ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか (BBBs)
しおりを挟む

浮かれたあの子

「うわあぁぁぁぁぁ!?」

(げへへー、逃げろ逃げろー)

 

拝啓、お父さんお母さん、罹患なくお過ごしでしょうか?

僕はこうして薄暗い地下でお化け屋敷のお化け役のようにドスドスと元気に走ってます。

 

「う、ぁ……」

(おやおやぁ? もう逃げないのかなぁ?)

 

行き止まりでへたり込み絶望する人間と、その人間にゆっくり迫る俺。

どう見ても犯罪です、本当にありがとうございました。

 

(……ん? なんかこの子……)

 

怯える人間を見て違和感を覚える、ドスンドスンと重さゆえに大きな足音を鳴らして近寄る。

フンフンと鼻息も鳴らし、顔も近づけてよく見てみる。

 

「ひぃっ!?」

(……こいつ男かよぉ!)

 

顔つきや体つきから、未発達ではあるがおそらく男と判断した。

この俺の目は腐っちまったようだ(腐海感)

 

(久々に人間に出会って最高にハイ!って奴になってたぜ……)

 

ちょっと遊びすぎたと思っている、反省はしているが後悔はしていない。

そんな誠意も何もなさそうな感想を吐いていたところに剣閃、背後から太ももを狙った切り払い。

機動力を奪う為に迫る剣よりもなお速く、攻撃を放った存在の背後に回り込む。

視界にあるのはお尻、バトルドレスとも呼べそうな一体型のショートなスカート。

 

(もう反応を始めてる、下の方でもやって行けそうだ)

 

パァンと音が響く、攻撃してきた存在の尻を軽く叩いてやった。

反動か、へたり込む少年の方に飛んで着地、素早く振り返ったのは人間の少女だった。

細身ではあるが斬るも突くも出来る細剣を構えた、長い金髪少女。

 

(……うーん、ちょっと細いかな。 安産型とは言えないし、もうちょっとお肉つけてもいいんじゃなかろうか)

 

そんな考えをよそに、尻を叩かれた金髪の女少女は一度スカートの上から尻を左手で払って、武器を構え直す。

真剣な表情をした少女は下手を打った、体に触れられたという事は攻撃を食らわされたという事だ。

その事実に今更本気を出しても意味はない、この女がどんな攻撃パターンで斬り込んでも無傷で首をへし折る事ができる。

それは過信でも何でもない、この女では到底生き残れない苛烈な環境を制してきた。

そこで培われたあらゆる感覚が、「この女と戦って負ける事はあり得ない」と告げている。

 

一度の失敗の結果が『死』である以上、この女は今後どう足掻こうと俺には勝てないだろう。

まあ俺が瀕死だったり、たくさん仲間を引き連れてきたとかなら話は別だけど。

……ただ一人二人では結果は変わらないのは確かだ、音を殺して女との挟撃を試みても察知されてちゃ効果はがっつり減るし!

 

「フッ!」

 

少女が動く、先んじて動きを見せることで注意を引く意味もあったが、俺にはまるで意味がないこと。

 

「何っ!?」

 

少女の鋭い突きと背後の存在の抉るようなローキック。

それを俺はジャンプして避けて、そこまで高くない天井に両手を付いて、重力に引かれて落ちるしかなかった体を地面へと無理やり押し返す。

落ちる位置を調節して、攻撃の交差地点の隣に落ちて腕を広げて、対応しようと動き出す二人を素早くつかんで胸に抱き寄せた。

右胸には少女、左胸のは男、獣耳の男を抱き締めるとか誰得だよぉぉぉ!?

 

「こいつっ!?」

 

勿論逃れようと二人は暴れるが、その程度で振り解かれるほど軟弱ではないのだ!

 

(お待たせしました! 地獄のティーカップの開設ですッッッ!!!)

 

そうして俺は回り始めた、お客を二人乗せたまま。

 

「う、ぐっ」

 

あっという間に高速で回転して風切り音が聞こえだす、それに紛れて呻き声も聞こえる。

もうね、ビュンビュン回転、ところどころジャンプも交えてスリーディメンション!

哀れお客は四散爆散! もう立ち上がることはできないだろう……、生み出してはいけない悲しい犠牲だった。

俺の熱い抱擁から解放してやれば、少女は三半規管がダメになったのかお尻から座り込んで横倒れ。

獣耳男はふらつきながら女を庇うように抱き着き、ゴロゴロと転がって距離をとった。

 

無論追撃、と言うか楽に踏み潰せるくらいの速度だけどそこまでしない。

もう勝負ついてるから。

転がった先には最初に追いかけていた少年、なんか呂律が回らない口で「俺が隙を作る、その間にこいつを抱えて逃げろ」とか話してる。

 

(そんな事させるかぁぁぁぁぁ!!!!)

 

とか適当に叫んでおく、そうしたら少年が意を決したように女を抱えだす。

いい展開だ、感動的だな、だが無意味だ。

のしのしと歩いて迫る、獣耳男がフラフラと立ち上がり、少女を抱える少年も立ち上がる。

 

「ガアァァァァァ!!!」

 

獣耳男が咆哮をあげる、決死の表れかビリビリと空気を叩く。

 

(おっ、切り札か)

 

そんな獣耳男の変わりようも気にするものじゃあない、この程度片手間でいくらでも葬ってきた。

ほんの少し先ほどよりも速く、力強くなっているだけ。

不調な三半規管もなんのその、高速で獣耳男が踏み込んでくる。

まさに全力全開といった様子、当たれば頭が弾けるハイキック、膝を砕く関節蹴り。

金的蹴りやら飛び蹴りやら、中々多彩な蹴り技を繰り出してくる。

 

しかも一撃一撃がそれなりの威力、この獣耳男は結構な深さまで潜れる実力者なんだろう。

あの少女と同じでここら辺じゃ油断してても遅れをとらないレベル。

……まあ弱いのしか出てこないところで、俺みたいな超格上が出てくるなんて夢にも思わなかっただろうな。

そんなことを思いながらも攻撃を捌きながら、壁に押し込まれたように後退。

俺が防戦一方っぽい構図をチャンスと見た少年は全力で駆け出し、俺はそれを止めることなく行かせる。

 

(頑張れよー)

 

獣耳男が聞けば激怒するしかない言葉を吐きながら、少年が角に消えるまで攻防を続ける。

そして見えなくなり、演じるのを止める。

人間が瞬時にひき肉になるだろう蹴撃の嵐を捌いて右腕、速度の乗った蹴りよりもなお速く、獣耳男の顔前に右手が届く。

そうして親指で留めていた中指を弾いた、いわゆるデコピンである。

パンっと音が響いて獣耳男が空中で三回転して、派手に地面へと落ちた。

 

(よく頑張った! 感動した!)

 

この獣耳男は目付きとか悪いが悪人ではないのだろう、正直少女と少年を囮にして逃げ出すこともできた。

まあ実際やったら逃がさないけど、とにかく自己犠牲となっても他人を逃すことを決断して実行したことは手放しで称賛できる。

 

(まあ見逃してやってもいい、まだ強くなるならそれもありだ)

 

倒れてピクリともしなくなった獣耳男を肩に担ぎ、少女を背負って走り出した少年を追いかけた。

あんなシチュエーションになったのに他の奴らに襲われるとか悲しいじゃないか。

そんなことを考えつつ、あっという間に追いついてコソコソと少年と少女を見守る。

しかし予想してたことは起きず、少年はなんとか出口へとたどり着いて外に出て行った。

それを見ていた俺は、あの眩しい光の中に自分も入りたい衝動に駆られた。

 

あの光の中には何かあるのだろう、思い出せそうで思い出せない頭を叩き、人間のものよりも一回り以上大きな手を見てその衝動を押し込めた。

たぶん、あの光の中に入ってはいけない気もする。

なぜそう思うのかはわからないが、間違っていないような気もした。

あの光の中に関する考えを切り捨て、この獣耳男をどうやってあっちに返すか考える。

このままあの光の中に放り投げてもいいが、それじゃあ締まらない気がする。

 

(うーむ……)

 

たぶん探しに来るだろうし、それまで待って近づいてきたところに置いといて回収して貰えばいいか。

俺は頷いて踵を返して、獣耳男と戦った場所へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

世界で唯一の迷宮がある、迷宮都市『オラリオ』。

そこで一つの騒ぎが起こった、その始まりは少女を抱えた少年の叫び。

 

「誰か、誰か助けてください!!」

 

それが発端となってオラリオ中に話が広まった。

 

『上層階で深層のモンスターが出た』と。

 

誰もがよくある初心者を驚かすための作り話だと信じなかった。

だが急速に動いていく状況を前に誰もが信じ始めていた。

事の発端である少年『ベル・クラネル』は剣姫『アイズ・ヴァレンシュタイン』を連れて帰ってくれた事の礼に『ロキ・ファミリア』に招待される。

そこで団長の『フィン・ディムナ』や副団長の『リヴェリア・リヨス・アールヴ』、さらに幹部陣も交えた場でベル・クラネルは懇願した。

 

「あの人を助けてください!」

 

自分たちを逃がしてくれた冒険者を助けて欲しいと涙ながら訴える。

フィンがその冒険者の事を聞くとベルは名前を知らないので外見の特徴を話す。

聞けばロキ・ファミリアには特徴と合致する団員がいる、フィンは団員の『ベート・ローガ』の所在を確かめるが今どこにいるかわからない。

事実を知っているだろうアイズは未だ意識を取り戻していない、大きな外傷もないので彼女の意識が戻るのを待ち、話を聞くという選択もある。

だがフィンはベルが嘘をついていないと判断、話が事実ならベートの生死に大きく関わる、あるいは既に遺体を晒しているかもしれない。

 

口の悪い団員だが放っておく事もできず、ダンジョンへとベートを探しに行く事を決める。

ベルの話通りなら決して油断ならないモンスターだろう、深層の階層主にも匹敵しうる。

そんな相手に手を抜く事はできない、万全の装備を纏いダンジョンへと出立するロキ・ファミリアの主力パーティ。

だがそんな気負いも空回りして、5階層でベート・ローガは壁を背にして横倒れで気絶していた所をロキ・ファミリアに発見された。

その際話のモンスターは影も形もなくすんなりと帰還、主力パーティがベートを連れて帰ってきた時にはアイズが目を覚ましていた。

 

これ幸いとフィンがアイズに話を聞く、どうして5階層で気絶してしまったのかを。

そうしてアイズは頷く、モンスターに襲われていた少年を助けるために行動し始めた所から話し始めた。

少年が初めて見る色をしたミノタウロスに襲われていた事、奇襲で即座にカタをつけようとして仕掛けた背後からの攻撃を避けられた事。

その際お尻を叩かれた事、後から来たベートと挟撃を仕掛けた事、それを完璧に避けられた事、その後すぐにミノタウロスに捕まって振り回された事。

そこでアイズは気絶したために続きはなかった。

 

多少の差異はあるが話の内容が一致し、ベルの話が嘘ではなかったのが証明された。

同時にフィンやリヴェリアは改めてベルに礼を言う、団員を連れて帰ってくれてありがとう、と。

ベルも逆に萎縮して頭を何度も下げた、二人が来てくれなければ間違いなく死んでいたのだから、と。

 

その後ベルがダンジョンの外に出られた事による情報の付加価値やら、アイズとベートのLvの話でベルが仰天したりと。

ギルドに即対応してもらえるようロキ・ファミリアの主神を介して訴えかけたりと波乱の一日が終わった。

そうした翌日にはギルド本部前の立て札に大々的に最上位の危険な情報が張り出された。

 

『黒い肌に赤い毛のミノタウロスを見かけたら絶対に手を出さず逃げる事』と。

 

そうしてギルド本部はその変異型ミノタウロスに固有の名前を付けた。

Lv.5も退ける【黒焔のアステリオス】と。




主人公の()はブモブモ言ってて言葉になってません。
原作のベルを襲ったミノちゃんはすでに魔石になってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見られたあの子

壁が裂けるようにして出てくるモンスターを見ながらこの地下は一体なんだろうか、とそう考えることはよくある。

考えてたら飛びかかってきた狼男っぽいのを空中で掴んで肩にかけて腰を落とす。

明らかにおかしいレベルで暑かったり寒かったりする場所がある、俺には意味ねぇんだけどね。

湧いてきてるモンスターだってそうだ、元々生きてるのが湧いてきてるというよりその場で生まれてきていると言ったほうがいい。

 

(出たー! 牛男くんの猛牛Vターンタックルだ!!)

 

湧いてきた10匹ほどの狼男っぽいのを高速で往復して跳ね飛ばす、吹き飛んだのは体が大きく変形するレベルで壁に叩きつけられて絶命。

残るのは俺が掴んでいるいまにも死にそうな奴だけ、そいつを壁に叩きつけて頭を潰した。

そうすれば体が崩れて紫色の宝石っぽいのが地面に転がり、それをせっせと拾って左手に集める。

 

(……美味い!)

 

テーレッテレー、実際は下にいる奴らよりもかなり不味いけど。

宝石っぽいのを口に放り込んで、キラーンと白く輝く歯でボリボリと噛み砕く。

俺の主食である紫色の宝石っぽい物、なんで宝石っぽい物を食って生きていられるのかはよくわからないけどそういう物だから悩んでも仕方ない。

多分、おそらく俺の体の中に似たような紫色の宝石っぽい物があるんだろう。

 

この地下に降りてくる人間たちは、壁や天井などから湧いてくるモンスターを倒しこの宝石っぽいのを拾って帰る。

俺の主食とは違う利用価値があるんだろう、使い道などまるでわからないが何かに使えるんだろう。

まあ俺にはどうでもいいけど。

……ん? 俺の中にも同じ物があるってことは人間に狙われるってことか。

それはそれでいいけど、勘違いした弱いのが押し寄せることもあるかもしれんか。

 

戦いたいとは思うが、ずっと相手にするのも面倒くさいな。

今だって離れたところからチラチラ見られてるし、好奇心は猫をも殺すってことわざ知らないのかよ。

 

(……キィィィヤァァァァァ!! ノゾキヨォォォォ!!!)

 

叫んで振り返れば、俺の様子を伺っていた人間と目と目が逢う瞬間好きだと気付いた。

気付かれたと判断した人間はすぐさま身を翻す、風が吹き抜けるかのような速度で駆け出した。

 

(ィヤッフゥゥゥゥゥゥッ!!)

 

ズドンと地面を蹴って走り出す、風よりも早く、風をぶち抜いて逃げる人間を追いかける。

ところでミノタウロスは基本パワータイプだ、その腕力で殴ったり捕まえて握りつぶしたりするのが攻撃の手段。

その代わりなのかそれほど俊敏性は高くない、おそらくミノタウロスが出現する階層で問題なく活動できる人間なら容易に攻撃を回避出来るだろう。

先日俺の同類を初めて見たが、姿形が似ているだけで別者だった。

そう断言してしまうほど頭が弱く貧弱で鈍い、今逃げてる人間がそこら辺で出てくるミノタウロスと俺を一緒に見ていたらどうなるか。

 

(待ってよぉ〜)

 

何度か角を曲がり直線を爆走し、追いかけっこに興じるその姿。

チラリと背後を確認するたびに距離が縮まり大きくなる俺の姿を見て、逃げる人間の表情には恐怖の感情が張り付いていた。

人間は湧いてくるモンスターを回避し、ひたすら全力で逃げに徹する。

あの人間からすれば背後からは耳を劈く咆哮とけたたましい足音、そしてモンスターが弾き飛ばされて潰れる恐ろしい音が聞こえているだろう。

プライバシー侵害の罪は清算されなければならない、この程度じゃ済まさんゾォォォォォ!!!

 

必死に足を動かし逃げていた人間が角を曲がった瞬間一気に減速したのはわかった、そしてその原因が別の人間にある事もわかった。

要は曲がった角の先に別の人間がいて、それを避けようとして転倒したというところだ。

だからと言って追いかけるのをやめるという選択肢はない、追いかけ曲がり角の壁にぶつかりながら無理やり止まる。

 

「に、逃げろ! 早く!!」

 

突然現れた俺を呆然と見上げる人間たち。

逃げていた人間は怪我をしたのか足を抑えながら立ち上がる、同時に他の人間に警告を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

ギルド本部は頭を抱えたくなっていた、アステリオスの動向を探らせていた冒険者が帰ってこなかったことに。

同時に入ってくる被害者の数にも悩む、冒険者たちに警告を大々的に出していたのにこの結果。

黒焔のアステリオスには決して手を出すなと、ギルド職員にも口を酸っぱくして言わせてもいた。

それでいて手を出す馬鹿が予想以上に多い事も悩ませる種。

考えようによっては警告を出してからそれほど日にちが経っていない、どうしてこんな警告を出したのか正しく認識していないが為の被害とも言える。

まだしばらくは黒焔のアステリオスによる被害は出続けるだろうと判断されていた。

何せ元々はミノタウロスだ、多少強くなったところでどうにでもなると考えているのが大半だった。

 

中には偶然遭遇した者たちもいるだろう、それで攻撃されず生き残った者たちもいた。

その冒険者はアステリオスの威容に震え上がってなにも出来なかったと答えた、そしてその者たちに共通するのはミノタウロスが出現する15階層に到達していない者が大半を占め。

逆に被害にあった冒険者たちはLv.3や4といった15階層を超えれた者たちばかり、そこから導き出されるのは大元のミノタウロスを討伐出来るか否かの認識であると思われた。

言わばミノタウロスと言う見た目に油断と慢心をして攻撃を行い、返り討ちにあい無残な死に様を晒した。

原因としてはそんなものだろう。

 

ギルド本部としてはダンジョンに潜る冒険者を止めることはできない、出入り口からモンスターが飛び出てくるなら話は別だが。

ただダンジョンの管理やダンジョンから持ってきた魔石の売買などを行うだけであり、冒険者がダンジョンに潜るのは危険を承知した上での自己責任となる。

それでも将来有望なLv.3や4が大きく数を減らすのは色々と困る、だからもたらされた情報を大きく公開することを決めた。

数少ないLv.5の冒険者がアステリオスと戦い負けたこと、戦闘における敗北した冒険者の無残な遺体など。

アステリオスに対する危機感を煽る為に色々と出した。

 

「アステリオスと戦い、首から上を失った冒険者」

「アステリオスと戦い、鎧の上から胸を貫かれた冒険者」

「アステリオスと戦い、上半身を吹き飛ばされた冒険者」

 

そう言った冒険者が出ているので、絶対に手を出さないように気をつけてくれ。

それがギルド本部に出来る最大限の行動、そしてもう一つの計画も動き出していた。

それは『黒焔のアステリオス討伐計画』である。

そもそも上層階に深層級のモンスターがうろついてること自体がおかしいのだ。

冒険者に追いやられて上がってくるモンスターもいることはいるが、深層級のモンスターがダンジョン出入り口にほど近い階層をうろついているなど予想できようものか。

 

この黒焔のアステリオスが長々と上層階に居座られたら、下級冒険者はダンジョンに潜ることを控えかねない。

攻撃しなければ無害、なんて絶対とは言えないがためにドロップアウトする者もいずれは出てくる。

魔石の産出数も大きく減るだろう、質は低くとも数は多いのが下級冒険者だ。

その数が積もり積もっていまの魔石産出数に繋がっている、その下級冒険者数が大半の魔石産出数と直結しているために早期の討伐計画でもあった。

故にギルド本部は戦闘系の有力なファミリア、またバックアップに製造系や医療系ファミリアに黒焔のアステリオス討伐の協力を強く要請した。

こうして前代未聞のギルド本部主導の『黒焔のアステリオス討伐計画』が動き出していた。

 




主人公が冒険者を追いかけてる時の姿勢は、開いた手を両方前に突き出して雄叫びをあげながら自動車よりも速く走ってる感じ。

やっぱ人間側の描写っているかしら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喜ぶあの子

(ムムム)

 

 こう、ざわざわするな。

 言葉にすれば「・・・・風が、・・・・くる!・・・・」って感じ。

 この感覚は嫌いじゃない。

 うん、むしろ大好きだ。

 

(もっと熱くなれよ!)

 

 ……あらやだ、ちょっとテンション上がりすぎちゃったわ。

 なんかいっぱい出てきたからついついもぎ取り過ぎたわね。

 誰も拾うの手伝ってくれるの居ないから捨て置くしか無いわ、MOTTAINAIけど面倒臭いから仕方ない。

 いくつかを拾って口に放り込む、バリバリと噛み砕きながら歩き出す。

 多分、飽くなき闘争はまだ来ないだろう。

 

 もう少しぶらりとしてようか、そうしたら向こうから来るだろう。

 明らかに俺は邪魔だろうしなぁ……!

 

(グフフ)

 

 シャランラーンとスキップしながら、新しく湧いて出た赤い虫っぽいのを踏みつぶす。

 虫汁ぶしゃーと体液が飛び散るが知らね、てか多すぎて邪魔でしょ!

 

(ほら、あっちいけって)

 

 シッシッと手を振るが、お構いなく向かってくるのでしょうがなく向き合う。

 カサカサと群れて迫ってくる先頭の赤い虫を一匹屈んで捕まえ、ガシガシと音を立てる顎を見ながら頭を引き千切る。

 頭の切断部からボタボタと体液が流れているがまだ死んでいないようで崩れて消えない、なので頭を手放して。

 

(……くらえ! オックスシュート!!)

 

 思い切り蹴飛ばした、だが虫の頭は粉々に弾けた!

 虫の頭ではなく破片でもない、ただの蹴りの衝撃で地面が大きく裂けて虫の大群が吹き飛んだ。

 

(……まいっか!)

 

 邪魔なのは大体居なくなったし、結果オーライだ!

 

(しかし楽しみだなぁ! ほんとぉぉにぃぃぃ!)

 

 何と言うか、楽しみな日を待ちわびる子供みたいだぜ!

 

(ヒャッホォォォォォウ!!!)

 

 足を揃えて勢い良く飛び上がる、一瞬で天井を大きく砕きながら上半身が埋まった。

 埋まり続ける趣味はなく腕の力だけで思い切り天井から抜け出し、地面に向かって一気に降りた。

 

(あ)

 

 超高速で降りたせいか地面が割れる、だが弾丸と化した俺を受け止められるほど地面に包容力はなく──。

 

(あら~!)

 

 そのまま階層をぶち抜いて下に落ちていった。

 

 

 

 

 

(いてててて……)

 

 痛くないけど、言っておかなければならない気がした。

 上に乗っかる瓦礫を吹き飛ばし、無造作に立ち上がる。

 どれぐらい落ちたのか、何枚か抜いたかもしれない。

 いかんいかん、はしゃぎ過ぎだな俺。

 頭を振って砕けて積もった岩の山の上から見渡せば、離れた所になんかでっかい人間っぽいのと普通の人間が数人居た。

 

 どちらも動きを止め、俺を見ていた。

 

「え、う、うそ。 あれって……」

「黒焔の……!?」

(あ、お邪魔でしたか)

 

 ざわ・・ ざわ・・ と人間たちがでっかい方の人間を警戒しつつも俺を見てなんか言っていた。

 とりあえず岩の山から飛び降りれば、なんかでっかい人間っぽいのが雄叫びを上げて向かってくる。

 

(えー、ちょっとそっちの人間と戦ってんでしょー? こっち来ないでよー)

 

 俺の3倍を超える巨体故、ドスンドスンと地面が揺れるぐらいに勢いよく向かってくる。

 それに対して俺は構える……、事もせず右足を膝近くまで岩の地面に突っ込む。

 両手を突き出し突進してくるでかい人間っぽいもの、俺を捕まえようとしているのが手に取るようにわかる。

 ああいった手合は単調だしなぁ、ミノタウロスと一緒で巨体を活かして突っ込むとか、捕まえて握りつぶしたり地面に叩きつけたりとそれしか芸がない。

 なので。

 

(よっ)

 

 突き出した手を掴み返し。

 

(そら)

 

 勢いを殺さず持ち上げて、砕けた岩の山に叩きつけた。

 同時にくぐもった声が聞こえるが。

 

(もいっちょ)

 

 岩の山から引き抜いて、今度は反対側の地面に叩きつける。

 岩の地面が砕けながら、でっかい人間っぽいものが地面に突き刺さる。

 

(あっよいしょ!)

 

 まだ生きているので引っこ抜いてもう一度砕けた岩の山へ叩きつける。

 さっきよりも力を込めたので岩の山が吹き飛び、岩とともにビチャビチャとでっかい人間っぽいものの血らしきものを撒き散らせた。

 

(……思ったよりしぶといな)

 

 じゃあもう一度、とさっきよりもちょっと力を込めて引き抜けば、反動でか右足を突っ込んでた地面が割れて引っこ抜け、グルングルンと回転しながら一緒に空へと舞ってしまった。

 そのまま仲良く一緒に岩の天井にぶつかる、訳もなく天井に足をついて。

 

(そぉい!!)

