力無き少年のソードアート・オンライン (Aruki)
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SAO プロローグ
1話目 終わりの始まり


初めまして。アルキです!
長い間ずっと自作小説を投稿したいと思っていたところ、遂に投稿となりました。
いきなり言うのもなんですが、他の作者の方々の作品に比べたら勝負にならないほど下手だと思います。
それでも少しずつ上手くなっていきたいと思いますので、末長く読んでもらえれば幸いです。
それではどうぞ!


「諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

 

 その時、(コウキ)は現状を正しく理解できないでいた。いや、違う。あまりの非現実さに理解することを拒んでしまっているというのが正しい。

 脳が破壊される? 脳というのはこのアバターの? 等と、この残酷すぎる現実を拒んでいる間にも、全身を漆黒のローブで包んだ、亡霊のような姿をしているこの世界の想像主による宣言は進む。

 

「諸君がこのゲームから脱出する方法は唯一つ、このアインクラッドの最上部、第百層に待つボスを倒してゲームクリアするだけだ」

 

 こんな状況でも人間としての危機管理能力は死んでいないのか、俺は緩慢とした動きではあるものの周りを見渡す。俺の目に映る情景、それすらも非現実。誰も彼もがまるで物語の主人公のような勇ましい様相をしているのに、その誰も彼もが全員動揺しているのだから。このまま時間が経てば辺りは阿鼻叫喚に包まれることは間違いない。だが、世界の『悪意』としか言えないようなこの現状を確認したおかげで逆に頭が冴えた。

 ーーーーこれは紛れもない、現実だ。

 何かの間違いでも、方便でも、夢でもない......現実。

 その事実を理解すると共に、背筋に冷たい何が走り、体はすさまじい勢いで強張っていく。まるで頭が冴えていくのに反比例するように、体の自由が奪われていくようだ。

 

「最後に、君たちに素敵な贈り物をしておこう。アイテムストレージを見てみたまえ」

 

 この場にいる各々が言われるがままに、この数時間で慣れたメニューウィンドウを開くーー右手人差し指と中指をまっすぐに伸ばして降り下ろすーー動作をして、アイテム画面を開くとそこには、

 

「......手鏡?」

 

 収納した覚えのないアイテムがあった。これが奴の言った、贈り物、なのだろう。

 怪訝に思いながら《手鏡》のタグをタッチすると、小さく軽快な効果音と共になんの変哲もない手鏡が出てきた。

 これにいったい何が......? と、手鏡の裏や側面を確認していると手鏡が急に光り出した。

 

「う、うわぁっ!?」

 

 慌てて手鏡を手放すが、そんな動作はなんの意味も持たない。手鏡が放ち続ける光は既に俺の体を全て覆い尽くすほどになっていた。

 いや、俺だけではない。周りでも同じことが起きているらしく、そこら中で悲鳴が上がり、同時に広場全体を包み込んでいくように光りはその光度を上げていく。その光景は場所や時が違えばとても神聖なものに感じたかもしれない。しかし今この場ではただの恐怖を感じる対象でしかない。

 俺は何が起こるか分からないことへの恐怖と、あまりの光によって目が眩み、思わず目を閉じた。

 

「......っ?」

 

 数秒経つと、鼓膜へ響いてくる周りの音が先程までと変わってきていることに気がついた。

 いつの間にか、発せられていた光も止んでいた。それを瞼の明るさから感じ取った俺はゆっくりと目を開け、周りの状況を確認する。

 

 周りは何も変わっていなかった。だが、何か違和感がある。違和感の正体を探ろうと見渡していると、それはすぐに見つかった。

 プレイヤーだ。

 正しくはプレイヤーの顔だ。光が発生する前はどのプレイヤーも歴戦の猛者、もしくは伝説の勇者のような顔つきをしていたが、今は街のどこにでもいるような......言ってしまえば平凡な顔つきに変わっている。

 まさか、と嫌な予感に導かれるままに俺は先ほど落とした手鏡を拾い上げ恐る恐ると自分の顔を映してみると、そこには、

 

「俺の......顔?」

 

 そこには、もう何年も見てきた『自分の顔』が映っていた。

 このゲームの中で製作した顔ではなく、文字通り現実世界の俺の顔だ。

 ここは仮想空間だと言うのに、何でこんなことを......? いや、そもそも(黒ローブ)は何が目的でこんな大事件を起こしているんだ......?

 プレイヤー全員が、なぜ自分達がこんな目に、そもそもあいつは何を考えているんだと思っているときに、奴は言った。

 

「私の目的は唯一つ。このゲーム、SAOの世界を創り出し、鑑賞すること。つまり、私の目的は現在進行形で達成されているのだ」

 

 鑑賞........そんなことのために?

 つまり、奴は何か巨大な目的のためなどではなく、ただこのゲームが進んでいくことを『見る』ためだけにこんな、1万人全てを人質に取るような暴挙に出たというのか? それだけのために、俺たち1万人の命は崖っぷちギリギリにさらされているというのか?

 ......ふざけるな。

 ふつふつと、冷めた頭に怒りが湧いてくる。それは俺だけではないようだ。

 

「ふざけんなぁ!!」

「ここから出してよっ!!」

「死にたくない......っ!!」

 

 この広場にいる、おそらく全員が一斉に声を上げる。

 怒りをぶつける、命乞いをする、絶望する、反応は人それぞれだが、全員精神的に参っているのは明らかだ。当然だろう、今の今までただ楽しくて人気のゲームをプレイしようと盛り上がっていた、誰も命を懸けようなんて人間はいなかったのだから。

 かくいう俺も混乱に包まれているその一人だった。冷静にいようとはしているが、内心は完全に身がすくんでしまっている。

 

「......以上で『ソードアート・オンライン』正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君のーーーー健闘を祈る」

 

 何が健闘を祈る、だ。

 だが、こちらの感情など歯牙にもかけずに奴ーーこのゲーム及びナーヴギアの製作者、茅場晶彦は姿を消す。

 その直後、周りにいたプレイヤー達は一気に騒然とした。遅れていた理解が今到達したのだろう。辺りを飛び交う怒声、悲鳴、奇声。そして俺は体感時間で十分ほどーー実際は一分も経っていなかったーー唖然としていると、突如頭に浮かんだことがあった。

 

「そうだ、探さないと......」

 

 そう言って、俺は全く力が入らない足をなんとか動かして、友人の佐藤陽ーーヨウトを探し始めた。

 何でこんなことに......俺はもう何度も自問自答していることを呟きながら、少しでも頭を落ち着かせようと思い今回の事件の発端を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月3日 木曜日

 

「は......?」

 

 俺、高崎光輝(たかさきこうき)は電話口の向こうの友人が言っていることを理解できないでいた。

 というか、理解したくなかった。

 

「ごめん、俺耳遠くなったかも。もう一回言ってくれるか?」

 

 現在時刻は午後の五時半。俺は学校から帰ってきたばかりで、帰ってきた当初は宿題をさっさと終わらせてしまおうと考えていたはずだ。

 十一月なこともあり、空ももうほとんどが暗く濃い色に染まりつつある。暗さと寒さから近所の子供たちも家に帰る時間が早くなってくる時期だ。かくいう我が家も今夜の晩ご飯は温かな鍋の予定である。

 そんないつもと何も変わらない日常......のはずだった。友人ーーー佐藤陽(さとうひなた)がわざわざ電話で変なことをのたまってくるまでは。

 そして、陽は俺の要望通り、しかし俺の希望とは違って先ほどと一字一句同じ台詞を言ってくる。

 

「徹夜してゲーム買いに行こうぜっ!」

「寝言は寝て言え」

 

 と、一応友人である俺は助言して躊躇なく電話を切った。

 あいつは前からたまに頭のおかしいこと言うときがあったけど、今回はまた別格だな。頭はいいはずなんだけどなぁ......等と、軽く現実逃避しているとテーブルに置いていた携帯から軽やかなSNSのメッセージ着信音が聞こえた。

 

「......」

 

 嫌な予感を感じつつ、携帯に手を伸ばしSNSを開く。

 

[いいじゃん、行こうぜ~]

 

 あいつは......

 どうやら先ほどの妄言は寝言ではなかったらしい......まこと残念だが。

 だが、ここで諦めるようではあいつの相手はできない。

 メッセージを見てしまった事実など記憶の彼方へと投げ捨て携帯をそのまま放置することを決心し、マナーモードにしてテーブルに置く。そしてそのままソファに座り漫画を読み始める。いくらなんでも今の心境で宿題をする気分にはなれなかった。

 

 しかし数分すると、ブー、ブー、と携帯がまた鳴いた。それを鬱陶しく思いつつ無視を決め込むが変わらず携帯は、ブー、ブー、と。

 どうやら相手は一分ごとにメッセージを送ってくるつもりのようだ。少し、いや、ものすごく鬱陶しいが、ここで負けるわけにはいかない。ここで負けることはすなわち、俺の心の平穏が消え去ることを意味する。いやまぁ今のこの状況も心の平穏からはほど遠いけど。

 さらに、ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、とペースは上がり、遂に一分間に二十通のペースを越えたところで。

 キレた。

 決して俺の沸点が低いわけじゃない。もしそうなら最初の数分でキレているはずだ。だから俺は悪くない俺頑張った。と適当に頭のなかで言い訳をしながら未だ鳴り続ける携帯を掴みとり、陽の番号に電話をかけた。

 

「どんだけ送ってくんだよ!? お前はストーカーか何かか!?」

「だって無視すんだもん」

 

 不満そうに言ってくる陽。えっ、何これ、俺が悪いの?

 再び頭に血が上りそうになるのをなんとか抑え、俺は一度ため息をつく。

 

「不満なのはこっちなんだけど......」

「そんなものは知らんっ!」

 

 ....そう、ここで怒っちゃダメなんだ。いつも同じパターンにはまるから俺が割り食う羽目になっているんだ。

 なんかもう遅いような気もするけど。

 

「で、用件は?」

 

 このまま放っておくといつまで経っても話が進まないと思い、先を促す。

 すると、陽はフフン、と間違いなく胸を張っているのだろうと確信できる笑いを向けてきた。

 うわぁ、めんどくさそうな臭いがプンプンする。だってこいつ今きっと電話の向こうでにんまりしてるもん。すっげぇ楽しそうにしてるもん。

 

「SAOって知ってるか?」

「そりゃ、あんだけお前から聞かされたらな」

 

 SAOーーソードアート・オンラインの略ーーは今日本で最も話題になっているVRMMO(仮想大規模ロールプレイングゲーム)だ。

 ナーヴギアというフルダイブゲームのハードが世に出回ってからいくつものフルダイブゲームのソフトが販売されたが、どれも期待はずれと言われていた。理由は多々あるが、一番の問題はクオリティの低さだ。

 世間の人々がVRMMOというジャンルそのものに失望しかけていたときに、件のSAOの話が出てきた。

 ナーヴギアの製作にも関わっていた天才、茅場晶彦により作られたゲームだ。あらゆる機能、操作性、グラフィックが既存のソフトの追随を許さず、瞬く間に世間にその名を轟かせた......と、いうのを俺は陽から何度も聞いたせいで内容を完全に覚えてしまった。

 

「それがどうかしたのか?」

 

 なんとなく先の答えが分かりつつ聞く。

 

「交差点のゲームショップで大量入荷するんだって! だから一緒に買いに行こうぜ!!」

「だーかーらっ、何で俺が、一緒に行かなきゃなんないんだよっ!?」

「......ほら、俺たち友達だろ?」

「おいちょっと待てやコラ。何だよ今の間は」

 

 言ってもう一度ため息をつく。我慢我慢。

 

「で、本音は?」

「だから、親友であるお前と一緒にゲームを「言わないとついていってやんないからな」一人だと親に怒られるからです」

 

 理由を聞いて呆れたのと同時に納得もできた。俺の家と陽の家は俺たちが幼い頃からの付き合いだ、それこそ互いの家に泊まりに行こうものなら親がついてきて家族全員での泊まりになるくらいには。

 まぁ、先ほどの親友発言は辞退させていただくとしても、確かに互いの家を遠慮なしに行き来できる仲ではあるので俺が抜擢された理由も分かる。

 だが。

 

「さすがに中二ふたりじゃ親は納得しないだろ」

 

 常識的に考えて子供ふたりで深夜店に並ぶのは無理だ。

 どれだけ開放的な親でも反対するレベルだ。

 

「親がお前となら良いって」

「......マジ?」

「マジマジ」

 

 この子供にしてこの親あり、というべきか(実際は逆だが)さすがは陽の親だった。

 これは俺が評価されたと思って喜ぶべきなのか、それとも陽の親が俺の常識を覆すほどの人たちだったのか......

 というかおじさん、おばさん、それで本当にいいんですか......?

 

「じゃあ、明後日の夜十一時にゲームショップな」

 

 勝ち誇ったように言ってくる陽に俺は、

 

「はいはい......」

 

 としか返せなかった。

 

 

 

 

 

 さて、俺は陽とは違いあまりゲームはしたことがなかった。プレイ経験はせいぜい某ポケットじゃなくて大体ホルダーみたいなやつにボールを着けてるモンスターのゲームや某Mのおっさんが相手を踏みキノコを食うだけで体が突然変異を起こすゲームぐらいだ。しかもそれだって特別熱心に取り組んでいたわけでも無く、気が向いたらやってみようというくらいの、いわゆるエンジョイプレイだ。

つまり、何が言いたいかというと......俺はSAOというコンテンツを甘く見ていた。

 

 

 

 

 

「すげぇ......」

 

 陽からの電話から二日後、約束の日。店の前まで行くと既に行列ができていた。およそ三十人程度だろうか?

 映像としてこういった行列は見たことがあったが、実際にその場を見せられると、かなり威圧感がある。

 その列の最後尾に陽がいたので合流して列に並んだ。

 

「人気とは聞いてたけどここまですごいんだ.....」

 

 確かに、近頃はテレビをつければどこかのチャンネルではSAOの話をしているほどだったし、学校では陽以外にもSAOの話をしている人はいた。

 だが、どこか別の世界の話だと思っていたからか妙に現実離れした感覚だ。

 俺が軽く放心していると、陽が隣で声を上げる。

 

「当たり前だろ! 今まで出てきたゲームの中で最っ高の出来だって言われてるし。だから俺もこんなに欲しいんだし」

「お前夜中だってのにテンション高いな.....」

 

 俺調べではいつもより倍近く高い。しかもいつもテンション高いぶん、今の高さははっきり言ってちょっとうざい。

 しかも陽の語りはまだ続く。

 

「だって待ちに待ったあのSAOがこの手にはいるんだぞ!? 落ち着いてなんかいられないって!!」

 

 と、さらにテンションを上げてきたので、周りに迷惑をかけていないかと不安になり少し見回してみると、陽の言葉を迷惑そうにするどころか、共感して頷いていた。

 あれ、この場にいる人たちだと陽みたいな考えの方が普通なのか....?

 等と思いつつ気になっていたことを陽に聞いてみることにした。

 

「そういえば俺らの前にも結構人いるけど、ちゃんと買えるのか?」

 

 陽の話だと全国に一万本しか出回らないらしく(正直何本だと少ないとかという話はいまいちよく分からなかったが)、この店にもそれほど多くは入荷しないと思ったのだ。

 

「うーん、正直ギリギリだな」

 

 と、列の前の方を見つつ陽は言う。携帯の時計を見ると現在7時半。開店が朝の10時なのでまだ先は長そうだ。

 俺はため息をつきつつ、無意識のうちにSAOというゲームに思いを馳せていた。

 なんだかんだ言っても、他人がこれほど楽しみにしているゲームを俺も楽しみにしていた。

 

 

 

 

 結論から言うとSAOは買えた。待ち時間の長さや暇さに何度かキレそうになったが、何とか堪えた。

 そしてこの日から、最悪の現実が始まる。

 

 




....いやー、1話目書き終わりましたねー。
まず一言を言わせてもらえれば....他の作者の方々、文才ヤバすぎでしょう!
いえ、自虐は前書きの方でもうやったので止めておきます。
でも、この話で戦闘をもうやる予定だったのに、なぜかゲームの中にすら入っていないという、おかしいな。
次の話はもっと面白く.....出来たらいいなぁ、と思います!!


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2話目 始まりの終わり

2話目です!
前回書きそびれましたが、何か直した方がいいと思われた箇所があった場合や、少ないとは思いますがよかった点等があれば、感想どんどんお願いします!!
それではどうぞ!



 2022年11月6日 日曜日

 

 

 店から帰る途中、陽とSAOに入った後のことを話していたので帰る時間が遅れてしまった。時計を見ると十二時半。昨晩家を出た時間から考えると半日以上外に出ていて、なおかつ寝ていないことになる。人並み以上には健康的な日常生活を送っていた体だからか、今スゲー眠いです。

 SAOの正式サービス、要はプレイできるのは午後一時からなので、昼食をとることを考えると少々時間がない。

 入るのが遅れて陽に文句を言われるのも面倒だ。急いで昼食を作り、食べて自室に戻ると既に五十五分。ギリギリだ。

 早速ナーヴギアにSAOのソフトを入れて、頭に被り、説明書にあった動作を行いベッドに寝転がる。これはゲームにダイブしている間、寝ているのとほぼ同じ状態になるので、ログアウトした後に体が固まらないようにするためだ。

 

 1時になるまでの残り時間はもう秒読み段階だ。いざナーヴギアを被り準備が終わってみると、少し、いやかなり興奮してしまう。陽になんだかんだ言っても俺も中学二年生だ。新しく面白そうなゲームの前では興奮もするし緊張もする。

 

 たった数秒なのにとても長い時間に感じる数秒。もどかしく感じる気持ちを抑え、時計の長針が頂点に達したとき、

 

 

 

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

 

 

 意識を旅立たせる言葉を発し、俺の意識はゲームの中に入り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数瞬の浮遊感の後、意識が戻ってきたので目を開ける。そこにはただ真っ暗闇の空間が広がって

いた。

 少し見回していると、軽快な電子音とともに、頭上にSAOのロゴが現れた。一瞬どこか違う回線に繋がってしまったのかと思ったがどうやらちゃんとダイブできたらしい。

 その後、女性の音声が流れだしたので、俺はその声に従い、自分のアカウントとキャラ作成に移る。

顔の作成の時は少々戸惑ったが、どこぞの勇者か、と陽に笑われるのも癪なので髪型と輪郭以外は実際の自分とほぼ同じに作った。

 名前はなにも考えずに《Kouki》......自分のキャラを作成、という作業は今までしたことがなかったが、なるほど確かにこれは少し面白い。自分の分身を自由に作れるというのは楽しいものらしい。

 一通りキャラを作成も終わって、最後に幸運を祈ります、というアナウンスを聞き、俺の体は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 ゲームにダイブしてから、二度目の浮遊感がなくなり、目を開ける。

 ーー俺は絶句した。

 一瞬ここがどこだったか忘れてしまった。そう俺に思わせるほどに風景が、匂いが、世界が現実味を帯びていた。

 いや、道を行く人々は皆、何かしらの武器を持っていて、それこそどこぞの勇者かと聞きたくなるような風貌をしているからそこはファンタジーっぽいのだが、逆に言えばそこしか違和感がない。

 そこは地面は石畳、壁は石造りと全体的に石で出来た街、という雰囲気だ。そしてとにかく人が多い。近くにあった大きな石を見ると、何か文字が掘られていた。どうやらここは《はじまりの街》という場所らしい。

 

 どこを見ても人、というこの現状。この中から陽を探すのは大変だな、と思いつつ、周りを見回した。ログイン時は皆同じ場所からスタートということだったので、そこで一度合流しようという話だったのだが......

 

「こねぇっ!!」

 

 30分ほど待ったが、一向にこない。こちらから探しても陽の名前も顔も見つからない。

 そもそも陽が同じ顔、同じ名前でダイブしているとも限らないと思い至りため息をつく。事前に細かく集合場所を決めておかなかったのがミスか、くそ。

 さて、どうする。一応このまま待って陽が俺を見つけてくれる可能性もあるのだが......

 

「来ないだろうなぁ、あいつのことだから」

 

 もしくは来たとしても脇目も振らずに一人で行動するかだ。一応、一度ログアウトして改めて集合場所を細かく話し合うという手もなくはないのだが、そこでヨウトがダイブしていた場合行き違いになってしまう可能性もある。

 

「仕方ない、先にフィールドに出てみるか。町の近くならもしかしたら出会えるかもしれないし」

 

それに、陽のことだ。そもそも約束を忘れて一人で行動している可能性だってある。だから仕方ない。

そうやって自分を納得させようとする程度には俺もこのゲームを待ち望んでいたようだった。

 

 

 

 

 

「はぁ!」

 

 ダイブ後、十匹目のモンスター(以降mobと表記)をポリゴンにしたところで休憩を入れることにした。

 俺が右手に持っている剣は先ほど武器屋で購入した《ブロンズソード》だ。この剣は《片手用直剣》という装備に分類される。

 実際に持ってみるまでは多分バットとかと同じような感覚かなー、などと考えていたがとんでもない。よくよく考えてみれば剣なんて金属の塊だ。持った瞬間に感じたずしりとした重さは俺に驚愕と少しの興奮を覚えさせた。

 今はまだ剣を振ろうにも体が流されてしまうような感じだが、これもレベルが上がったり練習することでいつかはかっこよく振れるようになるだろう。

 このゲームに入るまでは、《直剣》と《曲刀》の違いも怪しかった俺だが、この数時間でなんとなく分かってきた。

 しかも武器によって装備時の効果も、それどころか武器の重さや微妙な形状も違うそうな。奥が深いなぁ。

 座って辺りを見回すと、一面草原。何度見ても現実と見間違えてしまうほどの出来で、つい感嘆の息をついてしまう。

 

「お疲れ様」

「ーーっ!?」

 

 突然後ろから声をかけられ驚きながら振り返ると、そこには女性プレイヤーが立っていた。

 腰には俺と同じものだと思う片手剣。腰辺りまであるふんわりとした髪質の長髪、色は深みのある濃い茶色、身長も俺と同じくらいに高く、何より浮かべている笑みから大人の余裕とでも言うような雰囲気を感じられをなんとなく年上なんだろうなと察する。というか、体の一部分が、明らかに年上だと自己主張している。いえ、どことは言いませんけど。

 あれ、でもこの体って現実とは違うから年上とは限らないか......

 まぁ、なんというか、稚拙な言葉だと自分でも思うが、綺麗な人だな。

 

「えっと......」

 

 当然のように、俺にこんな知り合いはいない。そもそも、このゲームに入ってからノンプレイアブルプレイヤー―――NPC以外と俺はまだ会話をしていないし、あともうひとつ言うと、こんな綺麗な人と普通に話せるような対人スキルもない。

 その人は俺が困っているのを見ると、クスクス、と口に手を当てて上品に笑う。

 

「ニックよ」

「ニック......さん。俺はコウキです」

「えぇ。それとコウキ、敬語はいらないわよ。ゲームの中じゃ上下関係も何もないし」

 

 隣に座りながら、ゆったりとした笑顔で言ってくるニックさん、もといニック。

 急に距離を詰められ鼓動を跳ねさせ、俺はついその姿を必要以上に観察してしまう。そのことをニックも気づいたのか今度はからかうように笑ってくる。

 

「あら、どうかした? 一目惚れ?」

「あ......いや、そういうわけじゃ......まぁ、ちょっとしたクセ(・・)で......」

 

 と、いけないいけない。いくらなんでも女性相手に今の反応は少々失礼だった。

 悪い癖なのは事実だが、まさかこの世界に来てもそれが出てくるとは思わなかった。自分への戒めも含め小さく頭を振る。ニックも特に気にしてはいなかったのか、そう、としか返してこなかったが、すぐに不思議そうな顔になる。

 

「でも、どうしてソードスキルを使わないの? 少し見ていたけれど一度も使ってないわよね?」

 

 ーーソードスキル。SAOの代名詞と言ってもいいものだ。SAOにはRPGの定番、魔法がない。この世界では呪文を唱えても炎は手から出ないし、空から雷を落とすこともできない。しかし、その代わりにあるものがソードスキルだ。

 ソードスキルはいわゆる必殺技のようなもので、発動することで通常攻撃とは比べものにならないほどの攻撃を放つことが出来る。

また、装備する武器によって使えるものが異なる。もちろん、《片手用直剣》にも使えるスキルがあるのだが、俺はまだダイブしてから一度も使っていなかった。というより、正しく言えば、

 

「いや、使ってないんじゃなくて、使い方が分からないんだ」

「......ん?」

 

 という理由だった。

 するとニックは控えめに可哀想なものを見るような目でこちらを見て......って、ちょっと待って!!

 

「そういうことじゃなくて、正しいモーションの取り方が分からないんだよ」

「あぁ、そういうこと......」

 

 ソードスキルは名前を叫んだり、適当に武器を振ったりするだけで発動するものではない。ソードスキル一つ一つには発動前のモーションや、体勢が決められていて、それはメニューの中にある《スキル》というタグを開いた《片手用直剣》ソードスキルの欄に表示されている。

 制作者側からの意向としてはその画面を見てそこに表示されている通りにソードスキルを撃ってごらん? ということなのだろうが......俺はまぁ、俗に言う不器用な子なので、表示されているものだけではいまいち理解できなかった。

 だからといって、近くで戦っているプレイヤーを観察するのもマナー違反かと思い、結局通常攻撃だけでmobを倒していた。

 これはいざとなったら陽に頼み込んでスキルの使い方を教わるしかないか......

 

「なら、私のを見る?」

 

 俺が脳内でいかに陽を脅迫しようかとシュミレーションしていると、思わぬ声がかかった。

 一瞬理解が追いつかなかったが、ニックの言葉を捕捉するかのようにすぐ近くに猪のmobがポップする。

 

「......いいの?」

 

 すごく失礼な話だが、俺はニックを疑っていた。

 俺は他人からの親切を無条件で受け入れられるほど真っ直ぐな性格はしていない。

 善意と悪意を並べられれば、まずは悪意を疑う程度には捻くれた人間だ。

 

「まぁ、見られて減るものでもないしね」

 

 だが、あまりにも簡単に返されるので毒気を抜かれてしまった。

 ......まぁ、裏がある人はここで多かれ少なかれ何か反応を示すものだし、そもそもソードスキルを見せてもらうだけなのだから危険なんて何もない、か?

 

「......じゃあ、よろしく」

「えぇ、よく見てなさい」

 

 そう言うとニックは立ち上がり猪に相対する。

 俺が見やすくするためだろう、明らかにゆっくりと猪に向かってモーションの体勢に入る。するとニックが持っている片手剣が水色に淡く光出す。

 あれはソードスキル発動時に発生するライトエフェクトだ。淡い光であれど、その光は力を確かに示している。

 そして、ニックの体はソードスキル発動によるシステムアシストを受け、通常攻撃ではあり得ないスピードで動きーーmobを上段から切りつけた。

 ブモーーーーー、とmobが鳴き、ヘイト値を取ったせいか猪はニックの方を向いた。

 猪のHPはニックの攻撃で一気に減らされたが、一撃で倒しきるまではいかず三割程度残してしまった。

 すると、猪は何度か右前足の蹄を地面に擦り付けると、溜めていた力を解放するかのように一気にニックに突進していく。

 

「次、いくわよ」

 

 しかし、ニックは猪が倒れないことも計算済みだったのか、すぐさま違うモーションに入る。

 今度は右手で持っている剣を左手側に引き絞り腰を落とすような動作を取ると、剣が黄色く光だした。

ソードスキルは種類によってライトエフェクトの色が違うらしい。

 

「ふっ!!」

 

 軽く息をはき、ニックは右足を猪に向かって一歩前に力強く踏み出し、体を半回転させるようにして剣を一気に振り抜いた。

 

「ーーーーっ」

 

 mobを全く恐れる様子もなく、髪を翻し、華奢な体から繰り出される剣技で敵を圧倒するニック。そのアンバランスながらも確固としている姿に強く心を打たれた。

 そして、剣が振り抜かれると、もうお前は必要ないとばかりに崩れるように音を立てて猪がポリゴンに還る。

 一連の流れを呆けるように見ていると、

 

「どう? 何か掴めた?」

 

 声をかけられてはっとする。ヤバイ。今完全にボーッとしてた!

 

「あ、いや、なんかは掴めた。うん!」

「そう、今見せたのが《バーチカル》と《ホリゾンタル》よ」

 

 落ち着けー、落ち着けー、と精神統一する。目の前ですごいことが起こったからって、それがどうした。そんなことで興奮しすぎるなんて陽じゃあるまいし。

 ......よし、もう大丈夫!!

 

「でも、すごかった。ニックの戦ってる姿すごかった」

 

 全然大丈夫じゃなかった。

 なんか変な日本語になってるし。俺はここまで緊張に弱い男だったのか。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 しかしニックはまたもや気にしていない風に笑ってくる。これが大人の余裕か......

 そしてこれまたきれいな動作で剣を鞘に納めるニックの姿を見ていると、ふと気になったことがあった。

 

「そう言えば、すごく慣れてるみたいだけど、ニックってもしかしてβテスター?」

 

 ーーβテスター。SAOの試作機をプレイした人のことを言う。しかし、その時は抽選限定千人とめちゃくちゃ狭い門だったらしく今よりも入手出来る確率が低かった。

 陽が入手できず俺の携帯に八つ当たり気味に空メールを一日中送って来たのもまだ記憶に新しい。

 ちなみに、その時は友情の証としてタバスコ五〇パーセント入り缶コーラをプレゼントしておいた。

 ともかく、βテスターというのはそんな運ある者がたまたまこの世界をプレイする権利を与えられた者のことだ。それは光栄とまで言えるかは分からないが、決して不名誉なことじゃないはず。だが、聞かれたニックは笑顔を引っ込めた。

 

「コウキ」

 

 そして心なし低くなった声で俺を呼ぶ。

 その声には威圧感はないが、明らかに拒絶の色が含まれていた。

 

「私だったから良かったけれど、あまりそれは聞かない方がいいわよ」

「え、なんで......」

「βテスターのほとんどはその呼ばれ方を快く思っていないから、かしらね」

 

 今度は少し困ったように笑うニック......これ以上は聞かない方がいいな。

 俺も自分から地雷を抱え込みたくないし。こんな世界なのだから楽しくいきたい。

 ニックにも楽しい雰囲気に水を差して悪いことをしたな、と少し申し訳なく思っているとちょうどいいタイミングでmobがリポップしてくれた。

 俺はmobのもとまで駆け寄る。

 

「ちゃんと俺がソードスキル使えるか見ててよ」

 

 ニックに笑いながらーー実際はただぎこちない変な表情になってしまったがーー言う。空気を変えたい、これを先程の非礼のお詫びに、というのもあったが、それよりも早くスキルを試してみたい気持ちが強いかもしれない。

 先ほどは答える際少々どもってしまったが、確かにニックの動きを見て掴んだものはあった。

 今ならなんとなくだが使える気がする。いや、根拠もなにもないんだけど。

 ニックもこちらの心境を察してくれたらしく、少し離れて見守るようにこちらを見てくれた。

 

 一度深呼吸しニックの動きを頭にイメージする。スキルを使う、というよりはニックの動きを再現する、という感覚の方がしっくり来る気がする。

 もう一度深呼吸してさらに感覚を研ぎ澄まし、モーションに入った。

 

「ーーっ」

 

 一瞬ニックが息を飲むような雰囲気が伝わってきたが、今は無視。先ほどのニックの動き通りに体を動かすことにのみ集中する。

 すると自分のものじゃない力に体を動かされていくようなそんな感覚ーー言うなれば水のなかを流されていくような感覚を覚えた。これがシステムアシストというやつだろうか? 俺はその流れに導かれるままに体を動かしーーそれは一瞬で終わった。

 

「ふぅ」

 

 俺は息をはきピンと張りつめた集中力を緩めつつ、剣を背中の鞘に納める。ガキッと上手く剣が納まらず不快な音をたててしまったのはご愛敬だ。

 少し恥ずかしく感じるが......それは今起こっている現象とは何も関係がないことだ。

 そう、目の前ではmobがポリゴンになって散っていた。

 

「よっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!! やっとできたぁあああああ!!」

 

 俺は両手を握りガッツポーズを取る。

 ヤバい、なんか泣きそう!! 大袈裟かもしれないが本当にそのくらいの感動だ。

 

「おめでとう」

 

 俺があまりの喜びに少しおかしくなっていると、ニックが微笑みながらこちらにやって来た。

 しまった、あまりの嬉しさにニックがいたことを忘れていた。

 またなんだか恥ずかしい反応をしてしまったと顔を赤くしながらも俺は体裁を守るためーーもう手遅れ感が半端じゃないがーーニックに向き直る。

 

「えーと、その、ありがとう。ニックのおかげでできたよ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。それなら珍しくお節介を焼いた甲斐があったわ」

 

 俺のことなのに、本当に自分のことのように笑うニック。

 その光景は見ていればすごく綺麗な絵でニックの人柄のよさが顕著に表れているのだけれど...あれ、おかしいな。今背筋が冷たくなったような。

 

「じゃあ、今度は《ホリゾンタル》を使ってみましょうか」

「あ、うん...」

 

 しかし俺の妙な悪寒はニックの提案によって霧散していったのであった。

 今のはなんだったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、《ホリゾンタル》も成功し、それからは三十分ほどニックと狩りをしていると、遠くの方から声が聞こえてきた。

 

「おーい、コウキー!!」

 

 聞こえてきたのはもう何年も聞いてきた声。というか聞き飽きた声。

 ......陽の奴、やっと来たか。言いたいことは山ほどある。俺は陽への文句を頭のなかで整理しつつ声のした方を向いた......なんだアレ。

 そこにいたのは金髪にかっこよく立った髪。高い身長に切れ長の目。明らかに主人公としての要素をまとめてぶちこみました、というようなプレイヤーだった。正直見ているだけでも恥ずかしい。

 

「お友だちも来たようだしお別れね」

「......正直アレを友達とは思いたくないけど、色々ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ニックは最後にもう一度微笑み、草原のさらに奥の方へ歩いていった。

 ニック......優雅というか、変わった人だったな。急に話しかけてきたと思ったらソードスキル見せてくれたり、戦闘のことを教えてくれたり。

 いい人、ではあるんだろうなぁ。

 俺が微妙に居心地の悪さを感じ頭をかき、ニックの姿がだいぶん見えなくなったのと同時に陽が駆け寄ってきた。

 

「たくっ、探したぞ。こんなところにいたのか」

「ん? 誰だお前?」

「ひどっ!?」

「何がひどっ、だよ......はぁ、陽、今までどこに行ってたんだよ? 俺結構待ったんだけど」

 

 非難の視線を向けると、何が不服なのか、陽は不機嫌そうな顔でこちらを睨んできた。

 だから、なんでお前が不満そうなんだよ、と言いかけたところで陽が自分に人差し指を向け注意するように言ってきた。

 

「陽じゃなくて《ヨウト》! そのことは何度も言ったろ?」

「......あー、悪い。今までどこにいたんだ、ヨウト?」

 

 確かに陽にはこの世界に来る前に耳にタコができるほど何度も言われていた。

 こういったオンラインゲームでリアルの話はご法度なのが普通らしい。ましてや、リアルネームを出すだなんてもってのほかだ。

 今回は自分が悪いかと思い、自省する。

 だが、さすがはヨウト。ただ俺を反省させるだけで話が終わる訳もなかった。

 

「いやー、テンション上がりすぎて約束忘れてた。さっきまで戦いまくってたわ」

 

 ......ほーう、約束を忘れていた、とな?

 自分から話持ちかけた上に、半日以上一緒に並ばせておきながら?

 なるほどなるほど。

 俺は出来る限りの最高の報復方法に思考を巡らせ始めていたが、俺の怒りが伝わったのか、その後ヨウトはひたすら謝ってきた。

 ちっ、命拾いしたな。謝らなければ八つ裂きとかコンクリートコースだったのに。八つ裂きに関してはここでマジに出来るし。

 

「そうだ。コウキ、ソードスキル使ってみた?」

「まぁ、一応」

「あれ凄いよな!! 構えるとギューンってなって、ズバーンってなるし!!」

 

 効果音とともに体をすごい勢いで動かすヨウト。

 ダメだこいつ。テンション上がりすぎて興奮がカンストしてる。こうなるとヨウトは驚くほどめんどくさい。いつもの絡みが長続きするし何よりもーー

 と、俺の嫌な予感が正しく今的中し、ヨウトはなにかを思い付いたように顔を輝かせた。

 まずい、ヨウトがああいう顔をしたときは絶対に碌なことにならない!!

 そしてヨウトは満面な笑顔で言ってきた。

 

「狩りレースしようぜ!!」

 

 俺の脳内警報は強く鳴り響いていたが、当然こうなったヨウトを止める術は俺にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Nick

 

 まさか、ここまでの大物を引くとはね。世の中分からないものだわ。

 私は今、先程の草原の先にある小さな森のなかを歩いていた。

 この森はβテストの時から、新人(ルーキー)の登竜門と呼ばれていた。草原とは違い薄暗い森のなか。こんな場所ではある程度この世界に慣れなければmobの急襲に対応できないからだ。βテスト時代にもこの森で初めてのゲームオーバーを体験する者も多かったが......私にとっては今の初期レベルでもこのぐらいの場所の方がちょうどいい。

 確かに地形もポップするmobもβテスト時代となにも変わらないが、一瞬の油断から強者が敗北する、だなんて話よくあることだ。

 だからこそ私も気を引き閉める。βテストから今日までの移行期間に鈍ってしまった感覚を鍛え直すにはこれくらいがちょうどいい、そう思ってこの森に来たのだが....それが分かっていても脳裏をよぎるのは先ほど出会った少年ーーコウキだ。

 

 あの時、コウキを手伝ってあげたのは、正直なところただの気まぐれだ。強いて言えば反応が面白かったから。

 

「ふふっ」

 

 つい、笑みがこぼれてしまう。

 あの時、手加減していたとはいえ、私ですら一撃では倒せなかったあの猪を、コウキは一撃で倒して見せた。

 それだけではない。おそらくコウキのあの動きは私の動きをマネようとしたのだろう。あの一回だけだが、あれは私の動きだった。

 だが、別に私はそこに注目しているわけではない。初心者が熟練者の動きをマネて上達するのはどんな物事においてもごく普通のことだから。

 問題はそこではないのだ。

 問題なのは動きではなくその練度。

 あの時の一回、あれだけは私の動きよりも『上』だった。

 この世界に来たばかりで、それこそソードスキルだってろくに発動することができなかったあの少年が、私よりもいい動きをする? 

 確かに、ただの偶然、いわゆるビギナーズラックというものだろう。事実、最初の一回以外は威力も動きも落ちていた。

 だが、もしも偶然ではなくなったら?

 コウキが成長するにつれ、あれが偶然ではなく、必然になるとしたら?

 それを考えるだけで私の胸は踊る。

 これは願掛けのようなものかもしれないが、私に願掛けさせるだけのものはコウキは私に見せた。

 

「コウキとは長い付き合いになりそうね」

 

 誰に言うでもなく、私はそう呟いた。

 私がこの世界に舞い戻った、本当(・・)の理由を一時的に忘れさせるくらいに面白く、興味深い、彼の成長を期待しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Kouki

 

 ヨウトが言う狩りレース、というのは一定時間内でmobをどちらが多く狩れるか、という単純なものだった。

 その狩り途中も一言では言い尽くせないほどのドラマがあったのだが、今回は割愛し、率直に結果だけを言おうと思う。

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

「っしゃぁぁ!! 勝ったぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 十一対十五でヨウトの勝ちだった。

 その結果を前に俺は地面に膝をつき拳を叩きつけ、それに対してヨウトは天に向け両手を突き上げる。

 惜しかったんだ。勝負の半ばまではほとんど拮抗していて俺が勝ってる場面だってあった。だが途中からヨウトが相手に向かって高速で突進していく見たことのないソードスキルを使いだしてーーというか、

 

「なんでそんなにスキル使えるんだよ!?」

「数時間に及ぶ練習の成果ですヨ」

 

 ヨウトがニヤリと笑って言う。何か言い返したいがこればかりは完全に俺の敗けだ。

 ここがヨウトのすごいところだ。どんな状況どんな内容だってなんでもスポンジのようにどんどん知識や技術を吸収していく。要は吸収スピードが恐ろしく早いのだ。

 不器用というのもあるが、俺が何時間もかけてようやく二つソードスキルを使えるようになったのに対して、ヨウトは四つも使えるようになっている。

 昔からのことだし、分かってはいるのだが......この違いはやはり理不尽だ。

 

そしてそれとは別に腹立たしい理由がもう一つ。

ソードスキを習得するのにはスキル熟練度という物が関係してくる。

俺たちで言えば《片手用直剣》だ。このスキルの熟練度を上げていけば使用可能なソードスキルや補助スキルが増えていく。

俺がソードスキルを二つしか使えないのも、そもそも熟練度がまだ低く、使用自体不可能だからだ。それに対してヨウトはすでに四つも使える。それはつまり、俺をほっぽっていた間に一人熟練度を上げまくっていたということで……

 俺がヨウトを恨めしく見ていると、苦笑いを返してくる。

 

「でも、コウキの攻撃えらく威力高くないか?」

「......そうか?」

「だってチラッと見たけど与えてるダメージが明らかに俺よりも多かったし」

 

 確かに、言われてみればそうだった気もするが......

 

「俺が戦ってたmobのレベルが低かったんじゃない?」

 

 そうだとすれば相対的に俺が与えるダメージが増える。というか、そうでもなければおかしな話になってしまう。

 ......別にヨウトの出来がすごすぎて拗ねている訳ではない。

 だが、ヨウトはまだ納得出来ていないようで、小さく唸っていた。

 

「まぁ、なんでもいいじゃん。それよりももっと狩ろうぜ。レベル上げにもなるし、今度は負けないようにもっとソードスキルに慣れる!!」

 

 俺は拳を握って言う。俺は特別負けず嫌いというわけではないが、こいつにだけは負けっぱなしというのは嫌だ。

 すぐにでも上達に向けて動くために俺はすぐさまmobのいる方へ駆け出した。

 

「おらー、行くぞー!」

「ちょっ、おい待てよ!」

 

 その後俺たちは再び戦いに暮れる。

 そしてさらに時間は過ぎて午後五時二十分。夕陽が橙色に照らす草原に俺たちは二人して大の字でぶっ倒れていた。

 

「あー、疲れた」

 

 ヨウトの言葉に俺は返事が出来ないほど疲れていた。

 さすがに、二時間ほど連続で狩りまくるのはミスった。しかも途中からは奪い合うように狩ってたし、バカなことしたなぁ。

 現実世界の体はほとんど疲れを感じていないはずなのだが、体が鉛のように重い。何も疲労感まで再現しなくてもいいのに、ほんとによくできてるゲームだ。

 

「でも、おかげでレベルも一つ上がったし良いんじゃね?」

 

 俺は起き上がりながら言う。

 ダイブしてから知ったことなのだが、この手のオンラインゲームはレベルアップに必要な経験値が馬鹿みたいに多い。

 なのでダイブしてからこうやって戦いまくってようやくレベル二、ということだ。

 そう言えば、と言ってヨウトが起き上がる。

 

「レベル上がったからステータスポイント振れるぞ」

 

ヨウトが言うには、キャラ一つ一つにステータスがあり(これはさすがに俺も知っていた)、ステータスが高ければ高いほどキャラ的には強いらしい。

 さらにステータスには大きく分けて筋力値、敏捷値の2つがある。そのステータスを上げる方法が、レベルアップか、ステータスポイント(以降SPと表記)だ。SPでは筋力値と敏捷値が上げられ、SPはレベルによって一定量もらえる。

 今回の場合は5ポイントだ。それを自分の好きなように振る。

 

「よし、これでどうだ!」

 

 ヨウトが満足そうに頷き、ウィンドウを俺に見せてくる。

 別にどうでもいいことだけど、他人に自分のステータスを見せるのはすごく危ない行為なのではないだろうか? そのこともプレイヤーネームと同じで俺はヨウトに習っていたのだが......

 まぁ、ヨウトも俺相手だからそういうこと特に気にしてはないんだろうけど。

 俺は微妙に罪悪感を感じつつ、ヨウトのウィンドウを覗きこむ。えーと......うわ。

 

「お前、本気?」

「もち」

 

 こいつバカだ。今回は(正しくは今回も)そう思わざるを得なかった。

 だってこいつ......

 

「一点振り......」

「スピードってやっぱ大事じゃん?」

 

 敏捷値に一点振りしてるバカなんてこいつくらいなんじゃ......

 いや、もしかしたらこういった他の人は取らないような行動こそが実は最適解だったりするんじゃ......ないな。

 かくいう俺は攻撃重視で3:2で振った。

 これからもこのバランスで振るかどうかは分からないが、最初ということもあってバランスよく振っておいた。

 ん? でも最初だからこそヨウトみたいに思いきってみてもよかったんじゃ......

 俺が思考を巡らせていると、遠くからゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえてきた。

 その鐘の音はどこまで響いていきそうな重くも神聖さを感じる音だ。おそらく巨大な鐘が奏でている音だと思うのだが。

 

「......?」

 

 何の合図だ? と考えていると、急に体が光だした。

 

「なっ、ヨウト!?」

 

 何か良くないものを感じとり、咄嗟に名前を呼んだが返事が聞こえる前に周りの景色が急に遠ざかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が消えると、周りが見えてきた。

 ここは......《はじまりの街》? さっきまで草原にいたはずなのに......

 周りには同じように強制的に連れてこられたと思われるプレイヤーが何人もいた。それぞれが混乱を隠そうとする余裕はなさそうだ。

 ヨウトは......近くにはいないな、違う場所連れていかれたのか?

 すると、突然空から何か液体のようなものがにじみ出てくる。その液体はドロドロと粘着性がありどす黒い。まるでヘドロのようだ。生理的に拒否反応を起こしそうな光景は混乱していた俺たちには十分すぎるインパクトがあり、中には恐怖に負けて叫んでしまう人もいた。

 しかしそれはそんなこと気にかけることもなく、液体は宙からは落ちずにそのまま留まり続け、徐々に一点に集まり何かの形に固まっていく。

 あれは......人か?

 疑問系になってしまったのは、人というには少々抵抗を覚える姿だったからだ。

 出来上がったのはひとがたのローブを纏った何か。しかもローブの中にはただただ暗闇があるだけだった。

 そして、それはこう言った。

 

 

 

「プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ」

 

 

 

 その瞬間から、一万人の命をかけた、デスゲームが始まった。




....あれー?
おかしいな。二話目は最初の予定だとこれの半分ちょっと多いぐらいの量になるはずだったんだけどな。
しかも戦闘描写、難しいこと難しいこと。
これからはもっと努力しないとダメってことですな。



誰か文才を分けてほしい...


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3話目 無力な少年の出会い

三話目です!
全話を投稿した後、初めてお気に入り登録されました!
メチャクチャ嬉しかったです。
今後とももっといろんな人に楽しんでもらえるよう精進したいです!


 物語は冒頭に戻る。

 

「コウキ!!」

 

 十分ほど探し歩いていると、声をかけられた。

 先ほどまでは聞き飽きたと思っていたはずの、そして今最も求めていた声。

 

「……ヨウト」

 

 《手鏡》の効力だろう、ヨウトの姿は先ほどまでの主人公要素詰め込みキャラの姿ではなく、俺同様リアルと同じ姿になっていた。

 

 確かに今の今までヨウトを探していた。このゲームの中で唯一俺の日常と繋がりがあるヨウトと話すことで、少しでも心の安定を計りたかった。

 

 だが、実際に会ってみると、今の現状をより目の前に突きつけられたような気分になり、全く気分は上を向かなかった。

 

「……大変なことになったな」

 

 こいつのこんなに真面目な顔、初めて見た。いや、違うか。こいつはなんだかんだ言いながらも真面目なときは真面目だ。ただ、そんな時でもこいつは明るく笑うようなやつだから、こんな重苦しい雰囲気を纏ったヨウトを見るのが慣れていないんだ。だからこそ、俺は現状の異常さを、危険度をより理解してしまう。

 

 突然明かされた残酷すぎる現実。このゲームの死、それは現実世界での死を意味する。

 

 こんなこと、どこまでも現実味のない話なのに、今の俺にはこれ以上ないほどの現実感を放っている。

 なんとかパニックにだけは陥っていないが……ヨウトはどうなんだ。

 

「ヨウトは、どうするんだ?」

 

 気づけば思ったことをそのまま聞いていた。

 だが、聞いたあとに気づく。悲しいことだが、俺にはヨウトがなんと言うか聞かずとも何となく分かってしまった。正直、今だけは分かりたくなかったが。

 

「俺は、行くよ」

 

 一言一言はっきりと言った。

 ……そうだ、こいつは昔からこうなんだ。

 何が正しいのか、何をすべきなのか。こいつはいつもそれを瞬時に選びとってまっすぐ先に行ってしまう。

 俺は今もこうやって迷っているのに...

 それが堪らなく惨めだった。

 前に進むことを躊躇っている自分が、惨めだった。

 

「コウキはどうする?」

 

 行く。

 俺だっていつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。

 このまま立ち止まっていては『前』と同じじゃないか。

 言うべき言葉は分かっているのに、どうしても口が動かない。体が萎縮して言うことを聞いてくれない。

 

「……ごめん」

 

 それしか、言えなかった。

 口は動かないはずなのに、その言葉だけは簡単には喉を通った。

 あまりの惨めさに自嘲すら出来ない。

 

その代わりに、ヨウトを見る。

 何で、お前はいつもそんなに前を見れるんだよ、と。

 そんなこと、俺には無理だよ、と。

 

 それがヨウトに伝わったのかどうかは分からない。だが、ヨウトは静かに目を閉じた。

 

「……そっか」

 

 ヨウトも、それだけしか言わなかった。

 ……俺がヨウトが何を言うのか分かったように、ヨウトだって俺が何を言うか予想できたはずだ。

 

 なのに、俺に声をかけてきたのは、俺のことを心配してか、それとも……

 

「フレンド登録だけはしようぜ。まだしてなかったし」

 

 俺はそれに小さく頷き、フレンド登録を済ませる。

 

「じゃあ、お互い死なないように頑張ろうぜ」

 

 ヨウトはいつものように笑った……気がした。

 俺はもう、俯くことしかできなかった。あまりにもヨウトとの差が広すぎたから。

 そして、ヨウトは外へ、さっきまでいたはずなのに、もはや別次元のように感じるフィールドへ出ていった。

 お互い、別れの言葉は発さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。俺は《はじまりの街》の門からフィールドを眺めていた。

 昨日、ヨウトと別れたあとのことはよく覚えていない。気づけば今日の朝になっていて、宿屋のベッドの上だった。

 どうやら恐怖のあまり眠れない、ということにはならずにすんだらしい。

 ただ、あまりの恐怖に精神が既におかしくなっているのかもしれないが。

 

「......」

 

 どんな時でも脳裏に浮かぶのはヨウトへの罪悪感。

 あの時、俺はヨウトを見捨てたんじゃないか? ヨウトと俺は違うというのを免罪符に逃げたんじゃないか?

 

 確かに、俺とヨウトは違う。昨日も思ったように俺はあいつのように動けない。

 それでも、俺にも何か出来ることはあったんじゃないか?

 ヨウトを一人あの絶望の世界に一人送り出し、俺は俯く以外の選択肢が。

 

 俺は小さくため息をつき。頭を振る。

 

「……街でも歩くか」

 

 考えていても、何か起こるわけでもないし、昨日のあの時間に戻れるわけでもない。

 気分転換もしたいしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街はまだ落ち着いていなかった。

 それもそうだ、普通の感性をした人は一晩で自分の運命を悟っていつも通り平然と出来るわけない。

 このゲームから出る方法を探している人や、こんなことは現実であるはずがないと信じて狂ったように笑う人、あまりの恐怖に体が動かないのか道の隅で座り込んでいる人がほとんどだった。

 

 俺は...どれに分類されるんだろうな? あえて言うのなら脱け殻?

 ははっ、バカらしい。

 

 とりあえず、自嘲するほどの余裕はなんとか戻ってきているようでよかった。

 そんな調子で自分と街並みを観察しながら歩き続けて三十分。

 

「へ? ……あわわわーー!!」

 

 どこか間の抜けた声が街中に響いた。

 なんだ……今の悲鳴(?)は……?

 街の中は《圏内》と言われて、基本的にはHPは減らないらしい。なので命の危険はない。だからこそデスゲームと化したこの世界で死なないために皆町から出ないようにしている。だから悲鳴が聞こえてくるなんてことはないはず……というか今のは本当に悲鳴だったのか?

 

 疑問に思い、声がした方に行ってみる。人が多い方多い方へと歩いていった結果、ちょっとした路地に辿り着いた。

 そこには当然のように人の壁が。どうやらどれだけ精神的に参っていても、人間と言う生き物は知的好奇心には逆らえないようだ。あ、俺も同じか。

 人の壁を何とか縫って前に出ると……

 

 

 人が回復ポーションに埋もれていた。

 

 

 ...いや、正しくは違う。埋もれている、というよりは地面に転がった大量のポーションに全身を突っ込んでいるプレイヤーがいた。

 しかも道が狭いこともあって余計にポーションが多く感じる。

 なんか、シュールな光景だな……

 

「あいたたた...」

 

 突っ込んでいる人が出てきた。

 

「うひゃっ!?」

 

 が、ポーションに手が引っ掛かり、またポーション尽くしの地面にダイブしていた。

 ここまで来るともはや芸なのではないか、とまで思えてくる。まぁ、転んでいる本人は至極必死なのでそうではないのは分かっているのだが……

 

「だ、大丈夫か?」

 

 俺は転がっているポーションに足を引っ掛けないように慎重に歩き、今なおポーションにダイブしている人物に近づき、手を伸ばした。

 ダイブさん(仮名)は最初俺に対して戸惑っていたようだが、また転ぶことを恐れたのか、すぐさま俺の手を掴んできた。

 

「あ、ありがとー」

 

 出てきたのは男性プレイヤーだった。年は俺と同い年かイッコ下ぐらい?

 本当に困っていたのだろう。軽く涙声になってるし。

 ……普通、ここまで困っている人がいれば少しぐらい助けてあげようとする人が出てきてもいいと思うのだが。

 

 軽く周りを見るが、好奇心などの感情は見受けられても、それ以上の感情は見られなかった。

 この人ごみ、見世物みたいで感じ悪いな。

 昨日あんなことがあったのだ。これ以上何か自分たちに火の粉が降りかかるようなことがあるのか気になりここまで見に来たのは分かる。だがその上で自分たちには関係のないところで誰かが困っているだけだと認識して安心して眺めているだけというのはどうだろうか。他人を気遣うほど余裕がないというの分かるが……なんて、俺自身も人のことを言えるような立場ではないことを思い出して避け員歯噛みする。

 

 八つ当たりのように周りを軽く睨むと全員素知らぬ顔で散っていった。

 小さくため息をつき、今の思考を他所へやろうと、改めてポーションから這い出てきた人物を見る。

 

 髪は肩にかかる程度の長さで線は細く、色は黒。癖っ毛なのか先端が少しカールしているが、それで髪型としては逆に纏まっている。

 身長は少し低い。だいたい、一五〇半ばほど。目はつり目で、なんだか猫を彷彿とさせる。

 しかも人懐っこい顔立ちなので、その身長と相まってえらく年下に見える。

 

「助けられちゃったね。ミウです、よろしく」

「俺はコウキだ。よろしく。でも、なんでこんなことになったんだ?」

「あはは……いやー、ここにいても仕方ないし、クリアに向けて頑張ろうとポーションを買いに来たんだけどね」

 

 クリア。その単語が出てきた瞬間、一瞬だが体がピクリと反応してしまった。

 どうやら俺が思っている以上に、昨日のことは俺の精神に深く刻み込まれてしまっているようだ。

 俺はばれない程度に目の前のを観察したが、これと言ってなにかに気づいた様子はなかった。

 

 ミウは説明を続ける。

 

「いざ買おうとした時に後ろから誰かにぶつかられちゃって...」

「その時に買う個数を間違って入力して、所持数オーバーしちゃったと」

「あはは……はぁ」

 

 このゲームでは一つのアイテムの所持数はアイテムごとに決まっている。紙のような軽かったり小さなアイテムであればその上限もかなり多いのだが、ポーションのような回復アイテムは確か30個が上限だったはずだ。それを越えると今目の前で広がっているように超過分、強制ドロップしてしまう。(そもそもゲームが始まったのが昨日の今日でよくここまで買うほどお金たまってたな)

 

 にしても、この現状どうしよう? いっそのこと落ちてるのは売っちゃうとか?

 ふと、前を見ると、ミウがこちらを期待するような目で見ていた。

 

「どうした?」

「あの、よかったらでいいんだけどさ。このアイテム貰ってくれないかな?」

 

 いや、そりゃ、俺はいいけど...

 

「いいのか? 売ればいくらかお金戻ってくると思うけど」

「うーん、でも一回買っちゃった物だから、お店の人にも悪いしね」

「……じゃあ、遠慮なく」

 

 

 お店の人って言っても、NPCだから関係ないんじゃ……

 咄嗟にそう言いかけたが目の前にいるミウの目があまりにもまっすぐで、冗談を言っているわけでも、恐怖でおかしくなったわけでもないことを物語っていたため指摘の言葉は飲み込まざるを得なかった。

 とりあえず足元に転がったアイテムを片っ端からストレージに入れ終わると、ミウがお礼を言ってくる。

 

「ありがと!! また会えたら会おうね!!」

 

 すると、ミウは街の中を駆けていった。

 なんか、台風みたいなやつだったな。一人で慌てて、一人で解決して。

 俺はミウが消えていった道の方を見て心の中で、変なやつ、と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、俺は《はじまりの街》からあまり離れていないフィールドに出ていた。

 ヨウトは今も戦っている。それこそ比喩なしに命を懸けて。それを考えるといてもたってもいられなくなって、今日の朝方も今夜もこうして雑魚mobを狩っていた。

 

 今朝フィールドに出るときは、外に出た瞬間に足がすくんでしまうのではないか、と心配になったが、そんなことはなく、意外と心も安定していられた。といっても、昨日のヨウトと出ていた辺りまでだし、しかも街の近くだ。その二つがあったおかげで錯乱せずにいられたのだろう。

 

 現に、少し遠くまで行こうと思った瞬間、昨日茅場にこのゲームのことを聞いたときのように体がが萎縮してしまって、呼吸が浅くなった。

 

 つまり、怖いわけだ。

 

 何かをしなくては、と思っているのには、何かをしようと思ったら今度は恐怖で先に進めなくなる。それも自分の保身のためにだ。

 

「どこまでも中途半端だよな、俺」

 

 だからこそ、外には出るがいつでも街に戻れるような近場でしか戦闘をしない。

 これを中途半端と言わずになんと言おう?

 俺がいつものようにーーーーただし、今回は自分に向けてーーーーため息をついた瞬間、

 

 

 突如、周りに狼型のmobが連続ポップした。

 

 

 

「な……っ!?」

 

 

 ざっと見てその数、約三十匹。

 こんなポップの仕方、普通じゃない!!

 

 mobのポップにはある程度規則性がある。

 ポップの位置はmob同士が近すぎないようになっているし、時間はどれだけ早くても一分ほどは間隔があるはずなのだ。

 

 ある狼は腕に噛みつこうとしてくる。

 ある狼はその体で俺に突進をかましてくる。

 ある狼は鋭い爪で俺の腹を抉りにくる。

 狼たちはまさに飢えた獣だ。その獰猛な牙の間から涎を垂らし、小さく唸りながら、獲物である俺を仕留めようとあの手この手で襲いかかってくる。

 

「くそっ!」

 

 俺は《バーチカル》で応戦するが、いかんせん敵の数が多すぎる。一体一体はどうにかできても、数で押されてはどうしようもない。

 

 だんだんと、mobを捌ききれなくなってくる。

 体に少しずつ赤いラインが走っていき、徐々にHPが減っていく。

 このままじゃまずいと、必死にその場から撤退しようとするが、逃げようとした道も塞がれ、背後から攻撃される。

 八方塞がり。

 

 そして遂にHPはレッドゾーンに入った。

 一秒、また一秒と経つにつれ、体中を駆け巡る死への恐怖が大きく強くなっていく。

 ここで俺、死ぬのかな……

 それを自覚した瞬間、一気に体から力が抜け始める。

 

 まるで泥のなかにいきなり突き落とされたようだ。

 力を入れようにも入らず、動かそうにも体が重くて仕方がない。それなのに心は震えずにただただ水面のように凪いでいる。まるで、恐怖よりも諦めの方が強いかのように。

 

「……は」

 

自嘲するように小さく笑みが零れる。

自らの心の有り様をを自覚してしまえば体はいよいよ動かない。ここまでか。心も体も完全に力が抜けきる。

 それよりも一瞬早く、

 

 

 周りに風が吹いた。

 

 

 そう思わせるほどに、『それ』は速かった。

『それ』はまさに風のように、狼たちにまとわり、何かしたかと思えば、狼たちは次々と倒れていった。

俺はその光景にただただ目を見開くことしか出来ない。

 そんな俺など露知らず。目の前の状況は目まぐるしく変化していき、風がやんだとき、俺の近くにいた狼たちが全てポリゴンへと姿を変えていた。

 

 何が起こったんだ……?

 

「大丈夫?」

 

 俺が突然の事態に唖然としていると、『それ』は微笑みながらこちらを振り返った。

 

「ミウ……?」

 

 俺の命を救ってくれた『それ』は街でポーションをばらまいていた少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、何とか剣を握って、俺も手伝ってmobを片付けた。

 といっても、ほとんどミウが倒してしまったが。

 mobを全て倒し終えると、もう一度ミウが俺に振り返ってくる。

 

「おー、君はさっきの。さっきぶり~」

 

 ミウが手を振りながら言う。その様子は今の今までmobに囲まれていたなんて到底思えない。それこそ先ほど街で会ったときと何も変わらなかった。

 さっきまでの戦闘を繰り広げていた人物とはまるで別人のようだ。

 

 俺は強張っていた顔の筋肉を何とかほぐす。

 今になって気づいたが、体の体温が今まで感じたことないほどに下がっていた。

 これがもし現実世界なら発汗も大変なことになっていたかもしれない。いや、もしかしたら現実の俺の体はまさに今汗だくなのかもしれないが。

 

「その、ありがとう」

 

 少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが許してほしい。

 さすがに俺は命の危険から脱して数分で平常運転に戻れるほど図太い神経はしていない。

 でも、どうして。

 

「なんで助けてくれたんだ?」

 

 

 しまった。疑問がそのまま声に出てしまった。助けてくれた人に、どうして助けたのか、なんて感じ悪すぎる。

 でも、ミウは助けたあとに襲われていたのが俺だって気づいたみたいだし、街での恩返し、ということはないだろう。

 

 だがそうなると余計にわからなくなる。

 こんな何もかもが不確かな世界で、いや、仮に現実世界だったとしても、見ず知らずの人が命の危険に陥っていたとしても無条件で助けるなんて人はいない。

 

 この世界にも、外の世界にも、そんな善意は存在しないはずなんだ。

 するとミウは微妙に困ったような顔になる。

 

「うーん、言わなきゃダメ?」

「できれば」

 

 なんとなくだが、俺にとってその答えがとても大事なものになるような気がするのだ。

 今まで俺が感じてたもの、見てきたもの、思ってきたことが全て根底から覆されるような、そんな気さえする。

 

 俺のそんな思いが伝わったわけではないだろうが、何度か恥ずかしそうに逡巡していたが口を開いてくれた。

 

「カッコつけに聞こえるかもしれないんだけど……」

 

 前置きをしてミウが話し出す。

 

「誰かが困っているのを見て、助けないで後で後悔するのが嫌なんだ。あの時あーすれば良かった、こーすれば良かった、なんて考えるぐらいなら自分の本当の気持ちに従って行動する方がいいでしょ?」

 

 話を聞いて、俺は心臓を鷲掴みにされたような気がした。

 だって、それは、今俺が考えていること、ヨウトのことと……

 

 ミウが言っているのは、ヨウトと別れたとき俺ができなかったことをそのまま言っている。

 そう思うと、俺はミウから少し目を逸らした。まさにヨウトと別れるときと同じように。

 しかし、ミウの次の言葉で俺はまた視線を正面に向けることになる。

 

「それに、誰かを助けて、相手が笑ってくれたり幸せそうにしてくれたら、こっちも嬉しいから」

 

 まぁ、全部自己満足なんだけどね、最後にミウはそう付け加えた。

 言い終えた後、ミウは、やっぱりちょっと照れるね、と恥ずかしそうにしていたが、それに対して俺は唖然としていた。

 

 ミウがそんな、本当に善意だけで動いていたことにもそうだが、なによりこんなゲームの中で、そんな風に考えて行動できているミウに対して唖然とした。

 ある意味感銘を受けた、といっても過言ではないかもしれない。

 改めて、ミウを見る。

 こいつは、ミウは本当に強いんだ。このゲーム、中には発狂するような人もいるような世界に囚われても自分を見失わないし、誰かを思い、助けることができる。

優しさ、覚悟、実力。その強さとはどういった強さなのかは分からない。それでも、ミウがこの世界でも心をねじ曲げずに生きていけるのはそんな心の強さがるからこそだ。

 

 自分の身だけでなく、他人の身まで助けるというのは、つまりそういうことだ。

 

 ーー俺はこの時、初めて誰かを尊敬することを知った。

 俺もこんな風に慣れたら……

 

「じゃあ、もう行くね」

「へっ? あっ!!」

 

 気付くとミウはもう、少し離れたところにいた。

 いつの間に……本当に速いな。

 

「夜は危ないから気を付けてねー!!」

 

 そう言うと、ミウは手を振りながら走り去っていった。

 しかも顔はこちらに向けながら。

 ……お前こそよそ見しまくりじゃん。

 

 ふと、右手で左手を握ってみると、さっきまでは体温が恐ろしく低かったのに、今はいつもの体温に戻っていた。

 

「はぁー」

 

 大きく深呼吸する。久しぶりに肺に綺麗な空気が入った気がした。

 ……ミウ、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、街はだいぶん落ち着きを取り戻していた。

 というよりは、もう発狂する体力も、嘆く体力もなくなって、ただ呆然としている人が増えた、というべきか。

 道の隅の方を見れば、何人かが感情のこもっていない表情で虚空をずっと見つめていた。

 もしかしたら、俺もこうなっていたのかもしれないと思うと、少し喉に引っ掛かるものがあった。

 

 その光景はあまり見ているとこちらもどんどん気分が下を向きそうだったので、当人たちには悪いが、その場を離れた。

 向かうのは昨日と同じように門の前。

 ……よくよく考えると、俺もここでただ思考するだけなのだから、街の方にいたプレイヤーたちとほとんど変わらないのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 本当、ため息しか出ない。

 俺が今こうやって無為に時間を過ごしている間にも、ヨウトはずっと戦っているのかもしれない。

 まさに今のこの状況が俺とヨウトの違いなのだ。

 止まるか、進むか。

 いや、ヨウトだけではない。もしかしたら昨日会ったあいつとも……

 

「やめてください!!」

 

 ビクゥッ、体が一気に縮こまる。今考えていた本人の声が聞こえてきたのだから仕方ないじゃないか。

 だが、その声のおかげで思考の海から抜け出せた。

 というか、今のは……完全に悲鳴だよな。昨日みたいなのじゃなくて。

 俺は声の出所を首を回して探す。フィールド側から聞こえてくるわけないから、街の方か!

 

 いた。

 探し始めて僅か数分、ミウがいたのは、路地裏からこの門の前の広場に出てきた場所だった。

 

 ミウは四人ほどの男性プレイヤーに囲まれていた。ここからでは聞こえないが、なにか言い争っているようだ。

 恐らく、先ほどの呆然としていたプレイヤーたちとは反対方向に精神が参ってしまった人たちだろう。急に怒鳴ったり、物を蹴ったりしている。

 

 今すぐ助けないと! 体が反応するよりも先に頭が判断していた。

 だが、逆にそのせいで体が一瞬遅れて急制動をかける。

 ミウは俺なんかよりも強い、俺なんかに出番はない。俺がいかなくても丸く収まる。

 そんな悪魔の囁きのような声が聞こえてきた。

 

「くそっ!」

 

 俺はこんな時まで……なんで俺はヨウトみたいに思った通りすぐに動けないんだ。なんで俺は昨日のミウのように動けないんだ。

 これじゃあ、ヨウトと別れたときと同じじゃないか。

 

 自分がしなければならないことには体が動かないのに、自分が絶対にしたくない、逃げたくないと思っている方には体が簡単に動く。どれだけ根性無しでくず野郎なんだ俺は。

 

 俺が迷っている間にも事態は進行していく。

 

 ミウを囲っていた一人が腰から剣を抜いたのだ。それを目の前にしたミウの表情にも怯えの色が浮かぶ。

 頭が痛くなってくるほどの葛藤。目を見開き目の前で進んでいくその光景がどこかスローモーションに見える。ガチガチと震える奥歯。指がおかしくなってしまいそうなほどに強く握り混んだ手。あぁ、ここまで動きたいと思っているのに、俺はどうして――

 瞬間、昨夜のミウの言葉を思い出した。

 

 

『ーー誰かが困っているのを見て、助けないで後で後悔するのが嫌なんだ』

 

 

 ーー違う!!

 

 今、ミウを助けられるのはヨウトじゃない。

 今、ここにいるのは俺なんだ!!

 今、ミウを助けたいと思っているのは俺なんだ!!

 

 俺は今まで溜めていた何かに強く弾かれるようにミウたちの方へ駆け出した。

 

 悩むな、考えるな。思考なんて、心なんて捨て置け。今お前が頭に浮かべるのはミウを助ける、それだけでいい。

動け、腕を振れ、足を動かせ!!

 

「やめろぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 俺が走り出した時には、男の剣は振り上げられ淡いライトエフェクトを纏っていた。

させない。男たちが射程圏内に入った瞬間、剣を抜き左手側に引き絞った。

 さんざん練習したソードスキルの発動モーション。

 

「はぁっ!!」

 

 全方位単発スキル《ホリゾンタル》でミウを囲っている奴らを吹き飛ばした。

 

 街中など、《圏内》と呼ばれる場所では、剣などの攻撃を喰らってもダメージは入らないが、代わりに威力に応じたノックバックが発生する。

 俺のレベルはまだまだ低いが、それでもソードスキルを意識していない方向からまともに喰らえば、その衝撃はかなりのものだろう。

 

 このあと反撃されたらどうしよう、とか攻撃した後に慌てそうになったが、吹き飛んだ奴らは立ち上がるとそのまま一目散に逃げていった。

 

「た、助かった……」

 

 俺は緊張のあまり体の中にたまった精神的不純物を声とともに、一気に外へ放出する。

 や、ヤバかった。あのまま戦闘なんかになってたら間違いなく俺がやられてた。

 ていうか、いくら悩むなって言っても後先考えずに突進するのは何か違うくないか俺!?

 

 俺が今さら頭の中で錯乱していると、ポンポン、と肩を叩かれた。ミウだ。

 ミウはどことなく安心したように息をついた。

 

「また助けられちゃったね」

「……君なら助けは要らなかったかもしれないけど」

「ううん、そんなことないよ!」

 

 するとミウは満面の笑顔になる。

 

「ありがとっ!!」

 

 ……あぁ。

 なるほど、相手が笑ってくれたり、幸せそうにしてくれたら自分も嬉しい。昨夜、ミウが言ったことがすごく実感できた。

 それは、小学校などで先生が言う無茶な希望論なのかもしれない。

 それでも、それは真理だったんだ。

 

 そして、そんな考えをこんな世界でもそれを貫き通そうとしているミウは本当にすごいと思う。

 

「でも、君強いんだね」

「……そんなことないよ」

 

 今回は自嘲とか、そういったものなしに正直にそう思う。

 本当に強かったら、俺はヨウトについていったはずだ。

 今もこうして、街に留まることなく。

 俺は、全然強くなんかない。

 しかし、俺のそんな考えに反してミウは何か考えるような素振りを見せる。

 

 そして少しすると、うん、と頷いた。

 

「ねぇねぇ、パーティ組もうよ」

「え……」

 

 今、何て言った……?

 俺は緊張をほぐすために一度唾を飲み込む。

 

「パーティ……?」

「うん」

 

 さも当然、というようにミウは頷く。

 いや、事実これはこの世界では当たり前のことなのだ。

 だが、俺にとっては違う。俺は、ヨウトの手を取らなかった。なのに、ミウの手は取るのか?

 

 そんなこと、後々になって出てきたヨウトへの後悔や罪悪感を、ミウと組むことでなくそうとする自己満足でしかない。

 確かにヨウトと組むことは断ったけど、今はちゃんと前を向いていますよ……そんな最悪な自己満足。

 

 そんなこと、ダメだ。これはただ楽になろうとしているだけだ。

 ごめん無理だ。そう言おうとした。したのに……

 ーー本当にこのままでいいのか?

 

 ……もう、昨日から散々悩んだ。苦しんだ。後悔もした。

 またただ後悔するだけの意味のない日々に戻るのか?

 なにより、目の前の現実に絶望して立ち止まるのはもうたくさんだ。

 

 確かにこのまま突き進んだとしても希望を見つけられるとは限らない。道半ばで力尽きて結局死ぬかもしれない。それでも、その時守りたいと思った人を守り抜く力がほしい。

 それが俺の本当の思いだと、『あの時』もう答えを出したはずだろう?

 これも酷い自己満足だ。なにせただ自分のワガママのために自分の罪を捨てようとしているのだから。

 

 ……でも、それでも前に進みたい。もう立ち止まっていたくない。

 だから、

 

「分かった。パーティを組もう。ミウ」

 

 俺の言葉を聞き、弾けるように笑みを浮かべるミウ。

 俺は前に進む覚悟を決めた。何も出来ない自分と決別するために。

 こうして、俺たちの長い長い、とても長い物語は始まった。

 




少年は、こうして新たな一歩踏み出した。
この一歩は他人から見れば小さな一歩かもしれない。
笑われる程度のものかもしれない。
それでも、少年は今まで立ちたくても立てなかった新たなステージに一歩踏み出したのだ。



....と、まぁ、これまでの三話、ここまでは少し長めのプロローグでした。
これから始まるのが、コウキの新たなる物語です。
コウキが何を思い、どう行動するのか、これからも応援よろしくお願いします。


そして次回にはアッと驚く出来事が!?
....伏線の張り方を誰かに教えてもらいたい。


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SAO 少年少女の出会い
4話目 旅立ち


四話目です!
私は今日から夏休みです。
夏休みだというのに学校に出て勉強しなくてはいけないというこの理不尽、どうにかならないものか...
さて、私はタイピングが遅いので毎日更新とまではいかないと思いますが、この休みの間にできるだけ多く更新したいと思っています!

では四話目どうぞ!


「そういえばまだ自己紹介してなかったね」

 

「あー、まぁ、そうだな」

 

 ミウとパーティーを組むことになったわけだが、そのまま門の前にいても仕方がないということで、今は街の商店通りに向かって歩いている。

 街の路地などはプレイヤーたちが何をするわけでもなくただ呆然としている場所も多いが、商店通りはこのゲームの象徴でもある武器が売っているせいなのか、そういった人が少ないので、特に気が滅入ったりはしない。

 そしてそんな際のミウの言葉だったのだが...

