚し叫び声を夜空へとあげた。

 

「ぎぃやああああああああああああ!!!!??」

 

 人質たるシルフィードを突き飛ばし、メイジはそのまま倒れ込んだ。

 

「うう、痛いのね~」

 

 突き飛ばされたシルフィードが痛む腰を抑えて顔をあげると、そこには二・五メートルはゆうに超える生き物が目の前に立っていた。体中の筋肉と言う筋肉が異様に発達し盛り上がり、その右腕にはメイジの右腕を切り飛ばしたと思われる子供ほどの大きさの大斧を握りしめていた。ここまではまだ人間と酷似していたが、その最大の異様はその頭部にあった。太い角が側頭部から左右一本ずつ生えるその頭は雄牛。

そうその姿こそ、今回の事件を起こした者とされていた雄牛の頭部と人間の体を持つ異形、ミノタウロスそのものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 洞窟に住まうモノ

 

 パキリとシルフィードのお尻の下にあった枝が小気味の良い音を立てる。

 

「ひぅ……あ……い、いや」

 

 そんな音に反応する余裕も無く、続けて起こる身の危険にシルフィードはもう悲鳴をあげる余裕は無かった。ただただミノタウロスを見上げて怯える事しか出来ない。タバサを始め、一行はミノタウロスとシルフィードの距離が近すぎて思う様に動けないでいた。

 多少知能はあるとはいえ亜人は亜人。下手な行動が引き金となり、暴れられてはことだ。その腕力は今のシルフィードをひき肉にして余りあるほどなのだ。

 そんなわけで一行が、ミノタウロスの動きを注視していると、妙な事に気付く。ミノタウロスは目の前にいる彼らの視点で言うところのうまそうな若い女性(シルフィード)には目もくれずに、辺りをきょろきょろと見渡している。

 やがてミノタウロスは目的の物を見つけたのか、シルフィードから離れて行った。シルフィードはしばらく放心していたが、やがて我に返ると立ち上がるなり、タバサへと飛び込むように抱きついた。

 小さなタバサに、今は一七歳程の女性の体躯をしたシルフィードを支える事などできるわけもないわけで、そのまま二人は地面へと転がった。

 

「うええええ、お姉さま、怖かった……怖かったのね~きゅいきゅい」

「……」

 

 見た目と違いまだまだ幼い心のシルフィードは主、タバサの胸へと縋りつき、わんわんと泣いている。ちなみそんなシルフィードの歳はこの場に居る全員の歳を足しても半分にも及ばない二百歳前後だったりする。

 

 

 そんな主従を微笑ましく外野が見ていたが、またもや一向に緊張が走る。獣臭をその身に纏わせ、先程のミノタウロスが戻ってきたのだ。その右腕には相変わらず大斧が握られていたが、左手には先程は手にしていなかった何かをぶら下げていた。

 

「……腕か?」

 

 単純な視力に限らず夜目も効くジンガがその左手に握られた物を看過した。ミノタウロスはルイズ達の方を一瞥すると、そのまま己が右腕を切り飛ばして気絶させた男の傍で膝をつく。

 その落ち着いたを通り過ぎ理性的な行動に、誰しも攻撃的な事が出来ずにただただミノタウロスの動きを見ていることしか出来なかった。ミノタウロスは、切り飛ばした腕をそのメイジの肩口に押し当てると、何ごとかを呟いた。

 

「イル・ウォータル……」

「そ、そんなミノタウロスが、魔法を……?」

 

 ルイズが驚くのは無理もない。

 ミノタウロスが魔法をしかも、人間しか使うことのできない系統魔法を操るなど聞いたこともないからだ。

ミノタウロスはルイズの動揺なぞお構いなしで、メイジの治療を進めていく。その治療はなんとも見事なものでみるみる内に切断された腕は持ち主へと繋がっていった。

 やがて治療が終わったのか、ミノタウロスは立ち上がると、ルイズ達へと顔を向ける。

 

「そいつらをこれで縛りなさい」

 

 ミノタウロスは丁寧な口調でそう言い、先程腕と一緒に見つけたのか何本かの蔦をジンガに向けた投げつけた。ジンガはその蔦を受け取ると、一つ頷くなり、ロープを切られ自由になった男たちを再度縛り上げた。

 

 

 ジンガが男たちを縛り上げるのをミノタウロスは大人しく眺めていた。そして、そのミノタウロスの行動をハルケギニア組はミノタウロスの生態を知るが故に、リィンバウム組は元からどうしていいか分からない為に動けずにいた。

 ミノタウロスは自分に向けられた五人、計十もの瞳に気付いたのか、掠れる様な笑い声を洩らす。

 

「ぶふ、っは、っとすまない笑うのは久しぶりでね。どうやら笑い方を忘れてしまったようだ」

 

 と一人で笑い、一人で言い訳をする様は姿はどうであれ人間と変わらないように、皆には見えた。

 

「聞きたいのはそんなことではないのだろう?見たところ君たちはほとんどが貴族かメイジのようだね。良いだろう事情を説明しよう付いてきてくれるかね?」

 

 ミノタウロスはそう皆を促すと、踵を返す。一行がどうしようかと互いに視線を合わしていると、ミノタウロスの方から言葉がかけられた。

 

「ああ、誰か一人残って彼らの見張りをした方が良いんじゃないのか?私としてはメイジ以外に聞いて欲しくない話なので、そうだな……そこの格闘家の少年に見張りをしてもらえると助かるんだが……」

「俺?」

 

 思ってもみなかった指名にジンガは警戒心を削がれたのかきょとんとした様子で己を指差していた。

 

 

 

 

 

 

 ジンガに男たちの見張りを任せ、ナツミ達はミノタウロスに案内されるがままに、彼の住処である洞窟へと向かっていた。ジンガは自分だけが居残りさせられるのを渋るかと思いきや、ミノタウロスが思ったよりも理知的かつ敵意が無いことが分かると闘争心が萎えたのか、残ることを容易く認め、今は肋骨をへし折りすぎた男へストラで軽く治療しながら、皆の帰りを待っている。

 その治療法を見て、何故かタバサが喰いつくように眺めていたのが印象的であった。

 

 ミノタウロスの住処の洞窟は先程、ナツミが転がされていた所の近くにある洞窟であった。ミノタウロスはその洞窟の入り口で一度立ち止まると、皆へ視線を飛ばす。

 

「さ、入ってくれ。綺麗とは言い難いがここが私の住処だ」

 

 人を招くのは初めてだと照れくさそうにミノタウロスは頭を掻くと、洞窟内へと進んでいった。そんなミノタウロスの後に続こうとナツミも洞窟内へ足を踏み入れるが、いくら月が出ていようとも闇の領域たる洞窟内は足を数歩踏み入れただけで、目にへばり付く様な暗闇となり、侵入者の行く手を阻んでいた。

 そのあまりの暗闇から、ナツミが入口から数歩の所で立ち止まっていると、奥からミノタウロスが戻ってきた。

 

「どうした?……ああ、すまない。うっかりしていた。この体になってからは夜闇も大した障害ではなくなってしまってな。人間はそうはいかないのを忘れていたよ。っとこれを使いたまえ」

 

 ミノタウロスはそう言うと、洞窟の入口近くに立てかけられていた松明をナツミへと渡した。松明は頻繁に使うのか対して湿ってはおらず、タバサの着火の魔法でやすやすと明りを灯す。

 

「さぁ、これで問題あるまい行くぞ」

 

 松明に火が着いたのを確認すると、ミノタウロスはずんずんと奥へと進んでいく。それに続くように、一行が進んでいくと道が二つに分かれている場所に辿り着いた。片方の道の奥には、きらきらと多くの石英が煌めいている。

 

「わぁ……綺麗……」

 

 その煌めきに、シルフィードが反応し、思わず近づこうとした。

 

「近づくな!!」

 

 するとそれまで大人しかったミノタウロスが突然大声をあげてシルフィードの行動を制止した。そのあまりの剣幕にシルフィードは怯えてタバサの後ろへと隠れた。

 

「ああ、大声を出してすまない。そこは土が湿っていて滑りやすいんだ。近づかない方がいい」

 

 ミノタウロスはそう言うと、石英があるのとは別の道を進んでいく。すると、そこには大きく開けた場所があり、机や椅子、ベッド、何かの薬品を煮詰める大鍋。壁に貼り付けられた数多くの魔法薬のレシピが彼らの視界に飛び込んできた。

 ミノタウロスはその部屋と言ってもいい、そこで寝食を過ごしているのは明白であった。ミノタウロスは部屋にある彼のサイズにあつらえた椅子へ腰を下ろすと、四人へと視線を向ける。

 

「さて、まずは自己紹介からしようか、私はラルカス。かつてガリア貴族の末席にその名を刻まれていたものだよ」

「ええっ!?」

「貴族!?」

 

 ラルカスと名乗るミノタウロスが喋った事の異常さに、一行も驚きを隠せずに慌てふためいていた。ラルカスはそんな皆を楽しそうに眺めていた。

 

 

 その後、皆の驚きが落ち着くのを見計らってラルカスが話した内容は想像を絶するものであった。不治の病に冒されたかつては人間のラルカスは、その燃え尽きようとした命を犠牲にして最後の旅へと繰り出した。

 そんな旅の中、このエズレ村から十年前のミノタウロス事件の事を頼まれ、この村にやって来たという。そこからはジジの父親が話してくれた内容となんら変わらなかったが、その後に誰もが想像もしなかった後日談というやつがあったのだ。

自らも怪我を追いつつも火の魔法で窒息死させたミノタウロスの強靭な体は脳が死んだ状態でも外部からの刺激に反応していたという。不治の病に冒されたラルカスにその光景は羨望以外の何物でもなかった。強靭な生命力、ラルカスはそれを見て、ある決意をした。

 どうせ何もしないでも死ぬ体なら、ダメ元で己が脳をこのミノタウロスの頭の中に納めて、新たな体を手に入れようと。

 

「驚いたかね?」

 

 タバサを含む皆が、一斉に頷いた。

 

「まぁ、無理もない、うっ……」

 

 ラルカスは突然、頭を抱えて呻きだす。それを心配したナツミが彼へと歩み寄る。

 

「どうしたの?大丈夫?」

「さわるな!」

「っ!?」

 

 ラルカスの突然の怒鳴り声に、ナツミの歩みが止まった。しばらくラルカスは荒い息をついていたが、ある程度落ち着くと頭を左右へと振った。

 

「……ふぅ、すまぬ。たまに頭痛が激しくなるのだよ。まあ、些細な副作用さ。こちらの事情はわかったろう。あの男たちを連れて村へ帰れ」

 

 去り際にラルカスは、ここの場所と自分の事は誰にも言うなと、皆に釘をさした。

 

 

 村へタバサ達が戻ると、村人たちの歓声が一行を包んだ。突き出した人売りの男たちを見ると村人たちは散々に罵りの言葉を浴びせかけていた。男たちは明日にでも村の男たちが総出で、街の役人に引き渡すこととなった。

 その夜は、昨晩に引き続き村をあげての宴会となっていた。食料はもちろんワイバーンがとってきた大きな猪がメインとなった。タバサは苦い味が好みなのか、村でとれた野菜のサラダをもぐもぐと貪っていた。

 

「いやぁ流石あのワイバーンの主様ですな。しかし、犯人がミノタウロスの名を騙(かた)った元貴族とは……」

 

 村長が深々と頭を下げてルイズへと礼を言ってきた。

 

「ああ、別に大したことじゃないから」

 

 勘違いされて礼を言われるのは心苦しいのか、ルイズはそっけないように呟いた。

 

「いえいえ、これで私どもの村も助かります。最近この村以外でも子供の誘拐が増加しておったのですが、それもおそらくあやつらの仕業でしょうな」

「ほとほと見下げた奴らね」

 

 ルイズが吐き捨てる様に呟くと、その話を聞いていたのか、近くに転がされていたメイジの男が騒ぎ出す。

 

「待て!俺たちはそんな話知らないぞ!つい一週間前にこの辺りに流れ来たんだ」

「うるせぇ!潔く認めろ!まあいいかお上にきっちり調べてもらえばいいだからな」

 

 そんな怒鳴り合いを聞くと、タバサは食事の手をぴたりと止めて、なにやら考え始めた。

 

 

 翌朝、ジジの父を含む、村の男たちは総出で人攫いのメイジを街へと連れて行く彼らと別れて、一行は学院への帰る直前に突然タバサが真剣な表情である提案をしてきた。

 

「もう一度、洞窟に向かおう」

 

 いきなりの提案にルイズやジンガが、理由を聞いても、無言を貫き幾分かその表情は硬かった。とりあえず余計な事をあまり言わないタバサがそう言うのだ。只ならぬ何かがある。それだけはナツミにも分かった。

 行くだけ行こう。そう結論するのに、然程時間は要らなかった。

 

 

 昼間でも闇の領域たる洞窟の中はそれだけで人を寄せ付けぬ何かを放っている。タバサはライトの魔法を唱え、杖の先に明かりを灯し、奥へと進んでいく。途中でタバサは昨晩、シルフィードが怒鳴られた辺りで立ち止まった。タバサは迷いなく石英の元へと歩み寄る。

 シルフィードがタバサを注意しようとしたが、それはジンガの言葉に遮られた。

 

「ん?ここらへん血の匂いがしないか?」

 

 格闘家故に鋭敏な感覚を持つジンガが、周囲に漂うほんのわずかな異変を嗅ぎ取った。その言葉にタバサを除く、ほかの皆もひくひくと鼻を利かせるが、皆がジンガの様なでたらめな感覚を持つはずもなく、血の匂いなぞ嗅ぎ取ることはできなかった。

 タバサを除く四人がふんふんと鳴らすというどうしようもない風景が広がる中、タバサだけは黙々と一人で、洞窟の地面を掘っていた。

 

「っ!」

 

 やがて何かを発見したのか、タバサは息を呑んだ。タバサの様子に気付いたのか、ナツミは鼻をふんふんする作業をようやく止めると、タバサの頭ごしにタバサが発見したそれを見た。

 

「ほ、骨……!?」

 

 そこには人骨と思(おぼ)しき骨が幾つも幾つも埋まっているという光景が広がっていた。その小さな頭骨から想像するにおそらく子供であることは明白であった。これには酸鼻な光景を何度か見てきたナツミも息を呑むしかなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 心の在り方

 

 

「じゅ、十年前に被害にあった子供の骨かしら……」

 

 口元を抑えてルイズは振るえる声で呟いた。

 

「……それにしては新しい」

「ああ、それに血の臭いの説明がつかない」

 

 タバサとジンガが理論と本能の両方から、骨は新しいものだと判断する。

 

「帰ったのではないのかね?」

 

 その時、洞窟の奥からつい最近耳にした野太い声が響き渡る。一行が声がした方向を振り向くが、明かりの届かない場所にいるのか、ラルカスの姿は見えない。

 

「この骨はなんですか?」

 

 ナツミが一同を代表して姿が見えぬラルカスへと尋ねる。しばしの沈黙が辺りを支配した後に、返事が帰ってきた。

 

「……このあたりに住む、サルの骨さ」

 

 タバサはその返事を聞くとゆっくりと、洞窟の奥にいるであろうラルカスに杖を向け、ナツミに代って決定的な言葉を彼へとぶつけた。

 

「子供さらっていたのは、あなた」

 

 一瞬の沈黙の後、風を切る音と共に洞窟を照らす光を反射する何かが無数にタバサ達に襲い掛かる。

 ラルカスの返事はウィンディ・アイシクルであった。タバサも得意とする魔法でもある。

 氷の矢が一同を貫かんと迫る中、反応できたのはジンガ、ナツミにタバサであった。ジンガ、ナツミがそれぞれ拳とデルフで氷の矢を防ぎ、タバサは素早くその場から離れた。

 

「相棒!ほんとに久しぶりだぜぃ……。頼むから戦い以外でもせめて喋れるようにしてくれよ……。俺はもう寂しく淋しくて……」

「はいはい、後から幾らでも聞いてあげるから今は余計な事は言わないで!」

 

 あまりに鞘から出さずにいた為か、若干キャラが変わりつつあるデルフを一蹴して正面のラルカスにナツミは集中した。ひでぇと言うデルフの嘆きは暗闇に溶けるように掻き消えた。

 ラルカスはそんなナツミには目もくれず、さらにウィンディ・アイシクルを唱え、明りを灯すタバサを狙う。

 タバサも明りは消すまいと防御魔法を使わずに対処するが、それを見越していたラルカスの計算された魔法の使い方によって杖を後方へと弾かれた。その瞬間、瞳にべったりと黒い絵具を塗りつけたような闇が辺りを覆う。

 

「きゃあ!」

 

 ルイズが突然の闇にたじろいだ。その驚く様がおもしろいのか、ふごふごとラルカスは人ならざる声で笑い声の様なものをあげる。

 

「ぐふぉふぉ、そいつを知られたからには生かして帰すわけにはいかないな。残念だが、彼女たちと同じ喋れぬ骸になってもらう!」

「やれるものならやってみろ!」

「そんな勝手言い草に素直に応じると思ってるの!」

 

 暗闇を払うがごとく、ジンガとナツミはラルカスへと戦いの構えをとり、大声を張り上げた。

 

「この暗闇でも戦意を失わぬか、敬意に値するな。だが、ただの人間がこの私に勝てるはずはない……。この身には人間ではありえぬ利を備えているのだからな」

 

 そう言うとラルカスは戦いの構えをとっている二人には目もくれず、タバサへと襲いかかった。いくらトライアングルクラスの卓越したメイジであるタバサと言えどその身は十五の少女そのもの、頑健極まりないミノタウロスの攻撃に耐えれるものではない。

 

「まず、第一の利。それはこの暗闇だ。闇はこの体の友、狩りを助けをわが身をも外敵から守ってくれる!」

 

 言いながら、ラルカスはタバサへと大斧を振り下ろす。タバサの暗闇に包まれた瞳は自身の危機を映すことはなく、なにも分からないままに彼女は頭から両断された。

 

「っ!?」

 

 だが、それはラルカスの頭の中だけの事であった。彼の目にも止まらぬ速さでナツミがタバサを抱えて、その窮地を救っていたのだ。ガンダールヴの身体強化の恩恵は、感覚をも鋭敏にし、この暗闇での迅速な行動を可能にしていた。

 

「ほぅこれは驚いた。この闇でもそこまで動けるか」

 

 自らの利が一つ失われたにも関わらずラルカスの余裕の態度は変わらない。ラルカスは地面深くにめり込んだ大斧を引き抜ぬこうとしたが、その隙を逃すナツミでない、右手に握るデルフを横薙ぎに振る。

 その直前デルフが大声でナツミへと注意を飛ばす。

 

「相棒!気をつけろっ!」

「えっ?」

 

 注意もむなしく振るわれたデルフは、狭い洞窟の壁へとぶち当たる。普通ならそこで抜けなくなるほど突き刺さるはずが幸か不幸か、ガンダールヴとして強化されたナツミの腕力はなんとか振りぬくことに成功する。

 だが、本来の威力の何分の一にしか過ぎないその斬撃は、鋼鉄以上の硬さを誇るミノタウロスの皮膚を傷つけることは叶わなかった。

 

「っ!」

「ちっ相棒!悔しいがこの狭い洞窟じゃあ、俺みたいな大剣を振るうのは無理だぜ……」

 

 デルフの言葉にナツミは腰に指した愛剣サモナイトソードを引き抜こうとしたが、それはジンガとルイズに止められた。

 

「姉御!」

「やめて!そんなの使ったら私たち生き埋めになっちゃうわよ!」

 

 その言葉にナツミはサモナイトソードを引き抜くをやめる。もちろん普通の剣としても使えるが、無意識に力を放ってしまっては事だからだ。誓約者となって一年以上も経つが未だに彼女は細かい魔力の扱いはあまり得意ではない。

 

 そんな事を知らないラルカスは、大剣でも傷つかなかった自分に中程度の長さしか持たない剣では役に立たないとルイズとジンガが判断したと誤解する。

 本気でサモナイトソードを使われては自分がひき肉になることを彼は知らない。

 

「その程度の攻撃は効かないぞ。これが二つ目の利だ。大砲ならいざ知らず、人が携行可能な武器ではこの皮膚は傷一つかんぞ?」

 

 大剣が効かなかったことに気を良くしたのか、ラルカスは聞いてもいないのに一人でべらべらと喋りだす。その言葉を確認するように、今度はジンガが飛び出した。鍛え抜かれた彼の前ではこの程度の闇は障害には成りえない。

 

「なら試してやる!」

 

 ストラを十分に込めた渾身の一撃がラルカスの胸を打つ、打つ、打つ、打つ。大岩すら粉砕するジンガの拳を何度も受けながらもラルカスは僅かに体を揺らすばかりで決定的なダメージを与えていないのは明白であった。

 

「ちっ硬え!」

「ふむ、高位のメイジのエアーハンマーすら凌駕する攻撃を腕力のみで生み出すか、興味深い。だが、それだけだ。ただの打撃で私を倒せるとは思わぬことだ!」

 

 こちらの番だ、とでも言うようにラルカスは大斧をナイフを扱うがごとく軽やかに振り回す。ジンガは非戦闘員の方へラルカスが向わぬように立ち回りつつも、大斧を掠らせもせずに避け続けた。

 

「ふんっ、闇を見通す目も驚きだが、身のこなしも中々だな!だが、避けるばかりではこの私を倒せんぞ!」

 

 その言葉に生来の負けん気が刺激されたのか、ジンガはラルカスの攻撃を避けつつも、隙を見ては攻撃を織り交ぜる動きにシフトする。だが、悲しいかなラルカスはそれに堪える様子は見られない。

 

「無駄なことを!」

「無駄かどうかはこれを喰らってから言いやがれ!」

 

 それまで胴体を狙っていたジンガの拳が、今までとは違う軌跡を辿る。今までと変わらぬ力強い拳はまるで蛇の様にラルカスの防御をすり抜け、突き刺さるようにその身を打つ。

 

「があああっ!?」

 

 ミノタウロスの体を得てから初めて受ける外傷による痛みにラルカスは悲鳴をあげる。

 その左腕は肘関節からあらぬ方向を向いている。

 

「どうだ!皮は硬くたって、関節までは同じとはいかないよな!!」

「うごあああああ!!」

 

 痛みからか、完全に理性を無くしたラルカスは瞳を赤く光らせ、口から涎を滴らせながら、ジンガへと大斧を叩き込む。だが、先から危なげなく攻撃を躱していたジンガに、今更な大振りが当たるはずもなく、難なくジンガはそれを躱した。

 斧は洞窟の地面へと突き刺さり、それまで高い位置にあったラルカスの頭が低い位置へと移る。

 ジンガはすかさずその鼻っ柱に右の正拳をお見舞いした。

 

「ぶっほおおおおおっ!!」

 

 感覚器官たる鼻はあらゆる生物に共通の弱点だ。ラルカスは鼻から血を撒き散らせて仰け反った。だが、ジンガも力を込めた攻撃の後は、多少のタイムラグが生まれると、ナニカに侵されながらも騎士としての経験がラルカスを半ば無意識に動かし、すぐさま反撃の魔法を放とうとした。

 だが、それはジンガの常識では考えられない二撃目により中断された。

 

「ウォルガアアアアア!??」

 

 繊細な骨が集まる指を大斧の柄ごと粉々に破壊され、思わず呻き大斧を取り落とす。

 ジンガの目にも留まらぬ二撃目それは

 

ダブルアタック。

 

 研鑽を積んだ一部の戦士が可能にする移動、道具の使用などを犠牲にした神速の攻撃法。

 ジンガは鼻っ柱を手酷く打たれたラルカスがすぐさま反応できないと拳士としての感から感じると、それまでラルカスの攻撃を避けるために敢えて残していた余裕を全て攻撃へと転化させていたのだ。

 

「うるっろろろおろおおおおおお!!!」

 

 ラルカスはあまりの痛みに逆にその痛みを感じなくなったのか、血を鼻から撒き散らせながら乱暴に頭を振るう。

 目は先程よりも更にらんらんと赤く輝き、昨晩は感じた知性を一切感じさせない。

 

「オレ……オマエラ……クウ!」

 

 ラルカス……いやもはやミノタウロスそのものとなった彼は、牛のそれとは全く異なる牙をむき出しにして片言の言葉を漏らしている。折れた左右の手などお構いなしにジンガへと食らいつくように飛び掛かる。

 そこには先程の戦いではあった騎士としての戦略はすでに失われていた。単調すぎる攻撃をジンガは僅かなステップを繰り返し、難なく避ける。その顔はいつになく真剣であった。

 

「……これで終わりだ!シシコマ、獅子奮迅(ししふんじん)!!」

 

 彼が唱えられる中級までの召喚術のうち、唯一の攻撃力強化が可能な憑依召喚術を己へとジンガは使用した。本能から脅威を感じたのか、ミノタウロスはそれまで以上に苛烈に攻撃をしてくるが、言うまでもなくそんなものは当たらない。

 業を煮やしたミノタウロスが両手を思い切りジンガの頭へと振り下ろす。

 それを待っていたようにジンガは後ろへ下がり、攻撃を回避し先のまき直しの様にその鼻っ柱に憑依召喚で得た力の全てを叩き込むがごとく拳を振りぬいた。

 だが、同じ攻撃を、しかも手痛くやられた一撃をミノタウロスが覚えていないわけがなかった。なんとか両手を持ち上げて防御をしようとミノタウロスは試みるが轟音とともにミノタウロスは壁へと叩き付けられていた。

 だが、衝撃はそれだけではない、すぐさま胸に腹に顔に数える暇もないほどに衝撃が彼を襲っていた。

 

 ジンガは肩で息をしながらも、自分が行った行動の結末をしっかりと見ていた。ただでさえ膂力に秀でたジンガが身体強化を施せばその拳は鋼鉄をも粉砕する。それを証明するような体中をどす黒く腫れさせた屍がそこには転がっていた。

 鼻は顔に埋まる程に陥没し、体のところどころに見られる黒い痣は内出血を物語っていた。ミノタウロスの象徴と言っても良い角も右のそれは半ばから失われている。

 悪魔などは今まで何度も殺したことがあるジンガだったが、昨晩少ししか話していないにしても元人間と聞いていたラルカスを殺めたことに心を痛めたのか苦々しい顔をしていた。

 その様子を受け、一行にも重い空気が流れる。

 

 皆は誰ともなしに無言でその場を後にする。夜目が効くジンガが先頭になり、その後ろタバサがナツミに拾ってもらった杖で再びライトを唱えて辺りを照らし、シルフィード、ルイズそして殿をナツミに一向は洞窟の出口に向った。

 ミノタウロス―ラルカス―の変わり果てた姿を通り過ぎて行く。ルイズが通り過ぎた後、躊躇いつつも後ろを振り返った。

 

 突然、ワルドに刺されたナツミの姿がルイズの脳裏に再生される。

 

 なぜなら、死んだと思われたミノタウロスが音も無くナツミの背後で立ち上がったからだ。先程の重い空気を引きずっているのかナツミにそれを気付いた様子はない。

 

「ナツミ!後ろ!」

「ーっ!?」

 

 だが、その言葉に反応し、ナツミが振り向いて反撃するまでの時間は無い。今の彼女はデルフを背に背負っており、ガンダールヴの身体強化の恩恵を受けていないのだから。

不味い、とナツミが感じて、とっさに誓約者の力を開放しようとしたとき、辺りが光に包まれた。

 

―――っ

 肉を切り裂く音が洞窟内に響き渡る。

 ナツミの目の前のミノタウロスには五本の聖剣が突き刺さっていた。それを確認するなり、ナツミが後ろを振り向くとルイズがサモナイト石を持って目を見開き息を荒げていた。

やがてミノタウロスに突き刺さったシャインセイバーは送還され空気に溶けるように消えていく、すると傷口を塞いでいた剣が消えたことでミノタウロスから夥しい血液が溢れ出し、ミノタウロスの巨体は地面へと吸い込まれるように倒れる。

 それを見てルイズはぶるぶると震えだした。

 

「……」

 

 すっとナツミは無言でルイズをその胸に抱く。

 ルイズは一瞬それを拒むかのように体を強張らせたが、ナツミはそれにはお構い無しに抱き続けた。やがてルイズはしゃっくりを一つあげると、それをきっかけにしてかわんわんと泣き出す。

 

「うう、ひっく、ううええええ……」

「……」

 

 頭を撫でるだけでナツミは敢えて何も言わず、涙で服を濡らされるままにしていた。

 

 

「……ひゅっ、ごふぅ……」

 

 息が掠れたような音がミノタウロスから響く、皆が驚き振り向くが、ミノタウロスは既に立ち上がる体力すら無いのか、首だけをこちらに向ける。

 

「……あ、りがとう。私を止めてくれテ、……」

 

 ミノタウロスは瞳は襲って来た時はまるで違う理性の光を放っている。だが、その光は時折、濁った光をも湛えているようにナツミには見えていた。

 

「…グ、ルル、……トドメを、サシテく……れないか?モウ、……グルウ!」

 

 獣の様な声をあげたり、人間らしい言葉を話したりと徐々に彼の言葉は安定しなくなってくる。その様子にせめて願いは叶えようとタバサが一歩前へ出る。だが、その行動はナツミによって防がれた。

 右手はルイズを抱いたまま、左手でタバサを制する形をとるナツミ。

 タバサが止まったのを確認すると、ナツミはミノタウロスへと左手を向ける。

 

 蒼い光が溢れだし、召喚術の術式を構築する。その光の中から鹿の様な生き物が姿を現した。その名はジュラフィム。幻獣界(メイトルパ)に生息する珍しい幻獣。風の森の聖獣とも言われ、他の生物を癒すことに長け、特に心を癒すことを得意とする優しき召喚獣の姿があった。

 

「姉御……何を?ってまさか!?」

 

 ナツミがミノタウロスの治療をすると思ったジンガが、それを止めるべく大声をあげる。

だが、ナツミはその声に軽く首を横に振った。

 

「ううん。ジュラフィムでもこの傷を治すのは無理だよ……。もうこの人は体に残った僅かな力を振り絞ってるだけ……ジュラフィム、お願い」

 

 ナツミが促すとジュラフィムはミノタウロスへ近づいた。ジュラフィムが目を閉じると緑の光がミノタウロスを包み込む、徐々に光が収まるとそこには相変わらずの血に塗れたミノタウロスが倒れている。

 ジュラフィムはそこでナツミと視線を合わせると、自分の役目はここまでというように静かに送還されていった。

 

「うぐっ、こ、これは?」

 

 ミノタウロスは傷が癒えていないにも関わらず、驚きの声をあげていた。そんなミノタウロスにナツミは声をかけた。

 

「どう気分は」

「こ、これは……君のおかげか、ごほっ!、頭の中の靄が晴れたようだよ。ありがとう…」

 

 何故かミノタウロスはナツミへと心の底から礼を言いだした。

 

「君は一体……ぐっ!」

 

 ミノタウロスは痛みを堪えながらも、ナツミへと問いかけた。

 

「ジュラフィム。こことは別の世界に住む、心を読み癒すことができる幻獣です」

「心……そうか、私の中に……す、住むあれを滅ぼしてくれたの……だな」

 

 ナツミの話す内容には彼には解せぬ言葉もあったろうが、命が僅かとなった彼は敢えて それを聞くことはせずに、自分に重要な事だけを理解した。

 ナツミが話す内容に、タバサは何故か目を見開いていた。

 

「三年程前からだったか、よく夢を見るようになった……」

 

 もうろくに目も見えないのか、ミノタウロスいやラルカスはとうとうと語りだす。

 自分の心が徐々にミノタウロスに侵されたいったことを、数か月に一度、人間を無性に腹に納めたい欲求に襲われ、それが徐々に強くなっていったと。

 

「夢だと思った光景は、実際に私が行なったことだった」

 

 意識が遠のき、気付けば子供の骨が辺りに散らばっていることが多くなっていった。

 

「……情けない話だが、怖くて自らの命を絶つことはできなかった、色々な薬を調合して、心に住まうミノタウロスを追いだそうと試みたよ」

 

 それらは全て徒労となった。

 

「だが、これでやっと死ねる……ありが、とう、そしてすま、ない」

 

 いよいよ命の灯が消えかかってきたのか、ラルカスは途切れ途切れにしか言葉を話せなくなっていた。泣き声からルイズのことに気付いたのかラルカスは最後の力を振り絞って声を出す。

 

「私は、ば、けものだ。気に、することは、……ない。やさ、し、い、おじょ、…さん」

 

 その言葉を最後に彼が喋る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 無言の中、シルフィードを含む一行はワイバーンに背に乗り、トリステインへと向かっていた。ルイズは未だにショックから脱しておらずナツミにしがみ付いていた。

 タバサはタバサでナツミを睨む……とは少し違うが思いつめたような瞳で見ていた。

 

 

 そんなナツミの手はトリステインに着くまで優しげにルイズの頭を撫で続けているのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 少女達の憂鬱

 

 

 派手好きなトリステインの民にマザリーニ枢機卿は毛嫌いされていた。それでなくても王は不在。自然と政治の実権を握っている枢機卿はトリステインを意のままに操っていると常々、陰口を叩かれていた。

 だが、それは違う。王無きトリステインが形だけでも、王国としての機能をまだ残しているのは、枢機卿の優れた政治手腕によるものだった。マザリーニ枢機卿は非常に真面目で民思いの男だ。再三のロマリアからの帰還の命をなにかと理由をつけて固持し、出世の道を自ら閉ざしたのも、偏に己が今、トリステインから去れば、民が苦しむからだった。

 そんな、マザリーニはナツミ達の目の前で頭を抱えていた。

 

「えっと……どうしてウェールズ皇太子がここに居るのですか?」

 

 マザリーニを襲う頭痛は、激務漬けのここ数年の中でも最大級のものだった。

 トリステイン王国を神聖アルビオン共和国の連中から守る為に、アンリエッタの婚約と軍事締結、それに目を向けさせて裏でウェールズをロマリアに送るという策を実行したはずなのに、何故かそのウェールズがまだ目の前に居るのだから、驚くのは当然だった。

 神聖アルビオン共和国にとって、アルビオン王国王家の直系のウェールズは、未だに燻る反抗勢力の勢いをこの上なく削ぐ最大級の標的だ。死体が確認されていない現状、その首には生死を問わずに莫大な懸賞金が懸けられている。つまり、もしウェールズがトリステインに、しかも王宮に居るなどと知られれば、間違い無く神聖アルビオン共和国は、それを口実にトリステインに攻めてくるだろう。

 

「なんて事をしてくれたのです。もう一日も経てば、トリステインは神聖アルビオンの間諜どもがこれでもかと侵入してくるでしょう。このまま、殿下を隠し通せるとは思えないのですぞ?」

 

 もはや、怒りを通り過ぎ、諦観を滲ませた声で絞り出した言葉はナツミ達に深い罪悪感を覚えさせるのに純分だった。

 

「いや、枢機卿。その点は問題無い」

「なんですと?」

「陛下は一時的に俺達の世界で預かる事になったんだ」

「は?」

 

 鳥の骨とも揶揄されるマザリーニ枢機卿。ソルの一言を受けた現在の表情はまさに豆鉄砲を喰らった鳩のようだった。

 

 

 

 

 

 枢機卿へと挨拶を交わし、学園へと戻ってきたナツミはうんうんと悩んでいた。

 ウェールズを国外、どころか世界外に連れ出すことに、枢機卿がごねた為、などでは無い。むしろ枢機卿はロマリアよりもリィンバウムでウェールズを預かってもらう事に肯定的だった。これは、始祖の血脈たるアルビオン王家を他でもないブリミル教を広めているロマリアが助けなかった事へと小さな疑念があったからだった。

 始祖の血脈を伝えるアルビオン王家と、虚無の担い手と噂されるクロムウェル。どちらかに手を貸せば、片方を敵に回す。故に、ロマリアは敢えて手を出さなかったのではないかと。そんなロマリアへウェールズの身柄を保護してもらうのは、確実には安全とは言えない。

 それでもマザリーニがウェールズをロマリアへと送ろうとしたのは、トリステインを守る為だった。

 だからこそ、ハルケギニアのしがらみが一切影響しないリィンバウムでウェールズを預かってもらうのは渡りに舟だったのだ。

 驚くことはあれど、怒るところでは無かったわけだ。

 ではなぜ、ナツミは悩んでいるのか?それは彼女の主であるルイズについてであった。

 ルイズは長年憧れていた魔法(……とはちょっと違う異世界の魔法だが)で生き物を殺したことでショックを受けたのか、ロマリアから帰ってきて以来、授業にも出ずに部屋に籠り、すっかり塞ぎ込んでいた。

 この世界における魔法は、戦闘はもちろん、建築、医療、運搬など多岐に渡って使用され、あらゆる生活に根差したものであり、華やかな公爵家の令嬢たるルイズは魔法の綺麗な面だけを見て育ってきたため、今回の自身の力が屈強なミノタウロスを死に至らしめるほど強力なものだと知ったのがショックの原因であった。

 

「ルイズ……大丈夫?」

 

 今日も夕方になるまでずっとベットでルイズは横になっていた。ナツミもルイズを心配し、付き添っていたが、ルイズの顔色は依然悪く食事もろくにとっていないためか綺麗な桃色の髪もその美しさを十分に発揮できないでいた。

 そんなルイズの髪を癒すようにナツミは手櫛で梳いて整えるが、ルイズは反応せずぼんやりと天井へ視線を彷徨わせるだけであった。

 どのくらいそうしていただろうか、前触れも無く部屋のドアが遠慮がちにこんこんとノックされる。

 

「……どうぞ」

 

 多少暗くではあるが、ナツミは来客を招くために声をあげた。ドアが小さく開けられ、これまた小さな少女がおずおずと部屋へと足を踏み入れる。特徴的な青い髪、トレードマークの眼鏡を掛けた少女、タバサであった。

 

「……」

 

 タバサはロマリア連合皇国から帰国して以来、毎晩のようにルイズの部屋へナツミを訪ねにやって来ていた。なんでも、ラルカスに使用した召喚獣についてとジンガのストラについて詳しく聞きたいとの事だったが、ジュラフィムの話をするとルイズがラルカスの事を思い出してしまうし、かと言ってルイズを一人にするのもあれなので、タバサの問いに答えられない状況が続いていた。

 

「……ごめんね。タバサまた今度ね」

 

 申し訳なくナツミが今晩もタバサにお引き取り願う。だが、今晩は違かった。

 

「ナツミ、何度も訪ねて来てるタバサに悪いわ……行ってあげて」

 

 それまで反応が無かったルイズがぼそっとそう呟いた。

 

「え、でも」

「いいから、ちょっとだけ一人に成りたいし」

 

 言い縋るナツミにルイズは間髪入れずに言い放つ、少しは能動的になってきたことが、回復の兆しだと判断したナツミは、ルイズの提案を受け入れる。

 

「……分かった少しだけ外に行ってくるわ」

「……ありがと」

 

 

 だが、流石に一人にするのもアレなので、立ち上がったナツミは両手を胸の前で合わせる。間髪入れずに光が部屋を包む。光が晴れるとそこには召喚獣プニムがナツミの胸に抱かれていた。

 

「プニムお願いね?」

「ぷに」

 

 何を言わずとも主の意をすぐさま理解したプニムは返事もそこそこにベットに飛び移り、ルイズの傍へ寄り添った。プニムはその可愛らしい外見をフル活用するように、首をちょこんと傾げてルイズを上目づかいに見つめる。

 そのあまりの可愛さにルイズがたまらずプニムをその胸に抱き抱えた。それを確認するとナツミはタバサを促し、部屋の出口を向かって行く。

 ナツミは部屋を出る前に一度ルイズへ振り返り、一言告げた。

 

「すぐ戻るからね」

「うん」

 

 一人になりたいと言いつつも何処か寂しそうに呟くルイズに、早めに戻ろうとナツミは思った。

 

 

 ルイズの部屋を出たナツミはタバサの部屋へと案内されていた。タバサの部屋は豪華な調度品で溢れたルイズの部屋とは違い、ベット、机、本棚といった最低限の調度品しかなかった。

 とは言っても彼女が持つ本の数はルイズの比では無くあらゆるジャンルの本が本棚には詰まっていた。

 タバサはナツミを机に備え付けられている椅子へと座るように進め、自分はベットに腰を下ろした。無口なタバサはどうやって話を切り出そうかと、ナツミをじっと見つめて考えていた。

 そんな彼女に気付いたナツミは苦笑を浮かべると助け船を出す。

 

「えっと、確かジュラフィムの事だっけか?」

「……うん、あの召喚獣の詳しい能力を知りたい」

 

 ぐいっとタバサは顔をナツミへと近づけた。そこにはいつもは浮かべぬ必死さが滲み出ているようにナツミには感じられた。

 

「詳しい能力?まあ別にいいけど」

 

 なんでそんなことを聞くのだろうと思いつつも、素直にタバサの問いにナツミは答えた。他者の傷を治し、心を癒す風の森の聖獣と呼ばれるジュラフィムの能力を。

 

 

 

「ってこと位だよ」

「……」

 

 話すと言っても一召喚獣の能力だ。ものの数分で話は終わる。タバサはナツミの話を聞き終えると無言で目を瞑っていた。なんとなく言葉をかけにくい雰囲気を感じ取ったナツミはタバサが切り出すであろう話をじっと待つ。

 

 どのくらいの時間が経ったであろう。短くも長くも感じる不思議な時間感覚の中をナツミは過ごしていた。

 

「……参考になったありがとうナツミ」

 

 どこか本当に言いたいことを隠したようなタバサの言葉にナツミは違和感を持った。

 

「タバサ、何か悩み事でもあるんじゃないの?」

「……今は言えない」

「そっか」

 

 無いと言うのは容易い。嘘を吐くのは簡単なのに、タバサはナツミへ嘘を吐くのは心が咎めたのか、今は言えないと言葉を濁す。そこに今の自分には窺い知れぬ何かがあると感じたナツミは敢えて、その悩みを無理に聞くことはしなかった。

 タバサは聡明だ。いずれ話せるときがくれば、(おの)ずと話してくれるだろう。

 昔のソルもそうだったなぁと、ナツミは不意に懐かしさを感じていた。。ソルの時は悪の首領の息子だったことや、自分が魔王召喚の事故で召喚されたことを隠された件に比べれば大したことは無いだろうととも楽観していた。

 タバサが実は王位継承権をはく奪された王族で、父親を殺害されて、そして母親は心を狂わされ、それを仕出かした張本人がタバサの実の叔父で現国王であり、その国王に復讐を考えているなどと、ナツミが想像するよりも遥かにヘビーな事情があるなどとは神ならぬ彼女の身では窺い知れぬことであった。

 

 

 

 その後は、本題も終えルイズが心配なナツミは早々にルイズの部屋へと帰って行った。帰り際にナツミがタバサに伝えた、なにかあったら相談してね、と言う言葉は彼女の心の奥まで響いていた。思わず、自分の秘密をすべて彼女にぶちまけてしまいたくなる程に。

 でも、と彼女は自制する。

 彼女の力は特異だ、もしそれが彼女の叔父にバレれば、目をつけられるに決まっている。そんな事になればトリステイン王国とガリア王国を巻き込んだ戦争に発展してもおかしくない、たった一人の為にそこまでの行動が起こせるほど、彼女の叔父たる現ガリア王国国王ジョセフは普通ではないのだ。

 確かに母親は治したい、タバサはありとあらゆる魔法や薬を試したが一向にタバサの母親は治る兆候を見せなかった。だが、異世界の魔法であるナツミの召喚術ならもしかしたとタバサは思う。

 しかし、それだけでナツミを巻き込んでいい理由にはならない。

 まだ、そうまだ。

 今は力を蓄える時、治す可能性が高いものが見つかったのだ今はそれでいいとタバサは思う。なんとはなしにタバサは強く拳を握る。自分は弱い、一人であのミノタウロスに勝てたかも怪しい。力が欲しい、彼女が見上げる窓の向こうの夜空に浮かぶ星は悲しげに瞬いている。

 悩める少女タバサは今日初めてナツミの名前を呼べたことに気付いていなかった。

 

 

 タバサの部屋と後にしてルイズの部屋へと戻ってきたナツミはベットでプニムを抱いて眠るルイズを見て安心したように微笑んだ。

 

「良かった」

 

 帰ってきて以来、眠りにつくたびに魘(うな)されていたルイズはプニムを抱いて安心しきったのか、今日は魘されている様子は無かった。そんなルイズを見ていて眠くなったのか、ナツミは上着を脱ぐと自分もベットへと向かった。

 

「ふわああああ……」

「……ぷに?」

 

 欠伸と共にベットへ近づくと主の気配を感じ取ったのかプニムがルイズを起こさぬように顔を動かしてナツミと視線を合わす。

 

「ごめんね、今日はこのままルイズと一緒に寝てくれる?」

「ぷに」

 

 まるで抱き枕代わりに召喚したことを謝るナツミ。誓約で強引に縛ばり言うことを聞かせられるのに、こちらの意を汲んで召喚してくれる彼女をプニム……いやプニムを含む召喚獣達は心の底から信頼を寄せていた。

 

「おやすみ~プニム」

「ぷに~」

 

 それほどまでの信頼を受けているなどは露にも知らずプニムの主は瞬く間にのんきな寝息をし出す。そんな主を見て幸せそうにプニムはほほ笑むと自らも眠りへと落ちていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 似た者主従

 

 翌日、プニムのおかげか、数日ぶりにまともに寝たルイズは学院長から呼び出しを喰らっていた。

 多少元気になったものの、憂鬱な気分で学院長室へと続く道を頭にプニムを乗せて歩いていた。呼ばれた用件は察するにここ数日間授業を受けなかったせいかなと怒られる原因を考え溜息を一つした。

 

「はぁ、ただでさえ頭がいっぱいなのに、お説教か……自業自得だけど」

 

 行きたくない思いが反映されたのかルイズの移動スピードはまるで牛歩戦術のようにのろのろであった。だが、いくらゆっくり歩いてもいずれは必ずゴールへと辿り着いてしまう。ルイズはもう一度大きなため息を吐くと意を決して顔をあげた。

 そして、辿り着いてしまった目の前のドアを丁寧にノックした。

 

「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」

 

 ドアの向こうから学院長の返事が聞こえ、言われたままにルイズはドアを開けた。

 

「わたくしをお呼びと聞いたのですが……」

「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな?思い返すだけで辛かろう。だが、しかしおぬし達の活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」

 

 優しく労をねぎらう様に学院長は言った。

 

「そして、来月にはゲルマニアで、無事王女とゲルマニア皇帝の結婚式が決定した。君たちのおかげじゃ、胸を張りなさい」

 

 それを聞いてルイズの胸がちくりと痛んだ。アンリエッタは好きな人―ウェールズ―がいるにも関わらず政治の道具として、好きでもないゲルマニアの皇帝と結婚しなければならないのだ。アンリエッタが数日前に見せた決意と悲しみを秘めた瞳を思い出してルイズは目頭が熱くなるのを感じた。

 そんなルイズを知ってか知らずか学院長は机の上に置いていた本をルイズへと差し出した。

 

「これは?」

「ふむ、始祖の祈祷書じゃ」

 

 六千年前に始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠みあげた呪文が記されていると伝えられているトリステイン王国が誇る国宝である。そんな大変な宝物が何故自分にとルイズは怪訝な顔をする。

 

「トリステイン王室の伝統での、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に結婚式際に(みことのり)を詠みあげる習わしになっておるのじゃよ」

「は、はぁ」

 

 よく分からない単語が混ざっていたので気のない返事をナツミは返す。

 

「そして、姫君はその今回の巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」

「姫様が?」

「その通りじゃ。巫女は式の前より、この始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬのじゃ」

「ええええ!?詔ってわたしが考えるんですか!?」

「そうじゃ、まぁ草案は宮中の連中が推敲(すいこう)するがの……大変な事じゃろうが大勢の貴族の中から姫君が何を思って君を指名したのかは言わなくても分かるじゃろう?」

 

 政治の道具として嫁ぐ彼女が幼少の頃から親しかったルイズを選んだ理由。せめて詔は友人からの祝福を受けたい。そんな姫様の気持ちを理解したのかルイズはきっと顔をあげた。

 

 

「分かりました。謹んで拝命いたします」

「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろう」

(まぁ、祈祷書に書いてあるのを参考すればいいでしょ)

 

 などと思いながら、ルイズは一礼すると学院長室を後にする。とそんな背中に学院長から残酷な一言がかけられた。

 

「あ、祈祷書は中身が白紙じゃからなんの参考にもならんから」

「えっ」

 

 

 少女の悩みは解決するどころか更に増えるのであった。

 

 

 

「ところで頭に乗っ取る生き物はなんじゃ?」

「あ」

 

 

 

 

 

 ルイズが新たなる悩みを植え付けられた日の夕方。ナツミは学院内にある平民用の風呂へと向かっていた。学生寮を有するトリステイン魔法学院には当然のごとく風呂がある。大理石でできた、名も無き世界でいうローマ風呂のような造りをしており、プールのように大きく、バラが浮かぶ湯が張られるそれはそれは豪華な風呂である。

 だが、そんな豪華な風呂にはナツミは入れない。理由は単純、貴族ではないからだ。先の風呂は貴族専用なのだ。

 そんな訳で現在ナツミが向かっているのは学院内で働く平民用の風呂であった。平民用の風呂は貴族専用のそれとは大分見劣りしたもので、湯などは張られておらず、サウナのような構造で中で汗を流し十分体が温まったら、外に出て水を浴びて汗を流すという風呂とは名ばかりのものであった。

 日本でたっぷりの湯につかることに慣れたナツミにそんな風呂は酷かと思いきや、特にナツミは気にした様子は無かった。貧乏フラットでは風呂にだって毎日入れない、湯にはつかれないとはいえ平民用の風呂は毎日入れるのだ感謝こそすれ文句などナツミには無い。

 

 最近はルイズが部屋から一歩も出ずにふさぎ込んでいた為、ナツミも同じく部屋へと引き籠り、ここしばらく風呂に入れずにいた。食事はシエスタが気を利かせて持って来てくれたため問題は無かった。

 今日はルイズが授業に出るくらいには回復していたので、プニムに任せて久しぶりの風呂へとナツミは期待を膨らませていた。最強の召喚師、エルゴの王が臭うというのは正直、勘弁願いたいところだ。

 そんなわけで上機嫌なナツミが風呂のドアを開けようとしたところで、後ろから声がかけられた。

 

「ナツミちゃーん!」

「あら、シエスタ。シエスタもお風呂?」

 

 ドアを開けようとした姿勢はそのままに顔だけをシエスタへと向けてナツミは問うた。シエスタはナツミが自分に気付いたのを確認すると、歩くのをやめて駆けてくる。

 

「うん。今日はもうお仕事終わりだから、お風呂に入って寝ようかなって」

「そっか、お疲れ様。あたしもお風呂だから一緒に入ろっか」

「うん。そうしよっか」

 

 とは言っても湯船に浸かるわけでもないので洗いっこなどのイベントはなぞ起きるはずもなく、蒸し暑い中でおしゃべりをする程度。さすが年頃の女の子、どんな環境でもおしゃべりは止められないのだろう。そんなおしゃべりの中、不意にナツミが真剣な顔をする。

 

「……シエスタって着痩せするタイプなのね」

 

 風呂に入ってから、チラチラと自身のそれと比べて明らかに豊かなそれを見てナツミは少し落ち込んだように言った。異世界とは言え外人チックな人に負けるのは、まだ無理矢理納得できたが、黒髪黒眼の東洋の面影を感じるシエスタと比べても胸が明らかに小さいと言うのは、流石に凹む。

 ちなみナツミの胸は日本人の平均ド真ん中。小さくも無く、大きくも無い位である。

 ついでいうとナツミの誓約者(リンカー)眼の鑑定によるとシエスタはリプレクラス、召喚ランクでいうとA相当つまりワイバーンに匹敵する戦闘力(?)とのことらしい。サウナ風呂のせいかショックのせいか思考が馬鹿になってるナツミ。

 そんな彼女は一つの結論に達していた。

 

「家庭的な女の子って胸が大きくなる傾向にあるのかしら?」

 

 

 

「……暑っ」

 

 

 真剣な顔でアホな事を呟くナツミを見て、熱さにやられたと思ったシエスタにより、ナツミはサウナ風呂から救出されていた。シエスタとしてはナツミへと心配が半分と、今にも自分の胸に掴みかからんとするナツミから己を守るため半分でナツミを風呂から連れ出される。

 

「ど、どうナツミちゃん気分は大分良くなった?」

 

 服を着ながらも胸を腕で隠すようにナツミへと問いかけるシエスタ。

 

「…うん。まだぼーっとするけど、幾分かマシになったかも」

「そっか良かった」

 

 気持ち良さそうに夜風にあたるナツミを見て安心したようにシエスタは息を吐く。

 

「そろそろ戻ろっか?」

「そうだね。このままだと湯冷めしちゃうし、明日も早いから」

 

 しばらく、夜風に当たっていると思いの他、体が冷えてきたのでナツミが部屋へ戻るよう提案すると、シエスタも明日の仕事に響くからと、ナツミの言葉に同意する。

 どちらともなしに、二人は立ち上がり、歩き出す。ナツミは学生寮に、シエスタは平民用の宿舎と戻る場所が違うのですぐに別れることになるのだが、そこは付き合いというものだ。

 

「じゃあ、わたしはここだから」

 

 先に別れを告げたのはシエスタ、平民用というだけあって風呂場は学院で働く平民達が寝泊まりする宿舎に近い。

 

「うん、じゃあまたねシエスタ。おやすみ」

「おやすみなさいナツミちゃん」

 

 右手を振りながら笑顔でナツミへと別れを告げるシエスタ。ナツミはそんなシエスタに見送られながらその場を後にする。

 

「あ!忘れてました」

 

とその前にシエスタが大声出す。

 

「どうしたのシエスタ?」

「えっと、実はとても珍しい品が入ったので、ナツミちゃんに御馳走したいなぁと思って、今日食堂に来たら飲んでもらおうと思ったんですけど来ないし、でもミス・ヴァリエールもなんだか元気がなさそうなんでどうしようかなぁって思ってたの」

「ありゃ、気を使わせちゃったね。明日ルイズの調子が良ければ厨房に行くから、その時お願いね」

 

 あららと頭を掻くナツミにシエスタは苦笑を一つすると笑顔を一つする。

 

「うん。待ってるね」

 

 今度こそ別れの挨拶を交わすとナツミはルイズの部屋へと戻って行った。

 

 

 ナツミが半分湯冷めした状態で部屋へと戻るとルイズがベットの上でうんうんと唸っていた。その手には古ぼけた大きな本が握られている。そんなルイズを見る限りここ数日の暗い感じは少なくとも表面上は無い。

 

「なに唸ってるのルイズ?」

「あ、ナツミ~助けて~!!」

 

 声をかけられてナツミの存在に気付いたのか、ばっと振り向くとナツミへと泣き声をあげながら飛び付いた。

 

「うわぁあ、ど、どうしたのルイズ!?」

 

 腰に纏わりつくルイズに困りながらも問いかけるナツミ。そんなナツミの様子には気づいた様子もなくルイズは上目づかいにナツミを見上げた。

 

「あのね、あのね」

 

 若干幼児退行気味にルイズはアンリエッタから任せられた詔(みことのり)の件についてナツミへと話し始めた。

 

 

 

 

「ふぅむ。ようはおしゃれな詩を考えれば良いってこと?」

「……おしゃれかどうかは置いといて、火に対する感謝、水に対する感謝……、順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげなくちゃいけないんだけど……」

「ふぅん。じゃあその通りに詠めばいいんじゃないの?」

 

 他人事程度にしか考えてないナツミは実に軽い感じでルイズへそう返した。そのあまりな返事にルイズはぷーっと頬を膨らませる。

 

「他人事の様に言わないでよ……。第一詩人じゃないんだからそうぽんぽんと韻を踏んだ言葉なんて思いつかないわよ」

「試しに思いついたこと言ってみて」

「えっと笑わないでよ?……コホン」

 

 ルイズは困ったように顔を顰めながらも、一つ咳をついて頑張った詩をナツミへと披露した。

 

「炎は熱いので気をつけること」

「くぅふ……えっと標語?」

「む、風が吹いたら樽屋が儲かる」

「ぷふ、……ことわざ?」

 

 笑わないでと言ったにも関わらず、笑いを堪えるナツミに再びルイズはぷーっと頬を膨らませた。腹を抱えて笑いを漏らさないようにしているナツミにルイズはじろっと睨みつけた。

 

「もう!笑わないでって言ったでしょ!そんなに笑うならナツミ、貴女が考えてみてよ!」

「ええ……ってあたしが考えるの!?……というかあれで笑うなって方が無理」

「なんか言った!?」

「いいえ!なんにも!」

 

 一瞬、魔王並みの黒いオーラをルイズの背後に感じて、思わず背筋をぴんと張ってしまうナツミ。余程笑われたことを腹に据えかねたらしい。

 

「うーん。火は弱火でことこと、水は吹きこぼれないように……」

「なんの料理よ」

「……ごめん」

 

 分かったことは一つ、この主にしてこの使い魔あり、お互いに詩のセンスは絶望的だということがよく分かった。その日は二人ともふて腐れてすぐに寝た。

 

 

 日も未だ昇らない朝と夜の隙間の時間にナツミはぱっと眼を開けた。本来まだ彼女が起きる時間にはまだまだ遠い、そんな時間にナツミは目覚めた理由、それは……。

 

「う、うう、う……」

 

 隣で眠る少女―ルイズ―の(うな)される声が原因であった。

 昨夜、眠る前の会話から大分精神が安定した様に感じていたナツミであったが、プニムを抱かせた程度で回復するほど根が浅いものではないのだろう。学院長というかアンリエッタから頼まれた詔の詠み上げる役目に気が回って、意識が覚醒しているうちはそちらの方へ意識が割かれるが、寝ている間は深層心理が首をもたげているようであった。

 

「ふぅ、こればっかりは時間をかけるか、自分で答えを見つけないとね……」

 

 一年と少し前、ナツミも自分が宿した力が魔王の力かもしれないと知らされた時は流石に己に宿る力に怯え、恐怖した。まあ結局は楽天的な彼女らしく、自分は自分という結論に達して悩みは吹き飛んだのだが。

 

「あの時は、皆のおかげでそれに気付けたのよね」

 

 今度は自分がルイズに対してのそれになりたいと、魘されるルイズの頬に汗で張り付いた髪を直してやりながらそう思うナツミであった。

 

 

 翌日。生来の生真面目さからか、ルイズは多少顔色は悪かったが昨日に引き続き授業へと向い、ナツミは昨日シエスタに言った通り、ルイズが授業に行ったので、使用人用の食堂へと足を運んでいた。

 

「おはよう、シエスタ来たよー」

「あ、ナツミちゃんおはよー」

 

 ナツミが食堂に入るとちょうどシエスタが朝食を終えた様で食器の後片付けをする為に、立ち上がったところだった。

 

「朝ごはんだね、今準備するから、待ってて」

「ああ、いいよ自分で出来るからシエスタは片づけてていいよ」

 

 自分の事よりもナツミを優先しようとするシエスタと一緒にナツミは自らの朝食を準備に厨房へと足を運んだ。使用人用の食堂と貴族用の食堂は別だが厨房は兼用なので、ナツミが苦手とする人物ももちろんそこには居た。

 

「おお!我らの剣姫じゃねぇか!」

 

 ナツミの姿を見つけるなり、マルトーは大きな声で歓迎の言葉をかける。よそ見をしようとも手は休めず精確に調理をこなすその様は流石料理長。見た目とは対照的に細やかな技術を持つ男である。

 

「マルトーさん、お久しぶりです」

「そうだぜ一週間以上も顔見せねぇなんてよ、……なんかあったのか?」

「ちょっと遠出の用事と、ルイズが調子を崩しちゃいまして、その看病をしてました」

「おお!そういやシエスタがそんなこと言ってな、もうヴァリエールの嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

 

 調理も大詰めを迎えたのか、よそ見は止めて料理へと集中する。嫌いな貴族への料理でもマルトーは自身の腕を貶めるようなことはしない。

 

「うん。全快とは言えませんが、一時に比べればまあってとこです」

「そうか、もうちょい待っててくれよ。すぐに賄いを作っちまうから」

「ああ、いいですよ!余ったのでいいですから!」

 

 お気に入りのナツミに料理が振る舞えると腕を鳴らすマルトーを見て、嫌な予感しかしないナツミは両手を振って遠慮するがそんなナツミを気にせず豪快にマルトーは言う。

 

「あっははは!遠慮すんな我らが剣姫!おめぇはそこらの貴族様よりもずっと腕が立つんだぞ。余り物なんて喰わせられるか!なんだったら貴族用の飯を用意したってバチはあたらねぇよ!」

 

 ナツミには大声で笑うマルトーを止める術は無かった。

 

 

 

 

 

「っ……酷い目にあった」

 

 朝食からこってりしたものに胃をもたれさせたナツミは使用人用の食堂のテーブルに突っ伏していた。フラットでの質素、ある意味健康的な食事になれた彼女の胃は朝からステーキを食べられる構造をしていないし、なにより誓約者(リンカー)で人並みを軽く超越した人外魔境魔力の持ち主でもその身は年頃の女の子なのだ。

 もちろん残してもマルトーは怒らないだろうが、せっかく自分のために作ってくれたものを残す程ナツミは不義理ではない。

 それにフラットの貧乏生活ではテーブルの上に並べられた食べ物を残すなど、ありえない。

 

「う……ダメよナツミ……誓約者(リンカー)として、ううん女の子として、負けられな、う」

 

 そんな尊厳を失いつつあるナツミに救いの女神が現れた。

 

「ナツミちゃん大丈夫?」

「う、女の子として負けそうかも……」

 

 青白い顔でお腹を押さえるナツミを見て不謹慎にもシエスタの顔に笑みが浮かぶ。

 

「シエスタ……笑いごとじゃ、ない、よ」

「ああ、ごめんごめん!悪い意味で笑ったわけじゃないよ」

「ん?」

 

 シエスタが笑った理由、それはメイジを剣一つで圧倒するナツミの姿を性別こそ違うがイーヴァルディの勇者と重ねて見ていたからだ。そんな勇者みたいに凛としたかっこいい女の子がご飯を食べすぎて唸っている姿は、女の子としてどうよとは思うし、昨晩ののぼせた事といい、イメージが変わってきたというか崩れたきたようにシエスタは感じていた。

 けれど、それ以上にナツミが自分と変わらない人間なんだなぁと思ったら、ナツミをすごく身近に感じて嬉しくなってしまったのだ。

 

「気にしないで、はいこれ」

「ん?なにこれ」

「胃薬、苦しいんでしょ?飲んだ方がいいよ」

「う、助かるよー」

 

 シエスタに手渡しされた薬を口に含み、水で一気に胃まで流し込む、薬の効果は劇的であっという間にナツミの膨満感を解消する。そのあまりの効果にナツミは驚いた。

 

「あれ!もう平気になった」

「水のメイジ様が調合された薬らしいからね。その様子だと効果は抜群みたいだね」

「すっごい効き目、もうお腹平気だよ」

 

 ナツミは自分のお腹をさすってしきりに感心している。メイジが作る薬の相場が分からないため特に気にしていない様子であった。まぁ薬自体は学院の生徒が授業中に作ったものが流れ流れて来たものなので格安だったりした。

 

「それは良かった。あとこれどうぞ」

 

 シエスタはナツミの調子が良くなったのを見ると脇に置いてあったお盆から何かが入ったティーカップをナツミへと差し出した。それは薄緑色の液体で、葉っぱを連想させる爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。ナツミにとってそれはどこか懐かしい故郷を思い出させるものだった。

 思わず、カップを手に取り口元へと運ぶナツミ、口の中へ入ってくるその味はまさしく……。

 

「お茶……」

「あれ?ナツミちゃんお茶を飲んだことあるの?」

「うん……これどうしたの?」」

「これ?昨日言ったでしょ?珍しい御馳走が手に入ったって、東方ロバ・アル・カリイエから稀に運ばれてくるんだ」

 

 シエスタの声を聴きながら、ナツミはしばし遠いと言う言葉では表現できぬ遥かなる故郷へと思いを巡らせていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 宝の地図

 

 

 朝ナツミは魔法学院の東の広場、通称『アウストリ』の広場のベンチでのんびりと座っていた。

 初夏と言ってもまだまだ日差しはそれほど強くはなく、木陰で日の光が遮られているベンチはのんびり過ごすには最適だ。ルイズの事どうしようかしらね、と楽観的な彼女にしては比較的にまともな事を考えていると、肩を誰かに叩かれた。

 

「ナツミ、なにしてるの?」

 

 そこにはキュルケが何故か髪をかき上げながら立っていた。キュルケは挨拶もそこそこにナツミの横へと腰かけた。

 

「キュルケ、授業はどうしたのよ?」

「今は昼休みよ、ってそんなことはどうでもいいのよ。ちょっとナツミに用事があるんだけどいい?」

「うん。別にいいけど」

「うーん、聞きたいことは三個位あるのよね。えっとまず最近タバサと仲良い?」

「仲良いかはよく分かんないけど、名前で呼んでくれるようにはなったけど」

 

 キュルケはその質問に彼女らしくない小さな笑みを浮かべる。いつもルイズに見せる挑発的な笑みとは違う何処か優しさすら感じる笑顔であった。

 

「……ふぅん。じゃあアルビオンの……これはいっかルイズに直接聞くわ」

「?」

「ルイズになんかあった?」

 

 いつもはルイズを馬鹿にするキュルケの顔はいつになく真剣に、そうまるで親友を心配するような顔を浮かべていた。その顔に適当にはぐらかすのは失礼だとナツミはとりあえずロマリア皇国に行ったことは内緒にして、ルイズ、タバサを連れてガリア王国に遊びに行ったことにして、そこで立ち寄った村の洞窟にミノタウロスが居たなどと大分真実をぼかしつつ事の顛末を話した。

 そしてそのミノタウロスをルイズが殺して、現在ショックを受けていると。

 

「……なんてこと!」

 

 キュルケは口を噛んで俯いていた。

 

「あたし抜きで泊りがけの旅行に行くなんて!」

 

 仲間はずれにされたことをキュルケは悔しがっているだけであった。普段は大人っぽい彼女のちょっと子供っぽい仕草を見てナツミは少しおかしさを感じた。

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、魔法が使えないルイズがどうやってミノタウロスを殺したの?」

「……あ」

 

 

 

 

 

「ナツミ!」

 

 ミノタウロスの事を話して、危なくルイズの召喚術、ひいては自分の正体まで勘ぐられる寸前まで追い詰められたナツミであったが、なんとかキュルケから逃れることができた日の翌日。

 ナツミは中庭を歩いていると、キュルケがナツミ目掛けて走ってきた。その両手にはたくさんの紙が抱きかかえられており、後ろを見るとこれまた紙に顔まで埋め尽くされたタバサが歩いている。タバサの持つ紙束がピクリとも動かないのは魔法のせいなのだろう。

 

「どうしたのキュルケ?そんな大声あげて」

「どうしたのじゃないわよ。いいから見てみてよ」

 

 きょとんと問いかけるナツミをスルーしてキュルケは紙束の中から一枚の紙をナツミの目の前へ差し出す。

見てみるとどうやら紙は地図の様でその端には注釈なのか文字が刻まれていた。

 

「何これ?」

「見て分かんないの?ほらここに宝の地図って書いてあるでしょ?」

「えっどこに書いてんのよ」

 

 ナツミはよく分らなかった文字はどうやらハルケギニアの言葉らしくキュルケ曰く、その注釈には宝の地図と書かれているようであった。

 

「いや、宝の地図に宝の地図って書かないんじゃないの……普通って……ん?」

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「?」

 

 キュルケを嗜めようとしたナツミであったが、今まで見ていた地図に異変が起きたので言葉に詰まる。そんなナツミを不思議そうにキュルケは尋ねたが、にべも無く流された。

 

(あれ、さっきまで変な文字で書いてあったのに日本語になってる……もしかして)

 

「キュルケ、ここなんて書いてある」

 

 地図の異変に心当たりを見つけ、即座に実行に移すナツミ。キュルケはそんなナツミを訝しみながらもその問いに答えた。

 

「えっとトロール鬼だけど」

「ありがと」

 

 すると先まで読めなかった文字が見る見るうちに日本語へと変化していくではないか。

 

(ふぅん。言葉だけじゃなくて文字も文字の意味を知れば読めるようになるのね)

 

 今自分の身に起きた事を興味深げに考察するナツミ。

 

「どうしたのナツミ、変なことばっかり聞いて」

「ううん。気にしないで大したことじゃないわ。それで話は戻るんだけど、その地図の山はどうしたの?」

「え、えっとちょっと、ひ、拾ったのよ!」

 

 そんなナツミを気にしたキュルケが問いかけるが、キュルケには自分の正体を話していないナツミは話を地図へと逸らす。するとキュルケはわたわたと動揺し出す。

 

「で、その地図を私に持って来たってことはもしかして……」

「その通り!宝探しに行きましょ!」

 

 面倒な予感がしたナツミは恐る恐ると言った感じでキュルケへと問うと、予感的中というかなんというか宝探しを高らかにキュルケは宣言する。その答えにあからさまにイヤそうな顔をするナツミ。

 理由は簡単。この世界に来てからと言うもの一泊以上する遠出に出ると大抵なにがしかに巻き込まれたからだ。アルビオンは元々危険な任務とはいえ、戦艦に襲われたり、胸を貫かれたりしたし、ロマリアでは帰り道に寄った街でミノタウロス退治を依頼されたのだ。

 流石に立て続けにこんなこんなことが起きたのではナツミじゃなくても遠出を嫌がるだろう。

 

「それに……ルイズの気分転換にならないかなって……」

「えっ?」

 

 キュルケが小さな声で呟くそれをナツミの無駄に鋭い聴覚が見逃すはずがなかった。昨日キュルケは仲間外れにされて怒ってるかに見えたが、実際はショックを受けているルイズを心配していたのだ。

 それに思い至ったナツミはにやにやと笑い始めた。

 

「へぇ~。ルイズの事心配してくれたんだ」

「ち、違うわよ!たまたま宝の地図を見つけたからよ!」

 

 赤い髪を翻し、キュルケは恥ずかしいのかそっぽを向いてしまう。だが、その程度で追及を許す程ナツミは甘くはない。

 

「ふーん。その宝の地図はもしかして……」

 

 ナツミはそこでちらりとキュルケの右斜め後方でぼーっと立っているタバサと目を合わせる。これが他の人間だったらいざ知らず、ナツミには比較的心を開いているタバサはあっさりとナツミが要求しているであろう情報をばらす。

 

「今日、トリスタニアに行って買ってきた」

「ちょ、タバサ!言わないでって約束でしょ!」

「……ナツミに黙ってるのは無理」

「ひどっ!ってあれ?今……」

 

 タバサに食って掛かるキュルケであったが、タバサが初めて人の名前をまともに言ったことに気付いて追及は尻すぼみになっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都であるロンディニウムの郊外に位置していた。現在そこではアルビオン空軍本国艦隊旗艦レキシントン号が突貫工事で改装と修理を受けていた。そして神聖アルビオン共和国皇帝、オリヴァー・クロムウェルが共を引き連れてその工事の視察に訪れている最中であった。

 

「おお、なんとも大きく頼もしい艦ではないか。このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、気分にならないかね?艤装(ぎそう)主任」

「わが身に余る光栄でありますな」

 

 気のない返事で答えたのはレキシントン号の艤装主任に任じられた、サー・ヘンリー・ボーウッドであった。彼は革命戦争のおりに、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長であった。その際に敵艦二隻を撃破する武勲を建てていた。さらにレキシントン号の()艦長が、自身の艦の数分の一の敵艦とワイバーン相手にレキシントン号を中破された責から退任させられたため、次のレキシントン号の艦長への就任が決定していた。

 

「見たまえ、あの大砲を!」

 

 ボーウッドの気のない返事に気付かぬようにクロムウェルは新型の大砲を見て一人ではしゃいでいる。そんな彼へと適当に相槌を打ちながら、ボーウッドは内心、前艦長の退任に疑念を持っていた。前艦長はその大型であるレキシントン号の大砲を過信せずに竜騎士の運用や艦隊の隊列などを深く考え実行する生っ粋の軍人であった。

 そんな彼がワイバーンと軍艦一隻に中破させられるか?