 

 掴んだ腕をへし折りながら背負い、地面へと勢い良く突っ込む。

 岩の地面が弾ける、煙とともに岩の破片をまき散らしながら。

 出来上がったのはクレーター、その中心には上半身が潰れたでっかい人間っぽいものと俺だけ。

 すぐさまでっかい人間っぽいものが黒い煙となって消えて大きめの宝石っぽいものだけになる。

 それを拾って口に放る、バキバキと噛み砕きながらクレーターを登ると最初にでっかい人間っぽいものと戦ってた人間たちが居た。

 

(獲物横取りしちゃってごめんねー!)

 

 とりあえず謝っておくと。

 

「ひっ!?」

「う、うわぁぁぁぁ!?」

 

 なんか悲鳴あげて逃げてった。

 降りかかった火の粉を払っただけじゃん、失礼な。

 逃げていく人間の後ろ姿を見送って辺りを見回す、ここ通ったことあったっけ?

 

(……覚えてねぇなぁ、まあとりあえず向こうに行ってみっか)

 

 人間が逃げていった方に歩き出す、言った先に上への道が無けりゃ天井をぶち抜きゃいいか。

 そう考えてノッシノッシと歩き出す、人間が逃げた方向には『安全階層』があり、人間が作り上げた『街』が有ることを知らずに……。

 

 

 

 

 

 

「た、大変だっ!!」

 

 一組の冒険者たちが『リヴィラの街』へと、悲鳴のような大声を上げながら入ってくる。

 

「あ、あいつが! 奴が!!」

 

 息を切らしながら、軽く混乱しながらも叫ぶ。

 

「うっせぇなぁ」

 

 喧しい声に、この街でたむろっている冒険者たちが顔をしかめて言う。

 むしろ黙らせるためにぶん殴ってやろうか、そんな気性の荒い者たちも居る。

 うるさい野郎を黙らせようと何人かの冒険者が叫ぶ男のそばに寄るも、その男は更に声を張り上げる。

 

「モ、モンスターが! あの、ギルドが張り出してたモンスターが!」

「あの黒焔よ! 黒焔のアステリオスが出たのよ!」

 

 肩で呼吸をしながら矢継ぎ早に告げていく、それを聞いた冒険者たちは顔を見合わせた後。

 

「はっ! ハッハッハ!」

「ひひっ! 何言ってんだこいつら!」

 

 大声で笑い出す、苦しくて堪らないと腹を押さえるものもいた。

 

「み、見たんだよ! 俺達が戦ってた迷宮の弧王を! ゴライアスを一方的に叩き潰してたんだよ!!」

 

 男は自分を抱きしめるように肩を抱き、その場に膝をついた。

 女もそれに寄り添うように膝をつき、ぶるぶると身を震わせる。

 他の仲間も青ざめた顔でその場にへたり込んだ。

 

「あ、あんなのに勝てるわけないわ……」

 

 その尋常ではない様子に再度顔を見合わせる。

 

「黒焔って、今噂になってるやつか?」

「おいおい、馬鹿言うなよ。 黒焔ってのは今上に居るんだろ?」

 

 ここは18階層だぞ。

 そうだ、一桁の階層を彷徨いてるって話だぜ。

 わざわざ上を彷徨いてる奴が何でここに降りてくるんだ?

 大方、一流冒険者様にやられて逃げ出してきたんだろうよ。

 

 周囲の冒険者達は有り得ないと否定の言葉を出す。

 むしろそうであってほしいとの願望でも有った。

 

「……へっ、聞いた所によるとミノタウロスじゃねぇか」

「確かに、ミノタウロスって聞いたな」

 

 その言葉に何人かの冒険者に余裕の笑みが浮かぶ。

 

「たかがミノタウロス一匹だろ? この街にどれだけ冒険者が居ると思ってんだ」

「そうだそうだ! 袋にしてそれで終わりじゃねぇか!」

 

 それは一気に伝播していく、恐るべきは人間の意識か。

 覆せない数の利、何より自分たちはミノタウロスを倒したことが有ると言う自負。

 それが油断と慢心を生み出し、驚異的との評判を過大評価と認識させる。

 それは余りにも脆く、極大の異常の前には薄紙よりも遥かに柔らかくて薄く無駄なもの。

 だからこそ、それが現れた際の崩壊は一瞬。

 

「……あっ?」

 

 そんな中に集まっていた冒険者の一団の後ろ、ゴシャっと柔らかいものが落ちて何かにぶつかる音に何人かが振り返る。

 

「……え?」

 

 一体何だと振り返ってはじめに見えるのは赤い液体、地面に勢い良くぶち撒けたように広がり、それより少し離れた所に跳ねるように飛び飛びに残る赤い染みの先には。

 

「お、おい……、あ、あれって……」

「ああ? 何だよ」

 

 振り向いていなかった冒険者の肩を掴み、自分が見ている者が間違いでないか確かめさせる。

 

「……じょ、上半身?」

 

 そう、それは人間の上半身だった。

 右手には剣を握ったままの、目を見開いたまま事切れた人間の上半身だった。

 

「な、なん……」

 

 何でそんなものがいきなり現れるのか、人間の遺体であることにじわりと混乱が広まっていく。

 

「落ち着けよ! その何とかって奴が出たんなら武器を取ってこい! 全員で攻撃すりゃすぐ終わる!」

 

 あの上半身は話のモンスターがやったこと、そう判断して一人の冒険者が叫ぶ。

 あまりにも楽観的だった、あるいはそんな奴を倒せたなら二級の冒険者、いや、一級冒険者への道が開けるかもしれない。

 夢見る英雄的な偉業、こんな所で燻っているのはもう終わりだと有り得ぬ夢を見て各々が走りだす。

 それは英断ではなく愚行、だたただその一言に尽きた。

 

「居たぞ! 街に入ってきやがった!」

 

 ノッシノッシと悠然と歩くミノタウロスの姿に誰かが声を上げた。

 あのミノタウロスは俺の獲物だ! いや、俺のだ!

 早い者勝ちとミノタウロスに殺到、いの一番に剣を振り上げて斬りかかった冒険者が一人。

 渾身の力を込めて振り下ろし、ガンっと音を立てて胸に当たった剣が止まった。

 

「……き、効いて──」

 

 それがその冒険者の最後の言葉になった。

 月の無い闇夜よりもなお暗い黒を下地に、燃え上がる業火のように赤い毛並みの腕が無造作に振るわれる。

 それに当たった冒険者は哀れにも上半身と下半身が泣き別れ、下半身は地面を激しく転がりながら木造の建物に突っ込んで破壊し、上半身は血と臓物を撒き散らしながら上空に弧を描いた。

 

「……や、やりやがったな!」

 

 上げるのは虚勢、己を奮い立たせるための声。

 しかしそれは失敗でしか無い、勇敢と無謀は似て非なるものであるからだ。

 

「やっちまえっ!」

 

 雪崩れ込むように攻撃を仕掛ける冒険者達の雄叫びは、僅か十秒足らずで悲鳴に変わった。

 剣で斬りかかった者は、身長が五分の一になって地面にめり込んだ。

 槍で突きかかった者は、逆に槍を掴まれて30メドル以上の高さへと飛んで200メドルもある断崖の下へと落ちていった。

 弓で射かかった者は、死んだ冒険者が手放して転がる剣を拾い投げつけられて胸に大穴を開けた。

 その他諸々、数十名ほどの冒険者が瞬間的に命を散らした。

 

「う、うわぁぁぁ!?」

 

 その一瞬で積み上げられた死を目の前に、受け入れられず無謀にも攻撃を仕掛ける者と、無慈悲なる恐怖に負けて悲鳴を上げながら逃げ出す者に分かれた。

 前者と後者、生死を分けたのは悲しきことか、冒険者であれば乗り越えるべき恐怖であったのは皮肉であろう。

 蜘蛛の子を散らすようにミノタウロス、黒焔のアステリオスの周囲から逃げ出して穴が開く。

 アステリオスは周囲を見渡す、歩みを邪魔する者が他にいないか確認するように。

 その確認が終われば周囲に転がる遺体を無造作に踏み潰しながら足を出し。

 

「ヴォ?」

 

 アステリオスが声を出して視線を足元に落とした。

 凍っていた、踏み出して左足が遺体を巻き込みながら凍っていたと認識した瞬間、まるで巻き付いていくかのようにアステリオスの全身を包んで氷像へと変化させた。

 バキバキと軋む音が鳴り終わっての静寂、未だ隙を突いての一撃を狙っていた愚者たちが覗き込む。

 あるのは氷に閉じ込められ、ピクリとも動かなくなった黒焔のアステリオス。

 動かないモンスターの姿を認識しはじめた冒険者達が喜びの声を上げ始める、モンスターを倒したんだと。

 

 歓声が湧き上がる、やっぱり大したことなかったじゃねぇかと大口を叩くものも居た。

 だからこそだ、輝く希望が眩しければ眩しいほど、絶望は全てを飲み込むほど底無しに広がる。

 そうして歓声を響く中に負けないほど、絶望の音が鳴り響いた。

 突如氷が砕けて何事もなかったかのようにアステリオスが右足を踏み出す。

 その光景に水を打ったように静まり返る、それを認識しているアステリオスは胸を逸らしながら息を吸い。

 

「──ヴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 天に響く雷鳴に勝る咆哮を上げた。

 その大声に、比較的近くにいた冒険者は激しく突き飛ばされたように転倒する。

 叫び終えたアステリオスはわずかに屈伸し、飛んだ。

 飛んだ先は明らかだった、数秒もない滑空の後に着地したのは少し離れたところにある一つ上の段差から凍結の魔法を撃ち放った冒険者の前。

 

「は、え?」

 

 数十秒に渡る詠唱から対象への行使、当てた! 私が倒した! これって間違いなく偉業だわ!

 そう喜びに溢れて、輝かしい未来に思いを馳せていた時には死が目の前に有った。

 引きこまれそうなほど赤々とした、暗闇に浮かぶ炎のような瞳が冒険者を射抜く。

 なぜ魔法を当てたモンスターが目の前に居るのかわからない、混乱の内にその大きなアステリオスの手が冒険者の頭にそえられる。

 それはグリグリと、父親が小さな子供の頭を撫でるような動かし方。

 

 そうして冒険者は膝を付いた、首から上を無くして。

 アステリオスはその手にあって、呆然とした表情のまま絶命した冒険者の頭を放り捨てる。

 そして先程よりも深い屈伸の後、数十メドルもの高さに飛び上がって崖下に消えていった。

 

 

 

 

 

 この事は当然ギルドにも届いた、死者は約30名。

 建物への被害はわずか数棟、大規模な破壊の跡は一切なかった。

 この被害の少なさから黒焔のアステリオスはリヴィラの街を意図的に襲ったのではなく、ただ通り掛かって反撃しただけだと思われた。

 事実攻撃しなかった者は見向きもされず、黒焔のアステリオスは魔法を当てた者を見つけてわざわざ殺しに行ったと言う。

 攻撃されたから反撃した、言わば正当防衛のような感覚ではないかとも推測された。

 

 では、やはり攻撃を仕掛けなければ無害なのでは?

 なら攻撃していない者が襲われたのは一体どういう理由だ?

 攻撃していないと虚偽を申したのでは?

 だが戦ったLv.5の冒険者は殺されなかったと言うぞ。

 最初に襲われたというLv.1の冒険者のはどう説明するんだ。

 

 推測を重ねるだけの確証のない無駄な問答。

 進展のないそれを経た後、結局脅威であるモンスターとして討伐することは変わらない。

 何より協力を要請した各ファミリアからの返答から、より討伐の方向へと傾く。

 各系統のファミリアから色好い返事を貰えた、それこそ協力を要請した上位のファミリアのか半数以上が参加する旨を伝えた。

 Lv.6と5を複数揃えるロキ・ファミリアや、オラリオ唯一のLv.7を有するフレイヤ・ファミリア。

 鍛冶系トップとも言えるヘファイストス・ファミリアもその要請に応じ、医療系もポーションなどのアイテムを万全に揃えて参加する。

 

 オラリオ総意とも言える黒焔のアステリオス包囲網は完成されつつ有った。

 ただ当の牛頭人身は感覚だけでそれを察し、階層をぶちぬくほど心躍らせて楽しみにしているとは誰にも予想できなかった。

 

 




凍結を抜けだした主人公の一言
「凍って凍死するようなミノタウロスだと思った? 残念! 絶対零度でも寒くないミノタウロスちゃんでした!」

主人公のお気に入りの場所はダンジョンの『闘技場』
理由は延々と三國無双出来るから

あとアニメのオッタル謹製ミノタウロスと色合い似てるけど、主人公はもっとはっきりと赤と黒に分かれてます、それこそ毛並みが光ってるようにみえるくらいに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃えちゃうあの子

 

「……確実に討伐隊のことを待ってるね」

 

 ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナはホームでもたらされた情報に一言呟く。

 『黒焔のアステリオスは8階層に留まり続けている』と。

 黒焔のアステリオス討伐作戦が発動してから約7日、各ファミリアとギルドのバックアップで十全の装備を整えている間に得られた情報は常に同じだった。

 今までの動向から5階層から18階層の間を行ったり来たりと彷徨いていたが、討伐作戦発動前後から8階層から一歩も出ずに居座り続けている。

 一転した行動に一体どういう意味があるのか? 今までの行動から推測したフィン。

 

「8階層はそれなりの広さだ、それこそ集団戦を行っても問題ないほどに」

「そうだとして、それをどうやって知ったのかも気になるのぉ」

「考えられる奴の目的からも馬鹿げている、と一蹴できないか……」

 

 そう、フィンが言った通りにあのミノタウロスは『討伐隊を待っている』。

 

「だーかーらーよー! 最初から言ったじゃねぇか!」

 

 ドンっと机を叩きながら立ち上がるのはベート。

 

「あの野郎は戦いてぇだけだってよぉ!!」

 

 牙を見せ唸るように、ベートは苛立って叫ぶ。

 それを見たフィンらファミリア幹部はそのベートの苛立ちを理解できた。

 心情からの理解ではなくベートの性格などからの判断、ベートは『アステリオスに見逃された』事で鬱憤を溜めている。

 ダンジョンで一人、周囲に仲間が居らずソロであるときにモンスターに敗北すると言う事は、比喩でも何でもなく『死』を意味する。

 だがベートは生きてダンジョンから連れだされた、モンスターであるアステリオスと戦って敗北したと言うのに。

 

 ベートの主張する『戦いたいだけ』と言うのも理解できた、アステリオスは誰彼構わず襲いかかるような、ダンジョンで見られる普遍的なモンスターと隔絶している。

 通常ダンジョンに湧いてくるモンスターは冒険者を見つければ、見境なく襲ってくると言うのにアステリオスは明らかに『選別している』。

 Lv.1や2の冒険者は手を出されなければ相手をせず、油の乗ったLv.3や4には襲いかかる。

 また襲われた全員が死亡しているわけではなく、戦って負けたがとどめを刺されずその場を去ったと言う報告もいくつも上がっている。

 そう言った情報を統合した結果、黒焔のアステリオスは『戦いたがっている』、もっと具体的に言えば『強者を求めている』と言う結論に至った。

 

「……全く困るね、異常事態(イレギュラー)モンスターってのは」

 

 固有の名称を付けられた奇妙なミノタウロスにはもう一つの名が付けられた、それが『異常事態(イレギュラー)モンスター』。

 通常のモンスターなら絶対見られない行動を行う、おかしいといえばおかしいが本当にそれが異常事態(イレギュラー)なのかはわからない。

 そもそもあのミノタウロスが未踏破領域から登ってきた可能性もあるし、ミノタウロスに酷似した姿を持つ全く別の存在の可能性も大いにある。

 『我々が知らない』だけであれが通常(レギュラー)なのかもしれない、そうだったとして……。

 

「より深層の未発見モンスターか……、はたまた別の存在なのか……」

 

 未踏破階層のモンスター、基本で言えば下に行けば行くほどモンスターは強くなる。

 上層の階層主よりも深層の通常モンスター、あるいは希少モンスターの方が強いこともままある。

 

「未発見だとしても最低でも59階層よりも下、本当に困ったな……」

 

 59階層の発見済み通常モンスターでも一匹なら、アイズとベートなら余程の下手を打たなければ負けない。

 その二人をしてあっさりと負かせた、ベートに至っては全力を出してかすり傷一つ付けられなかった。

 階層主でもこうは行かないだろう、それほどまでの怪物。

 そんなのが上層階、それもダンジョン出入り口付近で彷徨いているなどまさしく異常事態(イレギュラー)

 

「フィン、お主……」

 

 ファミリア幹部の一人、ドワーフの『ガレス・ランドロック』が気付いて言う。

 

「ああ、こんな事初めてだ……」

 

 フィンがゆっくりと、皆に見えるように手を挙げる。

 

「親指の震えが止まらない、それに日を追う毎に強くなってきてる」

 

 うずきではない、はっきりと見てわかるほど明確にフィンの親指だけが震えていた。

 それはフィンが持つ力の一つ、『危険を教えてくれる親指』であり、文字通りフィンの身に危険が迫れば親指を通して教えてくれるもの。

 奇妙なのは現在ダンジョン内ではなく外のオラリオに居ると言うのに親指が危険を知らせている事、まるで親指だけが逃げようとしているように見えるほどに。

 そのフィン・ディムナ、無数に居る冒険者の中で本当に数えるほどしか居ないLv.6の冒険者。

 Lv.6に至るまで相応の試練を乗り越え偉業を成してきた、その中で親指がうずくことは幾度と有ったが『震える』ことなど初めての経験。

 

「相当危険なようだ、それこそ倒したらLvが上がりそうなほどにね」

 

 Lv.6のフィンを持ってしても、アイズとベートを同時に相手をして無傷で制圧することは出来ない。

 そもそもどちらか片方であっても無傷とは行かないだろう、それを易く行ったアステリオスはどれほどのものか。

 それを聞いて誰もが息を呑む、単身で深層の未到達領域開拓を試みたほうがまだましかもしれないともフィンはつぶやく。

 

「怖いなら引っ込んでてもいいんだぜ」

 

 フィンを持ってして危険、重くなる空気を払拭したのはやはりベート。

 

「ベート! あんた!」

 

 横暴な物言いにファミリアの主力の一人、『ティオネ・ヒリュテ』が勢い良く立ち上がるも。

 

「ハッ! 俺はあの野郎には借りがある、何倍にもして返さねぇと気がすまねぇ!」

 

 ゴンと握った拳同士を勢い良くぶつける、それこそファミリアの方針で討伐に赴かなかったとしても自分だけでも参加すると言いたげに。

 

「……私も」

 

 そんなベートに小さく手を上げて賛同するのは。

 

「アイズ! あんたも!」

「……言い訳はできない、だから」

 

 全力を出さなかった、そんなものはダンジョンでは言い訳に成らない。

 ミノタウロスだと侮って敗北した、結果論にすぎないがそれが全て。

 勝利か敗北か、生か死か、余りにもシンプルな弱肉強食の世界(ダンジョン)

 ベートと同じように屈辱もあるかもしれない、だがそれと同時にアイズには新たな光が見えたのだ。

 乗り越えがたい限界と言う壁にぶつかる中で、今まで見てきたどんなモンスターよりも強大な存在。

 

 フィンが言うように、あれを倒せれば限界を超えれる。

 それがわかるほどに、あのミノタウロスは強い。

 

「なら、決まりやな」

 

 パンっと一度の叩く音、手を叩いたのはファミリアの主神『ロキ』。

 

「うちの可愛い眷属(こどもたち)に手ぇ出したんや……」

 

 嗤う、苛立ちと憤怒を抱擁した笑顔。

 

「欠片も残らんくなっても、文句はないやろなぁ……!」

 

 牛風情が、そう言いたげに椅子に浅く座ったロキ。

 

「なんたらの牛、リベンジしたいんやろぉ? なあ、ベェートォ……」

「……と言う訳だ」

 

 もとより参加するとギルドに返事をしている、親指が震えているからといって参加しないなんてことは今更出来ない。

 

「親指が震えるからといって参加しないなんて出来ないよ、僕も前代未聞のモンスターを見てみたいからね。 それに……、怖いからといって縮こまって震えるような団長についていきたいと思うかい?」

「ハッ! 俺ならゴメンだな!」

「よっしゃ、よくわからん牛をぶっ潰して今夜は打ち上げや!」

 

 禍々しいとも言える笑みから、いつもの胡散臭い笑みに戻したロキが言う。

 敵の居場所は8階層、潜って倒して帰ってくる日帰りが出来る。

 無論、倒せたならの話では有ったが。

 

「……皆、無事帰ってこんとしょうちせんで?」

「ハイッ!」

 

 皆が返事をする、危険過ぎる敵ではあるが一致団結して乗り越えてみせると。

 

「まとまった所でワリィんだが、一つ提案があんだけどよ」

 

 その空気の中で、ベートが軽く手を上げ、アイズも同調するように立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、中央広場には多数の冒険者たちがひしめいている。

 所々に高くファミリアの紋章が掲げられ、それぞれが忙しなく動いていた。

 

「ひえー、めちゃくちゃ居るじゃん」

 

 いくつも風でたなびく旗を見て『ティオナ・ヒリュテ』が驚く。

 それは当然でオラリオの各系統の上位ファミリアが軒並み参加しているのだ。

 普段なら数百と言う冒険者が集っても広々としている中央広場が、今は整理され通路用に開けられた道でなければまともに通れないであろうひしめき具合。

 同時にアステリオスと戦闘を行う冒険者の武器や防具、戦いのために用意されたアイテムの数々。

 百を超える大型ケースが並んで、ダンジョンの中へ運び込まれるのを待っていた。

 

「壮観と言えば壮観だね、たった一匹のモンスターのためにこれほどの用意をしてるんだから」

 

 やり過ぎとも思えるのも、数少ない一級や二級の冒険者が連続して敗北や死亡していることに起因する。

 このまま放って置いてダンジョンから出てこられてオラリオに被害が出る可能性があるし、出てこなくても上位の冒険者が倒され減り続ける可能性もある。

 そうなる前に徹底的に叩いておく、それが今回の目的でもあるだろう。

 

「……ギルドは僕らよりも相当情報を集めていると見ていいね」

 

 普段なら腰の重いギルドが、これ程までに速く動くなど通常なら考えられないこと。

 見逃された冒険者の訴えも有ったかもしれない、それでも速過ぎるが。

 

「何はともあれ、今は黒焔のアステリオスだね」

「話通りなら他のことを考えている暇など無いだろうな」

 

 強いを通り越して『凶悪』と言っていい、下手をしなくても負けかねない。

 アイズとベートの言葉を元に戦術はある程度練ったが、まだ見せていない能力も有り得るので慎重に行かねばならないだろう。

 フィンは己の中から油断を消して、討伐作戦開始による移動を開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 『黒焔のアステリオス討伐作戦』の概要は簡単だ。

 まずアステリオスと戦闘を行う冒険者たちの疲労を極力減らすため、湧いてくるモンスターの露払いは各ファミリアから参加するLv.3や4の冒険者達によって即座に駆逐される。

 数百名の第二級冒険者の露払いで8階層に運び込まれるケースの安全も保たれ、今も8階層で待ち受けるアステリオスを討伐する。

 それだけであり戦闘に関しては冒険者たちに一任され、連携を取るもよし、ファミリアだけで叩いてもよしと、アステリオスを討伐できればいいとギルド。

 

 フィンたちも他のファミリアと連携を取ることなど考えていない、正確に言えば連携など取れよう筈もない。

 数が少ない故に必然的に有名になる第一級冒険者たち、だが殆どが名前だけを知っているに留まり。

 どのような動きができるのか、どんな攻撃手段を持っているのか、そう言った事はほとんど情報として流れてこない。

 知ろうと思えば調べて知ることもできるが、一歩踏み込んだ程度であまり参考に成らない。

 そういった事も有り、それぞれのファミリアは連携を取ることは出来ない。

 

 参加するファミリアだけで戦いを挑み、ダメなら次のファミリアが挑む。

 全員で一斉に掛かると言う手もあるが、それぞれが足を引っ張り合う可能性も十分ありえるので、それならば各ファミリアのみで攻撃した方がいい。

 何より知らぬ冒険者より知る冒険者、連携を期待できるファミリアだけで挑んだほうがはるかに勝率が高いと言うことでそういう構図となった。

 そしてその一番手に名乗り出たのがロキ・ファミリアだ、勿論功名心目当てではなく名乗り上げたのは二つの理由が有ったがためだ。

 一つは『黒焔のアステリオスの脅威を知らせるため』、恐らく他の冒険者は侮っているだろうとフィンは予想を着けていた。

 

 アステリオスに攻撃を仕掛け返り討ちにあった第二級冒険者と同じ末路を辿りかねない、負けたベートとアイズの『Lv.5』は伊達ではないため他の第一級冒険者でも簡単に命を落とすだろう。

 それを是正するための一番手、そしてもう一つの理由は……。

 

「そんな! 危険すぎます!」

 

 話を聞かされた団員の一人、戦闘に参加できないLv.3のエルフの少女『レフィーヤ・ウィリディス』がアイズに縋りつくように触れる。

 

「団長も何か……!」

「レフィーヤ、これは決定事項だ」

 

 フィンに顔を向けるレフィーヤ、その間に入って止めたのはリヴェリア。

 