 今さら必要なのか? 自己紹介。

 確かにまだ知り合ったばかりの間柄だが、だからといって互いに完全に初見、というわけではない。名前も顔も覚えているのだから。

 ...とかなんとか思ったが、あえて言わないのが優しさだと思います。

 あまり乗り気ではなかったが、とりあえず自分から自己紹介する。

 

「んじゃ、俺から...コウキです。武器は片手剣、ってこれはもう知ってるか、昨日もさっきも使ったし」

 

 ていうか、この世界の中での自己紹介って、なに言えばいいんだ?

 現実みたいに好きな食べ物だとか、気に入ってる曲だとか言っても仕方ないしな。ニックの時も俺名前しか言ってないし。

 自己紹介しようにも、ホントに言うべき内容がないな。

 ミウも同じことを考えていたようで、苦笑いを返してくる。

 

「でも、こういうのは初めが肝心だしね......えっと、ミウです。武器は同じく片手剣なんだけど、コウキももう知ってるもんね」

 

 昨夜の記憶を探る...、あぁ、確かにミウも片手剣だった気がする。

 となると、やっぱりミウの自己紹介にもこれといって新しい情報はない。

 まぁ、元々形式的にやっていただけだし、これでいいといえばいいような気もするけど...

 そしてやはり互いに苦笑い。

 いかん、ミウも最初が肝心だって言っていたのに。ここは何とかしないと。さすがにパーティー組んでいきなり空気悪いとかはごめんだ。

 しかし、場を盛り上げろというのは友達少ない俺にとってはとんでもない難関である。

 

「えーっと、そうだ。ミウはなんでまだこの街にいたんだ? 昨日街から出る準備してたんだよな?」

 

「あ、うん。武器とかポーションは昨日揃って街を出たんだけどね。途中まで行ったところで食べ物がないことに気づいて戻ってきたんだ。危うく冒険中に餓死するところだったよ」

 

 あはは、と恥ずかしそうに笑う。

 よし、中々良い調子なんじゃないか? 俺にしてはかなりの高得点だ。

 この調子でもう少し話を転がせば...

 

「あぁ、昨日街で会ったときにはもうほとんど買い終わってたのか。そういえば昨日初めて会ったときには《Miu》って女子みたいな名前だとおもったんだよな。何か特別な意味でもあるーー」

 

 のか? と本当は言いたかったのだが言えなかった。

 先に行っておくが、俺は話も盛り上がってきたし少し突っ込んだことを聞いてみようと思っただけなのだ。

 なのに、いつの間にかミウは少し俯いて震えていた。

 どうしたんだ、とも聞こうとしたが、これも聞けなかった。ミウが涙目でキッと睨んできたからだ。

 そしてミウはボソボソと何か小さく呟く。

 

「ーーだもん」

 

「...へっ?」

 

 

 

「......私、女の子だもん......」

 

 

 

「...はえ?」

 

 意識せずに口から変な声が漏れる。

 え、ちょっと待って。なんか思考停止してる。つまりどういうことなんだ?

 だって、ミウは男で、男のはずで、でも今女だって...

 あ、なんか頭の中で繋がった。

 

「って、ええええぇぇっぇぇぇぇぇ!?」

 

 ミウが女の子!? 俺の聞き間違いじゃなくて!?

 だって、昨日俺を助けてくれた時とかすごいカッコよくて、話し方もなんか爽やか系男子って感じで...

 言われてみるとミウって男にしては体つきが細いような...

 でも、胸は男と変わらないーー目潰しっ!?

 

「あぶなっ!? いきなり何すんだよ!!」

 

「...なんか不埒な視線を感じたから」

 

 いや、確かに見てましたけどね!? いくらなんでもいきなり目潰しはないでしょう? 今のリアルなら間違いなく入ってたぞ!?

 なんか久しぶりにテンションが上がったが、今はそれどころではない。

 ミウがこちらを睨んだまま自分の胸を俺から隠すように抱いたからだ。

 まずい、このままでは俺が女子を胸で判断する変質者だと思われてしまう。それだけは避けなくては!!

 俺は普段使わない自分を弁護するという回路を必死に動かす。

 

「だ、大丈夫! 俺は胸で人を判断しないし、別に胸がメチャクチャ小さくても気にすることじゃげぼらぁっ!?」

 

 頑張って弁解したらぶん殴られました、まる。

 ...おかしいな、どこで間違えたんだろう?

 

 

 

 

「ふへへ~」

 

「...はぁ」

 

 ミウとベンチに座りながらため息をつく。

 あれから三十分。突如開戦となった第一次パーティー大戦ーーこれから二次、三次があってはたまったものではないがーーはようやく終戦を迎えた。

 和平交渉にドーナツを送ったのが効いたようだ。

 ...さっきまでガチ泣き寸前だったて言うのに、今はなんか満面の笑顔で幸せ一杯、口の中一杯にしてるし。両手にドーナツもって頬を膨らませてなんかハムスターっぽい。

 てか、あんなに膨らませて痛くないのか? ほっぺ。

 俺がヤバイほど伸びてるミウの摩訶不思議なほっぺと、女子の甘い物好きについての因果関係を考察していると、

 

「あむ、そういえば、コウキはステータスどうしてるの?」

 

 最後のドーナツを食べ終えたミウが聞いてきた。

 ...あれ? ミウさん、確か俺ドーナツ四個ぐらい買ってきませんでしたっけ? なんで二分も経ってないのに全部なくなってるんですかね?

 本当、ミウは謎で一杯だ。

 

「攻撃重視で3:2。ミウは?」

 

「おー、私たちバランスいいね。私は俊敏力重視で3:2だよ」

 

 バランス...いいのだろうか? ぶっちゃけその辺の詳しいことはよく分からない。

 俺はあまりゲームのことは詳しくないし、大抵分からないことはヨウトーーもしくはリアルの陽ーーに聞いていたからなぁ。

 とりあえずヨウトのことは伏せておいて、俺がゲーム初心者なことはミウに伝える。こういう情報は必要だと思うし。

 

「まぁ、私もそんなに詳しい方じゃないしね。少しずつ調べていけば良いんじゃないかな?」

 

「分かった」

 

 うむ、と頷きながらミウが笑って返してくる。

 その様子はミウが女だと分かっていても、爽やか系男子の笑顔にしか見えなかった。

 こう言ったらまたミウが涙目になりそうだけど...ミウって、女子にモテそうだよなぁ。

 

「さて!」

 

 スクッと勢いよくミウがベンチから立ち上がる。

 

「備えしにいこう?」

 

 ......備え?

 俺が頭に疑問符を浮かばせている間も、ミウはフフン、と得意そうに笑っていた。

 

 

 

 

 そして、ミウの言うところの備えにをするために、俺たちは当初の目的通り商店通りにきた。

 商店通りはやはり俺の予想通り、プレイヤーは少なく、その代わりにNPCたちの声で賑やかな雰囲気だった。

 ただそれはどこか変化のない賑やかさで、これはこれで少し首を捻ってしまう。

 まぁ、今はそんなことはどうでも良い。そんな街の雰囲気なんぞは茅場さんにでも任せよう。俺には、今もっと悩むべきことがある。

 

「......見失った」

 

 パーティー結成から一時間とちょっと、いきなりパートナーとはぐれていた。

 確かに商店通り、と言っても俺たち以外のプレイヤーはほとんどいないので人通りはそこまで多くない。

 だが、普通に通行目的のNPCもいれば、商店通りには脇道もある。そんな中から特定の人物を探すのは中々に難しい。

 試しに360度周りを見渡してみるが、やはりミウの姿は見つからない。

 ...くそ、こんなことなら紐でも付けとくんだった。

 先ほどまでの俺ならミウ相手にこんな発想は絶対に思い浮かばなかったのだが、今は違った。

 

「まさか、商店通りについたら、視界に入った食べ物の出店を片っ端から回り始めるとは......」

 

 ははは、とつい乾いた笑みが漏れる。

 まず街に入った瞬間に声を上げ、視界に入ったたい焼き屋に直行。次に焼き鳥屋、次にクレープ屋、次が...なんだったっけ?

 とにかく、もう思い出せないほど回った。

 しかもミウが一つ一つの店で買い物するならともかく、なぜかほとんどの店は見るだけでそのまま次の店に移動してしまうのだ。

 そりゃ見失いもする。

 なんでこう、俺が仲良くなろうと思う相手は常識、という概念が欠如しているのだろう?

 

「おーい、ミウー」

 

「あ、コウキいたー!」

 

 これは見つけるまでに何時間かかるんだ、と思っていた矢先、人ごみをくぐってミウが正面におどりでてきた。

 ...案外簡単に見つかったよ。この通りって思ってたよりも小さいのかな。っていやいやそんな訳ない。

 この商店通りは確か《始まりの街》を横断するように通っていたはずだ。

 

「...なぁ、ミウ。色々言いたいことはあるけど、今までどこ行ってたんだ?」

 

「うん? 出店回ってて気づいたら通りの端っこまで行ってたから逆走してきた」

 

 マジかよ、昨日歩いてみたけど普通に一時間近くかかる距離だぞ?

 俺がジト目を送ると、ミウもさすがに自分が軽く暴走したことに自覚があったのか、微妙に視線を逸らした。

 いや、別にミウを糾弾したいわけではないのだ。ミウは女の子。きっと俺には分からないこともあるのだろう。

 でも、

 

「まったく、もう離れるなよ?」

 

 一言ぐらい声かけろや。

 笑顔で言ったはずなのにミウの顔に一気に冷や汗が浮かんだ気がした。...俺はナニモイッテマセンヨー。

 

「さ、さあ、早速食料買いにいこっか!」

 

 あ、逃げた。

 ま、俺もさすがに延々弄り倒すほど性格悪くないけどさ。

 ミウが先に進もうとして振り返ったとき、今までミウが後ろ手に持っていたものがチラッと見えた。

 ...クレープに、シュークリーム?

 ミウが持っていたのは、いわゆるスイーツの類いだった。

 ミウって...と、考えていたが途中で思考が中断される。

 

「...あの、ミウさん?」

 

「なに?」

 

「なんか、距離が近くありません?」

 

 俺もミウに付いていこうとしたら、ミウが俺に寄り添っている、と言っていいほどに近づいてきた。

 少しでも身じろぎすれば腕がぶつかってしまいそうだ。

 

「だって、コウキが離れるなって言ったよね?」

 

 なるほど、俺のせいか、ちくしょう。

 別に女子に近づかれたら緊張する、とかそういうわけではないが、ここまでパーソナルエリアに侵入されると、どうしても身構えてしまう。

 昨日から少し思ってたけど、ミウって他人との距離がすごく近いよな。

 俺は出来る限りミウを意識しないようにしながら歩く。

 

「そういえば、備えって言うのは結局食料のことなんだ。今日会ったときにはもう買ってたのかと思ってた」

 

「朝会った時はちょっと道に迷っちゃてね。はは...」

 

 多分、また食べ物巡りでもしていたんだろう。

 

「でも、食べ物って確かフィールドでも手に入るよな?」

 

 前にフィールドに出たときは木の下辺りに木の実とかが落ちていたはずだ。

 おそらく今回のミウのようにフィールドで食料不足に陥ったときの非常用に設定されているのだと思う。

 だからいちいち戻ってこないでも少し無理をすれば次の街ぐらいまでは行けたと思うのだが...

 するとミウは急に真剣なに表情になった。

 

「...ねぇ、コウキ。お腹が減ったら辛いよね?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「お腹が減ったら力がでないよね?」

 

「そうだな」

 

「つまりそういうことだよ!」

 

「いやごめん、何も伝わってこないんだけど!?」

 

「お腹減ったまま冒険なんてなんか間抜けだもん!!」

 

「思いの外簡単な理由だった!?」

 

 おかしい、確か俺が今いるのはデスゲームと化した世界だったはず。

 それで俺らは今その世界を冒険しようと準備をしている。

 ...なんでこんな漫才をしてるんだろう? 空気感違い過ぎる。

 なんかさっきからミウに振り回されっぱなしだ。

 俺は一度深呼吸して空気を入れ替える。

 

「...それで、今適当に歩いてるけど。ミウは食料売り場の場所知ってるの?」

 

 俺がこの二日間使用していた食料売り場は現在地からではほぼ逆方向。今から行っていたのでは少々遠回りだ。

 なのでミウが歩く方向に任していたのだが...

 さっき、俺に会ったときは道に迷った、とか言ってたしなぁ。

 

「大丈夫! さすがにもう2回も迷ったから、さすがに迷わないよ!」

 

 

 

 

「で、迷ったわけだが」

 

「......ごめんなさい」

 

 いや、謝られても困る。

 この際、ミウの極度の方向音痴はいわゆる女の子特有のか弱い部分ということで無理やり片付けておくとしても、まさか俺自身も迷うことになるとは思わなかった。

 ウィンドウの中にはその街のマップが入っているのだが、まさか地図を見ても帰りかたが分からないとは。

 ただ外に出る準備をしているだけでこんなことになるとは、このゲームを甘く見ていたぜ...

 さて、本当にどうしよう?

 

「なぁ、ミウはいつも迷ったときどうやって元の道にーーて、うぇっ!?」

 

 ミウにも意見を聞こうとミウの方を見ると、本日二度目の涙目になっていた。

 もしかして俺が怒ってると思われたのか? 経験が無さすぎていまいちミウが涙目になっている理由が分からない!

 

「私...歩く才能ないのかな?」

 

 歩くの才能って...

 上目遣いで聞いてくるミウに初めて少し可愛いと感じたが、俺はミウの斜め上過ぎる発言に苦笑いを隠せなかった。

 

「ま、まぁ、誰にだってミスはあるさ。今回はたまたま3回続いただけだって」

 

「これで7回目なのに...?」

 

 なんと、本当はさっき言っていた倍以上迷ってたのか。

 ていうかミウ、サバ読みすぎ。

 俺があまりのことにフォローの言葉を失っていると、

 

「...ぐすっ」

 

 まずい、本当に限界のようだ。

 あわわわっ! こんなときはどうすれば!? いくらなんでもパーティー組んで初日にガチ泣きだなんて互いに完全に黒歴史になってしまう!!

 はっ! 女子は頭を撫でられると気分が落ち着くってなんかの本で読んだ気がする!!

 とりあえずミウの頭を撫でてみた。

 

「...うぅ~」

 

 よし! まだ泣き止んだ訳じゃないけど少し落ち着いてくれたみたいだ。あとは何かを一声かけて上げれば...

 

「大丈夫だって。その年でできないのは珍しいけど、道を覚えるぐらい誰でもできるんだから、ミウだってそのうちできるって!」

 

 ブチィ! そんな音が聞こえた気がした。

 次の瞬間にはこちらも本日二度目の凄まじい音を立ててプレイヤーが一人宙を舞ったてさ。

 

 

 

 

「もう! コウキにはまずデリカシーから教えないといけない気がする!」

 

「...面目ない」

 

 まさか終戦からすぐにまた開戦するとは...

 今ミウの手にあるのはクレープ(ミウが持っていたのとは別の味)だ。和平交渉として要求されたものだった。

 幸せそうに食べているせいか、先ほどの声にも既に怒気はない。やはりお菓子の力は絶大だった。(ちなみに出店を探し回ってるうちに知っている道に出られました)

 ...しかし、さっきは何がダメだったんだろう? 一回目もそうだが、二回目も怒られた理由が分からない。

 もしかして俺に触られるのが嫌だったのだろうか? だったら完全に俺が悪いな。女子には男に触れられたくないっていう人も多いらしいし、ミウもきっとそうなのだろう。これからは気を付けなくては。

 

「...なんかまた勘違いされてる気がする」

 

「なにが?」

 

「いやぁ、もうなんでも良いや」

 

 ミウの乾いた笑いが響いた。

 なんだかミウの目にえらく光彩が浮かんでいないのが印象的だった。

 そして、ミウがクレープを食べ終わる。

 

「じゃあ、食料も買ったし、行こっか!」

 

「...うん」

 

 俺もミウと一緒に立ち上がる。

 心なし今までよりも少し硬いミウの声に俺も気を引き締めた。

 いよいよ、か。

 

 

 

 

 そして、俺たちは門の目の前に来た。

 辺りを見回すと、そこは相も変わらず閑散としていた。

 最後に門の向こう側を見る。

 ...もう何度も見たのに、いざ、外に出ようって心持ちひとつでこんなに広く感じるのか。

 そりゃそうか。今までは街の近くまでしか出ないっていう前提の元で出ていたからな。

 あと一歩でも前に足を出せば、フィールドに出る。

 中途半端にではなく、今度は完全に。

 ......。

 

「? 何してるの? 早く行こうよ!」

 

 俺が感慨に耽っていると、ミウが笑顔で俺の手を取り、そのまま俺を門の外まで連れ出してしまった。

 ええぇ......。

 いや、確かに旗から見ればただ門の前でボーッとしてるように見えたかもしれないけどさ...

 もうちょっと俺の覚悟とか葛藤とか色々尊重してほしかったなぁ。

 俺がその事をそれとなく伝えると、

 

「あはは、ごめんね。誰かと一緒にフィールドに出られると思うと嬉しくて我慢できなくて」

 

 ミウが申し訳なさそうに笑う。

 その言い方は卑怯だと思う。そんな頼られるような言い方をされては怒るに怒れない。

 まぁ、俺も尊敬してるーーーー本人には恥ずかしくて言えないがーーーーミウと外に出られるのは嬉しいので反論しないが。

 

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

「おー!」

 

 

 




さて、前回後書きに書いたアッと驚く展開でした!

.....ほとんどの人が分かっていましたよね~
こういう、実は性別逆でした! っていうパターンは描写が難しすぎますね。
描写を増やしてしまうと見た目だけでも女の子だって分かってしまいますし、逆に減らしてしまえば見た目が上手く伝わらなくなってしまう...ジレンマ~

それにしても、ようやく街から出られましたよ。こいつらどんだけ漫才してるんだよって話ですよね。
次回からはどんどん外の話をしますよー!


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5話目 目標

五話目です!
元々、文の書き方は下手なのですが、最近さらに迷走気味です。
他の方の作品を読んだりして勉強させてもらったりはしていますが....どうにこうにも。
もっと多くの人にも楽しんでもらえるよう精進あるのみです!


 俺たちは今、《はじまりの街》から二つ目の街に移動中だった。

 先ほどまでは初日にも行った草原を歩いていたが、今歩いているのは背の丈が少し低めの林道だ。

 と言っても、分かれ道は今まで歩いていても二つしかなかったので、いきなり道に迷うということはなさそうだ。(まぁ、林の中を突っ切ろうとしたら話は別だが、フィールドに出て初日でそんな命知らずなことはしない)

 

「意外と退屈だねぇ」

 

 ミウが欠伸をしながら言う。

 本当なら少しでも油断すれば比喩なしに命を落とすこのデスゲーム。ミウの言動は呑気すぎると思われてしまうかもしれないが、ミウがそう思っても仕方がないのだ。

 

「ふっ」

 

 ミウが片手剣単発スキル《バーチカル》で猪を斬り倒す。

 別に、mobがポップしないわけではない。

 むしろ街近くの草原に比べればポップ率もスピードも高い。

 だが、今のようにポップした瞬間にミウがーーーたまに俺もーーー倒してしまうのだ。

 昨日十分分かってたつもりなんだけど、本当にミウは強い。ぶっちゃけ強すぎて俺の出番ないッス。

 でも、門を出るときはちょっと怖じ気づいたりもしたけど、フィールドに出ると意外と大丈夫だったな。

 あのときミウが緊張した雰囲気を壊してくれたことや、そもそも一人じゃないことが大きいのだろう。これはミウに感謝だ。

 

「お疲れ様」

 

 

「ありがと...でも、これでお疲れ様って言われてもね」

 

 確かに、ミウなら全然疲れてないだろうな。

 ミウはすぐに緊張感を緩めると、大きく伸びをした。相変わらず動作一つ一つが爽やか少年だ。

 そう思った瞬間にミウに視線を向けられる。え、さすがに心の中で言ったことまで咎められるのはちょっと...

 俺は思考がばれたかと思っても冷や汗をかいたが、どうやらミウが気になったことは別だったようだ。

 

「そういえば、コウキって意外とステータス高いよね」

 

 一瞬ものすごく失礼なことを聞かれた気がしたが、すぐに勘違いだと気づく。

 ミウは聞いた話によるとこのゲームが始まってからずっと戦い続けているのに、街にいた俺がミウのペースに付いていけていることに疑問を感じたのだろう。

 

「俺も今日朝戦ってみて気づいたんだけど、なんか夜の方がmob強くて経験値も多いみたいなんだよね」

 

 ミウは基本的に日中フィールドに出ているみたいだから、朝と比べて短い夜でもミウと同程度の経験値を稼げたのだ。

 まぁ、それでも今のように実力差が出ているのは、やはりミウの方が長い時間戦っているのと....才能だろうなぁ。

 でも、そうやって考えると昨日の夜、ミウに助けてもらえたのは本当に運が良かったんだと思う。

 街の中では漫才で流してしまったが、もしもミウが食料を買うために戻ってきていなかったら...いや、この考えは生産的ではない。やめよう。

 思考を切り替えるためにも、他に気になったことをミウに聞く。

 

「ミウ、今レベルは?」

 

「私? 私は今4だよ。コウキは?」

 

「俺は3」

 

 ミウに答えつつウィンドウを開く。

 そこから操作して見るのはフレンドリスト。

 そこに記された名前は二つ。一つはパーティーを組んだときに自動登録されたミウ。そしてもう一つは...ヨウト。

 そこからさらに操作してヨウトの欄を開く。

 

「...なぁ、ミウ」

 

「ん?」

 

「ミウの最終的な目標って、先に行ったプレイヤーたちに追い付くこと...つまり最前線で戦うことでいいんだよな?」

 

「うん、リアルに帰ることだから、結果的にはそうなるかな?」

 

「そっか...」

 

 あの時、かなり早めに街を出ていったヨウトはおそらく最前線にいるだろう。そのヨウトのレベルを基準にするならば...

 本当にあいつは、いつも俺の前に行ってるよな。

 ....こんなことじゃ、ダメだよな。

 

「どうしたの?」

 

 しまった、一人で考え込んでしまったようだ。

 

「...ヨウト、俺の友達がさ、多分前線にいるんだけど、そいつが今レベル5なんだ」

 

「つまり、今のペースだと前線に入れないかもってことだね」

 

 ミウに頷く。

 正直な話、別に急ぐ必要はない。おそらく急がなくても前線の人たちの後を追うように攻略していけば、俺はともかくミウはいつか前線に加われるだろう。

 だが、それではダメなのだ。

 俺の目標は守りたいものを守り抜くこと。

 それはつまり、場合によっては攻略の最前線でも誰かを守ることになるかもしれないということだ。

 そのためには、実力でプレイヤーの中でトップクラスにならなくてはならない。

 そしてそれは、昨夜の話からミウにも同じことが言える。

 ミウを見る。

 

「....?」

 

 話が見えない、というように小首を傾げていた。

 ....ミウは一度俺を助けてくれている。人を守るというのはこんなにすごいことなんだ。

 改めてミウのすごさが分かる。同時に、俺ではどれだけ頑張ってもできないような気がしてくる。

 ...それでも、もう諦めないって決めたんだ。

 

「よし!」

 

 俺は両頬を叩く。

 元々、俺が誰かを守れるようになるということ自体ハードルが高いんだ。だったら目標だってハードルを高くしなくてどうする?

 俺は、強くならないと。もう大事なものを失ったりしないように。

 

「ミウ。理由はどうあれ俺もミウも強くなりたいと思ってる。それでいいか?」

 

「....うん」

 

 ミウが今までと声のトーンを変えて頷く。どうやらミウとしてもそこは重要なポイントのようだ。

 俺はそれに気をよくして話を続ける。

 

「どこまで強くなればいいのかは分からないけど、とりあえず、一層のボス攻略に参加する、ってことで.....いいかな?」

 

 途中までは少しテンションが上がってヨウトと話すときのように話していたが、途中から我に帰る。

 なんで俺が仕切るみたいな話し方になってんだろう? これはいくらなんでも偉そうだ。

 そんな思いから言葉尻が自信なさげになってしまったが、ミウは特に気にしていないようだ。俺の言葉に迷うことなく頷いてくれた。

 もっともっと強く....

 俺はそんな思いのもと、ポップしてきたmobに剣を抜いてむ向かっていった。

 

 

 

 

 それから夜になるまで攻略を続けた結果、第2の街《トロイ》に到着した。もちろん先ほどの話のもと、もっと強くなるためにも出来る限りmobを倒してきた。

 

「つ、着いた...」

 

 だが、それとは別の要因で俺は軽い疲労困憊状態になっていた。

 なんか、すっごい遠回りしたような気がする...

 

「ごめんね」

 

 ミウが申し訳なさそうに言ってくる。

 またミウが《はじまりの街》の時のようにミウ専用のパッシブスキル、方向音痴を発揮したーー訳ではない。

 ここまで来る途中、一人のプレイヤーが大量のmobに襲われていたのだ。

 それをミウが助けようとし、俺も賛成ーーーー自分の前の状況と被りまくったーーーー結果、予想以上に時間を取られてしまった、ということだ。

 だが、今も言ったように今回のことは俺も賛成したことだ。ミウが落ち込む理由はどこにもないし、襲われていたプレイヤーも助けられた。まさに万々歳だ。

 

「ミウは何も悪いことしてないだろ? むしろ誇ってもいいんじゃないか?」

 

「そ、そうかな...」

 

 ミウは目を逸らして自分の少し跳ねた髪を弄っていた。

 これは...照れてる?

 この一日、ミウの行動を一つ一つ見ていたが、相変わらずミウの行動にはいまいちよく分からない部分があった。

 別に俺の考えが一般常識の全て、とかのたまうつもりはないが、それでもミウの行動は少し理解が難しい。

 それは《はじまりの街》でもフィールドでもだ。

 特にそれが顕著だったのは、やはりミウと初めてあったときのNPCを気遣う素振りだろう。

 あの行動は今のところ最も理解できない。

 .....まぁ、ミウと俺では性別も(多分)年齢も違うのだから思考が違って当たり前と言われればそうなのだが。

 ていうか、女子の思考をトレースしようとしてるって、端からみればただの変態だよなぁ。

 

「そういえば、今日の宿どうする?」

 

「あ、そっか。この街には自分の部屋ないもんなぁ」

 

 《はじまりの街》にはプレイヤー一人一人に自分の部屋が用意されていた。部屋によって大きさ、仕様は様々だったが、《はじまりの街》があれだけ巨大な理由は間違いなくプレイヤーたちの部屋のせいだろう。

 もちろん、他の街に行けば《はじまりの街》に戻らない限り自分の部屋は使えないわけで...

 

「うーん...どこにあるか二手に別れて聞いて回ってみる?」

 

「そうだな」

 

 闇雲に探し回るよりはそちらの方が効率的なのでミウの案を採用する。

 ...とりあえず、ミウは絶対に視界から外さないように注意しておこうと心に誓いながら。

 

 

 

 

 その後、無事に宿を見つけた俺たちは夕食を摂っていた。

 不思議なことに、ゲームの中でも腹は減る。茅場さんは「これはゲームであっても、遊びではない」って言ってたけど、この辺りにもその言葉が含まれているのだろう。

 俺の前にはこの街限定の猪丼なるものが、ミウの前にはミートスパゲッティが置いてある。

 最初は猪丼と聞いて、この辺りにポップしまくっているあの猪のことだろうかと少し敬遠していたが、店員のNPCにすごい勢いで推されてしまい注文してしまったのだ。

 で、恐る恐る食べてみたら、これが案外旨い。牛丼の少し肉が硬いバージョンといった感じだ。

 

「わっ、これ美味しい!」

 

 ミウも食べているものは違えど、同じ感想のようだ。顔を綻ばせている。

 《はじまりの街》の時もそうだったけど、本当に美味しそうに食べるよなぁ。見ているこっちもつられて笑顔になりそうだ。

 ...あ、そうだ

 

「ミウ、明日受けてみたいクエストあるんだけど、いい?」

 

「うん、いいよー。どんなクエスト?」

 

「なんか猪から羊を守れっていう内容らしいよ」

 

 先ほどミウと別行動中にNPCからたまたま聞いたのだ。

 このゲームも他のゲーム同様に、NPCや他のプレイヤーとの会話で多くの情報が入手できるようになっているようだ。

 ミウにNPCから聞いた情報を話していく。クエストの起動時間、受注方法、その他...

 その中で、報酬についてだけは話さなかった。

 もちろん、報酬についてもそれっぽいものは聞いていたが、今言ってしまうとつまらないのでやめておく。

 

「ポップするmobもこの辺のよりも少し強いらしいから、連携とか試すのもちょうどいいし」

 

「じゃあ、今日は早く帰って寝ないとね。ご馳走さまでした」

 

「え、食うのはやっ!?」

 

 確か今の今まで俺と話していたはずのミウは、いつの間にか自分の分を食べきっていた。

 本当、ミウはよく分からない。

 

 

 その後宿屋でお金も浮くから同じ部屋でいいとか言い出したミウを言いくるめるのに苦労したのは、また別の話。

 

 

 

 

 神様というのは、本当に性格が悪いんだと思う。

 ミウが猪4匹相手に完全に圧倒しているのを見ながらなんとなしにそう思った。

 

「はぁっ!」

 

 ミウが猪の一匹に止めをさす。

 この辺りの猪は一撃で倒れるようなことはなく、むしろそのお陰でソードスキルや、連携の練習ができていた。

 よって草原の時とは違ってミウも動き回るわけだが....やはりすごい。それも圧倒的なほどに。

 ミウに向かっていった猪はすれ違いざまにほぼ100パーセントカウンターを、猪が身を固めて防御にはいれば防御の穴をすかさず付く。

 多対一になったらすぐさま上手く立ち回り一対一の状況を作り出す、といったように、その都度その都度の判断能力とそれを用意に実行する運動能力がすさまじく高い。

 今も、ミウに向かって三匹の猪が突進したが、ミウは少し早めに出ていた一匹の猪を剣の腹で横からぶっ叩き猪の重心をずらすことでで反対側にいた猪に体をぶつけさせた。

 猪二匹が行動不能になっているうちに、ミウは残りの一匹と正面から戦っていた。

 その動作は一瞬のこと。俺ならばやろうと意識しても間違いなく猪に轢かれている。ミウはそれを戦闘中さも当然のようにやってのけている。

 はは...本当実力差が大きすぎて悲しくなってくる。

 俺も負けじと自分に向かってきた猪を剣で受け止め、逆に押し返す。

 猪の体勢が崩れたところに《バーチカル》を放ち、猪の腹を切り裂いた。

 猪のHPバーを削りきり、猪が倒れたところでクエストクリア条件の撃破数を越えた。

 それをミウと確認すると、俺たちは依頼主のもとに戻りクエストクリアの経験値と目的の報酬を貰った。

 

「《羊のクリーム》....?」

 

 結局今のままでミウには報酬の内容を伝えていなかった。

 聞いていなかったものが貰えたせいか、小首を傾げているミウに、クリームを出してみるよう促す。

 出てきたのは小瓶に入った、少し黄色がかっているクリームだ。

 

「わぁっ!」

 

 実物を見た瞬間、ミウは目を輝かせた。

 このクエストのもうひとつの報酬は羊から採れる乳で作ったカスタードクリームなのだ。

 ミウは早速クリームを少し手に垂らし、舐めると

 

「うんぅ~」

 

 頬に手を当てて満面の笑顔になっていた。

 やっぱり、《はじまりの街》でも思ったが、ミウは甘いもの、それも特にスイーツ系が大好物のようだ。

 そのことから、昨日このクエストを聞いたときに、これはいい、と思ってチャレンジしたのだ。

 ま、ちょっと予想以上の喜びようだったけど、喜んでくれてなによーーーー

 

「コウキっ、ありがと!」

 

「...え?」

 

 予想していなかったタイミングでお礼を言われて間抜けな声が漏れてしまった。

 あれ? もしかして、ばれてた?

 

「だって、宿探すとき少し別行動はしたけど、私も聞いて回ってたしね」

 

 うぐっ、そりゃそうか。

 《トロイ》は《はじまりの街》と比べてかなり小さい。むしろ聞いていない方がおかしいかもしれない。

 確かにミウから目を離さないようにはしていたけど、さすがにミウが話している内容までは聞き取れなかった。

 ミウがクリームを貰ったときに驚いていたのは、クエストの存在は知っていたけど、どのクエストかまでは知らなかったからだそうだ。

 やっぱ、こういうサプライズってのは俺の柄じゃなかったか...

 慣れないことをしてしまった、と軽く後悔していると、でも、とミウが付け加える。

 

「聞いたときはやりたいって思ったけど、コウキに悪いし諦めてたんだ」

 

 だからありがとってことか。

 ...ま、まぁ、ばれてたけど結果オーライってことでいいのか?

 うん、きっとそうだ。そうに違いない。

 

「あ、コウキ。まだ時間って大丈夫かな?」

 

「まぁ、クエスト見越して早めに出たし問題ないけど...なんで?」

 

「じゃあさ...」

 

 この時、ミウの提案を断ればよかったと後になって思うことになる。

 俺は《始まりの街》で知っていたはずなのに。ミウの甘いもの好きの度合いを。

 

「もう一回やってもいい?」

 

 

 

 

 俺は、ミウの甘いもの好きを舐めていた。

 結局あの後、計6回も同じクエストにチャレンジすることになったのだ。

 しかもクリアして報酬を貰う度にミウが幸せそうに笑うのだから性質が悪い。

『相手が幸せそうになったら、自分も嬉しい』ミウが前に言ったことだが、この考え方も大変だなぁ、と思いつつミウの笑顔に負けてチャレンジしまくったわけだ。

 もっと自分の意思を強くもとうと心に誓った日でした...

 

 

 

 

 




か、書き終わった....
やばい、本当に迷走してる。
こういうのってもっとキャラの軸をしっかりさせて書いた方がいいのか、それとも話の作り方が悪いのか....

あー、文才がほしいよぉ。


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6話目 プレイヤーとNPC

六話目です!
先日、初めて感想をもらえました!
あまりの感動に気付いたら涙ぐんでいました!
やはり感想を貰えるとモチベーションが全然違いますね、他の作者の方々がどうしてあんなに早く投稿できるのかが少し分かった気がしました。
これからもご指摘ご感想あればどんどん書いてもらえると嬉しいです!

それではどうぞ!


 《トロイ》についてから、数日が数日が過ぎた。

 俺たちはまずこのゲームに慣れるためにも、どんどん進んでいくのではなく周りを調査して、かつ、経験値も貯めていこうということになっていた。

 お陰で大分この世界にも慣れてきたし、経験値も稼げた。

 そして、ミウのことも少し分かってきた。

 とりあえず少しは身構えずとも話せる程度には。

 今は《トロイ》から少し北に進んだ森にいる。

 木々が光を侵入させないほど生い茂っている、というほどではないが、《トロイ》に行くまでの林道に比べればかなり木は多い。

 これで木の陰から急に襲われでもしたら少々辛いのだが...

 

「...出てこね~」

 

 そのポップ率が異常なほど低い。

 出てきたとしても一匹ずつで、二人で集中攻撃してしまえばすぐに終わる。

 別に絶体絶命のピンチに陥りたい、とかそんな自殺願望はないが、かといってここまで張り合いがないのもどうかと思う。

 《はじまりの街》付近の連続ポップといい、妙にバランスが悪く感じる。

 

「なんだろ、あれ」

 

 俺と同じく暇そうにしていたミウが左の方を指差す。

 木が邪魔をして見えずらいが、あれは...

 

「....家、いや、村かな?」

 

 そこには、5~7軒ほどの民家があった。

 お金持ちの芸能人が持っていそうな別荘で、家全てが綺麗な木でできていた。

 ...どんなゲームでも、この手のフィールドの中にポツンとある村なにかしら重要性があることが多い、と、思う。

 俺があまりゲームやったことがないから確証はないけど。

 その旨をミウに伝える。

 

「確かに、何かのクエストとかはありそうだよね」

 

「どうする?」

 

「私も気になるし、休憩がてら行こうよ」

 

「了解」

 

 周りを見回してもその村に続く道はなさそうだったので、仕方なく木々の間をすり抜けていく。

 木の根本には丈の長い草もあったので、隠れていたmobが飛び出してきたらどうしよう、と少し不安になったが、そんなことはなかった。

 そして無事に村にはいるが...

 

「誰もいないね」

 

「うーん、足跡かあるし、誰かはいそうなんだけどな」

 

 ということは、家の中か?

 まぁ、これだけ家があればどの家にも誰もいないということはないだろう。

 何軒かノックして回ると、どの家も返事はあった。ただ、どの家も門前払いという感じで取り合ってはくれない。

 これは無駄足になったか? とミウと少し不安になってきたとき、5軒目をノックすると、今までと違う反応が返ってきた。

 

「....どちらさまですか?」

 

「えっと、旅の者です。少しお話を聞きたいのですが...」

 

 俺が少し慌て気味に答えると、ゆっくりと扉が開いた。

 中から出てきたのは、どこか疲れた雰囲気を纏った女性だった。

 

「旅のお方、何もありませんが、上がっていかれません?」

 

「はい、失礼します」

 

 そう答えたのはミウだ。

 迷う素振りを一切見せなかったので、少し驚いた。

 

「ごめんね、なんか困ってるみたいだったから...」

 

「全然。俺もちょっと気になったし」

 

 家の中に入ると、中は外から見たよりも少し大きく感じた。

 家具やものが少ないせいかもしれない。

 特に目を引いたのは、中央に配置されているテーブルの少し右側の天井から吊るされているカーテンだ。

 別にそれだけなら何も違和感はないのだが、この家はトイレやバスを除けば基本的にワンルームのようだ。

 それを部屋の大部分が使えなくなるようにカーテンを引いているのが少し気になった。

 

「水でいいかしら?」

 

 女性がそう言った瞬間、女性の頭上にポン、と軽い電子音を鳴らして金色のクエスチョンマークが出現した。

 クエスト発生の証しだ。羊のクエストの時は依頼主の頭上に最初からマークが出ていたから、今回の場合は起動式のクエストなのか?

 起動条件は話し掛けて家に上がるってところか。

 

「はい、お願いします」

 

 ミウがそう答えると、先ほどとは違う音が鳴って女性が話し出した。クエストを受注できたらしい。

 ...この辺りでは最近、謎の熱病が流行っているらしく、女性の娘も病気にかかってしまった。市販の薬では全く役に立たず、この熱を抑えるにはこの森に出現する植物系mob《リトルネペント》を倒すとドロップするアイテム《リトルネペントの胚珠》を煎じて作った薬を飲ませなければならない。

 そのアイテムを納品してほしい、という内容だった。

 どうやらカーテンでしきられた向こう側で件の娘さんが寝込んでいるらしい。

 話を聞いている間、ミウの顔を盗み見ると女性の娘を心配しているのか、かなり表情が暗くなっていた。

 これはそういう設定なんだから気にしなくていいんじゃ...

 

「頼んでもいいかしら?」

 

「任せてください!!」

 

 ミウに声をかけようとしたが、女性の質問にミウが答えたこともあったのでタイミングを逸してしまった。

 その際のミウの余裕のない表情が、妙に印象的だった。

 

 

 

 

 《リトルネペント》は夜にしかポップしないらしく、俺たちはそれまでフィールドに出てmobを狩り、経験値を貯めてすごした。

 その間もミウはどこか思い詰めた表情をしていた。

 俺もそれとなく声をかけてみたのだが、なんでもない、としか返されなかった。

 そして夜。

 

「うわぁ」

 

 つい、そんな声が出てしまった。

 だって日中はあんなにポップしてなかったのに夜になった途端、ポップしまくってるし...

 件の《リトルネペント》は、胴体が膨らみ、腕はツル状、足は植物の根のような形状、頭は全て口になっている。頭のてっぺんには双葉のようなものが生えていた。

 そんな姿をしているmobが見渡す限りそこら中にいるのだ。そりゃ声だって出るだろう。

 

「この中から《花つき》を探すのか....」

 

 《花つき》とは、通常のネペントの中に稀にポップする頭部の双葉が花になっているものを指す。

 しかし、そのポップ率が1%以下という鬼畜設定だ。しかも、《リトルネペントの胚珠》は《花つき》しかドロップしない。

 その上《花つき》のポップ率を上げるためには、通常のネペントを倒しまくるしかない。

 序盤のクエストでは最も性格が悪いクエストだ。

 ーーーー以上、聞き込み調べ。

 ...これ、下手したら夜明けまでに終わらないんじゃ。

 

「行こう! コウキ!」

 

 言うやいなや、ミウはmobに向かって飛び出した。

 やっぱりおかしい。戦闘だからというのを差し引いても、ミウの雰囲気が固すぎる。

 依頼主の話を聞いてからずっとだ。どうしてあそこまで思い詰めているんだ?

 娘さんに同情したから? 俺も可哀想だとは思うが、必死になるほどではない。

 俺は雑念を振り払うように頭を振る。これは今考えても仕方ない。

 

「きしゃぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 ネペントもこちらに気付いたらしく、こちらに向かってツルを鞭のように使って頭上に降り下ろしてくる。

 俺はそれを剣の腹で受け、流すように弾いた。

 これぐらいの動作は、ミウと数日間一緒にいれば自然とできるようになる。

 俺は受け流した勢いをそのままに体を回転させ、《ホリゾンタル》をネペントの胴に放った。

 その一撃でHPを半分ほど削られたネペントは、お返しとばかりに高い身長を生かして上から噛みつき攻撃をしかけてきたが、俺はギリギリソードスキルの硬直から抜けた。

 そこから俺は体をネペントから離すのではなく、さらに一歩ネペントに近づく。

 

「はぁっ!」

 

 片手剣単発スキル《スラント》を屈んできたペネントの首に叩き込み、相手のHPを削りきる。

 うしっ! ソードスキル3つ目成功!

 これはミウと猪狩りをしながら練習していたソードスキルで、威力は少し低いが、スキルの起こりが他のものよりもかなり早い。

 しかもスキル発動後の硬直も極めて短いので、今のように敵の数が多いときなどに使いやすいスキルだ。

 一瞬できた隙の間にミウの方を見ると、もう2匹目を倒していた。

 ...すごい、けど。

 

 

 ーーなんでそんなに思い詰めて戦ってるんだよ。

 

 

 別に戦闘中なのだから必死になって当たり前だ。集中もする。

 だが、今のミウからは鬼気迫るような思いを感じる。

 まるで...

 

「しゃぁああ!!」

 

「くそっ!」

 

 もう少し考えさせろよ!

 体当たりを仕掛けてきたネペントに対し、反応が遅れてしまいかわすことは諦める。

 代わりにネペントの体当たりに合わせるように、正面から《バーチカル》で切りつける。

 

「ぐぅっ!」

 

 が、思ったよりも威力が高く、攻撃の余波で俺のHPも減少した。

 だが俺の攻撃もクリティカルが入ったらしく、一撃でネペントを葬った。

 どうもネペントは攻撃力は高いが、防御力は低いらしい。

 俺は先程の攻撃でよろけた足を無理やり押さえ込み、ミウの方へ駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

 

「もちろん!」

 

 こちらにガッツポーズを作って微笑みつつミウが答える。

 俺は体力のことじゃなくて、心の方を聞いたつもりだったんだけど...まぁ、とにかくだ。

 

「ここからはスイッチ方式で片付けるぞ」

 

 ネペントは攻撃力以外はそれほど脅威ではない。なら攻撃を食らわないように戦うのがベスト。

 ミウも同じ考えに達したのか、すぐさま返事を返してくれた。

 そして、また一匹ネペントがツルを振り回して接近してきたが、ミウが剣でツルを弾き、俺がすれ違いざまに二回切りつけ、ネペントが怯んでいる間にミウが止めの一撃を放った。

 やはり、こちらの方が効率がいい。

 ネペントはその大きな体躯のせいで、一ヶ所に集まろうとしても互いが互いの動きを制限してしまうので一度に襲ってきても自由に動ける限度は3匹程度。それならば今のようにミウと固まって戦った方が対応しやすい。

 さぁて、あとは死なないよう必死に生き延びて、《花つき》が出てくるのを待って他のネペントを狩るだけだ。

 

 

 

 

「来た!」

 

 戦闘開始から約3時間。そろそろ連続しての集中力も底をつきかけてきたとき、ミウの声が響いた。

 ミウが向いている方に俺も視線を向ける。

 そこには、待ちに待った頭に花を生やしたネペント。

 俺は思わず声を上げそうになるが、それを何とか抑える。声に反応してmobが寄ってくることもあるからだ。

 これ以上mobと戦うのは勘弁したい。

 《花つき》も他のネペント同様、俺たちに気付くとすぐさま突進してきた。

 ...よし。《花つき》だけは他のネペントと違ってすごく速い、何てことはなさそうだ。

 俺ははやる気持ちを抑えつつ、《花つき》が降り下ろしてきたツルに相対するように《スラント》を打ち付ける。

 切断まではいかなかったが、跳ね上げるのは完璧!

 

「スイッチ!」

 

 ミウが俺の後方から飛び出し、《花つき》の懐に入るーー瞬間。

 《花つき》の胴体が一気に膨れ上がったかと思うと、口から何かの液体を至近距離にいるミウ目掛けて飛ばしてきたのだ。

 

「ミウ!」

 

 まだこんな攻撃方法があったのか!

 ミウのすぐ目の前まで液体が迫るが、ミウは液体の着弾地点を的確に読み取り、体をひねり、膝を落とすことで自分の体に当たる液体を最小限に抑えた。

 ミウがかわした液体はそのまま地面に着弾し、そしてその土をドロリと溶かしてしまった。

 危ない、さすがに喰らったら一撃で死ぬ、なんて攻撃ではないと思うけれど、あれは喰らわないほうがいいな...

 俺が冷や汗を拭っていると、ミウは液体をかわした体勢から一気に《花つき》に接近した。

 

「このぉ!!」

 

 そして、剣に青いライトエフェクトを纏わると、高速で左上から切りつけ、その勢いのまま右上に切り上げた。

 《バーチカル・アーク》高速でVの字を描くように切りつける二連撃。同じ名前を持つ《バーチカル》の上位派生だ。

 ミウ、確かに練習してたけど、まさか実戦でいきなり使うなんて。

 でも、確かにネペントを一撃で葬ろうと思えば《バーチカル》などでは威力が足りない。

 ミウが右にピッと剣を振ったのを合図にするように、《花つき》が爆散した。

 が、ここで喜んではいけない。問題なのは《花つき》がアイテムをドロップするかしないかだ。

 《花つき》を倒したことにより、俺とミウの目の前には経験値とドロップアイテムが表示される。

 《リトルネペントの胚珠》は..................あった!!

 

「やったーーーーーー!!」

 

 

 ミウが両手を挙げてジャンプした。

 すごい喜びよう...

 まぁ、確かにポップ率は1%以下とまで言われてたし、嬉しい気持ちはすごく分かる。

 だが、ミウの喜びかたは、俺が感じている喜びとは別物のような感じがあった。

 その事を少し怪訝に思っていると、ミウに手を取られた...て、え?

 

「早く届けよう!」

 

「え、ちょ、待ったミウ! 周り周りぃぃぃいい!!」

 

 ミウはネペントの群れの中を、俺の手を握りながら一気に走っていった。

 

 

 

 

 ネペントの真横を高速で通り抜けるという新感覚アトラクションを楽しんだーーのは、俺だけかもしれないがーー俺たちは、依頼主の家に戻ってきていた。

 そしてミウが鬼気迫る勢いで《リトルネペントの胚珠》を納品する。

 

「あぁ! これで娘は助かります。ありがとうございます、ありがとうございます!!」

 

 女性は目尻に涙をためながら言うと、すぐさま《リトルネペントの胚珠》を鍋の中に入れ、ゆっくりとかき混ぜ始めた。

 

「....これで、もう大丈夫なんだよね?」

 

 家に来てからずっと押し黙っていたミウが静かに聞いてくる。

 

「娘さんか? まぁ、これでクエストクリアになれば大丈夫なはずだけど....」

 

 まただ。

 ミウのよく分からない部分。

 ミウがこのゲームに感情移入しているとしても、ミウの反応や行動には不可解な部分がある。

 今だって、別に娘さんが治らなかったとしてもミウにデメリットはないはずなのだ。

 確かに、あれだけ頑張って取ってきたアイテムで治らないというのは少々ショックではあるが、それでもこのクエストは進んでいくのだから攻略は進む。悲しむ理由はないはずだ。

 なのに、なんで............

 それから数分後、出来上がったスープのような薬を女性はカーテンの場所まで持っていくと、シャッとカーテンを開けた。

 カーテンの向こうを見た瞬間、ミウが息を飲んだのが伝わってきた。

 そこには、5~6才ぐらいの女の子がベットに寝かされていた。

 だが、その年齢とは裏腹に体は痩せ細っていた。どうやら長い間熱に犯されていたようだ。

 

「ほら、旅のお方たちが採ってきてくださった薬よ」

 

 女性が横たわっている娘さんにスープをゆっくりと飲ませる。

 するとみるみるうちに赤らんでいた頬からは熱が引いていき、傍目から見ても元気になっていくのが分かった。

 娘さんがスープを飲み終わる頃には、ほとんど熱は引いたようで、虚ろだった目にも活力が戻っていき辛そうな雰囲気は消えていた。

 娘さんはまだ緩慢な動きではあるが、首を動かしてこちらを見てくる。

 

「お姉ちゃん、お兄ちゃん。ありがとう」

 

 娘さんがニコリと笑った。

 どうやら、もう大丈夫のようだ。

 

「よ、よかったーーー...」

 

 隣ではミウが腰を下ろして本当に安心したように息をついていた。

 そのミウの様子を見ているとネペントと戦っているときと同じ感覚に襲われた。

 そう、そのミウの様子はまるで...

 まるで、自分の家族の一大事に対する反応のようで...

 ーーーーあぁ。

 なんとなく分かった。今までミウに感じていた違和感の正体。

 ミウは、NPCも俺たちと同じ『人間』だと思っているんだ。

 だからアイテムを買いすぎても相手に悪いからと売ったりはしないし、病に倒れた人がいれば全力で何とかしようとする。そのお陰でなんとかなれば安心するんだ。

 この世界に生きている、同じ人間として。

 俺たちと同じように怒って、泣いて、苦しんで、笑うのならば、それはもう人間なんじゃないか?

 ミウは本当にすごい......そして本当に暖かいんだな。

 変なやつ、だなんて称していた自分が恥ずかしい。

 

「...謝らないとな」

 

「コウキ、何か言った?」

 

 いまだ座ったままのミウが首を傾げて聞いてくる。

 

「ミウはすごいなって話」

 

「へっ?」

 

 どういうこと? とさらに首を傾げているミウを軽く楽しみながら見ていると、どこからかファンファーレのような音楽が流れてきた。クエストクリアの証だ。

 やっと終わったか...と軽く息をついていると、

 

「あの、これぐらいしかありませんが...」

 

 女性が近づいてきて、いつの間にか両手で持っていた剣を俺たちに差し出してきた。

 それと同時に俺とミウの前にウィンドウが出現する。

 ウィンドウにはクエストクリアによる経験値とコルーーーーこの世界のお金ーーーーそれに報酬アイテムが表示されていた。

 えぇと、剣の名前は...《アニールブレード》? 片手剣みたいだけど...

 街に戻ったら見てみるか。

 いつもの俺なら多分今すぐウィンドウを開けて調べていただろう。

 だが、今はなんとなくミウの暖かさに浸っていたかった...

 

 

 

 

「ミウ、ごめん」

 

 街に戻る道中、相変わらずネペントのポップ率が半端なくて危険な森のエリアを出たところで俺は言った。

 いきなりなことにミウも疑問符を頭に浮かべていた。

 

「急にどうしたの?」

 

「えーと、まぁ。なんというか...」

 

 俺は先ほど考えていたことを、辿々しくではあるがミウに話した。

 俺の心持ちの問題なので、話さないでも別にいいとは思う。それでも、こんなに真っ直ぐこの世界で生きているミウに対して、自分だけ正直でないのはフェアじゃないと思ったのだ。

 ミウには、正直でありたい。それぐらいでしか俺はミウと同じ土俵には立てないから。

 

「あー、確かに私ってそういうところあるかも」

 

 しかしミウ本人は何でもないように言った。

 ...あれ? 正直怒られたり軽蔑されたりするかと思って、結構覚悟して言ったんだけどな。

 そんな肩透かしな気分になった俺などはおいて、ミウは続ける。

 

「でも、この世界の中だったら私みたいな考え方の方が少数派だと思うし、仕方ないんじゃないかな?」

 

 確かに、そうかもしれない。

 所詮はゲームだから。そう考えるプレイヤーも多いだろう。事実、俺が先ほどまでそうだった。

 だが、例え大勢大多数がそう考えていたとしても、それは『一般論』であって『答え』ではない。

 俺には到底考えられないすごい価値観をミウは持っているのだ。

 

「少数だろうがなんだろうが、俺はその考え方いいと思う。すごく」

 

 俺もミウのお陰で考え方を改めさせられた。

 NPCをただのデータとポリゴンの塊だと認識したままじゃなくて心からよかったと思う。

 ミウはすぐには何も答えなかったが、少しすると、

 

「....そっか」

 

 そっぽを向き、髪を弄りながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 




この作品始まって以来初めてのガチな戦闘回でした!
戦闘シーンは会話などとは違ってどんどん映像は頭のなかに浮かぶのですが、それを文章化するのが難しいですね。
しかしSAO作品において戦闘は避けられないもの。もっと分かりやすく、かっこよく書けるようになりたいです!


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7話目 鼠参上!

七話目です!
今回はいつもと比べて少し短めになりました。
いつも同じぐらいの文章量にしようと心がけているのですが、難しいですね...

今回は新しいキャラが出ますよ! はい、タイトルから丸わかりですよね。
それではどうぞ!


 この世界に囚われてなんだかんだ言って半月が過ぎた。

 俺も何回か本気で死にそうな場面に出くわしたが、運と偶然とミウのお陰でなんとか生き延びていた。

 だが、この世界に囚われた一万人全員がそうというわけではない。

 聞いた話では最初の一週間で五百人以上のプレイヤーがゲームオーバーになったらしい。

 自分もいつそうなるか分からないことを考えると、ゾッとしない。

 本当にもとの世界には帰れるのか、百層突破なんてする以前にこの層すら突破できないのでは?

 思うことは多々あるが、今は今日を生き延びていくしかない、と思考を切り替える。

 さて。

 俺たちは3つ目の街《リート》でただいま食事中な訳なのだが。

「~~」

 

 なんか、ミウのテンションが高かった。

 ネペントのクエストを終えた後、《トロイ》に戻っている最中なにか考えていたようなのだが、街に着いたら、よしっ!と言って、それからはたまにミウのテンションが上がるようになった。

 鼻歌まで歌ってるし...

 

「なぁ、なにか良いことあったのか?」

 

 今日はパンとトマトのサラダを食べている(トマト好きなのか?)ミウはこちらを向くが

 

「ん~、別に~」

 

 と、笑顔で返されてしまった。

 前にもミウがこんなふうになったときに何度か聞いてみたことはあったが、毎回今のように返されてしまう。

 別に楽しそうならそれでなによりなのだが....気になる。

 俺が訳がわからずに唸っていたら、ミウはなにか思い出したように声を上げる。

 

「そういえばコウキって、戦ってるとき少し雰囲気変わるよね?」

 

「...戦闘中にいつもと同じ感じで戦ってるやつの方が怖いんだけど」

 

「もぉ、そういうことじゃなくてさ!」

 

 と、言われても。

 実際ミウだって戦闘中は雰囲気が変わる。普段は爽やか系で、戦闘中は男でも惚れ惚れとするようなかっこいい感じだ。

 いやこれほんと、ミウの戦っている姿を女子が見たら誰でも惚れるんじゃないだろうか?

 

「なんか、普段は柔らかい感じなのに、戦ってるときは刺々しい感じになるというか...」

 

「あー、なるほど」

 

 そのことについてはリアルでも似たようなことを言われたことがある。普段は周りの流れに身を任せて無駄なエネルギーは使わないような感じなのに、一度こうと決めたら周りの流れに全力で逆らっていく、とかなんとか。

 それを言った本人はすっごい得意気な顔で、当時はむかついたが、ミウにまで言われるということは事実そうなのかもしれない。

 

「まぁ、気にしなくていいよ。別に二重人格って訳じゃないし」

 

「それはそれで面白そうだけどね」

 

 そんなふうに談笑しながら互いに食べ終わり、店から出る。

 現在時刻は午後の8時。今日は攻略を早めに切り上げたせいもあり、少々時間が早かった。

 今から帰っても時間が余るな...

 ミウも同じ考えのようで、隣ではミウがキョロキョロと見回していた。

 

「...どっか寄ってくか?」

 

「ふぇっ!? 私何も言ってないよ!?」

 

「言ってはないけど態度に出すぎだって......」

 

「えぇと、その......いいの?」

 

「いいも何も、ミウ一人でうろつかせたら間違いなく俺が探しにいくことになるし」

 

「...うぅ~」

 

 ミウが面白くなさそうに唸りながら睨んでくる。

 いや、そんな唸られても...

 しかし、俺に小バカにされたことは悔しいが歩き回ることには賛成のようで、ミウは拗ねながらも道を歩き始めた。

 俺もそれに続く。

 

「そういえばミウってなんでそんなにお菓子好きなの?」

 

 前にも寄ったことのあるお菓子の店を横目に見つつミウに聞く。

 

「んっと....私自身は昔はあまりお菓子とかは食べなかったんだけど、友達がーーあっ、リアルのね。友達が持ってきてくれたお菓子がすごく美味しくって。それからはお菓子の新しいお店とかできたらその友達と一緒に行くようなってね。それからーーーー」

 

 ミウの話はまだ続く。

 俺としてはもう少し軽い意味合いで聞いたのだが...

 止めようとも思ったが、話しているミウの顔があまりにも嬉々としていたので、止めるのも気が引けた。

 だが、お菓子の話はよく分からなかったが、一つだけ関心を持てる内容があった。

 

「その友達、仲いいんだな」

 

 話しているだけで嬉しくなってしまうような友達。そんな存在がすごく羨ましくなってしまった。

 俺の場合は...ヨウトか。

 だが、俺はそんなやつすらも裏切ってしまった。

 羨望と少しの嫉妬。そんな思いを込めた、ただ自己完結の軽い言葉だった。

 だが、

 

「......あ」

 

 そんな俺の軽い言葉は、ミウの中の『何か』に触れてしまったらしかった。

 俺の言葉を聞いた瞬間、今まで本当に楽しそうに話していたミウはその笑顔を潜め顔を俯かせる。

 少しの間互いに無言のまま歩いていたが、ミウが次に顔を上げたときには再び笑顔に戻っていた。

 ただしそれはミウのいつもの色々なものを吹き飛ばしてくれるような快活な笑顔ではなく、どこか物事に達観したような笑顔、つまり俺がよくしている俺がもっとも嫌いな表情だった。

 ミウにそんな顔は、似合わなさすぎる。

 

「なぁ、ミウ」

 

「ん、なに?」

 

 ミウの質問に答えようと口を開けるが、俺の口からは何も音がでなかった。

 ...一体、俺は何を言うんだ?

 おそらく今の出来事は、掘り下げていけばミウの根幹にも関わるような話だ。

 それをわかっていて、その上で俺が何を言うと?

 俺は、まだミウのことを知らなさすぎる。そんな俺がこれ以上深く関わろうだなんて不躾にもほどがある。

 

「ミウ、あっちの道行ってみようぜ。まだ行ったことなかったしさ」

 

「あ...うん!」

 

 だったらここは、引くべきだ。

 これは、気軽に踏み込んで良いことではない。いや、そもそも俺なんかが関わってもいい話でさえないかもしれない。

 俺は空気を入れ替えるためにも、ミウに努めて明るい声で言う。するとミウも同じように明るい声で返してくれた。

 ....今は、『今』を必死に生きていればいいと思う。

 

 

 

 

 それから30分ほど街を歩き回り、だいたい時間も潰せたところで今日は宿に戻ろうという算段になった。

 あとはもうどこにもよらず真っ直ぐ宿屋も戻る。

 ...はずだったのだが。

 二人並んで歩いていると、後ろからドン! と、俺の背中に誰かがぶつかってきた。

 

「いったたタ...」

 

「おっと、大丈夫か?」

 

 俺とミウは二人してぶつかってきたプレイヤーに手を出して起き上がらせる。

 そのプレイヤーはミウよりも身長が低いようだが、灰色のローブを被っているせいで全体像がよく分からない。

 すると道の向こう側からドタドタと誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。

 

「待てー!! 鼠ぃ!!」

 

「しつこいナ」

 

 鼠(?)さんの後方から数人のプレイヤーが各々手に武器を持ちながら走ってきた。

 ...うわぁ、なんか厄介ごと臭いなぁ。

 鼠さんは小さく舌打ちしつつ、苦々しくプレイヤーたちを見たあと、再びこちらを見る。

 ...ん?

 

「助けてくレ! あいつらが急に襲ってきたんダ!」

 

「えっ!?」

 

 声をあげたミウとすぐさまアイコンタクトを取る。

 俺としては、腑に落ちないところもあるし様子見を貫き通したいのだが...

 

「ですよねー」

 

 意志疎通の結果、ミウは迷わず剣を抜き《ホリゾンタル》を放った。

 咄嗟のことに反応しきれなかった相手のプレイヤーたちは呆気なく吹っ飛ばされていく。

 ...なんか、利用されてる気がするけど、ミウもうやっちゃったし、仕方ないか。

 

「くそっ、なんだこいつ!」

 

 ミウの攻撃をギリギリかわしていたプレイヤーは二人。そのうちの1人が即座に反撃しようと攻撃の体勢に入る。

 だが、一手遅い。攻撃の体勢に入ったプレイヤーの位置に先回りしていた俺は、そのプレイヤーを《スラント》で切りつける。

 さすがに二撃目はかわしきれなかったらしく、他のプレイヤー同様吹っ飛ばされていった。

 残るはあと一人。

 

「さてお兄さん、まだやる?」

 

 ミウが最後の一人に向かって言うと、そいつは悔しそうに唇を噛み締める。

 本当なら意地でも戦いたいが、今の戦闘を見せられて理性の部分がストップをかけている、という感じだ。

 

「くっそ!」

 

 結局、男は何もせずに逃走した。それに続くように吹っ飛ばされていたやつらも走り去っていく。

 ...なんか、《はじまりの街》を思い出すな。

 

「おー、ありがとナ。お前たち強いナ」

 

 今まで後方に下がっていた鼠さんが近づきながら行ってくる。

 今まで自分が狙われていたはずだというのに、その態度はどこか軽かった。

 この態度からして、やっぱりか。

 

「で、なんで俺たちを利用したの?」

 

「へっ、利用?」

 

 うん、なんとなく分かってたけど、ミウは気づいてなかったか。

 

「にゃはははハ、ばれてたカ」

 

 言葉のわりには特に悪気とかは見えてこない。

 そして笑いながら鼠さんはローブのフードを取った。

 フードの中から出てきたのは、金褐色の髪、つり目気味の目に、なぜか鼠の髭のように線が入っている頬。

 独特な話し方だが、どうやら女性プレイヤーのようだ。

 鼠さんはもう一度ニヒッと笑う。

 

「オレッちはアルゴ。少し話を聞いてもらえるカ?」

 

 

 

 

 近場の店に入って、アルゴから聞いた話によると、彼女は攻略、日常問わず有力な情報を集めて、それをコルと引き換えに提供する情報屋をやっているらしい。

 かなり情報の信頼性も高くーーーーアルゴの自称だがーーーー多くのプレイヤーから重宝されているが、今回の場合はアルゴの名前を騙った偽物が偽りの情報を流したので、その皺寄せが本物のアルゴにきた、ということらしい。

 ちなみに『鼠』とはアルゴの二つ名だそうだ。

 一通り話を聞き終えたが、ミウが心配そうにアルゴに聞く。

 

「でも、大丈夫なの? その偽物を何とかしないと、さっきみたいなことがこれからもあるんじゃ...」

 

「それは大丈夫ダ。偽物は頼りになる剣士さんに成敗してもらったからナ」

 

「へ~、いい人もいるんだね」

 

 剣士さん...、誰なんだろ?

 

「でモ、さっきは本当に助かったゼ。お礼にこれやるヨ」

 

 アルゴはウィンドウ操作して、手元に本のようなものを出した。

 それを俺たちに手渡してくるので受けとる。

 タイトルは...《アルゴのガイドブック》?

 俺とミウが首を傾げていると、アルゴが俺たちの疑問に答えるように言ってくる。

 

「それはオレッちが明日から無料配布するガイドブックサ」

 

 パラパラと本を捲ってみるとmobの説明、出現場所、攻撃方法、貴重なアイテムの入手方法及び場所など、本当にこの本さえあれば大丈夫と言えそうな情報が数多く書かれていた。

 ミウにも渡すと、すぐさまお店のページを見始めた。相変わらずお菓子への執念が凄まじい。

 

「でもこれ、本当にすごいな...タダでもらっていいのか?」

 

「お礼にって言ったロ? それにこれぐらいは誰にでも調べられることサ、情報屋としては痛くも痒くもナイ」

 

「アルゴ、ありがとっ!!」

 

「うニャァ! ミーちゃん眩しイ!」

 

 シニカルな笑みで決めていたアルゴだったが、ミウの笑顔によってすぐにそれも崩れる。

 アルゴ、気持ちはよくわかるぞ。

 ミウはお礼言ったり楽しいときなんかは本当に全快の笑顔を向けてくるので、眩しい、という表現がものすごくマッチする。

 ちなみにミーちゃんというのはミウのことだ。俺はコー坊と呼ばれている。

 

「なァ、いくつか聞いていいカ?」

 

「いいよ、なに?」

 

「二人は恋人なのカ?」

 

「「へ....?」」

 

 俺とミウの声が被る。

 俺たちは互いに目を瞬かせ、その後互いの顔を見る。

 無言の数秒。

 そしてどちらともなく笑い出した。

 

「ははっ、ないない」

 

「だよねぇ、ないない」

 

 俺たちは手を振って否定する。

 俺とミウが? それはいくらなんでもありえない。

 

「まぁ、確かに好きだけどね。LoveとかじゃなくてLikeだし。どっちかっていうと家族に近いかも」

 

 確かに。会って半月程度だが俺も好きではある。だがそれは彼氏彼女とかそういうものじゃあない。

 ミウに共感するのと同時に、ミウに『家族』と言われてすごく嬉しかった。

 家族か....うん。いいかも。

 

「なんダ、ネタになると思ったんだけどナ」

 

「ごめんね、アルゴ」

 

 ミウがアルゴと話を進める。

 なるほど、なんだかんだ言って俺たちから使える(弄れる)ネタを引き出そうとしているわけか。

 そんなネタは元々存在しないと思うが...ここは気を付けなくては。

 二人の会話はさらに進んでいく。

 

「じゃア、二人の出会いハ?」

 

「うん、それは私がアイテムを買いすぎて...あ、そうそう。アルゴ聞いてよ! コウキ最初私のこと男だとーーーー」

 

 しまっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!

 

「あー! あー! あっちになんか見たこともないアイテムが!!」

 

「なんダ!? ミーちゃん詳しく聞かせてくレ!!」

 

「マイガッ!!」

 

 畜生! 全然話が逸らせねぇ!!

 っていうかミウも正直すぎるって! もう少し俺のことも気遣ってください!!

 そのまま純粋すぎるミウは、国家レベルの機密情報(俺認定)をアルゴに流しまくった。

 

 

 

 

「疲れた...」

 

「いヤー、いい時間だったナ」

 

 三十分後、ようやく解放されて疲弊しきっている俺に対して、アルゴは心なし肌の艶がよくなっている気がする。

 ミウは終始なんのことか分からなかったのか、ずっと不思議そうな顔をしていた。

 とりあえず、今日から己の行動をもっと省みようと思いましたよ、えぇ。

 そうだよ、もとはと言えば俺がもっと注意深く行動していれば今みたいな疲れもなかったはず...はぁ。

 

「...じゃあ、俺たちここだから」

 

 宿の前まで辿り着いたのでアルゴと別れようと思ったのだが、

 

「ミーちゃン、ちょっと待っタ」

 

 

 

 

 Side Miu

 

 コウキと帰ろうとしたときアルゴに呼び止められた。

 なんだろう? まだ聞きたいことがあったのかな?

 アルゴが自分の方に来るよう手招きするので近づく。

 それにしても、アルゴ可愛いなぁ。

 私は可愛いものと甘いものに目がないのだ。あのアルゴの髭なんか見た瞬間に一目惚れだった。

 等と考えていると、

 

「ミーちゃン、これはお姉さんからのアドバイスだけド」

 

 アルゴが真剣に話してくるのでこちらも真剣になる。

 

「ちゃんと自分の気持ちを理解しとかないト、後々後悔することもできないで苦しいゾ」

 

 ーーーーえっ?

 一瞬、思考に空白が生じた。

 隠していたことがバレた、とか、図星を付かれた、というわけではない。

 単純に、本当に言葉の意味が分からなかった。

 それに...

 

「それって、どういうこーー」

 

「コー坊! ミーちゃんが気分悪くなったってヨー!」

 

「な、大丈夫かミウ!?」

 

 えっ!? ちょっとアルゴ、私別に気分悪くないよ!?

 詳しく聞こうと思ったが、寸前でアルゴに遮られてしまった。

 

「じゃあお二人さン、またナー!!」

 

 気づいたときにはもうアルゴはかなり離れた場所まで移動していた。

 アルゴはそのまま手を振って街の雑踏のなかに消えていった。

 

「大丈夫か、ミウ?」

 

「うん、大丈夫。ありがとね」

 

 私のそばまで駆け寄ってきたコウキに返す。

 アルゴが言ってたこと、どういう意味だったんだろう...?

 私は、先程ののアルゴの言葉と、微妙にスッキリしない感覚が妙に気にかかっていた。

 

 

 




ついに出せました、アルゴです!
実は私、SAOのキャラではアルゴがかなり好きです! 間違いなくトップ5には入ります!
しかもキャラ的にも絡めやすい! なんと私に優しいキャラでしょう!?
ただ...アルゴの口調って掴み所がないというか、すっごい書き手殺しなしゃべり方ですよね~
某イッツショウタイムさんもそうですけど、SAOは口調が難しいキャラが多い気がします。
川原先生はよく使い分けられるな...

さて、今回はヒロインであるミウさんにスポットライトが当たるような話になりましたね。
完全にサブタイトル詐欺ですね、はい。
ミウさんの事情が少し垣間見えましたが、そこは我らがヘタレなコウキくん。見事先送りにしましたね。
...なんか最近コウキくんの主人公属性が本当に低いことに気がつきました(いまさら)


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8話目 許し

八話目です!
なんと! 先日ついにUAが1000人超えしました!
もう本当に嬉しい限りです。自分の作品に自信がない私としてはこれ以上に嬉しいことはないです!
これからも読んでもらえるよう頑張ります!


 あれから約一ヶ月。俺たちは攻略を続けた。

 ずっと位置すらも不明だった迷宮区も見つけられ、攻略もどんどん進められた。攻略をここまで進められた大きな要因はやはりアルゴが無料配布したガイドブックだろう。

 しかもあのガイドブックのおかげでゲームオーバーになるプレイヤーも少し減った、という噂も流れている。

 そんな少しずつと流れがよくなってきた矢先、俺たちは《はじまりの街》で開かれる攻略会議に参加するべく会場に向かっていた。

 

「レベル、これぐらいで大丈夫かな?」

 

 ミウが不安そうに呟く。

 攻略会議というのは、言い方を変えればプレイヤー同士の交流の場だ。しかも話される内容はほとんどが攻略について。

 つまり、周りのプレイヤーたちと極端にレベルや実力差があっては話し合いにならないし、相手にもされない可能性がある。

 まぁ、ミウはレベル云々よりも技術がすごいから大丈夫だと思うが。

 そもそもミウのレベルと実力で相手にされなければ、俺なんかお話にもならない。

 

「とりあえず、ヨウトのレベル1つ下だから大丈夫だと思うけど」

 

 ちなみに俺もミウもレベルは10だ。

 他のプレイヤーとあまり交流をもってこなかったので、今のこのレベルがプレイヤー全体で見たときにどの程度の位置に属するのかは分からないが、今も言ったようにヨウトを基準にすればいいところにはいると思う。

 まぁ、その辺はいい。俺の懸念はもっと別にあった。

 等と考えているうちに会場に着いた。

 ...顔上げづらいな。

 

「コウキ?」

 

 ミウが心配そうに見てくる。

 ...はぁ、なにやってんだ俺は。

 ここまで来てウジウジして、その上ミウにまで心配かけるだなんてバカか。

 それに、俺はーーー

 

「大丈夫、なんでもない」

 

 そう、もう大丈夫なはずだ。

 俺はミウに会って少しは強くなったはずだ。だから、

 

「行こう」

 

 

 

 

 会場は階段が円形状に広がっていて、大学の教室のような作りになっていた。

 円形の中央には鐘のようなものが設置されていて、この街のシンボルとして立っている。

 辺りを見回すと、すでにかなりのプレイヤーが階段に腰を下ろしていて、その中にはもちろん...ヨウトの姿もあった。

 俺たちはヨウトとは反対側ーーーー意識したわけではないがーーーーに座った。

 

「みんな意外と明るいね」

 

 ミウが言ったように、広場には俺たちが想像していたようなギスギスした悪い雰囲気はどこにもなかった。

 どこを見てもみんな明るく談笑している。

 先ほども言ったように他のプレイヤーとほとんど交流をもってこなかった俺としては、ここまで明るい雰囲気がある空間はこの世界にダイブした直後以来だ。

 

「でも、今日の会議はなんなんだろうな?」

 

 会議はこれが初めてではない。前にも何度かあったらしいのだが、それらには全部出席しなかった。

 俺の私情もあったのだが、何よりレベルアップに時間をかけたかったのだ。

 今回出てきたのは、一応アルゴのガイドブックの一層目標レベルに達したからだ。

 それにしてもいつ会議は始まるのだろう? と周りの様子を見ていると、3人のプレイヤーが階段から降りていき、会場の中央に立った。

 

「これより、攻略会議を始める!!」

 

 3人の中央の男性プレイヤーが広場全体に響くような声で言った瞬間に辺りが一気にしん、と静まった。

 

「俺はディアベル。気持ち的にナイトやってます!」

 

 周りからまた笑い声が上がる。俺は初対面だが、あのディアベルってプレイヤー、周りからも信頼されているようだ。

 まぁ、顔も誠実そうで安定感がある雰囲気があるので、好かれそうなタイプだよな。俺はそういったこととは本当に縁遠いので、羨ましい限りだったりする。

 ディアベルは周りからの笑い声を手を上げて制す。

 そして先ほどとはまた違った声色で言った。

 

「俺たちのパーティーは昨夜、ボスの部屋を見つけた」

 

 ざわざわ! 今度は周りが急にざわつき始めた。

 それもそのはず、迷宮区そのものはゲーム開始から半月強で見つかったが、ボス部屋はその存在は分かっていても位置を見つけ出すのに一ヶ月近くもかかったのだ。

 それからはプレイヤーのほとんどが少し浮き足だったが、比較的スムーズに話が進んでいった。

 ボス部屋の場所、ボスの種類、特徴、攻撃手段などの情報が公開された。

 しかも驚いたのが、ボス部屋情報のほとんどがアルゴのガイドブック第二段の内容だったことだ。

 ほんとすごいなあの人。

 隣ではミウも驚いた表情になっていた。

 でも...確かディアベルがボス部屋を見つけたのは昨日だと言っていた。その昨日の今日でアルゴがここまで情報を掴んでいるというのは少し妙だ。

 NPCからの情報を集めまくった、という可能性もあるが、それよりももっと信憑性のある仮定がある。

 アルゴがβテスターということだ。それなら情報をいくら持っていてもおかしくない。

 まぁ、アルゴがβテスターだからなにか変わるって話でもないけどさ。

 ここまでは順調に話が進んでいた。問題はここからだった。

 

「ちょっと待ってんか」

 

 広場の後方から声が響いた直後、一つの集団が階段を降りていく。

 人数は4人。どことなく柄の悪いやつらだ。

 その集団はディアベルの前まで行くと、おそらくリーダー格の頭がモーニングスターのような頭をした男が言う。

 

「ワイはキバオウっちゅうもんや。ワイらもボス攻略に入れてくれんか?」

 

「失礼ですが、レベルはおいくつですか?」

 

「全員4~5ってところやな」

 

「....それは危ない。今回はやめておいた方がいい」

 

 普通は相手のレベル何てものは聞かない。現に俺たちもこの広場にきたとき誰にもそんなことは聞かれなかった。

 そもそも、相手のレベルはその人物の装備や身のこなしでなんとなくとは判断がつく。

 だが、キバオウたちからはそれが感じられなかったからディアベルもレベルを聞いたのだろう。

 確かに4~5というのは頂けない。

 アルゴのガイドブックによると一層ボス攻略の推奨レベルは10だ。

 もちろん推奨レベルでなければ倒せない、というわけではないだろうが、そのぶんだけ死者がでる可能性が上がるのは確かだ。

 まぁ、ぶっちゃけ俺たちもギリギリなんだけど。

 その後もディアベルはそれとなく断っていたのだが、キバオウが引かず、結局ディアベルが折れた。

 その結果キバオウのパーティーはボス戦は端の方で大人しくしておく、ということになった。

 多分キバオウたちとしてはボス戦の経験値や報酬にあやかりたい、といったところだろう。

 ...どこにでもいるんだな。ああいう自分の私利私欲のことしか考えないやつ。この世界に入ってからは、ミウを始めとするいい人にしか会っていなかったので、そういうことを忘れていた。

 

「では、ボス攻略のため6人1組のパーティーを組んでくれ! そしてレイドを作るんだ!」

 

 レイドとは、いくつかあるパーティー同士が一つの集団を作ることだ。つまりパーティーは一人一人のプレイヤーが集まり作るもの。レイドは一つ一つのパーティーが集まって作るもの、ということだ。

 

「俺たちも早く組まないと」

 

「...って、言っても...」

 

 ミウと一緒に周りを見回すが、周りにはすでにパーティーが出来上がっており、頼む人がいない。

 お、おぉう。みんなパーティー作るのはえぇ...これがコミュニケーション能力の差か。

 人と接するのが苦手だと、こういうとき本当にふべーーーー

 

「コウキ」

 

 背後から声をかけられて、一気に体が萎縮する。

 ミウではない。明らかに男の声だ。

 しかももう聞きあきたと思っていたはずの声。

 俺は恐る恐ると振り返る。

 

「...ヨウト」

 

 そこには、予想通りの人物が立っていた。

 随分と久しぶりに名前を呼んだ気がする。

 あの日別れたときとなにも変わらない。強いて言えば服装が変わったくらいだ。

 なにも変わっていないはずなのに、俺の脳はこれでもか、というほどに混乱していた。冷たい痛みのようなものが頭から順に身体中を駆け巡る。

 

「俺もあぶれちゃってさ、お前らのパーティーに入れてくんない?」

 

 俺は軽く明滅する視界を意識的にどうにか落ち着かせる。

 ーー落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。

 こんなときがいつか来るのはミウと一緒に《はじまりの街》を出たときから分かっていたはずだ。

 しかもさっきこの場所にヨウトがいることを確認したばかりじゃないか。今のこの状況は予想の範囲内だろう?