 否、ボーウッドの軍人としての感と前艦長の実力を知る故に彼は即座にそう判断した。ならば、なぜレキシントン号は敗走という辛酸を舐めさせられたのか、考えられるのは歴戦の彼をして対応しきれぬなにかがあったのであろうと。

 

(機会があれば直接聞いてみたいものだ)

 

 失敗から学ぶものもある。ボーウッドもまた、叩き上げの軍人、それを誰よりも理解していた。

 そして、未だに一人でべらべらと喋っているクロムウェルをこっそりと睨む。

 ボーウッドは心情的には王党派であった。軍人は政治に絡んではならないと自らに課していたために、上官が貴族派についたから彼もなし崩し的に貴族派に組したに過ぎなかった。ボーウッドから見れば、クロムウェルは恥知らずの王権の簒奪者だ。

 それに逆らわず、言うことを聞いているのも先に自らに課した誓いゆえだ。それに逆らうにはもう遅過ぎた。もう、王も皇太子もこの世にはいないのだから。

 

「そういえば、君には親善外交の概要を説明していなかったな」

「……概要?」

 

 思わず、哀愁に胸を焦がしているボーウッドに、クロムウェルから言葉をかけられる。クロムウェルは、ボーウッドの耳に口を寄せると、二言、三言口にした。その瞬間、ボーウッドの顔が真っ赤に染まる。

 

「何を考えているのですか!そのような卑劣な行為聞いたことがありません!」

「軍事行動の一環だ」

 

 こともなげに、クロムウェルは言い放つ。

 

「トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではないですか!このアルビオンの歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史はないのですぞ!」

 

 その言葉にボーウッドは激昂して喚く。

 

「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは議会が決定し、余が承認した事項なのだ。君は議会の決定に逆らうつもりかな。いつから君は政治家になったのかな?それに、アルビオン王国はもう滅んだのだ。そのような歴史は無関係だ」

 

 まさに先程まで考えていたことを言われて、ボーウッドは黙ることしか出来なくなった。そんな彼を満足そうにクロムウェルは眺めていた。

 

「陛下。そろそろ他の場所の視察もありますので」

 

 それ以上会話は無いと判断したのか、お供の一人フードを被った女性がクロムウェルを促した。クロムウェルは女性を見るなり破顔すると踵を返す。

 

「おお、シェフィールド殿もうそんな時間か、ではなミスタ・ボーウッド。親善訪問では期待しているぞ」

「陛下!」

 

 祖国の名誉のために、今一度考えを改めてもらおうとボーウッドはクロムウェルに詰め寄るが、それはクロムウェルに付き添うお供の男達に遮られる。その男達に触れられた瞬間、ボーウッドは思わず真後ろへと引き下がっていた。

 

「っ!?」

 

 そんなボーウッドを見て、ようやく言うことを聞くつもりになったと思ったクロムウェルは満足そうに去って行った。

 

 

 

 

 

 クロムウェルが去って数分ボーウッドは未だに呆然とクロムウェル達が去って行った方向を見ていた。原因はお供の男達にあった。

 別に彼らの力が強かったとか、メイジとして卓越した実力を感じたわけではない。トライアングルクラスの水のメイジであるボーウッドから見た彼らの存在があまりにも歪であったからだ。

 死体に無理矢理命を込めたような水の流れをボーウッドは彼らから感じていた。確かに生きているものの水の流れを彼らは持っていた。だが、それは彼らの体の形に添ったものではなかった。

 なにかが人間の皮を被ったようなそれはなんだったのだろう。未だに忘れえぬ怖気を覚えながらボーウッドは一人呟く。

 

「……あいつは、ハルケギニアをどうしようというのだ……」

 

 彼の頬から冷や汗が一つ地面に落ちた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 異世界探訪

「話が違う」

 

 醒めるような美しい青い髪を持つメガネっ娘、タバサはそう呟いた。そんな彼女が見つめる先には人の胴程の太さのこん棒を振り回しながら走るトロール鬼がいる。

 

 トロール鬼、ハルケギニアに生息する亜人の一種で特徴は竜の幼体にも匹敵する五メートル程の体格。簡単な道具、ある程度の社会性を持ち、中には人語を介する者もいると言われている。そしてその性格は破壊や殺戮を好み、わざわざ人間に雇われ戦争にも参加する残忍さを持っていた。

 危険なのは性格だけでは無い五メートルを誇る体躯から繰り出される単純にして強力な打撃がある。 彼らよりも身長が半分以下のオーク鬼ですら、人間の戦士五人分の腕力を誇るのだ。トロール鬼がどれだけのパワーを秘めているかなど、考えたくも無い。

 そんな怪物に何故タバサが追い掛けられているのか?それは…

 

「キュルケ!どういうことよ!?トロール鬼がいるなんて聞いてないわよ!」

「うっさいわねルイズ!宝の地図にはオーク鬼だって……あ」

「あ……って、なによおおお!!?」

 

 一行はキュルケが王都で買った宝の地図に記載されていた場所に訪れていたから。そして追いかけられている理由は至極単純、トロール鬼に見つかったから。

 

「……えっと、なんかトロール鬼も稀に出るって書いてあった、あはは」

「キュルケー!!地図位ちゃんと読んどきなさいよ!!」

「貸し一」

 

 そう現在のこの状況はキュルケがいい加減に地図を読んでいたのが原因であった。

 そこらにうろつくオーク鬼をナツミ、ジンガ、ソルのリィンバウム組が相手している間に、三人が宝探しをしていると、木々が大きくしなり、そこからトロール鬼が突然現れたのだ。ルイズが真っ先にトロール鬼に気付き、それに続く様にキュルケ、タバサも気付いて三人で逃げる。

 というのが今の現状であった。

 

「ナツミ!助けて―――!!」

「キュルケ、叫ぶ暇があったら、走りなさい!」

 

 

 幸い、トロール鬼はその大きさゆえかそれほど足は速くはなかったため、なんとか現在は追いつかれてはいなかったが、貴族故にさほど体を鍛えてはいない三人、そう遠くないうちに体力が尽きてしまうであろう。

 その証拠にキュルケは足元がおぼつかなくなり始めていた。

 

「はっはあはあ……ルイズ、あんた結構体力あんのね、はあっ」

「ま、まあね……」

 

 魔法が使えない故に、魔法の恩恵をあまり受けられなかったためか、自らの体力頼みなところがあったルイズはその体格の割に同年代の貴族の少女よりは体力がある。さらにルイズより小さなタバサはその生い立ち故に常に体を鍛えることを続けていたためその体力はルイズも上回る。

 

「……」

 

 とは言っても、幾らタバサに体力があろうがトロール鬼が追いかけてくるこの状態で魔法詠唱に意識を割くのはなかなかに難しい事であった。もちろん簡単なドットスペルなら唱えられないこともないが、ドットスペルでどうなにかなるほどトロール鬼は可愛らしい生き物ではない。そもそもトライアングルスペルでなんとかなるレベルの怪物なのだ。

 

「?」

 

 などとタバサが現状を打破する方法を考えていると辺りが前触れもなく暗くなる。それと同時にトロール鬼が三人を追いかけるのを止める。

 タバサ以外の二人はそれに気付いていない様子であったが、ここで足を止めても仕方ないためタバサもそれに続きトロール鬼と距離を取った。

 

 

 

 

「二人とも止まって」

 

 タバサはトロール鬼とかなりの距離が開いたのを確認すると、二人に止まるように指示を出す。

 

「はあはあ、ど、どうしたのタバサ……」

「ふぅ、あれトロール鬼追いかけてこない……」

 

 息も絶え絶えな様子のキュルケに対し、若干余裕のあるルイズ。そんな二人が見るトロール鬼は空に向かって棍棒を振り回している。

 

「あ、ワイバーン来てくれたんだ良かった~」

 

 ばふっとキュルケは声をあげながら腰を地面に降ろし、息を整え始めた。

 キュルケが言う通り、トロール鬼は空を舞うワイバーンを恐れるように棍棒を振り回しているが、当然のようにそんなものが当たるはずもない。そんなトロール鬼を睨みつけるワイバーン。よっぽど主の知り合いを襲ったことに怒りを感じているようであった。

 

「gaaaaaa!!」

 

 その怒りを体現するように咆哮一息、特大の火球を複数吐き出す。

 

ガトリングフレア。

 

 一つ一つが五メートルを超える火球が五つは外れることなくトロール鬼へと命中する。その見た目と変わらず強力無比な威力を秘めた火球はトロール鬼の体を粉々に爆砕した。

 

「なにあれ!?」

 

 三人の中では唯一ナツミの正体を知らず、故にそれに付き従うワイバーンのことも詳しく知らないキュルケは一人、驚愕を露わにしていた。

 

「うわああ、あんなことまでできるんだ……」

「ワイバーンがブレスを?」

 

 いや、案外ナツミの正体を知る二人もまだまだ異世界の幻獣に対しての知識はまだまだであった。

 

 

 

 

 

 

 その晩。

 一行は討ち捨てられた寺院の中庭で、たき火を取り囲んでいた。その後ろにはワイバーンが寝転び寝息を立てている。一応、寺院の周りには一行が到着するまでは野生動物や幻獣がいたがワイバーンが咆哮を一つするとあっという間にいなくなったため、安全は確保されていた。

 

「……結局何もなかったわね」

 

 ぼそりと告げるはルイズ。

 ここ数日の冒険で危ない目にあったり、初めて見る風景に心を躍らせたりしたせいか、ミノタウロスの一件から塞ぎ気味だった心は大分開かれていたようであった。

 

「じゃあ、次はこれね~」

 

そんなルイズの様子をちらりと確認するとキュルケは明るい声で袋から適当に地図を取り出した。

 

「キュルケ!あんたバカァ!?これで七件目よ。地図を信じて宝を探してるけど見つかったのは金貨どころか銅貨が数枚よ!しかもあんた地図をろくに読んでないでしょ!?あんたがちゃんと地図の注釈を読んでれば昼間のトロール鬼に襲われずにすんだのよ!」

 

 適当過ぎるキュルケの様子に流石に鶏冠(とさか)に来たのかルイズが鼻息荒く抗議する。キュルケはそんなルイズの講義を軽く流し、爪の手入れをし、タバサは本を読み、なぜかいるジンガがワイバーンに体を預けて眠りこけていた。

 

「キュルケ!聞いてるの!?なにのんきに爪の手入れをしてんの!?オーク鬼でも誘ってんの?」

「言ってくれるわねルイズ、オーク鬼も倒せない癖に随分な口のきき方ね」

「……っ!」

 

 生物に対して召喚術を使うのはまだトラウマが払拭しきれておらず、皆の足を引っ張ったことを指摘されて思わず言葉に詰まるルイズ。その瞳には涙が少し滲んでいる。それを見て、頭に血が昇って言い過ぎた事を気付いたキュルケは素直にルイズに謝罪する。

 

「……ごめん言い過ぎた」

 

 重い空気が辺りに漂う。

 

「みんな~」

「お食事ができましたよ~!」

 

 だが、シエスタとナツミの明るい声が、その空気を吹き飛ばす。ちなみにシエスタが今回の冒険についてきたのはナツミが休みなく働くシエスタの気晴らしにならないかと誘ったからである。ちょうど今月は長期の休みを取って実家に帰るつもりだったようで、二週間ばかり早く休みを取っていた。

 

 シエスタとナツミは焚き火にくべた鍋から手慣れた手付きでシチューを皆によそっていく。シエスタはもちろんとして、ナツミもフラットでリプレの手伝いをしていたせいか、手つきに危なげなところは無い。

 

「おーい!俺の分も忘れんなよ!」

「ぷに~!」

 

 皆にシチューを配り終えた頃、暗がりから焚き木用の小枝をプニムと共に集めてきたソルが姿を現した。

 

 

 

「これ美味いな!なんの肉!?」

 

 眠っていたくせに一番にシチューに齧り付いたジンガが興味深げにシエスタに問うた。

 シエスタは笑顔で一言。

 

「トロール鬼の肉ですわ」

「「ぶはっ」」

 

 強烈なその言葉にキュルケ、ルイズはシチューを吐き出し、流石のタバサも手を止める。だが、リィンバウム組はこともなげに肉を口に運んでいた。

 しかもそれだけでなく。

 

「見た目の違ってあまり、筋が無いなぁ。けっこう柔らかい」

「そうだな、鳥肉に近い」

 

 とソルとジンガに至っては肉の批評までする始末だ。

 

「あんた達……よく平気ね」

「いや、別に大したことじゃないだろ?」

 

 若干引き気味なルイズの言葉にもソルは答えた様子はなく、何故そんなことを聞くのかと言いたげに首を傾げた。そんな皆を見たナツミは苦笑とともにネタばらしをする。

 

「皆、騙され過ぎよ?これは兎の肉だよ」

「「え」」

 

 くすくすと笑うナツミの言葉にポカンとした表情を浮かべる一同。

 

「あ、あなた……」

 

 ルイズがシエスタを睨むまではいかないがじろりと視線を向ける。

 

「す、すいません。冗談のつもりで言ったんですが、まさかそこまで本気にされるとは……」

「まあまあ、ルイズもあんまり怒んないで。シエスタも場を和ませるつもりでいったんだし、ね」

 

 ナツミのそこまで言われてはルイズも引き下がるしかない。溜息を一つ着くと、再びシチューを口へ運び始めた。

 

「……でも、ナツミもシエスタも器用ね。森にあるもので、こんな美味しい料理を作るなんて」

「田舎育ちですから」

 

 シエスタがはにかみながら答えたそれに続き、

 

「お金無かったから」

 

 ナツミの涙を誘う一言でしん、と一行が沈黙した。

 

「え、えっと、これはなんてシチューなの?ハーブの使い方が独特ね。あと、なんだか見た事がない野菜がたくさん入ってるのね」

 

 キュルケが暗くなるリィンバウム組をなるべく視界に入れないように、シチューを褒める。

 

「えっと、わ、わたしの村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」

 

 渡りに船とばかりにキュルケの質問に鍋をかき混ぜながら答えるシエスタ。

 

「父から作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根っこ……父はひいおじいちゃんから教わったそうです。今ではわたしの村の名物なんですよ」

 

 美味しい料理とシエスタの話で、座は和む。ナツミは先の暗い雰囲気はどこ吹く風とシチューを頬張りながら、何故か懐かしい気持ちが込み上げてくるのを感じていた。

 

「ナツミちゃんどうしたの?」

「うーん。なんかどこかで食べたような味なんだよねこのヨシェナヴェ、なんでだろ?」

 

 そんなナツミをシエスタは不思議そうに眺めているのであった。

 

 

 

 食事も終わって、再びキュルケは懲りずに地図を広げていた。

 

「もう帰りましょうよ……かれこれ十日も経ってるわよ」

 

 プニムを抱きながらルイズがそう促すがキュルケは首を振らない。

 

「あと一件、一件だけ!」

 

 キュルケは何かに憑りつかれた様に、目を輝かせながら地図を覗き込んでいる。

 

「……あんたね。それ三回目よ」

「こ、これがホントの最後よ!これを見て!これなんていいんじゃない?」

 

 ルイズの冷静な指摘に図星を突かれてたキュルケは地図を適当に抜き出して地面に叩き付けた。

 

「はぁ……もうこれがホントの最後だかんね」

 

 直接言われたわけではないが、ルイズも今回の冒険がキュルケが自分を(おもんぱか)って企画してくれた事を薄々ではあるが気付いていたため、いつものように強く出られないでいた。

 そんなルイズの渋々の同意にキュルケは破顔すると腕を組んで次のお宝の名前を告げた。

 

「次のお宝は、タルブ村、『竜の羽衣』よ」

 

「ぶほっ」

 

 キュルケの言葉に突然、シチューを食べていたシエスタが噴飯をかます。

 

「ごほっごほっ!」

「大丈夫シエスタ?」

 

 (むせ)るシエスタの背中を撫でて心配するナツミ。

 

「あ、ありがとナツミちゃん。ってそうじゃなくて、次の宝物ってホントに竜の羽衣ですか?」

「ん?そうだけど、あなた知ってるの?」

 

 逆に問いかけられたシエスタはあははと乾いた笑いしながらその問いに対して口を開く。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 ナツミは目を丸くして、『竜の羽衣』を見つめていた。ここはシエスタの故郷、タルブ村の近くに建てられた寺院であり、その中に『竜の羽衣』が安置されていた。実はこの『竜の羽衣』只の宝物ではなく、シエスタの家が個人で所有する宝物であった。

 

 昨晩。

 

「実はわたしの家に『竜の羽衣』があるんです」

 

 というシエスタの発言の元、一応お宝らしいなにかがあると判断したキュルケの独断と偏見で一行はこの場に来ていた。そして今一行の目の前に(くだん)の宝物、『竜の羽衣』が鎮座していた。

 

「これが飛ぶの?」

「いや、飛ばないでしょ?どう見てもこの翼みたいなの羽ばたけるようには出来てないもの。部品は精密に見えるけど……船かしら?」

「……」

 

 キュルケ、ルイズ、タバサと対して興味がなさそうなリアクションが続く中、一行の中で唯一『竜の羽衣』の正体を知る者がいた。ナツミだ。

 

「ナツミぼうっとしてどうした?」

 

 そんなナツミの様子に相棒のソルが気付く。

 

「これは……ゼロ」

 

 その口からかつて数多の国から恐れられたその名が紡がれようとしていた。皆がナツミの様子に釘付けになる。

 

「……なんだっけ?」

 

 盛大に皆がこけた。

 

 ナツミが視線を逸らしたタルブ村の宝『竜の羽衣』それはかつて、侍の心を持つパイロット達により最強の名を欲しいがままにしたレシプロの名機である零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦が静かにその凹凸の少ない特徴的な機体を静かに輝かせていた。

 

 

 

「ナツミちゃん、もしかしてぜろせんって言いたいの?」

「そうそれ!」

 

 びしっとシエスタを指さして同意するナツミ、だが即座に首を傾げる。

 

「うん?あれどうしてシエスタがこの飛行機の名前を知ってるの?」

「え、うちのお父さんが教えてくれたの、ひいおじいちゃんは『竜の羽衣』を別の呼び方で呼んでいたって、確か……正確にはぜろしきかんじょうせんとうきっていうらしいんだけど、意味は全然分かんないんだよね」

 

 シエスタが固有名詞をたどたどしくいうが、ナツミも元々うろ覚えなのでしきりに首を傾げている。しかし、そこでなにかを思いついたのか、ぽんっと両手を合わせた。

 

「あ、そうだ。ねぇシエスタちょっと聞いてもいい?」

「うん。別にいいけど……何?」

「シエスタのひいおじいさんが残したものがあったら見せて欲しいんだけど、いいかな?」

 

 

 

 シエスタのひいおじいさんが残したもの、その内の一つに皆はシエスタが先導する形で案内されていた。それは村の共同墓地、白い石で出来た幅広の墓石の中にあった。

 黒い石でやや縦長に作られたそれはナツミの故郷、日本では珍しくないお墓であった。墓石には、日本語で墓碑銘が刻まれている。

 

「これがひいおじいちゃんのお墓です。生前に故郷のお墓を模して作ったそうです。銘も自分で掘ったみたいなんですが、異国の言葉なんで誰も読めないです」

 

 皆にそう説明するシエスタ。そんなシエスタの言葉が耳に入っていないのか、ナツミは驚いたように目を見開いていた。

 

「海軍少尉、佐々木武雄。異界ニ眠ル」

「え、ど、どうしてナツミちゃんが、ここの銘を読めるの?」

 

 すらすらと墓碑銘を読むナツミにシエスタは驚きの声をあげるが、ナツミはそんなシエスタを気にも留めずに、シエスタの黒い瞳と黒い髪に目を奪われていた。そして、ある結論に達すると同時に、昨日シエスタが作ったシチューから感じた懐かしさがなんだったのかが分かった。

 

「ヨシェナヴェ……そうか寄せ鍋、それに」

「ナツミちゃん?」

「ねぇ、シエスタってひいおじいちゃん似だって言われるでしょ?」

 

 そのナツミの問いにシエスタは驚く。

 

「う、うん。でもどうして分かったの?」

「あはは、実はね」

 

 ―シエスタのひいおじいちゃんと同じ国から来たんだ、あたし―

 

「えええーーー!?」

 

 思いもよらなかった言葉にシエスタの驚きの声が辺りに響いた。

 

 

 





異世界と言ったら冒険。
とか言いながら、サモンナイト1では主人公は大して冒険して無い事に気付きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 機界の盟友

 その後、ナツミから思わぬ事実を告げられて忘我に陥っていたシエスタをなんとか回復させ、一行はシエスタの家へと案内された。シエスタの家族は最初は予定よりも二週間も早く帰った娘に驚き、次に見知らぬ一行に眉を潜め、そしてその一行に貴族が三人もいることに再び驚き、最後にナツミが誰も読めなかったシエスタの曽祖父の墓の銘を読んだことに驚くというなんとも忙しない対応をしてくれた。

 

「祖父の墓の銘を読める方が現れるとは……ちょっとお待ちください」

 

 シエスタの父親はそう言って、席をはずし、すぐさま手にゴーグルをぶら下げて戻ってきた。

 

「これをお受け取りください」

「これは?」

 

 ゴーグルを受け取ったナツミは不思議そうに小首を傾げ、シエスタの父にそう尋ねた。

 

「生前、祖父が残した唯一のものです。あと遺言も残っています」

「遺言?」

「はい、自分の墓の銘を読むことが出来た者に、『竜の羽衣』を譲れとそして……」

 

 シエスタの父はそこで一旦言葉を止める。そして、貯めたものを放出するように告げた。

 

「陛下へ『竜の羽衣』を返して欲しいと告げてほしいと言っておりました」

 

 曽祖父の代から三代続いた遺言をようやく果たせることに思うところがあったのか、そう告げるシエスタの父の目尻には少し涙が浮かんでいるように見えた。

 

 

 結局のこの日、ナツミ達はシエスタの生家に泊まることになった。ナツミが学院にいるシエスタの友達だよと告げると、奉公先がどのようなものか不安が吹き飛ばされたのか、シエスタの弟、妹達が大勢ナツミにじゃれてきた。

 シエスタの兄弟はシエスタを含めて八人もおり、シエスタはその長女であった。ナツミはどことなくシエスタとリプレを重ねて見ていたのも、どちらも多くの小さな子供達の面倒を見るところに通ずるものを感じていたのかもしれない。

 なんとなくそんなこと取り留めもないことを思いながらナツミは子供達と遊んでいた。久しぶりに小さな子供達の面倒を見ていると、ふとナツミはフラットでよく面倒を見ていた三人の家族の事を思い出していた。

 

 

 夕方、ナツミはシエスタに連れられて村のそばに広がる草原を見つめていた。シエスタのとっておきのお気に入りの場所らしく、そこは綺麗な草原であった。赤々と照っている夕焼けと、先程子供達の面倒を見ていて感じた懐かしさが、嫌がおうにもナツミの望郷の念を強くさせた。

 だが、その望郷の念は本来の故郷、名も無き世界へと向けられたものでは無い。リィンバウムにいるフラットのメンバー達へと向けられていた。そこまで考えて、ナツミは(かぶり)を振るう。

 

(ううん、今は皆をこっちに召喚できるし、そこまで気に病まなくてもいいわ。ルイズの事もあるしね)

 

 まだまだ放っておけない妹分のような主人を考えてナツミは望郷の念を吹き飛ばす。

 

「ナツミちゃん、どうしたの?」

「ううん、ちょっとね。故郷を思い出していたんだ」

「ひいおじいちゃんと同じ国だったけ?」

「うん。日本って言うんだ」

 

 曽祖父の居た国については家族は誰も詳しくなかったので、シエスタにとってはナツミの話がひいおじいちゃんの事をなんとなく理解できたような気をさせて楽しく聞くことが出来ていた。そのまましばらく話していると、あたりに夜の戸張(とばり)が落ち始める。

 

「あ、もうそろそろご飯の時間だ。ナツミちゃん早く戻りましょ!」

 

 よっぽど久しぶりに家族と食事ができるのが嬉しいのか、シエスタやや小走り気味に実家へと走って行く。

そんなシエスタの学院ではあまり見せない年相応な明るさにナツミは一つ苦笑すると、シエスタに追いつくために自らも駆けるのであった。

 

 

 ところ変わってその日の夜。

 ナツミはなんだか譲られる羽目になった『竜の羽衣』―ゼロ戦―の元へと一人、足を運んでいた。理由はいまいち分からないこれの正体を、知ってそうな仲間に聞くためである。そしてその仲間は現在リィンバウムに居るため、召喚でこちらの世界に呼ぶ必要があったので、わざわざ皆が寝静まった頃にやってきたというわけだ。

 

「よし、誰もいないわね。えっと……」

 

 『竜の羽衣』を祭ってある寺院内に人気がないことを確認すると、ナツミは目を瞑り意識を集中させる。ナツミがこちらの世界に招くのは機械に関してはずば抜けた知識を持つ少年。そしてそれ以上に最高クラスの機属性召喚術を使いこなすことができる少年であった。

 

「異界より来たれエルゴの守護者、エルジン・ノイラーム!」

 

 辺りに光が包まれ、一人の少年と紅いの体を持つロボットがナツミの目の前に姿を現した。

 

「うわあああ?なに?なんなの?」

「ン?」

 

 驚きながらこの世界に招かれたのは二つの人影、片方は少年の名前はエルジン・ノイラーム。機属性の召喚術の名家、ノイラームの名を継ぐ機界(ロレイラル)のエルゴの守護者である。

 そして、エルジンの傍らに立つ紅のロボットは機界の切り札とまで呼ばれる機械兵、エスガルド。こちも機界のエルゴの守護者である。

 本来ならエルジンだけを召喚するつもりであったが、よくと言うか常に一緒に行動している為、ナツミの中では二人はセットというイメージがあったので二人まとめて召喚してしまったようだった。

 

「えるじん……ドウヤラ、そるガ言ッテイタはるけぎにあトヤラニ、ニ召喚サレタヨウダゾ」

「え?」

 

 機械故に冷静沈着なエスガルドはパートナーであるエルジンよりも早く、現状を理解した。そんなエスガルドとエルジンを見て、ナツミは苦笑を一つするとエルジンに声をかける。

 

「や、エルジン。夜中に呼び出してごめんね。寝るとこだったりした?」

「あ、ナツミか、別にまだまだ寝ないから良いけど、急に辺りが光るから何事かと思ったよ。アカネから話を聞いてて良かったよ」

 

 夜中に呼ばれたにも関わらず、エルジンは人の良い笑顔でにこにことしていた。

 

「それで、なんの用?なんか厄介事?」

「いや、厄介事ではないんだけどね。ちょっと聞きたいことがあるんだ。エルジンって機械に詳しいでしょ?」

「うん。まぁリィンバウムの中でも機械に関してはかなり知ってる部類に入ると思うけど……それで聞きたいことって?」

 

 行方不明になるくらい機械遺跡に籠る一族それがノイラーム家。エルジンなど、父と一緒に遺跡に籠って父が遺跡内で死んだにも関わらず遺跡に留まり続けたとという生っ粋の学者馬鹿だったりする。

 まあそのおかげでエスガルドと彼は出会ったのだが。

 

 

 

「ふんふん、へぇ、ほおー」

「エルジンもう戻ろうって言うか、送還していい?」

「ダメー」

 

 あれから三時間。エルジンはナツミから見て貰えないかと頼まれたゼロ戦にへばりつくようにというかへばりついて調査していた。ナツミの手を借りながらではあったが。

機械大好きエルジンにとって発達した機界から召喚されることのない未知の飛行機であるゼロ戦は垂涎物の遺物であった。さらに今回彼にとって行幸だったのは、そのゼロ戦の構造を隅から隅まで認識出来るナツミがいたことがそれに拍車をかけていた。

 なんせ今の彼女はガンダールヴ。その手に触った武器の使い方や構造を理解できるという異能をその身に宿しているのだ。そしてゼロ戦は間違いなく武器である。ソルからの話でそれを知っていたエルジンはその能力をフルで活用させて、ゼロ戦の構造を調べ始めたのだ。

 

「ふむふむ。興味深いなぁ」

「エルジン~」

「もううるさいなぁ~ナツミは……、ふぅ、まぁ確かにもう夜も遅いしこのへんにしておこうかな」

 

 目を擦り、へばっているナツミを見て、少しは冷静になったのかようやくエルジンはゼロ戦から目を離す。

 

「ねぇナツミ、このゼロ戦どうすんの?」

「置いて行くわよ、譲るって言われてもね……。置くとこないし」

「えええ~今ナツミがいるなんとか学院に持ってこうよ」

「だから置くところがないんだって」

「置くところなんてどこでもいいじゃん。なんか魔法で保護されているみたいだから、屋外でも大丈夫だよ」

 

 渋るナツミをなんとか説得しようとするエルジン。機界とは違う異世界の機械に随分とご執心のようであった。

 

「それにこれが名も無き世界から召喚された物ならリィンバウムに帰る方法のヒントになるかも知れないよ」

「うっ……」

 

 スラスラとそれっぽい事を言ってなんとかゼロ戦を持って帰らせようとするエルジン。一方ナツミはそれには気付かず、エルジンの言葉を半分信じていた。

 

「……分かったわよ、学院まで持って帰るわよ、まぁワイバーンに運んでもらえばいいか」

 

 幸いゼロ戦は八メートル程、三十メートルを優に超えるワイバーンなら運ぶのは難しくないであろう。一つ心配があるとすれば、戦闘機としては貧弱すぎる装甲故にワイバーンの腕力で壊れないかという点だ。そんな事を考えながら、ナツミはエルジンを送還し、ゼロ戦を後にした。

 

 

 

 翌日、そのまま休暇に入ることになり、タルブ村へ残るシエスタは、ゼロ戦を抱えるワイバーンの背に乗るナツミ達を見送って、今までゼロ戦を納めていた寺院へと足を運んでいた。

 

「……」

 

 寺院の中に何十年もそこにあったゼロ戦は今はそこには無い。

 管理も面倒で、村のお荷物と思っている人もいたが、曽祖父に似ていると言われていたシエスタはなんとなくそのゼロ戦を気に入っていたので、空になった寺院はなんだか寂しい気持ちになっていた。

 

「……ん?」

 

 その寂しい気持ちから逃れるために足早に寺院を去ろうとすると、シエスタのつま先になにか硬いものがぶつかった。

 

「ナツミちゃんが持っていた石に似てる……」

 

 シエスタが足元から手に取ったその石は淡い灰色に光っていた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「あれ?」

「えるじんドウシタ?」

「誓約済みのサモナイト石が一個ない……」

 

 リィンバウムで興奮冷めやらぬ一人の召喚師の少年が顔色を蒼くさせていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 戦線開幕

 

 トリステイン魔法学院教師、ジャン・コルベールは現在年甲斐もなくはしゃいでいた。彼は研究と発明を趣味というか、生きがいとするほど知的好奇心が旺盛な人物であった。そんな彼は今さっき、研究室の窓からとんでもないデカさのワイバーンと、それに吊られた妙な物を見て慌てて、それに駆け寄ったのだ。

 

「こ、これは一体?ってナツミ君!?まあいい、ナツミ君これはなんだい?よければ私に説明してくれないかね?」

 

 ジンガと共にゼロ戦を地面に下ろす作業をしていたナツミを見つけると、興奮した様子でコルベールは話しかける。

 

「ああ、コルベール先生、ちょうどいいところに」

「ん?なにかね」

「これを置いといても怒られないとこってありますか?」

「そうだね、アウストリ広場ならあまり人が来ないから、そこなら問題はないと思うが……」

 

 コルベールの言葉を聞くと、ナツミは下ろす作業を中断する。

 

「姐御ーどうすんの?」

「じゃあ、もうそこの広場に移動しちゃおう」

「りょうかーい」

 

 ナツミの言葉にジンガはゼロ戦を再びワイバーンへと括りつけ始める。

 

「いや、ナツミ君。これがなんだか聞いているんだが……」

「これですか?これは飛行機って言って空を飛ぶものです」

「そ、空を飛ぶ?それにしてはこの翼の様なものは羽ばたく様には出来てないようだが……どういう仕組

か説明してもらえないかね」

 

 興味の対象としてゼロ戦を完全ロックオンしたコルベールはナツミへ詰め寄るより質問を浴びせてくる。

ナツミはそのあまりの剣幕に若干引き気味になりながらもゼロ戦をワイバーンに括りつける作業をなんとかこなす。その隣でコルベールは瞳をきらきらと輝かせながら、ナツミの答えを待っている。

ナツミとしてはコルベールの人柄はある程度知っていて決して悪い人ではないのは知っていたが、こうなった人間がどれほど厄介かも同時に知っていた。

 そこで、全てを丸投げすることに決めた。

 そうエルジンに。

 

「……先生。後からあたしがいた世界でこういうのに詳しい人間を召喚するので、その人に聞いてみて下さい」

「おお!人間の召喚ですと!?それはそれで興味深い……いや!今はこれに詳しい人から話を聞けることに喜びましょう!」

 

 更なる興奮を見せるコルベールにナツミは小さな溜息をつきながらその場を後にした

 

 

 あれから二週間近くの時が過ぎ去っていた。ゼロ戦をアウストリの広場へゼロ戦を移動した後、一行の帰りを何処からか嗅ぎつけた学院長に学院生徒三人娘が呼び出され、学院中の掃除を無断外出の罰として言い渡されたりとルイズ以下学生組は大変そうであったが、一使い魔に過ぎないナツミには特にお咎めはなく、まったりとナツミは過ごしていた。

 そんなのんきな使い魔の横では結婚式は来月に迫ったというのに一向に(みことのり)が出来ずひいこら言ってる主人の姿があったようななかったような。

 

 というわけで今日も今日とて暇なナツミは、ゼロ戦の様子を見るためにアウストリ広場へと足を運んでいた。なんでも、ゼロ戦の燃料となるガソリンの合成にコルベールが成功したらしく、今日はプロペラを回すとかなんとかエルジンが昨日はしゃいでいたためだ。

 本来なら面倒事を押し付けるつもりで召喚したエルジンであったが、コルベールとは何故か無性に馬が合ったらしく、碌にリィンバウムに帰らずにゼロ戦の研究をコルベールと一緒にやっていた。その情熱は凄まじく、本来互いの世界に存在しなかったゼロ戦の仕組みや、航空力学といった学問まで理解し始める領域まで達しつつあった。

 やはり言うか、当たり前と言うべきかゼロ戦と高度な機械を調べていたエルジンがコルベールをややリードし、ディテクトマジックで機体を分解せずに内部構造を調べることができるコルベールが補助するという互いが互いを補えるのが二人の研究心をより高めていた。

 もはや二人には年の差を超えた友情が芽生えているようであった。

 

「相棒、またあの変なのを見に行くのかい?」

「まあね。あたしも暇だし」

 

 ナツミが言葉を返すのは背中に背負われたデルフリンガー、通称デルフ。

 言葉を話す器物インテリジェンスソードに分類される剣である。本人曰く六千年前に誕生したらしいが、記憶はところどころが抜けてるし、その本体も錆びている為、威厳は欠片もない。いや、錆びているから古い物だとは分かるが、錆びているが故に威厳もなにもあったものではない。

 なので最近は鞘にしまいっぱなしで、ナツミの背に背負われていたが、ナツミがミノタウロス戦でちょっことだけ使った折に寂しげな声をあげていたのを、最近思い出して鞘に入れたままでも喋れるように改良してもらったのだ。

 ちなみに改良したのはエルジンとコルベール。ちょうどいい息抜きだといいながら、嬉々迫る表情の二人に無情にも預けられるデルフ。その後の事はデルフ曰く

 

「回転する変なのをつけられそうになった……」

 

 もう二度と一人(?)でエルジン、コルベールとは会いたくないと話すほどのトラウマをデルフは二人に刻まれて帰ってきた。そしてその心の傷を代償にナツミ達と鞘に入ったままでも喋られるようになったのだ。

というか鞘をデルフの口にあたる鍔に干渉しないようにしただけで、デルフを弄る必要は実はなかったことを彼女たちは知らない。

 そんな恐ろしいことは抜きにして、皆と話ができるようになったデルフはかなり嬉しそうであったのはナツミにとっても喜ばしいことであった。

 

 二人が取り留めもない会話をするうちに目的地、アウストリの広場が見えてくる。広場の隅にはゼロ戦が鎮座し、その周りをエルジン、コルベールがわたわたと走りまわり、それをエスガルドが傍観していた。

 

「調子はどう?エスガルド」

「ム、誓約者殿、丁度がそりんヲ入レテ、えんじんヲ回シタトコロダ」

「なんかわたわたしてるけど問題でもあったの」

 

 そう言ってナツミが視線を向ける先にいる二人はエルジンがコクピットに頭を突っ込んでメモをとったり、コルベールが機体にディテクトマジックをかけてメモをとったりと、問題がないようには見えない。

 

「イヤ、電気系統ガ息ヲ吹キ返シタヨウデナ。ソレガドウイッタ役割ヲ担ッテイルカ、記録ヲトリタイソウダ」

「あっそ」

 

 ここ一週間で知った二人の異様な研究心を再び垣間見たナツミは密かに溜息をついた。この様子ではナツミが密かに楽しみにしていた飛行試験は当分お預けになりそうだからだ。

 興味深い~!、なるほど!を二人が壊れたレコードのように無限再生しているのをエスガルドと呆れながら見ていると、ふいにデルフリンガーがエスガルドに声をかける。

 

「よう、紅いの」

「ン、でるふカ、ナニカ用カ?」

 

 長い時をお互いに生きてきたせいか二人(?)は通じあう部分が多かったようで、話はする程度の中だったりする。

 

「いや特に用って程のもんじゃねぇんだけどさ、あの小僧とよく一緒に居られるなってね」

「?意味ガヨクワカラン、えるじんハ良キ人間ダ。本来、過去二私ノ故郷ガりぃんばうむ二シタ行イカラ怯エラレテモ憎マレテモ文句ハ言エナイ、ダガ、えるじんハソンナ私ヲ仲間ダト言ッテクレタ」

 

 エスガルド達、機械兵は本来生まれ故郷、機界(ロレイラル)で作られ異世界たるリィンバウムを侵略するという使命を帯びてリィンバウムの大地へと降り立ったのだ。

 強靭にして頑健極まる彼らの体に、当時の人々はなすすべも無く屠られと伝えられている。そう、リィンバウムの人々にとって機械兵とは悪魔程までいかなくとも十分に恐怖に値する存在なのだ。

 だが、そんなエスガルドをエルジンは簡単に受け入れて入れた。

 

「そうか、何も分からねぇで好き勝手言って悪かった!」

 

 エスガルドの話を聞いて、素直に謝罪するデルフ。

 

「分カッテモラエレバ、ソレデイイ。アマリ気二シナイデクレ」

「でもよ、あの小僧が良い奴だってのは分ったけど、あの回転するあれだけはなんとかしてほしいぜ」

「回転スル……?アア、どりるノコトカ」

「確かそんな名前だったな……思い出したくも……っ!」

 

 忌むべき名を思い出して、人間なら渋面を浮かべているだろう声色で喋るデルフの言葉が途中でなにかに気付き中断される。

 なぜなら、自分に近いと思っていた人外の知り合いの右腕に――――

 

「割ト使イ勝手ハ良イゾ?」

 

 チュイイイインと軽快な音を立てるドリルが付いていたのだから。

 

 

 

 

 

 エルジンとコルベールが最早天井知らずではしゃいでから数日。ラ・ローシェルの上空に新生アルビオン政府の客人を迎えるために、トリステイン艦隊旗艦のメルカトールが艦隊を率いて停泊していた。

 しかし、その迎えるべき客―新生アルビオン政府―は約束の刻限をとうに過ぎた今もその姿を見せないでいた。

 

「やつらは遅いな、艦長」

 

イライラした様子で艦長―フェヴィス―に声をかけるのは、この艦隊の司令官であるラ・ラメー伯爵であった。

声をかけられた艦長も苦虫を噛み潰したように呟いた。

 

「自らの王に手をかけた躾のなっていない駄犬は、駄犬なりに着飾っているのでしょうな」

 

 その声が聞こえたのか、鐘楼(しょうろう)へと上がっていた見張りの兵が、大声で艦隊の接近を告げた。

 

「左上方より、艦隊!」

 

 兵の声に、二人がその方向へ顔を向けると、呆れる程大きな艦を先頭にアルビオン艦隊がこちらへ悠然と降下してくるところであった。

 

「あれが、アルビオンのロイヤル・ソヴリン級か……戦場では会いたくないものだな」

 

 ラ・ラメー伯爵のその言葉は奇しくも数十分後に現実となるだが、それを現在トリステイン艦隊が知る術はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 親善訪問だと思っていたトリステイン艦隊がアルビオン艦隊の卑劣な騙し討ちにより、なす術もなく轟沈していく様子にレキシントン艦長のボーウッドは悼むような視線を送っていた。誇りあるアルビオン艦隊が騙し討ちで敵の艦を屠っていくさまは、王をこの手にかけてしまった自分が堕ちるところまで堕ちたと実感するには十分すぎるほどの衝撃を彼に与えていた。

 だが、戦争はまだ始まったばかり、誇りなき自分なれどこの身は軍人と、ボーウッドは頭を振って意識を

変えた。それと同時に自らの隣にいるこの艦隊の司令長官ジョンストンを覗き見る。

 クロムウェルの信任が厚いというだけで司令長官についたジョンストンは実戦の指揮をとったことがない名ばかりの司令長官であった。そのジョンストンはまだ戦いが終わってもいないうちから両手を挙げて万歳万歳と馬鹿みたいに大はしゃぎしていた。王を手にかけ、騙し討ちをし、打ち倒された敵に敬意を示すこともしない。一切の誇りを感じない今のアルビオン政府の権化のような男を見て、切り替えたはずのボーウッドの感情が軋んだ様な音を出した。

 

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院に、アルビオンの宣戦布告の報が入ったのは、翌朝の事だった。王宮が混乱を極めたため、連絡が遅れてしまったのだ。

 ちょうどその時ルイズとナツミがアンリエッタの三週間後控えたに結婚式の会場に向かうために、王宮からの馬車を待っているところであった。ちなみに詔は出来てなかった。そして朝もやの中から現れた馬車は二人が待っていた馬車ではなく、息を切らせた一人の使者であった。使者は慌てた様子で二人から学院長の居場所を聞くと足早に去って行く。その尋常ならざる様子に、只事ではないと感じた二人は、使者の後を追い駆けた。

 

 

 学院長室へと飛び込んだ使者の話を話を盗み聞いた二人は、顔色を変えた。戦争が勃発したことにも驚いたが、それ以上にその戦場に驚きの表情を浮かべる。的であるアルビオン新政府はラ・ローシェルの近郊に位置するタルブの村の草原に上陸し、タルブの村の制圧行動を開始したという。

 そして更に不味いことに、それの迎撃に出たアストン辺境伯を含む戦力は全滅したと。

 ならば、今タルブの村の周囲には味方はいない。そして、そこには二人の知り合いが休暇で滞在中なのだ。

そこまで思い至ったナツミは即座に顔を真っ青にさせる。そして瞬く間に窓に向かって駆け出した。

 

「ワイバーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!」

 

 凛と透き通るような声を出すと同時に乱暴に窓を開け放つと、ナツミは思い切りそこから両手を広げて飛び出す。即座にナツミの肉体は重力の影響を受け、地面に向かって落下を開始する。ばたばたと彼女の服が、風圧で騒々しい音を立てる。

 

「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 地面にナツミの体が叩き付けられる前に、大音量の咆哮が辺りに響き、ナツミは頼りがいのある相棒の背に降り立った。

 

「ワイバーン。シエスタの村に向かって、全速力で!」

「gall」

 

 ナツミの必死の願いを込めてワイバーンへと指示を出すが、ワイバーンは何故か動かない。

 

「ワイバーンどうしたのって……わあああああああ!?」

「きゃあああああああああああ!?」

 

 どすん!っという音が相応しい感じでナツミが飛び降りた窓から、ルイズがナツミの真上へ降ってきた。女の子が空から降ってくるなんて想像もしていなかったナツミはそれはそれは物の見事に押しつぶされる。

 

「い、痛ったぁぁって、だ、大丈夫ナツミ!?」

「う、る、ルイズ何やってんのよ……」

「シエスタのところに行くんでしょ私も行くわよ!」

「で、でも危ないわよ。戦争よ、ルイズは残ってて!」

「使い魔が戦争に行くっていうのに、主が安全な場所でのうのうとしているわけには行かないわ、私も連れて行きなさい!……それにシエスタが心配だし」

 

 こうなったルイズは梃子でも動かない、頑固の中の頑固だ。ナツミは諦めたように、溜息を一つするとワイバーンの鱗を一撫でする。ワイバーンはそれだけで主の意を汲むと、咆哮一息、タルブの村へ全速で向かうのであった。

 

「きゃあああああああ!!…………あ………あ……あ…あ…!」

 

 ルイズの悲壮な悲鳴を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 ナツミ達が到着する幾分か前、焼き払われたタルブの村に一人の少女が戻っていた。夜も覚めやらぬうちなら、誰にも見つからずに、生家に戻れると踏んだからである。

 少女の名前はシエスタ。ナツミの故郷、名も無き世界のとある島国の血をその身に伝える少女である。シエスタ達、タルブの村の者のほとんどは、アルビオン軍が来る前に、人の手がほとんど入っていない深い森が広がる南の森へ逃げていたため、人的被害は受けていなかった。

 その代わりに、彼女の愛した美しかった草原は焼き払われ、家屋や畑など物的被害はあまりに大きかったが。そしてシエスタの家もその例外ではなかった。

 全壊とまではいかなかったが、見る影もなく破壊された生家を見てシエスタは思わず涙腺が緩む。

 だが、そんな場合ではない。彼女は目的があって家族の目を盗んでまでこの生家に戻ってきたのだ。

 

 幸いシエスタの目当ての物は元の場所に置いたままにしてあった。石のようなそれは火災の影響を受けず、シエスタがその手に納めると灰色の輝きを放ち出す。

 

「良かった……」

 

 おそらく自分の友人だある少女ナツミが落としたと思われるそれを見つけたことに安堵すると、シエスタは足早に生家を後にする。だが、それを回収できたことに安堵していたのか、注意力が散漫になっていたシエスタは村に戻ってきたときの精細さを欠いていた。

 焼け果て誰の家とも分からなくなった家の角を曲がった時。ドンっと、なにかにぶつかった。それがなにかをシエスタが確認する前に、彼女の腕はなにかに掴まれる。

 

「きゃあ!?」

「いってぇな!この村の娘か?やっと一人見つけたぜ!」

 

 それはアルビオン軍に雇われた傭兵の男であった。傭兵の男が大声をあげるとその声を聞きつけた別の傭兵達が集まってくる。

 

「おお!誰もいねぇと思ったら、いるじゃねぇか!」

「しかも、結構上玉じゃねぇか!」

 

 下卑た男たちの笑い声にシエスタは己が身に降り注がんとする脅威に気付く。それから逃れようと腕を振り払おうとするが、悲しいかな少女の細腕では戦を生業とする傭兵の男の腕を振り払う力は無かった。男はシエスタの抵抗が気に入ったのかそのまま押し倒しにかかろうとする。

 だが、それは眩いばかりの光に阻止された。

 

「ぐおおおお、なんだってんだ!?」

「目が開けてられねぇ!」

 

 光は収まることなくシエスタを守るように輝いていた。

 

「え、何?名前……?名前を呼べばいいの?」

 

 シエスタは光に包まれながら、自らを守る声を聴く。

 

「ちっ!メイジか?」

「なんでもいい、一斉にかかればいいだけだろ!!」

 

 シエスタを、欲望の対象にした傭兵達は多少の障害でそれを辞める程、理性的ではなかった。だが、シエスタの視界に彼らの姿は映ってなかった。

 ただ、彼女は呼ぶ、異世界から彼女に声を掛ける者を、彼女を護らんとするものを……。

 彼の者の名は――――――。

 

「貴方の名前は」

 

 

 

 

「エレキメデス!!」

 

 

 その瞬間、巨大な蛇のような紫電が周囲一帯を黒く焦がし尽くした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 虚無の力

「シビレっ!?」

「ビリッ!?」

 

 間抜けな声をあげてシエスタを辱めようとした傭兵どもは電気ショックを受けバタバタと気絶する。

 

 エレキメデス。

 機界に属する召喚獣で有線式の旧型機、威力はあるが電力消費の効率が悪い為あまり生産されなかったとされるものであるが、召喚獣としては広い範囲攻撃を持ち、憑依召喚も可能な汎用性の高さを持っている。

 エレキメデスはその背後にシエスタを庇い、離れていたため自身の攻撃から逃れた傭兵達からシエスタを守っていた。その様子に、シエスタは予想だにしなかった事態ではあったもののエレキメデスに怯えもせず、その己を守る異形の鋼を呆けたように眺めていた。曽祖父の残したゼロ戦に近いその金属の光沢はこの世界では決して見る事が出来ないもの、シエスタはそれに強く惹かれていた。

 

「貴方、私を守ってくれてるの?」

「ビリリ!」

 

 エスガルドと違って言語回路を有していないエレキメデスは流暢に喋ることは出来ないが言葉を解すことは容易い。シエスタの言葉に力強く、エレキメデスなりの言葉で答える。

 シエスタはその頼りがいがありつつも何処か可愛らしい言葉に少しほほ笑むと、彼に指示を出す。自分の故郷を、大切な風景を汚された怒りを込めて。

 

「あの人たちを追い払って!」

「ビリビリ!」

 

 再び紫電は周囲を包み込んだ。

 

 

 

 ナツミ達がとんでもない速さでタルブ村まで到着すると、この世界では居るはずのない召喚獣―エレキメデス―が次から次へと傭兵達を気絶させるという予想外の光景が広がっていた。

 エレキメデスの尻尾にはシエスタが抱かれ、何故かのりのりでエレキメデスに指示を出している。傭兵の中には貴族崩れが幾人もいるのか、エレキメデスに向って杖を振っているが強力な磁場を周りに発生させているエレキメデスにそんなものは通用しない。

 今、エレキメデスが発生させている磁場の強度は対戦車ライフルでさえ受け止めるほど強力なものであった。エレキメデスは雷撃を巧みに操り次から次へと傭兵達を戦闘不能にし、電撃が効きにくいゴーレムは、磁場を操り即席の砂鉄の鞭を操って屠っていく。

 まるで敵を寄せ付けない圧倒的な戦力差だった。

 

「あれ?エレキメデスってあんなことできたんだ」

 

 全ての召喚獣の力を行使できる誓約者(リンカー)とはいえど、多用する召喚獣とそうでないものは存在するエレキメデスはちょうどナツミがあまり使わない召喚獣なのでそのスペックはあまり理解していなかった。

 というか。

 

「ってかなんでシエスタが召喚術使えんの!?どういうこと?え?」

「ナツミ!あれシエスタじゃないの!?助けないと!」

 

 頭を抱えるナツミにルイズは冷静だった。いや、ほんとはかなりここに来るまでに、ワイバーンの最高速に何度も死にかけたが、途中でルイズに身体強化の憑依召喚をすればいいことに今更ながら気付いたナツミにより、ナックルキティをその身に宿して得た余裕故だったりする。そんなルイズの指摘を受けて、ナツミはワイバーンをエレキメデスのもとへと急行させる。

 

「シエスタ!」

「ナツミちゃん!?」

 

 突然空から現れた友人に驚くシエスタ。ワイバーンはそのままエレキメデスの脇へと降り立つと咆哮を一つする。

 

「gaaaaaa!!!!!」

 

 天まで届けと言わんばかりの咆哮に傭兵達はしり込みし、攻撃の手を思わず止めてしまう。今、このワイバーンの矛先を向けられれば確実にお陀仏することを彼らは感じているようであった。ナツミは攻撃の手が止まったのを確認すると、ワイバーンの背から降り、シエスタの元へと駆け寄った。

 

「シエスタ無事だったんだ……良かった……」

 

 タルブの村の見る影もない有様に最悪の事態が嫌が応にも頭によぎったナツミはシエスタの変わらぬ姿に思わず目頭を熱くさせた。シエスタもそんなナツミの姿を見ると、今まで忘れていた恐怖が蘇ったのかぽろぽろと涙を零す。

 エレキメデスはそんなシエスタの気持ちを汲んだのか、そっとシエスタをナツミの傍へ下ろした。傍に降り立ったシエスタにナツミは思わず抱きつき、シエスタもそれに応えるように抱き返す。

 

「う、怖かったよ……ナツミちゃん……」

「もう大丈夫よシエスタ。怪我は無い?家の人は皆無事だった?」

「うん。皆無事だよ、今は南の森に皆避難してる」

 

 そっか、とナツミは再び胸を撫で下ろす。そしてもう一つ気になっていた事をシエスタへ問うた。

 

「シエスタ……これどうしたの?」

 

 そう言ってナツミが指差すのはこの世界には存在しないはずのイレギュラーである召喚獣―エレキメデス―。

 

「え、なんか光る石から出てきたんだけど……」

「それってこんな石じゃなかった?」

「あ!わたしが拾った石にそっくり!」

 

ナツミが取り出した機界属性のサモナイト石を見て、目をまんまるにして驚くシエスタ。

 

「えっと、どこで拾ったの?」

「『竜の羽衣』があった寺院にナツミちゃんが帰った後に見つけたんだけど……やっぱりナツミちゃんのだったの?」

 

 ナツミはなんとなく予想通りの回答に若干怒りを覚えていた。

 エレキメデスはこの元々、この世界に存在しない。偶々この世界にゼロ戦や破壊の杖の様に迷い込んだ可能性も考えてはいたが、それが屋内しかも、ナツミ達が訪れた場所であれば落とした痴れ者が誰であるか位分かる。

 この召喚獣エレキメデスは機界属性召喚師―エルジン―が落としたものだと。自分で誓約した家族の様な召喚獣を落とすなど、それでもエルゴの守護者に名を連ねるものなのかと、まぁそのおかげでシエスタは無事だった事はこの上無く良かったことではあるが。

 

「……エルジン。怒って良いやら、褒めて良いやら、微妙ね」

「ナツミ!」

 

 ナツミの怒りの声とルイズの叫び声が同時に響く。その声色にナツミは意識を切り替えるナツミ。

 

「っどうしたの?ルイズ」

「すっごい数の竜騎兵がこっちに向かって飛んできてる!私たちに気付いたのかも!」

「……」

 

 ルイズの言葉にナツミは数瞬、考えを張り巡らせるが、即座に中断。自分に頭脳労働は適していない。そんなことは一年以上前の魔王との戦いより前から承知している。

 

「ソル!」

 

 頼れるパートナー、ソル・セルボルト。頭脳労働担当をリィンバウムから問答無用で喚び出す。

 

「ん?またか……で、どうした?」

 

 流石に何度も召喚されているだけあり、ソルは大して驚きもせずに、ナツミに説明を求める。何を言われなくても、切羽詰まった表情を浮かべるナツミに何かあった事を看過していたのだ。

 

 

 

「なるほど、確かに時間が無いな……ナツミ、ジンガを呼べ、あと適当に小回りが利いて攻撃力も高い召喚獣を召喚しておいてくれ。シエスタはこのままエレキメデスと一緒にいろ。無理に戦わなくてもいいからな。あとナツミはワイバーンで竜騎兵の相手をしてくれ」

 

 ナツミの話を聞き即座に状況を理解したソルがナツミへと指示を出す。ルイズは下に居ても流れ矢の危険もあるのでワイバーンにそのまま騎乗することになった。ナックルキティによる身体強化もしているのでワイバーンの規格外の空中戦でも耐えられるだろうという判断がそこにはあった。

 

「了解!ジンガ!えっと後はミミエット!」

 

 再度、光が溢れ、ジンガと幻獣界(メイトルパ)の女性獣人格闘家のミミエットが召喚される。ミミエットは体格で言えばタバサほど、頭には兎の耳を付けた可愛らしい少女の姿をしている、だがそれは表面だけだ素手で大岩は破壊するし、どこぞの戦闘民族よろしくのエネルギー弾を手から無尽蔵に放てるとんでも召喚獣なのだ。

 その召喚術ランクはなんとAランク、ワイバーンと同じと言えばどれほど強力な召喚獣か分りやすいだろう。

 

 ナツミは二人を召喚すると、軽快にワイバーンの背に乗り、竜騎兵と相対する為に空へと上がろうとする。

 

「ナツミ!ここは俺達の世界じゃない、……それは分ってるよな」

 

 諭すようで何処か答えはもう分っているような声色でソルはナツミへ声をかける。

 

「分ってるよ、でも今あたしが居る国が、お世話になった人たちが居る国が他の国に攻められてるのは見過ごせないよ。それに……」

 

 爆風とともにワイバーンは空へと凱旋する。主人の友人の国の空を汚す愚か者どもを全て薙ぎ払わんと。

 

 

 

「ったくあいつらしいよ」

 

 くっと苦笑するソル、その耳には先程ナツミは静かにそれでいて誇らしげに告げた言葉が残っていた。

 

「それに、もう他の世界を救ったんだから今更よ……か、救われたこっちとしてはそれを言われちゃ、言い返せねえじゃねぇか」

 

 そう言って腕まくりをするソル。その目の前にはワイバーンが居なくなったのを好機と見たのか、大勢の傭兵がこちらへと突撃しているのが見える。それを迎撃とソルは召喚術を行使する。

 

「来いタケシー!ゲレレサンダー!」

 

 それに続く様に二人の格闘家が戦場に躍り出た。

 

 

 

 

 陸で戦端が開かれたと同時に、空でも戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。とんでもないデカさのワイバーンがラ・ローシェルをこれまたとんでもない速度で突っ切っていった。

との報告を受けて、トリステインの竜騎士を無傷で蹂躙したハルケギニア最強との誉れを受けるアルビオン竜騎士達が全戦力でそれを迎え撃たんと空へ展開していた。

 本来であればワイバーンなぞ多くて一個小隊、四人編成で向かわせてもお釣りがくるほどであったが、竜騎士隊の隊長に任命されていた元トリステイン、グリフォン隊の隊長であるワルドが全員でこれに当たると指示を出したため、アルビオン艦隊、竜騎士総勢七十八騎がワイバーンが飛んで行った方角に並び警戒に当たっていた。

 

「ったく!トリステインから来た隊長殿はよっぽどの腕の持ち主みてぇだな」

「まったくだ、たかだかワイバーンでハルケギニア最強の腕を持つ我らが一騎でも落とされぬよう配慮してらっしゃる!」

 

 最前列で哨戒に当たるアルビオン竜騎士隊の面々はワルドに不平を漏らす、こうしている間にもトリステイン王軍はこちらよりは兵力は劣るとはいえ着々と陣を敷いているのだ。なのにそれの牽制を等閑(なおざり)にして、たかだかワイバーン一匹にここまで警戒している。彼らからすればまったくもって馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 確かに、アルビオン否、ハルケギニア最強とまで謳われたレキシントンがワイバーン一匹と中規模の軍艦に中破されたというまことしやかな噂が流れたが、それも公式には新型の大砲を取り付けるための換装目的だと彼らは聞かされていたのだ。

 ああ、もしアルビオン新政府が体面など考えずにきちんと巨大ワイバーンに注意すべしと、末端まで情報を共有していれば、この後の惨劇もまだましなものなったのかも知れない。どちらにしても怒れるワイバーンとその主にあった時点で彼らに勝利の二文字は無かったのだが。

 

 

 空という名の戦場を一つの巨大な影が支配する。その影は己よりも圧倒的に多い敵を歯牙にも掛けずただ一方的に蹂躙する。まだそれの影と戦えるものはそれだけで勇者と呼ばれ賞賛されてもよいほどの圧倒的な力の前になすすべも無く減っていく様子に更に竜騎士達の戦意は絶望的なまでに下がっていった。

 

「galluu!!」

 

 咆哮とともに竜騎士を遥かに上回る速度で背後に回ったワイバーンは、その翼を火竜に叩きつける。

 

「gaaaa!!」

 

 悲鳴のような叫びをあげて火竜は、ふらふらと地面に向かって落下していく。搭乗していたメイジは咄嗟にレビテーションを唱えたのか、その落下速度は穏やかでその落下速度なら死にことはないのは明白であった。

だが、先の攻撃からはっきりしたことがあった。

 敵のワイバーン及び、その搭乗者は手加減していると、この圧倒的な物量を前になお手加減していると。その事実をしったアルビオン竜騎士の面々は怯えをかき消すほどの怒りを覚えていた。

 ハルケギニア最強の我らが手心を加えられている。その事実はプライドの高い貴族である彼らにとっては許し難い屈辱。怒りとともに彼らはワイバーンを囲むように陣形を変える。

 

「奴を囲んで誘導しろ!」

 

 そう指示を出すのは竜騎士隊の副隊長。なぜか本来指揮を執るはずのワルドの姿が見えないため、この隊で第二位の指揮権を持つ彼が臨時で指揮を執っていた。

 

「ちっ!あのトリステイン貴族めが!臆病風に吹かれて逃げよったか!?これだから裏切り者は信用ならん!」

 

 自分も祖国アルビオンの王族を裏切ったのを棚に上げて、姿を消したワルドを罵倒する副隊長。そうしている間にも次々と隊員は戦闘不能に追い込まれ不時着していく。その様子に副隊長も焦燥をより深くさせる。

 

「くっもう少しだ!もう少し持ち堪えろ!」

 

 現在の竜騎士はワイバーンに怯えて戦闘不能になった竜が二十、そして撃墜されたのが十五あまり、最初の攻撃でまともにやって兵が無駄に減らされるだけだと判断した副隊長の広範囲に展開し、回避に徹するという指示でなんとか半分は保てているが、このままでは全滅するのは目に見えていた。だが、副隊長には秘策があった。

それは

 

「よし、予定地点に到着した全騎散開!」

 

 杖を高らかにあげて、そう指示を出すと精鋭と呼ばれたアルビオン竜騎兵隊は一糸乱れぬ動きを見せて四方へ散る。そしてそれを待っていたかのようにレキシントンが誇る禍々しいとまで評される主砲がワイバーンに向かって火を噴いた。

 

 

「よし!」

 

 そう言って飛び跳ねるようにしてはしゃぐのは今回の作戦の総司令官であるジョンストン。

 連続して発射される主砲とワイバーンへの着弾を示す煙を喜んで見ている。その貴族らしからぬ子供のようなはしゃぎように眉を(しか)めながらボーウッドもその様子を注視していた。

 ゆっくりと煙が―――――否、突風が吹き荒れ煙が瞬く間に霧散する。

 そして、そこには

 

「gaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 咆哮とともに全くの無傷のワイバーンが姿を現した。

 

「バ、馬鹿な……っ!」

「……化け物」

 

 ボーウッドとジョンストンがそれぞれ驚愕を露わにする。新型の主砲はクロムウェルが信頼する東方から来たという女性、シェフィールドによる新技術を駆使したハルケギニアに今まで存在していなかった名実と共に最強の砲である。それを生身の生物に傷一つつけることさえ出来ないなどと誰が想像するだろう。

 

「っ!」

 

 驚愕も冷めやらぬうちにワイバーンから巨大な火球がこちらに向かって飛んでくる火球はレキシントンの長大極まる射程ぎりぎりから放たれたにも関わらず、全く減衰することなく飛来してくる。驚愕と恐怖でなにもできないレキシントンに迫る脅威、誰もが当たると思われたその攻撃はレキシントンをわずかに掠め、遥か後方に飛んで行く。

 ただそれだけで恐ろしい振動がレキシントンに襲い掛かる。

 

「くっ、なんてやつだ。こちらの主砲以上の射程のブレスだと……くっあの噂は本当であった。まさか本当に韻竜なのか……!?」

 

 ボーウッドが噂程度の聞いた前任の艦長が退任まで追い込まれたワイバーンと思われる怪物……。上層部が隠していた為に詳しく聞くことは出来なかったが、おそらく今、この空を支配しつつあるこのワイバーンがそれなのであろうとボーウッドは感じていた。というかこんな化け物がまだいるなど考えたくもない。

 ボーウッドは吹き出る冷や汗を拭うことも出来ず、これからの戦略を……絶望的な撤退戦まで頭に入れて練り始めた。

 

 

 

「そこっ!」

「ga!」

 

 ナツミの支持を即座に受けたワイバーンが目にも止まらぬ速さで竜騎士の一体の背後に回り、右足を振り下ろす、只それだけで強固な鱗をばらばらにされ火竜は地面に落下していく。

 レキシントンの主砲を無傷で凌いだことで、ただでさえ最悪であった竜騎士の戦意はがたがたであった。天を貫く咆哮を再度するとそれだけで多くの火竜が背に乗せた主を振り払う勢いで逃げていく。もはやナツミの前に立ち塞がる竜騎士は僅かに数騎。

 それらももはや積極的に攻勢に出る気は無いようで、遠巻きに様子を見ている程度であった。それを確認したナツミは、次に艦隊目掛けてワイバーンを向かわせる。

 

「この大きいのをなんとかしないと……ってどうしよう?落とすのは簡単なんだけど下手に落とすのもあぶないよね」

 

 一方的に戦争を吹っかけられたにも関わらず、ナツミは人を殺すのを躊躇う。もちろん、仲間の命を狙うものであれば彼女とて容赦はしない。が流石に戦艦一隻を落とすのは気が引けた。そんな甘い事を考えるナツミはとりあえずレキシントンへ近づき、砲台もしくは推進機関を破壊しようと試みる。

 

 

「おい、艦長!なにをしている。早く指示を出さんか、竜騎士がワイバーンなぞにやられてしまうぞ!私はアルビオン軍の艦隊と竜騎士を皇帝から任させられているのだぞ!」

 

 ジョンストンは興奮しながらボーウッドに掴みかかり、現在の惨状の追及を未だに移り変わり行く戦場にも関わらずに問いただす。その様子にボーウッドのみならず艦橋にいるクールの皆が呆れた様な目を向ける。

 

「司令長官、お言葉ですが、敵のワイバーンと思われる戦力はこちらの想像を遥かに上回るものです。生半可な戦略でどうにかなるものではありますまい。ここは……」

「言い訳など聞きたくないわ!これは貴様の稚拙な指揮がっ!?」

 

 ジョンストンの喚きを聞きたくなかったボーウッドは言葉の途中でジョンストンの腹に杖を叩き込み強引に意識を奪い、従兵に艦橋から追い出す様に指示を出す。艦橋からジョンストンが運ばれて行く様子を見向きもせずにボーウッドは先程から考えていた作戦を決行することに決める。

 空軍である自分たちは最早あのワイバーンに勝つのは難しい。ならば地上部隊が王都トリステインを落とすを期待するのみ、幸いトリステインの空中戦力は先の騙し討ちでほぼ壊滅。

 ならばトリステイン軍は空中からの支援はこのワイバーン位しかできるものがいないのであろう。そしてそのワイバーンさえ押さえておければ、両方の軍が空中戦力の支援を受けられないという同条件で戦うことができる。

 というかもはや悪あがきにも等しいこの作戦以外彼らに残された手段は無かった。

 

「取り敢えずワイバーンがこちらに近づけないようにしろ。弾種は散弾を仕え弾幕の壁を作って時間稼ぎをするんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 地上。ラ・ローシェル。

 ラ・ローシェルに立てこもっているトリステイン軍はほとんどが信じられない様子で空を仰いでいた。

先程まで彼らに向けられていた艦砲射撃が突然やみ、あれほど空を舞っていた竜騎士が今はほんの数騎のみが残るまでになっていたからだ。

 そして、今まで彼らを打ち砕かんと向いていた砲塔も今は空の彼方へ向けられている。そこには、目を疑うばかりに大きいワイバーンが二十を超える艦隊を相手に全く引くことなく圧倒する光景が広がっていた。その様子に多くのトリステイン貴族が驚いている中、わずかに二人だけ驚きつつもそのワイバーンの正体に心当たりがついていた。

 

「殿下……もしや」

「ええ、枢機卿。私も同じことを考えていました。多分、ナツミさんのワイバーンじゃありませんか?」

「でしょうな、というかあんなワイバーンがもう一体いるなどと考えたくもありませんぞ」

「ですね……でもチャンスではありませんか?」

 

 アンリエッタはマザリーニの目をじっと見つめると思っていたことを思い切って言うことにした。先まで空中戦力により絶大な支援を受けていた敵方の地上部隊。だが、今はその空中戦力は空から強襲してきた脅威を相手取るのみ手一杯、それの煽りを受けて敵方には動揺が広がっていることだろう。

 ならばその動揺が収まる前に相手を潰してしまえばよいのではと。アンリエッタの考えが分かったのか、マザリーニはにやりと微笑みを彼女へ向ける。

 

「殿下の仰る通りですな。勝ち目が薄かったこの戦い……この機を逃す理由などありますまい」

 

 そう言って右手を挙げるマザリーニに応えるようにトリステイン貴族の雄々しく己の杖を雄たけびと共に掲げた。

 

 

 

 地上。タルブ村草原跡地。

ナツミが竜騎士達を次々と戦闘不能に陥らせている中、タルブ村の焼け野原となった草原の戦いに異変が起きていた。ジンガ、ミミエット、ソルそしてエレキメデス&シエスタの大活躍により戦闘不能に陥らせたアルビオン軍の中に異彩を放つ者達が現れた。

 

「ふん♪ふふん♪ふふん♪」

 

 戦場にも関わらずのん気な鼻歌を歌いながら可愛らしいウサ耳少女がスキップで荒れた草原を歩いている。

 だが、アルビオン軍の兵達はそんな少女に油断など一切していない、彼らは既に痛いほどに思い知らされてしまったのだから、この少女がとてつもない力を持っていることに。

 

「う、うわあああぁ!フレイムボール!」

 

 徐々に近づいてくるミミエットに恐怖のタガが遂に限界を迎えたのか、一人のメイジが火のラインスペル、フレイムボールを恐慌そのままに唱えた。人の頭ほどのある火の弾は、逸れることなく、ミミエットへと突き進む。

 

「はぁっ!!」

 

 敵兵の誰もが避けるだろうと半ば諦観して注視する中、ミミエットは全身から光を放ち、フレイムボールをあっさりと打ち消した。

 

「は?」

 

 よく分からない現象に、メイジがポカンと口を開けているとミミエットは僅かに体を撓めると、上空10メートルまで飛び上がる。

 

「うさっ!うさっ!うさ!うさ!うさうさうさうさうさ!!!」

 

 ミミエットが妙な掛け声とともに掌から、無数の光弾がアルビオン兵が立つ、大地へと放つ。地面が音を立てて抉れ、爆発音が響くたびに、地面が揺れる。

 

「ひぃ!」

「うわああぁああ!?」

 

 情けない声をあげて逃げ惑う兵達にミミエットは容赦なかった。

 

「―――――――――――っ!うさ気弾んんっ!!」

 

 ミミエットは一際大きな光弾をその手に生み出し、アルビオン兵を吹き飛ばした。

 

 

 

 

「……ちっ」

 

 だが、敵を圧倒しているにも関わらず、ミミエットは可愛らしい外見には全く似合わない苦々しく舌打ちをする。

 その視線の先には……。

 

 むくり、むくりとアルビオン兵達が次々と起き上がるという光景が広がっていた。起き上がっているのは全員ではなく、いままで倒した敵兵の極僅かではあったが、その姿は不気味としか言いようがなかった。

 もちろんシエスタを除く面々はその程度で臆するほど軟な心臓をしてはいない。殺すのは忍びない、ならどうするか?その答えはソルにとっては問題にもなりはしない……。

 状態異常を起こす霊属性の召喚獣なぞ選択肢が多すぎて逆に困るくらい居るのだ。

 最近は活躍していなかったソルは不敵に笑う。

 

「皆、後ろに下がってろ、パラ・ダリオ!永劫の獄縛!!!」

 

 

 討ち倒された後、何百年も強力な障気を放ち続ける大悪魔の(むくろ)が自身を扱うにたる召喚師―ソル―に召喚され、その力を十二分に発揮する。瘴気は意思があるように、不倒のアルビオン兵へと纏わりつき麻痺性の毒を体内に送り込み、行動不能に陥らせる。

 はずだった。

 

「なにっ!?」

「そんなあのパラ・……なんとかのビリビリするのが効かないっていうのかよ!」

 

 ソル、ジンガが驚きの声をあげる。敵はそんな二人の慌てふためく様子のあざける様子も見せずに近づいてくる。

 

「……パラ・ダリオ?」

 

 敵を攻撃するその時だけの短期召喚故に霊界(サプレス)へと送還されるパラ・ダリオは召喚者であるソルへ目線を送りその姿を霞の様に揺らめかせる。

 

「……あいつらは悪魔が死体を操っているだと……!?おい!まさかそれは霊界から喚ばれた悪魔なのか!?」

 

ー……………ー

 

 掠れる様な、すすり泣くような音をどこからか発しパラ・ダリオは送還されていく。

 

「どういうことだっ!……俺たち以外にリィンバウムから召喚師が来ているのか、それとも……」

「おい!ソル、ぶつぶつ言ってねぇで手伝え!」

 

 思考の海に沈みかけていたソルはジンガの叱咤する声を聴き、はっと我に返る。ソルの想像がなんにせよ。

 

「今はそれどころじゃないか!」

 

 召喚術が再び戦場に咲いた。

 

 

 

 

「あ、始祖の祈祷書持ってきちゃった……落としたらどうしよう」

 

 ワイバーンがレキシントンの上へ回ろうとする中、ルイズはアンリエッタの結婚式の準備のため持っていた始祖の祈祷書を戦場に持ってきたことを今更ながら気付く。そんな戦場にいるには些か以上にのんきなルイズに気付かず、ワイバーンはレキシントンの上へと差し掛かった。

その時、

 

「相棒!後ろだ!」

 

 デルフの警告にナツミは瞬時に反応するとデルフを楯のように体の前に掲げる。瞬間、目の前が白くなり、身に覚えのある痛みが左手と右足に走る。見れば左手には蚯蚓腫れのような傷跡が刻まれ、スカートの太腿に当たる部分が焼け焦げている。。

 

「……あんた!」

「ワルド!!」

 

 ナツミとルイズが同時に反応する。二人の目の前、ワイバーンの背には二人のワルドはこちらに向かって杖を突きだして立っていた。

 

「やれやれ巨大なワイバーンと聞いてやってきてみればやはり君か、それにしても……」

「不意打ちに即座に反応。それでいてライトニング・クラウドをもろに喰らってその程度とは、相変わらずとんでもない化け物だな」

「よくもまぁのこのこと姿が現せたものね。ってか女の子を化け物扱いって……ぶっ飛ばされたいの?」

 

 ルイズを背にするようにワルドを睨み付けるナツミ。

 先の電撃とアルビオンでのやられたことを思い出したのか、怒りによりバカみたいな魔力が溢れ、その魔力にワイバーンが若干怯える。人語をもしワイバーンが話せるなら、そう。

 よそでやれ

 と言ってることであろう。

 

 とは言え、ワイバーンは言葉が話せないし、分かったところで別の場所に移ることも出来ないが。そんなわけでナツミは先手必勝とばかりにワルドに向かい攻撃を敢行する。武器はデルフ。サモナイトソードをこんなところで使えば、さしものワイバーンがただでは済まないからだ。

 ナツミがワルドを一刀のもとに屠ろうとするとワイバーンが大きく揺れ、攻撃の中断を余儀なくされる。

なにごとかとナツミが振り返ると、ルイズのいるほんの隣に位置するワイバーンの鱗が焼け焦げている。もちろんワイバーンにとってその程度の損傷はかすり傷にすらならない。

 だが、ナツミは気付く。

 

「ワルド……あんたホント最低ね!」

 

 そうナツミが空に向かって大声を上げる。そこには風竜に跨るワルドの姿があった。おそらく今ワイバーンの背に乗るワルドは偏在なのであろう。そして、この二人がナツミを打ち取るために送り込まれたのだ。

 ワルド自らの実力でナツミに勝つのは無理だと分かっていた。ならば策を持てばよい。

 二人の偏在が遠距離からナツミを攻撃する。そしてナツミが接近すればルイズを攻撃してワイバーンにそれを避けさせる、ないしずらさせる。そうすればワイバーンの急な挙動でいかにナツミと言えど体勢を崩すのは必然。

 もし、先に風竜を取ろうすれば、火竜とは比べ物にならない機動性を持つ風竜。いかに規格外のワイバーンと言えど、己の背に乗るルイズとナツミを振り払いかねない動きは取れないことから自ずとその挙動は単調になるならば風竜を打ち取るのはかなり難しくなるだろう。

 それがワルドの練った作戦であった。

 ナツミはぐっと歯噛みするとルイズと守るべく、ルイズのもとへと駆け寄った。最悪でもルイズは守らねばとナツミは風竜にも気を配りながら、油断なく偏在二人を睨みつけた。

 

(……どうしよう、どうしよう!!)

 

 ルイズは心中で同じ言葉を繰り返す。ワルドはナツミを休ませぬようドットスペルを散発的に討ち牽制する。ナツミの魔法防御力なら生身で受けても問題にならないそれでもルイズが喰らえば、たちまち上空に投げ出されてしまう。

 ナツミはいちいちそこまで対応せねばならず、がりがり集中力が削れていく。そんなナツミを見て入れれずルイズは思わず、手元の始祖の祈祷書に目を下ろす。

 ルイズはそれを見た瞬間、それまでの焦燥に満ちた心が驚愕にとって代られるのを感じた。ルイズの手本で風圧によりバタバタとそのページをめくらす始祖の祈祷書と、アンリエッタより受け賜った水のルビーが淡く光り輝いていたからだ。

 

 

 

「これより我が知りし真理をこの書に記す……」

 

「神は我にさらなる力を与えられた……」

 

「以下に、我が扱いし“虚無”の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』」

 

「ルイズっ!なにぼーっとしてんのよあたしの後ろに隠れてて!」

 

 ぶつぶつと本を見て呟くルイズにナツミは怒鳴るが、まったく意に介さぬルイズにいよいよルイズが精神をやってしまったのかと少々失礼な事をナツミは考えていた。自分の主が失礼極まることを考えているのも気付かずにルイズは始祖の祈祷書を読みふける。

 

―エルオー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ―

 

「ルイズ?」

 

―オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド―

 

 流れるようにルーンを紡ぐルイズにデルフが突然大声を上げる。

 

「っ思い出したあああああああ!この馬鹿みたいに長い詠唱!それを守るガンダールブ!!!っああああ、なんてこったい!!」

「今度はデルフって、っ!」

 

 軽くトランス状態のルイズ、騒ぐデルフ。まともな味方がいないのを好機と見た偏在二人がルイズとナツミそれぞれにライトニング・クラウドを放つ。ナツミは再び身を焼く苦痛を想像し、顔を顰めながらも主を守るために己の身を壁とするためデルフを構える。

 電光がナツミを包むが、痛みは一切感じない。それを不思議にナツミが思い、構えたデルフを見るとそこには先の錆々とは見違えるばかりの鏡面のように輝く刀身がそこにはあった。

 

「よっしゃあああああああ!!ガンダールヴ、俺の相棒!これが俺のホントの姿だぜ!ちゃっちな魔法なんぞ俺が全部喰ってやんよ!行け!」

 

 その言葉に偏在二人組が狼狽えている事に気付いたナツミはその隙を逃すまいと神速一刀のもとに二人を切り伏せる。そのあまりの速さにナツミ自身が驚いていた。

 ナツミは知る由もない事であったが、主たる虚無が真なる虚無の覚醒を遂げたことでその詠唱を守るために生まれたガンダールヴ。その存在理由とも言うべき詠唱を背後にナツミの心は知らず知らずのうちに震えていた。

 心の震え―それこそがガンダールヴの力の源泉であった。

 

―ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ―

 

 ナツミが偏在を切り伏せる様子をルイズはまるで窓の外から家の中を見る様な、あるいは舞台を観客席から見る様な、そんな感覚で眺めていた。今はただこの詠唱を呪文を……それだけしか彼女の頭にはなかった。

そんなルイズを脇に抱え、ナツミはワイバーン鱗に掴まり、叫ぶ。

 

「ワイバーン!遠慮は要らないわ、やりなさい!」

 

 その声にワイバーンはそれまでとはまったくかけ離れた動きを見せる。主がやれと言ってるのだ。手を抜くのはなおさら失礼に当たるというもの。ワルドはそれでも己よりも上空にいる敵を攻撃できまいと、風竜をワイバーンの背中側に移動させる。

 

「gayaaau!?」

「がっ!?」

 

 

 だが、そんな常識が通じる相手ではなかった。風竜が下からの衝撃に百メートル以上も吹き飛ばされる。ワルドは幸いにも風竜自体がクッションになったにも関わらず強い衝撃が全身を駆け抜ける。

 骨の多くがへし折れたのを感じてワルドの視界はぼやけていく。意識が遠のく最後に彼が見た光景は体を大きく後ろに飛び退かせた―いわゆるサマーソルトの―恰好で尻尾を高々と天へと伸ばすワイバーンの姿であった。

 

 

 ワルドを撃墜させると同時にルイズの呪文の詠唱も佳境を迎えたようであった。

 

―ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……

 

 長い詠唱ののち、呪文が完成する。

 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を理解した。ナツミを召喚した自分の身に宿る力は初歩の初歩の初歩であるはずのこの呪文でさえ途方もない威力を持たせてしまうと。全てを壊す。自分の視界に映る全てを破壊してなおこの呪文は余りある。

 恐怖……ルイズの心に恐怖の二文字が染み渡る。

 憧れて手に入れた魔法。異世界の魔法。それは想像していた綺麗な力ではなかった。生き物を人を傷つけることも出来る力であった。そして彼女が持っていた真の力はそれ以上の力を秘めていた。

 

(でも、この国を滅ぼされたら……それはいやだ!)

 

 傷つけたいわけじゃない。

 ルイズはただ思う。

 異世界から来て自分の使い魔にしてしまった少女は、彼女以上の力を持っていた。そして彼女の力は決して人を傷つけるだけの力ではなかった。だからルイズは彼女に憧れた。

 なら、自分も彼女と同じ道を歩もう、この身に誓うのはただこの国を、大切な家族を仲間を……。

 

「守りたいの!」

 

 自分自身へと誓約するかのようにルイズは大きな声をあげてレキシントン目掛けて杖を振るった。

 

 その瞬間、大きな光の玉がアルビオン艦隊の真上に現れて空を覆い尽くす。光はすさまじい光量を持って戦場にいるすべての者の視界を奪う。そして光が晴れた後、艦隊は炎上していた。すべての艦の帆が、甲板が燃えている。艦隊は次々に地響きを立てて、地面へと不時着していく。

 

 

 

 焼け焦げた草原でその光景を見ていたソルは開いた口が塞がらない様子で、艦隊が火を噴いて不時着してく様子を眺めていた。ある意味、圧巻であるその光景を見ていたソルは続いて更に驚く。

 先程まで、自分達を苦しめるとまではいかないものの手を焼かされていた不気味なアルビオン兵達がばたばたと倒れていく。

 

「なっ!?」

「ん?いきなり倒れてどうしたんだ」

 

 ソルは警戒しながらも、一人の倒れたアルビオン兵に近づき様子を確かめる。アルビオン兵は既に息はなく、ただの屍のようであった。そして、あきらかにおかしい異常をソルは屍を触った時点で気付いていた。

 

「冷たい……いまさっきまで動いていたのに……やはりパラ・ダリオが言う通り、悪魔が死体に憑依していたのか……?」

「おーいソル!なんか偉そうなの拾ってきたぞ」

 

 ソルが思案していると、ミミエットが豪奢な服を来た男を何処からか拾って来たのか抱えながら走り寄って来る。

 

「ん?貴族っぽいってのは分かるが、こっちの世界の事は分からんって……これは!?」

 

 取り敢えず魔法が使えないように杖を奪おうと服をまさぐったソルは、予想もしていなかったものを見つけて驚愕の表情を浮かべた。

 

「どうしたソル?金目のものでもあったか?」

 

 俗っぽい事をいうミミエットは無視して、ソルは|それ(・・)を手に取った。

 

「これは……魅魔の宝玉の欠片が何故ハルケギニアに……?」

 

 戦闘はもう終息に向かっていたが、悪魔に魅魔の宝玉の欠片……。この戦争の裏に渦巻く大きな何かを睨むようにソルは天へ仰ぎ見た。

 

第三章   了

 

 




とりあえず三章終了。
シエスタ無双はここから始まった……。とある読者の方からの感想で考えてみたらシエスタって名も無き世界の血を継いでますよねと言われ、メイド召喚師へと相成ったという。
自分だけじゃこんなアイディアは生まれませんでした。読者の方々の感想にはいつも励まされたり、執筆のネタを提供して頂いたりといつもお世話になっております。
この場を借りてお礼申し上げます。いつもありがとうございます。


さて今後の更新は少し、間を置いてから四章へと突入します。内容の手直しや誤字を修正なのでそうは時間が掛からないと思いますが、新人のレクチャーやらなんやらがあるので、断言はできなかったり。
四月になり微妙に忙しくなりそうな予感です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 リンカーと誓約の水精霊
第一話 それぞれの戦後


 

 

 トリステイン王国、王都トリスタニアは凄まじいまでの熱気に包まれていた。熱気の発生源はアルビオンの進行を見事に撃退してのけた勇敢なトリステイン王軍を讃える王都の住民達。

 メインストリートのブルドンネ通りでは酒がまるで水のように配られ、多くの食材が並べられていた。不可侵条約は結んだものの、王族排斥と聖地奪還を謳うレコンキスタがいつその条約を反故にするか誰もが心の中で怯えていたのであろう。

 そんな住民達に溢れた大通りを聖獣ユニコーンに引かれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族達の馬車があとに続く。

 

「アンリエッタ王女万歳!」

「トリステイン万歳!」

 

 観衆達は大きな熱狂に包まれている。その歓声ももっともである。なんせ、王女アンリエッタが率いたトリステイン軍は先日、国民が危惧した通り不可侵条約をあっさりと無視して、親善訪問と偽って侵攻してきたアルビオン軍をタルブの草原で見事に打ち破ったのだ。

 数で勝るアルビオン軍から一方的に勝利をもぎ取ったアンリエッタはいまや『聖女』とまで呼ばれる程の人気を民衆から集めていた。そして戦勝記念パレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。

 これは枢機卿を筆頭にほとんどの宮廷貴族、大臣を始めとした有力者が現在空位である王位をアンリエッタにとの流れになったからであった。強国であるアルビオンの進行を真っ向から退けるトリステイン、そしてそれをなした王女アンリエッタ。

 それが国の指導者に足らないはずはないとの意見からであった。

 これにより、帝政ゲルマニアへ嫁ぐはずであったアンリエッタはゲルマニア皇帝との婚約解消を見事に成すことのに成功した。ゲルマニアは当初渋い顔をしていたが、勢いにのったアルビオンを一国で打ち破ったトリステインへ強硬な態度を示すことはできなかった。

 ゲルマニアとて一国でアルビオンを相手に出来るとは思っていない同盟の破棄は論外だ。

何せ、つい最近まで怯える赤子のようなトリステインはではない。赤子のようだと思っていたトリステインはその実、獅子であった。その力を借りなくては危ないのはゲルマニアだ。そう今やトリステインはゲルマニアになくてはならないもの対等、いやそれ以上に頼りになる同盟国になったのだ。つまり、アンリエッタはこの戦いで己の自由をも勝ち取ったのだ。

 

 

 

 枢機卿であるマザリーニは、アンリエッタの戴冠の儀を前にここ何年もの間、背中に圧し掛かっていた重荷が驚くほど軽いのに気付いた。

アンリエッタが女王に即位した後には、国内の政(まつりごと)はアンリエッタに任せ、自分が相談役に徹すればよいからだ。

 

「どうしたのです殿下?浮かぬ顔をなされて」

「いえ、本当に私は即位せねばならないのですか?母様がいるではないですか」

 

 アンリエッタはそういうがアンリエッタの母、マリアンヌ皇太后は王がなくなって以来、本来であれば即位する女王への戴冠を長い間拒み続けていた。理由は亡き夫を未だに偲び続けているからあった。

 そして、アンリエッタを戴冠を一番最初に望んだ人物がマリアンヌであった。やはり長い間王位を空位にしてしまい、国が荒れる原因の一端が自分あるのを多少は自覚していたのか、アンリエッタの人気が絶頂である今が好機だと考えたのであろう。

 その考えは枢機卿も感じていたので反対する理由は無かった。だが、アンリエッタ自身は今回の戦いの勝利は枢機卿や将軍など経験豊富な者たちがいたからだ。

 アンリエッタ自身は王軍のシンボル……それ以上の意味はなかった。

 それにあの勝利は……。

 

「巨大なワイバーンとそれを駆る少女……」

 

 アンリエッタは手にしていた羊皮紙に書かれた報告書に目を落とす。

 そこにはある衛士がまとめた七十を超える竜騎兵をたった一騎で相手にし、勝利したワイバーンを駆る少女についての報告が書かれていた。

火竜を遥かに上回る三十メートルを優に越えたその巨体。レキシントンの新砲の直撃を受けてなお無傷で済ませる堅牢な鱗。多数の敵を相手にし一切の傷を負わせぬ敏捷性。ワイバーンではありえぬ火炎ブレス、しかもそのブレスはレキシントンの新砲の射程を遥かに越える。

そして本能に訴えかける言葉にすることすら憚(はばか)れる圧倒的な畏怖。

 それを震えながらも、どこか畏敬の念を込めて捕虜となったアルビオン竜騎兵の一人は語ったと報告書には記されていた。もちろんそんなワイバーンを駆る少女のメイジなどトリステインにはいない。

 それを疑問に思ったこの衛士は、さらに調査を進め、そのワイバーンを駆っていたのはヴァリエール公爵の三女の使い魔の少女であることを突き止めた。聞けばこの少女は東方、ロバ・アル・カリイエから召喚された異国のメイジだという。

 そこでこの衛士は、ある仮説を立ててた。

 先の戦いの折、敵艦隊を墜落せしめた奇跡の光を生み出したのはこの使い魔の少女ではないかと、メイジの実力を見るには使い魔を見よとの言葉をそのまま信ずれば巨大なワイバーンを自在に駆る少女はまさしく七十を超えるメイジと真っ向から戦えるほどの力があるのではないかと。

 それにエルフとの戦いに明け暮れる東方のメイジであれば、我らも知らぬ魔法を知り得ているのではないかと。だが、艦隊を相手取るメイジ……ことがことだけに衛士は二人への接触はアンリエッタの裁可を待つという形で締められていた。

 トリステイン王国に勝利をもたらしたのはワイバーンと眩い奇蹟の光。

 

「ナツミさん……やっぱり貴女なのですね」

 

 異世界の英雄の名を静かにアンリエッタは口にした。

 

 

 

 舞台は変わり、魔法学院、アウストリ広場。

 ゼロ戦格納庫。

 エルジンとコルベールはゼロ戦を背に新たなる機械へと興味を示していた。彼らの前には先日エルジンが持ち込んだ数多の機械兵の残骸が所狭しと並べられていた。ゆうに機械兵十体分もあるそれを運び込むために二十回以上も召喚送還を繰り返しを強要されたナツミも流石に最後は頭に来てエルジンの脳天に拳骨を叩き込んでいた。

 

「いやあ!実に興味深い、これほど細かい部品をまったくの誤差無く幾つも作り出すとは、機界(ロレイラル)とやらは相当発展していたんですな!!」

「そりゃあそうだよ。これを作るのもまた機械。そしてそれを作るもまた機械。それが機界なんだよ先生。」

「ほう素晴らしいですな!是非一度この目で見てみたいものです」

「あはは、それはちょっと無理かな」

「む、それはどうしてですか?」

 

 エルジンは少し悲しそうな表情をして答えた。

 

「……機界はね大昔、強力な兵器による争いが絶え間なく続く戦乱の世界だったらしいんだよ。それで土地と言う土地が破壊尽くされて、生身の生き物が生存できなくなったらしいんだ……。まぁその前に行くこと自体がナツミに頼めばもしかしたら行けるかもってレベルの話なんだけどね」

「戦乱……」

 

 火は破壊することしかできない。それを否定するために日夜研究を続けるコルベールにとって、ハルケギニアを遥かに越える技術を持つ機界が辿った歴史は少なからずショックを受けることであった。

 

「コルベール先生どうしたの?」

 

 急にコルベールの様子がおかしくなったことにエルジンは不思議そうに首を傾げる。

 

「い、いやなんでもないですぞ!早くこの機械兵を蘇らせましょう。確かでんしずのう、でしたっけ?使えそうなのはありましたか?」

「う、うん。一個だけあったよ。つい最近壊れたってやつなんだけどね。一番劣化してなさそうだから、これを使おうかと思っているんだ」

 

 そういうとコルベールへの興味は失せたのか、エルジンは電子頭脳を自慢げにコルベールへと見せる。とは言ってもその電子頭脳は使えるかどうかを見極めたのはナツミだ。火器管制などの機能を搭載した電子頭脳はガンダールヴのルーン的には武器と判断したらしい。

 二人はわくわくと言った様子でパーツを組み合わせていく。

 

 

 

 そんな事が行われているゼロ戦格納庫の正面にナツミはいた。ちなみにサモナイト石を忘れたエルジンへの説教は既に先日終えていた。シエスタは夜の空いてる時間だけであるが、召喚術についてナツミから教えを受けることになった。

 一応目覚めた力、そのままにしておけば突発的に力が暴発することもある。

 現にエルジンが言うには、現に青の派閥の召喚術師の一人、運命を律するほどの力を持つという調律者(ロウラー)の末裔であるマグナ・クレスメントはサモナイト石を触れた瞬間に初めての覚醒を遂げて、街の一角をふっ飛ばすという大惨事を起こしたことがあるという。

 この世界には今のところサモナイト石は無かったが、魅魔の宝玉の欠片や、ゼロ戦、そしてナツミの例があるように、サモナイト石がこの世界に召喚されるという事態がないとは言い難いし、サモナイト石のようにマナを宿す石、風石がこの世界にはあるのだ。

 というわけで暴発する危険がある以上、そのままというのもあれなのでナツミが召喚術をシエスタに教えるという運びになったのだ。

 

「それにしても……エルジンのやつ、エルゴの守護者としての自覚あるのかしら?」

 

 そう言うナツミの手の中には先の戦いの折にソルがアルビオンの司令長官ジョンストンから奪った魅魔の宝玉の欠片が握られていた。宝玉自体が砕けていたためか、幾分魔力は弱っていたがそれでも低級の悪魔であれば無数に召喚し、従えることが出来るくらいの力は残されていた。

 とは言っても霊界(サプレス)のマナが皆無に等しいハルケギニアでは魅魔の宝玉の欠片のみで召喚した低級の悪魔はいまにも消えそうな程弱弱しいものであった。これではせいぜい死体に憑依させてその体を操るのが精一杯といった体であった。

 それがタルブの村で現れた不倒の兵達の正体であった。ジョンストン自身はそれを、クロムウェルから死体を蘇らせる虚無の力を宿した水晶石だと言われ持たされたと証言した。おそらくは霊界のマナが無いこの世界では魅魔の宝玉の欠片から遠く離れてしまうと死体に宿した低級悪魔が存在を維持できなくなるための措置であろう。

 つまり、

 

「多分。魅魔の宝玉の欠片はまだある」

 

 そうでなければ、ジョンストンのように実戦を知らぬただの政治家に欠片とはいえ、とびっきり貴重な魅魔の宝玉の欠片を与えることなどしないだろう。

 

「敵にも召喚師がいるのかも」

 

 そう言うナツミの顔はいつになく真剣であった。

 

 

 

 

 

「ぐ……う……」

 

 ズキズキと鼓動と同期する痛みにワルドは目を覚ました。起き上がろうとして、顔をしかめる。体に巻かれた包帯を見つめて、苦しそうに首を傾げる。自分はあの巨大なワイバーンの尾に風竜ごと手酷く打たれて、空中で意識を失ったはずだ。

 

「おや?意識が戻ったみたいじゃないか」

「土くれ……か、っ……」

 

 ワルドは体を起こそうとするが全身が強く痛み、思わず呻き声をあげる。

 

「まだ動いちゃいけないよ。骨が何本も折れて内臓も何か所も痛んでいたんだよ。水系統のメイジの何人も集めて、三日三晩『治癒』の呪文を唱えさせたんだよ」

「そうか、よくもまあ死なずにすんだものだな……」

 

 あのワイバーンの攻撃は強固な火竜の鱗を紙のように砕く威力を持っていた。そんな攻撃を受けてワルドが生き延びられてのはおそらく……。

 

「あんたの乗ってた風竜に感謝しな、しっかしどんな攻撃を喰らったんだい?あんたの風竜胴体が半分千切れてたよ」

「……そうか」

 

 攻撃されたのが腹側だったのが、幸いだったとワルドは胸を撫で下ろした。もし背中側、いやワルド自身にあの攻撃が当たっていれば彼は粉々になっていただろう。ガンダールヴの少女が召喚したあのワイバーンはまさに怪物であった。ありとあらゆる能力がハルケギニアに存在する幻獣を上回っていた。

 そしてあのガンダールブであるナツミ。アルビオンでの戦いでもそうだが、ワイバーンを巧みに操ったのをワルドは思いだし、身震いする自分を自覚する。

さらに思い出すのは、意識が途切れる直前に見た光の渦……。アルビオン艦隊のことごとくを炎上せしめたそれはなんだったのであろう。

 ルイズの身に宿る才能か、それともナツミの仕業なのか。

 そして、神聖皇帝クロムウェルが操る、虚無と自称する不思議な力。

『聖地』へと行き、己が望みを叶える。それがワルドの自身が望むただ一つの事。ナツミの力を知った今となっては、危険を犯してまでレコンキスタに参加したのは間違いだったのかも知れない。

 とは言っても覆水盆に返らず……、彼の進む道はもうレコンキスタの尖兵となり、聖地奪還へと邁進するのみ。

 それに立ちはだかる敵がエルフ以上の化け物だとしても。妙に真剣な表情をするワルドに呆れるようにフーケは溜息を一つする。このままだとロクな目に会わない、そんな気がしてならなかった。

 

「たまには顔でも見せに帰ろうかな……」

 

 

 

 

 

 

 夜中、トリステイン魔法学院中庭。誓約者、虚無の使い手、護界召喚師、見習いメイド召喚師、トライアングルの風メイジ。とやたらとヴァリエーションの富んだメンバーが一同に会していた。

 理由はシエスタこと見習い召喚師であるシエスタに召喚術やナツミの秘密の説明を話していた。

 

「と言う訳ね。何か聞きたいことある?」

「……」

「シエスタ……?」

「うん……いや、あまりに突然のことでよく分からないけど、ナツミちゃんは異世界を救った勇者様ってことなの?」

 

 ナツミの説明を聞き、自分が召喚師の素質があることやナツミが異世界人でさらに違う異世界を守ったなどと、驚くことが多すぎてシエスタは若干混乱気味であった。後半の反応はタバサとそっくりな反応であったが。

 

「うん。勇者は言い過ぎだけどそれに近いかな?」

「すごい……すごいよナツミちゃん!!それで私にも似たような力があるってほんとなの」

 

 ようやく理解が追いついたのか、ナツミの両手を掴んだぴょんぴょんと飛び跳ねる。メイジと違って力を持たぬ平民故に、特殊な力に深い憧れがあったのか、シエスタの喜びようはかなりのものであった。

 

「友達と同じ力があるなんてなんか嬉しいね!」

 

 いや、初めての同年代の友達であるナツミと同じ力がある事が嬉しかったようであった。見た目と変わらずに優しい少女である。

 

「……そうだね。……ありがとシエスタ」

 

 ぐっとすることを言われて不覚にも涙ぐむナツミ。異世界でも人と人が繋がる絆は不変。そのことを証明する若き少女達の心の交流がそこにはあった。

 

 

 




先輩達は休み希望の魔法を唱えた!
油揚げのゴールデンウィークの休みは一日になった!