「リヴェリア様……」

「何よりアイズの意向だ」

 

 それ以上の口出しは許さん、そう言いたげにレフィーヤを見るリヴェリア。

 

「……ごめんね、レフィーヤ」

「アイズさん……」

「こうしなきゃ、進めないの。 ベートも、私も」

 

 光明と暗雲、アイズとベートの心にはその二つが入り込んでいた。

 アレと、黒焔のアステリオスと対峙しなければ進めない。

 だから向かい合うのだ、一番手の第二の理由として。

 

「大丈夫、死ぬ気なんてないから」

「……必ず、戻ってきてください!」

「うん」

「絶対です! 絶対ですよ!」

 

 何度も絶対と連呼するレフィーヤに、その都度頷くアイズ。

 

「いつまでも遊んでんじゃねぇ!」

 

 邪魔だと言ってそれを止めさせたのはベート。

 

「この先だろうがよ、さっさと準備しやがれ!」

 

 横暴な物言いだが、反感を抱かずアイズは強く頷く。

 アレが居る、それだけで言いようのない感覚が全身を駆け巡る。

 ベートも同じだった、感情と交じり合うそれはやはり言葉に出来ない感覚。

 強いて言葉にすれば、昂ぶっていると言ってよかった。

 

 これはまだ爆発させる時じゃないと抑えながらも湧き出る傍から駆逐され、掃除されたルームとルームを繋ぐ短い通路を通り抜けて現れるのは8階層で一番広いルーム。

 先頭のロキ・ファミリアに続いて、続々と他のファミリアメンバーがルームに入ってくる。

 進んでいれば自然と戦闘員だけで固まり始め、ルーム入口付近には開封されたケースがいくつも並んでいた。

 

「ほう、あの中か」

 

 オラリオの最強、『猛者』オッタルが感嘆めいて呟く。

 視線の先には赤い小山、よく見ればそれはモンスターでキラーアント。

 何かに向かって群れ、それが積もり上がって出来上がった蠢く小山。

 ではキラーアントは一体何に群がっているのか? と考えれば自然と答えは出た。

 懸命に群れて食らおうとしている存在が居て、それが出来ずに積み上がって小山と化している状況だと判断できた。

 

「………」

 

 それを前にベートは笑みを浮かべ、その時がきたと力を漲らせる。

 アイズもそれに習った、愛剣の『デスペレート』を鞘から引き抜いて進む。

 同時に足を止めたのはベートとアイズ以外の戦闘員、先の取り決めで最初に挑むのはロキ・ファミリア。

 そしてその中で一番に挑むのはベートとアイズ。

 

「………」

 

 冒険者とは命を賭けて挑む者、上を目指すが故にその命を賭ける時がまた来ただけ。

 

「………」

 

 乗り越える、確固たる意思を持って進む。

 だからこそ現れるのだ、深層のモンスターたちでは決して味わえないだろう感覚を求めて。

 

「こっちから出向いてやったんだ! さっさと出てきやがれ!」

 

 ベートの一喝に赤い小山が揺れる、蠢くキラーアントたちも更に積み上がって動きを止めようとする。

 だがそれは叶わず、強固な意志に呼応して爆発した。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 衝撃に地面が捲れキラーアントの群れが文字通り消し飛び、燃え上がる黒き焔が姿を現す。

 舞台は整った、楽しい楽しい命を賭けた闘争が今、始まった。

 




長ったらしくなったので戦闘は次


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

求めちゃうあの子

(変化は微小、誤差って言っていい感じ)

 

 100回、1000回、10000回、何度やっても結果は変わらない。

 俺が勝って、二人が負ける。

 それが俺と二人の実力差、あの時少女の方は全力を出して居なかっただろう。

 まあ全力出して切り札使っても結果は変わらない、そもそも切り札出す前に潰せるがそれは無粋だ。

 なにせ闘志がありありと見える、それこそ体中から立ち上っているように見えるほど。

 それを前にして瞬時に叩き潰すのは有りだろうか? いや、無しだ。

 

 己の全てを出し切るというなら受けてやらねばならない、礼儀だなんだと言うより『ただ見てみたい』。

 届かぬ手をどうやって届かせるか、それを見届けるのが楽しみで仕方ない。

 下の奴らでは到底味わえない感覚、上がってきてよかったと思える感情。

 あいつらからしたら迷惑なんだろうがそんなの関係ねぇ、お前たちが楽しいから悪いのさ。

 

(バッチコイヤァァァァァッ!!)

 

 足を踏み鳴らす、かかってこいと全身で表す。

 それに呼応して弾けるように向かってくる、そこには一切の恐れはない。

 だから先手は譲るが、勿論反撃はする。

 それなりの速度で駆ける少女と獣耳男、少女が呟いた時には風が渦巻いて更に加速する。

 獣耳男と交差して位置を入れ替えた時には、獣耳男も足だけではあるが風を纏って加速する。

 

 あれか、魔法ってやつか。

 便利だなぁーと見るだけ、仁王立ちのまま迎え撃つ。

 二人は左右の斜めから十字に攻撃が通る配置、さあどっちから来る?

 少女か? 獣耳男か? 剣か? 蹴りか?

 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

 意外! それは目潰しッ!

 

 少女が剣を下から上に振り抜き、刀身に渦巻く風が地面を抉り飛ばす。

 砕かれながらも弾けて、細かい粒となったそれが視界に広がる。

 一瞬姿が見えなくなるほどの厚い砂埃、この程度で失明する訳でもないが素直に食らってやるのも違うだろう。

 左腕で薙ぐ、顔に当たる部分の砂埃を削り取り、後追いの風が砂埃を散らすも現れたのは白い玉。

 顔と同じ高さ、少女か獣耳男か、どちらかが放ったんだろう白い玉が回転しながら迫り。

 

(よくわからんが、当たるわきゃねぇだろぉぉ!!)

 

 遅いから避けようとしたら、炸裂した。

 

(うおっ、まぶしっ)

 

 眩い閃光、文字通り視界を焼くほどの白い光量が視界を埋める。

 あまりに強い光に反射的に右手で顔を覆う、同時にバチバチと弾けるような音。

 視界を潰して仕掛けてくるとか……、素敵やん!

 耳を澄ませて音を聞き分ける、渦巻く風とそれが奔る音、それにより削れる地面の音。

 

 これは来てますねぇ。

 

 耳に入ってくるのは幾つもの音が混ざり合った騒音。

 目を潰して耳も塞ぐ、パラパラと降り注いで体に当たる細かな土も合わせて、五感を削ぎ落としに来ていた。

 それは確実に当てるため、それを理解して迎撃するアステリオス。

 多くのモノに紛れて飛来する物を左手で払い落として。

 

(アヒィ!?)

 

 全身に衝撃が走った。

 それはベートが投げつけた魔剣、天に奔る雷をそのまま封じ込めたような電撃。

 この8階層に出てくるモンスターを一〇〇匹同時に炭にしても、衰えることはない轟雷がアステリオスを打った。

 それほどまでの電撃を受け、左膝を着く。

 そうしてアステリオス対アイズとベートの決着が付いた。

 

 

 

 

 

 着いていた膝を地面から離して立ち上がる、顔を覆っていた右手も下げる。

 そして左手、少女が振るっていた剣を見る。

 刀身を握り、細く尖った切っ先が顔の手前でギラついていた。

 剣から視線を外し、地面を見れば左膝と右足を長く擦ったあとが見えた。

 更にその先を見て。

 

(やるじゃん!)

 

 あげたのは惜しみない賛辞だった、跳ね上がってブラボー! おお、ブラボー!! と拍手したいほどに喜ばしいことだった。

 その理由はこの戦いにおいて、少女と獣耳男が出さねばならない最適解を見事持ってきたからだ。

 もしこの最適解を持ちださなければ、ここで潰すつもりだった。

 それこそ何度やっても変わらない、二人が寿命を迎えるまで続けても変わらないはずの結果を変えうる過程を引き出したのだ。

 やっぱり生かしておいてよかった、そう思うほどに喜んだ。

 

 攻撃に失敗して俺の後ろにぶっ飛んだ少女と、四つん這いで唸りながら睨んでくる獣耳男がまた一つ強くなったからだ。

 現状、と言うか二人が万全の状態でも俺に勝つには万に一つどころか億に一つすら無い。

 全力を出しても結果は変わらないということだ、なら結果を変えるにはどうすればいいか?

 実際は難しくもない簡単な話だ、全力を『超えればいい』。

 そもそも『全力』ってなぁに? って話でもあるが、要は『安全』を超えられるかどうかと個人的には考えている。

 

 あ、個牛的か……。

 まあそれはどうでもいいか、とりあえず全力ってのは体が傷つかない動きが出来る限界値が全力と思っている。

 例えば限界値が100として「敵を殴りました、100のダメージを与え、自分に反動はありませんでした」、これが全力。

 もう一つが「敵を殴りました、120のダメージを与え、自分に反動で20のダメージを受けました」で限界超え。

 今回のあの少女の場合だと「敵を殴ろうとしましたが受け止められてダメージを与えられず、自分に反動で95のダメージを受けました」。

 

 そんな感じでなんか凄い無駄な感じがするが、実際無駄ではない。

 限界を超えた先にこそ成長があると信じている、つまりこの二人は今後もっと強くなる。

 俺が保証しよう、信じられないっていうやつは出てこいよ! 俺がぶっ殺してやんよ!

 それくらいには確信している、まあ今あの少女放って置いたら間違いなく死ぬけどどうすんだろう。

 戦いの余波で死なれても困るし、少し待ってみるか。

 

 そうして俺が動かないと見るや、獣耳男や遠回りに俺を迂回して後ろの少女を助けに行く一団。

 せっせと運ばれ……ることなく見ていた獣耳男は、後ろのほうから運ばれてきた何かを飲んだり足にぶっ掛けたりして普通に立ち上がっていた。

 

(えー、なにあれ。 ちょっとすごくない?)

 

 獣耳男は少なくとも立ち上がれるような足ではなかった、文字通り関節が十個ぐらい増えたような足の骨折だった。

 中には骨が飛び出したりして、綺麗に治らなかったら苦労するだろうなぁって感じの傷だったはずだが治っていた。

 摩訶不思議だ、さすがの俺もボッキボキに折れまくった足があんなに早くは治らない。

 俺だと多分十分ぐらい掛かるかな? そもそもあんなに折れまくることはないけど。

 とりあえずめっちゃくちゃ早く治った理由はやっぱりあの飲んだりぶっ掛けたりした液体だろう。

 

 あの液体があればちょっとやそっとの怪我じゃ問題ない、即効復帰して戦えるわけか。

 正直戦闘中に飲めるようなもんじゃねーけど、飲んで治るなら頭を砕いて飲めないようにすりゃいいし、掛けて治るなら掛ける部分を弾いて掛けれなくすりゃいいし。

 今みたいに待ってやってる状況で、あの液体に頼りっぱなしで戦ろうなんてそんなんじゃ甘いよ。

 ……どうすっかなぁ、待っててもいいけど殺さないで延々戦うのは飽きるしなぁ。

 あとちょっと欲しい、どんな味か飲んでみたくはある。

 

(……ひらめいた!)

 

 やっぱり限界ギリギリバトルじゃないとつまらないよね!

 さあ、邪魔なあの液体は、しまっちゃおうねー。

 

 

 

 

 

 左手に持っていたデスペレートを放り捨て、右腕と左腕を交互にぐるぐると回し、屈伸を何度か行う。

 大きく息を吸って吐く、アステリオスの準備運動のような動きに戦闘再開の予兆をロキ・ファミリアの面々は感じ取る。

 それぞれが武器を構え、フィンの指示の元で最適と思われる隊形を取る。

 右膝と右手を地面に着けてアステリオスは屈む、前傾姿勢のそれは今にも突っ込んできそうな迫力。

 左手は左膝に乗せられ、徐々に前傾姿勢の傾きが前へと強くなっているのがわかる。

 

 下を向いていたアステリオスの顔が上がると同時にフィンが叫ぶ。

 

「来るぞォ!!」

 

 瞬間、アステリオスの姿が掻き消える。

 都合四度、何かが爆発したような音が響いた。

 ロキ・ファミリアの面々はすぐに姿を追う、全員が上を見上げてあったのは頭上の天井の巨大なヒビ割れた跡。

 フィンは僕たちは相手をするまでもないのか、そんな思いが生まれかけた瞬間、更に強い確信が疑惑を押しつぶす。

 そのまま更に振り返って、ロキ・ファミリアより更に後方に居る別のファミリアとの中間地点の地面には天井と同じようなヒビ割れ陥没した地面。

 他のファミリアも振り返っていた姿、誰も彼も動きを捉えることは出来たが反応出来ず見送るだけ。

 

「──ッ、狙いはアイテムか!!」

 

 それを見たフィンが走りだして、その意味を理解した面々が後に続く。

 そうしてロキ・ファミリアが走りだした頃には、アステリオスは後方の支援部隊の中に地面を砕きながら着地していた。

 

「………」

 

 衝撃で何人かが吹き飛んで転倒、何が起こったと音の発生源を見て絶句した。

 着地で屈んでいた巨体が起き上がる、それを見ていた者達はまるで火のない所にいきなり炎が吹き上がったような感覚すら覚えた。

 アステリオスは周囲を見渡すように頭を動かし、視線が一箇所に留まる。

 視線の先に居たのは両手でケースを持って運んでいた冒険者。

 その方向へと体を向けてドスドスと歩み、目的の物を目の前にして無造作に腕を伸ばす。

 

「──オォッ!!」

 

 それを制さんとしたのはやはり冒険者。

 グレートソードと呼ばれる長剣を持って全身全霊で踏み込み、伸ばしていたアステリオスの腕に振り下ろした。

 Lvにして4、アステリオスと直接対面を禁じられた冒険者の一人。

 油断も過信も抱かない実直な性格の、いずれはLv.5にも上がれるだろうと思われている有望な人材。

 だがその冒険者の一撃は余りにも無常だった、完全にグレートソードは静止し、決死とも言えた冒険者の一撃は腕を斬り落とす所か傷を付けることすら叶わなかった。

 

 悲しいことにモンスターに襲われている仲間を助けようとした行為は、ガントレットごと腕が大きく圧し折れる結果だけを残した。

 アステリオスが何をしたかといえば、目の前を飛び回る羽虫を追い払う程度で僅かに腕を動かしただけ。

 それだけでグレートソードは弾かれ天井に突き刺さり、手放し損ねて反動で腕がへし折れた。

 

「おっ、ご、おぅ……」

 

 この冒険者に出来たのは自分の状況が理解できず、二の腕から大きく曲がった腕と皮膚を突き破った骨と共に吹き出た血を見ながら奔る痛みに苦鳴を上げて後ずさるだけ。

 勇気ある冒険者の惨状に、後に続く者は居なかった。

 千切れかけた腕が跳ね上がった反動でピチャリと飛んだ血を顔に付けながら、それを間近で見たケースを持った冒険者は顔を引き攣らせるだけで動けなかった。

 アステリオスの太い手がケースを砕きながら掴む、反射的にケースを手放して渡す形になったが誰も咎める事はできないだろう。

 運良く割れなかった瓶の一つを引き抜き、親指だけで瓶上部を跳ね飛ばして口に呷る。

 

「……ヴォォォォ!! ヴオオオォォォォォォォ!!」

 

 叫んだ後にケースを地面に叩きつける、更に踏みつけて完全に使えなくして次を探す。

 そこからは阿鼻叫喚だった、立ち向かう者と逃げ惑う者、リヴィラの街と似た状況が出来上がった。

 違う点と言えば、アステリオスは攻撃されても反撃しなかったこと、優先度の違いで万能薬(エリクサー)の破壊を優先した。

 周囲に居る者達は文字通り有象無象にしか過ぎないのだ、潰すにしてもあとで幾らでも出来る。

 だからこそ今優先するのは限界に近づき、限界を超えるための戦い。

 

「手癖の悪い、獣よなっ!!」

 

 万能薬を漁る横から飛び出る言葉、断裂を齎す斬撃。

 高速で踏み込み、アステリオスに襲いかかるのは黒髪赤眼の女。

 鞘に収まる太刀を高速で抜き放って敵を切る極東の技術の『居合い』。

 それを持って音の速度に届く超高速の一撃の狙いは、万能薬を掴もうと伸ばしたアステリオスの左腕。

 いつ引き抜き、いつ鞘に収めたかわからない一撃は、虚しくも空を切った。

 

 モノを斬る手応えではなく、空を切った軽い感覚に褐色の女、鍛冶屋でありLv.5の冒険者でもある『椿・コルブラント』は驚きに右目を見開く。

 カチンと太刀を鞘に収めた音を耳にした時には、手前にアステリオスの右拳。

 いつ体勢を整えたのか、左腕は引かれて上半身は左へと捻られて右腕が椿へと邁進していた。

 

(速い!? 避けれん!)

 

 瞬間的に自身に起こりうる結果を想定しながら、その瞬間まで回避を試みる椿。

 拳の機動、間違いなく顔に当たる。

 代わりの肩での防御は間に合わない、出来るのは少しでも顔をそらして衝撃を減らし、即死しないように努めること。

 

 時間が引き伸ばされ、全てが鈍く感じる世界の中で避けれぬほど速い攻撃。

 攻撃が当たると瞼を閉じようとして、声を聞いた。

 瞼を閉じるのを止め、全力で体を引く。

 5セルチ未満まで迫っていた拳も高速で引き戻され、アステリオスの腕が有った場所に槍が通り抜けた。

 それは勇者の投擲、何であろうと撃ち抜くと言う比類なき意思を込められていた槍投げ。

 

「フィンっ! 避けろ!!」

 

 それに救われた椿は飛び退きながら叫ぶ。

 腕が有った場所を通り抜けて地面に突き刺さるだろうと思われた槍を、アステリオスは右手で掴み取って手首から腕を180度回転させる。

 穂先がそのまま飛び上がって空中で投擲したフィンへと向く、そして脇の下を通して腕の力だけで槍を飛ばした。

 それこそフィンの全力の一投を超えた速度、アステリオスが投げる前に届いた椿の声でフィンは上半身を捻る。

 その一撃は辛うじてだった、九死に一生と言うレベルで即死を回避したフィン。

 

 超高速で戻ってきた槍によって右胸が弾けるように大きく抉れ、内側が大きく露出した状態。

 反動で回転して、多量の血と僅かな肉を撒き散らしながら落ちていく。

 その落ちていくフィンの後方で悲鳴が上がる、フィン・ディムナを慕うティオネ・ヒリュテの声だった。

 受け身も取れずボトリと落ちたフィン、その光景に周囲に居る支援部隊の冒険者は誰もが動けなかった。

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ、オラリオトップクラスのファミリアの団長を務める小人族(パルゥム)

 Lv.6と言う数えられるほどしか居ない高レベルの冒険者で、その可愛らしい容貌もあって女性に極めて高い人気を持つ存在。

 酒場で耳を傾ければ簡単に聞こえてくるだろう著名な冒険者が、凄まじい能力を持つはずの存在が大量の吐血と右胸を大きく欠損して僅かにも動かず横たわっている姿に言葉を失って動けない。

 その死に体のフィンに駆け寄るのはティオネとリヴェリア、他のメンバーは足を止めず視線だけを向けてアステリオスが居る方向へと駆けて行く。

 無残とも言える姿にティオネは懸命に言葉を投げかけるも反応はなく、リヴェリアはすぐさま回復魔法をフィンへと掛ける。

 

「何してやがる! さっさとエリクサーを持ってきやがれッ!!」

 

 動かない周りに業を煮やしてティオネが頭を叩くような激しい怒声を上げる、はっとして動き出した冒険者たちは誰か万能薬を持っていないか探し始めた。

 その中で回復魔法を掛け続けるリヴェリアは、それが延命にしかなっていないことに気付いてしまった。

 余りにも大きい損傷、肉と骨の内側にある右の肺が殆ど消し飛び、右腕も少ない肉と皮で繋がっているに過ぎない。

 そう、フィンはまだ生きている、だがまだ死んでいないだけ。

 数分も持たない状態に早く万能薬を、二人ともそう願い、万能薬を到着を待つ。

 

「ティオネさん!」

 

 呼びかけられる聞いたことのある声に、ティオネがはっとして顔を向ければ飛んで来る瓶。

 受け取ったそれは万能薬、急いで瓶の蓋を開けてフィンの右胸に掛けるティオネ。

 駆け寄ってから渡すのは遅すぎる、そう判断して万能薬をティオネに投げつけたのはロキ・ファミリアの『ラウル・ノールド』だった。

 無くなりそうになったらまた万能薬を投げ、自身もフィンの元に着いて万能薬を遠慮無く掛けるラウル。

 

「団長……!」

 

 死なないで、その思いだけを胸に万能薬を掛け続ける。

 

 

 

 

 

 それと同時刻、アステリオスの周囲には第一級冒険者が殺到していた。

 支援部隊の人垣を割り、あるいは飛び越えて怪物に迫る。

 もうこの時点でファミリアが順番で、と言う話ではなくなった。

 あるいはそれに応じる出来事があったかもしれないが、既に『有ったかもしれないこと』である。

 

 それにアステリオスが突っ込んだのは支援部隊の中、第一級冒険者があしらわれたのにステイタスの劣る第二級冒険者がどうにか出来るはずもなく。

 何より同じファミリアの仲間を死なせないためにも、アステリオスの注意を引かなければならないと。

 中にはそんなこと関係なく、主神の命令で討伐だけを狙い攻撃を仕掛ける者も居た。

 その筆頭がフレイヤ・ファミリアである。

 隙あらば攻撃する、敬愛する主神以外ならば関係ないと。

 

 踏み込むのはアステリオスの正面、猛者足るに相応しいオッタルの振り下ろし。

 生半可な迎撃では攻撃ごと押し潰されるだろう剛撃、当たれば縦に両断と言う攻撃をアステリオスはするりと避けた。

 上半身だけではない軽やかな足取りで半身で避ける、その時には右の拳が左の肩口で構えられて裏拳の様相。

 0から100へ、瞬時に加速して打ち出される拳が当たればオッタルと言えど頭が砕け散る一撃。

 それをさせまいと既に周囲に陣取っていたのは【炎金の四戦士(ブリンガル)】、パルゥムのガリバー四兄弟がそれぞれの武器を構え、四方から絶妙な時間差攻撃を仕掛けた。

 

 それを確認して拳と言う砲弾の発射を取りやめ、迫る剣、槌、槍、斧の四つを両手で押して逸らす。

 軌道を逸らされた武器と武器がぶつかって擦れあい、ギギギと金切音を立てた。

 小さな挙動で五つの攻撃が空振った、探せば幾らでもいる第三級冒険者などの弱い者ではなく、上澄の第一級冒険者の攻撃がだ。

 驚嘆すべき事だろうが、彼らにとってはそれすらも布石。

 アステリオスを取り巻く構図は周囲を武器に囲まれたもの、前後左右に動けない状況に上空から影。

 

 それは猫人(キャットピープル)、フレイヤ・ファミリアのアレン・フローメル。

 両手で握る銀色の長槍の穂先を真下に向け、声を殺し音を殺し、影も掛からないアステリオスを刺し殺す自由落下。

 完全なる暗殺だ、察知できるものを全て廃しての奇襲。

 だがそれすらもアステリオスには届かなかった。

 見るも聞くも出来ない攻撃に、アステリオスは頭を横に傾けるだけで穂先を捌いた。

 

 光という光を全て吸い込むかのような、真っ黒な雄々しい太角が槍の穂先を横から打ち、余りにもあっさりと軌道を変えて空振る。

 

「むんっ!!」

 

 攻撃が失敗すると見るや、オッタルはもう一本の大刀を左手で引き抜いて薙ぐ。 

 ガリバー兄弟の頭上で走るその一撃は、ドアを軽くノックするかのように砕かれた。

 砕けた破片を避けるため、周囲を囲っていたフレイヤ・ファミリアの面々は飛びのく。

 その姿に追撃は掛けない、堂々と仁王立ちのままその場に留まる。

 警戒して動かないのを見るや、ゆっくりと右足を上げて踏み下ろす。

 

 轟音とともに地面がヒビ割れ、跳ね上がるのは砕けた地面の欠片。

 アステリオスの両手がそれらを掴み、軽く握る。

 ゴリゴリと音を鳴らして砕いている、そうして腕を下ろして、砕けて小さくなった石を指で弾いた。

 それは瞬時に、遠巻きにその光景を見ていた一人の冒険者に届いた。

 体を守る防具がへしゃげる音と共に、その冒険者の足が変形していた。

 

「えっ」

 

 冒険者は何が起きたか理解できない、肉が弾け骨が砕けて無残に変形した足を見た後座り込むように倒れた。

 そのおかしな様子に周囲の冒険者は気づいていなかった、遥か頂きの戦いに注意を奪われていたから。

 

「うっ、ぐう……」

 

 ようやく認識したのは激痛、痛みに表情を歪めて口が開く。

 

「だ、誰かぁ! 回復薬をぉ……!!」

 

 自分でも情けない声だと認識していたが、苛む激痛と太ももから半分以上無くなって本来向かない方向を向いている足を見たら出てしまう。

 その声に反応して視線を向けてくる者達、怪我の酷さを見て慌てて薬を持って近づく。

 