 ミウがまた心配そうにこちらを見ている。

 そうだ、もう大丈夫なはずなんだ。

 俺は大丈夫、という意味も込めて笑いながらヨウトに言った。

 

「あぁ、いいよ。どんぐらい強くなったのか見せてもらうからな」

 

「ほー、言ったな? おし、見てろよ。もうお前なんか敵じゃねえしな!」

 

 俺とヨウトはいつものように軽口を言い合い、互いに笑い出した。

 ーーよし、もう大丈夫。

 俺はちゃんと、前に進めている。

 

「それとコウキ、この子は?」

 

「あぁ、《はじまりの街》で知り合ったミウだ...女の子だ!」

 

「いや、見たらわかるけど...なんで強調して言うの?」

 

 いや、念のために...

 って、しまった! こんな言い方したらまたミウが大変なことに...!

 俺は焦ってミウを見る。

 

「...ミウ?」

 

「ふぇっ、あ...」

 

 なんでそんな悲しそうな顔...

 ミウの表情は、怒りなんてものとは程遠い、暗い色に染まっていた。

 しかし、ミウはすぐさま表情を作り直す。

 

「うん、私はミウ。よろしくね」

 

 そしてすぐにいつも通りの笑顔になっていた。

 気のせい...じゃないよな、さすがに。どうしたんだろ?

 

「俺はヨウト。コウキの友達だ。よろしく」

 

「あ、コウキから少し話聞いてるよ。強いんだってね」

 

「ま、コウキよりは」

 

「うるせぇよ...」

 

 そのときの疑問はヨウトとのいつの通りの掛け合いのなかで消えていってしまった。

 そんな感じで互いに自己紹介を終えると同時。

 

「俺たちも入れてくれないか?」

 

 どこか全体的に黒い雰囲気を纏った男と、栗色のケープを着ている女の男女のペアが声をかけてきた。

 ーーそれが、これから長い付き合いになる、キリトとアスナとの出会いだった。

 

 

 

 

 その後は何の滞りもなくーーというわけにはいかなかった。

 一人のプレイヤーが、というかキバオウが情報を独占しているβテスターたちに対して謝罪を要求したのだ。

 自分達は命懸けで戦っているのに、効率のよい狩り場、報酬のいいクエストなどの情報を自分達だけ持っているのはズルいのではないか、と。

 確かに言い分は分からなくはないが、それについてはアルゴが出しているガイドブックで精算しているはずだ。

 ディアベルも同じことを言ってキバオウを説得していた。

 もしかしたらニックが言っていた、βテスターかどうか聞かない方がいい、というのはこういった対立を予期していたのかもしれない。

 そしてその日は解散となった。と言っても連携の確認のためにフィールドに出ているプレイヤーがほとんどだが。

 ボス攻略の日取りは明日の朝からだそうだ。

 それに向けて俺たちも、連携や実力の確認のためにフィールドに出ていた。

 武器はアスナ以外全員盾無しの片手剣。アスナだけが細剣だ。

 ...なんというか、恐ろしく偏ってるなぁ。

 まぁ、片手剣は基本的にバランス型の武器だからいいけど。

 問題は、戦闘スタイルだ。

 

「はっ!」

 

 アスナの細剣単発ソードスキル《リニアー》が猪を貫きポリゴンに還す。

 ...要はスタイルが極端なのだ。

 ミウは判断力、身体能力的速さが高い。

 ヨウトは動き出しにおいてはミウに一歩劣るが、動きそのものが異常なほどに速い。前にヨウトがSPを俊敏力に全振りしていたことを考えれば、まぁ、当然なんだろうけど。

 アスナは使用武器の特性と、身体的及びシステム的速さが半々と言ったところだろう。

 と、言ったようにメンバーがスピード特化すぎる。

 その中でもミウは攻撃力も高くて非常に助かる。

 あとはキリトなのだが...

 一言で言えば強すぎる。

 レベルが12と、攻略組の中でももっとも高いことにも驚いたが、なにより反射速度が速すぎる。

 あのミウが一瞬ついていけなかった、というほどだ。

 さらに攻撃力も明らかに俺よりも高く、本当に強い、という表現しか思い付かない。

 ミウは、みんなすごいなぁ、と言うだけだったが、俺に至っては付いていくのもかなり苦しいレベルだ。

 ...ミウと一緒にいて少しは強くなったと思ったんだけどなぁ。

 

「なぁコウキ」

 

「...なに?」

 

 キリトが話しかけてきたので一旦思考中断。

 

「コウキたちは隠しアビリティって知ってる?」

 

「あ、あぁ、一応」

 

 隠しアビリティとは、mobを攻撃したときなどに与えるダメージを大きくするコツのようなものだ。

 アルゴのガイドブックには『カウンター』『スイングスピード』『ウィークポイント』『高さ』『スキルアシスト』の五つが紹介されていた。

 最初の3つはニュアンス的に分かると思うが、『高さ』というのは、要は上空から落下しながらの攻撃など、攻撃位置によって威力が変わる、というものだ。

 最後の『スキルアシスト』とは、ソードスキルに限らずスキルを使う際、モーションをとるとシステムに自動的に体が動かされスキルが発動する。

 その際に、体が動かされる方向に意識的に自分でも体を動かすと威力が上がるのだ。

 もちろん、少しでも違った動きをすればファンブルーースキル中断による長いスキルディレイに囚われてしまうので注意が必要だが。

 では、なぜ俺がこの万能なシステムを使っていないのかと言うと...

 ーーーー覚えようとしても出来なかったんだよ畜生!!

 いえ、最後の以外はさすがにできたんですよ!? 内容もそのまんまだし。でも最後のだけはどうしても出来ないんだよ!

 なんだろ? 俺ってソードスキルに嫌われてんのかな?

 するとキリトは少し考える素振りを見せる。

 

「ちょっとあいつにソードスキル使ってみてくれないか?」

 

「りょ、了解」

 

 キリトに言われて指定された猪に向かう。なんか大勢に見られてるし、緊張するな...。

 一度深呼吸し、剣を構える。

 とりあえず、一番得意な《バーチカル》でいいかな。

 俺は一度頭のなかで動きを確認してから、《バーチカル》のモーションに入る。

 そしていつものように体が自動的に動くべき方向へ動かされる。

 

「はぁっ!」

 

 そのまま流れるように剣で切りつけられた猪は、ポリゴンになり跡形もなく砕け散った。

 ふぅ...上手くいった。

 密かに安堵している俺に対して、キリトは少し驚いたようにように言う。

 

「やっぱり...」

 

 ...えーと、何が? もしかして、やっぱりヘッポコすぎるってことですかね?

 

「コウキは隠しアビリティが使えないんじゃなくて、ほぼ完璧なんだ」

 

「...へ?」

 

 その場にいた全員がポカンとしている。

 キリトの言っていることがいまいち伝わってこない。

 それはつまり....

 

「なるほど。つまり何度やってもできないと思っていたのが、実はほとんどできててこれ以上威力の上げようがなかったと」

 

「あぁ。まぁ、細かいことを言えばまだ使ってない隠しアビリティもあるから完璧っていうのは少し違うかもしれないけど...」

 

 いち早く理解したヨウトがキリトと話を進める。

 あー、うん。なるほど? もうできてたんだ。まぁ、それはよかった...

 

「でも確かに分かるかも。コウキ、自分は覚えが悪い! とか言って夜中もモーションとスキルの練習してるし」

 

「え、気づいてたの!?」

 

「あ...ごめんね? 気づいてない振りしようと思ってたんだけど...」

 

 うぅ、別にそれはいいんだけど、せめて他の人がいないときに言って欲しかった...

 これじゃあ、ただの赤裸々暴露大会(俺に限る)状態だよ...

 

「真面目な人なのね」

 

 俺が小さく唸っていると、アスナがクスリと笑ってきた。

 ...笑うとすごい綺麗だなぁ、とか今さら気づいたけどアスナってすごい美人だな、とか思うことは色々あるけど、とりあえず。

 うーわー!! 恥ずかしい!!

 

 

 

 

「今日楽しかったねー」

 

「俺は疲れたよ...」

 

 ミウの言葉に苦笑いで返す。

 日が落ちると各々解散となり、アスナは一人で帰ってしまい、キリトもそれに続くようなどこかに消えてしまったように。

 ヨウトは装備品を見に行くといって表通りに行った。

 ...何故か別れ際のヨウトのなんとも言えない様な表情が印象に残ったが、気のせいだろう。

 そして今ミウを部屋に送り届け、あとは別れるだけだ。

 

「...ミウ?」

 

 だがミウは部屋の前に来ても俺から離れなかった。

 おかしいな...いつもなら「おやすみ! 明日も頑張ろうねー!」とでも言って手を振ってくるので俺も手を振り返すのだが...

 ミウは今、顔を下に向けて俯いている。

 伝わってくる雰囲気は、悲しみや怒りというより、迷い。

 気のせいか手も強く握りしめている気がする。

 

「コウキ...」

 

「どうしたミウ。変だぞ?」

 

 ミウが顔をあげる。

 そこにはいつものような笑顔はなく、決意の籠った目があった。

 その視線を俺に向けてくる。

 

「私の部屋、上がってってよ」

 

 

 

 

 ...ミウの雰囲気が茶化すことを拒んでいたし、断ることも許していなかったので俺は素直にミウの部屋に上がった。

 ミウは今着替え中で別の部屋にいる。(一瞬その場で着替えないことに疑問を持ってしまったが、なんとか堪えた)

 その間特にすることもないので、失礼とは知りつつも俺は部屋のなかを見回していた。

 ミウの爽やかな感じの見た目から考えれば以外、ミウの性格から考えれば予想通りな感じで、部屋のなかにはぬいぐるみが多かった。おそらく、攻略中にたまに帰ってきたときにでも部屋に置いていったのだろう。

 何度か出店とかでぬいぐるみとかが売ってると買ってたしな。

 まぁ、なんというか、ファンシーな部屋だな。それに片付いていて綺麗だ。部屋の基調は水色ですごくミウにマッチしているように思う。

 俺の部屋なんてミウの部屋に比べたらほとんど物置だよなぁ...

 

「おまたせ」

 

 もう少し部屋にこだわってみようかと考えていると、着替え終わったようでミウがこちらの部屋に戻ってきた。

 

「いんや、全然待ってーーーー」

 

 う...わぁ...

 一瞬、頭の中の思考が全部吹っ飛んだ。

 見とれなかった、と言えば嘘になる。正直くらっときた。

 こんなに印象変わるのか...

 なぜ俺は最初にミウを男だと思ったのか、と思うほどに今のミウは女の子らしかった。

 上はポロシャツ、下はショートパンツとラフな格好ではあったが、それが逆にミウの快活さのようなものを引き立てているような気がした。

 薄着になったことで分かったが、ミウはかなりスタイルがいいみたいだ。

 本人も気にしている部分いついてはなにも言わないが、なんというか、体の一つ一つがすごくバランスがいい。腰だって細いし、臀部だって形のいい小尻...だと思う。比較対象が少ないからいまいち分かんないけど。

 

「どうしたの?」

 

「ん? あ、いや、なんでもない」

 

 あはは、と笑ってごまかす。

 ...本当のところ、いつもはアンダーシャツとか防具とかで隠れている腕やら足やらの部位が非常に眩しかったりするが、これだけはばれたら不味い。

 ミウは恐ろしく勘がいいけど、自分のことになった途端に鈍くなるから大丈夫なはず。いや、ばれたら不味いってのは別に性的な意味で見ている、とかそういう話じゃないですよ? いやこれは本当に。

 

「? まぁ、いいや。時間経っちゃうと気持ちが緩んじゃいそうだから、早速言うよ」

 

 言いながらミウは俺の前に座る。

 そこでミウの雰囲気が先程のものに戻ったので、こちらも気を引き締める。

 ミウが一度深呼吸する。

 

「コウキ、自分で気づいてる?」

 

「...なんのこと?」

 

 やっぱり。ミウが呟いて悲しそうな表情になった。

 だが、普通はいきなりそんなことを聞かれてもわからないと思う。俺、何か見落としてたか?

 考えても分からないし、とにかく今はミウに声をかけようとする。

 が、それよりもミウの方が早かった。

 

 

 

「コウキ、ヨウトと会ってから笑えてないよ」

 

 

 

「えっ......?」

 

 ミウがなにを言っているのか分からなかった。

 

「な、なに言ってんだよ? 結構笑ってたぞ。それにヨウトと会って分かったけど、俺もう大丈夫だって」

 

 あれ、おかしい。なんで俺、こんなに声震えているんだ?

 これ以上の会話はまずい、頭のどこかではそれを理解していたが、ミウは続ける。

 

「キリトとアスナが来てからはそれほどでもなかったけど、それでも変だった」

 

 その時のことを思い出したのか、ミウの表情はさらに曇っていく。

 そしておもむろに手鏡ーーーーゲーム初日に茅場さんから貰ったものーーーーをストレージから取り出すと、俺に自分の顔が見えるように見せてきた。

 

「自分では笑えてるみたいだったけど、ずっと嫌な笑顔だった」

 

 鏡のなかには、ひどい顔をした俺がいた。自分とは思えないほどに弱々しく、皮肉めいている顔だ。

 自分の顔を見ると、どんな風に笑っていたのか想像できた。

 きっと、自分を傷つけるような笑い方をしていたのだろう。

 つまり、自分へ向けた、嘲笑だ。

 なに自分が裏切ったヨウトと楽しくおかしくしてんだよ。お前にそんな資格ないだろう。

 そんな思いが、無意識のうちに自分のなかを駆け巡っていたのかもしれない。

 ...そうか、だからミウもヨウトもあんな表情をしていたのか。

 俺が黙りこんでいると、ミウがもう一度深呼吸した。

 

「...私は、コウキじゃなければ、どんなに頑張ってもコウキにはなれないし、ましてやコウキの心のなかが見られるようになる訳じゃないからコウキの気持ちは全部は分かってあげられない」

 

 でも、ミウはそう付け加えた。

 

「でも、話は聞いてあげられると思う、相談にも乗れると思う! 一緒に悩むこともできると思う!!」

 

 ミウ...

 そんなこと考えていたのか...

 今までミウのここまで感情を前に出した姿を見たことがなかった俺は、ただ呆然としかできなかった。

 

「だから!!」

 

 感情の上昇に伴うように声の大きさも徐々に大きくしていったミウは一気に吐き出すように言うと、一度呼吸を整える。

 

「もっと....私を頼ってよ...!」

 

 ミウは、とても悲しそうに笑っていた。

 コウキの辛そうな姿を見てるだけなのは嫌なんだ。ミウの目はそう語っているように思えた。

 

 

 

 

「...ごめんね」

 

「いや、こっちこそ...」

 

 少し時間を置くと、ミウは落ち着きを取り戻したようで、いつもの笑顔に戻っていた。

 だがミウが纏う雰囲気は、先程までと何ら変わらない。100%俺を心配して、力になりたいと物語っている。

 俺、最低だな。心配させた挙げ句にあんな顔までさせて...

 そんな自分とはミウを比較して自分が本当に惨めだと思えて嫌気がさす。

 ごめん。ミウに心のなかで謝り、ミウを見据える。

 ...正直、まだ抵抗はある。これは俺の罪のようなものなのだから俺自身で解決するべきだとも思う。

 なにより、これ以上ミウを踏み込ませていいのか?

 これ以上ミウを踏み込ませれば、俺はまた『大切』なものが増えてしまう。また失ってしまうかもしれない...

 でも...

 思い出すのは、この前垣間見えたミウの過去。俺はあのとき自分が踏み込むことではないと引いた。

 だがミウは、今こうして俺に一歩踏み込んできている。俺にはできなかったことを簡単にしてきている。

 ただ、俺のことを心配して。

 ...だったら、俺のミウに対する誠意というのは。俺がしたいこと、するべきことというのは。

 俺はまた震えだそうとする体を無理矢理押さえ込んだ。

 

「ミウ、聞いてくれないか」

 

 俺の言葉に、ミウは頷いた。

 

 

 

 

 俺はヨウトのことを話した。

 ヨウトのことは、そういう友達がいる、という程度にしかミウには言っていなかったので初めて心境を吐露することになった。

 リアルでのこと、ヨウトを見捨てたんじゃないかということ、俺がミウやヨウトのように強かったらあのときヨウトの手を取れたんじゃないかということ。

 話している間、ミウは一言も喋らずに聞いていた。

 

 

 

 

「...まぁ、こんな感じ」

 

 俺は話し終え、顔を伏せた。

 ミウ、なんて言うだろうな。

 それは期待ではなく、恐怖を含んだ諦め、そして自分への惨めさだった。

 こんな話を聞いて、ミウは俺から離れていくかもしれない、もしくは失望するかもしれない。

 俺は、今のミウとの関係をすごく気に入っている。最初は困惑したが、今は一緒にいられてものすごく楽しい。ここまで人間関係で大切にしたいと思ったのはヨウトぐらいだ。(本人たちには死んでも言えないが)

 ミウは俺の話を聞き終えたあとも黙っていたが、ついに口を開いた。

 

「大丈夫だよ」

 

 ミウの思わぬ言葉に驚き、顔を上げると、ミウは笑っていた。

 どこまでも優しく。

 

「コウキはさ、《はじまりの街》に留まってるプレイヤーたちをひどいと思う?」

 

 俺は首を振る。

 ミウは嬉しそうに笑う。

 

「でしょ? それと同じ。ヨウトと別れた時コウキがとった行動は当然のものだし、仕方がないと思う」

 

「でも! 俺はーーーー」

 

「それに、私がコウキとは違うように、コウキはヨウトと違う。それこそどうしようもないよ。どうやっても二人は違う存在だし、だからこそ、考え方も違う。そこに行動の違いも出るのはやっぱり仕方がないこと」

 

 ミウは俺の目の前まで詰め寄ってくる。

 するとミウはまたいつものように笑う。

 

「ほら、コウキが気にすることじゃないでしょ?」

 

 ...それは、許しだ。

 俺が自分自身を許すことを許す。いわば免罪符。

 でも、ダメだ。俺はここで自分を許してしまったら、また同じことを繰り返す。また大切な人の危機に手を伸ばせなくなる。

 もう、そんなことを繰り返してはダメなのだ。もうあんな思いだけは、だからーーー

 

「それにさ」

 

 ミウの言葉が俺の思考を遮った。

 

「コウキだからこそできることもたくさんあると思うよ」

 

 ーーーーっ!

 はっとした。

 それは《はじまりの街》で、俺がミウを助けるための原動力となった言葉だったからだ。

 

「私は嬉しかったよ。他の誰でもない、コウキに助けてもらえて」

 

 ...ダメだ。ダメだ。ダメなのに。ダメなはずなのに。

 俺はもっと苦しまなければいけないのに。

 俺は思わずまた俯いてしまった。

 

「...いいのかな?」

 

「...何が?」

 

 ミウは優しく俺に聞いてくる。

 俺はもうボロボロになりつつある声でミウに聞く。

 

 

 

「俺、自分を許してもいいのかな...?」

 

 

 

「良いも悪いも、誰もコウキのことを恨んでも憎んでもないよ。だから、泣きたいときには泣いてもいいんだよ」

 

 

 

 ミウがにこりと笑った。

 ...ミウは、ずるいなぁ。

 そうやっていつもきれいな笑顔で全部を吹き飛ばして、俺を助けてくれるんだから。

 本当、ずるいわ。

 もう限界だった。

 

「うっく、っく、あああぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 今、やっと分かった。

 俺が欲しかったのは、罰なんかじゃなかった。

 俺は、誰かに隣で言って欲しかったんだ。

 お前は悪くない、大変だったなって。

 

 

 その後、俺はデスゲーム初日からのずっと溜め込んでいたかのように泣き散らした。

 その間、ミウはずっと優しく抱き締めてくれていた。

 

 

 

 

 

 




ある意味、コウキはこの瞬間初めてミウを自分の仲間だと受け入れたのかもしれません。
大切なものが増えればそれだけ無くす可能性も増えて、無くしたときの痛みも増えてしまうから。
だからコウキは一人であることを望んでいた。
それをぶち破ったミウさんは本当に主人公体質やばす。

次回はボス戦....かな?


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9話目 1層

九話目です!
今回はバリバリ戦います!
戦闘描写頑張りました!
楽しんでいただけると嬉しいです!
それではどうぞ!!


 どうしよう......

 俺は今、非常に困っていた。

 それはもうどうしようもないぐらいに。

 昨日、あのあとある程度落ち着いたら俺は自分の部屋に帰って、幾分楽になった心持ちで眠りについた。

 そして今はベッドの上に寝転がって、いや、うずくまっている。

 端的に言えば。

 ーー昨日のことが今になって恥ずかしくなってきたのだ!!

 うわぁ!! 思い出したらまた恥ずかしくなってきた!?

 昨日はミウへの感謝とかそんな気持ちしかなかったのにぃ!?

 思い出すまいとすればするほど昨夜の記憶が鮮明に思い出される。

 俺、昨日ミウの前で子供みたいに泣いて、しかも抱き締められて慰められて、それがすごい落ち着いて......

 

「う、うんがーーーーーー!!!」

 

 

 

 

「おはよう......」

 

「あ、コウキおはーーどうしたの!?」

 

 ミウが驚くのも無理はないだろう。俺は朝から全身ボロボロで待ち合わせ場所に現れたのだから(と言っても圏内ではHPは減らないので、あくまでも雰囲気が、だが)

 現在午前8時ちょうど。約束通りの時間だが、俺はいつも約束の時刻よりも早く来るので、いつもよりも少し遅い。

 でも、少し遅れた分恥ずかしさはもう消えたので結果オーライで。

 

「ミウ、昨日はその、本当にありがと」

 

「あはは、どういたしまして」

 

 ミウはいつものように笑って言う、が、

 

「ところでコウキ、なんでさっきからこっち見ないの?」

 

 はい、ごめんなさい。嘘です。出任せです。正直今も恥ずかしくてミウの顔が見られません。

 いや、でも仕方ないじゃん!? さすがにたかだか1~2時間で切り替えとか無理だから!!

 

「......気にしないで」

 

「いや!? そんな顔で言われたら余計に気になるよ!?」

 

 ミウが俺が顔を背けている方向に回り込んでくる。

 目の前に現れるミウの顔。それはまるで昨日の再現のようで......

 

「ぎゃーーーーー!! あともうちょっとでなんとかなりそうだから今は気にしないでくださいお願いしますーーーーーー!!」

 

 ......そんなこんなで、この世界初めてのボス攻略の一日は始まった。

 

 

 

 

「おー、おはよう......ミウ、コウキはどうしたんだ?」

 

「知らない!」

 

「なぁ、コウキ、なんかあった?」

 

 俺たちは移動して今は攻略組の集合場所にいる。もちろん、ここにはディアベルやキバオウたちも集まっている。

 あのあと、俺もミウもどちらも譲らなかったので、ミウが少し拗ねてしまったのだ。

 ヨウトは少し困ったように聞いてきたが、さすがにありのままを話すわけにもいかないので黙っておく。

 

「いや、まぁ、ちょっと色々......」

 

「へ~!」

 

 まずい、ヨウトのやつ目を輝かせてやがる。

 昔からヨウトは他人の心中を察するのが得意だった。そのせいか相手が少しでも楽しそうなこと(弄りネタになるもの)を隠し持っていることを勘づくと、それを暴こうとしてくるのだ。

 しかもヨウトの場合コミュニケーション能力も高いから余計に悪質だ。

 このままでは昨夜のことがヨウトにばれてしまう。そんなことになったら、いったい同じネタで何ヵ月弄られることか......

 俺は何か話題を逸らすものがないかと思考を必死に動かしていると、ちょうどヨウトに話したい内容があることを思い出した。

 少し恥ずかしいが......けじめは大事だ。俺が悪いのは明らかなんだから。

 

「ヨウト」

 

「ん? やっぱ相談する気になったか?」

 

「いや、そうじゃなくて......」

 

 だから目ぇ輝かせんな。こちとら真面目な話しようとしてんだよ。

 悪いのは俺。それは分かっているのだが、どうしてもこいつのキラキラ輝いている目を見ると舌打ちしそうになる。

 小さくため息をつく。

 まぁ、こいつ相手にはこれぐらいがちょうどいいのかも。

 

「......ごめん」

 

 軽い雰囲気になっても少し抵抗があったが、思っていたよりも素直に口から出た。

 もしかしたら昨夜の盛大な暴露のせいで少し口が軽くなっているのかもしれない。

 ヨウトも俺が謝った理由が分かったのだろう、一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐににかっと笑う。

 

「おう! 気にすんな!」

 

 ヨウトは明るく笑って言った。

 それは正真正銘、今度こそいつも通りの俺たちの会話だったと思う。

 ふとミウを見ると、安心したように笑っていた。

 ミウには今回、本当に心配かけたし、今度何か甘いものでも奢るかな?

 ミウのことだから、そんなの貰えないとか言いつつ甘いものから目が話せない状態にでもなりそうだ。

 想像しただけでも軽く笑える。

 ......今度は本物を見て笑えるように、今日無事に帰らないとな。

 

「よしっ!」

 

 俺は両頬を叩き、気を引き締めた。

 

「おはよう」

 

「おはよう、キリト、アスナ」

 

 数分すると、キリトとアスナも合流した。

 それとほぼ同時に攻略メンバーが全員集まったので、ついに出発することになった。

 

 

 

 

 俺たちのパーティー、F隊の今回のボス戦での役割は、1層のボスである《イルファング・ザ・コボルトロード》の取り巻き《ルインコボルト・センチネル》の駆除、及びボス本体と戦っている部隊のアシストだ。

 まぁ、要は何でも屋。ザ・雑用だが。

 俺たちのパーティーは正直な話、現時点では個々の能力も総合力も最強だと思う(俺を除いて)

 それなのに仕事は雑用と、扱いが悪いのは別にディアベルの性格が悪い、というわけではない。

 ウチのメンバーが目立ちすぎているせいだ。

 キリトは現時点最高レベルで、それは他のプレイヤーにもそこそこ知られているらしく、快く思われていない。

 昨日知ったが、ミウもあちらこちらでプレイヤーを助けていたこともあり、何気に名前が通っている。

 ヨウトは...正直こいつが一番問題だ。

 攻略中他方ででしゃばりまくっていたらしくーー俺が知っているのはmobを狩り尽くしただの、迷宮区攻略中1人突っ走った等。他多数ーー攻略組のプレイヤーには目の敵のように見られている。

 と、目立つプレイヤー、もしくは人はどんな世界でもあまり面白く思われない。レイドの不和を生み出さないように、ディアベルは俺たちをこの役割に置いたのだと思う。

 

「今日はよろしく」

 

「こちらこそ」

 

 今は迷宮区に向かって進行中だ。

 今挨拶したのはエギル。俺たちのパーティーがアシストする部隊のメンバーだ。

 肌は黒ですごくがたいがいい。筋骨隆々というのがまさに当てはまる男性プレイヤーだ。

 そのエギルは申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「すまんな。お前たちの方が明らかに強いだろうに......」

 

「いや、まぁ仕方ないよ。ある意味ではこれが最善だと思うし。ありがと」

 

「そうだよな、仕方ない、仕方ない」

 

「おいコラ、バカヨウト。ほとんどお前のせいだろうが」

 

「......めっちゃ楽しかったぜ!」

 

「なんで開き直ってんの!? お前絶対自覚あんだろ!?」

 

 なぜか元凶が一番楽しそうにしていたのがムカついたので、軽く頭を叩いておく。

 エギルにバカが悪いな、と謝っていると、

 

「......へぇ」

 

 少し離れて歩いていたミウが(機嫌は直ったようだ)俺を見てそんなことを言った。

 

「どうしたミウ?」

 

「いや、これが本当のコウキなんだなぁって思ってただけ」

 

「......俺、そんなに違う?」

 

 ミウが言っているのは昨日までの俺と比べて、ということだろう。

 確かに心境としてはかなり変わったけど......

 そんな態度とかまで違うつもりはないんだけどなぁ。

 ミウも俺の考えと同じように、笑って首を振る。

 

「ううん、でもやっぱりどこか自然体じゃなかった気がするから」

 

 うっ、なんか自分のことを自分以上に理解されてるって恥ずかしいな......

 でも、今こうしていられるのは間違いなくミウのお陰だ。

 

「......ありがと」

 

「ふふっ、今度の層でパフェ出たら奢ってね?」

 

 うぐっ。まぁ、考えてたからいいけど......。

 

 

 

 

「みんな、着いたぞ!」

 

「ここが......」

 

 迷宮区に入ってから約1時間、俺たちはボス部屋の前に到着した。

 迷宮区は主に石が積まれた壁や天井と、遺跡のような形で作られていて不気味さ満点の作りになっているが、ここ、ボス部屋の前はそれに輪をかけて全く別の空間のように感じた。

 その最たる要因はやはり、部屋に入るために通るこの巨大な扉だろう。

 天井までの高さを誇り、完全に扉が開けば50人程度は余裕で通れそうな扉の大きさだ。

 しかもその巨大な扉の表面には何か紋様のようなものが掘られていて、不気味さをより醸し出している。

 ......さすがに少し怖いな。

 別に力んでいるわけでもないのに、体の節々に勝手に力が入ってしまう。

 隣を見れば、ミウも少し緊張した面持ちになっていた。

 いかんいかん、もっとしっかりしなければ。俺は何かミウに声をかけようとする。

 

「コウキ、ミウも」

 

 が、それよりも一瞬早くキリトが声をかけてきた。

 

「落ち着いて、いつも通りに戦えば大丈夫だ」

 

「えっと、ばれてたか?」

 

 キリトが苦笑いで返してくる。

 くそう、ミウはともかく、俺はそこまで顔に出ないほうだと思ってたんだけどな......

 キリトは一度目をつぶった後、再び俺は見据えてくる。

 

「お互い、生き残ろう」

 

「......あぁ!」

 

 俺たちがお互いを鼓舞し合ったところで、ディアベルがメンバー全員に聞こえるように叫ぶ。

 

「みんな! 俺たちがここで勝てばプレイヤーたち全員の希望になる! 自分のため、みんなのため、勝とう!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉお!!」」」

 

 ディアベルの言葉にメンバー全員が雄叫びを上げた。

 ......すごいな。これだけの人数を完璧に先導してる。しかも士気の上げかたも上手い。

 この世界の戦いは一度死ねば即ゲームオーバーだ。そんな中のボス戦なのだから、どうしても及び腰になるプレイヤー、それこそ俺みたいなやつもいただろう。

 それをここまでモチベーションを上げるのだから見事の一言しかない。

 

「コウキ」

 

「ん?」

 

 ミウが笑いながら手の甲を俺に向けてくる。

 どうやら緊張は幾分軽くなったようだ。

 

「がんばろっ!」

 

「あぁ!」

 

 確かに恐怖はあるし、体も微かにだが震えてはいる。

 だがそれよりも今はミウたちと一緒にいることの方が心強かった。

 俺もミウに会わせるように手の甲を当てる。

 それとほぼ同時に、不気味な雰囲気をまとった巨大な扉が動き始めた。

 いよいよだ。

 ゆっくりと、重苦しい音を上げながら扉が開いていく。

 まるで重苦しい音そのものが巨大なmobの唸り声のようだ。

 

「総員、突撃ーーーーーー!!」

 

 そして門が完全に開いた瞬間、ディアベルの合図と共に全員が門のなかに入っていった。

 中は明かりひとつなく、ただただ暗い空間だったが、少しすると壁に並ぶように飾ってあった松明が一斉に火を灯し部屋を照らした。

 かなり広いな......

 部屋の全体が見渡せるようになったことで部屋の規模が分かった。なるほど、確かにボスのような大型mobでも不自由なく動けそうな部屋だ。

 部屋の奥には馬鹿でかい玉座のようなものがあり、そこにはこの層のボス《イルファング・ザ・コボルトロード》が俺たちを待ち構えるように座っていた。

 コボルトロードは豚か犬を亜人化したような姿をしていて、全長は3メートル程度、腰には剣を1本帯刀していた。

 さすがはこの1層の門番。そんじょそこらのmobとは比べ物にもならないほどの威圧感がある。

 コボルトロードは玉座から立ち上がると、脇にあった斧を拾い上げる。

 そして、

 

「オァァァァァァァァアア!!」

 

 叫び、自分のHPバーを出現させると、俺たちに向かって走ってきた。これほどの大きさのmobが猛然と走ってくる様は俺たちに恐怖を与えるには十分すぎる。

 走っている最中、コボルトロードの両脇に《ルインコボルト・センチネル》が出現する。

 センチネルは大きさこそはコボルトロードのような巨体ではないが、体を所々鎧で纏っていて、コボルトロードの取り巻きらしく武器は斧、ということもあり、ボス戦に相応しい存在感を放っている。

 

「A隊、B隊は前衛、C隊、D隊はスイッチ準備、E隊は後方でソードスキル用意、F隊はセンチネルを近づけるな!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 ディアベルの指示に全員従い、行動を開始する。

 瞬間、ミウ、ヨウト、アスナが飛び出しセンチネルを攻撃した。

 行きなり攻撃されたことに虚を付かれたのか、センチネルたちは簡単に後方に吹っ飛んでくれた。

 これが俺とキリトが考えた作戦だ。

 まず、スピードが攻略組でも突出している3人が速攻でセンチネルのタゲを取り、撹乱しつつ攻撃。少しでも隙が出来たら攻撃力のある俺かキリトが叩く、というものだ。

 これならば全員の長所をそのまま生かすことができる。

 

「スイッチ!」

 

 ミウが早速言ってくる。

 ミウがパリングしたことで斧をあらぬ方向へ振らされ、隙だらけのセンチネルに《バーチカル》を叩き込む。

 が、さすがはボス部屋。センチネルは一撃では倒れてくれず俺の攻撃に耐えきると、斧を振り回すように反撃してきた。

 

「っ、しぶといな」

 

 俺はスキル発動後の硬直からギリギリ抜けて、剣を盾のようにして防御する。

 センチネルの斧が剣に当たった瞬間、軽く後退させられる。

 っと。さすがに斧の攻撃は重いな......

 これはあまり大振りな攻撃と正面からの防御はやめた方がいいと思いつつ、俺は後方で待機していたミウと一度入れ替わる。

 

「ミウ、アスナはそのまま作戦続行! ヨウトは後ろに下がってスイッチ準備だ!!」

 

「「了解!」」

 

「それとキリト。センチネルの耐久力が予想よりも高いから止め以外はスキルはなしの方がいいかも」

 

「あぁ。分かった」

 

 俺は全員に指示を出し、スイッチの準備にはいる。

 えっ? なんで俺が指示を出しているかって?

 それは俺がこのパーティーの作戦隊長だからですヨ!

 誰だ!? 今頼り無さそうとか言ったやつは!?

 

「コウキ君、スイッチ!」

 

 ミウと同じようにセンチネルの斧を跳ね上げたアスナが言ってくる。

 

「あぁ!」

 

 スイッチする瞬間、アスナが相手していたセンチネルを見る。

 HPは残り四割。これならいける!

 俺は二度目の《バーチカル》を決め、今度こそセンチネルを倒す。

 ミウたちの方を見ると、キリトとミウがスイッチして《バーチカル・アーク》で同じくセンチネルを沈めていた。

 たしかあっちのセンチネルはまだHPを7割ほど残していたはずなのに、それを一撃か......さすが。

 センチネルは倒して10秒ほど経つとリポップするので一息つく暇もない。

 その10秒の間にボス本体の様子を見る。

 4本あったHPバーは既に2本なくなり、3本目ももう半分を過ぎていた。

 本当にディアベルのカリスマ性と指揮能力は本物だな......すごいとしか言いようがない。

 いくらプレイヤーの数も質もいいといっても、数分でここまで削れるのはディアベルの力なしには不可能だろう。

 

「コウキ、来たぞ!」

 

 ヨウトに言われ、意識を目の前に戻すと、ミウがリポップしたセンチネルに囲まれていた。

 その数は3体。

 

「くそっ!!」

 

 ミウのほうに走りながら吐き捨てる。

 センチネルのリポップ範囲はこの部屋全体。なのでリポップ位置はかなりバラける......はずなのだが、まさか3匹のリポップ場所が全部被るなんて。

 ミウもこの状況はまずいと、3匹の包囲を抜けようとするが、人型のmobはAIも高いのでミウも苦戦しているようだ。

 すると、ミウが走ってくる俺に気付き、センチネルたちの隙をつくように全体攻撃スキル《ホリゾンタル》を3匹に当てる。

 

「ナイス!」

 

 ミウの攻撃によって一瞬怯んだセンチネルの一匹に《スラント》を叩き込む。

 かなり防御力も高いセンチネルだが、連続して攻撃を食らったことにより受けきれずに吹っ飛んでいく。

 倒すには至らなかったが、これで時間が稼げる。

 他の2匹を見ると、ヨウトとアスナがそれぞれ相手をしていた。

 とりあえず、これで大丈夫か......

 安心して息をつきそうになったが、まだ何も終わっていないと自戒する。

 それと同時に、

 

「アアアアアアアアアア!!」

 

 HPバーが残り1本になった瞬間、コボルトロードが再度叫んだ。

 そしてそれに呼応するようにコボルトロードの纏う雰囲気が先程までよりもさらに凶悪になった。

 バーサークモード。ボスクラスのモンスターのHPバーが残り1本になった時、平常時より攻撃力が上がり、行動パターンにも変化が現れる、というものだ。

 すると、コボルトロードは手に持っていた斧を投げ捨てると、帯刀していた武器に手を伸ばした。

 

「あれ?」

 

 その時、俺は妙な違和感に襲われた。

 会議の時の話ではコボルトロードが持ち替える武器は曲刀カテゴリのタルワールという話だった。

 だが、あいつが今持った武器、前にどこかで...

 そうだ、リアルでヨウトにSAOのカタログを見せてもらった時だ。名前は確か...

 

「ノダチ......情報と違うだと!?」

 

 そうだ、ノダチだ......って、じゃあ!!

 背筋を一気に冷たい感覚が走り抜ける。

 まずい、このままじゃ......!

 

「総員引け! 俺が行く!!」

 

 声が響くと同時にディアベルがコボルトロードに突っ込んでいく。

 あの様子だとディアベルは武器が違うことに気づいていない。

 周りも気づいていないらしく、行けーーー!! というような歓声が。

 

「ダメだ!! 行くな!!」

 

 そのせいでキリトの制止の声は全てかき消されてしまった。

 コボルトロードの持つノダチが赤く光る。ソードスキルのモーションに入った証だ。

 そしてその巨体が高速でディアベルに接近し、躊躇なくノダチを振り抜いた。

 あのスキルは、アルゴのガイドブックに載っていた。

 《龍尾》刀スキルの超攻撃的スキルで、抜刀術のような動きで相手を切り裂く。

 普通はただ相手を切るだけのスキルなのだが、コボルトロードほどの巨体で切りつけられれば、人など簡単に吹き飛ぶ。

 それに準ずるように攻撃を正面から喰らったディアベルは壁際まで吹き飛ばされた。

 

「ディアベル!!」

 

 キリトは叫ぶと、ディアベルのもとに駆け寄っていった。

 そしてディアベルが倒れたことにより、プレイヤー間に動揺が一気に広がっていく。

 まずい! 戦線が崩れる!!

 

「ミウ、ヨウト。アスナ! 頼む、少しの間戦線を保ってくれ!!」

 

 言って、俺は3人の返事を聞くよりも早くキリトを追っていく。

 キリトのやつ、今襲われたらどうする気だよ!

 今ももちろん、センチネルは行動している。

 幸い、今は近くにはいないが、キリトがディアベルを助けている最中に寄ってくるということもある。

 キリトに追い付くと、キリトがディアベルにポーションを飲ませようとしていた。

 その判断は正しい。ディアベルのHPは今すぐポーションを飲ませないと、死ぬかどうかというほどに減っていたからだ。

 キリトがポーションをディアベルに差し出す、がーーディアベルはそれを拒んだ。

 ディアベルの顔はもう自分の死を受け入れているようだった。

 ......ムカつくな。

 

「いいからさっさと飲め」

 

 俺はディアベルが拒んだポーションをキリトから奪い、無理矢理ディアベルの口に突っ込んだ。

 

「うぷっ!?」

 

 ......なんか喉の奥に当たったような感触が伝わってきたが、まぁ、気のせいだろう。

 一応ディアベルがポーションを飲んだか確認してから言う。

 

「あんたがこんなところで死んでも何にもなんねぇよ」

 

 ゆっくりとHPバーが回復していくディアベルがこちらを見る。

 

「あんたが言ったんだろ? 希望になるって。あんたを慕ってる人たちだって、求めている人たちだっているんだ。その人たちを悲しませるなよ」

 

「ーーっ!」

 

 ディアベルがはっとした顔になる。

 それに対して俺は......少し自嘲していた。

 今言ってるこれ、ただの昔の俺の願望だったことだよな......

 しかも俺は今、心が折れかかっているディアベルを利用し、この戦いに勝つことしか考えていない。醜いことこの上ない。

 俺は小さくため息をつき、思考をもとに戻す。今はこのことは考えなくていい。

 

「それとも、ラストアタックのことを気にして、それに少しでも罪悪感を感じてるのなら、生きて、あんたのその力でみんなを引っ張っていくことで償えよ......死ぬことで、じゃなくてさ」

 

「......すまない。だが、君もラストアタックのことを知っていたのか?」

 

 俺はそれに無言で返す。

 ラストアタックのことは昨日、βテスターであるという告白と共にキリトから聞いていた。

 もしかしたら、最後の一撃を狙ってβテスターが動くかもしれない、と。

 まぁ、それがディアベルだったとは俺もキリトも予想していなかったが。

 ......さて、あとはキリトの役目かね。キリトに目で話を振る。

 

「あんたは俺には、俺たち他のβテスターには出来なかったすごいことをしたんだ。こんなところで死んでほしくない」

 

 俺たち二人はコボルトロードの方を向く。

 3人の他にも何人かが戦って戦線を保ってくれている。

 だが、あのままでは戦線が崩れるのも時間の問題だろう。先程までは30人以上の人数で保っていたものを今は10人にも満たない人数でしているのだから当然だ。

 

「ディアベル、あんたは瓦解しかかってる部隊に指示を頼む。あいつは俺たちで何とかするから」

 

 俺はそう言って駆け出した。

 キリトも俺に続く。

 

「っ! まずい!!」

 

 キリトが叫ぶと同時、コボルトロードが刀スキル《水面》を放った。

 《水面》は《ホリゾンタル》の刀バージョンだが、威力は《水面》の方がかなり高い。

 ミウはギリギリかわしたようだが、ヨウトとアスナ、他のプレイヤーはかわしきれずほとんど吹っ飛んでいった。

 

「くそっ!!」

 

 キリトはコボルトロードに接近すると、腹めがけて剣を振り抜く。

 それがヒットし、コボルトロードが苦しそうに頭を下げた瞬間、俺はその顔に突進系ソードスキル《ソニックリープ》を叩き込んだ。

 このスキルは威力は少し低いが、上空に向かって撃てるので空中にいるmobや背の高いmobに有効だ。

 腹と頭、コボルトロードは二ヶ所から同じ方向に攻撃をくらい、その巨体を僅かながらも後退させた。

 

「みんな、大丈夫か!?」

 

 呼び掛けると同時に他のプレイヤーのHPを見る。

 よかった。みんなある程度減ってはいるけど、今すぐどうこうというレベルではない。

 コボルトロードに視線を戻すと再び《龍尾》を放とうとしていた。しかもターゲットは、俺。

 しまった、もう回復したのか!? 間に合わない!!

 咄嗟に体を動かそうとするが、それよりもコボルトロードの方が早い。

 隣でキリトも俺に向かって駆け出し始めているが、間に合わない。

 

「やらせるかぁぁぁぁあ!!」

 

 そんななか、1人いち早く動き出したのはミウだった。

 ミウは走りながら《スラント》のモーションに入る。

 《スラント》の発動モーションは上半身だけなので、ミウのように走りながらでもスキルを発動することができる。

 そしてミウの《スラント》とコボルトロードの《龍尾》が同時に発動する。

 威力は《龍尾》の方が圧倒的に上だ。まともにぶつかり合えば間違いなくミウが吹き飛ばされる。

 コボルトロードはターゲットを俺からミウに変更し、ミウに《龍尾》が襲いかかる。

 対するミウはコボルトロードの体ではなく、武器であるノダチ目掛けて《スラント》を放った。

 いや、正しくはノダチの鍔の部分を狙って。

 

「はぁっ!!」

 

 一閃。

 次の瞬間、ミウとコボルトロードの『互い』の武器が叩かれた方向に吹っ飛んでいった。

 ミウも自分の力がコボルトロードに対して圧倒的に劣っているのを分かっていたのだろう。

 だからミウは真っ向から剣をぶつけるのではなく、持ち手から近く力の入りづらいノダチの『鍔』を叩くことで、少ない力で強力な《龍尾》発動中のコボルトロードのノダチを吹き飛ばせたのだ。

 なんてむちゃくちゃを......

 少しでも叩く場所がずれたら取り返しがつかないことになっていたかもしれないのに。

 とにかく今は......!

 俺は今の攻防で減ったミウのHPを回復しようとミウに駆け寄った。

 

「グッジョブ!」

 

 それに対してキリトはミウの離れ業を褒め、コボルトロードに向かって走り出した。隣には既に回復したアスナの姿が。

 キリトたちは真正面からコボルトロードに接近していくが、コボルトロードは何も反応を示さなかった。

 いや、できないのだ。

 スキルディレイ。

 ソードスキル発動後、スキルによって違いはあるが、数瞬から数秒の硬直に囚われる。

 だが、ソードスキル発動中にシステムと違った動きをするとスキルが強制解除され、それによるペナルティの硬直、発動後の硬直が重複して来るので、結果、少なくとも3秒程度の硬直を強いられる。

 二人はそのまま接近すると、まずはアスナが重三連攻撃ソードスキル《ペイル・スプラッシュ》を叩き込む。

 重攻撃は大型mobにはダメージが増える。さらに《ペイル・スプラッシュ》は高いタンブル効果(転倒効果)を持っているので有効的だ。

 そしてアスナの狙い通り、コボルトロードはタンブルした。

 さらにそこへキリトがスイッチし、《バーチカル・アーク》で止めをさしにいく。

 完璧なタイミング、ソードスキルの威力も十分。完全に決まった。

 誰もがそう思った、が。

 

「なっ!?」

 

 気づいたときには、コボルトロードが先ほど投げ捨てたはずの斧を持っていた。

 それだけならば何も問題はないが、コボルトロードはそれをソードスキル発動中のキリトに投げつけた。

 本来、どの武器も正しい持ち方、使用方法をしなければ大したダメージは与えられない。これはmobにも適用される。

 だが、コボルトロードが使っていたような馬鹿でかい武器ならどうだ? それをボスクラスのモンスターの能力値で投げつけたら?

 答えは明白だった。

 

「ぐっ、ふっ!?」

 

 斧はキリトに命中し、キリトは後ろにいたアスナも巻き込みながら後方に吹き飛ばされていった。

 今のは、反応速度が異常に早いキリトでなければ下手をしたら死んでいただろう。

 キリトは《バーチカル・アーク》のスキルによって腕が自分の胸の前に来た瞬間に、わざとスキルを強制解除して防御に回したのだ。

 だが、今度はキリトがスキルディレイに囚われて、今も動けないでいる。

 その間にコボルトロードはタンブルから回復してノダチを拾い、キリトとアスナに向かってソードスキルを発動しようとしていた。

 あれは《山嵐》!? また強力なスキルを!!

 三連撃ソードスキル《山嵐》一撃目は正面から高速で走り込んできてすれ違い様に。二撃目は通りすぎた後に振り返り、再び走り込んできて背後から一撃。三連撃目は一撃目と同じように切り込むスキルだ。

 このスキルは《龍尾》のように一撃必殺のような攻撃力はないが、二撃目に背後から攻撃する際にクリティカルが出やすく、厄介さはある意味《龍尾》以上だ。

 

「はぁっ!!」

 

 だが、《山嵐》が発動する寸前に、ヨウトの《ソニック・リープ》ががら空きのコボルトロードの腹に深々と突き刺さる。

 続けてエギルもコボルトロードの前に躍り出る。

 

「大丈夫か!?」

 

「ここは俺たちで支える! その間に回復しろ!!」

 

 キリトたちにヨウトとエギルがそれぞれ声をかける。

 その直後、瓦解していたはずの他のプレイヤーたちも雄叫びをあげながらコボルトロードに襲いかかった。

 俺は驚き、後ろを見るとディアベルがもう部隊を立て直していた。

 ......さすがだな。まだ2分も経っていないのに。

 そして後方に下がったキリトとアスナがポーションを飲んでいると、

 

「グアアアアアアアアア!!!」

 

 コボルトロードが悲鳴にも似た鳴き声を発した。

 それと同時に《水面》を放ち、周りに取りついていたプレイヤーたちを強引に吹き飛ばす。

 HPバーはもう最後の1本の3割程度しか残っていない。

 最後の悪あがきってか、厄介な。

 しかもコボルトロードはさらに動きの早さを増して、すぐさま吹き飛んだヨウトたち目掛けて再び《山嵐》を放とうとする。

 《山嵐》はその性質上、一人に対して使うことにも有効だが、多人数に対しての使用にも有効なのだ。

 くそっ、間に合え!!

 俺はコボルトロードに向かって駆け出した。

 ミウも回復しきってない今、近くで動けるのは俺だけだ。

 俺は先ほどのミウ同様、走りながらソードスキルを発動させた。

 だが、発動するのは《スラント》ではない。

 

「コウキ!?」

 

 ミウたちの驚愕の声が聞こえる。

 それもそのはず、俺は今にも《山嵐》を発動しようとしているコボルトロードに向かってではなく、ヨウトたちの『上空』に向けて《ソニックリープ》を発動したのだ。

 体が剣につられように高速で宙に浮いていく。

 《ソニックリープ》は上空にいるmobに対しても使える突進系のソードスキル。つまりただ上空に向けて打てばある程度の高さまで上がることができるのだ。

 そして4メートルほど上がったところでスキルが終了する。

 高度は十分だ。いくぞ!!

 上昇が終わったことにより落下が始まる。

 それと同時、コボルトロードがヨウトたちに向かって動き始めた。《山嵐》が発動したのだ。

 それに合わせるように俺はヨウトたちの上空からコボルトロードに向けて《バーチカル》を発動する。

 《ソニックリープ》は硬直時間が短いからこんなこともできる......今さっき気づいたけど。

 俺にはミウみたいな技術も勝負強さもない。それでも!

 スキルの照準をコボルトロードが持つノダチに変える。

 

「いっっけぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!」

 

 そして、《バーチカル》をスキル発動中のノダチの刀身に叩きつけた!

 ガキィィィィン!!

 鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が部屋の中に響きわたる。

 ひどく耳障りな音ではあるが、俺にはこの音がファンファーレに聞こえた。

 この音は、俺がコボルトロードのノダチを弾くことに成功した証拠なのだから。

 俺はなんとか体勢を整え、受け身を取りながら着地する。

 ......さすがにミウみたいに手放させるのは無理か。まぁ、刀身に当てて押し負けなかったのだから、俺ならばこれ以上ないぐらいに上出来だ。

 

「コウキ、こんなに強かったのか......」

 

 ヨウトたちの驚く声が聞こえる。

 それもそのはず。今俺がしたことは隠しアビリティをほぼフルに使った攻撃なのだが......

 実はこれ、失敗=死だったりする。

 弾くのに失敗して《山嵐》が直撃しても死亡。《バーチカル》を当て損ねて着地に失敗しても死亡。

 我ながらよくやったものだ。今はとにかく地面が恋しいッス。離れるどころかジャンプもしたくないッス。

 というかそんな俺がすごいみたいな視線を向けないでください。ぶっちゃけほぼ偶然です。

 ......だが、俺は賭けに勝った。それはつまり、

 

「キリト、あとは頼む!!」

 

「あぁ!!!」

 

 キリトが俺の脇を駆け抜けていく。

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 キリトの剣が赤く輝き、今度こそ《バーチカル・アーク》が発動する。

 剣の軌跡が見事なVの字をコボルトロードの腹に描き、HPバーをどんどん削っていく。

 

「グシャアアアアァァァアア!!?」

 

 コボルトロードの断末魔がボス部屋に響きわたる。

 ボス攻略開始から18分。

 第1層がクリアされた瞬間だった。

 

 




1層ボス攻略回でした。
色々言いたいことはありますが、まず一言目は.....



長い!!!
とにかく長い!!!


おっと、すいません。取り乱しました。
ですが前回も長くなったというのに、今回も長くなるとは私自身でも驚きです。
私の書き方の場合描写に量が出るので戦闘になればどうしても量は増えてしまうのですが...
これぐらいの長さというのは、読む場合はやはり長いでしょうか?
失礼ながら、感想をもらえると嬉しいです。


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10話目 後始末と祝勝と疑問

十話目です!!
ついに二桁です!
なんだかすごいめでたい感じがします!
これからも無力な少年の話を頑張って書いていきますので、応援よろしくお願いします!
それではどうぞ!


「や......やっったーーーーーーー!!!!!」

 

 プレイヤーの1人が叫ぶ。

 するとそれに続くように部屋のあちらこちらから勝利の歓声が上がり始める。

 周りを見れば泣いている人や、肩を組んでいる人たちもいる。

 勝った......

 

「お疲れさま」

 

 座り込んでいた俺にミウが声をかけてくる。

 さすがにミウの顔にも疲労の色が現れていた。

 それでも笑っているところはさすがだと思う。

 するとミウが右手の甲を突きだしてくる。

 俺もそれに合わせるように左手の甲を突きだし、ミウのそれと当てた。

 いつからかミウとやるようになったものだ。気分的にはハイタッチに近い。

 

「私たちのパーティーの初戦は完勝だね」

 

「あっ......」

 

 そうだ。俺たちにとって初めてのパーティー戦は見事勝利、ということになる。

 あまりにも息があってたからパーティー作りたてだったこと忘れてた。

 

「でも、完勝ってのは言い過ぎだろ?」

 

 本当に危ない場面がいくつもあった。

 このパーティー誰か1人がいなかったとしても、誰か死人が出ていたかもしれない。(そのうちの一人は間違いなく俺だが)

 ヨウトたちを見ると3人とも親指を立てていたり、微笑んでいたりと様々だが、それぞれが自分流で勝利の余韻に浸っていた。

 俺も当分はこうして座って清々しいこの気持ちを味わっていたい。

 

「キリト、このあとはどうするんだ?」

 

 ボスを倒したまま近くで立っていたキリトに聞くと、

 

「このあとはボス部屋の奥の扉......ほら、あの玉座の奥」

 

 キリトが指差した方をよく見ると、ボスが元々座っていた玉座の奥に階段があり、さらに奥には少し大きめの扉があった。

 

「あの扉をくぐると2層に繋がってるんだ」

 

 2層。

 その言葉を聞いた瞬間、一気に実感が沸いてきた。

 本当にボスを倒したということ、そして現実世界に帰るための1歩を踏み出せたということ。

 最初は無理だって思っていたのに、遂に......

 

「多分そろそろディアベルが指示をーーー」

 

「あんたたちだけずるいやんけ!!」

 

 キリトの声が遮られるようにそんな声が聞こえてきた。

 声がした方を見ると、部屋の中央辺りでディアベルとキバオウが何か言い争いをしていた。

 またあいつか...せっかくいい気分に浸ってるっていうのに。

 周りのプレイヤーもなんだなんだと集まっていく。

 

「なんであんたらはあのボスの技知っとたんや!? ワイらには教えんで、何回死にかけたことか!!」

 

 おそらく、キバオウが言っているのはバーサークモードになる前のボスの動きのことだろう。

 ...確かに、キバオウの言っていることは正しい。

 キバオウたちにボスのことを詳しく教えていなかったのはこちらが悪いのかもしれない。

 だがそれは、ディアベルが攻略会議の時に言っていたことがなければ、だが。

 あのとき遅れて会場に来たのはキバオウの方だったし、昨日も言ったがボスの情報はアルゴのガイドブックにある程度載っていた。

 そのことをキバオウの取り巻きたちも分かっているのか、キバオウを止めようとしているが、キバオウは聞く耳持たない。

 

「キバオウさん、それはーーーー」

 

「ワイらのこと見殺しにしようとしとったのと同じやないかい!!」

 

 見殺し。

 その言葉が出てきた瞬間、体中の体温が一気に引き、脳が冴えていくのが分かった。

 ......ふざけるな。

 

「おいーー」

 

「見苦しいわね」

 

 凛とした声が響き、部屋全体がシンとした。

 俺の代わりに声を上げたのはアスナだった。

 そして何かに触れているような感覚が腹部にあり、視線を向けると、いつのまにかヨウトが俺の動きを右腕で制していた。

 ヨウトを見ると無言で首を振ってくる。

 ......はぁ。一旦落ち着こう。

 俺は頭を振り、アスナたちの様子を見ることにする。

 

「な、なんやワレ」

 

「ディアベルさんは最初の攻略会議でも言っていたじゃない。ガイドブックに載っていたって」

 

「ぐっ......」

 

「ボスのスキルを知る方法はあった。それに死にかけた、って言っているけれど確かあなたたちは攻略の時は端の方で大人しくしておくっていう条件だったわよね。それをあなたたちは勝手にでしゃばって勝手に危険になっていただけじゃない」

 

 ぐぐっ、とキバオウが押し黙る、

 そう、これが最大の矛盾点だ。

 約束を反故したのはキバオウたちだ。ディアベルが責められる謂れはない。

 

「くそっ!」

 

 アスナに完全に言い負かされたキバオウは吐き捨て、プレイヤーたちを押し退けて奥に引っ込んだ。

 すご恐ろしいな、アスナは......怖い怖い。

 でもアスナに先を越されたせいで、俺は俺で不完全燃焼気味だ。

 などと考えていると、俺たち5人が集まっている一角にディアベルが近づいてきた。

 

「アスナさん、ありがとう」

 

 最初にアスナに礼を言うと、今度は俺たちを見てくる。

 

「それにF隊のみんなも。君たちがいなければ間違いなく、死人が出ていた。攻略組を代表して礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 ディアベルが言うと同時に、周りから拍手と歓声が巻き起こる。

 多少むず痒いが、まぁ、悪い気はしない。

 ......残念なことにこの拍手喝采はミウやキリトたちに向けられたものなんだろうけど。

 

「いや、ディアベルがいなかったら攻略そのものが失敗していたよ。こっちこそありがとう」

 

 これは俺の本音だ。

 ディアベルほどのカリスマ性、指揮能力があったからこそ攻略が成功したのは間違いない。

 ディアベルは、ははは、と照れたように笑うと、今度は顔を引き締めて言ってきた。

 

「君たち、俺のパーティーに入らないか?」

 

 言った瞬間周りにどよめきが広がる。

 今回の攻略でディアベルの実力はみんな理解したのだろう。

 そしてミウやキリトたちの実力も。

 この組み合わせでパーティーを組めば、間違いなく全プレイヤーの中でトップに躍り出るだろう。

 そんな状態になればほぼディアベルの独壇場だ。良い意味でも、悪い意味でも。

 それを考えればこのどよめきも当然だ。

 ディアベルの目を見る。

 ......これは誤魔化したりできないな。

 

「ごめんね、私たちはもう決まってるから」

 

 するとミウが俺の手を取りながら言ってきた。

 むぅ、さっきから俺が何か言おうとしたら狙ったかのように遮られるな。

 

「もちろんコウキさんも一緒で良いが......」

 

「うーん、大人数はあまり得意じゃないんだ」

 

「そうか......」

 

 ディアベルは渋々といった具合で引き下がる。

 おーい、どうでもいいけど俺の意見は聞かないんですかね?

 まぁ、ミウと同意見だから別にいいんだけどさ。

 でも、ここで引き下がるということはディアベルは本当に自分の地位とか関係なく俺たちを誘っていたみたいだな。

 もしかしたらさっきのラストアタックのことも考えてずる賢い人なのかとも思ったが、勘違いだったらしい。失礼だったな。

 他の3人も全員ソロが良いと言って断っていた。

 

「気が向いたらいつでも声をかけてくれ」

 

 ディアベルはそう言うと、今度は他のプレイヤーたちの方を向く。

 

「じゃあみんな!! 2層に行こう!!」

 

「「「おーーーーーーー!!!!」」」

 

 全員の声の大合唱の後、すぐさま俺たちは奥の扉の前まで来た。

 キリトが2層へと続くと言っていた扉は、このボス部屋に入って来るときに通った巨大な扉となんら違いはなかった。

 いよいよ2層か...

 この扉の荘厳さからは入るときは恐怖しか感じなかったが、期待のせいか今は栄光の扉のように感じる

 周りも心なしか期待と緊張が入り交じったような雰囲気が広がっていた。

 そして、ディアベルが1歩前に出て、扉を押し開く。

 それに反応してゆっくりと開いていく2層への扉。

 

「......うわぁ!」

 

 ミウが声をあげる。

 扉の向こうには花畑が広がっていた。

 他のプレイヤーたちもテンションが最高潮に達したのか、声をあげてはしゃいでいる。

 ......っていうか、ミウが一番はしゃいでるし。

 そんな俺も自然と笑みを溢していた。

 

 

 

 

 それから約2時間後の午前11時。

 俺とミウは2層の街《ウルバス》を歩いていた。

 この街は《はじまりの街》と同じ石造りではあるが、《はじまりの街》は上から見ればドーナツ状だったのに対し、《ウルバス》は一直線だ。

 商店通りがそのまま巨大化した感じ、と言ったら分かりやすいか。

 しかも新しい層ということもあってか、《はじまりの街》よりも活気に溢れている感じがする。

 

「おっ、あったあった」

 

 俺は探していた店ーーーー鍛冶屋を見つけ、他の店を見ながらふらふらしていたミウを捕まえてその店に入った。

 

「これのメンテナンスお願いします」

 

 そう言って俺が店のNPCに出したのはネペントのクエストで手に入れて以来使用していた《アニールブレード》だ。

 武器は使えば使うほど磨耗していく。その結果、切れ味や攻撃力が下がったり、酷いときには剣が折れ、消滅してしまうこともある。それを防ぐために定期的に鍛冶屋にメンテナンスに来るのだ。

 ボス戦じゃあ使いまくってたしなぁ......

 ミウも俺に続き自分の剣を出す。

 

「ほほう......今まで数えきれないほど剣を見てきたが、ここまで使い込まれたものを見るのは初めてじゃよ。大変な旅をしてるねぇ」

 

 鍛冶屋のお爺さんが笑って言ってくる。

 

「ははは、この子たちのことお願いします」

 

 ミウが苦笑いしつつお爺さんに頼むと、うむ、と力強い返事が返ってきた。

 そしてお爺さんは店の裏に剣を研磨するため引っ込んでいく。

 ...うーむ、さっきのお爺さんの台詞、気になるなぁ。

 ミウもしてたけど、俺に至ってはコボルトロードのスキルと真正面から衝突してたからなぁ。損耗が激しいのは当たり前って言えば当たり前なんだけど......。あー、戦闘中に折れなくて良かった。

 ふとミウを見てみると、店の入り口側に寄って、店の外、というか他の店を見たりお爺さんが引っ込んでいった扉を見たりと忙しなかった。

 ーーーー10分後。

 お爺さんは俺とミウの剣を持って戻ってきた。

 

「ほい、これで元通りじゃろ」

 

「わぁ、お爺さんありがとう!」

 

 剣の出来上がり具合が嬉しかったのだろう、ミウはお爺さんに握手までしてお礼を言った。

 ......確かにこれはいいな。1層の鍛冶屋よりも出来が良い気がする。

 

「ほっほっほ、またいらっしゃい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 俺も礼を言って店を出る。

 ミウは店を出るギリギリまで手を振っていた。ミウって実はお爺ちゃん子なのか?

 そしてミウは出てくると、今度は俺に笑顔を向けてきた。

 

「さぁ、コウキ、約束だよ」

 

「......やっぱりさっきからキョロキョロしてたのは」

 

「うん、パフェ探してた」

 

 ガックリと項垂れる俺。

 やっぱりか......でも、さっきから俺もミウほどじゃないけど探していた。でもそれらしい店はなかったんだよなぁ。

 この街はさっきも言ったけど一直線だから、ある程度動き回ればほとんどの店が見て回れる。

 なので今から新しい発見があるとはちょっと思えない。

 ってことは...

 

「でも、パフェ見つからなかったからその辺見て回っても良いかな?」

 

 それもやっぱり。

 1層にもいくつか街があったが、新しい街に行くたびにミウは甘いもの探しに観光をするのだ。

 俺も甘いものは嫌いじゃないが、さすがに甘いものオンリーで1時間以上もいるのは辛い。

 毎回流したり、断ればミウも引き下がると思うのだが、それはそれで忍びない。

 お菓子を前にしたミウは本当に嬉しそうに笑うからなぁ。

 

「あ......やっぱり迷惑だったかな?」

 

 今回も頑張るか、と腹を括っていると、ミウが申し訳なさそうに俯いた。

 ミウは基本的に思い立ったら即実行しているが、少しでも他人に迷惑がかかると思ったらすぐに意見を下げてしまうことがある。

 それにミウが俺にこういったお願いをしてくるのは意外と珍しい。

 あと真面目な話をするのなら、ミウのお菓子巡りの旅、実は結構役に立っていたりする。

 街中をあちらこちら歩き回るので、隠し通路や良い店を見つけられるのだ。

 俺の実益も兼ねているのだ。

 なのでミウが遠慮する理由はどこにもない。

 なによりーー

 

「約束だしな、どう回る?」

 

「......いいの?」

 

「もちろん、って言っても6時からはヨウトたちと祝勝会する予定だから、いつまでもっていう訳にはいかないけど」

 

「ううん! ありがと!!」

 

 ミウが満面の笑顔を向けてくる。

 ーーなにより、俺自身がミウの見ているこちらまで嬉しくなるこの笑顔が好きなのだ。

 

 

 

 

「おー! コウキ今日はお疲れ様......ってどうした?」

 

「いや、ちょっと胸焼けが」

 

 午後6時。予定通りヨウトの部屋に行くと、部屋主が出迎えてくれた。

 そして疲れきっている俺と、幸せ状態のミウを交互に見て不思議そうな顔をしていた。

 まぁ、これだけじゃ何があったのか分からないよな。

 

「キリトとアスナは?」

 

「もう二人とも来てるよ。お前らが最後」

 

 ありゃりゃ。そりゃ悪いことしたかな。

 ヨウトの部屋は俺たち他のメンバーの部屋よりも少し広かったのでここで祝勝会しようという話になったのだが......

 しまったな、そりゃキリトやアスナも来るんだからもっと早く来れば良かった。

 

「んじゃ、お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

 

 ミウと共にヨウトの部屋のなかに入っていく。

 中は話に聞いていた通り、俺やミウの部屋よりは大きそうで、広々としている。

 というかこれは、部屋というより家と言った方が近いかもしれない。中に入ってもまだいくつか部屋があるみたいだし。

 最初の部屋はランダムで決まるから仕方ないが...これは優遇が違いすぎやしないだろうか?

 

「二人とも、お疲れ様」

 

 ヨウトに案内されるように部屋に入ると、椅子に座って本を読んでいるアスナに出迎えられた。

 アスナは淡い黄色のゆったりとした長袖の服に、下は膝丈ほどのジーンズだ。

 ......こういう姿になると、アスナが美人だってのが本当に分かるな。

 

「コウキ、ちょっとこっち向いて」

 

「ん?」

 

 ミウの言う通りにすると、ミウはおもむろに俺の頭に手を伸ばした。

 

「はい、もういいよ」

 

「どうしたんだ?」

 

「髪にゴミがね」

 

 はい、とミウが見せてくる。

 

「あぁ、ほんとだ。ありがと」

 

 いえいえ、とミウが手を振ってくる。

 それにしてもこのゲーム、こういうところ本当に細かいな。普通、ゴミまで再現するか?

 

「......今の、無自覚そうだから怖いわね」

 

「ん?」

 

 等と考えていると、いつの間にかアスナが俺とミウのことをどこか呆れたように見ていた。

 はて、ヨウトじゃあるまいしそんな呆れられるようなことはしていないはずなんだが...

 ヨウト、あ、そっか。

 

「ヨウト、ちゃんと掃除ぐらいしておけよ!」

 

「悪い悪い。でもお前も掃除なんてあまりしてないだろ?」

 

「してるよ。部屋売るときに汚れてると売値落ちるらしいし」

 

「マジで!?」

 

「ねぇ、キリトは? 確かもう来てるって話だったけど」

 

 ヨウトと軽口を叩いている間に、ミウがアスナに聞く。

 

「そうだ。ヨウトなんかと話してる場合じゃなかった」

 

「ひどくねっ!?」

 

 ミウの言う通り、先程からキリトの姿が見えない。

 ヨウトもさすがにまだ記憶力が落ちるには早すぎると思うのだが......

 

「あの人なら私との勝負に負けて買い出しに行っているわよ」

 

「勝負って?」

 

「ポーカー」

 

 うわぁ、確かにアスナはそういう心理戦やら戦略系のゲームは滅茶苦茶強そうだ。

 ポーカーフェイスも上手いしな。

 そしてこういう遊びに目がない人物がこの場には二人ほどいる。

 

「ポーカー? 私もやりたい!!」

 

「おぉ、俺も俺も!!」

 

 さすが、ミウもヨウトも反応が早い。

 二人は今にもアスナに飛びかからん勢いでポーカーしようしようと食いついてる。

 こうなればこの二人はまず間違いなく引かないだろう。

 

「はぁ...じゃあキリトが帰ってくるまでみんなでやるか」

 

 人数は俺含めて4人。ちょうどいいだろう。

 そして俺の提案に反対する人はいなかった。

 

 

 

 

「戻ったぞ~......みんなどうしたんだ?」

 

「くそっ! もう一回だ! 今度は大富豪!!」

 

「いいよー、やろうやろう!」

 

「あー......ちょっとあってな」

 

「この人たちとは二度とやらないわ......」

 

 あのあと、ポーカー→ババ抜き→七並べとやっていったのだが、どれもミウが完勝したのだ。

 俺、ロイヤルストレートフラッシュなんて初めて見たし。

 完勝しまくるミウにヨウトの負けず嫌いが発動し、今に至る。

 

「はは......なんと言うか、お疲れ様」

 

「その言葉が今は一番嬉しいわ」

 

「右に同じく」

 

 アスナは一度大きくため息をつくと、いまだにトランプを続けようとしている二人に近づく。

 そしてパンパン、と手を叩いて締めにかかる。

 

「はいはい、二人ともそこまで」

 

「「え~~~」」

 

 だが二人は不満たらたらと言うように声をあげる。

 おーい二人とも。アスナの目を見た方がいいぞー。

 アスナはもう一度大きくため息をつく。

 

「い・い・わ・ね?」

 

「「はい」」

 

 アスナは笑っていた怖いぐらいに......顔は。

 目は......いや、あえて止めておこう。

 とりあえず二人は注意されたあとスキル発動中なんじゃないかと思うほどの速さでトランプを片付けたことだけ言っておく。

 

 

 

 

「では、1層クリアを祝して、乾杯!!」

 

「「かんぱーい!」」

 

 ヨウトの音頭に合わせてカチン、とコップがぶつかり合う小気味良い音が響く。

 そこから始まるのはなんの気遣いもない、無礼講の祝勝会。

 

「いやー、でもあの時のミウちゃんのパリィには本当に驚いたよ」

 

「そんなこと言ったらヨウトの《ソニックリープ》、よく間に合ったねぇ」

 

「まぁ、スピードならお任せ、を信条にしていますから」

 

 ははは! とミウとヨウトは既にテンションマックスだ。

 あの2人、本当に気が合うよな。というか、思考が近いのか。

 ジュースを飲みながらそんなことを考えていると、思い出したことがあった。

 

「そういえばアスナ。あの時はすごかったな。ボス部屋全体が静かになったし」

 

 あの時とはもちろん、ディアベルとキバオウの言い争いの時のことだ。

 

「へっ? ......あぁ、あの時の」

 

 1人落ち着いてお菓子ーーミウが買い溜めていたものーーを食べていたアスナは少し顔を赤らめながら言った。

 あの時のこと今更恥ずかしくなってるのか?