せめてプロットを書きながら過ごします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 謁見

 

 

 

 トリステイン王宮で新女王に即位したばかりのアンリエッタは今か今かと客を待っていた。ちなみに客と言っても堅苦しい他国からの大使や、トリステイン内の有名貴族というわけではない。しばらくわくわくしながらアンリエッタが待っていると部屋の外に控えた者から来客者の訪問を告げる声が響く。

 通して、とアンリエッタが静かに告げると扉が厳かに開く。

 扉が開いた先に控えていたものが恭しく頭を下げる。

 

「ルイズ、あぁ、ルイズ!!」

 

 政務で心身とも疲労が溜まっていたアンリエッタは気の置けない旧友であるルイズの姿を見るなり、女王という作られた自分自身を脱ぎ去り、年相応の少女のように抱きついた。その隣にいたナツミ、ソル、ジンガは微笑ましそうにその光景を眺めている。

 

「姫さま……いえ、もう陛下になられたのですよね」

「ルイズ、そのような他人行儀をしないで下さい。女王になってからは気苦労ばかり、それを癒してくれる最愛の友を貴女は私から奪うつもりなの?」

 

 演技のような、冗談のような、それでいて本気でもあるようにアンリエッタは拗ねたように唇を尖らせる。

その今までと変わらないアンリエッタの様子にルイズはくすりと笑うと観念したふりをする。

 

「申し訳ありません。ならばいつものように姫さまとお呼びいたしますわ」

「ええ、そうして貰えると嬉しいわルイズ」

 

 そこで二人の会話が途切れる。アンリエッタから王宮へ至急来るようにと使者が来たのは今朝。ルイズは授業を休んで、アンリエッタの馬車へ乗りここまでやって来たのだ。使者から渡された手紙には更に、タルブ村でアルビオン兵を相手にした方も一緒にもと書かれていたので、ソルとジンガもわざわざそのために召喚された。

 ちなみにシエスタは来ていない、確かに彼女もタルブの村ではそれはもう大活躍をしていたが、魔法学院の一使用人である彼女がいきなり戴冠したばかりの女王アンリエッタにお目通りなどいらぬ騒ぎになるので、アンリエッタには報告だけしておこうとソルが判断したためだ。

 

 そしてルイズには戴冠直後、しかも戦時下にアンリエッタが自分を呼んだ理由に心当たりがあった。

 それは自分が目覚めた幻の系統『虚無』についてではないかと。

 理由が理由だけにルイズ達から呼んだ理由を聞くのは(はばか)られた。アンリエッタはルイズとナツミを交互に見て、自分からは話そうとしない、悩んだルイズはたまらず。

 

「このたびの戦勝のお祝いを、言上させて下さいまし」

 

 と言ってみる。

 当たり障りのない話題のつもりでルイズは話したが、アンリエッタは思うところがあったようで、ルイズの隣のナツミの手を握った。

 

「あ、あの?」

 

 いきなり王族に手を握られ、流石の誓約者(リンカー)も驚きを隠せないでいた。そんなナツミの反応が予想通りだったのか、アンリエッタはにっこりと笑って言った。

 

「あの勝利は貴女のお蔭なのね、ナツミさん」

「は?」

 

 てっきりルイズについて聞かれると思っていたナツミは思わず呆けたような顔をしてしまう。

 

「隠し事をなさらなくていいのですよ?ウェールズ様を守って下さった貴女に不利になるようなことは決していたしませんよ」

「い、いやそうではなくて……」

 

 なおも言い訳(アンリエッタ視点)をするナツミにアンリエッタは羊皮紙の報告書を手渡した。ナツミはそれをざっと流し読みすると険しい顔をする。

 

「よ、読めない……」

 

 緊張しきっていた空気がナツミのアホすぎる発言で瞬く間に霧散する。溜息を吐きながらルイズはその羊皮紙をナツミから受け取る。

 

「ここまでお調べになったんですか?」

「あれだけの戦果……隠し通せるものではありませんよ」

 

 その羊皮紙には先の戦いにおいて、空の支配者のごとくアルビオンの竜騎士を(ことごと)く撃墜せしめた巨大ワイバーンの事が書かれた。そしてそのワイバーンの大きさからおそらく宮廷にこの前現れたヴァリエール公爵三女の使い魔の少女が使役するワイバーンに相違ないと。

 故にヴァリエール公爵の三女か、少なくともその使い魔の少女が今回のアルビオン撃退戦で竜騎士を相手どったと書かれていた。

 

「あの勇壮なワイバーンを駆って、敵の竜騎士を撃滅なされたのですね。厚く御礼をもうしあげます」

「いえ……、たいしたことでは」

「そればかりか、異世界の魔法でアルビオン艦隊の撃退までして頂いて、できることなら貴女を貴族にしてさしあげたいくらいなんですが」

「ナ、ナツミが貴族に?」

 

 アンリエッタの思わぬ言葉にルイズがどもる。

 

「ですが、貴女に爵位をさずけるわけには参りませんの」

「はぁ」

 

 ナツミは気のない返事を返す。というか爵位などナツミにはいらないとナツミは思っていた。。どうせ、いつかはリィンバウムに帰る身だ。それにナツミは権力に興味はない。本来、誓約者はその世界の王となってもおかしくないほどの称号なのだ。現にリィンバウムに存在する三つの大国は過去にリィンバウムを救った初代誓約者、エルゴの王の長男、次男、庶子を先祖に持っているのだ。

 ナツミもその気になればそれぞれの大国でそれなりの地位に付くのは容易いだろうし、国際的に有名な召喚師の派閥の総帥にだってなれるだろう。なにせ名実ともに最強最高の召喚師なのだから。

 だが、ナツミはそんなことはしない、リィンバウムに残る理由にもなった大切な家族との地に足をつけた生活、それがナツミの望む最大にして唯一の望み。

 ……メチャメチャ貧乏だが。

 

「多大な……、ほんとうに大きな戦果ですわ。ナツミさん「ひ、姫さま、ちょっといいですか」……どうしたのですかルイズ?」

 

 話があまりに大きくなったことでナツミだけにその責を負わせるのは不味いと思ったのか、ルイズはアンリエッタの言葉を遮った。

 あくまでナツミは帰る方法が分かるまでこの地にいる存在。それはとても寂しい事ではあったが、向こうに家族がいる彼女。要らぬ役職を与えて帰りにくくするのは好ましくないのだ。そうでなくてもナツミは他者を思いやる心が人一倍強いのだ。おそらくこの国が戦争に入った今、戦争が終わるその時まで彼女はいるつもりだとルイズは確信していた。無自覚にそんなことができる少女なのだナツミは。

 

「ルイズ……」

 

 ナツミがルイズの考えが分かったのか、袖を引っ張ってルイズを諌める。力を持つものが厄介事に分かっているからこその反応だった。だが、ルイズはそんなナツミの優しさに心配ないと言いたげに笑うと『奇跡の光』と呼ばれるルイズが唱えた魔法についてアンリエッタに語り始めた。

 

 

 

 長いようで短いようなルイズの始祖の祈祷書に記されていた話を聞き、アンリエッタは目を瞑り、天井へと顔を向ける。

 

「というわけです。何故私が虚無に目覚めたのかは分かりませんが……」

「そうですか……貴女は知らないと思いますが、……王家には言い伝えられてきたことがあります」

「は、はい」

「虚無を、始祖の力を受け継ぐ者は、王家に現れると」

「わたしは王族ではありませんわ」

「ルイズ、なにを言うの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、トリステイン初代国王の庶子。だからこその公爵家なのではありませんか」

 

 アンリエッタの言葉にルイズははっとなる。

 

「あなたも、このトリステイン王家の血をしかと継いでいるのです。資格は十二分にあるのです」

 

 そこまで言うとアンリエッタは、ナツミの左手をとり、ルーンを見て頷いた。

 

「これが印はガンダールヴの印ですね?始祖ブリミルが用いた、呪文の詠唱時間を確保するためだけに生まれた使い魔の印」

 

 ナツミとルイズは同時に頷く。

 

「やはり……、私は虚無の使い手で間違いないのですか?」

「ええ、そう考えるのが、正しいようね。でもこれで貴女に恩賞や勲章を与えることは難しく……いえ、出来なくなりました」

 

 ナツミはどうしてそうなるのか分からず、首を傾げて尋ねる。

 

「どうしてですか?」

 

 その質問にはアンリエッタの代わりにソルが答える。

 

「ルイズに勲章やら恩賞を与えるってことはその功績を……つまり『奇跡の力』を使えるということを白日のもとに晒すことになるからだ。そうなればルイズの力を、ただ一人で戦況を大きく変えることができる力を狙ってルイズが危険に晒されるからだ……それに」

 

 そこでソルは言いづらそうに言葉を区切る。アンリエッタはソルが言うのを躊躇った言葉がなにか分かったのか苦笑し、代りにその言葉を続ける。

 

「そういう輩は空の上だけとは限りません。ゲルマニアはもとより、諸外国にも知られるのも危険です。それにこの国内でさえ、ルイズのその力を知ったら必ずやその力を私的に使おうとするものがあらわれる。そうですね?」

 

 ええ、とソルは姫の問いかけに頷き返す。

 

「だからルイズ、誰にもそのことは喋ってはなりません。このことは貴女とわたしの秘密です」

 

 

 

 アンリエッタとの話し合いも終わり、ルイズとナツミ以下二人は宮廷の廊下を歩いていた。結局あの後、ルイズはどうしようもない事態に陥ったらルイズの手を借りると言う話になり、アンリエッタ直属の女官ということになった。

 とは言っても他国から責められた場合のみその力の行使を認めるという約束を交わしていた。いくら戦争中でアルビオンへの侵攻案が諸侯から出ているとはいえ、友人を戦地下へと送り込むのは忌避すべき事なのだろう。

 というかアンリエッタ自体が戴冠したばかりで政策が定まらぬ今の実情で他国へ侵攻するのを嫌がっていた。

 

「基本的に今まで通りって事かしらね」

「多分、そうね……でもルイズ良かったの?」

「なにが?」

「姫様に秘密を喋っちゃったことよ。あたし自身がそうだったから、よく分かるんだけど、大きな力は大きな戦いに巻き込まれやすいのよ」

 

 そう言ってナツミは顔を(しか)める。彼女自身、その身に宿る力を妬まれ、疎まれ、狙われて最終的に魔王と戦う羽目になったのだ。特に無色の派閥は一都市を陥落させる程に苛烈に彼女の力を狙ったのだ。

 アルビオン艦隊を落としたルイズの力はランクS召喚獣の力に匹敵しうるものであった。実際にこの世界のメイジの最高レベルであるスクエアと戦ったナツミには分かる。ルイズの力の大きさは異常だと、自身の力に匹敵しかねない位の強大な力をルイズは有している。

 そして、その力は過去に存在した虚無の復活だという。ナツミは伝説の召喚師、誓約者の復活。

 誓約者の復活はリィンバウムを滅亡の危機から救うためのものであった。

 ならば虚無の復活は何を意味するのか、ナツミはそれを心配しているのだ。

 

「……ナツミのいう通りかもね、公式には六千年も音沙汰なかったのに、この時代に虚無が目覚めた。確かに何かが起ころうとしているかしら」

「かもな、リィンバウムを始めとした五界の世界の意思(エルゴ)に認められたエルゴの王が全く異なる異世界に呼ばれたんだ、しかも召喚したのが、この世界の伝説のメイジの属性である虚無。偶然と言い切るのは早計だな」

 

 ルイズの言葉に賛成するようにソルが自分の考えを述べる。彼もナツミとともに魔王と戦った身、思うところがあったのだろう。というか他人事のように言っているがかつてナツミを召喚して戦いに巻き込んだのはお前だ。

 三人+蚊帳の外一人(ジンガ)は神妙な顔をしながら王宮を後にした。

 

 

 ナツミとルイズは戦勝から数日たっても未だ覚めやらぬ喜びの活気にあふれたブルドンネ通りを人を掻き分けつつ歩いていた。ジンガとソルは二人で適当に周ってから学院に戻ると言って早々にブルドンネ通りへと飛び込んでいったなんだかんだ言って異世界。リィンバウムでは見られない不思議なアイテムも豊富にあるため、好奇心を刺激された様であった。

 二人は並んでブルドンネ通りを歩く。町は戦勝から数日経っているにも関わらず未だにお祭り騒ぎで通りのあちらこちらでワインやエールの入った杯を掲げ、口々に乾杯と叫んでいる。

 

「すっごい騒ぎね」

「まぁ、あれだけ国力に違いがある国に勝ったんだし、これくらいの騒ぎは当然ね」

 

 国土も小さく、元々、貴族主義も強い事もあり、民草から優秀な人材を登用する事を良しとしないトリステインは徐々に国力を低下させてきた。その上、前国王が崩御してからは汚職などが蔓延り、国力低下に拍車をかけていたのだ。

 もちろん古き貴族の誇りを胸に持つ貴族もいるにはいたが、そういう貴族は逆に出世しづらく極々少数派に留まっていた。そんなトリステインとアルビオンが真っ向から戦えば、敗北は必至、いかに国民に占めるメイジ率がハルケギニア中トップとは言え、多勢に無勢を覆すまでには至らないであっただろう。

 そんな絶望から『奇跡の光』によってもたらされた勝利はまさに奇跡。トリステイン国民の喜びも当然と言えば当然であった。

 

「きゃあ!?」

 

 そんな大騒ぎする人々の間をすり抜けるように二人が歩いていると突然ルイズが悲鳴をあげた。

 何事かと思ったナツミはルイズを見ると、顔を赤らめた傭兵崩れの男がルイズの右腕を掴んでいるではないか、ルイズが嫌がるように体を引くが、もともと小柄なルイズ、いかにも傭兵崩れといった男とでは体格差がありすぎるため男の腕はびくともしない。

 

「貴族の嬢ちゃん、こんなお祭り騒ぎの時にただ通り過ぎるのはもったいないぜ。今日は無礼講!貴族も兵隊も町人も関係ねぇ。どうだ俺に一杯酒を注いでくれ」

 

 男は大分酔っ払い気分が大きくなっているようで貴族であるルイズにずうずうしくも酌をしろと言ってくる。まあルイズは容姿だけはとんでもないほど整っているので、それに惹かれているのかもしれない。

 ……それか小さな子が好きな変態か。

 

「離しなさい!この無礼者!」

 

 ルイズが怒りを隠そうともせずに男を怒鳴ると、途端に男の顔が凶悪に歪む。

 

「なんでぇ!俺にはつげねぇっていうのか!?誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたと思ってるんだ!『聖女』でもてめぇら貴族でもねぇ、俺たち兵隊だぞ!」

 

 目の前に先の戦いの最大の立役者が居る。

 そんな事は当然知らない男は、ルイズを怒鳴っただけでは飽き足らず、その髪を乱暴に掴もうと手を伸ばすが、その手がパァンっと良い音を立てて弾かれる。

 

「っ!?」

「やめなさい、女の子が嫌がってるでしょ?」

「なんだとこのア……マ……」

 

 ナツミが魔力をほんの少し解放しただけで周囲に緩やかな風が巻き起こる。

 その様子を見て、数々の戦地を巡ってきた男は傭兵としての感が警鐘をならしているのか、尻すぼみに言葉が小さくなっていく。

 

「……」

 

 ナツミがそのまま無言で男に視線を送っていると傭兵は舌打ちを一つすると仲間を促してその場をあとにする。

 

「大丈夫ルイズ?」

「う、うん。ありがとナツミ」

「ほら、手貸して」

「?」

 

 ナツミは差し出されたルイズの手を取ると、人込みを自分の体を使って掻き分けて行く。

 人込みなれしていないルイズを誘導するためだ。ルイズは地方領主であり最上位貴族の娘ではっきり言って世間知らず、そうでなくても同性でも見惚れる程の整った容姿をしている、一人でのこのこ歩かせてはまたトラブルに巻き込まれると判断したのだ。

 それに先からよっぽどこの騒ぎが珍しいのかウキウキという言葉がしっくりとくる様子であたりをきょろきょろ見渡しており、危なっかしい事この上ない。

 

「ふふ、楽しそうだね、そんなにお祭りが珍しいのルイズ?」

「え、ええ、そ、そんなことな、ないわよ」

 

 誰が見ても嘘と丸分りの反応をルイズがするのをナツミは微笑ましそうに眺めていた。

 





おかしい……。
40日位、休みが無いです。あってもセミナーとか勉強会。
来月の終わりまでそんな日々が続きそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 状態異常攻撃!?

 

 夕方、いや夜といっても差支えない時間帯にソルとジンガはというかソルは疲労困憊と言った体で魔法学院へと辿り着いていた。疲労の原因は馬で三時間もかかる王都から魔法学院まで道のりを徒歩で歩いてきたからだ。

 何故そんなことになったのか、ソルの誤算は祭りを適当に楽しんだ後に訪れた。

 いざ魔法学院に帰ろうと貸し馬屋で馬を借りようとしたが、魔法学院の関係者だと言っても信じてもらえず、馬を借りる事が出来なかったのだ。

 基本的に常識人であるソルがハルケギニアでただ移動目的で理由で召喚術を使えるわけもなく自らの足で歩く羽目になったのだ。

 ジンガ?人外の体力を持つ彼に疲れるという概念は基本無い。その気になれば馬並みの速さで走れてもなんら不思議ではない。と言うか走れる。そんなわけで同じ目にあったにも関わらず二人の疲労状態には大きな違いがあった。

ソルは最後の力を振り絞り、リィンバウムに帰るため、女子寮の階段をルイズの部屋目指し て歩く。ジンガが何度か手を貸そうかと提案するが、男に抱き抱えらえるのはどんなに疲労していても嫌なのか、決してソルがその案に乗ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 数日後、夜。

 ソルはルイズ、シエスタの召喚術の練習の為、いつものようにハルケギニアへとナツミに召喚されていた。

 だが、そんなソルの様子はいつもの様では無かった。秘密結社の総帥の息子であり、卓越した召喚技術を有し、机上だけでなく数々の修羅場を潜り抜けた歴戦の召喚師。魔王とすら対峙したこともある彼は、普段では考えられない程に動揺していた。

 ……ナツミに。

 ソルの目の前にいるのは間違いなく彼の相棒(パートナー)であるナツミのはず……だ。

 

(……っど、ど、どういうことだ、ナツミを見てられない)

 

 何故かソルはまるで獣属性の召喚術の一つ、ドライアードの状態異常である魅力攻撃を喰らったかのような胸の高鳴りをナツミに覚えていた。

 

(ミ、ミーナシの滴は無いのか!)

 

 ミーナシの滴。状態異常である魅力を強制的に解除する回復アイテムである。だがそんなものが都合よく入っている程、世界は優しくない。それにソルは気付いていないが、仮にミーナシの滴があったとしても彼の今の状態を回復させることは出来ないであろう。

 

「ソルどうしたの俯いて」

 

 ソルが俯く原因たるナツミはまったく無自覚にソルに近づく。その装いは普段のそれではなかった。白地の長袖、黒い袖の折り返し、襟とスカーフは濃い紺色。襟には白い三本線が走っている。

 それはいわゆるセーラー服であった。下はルイズと同じスカートは色は元々黒なのでそれほど違和感はない。そして紺色の靴下、ローファー。もはやここが異世界とは思えない再現性である。ちなみにローファーはナツミは名も無き世界からリィンバウムに召喚された際に履いていた物だ。

 

「……なんでもない。そ、その服はどうしたんだ?」

「ああ、これ?似合う?」

 

 その場でくるりと回ってセーラー服(偽)をソルに見せるナツミ。ソルは思わず輝く夜空に浮かぶ双月に視線をずらす。その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「……まぁ似合わなくもない、でどうしたんだ急にそんな服着て」

「えへへ、水兵さんの服が王都で売っててね。ちょっと仕立て直したら故郷の制服みたいになるんじゃないかなって思って思わず買っちゃったんだよね~。リプレに裁縫は習ってたんだけど予想外にうまく出来ちゃった」

「……そ、そうか(た、確かに召喚時にそんな服を着ていた気がするな……)」

 

 なるべくナツミを見ないようにソルは返事をし、ナツミを召喚した時の事を思い出す。

 とは言ってもあの時とそう変わらない服をナツミを来ているにも関わらず、何故こうも胸に抱く思いが違うのか、首を傾げる。

 最初にナツミを見た時は魔王召喚の暴走の際だったため、ナツミを魔王だと疑っていたので、失礼にもソルはナツミを異性と思っていなかった。そして現在はナツミを異性として意識している。それがセーラー服の状態異常効果を十二分にソルに与える原因となっていた。

 

 その晩、ソルはエルジンに二人の召喚術の練習を任せ、そうそうにリィンバウムへと送還してもらった。精神状態をまともに保つ余裕がなかったからだ。

 

 

 

 この後、このセーラー服のせいで要らぬ騒動が起きるのだが、それを知る者はまだいない。

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院、二年、水のメイジ。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、香水の二つ名を持つドットメイジは、苛立つ気持ちを抑えられないでいた。苛立つ気持ちを向けているのは同じ二年生の土のドットメイジ。ギーシュ・ド・グラモン。

 一応、モンモランシー的には()恋人にカテゴライズされる少年である。

元と言うのは、ギーシュが一年の女の子であるケティという子とモンモランシーを二股にかけた為、モンモランシーの方から振ってやったからだ。

 それ以降は振られたことが余程堪えたのか、最近ギーシュはモンモランシーにいつもにもましてモーションをかけてきていたのだが、今日に限っては違う女の子に夢中になっていた。

 その女の子とは。

 

「な、なんなのよ……!っルイズの使い魔ばっかりじろじろ見て!!」

 

 現在、放課後、場所、中庭。

 モンモランシーが後ろから、こっそりと様子を見ている事にも気付かず、ギーシュはナツミへ良からぬ視線を影から送っていた。その隣にマリコルヌがいるのだが、ギーシュに視線が固定されているモンモランシーにとってはまさに眼中に無い。

 

「なんなのよ水兵の服って、あんな変わった服のどこがいいのよ!」

 

 ギーシュとその他、一名はモンモランシーが怒気を纏った視線をびしびしと突き刺す様に送るが、桃源郷にぶち込まれているギーシュは気付きもしない。

 なにせ。

 

「の、脳髄が蕩けるぅ……」

「け、けしからんっ!!の、脳が……」

 

 と二人揃って馬鹿極まりない事をほざいている。

 どうやら二人ともセーラー服を身に纏ったナツミを見て、ソルと同じチャーム状態(偽)に罹っているようであった。

 そしてそのやらしい視線を一身に浴びているナツミはまったく気づいてはいない、久しぶりに着るセーラー服を来て気分が浮かれているようであった。

 

「……」

 

 それを見てなお一層怒りが込み上げるモンモランシー、ギーシュがあんなに夢中なのにゼロのルイズの使い魔の癖に気付かないなんてという思いを顔に張り付けている。

 

「……仕方ないわね」

 

 モンモランシーは何かを決心したようにギーシュを睨みつけるとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 セーラー服を着て男子生徒のみならず、男性職員の視線まで独り占めしたことも知らず、ナツミは夕食を食べるために使用人用の食堂へと足を運んでいた。

 食べると言っても、ナツミ自身が自分で作る事も少なくない。時間帯はシエスタ達メイドは貴族の給仕で忙しいからだ。なのでナツミは自分で適当に何かを作るかと考え居ると、微妙に上から目線の声が掛かる。

 

「あ、あら奇遇ね。ルイズの使い魔さん。こんなところで会うなんて」

「ん?」

 

 ナツミが振り向いた先にはどこかで見たような少女が、両手を腰に当てて偉そうに突っ立っている。

 

「えーと、誰だっけ?」

「っ!も、モンモランシーよ!モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ!!貴女の御主人様のクラスメートの!」

「ああ、モンモン?」

「違う!モンモランシーよ!!モンモランシー!」

 

 マイペースなナツミの回答に地団太を踏むような反応をするモンモランシー。はぁはぁと息が若干荒い。小声でこれだから平民はと呟いているが、首を傾げているナツミに聞こえていないようであった。

 

「それでモンモランシーはあたしに声かけてなんか用なの?」

「……っ(様とかつけなさいよ使い魔の癖に……)よ、用という大層なものはないだけどね」

「ふーん。もう夕食だから用がないなら、あたし行くね」

 

 お腹が空いているせいか、適当にモンモランシーをあしらうと、ナツミは目的地である食堂へと再び足を進める。

 

「ま、待って!」

 

 通常であれば、使い魔、平民等ににそんな態度をされては本当は無条件で処罰されてもおかしくはない。

 だが、今のモンモランシーにそんな余裕は無かった。どうしてもナツミに聞かねばならない事があったからだ。そして、ナツミもやけに真剣なモンモランシーの様子に足を止めて振り返る。

 

「ど、どうしたの?」

「あ、あなたの着てるその服なんだけど、ど、どこで買ったのかしら?く、クラスメートで欲しがってるこ、子ががいたのよね~」

 

 どもりながら自分自身どうしようもない言い訳をする。

 

「これ?水兵の服を自分で仕立て直したんだけど……」

 

 モンモランシーの心配を余所に、言い訳に気付かないナツミ。

 これはナツミ自身がまさか自分が着ているセーラー服をわざわざ言い訳してまで欲しがるなどと考えていなかったからだ。

 

「そ、そうなの……」

 

 ナツミの返事を聞いて明らかに気落ちするモンモランシー。本人は否定していてもギーシュの事が未だに好きなのであろう。ギーシュが気に入っている服を着て、見て貰いたいと思う程度には。

 それを証明するようにどんよりと落ち込んだモンモランシーはとぼとぼと踵を返してナツミの元を去る。その様子に流石に可哀そうになったのかナツミはある事を思いつきモンモランシーへ声をかけた。

 

「良かったらあたしがまた作るけど?」

「ほ、ほんと!?」

 

 びゅんっという擬音がぴったりのスピードでモンモランシーは廊下を駆けるとナツミの両肩へ己の両手を乗せて大声をあげる。ぎりぎりと一介の女子学生とは思えぬ握力でモンモランシーはナツミの両肩を握り締め、ナツミは思わず顔を痛みで顰める。

 

「っいた……、ち、ちょっと落ち着いて」

「はっ!ご、ごめんなさい」

 

 ナツミが痛みを訴えつつ、モンモランシーを諌めるのが功を奏し、モンモランシーはナツミから手を離し、素直に謝罪する。だが、未だにその吐息は若干荒い。そのモンモランシーの奇行ぶりにようやくナツミも異常を感じ取ったが、前言を撤回するほど、厚顔無恥でもなかった。

 

「……ま、まぁ怪我も無いし、気にしないで。えっと服は用意できるんだけどサイズはどの位で作ればいいのかな」

「そ、そうね。私……じゃなくて、貴女より少し大きめ位に作ってくれれば多分大丈夫だと思うわ」

 

 反射的に自分のサイズにと言おうとして、なんとか言い直すモンモランシー、我を多少失いかけているとはこれ以上恥を晒すまいとする貴族の誇りがなせる意地なのだろう。……色々と手遅れであったが。

 

「分かったわ、ニ、三日でできると思う……ってもう行っちゃった」

 

 ナツミの返事を最後まで聞かず、モンモランシーは瞬く間にその場を去って行く。

 望みの物が手に入ると分かり、頭が冷えたことによって今まで自分が犯した失態を思い出し羞恥心でも耐え切れなくなったのであろう。。

 ナツミはやれやれと首を傾げてモンモランシーを見送りながら、水兵の服の仕立て直しに想いを馳せるのであった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 嫉妬のモンモランシー

 

 

 姿見の前で一人の少女があれやこれやとポーズを決めていた。金色縦ロールの髪をポーズに合わせて揺らめかせている。

 少女モンモランシーは二日前に頼んだ水兵服(今はセーラー服)が出来るなり、さっそく着込んで、その具合を確かめていたのだ。

 

「……胸がキツイのと丈が少し短いわねこの上着。サイズが合わなかったら直せるって言ってたし後から頼もうかしら」

 

 ナツミが仕立て直したそれはモンモランシーには少し丈が短かったようで、モンモランシーは恥ずかしそうに丈を下に引っ張っていた。これはナツミは自分のサイズをそのまま大きく仕立て直したのが原因であった。

 簡単に言うとモンモランシーはナツミと比べて胴が長く、ナツミはモンモランシーよりも胸が無いという悲しい事実の具現にすぎないのだが、それを知る者は誰もいない。

 

「でもデザインは可愛いわね。風紀を守りつつ可愛さもあるなんて、中々センスがあるわね。あの使い魔」

 

 丈の長さには不満があるようであったが、服のデザインはいたく気に入ったのか、モンモランシーは鏡で色々な角度から己を映してご満悦の様であった。その表情には、これでギーシュも放っておかないでしょ。という気持ちが表れている様であった。

 

 そのままどれくらいの時が経ったであろう。

 扉が突然ノックされ、モンモランシーは飛び上がった。

 

「だ、だれよ……。こんな時に……」

 

 別にやましい事はしてはいないが、万が一ナツミが尋ねて来たとあってはモンモランシーのプライドは完全に破壊されてしまう。モンモランシーの脳は即座に居留守を使うことを決めると、息を殺し、身動きを止める。

 

「僕だよ!ギーシュだ!モンモランシーいないのかい!?君への永久の愛の奉仕者だよ!」

(ギ、ギーシュ!?……このタイミングで来るなんてっていうか、だーれーが永久の愛の奉仕者よ)

 

 セーラー服を見せようとした張本人であるギーシュが扉の向こうに居ると知り、モンモランシーの心臓が一瞬跳ね上がるが、ギーシュのセリフが後半に差し掛かると、思わず怒りを込めて突っ込みを心中で漏らす。

 彼女はギーシュの浮気性にはほとほと呆れ果てていたのだ、確かに今でも少しは好きかもしれないが、並んで街を歩けば、きょろきょろと美人に目移りするし、酒場でワインを飲んでいれば、モンモランシーが席を立った隙に給仕の娘を口説く。デートの約束をすっぽかして、他所の女の子のために花を摘みに行ってしまう。

 そして、ちょっと可愛い服を着たクラスメートの使い魔の娘に夢中になる……ギーシュの永久とは一時間くらいか?とイライラと胸に怒りが込み上げてきたが、わざわざ訪ねて来てくれたギーシュをちょっぴり嬉しく思ったのもまた事実。

 ギーシュがなんらや呟いているのをとりあえず放置し、急ぎ制服に着替え声を掛けてみる。

 

「……なにしに来たの?もうあなたとは別れたでしょ?」

「おお!居たんだねモンモランシー!!…………でもモンモランシー悲しいよ。僕たちはまだ終わっていない。そうだろう?」

「あなたには一年生の可愛らしい子がいたでしょ?わたしに構ってていいの?」

「……モンモランシー君は誤解している。でもその責任は僕にあるんだね……、僕は綺麗なものに心を奪われてしまうんだ。つまり僕は美への奉仕者。……そう芸術。僕は芸術に目が無いからね。でも!それも今日まで、僕は気付いたんだ!僕にとって本当の芸術がなんのか、それは君だ!モンモランシー!!なんせ君は素晴らしい芸術だ!…………金髪とか」

 

 馬鹿にも程がある。

 モンモランシーは顔が一瞬、話しかけてしまった後悔から歪む。散々持ち上げておいて出た褒め言葉が金髪だけ。

 しかもとってつけたように、ボキャブラリーがあまりにもないため、褒め言葉の八割が芸術で構成されていた。逆に言えばそれだけで会話できるのはある意味すごい事であったが。

 

「帰って、わたしいそがしいの」

 

 ここで甘やかしてもしょうがないとモンモランシーはギーシュを突き放してみた。かなりきつい事をいってもちょっと褒めるとどこまでもつけあがる彼にこの位がちょうどいい。

 すると扉の向こうから、嗚咽が聞こえてくる。だがモンモランシーは表情一つ変えずにその嗚咽に聞いていた。

 だがこれも既に慣れていた展開だった。

 

「わかった。……そんな風に言われては、僕はこの場で果てるしかない。愛するキミにそこまで嫌われたら、ぼくの生きる価値なんてない…………せめてこの扉にキミへの愛を刻んでこの世を去ろう」

「え?」

 

 いつものとは違うギーシュの台詞を直ぐには理解できず。突然謎の硬化現象が彼女を襲う。そんな彼女の耳にガリガリと扉を引っ掻く音が聞こえてきて、ようやくモンモランシーは再起動を果たす。

 

「愛に殉じた男、ギーシュ・ド・グラモン。永久の愛に破れ、ここに果てる……、と」

「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ!もう!」

 

 慌ててモンモランシーが扉を開けると、ギーシュは満面の笑みを浮かべて立っていた。

 

「モンモランシー!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!えっと……………愛してる!!」

 

 名を叫ぶなり、モンモランシーを抱きしめるギーシュ。不覚にもモンモランシーは一瞬うっとりとしてしまう。ギーシュはとにかく愛してると連呼するという語彙(・・)不足も甚だしい様子だが、何度もその台詞を連呼されると流石に悪い気はしない。

 モンモランシーがなにも言わずに自分抱きつかれている様子に、イケる。と馬鹿な思考に達したギーシュはキスをしようとモンモランシーに迫った。

 

「モンモン……」

 

 その言葉にギリギリのところで我を取り戻したモンモランシーはぐいっとギーシュの顔を横に押しのける。ギーシュの顔が悲しげに歪む。

 

「勘違いしないで、部屋の扉は開けたけど、心の扉はまだ開けてないの。まだあなたを許すって決めたわけじゃないんだからね。あと誰が、モンモンよ。今日は帰って」

「そうかぁ!考えてくれるんだねモンモン……じゃなくてモンモランシー!うん。君がそういうなら今日は帰るさ。また教室で会おう!」

 

 そう言うとギーシュは脈があったことが余程嬉しいのかぴょんぴょんと跳ねながら自分の部屋へと帰って行った。

 ちょっと前までがっくりと落ち込んでいたはずなのに、ころっと態度を変えるギーシュの後ろ姿を眺めて、モンモランシーは早まったかなと少し反省していた。

 でも未だに嫌いに慣れていない自分がいるのもまた自覚していた。だが、かつてのギーシュの浮気っぷりを思い出すとどうしても二の足を踏んでしまう。やり直したとしても、結局同じことの繰り返しなのではないかと、モンモランシー的にはもう浮気でやきもきするのはこりごりだった。

 

「あれを試してみようかしら……」

 

 ふとモンモランシーはそう呟いて、最近手に入れた秘薬の入った引きだしを開けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 雲一つない青空の下、ナツミはゼロ戦の格納庫へと足を運んでいた。ちなみに今日の服は町娘と変わらない服装だ。制服も良いのだが、あの服はしわになりやすいし、洗ったり、アイロンをかけるのが面倒くさい。

 そもそもこの世界のアイロンは電気アイロンなどという利器は無い。名も無き世界ではとっくに絶滅した炭火アイロンがいまだにメインを張っているのだ。使い方は普通のアイロンだが、炭火をわざわざ調達するのが一番手間なのだ。

 シエスタに頼めば快くやってくれそうだが、友人であるシエスタに面倒事を押し付けるのはナツミ的にNGだ。

 なので手入れも簡単で数も多い町娘の服を今日は着ているわけだ。

 そんなナツミの耳にゼロ戦からカンコンカンコンと金属音が飛び込んでくる。ナツミの視線の先にはコルベールとエルジンがゼロ戦に取りついて作業しているのが見て取れた。そしてその足元には……。

 

「こ、これって」

 

 絶句するナツミの目の前には機首のエンジン部分が機体から外され、地面に下ろされ、無残にも分解されていた。

 

「ああナツミ。びっくりしたでしょ?構造はもう書き出してあるからね、より詳しく調べるために軽く分解してみたよ!」

「素晴らしいですぞこれはナツミくん!構造的には以前私が設計したものに近いですな!もっともこちらの方が遥かに高度ではありますがな。部品があまりに緻密で整備を怠るとすぐに不調をきたしそうですな、そもそも……」

「いや、先生。ここはこうして、回転をここに伝えて……」

「!ふむふむむむ」

 

 途中まではナツミへエンジンの説明をしていたはずだが、あっという間に話は脱線し二人で討論を始め手が付けられなくなり、ナツミは無言でその場を去る。

 その脇に機界(ロレイラル)の超兵器が無造作に転がっているのは……見ないことにした。

 

 

 見てはいけないものをスルーしたナツミはルイズの部屋へと戻った。

 そして、もはやエルゴの守護者として色々とダメになりつつあるエルジンの事は頭から無理に追い出し、モンモランシーの部屋へと向かうことにした。

 先日、モンモランシーから頼まれた友人用のセーラー服の胴の丈を少し長くしてほしいと頼まれたからだ。丈を直すくらいは特に難しくない。もともとの水兵服は男性用だし、生地を切らずに仕立て直したからその丈を伸ばせばいいだけだからだ。

 というわけでもう物は出来ていたのでさっさと渡そうとナツミは女子寮の階段を上る。部屋の前まで着いたナツミは一応礼儀なのでこんこんと扉をノックする。

 

「ナツミだけど、服の仕立て直し出来たわよ」

「え、ああ、ちょっと今手が離せないのよ。置いといてくれる」

「別にいいけど汚れるわよ?」

「か、構わないわ。」

 

 せっかく仕立て直してあげたのに、まるでさっさとその場を去れと言わんばかりのモンモランシーの態度に流石のナツミもイラっとしたが、貴族なんてそんなものかと無理矢理自分を納得させるとナツミは踵を返し階段を下りようとする。

 すると、モンモランシーの部屋から男の声が聞こえてくる。

 

「ナツミくん?追い返すこともないだろう?せっかく服を持ってきてくれたんだ。迎えるのが礼儀だろう」

「ま、待ってギーシュ!!」

 

 声の持ち主はギーシュ。

 女性に関しての礼儀だけはハルケギニアでも突出したものを持つギーシュがモンモランシーの制止を振り切り、扉を開けた。ギーシュの視線がナツミへと突き刺さる。

 

 その瞬間、ギーシュの目つきがやばいものに変わったと後にナツミは語った。

 

「な、ナツミくん。好きだああああああああああああ!!へぶう!!」

 

 顔を真っ赤にし目を潤まさせたギーシュがナツミへと跳び付こうとし、あっさりと避けられ階下へと落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中央でロープでぎっちりと縛られたギーシュが芋虫のごとくびくびくと蠢いている。それでけでも怪しさ爆発の光景だが、それ以上に怪しい光をギーシュは瞳に灯していた。普段のギーシュの女の子を見る目つきも怪しいが、今は隠そうともしない情欲をらんらんと輝かせる危険極まりない目つきだった。

 階下に転落したギーシュをあの後、ナツミは介抱しようとしたが、次の瞬間ダメージを感じさせない動きでギーシュはナツミに再び、飛びかかり見事に捕獲された今に至っていた。

 

 

「ナツミくん!君はなんて美しいんだ!強く凛々しいその様はまるで女神……ぐふぅ!?」

 

 ロープに縛られてなおギーシュはナツミに対し異様な執着を示し、なんとか近づこうともぞもぞ動き言葉を重ね続ける。

 

「黙りなさい」

 

 きらきらと曇り無き瞳でナツミを見つめながらギーシュがナツミを褒め称えているとルイズが機嫌悪げにその背中に足を落とす。溜まらずギーシュが呻き声をあげるが、そんなもので止まるほど今の彼は理性的では無かった。

 

「ぐっ!?し、嫉妬は止めたまえミス・ヴァリエール!?」

「はぁ?」

 

 ナツミにのみに向けていた視線を、怒気を漲らせギーシュは叫ぶ。意味が分からずルイズは怪訝な顔で間抜けな声を漏らすが、そんなルイズにギーシュは更なる爆弾を落とした。

 

「いくら君がナツミくんを愛していても、女である限り彼女が振り向くことは無いんだぞ!男である僕に君は勝ち目が無いんだ!!」

「な、何を言ってんのよ!!あんたは!!!」

「ぐふぅううう!?」

 

 皮袋を思い切り蹴りつけたような音がモンモランシーの部屋へ響き渡る。頬をこれでもかと染めたルイズが怒りを込めてギーシュを蹴り飛ばした音だ。

 ごろごろと床を転がり部屋の端に激突してギーシュはようやく止まる。

 

「ごほっごほっ、ず、図星を突かれて照れているのかぃいいいいいい!?」

 

 

 咳き込みながらもなお馬鹿な事を言い続けるギーシュに今度はモンモランシーが蹴りを加える。もはや生きるサンドバックと化したギーシュであったが、ナツミはそんな彼に同情の念が全く湧いてこなかった。なぜなら、こうして二人から蹴りつづけられているにも関わらず、ギーシュは未だにナツミに熱い視線を送っているのだ。

 はっきり言うとあまりにも気持ちが悪く情に厚いナツミでさえ軽くギーシュに引いていた。

 そのまましばらく耳を押さえたくなる様な肉を打つ音が部屋に響くが、やがてそれも収まる。流石の愛の奉仕者であるギーシュも二人の猛攻には耐え切れずにようやく気絶したのだ。

 

「はぁはぁ……これは一体どういうことモンモランシー?」

「……さ、さぁ?」

 

 ギーシュが気絶してようやっとまともになった空気の中、ルイズはじろりとモンモランシーを睨むと尋問を開始する。モンモランシーはルイズの纏う恐ろしい気配に怖気づきながらもあさっての咆哮を向いて上づいた声をあげる。

 

「なんか隠してない?」

「な、なにも隠してないわよ……」

 

 モンモランシーの怪しい様子に更にルイズが問い詰めると、モンモランシーは縮こまるように否定するが、既にその様子が何かを隠していると暗に語っている。

 しばし、無言の時が流れる。

 その無言の時を破ったのは……。

 

「ナツミく~ん!!」

 

 ……超人的な回復力で復活を遂げたギーシュであった。顔を腫らしながらも笑顔でナツミの名を呼ぶギーシュは先程にも増して気持ちが悪い。とうとうナツミはギーシュの視線に耐えかねルイズの背に隠れた。平時は緩みながらもここぞという場面では伝説の召喚師らしく凛としているナツミの珍しい様子に心の中で可愛いなぁとルイズが思ったのは彼女だけの秘密だ。

 

「じ……実は」

 

 そして、自らの元彼氏で現在進行形で一番気になる男の子であるギーシュの醜態にモンモランシーが遂に口を割った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 惚れ薬

 

 

「「ほれぐすりぃ!?」」

 

 モンモランシーが口にした思わぬ言葉に、異口同音にルイズとナツミは叫ぶ。無論、その名前からどんな効果があるかは明白だった。 

 ルイズは顔を呆れた様子へと変化させ、ナツミは自分がギーシュにどう思われているかを理解し体をぶるりと震わせる。

 

「馬鹿!大声出さないで!……禁制の品なんだから」

 

 ルイズは自らの腕でモンモランシーの手を掴むと口から引きはがし再び叫んだ。

 

「そんなの知ってるわよ!ってかなんでそんなもんをギーシュは飲んだのよ?」

「そ、それは……」

 

 モンモランシーはちらりとギーシュを見ると溜息を一つして、│訥々《とつとつ》とギーシュが惚れ薬を飲んだ経緯を説明し出す。

 ギーシュに浮気をさせない為に惚れ薬を作ったこと、それを飲ませようとギーシュのグラスに惚れ薬を仕込んだら、ちょうどナツミが訪ねて来て、ギーシュが惚れ薬が入ったワインを飲み、扉を開けてナツミを見てしまったと。

 どう考えも禁制の惚れ薬を使ったモンモランシーが悪いだろ、と言う内容であった。

 

「あ、あの時、ルイズの使い魔が来たのが悪いのよ……」

 

 射殺さんばかりの視線をぶつけてくるルイズに、たまらずモンモランシーは歯切れ悪くナツミが悪いと言い出した。だが、それは火に油、マグネシウムに水だった。

 

「はぁ!?どう考えてもあんたが悪いでしょうが!!……多少、扉を開けたギーシュも悪いかもしれないけど、それでもナツミは関係ないでしょうが!」

 

 ルイズの言う通り、ナツミには非は一切ない。制服の仕立て直しにしたって二、三日で出来るとナツミは元々言っていたし、ルイズが言う通り扉を開けたのはギーシュだ。

 

「……で、治るの?」

 

 ルイズの背に隠れ、ギーシュの視線を避けながら、ナツミは懇願するようにモンモランシーに問うた。

 

「……そのうち治るわよ」

「そのうちっていつよ!」

 

 流石に怒鳴るナツミ。ただ惚れられたならまだしも、今のギーシュのナツミへの執着っぷりは異常だ。モンモランシーとルイズに散々痛めつけられたなお、陶酔した視線をナツミへと送るのを止めないのだ。それに、いくらドットとはいえギーシュは魔法を使える。大抵は一方的に制圧できるだろうが、万が一ということも有りえた。

 

「個人差があるから、そうね。一か月後か、それとも一年後か……」

「そんなもんを飲まされたのギーシュは……」

 

 強すぎる薬の効力に流石にかわいそうに……とナツミはギーシュに同情の念を抱き、思わずギーシュに視線を向けると熱い視線を送るギーシュと目が合い背中に怖気が走り、同情の念があっという間に霧散する。

 

「……ナツミくん」

 

 視線が合ったことが余程嬉しいのか蕩ける様な声をあげるギーシュ。

 ルイズは猛烈な頭痛に襲われたのか頭を抱える。

 

「……すぐに、すぐに!なんとか!し・な・さ・い!!!」

 

 今日最大級の怒鳴り声が辺りに響く。

 モンモランシーはルイズの先程からの大声に流石に怒りが込み上げ、テーブルを思い切り叩き、怒鳴り返した。

 

「私だって治せるもんなら治したいわよ!!」

「じゃあ、さっさと治しなさいよ!!」

「……お金が無くて材料が買えないのよ。とある秘薬が必要なんだけど……高価なのよ。数日前まではあったんだけどね。……惚れ薬に使っちゃったし」

「使っちゃったじゃないわよ!!お金なら貸すから買って来なさいよ」

 

 使い魔……というか友人に降りかかる不幸にあっさりとお金を貸すというルイズ。彼女もナツミと出会って成長した証拠だろう。

 

「……あたしが治そうか?」

 

 言い争う二人に再びナツミが声をかける。彼女の持つ召喚獣には対象の状態異常を回復出来るものが何体もいる。ギーシュを回復させるなど数秒で可能だ。

 

「できるの?」

 

 ナツミが風のスクエアメイジだとギーシュが言っていたことを思い出したモンモランシーが懐疑的な目でナツミを見る。今回モンモランシーが作った惚れ薬にはある高位の生物の体の一部が使われているのだ。その効力は非常に高く、水の高位メイジでも治すのが難しい。

 それをスクエアクラスの風のメイジが出来るわけがない。なんせ系統が違うのだから。

 そんなことをモンモランシーが思っているとはナツミは露とも気付いていないナツミは嫌そうな顔をして答えを出す。

 

「出来るけど、……はぁ~、そのギーシュと二人きりにしてくれない?」

 

 ちなみに彼女が嫌がっているのは今の気持ち悪さマックスのギーシュと二人きりになることだ。……ロープで簀巻きにされているとはいえ、今のギーシュはナツミと二人きりになった途端に歓喜でロープで千切りそうで嫌すぎた。

 そんなことになったら……

 

「う……」

「ダメよ!!」

 

 おぞましい想像を抱いてしまったナツミは思わず呻き声をあげてしまう。そしてそれに重なるようにモンモランシーは大声でナツミの意見を却下する。

 

「なんでよ」

「……そ、それは……」

 

 モンモランシーの妙に必死な言葉にルイズが突っ込みを入れる。ルイズからすればナツミの力は知っている為、惚れ薬位であれば簡単にその効力を無効化出来ると絶対の信頼を置いていたからだ。

 そして、ナツミの力を知らないモンモランシーは別の事を心配していた。それはもうナツミとルイズからすればあまりも馬鹿馬鹿しいことで。

 それは

 

「あ、あなたとギーシュを二人きりにしたら、良からぬことをするかもしれないでしょ!」

「はぁ?」

「モンモランシーあんたバカでしょ?」

 

 モンモランシーが顔を真っ赤にしてナツミとギーシュが二人きりにせんと止めに入る。それに対して心底呆れたように二人が声を漏らす。

 

「なにが馬鹿よ!」

「馬鹿は馬鹿よ!いいからナツミに任せなさいよ!」

「ここの場で治せばいいでしょ?なんで二人きりにならなきゃいけないのよ」

 

 今日一番もっともな意見をモンモランシーが言うが、それをナツミが容易に行えない理由があった。召喚獣を召喚しなければ術を行使できない彼女ではモンモランシーの目の前で召喚獣を晒さなければならない。

 既にハルケギニアの何人かの人に召喚術の事がバレているとはいえ、いたずらにその数を増やすのはよろしくない。故に召喚術行使の現場を見せないために二人きりにしてくれないかと言う提案だったのだが、モンモランシーからすればたかが治療するのに二人きりにしてくれなんて、人には見せられない事をするのではと考えていた。

 

「そ、それはナツミのしょ……じゃなくて魔法は東方の魔法だからあんまり広めたくないのよ」

「別に言いふらしたりしないわよ!」

「と、とにかくダメなのよ」

 

 もはや二人の意見は平行線。

 ナツミ的にはもうバレてもいいと思い始めていた。それほどまでにギーシュ気持ち悪いし。

 

「じゃあ、もういいわよ。ナツミ帰るわよ」

「え、うん」

 

 とうとう我慢の限界に達したルイズがナツミを促してモンモランシーの部屋から出ようとする。

 

「待って!」

 

 ルイズの腕を掴んで、待ったをかけるモンモランシー。

 

「なによ」

「……お金貸して」

 

 

 

 結局モンモランシーは翌日ルイズからお金を借りて秘薬を買いに行った。ナツミ的にはこの間にこっそりギーシュを治しても良かったのだが、意地になったルイズが。

 

「自分の不始末は自分で片付けないとね」

 

 と言うので、治療はしていなかった。

 そしてギーシュはモンモランシーの部屋にモンモランシーが作った睡眠薬を飲まされた上に簀巻きにされて転がされていた。……哀れ。

 そして夕方、モンモランシーがようやく帰って来た。

 

「……」

「おかえりなさいモンモランシー」

 

 ルイズの部屋の扉を開けて何故か無言で立ち尽くすモンモランシー。ナツミはとりあえずおかえりなさいと言ってみる。

 だが、モンモランシーは引き続き無言のままだ。

 

「どうしたの?」

「無かった……無かったのよおおおおお!!」

 

 絶叫をあげながら泣き崩れるモンモランシーにナツミはやれやれと溜息を吐くことしかできなかった。

 

 

 結局、王都にある秘薬屋を回りに回ったにも、モンモランシーの求める秘薬は品切れになっていたらしい。

 しかも、その秘薬が再度入荷する予定は全くの皆無。なんでもその秘薬というのがガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住まう水精霊の涙というらしいのだが、その肝心の水精霊たちとの連絡が最近途絶えたらしいのだ。

 つまりこの水精霊の涙―秘薬―が手に入らない以上、惚れ薬の解除薬は作れない。

 

「ひっく、ううどうしよう……?」

 

 がっくりと落ち込んで泣きじゃくるモンモランシー、ギーシュの事が好きで昨日はナツミにキツイ事を言ったのだろう。悲しげに俯くモンモランシーの様子からそれを察したナツミは居たたまれなり、モンモランシー肩に優しく手を置いた。

 

「秘薬が無いんじゃしょうがないわね。あたしが治すけど良いよね」

 

 諭す様に優しくナツミはモンモランシーに話しかける。

 だが、モンモランシーがそれをぶち壊す。

 

「ダメ!二人きりになるなんてダメよ!」

「……」

 

 こいつ面倒くさい。ナツミは微笑んだ笑顔の脇に青筋が浮かぶのを知覚する。

 この後に及んで、未だに折りたくないところは折らないモンモランシーにナツミは高すぎる貴族としての間違った彼女のプライドに嫌気がさし始めていた。

 まぁ本当はセーラー服を着たナツミにギーシュが夢中になっていたことを知っていたモンモランシーとしてはそんなナツミとギーシュが二人きりになることに嫉妬しているだけなのであったが、ナツミはそれを知る由はない。

 無論、ナツミはギーシュにこれっぽちも興味が無い。

 別に自分より強い男が好みとは言わないが(そんな人間はほとんど居ないし)、チャラチャラして女の子ばっかり追いかけて、おべっかばかり使う男なぞ間違いなく好みではない。それなら多少ぶっきらぼうでも助けるときは助けてくれる人の方が何倍もいい。

 さしものナツミもういい加減にモンモランシーに対しての呆れ具合が限界に達しつつあった。なんせこのまま治療ができないとなるといつ治るかも知れぬ惚れ薬の効力でナツミに惚れたギーシュに毎日の様に求愛される日々を送らねばならないからだ。

 そんな日々を送るのは正直、モンモランシーだけで充分だ。

 

「……あ」

 

 そこまで考えてナツミはあることを思いついた。秘薬がない今、ギーシュを惚れ薬から解放する方法はナツミには召喚術しか思いつかない。そしてその召喚術はあまり人の目には見せなくない。

 だが、ナツミとギーシュが二人きりになるのはモンモランシー的にはよろしくない。

 そうナツミとギーシュが二人きりなるのがよろしくないのなら。

 ならば――――。

 





一番最初にリィンバウムの人物紹介を追加しました。
大した事は書いていませんが宜しければご覧ください。
徐々に追加していくつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ラグドリアン湖の水精霊

 

 モンモランシーの部屋の扉が開き、中からギーシュと……ソルが姿を現す。

 

「頼ってくれるのはいいんだけどな……こんなことで俺を呼ぶなよナツミ」

 

 呆れながらソルは言い放つ。

 そう、このギーシュ惚れ薬騒動の解決したのは彼、ソル・セルボルト。

モンモランシーがナツミとギーシュが二人きりでは、ナツミが良からぬ事をするかも知れないからと壮絶に嫌がったために、優秀な治療用召喚獣を多数持つソルが事態収拾の為だけにリィンバウムからわざわざ召喚されたのだ。

 モンモランシーも最初はナツミが突然連れてきた何処の人間とも知れないソルに不審な目を送っていたが、ナツミとギーシュが二人きりになるよりはマシだと考えたのだ。

そ してモンモランシーの部屋に入るとものの数分でギーシュを元に戻して現在に至ったわけだ。

 

「はぁ……」

 

 ソルは先に台詞とは裏腹に、ナツミに頼られたのは嬉しくはあったのだが、よりにもよってその頼られた理由が惚れ薬でよりバカになったギーシュの治療なので素直に喜べないでいた。

そして、

 

「モンモランシー……君はなんてものを僕に飲ませたんだい!そんなに僕が信用できないのかい!?」

「出来ないわよ!大体前に別れたのだってあなたが浮気したからでしょ!?それに本当に私が好きなら惚れ薬を飲んでも変わらないでしょ?」

「そ、それは……」

 

 治療を終えたギーシュはモンモランシーと醜い言い争いに花を咲かせていた。……既に負けが見え始めていたが。

 

「……やれやれね」

「うん」

 

 そんな二人を見て、ナツミとルイズは心底呆れたような声をあげていた。一つの問題を解決したら、落ち着く間も無く新たな問題が発生していたからだ。

 だが、そんな空気を読まずにソルが動く。

 

「おい」

「大体ギーシュあなたわね。私の事が好きって言いながら、ルイズの使い魔に夢中なってたでしょ!!私が知らないとでも思ったの!」

「ぐっ……!」

「おいって言ってるだろ!」

「きゃあ!?」

 

 二人の世界に入っているギーシュとモンモランシーを豪快に怒鳴って元の世界に引き戻すソル。一度無視されたせいか若干キャラが変わっているのはご愛嬌。

 そしていつもはクールなソルがそこまでする理由があった。

 

「な、なによ……」

「聞きたいことがある。いいか?」

「う、うん」

 

 有無を言わせぬソルの物言いに、思わず上ずった声をモンモランシーはあげた。

 ソルはそんなモンモランシーには気づかずに質問を開始した。

 

「あの惚れ薬を作るのに、なにか、こう、人の心を強力に支配するような物を使わなかったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、ナツミくんのワイバーンはいつ見ても素晴らしいね!並みの……いや火竜山脈に住まう火竜にも勝る程のワイバーンだね」

「最近学院の噂になってたすっごく大きいワイバーンって貴女の使い魔だったのね……確かにこれだけの使い魔を使役できるならスクエアって言われても納得ね」

 

 ギーシュを惚れ薬から解放して翌日。ナツミ、ルイズ、ソル、ギーシュ、そしてモンモランシーという珍しい組み合わせのメンバーはラグドリアン湖へと向かっていた。

 移動手段はもう周りには周知になってしまったワイバーン。

 そしてラグドリアン湖に一行が行く理由はソルが水精霊に会いたがったためであった。

ソルはギーシュを治療した際に所詮はたかが惚れ薬と高をくくって、少量の魔力で召喚術を行使した。

 その結果はなんと失敗。

 意外な結果に驚いたソルは今度はそれなりの魔力を込めて再びギーシュの治療を行った。

そしてまたもや失敗。続けて二度の失敗にさしものソルもナツミに頼られた手前、無様は晒せんと自身が持つ最大の回復効果を持つ召喚獣を召喚し、ギーシュを完全回復させたのだ。

 

「ソル、どうして水精霊に会いたいの?」

「ん、ちょっとその水精霊と話がしてみたくてな」

「話?」

「ああ、人の心にあれほど強く作用する力。何かあるんじゃないかと思ってな」

「何かって何よ?」

「分からないのか?……まぁお前は頭を使うタイプの召喚師じゃないからな」

「……なんか馬鹿にされてる気がする」

「気のせいだ。話を続けるぞ。ギーシュを惚れ薬の効果を打ち消すのに使った俺の魔力は大よそ天使召喚も余裕で出来るくらい込めてようやく治るものだったんだ」

「それって……」

 

 そこまで言われてようやくナツミもソルが気になったことが分かったのか、彼女も真剣な顔をする。

 

「ああ、天使召喚に匹敵する魔力でようやく打ち消せるほどの力を薬に持たせられる生物……少なくとも」

「水精霊は天使に近い力を持つ高位の生物ってことね」

「そうだ。タルブの戦いで貴族が持っていた魅魔の宝玉の欠片。他の悪魔達が召喚されている可能性が無いとは言えない。調べておく価値はあるだろう」

「はぁ……今までの経験からだと、絶対何かあるパターンね」

 

 ナツミの呟きが青空に溶けた。

 

 

 

 

 ラグドリアン湖の岸辺にゆっくりとワイバーンが着陸する。

 ワイバーンの背から眺めるラグドリアン湖は湖面がきらきらと青く煌めき、空の青と重なり極上の景色を作り出していた。

 

「よっと」

 

 元気よくナツミは高さが二階建ての建物張りにあるワイバーンの背から飛び降りる。

 ほとんど着地音をさせないばかりか全く痛みを感じた様子を見せないナツミ、身体能力が最早人外の領域に達しつつあるナツミ。本人はその異常さに全く気付いていない。まぁリィンバウムのメンバーがメンバーだけに名も無き世界の常識は既に深淵の彼方にあるのだ。

 そして、ギーシュもモンモランシーにいいところを見せようと、勇ましく飛び降りた。彼の脳内イメージでは雄々しい鷲と自分が重なっていたが、現実は甘くなかった。

 

 ぎくっ!

 

 なんとか、両足での着地は成功したものの、足を思い切り挫き、彼の足首から生々しい音が響きギーシュは体勢を崩しごろごろと転がり、湖へと転落した。

 

「わああああ!?た、助けて~」

 

 ばしゃばしゃと湖面を叩き、無様さを晒すギーシュ、どうやら泳げないようであった。

 

「やっぱりつきあいを考えた方がいいかしら」

「そうしたほうがいいな」

 

 ワイバーンが降りやすいようにと垂らした尻尾から恐る恐る降りながら、モンモランシーが呟くと、すぐ後ろを歩くソルがそれに同意する。だが、心中ではあの積極さに少し羨望を抱いていた。

 

「あら?」

 

 ワイバーンの尻尾の途中でモンモランシーが気になるものでも見つけたのか、遠くを見て首を傾げた。

 

「どうしたんだ」

「水位が上がってるわ。昔、ラグドリアン湖の岸辺は、ずっと向こうだったはずよ」

「ほんと~!?」

 

 ソルとモンモランシーの会話が聞こえたのか、ワイバーンの足元からナツミが大声で二人の会話に割り込んだ。

 

「ええ、ほら見て。あそこに屋根が出てるわ。村が飲み込まれてしまったみたいね」

 

 モンモランシーが指さした先には、藁葺(わらぶ)きの屋根が見えた。ナツミが目を凝らして澄んだ水面の下を覗き込むと多くの家が沈んでいるのが見えた。

 モンモランシーはワイバーンの尻尾から降り、岸辺まで近づき、水に指をかざして目を瞑った。

 こう見えてモンモランシーの生家、『水』のモンモランシ家は、ラグドリアン湖に住む、水の精霊とトリステイン王家との間で古くから交わされてきた盟約の交渉役を何代も務めていた。

 だが……今はモンモランシーの父親が水の精霊を機嫌を損ねた責を問われ、その役を降ろされていたが、彼女自身が水精霊を怒らせたわけではないので、水の精霊との交渉が出来るかもというというのが今回の旅にモンモランシーが同行させられた理由だったりする。そしてギーシュは以前ナツミ達が宝探しの冒険に出た際に誘われなかったのが、よっぽど淋しかったのかあんまりにもしつこく付いて来ようとするので足手まといにならない事を条件に連れてきたのだが、

 

「おいおい、ほっとかないでくれ!ぼ、僕は泳げないんだ!」

 

 と顔だけなんとか湖面に出し、必死の形相で助けを乞う姿は足手まとい以外の何物でもない。そして、皆はそんなギーシュを放っておいて、岸辺に近づく。

 

「おい!助けて……」

「そこ、膝より浅いぞ」

「え」

 

 ソルの冷めた言葉にギーシュが立ち上がるとソルの言葉通り、水面は膝下より低い。ギーシュは頭までびしょびしょになりながら、恥ずかしげにあははっと笑っているが、モンモランシーを始めとした一行のきっつい白けた視線を受けながら、岸辺まで上がると地面にのの字を書いていじけ始めた。

 

 

 そんなギーシュはさておき、モンモランシーは皆の前で使い魔の蛙を用いて、水の精霊を呼び出すことに成功していた。水の精霊はまるで水の塊そのもので目も口も耳も、そして手足すらも無い不定形であった。

 

「ありがとう、ロビン。言われた通り水の精霊を呼んだわよ」

 

 女の子の割に、というのは偏見かも知れないが、蛙の使い魔に怖がる様子もなくお礼を言いながら、モンモランシーは使い魔の頭を撫でる。

 

「ありがとう、モンモランシー」

 

 ナツミはお礼の言葉と共にソルとともに水の精霊へと近づいた。

 

「我に何の用だ。単なる者。……貴様には覚えがあるな、貴様の体内を流れる液体に確かに覚えがある。貴様に最後にあってから、月が五十二回交差した」

 

 水の精霊は自らの近づく、ナツミとソルには興味が無いのか、自らを招きよせたモンモランシーへと言葉をかけた。

 

「私の事覚えていてくれたのね。水の聖霊よ、今あなたの前にいる二人があなたと会いたいといっていたので今日あなたを呼んだのよ」

「それで、我に用とはなんだ。単なる者よ」

 

 モンモランシーの返答にようやくナツミに達に興味が湧いたのか、ぐねぐねとその不定形の体をくねらせるとやがてその姿をモンモランシーそっくり変えて、顔と思われる部分をナツミ達へと向けた。

 

「ええ、あなたに聞きたいことがあるの」

「問いにもよる。……単なる者よ」

「ん?」

 

 水の精霊はナツミの姿を視界に納めると、モンモランシーを模した姿を激しく波打たせ、その姿を大きく変える。

 

「我の近くまで寄れ」

「?」

 

 ソルとナツミは互いに首を傾げながらも、水の精霊の望み通り、湖すれすれまでその身を進ませる。すると水の精霊はそれを待っていましたとばかりに、手近に居たナツミの体をすっぽりとその身で覆ってしまった。

 予想もしていなかったあまりの光景に、一行は驚きの声をあげられず、それを見ていることしか出来ないでいた。そして、それはナツミも同じ、突然水の精霊の体内へ取り込まれ、びっくりしていた。だが、不思議と恐怖は感じていなかった。体を覆う水には少なくとも敵意は感じなかったからだ。

 

「やはり、この世界の者とは違う水だ……汝は一体?」

 

 水の精霊の問いがナツミの心に響いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 夜半の襲撃者

 

 青く澄んだ水が、優しくナツミを包み込む。

 彼女の視界は今や青一色、その向こうに彼女の仲間達が慌てふためく様子が見える。だが、不思議とナツミは落ち着いていた。なぜなら、彼女を包む水の精霊から悪意や殺意といったナツミに危害を加えるという意思を感じなかったからだ。

 それに水の中でも何故か息をすることが出来た。これは生命と精神を司るという水の精霊の力なのだろう。そんな事をのんきに考えていたナツミの心に直接、水の精霊の声が響く。

 

『単なる者よ。汝を流れる水はこの世界の水ではない……汝は何者だ』

『ん?えーと貴方が水の精霊って事で良いのかな?』

『そうだ。単なる者よ』

『やっぱりそうか……えっと、ちょっと話が長くなるんだけどいい?』

 

ナツミのリィンバウムから召喚されてから経過した時間は二年に届かない期間であったが、その間に起こった出来事は映画にすれば三部作。ゲームにすれば二十時間は遊べる程だ。ちょっと説明しろと言われて、気楽に話せる量ではない。

 

『問題ない。我は水の精霊。命と心を操るのは容易い』

 

 さり気にお前の命は握ってます。的な発言を水の精霊はさらっというが、当のナツミは気付いていない。水の精霊はそんなナツミの様子を了承と捉えたのか、その力を遺憾なく発揮する。

 

『わっな、なになに!?』

 

 自らの心の中に何かが入ってくる感覚に思わずナツミが困惑する。それはまるで│霊界《サプレス》のエルゴが己が内に知らずの間に宿っていていきなり声をかけてきた時のような感覚。……さすがに霊界のエルゴに比べれば微々たる力であったが。

 水の精霊がナツミの記憶を覗いているのか、次々と昔の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。心が好き勝手に読まれているのにも関わらず、ナツミは嫌な感じはしなかった。

 やがて、何かが心の中を入ってきた感覚は始まりと同様に唐突に終わりを告げた。十数年と言う膨大と言うには短く、それでいて数々の大きな出来事があったナツミの思い出は僅か数瞬で水の精霊が読み取ったのだろう。

 

『なるほど、単なる者よ。汝は異世界の大いなる意思の代行者なのだな』

『大いなる意思?』

『この世界のありとあらゆるものの運命を左右する意思を我らは大いなる意思と呼んでいるのだ』

 

 大いなる意思。エルフや韻竜などの多くの先住種族に広く信仰されている、精霊の力の源。運命や事象を左右する力を持つとされる存在である。

 ナツミはそれを聞くと真っ先にある存在を思い出していた。

 そうまるで大いなる意思とはまるで、自分を│誓約者《リンカー》へと導いた『│界の意思《エルゴ》』そのものではないかと、漠然としながらもその考えに彼女は至っていた。とは言っても頭脳労働派ではないので、彼女の思考はそこで止まってしまったのが彼女らしいとは言えば彼女らしかった。

 

 

 

 

『それで何のようだ大いなる意思の代行者よ。我を呼んだからには何かしらの用があるのだろう?』

『ん、まぁ聞きたいことがあってきたんだけど、その大いなる意思の代行者ってのは気にしなくていいの?』

『別に構わん。汝の体を流れる水に興味を持っただけの事、それ以上の興味は無い』

『ならいいや、実は貴方には、この世界で、……なんて言えばいいだろ、うう、こういうのはソルの仕事なんだけどなぁ。んーと、とにかくなんかこうこの世界の異変とか起こっていないか知りたいんだけど』

 

 言葉の所々に重大なキーワードがぽこぽこ出ているにも関わらず、あまりそれを気にしていないのは、人外たる水の精霊と元々あんまり頭を使うのが得意ではないナツミ故か……。

 

『異変か。我はほとんどの時をこの湖で過ごしているが、特に異変と呼べる事態には心当たりがないな』

 

 少し期待していただけにナツミはがっくりと肩を落とす。

 

『そっか、ありがとう水の精霊。わざわざ呼んだりしてごめんね』

『待て。単なる者よ。我は汝を異世界の大いなる意思の代行者として頼みたいことがある』

 

 

 

 

 

 水の精霊がナツミを包み込んで数分。それを見る事しか出来ないルイズ達は戦々恐々とした様子であった。なんせ、水の精霊は自らと触れた生物の心と命をさながら、人間が呼吸するのと同じ気安さで自由にすることが出来る力を持っているのだ。その水の精霊に体ごと包まれているのだ。焦るのも当然と言えよう。

 

「ど、どうしよう……」

「モ、モンモランシーこれは大丈夫なのかい?」

「大丈夫なわけないでしょ!水の精霊は生命と精神を操れるのよ。しかも一瞬でも触れただけでね……。水の精霊に敵意がなければ大丈夫だと思うけど、少しでも機嫌を損ねでもしたら……」

 

 水の精霊の恐ろしさを個人差はあれどそれなりに知っているハルケギニアのメイジ三人組は、いよいよどうしようかと慌て始める。そんな三人の脇で、一人ソルは腕組みをしてただただナツミを見ているだけであった。

 

「ちょっとソル。ナツミがやばいかも知れないのよ!?なにぼーっと突っ立ているのよ!」

 

 お互いに│相棒《パートナー》として認めているにも関わらずに、ソルはナツミの危機に際し、動こうとしない。

 そう見えたルイズは、今の現状を打開できない困惑を苛立ちと言う形でソルへとぶつける。自分には無い力を多数持ち、ソルならナツミを助けることが出来るのではという期待をしていた分その苛立ちはより増している様であった。

 

「……」

「ちょっと、なんで黙ってるのよ?知らないかもしれないけど、モンモランシーの言ったとおり水の精霊は命を自在に操れるのよ!?このままじゃ幾らナツミでも!」

「ル、ルイズ……っ」

 

 ソルはそんなルイズに対して、視線すら逸らさず無言を貫く、そんな態度はルイズの精神を逆なでし、ソルに詰め寄り、今にも掴みかからん勢いでルイズは怒鳴り声をあげる。

 ギーシュはあまりの剣幕でソルを責めるルイズを見かねて、窘める様に声をかけるが、ルイズの表情を見て、思わず息を呑む。

 ギーシュが見た彼女は今にも零れんばかりの涙を目尻に貯めていたからだ。

 どんなにゼロと馬鹿にされても、つんとした態度を崩さなかったルイズの思わぬ様子はギーシュのみならず、モンモランシーも驚きの表情を見せていた。

 

「……信じろ」

「えっ」

 

 ソルはルイズに一瞬だけ視線を向け一言告げると、すぐに視線をナツミに戻す。

 

「あいつはこのくらいでどうにかなる柔なヤツじゃない。どうせ悪意や敵意を感じないからあえて好きにさせてるんだろ」

「で、でも水の精霊は……」

「生命と精神を操るって?はっ!あいつは誓約者だぞ。水の精霊位でどうにかできるもんじゃない。それともお前が召喚したあいつ―ナツミ―はそう簡単に死ぬじまうようなやつなのか?」

「……違う」

「なんか言ったか?」

 

 ナツミを信じて疑わないソルの言葉にルイズが俯き、小さな言葉を漏らす。

 ソルはその小声が聞こえたにも関わらず、意地悪くも聞き返す。なんだかんだでソルがこの世界で色々な厄介事に次から次へと巻き込まれる原因はルイズにあるのだ。それを思い出してちょっと意地悪したくなったソル。

 だが、そもそも魔王召喚の儀式で一般人のナツミをリィンバウムに召喚したという自分に不都合なことはころっと忘れていた。

 二人が互いに相棒と思っているナツミの事を真剣に思っている中、当のナツミは青い水の 中に取り込まれ微動だにしない。

 そして、それがさらに数分続いた後、始まりと同様、唐突に水の精霊はナツミから離れて行く。

 

「「ナツミ!」」

 

 ナツミが解放されたと見るや、ソルとルイズは同時にナツミへ向かって駆け寄った。ルイズはともかくソルも口では平気そうにしていたようだが、やはりナツミが心配だったのだろう。

 

「ふぅ、わぁっと!?ル、ルイズ、どうしたの?」

 

 解放されたことにほっとナツミが一息つくと突然背後から体当たりをくらい、湖にダイブをかましそうになるが、なんとか踏みとどまった。

 

「よかった無事だったんだ……」

「?」

 

 水の精霊の力を知らないナツミはどうしてルイズが涙を浮かべながら自分に抱きつくか分からず、疑問しか湧いてこなかったが、とりあえず頭を撫でて誤魔化すことにした。感情が高ぶったルイズはこちらの言うことなど、少しも聞いてくれないのをここ数か月で何度も見せられたゆえの対応である。

 

「で、どうなったんだ?」

 

 心配なぞしてないぞ、という振りをしながら、ソルはナツミへと問う。内心はルイズのように抱きつきたいところであったが、そんなことをすればあとが怖い。それに今まで積み重ねたイメージというものもあるのだ。

 

「ん、とりあえずハルケギニアでの異変と思われる兆候とかに思い当たるのは無いんだって」

「そうか……」

 

 ナツミ同様に水の精霊に期待していただけに何も情報が得られなかった事に、ソルは肩を落とす。なんせ、この世界に関してはツテどころか、社会情勢や習慣といった基本的な事すら彼は知らないのだ。魅魔の宝玉の欠片を含む、悪魔の情報を得ようにも、方法すら思いつかないのが今の現状だ。

 

「あ、でも頼みごとされた」

「な、に?」

 

 肩を落としていたソルは即座に、機嫌の悪さを隠そうともせずにナツミを見やる。毎度毎度のことながら、どこからともなく厄介事を持ち込むのだこの少女は。ただでさえ、低級とはいえ悪魔がこの世界の何者かに召喚されているというのに、ほいほいと頼み事をなんで聞くのか、ソルはストレスで頭痛に襲われていた。

 

 

 

 水の精霊の頼みとは夜ごとに、水の精霊を襲撃するメイジの撃退であった。なんでも水の精霊が住む、遥か湖面の奥深くへ魔法を用いて水の中をまで侵入し、火で水の精霊を炙り、その身を蒸発させて体を消滅させようとする不届き者が毎晩のように出没するらしいのだ。

水の精霊が自分でなんとかしろよとソルは言ったが、ナツミ曰く水の精霊は今やることが有り、その襲撃者に手が回らないらしく、異世界とはいえ大いなる意思の代行者と見込んでナツミにその撃退を頼んだのだ。

 ちなみに見返りは無いそうだ。

 それを聞いたギーシュはぶーぶーと文句を垂れていたが、ルイズが物理的に黙らせた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、水の精霊が手こずる相手か、かなり厄介な相手だね」

「……」

 

 二つの月が天の頂点を挟むように煌々と輝く深夜、一番役に立たないギーシュが一端の戦士の様にそう呟くが、ギーシュの近くにはルイズとモンモランシーは姿はあれど、ナツミとソルの姿は無い。

 水の精霊でも一筋縄ではいかない相手、すなわちメイジで言えばスクエア、ないしそれに準ずる力を持っているのは明白だ。

 そんな相手に対し、足手まといになりかねない三人を連れて行くわけにはいかない。ギーシュとモンモランシーはここぞとばかりに喜んだが、ルイズは正直付いて行きたかった。無属性の召喚術に加えて虚無の系統に目覚めた自分は少なくとも昔よりは戦える。

 

(ワルドの時みたいになったら嫌だもんね。あれだって当たり所が悪かったら……)

 

 悔しさからルイズは唇を小さく噛みしめた。そして決意する。もっと強くなろうと、いつか背中を預けて貰える自分になってみせると。

 

 

 

 

 

 ナツミとソルがそれぞれが木陰に身を潜め、一時間ほど経った頃、湖の岸辺に二人の人影が現れた。

 漆黒のローブを身に纏い、深くローブを被っている為、性別は定かではないが、片方はやたらとちっこい。ナツミがデルフを右手にサモナイトソードを左手に握り、思考を戦闘へと切り替える。だが、まだ飛び出すようなまねはしない。まだ人影が水の精霊の襲撃者と決まった訳でないからだ。

 

「ふぅむ。どうやら相手は結構な手練れの様だな。特にちっこいほうは隙がねぇ」

「そうね……接近戦もそれなりにこなせるように見えるわね」

 

 長き時を歩んできたデルフと、数々の修羅場を潜り抜けてきたナツミの意見が見事に一致する。二人とも手練れのようだが、特にちっこいほうが手強そうだった。

 気配を消しながら、二人の様子を観察していると、ちっこいほうが湖に向けて呪文を唱え始める。どうやら、件の襲撃者で間違いないようであった。

 確証を得たナツミはデルフで隠れるのに使っていた樹をぶった切り、魔力を解放して二つの人影に向けて思い切り吹き飛ばす。樹はまるで木の葉のごとく吹き飛び、二人を襲うが、奇襲にも関わらず気付かれ、相手の呪文なのか、樹は二人を避けるように真っ二つ切られてしまう。

 だが、それは囮。本命はソルの岩石を召喚するロックマテリアル。

 巨石が突然素性の知れぬ二人の頭上に現れ、二人を潰さんと落ちていく。だが、それももう片方のメイジが唱えた大きな火球をまともにくらいぐずぐず焼け焦げる。そこにちっこいほうの風の魔法。おそらくエアーハンマーがぶつかり、脆くなった岩石を粉々に破壊する。

 

「結構やるわね」

 

 奇襲を二度も躱され、ナツミは襲撃者の実力を甘く見ていた事を反省しつつ、己の場所を悟られぬように更なる木陰の奥へとその身を滑り込ませた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 少女の涙

お待たせしました。四章の終わりまでの改定を終えましたので順次、投稿していきます。


 

 

 水の精霊を狙う襲撃者へ奇襲を仕掛けたナツミ達だったが、その奇襲をあっさりと防がれたばかりか、今度は逆に襲われる側、守勢を余儀なくされていた。

 向こうからはナツミ達の姿が見えるのか、鬱蒼とした木々の中に居るにも関わらず、的確にナツミへと攻撃魔法を次から次へと放ってきていた。主にその魔法が風と火から風のメイジ、火のメイジという事がナツミにも分ったが、それが分かったところで、現状を覆せるわけでもない。

 そこまでナツミが考えていると小さな影の方がこちらに向かって杖を振るう。

 

「っとお!」

 

 見えない空気の槌―エアーハンマー―がナツミの移動先を読んで放たれ、大地が無残にも陥没する。だが、もともと優れた身体能力を持つ上に、ルーンで強化されたナツミはなんなく回避していた。だが、避けさせたとばかりに、今度は特大の火球がナツミを燃やし尽くさんと襲いかかる。

 

「相棒!」

「分ってるわよ!」

 

 頼りなるとこの前ようやくわかったデルフの掛け声に応えるように裂帛(れっぱく)の気合いともにデルフで火球を切り裂く。これが只の剣なら火球の余波だけで大火傷を負うであろうが、デルフは火球に込められた魔力を残らず喰いつくし、ナツミその被害は無い。

 ナツミは僅かにその身を撓めさせると、一際大きな樹の影へと跳躍し一息ついた。これまで彼女が分かったことは相手は並みのメイジ以上の実力を持っていること、そして、やたらに連携が上手い。……これが曲者であった。確かに相手はナツミよりも格下ではあったが、隙を作らず、また隙を作らせる巧みな戦いには舌を巻いていた。

 特に小さい影の方はメイジとしての実力も片割れの襲撃者よりも上のようであったし、なによりも戦い慣れしているのか、ナツミがするであろう行動を的確に読んで攻撃を仕掛けてくる。

 そしてそれに応えるように火のメイジが攻撃を合わせてくるため、遣り難いことこの上ない。さらに不味いことに魔法の射線が通らぬように木々が場所を選んだのだが、ナツミの行動を予想して攻撃する襲撃者にその手は悪手であった。

 射線が通らないのなら、射線が通るところを頭に入れて、その地点にナツミを誘導すればいい。端的に言えば現在ナツミは襲撃者の手の上で踊らされていた。

 

「うーん。どうしよう?ソルとは見事に分断されちゃったしなぁ」

 

 それを分かった上で大して危機を感じていないようにナツミは呟いた。

この場所まで移動する間にソルとナツミは分断されていた。接近戦と高威力な遠距離攻撃を持つナツミよりも、遠距離攻撃しかしてこないソルの方が組みやすいと、二人の影はソルを最初に撃破する敵と見なされてしまい集中攻撃に晒されてしまったのだ。

 数多の修羅場を潜り抜けた来たソルだったが、慣れぬ異世界の技術と夜、しかも森の中という悪条件が重なり実力が半分も出せなかったのだ。それに見通しの悪い中で大召喚術でも使えばそれこそ大惨事になりかねない。

 というわけで、ソルに敵が行かないように立ち回っていた結果、いつの間にかナツミは深い森の中で、二対一の戦いを強いられていた。

 

 

「よっと!」

 

 ナツミが隠れている場所を的確に狙い火球が勢いよく飛び込んできた。意表を突いたのならまだしも、単体でのこのレベルの魔法が当たることはまずない。

 デルフで先の火球のように切り裂いた――とナツミが思った矢先、火球はまるで意思を持つかのごとくするりとデルフの軌跡を掻い潜りナツミを焼き尽くさんと突き進んだ。爆炎がナツミを中心に花開く。

 

 

 

 

 やった。と襲撃者の二人は僅か体から数十センチも離れていない場所からの火球の急激な進路変更にナツミが付いてこれるわけはないと半ば確信していた。

 たとえ防御をしていたとしても大怪我は避けられない。どう転んでも戦闘不能。だが、それはあっさりと裏切られる。

 突如として青い暴風が吹き荒れ、火球を瞬く間にかき消したのだ。

 

「なっ!?」

 

 火球を放った襲撃者は予想もしていなかった結果に驚き思わず声をあげてしまう。だが、真に驚くのは次の瞬間であった。

 注視していた人影が霞んだかと思った瞬間、人影を隠す樹が細切れの木端へと姿を変える。そしてその木端は蒼き奔流もろともに襲撃者を飲み込む勢いで迫る。

 

「えっちょっと待ってよ!?」

 

 迫り来る壁ごとき奔流に狼狽する声しか襲撃者はあげることしか出来なかった。ただただそれを眺め、自分が飲み込まれるその瞬間を脳裏に受かべ覚悟を決めたように目を瞑ることしか出来なかった。

 

「うぐふぅ!?」

 