「どうしたんだよ、一体!?」

「わ、わからねぇ……」

 

 冷や汗をだらだらと流し、突然弾けた自分の足が治る様子を見ながら呟く。

 本当に突然だった、周囲にモンスターが居るわけでも無いのに突然だ。

 そう、少し離れた場所で同じように突然座り込んだ冒険者のように。

 

「い、痛てぇ……。 回復薬、誰かぁ!」

 

 同じような光景だった、突然怪我をして助けを求める。

 慌てて回復薬を持って怪我の治療に当たり、怪我人の怪我が治り始めたらまた別の場所で突然誰かが負傷して倒れこむ。

 

「………」

 

 顔を見合わせる、自分たちと同じ光景がどんどん増えているのだ。

 

「な、何が……」

 

 怪我人が増えるペースは変わらない、だが確実に増えていく怪我人と消費される回復薬。

 本当に何が起こっているのかわからない、よくわからぬまま被害が増え続け。

 

「周囲の奴らはさっさと離れろ! お前たちは狙われているぞ!」

 

 叫んだのはオッタル、一足に踏み込んでアステリオスに斬りかかるも、爆発的な加速で避けてフレイヤ・ファミリアの包囲網を抜ける。

 その間にも次々と支援部隊の冒険者達が腹や足を負傷してバタバタと倒れていく。

 堰を切ったように支援部隊が動く、逃げる者に治療に駆けつける者。

 阿鼻叫喚が更なる混沌を呼びこむ。

 

「ヴォッヴォッヴォッ」

 

 悍ましき怪物の笑い声とともに。

 




エリクサーを飲んだ主人公の一言
主人公「不味い! もう一杯!」



戦いはまだ続く


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張るあの子

 目覚め、意識が急速に浮上する。

 同時に感じたのは喉に絡みつく何か。

 

「──ッカ、ガハッ」

 

 顔を横に向けながら嘔吐く、喉を迫り上がって口から飛び出る。

 そして口の中に広がるのは、最近感じていなかった血の味。

 閉じていたまぶたを開くと、ぼやけて広がる景色。

 その端に映るのは覗きこんでくる複数の影。

 

「団長!」

 

 ぼやけていた視界が次第に焦点を合わせ、はっきりと顔が識別できるようになった。

 

「……ゴホッ、じょう、きょうは……」

 

 もう一度咳をして、現況を確かめるべく口を開く。

 

「フィンは致命傷からの、辛うじての蘇生。 我らがロキ・ファミリアは様子見中だ」

「あれに割って入るなど、ゴメンじゃわい」

 

 リヴェリアとガレスの返答、もう作戦通りには動いていない。

 戦闘の音らしきものは聞こえないが、言う通り他のファミリアがアステリオスと戦闘を繰り広げているのだろう。

 それと同時に喚き声というか、いつものと言った感じの騒ぎ。

 ティオネがティオナに羽交い締めにされて、他の面々は此方を見ていた。

 

「……大丈夫ってわけでもなさそうだがよ、どうすんだ」

 

 ベート、右足のズボンが赤く変色して穴だらけ。

 彼なりに心配はしてくれているようだった。

 

「なんとかね、助かったよ。 ベートもアイズも、無事でよかった」

「……こっちも何とか」

 

 肩や腰、具足も使い物にならなくなったのか外しているアイズ。

 穴が目立って赤黒く変色しているインナー、胸当ても赤黒く染まっていて吐血したのだろうことがはっきりわかる。

 

「……ティオナ、離しても大丈夫だ」

 

 必死にティオネを抑えていたティオナに、もう抑える必要はないと言えば。

 

「団長! 団長!!」

 

 涙を流しながら飛びこんでくるティオネ、正直体当たりを食らって二人して転がりそうになったがなんとか耐えた。

 

「大丈夫、僕はこの通りだ」

 

 ティオネの背中をさすり、泣きじゃくる子供(ティオネ)をあやす。

 よしよしと、あやしている時間はどれくらい経ったか。

 一分か、それとも十分か、まだ落ち着けないのか小声でなにか言い始めていたティオネを引っ張り上げる者が一人。

 

「もういいじゃろう、向こうはあまり待ってはくれんぞ」

 

 ガレスがティオネを引き剥がしていた。

 ティオネはティオネでバタバタと暴れ、「もうちょっと団長の!」とか言いながら放り出される。

 

「ほれ」

「ああ、ありがとう」

 

 気付けの一杯、そんな感じで万能薬を渡されてそれを呷る。

 

「……ふぅ、この感覚は二度と味わいたくないね」

 

 万能薬の強力な治癒効果にて死の淵から蘇り、今しがた受けた傷は全て回復した。

 流石ディアンケヒト・ファミリア製だ、と死地から救い上げてくれた万能薬を褒める。

 

「……さて」

 

 立ち上がって体の動作を確かめる、腕を回したり屈伸したりと違和感がないか動かす。

 

「問題ないようだ……、それで確かめたいが今戦っているのは誰だ?」

「フレイヤ・ファミリアだ」

「攻撃は当たったか?」

「いいや、あの猪人も参加してるっつーのに当てられてねぇ」

 

 やはりか、もしかしたらとオッタルに期待したが無理だったか。

 

「あと、支援の冒険者たちが攻撃されてるよ」

「死なない程度に痛めつけている、お陰で回復薬の消費が一気に増えているようだ」

「なるほど、狙い通りってことかな」

 

 万能薬の効果を目の当たりにして、直接破壊するか消費させるように動いているのだろう。

 考えていた以上に知性があるようだ、他のモンスターなら決してこんな行動は取らないだろうな。

 

「そうか……、それじゃあこれからの事を言っておこう。 僕らがアステリオスに勝てる可能性は、万に一つ以下と言っていい」

 

 僕の断言に誰も異を唱えず、ベートは舌打ちをしながら顔を背けた。

 

「アイズとベートのあの攻撃を受け止められた時から、僕らの武器による攻撃は何一つ通じないのは分かっていた」

 

 瞬間的に移動するあの一撃を受け止める、離れて見ていた僕らでさえ速すぎて捉えきれない攻撃をより近くのアステリオスは捉えた。

 それよりも圧倒的に速度で劣る攻撃が当てられるかと言えば否、現に僕の全力の投擲をあっさりと掴んで投げ返され死に掛けた。

 今攻撃を仕掛けているフレイヤ・ファミリアの攻撃が当たっていない以上、アステリオス自体の俊敏性もかなりのものだろう。

 パワーとスピード、どちらも大きく上回る相手に接近戦を仕掛けるのは、余程の策が無ければ自殺行為にすぎない。

 

「だからこのまま攻撃を仕掛けても、今のフレイヤ・ファミリアの二の舞い。 死にに行くようなものだ」

「ではどうする? 正直に言って私の魔法も当てられる気はしないぞ」

「そこは考えようさ」

「ふむ、策があると?」

「いいや、策は無い」

 

 策があるような思わせぶりな事を言って否定する僕に視線が集まる。

 

「じゃあどうするの? あんなの放っておけないよね?」

「放ってはおかないさ、あれが地上に出ないとも限らないしね」

「止めようがない相手を止めるか、血が滾る……と言いたい所だがのぉ」

 

 複数で向かっても攻撃を当てられない相手、言わば倒せない相手だ。

 

「当てられないなら、当てられるようにすればいい」

「策があるんじゃねーか!」

 

 吠えるようにベートが言うが、僕はそれを否定する。

 

「いいや、策はないさ。 ただ作戦とは呼べないだけ、相応しい言い方をすれば……、『賭ける』だろうね」

 

 ある程度の勝算を持って行うのが策なら、勝つか負けるか分からないのに行うことは『博打』だ。

 

「ちなみにだけど、賭けに勝ったとしても倒せる保証は当然無しだ。 攻撃を受け止めたからと言って当たればダメージを与えられると考えるのは早計、あれだけのパワーとスピードを支える肉体が簡単に傷付くか疑問だしね」

 

 我々のステイタスに耐久があるように、当然向こうにも耐久は存在するだろう。

 勿論ステイタスと同様の意味かどうかはわからないが、反動だけで体がバラバラに千切れ飛んでも可笑しくない攻撃を片手で受け止めるのだ。

 生半可な耐久力など持ち合わせていないだろう、少なくとも二人の攻撃を受け止められるだけの耐久力を持ち合わせているはずだ。

 

「……そう考えれば打つ手なし、か?」

「だから賭けなのさ、此方の持てる最大の攻撃が当たっても本当に通るかどうかわからないからね」

 

 考えれば考えるほど、今まで出会ったモンスターが全く強く見えないほどの手強さ。

 すさまじいパワーとスピードを持っていながら、その体長は3メドルに満たない。

 これが大型種なら当てる算段などいくらでも付けれるが、実際は特に大柄な冒険者よりも一回り大きい程度なのに俊敏性が極めて高い冒険者よりも速く動くなど悪夢に等しい。

 そこに尋常ではない耐久力も付いてくるかもしれない、もう討伐を諦めて地上に帰りたくなってくるくらいだ。

 

「……賭けに勝つか負けるか、もしかしたら負けるだけの結果しか無いかもしれないがやるしか無い」

 

 皆が神妙に頷く、それこそ大昔に有った神々が降臨する以前のダンジョンの穴からモンスターが飛び出してくる話が現代に蘇る可能性が大きい。

 それを止められるかどうかの瀬戸際、出てくるモンスターが一匹だけであってもアレであれば甚大な被害を齎す事は想像に難しくはない。

 

「だからこそだ、僕は欲張りで行こうと思う」

 

 勝算は限りなく低いと見た、安全を選んでも変わらないのならここは大きく一点賭けだ。

 

 

 

 

 

 ロキ・ファミリアが前進する、脅威としか言えないモンスターの元へ向かって。

 その中で面々はフィンの言葉を反芻する。

 

『いいかい? アステリオスは間違いなく手を抜いている、殺そうと思えば先ほどの僕のように出来るのは証明済みだ』

 

 あれは楽しんでいる。

 

『その手加減をしているのが狙い目だ、アイズとベートの挑戦を受けたり、負傷した二人にとどめを刺さなかったり、遊んでいると言ってもいい』

 

 一定以上の知性を備え、戦いに楽しみを見出している。

 

『だから挑戦する、だから賭けになる。 なりふり構わず襲ってくるなら失敗、挑戦に乗ってくるなら成功』

 

 まともにやっても勝てないなら、まともにやらないで仕掛けるしか無い。

 

『勿論乗ってきたからといって賭けに勝ったとは言えない、賭けに勝ったと言うのはアレを追い払って僕ら全員が生還すると言うこと』

 

 余りにも難しいこと、単身でモンスター・レックスに挑んだ方がマシではないか。

 

『さあ、博打の概要は簡単だ。 僕らがアステリオスを挑発し、賭けに乗ってくること。 そして向かってくるアステリオスを限界を超えて迎え撃つこと』

 

 全力で届かないなら全力を超えるしか無い、それでも届かないなら打つ手はない。

 

『それじゃあ行こうか、偉業を成すための冒険を』

 

 フィンを先頭に、疎らな支援の冒険者たちの視線を受けながら向かう。

 そこには巨大な絶望と、それに押し潰されかかっている僅かな希望。

 そんな感情がこもった視線を向けられるのは理解できた、自分たちでは到底届かないモンスター、そしてそれと対峙する格上の第一級冒険者たち。

 自分たちが倒せないモンスターを倒すことを、自分たちより強い冒険者達に託して、それが今まさに打ち砕かれたためだ。

 耳を澄まさなければ聞こえない音、何かが地面を打ったり、ぶつかる音に砕ける音など聞こえない小さな……足音と風切音。

 

 開けた空間を前にロキ・ファミリアは見た、一対一で向かい合う冒険者とモンスター。

 一人はオラリオ最強、唯一のLv.7がフィンたちに背中を向け全力で体を動かして武器を振るう。

 生半可なものなら両断して余りあるそれをモンスター、異色のミノタウロスが軽やかに回避する。

 同時にオッタルは力づくで武器を引き戻して腰を落とす、それは足を地に着け避けることを放棄した体勢。

 わずかに遅れて大きな音とともにオッタルが水平に吹き飛んだ、三秒ほど滞空して足を着けて大剣を地面に突き刺す。

 

 長く刻んだ擦った足あとと大剣によってえぐれた地面、距離にして約20メドル、滞空した距離も合わせれば100メドルに届くか否か。

 フィンが見たところオッタルに傷はない、だが今しがた盾に使った大剣は大きな凹凸が幾つもあった。

 視線を移して見たモンスター、アステリオスも傷らしい傷は一つも見えない。

 その他周囲に第一級冒険者の姿は見えない、生死は不明だが恐らくはアステリオスにやられてしまったのだろう。

 そして今、最強が吹き飛ばされ膝を付いていた。

 

 絶望を感じるのは無理もない、オラリオ屈指の実力者がモンスターに弄ばれているのだから。

 ……だからこそ背負おう、第一級の冒険者として、オラリオ最強の一角を担うファミリアの団長として、周囲の冒険者達の希望を。

 

「行こうか、リヴェリアはここで構わない」

「そうだな、皆に期待しよう」

「うん、じゃあガレス、頼むよ」

「任された」

 

 足を止めていたロキ・ファミリアが再度進み出す、リヴェリアとガレスを残して。

 杖を地面に着いて集中し始めるリヴェリアと、その斜め前で大戦斧を構えて佇むガレス。

 

「オッタル、代わろう」

「……フィンか、止めておけ」

 

 息を吐いて大剣を支えに立ち上がるオッタル、その忠告を聞いてもフィンは足を止めない。

 

「止めてどうにかなる相手かい?」

「………」

「通じる可能性がある切り札は二つだけ、それを切る。 通用しなければ僕らの負けだけどね」

 

 呟きにも似た言葉、そのまますれ違い僕以外誰もオッタルに声を掛けないまま進み続ける。

 

「椿も無事だといいんだけどね……」

 

 姿の見えない知り合い、窮地を救うことが出来た彼女の姿が見えないことに不安が過る。

 だがそれもすぐ頭の中から追い出す、友の安否を思うことすら致命傷に繋がりかねない。

 思うのはただ一点、限界を超えた先に居るモンスターの打倒。

 

「………」

 

 見据えた先には仁王立ちの大怪物、握っていた拳を開けばボロボロと小さな粒。

 恐らく飛ばしていた石礫だろう、モンスターの基本戦略、と言っていいかわからないが基本群れで襲ってくる。

 単身でも向かってくるもの、モンスター・レックスなども居るがあれは違うだろう。

 なにせ【あまりにも知恵がありすぎる】、はっきりと言って今見えるアステリオスはミノタウロスのきぐるみを着た謎の冒険者なのではと思うほどだ。

 それほどまでに通常のモンスターとは隔絶している、勿論戦闘能力もだ。

 

「……あれが未踏破領域のモンスター・レックスならまだよかったかもしれないね」

 

 徐ろに槍を構える、力を入れ過ぎず抜き過ぎず、真の意味で臨機応変に対応できるよう思考さえも柔軟に。

 

「作戦通りだ」

 

 それに誰も答えない、実際の所自分に言い聞かせているに過ぎない。

 失敗は死と繋がっている、それも自分ではないリヴェリアの死だ。

 あれが、アステリオスが考えている通りの知性を持つならこちらの考えを看破してくるかもしれない。

 その上であえて我々の掌で踊ってくれるだろう、……それは賭け、アステリオスからすればゲームに付き合ってくれる可能性が高い。

 この博打の僕らの勝利条件は『リヴェリアの魔法行使』、対してゲームであるアステリオスの勝利条件は『リヴェリアの魔法行使阻止』。

 

 僕らはアステリオスをリヴェリアの元へと行かせないこと、アステリオスはリヴェリアの元へ行き殺すこと。

 引き分けは存在しない明確な勝敗が決まる博打でありゲームである、勿論博打である僕らは堪ったものじゃないけど。

 

「……フゥー」

 

 一つ息を吐き、槍のフォルティア・スピアを掲げる。

 

「ロキ・ファミリア……」

 

 その槍を見た後方のリヴェリアが魔法詠唱を開始したのを感じ取る。

 

「攻撃!」

 

 団長としての号令、それに最も速く反応したのはアイズ。

 風を纏いながら消えるような加速、次いで駆けるのは風の魔法を使ったアイズを除いて最速のベート。

 僕はそのベートの背中を追いかけて走り出し、背後に付いてくるのは双子のティオネとティオナ。

 それと同時にアステリオスも動き出す、はっきりと言って大股歩きと言った様相。

 だがその速度で十分だった、集中して詠唱を始めるリヴェリアの魔法は相応に長い時間が掛かる。

 

 しかも困ったことに今回のは範囲を狭める、本来は高火力を広範囲で、と言う魔法を収束して放つ。

 だがその威力は今までリヴェリアが放ってきた魔法とは隔絶する威力が出ると言う。

 元は広範囲を焼き尽くして焦土にする魔法を一点に集めるのだ、単体に対しての威力は推して知るべしと言える。

 その代償がより精細な魔力の操作と長い詠唱時間、その上複雑であるために一度決めた場所から途中で変えることは出来ない。

 故にアステリオスを押し返して詠唱の時間を稼ぎ、尚且つ所定の位置まで移動させなければならない。

 

 これが階層主級や大型のモンスターなら問題なく皆でやってのけただろうが、そのモンスターたちが可愛く見えるアステリオスにやれと言うのが博打と呼んだ所以。

 

「──フッ!」

 

 いち早くアステリオスの元へ迫り、踵をこすりながら減速して右手をしならせるようにデスペレートを振る。

 ボッ、と風が飛びアステリオスの足元へ。

 それに対してアステリオスは風が届く前に跳躍、風で抉れて足場が悪くなるのを避けるように前へと飛ぶ。

 

「──オォッラッ!!!」

 

 飛んだアステリオスの上空から襲撃するのはベート、体を捻りながら脳天へと打ちつけようとするムーンサルトキック。

 並のモンスターなら受け止めた部位ごと粉砕する蹴りを難なく右腕で受け止め、反動でアステリオスは地面へと落ち、ベートは天井に向かって跳ね上がる。

 その予測される着地地点に向かって武器が飛ぶ、それは当たれば抉り食い込む矢の鏃に似た投げナイフ、ティオネが投げつけたフィルカ。

 地面にヒビを付けながら着地するアステリオスは、目前に迫ったフィルカをピンっと人差し指で弾く。

 

「そんなに簡単にさぁ!」

 

 走りこんだ慣性そのまま、ティオナが極めて硬く重いアダマンタイト製の大双刃、ウルガを力任せに叩き付けようと振り払う。

 アステリオスはそれを足を開いてティオナの身長の半分まで屈んで避けるも、そこを狙って前転宙返りでフォルティア・スピアを振り下ろす。

 しかし叩きつけたのは地面で、アステリオスは腕を斜め前に突き出して後方へと飛んで回避。

 くるんくるんと身軽に回転してアイズの上空を越えて着地、そこは動き出す前と同じ場所。

 ブレのない見事な着地、アレが冒険者だったなら拍手の一つも送りたくなるほど見事なバランス。

 

「やっぱ遊んでやがるか、牛野郎!」

 

 ドスンと、数秒掛けて落下して着地したベートの一言。

 

「だろうね、違ったとしても次でわかる」

 

 着地したところが『偶然』にも動き出す前と同じ、もしかすれば、かなり低い確率ではあるが『たまたま』同じ所に戻った可能性もある。

 だけど、恐らくは意図してあの場所に戻ったんだろう。

 

「第二波だ」

 

 こちらを見据えながら、肩の調子を確かめるように腕を回していたアステリオスが動き出す。

 その速度は小走りと言った所、それでも神の恩恵(ファルナ)を得ていないヒューマンの成人男性の全力疾走とそう変わらないだろう。

 冒険者単位で見れば先ほどの大股歩きと同じく遅い、しかしリヴェリアが詠唱完了するまでに十分到達できる。

 

「攻撃!」

 

 アステリオスが迫ってくるのを待つことはない、僕を含めてロキ・ファミリアのLv.5に届く皆は全員アタッカー。

 機動力を使って痛烈な一撃を叩き込む、守りに入ることは決して向いていない構成。

 だからこそ攻めに入り、守勢に回ってしまえばアステリオスは止められない。

 例外としてリヴェリアとガレスが居るが、リヴェリアは魔法使いで、ガレスは極めて高い耐久力を持つがそれに負けない凄まじい豪腕を誇る。

 前に出て耐えながら敵を両断する超前衛型、しかしロキ・ファミリアの第一級冒険者たちの中で一番俊敏力がない。

 

 故に今回はリヴェリアの守りを任せ、足がある他の者で攻撃を仕掛ける。

 

「続け!」

 

 今度は僕が先陣を切る、足に力を込めて一直線に走る。

 その斜め後方のに少し遅れて付くのはティオネとティオナ。

 一気に飛び込んで腹、頭、右足の蹄に順次突き込む。

 一切の遊びがない全力の突き、それをアステリオスは腹と頭の一突きを右手で払い、右足を外に開いて避ける。

 右足を外側に動かしたことにより、股が開いて一瞬の停滞。

 

 そこを逃さず斬りこむのは双子、左からティオネが振るう湾短刀のゾルアスが、右からはティオナが振るうウルガがアステリオスに襲いかかるも。

 体を屈めてゾルアスとウルガの軌道を左右の手で押し退けて払う、そこへ眉間を狙った一突きを見舞おうと突き出すが、右から左へと頭を動かして角であっさりと軌道をずらされた。

 まだだ、更に攻撃を続けて加えようと双子の姉妹と僕との左右の間から踏み込んでくるのはアイズとベート、共に引き絞った弓矢のような溜めた一撃。

 抉る一突きと砕く蹴り下ろし、前方5方向からの畳み掛ける連続攻撃にアステリオスは手で受け止めた。

 左手でベートの蹴りを、右手でアイズの突きを受け止めてほんの僅かな硬直、再度攻撃に移るには短すぎる間にアステリオスは後方に飛んでまた元の位置へと戻った。

 

「……決まりだね」

 

 これではっきりとした、アステリオスは完全に遊んでいるのは勿論のこと、僕らでは万に一つの勝ち目でさえ夢を見すぎている事が。

 圧倒的なパワーとスピードを兼ね備えるのがこれほど厄介とは、隙を可能な限り消した波状攻撃でも掠らせることも出来ないとは。

 明らかに僕らには、いや、冒険者で相手にできるモンスターではない。

 いずれ倒されるモンスターかも知れないが、今の僕らでは間違いなく皆殺しにされるだけの膨大と言っていい彼我の戦力差がある。

 そうなり得る結果は既に出ている、今そうなっていないのは『アステリオスが遊んでいる』からだ。

 

 アステリオスの動きからもそれはありありと分かる、なにせ『自ら制限を付けている』のだから。

 つまり『全力を出さずに、かつハンデを自らに課してゲームに興じている』。

 『リヴェリアに対して一直線に進むだけ』、その上『こちらに攻撃を仕掛けてこない』事をハンデと言わずして何と言うのか。

 次の進行でそれらは勘違いとわかるかもしれないが、恐らく次も同じように攻撃せずに僕らを突破するつもりだろう。

 でなければ遊んでいる意味が無い、そして僕らには『遊んでもらわなければ困る』。

 

「……攻撃!」

 

 三度目の攻防、今度はアステリオスも走りだす。

 それは敏捷特化のLv.2から平均的なLv.3の冒険者の疾走とそうかわらない。

 急激な速度の上昇にも慌てず、今度はベートが先陣を切る。

 

「遊んでいけやッ!!」

 

 前傾姿勢で加速していく、風となり速度をそのまま乗せた蹴り。

 と思いきや一瞬で視界から消えたように見える動きでの水面蹴り、しかし見切っていたんだろうアステリオスは少ジャンプでベートの上空を飛び越えようとして。

 

「ッラッ!!」

 

 ベートが体を捩じ上げて、腕の力だけで回転しつつ逆立ちしながら両足をアステリオスの腹へと向かって蹴り出す。

 それを右手で受け止めながら、反動で天井へと飛ばされるアステリオス。

 クルリと体を回転させて天井に足を向けたところでウルガを振り上げたティオナ。

 十分な溜めを作った振り下ろし、ティオナのパワーも相まって凄まじい破壊力を持って二つ名に相応しい一撃。

 

「ちょっ!?」

 

 突風を巻き起こす振り下ろしを足の蹄で受け止め、反発するように高速で落下。

 それを迎え撃つのは跳ね上がったベート、足場のない空中でも見事に足を動かして頭に蹴りを叩きこもうとしたが。

 

「何だとッ!?」

 

 体を丸めるように上半身を前に倒して、ベートの蹴りを空振らせた。

 すれ違いざまにくるりと前転して地面へと降り立ち、前進しようとしたのを止めるのは僕ら。

 アステリオスの左右前方からアイズとティオネが攻め立て、正面から僕がフォルティア・スピアを突き出す。

 第一級冒険者の三面攻撃、相手がLv.7のオッタルであっても仕留められるだろう攻撃を前に、アステリオスは腕を動かすだけで凌いでいく。

 逸らされ、あるいは受け止められて腕以外に攻撃は当たらない、そもそもアステリオスは僕らの全力の攻撃を手のひらで受け止めているのに傷らしい傷が全く付いていない。

 