 するとミウも俺の話題に食いついてきた。

 

「そうそう! あの時のアスナすごかったよ! 私少し感動しちゃったし!」

 

 言うとミウはアスナに抱きつく。

 

「ちょっ、ミウさん!? 分かったから離して!!」

 

 アスナはミウを引き剥がそうとしているが、どうも筋力値はミウの方が高いらしく中々離れない。

 俺も始めの頃は少し戸惑ったのだが、ミウは他人との距離がかなり近い。

 なのでこういうときはお構い無し、全力で抱きつくのだ。

 ついにアスナはキリトにまで助けを求めている。

 大変だなぁ、と他人事のように眺めていると、ヨウトが小声で話しかけてくる。

 

「なぁ、コウキ」

 

「なんだ?」

 

「女の子同士が抱きついてるって、なんか良いよな!」

 

「お前の意見は一切受け付けん。変態は巣に帰れ」

 

「ここ! 俺が帰るのここ!」

 

 ちっ、そうだった。

 

「でも、否定はしないんだ?」

 

 ヨウトがにひひと、笑いながら言ってくる。

 それに対して俺は無言で返す。が、もちろん放っておくつもりは毛頭ない。

 

「ミウ、アスナ。ヨウトが試しにソードスキル受けてみたいって。それも連続で」

 

「ちょっ! それ洒落になんないから!!」

 

 真面目に慌てるヨウトを見て、ははは、と笑いが起こった。

 

 

 

 

「キリト、楽しめてる?」

 

 その後さらに盛り上がっているなか、一人だけ隅の方で静かにしていたキリトに近づいて聞いた。

 するとキリトは柔らかく笑う。

 

「あぁ、すごく楽しい。悪いな、こういうことあまりなかったからちょっと着いていけてないだけだ」

 

「そう、なら良かった」

 

「それだけを聞きに来たのか?」

 

「いんや、俺もちょっと小休憩」

 

 キリトが座っている隣の椅子に座る。

 3人がいる方を見ると、相当気に入られたのか、アスナはミウにずっと弄られている。可哀想に。

 ヨウトはヨウトでそんな状態を盛り上げてもっとやれ~、とか言ってるし......おっさんか。

 さすがに俺はそんな空気のなかにずっといられるような精神はしてないです。

 

「なぁ、コウキ。ボス戦最後の君の動きだけど」

 

「あ、あー、あれ」

 

 《ソニックリープ》で上空に上がり、《バーチカル》で叩くというあれだ。

 

「正直、なんであんなことが出来たのか分からないんだよな」

 

 断言しても良い。今ここでもう一度やれ、と言われても間違いなくできない。

 ......なんで俺は残念な方向に断言しているんだろう?

 

「やっぱり......」

 

「やっぱり?」

 

 え、やっぱりお前にはそんなことできないだろう的なことですか?

 確かに事実だけど少しショックです。

 ......まずい、俺もなんか場の雰囲気に当てられてるのか、考えが明後日の方向に飛びやすくなってる。

 

「コウキ」

 

 キリトは俺に向き直って言う。

 俺もこのままではまずいと頭を振る。

 

「君は多分、何かの拍子にスイッチが入る《クラッチャー》なんだと思う」

 

「《クラッチャー》?」

 

「うん。今回のあの攻撃方法、普段はできないはずなのにあの時は出来たんだろう? そんなふうに突然人が変わったように実力を発揮する人とかをそう呼ぶらしいんだ」

 

「それは......極端に言うとすんごい集中状態、ってことか?」

 

「確かに、スポーツで言えばゾーンだとか言われる部類の一つだと思うよ」

 

 今回のスイッチは長時間に渡る集中状態というのがキリトの見解だそうだ。

 自分が少し特別っぽくて嬉しい反面、こんな言い方をされると微妙に不安になってくる。

 

「えっと......それってもしかしてなんかヤバイの?」

 

「いや、特には」

 

「......へ?」

 

「ゲームにしろ、スポーツにしろ、そういう人は結構いるらしいしね」

 

 うーん、安心した反面、自分に実は隠れた才能が! とかっていう展開ならなくてちょっと残念......って、さっきと言ってること逆になってるし。

 

「でも、君の場合それが顕著すぎるんだ。君も言ったけど、自分でも驚くほどの実力の振れ幅っていうのは逆に言えば自分の力を扱いきれてない、ってことだから。気を付けた方がいい」

 

 なるほど、つまり力が強すぎるから気を付けろと。違うか。

 って、そんなわけないよな。そもそも集中力がちょっとすごいってだけっぽいし、俺がその《クラッチャー》ってやつだったとしても、ボス戦の時もスイッチが入ってやっとミウやキリトに着いていけるってレベルだったしな。

 

「まぁ、一応気を付けるけど......でもそんなほいほいできるもんじゃないんだからあまり心配ないんじゃないか?」

 

「うん、まぁね。どっちかっていうと念のためかな」

 

 結論。僕にはやっぱり特別なものは一切ありませんでした、まる。

 まぁ、分かってたけどね、はぁ。

 

「おーい、ボス戦の立役者がなに隅っこにいるんだ?」

 

「コウキもキリトもこっち来て一緒に遊ぼうよ!」

 

「お願い!! 私一人じゃどうにもならないのよ!!」

 

 ヨウト、ミウ、アスナの順で声をかけてくる。

 アスナのやつ大丈夫か? 本気で疲れきってるし......

 俺は苦笑いする。

 

「分かった、今行く!」

 

 3人にそう言って腰を浮かす。

 あ、そうだ。

 同じように3人に苦笑いを向けているキリトの方を向く。

 

「ノリに任せてれば勝手に楽しくなってくると思うよ」

 

 言って俺は3人の方へ歩いていった。

 すぐに振り返ってしまったから分からなかったが、なんとなくキリトが微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 それからはキリトも交えてはしゃぎまくった。

 ヨウト主催の大暴露大会(俺とアスナで全力で潰させてもらった)や、ミウ主催のゲーム大会(こちらも俺とアスナで全力で潰させてもらった)やミウ&ヨウト主催の模擬戦大会(俺とアスナで以下略)等々。

 とにかくはしゃぎ?まくった。

 

「今日は楽しかったね」

 

 そしてその祝勝会の帰り、今日もまたミウを送っていた。

 他のメンバーとの別れは。互いにまた会おう、と言って別れた。

 その時まで忘れていたが、このパーティはボス攻略に限り、だ。

 ボス攻略が終われば解散となる。

 ボス戦終わったあとも思ったけど、このパーティって作ったばっかなんだよなぁ...すごい違和感。

 

「普段の攻略もみんなでいられたら良かったんだけどな」

 

 そうすれば毎日が今日のようにばか騒ぎ、攻略も余裕が出てくる。楽しそうだし効率的、まさに夢のようだ。

 ま、あくまでも仮の話だけど。

 そう思っていたのだが、

 

「へっ......? あ、うん。そうだね」

 

 なぜかミウは少し戸惑ったような反応だった。

 

「ミウまさか、その手があったか! みたいなこと考えてないよな......?」

 

 俺は冗談のつもりでみんなと、って言ったんだけど......

 確かにミウさっきすごい勢いで楽しんでたから考えててもおかしくはないけど......

 だが、俺が思っている以上にミウは慌てていた。

 

「い、いや、そうじゃなくて!」

 

「? ミウ、どうしたんだ?」

 

 慌てるにしても少し慌てかたがおかしい。

 何かあったのかとミウに声をかけようと思うが、そうこうしているうちにミウの部屋の前まで着いた。

 

「あ、送ってくれてありがと! おやすみー!」

 

「え、ちょっ、ミウ!?」

 

 俺の声など聞かずに、ミウはそのまま自分の部屋に入ってしまった。

 なんだったんだろう?

 まぁ、大変、ていう感じの雰囲気じゃなかったし、大丈夫......なんだろうか?

 微妙に思考に引っ掛かっていたが、俺は自分の部屋に帰った。

 

 

 

 

 Side Miu

 

 ボフッ。部屋のベッドに頭からダイブする。

 妙に体、というより頭が重い。

 ......私、どうしたんだろう?

 今日の祝勝会は本当に楽しかった。この世界に来てから初めて本当の意味で楽しめた気がする。

 ボス戦も大変だったし...疲れが出たのかもしれない。

 ゴロンと寝返りをうち、今度は天井を見る。

 落ち着かない。

 何かはしたいのに、何かに縛り付けられてしまったかのように体が思うように動かない。

 なのでとりあえず何かを考えるのだが......

 何度も何度もリピートされるのは先程のコウキとの帰り際の会話。

 

『普通の攻略もみんなでいられたら良かったんだけどな』

 

 コウキがそう言ったとき、確かにその通りだと思った。

 大人数はあまり好きじゃないけど、あのメンバーならそれもありかなと思った。

 絶対に楽しい毎日になると。

 思ったのに......

 一瞬、嫌だと思った。

 今のままの方がいいと思った。

 なんで誰かを入れようとするの? って子供じみたことをコウキに言いそうになった。

 なんで? いいと思ったはずなのに。実際今日の朝までは一時的に組んでいたはずなのに...

 

「はぁ......」

 

 どうしたんだろう? 私。

 

 




1層攻略後日談でした。
まぁ、後日、といっても日付的には変わってないんですけどねw
さぁて、本編で明に変な特殊能力でもつくのか? と思ったら特にそんなこともなく。
結局なにも変化はなかったですね。
ちなみにあの《クラッチャー》というのはキリトさんにも少し当てはまるものです。
まぁ、要は主人公属性みたいなものですね。
でも実際にリアルでも急にスイッチが入って人が変わったようにすごいことしだす人いますよね?
私の場合スポーツの部活でそんな人がいました。

さて、ここからどう物語が進んでいくのか! お楽しみに~(さぁ、早く考えねば...)


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11話目 寝起きの無自覚ドラマ

11話目です!!
前回までが少し長めだったので、今回は少し短めのお話です。
それではどうぞ!


「攻略に行こう!」

 

 1層《はじまりの街》。俺の部屋にて。

 現在時刻午前6時。めっちゃ朝である。

 

「どうしたんだよ......ミウ...こんな時間に...?」

 

「だから攻略に行こう!」

 

 朝からドアをノックされまくって起こされた俺である。

 そんな状態だから、もちろんまともな受け答えは難しい。

 俺は回らない頭を必死に回して、なんとか眠気を払いながらミウと何か約束したかを思い出す。

 うー............はっ......寝かけてた。

 えーと。

 

「まだ...約束の時間じゃないよな......?」

 

「うー、そうなんだけど......」

 

 ミウがもどかしそうな顔になる。

 相手がヨウトなら無視を決め込むか、はっ倒していたところだが、ミウならば無下にもできない。

 このままでは寝てしまいそうだ。右手で左手の甲をつねって眠気を覚まそうとするが、この世界にはほとんど痛覚がなかったことを辛うじて思い出して断念。

 とにかく......何か動いていないと寝てしまいそうだ。

 

「じゃあ...準備するから......朝は寒いし...部屋上がって待っててよ......」

 

「ふぇっ!? へ、部屋に!?」

 

 この世界の気候は外の世界と同じだ。

 12月下旬。朝どころか昼も夜も普通に寒い時期だ。

 こんな寒空の下待たせるだなんて、ヨウトぐらいにしかしない。

 

「ドア...閉めといて......」

 

 ミウがどこか雰囲気が違うような気がしたが、申し訳ないことに眠すぎて何か聞くのも億劫だった。

 俺はノロノロフラフラと歩きながら部屋のなかに戻っていった。

 ミウが入ってくるのでベットで着替えるわけにもいかずに、脱衣場で着替えることにした。

 と、言ってもこの世界での着替えはウィンドウ操作だけなので時間はかからないが。

 ミウの前で着替えないのは......一応の配慮だ。

 

「お、お邪魔します......」

 

 おそるおそるといった感じのミウの声が聞こえてきた。

 早くしないと............。

 

 

 

 

 Side Miu

 

 ここがコウキの部屋か......

 広々してるというより、物が少ない感じかな。

 でも、なんかこの無駄を削った感じがコウキらしくて、なんか落ち着くかも。

 部屋は基本的に、テーブル、椅子、ベッドに小さなタンスが1つしか目に見えるものはない。

 そういった家具一つ一つにコウキらしさや、新しいコウキの一面が見受けられて......なんだろう? ワクワク、でいいのかな?

 一昨日、コウキも私の部屋に来たときこんな気分だったのかな?

 私は落ち着きながらも緊張しているという不思議な状態になりつつ、部屋を見回していたが。

 バタン!

 

「ひゃい!!」

 

 何かが急に倒れたような音がどこかから聞こえてきた。

 き、急に物音がしたから変な声が出ちゃったよ!

 もう一度回りをみまわすが、特に変化はない。

 ってことは、他の部屋かな?

 そう思い、外へと繋がる扉以外の唯一の扉を開けて、他の部屋を覗いてみる。

 

「コ、コウキ~?」

 

 ふと思ったけど、自分の家でもないのにこんなに出歩いてしまって失礼なんじゃないだろうか?

 ............よし、私はなにも考えてない!

 とりあえず今は礼儀とかはどこかにしまっておいて、好奇心を表に出そうと思う。

 そして今度こそ扉の先を覗いてみると、そこは脱衣場だった。奥にはシャワー室も見える。

 先程同様、物は少なかったが、問題がひとつ。

 

「コウキ!?」

 

 脱衣場の床に、コウキが倒れていたのだ。

 

 

 

 

「......これで、いいのかな」

 

 倒れていたコウキに近づくと、ただ眠っているだけなのが分かったので、ベッドに運んだ。

 ここがSAOのなかでよかったよ......

 SAOのなかなら、物を運ぶときもステータスによって運べるかどうか決まる。

 敏捷力に多めに振っている私でも、武器を装備していない人1人ぐらいならば楽々に運べる。

 それにここなら風邪を引くということもないから病気で倒れた、という可能性もなくなる。

 ......でも、それはつまり私が無理に起こしたせいってことだよね。

 よくよく考えれば昨日もボス戦で早起き、その後のボス戦、夜中まで祝勝会とハードスケジュールだったのに......

 

「私はいつも考えなしだなぁ」

 

 独り言が虚しく部屋に響く。

 1人でいると変に考え込んじゃうし、そう思って何か体を動かそうとコウキのところに来て顔見たらまたテンパっちゃうし。

 いつも私ばっかコウキに迷惑かけて......

 

「はぁ」

 

 自分のあまりの不甲斐なさにため息が出る。

 ......そう言えば、あってすぐの頃はコウキよくため息ついてた気がする。

 あれも、私が迷惑かけてたからかなぁ。

 コウキの顔を見ると、眠りが深いのか気持ち良さそうに寝ている。

 ......コウキに悪い、とか考えてるくせに、コウキの顔を見てると落ち着くのはどうなんだろう?

 

「ふぁ~」

 

 つい、あくびが出てしまった。

 まずい、落ち着いたら眠くなってきた。

 昨日もずっと悶々としていたせいであまり眠れなかったし......

 目の前を見れば、気持ち良さそうなベッドが。

 いくらなんでも寝るのが不味いのは私でも分かる。

 だがら、そう、目を瞑るだけ。確か人間っていうのは目を瞑っているだけでも幾らか疲労回復に繋がるって何かで読んだ気がする。

 コウキが起きたときに私が眠そうな顔をしていたら失礼だ。

 これは必要なことなのだ。

 私はコウキが眠っているベッドに寄りかかる形で、少しだけ、と唱えながら目を瞑った。

 

 

 

 

 Side Kouki

 

「ん、ん~?」

 

 意識が少しずつ覚醒していくにつれ、体の節々に感覚が戻ってくる。

 それにあわせて寝転がったまま体のパーツを一つずつ伸ばしたり曲げたりする。

 よく寝たなー。今日も頑張りますか~。

 

「ん?」

 

 体を伸ばしている最中、右腕を伸ばそうとした瞬間に何か違和感があり、その方向を見ると。

 ーーミウがベットを机代わりのようにして眠っていた。

 

「なっ、んぅ!?」

 

 叫びそうになったが、起こしてはまずいと思い、ギリギリ口を抑えることに成功した。

 なんでミウがこんなところに!?

 俺の脳が混乱しそうになるが、なんとか押さえ込む。

 落ち着け、まずは落ち着け。何をおいても落ち着け。

 部屋を確認する。俺の部屋で間違いない。

 ベッドを確認する。俺のベッドで間違いない。

 ミウを確認する。俺のミウでーーって、違うだろおい!!

 

「んぅ~」

 

「......っ!」

 

 ミウが唸り声を出す。

 一瞬起きたかと思って身を固くするが、そのままミウはむにゃむにゃ言って寝ていた。

 安堵のため息をつきつつ考える。

 本当に、なんでミウがここに......

 とりあえずミウと何か約束をしていたか、もしくは寝る前にミウと何かあったかを記憶から検索するが、これといって情報は出てこない。

 ......ん? なんか前にもこんな考えしたような......

 妙な既視感に首を捻りつつミウに布団をかける。

 風邪を引くということもないだろうが、まぁ、気分の問題だ。

 

「..................」

 

 ま、まぁ、寝顔なんて見ても何も分からないけどさ!? こうやって見たら本当に女の子だなぁ、とか微塵たりとも考えてないけどさ!?

 ダメだ。寝起きのせいか頭のネジが緩みきっている。

 さっきから言っているではないか。まずは落ち着かなければ。うん、それが一番だ。

 大きく吸ってー、吐いてー、もう一度大きく吸ってーー

 

「んん、コウキー......」

 

「ぶふぅ!?」

 

 くそっ!? 深呼吸が裏目に出た!!

 ていうか寝言かよ!? 焦った......

 ミウ......このタイミングでその寝言って少し悪どすぎません? 実は起きてるとかないよな......

 人の寝言で自分の名前が出てきたことに対して微妙にむず痒くなっていると、

 

「......あれ? ......コウキ?」

 

 全身の血がサァーっと冷えていくのが分かった。

 あれ? おかしいな。俺何も悪いことしてないはずなんだけどな...

 

「コウキ? ......コウキ ......コウキ!?」

 

 ミウの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 そしてめちゃくちゃ慌てた表情で、バッ!!と自分にかかっている布団、その下の自分の服、俺の部屋を見る。

 しかも相当テンパっているのか、一度見たはずの場所を何度も見たり、とにかく視線と頭が常に動き続けている。

 さっきミウの服を見たとき、普通の攻略に出るための軽装だったし、乱れてもいなかったので......その、そういった行為に及んだということはないようだが(そもそもこの世界のなかでできるのだろうか?)、この部屋にいるということは俺が招き入れたのは事実だ。

 

「あ、あのさ、ミウ。信じてもらえないかもしれないけど、俺、何も覚えてなーー」

 

「わわわ、ご、ごめんなさーーーーーーーーーーい!!!」

 

 なんとか弁明しようとしたのだが、それよりも早くミウが俺の部屋から出ていってしまった。

 ......本当に、どういうこと?

 

 

 

 

「なんだ、そういうことだったのか......」

 

「うぅ、ごめんなさい」

 

「いや、こっちこそごめん。それにありがと、ベットに移してくれて」

 

 あのあと、ミウが自分の部屋に籠城したので、2時間ほどミウの部屋の前で説得したのだ。

 その甲斐あって、無事無血開城となった。

 そして今は店の外のベンチで遅めの朝ご飯を食べながら事情を聞いているところだった。

 まぁ、ことの顛末は分かったのだが......

 

「それで、なに悩んでたんだ?」

 

「え、えーと、それは......」

 

 聞いた瞬間再びしどろもどろな感じになるミウ。

 頭のなかが大変なことになっているのか、慌てようが半端ない。

 ......昨日は大したことないなんて結論付けたが、そんなことはなかった。

 大概のことは笑顔でいるミウが、ここまで慌てて、錯乱しているのだ。大したことがない訳がない。

 ミウはこんな俺も助けてくれた。俺だってミウの力になりたい。

 ......だからこそ。

 

「ま、話したくなったら話してよ」

 

 一度は距離を置く。

 

「え......?」

 

 ミウは驚いたような、少し安心したような顔をしている。

 

「ミウもさ、俺が悩んでたときすぐには聞かずに俺に考える時間くれたじゃん? それと同じ。ミウが言いたいときに俺はなんでも聞くし、相談に乗るよ」

 

 一昨日、ミウには本当に助けられたのだ。だから俺もミウの力になりたい。だからこそ今は踏み込まない。

 前のときのように、俺では無理だ、というマイナス方向の考えではない。

 中途半端ではなく、100パーセントミウの力になりたいから、今は踏み込まない。

 ミウがまだ言える状態でないのなら、その時が来たらミウのように全部受け止めればいい。

 それが、俺のミウに対する誠意、そして、ミウ風に言うところの『家族』の証だと思うから。

 ミウはしばらく呆けていたが、すぐに微笑む。

 

「......うん! 私も、コウキに言えるようになったら話す。ありがとう!」

 

 ミウの声が、僅かだが震えていたのはご愛嬌だろう。

 




さて、前回の終わりから引き続き、ミウさんの混乱などにスポットライトを当てた話でした。
少しずつとですが、ミウさんの心境にも変化が現れてきましたね。
それと同時に、コウキくんの心境の変化も書いてみました。
あのミウさんに抱き締められるというなんともうらやまけしからーーーーもとい、ちょっと感動のシーンから、コウキくんはミウさんをどのように認識して、前とどう変わったのか、というのが分かっていただければ幸いです。


次回からはまさかの急展開....だと思います。


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12話目 雨のち晴れのち再び雨

すいません!!
今回私が少々忙しく、更新が遅れてしまいました。
内容がアレだからせめて更新ぐらいはしっかりしようと思っていたのにぃぃぃぃ!!
これを反省して、これからはもっと精進します!

それではどうぞ!


「いらっしゃいませー! 2名様ですね? こちらへどうぞ!!」

 

「えー、ご注文を繰り返させていただきます。猪肉の蜂蜜漬けとシルードゥサラダですね? 畏まりました、少々お待ちください。」

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

 店に入ってきたお客を接待し、お客の注文を聞き、お客に料理を持っていき、次のお客の接待をする。

 俺たちは今、普段とはまったく違った服装で、まったく違う行動をしていた。

 あ、また来た。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 俺はこれでもかというほどに張り付けた営業スマイルでお客に接する。

 ....想像以上に疲れる。

 本当、なんでこんなことしてるんだろう?

 俺はつい数時間前のことを思い出しながら、自分の不注意を呪った。

 

 

 

 

 2層が解放されてから数日。街のなかはいまだに活気に満ち溢れていた。

 街のどこを見てもプレイヤーたちがいるし、それぞれが楽しそうに談笑していたりする。

 数日経った今でもここまで賑やかなのは、やはり最初の上層解放だったからだろう。

 街をいくプレイヤーは全員が全員立派な防具や武器を装備しているわけではない。

 むしろ持っていないプレイヤーの方が多いだろう。

 それは、1層の《はじまりの街》に留まっていたプレイヤーも物見遊山でこの《ウルバス》を見に来ているからだ。

 2層が解放されてから分かったが、各層の中心都市には《転移門》と呼ばれるものが設置されている。

 その門をくぐれば、自分が行きたい層に自由に移動できるらしい。

 ...まぁ、もちろん解放されている層にしか行けないが。

 

「今日も人多いねー」

 

「もう少ししたら人も減るだろ」

 

 人が多い。そう言っても何も道を歩くのが困難、というほどではないが、1層で他の街を回ってきた俺たちからすれば、どうしても多く感じてしまう。これほど人が多かったのは、それこそ《はじまりの街》ぐらいだったが...あそこはあそこで無気力な人たちが集まってる場所だったしな。

 そう考えれば、その《はじまりの街》の人たちもこうして明るく笑える場所、虚栄ではなく心から活気が沸いている場所、というのは中々に心地よいかもしれない。

 もしかすれば1層が攻略されてプレイヤー全員にゲームクリアの希望が沸いてきたのかもしれない。

 ...なるほど、これがディアベルの言っていた、『プレイヤーの希望になる』ということか。

 本当に、あの人の思想は心底すごいと思う。

 まぁ、今重要なのはそこじゃあないんだけど。

 

「ミウ、見つかった?」

 

「全然......さすがにこの中から見つけるのは厳しいかな」

 

 俺たちは今、街のなかでクエストを探していた。

 クエストは基本的に頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるNPCが持っているので、正確に言えばNPCを探しているということになる。

 この街周辺も一通り回ったので、次の街に移動する前にこの街のクエストをいくつかやっていこうということでクエスト探索中なのだが......

 とにかく人が多い!!

 こんな中いくら頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるからって特定の人物を探し出せるかっつーの!!

 ......はぁ、本当に困った。

 隣を見ればミウも少々げんなりした顔もちで歩いている。

 

「ミウ、今日はまだこの街にいるんだよな?」

 

「うん、街を出るのは明日からのつもりだし」

 

「じゃあさ......」

 

 俺は人混みのせいで見辛くなった目的の場所を指差す。

 

「ちょっとそこで時間潰してからにしないか?」

 

「......喫茶店?」

 

 

 

 

 俺たちが入った喫茶店は、外ほどではないがかなり人が多かった。

 回りを見ると武器や防具を装備しているプレイヤーがそこそこいるので、攻略の中休みにここを利用しているということだろう。

 まぁ、いまちょうど昼ぐらいだもんな......

 とりあえずどこか席に座ろうとミウと空いている席を探すが、どこも埋まっていて座る場所がない。

 これは困った、だが今から再びあの通りに戻るのも少し覚悟がいる、と席が空くのと外に出ることを天秤にかけていると、1人の女性NPCが近づいてきた。

 

「「あ」」

 

 もしかしたら空いている席がないから入店拒否か待つよう言われるのかとも思ったが、そんなことよりも俺やミウの気を引くことがあった。

 NPCの頭の上に、クエスチョンマークが浮かんでいたのだ。

 ......やばい、なんか今すぐ逃げないと面倒なことになるような気がしてきた。

 なぜか急に頭の中のサイレンがすごい勢いで鳴り出したが、気のせいだと頭を振る。

 いや、これはむしろラッキーだ。俺もミウもちょうどクエストを探していたのだから渡りに船というやつだ。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 なので俺はクエストの内容を聞いた。

 クエストを持っているNPCに『何かありましたか?』というようなことを聞くと、クエスト発生のフラグが立つのだ。

 すると店員の女性は神様にでも会えたかように顔を綻ばせた。

 

「あぁ!! ちょうどよかった! ちょっと困ったことがあって、頼んでもいいかしら!」

 

 む、内容は言われないか......

 ここで『はい、いいですよ』とか言えばそれでクエスト受注だ。

 そのあと断ることも一応できるが、一度受けたものを断るというのは少々忍びない......ってこれ、前ミウが言ってたことと同じか。

 本当なら前情報も何もないクエストなど、受けない方がいい。なにせこの世界で少しでも気を抜けば冗談抜きで死ぬことになるからだ。

 でも......

 ミウを見ると、困ってるみたいだし受けちゃダメ? という感じのアイコンタクト。

 ミウが乗り気なんだよなぁ.....よし。

 

「はい、いいですよ」

 

 とりあえず本当に内容が危なそうならミウには悪いが無理矢理にでもクエスト中断することを決めて聞く。

 まぁ、飲食店からのクエストなんてそこまで大それたものはないだろう。

 それこそ、食料がなくなったからその辺の動物系、もしくは植物系のmobを倒してアイテム(材料)を採ってきてくれ、とか。

 すると店員さんは、さらに嬉しそうに顔を綻ばせ俺とミウの手を握ってきた......て、え?

 

「さぁ、こっちよ!」

 

「え、ちょっ、話はーーーーーー!?」

 

 そしてそのまま店の奥まで引っ張られていった。

 

 

 

 

 バックヤード(で、いいのだろうか?)に連れてこられた俺たちはそのまま二人別々に分けられて、さらに他の部屋に連れられた。

 ここは......更衣室?

 そのことに気づいた瞬間に、さらに脳内のサイレンが響き始めた。

 それと同時に俺をここまで連れてきた男性NPCが何か折り畳まれたものを手渡してくる。

 これは、やっぱりそういうことなのか......

 俺は半ば以上諦めつつも、最後の希望にかけて渡されたものを広げた。

 ......ですよねー。

 

 

 

 

 Side Miu

 

 手渡されたものを広げると、私をここまで連れてきた店員と同じ、この店の制服だった。

 ていうことはこのクエストは接待とかのクエスト、なのかな?

 SAOってそういうクエストもあるんだ......

 でも、これならコウキが心配していた危険性とかも心配なさそうだ。

 ただ......

 私は制服を目の前に掲げる。

 服のイメージカラーは白とか水色といった可愛い系と爽やか系が混在している感じ。

 布の節々にはフリルがつけられていて、少し揺らすとそのフリルも揺れて可愛い。

 下は上と一体型で当然のようにスカート。しかもかなり短めで、ここにもフリルがある。

 足元は白ニーソで固めるらしく、この服のテーマは清楚可愛い系、といったところか。

 所々にリボンなんかも付けられていて、メイド服......とまではいかないにしても、それっぽい感じがする。

 とりあえず服を自分の体に当ててみつつ、更衣室に設けられた姿見で自分の姿を見る。

 

「......はぁ」

 

 しまった、ため息が出てしまった。

 いや、別にサイズが合っていないわけではない。むしろパッと見サイズが合いすぎていて少し引くほどだ。

 問題なのは、単純に私に似合っていないということだ。

 もちろん、私にはもっと似合う服があるわ! とかではなく、私が服に合っていない。

 ぶっちゃけて言えば、私にはもったいなさすぎる。

 こういう可愛い服、というのはもっと女の子らしい子が着るものであって、私のような肉体的にも精神的にも女の子らしさゼロな女子が着るものではない。

 店員さんに他に制服はないか聞いてみたが、色好い返事は返ってこなかった。

 これを......着るのか。

 

 

 

 

 Side Kouki

 

「うーむ...」

 

 心のそこから嫌だったが、先ほどもミウが乗り気だったことも考え、気力を振り絞って着替えた。

 そして今は更衣室から出てバックヤードに戻ってきてるが......

 店の制服ってこんなに着苦しいものなのか......

 上はこの店のイメージカラーだと思われる水色のYシャツ。それに紺色のネクタイ。下はネクタイ同様のスラックスだ。

 こういったマナー等を意識したしっかりとした服装は学校の制服ぐらいしか着たことがないので非常に違和感がある。

 まぁ、着ているうちに違和感もなくなるか......というか、女性店員の制服はあんなにフリフリとかついてるのに、なんで男性のはこんなにもガッチガチに固めているのだろう? いや、別にフリフリが着たいとかそんな倒錯的なことは考えてないけど。

 

「それにしても......」

 

 肩を回しながら周りを見回す。

 俺が着替え終わって更衣室から出てきて既に10分前後。ミウはまだ姿を見せない。

 女子の着替えには準備がかかるものだ、とはよく言うが、SAOの着替えはウィンドウ操作のみだ。そこまで時間がかかるとは思えない。

 ミウ、何かあったのか......?

 

「コウキ~?」

 

「ミウ?」

 

 背後から声がかかったので振り替えると、予想した通りミウがいた。

 いたのだが......

 

「わぁ、コウキ、すごい似合ってるよ!」

 

「おう、ありがと......で、なんでそんなところにいるの?」

 

「うぐっ......」

 

 ミウはいたのだが、なぜか曲がり角から頭だけをこちらに見せている、尾行スタイルだった。

 俺が聞くとミウは視線を逸らすし......どうしたんだろう?

 もしかして渡された制服が着るに耐えないものだったもので俺には見せられないとか......はないか。ミウだったら大抵の服は普通に着そうだし、そもそもさっき見た女性店員の制服もそこまで変わったものじゃなかったし。

 俺が無言のままミウに視線を送っていると、ミウが徐々に唸りだし、ついにはため息をつく。

 

「......笑わないでよ?」

 

「ん? あぁ......」

 

 いや、だからそもそも笑うようなデザインじゃない気がするんだが......

 ミウは恐る恐るといった感じで角から出てくる。

 ......おおう。

 いかん、驚きのあまり変な声が出そうになってしまった。

 それほどにミウにこの店の制服は『似合っていた』。

 白や水色といった色合いもミウの雰囲気にとてもマッチしているし、デザインそのものにもミウらしさが引き立てられている気がする。

 しかも足元を固めている白ニーソも、ミウの色白な肌を上手く魅せている。

 ......だというのに、それに対して、本人であるミウ自身が雰囲気が沈んでいて、顔も俯かせていた。

 その表情は恥ずかしくて赤くなっている、とかではなく、ただ居心地が悪くてテンションが下がっている感じだ。

 

「......やっぱり、似合ってないよね?」

 

 俺がずっと黙っていたことを不安に感じたのか、ミウが唐突にそう言った。

 

「いやいや! ミウすごい似合ってると思うぞ?」

 

「あはは......ありがと」

 

 俺はすぐさま思った通りに言う。

 実際、ミウのために作られたと言われても違和感がないほどに制服はミウに似合っている。

 これほど似合うのはこの世界ではそれこそミウぐらいなのではないだろうか?

 だが、ミウは表面上はお礼を言ってくるが、表情は全くと言っていいほど上昇していない。

 まるで俺の言葉を完全にお世辞だと思っているよう......というより、自分がそんな言葉を貰えるわけがない、感じだ。

 さっきの言葉からして、もしかしてミウ、服が自分に似合ってないと思っているのだろうか?

 まぁ、服なんて着ている本人が似合わないと思えば似合わないことになるんだろうけど......勿体ない。

 ミウって女の子の格好してれば引く手あまただろうに。

 すると、ミウが出てくるのを待っていたかのようなタイミングで、先程の女性店員も出てきた。

 

「さて、着替えてもらったところで、あなたたちにやってもらうことを言うわよ!」

 

 ーークエストの内容はやはり店員として働け、ということだった。

 店員の話では、普段はそこそこの客いれらしいのだが、ここ最近は異常なほど客が多く、完全に手が足りていない状態だそうだ。

 おそらく、ひとつの街、もしくはひとつの店に一定以上のプレイヤーが存在すると発生するクエストなのだろう。

 アルゴのガイドブックにも載っていなかったし......βテストの時もなく、この世界が始まってからも、ひとつの街にここまでプレイヤーが集まることがなかったのだろう。

 内容と背景は話を聞いて分かったが......正直、ものすごく嫌だ。

 ミウはヨウトと同じで人付き合いとかは上手いタイプみたいだし、そこまで苦にはならないかもしれないが、俺にとってはこれ以上ないぐらいの難易度だ。

 ......まぁ、今さらそんなことを言っても仕方がない。俺もさすがにここからクエスト中断とかは言い出したりしないです。

 ミウの様子も少し気になるが、クエストを中断する気はないみたいだしな。

 

「それじゃあ頑張りましょうー!」

 

「「......お~」」

 

 それにしても、受ける側がここまでやる気のないクエストというのもどうなんだろう?

 

 

 

 

 そして現在に至る。

 俺もミウも仕事は主にフロアに出て客を接待することで、実際にやってみると注文を取ったり、料理を運んだり、客を案内したりするだけなので作業事態はそこまで難しいものではなかった。

 バイトなど一度もしたことがなかったのでーーまぁ、俺中学生だし当然だけどーー少し不安はあったのでこの事に関しては非常に助かった。

 ただ、やはり不特定多数の相手に対して常に良い顔していないといけないというのは非常に面倒だし、大変だ。

 

「あ、はい! ありがとうございます!」

 

 そしてミウも俺と同じように作業はなんの問題もなくこなしている。たまに男性プレイヤーからナンパされているぐらいだ。

 先程まで沈んでいました、と言われても信じる人はいないと思うぐらいに元気で、笑顔を振り撒いている。

 ......だが、やはりそれはいつものミウと比べるとどこか表面的なもので、無理をしている、とはいわないが、自然体とはほど遠いものだった。

 

「店員さーん」

 

「はい、今行きます!」

 

 あー、くそ。考えてる時間もないな......

 こうなったら休憩時間に聞くしかないけど......

 女性店員さんは休憩は1時間半後に入ってくれと言っていたから、休憩まではあと30分程度。

 ......まだ30分もあるのか。こんな時計ばかり気にしていて、これじゃあまるで学校の授業のようだ。

 俺は初仕事1時間で、すでに休憩時間が待ち遠しくなるという、聞きようによっては相当けしからん状態になりつつ、フロアの仕事を続行した。

 

 

 

 

「ミウ、大丈夫か?」

 

 30分後。待ちに待った休憩時間に入り、休憩室に入るなり俺はミウに聞いた。

 

「え、特になにもないよ?」

 

 嘘だな。

 話し方はいつも通りだが、明らかに視線が泳いでいる。

 ここまで一緒にやって来たが、ミウは本当に純粋なやつだから嘘とか人を偽ることが極端に下手だ。

 というより、基本的に嘘をつく必要が今までなかったのかもしれない。俺のような捻くれたやつならともかく、ミウはなにも偽ることなんかないだろうし。

 ......まぁ、もしもミウが嘘大得意なやつだったら俺は今ここにいないだろうけど。

 ここは少し踏む混んでみるか。

 

「さっきも言ったけどその服似合ってると思うぞ?」

 

 俺は先程とほとんど同じことを言う。しかし、それに対して返ってくる反応は、あはは、と何かつまった感じの笑顔でミウも同じ反応だ。

 やはりこれは触れてほしくないのか、と少し諦めかけていたが、今回はミウに続きがあった。

 

「でも、ほら。こういう服ってもっと可愛い子が着るものでしょ? それに、こんなに可愛い服、私らしくないと思うし......」

 

 言うとミウはまた笑った。

 でも、少し意外だった。

 ミウはいつも明るいわ、強いわで、弱い部分というのをほとんど見せることがないので、こういったコンプレックスのようなものがあるとは考えもしなかった。

 まぁ、先日もミウが変な暴走起こしたことはあったけど、あれはどちらかというと混乱、だろうしなぁ。

 とにかく、ミウの言いたいことは分かった。

 同時に、今日俺がずっと感じていた違和感も。

 

「ミウってさ、可愛いもの好きだよな?」

 

「? ......うん」

 

「じゃあ、そんな可愛いもの好きのミウはそういう可愛い服も着てみたいと思う......んだよな?」

 

 俺はミウが今着ている服を指差して言う。

 後半自信がなくなったのは、女心というものは可愛いもの好きだから可愛い服を着たくなるかどうかが今いち分からなかったからだ。

 だが俺の懸念は考えすぎだったらしく、ミウは服を着たいということは肯定してくれた。

 

「着てみたいとは思うけど......やっぱり私らしくないよ。私、胸ちいーーごほん、ちんちくりんだし、性格も男勝りなところあるからさ」

 

 意地でも胸のことは言いたくないのか......

 それに男勝りか......思い付くのはmobを目の前にしたときのミウの無敵っぷりと、食事のときに俺よりも多く速く食べる光景。

 ......うん。できそうならフォローしようと思ったけど、少し難しいかも。

 いや、そもそも俺はフォローしたいわけではない。

 

「でも、『らしさ』って言うのはそもそも基準はなんだ?」

 

「え?」

 

「俺はさ、やっぱりその本人がやりたいことをやってる『状態』のことを言うと思うんだよ」

 

 大体、『らしさ』なんていうものは他人がその人を区分けするためのタグのようなものだ。

 その誰か他人が決めたタグ以外の行動をすると、途端に『らしくない』などと言われる。

 もしかしたらミウも同じような経験があるのかもしれない。

 そして今回ミウが言った『らしさ』というのはそんな感じで、他人が求めてるミウの印象だ。

 ぶっちゃけた話、そんなものクソくらえだ。

 自分がしたいことをして糾弾されるだなんて間違っている。

 だから俺は、本人が一番イキイキとできることがその人の『らしさ』だと思うのだ。

 それこそが本人の本質で、行動指針や、目標などになるのだから。

 

「だからミウが、着たい服を着て、他人の目なんか関係なく楽しそうにしていることがミウ『らしさ』だと思う」

 

 俺は自分の思いを最後まで言い切る。

 ......よくよく考えれば、他人の考えにここまで意見することは久しぶりかもしれない。

 でも、やっぱり少し勿体ないと思うのだ。せっかく似合っている服を着ているのに本人が悲しそう、というのは。

 俺は別にミウに今の制服を着ていろ、と言いたいわけではない。単純に気にすることはないんじゃないか、と言いたいだけだ。

 まぁ、他人の目、とか言ったけど、その他人の目から見てもミウの服装は似合っているわけだけど。

 こういうのは本人の気持ち次第だからこれ以上はどうしようもないけどさ。

 

「......ねぇ、コウキ」

 

「ん?」

 

「えっと、その......この服、似合ってるの?」

 

「おう、似合ってる」

 

「そっか......」

 

 ミウが小さく呟く。

 ミウの表情は俯いていたせいで分からない。

 

「あ、もう休憩時間終わりだね」

 

「え、あぁ、そうだけど......」

 

 言うとミウはそそくさと休憩室から出ていってしまった。

 結局上手く話せたのかはよく分からなかったが......

 ミウが振り返る際、微かに口許を曲げていた気がするのでよしとしよう。

 

 

 

 

 その後はミウの雰囲気もいつも通り、いや、いつも以上にご機嫌になり、俺の懸念事項も消えたことで滞りなくクエストを終わらせることができた。

 

 

 ...............とは上手くいかないのが現実である。

 

 

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「じゃあ、草原サラダに猪ステーキ、あとコーヒーで」

 

 その後再び俺たちは接客に戻った。

 俺は客から注文を聞きつつ、頭ではミウのことを考える。

 ......ミウ、さっきは大丈夫かとも思ったけど、やっぱりまだ心配だな。

 自分が過保護、気にしすぎなことは百も承知なのだが、それでも気になってしまう。

 

「では、ご注文を繰り返させていただきます。草と猪と、豆汁ですね?」

 

「え?」

 

「店員さーん!」

 

「あ、今行きます!」

 

 うーん、少しずつ慣れてきたから良いものを、やっぱり接待は難しい。

 先程なにか変なことを言ってしまった気もするが、まぁ、気のせいだろう。

 とりあえず思考を元に戻そう。

 ミウを横目でみる。

 ......ん、やはり先ほどまでよりも顔色が良い。

 

「ご注文は?」

 

「えーとーー」

 

「とかげの熟成肉と天戸のピリ辛スープ、ブットから絞ったワインですね?」

 

「いや、まだ頼んでないですよ!? しかもなんで全部この店の高級料理!?」

 

「おっと、失礼しました」

 

 少し間違えてしまった。

 

「トイレはあちらですよ」

 

「だから注文!!」

 

 

 

 

 その後「集中してください」と店員さんに怒られてしまった。めちゃくちゃ怖かった。

 まぁ、とにかく、ミウの方は本当に大丈夫なようだからもう気にするのは止めよう。

 よくよく考えれば、やっていることは同僚のストーキングだしな......

 よし、ミウを見るのはもう止めよう。

 

「いっらしゃいませ......あ、アスナ!」

 

 あ、アスナ来たんだ。これはミウも嬉しいだろーーーっと、気にしない気にしないと。

 

「ミウさん? こんなところで何してるの? その格好......」

 

「あ、これは......ちょっと今クエストでこのお店を手伝ってるんだけど......」

 

「そう、その服、すごく似合ってるわ」

 

「......っ! ありがとう!」

 

 ......さーて、俺も仕事仕事っと。

 

「少しいいかしら?」

 

「はい、どうかされましたか?」

 

 呼ばれた方にいくと、この世界では珍しい女性プレイヤーだった。

 いや、ミウにアスナにアルゴにニックと、もう4人も会っている俺が言っても説得力がないが、実際人数は少ない。

 そのプレイヤーは雰囲気としてはニックに近い感じで、年上の雰囲気を纏っている。

 

「さっき頼んだ料理がまだ届かないのだけれど?」

 

「あぁ、申し訳ありません。只今店内が大変立て込んでおりまして、少々時間がかかるかもしれません」

 

「あら......そうね。こちらこそごめんなさい。不躾なことを言ったわね」

 

「いえ、我々の不手際ですから......」

 

 ......あー、こういういい人っぽい人との会話は余計に疲れるな。

 相手が善意しかないと俺も心込めて話さないといけない雰囲気になるし......なにより『いい人』というのは少し苦手だ。

 女性客は少し考える素振りを見せると、良いことを思い付いたかのように顔をあげる。

 

「今言ったことを覆すようで悪いけど、あなたは今空いているのかしら?」

 

「え......?」

 

 言われて周りを見回す。

 確かに人も多く混んでいるが、今はフロアに出ている人数も多く少しなら大丈夫そうだ。

 さっきも『お客様の要望は可能な限り聞くように』って言われたばかりだしな。

 

「はい、俺ーー私でよければ」

 

「そう、じゃあ料理が届くまでお話に付き合ってくれないかしら?」

 

 

 

 

「......ねぇ、アスナ」

 

「なに?」

 

「アスナは、イライラしたりする時はどうやって解消するの?」

 

「え......そうね......紅茶、特にミルクティーなんかを飲むわね」

 

「そっか、ありがと。今度試してみるね」

 

 

 

 

 あれ? 微妙に寒気が......

 まぁいいや。とにかく、この人の料理は長くても5分程度で来るだろう。たぶんそのぐらいの余裕はある。

 俺となんか話して何が面白いのかは分からないけども。

 

「ありがとう。そうね......じゃああなた名前は?」

 

「コウキです」

 

「そう、私はマールよ。よろしくね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「じゃあまずは、その堅苦しい話し方をやめてもらってもいいかしら? これから楽しくお話ししようというのに、それじゃあ息が詰まってしまうわ」

 

 ......本当にニックにそっくりだな。実は姉妹って言われても信じるぞ。

 ただ、やっぱりこういう風に話すのは苦手だ。どうしても相手の裏側を考えてしまう。

 言っても仕方ないけど。

 

「......分かった。じゃあマール」

 

 

 

 

「......アスナ。ものすっごくイライラっていうか殺意に近い感じがしたらどうする?」

 

「ええっ!? 殺意って......つまりすごいストレスってことよね? う~ん......他のことで昇華するかしらね。お料理、はここじゃできないし......そうだ! お掃除なんか良いわね」

 

「......ありがとう。今度、ううん、帰ってからやってみる」

 

 

 

 

 ビクゥ!! 背筋を冷たい感覚が走る。

 おかしいな、フィールドでならいざ知らず、こんなところでなんでこんな感覚に襲われてるんだ!?

 風邪......は引かないしな......

 

「コウキ?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

「なら、少し腰を落としてもらえない?」

 

「はぁ......?」

 

 言われた通りに腰を落とし、マールに視線を合わせる。

 するとマールは両手で俺の顔を押さえるようにしてきーーえぇ!?

 

「あの、マールさん?」

 

「......」

 

 しかしマールはなにも言ってこず、ただ俺の目を見つめてくる。

 あの、これ、どういう状態? なんで俺クエスト中にこんなことになってんの?

 それから十数秒ほどそのままになっていると、マールが小さく息をついて俺から離れた。

 

「あなた、きれいな目をしているわね」

 

「へ......?」

 

「でもただ綺麗なだけじゃない......そう、人の醜いところや汚いところも知って、それでも前を向こうとしているような......いえ、前を向き始めている感じかしらね」

 

 ーーーーえ。

 

「あ、今少しドキッとしたわね?」

 

「あの、いったい何を......」

 

「ふふっ、ごめんなさい。私少し占い方面のことをかじっていてね。気に入った子を見るとつい、ね」

 

「はあ......」

 

 

 

 

「アスナ、あとでとかじゃなくて今すぐこの苛立ちをどうにかしたいならどうしたら良いかな......?」

 

「ちょっと、ミウさん? 本当に空気が痛いのだけれど......えーと、そこまでいってるのならもう元凶を何とかするしかないんじゃない?」

 

「そうだよね......」

 

「って、ミウさん!?」

 

 

 

 

 ーーっ!? だからなんでさっきからこんな殺気まみれの視線を感じてるんだよ俺!?

 しかもなんか段々強くなっているような.....あれ?

 俺が内心戦々恐々としていると、急に視界が動いた。

 これは、体が動いてる?

 そこでやっと俺は後ろから誰かに引っ張られたことに気がついた。

 

「って、ミウ!? いったいどうしたんだ......よ?」

 

 あれ、さっきまで機嫌良かったのに、なんで今こんなにバイオレンス状態なの?

 

「......コウキ」

 

「は、はい......」

 

「仕事、戻って」

 

「はい」

 

 怖えええぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!

 ミウは別に顔も無表情とはいえ怒ってないし、声もいつもより少しだけ低いだけなのに、纏ってる雰囲気が怖すぎる!!

 そしてミウは言ったあと俺の顔を見てなにか小さく呟き、そのまま仕事に戻っていった。

 それと同時にキッチンの方からマールが頼んだ料理名が聞こえてきた。

 

「二人とも可愛いわねぇ」

 

「あ、あはは、じゃあ俺はこれで......」

 

「えぇ、すごく楽しかったわ」

 

 俺は逃げるようにーー料理を取りに行くためにもーーバックヤードに引っ込んだ。

 ......それにしても、マールの言動もそうだけど、ミウはどうしたんだろう?

 

 

 

 

「............コウキのバカ」

 

 

 

 

 その後、今度こそ何事もなくクエストを終え、無事報酬をもらえた。

 異常なほど報酬がよく、俺とミウが恐れおののいたのはまた別の話。

 

 

 




今回話は長かったですが、ちょっとした中間回でした。
それから前書きに続いてもう一つごめんなさい。急展開は次回からになりそうです。
次回の話はもう構成はほとんど出来ているのでちゃんと急展開になると思います!

さて、今回少し書きましたが、実はコウキくん、ミウさんやヨウトのような相手でもないと、基本的に話すのを面倒と思う人です。
アルゴとかは互いに利益があるような、仕事相手みたいに付き合ってるからですね。
実際ニックに対しても少し冷めた目線で接していましたし。
コミュ症というわけではないのですが...本当に主人公としてどうよ?
そして少しずつとですがミウさんが動き始めました!
この子はいつ頃デレてくれるのか(今も結構デレてるけど)すごい楽しみです!

それでは次回こそいつものペースで急展開で行きます!


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13話目 無力な少年の覚悟

13話目です!!
ふと思ったんですが、ボスの攻撃を一人で食う止めるだなんてどこが無力だよ!!
ひどいタイトル詐欺だよ!!....と。
本当、自分がもしもSAOに入ったらもっと無力になる自信ありますよ。《始まりの街》の住人ですよ。
まぁ、これからコウキくんにはとことん不幸になってもらう(あくまでも予定)なのでプラスマイナスゼロにしますがね?

それではどうぞ!!




 ある日、俺たちは攻略に出るためフィールドに向かっていた。

 この数日で2層攻略はかなり進められた。1層の時は完全に手探りな状態だったのに対して、2層は少しずつとだがみんなやり方が分かってきたというのが大きいのだろう。

 ディアベルのパーティーのようなところと比べたらさすがに勝てないが、それでも俺たちも大分早いペースで来ていると思う。

 そして今は街を歩いているのだが......

 

「ふふふふーん♪」

 

 ミウのテンションがえらく高かった。

 先日のバイトクエスト以降ずっと機嫌が良い。(店のなかでは何故か機嫌が悪かったが。理由は今も不明)

 前にもこんなことあったし、たま~にこうなるよな、ミウって。

 まぁ、嬉しそうにしていることは良いことだけど。

 そう思いながらミウの鼻唄をBGMにフィールドに出る門に向かって歩いていた、その時だった。

 

 

 

「あら、コウキじゃない」

 

 

 

 その声が聞こえた。

 久しぶりに聞こえた声の方を見る。

 

「ニック!? 久し振り!」

 

「えぇ、久し振りね、コウキ」

 

 そこにはこのゲームがデスゲームになる前に唯一知り合った人、ニックがいた。

 ......そういえば何気なく返答したけど、ニックの顔って前に会ったときとほとんど同じだな。

 このゲームに入ったときに作ったキャラクターの顔は最初の日に無理矢理戻されたわけだし......俺みたいに現実とほとんど同じ顔にしてたってことか。

 

「ねぇ、コウキ......」

 

 俺がニックとの再開に軽く感動していると、ミウが後ろから俺の袖を引っ張ってきた。

 あれ、おかしいな? 女の子に後ろから袖を引っ張られるなんて可愛い仕草、男冥利に尽きるってもんなのに、何故か冷や汗が止まらない。

 なんか最近こういうこと多いなぁ。もしかしてバグ?

 

「なんだ、ミウ?」

 

「その人、誰?」

 

「私も知りたいわね」

 

 ミウの声がいつもと同じ声のはずなのに、今は地を這うような呪詛の声にも聞こえてくる。

 やばい! 怖くて後ろを振り返られない!!

 さっきまで機嫌良かったのにどうしちゃったのさミウさん!?

 それに対して、ニックの声はどこか楽しんでいるように聞こえる。

 とりあえず怯えつつもミウにニックのことを、ニックにミウのことを紹介する。

 

「へぇ」

 

 しかしミウからはそれしか返ってこなかった。

 あまりに感情がフラットすぎて逆に怖い。

 このままでは話が平行線だ!

 何とかしなければ、そう思った俺は恐る恐るミウの方を見ると、

 

「......ミウ?」

 

 何故か微妙に涙目だった。

 はて、今までの会話のなかにミウが涙目になるような要因があったかな? しかもここまで怖くなるほどの要因。

 ミウはどこか一点を見ているようだったので、俺もそれに合わせて視線の先を見る。

 ......あぁ、ニックが巨乳だかーー痛ぁ!?

 

「ミウなんでつねるの!?」

 

「デリカシーの教育」

 

 バカな。気を遣ったから口には出さなかったたたたたたたたた!?

 

「ミ、ミウ? それ以上つねると贅肉どころか筋肉も抉り取られそうなんだけど」

 

「ふふふ、あなたたち面白いわね」

 

 俺たちの会話を聞いて楽しそうに笑うニック。

 でもニック、それは他人事だから言えることなんだよ。

 それから俺は何度かミウに謝り、ようやく解放された腹をさすりながらそんなことを思っていると、

 

「......ここで1度見ておくのも良いかもしれないわね」

 

 ニックがなにかを真面目な顔で呟いていた。

 よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらうよう言おうとしたが、それよりもニックの方が早かった。

 

「コウキ、ここで会ったのも何かの縁よ」

 

「へっ?」

 

 急に何をーー

 しかし、ニックは俺に構わず続ける。

 

 

 

「だから、私とデュエルしましょ」

 

 

 

 一瞬、ニックが何を言ったのか分からなかった。

 それほどにニックが言ったことは突飛すぎた。

 デュエル。プレイヤー同士の戦闘を目的としたシステムだ。

 戦闘方法もいくらかあるが、どれもデュエル中はフィールドだろうが圏内だろうがプレイヤーのHPが減るのだ。

 つまり、死の危険性がある。

 なんでニックはそんなことを......

 

「コウキ、私はね、無条件で誰か他人を助けたり手伝ったりするほど善人ではないのよ」

 

 その時、ニックの得体の知れない凄みに鳥肌がたった。

 飲まれた、と言っても良いかもしれない。

 それほどに、今のニックは強烈な存在感を放っていた。

 

「覚えているかしら? あなたが私の前でスキルを成功させたときのことを」

 

「そりゃもちろん」

 

 あのときの達成感や快感は一生忘れないだろう。

 そしてニックは恍惚とした表情で語り始める。

 

「私はあのとき、身震いしたわ。この子と本気で戦ったら本当に楽しいだろう、と。でも、攻略会議の時あなたを見たときは正直ガッカリしたわ」

 

 語っていくにつれて、ニックの興奮していた表情は徐々に沈んでいく。

 でも攻略会議の時、ニックもいたのか。

 あのときは本当に余裕がなかったし気づけないでも無理はないか......

 そしてニックは再び上機嫌になって言う。

 

「でも、ボス戦の時のあなたの動きを見て確信したわ。あぁ、やはり私の目に狂いはなかったのだと」

 

「何が言いたいんですか?」

 

 そこで今までずっと黙っていたミウが口を開く。

 先ほどまでとは違い、気のせいか声に怒気が籠っている。

 そしてニックはまるで楽しい気分を害されたかのようにミウを睨み付ける。

 しかしすぐにニヤリと笑う。

 

「あら、もう胸のことは良いのかしら?」

 

「なぁっ!?」

 

 ミウの顔が一瞬で赤くなる。

 ......この二人、さっきから思ってたけど相性悪いな。特にミウの方が。

 しかしニックはミウのことなんか気にしていないように続けた。

 

「つまりーーーーーー

          ーーーーーー私があなたがこの世界で生きていけるか見てあげる、ということよ」

 

「そんなの勝手だよ!」

 

 ミウがニックに言い返すが、俺の耳には入ってこなかった。

 それよりもニックの言ったことが耳に残っていた。

 この世界で生きていけるか。

 それはつまり、俺が誰かを守れるか、ということに直結するんじゃないのか?

 俺がこの先、前に進んでいけるかということに。

 ミウを見る。

 ......自分の身も守れないやつが、人の身なんか守れるわけがない。

 

「コウキ! 受けることないよこんなの!」

 

「ーーミウは下がってて」

 

「コウキ!?」

 

 ミウが叫ぶように言ってくる。

 だが今回はどうしても聞き入れられない。

 俺にだって、譲れないものはある。

 

「ふふ、子供ね」

 

「あぁ。だから、挑発にも乗るよ。自分の大切なもののために」

 

 

 

 

 ニックからのデュエル申請を受けると、俺とニックの間に60という数字が現れる。

 どうやら開始のカウントダウンのようだ。

 デュエルのルールは初撃決着モード。先に強攻撃を喰らうか、HPバーがイエローゾーン、つまり半分に達した方が敗北するルールだ

 先程までデュエルに大反対していたミウが、急に静かになったので様子を見ると、呆れた顔で俺を睨むという器用なことをしていた。

 うわぁ、やっぱり怒ってるよなぁ......

 ちなみにその『先ほど』までの会話としては。

 

 

 

「あ、あのさミウ。俺も別にその場のノリで受けた訳じゃないぞ?」

 

「挑発にも乗る、とか言ってたのに?」

 

「うぐぅ」

 

 それを言われると返す言葉もない。

 実際、今回のこの勝負、売り言葉に買い言葉というところは少しあった。

 もちろんそれだけではないが。

 ミウは項垂れている俺を見ると、一度ため息をついて今度は困ったように笑った。

 

「コウキは今回のこと、止めてもやめないんでしょ?」

 

「......あぁ」

 

 これには力強く頷く。

 

「なら、私はもう止めないよ。私はコウキの信念とか覚悟がどういうものなのか分からないけど、今回はそれがかかってること分かったしね」

 

「参りました......」

 

「うん、それでよろしい......コウキ、約束してよ? 死なないって」

 

 ミウが真っ直ぐと見据えてくる。

 ミウの言葉には重みがあった。

 デュエルだから、ということではないと思う。恐らくミウはニックの強さを感じ取っているのだろう。

 俺ですら分かるのだ。ニックは強いと。ミウが分からないわけがない。

 そしてその先には、俺の死という可能性が多大にある。

 俺だって恐い、が、そうも言っていられない。

 

「もちろん、俺は死なないよ」

 

 俺は笑って言った。

 

 

 ......そんな感じの会話があった。

 そう、死ぬ訳にはいかない。負けるわけにも。

 とは言っても、こうやって目の前に『敵』として立たれると、やはりニックの凄みのようなものが伝わってくる。

 それでも負けじと何か策を練ろうとはしているのだが...よくよく考えてみると、俺って対人戦初めてなんだよな。

 そのせいもあってどう戦えばいいのかも漠然としか考えられない。

 

「コウキ」

 

 ニックに呼ばれる。

 

「私はあなたに期待しているの。この戦いもすごく楽しみだわ。だから...あまり失望させないでね。『壊したくなってしまう』から」

 

 ゴクリと唾を飲み込む。

 ずっと気を張っていないと、逃げ出してしまいそうなほどの圧力。

 俺は震える手足を無理矢理抑えこむ。

 

「まぁ、頑張ってみるよ」

 

 そして強がり混じりにそう言った。

 そうでも言わないと本当に動けなくなりそうだったから。

 ......落ち着け。

 一度深呼吸して自分に唱える。

 カウントは残り、5秒。今まで考えたことを頭のなかで復唱する。

 4。俺は少し力みながら剣を左に引く形で、ニックは悠然と中段にと、互いの得物である片手剣を構える。

 3。ニックからの威圧感がさらに増した。

 2。ニックは確実に俺よりも強い。そんな相手に受け身なってしまえば間違いなく何も出来ずに終わる。それなら......

 1。俺は両足に力を込める。

 0。ビー! という開始の音とともに俺はニックに突進した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 そして勢いに任せるように剣を左から右へと真横に振った。

 ニックは動じることなんて少しもなく、冷静に剣を盾のようにして俺の一撃を受け止める。

 俺はそこで鍔迫り合いには持ち込まず、バックステップで後退する。

 さっきの突進。少しでもニックが驚いたりしてくれたらそこから攻めようとも、あわよくばそのまま一撃いれて、と思ったんだけど......やっぱり無理か。

 ニックが一撃目を放ってこなかったのは......やはり俺の力を見るためだろうか? 舐めた真似を、とも言いたくなるが、実際にニックの方が強いのだから仕方がない。

 それに今の攻撃で少しもニックの剣が動かなかったことから、どうやらニックの筋力値は俺よりも上らしい。俺のステータスのなかでは最も高い値なので、それも足元にも及ばないというのはかなりショックだ。

 本当はピッタリくっついてあれやこれや試してみたいことはあるのだが、そんな筋力値で負けている相手に延々鍔迫り合いなんぞしていれば、俺の方が先にキツくなる。

 いくら微々たるダメージでも、それはニック相手には致命傷になりうるのだ。

 それほどのことが、今の一合で分かった。

 いや、分かってしまった。

 ここまで実力差があるのか......

 一瞬弱気が出てきそうになるが、すぐさま追い払う。

 それでも、攻めるしかないんだ!!

 俺はもう一度ニックに接近し、縦、横の順に切りつける。

 

「ふふっ!」

 

 しかしニックはそれも綺麗に防いでしまった。

 

「本当、ここまで強いだなんて反則だろ!?」

 

「あなたも色々考えているみたいね。なかなか面白いわ」

 

「そりゃ、どうも!!」

 

 俺はニックの足元にスライディングの要領で滑り込み、そこからニックの足を切りつける。

 今まで上半身への攻撃にばかり集中していたから反応が遅れるはずだ。

 が、ニックは軽くジャンプしてかわすと、足元を通り抜けていく俺を狙い、上から剣を叩きつけてきた。

 

「くっそ!!」

 

 俺は剣を滑り込ませて辛うじて防御する。

 そして通り抜けた後、素早く体を起こして剣を構える。

 ニックは......相も変わらず悠然と構えている。

 

「でも、私としてはあなたのソードスキルが見たいのだけれど」

 

「自分よりも格上な上に経験でも負けてるのに、わざわざ自分から隙の多い攻撃するほど物が分からない訳でもないんでね」

 

「あら、それは残念ね」

 

 三度、ニックに向かって駆け出す。

 

「なら、そろそろ私からも動いてみようかしら」

 

 言うと、ニックも俺に向かって駆け出した。

 瞬間、ニックが目の前に迫っていた。

 

「なっ!?」

 

 速い!?

 俺は攻撃のために振りかぶっていた剣を慌てて防御に回す。

 そしてニックは剣を振り抜く。『それだけ』だった。

 ガキィィィィン!!

 それだけで、俺の体は1メートルほど後ろに飛んだ。

 

「つっ! くっ......」

 

 俺は咄嗟に受け身を取って体勢を立て直し自分のHPバーを見ると、1割程削れていた。

 ーー強い。

 尋常じゃない攻撃力に、ミウやヨウト並みのスピード。

 改めて、俺なんかとは比べ物にもならないほどのプレイヤーだと痛感させられる。

 こりゃ、本当に参ったな......

 とにかく、何か手を打たないとーー

 

「考え事かしら? 意外と余裕ね」

 

 しかし、ニックがそうはさせてくれない。

 ニックは再び驚異のスピードで接近してくる。

 そして俺に迫ってくる左からの剣閃。

 俺は受け流すのは無理と判断し、逆に体を一歩前に出してニックの攻撃を剣で受け止めた。

 

「......なるほど」

 

 ニックが感心するように笑う。

 今の攻撃、俺は一歩前に出ることでトップスピードに乗る前のニックの剣閃と打ち合うようにし、攻撃を受け止めることができたのだ

 なのに......それをしてなおこの威力。

 先ほどニックの攻撃を真正面から受け止めたとき程ではないが、見て分かるほどに俺のHPバーは減少していた。

 いや、それはいい。直撃に比べればぜんぜんマシだ。

 それよりも今のこのニックとの密着状態は不味い。

 俺はもう一度バックステップで距離を取ろうとするが、

 

「どこまでついてこられるかしら?」

 

 ニックは身がすくむような笑みを浮かべつつ、俺が下がったぶんだけ前に出て追随してくる。

 すると先ほどまでの強力だが単調な攻撃とはうって変わり、高速で複雑な剣閃で攻めてきた。

 くそっ! 速すぎる!!

 右から左から上から下から。次々と剣が襲ってくる。

 俺は身を縮めつつ、最小限の動きと防御で直撃だけは避けるように受けているが、このままでは間違いなく押し負けるだろう。

 そして俺のHPバーはみるみるうちに減っていき、遂に4分の1減った。

 迷ってたらやられる!

 俺は剣を防御から外し、体の左側に振り絞った。

 

「はぁぁぁああ!!」

 

 俺は剣を一気に右斜め上に全力で振り抜いた。

 そしてそれが上手くニックの剣に当たり、パリィに成功する。

 もちろん、剣を防御から外したとき2、3発攻撃をもらったが、直撃コースではなかったお陰かまだ負けになってはいない。

 俺はニックの攻撃の嵐が収まった隙に後方に下がり息をつく。

 このままじゃダメだ。何か別のことをしないと......

 でもどうする? ソードスキルは間違いなくカウンターを取られる。かと言って、このままいってもただじり貧なだけだ。

 ......ソードスキル?

 

「......やってみるか」

 

 上手くいくかどうかはともかく、またニックのペースに巻き込まれたら今度こそ負ける。

 怖い、とか言ってる場合じゃないよな。

 俺は思い付くとすぐに、上空に向かって《ソニックリープ》を放った。

 あのときだって出来たんだ、今だってできる......はず。キリトの言っていた『スイッチが入った状態』というのにはなっていないけど。

 

「来たわね!」

 

 ニックが待ち望んでいたように歓喜の声を上げる。

 そして俺が発動した《ソニックリープ》の効果が切れ、次には落下が始まる。

 目標はもちろん、ニックの頭上。

 それに対してニックは空中にいる俺に向かって構える。

 前回のボス戦ではここで《バーチカル》を使った。

 だが、今回は違う。

 ソードスキルを使うとカウンターを取られるのなら、最大の通常攻撃をするまでだ!

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ニックに向かって全力で剣を振り下ろす。

 隠しアビリティを使いまくったこの攻撃、いくらニックでもスキルなしじゃ防げないはず!

 スキルを使ってくれば上手く外してカウンターを狙う!!

 ニックが正面から受け止めるのであれば、攻撃が入って俺の勝ちだ!!

 そして、ニックは、

 

「ふっ!!」

 

 俺の剣に当てるように自分の剣を振り上げた。

 スキルはーー使われていない。

 一瞬の拮抗。

 ーーえ?

 気づいたときには、地面に落ちる寸前だった。

 っ! やばい!

 ギリギリのところで受け身をとるのが間に合ったが、ダメージディレイのせいで少しの間動けそうにない。

 問題はそんなステータスだけではない。

 なにより、意思が折れかけていた。

 ......強すぎる。

 今の攻撃をソードスキルなしで弾いた上に、攻撃事態を俺を弾き飛ばして防ぐだなんて。

 HPバーを見ると、半分(負け)まであと僅かの状態だった。辛うじて、ギリギリのところで踏みとどまっている状態。

 ここまで違うものなのか。トッププレイヤーとの実力差。

 ......もう、いいんじゃないのか? やれるだけのことはやった。

 もう、何も思い付かない。

 それに、ここで諦めても誰かに責められる訳じゃない。

 俺には、この世界で生きていく力はーー

 

「立ちなさい、コウキ」

 

 ニックの声が少し離れた場所から聞こえた。

 その声にはどこか咎めるような雰囲気がある。

 なんで......

 

「あなたはこの程度のものなの?」

 

 そうだよ、俺は所詮この程度だ。

 ミウとしばらく一緒にいて強くなったと思ったが、ぜんぜんそんなことはなかった。

 俺は結局、『あのとき』と同じ無力なまま......

 

 

 

「あなたの覚悟は、その程度のものなの?」

 

 

 

 ーーっ!

 ......覚悟。

 

「......違う」

 

「そう、なら立ちなさい。その言葉がただの見栄でないのなら、もう二度とその覚悟から逃げないよう、誓って立ちなさい」

 

 ニックの言葉を聞いたあと、黙ってこの戦いを見続けているミウを横目で見る。

 ......ははっ、さすが。目も逸らさずにこっち見てるよ。

 口を真っ直ぐに閉めているところを見ると結構限界は近いみたいだけど。

 でも、そんなミウを見たらすんなりと決められた。

 ーーもう、絶対に諦めない。

 そうだ、何を勝手に諦めているんだ。責める人がいない? 何をバカな。俺自身が責めるに決まっている。

 両手両足に力を込める。

 そして腕で体を起こす。

 俺はーー

 

 

「......俺は、守りたいんだ」

 

 

 膝を曲げ、地を踏む。

 

 

「自分が守りたいと思ったものを」

 

 

 足に力をいれ、立ち上がる。

 

 

「自分の大切なものを」

 

 

 右手に持っている剣を構える。

 

 

 

「もう二度と! 手放さないために!! もう、大切な人の涙を見ないために!!」

 

 

 

 俺はもう、伸ばせば届いていたはずの手を見捨てるなんてことは、ごめんだ。

 綺麗事かもしれない。詭弁かもしれない。わがままかもしれない。

 それでも、これが俺のーー『覚悟』だ。

 ニックは俺の宣言を目を瞑って聞いていた。まるで自分のなかに刻み込むように。

 そして目を開け、こちらを見据えてくる。

 

「......なら、それを証明してみなさい」

 

 言って、ニックも剣を構える。

 ......さて。

 かっこよく啖呵切ったわけですが、正直なところまったく打つ手がありません。

 仕方ないじゃん!? 俺はどこぞの主人公じゃないんだよ! 都合のいい逆転の閃きとか、そんな特殊能力はないんだよ!!

 いっそのこと、特攻でもするか?

 俺が必死に脳を回転させていると、

 

「ふっ!!」

 

 ニックがこちらに接近してきた。

 くそっ! 先手取られた!

 あれほどニックのペースに巻き込まれたら不味いって思っていたのに! しかもこのギリギリの状況で!

 とにかく、受け止めーー

 

「えっ?」

 

 かわせる?

 ニックのすれ違い様の攻撃を、ギリギリだがかわせたことに俺の頭が疑問符だらけになる。

 さっきまではかわすどころか、受け止めるのも辛かったのに......

 俺に攻撃をかわされ、通りすぎていったニックを見る。

 ーーしまった!!

 ニックは通りすぎていった後、すぐにスキルモーションに入っていた。

 そしてニックの攻撃を辛うじてかわした今の俺は体勢が悪い。

 

「これはどうするの?」

 

 ニックは突進系攻撃スキル《ブレイヴチャージ》を発動させた。

 このスキルは《ソニックリープ》の発展系の突進スキルだ。《ソニックリープ》に比べ、射程距離が長く、威力も高い。

 ニックが剣を引き絞り、恐ろしいほどのスピードで迫ってくる。

 受け止めるのは論外、体勢が悪くてかわすのも無理だ。

 俺は咄嗟に無理矢理地面を蹴って、体を横にずらした。

 これなら体勢はさらに悪くなる代わりに、スキルの直撃コースからは外れることができる。

 だがそれでもまだ直撃しないというだけで、掠りはしてしまう。今の俺ではそれでも負けてしまうだろう。

 迫り来るニックの剣。

 それに俺は滑って上手く逸れるように自分の剣を添えた。

 キィィィィン!

 普段の剣がぶつかり合う時よりも甲高い音がなる。

 剣と剣が擦れ合う音だ。

 

「ぐっ!」

 

 無理な体勢で受け流したせいで体が地面に叩きつけられる。

 ニックはスキルの動きに沿い、再び俺の脇を通りすぎていった。

 HPは!?

 自分のHPバーを見ると、僅かだがまだ残っていた。

 あと二回ほど剣を打ち合うだけで負けになりそうだが。

 ていうか今の攻撃。まともに食らっていたら俺HPバー全損していたんじゃ......

 そんなことを想像するとゾッとする。

 でも、その甲斐はあった。お陰で『見れた』。

 ニックはスキルディレイで僅かな時間ではあるが動けない。

 といっても、今ニックに攻撃してもディレイが切れて反撃を受け負けるだけだ。

 それでも、ワンアクション分の時間は稼げた。

 これがラストチャンスだ。

 俺は素早く立ち上がり、再び上空に向かって《ソニックリープ》を放つ。

 そして同じようにニックの上空まで移動し、落下を始める。

 

「見せてもらうわよ、あなたの覚悟を!」

 

 ニックも先ほどと同じように剣を構える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 体が落下していき、ニックが射程距離に入った瞬間、剣を振り下ろす。

 ニックも俺が射程距離に入った瞬間、剣を振り上げる。

 一瞬の拮抗。

 結果は......先ほどと同じ。

 俺の体は呆気なく弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされる瞬間、ニックの俺を咎めるような顔が見えた気がする。

 結局あなたは、何も変わらないのか、そんな顔。

 でも、

 

「まだだぁぁぁぁあああ!!」

 

 背中から落ちる体を宙で捻り、足から着地する。

 って、あぶなぁ!? 今の着地できてなかったらそのまま負けてた!!

 ニックは今、剣を振り上げて俺を弾き飛ばした。

 俺も弾き飛ばされはしたが、ニックだってあの攻撃は片手間で弾けはしない。全力かそれに近い力で俺を弾いたはずだ。

 つまり、完全に剣を振り来た状態。しかも上空に向かって。

 これが、俺が死力を尽くして作った最初で最後のチャンスだ!!