 正面から来るかと思っていた衝撃は何故か襲撃者の右側面から彼女をぶっ飛ばす。襲撃者は間抜けた声をあげて蒼き奔流の影響圏外へとなんとか逃れたが、右のわき腹を抑えてごろごろと転がっており、とても無事には見えなかった。

 それもそのはず、襲撃者をぶっ飛ばしたのは襲撃者の仲間である小さな影のエアーハンマー。仲間を蒼き奔流から救わんと行動した結果であったものの使い手によっては大地を陥没させるほどの魔法、手加減されていたとはいえ人一人を軽々吹き飛ばす程の威力、只で済むはずはない。

小さな影は、一応、多少仲間を心配するような視線を送ったが、その視線はすぐにナツミへと戻す。

 襲撃者にとってナツミは一瞬でも油断してはならぬ危険な相手、最初は属性が分からなかったが今の攻撃を見る限りおそらく風のメイジ、しかもどう考えてもトライアングルクラスの自分よりも上位の使い手であると感じていた。

 そればかりか身体能力は超一流、襲撃者はナツミの考えた通り相手の行動を読むことに慣れていたが、ナツミは行動自体は単調で読みやすいのだが、攻撃を当てることができなかった。

 並みの相手であれば、当たるはずの攻撃をナツミは容易に躱すのだ。

 先はなんとか不意を打つことが出来たが、それでも常軌を逸した反射神経と魔法を吸収する謎の剣により阻まれた。

 このまま戦いが長引けばいずれ魔力が付きしまうことは明白。襲撃者はそこまで状況を整理すると、次の手を打つことにした。

 次に打つ手ももちろん不意打ち。その上で余力があるうちに最大火力を叩き込む。

 小さな襲撃者は不安を打ち消す様に一つ頷くと、フライを唱え、その身を夜空へと浮かび上がらせた。

 

 

 ナツミは気配が消えた小さな襲撃者へと警戒するため左右に持った剣を大きく広げて、辺りを見回した。視界の片隅にはわき腹を抑えてうんうん唸っている襲撃者の片割れが見える。

 どのくらい警戒していただろう?相手の場所さえ分かれば力づくで攻撃ができるが、居場所が分からない今、そんな方法がとれるはずもない。多数の戦闘経験持つ故に相手に主導権を握られても焦ることはなかったが、敵が潜んでいるという気持ち悪さまでは拭えない。

 張りつめた空気が流れる夜の闇の中、風を切る音が幾つも鳴り響く。

 

「っ!」

 

 一向に気を緩めないナツミに痺れでも切らしたのだろうか?飛来した音の正体はウィンディ・アイシクル。氷の槍を生み出す精度と威力優れた魔法だ。しかも術者によっては複数の氷槍を生み出せるため、対処の難しい魔法でもある。

 

「はぁあ!」

 

 しかし、対処が難しいとはいえ、それは並みの術者の話。規格外の能力を持つナツミ前では豆鉄砲と大差無い。左手のサモナイトソード、右手のデルフリンガーで難なく防ぐ。

 

「ふぅ……嘘っ!?」

 

 不意打ちを危なげ無く防ぎ気が僅かに緩んだナツミの背後から轟々と燃え盛る火球が迫ってくる。どうやらもう戦闘不能だと思った襲撃者のそれは演技でこの瞬間を待っていたのだろう。

 咄嗟の事でもんどり打つようにナツミは左へと転がり、火球を避ける。そして、ナツミの上から降るようにしてもう一人の襲撃者が殺気と魔力を漲らせ、強襲してくる。襲撃者は内に秘めた魔力を全て放つ勢いで魔法を放つ。

 

アイス・ストーム。

 

 風と水属性で織りなす強力な攻勢魔法。小さな体躯の襲撃者が何とかスクエアと呼べる域で唱えることができる、最強の魔法であった。無数の氷の粒を内包した竜巻は多少の防御など意にも介さず、相手を冷気、氷粒、風の三種類が織りなす攻撃は並みの、否。熟練したメイジであってもただでは済むまい。

 そして今のナツミは、体勢を完全に崩して、相手を見上げることしか出来ないように襲撃者の瞳には映っていた。例え相手がスクエアのメイジであろうとも、魔法を唱えることが出来なければただの人と変わらない。

 もし何がしかの魔法が間に合ったとしてもほとんど詠唱する時間は無い。例え出来たとしてもドット、せいぜいその程度ならこの襲撃者の魔法からみれば焼け石に水。この魔法は未完成でありながらもスクエアの域にある。その程度の魔法で今から起きようとしている結果を大きく覆すことは不可能。

 襲撃者は半ば己の勝利を確信していた。

 

 だが、確信は儚くも覆される。

 蒼い奔流が今まさに仕留めんとしていた対象―ナツミ―からさながら爆発とでも言うべき規模で生まれ、瞬く間にアイス・ストームとぶつかった。スクエアに届く程のアイス・ストームが蒼き奔流と僅かも拮抗することなく押し切られ、小さな襲撃者を飲み込んだ。

 

 

 

 

「はあああああああ!」

 

 ナツミはハルケギニアで見た魔法の中でも最大級の威力を誇るであろう目の前の魔法を前にしても臆するという感情は一切湧いてこなかった。気合いを込めた雄たけびとともに、サモナイトソードの力を借り、己が身に宿る力の一端を開放する。

 一瞬すらの間もなく、溢れんばかりのナツミの魔力が蒼き光を纏って、アイス・ストームと激突し、飲み込んだ。さらにそれでも飽き足らんと、アイス・ストームの背後にいるメイジにすら牙を剥く。

 ただでさえ、力の差があるうえに、向こうは大技を放った直後。そんな襲撃者にナツミの理不尽とすら呼べる力を防ぐのはもちろん避ける術すら残っては居なかった。

 襲撃者は蒼き奔流に触れた瞬間に勢いよく、遥か上空へと弾かれる。その姿はさながら滝壺に飲まれた木の葉。素性を隠す為に被っていたフードももはやその役目を終え、その中に隠していた醒めるような美しい、まるで青空のごとき髪がそれとは不釣り合いな夜空へとその身を露わにする。

 

「――っ!?」

 

ナツミはフードに隠れていた髪を、蒼い髪(・・・)を見て息を飲み、次の瞬間大声をあげた。

 

「タバサ!!!」

 

 ナツミは自分が吹っ飛ばした相手がタバサだと分るなり、デルフを投げ捨て木々を蹴りながら上空までその身を昇らせる。哀れなデルフが「痛いっ」と沈痛な声をあげていたが、そんなものを耳に入れる暇さえおしい。このままタバサが上空から地面へと落下してしまえば、大怪我は必至。というかもう大怪我している可能性だってあるのだ。……ナツミの攻撃のせいで。

 ナツミの背に冷や汗が吹き出る。そのせいで服がぴったりと肌にひっつき、それが一層、彼女の苛立ちを増加させていた。やがてタバサの体は上空で最高点に達したのか、その体を一瞬だけ静止させる。そしてついに自由落下を始めた。

 ぐんぐんと加速しながら、タバサは地面へ目掛けて落下する。未だにその右手には杖が握られているが、意識がないのかフライやレビテーションをする気配はない。

木々を蹴りながら、落下予想地点に着いたナツミはタバサへと届けとばかりに全力で木から飛び上がった。

 

 

 

 

 

 軽い衝撃がタバサの全身を駆け巡り、タバサは緩やかに意識を回復させつつあった。しかし、まだまだ完全とは言えず、意識は茫洋としたままであった。自分が何処に居るのかも何をしていたのかも曖昧。

 ただ、彼女が感じていたのは、包み込むような温かさと、穏やかな安らぎ。ここ数年意識してそれを感じたことは、無かった。書を読みふけり、魔法を磨き、ただ仇の首を掻き切るその時を夢想し続けた。

 だが、今、彼女を包む温かさ、柔らかさはそれを忘れさせるには十分すぎるほど優しいものだった。仮にタバサがもう少しだけ、ほんのもう少しだけでも意識がはっきりしていれば、耐え難いそれを拒むことが出来たかも知れない。

 だが、ナツミやルイズがそうであるように彼女もまた十代の少女なのだ。冷たい瞳の奥に隠した愛情への渇望。父の仇への憎悪で固め閉ざした心も意識が茫洋としている状態で綻び、純粋な少女の感情が零れ落ちる

 

「母さま……」

 

 知らず彼女の頬を涙が伝う。タバサを包むそれは無条件に自分を守ってくれる。本能的にそれを感じたタバサはそれに今は望めぬ己が母を強く思い出させた。

 悲しみか懐かしさからなのか涙は止まる気配さえ見せず、ここ数年我慢した分が溢れているかのようであった。そんな中、ゆっくりと彼女を包むそれが離れようとする、寂しさと焦燥が彼女を包みそれが遠くに行かぬように腕を回し、力の限りそれを抱きしめた。

 

 

「……母さま」

 

 そう縋るように呟いて再び、タバサの意識が遠くなる。

 タバサは薄れゆく意識の中、目覚めた時それが己が腕の中から消えぬことはないよう願い込め、再び両腕に力を込めた。タバサに応えるかのごとく、力強くそれは抱き返してくる。その温かさはタバサにとってなによりも、なによりも嬉しかった。

 

 

 

「タバサ……」

 

 月明かりが木々の隙間を通り抜け、ちょうどスポットライトの様にその場を照らし出すまさにその中心にナツミは立っていた。タバサはナツミの両肩から抱く様に腕を回し、その蒼い髪で彩られてた頭をナツミの左肩へ預け気を失い、ナツミはナツミで両腕をタバサの背中へと回し、体が落ちないようにしっかりと支えていた。

タバサを思い切り吹き飛ばした後、なんとか追いついて無事に地面へと降り立った場所がここだった。

 とりあえずざっとみた感じでは手足が変な方向に曲がっていたりと、大怪我は無いように見えたが、なにやら呟いているのが心配なので、詳しく見ようと地面に下ろそうとした瞬間、タバサがナツミを強く抱きしめた。

 

「……母さま」

 

 それでも、なんとか離そうとしたが、耳元で彼女が掠れるように発した一言が、ナツミの行動を制止させた。

 ―母さま―その僅か四文字にどれだけの思いが籠っているのか、意識を失っているにも関わらず、タバサの両腕は強く強く、ナツミを抱きしめていた。一瞬、タバサを偽るのに躊躇いはあったが、縋るように両腕に力を込め続ける彼女を放っておくことはナツミには出来ず、タバサを優しく抱き返す。

 タバサは一度、ナツミを抱きしめる力を強し、小さく息を吐き出すとタバサの全身から力が抜ける。それでもナツミを抱きしめる腕の力が僅かに残るのは彼女の意地なのであろう。

タバサの愛おしく感じるほど温かい涙がナツミの肩をゆっくりと濡らしていた。

 

 

 

 上下にゆらゆらとタバサは揺られていた。同じ上下動を繰り返す馬とは違い、体の前面に心地良い温かさを感じ、長い間こうしていたいという願望を彼女に(いだ)かせていた。

 先とは違い、確実に覚醒しつつある意識は彼女に今の自分の状況を理解させた。他人の背に体を揺られるこれは所謂―おんぶ―と言われるそれではないかと、誰が自分を背負っているのだろう。疑問が彼女の頭の中を跳ね回る。だが、それよりも懐古の思いが彼女の心の大部分を占めつつあった。

 こうして最後に自分を背負ってくれたのは誰だったろう?それは彼女の今は無き父親。先の事と言い、最近のタバサは妙に昔を思い出していた。理由はおそらく友人と呼べる人が増え、彼女の心を覆っていた氷が僅かに溶けたからであろう。

 そんなことをぼんやりと思っていると、彼女を背負っていた人物がタバサの意識が戻ってきたのに気付いたのか声をあげた。

 

「タバサ?気付いたの?」

「ナ、ツミ?」

 

 タバサを背負っているのは異世界から来た英雄であり、彼女の大事な友人の一人であるナツミであった。それに気付いたタバサは軽い困惑状態へと突入した。相手の動きを読むことに長けた彼女は、それゆえに予想外の動きに弱いと言う一面を持っていた。

 

「ふっ飛ばしちゃってごめんね。痛いところとかない?」

「?…………ああ、うん痛いところはない」

 

 ナツミの言葉に、からだを少し揺すり痛みが無いことを確かめる。痛みが無いのが分かり、それをナツミへと告げるが、どうにも今の自分の状況が掴めない。

 

「どうしてナツミはわたしを背負ってるの?」

「ん?タバサもしかして覚えてないの?」

「うん……」

 

 ナツミの問いにタバサは恥ずかしげに答える。どうにも自分がナツミに背負われる事になった経緯が全く思いつかない。そもそも自分は―――――――。

 

「あ」

 

 そこまで考えがいたりようやくタバサは気絶するその瞬間までの記憶を思い出した。

 

「……」

 

 吹き飛ばされる直前までの記憶を思い出し、タバサは少し、いやかなり落ち込む。

 今回はたまたま戦った相手がナツミだったからまだいい。これがもしもナツミではない相手であったなら殺されていたかもしれない……その決してゼロでは無い可能性が、それがタバサを落ち込ませている原因であった。

 彼女はまだやるべき事があった。命と引き換えにしても成さねばならない大事なことが、それは心壊された母を治し、父の仇を屠ること、もちろんそれは危険極まりなき行為。

志半ばで死ぬことは許されない事ではあったが、心の片隅ではそれを常に考えていた。

そんな覚悟し続けてきた事が、相手がナツミでなければ、ナツミが本気で力を使っていれば、どれか一つでも違くなっていたら、きっとタバサはここにはいなかったかもしれない。

考えれば考える程、タバサの背に冷たい汗が流れ、夜気により体が冷えていく。だが、それとは真逆にナツミに背に触れている体の前面は心地いい程に温かかった。

 

 強くなろう、その背の温かさを胸にタバサは幾度目となるか分からぬ想いを、今まで一番の思いを込めて誓うのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 誓約を司る者

 

 

 ナツミがタバサを背負ってルイズ達の元へ戻ると、モンモランシーがキュルケのわき腹の治療をしていた。

 

「やっぱり、キュルケだったのね。襲撃者がタバサだったし、炎のメイジだったからキュルケかなぁとは思っていたけど予想通りね」

 

 そう言ってナツミはキュルケへと近づくとその脇に背中へ負ぶっていたタバサを座らせ、己は二人の真正面に位置する場所へ腰を下ろす。タバサもそこそこ怪我をしてはいたが、タバサが気を失っている間にナツミが既に治療を終わらせていた。

 

「さぁ、落ち着いたとこで話を聞こうか?」

 

 ソルが口火を開く。特に今回何もしていないが、妙に偉そうなのはいつも通りと言ったところだ。

 

「どうしてお前らは水の精霊を襲っていたんだ?」

「……うーんと、タバサの実家がねラグドリアン湖と面しててね。頼まれたのよ領地が水没して困ってるってね」

 

 実際はタバサが従姉妹姫から命令を受けて、水の精霊の討伐に臨んでいたのだが、先にタバサの実家がこの辺りであることを告げ、誤解するようにキュルケは言葉を紡ぐ。一応、嘘は言ってないわよと彼女は心の中だけで呟くが、キュルケはそれを外見に出すことはなかったため、ナツミ達はそれに気付かなかった。

 

「ふぅん」

「で今度は貴女達よ。貴女達はどうして水の精霊を守っていたの?」

 

 ソルの問いに答えたキュルケは今度は逆にナツミ達が水の精霊の守護をしていた理由を聞く。人に然したる興味を持たぬ水の精霊が自らの守護を人に依頼するとは考えにくいからだ。

 ナツミはことのあらましを素直にキュルケに説明した。

 自分が以前、説明した通り東方のメイジ故、東方には居なかった水の精霊に逢ってみたかったこと、そして水の精霊に実際逢ってみると、襲撃者に襲われて困っており助力を乞われ、力を貸したことを話した。

 もちろん東方うんぬんは召喚された次の日に決めたナツミの嘘のプロフィールだ。

 

「そっかぁ。参っちゃったわねー。あなたたちとやりあうわけにもいかないし、ってか二度とごめんだし……でも水の精霊と退治しないとタバサの立つ瀬もないのよね」

 

 キュルケはいかにも困ったといった様子で頭を抱えてタバサを見やる。

 タバサは相変わらず顔になんの感情も貼り付けず、ただ首を傾げてキュルケの視線を受け止めると、今度はナツミへと視線を送った。

 ナツミはその視線を受けて、躊躇うことなくあっさりと答えを出す。

 

「水の精霊にどうして水嵩(みずかさ)を増やすのか聞いて見ればいいんじゃない?その上で水嵩を増やすのをやめてくれっていってみようよ。私達で解決できる理由だったらそれを解決すればいいんだしね」

 

 なんでもないようににっこりと笑っているナツミ。その裏で胃痛にでも襲われているのか、ソルが腹部を抑えているのがキュルケとタバサには酷く印象的であった。

 一年以上もの間、ナツミと共に暮らしていたソルの感ががんがんと警鐘を鳴らしていた。そうこの場合。

 

「……絶対、面倒な事を頼まれるパターンだぞ、それ」

 

 相棒であるソルの悩みは尽きない。

 

 

 

 翌朝……。

 湖の岸辺にナツミが屈み右手を湖の中へ入れると、水面が盛り上がり水の精霊が皆の前に姿を現した。

 

「水の聖霊よ。もうあなたを襲うものは居なくなったわよ」

 

 ナツミの声を聞くと水の精霊はぐねぐねと蠢き、その形を人のそれへと変える。その姿はナツミは水で出来たナツミそのもの……ただし服を着ていないが。特に感慨なくそれをナツミを見ていたが、ギーシュはそれを凝視しモンモランシーに目潰しを喰らい、ソルは頬を赤く染めるとあらぬ方向を向く。

 

「礼を言う。単なる者よ」

 

 それだけ言うと水の精霊はナツミを模した体を崩し、その身を湖と同化させ沈んでいく。それを見たナツミは慌てて水の精霊を呼び止める。

 

「待って!貴方に一つ聞きたいことがあるの!」

「どうした?単なる者よ」

「どうしてラグドリアン湖の水嵩(みずかさ)を増やしているの?できればやめてもらえると助かるの、私達に出来る事があるならなんとかするから」

 

「……」

 

 ナツミの言葉を聞いて水の精霊が考え込むようにしばし無言になる。その間、水の精霊は膨らんだり、ポーズを変えたりと忙しなく動いていた。

 

「常なら人間に頼むことではないが……他ならぬ汝であれば信用に足りる、我が話を聞いてくれるか?」

「もちろん」

 

 間髪入れずにそう答えるナツミ。

 ソルの顔が露骨に歪む、まさにソルの予想通りの展開だった。

 そんなソルにお構いなしに水の精霊はラグドリアン湖の水嵩を上げ続けている理由をとつとつと語り始めた。

 数年前程も前の話、水の精霊が太古から守ってきた秘宝を誰かが盗み出したこと、秘宝の名前はアンドバリの指輪と呼ばれる水系統の伝説的マジックアイテム。

 モンモランシー曰く、死者に偽りの命を与えることが出来る程の力を秘めていると言われているらしい。

 そして水の精霊が水嵩を増やしていた理由は、いずれこの大地全てが水没し、アンドバリの指輪がその水に触れれば、水の精霊がそのありかがわかるという途方もない考えから来ていた。

 

「気が長いわね」

「我とお前たちでは、時に対する概念が異なるからな。我にとって今も未来も過去も、我に違いなぞ無い。いずれの時にも我は存在するからな」

 

 死んだりすることがない水の精霊故に至れる考えであった。

 長く生きても百年ばかりの時しか生きられない人間とは根本的に考えが違うのだ。

 

「なら、あたし達がその指輪を取り返してくるわ。それなら貴方が水嵩を増やす理由はなくなるでしょ?」

「……分かった。汝なら信用できる。指輪が戻るなら、水を増やす理由もないからな。速やかに水位を元に戻そう」

「ありがとう。それでそのアンドバリの指輪を盗んだ相手はどんな奴だったの?」

「風に力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。眠る我には見向きもせず、秘宝のみを持ち去って行った」

「名前とか特徴とか言ってなかった?」

「ふむ、そう言えば個体の一人がこう呼ばれていた『クロムウェル』と」

 

 ナツミの姿でぐねぐねと動きながら、水の精霊はそう呟いた。

 キュルケはその名前に聞き覚えがあったのか、ぽつりと独り言を言った。

 

「聞き間違いでなければ、アルビオンの新皇帝の名前と同じね……」

 

 その言葉にナツミ達は顔を見合わせる。

 そんな一行を水の精霊はただ黙って見ていたが、急に何かを思い出したように体をぐねぐねと動かした。

 

「そう言えば、連中の中に妙な個体が数体いたな。生きているものとは全く異なる歪な水の流れを纏っていた。まるでなにかが人間の皮を被っているような不快な個体だった」

 

 その異質ぶりに気を取られて、秘宝を取られてしまったのだ。と続く水の精霊の声はナツミの耳には入ってこなかった。

 普通とは異質な水の流れを持つ人間。まるで人の皮を何かが被っているような。

それはナツミがアンリエッタに見せてもらった、報告書にも同じ事が書かれていたのを思い出していたのだ。確か、それを報告したのはアルビオンの将校であり、クロムウェルの側近達がちょうどその様な不気味な存在だったという。

 クロムウェルという名と異質な水の流れを持つ人間。

 片方だけなら偶然と切って捨てることができたが、両方とあらば神聖アルビオンの皇帝クロムウェルは限りなく黒に近い様にナツミには思えた。

 

「ソル……」

「ああ、気付いている。アンドバリの指輪を奪ったのはクロムウェルと見て間違いないようだな」

 

 打って響くとはまさにこのことだろう。ソルの名前をナツミが読んだだけで、ナツミの言いたいことを先に口にした。互いにちらりと、視線を交じ合わせること数瞬。全くの同タイミングで二人は頷き合った。

 

「うん。水の精霊、ありがとう。必ず指輪は取り戻すわ。それでいつまで取り返せばいいの?」

「汝の寿命が尽きるまでで構わない」

「そんなに長くていいの?」

「ああ、我にとっては、明日も未来もそう変わるものではない」

「そっか。じゃあまたね」

 

 そこでナツミは踵を返して、水の精霊に別れを告げた。

 

「待て」

「どうしたの?」

 

 去ろうとするナツミを水の精霊が呼び止める。

 

「名を。お前の名を教えて欲しい」

「えっ?」

 

 水の精霊の思ってもみなかった言葉にモンモランシーが驚きの声をあげる。

 

「どうしたんだい?モンモランシーそんなに驚いて」

「驚くわよ……あのプライドの高い水の精霊が人間の個人の名前を聞きたがるなんて、今まで聞いたこともないわ」

 

 ギーシュの疑問にわざわざ答えるモンモランシー、心なしか嬉しそうにその顔には笑顔が浮かんでいる。そしてナツミはそんな二人にも気付かずに、水の精霊に己の名前を告げる。

 

「ナツミよ。誓約者(せいやくしゃ)とも呼ばれてるけどね」

「誓約者、ナツミ……」

 

 ナツミの名前を復唱する水の精霊は何処か誇らしげな空気を纏っていた。

 

「さらばだナツミ。気が向いたらまた訪れると良い。歓迎しよう」

 

 そう言うと水の精霊はごぼごぼと湖底へと沈んでいく。

 その瞬間、モンモランシーが呼び止めた。

 

「待って!」

 

 もう話が終わっているのにも関わらず、大声を出して水の精霊を呼び止めるモンモランシーに、その場に居た皆がモンモランシーを注視した。

 律儀にも水の精霊はモンモランシーの言うことを聞いて湖面からこちらを伺っていた。

 

「ほらっ!」

「痛いっ」

 

 モンモランシーはそんな皆の視線に若干、躊躇いつつも、水の精霊に向けてギーシュの尻を蹴り飛ばす。

 

「ほら、誓約しなさいよ」

「は?」

「水の精霊はその変わらぬ姿から誓約の精霊の別名を持っているの、だから誓約なさいギーシュ」

「なにを?」

 

 ほんとにわからない、といった顔でギーシュが聞き返したので、モンモランシーは思い切りギーシュを殴りつける。

 

「な・ん・の・ために私が惚れ薬を調合したのか忘れたの!」

「あ、ああ。えっとギーシュ・ド・グラモンは誓います。これからさき、モンモランシーを一番目に愛することを……」

 

 そこまで言って再び、モンモランシーがギーシュを小突く。

 

「なんだねっ!もう!ちゃんと誓約したじゃないか!」

「『一番』とかどうでもいいのよ!わたし『だけ』!わたし『だけ』を愛すると誓いなさい!さっきの誓約だと二番、三番がほいほい出てきそうで信用ならないわ」

 

 ギーシュは睨みつけるモンモランシーを背に悲しそうに誓約の言葉を口にしたが、どうにも守られそうにない口調であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水の精霊に別れを告げ、一行はワイバーンの背に乗り、魔法学院へと向かっていた。

 シルフィードは一匹で飛び、なぜかタバサがワイバーンの背に乗っている。

タバサが風の魔法で風圧を防いでいる為、来る時よりも遥かに快適な飛行にルイズやソルといったインドア派は何処かほっとしたような顔をしていた。

 そしてそのタバサは何故か、ワイバーンの首の付け根付近に座るナツミの横にぴたりと張り付いていた。

 

「タバサどうしたの?なんか難しい顔して」

「……一つ聞きたい」

「いいけど、何?」

「リンカーってどういう意味なの?」

 

 なんとなく今更感が満載の質問であったが、ナツミはそれに律儀に答えた。

 

「誓約を司る者って意味かな」

「誓約を司る者……誓約者(リンカー)

 

 ぶつぶつとタバサは隣にいるナツミにも聞こえぬ声で呟き始めると、なんやら目を瞑ってナツミに向かって手を合わせて拝み始めた。ナツミは思わずやめさせようとしたが、タバサの縋る様な祈りを前に、その動作は阻害される。

 

 

 タバサの祈りというか拝みはそれから数分にも渡って続けられた。

 その間ナツミは、なんとも言えぬ思いを抱いたまま、ワイバーンの背から流れる景色を困った顔をして眺めているのであった。

 




ルイズが空気だったという。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 女王誘拐

 

 

 アンリエッタは政務で溜まった疲労を吐き出す様に、深く溜息を吐いて豪奢なベッドに腰を下ろす。ここはアンリエッタの私室、女王になってから使い始めた、亡き父王の部屋である。

 大きく立派な天蓋つきのベッドを始め、数多くの高価で歴史深い調度品に囲まれてはいるが、まだまだこの部屋にアンリエッタは慣れないでいた。

 おもむろにアンリエッタはベッドの隣に置かれたテーブルへ腕を伸ばす。その腕は、女王戴冠以前に比べてやや細くなり、血色も良いとは言えない。

 女王として政務は激務かつ戦時中ということもあり、大きな重圧となって彼女の細い肩に圧し掛かっていた。

 特に重大な決定をアンリエッタの裁量で決断するというのが、かなりの心労であった。王女時代とは比べ物にならないストレスは睡眠障害という形で彼女を苛んでいた。

 故にアルコール―ワイン―を飲まねば眠れず、ダメだダメだと己に言い聞かせても、ついワインの入った杯を傾ける日々を送っていた。そして今日も、テーブルへと伸ばした手の中にはワインを注いだグラスが握られていた。

 自己嫌悪を感じつつもアンリエッタはそれを一気に煽る。アルコールが独特の喉を焼くような感覚をアンリエッタを知覚する。

 タルブ産のそれは甘く、二杯、三杯とついつい杯を開けてしまう魔性の味だ。

 

「はぁ……」

 

 これからの事を考えると頭が痛い。

 それがアンリエッタの率直な考えだ。国内では大勝を機に攻めるべきという意見と、このまま防衛に徹すると二つの意見が現在ぶつかり合っていた。

 神聖アルビオンの興国の切っ掛けを考えれば、王族廃止、聖地奪還を掲げる彼らがこのままトリステイン、ガリアとアルビオン王国王族と同じ始祖を持つ二つの国をそのままして置くことなど決してしないだろうし、なにより不可侵条約を反故にされて黙っておくのは、他国に舐められてしまう。

 だが、アルビオンまで攻めるとなると、空中戦力を先の戦いでほとんど失ったトリステインは、新たに空中艦隊を編成し直さなければならない。幸い、アルビオン艦隊の多くが原型を留めて墜落し、それを流用できるとはいえ、アルビオンに攻め入るとなるとかなり多くの艦を新たに建造しなければならない。

 そして、その金は、トリステインの民から徴収することになるのだ。

 もしアンリエッタがウェールズを失っていたら、視野狭窄に陥り、復讐の為にアルビオンに攻め入らんと何が何でも資金を調達しただろうが、ウェールズが生きているとなると、民草に負担を強いてまでアルビオンへ攻勢を仕掛ける意義は薄い。

 かと言って相手に戦力を回復させる時間を与えるのも、後の事を考えると不安である。

とアンリエッタの思考はここ数日ループしっぱなしだ。

ぽすん、とアンリエッタはアルコールが回り纏まらない思考そのままにベットへ体を預けた。

 

「逢いたいですウェールズ様」

 

 普段は口にすることはない望み、女王と言っても僅か十七歳の少女、その口にした言葉は年頃の少女としてはありきたりな恋への渇望。そして今の彼女には遠い望みであった。

 胸が締め付けられるような切なさがアンリエッタの胸中に溢れ、それに比例するように(まなじり)にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 アンリエッタはそのまま酔いと悲しみに身を(ゆだ)ね、眠りへと就こうしたそのとき……。

 扉がノックされた。

 常の彼女であったなら、扉の向こうにいる人物を誰何(すいか)したであろうが、王宮ゆえの守備の高さと、酔い、そして半分寝ぼけていた彼女にそこまで思考力は残されていなかった。

 アンリエッタはさして考えもせずに扉を開く。

 もし、扉の相手が侍従長のラ・ポルトや枢機卿のマザリーニであれば口うるさく注意されるだけで済んだであろう。

 だが、相手は侍従長でも枢機卿でもなかった。

 

「ウ、ウェールズ様?」

 

 そこに立っていたのは、現在、おそらくハルケギニア史上初となる異世界へその身を隠しているウェールズその人だった。ちょうど恋しく思っていた相手の登場にアンリエッタは思わず相手に抱きついた。

 

「ああ……ウェールズ様!」

 

 だが、一瞬にしてその顔が強張り、後ろへと下がる。

 

「……貴方、ウェールズ様ではないわね!」

 

 顔はウェールズそのもので思わずアンリエッタは騙されてしまったが、抱きついた感触は恋しいウェールズのものではなかった。ただ抱きついただけでそれを看破できたのは下に恐ろしきは乙女の恋心と言ったところであろう。

 しかし、それも無駄に終わる。

 ウェールズの顔が溶けたと思った瞬間、別の男の顔が瞬く間に現れ、それに呆気を取られてしまう。

 その隙を逃さじと男が呟く様に詠唱を唱えた。詠唱を聞いたアンリエッタが杖を取りに部屋へ取って返すか、大声で誰かを呼ぶかを思案する間に男の詠唱は完成してしまう。

 薄い霧―スリープ・クラウドがアンリエッタを包み、その意識を遥か遠くへと追いやる。

 

「……」

 

 彼女が最後に呟いたのは、助けを呼ぶ声か、ウェールズの名前か、その声を耳にした者は居なかった。

 

 

 

 

ハルケギニアの誓約者

第四章

第十話

~誘拐~

 

 

 時は夕方、七時頃。

 ラグドリアン湖より帰って来た一行は、使用人用の食堂の椅子に座っていた。

 普段であればナツミだけが皆と別れて使用人用の食堂へ向かうパターンなのだが、今日は帰って来た時間もあれなので夕食の時間が終わっていたので仕方なしに使用人用の食堂にある食材でなにかを作ろうということになったのだ。とは言え、このメンバーで食事を作れるのはナツミのみ。

 貴族用の食事で余った食材を見渡すと手早く料理を開始する。

 名も無き世界時代では料理など家庭科の実習ぐらいしか経験が無かったが、リィンバウムで暮らした一年ちょっとの間にリプレから大分料理を教えてもらっていたので、現在ではそこそこの腕はある。

 

「シチューは結構量が余ってる……これを温めている間に炒め物でも作ってサラダも足せば三品。……まぁこんなもんでいいでしょ?……あ、良い事思いついた」

 

 ナツミがこの世界では多分無いであろう料理を思いつくとにやりと笑う。

 笑顔はそのままに仕込みをするため、小麦と牛乳を手に取り、(かまど)まで近づくと、そこに声をかける人物が居た。

 

「あれ?ナツミちゃん。どうしたのこんな時間に?」

「あ、シエスタ。あたしは夕食取ろうかと思ってね。シエスタは今から?」

「うん。アルヴィーズの食堂の片づけも終わったし、これから夕食だよ。……ってどのくらい食べるの?すごい量……五、六人分位あるよ」

 

 ナツミ一人で食べると思ったのか、抱えるように食材を持つナツミにシエスタは怪訝な顔をする。確かにその手にもつ食材の量はかなり多い。

 

「いやいや、流石にこんな量は食べられないよ。ちょっと遠出して来たらルイズ達の食事を時間過ぎてたみたいでね。私のご飯作るついでに皆の分も作ろうと思ってね」

「ふーん。あ、ホントだ貴族の皆さんがここの食堂に居るって初めてかも」

 

 厨房からちらりと食堂の様子を覗き見てシエスタは珍しそうにルイズ達へ視線を送る。

 

「ナツミちゃん、料理手伝うよ?あの人数じゃ一人だと大変でしょ?」

「んーそうだね。手伝って貰おうかな。あ、シエスタも食べる?」

「それじゃあ、お願いしようかなぁ。そう言えばナツミちゃんの料理食べるの初めて」

「そうだっけ。まぁ楽しみにしててよ。異世界のとっておきのメニューがあるからね」

 

 そう言ってナツミは袖を捲るのであった。

 

 

 ナツミは炒め物とサラダをシエスタに任せると、とっておきのメニューを準備し始める。

 牛乳を温めて、小麦をだまにならないように入れてかき回す。

 所謂ホワイトソースである。

 そして完成したホワイトソースへ下茹でしておいたカニを解して投入。

 そして何故か魔力を込めて召喚術を行使する(?)。

 召喚術は鬼属性、ミョージン。沈黙攻撃を得意とし、成長すると氷結攻撃を習得する、後方支援、および遠距離攻撃を主体とする召喚獣である。

 それを見たシエスタが思わず、突っ込みを入れる。まさか料理にその召喚獣を入れるのではと思ったのだ。

 

「ちょ、ちょっとナツミちゃん!なんで召喚獣を呼んでるの?」

「ん、この世界には冷凍庫が無いからね~それの代りって言っても分かんないか、まぁ見てて」

 

 シエスタは冷凍庫という意味が分からず頭を左右に傾げる。ナツミはそんなシエスタを見て苦笑すると寿司で言うところの舎利状にカニを投入したホワイトソースを固め、パン粉を付ける。

 

「ミョージンお願い」

 

 ミョージンはナツミが促すとピンポイントでナツミの掌のそれを氷結させる。

 シエスタはまだナツミの意図が分からず、炒め物をする傍ら横目でそれを眺めていた。

 ナツミは同じを作業を順次に繰り返していく、氷結は一瞬、お互いに一年以上もの付き合いがあるためミョージン、ナツミともにその作業に淀みはない。

 あっという間に、ホワイトソースが無くなり、目の前には山と積まれたホワイトソースの氷漬け。

 そこまでの作業を終えると、これまたいつの間にやら準備していた油へ、ホワイトソースの氷漬けを放りこんでいく。

 油がパチパチと跳ねる小気味いい音が厨房に響く。

 元々、下茹でしたカニ、ホワイトソースで作られたそれは程よい色に染まれば特に問題はない。数分経たずに出来上がる。

 手早く油からそれを取り出し、余計な油を取るために紙の上へと載せていく。あとはそれを順次に繰り返す。

 炒め物を終え、今度はサラダに取りかかっていたシエスタが感心したように視線を送る。

 

「……ん、コロッケ?」

「正解!」

 

 ナツミが作っていたのはカニクリームコロッケ。

 作り方は何通りあるが、綺麗な形にするには冷凍するのが一番、そしてこの世界では冷凍庫が無い。ナツミはミョージンという氷結の力を持つ召喚獣が居るが故のメニューだ。

 

「一つ食べていいよ」

「いいの?」

「どうぞ、どうぞ」

 

 サラダを作り終えたシエスタが珍しそうにカニクリームコロッケを見る中、ナツミが笑顔で試食を勧める。恐る恐ると言う表現がぴったりのそれでフォークに刺したカニクリームコロッケをシエスタは口へと運ぶ。

 

「ふぁう、あふいあふいっ………あ、おいひい!」

 

 熱そうにカニクリームコロッケをしばらくシエスタは頬張っていたが、途中で目を大きく見開いた。

 

「ナツミちゃん!これ美味しいよ、コロッケなのに中がとろっとしてて、不思議な味なんて料理なの?」

 

 初めて食べる食感なのかシエスタはカニクリームコロッケをえらく気に入ったようであった。

 

「カニクリームコロッケって名前だよ」

 

 珍しくはしゃぐシエスタにナツミはほほ笑むと、カニクリームコロッケをルイズ達の元へ運ぶ為の盛り付けを開始した。

 

 

 

 

 カニクリームコロッケはルイズ達にかなり好評であった。

 

「ちょっとキュルケ食べ過ぎよ!私の使い魔が作った料理なのよ。ちょっとは遠慮しなさい」

「こんな美味しいんだから、ちょっと位いいじゃない。心が狭いじゃないの?……胸みたいに」

「なんですって!?」

 

 それはもう言い争いが発展位に、そしてその言い争いの隙を突いてタバサがカニクリームコロッケを攫っていく。

 その争いはナツミが追加のカニクリームコロッケを作るまで続けられたのだった。

 

 

 食器が擦れ合う音が厨房に響き合う。

皆が食事を終え、厨房にはナツミとシエスタが二人きりで後片付けをしていた。

食器の量は人数に比例してかなりの数だが、片付ける人間が二人も居れば、効率は二倍さして苦労はない。

 二人とも家事に慣れていたため、思ったよりも早く二人は片付けを終わらせていた。

 

「これでおーわり」

「手伝ってくれてありがとね」

「いやいや手伝って貰ったのはこっちだよシエスタ」

「カニクリームコロッケのお礼だよ」

 

 濡れた手を拭き、二人は使用人の風呂……という名のサウナへ向かう。

 流石に夜も遅いので、今日は召喚術の訓練は無い。

 最近、シエスタの実力はめきめきと上達していた。この前などナツミが試しにとさせた誓約の儀式も成功し、名実ともに立派な機界召喚師となっていた。

 それによって幾つかの誓約を終え、現在ではエレキメデス以外にも召喚獣を手に入れていた。魔力の量も非常に豊富で、遠距離攻撃に徹すればかなりのところまで行くのではというレベルである。

 

「ナツミ―――!」

「ん?この声はルイズ?」

「なんか慌ててるみたいだね」

 

 遠くからナツミを呼ぶルイズの声が響き渡る。どうにもその声は一緒に寝ようとか、みたいなのほほんとした用事には聞こえない。

 とりあえず、二人はルイズの声のする方へ向かうことにした。

 

 

 

「あ、ルイズこんなところに居たんだ」

 

 大声を張り上げるルイズを見つけるのにさしたる苦労は要らなかった。大声が導くままに、歩けばいいからだ。だが、当のルイズはマジ切れする。

 

「あ、居たんだ。じゃあなーい!!」

「ごめん、ごめんでもどうしたの?」

 

 うーっと唸るルイズを宥めるナツミ。ルイズの頭を撫でて微笑むそれは傍から見れば、

 

(猛犬を宥めているみたい……って言ったらミス・ヴァリエールは怒るんだろうなぁ)

 

「学院長がナツミを呼んでるのよ!……なんかすっごく急ぎみたいなんだけど」

「…っ!学院長が?」

 

 ルイズの答えにナツミの表情が真面目なものに切り替わる。

 大した用事でなければ、こんな夜中にナツミを呼ぶ理由は無い。故に嫌な予感をナツミは感じていた。

 夜中にナツミの力を借りたいほどの理由……またアルビオンが攻めてきたのか。などとナツミは最悪の事態を想像し、学院長室に向けて足を進める。

 

「ごめんねシエスタ。お風呂はまた今度いっしょに入ろ」

「う、うん。ナツミちゃんもまたね」

 

 シエスタもなにやらただならぬ自体があると感じたのかその表情は強張っていた。

 

「ルイズ、行きましょ!」

「ナ、ナツミ急に走らないでよ!」

 

 駆け足でナツミは学院長室へと向かう。嫌な予感を払うがごとく、だが、事態はナツミが予想したよりも遥かに深刻だったことをまだナツミは知らない。

 

 

 

 

「時間が惜しいので単刀直入に言おうかの……女王陛下が何者かに攫われた」

「ど……」

「どういうことですか!?」

 

 ルイズが大声で学院長を詰問するよりも早く、ナツミが学院長に詰め寄るように問いかける。無意識に魔力が解放され、室内の空気が押しのけられ、学院長の髭、ルイズの髪が本人の意思とは無関係に暴れまわる。

 当のナツミはその様子に気付くことも無く、学院長の机の真ん前までその身を進ませていた。

 

「事の起こりは……」

「そんなことはどうでもいい!時間が無いんでしょ!犯人が逃げた場所とか方角とか分かってないんですか!?」

時間がおしいと言いつつも事件の発端から話そうとする学院長の言葉を無理矢理止めるナツミ。頭に血が昇り過ぎているのか、一部敬語が抜けている。

 

「落ち着きなさいナツミ君」

「女王様が誘拐されたんでしょ!?悠長に事件の発端から聞いている暇なんて……」

「落ち着け!!!」

 

激昂に近い程、興奮するナツミを叱り付ける様に一喝する学院長。流石のナツミもその剣幕に黙り込む。

 

「……ふぅ、どうやら落ち着いた用じゃの」

 

ナツミが静かになったのを見ると学院長は溜息を一つし、椅子に深く座りなおした。

 

「怒鳴って悪かったの?じゃが、事態は緊急を要する……もちろんナツミ君の反応も決して悪いものではない。じゃが、事態が事態じゃ血が昇り過ぎた頭で解決しきれる問題ではない……それに情報はあまりにも少ない、せめてそれを聞いてから出発しても損は無いぞ?」

「はい……」

 

血が昇り過ぎていた事を本人も自覚していたのか、ナツミはしょんぼりと肩を落とす。

 

「なにそこまでしょげる事はないぞ?それだけ女王陛下の事をお主が考えておる証拠じゃよ」

「はい……」

 

未だにナツミはしょげていたが、ルイズはそれとは裏腹に少し嬉しい気持ちになっていた。こんな非常事態に不謹慎とは分かっていたが、この国の盟主で、自分の大切な友人をあんなに必死になる程大事に思ってくれていたことが心に響いたのだ。

だから、ルイズはしょげているナツミに代って学院長に言葉をかける。

 

「オールド・オスマン。時間が無いとおっしゃっていましたね?そろそろ」

「そうじゃったな。すまんの。では本題に入る」

 

 

 

「今から一時間ほど前、女王陛下が何者かによってかどわかされたそうじゃ。警護の者を蹴散らし、馬で駆け去り、現在はヒポグリフ隊がその行方を追っている……逃げた方角はラ・ローシェル。ラ・ローシェルに逃げた事から、アルビオンの手の者と見て間違いないじゃろうな。追おうにも先の戦でトリステイン王国の竜騎兵隊は全滅状態。そこで枢機卿からのお主達に依頼がかかったのじゃ」

「ナツミのワイバーンで追え……と?」

「そうじゃ」

 

ルイズの問いにこくりと学院長は頷いた。そしてナツミの方へ向き直る。

 

「ナツミ君」

「はい」

「この国の人間でもないのにそこまで怒ってくれてありがとうの。本来、この国の人間、いや異世界の人間に頼むことではないのじゃが……力を貸してもらえんじゃろうか?」

「気にしないで下さい。女の子を誘拐するなんて放っておけることじゃありませんから」

 

そう言ってナツミはルイズとともにアンリエッタを救うべく足早に学院長から飛び出して行くのであった。

 

 

 

「……やれやれ、ああ言えばナツミ君なら必ず手を貸してくれるとは分かっていたことじゃが、心が痛むの」

 

ナツミ達が出て行った扉を見て、学院長はそうひとりごちる。ナツミは元居た世界からリィンバウムに召喚され、リィンバウムを救った。

コルベールから大よその事を聞いていた学院長は、ナツミが超が付くほどのお人好しだと理解してはいた。

アンリエッタが攫われたと聞けばいの一番で助けに行くことも、だがそれは絶対ではない。万が一でも断られる可能性も無いわけではなかった。リィンバウムでは世界規模の危機それに比べてアンリエッタの誘拐はあくまで国家レベル。

異世界に帰ろうとしている人間なら、多大な干渉はすべきではないと考えるかもしれない。故に『異世界の人間に頼むことではないのだが』とナツミの情に訴えかける策を講じたのだ。

 

「自国の守りさえ満足出来ないのか、今のトリステインは……」

 

学院長は嘆く様にそう呟いた。

王宮と言う本来であれば国の最も堅牢な守りを敷くべき場所をやすやすと突破させたばかりか、国の盟主さえ誘拐される始末。

そして、それを自分達では解決できない……いかに長らく王が居らず、ようやくアンリエッタが女王に即位し戦時下のごたごたで王宮が慌ただしいとはいえ、いや戦時下だからこを警備を厳重にしなければならない王宮の守りがこの体たらく……。

いつの間にか、この国は王宮の警備すらままならぬ程の低レベルになってしまったのか。

学院長はそこまで考えを巡らせる立ち上がり、学院長室から王宮がある方角へ視線を飛ばす。

 

「それとも、誰か手引きした者がおったのか……」

 

普段のとぼけた瞳とはまるで違う鷹のような瞳がそこにはあった。どちらにしてもこのままではトリステインが辿る未来は暗い……。

学院長の憂いを含んだ溜息が夜の風に紛れて溶けた。

 




油揚げからカニクリームコロッケに改名しそうになりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 夜半の追撃

 

 

「ワイバーン!!」

 

 手近な窓から顔を出しナツミはワイバーンを塔の外へ召喚すると、ルイズの小脇に抱えて飛び降りる。

 

「ナ、ナツミ。ちょ、待っ……」

 

 何をするか分かっているし、安全なのも承知しているが、流石に何十メートルもある場所だ。ルイズとしては少し位、心の準備位させてもらいたいところであったが、それを意を汲むほど今のナツミに余裕は無い。

 

「きゃあああああああ!!!」

 

 夜空に少女の叫びが響き渡る。所謂コードレスバンジー、内臓がせり上がる感覚にルイズの肝は完全に竦みあがり、満足に呼吸する余裕さえ無くなる。

 

「あああああああああっとおおおお」

 

 永久に続くかと思った自由落下運動は唐突に終わりを迎え、ナツミがあらかじめ召喚していたワイバーンの背に無事に着地(地?)する。ナツミが体をばねを用いたためルイズは思ったよりも軽い衝撃だけで済んでいた。

 だが、それはあくまで体の衝撃、心はハゲるかもしれないほどの衝撃を受けていた。ルイズは大粒の涙を浮かべて、己が使い魔に抗議の声をあげる。

 

「ナ、ナツミ!あんたはいつも「「きゃああああああああああ」」ん?、ふぶぅ!?」

 

 ぶんぶんとナツミの襟首を掴んで上下に揺すっていたルイズが突然、上から降ってきた何かに潰された。

 

「ルイズ!!?」

「いたたたた……良かったわ~うまく落ちれて」

 

 ルイズを尻に敷いて、腰を撫でているのは褐色の肌を持ちナツミ達とは同年代とは思えぬ程のグラマラスな肉体を持つ少女キュルケであった。

 

「キュルケ!?」

「怖かった~」

「シエスタ?それにタバサも!」

 

 目の前に落ちてきたキュルケばかりに目を奪われていたが、聞きなれた声がした方にナツミが視線を送ると、そこにはシエスタそれにその脇にタバサがちょこんと座っている。

 

「どうして……」

「学院長室の話を聞いちゃってね」

 

 ナツミの問いに、頭を掻きながらばつが悪そうにキュルケは答えた。

 

「聞いちゃってね。じゃ、ない、わよおおおおお!!」

「きゃあ!」

 

 キュルケの尻に敷かれていたルイズがキュルケを跳ね飛ばす勢いで起き上がる。

 

「あ、あんた分かってんの!?これは遊びじゃないのよ。さっきの話を聞いたなら分かるでしょ?相手は王宮の守りを突破できるだけの力を持ってる。……危険すぎるわ」

 

 

 

 

「だからに決まってるでしょ?力を貸したげるわよ」

「だからです。手伝わせてください」

「だから、借りてた借りを返したい」

 

 驚くほどに真剣な三対に瞳がナツミに注がれる。

 

「っ」

 

 ルイズは思ってもみなかった三人の言葉に思わず息を呑む。ここまで心配してくれる友人が居る事に不覚にも感動してしまったのだ。

 そんなルイズ達のやり取り見て、ナツミは一人頷くと、ワイバーンの背をぽんと叩いた。

 

「gaaaaaaaaa!」

 

 それだけでナツミの意を汲んだワイバーンは急上昇する。瞬く間にその高度はぐんぐんと高くなり、トリステイン魔法学院が小さくなっていく。

 

「ちょっとナツミ!」

「三人の覚悟は聞いたでしょ?言っても聞かないわよ!時間も惜しいし、さっさと行くわよ!!それにあんなこと言われて来るなって言える?」

「……ああ!もう!しょうがないわね!足手まといにならないでよ!特にキュルケ!」

 

 納得はしてないようだが、ナツミの言う事も一理あるので、ルイズも腹を括り三人に釘を刺しておくことを忘れない。

 

「分かってるわよ!って普通はメイドに言うじゃないの?」

 

 このメンバーで唯一シエスタの実力を知らないキュルケが何故かこのメンツでの足手まとい扱いされて不満を漏らすが、シエスタの今の実力は召喚獣さえ召喚してしまえばタバサでも勝つのは難しい程の力を持っていたりするのだ。故にキュルケが一番弱いのだが、それをキュルケが知るのはもうちょっと先のお話。

 

 

 

 タバサが張った風の障壁でワイバーンが飛ぶことで生まれる衝撃波をやり過ごし、一行は凄まじいスピードでラ・ローシェルへと向かっていた。

 

「ってかナツミ、あんた何者?」

 

 ワイバーンの背で、疑問に溢れた瞳でキュルケはナツミを見ていた。

 そのナツミの両隣には先まで居なかったソルとアカネが座っている。

 流石にナツミ一人で、ルイズ以下三人を守りきるのは難しいので、リィンバウムから呼んだのだ。人選は何度もこちらに足を運んでおり冷静で頭がキレるソル。

 忍者で闇を物ともせず、アンリエッタが人質に取られてもサルトビの術で即座に相手の背後をとれるアカネ。

 以上の理由で二人が選ばれていた。

 ……選ばれたのだが、ナツミの力を知らないキュルケからすればいきなり空中から二人が現れたようにしか見えなかった。どちらも見覚えがあるにはあるが、それが空中から現れた理由になどなる訳も無い。だが、悠長に説明している暇も今は無い。

 

「キュルケ悪いけど今は事態が事態だけに話してる暇は無いの。後から聞きたいことが有れば全部話すからそれでいい?」

「……しょーがないわね。じゃあさっさと女王陛下を助けましょうか。ナツミ今の約束よ?絶対に話してもらうからね!」

「分かった」

「というか、タバサもメイドも驚いてない……もしかして知らないのはあたしだけ!?」

「うん」

 

 タバサがこくりと頷く、それで悲しい事実に気付いたキュルケの叫びがワイバーンの背から放たれた。

 

 

 

 

「どうアカネ?」

 

 ワイバーンの頭に陣取って、遥か前方に視線を飛ばすアカネにナツミが声をかける。

 闇に生きる忍だけあって、夜闇を見切るアカネの瞳はガンダールブのルーンで強化したナツミの視力をも凌駕する。こういった場面において役に立つ能力だ。

 

「まだ見えてこないわね。ナツミも?」

「うん。ルーンで視力を上げてるんだけど、こっちも見えないわね」

「そう言えば最近ジンガを呼んでたみたいだけど今回はいいの?」

 

 ナツミの仲間で騎士団とかに所属していないジンガは基本暇なので呼びやすいメンバーであった。実力も仲間の内ではナツミに次いで高い身体能力を持っていたのもナツミがジンガに頼る傾向を強めていた。

 だが、

 

「いや、人質奪還とかジンガはちょっとね……」

「あー多分無理ね」

 

 言い淀むナツミにアカネがあっさりと無理と言い放つ。

 ナツミもそれに感ずるところがあるのか、フォローを入れない。ジンガは戦闘力こそ高いが、どうにも猪突猛進のきらいがある。単純な戦いではこの上なく頼りなるが、今回の人質奪還のような作戦には向いているとは言えないので、今はリィンバウムで留守番だ。今頃はのんきに寝ているのだろう。

 

「戦力にはなるんだけどね……まだまだその辺が甘いのよねぇ」

 

 ナツミもだよ。とアカネは反射的に突っ込むところであったが、目に飛び込んできた光景がそれを阻む。

 

「ナツミ!あそこ!」

「えっ?」

 

 ワイバーンの背からアカネが指差す場所をナツミを注視する。夜闇の上に遥か上空。常人であればどんなにも目を凝らしても見る事が叶わないであろう条件だが、ナツミとアカネにそんな常識は通じない。

 

「倒れてる人がいる!」

「うん。それも一人や二人じゃない……ワイバーン!あそこに向かって!」

「gall」

 

 アカネの言葉にナツミは同意すると、その地点に行くようにワイバーンに指示を飛ばす。

 

 

 

「ひどい……」

 

 ワイバーンの背から飛び降りたナツミが見た光景は無残としか、言いようのない空間に成り果てていた。死体はトリステインの魔法騎士隊の鎧を着ていることから、おそらく女王救出隊の面々なのであろう。死体は焦げたものや、潰れたもの、手足が千切れたものなど傷が一種類では無いため、敵は複数のメイジで構成されているのが分かった。

 

「妙だな……」

「どうしたのソル?」

 

 生きている人間を探しがてら、死体の様子を確認していたソルが妙な事に気付き、ぽつりと呟く。それに同じく生存者を探していたアカネが反応する。

 

「ヒポグリフは騎士隊の人達ので、馬は女王を誘拐した奴らのだろ?」

「だと思うけど」

「だとしたらおかしくないか?」

 

 辺りにはヒポグリフと同じ鎧を着た騎士の面々が臥している。そして魔法騎士隊の攻撃を受けたのか死んでいる馬は何頭か見渡せたが、それに乗っていたと思われる敵は一人として倒れていない。

 トリステインでも腕利きぞろいの魔法騎士隊がほぼ全滅と言っていい被害を受け、戦闘の余波で死んだと思われる馬も十数頭居るにも関わらずだ。

 

「それって……」

「む、大丈夫か!」

 

 アカネがソルの言葉にようやく(おぼろ)げながらもソルが感じた違和感を知覚しつつある中、ソルが全身に切り傷を負いながらもなんとか生きている騎士を発見する。

 

「こっちにも生きてる人がいるわ!」

 

 それに続く様にナツミが少し離れた場所から声をあげる。

 

「ちっ、まとめて皆回復するか……聖母プラーマ!祝福の聖光!!」

 

 慈愛に満ちた霊界の聖母が放つ優しい光が辺りに満ち、ソルが見つけた騎士、ナツミが見つけた騎士もろともに癒す。その光に刺激されたのか、ソルが見つけた騎士が目を覚ます。

 

「ぐっ気をつけろ……やつら致命傷を負わせたのに…ふ、つうじゃないっ……うっ」

 

 そこまで言うと、騎士はフラッと頭をぐらつかせ気絶する。いかな聖母プラーマとはいえ失った血液のまで補えなず貧血にでも襲われたのだろう。

 

「やつら……?」

 

 ソルが疑問を口にした瞬間。四方八方から、魔法攻撃がナツミ達一行に向けて放たれた。いち早くタバサが反応し、それにナツミが続く。

 空気の壁とナツミの蒼い魔力が敵対の意思が込められた魔法を完璧に防いだ。

 魔法が放たれた方向には幾人もの影が立っていた。あえて着陸の瞬間を攻撃せずに時間を置くことで隙でも突くつもりだったのだろう。

 

「gaaaaaaaaaa!!!」

「うわぁ!」

「きゃああ」

 

 主とその友人達に敵意どころか攻撃を浴びせられたことにワイバーンが怒りの咆哮をあげる。味方であるはずのシエスタやキュルケが怯えているにも関わらず、その激昂をまともに受けている敵方は何故か怯えているものが全く居ない。

 ハルケギニアでは成体のドラゴンですら圧倒する咆哮を人の身で受け流す。小揺るぎもしない影と組み合わさることで不気味な気配を一行は感じていた。

 

「っワイバーン抑えて!」

 

 今にも火球を放ちそうなワイバーンをナツミは制止する。どこにアンリエッタがいるかも分からないこの状況でワイバーンを自由にさせてはアンリエッタの命などいくらあっても足りはしない。

 

「賢明だな」

 

 ワイバーンの攻撃が無いことに安心したのか、ナツミ達を攻撃した人影よりも深い暗がりから、長身の男と見られる影がこちらへ歩いてくる。その腕には何か人間大の物が抱かれている。

 

「女王様!」

「王子様!?」

 

 ルイズとナツミがそれぞれ驚きの声をあげる先には、今はリィンバウムのフラットに居るはずのウェールズと、その彼に抱かれたアンリエッタの姿があった。

 

「ウェールズ様何を!?」

 

 ルイズは目まぐるしく変わる事態に付いて行けず、完全に混乱していた。ウェールズはそんなルイズを見て愉悦に満ちた笑顔を見せた。

 その顔は王族の品位もあったものではない、心中の悪意が滲み出ている様な笑顔であった。

 

「動くな!動いたら耳を吹き飛ばしてもいいんだぞ?」

「……あんた王子様じゃないわね」

 

 ウェールズから発せられた声から本人ではないと看破したナツミが怒気を孕んだ声と視線を偽ウェールズへとぶつける。そのナツミの態度が面白かったのか、偽ウェールズは端正なウェールズの顔ではまるで似合わない下卑た笑いを漏らした。

 

「ククク……顔は真似できても声はやはり上手くいかないな……お前の言う通り俺はウェールズ皇太子じゃない。ま、名乗る気もないがね。取り敢えず時間が惜しい。そのワイバーンをこちらに貰おうか?馬がさっきの馬鹿どもに潰されてしまって困っていたんだよ。……もちろん断ればどうなるか分かる……」

 

 

 

 偽ウェールズが言い終わるか終らないかのタイミングでザッシュっと肉を切り裂く音が皆の耳へと届く。

 

「ぐおおおおおおお!?い、いつの間に……」

 

 右手を血に塗れさせ、偽ウェールズは苦悶の声を漏らす。

 そして左腕には先まで居たはずのアンリエッタの姿はもうない。

 

「さすがアカネ!」

「まぁね~せくしぃくのいちに任せてよ。姿さえ見えれば不意を突くのは得意中の得意だからね」

 

 ニヒヒと笑うアカネの腕の中にはいつの間にやらアンリエッタが収まっている。偽ウェールズが人質を取って優位に立ってると思い込んでいる隙をついてサルトビの術でアンリエッタをアカネが奪還したのだ。

 

「ぐうぅぅ、き、貴様らああ」

 

 痛みからか偽ウェールズの顔が崩れ、中からウェールズとは似ても似つかぬ男の顔が現れる。その声は怒りと痛みに満ち満ちていた。特にアカネを睨む瞳は血走り、彼女に対して憎悪を抱いているのがまる分かりであった。そんな血走った目で真っ向から浴びるアカネは涼しい顔をして、ふふんと男の視線を流している。

 

「うわぁなにあれ?」

 

 顔が崩れたのをまともに見たナツミが嫌そうな顔をする。

 

「フェイス・チェンジ。水のスクエアの魔法」

 

 タバサが杖を構えて辺りの警戒は解かずにナツミの疑問に応える。

 どうやらフェイス・チェンジの魔法を相手が使えた事からそれ相応の相手と警戒のレベルを上げている様であった。

 

「やれ!」

 

 偽ウェールズの号令に人影が一糸乱れぬ動きで杖をナツミ達へと向ける。まず、詠唱が短いドットの魔法が幾つか放たれる。がそれは先と同じく、タバサとナツミの防御を突破することすらも叶わない。

 魔法が放ち終わったタイミングでナツミとアカネが大地を蹴り、メイジ達へと肉薄し斬撃を見やる。アカネが高らかに飛びあがり、杖を振り下ろしたままのメイジの鎖骨を踵落としでへし折り、大地へとその体を叩きつける。ナツミもデルフを峰で標的の肋骨を粉砕しそのまま遥か後方へと吹き飛ばす。

 

「ナツミ!避けて!」

 

 そのままの勢いをもって、メイジ達を蹴散らすつもりのナツミ達だったが、タバサの常とは違う焦りを孕んだ声に咄嗟にその場を飛び退いた。すると先までナツミが居た場所に幾つもの氷槍―ウィンディ・アイシクル―が無数に突き刺さる。

 

「あぶな~ありがとタバサ!」

 

 冷や汗を拭うとナツミはさっと戦場を見渡すと、アカネの方も幾つかの魔法が放たれていた。敵はどうやら時間差で魔法を使う事で接近戦重視のメンバーをおびき出すつもりのようであった。

 とは言え作戦が分かれば不用意に近づかなければいい、幸い皆の守りはタバサに任せれば問題ないようであったし、慎重にアカネと各個撃破していけば負ける要素などナツミ達にはどこにもなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 ディスペル・マジック

 

 ナツミ達が縦横無尽に戦場を走り、敵メイジ達を次々に打ち取っていく。敵側も連携をとって対抗するが、神出鬼没の速さを持つアカネと、アカネよりはスピードは劣るもののトライアングルクラスの魔法すら無効化するナツミに手を焼いていた。

 とはいえ、それでも物量の差は明らかだ。徐々に敵側はナツミ達を包囲しつつあった。

 そんな状況に一人の少女が動く、自分の村を焼いて、この国の女王を誘拐し、そして今は大事な友人を傷つけようとしている連中に普段は温和なシエスタも怒りを覚えていた。

 そしてシエスタは感情のままに己が相棒を呼ぶ。

 

「……エレキ……っ!」

 

『召喚獣は決して無理矢理言うことを聞かせる道具じゃないよ。心を通わせて力を借りる。それを忘れないでシエスタ』

 

 ふいに友―ナツミ―がシエスタに教えてくれた召喚師として最も基本的で、そしてリィンバウムの召喚師の多くが忘れているという大事な事が脳裏を過る。

 

「そっかこんな風に召喚獣を使っちゃいけないだったよね」

 

 ナツミの言葉を思い出し冷静さを取り戻したシエスタが再び召喚獣を呼ぶために魔力を込める。

 願うは一つ。

 

「お願い……力を貸して……エレキメデス!!!」

 

 雷光が辺りを白く染め、青い機体がハルケギニアに現れる。

 

「えっ?」

 

 ただのメイドがしたことに呆けるキュルケを尻目にエレキメデスが召喚主の意を汲み、光速の雷槍を敵へと突き立てる。ナツミ、アカネの手が回らないメイジ達を次から次へとエレキメデスは機械ならではの正確さを持って命中させていく。電撃に触れた敵は弾かれた様に吹き飛んで行く。黒焦げになって転がる彼らを見るに戦闘力が残っている様には見えない。

 接近、遠距離、防御と三位一体となったナツミ達に敵は(ことごと)く屠られていく。

 相手が偽ウェールズだけになるのにさほどの時間がかからなかった。

 

「さぁ、もうあんただけだよ。王子様に化けて女王様を攫って、人質にするなんて……ただで済むと思ってる?」

 

 過去に自身の息子たちですら、道具扱いした外道を知っているが故に、ナツミはこの手の輩には強い嫌悪を抱いていた。

 

 

「……」

「なんか言ったらどう?」

 

 相手は何故か血の滴る腕を押さえ、俯いている。

 

「クッヒヒヒ……愚か者が!!!その程度でクロムウェル様から預かった虚無の兵がやられるかぁ!お前ら!いつまで寝てるぅ!早くそいつらを始末してアンリエッタを奪い返せ!」

 

 偽ウェールズは顔が歪む程不気味に笑い、倒れていたはずの仲間達に指示を飛ばす。

 

「なっ?」

「ええ!」

 

 アカネとナツミが驚く中、むくりむくりとメイジ達が起き上がる。あきらかに腕や脚が折れているにも関わらず、メイジ達には痛みを感じていないのか、先と動きが変わらない。

 そればかりか……。

 

「さらに起き上がれ!トリステイン魔法衛士隊の諸君!!我に預けられし虚無に(かしづ)き、そいつらを殺せぇ!」

 

 偽ウェールズの声と共に紫の光が彼の腕から放射され、死んでいたはずの魔法衛士隊の面々が体の欠損そのままに起き上がる。

 

「なっ!?ナツミ!あいつの持っているのは!」

「っ!?あれは……魅魔の宝玉の欠片!!」

 

 偽ウェールズの右手には召喚適性を持たぬ人間でも悪魔を自由に召喚し使役できる秘宝、魅魔の宝玉の欠片が握られていた。欠片となり、上級悪魔を召喚する力こそ失っているものの、低級の悪魔を召喚するのは容易い代物。

 偽ウェールズは低級の悪魔を複数召喚し、魔法衛士隊の死体に取り憑かせ、ゾンビとして使役していた。

 そして先のメイジ達も同様なのか、怪我を意に介さず不気味に動いている。その数は魔法衛士隊の面々も入れて先の倍近く。さすがのナツミもアンリエッタや気絶している魔法衛士隊を庇いながら戦うのは少々面倒であった。

 数もそうだが、ドット、ラインスペルと詠唱が短いスペルの波状攻撃で防戦一方というのは少々不味し何より切ったり突いたりはもちろんのこと電撃を浴びてなおゾンビどもはナツミ達へ攻撃を行ってくる。

 

「大きいのを使ってもいいんだけど……」

「万が一生きてる奴がいると不味いぞ」

 

 先のソルの召喚術で瀕死の状態から回復し、気絶している者がまだいるかもしれない現状でナツミの馬鹿魔力を使えば下手をしなくても死なせてしまう。どころかここら一帯が焦土と化してしまう。

 やるなら一人一人、地道に戦闘ができない程の損壊を与えねばならない。ナツミが魔力の障壁で敵の攻撃をいなしながら、歯噛みしていると、視界の端に火炎の華が咲いた。

 

「やった!炎よ!炎が効くわ!」

 

 キュルケのフレイム・ボールを受けたゾンビが完全に燃え尽き遂にその活動を停止させる。

 

「なるほどな!ナツミ!」

「分かってるわ!」

 

 二人は互いに頷き合うと召喚術を即座に構築する。低位に属するそれらは二人の力量からすれば、わずか数瞬でその作業は完了する。

 

「来い!プチデビル」

「おいで、フレイムナイト!」

 

「イビルファイア!!」

「ジップフレイム!!」

 

それぞれ霊界(サプレス)機界(ロレイラル)に属する召喚術が主に指示された標的を焼き尽くす。

 流石のゾンビも体そのものを失ってはもはや動くことも叶わない。

 

「よしっ!これならいけるわね!」

 

 これなら攻撃をソルとキュルケ、ナツミの三人が、そして防御をタバサとシエスタが担当し、サポートをアカネが行えば負ける要素は無くなった。勢いに乗った一行はそのまま相手を殲滅せんと活気づく。

 だが、無情にも天候はナツミ達の味方をしなかった。

 

「んっ?」

「雨……」

 

 ぽつりぽつりと降る雨はほとんど間を置かずに本降りへと移行する。痛いほどの雨が大地を叩き、それを見た偽ウェールズの男が大笑いする。

 

 

「くっはっはははあはははっはは!!!見ろ!自然すら私の味方をするのだ!!虚無を預かった私を讃えているのだ!!水よ!!」

 

 偽ウェールズが杖を振るうと地面に溜まった大量の水がゾンビどもの体の表面を覆い尽くす。

 

「不味いわ」

「うん」

 

 ルイズとタバサがそれを見て顔を曇らせる。

 フェイス・チェンジを使っていたことで偽ウェールズが水のスクエアだとは分かっていたが、この雨がこの上なく厄介だった。

 水のメイジの弱点は水を空気中から集めて魔法を使用するため乾燥した空気下では十分な力を発揮できない事なのだが、大量の水が周囲に溢れた現状では弾薬庫を背負ったガンマン。そして水の膜に包まれたゾンビは……。

 

「くっ、水で炎が届かない」

 

 低位の召喚術の炎、キュルケの炎は水の膜に遮られ、決定打を与えられない。それどころかエレキメデスの電撃も味方を感電させてしまう可能性があるので使えない。

 

「ど、どうしよう?」

 

 魔力は高いが汎用性に乏しい召喚術、および虚無しか使えないルイズは何も出来ず歯噛みしている。やっと足手まといにならずナツミを助けられると思っていたのに蓋を開けてみればこれだ。自分には気絶しているアンリエッタを抱くことしか出来ない。

 彼女の頬を濡らすのは今や涙だけではない。

 

「あーもう、面倒くさいなぁ!」

「……こうなれば」

 

 ナツミが防戦一方であることにストレスを感じて大声でそれを発散すると、脇で様子を見ていたアカネの姿が掻き消える。

 

「首級貰った!」

「っ馬鹿め!」

 

 サルトビの術で再び偽ウェールズの背後を取ったアカネだったが、水槍が地面から生えて彼女を串刺しにする。

 

「あっちゃーやっぱ二番煎じは通じないか~」

 

 串刺しにされたと思ったアカネは先と同じく唐突にナツミの脇に現れる。空蝉の術。串刺しにされたのはアカネの身代わりの丸太であった。

 やはりなんだかんだ言って、アンリエッタの誘拐を任されただけあり、実戦の経験は豊富、なのだろう。アカネの言う通り二番煎じの手はなんなく防がれる。

 

「くっ面倒ね……」

「ああ、魅魔の宝玉で召喚された悪魔に憑かれた死体はともかく、アンドバリの指輪で蘇ったっぽいやつは再生力が高すぎる」

 

 魅魔の宝玉で呼ばれた低級悪魔を憑依されたゾンビはまだ四肢を欠損させれば動きが悪くなるが、アルビオンからアンリエッタを誘拐に来た連中は偽ウェールズ以外はアンドバリの指輪の効果で切ったり突いたりはもちろん雷撃のダメージでさえ瞬く間に修復するので余計に厄介であった。

 しかも知性も生前変わらないのか、ゾンビどもを楯にしてこちらに攻撃を仕掛けてくる戦法まで取り始めた。

 

「あ、あーあー思い出したぁ!」

「なによデルフ?今は立て込んでるだけどっ」

「つれねぇ事を言うなよ相棒?まぁ聞けや、あのなゾンビどもはともかく、アルビオンのメイジどもはありゃ先住の魔法で動いてやがるな」

「は?センジュウ?なにそれ」

「んにゃ相棒今は気にすんな、後から話す。おい娘っ子」

 

 デルフは半分以上理解していないナツミをとりあえず放っておき、俯くルイズへと声をかける。

 

「なによボロ剣」

「なぁに拗ねてんだよ」

「拗ねてないわよ!」

 

 せっかく虚無の系統を使える事がわかったにも関わらず、前と変わらず対して役に立てないと落ち込んでいた自身をからかうような言葉にルイズは怒鳴りながら返事を返す。自覚しているだけにそれはルイズにとって許しがたい言葉だったのだろう。

 

「そんだけ元気ならいいな。おいブリミルの祈祷書の捲れ」

 

 そんなルイズに表情というようなものがあったなら苦笑してたであろう声色でデルフは助け船を出す。

 

「え」

「呆けてねぇでページを捲れ。おめぇの御先祖様はちゃんとあいつらに対策をきっちり用意しているはずだ」

 

 デルフの言葉の意味を理解したのかルイズは祈祷書を取り出すマントで雨に濡れないように苦労しながらも、一心不乱にページをペラペラと捲る。エクスプロージョンの次のページに相変わらず真っ白であったがページを更に捲っていくと文字が綴られたページに行きついた。

 

「ディスペル・マジック?」

「そいつは『解呪』の魔法だ。ゾンビどもには効かんだろうが、先住の魔法で動く奴らなら一発だ。さっさと唱えな!相棒、分かってるよな?」

「分かってるわよ!」

 

 主の長い詠唱時間を稼ぐためだけに特化した主の楯、神の楯。

 デルフの言葉に自分の役割を即座に理解すると、ルイズの目の前で両手の剣を構え、攻撃に備える。

 ルイズの瞳が焦点が合わない瞳となり、謳う様に詠唱を始めた。

 溢れる魔力がルイズの中で渦巻きうねりとなる古の時を越え太古のルーンが次々と口から流れ出す。

 

「貴様ら何をやっている!さっさと女王を取り返せ!」

 

 ルイズの様子から只ならぬ何かを感じ取ったのか、偽ウェールズは檄を飛ばす。

 召喚主の意思を汲んで低級悪魔達は憑依した哀れな死体を用いてルイズを攻撃しようとするが、防御に注力するナツミの防御は上位の悪魔でさえ突破するのは難しく、彼ら下位の悪魔達が正面から突破することは叶わない。

 そうこうしている間にルイズの詠唱が終わる。自分の詠唱を守ってくれたナツミにルイズは一つ微笑むと、きっと眼前の敵を睨みつけ詠唱を終えたディスペル・マジックを叩き込んだ。

 

 

 

 

 アンリエッタがぼんやりと意識を覚醒させると、まずいつも使っている枕とは違う柔らかく温かい感触を頭の後ろに感じていた。

 

「んっ私は……」

「姫様!」

 

 意識が徐々にはっきりし、言葉を漏らすアンリエッタの目の一杯に幼き頃からの友人の姿が飛び込んできた。

 

「ルイズ?………はっそういえば私は!」

 

 気絶するまでの瞬間を思い出したのかアンリエッタは焦った声をあげ周りを見渡した。いつもの見慣れた私室ではない屋外、そして雨が降ったのか濡れた地面。

 そして幾つもの骸が転がっていた。その骸達の中に王宮を守護する魔法騎士隊の面々の姿を見てアンリエッタは身震いする。

 そんなアンリエッタを安心させるように、アンリエッタに膝枕していたルイズがアンリエッタの腕に自分の腕を乗せた。

 

「姫様、もう大丈夫ですよ」

「えっ?」

「ナツミ達が不届き者を倒してくれました」

 

 ほらっとルイズが指さす先には杖を奪われ、体に縄をぐるぐるに巻かれた偽ウェールズが地面に臥している。アンリエッタからは見えなかったがその両手の指は、アカネの尋問によりすでにすべてへし折られていたりする。

 生きた人間はどうやらこいつだけだったようで、クロムウェル曰く虚無の力で蘇ったメイジを率いてアンリエッタの誘拐をするように指示されたとだけ聞きだしたら痛みのあまりに気絶したようであった。

 

「そうですか……」

 

 ルイズから事の顛末を聞き、アンリエッタの瞳に強い光が宿った。

 どうやら、ウェールズの姿を模されたことが余程、腹に据えかねたのだろう。

アンリエッタが空を仰ぎ見ると、さきまで雨が降っていたのが嘘のように雲が晴れ、宝石箱の様な星々が瞬いていた。

それが今後のトリステインを暗示していることをアンリエッタは強く願った。

 

 

 

 第四章  了

 

 

 




第四章 終わり。
次から五章が始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章 ハルケギニアの忍者娘
第一話 忍者娘の新たな任務


第五章始まります。


「ふぅ」

 

 王宮、謁見の間にて女王アンリエッタの溜息が静かに漏れる。トリステインの有力貴族との謁見を終えて肩の荷がやっと下りたといった感じであった。

 

「今日の謁見はこれで終わりですか?」

 

 アンリエッタは傍に控えていた侍女に、侍女に話しかけるとは思えない敬語で声をかけた。

その言葉を聞き、ぴんと背筋を伸ばしていた侍女が急にその表情をがらりと変える。

 

「にゃはは、これで終わりですよ女王様~。早く部屋に戻っておやつでも食べましょう。やっと一週間分の謁見を終えたんですから疲れちゃいました」

 

 女王誘拐事件から二週間。王宮の警備強化をするために、謁見がしばらく行われなくなっていたが、ここ数日前ようやく謁見が解禁となり、アンリエッタは政務をマザリーニに任せ、謁見をひっきりなしに行っていたのだ。

 だが、それも今日まで、さきほどの謁見で溜まりに溜まっていた分をようやく消化出来たのだ。

 

「そうですね。一度部屋に戻って少し休みましょうか。でもその後は執務室で書類仕事ですからね」

「にゃはは……大変ですねぇ女王様っていうのも」

 

 ちなみ侍女にしてはやたらと砕けた感じの人物は自称せくしぃくのいち―アカネ―その人であった。何故、ナツミの友人たる彼女が異界の女王様の侍女なぞしているのか……。 

 それは二週間近く前、女王誘拐事件の二日後まで遡る。

 

 

 

 

「まずはお礼をば、先日は女王様を助けて頂きまことにありがとうございます」

 

 アンリエッタが女王に即位したとはいえ、十年近く、トリステインの舵取りに関わってきたマザリーニ枢機卿が、ナツミ達に腰を折って礼を述べた。

 

「ちょ、ちょっとそこまでしなくても……」

「ええっ」

 

 いきなり年上の男の人に頭を下げられてなんの反応もしないほどナツミの精神は図太くない。

普段の彼女では考えられないほど狼狽えている。

 ちなみにナツミの隣にいたシエスタに至っては頭を何度もかくかくと振っていた。平民・オブ・ザ・平民の彼女にとって一時国のトップであった彼は天にも等しい存在ましてや女王まで同じ部屋にいるのだ。下手な戦場よりも緊張して当然だろう。

 

「いえ、これでも足りないほどです。あのまま女王様が誘拐されていたら、間違いなくこの国は瓦解していたでしょう」

 

 ナツミの言葉を遮りマザリーニとして真摯な気持ちで彼は再び頭を下げる。

 

「ちょっといいか?」

「なんでしょう?」

 

 ナツミでは狼狽するだけで埒が明かないと、フラットの頭脳たるソルが手をあげる。

 それを待っていたとばかりにマザリーニいや枢機卿は鷹の様な瞳でソルを見やる。そこにはこれからされるであろう質問を既に分かっているような色が滲んでいた。

 

「……いかに戦時中とはいえ、国家の盟主たる女王が誘拐される。これは明らかに異常だ。それにこの場に俺達しかいない……やはりそういう事と考えていいのか?」

「お恥ずかしながらソル殿が考えている通りです」

「?何、なんなの?」

「?」

 

 ナツミは楽観的故、ルイズはそんな事など起こりうるはずがないと言う先入観から二人とも疑問符が頭の上を飛び回っていた。そんな似たもの主従を見てソルは深く溜息を吐くと、その言葉を明確に口にした。

 

「女王様の誘拐を手引きした者が城内にいる」

「え!……いったぁい!」

「デカい声出すな馬鹿」

 

 ナツミのリアクションを完全に予想していたソルはナツミが大声を出した瞬間、一秒にも満たないタイミングでナツミの頭を引っ叩いていた。

 

「なにを」

「なにをすんの?じゃないぞ。事が事だ。誰に聞かれるか分かったもんじゃない。手引きした輩が居るってことは誰が敵か味方かも分からない……いや下手に信用したときのリスクを考えると味方がいないと考えた方がまだ安全だ」

「っ」

 

 ソルの真剣な表情もそうだが、それよりも話の内容にナツミは息を呑む。

 

「やっと分かったか?……で枢機卿、それを踏まえた上で聞くが、俺達に何の用だ?まさかただ礼を言うために呼ん訳じゃないだろう」

「……流石ソル殿と言ったところですな」

「はわ~」

「ソルすごい……」

 

 一国の重鎮と対等以上に話を進めるソルに、平民代表のシエスタがあんぐりと口を開け、ナツミは珍しくソルに尊敬のまなざしを送っていた。

 というかかく言うナツミの持つ称号たるエルゴの王は、リィンバウムでは一国の建国者にもなれるほどのもの。メイドと一緒に給仕を行うには大きすぎる肩書きである。当の本人がその称号の凄さが知らない故に問題になっていないので良いと言えばいいのだが、少しは威厳を出して欲しいと各界の界の意思(エルゴ)達が思っているのは余談だったりする。

 

「実はナツミ殿には新設される銃士隊の隊長を務めて頂きたいのです」

「ぶふぅ!」

 

 枢機卿の言葉に思わずナツミは吹き出す。

 

「いやいやいやいや。な、なんであたしがそんな立派なもんに任命されるですか!?」

「おい!いくらなんでもそれはないだろうが。第一、知っての通り俺達は異世界の人間だ。そんな役職にはつけんぞ。ってか、どうしてそうなるかまず説明しろ」

「……ええ」

 

 ナツミの質問はさておき、ソルの問い詰める様な言葉にマザリーニはトリステイン王国の現状を話し始めた。

 

 現在のトリステイン王国は王宮を王を守護する三隊の魔法衛士隊のうち、グリフォン隊は隊長たるワルドの裏切りと先のタルブ戦で消耗し、ヒポグリフ隊は先日の女王誘拐事件でほぼ壊滅。現状マンティコア隊のみがその任に付いているという危機的状況を迎えていた。

 しかも、その王宮には女王誘拐を扇動した裏切り者がいるのだ。

 可及的速やかに女王を守護する強者が必要なのだ。しかも信のおける人物という条件を満たした者が。王宮のメイジ達は実力はあっても、魔法衛士隊の隊長たるワルドさえ裏切るのだ。誰が裏切り者かなぞ分かりうる訳も無い。それに男性では女性であるアンリエッタを守り切れない場所もある。

 だがナツミならその条件に合う。

 ウェールズを救い出し、先日もアンリエッタを誘拐から救い出した事で信頼という点ではもちろん。その強さはいちいち言うまでも無い。

 

「なるほどな……まぁ理には叶っているが」

「なにか問題が?」

「貴族主義に凝り固まった連中を差し置いてぽっとでのナツミがそんな役職付くのは無理だろ?そんな事をすれば逆に貴族達の反感を買って、裏切りに走る連中が出るかもしれない」

「ええ、それも計画のうちです」

 

 レコンキスタの貴族主義に共鳴した連中なら、貴族以外でも有能なら重要な役職になれるという見本を作ることにいい顔はしないだろう。

 ましてやそれがタルブ戦で大戦果をあげたワイバーンの乗り手ならなおさらだ。

 そんなことになれば、劣勢になりつつあるレコンキスタの連中はよからぬ行動をとるだろう。そう、今回の女王誘拐事件のように。だが、それがマザリーニの策でもあった。

 

「……そうか、あえてナツミを表舞台に立たせることで、トリステインの貴族がどう動くか見極めるのが目的と言うわけだな。それにその銃士隊にナツミがいればいざという時の女王の警護に付くこともできると」

「ええ……そのと……」

 

 その通りですと続けようとしてマザリーニの言葉は、次の怒りを込めたソルの言葉によって遮られる。

 

ふざけるなよ(・・・・・・)枢機卿。国の憂いを晴らせないのはお前らの落ち度だろ。確かに俺達の…かぞ…仲間のナツミが世話になっている国の危機に際しては力を振るうのは吝かじゃないが、そっちの都合でナツミを縛るのは看過できない。ナツミ本人もすぐにというわけではないが帰りたいと言ってるしな」

 

 どさくさに紛れて家族と言いたかったソルだが、結局言えず、正論をマザリーニにぶつけることでウサを晴らす。

 

「ちょっとソル言い過ぎよ。それに魅魔……むむぐ」

「……それ以上は喋るな」

 

 ナツミの口を素手で押さえ、その事実に気付きちょっと顔を赤くしながらも抑えるのは止めない。そのまま少し後ろに下がり、耳打ちをする。

 

(余計な事は言うなよ)

(なによ余計な事って、大事な事でしょ魅魔の宝玉はリィンバウムからこっちの世界に来たんだよ?)

 

 魅魔の宝玉の欠片……完品で条件さえ整えば魔王の召喚さえ可能にする秘宝。そんな危険な物をあえてマザリーニに隠すソルを思わずナツミはじと目で睨む。

 

(アホっ、下手に弱みを見せたらそれを理由にどんどん面倒ごとに巻き込まれるぞ?それともお前は銃士隊の隊長にでもなりたいのか?)