「ッッ!」

 

 耐久力もずば抜けている、恐らく足や胴体に当たっても手のひらと同じく傷付かないかもしれない。

 それでも手を緩めることなく、アステリオスの前進を止めるべく攻撃を繰り出し続ける。

 

「冗談じゃ、無いわよッ!」

 

 だが止まらない、風を纏い更なる高速化を果たしたアイズの剣撃と、縦横無尽に振るわれる二刀のティオネの連撃。

 そして僕の頭、肩、胸、腰、膝、蹄と高低差を交えた一突き一突き、腕に痛みが走るほどの全力攻撃を持ってして前進を止められない。

 不味い、アステリオスが止まらない。

 後退しながらの僕らに焦りが浮かぶ。

 

「くっ!」

 

 リヴェリアとアステリオスの距離が次第に縮まっていく、疾うに一度目と二度目の前進距離を超えてなお更新し続ける。

 

「アイズッ! ティオネッ!」

 

 ならばと二人の名を叫ぶ、意図を察してくれた二人の攻撃がより苛烈になり身を厭わない猛攻を仕掛ける。

 そして僕は一足でアステリオスの正面から飛び退き、地に足をつけて腰を落とす。

 槍を持つ腕を引きながら上半身を捻る、ミシミシと体が軋む感覚を覚えながら更に体を捻る。

 背中がアステリオスから見えるほどに、より体を軋ませて力を溜め。

 

「食らっとけやッ!!」

 

 超高速でベートが落下し、アステリオスが角で蹴りを受けて僅かに足を止め。

 

「──オォッ!!」

 

 槍を撃ち放つ。

 黄金の穂先、勇気の槍(フォルティア・スピア)がアステリオスへと邁進した。

 先ほどの全力の投擲よりもなお速い、黄金の一閃が大気の壁だけを撃ち抜いて、アステリオスに届いた。

 紛うことなき全力を超えた一撃、全身に走る痛みにそう確信するも……無傷のアステリオスは寸分違わずスタート地点へと着地していた。

 

「ッハァッ! はぁ、はぁ……、これは、きついね……」

 

 溜め込んだ息を吐き出し、一気に襲い掛かってくる疲労に汗を流す。

 落下してきたティオナも集い、ファミリアとアステリオスが対峙する形へと戻った。

 

「……第一級冒険者の力を合わせれば、アステリオスを倒せる? ギルドも、随分と面白い冗談を、口にしてくれたよ……」

 

 笑いさえ浮かんでくる絶望的な現状、切り札足りえるかわからないリヴェリアの魔法に頼るしかない状況。

 もし通じなければどうしようもなくなる、それこそ神々に祈らなければいけなくなる。

 

「……まったく、ダンジョンに降りる前の、僕は相当驕っていたようだ……」

「団長……」

 

 何とか呼吸を整え、体中に走る痛みに耐えながら槍を構え直す。

 ファミリア一丸となればどんなモンスターでも倒してのける、それが出来るだけの戦力であると確信していた。

 ロキもファミリア史上最高の状態と言ってくれた、嘗て最強だったゼウス・ファミリアやヘラ・ファミリアを知っている身としても劣っているとは思っていなかった。

 だが目の前にいるあれはその確信をいとも容易く砕いてくれた、倒せると甘い考えをしていた昔の僕を殴りたくなる。

 討伐作戦に参加しないと言う選択肢は無かったにしてもだ、予想を超え過ぎたモンスターに対してもっと何かできたんじゃないかと後悔も過ぎる。

 

「……さて、第四波だ」

 

 たった一匹の大津波、この場に居る誰も彼も容易く飲み込むアステリオスを前に気力を振り絞って体に叩きこむ。

 悲観している暇はもう無くなった、ならば勝利への可能性を手繰り寄せるために全力を超えて戦うだけ。

 

「ロキ・ファミリア……、攻撃!」

 

 結果はどうあれ、間もなく終わるだろう戦いを決めるために僕らは四度、疾走する。

 

 

 




多分次で戦い終了


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽しんだあの子

「追い抜くな!!」

 

 フィンが号令を掛ける、それは一直線に迫ってくるアステリオスを見てのこと。

 リヴェリアを目指して進む最大級の怪物は、さらなる速度を持って進んで来る。

 恐らくは武器を持たないヒリュテ姉妹に匹敵する、それはLv.5の領域に完全に踏み込んだ速度。

 つまり攻撃を仕掛けて抜き去られ、後続が足止めを出来なければそのままガレス、引いてはリヴェリアへと到達されかねない。

 

「倒すことを考えるな! 足を止めることだけを考えるんだ!」

 

 況してや全員疲労している、自傷とも言える全力を振り切った攻撃の反動が体を蝕んでいる。

 今抜かれても追いつけるのはアイズとベートだけ、勿論追いつけてもアステリオスを止められるかわからない。

 何とか押し返しても、次は更に速くなって迫ってくるだろう。

 そうなれば次はどれぐらいの速さになるだろうか? 次はファミリア一の俊足であるベートでも追いつけないかもしれない。

 風の魔法でそれ以上の速度で移動できるアイズでも追いつけないかもしれない。

 

 当然アイズにも限界はある、既に何度も使用して精神力も消耗している。

 その上でアイズを頼みにすれば、すぐにでも精神疲労で倒れるだろう。

 

「アイズ、ここからは魔法の使用は禁止だ。 ここぞという時以外には使うな」

 

 それを回避する手段、果たしてアステリオスは回復は認めるか? 答えは『否』だ。

 そんな暇はない、使用しようとしても邪魔をしてくるだろう。

 手持ちの回復薬を取ろうとすれば視線がこちらに向く、意識しているのは間違いない。

 注意を引き付ける手段として使えないことはないが、どの方向から攻撃しても察知しているために死角を作らせるのも難しい。

 

「攻撃!」

 

 それぞれが構えて走り出す、フィンは今まで考えていたことを頭から取り除く。

 仲間の動きを見て最善だと思われる行動を導き出し、全力を超えて攻撃を繰り出す。

 その一手、ティオネがゾルアスを軽く上に放り投げながら、フィルカを何本も指に挟んで引き抜いて投げつける。

 アステリオスへと飛翔するフィルカは、先程よりも更に速い。

 限界を超えて受ける負傷を利用した、スキルの憤化招乱(バーサーク)による攻撃力の上昇を発揮した投擲。

 

 だがそれも高速でアステリオスの背後へと飛んで行く、上半身を動かしてフィルカを回避したのだ。

 

「ここまでか」

 

 それを見てフィンは呟く、速くなったのは移動速度だけではなかったからだ。

 フィルカの間をくぐり抜けるように上半身を動かして避けた、見る者によってはアステリオスの体をすり抜けたように見えただろう。

 ただでさえ高速の体捌きが、ここに来て更に速くなった。

 

「ティオナ! 走らせるな!」

「りょーかいっ!」

 

 号令、聞いて飛び出すのはウルガを手元で回転させながらのティオナ。

 回転がより早くなり、ティオナを中心として突風が吹き荒ぶ。

 50、40、30、20と距離が縮み。

 

「こ、ん、のぉぉぉっ!!」

 

 自分も回転してさらに遠心力を加えての一振り。

 ウルガの切っ先はアステリオス、ではなく手前の地面。

 超重量であるウルガがスキルによって強化されたLv.5の力で限界を超えて振るわれる、ミシミシと腕が千切れ飛びそうな筋肉の断裂音を聞きながらの限界超え。

 そのティオナがウルガを振り抜いた時には、地面がアステリオスの方向へと爆ぜて石礫の津波のような光景が生まれる。

 ティオナの正面水平から垂直まで約90度、垂直に近い土砂の飛翔は瞬時に10メドルはある天井へと大量に届き、水平に近い土砂は散弾となって巻き込まれた者をひき肉にする威力で飛ぶ。

 同時に地面も大きくえぐれて、まともに歩けないほどの変容を見せる。

 

 レベルなど関係ない、幾ら身を固めても広範囲に広がる無数の弾丸となった礫に曝されて全身を穿たれた後、大量の土砂に飲み込まれる。

 それが普通の者、普通のモンスターであったなら。

 

「──全然効いてっ!?」

 

 土砂の壁を浴びながらもぶち抜き、ティオナの上を越えていくのが一匹。

 

「そこでぇ! 止まってやがれええええええ!!」

 

 足場のない空中での、威力を追求した攻撃。

 それがフィンが選んだ戦術、避けきれない状況で威力重視の攻撃。

 目的は打倒ではなく足止めであり、空中で攻撃を加えて押しとどめる。

 足が地面に付いていればいくら攻撃を当てても踏ん張って耐えられる、だからこその空中。

 瞬きの間に5回、ベートが蹴りこんだ回数と逸らされた回数。

 その蹴りを逸らす腕、それを利用して回転しながらの連撃。

 

「ティオナ!」

 

 空中の超高速で繰り出される瞬撃の間にフィンは走りこみながら腰から瓶を引き抜き、腕を力なくぶら下げたティオネに放る。

 近寄って手渡す暇はない、ぶつける気で万能薬を投げつけて、ティオナはウルガを手放しながら左手で受け取ろうとして、割れた。

 ティオナの手前でパリンと砕けて、内容物が地面に撒き散らされた。

 

「──ッ! ベート! すられているぞ!」

「ッ!? チィ!!」

 

 フィンがティオナに投げつけた万能薬を砕いたのは、また瓶に詰まった万能薬。

 ベートが回転してアステリオスの手が届く位置に晒したのが原因、それを素早く引き抜いて盗み取り、ティオナへと飛んで行く万能薬へと投げつけたのだ。

 

「──まっ……ったくぅぅ!!!」

 

 空中での攻防が弾けるようにして終わり、後方へと飛んで行くベートと大きく速度を落としてもリヴェリアへと近づきながら降りてくるアステリオス。

 それを見ながらウルガを掴み直したティオナは、痛む腕を押しながら肩に担いで走り出す。

 休めばリヴェリアに近づかれ、手早く回復しようとすれば妨害が入る。

 今あるだけで決めろ、そう強要される戦いに大きく溜め息を吐きながらティオナが気合を入れなおす。

 

「ぜぇえええったいに! 行かせないんだから!!」

 

 それに合わせてティオネも駆ける。

 

「ティオナ!」

 

 残るフィルカを引き抜いて、全てアステリオスに向けて弾けるように投擲。

 大きくなり続ける負傷が憤化招乱の効果を増大させ続ける、それをもって超高速の弾丸と化した投具。

 100メドルなど一瞬で0にする速度を持ってしても、アステリオスは着地と同時に左手だけで掴み取り、ゼロコンマ一秒にも満たない停止。

 どれほどの幸運か、ティオネの束縛魔法リスト・イオルムによって強制停止(リストレイト)がアステリオスの動きを止めたのだ。

 だがそれも瞬時に振り切って動き出すが、背後から追いかけるティオナには十分すぎる時間。

 

 踵で地面をこすりながら、一回転の後にウルガの横薙ぎ。

 それもヒョイッと軽くジャンプしてアステリオスは避けるが。

 

「うぅぅぅぅっ、ぁぁぁぁああああああ!!」

 

 ティオネはゾルアスを逆手に持ち、致命傷一歩手前になるほど自分の体を突き刺しながら爆発的な突進。

 左手のゾルアスを投げ捨て、スキルの大反攻(バックドラフト)を発動させながら残るもう一本のゾルアスを両手で支えて体ごとぶつかって行く。

 地面が砕けるほどの踏み込みに全身を乗せての一突き、短距離ながらその速度はアイズのリル・ラファーガに匹敵した。

 捨て身──、そう表現するしかない攻撃さえも、アステリオスは右掌だけでそれを受け流した。

 すれ違うように交差し、アステリオスは前へ、ティオネは受け身も取れずに激しく転がっていく。

 

「ティ──」

「ティオナ!」

 

 後方に転がっていったティオネに振り返ろうとすれば、フィンがティオナに呼び掛ける。

 アステリオスに向かって槍を突いて払うフィンに、その隙を消すようにアイズが切り込んでいく。

 抜かれまいと進路上で必死に抵抗する二人、それを見て後ろに流れていった姉の姿を振り払いながらアステリオスの背中を追いかける。

 

「こんのちくしょおおおおおお!!」

 

 二人の抵抗により足が鈍ったアステリオスへと追いついたティオナは全力でウルガを振り下ろす。

 振り下ろされたウルガが地面を抉り、アステリオスはまた飛び上がる。

 

吹き荒れろ(テンペスト)!!」

 

 そこに向かってアイズは即座に風の魔法を行使、瞬時にアイズに纏わり付く風が暴れ回り。

 

「──リル・ラファーガ!!」

 

 地面を蹴りだして爆発的突進、鋼鉄以上の硬度を持つモンスターの皮膚をも容易く食い破る刺突を、アステリオスは左前腕で受け止めて斜め上に吹き飛ぶ。

 天井に叩き付けられるように大きく食い込みながら削って止まり、スタート地点にアステリオスは戻った。

 

 

 

 

 

「……最後、かな」

 

 とうに限界は超えている、ロキ・ファミリアの面々は満身創痍だ。

 身体と精神を酷使に酷使を重ねて使い続け、全ての面で大幅な能力の低下が見られた。

 肉体の傷が酷いのは自傷からのスキルを発動したティオネだろう、文字通り血だらけで今も傷口から出血が見られる。

 精神に最も負担を掛けているのはアイズだった、攻撃のチャンスを作るために風の魔法を重ねて使い続けていたために精神疲労を引き起こしかけている。

 第一級冒険者、Lv.5以上の冒険者が全力を超えて仕掛けてなお、未だ無傷のモンスター。

 

 これ以上無理だ、そうフィンの口から漏れる。

 出来て後一回、それも命を削っての反抗。

 まだ数分ほどしか経っていないというのに、あまりにもリヴェリアの集中が遅すぎると愚痴りたくなるほど時間が引き伸ばされたように遅く感じていた。

 そうしてちらりと離れた背後のリヴェリアを見れば、瞼を閉じて玉の汗を無数に流して集中力を高め続けていた。

 遠征に行けばリヴェリアの広範囲殲滅魔法は見られるが、服を濡らすほどの大量の汗をかきながらの集中など見たことはない。

 

 魔法に才あるリヴェリアであれなのだ、アステリオスに叩きこむ魔法が尋常でないことを理解してしまったフィン。

 

「……ここから指揮は無しだ」

 

 ならば全てを出し尽くしてなお、力を振り絞らなければならない。

 

「……攻撃はそれぞれに任せる」

 

 フィンが左手を開き、魔法を詠唱し始める。

 

「魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て」

 

 鮮血のような紅い色の魔力光がフィンの左手を包み、その左手で槍を掴めば魔力光が槍に移って穂先を紅く染める。

 その穂先を額に押し当てれば、紅い魔力光がフィンの額から入り込み。

 

凶猛の魔槍(ヘル・フィネガス)

 

 フィンの底に眠る闘争本能とも言える好戦欲を引き出し、理性を弱めて敵だけを討ち滅ぼす狂戦士へと変貌させる魔法。

 

「ぅっ、ぁぁぁぁあああああああああッッ!」

 

 小さなうめき声からの大咆哮、美しい碧眼が血のような紅に変貌。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 それまであった内なる肉体の負傷が無かったかのように、爆発的とも言える過剰な肉体的能力の上昇。

 それを持ってしてフィンはアステリオスへと躍り掛る。

 その光景をただ見ているだけのロキ・ファミリアメンバーは居ない、誰も彼もスキルを行使しながら駆け出す。

 これまでの戦いで一番、そう言える速度域。

 

 その限界を超えた力を前に、アステリオスは掻き消えた。

 最高峰の質を持つ第一等級武装が悲鳴を上げるほどに力を込めて振るわれた攻撃が、あまりにもあっさりと払われた。

 

 魔法によって限界を超えてなおさらに力を引き出したフィンの壊滅的な一突きを、そっと横へと逸らされて。

 スキルとアビリティの相乗効果で肉体的負担を無視したベートの破滅的な蹴りを、上半身を少し動かして避けて。

 負傷を発動キーとしたスキルによるフィオネとフィオナの暴虐的な力によって振るわれるゾルアスとウルガの一撃を、両開きの扉を押すように手で押しのけて。

 鋼鉄をも削り取る暴風を纏った神速とも言える瞬間的な突撃を仕掛けたアイズのリル・ラファーガを、下へと誘導するように上から押し付けて逸らされた。

 それはあまりにも無情だった、能力的に言えばLv.7どころか8に届いた、身を削った超高能力に至ってなお通用しなかった。

 

 ボロボロとなっていた5枚の壁が崩壊し、残るは最後の一枚だけ。

 迫るアステリオスを相手にすればそれはあまりにも頼りない、リヴェリアを守る盾として諦めるほどの脆弱さと言えた。

 それでもだ、残る最後の壁であり盾であるガレス・ランドロックは全てを解き放つ。

 

「よくやった」

 

 ガレスに焦りや諦めはなかった、むしろ誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 これほどの相手にあれだけ持たせたのだ、このような偉業は他のファミリアに出来ようか?

 否、断じて否。

 ガレスはその輪に加わることに躊躇いはなく、命すら投げ出す覚悟があった、

 

「ォォォォォオオオオオッッ!」

 

 呼気と共に裂帛の気迫、瞬時に迫る黒焔の巨体へと向かって肩に担いでいた大戦斧(グランドアックス)を振り下ろした。

 それだけで地面が爆発した、その範囲の中に居たアステリオスは浮き上がりつつも前に進んでリヴェリアの元へ。

 当然ガレスはそれを許さず、空中にいる避けれないアステリオスに向かって、重厚な肉体を跳ね上げてグランドアックスを叩きつける。

 オラリオ一の剛力によってアステリオスはクレーターとなっていた地面へと砕き沈み込み、更にそこへと縦に回転してグランドアックスをもう一度振り下ろした。

 もう一度衝撃で地面が爆発しながら、更にアステリオスを地面へと押しこむ。

 

「間もなく、()は放たれる」

 

 精神の集中が終わり、ようやくとも言えるリヴェリアの詠唱が始まる。

 

「無駄にはせんッ!!」

 

 詠唱を耳に入れながら、ガレスはもう一度とグランドアックスを振り下ろすも、アステリオスは右手で払い除ける。

 それだけでグランドアックスが弾き飛ばされて、地面を何度もバウンドしながらはるか遠くに飛んで行く。

 

「忍び寄る戦火、(まぬが)れえぬ破滅」

 

 反動で左腕がへし折れたが、構うこと無く腰の剣を引き抜いて、逆手に持って思い切り突き下ろす。

 腰まで地面にめり込んだアステリオスは、振り下ろされた剣を左腕で防げば、ガレスの全力を超えた剛力に耐えられずに刀身が圧し折れて砕ける。

 

「開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む」

 

 アステリオスが右腕で地面を抑え、地面から体を引き抜こうとしたところにガレスの右拳。

 杭をハンマーで打つように、地面が割れるほどの剛拳がアステリオスを地面に縫い付ける。

 

「至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火」

 

 ガレスが右腕を振り上げ、更に打ち付けようとしたところにアステリオスは力づくで地面から抜けだして拳を受け流す。

 それでも生身の肉体から出てはいけない音を鳴らしながら、連続して拳打を放つガレス。

 

「汝は業火の化身なり」

 

 それも全て空振り、速く重たい踏み込みによってガレスを簡単に押し退けて最後の一枚を抜く。

 終わりだ、そう言いたげなアステリオスの咆哮を耳に、上空から剣撃が振り払われる。

 

「ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを」

 

 飛び込んできたのは風を纏うアイズ、鼻先へと迫る切っ先をアステリオスは屈伸にて回避。

 そうしたアステリオスは突如足を取られ、空中で回転する。

 足を払って浮かせたのはベート、アダマンタイトですら柔らかいと言えるぐらいの硬いアステリオスの足を、骨を折りながら払い飛ばす。

 

「焼きつくせ、スルトの剣――」

 

 浮いたアステリオスにスピンしながら槍をぶん回し、思いっきり振るい薙ぐのはフィン。

 反動で後方に弾かれつつも着地して蹄を地面にこすり、両腕を上げて挟み込むようなティオネとティオナの一撃を受け止め。

 

「──リル・ラファーガァァァッッ!!!」

 

 なけなしの精神力を振り絞り、出力限界を超えて飛翔する。

 狙いはガラ空きの胸部へと、振り絞った刺突を叩き込み。

 

「──我が名はアールヴ!」

 

 アステリオスのスタート地点に発生した魔法陣へと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 それは忘れ去られた神話の再現だった。

 たった5メドルの小さな小さな地獄、かつて世界を燃やし尽くすと言われた巨人の名を持って行使されたリヴェリアの魔法。

 魔法陣の内側は火が火を飲み込んで炎となり、炎が炎を飲み込んで劫火となる。

 真っ赤に荒れ狂う炎の柱が全てを燃やし尽くし、何者であろうと生きることを許さない。

 

「ッ! 後退しろッ!!」

 

 すさまじい熱量が魔法陣越しにロキ・ファミリアを炙る、100メドル以上離れてなお肌を焼きかねない超高熱。

 その漏れた熱が周囲の地面を熱し、瞬く間に赤熱してドロドロに溶けていく。

 それは地面だけにとどまらず、渦巻く劫火の柱が上の天井にも届いて同じように融けてボトボトと地面の上に落ちる。

 魔法陣を中心として地面が赤熱して沈んでいき、マグマのようになった天井にも穴が開いていく。

 その光景に誰もが魅入った、目に焼き付いてはなれない強烈すぎる光景。

 

 未踏破の深い階層に居る階層主でも、あれを受ければ確実に滅んでしまうであろう火力。

 その中に全力を超えてアステリオスを叩き込んだ。

 渦巻く劫火の柱が荒れ狂っていたのは五秒か十秒か、そう長くない時間が来て魔法陣が消失する。

 それと同時にカランカランと軽い音が鳴って、リヴェリアが前倒れに伏した。

 歩くだけでも激痛が走る体を引きずって、リヴェリアの元へ集まるロキ・ファミリア。

 

「……見事じゃ」

 

 一番軽症のガレスがリヴェリアを抱き起こす。

 大量の汗で濡れて、瞼を閉じて動かないリヴェリア。

 

「……精神、疲労、か。 精神力を、全部、注ぎ込んだ、ようだね……」

 

 大きな呼吸をゆっくりと、言葉を途切れ途切れにフィン。

 もう立っているのも辛い、ドスンと次々と腰を下ろす。

 アイズもほぼ精神疲労で気絶したように座り込んだ。

 

「……終わったのかよ」

 

 圧し折れた足のまま、ベートが言う。

 

「………」

 

 フィンは答えない、アステリオスの肉体が燃え尽き、核である魔石が消滅したところを見たわけじゃない。

 やった、倒した、そう判断するには時間が少なすぎる。

 だが周囲の冒険者達はフィンの意図など思いもよらない。

 

「……やった、やったんだ」

「倒した、のか?」

「凄い! 倒したぞ!」

「勝ったんだ! アステリオスを倒したんだ!!」

 

 最初は小さな呟きから、それが瞬く間に伝播していく。

 十秒と経たずに大歓声へと変貌する。

 絶対的な不利を覆したロキ・ファミリアへと惜しみない賞賛が送られ続ける。

 

「……倒したってことでいいの?」

 

 項垂れて動かないアイズを抱きかかえながらティオナ。

 

「……そうだといいけど、さて……」

 

 今後アステリオスが発見されなければ倒したと言える、そうであって欲しいと願いを込めたフィンの返事。

 

「団長!!」

 

 ロキ・ファミリアのメンバーが駆けてくる、喜びと安堵を表情に浮かべながら。

 残っていた万能薬も持ち寄って、浴びせるように飲んで体の負傷を癒していく。

 

「やりましたよ! 倒したんですよ! あの黒焔を!」

 

 凄い凄いとラウルがまるで自分のことのように喜び、そのはしゃぎっぷりにふと顔がほころぶ。

 同じように走り寄ったレフィーヤもティオナごとアイズを抱きしめてわんわん泣いていた。

 

「……あんなの、もうゴメンじゃわい」

 

 ガレスが疲れたように言う、たしかに勝てる見込みが低すぎるあんなのはもう二度と相手にしたくないと全員が賛同する。

 

「……つーかよぉ、本当にあの牛は一体何なんだよ」

 

 奇跡的な一戦だった、負けて当然の能力差で指先を、いや、辛うじて爪先を頂きに掛けることが出来た。

 それもアステリオスが遊んでいたからだ、最初から最後の攻撃と同じようにやられていれば即全滅していただろう。

 

「ま、ざまぁねぇけどよ!」

 

 遊び過ぎて身を滅ぼす、アステリオスの状態はまさにそれで、舐めて掛かったことが生死を分けた。

 それを大口を開けて笑うベート。

 

「そうだね、遊び過ぎることは自重しないとね」

 