 俺はスキルモーションに入る。使用するスキルはもちろん、今しがたニックに見せてもらった《ブレイヴチャージ》だ。

 このスキルの成功率、実はまだ3割程度なのだが、ニックという最高の手本を見せてもらったのだ。失敗する気はしない!!

 それを見たニックの顔が再び歓喜の色に染まった。

 

「ふふっ! やっぱりあなたは最高よ!!」

 

 俺のスキルが発動、ニックは剣を戻す。

 間に合うか!?

 ニックに高速で接近する。

 ガキィィィィン!!

 剣と剣がぶつかり合う。

 ニックの防御の方が一瞬早かった。

 これで剣の打ち合いは二度目。俺のHPがイエローゾーンに近づいていく。

 俺のHPが減りきるよりも先にニックの防御を貫く!!

 ギギギギっ!!! 拮抗は続く。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

「くっ......」

 

 ニックの顔がこの戦いで初めて苦悶に歪む。

 それもそのはず、こちらはスキル、ニックは素の状態で打ち合っているのだから。

 あと、もう一息......貫けぇぇぇぇ!!!

 カァァァァァン!!

 一本の剣が宙を舞った。

 俺の手元には......ある。

 舞ったのはニックの剣。俺の攻撃がニックの剣を弾いたのだ。

 だが、さすがはニック。剣を弾かれた反動を利用して体を仰け反らせ、俺の攻撃をかわしたのだ。

 俺はニックの脇を通りすぎる。

 俺はスキルディレイに囚われるだろう。

 だが、ニックは今武器を持っていない。新たな武器をストレージから出すにしても、剣を拾いに行くにしても、俺のスキルディレイが解けて攻撃する方が速い!!

 いける!!

 

「面白かったわ、コウキ」

 

 ニックが微笑みながら言ってくる。

 なにを......?

 そう思いながらも、ニックに向かって駆け出そうとした瞬間、

 ガンッ!!

 そんな音と何かの衝撃と共に俺は意識を失った。

 

 

 

 

「起きた?」

 

 目を覚ますとミウがしゃがみこんで俺の顔を覗いていた。

 気のせいか、目が赤い気がする。

 ......って、ちょっと待って。『覗きこんで』? 俺いつの間に倒れていたんだ?

 少し頭のなかを整理し、今の状況を確認する。

 

「ゲームの中でも気絶するんだな」

 

「開口一番がそれ......?」

 

 ミウが苦笑いする。

 だって仕方ないじゃないか。色々考えたけどそれぐらいしか分からなかったんだから。

 俺は起き上がり回りを見ると、ニックの姿がもうないことに気づいた。

 

「ニックは?」

 

「コウキが気絶してる間にどっか行った」

 

 ありゃりゃ、一回ぐらいお礼言っておきたかったのにな。

 ......殺されかけてお礼、って言うのもおかしな話な気もするけど。

 

「聞かないの?」

 

 ミウが主語もなく唐突に聞いてきた。

 何が? って、そりゃ勝敗のことか。

 

「まぁ、俺が今こうしてるってことは負けたんでしょ?」

 

 ミウが俺の言葉に頷く。

 うーん、やっぱりか。良いところまで行ったと思うんだけどなぁ。

 分かってはいたが、勝ちがもう目の前まできていたぶん、落胆も大きい。

 あ、でも。

 

「俺、どうやって負けたの?」

 

 それだけはどうやっても思い出せないし、見当もつかない。

 あのときニックは武器を持ってなかったし、そもそも俺はニックをずっと見ていたがなんの素振りもしていなかったと思う。

 するとミウは俺から視線をずらした。

 

「弾いた剣が頭に降ってきて」

 

 ......いつもならここで、俺バカだーーーーーー!! 恥ずかしいーーーーー!! と小一時間ほど転び回るところなんだけど。

 今回に限っては、さすがはニック、かな。

 たぶん、剣を俺に弾かれたときからどこに剣を落とすか決めていたのだろう。

 なるほど、だからあのとき終わりを宣言したのか。完全に俺の敗けだ。

 等と考えていると、急にミウが顔をしかめる。

 

「......ニックさんからの伝言」

 

 うわぁ、嫌そうな顔。

 そんなにニックのこと嫌いなのかな?

 俺は心のなかで苦笑いする。

 

「ん、なんて?」

 

「突進系のスキルは軌道が分かりやすいし隙が大きいから注意しなさい、だって」

 

 うぐっ、痛いところ突いてくるなぁ......

 確かにニックと衝突するあの瞬間、連撃系のスキルを使っていれば結果は違ったかもしれない。

 でも、他のスキルだとそもそも攻撃が間に合わずニックに防御されるだろうし......作戦自体がダメってことかぁ。

 

「それと......」

 

 そこでミウは言葉を一度切る。

 しかしそのまま続きを話そうとはしない。

 

「うん? どうした?」

 

 ミウは目を細め、まるで子供が大人に嫌なことを我慢させられているような顔になる。

 

「あなたのその愚直で無謀だけど綺麗な覚悟、守れるといいわね、だってさ」

 

 ーーっ。

 ......とりあえず、合格ってことかな?

 はぁ、思わず安堵の息が出る。

 良かった......

 この勝負、別にニックの合格が出ないでもこの世界でも生きてはいけただろう。

 だが、それではダメなのだ。ダメだということが、この戦いで嫌というほど分かった。

 覚悟が足りなかったのだ。誰かを守るということに対しても、意思を貫くということに対しても。

 今日ニックと戦わなければ、俺はいつか間違いなく折れていた。

 

「ミウも心配かけて、ごめん」

 

「ふぇっ!? う、ん......」

 

 俺は先ほどから不機嫌そうにしているミウの頭を撫でる。

 それに対してミウは驚いたあと、どこか安心したように頬を緩めた。

 普段なら絶対に頭を撫でるなんてことはしないが、今はなんとなくそうしたかった。

 俺が折れかけていたとき、ミウがいたからこそ俺はもう一度立ち上がれたのだ。

 俺はミウのその顔を見て、もう一度決意する。

 もう、絶対に諦めない。守ってみせる。

 




はい、ずっと言っていた急展開の回でした!
え、別に急展開じゃない? それは....言わないでください。私の技量不足です....
本当、何度目か分かりませんが、他の作者さんはなんであんなに綺麗に文章を纏められるのでしょう?
私なんかこれで精一杯ですよ、本当。
練習あるのみということは分かっていますが、どうにか秘密のコツのようなものを見つけられないものか...

さて、今回は初の対人戦です!
実際のところコウキくんは策略家タイプなので対人戦は非常に書きやすいです!
そしてコウキくんの覚悟。この話は私個人としてはかなり重要なターニングポイントでしたね。
この挫折からも立ち上がれたコウキくんは、今後どのように成長していくのか!?
そしてミウさんの心の動きは!?
なんて盛り上げつつ次回へ続きます!! お楽しみに!!


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AS1話目 少年の名前は

AS1話目です!
....急にASとか言っても分かりませんよね。頭の言い方ならピンと来るかもしれませんが、少なくとも私は来ません。
とりあえずアサルトシュ○ウドではないです。
アナザーストーリーの頭文字ですね。
これは一応意味ある、かつ、伏線回収したり引いたりな外伝となっています。楽しんでもらえれば嬉しいです。


それではどうぞ!


 それは、1層ボス攻略が成功する1ヶ月ほど前の話。

 

 

 

「はむ」

 

 アインクラッド1層、第2の街《トロイ》。

 この街は全面石造りの《はじまりの街》とはうってかわり、建物の建築材料には木材の方が多く使われていて、どこか暖かみのある街だ。

 その代わりにこの街はそれほどの規模はなく、そのぶん人が少ないので賑やかさ、という点に置いては《はじまりの街》の方が上だ。

 それはつまり、この街は賑わっていない、ということではなく、この街の場合は落ち着いている、という表現の方が正しいのだろう。

 回りを見ても人は視界にはそれほど入らないが、その代わりに緑が目に入るし、耳を澄ませば小鳥のさえずりも聞こえてきそうだ。

 

(...まぁ、僕は人が多い方が好みだけど、これはこれでありだよね~)

 

 少年は午後の心地い日を体全体で感じつつ街を歩く。

 先ほどから食べているのはこの街特産の《レッシュ》という食べ物だ。

 《レッシュ》はその見た目は卵の生地で包まれたクレープそのものだが、実際に噛みついてみると中には果物などの具材の代わりにミンチにした肉が詰め込まれている。

 しかしクリームはそのままなので、甘いクリームのなかに炒めたミンチがぶちこまれるという、軽いゲテモノ料理になっているーーーー某甘い物好きの女剣士は、クーデターだ! と言って愕然としていたーーーーが、食べてみるとミンチの塩辛さとクリームの甘さが絶妙で、ミンチが良い食感を出しているのでそこそこいける...と少年は思っている。

 今の感想が世間一般とはかけ離れていることを少年は自覚していないが。

 少年は冬の午後という殺人睡魔とも言えそうな日光と、ほどよい甘さが口のなかに広がる、これはもう寝るしかないな! という状況に、まぶたを重く感じていると、ふと、店のガラスに映った見慣れないものに視線が吸い寄せられた。

 

(う~ん。やっぱり何度見ても見慣れないなぁ...)

 

 少年が苦笑いしつつ見たのは、ガラスに映った自分の姿だった。

 アバターの姿は現実と同じものに始まりの日、この世界の創造主でもある茅場晶彦に変えられているのだから、見慣れない姿にはならないはずだが、この少年は違った。

 実際、体も顔もどこを見てもおかしな箇所は見当たらない。

 顔は少しつり目ぎみの整った顔立ち。

 体を見ても、胸当てや小さなアーマーと一般的な防具、武器は背中に背負った薙刀と少々珍しい武器だったが、これも本人は気にしてはいない。

 身長だって少年の年、14歳の平均身長程度はある。

 特段変わった箇所はなかった...髪以外は。

 その少年は、髪の色が『藍色』だったのだ。

 もちろん、少年はリアルでも藍色の髪をしているような不良中学生ではない。

 この世界に順応してから数日後。少年が何か隠し要素はないかとウィンドウのなかを手当たり次第探っていると、髪色の変更ができることを知ったのだ。

 これは少し面白い、と思い、少年は髪を今の藍色にしてみたのだが、何か操作を誤ってしまったらしく元の髪色に戻せなくなってしまった。

 そして今に至るわけだが...

 

(顔や体が元と同じな分だけ、髪だけ違うと恐ろしく違和感があるんだよね.....)

 

 しかも髪の長さも現実と同じ額に被るほどのボサボサヘアー。本当に髪色だけ違うので違和感が半端ない。

 まぁ、そのうち慣れるか、と少年は背にしょった薙刀を担ぎ直し、暴力的なまでの眠気をどうにかするべくフィールドに向かった。

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

 フードを被った少女は追っ手に追われていた。

 その少女は、服装の節々にある意匠が込められていた。

 顔に描かれた数本の曲線に、着ているフードも正に灰色。それは足防具も同じだ。

 そして身に付けている武器は『歯』を模していると思われるクロウ。

 その少女はどこから見ても『鼠』だった。

 正しく言えば傍目から見れば、か。

 

 

 

 この少女は、本物の『鼠』ではない。

 

 

 

 以前本物の『鼠』が言っていた偽者が自分を騙っているという事件。その犯人こそこの少女だ。

 確かに、アルゴ本人と比べると所々相違点はあり、少女の姿はアルゴの知人が見たりしない限りは、一目で鼠だと思う格好であった。

 少女は背後にある木に寄りかかり、乱れきっている呼吸を整える。

 

(たはは...あんな悪いことして、いつかしっぺ返しはくるだろうとは思ってたけど...ちょ~っと早すぎる上にキツすぎない?)

 

 回りを見回せば、辺り一面緑色。森のなかだ。

 逃げる、隠れる、ということではかなり向いている場所ではあるが、この世界においてはその限りではない。

 この世界では圏内では生命の安全がほぼ100%保証されているが、圏外ではプレイヤーなんて簡単に命を落とすのだ。

 しかも少女自身、戦闘はあまり得意ではない。

 いくらなんでも追っ手に見つかれば即首チョンパ、なんてことにはならないと少女も思うが、それでもやはり勢い余ってということもあるので死の危険は付きまとう。

 ならば圏内に隠れ潜めば良いのでは? という話にもなるが、それはそれで街中では追っ手たちに囲まれやすいので得策とは言えない。

 体に負うダメージはなくとも心に負うダメージは圏内でもあるのだ。

 ぶっちゃけこの少女は大人数の男に囲まれて平然としていられるほど図太い神経は持ち合わせていない。某甘い物好き女剣士が異常なだけだ。

 

(でも、本人とかあの...なんとなく黒色な感じの人も嘘はついてない感じだったんだけどな...)

 

 少女が考えているのは黒色な感じの人と鼠本人に成敗されたときのことだ。

 この偽者の少女もまたβテスターだ。

 アルゴのことを知ったのはその時。βテストのときは「ほー、そんなゲームの仕方もあるのねー」程度の認識だったが、それが変わったのはあの始まりの日だ。

 少女は自分が弱いことを知っていた。このままではフィールドに出ても《はじまりの街》に留まっても、肉体的、もしくは精神的に死んでしまうと。

 そんなときに思い出したのが、件の情報屋であるアルゴだった。

 あの方法なら、自分も生き残れるのではないか?

 彼女自身もβテスター。ビギナーたちよりはよっぽど情報を持っているし、そもそも本当の情報である必要はないのだ。

 その情報が合っていようがいまいが、生きるための金を入手できれば何も問題はない。

 最悪の場合は本物の鼠に皺寄せがいくようにすればいい。

 その結果、偽者の鼠が誕生したわけだ。

 もちろん、そんなもの上手くはいかなかった。

 始めて1週間とちょっとで本物に嗅ぎ付けられた。さすがは鼠だ。

 そしてお供の黒い人と共に本物に成敗された。

 これは《黒鉄宮》送りか、とも覚悟したが、なぜか本物たちは二度としないという条件付きで見逃してくれた。

 しかも少女のことは公には晒さないという大盤振る舞いで。

 これは少女のことがバレれば冗談抜きで命の危険になることを危惧した本人たちの気配りだった、ということは今になって考えれば少女もわかる。

 しかし悲しいかな。人の口に戸は立てられなかった。

 何がどうなって広まったのかは分からないが、現状として少女は何人かのプレイヤーに狙われている状況だった。

 

「いたぞ!!」

 

(あぁ、もうっ!)

 

 少女は声がした方向とは逆の方向に駆け出す。

 相手も攻略に忙しいのだから、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れ潜んでいればこちらの勝ちだ、というのが少女の考え。

 今いるのは森のなか。確かに追っ手を撒きやすい地形ではある。

 そういう意味ではとにかく逃げる、というのは理にかなっている。

 だが、こういった地形だからこそ気をつけなけばならない要因が一つある。

 それは、

 

「おー! ナイスタイミング!!」

 

(なっ!? いつの間にそんなところに......!)

 

 それは相手の待ち伏せ。

 少女の目の前には剣を持った男が道を遮るように立ち塞がっている。

 しかも後方からはもう一人男が迫ってきている。

 俗にいう絶体絶命というやつだった。

 少女は回りを見る。

 

(......塞がれた方向はまだ二つ。逃げようと思えばまだまだ逃げる道そのものはある。でも......)

 

 少女が懸念しているのは彼我の能力差だった。

 この世界が始まって約半月。さすがにまだ5も10もレベル差が開いているとは思わないが、相手は二人かそれ以上。

 そんな人数の相手のほとんどが少女よりもレベルが上。そんな状況で挟まれてしまえばほとんどの行動は封じられてしまう。

 最悪mobがポップしてくれればそのどさくさに紛れて逃げるという手もあったが、この森は昼間はmobのポップ率が異常なほど低い。

 戦うのは論外。逃げの一手も潰された。運にも見放された。

 

(ははっ、本当、悪いことってできないなぁ......諦めることもだけど)

 

 正直、少女はたかをくくっていた。

 最終的にプレイヤーたちに捕まっても、少し痛い目に遭うぐらい、もしくは想像通り《黒鉄宮》送りにされるか。

 だが、今自分を追ってきたプレイヤーと向かい合って分かってしまった。

 これは、一つ間違えば殺される、と。

 この世界ではプレイヤーがプレイヤーを殺すことーーPKもありだ。

 こんなことになってしまったのは自業自得と少女自身も思っているし、こんな世界でいつまでも生き残れるとも思ってはいない。

 

(でも、何もせずにやられてたまるか)

 

 迷っていたら成功率はどんどん下がる。

 いつ目の前の男が襲ってくるとも限らない。

 それから少女の動きは速かった。

 少女は小さく息を吐くと、そこからノーモーションで右手に装備していたクロウで目の前の男を攻撃したのだ。

 今まで逃げ回ることしかしていなかった少女の、突然の反撃に男も反応しきれない。

 少女も攻撃はしたが、クロウの爪を当てはしなかった。しかし狙った部位は顔。つまりは目眩ましが目的だった。

 

(一瞬でも隙ができれば、また逃げ隠れできる!)

 

 攻撃直後、少女は再び走り出す。

 後ろから追ってきていたプレイヤーとも距離を離せた。

 少々リスクは高かったが上手くいったようだ。あとは逃げるだけ。

 少女がそう考えた瞬間だった。

 ズドン!! 背中に凄まじい衝撃が走った。

 あまりの衝撃に少女の口からは空気が漏れ、少女は冗談抜きで体が折れ曲がったかと思った。

 そしてそれはあながち間違ってもいない。

 少女は倒れることはなかったので、衝撃の詳細は気にせずに走りだそうとするが、体が思うように動かない。

 足を踏み込んでいるはずなのに前には進めないのだ。

 

(なにが......!!!?)

 

 足に何かあったのか? 少女は視線を下に向けると

 

 

 少女の腹から剣が飛び出していた。

 

 

「う、あ、あああぁぁぁあぁぁあああ!?」

 

 少女は錯乱する。

 それもそのはずだ。いくらPKありの剣が統べる世界と言えど、現実の自分と同じ姿をした体からあり得ないものが飛び出していることへの異常感。

 そして刺され続けていることでどんどん減っていく自分のHPへの恐怖感。

 それらがごちゃ混ぜになり、少女は何をしていいのかも分からなくなっていた。

 落ち着かなければ、という意識はあるのにそんな意識など簡単に押し流していく混乱。

 今、少女に突き刺さっているのは少女が攻撃した男の剣だ。

 少女が逃げ出した時、あまりにも頭に血が昇り、今すぐぶっとばしてしまいたいという衝動に駆られた結果、発動させた《レイジスパイク》という単発突進系スキル。それが少女に突き刺さったのだ。

 男の方も頭に血が昇っているのと、あまりの興奮によって思考が正常に機能していない。そしてその間にもどんどん減っていく少女のHP。

 そんな状況で、先に活動を再開したのは少女だった。

 あまりの混乱によって体を無茶苦茶に動かした結果、運よく剣が抜けた。

 そこからはもう訳もわからずに走り続けた。

 もしかしたら男の仲間がどこかに潜んでいるかも、とか、また後ろから剣で刺されるかも、とか、そもそも隠れた方が逃げるよりも効率がいいのではないか、とか。

 多くのことが脳裏をよぎったが。

 

「待てやぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「っっ!!!!??」

 

 後ろから再び迫ってくる男の声が少女の思考を纏まらせない。

 刺されたことが少女の思考のなかで大きく幅を効かせているせいで他のことが考えられないのだ。

 走る、走る、走る。それでも後ろから迫ってくる声は離れないどころか徐々に近づいてきている気がする。

 そして、

 

「ははぁ!!」

 

「あ、かっ!!」

 

 再び背中から切りつけられた。

 そして後ろからの急な衝撃に今度は足をひっかけてしまう。

 今倒れてしまったら、そんなこと考えるよりも明らかだった。それは混乱している少女も分かりきっていた。

 それでも、今からでは何をどうしても体勢をたて直せない。

 少女は走っていた勢いそのままに、前に跳ぶように倒れ込んでしまった。

 

 

 だが、起こった事象はそれだけではなかった。

 少女はこのとき混乱していたせいもあり、先ほどにもあったことを完全に失念していたのだ。

 そう、それは、『第3者』の介入。

 

 

 

 

 

 

「ーーえっ?」

 

 眠気覚ましに森に入っていた藍髪の少年は間抜けな声を漏らした。

 しかしそれも仕方がない。

 森でのんびりと歩いていたらーーーー急に女の子(?)が飛びつきの要領で自分に向かって吹っ飛んできたのだから。

 

「え、ちょっ......」

 

 一瞬思考が停止してしまったのが敗因。

 受け止めようとしたが間に合わず、少年は突然の飛来少女(?)に吹っ飛ばされる形で巻き込まれ地面に倒れ込んだ。

 ちなみに(?)はフードのせいで断定できないからである。

 

「いったたた......これ、リアルなら間違いなく骨折してたよ......」

 

 少年は軽く頭を振りつつ上半身を起こす。

 本当なら立ち上がりたいのだが、生憎下半身の方は少女が乗っかっている(エロい意味ではなく)のでそういうわけにはいかない。

 とりあえず吹っ飛んできた理由を訪ねるためにも少女を起こそう背中を何度か叩いてみるが、少女は震えるだけで何も反応はない。(体格からやはり女の子のようだ)

 そこで少年は二つの違和感に気がついた。

 一つ目は少女のHP。少し戦いました、というには無理があるほどに損傷している。

 二つ目は背中を叩いたときの感触。一部分が妙に凹んでいると思い、背中を見てみると、何かに刺されたのか赤いエフェクトが見えた。それだけではない、何かに切られたような跡もだ。

 

(......この森には『刃』をもつmobはカマキリみたいな奴がいるけど......でもあいつの鎌じゃこんな風に刺したりはできないはず)

 

 切る、刺す。この二つの攻撃を喰らう可能性。この森で。

 そんなもの、一つしか可能性はない。

 少女を見れば、未だに我を忘れたかのように震え続けてる。少年のことも恐怖対象なのか、離れようとはしないが、顔を上げようともしない。

 いや、もしかすればあまりの恐怖で足がすくんで少年からも逃げられないのかもしれない。

 少年は僅かにだが、目を細めた。

 そしてもう一度少女の背中を叩く。

 やはりそれになにも反応はないが、少年はそれでも言葉を紡いだ。

 

「大丈夫。僕が君を助けるから。僕が君を守るから」

 

「......っ!?」

 

 少女は僅かに肩を震わせた。自分の声は届いていることに少年は少し安堵する。

 だがこれ以上何か言っても少女の負担にしかならないと判断し、少年は少女を持ち上げて自分の上からどかすと、少女の回復用に止血結晶を使い、素早く立ち上がった。

 少年は耳を澄ます。

 少女が受けた攻撃は、『出血』のデバフが付加されていた。しかもそれがまだ切れていないということはまだ受けてから間もない、ということだ。

 その攻撃を少女に与えたのは、間違いなく他プレイヤーだ。

 そしてあの少女の怯えよう、あれはすでに終わったことへの恐怖には思えない。今なお危険が迫っているということではないか?

 

(......いた)

 

 少女が吹っ飛んできた方向とは少しずれた方向から迫ってくる足音が......二つ。

 その方向に体を向けるとすぐに二人の男プレイヤーが木と木の間から出てきた。

 一人は狂気じみている片手剣を持った男、カーソルがオレンジなのはなぜだろう? もう一人は妙に長髪の男、武器は同じく片手剣。

 ギリッ、と少年の口の中から音が漏れる。

 

「あぁ!? なんだぁ、お前も偽者の仲間ぁ!?」

 

「......いや、違うよ。僕はここを通りがかっただけ」

 

「ならそこどけよ。俺らが用があるのはそこの女だからよ」

 

「そうなんだ。ところでこの子はなんでこんなにボロボロなの? やったのお兄さんたち?」

 

「しつけーな!! だったらなんだってんだよ!! そいつは偽の情報を俺たちに売り付けやがったんだよ!! そのせいで俺たちは金は取られるわ、死にかけるわ!!」

 

「俺たちがそいつをどうしようともお前には関係ないだろーが、おら、どけよ!」

 

 少年は二人を見据える。

 もしかすれば何かの勘違い、もしくは話し合いでどうにかなるのではないのかと考えたりもしたが、少年は平和的解決を完全に諦めた。

 少年は、自分の後ろにいる少女が何をしたのかもどういう人物なのかも知らない。知っていることと言えば今男たちが言ったことだけだ。

 だが、それでも少年はこう思ったのだ。

 ーーこの子が、ここまでひどい目に合わなければならないような人物なのかと。

 確かに今男たちが言ったことがすべて本当ならそれは反省すべき点なのだろう。

 ならば『反省』でいいではないか。殺す寸前まで傷つける必要はないはずだ。

 少年は、強い怒りを感じていた。

 だから、少年は真っ直ぐと言い放つ。

 

「どかない」

 

「......なんだと?」

 

「僕はどかないし、あんたらにこの子を渡すつもりもない、そう言ったんだよ」

 

「あぁ、くそ!! うざってぇ!! じゃあまずお前から死ねや!!」

 

 狂気の男が剣を振り上げて少年に襲いかかる。遅れてもう一人の男も。

 それに対して少年がしたのは、ただ背に背負っている薙刀を握り、地面に向かって振った、それだけだ。

 それだけで、今襲いかかろうとしていた二人は足を止めた。

 いや、止めざるを得なかったのだ。少年の攻撃範囲がその攻撃によって分かったから。

 片手剣の全長は長いものでも1メートル前後。それに対して薙刀は2メートル近い。

 単純に考えて少年の攻撃範囲は二人と比べて倍近く違うのだ。

 そして今の攻撃。これは『これ以上近づけば容赦しない』という少年の警告でもある。

 ......だが、残念なことに、今のこの二人はそれで止まるほど己の保身は考えていなかった。

 

「俺は右から攻める、お前は反対から攻めろ」

 

「あぁ!!」

 

(やっぱり、そうくるよね......)

 

 少年を中心として長髪の男が右側、狂気の男が左側に展開する。

 普通に考えて、数で勝っているのなら同じ方向から攻撃をしかけるよりも別々で攻撃した方が当たりやすい。

 もちろん誤爆の危険はあるが、男たちの武器は少年のような長くはない。当たる心配はほとんどしなくていいだろう。

 そして、男たち二人は同時に動いた。

 片方に対応すればもう片方がどうしても対応しきれなくなる。

 そんな中、少年は長髪の男の迎撃を選んだ。

 少年は薙刀を振り回し、長髪の男に当てにいく。それを長髪の男は一瞬驚きつつも剣で弾きにかかるーーが、薙刀が触れた瞬間長髪の男の体が軽く飛んだ。

 別に少年の筋力値がバケモノじみているわけではない。薙刀の長さを遠心力で生かした結果だ。

 考えてみてほしい。ボウリングの玉を持って殴るのと、ハンマー投げのハンマーを振って殴られるの。

 当然ハンマーで殴られた方が衝撃は強い。それが今の結果だ。

 だが、その結果にはもちろんもう一つ付いてくるものがある。

 

「ははぁ!! こっちがおろそかになってんぜぇ!!」

 

 狂気の男が自分の射程距離まで少年の背後に接近する。

 その距離は男にとっては絶好の距離であり、少年にとっては最悪の距離だ。

 薙刀のような全長が大きい武器の弱点。近接戦になったら武器そのものが振れず、邪魔になるのだ。

 要は小回りが効かない。

 だからこそ、懐に潜られたらそれだけで圧倒的に不利になる。

 男は剣を引き絞るとそのまま突いてくる。振るのを嫌ったのはできる限り動きを小さくしたかったからだろう。

 少年は薙刀を振ったばかりで薙刀は防御には回せない。

 だが、かわすのは別だ。

 少年は膝を落とすことで上半身を狙ってきた男の刺突をかわす。

 男は笑いつつ、すぐさま剣を引き戻し大上段から少年に切りかかる。

 一度攻撃をかわしてもこの距離が男の距離であることにかわりはない。

 男の剣が少年を切りつける、その寸前。

 

「これはそこの子の分」

 

「ごっ!? ぱ!!」

 

 男が奇妙な声を漏らす。

 男が視線を下に向けると、薙刀の柄の先端ーー石突きが腹に食い込んでいた。

 少年が行ったのは、単純なこと。学生が掃除の時間にでもやる、ほうきで突くというようなことを後ろに向かって行っただけ。

 たったそれだけでも、この世界でステータスを上げていればバカにならないほどの威力を発揮する。

 そして少年は跳んで男から距離を取りつつ薙刀を男の横っ腹にぶち当てる。

 当てたのは峰だったが、威力が半端ではないせいか男はそのまま横に吹っ飛ぶ。

 そして今度はすぐさま長髪の男を見ると、こちらに向かってソードスキルを発動しようとしているところだった。

 スキルの種類は分からないが、この距離ならおそらく突進系のスキルだろう、と少年はみる。

 その少年の予想は当たりだった。

 その後すぐに長髪の男は《レイジスパイク》を発動する。どうやら通常攻撃では少年の薙刀に捕まると判断し、スキルで無理矢理ぶち抜こうということだろう。

 少年は薙刀を引き戻すと、自分に向かってくる剣に対して突き出した。

 ただし、相手の剣の左側の腹に沿うように。

 すると、男が放った《レイジスパイク》は少しずつ右に逸れていき、薙刀の刃が相手の剣の柄に達した瞬間に少年が思い切り薙刀を横に押したことで、最終的に長髪の男は少年の脇を通りすぎるだけになっていた。

 少年が薙刀を先に剣に触れさせ、《レイジスパイク》の軌道をずらしたのだ。

 そして少年は薙刀を円運動の動きで振り、男に追撃をはかったが、これは上手くかわされてしまった。どうやら長髪の方は冷静に場を見ているようだ。

 長髪の男はその勢いのまま走り抜けていき、狂気の男と合流する。

 

「なんなんだよ、てめぇは!! 関係ねぇんなら引っ込んでいやがれ!!」

 

「これは俺たちとそこのガキの問題だ。それにあんたがそのガキを庇っても、なんのメリットもないだろう?」

 

 男たちは腕では勝てないから少年を説得しようと試みたーー訳ではない。

 むしろその逆。いくら少女を殺したいほど憎んでいるとしても、必要以上に戦いたくもないのだ。

 だからこれは最後通告。これ以上邪魔するのなら本当にお前も殺すという意思の表明だ。

 端から見れば現状少年の方が有利に見えるが、実際は少年にまったく余裕はない。

 少しでも気を抜けば自分が相手していない方の男が自分、もしくは後ろにいる少女に飛びかかるかもしれない、しかもだましだましやってはいるが、少年は少ない手札をフルに使っているのだ。

 少年としてもここまでは上手くできすぎだと思っていた。

 これ以上戦えば今度は少年の命が危険にさらされる。

 それでも少年は一切躊躇せずに男たちに向かって駆け出した。この現状の理不尽が許せないがゆえに。

 

「確かにこの子が何かあんたらに悪いことをしたのなら、それはいけないことだと思う。何かしらの形でけじめをつけないといけないとも思うよ......でもーーーー」

 

「この、くそがぁぁ!!」

 

 狂気の男が上段から、長髪の男が胸元を狙って突きを繰り出してくる。

 どちらも急所を狙った攻撃。二つともを完全にかわすのは不可能だろう。

 だから少年は、あえて自分から攻撃に当たりにいった。

 空いている左腕を前に突きだして、長髪の男の突きをあえて自分の左腕に刺したのだ。

 自分の体に異物が刺さっていることに少年は僅かに顔をしかめるが、それでも少年は止まらない。

 少年はそこから無理矢理左腕を振り、刺さったままの剣で狂気の男の剣を弾いたのだ。

 少年の右手にある薙刀に戻した左腕を添えた瞬間、淡いライトエフェクトを纏う。

 

「なんで、こんなガキに......!!」

 

 そして急加速し始める薙刀。

 どれだけ傷を負おうが、どれだけ危険なことであろうが少年には関係ない。

 少年が言いたいこと、したいことは最初からただ一つだけ。

 

 

 

「ーーそれでも、それがあの子を殺していい理由になるはずがない!!」

 

 

 

 少年の叫びと共に、2連撃ソードスキル《蛇電》が男たちに向かって放たれる。

 1撃目は踏み込みながら相手の足元に軽い衝撃効果もある斬撃を放ち、相手を強制的に後ろへ後退させ、本命の2撃目で薙刀の特性をフルに使える距離にて返しの刀で攻撃するスキル、それが《蛇電》。

 少々隙の大きいスキルだが、今回は攻撃のタイミングがカウンターだ。男たちがかわせるはずもない。

 少年の攻撃はそのまま吸い込まれるように男たちに向かっていき、それがこの戦いの終止符を打つ一撃となった。

 

 

 

 

 少年に怯えたのか、それとも自分達が死ぬ可能性に怯えたのか、男たちは慌てるように去っていく。

 その戦闘の一部始終を、少女は見ていた。

 というより実際のところは、藍髪の少年が守るから、とかなんとか言った直後には顔をあげていた。

 ただそのときには少年はもう少女に背を向けて目を瞑っていたので気づけなかったが。

 そして戦闘が終わった今、少女の胸に去来している感情は自分の危機が去ったことに対する安心感と...目の前の少年に対する疑心だった。

 

(この人は......なにを考えてるの......?)

 

 戦闘中の少年と男たちの会話、男たちは少女を殺すとは口には出さなかったが、やはりその気はあったのだろう。

 実際、話を聞いていてそうされても仕方がないとどこか諦めている自分がいたことを少女は自覚していた。

 だが、目の前の少年はそれを真っ向から否定した。こんなどこの誰かも分からない自分のために。

 そして命がかかっていたといっても過言ではない戦闘を繰り広げた。こんな知り合いどころか初対面である自分のために。

 いったいなんのために? なにか理由があるのではないか?

 少女はまだなにも終わっていないと気を張り直す。そうだ、こんな自分のために理由もなく助ける人がいるはずないのだ。

 絶対になにか対価として要求されるに決まっている。

 警戒した目付きで少年のことを観察するが、少年は少女の無事を確認すると、「よかった、じゃあ」と言ってそのままどこかへ歩いていこうとした。

 それが少女には信じられなかった。

 

「な、ちょっと待って!」

 

「ん? どうしたの?」

 

「あなた、なにか目的があって私を助けたんじゃないの!?」

 

「......へ? いや......特には......」

 

 というか吹っ飛んできたのあなたではありませんでしたっけ? そう聞き返しそうになったが少年はギリギリのところで抑える。

 そして少女はさらに混乱する。

 

(じゃあなに? こいつは単純にボランティア精神で私のことを助けたっていうの!? あんな男たち二人に向かっていくことをただの善意で!?)

 

 すると少年が得心得たりとばかりに手を打つ。

 

「あ、確かに襲われたばかりじゃ一人で帰るのは怖いよね。僕が街まで送っていくよ」

 

「そうじゃなくて!」

 

「え、そうじゃない......? もしかして君、他の人からも狙われてるの? それは確かに困ったな。僕がずっとついてるって訳にもいかないか、パーティーでもないんだし。となると......」

 

「だからそうじゃなくて! あなたはなんで私を助けたの!?」

 

 ただの善意で誰かを助けるだなんてことはあり得ない。

 人間誰しも行動をする際自分の損得勘定をするものだ。それはエゴイストだから、という意味ではなく自身の保身のためだ。

 それをまったく考えないなんて人間は仮にいるとするのなら、間違いなく自殺願望者ぐらいだ。

 だからこの少年にもなにか考えがあったはず、そう思って少女は聞いたが、その考えは少年自身によっていとも簡単に崩される。

 

「ん~......君を助けたかったから?」

 

「は......?」

 

 今度こそ少女の思考には空白が生じた。この少年はなにを言っている? もしかして本当に自殺願望者なのだろうか?

 しかしすぐに、少年は手を振って「ごめん、ちょっと違うかも」と訂正し、数秒考える素振りを見せる。

 

「まぁ、なんというか......さっきの人たちと君の処遇に納得がいかなかったから、かな?」

 

「私の......?」

 

「だって、君がなにをしたのかは詳しくは知らないけど、君、さっきまでそのまま死ぬんじゃないかってぐらいに震えてたんだよ? そんな女の子を傷つけよう、殺そうだなんて納得できるわけがない......うん、これが理由かな」

 

「そ、んなことで......」

 

 少女が唖然とする。

 つまり、少年は本当に今完全に初対面の少女のために心を痛め、憤り、戦ったのだ。

 少女はすぐには信じられなかった。だが、今まさに目の前でそれを実行されたのだから信じるしかない。

 まだこのあとなにかを要求される可能性はあったが、なぜか少女にはそれはないと断言できた。

 今の今まで、いや、今でも善意だけで動く人なんていないと思っているのに。

 少女も自分が矛盾しているということは十分に自覚していた。

 それでも断言できてしまうほどに、少年の目は曇りなく、真っ直ぐだったのだ。

 

「あなた......名前は?」

 

 そして少女は気づけば聞いていた。

 少年はそれに対して軽く微笑むと。

 

 

 

「僕はヤマト。よろしく!」

 

 

 

 

 これは、無力な少年の物語ではない。

 これは、なにか一つ違えば、SAOの英雄になっていたかもしれない、正義を貫き続ける、そんな男の一つの物語である。

 

 

 




はい、初外伝だったわけですが....

三人称視点って...こんなに難しいの...?

おっと、すいません、少し漏れてはならない本音が漏れました。
いえ、私も三人称視点は書いたことありますし、一応は書けます。
ですが、最近コウキくんたちの一人称視点ばかりやっていたせいか、完全に勘を見失っている状態でしたね。(言い訳であることは自覚している
こちらの主人公はコウキくんとは正反対な感じにしてみました。王道系主人公ですね。
まだまだ書き始めなのでなんとも言えませんが、この外伝はこれからもたま~に進めていこうと思っています。
コウキくんたちもですが、ヤマトくんの物語も応援してくれるととても嬉しいです!
とりあえず次回は普通にコウキくんの方を書くので、よろしくお願いします。


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14話目 コウミウ戦線異常有り

14話目です!

前回言い忘れましたが、ついこの間UA2500を越えました!
少しずつとですが、読んでくれている方も増えているようで嬉しい限りです!
お気に入りも先日25人を越えてくれて、もう天にも昇る気分です!
今度は評価もしてもらえるよう、今後も頑張っていきます!!

それではどうぞ!


「ミウや~い」

 

「......」

 

 返事がない。ただの屍のようだ。

 とかボケている場合ではない。どうしよう?

 俺たちは今街からフィールドに移動していた。

 ニックとのデュエルのあと休憩がてらミウと相談した結果、今日もやっぱり少し攻略に出ようということになった。

 そこまではよかったのだが、時間が経つにつれてミウの口数が減っていったのだ。

 ここ最近《ミウ観察》スキル(変態的な意味ではなく)の熟練度が上がってきている俺の目によると、別に怒ってはいないように見える。

 なんというか、照れながら拗ねている、みたいな。

 さっきニックに対しての子供みたいな態度を俺に見られたせいか?

 どうしたものか......と考えているうちにフィールドに出る門の前に来てしまい、気持ちを切り替えるため一時的に思考を放棄せざるをえなかった。

 

 

 

 

 どうも2層はほとんどが森で構成されているらしい、というのがここ数日の攻略でわかった。

 周りどこを見ても、木、木、草、木、草。

 しかも1層のネペントの森と比べると、本当に自然の森、といった感じで、今立っている場所もほとんど獣道のようなものだ。

 正直気が滅入る。が、今はそんなことよりもさらに気が滅入る要因があった。

 

「うわぁ......」

 

 本当、その一言しか出ない。

 この2層は1層とは違い、《リザードマン》と呼ばれる人型のとかげのようなmobがポップする。

 その《リザードマン》にも種類があり、ただの普通の《リザードマン》、曲刀や片手剣を持っている《リザードマン・ソード》、盾を持っている《リザードマン・シールド》と言った具合だ。

 しかもこの《リザードマン》、毎回3匹以上の群れでポップするのだ。1匹のステータスは低くても、こうも纏まってこられては面倒なことこの上ない。

 ......ということに、なっているはずなのだが。

 

「はっ!!」

 

 ミウの攻撃によって本日『30匹目』の《リザードマン》がポリゴンになり、霧散する。

 確かに先程ステータスは低いとは言ったが、そんなポンポン倒せるような相手ではない。むしろ群れになってコンビネーションで攻めてくるので、厄介さとしては今まで戦ってきたmobのなかでもかなり上の部類だろう。

 それをミウはいとも簡単に倒してみせる。

 ちなみに俺たちがフィールドに出てからまだ1時間とちょっとだ。

 

「うーむ」

 

 これは1時間で30匹も連続してポップする《リザードマン》のポップスピードがすごいのか、1時間で30匹も倒してみせるミウがすごいのか......

 

「間違いなく、後者だろうなぁ」

 

 はぁ、少しは追い付いたと思っても、毎回自分とミウの力の差を思い知らされる。

 そうやって俺が落ち込んでいる間にも、ミウはまた1匹倒した。

 ちなみに俺はまだ9匹である。

 

「ナイス、ミウ」

 

 俺は手の甲をミウにつきだす。ミウもそれに合わせるように自分の手の甲を当てた。

 うーん、このハイタッチもどきには応じてくれるんだけどなぁ......

 

「......」

 

 ミウが終始無言なのが怖い。

 しかも、この1時間の間になにか心境に変化があったらしく、表情が拗ねた感じから悩む感じに変わっていた。

 当たり前のこととはいえ、ミウの気持ちが分からないのが少しもどかしい。

 ミウも俺がヨウトのことで悩んでいたとき、こんな気持ちだったのだろうか。

 

「はぁ」

 

 自分は散々ミウに心配かけたというのに、俺がこの程度でため息をついてどうする。

 俺はすぐに気を引き締めるが、どうしても思考の隅にはミウのことが浮かんでくる。

 結局、なんとなくイライラしてきた気持ちをどうにかするべく、ポップした《リザードマン》に八つ当たりを決行する俺だった。

 

 

 

 

 

 さらに1時間ほど経つと、日も暮れてきたので今日の攻略は終わりとなった。

 今は街に戻っている最中だ。

 ...はぁ、よかった。

 先ほどミウに今日は終わりの旨を伝えたところ、

 

「......お疲れさま」

 

 と、一言だが小さく微笑みながら返してくれたのだ。どうやら《リザードマン》たちを倒しまくっていくらかストレス解消できたらしい。

 なぜあんな状態になったのかは今も謎だが、少なくとも嫌われた、という最悪の事態には至っていないらしい。

 でも、いつもとのギャップがありすぎて辛いな......いつもならミウが盛り上げてくれるから沈黙とか全然できないし。

 なんとかならないかな? 甘いものあげるとか。

 

「おー、二人ともこんなところで会うとはナ」

 

 失礼とわかりつつも、俺が完全にペットかなにかに対しての思考を繰り広げていると、背後から声がかかった。

 この特徴的なしゃべり方は......

 俺とミウが振り返ると、そこには予想通りの人物が予想通りのにやけ顔で立っていた。

 

「お二人さン、元気そうで何よりダ」

 

 

 

 

 

 その後、二言三言話し、アルゴも街に戻るところだったので俺たちは道を共にしていた。

 アルゴとは初めて会ったときからもちょくちょく会っている。というか、向こうから会いに来る。

 こちらも貴重な情報を買わせてもらったりしているので無下にはできないのだが、あまりにも頻繁に会いに来るので、そんなに会いに来て楽しいか?と聞いたところ、

 

「いいんダヨ。実益と趣味を兼ねてるカラ」

 

 とのこと。実益というのは今言ったように俺たちが買っている情報のことだろう。

 趣味は...俺を弄ることだろうなぁ。間違いなく。

 会うたびにアルゴに弄り倒されているので、俺はアルゴのことが少し苦手だったりする。

 そしてアルゴが楽しむことと言えばもう一つ心当たりがある。

 

「ミーちゃン、最近なにか面白いことあったカ?」

 

「うーん、最近かぁ......そういえば! 昨日コウキがねーーーー」

 

 それはミウとの会話だ。

 ミウとアルゴはすごいフィーリングがあったらしく、互いに親友です、と言っているほどだ。

 楽しそうなことは何よりなのだが......ミウの機嫌がいつの間にか元通りになっているのが気になる。

 いや、アルゴのお陰でよくなったと感謝したいんだけど、自分じゃ何も出来なかったのが少し悔しい。

 そんな悔しがっている俺は、ポップしてくる《リザードマン》が二人の会話を邪魔しないように護衛している。男女格差ナウ。

 

「そうダ、コー坊、あのニックとデュエルしたらしいナ」

 

「えっ、もう情報出回ってるの?」

 

「いや......コウキ、あんな人目につく広場でデュエルしてれば情報なんてすぐに回るんじゃ......」

 

 うぐっ、確かに......今思えばせめて場所ぐらいは変えるべきだったかも。

 集中していて気づかなかったが、もしかすれば意外と観客もいたのかもしれない......うーわ、恥ずかしすぎる。

 ミウの説明に唸っていたが、ふと気になったことがあった。

 

「アルゴ、『あのニック』ってどういうことだ?」

 

「アリ? コー坊たち知らないでニックなんかとデュエルしたのか?」

 

 俺は頷き、ニックのことならば知っていて損はないと思い、アルゴにニックとの出会いを話した。

 するとアルゴは納得したように声をあげる。

 

「アー、なるほド。キー坊が二人と組んだって言ってたからもう知ってるのかと思ってたヨ」

 

「キー坊って......もしかしてキリト?」

 

「そうそウ」

 

 ミウの質問にアルゴが答える。

 ......この人、本当に顔広いな。

 いや、でも確かにボス攻略時点で最高レベルだったキリトが、アルゴと接点がない方がおかしいか。

 しかも二人とも(アルゴの方は推測だが)元βテスター。互いのことを知っていても何もおかしくはない。

 プレイヤー1万人って言っても、意外と狭いんだなぁ......じゃなくて。

 

「で、ニックのことは?」

 

「っト、悪い悪イ。ニックがβテスターってのはもう知ってるんだったよナ?」

 

「あぁ」

 

「ニックはβテストのとき、キー坊と並んでテスターのなかでもトップだったんダ」

 

「「なっ!?」」

 

「というカ、純粋な戦闘力じゃ俺の方が弱いってキー坊から聞いたしナ」

 

 キリトよりも強いって......

 キリトだって異常な強さを誇っていたし、それはミウに動きについていけない時があると言わせるほどだ。俺の目線から言わせてもらうなら、もう完全に雲の上レベルの人物だったのだが。

 確かにさっきの戦闘でも強いとは思ったけど、まさかそんなに上にいたなんて......

 改めて、先ほどの戦闘がどれだけ危険だったのかを実感し、身震いする。

 

「さテ、こっちは話したから今度はそっちの番ダ」

 

 ......なるほど、さっきから妙に羽振りよく情報をくれると思ったら、そういう魂胆だったか。

 商品だけ先に届けて後払いさせるとは、良いところついてくるなぁ......

 

「......なんなりとどうぞ」

 

 俺の言葉に気をよくしたのか、アルゴがニヤーっと笑う。ドSにもほどがある。

 

「コー坊とニックのデュエルはどんな感じだったんダ?」

 

 そうきたか、というか普通負けたやつにそんなこと聞くか? まだ出来立てホヤホヤの傷を抉る気満々ですか?

 まぁ、あの戦いは俺も勝とうと思って戦っていた訳じゃないから良いけど......(半分負け惜しみなことは自覚してる)

 もしかしたらアルゴもその辺をなんとなく察して遠慮なしに聞いてきているのかもしれない。

 本当、アルゴには心理戦で一生勝てない気がする。

 

「でも、俺から言ってもただの主観にしかなんないぞ? なんたって負けた本人なんだし」

 

「まァ、それでもいいんだけどナ......なら、ミーちゃんも見てたんだよナ? どうだっタ?」

 

 げっ............

 アルゴがミウに話を振ったのでミウを見ると......やっぱり。

 

「どうもこうも、コウキ頑張ってたよ」

 

 そこにはまたつまらなさそうな顔をしたミウがいた。

 うーん、やっぱりニックに反応して不機嫌になってる感じだよな......

 

「そんなにニックのこと嫌いなのか?」

 

 先ほどから気になっていたことを聞いてみる。

 確かにニックとは初対面なのにこれでもか、というほどに嫌悪感を露にしていたミウだが、そんな胸ーーげふんげふん。体の一部で誰かを嫌いになるほどミウはひねくれた人じゃないと思うんだけどな。

 するとミウは少し視線を逸らしつつ言う。

 

「だってあの人、私がずっとしたくてもできなかったことを、あんなに簡単にやり通しちゃうし......」

 

「したかったことって?」

 

「秘密」

 

 うおい、バッサリですかい。

 いつものミウらしくない言葉に驚いたが、ミウの次の言葉にさらに驚かされる。

 

「それに、コウキもなんかあの人になついてるし」

 

「へ、いや! なついてるとかじゃなくてですね! なんかこう、そう! 尊敬みたいな!!」

 

 必死に弁解するが、ミウは聞く耳持たずにそのままそっぽを向いてしまった。

 うわぁ、なんかヤバイ。今まで会話が成立してたぶん、さっきの沈黙空間よりもダメージでかいぞ。

 俺が女々しく軽く涙目になりかけていると、

 

「はーイ、二人ともそこまでデー」

 

 俺たちの間にアルゴが入ってくる。

 

「とりあえずコー坊、街についたけどもうちょい話し聞きたいカラ、なにか食べ物買ってきてくれないカ?」

 

「へっ......あ」

 

 気づくといつの間にかフィールドから街まで移動していた。どうやら話しに夢中になりすぎて気づかなかったようだ。

 ミウのことも気になるけど......今はアルゴに任せておいた方が良さそうだ。おそらく今俺がなにを言っても逆効果だろうから。

 女子の悩みは女子の方が分かるに決まっている。

 

「分かった。でも、二人はどこにいるんだ?」

 

「オレっちたちはコー坊の部屋でのんびりしとくヨ」

 

 この前の朝のことからミウは覚えていないようだが、それぞれの家や部屋は鍵がかかっていても許可なしに入ることのできるプレイヤーの設定ができる。

 初期設定では、持ち主しか自由に開けられないが、設定を変えることでパーティーメンバーなら自由に開けることができるようになるのだ。

 この前開けられるようにしておいた方がなにかと便利と言っていたのはミウなんだけど......そういえばなんで俺、ミウのノックで起こされなきゃいけなかったんだろう?

 まぁ、この前の様子ーー覚えていないがーーじゃあ、仕方ないか。

 それとアルゴを部屋にあげることは少し不安が残るが......ミウが一緒なら大丈夫だろう。

 

「了解。んじゃあとでまた」

 

「いっぱい買ってこいヨー!」

 

 俺はアルゴの声を聞きつつ、どのあたりに甘いものが売っていたかを全力で思い出しながら街を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 SIDE Argo

 

「さテ」

 

 オレっちとミーちゃんは、コー坊の部屋の中央に向かい合うように座っている。

 コー坊と別れたあと、ミーちゃんに案内してもらったのだ。

 ......なるほど、ここがコー坊の部屋か、情報として売れる......わけないか。ミーちゃんぐらいしか売る相手が思い付かない。

 

「ねぇ、アルゴ。何か用があるんじゃないの?」

 

 おっとっと、職業病か思考が少しずれちまった、お姉さんうっかり☆。

 

「あァ、そうダ。ミーちゃんがちょっと大変そうだったからナ」

 

 ......それにしても、コー坊から聞いてはいたが本当に勘がいいな。普段のミーちゃんは少し天然なところもあるから想像がつかなかった。

 まぁ、それはいい。また新しいことが一つ分かったということでよしとしよう。

 

「デ、何があったんダ? コー坊は男だからなかなか言えないこともあるだろうが、お姉さんなら大丈夫だろウ? 何でも話してミロ」

 

 オレっちの言葉にミーちゃんが少し逡巡する。

 ここですぐに言ってこないということは相当根深そうだな。そうでなければそもそもすぐにコー坊に相談しているか。

 そしてミーちゃんはゆっくりと口を開く。

 

「......なんか、最近色々分からなくてイライラする」

 

 ミーちゃんは眉間にシワを寄せていった。

 

「さっきコウキに言ったこともそうだけど......」

 

「コー坊に秘密って言っていたことカ?」

 

 ミーちゃんが頷く。

 

「......私は、コウキの力になりたいと思ってた」

 

 本人が聞いたら遠慮しまくりつつ内心で泣いて喜びそうだな。

 そんな考えを抑え込み、目でミーちゃんに先を促す。

 

「それなのにニックさんは、強引な方法だったけど、いとも簡単にコウキの力になってみせたんだ」

 

「それが悔しかったのカ?」

 

 ミーちゃんが再び頷く。

 

「それに、羨ましかった。私には弱み......みたいなもの全然見せてくれないのに、ニックさんには簡単に見せるんだもん」

 

 オレっちはつい苦笑いしてしまった。

 コー坊の話を聞く限り、確かニックにボロボロにされたって言っていたけど......ボロボロにされたことを『簡単』で済ませるのはどうかと思うぞ?

 それにしても、なんか極端だな。

 最初会ったときはコー坊はもちろん、ミーちゃんですら必要以上は踏み込まないようにしていたのに、今のミーちゃんは可能な限り全力で踏み込もうとしている。

 そういうところはオレっちやコー坊にはない、ミーちゃんのいいところだ。

 

「あと、コウキに子供っぽいところ見られたし! しかもそのあと慰められたし!!」

 

 ......なんか段々愚痴になってきたな。

 でも、結局それが答えなんだろう。

 要はストレスのはけ口みたいなものがなかったのだ。

 普段ならコー坊に相談するところが、その本人が悩みの原因だから相談できるわけもなく。

 ミーちゃんはコー坊とは違う意味で不器用だよな、何事にも全力過ぎるというか......

 ......仕方ない。少し手助けしてやるか。

 

「じゃア、仮の話しとしてダ。ミーちゃんがなんか困り事があったらコー坊に相談するダロ?」

 

「うん」

 

 ミーちゃんは迷わず頷く。

 ......そんなにすぐに頷けるのなら、いっそのこと今回のことも相談すればいいのに。

 まぁ、それは置いておいて。

 

「相談したらコー坊はどうすると思ウ?」

 

「うーん......心配して一緒に考えてくれそうかな?」

 

 コー坊ならそうするだろうな。

 だが、ここで問題になってくるのはコー坊はミーちゃんとは違って、アホみたいに自分の優先度が低いということだ。

 

「そこだと思うゾ?」

 

「へっ?」

 

「コー坊も自分の悩みをミーちゃんに相談しタラ、ミーちゃんが心配すると思って相談しなかったんだと思うゾ」

 

 いかにもコー坊が考えそうなことだ。自分で言っておいてなんだが、すごい納得できる。

 こんなことでミウに心配かけられない!! って感じか。

 さらに付け加えるとするなら、コー坊は一人でいることを望むタイプだ。相談する、という他人と明確な繋がりを表す行動をしたくなかったのかもしれない。

 本当にコー坊は面倒な性格をしてる。

 オレっちの言葉にミーちゃんは納得できないというように不満顔になる。

 

「でも、そんなことーー」

 

「コー坊にとっては『そんなこと』じゃなかったんダロ」

 

 ミーちゃんはハッとしたあと、そのまま俯いて黙り込んだ。

 コー坊にそれらしい心当たりがあったのか、それとも自分にも同じようなことがあったのか。それはわからないが、何か思うところがあったのだろう。

 それから少しすると、ミーちゃんは自分の膝を両腕で抱え込みながら言った。

 

「......私、また押し付けちゃったなぁ」

 

「女の子は少しぐらいわがままを言っても許される生き物だゾ?」

 

「ははっ、アルゴが言うと説得力あるね」

 

 そう言うと、ミーちゃんは抱えた膝に顔を埋め込み、

 

「......そっか」

 

 小さくそう言った。

 自分の中で何か区切りがついたのなら何よりだ。

 コー坊もさすがに可哀そうだったしな。

 ......さて。

 

「ミーちゃン、オレっちが前に言ったこと覚えているカ?」

 

 少ししんみりとした空気を入れ換えるように、あえて明るい声質で聞く。

 というか、オレっちとしてはこちらの方が本題だ。

 

「うん、勿論。あれどういう意味なの?」

 

 ミーちゃんは膝から顔を出して聞いてくる。

 前聞いたことというのは、自分の気持ちを理解しておかないと~というやつだ。

 やっぱりまだ答えまでは行ってなかったか。でも普段の感じからまったく分からないって訳じゃなさそうだ。

 うーん、もうミーちゃんも自覚し始めてるみたいだし教えてもいいんだけど。

 お姉さん的にはもうちょっとこのままの方が面白いし、保留だな。

 

「そうダナ、ヒントならやるゾ」

 

「なになに!?」

 

 すごい食いつき。本当に気になっていたんだな。

 オレっちは人差し指を立てて宙で回すような仕草をしつつ言う。

 

「ヒント1。ミーちゃんがコー坊の力になりたい理由を考えてみるコト」

 

「私が......?」

 

「ミーちゃん、最近イライラするって言っていたケド、最初はモヤモヤだったロ?」

 

「えっ!? なんで分かるの!?」

 

「ニャハハハ、お姉さんはなんでも分かるんダ」

 

 あァ、ミーちゃんも弄り甲斐があるな。

 

「じゃア、それがヒント2。なんでコー坊のことを考えるとモヤモヤするのカ」

 

 すると、ミーちゃんは虚をつかれたように表情を変える。

 

「ちょっと待って! コウキのこと考えるとなんて、私一言も言ってないよ!?」

 

「あレ? 間違ってたカ?」

 

「......間違ってない」

 

 そりゃそうだろうな。

 むしろ間違っていた方が困る。それはそれで面白そうではあるけど。

 ミーちゃんはオレっちを恨めしそうな目で見てくる。それが面白くてつい笑ってしまった。

 

「まァ、こんなところダナ。あとはしっかりと悩めばいいサ」

 

「うー」

 

 ミーちゃんが今度は頬を膨らませて唸った。

 でもこればかりは自分で気づいてもらわないとな。

 

「分かったらメッセージでもいいシ、口答でもいいからお姉さんに報告ナ。当たってたらいいこと教えてやるヨ」

 

「ホント!? よし、頑張るぞー!!」

 

 キー坊たちの方もだが、この二人も見ていて飽きないな。

 ミーちゃんも色々すっきりしたらしく、その後はコー坊が帰ってくるまでガールズトークを楽しんだ。

 

 

 

 

 

「ふゥ」

 

 今日は久しぶりに楽しめたな。

 特にミーちゃんの変わりように驚きまくってたコー坊の反応は面白かった。

 ミーちゃんはミーちゃんでコー坊に自分の態度を謝ろうと土下座までしかけようとするし、それをコー坊が必死になって止めようとするし......

 ダメだ、今も思い出し笑いが......

 オレっちは今、コー坊たちと別れて街の裏道を歩いている。

 昼間は裏道でもいくらか光が差し込むからまだマシだが、夜になれば光はほとんどなく、ホラーがダメな人なら一発アウトな感じに出来上がっている。

 お姉さんは夜も結構忙しいのだ。職業柄、どうしても夜の方が仕事増えるし。

 

「それにしてモ」

 

 本当にあの二人は似た者同士だな。

 互いに甘え下手というか、無駄に辛抱強いというか。

 もう少し楽に生きてもいいと思う。

 まぁ、コー坊の場合、他の要因もありそうだが。

 でも、二人とも少しずつ進んでいるようで何よりだ。

 特にミーちゃん。ミーちゃんは誤解されそうだが、何も男女の機微や恋愛を知らないわけじゃあない。

 人並みにはそういうことも知っている。

 ただ、自分が気に入った人との距離が近すぎて分からなくなっているだけだ。

 何か切っ掛けがあれば、明日にでも自分の気持ちに気付くだろう。

 ......まぁ、実は初めて会ったときはまだ、ミーちゃんがコー坊のこと好きになるとは分からなかったんだけどな。

 何か思ってることはあるんだろう、ということしか分かっていなかったけど、まさか本当に好きになるとは......

 まぁ、それは面白いのでそれでいい。

 となると、問題はやはりコー坊の方だが......

 

「頑張れミーちゃん」

 

 オレっちから言えることはこれぐらいだろう。

 

「すまない、《鼠》のアルゴだろうか?」

 

 背後から声をかけられーー気づいていたがーー振り返る。

 さーテ、お仕事開始といくか。

 

 




はい、主人公がほぼ省かれ回でした。
2話連続してコウキくんの出番がない+少ないだなんて、別にコウキくんに恨みがあるわけではないのですが...コウキくんファンの方、すみません(いるかな? いてくれたら嬉しいな

今回はコウキくんでもミウさんでもない、第3者から見た二人、という感じで書いてみました(なのにコウキくんがいない、何故だろう?
作中でアルゴは楽しんでいましたが、実際この二人の関係って他人から見たら少し歪ではあると思うんです。
すごく仲がいいのに、恋愛の色は見られない、友達という感じも少し違う、なのに距離は近いという非常に微妙な関係。
そりゃあ、アルゴじゃなくても突っつきたくなりますよね。

次回からはちゃんとコウキくんも出ます。


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15話目 少年の修行と少女の悩みの日々

15話目です!

最近、戦闘シーンが書けていなくて少しストレス溜まりぎみです。
やっぱりSAOといえば戦闘なのですぐに書きたいのですが、どうも中々戦闘シーンが入れられなくて。
そういう今回も戦闘シーンはあまりないです。ちくしょうです。
そのぶんできる限りそれ以外のところで面白うできるようにしたので。

それではどうぞ!


「《体術》スキル?」

 

「うん、アルゴから聞いたんだけど」

 

 聞きなれない言葉に首を傾げる俺に対して頷くミウ。

 俺たちはいつものごとく、絶賛朝ご飯中だ。

 

「体術って......武器で戦うソードアート・オンラインを真っ向から否定するようなスキルだな」

 

『ソード』のほぼ正反対なんじゃないだろうか?

 

「うーん、そうでもないんじゃないかな? 剣術って源流を辿ると拳法とからしいし」

 

「あ、なるほど」

 

 確かに足の運びとか似たものがあるのかもしれない。

 ミウの話によると、昨日攻略に行った森のどこかにある小屋があり、そこにいるNPCが出すクエストをクリアすると会得できるようになるスキルらしい。

 それはかなり破格な報酬だと思ったが、アルゴの情報らしいし正確さは間違いない。

 

「行ってみようよ! せっかくスキルスロットも1つ空いているんだし」

 

 スキルスロットとはスキルをセットできる枠のことだ。

 スキルをこれにセットしていないと、ソードスキルや、ステータスアップといった恩恵が受けられなくなる。

 初期レベル時はスキルスロットは2つ空いており、一定レベルに達する度にスロットの枠が1つ増えるのだ。

 そして1層ボス、昨日のミウのmob殲滅、それらによって俺もミウもレベルが上がって、スロットが1つ空いているのだ。

 ......昨日、ミウが不機嫌なときに俺のレベルが上がってもなにも反応が返ってこなかったのは辛かったなぁ。

 これ以上思い出しても、ただ精神衛生上悪いだけなので閑話休題。

 俺は今、《片手剣》と《肉体強化》と《武器防御》のスキルを、ミウは《片手剣》と《回避》と《技巧》のスキルをセットしている。

 確かにミウの言うとおり、せっかく空いてるスキルスロットを無駄にしないためにも行ってみてもいいかもしれない。

 

「行ってみるか。昨日はミウが進めまくってくれたし、1日ぐらい攻略に戻らなくても大丈夫だろ」

 

「うー、ごめんってば!」

 

 ミウが拗ねたように言ってくる。

 昨日、俺が買い出しから帰ってくるとミウの機嫌が完全に直っていて謝りまくってきたのだ。

 終いには涙目になって、あやすのが大変だった。

 でも、結局原因がなんだったのか聞いても教えてくれなかったんだよなぁ......

 アルゴ曰く、「女の子は秘密があった方が可愛くも綺麗にもなれる」だそうだ。意味が分からない。

 俺たちは朝食を食べ終わるとすぐにその小屋に向かった。

 

「場所はアルゴに聞いてるんだよな?」

 

「うん、聞いてるよ......あっ」

 

「どうした?」

 

「えーっと、大したことじゃないんだけど、アルゴがこのクエストの説明してるときに、面白いものが見れると思うぞ、とか言ってたな~と思って。あれどういう意味だったんだろう?」

 

 ほうほう、なるほど。アルゴがねぇ......

 

「帰ろう」

 

「えっ!? 急にどうしたの!?」

 

 いや、だって!! アルゴがそんなこと言ってて、勘のいいミウがこのタイミングでそんなこと思い出すなんて完全に危険フラグだよ!?

 しかもアルゴのことだから、命には全然危険がないけど思い出すだけでキツいレベル、かつ、俺にしか危害がないみたいなやつだって!!

 俺が踵を返して帰ろうとするのをミウが俺の服を引っ張って食い止める。

 

「絶対ヤバイってミウ! ここは帰るべきだって!!」

 

「大丈夫だよ! アルゴ、今まで私たちが損する情報は言ったことないでしょ?」

 

 確かに、それは本当だ。

 ただし、今のミウの言葉の『私たち』の部分が『私』になればだが。

 とても残念なことに、俺は精神的被害をアルゴから受けまくっているのだ。

 未だに俺たちが綱引きみたいなことを続けていると、急にミウが力を緩めた。

 俺を引っ張っていた力が急になくなり、体が前につんのめる。

 

「うわっ、っとっと......どうしたミウ?」

 

「......私、また押し付けた?」

 

 ミウが顔を少し下げて言った言葉に息を飲む。

 昨日、アルゴが別れ際に言ってきたのだ。

 ーーミーちゃン、結構溜め込みやすい性格しているカラ、普段の態度に騙されんなヨー。

 ......このことか。

 そういえば、前にもミウ一人で抱え込んでたな。俺に迷惑がかかるから言えない、ということだろうか?

 そんなこと、気にしなくてもいいんだけどな。

 

「......どこにあるんだっけ? その小屋」

 

「えっ?」

 

「やっぱり《体術》スキル、なんてちょっと気になるしな」

 

「っ! うん!!」

 

 俺が言うとミウは弾いたように顔を上げ、すぐに頷いた。

 まぁ、いっか。ミウの言うとおり、なにも死ぬ訳じゃないんだし。

 受けるかどうかは置いておいても、少なくともどういうクエストか、もしくは《体術》スキルがどういうスキルか知っておいて悪いことはない。

 ......あ、でもこれだけは言っておかないと。

 

「ミウ、これから『押し付けた』って単語禁止な」

 

「えっ!? な、なんで?」

 

 うっ......正直に言うと恥ずかしいよな、これ。

 でも大事なことだし、何よりミウのためでもある。

 俺はミウから少し顔を背けて、理由を言った。

 

「......ミウにそんな風に思ってほしくないから」

 

「え?」

 

「だから! ......ミウの気持ちを押し付けだなんて思ってほしくないから。俺もミウの思ってること無視したくないし」

 

 顔がものすごく赤くなってる気がする。この森って熱帯エリアなのか?

 でも実際、ミウがなにか提案したり、思い付いたりした時というのは、基本誰かのためを思ってのことだ。

 今回なら俺のことを思ってのこと。

 そんな誰かのことを思っての考えを押し付けなんて言葉で片付けてほしくはないと思ったのだ。

 それに...まぁ、俺らって『家族』みたいなものだし? ミウ曰く。

 家族同士で押し付けもくそもないだろう。

 数秒の間、ミウはポカンとしていたが、段々と俺が言ったことが分かったらしく、

 

「......うん」

 

 すごく安心したように頷いた。

 ......うー。

 

「さ、さぁ! さっさと行こう!」

 

「あ、待ってよー!」

 

 なんとなくそれ以上はミウの顔を見ていられなくなり、俺は森の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 その後、ミウに案内してもらっていると、いつものごとく迷子になりかけたので俺がアルゴに連絡を取り、なんとか小屋の近くまでこれた。

 

「ここか」

 

 そこは森のなかの少し開いた場所で、その中央にポツンと小屋が建っていた。

 なんか、ちょっとした避暑地みたいだな。

 

「あの中にいるNPCがクエストを出すんだよな?」

 

「うん、でも条件があるらしくて」

 

 その『条件』とやらをミウから聞く。

 

「......マジ?」

 

「うん、らしいよ」

 

 さすがアルゴ、また絶妙な......

 再び逃げ出したくなったが、ここまで来てしまっては仕方がない。

 

「じゃあ、行ってくる......」

 

「頑張ってね」

 

 ミウが笑顔で送り出してくる。

 いつも通りの笑顔のはずなのに、今回はなぜか背後にアルゴのニヤついた顔が透けて見えた。

 ...少し、覚悟しないとな。

 俺は歩いて小屋の前まで来る。

 そこで大きく息を吸いーー

 

「たのもーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 腹のそこから声を出した。

 これがミウが言っていた『条件』だ。

 茂みの方でミウが笑いを堪えているのが気配で伝わってくる。

 すげぇ、恥ずかしい......

 うぅ、アルゴめ、覚えてろよっ! 倍......はアルゴ相手には絶対無理だから、せめて半分ぐらいにはして返してやる!

 アルゴへの復讐(?)を誓っていると、小屋の中から足音が聞こえ、扉が開いた。

 

「なんだ?」

 

 中から出てきたのは、いかにも達人です、というなりをしている40代前後の男性だった。

 すげぇ筋肉......

 そして頭にはお馴染みのクエストマークが。

 

「俺はあなたに弟子入りに来たんだ」

 

「ふむ、俺の試練は厳しいぞ。それでもやるか?」

 

「もちろん」

 

 俺がそう言うと、クエスト受注の電子音が鳴った。これでクエスト開始だ。

 

「ならばついてこい」

 

 男性ーー師匠?ーーは小屋から出て、そのまま小屋の裏に行った。

 あり? てっきりこの開いた場所を使ってなにか秘密の特訓! みたいなことをすると思ってたんだけど......

 とりあえず言われたとおりに師匠についていく。

 すると小屋の裏にもう一つ建物が見えた。

 ちょうど前の小屋に隠れて見えなかったようだ。

 師匠はその小屋に入り、少しすると中から出てきた。

 

「これを割ってもらう」

 

 ーー右手に巨大な岩を携えて。

 ......えーっと?

 まさかとは思うけど。

 

「す、素手で?」

 

「そうだ」

 

 あっははっははー。ふーざけーるなっ。

 いやいやいや、さすがに無理でしょうこれは。だって俺よりも大きいもん、高さだけで2倍ぐらいあるもん。

 どうしよう、クエスト開始1分で止めたくなってきたんだけど......

 師匠にクエスト辞退伝えようとしたところ、

 

「さっさとやらんか」

 

「はい」

 

 無理!!

 とてもじゃないけど辞退できるような雰囲気じゃない!

 師匠の背中から1層のボスから感じた10倍以上の威圧感を感じる。

 さすがだなぁ、達人にもなるとこんなこともできるんだ......

 はっ!? 待てよ! もしかしてこのゲームの中なら岩を割る、なんてことも不可能じゃないんじゃ!?

 意外と簡単に割れるかも!!

 ......よし。

 俺は足を肩幅程度に広げ、右の拳を大きく引く。

 

「はぁぁぁっぁあああ!!」

 

 バキ。そんな中途半端な鈍い音が鳴った。

 ......そんなわけないですよね。

 そして直後から右拳から体中に走るなんとも言えない不快感。

 おぉぉぉぉぉぉ......

 

「不合格だ」

 

 俺がこれ以上の不快感があるのか、という感覚に悶絶していると、師匠はどこから取り出したのか右手に筆を持っており、それで俺の顔になにか書くと前の小屋に戻っていった。

 羽子板で負けたみたいだな......

 

「コウキー、だいじょうーーぶふぅ!!」

 

 ずっと悶絶している俺を心配してきたのであろうミウは、俺の近くまで来ると急に吹き出した。

 それに対して俺が疑問に思っていると、ミウが手鏡を取りだし俺に向けてきた。

 するとそこにはーー

 

「なっ!?」

 

 アルゴのような、髭を描かれた俺の顔があった。

 

「なんじゃこりゃーーーー!?」

 

 それを見た瞬間に叫ぶ。

 それと同時にアルゴの本当の狙いが分かった。

 こういうことかよアルゴ!! 二段構えとは凝った真似を!!

 なるほど、これはめちゃくちゃ恥ずかしい!!

 

「ちくしょう! こうなったら意地でもクリアしてやる!!」

 

 そんなこんなで俺のチャレンジが始まった。

 

 

 

 次の日、師匠の小屋に寝泊まりした甲斐もあってか、見事岩は割れてくれた。

 おかげでアルゴを一生恨まずにすんだ。

 よかったよかった。

 ......よかったのか?

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 コウキの修行(?)1日目

 

「おぉぉぉぉぉぉ......」

 

 これで9度目。

 これまでコウキが岩を殴った回数だ。

 悶絶するコウキを苦笑いしながら見る。

 ここまでくると、さすがに心配になってくるなぁ......

 このゲームの中では、明確な痛みは存在しない。

 だがその代わりに、なんとも言えない不快感が襲ってくるのだ。

 コウキもキツいだろうなぁ、相手からの攻撃ならともかく、自分からあの不快感を浴びに行ってるようなものだし。

 HPが減らないことが唯一の救いと言えばそうだけど......

 

「っと、私も頑張らないと」

 

 検討の結果、私は《体術》スキルは会得せずに《疾走》スキルを取ることにした。

 ......いや、別にあの岩を見て怖じ気づいたわけでも、髭を見て止めようとか思ったわけじゃないよ?

 単純な話、タイプの問題だ。

 《疾走》スキルは移動スピードの上限アップなど、名前通り早く動けるようになるスキルだ。

 《肉体強化》と少し悩んだのだが、私は間違いなく技巧派タイプだ。取っ組み合いをするタイプではない。それならということで《疾走》スキルを取ったわけだ。

 

「まずは......片手剣からかな?」

 

 コウキがクエストをしている間、ただボーッとしているのも勿体無いので、私はスキル熟練度を上げることにしたのだ。

 熟練度は、例えば片手剣ならば片手剣で攻撃して、ダメージを与えれば自然と上がっていく。

 これはmobでなくともその辺にある木でもいい。

 《疾走》スキルなら、ひたすら走るなどだ。

 私は辺りを軽く見回し、少し太めのちょうどいい木を見つけ、それで練習することにした。

 そこからは、私もコウキもただ黙々と動作を行った。(コウキは定期的に悶絶していたが)

 そして3時間ほどしてお昼時。

 

「腹減ったーーーーー!!」

 

 コウキの叫びにより、昼食となった。

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

 ということでランチタイム。

 私は街を出る前に買っておいたサンドイッチをコウキに手渡した。

 私たちは草の上にシートを敷き、座っている。

 

「ありがと、ミウってこういうところ意外とマメだよな」

 

「意外とって......私のことどう思ってたの?」

 

 聞くと、コウキは途端に目を泳がせる。

 

「いやー、女の子らしいとは思ってるよ? うん」

 

「どうだか......」

 

 コウキって、未だに私のこと男扱いしてる節があるんだよなぁ......

 等と言っている私だが、実はアルゴにクエストが長引くことを聞いていたとは今さら言えない。

 えっ、なんでコウキに言ってないかって?