(うぐっ、なりたくないわね)

(だったらこの場は俺に任せてろ)

 

 正義の味方……というわけではないが、困ってる人を放っておけないナツミ。

 だったのだが、それでも一国の女王を警護する大役は流石に避けられるものなら避けたいようであった。

 そんなわけでソルにそれを一任すると、ソルがやたら張り切っていたのだが、その理由をナツミが知ることはなかった。……哀れソル。

 

「ナツミ、とりあえずシオンさん呼んでくれ」

「は?シオンさん?なんで?」

「いいから、こうなることは予想してたからなもう話は通してあるから大丈夫だ」

 

 きょとんとするナツミにいいから召喚しろと言外にいいリィンバウムからシオンを召喚するナツミ。

 

「どうもナツミさん、お久しぶりですね」

 

 光と共に現れた作務衣を纏った青年―シオン―はにこにこと笑いながらそこに立っていた。

 

 

 

 

「私を呼んだということはソルの予想した通りになったようですね」

「ええ、枢機卿ちょっといいか?シオンさんとオレ、あんたで話をしたい」

「……え、ええ、別に構いませんが何故?」

「あんたがさっき考えた案を出すことは予想していた。それに付け足すことがあるからだ。三人で話すのはこの話を聞いて確実に騒ぐヤツがいるからな。話の最中に騒がれても面倒だ」

 

 シオンにはさんづけ敬語なのに、枢機卿には呼び捨てタメ口。枢機卿にカリスマがないのか、シオンにカリスマがあるのか、ソルが裏表のない性格なのかは……どうでもいい話ではある。

 

 

 

 

 

 

「なんか嫌な予感するよ~」

「アカネ……いくらなんでも行儀が悪いわよ」

「ふふいいのですよルイズ」

「……プルプル」

 

 三人の腹黒……もとい頭が回る男性陣に枢機卿の執務室を追い出されたアンリエッタ以下ナツミ、ルイズ、アカネ、シエスタのかしまし娘達はアンリエッタの部屋で三人の話し合いが終わるのを待っていた。

 アカネはアンリエッタのベッドでごろごろ転がるというトリステイン貴族が見たら卒倒するほどの行儀の悪さを見せていた。それをルイズが窘めるが、同世代の自分に気を使わない同性たるアカネのその態度が嬉しいのかアンリエッタはにこにこと笑って許している。そしてその真横に鎮座する羽目になった置物……じゃなくてシエスタは先ほどから生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。

 しばらくはアカネの飾らない態度を微笑ましそうに眺めていたアンリエッタも微振動を続けるシエスタにようやく気付き声をかけた。

 

「どうかしたのですか?先程から震えて……もしかして寒いのでしょうか?」

「は、はい美味しいです!」

「は?」

「え、あ、いえ……なんでもありません」

「ん?」

 

 シエスタのとんちんかんな受け答えにアンリエッタは首を傾げる。

 それを見たシエスタも自分のアホすぎる回答に気付いたのか、顔どころか首まで真っ赤にして縮こまるシエスタ。

 

「あははは、シエスタは女王様に話しかけられて緊張しちゃたんですよ」

「まぁ、そんなに緊張しなくてもいいのですよ?貴女も私の命の恩人なんですから」

「は、はい~(怖れ多すぎですぅ~)」

 

 などと女三人寄ればなんとやらプラス二人で会話を膨らませていると(一人小鹿)ドアがノックされる。

 

「女王様、マザリーニ殿がお呼びになっています」

「分かりました直ぐに向かいます」

「……」

 

 名残惜しさを表情に貼り付けながらも、女王の威厳を精一杯込めて返事をするアンリエッタ。

ナツミはそんな彼女を見て、せめて自分たちの前では年相応の姿でいられるようにしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと!ええーーーど、どういうことですか!!師匠!」

 

 マザリーニ達に呼ばれ、話し合いの結果、決まったことを伝えられた直後アカネが騒ぎ始めた。そんなアカネを見ても普段のにこにこした表情を一切崩さないアカネの師匠、シオン。

 

「どういうこともありませんよアカネさん?ナツミさんではなく貴女がアンリエッタ様の警護をしなさいと言っているんですよ」

「だ、だからそれが納得いかないんですって!ナツミが頼まれたんでしょ。ど、どうしてあたしがやることになるですか!?」

「どうもこうもありませんよ。確かにナツミさんは貴女より強いです。ですがその強さの質は貴女と違い、屋外に適したものです。……良いですか?ナツミさんが屋内で全力で戦ってしまえば王宮なんてひとたまりもありませんよ」

 

 噛みつく勢いでシオンに抗議するアカネ、それをまるで柳の様に受け流すシオン。端からアカネの言うこと聞く気はないようであったが、その言葉に一人の少女が微妙に傷つく。

 

(え、シオンさんの中ではあたし怪獣なの……)

 

 そんなナツミがしょんぼりするのを隅に置き。ソル達がどうしてこうなったのか話し始めた。

 

「枢機卿の言う通り、獅子身中の虫を飼ったままにして置くのは不味い。下手に内乱が起きてレコンキスタどもに攻められても困るからな。とは言ってもナツミを国の重大なポストに付けるのも俺は賛成しかねる。そこで」

 

「私の弟子のアカネさんをアンリエッタ様の護衛に付けることにしました」

「えー痛ぁう!」

 

 抗議しようとしたアカネがシオンの投擲(苦無じゃない)を受け突然後ろ向きに倒れた。

 

「護衛と言っても銃士隊に入るわけではありません。あくまで表向きは侍女といった形で傍にお仕えする形を取りたいと思います。一応忍びですから、王宮内の諜報活動にも向いていますしね」

 

 シオンの言葉に今度はマザリーニが続く。

 

「アカネ君に関しては魔法学院で有能な仕事ぶりが目に付き雇ったという形を取りたいと思います。女王が即位して間もないので、そういった人材が入職しても不自然ではありません。それに学院のメイド達は基本的に素性がはっきりしている者ばかりですから反対もしにくいでしょう。学院長に話を通せば特に問題は無いですしね」

「ちょっとぉ!あたしの意見は!?」

「アカネさん。これは師匠命令ですよ」

 

 びくぅと背筋を伸ばすとアカネはそれっきり喋らなくなる。よほどシオンが怖いのであろう。

 

「……と、ともかく。ナツミ殿の素性はこれまでと同じで、特に隠しもしないが敢えて公表もしない方針で行きたいと思います。それを執拗に探す者が居れば個別にアカネ殿が諜報活動をするということでよろしいですか」

「ああ」

「意義ありません」

「……(意義あり!って言いたいけど師匠の目!怖ぁ!)」

「それにアカネさんの修行にもなりますし、一石二鳥ですね。ふふふ」

 

 師匠たるシオンの笑顔が無性に腹が立つアカネであったが、文句を言えなかったのは言うまでもない……。

 

 

 そんなわけでナツミの傍を離れて、しばらくの間アンリエッタの敬語と王宮の諜報活動をすることになったアカネ。

 

 ハルケギニアの忍者娘始まります。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 ハルケギニアの忍者娘

 トリステイン魔法学院に在籍するほぼ全てと言っていい学生達の表情という表情は喜びに満ち満ちていた。それもそのはず、今日はトリステイン魔法学院の二か月半にも及ぶ夏季休暇を控えた学生がいそいそと帰省や旅行の準備に勤しんでいたのだから、長期休暇が楽しみという感情は何処も同じと言うことであろう。

 そしてそれは何も学生だけの喜びではない。

 

「シエスタ、居る?」

 

ナツミはシエスタの部屋の扉を彼女の名前を呼びながらノックする。

 

「どうぞ~ナツミちゃん」

「は~い。お邪魔するね」

 

 シエスタの返事を聞きながら、ナツミが彼女の部屋に入るとシエスタはちょうど荷造りの最中であった。

 殆どの学生が出払うのに比例して学院で働く使用人の仕事も激減する。そのため使用人の多くが一か月位の休暇を交代でとるのだ。そしてシエスタが夏休み前半の休暇を貰い明日からの帰省に備えて準備をしていたのだ。

 

「明日の確認なんだけど……朝食を食べてからシエスタの村に行くってことでいいんだよね」

 

 ナツミはシエスタに誘われて、彼女の実家に一週間ほど泊まらせてもらい、その後ルイズの実家に向かうという予定を組んでいた。

 最初からルイズと一緒にルイズの実家に帰ってもよかったのだが、何か月ぶりの家族との再会……もう自分ではそんな機会がない為、家族水入らずで過ごしてもらいたい。そんな思いで一週間ずらすことにしたのだ。

 それにいまだ先の戦の傷跡が残るタルブ村、領主も亡くなった為、復興作業もままならないと聞いていたのでその手伝いもしたいという気持ちもナツミにはあった。

木々の伐採と運搬。ワイバーンの力を借りれればそれこそ人間何百人分の働きをしてくれるだろう。

 

「うん。ミス・ヴァリエールがいつも起きるタイミングでいいよ。その方がいつもどおりご飯の準備ができるから」

「分かった。ご飯作ってもらうお礼にワイバーンでタルブ村まで送るね」

「ありがとうナツミちゃん」

 

 にっこりと笑ってシエスタはお礼を言う。その直後、いかにも今思い出したとばかりに、首を傾げた。

 

「あ、そういえばアカネちゃんはどうしてるかなぁ~」

「アカネの事だから、元気にやってるとは思うけど……粗相してないかな」

 

 ナツミも人の事をどうこう言えた義理ではないが、アカネはナツミの楽観的な部分をさらに特化させたような性格、人見知りもしないし、目に付く人に喧嘩を売って歩くような人物ではないが……。

 忍者という職業(?)にも関わらず目上の人の態度が全く持ってなってない敬語こそ使うだろうが、友達感覚でアンリエッタに接していても不思議ではない。マザリーニやアンリエッタはその辺を理解してくれているだろうが、王宮で働くその他の貴族たちがそれを分かる訳も無い。

 故に要らぬ敵を作ってしまう可能性は大いにあった。

 そこまで考えた結果……ナツミは。

 

「なんか心配になってきた」

 

 と不安極まりない台詞をぼそっと呟いた。

 

 

 

 アカネが王宮で働き出して、つまり女王誘拐事件より、二週間近くが経過していた。ナツミとそっくりの楽天的な性格、そして面倒くさがりな彼女が果たして王宮のメイド達の間で働けるかのかというと。

 

「女王様~お掃除終わりましたよ~」

「食事です」

「おはようございます」

 

 ナツミの心配とは裏腹に意外な事に全てそつなくこなしていた。料理こそ忍者食や薬物といった危険極まりないもを作り出すが、忍者故に高い毒物耐性を持つ彼女は食事の毒味をすることができた……とは言ってもトライアングルメイジのアンリエッタはディテクトマジックも当然使えるので必要が無かったが。

 それ以外は特に問題は無い。そもそも忍者ということでありとあらゆる場所に溶け込めるように訓練は欠かしていなかったのだ。というか欠かすと師匠たるシオンにひどい目にあわされる。

 そんな訳で、女王専属とはいえ人一倍の仕事を一人でこなすアカネは瞬く間に王宮で働く平民達の間で人気者になっていた。

それがアカネ(シオン発案)の策でもあった。いつの時代、どこの場所でも、人が人と触れ合う限り、良い悪いに関わらず噂と言うものは流れるものだ。そしてそういったものに一番耳にするのが王宮で働く平民達なのだ。

 もちろんただの噂に過ぎない例も多々あるが、火の無いところに煙は立たない。

 

「最近、トリスタニアにアルビオン訛りを話す人が増えた」

「何人かの貴族が何処かへ出かけたらしい」

「アルビオンが火竜補充のために火竜山脈へ向かったらしい」

「巨大なワイバーンがトロール鬼を木端微塵にしたらしい」

 

 一部ナツミ達が関わってることもあったが、この中で早急に調査しなければならない案件があった。

 アルビオン訛りの者が増えた事と、貴族が何処かへ出かけたという件であった。

 もちろん貴族とて人間、どこかへ出かける事なぞそれこそ腐るほどある。がアルビオン訛りの者が増えたという件と絡ませると、途端に疑念を抱かざる負えなくなる。アルビオンから来た商人の可能性もあるが、先日のアンリエッタの誘拐事件もある。

 マザリーニとソル、シオンの見解ではタルブ村での大敗で戦力を大きく失った神聖アルビオンは、戦力が回復するまでトリステイン国内で扇動等の内部工作を行い、治安を悪化させることで国力を低下させ、時間を稼ぐ作戦をとるであろうと言うことであった。

 ならば、手っ取り早いのがトリステイン貴族をレコンキスタ側に抱き込むことであった。

 女王誘拐事件もある人物が王宮から出る際に、すぐ戻るのを理由に閂をするなと命令をしていた。そして、その数分後にその時、閂をしていないのを知っているかのように賊が侵入したのだ。その賊達の中でで唯一の生きた人間であり捕縛した水のスクエアメイジを尋問して手引きした人間を探そうとしたものの、何者かに食事に毒を盛られ次の日には殺されてしまった。これは城内にレコンキスタ側の人間が居る事を決定づける出来事だった。

 ただ、気になるのは城内に反乱分子が居る事を知られる危険を冒してまで下手人を殺したのか、頭が回らない阿呆なのか、はたまた下手人が極めて重要な情報を有していたのか分からない事だった。

 

「あーあ。捕まえた時にさっさと吐かせておけばこんなことにはならなかったのになぁ~」

 

 誘拐事件の当日に神聖アルビオンが事件を起こしたと言うことは、アカネ自身が偽ウェールズから聞き出しただけに悔しさも一塩だ。

 もう少し手加減しておけばありったけの情報を聞き出せたのにアルビオンが絡んでるところまで聞いて満足して気絶させてしまったのが悔やまれた。とは言っても両手の指が全て折られ爪も剥がされているという燦燦たる有様だったのだが……これ以上の情報を聞くのにアカネは何をするのであろう?出来れば知りたくない。

 

「……アカネは私と一緒に暮らすのは嫌ですか?」

「へ?あ、いやいや、そ、そんな事はないですよ!?」

 

 アカネとうんざりとした言葉に、アンリエッタが悲しそうな声をあげる。歳が同じ位で自分の身分をほとんど意識しないアカネとの生活を不謹慎とは思いつつも楽しんでいただけにアカネの台詞が自分との生活を嫌がってるように聞こえたのだ。

 

「女王様と暮らすのは全然いいんですけど、貴族連中の会話聞いてると国民の事を考えている人なんてほとんどいないのが頭にくるんですよね」

「そんなに酷いんですか」

「ええ、民なんて代えの利く道具みたいに考えていますよ。それに……」

 

 そこまで言ってアカネがアンリエッタの顔を見て口ごもる。

 

「……一番嘆かわしいのは、彼らがアルビオンと関わりがなさそうなことですか?」

 

 アカネがアンリエッタの手前、言いづらかった言葉をアンリエッタ自身で続けた。

 アカネはいつもは快活な表情とは裏腹に暗く曇った表情をしながらもアンリエッタの言葉に首肯する。王宮内に裏切り者は確実にいる……だがそれ以上に自らの私腹を肥やすことのみを考えている貴族もそれ以上にいることがアカネの諜報活動で分かったのだ。そういう輩こそ金の為に祖国を裏切りやすいということで、いちいち調べているのだがどいつもこいつも白。しかも大小の違いこそあれ、かなりの貴族がそんな連中ばかりなのだ。

 潜在的に裏切っている可能性が否定できない為、わざわざ調査を行わねばならず、それが諜報活動の足を引っ張っていた。

 

「なはは……はぁ、そうなんですよ……まともな人はどうやら僻地とかに飛ばされちゃってるみたいですね」

「そうですか……話は変わりますが、閂を占めるなと命令した者は誰かわかりましたか?」

「ええ、高等法院長のリッシュモンという男ですね……とは言っても証拠がありませんし、偶然と言われればそれまでです」

「それ以上は調べられませんか?」

「難しいですね、あたしは女王様の護衛も兼ねてますから、王宮から離れての調査は……」

 

 王宮内であればアンリエッタにもしものことがあっても瞬時に駆けつける自信をアカネは持っていたが、流石にそれもあくまで王宮内(・・・)が限界。王宮内で不正をしている貴族達の証拠はいくらでも手に入れられるが、真に裏切っている者は王宮内でボロを出す程、愚かではないようであった。

 二人が、調査が行き詰りかけたことに頭を抱えてようとすると、二人以外の声がアンリエッタの私室に響き渡った。

 

「私に任せてもらえますか?」

 

 言葉と共に音も無く、一人の青年がアカネの背後に現れた。

 

「うわぁ!!って師匠ぉ?」

「し、シオンさん?」

 

 青年の正体はアカネの忍術の師、シオン。

 思いもしなかった人物の突然の登場に大げさな二人は驚いた。

 

「ふふ、おどかしてしまいましたね」

「け、警備の者が居たはずですが?」

 

 知り合いだけに警戒こそしなかったが、王宮の警備は女王誘拐事件以後、王宮の警備は以前とは比べ物にならない程強化されているにも関わらず最も侵入が困難なはずの女王の部屋へ何の騒ぎも起こさずに現れたことにアンリエッタは驚きを隠せないでいた。

 

「ええ、中々に練度が高くて苦労しましたよ」

 

 にこにこしゃべるその様子からは言うほどの苦労は感じ取れない。シオンはそのままにこにことしながら滑らか過ぎる動作で弟子たるアカネの頭部に拳骨を叩き込む。

 

「痛いっ!し、師匠なにするんですか!?いきなり」

「やれやれ……まだまだ未熟ですねアカネさん。いきなり女王様の部屋に侵入者が現れた時、誰が女王様の身の安全を確保するのですか?」

「うっ」

 

 抗議するアカネに、口元の微笑みはそのままに、糸目のみを開ける。その口から放たれる正論過ぎる言葉に思わず口ごもる。

 

「で、でも師匠相手じゃ感知するのは難しいですよ!」

「……ふむ、アカネさんの言うことにも一理ありますね」

「でしょ!」

「しかし、その後の対応が悪いですね。あの時、貴女がするべき対応は即座に女王様の傍に移って、侵入者である私に備えるべきでしたね」

「……はい」

 

 これまた正論で論破されるアカネ。とはいえ、この世界で王宮の警備を突破しさらに彼女自身の警戒網に引っかからない者など極々少数であろうが。

 

「あ、あのその位で……アカネはいつもよくしてくれています。私の話し相手にもなってくれますし、まるでお友達のように気兼ねなく接してくれて、その、すごく助かっています!」

 

 アカネ自身の意思ではなく、アンリエッタの都合で侍女として警備として傍に居てくれるアカネが責められていることに居たたまれなくなったアンリエッタがアカネを擁護する。

 アカネは気付いてはいなかったが、信用する者が居なくなった王宮で女王とはいえ年端もいかぬ少女であるアンリエッタにとってそれは酷いストレスであった。その中で、隠し事も立場も関係ないアカネとの生活は日々に余裕を持たせていた。それにアカネが話す異世界の話、召喚獣の事、ナツミとの出会いや、魔王との戦い、師匠への愚痴はアンリエッタの楽しみでもあった。

 アカネの話を聞いて笑ったり、驚いたり、ちょっぴり怖がったりするのは戦時で慌ただしい政務を唯一忘れさせてくれていたのだから。

 

「ふむ。女王様がそこまで言われてはこれ以上は怒れませんね。……アカネさん、この王宮で女王様が絶対に味方だと言えるのは枢機卿と貴女だけなのです……それだけ忘れないで下さいね」

 

 後半はアカネの卓越した聴覚だけに聞こえる様に呟くシオン。それに気付き、アカネはいつになく真剣な表情で頷くのであった。

 アンリエッタはそんなアカネを不思議そうに首を傾げて眺めていた。

 




サモンナイト2の戦闘BGMは恰好良いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 シオンさん

「シオンさ~ん、これもお願いします」

「分りました、あと先程のオーダー出来あがってますのでお出しして下さい」

「はーい!」

 

 一人の少女がオーダーを書いた紙を置き、返事もそこそこに皿を持ってホールへと再び戻って行く。ここは魅惑の妖精亭、一見ただの居酒屋だが、可愛い女の子がきわどい恰好でメニューを運んでくれることで有名なお店だった。……だった。そうそれも今は過去形である。

 現在は東方から来た料理人というふれこみの青年―シオン―により料理も美味しい店という評価になりつつあった。

 その中でも特に評判なのが、うどん呼ばれる独特のコシを持つ麺であった。

 

「わぁ、やっぱり手際が良いですねぇ」

 

 シオンの料理をする様子を見て、ハルケギニアでは珍しい黒髪をストレートに流した少女―ジェシカ―はさも感心したといった声をあげていた。その胸元は大きく開かれ、平均よりも大きな胸が強調されていたが、精神修行というかそういったことに興味がないシオンは何とも思わない。……これが某金髪ドットメイジだったら違う反応をしたであろうが。

 

「褒めても何も出ませんよ?ジェシカさん。ところで何の用ですか」

「えっと、結構お客さんが来てるから。お皿がそろそろ無くなるかなと思ってきたんですけど……」

 

 そう言って口ごもるジェシカの目の前には綺麗に洗われた皿が山と積まれていた。本当はシオンの手伝いをしたかっただけにジェシカはほんの少し、表情を曇らせた。

 

「ああ、お皿でしたら私が洗っておきました」

「料理しながらお皿も洗えるって前から気になってたんですけどどうやってるんですか?」

「なに、茹でたり、蒸したりするときは少し空きますからねその時にやってるんですよ」

 

 本当はバレないように分身の術を併用しているのだが、それを一般人に知られる程シオンの腕は甘くない。一人で3人分近いの仕事を瞬く間にこなしていく。

 何故シオンがこんなところで働いているかというと、それは一週間程前に遡る。

 

 

 

 屋台あかなべ、シオンが考えた町の情報収集をするための策は、リィンバウムでも悪魔の動向を調査する際にも使用した作戦。屋台の店主に化けて、さりげなく地域住民から情報を集めるといったものであった。

 それに屋台であればそれ程時間に縛られることもないので、深夜、アカネがマークした貴族の屋敷に侵入して情報を集める事も出来、まさに一石二鳥、ハルケギニアの社会を理解出来ることまで踏まえれば三鳥と言ってもいい。

 幸いシオンの料理の腕はかなりのもの、忍者としてありとあらゆるところに潜り込める技術はアカネをも上回る。そんなわけで屋台を始めたシオン。ちなみメインのメニューはこの世界ではないうどん。本来なら得意の蕎麦を出したかったが蕎麦粉が手に入らないハルケギニアでは不可能。ナツミに頼んでリィンバウムから取り寄せようかと思ったが、どうせなら醤油だけ取り寄せればこちらにある小麦で麺が打てるうどんでも売り出すかと思い至ったのだ。

 アンリエッタから貰ったお金を元手にものの数時間で屋台を作り、次の日にはもう営業を始めるという離れ技を涼しい顔でこなすのは流石シオンとしか言いようがない。

 

「なかなか人が来ませんねぇ」

 

 簡単なハルケギニアの文字を読み書きできるようにして、屋号あかなべと書いた旗を立てて営業をしているが、朝から昼まで立ちっぱなしで客は無し、やはりうどんと言う聞きなれない言葉に誰も惹かれないだろう。

 にも関わらず未だに困った顔をしないシオン。とはいえこのまま客が来ないのでは情報収集もへったくれもない。このままの状態が続くようならなにか策を講じなければとシオンがのんびり考えていると、シオンの瞳が何人かのがらの悪い男に路地裏に連れ込まれようとしている少女を捉えた。

 

「……ふむ」

 

 頬をぽりぽりと掻くと次の瞬間にはシオンは既にその場から掻き消えていた。

 

 

 

 路地裏に連れ込まれた少女―ジェシカ―は少々焦っていた。

 実家であり仕事場の店長かつ父親のスカロンに店で使うもののお使いを頼まれた帰りにいかにもな男達に絡まれたのだ。普段であれば走って逃げるなどの対応が出来たが、今日は荷物があった為と男たちも五人と人数も多かったことがそれをジェシカの逃亡の機会を奪っていた。

なにより男達のなかに杖を持っている者が一人いたのが不味かった。

 マントをしていないので貴族ではないようだが、メイジと言うだけで周りにいた他の人達は見て見ぬ振りしていた。ドットメイジでさえ一人で傭兵何人分もの戦力になるのだ、ただの平民が口を出しては良くて大怪我、最悪殺されてしまうだろう。誰も殺されるのは嫌なのだ。

 ジェシカもそれが分かっているので、救いの手を差し出さなかった人達を恨むことはなかった。恨むとすれば自分の不運と今から自分を手籠めにしようとする暴漢だ。

 

「は、放しなさいよ!痛いでしょ!」

 

 これから起こることは想像もしたくはないが、おそらく予想と大筋外れていないだろう、だがジェシカは少し声を震わせながらもいつもの気丈な彼女であろうとした。こんな奴らに弱いところなど微塵も見せたくない、心は屈服しないという意思の表れであった。

 

「うるせぇアマだなぁ、ちっと黙らせようぜ?足でも焼いちまえば大人しくなるだろ」

「そうっすね。あ、間違っても顔とか胸とか傷つけないで下さいね」

「っ!!」

 

 メイジと思われる男とその部下らしい男のおぞましくも下種(ゲス)な言葉にジェシカは喉を振るわせることしか出来なかった。杖を自分の足に向けるメイジ、身をよじってそれを避けようとするが左右の腕を掴まれたジェシカにそれは叶わぬことであった。

 

「い、やぁ……やめ……は、放して!」

「ファイ……がああああああ!?」

「アニキ!」

 

 ジェシカが決まらぬ覚悟のまま黒い瞳を宿した目をその瞼で閉じた。その瞬間、メイジが悲鳴をあげて杖を取り落とす。

 その手にはジェシカが見た事も無い刃物―苦無―が掌を貫いていた。何事かとジェシカが目を開けるが、突然その体が優しく抱かれたと思うと凄まじい勢いで風景が流れる。上下左右前後、体の感覚が今までにない情報に混乱の極みに達するが、彼女の体を傷つけまいと包むそれに不思議な安心感をジェシカは感じていた。

 

「きゃああああ、な、何?」

「大丈夫ですかお嬢さん?」

「え?ってうわああ」

 

 にっこりと青空を隠す形で優しそうな青年の顔がジェシカの瞳に飛び込んでくる。

 それと同時に自分がいわゆるお姫様抱っこされていることに気付き、先とは違う意味の悲鳴をあげてしまう。

 

「路地裏にお嬢さんが連れ込まれるのを見ましてね。これは放っておけないと、お助けしようかと思いまして」

 

 おそらくされるであろう質問を先取りして言うシオン。こんな状況でも落ち着いているのはシオンだからの一言に尽きるだろう。

 

「何だてめぇ!?」

「女をこっちに寄越せ!殺されてぇのか!?」

 

 殺気だった男達が獲物を奪ったシオンに罵声を浴びせる。

 

「やれやれ貴方達は礼儀というものをしらないのですか?特にこんなうら若い女性に対してあのような粗暴な態度に行動。見過ごせるわけがありません……しかも」

 

 罵声を軽く受け流し、心底呆れたといった声色で話していたシオンであったが、次の瞬間、一瞬ではあるが凄まじいまでの殺気が溢れだした。

 

「手をあげるどころか、魔法で傷つけようとするとは……覚悟はいいですね」

 

 殺気を瞬く間に霧散させると、ジェシカを地面に下ろしたその刹那、シオンは男達の背後に既に移動する。

 

「一人」

「へぷっ!」

 

 軽く首を叩いただけで男は白眼を剥いて地に臥した。

 

「い、いつの間に!」

「うおおおりゃあああ」

 

 怯える者、果敢にも攻めに出る者、反応できない者。同じ暴漢とはいえ、リアクションも様々であった。だが、シオンに対して一般人にすぎない彼らのその行動は全て悪手、というかなす術など最初からない。

 

「っぐぅ!」

「二人」

 

 男の右ストレートを体を半歩ずらすことであっさりと避け、右肘で男の顎を跳ね上げ、瞬く間に意識を奪う。

 

「三人、四人」

 

 続けざまに二人の男の意思を遥か彼方に吹っ飛ばしたところで、シオンがその場から飛びのいた。

 

「て、てめぇ、よくもやってくれたなぁああああ!!」

 

 最初に無力化したと思っていたメイジは思ったよりも骨があったのか、溢れだす血を無視してファイヤーボールをシオンに向けて放っていた。だが、あからさまな殺気を向けられてぼさっとしているシオンではない、術が唱えられるよりも前に既に回避していた。

 

「避けるんじゃねぇええええよぉ!!!」

 

 痛み故に言語障害でも起こっているのか、メイジは若干呂律が回っていない、怒りに任させるままにシオンに向かってドットスペルの魔法を乱発する。

 

(仕留めるのは簡単ですが、この世界の魔法とやらも少し見ておきますか)

 

 リィンバウムでは存在しない魔法という技術を初めて見たシオンはあっさりと無力化するよりも魔法というものを知るために避けることに徹することにした。もちろんジェシカが魔法の射線上に決して重ならないようにしている辺りは流石シオン。

 メイジは自分の自慢の魔法がかすりもしないことに悔しがり、加速度的に魔法を連発するが、詠唱し、杖を相手に向け、呪文を放つというシオンからすれば丸分り極まりない単調な攻撃に過ぎない。やがて、力を使い果たしたのか、汗を垂らしながらシオンを睨みつけることしかできなくなる。

 

「もう終わりですか?」

 

 多少物足りなさを滲ませながら、シオンはそう呟いた。ハルケギニアの魔法について知りたかったにも関わらず、男が放ってきたのはドットスペルのファイアボールのみ、これでは投擲武器を永遠避けるのと変わらない……いや、両手に持てば続けて投げられる分だけ投擲武器のほうがまだマシだ。

 溜息を吐きながらシオンは男へと向かって歩を進める。

 

「うわぁ、く、来るなぁ!」

 

 魔法も打てなくなった今、杖は無用の長物となり果て、ただ振り回すだけの鈍器となっていた。

 

「終わりです」

「がぁう!?」

 

 サルトビの術で背後に移った瞬間に首に手刀を落とし、男の意識を落とす。五対一の戦いは戦いと呼んでいいものかどうか、そう考えるほど一方的なシオンの勝利で終わったのだ。

 

 

 

 

「あの時のシオンさんすっごく恰好良かったなぁ」

 

 ぽやんといった擬音がぴったりの表情でジェシカはシオンとの出会いを思い出していた。

 胸に抱かれた時のそれは細身でありながら男性としてのたくましさはまるで鍛えられた鋼。まさに極致。

 性格も紳士そのもの、穏やかな物腰、それでいて自分の中に確固たる芯というものを彼は持っているように感じた。

 居酒屋という家業がてら数多くの男達をジェシカは見てきてし、中には口説こうという者達もそれなりの数に昇ってはいたが、シオンのようなタイプは初めてだった。

 

「あ」

 

 心のここに在らずと言った体で、シオンの手伝いをしていたジェシカはうっかりシオンに渡そうとした皿をその手から滑らせてしまった。しまったと思うことしか出来ず、皿が無残に割れる瞬間が脳裏を掠める。

 だが、それは想像でしかなかった。

 

「おっと、危ない危ない」

 

 すっとまるで落ちることが分かっていたかのような自然な動作でシオンは皿を転落死から救い出す。

 

「あ、ありがとうございます!」

「別にそこまでお礼を言われるようなことではありませんよ。でも割れちゃったら怪我をするかもしれませんし気を付けてくださいね」

 

 怒ることもなくいつもの笑顔をシオンは浮かべいるが、ジェシカは自分の失敗をシオンに見られたのが余程恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてしまう。

 

「わ、わ、分かりました。き、気を付けます!……そ、そういえばシオンさんは家で働くの慣れましたか!」

「ええ、そこそこ慣れてきましたね。とは言ってもまだ一週間も経ってませんからね。分からない事もそれなりにありますがね」

 

 ジェシカの照れ隠しの話題転換にも笑顔でシオンは答える。

 

「まだ、一週間経ってないんですね……シオンさんなんでも卒なくこなすから昔からいたように感じちゃいますね。お父さんもすっかり頼りにしてますし」

「そこまで言ってもらってありがたいですね。スカロンさんには本当に感謝してます。あのまま屋台をやっていたら満足に暮せていたかどうかも怪しいですから」

「いえいえ!感謝するのはこちらですよ!暴漢から助けてもらった上にお店で働いて貰うなんて……」

 

 ジェシカを助けて後、シオンは家までジェシカを送り届けていた。シオンのサルトビの術を一緒に体験したせいでジェシカが腰を抜かしていたからだ。見知らぬ男に娘がおんぶされているにも関わらず、ジェシカの父、スカロンはシオンに詰め寄ったりすることはなかった。居酒屋を営業するだけあって多くの人間と関わっているせいか、人を見る目はそれなりに鍛えられているようであった。

 シオンが屋台を始めたばかりだと聞き、人が全然来ないことを知ると、夜の間自分の店で働かないかと進めたのだ。シオンにとってその話は渡りに舟。居酒屋であれば情報収集には事欠かない。彼の聴覚すれば店での全会話を把握するのはさほど困難ではない。そんなわけでシオンは昼間は屋台、夜間は魅惑の妖精亭で働くことになったのだ。

 スカロンは最初は皿洗い程度に考えていたが、屋台をやっていることで料理を試しに作らせてみるとこれが思いの他美味かったので、厨房にも立ってもらうことになり、更に屋台の宣伝にもなるからと屋台のメニューうどんも店で出したところこれが中々に評判で女性客もちらほらと見かける様になっていた。

 

「最近はこちらの評判が効いてきたのかあかなべの方にもいらっしゃる方が増えてきて助かっているんですよ?」

「そうなんですか、でも両方で働くのは大変じゃありませんか?」

 

 このまま屋台の方が忙しくなれば、この店を辞めるかもしれない……。シオンに憧れに近い感情を抱きつつあるジェシカはそれを危惧していた。

 

「いえいえ、別に大したことはありませんよ。どちらもやってることは大差ありませんし、好きでやってますからね」

「ほっ、そうですか、でもあんまり無理はしないで下さいね」

 

 ジェシカは胸を撫で下ろすと、シオンが働き過ぎないように釘を刺しておく。

 

(やはり人助けはしておくに越したことはないですね。まさか居酒屋で働けるとは思いませんでした。……それにしてもやはり治安は徐々に悪くなっているようですね。アルビオンがらみでしょうか?女王様に報告する前に、何人か狩っておきますか……)

 

 憧憬の眼差しで彼を見るジェシカとは違い、シオンは忍者らしく結構えぐいことを微笑みの裏で考えていた。

 

(アカネも気になりますが……ナツミ君は今なにをやっているんでしょうね?彼女が動けば彼女を監視する者も動く、ナツミ君には話していませんがそこそこ派手に動いてくれればありがたいですね……まぁ彼女なら普通の行動が派手ですけど)

 

 その間もシオンが料理を作る手は休まることなく作業を行っていた。

 

 

 

 

 

 




あれ?
シオンさんって主人公だっけ?と勘違いしてしまいそうな回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 シエスタの日常

今回は番外編。シエスタの日常編です。


~シエスタの日常~

 

 

「ふわああぁあ」

 

 ベッドと備え付けられた簡素な箪笥のみが置かれた質素な部屋。まだ、朝もやが晴れぬ早朝。その部屋を私室とする一人の少女が目を覚ました。

 彼女の名前はシエスタ。

 トリステイン魔法学院でメイドとして働く、ごく普通の平民の女の子であった。彼女が普通から逸脱したのは二週間ほど前の事、彼女が暮すこのトリステイン王国に隣国の神聖アルビオンが艦隊を引き連れて戦端を開いたのだ。

 シエスタはその時、生まれ故郷であるタルブ村へと帰郷していたが、時期と場所があまりにも悪かった。アルビオンが地上戦力を投下したのはまさにシエスタが帰郷していたタルブの村周辺に広がる草原地帯。

 

 幸い、艦隊はタルブ村からでも分かる程、展開されていたのでシエスタを含む村人達は着の身着のままではあるものの、近くの森へと逃げ込み、人的被害をほぼ出すことは無かった。

 タルブの村を占領したアルビオン軍は、すでにもぬけの殻となった村に火を放ち、破壊の限りを尽くすなど悪辣極まりない行為。遠くから、生まれ暮してきた村を蹂躙される様を村人たちは見る事しか出来なかった。

 とは言え、隠れていれば命を失うことはない、兵士達が居なくなるその時を待てばいい。だが、シエスタにはそれを待っている余裕は無かった。

 友人であるナツミが落としたとみられる綺麗な石が、実家に置いて来てしまっていたからだ。

 シエスタにとってナツミは学院で出来た初めての同年代の大事な友人。そんな友人が落としたかもしれない物をあんな兵士達に奪われて平気な性格をシエスタはしていなかった。

 朝方を狙って、村へ戻り、半壊程度で済んでいた実家へ入り、幸いにも残っていた石を回収。しかし、後は戻るだけというところでシエスタは兵士達に見つかってしまう。

 うら若き少女を見て、下卑た笑いを浮かべる兵士達に、シエスタは最悪の事態を想像し身を硬くし、目を瞑る。しかし彼女の身に危険が訪れることはなかった。

 シエスタを呼ぶ、彼女を助けたいと呼ぶ声が彼女を包む。シエスタは促されるままに、それの名前を呼ぶ。その名はエレキメデス、彼女が初めて召喚し、のちに彼女が最も信頼する召喚獣との最初の出会いであった。

 

 

 

 

 

 そんな事を思い出しながらシエスタは大事そうに、エレキメデスと誓約を交わしたサモナイト石をポケットへ大事そうにしまう。

 実は誓約を交わしたのはエルジンなのだが、記念すべき初めて召喚した召喚獣ということもあり、エルジンに頼み込んで譲り受けたのだ。

 

「さ、今日も働きますか!」

 

 顔を両手で挟むように叩くとシエスタは勢いよく、立ち上がり、メイド服に手早く着替える。

まずは正門の掃除。門はその建物の顔、朝早く掃除をするのは当たり前、シエスタは着替えが終わると元気よく部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

「うーんっと!」

 

 伸びをしながら、シエスタは使用人用の食堂へと入る。時刻は十時を過ぎた頃、貴族用の食堂アルヴィーズの食堂で学院の生徒達の食事の後片付けすると、朝御飯の時間もかなり遅い時間になってしまう。

 なのでシエスタの朝食も基本的にこの辺りの時間になってしまうのだ。

 

「あ、シエスタ」

「ナツミちゃん。おはよう、今日は朝御飯遅いね」

 

 どうやら今日は、珍しくナツミがこの時間に食事を取っていたようで、シエスタがちょっぴり驚いた様な声をあげていた。

 

「あははは、ちょっと寝坊しちゃってね~。おかげでルイズ起こすの忘れちゃったよ」

 

 頭に手を当てて笑い飛ばすナツミ。使い魔というか対外的に従者となっているナツミが寝坊で主人を起こし忘れるなど有ってはならない。とちょっと前のシエスタなら、そう考えて顔を青褪めさせただろうが、最近は毎晩の様に召喚術の講義をルイズと一緒に聞いているので、ルイズとナツミの関係を知っているので苦笑する程度で収まる。

 

「あはは……ミス・ヴァリエールならあんまり怒らないと思うけど、授業があるからちゃんと起こしてあげないと可哀そうだよ」

「……ははは、かなーり慌てて走って行ったなぁ~。朝御飯食べられなかったかもね」

 

 その時の様子を思い出したのか、ナツミは遠い目をする。

 

「もうしょうがないなぁナツミちゃんは、サンドイッチでも作るから休み時間にでも持っていけば?」

「そうだねってかあたしが作るよ。遅刻させた責任はあたしにあるんだしね」

「じゃあ、一緒に作ろうか」

「うん、シエスタがご飯食べてからでいいよ。授業も始まったばかりだろうしね」

 

 そう言ってナツミは食べ終わった食器を厨房にまで持って行った。

 二人で作ったサンドイッチはその後、教室で話題になる程美味しかったという。リプレ直伝のナツミの料理侮りがたし。

 

 

 

 

 休憩を兼ねたシエスタの食事も終わり、シエスタは次の仕事に取り掛かる。

 今日のシエスタの仕事は後は学院の掃除と夕食の給仕の二つ。だが、たかが二つと侮るなかれ百人を超える人間が寝泊まりし、働き、学ぶ学院は掃除する場所には事欠かない。学生が居ないこの時間帯なら寮や食堂を、学生が寮に戻れば学院の教育施設を掃除しなければならない。

 

「さぁ仕事にも戻ろ!」

 

 彼女の働いた分が実家への仕送りに回るのだ。弟、妹を下に多く持つシエスタにとって、実家の生活を自分が一部とはいえ支えているのは大きな励みなのだ。

 それに最近は仲の良い友達も出来た。それがシエスタのやる気をより引き出していた。

 

 

 

 

 

 今日の分を仕事を何とかこなし、夕食を終えたシエスタは少し気だるげな疲労感に包まれながら、アウストリの広場へと足を運んでいた。ゼロ戦が運び込まれ、毎夜の如くそれを研究するエルジンとコルベールの不気味な笑い声が響き、血の色をした不気味なゴーレム(エスガルドです)が闊歩するそこは、昼間はともかく夜間は決して誰も近づかない恐怖スポットへと成り果てていた。

 特にガソリンが放つ嗅ぎ慣れない臭いを貴族達が嫌がっている様であった。

 

 そんなわけで夜間のアウストリの広場は、ルイズ達の魔法の練習に丁度いい場所なので、有効活用させてもらっていたのだ。それにエスガルドが様子を覗き見る輩の監視をしてくれるのも心強い。

 

 

「あ、シエスタ仕事終わったの?」

「うん。やっと終わったよ」

 

 シエスタを見つけたナツミが嬉しそうに手を振る。

 その前にはソルとその話を聞くタバサとルイズの姿があった。

 

「じゃあ、シエスタの方は今日はあたしが見るね」

「ああ、変な事教えるなよ。後、お前の常識が世界の常識だと思うな」

「?分かった」

 

 ソルの忠告をまるで分かってないのか、ナツミが形だけの返事をする。そもそもエルゴの王である時点で、彼女はありとあらゆる召喚師を凌駕する規格外だし、元々召喚術の無い世界の出身。どれが召喚術の常識か理解していない。

 

「今日はソルに全属性のサモナイト石を持って来てもらったからね。これでシエスタの召喚適性をちゃんと調べてみようか。というかそれしかやるなって言われたんだよね……なんでだろ」

 

 まるで分かってないナツミは首を傾げて考え込んでいたが、生来の楽観的な性格ゆえそれも長くは続かない。

 

「ま、いっか。じゃあサモナイト石がどう感応するか確認するために機属性からね。はい」

 

 ナツミは黒いサモナイト石を手に取ると、シエスタへ渡す。

 シエスタは自分が持つ誓約済みのそれと同じ機属性のそれを両手で大切そうに受け取った。まだまだ未知の力を使う事に感動が付いて回るのだろう。その瞳はきらきらと輝いている。

 

「わぁぁ光った……」

 

 まだ魔力をろくに込めていないのに機属性のサモナイト石は淡く光り出す。魔力を込めてもいないのにこの反応、シエスタの機属性へと相性が高いのを裏付ける現象であった。それがどういうものかナツミにはよく理解できず、そんなもんかと一人考えると、次のサモナイト石をシエスタへと渡す。

 鬼属性、霊属性と続けてシエスタはナツミから受け取るが、反応を示すことはなかった。

 

「光らないね」

「まぁ相性があるから」

 

 しょんぼりするシエスタを慰めながら、ナツミは最後のサモナイト石である獣属性のサモナイト石をシエスタへと渡す。

 

「普通は得意属性の一つだけが反応するみたいだよ。例外があるらしいけど」

 

 長らく経験を積んだ召喚師の中にはナツミが言った例もあった。

 また二、三種類の召喚術を使えるものはB、Cランクの召喚術を使えるのが精々と言ったところで高位の召喚術を使えるものは少ない。

 その少ない数少ない例がソルであった。彼はSランクの霊属性とAランクの機属性を使いこなす例外だ。とは言ってもそんな彼も長らく経験を積んでその域に達したのだ。

 まだまだ召喚師として未熟な彼女がAランクの機属性を使えるだけで脅威的、流石に複数をいきなり使えるなどとは……。

 

「あ、光った」

「え?嘘」

 

 驚くナツミがシエスタの掌に乗ったサモナイト石を見ると、獣属性を示す淡い緑色の光を放っている。

 

「あれ~?召喚師になったばかりだと複数のサモナイト石が感応しないんじゃなかったけ?」

 

 サモナイト石にはそれぞれ相性が合って、感応しないものもあるというのを教えるついでに全属性のサモナイト石を順に渡したはずなのに何故かシエスタは機、獣属性に感応していた。数少ない召喚術の知識からナツミがその答えを導こうと頭を捻る。

 

「まぁいいや」

「よくない」

 

 笑顔で疑問をスルーするナツミにいつのまにか背後に付いていたソルが突っ込みを入れる。

 

「一言で済ますなよナツミ」

「じゃあソルには理由が分かんの?」

「……分からんがシエスタにはかなりの才能があるってこと位は言えるだろ?」

「ホントですか!?」

「ああ、でも力をちゃんと使うには修行しないといけないぞ」

 

 才能があると言う言葉が嬉しかったのかその場で飛び上がる勢いで喜びを表すシエスタ。ソルはそれに苦笑しながらも、釘を刺しておくことは忘れない。

 

「はい!あ、獣属性って事はあたしもワイバーンが使えるんですか?」

「うーん…どこまで高いランク召喚術を使えるかは成長次第だからな。なんとも言えない……が召喚術を学んだばかりですでに二属性に目覚めているからな。経験上、機属性に関してはSランクまで、獣属性は少なくともAランクまで使えるようになる可能性が高い、とは言え獣属性はサモナイト石の反応からまだCランクだろうな」

「わあああ」

「……うわぁ」

「……」

 

 シエスタがナツミとそれぞれのワイバーンで大空を飛ぶのに期待に胸を膨らませる。

 そしてその大分後ろで、ルイズとタバサが青い顔をしていた。あんな化け物が二頭もこの世界に呼ばれる……想像するだけで末恐ろしい。

 

 

 

 

 

「じゃあ今日はこの辺にしておこうか」

 

 ナツミの一言で今日の召喚術講座はお開きとなり、使用人用の風呂―サウナ―でナツミと二人で汗を流し、シエスタは私室へと戻ってきていた。

 

「ふぅ」

 

 息を吐きながらベッドへと腰かけるシエスタには不思議と疲れの色は無い。

 楽しいことをしていれば疲れなど感じない―と言うわけではなく、ナツミが風呂あがりに回復系の召喚術をシエスタに行使しその疲れを癒していたのだ。メイドの仕事をこなして召喚術の制御を学ぶのは中々に堪える。

 召喚術による回復の効果は絶大で今のシエスタは疲れを一切感じないまでになっていた。

 

「さぁ明日もがんばろ」

 

 忙しく休まる暇は少なくなっていたが、今の彼女は親友と言える友ができた。

 そして自分にはその無二の友と同じ力がある。なにやら大きな事に巻き込まれつつある彼女を助ける力があることがなによりもシエスタは嬉しいのだ。

 

 寝巻に着替えシエスタはベッドへと体を横たえた。

 今日の終わりだ。

 

「おやすみなさい」

 

 

 

 これがメイド……いやメイド召喚師シエスタのちょっと変わった日常。

 

 




他の人の番外編も考え中です。
例えばウェールズのリィンバウム逗留期とか。


そろそろ書き溜めた分が底を尽きそうです(泣)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 夏休み

何気なく日間ランキングを見たらランクインしてました(ぶるぶる)。


 ゆらゆらと蝋燭の明かりが揺れる中で、一人の男が一束に纏められた紙束を捲っていた。男の表情は険しく歪められ、その内容が彼にとってよろしいものではないことが窺い知れる。

 その紙束―――報告書にはある少女の現時点でわかる情報が記載されていた。

 その内容は……。

 ヴァリエール公爵家第三女に召喚された使い魔の少女ナツミの事だった。。

 公式な情報では、遥か東の地、東方出身のメイジであり、スクエアクラスの魔法を操る優れた竜騎士であるという。

 さらに功績としては魔法衛士隊の一つヒポグリフ隊でも歯が立たなかった相手を一蹴し女王アンリエッタを見事救出したことしか報告されていないが、非公式な情報ではタルブ戦にて七十騎を超える竜騎士を相手取り無傷で全滅させたことや、同じくタルブ戦にて艦隊を全て落とした、トリステイン中で悪事を働いた土くれのフーケを捕縛にも関わっているなど数々の情報が裏切り者のあるトリステイン貴族の元に集まっていた。

 表向きはワイバーンを自在に駆る少女がどれだけトリステインに益をもたらしたか知りたいのだと、調査員には話していたし、他の貴族も女王を救ったぽっと出のこの少女が気になり、個々で少女の事を調べているので、別段彼が特に目立つことではないので疑われるようなことはしていない。

 その点は不備はないだろう。だが。

 

「予想以上に規格外すぎる……不味いな」

 

 トリステインを神聖アルビオン―レコンキスタ―に売り渡し、その統治の暁にはより良い地位を賜るという彼の計画がこれでは頓挫してしまう。

 そしてなにより、こんな一人で艦隊にも匹敵する彼女が神聖アルビオンへの侵攻作戦に参加でもし、神聖アルビオンが討たれれば自分の所業が露見し、より良い地位どころか良くて地位ひいては爵位の剥奪、悪ければ死刑。

 今の今まで他者を貶め地位の向上、権力強化に勤しんできた彼にとってそれは最低最悪の未来。かといってこんな怪物みたいな少女をどうにかする方法も見つからない。下手に手を打って失敗しても結果は同じ、早急にというわけではないが、なにか策を講じなければいけないと彼は考えていた。

 

「……策を講じるなら女王か」

 

 彼はそう呟くと如何にも高そうなソファーにその身を沈ませ溜息を吐いた。

 

 

 

 

「か、体が動かない…」

 

 ナツミは焦っていた。

 タルブ村のシエスタの家でお世話になって三日ほど経った朝、太陽の日差が窓から降り注ぎその意識を覚醒させると両手両足はおろか、体自身も思う様に捻じれないほどに体が拘束されていたからだ。

 再度、体を揺さぶるもののろくに体は動かない……。

 

「ま、不味いかも…」

 

 超然とまではいかないものの、身に宿した力故に心身ともに動揺することの少ないナツミはハルケギニアに来て以来最大級に焦燥していた。ナツミの中での脅威度でいえば魔王にも匹敵するほどの脅威。

 それは……。

 

「ナツミおねぇちゃん……」

「むにゃむにゃ」

 

 シエスタの弟妹達であった。村を助けてくれた英雄にも関わらず、それを恩に着せることなく村の復興に力を貸してくれるし、ワイバーンに乗せてもらって空の散歩にまで連れて行ってくれる。

 持っている力こそ凄まじいのだが中身は頼れるお姉さんというのが親しみが持てたのか、ナツミは村の皆の人気者になっていたのだ。そんな人気者が自分達の姉の友達でしかも家に泊まってくれるとあらば、一緒に寝たいと思うのが子供の心理、それは偶に帰ってくる姉よりも優先するほどだった。

 だが何故そんな可愛らしい子供たちをナツミが脅威に思っているのか?

 それは……なんとも言いにくいが生理現象というやつだ。

 前の晩にナツミは水を飲み過ぎたという情報があれば分かりやすいだろう。そうナツミは今、乙女に対する表現としては不適切な感覚に襲われていた。

 まだそこに駆け込むには至らないが、そう遠くない将来にはその領域に達するであろう。子供達をなんとか起こそうとするが、昨日騒ぎ過ぎて疲れたのか、死んだように眠る彼らはナツミの懇願空しく反応することはない。

 

「っ!」

 

 まだほんの少し余裕があったナツミだが、突然呻き声をあげる。

 腰のあたりに抱きついていた子が急に抱きつく力を強くしたのだ。その瞬間ナツミの余裕がすっかり吹き飛んだ。イメージは水風船をぎゅーと握る様な……感じ。

 

「そ、それは反そ……く」

 

 乙女の危機に反射的に魔力で子供を吹っ飛ばしそうになるのを堪え、別のあれも堪える。

 

「う、う……」

 

 涙が無性に溢れ出る。

 まさか誓約者(リンカー)たる自分がこんな目に合うとは思いもしなかった……ナツミは無性に昨晩に水分を取り過ぎた自分を恨む。だが、救世主は現れた。

 

「ナツミちゃん。おはよー!朝ごはんだよ」

「マスター起きるですのー」

 

 子供部屋を勢いよく開けて入ってくるのは、この家の長女、ナツミの友人シエスタと夏休みで荒事もないだろうと思って召喚したナツミの護衛獣の狸の獣人レビットの少女モナティ、ナツミをマスターと仰ぐ可愛らしい少女だ。

 

「シ、シエスタ!モナティ!は、早くこの子達を引き剥がしてー!」

「え」

「ど、どうしたんですの?」

「いいから!」

 

 切羽詰まったナツミの様子に疑問を抱くも、答える余裕もない。珍しく焦った声をあげるナツミにモナティとシエスタがとりあえず言う通りにナツミの体中にへばりつく子供達を剥がしていく。

 

「剥がしたですのマス……」

「ありがと!モナティ、シエスタ!!」

 

 子供達が体から離れたのを確認するとナツミはお礼の言葉もそこそこに風のようにその場を去って行った。

 

 

 

「ま、間に合って良かった……本当に」

 

 なんとか誇りを守り抜いたナツミはそれこそ魔王を倒した時のような達成感にも似た感覚に包まれていた。大げさ過ぎる気もしないではないが、乙女の誇りがかかっていたし、ある意味死(社会的な)をも覚悟していたからだ。

 

「おはようございます」

 

 すっきりといった様子がぴったりといった顔でナツミは一家が食事をとる食堂的な場所へ入っていく。そこにはほんの少し前まで寝ていた子供たちも含めてシエスタ一家が勢ぞろいしていた。

 

「「「ナツミおねぇちゃん!おはよう!!」」」

「ナツミ様お早うございます」

 

 天衣無縫といった様子で子供達が朝の挨拶するなか、シエスタの両親は尊敬の念を込めてナツミへと挨拶をする。

 

「あ、あのシエスタのお父さんとお母さんも昨日言ったと思うんですけど、あたしに様づけも敬語も使わなくてもいいですよ?」

「し、しかし」

 

 苦笑いしながら敬語と敬称をナツミはやんわりと拒否する。元々がただの学生なのだ。大人に敬語を使われてもなんかこう背中がむずむずしてくる。

 

「えっとあたしは貴族でもなんでもないんで、普通に話してください。なんか慣れないんですよ敬語で話されるのは」

「う、ナツミ様がそう仰るなら、で、ではナツミさんとでもお呼びします」

「あのぅまだ敬語が……まぁいいです」

 

 無理しながら様づけだけはシエスタ母が止めてくれので、それ以上追及するのは止めるナツミ。これ以上無理させても、かえって悪い気がしたのだ。

 

「そこはモナティの席ですの!」

「なんだよ!モナティ。ナツミねぇちゃんの隣は俺だぞ!」

 

 その横ではモナティが小さな子供と席の取り合いをしている。このハルケギニアでは獣人は極めて珍しい種族なのだが、とんでもなくデカいワイバーンの前にはいまいちインパクトがなかったのか、平然とモナティは受け入れられていた。

 シエスタの家族、ひいてはタルブ村の住人も、一騎でハルケギニアに誇るアルビオン竜騎兵数十騎を楽に落とすナツミに常識が通じないのが分かっただろう。それに決して悪い少女でもない事も。そんなのんきかつ賑やかな食事もあっという間に過ぎていく。ナツミはその食卓にリィンバウムでのフラットの生活を思い出していた。

 

 食事が終わればナツミは村の復旧作業へと飛び出していく。

 森にワイバーンとともに分け入り、ナツミが大木を切り出し、ワイバーンがまとめて村へと運び出す。

 流石に家を建てたりするスキルはないが、最も人力がいる作業をナツミ一人でこなすので、他の人達が別の仕事に割り振れるというのが大きかった。ついでに猪も狩ってくるので、これまた村人たちが大いに喜んでいた。

 これがナツミの夏休みの始まりであった。

 

「まさか異世界でボランティアとはねー」

 

 肩をぐりぐりと回して、少し疲れを解すナツミ。

 

「ルイズは何やってんかしらね。まぁ場所は送って行ったから分かるけど……そういえば病気のお姉さんが居るって言ってたわね」

 

 ついでだから治そうかなとナツミにワイバーンの背に寝転びそんな事を考えていた。

 




皆様のおかげで日間ランキングにランクイン出来ました。
この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございます。



……身に余りまくって恐縮です。
そして、連続投稿はここまでという……。申し訳ありません。

次は先日に少しばかり報告していた番外編なんぞを投稿したいと思います。
ご期待頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 ウェールズのリィンバウム逗留記その1

お待たせしました。
今回は番外、ウェールズがリィンバウムでどんな生活をしているか?という話になります。
イベントもちらほら考えているので不定期に数話投稿する予定です。


 

 

 茜色の夕焼けの中、三つの人影が肩を並べながら歩を進めていた。体躯はやけに大きな影が一つ、そして大きな影には劣るものの長身で細身な影が一つ、そして最後に一番細身で背もそこまで高く無い影が一つ。

 

「おいおい大丈夫か?今日はそこまで大変な現場じゃなかったんだぞ」

「そうだぜ?しっかりしなよ」

「あぁ、申し訳ない」

 

 長身で細身な影がふらふらと歩く中、大柄な影と一番小柄な影はしっかりとした足取りであった。

 

「しかし、エドスはともかくジンガはどうしてそんなに力があるんだい?体格から見るにエドスと同じ位の腕力があるとは思えないのだが……」

 

 大きな影の正体はエドス、そして一番小柄な影はジンガだった。

 

「ストラを使ってるからだけど?」

「ストラ?」

 

 そしてやたらとフラフラな影は、リィンバウムへと逗留……じゃなく避難中のウェールズ殿下。フラフラなのは今日エドスが働く石切りの現場で急な欠員が出たためにジンガとともに手伝いに行ったからだ。

 

「なんといえば言いのか……魔力や精神力とは違う肉体の強化を行う力。みたいな感じか?」

「ん?気合とか根性とか?」

 

 エドスの説明はまだしも、ジンガの説明は完全に感覚頼りのものだ。ジンガの膂力の仕組みが分かれば、いざという時に役立つと思っていたウェールズは力無く肩を落とした。

 

 

 

 

 ウェールズがリィンバウム、フラットにやってきて数週間が経とうとしていた。ナツミも最初にフラットに世話になった時は、現代日本の女子高生から、子供達ばかりの広いだけのくたびれた家というギャップに驚いていたものだが、ウェールズのカルチャーショックはそれ以上だった。

 フラットの家の中はリプレやモナティといった女子達が綺麗に掃除していたが、外はスラム街ということも有り非常にごちゃごちゃしている。路上で寝泊まりしている人も少ないながらもいるし、ガラの悪い人種も探さなくても見つかる。以前よりも少なくなったとフラットの住民は言うが、それでも驚いてしまうのはしょうがないことだろう。

 王族という国の中でも、最高の質を享受し続ける生活と、その日その日をなんとか暮らしている生活に差が無いわけがない。

 だが、これでもナツミがリィンバウムに訪れる前と比べれば随分とマシだった。収入という面では以前よりも数倍以上に多い、人も倍以上に増えた為、それに伴い支出も激増したが、その日暮らしという状況からは脱していた。

 そもそも暮らしている人の数と働く人間の数が釣り合っていないのがおかしいのだろう。

 

「ほらウェールズ、フラットに着いたぜ」

「あぁ、すっかりお腹が空いてしまったよ」

 

 覚束ない足取りながらも、ようやくゴールに辿り着くからか、それまでよりはしっかりした足取りでウェールズは現在の住居となっているフラットへと足を進めた。

 ちなみにフラットのメンバーはウェールズの事を基本的に呼び捨てで呼んでいる。ウェールズが特別な扱いを拒んだのと、そういった堅苦しい呼称をフラットのメンバーが出来ないからだ。

 

「おかえりなさい。もう帰ってくる頃だろ思ったわ」

 

 薄暗くなった路地に暖かい光が漏れる。その中心には赤毛のエプロンを着た少女がにこにこと笑いながら、石切りで疲れた三人を迎えてくれた。

 

「おうリプレ、ただいま」

「帰ったぜ!」

「ただいま」

 

 赤毛の少女、リプレは三人の疲れながらも怪我がない様子に一層、優しい笑みを浮かべると、上着や手荷物を慣れた動作で受け取っていく。

 

「……ん、上着」

「ん?あぁ、ありがとうラミ」

 

 そんなリプレのマネなのか、ラミはウェールズの上着を受け取り、部屋へと持って行く。

 

「少しはラミを見習えよフィズ。妹ばっかり手伝いさせていいのか?」

「……あんたには言われたくないわガゼル」

 

 そんな中、ガゼルとフィズの二人は手伝いもせずにテーブルに並んで座っている。互いに文句ばかり言っているが、そこまで仲が悪いわけではない。むしろガゼルが盗賊の技をフィズに教える位には仲が良い。

 そのうちフィズはガゼルの盗賊の技術を無駄に継承してしまうのだが、それはまた別のお話。子供に何を教えているのかガゼル。

 そんな二人のやり取りはさておき、三人の帰宅を合図にぞろぞろとフラットに住むメンバーが食堂へと集まってくる。出身や経歴、年齢、色々な事情を抱えた者が住むこの元孤児院だが、なんやかんやできちんと皆で食事をするのだ。それがナツミの影響かどうかは定かでは無いが、今日も用事が無い者は自らの席に座り、合図を待っている。

 

「じゃあ、いただきます」

「「いただきます」」

 

 リプレの合図に引き続き、唱和する一同。騒がしくも楽しい食事の始まりだ。

 

「ウェールズ、そろそろこっちの生活にも慣れたか?」

「大分慣れたよ。今日もエドスの仕事を手伝わせてもらったよ」

 

 大皿から自分用の小皿におかずを取り分けながらソルはウェールズに問いかける。ウェールズはさして悩んだ様子も無く魚を口にしていた。ちなみにこの魚はソルがナツミのマネをしてフィッシュオン!……では無く釣りで手に入れた物だ。

 

「最初は驚くことばかりだったが、やる事が出来るとそれだけで一日が過ぎる。体を動かして働くというのも楽しいな」

 

 何度目かになる石切りの仕事を思い出しているのだろう。疲れは相当だろうにウェールズは楽しそうに笑っている。王宮での貴族達のおべっか、権力争いなどの汚い部分を多く見てきたウェールズにはこういった単純でも人々の基礎となる職というのが新鮮すぎて興味が尽きないのだろう。

 

「まぁ来た当初は、散々、衣食住に頼りきってたんだ。働かないとバチが当たるってもんだろう?」

「……ガゼル?」

「う、冗談だよ。冗談、そんな怒るなよ」

 

 新参者に対する恒例のガゼルの皮肉はリプレの一睨みで撤回される。

 無論ガゼルも既にウェールズを仲間と認識している。だが、ナツミやソルの時は奇しくも共通の敵ということでバノッサ達が居た為、戦いを経て絆を深めたのだが、いかんせん平和になるとそういったイベントも無く。中々素直に慣れないガゼルは未だに歩み寄れていなかったのだ。

 

「大体ね。アンタは働いてないでしょ?ちょっとはウェールズを見習ったら」

「いや、俺はフィズとかラミの面倒を……」

「フィズにスリを教えるのが面倒を見てるっていうつもり?」

 

 二人のこのやりとりももう慣れたのだろう、ウェールズは二人を尻目に夕食を続ける。

 珍しい食材、手間暇を惜しまず育てた食材、無論それはそれで美味しいし、それを城で召し抱えている料理人が作ればその美味しさは極上へと昇華されるだろう。そんな料理を幼少の常日頃から口にしていたウェールズの舌は無論、肥えている。

 

(これが家庭の味……というものなのだろうな)

 

 しかしながら、ウェールズはこのリプレの作る料理を好ましく感じていた。いや、正確にはこのフラットのメンバーで食べる食事が好きだった。

 王宮での上位貴族達のおべっかが飛び交う晩餐等よりも、今日あった出来事をしゃべりながら食べる食事の方が何倍も楽しい。マナーもへったくれも無いこの場だが、マナーが無い分、遠慮も無い。

 

(それにこの遠慮の無さ、気を使われないというのも良いのものだ)

 

 ウェールズ自身は自分の現在の立場を弁えているつもりだが、周りがそうとは限らない。必要以上に恐縮させてしまうのではないのかと、だがそれは杞憂だった。

 ここのメンバーがウェールズを王族だと気にしていたのはせいぜい数日位だった。そもそものメンバーがリィンバウム最強の召喚士であるエルゴの王。秘密結社総帥の息子。騎士団副団長。エルゴの守護者。高位召喚士多数。という凄まじいメンバー。いまさら、王族が一人くらい増えたところで驚くほどでもない。

 

「やはり肉じゃがは美味しいね」

 

 大皿いっぱいに盛られた肉じゃがを食べながらウェールズはそう口にする。

 

「ありがとうウェールズ。でも肉じゃがってナツミに教えて貰った料理の中で一番、得意かもしれないわねぇ」

 

 元々、リィンバウムにはシルターンから和風の文化を持つ人々が召喚されているせいか味噌や醤油が存在している。そこにナツミという純日本人が来たことでフラットでは幾つかの和風料理が食卓に並ぶことが有る。その中でも人気が高いのがこの肉じゃがだったりする。

 

「肉じゃが……好き」

「もぐもぐ」

「おいフィズ!ジャガイモばっかり食うじゃねぇ」

 

 バランス良く食べ進めるラミと肉じゃがのイモばかりを食べるフィズ。そして大人げなく激怒するガゼル。マナーが無いにしても酷い食事風景だった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 暖かな太陽の光が満ち、ふわりとした優しい風がウェールズの服の裾を撫でていく。

 袖を通している服はお世辞を幾ら重ねてもウェールズがそれまで着ていた服よりは劣るが、既に一か月以上もそんな服を着ていれば慣れるどころか、むしろウェールズはそんな服を気に入ってすらいた。

 

(この石鹸の香り、慣れればどうして……)

 

 そんな事をのんびりと考えながら歩くウェールズの右手には大きな紙袋が抱きかかえられていた。

 

「……どうしたの?」

「ん?いや今日はいい天気だなってね」

 

 くいくいと残る左手が引かれる先には、その左手をおずおずと掴むラミの姿が有る。

 今日は特に用事も無かった為、ウェールズはラミを伴って買い出しに出ている最中だった。ラミを連れてきたのは単純にアルバが剣の稽古、フィズがガゼルと出かけてしまったため、ラミが庭で一人で本を読んでいた為だ。

 

「ラミはもう用事は無いかな?」

「……」

 

 せっかくの良い天気。買い物だけするのも勿体無い。ふとそんな事にウェールズは思い至る。

 ウェールズの問いにラミは首を傾げてしまう。これがアルバやフィズだったなら幾つか行きたい場所をあげられるだろうが、インドアタイプのラミは特に行きたい場所は思いつかなかった。

 

「……あ」

 

 何処かが無いかと表情は変えずに考え続けるラミだったが、ウェールズがナツミと同じくリィンバウムでは無い世界から来たことを思い出す。

 

「王子様……」

「ん?」

 

 屈んで自身と視線を合わせてくれるウェールズにおずおずとラミは一つ提案する。

 

「召喚鉄道……見に行きたい」

「召喚鉄道?なんだいそれは?」

「召喚獣が汽車を引っ張ってるの」

「汽車?」

 

 なんとかラミなりに召喚鉄道を説明しようとするが、口下手なラミではこれ以上の説明は難しかった。微かに眉を顰めラミは悩み、とある結論に至った。

 ウェールズと繋いだ右手をぐいぐいと引っ張り、駅を目指して歩き出す。

 ウェールズがどんな反応を見せるのか、そんな期待に珍しく口元に笑みをラミは浮かべるのだった。

 

 




クリスマスイブ投稿。
ちなみにクリスマスイブは予定が有ります。



……当直ですけど(白目)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 烈風

メリークリスマスです!


 ルイズの故郷、そして彼女の父、ヴァリエール公爵が治める土地、ラ・ヴァリエール領地。

 ナツミの故郷の名も無き世界において市にも匹敵するほどの広大な土地を個人で納めているというだけで、どれだけルイズの家が高い地位に位置するか分かるというものである。

 端的に言ってしまえば現在ワイバーンに乗るナツミの眼下に映る土地全てがルイズの家の物なのだ。

 

「しっかしとんでもなく広いわね。サイジェントよりも広いじゃない。もしかしてルイズって凄いお嬢様なの?」

 

ハルケギニアでナツミが過ごしてきた聖王国きっての大都市、紡績都市サイジェントと比べても明らかに広い。広すぎる。

 

「うん。学院でも多分、一番すごい家柄だよ。とはいえ、まさかこんなに広い領地をもっているなんて……」

 

 ナツミの隣で同じく、感心しきっているのはナツミの親友兼弟子のシエスタ。

 一週間前からナツミは彼女の帰省に合わせてシエスタの家で御厄介になりながら、戦争で傷ついた村の復興に協力していた。

 ワイバーンの力を借りた村の復興は中々に進み、瓦礫の排除などが終わったのを見計らってルイズの故郷へと向かうとことにしたのだ。

 ナツミ的には完全な復興まで手を貸したかったのだが、ルイズには一週間ほどで向かうという約束もあった為、後ろ髪を引かれる思いはあったものの約束重視という形で村を離れたのだ。

 村人達はナツミが居なくなるのを多少は惜しんだものの、ナツミとワイバーンだけで村人何百人規模の働きをしてくれただけで大いにありがたかったので、不満なぞ一切なかった。なんせ本来、民草に手を差し伸べるはずの領主は先の戦で戦死しているし、王都の貴族達も戦力増強、外交交渉にご執心で辺境の村の復興が頭にある者なぞ一人もいなく諦めかけた中でのナツミの助力だったので感謝こそすれ不満など出るはずもなかったのだ。

 ナツミ自身は、名も無き世界の出身だっただけにこういった事態に国が何もしないなど思ってもみなかったのでタルブ村の遅々として進んでいない復興作業に憤ったのは余談だ。

 

「そう言えば領地に入ってから家に着くまで馬で半日かかるって言ってたわね」

「そ、そんなに広いの……すごい」

 

 ナツミの言葉にシエスタは再び驚きの表情を浮かべていた。

 

「あ、見えてきたよ。ん?あれって……」

「え、どれどれ?って、お、お城!?」

 

 ナツミの声にワイバーンから見えるこの世界では平民が見る機会がほとんどない景色を楽しんでいたシエスタがワイバーンの首の付け根に座るナツミの元へ歩み寄る。どうやらワイバーンに乗りなれたようでルイズよりもその足は軽い。

 そんなシエスタもルイズの実家を見て度肝を抜かれたようであった。

 周りに比較する物もないので正確には分からないが、王都トリスタニアにあるトリステインの宮殿と比べても大差はない程立派なお城であった。

 高い城壁の周りには敵を寄せ付けぬ深い堀が掘られ、城壁の内側には大きな尖塔が幾つもそびえている。

 さらに巨大な門柱の両脇には二十メートルを超えるゴーレムが控えている。流石、トリステイン開祖の庶子の子の家系、つまり伝説の虚無のメイジ、ブリミルの血に連なる家系。貴族は貴族でもまさに大貴族と呼ぶにふさわしい家柄の象徴であった。

 そこまで考えて、シエスタは自分の隣に座り小さな欠伸をしている少女を見やる。

 

(うーん。よく考えるとナツミちゃんは向こうの世界ではエルゴの王って呼ばれる始祖みたいな物の再来なんだよね。……そう考えると実はヴァリエール嬢とか女王様よりもすごい人なんだよね。そうは見えないけど)

 

「ん?どうしたのシエスタ?」

「ううん。なんでもないよ」

 

(なんか貴族とかメイジとか平民って括りで人を見るのってもしかするとすごい馬鹿馬鹿しいのかなぁ?)

 

 ナツミの傍にいるとそれまで絶対的だと思っていた身分が下らないもののように最近のシエスタは感じる様になっていた。

 もちろん、それを馬鹿正直ほかの貴族にやればただでは済まないのでやらないが、少なくともルイズやタバサなどナツミの傍によくいる貴族に対して、その他の貴族たちにする様な遠慮する態度をあまりしなくなっていた。

 敬意を忘れたわけでも自分の身分も忘れたわけではない。ただそういった態度をすることがむしろ彼女達に対し、失礼に思える様になったのだ。

 命を懸けた戦いを一緒にしたせいなのかもしれない、作戦会議や戦いでの連携の際に遠慮などしていては怪我をさせてしまうかもしれない。そればかりか、下手をすれば命すら危うくなってしまうのだから。

 

 そんな最近の意識の変化をぼんやりと考えたシエスタを乗せ、ワイバーンは眼下の城の中庭にその身を向かわせた。

 

 

 

 

「あんのバカナツミ……!」

 

 実家であるヴァリエールの城の中でルイズは自らの使い魔に悪態を吐いていた。こめかみに走る血管がルイズの怒りに呼応するようにぴくぴくと動き、怒の感情を表現する。

 そんなルイズに気付かず、城の中の使用人や守護に当たる兵が蟻の巣を突いた様に走り周っている。

 特にヴァリエールの長女であるルイズの姉の慌てようといったらなかった。怒鳴り声を辺りの使用人にぶつけている。

 原因……言いたくもないが、原因は我らが誓約者ナツミの駆るワイバーン。トリステインの王宮でもあれだけの騒ぎを起こしたにも関わらず同じことを平然とやってのけるのは、ただ単純に忘れているのだろう。

 なんせ、中庭が一望出来る位置にある窓から見えるナツミはのんきに欠伸をしているのだ。しかもワイバーンも一緒に、ただの欠伸でも城を鳴動させるのだから正直言って止めてもらいたい。

 

「ナツミーーーーあんた……って、お母様!?」

 

 取り敢えず怒鳴り声をぶつけてワイバーンだけでも余所にやってもらおうと思ったルイズであったが、思いもよらなかった人物―母―の登場に途中でその言葉も途絶えてしまった。

 なんとルイズの母―カリーヌ―はルイズが居る別の窓から、一切躊躇うことなく飛び降りたのだ。

 落ちる!とルイズは思ったが、恐怖により目を閉じることもできない。

 カリーヌは何も気が動転して窓から飛び降りたわけではない。ワイバーンを見た瞬間にそれを駆る相手がそれに見合う力の持ち主だと判断したためだ。カリーヌはフライを纏いワイバーンに突撃し、その顔面やや上空に至るとフライを解除し、エアハンマーをナツミに向けて放った。

 

「っあいぼ……」

「はっ!」

 

 最近めっきり出番のないデルフがここぞとばかりにナツミに警告の言葉を発するが、それよりも早くナツミはデルフを抜き放ち、蒼い魔力を持ってエアハンマーを迎え撃つ。

 

「ーーーーっ!?」

 

 ルイズの母、カリーヌはかつて魔法衛士隊の一隊を預けられた程の猛者であった。

 その実力は非常に高く、特に情勢が不安たる現状に至っては現役復帰の期待の声が非常に大きい。なんせスクエアが最高位のメイジなのであえてその身をスクエアに置いているだけに過ぎないという同じスクエアを子供の様にあしらう程の実力を持っているのだ。

 彼女の活躍により風の属性こそ最強と豪語するメイジもいる程だ。風の属性が最強なのではなく、彼女の実力あってこそのなのにも関わらず。

 だが、ワイバーンの乗り手はそんなカリーヌのエアハンマーを打ち消しただけでは飽き足らず、そのまま押し切るように攻撃してくる。

 蒼い奔流が、まるでカリーヌを飲み込まんばかりの勢いで襲い掛かった。だが、彼女とて百戦錬磨を誇る経験豊富な英傑、先程解除したフライを再び発動させ、地面へと向かう。呪文の効果と重力の力を借りて、急加速を得た彼女はなんなくナツミの攻撃を回避する。

 

(……できる!)