 格下が格上を食う、ジャイアントキリングを今体験したロキ・ファミリアは身に染みる思いであるのは間違いなかった。

 

「……はぁー、動きもないし──」

 

 そうしてアステリオス討伐作戦の成功と判断し、撤退の号令を掛けようとしたフィンの言葉が途切れる。

 

「………」

 

 戦いの余熱とでも言うのか、未だ感覚が鋭くなっていた第一級冒険者達の視線が黒い煙を上げている焼き爛れた地面の穴へと注がれる。

 

「……くそが! 冗談じゃねぇぞ!!」

 

 ベートが勢い良く立ち上がる、それに続くように他の者も立ち上がった。

 

「総員即時撤退だ! 持ってきた装備類は全て破棄!」

 

 フィンが大声で号令をかける、焦りが滲みでた一声。

 それの意味を解せずに団員たちが首を傾げ──。

 

「何をしている! アステリオスは──」

 

 黒煙を上げる穴から、赤熱している地面が跳ねた。

 

「──死んじゃいない!」

 

 体に纏わり付く赤熱してドロドロに溶けたマグマを振り払って、絶望がそこに居た。

 

「………」

 

 歓声が見る間に収まっていく、倒したと思っていたモンスターが無傷でまた現れたのだから。

 

「……皆、行けるな?」

 

 無言で頷く、それを見てフィンは次に命令を飛ばす。

 

「アイズとリヴェリアを連れて行ってくれ、邪魔になる」

 

 顔色が真っ青になっていたラウルがなんとか頷く。

 

「ラウル、今から撤退の指揮頼む。 レフィーヤも速く離脱するんだ」

 

 同じように顔色が悪く、ギュッとアイズを抱きしめながらのレフィーヤ。

 

「……まったく」

 

 後方では阿鼻叫喚だった、あれほどの魔法を受けて再度アステリオスが現れたことにもっと大きな絶望を抱いて我先にと逃げ出していたのだ。

 あれでは迅速な撤退は期待できない、アステリオスを止められなければどうなるか想像に容易い。

 

「……どうするか」

 

 右腕を回しているアステリオスを見て呟く、まだやる気が見えてかなり気が滅入っていた。

 限界を超えた攻撃でダメージを与えられず、リヴェリアの精神力を全て注ぎ込んだ魔法を受けても無傷。

 どうしようもない、どう足掻いても倒せないモンスター。

 それをまた相手にしなければいけないと、気が滅入らない冒険者は居ないのではないか。

 それでもやらなければならない、戦いを放棄すればアステリオスはどういう行動を起こすかわからない。

 

 体が治っても心は疲れたまま、それでも奮い立たせて武器を握る。

 アステリオスをそのままにして置けない、だからこそ前進する。

 一歩、二歩、三歩、ゆっくりとだが近づいていく中で、フィンたちは見た。

 

「──ヴォ」

 

 アステリオスの口が開き。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 腕を上げて叫びだす。

 その声量は、声を上げて逃げていく冒険者達にも届いた。

 フィンたちが戦闘態勢に入る、向かってくると判断したのだが。

 

「ヴォー……」

 

 フィンたちを見て、口角が跳ね上がった。

 生え揃う白い歯を見せて、楽しそうに笑った。

 

「……なんだ?」

 

 フィンたちにはそう見えた、だからこそその後の行動、踵を返して階下へと向かって歩いて行く姿の唖然としたのだ。

 

「………」

 

 ドスドスと悠然と、そのまま八階層から黒焔のアステリオスは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凱旋だった、圧倒的脅威を前に死者無しで切り抜けた英雄たち。

 しかしながら、讃えられるべき英雄たちの顔には笑顔がない。

 それも当然だ、最初に考えていた通りだったのだから。

 

 ホームへと帰還し、無事に帰ってきた子どもたちを出迎えたのは笑顔のロキ。

 ようやった、ようやったとパーティーの準備まで進めていた。

 だがそれを留めたのはフィン、パーティーは後回しで事の顛末をロキと戦闘に参加した者たちだけで話した。

 最初は笑顔だったロキの表情は、フィンの話が進むにつれて消えていった。

 

『僕ら、現状の冒険者がどれほど集まっても戦いにはならない』

 

 この事についてフィンもガレスもベートもティオネもティオナも、精神疲労でまだ眠っている二人も笑顔を浮かべることはないだろう。

 本気で襲いかかられていたら誰一人帰ってこれなかった、歴然たる事実としてフィンはロキに話した。

 ロキはロキで、頬を引き攣らせながら全てを聞いて。

 

『話がちゃうやろうがぁぁぁぁ!!!!』

 

 テーブルを思いっきり叩きながら、激怒して大声を上げた。

 ギルドの事前の説明では第一級冒険者達ならアステリオスの討伐は可能だと説明を受けたのだ。

 だが現実はどうだ、終始遊ばれていただけで地上に生きる者ではどうしようもない自然災害のような存在。

 それこそ天にて全知全能の力を振るう神、勿論存在として違うがどうにか出来る存在ではないと言う意味で神と同じモンスター。

 そんなもんをろくに調査せず戦わせていた、あまりにも手落ちなギルドの対応にロキは憤慨していた。

 

 現状最上位の冒険者たちが根こそぎ消える可能性があったのだ、同時に愛する子どもたちがいなくなっていたかもしれないと思うと表情を歪めるのも仕方がなかった。

 そこからのロキの行動は早かった、討伐作戦に参加したファミリア全ての主神に直接会いに行き、今回のあまりにもふざけたギルドの行動に制裁を加える協力を申し出た。

 ギルドがファミリアに制裁を加える事があっても、ファミリアがギルドに制裁を加える事など過去千年の中で一度もなかった。

 その前代未聞のロキの行動に当然渋る神も居たが、正当性はこちらにあると口を回して丸め込み協力させた。

 そうして起こったのはファミリア・ギルド戦争だった、勿論に殺傷沙汰ではなく悪い悪くないと口論となってあれよあれよと事が大きくなった。

 

 ギルド側は一般に知れ渡ることを危惧してこれ以上事を大きくしたくはない、和解として示談を申し出てファミリア側はそれに応じた。

 その結果、ロキの口が回りまくった。

 今回のアステリオス討伐作戦に参加した全てのファミリアに対して『魔石の買取額アップ』や『ポーションなどのダンジョンに必要なアイテムの一部金額の負担』など。

 十を超える特例をギルドから引っ張りだしたのだ、ロキとしては当然その程度で収まるわけはなく、今回の作戦を考えた者の更迭やオラリオからの追放などを要求。

 信頼を落とす結果を作りだしたギルド職員は、ロキの要求通り居なくなった。

 そういった結果が出た後、ギルドと言うファミリアの主神ウラノスが出張り、この話はこれで手打ちだとロキに宣言する。

 

 これで終わらせて置かなければ、ロキならば今後もこの話を引っ張り延々とギルドから搾り取りかねないと判断されたためだった。

 そうしてアステリオス討伐作戦とファミリア・ギルド戦争は終焉を迎え、オラリオは今までよりも大きくなったダンジョンの潜在的危険性を抱えたまま回り続けるのであった。

 




最後は駆け足、ベルと絡ませたいが潜らないからなぁ。

あと九巻の新設定出ましたけど、この主人公とは全く関係ないので読んでなくても問題なし。

次で最終回、続けるにしてもベルがダンジョンに潜った時に出張ってくることしか出来ない。
どうせグダグダになるのでさくっと終わらせます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わったあの子

前回で終わりと言ったな、あれは嘘だ


 最近、冒険者達の間でちょっとした迷信が流行りだした。

 

黒焔(やつ)と戦って生き残れば、冒険者として大成する』

 

 そんな命をドブに捨てるような迷信が真しやかに囁かれていた。

 迷宮上がりの酒場で話し合うような、下らない笑い話にも劣る迷信。

 一笑に付して終わるそれを、少なからず信じてしまう者たちがごく一部だが存在しているのもまた事実。

 現時点で発見されているモンスター、階層主を含めて最も強いと判断された怪物に験を担ぐ初心者が最近増えているのだ。

 やつが現れたと聞けば武器を担いでダンジョンへと潜る冒険者(おろかもの)達、結果遭遇した者は誰一人として帰ってこない。

 

 ギルドとしては文字通り自殺しにいくのは極力止めて欲しいが、発見報告が入って公布すればやつ目当てに潜って死者多数。

 それを危惧して公布しなければ普通に潜って遭遇して死者多数、どっちもどっちだが公布するかしないか内部で揉め始める始末。

 故にギルド、そしてまともな冒険者たちにとって大きすぎる死活問題となっていた。

 最上位冒険者でも殺されるだろう大怪物を排除できない故に、出てこないように、遭遇しないように祈るしかない現状。

 そんな頭を悩ませるしかない問題を、喜々として受け入れるごく少数の冒険者達は少々どころかかなり頭をやられていると言っていいだろう。

 

 では、なぜそんな迷信を信じてしまうのか?

 ギルドとしては悩ましいことに、信じてしまうような実例が飛び出してきてしまったからだ。

 発端は黒焔討伐作戦、ファミリア・ギルド戦争を経た後の、ギルド前の立て札。

 その内容は冒険者のレベルアップ報告、殆どの冒険者にとってファミリアの仲間ならともかく、他の冒険者のレベルアップなどその冒険者のファンだったりしなければ気にしない。

 だが今回に限っては誰もが注目した、立て札に張り出された名前は殆どが第一級冒険者。

 

 それも一人や二人ではない、黒焔討伐作戦に参加して実際戦闘を行った冒険者達ばかりだった。

 オラリオ最強と名高い『猛者(おうじゃ)』オッタルのLv.8へのレベルアップ。

 同様にフレイヤ・ファミリアのアレン・フローメルやガリバー兄弟もレベルを一つ上げた。

 特に顕著だったのがロキ・ファミリアの面々だ。

 団長たるフィン・ディムナはLv.7、ではなく一つ飛ばしでLv.8に。

 その他九魔姫(リヴェリア)重傑(ガレス)怒蛇(ティオネ)大切断(ティオナ)も一つレベルが上がった。

 

 凶狼(ベート)剣姫(アイズ)も一つ飛ばしでLv.7にレベルアップを果たした。

 それはレベルアップの大盤振る舞い、レベルが上がれば上がるほど経験値(エクセリア)が大量に必要になって上がりにくくなる。

 第一級と称される冒険者ならなおさらだ、それこそ今までに踏破した階層では不足でより高難度の偉業を成し遂げなければならない。

 そしてそこに考え至るのは簡単だ、その偉業の鍵となったのがあの『黒焔(アステリオス)』で有ることも簡単にわかるだろう。

 

 そして極めつけが一つ、第一級冒険者達のレベルアップ祭りと一緒ではなかったが、世界最速がまた世界最速を更新した。

 冒険者に成ってから二ヶ月も経っていないと言うのに、『世界最速兎(ベル・クラネル)』がLv.4へと到達したのだ。

 そのことを知っていた、元より煙たがっていた冒険者達は相当揶揄したが、18階層のリヴィラの街壊滅時にアステリオスとベルが交戦したこと、そして生き残ったことから迷信が頭を過ぎ。

 さらにどこからか最初にアステリオスと遭遇して生き延びたのがベル・クラネルであることも流れ始めた、それらが合わさって世迷い言が事実ではないのかと拍車を掛けた。

 そのためにあれ(アステリオス)と戦って生き残ればレベルアップ、否、大成すると言う眉唾ものの迷信が生まれた。

 

 結果から見ればその迷信は間違っていない、実際生き残った殆どの者がレベルアップを果たしたのだ。

 問題はその生き残った者の10倍以上の死者が出ていること、1人生き残りレベルが上がれば10人以上が死ぬ。

 階層主や単一種の群れと戦い、長期間を経てそれだけの死者が出るのであれば納得も出来よう。

 だが短期間で数百の冒険者が死んでいる、それもLv.4の冒険者を含めて、だ。

 中には適切に経験を積めばLv.5に届くかもしれない、そう評価される者も居た。

 

 そう言った未来に芽吹く輝きが、一匹の絶望的なモンスターによって摘み取られている。

 実情を知るギルドからすれば何としても解決したい問題、だが命知らずな冒険者達は現実を見ずに死にに行く。

 あまりにも魅力的なのだ、生き残れば成功が約束されると言う話は。

 くすぶっていた者、限界を感じ始めていた者、そんな冒険者達を駆り立てる逸話も。

 黒焔討伐作戦を除いた、急速に身を立ててしまった一人の冒険者の話も、どうしようもない程に眩く感じてしまっていたのだ。

 

 そんな死に急ぐ冒険者達を創りだしてしまった、その話を一つしよう。

 

 

 

 

 

 

 時を遡り、黒焔討伐作戦から十日ほど経ったある日の18階層。

 そこでは歓声が上がっていた、突如現れた強大なる黒い階層主。

 それを打ち破った英雄への賛歌でもある、皆が一体となって新しい英雄の誕生を祝う。

 それを眺める神も例外ではなく、声を上げる冒険者と英雄の誕生を喜んだ。

 だからこそ、次の衝撃に表情を強張らせた。

 

 ──地面が揺れた。

 

 ほんの僅かだった、殆どの者が気が付かず、感じたとしても気のせいだと断じてしまうような小さすぎる揺れ。

 その数秒後にまたほんの少しだけ大きくなった振動が起き、そこで多くの者が漸く地面が間違いなく揺れていることに気がついた。

 

「な、なんだ……?」

 

 更に揺れが大きくなった、グラっとはっきり体感できる揺れ。

 もう一度、更にもう一度、次第に大きくなる揺れに困惑から不安へと感情が移っていく。

 

「な、なんだよ! また来るのかよ!?」

 

 誰かが叫ぶ、この場に居る冒険者が全力を尽くして倒したモンスターがまた現れるのかと。

 そして激震、多くの者が転倒した。

 先の黒いゴライアスが天井から現れ、地面に着地した振動よりも遥かに大きなもの。

 

「ち、ちくしょう!」

「何が来るんだよぉ!?」

 

 既に悲鳴だった、満身創痍の者ばかりの現状でもう一度あの黒いゴライアスが来れば全滅は免れない。

 出入り口は瓦礫に埋まったまま、今から逃げ出すのは先ほどの状況と変わらない。

 

「てめぇら! 気合を入れろ! ここでくたばりたくねぇんならよ!!」

 

 リヴィラの街の顔役のボールスが声を張り上げる。

 せっかく黒いゴライアスを撃退して生き残ったんだから、次もなんとかして生き残りゃいい。

 そう言って周囲の冒険者をなんとか奮い立たせ、戦闘準備を行わせる。

 どんなモンスターが現れようと退治してやると、変な自信をもたせた瞬間に【それ】は現れた。

 何かが地面を突き破ってそのまま高速で天井へと食いこむ、反動でまだ残っていた幾つかの水晶が砕けた落ち始めた。

 

「……何が出やがったんだよ、誰か見えたか!?」

 

 ボールスが叫び、周囲の冒険者に聞くも返事は帰ってこない。

 舌打ちをしながらボールスはもう一度天井を見上げた時、何かが天井を砕いて落下し始めたのが目に入った。

 

「……あ? ありゃあ、ミノタウ……ッ!?!?」

 

 燃えるような赤と、全てを吸い込むような黒。

 その二色だけで構成された怪物が落下してきた。

 一瞬でその怪物が何なのか理解したボールス、顔色を青くしながら叫んでしまった。

 

「おいおいおいおいおい!! ふざけんなよ!!!」

 

 以前リヴィラの街で行われた小さな殺戮、その時ボールスは出遅れて直接見ることはなかったが、その惨状は確かに目に納めていた。

 縦に潰れた者や頭だけもがれた者など、非力な者では絶対に作れないだろう奇怪な死体を確認していた。

 それだけなら強いモンスターが上に上がってきただけと酒のつまみになる程度であったが、少し前に行われた討伐作戦の話を知っている以上声を荒げずにはいられない。

 

「くそが! なんで今出てきやがる!」

 

 第一級冒険者が束になっても敵わなかった怪物、緘口令を敷かれたとしても人の口には戸を立てられない。

 討伐作戦に参加していた支援冒険者の口から作戦の結果が漏れていた、ボールスもそれを耳にしていたが自分には遠い事の話だと大して気にしていなかったが。

 その討伐対象のモンスターが今近くに現れた、こんな疲弊した状態の中でだ。

 

「く、くそ、どうすりゃいい……」

 

 話が事実ならどうしようもない、遥か格上の第一級冒険者たちでも敵わないモンスターを相手にしろなど無茶にも程がある。

 逃げる? どうやって? 出口は未だ塞がったまま、堀りだすのは間違いなく数日がかりになる。

 

「くそ! くそ! くそ! くそ!」

 

 先ほど消滅した黒いゴライアスより上かもしれない、そんな相手に連戦など全滅と言う結果しか出ないことにボールスは苛立つ。

 打つ手なし、その結論しか出ないボールスを他所に、怪物は離れたところに落下した後、距離など関係ないと言わんばかりに冒険者たちが集まる場所へと飛んできた。

 地面を砕きながら着地して、ゆっくりと体を起こす怪物。

 誰もが何も言えずに見つめることしか出来ない。

 右、左と見回す怪物、誰も動けない。

 

 誰かが息を呑んで喉を鳴らし、武器に手を掛けた瞬間には無言で、リヴィラの惨劇を知る冒険者が腕を掴んで止めた。

 止められた冒険者は振り返って、どうして!? と言いたげな表情を向けるも、見えたのは顔色を青白くして震える姿。

 本当なら身動ぎすらしたくはない、だがここで止めなければ巻き添えを食って死ぬかもしれないと制止を掛けたのだ。

 それは正解であり、アステリオスは文字通り冒険者たちを無視して無造作に進みだす。

 向かう先は一点、英雄と神が居る場所。

 

 その途中、草原の方にも視線を一度向けたが、すぐに視線を戻して近い方へと向かう。

 当然気付く、階層自体が揺れていたような振動と、地面を突き破って現れた存在に。

 意識を失っている英雄を抱く女神と、英雄の仲間たちとの間に立ち塞がるのはエルフとヒューマン。

 

「……リオン、Lv.5が束になっても敵わなかった相手よ?」

 

 先の討伐作戦の全容を知るアスフィ・アル・アンドロメダは、【アレ】に立ち向かう事が一体どういう事かエルフに諭そうとするも。

 

「先ほどの状況と変わらない、違う?」

 

 返すエルフ、リュー・リオンは変わらないと呟く。

 逃げ道は未だ塞がったまま、アレが襲ってくるなら迎撃して討伐しなくては生きる目がない。

 

「……桁違いの難度でしょうけどね」

 

 つい先程討伐出来た黒いゴライアスとは訳が違う。

 この階層に居た全ての冒険者と、討伐作戦に参加した冒険者達の質は遥かに違い。

 こと戦闘に参加した第一級冒険者たちは、たった一人でもこの階層に居る冒険者全てに匹敵しうる。

 その桁違いのLv.5以上で構成された討伐団が、あの怪物に手傷の一つすら負わせることも出来ずに見逃されて帰還するしか無かった。

 そんな超常の怪物をLv.4相当でしかない二人で相手にしなくてはならない、しかも疲弊した状態でだ。

 

 絶望的だ、黒いゴライアス以上の。

 それでもやるしか無い、死ぬ気はないし死なせる気もない。

 だからこそ今動ける冒険者の中で一番強い二人が立ちはだかるが……。

 

「………」

 

 歩幅を緩めず進んでくるアステリオスは、立ちはだかった二人がまるで見えていないかのように邁進している。

 ドスンドスンと、地面に足跡を残すように深い踏み込み。

 

「行くわよ、疾風(リオン)

「ええ、万能者(アスフィ)

 

 踏み込む、先陣を切るのは緑髪のエルフ、リュー・リオンは右手に木刀を持ち。

 水色髪のヒューマン、アスフィ・アル・アンドロメダは残り少ない魔道具を構える。

 まるで駆け抜ける一陣の風のように、一度の瞬きの間にリオンは肉薄し、木刀を振り抜いた。

 

「──ッ」

 

 確かに当たった、身を低くしながらアステリオスの踏み出していた右足を捉えた。

 木刀でありながら先ほど消滅した黒いゴライアスの硬い外皮を切り裂く威力を持ってして、かすり傷一つ付かなかった。

 

(これは硬いのではなく……!)

 

 奇妙な手応え、硬いと言えば硬いが柔らかさも含んだ感覚。

 強靭性と言えば良いだろう、靭やかで粘り強い、衝撃が内側に届いていない事をリオンは確信した。

 だからと言って止める理由にはならない、足を動かして一度離れる。

 僅かに遅れて赤い光がアステリオスを包み、紅蓮の爆裂を引き起こした。

 

 肌を叩く激しい衝撃波、遅れて熱風も肌を撫で付ける。

 この階層に出てくるモンスターであれば、欠片も残さず消滅する威力を受けて、黒い煙を引きながら無傷のアステリオスが闊歩する。

 

「化物め……!」

 

 アスフィが呟く、黒いゴライアスの戦闘能力から考えれば推定潜在能力(ポテンシャル)はLv.5に届いていただろう。

 だがギルドから発表されたこの黒焔のアステリオスの推定潜在能力(ポテンシャル)はLv.8『以上』と言うオラリオ史上最悪の怪物。

 それこそ三大クエストの怪物達に匹敵しうる、もしかすると凌駕しかねない存在。

 だが止まらない、止まることは出来ない。

 今彼の英雄と神を守れるのは自分たちだけ、故に果敢に挑みかかる。

 

 だが知っておかねばならない、勇敢と無謀は似て非なる事を。

 

「──リッ!?」

 

 アスフィが唐突に声を上げた、その理由は踏み込んだリオンが突如消えたから。

 一旦アステリオスから離れたの? そう思うも周囲から完全に消え去っていた。

 その直後に気がついた、アステリオスが右腕を上がっていることに。

 格好は『右腕を振り払い終えた』、そうとしか見えない体勢。

 同時に一つの結果が頭の中に過ぎり、アスフィは背筋に巨大なつららでも打ち込まれたような悪寒を覚えた。

 

 僅かに遅れてアステリオスの右側、対するアスフィの左側から何かが激しくぶつかり圧し折れたような音。

 素早く視線を送れば、一瞬だけ緑色の何かが木々をへし折り赤色を撒きながら森の中に消えていく光景。

 それは考えた状況そのまま、最悪が具現化した光景だった。

 一瞬足りとも見逃さずに動きを注視していたにも関わらず、始点と過程が全く見えない速度で攻撃された。

 文字通り、『気が付いたら攻撃が終わっていた』。

 

 回避も防御も間に合わない攻撃にリオンが曝されて、次にその攻撃に曝されるのは自身であると理解してしまったから。

 リオンの死、そして自分の死。

 意識せずとも避けようのない絶望が頭の中にちらつく、それを振り払おうと次なる最善の行動を模索し、次の瞬間死に曝された自分の姿が見えた。

 その思考の瞬間にもアステリオスは進んでくる、その進路上に自分は居て、進路上から逃れなければリオンと同じようになるかもしれない。

 だが背後には彼らが居る、ここで逃げれば彼らが襲われる。

 

 板挟みだった、逃げなければならない、見捨ててはならない。

 その性格ゆえにどちらも選べず、結局は動けない。

 アステリオスが進んでくる、見る間に距離が縮む。

 腕を伸ばせは届く距離、息が乱れる、声が漏れる。

 

 

 

 

 ──死ぬ。

 

 

 

 

「こっちだ!」

 

 アスフィの目の前に居たアステリオスがずれた。

 顔の向きが変わって、体の向きが変わる。

 

「待ってください! 危険です!」

 

 アスフィの右側をすれ違うように、背後から聞こえた声の方へと動いた。

 ドスンドスンと足音が遠ざかる、そしてアスフィの足が自然に折れて座り込んだ。

 腰を抜かした、緊張の糸が切れた、抗いようのない絶対から逃れられたことによる放心。

 

「……ぁ、リオン……」

 

 数秒か数十秒か、ふらふらと起き上がったアスフィは赤い染みが出来た森へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。

 森の中をひた走る、後ろから付かず離れず重い足音が響く。

 逃げるのは女神、追うのは怪物。

 アスフィの命を救ったのはヘスティア、声を上げて怪物の注意を引きつけたのだ。

 

 ヘスティアにはわかっていた、あの怪物は最初から自分が目当てだったことを。

 現れた時からずっと見ていたのだ、数多の冒険者たちに目もくれずに。

 ただひたすらヘスティアを見ていた、その正体を見定めようとただ只管見つめていた。

 だからこそ気が付いた、だからこそ後悔した。

 黒い巨人を打ち倒すのに貢献したあのエルフが消えた時に、もっと早く動いていればあんな事にはならなかった、と。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 息が切れる、それでも走る。

 一歩でも遠くに、皆と離れるために。

 

「運動、不足、は、まず……ぃ」

 

 こんな事ならもっと運動していればよかった、そう後悔するも当然遅い。

 神が地上に化現している際の肉体は地上の生き物、人間を基準とするために身体機能は鍛錬の有無によって変化する。

 普段から鍛えていればもっと軽快に、かつ長い距離を走れていただろう。

 だが鍛えていなければあっという間に息が切れる、今のへスティアと同じくぜぇぜぇとだらし無く口を開いて呼吸を行う。

 足だってすぐ痛くなり、腕を振る力もすぐに無くなる、全力で走っているつもりでも平均的な成人男性の駆け足にすら負ける。

 

「へぇ、はえぇ……」

 

 ヘスティアは変な声を出しながら息を吸って吐く、なんとか振り返って追跡者を見ると大股ながら付いてきている。

 

(何で……)

 

 喉に強い乾きを覚えながらも考える、自身でもはっきりわかるぐらいに足が遅いというのにあの怪物は未だ追いついていない。

 大股だがまだ歩いているといった格好だ、ちょっと走ればすぐに追いつくと簡単にわかる。

 だというのに付かず離れずと言った速度、ヘスティアは追いかけてきている怪物がなぜそんなことをするのかまるでわからなかった。

 止まっても案外……、そう考えると自然と足が遅くなる。

 歩いているよりも少し速い、その程度の速度でヘスティアは振り返ってみると。

 

「ヴォヴォヴォ」

 

 口角を吊り上げ裂けたように見える表情、声も相まって笑っているようにしか見えなかった。

 そして速度は緩んでいない、距離が少しずつ詰まってヘスティアは力を振り絞って足を動かす。

 

(こ、この牛は!)