 ......うぅ~、言い忘れてたんだよー。

 なのにわたしだけちゃっかり買っちゃってるし。多めに買っておいてよかった。

 

「うん、美味い!」

 

 コウキが両手にサンドイッチを持って幸せそうに頬張っている。

 最近、いくつか分かったことがある。

 例えばコウキは食べ物のことになると幸せそうに表情が柔らかくなったり。(私が言えたことじゃないけど)

 味の好みが意外と子供っぽかったりとか。(私が言えたことじゃないけど)

 普段は、大人しい訳ではないが落ち着いている雰囲気のコウキだが、この食事の時間だけは年相応な感じになるんだ。

 色々なしがらみとか、思いとか、そういったもの全部他のところに置いておいて、ただこの時を楽しめているのが分かる。私自身もコウキも。

 ......なんか、いいなぁ。こういう時間。

 静かだけど、耳を澄ませば鳥のさえずり、風で草木がこすれる音が聞こえてきて、仄かに草のかおりもする。コウキも幸せそうだ。

 こんな空間、SAOやらなかったらずっと縁がなかったよ。

 こんな時間、こんな空間が、コウキと一緒にこれからもずっと......

 ーーっ。

 ......あれ?

 今、私......

 

「どうしたミウ?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 感傷にひたっているとコウキが声をかけてきた。

 び、ビックリしたぁ......

 どうやらひたりすぎて手が止まっていたらしい。

 

「ははっ。『ひゃいっ!?』だって」

 

「も、もう!!」

 

 コウキがお腹を手で押さえて笑う。

 うぅ、恥ずかしい......

 顔が熱い。

 コウキが未だに笑っている。ツボにでも入ったのかもしれない。

 

「あんまりしつこいとサンドイッチあげないよ?」

 

「あぁ、ごめんごめん......」

 

 コウキがようやく笑いを止める。

 でも、本当に申し訳ないと思ってるのかな? まだ顔笑ってるし......

 私がジト目で返しているとコウキもこのままではまずいと思ったのだろう。何度か咳払いする。

 

「で、どうしたんだ? さっき何か考えてたみたいだけど」

 

「んー、考えてたというか、むしろ感じてた......かな?」

 

「感じてた?」

 

「うん、ここの空気というか、雰囲気というか、なんかいいなぁって」

 

 少し恥ずかしさはあったが別に隠すことでもないのでそのまま言う。

 するとコウキは少し顔を赤くして「そ、そうか」とだけ言った。

 どうしたんだろう? サンドイッチにマスタードでも入ってたのかな?

 自分のものを食べてみるが、やはりマスタードは入っていない。

 

「?」

 

 私はコウキの反応に首を傾げていると、あることを閃いた。

 ふっふっふ、いいこと思い付いちゃったー。

 でもそれを実行するためにはもう少し時間がいる。

 

「早くレベル上がらないかなぁ」

 

「レベル? なんでまた」

 

「ひみつー」

 

 私はいたずらを思い付いた子供のような声音で返した。

 いや、実際にこれはいたずらかもしれない。

 

「?」

 

 そしてそんな私の反応に、今度はコウキが首を傾げる番だった。

 それから少し談笑して、ランチタイムは終わった。

 そしてまた特訓。

 

「おぉぉぉぉぉぉ......!」

 

 私が木を相手に通常攻撃、ソードスキルの練習をしていると、もう何度目かも分からなくなった、コウキの悶絶声が聞こえてきた。

 そちらをチラリと見ると、予想通りコウキが手を押さえて踊っていた。

 

「ふふっ」

 

 つい、笑い声が出てしまう。

 聞こえてくる音が小さい音ばかりなせいか、それとも風景になんの変化も起こらないせいか、時間の経過がすごく遅く感じる。

 まったりとした空間。

 そのせいか、先ほど気になったことかまた気になり出した。

 ーーさっき私、コウキがいることが当たり前だと思ってた。

 確かに私たちはパーティーなんだからそれで間違いはないのだが......

 さっき私は何を想像した?

 ......一瞬だけど、『外』でコウキと一緒にいることを想像したような気がする。

 ここをクリアしたら、私とコウキを繋ぐものはなにもなくなるのにーー

 ドクンッ!!

 

「っ!?」

 

 今の......何?

 コウキと一緒にいないこと、それを想像するととてつもない寂寥感に襲われた。

 体中が言い様のない嫌な緊張に囚われて、変な汗が出てくる。

 それと同時に、

 ズズン......

 

「あっ」

 

 考えに夢中になりすぎても体は動いていたようだ。

 目の前には剣で切られまくり、ボロボロになった挙げ句倒れている木が横たわっていた。

 ......あちゃ~。

 

「どうしたミウ、大丈夫か!?」

 

 ......さて。

 心配してこれから来るコウキにどう言い訳するのか考えないと。

 

 

 

 

 

 コウキの修行2日目

 

 私は今、練習を一休みしてちょうどいい高さの切り株に座り、コウキの修行を眺めている。

 

「うぅー」

 

 今日の私は、というより昨日の夜からずっと顔が赤い気がする。

 昨日、日が暮れるまで修行を続けているとコウキの師匠が、

 

「泊まっていけ」

 

 とだけ言い、私とコウキを引きずって小屋に連れ込んだのだ。

 そこまではいい。

 そのあと出てきた食事もビックリするほど美味しくて女としては少し悔しかったけど、まぁ、それもいい。

 問題はそのあと。あの小屋はあまり大きくなく、空き部屋が一つしかなかった。

 ......ご察しの通り。

 昨日、私たちは同じ部屋で寝たのだ。

 いや、別にやましい意味合いではなく、そのままの意味で。

 それでも私は錯乱してしまうし、コウキも落ち着きはなかった。

 いくらなんでもこれは......と色々な他の案を考えたが、最終的に私がベッド、コウキは床で寝ることになった。

 恥ずかしいが一緒にベッドで寝ることや、私が床に寝ることも提案したのだが、コウキが頑として引かなかった。

 罪悪感はすごく残ったが、コウキに謝り私はベッドで寝た。

 そして今朝、起きてみるとコウキの姿がどこにもなく、部屋を探してみるとなんとクローゼットのなかにいたのだ。

 あれにはさすがに驚いたなぁ。

 その後事情を聞いてみると、

 

「音が......息が......顔が......」

 

 と、よく分からないことを呟いていた。

 ......うぅー、さすがに恥ずかしい。

 コウキも今日はどこか落ち着きがない気がする。

 さっきも何を思ったのか、修行用の岩に連続で頭突きしてたし。

 

「はぁ」

 

 つい、ため息が出る。

 前、《トロイ》のときは別に一緒の部屋で寝てもいいと思ったんだけどなぁ......なんで今はこうも......

 ......そういえば、なんでコウキのこと考えるとこのモヤモヤが出るのか考えろって、アルゴが言ってたっけ。

 なんでだろう?

 昨日もコウキがいなくなることを考えたら不安になった。

 

「うーん」

 

 もう一つの、なんでコウキの力になりたいか、こっちは少し分かるんだけどな。

 これはいつもコウキにお世話になっているから、恩返ししたいからだ。

 でも、これをアルゴに言っても、

 

「もうちょっと考えてみロ」

 

 としか返ってこなかった。

 なんで恩返ししたいかってことかな?

 

「うーん」

 

 結局堂々巡りになってしまう。

 ......そういえば。

 モヤモヤが出るのはいつもコウキと何かあったときだ。

 もしくは、私に何かしらの心境の変化があったとき。

 日常的にモヤモヤしているわけじゃない。むしろ何もないときはモヤモヤどころか幸福感っぽいものを感じている気がする。

 昨日のランチタイムのように。

 

「うがーーーーー!!」

 

 コウキが何やら叫んでいるので見てみると、頭のネジがストレスやらなんやらで飛んでしまったのか、岩にキックしていた。

 

「おぉぉぉぉ......」

 

 そしてまた悶絶。

 ......あれ、本当に割れるのかな?

 それにしては未だにひび一つ入っていない。

 少ししてコウキは悶絶から復活すると、

 

「まだまだぁ!!」

 

 すぐにまた岩割りにチャレンジを開始した。

 コウキ......

 

「よし」

 

 私も負けていられない!

 切り株から立ち上がり、私も特訓を再開する。

 結局今回もコウキといるのはすごく楽しい、という結論しか出なかったけど、本当にそうなんだからそれでよしとしよう。

 

 

 

 

 

 数時間後。

 ビシ。

 何かが欠けるような音が聞こえた気がする。

 

「もういっちょぉぉぉお!!」

 

 コウキがさらに岩を殴る。

 瞬間、岩全体にひびが走る。

 そして、

 

 

 ガァァン!! という音を立てて岩は半ばから砕けた。

 

 

 私は、いや、おそらくコウキも少しの間唖然としてしまった。

 頑張っていたコウキは尚更だろう。

 コウキを見ると、口をわなわなと震わせていた。

 

「や、や......」

 

 次の瞬間、

 

「やっっっっっっったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 コウキは右手を上げ喜びを全身で表現していた。

 

「ミウー!! 俺できた、やっとできたぞーーー!!!」

 

「うんっ! おめでとう!!」

 

 私はコウキに駆け寄る。

 あれだけコウキが頑張っているのを知っているので、こちらまで叫びそうになる。

 そしてそのままコウキの目の前まで来ると、コウキが私の両手を握ってきた。

 

「ふぇっ?」

 

 そして、

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ひゃっ!? ちょっと、コウキーーーーー!?」

 

 そのままクルクルと回り出してしまった。

 目が回る~~。

 それから私が目を回しているのにコウキが気づくまで、5分ほどかかった。

 うぅー、喜びと苦しみが同時に~。

 

 




はい、最近恒例化しているミウさんサイドでした。
こう、少しずつ自分の思いに気づいていく、という展開はすごく好きなのですが、その描写がすごく難しくて...
そしてコウキくんは今回、半分近く悶絶しているだけという...
なんでこうもコウキくん殺しになっているんだろう? かなり好きなキャラなんだけどな。

次回は.....戦闘できないだろうなぁ。コウキくんは出番あるけど。


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16話目 有力な少女は寂しがり屋で甘え下手

16話目です!

今回は少し短めです。
前回からも書いていた、戦闘が書けないというあれ。ストレスが一周、回って逆に話そのものが砂糖風味になってしまいました。どうしてこうなった...
それでも良いと言ってくださる方はそのままスクロールをどうぞ!



「はー、今日はなんか疲れたねぇ」

 

 攻略から帰ってきてすぐにミウが言う。

 今のミウの服装は攻略中に着けている防具などはほとんど外して、白のインナーの上に水色長袖のカーディガ、その上に厚手の白の上着を羽織っている。下は紺色のハーフパンツとニーソ。そして背中にミウ愛用の片手剣があるだけだ。

 普通のプレイヤーは自分の部屋などに帰るまでは防具を着けているものなのだが、ミウは、

 

 ーー防具は肩が凝ってやだ。

 

 と言って、最近は圏内では防具は外すのだ。

 そのせいかミウはかなり周りからの視線を集める。

 まぁ、ミウの服装って見ようによっては男にも女にも見えるからなぁ......その上ミウ本人は中性的な美人(美少年)ときた。そのせいで男女問わず視線を集めまくってるわけだけど。

 そしてその副次効果として俺にも視線が少なからず集まってくる訳だが......

 慣れって怖いよなぁ、一週間程度で慣れてしまいました。

 

「まぁ、さすがにmobを100匹倒せっていうクエストはないよなぁ......」

 

 せめてもの救いはパーティー1つで100匹倒すっていう内容だったことだけど、あれって間違いなく6人以上を想定して作られてるよなぁ。

 しかもクエスト中は倒しても倒してもリポップするんだから、mobを探す手間は省けたが、わらわらと沸いてくるmobを次から次へと相手しないといけない状況は精神的にかなりキツかった。

 

「ヨッ!」

 

「ん?」

 

 急に後ろから肩を叩かれたので振り返る。

 そこにはここ最近本当によく見かける灰色のフードが。

 

「アルゴ!」

 

「ミーちゃんまた私服だナ、恐れ入るヨ」

 

「へ? なんで?」

 

「......コー坊も大変だナ」

 

「その言葉だけでもありがたいよ......」

 

 俺も服装だとかその辺は結構気にしないが、ミウの場合は無自覚に無頓着というか...

 とにかく、色々と釣り合わない俺は大変である。

 俺とアルゴの会話がいまいち分かっていないミウは少しつまらなさそうだったが、そこは我慢してほしい。

 

「二人は攻略の帰りカ?」

 

「うん、そうだよ。アルゴは?」

 

「お姉さんハ......まァ、仕事帰りカナ」

 

 アルゴが適当に流すように言う。

 仕事って言うと《鼠》のほうか。

 アルゴはどうもミウに対しては完全に友人として付き合いたいらしく、《鼠》のことに関してはあまりミウには言わない。

 というより、言いたがらないといった感じか。

 その理由は何となくとだが分かる。

 ミウは俺やアルゴとは違って『醜さ』や『汚れ』というのとは正反対に位置している。

 それは知らない、ということではなく、知ってなお真っ直ぐに生きているということだ。

 そしてアルゴが行っている情報屋というのは、場合によってはそういう『醜い部分』というのも出てくる。それをミウに見せたくないのかもしれない。

 ...でも、アルゴってかなりの量の情報を持っているけど、いったいいくつ仕事抱えてるんだろ?

 夜中も仕事しているって前に聞いたような気がするし、休む時間とかあるんだろうか?

 あ、そういうことを心配されるからミウに言わないってのもあるのか。

 等と考えていると、それが伝わったのかアルゴは俺を見てニヤーっと含みのある笑顔になった。

 げっ、ヤバイ、地雷踏んだ。

 

「へー、コー坊。お姉さんのこと心配してくれるのカ?」

 

 アルゴが近づいてきて、俺を下から覗きこむように言う。

 こいつはなんで、こう...素直には言えないんだろう?

 気にくわないが、まぁ、確かにアルゴの言う通りではある。が、なんかこのまま認めるのも癪だ。

 

「......はぁ、別に」

 

「アレー? コー坊はお姉さんのことなんかどうだっていいのカ? ひどいなァ」

 

「そうだよコウキ、アルゴは毎日頑張ってるんだし」

 

 あれ!? 俺が悪者になってるし!!

 アルゴを見るとニヒヒといった風に笑っている。

 

「はいはい! 少し心配しましたよ! これでいいですか!?」

 

「少しダケ?」

 

「鬼か!?」

 

「鼠ダヨ」

 

「知っとるわ!」

 

 なに!? アルゴは俺に何を求めているんだ!?

 ていうかなにこの羞恥プレイ!?

 

「ニャハハハ、冗談ダヨ。いヤー、でもコー坊は優しいなァ、なぁミーちゃン?」

 

「そうだよね。コウキいっつも優しいもん」

 

 だからなにこの状況!?

 なんだ、アルゴが絡んでこんな俺を誉めるだけ、なじるだけで終わるだけなんてありえない。

 そもそも俺はまだ《体術》スキルの件を忘れてはいない。

 小さい男? 知らんがなそんなこと。

 一体、今回は何が目的なんだ......?

 

「コー坊もそんなに身構えなくてもいいダロー。ちょっと心配ついでに晩御飯をあやかろうとしただけサ」

 

「......ものすごく高価なとこでってこと?」

 

「......なんカ、自分の信用のなさに少し悲しくなったヨ」

 

 そう思うんだったら日頃の自分の行動を見直せ。今言った台詞を笑顔で言うな。

 

「別にいいんじゃない? アルゴにはいっつもお世話になってるんだし、コウキも話したいこととかあるんでしょ?」

 

 俺がひねくれたことを考えているとミウが言ってくる。

 うぅ、ミウの純粋さが目に染みる。でもミウ、そろそろアルゴのことを少しは警戒してもいいと思うんだ。

 けど、ミウの言うことも事実だ。

 この前もミウのことで世話になっているし、それ以外でも借りが色々ある。

 ......まぁ、百歩譲って......晩ごはんぐらいなら......うん。

 

「......店はこっちで指定してもいいんだよな?」

 

「あァ、美味いとこならどこでもいいゾ」

 

 なんか上手く出来すぎな気もするけど......ま、いいか。

 

「じゃア、早く行こウ?」

 

 ーーなっ!?

 アルゴは言うと同時、俺の右腕に抱きついてきた。

 こいつ、本当に今日はなに考えてるんだ!?

 なんか一瞬温かくて柔らかい感触がーーいやいや。

 

「アルゴ、歩きづらい、邪魔、離れろ」

 

「アレレー? コー坊、お姉さんに抱きつかれてドキドキしてるのカ?」

 

「違うし」

 

 確かに一瞬緊張はしたが、どっちかといえば、食われる!! とか思っただけだし。いやマジで。

 大体、俺はアルゴみたいに自分のことを会うたびに弄ってくるようなS女に対してトキメキを覚えるほど人として終わってはいない。

 ......いや、だから本当だって。実は女の子に抱きつかれてヒャッホイとか思ってないから。

 はぁ......まぁ、今回は実害がある訳じゃないし、いつもに比べればマシか。

 さっさと店に行ってこの妙の状況をすぐさま終わらせようと思い、ミウに声をかけようとしたのだが、

 

「あれ、ミウ?」

 

 ミウがいつのまにか移動していて、俺たちの前をすでに歩き始めていた。

 そしてミウは俺たちの方を振り返ると、

 

「ねぇ、早く行かないの?」

 

「あぁ、ごめん。行くよ」

 

 ......気のせいか?

 ミウの雰囲気に一瞬違和感があったんだけど......

 俺は首を捻りつつ、ミウの隣までーーアルゴを引っ張りながらーー歩いていく。

 

「......コウキのバカ」

 

「へ?」

 

 ミウの方を見ても、ミウは俺とは逆方向を見ている。なんか聞こえた気がしたんだけどな......

 それにさっきの違和感もあるし......

 こういうときこそアルゴの出番だと思い、アルゴを見ても何かニヤニヤしているだけ。

 ......どうなってんのこれ?

 

 

 

 

 

「二人ともまたナー!」

 

 その後は結果的には何も起こらなかった。

 あくまでも表面的には、だが。

 店に入ってからは、ボックス席でなぜかアルゴが俺の隣に拘ったり(誰か他の人がいるときはミウが俺の隣に来る)、それを見てミウがなんか変な拗ね方をしたり、それを見てアルゴが肌を潤わせたりなどなど......

 とにかく精神的に辛かった。

 今日のクエストよりもよっぽど疲れた。

 今回使った体力ならフルマラソン走破できそうなぐらいには。

 

「......はぁ、んじゃミウ、帰るか」

 

 そう言って、俺はまず転移門に向かうために歩き出す。

 が、

 

「......どした? ミウ?」

 

 ミウが俺の服の袖を引っ張っていた。

 どうかしたのかと思い、顔を見ようとするがミウは顔を下げていて表情がよく見えない。

 返事もないのでこちらからもう一度声をかけた方がいいか迷っていると、

 

「............ん」

 

「......へ?」

 

 ミウが何も言わずに手の平を俺の方に出してくる。

 これは......えーと?

 

「......こう?」

 

 ポン。

 色々とシミュレーションしたり迷ったりした結果、とりあえず犬よろしくお手をしてみる。

 いや、いきなり手出されても、俺の脳ではこれぐらいの発想が精一杯です。

 

「うー......バカ」

 

「なんで!?」

 

 だが残念なことに、俺の行動はおきに召さなかったらしくミウの反応は芳しくなかった。

 それどころか初めて罵倒された気がする。

 どうすりゃいいのこれ?

 しかもミウは頬を膨らましながらそっぽを向いて、もう歩き出しちゃってるし。

 だが、先ほどまで出していたミウの右手は今も不自然にそわそわしている。

 

「......まさか」

 

 そういうこと...なのか? えっ、でもマジで?

 俺の勘違いとかじゃなくて? これ選択ミスとかして突き飛ばされたりしない?

 大体、ミウが『それ』を求めてくる理由がない。仮にあったとしても見当もつかない。

 再び俺が迷っていると、ミウがまたこちらを向いて上目使いで悲しそうな目になる。

 ......はぁ、ま、『押し付け』禁止したのは俺だしな。もしもそうだったら俺にもご褒美になるーーなんつって。

 

「......間違ってたらごめんな」

 

「あっ......」

 

 俺は言って先ほどまで出されていたミウの手を握ると、やはりこれが正解だったのか、ミウは一瞬驚きつつも俺が繋いだ手を見て、

 

「えへへ」

 

 いつも以上に嬉しそうに笑った。

 うーん、ミウの気持ちが少しずつ分かるようになって嬉しい反面、あまりにも混じりっ気がないミウの笑顔に少しむず痒い。

 というか、俺なんかと手繋いで何がそんなに嬉しいんだろう? あれか、寂しいときには人肌が恋しくなるとか?

 ......余計に俺である理由がわからない。アルゴの方がいいんじゃ......

 ミウを見ると幸せの絶頂とばかりに嬉しそうだ。

 ..................。

 

「じゃあ、帰るか」

 

「うんっ!」

 

 ミウは先ほどまでの拗ね具合がなんだったのかというばかりに力強く頷くと、俺を引っ張るようにして歩いていった。

 ミウを再び見ると、何も変化なく輝くほどの笑顔だ。

 それこそ本当に、これ以上ないぐらいに。

 まるで、『昔』の俺のように。

 ......まさか、な。

 今はとにかく、ミウが嬉しそう、それだけでいいや。

 

 




はい、甘々回でした。
いえ、世の中にはもっと糖分過多な作品があることは知っているのですが、この作品の作風(現時点)から言えばかなり甘かったのではないかと。
そしてこの回、ぶっちゃけミウさんの無自覚嫉妬と甘えを書きたかっただけといえばそうです。

今回は短めになってしまいましたが、そのぶん次回はそこそこ長くなる予定+遂に!戦闘がくるーーー!....予定です。
もうテンションバリバリです! 頑張ります!


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17話目 地獄級の厄介事

17話目です!
ついに来ました! やっと戦闘回に入れます!
テンション上がりすぎて連日投稿です!
ここから少しシリアス回になる予定なので、それではどうぞ!


「はぁっ!!」

 

 ギィィィィン!

 剣と『拳』がぶつかり合う、独特な音が響き渡る。

 

「っとっと」

 

 俺の攻撃を正面から防御したミウが俺の攻撃の勢いを殺しきれず、体勢を崩してよろける。

 が、その勢いをそのまま利用するようにその場で回転すると、勢いをつけて反撃してくる。

 右斜め下からの切り上げだ。

 俺はそれに対して、スキルはを発動させた『拳』を叩きつけ剣を弾く。

 

「ふっ!」

 

 つもりだったのだが、『拳』がミウの剣に当たる寸前、ミウは右手に持っていた自分の剣をわざと『手放した』。

 ミウの剣はそのまま重力に従い、手放した位置から落下していく。その結果俺の『拳』は目測を誤り、空を切る。

 そしてミウは体をさらに回転させて、落下中の剣を左手で掴みなおした。

 

「なっ!?」

 

「私の勝ちー」

 

 ミウはにっこりと笑うと、そのまま剣を振り抜いた。

 

 

 

 

 

「くっそー! なんだよあれ、かわせるわけないじゃん!」

 

「ははっ、でもコウキの《体術》スキルもすごく上達してきてると思うよ?」

 

 俺は今、2層の街の人気がない場所で、先日会得した《体術》スキルをミウに相手してもらいながら特訓していた。

 最近は早朝や攻略の空いた時間はミウに相手してもらいながら、夜中は一人でこの《体術》スキルの特訓に勤しんでいる。

 確かに、ミウの言う通り形にはなってきた。会得したその日なんか話にならないほどダメダメだったし。でも......

 

「なんというか、極端だなこのスキル」

 

「あはは......」

 

 ハイリスク・ハイリターン。もしくはローリスク・ローリターンなのだ、このスキルは。

 当たり前のように聞こえるかもしれないが、密着状態で剣を手放さないと使えない、そんなスキルも存在するのだ。いくらなんでも使いどころが難しすぎる。

 まぁ、そのぶん破壊力も抜群だが。

 どれほどリスクとリターンのバランスがすごいかと言うと、先ほどのようにミウがフォローしきれないほどだ。

 今は《体術》スキル単体でならある程度戦えるが、剣と組み合わせるとなると慣れるのに相当かかりそうだ。

 等と考えていると、電子音と共に視界の右上にメールアイコンが点滅する。

 誰かからメッセージが来たサインだ。

 

「どうしたの?」

 

 ミウは俺が急にウィンドウを構い始めたので怪訝に思ったのだろう。

 

「メッセージ。誰からかはまだ分からないけど」

 

 俺はミウに答えつつそのままウィンドウを操作する。

 アルゴがまた何か情報の交渉にでも来たのか?

 でも、アルゴならミウにもメッセージを送るはずだし......

 考えていても仕方がないのでとりあえずメールを開く。

 

「......ヨウト?」

 

 そこには普段は全く連絡をよこさない悪友の名前が記されていた。

 

 

 

 

 

 メッセージの用件は至って簡単なものだった。

 

『これから転移門の前に来てくれ』

 

 ......せめて理由ぐらい書けよ。果たし状か。

 しかもこのメール、何層とも書いてないし。いくらなんでも情報無さすぎだろ。

 普通ならこのメールを見た瞬間に文句の一つや二つを言いたくなるが、今回はそうはならない。

 ヨウトがこういった報せをしてくるときは2パターンある。

 1つ目は悪戯紛いの暇潰しである時。迷惑なことこの上ない。

 2つ目は本当に何かあった時だ。

 後者は......あまり考えたくないが、この中なら本当にあり得る。

 この世界では何があるかは誰にも予想できない。

 前者ならどうしてくれようか。

 ミウにもこのことを言うと、

 

「行こうよ! 何かあったのなら心配だよ!」

 

 まぁ、ミウならこう言うよな。

 俺もメールそのものは気になったので、予想通り行くことに決定した。

 

「なんだかんだ言ってコウキってヨウトのこと大切にしてるよね」

 

「えっ......なにそれ?」

 

 いくらミウが言ったことでも気持ち悪すぎて吐きそうなんだけど......

 すると不自然に暖かみのある笑みを浮かべながらミウは言う。

 

「だってヨウトのメールが来てから体うずうずしてるもん」

 

 これはさっきから妙に体が痒いだけで......

 ミウにそう言ってもニコニコと笑ってみてくるだけだった。

 

 

 

 

 

 10数分後、俺たちは2層転移門の前に到着した。

 ヨウトが何かあったというなら、やはり前線である2層の転移門前だと思ってこちらにきた。

 2層が開放されてもうだいぶ経つが、まだかなり人がいる。ヨウトを探せないほどではないが......

 周りの人を少し鬱陶しく思いつつ辺りを見回す。

 

「......いないじゃん」

 

 が、見落としがなければヨウトの姿はどこにもなかった。

 実は1層の方だったか? とも思ったが、もしもそうだとしてもそれは書いていないヨウトが悪い。

 手分けして探していたミウとも合流して聞いてみるが、首を振るだけ。

 あいつ......呼び出しておいて自分が遅れるか、普通。

 ......なんか前にもこんなことがあったような。

 

「悪い悪い、遅れたわ」

 

 俺が謎の既視感に襲われていると、ヨウトが遠くから手を振ってやってきた。

 この感じ......あっ、そうか。

 

「ん? 誰だお前?」

 

「少し遅れただけでひどくね!? あれ、なんかデジャヴュ......」

 

 お前もその感覚に苦しむといい。俺別に苦しんでないけど。

 ヨウトが悩み苦しむ姿を見て少しスッキリした。

 

「はいはい、二人ともそこまで」

 

 ミウが呆れたように笑いながら俺たちの間に入ってくる。

 だが、それでは俺の気分がまだ改善されない。

 

「止めるなミウ。こいつにはもっと制裁を与えてやらなきゃならないんだ。具体的には装備を全部捨てさせるとか」

 

「俺に死ねと!?」

 

「いや? むしろお前の姿をしたmobを切り刻みたいかな?」

 

「あれ!? 俺って敵認定されてるの!?」

 

「もー、コウキも。で、ヨウト、何かあったの?」

 

 むぅ。ヨウトめ、ミウに助けられたな。次何かあればその時は......ふっふっふ。

 まぁ、それは置いておこう。

 ミウに話を振られたヨウトは一度瞬きする。

 

「......あ、そうだった。実はなーー」

 

「おいちょっと待てお前。今完全に忘れてただろ」

 

 こいつは本当に......

 俺は呆れと蔑みを込めてヨウトを見ていたが、次のヨウトの言葉で一気に意識を戻される。

 

「昨日、フィールドボスを見つけたんだ」

 

「「なっ!?」」

 

 俺とミウの叫びが重なる。

 フィールドボスというのは、倒すと迷宮区が開いたり、その層のボス情報が聞けるようになったりと、何か特典が付いてくる中ボスのようなものだ。

 特に、ボスの情報が聞けるというのは俺たち攻略組にとっては最高の価値がある。

 なにせその情報ひとつで、冗談抜きで自分達の生き死にが左右されるのだから。

 なのでプレイヤーたちは躍起になって探すのだが、2層開放から1ヶ月近く、迷宮区どころかフィールドボスも見つかっていないのが現状だった。

 そんな折に先ほどのヨウトの台詞だ。驚くのも無理はないだろう。

 だが、1つわからない。

 

「なんでそれを私たちに言うの?」

 

 フィールドボスの居場所が分かったのなら、情報屋に言うなり、自分で公表するなりすればいい。

 俺たちを呼ぶ意味がわからない。

 ヨウトはそんな俺とミウの思考を読み取ってか、続けて言う。

 

「あぁ、今回お前らを呼んだ理由はそこだよ」

 

「?」

 

 俺とミウが首を傾げるのに対して、ヨウトはいつも通り嫌な予感を感じさせるようにニヤリと笑う。

 

「俺たち『だけ』で倒さないか? フィールドボスを」

 

「「はぁっ!?」」

 

 

 

 

 

《スピードスター》

 ヨウトについている二つ名だ。こういうMMORPGの世界では、何か目立つ要素があるプレイヤーには大体二つ名がどこかの誰かに勝手に付けられるものらしい。

 前にアルゴに聞いた話によると、ヨウトの速さ一番の戦闘スタイルと、いつも先走って厄介事に飛び込んでいき、他人を巻き込むことからそういう名前がついたらしい。

 今回の話を聞いて、この二つ名は本当にぴったりだ、そう確信した俺だった。

 

「おまっ、バカだろ!? 1層のフィールドボス戦、お前も参加してなくても知ってるだろ!? とてもじゃないけどレイドなしには無理だ!!」

 

 ボスの名前を有していることだけのことはあり、そこら辺のmobに比べれば、フィールドボスは遥かに強い。

 1層のフィールドボス戦も、甘く見たプレイヤーの何人かが死にかけた。

 ミウもさすがにヨウトの無茶振りに眉間に皺を寄せていた。

 

「待った待った! せめて最後まで話を聞いてくれよ!」

 

 ヨウトが両手を前で振って俺を制してくる。

 どうやらまだ話の続きがあるらしい。

 ここから納得できる説明があるとはとても思えないが......

 

「......終わったあとでダメ出しさせてもらうからな」

 

「どうぞご自由に」

 

 ヨウトは肩を竦めながら言うと、話を再開した。

 

「さっき場所が分かったって言ったけど、正しくは出てくるクエストが分かったんだ」

 

「クエスト?」

 

 ミウが聞き返す。

 

「内容は?」

 

「あぁ、ーーーーーーーー」

 

 ヨウトが俺たちにクエストの内容を話す。

 ーーなるほど、今回のフィールドボスはただフィールドにいる訳じゃなくて、クエストで誘発的に出現するわけか。

 そりゃ、フィールド中探してもいないわけだ。

 でも、クエストか......なんとなくヨウトの言いたいことが分かってきた。

 

「クエストってことは、やろうと思えばレイドを組まなくてもパーティーでもクリアすることができるはず、ってことか?」

 

「そうそう」

 

「うーん、理屈はわかったけど......でもメンバーはどうするの? パーティー上限の6人で挑戦するのがセオリーだとは思うけど」

 

「1層ボス戦の時のメンバーでいいじゃないか? あの二人も誘ってさ」

 

 他の人とだと、コンビネーションだとかを完全に一から考えなくてはならないが、あのメンバーならある程度連携も取れるしちょうどいい。

 それにもう知り合っている相手、というのは気遣いもなくて済むしな。

 そう思ったのだが、

 

「俺もそう思ったんだけどな。あの二人、連絡とれねぇんだよ」

 

「連絡が取れない?」

 

「あぁ、お前らに送ったメッセ、あの二人にも送ったんだよ」

 

 でもメッセが返ってくる訳でも、ここに来るわけでもない、か。どうしてだろう? 二人とも音沙汰なしってことは二人で一緒に行動してて、連絡が取れないってことだろうか?

 あの二人なら大抵のことには対処できるだろうけど、少し心配ではある。

 するとヨウトが言う。

 

「まぁ、いいんじゃね? 何も絶対クリアが条件って訳じゃないし」

 

「最初は様子見ってことかな?」

 

「あぁ、いければ撃破、無理なら逃亡、みたいにさ」

 

 ヨウトの言い分を聞いて、ミウが少し気に食わなさそうな表情になる。

 まぁ、そうだろうな。負けず嫌いな性格のミウからして、そしてクエストの内容からして。

 実際、俺も少し気に食わない。

 だが、ヨウトの言い分は最もでもある。うーん、ジレンマだな。

 

「俺たちだけじゃ厳しそうか?」

 

「うーん、俺にミウ、コウキがいればいれば出来ないことはないと思うけど」

 

 このメンバーに俺の力を考慮してほしくないんだけど......前にも言ったが明らかに実力不足だ。

 でも、俺たちだけでもいけそうなのか......

 可能性があるのならそれだけでも動ける。

 

「だってさミウ、俺たちだけでもいけそうだってさ」

 

 俺はミウの頭に手を乗せながら言う。

 最悪、本当に危ないようだったらヨウトの言う通り逃げればいい。

 そしてミウは嬉しそうに笑って頷いた。

 ......つい、頭に手を乗っけてしまったが、嫌がられなくて良かった。なんかミウって猫っぽいところあるから頭とか構いたくなるんだよなぁ。

 

「......なるほど、アスナの言う通りだな。これはある意味すごい」

 

「ん、ヨウトなんか言ったか?」

 

「いんや、なんでも」

 

 ヨウトは首を振って言った。その顔にはどこか呆れの色が浮かんでいる気がする。

 はて、なんか呟いてた気がしたんだけどな。そもそもなぜに呆れらなければならん。

 まぁ、いいけど。

 

「じゃあ、行くか」

 

 

 

 

 

 

 俺たちは一時間ほど移動してこの層の南側にある村《クラル》に来た。

 《クラル》はログハウスが大量に建っていて、足場はそのまま砂地と、自然味溢れる村だった。

 1層の《トロイ》と比べると、活気もさらになくて本当に物静かな村という感じだ。

 とうかこれは......不自然に静かな気もする。

 

「ここだ、ここ」

 

 ヨウトに案内してもらい、クエストを出す村人の家に来た。

 ............

 

「あぁ......」

 

「どうしたコウキ?」

 

「いや、ちょっとトラウマが」

 

「は?」

 

「あはは......」

 

 事情を知っているミウは苦笑いで返してくる。

 ......またマッチョなおじさんが出てくる訳じゃないだろうな。

 もう二度と岩割りは嫌だ。マッチョちょー怖い。

 気のせいでなければ体が不自然に振動を始めた気がする。

 

「? よく分からないけどもう行くぞ?」

 

 ヨウトはそう言うと家の扉をノックする。

 その直後、

 

「だ、誰ですか!?」

 

 扉の向こうからは物腰柔らかそうな声が聞こえてきた。

 だが、その声質とは裏腹に、声にこもっている雰囲気は切羽詰まっている感じだった。

 この村の雰囲気といい、やっぱなんかあるわけか。

 

「何かお困りですか? 相談に乗りますよー」

 

 ヨウトが言うと、家の扉が開く。

 

「本当ですか!?」

 

 中から出てきたのは、30代半ばぐらいの男性だった。

 声と同じように、見るからに優しそうな人だ。だが、顔は蒼白として穏やかではない。

 

「私の息子が洞窟に行ったまま帰ってこないんです! 今あの洞窟には凶悪なモンスターが出るのに......!!」

 

 そう、今男性が言ったのがこのクエストの前提だ。この手のクエストはミウがーー一応俺もーーNPCを最も心配するものだ。

 だから先ほどヨウトがクリアしなくても大丈夫、というようなことを言ったとき少し不機嫌になったのだろう。

 子供を見捨てるのと同義だから。

 父親が言ったあとにお馴染みのクエストマークが。

 なるほど、『今あの洞窟』って言ってたし、このクエストは時限制か何かだろう。

 こりゃ、プレイヤーたちも見つけられないわけだ。

 なにせ探し終えたあとにクエストが発生したのだから。

 

「大丈夫です、私たちに任せてください!」

 

 ミウは父親を安心させるように、あえて大声で言う。

 それと同時にクエスト受注の電子音が鳴る。

 さて、俺も頑張りますか。

 

 

 

 

 

 洞窟は村から歩いて20分程度の場所にある。

 俺たちは今洞窟の中を歩いていた。

 この洞窟は真っ暗闇のダンジョン、というよりは、昔懐かしい坑道のような作りになっていて、洞窟内もそこそこ明るい。

 

「ここ、前に来たときは《ゴブリン》系のmobいなかったっけ?」

 

「うん、そうだったと思う......けど」

 

 ミウも覚えてるってことは俺の記憶違いとかじゃないか。

 でも、さっきから出てくるのは......

 

「あ、また」

 

 ミウが指差した先には2匹の《リザードマン》が。

 そう、今回この洞窟に入ってからは《リザードマン》しかポップしていないのだ。

 この南に位置する洞窟を中心に、南側は《ゴブリン》の縄張り。北側は《リザードマン》の縄張り、というのが元々のこの層の勢力図だったはずだ。

 だが、今はこの洞窟にも《リザードマン》がポップしているということは......

 

「ほら、さっきNPCが言ってたじゃん。今は凶悪なモンスターが出るって。それが《リザードマン》なんじゃね?」

 

「あ、なるほど。《リザードマン》が《ゴブリン》の住みかを取っちゃった、ってことだね」

 

 まぁ、そうだろうな。だからたぶん、フィールドボスも《リザードマン》系って考えるべきか。

 その凶悪なフィールドボスが《ゴブリン》たちに対して侵略? したってところか。

 

「っ! 来るよ!!」

 

 等と考えていると、先ほどポップした《リザードマン》たちがこちらに気づいて襲いかかってきた。

 片方はミウの方へ、もう片方はヨウトの方へだ。

 

「ふっ!」

 

 ミウはリザードマンの上からの切りつけを横に小さく体を捻ることでかわし、がら空きになった相手の顔目掛けて《スラント》を叩き込んだ。

 そしてヨウトは、相手の方が先に攻撃を仕掛けたはずなのに、あとから攻撃したヨウトの方が先に攻撃を当てていた。

 その後はミウはカウンターを決め、ヨウトは高速のラッシュで押しきってしまった。

 実力者が一人増えるだけで戦闘の安定感がここまで上がるものなのか。

 ていうか俺、本格的に要らないんじゃ......

 

「おつかれー」

 

 ミウが俺の元に駆け寄ってきて、いつも通り手の甲を当て合う。

 

「俺なんもしてないけどな」

 

「サボってんなよー、コウキ」

 

「うっせ」

 

 けど、しっかりはしないとな。こんなことじゃ全然ダメだ。

 こんなことじゃ俺の目標なんて夢のまた夢だし、なによりヨウトに負けているのだけは嫌だ。

 そんあ軽口を互いに叩きながら、さらに奥に進んでいくと、少し開いた空間に出た。

 

「誰か助けてぇ!!」

 

 それとほぼ同時、洞窟の奥から悲鳴が響いてきた。

 それに遅れて声の方向から走ってくる少年が現れる。どうやらあの少年の悲鳴のようだ。

 その少年の服装は、依頼主の父親に教えられたものと同じ、おそらくあの少年が息子さんなのだろう。

 

「君、大丈夫!?」

 

 ミウがすぐさま少年に駆け寄り、それに俺とヨウトが続く。

 近くまで来ると、その少年は所々怪我をしているようで、赤いライトエフェクトが目立った。

 

「あぁ、剣士様! 助けてください! 後ろから凶悪なモンスターが!!」

 

 少年が泣き叫ぶように俺に言ってくる。

 だから気づけなかった。

 だから話に入っていないヨウトは気づけた。

 

 

 

 ーー洞窟の奥から迫ってきた、致死性の攻撃に。

 

 

 

「ーーっ!? 伏せろ!!」

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 視界が傾いてから、ヨウトが俺たち3人を自分の体ごと体当たりの要領で壁に向かって突き飛ばしたことが分かった。

 それとほぼ同時。

 俺たちが元々いた場所を大剣が通過した。

 ドゴォォォォォォン!!! 直後、すさまじい音と共に地面が割れる。

 なっ!? いったいどこから......!?

 俺たちが唖然としているうちに、少年は泣き叫んでどこかに逃げていってしまった。

 それと同時に俺たちがいる大きな空間に、薄い膜のようなものが張られる。おそらく、脱出不可ということだろう。

 そして俺たちのすぐ近くでなる地鳴りとも思える足音。

 その絶望的要素のお陰か、逆に思考が回り始める。

 

「下がれっ!!」

 

 俺は咄嗟に叫んでいた。

 直後、再び大剣が俺たちのすぐ近くを通りすぎる。

 だが、今回もギリギリそれをかわすことができた。

 

「二人とも、大丈夫か!?」

 

「うん!」

 

「こっちも大丈夫だ!」

 

 二人の確認がとれ、そこで初めて俺は大剣の持ち主を見る。

 姿そのものは普通の《リザードマン》と同じだが、サイズが明らかに違った。

 普通は人間サイズだったのが、今目の前にいる《リザードマン》は明らかに3メートルは越えている。

 HPバーは2本。

 名前は《ザ・リザードマン・エンド》

 その辺りはまだいい。問題はカーソルだ。

 

「カーソルが......赤紫」

 

 mobのカーソルにはいくつか種類がある。

 レベルが低く、かなり弱い部類のものがペールピンク。

 レベルが自分と同じぐらいだとレッド。

 自分よりもレベルが高いと濃いレッド。

 そして、自分よりも遥かにレベルが高く、強いものが赤紫、つまりクリムゾンレッドになる。

 アルゴのガイドブックには、カーソルがクリムゾンレッドの敵と遭遇した場合の対処法が、一つだけ書いてある。

 

 

『迷わず、ただひたすら全力を尽くして逃げろ』

 

 

 ......俺は、しっかりと依頼主やその周辺の人物の話を聞いていたつもりだった。

 ヨウトの認識に万が一なにか勘違いがあって、このクエストはとても3人じゃ不可能、というようなことにならないように。

 それでも俺は、今のこの状況に、こう言う他なかった。

 

「おいおい、バカヨウト。何が3人でも勝てるだよ......」

 

 ーーこれは、ちょっとまずいぞ。

 




はい、戦闘回(導入編)でした。
おかしいな...私的にはもっとバトルするはずでしたが、なぜか最後のところだけになってしまった...
まぁ、一話では収まりきらないほどの戦闘、ということで楽しみにしてくだされば幸いです!


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18話目 覚悟の成就

18話目です!!

すいません、前回から少し空いてしまいました!
せっかくのお盆だったので一気に書いてしまおうと思ったのに、なぜか今さらポケモンにドはまりしてしまいまして....
というか学校始まったら少し更新遅くなるかもしれません、申し訳ない。
そのぶん、内容は頑張ります!!

それではどうぞ!!


 この世界に来て、思い、覚悟、多くのことを決心してきた。

 その結果、確かに俺は幾分は強くなれたかもしれない。

 それでも、その思いや覚悟が現実になったことはまだ一度もない。

 俺はまだ誰も、近くにいる大切な人たちさえ、守れてはいないのだ。

 

 

 

 

 

「くっそ!」

 

 エンドの猛獣のような素早い攻撃を身を捻ることでギリギリかわす。

 そして間髪入れずに2撃目が来てはたまったものではないので、すぐさま後退し深呼吸をする。

 このままじゃダメだ、考えろ! この場にいるのは無力な俺だけじゃない。3人もプレイヤーがいるんだ。

 エンドは確かに強力なボスクラスのmobだが、攻撃そのものは先ほどから見るに直線的で単調だ。

 なら、厄介なのはあのアホみたいに威力の高そうな攻撃と、素早い動きだけだ。

 それを封じる、もしくはそれに対抗できるような何かがあれば......

 いや、そもそも対策を立てるための情報が少なすぎる。それならーー

 俺がその場で考えた作戦をミウにアイコンタクトで伝えると、ミウもそれに対して頷く。

 ミウとの付き合いも、もう2ヶ月近く。このぐらいのことは余裕でできる。

 

「ヨウト!」

 

「りょーかいっ!」

 

 ヨウトとの付き合いはミウ以上だ。この世界に入ってからはあまり会っていなくても、最小限の言葉だけで伝わる。

 そしてすぐにミウがエンドに向かって接近する。だが、その距離は、エンドが持つ大剣がギリギリ届くかどうか、という絶妙な距離。

 ミウが一歩前に出ればエンドの攻撃範囲に完全に入り、エンドは迷いなく剣を振ってくるだろう、逆に一歩引けばエンドの攻撃範囲から外れ、仮に攻撃してきても遠いこともあって、ミウなら間違いなくかわせる。

 つまり、今のミウの距離は揺さぶりの距離なのだ。

 ミウがこうやってエンドを揺さぶってくれるお陰で、エンドの攻撃パターンも少しずつ分かってくるし、隙をついて俺やヨウトが一撃入れられるわけだ。

 ...だが、この距離を保つのは口で言う以上に難しい。

 当たり前なことだが、敵であるエンドも動くのだ。しかも異常なほど速く。そんなやつを相手に、揺さぶりの距離を保ち続けられるミウは、本当に一味も二味も違う。

 そしてミウが、ついに一歩、踏み込む。

 

「があああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 瞬間、エンドはミウに必殺の剣を振り下ろした

 それに対してミウは、片手剣をハンドリングで逆手に持ち替え、その状態で自分の剣をエンドの剣に当てることで力の向きを変えて受け流す。

 そしてエンドが体勢を崩した隙にヨウトが斬りかかり、ミウはヨウトと入れ替わるように後退してくる。

 

「きっついなぁ......」

 

 その際にミウの表情が芳しくなかったので、ミウのHPを見ると、すでに一割近くも削れていた。

 その事実に背筋に冷たい感覚が走る。

 ...色眼鏡なしでも、ミウの剣さばきの技術はプレイヤーの中でもトップクラスだ。なにせボス戦でもほとんど誤差を許されないような迎撃方法で、ボスの武器を弾くのを成功させているほどなのだ。

 そんなミウでも、たったの一撃受け流すだけであれほどHPを持っていかれるだなんて......

 これはいよいよ、本当にワンミスもできなくなってきた。

 

「ミウ! あまり無理するなよ!」

 

「分かってる!」

 

 攻撃し終わったヨウトを守るように、エンドの攻撃に合わせてミウが再び前に出る。

 俺が役割を代わる、と言えないのがすごく悔しい。

 だが、今ミウがしているようなこと、俺には間違いなくできない。行えば俺が被弾して戦線が崩れるだろう。

 仮に被弾しなくても、そもそもこの中で一撃の威力が最も高いのは俺だ。火力が足りなくなるのは明らかだろう。

 ここは、ミウに任せるしかないのだ。

 俺は俺の役割を果たす。

 俺の役割、それは『見る』ことだ。

 先ほども言ったように、今俺たちの手元にはエンドに対する情報が無さすぎる。

 勝つために必要な情報を、『見る』。むろん、俺も攻撃には参加するが、それが今俺の最優先すべき役割だ。

 ミウやらニックやらキリトやら。多くのトッププレイヤーの動きを見て、少しでも吸収しようとしてきた俺をなめるなよ。

 弱者なりの戦い方を見せてやる。

 

 

 

 

 

 ミウが捌き、ヨウトが攻め、俺が見る。

 そのローテーションを20回近く行った。

 時々戦線が崩れそうにもなったが、少しずつエンドの行動アルゴリズムも読めてきたこともあり、なんとか堪えていた。

 そのお陰もあってか、エンドのHPバーの2本あるうちの1本を残り2割ほどまで削ることができた。

 このままいけば勝てる......が、さすがにそこまでは甘くなかった。

 ここで遂に、ミウのHPが限界になる。

 

「ミウ、一旦下がれ!!」

 

 スイッチのタイミングで下がってきたミウに言う。

 ミウはあの後もエンドの攻撃を上手く避け続け、受け流したときのダメージも減らすという神掛かっていると言ってもいいほどの動きをしていた。

 なのでミウのHPは未だにギリギリイエローゾーンで留まるほど残っていたが、今の状態でエンドの攻撃がかするだけでもHPが全て吹っ飛ぶだろう。

 それはミウも分かっているはずだが、ミウは引かない。

 

「でも......!」

 

「いいから!! 今は俺とヨウトに任せろ!!」

 

「ミウちゃんはちょっと休んどけって」

 

 ミウの気持ちは痛いほどに分かる。

 今のこの戦線は、ミウなしでは成り立たないのが現状だ。

 いくらヨウトでもミウが行っているような神回避は出来ないだろう。

 確かにここまでミウが粘ってくれたこともあって、エンドの攻撃はある程度読めるようになってきたが、俺ではそれ込みでも2,3撃弾くのが精一杯だ。

 それをミウも分かっているから譲れないのだろう。

 だが、

 

「ミウが復帰するまでなら大丈夫だ! だから早く!!」

 

 ミウがここで死ぬようなことになれば、俺やヨウトも間違いなく死ぬ。

 ミウが俺たちの生命線なのだ。

 そしてなにより、ミウに死ぬ可能性があることがどうしても看過できない。

 そんなことになるぐらいなら、いくらリスクが高かろうが、自分が死ぬ可能性があろうが、俺が前に出た方が百万倍ましだ。

 ミウの返事も聞かずに、俺とヨウトはエンドに向かっていく。

 ヨウトが先行して、エンドに接近する。

 それに対抗するようにエンドは剣を振るう。今度は横振りだ。

 

「俺だってこれぐらいはぁぁぁああ!!」

 

 ヨウトの剣がライトエフェクトに包まれ、単発重攻撃ソードスキル《ドルイン》が発動し、エンドの剣と交錯する。

 《ドルイン》は一度体を回転させ、剣に勢いをつけて斬りつけるスキルだ。

 重攻撃スキルは威力が高いが、スキルの発動が遅いというような特徴がある。

 それを後出しでエンドの攻撃に間に合わせられるのは、さすがは《スピードスター》のヨウトと言ったところだろう。

 

「ぐっ! コウキ!!」

 

 ヨウトが振り絞るように叫ぶ。

 ヨウトが重攻撃スキルなのに対して、エンドはただの通常攻撃。それで弾くのが精一杯だったのだ。

 こんなの、そう何度も上手くいかない。

 だからこそ、ここで一気に攻める!!

 

「はぁぁぁぁあああ!!」

 

 俺は《バーチカル・アーク》を発動しエンドに斬りかかる。

 剣の軌道がVの字を描き、エンドの爬虫類独特な固い腹を抉っていく。

 それにより、通常攻撃とは比べ物にもならない多大なダメージがエンドに入る。これでエンドはダメージディレイで少しの間動けないはずだ。

 そして俺のスキルが終了する。予想通りエンドはすぐには動けない。

 

「......シャァァァァァァアアア!!」

 

「ーーっ!?」

 

 だが、エンドは本当に一瞬だけ硬直した後、すぐにまた動き出した。

 くそっ!! 回復が早すぎる!! まだ1秒ぐらいしか経ってないだろ!?

 思考は異常事態に混乱するが、それはどこか現実味を帯びていなくて、まるでテレビの中の映像に驚いているようだった。

 いや、理由は分かっている。

 ......やっぱ、信頼できるやつがいるだけで安定感が全然違う。

 

「コウキ!!」

 

 ヨウトがスキルディレイで動けない俺を、後ろから手で『押し退けながら』スキルモーションに入る。

 スキルディレイなどのディレイは自分で体を動かせなくなるだけで、何も体がその座標に固定されてしまうわけではない。

 なので強引ではあるが、こういった回避方法もある。

 

「はぁっ!!」

 

 ヨウトはそのままお得意の突進系ソードスキル《ブレイヴチャージ》を発動させ、俺が抉ったエンドの腹を貫いた。

 

「グシャァァァ!?」

 

 そして今度こそエンドはダメージディレイに囚われる。

 よし、ここからだ!

 

「コウキ、スイッチ!!」

 

「あぁ!!」

 

 ヨウトが後退し、それと入れ替わるように俺が前に出る。

 こうやって交互にスイッチを繰り返していれば延々攻撃できる。この世界の戦闘の初歩の初歩だが、確実な方法ではある。

 勿論、デメリットもある。

 1つ目はスキルディレイだ。

 最後までスキルを発動してしまうと、強制的にディレイが始まる。なので俺たちはディレイが始まる寸前に、無理矢理後方に下がってエンドと距離を取っているのだ。

 だがこの方法だと、ペナルティーによってスキル後の硬直時間が延長されてしまう。

 なのでどうしてもいつかは限界が来る。

 2つ目はカウンターだ。

 当然のことだが、エンドのダメージディレイが何らかの理由で切れると、その時点でディレイに囚われている者はほぼ確実に死ぬ。

 それは俺かもしれないし、ヨウトかもしれない。

 そんなことにしないためにも、最低ミウが動けるようになるまではこの状態を保たなければならないのだ。

 

「っあああぁぁぁぁ!!」

 

 咆哮し、俺はもう一度《バーチカル・アーク》を発動する。

 俺の攻撃がエンドの体に傷をつける度に、徐々にだがエンドのHPバーが減っていく。

 まだだ! こんなのじゃ全然足りない!!

 

「ヨウト、もう一度だ!!」

 

 スキルが終わる直前に剣を引き、後退する。

 その瞬間。

 

「グワアアァァァァァッァッ!!」

 

 エンドが夥しい咆哮をあげた。

 しまっ......!?

 今、エンドのHPバーは残りの1本を残すのみになった。

 つまり、ボスモンスター特有のバーサークモードになる条件を得たのだ。

 そして、バーサークモードになると一度デバフなどのマイナス効果が全てリセットされるのだ。

 勿論、ダメージディレイも。

 エンドがその手に持つ大剣を大きく引き絞る。

 くそっ! 何かないか!?

 このまま下がってもまだエンドの攻撃射程圏内。防御行動を取ろうにもディレイ中で全く動けない。どうすーー!

 

「コウキ! そのまま下がれ!!」

 

 飛んできたヨウトの指示に咄嗟に従う。

 すると入れ替わるようにヨウトが前に出てきた。

 スイッチの予定通りに。今にも攻撃せんとするエンドの目の前に。

 

「なっ!? バカやろーー」

 

 一閃。エンドの凄まじい一撃がヨウトに直撃し、ヨウトごと後ろにいた俺も吹き飛ばされる。

 

「はっ......がうっ......!!」

 

 そのまま広間の端までバウンドし、壁に当たることでようやく止まる。

 くそっ! やられた!!

 ダメージディレイのせいか体がすぐには動かないが、感覚は残っているので部位破壊などは起こっていないようだ。

 だがそんなことは重要ではない。

 ヨウトのHP......!!

 首は動かないので、視界をフルに使ってヨウトを探す......いた。

 ヨウトは俺から少し離れたところで倒れていた。

 俺はヨウトのお陰で直撃はせずにすんだが、それなのにHPが2割近く削れていた。

 ならヨウトは?

 

「よかった......」

 

 残り1割を切っていたが、ギリギリ残っていた。どうやらエンドの攻撃が直撃する寸前、剣で防御できたようだ。

 だが、ヨウトのHPは元々8割以上残っていた。それがあそこまで削れるとなると、防御できても場合によっては全損するということだ。

 とにかく、今はヨウトとミウの回復をしつつエンドの攻撃を何とかしないと!

 何かいい手はないかと俺が迷っていると、

 

「コウキはヨウトの回復を!! エンドは私が食い止める!!」

 

「なっ!? ミウ!!」

 

 ミウがエンドに向かって飛び出した。

 この世界の回復アイテムーーポーションは使った瞬間HPが回復するものではない。

 アイテムごとに決められた時間ーー10秒などーー経つ度にHPが一定量回復する、というものだ。

 ミウがポーションを飲んでからまだ2分も経っていない。なのでミウのHPはまだ7割ほどまでしか回復していないのだ。

 ミウとのヨウトを交互に見る。早く何かしなければ。何とかしなければという焦燥感から肌がどんどん泡立っていくのを思考の隅で感じる。

 ミウの力を信じていないわけではないが、今すぐミウに加勢に行かなければミウにが危ない。

 かといってヨウトを放っておくのもダメだ。確かにHPはまだ残っていてエンドからも離れているが、それでも辛うじてなのだ。

 万が一エンドの攻撃の余波がいったら間違いなくやられる。

 どうする!? どうすればーー

 

「行け!! コウキ!!!」

 

 ヨウトが叫ぶ。

 

「お前が行かなくてどうするんだ!? また昔みたいになりたいのか!?」

 

「ーーっ!」

 

「俺のことはいい、さっさと行けぇえ!!」

 

 ヨウト......!

 何となくとだが、始まりの日と一緒だと思った。

 このデスゲームが始まったあの日と。

 どちらかを選らばなければならない、2択。

 どちらを選んでも先に待っているのは地獄。

 今ヨウトの言う通りに動けば、始まりの日と同じになってしまうかもしれない。

 それに......『あの日』とも。

 ......それでも、いや、だからこそ!

 

「......分かった、絶対に死ぬんじゃねーぞ、ヨウト!!」

 

 それでも、もう絶対に諦めない、逃げないって決めたんだ。

 2人とも助けてみせる!!

 だから今度は、ヨウトを見捨てるためではなく、ヨウトを助けるために手を取らずヨウトに背を向ける。

 

「へっ! 誰に言ってんだバーカ!!」

 

 ヨウトの言葉を背に、エンドを1人で相手して戦っているミウに向かって駆け出す。

 ミウは天才だ。

 相手の動きを読み取るスピード、その情報の正確さや、状況判断スピード、そして各種基礎能力はこの世界にいるプレイヤーの中でも絶対に5本の指に入るだろう。

 そのミウが時間を稼ぐために全力で受けに回り、逃げ回れば、エンド相手でもかなりの時間を稼げるだろう。

 ただしそれは、さっきまでのエンド相手ならの話だ。

 俺たちは戦闘が始まって最初の数分、エンドの行動アルゴリズムを調べるために完全に受けに回った。

 そのお陰で、俺だけではなく、ミウもエンドの攻撃を見ることができ、ギリギリ攻撃を捌き続けることができたのだ。

 だが、今のエンドはバーサークモードだ。

 バーサークモードになったボスモンスターは、行動アルゴリズムにランダム性が入り、これまではやってこなかった攻撃もしてくるようになる。

 つまり、今まで使っていた行動アルゴリズムからの行動の先読みは、完全に裏目に出るようになり、一撃もらう可能性が非常に高くなる。

 しかも今のミウは、俺たちにエンドが寄ってこないように終始接近状態で戦っている。そんなことをすれば......

 そして、その俺の嫌な予感は早くも的中した。

 ミウはエンドの攻撃を危なくもなんとか全ていなしていたが、遂にバーサークモードによる新しい攻撃がミウを襲い、ミウがこの戦闘で初めて正面から攻撃を受け止める。

 

「ぐっ!!」

 

「ミウっ!!」

 

 しかし、ミウの筋力値ではエンドの攻撃を受け止めきれず、そのまま地面に叩きつけられた。

 そしてすぐさまエンドは、ミウに止めの一撃を降り下ろそうとする。

 させるかっ!

 俺はミウの方を向いているエンドに接近し、背後から全力で斬りつけた。

 

「アアアアッ!!」

 

 エンドはうめき声を上げ、こちらを振り向くと間髪入れずに剣を下から振り上げてきた。

 っ! 速い!!

 腰を落とすことでギリギリかわすが、返しの振り下ろしの剣はかわしきれず、正面から剣で受け止める。

 ぐぐぅ......いくらなんでも重すぎる......っ!!

 一瞬でも気を緩めたら、一気に持っていかれる!!

 

「ミ、ミウぅぅぅうう!!」

 

 ミウに指示を飛ばす。

 だがミウはそれよりも早く、先に動いていた。

 ミウは俺とエンドの間に割り込むと、2連撃ソードスキル《クロス・シーザー》を発動させた。

 ミウの剣が右から左へと一閃される。

 さらにミウはその勢いのまま体を左に倒し、振った直後の剣を切り上げるように振るう。

 その結果、エンドの胸に刻まれる十字の傷。

 このスキルは高いタンブル効果を持っている。

 上手くすればエンドが硬直してくれると思ったのだが。

 

「ガアアァァアアァ!!」

 

 さすがはバーサークモード。エンドはミウの攻撃を耐えきると、すぐさまミウに反撃してきた。

 だが、それは俺が許さない。

 

「やらせるかぁぁぁああ!!」

 

 エンドの攻撃を正面から受け止めたことで悲鳴を上げている自分の体にむち打ち、エンドに突っ込む。

 発動させるスキルは《ブレイヴチャージ》

 これで......どうだ!!

 俺の剣はエンドの左脇腹を貫き、俺の体ごとエンドの脇を通りすぎる。

 

「ぐ、ぐるう!?」

 

 さすがにこれは効いたらしく、遂にエンドが膝をついた。

 同じ方向から攻撃を受け続け起こった、ダメージディレイとタンブルだ。

 

「ミウ!!」

 

「うん!!」

 

 このチャンスを逃すまいと二人で総攻撃をかける。

 斬る、斬る、斬る、斬る。とにかく斬り続ける。

 俺とミウの総攻撃により、みるみるうちにエンドのHPが減っていき、遂に最後の1本も半分を切ったところで。

 

「グルァァァァァアア!!」

 

 エンドが体を起こし、一気に後ろに跳躍した。

 ......もう少し削りたかったが、今はこれでいい。深追いしすぎず、少しずつ攻めればいいんだ。

 相手のHPももう4分の1。本当に小さいが、やっと光が見えてきた。

 そう思った瞬間だった。

 

「ガアァァァ!!」

 

 後ろに跳んだエンドが壁に『着地』し、そのまま壁を『蹴った』のだ。

 

「なっ!?」

 

 後ろに下がったはずのエンドが、一気に近づいてくる。

 俺もミウも、咄嗟のことで反応できなかった。

 それでも体を動かそうとする。

 せめてミウだけでも......!!

 が、またも予想は裏切られる。

 

「くらえぇぇぇええ!!」

 

 エンドよりもさらに上空からヨウトが現れ、宙で一回転するとエンドに踵落としを決めた。

 《エアーサルト》

 《軽業》スキルで習得できるソードスキルだ。

 スキルディレイも長く、ダメージそのものは少ないが、空中にいる敵を100%地上に落とすことができる。

 普通は空を飛んでいるmobの足を止めるために使うのだが、こんな使い方もあるなんて...

 

「へへっ! どうだ!!」

 

 見事着地したヨウトがしてやったりとこちらを見る。

 全くこいつは......また無茶をして......

 

「でも、ナイス!!」

 

 俺とミウが再びエンドに接近する。

 ミウもヨウトもまだHPを回復しきっていないし、俺ももうレッドゾーン間近な状態だ。

 ここで決められず反撃を受けたなら、おそらくこの中から死人が出る。

 そんなことには、絶対にさせない!!

 これが最後のチャンスだ!!

 

「う、おぉぉおぉ!!」

 

 俺の《ブレイヴチャージ》がエンドの腹に深々と突き刺さる。

 間髪入れずに、ミウの《クロス・シーザー》も決まり、ぐんぐんとエンドのHPが減っていく。

 さらにここで《クロス・シーザー》のタンブル効果が発動。エンドは硬直を強いられる。

 いける!!

 そこからは怒濤の連撃。

 途中からはヨウトも加わり、エンドのHPは残りわずかになる。

 だが、ここでもエンドは俺たちの上をいく。

 エンドは体を起こした瞬間、ノータイムでソードスキルを発動してきたのだ。

 エンドが大剣を頭上に掲げ、嵐のように縦横無尽にと振り回す。

 両手剣に属する、5連撃全体ソードスキル《ギール・テンペスト》だ。

 1撃目は無理矢理体を捻ってかわすが、すぐに2撃目が襲ってくる。

 まずいっ! かわせない!!

 2撃目が俺の体を両断する軌道で近づいてくる。

 

「コウキ!!」

 

 いち早く俺の危機に気づいてくれたヨウトが、俺を体当たりで自分ごとエンドの攻撃射程圏内から無理矢理脱出する。

 地面に叩きつけられて一瞬呼吸が止まるが、俺はすぐに起き上がってミウを見る。

 どうやらミウはほとんどの攻撃を完全にかわして、最後の一撃だけはヨウトのように体を地面に投げ出すことでかわしきったようだ。

 だが、まだなにも終わらない。

 俺たちが体勢を整えようと起き上がる時間、僅か2秒の間に。

 

「シャアアアァァァア!!」

 

 エンドはスキルディレイから回復し、もっとも自分の近くにいるミウに近づくと、再びスキルを発動しようとモーションに入った。

 

「なっ!? いくらなんでもステータス狂いすぎだろっ!?」

 

 隣でヨウトがエンドの異常さに喚く。

 だが、俺の頭にはそんな考えは全くなかった。

 あったのは、ミウが殺されるかもしれないという理不尽への怒り。そして、ミウが殺されることへの恐怖。

 瞬間、思考が弾けた。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!」

 

 俺は考える前にミウのもとに走り出していた。

 彼我の距離、およそ8メートル。

 走るのにはただ邪魔だったので剣は手放した。

 もう、嫌なんだ。もう、大事なものが目の前で失われることなんて、嫌なんだ。

 もう、大切な人を失うなんて......!!

 届け......届け......っ!!

 エンドがスキルを発動させた。なんのスキルかなんてどうでもいい。

 俺は強く足を前に踏み出す。

 

 

 

 バキィィ!!

 

 

 

 聞こえてきたのは、俺の単発体術スキル《閃打》がエンドの腹にヒットした音だった。

 ......間に、合った......!!

 後ろを見ることはできないが、確かに、ミウはまだいる......生きている。

 よかった......ミウを......守れた......

 そのことをやっと実感できたのと同時、エンドがディレイしていることを確認する。

 このスキルはダメージは少ないが、100%敵を一瞬だが怯ませることができる。先ほどヨウトが使った《エアーサルト》によく似ているスキルだ。

 そして、この一瞬があれば、あのバカが来てくれる!!

 

「はぁぁぁあ!!」

 

 背後からヨウトの《スラント》がエンドに直撃する。

 そのお陰で、もう一瞬エンドがダメージディレイで動きが止まる。

 エンドのHPは残り、バーの1割を切っている。

 《閃打》はその低威力ゆえにスキルディレイが1秒もない。

 ......これだけの条件が揃えば充分だ!!

 俺はエンドの体に両手で触れ、単発重攻撃スキル《鎧透破》を発動させた。

 このスキルは相手の防具、もしくは武器に両手で触れ、それを破壊しつつ装備者にもダメージを与える、というのが本来の用途だ。

 エンドは防具を着けていないが、それでも防具を貫通してまで通る威力。防具に当てなくともダメージはかなりのものだろう。

 武器を持たずに超至近距離でないと使えないスキルだが、今のこの状況では問題ない。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇええ!!」

 

 俺の両手から凄まじい衝撃がエンドに伝わり、エンドのHPが減っていく。

 そして遂に全て黒ーーーー全損した。

 

「グ......ギャアアアアァァァアァアア!!」

 

 その直後、エンドの長い断末魔が洞窟内を鳴り響いた。

 

 

 




はい、戦闘回(本編)でした。

この回は結構勢いよく書けたので、その場の臨場感とかはそこそこ出ていると思うのですが...伝わったでしょうか?

それにしてもやっぱり戦闘回は書くのは少し辛いところはありますが、書いていてすごく楽しいですね。問題なのはそのかっこよさがしっかりと皆さんに伝えられているかどうかですが...

今回、ミウさんの異常さがちょっと飛び出しすぎてましたね。中ボスとはいえ、ボスクラスを一人で足止めとかそれどこのキリトさんだよ...

次回は後日談...かな?


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19話目 戦いのあとのご褒美

19話目です!
今回はかなり長いです!
それと、今回は出会い編最終回です!
あと今回は心境の機微といった難しい感じの部分を書いているので、違和感を覚えた方は是非とも感想欄にてご指摘をお願いします!

それではどうぞ!!





 SIDE Miu

 

 パリィィィン。

 エンドがポリゴンへと変わり、綺麗に割れていく。

 その様子を間近で見つつ、私は背筋が凍るような思いと虚脱感に襲われていた。

 あ、危なかった...

 さっき、コウキに助けてもらえてなかったら、多分、いや、間違いなく死んでいた。

 

「ふぅ...」

 

 続けてどっと襲ってくる疲れと安心感からその場に座り込んでしまう。

 ちょっと今すぐには動けそうにはないかな...

 とりあえずいつも通り手の甲を当てようと、コウキを見るが、その私の命の恩人はエンドを倒した位置から動かず俯いていた。

 そして不意にこちらを振り向くと、そのままこちらに駆け寄ってくる。

 

「わっ...」

 

 コウキは私の前に来てすぐに、私に抱きついてきた。

 あまりのことに一瞬思考がパンクしかける私だが、どうにもコウキの様子がおかしい。

 そのこともあって思考の混乱はすぐに治まり、次には違和感を覚える。

 

「....コウキ?」

 

 そのまましばらく抱きつかれていると、少しずつではあるがコウキが肩を振るわせ始めたので、どうしたのかと思い呼びかけるが、返事は返ってこない。

 その代わりに、コウキの肩の震えに合わせるように嗚咽が聞こえ始めた。

 コウキ....泣いてる?

 コウキの顔をみようとするけど、抱きつかれていることもあってよく見えない。

 

「よかった...本当に、よかった」

 

 そう言うと、コウキは私を抱き締める腕にさらに力を込める。

 少し苦しいぐらいではあったが、続いたコウキの言葉でそんなことは頭から完全になくなった。

 

「怖かった...ミウが、死ぬんじゃないか、いなくなるんじゃないかと思って.....」

 

「コウキ....」

 

 コウキは強い。

 それは腕っぷしだとか、そういうことじゃなくて、心とか、もっと漠然としたものとしてだ。

 多分、アルゴやヨウト、アスナキリト。コウキと関わった他の人に聞いてもほとんどがそう言うと思う。

 でも、あの1層ボス攻略前日や、今のように本当に時々とだが、非常に脆くなるときがある。

 そこには何かしらの原因があるような気がする。

 私がまだ知らない、コウキの何かが。

 私の思いは、コウキの力になりたい。コウキを支えたい。それはどんな時になっても変わらない。

 それなら、私がすることは決まっている。

 

「....大丈夫だよ、コウキ」

 

 私はいつでもどこでも、何度でも、コウキを支える。

 例えコウキが、何を抱いていようとも。

 

「私は、コウキのお陰で助かったよ。だから今、ここにいるんだよ」

 

 私もコウキに回した腕に力を込める。

 コウキが助けてくれて、私が今ここにいることをより強く証明するために。

 それが少しは伝わったのか、コウキの体の震えが少しずつ小さくなっていく。

 でも、私もまだ伝えきれていない。

 私は今できる最高の笑顔を作る。私の思いが全部伝わるように。

 

 

 

「ありがとう、コウキ」

 

 

 

 

 

 

 

「....おーい。いちゃつくのも大概しろよー」

 

 バッ!!

 私もコウキも同時に互いから離れ、それと同時に一気に顔が熱くなっていくのを感じた。

 うぅ、ヨウトがいること忘れてた...

 時間が経っても少しも顔の熱さは引かない。

 それはコウキも同じようだったが、逆に先ほどまでの脆さはあまり見られなかったし、もう大丈夫だと思う。

 

「お前ら二人とも、するなとは言わないからさ、そういうことは部屋のなかでやれよ」

 

「う、うるさいっ! お前が考えてるようなことしてねぇよ!! この変態野郎!!」

 

「ふーん、人前で急に女の子に抱きつく奴がそういうこと言うんだ。へぇ~」

 

「うっ...」

 

 珍しい、コウキがヨウトに口で負けてる。

 さすがにコウキもさっきの場面を付かれるときついみたいだ。

 

「ほれ、さっさと依頼主のとこ戻ってクエストクリアしないと」

 

「わ、分かってるよ!!」

 

 ヨウトに急かされると、コウキが来た道をどんどん戻っていく。

 

「はぁ~」

 

 そんなコウキの様子を見て、ヨウトはため息をつきながらコウキについていく。

 私も遅れまいと慌てて立ち上がると、先を行くヨウトに追い付き、横に並ぶ。

 

「ヨウトもありがとね」

 

「ははっ、さっきのコウキとのやり取り見る前だったら、跳び跳ねる勢いで嬉しかったんだけどね」

 

「あっ....ううん。私のこと助けてくれたのもそうだけど、コウキのことだよ」

 

 さっきヨウトが話しかけてきたタイミングは、明らかに狙ったタイミングだった。

 コウキのことだから私に気を使われた、とか後々気にするところをヨウトがわざとコウキをからかうことで、そちらの方にコウキの意識を向けたのだ。

 コウキがこの事を引きずらなくてもいいように。

 さすが長年の付き合い。私とは全然年期が違うや。

 まぁ、コウキのことだから、ヨウトのことにも気がつきそうだけど。

 するとヨウトはキョトンとした顔を私に向けてきた後。

 

「ミウ、本当に勘がいいね....一瞬ビクッたよ」

 

「それほどでも」

 

 私は笑ってそう返した。

 

 

 その後は何も起こらず、順調に物事が進んだ。

 洞窟の中もボスがやられたせいか、はたまたさすがにあのボスの後に戦わせるのは制作者側も気が引けたのか、《リザードマン》も《ゴブリン》もポップしなかった。

 そして《クラル》に戻ると。凶悪なモンスターを倒してくれた、ということで村のみんなが出迎えてくれた。

 その中には依頼主の息子さんもいた。どうやら村に無事に帰れたみたいだ。よかった。

 報酬にと村長さんと依頼主さんに貰ったアイテムは、どれも豪華なものばかりだった。

 特に、コウキがエンドのラストアタックで入手した《龍種の紅玉》は凄かった。加工してアクセサリーにすると、攻撃力と俊敏力が10ずつも上がる上に、タンブルに性能がつくのだ。いくらなんでもすごすぎる。

 村の人たちにお礼を言われて、今はこの層の主街区である《ウルバス》に向かってすっかり夜になってしまった街道を3人で歩いていた。

 

「そういえばヨウトはパーティー組まないのか?」

 

「うーん、組めるものならやっぱ組みたいんだけどさ。相手がいないしなぁ」

 

「お前の場合、お前の奇行についていける奴がいないんじゃ...」

 

「そうだよねぇ。ヨウトは実力はあるんだから問題はそこだね」

 

「ミウちゃんまでひどっ!!」

 

 ヨウトが誰かとパーティーを組めるチャンスは、ディアベルに誘われたあの時一回きりだったのかもしれない。

 

「そう思うんだったら自分の行動を見直せ」

 

「いいしー! 俺は俺の好きなようにするから!!」

 

 その結果また組む相手がいなくなりそうだけど...