 

 ただそれだけの攻防で、カリーヌはナツミがかつて自分が所属していた魔法衛士隊に匹敵……いやそれ以上の力を持つ相手だと認識すると同時に後悔する。

 アルビオンの手の者の可能性があったので、生け捕りの方が良いだろうと手を加えたのが不味かった。これほどの相手であったのなら、最初から殺す覚悟、我が家を半壊させる規模で魔法を唱えていたほうが良かった。

 

「エア・ニードル」

 

 落下しながら途中で魔法を切り、無駄なく魔法を詠唱し、エア・ニードルをワイバーンの足へと突き刺す。ワイバーンの体制を崩し、ナツミを襲うためだ。

 だが、再び予想外にその経験豊富な頭脳からはじき出した策は阻まれる。

 

「なに!?」

 

 金属の鎧すらやすやすと貫く彼女のエア・ニードルも鋼鉄を遥かに凌ぐ硬度を誇るワイバーンの鱗に傷一つつける事すら出来なかったのだ。

 驚くものの、再びフライを唱え、ワイバーンの股を(くぐ)り抜け、今度はナツミの背後から攻撃を試みる。

 まさに風のごときスピードでワイバーンの背にまで上昇し、ナツミの背後を目指していたカリーヌの目の前にどこからどうみてもメイドにしか見えない少女が目に止まる。邪魔だと言わんばかりにフライを掛けたままで魔法を唱えるカリン。

 本来、フライを唱えたままで魔法を唱えることは並みの術者ではできない。一つの脳で二つの魔法を処理するのは片方を無意識に近い状態で唱えることが出来る程の練度が必要だ。カリーヌはそれほど練度を誇るが、魔法の強さが単体で放つよりも弱くなるのは否めない。

 が、ただの平民にそこまで強力な魔法を要らない。

 ウィンド・ブレイクで遠くに弾き飛ばせばいいだけだ。とカリンが思っていた矢先、突然目の前に巨大な岩が降ってきた。

 

「っ!!!?」

 

 ウィンド・ブレイクに割いていた思考をフライの方向転換に咄嗟に回す。

 ワイバーンは背中にロックマテリアルをいきなりぶっ放されて流石にびくっと体を痛そうに動かしていた。

 

「わあああ!?ワイバーンさんごめんなさーい!!」

 

 ギリギリのところでロックマテリアルを躱すともう目の前にはワイバーンの乗り手たる少女が両手に剣を構えていた。その後ろで空気を読まない言葉が聞こえたりしたが、戦闘中どうでもいいことなど彼女の耳には入らない。

距離が短くカリーヌは強力な魔法を撃つのが難しいと判断すると、ブレイドを唱える。杖に光が集まり、名剣となんら遜色ない剣と化す。

 カリーヌはそれをナツミ横薙ぎに叩き付ける。切り裂くよりもふっと飛ばすことを念頭にいれたそれは、読み通りカリンの風と見間違える速さの斬撃をナツミは危なげなく受け止める。しかし、さすがに威力までは打ち消すことができず。カリーヌの策通りナツミはワイバーンの背から弾かれた。

 

「……」

 

 読み通りとはいえカリーヌの表情には若干以上に苦々しいものが滲んでいる。かつてトリステインにその人ありとまで謳われた女性を隠してまで得た称号『烈風』のカリンにここまで付いてくるとは。

 全盛期とは程遠いにしても悔しさを彼女は感じていた。だが、心と表情はともかく、カリーヌの体は条件反射でナツミへと追撃する。人にとって頭上と言うのは致命的な死角だ。

 先よりも長い詠唱を唱えながらカリーヌはワイバーンの背から飛び降り、体ごとナツミへと躍り掛かる。

 

「エア・ストーム」

 

 風のトライアングルスペルを纏ったカリーヌはまさに風の槍、ナツミを砕かんと襲い掛かる。

 

「デルフ!吸い尽くしなさい!!」

「イヤホゥ!任されたぁ!!」

 

 デルフに声をかけながらもカリーヌの魔法の強さが分かるのかナツミ自身も蒼い奔流を放ち身を守る。そして、いつになくテンションの高いデルフがナツミの期待通りにその身に宿る能力をフルに使い、相棒たるナツミの身を守る。

 

「なっ!?」

 

 カリーヌは思わず目を剥いていた。手加減無しの自分の魔法に対し、目の前の少女が拮抗していたからだ。

蒼い奔流とエア・ストームが互いを食いつくさんとぶつかり合う。その余波だけで服が裂け、肌に傷が増えていく。

 

「くぅ……」

 

 ナツミも今まで戦ったこの世界の魔法使いを基準にしていたため、カリーヌの規格外の力に思わず焦る。

 そしてカリーヌと同じくナツミの体も余波で傷を負う。

 その拮抗を破るのはデルフの力、魔法を吸い込む力がエア・ストームの威力を時間を追うごとに削いでいく。

自らの魔法の違和感を感じ取ったカリンは僅かばかりの逡巡も見せずにエア・ストームだけをナツミに叩き込み、自身は後方へと飛び退いた。

 その直後、エア・ストームはそよ風のように吹き消されてしまう。

 

 

 五メートル程の距離を持って二人は睨み合う。

 ナツミはとりあえず自分を襲う敵として、カリーヌはトリステインの重鎮の夫やかつての自分の力を恐れるレコンキスタの手の者だと考えて。

 あたりの空気がまるで放電するかのようにぴりぴりとした緊張感が辺りを包む。本来この城を守る衛兵もルイズの上の姉のエレオノールも次元が違う戦いを見ていることしかできない。

 限界までの張りつめた空気の中、ナツミの足が僅かに動く。それを見たカリーヌが密かに唱えていたフライを使い近接戦を挑む。ナツミもそれを迎え撃つべく、もう一つの相棒サモナイトソードを抜き放つ。

 そして、

 

「打ち砕きなさい光将の剣」

 

 

 

「シャインセイバー!!!」

「「っ!?」」

 

 二人の間に光り輝く聖剣が突き刺さり、刺さった場所が爆発し、土煙が辺りを覆う。

 

「ふっ!」

「はぁっ!」

 

 二人は驚きに一瞬ではあるが体を強張らせるものの、風と蒼い奔流、それぞれの力で土煙を吹き飛ばす。

 すると、そこには……

 

 五本の聖剣を従えたルイズが腰に手を当て、ナツミとカリーヌを順番に睨みつけていた。

 

「二人ともそこまでよ」

 

 ……ナツミはともかく、カリーヌを睨んだルイズはちょっぴり震えていたのはご愛嬌。

 

 

 

 

 

「ふぅ、なるほど……よく分かりました」

 

 ルイズの実家の中庭に圧倒的なまでの魔力を漲らしていたカリーヌがそう言って、戦闘状態を解除する。

 持ち主の命あらば即座にその命を成すであろう魔力も風となってあたりに溶けた。

 それと同時にナツミもデルフとサモナイトソード、二振りの剣をデルフは背中に、サモナイトソードは腰にそれぞれ納めて、闘気を霧散させる。

 

「その娘がアルビオンの手の者ではなく、ルイズの使い魔であることは分かりましたが……どうしてこうなったのですかルイズ?」

 

 カリーヌの言葉にルイズはびくぅっとまるで叱られた子犬のように竦み上がる。

 先程は緊急事態故になんとか精一杯の虚勢を張って場を収めたが、冷静になってみるとあの母になんてことをしてしまったのかという恐怖が襲ってきたのだ。

 

「い、いえワイバーンは騒動になるから直接は来ないように私は言ったんですが……」

「言ったんですが?」

「そ、そのナツミがそれを忘れてしまったみたいで……」

 

 ルイズがそこまでなんとか説明し終えると今度はナツミの方にじろりと視線を移す。

 

「あ、そう言えばそんなこと言われたかも」

 

 並みの使い手であれば失神しても不思議では無い程の眼力を受けてもナツミはけろりとしている。威圧感と言う感覚なら最高位の召喚士やら、魔王やらと小細工無しで正面からぶつかり合ったため、ナツミはよほどの威圧感でもないかぎり脅威に思わなくなっていた為だ。

 だがルイズは違う。

 自身の使い魔があっけらかんと放った言葉に反応し、母カリーヌはまるで物理的とも思える威圧感を放ち、それがルイズに圧し掛かっていた。だらだらと冷や汗がルイズの背中を流れる。

 カリーヌは無言ではあったがその瞳が雄弁に語っていた。

 

―使い魔の躾は主がして当然―

 

 これからの事を思いルイズは心の中で滝のような涙を流していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ルイズを変えた人

 

 凛々しく自分とそして彼女の母であるカリーヌの戦いを終わらせたルイズが突然がたがたと震えるのを見て、只事ではないとナツミは二人の間に割って入ろうと足を前へと出す。

 だが、それは徒労に終わる。

 中庭の大扉が大きな音と共に開かれて、桃色の風が飛び込んできたのだ。桃色の髪はナツミ、ルイズよりも年上の美しい女性。女性は腰がくびれたドレスをこれ以上ないほど優雅に着込み、頭には先ほど桃色の風と見誤った煌めく桃色のブロンドが眩しいまでに輝いていた。

 女性はルイズを見るとまるで輝くような、喜しか見いだせない純粋な笑顔を見せた。

 

「まあまあ!ワイバーンが見えたから来てみたんだけど、なんて大きいのかしら」

 

 まるで子供ようにはしゃぐ女性。

 

「カトレア」

「ちいねえさま」

 

 女性はルイズの二番目の姉。まるでルイズをそのまま成長させたようにそっくりな容姿をしている。性格と胸はまるで違うが。

 

「あらあら、これがルイズが話していた使い魔さんのワイバーンね!想像していたよりもずっと大きいわね」

「カトレア!離れなさい!」

 

 ナツミに対する警戒を少しは緩めはしたものの、烈風とまで言われた自分と対等に渡りあったナツミの実力は無防備を晒していいものではない。カリーヌはまだナツミへの警戒を完全に無くしたわけではなかった。

 そんな者が従えるこれまた規格外のワイバーンに、幼少から体が弱く、姉妹の中でもとりわけ愛情を注いだ娘が近づこうとし、普段では考えられないほどの慌てた声をカリーヌは張り上げる。だが、ナツミへと注意力を割いていた彼女に、とっさにカトレアの元に行くほどの余裕はなかった。

 ワイバーンは己に近づく人間にその人間の胴体ほどの牙が乱立する頭部をゆっくりと近づける。

 カリーヌがはっと息を呑んだ瞬間。

 

「まあ、人懐っこいわね。よしよし」

 

 カトレアの目の前にその頭をワイバーンは差出し、カトレアはそれを見て嬉しそうに鼻の頭を撫でてやる。

 ワイバーンも表情にこそ現れてなかったがカトレアに撫でられたことにナツミに抱くそれに近いほどの安心感を抱いていた。

 

「あらあら、ご主人様と同じくらい思ってくれるのは嬉しいけど、ご主人様に悪いわよ?」

「guuul」

「人の言葉が分かるの?」

「gul」

 

 なぜかカトレアはワイバーンの心中を察し、ワイバーンは人語が分かるので会話が成立するという不思議な現象が起こっていた。

 一触即発とまではいかないものの、それなりに緊張感があった中庭の空気も、一人と一匹ののん気過ぎる会話(?)を前に完全に霧散する。毒気を抜かれたのか、カリーヌは溜息を一つ吐き肩の力を抜く。

 

「はぁ、もういいわ。ルイズ、そのワイバーンは暴れたりはしないのね」

「は、はい」

「なら中庭に置いたままでいいわ。これ以上騒いでもしかたないわね。ルイズ、夕食までは大人しくしておきなさい」

「は、はいわかりました」

 

 そこまで言うとカリーヌは自らのドレスに付いた汚れを軽く払い、城内へと向かって行く。

 

「ルイズの使い魔さん。貴女も夕食には参加なさい。……服は着替えなさいね」

 

 最後に横顔が見える程度に振り向き、ナツミへと声をかける。そこには使い魔に向ける表情ではなく、自らが認めた戦士への賛辞が込められているようにナツミには感じた。

 

 

「はああああぁああ、こ、怖かった……」

 

 カリーヌが視界から居なくなった瞬間ルイズはぺたんとお尻を地面に付ける。

 

「どうしたのルイズ?」

「大丈夫ですかミス・ヴァリエール」

 

 ルイズが生まれたての小鹿のようにプルプルと震える様子に、ナツミとワイバーンから降りたばかりのシエスタが何事かと近づいてくるが、まさかルイズもお母さんが怖くて腰が抜けました。などと恥ずかしすぎる事をいえるはずもない。

 カリーヌは普通の母親と言うカテゴリーに収まる人間ではないが。

 

「う、な、なんでもないわよ。ちょっと、そ、その貧血よ。貧血」

 

 とりあえず自らの最低限の誇りを守るために小さな嘘を吐くルイズ。

 

「え、大丈夫?」

「なら早く中に入りましょう。夏の風と言っても当たり過ぎると体に悪いですし」

 

 そんなルイズの嘘を真っ向から信じるナツミとシエスタ。二人の純粋すぎる瞳に良心が切り刻まれるのをルイズは感じていた。

 

「っ!?(こ、心が痛いわ……でも正直に言ってもそれはそれで痛いし……うぅ)」

 

 突然胸を押さえて呻くルイズにより二人が心配するが、それはより一層ルイズの良心を苛む。一種の拷問だ。

 

「あらあら?どうしたのルイズ?」

「……ひ、貧血です。ちいねえさま」

 

 カトレアがワイバーンのひとしきり愛で終えたのか、俯くルイズの元へやってきてルイズを心配そうに声をかける。そして再び嘘を吐く羽目になるルイズ。

 頑張ってナツミとカリーヌの怪獣大決戦を食い止めた自分に何故このような苦難が訪れるのか、ルイズは再び心で泣いていた。

 

「大丈夫?早く中に入りましょう。えっとどちらかルイズを連れてきて貰えるかしら?」

「あ、じゃあ私が……ほぃっと」

「わあああ!?な、なななななな」

 

 カトレアに促され、ナツミはルイズを軽々と持ち上げる。所謂お姫様抱っこで。

 流石のルイズもそんな恰好で持ち上げられるとは思っていなかったのか、恥ずかしさのあまり大声を出してしまう。

 

「なななナツミ!ほ、他の運び方があるでしょ!!背中でおぶるとか!」

「いや、ないわよ?だって背中にはデルフがいるし」

「先客してるぜ」

「溶かすわよ」

「やめてよ。結構役に立つのよ?ねデルフ」

「溶かすのは勘弁してほしいなぁ。最近、楽しいし」

 

 口では嫌がるもののナツミの腕の中に素直に収まりながらルイズはデルフと口喧嘩を始める。存外にまんざらでもないようであった。

 ナツミもデルフを溶かすと物騒なことを言ってはいるもののそこに本気にした様子は無い。いつものことと涼しい顔だ

 そんな三人(?)をカトレアは微笑ましそうに眺めているのであった。

 

「……良い友達ができたみたいね。本当に良かった」

 

 魔法が全くできなかったルイズは小さな頃からカトレアにべったりであった。母や上の姉からは口煩く、魔法の訓練を言いつけられ、父は優しかったものの社交界や他の貴族との園遊会で忙しく中々家には居なかった。

その中で唯一自分に構ってくれる下の姉のカトレアに一番懐いていたのだ。

 そんなルイズが魔法が出来ないという劣等感を抱えて、トリステイン魔法学院に入学。最初こそ体が弱く魔法学院に入学することができなかったカトレアはルイズを羨ましいと思っていたが、去年の夏休みに帰って来たルイズはどこか様子がおかしかった。

 別にカトレアにべったりなのはいつものことだが、ある一点、奇異なところがあったのだ。

 それは

 ―友達の話をしない―

 ことであった。初めての同い年に近い者たちの寮生活なら必ずあって然るべきな話をルイズはしなかった。彼女達の姉のエレオノ―ルが学院に入学して初めての夏休みにはそれはもう毎日のように友達の話をしていたはずなのに。

 その時は何故、友達の話は無いのと出来る限り優しく聞いたところ、勉強に忙しいと俯きながら答えるルイズにそれ以上の事が聞けず。胸が張り裂けるほどの悲しい気持ちを抱いたことを覚えていた。

 だから、今年の夏休みで帰ってくるルイズをことさら心配していたのだが、それは杞憂であった。夏休みに入り、なぜか当日に帰って来たルイズはもう喋る喋る。

 カトレアに召喚した使い魔の少女の事や、無口なガリア人の友達、ゲルマニアであのツェルプスト―に連なるライバル、最近よく一緒にいる平民の少女など、去年は終ぞ口に出さなかった友達と呼べるような人達の名前が次から次へと飛び出し来るのだ。

 ある意味予想が裏切られた形となってカトレアは大いに喜んだ。

 その頬笑みを見たルイズは自分の話が面白いのだと勘違いして更に話す。そしてカトレアもそんなルイズを見てより一層頬笑みを深くしていた。そしてその会話の中で頻回にそしてルイズが変わるきっかけを与えてくれたのが、おそらく使い魔として召喚してしまったナツミという少女だとカトレアは感じていた。

 ルイズは気付いていないだろうが、今ナツミに抱かれているルイズの表情はカトレアと話をしている時と同じものであった。つまりそれほどの信頼をナツミに置いているということでもあった。

 

「ふふ、ルイズ。あんまり使い魔さんを困らせてはダメよ?」

「あ、あぅ」

 

 身内、しかも大好きな姉に醜態を晒してしまい首筋まで真っ赤にして俯いてしまうルイズ。

 

「このままだと使い魔さんの腕が疲れてしまいますわ。とりあえず私の部屋に行きましょうか」

「あ、はい」

 

 ナツミの返事を聞き満足そうにカトレアは頷くと自らの部屋へ三人を案内するのであった。

 

 

 

 

 

「どうぞ。ああルイズはベッドに座らせてあげて下さい」

「分りました、どうしたのシエスタ?」

「あうう、あのあの。平民のわたしがこんなところにいていいいいいんでしょうか!?」

 

 カトレアに言われるままにルイズをベッドに座らせたナツミは、シエスタがいつぞやの時のようにプルプルと高振動しているのを見て、疑問の声をあげる。

 

「なんで?」

「なんでって……だ、だって貴族様の部屋だよ?気になるよ!」

「いやルイズの部屋には良く来るじゃん?それに女王様の部屋だって入ったことあるでしょ?」

「全然違うよ!ミス・ヴァリエールとは良く話すし、女王様の部屋とは比べないでよ。そ、それに熊とかいるよ」

 

 よく話すというか最近仲の良いルイズやタバサとは普通に話せるが、流石にこんな大きい城のご令嬢とあっては平民根性が骨の髄までしみ込んでいるシエスタには少々荷が思い。ってか何故かカトレアの部屋には熊だの犬、猫など多くの動物が寛いでいた。

 

「?ワイバーンの方が暴れたら大変だよ」

「……それもそうだね。じゃなくて、こういったお屋敷には使用人の専用の部屋があってね。普通、わたしみないな平民は……」

「そんなに怯えなくてもいいですよ?ルイズの部屋みたいに寛いでくれればいいわ……っ」

 

 シエスタの言葉を遮ってシエスタの怯えを取ろうとしたカトレアだが、突然体がぶれてよろめく。

 そのままなんとか倒れまいと足に力を込めていたカトレアだったが、その抵抗も空しく。地面に吸い込まれるように倒れ込みそうになる。

 それを見たナツミが咄嗟に駆け寄り、カトレアを抱き止める。

 

「大丈夫?」

「……あ、ありがとう」

 

 慌てすぎたためかナツミは敬語をすっかり忘れていた様子だが、もとよりそんなことは気にしないカトレアは素直に礼を言う。

 

「もしかして、ルイズの体が弱い方のお姉さんって貴女ですか?」

「え、ええ。そうだけど」

 

 ナツミのオブラートに包まない言葉にカトレアは苦笑する。

 ヴァリエール家、次女。カトレアは生まれつき体が悪かった。数々の秘薬、高名な水のメイジ、いずれも彼女の病気を治すには至らなかった。多少歩いたりすることはできたが、突然体が不調を訴えるため、寮生活を送らねばならない魔法学院にすら入学できなかった。家柄も容姿も性格、魔法の才能も人から羨まれる程に優れていたカトレアであったが、唯一健康だけは優れていなかった。

 故にヴァリエールの領地からほとんど離れぬこともできずに過ごしていた。

 幾ら家柄が良く、他が優れていても体が悪く、下手をすれば子すら生めぬ女は要らぬとばかりに嫁ぎ先さえ見つからない。そんな娘を不憫に思った現ヴァリエール当主である父が領地を与えてくれたが、それで彼女の心が満たされることはなかった。

 誰もかれもが、自分に気遣う言葉をかけてくれる。あるいは思ってくれてる。聡い彼女にはそれがどれだけありがたいことだとは分かっていたが、線を引かれているようでどこか嫌だった。

 だが、ナツミは事も無げに自分の事を病気ですかなどと聞いてきた。それがなにかくらいあっさりと。捉えたかたによっては失礼と捉えかねないそれがカトレアにとってはひどく珍しい物に見えていた。

 

「ナ、ナツミ……」

「いいのよルイズ?ホントのことだから」

 

 ナツミの言葉に顔を顰めるルイズをやんわりとカトレアは抑える。

 

「ええ、ごめんさない。せっかくお部屋まで来て頂いたのに、ルイズが自慢していた貴女のワイバーンを見て少し興奮してしまったの。思ったよりもずっと大きいから。それに風竜よりも早く飛べるって聞いたわ。乗ってみたいわね」

「じゃあ乗ってみますか?」

「いいの!って無理ね。どうも最近また調子が悪くて……ごめんなさい」

 

 ナツミの誘いに喜ぶも、自分の体調を考えて残念そうにカトレアは肩を落とす。ルイズはそんな姉を見て悲しそうな顔をすると、ナツミへと視線を移す。

 ナツミの召喚獣ならもしやと思ったのだ。だが、召喚術を秘匿せよ枢機卿と言われている為、それを口にすることはしなかった。

 

「ああ、そうか。じゃああたしがお姉さんを治しますよ」

「ってあんた!」

「どうしたの?ルイズずっこけて」

「だから、いいの?その一応秘密でしょ?」

「いいわよ?別に。ルイズのお姉さんを救える方法があるのに救わないなんてあたしにはできないし、それにこれでもし怒られたら暴れちゃうよあたし?」

 

 あっさりとルイズが葛藤した問題を吹き飛ばすナツミ。

 最後こそ冗談めいた感じでしゃべっていたが、前半の言葉にはルイズにとって嬉しいまでの真剣さが込められていた。

 流石に暴れられるのは嫌だが、自分の姉をそこまで思ってくれたナツミにルイズはもう数えきれない恩がまた増えたと困ったように苦笑した。

 

 

 

 ナツミの魔力に呼応してカトレアの部屋に光が満ちる。

 部屋の動物達もその幻想的な光景を大人しく見守っている。

 

「こ、これは……?」

 

 聞いたこともない現象にカトレアは心底驚くが、温かいその光からは危険など感じず、むしろ安らぎを感じる程だ。そして彼女の動物達もその光に包まれ、気持ちよさそう目を細めている。

 それを見て、危険が無いとカトレアは何故か確信した。

 

「カトレアさん。今から貴女の体を治します」

「……」

 

 蒼い光に包まれたナツミの視線がカトレアを射抜く。失敗は許されない為ナツミは全力に近い出力で魔力を放出する。幻想的な光景にカトレアは声も出せなくなっていた。

 それを見てナツミは素性が知れぬ自分が言うことを信じられないからだと判断した。

 

「あたしを信じて下さい。絶対に治しますから」

 

 もとよりカトレアはハルケギニアで試せる治療はないと言っても過言ではないほどの治療を受けて来ていた。

 諦めはとうにできていた。ならば、

 

「使い魔さん貴女の名前を聞いてもいい?」

「え、はい……あたしはナツミです。誓約者ナツミ」

「ナツミ……貴女を信じます。お願いします」

 

 信じられる。この子なら、ルイズにあれだけの笑顔をくれた素敵な人ならきっと自分も救ってくれる。

 もう何年もすることが無かった期待を胸にカトレアは目を瞑る。

 

 

「おいで、聖母プラーマ」

 

 霊界にて全てを包み癒し尽くす聖なる母がナツミの魔力により顕現する。

 

「ルイズのお姉さんを癒してあげて……奇跡の聖域」

 

 

 呟くように祈るように凛とした剣が打ち合うような声が辺りに染みる。

 次の瞬間。

 眩いばかりのしかし瞳を焼くことが無い光がカトレアを包むように抱く様に包み。やがて部屋そのものが光に飲まれた。

 

 

 

 あれからルイズの実家は蜂の巣を突いた様な大騒ぎとなっていた。

 いきなり溺愛する娘が泊まる部屋の周囲が眩く輝いたのだから当然だろう。

カリンやエレオノ―ル、父が慌てて駆けつけ、ノックする間も惜しんで中に入るとカトレアが不思議そうに首を傾げて、何度も手を握ったり開いたりしている。そして何を思ったのかその場でぴょんぴょんと飛び跳ねたりと普段では考えられない行動をしているではないか。

 

「カ、カトレア?」

 

 家族を代表するようにカリーヌが声をかけるが、カトレアはそれには気付いた様子はなく、未だに体の様子を確かめる様な動きを見せていた。

 そんなカトレアの脇に先程自分と死闘を演じた末娘の使い魔が立っているのを遅ばせながら認識するとカリーヌは思わず怒鳴ろうと息を大きく吸い込んだ。

 

「あなた……っ」

「体が軽い!これ本当にわたしの体なの?」

 

 だが、それは次女であるカトレアの思ってもみなかった声に遮られた。

 

「ふぅ、とりあえず完全に治ったと思います。もしまだ変なとこがあったら言って下さい。一応これ以上の治療法もあるにはあるんで」

「まぁ。こんなすごい魔法以上のものがあるの?貴女は一体……」

「ま、それはおいおい説明します。今は……」

 

 今にもナツミの秘密を知りたいと、瞳をキラキラさせているカトレアをやんわりと後からと告げて、ナツミは 視線を部屋の入り口で話に付いていけずに佇む三人に向ける。

 

「……どういったことか説明して貰えるかしら?」

「は、はい!ナツミが……」

「貴女には聞いていないわルイズ。私は貴女の使い魔に聞いているの」

「ご、ごめんなさい」

 

 鷹のような射抜く視線にルイズが縮こまり、その視線をナツミに移すカリーヌ。

 

「えっと、カトレアさんの病気治しました」

 

 …………。

 あまりにもあっさりと言った為、辺りに静寂が広がる。

 

「「はあああああああ!?」」

 

 そして一瞬の間の後、ヴァリエール公爵とエレオノ―ルが馬鹿みたいに口を開けて驚きの声を張り上げた。

しかし、一人だけその輪に加わらない者が居た。それはカリーヌその人だ。

 

「貴女、まさか冗談で言ってるわけじゃないわよね」

 

 中庭での戦闘に匹敵、あるいはそれ以上の殺気を全身に纏い、カリーヌはナツミを睨みつける。もし、この場にカトレアが居なければ即座に首を撥ねても不思議ではないほどの殺気だ。

 まるで空気は帯電したかのようにビリビリと震え、彼女の夫ヴァリエール公爵も長女エレオノ―ルもがたがたと震えている。ナツミはその視線を真っ向から受けているにも関わらず、普段の態度を崩さない。

カリーヌが激高している理由はもはや家の皆が諦めかけていたカトレアの病気を治りましたと軽々しく言ったことだ。

 どんな病にも効く秘薬、高名なメイジでも終ぞ治ることのなかったカトレアの病。ちょっと腕が立つ程度で治したなどと言ってカトレアをあんなに期待させ裏切るようなら。

 

「もし、治っていなかったら首を撥ねるわよ」

 

 カリーヌの言葉は静かにしかし、遠くから鳴り響く遠雷のように危険を孕みながら、カトレアの部屋に染み渡った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 母

 

 

 

 竜籠で高名な水のメイジの医者が何人も呼ばれ、カトレアの診察を入れ代わり立ち代わり診察を行なっていく。

その中には実際にカトレアの治療を行った者も含まれていた。

 そもそもカトレアの病は悪いところの水の流れを良くして治しても、今度は別の場所が悪くなるという対処療法しか現状とれる手段がないという厄介極まりない物であった。

 

「?」

 

 だが、カトレアの診察を行った医者達は一様に首を傾げている。いくら水の流れを調べても体に異常がないのだ。むしろ健康そのもので、体が悪かったのは何かの間違いだったのではと思われる程、申し分ない水の流れであった。敢えていうなら診察が長時間に及んだためか多少疲れている位である。

 おっそろしい目つきでカトレアの診察を監視(本人は見守っているつもり)しているカリーヌからの圧力に耐えるのも流石に限界だったので医者達は診察の結果をカリーヌへと告げる。

 もちろん内容は異常ありません、お嬢様は健康そのものです。と、

 

「本当ですか!」

「本当です」

「本当に本当ですか!」

「本当に本当です!」

 

 …………。

 鬼気迫るカリーヌとそれを否定する医者との間で永遠と同じ言葉が繰り返されたが、最後はカリーヌも喉を枯らせながらもようやく理解するに至った。初めは何かを堪えるように体を震わせていたカリーヌも、やがて我慢の限界に達したのか、普段は鉄仮面のよう変わらない表情も嬉し涙で溢れ、三姉妹も泣きながら抱き合った。

 ヴァリエール公爵も抱きつこうとしたが、同じく抱きつこうしたカリーヌに吹き飛ばされながらも笑顔を辞めなかったりと、嬉しい意味で大騒ぎになった。

 急遽、夕飯が仮の快気祝いとなり、使用人達も大忙しとなったものの、優しいヴァリエールの次女であるカトレアの回復を心から祝い腕を振るっていた。そして、ナツミはせっかくの快気祝いなら、家族水入らずが良いだろうと言うことでシエスタとともに使用人達と夕食を共にしていた。

 というかカリーヌはナツミの存在をすっかり忘れていたし、あまりにいつもと違いすぎる母にカトレアとルイズもナツミの事を言うタイミングをすっかり失していた。

 

「いやぁ、ほんとにめでたいぜ!カトレア様が元気になられてほんとに良かった!」

「ああ、まったくですね!」

 

 使用人達にはヴァリエール公爵から祝いとして多くの酒が振る舞われ、普段は飲むことのない上質の酒を飲み、使用人達も、気持ち良く酔っ払っていた。

 

「ほら、嬢ちゃん達も飲みな!こんな酒、次にいつ飲めるか分からねぇぞ!?はっはっは!」

 

 ナツミがカトレアを治したと知らない使用人はばんばんとナツミの肩を叩きまくる。

 

「ぶほっ!?あ、あの口に物を入れてるとき叩かないで下さい……」

 

 ちなみにナツミはお酒を勧められたものの丁重に拒否していた。

 名も無き世界では未成年の飲酒は禁止されていたし、リィンバウムでは酒を飲む余裕などなかったため、お酒を飲む習慣が無かったためである。

 だが、

 

「あはあは、あははははは!!このお酒おいしいれすね!」

 

 ナツミは突然笑い出すシエスタを見て、ぎょっとした顔をする。

 ナツミの隣にいたシエスタは違った。タルブ村は良質な葡萄の生育に適した地域で、さらにその葡萄から良質なワインを生産する産地として有名であり、シエスタの家も葡萄を育てていた。故に彼女は昔からお酒を飲む習慣があった。

 ナツミにとってシエスタは弟子であり親友でもある大切な、それこそフラットのメンバーと比べても遜色がないほど大事に思っていたが、酒を飲んだシエスタは別であった。なんというか、彼女は酷い酒乱なのだ。

 思わずナツミがタルブの村でのシエスタの酒乱ぶりを思い出している間に、とうの彼女はついにラッパ飲みまで始めていた。

 

「ああ!シ、シエスタ!それだけは止めときなさい!!」

「ぐび、ぐび。ぷっはあああ!!……ん~」

「シ、シエスタ?」

「ナツミちゃんって肌が綺麗だねぇ」

 

 座った目つきでシエスタはナツミをじろじろと見やり、おっさんみたいな事を言い出す。

 

「あはは……ありがと」

「体もすっごく細いよね~」

 

 そう言ってシエスタはナツミに抱きついてくる。

 可愛い女の子が抱きつく光景にヴァリエール家の使用人の男性が羨ましそうな顔をしていたが、はっきり言ってナツミには迷惑以外の何物でもない。というか息が酒臭い。流石にそれを面と向かって言うのは憚れたが。

 

「ってか何処触ってんの……!シエスタ」

「おっぱい」

「は、離れて!」

 

 もはや酒乱セクハラメイドと化したシエスタを無理矢理引きはがそうとするものの、武器を握った状態ではないナツミとシエスタでは普段メイドとして肉体労働しているシエスタにやや軍配があがる。

 

「どこ行くの~?」

「っ外に出るわよ」

 

 そんな光景を食い入るように見る男性陣の視線に耐えかねたナツミはシエスタを引きずるようにして、使用人用の部屋からなんとか脱出する。

 

「う~もう!シシコマ!獅子奮迅」

「うわっ!?」

 

 廊下に誰もいない事を確認するとナツミは憑依召喚で身体能力を強化し、シエスタを抱えあげると風のようにその場を去った。

 

 

 

 

「はぁ~やっと静かになったよ……」

「くか~」

 

 ヴァリエールの城の屋上でナツミはそう言って一人ごちた。

 ナツミの肩に頭を乗せて先程までセクハラを試みようとしていたじゃじゃ馬娘シエスタも今は酔いがすっかり回り、眠りについていた。そんなシエスタを見て軽く苦笑すると、とりあえず肩が痛くなってきたのでプニムを召喚してしばらく頭を支えてもらう。

 

「ふ~肩が凝っちゃった」

 

 ぐりぐりと肩を回し、肩を解しながら、ナツミは屋上の縁に腰を乗せて、夜空を見やる。

 双月が重なった今晩は、大きさはともかく、故郷である名も無き世界を思い出させる。

 それにシエスタ、ルイズと二人の家族団欒を見ていると、ホームシックとは言わないが懐かしさが込み上げてくる。

 

「どうした相棒?また昔の事を思い出しているのか?」

「まぁね。……それにしても良い月ね」

 

 ナツミの様子にデルフが気にかけたような声をかけるが、ここ最近は何かと忙しく、懐かしさはあっても悲しさは何故かあまり感じていなかったため、軽く微笑んだ。月の儚さと凛としたナツミの様子はこれ以上無い程に似合い。まるで物語の様な荘厳な雰囲気を辺りに滲ませている。

 そのまま、しばらく昼間の熱を宿した夏の夜風を浴びていると、突然背後に別の風が舞った。

 

「ここにいましたか」

「……ルイズのお母さん?」

 

 杖を振って体に纏った風を霧散させると、カリーヌはナツミへと歩み寄る。

 

「どうしました?こんな夜中に、部屋にいるものとばかり思いましたよ」

「あはは、ちょっと友達が酔っぱらっちゃって、酔いを醒まさせてました」

「そう……」

「えっと、どうしました」

 

 なんでかまでは分からないが、カリーヌは戦いと先と同じくらい気を張っている様であった。ナツミは戦闘状態まではいかないが、体の各部に力を入れて、なにが起こっても取り敢えず対処できるようにはしておく。

 

「こ、これから、い、言うことはヴァリエール公爵夫人として言うことではありません」

「はぁ」

 

 頬を染めて、視線を泳がせながら、たどたどしく喋る様子はルイズとそっくりなカリーヌ。

 

「ごほん!……この度は娘のカトレアの病気を治して頂き、ま、まことにありがとうございます。明日正式にヴァリエール公爵……夫から礼をすると思いますが、こ、これは一人の母として礼です」

 

 まるで学芸会に初めて駆り出された少女の様にカリーヌはカチカチに緊張しながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

「いや、ルイズはあたしの大事なご主人さまですし、当然ですよ」

 

 大人にそこまで畏まられると逆に困ってしまうナツミ。

 だが、そんなナツミにお構いなしに、カリーヌはすぅと意を決したかのように息を吸い深々と頭を下げた。

 

「……そ、それでもです!ほん、とうにカトレアを助けて……く、くれて、あ、ありがとうございます……っ」

「そこまで思われてるなんてカトレアさんは幸せものですね」

 

 頭を下げるカリーヌの足元は雨でない温かな滴で黒い染みを作っていく。それはまるでカリーヌの心を暗くさせていたものが飛び出しているようにナツミには見えた。

 泣き続けながらも、カリーヌの心は温かなもので満たされいく。

 カトレアの病に心を痛め、辛く当たる事しかしなかった末っ子のルイズの使い魔が、その原因を取り除くとは誰も夢にも思ってもみなかった事だ。

 あえて、彼女は口にしなかったが、この感謝の言葉にはナツミがルイズの憂いを払ったことも含まれていた。

 

「ほんとうに……う……あ、ありがとう……ひっく、」

 

 大きな劣等感を抱え、心を歪ませてしまった末っ子と、病気により体を蝕まれた次女、二人の娘を、何年かかっても母なるカリーヌが癒せなかった二人の娘を救い、癒してくれた優しい少女に心の底から頭が上がらないカリーヌ。

 そんな内心をバレないようにと頭を下げ続けるカリーヌを見て、泣き顔を隠しているとナツミは誤解する。

 そして、ルイズもよく泣いている事を思い出したナツミは、やっぱり母娘だなと思ったのはここだけの話である。ナツミは知らない、自身が成したことがただ少女や女性を救っただけではなく家族そのものを癒したことを。

自然に他者の歪みをひいては世界の歪みを癒す、それがナツミが誓約者(救世主)として選ばれた本当の理由なのかもしれない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 騎士女と忍者娘

「そうですか…ヴァリエール公爵の娘の病が治りましたか」

 

 カトレアの病気が治って数日、ハルケギニアの某所で呟く男がいた。

 

「……ちっ、これで虚無の力で娘を治すと言ってこちら側に引き込む策がおじゃんだぞ!」

「まぁまぁ、そう荒れずとも」

 

 高価そうな服を着た男が苛立つように机を激しく叩く。それを宥めるもう黒尽くめのローブの女性。

 

「これが荒れないでいられるか!!ヴァリエールの使い魔の娘が操るワイバーンはそちらにとって脅威なのだぞ!!ヴァリエールをこちらに引き入れられれば、ワイバーンをこちらに、仮に悪くても暗殺が容易になったはずだ。だがこれではあの使い魔と正面から戦うのだぞ!……それともなんだ神聖アルビオンにはあれをなんとか出来る策があるのか!!?」

 

 どうやら荒れた男と相対するもう女性はアルビオンの手の者であったようだ。

 

「まだ確約はできませんが、ガリアの協力が得られそうです。トリステインがアルビオンに侵攻するその隙をついてガリアの両用艦隊が王都トリスタニアを攻めれば……」

「な、何!?が、ガリアの協力が得られるのか!?だがそれだけであの使い魔……待て、そうか!アルビオンの侵攻作戦にあれほどの力を持つヴァリエールの使い魔が同行しないわけがない、確かにそれならら……!」

 

男は女性から提案された策を自分の頭でシュミレーションし、その策の成功率を叩きだすと自らの顔に喜悦の表情を張り付ける。

 

「ご満足していただければ幸いですわ。……リッシュモン様」

 

リッシュモンの表情を見た黒いローブの女性は、リッシュモンが浮かべているよりも更に暗く深い笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「アニエス・シュバリエ・ド・ミラン、参上つかまつりました」

 

 アンリエッタの執務室に短く切った金髪、強い意志を宿した青い瞳した鎖帷子の女性が入室する。その背のマントには百合をあしらった紋章、王家の印が象られている。

 

「調査の方はどうですか?」

「はい」

 

 鎖帷子の女性―アニエス―はアンリエッタの問いに返事とともに懐にしまった書簡をアンリエッタに捧げた。アンリエッタはそれを受け取り、中を確かめる。

 この女性、アニエスは魔法衛士隊という国の主力を多くをタルブ、先の女王誘拐事件で失った為に、新たに新設された銃士隊という部隊の隊長であった。部隊は女王の警護が主任務という名目で立てられたため、隊員の全てが平民の女性で構成されていた。

 例外はアニエス。元々平民の出の彼女であったが、平民では他の部隊との折衝や、任務に支障をきたすために唯一、貴族の位を与えられていた。

 

「やはり、手引きした者がいるのですね……」

「ええ、わ……」

「わずか五分後ですね」

 

 二人の会話に、アンリエッタの隣で大人しく侍女っぽく振る舞っていたアカネが口を挟む。その言葉にアニエスがきっと鋭い視線を飛ばす。

 

「さらに、その人物は七万エキューに近い、お金を自分の地位を確かなものにするためにばらまいてます」

 

 アニエスの視線に気付きながらもアカネはまるで狐のような笑いを浮かべて更に続ける。

 

「……これほどの大金、彼の年金で賄える額ではありませんわ」

「ええ、貯金を切り崩しても無理でしょう」

「というかアカネいつの間に調べたんですか?」

「これも任務の内です」

 

 大したことではありませんと言外に言いながら、にんにんという謎のポーズをアカネはしている。だが、今度はそこでアニエスが切り返す。

 

「もう一つ情報が」

「なんですか」

「その者の屋敷に奉公する使用人に金を掴ませ得た情報ですが……。アルビオン訛りを色濃く残す客が最近増えたとか……」

「その使用人をここへ」

「……昨日より連絡が取れません。おそらく感づかれ、消されたものかと」

 

 アニエスの言葉を聞き、アンリエッタが溜息を吐く。

 

「これで彼が我が国を裏切っているのは、ほぼ間違いが無いようですね」

「獅子身中の虫ってことですね」

「レコン・キスタは国境を越えたる貴族の連盟と聞き及びます」

「お金でしょう。彼は理想より、黄金が好きな男。彼はお金で国を……、わたくしを売ろうとしたのです」

「とんでもないやつですね」

 

 アニエスとアンリエッタの会話に地味にアカネが合いの手を入れるが、軽く流される。

 

「例の男、お裁きになりますか?」

「証拠が足りません。彼が国を裏切っているのは間違いないですが、証拠をここまで巧妙に消されては難しいでしょう」

「ならば……私めが率いる銃士隊にお任せください」

 

 そこまで言って、アニエスは立ち上がると一礼するとその場を後にする。

 最後にじろっとアカネを睨むの忘れずに。

 

 

 

 アニエスは他の銃士隊の者達と一緒に練兵場で訓練を行っていた。

 元々は魔法衛士隊の為の練兵場だが、衛士隊の半数近くを失ったために、広い練兵場のほとんどが使われなくなったために半分ほどの敷地を銃士隊ように貰い受けたのだ。

 無論文句こそ出たが、女王直属の近衛隊である銃士隊の隊長の位は、規模は違えど元帥にも匹敵するのだ。それに女王の口添えがあれば、多少の無理は効く。

 就任早々に無理を通したくはなかったが、練兵場は必要は必要なので納得させたのだ。

 

「はっ!」

「くぅ」

 

 辺りに、銃士隊の女性の声が響き、銃声が辺りに木霊する。そんな中、アニエスは銃士隊のメンバーの体捌きを指導したりしていたが、何故が辺りをきょろきょろと見やり、少し落ち着かない様子を見せていた。

 

「お待たせ!」

「うわっ!?」

 

 辺りを警戒していたはずなのに突然背後から声をかけられて、思わず驚いた声をアニエスはあげてしまう。アニエスの後ろに立ったのは我らが忍者娘、アカネ。

 

「お、お前いつの間に」

「さぁ、いつの間にやら」

 

 なはは~と執務室では決して見せない笑顔でアニエスをからかう様に……否、からかうアカネ。

 

「ち、相変わらず珍妙な術を使うなお前は」

「もーお前じゃなくてアカネ。せくしぃくのいちって呼んでよ」

「呼ぶか!」

 

 これまたにこにこと笑うアカネに対し、アニエスは舌打ちをする。なんせ見た目こそは底抜けに明るい少女だが、先の執務室でも、そして今アニエスの目の前に居ても気配と言うものが全くと言っていい程無いのだ。

 

「それで何の用?なんか睨んでるから来たけど」

「ふん。久しぶりにお前と手合せしたくてな。というか一応、陛下の護衛だろ離れていいのか?」

「あんたがそれ言う?っていうかさ、気付かれないと思ってるの?常に三人くらい護衛の人つけてるでしょ?」

 

 あれで隠してるつもりなの、と言わんばかりにやれやれと肩を竦めるアカネ。

 

「お前みたいな変態と一緒にするな。普通は気付かん。いいから剣を出せ」

「はいはい」

 

 苛立つアニエスは剣を抜くと正眼に構えアカネを正面に見やる。アカネはメイド服の何処からか刀を取り出し半身に構えた。

 アカネがこの王宮にシオンに放り込まれてから僅か数日でアニエスが率いる銃士隊が正式な近衛隊と相成った。

元々タルブ戦以前から構想はあり、隊員も揃ってはいたが、貴族主義の保守派により近衛隊として認められず、このままいけば立ち枯れと言うところに先の女王誘拐事件があり、それを重く見た枢機卿とアンリエッタにより、保守派も認めざるを得なかったのだ。

 そんな銃士隊の隊長―アニエス―がいまいち気に入らないのが、あとからポッと出てアンリエッタの寝室の警護まで任されているアカネだった。

 

「く、真面目に受けろ!」

 

 アニエスの剣が縦横無尽に振るわれるが、アカネは防ぐ必要もないとばかりに左右、後ろのステップのみで軽やかにアニエスの攻撃を避ける。

 

「ほいっと、ほい、ほい」

 

 アニエスの抗議もそこ吹く風と軽く躱し、それに対して怒りのままに剣を振るうアニエスの攻撃をさらに避ける。

 

(やれやれ、真っ向から剣なんか受けたらむしろ隙だらけだよっと、ってか殺気が籠ってる…殺す気?)

 

 徐々に殺気が籠り始めたアニエスの攻撃を掠らせもせずに避けているアカネ。言葉こそ、軽く言っているが、アカネは彼女の剣の腕自体は高く買っている、だからこそ煽る様な言葉をかけ、挑発することでその太刀筋を読みやすくしている。

 アニエスの剣は実戦形式で鍛えられたものらしく、なんとか騎士団流剣術みたいな型がないので、その時々に応じて剣の振りが変わるので非常にアカネからしても読みにくい。

 

(ち、相変わらず避けるのは抜群に上手い、それに攻撃してこないとは手加減しているつもりか!?)

 

 アニエスの苛立ちは現在進行形でかなり増しているが、別にアカネ自体を否定してはいない。むしろその実力はかなり評価している。それも自分も上回る使い手として。

 こちらが剣を振るう前にすでに回避する先読み、なんとか虚をついても反応できる反射神経、気配を絶つ技術。

そして、

 

「はい、首取った」

「ふん。これで二十連敗か……」

 

 瞬間移動とも見間違えるほどの俊敏さ。アカネの姿が消えたと思ったその刹那にアニエスの首には横から刀が押し当てられていた。その刀の冷たさに自分の状態を即座に理解したアニエスは大人しく剣を腰に納めて溜息を一つ。

 

「相変わらずどんな身体能力してるんだお前は、まったく動きが見えん」

「なはは、秘密~」

 

 先程までの苛立ちがウソのように笑顔のアニエス。

今まで訓練していた自分達を差し置いて女王の傍らで護衛をしているのは思うところがあるが、アカネが自分より腕が立つこと自体には苛立ってはいない。むしろ警護という観点から見れば歓迎してしかるべきことだ。

 それに訓練できる相手がいるのはアニエス的には正直ありがたかった。だがアニエス的にはアカネの軽い……軽すぎる性格だけは頂けない。

 それがアカネを表面上しか見ない宮廷貴族達に大したことはないと思わせ警戒心を減らしているのを知りつつもである。なんせ偶にアンリエッタに対して敬語が抜けるのだ。二人は気にしてないようだが、元々平民のアニエスにとっては心臓に悪い。

 

「じゃああたしはこれで戻るね」

「ああ、付き合って貰って悪かったな、陛下の警護しっかりやってくれよ」

「はいはい」

 

 信頼を込めてそう言うアニエスに対し、相も変わらずの軽い口調で刀を納めてアカネはその場を後にした。

 

「ふん。やはり足音一つせんとは、いい加減なのか真面目なのかいまいち分からんな」

 

 アカネが無音で歩く様子に自身よりも高い練度を持ってることを見せつけられたようで悔しいアニエス。

 アニエスの中でアカネは真面目な本来の性格をわざと軽い性格に見せて相手の油断を誘う強者なのではという疑惑があった。それが、師匠によって本能、反射の域まで刷り込まれただけで、本当に軽い性格だと分かるのはもう少し後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、魅惑の妖精亭の客層が変わってきているという。男性客が来るのはもちろんだが、女性客も多く訪れるようになっていた。

 その理由がトリステインでは今まで見た事もない料理が食べられるという口コミからであった。

 

「この、うどんっての美味しいわねタバサ」

「……もぐもぐ」

 

 褐色の肌にグラマーな少女―キュルケ―が隣の小柄な醒める様な青髪をした少女―タバサ―に同意を求める様に呟く。小麦を紐の様に加工する独特の形状、琥珀色の美しいスープ、そして見た目以上に驚かされる味。

 

「本当ね。食べた事の無い味だけど美味しいわねってギーシュ貴方どこ見てんのよ!」

「痛っ!モンモランシー、ぼ、僕は何も見てないよ!」

 

 キュルケ、タバサと純粋に味を楽しむ二人に対し、ギーシュは際どい店員の少女達の恰好に鼻の下を伸ばすのを目ざとく見つけたモンモランシーがわき腹を抓る。

 

「ギーシュはともかくとして、てっきり女の子の恰好を売りにしてるかと思ったけど、料理も美味しいわね。特に聞いたこともないメニューは今のところ全部当りね。この豚のカクニってのカクニの意味は分かんないけど凄く美味しいわ~」

 

 ギーシュが行きたいと言っていた店だけに、精々が話のネタになれば程度に思っていただけに、料理の美味しさがより際立つ。タバサもシソという聞いたこともない葉がいたく気に入ったのか、さっきからむしゃむしゃと食べている。

 

「そういえば平民と貴族が結構いるわね。これくらい一緒にいると騒ぎも起きそうなものだけど……変ね」

 

 他の国ならいざ知らず、トリステイン貴族派プライドが高いことで知られており、貴族は貴族、平民は平民と酒場では区切られるものだが、この店は効率重視なのかそういったことには拘ってはいないようであった。

 とキュルケが感心している矢先に事件が起こる。

 

「なんだと!席が無いとは何事だ!」

 

 店内に怒鳴り声が響き、店内の客、店員が一斉に振り向くと、ハルケギニアでは珍しい黒髪の可愛らしい店員の少女が貴族達に取り囲まれていた。

 

「我等は、国を守っている貴族だぞ!」

「す、すいません……」

 

 今にも杖を抜きかねない貴族―おそらく王軍の士官―を前に黒髪の少女は身を縮こまらせて怯える事しか出来なかった。それを見かねた、常連の男性客が立ち上がる。

 

「貴族の旦那方。物には順序ってもんがありますぜ?それに旦那方ならもっといい店が似合いますぜ。見ての通りここには貴族の御婦人はいらっしゃいません。旦那方ほどの方々と釣り合うのはやはり同じ貴族ですぜ」

 

 へりくだる様に男性は揉み手をしながら、なんとか店から貴族達を去らせようと、口達者にそう言った。

 その言葉に貴族達は、その通りだとでも言いたげにふんぞり返り、黒髪の少女―ジェシカ―は店を貶められたことに眉を顰めた。

 

「言われればその通りだな。確かに平民の酌では慰みにもならんな」

「ふむ。ん?いや待て、そこにいるのは貴族の娘さん方ではないか」

 

 一時は店を去ろうとした貴族達であったが、マントを着用していたキュルケ達を見つけると、その中の一人、男前な男が、典雅な仕草でキュルケ達に近づいた。

 

「我々はナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴方と食卓を共にしたいのですが。よろしいですか?」

「失礼、友人達と楽しい時間を過ごしているので、遠慮いたしますわ」

「そこをなんとか、曲げてお願い申し上げる。いずれは死地に赴く我ら、一時の幸福を我らに与えてはくださるまいか?」

 

 しかし、キュルケはにべもなく手を振りそれを断った。

 貴族はそれを見て何を思ったのか、ギーシュ達をきっと睨みつける。

 

「な、な、なんでしょう?」

「君達が気を使ってくれないから彼女が困っているじゃないのかな?」

「は?」

 

 突然、意味不明な事を言い出す貴族。

 どうやら、キュルケが友人達に気を使って自分達と飲めないと言ってると思い込んだようである。フラれたことを最初から除外するあたり流石プライドの高いトリステイン貴族。終いにはキュルケとともに食事をしていたギーシュを含む残り三人を摘まみだそうとする。

 

「ちょ、ちょっと……っ!」

「私に任せて下さいジェシカさん」

 

 ジェシカがなけなしの勇気を振り絞って、暴挙を止めようとするが、その行動は、肩に優しく手を置かれることで制止された。

 ジェシカの行動を止めたのは、この世界では珍しいと言うか見る事のない作務衣に身を包んだシオンである。

 

「ちょっと、痛っ」

「モンモランシー!」

 

 乱暴にモンモランシを席から退かせようとする貴族と言うかもはやただの賊みたいな貴族。

 ギーシュが珍しく男気を見せて助けようとした瞬間。

 

「おわああああああ!?」

 

 叫びと共に貴族は突然、店の外まで吹っ飛ばされていた。

 しかも、ただ飛ばされたのではなく、周囲の人、テーブルを一切巻き込まないという凄まじい芸当込みで。

 

「「貴様!」」

 

 残った貴族達は、先まで自分達の仲間がいた場所に忽然と現れたシオンを睨み杖を引き抜く。

 

「っ!」

 

 そのまま魔法をぶつけるつもりだったが、シオンの無言の圧力を真っ向から受けて何も出来ずにいた。

 

「お客様に手をあげられては、こちらとしても相応の対処をさせて頂きます。……できればそのままお帰りになられるとありがたいのですが?」

「ここまでやられて、黙っていられるか!」

「では、店外でここでは他のお客様のご迷惑ですから」

 

 そう言うとシオンは、風と見間違えるスピードで外へ出た。

 そのスピードに、シオンを止めようとしたキュルケも唖然とする。そしてタバサも珍しく瞳を大きく開いて驚きを隠せないでいた。

 

(……まさかとは思いますが、治安を悪化させようとするレコンキスタの回し者ですかね?一応、お話は聞かせてもらいましょうか)

 

 この後、貴族達はシオンに他の誰にも言えないほどの屈辱を体と心に刻み込まれた。

 もちろん、この三人はレコンキスタの手の者では無かったのだが、下手に増長したプライドが招いた自業自得としか言いようがなかった。

 

「ふむ。勘違いでしたか……悪いことをしました。とは言え治めるべき民をいたずらに虐げるのも、女性に乱暴を働く見過ごせることではありません。これに懲りたら二度としないでくださいね?」

 

 にっこりと爽やかに告げるシオン。だが、その忠告を気絶している貴族達は聞くことが出来なかった。

 

「やれやれ……聞いてませんか。……それより、そろそろ計画を実行に移しましょうか」

 

 そう言うシオンは狩る者の瞳で、夜空を仰いだ。

 

 

 

 

 シオンが貴族達をのしていた時分、王宮。

 アカネが手慣れた手付きで紅茶をアンリエッタへと淹れていた。

 

「随分、紅茶を淹れるに慣れたみたいですね」

「ようやくですけどね~。お茶の方が楽でいいです」

「……オチャ、茶葉を酸化させずに乾燥させたものでしたか、元が近い物なら味もそう変わらない物なんですか?」

「う~ん。紅茶よりも大分苦みがありますね。まぁあたしはお茶の方が好きですけど」

「そうですか、是非飲んでみたいですね」

 

 二人はメイドと雇い主とは思えぬ会話を紅茶を飲みながら交わしていた。

 ……メイドと雇い主というのはあくまで表面上の建前に過ぎないにしても、アカネの砕け様子は度が過ぎているようにも見えなくもない。とは言え、本来の生活を損なわせないのが護衛の最上。

 それを分かってやってるのであれば、アカネは相当の実力者であろう。いや、実際に相当の実力者なのだが、普段の彼女を見るに狙ってやってるのかどうかは微妙だろう。

 

「ふぅ、それで女王様。明日本当にやるんですか?」

「ええ、下手に長引かせても益はありません」

「ん~まぁ師匠に任せれば問題は無いとは思います。師匠には連絡しておいたんで、作戦通りに行動すれば大丈夫だと思いますけど」

 

 他愛の話を早々に切り上げると彼女達は明日決行する秘密の作戦について最終確認をする。

 目的はトリステインを裏切る、売国奴のあぶり出しである。その計画を実行するため、ここ数週間でアカネとシオンはアルビオンへの内通者を幾人か捕まえ、あるいは始末していた。

 捕まえた者は、不味い情報を話されては困る輩を見極めるために、始末した者達はアルビオンへの内通を考えている者達の警告にそれぞれ活用していた。

 だが、怪しいとは疑えるものの、尻尾を出さない者も幾人かいた。

 明日決行される作戦はそやつらの見極めと始末が目的だった。

 狩猟において狐とは狩りにくい動物である。頭が良いため、犬をけしかけたり、巣穴を見張っても尻尾を捕まえる事すら容易にとはいかない。

 ならどうするか?

 狐が狩りをする動物と言うことを逆手に取ればいい。獲物を狩っている途中ではさしもの狐も注意が獲物に集中するからだ。ならば、いまアルビオンと手を結ぼうとする者にとって最上の獲物とは何か?

 それは、女王アンリエッタをおいて他にはいない。

 国のトップと言うことも、もちろんあるが、現在の王軍の士気が高いのもタルブ戦に勝利をもたらした奇跡の聖女と言うのが特に大きい。そんなアンリエッタがアルビオンの手に落ちれば、士気が下がるのは当然のこと、下手をすれば裏切ろうかどうかと悩む貴族達がここぞとばかりにアルビオンへと掌を返す可能性も出てくる。

 

「だからと言って、自分が囮になるだなんて……」

「仕方ありませんわ。戦いの最中に裏切られるよりも、今のうちに摘んでおいた方が良いに決まってますわ。多少の危険があろうともね」

「まぁ、確かにそうですね。背後から撃たれる危険があるのに戦いを挑むのは下策ですしね」

「ええ、明日は頼りにしてますわよ。アカネ」

 

 曇りなき信頼が込められたアンリエッタの言葉にアカネは思わず苦笑する。

 苦笑しながらも、アカネは心中でアンリエッタに今まで以上の親近感を抱いていた。なんの疑いも無く、異世界から来た素性の知れない相手を信頼するなど、まるで異世界から来たナツミを無条件に信頼した自分自身のようだ。

 魔王の化身の疑われたのにそれでもなんでかナツミを信じたのだ当時の自分は。それを思い出しアカネは一つに決心をした。

 

(ふ~む。これもカリスマってやつなのかね~。)

「あ~もう!仮とは言え臣下としては承服しかねますよ!」

「アカネ……」

「でも!」

 

 アカネの言葉に曇りかけたアンリエッタの顔に風のような速さで指を突き付けた。

 

「友達として助けるわ……アンリエッタ」

「アカネ……」

「だからって……うわぁああ!?」

 

 だから任せてと格好よく決めようとしたアカネだったが、感極まってアカネの胸に飛び込んできたアンリエッタにそれは遮られた。陰謀渦巻く王宮で、誰が裏切り者なのか確かではない状況で自分を守ってくれるアカネ。

 王族と接する故か、軽い口調ながらも一定の距離を置いて接していたアカネからの友達宣言に溜まっていた不安が一気に爆発したようであった。

 

「ぐすっ、ありがとうアカネ。……あの私もお友達って呼んでいいですか?」

「なははは、両方友達だと思ったらそれだけでもう友達だよ」

 

 遂に敬語まで完全に無くすアカネ。枢機卿やアニエスがいたら卒倒か銃撃もんだが、幸いにもここに二人はいない。

 

「だからあたしに任せちゃって!」

 

 

 こうして翌日、裏切り者である狡猾な狐を狩るための狩りが始まったのだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 狩りの始まり

 

 

 深夜、そろそろ新たな日付になろうとしている時間帯にアニエスは、高級住宅が立ち並ぶ中でも一際豪華な屋敷をどんどんと叩き、大声で来訪を告げていた。

 門に付いた窓が開き、カンテラを持った小姓が顔を出した。

 

「どなたでしょう?」

「女王陛下の銃士隊、アニエスが参ったとリッシュモン殿にお伝えください」

「こんな時間ですよ?」

 

 怪訝な声で小姓が言う。主はとうに寝ているのだ。第一、主はトリステインの重鎮、法務院の長。そんな人物をこんな深夜に何故起こすのか。

 

「近衛隊のアニエスです。急報ゆえに是非とも取次ぎ願いたい」

 

 小姓は半分納得が行かないように首を傾げるも、相手は新設されたとはいえ近衛隊。一平民がどうこうできる人物ではない為、屋敷の中に消えていき、しばらくすると門の閂を外した。そして暖炉のある今にアニエスが通され、しばらくすると寝間着姿のリッシュモンが姿を現した。

 

「急報とな?高等法院長を叩き起こすからには、余程の事件なのだろうな」

 

 見るからに不機嫌に、ふんと鼻を鳴らしながら、アニエスを見下すリッシュモン。侮蔑の視線を隠そうともしないリッシュモンの視線を真っ向から受けながらも、意にも介さないアニエス。

 

「女王陛下が、お消えになりました」

「かどわかされたのか!?」

「調査中です」

 

 慌てながらリッシュモンは顎に手を当てて考え込む。

 

「なるほど、大事件だ。しかし、この前にも誘拐騒ぎがあったばかりではないか!またぞろアルビオンの陰謀か!」

「調査中です。……つきまして、閣下には戒厳令と街道、港の封鎖許可を頂きたく存じます」

 

 その言葉にリッシュモンは苦々しい表情を浮かべるも、腰に差した杖を振り、手元に飛んできたペンを取り、羊皮紙に何事かを書き留める。

 

「貴様ら銃士隊が無能を証明するために新設されたのではないのなら、全力で陛下を探し出せ!……見つからぬ場合には、貴様ら銃士隊全員、法院の名に懸けて縛り首だ。分かったな」

 

 脅す様な言葉と共に羊皮紙を受け取り、部屋から退出しようとするアニエスだったが、ぴたりとその足が止まる。

 

「どうした?まだ用があるのか?」

「閣下は……二十年前の、あの(・・)事件に関わっておられたとお聞きしました」

 

 アニエスの言葉にリッシュモンは、天井に視線を送り記憶の糸を辿り始める。二十年前といえば、国を騒がした。反乱(・・)と、その弾圧位しか彼には思いつかなかった。

 

「ああ、それがどうかしたか?」

「ダングルテールの虐殺は、閣下が立案なさったと聞き及びました」

「虐殺?人聞きの悪いことを言うな。アングル地方の平民どもは国家転覆を企ておったのだぞ?あれは正当な鎮圧作戦だ。そんな下らないことを言ってないで、早く陛下をお探ししろ!」

 

 アニエスはリッシュモンの言葉に何の感情も見せずに、頭を一つ下げて退出した。

 リッシュモンはしばらく、閉じられた扉をじっと見つめていたが。アニエスの気配が無くなると羊皮紙とペンを取り出して目の色を変えて、何かをしたため始めた。その様子には明らかに、焦りの感情が込められていた。

 

 

 

 

 

 アニエスは小姓から馬を受け取り、そのまま馬をリッシュモンの屋敷の傍の路地へと向かわせる。その場を去ると思いきや、路地に息を潜め、リッシュモンの屋敷を見張る。

 瞬きを忘れたかのように集中しづけるが、がそのまましばらくは何も起こらなかった。

 だが、集中状態のアニエスに声をかけるものがあった。

 

「集中力は目を見張るものがありますが、気を張り過ぎて周りがおろそかになっているのは減点ですね」

「っ何奴!?」

 

 驚きに心中を乱されながらも、アニエスは声が居た方向に剣を抜き放ち視線を飛ばす。

 

 だが、

 

「残念、こちらです」

 

 声がする方向とは真逆、先までアニエスが見張っていたリッシュモンの屋敷の方向から声がかけられた。

 

「っ!?……貴様」

 

 翻弄された事と、任された任務が失敗に終わったのではという考えから、アニエスは怒りに顔を染めた。

 

「そう焦らなくてもいいですよ。私も陛下付きの忍……間諜ですので、こちらをどうぞ」

「……何?」

 

 アニエスの怒りをおそらく察しつつも、殺気ももろともに軽く流して声をかけた人物は胸元から一枚の羊皮紙を取り出してアニエスへと差し出した。アニエスは陛下付きという言葉に一応、剣を収めるも警戒心はむき出しにその羊皮紙を受け取った。

 

「む、本物のようだな……ってシオン!?まさか、貴様がアカネの師匠か!?」

 

 アニエスは羊皮紙に書いてあった。全権の委任状を見て驚くがそれ以上に、王宮での自分の好敵手であるアカネからよく聞かされていた人外師匠の名前がその委任状に書いてあったことに驚いた。

 

「仰る通りです。アカネはまだまだ未熟者で皆さんに迷惑をかけていないか心配ですがね」

 

 普段の作務衣ではない隠密服を着込んだシオンは、普段通りの笑顔でアニエスを眺めていた。

 

「さて、狐狩りとしゃれ込みますか」

 

 狩る者の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「アン、ほらこれなんてどう?」

「あら?これは?」

「これはねー。うどんだよー」

 

 アニエスがリッシュモンの屋敷を訪れる六時間ほど前、魅惑の妖精亭でアカネはアンリエッタと食事をしていた。アカネもアンリエッタも最近、町娘達の間で流行っている黒いワンピースに黒いベレー帽を被り、何処からどう見ても町娘にしか見えない格好をしていた。

 これも、裏切り者の炙り出しのための作戦の一環なのだが、お忍びで城下に来ている様にしか見えないほど二人はのんきであった。アンリエッタはしばらく姿を隠すのが作戦の肝なので、姿さえ隠していればいい、護衛はアカネが付いていればスクエアクラスのメイジが来たとしても盤石だし、大抵の相手は一対一の初見で彼女に勝てる者はそうはいない。

 というのが前提があってこそだが。

 本当なら身を完全に隠すところなのだが、アンリエッタよりもアカネが性格上、下手に閉じ込めておくとこっそり外に出かねないのである程度、シオンは容認していた。

 それに自分が働いている店なら多少の無理は効くし、現在のアンリエッタはシオン仕込みの変装術を施されているので至近距離でアンリエッタを見ても見破るのはまず無理だろう。

 

「食べた事の無い味ですね」

「はは、そりゃあうちの故郷のもんだからね。食べる機会はないだろうしね」

 

 未知の味にアンリエッタが舌鼓を打っていた。

 それに、誰が裏切り者か分からない。気の抜けないあの王宮に缶詰では、即位して間もない年若い女王の心労も溜まる一方なので、今回の作戦の中で息抜きができればという配慮も多分に含まれていた。

 

「そういえば今晩はどこに泊まるんですか?」

「ん、師匠が適当な場所を用意したらしいから、そこに泊まるよ」

「そうですか」

「あ、そうだ。アンが思ってるよりも大分、安っぽいところだと思うよ?」

 

 あらかじめアカネはアンリエッタに釘をさしておく、今までは最上級のみしか使ったことがないアンリエッタに庶民の宿屋は驚く可能性があるためだ。

 とは言え、

 

(師匠が選んだんだから、警護のしやすさ重視で選んだんだろうなぁ。せっかくなんだし最高級のホテルを準備して貰いたいもんだよ。ケチ師匠め)

 

「っ!?」

「どうしましたアカネ?」

「い、いえなんでもないよ」

 

 師匠の悪口を思った瞬間アカネは厨房から自分に固定された殺気を受けて思わず背筋(せすじ)に冷たい汗が流れるのを自覚する。

 

 後からされるであろうお仕置きと言う名の訓練にアカネは心の中で涙を流した。

 裏切り者を狩る為の作戦がこれから始まるとは思えない程に平常運転な二人だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 復讐者

 アカネとアンリエッタが魅惑の妖精亭で食事をした日の深夜。

 シオンはアニエスとともにリッシュモンの屋敷を見張っていた。リッシュモンが先のアンリエッタ誘拐事件の手綱を握っていたとするなら、先程アニエスが伝えたアンリエッタの行方が知れないという情報は寝耳に水のはずだ。

 彼が裏切り者ならアンリエッタの身柄を手土産に神聖アルビオンに取り入るだろう。だが、それが他の者の仕業だったら?

 手柄は別の者に取られ、彼が望む地位、金は手に入らないことになる。それを避けるためにリッシュモンは必ず、急ぎ連絡を取るはずである。リッシュモンの手の者が誘拐したのならよし、もし違う者なら手柄を横取りすればいいと彼は考えるあろう。

 それが、今回の作戦の肝。

 今まで、リッシュモンが疑われながらも決して足を出さなかったのは、神経質過ぎる程に危険を排してアルビオンの手の者と密会していたからだ。だが、それも予定通り行動してしていたからだ。

 不意の事態にはそれも綻びるはず、そこを突くのが今回のアンリエッタ行方不明事件の目的である。

 

 ぴくりとも動かずにリッシュモンの屋敷を監視するシオンにアニエスは目を見張っていた。気を張っている様で、何処か涼しげにに見える。まさに自然体、それになにより驚くのが、目の前に居るというのに気配が全くしないのだシオンは。

 まさに、さすがアカネの師匠といったところだなとアニエスは思っていた。

 

「ん?」

 

 そんなアニエスの頬にぽつりと水滴が当たる。

 雨が降るとアニエスの主武装の内の一つ、銃が火薬が湿気り使えなくなる。その事に思わずアニエスは顔を顰めた。そんなアニエスの背に、油で鞣した毛皮がかけられた。

 

「む?」

「若い娘さんが体を冷やすのは良くはありません。かけておきなさい」

「お、女扱いするな!私は騎士だぞ、騎士に女も男も無い!」

「有りますよ。女性は何処までいっても女性……逆もまた然りです」

「なんだと!」

 

 自分を女扱いするシオンに激昂するアニエス。

 その言葉は自分の村を焼いた者に復讐するために女を捨て、騎士にまでなったアニエスにとってシオンの言葉は二十年間の努力の全てを否定するに足る言葉であった。

 

「別に馬鹿にしているわけではありませんよ」

「馬鹿にしているだ……」

「静かに」

 

 シオンの言葉が静かに、だがある種の威圧感とともに放たれ、アニエスは怒り心中に留まらせながらも、シオンの言う通りに、静かにする。

 今は作戦中、騎士として一個人の感情を優先して、作戦を失敗することは許されない。

そんなアニエスを全く気にせずにシオンはリッシュモンの屋敷の扉が開き、先程アニエスを招き入れた小姓の少年が姿を現した。

 少年はきょろきょろと当りの様子を見ると、一度引っ込み今度は馬を引いて、再び姿を現した。少年はカンテラを片手に馬に乗ると、瞬く間に影が深い町に馬を走らせ始めた。

 

「では行きましょうか」

「行くって、馬が無いではないか」

 

 先の女扱いがまだ尾を引いているのか、アニエスの言葉には棘が含まれている。

 シオンはそんなアニエスに文句も言わない。

 

「御心配なさらずに、このままで十分です」

「し、しかし……」

「いいから行きますよ。見失っては事です」

 

 人間と馬では足の速さがまるっきり違う。メイジと比べたって馬の方が早い。

 だから移動手段として馬が成り立つのだ。なのに要らないというシオンにアニエスは心の何処かで警鐘がなる音を聞いた。

 常識が崩されるとその鐘は告げる。

 だが、シオンの言う通りこのまま、見失っては事なので、カンテラの明かりを目印に馬を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 夜気の中を、小姓を乗せた馬は早駆けで走る。主人に言い含められたのか、急ぐその様には余裕は一切見受けられない。そんな、少年をアニエスは付かず離れずの距離を保って、後をつけた。

 

(ぐうぅう、突っ込みたい!大声で突っ込みたい!)

 

 アニエスは任務中と言うこともあって必死に自分を抑える。

 そんなアニエスのやや前方には、夜に紛れるような隠密服に身を包んだシオンが馬と同じ速度で疾走していた。速度もさることながら、一向に陰ることを知らないその速度からスタミナも相応にあることが見受けられた。

 

(何故だ!?何故、人間が馬より早く走れるのだ?しかも足音一つせんとは……)

 

 任務中なのに彼女の頭はシオンの超人的な身体能力への疑問でいっぱいだった。

 だが、やがて彼女も悟るだろう、あのアカネの師匠なのだから常人の枠に収まる身体能力なわけがないと、そしてやがて諦めるだろう、その二人が君主候補として見ている一人の少女は、この二人に輪をかけて常識から外れていることを。

 

 小姓の馬は一軒の宿の前に止まり、少年は馬を軒先に繋ぐと、宿へと入っていた。

 

「行くぞ」

「いえ、ここは私が」

「何?」

「アニエスさんはあの少年に顔を見られているでしょう?あの狭い宿の中で顔を見られる可能性は、低くはありません。私が適任でしょう」

「む、確かにそうだな」

「それに」

 

 次の瞬間。

 シオンの姿が一瞬で掻き消えた。

 

「な、ど、どこに行った!?」

「ここに居ますよ?」

 

 声はすれども姿は無し、これぞ隠密の術。攻撃をしない限り、姿を完全に周りから隠す、偵察及び暗殺型の忍術である。

 ちなみアカネも習得済み。

 

「居ないじゃないか!」

「ふふ、忍術と言うやつですよ……ではあの少年が去った頃に来てくださいね」

 

 シオンはそう言うと宿に向かって走り去った。

 そうとも知らずアニエスが相変わらずきょろきょろと周りを見ている。

 

「にんじゅつ?はっ!?あのアカネが使っていた流派の総称だった気がする……底が知れんな」

 

 独り言は夜闇に溶けた。

 

 

 

 

 シオンは隠密の術を使って店へと入る。

 別に隠密の術を使わなくてもシオンの顔は割れていないので必ずしも使う必要はないのだが、相手が一人とも限らないので一応使う事にしていた。それにアカネが話していたからかうと面白い女騎士がいると聞いていたので試しにからかってみたというのも、意外に大きい。

 

 シオンが一階の酒場に、小姓の少年が居ないのを確認すると、二階へと向かった。階段の踊り場までシオンが昇ると、ちょうど階段が昇り切った先にある部屋から少年が出てくる。

 そのままシオンは扉の前で隠密の術そのままに姿を消し、アニエスを待つ。

 五分もしないうちにアニエスは二階までやってくると、きょろきょろと周りを見渡す。

 

「ここですよ」

 

 アニエスの目の前で不意に焦点が合ったかのようにシオンが姿を現した。

 

「……もうどう驚いていいのか分からんな」

「さぁ、入りますよ」

「……どうするのだ?鍵がかかってるはずだ」

「こうします」

 

 そう言うなり、シオンは腰の刀を一閃。

 閃光の如く、刃が扉に向かって走る。

 木製の扉はそれだけで、音も無く只の木片となり、床へと吸い込まれる。シオンは床へと木片が散らばるその前に、室内へと飛び込んだ。中には商人風の一人の男がベッドに寝転んでおり、シオンを見るなり脇に置いた杖に右手を伸ばす。

 咄嗟のその反応を見る限り、男は中々の使い手のようではあった。

 だが、相手がシオンでは中々の腕では役不足も甚だしい。

 この世界で既に何人かのメイジと相対したシオンはメイジの弱点を既に知り尽くしていた。男が杖をその手に納めるその前に苦無が二本放たれる。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

 右手の手の甲と、左の肘関節に苦無がそれぞれ深々と突き刺さった。

 

「杖を持たないメイジなど平民にも劣ります」

「き、貴様……!」

 

 激痛から耐える様に汗をだらだらと流しながら男は鋭い視線をシオンへとぶつける。

 その瞳の光はただの商人とは違う、自らよりも劣る者に嵌められた屈辱に塗れていた。そして上から人を見る目はこの男が貴族であるのを証明するようであった。シオンはそんな視線を軽く流し、男の元へと近づき刀を喉元に突き付ける。

 

「動かないで下さいね。……アニエスさんお願いします」

 

 まさに早業、アニエスはシオンの淀みのない動作に驚くことしか出来なかった。

 こういった突入作戦は幾度となく銃士隊でも訓練していたが、シオンのそれはまさに理想の具現。こうであったらいいの最上。完璧すぎるがゆえに、なにも出来なかった。

 

「ああ、任された」

 

 アニエスはシオンに言われたままに、腰に付けた捕縛用の縄で男を縛り上げた。やがて何事かと、宿の者や客が部屋を覗きに集まってきた。

 

「騒ぐな!手配中のコソ泥を捕縛しただけだ!」

 

 騎士服を纏ったアニエスがそう叫ぶと、とばっちりを恐れ皆が去って行く。

 部屋の中には、幾枚もの極秘文章が見つかった。アニエスはそのうちの一枚を見つけると男へと突き付ける。

 

「貴様らは劇場で接触をしていたようだな。さきほど貴様に届いた手紙には、明日例の場所で、と書かれている。例の場所とはここの劇場で間違いないな?」

「……」

 

 男は答えない。じっと黙ってそっぽを向いている。

 

「答えぬか……貴族の誇りと言うわけだな、なら!」

 

 アニエスは冷たい笑いを浮かべると、腰に差していた剣を男の足の甲に突き立てようとした。がそれはシオンによって防がれた。

 

「き、貴様!」

「ーーーっ」

 

 アニエスと男はそれぞれ驚いた表情をしてシオンを見やる。アニエスは自分の行動を邪魔されて、男は今自分がやられようとした行為に身を震わせて。

 男は荒い鼻息をしながらも、足に剣を突き刺されたかったことに安堵しているようであった。

 

「甘いですよアニエスさん。やるなら」

 

 だが、その安堵も無意味に終わる。

 アカネのそれですら大抵の者が口を紡ぐのを即座に止める尋問術の師匠、シオン。男が口を割るのに大した時間はかからなかった。

 アニエスすら途中で見てられなくなったそれが語られることは……ないと思われる。

 

 

 

 長い夜が明けて、昼。トリスタニア中央広場、サン・レミの聖堂が鐘を打つ。十一時。

 劇場、タニアリージュ・ロワイヤル座の前に、一台の高級馬車が止まった。中から降りてきたのはリッシュモンであった。リッシュモンは堂々と、劇場の中に入っていく、切符売り場の男はリッシュモンを見ると一礼をし、リッシュモンを通す。

 高等法院長を務める彼にとって芝居の検閲も仕事、切符を買う必要はないのだ。

 客席は演目が女性向けとあって、若い女性達ばかりで六分ほどしか埋まっていなかった。開演当初は盛況で多くの客で賑わっていたのだが、役者の演技はあまりにもひどいためにかなりの酷評を受けた為だ。

 リッシュモンは客席を一瞥すると自分専用の席にどかりと座り込み、じっと幕が開くのを待っていた。リッシュモンが席に着いてからさして時間がかからずに幕が上がり、芝居の開幕となった。

 だが、リッシュモンは芝居を見ず、顔に険しさを滲ませていた。約束の刻限になっても、待ち人―アルビオンの手の者―が一向に現れないからだ。リッシュモンの脳裏には、今回の女王アンリエッタの失踪にアルビオンは絡んでいるのか?もしそうなら自分を解さなかった理由は?万が一に自分と関係がない者がアルビオンと手を結んでいるなら、ややこしいことになる。

 ……手柄が少なくなるないし、無くなる可能性だってあるからだ。そこで一度こんがらがった思考をリセットするために、頭を左右に振る。その時、自分の隣に一人の人物が腰かけた。待ち人かとリッシュモンが顔をあげると、そこには……。

 

「……陛下!?」

「静かに……芝居の最中ですよリッシュモン殿?……観劇のお供をさせてくださいまし」

 

 大声とはいかないがやや大きな声を出したリッシュモンを諌め、アンリエッタは舞台に視線を向ける。

 

「劇場での接触とは考えましたね……高等法院長の業務には芝居の検閲も入っています。貴方が劇場に居ても誰も不思議に思わない。……それに周りも劇に夢中で周りを気にしない」

「接触とは穏やかではないですな陛下。この私が、愛人とここで密会でもしていると仰られるか?」

 

 リッシュモンはこれは参ったと笑うが、アンリエッタは一切笑わない。そしてその双眸がまるで糸のように鋭く細められる。

 

「戯言はそこまです。貴方と連絡を取り合っていた密使は昨日捕まえました。ちょっとキツイ尋問をするだけでぺらぺら喋ってくれましたよ。アルビオンの貴族の方は」

「くっくく、なるほど昨日姿を消したのは私を炙り出す為ですか、陛下が居なくなれば私は密使と連絡を必ずとると……ああ、そうかだからあの粉ひきの下女めが深夜に我が屋敷に訪れたのですか」

 

 そこでアンリエッタは懐から杖を取り出し、リッシュモンに突き付けた。

 

「あなたを女王の名において罷免します。おとなしく逮捕されなさい。外はもう魔法衛士隊に包囲させています。逃げ場はありませんよ?」

「……まったく、小娘がいきがりおって……。私に罠を仕掛けるなど、百年早い!」

 

 リッシュモンが両手を叩くと、今まで芝居を演じていた役者たちが……衣装に隠していた杖を引き抜き、アンリエッタに突き付けた。観客の若い情勢たちは突然の事態に怯え声をあげる。

 

「黙れ!座っていろ!殺されたくなければな!」

 

 優雅と言ったもとは遥かに程遠い、歪んで醜い声を張り上げるリッシュモン。王宮で見せていた忠臣の裏に隠されていた本性が現されていた。

 そしてリッシュモンは叫ぶと同時に付きつけられたアンリエッタの杖を己の杖で弾く。

 

「あっ!」

「くく、陛下自らいらしたのは下策でしたな……絶対の自信があったようですが、おっと動かないで頂きたい。彼らは皆、一流の使い手ぞろいですぞ?」

 

 そういうとリッシュモンは杖を握っていない方の腕、左手でアンリエッタの腕を掴む。白魚のように美しい腕を一撫でするリッシュモンに彼女は限界に達した。

 

「限界ね……っ!」

「なっ!?」

 

 アンリエッタは瞬く間にリッシュモンの腕を振りほどくとその姿が掻き消える。

 

「ぐぅ!?」

「がっ!」

 

 くぐもった声が舞台から響き、リッシュモンが慌てて舞台を見ると、そこには。

 三人のアンリエッタが次から次へと手に持った苦無と刀で六人の役者に化けた不届き者達を打倒しているという信じがたい光景が展開されていた。

 

「ば、馬鹿な!陛下は水のトライアングルはず……何故風のスクエアスペルの偏在を使っているのだ!?」

 

 明らかに狼狽するリッシュモン。予想を遥かに逸脱する展開に彼は軽い恐慌状態に陥っていた。

 そんなリッシュモンに凛とした声が響く。

 

「それは舞台にいる彼女は私ではないからですよ。高等法院長……いやさ裏切り者リッシュモン!」

 

 声がする方向には一人のフードを被った少女が左右を銃を構えた女性に守らせて立っている。

 少女が片手をあげると、ただの平民であるはずの女性達が一斉に銃を取り出して、リッシュモンに照準を合わせる。劇場の女性達は全て、前もってアンリエッタが客のふりをさせて、待機させていた銃士隊のメンバーであったのだ。

 

「な、へ、陛下……!?」

「諦めなさい。カーテンコールですわ」

 

 思わず、リッシュモンは上ずった声をあげてしまう。フードを捲った少女はどう見てもアンリエッタ。

 格好こそ平民の女性のそれだが、内から溢れる気品がそれに紛れる訳も無く、幼少からアンリエッタを見てきたリッシュモンから見ても非の打ちどころのないアンリエッタであった。

 だが、さっきまでリッシュモンの隣に居たのも間違いなくアンリエッタのはずである。そして、舞台にいる三人のアンリエッタも目の前のアンリエッタも顔はもちろん背、体型、髪の長さにいたるまで完璧に一緒である。

 

「……フェイス・チェンジ?」

 

 リッシュモンは咄嗟に水のスクエアスペルのフェイス・チェンジかと思ったが、即座に脳裏で否定した。

 フェイス・チェンジはあくまで顔を本人と同じにするだけ、体型はもちろん、髪も変えることは出来ない。アンリエッタが三人に増えたからくりはシオンが得意とする分身の術。

 だが、使用者はシオンでは無い。

 使用者はアカネ、アルビオンで力の無さからナツミを危険に晒した彼女が珍しく本気で師匠から技の手ほどきを受けて習得したのだ。

 

「ちっ……!」

「下手に動けば命はありませんよ」

「く、くく、あははははははあはははっはっはっはっははっは!!!!」

 

 リッシュモンは気が触れたかのように大声で笑い始め、舞台へと上がる。

 周りを銃で囲まれながらも、笑い続けるその異様な様子に、周りの銃士隊も圧倒され、ただ周りを囲むことしかできなかった。

 

「往生際が悪いですよリッシュモン!」

「諦めなさい」

「動くな」

「止まれ!」

 

 本物のアンリエッタに続き、アンリエッタに扮するアカネとその分身達の声も意に介さずにリッシュモンは舞台の真ん中に立ち、大仰に腕をあげて芝居がかった様子でしゃべり始める。

 

「陛下……素晴らしいですぞ。ただの箱入り娘と思っていたましたがここまで頭が回るとは……、この私めが年甲斐もなく感動してしまいましたぞ!だが、一つだけ忠告を聞いてくださいますか?」

「……言いなさい」

「昔から、そうでしたが……陛下は」

 

 言葉とともにリッシュモンは床を足で力強く打ち鳴らした。

 すると落とし穴の要領で、かぱっと床が口を開く。

 

「詰めが甘い!!」

 

 リッシュモンの姿は瞬く間に穴に吸い込まれ行く。アカネが急いで駆け寄るが、床はすでに閉まっており、押しても引いていも開くことはなかった。

 

「くっどうやら魔法がかかってるみたいね。……陛下!」

「ええ、皆、出口探して!」

 

 隊員はアンリエッタの命を聞くと、瞬く間に散っていく。残ったのは護衛のアカネのみ。

 周りにアカネしか居なくなったのを確認するとアンリエッタは悔しそうに、爪を噛んでいた。

 

 

 

 アニエスは地下通路で一人息を潜めていた。

 心中にあるのはアンリエッタの忠誠よりも、私怨の感情。

 普段は隠し、だが決して消える事の無い種火の様に、些細な燃料でそれは彼女の心を染め上げる。

 その対象は……。

 

「おやおやリッシュモン殿。こんなところで会うとは奇遇ですな?」

 

 リッシュモンは、突然声をかけられたことにびくりと体を強張らせる。

 

「貴様か……」

 

 だが、相手がメイジでないアニエスと分かると、侮蔑に満ちた表情をしてアニエスを見やった。多くのメイジ同様にリッシュモンも剣士を自らよりも劣る者として認識していたからだ。アニエスは侮辱に満ち満ちたその表情を見ても眉一つ動かさずに、腰に差してあった銃をリッシュモンへと向ける。

 

「止めておけ、二十メートルも離れれば銃弾など当たらぬ。……貴様なぞ殺しても構わぬが、貴族の高貴な技を貴様のような虫に使うのはもったいない。死にたくなくば、さっさと失せろ!」

 

怒鳴るリッシュモンにアニエスは全く反応せず、そのままの姿勢を保っていた。

 

「聞いているのか?たかだか平民の貴様がアンリエッタに命をかけてどうする?」

「……私がここに居るのは、陛下への忠誠からでは無い」

「何?」

「ダングルテール」

「?……なるほど!貴様はあの村の生き残りか!」

 

 目を見開いて得心が言ったかのように笑うリッシュモン。何故、二十年も前の事件をアニエスがわざわざ自分に聞いた理由がようやく分かったからであった。

 

「貴様に罪を着せられ、わが故郷は何の咎なく滅ぼされた」

 

 アニエスはそこまで言うと、内から湧き出す怒りの感情が抑えられなくなったのか、リッシュモン目掛けて駆けだした。

 

「馬鹿め!……これも運命か。我が手で最後の生き残りを殺してやろう!!」

 

 リッシュモンは小さく呟くと、杖から巨大な火球を飛ばす。アニエスは纏ったマントを翻し、火の玉を受けようと身構える。が、突然火球はアニエスとリッシュモンの中間地点で爆発した。

 咄嗟の事態にアニエスは驚くが、幸いにも翻したマントが爆風を受け止め、また熱風もマントに仕込まれた水袋が破裂したおかげでアニエスはほぼ無傷となっていた。

 

「なっ!?」

「今だ!」

 

 同じく驚くリッシュモンとは対照的にアニエスはいち早く、恐慌状態から脱出し、一気に距離を詰めるべく駆けだした。

 

「っき、貴様!」

「遅い!」

 

 慌ててリッシュモンが風のスペルを唱え始める。それに気付いたアニエスが手元の銃を発砲した。

 単発式で未だに命中精度がよくないものだが、距離を詰めればとアニエスは思ったが、アニエスの期待とは裏腹に弾丸はリッシュモンの頬を掠るのが精々であった。

 だが、銃なぞ滅多に当たる者では無いと考えていたリッシュモンにその弾丸は一度唱えていた呪文への集中力を切らすことに成功する。リッシュモンもそれに気づき、もはや数メートル前に迫ったアニエスになんとか詠唱を間に合わせ、魔法を放つべく杖を振る。

 

「―――――――――」

 

 やったとリッシュモンは思った。

 だが、アニエスは無傷で自分へと突き進んでくる。何故か異物感がある腹をリッシュモンが撫でると、温かい液体が溢れ、冷たい金属が……彼の腹から生えていた。

 

「ぐああああああああ!?」

 

 自覚した瞬間、灼熱感を伴う激痛が彼の腹部から発生した。体を折り曲げる様に激痛から逃れようとするリッシュモン。だが、彼が真に逃れなければならないものがあった。

 それを確認しようと、力を振り絞り、リッシュモンは顔をあげる。

 

「あっ」

 

 彼が最後に見た光景は、剣を両手で振り下ろすアニエスの姿だった。その瞳は内面の憎しみを現す様に、ごうごうと燃えているようにリッシュモンには見えた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 リッシュモンが息絶えた事を確認するとアニエスは地下道の壁に振るえる体を預けた。懐から一本の苦無を出すとアニエスは一人苦笑する。

 ふらっと射撃練習場に来ては、腕で投げているにも関わらず銃よりも長い射程を持ち、百発百中という馬鹿げた技の持ち主アカネ。しかも片付けが甘いのでいつも一、二本忘れていくのだ。毎回、忘れるたびに文句を言っていたのだが、今日ばかりは感謝した。

 そして、アカネの投擲術があまりに美しかったためにこっそり練習していた自分もちょっぴり褒めるアニエス。

 

(ホントは頭を狙ったんだがな……要練習だな)

 

 そこで一度、深呼吸をするとアニエスは両手を開いたり閉じたりして震えが取れたのを確認すると、暗い地下道に視線を走らせる。

 

「居るんだろう!出てきたらどうだ」

 

 人の気配が全くしない地下道にアニエスの凛とした声が響き渡る。

 

「ま、出て来いと言われたら出ないわけには行きませんね」

「おわっ!」

 

 アニエスのまさに真横に突然シオンは姿を現した。

 

「お、驚かせるな!ほんとにお前ら師弟はそっくりだな。居るとは思ったがまさか隣とは……」

「一応弟子ですからね。似るもんなんですかね?それで呼んだ理由は先の戦いのことですか?」

「あ、ああ」

 

 にこにこと相変わらず底の知れないシオンはアニエスの質問を先取りする。

 先のリッシュモンとの戦いで火球が不自然に爆発したのはシオンが火薬玉を火球へとぶつけたせいであった。

 

「まぁ、わたしが手を出さなくても勝てたと思いますが、女性が傷つくのは見てられませんからね」

「ち、貴様はまた私を女扱いする。何度言ったら分かる?私はとうに女を捨てたのだ」

「ふぅ、じゃあ一つ質問しますが、貴女から見てアカネは強いですか?」

 

 今にも襟首を掴まんとするアニエスにシオンは問いを投げかける。

 

「……強い、私よりも」

「ではもう一つ聞きます。アカネは女を捨てているように見えますか?」

 

 はっとシオンの言葉にアニエスは気付かされた。自分よりも強い、勝手にライバルと決めた少女の在り方を。だらしない様に見えて、きっちりと任務はこなし、年頃の少女の様に甘いものをアンリエッタと嬉しそうに食べたりしているアカネ……とても女を捨てているようには見えなかった。

 

「……」

 

 シオンは考え込んだアニエスを見て微笑みを一つするとリッシュモンの死体を担ぎ始めた。

 まさかとは思うが、この死体をアルビオンが利用する可能性もあるため、このままにしておくのは良いとは決して言えない。

 魅魔の宝玉の欠片の低級悪魔の憑依召喚はさておき、アンドバリの指輪で生き返らせた死体は生前の記憶を有しているのだ。高等法院長であり長年トリステイン王宮に努めていた彼はトリステインにとって知られては拙い情報の塊だ。

 

(考えなさい。復讐に囚われるよりもきっと正しい道が貴女にはあるはずです)

 

 シオンは答えを出せないままでいるアニエスをそのままにして、その場を去っていく。怪我をしているのなら無理にでも連れて行くところだが、幸いにも彼女は無傷であった。

 答えは自分で出すもの、悩む彼女を置いてシオンは地下通路から出て行った。もちろん誰にも見つからぬように。

 アニエスは悩み続ける。過去に置いてきた自分を探す様に。

 

 

 

 

第五章   了

 




これで第五章が終りです。
今年も後僅かです。体調には気をつけて過ごしたいものです。
自分は仕事納めが30日、仕事始めが1日(白目)です。
元旦から当直とは……ついてない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章 メイド召喚士と機械兵
第一話 夏休み明け


第六章の始まり始まり。


 

 

 

 

「あ~学院も久しぶりね」

 

 そう言いながらナツミはのんきにアウストリ広場を歩いていた。

 時刻はちょうどお昼を過ぎたあたり、朝食も終えたナツミの思考は半分以上睡魔に持ってかれていた。日差しは夏と言うこともありキツイが、名も無き世界の日本の高温多湿の気候に慣れたナツミに、ヨーロッパに近い気候のハルケギニアの夏はそれほど不快ということではなかった。

 ちょうどいい木陰に入り、昼寝をしようとナツミはきょろきょろと、条件に合う木を探す。

 

「あ、エルジンだ」

 

 視線を辺りに彷徨わせていると、ここ数か月もの間ろくにリィンバウムに帰らずに怪しげな研究を続けるエルジンがナツミの視界に入る。

 

「おーい、エルジン!」

「ん?ナツミか。いつ帰ってたの?」

「昨日だよ。顔だけでも見せようと思って昨日、格納庫に行ったけど誰もいないんだもん」

「昨日……ああ!昨日はコルベール先生と開発した武器の試し打ちに学院の外に行ってたんだ~」

「へぇ~……」

 

 秩序を守るエルゴの守護者にあるまじき台詞にナツミは思わず呆れてしまう。とは言えエルジンは機械狂いが高じてエルゴの守護者になったような者なのでそこら辺は変わることはないだろうとナツミは頭を切り替える。

 

「どんなのちなみに」

「僕らの才能が怖いよ!なんとコルベール先生が開発した魔法を発生させる装置を取り付けた誘導爆弾さ!……とは言っても敵も味方も関係無く突っ込むんだけどね。あ、爆弾は僕の手製ね」

「……ふぅん。まぁほどほどにね」

 

 聞いたことを心底後悔してナツミは先ほど以上に呆れた視線をエルジンへと送る。どうやらエルジンは徹夜明けの様でテンションだけで体調を維持している様子であった。目が充血していてはっきり言って怖い。

しかも、大好きな機械の話を振られ目を淀めて呆けたようになおもぶつぶつと喋るエルジンを放ってナツミは昼寝の場所を探すことにした。

 エルジンは完全にスイッチが入ったようでナツミが居なくなった事にすら気づいていなかった。エルジンの知るロレイラルの機械兵器と、コルベールが扱う魔法は出会ってはならなかったのでは思わないでもないナツミであった。

 

 

 

 広場から少し離れ、木陰が広く寝やすい芝生を備え、なおかつエルジンが目に入らない木を見つけると、木に体を預けて、夏の風に髪を靡かせる。暇なルイズの家でも良くこうやって寝ていたなぁと襲ってきた睡魔に抗わずにナツミは目を瞑る。そうしているうちに瞼にルイズの家で過ごした夏休みの間の出来事が映っていった。

 

 

 

 

 

 

 ルイズの家でカトレアの治療をして以来、ナツミはそれはもう大変な日々をヴァリエール一家と過ごすことになった。カトレアが治ったのがよっぽど嬉しかったのか、ヴァリエールの家の方々はルイズを除き、何かとナツミを構おうとしてきたのだ。

 まず、一番構ってきたのが、長女エレオノール。

 

「ま、まぁ奇遇ねルイズの使い魔さん。ちょ、ちょうどいいから一緒にお茶でもしなさい」

 

 と毎回、どもりに至るまで完璧に同じ台詞を言いながら一日一回は必ずナツミをお茶へ招待するのだ。お茶会は大抵カトレアやルイズ、たまにカリーヌが混ざるほとんど家族団欒みたいなものであった。 

 特にやることのないナツミはほぼ毎回、その誘いを受けていた。それだけではない、ナツミの目から見ても高価そうな装飾品やドレスなどもナツミへと惜しげもなく譲ったりもしていた。

 

「へ、部屋に収まらないから、ありがたく受け取りなさい」

「はぁ、ありがとうございます」

 

 部屋に収まらない物と言いつつ綺麗に包まれたそれを見て、いかに鈍感なナツミでも自分にプレゼントされた物だと分からないわけがない、というか何故かそんな事にも頭が回らないエレオノール。そんな高価な物を幾つも貰っても、着るつもりも着る機会もないのでナツミが、一度それを断ると。

 

「そ、そう……悪かったわね」

 

 しょんぼりという単語がぴったりのそれを見て、ナツミは次回から断ることが出来なくなった。

 それと同時に、性格がきついから婚約を解消されたと聞いていた彼女の可愛らしい一面を見て、何故婚約者はこんな彼女の一面に気付かなかったのかと首を傾げたのはここだけの話。

 

 

 

 次にナツミにちょっかいを出したのがルイズの母カリーヌ。

 ナツミとの戦いでかつて魔法衛士隊でカリンの名前で性別を偽って過ごした昔の血が騒いだのか、ナツミを幾度となく城の外に連れ出して手合せをさせられた。軽い気持ちで手合せに応じたナツミであったが、それは一番最初の戦いで後悔の一色で塗り替えられた。

 序盤こそ、手合せと言うこともあって、お互いに探る様な戦いだったが、流石はあのルイズの母。

 性格がそっくりなのだ。

 つまり、凄まじいまでの負けず嫌い。

 自分の攻撃をことごとく防ぐナツミにカリーヌは徐々にヒートアップし、ある時など大きさが二百メートルにも迫るストームを唱えてナツミに襲い掛かって来たのだ。これにはさしものナツミも引いた。

たかが手合せで城を飲み込むほどの竜巻を発生させる人間がいるなど思わなかったからだ。

 とは言え、魔王の咆哮から生まれた竜巻を防いだこともあるナツミにとって、カリーヌの竜巻を防ぐのは不可能ではない。蒼い魔力の奔らせて真っ向からナツミは竜巻を迎え撃った。地形が変わる程の力のぶつかり合い。

 ナツミは思った。流石は大艦隊を一人で殲滅した娘の母だと、まさにこの母(カリーヌ)がいてあの娘(ルイズ)ありと。

 魔王をぶちのめす自分は棚に上げて何を言うとソルがいたら突っ込んでいるところであっただろうが、こういう時に限ってソルはいない。いるのは、母そして妻の強さに怯える一家の長、ヴァリエール公爵とその娘エレオノール、ルイズ。

 そして、にこにことその様子を見るカトレア。

 

「あらあら、お二人とも仲が良いのねぇ」

「良かった屋敷の庭でやらなくて」

 

 そしてのんきに胸を撫で下ろすルイズ。大分ナツミに染められてきたようだ。そんな二人の脇でエレオノールとその父ヴァリエール公爵はぶるぶると震えているのがかなり対照的だったという。

 

 

 そして一家の中で唯一の男性、ヴァリエール公爵と言えば夕食は家族とともに一緒に食べろといった以外は特にナツミに関わってくることはなかったものの一つだけ真剣にお願いをされたりしていた。

 

「頼む、妻をあまり刺激しないでくれ……」

 

 堂々とした佇まいで如何にも貴族然としていたヴァリエール公爵が真剣に頭を下げる様にナツミも驚きを隠せないでいたが、大人の男性に頭を下げられて頷かない訳にもいかず、了承したが後からそれを知った妻にこっぴどく怒られたりしていた。曰く、戦士として手合せするのは当然らしい。騎士姫カリンが復活した瞬間だった。

 

 

 

 とヴァリエール一家はナツミに色々ちょっかいを出してはいたが、ナツミへの大きな感謝は皆変わらずに抱いていた。

 東方の素性の知れないメイジとはいえ、一応は末っ子であるルイズの使い魔。それにカトレアを救ってくれた恩人ということもあって、家族に近い扱いを受ける程にまでになったりした。

 

 

 

 

 そして救われた張本人であるカトレアはそれまでの時間を取り戻すように、乗馬やピクニックを楽しんでいた。ルイズはもとより、ナツミやシエスタもピクニックに参加しお互いに友好を深めあった。

 しかし、病気は治ったとはいえ家に籠りがちだったカトレアの体力はお世辞にもあるとは言えず、疲れすぎて熱を出し、何度かカリーヌやエレオノ―ルに怒られたが、二人とも怒りの中にもはしゃぎすぎたカトレアに呆れた様な表情が見え隠れしていたとかしないとか。

 などと四人が四人ともがそれぞれ異なる反応を見せたが、やはりナツミに皆が感謝しているというだけは変わらない。それがナツミにとってどうにも照れ臭かった。

 ナツミからすれば、友人の姉が病気だし自分には治せる力があるから治した位の行動だが、相手からすればもはや完治は望めないと諦めていた病気を何の苦も無く治した様子は彼女がベッドの上で読んでいたおとぎ話の魔法使いに見えたのだ。

 なのでカトレアがナツミを見る瞳には若干以上に尊敬が混ざりすぎていたのだ。

 特に治療した翌日など

 

「ナツミ様!ありがとうございます」

 

 様付けナツミを呼ぶ始末で、ナツミを驚かせた。

 ルイズとナツミでなんとかさん付けで落ち着かせたが、そこまでの道のりは中々に大変であったが、今となっては彼女達の中で大切な思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん」

 

 ゆさゆさと優しく体を揺すられる感覚が夢の中に居たナツミの意識を覚醒させる。

 

「ナツミちゃん」

「う、う~んシエスタ?」

 

 ナツミが妙な体の火照りを感じながら目を覚ますと、シエスタの姿が視界に飛び込んできた。シエスタは何故か心配そうな表情でナツミに声をかける。

 

「ナツミちゃんこんな所で寝て大丈夫なの?」

「ん?こんなところ……」

 

 妙に息苦しいというか、頭がぼーっとするのを感じながらもナツミはシエスタの問いを受けて、周りを見渡す。そこには先まで寝ていた光景が広がっている。

 ただ一点、違うところを除いて

 

「なにこの日差し……熱っ」

 

 寝る前は夏の日差しよりナツミを守っていた木陰も、日が傾いたせいでナツミの身を太陽から守る役目をなせず、ナツミの体は全身余すところなく日光に晒されていた。

 

「……もしかしてこのダルさは……」

「やっぱり!こんなところで寝るからだよ!……日射病になりかけているのかもね」

 

 シエスタの言うとおりナツミは軽い日射病になりかけていた。喉は渇くは、体は火照るわで体の動きが妙に鈍いのだ。

 そんな緩慢な動きをするナツミにシエスタはまるでいたずらを思いついた子供の様な笑顔を浮かべるとナツミ見えないようにサモナイト石を取り出して何かを召喚する。そんなシエスタの様子にも弱ったナツミは気付かなかった。

 

「もうしょうがないな。よいしょっと!」

「うわああ、シ、シエスタぁ!?」

 

 突然ナツミの膝の裏と背に手を回したシエスタはあろうことか軽々とナツミを持ち上げた。ナツミが如何に細めの少女と言っても、同じくらいの体格のシエスタがナツミを抱き上げている光景は傍から見ると異様そのもの。

 しかも、その恰好はいわゆる、

 

「お、お姫様抱っこ……流石に恥ずかしいんだけど」

 

 なんとか、シエスタの腕から脱出しようとするが珍しく弱ったナツミにそれは叶わない。

 

「あはは、無理だよナツミちゃん。エレキメデスの憑依召喚してるからね。いまなら丸太だって持てるよ?それにこれはお仕置きだよ。一人でお昼寝なんてずるいよ」

 

 いたずらが成功したせいかシエスタは本当に楽しそうに笑っていた。ナツミはそんな笑顔を見ていると日々成長しているシエスタに喜んでいいのか、悲しいんでいいのか今ばかりは分からないまま、シエスタに腕に大人しく収まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな戦時下とは思えない平穏な日々の裏では神聖アルビオン、帝政ゲルマニア、ロマリア皇国、トリステイン王国がそれぞれの動きを見せていた。

 ナツミ達が平穏に過ごせていたのは夏休みが終わって僅か二か月ばかりのことであった。

 




今年最後の投稿です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 軍議

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
今日から仕事始めじゃああああ!!