 

 追い立てている、それも遊びながら。

 

 そうだ、追いつけるのに追いつかない。

 そして笑っている、ボクが必死に逃げる姿見て楽しんでいるんだ!

 

 ヘスティアはその考えに至り、反骨心で捕まってなるものかと必死に足を動かし続ける。

 しかしだ、天上に居る時と違って人間相当の能力しかないヘスティアは物理的限界にぶち当たる。

 

 出そうとした足が疲労によって出ず、縺れさせて前のめりに転倒する。

 反射的に腕が前に出て、顔面から地面にダイブするのを避けれた。

 それでも手足をすりむき、痛みに顔をしかめる。

 

「ッ……!」

 

 強く息を吐く、ここで止まってはだめだと言い聞かせる。

 そして起き上がろうとして足が動かない、地面をこするだけで思った通りに動かない。

 それを認識した途端、全身に伸し掛かるような重みがヘスティアを襲う。

 その名は『疲労』、必死に動かし続けた体は疲れ果てていた。

 

 足は動かない、腕はまだ何とか、這いずるぐらいには出来る。

 その程度しかできない、それでも少しでも距離を取ろうと腕を動かす。

 右腕を一度、左腕を一度、胸元を地面にこすりながら体を引きずる。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 たったそれだけで腕が引きつる、先程まで感じていなかったものが、今思い出したかのように襲い掛かってくる。

 体が重い、全身に重りを付けたかのように、神として長く存在してきて初めての事。

 それでもより遠くに、僅かでも離れようとして、それでも足音がどんどん大きくなって行く。

 わかる、もう間近に迫っている、疲れ果てたこの体ではもう逃げることは出来ない。

 

「っ……」

 

 足音が止まることはない、何とか腕を立ててうつ伏せから仰向けに転がる。

 肩で息をしながら、迫る怪物を見た。

 大股で近づいてくる姿は恐ろしい、怪物と呼ばれるに相応しい姿だ。

 15メドル、10メドルと近づいてきて5メドルほどの距離で足を止めた怪物。

 

「……?」

 

 そのまま襲いかかってくるわけでもなく、立ったままじっとこっちを見つめてくるだけ。

 それどころか首を傾げるようなしぐさ、この怪物は一体何をしたいのか本当にわからない。

 

「……君は、なにを、したいんだ……」

 

 言葉が通じるわけもないのに、そう聞いてしまったヘスティアは悪く無いだろう。

 でももしかしたら通じるかもしれないと変な期待をしていたのも確か、その問いかけの答えなのか怪物が動き出した。

 止めていた足を動かし、ドスンドスンドスンと三歩で目の前に来て右腕を伸ばしてくる。

 

「ぅっ……」

 

 掬い上げるようにヘスティアの腰をその大きな手で掴んで持ち上げた。

 抵抗しようにも体が痛む、そもそも抵抗した所で振り解け無いのは目に見えてわかる。

 持ち上げられて怪物の顔の前、牛の顔が目の前にあって鼻息が顔に掛かるが意外と臭くない。

 

「……い、意外と可愛い目をしてるんだね」

 

 怪物の視線が動く、顔から胸、ヘスティアを掴んでいる腕を動かして足とかも見ている。

 本当に何がしたいんだろうか、ダンジョンがボクを殺すためにあの黒い巨人と同じように送り込んできたんじゃないんだろうか、と。

 そんな考えを浮かべたのは、間違いでしか無かった。

 

「……ぁ、ぅ……」

 

 ヘスティアが感じたのは圧迫感、視線を掴んでいる怪物の手に落とし、すぐに怪物の顔に戻した。

 ほんの少しずつだけど、指が曲がり始めていた。

 手を握っている、握り拳を作るように。

 ヘスティアを握ったまま、少しずつ、少しずつ。

 慌てて怪物の指を掴んで開こうとするも、微動だにせずゆっくりと絞まり続ける。

 

「っ……、こっの……!」

 

 キリキリと、圧迫感でお腹が痛くなり始める。

 

 この怪物は、ボクを握りつぶそうとしている!

 

 怪物の指とヘスティアのお腹の間に、何とか指を潜りこませて力の限り押し返そうとする。

 

「あ、ぐ……」

 

 ミシミシと、鳴ってはいけない音がお腹から鳴り出す。

 同時にお腹の中身が動くのがはっきりと分かった。

 

「うっぐぅぅ……!」

 

 もがく、足をばたつかせ、逃れようと身をくねらせる。

 だが全て徒労、締め付けられ続けて痛みが倍々と増えていく。

 吐き気がする、内臓が押し上げられて息が、声が漏れる。

 

「……が、……だ、れ……か」

 

 内蔵全てがせり上がってきて、口から飛び出そうとしている。

 助けを呼ぶ声など届くはずはない、逃がすために皆から離れたんだから。

 

「……ご、め……、ベ…く………」

 

 痛みで意識が遠のく、こんな風に終わってしまうなんて、なんて、ベル君に謝ったらいいんだろうか。

 こんな情けない神様で、ごめんね……。

 

 

 

 

 

「──神様を、離せぇぇぇぇ!!」

 

 耳を劈く金属音、続いて地面をこする音。

 そして衝撃、背中から打ち付けられて急速に意識が戻ってくる。

 圧迫が無くなり、せり上がっていた内臓が元の位置に戻っていく。

 何度も咳をしながら、体を動かして起き上がれば、──英雄(ヒーロー)が居た。

 

「……ベ、ル……君」

 

 肩で息をしながら、胸元でナイフを構える姿が見えた。

 ベル君を前に、怪物は振り返ってこっちを見る。

 そしてベル君へと視線を戻した、それを何度か繰り返す。

 それこそ何かを確認するように何度も。

 

「……ダメだ、無理だ、今の君じゃ……逃げ、るんだ」

 

 ヘスティアは何とか呼吸を整える、満身創痍のベル君では決して勝てない。

 だから逃げて欲しいと、そう声を上げるも。

 

「嫌です! そんなの、出来ません!」

 

 胸元に構えるナイフに光が宿り、左手を添える。

 視線はまっすぐに怪物へ、その瞳は燃えていた。

 

「神様を見捨てるなんて、そんなのできっこないですよ!」

 

 怪物が動く、ヘスティアとベルの間に割りこむように。

 

「帰りましょう! 皆で! あの教会に!」

 

 ヘスティアは怪物の股先からベルが腰を落としたのが見えた。

 それに応じるように、怪物もまっすぐにベルへと向き直って腰を落とす。

 いや、もっと低い、股をもっと大きく開いて前傾姿勢。

 左手を地面に付きながら頭、と言うより角を突き出すように構えた。

 

 態勢は整った、怪物は動かずにベルだけを見る。

 

 その体勢からベル君の動きを待っている、間違いなく迎え撃つ気だ。

 先手を譲ると待ち構えているんだ、でもその待つ姿勢は怪物ではなくベル君に有利に働いている。

 ベル君の手に宿るのは白い光、怪物を打ち払う『英雄の一撃』。

 だけどその一撃を放つには少し時間がかかる、だからこそ怪物の待つ姿勢はベル君の有利に働く。

 

 時間が経つごとに光が強くなっていく、半透明だった光がより強く輝き純白の極光へと昇華されていく。

 眩い、ただただ眩い輝き、漆黒の巨人を消し去った光は誰もが希望を胸に抱かずにはいられない。

 これなら、この英雄の一撃なら、黒焔の絶望を打ち払える。

 

「ぅああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 ──でも、知っておかなければならなかった。

 

 

 

 ベル君の怪物を見据えての絶叫。

 

 

 

 ──ベル・クラネルの一撃が『英雄』のものなら。

 

 

 

 姿が霞むくらいの速さで怪物へと突っ込み。

 

 

 

 

 ──怪物の一撃は『英雄殺し』であったことを。

 

 

 

 

 すれ違いざまに、視界を埋め尽くす純白の閃光が炸裂した。

 

 

 

 

「っ……」

 

 眼と耳が一時的に役立たずになった。

 でも数瞬後には機能を取り戻し、ゆっくりと瞼を開いた。

 そして目に入ってきたのはすぐ近くに居るベル君の姿。

 

「ベル……」

 

 ベル君の無事な姿を見て喜びに声を上げようとして気が付いた。

 その直後にベル君の背後で何かが落ちた音が一つ、それが一体何なのか、何が音を鳴らしたのか理解してしまった。

 

「……ぁ」

「──神様!」

 

 ベル君も気付いていた、それでも足を前に出して左手を差し伸べてくる。

 ボクも反射的に左手を伸ばして、ベル君の左手を掴んだ瞬間──、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を語ろう、ボクらは全員生きて帰還した。

 一瞬で吹き飛ばされたリューも辛うじて生きていたし、何とか目標を達成して帰ってこれた。

 そうなると牛の怪物、──あれが噂のミノタウロスだったのは戻ってから知ったんだけど、の行動は結局意味がわからなかった。

 半分以上土に埋まって気絶していたボクらに止めを刺さなかったり、黒い巨人のようにボクを抹殺するために来たんじゃないことは確か。

 あのアステリオスがやった事と言えばボクを痛め付けたことと、ボクがベル君に上げた……神の(ヘスティア)ナイフを折ったということだけ。

 

 正直あれは痛い、いや、かなり痛い、いやいや、とっても痛すぎる……。

 まだ借金を殆ど返していないのに、折れて使い物にならなくなってしまった。

 ヘファイストスのところに行って何とか出来ないかと聞いてみると、刀身が折れたことによって『死んでしまった』との事。

 折れた刀身の方もあればただの武器として直せたらしいけど、折れた刀身は行方知れずで見つからなかった。

 あとギルドとか神会から罰則があった、多分色々思惑があって強制送還にはならなかったけど、ファミリアの総資産の半分を罰金として取られてしまった。

 せっかくベル君が頑張って貯めてくれたのに、半分も持って行かれた……。

 

 いや、それはいい、今は忘れよう、……正直忘れたい。

 一番の問題はベル君だ、地上に帰還して、僕らのホームの協会で、折れた神の(ヘスティア)ナイフを前にして泣きながら謝って嘆いていた。

 

『せっかく、神様がくれたナイフを、僕の力が足りないせいで……』

 

 もっと強ければ、そう声を震わせながら後悔していた。

 僕のせいで、僕のせいで、そればかり呟くベル君は小さく非力な眷属(こども)だった。

 悪いけどボクはこどもを泣かせたままにする気なんてない、だからベル君にこう言ってやった。

 

『自惚れるんじゃないっ!』

 

 両手でベル君の頬を強く抑えながら、無理やり顔を上げさせた。

 

『ベル君、君は確かに強くなった。 戦いにも慣れてきて、レベルも上がった。 でもそれだけだ、君は本当の意味で強くなっちゃあいない!』

 

 顔を近づける、涙に濡れる赤い瞳は光を乱している。

 

『……ベル君、強いってことはどういう事かわかるかい?』

『……強い、事……?』

『そう、強さだ。 武器を振り回す力? 素早く走り回れる足の速さ? モンスターの動きを正確に予測する頭脳? ボクにしてみればそんなものは本当の強さの上に乗っかってるだけにすぎないんだ』

『本当の……』

『そうだよ、本当の強さ。 それは、ここにある。 神々すら持ち得ない、未完成の力』

 

 ベル君の顔から手を放し、胸を指差す。

 

『……心、希望……?』

『わかるかい? なら簡単だ、ベル君は強くなれる。 その希望を持って、俯かず前に進んでいく力で強くなれる』

『………』

『ベル君、君は立ち止まるのかい? 確かにボクが送ったナイフが折れてしまったけど、それを嘆いてばかりで止まってしまうのかい?』

 

 そう問いかければ、ベル君は頭を横に振ってくれた。

 ボクからの贈り物だからと言ってここまで思ってくれるのは嬉しい、でもそれを失ったからといって嘆き続けるのは違う。

 だから笑顔でベル君に言い聞かせる。

 

(ナイフ)が折れてしまったのはボクだって悲しい、でも武器でありながらボクらを守ってくれた。 犠牲には成ってしまったけど、そのおかげでボクたちが生き残れた。 今はなくなってしまったけれども、ベル君の手には神の(ヘスティア)ナイフがあったという事を忘れないでくれたら、送ったボクとしても嬉しいな』

 

 ベル君は強くなれる、スキルだアビリティだなんて関係ない。

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)英雄願望(アルゴノゥト)が無くったって、きっとベル君は歴史に名を残す英雄になれる。

 ボクは誰に聞かれたって、そう応えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──深層階、未踏破領域にて。

 

 あ…ありのまま 今起こったことを話すぜ!

 『めちゃくちゃ美味しそうに見える折れたナイフの刀身を齧ったら いつの間にか炎が出せるようになっていた』

 な…何を言っているのか分からねーと思うが 俺も何で出せるようになったのかわからなかった…。

 頭がどうにかなりそうだった…

 わざマシンだとかメガ進化だとか そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 

(しゃくねつ!)

 

 俺の口から凄まじい炎が溢れ出る、頭を動かしながら吐いているため扇状に広がって向かってくる奴らが炎にまかれて燃えカスとなっていく。

 残るのは焼かれて火の粉が残る地面だけ、纏めてぶっ飛ばすには良いが何も残らねーから不便だ。

 腹が減っているときは使わねーようにしよっと。

 それにしてもあの少年、なかなか面白いことになっていた。

 強くなってた、あの謎の光もそうだが、俺の角に傷を付けたのは評価できる、もう治ったけど。

 

 死ななきゃもっと強くなるかもしれない、将来が楽しみな逸材だった。

 へへへ、これだから戦いってのはやめられねぇぜ!

 

 早く強くなんねーかなー、そんなことを考えながら俺は下へ下へと降りていった。

 




牛が(神威を感じ取って)深層からきますた

ヘスティアナイフが折れました
ベル・クラネルの強化フラグが立ちまくってます
ベル・クラネルが力の信奉者になりました

なんかロキ・ファミリアの面々がくっそ強くなっていってる模様(新しいアビリティやスキルも覚えた)

牛が何となくヘスティア・ファミリアメンバー(ヘスティアとその恩恵を受けた者)の居場所をわかるようになりました(ダンジョン内限定)
牛が炎を出せるようになりました(口から炎を吐いたり、グッとガッツポーズを取ったらリヴェリアのレア・ラーヴァテイン並の広範囲火炎が巻き起こるようです)

今夜は俺とお前でダブルアステリオスだからな(自称と他称の二体が居る模様)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出会ってしまったあの子


 残念なお知らせですが6巻7巻8巻は牛の出番ないので飛ばしました。
 でもそれだけだと寂しいので以下6巻ダイジェスト。

アポロン「ベル・クラネルは俺のものだ、俺だけのものだ!」
ヘスティア「なにこいつこわい」

 アポロンファミリアが 勝負をしかけてきた!

ベル「Lv.4に勝てるわけ無いだろ! いいかげんにしろ!」

 ベルの あばれる!
 なんとかのヒュアキントスは たおれた!
 アポロンモブAは たおれた!
 アポロンモブBは たおれた!
 アポロンモブCは たおれた!
 アポロンモブ以下略
 ミス! ダフネに ダメージを 与えられない!
 ミス! カサンドラに ダメージを 与えられない!

 残念ながら当然の結果でヘスティアとアポロンの戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わった。
 勝負が着いたために原作通り全財産没収とアポロンのオラリオ追放の罰を下した。
 なお、ベルがアポロンの卑劣な手(ヘスティアを()質など)によって改宗(コンバージョン)させられたら、フレイヤとロキがアポロンにウォーゲームを仕掛けていた模様。
 フレイヤの言い分、アポロンはあの子(ベル)に相応しくない。
 ロキの言い分、なんかおもろいしドチビ(ヘスティア)の手から溢れたらうちがもろうたるわ!

 ちなみにベル先輩Lv.4説が公布される前にアポロンは仕掛けてしまったので、自ら負確を引いた模様。

 7巻と8巻? それならベル君が無双したり、フレイヤとロキが介入して普通に終わったよ。


 あ、今回導入部です。


 

 

(まあ! 最近の若者は裸で出歩くなんて、破廉恥でいけないわね!)

「ひっ」

 

 今日も一日(冒険者狩りを)頑張るぞい! と気合を入れて熊っぽいのを挽肉にしていたら何かとぶつかった。

 おいコラァ! と倒れた存在を見れば、青白い肌に鱗っぽいものを生やした人型。

 額には紅い宝石のようなものが有り、ケツからは太めな尻尾が生えている。

 そんな地上の生き物と似て非なる人型は、青い肌が赤く染まるほど出血して傷だらけ。

 十中八九襲われたのだろう、なんか後ろからモンスターがよだれ垂らしながら走ってきてるし。

 

(ばっちいなぁ……)

「い、いやっ!」

 

 尻餅をついて後退っていた人型モンスターを掴んで持ち上げる。

 

「はなして!」

 

 いやだいやだと身を捩る、だがその程度の力では俺の手を振り解くことなどできぬぅ!

 

(最近はレアモンばっかで変な感じだな、滅多に見ないのが出てくるし)

 

 人型と走り寄ってくるモンスターを見て、左の壁に手を突っ込んで振りぬく。

 それだけで『ボッ』と音を立ててモンスターたちが穴だらけになって崩れ落ちた。

 削った壁の破片をぶつけた、砕けた壁の破片が超高速で飛んでモンスターの体を貫通した。

 火を吹いて燃やすのもいいが、手軽に出来るこっちのほうがお気に入り。

 雑魚を相手にするのもめんどくさいしね、それよりも『これ』どうすっかなぁ。

 

 これこと人型のモンスター、『彼女』をよく見ようと顔を近づければ身を反らして離れようとする。

 

「……やめて、おねがい」

 

 最後の懇願だった、恐怖に耐え我慢していた涙がこぼれた。

 モンスターと人間、両方に追われた彼女の心は擦り切れる寸前だった。

 この怪物に手にかかれば、さっきまで追いかけてきていたモンスターたちのようになる。

 死の恐怖に負けて、声を震わせながら言うのだ。

 

「……しにたくない」

 

 耳を澄まさなければ聞こえないほどか細い声、心の底から溢れでた願い。

 なので手放してやる、どうせ死ぬだろうし。

 手放してドスンと尻餅をついて地面に座り込むのは彼女、反射的に瞼を開いて見上げてくる。

 

(世の中辛いことも沢山有るけど、頑張って生きろよ!)

 

 ほんとつらいからなこの地下、弱肉強食的な意味で。

 親切な俺はクールに去るぜ! と踵を返して歩き出したら。

 

「どうして……?」

 

 なんて聞かれてもこう応えるしか無い、理解できるかしらねーけど。

 

(こんなところで野垂れ死ぬ奴を殺して楽しいか? って話だ)

 

 ここで殴りかかってくるなら潰す、だがそんな力もなくて死にたくないとか言っちゃうのを潰すのは楽しくない。

 だから殺さない、もし生き残って強くなったらまた会おう。

 ひらひらと手を振って、今後の貴殿の生存と成長を心よりお祈り申し上げていると。

 

「あなたも、おなじなの……?」

 

 ぶっ飛んだことを言われた。

 つい振り返り、顔の前で手を振ってしまった。

 

(どう見ても違うから)

 

 

 

 

 

 

「ヴォッヴォッ」

 

 顔の前で手を振った怪物は、今まで出会ってきた存在とは全く違った。

 捕まってしまったのに攻撃されない、むしろ興味を無くしたように手放された。

 他の怪物なら雄叫びを上げて襲いかかってきた、でも目の前の怪物はそんな様子は全く見せない。

 だからわたしは立ち上がってしまった、攻撃してこなかった唯一を追いかけるために。

 

「まって、まって!」

 

 どうして追いかけているのかわからなかった。

 攻撃してくる怪物たちも人間たちも、簡単に殺してしまえる力がある怪物を追いかけているのかわからない。

 ただ気まぐれで殺されなかっただけかもしれない、次は殺されるかもしれないのに。

 わからないままにわたしは走りだしていた、どんどん進んでいくあの大きな背中を追いかけて。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 見失わないように走って走って、どうしてか曲がり角で足を止めていた背中に追いついた。

 待っていてくれた? そう考えて息を切らしながら見ていれば。

 

「………」

 

 『彼』は顔を横にしながら振り返り、指を一本だけ立てて顔の前に持ってくる仕草。

 

「……?」

 

 何を意味するのかわからない、何となく同じ仕草をしてみると頭が揺れて頷かれた。

 じっとして動かないで、声も出さずにそこに佇む。

 何をしているのか、何を待っているのかと、黙って見ていれば声と足音が聞こえてきた。

 

『こっちの方に居るはずだ! 探せ!』

 

 体が震えた、わたしを追いかけてくる人間の声だ。

 

『ヴィーヴルをやれれば、俺たちゃ大金持ちだぞ!』

 

 武器を振りかざし、大声を上げながら攻撃してきた人間の声だ。

 その声と足音がどんどん大きくなってくる、あの曲がり角の先から走ってきている。

 彼はこの人間たちを待っているのだと理解した。

 わたしはどうすればいいのか、あの人間たちはわたしを殺そうとしているから逃げなくちゃ……。

 

「………」

 

 でも、彼ならあの人間たちを追い払ってくれるのではないかと考えてしまって。

 

「えっ」

 

 彼は音もなく飛び上がり、天井に指を食い込ませて張り付いた。

 そしてその直後、曲がり角から人間たちが現れた。

 

「っ……! 居たぞ!」

 

 わたしを見ながら武器を向け、じりじりと迫り寄ってくる人間たち。

 それを前にわたしは動けなかった、目の前の人間たちをこわいと感じながらも目を離せなかった。

 彼がゆっくりと天井から横の壁へと這うように動き、四人の男女の上へと移動している姿を。

 人間たちは気が付いていなかった、わたしの事ばかりで他に注意を向けることが出来ていないのだとわかってしまった。

 

「いいか、絶対に逃がすなよ」

 

 一番わたしに近い人間が言う、それと同時に彼が動いた。

 左手だけで壁に張り付き、右手を伸ばして一番後ろに居た男の顔を掴んで持ち上げた。

 顔を掴まれているせいか声も出せずに、首から頭が変な方向に曲がって男は動かなくなった。

 その男を後ろ手に放り投げ、通路の奥に消した。

 

「観念したか? そっちの方が手間が省けるぜ」

 

 嫌らしい笑みを浮かべ、わたしが動かないことに気を良くしていた男たち。

 次いで彼は最後尾となっていた女の頭を、先ほどの男と同じように掴んで持ち上げながら首をへし折る。

 一瞬で息絶えた女を肩に担ぐ様にして、左手を壁から離して音もなく地面に降りた。

 右手の女を床に置いて四つん這いの姿勢から右足を大股で一歩前に、最前列の男の斜め後ろに居た女の顔に、伸ばした彼の左腕が巻きつく。

 女の後頭部を掴み、女の頭を中心にして引っ張り回した。

 

 ほぼ一回転、体はそのままに女の頭だけがくるりと回った。

 どんな表情をしていたのかわからない、ただわかったのは女が死んだということだけ。

 そして彼はまっすぐに立ち上がって、開いていた右手の指で男の肩を軽く叩いた。

 

「何だ……?」

 

 舌打ちをして男が振り返れば、見下ろす彼の姿。

 左手には首がねじれた女の死体、床にはまた別の女の死体。

 もう一人居たはずの男は見当たらない、仲間が一瞬で全滅して自分一人だけになったなんて思いもよらなかったのだろう。

 呆然としていた男に向かい、左手の女を手放して男の体を掴み、右手は頭を掴む。

 

「──っ!? やめっ──!」

 

 体は右に、頭は左にそれぞれの手を動かした。

 奇妙な音が響く、そして男は二度と動くことはなかった。

 その男を放り投げて、彼は歩き出した。

 死んだ者たちには興味を一切残さず、ドスンドスンと大股で歩いて行く。

 その背中を見つめたまま、わたしは追いかけた。

 

 走って追いかけるその背中は、燃え盛る焔だった。

 わたしを害しようと迫ってきたモンスターたちが、彼に近づくだけで燃え尽きていく。

 残るのは灰になった体と、灰の中に塗れた魔石(いのち)のみ。

 彼に関わる者の末路なのだ、多分、恐らく、わたしもいずれそうなると、何となくわかった。

 それでも追いかけたかった、全てを燃やし尽くす焔だったとしても、暗く冷たいこの場所で一人はいやだから。

 

 だからわたしは、わたしが燃えてしまったとしても、わからなくてもわたしであるために。

 

「まってっ!」

 

 『わたし』が決めたことだから、わたしは近づくの。

 

 




どうせ みんな のうきんになる(牛のせいで)

牛の戦闘方法一覧
・正面から襲いかかってくる 発生確率:中
・壁(床と天井含む)を壊して突然現れて襲い掛かってくる 発生確率:高
怪物の宴(モンスター・パーティー)を冒険者一行に怪物進呈(パス・パレード)して自分はさっさと追い抜いて逃げ出す、擦り付けられた冒険者が全滅したらそのモンスターたちを全部挽肉にする。 発生確率:低
・目を付けた冒険者達をダンジョンから抜け出すまで延々とストーキングする(常に見える位置に居る、曲がり角から頭だけ出すなど) 発生確率:中
・今回の暗殺 発生確率:─(目撃者は居ないので報告されていない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突っ込みたがるあの子

久しぶりに


 

 彼女にとって彼は命綱。

 もし手放せば死ぬ、それが約束された環境に身を置かされた。

 ここに居たいと望んでいないし、そもそも自身が何なのかすらわからない。

 ここがどこなのか、自身は何なのか、わからないことばかりの中で唯一わかることが『彼から離れてはいけない』事だった。

 全力で追いかけて、あるゆる者を歯牙にも掛けない絶対的存在の側に居なければ時間を置かずして命を落とす事がわかっていた。

 

 しかしだ、彼女はすでに傷付いている。

 同族(モンスター)と武装した冒険者たち、両方から攻撃されて血を流している。

 じっとしていれば、怪物としての身体能力で出血くらいなら治まっていたかもしれない。

 だが動きを止めない彼の背中を追いかけるために、息を切らしながら追い縋り続けた結果は地面に残す多数の血痕。

 多くのものを失っていた、流れ出る血は体力を、纏わり付く死の気配は心を。

 

 彼女の視界は霞がかかったように、ぼんやりと滲んではっきりと見て取れなくなっていた。

 それでも燃えるような赤と底なしの黒を追いかけて、視界が真っ黒に染まった。

 

 

 

 

 

 次なる獲物を見つけて角待ちしてたら、背中にベシャリとぶつかった。

 何とか体勢を立て直そうと体に手を当て体を支えようとして、ズルリと血で滑ってそのまま前のめりに倒れた。

 ドスっと倒れたっきりピクリとも動かなくなった、血で体を汚されたし、後倒れた音で気づかれたし、困った子だと少々不機嫌になる。

 どうすっかなーこれ、と見下ろす。

 

 しゃがんでよくよく見れば中々の怪我だ、斬られて出来た切り傷、強くこすりつけたような擦り傷、矢かなにかを抜いて出来た刺し傷。

 どうやら俺よりも人気で皆が放っておかないらしい、雑魚に群がられるのは鬱陶しいから可哀想でもあるが。

 ん……? 人気があって群がられる……?