 そんな考えが私、そして多分コウキの脳裏にもよぎったが、二人ともなにも言わなかった。

 私たちがそんなことを考えていると、ヨウトが何かを思い出したように声を小さく声をあげる。

 

「そうだ、お前ら3層からのギルドの話知ってる?」

 

「あぁ、ギルド作成クエのことか」

 

「私たちも知ってるよ。アルゴから聞いた」

 

 ギルドとはパーティーとは違って、一緒に行動しなくてもいいけど同じチームに属する団体で、分かりやすく言うと部活みたいな団体のことだ。

 ギルドメンバーが戦闘で得たコルの一部が自動的にギルドの資金になって、ギルドメンバーなら誰でも使える貯金になったり、多くの利点がギルドのメンバーにはあるらしい。

 

「お前らはギルド作らないのか?」

 

「...逆に聞くけど、なんで俺たちが作るんだ?」

 

「だって、こういう賑やかなこと好きそうだし」

 

 賑やかそうって...ヨウト的にはそういう着眼点なんだ。

 でも確かに、コウキはともかく私はそういった賑やかなことは好きかもしれない。

 いろいろな効率もよくて理にかなっているし、何より楽しそうだ。

 ....でも。

 

「うーん、今は作る予定はないかな?」

 

 もう少しコウキと二人でいたい。

 前よりもそう強く願っている自分がいるんだ。

 ヨウトは私の答えを聞くと、残念そうになる。

 

「なーんだ。残念。お前らが作るんだったらそこに入れてもらおうと思ったのに」

 

「ごめんね」

 

「ヨウトのことだからそんなことだろうと思ったよ」

 

 コウキがため息をつきながら言う。

 まぁ、確かに私も薄々そんな気がしてた。

 等と話しているうちに《ウルバス》の入り口に着いた。

 

「ん、着いたな。じゃあ、俺はこの辺で。情報の開示は俺がやっとくからお前らはもう休んでくれていいぜ」

 

「悪いなヨウト。サンキュー」

 

「バイバイ、ヨウト」

 

「おぉ、待たなミウちゃん。コウキも、部屋に帰ったからって盛るなよ?」

 

「な、うるせぇっ! さっさと行けよバーカ!!」

 

 ハハハハハ。高らかに笑いながらヨウトはコウキから逃げるように街の中を走っていった。

 ヨウト、ここぞとばかりにコウキをからかってたなぁ。だからまたコウキにからかわれるんだろうけど。

 それにしても、嵐みたいな人だった。

 もう何回か会っているからどういう人かは分かってはいるけど、コウキと比較すると本当に賑やかな人だ。

 私的には楽しくて全然ありだけど。

 

「んじゃあ、俺たちも宿に行くか」

 

「うん」

 

 そのまま宿に向かって歩き出す私たち。

 この街には転移門もあるから1層の《始まりの街》にある自分達の部屋に帰ってもいいんだけど、今日はさすがに疲れたから宿泊まることにした。

 ...さて、ここからだ。

 作戦実行。

 

「さっき私一人でギルド作る予定ないって言っちゃったけど、コウキ的にもよかった?」

 

「あぁ、それでよかったよ。俺もそんな柄じゃないし、それに作りたくなれば作ればいいしな。ないと思うけど」

 

 その前にギルドを作るメンバーが足りないか。そう言ってコウキは笑うけど、私の方はそんあ余裕は全然なかったりする。

 自然なままに、自然なままに......

 私は頭のなかで何度も唱えて、コウキの方に顔を向ける。

 

「コ、コウキっ!!」

 

 そして響き渡る変に高い私の声

 ....声裏返ったーーーーーー!!

 コウキも必死に笑い堪えてるしっ!!

 うぅ、恥ずかしい...

 

「な、なに? ミウ」

 

 目に涙を溜めながらコウキ。

 一瞬自虐の波に飲まれそうになるけど、コウキの言葉でなんとか堪える。

 ....笑いを堪えてる顔はともかく、裏返ったことはなかったことにしてくれてるんだし、ここはもう一度落ち着いて...

 

「明日だけど...」

 

 また声が裏返らないように、深呼吸を一回。

 ....よし。

 

 

 

「デ、デートしない!?」

 

 

 

 コウキは一度瞬きする。

 そして次の瞬間。

 

「え、ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

 9時55分

 約束の時間まであと5分。

 俺は普段なら攻略に出ているであろうこの時間。今日は1層転移門前にいた。

 そして普段なら攻略に向けて気を引き締めているはずのこの時間。今日は精神がいくらか乱れかかっていた。

 端から見れば、今の俺は頻繁にキョロキョロしている不審者かもしれない。

 それが分かりつつも、俺は不審な挙動をやめることができなかった。

 それにしても、なんでミウも急にあんなことを...

 昨日ミウにデートしようと言われたときは本当に驚いた。

 だって、あのミウですよ? 確かにボーイッシュだけど間違いなく美人にカテゴリされるあのミウですよ?

 そりゃあ、健全な男であれば幾らか慌てもする。

 まぁ、昨日あのあと。

 

「じょ、冗談冗談。ただの今日のお祝いだよ。あんなに強いmobをたった3人で倒したんだからそれぐらいは許されるでしょ?」

 

 と、ミウが言っていたのでいくらか落ち着けてはいるが。

 

「ねぇ、なにあの人?」

 

「あんまし見ない方がいいって」

 

「うわっ、なんか一人で唸ってるし」

 

 落ち着けてはいるが!!

 やはり、一度あんなことを冗談でも言われると意識せざるを得ない。

 はぁ、ミウもたちの悪い冗談言うなぁ。

 

「コウキ! ごめん遅れたかな!?」

 

 等と考えていると、ミウが転移門から出てきて走ってきた。

 

「おはよー、ミウ。遅れてないからだいじょうーーーーー」

 

 可愛い。

 一瞬、俺の頭のなかがその単語で埋め尽くされた。

 

「...コウキ?」

 

 はっ! やばいやばい。少しフリーズしてた!

 俺は頭を振って一度脳内をリセットする。

 

「えーっと、ミウ、その服どうしたんだ?」

 

「えっ、あぁ...。昨日の夜コウキと別れたあと急いで揃えたんだけど....変かな?」

 

「い、いや全然!!」

 

 それどころかすごくいいと思う。

 

「そっか......よかったぁ」

 

 俺の言葉にミウは心の底から安心したように息をついた。

 ....もしかしてまだ可愛い服に抵抗があるのだろうか? こんなに似合っているのに。

 今日のミウの服装は、上は水色のフード付きニット。下は白のショートパンツに黒のニーソだ。

 ミウの普段着はちょくちょく見ているが、ここまで気合いの入ったものは見たことがない。

 あれ? でも今日って確か祝勝会的な感じなんだよな? なんでミウこんなに力入れてーーーーー

 

「コウキ?」

 

 気づくとミウが目の前にいた。

 

「うわぁ!? どどど、どうしたミウ!?」

 

「いや、そろそろ行こうと思って声かけたんだけど反応がなかったから....大丈夫?」

 

「あ、あぁ、大丈夫。じゃあ、行こうか」

 

 正直、全然大丈夫じゃない。今も絶賛混乱中だ。

 でもこのままじゃ埒があかないので、とりあえずミウの言う通り街にくり出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「コウキはどういうお菓子が好き?」

 

 街の中を適当にブラブラしているとミウが聞いてくる。

 ちなみに街の商店街に入ってから気づいたのだが、ミウの私服はやはり他の人から見てもかなりレベルが高いようで、何人かミウのことをガン見している奴がいたりするのだが、ミウ本人は全く気にしていない。しかも今回俺に向けられる視線はいつもよりも半端なく、すでに俺の精神HPは危機に貧している。

 それらをなんとか堪えてミウの質問に答える。

 

「うーん、ケーキとかも嫌いじゃないけど...急にどうした?」

 

「私の好きなものとかは普段からも食べてたりするからコウキも知ってると思うけど、コウキの好きなものって私あんまり知らないなぁ、と思って」

 

 ....つまり、俺は知っているのにミウは知らないっていう状態が悔しいってことか?

 なんというか、すごくミウらしい。

 

「そうだな、俺の場合好みがその時その時で変わるからなぁ...あっ」

 

 歩いているとあるものが目に入った。

 俺はそのあるものの前で立ち止まる。

 

「これなんか好きかも」

 

 そう言って俺はあるものーーーー饅頭を指差した。

 するとミウは少し驚いたように声をあげる。

 

「へー、コウキって案外趣味渋いね」

 

「そうか? 饅頭の生地なんて餅みたいなもんだし、あんこなんてあんパンにも入ってるし、材料そのものは結構普通だろ?」

 

「まぁ、そういう言い方をしたらね」

 

 ミウが苦笑いしながら言ってくる。

 むぅ、饅頭はそんなに渋い部類にはいるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「コウキは何色が好き?」

 

 さらに街をぶらついて、ボードなんかに掲示されている売り物の剣を見ながら歩いていると、またミウが聞いてきた。

 

「ミウは?」

 

「知ってるでしょ?」

 

 え...ミウの好きな色? 前にそんな話したっけ...あっ。

 ふと、あることを思い付いてミウの服を見る。

 

「水色か...」

 

「ピンポーン」

 

 言って、ミウは自分の腕をあげて水色の服の袖を見せてくる。

 今日着ている服も、そういえば前に入ったミウの部屋も、水色が入っている。

 ....これ、分からなかったときのダメージが半端なかった気がする。

 

「で、何色?」

 

「.......オレンジ、とか?」

 

 一瞬、水色、と言いそうになったが、後々間違いなく気まずくなると思い、とりあえず昔好きだった色を言っておいた。

 ていうか俺よ、何故に疑問系にしたし。

 オレンジは今も嫌いではないのだが、ミウに会ってからは水色が好きになったのだ。

 理由は....まぁ、いい。

 ミウは俺の答えを聞くと、今度はおかしそうに笑う。

 

「ふふっ、コウキってなんかアンバランスだよね」

 

「アンバランスって....何が?」

 

「お饅頭とか渋いものが好きだったり、普通の食事はカレーとか子供っぽいものが好きだったりとかさ」

 

「ミウから見るとそう見えるのか....」

 

 正直、他人から見た自分の感想なんて初めてーーーーじゃないな。昔散々贔屓目の俺の印象はリアルで言われたことあったな。

 まぁ、それらを除いて、本当に俺を見ての感想は初めて聞いたので返事に困る。というか、

 

 俺、そんなにカレーとか子供っぽいもん好きだっけ?

 

 と、先程とは真逆のことを考えつつ頭を捻る俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

 ふぅむ、なるほどなるほど。

 私たちは今服屋にいる。

 このアインクラッドの中には、武器やアイテムを売っているお店の他にも、こういった生活雑貨といわれるようなお店もある。

 私が今日着ている服も、2層の服屋で買ったものだ。

 今日ここに来た理由は、コウキがどういった服が好きなのかを調べるために私が連れ込んだのだ。

 昨日も思ったことだけど、私はコウキのことで知らないことが意外と多い。

 それらを知るためにも、今日コウキをデ、デートのようなものに誘ったんだ。

 ...まぁ、本当の目的は別にあるんだけど。

 とにかく、今日街に出てから2時間程度しか経っていないけど、コウキのことを色々知ることだできた。

 例えば服ではコウキは機能性を重視するとか。

 例えばーーーーー

 

「あのー、ミ、ミウさん? これ本当に着なきゃダメか?」

 

 ーーーーー弄ると意外と可愛いとか。

 試着室に入ろうとしているコウキが今両手に持っているのは、明らかに設定ミスだろうとツッコミたくなるデザインのメイド服だった。

 しかもメンズ。

 

「罰ゲームだからねー」

 

「うぅ...」

 

 私が笑顔で言うと、コウキが観念したように試着室に入っていった。

 まさかこんな代物が1層の服屋にあるなんて私も驚いた。

 ちなみに罰ゲームっていうのは、ここに来る前にやったゲームのことだ。

 前に《始まりの街》に来たときはにはなかった、《腕試し所》なるものができていたので二人で挑戦してみたのだ。

 ゲームの内容は、大量に沸いてくる偽のmobに攻撃を受けるまでに、どれだけその偽のmobを倒せるか、というものだ。

 結果は....今の通りだ。

 その罰ゲームとして、負けた方がなんでも一つ言うことを聞く、ということになった。

 

「こ、これでいい...?」

 

 着替え終わったコウキが試着室から恐る恐ると出てきた.......わお。

 これは、なんというか....

 

「男の子にしておくのがもったいないなぁ...」

 

「それ!? 見た瞬間に出てくる感想がそれってどうよ!?」

 

 いや、だって...ねぇ?

 まさかここまで似合うとは思ってなかったんだもん。

 

「もしかしてコウキって、実は女の子とかそういう設定ないよね?」

 

「ないよ!! そんなミウみたいな設定!!」

 

 ほほう、そういうこと言っちゃうんだ。

 今のは少しカチンと来た。

 

「でも、すっっっごく似合ってるよ? 『コウキちゃん』?」

 

「うぅ....」

 

 私が言うと、そのままコウキは俯いてしまった。

 よほど今の自分の格好が恥ずかしいのか、少し涙目になっている。

 しまった、さすがに少し言い過ぎたかな? でも、今のはコウキも悪いし...

 コウキを見ると、慣れないスカートが気になるのか、何度もスカートの裾を直している。

 ....まずいなぁ。

 

「ちょっ、ちょっとミウ? その不気味な動きをしてる手は何?」

 

 コウキが後ずさるが、後ろにはすぐ試着室の壁がある。私が近づいた分だけコウキが下がるから、すぐに壁にぶつかってしまった。

 

「コーウキー?」

 

「ミウ、一旦落ち着こう? うん! それがいい、絶対それがいいって!!」

 

「かわいいーーーー!!」

 

「ぎゃーーーーーーーーー!!」

 

 そのあと私はお店のNPCに注意されるまでの約10分間、全力でコウキを愛でた。

 ....正直、店から出るときにコウキの様子を見て、やりすぎたかな、とか思わなくもなかったけど、後悔はしていない私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

 どうやら今日は質問デーのようだ。

 そのあとも、犬派か猫派か、どっち派かなど、色々なことを聞かれた。(ちなみに俺もミウも猫派)

 中には返答に本気で困るものもあったが、まぁ、ことなく乗り越えられたのでよしとする。

 

「いやー、今日は楽しかったな」

 

 時刻は夕方。俺たちはフィールドに出るための門の前に立っている。平原に沈む夕日が眩しい。

 本当に楽しかった。

 色んな店を回ったり、食べ歩いたり、SAOならではの剣を使ったゲーム屋に入ったり。

 なんか心に深い傷を追わされたような気もするけど、気にしたら負けな気がするので記憶の奥底に封印しておくことにする。

 でも、こんなに遊び尽くしたのはこの中に囚われてから初めてかもしれない。これ、本当に死亡フラグとか立ってないよな? 途中からはそんなことを本気で気にしてしまうほど楽しかった。

 

「コウキはさ」

 

 ミウが外を見たまま言ってくる。

 

「どうした? また質問?」

 

 ミウがコクりと頷く。

 そしてミウはそのままフィールドに沈む太陽をどこかぼんやりと見ながら言った。

 

 

 

「コウキはーーーーーーーーー

              ーーーーーーーーなんで私に優しくしてくれるの?」

 

 

 

「ーーーーっ」

 

 瞬間、ここら一帯の空気が一気に変わった気がした。

 ....前にもこんなことがあった。

 そう、俺がヨウトのことで悩んでいたときだ。

 つまり、これはミウにとって、とても大事なこと、ということだ。

 ......ふぅ。

 

「なんで、か。また難しいこと聞くね、ミウは」

 

 なんで。

 そういえば、俺もミウに前に似たようなこと聞いたっけな。

 俺の場合は....『なんで助けてくれたのか』だったかな?

 ミウを見る。

 ミウはまだフィールドの方を向いていて、顔色がよくわからない。

 俺が答えを脳内で決めあぐねていると、ミウがそのまま口を開く。

 

「いつもそう、私がどんなにコウキに迷惑をかけても押し付けても、コウキはいつも笑ってくれる.....あぁ、『押し付ける』は禁止だったね」

 

 そこでミウは小さく微笑む。

 その笑い方が今まで見たこともない大人びたものだったので、不覚にも少し鼓動が跳ねた。

 そしてミウは続ける。

 

「このことはさ、前から思ってたことだし、昨日コウキに助けてもらったあとに聞こうって決めてたんだ」

 

 あのときか....

 

「これは、私にとって大事なことな気がするんだ」

 

 大事なこと。

 なるほど、本当に俺がミウに聞いたときとそっくりそのままってことか。

 さて。

 なんで、か。

 俺は先ほど言ったことを心のなかでもう一度呟く。

 ....きっと、答えなんていく通りもある。

 ミウが俺のことを助けてくれたから。

 俺がミウを尊敬しているから。

 ミウの力になりたいから。

 考えればもっと出てくるだろう。

 でも、素直な気持ちなんてものは、考えた瞬間にパッと出てくるものだ。

 

「やっぱり....」

 

 俺はそれをーーー

 

「ミウと一緒にいたいからかな」

 

 ーーーミウに伝える。

 

「......へ?」

 

 案の定、ミウは呆けた顔でこちらを見てくる。

 ...まぁ、想像通りの反応ではあるんだけど、さすがにちょっと傷つくぞ。

 それは置いておいて。

 

「ミウが前に言ってただろ? 自分が助けた相手が笑ってくれたり、幸せそうにしてくれたら嬉しいって」

 

 ミウが頷く。

 

「結局、それと同じなんだよ」

 

 俺はそこで一旦言葉を切り、フィールドを見る。そして

 

 

 

「俺もミウが笑ってくれたり、幸せそうなら嬉しいし、そんなミウと一緒にいたいと思う。だから俺はミウにできる限りのことをしようと、したいと思うんだよ」

 

 

 

 ミウにはっきりと伝える。

 自分が今思っていることをそのままに。

 ....話し方、下手だったかな?

 ミウの反応がずっとないので、だんだんと心配になってきてミウの顔を見る。

 

「っ!」

 

 ....ミウと出会ってからもう2ヶ月になろうといしている。

 自意識過剰でなければ、ゲームのなかではミウのことを誰よりも分かっているつもりだった。

 でも。

 今、目の前にいる女の子の、こんな表情は一度も見たことがなかった。

 さっき見た大人びた微笑みなんかよりも、もっと。

 

「ミウ...?」

 

 自分の目の前にいる相手が本当にミウか分からなくなる。そんなバカみたいなことに本当になり、つい不安になってミウの名前を呼ぶ。

 するとミウはゆっくりと目を瞑る。

 

「そっか...」

 

 そしてそれだけを言うと、

 

「ありがと、コウキ!!」

 

 ーーーそれは、平原に沈んでいく夕日なんかよりもずっと綺麗で、幸せそうな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会い編 後日談

 SIDE Miu

 

「ふぁ~あ」

 

 朝5時起床。

 リアルでも同じぐらいの時間に起きていたけど、よく早起きって言われてたっけ。

 ...今はそれが死にたくなるぐらい恨めしかった。

 うっっわぁぁぁぁっぁぁぁあ!!

 昨日コウキと一日中遊んだ本当の理由は最後に聞いたあれだ。

 前々から気になっていたことを思いきってコウキに聞く、それが目的だったのに...

 一日中コウキを観察したことと、コウキから聞いた答え。

 あれのせいで無自覚にだけどコウキと距離を置いてしまった。

 置いてしまったから、気づいた。

 いや、気づいてしまった。

 今までは近すぎて気づくことができなかった自分の気持ちに。

 ....今なら、アルゴがいっていたことが全部分かる。

 私はコウキのことがす、す、すーーーーーーー

 

「うにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 今自分がとっている行動が以前コウキもとったことがあることを知らないまま、私はベッドの上で暴れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 1時間後。

 

「とりあえず落ち着こう....」

 

 いくらなんでも1時間も一人ベッドの上で暴れ続けるなんて頭おかしすぎる。

 今日は普通に攻略に出るんだから、それまでにこの状態を何とかしないと....

 

「あっ...」

 

 そういえばアルゴが理由わかったら報告しろって言ってたっけ。

 答えがあってたらいいこと教えてくれるって言ってたような...

 いいことってなんだろう?

 アルゴには最初から私の気持ちがわかっていたということも恥ずかしかったが、それよりも今はいいことの方が気になった。

 私は切り替えができる人間なのだ!!

 段々わくわくしてきた私は、早速アルゴにメッセを送ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

 フィールドボスを倒して得た情報をヨウトが公開したためか、昨日のうちに迷宮区が発見された。

 俺たちは今、その迷宮区攻略をしている。

 

「コウキっ、スイッチ!」

 

 ミウが《リザードマン》の剣を弾いた隙に《リザードマン》に接近する。

 

「はっ!」

 

 俺が発動した《バーチカル・アーク》が《リザードマン》にVの字を刻み込み、ポリゴンに帰した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、お疲れミウ」

 

 そのあとも俺たちは迷宮区の攻略を続けて、1時間ほど経った。

 

「うん、お疲れ」

 

 ミウと互いに手の甲を当てる。

 .....ここまではいいんだよな、ここまでは。

 さらに奥に進もうと、俺とミウは歩き出す。

 

「......ん」

 

 そう、ここだ。

 歩き出すと、気のせいか、いや間違いなく、ミウがいつもよりも俺の近くを歩く。

 というより、少しずつ近づいて歩いている感じだろうか?

 ミウの表情を窺っても、何故か妙に緊張していることしか分からない。

 

「ミウ、どうかしたのか?」

 

「ふぇ!? い、いや、なんでもないよ!?」

 

 このように、ミウに声をかけたりすると、かけた瞬間に離れていってしまう。

 だが、、また少し歩いていると。

 

「......」

 

 また近づいてくる。さっきからこれの繰り返しだ。

 うーん、俺また何かしたかな?

 昨日はミウも楽しそうだったので、今日は雰囲気よく攻略できると思いながらミウに会うと、すでにこの状態だったのだ。

 つまり、今日ではなく、昨日何かしたということになる。

 しかし、今言ったようにミウは昨日楽しそうだったので、その確率は低い。

 いやそもそも別にミウは今の状態でも、しかりとmobは対処してくれるし、俺もミウに近づかれても離れられても嫌ではないので

 何も困ったことはないと言えばないのだがーーーー

 

「あっ、コウキ、安全地帯あったよ。ちょっと休んでいこうよ」

 

「えっ、あぁ、うん」

 

 ミウに言われて俺は安全地帯に向かって歩いていく。

 フィールドや迷宮区にはいくつか安全地帯と呼ばれる、mobがポップしない場所があるのだ。

 ミウはその安全地帯に入ると、座り心地のい居場所を探したのだろう、辺りを軽く見回して、少し大きめの岩の近くに座った。

 俺もそれにならってミウの隣に座る。

 最初の頃はさすがに気後れしたが、今では隣に座るのもそこまで恥ずかしくはない。

 .....のだが。

 

「....ん」

 

 ミウが俺との距離を詰めてきたのだ!!

 ....いやいやミウさん、これはさすがに心臓に悪いッスよ?

 うーわー、近い、近いよ!!

 って、そんな混乱している場合じゃない!!

 

「ミウ、本当にどうしたんだ? もしかしてどこか調子悪いとか!?」

 

 しまった、この世界なら病気にならないからと思って油断してた。

 もしかしたらリアルの体の方でなにか起こっているのだとしたら......!

 だが、ミウはそれに対してはすぐに手を振る。

 

「いやいやいや、別にそういうんじゃなくて!」

 

「でも、顔赤いし...」

 

「にゃっ!? き、気のせいだよ!!」

 

 先ほどまでは正面を向いていたミウだが、こちらを向いて自分の手を強く握って否定してくる。

 でも、ミウさん? 病気じゃないのも、今ミウがなんか興奮してるのも分かったんだけど、こんな近くでこっちを向いたら....

 

「ミウ」

 

「なに?」

 

「その、なんていうか.....顔が、そのね? 近いと言いますか....」

 

「.....へっ?」

 

 数秒の沈黙。

 

「っっっっっ!!??」

 

 ようやく気づいたようで、ミウが立たないまますごい勢いで離れていった。

 そのままミウは顔を赤くしたまま俯いてしまった。

 そんな一連の動作を一瞬可愛いと思ってしまったが、こればっかりは男の性なので仕方がないと思いたい。

 でもミウもそんなに恥ずかしいなら、急に近づいてきたりしなければいいのに....

 まぁ、ミウももうこんな変わったことはしないだろうしーーーーー

 だが現実はやはりそんなに甘くなかった。

 ミウは「やっぱりーーー」となにか呟くと、今度は四つん這いになって俺に近づいてきた。

 

「コウキ......」

 

「な、なんですか?」

 

 気のせいか、ミウの声が妙に艶っぽい気がする。

 そう言っている間にも、少しずつミウが俺に近づいてくる。

 そしてついに俺の目の前まで来て、言った。

 

 

 

「私と、ずっと一緒にいてくれるよね?」

 

 

 

 ....正直、息を飲んだ。

 ミウの顔を見ると、頬が赤くなって少し目が潤んでいる気がする。

 最近、ミウの新しい表情をよく発見するなぁ、とか現実逃避しかけていたが、なんとか踏みとどまる。

 いや、もっと正しく言えば、ミウの目に引き戻された。ミウの目から視線を外せなくなった。

 これはーーーーー。

 

「ミウ」

 

「ひゃい!?」

 

 俺はミウの両肩を掴んで、ミウを見る。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだのは俺とミウ、どちらの音だっただろう?

 ミウの目は先ほどとはまた変わって、とても不安そうで、でも心なしか何かを期待しているような目になっている。

 口のなかが妙に乾く。そして。

 

 

 

「ーーーーー誰の入れ知恵だ?」

 

 

 

「.....え?」

 

 一瞬後、ミウの目が泳ぎ出す。

 それはもう、バタフライしているように。

 

「えっ? えっ? い、入れ知恵ってなんのこと?」

 

 なんというか、ミウはこういった類いの嘘が本当に下手だと思う。

 まぁ、今回はそれに助けられたが。

 

「ミウ」

 

 俺がもう一度念を押すようにミウの名前を呼ぶと、観念したようにミウは顔を俯かせる。

 

「.....アルゴです。こうやったらコウキが喜ぶって聞いて」

 

 やっぱり....

 あの小悪魔め、今度こそやり返してやる...

 ちなみに前回の《体術スキル》の仕返しは、速攻でばれて反撃された。

 俺がアルゴにどうやり返そうかと頭を悩ませていると、服の袖を引っ張られた。

 

「ん、どうしたミウ?」

 

「あの、さっきの返事ってどうなのかな? なんちゃって....」

 

 ミウが照れながらも困ったように笑った。

 俺は、ミウがあまりしないようなその笑い方になんだか違和感を覚えた。

 これは....さっきと違うな。

 なんとなくとだが、ミウの本音を感じる。

 ....うーん。恥ずかしいな。

 俺は頭を掻きながら立ち上がる。

 

「...昨日も言ったろ? 俺もミウと一緒にいたいって。俺は自分で決めたことだけは曲げないのを心情にしてるから」

 

 これ以上は俺の恥ずかしさメーター的ななにかが振りきれてしまうので、とりあえず座ったままのミウに向かって手の甲を出した。

 

「だから、まぁ、大丈夫だ。なっ?」

 

 少し顔が赤くなっていること自覚しつつ、笑いながらミウに言うと、

 

「.....ずるいよ」

 

 珍しく目を背け、顔を赤くしながら俺の手の甲に自分のそれをぶつけた。

 




はい、出会い編最終回+ミウ回でした!
今回は(も)ミウさんを全力でデレさせてみました。正直コウキくんが羨ましいです。こんちくしょう。
でも、上でも書いたように、今回はミウさんの心境の機微を書いていて、それが難しかったですね。しかもコウキくん視点でミウさんの心境を描くとか難しすぎます。
その辺りのことも、なにかご指摘があれば貰えると嬉しいです!

さて、次回からは、新編.....かもしくは、ヤマトくんの方を書くかもしれません。書かないかもしれません。

では次回で~


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AS2話目 気難し少女との関わり方

はい、アナザー2話目です!

今回は2話目、というよりは、1話目の掘り下げ、という感じのお話です。
それでも敢えてテーマを上げるとするのなら、前回がヤマトくんの人間説明とするのなら、今回はヤマトくんと少女の付き合い方、という感じです。

それではどうぞ!


 天才茅場晶彦が作った、最高のゲームと呼ばれていたこのゲーム、ソードアート・オンライン。

 そしてそのゲームの天空に浮かぶ浮遊城、《アインクラッド》。

 この世界には魔法と呼ばれるものは一切存在せず、あるのはただ一つ、己が持つ武器のみ。

 自分の全てを懸けると言っても過言ではないその武器を持ち、この素晴らしい世界を駆け巡る。

 これが、デスゲームとなる前のSAOの雰囲気だった。

 いや、確かに約1万人が囚われてしまったこの世界は素晴らしいものではなくなってしまったのかもしれないが、それでも前のキャッチコピーは今でも全く過言ではない。

 むしろ今の方がその考えは重要であると言える。

 なにせ、プレイヤーたちが持つ武器は、本当に比喩なしに本人たちの命が懸かっているのだから。

 そしてそんなプレイヤーの一人である少年ーーーーーヤマトはこう思う。

 

(武器の性能が全てを左右するとは言わない。プレイヤー本人の技量も同じぐらい大切だとは思う。でも、そこまで武器を売りにするのならーーーー)

 

 そしてヤマトは、武器屋のなかで膝まずいた。

 

 

 

「ーーーーーーーだったら、もっと日本の武器があってもいいじゃないかぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 

 

 ヤマトの心からの叫びが第5層《セイジュン》の街に響き渡った。

 

 

 

 

 

 話は少し前に遡る。

 ヤマトはボス戦に挑戦したり、攻略組に正式に参加したりはしていなかったが、それでも最前線と呼ばれる層で戦っていた。

 本人は自覚なしだが、ヤマトはどこかの少年とは違って才能があったのだろう。ソロプレイヤーだというのに、破竹の勢いで攻略を進めていき、実力もどんどんつけていった。

 といっても、やはりソロではあるので、パーティーを組んでいる攻略組には一歩遅れをとっていたが、そもそもヤマト本人に誰よりも早く攻略を進めてやる! というような気概はないので、特に気にしてはいなかった。

 だがそんな少年にも、最近少し悩みができた。

 それこそ今回の話の本題だ。

 その悩みというのは、武器の少なさだ。

 片手剣、両手剣、細剣、棍、鎚、クロウ、薙刀等々...

 武器の種類そのものは多いのだが、どうにも偏りがある。例えば、店に置いてある片手剣の種類は優に7、8種類はあるのだが、少年が使っているような薙刀、要は少年が欲しがっているような日本で生まれた武器は種類どころか置いていないことの方が多いのだ。

 少年がいくら新しい強力な武器に変えようと思っても、そもそも売ってすらいないのだから手に入れられるはずもない。

 結果、先ほどの叫びに繋がるわけだ。

 

「なんで刀とか薙刀とかってほとんど置いてないんだろう? ソード、って言うぐらいなんだから刀ぐらい置いててもいいのに...いや、別に剣と刀を同一視してほしい訳じゃないんだ。そもそも刀と剣のルーツは全くの別物で........」

 

「.....なにやってるのよ」

 

 少年が店のなかで膝まずいたままぶつぶつと呪詛のように愚痴を言い続けていると、少年の頭の上の方から声がかかった。

 ゆっくりと頭を上げると、そこには以前助けた鼠もどきの少女が心底呆れたような表情で立っていた。

 少女は少年の顔を見るなり、「うわっ、半泣きだし!」等と若干引いている。

 

「.......なんだ、君か」

 

 それに対して少年はすぐに興味をなくしたらしく、再び項垂れポーズに移行する。

 しかも先ほどまでよりも若干テンションを下げながら。

 この少女の存在も、最近は少年の悩みの一つであった。別に実害というのは特にこれといってないのだが、最近妙に少年に絡んでくるので、ヤマトもげんなりとしてきているのが最近のこの二人の関係だ。

 

「おいこら、出会い頭になんだはないでしょーが」

 

(しかもこの人、毎回何故か喧嘩腰でくるんだよなぁ....)

 

 このままあと5分ぐらい絶望にうちひしがれたい気持ちだったが、このまま膝まずいていると少女に本気で蹴られそうな勢いだったので渋々と立ち上がる。

 少女の姿は前とは違い、もう鼠の意匠はほとんど見受けられなかったがローブとクロウは本人が気に入っているのか、色や形は違っても装備そのものは変わっていない。

 髪はロングで、首の辺りで一つに纏めて下ろしている茶髪。目は少しつり目気味で、青みがかった目が印象的な女性だ。

 

「で? さっきまで何してたのよ、あなた」

 

「別に....ただちょっと世界の理不尽に屈していたと言うか....」

 

「は? なにそれ?」

 

「いや、まぁ、単純に良い武器がなかったんだよ」

 

 少女は訳が分からないと眉間にシワを寄せていたが、あとに続いた言葉を聞いて納得する。

 実際、少女がβテスターの時も、そして今もそういったことはよく聞く内容だったからだ。

 合った武器がない、もしくは気に入った武器はあってもそのグレードアップバージョンはないといった具合にだ。

 

「ふ~ん、それで? なんの武器探してたの?」

 

「薙刀とか...刀とか?」

 

「またえらく珍しい武器ね」

 

「え、やっぱそうなのかな?」

 

 少年としても何軒も武器屋を回ってほとんどほしい武器を見なかったので、薄々とだがそんな気はしていた。

 だからこそ今しがた絶望していたわけだ。

 それでももしかしたら、という可能性をなんとか保っていたが、少女の言葉によって本当に泣きたくなってくる。

 少女は顎に手を当ててなにかを思い出すようにしながら話す。

 

「えーっと、確か私がβやってた時も刀なんかは装備してる人見たことがなかったわね」

 

 薙刀は本当にたまに見るぐらいだったわ。少女はそう言うと長い髪を鬱陶しそうに左右に振った。

 

「はぁ...やっぱりか...」

 

「大体、あなたその薙刀使ってそんなに強いんだからそのまま使えば良いじゃない」

 

「刀は男の子のロマンなの!! 一回で良いから装備してみたいんだよ!!」

 

「ロマンって...このデスゲームでそんなこと言ってられるあなたも相当よね」

 

 少女のジト目と言葉の裏の隠された言葉に気づいて、少年はさらに落ち込みそうになるのをなんとか堪える。

 いや、そもそも武器に拘ったり使いたい武器を使うことはこのゲームのなかにおいても重要なはずだ。

 少年はそう自分に言い聞かせる。

 

「でも確か...薙刀だったらこの前見たわーー」

 

「え! 嘘どこで!?」

 

「ひゃっ! ちょっと、急に近づいてこないでよ!!」

 

 少年はあまりの驚きに少女の手を握る勢いで詰め寄るが、すぐに押し返される。

 少女は煩わしそうに一度深くため息をついて、一度間をあける。

 

「はぁ...あのさ。言う前に一つに聞いておきたいんだけど」

 

「なに?」

 

「あなた、私の名前覚えてる?」

 

「...えーっと?」

 

「あなたねぇ......」

 

 少年はそこそこ頑張ってーーーー全力ではないーーーー目の前の人物の名前を思い出そうとするが、記憶の海馬のどこにもそういった情報は見つからない。

 というか、本当に聞いたのかさえも分からない。

 首を傾げて、その傾きが90度に近づきかけた瞬間、少女の忍耐力の限界が来た。

 

「帰る」

 

「うわわわ! ごめんごめん! えーっと...そうだ! テルナさんだ!」

 

「カリンよ! 一文字すらも覚えてないじゃない!!」

 

「そ、そうそうカリンさん! ごめんなさいカリンさん、忘れてた訳じゃないんですカリンさん! だから置いてかないでカリンさん!」

 

「あー、もう!! 何度も呼ばなくても良いわよ!!」

 

 店のなかで個人名を連続点呼という軽いいじめに近いことをしてなんとか止める。少年としてはそういう気はとくになかったのだが、自然とそうなってしまったので仕方がない。

 そもそも少年は今も少女がなんで怒っているのかもよく分かっていない。

 この少年はいわゆる、天然純粋系男子なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ムカつく。

 少女ーーカリンがヤマトに抱いている感情はほとんどがそれだった。

 思えばヤマトの少女に対する態度はいつもふざけたもの、というか間抜けなものばかりだった。

 最初の出会いからして、何も損得なんて考えずに少女を助けたり。

 それから何度か会ってみても、会うたびに少女の名前を忘れていたり。

 話してみれば毎回マイペースに適当に話したと思ったら勝手に会話が終わらせられるし。

 とにかく、少女は少年のことが気にくわなかった。

 もちろん、少女も初対面で助けてもらったことは感謝している。

 そのあとも何度か少女のことを気遣ってくれたことも。

 だが少女からすれば、どうしてもその行動全てに裏があるのではないかと勘繰ってしまうのだ。

 それらのこともあって、その裏を取ってやろうと少女は何度も少年に会いに行っているのだが...

 

「それでミライさーーじゃなくて、えーっと...カリンさん! その薙刀はどこにあったんですか?」

 

(こいつ、本当はただのバカなんじゃ...)

 

 少女の中のなにかが早々に折れかかっていた。

 とりあえず先ほどの店のなかにいても仕方がないということで移動しながら説明しようと思った少女だったが、藍髪少年のあまりの呑気さに、今日何度目かももう分からなくなったため息をつく。

 

「カリンさん?」

 

「...あー、えっと、薙刀の話だっけ? 今からそこに連れていくからそこで説明する」

 

「分かりました!......あっ、ちょっと美味しそうなものあったので買ってきても良いですか!?」

 

「もう、好きにして...」

 

 言うと、少年は本当にスキップし始めるんじゃないかという感じで出店の食べ物を買いに行った。

 あの少年は、自己中...ではないのだが、先ほども言ったようにすごくマイペースなのだ。

 

(しかも、いつの間にか敬語になってるし...薙刀の所在が分かったからって、どれだけ現金なやつなのよ)

 

「すいません、待っていてもらってありがとうございます!!」

 

「それは別にいいけーーってなにそれ!?」

 

「え、なにって......」

 

 少女が顔を上げた先には、串に何か黄色や緑、紫色をした団子が刺さっていて、しかも何故か赤紫色に輝いているタレがかかった『何か』があった。

 気のせいか、妙に威圧感を感じる食べ物だ。

 

「団子ですよ?」

 

「その謎の物体を団子だなんて絶対に認めないわよ!! ていうか何よその色は!?」

 

「やだなー、この色が美味しそうなんじゃないですか」

 

(えっ!? この罰ゲームで食べさせられそうなものが美味しそうに見えるの!?)

 

 少女は今度こそ完全に引く。この藍髪少年は本当に分からない。

 そんな少女の反応をどういう風に捉えたのか、少年は少し首をかしげていたが、すぐに何か理解したように顔の位置をもとに戻す。

 

「あ、大丈夫ですよ! ちゃんとカリンさんの分もありますから!」

 

「絶対にいらないわよ!!」

 

「えー...スッゴク美味しいのに」

 

 はむ、と少年は串の上に刺さっている団子を一つ食べる。

 するとすぐさま頬を綻ばせた。どうやら満足のいく味だったらしいが、その反応に少女はさらに引いた。

 

「...とにかく、なんでもいいから、私への敬語はやめて。今までタメ口だったのに、急に畏まられても鬱陶しいだけよ」

 

 しかも少年の場合、敬語になった途端に妙にウザったいテンションで絡んできている。

 いくらなんでもこれは少女としてもキツイ。

 

「え、そうなの? だったら早く言ってくれればよかったのに」

 

「順応はやっ!?」

 

「え?」

 

 こいつ本当に厄介すぎる。そしてムカつく。

 少女は一瞬自分の右手を振り上げそうになったのを必死に堪えた。どうせ圏内だから当たらないし、そもそもこの少年なら普通にかわしそうだったからだ。

 

「そういえば、さっき武器屋で曲刀買ってたけど、なんに使うの?」

 

「......刀も薙刀もなかったから、せめて小太刀気分を味わいたかったんだよ」

 

 聞いてみたことを後悔するレベルのどうでも良い話だった。

 少女はまたため息をつく。

 本当、私もこんなやつさっさと見限れば良いのに。

 頭ではそう分かっているのに、どうしてかその気にはあまりなれない、カリンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《セイジュン》は少し変わった街で、街の中央には大きな池があり、道や店はその池の縁を沿うようにできている。

 しかもその池には橋や渡舟といったものは一切ないので、移動には不便と言える街だった。

 だがそのぶん風景に関しては今までの街のなかでもトップと言える街だ。なにせ街のほとんどどこにいても澄んで綺麗な池が見えるのだから。

 カリンはヤマトのマイペース会話に精神を減らしつつ、その都度素晴らしい風景を見て精神を回復させながらなんとか目的の場所に着いた。

 

「ここよ」

 

「よし、さっそく入ろう!」

 

「ちょっとは考えて行動しなさいよ、この単細胞。ここ、店じゃないわよ」

 

 少女が言った瞬間に目的地である建物のなかに突撃しようとする少年を装備の襟を掴むことでなんとか止める。

 確かに、少女が言ったように、今二人の目の前にある建物は武器屋ではなかった。それどころか何かを売っている店ではない。

 

「ここ...普通の一軒家?」

 

「そ。前のβテストの時と同じならここで報酬が薙刀のクエストが受けられるはずよ」

 

「あ、なるほど。報酬で武器がもらえるパターンもあるのか」

 

「じゃあクエストの受注に行くわよ」

 

 言って、少女は木製の扉をノックする。

 するとすぐさま家の中から足音が聞こえて、10秒と経たないうちに扉が開けられた。

 

「すまんのう、どちらさまで?」

 

 中から出てきたのは50代後半ほどの初老の男性だった。顎に蓄えれている長い髭が特徴的だった。

 

「はい、私たち、ここに素晴らしい薙刀があると聞いて、一目拝見したいと思って来たのですが」

 

「ほう、それはありがたい話だ。だがすまんのう、今少し立て込んでおって.....」

 

 そこまで男性が話したところで、少女は少年の腕に肘つく。

 ここからがクエスト受注なのだ。

 少女は少年とパーティーを組んでいないので、ここで下手に少女が何か言うと、少女がクエスト受注をしてしまうことになる。

 なのでフラグを進める要所は少年が行わなければならないのだ。

 その事に少年も気づいたようだ。

 

「あの、なにか困ったことがあるのなら、僕たちが相談に乗りますよ?」

 

 

 

 ...........................。

 男性の話はこうだった。

 男性はこの街で有名な薙刀職人であると同時に、子供たちに大人気な優しいおじいさん的存在だった。

 街の人たちも、この男性のことは信用していて子供たちをよく預けたりしているらしい。

 だがそんなある日、男性に一人客が来た。

 その客はカリンやヤマトと同じ理由で来た客で、男性に是非とも薙刀を打ってほしいと言ってきた。

 しかし男性は、薙刀はもうしばらく打っていない、もう引退したと言って打たなかったのだ。

 客もそれだけの理由では引けず、かなり食らいついたが、男性は頑として首を縦には振らなかった。

 そんな男性に客は遂に大激怒。その日は帰っていったらしいが、その翌日に男性に一通の手紙が届いた。

 子供を1人預かった。返してほしくば薙刀を人数分打ち、街を出て南に行った洞窟まで持ってこい、という内容だった。

 しかしその打つ本数がまた尋常ではない数で、今ある材料では全く足りないとのこと。

 そこでヤマトたちに薙刀の材料を採ってきてほしいとのことだった。

 そうすれば自分が今すぐにでも薙刀を打ち、あの客のもとへと持っていくから、と。

 

 

 

 話を聞き終えて、家へ入れてもらった後に出されたお茶を少女が一口飲む。

 そうしながら横目で隣に座る憎たらしい藍髪少年を見るが、少年は話を聞き終えてもしばらく目を細めているだけだった。

 その様子を見て少女は、やはり、と自分の考えが正しかったことを理解した。

 

(今NPCに提示されたアイテムはどれもこの層で採れるものだけど、どれも入手するには面倒なものばかり。いくらこいつが筋金入りの偽善者でも、本心を表に出さないやつでも、こんなクエストは進んで受けようとは思わないでしょう)

 

 それでも、この少年ならこのクエストも受けるだろうと思った。

 その理由は、報酬の薙刀のためでもあり、少年が偽善者だからでもある。

 そしてそんな少女の予測は的中した。

 

「......はい、分かりました。お引き受けします」

 

 少年は男性にクエストを受ける一言を言った。

 少女の考え通り、やはりこの少年も偽善者なのだ。

 それでもクエストを受けたことは評価するが、少女はつい落胆のため息をついた。

 ......そこで自分の矛盾に気づく。

 

(ため息? なんで? 私はこいつの偽物の善性を暴きたかったんじゃないの!? なのになんで私はこんなに落胆して......)

 

「カリン?」

 

「っ! なに?」

 

「いや、何って......これから君も着いてくるのか聞いてたんだけど」

 

「え.....あっ」

 

 少女が違和感をもって辺りを見回すと、いつの間にか少女も少年も、薙刀の男性の家からは出ていて街中を歩いていた。

 どうやら考え事に集中しすぎて回りが見えていなかったようだ。

 いったいどれだけ無駄な落胆してたのよ。少女は軽く首を振って思考を振り払う。

 

「着いてくるって...どうせめんどくさい素材集めでしょ? まぁ、私が紹介したクエストなんだから手伝うわよ」

 

「え、いやそうじゃないんだけど」

 

 少年の言葉に首をかしげる少女。

 そもそも今話しているのはこのクエストのことではないのか? それ以外の話なんて......

 少女が顔をしかめているといると少年はまたもや少女の予想を越えてくることを言った。

 

 

 

「だから、今から子供助けにいくけど着いてくるの? って話してたんだけど」

 

 

 

「......え?」

 

 少女の思考に空白が生じる。

 こいつは今なんと言った?

 子供を、助ける?

 訳が分からなかった。理解できなかった。

 少女は目の前にいる少年に疑心感を越えて、どこか気味の悪い感覚を覚えた。

 

「あなた、何を言っているの? あなたの言っている『助けに行く』っていうのは素材を集めにいくことを指しているんじゃないの?」

 

「いや? 単純明快言葉通り。今から子供を助けにいくよ?」

 

 言うと。少年は既に歩き始めてしまった。相変わらずのマイペースさだ。

 そんな少年の行動にも少女は苛立ちと不安感を積み重ねていく。

 

「っ! そんなこと、できるわけないでしょ!? このクエストは素材を集めてこいっていう内容なのよ!?」

 

「表向きには多分そうだと思うよ」

 

「......表向き?」

 

 少年は適当に街並みを見ながら頷く。

 

「だって、本当に素材を集めてこいっていう内容だったら、その客(仮)が指定してきた場所とか言わなくても良いと思うんだよね~」

 

「それこそ深読みのし過ぎなんじゃないの? このSAOは設定が細かいところがあるからなんじゃ......」

 

「それならその時だよ......それで?」

 

 少年が少女の方を振り向く。

 そこはフィールドに出るための門の前だった。

 

「着いてくるの?」

 

 なんの緊張もなく、いつも通りのマイペースさで聞く少年。

 そこには前にも見た、ただただ真っ直ぐに前を見据えている、少年がいた。

 そんな少年を目の前にして、少女はただこう思った。

 

(負けた......)

 

 この少年は、格好をつけているわけでも、ましてや素材を取りに行くのは面倒なわけでもない。

 少年が先程考えていたことは、『どうやったら最短で子供を助けられるか』それだけだったのだ。

 ......いや、少女はそもそも心のどこかではそれが分かっていた。藍髪少年に裏も表も、そんなものは存在しないと。

 だからこそ、先ほど少なからず落胆したのだから。

 

(......いいわよ、認めるわよ)

 

 ーーーーーーー彼は、ヤマトは本物だ。

 ヤマトは、もしも自分かもう一人の誰かしか助からないような状態になっても、その相手が誰であろうとも、迷いなく自分からその席を相手に譲るだろう。

 もしくは自分にできるありとあらゆることをしてそんな理不尽な現状を打開するだろう。

 その結果、自分の足が切れようとも、腕がもげようとも。

 それはもともと少女は理解していた。それでも認められなかったのは少女の意地ゆえか。

 少女は一度大きくため息をつく。

 

「......止めておくわ。私が行ってもただの足手まといにしかならないと思うから」

 

「そっか」

 

 それだけ言うと、少年は街の外へと歩いていった。

 少女が着いていかなかったのは、自分の実力不足だけが理由ではない。

 単純な話、ヤマトなら自分一人で何とかしてしまうだろうという予感、いや、確信があったからだ。

 

「本当、私も『甘いもの』好きだなー」

 

 甘い世界、優しい世界なんて、この中じゃどう考えてもあり得ないのに。

 ヤマトがやっていることなんて、やろうとしていることなんて無謀にもほどがあるのに。

 それを分かりつつも少女はヤマトの背を見ながら、小さく呟いた。

 そして少女はヤマトを見送ると街に戻っていった。

 けじめをつけるために。

 そのためには、まず、今度は明確な情報が必要だ。

 

「あの、すいませんーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、いたいた、ただいま、カリン」

 

 果たして、ヤマトは戻ってきた。ニコニコ笑顔で。隣に少女を連れながら。

 ヤマトが街を出てからほぼ5時間。辺りにはすっかり帳が降りていて、風も少し肌寒い。

 そんな中、2時間ほど待たされた少女は軽くキレ気味だった。

 

「......さっさとクエストの報告に行くわよ」

 

「はーい」

 

 いつも通りに返してくるヤマトに少女は小さく舌打ちする。

 少女としてはかなり声にも雰囲気にもドスを効かせたつもりだったのに、ヤマトの様子がなにも変わらなかったのが悔しかったのだろう。

 一人は能天気にニコニコ、一人はストレスからキレ気味、一人はよく分からず素の状態。そんなカオスな状態を維持したままカリンたちは依頼主の家の前についた。

 

「じゃあ、僕はこの子とおじさんに会ってくるよ」

 

「はいはい」

 

「......」

 

「......」

 

「......」

 

「......何よ、さっきからずっと見て。家のなかに入るんじゃないの?」

 

「いや、うん。まぁ、そうなんだけど」

 

「?」

 

 ヤマトにしては珍しい、奥歯にものが挟まった話し方をするので、少女は眉間にシワを寄せる。

 少女は、ヤマトがまた妙のことを言ってくるのかと身構える。

 

「今日はカリン、帰らないんだな、と思って」

 

「......はぁ?」

 

「いつもならここでカリン帰るでしょ?」

 

 そんなこと......少女はすぐに言い返そうとしたが、結局言えなかった。

 確かに今までの自分を思い出すとその通りだと思ったからだ。

 微妙に自分の行動が読まれていることに少女はため息をつく。

 

「そんなことどうでも良いから、さっさと行ってきたら?」

 

「あ、うん」

 

 ヤマトはそのまま子供を連れて家のなかに入っていく。

 その時になって、またこの寒空の下またあのバカを待たなくてはならないのかと気づき、自分も家のなかに入るべきだったと後悔し始める少女だった。

 それから10分後。

 

「あ、やっぱりまだいた、薙刀はちゃんと貰えたよ......ってどうしたの?」

 

「............別に」

 

「うわお、すごい殺気」

 

(そう言うんだったらもう少し怖がるとかなにかしなさいよ!)

 

 少女は心のなかで愚痴りながらも、さらに殺気をヤマトに送るが、やはり変化はない。

 もういっそのこと本当に殴りかかってしまおうか?

 少女はそのままヤマトのことを睨んでいたが、一度目をつぶって精神を整える。

 そして目をつぶったままヤマトに話しかける。

 

「ーーーーーーーー曲刀」

 

「......へ?」

 

「まだ誰も使っているプレイヤーはいないけれど、噂だと《曲刀》スキルを上げ続けてるとそのうち《刀》スキルが出るかもしれない、とのことよ。よかったわね、さっき偶然買ってて」

 

「え......? もしかしてそれを言うためにーー」

 

「まぁ、あなたが曲刀を使わないことには意味ないけどね」

 

 それ以上は話すことはなにもない。そう暗に伝えるように、少女はそのままその場から離れるように歩き始めた。

 それは自分の本心をわざわざヤマトに言われるのが恥ずかしかったからかもしれないし、単純にこれ以上ヤマトと一緒にいたくなかったからかもしれない。

 とにかく、少女は一刻も早くヤマトから離れたかった。自分がヤマトが去った後に《刀》スキルのことを調べたなんてことを言われる前に。

 ....のだが。

 

「ちょっと待ってよ、カリン」

 

 そんな少女の気持ちお構いなしにヤマトは後ろから追いかけてきた。

 これにはさすがに少女も耐えきれなかった。

 

「あーっもう! 何でついてくるのよ!? あなたは空気が読めないわけ!? それとも私に何か嫌がらせでもしたいの!? それならもう大成功してるから私を一人にしてくれない!?」

 

「え、いや、何で急にそんなに怒ってるの?」

 

「私は今日あなたに会ったときからイライラしてるわよ!!」

 

「......なんで?」

 

「そんなの当たり前でーー」

 

「まぁ、それはどうでも良いや」

 

「もぉーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 ヤマトのあまりのマイペースさに完全に少女の堪忍袋の緒が切れる。

 少女の方がヤマトよりも身長が低いこともあって、端から見れば完全に妹が兄に駄々をこねているような光景だったが、運よく今はもう夜中なので周りには誰もいない。

 ......そのぶん少女の叫び声が夜の静かな空間に木霊して、余計に空しい光景になっていたが、ヤマトも少女も気づかない。

 

「それよりも、ありがとね」

 

「はぁっ!? なによ急に!?」

 

 少女ももうテンションがダメな方向に上がりすぎていて、なぜかケンカ口調になってしまっている。

 しかし、ヤマトはそんなこといつものように気にせず続けた。

 

「今回のクエスト。本当はβテストの時にはなかったんでしょ?」

 

 少年の一言で少女は頭に上っていた血が一気に下りる。

 その後に少女が感じたのは微かな後ろめたさだった。

 

「......なんで......知ってるのよ」

 

「この街に戻ってくる前にプレイヤーに会ってね。その人がストレージにも入りきらないほどの木とか持ってたから持つのを手伝ったんだけど、そしたらその人が持ってた木が今回おじさんに頼まれた材料だったわけ」

 

「......それで?」

 

 少女は少しずつ大きくなっていく後ろめたさで、ヤマトから視線を外した。

 

「それで、その材料のことを聞いたら、その人が『このクエストβテストにもなかったのによく知ってるな』って」

 

「......はぁーーーー」

 

 少女は大きくため息をついた。

 色々思うことはあったが、少女としては隠していたことがバレたのが何よりも恥ずかしかった。

 そう、今回のこのクエストは、少女が一から探しだしたクエストだった。

 ヤマトが新しい薙刀を探していることを知って、ヤマトの本心を探ることと、一応助けてくれたことへの恩返しにちょうどいいと思ったのだ。

 ヤマトが迷いもせずに材料を集めにいくのなら、本物だと信じてやってもよかったし、ヤマトが偽善者だと確信できれば、単純にクエストの報酬を自分を助けてくれた報酬として、これから先一切関わらないようにしていこうと思っていた。

 そんな少女の考えも、ヤマトは簡単に越えていってしまったのだが。

 

「あっ、あと」

 

「今度はなによ......」

 

「カリン、初めて会ったときから騙した人全員に謝りに行ってるんだってね」

 

「っ!?  なななな、なんで知ってるのよ!?」

 

「いやー? これは単純に噂になってたから」

 

 そこで少女は、しまった、と顔を押さえた。

 確かにヤマトの言うとおり、情報屋の偽物、というだけでも話題を集めやすいのに、その上その偽物が改心して謝りまわっていたらそりゃあ、噂にもなるだろう。

 

「でも、カリンって本当に悪いことしてたんだ」

 

「......だったら何? 今からでも《黒鉄宮》にでも連れていく?」

 

「なんかすごい心が荒んでるな......。別にそんなことしないよ。カリンはもう改心してけじめもちゃんと自分でつけてるんだし、そんなことしても意味ない......どころか、カリンに失礼だし」

 

「分からないわよ? もしかしたら改心したっていうのもただのポーズで、明日からでもまた同じことをし始めるかも」

 

 もちろん嘘だ。

 少女としてももう一度あんな思いをするぐらいなら他の道を選ぶ。少女は自分からトラウマを作りにいくほどマゾではない。

 それでも今は色々暴露されたあとだったのでかなり自棄っぱち状態だった。

 

「まぁ、そんなことはないと思うけど......そうなっても今度は友達が止めるから大丈夫でしょ」

 

「......友達? そんなやついないわよ」

 

「? 僕とカリン。友達じゃないの?」

 

 ヤマトが自分と少女を交互に指差す。

 それに対して、完全にフリーズする少女。

 数秒間フリーズしたままの少女だったが、その完全空白状態の脳に、一つの感情が沸き上がった。

 ヤマトと、友達。

 こんな面倒でムカつくやつと?

 こんな完全マイペースで他人の心中を鑑みないやつと?

 こんな......優しくて、真っ直ぐなやつと?

 ...........それは、少し嬉しーーーーーーーー

 

「って、そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

 

「うわっ!? 急にどうしたの!? なんか今日情緒不安定じゃない!?」

 

「うるさい! あなたのせいよ!! 全部全部全部、あなたが悪いのよ!!」

 

「え、本当になんの話!?」

 

「大体、私はあなたのこと認めなんかしないから!! あなたなんか大っ嫌いよ!!」

 

 絶叫しながら、少女は今度こそヤマトから一秒でも早く離れるため全力で街を走り去っていく。

 それをヤマトは止めはしなかったが、一つ言い忘れたことがあったのを思い出す。

 そしてヤマトは大きく息を吸い、叫び返した。

 

 

 

「カリーーーーン、薙刀とか刀とか、色々ありがとーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

「うるさーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 

 

 

 

 そんな叫びの応酬が、夜の街に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 本当、あいつなんなのよ。

 会うたび会うたび人の神経逆撫でするような言動ばかりだし、狙ったかのように人が嫌がることしてくるし。そのくせ全部天然っぽいし。

 変な食べ物好きだし、薙刀、刀マニアだし。

 いっつも他人のことなんか気にせずにマイペースに動いてるし。

 なのに戦うとめちゃくちゃ強いし、子供みたいな理想論振りかざして、それを本当に実現するし.....

 

 ーーーーーー本当、ムカつくやつ。

 

 

 

 




はい、戦闘がありそうでない回でした。

....おかしいな。もうちょっとこの二人の関係って少しビター系になると思ってたはずなのに、なんでこんなギャグ関係....
....おかしいな。この話、なんで出会い編最終話とほぼ同じぐらいの文字数になってるんだろ?
ヤマトくん同様、ASは分からないことが多いです。

さて、今回名前初登場のカリンちゃんですが、分かってもらえた(と思う)ように、ツンデレっ子ですね。しかも本人も無意識のうちにって重度なやつです。
まぁ、別に彼女恋愛感情とかはまだ持っていないのですが、というか、持つのかもまだ不明ですが。
持つようになったら...かなり面倒な子になりそうだなぁ、そこがまたいいんですけど。

次回は本編の方で、新編突入です。


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SAO 明るく儚い日常
20話目 日常と非日常


20話目です!
新章突入です!
といっても今回とくに新しい動きがあるわけではありません、導入編というやつです。

それではどうぞ!


 2023年 3月2日 木曜日

 

「ふぁ~あ...」

 

 よく寝たぁ....

 空は....うし、今日も天気いいな。

 この世界は本当にゲームのなかなのかってツッコミたくなるぐらいに自然な天気してるし、雨の日だと攻略の効率も下がってしまう。

 これなら今日も攻略を進められそうだ。

 この世界に囚われてから、すでに5ヶ月近く経過した。

 階層が進むにつれて俺たち俺たちプレイヤーも攻略の方法が分かってきたらしく、攻略スピードはどんどん上がっていった。

 その甲斐もあって、最初は絶望的に思えた攻略も今は10分の1を越えた12層まで進んでいる。

 俺の実力もメキメキとーーーーとはいっていない、世の中はままならないものである。ちくしょう。

 コンコン。

 扉の方から軽い音が聞こえてくる

 

「コウキー! 起きてるー?」

 

「あぁ、起きてる! ちょい待って!」

 

 俺は素早くウィンドウを操作して、服から防具に着替える。

 基本的に朝に弱かった俺だったが、ミウと共に行動するようになってからは一つ一つの行動が早くなったと思う。

 というのも、前に俺が寝ぼけていてミウが来たのに返事をするのが遅れたときは、パーティーならドアを開けられることをいいことに、ミウが突貫してきたことがあった。

 しかも寝ぼけながらも俺は着替えていて、ちょうど服をストレージに入れたところだったので半裸状態でミウとばったり。

 その結果ミウが暴走してぶっ倒れる、ということがあったのだ。

 あれは本当に困った。

 後にミウになんであんなことをしたのか聞いてみると、

 

「いや、ちょっと寝顔をーーーーじゃなくて! 自分の欲望に勝てなかったというか......しかも突撃したらそれ以上のものが待ち構えてるし」

 

 と、よく分からないことを言っていた。

 部屋のチェックをして、扉を開ける。

 

「おはよ、ミウ」

 

「おはよ~」

 

 ミウがいつも通りの笑顔を向けて言ってくる。

 こうやってミウが隣にいるこの世界の風景も、最近では違和感もなくなり完全に見慣れた風景になっている。

 最近と言えば、ミウはこの頃おしゃれというものに気を使っているらしく(前までがおしゃれではなかった、というわけではないのだが)、いつもどこかにワンポイントグッズを着けていたりする。

 ここ1週間はヘアピンだ。

 

「今日はどこまで行けるかなー?」

 

「迷宮区手前ぐらいまで行けたらいいけどな」

 

 こうやって、ミウと朝に会い、二人で夕方まで攻略、夜は一緒に夕食を食べながら笑い話。

 これが俺とミウの日常だ。

 俺はこの日常にすごく満足している。

 そりゃ勿論、攻略で命を落としかけたり、そもそもこの世界に囚われている時点で快適ではないのかもしれないが。

 それでも俺はこの日常が割りと好きだ。

 まぁ、たまには命のかからない意味での刺激がほしいけど。

 

「おーい、コーウキー!」

 

 フィールドに出ようと街の真ん中辺りまで歩いてくると、大声で俺を呼んでいると思われる声が飛んできた。

 嫌な予感がしつつ、目線だけで声がしてきた方を見る。

 

「コーウキー!! ミウちゃーん!!」

 

 案の定、目線の先にはこちらに手を大きく振りながら駆け寄ってくるバカ(ヨウト)が。

 ミウを見ると、ミウも同じ方向を見て手を振っているのでどうやら俺の幻覚、及び幻聴というわけではないようだ。まことに残念だ。

 はぁ、なんというか....少し前の自分をぶん殴ってやりたい。なんで刺激が欲しいとかワガママ言ってたんだろう....

 あ、ミウ。ヨウトが俺を呼んでることに気付いてないわけでも、無視を決め込んでいるわけでもないから袖引っ張んなくても大丈夫だぞ?

 でも心の準備はさせて。

 そんなことをしている間に、ヨウトがこちらまで来た。

 

「うっす、コウキ、ミウちゃん」

 

「ヨウト、おはよ~」

 

「........おはよ、ヨウト」

 

「なんだよお前? 朝っぱらからテンション低いな」

 

「逆だろ、普通朝だからテンション低いんだろうが」

 

 落ち着け、下手に怒鳴ったりすればこいつのペースに乗せられてしまう。その先に見えているものはもう十分わかったはずだろう?

 俺は一度深呼吸する。

 

「おっ、ミウちゃんそのヘアピン似合ってるな」

 

「えっ、ほんと? ありがと~」

 

 そうですか、俺の意見は無視ですか。

 しかもさりげなくミウのヘアピン褒めてるし。

 .............。

 

「えいっ」

 

「いたっ! コウキいきなり何すんだよ!」

 

「なんとなくだから気にすんな」

 

「理不尽っ!?」

 

 強いて言うならヨウトが慌てふためく姿が見たかっただけだから、そりゃ深い理由はないに決まっている。

 まぁ少しすっきりしたからよかった。

 

「もう、コウキ? あんまりヨウトのこといじめたらダメだよ」

 

「はーい....で、ヨウトはなんか用あったんじゃないのか?」

 

 ヨウトは、あぁ、と返事する。

 

「お前らこれから攻略に行くんだろ? 俺も混ざっていいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 この層は《ゴブリン》の住み処らしい。

 この12層はジャングルのように高い木が層全体に生い茂っているのだが、周りどこを見ても《ゴブリン》がいる。

 木が視界を阻害するように乱立している上に、《ゴブリン》はかなり人間に近い脳を持っているせいか、5~6で束になって連携しながら襲ってくることが多いので非常に戦いづらい。

 多対一なんてことになればよりいっそう辛くなる。

 そんな理由でソロのヨウトは今回の層は少々きつい面があるので、俺たちに組んで欲しいとのことだった。

 まぁ、俺とミウとしても、ヨウトと組むことで危険な場面に出会っても対処しやすくなるので、断る理由なんてなかった。

 これで今日の攻略はいつもよりも効率よく進みそうだ。

 .....と、思っていたのだが。

 

「はっ!!」

 

 俺の横一閃の剣戟が、《ゴブリン》を一刀両断する。

 これで23匹目!!

 ヨウトの方を見れば、今は2体同時に相手をしていて、少し苦戦しているようだ。

 チャンス! 今のうちに....!

 俺は素早く周りを確認して、比較的数の少ない《ゴブリン》の群れを探す。

 ーーーー俺たちが今何をしているかと言うと、俺とヨウトが前にもやっていた狩りレースだ。

 最初は普通に攻略していたのだが、その移動中の会話で以前の狩りレースの話題が上がり、ミウが「楽しそう」と目を輝かせた結果、今に至る。

 今回はもちろんミウも参加している。

 《ゴブリン》は群れで行動するが、単体の能力はかなり低いmobなので、囲まれたら=死ぬ、なんてことにはならないが、それでも俺たち3人だれかのHPが半分を切ったら、残りの二人はその一人のヘルプに行く、というルールは設けている。

 このルールは使用されるとするのなら間違いなく俺に使用されると思う。

 そんな今も絶賛力不足な俺は、今回もやはり最下位を突っ走っていた。

 2位との差はまだ絶望的なほどではないが、それでもかなり開いている。

 これは無理か....? 少し弱音が出てきた心に活を入れる。

 いや! こんなことで弱音を吐いてどうする? 俺はもっと強くならなくてはいけないのだから!

 だから、今回こそは!!

 俺は数の少ない《ゴブリン》の群れに突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「うっしゃぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「うぐぐ.......」

 

「楽しかったー」

 

 夕方まで狩りレースを行った結果、ミウ56匹、俺47匹、ヨウト46匹。

 各々の感想は先ほどの俺たちの台詞通りだ。

 俺は両手を挙げて、ヨウトは膝まずき、ミウはそんな俺たちを見ながら楽しそうに笑っている。

 .......なんというか、《ゴブリン》を倒した数と器の大きさがそのまま出てる構図だと思った。

 ミウには完敗だとしても、ヨウトにはギリギリ負けていないのがポイントだ。

 とりあえず、ミウとの差を考えると少し恥ずかしくなったので、俺は挙げている両手を下げた。

 うん、でもまぁ、ミウには負けたけど、ヨウトの勝てたというのは1歩前進と言ってもいいんじゃーーーーーー

 

「って、全然攻略進んでねぇ!!?」

 

「あはは....すっかり楽しんじゃったね」

 

 ウィンドウを開いてマップを確認するが、昨日までに進めた場所からほとんど変わっていない。

 これは...他のやつらにかなり遅れを取ったんじゃ.....

 俺が軽く意気消沈していると、ヨウトがいつも通りの軽いテンションで言ってくる。

 

「まぁまぁ、気にすんな。大丈夫だって」

 

「なぁ、毎回思ってたんだけど、なんで事の発端のお前が一番被害被ってないの? なんで一番開き直ってるの? もしかしてここまで全部計算でやってんのか? ねぇ、なんで?」

 

「ストップストップ!! コウキ、目がマジすぎるって!!」

 

 知るか、そんぐらいこっちはストレス溜まってんだよ.......!

 俺が今すぐ剣で目の前のストレス増幅機を破壊しようかどうか悩んでいると、増幅機は目を泳がせた後に、驚くべき速さでミウの後ろに回り込んだ。

 

「ミウちゃーん! 助けてー!!」

 

 こいつ....卑怯な....っ!

 ミウの後ろに移動されて手が出せない俺と、半泣きになりつつも、なお軽いテンションというヨウトに挟まれたミウが困ったように笑う。

 

「まぁ、いいんじゃない? 私たちも経験値稼ぎは目的にあったんだし」

 

 どうやらミウ的にはヨウトを許す方向でいるらしい。

 ....確かに、ミウの言うことも事実ではある。

 ある意味一日中レベリングに使ったようなものなので、経験値はバカみたいに手に入った。

 実力不足が悩みである俺にとってはかなり嬉しい.....のだが。

 

「ミウの後ろでニヤニヤしてるそいつの顔を見てるとどうしても頭にくるんだよなぁ....」

 

「そこは、まぁ、許してあげよう。ヨウトなんだし」

 

「はぁ...まぁ、ヨウトだしな」

 

「あれ? 俺に得な流れになったのに腑に落ちないのはなんでだろう?」

 

 それは最近ミウのお得意、隠れSを食らってるからだよ。

 ミウってたま~に笑顔のままですごい毒舌吐いてくることあるからな.....しかも本人はほとんど無自覚。

 まぁ、それは冗談にしても、ヨウトは本当に人の扱いが上手い。もちろん悪い意味で。

 なんというか、人が本気で怒るラインとそうじゃないラインの見分けが上手いというか....

 

「はぁ」

 

 結果、毎回俺がため息をつくしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ....なんで俺がこんな目に....」

 

 その後、今日はさすがにもう攻略は無理だろうということで、俺たちは街に戻ってきていた。

 最終的にミウが

 

「ヨウトに今日何か奢ってもらうってことでいいんじゃない?」

 

 という案を出して、あの場は丸く収まった。

 もう夕飯時だし、奢ってもらうのは夕食でいいだろう、ということになったのだが。

 

「完全に自業自得だろ。お前がこの層の食べ物が高いこと忘れてたんだし」

 

 この層は、どうもグルメ街という設定があるらしく、食べ物の味が他の層よりも格段に美味いのだ。

 そのぶん、値段も格段に高いが。

 参考までに言うと、ミウ大好きのスパゲッティが他の層では700コル程度なのだが、この層では1,500コルほどする。ミウが前に涙目になっていた。

 それでもテイクアウトのタイプーーーーホットドッグなどーーーーを選んで買ったお陰でまだ安い方だったが、俺、ミウ、ヨウト自身の晩ごはんを買った結果、ヨウトの財布のなかがかなり吹き飛んだらしい。

 今は俺の部屋に戻って食べるために、この層の転移門に向かっている。

 

「っていうかヨウト、別にこの層じゃなくても他の層で買えばよかったんじゃない?」

 

「へっ....あっ!! そうじゃん!! しくったーーーーー!!!」

 

 ミウの意見に男泣きする勢いで悶絶するヨウト。

 まぁ、俺も最初からそのことには気づいてたけど。やっぱりこいつバカだな。

 えっ? なんでヨウトに言わなかったのかって? そりゃもちろん、こいつのこういう苦しむ姿が見たかったからですヨ。

 いやぁ、眼福眼福。

 

「ヨウト、そんなに落ち込むなよ? なっ?」

 

「コウキー、顔と言動が一致してないよー?」

 

 おっと、どうやら俺の幸せ成分が顔からにじみ出てしまったようだ。気を付けなくては......ふふ。

 ただ今回はミウも止めには入ってきていないので、案外楽しんでいるのかもしれない。

 などとミウと軽くコントをしていると。

 

「うわーーーーーーーーーん!! お前らなんか嫌いだーーーー!!」

 

 そう言って、ヨウトがどこかに走っていってしまった。

 

「えっ、ちょっとヨウトーーーーー!?」

 

 ミウが慌てて呼び止めるが、それでもヨウトは止まらず、すぐに見えなくなってしまった。

 

「あー....行っちゃった」

 

「まぁ、転移門の方向だったし、うちの前にでもいるだろ」

 

 あいつが大枚はたいて買ったあいつ自身の晩ごはんも、俺とミウのと纏めて俺が今持ってるし。

 俺がそう言うと、ミウが何か言いたそうに困った笑みを浮かべる。

 ....そういえばヨウトがいるときは、ミウがこういう笑顔をすることが多い気がする。やっぱりヨウトがどうしようもないという考えは誰にでも共通なんだよな。

 うんうん、と俺が頷いていると、ミウがさらに力なく笑う......なぜ?

 

「ん~、まぁ、とりあえず、コウキの部屋まで行こっか?」

 

「あぁ」

 

 転移門まではここから歩いて5分ほどだ。

 そこまではいつものようにミウと話ながら移動する。

 転移門に近づいてくると、俺たちと同じで他の層に移動しようとするプレイヤー、逆に他の層から来たプレイヤーたちのせいか、やはり人が多い。

 しかもこの12層は解放されてからまだ日が浅いので、観光目当てのプレイヤーたちもいて、人がいない場所がないぐらいになっている。

 うおぅ、人がごみのようだ....

 

「....コウキ」

 

「ん、なに?」

 

 ミウを見ると、少し俯いてモジモジとしている。

 もしかしたら人混みが苦手なのかーーーーいや、今までのミウからしてそれはない。

 じゃあなにが、と普段なら聞くところなのだが。

 

「ミウごめん。ちょっと人多いし、邪魔になるから急ぎでないなら後でもいい?」

 

 まぁ、そんな東京の交差点レベルで人が多い訳じゃないから、立っているだけでは邪魔にはならないかもしれないが、それでも気分的に周りからの視線がちょっと痛い。

 しかも前にも言ったが、ミウの場合攻略帰りはほとんど私服状態になるし。

 すると、ミウも周りのことが少し気になったのか、ちょっとだから、と焦りながら言ってくる。

 だが、そこからはまたなかなか進まない。

 

「えっと、その...........手」

 

 手? 手になんかついてるのか?

 そう思い自分の手を見るが、至って変化なし。いつも通りの俺の手だ。

 はて、どういうことだろうか?

 あれがミウの意図を汲みかねていると、ミウが次第に睨んでるような拗ねてるような表情になっていく。

 

「ほら! こんなに人が多いとはぐれちゃうかもだし、だから....」

 

 すると、ええい、ままよ! と言わんばかりにミウは自分の手を俺のそれに絡めてきた。

 ....あのー、ミウさん?

 俺がいまいちミウの行動が分からないことを目線で伝えると。

 

「これはあれだよ! そう! はぐれることへの対策!! だからこの行動はなんら不思議ではないのです!!」

 

「な、なるほど」

 

 ミウに一気に捲し立てられてミウの言う通りな気がしてくる俺。

 でも、ミウの目が泳ぎまくっているのはなぜだろう?

 うん、でも、まぁ、なんというか........

 

「いやいやいやいやいやいやいや」

 

 一瞬考えかけた思考を頭を振って追い出す。

 とにかく! このままだと本当に邪魔になる。早く移動しなければ。

 それにこう人が多いと、スリとかには絶好のポイントだよな...