 

 

 アルビオンの首都ロンディウムの南側に、ハヴィランド宮殿は建っていた。

 ハヴィランド宮殿のホールは白ホールとも呼ばれ、白の国とも称されるアルビオンに相応しい白一色の荘厳な場所である。十六本の円柱が周りを取り囲み、天井を支え、白い壁は傷一つすらない美しいもので光の加減によっては顔を映し出す程に輝いていた。

 おおよそ二年前には、王を大臣たちが囲み、国の舵取りを行った場所であったが、今行われている会議は一枚岩とは言えないものであった。

 

「タルブ戦での敗戦から艦隊編成を迫られ、その時間を稼ぐために行われた女王アンリエッタの誘拐の失敗。それに加え、敵軍……トリステイン、ゲルマニアの連合軍は突貫ではありますが二国合わせて六十隻もの戦列艦を空に浮かべたとのことです。この数は再編にもたつく我が軍の保有する戦列艦の数に匹敵します。しかも向こうは艦齢の若いものばかりです」

 

 歴戦の将であるホーキンスが現状の報告をすると、別の将軍が侮蔑を多分に含んだ口調で呟いた。

 

「ハリボテの艦隊だ。奴らの練度は我らに劣る」

「それは、昔の話です。現時点では我らも練度の点では褒められたものではありません。革命時に優秀な士官を多数処刑した結果、著しい練度の低下をきたしました。残ったベテラン勢も先のタルブ戦で失いました」

 

 クロムウェルはホーキンスの報告を黙って聞いている。ホーキンスはクロムウェルが何も言わないのを横目で確認し更に続ける。

 

「さらに、先日ロマリアがトリステイン、ゲルマニアの連合軍に正式に参加すること発表を致しました……」

 

 ホーキンスは語尾をやや曇らせながら、ロマリア皇国が敵に回ったことを告げる。

 その声を聴き、ホール内は軽いどよめきが起こった。

 なぜなら、ロマリア皇国の表向きの連合への参加は、信仰の対象である始祖ブリミルの血を脈々と告げるアルビオン王家を滅ぼしたことがブリミル教のへの敵対と見なした為と身内であるブリミル教の司教でありながら世を乱したクロムウェルの粛清と発表していたが、それを額面通り受け取る者は少ない。

 もし、それが連合の参加の理由なら、なぜ王族排斥を謳ったレコンキスタによるアルビオンの内乱の際に何の行動も起こさなかったのがおかしいからだ。それが身内のしでかしたことなら、なおさら大事にはしたくないはずなのに。まさかブリミル教の元とはいえ司教が王族を殺すような真似はしないだろうと高をくくっていたのか?直系という点ではわずかに三つの家系しか始祖の血を伝えていないというのに、その考えはあまりに楽観的に過ぎる。

 ロマリア皇国がアルビオンの内乱の際に介入しなかった理由はただ一つ、その内乱の中心人物である司教、クロムウェルが太古に失われた始祖ブリミルの御業、虚無に目覚めた為だというのがもっぱらの噂であった。

 自分達が信仰するブリミルのみが使ったとされる虚無に表だって反抗する事が出来る様な信仰心を彼らは持ってはいない。その為、ロマリア皇国はアルビオンの落日をただ見ていることしかできなかった。例え、尊い始祖の血脈を一つ失うと分かっていながらも。にも関わらず、何故今になってロマリアが軍事介入してくるのか?

 それは、曰く、クロムウェルの虚無は虚偽である。

 現在、神聖アルビオンに内に真にしやかに噂されている噂であった。

 とは言え、クロムウェルが虚無の使いであるという話自体が噂に過ぎないので、表立った騒ぎになってはいなかったが、あちらこちらで欺瞞が膨らみつつはあった。

 とは言え、もう王家は滅んだ。ここにいる彼らは全て共犯者、今更引くことは許されない。

 

「ふむ。三国が協力するとあっては攻めにくいな」

 

 一人の肥えた将軍がのんきに呟くとホーキンスはその将軍を思い切り睨みつけた。

 

「攻めにくい?何を言っているのです!!彼らの行動は間違いなくアルビオンへの侵攻を視野に入れたものです!で、質問です。閣下の有効な防衛計画をお聞かせ願いたい。もし艦隊決戦で敗北したら、我らは裸です。敵軍を上陸させたら……、泥沼になりますぞ。革命戦争で疲弊した我が軍がもちこたえられるか……」

「それは敗北主義者の思想だ!」

 

 ホーキンスが質問した将軍とは違う、年若い将軍がテーブルを叩きながらホーキンスを非難した。

 

「落ち着きたまえ。将軍、彼らがアルビオンを攻めるためには、それなりの戦力を傾ける必要がある」

 

 クロムウェルは若い将軍をやんわりと制すると、視線をホーキンスへと向けた。

 

「さようです。いかに三国が協力しようとも天然の要塞であるアルビオンの攻略は至難でしょう」

「ならば!」

 

 ホーキンスの言葉に若い将軍は目を血走らせ言葉を被せる。

 

「ですが!彼らには国に兵を残す必要がありません。彼らには、我が国以外の敵がおりませぬ」

 

 ホーキンスは若い将軍が反論する前に今現在最も危惧する情報を叩き付ける。

 本来なら戦いにおいて他の国に無防備を晒すのは愚か極まりない。故に全兵力で攻めるなどということは決してやってはいけないことだが、今回においてそれは異なった。

 まず、隣国同士であるトリステイン、ゲルマニアの同盟。そしてその同盟に参加を表明したロマリアと。

 最後にトリステイン、ロマリアの間に存在する大国ガリア。

 

「ガリアは中立声明を発表いたしました。……それを見越しての侵攻なのでしょう」

 

 苦々しく報告するホーキンスにクロムウェルは背後を振り返り、シェフィールドと顔を見合わせた。彼女は小さく頷く。

 

「その中立が、偽りだとしたら?」

 

 ホーキンスの顔色が変わる。

 

「……真ですか?それは。ガリアが我が方に立って参戦すると?」

 

 にわかには信じられない話であった。

 神聖アルビオン、つまりレコンキスタはハルケギニアの王政に逆らった者達だ。アルビオンと同じ始祖ブリミルを端に生まれたガリアが敵対することはあっても神聖アルビオンに協力するなどとても考えられない。ホーキンスの疑惑に満ちた問いに、他の将軍達も同じ疑問を抱いたのか、クロムウェルひいてはシェフィールドへ注目した。

 

「そこまでは申してはおらん。なに、ことは高度な外交機密とでも言っておこう」

 

 だが、クロムウェルの言葉は軍議の場にあって最も懸念すべき事項を払拭するに足る言葉ではあった。ガリアが秘密裏にアルビオンに協力するのであれば三国がアルビオンに侵攻した隙に背後から攻めることも出来るし、守りに徹すると見せかけてガリアと挟撃することも可能だ。

 

「案ずることなく諸君らは軍務に励んでくれればよい。攻めようが守ろうが我らの勝利は動くまい」

 

 将軍達は一斉に立ち上がるとクロムウェルに敬礼し、己が指揮する軍や隊の元に戻っていった。

 

 

 

 

 

 クロムウェルはシェフィールド、ワルド、フーケを伴って自分の執務室へとやってきていた。

 

「傷は癒えたかね子爵?」

 

 ワルドは淀みなく一礼をして見せる。そこからケガの有無を窺わせることはなかった。

 

「結構。して、どう読むね」

「あの将軍の見立て通りでしょう。トリステイン、ゲルマニア、ロマリアの三国は確実に攻めてくるでしょう」

「うむ。勝ち目は?」

「我らの方が不利でしょうな。地の利を差し引いても……というより、あのワイバーンが出てくればそれだけで戦況が崩れます。報告によればシェフィールド殿と技術協力を経て作成された新砲を直撃したにも関わらずピンピンしていたとか……」

「……閣下の虚無ならば」

 

 ワルドが痛い目に二度も遭わされたナツミの事を思い出したのか、若干蒼い顔をしながら的確に現状を報告し、その脇にいたフーケが軽い調子で繋ぐ。実際に多くの死体を蘇らせた様子を見ていただけに、虚無の力の有無に関して疑うことはなかったようだ。

 

「……そう当てにされても困るな。強力な力はおいそれと何度も使えるものではないのだ」

 

 クロムウェルは期待を裏切ったせいで心が痛むのか気まずそうにそう告げた。

 

「まあ、その点は良い。策もある、してここに子爵君を呼んだのは訳がある」

「なんでしょう」

「君に任務を与える。やってくれるな?」

「なんなりと」

「メンヌヴィル君」

 

 クロムウェルの声に、執務室の扉が開き一人の男が現れた。

 白髪と顔の皺で年の頃は定かではない。一見しただけでは剣士とも見える程ラフな格好に鍛え抜かれた肉体だが腰には杖が下げており、メイジであることは察せられた。

 彼の顔は特徴的であった。

 額の真ん中から、左目を包み、頬にかけての火傷の痕がある。

 

「メンヌヴィル君。こちらがワルド子爵だ。……子爵も聞いたことくらいあるだろう?彼が白炎のメンヌヴィルだ」

 

 その二つ名を聞きワルドの目が険しくなる。伝説の傭兵メイジとも呼称される凄腕のメイジ。炎の使いでありながら、冷たい心の持ち主で戦場では貴賤はもとより老若男女の区別なく灰燼へと変えると言われている。彼が、まだ現役で傭兵しているにも関わらず伝説と呼ばれるは相対した敵は残らず殺し、味方もあまりの残虐さから口を紡いでいるからとも言われている程だ。

 

「さて、子爵。君には、彼が率いる部隊をとあるところに運んでほしいのだ」

 

 ワルドの顔に不機嫌さが滲む。仮にもスクエアメイジに名を連ねる自分に運び屋をやれというのかとその目は語っている。

 

「そう怖い顔をしては困る。余は万全を期したいのだ。小部隊とはいえ、秘密裏に舟で彼らを運ぶには風のエキスパートが必須だ。その中で万が一の不測の事態にも対応できる者と言えば子爵、君しかいないのだ」

「……御意」

 

 そこまで持ち上げられてはワルドに断ることはできない。

 

「して、何処に向かえばよいのですか?」

「まず、防備が薄く占領しやすい場所であること。つまり、首都トリスタニアから近すぎてはいかん。次に、政治的なカードとして、重要な場所であること。ということは遠すぎてもいかん」

「政治的なカード?」

「さよう。貴族の子弟を人質に取ることは、政治的なカードとして充分であろう」

 

 ワルドは得心がいったのか歪んだ様な笑顔を浮かべた。

 

「トリステイン魔法学院だ、子爵。君はメンヌヴィル君を隊長とする一隊を、夜陰に乗じてそこに送り込みたまえ」

 

 

 

 

 

 その頃、防備が薄いと思われている魔法学院では―――――

 

 エルジン達の研究室に顔を出す一人のメイド娘が居た。ナツミを始めとする女性陣は怪しげな研究をするコルベールとエルジンが籠るそこに極力近づかないようにしていたが、シエスタは例外であった。

 幼少からゼロ戦を見てきた彼女は機械に対して強い好奇心を持っていた。それに自身の召喚適性も機属性というものもそれを助長していた。なにより、彼女の相棒エレキメデスは元々はエルジンのサモナイト石であったし、機属性では文字通り並ぶ者がいない実力者で学ぶ点も多かったのだ。

 

「あれ~居ないのかなぁエルジンさぁ~ん」

 

 呼べどもエルジンの返事は返ってこない。

 召喚ランクがすでに一流の使い手と同等のAランクの召喚獣も使える彼女だが、目指すはSランク、偶には理論的に機属性の召喚術を聞こうとやって来たのだが相手が留守とあっては無駄足にしかならない。

 一応、奥まで見るかとシエスタは魔窟を進む。

 

「なにこれ?」

 

 若干引き気味にシエスタは呟いた。

 シエスタの視線の先、幾つもの工具が散らばる床にはコルベールとエルジンが死んだように眠っていた。

ときおり、「遂に……」、「ようやく……」

などと呻いていた。

 

「こんなところで寝たら風邪を引いちゃいますよ……っ!?」

 

 取り敢えず、タオルケットでもかけようと塔に取りに行こうと踵を返そうとしたシエスタにそれが目に入った。よろよろとシエスタはまるで吸い込まれるようにそれに近づく。

 そこには、エスガルドの真紅の機体とは異なる漆黒の体を持つ機械兵が直立していた。

 

「エスガルドさんじゃない……でも綺麗。動かないのかな?」

 

 メインモニターと見られる両目は暗く、機械兵が起動している様子は見られない。普段は触ることのない機械兵にシエスタはこれ幸いとペタペタと触り出す。

 滑らかで冷たい機体は残暑で火照った手の平に心地いい。

 

 ヴォン。

 

 シエスタが遠慮無しに機体を触っていると突然、両目に光が宿り、現代風に言うとHDDが起動するような音が辺りに響く。

 

「な、なになに!?」

 

 自分に原因があるのを自覚したのかシエスタは後ずさる。その間にも、機械兵は起動に向けてシステムの立ち上げを行っていた。

 やがて各部の排気口から空気を吐き出すと徐に首を上へ傾ける。

 そして、

 

「クタバリヤガレェェ!!!!悪魔ヤロオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 彼がかつて、最後に叫んだ言葉をそのまま叫んだ。

 

 彼の名はゼルフィルド、かつて悪魔の軍勢に一人で突貫して自爆を敢行した勇者であった。

 

 

 

 

 機械兵、ゼルフィルド。

 リィンバウムにて断崖都市デグレアから黒の旅団の総指揮官であるルヴァイドの片腕として聖女アメルの誘拐を幾度となく狙ったかつて調律者であるマグナ達の敵であった機械兵である。

 機界にて名匠と名高いゼルシリーズを冠する彼はゼルの名に相応しく索敵、射撃に優れた機体であった。

それを証明するように生身の人間を差し置いて総指揮官の副官も務めていたところからそれが窺えた。だが、断崖都市デグレアは悪魔メルギトスによって都市の人民全てが悪魔に憑依させられた魔都に変えられていた。

 つまり、黒の旅団はルヴァイドを始め悪魔の手の平にまんまと踊らされていたのだ。それを知った総指揮官ルヴァイドは愛する都市を滅ぼされた怒りからメルギトスに突貫し、重傷を負う。

 自らの無力さを嘆き、涙を流す主人を見てゼルフィルドは冷静な機械兵には無縁の熱い感情に突き動かされ主を守るために悪魔の軍勢に突撃した。

 

「自爆しーくえんす作動!」

 

 リィンバウムで遺跡から発掘されたゼルフィルドに待っていたのは畏怖と好機の視線。かつて侵略するためにリィンバウムに送りこまれた彼だったが、長い年月の末にその命令はすでに無きものとなっていた。もはや彼の故郷は機械のみの世界となっていたのだから。

 やがて彼はデグレアの一旅団たる黒の旅団へと組み込まれた。

 そこでも彼は自分が畏怖と好機の視線に晒されるだろうと、無感情に思考していたが、彼の予想は外れた。黒の旅団の長であるルヴァイドは機械兵であるゼルフィルドをなんら差別しなかった。あくまで一兵士として接し、功績があればその都度それを差別することなく認めゼルフィルドもそれに答えた。

 気が付けば、ゼルフィルドは彼の副官に抜擢されていた。その時ゼルフィルドはモーターが高回転するのを自覚していた。人間であれば鼓動の高鳴りと呼ばれるその現象はゼルフィルドを困惑させたが、不思議とありもしない心が満足するような錯覚を覚えていた。

 そして最後の戦いにて自分を人間の部下と変わらぬ目で見てくれた主人が傷つけられて、ゼルフィルドは初めて命令を無視した行動をとった。

 まともに戦っては勝てない。

 故にゼルフィルドは自爆を選択した。

 後悔は無い……などと言うことはない。

 まだまだ仕えていたい。例え、自分より先に主が逝こうとも、その最後の時まで共に居たかった。

 だから彼は叫ぶ、そう人で言う心と呼ばれるものの赴くままに。

 

「クタバリヤガレェエエエエエエエ!!!!悪魔ヤロウゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 それが彼に残されていた最後の記録だった。

 

 




後半のゼルフィルドの話は妄想なのであしからずです。
それまで機械的に喋っていたのに、最後の叫びから彼なりに感情があったのでは無いかと考えたらこうなりました。
ルヴァイドは元敵であったイオスも副官にした上にやたらと慕われていたのでゼルフィルドもこんな感じなのかと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 再演の機械兵

 

「う、うう……う、ゼルフィルドさん、には、そ、そんな……つ、つらい過去があったん……ですね……う、ひっく」

 

 突然、謎の叫び声をあげて起動したゼルフィルドにシエスタはドン引きしたものの、叫んだ後は特に何もせず、自身の周りを静かに観察するゼルフィルドに危険はないと判断したシエスタがゼルフィルドに素性を聞くと、割とペラペラと身の内を説明し始めた。

 数多の機械兵の残骸から優れたパーツを寄り合せて復活したゼルフィルドは以前よりもハイスペックなボディを手に入れていた。見かけこそオーソドックスな漆黒の機体だが、それもあくまで外見のみ。

 そんな彼のパワーアップしたセンサーは、大気のマナや周りの物質からここがリィンバウムではない事をすでに捉えていた。

 突然、起動したため最後に発した言葉を叫んでしまったものの、彼は機械兵らしく冷静であった。取り敢えず、周りに居た三人の人間の内、自分を再起動して人物を唯一立っていたシエスタだと認識したのだ。

 その身に纏った機属性の魔力もゼルフィルドには好ましかった。……床に転がる少年からも相応の魔力を感じたが小汚い姿から恩人と認識するのは躊躇われたのだ。

 

「しえすた殿。敬語ノ必要ハナイ。私ヲ再起動シテクレタ貴殿ハ恩人、……早々二主ノ元ニ帰還デキナイ今ハしえすた殿ガ仮ノますたーダ」

「ま、ますたー?私はそんな大層な人物じゃないですぅ」

 

 二メートルを優に超える機械兵が放つ威圧感に生来の平民癖が出て、思わずびくとしてしまうシエスタ。

 

「敬語ハイイト言ッテイル。普通ニ話シテクレ」

「ええ~!で、でも……」

「……」

 

 別にゼルフィルドは睨んでいるつもりはないが、シエスタからすれば緑の光を放つ二つのメインモニターの光は睨まれているようにしか見えない。それに加えて無言の圧力。

 シエスタにそれに逆らう勇気は無かった。

 

「わ、分かった。ゼルフィルドさん」

「サンモ要ラナイ」

「分かった。ゼルフィルド」

 

 本人が全く自覚してない威圧感から希望通りの対応を得られたことで心なしかゼルフィルドは嬉しそうに頷いた。

 

「ム……」

「ど、どうしたの?」

 

 満足そうに頷いていたゼルフィルドだったが、自己診断していた自身の新たな機体の不備を察知し、声をあげた。

 

「実ハ……」

 

 ここまで修復されれば自己修復で大方の機能は回復可能だが、それでも解決できないものがあった。

 それは……

 

「えねるぎーノ残量ガ足リナイ……何トカ出来ナイカ?」

「え、えねるぎーって何?」

 

 どうやらエルジンが使った機械兵の残骸からはエネルギーが充分あったバッテリーがなかったのだ。とは言っても通常稼働なら数年持つが、無駄にパワーアップされた新ボディでは戦闘を数回こなせばで無くなってしまいかねない残量だ。

 

「電気ガ一番好マシイノダガ……」

「電気?……あ!ちょうどいいのがあるよ」

「本当カ?コノ世界ノ文明れべるデハソレホド期待シテイナカッタノダガ……ン!?」

 

 バチバチと空気が帯電する音が響き、ゼルフィルドは機械ではありえないであろう嫌な予感と言うものを初めて感じていた。視線こそ向けなかったが、彼の強化されたセンサーは同じ世界の盟友が召喚されたのを感知していた。

 ああ、確かに彼は電気が好ましいとは言ったが……。

 

「えっとぉ……ボ、ボルツショック!」

「ヌオオオオオオオオオオオオオ!?ヤ、ヤメ、gagagagagagagggggg!」

 

 電化製品に過電流を流せば誤作動を起こすのは必定。

 好物と勘違いしたシエスタによりゼルフィルドは再び黄泉の国へと引き返しかけた。

 

 

 

 

「ごめんなさい……」

「ム、謝罪スル必要ハナイ。次回カラ気ヲツケテクレレバイイ」

 

 しょんぼりと言った様子がぴったりの体でシエスタは顔を俯かせゼルフィルドに謝罪していた。そんなシエスタをゼルフィルドは攻める様な真似はしない。かなりの機属性のマナを纏っていたことからシエスタを勝手に機属性の優れた召喚師だとゼルフィルドは思い込んでいたのだが、話を聞くと彼女はこの世界、ハルケギニアの原住民でイレギュラーな召喚師だという。

 それに機械というものはこの世界に存在しないという。

 そんな文明レベルの世界の人間に電気の性質云々、機界云々の話は酷である。幸いにも壊れずに済んだのもあるし、あまり自分を怖がらないシエスタに好感も抱いていたゼルフィルドはさらりと話題を変えることにした。

 

「トコロデしえすた一ツイイカ?」

「う、うん」

「私ヲ修理シタ人物ハ何処ダ?」

「え?そこに寝てる人達だけど……」

「…………」

 

 シエスタが指さすままに視線を床に送ると先程、小汚いと判断した子供とこれまた小汚い上に頭が禿げた中年が呻き声をあげて転がっていた。

 彼の電子脳は目まぐるしく回転していた。ルヴァイドに会う前の彼であれば、修理を施してくれたエルジンとコルベールをマスターと呼ぶのも吝かではなかったが、指揮官として主として凛とした態度を常々とっていた彼を見た後ではどうにも、床で平気で寝る人物をマスターと仰ぐのは無理だった。

 なのでゼルフィルドは二人の事はとりあえず流し、先に宣言した通りシエスタを仮のマスターとした。 ……勝手に。

 文字通り命を懸けた魂の叫びからゼルフィルドは多少人間臭くなっていたようだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、魔法学院でゼルフィルドが電撃を浴びている頃、王都トリスタニアの謁見の間にロマリア皇国の使者が訪れていた。

 使者の名はジュリオ・チェザーレ、ロマリア皇国のトップである聖エイジス三十二世ことヴィットリオー・セレヴァレに深く信頼された少年である。少年が傅く先には、ジュリオから受け取った書簡を見て明らかに顔を顰めるアンリエッタの姿があった。

 書簡にはこう記されていた。

 ロマリアがトリステイン、ゲルマニアの両国の同盟に参加し、ハルケギニアの治安を著しく損なうばかりか、始祖が遣わした三杖の杖の一つであるアルビオンを滅ぼした大罪を償わせる侵攻作戦を聖エイジスの名の元に勅令として公布すると。

 アンリエッタ自身は国力の差もあるので、侵攻はせずに物資などがアルビオンに流入しないように手回して、アルビオンを疲弊させるという考えがあっただけにこの勅令には賛同しかねた。

 艦隊の編成こそ急務で行っているが、これも侵攻する意思があると見せかけるための策であった。侵攻するしないに関わらず、タルブ戦で失った艦は補填しなくてはならないし、侵攻する意思があるとアルビオンが思えば常に厳戒態勢を向こうがしなければならなくなり、疲弊効果が高まるからだ。

 だが、聖エイジスの名の元に勅令を出されれば動かなくてはならない。ブリミル教を国教とするトリステインがこの勅令を無視すれば、たちどころに異教徒の烙印を押されてしまう。

 そうなればせっかく同盟を結ぶと言ってきているロマリアとの同盟がなかったことなってしまう。

 そうアンリエッタはこの勅令を飲まざるを得なかった。

 とは言っても、トリステインに益がないかと言えばそうでもない。現在分析されているアルビオンの戦力とトリステイン、ゲルマニア同盟の戦力差は五分五分に近い。この状況でロマリアが同盟に参加してくれば、五分の天秤は三国の同盟へと優位に働くのは間違いない。

 けっしてトリステインに損にならないこの勅令にアンリエッタは悩みに悩んでいた。その理由は……勅書には書かれてはいなかったジュリオがヴィットリオーから言付けられた伝言にあった。

 ジュリオはアンリエッタにこう伝えた。

 

「教皇は仰っておりました。タルブ戦で素晴らしい活躍を見せたナツミ殿とミス・ヴァリエールにも作戦に参加してもらいたいと」

 

 アンリエッタの背に冷や汗が流れる。

 ナツミの力が知られているのはまだいい、別に隠してはいないしというかあれほど大きいワイバーンだ隠す方が無理だ。だがルイズは使い魔であるナツミが凄まじい力を持っていると見られているだけで、彼女自身には大した力が無いということにしていたのだ。

 悪い言い方をすればナツミはルイズの隠れ蓑だ。虚無と言う六千年ぶりに現れた稀代のメイジであるルイズの。

 虚無の力はタルブ戦でのルイズから凄まじいということをアンリエッタは知っていたが、それ以上に虚無という言葉が持つ力の恐ろしさを知っていた。ルイズが伝説の系統である虚無に目覚めたとあらば、虚無の使い手こそ王たるべきと考える輩が出ないとも限らない。実際にアルビオンはそうなった。

 そしてルイズは幸か不幸か始祖の血脈に連なる開祖の庶子の家系たる公爵家。力とともにブランドも持った彼女を担ぎ上げ、良からぬ企みを講じる連中が出ないとも限らない。

 ルイズが裏切ることは絶対ないと信じているアンリエッタではあったが、逆に言えばルイズ以外の貴族は信用していない。故に隠していた秘密を暗に知っているという態度を見せられたアンリエッタに選択の余地は無かった。

 

 

「……受け賜りました、そう聖下には伝えて下さい」

 

 大切な友人達を再び戦場に向かわせなければならない。

 アンリエッタの口腔には苦々しさと血の味が広がった。

 




申し訳ないのですが、今回の連続投稿はここまでです。
次は再びウェールズの閑話を一話ないし、二話挟みたいと思います。
残りも僅かですが、お正月を健やかに過ごして頂ければ幸いです。

今年も宜しくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 ウェールズのリィンバウム逗留期その2

お待たせしました。
パソコンを新調したり、相も変わらず入職者が居なくて大変ですが、私は元気?です。



 ウェールズはあんぐりと口を開けて、それ(・・)を見上げていた。

 その隣でラミはウェールズの左手を握り、薄くではあるが何処か得意げな表情を浮かべていた。

 

「これが……召喚鉄道かい?」

「うん」

 

 ようやく平静さを取り戻したのかウェールズはぎこちなく口を開いた。

 だが、その視線は目の前の巨大な生物に注がれていた。この巨大な生物は召喚術によってリィンバウムに招かれた召喚獣であり、その役目は自身の身体に繋がれた貨車を運ぶこと。所謂、馬車や牛車の召喚獣版である。

 ラミとしては本当ならもう少し、何か話したいと思ってはいるのだが、悲しいかなラミはまだまだ幼い少女、召喚鉄道が走っている場所位なら分かるが、その運用方法などはさっぱりだった。

 

「大勢の人間と、荷物を一度に運ぶことが出来るのか」

 

 しかし、そこはリィンバウムより文化レベルは進んでいないとはいえ、ハルケギニアでは一流の教育を受けていたウェールズ。召喚鉄道をざっと見渡しただけで、ある程度の概要を掴む。

 情報にしろ貨物にしろ新鮮な事に越したことは無い。ハルケギニアでも移動の速さから要人が出かける際は竜を使ってはいるが、いかんせん絶対数が少なすぎる。それに一度に運べるものにも限りがある。風石を利用して空飛ぶ船も有るが、これも経費が掛かるという欠点がある。召喚鉄道にはそういう欠点は無い。

 

「これはすごい」

 

 目の前の召喚鉄道の利便性に気付いたのか、ウェールズは知らずそう口にしていた。それと同時にこれと似たような事がアルビオンでも出来ないかと考え始めた。軍事用、商業用と幅広く応用できそうだとうんうんと一人で頷いている。

 

(……大きな動物さんが好きなのかなぁ)

 

 目を輝かせて召喚鉄道を見やるウェールズを見てラミは大きな動物が好きなのかと一人で勘違いしてしまう。

 

(誰かに召喚してもらおうかな……)

 

 二人が各々の考えから復帰するのには幾ばくかの時間が掛かったとは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「……ただいま」

「戻ったよ」

 

 幾ばくか日が傾きかけたころ、二人は若干立てつけが悪くなっているフラットのドアを開けて、帰宅を告げる。ここが我が家であるラミはともかくとして、ウェールズもこのフラットに戻って来ると王宮に居た頃よりも安心感を得るまでに馴染んでいる。

 フィズやガゼルが毎日の様に騒々しくしていたり、モナティがドジを踏んだり、リプルが怒ったり、なんだか変わった来客が良く訪れる落ち着きの無い家にも関わらずだ。

 

(本当に楽しいなここは)

 

 自分でも意識せずにウェールズはニコニコと調理場に買ってきたものを置きに行く。もう慣れたものだった。

 食堂を通り抜け調理場に向かおうとしたところで、ウェールズは食堂に椅子に座る来客達に気付く。

 

「ん?ウェールズとラミか、お邪魔してるよ」

「お邪魔しています」

「イリアスとサイサリスじゃないか。いらっしゃい」

「……」

 

 二人の来客にウェールズは嬉しそうに破顔する。来客はこの紡績都市サイジェントの守護を担う若き騎士団長イリアスと、その補佐であるサイサリスであった。

 イリアスは人好きのする笑みを常に湛える金髪の美青年であり、サイサリスはじと目が特徴的で、ラミと同じく無口な少女である。

 

「今日はどうしたんだい?夕飯でも取りに来たのかい?」

「ははは、リプレのご飯は美味しいからねって、実は残念ながら別件なんだ」

「とはいえ、夕食がてらお話をしようとこの時間に訪れた訳ですが」

「……う」

「ふふふ」

 

 サイサリスの的確な突込みにイリアスは思わず口淀んでしまう。どうやら夕飯をご馳走になる腹積もりだったらしい。

 

「作る側としては嬉しい話ですけどね。でももう少し待ってもらえるかしら?あとラムダさんも呼んだんですよね」

「やれやれ、今日は随分と客が多いな……まさか」

「勘がいいねガゼル」

 

 それまで何処にいたのやら、夕飯の気配を察知してガゼルが何処からともなく姿を現す。そしてイリアスとラムダという紡績都市サイジェントの騎士団の重鎮とも言えるメンバーが集まることに、何か感づいてしまう。

 

「まぁた厄介ごとかよ。うちはただの貧乏孤児院なんだぞ。何でも屋と勘違いしてるんじゃないのか?」

 

 どこの世界に魔王や悪魔の軍勢を屠る孤児院が有るのだと突っ込みたいイリアスだったが、ナツミが居る時点でありとあらゆる常識から外れていることは明白だった。

 

「何でも屋程度で解決できるなら、僕達で何とかするさ。君達に協力を仰ぎたい。と言うだけで何となくわかるだろ?」

「あー分かった、分かった。後でまとめて話してくれ」

 

 冗談めかした自分の問いに生真面目に答えるイリアスに、ガゼルはひょいと腕を振るうと自分の席へと座る。騎士団でも手が余るとなれば、先の無色の派閥の乱、傀儡戦争の様な厄介ごとだと気付いたのだ。

 

「そう言えばイリアス」

「なんだい?」

「ナツミが今、居ないって知ってるのか?」

 

 眉を顰めながらガゼルはフラットの現状をきちんとイリアスが知っているか確認をとる。後で話を聞くとはいえ、ナツミの力がいるほどの事態だと流石にそれは大事すぎる。

 

「知ってるよ。出来れば彼女が居てくれたほうがいいけどね」

「ってことは、無色の時程はヤバくないってことか?」

「うん。……というか流石にあんなことがそうそう発生してほしくないよ」

「全くだ」

 

 二人はお互いに肩を竦め、苦笑しあう。互いに世界を救うその一助を担っただけあり、その笑いには何処か哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

源罪(カスラ)だと!?」

 

 イリアスの話を聞いて真っ先に反応したのはソルだった。いつも冷静な彼らしくなく。荒々しく両手をテーブルに叩きつけ、誰がどう見ても動揺しているのが見て取れた。

 

「ソル、落ち着け話がまだだぞ」

「―――――っ」

「ソル」

「ああ……済まない。続けてくれ」

 

 話を良く分かっていない子ども組まで、ソルに注目する中、落ち着いた声音でレイドとラムダが注意を促すと、自身の醜態に気付いたのか、ソルは素直に謝り、イリアスに続きを促した。

 

「いや、ここは一度、霊属性のエキスパートに源罪について詳しく聞いておきたい。悪魔王メルギトスの遺した悪意の遺産とは分かっているが、どの程度、不味いのかいまいち分かっていないのが現状なんだ」

「……分かった」

 

 再び、皆の注目が集まったのを肌で感じながら、動揺がなるべく出ないように呟くと、ソルは源罪について訥々と説明を始める。

 

 源罪とは魔王と呼ばれる最上位の悪魔が操るとされる見た目は黒い風であり、人間が持つ憎しみや暴力といった負の感情は太古の昔にこれを浴びたのが原因とされている。太古に浴びただけで未だにその影響が残っていることから素のままにこれを浴びれば、それが及ぼす災害は際限ない負をまき散らすとまで言われている。

 さらに不味いのはそのまき散らされた負の感情と血は悪魔に膨大な力を与え、リィンバウムでもサプレスと同様に事実上の不滅の存在に至ってしまうという。

 

「おいおい!それってマジでヤバいじゃないか!?」

「あぁ、しかし実態が無いものをどうしろというのだ?」

 

 悪魔の力を知っているが故か、ガゼルとエドスが青い顔をして声を張り上げる。世界、敷いてはフラットを守る為ならば力を惜しまない二人だが、黒い風という漠然とした物に対処する手段は無いように感じられたのだ。

 

「うむ。ただ剣を振るえば良いって問題でもなさそうだな」

「ソル、なにかいい手段は無いのか?」

 

 ラムダも腕を組み唸ってしまう。レイドはナツミという規格外を除けば、間違いなく世界最高峰の召喚士であるソルが何か打開策を打ち出すのではと一縷の期待を寄せた。非凡なる召喚士であり、さらに霊属性を極めた彼ならば、何か手段を講じれるのではと考えたのだ。

 

「……」

 

 レイドひいては、テーブルに着く全ての視線を受けながらソルは黙り込んでしまう。それは、沈黙でありながら、雄弁な答えでもあった。

 そもそも、源罪という言葉であれほど、ソルが動揺していたのだ。最初から答えは出ていたと言えた。

 そして、ソルが、世界最高峰の霊属性の召喚士が、手段を講じれないとなると―――――――。

 

「あ、ちょっと待って、源罪については、どうにかする解決作があるんだ」

 

 絶望に打ちひしがれる皆の話の腰を折るようにイリアスが明るい声を放った。

 

「……は?」

 

 少し間を開けて、それまでのイメージを覆すようなソルの間抜けな声が辺りに響く。

 

「ど、どうにかって、源罪をどうにかしたって事か?」

「そうだよ。と言うか現在進行中」

 

 混乱から抜けきらぬソルを尻目にイリアスは訥々と、長い長い説明を始めた。エルゴの王が表れるよりも昔に存在したという最強の召喚士の一族、クレスメント家とメルギトス、そして豊穣の天使アルミネの深い因縁で結ばれた歴史を。

 

 

「つまり、そのアメルって子が豊穣の天使アルミネの転生体で、今わの際にメルギトスがまき散らした源罪を浄化するために大樹へとその身を変えたってことか」

「そうだね」

「おいおい、それじゃあ俺たちに頼みたいことってなんだよ?源罪ってのは俺達にどうこうできるもんじゃないんだろ?そのなんとかって奴が変身した木が浄化しきるのを待つしかないんじゃないのか?」

 

 

 うんうんと頷き合う、イリアスとソルに対して、二人の意図が分からず堪らずガゼルが大きな声を張り上げた。ガゼルが疑問に思った通り、源罪は人の力でどうこう出来るものではない。それに即効性は無いとはいえ、源罪が現在進行形で浄化されているなら、差し迫っての脅威は無いように思えた。

 

「そうだね。浄化に何年費やされるかは不明だけど、源罪に対して僕らが出来る事は無いね」

「なら、なんの用で……」

「でも、その浄化を担っている大樹を悪魔達が見過ごすと思うかい?」

「っ!」

 

 ガゼルを遮ったイリアスの言葉に食堂に会した多くのメンバーがはっと何かに気付いた様にイリアスに視線を集中させた。

 源罪は負の感情を増幅させ、そこから生まれる絶望や恐怖、憎悪が終わり無き戦争を再びリィンバウムに齎すだろう。そしてそれが更なる負の感情を生み、それらを糧とする悪魔を際限無く成長させてしまう。ならば自分達に利する源罪を浄化してしまう大樹を悪魔達が放っておくはずがない。

 

「アメルって子と一緒にメルギトスを倒したメンバーが中心となって、悪魔達に抗してはいるから、焦ることは無いんだけどね。流石に事が事だからね。戦力は有るだけあったほうが良い。というか魔王と戦った君達が協力してくれると非常に助かるんだ」

 

 大樹が根を下ろしている聖王国は自らの復活のために暗躍したメルギトスとその配下のせいで多くの騎士が失われたからね。とイリアスは眉を顰めた。

 

「僕らも協力したいのは山々なんだけど、知っての通り各地で活性化した悪魔達も放っては置けなくてね。自由に動けて且つ、腕が立つ君達の手を貸してはくれないか?」

 

 しんと静かになった食堂にイリアスの声が響いた。

 そして、その言葉に真っ先に反応したのは、ソルだった。

 

「もち……」

「任せろ!」

「しょうがねぇなぁ」

 

 だが、ソルの言葉に被せるように二人の男、ジンガとガゼルがやる気に満ちた声とどこか諦めた声を上げた。

 

「ジンガ、ガゼル?」

「あぁ、それ以上、何にも言うじゃねぇよ。どうせ自分一人ででも手伝うとか言い出すつもりだったんだろう」

 

 ソルが背負い込みやすい性質(たち)だと既にフラットメンバーには周知だ。不器用で素直ではないガゼルだが、そう言った機微には聡い。かつての無色の派閥の乱の折に、彼がフラットのメンバーに隠していた正体に苦悩を抱え込んでいた。

 

「今更だ。こんな話を聞かされて手伝わねぇ奴なんて、この中にはいねぇよ」

「すまない」

 

 神妙に頭を下げるソルに、有らぬ方向を向いてガゼルは鼻を鳴らす。誰が見ても照れを隠しているのは明白だった。

 

「じゃあ、協力してもらえるのかな」

「あぁ、悪魔達を放っておいて良い事なんざ無いからな」

 

 協力を得られた事にほぅとイリアスは安堵の息を吐き出した。このメンバーが断る可能性は無きに等しいが、ナツミが不在の為、万が一にも断られてしまうのではと心のどこかで思っていたのだろう。

 

「では、急な話ですが二日後に出発でもよろしいでしょうか?」

「二日後……仕方ない事が事だからな」

 

 ラムダは腕を組みながらそう呟いた。他にもレイドが剣術道場が、とかエドスが石切の現場とか呟いているが、基本的にフットワークの軽い一同だ。そこまで悪影響は無い。

 大して詰まることなく一同は話し合いを進めていく。そんな中、たった一人の声が響いた。

 

「私も、それに協力させてもらってもいいかな?」

 

 そこには何故か、やる気に満ちたウェールズがにこやかに笑っている姿があった。

 

 

 




 前のノーパソから一括で買った一体型パソコン。あまりの性能差とOSの違いに驚いてしまいました。
 最近はライトミステリーやらホラーミステリーなんかを読んだりしてます。
 速読とは行かなくても大抵三時間で読んでしまうため、推理小説を推理小説として読んでいないことに最近、気付きました。何処から辺から犯人分かった?って聞かれても、主人公が犯人追いつめるまで分からないという。

後、前のパソコンが完全に死んでいるのに気付き焦りました。起動しねぇ。一体型を購入してから二日後に死んでるって……そこまで頑張ってくれた事に感謝です。
お蔭で何話か編集した本編が、遥か彼方に逝ってしまいましたが……。

 ホラーもいつか書いてみたいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 ウェールズのリィンバウム逗留記その3

ウェールズ編、その3です。
作中でフォルテとミニスのネタバレがありますのでご注意ください。


 トライアングルメイジ。

 それは一概に言える事ではないが、ハルケギニアにおいてエリートと言って差し支えないメイジのクラスである。ドット、ラインが大半を占めるメイジ達においてスクエア、トライアングルは十分に優遇されている。

 ウェールズも風のトライアングルメイジであり、その名に恥じない腕を持ってはいる。ルール無用の戦いならまだしも、決闘などではそうそう負けはしないだろう。王族故に受けた最高の教育は伊達ではない。

 

(……多少程度は戦える。そんな事を思っていたのだが……)

「くっエア・ハンマー!」

 

 ウェールズは空気を硬く凝集させた見えざる槌を己に迫る人型のそれに躊躇い無く叩きつける。常人を凌駕する身体能力を持つそれも、見えざる攻撃には分が悪かったのだろう。青白い肌をしたそれはエア・ハンマーをまともに食らい五メートル近くも吹き飛ばされる。だが、背から突き出た皮膜を張った翼を数度はためかせ、なんなく着地してしまう。その様子からウェールズの魔法はほぼ効いていないのは明白だった。

 

「これが悪魔か」

 

 ウェールズに見据えられた悪魔は、悔しがるウェールズの視線が心地良いのか、耳まで裂けた口角を厭らしく歪ませると、楽しそうに青白い肌を笑い声に併せて揺らせた。悪魔はほぼ人型ではあるが、病的な青白い肌に二つの角、一対の翼を有し、その右手には得物なのだろう人では片手では持ち得ぬ大剣を軽々と持ち上げていた。

 一しきり、ウェールズの恐怖を堪能した悪魔は大剣を肩に担ぎ、翼を持って跳ねるように駈け出した。

 

「ブ、ブレイド!」

 

 大剣を膂力に物を言わせて振るう悪魔に対して、慌てた様子でウェールズはブレイドの魔法を唱え杖を剣の如く強化する。風を唸らせ自らに迫りくる大剣をウェールズは間一髪受け止める。

 

「ぐぅうう!」

「―――――――」

 

 悪魔は攻撃を受け止められたことに、僅かに顔を顰めたが、顔面を歪めながら鍔迫り合いをするウェールズの苦しむ様が琴線に触れたのか、残酷な笑みを浮かべ耳障りのする笑い声をあげた。

 

(ま、不味いなんて腕力だ)

 

 渾身の力で受け止め続ける大剣がまるで引くことのない様子にウェールズの全身の筋肉が悲鳴をあげる。杖と大剣越しに悪魔はウェールズとは対照的に不気味な笑みを浮かべていた。

 

「王子大丈夫か!?おらぁ!」

 

 徐々に押されつつあったウェールズの右脇からジンガが飛び出し、渾身の力を込めた右こぶしを叩き込む。両手が塞がった上に、目の前で苦しむウェールズを注視していた悪魔は、顔を驚きに歪めること以外を許されず地面を数度バウンドするほどの威力で打ち据えられてしまう。

 

「まだまだぁ!」

 

 人間ならほぼ戦闘不能になってもおかしくない程の攻撃を仕掛けたにも関わらず、ジンガは迷うことなく追撃する。そして丁度、悪魔が起き上がるタイミングで再び、ストラをたっぷり込めた拳を二度三度と振るう。脇腹を抉り、くの字に体を曲げる悪魔は反撃すら許されない。

 

「大丈夫ですの?」

「あぁ、幸いにも怪我は無いよ」

 

 恐怖かはたまた先の鍔迫り合いで必要以上に力を込めたせいか、震える両手で杖を握るウェールズにモナティが心配そうに寄り添う。モナティはこんな戦場に関わらず相も変わらずぽやぽやとしている。

 そんなモナティの様子に少しは余裕が見えたのか、ウェールズは周りに目を向ける。

 数多くの悪魔達が未だ攻めているものの、ソル達は全く怯むことなく悪魔達を押し返している。

 数多くの悪魔達、そしてそれを総べる魔王達と戦った彼らには、むしろ余裕と言っていい戦況だった。

 

「むっ」

「ち、降りて来いよ!」

 

 目の前の悪魔を切り捨てたレイドが眉を顰め、ガゼルが空へと短剣を投擲し、悪態を吐く。自分達の劣勢を思い知ったのか、悪魔達は各々の翼をはためかせ、戦いを空中からの急襲へと切り替えた。しかもそのうちの何体かは直接、大樹へと飛んでいく。

 

「不味いっ!モナティ!」

「はいですの!」

 

 悪魔達の狙いを逡巡することなく見抜いたソルは、温存していたモナティへと支持を飛ばす。

 

「力を貸してですの……ワイバーンさん!!」

「なっ!?」

 

 支持を受けたモナティから服を靡かせるほどの魔力があふれ出る。その膨大な魔力と、ワイバーンという単語に驚くウェールズを放って、空に輝きが生まれ、巨大な影が顕現する。

 

「GAAAAAA――――――――――――!!」

 

 ナツミが駆るワイバーンと遜色ないワイバーンが咆哮をあげる。

 突然、大樹の守るように現れたワイバーンに悪魔達は驚愕に目を開くが、そんな驚きに攻撃の手を緩めるワイバーンではない。大木の程もある尾をまるで鞭の様に撓らせ、悪魔達を打ち据えた。

 

「――――――!?」

「―――――――!」

 

 防御も回避も出来ずに悪魔達は地面に自分の体でクレーターを穿ちながら絶命する。ワイバーンは地に伏した悪魔達には一瞥もくれることなく、口腔の端々から揺らめく炎を見せたかと思うと、轟々とうねる炎を幾つも吐き出した。

 空気を熱し、火線の尾を引きながら、火球の群れは悪魔達を燃やし尽くさんと突き進む。

 悪魔達は苦々しげに叫び声を上げながら、有る者は火球を避け、有る者は受け止め、また有る者は無残にも、炎の渦へと巻き込まれていった。

 

 

「モ、モナティもワイバーンを召喚できたのか」

「えへへ、マスターとお揃いですの!」

 

 傍から見ると庇護欲を掻き立てる容姿をしたモナティだが、その腕力は獣人だけあってかなりのものだ。そしてソルやミモザ、ギブソンといった最高峰の召喚士には劣るが、一流の召喚士と遜色の無い魔力も有している。伊達にエルゴの王たるナツミのパーティの一人ではない。ワイバーンやミミエット、Aランクの召喚獣までなら召喚可能だ。

そして曝炎の花が咲き乱れる中、モナティに続き、ソルやカイナと言った召喚士達が空に向かって次々と強力な召喚術を放つ。

 悪魔達が突然、直接大樹を狙う策は確かに、意表を突く形にはなったようだが、逆に遮るものが無くなった為か、悪魔達は次々に地へと落ちていく。

 

「ウェールズ、大丈夫か?」

「あぁ」

「ふむ……どうやら制空権は完全にこちらのものになったようだ。残党が引いていく、一度拠点に戻るぞ」

 

 幾ばくかの悪魔達の残党は各々傷を覆いながら、怨嗟の声を喚き、また一人、また一人と、空の彼方へと去っていく。これ以上の進撃は無駄だと悟ったのだろう。

 ソルは周囲の安全を確認すると、満身創痍と言った体のウェールズの肩を労をねぎらう様に叩き、戦場の余韻が徐々に薄れゆく、その場を去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 ウェールズは簡易ながらも石で形作られた物見櫓の上で一人、大きな月を眺めていた。

 ハルケギニアでは煌々と光る二つの月が夜を照らすがリィンバウムではそれを補う様に大きな月が一つ輝いているだけだ。良く見れば、月の表面の影もハルケギニアのそれとは大きく違っていた。

 

「……まさか、ここまでの力の差があったとはね」

 

 昼間の悪魔達の襲撃で、思った以上にフラットのメンバーとの力の差があった事にウェールズは地味にショックを受けていた。モナティですら一人でレキシントンを叩き落とせるだけの力を持っている。ソルやアカネがナツミは規格外だと散々言っていたが、全員が全員、ウェールズから見れば規格外だ。

 だが、これは比べる相手が悪すぎる。ウェールズとて経験こそ少ないものの、悪魔相手に一方的に倒される程、弱くは無い。フラットのメンバーは各々が得意分野でリィンバウムのトップクラスの猛者達なのだ。これと比べられる方が可哀想だ。

 自身の力の無さに嘆いたウェールズが夜の見張りを自ら買って出たのは、そんな負い目からだった。

 月明かりが優しく身を包んでくれる中、ウェールズは両肺の空気を吐き出す勢いで溜息を吐く。淀みなく溜息は夜気に紛れて行くが、胸のつっかえはまるで無くなることがない。

 

「よぉ、王子様。溜息かい?」

 

 不意にウェールズの背に無遠慮な声がぶつけられた。

 ウェールズが後ろを振り向くと、背に大剣を背負い、快活な笑みを浮かべた大男が立っている。

 

「君は……?」

「フォルテってんだ。よろしくな王子様」

 

 落ち込んでいるウェールズとは対照的に、フォルテはからからと明るく笑うと、ウェールズの横へと並ぶ。

 

「どうしたんだい?まさか、私、一人じゃ心配だから見に来たのか?」

 

 普段の彼なら別として、落ち込んでいるウェールズは反射的に皮肉を込めた言葉を発してしまう。自ら志願した見張りだが、先の戦闘ではほとんど活躍などしていない。だからこそ、お守役が来たのではと思わず邪推してしまったのだ。

 

「ん?もう二時間経ったぜ。交代の時間だから来たんだが?」

 

 フォルテの返答に、そんなに思索に耽っていたのかとウェールズは驚くと同時にそれ以上に再び落ち込んでしまう。見張りなのにロクに周りを見ていなかったこと、そしてフォルテに要らぬ八つ当たりをしてしまったことに。

 

「……すまない。少し疲れているようだ」

「そうみたいだな。っておいおい、そのまま帰るやつがあるか」

「……なんだい?」

「まぁ、相談ってわけじゃないが、そうだな……愚痴でも良いから少し吐き出して行けよ。そのままじゃいつか爆発しちまうぞ」

 

 急に掴まれた肩を胡乱気に見詰めながら、ウェールズはフォルテの提案に乗ってみることにした。フラットのメンバーにはこれ以上の迷惑は掛けられない。それにこのフォルテは豪放磊落な所はエドスに良く似ているが、身の端々からは並の貴族以上の気品差が有る。そう、どこか自分とも似ている何かをフォルテからウェールズは感じていた。その妙な親近感がウェールズが心の内を吐露してもいいかと思わせたのだ。

 その不思議な感覚に小さく笑うとウェールズはフォルテにこれまでの経緯を話し始めた。

 

「わははは!」

「笑うところではないんだがな」

 

 フラットのメンバーの無茶苦茶を笑い飛ばすフォルテに、ウェールズも抗議はするものの、可笑しそうに笑う。

 

「まぁこっちの連中も大概だけどな!」

 

 フラットのメンバーはエルゴの王ナツミを筆頭に秘密結社の総帥の息子、騎士団のお偉い方だが、フォルテの方も、エルゴの王には及ばないまでも伝説に伝えられる調律者(ロウラー)の末裔マグナ、天使の転生体アメル、

半機械人間、等と割とすごいメンバーである。というかフォルテもぶっちゃけ聖王国の王子である。そして知る者は限られるが、ミニスも腹違いとは言え現聖王国の王の直系の血を継いでいる。つまり初代エルゴの王の血を継ぐ者が二人も居るのである。

 

「確かに、昼間の戦いは凄かった」

 

 まだ近接戦は良い、無論あれだけの身体能力を持つ悪魔を一蹴する力は相当だ。だが召喚士達の火力はウェールズが知るハルケギニアのメイジの火力を遥かに凌駕するものだった。まさに世界が違うと言えば世界が違うのだが、それにしても凄まじいの一言に尽きる。

 

「まぁ、気にするな……って言っても、こればかりは本人が納得しないとな」

「そう……だな」

「そうだ!」

「!?」

 

 しきりに顎を撫でていたフォルテが突然、大声を上げ、面白そうに笑顔を浮かべる。

 

「なぁ王子……いや、ウェールズ」

「な、なんだ?」

「どうだ?俺で良ければ剣の修行の相手をしてやるぜ?」

 

 背の大剣の柄を力強く握り、フォルテはこれは妙案とばかりにうんうんと一人、頷いている。

 

「そう……だな。むしろそう言って貰えてありがたい。頼ってもいいだろうか?」

「わははははは!こっちが相手をしてやるって言ってんだ。気にすんな!」

「ぐっ!うっ!?ちょっと痛いんだが?」

 

 ばんばんとフォルテに叩かれた背に痛みを覚えるウェールズ。そこには痛みに顔を歪ませながらも、先までの憂いは何処にも見て取れなかった。

 

 

 

 




フォルテが何となく高貴な血筋というのは薄らと察してましたが、まさか王子でしかもミニスの異母兄とはびっくらこいた覚えがあります。
確かに色が金髪とか緑とか、獣属性とか伏線は有ったんですよね。それにマーン家って霊属性の名門なのに、なんで獣属性?ってのもありました。
更に王家の血を継いでいるから、膨大な魔力が有るって、主人公、ヒロインでも十分こなせる属性持ちじゃないか!


ウェールズ
クラスチェンジ!
王子⇒異世界の王子


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 火の意味

 コルベールはシエスタの手伝いをするゼルフィルドを興味深げに眺めていた。

 その身に搭載している兵器はコルベールの知識を遥かに上回る超技術の産物だが、ゼルフィルドの人格はコルベールにとって嬉しい物であった。

 周りの貴族、平民も驚いてはいるようだが、ガリアにはガーゴイルという魔法で動く人形があることが、周知な為、好機の視線はあれど、皆に受け入れられたようだった。

 エルジンと見慣れぬ機械を組み上げていた時は好奇心でぶっ飛んでいたが、いざ完成の時にふと思ったのだ。兵器を内蔵し、戦争目的に作られた機械兵は一体どんな人格をしているのだろうと、彼が知っている機械兵であるエスガルドは感情が人間よりも少ないものの紳士的で理知的であった。だが、聞けば機械兵とは元々主の命を受けてエルジン達の世界を侵略してきた外敵であったという。

 主の命を忠実に聞き、たとえそれが殺戮であったとしても実行する。その考えに至った時、コルベールは、忘れてはならぬ過去の己の罪を思い出していた。まさにそれは上司の命を受けてあらゆる任務をこなした自分と同じだと。そんな考えが頭をもたげていたため、コルベールはゼルフィルドが起動しているのを見た瞬間に思わず身構えてしまった。

 もし目の前の機械兵が今でも異世界に侵攻すると言う命令を順守しようとしたならばこの身に代えても止めねばならぬと。

 だが、それは杞憂だった。

 いつの間にやら、主従の契約を結んだのか、この学院で働く何故か召喚師の素養があったメイドの少女シエスタを仮のマスターと仰いで言うことを聞いているではないか。慇懃にシエスタに接するゼルフィルドと機械兵に特に怯えもせずとんちんかんな受け答えをしているシエスタを見て気が付くとコルベールの方から力が抜けていた。

 

 コルベールは過去の罪から逃避するために、自らの属性の火での破壊を禁じ、火を国の人の役に立つ事のみ使う事を己に課した。しかし、いくら研究しても彼の満足のいく結果へと辿り着くことは出来なかった。

 罪の象徴の首筋の火傷が熱を持ったように、罪を贖えと苛むように痛みを放つ。

 そんな中、ナツミが持って来てくれたゼロ戦という機械も喜びはしたが、戦争の道具と聞き心の何処かでは落胆していた。そして、その中で出会った機械兵エスガルド、兵器でありながら人と共に暮す彼を見て、徐々に火の新たなる可能性がコルベールに見えてきた。

 そして、さらにエルジンと共同で修理したゼルフィルドがシエスタと共にいるのを見て、それは確信に変わった。火は破壊の象徴だ、しかし一方で食を生み出し、人々の暖となる。本能の欲望の赴くままに使うからこそ火は破壊の象徴なのだと、ならば火を律することで人は理性の獣足りうるのだと。ゼルフィルド達、機械兵もそうだ。彼らは強力な破壊兵器をもっているが、今のゼルフィルドはシエスタの仕事の手伝いを率先して行っている。

 洗濯の仕方が分からず首を傾げ、シエスタに一つ一つ教わってる様子からは彼が侵略兵器だったと思う者はいないだろう。それを見て、コルベールは再び自分の信念に火が付くのを感じた。

 このハルケギニアで皆の役に立つような発明をしてみせると。

 そんな決心をしたコルベールに声をかける人物がいた。

 

「ミスタ・コルベール?」

「ん?おお、ミス・ツェルプストー。君か、たしか君には火の使い方について、聞いたことがあったね」

「ええ」

 

 キュルケは明らかに不快感を顔に張り付けて相槌を打った。

 

「どうしたのかね…?」

「ミスタ。貴方は王軍には志願なさいませんのね。……男子生徒達の多くが戦に赴くというのに」

「ん……ああ戦は嫌いでね」

 

 苦いを通り越し吐き気すら感じる忌まわしい過去を思い出しコルベールは沈痛な表情を浮かべて答えた。

 キュルケにはその表情が臆病風に吹かれて戦に行かぬ言い訳をしている情けない男にしか見えなかった。

 

「同じ火の使い手として、恥ずかしいですわ」

「ミス……いいかね?火の見せ場は……」

「戦いではないと?いい加減聞き飽きましたわ。……火を使う資格もない臆病者の戯言にしか聞こえません。……とんだ炎蛇ですこと」

 

 キュルケは静かに、しかし反論を許さぬ声色でコルベールにそう言い放つと踵を返して歩き去って行った。

 コルベールはキュルケの軽蔑を通り越し、侮蔑すら混じった言葉をぶつけられたにも関わらず、怒ってはいなかった。ただただ、火が皆に与えるイメージがここまで破壊に染まっていることが悲しかった。

 悲しみを背負ったままコルベールは最近はエルジンと寝食を共にするようになった研究室へと戻り椅子へと座る。コルベールはしばらく考え事をしていたが……、いろんなものが雑多に積まれた机の引き出しを、首にぶら下げた鍵を使って開けた。

 その中に閉まってあった小さな箱を取り出すと、それを取り上げ、蓋を開く。炎のように輝く赤いルビーの指輪がそこにはあった。その炎のようなルビーの輝きを見ていると、かつての罪がまざまざと脳裏に甦る。

 自らの罪がコルベールを責め、苛む。

 そんな中、コルベールに声をかける者がいた。エルジンだ。

 

「先生、何やってんの?」

「ん?ああ、エルジン君か」

「ああ、じゃないよ先生。望遠鏡の改良が出来たよ。今夜は晴れるみたいだし、月の観察にはもってこいだよ」

 

 エルジンの明るい声に、コルベールの暗くなっていた心が少しだけ晴れたような気がした。刃物も人を斬るなら剣となり、食材を切るなら包丁となるのだ。役に立つからこそ正と負、両方の面を持ってしまう。

 

「そうだね。今夜が楽しみだ……そうだ、火は決して破壊だけのものではない」

「なんか言った先生?」

「いや、なんでもないさエルジン君。さぁ今夜使う実験機器の準備でもしようか」

 

 知らず、口にした語尾にエルジンが反応するが、コルベールはやんわりとそれを流した。

 自分が言わずともエルジンは既に自分が到達したそれに気付いているのを知っていたからだ。

 エルジンと共にあーでもない、こーでもないと実験機器の準備をするコルベールの脳裏の苦悩は少しだけ薄れていた。

 

 

 

 

 ゼルフィルドが復活してシエスタと共に学院で働いている頃。

 ナツミとルイズは再びヴァリエールの領地へとやってきていた。

 理由はアルビオン侵攻に際してのルイズとナツミの従軍に関してだ。アルビオンへの侵攻作戦が魔法学院に発布されたのは、夏休みが終わって二か月が過ぎた頃……、先月はケンの月のこと。

 

 何十年ぶりの遠征軍の編成で本来なら王軍は士官不足になるところであったが、幸いにもロマリア皇国が同盟に参加してきたことで戦力の増強ができたので、貴族学生の士官登用と言う事態は避けられた。

 侵攻作戦を押す強硬派は最後まで学生の登用を上申していたが、枢機卿とアンリエッタの両名、魔法学院の学院長の反対にあった為だ。戦力が拮抗しているならまだしも、三国同盟により戦力は二国同盟の頃よりも大分増強されている。無理に急造の士官を揃えることこは利点よりも害の方が多い。

 とは言っても、自ら志願する生徒達を抑えきることは出来ず、ギーシュを始めとした男子学生達の多くが従軍することにはなったが。

 これはトリステイン貴族特有の誇りの高さが原因だった。

 一部の男子学生が従軍することを自慢し、残ることを希望した者達を臆病者と罵ったのだ。元々プライドの高い彼らはそれは耐えられなかった。内心では怖がりながらも、次々に長期休暇許可申請を出す生徒達を悲しげに学院長は見ていた。普段は漂々としているが、学生達を愛する心は持っているのだろう。

 そして、ルイズとナツミだが、当初二人は侵攻作戦に組み込まれてはいなかった。

 いや、ナツミ自身はクロムウェルが持っているだろうアンドバリの指輪、そして忌まわしき魅魔の宝玉の欠片を回収するために参加するつもりではあった。人間同士の戦争に気乗りはしないが、多くの死者を出し、戦争特有の負の感情が渦巻くそれは悪魔にとって最高の栄養源だ。

 低級悪魔しか今は確認できていないが、それほどの負の感情があれば強大な力を持つ上級の悪魔を呼ばれかねない。

 だからこそ、アルビオンに赴くにはそれ相応の危険が伴う。故にナツミはエルジン、エスガルドが守護する魔法学院にルイズを残していくつもりであった。二人に加え、最近めっきり強くなったシエスタが居れば、ほぼ鉄壁の守りを誇るからだ。

 しかし、予想とは違った方向で頓挫した。

 ロマリア皇国。教皇ヴィットーリオ・セレヴァレによるルイズとナツミ二人の戦争への参加依頼である。書簡には依頼すると書いてありながらも、送られてきた書簡の様式は勅令の体裁を取っていた。

 つまり、教皇から下された女王アンリエッタへの命令であり、アンリエッタにそれを断る事は出来なかった。教皇の命を退けられない力無き自分への情けなさと、友人を戦場へと送らねばならない苦悩からか、直接二人に戦争への参加を告げたアンリエッタの唇からは薄く血が滲んでいた。

 それを見て断る事が出来る程ナツミは薄情では無い。ルイズを戦場に連れて行くことに抵抗はあったが、ナツミの傍に居れば身の安全は確保できるし、なんならソルを連れていけばいい。そんなこんなあったものの従軍することに決めた二人だが、二人の従軍に反対する者が居た。

 それはルイズの父、ヴァリエール公爵だ。

 親馬鹿の典型、特に末っ子ルイズに並々ならぬ愛情を注ぐヴァリエール公爵は、従軍する旨をルイズが手紙で伝えると、従軍はまかりならぬという返事が返って来たのだ。

 最初ルイズは無視しようかと思いはしたものの、それはあまりに不義理と考えてナツミと共に再び帰省する運びとなったのだ。

 

「揉め事にならなきゃいいけどね」

「なったとしても仕方ないわよ。勅令なんだし……ってか私を置いていくつもりだったのよねナツミ」

 

 これから起こる事態が想像がつかず、楽観的な事を呟くとルイズがそれに乗ってきた。

 後半は明らかに若干の糾弾の色が見えた。

 

「うっ!ははははは……」

「笑って誤魔化しても無駄よ!」

「いや、戦争なんて体験しないにこしたことはないよ?」

 

 ナツミ自身が世界征服に取りつかれた狂気の召喚師の集団と戦った事があるだけに、あの戦場の空気をルイズに知って欲しくなかった。ナツミが現代日本で戦争を知らずに生きてきたことがそれに拍車をかけていた。

 

「もう遅いわよ……ラ・ロシェールやタルブでの戦いがあったでしょ?……それに」

 

 最近はなんだか平和で忘れかけていたナツミだったがルイズとて戦争を目の当たりにしたことをすっかり失念していた。

 

「それに?」

「私達は主と使い魔でしょ?」

 

 信頼してくれと視線で訴えるルイズ。

 召喚して間もない頃の縋る様な瞳はもう鳴りを潜めていた。

 立ち止まらず、常に最善を尽くそうと胸を張って生きるナツミの生き方にルイズも触発されたのかもしれない。

やや目じりが上がり気味にその瞳には意思の強さを表す強い光が宿っていた。その力強い光は、リィンバウムに居るナツミの仲間達のそれと良く似たものだった。

 その光に、思わずナツミは笑い声をあげる。

 

「あはっ!それもそうか!ごめんなさいマスター」

「モ、モナティの真似はいいわよ!」

 

 真面目に想いを告げたのに何処か茶化されたのが恥ずかしいのか、ルイズは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 そんなルイズをナツミは楽しげに眺めていた。

 そして改めて決心する。ルイズを力の限り守り抜くと。

 

 

 

 

 

「あ、ご、誤解しないでね!ナツミは使い魔より……と、友達と思ってるんだから」

「ぷっははは!言わなくても分かってるわよ」

 

 

 別にナツミは先の言葉をそのままの意味でとってはいなかったが、慌てて訂正するルイズが可愛くて思わず更に吹き出してしまった。そんなナツミを見てルイズは頬を膨らます。

 ワイバーンは自らを背で、繰り広げられる漫才を欠伸をしながら聞いていた。

 

 

 

 

 アルビオン侵攻作戦はもう近い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 戦争、それぞれの思い

 渋みががったバリトンの唸り声が高い天井にまで届き、その空間に響き渡る。その声色から、声の主は苦々しい感情を抱いている事が窺えた。

 

「ぐむむむむむ」

 

 口髭を揺らしながら、謁見の間から退出してきたのはヴァリエール公爵。

 そんなヴァリエール公爵をナツミとルイズは眺めていた。ルイズの実家ヴァリエール領へと向かった二人ではあったが、その翌日にはヴァリエール公爵と共に王都トリスタニア、王宮へと来る羽目になっていた。

 二人の従軍が女王アンリエッタから下ったというか教皇からの勅令と聞いたヴァリエール公爵が、二人と話しても埒が明かないと判断したためだ。

 ヴァリエール公爵は王宮に着くなり噛みつかんばかりの勢いで謁見の場に飛び込むと、アンリエッタとマザリーニに勢いよく捲し立てた。それは貴族としての威厳よりも、教師に文句を言う親馬鹿であった。

 何故、学院の生徒の士官登用を反対して、同じく魔法学院の生徒、しかも女子である娘が登用されるのかと。ヴァリエール侯爵のそれはそれはすごい剣幕であった。主にその剣幕の矢面に立ったのはロマリアの宗教庁から赴任してきているマザリーニ。

 ルイズとナツミの従軍に際してマザリーニが何かしたかと考えたのだ。マザリーニとしては教皇からの勅令そのままを伝えただけなのだが、血走った眼で己を睨むヴァリエール公爵は何を仕出かしても、不思議では無い危うさを秘めいて、要らぬ警戒心を煽られた。

 しかし、いくらヴァリエール公爵がトリステインで有数の権力を持っていようと教皇に逆らうことは躊躇われた。教皇の勅令に逆らえばトリステインは異端扱い、ならば勅令に反対するヴァリエール公爵を異端とし、国から切り離されてしまうだろう。

 そうなれば、家族ひいては家臣、領民全てに迷惑がかかってしまう。

 トリステイン貴族の中では珍しく統べる事の意味を理解している彼だからこそ、それが分かってしまった。納得できない苦々しさを漂わせながらも、彼は形ばかりの一礼をして謁見の間を後にしたのだ。

 

 

 

「あの、と、父さま……?」

 

 プルプルしながら俯く父におずおずとルイズは問いかける。

 

「おお!私の小さなルイズ!!」

「きゃあっ」

 

 ヴァリエール公爵は急に顔をあげ、ルイズに跳び付く様に抱きついた。

 

「教皇の勅令に逆らえない不甲斐無い私を許してくれ!!」

 

 戦場に娘を送り出さねばならない、そんな悲しさからおいおいとヴァリエール公爵は泣いていた。そして、今度は未だに涙が流れる瞳でナツミを睨む。

 実はマザリーニはヴァリエール公爵の興奮具合から説明してもろくに聞かないだろうと判断して、こう説明していた。

 タルブ戦でのトリステインの大勝利はナツミとそのワイバーンによってもたらされたものだと、だが使い魔風情がそんな大戦果をあげたとなれば王軍の将兵達との間で要らぬ軋轢を生んでしまう。

 そこで敢えてナツミの活躍を公にこう公表した。タルブの奇跡の光……始祖の力が降臨し、ブリミル教に反旗を翻すレコンキスタに神罰を下したと。

 これにより、始祖の加護があると思った将兵達の士気は飛躍的に高まった。

 だが、ここで思わぬ事が起こった。ブリミル教を国教に掲げるロマリアがこの奇跡の光を調査してナツミに辿り着き、ナツミの凄まじい力の事がバレてしまった。使い魔にそれだけに力があるのだ。ならばルイズは虚無に違いないとロマリアが誤解してしまった。

 それにより、二人は戦争への参加を勅令で告げられてしまったと。そんな説明を受けたヴァリエール公爵の心境は複雑の一言に尽きた。

 ルイズに笑顔を与え、カトレアの病を治し、歪だった家族の絆を癒してくれた比類なき恩人のナツミ。幾ら感謝してもしきれぬ彼女だったが、今回の遠征軍にルイズが参加する羽目になったのは間違いなくナツミのせいだ。

 だが、そもそも彼女がタルブ戦で戦わなければ今頃この国はアルビオンに飲み込まれていただろう。

 そんな思考ループにヴァリエール公爵は陥っていた。ひとしきりルイズを抱きしめた後、ヴァリエール公爵はゆらりとナツミの傍まで近づく。

 妙な威圧感にルイズもナツミも動くことが出来ない。

 

「ナツミ殿!!」

「は、はいっ!」

 

 王族もかくやという威厳溢れる声色に思わずナツミも背をしゃんと伸ばす。

 

「お主にルイズを頼んだぞ!」

「わ、分かりました……」

 

 それだけ言うとヴァリエール公爵は一人で帰って行ってしまう。このまま家に連れ帰ってもまた要らぬ考えが頭によぎってしまうからだ。

 皮肉にも家族を救ってくれた力は末っ子を戦争へと誘ってしまった。ままならないと公爵は頭を振るう。

 だが、同時に思う。自らの妻カリーヌと互角に戦った彼女ならルイズをきっと守り抜いてくれるだろう。

 戦争が終わった時は彼女を招いて家族で精一杯のもてなしをしようと彼は決めた。

 

 

 

 ヴァリエール公爵を見送った二人は、とりあえず戦争への従軍を認められたので学院に戻って出兵の準備をする事にした。

 

「戻ラレタカ、りんかー殿」

「た、ただいま」

 

 だが帰ってくるなり、召喚した覚えのない機械兵がナツミを出迎え、彼女は思わずどもってしまう。

 

(だ、誰?エルジンが召喚したの?)