 

 閃 い た !

 

 ピコーン! パリイ! って感じだった。

 これはもう試すしか無いな、むしろ試さないと申し訳ないレベル。

 早速実行しようと立ち上がって振り返ればなんか居た。

 唖然とした表情で見上げてくる人間、何だこいつら。

 

(あっち行けオラァ!)

 

 追い払うための一度の咆哮(ハウル)、それを受けた冒険者たちは世界そのものが揺れたような衝撃を受けて激しく転倒。

 悲鳴を上げて逃げ出す者、腰を抜かしたのか変な声を上げながら這いずって離れようとする者。

 

「ひぃ!?!?」

(忘れもんだぞオラァン!)

 

 這いずる冒険者を掴み上げて、咆哮によって恐慌状態となり仲間を見捨てて逃げ出す冒険者たちへと放り投げた。

 ズドンとぶつかって冒険者たちは纏めて通路の奥へと消えていった。

 邪魔者は居なくなった、ここからは時間との勝負である。

 駆け出したときの衝撃で地面に爆発したような跡を残し疾走、腕をぶん回しながら階層を駆け抜けた。

 すれ違いざまにボッと音を立てモンスターたちの体を抉り、命である魔石を奪い取っていく。

 

 その影響で一時的にこの階層のモンスターは激減、そのおかげか一度も戦闘をせずこの階層を抜けていった冒険者多数居たがどうでもいいので無視した。

 数分と経たずに両腕一杯に魔石を持ったアステリオスが戻ってきて、彼女の横に魔石の山を置いて一つ摘み上げる。

 彼女を仰向けに起こし、まだ辛うじて生きていて呼吸をしているのを確認。

 そして左手で彼女の口を開き、魔石を押し込んだ。

 グイグイと彼女の口の中で指を動かして、喉の奥へと突っ込む。

 

 魔石を摘んで彼女の口へと押し込む、押し込んで押し込んで押し込み続ける。

 魔石の大きさは様々で、小さいものは1セルチから大きいものは5セルチに届く。

 それを1個2個3個、10個20個30個と魔石の山を消化していく。

 押し込んでいる途中、彼女の体が何度も痙攣してビクンビクンと震えていたがお構いなしに押し込み続けた。

 明らかに体内に入りきれない量を押し込まれているのに、彼女の腹は膨れていない。

 

 それもそのはずで、彼女の体内に押し込まれた魔石は体内に入るやいなや物体としての形を失って消えている。

 どうせこのままなら死ぬ、治療は出来ず、する気もない、だったら好きにしていいよね! と言う幸か不幸かやりたい放題に晒された。

 目論見通り行かずに死んだらそれでもいいし、成功して生き延びたらやったぜ! と言った軽い気持ち。

 

 その彼女への魔石を押し込み続ける仕事は、小山になっていた魔石を数個だけ残して終わりを告げる。

 この階層に存在していた大半のモンスターの魔石を一身に押し込められた彼女は、血塗れではあったが傷は完全に塞がっていて静かに呼吸をしていた。

 彼女がダンジョン最強の一角に挙げられる竜種の因子を含んでいたおかげか、この階層に出現する通常のモンスターだったらあっさり死んでいた魔力量を飲み干した。

 成功である、彼女は死の淵から生還して強化種として新生した。

 

 これにはオレサマもご満悦、彼女は生き残ったし強くなった。

 これで人気の彼女はより大人気になって、煩わしい雑魚が彼女に群がってくれるだろう。

 最近特に酷かった、無謀と勇気を履き違えたお馬鹿さんばっかりでうんざりしてたしていた。

 そんな奴らを彼女に押し付けようという魂胆、それなりに強くなれば狩られずにそれなりの時間は雑魚を引き寄せてくれるだろう。

 その間に強そうな、あるいは強くなりそうな冒険者と戯れるのだ。

 

 その目的の第一段階はクリアした、第二段階はこいつが元気よく走り回ってもらわなければならない。

 なのでもう元気になっている彼女の肩をトントンと指で突いて、意識を取り戻させた。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、青白い瞼を開く。

 ぼんやりとした視界、その端に大きな大きな怪物が居た。

 彼女は驚くことはなかった、なんとなくではあるがそばに居てくれたような気がしていたから。

 顔を向けて、右腕を動かす。

 彼の顔に触れようと手を伸ばしたが、フイっと避けられ、その大きな手にガシッと掴まれ。

 

「ヴォッヴォッ」

 

 無理やり掴み起こされ、立たせられた。

 意識がまだはっきりしないために彼女はふらつく、だがすぐに再度体を掴まれ固定され、額の赤い宝石をゴンッと指で突つかれた。

 

「イタッ!」

 

 衝撃は彼女の頭を貫いた、それこそ額の宝石ごと頭蓋骨が割れたのではないかと思うほどの鋭い痛みだ。

 その痛みを以て彼女の意識は覚醒した。

 

「うっ、うっ……?」

 

 両手で額を抑えながら、彼女は彼を見上げる。

 巨漢の大怪物は赤い瞳で見下ろして、徐ろにズンズンと体の芯まで響くような重さで肩を叩かれた。

 彼女からすれば何がどうなったのか、彼が何をしたいのかまるでわからない。

 わからない尽くしで見上げていれば、大きな手から差し出されたのは紫色の石。

 反射的に受け取った彼女、それを確認した彼はもう片方の手に持っていた石を口の中に放り込んでガリッと噛み砕いた。

 

 そのままボリボリと咀嚼して飲み込む、その後彼女の石を指差して石を噛む仕草をする。

 食え、その一言を表した行動。

 しかし、そう指示された所で直ぐに行動に移せる者がどれほど居ようか?

 彼女も例外ではなく、魔石に視線を落とすも口元へと持ってはいけない。

 それに業を煮やしたのか彼は彼女の手を取り口元へと無理やり移動させ、白い歯をむき出しにしてカチカチと噛み合わせる。

 

 ──食え

 

 有無を言わせない迫力に負けた彼女は、仕方なく魔石を齧ってみた。

 角の尖ったところが欠けやすい、そう思ってカリカリと削るように口の中に入れていく。

 カリ、カリ、と齧りつつ彼女はチラリと彼を見ると、カチカチカチカチと高速で口を動かして白い歯を合わし鳴らしていた。

 

 ──早く食え

 

 催促しているようにしか見えない行動に、彼女は意を決して口を大きく開けて魔石に齧り付く。

 ガキッと音を立てて魔石に歯を立て、そこで止まると思っていた彼女はガチンと歯を打ち鳴らした。

 ハッとして口元から手を離すと手の内に欠けた魔石が、口の中には欠けた部分の魔石があった。

 齧り取れるとは思いもしなかった彼女は動きを止めたが、目の前でカチカチと歯を鳴らされ続けて。

 

 ──もっと食え

 

 彼女は魔石を齧る事しかできなかった。

 結局持っていた魔石を食べ、彼が持っていた魔石も食べさせられた。

 そのすぐ後彼女が感じていたのは奇妙な満足感と、胸の辺りに灯る燃え上がる熱。

 初めて感じるもの、これがなんなのか分からないが決して悪い気分ではない。

 一体何なのだろうと彼を見上げれば、うんうんと頷いている姿。

 

 やけに満足そうな姿、一度彼女の肩を軽く叩いて踵を返した。

 ノシノシと歩いて遠ざかっていく後ろ姿に、当然のごとく彼女は追いかけ始める。

 それに気付いて足を止めた彼、同じように彼女も足を止める。

 肩越しに彼女を見やり、彼女へ向けて鬱陶しそうに腕を振る。

 しかし彼女はその意味を理解できず、また歩きだした彼を追いかける。

 

 数歩進んだ後に足を止め、今度は体ごと振り返る彼。

 追い払うように手を振る、囮が後ろから付いてくるなど運良く助けてやった意味がない。

 軽く吠えてあっちに行けと手を振る、軽くと言っても程度の低い冒険者なら転倒するほどの衝撃波が出ていたが彼女は一歩二歩と後退っただけ。

 そこまでしてようやく彼女は意味に気が付き、一度目を伏せて逡巡する。

 数秒ほどの迷い、だがすぐに決意して視線を上げれば……、そこには誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやー、成功することを祈っとくかー。

 

 そんなことを思いながら、さっさと彼女と別れて下層に移動していたアステリオス。

 悠々と、警戒も何もなく歩いて下へと進む。

 その都度モンスターが湧き出るか、もとから存在していたモンスターが気配を察知してアステリオスへと迫ってくる。

 それを前にして散歩気分で歩きつつ、口を半開きにして涎の代わりに骨まで焼き尽くす業火を吹き溢していた。

 

 呼吸と同じ要領で、軽く息を吸って灼熱の火炎を吐き出して、前方に存在するモンスターやらを焼却していく。

 伸びる炎は10メドルほどの幅のある通路全てを飲み込み、30メドルほど先まで燃やし尽くす。

 天井や壁、床を焦がしながら、角から姿を現したモンスターが炎に飲まれて魔石ごと消え。

 別に生み出されているモンスターも裂け目から姿を見せた瞬間燃え尽きて消えていく。

 途中その地獄を遠目で見た冒険者もいたが、異様な明るさと熱に恐れ慄いて踵を返して逃げ出した。

 

 炎によって黒焦げた通路を進み、オラリオに存在する全ての冒険者にとって死地となりえるダンジョン内を軽快に下りていく。

 5階層、10階層、20階層と下りていった先は広々とした領域。

 階層にして49、地上の冒険者たちからは大荒野(モイトラ)と呼ばれる見晴らしの良い広大な空間。

 そこには単体のモンスターが存在している、それは人型の山羊と言った姿のフォモール。

 この辺りの階層で平均的な能力であり、その他秀でたものを持ち合わせていないモンスター。

 

 一匹二匹ならこの階層まで下りてこれる一流の冒険者ならば全く問題とせず、一撃で打破される程度。

 そう、単体で語るならば全く問題視されない、深層のモンスターとしては弱いと評価される。

 しかしながら、どれもが脅威にしかなりえない深層のモンスターが単純評価で計れるはずもなく、フォモールの真価は単体ではなく複数にある。

 具体的に言えば群れる、それも最低で三桁の数で、多ければ四桁に届く。

 

 そんなぞろぞろと大荒野を彷徨いているフォモールの一匹が、48階層から下りてきたアステリオスに気が付いた。

 気付かれたアステリオスは特に慌てることもなく、両腕を上げて右左と体を傾け背伸びをしていた。

 フォモールが雄叫びを上げる、それは49階層に異物が侵入してしてきたのを周囲に知らせるもの。

 アステリオスへと視線が向き連なるように雄叫びが響き、異物を排除しようとフォモールの群れが動き出した。

 雄叫びを上げる黒い波、そう見えるフォモールたちを前に、アステリオスは両腕を水平に広げて少しだけ前かがみになって背を丸める。

 

 頭も下げて角を突き出す形で、アステリオスは走り出した。

 傍から見れば不格好な走り方だ、それなりに速いがモンスターがはじけ飛ぶような速度ではない。

 そうしてフォモールたちとアステリオスはぶつかった。

 

「ゴォアアアアアアァァァァッッ!?!?」

 

 先頭の一匹目が頭に殴り掛かるもダメージを与えられず、その勢いのままアステリオスの黒々とした角が腹を貫いて根本まで刺さる。

 すぐ隣の二匹目は広げた腕に引っかかり、押し込まれて足が浮いた。

 その後ろの三匹目は一匹目の後ろに重なるように突き出ていた角が刺さり、四匹目は左の腕に二匹目と同じように引っかかって踏ん張れず押し込まれる。

 五匹目、六匹目、七匹目、八匹目、九匹目、十匹目が次々と折り重なり、十一、十二、十三と重なった圧力と押し込まれる力で潰れ始め、二十、三十、四十とフォモールたちが轢殺されていく。

 骨が折れる音、肉が潰れる音、止まることがない圧殺と轢殺、残るのは灰と魔石だけ。

 

 階下への入り口へとひたすら真っすぐ進んでいた足を止め、角に突き刺さってもがくフォモールを掴んで引き千切って投げ捨てる。

 全身フォモールの血でまみれ、それを払うためにグッとガッツポーズしただけで全身から炎が吹き出た。

 半径数百メドルの範囲で周囲に広がる炎、群がっていたフォモールは当然炎に巻かれる。

 炎が地面を撫で付けるように吹き抜け、周囲を赤く染め上げた。

 それだけで浴びていた血は蒸発し、周囲の地面は赤熱して溶け、フォモールたちの姿は燃えてなくなり、足に付いた赤熱した土を足を振るいながら落として次の階層へと下りていく。

 

 さらに五階、十階、十五階層と勝手知ったる何とやらと足取り軽く、モンスターを撫で殺しながら前人未到の領域へと下りていく。

 軽快に階層を下げていった先に、広大でありながら幾つかの部屋に分かれた空間。

 その中の一つに目的の場所があった。

 広々とした空間の中央には、巨大な水晶の樹木が生えており、その樹木から液体が溢れ出ていた。

 透明な液体、それは水ではなく食料、それもダンジョンに存在するモンスターたちの命の源。

 

 なみなみと溢れ出ている液体が、樹木を中心として溜まって大きな湖と化している。

 その食料の湖目当てにこの階層のモンスターたちが、それぞれに飽食に明け暮れて過ごしている。

 言わば憩いの場に近い、あえて争わないというよりも食べることに夢中で周りを気にしていないのだ。

 そんな所に食事のために寄ったのではないアステリオス、おもむろに湖へと近づいてそのまま湖の中へと入っていく。

 膝、腰、胸、首と全身を浸らせて水中へと潜る、平泳ぎで水底に沿うように泳いで底に近い水晶の樹木の根本。

 

 足を底に着け樹木を掴み、アステリオスは口を開いた。

 変化はすぐ現れた、湖の中に大きな水流が生まれた。

 樹木から溢れ上から注がれ水面が僅かに波立つだけであった湖に、腰まで浸かれば水中に引きずり込まれるかのような猛烈な勢いの流れが出来上がった。

 同時に水面では水位が急激に下がり始めた、文字通り水量が猛烈な勢いで減っていく。

 それに気がついたモンスターたちはまだ食い足りないと慌てて下がっていく水面を追いかけた。

 

 食料の湖はすり鉢状、水位が下がれば自然と水面は小さくなる。

 水面を追いかければ湖の中心にある水晶の樹木に近づくことになり、空間に対するモンスターの密度が跳ね上がっていく。

 減る食料と求めるモンスター、考える必要のないほど供給があった食料が急激に減り、需要が上回った時争いが起きる。

 そこは地上の生き物と地下のモンスターと言えど変わらない、欠かすことが出来ない必要なものであるために何としても手に入れようと、競争相手を排除しようとするのはおかしくはなかった。

 その上モンスターの方が直情的であるために、他の手段の模索や話し合いなど起きるわけもなく弱肉強食であるために当然のごとく潰し合いが始まった。

 

 憩いの場から一転して争いの場になった、灰が飛び魔石が転がる、そして構わず下がっていく水位。

 ざざざと水が引いていく内に、それを仕掛けたものが水面から頭を出していた。

 口元までで水位の低下は止まり、見えたのは頬を膨らませた牛の頭。

 パチパチとまばたきして、周囲で争っているモンスターたちへと顔を向け、パカっと口を開いた。

 

 その開いた口から巻き起こったのは、モンスターの強靭な肉体を打ち砕く濁流だった。

 高位のドラゴンのブレス、そう言って差し支えない水流がモンスターたちを薙ぎ払った。

 実際には食料の液体を、肺活量と身体強度に任せて口の中に押し込んだだけだった。

 その膨大と言える水量の殆どがその口の中、凄まじいまでに圧縮されていた液体に一つの出口を与えると弾けるように飛び出すのは当然のこと。

 

 吐いている途中で口を窄めれば、液体は口元と同様に細くなって鋭利な刃物となった。

 容易く音を超える速度で液体が飛び、射線上に居たモンスターを通り過ぎた。

 それに気が付かず他のモンスターを攻撃しようと足を踏み出し、その反動で体がずり落ちた。

 視界が傾き、強烈な痛みを感じて灰となり消えていく。

 

 モンスターたちの潰し合いと、時折飛んでくる超圧縮された液体で次々とモンスターたちが灰と魔石になり消えていく。

 一匹、また一匹と数が減っていき、あらかたこの場で弱かったモンスターが消えて、残るのは運の良かった屈強なモンスターたち。

 とは言え、アステリオスは別に生き残っていたモンスターたちに興味があったわけではない。

 向かってくるモンスターたちに顔を向け、右から左へ、流れが扇状になるように大きく口を開いて頭を振った。

 瞬間的にモンスターたちは液体に轢き殺され、地形を抉りながら洪水が過ぎ去った。

 

 残るのは濁流の轟音と、どぼどぼと口から液体を垂れ流すアステリオスだけ。

 モンスターの憩いの場による虐殺、それを行った理由は特に無く、強いて言えば邪魔したくなっただけ。

 幾ら殺そうとも幾らでも湧いてくる、だったら幾らでも殺ってもいいよね!

 地上の冒険者たちが聞けば頬を引きつらせるような、本当の意味で戯れに殺して回るアステリオスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ経ったか、遊び(さつりく)に飽きて上層へと足を向けていたアステリオス。

 その途中で感じ取ったのはあの感覚、もっと上の方で無謀にも立ち向かってきた奴の気配。

 なんだかちょっと気配がでかくなってる気がしたから、ちょっと見ていこうかな? と言う軽い気持ちで行き先を変える。

 40、30、20と登っていき、18階層で壁にぶつかった。

 気配を追ってきたら森の中にあった岩壁の向こうから感じる、ついでに色々と倒れていたりして何かあったのは確実。

 

 あ、これはなんか面白いことが起こってるな。

 ビンビン来ていた、間違いない。

 いやぁ、俺ってば本当にいいタイミングだなぁ。

 つい笑ってしまって声が出る、とりあえずは俺の声に反応した木の裏に隠れている奴を見てみようか。

 

 飛ぶ、走ると音が鳴るので腕を使って木の幹を押しながら衝撃を殺し、木の間を跳ねるように移動。

 目標の木の前に着地と同時に木ごと裏にいる存在を抱きしめる。

 

「グガッ!?」

 

 おっと、力入れすぎたか。

 危うく木と一緒に抱き締め殺す所だったので力を抜く。

 そうして頭を動かして木の裏に居る人物を覗き込む、見えたのは緑色の被り物とそこから覗く尖った耳。

 

(お、耳が尖った奴は珍しいな)

 

 今まで殺してきた奴らの中に居なかったわけではないが、数えれば少ないことが分かる程度には見なかった。

 なんとなく左腕を離してこいつの左耳を引っ張ってみる。

 

「ぐっ……」

 

 引っ張った反動で頭も一緒に付いてきたのですぐに手放す。

 木に抱きついたままだと面倒だったので、掴んで木の裏から引っ張り出す。

 居たのは緑を混ぜたような金髪で青い瞳の耳長、どっかで見たなこいつ。

 

「やはり……、違ったか……」

 

 思い出そうと首を傾げたら、なんか言い始めたので耳を傾ける。

 

「………」

 

 それ以降沈黙、おわりかーい!

 こいつ自体、特に気にならないから手放す。

 時間を無駄にした感じもするが、話なんてする気が無いんで気配がある方へと向かう。

 

「……お前は、一体何なんだ……!」

 

 自分、自己紹介とかする気ないんで……。

 自己アピールを要求してきた耳長から離れ、気配がある方、と言うか気配上に登ってるんだけど。

 まあいいや、追いかけよっと。

 

 そのまま小走りで壁に突っ込むと岩壁が吹っ飛び、石造りの通路が現れ、その奥にはどっしりと佇む金属の壁、壁の左右には悪趣味な彫像があった。

 

(こういうのってセンスの欠片もないって、それ一番言われてるから)

 

 そんなことを呟きながら徐に右腕を後ろに引き絞る、握った拳と連動して前腕と二の腕、そして肩周りが少し膨れる。

 振りかぶって握った拳がボッと音を立てながら叩きつける、すると耳障りな轟音を鳴らしながら金属の壁がわずかに奥に移動し、拳は壁にめり込んでいた。

 もしこの壁、門を作った者が見たら間違いなく悲鳴を上げていただろう。

 妄執の果てに壊れないようにと世界最硬の超希少金属(オリハルコン)で作られた門が、たった一撃の拳打で歪み凹んでしまったのだから。

 またこの変形で開閉機能は消失、鍵を使ったところで二度と開けることは出来なくなっていた。

 

 それを成したアステリオスは、力を抜きすぎたか、と壊れなかった壁にもう一発、より力を込めて拳を打ち込む。

 すると轟音とともに拉げて穴が開く、その穴に両手を差し込んで左右に開くよう力を込めた。

 途端に悲鳴が上がる、冒険者でも、モンスターでもない、無機物の悲鳴。

 身を引き裂かれて金切りの悲鳴、曲がる、捻れる、超常の剛力が人間(ヒューマン)亜人(デミ・ヒューマン)たちの技術の結晶を容易く破壊する。

 扉に拳をぶつけて約5秒、それだけの時間で不壊が破壊された。

 

 その超常を見てしまったエルフ、リュー・リオンは等身大の穴を開けて奥へと進んでいくアステリオスを見送ることしか出来なかった。

 

 




牛視点なのでベルとかウィーネの出来事はまるまるカット、一応原作とは違います、後でその違いを書く。
ウィーネ、強制的に強化種に。
牛が幹ごとリューを抱き締めた時、紳士だからおっぱいには触れていない。
オリハルコン壊れる、『ほぼ壊れない』せいで壊れてしまった!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。