 

「ゼルフィルドー何処ー」

 

 ナツミが混乱する中、シエスタの明るい声がアウストリ広場に響き渡る。機械兵―ゼルフィルド―はシエスタの声が聞こえるとその方向を向いて返事をした。

 

「ますたー、私ハココダ。りんかー殿ガ帰ッキタノデ出迎エテイタノダ」

「ナツミちゃんが帰って来たの!」

「……ますたー?」

 

 完全に話に付いていけずナツミの頭はクエスチョンマークで一杯である。自分が居なかった僅か二日間に一体何が起こったのであろう。

 

「あ、ナツミちゃん!お帰り」

「ただいまシエスタ……あの、この子は?」

 

 感情を見せずシエスタに視線を送って突っ立ているゼルフィルドを指さしてナツミは一番の疑問の解消を図った。

「あ、この子はゼルフィルドっていう私のお友達。エルジン君とミスタ・コルベールが先日修理を終えた機械兵だよ」

「ふうん。ああ、そう言えば機械兵のパーツを随分と持ち込んでたような……。というか良くそこまで復元できたわね。コンピュータってそんなに簡単に直るものなの?」

 

 

「普通ナラ、コウハ行カナイ。えすがるどガ二人ノさぽーとヲシテクレタ御蔭ダ」

「ふぅん」

「ソレニ運良ク、電子脳ガ無事ダッタノダ」

「ナツミちゃん。帰ってくるの早いね。ミス・ヴァリエールの実家に行くって言ってなかった?」

「ああ、実は……」

 首を傾げシエスタはナツミに問いかけた。

 ナツミはシエスタの問いに特に何も考えずに答える。

 戦争云々から、ルイズの父の反対と、許可を貰ったことを。だが、それは浅慮に過ぎた。友人が戦争に参加すると聞いて落ち着いていられるほどシエスタは大人ではない。

 

「どうしてナツミちゃんが戦争に参加するの!?」

 

 ナツミに肩を掴んで問いただす様にシエスタは大声を張り上げる。

 

「ど、どうしてって戦争を終わらせるためによ」

「終わらせるためだろうがなんだろうが、戦いは戦い。そんなの貴族の人達が勝手にやればいいよ」

「……それがしょうがないんだよ。私の持つ力は強大だって知られちゃってるしね」

 

 ナツミの言葉にシエスタは表情を曇らせ俯いた。そんなシエスタにかける言葉が見つからず、ナツミは俯くシエスタを眺める事しか出来なかった。

 しばらく、無言の時が流れる。ゼルフィルドは我関せずと微動だにしない。そして、シエスタががばっと勢いよく顔をあげる。

 

「なら私も行く!」

「ええ!?シエスタは平民じゃない!ダメよ!」

「そこらの貴族よりは役に立つよ!……力だったら私だって少なからず持ってるし!一緒に戦えるよ!」

「えええ!?」

 

 腕捲りしてまでやる気をアピールするシエスタ。

 そこらの貴族に聞かれたら面倒な事になる言葉を大声で放つシエスタだが、幸いにも貴族は居ない。

 しかし、周りが見えないほど、友人を助けたいという気持ちがナツミにも痛いほど感じられた。確かに今のシエスタならそこらの貴族より余程戦力になる。というか少なからず等と言うレベルでは無い。同年代のメイジだったら束になったところで、彼女には勝てないだろう。

 

 

「付き添いの侍女ってことにしておけば誰も疑いはしないし、敵も油断するかも……」

 

 妙にリアルに策を練り始めるシエスタ。だが、ナツミにシエスタを連れて行く気は無かった。

 戦いに連れて行ってしまった事があったが、今回のこれは戦争。今までの戦いとは規模が違い過ぎる。それにシエスタの機属性召喚術は目立ちすぎる。

 それを見た者達が虚無だとか騒ぎ出す可能性があった。と言ってもそれを素直に言ってもシエスタが聞かない可能性は多分にあった。無属性召喚ならその範囲に入らない事を勤勉なシエスタは知っているのだ。

 ナツミの単純な脳みそがフル回転し、それっぽい回答を導き出す。

 

「シ、シエスタにはこの学院に残った人達を守ってほしいの」

「え、この学院を?」

「う、うん!ほらこの学院って、身分が高い人がいっぱいいるじゃない?それを狙ってこないとも限らないでしょ?そうじゃなくても、キュルケとかタバサとか友達も居るしね」

「……」

 

 ナツミのそれっぽい理由にシエスタは神妙に考え込む。

 ナツミのセリフに思うところがあったようだ。

 ……無論、この適当な言い訳が本当に当たる等とはこの時のナツミは知る由もない。

 

「ダメかな?」

 

 ナツミに頼る事はあっても頼られることは無かったシエスタにナツミのそのお願いは劇的に働いた。

 

「っ――――――――わ、分かったよ!ナツミちゃん!学院は私に任せて!」

「う、うんお願いね」

 

 やる気に満ちたシエスタに呼応して魔力が溢れる。懐に入れた最も相性が良いサモナイト石エレキメデスが反応し辺りに電気を迸らせる。相性が良すぎるのも考えものだ。

 バチバチと当りの空気に溶けるそれをどもりながらも持ち前の魔法防御力で打ち消すナツミ。両手に力を込めながらシエスタは学院の平和を守ることを空に誓った。

 

 

 

 

 

 

 そんな学院の守り人が凄まじいやる気を出している中。

 魔法学院、いや魔窟を襲撃しようとする者達が居た。

 彼らが現在いるのはアルビオンの首都ロンディニウムから馬で二日の距離があるロサイスの街。

 隊長の名はメンヌヴィル。生き物、ひいては人間が焼ける臭いが三度の飯より大好きな人間であった。彼が率いるは十数名ほどの傭兵部隊だが、周りに放つ威圧感は重装甲槍兵一個大隊にも匹敵するほどだ。彼らが現在向かっているのは、ワルドとフーケが待つフリゲート艦だ。

 まさに今から彼らは魔法学院襲撃の為の作戦を実行しようしていた。

 

 

 メンヌヴィルはフリゲート艦に付くと、フーケ、ワルドと共に作戦の打ち合わせに入った。

 作戦の内容は魔法学院の占領について。クロムウェルは生徒を人質に取り、攻めてきた連合軍への交渉に利用しようと考えていた。

 夜闇に乗じてトリステインの警戒網を潜り抜け、直接魔法学院に攻め入る。一見無謀にも見える。しかし王都、国境等の要所は確かに警備が集中しているが、王都に程近く、しかも軍事的には価値が低い魔法学院は、警戒体制の中、平時と比べて銃士隊が派遣されいる程度しか警備が強化されていない。貴族の子弟と言う交渉材料がわんさか居るという事を考えてみれば、これはアキレス腱に成り得る盲点であった。

 

「しかし警備は他に比べて手薄とはいえ、メイジの巣だよ?ガキしか居ないとは言え、この数で大丈夫なのかい?というかあそこにはライトニング・クラウドを喰らった上にあたしのゴーレムに踏み付けられてもぴんぴんしている使い魔がいるんだよ……」

 

 実際に魔法学院を襲った上に、そこにいたヴァリエールの末っ子の使い魔に痛い目にあった事もあるフーケが作戦に不満を漏らす。

 

「なに、教師の殆どは戦争に参加するだろう。男子生徒もな。残るは女生徒ばかりさ、それにその使い魔も密偵からの報告だと王軍の士気を高めるために従軍すると言っていたしな……問題あるまい……行くのは私じゃないし」

 

 ナツミが居ると居ないではこの作戦の成功率は大きく変わる。

 流石にそれを確認しないほどワルドは愚かでは無い。フーケに聞こえないほど小さな声でとんでもないことを呟いているが。

 

「ふん。ならいいけどね」

 

 自分の進言を予想していたワルドの回答になんだか心を見透かされたような気がしてフーケはちょっと面白くなかった。

 

(……あんな女の子でも戦争に駆り出されるのか、ったくやってらんないねぇ)

 

 メンヌヴィルがワルド相手に、何やら自分の尊敬するかつて所属していた部隊の隊長の話を嬉しそうにしゃべる中、フーケは別の事を考えていた。自分を捕え、そして再び会った時もまったく臆することがなかった使い魔の少女の事を。

 見慣れぬ黒髪を靡かせ、月光に反射する剣を両手に構え、青き光を纏うあの少女はどんな困難でも障害でも難無く、切り裂いて仲間を守り通すだろう。純粋な力では無く、その心が何よりもフーケには眩しかった。

 あんな風に自身も生きられたなら、貴族の名を捨てることも無かったのかもしれない。そうでなくても妹のように思っている少女に自慢できるような仕事が出来たのではないかと。

 懊悩とするフーケとは裏腹にメンヌヴィルは過去に自分の顔に傷を負わせた男にもう一度会いたいと狂ったように笑い続けていた。

 




エスガルド、ゼルフィルド、シエスタ、エルジン。他原作メンバー。
こんな学院襲撃したくない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 出陣

お待たせしました。



 

 年末はウィンの月の第一週、マンの曜日たるこの日はハルケギニアの歴史に残る日となった。

 今日はトリステインとゲルマニア、ロマリア皇国の連合軍九万人を乗せた大艦隊が、アルビオン侵攻の為にラ・ロシェールを出航する日であった。

 弾薬の関係上、風石を節約せざるを得ない為、アルビオンがトリステインに最も近付くこの日が出陣する日と前々から決定されていた。もちろん迎え打たんとする神聖アルビオン側もこれを予想しているだろうが、戦力差がこちらの方が上なのと、とっておきの切り札が連合軍には有る為に彼らは敢えてこの日を選んだ。

 三国大小合わせて七百を超える艦の内、戦列艦が百、残りは兵や補給物資を運ぶガレオン船である。

 女王アンリエッタと枢機卿マザリーニはラ・ロシェールの港、世界樹桟橋(イグドラシルさんばし)の頂点に立ち、出航する艦隊を見つめていた。

 

「するべき戦いでは無いと言うのに……」

 

 それは本来なら女王の立場にあるアンリエッタが、口にしてはいけない言葉であった。

 三国の同盟があれば、アルビオンを空から封鎖して国力を削ぐのが正攻法だろう。だが、まだ年若く在位間もない彼女に三国の同盟を得られて優位に立った状況で勝ちを確信した国内の貴族達を押さえておくことは出来なかった。

 ヴァリエール公爵も口添えしてくれたが、いかんせん教皇の勅令がそれを邪魔してしまったのだ。そして、その教皇の勅令でアンリエッタは大切な友人のルイズとナツミをその戦争に送らねばならなくなったのだ。

 アンリエッタにその勅令を跳ね除ける事は出来なかった。

 女王という役職は、アンリエッタに最上の権力を与えると共に不自由も同時に与えていた。アンリエッタの政策は成功すれば多くの国民に益を与えてくれるだろうが、逆に失敗すれば同じ数の国民を苦しめる。

 何と言う不自由。気ままに我儘を言える姫殿下という立場とまるで違う。

 今回のアンリエッタのルイズ、ナツミへ王軍への参加を頼んだのはまさに血を吐く想いであった。勅令に逆らえばトリステインは異端扱いを受ける可能性がある。

 その業を背負うのはアンリエッタだけではない。国民達だ。

 国民達と友人、本来アンリエッタと同じ年頃の娘が迫られることのない選択肢にアンリエッタが下した結論は……国民達だった。だが、何も二人を死地に送り込むつもりで従軍させるわけではない、偏に彼女達が持つ、何者にも屈しない力をアンリエッタは信じたのだ。

 ウェールズを救ってくれた彼らならきっと帰って来てくれると。

 

「……それでも私が罪深いのは変わりありませんね。お友達を戦争に送るという事実は変わらない」

「……陛下」

 

 血が滲むほどの唇を噛み締めるアンリエッタを悲しげにマザリーニは眺めていた。

 自らの上司である教皇が出した勅令に苦しむアンリエッタに何も言えずマザリーニもまた苦しんでいた。

 

ヴィヴラ・トリステイン(トリステイン万歳)!!」

ヴィヴラ・アンリエッタ(アンリエッタ万歳)!!」

 

 見送るアンリエッタに将兵達が敬礼し、万歳を唱える。それは、船が見えなくなるまでアンリエッタの耳に鳴り響いた。やがて将兵達の声は聞こえなくなったが、アンリエッタ達の罪の意識が消えることは―――――無かった。

 

 

 

 畏敬と恐怖、羨望、多種多様な感情が入り混じった視線を浴びながらナツミはワイバーンの背からルイズ共々、甲板へと降り立った。

 ここは竜騎士達を効率良く運用するために建造された艦、ヴュセンタール号。役割を考えれば名も無き世界で言うところの空母に近い艦である。

 ワイバーンは見慣れぬ空に浮かぶ艦に降り立ったことで怯えるように周りを見る……なんてことはある訳も無く、ナツミに視線を飛ばす輩をじろりと睥睨する。

 その視線にナツミを見ていた者達は耐えられずに、ナツミ達から瞳を逸らした。

 ただ睨まれただけでまるで死を感じる程の生物を前にして、その視線を真っ向から受けられるほどの心胆を有す者はこの艦に居ないようである。

 若干それに気落ちしたのかワイバーンは僅かに火気を孕んだ溜息を吐く。彼女のマスターである誓約者(ナツミ)のリィンバウムにいる仲間達は、彼女を見ても僅かな怯えすら見せない生っ粋の英傑達だというのに、そんな者達にマスターの背は預けられないと、ワイバーンは自らが奮戦することを心に誓う。

 何故か闘気を漲らせるワイバーンに粗相をしてしまったのかと、船員達はますます怯える。

 そんな状況下でナツミ達に近付く者がいる訳も無く、二人はどうしたもんかと頭を悩ませていた。

 ここは軍艦、下手に歩き回るのは流石の二人も憚られた。と言うか何故誰も近付かないのか、ワイバーンを見慣れた二人に船員達の心が分かる訳も無くただただ立ち尽くすだけだ。

 だが、そんな二人に声をかける勇者がいた。

 いかにも腰が引けた様子のその人物には護衛官がついており、相応の階級を持った人物であることは軍なぞ分からないナツミ達でも理解できた。

 

「か、甲板士官のクリューズレイと、もも申します!」

「どうも」

「こ、こちらです」

 

 メイジの実力を見るには使い魔を見よ。と言う言葉がハルケギニアには存在する。そして、その言葉が間違っていない事は長いハルケギニアの歴史の中で証明されていた。

 その半ば常識と化したそれからワイバーンをなんなく御するナツミの実力を士官の男は理解していた。そうでなくても、ナツミに声をかけようとした瞬間にワイバーンが主に近付く自分達をじろりと見る様に彼らは肝を冷やしていたのだ。

 この艦に乗せられたどの竜と比べても倍以上も大きい体躯も怖れを抱くには十分だが、彼らだけを睨むその目には他の竜ではありえない深い知性を宿す理性の光を宿らせているのだ。それがなによりも彼らは恐ろしかった。

 このワイバーンはただのワイバーンなどではありえない。仮に韻竜と言われても信じるだろう。

 底知れぬもの、理解及ばぬもの、人はそれに恐怖する。

 その恐怖は主たる二人の少女にも及んでいた。

 彼は、二人に用意された、個室そして会議室に少女達を案内する最中、二人の問いに答える事さえ出来なかった。

 

 

 

 会議室にナツミ達を招いた将軍達は、冷や汗が流れるのを止められずにいた。最初見た時は年端もいかぬただの少女だと思い、見下すような視線を送っていたが、今はそれが無い。

 なぜなら入ってきた二人の内、剣を二振り佩びた少女からとてつもない威圧感が放たれていたからだ。

 その威圧感たるや、それぞれの国の皇帝、教皇、女王達を凌駕するほどなのだから。だが、ナツミがそんな威圧感を出しているのは何も最初に舐められては面倒な任務を次から次へと任されるからと頭を働かせたわけではない。……そんな、腹芸ナツミには不可能だ。

 ナツミが不機嫌な理由、それは自分達を案内していた士官の態度である。礼を失さずに丁寧に敬語で問いかけるナツミに対して、彼が取った態度はずばり無視。

 幾度となく問い重ねたが無視を決め込む態度にナツミの機嫌は急転直下の勢いで悪くなった。ただでさえ、参加したくもない戦争に駆り出されたのだ。しかも、その理由が教皇による勅令だというからなおさらだ。

 確かにナツミにはアルビオンに行く理由がある。だが、それはそれだ。

 それに、幼馴染を戦争に参加させねばならないアンリエッタに申し訳無い気持ちがあった。自分がルイズに召喚されたから、ルイズは戦争に巻き込まれてしまったのかもしれない。歴史にもしかしたら、なんて事は無い。それは人々の想像の中でしかない。だが、それでも自分に原因が有ると思ってしまうのは彼女のお人好しだからだろう。

 そんな事を思っている時に、あの士官の態度だ。

 誰であろうと怒るであろう。

 まだソルが隣に居ればいかようにでも宥められただろうが、隣に居るのはお嬢様育ちのルイズ。宥められる事はあっても宥める事など数えるくらいしかしたことのない彼女に今のナツミを鎮めろというのが無理と言うものだ。

 とは言え、このままナツミの威圧感に皆が黙っているわけにもいかず、一番上座に座る将軍が口を開いた。

 

「アル……ぅっ!ゴホッ!失礼っ……。アルビオン侵攻軍総司令部へようこそ!ミス虚無(ゼロ)、ミス・ヴァリエール」

 

 声をあげた途端にナツミの鋭い視線が将軍の瞳を射抜き、将軍は思わず閉口してしまったが、舐められてはいかんという貴族のプライドによりなんとか言葉を紡ぎ直すことを成功させる。

 

「私が総司令官のド・ポワチエだ」

 

 威圧感に背から汗を吹きだしつつも将軍は自らの身分を明かす。

 

「こちらが参謀長のウィンプフェン」

 

 将軍の左に腰かけた、皺の深い小男が頷いた。

 

「そして、ゲルマニア軍司令官のハルデンベルグ公爵だ」

 

 角のついた鉄兜を被ったカイゼル髭の将軍が、ナツミ達に重々しく頷く。多くの将軍達が乗艦するこの竜母艦ヴュセンタールはこの大艦隊の脳であり心臓。つまり旗艦であった。

 今この会議室には、この大艦隊を動かす将軍達の全てが集結していた。その理由はルイズとナツミ達の紹介である。

 

「さて各々方、集まって頂き大変恐縮です。彼女達こそ我々が陛下、そしてロマリア皇国の聖下より預かった切り札、虚無の担い手なのです」

 

 総司令官たるド・ポワチエの言葉に対する反応は彼女達を胡散臭げに眺めるというものだった。

 だが、それはあくまで表面上のみ。半数以上の将軍達が内心ではそれを認めざるを得なかった。ヴァリエール公爵の娘はともかく、その隣の少女、ナツミが放つ威圧感は圧倒的と言って差支えない。

 将軍達は決して口に出すことはないだろうが、ナツミとポワチエを比べるとまるで主人と奉公人程の格の違いを彼等は感じていた。……どちらが主人でどちらが奉公人かを明言はしないが。

 

「タルブ戦で艦隊を殲滅した奇跡の光を生み出し、そして七十騎以上の竜騎士を先程のワイバーン一騎で屠ったのは彼女達なのです」

「――――――っ」

「……なんと」

 

 胡散臭げに彼女達を眺めていた者達もその言葉にようやくその力を認めたのか、感嘆の声をあげていた。

 なにせ、先程上空を雄大に飛ぶワイバーンの姿を彼らは見ていたからだ。それを見て、ポワチエは満足したのか、演技臭い笑みをナツミ達へと向けた。

 その視線からようやくナツミは自分の立場を思い出す。

 あくまで虚無の魔法を使うのはナツミであり、ルイズは平均的なメイジで通す。それがアンリエッタ達と決めた事だった。虚無の力を持っているなど知られれば要らぬ争いに巻き込まれてしまう。

 それからルイズを守る苦肉の策だった。ルイズも最初もナツミばかりに重荷を背負わせることに顔を渋らせたが、マザリーニから下手をすれば家族にも迷惑がかかる可能性があることを聞かされると流石に黙った。

 せっかく本当の意味で仲の良くなった家族……それを壊すような真似は彼女には出来なかった。そんな泣きそうなくらい申し訳なさそうな顔をするルイズを見てナツミは一言。

 

「まぁ、世界の運命を背負わされるよりは大分軽いよ。気にしない気にしない」

 

 流石、とある世界を救った大英雄。

 器がデカかった。

 

 

 

 ポワチエの笑みからナツミが自分の役目を思い出して一人頷いていると、それをどう捉えたやら、ポワチエは総司令官としての立場を誇示するためか大人物然と話し始める。

 

「いきなり司令部に通して驚かせてしまってすまない。しかし、見て通りこの艦は旗艦ということで極秘扱いなのだ。竜母艦として特化させた故に大砲の一つも積んでいないのでな。それをきゃつらに知られるのは避けたかったのだ」

「は、はぁ……、しかし、どうしてそのような艦を司令部になさったのですか?」

 

 あのワイバーンを使役するという底知れ無さを持つナツミとは違い可愛らしいルイズの質問に、緊張感が和らいだのか、将軍達が苦笑にも似た笑いを辺りに漏らす。

 

「普通の艦では、このような会議室を作れんのだ。大砲の弾の置き場もあるしな」

 

 軍を指揮するのは攻撃力では無い。効率よく情報を集め、処理する能力が問われる。特化艦ということで、攻撃力が不足するが、その分は護衛艦に補って貰えばいいという考えなのだろう。

 

「談笑はそのぐらいにして、軍議を続けましょう」

 

 ゲルマニアの将軍の言葉に、他の将軍達も笑みを消し、姿勢を正す。

 二人を交えた軍議が今、始まった。

 




ネットが三週間ばかり繋がらず昨日ようやく復活した次第です。思わず暇を潰すために小説を大量購入してしまいました。
歴史小説はそれぞれの作者の考えがあって面白いです。三成さんは書く人のよっての評価が違い過ぎ。
自分は結構好きです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 風竜とナツミ

「べー」

 

 とルイズは会議室から廊下に出るなり扉に向かって舌を出す。

 

「嫌な感じ!ナツミを戦争の駒としか見てないわ!!」

「多分その通りね」

 

 会議室から退室したルイズはそれまで大人しくしていた反動からか顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。

 ナツミは珍しく真剣な顔をしつつもルイズへと相槌を打つ。かつて、ナツミは魔王をその身に宿しているのでは疑われた際に人として扱われなかった事があった。

 半ば犯罪者に近いその扱いは彼女をあわや幽閉にまで追い詰めた。……幸いにもソルがそれまでのキャラをかなぐり捨てて熱血した為、それは阻止されたがその時の扱いと今の状況は酷似しているようにナツミには感じていた。

 兵器と魔王の違いはあれど、ナツミを人として扱わないそれは、かつての不快感を想起させるには十分だったが、同時に彼女は安堵もしていた。本来なら真の虚無の担い手たるルイズがこの道具扱いを受けていたであろうからだ。

 ルイズの扱いはあくまでもナツミの主人、圧倒的な存在感を持つ彼女の舵を取るルイズを将軍達は無碍には扱えない。莫大な力を有すれど、その身は使い魔。そんなものに簡単に頭を下げる程、自らの誇りは安くない。などと下らない事を考えていたのだ。

 今回の作戦にナツミの力は不可欠、しかし使い魔風情に頭は下げたくない。

 ならばその主には?

 幸いにもルイズはトリステインでも最上級貴族の娘。

 使い魔に頭を下げるよりは、遥かにマシと将軍達は考えた。ナツミにはほとんど視線も言葉も向けずに、将軍達は軍議を続けた。ときおり向けられる質問は全てルイズを通してだ。だが、それは侮りと言うよりも自分達では御しきれない力を持つナツミを刺激したくないという恐怖の現れだった。

 そこに居るにも関わらず、居ないように扱われるナツミ。

 その態度に自らの使い魔でありそれ以上にナツミを友人と尊敬し、信頼するルイズが怒りの声をあげようとしたが、それはナツミ自身により止められた。

 

「ありがと、怒ってくれて」

 

 貴族の娘がする口元を隠した小さな笑いとは違う、歯を見せるようなナツミの笑顔は見るものに安心感を与えるものだった。

 本来であれば、自分がまるで兵器の様に扱われたはずだ。

 それをナツミが肩代わりしていることを気付かないルイズではない。だからルイズは将軍達を後先顧みずに怒鳴ろうとしたのだ。……情けない自分も諸共に。

 それなのに、優しい言葉と笑顔を向けられルイズは不覚にも泣きそうになった。

 だが、そんな顔を将軍達に見せたくないというプライドがルイズが涙を流すことを拒んだ。そんなルイズの心の機微はともかく、軍議は粛々と進む。

 軍議の結果、ルイズとナツミはダータルネスに三国連合軍が上陸するように見せかける陽動作戦を受け持つことになった。

 艦隊規模からすれば、真っ向から戦っても落とせない事はないであろうが、上陸兵を乗せた艦を落とされては多くの兵が損耗してしまう。

 幾ら数が多くても、元々は違う国の兵達、ただ単純に物量で考えるのは早計だ。三国の同盟は物量で言えば、かなりの大戦力だが同時に指揮系統の複雑化を招いていた。それは、敵の心理戦への脆弱さを内包している。

 多くの兵を有する連合軍は補給物資も膨大なものとなってしまう。長期戦は各国の軍拡で疲弊した経済力では賄い切れない。戦略的にも今後の政策的にも最大戦力で一気呵成に首都ロンディニウムを落とすのは三国ともに必須であった。その為に連合軍に必要なのは無傷で上陸する九万の兵だ。

 ナツミ達は虚無を用いてダータルネスに敵を引きつけ、その間にロサイスに本隊が上陸。

 今回の作戦の要はそこにあった。

 だが、ナツミの召喚術はかなりの汎用性を有するが、それでも敵を引き付けるという類のものは思いつかない。魅了の召喚術も有るには有るがそれも敵兵が有る程度、近くに居ないと効果は無い。

 眉を顰め悩んだが、それはデルフによって解決された。

なんでも、始祖の祈祷書に記された魔法は、必要な時に必要な魔法が読めるようになると。それを聞いた二人はとりあえず、明日までに最適な魔法を選んでおくと告げるとそれ以上の用はないとばかりに、半ば強引に退室を促され、現在に至っていた。

 

「まぁ、必ず勝たなきゃいけないし、そういうもんかもね」

 

 負けてしまっては、人権も何もない。全てが無くなってしまうのだ。

 ナツミは自分とルイズに言い聞かせるようにそう呟いた。

 理解したくはないが、少なからず戦いと言うものを経験したナツミは気落ちしながらも、与えられた自室へと戻ろうと会議室の扉に踵を返す。だが、その歩みは踏み出す事は無かった。

 ナツミ達の進行方向、その先には目付きの鋭い貴族が五、六人、ナツミを睨んでいた。

 

 

 

 

 

 年の頃はナツミやルイズと変わらない、少年と呼んで差支えの無いように見える。一行は皮の帽子を被り、揃いの青の上衣を纏っていた。杖は軍人……ワルドと同じレイピアタイプの物を腰に差していた。

 

「おい、お前」

 

 リィンバウムはまだしも、ハルケギニアの貴族に対して然程良い感情を抱いていないナツミはその言葉にカチンとくる。ついでに、何故かガゼルと最初に出会った時にいきなりナイフ片手にカツアゲされた時を思い出す。

 

「なによ」

 

 いまさらだが、ナツミの性格は乙女然としたものではない。かなり、男前な性格を彼女はしていた。

 少年達の言葉に臆することなく答えるナツミ。だが威圧感は出してはいない。扉の向こうには、各国のお偉いさん達が今も軍議をしている。流石にそれを忘れるほど短気では無い。

 

「来い」

 

 リーダー格の少年が顎をしゃくってナツミを促した。

 なんかやる気まんまんねぇ、とか思いながらナツミはつかつかと少年達の後ろを付いていく。

付いていきながらも、こっそり身体能力を強化するための憑依召喚の準備を行うナツミ。

 一行がやってきたのは、ワイバーンが眠っている上甲板。本来なら十騎近い竜を乗せることがそこは、今はナツミのワイバーンと隅っこの方に数騎の竜が居るのみとなっていた。広いところに出たことで、ここでやる気かとナツミが憑依召喚を唱えようとするが、

 

「なぁ、こいつはワイバーンか?」

「は?」

 

 一人の少年の思ってもみなかった言葉に思わずナツミは間抜けた声をあげてしまう。

 

「む、そうじゃないなら、なんなんだよ」

 

 馬鹿にされたのかと思ったのか、今度は違う少年が質問してくる。

 

「いや、普通にワイバーンだけど……」

 

 とナツミが呟く。

 

「ほらみろ!僕の言った通りじゃないか!僕の勝ちだ!ほら一エキューだぞ!」

 

 一番太った少年が、自慢げに胸を逸らす。すると他の少年達がしぶしぶとポケットから金貨を取り出して、その太った少年に手渡す。

 そのやり取りに、ルイズとナツミはポカンといった言葉がぴったりの顔をしてしまう。ナツミに至っては発動寸前まで準備していた憑依召喚術を意図せず霧散させていた。そんな美少女と言って差支えない少女達が揃って口を開けているというアレな光景を見て、少年達は気まずそうな笑みを浮かべた。

 

「驚かせたかな?申し訳ない」

「はい?」

「僕達は賭けをしてたんだ。こいつがなんなのかってね」

 

 眠っているワイバーンを指差してリーダー格の少年はそう言った。

 

「僕はワイバーンじゃなくて竜だと思ったんだ。流石に大きいし頭も良さそうだしね」

「僕は韻竜かな~。竜達の怯えっぷりが半端ないし」

「いくらなんでも韻竜はないだろ!もう絶滅したって言われてるじゃないか!」

「居るかもしれないだろ?世界は広いんだから」

 

 年頃の少年達らしい良い意味で馬鹿っぽい会話にナツミはやさぐれていた心が随分和んでいた。

 その光景はまるで名も無き世界に居た頃の学校のクラスの男子達の会話のようであった。

 

 

 

 

「僕達は、竜騎士なんだ」

 

一通り言い争いを終えてナツミ達の事を思い出した少年達は、中甲板の竜舎にナツミ達を案内した。トリステイン軍の竜騎士はタルブ戦で、ほぼ全滅に近い損害を受けた為、見習いだった彼らがそのまま正規軍として繰り上げられたと説明した。

 

「本来なら、あと一年近く修行しなきゃいけないんだけどね」

 

 そう言ってはにかんだ笑みを浮かべているのは、先程賭けに勝った太っちょの少年であった。聞けば彼は第二竜騎士中隊の隊長であると言う。

 竜舎の中にいたのは、風竜の成体達であった。タバサのシルフィードよりも二回りほど大きい見事な風竜だ。

 ……それでもワイバーンの半分もないが。

 

「竜騎士になるのは大変なんだぜ」

「そうなの?」

「ああ、竜を使い魔にできれば、簡単なんだけどね。皆が皆、竜を召喚できるとも限らないしね。使い魔として契約しない場合、竜は凄く気難しい。一番乗りこなすことが難しい幻獣と言われる所以でもあるんだ。なんせ、自分の背に乗るにふさわしい乗り手しかその背を許さないんだからね」

「うん、うん。竜はただ乗り手の騎手としての腕を見るだけじゃない。自分に相応しい魔力を持っているか?頭は良いか?そんなところまで見抜くだ。侮れない相手さ」

 

 竜騎士に選ばれること自体が大層な誉。少年達はそれに見合ったプライドの高さを持っていたようだった。

 

「だから君は運が良かったね。あれだけのワイバーン、普通なら、ううん普通でも乗れるもんじゃないよ?」

 

 ハルケギニアのワイバーンは本来、人を背に乗せる様な気性をしていない。

 とは言え、これだけのワイバーンを召喚する実力がある事は理解できるのでナツミを嘲るつもりは少年達は無かったが、ナツミからすれば召喚で使い魔の契約を交わしたからあれほどのワイバーンを乗騎として扱えると思われてるようで面白くない。

 

「ふぅん。ねぇ、その風竜に乗せてもらってもいいかな?」

「え、やめた方がいいよ。気に入らない人が乗ると容赦なく叩き落とすから」

「大丈夫よ」

 

 ナツミの妙な気迫に押されながらも、女の子が怪我するのは頂けないのかその身を案じる少年。

 ナツミはその忠告を聞きながらも、堂々と真正面から風竜へと近付く。

 そんな風竜はじろりとナツミへと視線を向ける。

 

「あ、馬鹿!せめて横からって……ええええ!?」

 

 竜の正面に立つ、ナツミに大声で警告するが、その声は途中で驚きの声に変わる。風竜はナツミがさらに近付くと、床に伏せナツミが乗りやすいような姿勢を取った。ナツミはそんな風竜の頭を優しく撫でると、颯爽とその背に乗る。

 ワイバーンの背も悪くはないが、風竜の鱗はワイバーンに比べて手触りが良いなぁなどとナツミは考えていた。

 

「ど、どういうこと!?、初対面の人間にあそこまで忠誠を誓うなんて……」

「こ、こんなことがあるなんて……」

 

 少年達は自分達に対してもしない風竜の行動に驚きを隠せないでいた。そして同時に気付く、この少女が契約によってワイバーンの騎手となっているのではないことを。真実、あの巨大なワイバーンを御して余りある実力をその身に宿していると。

 そんな少年達の感情を知ってか知らずか、ナツミは風竜の鱗の撫で心地を一頻り楽しむと颯爽と飛び降りる。

 

「よっ!と、こんなもんかな?」

 

 そう言って、にっこりと笑うナツミに少年達は不覚にも頬を染めてしまう。

 

「ナツミ大丈夫?」

 

 ぱたぱたとナツミに近寄るルイズ。

 大丈夫とか言いながらもルイズ自身はナツミの実力を微塵も疑っていない為、心配は一切していない。

 ただ少年達の向こうに居るナツミに近寄る口実が欲しかっただけだ。戦争と言うことで殺気立った艦の中、知り合いと離れるのは怖いのだ。……そんな事を口にするような素直な喉をルイズは持っていないが、近付くことが出来る分だけ前よりは素直になったのかもしれない。

 

「うん。大丈夫だけど、どうしたの?」

「う、ううん、なんでもない!」

 

 ナツミの笑顔に呆けていた少年達だったが、ルイズと喋るナツミの様子にその硬直もようやく解ける。

 

「すごいな君!」

「ああ、侮っていたよ!さすがあのワイバーンの主、かなりの実力を持ってると見た!」

 

 やんややんやとナツミを囃し立てる少年達を宥めるにはそれ相応の時間がかかったという。

 ……少年達がナツミがルイズの使い魔と知って更に驚いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 ナツミがそんな事をやってるちょうどその頃、まともな授業がめっきり減った魔法学院に、騎馬隊の一団が現れていた。門から入って来たのは、アニエス以下銃士隊の面々だ。

 本来は近衛隊として女王の護衛が主任務の彼女達だが、先のリッシュモンの背信の際にアンリエッタを一時期とは見失った件で、王宮での立場が微妙なものとなっていた。リッシュモンを誘い出す為の策と素直に言えれば良かったのだが、王宮の高級官僚に対してアンリエッタが背信を疑っていると他の貴族に知られるのは今後のトリステインを統治していく彼女にとって不味い。

 というわけで形だけでも罰に近い物を与えなければならなかった。

 その罰と言うのが、魔法学院の警護である。圧倒的な戦力で挑む三国同盟ならば敵が反撃するのはほぼ無理、トリステイン本土での戦闘が無いと想定される中での魔法学院の警護は他の貴族からすれば体のいい閑職に見えるだろうし、近衛隊と言う女王の警護を任された彼女達は大層な侮辱だろうとも思うだろう。

 そんな思惑の中、彼女達は元々貴族では無いしこの魔法学院の警護も形だけと理解しているので、今は雌伏の時と考えていた。

 女王の心配はするだけ無駄だ。なんせ女王と枢機卿、銃士隊しか知らない凄腕の護衛である忍者娘が四六時中、彼女を守っているのだから。

 

「アニエス以下銃士隊、只今より魔法学院の警護の任に着任いたします」

「お勤め、ご苦労様な事じゃな」

 

 これでいて中々にアンリエッタからの信認がある学院長は今回の魔法学院の警護の事情を知っていたため、複雑そうな視線をアニエスに送っていた。

 

「いえ、任務ですので」

 

 背を伸ばし、学院長の言葉を受け頭を一つ下げ、アニエスは退出する。

 アニエスとしても今回の任はありがたかった。リッシュモンを殺害して……否、シオンからの言葉を受けて以来、アニエスはどうにも自分の心の置き場を見失っていた。女を捨てて今の実力を得た彼女だったが、そんな彼女に対し、アカネは少女の心を持ったままアニエスよりも遥かに強かった。復讐の為にそうであれと自分に課したアニエスに、シオンに指摘されたアカネの在り方は衝撃的だった。

 自分の過去を悔いる気はないが、他に道があったのではないかと思うほどには悩んでいた。

 復讐する相手が分かれば烈火の如き復讐心でそれを打ち消すことが出来ただろうが、リッシュモン以外の復讐の対象を彼女は未だに見つけられずにいた。

 王軍の資料室からやっとの思いで彼女が発見した復讐の相手達である魔法研究所(アカデミー)実験小隊について書かれた資料には名も知らぬ貴族や、すでに死している人物の名しかない……しかも隊長の名が記してあったと思しきページは破り捨てられていたのだ。

 まるで宙ぶらりんのブランコのようにアニエスの心は居場所が定かではない。こんな状態の彼女では女王陛下を守ることも覚束ないだろう。

 

「ふ、どうせアカネが居れば事足りる……私が居なくても変わらん」

 

 学院の中庭をとぼとぼと言った言葉がぴったりの様子でアニエスは歩いていた。

 彼女は自虐的な事を呟いているが、その実、王宮に居ればアカネがなんだかんだで、からかってくれるためここまで落ち込むことはなかった。アニエスが気付くことはなかったが、あれで人の機微にはナツミよりも遥かに敏感なアカネ。アニエスを気にしていたのだ。

 

「はぁ……」

 

 以前の他者からの侮蔑の眼差しを真っ向から受け流す凛とした彼女はそこには居なかった。

 

 

「ぬおお!?」

 

 魂が抜けた様に歩くアニエスの目の前をなんやら黒と紅の暴風が共に駆け抜けた。

 

「な、な、なんだ!?」

 

 思わず抜剣しアニエスが構えるが、その暴風はアニエスなぞどこ吹く風と言った体で暴れまわっていた。

 

「流石えすがるど殿、朱イ死神ノ名ハ伊達デハナイト言ウコトカ」

「……殿ハ要ラン、ぜるふぃるど。慣レテイナイ機体(からだ)デコノ動キ……余程良キ主ノ元デ研鑽シタノダナ」

「フ……世事ハ要ランゾ!」

 

 動きはまさに暴風。

 それぞれが片手に付けたドリルを猛回転させ相手を削り穿たんと、凄まじいスピードの突きを連射する。まだ慣れぬ体とはいえ、良いパーツを無駄に詰め込まれたゼルフィルド(改)を押し気味のエスガルド。

 そもそもエスガルドは機界が滅んだ原因の機械大戦で切り札として作成された存在、つまり最強の機械兵である。ゼルフィルドが弱いとは言わない。だがルヴァイド達に発掘されるまで眠っていた彼と機械大戦を越え、魔王との戦いを経たエスガルドとではありとあらゆる面で経験が不足していた。

 

「ク……」

 

 エスガルドの突きに咄嗟にゼルフィルドは屈み、ドリルの左手を地面に突き立てる。

 ドリルを突き立てられた地面から大量の土砂が巻き上げられ、ゼルフィルドはそのまま上空へと金属の体をもって飛び出した。と言っても別に彼に飛行能力があるというわけではない。

 ただ相手の意表を突こうと思っただけだ。

 土砂は未だに辺りの視界を遮っている。だが、ゼルフィルドにそんな土砂は何の障害にもなりはしない。元よりゼルフィルドは索敵、射撃に特化した存在。さらにこの新ボディは彼の長所も強化している。

 右手の銃をエスガルドに向けて、発砲しようする。

 だが、彼はそこで機械兵らしからぬ驚きの声をあげてしまう。

 

「ナニ!?」

 

 ゼルフィルドの優秀なセンサーは、自分をまっすぐ見て、右手の銃を向けるエスガルドを捉えていた。

 狙い撃ち、エスガルドが有する射撃のスキル。

 ドリルを愛好し近接戦に特化したように見えるエスガルドだがその実態は、衛星兵器とリンクし精密射撃を行う射撃兵器としての側面も有しているのだ。大抵の攻撃を平然と受け止め正面から敵を撃破し、殲滅対処を視認すれば衛星攻撃を行う。それがエスガルドが切り札とまで言われた由縁。決して近接戦闘だけで切り札と呼ばれたわけではない。近距離、遠距離、殲滅、全てにおいて高レベルだからこその切り札なのだ。更に自己修復能力すら有している。なんでも有りとはこの事だ。

 

 

「マサカ射撃デモ敵ワヌトハ……私モマダマダダナ」

「コチラモ良イ経験ヲサセテモラッタ。ソレニ慣レヌ体デソコマデ動ケルノダ、アマリ気ヲ落トスナ。マタ訓練ノ時ハ声ヲカケテクレ、相手シヨウ」

 

 まったく抑揚というものが感じられない言葉を躱すと二人はアニエスの視界から消えていく。

 地面を陥没させるような重さにも関わらず何故か無音で。

 

「……あれはなんだ?まさかアカネの仲間か?」

 

 魔法学院にはアカネが主兼友人の少女が居ると言っていたが、あんなのが居るとは聞いていなかったのでアニエスはそれまでの悩みが一時吹き飛ぶ。

 

「いや、まさかな。ゴーレムの一種だろう……うん」

 

 アニエスが選んだのは思考の停止。

 魔法だと思えば大抵の事は納得できる。

 魔法の範疇に入らない規格外はアカネとシオンで十分だ。

 キャパが色々限界を迎えつつあるアニエスは、先程とは違う意味で重い足取りで中庭を歩く。

やがて彼女の常識は芥子の一粒も残さずにぶっ飛ぶことになる。何故なら、彼女が規格外だと言うアカネすらも上回るとんでもないのがまだ控えているのだ。

 

 

 アニエスの脇を彼女の毛嫌いする火のメイジと思われる人物が横切ったが、なぜか気にはならなかった。

 それほどまでに彼女は心労が溜まっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 ウェールズのリィンバウム逗留記その4

お待たせしました。
ウェールズ編です。



 逞しく鍛え上げられた筋肉がこれでもかと張り詰める。その様はまるで引き絞られた弓に酷似していた。

 フォルテは普段は背に背負った大剣を腰に佩き、その柄を右手で握っていた。屈んだ背からは闘気が溢れ、閉じられた瞼からは極限の集中が見て取れた。

 不意に一陣の風が吹き荒ぶ。

 

「!」

 

 フォルテの目の前に木の葉が舞った。

 斬!

 次の瞬間、白刃が一線を描き木の葉が真っ二つに切り裂かれる。

 

「す、凄い」

「いや、ウェールズ殿それだけでは無いでござるよ」

 

 フォルテの普段の膂力にモノを言わせた剣技とは対極に位置する技巧の粋とも呼べる技にウェールズは素直に驚くが、鬼妖界《シルターン》のサムライであるカザミネは、ウェールズでは見切れなかったフォルテの剣技のその先を見極めていた。

 

「え」

 

 カザミネの言葉に呆けた声を上げようとするが、その呆けた声は驚く対象を変えて唇から離れていった。

 フォルテが放った大剣の軌跡、その延長線上に有る複数の木が、ゆっくりと倒れていく。だが、倒れた木は明らかに大剣が届き得る範囲を逸脱するものだった。

 

「カザミネ、これは?」

「これは居合と呼ばれる技術でござるよ」

 

 鬼妖界のサムライと一部の忍が扱える剣技の一つ居合、間合いを越えた相手を切り裂く剣の極みの技の一つである。

 無論、本来は大剣使いのフォルテが使える技ではないのだが、フォルテはその目で見た技を再現することが出来るほどの才能を持つ天才である。大剣と刀といった違いは有ったが、それを自分なりに工夫することで、居合切り俺流なる技を強引に編み出していたのだ。

 

「しかし、取り回しの難しい大剣でこの技量。正直羨ましい限りの才能でござるな」

 

 言葉とは裏腹にカザミネの表情はとても楽しそうだ。自身の近くに強者が居るというと事は鍛錬の相手に事欠かないと同義である。そんな人物が周りに大勢いるこの環境に満足しているのだ。

 

「こっちからすると相手の攻撃を最小限の動きで避ける体さばきには驚きを隠せないんだがな」

 

 残心を終えウェールズ達に顔を向けたフォルテは、大剣を肩に担ぎながら呆れたように呟いた。

 フォルテの大剣とは違いカザミネの刀は切れ味を重視しておりその刀身は非常に細い。特殊な製法から非常に硬いが、それでも相手の攻撃を受け止めることは想定されていない。故にカザミネはフォルテの相手の攻撃を受け止めて反撃するという戦い方とは対照的に相手の攻撃を避けて反撃するという戦法をとっていた。

 性格もあるだろうが、ギリギリまで相手の攻撃を引き付けて一刀の元に相手を切り捨てるカザミネの戦いはフォルテには真似が出来ないものだった。

 

「それは戦い方の違いによるものでござるよ」

「まぁそれは分かるんだがな。まぁ隣の芝は青いってことだな」

 

 そう言い合うと二人は互いに不敵に笑う。それは今まで数々の戦いを一緒に切り抜けた者達が出来る一種の信頼が込められたものだった。

 

 

「つまりだ。お前は風の魔法っての使えるだろ?それと剣技を合わせたらどうかと思ってな」

「……ふむ」

「それで居合切りでござるか。確かに相性は良さそうでござるが……剣技と魔法の合わせ技。見当もつかぬでござるな。というか鞘が無いのはどうするのでござるか?」

「まぁ、それは創意工夫と言うやつでなんとかするさ」

「便利な言葉でござるな……」

 

 生真面目なカザミネと割とノリで生きているフォルテが互いに意見を交わすが、ウェールズの新たな技の開発は難航しそうな様相を見せ始めた。カザミネの剣技を模倣して生まれたフォルテの居合切り(俺流)だが、刀と剣はまだ共通点が多い。しかし流石に魔法によって剣と同様の切れ味になるとは言っても、ウェールズの武器はあくまで杖である。居合切りに必要な鞘がそもそも存在していない。

 

「居合切りは難しそうかぁ……」

「そうでござるな。とりあえず摸擬戦で経験を積むのが肝要なのではないでござるか?もちろん、ウェールズ殿は魔法を使って貰って結構でござるよ」

 

 そういうとカザミネは愛用の刀の柄に右手を添える。

 

「あぁ、だが本当に魔法を使っても?」 

「うむ、魔法を込みでのウェールズ殿の実力を知っておきたいのでござるよ。遠慮無く全力で来るでござるよ」

「……分かった」

 

 カザミネの言葉にウェールズの目が若干細められる。ウェールズとてナツミの仲間として数々の修羅場を潜り抜けたカザミネの実力が自分よりも劣っているとは思っていないが、それでもトライアングルクラスのメイジとしての誇りもある。

 自分が全力で戦ってもカザミネには摸擬戦の域を出ないと言われているようで流石に残ったプライドが小さな抗議を上げていた。

 

「じゃあ、二人とも適当に離れろ」

 

 ウェールズの小さな心の機微にフォルテは気付くが、それを含めて学ぶところが有るだろうと、互いに距離を取らせる。

 やがて草が踏みしめられ、小枝がパキリと音を立てる音が止み、二人は視線を交わし合うと構えを取る。

 カザミネは凪いだ海の様な底の知れない闘気を纏い、ウェールズは台風の中心の様に静かでありながら触れれば吹き飛ばされそうな気配を放っている。互いに静では有るものの、その性質は異なるものだった。

 

「はじめ!」

 

 フォルテの声にウェールズは弾かれたようにカザミネに突き進む。その様子はさながら突風だ。整った金髪が後方へと流れ右手に構えた杖は真っ直ぐにカザミネに向けられている。

 一方、カザミネは摸擬戦開始の合図の後も抜刀の構えのまま僅かも動いてはいない。真っ直ぐに突撃してくるウェールズを、じっと直視している。

 

「エア・ハンマー」

 

 自らの耳にも届かないような小さな詠唱の後に、ウェールズの杖から見えざる風の槌が放たれる。凝集されたとは言え空気は空気、それを認識することは常人では不可能であろう。現にエア・ハンマーは周りの空気との摩擦により風鳴り音を響かせどその形は不可視であった。

 そして、エア・ハンマーを受けた事で生まれるであろう隙を突くために、ウェールズは杖をレイピアの様に構え突進する。

 

(彼女たちと共に世界を救ったメンバーの一員だ。エア・ハンマーだけでは倒せないのは明白だろう。だが初見の魔法、少なからず隙は生まれるはず!)

「……」

 

 だが、ウェールズと対峙している者は決して常人とは異する者。心眼と呼ばれる一部の卓越した達人級の眼力をその身に宿している。そして、今まさに自身に迫ろうとする見えざる槌をしかと見据えていた。

 

「甘いでござるよ」

「なっ!?」

 

 そう囁くとカザミネは前髪が触れる程の距離でエア・ハンマーを避ける。ギリギリで有るがゆえに体を屈めるだけで人を軽く吹き飛ばすエア・ハンマーがカザミネの頭上を通り過ぎていく。

 当たると確信していたウェールズは逆に動揺し、更に変わらずに射貫くような視線を己に飛ばすカザミネに飲まれてしまう。

 

 ―――――居合切り――――

 

 キンと金属音と、風切り音が同時に聞こえウェールズの手から見事な意匠の杖が回転しながら離れていった。

 

「う……ま、参った」

 

 カザミネの威圧に飲まれながらもウェールズはなんとか、絞る様に声を上げた。その声にカザミネは相手の武器を弾き飛ばしがらも、僅かも緩めなかった殺気をようやく納めた。

 

「……ふぅ、なるほど」

 

 残心を終えたカザミネは流れるような動作で刀を鞘へと納め、顎を触りながら先の戦いを思い浮かべた。

 

「うむ、瞬発力は中々でござるな。それに最初の魔法に合わせた弐撃目も悪くないでござるよ。一対一なら並の悪魔でも余裕で倒せるでござろう」

「そ、そうか」

「あぁ、俺だと最初の魔法を捌くのは難しいかもなぁ。でも、もう少し戦ってくれねぇと良く分からないな。どれ俺が相手をしよう」

 

 そう言うなりフォルテは大剣を担ぎながらウェールズと十メートル程も離れていく。

 

「良いのかい?」

 

 見た目通り戦士タイプであるフォルテは近距離攻撃に特化しているのだが、にも拘わらずカザミネとの立ち合いの時よりも距離を開けるフォルテに思わずウェールズは問うたが、フォルテはニヤリと笑みを浮かべ大剣を真正面に構えて笑顔を浮かべる。

 

「ああ、この方が面白い。それに手札を先に見ちまったからな。この方がフェアだろう?」

「しかし……」

「ウェールズ殿、ああいう性格なのでござるよ」

 

 居合切りは自分から見せた故に、自分が距離を取る事でフェアとする。実にフォルテらしい男気溢れる行動だった。

 

「さて!何処からでも掛かってきな!」

 

 




 フォルテの居合切り(俺流)は小説の技なので本編では登場しない技です。
 ですがサモンナイト2の番外編で出たときは感動しました。

 ちなみに自分の中でサモンナイトシリーズのお気に入りキャラクターは
 一位ナツミ    サモンナイト
 二位ジンガ    サモンナイト
 三位プニム    サモンナイトシリーズ
 四位アティ    サモンナイト3
 五位ゼルフィルド サモンナイト2

 となっています。

 あと拙作では脳筋キャラのナツミですが、システム上では最終レベルでのナツミの魔力は他の主人公候補三人と比べて一番高いという……どういうことなの?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 空は惑い、竜は舞う

あけましておめでとうございます。
年明けに投稿したかったのですが、遅れてしまいました。申し訳ないです。


払暁《ふつぎょう》の日が朝日と変わった頃、ワイバーンが猛々しい咆哮を響かせる。何事かと乗艦する兵達が騒ぐが、ワイバーンが咆哮した理由はすぐに皆が理解した。

 他の竜達や使い魔達も、ワイバーンの声に合わせ同じ方向を向いてこれまた哭いていたからだ。

 何人かの貴族が翼を持つ己が使い魔を竜達が向く方角へと向かわせる。そして視覚を共有する彼らの目に飛び込んできたのはアルビオンの敵艦隊であった。

 

 

『敵艦見ゆ』

 

 その報告は瞬く間に司令部へと届き、幾ばくもしないうちにナツミ達へもその報は届いた。

 昨晩の内に、ナツミとルイズは敵艦隊を引き付けるのに最適な魔法を選んだと司令部に報告をあげている。その結果、ナツミ達はダータルネスに向かう様に伝えられていた。だが先の敵艦隊の接近の報と共にナツミ達には計画時間の繰り上げ、つまりただちに出撃せよという命を受けていた。

 ナツミは神妙に手渡されていた参謀達による計画書の写しに目を通す。……ちなみにナツミには読めない。

 

「分かりましたか?」

「……要はダータルネスに行って、魔法唱えてくればいいのね」

 

 読めないにも関わらずナツミには臆するという様子が一切見受けられない。大方、言われた方角に飛べばいいだろうという楽観的な思考に至ったのだろう。無論、甲板士官はまさか計画書が読めない人間がここまで堂々としているなど微塵にも思っちゃいない。

 

「はい。では、こちらに」

「ええ」

 

 これから、起こる戦いに甲板士官は表情を険しくし、ナツミもそれに倣い凛々しく返事する。

 

「竜騎士隊が護衛として先導します!遅れないように!」

「任せて!」

 

 颯爽と声をあげ、ナツミは風の様にワイバーンの元へと急いだ。

 

 

 

 ナツミが背に乗ると以心伝心、ワイバーンは勢いよく大空へと飛び出した。

 戦場は戦列艦同士が互いが互いを落とさんと雨あられと艦砲射撃の応酬をする空間へと成り果てていた。そんな爆音の鳴り響く大空に飛び出すナツミ達が最初に見た光景は、なんとワイバーンに向かって飛んでくる火を纏った艦であった。

 

「避けろっ!!!!」

 

 仲良くなった少年竜騎士の声が何故か爆音にも消されずにナツミの耳へと届く、だが艦は既にワイバーンですら避けられない距離まで近づいていた。

 黒色の煙の大爆発が大空を覆い、大気がびりびりと振動する。

 ワイバーンにぶち当たった艦は所謂、火船。

 ナツミがいた世界において、かの赤壁の戦いにおいて使われた戦術でもある。本来、人が乗る空間にも火薬を搭載出来る火船は、その船体そのものが巨大な爆弾。敵艦隊の中央で上手く爆発させれば数隻の艦を沈めることも可能だろう。

 現状、単純に艦数で劣るアルビオンにとって諸刃の剣ではあるが、当たることがなくとも艦の戦列は大きく乱れる。練度の高さで知られるアルビオンにとってその隙は痛手になりかねない。とは言っても、多くのベテランを内乱とタルブ戦で損耗したアルビオンにそこまで出来るかは微妙だが、それでも損害を被るのは避けられなかったであろう。

 当たっていればである。あくまでも。

 アルビオンにとって乾坤一擲の一撃で放たれた火船の内、一つは逸れ、また一つは三国同盟の艦に当たる前に落とされ、そして最後の一つはワイバーンに命中していた。

 

「なんてことだ……」

 

 せっかく仲良くなった女の子が爆炎と共に露と消えたのだ。

 少年からすれば、ただカッコいいからと入った竜騎士隊。

 時勢の悪さから戦争へと参加することになった彼らはまだ戦争を経験していなかった。

 知り合いが死んだことで彼らは死の恐怖を身近に感じていた。見知った人が無くなる恐怖と、次は己かもしれないという恐怖。漠然とした戦争の恐ろしさが少年達の胸の内で形になり始めた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「なんてことだ」

 

 総司令部で三国同盟の総司令官を務めるポワチエは竜騎士の少年と同じ言葉を口にしていた。だが、そこにはナツミ達の無事を、もしくは死を悼むような感情は一切含まれてはいない。

 彼の中にあったのは、女王から預かった切り札を早々に失ったかもしれない絶望感と、無様に散ったかもしれないナツミ達への苛立ちしかなかった。

 

「くっ、どうせ死ぬなら敵を引き付けてからにしろ!」

 

 感情のままに卓を思い切り叩くポワチエ。総司令部に居るのは彼だけではない。三国の将軍、参謀が勢揃いしている。

 その中にはポワチエの言葉にあからさまに眉を顰めるものの極少数いたが、過半数以上はポワチエと同じ意見であった。それほどまでに貴族というものの考えは凝り固まっていた。同じ貴族でも自分より活躍すれば面白くない、ましてやそれがただの使い魔であれば、良くて道具として見るのが限界だ。

 彼らからすれば道具が役目を終えないままに壊れたような感覚なのだ。

 

「総司令官」

 

 参謀の貴族がポワチエを嗜める。

 戦は生き物だ。一つの策が使えなくなったことを悔やんでいる暇なぞない。今にも刻々と自体は動いているのだ。

 至善の策がダメなら次善の策を、不意の事態が勝敗を分ける戦場では、只一つに策で挑むなど愚の骨頂……なのだが、

 

「ど、どうすれば……とりあえず艦砲射撃を!」

 

 ここのところ、トリステインは他国への遠征をしたことはなかった。精々が国境付近での小競り合い程度、ポワチエも今回の遠征軍の総司令官に任命されたのは確かに伊達では無い。それなりに頭も切れるし、話術も達者である。故に総司令官という立場に据えられた。

 しかし、戦争の条理を知らぬ彼にこの咄嗟の事態を御するのは無理らしからぬこと。

 しかも、艦隊戦など彼を指導した先代でも碌に経験していていなかったのだ。

 満足な指揮など出来うるはずもないのだ。

 その総司令官の痴態に、将軍達が落胆の視線を向ける前に、一人の将軍が大声を上げる。

 

「皆!外を見ろ!」

 

 

 その言葉にポワチエを含む、総司令部の皆が意識を大空へと向けた。

 そこには……。

 傷一つ無く、空へと浮かぶワイバーンの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっ!、おっどろいたぁ」

「あわわわわ……」

 

 ケホケホと辺りに漂う煙で咳をしつつ、あまり驚いていないようなナツミと、目の前で劫火の華が咲き誇る光景を見たルイズがガタガタと震えている。碌に心の準備が出来る前に戦場に飛び出したうえにいきなりワイバーンより大きな火船が突っ込んできたのだ。さすがに十六の少女には刺激が強すぎた。

 

「ルイズ大丈夫?」

「……う、うん。なんとかね…………っ!はぁぁぁ……良かった漏れてない」

 

 心配するナツミになんやら、ごそごそと挙動不振のルイズ。

 少々顔が青いが、溜息を吐いている様子からはそこまで深刻そうではなさそうだ。

 

「なんか注目浴びてるような気が……なんでだろ?」

 

 知らぬは本人ばかりなり、山の様な巨竜、そびえ立つ塔の様な悪魔、世界を破滅へと導く魔王をその目で見て来たナツミからすれば火船の攻撃は確かにすごいものだが、ワイバーンの甲麟とナツミの魔力の障壁があれば、そこまで危険なものでない。

 だが、それはあくまでナツミの常識、ハルケギニアの住民からすればそれは常識外に他ならない。

 

「ん?」

 

 そこでナツミはワイバーンの周りに十騎程の竜騎士が飛んでいることに気付く。

 竜騎士の正体は第二竜騎士隊の面々。

 彼らはナツミの無事に驚愕しつつも安堵の表情を浮かべている。彼らとしても知り合ったばかりとはいえ、顔見知りが死ぬ事には抵抗があったのだ。その中で一騎の竜騎士が竜に尻尾を振らせながらワイバーンの前に出る。どうやら彼が先導するらしい。 

 さらにワイバーンの前後左右、上下に彼らは展開する。

 彼らの任務はワイバーンの護衛……要るかどうかは甚だ疑問だが。

 そんな彼らは全員貴族であったが、皆気のいい連中ばかりであり、ナツミを友人……いや偉大な先達として扱った。栄えある竜騎士として高いプライドを持つ彼らは魔法の腕よりも竜を駆る事に誇りを持っていた。自分達よりも遥かに上手く風竜を手なづけるナツミの実力は羨むところだが、彼らはそんなことで腐ったりはしなかった。

 タルブ戦で多くの先輩を亡くし、目指す高みを見失った彼らの新たなる目標となったのだナツミは。

 そんな彼女と空を駆ける事に彼らは場違いな嬉しさをその胸に抱く、何があろうと彼女達を無事にダータルネスへと導く想いと共に十と一騎の混成部隊は戦火の空を飛ぶ。

 

 

 

 

 

「信じられない……」

 

 本来ナツミを護衛するために随伴する竜騎士の少年の一人がぽつりと呟いた。十数騎のアルビオン竜騎士が、ワイバーン以下十騎の竜騎士を打ち取らんと上空から急降下してきたのだが、彼らはものの数分でこの大空から消えていた。

ただワイバーンが翼を打ち、尻尾を振るだけで無双と謳われたアルビオンの竜騎士達は屠られていく。

 まさしく歯牙にもかけない。

 護衛なぞこのワイバーンにはそもそも要らなかった。巨大なワイバーンがタルブ戦で七十騎の竜騎士を敗走させたとの噂が一時期流れた事も確かにあった。少年達はそれはただの噂と聞き流していた。

 風竜と毎日のように触れ合っている彼等だからこそ、そんな事はありえないと断言できた。

 確かに優れた竜使いは数の暴力を覆すことも可能ではある。だが、それにしても限界というものがあるのだ。

 あるのだが、その条理を打ち破る存在が目の前に居るのだ。もはやありえないという言葉で逃げる事はできない。彼の噂は真実であったと認めるしかない。……ならば、その後の奇跡の光の噂も――――――――。

 

 

「ねぇ!どっちに行けばいいの~!?」

 

 戦場に関わらず思索に耽っていた少年の意識はナツミの声で現実へと引き戻される。

 

 

「っ!……呆けている場合じゃないか。おーい!こっちだ!!」

 

 少年騎士は頭を振って考えを打ち消すと、大声と共に風竜に尻尾を振るわせ行くべき方角を指し示す。

 

「なんてこった……」

 

 少年は進行方向へと視線を向けて、声を震わせる。

 少年の視線の先には……、百騎を超える竜騎士達が大空を覆っていた。

 アルビオンの竜騎士隊はハルケギニアにて天下無双とその名を轟かしていたが、それは何も質ばかりではない……そうその数もまた無双なのだ。竜達は主の意思とは無関係にワイバーンに近寄る。風竜達もあまりの数の違いに怯えていたのだ。

 だが、そんな彼らを励ます様にワイバーンが静かに唸る。

 

「gulll……」

 

 強大な力と理知の光を宿した大きな目で自らに寄り添う風竜達を宥めるワイバーン。

 怖い顔をしていて敵には決して容赦しない彼女だが、意外にも仲間になった者には無類の庇護を与える優しさも有している。

 

「gaaaa!」

 

 ワイバーンは自らの意思を乗せて主に向かって吠える。

 

「分かったわ」

「gaaaaaa」

「なら任せたわよワイバーン!」

 

 風竜とその乗り手達を守りたいと伝えるワイバーンの意を汲んだナツミが徐にサモナイトソードを引き抜いて無尽蔵の魔力を解放し彼女に向かって送り込む。ただでさえ強力なワイバーンが召喚術を真の意味で行使できる誓約者の莫大な魔力を受ければ……。

 

「――――――――――――――――――――――っ!!」

「guuuull……guoooooooooo!!!!」

 

 翼を羽ばたかせるだけでまさに暴風。

 真の力を解放した空の女王が大空の支配者たる自分の領域から出て行けと言わんばかりに咆哮をあげた。

 アルビオンの竜騎士隊の竜達の反応は劇的だった。

 半数を優に超える竜達が、まったく逡巡することなく方々へと逃げていく……いや逃げるだけならまだいい。二十騎近い竜達は乗り手を振り下ろすと次から次へと味方を襲っているのだ。

 

 実はワイバーンの咆哮はあくまでフェイク……本命はナツミの召喚術。

 それは幻獣界でも指折りの美しさとそれ以上の厄介さで知られる召喚獣ドライアード。

 美しさで相手の視線を奪い、そして自らの甘い芳香と甘美な魔力で意思を奪う魅惑の術を得意とする妖精。それがナツミの召喚した召喚獣だ。

 ナツミはワイバーンの咆哮に紛れてドライアードのラブミーストームを同時に行使していたのだ。ワイバーンの咆哮はナツミの声をかき消し、その羽ばたきはドリアードの魔力と香りを効率良く目の前の竜騎士達に降りかける。いくらナツミの魔力といえども屋外、しかも風吹きすさぶ空とあっては、その効力をかなり薄まらせてしまう。……本来なら。

 だが、人間の何百倍もの嗅覚を持ち、本能に訴えかけるどころか本能に怒鳴りつけるようなワイバーンの咆哮を浴びた竜達にその効果は劇的に働いた。ワイバーンから近いものから順に二十騎ほどの竜は完全にドライアードの虜となっていたのだ。

 この時点でアルビオン竜騎士隊四十弱、かたやワイバーン及びドリアードの支配下にある風竜二十騎弱プラス、トリステイン竜騎士隊十騎。

 しかも、アルビオン竜騎士隊は突然の味方からの攻撃にうろたえるばかりでろくに反撃すら出来ずにいた。

 アルビオン竜騎士隊達が半ば全滅寸前の形で撤退するまで、さほど時間は要らなかった。

 

 

 

 

 

 金髪の少年騎士は興奮を抑えられないでいた。

 十数騎の竜騎士をなんなく敗走させた時もそうだが、その次の百を超える竜騎士を打ち破った時は正直、心が沸いた。彼が百の竜騎士達を見たときに感じたのはまさに絶望……だが逃げ出すわけにはいかないと、なけなしの勇気と故郷に残した彼女の為に歯を食いしばる。

そんな彼の様子に気付いているわけではないだろうが、ワイバーンが励ます様に勇気付ける様に唸る。

 怖すぎるワイバーンの顔からそんな低い声をあげられては本来ならビビるだろう。だが、彼の相棒の風竜が彼の意と関わらずワイバーンへと近付いたことで、少年の恐怖心は解れる。このワイバーンは主人だけではなく、昨日出会ったばかりの彼らをも守ろうという優しさをひしひしと感じさせていた。

 そして、大咆哮の後の戦いとも呼べない蹂躙。

 敵ですら味方につける圧倒的な存在感に裏打ちされたカリスマ……。少年達は思い出す……初めて竜を見た時の気高さと力強さを。

 物語の中で語られる伝説の竜とその乗り手、かつてそれに憧れて自らも竜騎士を志した幼い想いそれがなぜか少年達の脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

「ルイズ頼んだわよ!」

 

 百騎の竜騎士達を下し、ダータルネスへと辿りついたナツミ一向と欠けることのなかったトリステイン竜騎士、そして魅了効果が解けたにも関わらず付いて来たアルビオン竜騎士隊の火竜と風竜達。

 どうやら竜達は自らよりも遥かに強い猛者を使役するナツミに思うところがあったのか、付いて行くことを決めたらしかった。

 それに頭の良い彼らは気付いてもいた、主人を叩き落とした手前、どの面下げて帰ればよいのかを。メイジたる彼らはただ空中に放り投げてもレビテーションやらフライやらで軟着陸できるため、死ぬことはないだろう。

会っても気まずくなるだけだし、最近は餌も不味い。

そんな理由で彼らはワイバーンの後ろを恐る恐る飛んでいたのだが、ワイバーンは彼らを一瞥して軽く吠えただけで後はなにもしなかった。

竜達にしか理解できない言葉ではあったが、ワイバーンはこう告げたのだ。

 

「guull(好きになさい)」

 

 主人同様、このワイバーンも中々に器がデカイ。例え、敵であったとしても危害を加えない限りは手を出さない。

 そんな彼女に竜達は心底惚れ込んだ。本来なら自分達より劣るワイバーンに負けたとあっては怒り狂うであろうが、ここまで力の差があるとそれも起きない。ただこのワイバーンは自分達の牙を預けるに足ると竜達は思い。今度はその後ろを誇らしげに飛んでいた。

 

 

 そんな竜達が円状にワイバーンを守るように展開する。

 ちなみにトリステインの竜騎士達はそれを遠巻きに見ていた。

 ナツミがダータルネスに敵を引き付ける大魔法を放つ為、距離を取るように言ったためだ。アルビオンの竜達はワイバーンが邪魔にならないようにと指示したら何故か円状に広がった。

少年達は数多の竜を引き連れ、その上自らの乗騎たる大空の君臨者の背で、神々しく剣を掲げるナツミの姿に見惚れていた。

 そして、その後ろでは使い魔たる少女を見つめる、分厚い魔導書を構える主人の姿も見える。

 まるで一枚の絵画のような荘厳さがそこにはあった。

 

 

 

 

「なんかカモフラージュとはいえ、ただ剣を掲げるのって恥ずかしいわね……」

 

 少年達が言葉すら失って、その光景を見ている中、その中心に居るナツミはそんな幻想をぶっ壊して余りある言葉を呟いていた。正直、欠伸すら出そうだったりする。

 ルイズはそんなナツミとは真逆に精神をうねりそのままに虚無を詠唱している。

 そうあくまで公式上ではナツミが虚無の担い手でルイズはその守人なのだ。それを他者にバレるのを避けるためにナツミとルイズははっきり言って間近で見ればバレバレの演技をしていた。だが距離が離れている上に、先のワイバーンの活躍とそれを竜達が見守る中での詠唱は洒落にならないレベルで演技を打ち消していた。

 

 やがてルイズの朗々とした詠唱は終わりを迎える。

 すぅっとルイズは息を吸い、魔法の最後の工程、その魔法の名前を口にした。

 虚無の系統、初歩の初歩が一つ。

 

「イリュージョン」

 

 その瞬間、それまで竜達が総て居た大空が数多の戦艦で覆われる。

 今やダータルネスの空は偽りの艦隊によって支配されていた。

 

 

 

 

 

 ダータルネスの他に三国連合の地上部隊が下ろされると目されていたロサイスの地。

 五万の大部隊を指揮するはアルビオンきっての地上戦のエキスパート、ホーキンス将軍であった。彼もまた、今やトリステインの艦の一つに乗艦する空中戦で無類の強さを誇る元アルビオン軍人たるボーウッドと同じ、生粋の軍人である。

 貴族階級に囚われない優秀な戦術眼を持ち、此度の内乱で幾つもの戦場を勝利に導いた強者。

 そんな彼が布陣するロサイスに急報が届く。

 

「なんと……ダータルネスの空に大艦隊の姿ありだと!」

 

 椅子を蹴倒すようにホーキンスは立ち上がる。

 知らせが正しいなら、これはまさしく一大事。敵の軍勢は本来は別国ということもあって指揮系統の複雑さが推察されていたが、それでも数は大きく彼らを上回る。

 そんな彼らを打倒する策はアルビオンにそう多くは残されてはいないのだ。

 その中の一つが敵が陣を完成させる前に最大兵力で叩きのめすことであった。九万近い軍勢と五万が真っ向から戦えば、いくら指揮系統が複雑でも負ける可能性の方が高いに決まっている。

 そのために、アルビオンの空に幾重もの哨戒網を展開してロサイスに敵が近付くのを把握したというのに、まさかダータルネスにも艦隊を向かわせていたとは。ホーキンスはまさに裏をかかれたことに思わず歯を噛み締める。

 

「くっ……放っておくことは出来ぬか、急ぎ遊軍をダータルネスヘ!後詰を編成する、各隊に伝令を!」

 

 思わず何かに当たりそうになるが、そこは歴戦の将軍。一時の感情に流される様なことはない。

 だが、ぽつりと一言。

 

「せめて敵軍が布陣する前に到着したいものだ」

 

 間に合う可能性が低いからこそ、そう願ってしまう。

 ホーキンスは周りを見渡すと自らの弱気な独り言が聞かれなかったのを安堵し、背を正すと細かい指示を出す為に歩き始めた。

 




正月なんて無い。そう思っていた時期がありました。

……本当に無かったです。正月休みが一日ってどういうことなの?いつも通りです。


とは言え、ゼロの使い魔も別の作者様では有りますが、遺されていたプロットで続くそうですね。一体どんな形で終わるのか楽しみです。
そして、サモンナイト6。わくわく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 魔法学院の長い夜

またまたお久しぶりです。
新人が入ったらすごく忙しくなりました。
GWの休みは1日。いつも通りですが無くならないだけまだマシ……ガタガタガタ。


 深夜、未明の時間。

 未だに日は昇らず、空は暗い。

 それは魔法学院の遥か上空でも変わらない、……変わらないがそこには普段の魔法学院の上空には存在しないものが浮かんでいた。

 それは一隻の小さなフリゲート艦。

 常時なら無いはずのその船の積み荷もまた異常なものだった。その船が運びたるモノは先日アルビオンはロサイスから出航した魔法学院襲撃隊であった。

 甲板には一人の男が立っている。顔面に火傷の痕を走らせた逞しい肉体の中年の男は、未だ闇が覆う遥か眼下に広がる魔法学院に顔を向けている。

 

「フッ……俺を試してなんとする? ワルド子爵」

 

 男――メンヌヴィル――は、振り向きもせずに苦笑しながらそう呟いた。

 隠そうともしない喜びが滲む言葉に、メンヌヴィルの背後に近づこうとしていたワルドは思わず足を停めて目を見開く。

 

「よく気付いたな」

 

 彼が驚くのも無理はない。

 風のメイジは他の系統のメイジに比べて気配を絶つ能力に優れている。その上、風のスクエアたる彼が気配を絶てばまさに空気そのもの、にも関わらずメンヌヴィルは彼の存在を感知したのだ。その顔面に刻まれた傷痕がその両の(まなこ)の光を閉ざしているのにだ。

 

「ふ……造作も無い。それより本当にここまで来れるとはな」

 

 自身の感知能力に驚かれることにもう慣れているのだろう。苦笑にも似た息を漏らすとメンヌヴィルは吐いた息以上に空気を吸い込んだ。

 ワルドは気配を絶つのを止めると、メンヌヴィルに近づいて相槌を打つ。

 

「そうだな運が良かった。まさかアルビオンに余計な戦力があると思っていないのもあるだろうが、ここまで手薄とはな。まぁあれだけの大船団相手に戦力を温存する等、普通は有りえんがな」

 

 メイジの使い魔、ピケット船による哨戒ラインを避けて来てはいたが、トリステインの警戒ラインはお粗末とは言えないにしても戦時中と言うことを考えれば落第レベルであった。確かに運の要素もあったとはいえ、元とは言え仕えていた国。ワルドは今更にも感じてはいたがトリステインの現状に再び落胆した。

 

「感謝するよ子爵。アルビオンに戻ったら酒でも奢らせてくれ」

「余計な事を考えずに、生き残ることを考えろ」

 

 軽口を叩くメンヌヴィルに鋭い口調でワルドは言い放つ。

 

「舐めた口を聞くな小僧。ここで灰にしてやろうか?」

「舐めているわけではない。聞くだけ聞いておけ」

 

 杖を首筋に当てられながらも、ワルドはその視線を一切逸らさずにメンヌヴィルを睨みながらそう言った。

 その瞳には恐ろしいまでの真剣さが込められている。

 その瞳の光が見えなくても、体に纏う覇気を感じ取ったのだろう。身じろぎすらしないワルドにメンヌヴィルは杖を収めた。

 

「言ってみろ」

「おそらく従軍しているとは思うが、もしヴァリエールの末っ子とその使い魔が居たら逃げるんだな。絶対に勝てんぞ」

「なに?」

「……主人の方は魔法こそやっかいだが、戦闘経験が少なく屋内では大したことはないだろう。……だが使い魔が規格外だ。年の頃は二十に届かぬ少女のそれだが、剣技、魔法ともにこのトリステイン……いや、ハルケギニアに敵はいないだろう」

「ふ、それはあんたが油断していたせいじゃないのか?」

「その少女が七十騎の竜騎士とレキシントンを退けたワイバーンの主だと知っても同じことが言えるか?」

「――――――っ……ほぉ」

 

 途端にメンヌヴィルはまるでおもちゃを見つけた子供の様な笑顔を見せる。

 彼も話だけは聞いていたのだ。

 化け物のようなワイバーンを駆るメイジの話を。

 

「くはっはははははははは!! あの馬鹿げた話は本当だったのか!? そいつは良い! 実に楽しみだな、ガキどもを捕まえるだけの下らない任務だとばかり思っていたのだがな! それでこそ張り合いがあるというものだ!」

「……貴様、俺の話を聞いていたか?」

「ああ、ちゃんと聞いていたさ。居るかも知れないだろ? くっくく、居る事を願うばかりだ。別に倒してしまっても構わんだろう。くくくっではな子爵!!」

 

 言うなりメンヌヴィルは甲板から身を翻らせ夜空へとその身を投げ出す。そしていつの間に控えていたのか、黒装束に身を包んだメンヌヴィルの部下達がそれに続く。余程訓練されていたのだろう、その動きはかなり洗練されたものであった。

 

「いけすかない奴だね。気味も悪いし」

 

 何処からか彼らが居なくなるのを待っていたのか、フーケが苦々しく呟く。

 

「まぁ、有能は有能らしいがな」

「ねぇ、正直あのバケモン使い魔にあいつは勝てるかね?」

「……さぁな」

 

 そういうワルドの表情は若干以上に青褪めていた。

 なんせナツミは彼が必殺として使っている魔法の一つライトニング・クラウドやフーケのゴーレムの踏み付けをまともに喰らってもピンピンしてるほどの化け物だ。なによりもこの間、彼女のワイバーンのせいで本気で死にかけたせいで、腹の底からワルドはナツミにビビるようになってしまっていた。

 

「……悪いことを聞いたね」

 

 フーケも体中を包帯で巻かれ(うな)され続けるワルドの姿を思い出したのか、心底申し訳なさそうに謝った。

 だが、二人は知らない……。今の魔法学院はそのナツミにこそ及ばないが、彼らの常識から外れまくった者達の巣窟と化していることを……。

 

 

 メンヌヴィル達が学院に降下を開始した頃、二つの鉄機が同時にその碧色の眼を闇空へと向けた。

 

 

「……正体不明ノ熱源ヲ複数感知。上空二船ガ一隻、降下シテクル熱源ハ二十一……人間カ、フム」

 

 数百メートルも離れた熱源を正確に感知した黒き射手足るゼルフィルドは暫く人間の様に思案すると、コルベールとエルジンを起こすべくコルベールの研究室内を歩き始めた。多くの貴族の子弟が暮らす魔法学院に、正体不明の船から深夜に複数の人間が降下してくる。悪意が無いと決めてかかるのは、戦時中ということを考えれば楽観が過ぎるだろう。

 

「ますたーノ無事ヲ確認セネバ」

 

 二人を叩き起こした後の行動を即座に決断すると、その重量にも関わらずほぼ無音でゼルフィルドは歩き始めた。

 

 

 

 

 

 ゼルフィルドが平時とは違う事態に行動を開始した頃、エスガルドは戦時中の学院の警護を任されている銃士隊の面々と生徒が寝泊まりしている塔の扉の前に並んで立っていた。

 流石に銃士隊の面々もその異様さに一歩引いていたが、ゼルフィルドもエスガルドも偶にごく短いスリープモード以外は睡眠なぞ要らない存在。そして銃士隊も夜間の警備を交代で回している為、深夜に会う機会は非常に多く、いつの間にか話はする程度の関係へとなっていた。

 

「エスガルドさんは寝なくても大丈夫なのですか?」

「アア。睡眠ハ必要ナイ。ムシロ、オ前達ノ方コソ……」

 

 そして今日も今日とて銃士隊の一人、髪を短めに切り揃えた女性が睡魔を払うために会話をする中、エスガルドが不意に空を仰ぐ。

 

「どうしたのですか?」

「上空二不審船ダ。人間モ何人カ降下シテキタナ」

「何ですって?」

 

 銃士隊の二人の女性はそれぞれ困惑を露わに慌てだした。銃士隊は創設してからの期間がまだまだ短く、経験も浅い。出自も平民の女性ばかりで、まだまだ軍人としてはベテランとは言い難い。

 それとは対照的にエスガルドはまさに機械の冷静さをもって動きつつある事態を解析していく。

 

「取リ敢エズ、一人ハ隊長二報告ダ。モウ一人ハ隊員ヲ起コシテ回レ。出来ルダケ静カニ頼ム」

「分かりました。エスガルドさんは?」」

「侵入者ノ迎撃二当タル」

 

 通常モードから思考ルーチンを戦闘モードをへと切り替え、赤き機神は闇夜に紛れる賊を狩るべく動き始めた。

 

 

 

 

 

 

「すーすー……んぅ?」

 

 

 規則正しい寝息を立てながら眠りについていたシエスタだったが、不意にその眠りが妨げられてしまった。

 

「ますたー。深夜二起コシテシマッテ申シ訳ナイ」

「んーふわぁ、ゼルフィルド? どうしたの?」

 

 普段から寝る時間が遅く起床時間も早いシエスタの睡眠は深く、いつもよりだいぶ早い時間に起こされた為か、シエスタは非常に眠そうにしていた。何度も伸びをして眠りを払おうとするが、どうにも頑固な睡魔は中々彼女を離しはしない。

 だが、次の一言でシエスタの眠気は完全に吹き飛んだ。

 

「ドウヤラ敵襲ノ様ダ。不審船ガ学院ノ上空二一隻、正体不明ノ人間ト思ワレル熱源ガ学院内二侵入シヨウトシテイル」

「な、何ですって!?」

 

 眠気を湛えた胡乱気な瞳に光が宿り、シエスタは掛け布団を跳ね除けた。

 

「本当ダ。えすがるどガ迎撃二当タッテイル様ダ。敵ノ目的ガ不明ダ。ますたーハ学院外デ待機……」

「ダメだよ! ナツミちゃんが私に学院を頼むって言ってたんだから私が学院を守らなきゃ!」

 

 ゼルフィルドはシエスタの安全を第一に考えていたが、当の本人は打って出る気が満々で有った。何故かメイド服へと素早く着替え、幾つかの誓約済みのサモナイト石を身に着けると、魔力を高め始める。どうやら何かを召喚するつもりの様だ。

 

(寝カセテ置クベキダッタカ)

 

 やる気に満ちるシエスタの脇でゼルフィルドは早速後悔し始める。敵が神聖アルビオン側なら恐らく狙いは貴族の子弟を人質に取る事。ならば使用人の重要度はさして高くないだろう。起こさないで放っておいた方が安全だった可能性は十分あった。

 

 

「来てください! ゴレム!」

 

 パァッと、光と共にシエスタの半分程のデフォルメされた人型のロボットが召喚される。汎用性がウリのユニット召喚獣ゴレムである。個々でマイナーチェンジが施されており、個性豊かなシリーズなのも特徴であった。

 

「こんな時間にごめんね。学院内に不審な人達が居るみたいなの、追い出すのを手伝って貰って良いかな?」

 

 ビシッという擬音がぴったりの敬礼をするとゴレムはシエスタの脇に並んだ。どうやら任務を了承したようだ。

 

「じゃあ、行こうか!」

「……了解シタ」

 

 やる気満々と言った感じで全身から魔力を噴出させたシエスタにゼルフィルドは別の不安を覚えてしまうが、あえてその不安をメモリの片隅に追いやる。そうAランクの範囲召喚術を躊躇いも無くまさか使うわけがないだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題となるのはトリステイン学院に侵入するだけの任務だと男達は思っていた。傭兵部隊として戦う事が日常の生活を送ってきた。戦時しか戦わない軍人よりも遥かに多様な経験を積んだ彼らからすれば侵入した時点で任務はほぼ完遂したも同然だと考えていた。

 そこに慢心が有ったと言えば有ったのだろう。

 だが、多少の慢心は有れど一級品の傭兵達、違和感を感じ取り教師達が寝泊まりする塔の扉の前で足を停める。

 

「なんで誰も居ないんだ?」

 

 情報では戦時中という事も有り、現在トリステイン学院には銃士隊が警備の任に就いているはずであった。

 そんな疑問を抱きながらも好機と言えば好機ではある。疑問が燻るものの扉に手を掛けた瞬間、辺りに銃声が響き渡った。

 

「なに!」

 

 傭兵達が振り向くと十人以上の銃士隊が硝煙を燻らせる銃身を幾つも向けて立っている。

 

「狼藉はそこまでにしてもらうぞ」

 

 一人の銃士隊員の言葉に男達は多少は動揺するが、そこまでだった。

 

「ちっ銃を持った程度で調子に乗りやがって」

 

 圧倒的なリーチというアドバンテージを持つメイジに対抗するために作られた弓や銃だが、その命中精度はまだまだ低い。現に十近い銃撃を受けたにも関わらず侵入者達には一切の傷は無い。とは言え、今の銃声で人が起きる可能性は十分に有る。戦い慣れていない教師と未熟な生徒達を相手に負けるつもりは一切無い。

 

「とは言え面倒だ」

 

 一番、簡単な方法が取れなくなった苛立ちを覚えながら男は部下達と共に銃士隊を殲滅するべく動き出そうとした時、ふと視界に異形が映り込む。

 

「なんだあれ……んぐぅ!?」

 

 無意識に疑問を口にした瞬間、男は体をくの字に折り曲げ扉に叩きつけられ意識を失った。

 

「副隊長! 貴様!」

「……」

 

 副隊長と呼ばれた男を襲撃した異形……エスガルドは無言で制圧対象の男達を見下ろした。

 

 

 

 

 

「銃声か」

「向こうは見つかったようですね」

「ああ……ふふふ」

 

 メンヌヴィルは昼夜を感じぬ瞳を銃声が聞こえた方に向けると口元を不気味に歪ませた。そして、何事かを呟くと右手に握っていた杖を花壇に向けると間髪入れずにファイアーボールを放つ。

 

「ぎゃああああ!」

「うわぁ!?」

 

 花壇に生えた背の低い木々が一瞬で燃え上がり、二人の女性が体に付いた火を消そうとゴロゴロを転がり出る。赤々とした光が辺りを照らし出した。その装備から、二人が銃士隊の面々であることは明白だった。

 

「やれやれ……他にも居るな()()()()()()

 

 メンヌヴィルは更にファイアーボールを放つ。すると再び花壇から人影が火に包まれながら転がり出る。視界が通らない上に幾つもの花壇が有る中から、人が居る花壇を正確に狙うその様は異常としか言えない光景だった。

 

「むっ!?」

 

 目が見えない故か、はたまた長年の傭兵としての勘か、メンヌヴィルは突然その場から転がるように離れる。僅か数瞬後、メンヌヴィルが居た空間の空気は抉られ焦がされる。

 

「避けられた?」

「アア、後ソンナニ前ニ出ルナますたー」

 

 闇夜に紛れる黒髪の少女シエスタと、右腕の銃を構えたこれまた漆黒の姿のゼルフィルドが花壇からその身を晒し、メンヌヴィル達と対峙する。

 魔法学院の長い夜はまだ始まったばかりだった。

 

 




メンヌヴィルさんのフラグ建築劇場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。