 このゲームは現実に忠実に作られているためか、《スリスキル》というものまで存在する。

 なのでこういった人が密集する場所では気を付けなければならない。ヨウトの晩ごはんぐらいならともかく、重要なアイテムや武器を盗られでもしたら洒落にならない。

 頭を少し切り替え、周りへの警戒が緩まないよう気を引き締めて歩き出した(ミウと手を繋ぎながらなので説得力は皆無かもしれないが)。

 だが、急に歩き出したため。

 

 ドンッ。

 

 始めから人にぶつかってしまった。しまった、まだ少し動揺が残ってた。こんなことだから俺はいつまで経っても強くなれないんだよな....

 ミウなんかこんな状態でも周りのことは見えてる.....のか? なんかえらいトリップ状態に見えるんだけど...

 って、そんなこと考えてる場合じゃない。早く謝らなければ。

 謝ろうと、ぶつかった人を見る。

 

 

 

「.......ちっ」

 

 

 

「ーーーーーっ!!?」

 

 そいつは深緑色のローブを被っていて、全体像は分からなかったが、身長は150センチ程度でミウよりも低い。

 そして顔だけをこちらに向け俺を見て、舌打ちしていた。

 一応ぶつかった相手に、その態度は無礼とは思考の片隅で思わなくもなかったが、問題はそこではない。

 脳はまだ動揺していたが、体はしっかりと警戒していたのかもしれない。

 だからこそ、ローブから微かにそいつの目が見えた瞬間に理解できた。

 

 

 ーーーーヤバイ。

 

 

 全身の筋肉が無意味に収縮して、固くなっていくのが分かる。まるで暖かい南国の国から、急に北極に放り込まれたようだ。

 ニックと戦ったときに感じたものよりも、ずっと明確でずっと強い.......殺意。

 それがそいつから俺に向かって発せられていた。

 もしも、今ここで俺がなにか行動ミスをしようものなら、俺はここで死ぬ。圏内なんだから、そんなことありえないのに。それなのにそんな確信のようなものがある。

 突如訪れた死の危険に頭に鈍い痺れのようなものが走る。思考が薄れ始めている証拠だ。

 このままではまずい、と咄嗟にミウを引っ張って背に庇い、剣を抜きそうになったが。

 

「おーい!! コウキーー!!」

 

 今朝と同じように、どこかからヨウトの声が聞こえてきた。

 ヨウトの声のお陰で、少し俺の緊張にも余裕が生じる。

 

「.......ちっ」

 

 そしてそれは相手も同じようで、興が削がれた、とでも言うようにもう一度舌打ちして、人の波のなかを歩いていった。

 た、すかった....のか。

 俺は遠ざかっていく背中を見て、次第に力を抜いていくが、それでもまだ周りの気温が5度は低くなっているような気がした。

 

「コウキ?」

 

 ミウが急に顔を強張らせた俺を心配してか、声をかけてくる。

 どうやらさっきのやつは完全に俺だけに向けて殺気を送っていたようだ。あれほどの殺気を個人にのみ当てることができるのは驚きだが、そうでもなければ勘のいいミウが気づいているはずだ。

 頭のなかではそう冷静に分析しながらも、俺はミウの手が絶対に離れないように強く握っていた。

 今は、ミウの手の柔らかな暖かさが、唯一の救いだったのだ。

 手を離した途端、全身が動かなくなってしまう、そう錯覚させるほどに。

 だが、いつまでもこんなことではいられない。

 俺は一度大きく深呼吸する。

 

「......ごめん、大丈夫だ」

 

 ミウにぎこちなかったかもしれないが、笑ってそう返した。

 ミウ相手にこんな顔で「大丈夫」だなんて言っても絶対に信じてもらえないのは分かっている。それでも「大丈夫」と虚勢でも言える程度には大丈夫ということは伝えられたはずだ。

 それほど今の俺は追い詰められていた。

 そうこうしているうちに、ヨウトが俺たちを見つけて駆け寄ってきた。

 

「やっと見つけたぜー! お前の部屋行っても扉開かないんだもんぁ.......どうした?」

 

 まぁ、こんな状態でヨウトに会っても、そりゃバレるよな。

 

「いや、なんでも。サンキューなヨウト」

 

「....あぁ!」

 

 俺が言うと、さすがは長年の付き合いとでも言うべきか、ヨウトはなにも聞かずに笑ってそう言った。

 ヨウトのこういう察しのいいところは本当に助かる。

 本人には死んでも言わないが、ヨウトのいいところだと思う。

 でも、さっきのやつはいったい.....?

 とても普通のプレイヤーとは思えない。見たこともなかったし、ボス戦とかには出てこないソロプレイヤーだろうか?

『オレンジ』.....いや、まさかとは思うが、殺し専門の『レッド』ってことも.....

 

「コウキ、行こ?」

 

 ミウが俺の手を引いて言ってくる。

 ....まぁ、今は考えても分からないか。

 

「あぁ、腹減ったしな、さっさと帰るか」

 

 ひとまず、さっきのやつについては考えないでおこう。今無理に考えて心をすり減らすこともない。

 それにあんなやつとそう何度も関わりなんか持たないだろうし。

 俺は未だ体にまとわりついているような気がする殺気を振り払うように頭を振る。

 さーって、さっき(ヨウトが)買った料理は美味いかな?

 

 

 

 

 このときの出会いが俺たちにとって、とても重要になることを気付くのは、もう少し先の話。

 

 

 




はい、新章初回でした!
話は前回から少し飛んだところからスタートです。
まぁ、さすがに1層ずつ書いていくわけにもいかないので...
時間が飛んだぶんコウキくんとミウさんの間柄は少し変化したものになっているのですが...わかってもらえたでしょうか? 分からない方も大丈夫です! ただ私の描写不足です。すいません...

今回は『入り』の回なので、少し気になる引きにしてみましたが....後が気になる! となってもらえると幸いです。

ちなみに《日常編》だなんて言っていますが、前章よりも確実に戦闘は多いです、万歳です。

次回は....ミウさん苦労回、かな?


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21話目 少女の受難

21話目です!!
今回は予告通りミウさんが頑張る回です!
ミウさんは戦闘やコウキくんを振り回すのもいいと思いますが、振り回される側もいいということが発見できました!
そんあタイトル通りの回です!

それではどうぞ!


 SIDE Miu

 

 その日は決戦の日だった。

 私は1層の自分の部屋にあるキッチンの前に立って考える。

 今の私のとって、今日はボス攻略や、超レアアイテムなんかよりも重要な日。

 それはもう、これ以上ないぐらいに大事な日だ。

 3月14日。世間で言うホワイトデー。

 .....別にコウキからのバレンタインのお返しを期待しているわけではない。断じて。

 そもそも私は1ヶ月前の

 バレンタインデーでコウキにチョコレートなどのお菓子は送っていないのだから、お返しなどあるはずもない。

 さて、ではなぜ私はそんな『女の子の日』とも言えるような日に、す、好きなコウキにチョコをあげなかったのか?

 答えは単純、私は先月、まだチョコを『作れなかった』のだ。

 手作りに拘らずとも、市販のものでいいという意見も確かにあると思う。実際、私も少し悩んだ。でも。

 

 ーーーーーそんなの、気持ちがこもってないみたいじゃない。やっぱり好きな人には、自分の手作りチョコで喜んでもらいたい。

 

 という、自分でも乙女チック+重いことは百も承知な理由で渡さなかったのだ。

 誰かに言えば引かれること間違いなしということは分かっているんだ。私が乙女チックだなんて失笑ものな訳だし。

 でも、自己満足でもなんでもいいから、こればかりは自作でいきたかった....その、夢だったし。好きな人にチョコ渡すの。

 

「あっ!」

 

 まぁ、もう今はバレンタインじゃないけどね、というどこかから聞こえてきた声のせいで、片付け中のボウルを滑らせてしまう。

 しかもどう滑ったのかそのまま宙を舞うと、逆さになって私の頭の上に落下してきた。

 さらにまだ水分が残っていたらしく、結果的にボウルの中の水が頭に降ってきた。

 

「......あぁ」

 

 ーーーーー朝シャンって、そんなに好きじゃないんだけどな。

 とりあえず色々思うことがあったが、すぐにタオルを取りに行って、髪を拭く。

 .....まぁ、いいよ。今日の私は最高に機嫌がいいからね。これぐらいの不幸は喜んで受けよう。

 そこで一旦思考を断ちきって、今度はキッチンの隅に置いてある小さめの冷蔵庫(チョコレートin)を見る。

 少し話が逸れたけど、理由の二つ目は《熟練度》だ。

 私の現時点レベルは24。先月の時点でも22。

 なので前に《疾走スキル》を入れてから、また新しく1つスキルスロットが開いたのだ。

 なので、レベル20になったときに開いたスロットに、私は《料理スキル》を入れた。

 この世界には、戦闘系スキルと生産系スキル、というものがある。

 戦闘系スキルは、いつも使っているような《片手剣スキル》などの、文字通り戦闘に使用するスキルだ。

 生産系スキルは、今言った《料理スキル》の他にも《釣りスキル》、《鑑定スキル》等がある。

 つまりは日常生活で使うようなスキルをさす。

 この生産系スキルも、使用する毎に熟練度が上がっていくんだけど、先月の時点だとまだ私の《料理スキル》の熟練度が低くて、チョコレートが作れなかったんだ。

 戦闘系スキルは攻略している人だったら自然と上がっていく。それもそのはず、戦わなければ攻略できないからだ。

 でも、生産系スキルは、戦闘のように使う場面が受動的には訪れない。自分から作業を行わないといけないのだ。

 しかもその作業がすごく長い。

 《料理スキル》ならリアルで料理を作るのと同じぐらいの時間がかかる。

 そしてその作業がすべて成功して終わったら、熟練度が0,1~0,2ぐらい上がる。

 成功して、ここがポイントだ。

 リアルと同じなので、もちろん失敗もする。そうなると熟練度は上がらないという鬼畜設定だ。

 ちなみにスキルの《完全習得》(コンプリート)は熟練度1,000だ。

 気が遠くなることこの上ない。

 

 

 

 ーーーーだがっ!!

 努力に努力を重ねた結果、私の《料理スキル》の熟練度は450に達したのだ!

 これならコウキに美味しいチョコを作ってあげられる!!

 コウキに喜んでもらうことも、コウキのかわいい子供っぽい笑顔も見ることができるのだーーー!!(※彼女は連日の練習の疲れとテンションが上がりすぎているせいで、少しおかしなことになっています)

 ふふふ、と笑っていると、ずっと見つめていた冷蔵庫から、作業終了の電子音が鳴った。

 

「終わったー!」

 

 私は冷蔵庫を開けて、チョコの出来映えを確認する。

 今回作ったのは、クッキーのように色々な形がある一口サイズのブラックチョコレートだ。

 コウキはお菓子だと甘いものよりも苦味があったりするものの方が好きな傾向があるので、このチョイスだ。

 試食用に、別の器に作っていたチョコを一つ摘まんで食べる。

 

「....うん、美味しい!」

 

 これなら大丈夫そう!

 今日もコウキと8時半に転移門前に集合して一緒に朝ごはんを食べる予定なので、そろそろ出る準備をした方がいいだろう。

 私はコウキの喜ぶ姿を想像しながら、胸を踊らせて出る準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「ミウ、遅いな...」

 

 現在時刻は8時45分。

 俺は昨日約束した通りの転移門前で周りを見回すが、どこにもミウの姿はない。

 ミウは基本的に時間通りに来るタイプなので、時間に遅れる、ということはたまにあるが、それでも1~2分程度だ。

 なのに15分も遅れているのは、珍しいを通り越して異常だ。

 それにミウの部屋からここまでは、ゆっくり歩いても10分弱ほどでつく。

 メッセも来てないから、なにかに巻き込まれたというよりは寝坊の方があり得そうだけど....ミウが寝坊というのはあまり想像できない。

 探しに行った方がいいよな....?

 俺は転移門前でもう10分ほど待った後、ミウを探しに行くべく移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

「こっちかな?」

 

 現在時刻は9時43分。

 私はある女の子ーーーーカナちゃんと手を繋いで歩いていた。

 あのあとすぐに準備を済ませて部屋を出ると、道を歩いて少しのところで右往左往している女の子がいた。

 困っている様子だったので話しかけて事情を聞いてみると。

 

「おうちどっちかわからなくなっちゃった......」

 

 とのこと。

 この世界が始まって約5ヶ月程度。この時期で迷子になることは少し珍しいが、カナちゃんはまだ7~8才ほどの子だ。

 《始まりの街》は今行くことができる街のなかでは最も大きい。知らない道に入ってしまえば迷子になるのも仕方がない。

 というか、絶対に迷う。私も始めの頃迷ったし。

 コウキと出会ったときも迷ってたらいいお店見つけて、ポーションをばらまーーーーーーー

 

「..........」

 

「ミウちゃんどうしたの?」

 

「はっ!」

 

 しまった、あのときのショックが再来してた。

 私は心配そうな視線を向けてくるカナちゃんに笑いかけて、なんでもないよ、と伝える。

 でも、コウキどころかこんな小さな女の子にも心配される私って....

 これ以上考えると、またカナちゃんを心配させることになるので考えを放棄する。

 そして再びカナちゃんの家探しを再開するけど....でも、カナちゃんの家を私が知ってる訳じゃないし、探すの結構大変かも。

 それにーーーー。

 

「コウキ、きっと心配してるよね....」

 

 カナちゃんに聞こえない程度の小声で呟く。

 9時ぐらいになってから、コウキからのメッセはなん分かおきに来ている。もちろんそれに返信しようとも思ったんだけど、それをすることでカナちゃんに自分が迷惑だとか

 勘違いしてほしくないし....

 なにより....

 

「ひっ....!?」

 

 特になにも変わったところはない、普通の男性NPCがカナちゃんの隣を通りすぎる瞬間、カナちゃんが怯えたように私に抱きついてくる。

 .....どうもカナちゃんはこの世界で何か怖い目に遇ってしまったようで、今みたいに少し背の高い人が近づくと怖がってしまう。

 私は大丈夫みたいだけど、コウキは私と比べてそこそこ身長が高い。

 だからこそ、コウキには頼れない。

 といっても、今のままただがむしゃらに探し回っても仕方がない。

 

「そういえばカナちゃんはどういう風に毎日過ごしてるの?」

 

 なので、何か情報を得られないか、それとカナちゃんの緊張を解くためにも聞いてみる。

 周りが気になってしまうときは誰かと話しているのが一番だ。

 すると、カナちゃんは途端に顔を綻ばせる。

 

「あのね! お姉ちゃんがいっしょにいてくれるの!!」

 

「お姉ちゃん?」

 

「うん!! お姉ちゃん!!」

 

 この場合のお姉ちゃんというのは、もちろん私のことを指しているんじゃなくて、他の人を指しているんだろうけど...

 ということはカナちゃんの保護者さんのことかな?

 でも、そりゃそうだよね。カナちゃんみたいな幼い子は誰か保護者がいて当然だよね。

 あれ? でもそれならもしかして....

 

「カナ!!」

 

「ふぇ?」

 

「あっ! お姉ちゃん!!」

 

 声が聞こえた方を見ると、20代前後の女性が息を切らせてカナちゃんを見ていた。

 青みがかった黒髪のショートヘアーに眼鏡。なんというか、文学系の女性って感じの人だ。

 この人が『お姉ちゃん』なのかな? やっぱりカナちゃんのこと探してたんだ。

 お姉さんはこちらに慌てて駆け寄ってくると、私に一度頭を下げたあとすぐさましゃがんだ。たぶん、カナちゃんに目線を合わせたんだと思う。

 

「もう! 心配したんだから! 離れちゃダメって言ったじゃない!!」

 

「っ.......ごめんなさい」

 

 怒られてシュンと俯いてしまったカナちゃんに対して、口調は怒っているけど明らかに安心したように顔を緩めるお姉さん。

 さっきから呼吸も全然落ち着いてないし、本当に心配して走り回って探していたのだろう。

 .....よかった。

 お姉さんの優しさに胸のなかが温かくなる。でもそれと同時に、カナちゃんと手を繋いだままだから、震えがダイレクトに伝わってきて私も少しだけ悲しくなってくる。

 私がカナちゃんの気持ちを受信していると、お姉さんが一度カナちゃんの頭を撫でて立ち上がり、今度は私と目線を合わせてきた。

 

「私、サーシャっていいます。この子に付き添ってくれて、ありがとうございました」

 

「いえいえ! そんな、顔をあげてください。困ったときはお互い様ですよ!」

 

 お姉さんーーーーサーシャさんが何度も頭を下げてくるので、両手を振って困ってしまう私。

 

「ありがとうございます」

 

「えと、それでどうしてカナちゃんは....?」

 

「あ、はい。実はお店で買い物をしている時に少し目を離したらいなくなっていて....」

 

 なるほど、確かにこの世界の買い物は基本ウィンドウ操作だ(武器は別だけど)。子供からすればつまらないかもしれない。

 それにもしかしたら、背の高い人にぶつかったりして、怖くて逃げてしまったのかもしれない。

 私は今まで俯いて話を静かに聞いていたカナちゃんの頭を撫でる。

 

「?」

 

 カナちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、私はそれに笑顔で返す。

 すると、カナちゃんも笑い返してくれた。

 と、その時。

 pipipipi....

 不意に電子音が鳴った。

 この音は.....メッセ? って、そうだ! コウキ!!

 視線をずらして、常に視界の左隅にあるデジタル時計を見る。

 10時16分。

 まずい、早く連絡入れないと!

 

「あの、すいません! 私約束があるので!!」

 

「えっ? あの、お礼とかは.....」

 

「へ...いやいや!? そんなの貰えませんよ!!」

 

 そんなお礼を貰うほど大したことはしていないし、そもそもこれはクエストなんかではない。

 さっきも言ったけど、困ったときはお互い様だ。

 それに私からすればカナちゃんと話せてかなり楽しかったし。

 その旨を伝えると、

 

「あの、ならせめてお名前を」

 

 あ、しまった。まだ言っていなかった。

 こういうとき、自分の子供っぽさが嫌になる。

 

「ミウです。よろしくお願いします....すいませんけど急いでるのでこれでしつれーーーー」

 

 言って駆け出そうとしたが、ギリギリで手を繋いでいる相手のことを思い出した。

 さっきまでよりも幾分強く手を握られたのでカナちゃんを見ると、少し悲しそうな顔をしていた。

 こんな短い時間で私にここまでなついてくれたことはすごく嬉しいけど、再びカナちゃんの手から悲しみみたいなものが伝わってきて、嬉しいぶんだけ私も悲しくなってくる。

 そのせいもあって、手を離しづらい。

 ....うぅ~。

 私はカナちゃんと一緒にいたい気持ちをグッと堪え、すぐにしゃがんで先程のサーシャさんのようにカナちゃんの目線に合わせた。

 

「カナちゃん、さっきまでえらかったね」

 

「えっ?」

 

「サーシャさんと離れて寂しかったのに、泣いちゃうの我慢するなんてすごいよ」

 

 私なんて、コウキと一緒にいられなくなることを考えるだけでも怖くなるのに。

 それに比べればカナちゃんはものすごく強い。

 そんなカナちゃんなら、私が一緒にいなくても全然大丈夫だろう。

 空いた手でカナちゃんの頭を撫でる。

 

「それに私、また会いに来るよ。約束する」

 

「....ぜったい?」

 

「うん! 絶対!!」

 

 笑顔で言うと、カナちゃんはゆっくりとだが手を離してくれた。

 私は最後にもう一度カナちゃんの頭を撫でて立ち上がる。

 

「あの、ってことですいません。サーシャさん、フレンド登録お願いできませんか?」

 

 これからも会う予定があるのなら、フレンド登録して連絡を取り合えるようにしておいた方がいい。

 サーシャさんも私のお願いを聞き入れてくれた。

 すぐに登録を終えて、今度こそ走り出す。

 

「またねー!!」

 

「またねー、ミウちゃん!!」

 

 カナちゃんとサーシャさんに手を振って、少し走ったら角のところで曲がる。

 そこで走るスピードを少し緩める。

 早くコウキに連絡しないと....!

 ウィンドウを開けるため、右手に形をつくって振り下ろすーーーー瞬間。

 

「ドロボウだーーー!!」

 

「そいつだーー! 捕まえろーーー!!」

 

 そんな声が、背後から聞こえてきた。

 あー.............。

 このときの心境を、ミウは後にこう語る。

 

 

 

 なんていうか、正直頭では迷ったかな。

 今すぐ追えばドロボウは捕まえられそうだし、なにより困っている人がいるのに放っておくなんてできないし。

 でも、これ以上コウキを待たせるなんて非常識にもほどがあるのも頭では分かってたんだ。

 ある意味では、コウキも困ってる人な訳だしね。

 それに私も、いい加減コウキにチョコを渡したかったし。

 だいたい、カナちゃんともいい感じで別れて、コウキには謝る必要はあるかもしれないけど、それでもコウキに会ってチョコを渡せれば、すごくいい1日になってたはずなのに、なんでこんなに邪魔が入るかな?

 そんな感じで考えてたかな。

 もう気づいてるかもしれないけど.....

 考えてるうちに体が動いちゃってた♪

 あはははは........はぁ。

 ....あのときは本当に困ったなぁ。

 

                     以上、コウキとミウの会話より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ......」

 

 現在時刻は14時16分。

 完全にアウトだ。それどころかスリーアウトチェンジだ。

 あの後も手伝いやらなんやらコウキに連絡をいれようと思った瞬間に、狙ったようなタイミングで問題が起きた(最初のドロボウは街のイベントだったらしく、犯人はNPCだった)。

 もうこんな時間経っちゃって、コウキでも愛想尽かすよね....

 

 最初の方はコウキからのメッセも来ていたけど、正午を越えた辺りからは一切ない。

 その辺りから私もウィンドウを開くのが怖くなってきていた。

 今も怖い。

 ウィンドウを開こうとしたらまた邪魔が入るんじゃないか? そもそもメッセの中身を見たらコウキも怒っているのではないか?

 そんな気がして仕方がない。

 

「........まぁ、そんなこと言っても仕方がないんだけどね」

 

 私は期待というよりは、諦めに近い思いを込めて右手を振り下ろすーーーーーー瞬間。

 

 

 

「ミウーーーーーーーーー!」

 

 

 

 え.....?

 ゆっくりと、声のした方を見る。

 コウキ.....?

 道の先には、走ってこちらにやってくるコウキの姿が見えた。

 どうやらまだ私のことを探してくれていたらしい。

 その姿を見た瞬間、心の奥底から叫びたくなった。

 コウキに抱きつきたくなった......が。

 ーーーーーコウキ、心配させたよね。

 そんな考えが頭をよぎり、反射的にコウキから顔を背けてしまった。

 少なくとも、私は喜んじゃいけないような気がしたから。

 もちろん、コウキはそんな私の考えを知るはずもなく、コウキは笑顔のまま駆け寄ってきた。

 

「ミウ~、聞いたぞ~。そこら中で困ってた人助けまくってたんだってーーーーーーーーどうした? 何かあったのか?」

 

 目の前までくると、さすがに私の雰囲気がバレたのか、コウキが眉間にしわを寄せる。

 コウキはこんなときまで優しい。私のことを心配してくれるんだから。

 コウキが優しいことは今に始まったことじゃない、今も嬉しい気持ちはある。

 それでも、今は....

 こんなことじゃ、もうチョコは渡せない。

 コウキなら嫌な顔一つせず、実際喜んで貰ってくれそうだけど、それでもチョコを渡すことは私自身が許せなかった。

 ......でも、喜んでもらいたかったなぁ、チョコ。

 こんなときまでわがままが出てくるなんて、私も相当欲張りだと思う。

 そんな多くの思いを丸々飲み込む。

 

「ううん、なんでもな「嘘言うな」いよ.....って早いよコウキ!? 私まだ最後まで言い切ってないーーーーーうにゃっ!?」

 

 コウキは私の言葉を遮るように、両頬を掴むと引っ張ってきた。

 えっ? えっ!? なにこの状況!?

 コウキなんでこんなこと!? もしかしてやっぱり怒ってる!? でも、コウキに触ってもらえてちょっと嬉しいなぁ....じゃなくて!!

 

「こおふぃ、こおふぃ、はあふぃふぇ」

 

 離すよう言ってもコウキはニヤニヤするだけ。

 それどころか、

 

「ウリウリ」

 

「にゃーーーーー!?」

 

 さらにコウキは掴んだ頬を上下に引っ張り出した!!

 そこまで痛くはないけど、これにはさすがに耐えられない。

 

「なるほど、柔らかいとは思ってたけど、まさかここまでとは....」

 

「コウキ、なにするの!?」

 

 私は無理矢理コウキから離れて、コウキを軽く睨み付けた。

 それに対してコウキは肩を竦めるだけで、これといって特に反応を見せない。

 なんだかちょっと子供扱いされているようで悔しい。

 そんな私を見てコウキは笑う。

 

「やっとミウらしくなったな」

 

「へ?」

 

「悲しいときまで笑えとは言わないけどさ、やっぱりミウはそういうふうに、笑ったり怒ったりしてる方が『らしい』よ」

 

 コウキはそう言うと、私の頭を優しく撫でた。先ほど私がカナちゃんにしていたように。

 そう考えると少し恥ずかしいけど、コウキに「笑っているほうがいい」なんて言われれば嬉しい。それどころか踊り出してしまいそうなほどだ。

 ....でも。

 

「....私、今少し悲しんでるんだけど?」

 

「でもそれって俺に対しての『なにか』でしょ? だったらいいよ、気にしてないから」

 

 私の言い分をコウキはあっさりと一蹴してしまった。

 なんか、コウキはこういうところがすごく大人だと思う。

 切り替えが早いと言うか、物事を客観視できてると言うか。

 それに比べて私は...

 

「.......」

 

「.......」

 

「.......」

 

「あー、今日はもう攻略休みにするかな。最近こもりっぱなしだったし、ちょうどいいか」

 

 私がずっと黙り込んでいると、沈黙に耐えられなくなったのかコウキは時間を見ながらそう言って、どこに行くとも言わず街を歩き出した。

 私もコウキとまた離れるのはもうこりごりなので、なにも言わずについていく。

 .....何かのお話で、責められるよりも許される方が罪悪感は増す、みたいなことが書いてあったけど、本当だなぁ。

 今はコウキに優しくしてもらうと逆に辛い。

 私が今日を楽しみにしすぎてたせいかもしれないけど。

 その後もしばらく無言のまま街中を歩いていると、コウキが私の方をチラチラと見てきた。

 なんだろう? そんな風に思っていると、

 

「....なんか、小腹が空いたなぁ」

 

「....へ?」

 

「それに最近疲れてるからなぁ、なんか甘いものがほしいなぁ」

 

 コウキが独り言のように呟いた。

 えーっと....

 なんだろう、今のわざとらしさ。

 コウキは先ほどまで以上に私の方をチラチラと見てきていた。

 そんなコウキの大根ぶりに、つい吹いてしまった。

 

「えっ? ミウ、なに!? 俺どっか変だった!?」

 

「いや、だって.....はははっ!」

 

 コウキ、演技下手すぎ....!!

 コウキの慌てた顔を見て、余計に笑いが込み上げてきた。

 まずいっ、お腹痛くなってきた!!

 私は頑張って笑いを抑える。

 コウキは本当に、どこか抜けてるなぁ。戦闘の時とかはいつも不敵に笑ってたりするのに。

 さっきまでの落ち込みなんかもうどこかに行ってしまったのか、それともコウキが取っ払ってしまったのか、なんだかもう、色々とどうでもよくなってきてしまった。

 私は久しぶりのように感じつつ、軽い気持ちでウィンドウを開き、チョコが入った包みを取り出す。

 

「はい、コウキ」

 

「ん? なにこれ?」

 

「分かってるんでしょ~?」

 

 私は笑いながら言う。

 それに対してコウキは一瞬悔しそうな顔をした。

 もしかして、さっきの演技自信あったのかな...?

 そう思うとまた笑いが込み上げてきたが、グッと堪える。

 そしてコウキはまた笑顔に戻って、私のチョコを受け取ってくれた。

 

「今食べても?」

 

「お腹空いたんでしょ?」

 

 コウキは、参りました、というような顔になってチョコの包装を開けて、中に入っている一口サイズのチョコを一つ口に運んだ。

 チョコの感想は、私が幸せになったことだけ言えば分かってもらえると思う。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、チョコのことなんで知ってたの?」

 

「えっ? なんのこと?」

 

「コウキ、それはもういいから.......ぶふっ」

 

「笑わなくてもいいじゃんかぁ!」

 

「ごめんごめん、それで?」

 

「....こう、なんかミウが持ってそうな直感がピーンと来たんだよ」

 

「へ~、コウキすごいねっ!!」

 

「そうだろう!?」

 

「......」

 

「......」

 

「で、本当は?」

 

「......アルゴに聞きました」

 

「最初からそう言えばいいのに....ぷぷぷっ」

 

「もーー! ごめんなさいでしたーー!! 笑わないでくださいよーーーー!!」

 




はい、ミウさん苦労回でした。

なんというか、私的にはコウキくんを呪いたくなる回でしたね。自分で書いてるのに。
それと今回はコウキくんが普通に主人公しているという、おかしい、作者的にはコウキくんにはもっと良い子な外道さんになってもらいたいというのに...

それにミウさんはやっぱり書きやすいですね。
常識人でもあり、ボケもできて、ヤマトくんほど聖人君子でもない...実に書きやすいです。
しかも予定では次回もミウさん回になるという...いえ、違いますよ? 別にミウさんを完全主人公にしていこうとか、そういう考えはないですよ? (まぁ、ダブル主人公なところはありますが)
コウキくんすごい好きなんだけどなぁ...なんでこんなに冷待遇なんだろ?

次回もよろしくお願いします!



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22話目 巨大な嫌悪と一握りの尊敬

22話目です!
すいません!! 今までにないぐらいに更新遅れてしまいました!!
新学期が始まってから、テストやらなんやらで忙しいこと忙しいこと......
8月までのような2日に1話、というのは無理だと思いますが、可能な限り早く更新していきたいです。
構想はもうできているので、ヘタったりはしないです!

それでは、どうぞ!


 SIDE Miu

 

「うぃー、お疲れー」

 

 コウキが伸びをしながら間延びした声を出す。

 

「お疲れー、今日は長かったねぇ」

 

「5時間は長すぎだろ。いくら攻略会議でもさ」

 

 私たちは今、間近に迫った15層ボス攻略の対策を練るために開かれた攻略会議会場から出てきたところだ。

 コウキの言った通り、今回の会議はかなり長引いた。

 最近は攻略もかなり効率よく進められている。それはもちろん会議も同じだ。

 でも、今回は前回までとは少し違っていた。

 別にボスが強すぎて対策を考えるのに時間がかかった、というわけではない。

 3層から作れるようになったギルドが原因だった。

 前にも少し言ったけど、ギルドはチームみたいなものだ。だからこういったボス戦みたいな団体戦では、即興のパーティーやレイドとは比べ物にもならない力を発揮するんだけど、それもギルド内では、だ。

 ボス攻略にはギルドは1つまでしか参加できない、なんて理由はない。

 ボス攻略の人数上限48人までなら複数のギルドが参加できるのだ。

 でもそうなれば、チーム(ギルド)同士のいがみ合い、差別、互いへの不信感などが多く発生する。

 それを未然に防ぐのが、攻略会議の存在理由の一つだ。

 そのお陰もあって、現に今までのボス攻略は、どこかのギルドが我慢するはめにはなるけど、とりあえず上手くいっていた。

 少しずつフラストレーションを蓄積させながら。

 そして今回、それが爆発した結果、このように会議の時間が延びて、私たちみたいな無所属のプレイヤーたちが、正直どうでもいい話を延々聞かさせれることになった。

 さすがに話がこじれまくってギルドのあり方云々っていう話になったときには困ったなぁ。

 まぁ、最終的にはディアベルの鶴の一声でなんとか収拾がついたけど。

 でもやっぱり、どんなグループでもリーダーの人たちは大変だよなぁ、などと考えつつ、私たちはレンガ風の街を歩いていると。

 

「あれ、あそこにいるのって...」

 

 なぜかどこの街にもあるお菓子専門店の出店(私も愛用させてもらっている)を見ながらコウキが呟いた。

 私もそちらの方に視線を向けると......うっ。

 そこにはちょうどお菓子を買い終わったらしき女性が。

 というか、ニックさんがいた。

 

「おーい、ニックー!」

 

 コウキはニックさんだと分かると、さも当然のように声をかけながら近づいていった。

 ニックさんはこちらに気がつくと優雅に胸の前で小さく手を振ってくる。

 ......まぁ、別に一度戦った相手なんだからもう少し危機感をもって接しろ、なんてことは言わないけれど。

 もうちょっと私のことを気にかけてくれてもいいじゃん......

 

「...はぁ」

 

 私は一度大きく息をつき、コウキに着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニックは攻略会議出てなかったの?」

 

「途中まではいたわよ。ただ必要ないと思ったところからは帰ったけれど」

 

「さすが......」

 

 コウキはニックさんの言葉に苦笑いする。

 私がコウキに追い付いた頃にはもう会話が始まっていて、お店の前では邪魔になるから、ということで今は広場のテーブルに私とコウキが隣り合って、ニックさんとは向かい合って座っている。

 視線を少し下げれば、テーブルの上にはニックさんが先ほど購入していたクッキーが置かれている。

 ............。

 

「あなたも欲しいのならどうぞ」

 

 ニックさんが何かを見かねたような言い方でクッキーを勧めてくる。

 

「い、いや私は別に......」

 

「ミウ。そのキラッキラした目で言っても説得力皆無だから」

 

 こ、これはちょっと目が痒いだけで......

 ニックさんに勧められて咄嗟に出かけた右手を反対の手で制しつつ、クッキーを頭の外に出すように頭を振る。

 そんな私を見てコウキはいつものように苦笑いしていたけど、ニックさんはどこか楽しんでいるように笑みを浮かべた。

 ...この人のこういうところが嫌だ。

 なんか他人の嫌なところを的確に知った上で、そこをあえてジワジワ攻めてくる、みたいな。

 まぁ、この人もそんな悪い人じゃないことも知っているし、これも会話を楽しむ一貫というのも分かってはいるんだけど......

 そんなことを考えているうちにも会話はどんどん進んでいく。

 武器の話、mobの話、食べ物の話、色々話していたけど私はほとんど適当に相づちをうつだけだった。

 でも、それもここまでだった。

 コウキがそうだ、となにか思い出したような声を出す。

 

「ニック、2層の時はありがと」

 

「あら、懐かしい話を出してくるわね」

 

「まだお礼言えてなかったし」

 

「ふふっ、まぁ、どういたしまして」

 

 この会話だけはどうしても意識が向いた。その場に私もいたせいかもしれない。

 ニックさんはそんな私の様子に気づいたのか、チラリと一瞬見たあと、とても柔らかい笑みを浮かべてコウキを見る。

 

「それで、『覚悟』は守れそうかしら?」

 

「あはは......痛いところ付いてくるな」

 

 頭を掻きながら、コウキもまたチラリと私のことを見てきた。

 コウキの『覚悟』。それはあの場で私も聞いていた。

 大切なものを守り、大切な人に涙を流させない。

 なにか一つのものを絶対に守りきるというコウキの覚悟。

 コウキは一度息をつくと、居住まいを直す。

 

「正直、かなりきついよ。俺なんかの力は襲ってくるものとかに対して全然足りなくて、何度も自分の力の無さに嘆いたりもした」

 

 そこでコウキは一旦言葉を切り、自分の気持ちをしっかりと見定めるように目を瞑る。

 

 

 

「でも、どれだけ情けなくても、頼りなくても、俺は俺の『覚悟』を貫き通す。何回死にそうになっても最後には笑顔でいられるように」

 

 

 

 コウキ......

 きっと、こんな意思表明にはなんの意味もないんだと思う。

 どれだけ強い覚悟をもってしても、不可能なことはあるのだから。

 それでも。

 こんな世界で、そんな優しさを、自分の思いを出し続けられるのはすごいと思った。

 私はコウキのことがとても誇らしい気分になった。

 この人のことを好きになってよかった、心からそう思えたから。

 そしてニックさんはいつかのように目を瞑ってコウキの話を聞き終わると、

 

「ふふっ、あなたは、本当に面白いわね」

 

「えーっと、ありがと?」

 

 誉められているのかよく分からなかったという風なコウキの反応にニックさんはもう一度笑う。

 それにコウキがまた疑問符を浮かべながら笑うという、妙にゆるい空気が私たちを包む。

 そんな中、ニックさんが口を開いた。

 

「コウキ、少し席を外してもらってもいいかしら?」

 

「えっ? いいけど...でも」

 

 コウキが言いながら私を見てくる。その目は少し不安そうだ。

 うーん、やっぱりコウキにもバレてたのか。私がニックさんと話したいことがあるって。

 でもきっとコウキのことだから、私がニックさんのこと苦手なのを気にして、自分も一緒にいて場をもたせよう、とか考えてそうだなぁ。

 私はコウキを安心させるように笑う。

 

「私なら大丈夫だよ、コウキ。だから、私からもお願いしてもいい?」

 

「ミウが良いのならいいけど......じゃあ、二人とも、俺その辺10分ぐらい散歩してくるから」

 

「えぇ、ありがとう」 「ありがとね」

 

 私とニックさんがお礼を言うと、コウキはまたお店の方に歩いていった。武器でも見てくるのかもしれない。

 コウキを見送ると、ニックさんは一度微笑む。

 

「それじゃあ、ガールズトークでも始めましょうか?」

 

「...ニックさんの場合お茶会の方が似合いそうですけどね」

 

「ふふっ、始めから言ってくれるじゃない」

 

 言いながらニックさんはウィンドウを操作し、何回かタッチするとテーブルの上に紅茶のセット一式を出した。

 カップは2つ。そのうちの1つに紅茶を注ぐと、私の方にまで紅茶特有の少し甘い香りが漂ってきた。

 

「あなたも飲む?」

 

「............いえ、結構です」

 

「そう、残念」

 

 正直、紅茶とクッキーのダブルアタックの誘惑は破壊力抜群だったけど、これを貰うと何となく負けた気分になりそうなので断った......グスン。

 しかし、言葉とは裏腹にニックさんはさして残念そうではない。

 ニックさんはカップに口をつけて紅茶を一口飲む。

 ......くそう、なんでこの人はこんなに一つ一つの動作が様になっているんだろう?

 密かに自分の子供っぽいところがコンプレックスな私は、ニックさんのその様を恨めしい目で見ることしかできない。

 

「それで? なにか私に用があったんじゃないの?」

 

「確か、コウキに離れるよう言ったのはニックさんだったと思うんですけど」

 

「えぇ、あなたが何か言いたそうだったから。『私だけに』」

 

 ...やっぱり見透かされてる。

 何となくそんな気はしていたから驚きはしないけど。でも私ってそんなに顔とか態度に出やすいかな?

 まぁ、それはさておき。

 そのまま私がなにも返さずに黙っていると、ニックさんはテーブルの真ん中に置かれているクッキーに手を伸ばす。

 

「そんなに私のことが嫌いかしら?」

 

「...嫌いじゃないです。苦手なだけです」

 

「そうかしら? 私には、私がいるだけであなたが不機嫌になっているように見えるのだけれど?」

 

「......」

 

 私は再び無言で返す、というより、無言でしか返せなかった。

 肯定するのも非常識だと思ったし、否定するのも違う気がしたから。

 ただ、このままでは埒があかないので、前から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「ニックさんはコウキとデュエルしましたけど、私とはしないんですか?」

 

「あら、したいの?」

 

「いえ、微塵も」

 

 嘘だ。本当は一度戦ってみたいと思っている。

 この人は強い。外面的にも内面的にも。それはきっとこの世界で生きていくのに最も必要なものだと思う。

 そんなニックさんに自分がどこまで通用するのかは試してみたい。それが本音。

 でも、私は首を振って言う。

 この人の言う通りに動くのは、なんというか...嫌だから。

 

「でも、ニックさんって戦闘狂じゃないんですか?」

 

 嫌だからとりあえず挑発してみようと思ったけど、自分の口からすごい言葉が出てきて自分で驚いてしまった。

 仮にも話している相手に戦闘狂って......

 だが、ニックさんは何も気にしていないように言う。

 

「否定はしないわよ。現にデュエルした回数は全プレイヤーでも最多でしょうし」

 

「ならーー」

 

「私はね、完成品には興味はないの」

 

 言って、ニックさんは紅茶をまた一口飲んだ。

 

「完成品...?」

 

「そう、完成品。誰だって完成したパズルよりも組み立て途中の方が興味が湧くでしょう? それと同じ」

 

「...コウキの場合がそうだったってこと?」

 

「えぇ、それもあるわね」

 

『それも』。つまり他にも理由があるということだ。

 それってーー、聞こうと思ったけど、それに被せるようにニックさんが言う。

 

「つまり、あなたは既に出来上がっているから面白くない、そういうことよ」

 

 面白くない。

 ...別に私はこの人を楽しませるために生きている訳じゃないから、そう言われたところでどうと言うこともない、けど。

 ただ一方的にそう言われて気分の良いものでもない。

 

「でも、それってただの弱いものいじめじゃないですか」

 

「あなたには、あのときの私たちの戦闘が弱いものいじめに見えたのかしら?」

 

「それは......」

 

 私は返答に窮した。

 それもそのはずだ。あのときのデュエルはコウキにとって神聖なもの。それを弱いものいじめ、という言葉で片付けるのはコウキに対して、それに気にくわないけどこの人に対しても失礼な気がしたからだ。

 

「それに、別にコウキみたいなタイプだけとしているわけじゃないわ。私と同格、それ以上、まぁ、あとは及第点を与えられる程度のプレイヤーとはデュエルするしね」

 

 あなた以上の人なんているの? と聞きたくなったが今は堪える。

 

「それは、私は及第点すら与えられてないと?」

 

「えぇ」

 

 うっ...確かに私の力が足りていないのは事実だから言い返せない。

 でもそれならと、二つ目のことを気になっていたことを聞く。

 というより、こちらが私の本題だったりする。

 

 

 

「じゃあ、なんであのときコウキを引き上げるようなことをしたんですか?」

 

 

 

 瞬間。

 一瞬だけど確かにニックさんの表情が変わった。

 まるで誰にも気付かれたくないことに気づかれたかのように。

 ニックさんはそのままカップに視線を落とす。

 ...この人は、今までに2回もコウキのことを闇から引き上げている。

 1度目はソードスキルをコウキに教えたとき、といってもこれは結果論かもしれないけど。

 それでもコウキがニックさんにソードスキルを教えてもらっていなかったら、今頃肉体的にしろ精神的にしろ死んでいたかもしれない。

 2度目は言わずもがな、あのデュエルのとき。

 多分コウキはあのとき、諦めかけていた。

 自分の信念だとか、ルールだとかそういったものを。

 でもこの人は、そんなコウキに光を差し伸べたんだ。

 コウキが折れずに、正しい道を這い上がってこられるように。

 コウキがもっと強くなれるように。

 そして長い沈黙のあと、ニックさんは口を開いた。

 

「もっと強くなったコウキと戦いたかったからよ」

 

 きっと、本心だと思う。

 前から思っていたけど、この人は嘘をつかない。

 でも、自分が自覚していなかったら、話は別だけど。

 何となくだけど、今のニックさんからは、前のコウキみたいな雰囲気を感じた。無意識のうちに自分をすごく縛っていた1層の頃のコウキのような雰囲気を。

 私はそんなニックさんに対して。

 

「そうですか」

 

 そうとだけ返した。

 能動的、間接的、自覚有り無し、いずれにしろこの人はコウキをもう2回も救っているんだ。それは変わらない。

 この人は、私があれだけ頑張って、なんとかできたことをいとも簡単に成しえたんだ。

 それはすごく悔しいし、この人に対して嫌気や憤りも感じる。

 でも、それと同時にこの人はすごいと認める自分がいるのも確かだ。この人のようになりたいと思う自分がいるんだ。

 すると、この話はこれでもう終わりとでも言わんばかりに、ニックさんはカップをソーサーに置く。

 

「聞きたいことはこれで終わりかしら?」

 

 ...この人は、どこまで私の考えに気づいてるんだろう?

 こんな風にシニカルな顔で聞かれると、次に言うことも見透かされているような気がしてくる。

 

「...聞きたいことはもうないです」

 

「そう」

 

「でもーー」

 

 そう、これも多分なんの意味もないただの宣言だ。

 どれだけの意思をもってしても不可能なことはあるのだから。

 それでも。

 

「ーーでも、絶対に負けませんから」

 

 コウキにもあるように、私にも絶対に譲れないものがある。

 私はコウキを支えるって、守るって決めたんだ。

 これは私からの宣戦布告だ。

 ニックさんにはその気がなくても。

 私からの一方的なものだったとしても。

 この人には、絶対に負けたくない。

 ニックさんは私の宣言を聞くと改めて私の方を見た。

 こうやってこの人に正面から見られたのは初めてかもしれない。

 それだけ今までこの人が私に興味がなかった、ということだけど。

 そしてニックさんは口を開く。

 

「あら? 胸のことならあなたに永遠に勝ち目ないから諦めなさい」

 

「違いますっ!!」

 

 なんで今胸の話になるの!? 訳がわからない!! あと、可能性まで否定しないでください!!

 

「それともコウキのことかしら?」

 

「そうです!」

 

 よかった、少なくとも私の意思は伝わっていたみたいだ。

 この人でも冗談とか言うんーーーー

 

「大丈夫よ、私、あの子のこと恋愛対象として見てないから。よかったじゃない、私が本気だったらあなたの完敗よ」

 

「ちーがーうーっ!! なんでそうなるんですか!? だいたい、負けませんよ!! 私の完勝です!!」

 

「あら、あの子のことは否定しないのね」

 

「うぐっ」

 

 今さら恥ずかしくなってきた......

 で、でも、私がコウキのことすすす、好きなのは事実なんだから否定しなくていいはず!

 よし、大丈夫、大丈夫......

 私が自己暗示気味に無理矢理落ち着こうとしていると。

 

 

 

「まぁ、頑張ってみたらいいんじゃない、『ミウ』」

 

 

 

 ーーーーっ。

 今...

 確かにちゃんと返事を、私の名前を呼んだ。

 

「私は売られた喧嘩は買う主義なの」

 

 ニックさんが私を見てニヤリと笑う。

 多分、ようやく私はこの人が気にかける程度のレベルになったと認めてもらえたのだろう。

 一瞬呆気に取られたけど、すぐさま私もニックさんと同じ笑みを返した。

 

「ただいま~...ってなにこの空気!?」

 

 帰ってきたコウキが私たちの空気に完全に萎縮していたけど、それはご愛敬だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんの話してたんだ?」

 

「ふふ~、秘密~」

 

「あら、隠すことないじゃない。コウキ、ミウが私に胸を大きくする方法を聞いてきたのよ」

 

「ちょっ!? そんな話一切してないです!!」

 

「ミウ、お前そこまで...」

 

「だから! 違うってばーーーーーー!!」

 

(ニックさん、やっぱり苦手!!)

 

 




はい、かっこいいミウ回でした。

もうねぇ、この子にはなにも言えませんね。なんですかこの主人公気質。
それと今回はミウさんの数少ない嫌いな(本人は否定)相手、ニックとの会話がメインだったわけですが...なんかなんだかんだ言ってこの回のミウさんが一番好きですね。
ミウさんってコウキくん視点だといいところばかりに目がいくわけですが、今回はそんなミウさんの少し醜いところが出ていたので、やっと人として親近感が沸きました。
まぁ、醜いって言っても、誰かを嫌うなんて人なら当たり前なことなんですけどね。だからこそ、ミウさんもすごく人間らしくなってくれました。
そして今回も絶賛フェードアウトなコウキくん。次回からは大丈夫(なはず)です!

次回は、ちょっと約束を守りにいきます。


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23話目 穏やかな家

23話目です!
うーん、前回に比べたら投稿は少し早いですが、それでもまだ遅いですよね。
しかも私がまだまだ力不足なので描写や話の構成も今一つという......努力せねば。

それではどうぞ!


「あっ、カナちゃんからだ!」

 

 ミウのウィンドウに表示されているであろうメールを見ながらミウが言う。

 時刻は午前10時過ぎ。俺たちは街の店でいつもよりも遅めの朝食を摂っていた。

 なぜ時間が遅いのかと言えば......まぁ、一から説明すると長くなってしまうのだが、簡単に言えば攻略から帰ってきたのが今日の早朝だったからだ。

 いつもは俺たちの攻略の時間帯は朝方から夜までなのだが、昨日に限っては帰りがけにトラップに引っ掛かってしまい、結果帰ってくるのが遅くなってしまったのだ。

 そこから即効で宿に向かい爆睡。ショボつく目を擦りながら朝食を摂っていたら、ミウにメッセが来て、先ほどの台詞だ。

 

「カナちゃんっていうと、前にミウが言ってた迷子の?」

 

「うん、また会おうって約束してたんだぁ......そうだ!」

 

 ミウはテーブルから身を乗り出して俺の目の前まで詰めてくると、満面の笑顔で言った。

 

「今日カナちゃんのところ行こうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして所変わって1層転移門前。

 ミウは俺から了承を取ると、すぐさまカナちゃんの保護者であるサーシャさんという人に連絡を取り、今日会いに行く旨を伝えた。

 しかもそのあと、お菓子屋に駆け込み、子供が好きそうなお菓子を大量に買い込んでいた。

 なんというか、こういった行動力はさすがミウだ。

 今は門の前でサーシャさんを待っている所なのだが......

 

「ミウ、本当に大丈夫なのか?」

 

 ミウの話では、カナちゃんは背の高い、特に男性を怖がるらしいのだ。

 俺もまだ大人と比較すれば低い方ではあると思うが、それでもミウと比べればそこそこ高い。

 俺が行ったら怖がらせてしまうのではないか?

 俺が少し不安に思っていると、ミウもそこは既に考えていたらしく、笑顔で言ってくる。

 

「うん、だからちょっとサーシャさんと相談したんだけどーー」

 

 ミウが切り出そうとしたところで、向こうからこちらに駆け寄ってくる人に気がついた。

 その人は俺たちの前まで来ると、すぐさま頭を下げてきた。

 

「すいません、お待たせしましたか?」

 

「大丈夫ですよ、サーシャさん。時間ぴったりです!」

 

 互いに顔見知りの二人が受け答えする。

 この人がサーシャさんか。

 身長はミウより少しだけ高い。腰にはこの人のメインの武器だと思われる短剣がホルダーに入ってぶら下がっている。

 顔には横長で楕円形、黒縁の眼鏡をかけていた。

 大人しいお姉さんみたいな人だなぁ。

 俺が今まで会ったことがないタイプの女性に少し気後れしていると、ミウと話していたサーシャさんがこちらを向いた。

 

「えっと、この方が......?」

 

「あ、はい。メッセにも書いてたコウキです」

 

 ミウが俺に手を向けて紹介してくるので、とりあえず「どうも」と言って頭を下げておく。

 ヨウト辺りならこういうときにテンション高く自己紹介して大抵の人と仲良くなるんだろうなぁ、とか思ったが、気にしてもしょうがないので今は考えないことにしておく。

 

「で、ミウ、さっきの話の続きなんだけど......」

 

「あ、うん。カナちゃんが背の高い人のことが怖いままじゃ今後問題が出てくるからコウキで少しずつ慣れていこう......って、話ですよね、サーシャさん」

 

「はい。このままリアルに帰ることになったらそれこそ危ないですし......」

 

 ミウとサーシャさんが交互に説明してくれる。

 なるほど、確かにそうだ。

 さすがにそこまではないと思うが、最悪自分の父親を見て怖がったりする可能性もあるわけだし、リアルに帰ることができた場合、学校にも通わなくてはならない。

 それまでの道のりや、学校内で背の高い人に一切会わないというのは少々無理がある。

 

「言いたいことは分かりましたけど......俺で大丈夫なんですか?」

 

 単純な話、そんな大役が俺に務まるとはちょっと思えない。

 

「大丈夫だって! コウキ優しいし。最初は厳しいかもだけど、カナちゃんもコウキに段々慣れていくよ!」

 

「私もカナに誰かを怖がったまま生きてほしくないんです。だから、お願いします!」

 

 サーシャさんが頭を下げながら言ってくる。

 ミウも珍しく俺に懇願するような目を向けてくる。

 別に俺は何もしていないはずなのに、こうも二人に言われると少しずつ罪悪感が生まれてくる。

 いや、そもそも俺自身はカナちゃんのことは助けたいとも力になりたいとも思っているわけだから、何か反対意見がある訳じゃない。それどころか大賛成だ。

 ただ......

 サーシャさんを見る。

 

「......?」

 

 なぜ自分が見られたのか分からなかったようで、小首を傾げていた。

 ......仕方ないか。

 そうだ、迷う必要はないんだ。これはカナちゃんの力になってあげるためなんだから......まだ会ったことないけど、カナちゃん。

 そんな感じで自分に言い聞かせる。

 

「分かりました。喜んで手伝わせてもらいます」

 

「っ! 本当ですか!? ありがとうございます!」

 

「でも、カナちゃんの症状がよくなるかは分からないですよ?」

 

「はい、それでもありがとうございます! それではこちらです」

 

 サーシャさんが手で進行方向を示して歩きだし、俺とミウもそれについていく。

 それにしても、ミウから聞いてはいたけど本当にカナちゃんのこと大事に思ってるんだなぁ。

 そのまましばらく歩いていると、ミウが俺の服の袖を引っ張ってきた。

 ここで立ち止まって話すのもサーシャさんに悪いので、歩きながら小声でーーーー結局サーシャさんに失礼だがーーーー話す。

 

「なに?」

 

「......コウキなんか、今日機嫌悪い?」

 

「へ?」

 

 機嫌悪い? 俺が?

 そんなこと一切考えていなかったので、つい呆けた声が出てしまった。

 

「だって、なんかいつもよりも態度が固いというか、無愛想というか......」

 

「...あー」

 

 ミウに言われて気がついた。

 確かに、最近考えてなかったから忘れてた。

 そうか、まだ『治ってなかった』か。

 ミウとは結構普通に話せたりしていたからてっきりもう治ったものなのかと......まぁ、そう簡単に治るものでもないしな。

 とりあえずミウにどう伝えるか考える。そのまま伝えたらまた心配してくるだろうし。

 

「......まぁ、気にしなくていいよ。ただの人見知りみたいなものだから」

 

 嘘は言っていない。

 全くの嘘を言っても、ミウの場合すぐに気がついて追及してくる可能性があるのでこれぐらいしないとダメだ。

 勘がよすぎる相棒を持つともう片方は大変ですヨ。まぁ、誤魔化そうとしてる俺が100%悪いんだけどさ。

 

「でも、コウキ人見知りしないよね?」

 

 やっぱりそう返してくるよな。

 

「たまーに起こるやつなんだよ、今まで起こらなかっただけ」

 

「うーん、それって人見知りって言わないんじゃ......」

 

 ミウはまだ納得がいっていなかったようだが、とりあえず引き下がってくれた。どうやら多少の違和感など吹き飛ばしてしまえるほど、ミウから見て今日の俺はおかしいらしい。

 いつか言わないとダメだよなぁ......このまま隠し通せるものでもないし。

 とりあえず保留で。

 

「そういえば、カナちゃんの他にも子供がいるんだっけ?」

 

 話題を変えることも含め、気になっていたことをミウに聞いてみた。

 すると、声のボリュームを元に戻した為聞こえたのか、サーシャさんが代わりに答えてくれる。

 

「はい、カナも含めれば、えーっと、9人ですね」

 

 9人って...それはすごいな。

 

「すごいですね、9人なんて毎日大変じゃないですか?」

 

 ミウも同じことを考えていたようだ。

 もちろん面倒を見る、という意味でも大変だと思うのだが、何より金銭面だ。

 サーシャさんはおそらくフィールドに出られると思うが、その9人の子供たちはほとんどが出られないだろう。技術云々以前に精神的なものとして。

 ただ、そうなると戦闘に出られる人数からして、どうしても生活していく上でコルが足りなくなる。

 しかも収入源がないのだから、どんどん食料なども買えなくなってくる。

 フィールドで戦って食料の肉などがドロップすることも一応あるが、どうしても効率が悪い。

 最前線の方なら、mob一匹当たりから入手できるコルも食料のドロップ率もかなりいいのだが、1層ではそうもいかない。

 結果食いっぱぐれる。

 しかもそれが9人もいるのだから相当大変だろう。

 そんな俺の考えが伝わったのだろう、サーシャさんは苦笑いする。

 

「あはは...確かに毎日大変ですね。私もですけど、上の子が2、3層で戦ってきてくれているのでなんとかお金は大丈夫なんですが......」

 

「ですが?」

 

 サーシャさんが急に声をすぼめてしまったので、ミウが先を促す。

 なんか訳ありっぽいよなぁ。

 と言っても、俺も気になったのでミウを止めたりはしないが。

 しかしサーシャさんは笑いながら手を振る。

 

「あ、いえ。それに私たちにお金や食材を持ってきてくれる方もいるんですよ」

 

「へぇ~! いい人もいるんですね!」

 

「本当ですよね、名前も顔も分からないんですけど...3日に一回ぐらい家に届けられるんですよ」

 

「......そんな人がいるんだったら会ってみたいな」

 

「だよねー」

 

 多分、その人もミウみたいに強い人なんだろうな。

 そんな人がミウ以外にもいるんだと思うと、嬉しいのと同時に、自分ももっとしっかりしなくてはと思う。

 俺が誰かもわからない、いい人に対して少し対抗心を燃やしていると。

 

「着きました、ここですよ」

 

 サーシャさんがそう言って手で示したのは、《はじまりの街》ならどこにでもあるような普通の集合住宅だった。

 俺たちはゲーム開始時から1人につき一軒家、もしくは部屋が与えられている。

 家の場合は基本かなり小さめの1LK、部屋の場合は目の前にあるような集合受託で、少し大きめの1LKだ。まぁ、つまりほとんど大差ない。

 しかし、サーシャさんは今、『ここ』と言った。

 ということは、まさか......

 

「......もしかして、ここ全部買い取ったんですか?」

 

「はい、と言っても、ある部屋の半分ぐらいは元々子供たち自身の部屋なので、全部買った、というのとは少し違いますけど」

 

 俺の質問にサーシャさんは恥ずかしそうに笑う。

 だが、それに対して俺は内心かなり驚いていた。

 家と部屋なら、もちろん部屋の方が安い。

 それにいつまでも1層に自分の拠点があっては行動しづらい、ということもあって最近は1層の部屋を売り払って、上の層に引っ越すプレイヤーも多い。

 この二つのことからこの集合住宅すべての部屋を買うことはできるかもしれない。

 しかし、俺も最近新しい部屋を探しているので知っているのだが、部屋でも買おうと思うとバカみたいに高い。

 仮に1層の俺の部屋を売ったとしても、それで得たコルでは半分にも届かないほどだ。

 それを集合住宅ーーおよそ8部屋ほどだろうかーーのほとんどを買うなんていったいいくらかかったのか。本当にすごい。

 やっぱりこの人も、ミウと同じように誰かのために一生懸命になれる人なんだろう。

 すると、建物に圧倒されていた俺にサーシャさんの手招きに応じて建物に入ろうとしていたミウに声をかけられる。

 

「コウキー? 中入るよー?」

 

「あぁ、ごめん。今行く」

 

 俺は慌ててミウについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ると、外から見て想像していたよりもかなり広い空間になっていた。

 まず、入って正面には大きな長机が置いてあり、それにはテーブルクロスが敷かれている。おそらく食事用の机だろう。

 そして建物の両端には階段が設けられており、その階段の上下には2つずつ扉があった。

 構造的にはどうしても集合住宅という感じが抜けきらないが、部屋全部を買い取っているせいか、金持ちの豪邸のような雰囲気もある。

 

「ただいまー。みんなー! 今日はお客様が来られたわよー!」

 

 サーシャさんがそう叫ぶと、それぞれの扉からなんだなんだと、子供たちが出てきた。

 うわ...すごいな。

 子供たちはサーシャさんが言っていた通り全員で9人出てきた。これほど子供が集まるとすごく賑やかに感じる。

 そのまま子供たちはサーシャさんのもとに駆け寄り、近くにいた俺たちを見てくる。

 子供たちの年齢は10~12才ぐらいが一番多いと思う。

 そんな中でも少し幼げな子がサーシャさんの後ろから飛び出してきた。

 

「ミウちゃんだ!!」

 

「カナちゃん! 久しぶり~!」

 

「本当にやくそくまもってくれた!」

 

「ふふーん、言ったでしょ? 絶対だって」

 

「うん!!」

 

 この子がカナちゃんか。

 カナちゃんは本当にミウになついているようで、そのままミウに抱きついて、ミウもカナちゃんを抱きしめた。

 ミウはなんか、こういうのがすごい似合ってるよなぁ。

 将来は保母さんとか......うん、悪くない。というか簡単に子供たちを相手しているところが想像できた。

 ミウはカナちゃんとの再会を終えたらしく、俺の方を見る。

 

「コウキ、この子がカナちゃん」

 

「うん......初めまして、カナちゃん。俺はミウの友達のコウキ。よろしくね」

 

 俺は膝をついて、できる限りの笑顔でカナちゃんに笑いかけて言った。

 彼我の距離は約3メートル。これぐらいなら大丈夫だろうと思ったのだが。

 

「......っ!?」

 

 カナちゃんは俺に今気付いたらしく、俺を見た瞬間怯えたような顔になりミウの後ろに隠れてしまった。

 なるほど、これか......

 確かに、ここまでの反応だと何とかしなきゃっていうのも分かるな。

 

「カナちゃん、コウキは私の友達......だから怖がらなくても大丈夫だよ?」

 

 ミウ、フォローしてくれるのは嬉しいんだけど、友達、のところで言い淀んでたらカナちゃんも安心できないと思うぞ?

 そんな俺の予想通りカナちゃんは顔を俯かせて、さらにミウの後ろに隠れてしまった。

 うーん......

 

「これは長期戦になりそうだな」

 

「本当にすいません......」

 

 サーシャさんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 

「そんなことないですよ! そんなに最初から上手くなんていかないですし、ねぇ、コウキ?」

 

「まぁな......俺たちもそんな短い期間で何とかしようとは考えてないんで、大丈夫ですよ」

 

 サーシャさんを安心させるように言う。と言っても、ミウ曰く無愛想な顔で、だが。

 うーん、子供相手ならまだ大丈夫なんだけどなぁ......って、ダメだ。一度言われると言葉全部が気になり出してしまう。いつもの俺ってどんなのだっけ?

 すると今までサーシャさんの後ろで静かにしていた子供たちが、俺たちの話が終わったと判断したのか、一気に駆け寄ってきて騒ぎ始めた。

 客が珍しいのか、驚くほどの勢いで質問してくる。

 

「お兄さんたち上の層から来たの!?」

 

「あ、あぁ......」

 

「カナちゃんが言っていたミウさんってあなたですか!?」

 

「うん、私だよ~」

 

「上の層から来たってことはもしかして攻略組!?」

 

「一応そうだけど......」

 

「武器見せてー!!」

 

「えっと......」

 

「こら!! いい加減にしなさい!!」

 

 俺もミウも矢継ぎ早に聞かれる質問に必死になって答えていると、サーシャさんが助け船を出してくれた。

 そしてサーシャさんに怒られてシュンとする子供たち。それを見て俺とミウは互いに顔を見て苦笑いする。

 子供たちが元気すぎるのは困ったけど、元気がないのはもっと困る。

 結局俺たちは苦笑いするしかない、ミウの顔はそんな感じだ。きっと俺もにたような表情をしているんだろう。

 

「サーシャさん、ありがとうございます。大丈夫ですよ私たち」

 

「でもみんな、質問は一人ずつでお願いしていいか?」

 

 なので俺とミウは言う。子供は好奇心の塊、俺たちのことが気になって当然だ。

 サーシャさんは少し俊巡したあと、また申し訳なさそうに頭を下げてきた。本当に律儀な人だ。

 すると、カナちゃんよりもさらに幼い感じの女の子ががおずおずといった感じでサーシャさんの後ろから出てきた。

 その子はミウの前まで来ると

 

 

 

「『お兄さん』もけんしさん?」

 

 

 

 瞬間、場の空気が凍った音が聞こえた気がした。

 いや、実際にそんな雰囲気になったのは俺とサーシャさんだけなのだが、それでも今確かに空気が割れた。

 ......うわぁお、子供ってこえー。

 この場で『お兄さん』と形容されるのは俺だけだが、女の子の視線は、完全にミウを捉えている。

 俺とサーシャさんがどうしたものかと固まっていると、ついにミウがプルプルと震え出した。

 不意に俺の脳裏には、前に俺がミウを男と勘違いしたときのことがよぎった。

 あのときはミウ泣き出して本当に大変だったなぁ......じゃなくて!

 不穏な空気にまったく気付いていない子供たちは放っておき、俺とサーシャさんが一緒になってミウを宥めだす。

 

「ミ、ミウさん! 本当にすいません、大丈夫ですか!?」

 

「ほ、ほらミウ! 子供の言うことだからさ!? それにミウの雰囲気が男っぽいっていうのもあるしさ!?」

 

「......」

 

 あかん。ミウからの反応が一切ない。どれぐらいヤバイかと言うと、急に関西弁が出てきてしまうほどヤバイ。

 まさかとは思うけど......本気で怒ってないよな?

 大丈夫だよな? ここでミウがぶちギレたり、泣きわめいたりしたら色んなものが一瞬で終わるぞ? ミウの尊厳とか威厳とか色々。

 俺がそんな風にハラハラしていると、ついにミウが行動に出た。

 あぁ......終わったかな......

 

「か......」

 

「か?」

 

 

 

「可愛いーーーーーーーー!!!!」

 

 

 

 ミウは爛々と目を輝かせて、拳を握りながら言った。

 ......そうきたかー。

 いや、確かにな? そういう反応もすごくミウらしいけどな?

 でも、これはなぁ......

 もうこれだけでご飯三杯いけます!! とでも言い出しそうなほど幸せそうに頬を緩ませて女の子に抱きつくミウ。

 安心するところなはずなのに、なぜか残念感が凄まじいんだけど......

 

「ミウさん、子供好きなんですね......」

 

「好意的解釈、痛み入ります......」

 

 ミウは抱きついてるところから、さらに女の子に頬擦りまでし始めた。しかもそれなのに女の子には嫌がられていないのが不思議でならない。

 そんな光景をどこか遠くを見るような目で眺める俺とサーシャさん。

 ま、まぁ、でも。ミウが泣いたりするようなことにはならないでよかった。うん、よかったよかった......

 

「コウキー、私の雰囲気云々について後で話があるからねー」

 

 ばれてーら。

 どうやら放心状態でも俺の言葉は届いていたようだ。子供に抱きついたままのミウからは、満面の笑顔を浮かべている閻魔様のようなオーラが発せられていた。

 ......はぁ。

 とりあえず、新しいトラウマ記念日が増えないことを祈るしか、襲われる側である俺にはできないのであった。

 

 




はい、約束回でした。
本当はもう一つぐらい間の話をいれた方がカナちゃんとの約束から時間が経ったという感じが出るかな、とも思ったのですが、そうすると話のテンポそのものが悪くなるので、今回入れてみました。
なんかミウさんは回を追う毎にキャラ崩れしていくという(まぁ、ギャグ方面にですが)。

次回は、カナちゃん回の続きになります。少しでも楽しみにしてくれると嬉しいです。


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24話目 妥協も締観もできない

24話目です!
すいません、学校の行事で更新が遅れてしまいました......
このまま週間投稿になってしまいそうで若干怖いです。
うー、どうにかして1日24時間の壁を突破できないものか......


それではどうぞ!


 どうも、ミウにしばかれかけたコウキです。

 あの後ひたすら謝ったらとりあえず厳重注意ということでなんとか命を拾いました。

 ミウの優しさに感謝だねっ!!

 

「お兄ちゃんどうしたの?」

 

「はははー、なんでもないよー」

 

 ......はいすいません、ちょっとまだ心の傷が治りきっていないので、これ以上この話題は勘弁してください。ちょっと人格崩壊仕掛けてるレベルなので。

 よし、閑話休題。

 俺たちがサーシャさんたちの家を初めて訪れてから10日ほど過ぎた。

 初日はカナちゃんとは歩み寄ることすらできなかったが、そのぶん他の子から好かれまくった。

 その結果、カナちゃんのこと、他の子からの要望もあり、攻略の空いた時間には子供たちのところに行こうという話になった。

 今は子供たちと一緒に、《はじまりの街》の門から出たすぐの草原のフィールドで遊んでいるところだ。

 この辺りなら懐かしの弱い猪mobしか出てこないし、そもそも街のすぐそばはmobがポップしないので戦闘にもならない。

 しかもこの辺りのmobはこちらから攻撃しない限り相手からは攻撃してこないので、意外と安心して出られる地域だ。

 

「うし! 今度は鬼ごっこでもするか!」

 

 俺がそう言うと、子供たちが声をあげて一斉に俺の元に集まってきた。

 じゃんけんで鬼を二人決めて、逃げる側(俺含め)が一気に散らばっていった。

 もちろん、あまり離れないように範囲は決めて行っている。

 30秒経ち、鬼が動き始めるとそこら中で楽しそうな声が聞こえ始めた。

 

「まさかコウキにガキ大将の才能があるとはね」

 

 俺が子供たちを見ていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、ミウと鬼ごっこに参加していない子たちが座り込んでーー花冠だろうか?ーー草や花で遊んでいた。

 ミウの近くにはカナちゃんもいたが、俺が近づいてきたことに気付くとまた怯えたように俺から距離をとってしまった。

 

「あ、ごめん。邪魔したか?」

 

「ううん、大丈夫だよ~」

 

 一瞬花とかを踏んでしまったかと思ったが、ミウの言葉で安心する。

 

「でも才能って......ガキ大将にそんなのあるの?」

 

「じゃあ、気質?」

 

 いや、そんな小首傾げて言われても......

 どうも俺をガキ大将に仕立て上げたいようだ。

 っていうか、ガキ大将っていうのならミウの方が似合ってる気もするんだけど......他の子を引っ張って行く感じでこれ以上の適材は中々いないと思う。

 

「《聖人》さん、ここからどうするんだっけ?」

 

 女の子の一人がミウに聞く。ミウに花冠の作り方を習っているようだ。

 

「えーっとね。ここを織り上げて...そうそう。それで、ここを輪っかに通すんだよ。あとその呼び方はやめてね......」

 

 微妙に苦笑いなミウから作り方を教わると、女の子は理解したようで満足して離れていった。

 ちなみに《聖人》とは、ミウが先日人助けをしまくった結果付いた二つ名だ。

 アルゴ曰く、どんなに小さな困りごとでも、一つも見捨てずに親身になって助けていたミウの様子を見て誰かが言ったのが始まりらしい。

 ミウ本人からしては全く嬉しくないらしく、呼ばれる度にしかめっ面になっている。

 確かに《聖人》は堅苦しすぎるよなぁ...まぁ、初めて言った人もミウを男と勘違いして言ったんだろうけど。

 ミウは花冠の製作をどんどん進めていく。

 

「料理にしろ、ミウってこういうのほんと器用だよな」

 

「そんなことないよー、ただ女の子らしい遊びに憧れてたらできるようになっただけ......できた、はい!」

 

 ミウはそう言うと、自分で作った花冠を持ち上げて、出来映えを確認すると俺の頭に被せてきた。

 ......えーと?

 

「ミウ?」

 

「うん、似合ってるよ」

 

 ミウがニコリと笑って言ってくる。

 

「こういうのはミウの方が似合うと思うけど」

 

 なんかさっきから俺似たようなことばっか考えてるな。

 ミウは俺の言葉を聞くと苦笑いする。

 

「ははは......ありがと。でも自分で作って自分で被るってなんか虚しくない?」

 

「そんなことないと思うけど...よっと」

 

 俺はミウが被せてくれた花冠を壊れないように慎重に掴み、今度はミウの頭に被せた。

 うん、やっぱり似合ってる。

 白い花、黄色い花、桃色の花など、明るい色を使って作ったお陰か、ミウの黒髪によく映えている。

 ......こんな風にしてると一気に女の子らしくなるよなぁ、ミウって。

 

「どう......?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ばっちし」

 

 おずおずと聞いてきたミウに笑顔で答える。

 ......ミウもなんだかんだ言って花冠被りたかったのだろうか? すごい嬉しそうだし。

 むぅ、この世界にカメラとかってないのだろうか? 今すごく欲しい。

 

「ねぇ、コウキ」

 

「ん?」

 

「コウキはなんでカナちゃんのこと引き受けてくれたの?」

 

 そう聞いてきたミウの表情は、先程とは一転して少し不安げだ。

 多分、俺の無愛想な態度とか、普段の俺と違っていたけど、それが聞いて良いことか悪いことか分からないからだろう。

 ......そんなこと気にしなくてもいいのに、ってのは俺のわがままか。

 

「......まぁ、カナちゃんが他人な気がしなかったからかな」

 

「え......?」

 

「コウキさーん! ちゃんとやってよー!!」

 

 おっと、ちょっと話しすぎたな。

 

「おう! 悪い、今行く!」

 

 俺は鬼ごっこを再開する前に、ミウの後ろにずっと隠れているカナちゃんに近づく。

 

「カナちゃんも気が向いたら鬼ごっこ、やってみてくれな」

 

「......ぅ」

 

 すると、カナちゃんは顔を背けてしまった。

 うーん、この数日間でゆっくり近づくだけならいくらか大丈夫にはなってきたけど、やっぱりまだ会話は厳しいか......

 でも、ここで焦ってはいけない。こういった心の問題は我慢・努力・根性みたいな昔の校訓みたいなものが必要不可欠なのだ。

 俺はカナちゃんに手を振り、鬼ごっこに戻るべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「おおぉ......」

 

 遊びすぎた。

 あの後も鬼ごっこ、ケイドロ、だるまさんが転んだ等々遊びまくった。

 なので今はもう陽は3分の1ほど地平線に隠れてしまっている。本当、どれだけ遊んだんだろう俺たち......

 今は子供たちをサーシャさんの所まで送っている最中だ。

 サーシャさん......悪い人どころか完全にいい人だし、本当に尊敬できる人なんだけど......だからこそ苦手なんだよなぁ。カナちゃんをどうこうよりも、まずは俺自身がもっと頑張らなくては。

 そしてそんな子供たちは、今日の楽しかったことを互いに話し合っている。

 

「子供たちは元気だね」

 

 と、隣で笑いながらミウ。

 さすがのミウも子供の体力にはついていけなかったらしく、声に覇気がない。

 

「俺たちもまだまだ子供って括られるんだけどな」

 

「そういえばそうだね......って、コウキ今何歳なの?」

 

 ミウも普通の日常会話として聞いてきたのだと思うが、その意味に気がつくと顔を曇らせる。

 

「ごめんね!? こっちでリアルのこと聞くのはマナー違反なのに......」

 

「いや、別にいいよ。もう今更だし、それにここもリアルみたいなものだし」

 

 俺は笑っていうが、これは気休めではない。

 誰か大切な人が傷つけば悲しいし、大切な人が喜んでくれたら嬉しい。

 なにより、この世界で死ねば本当に死ぬんだ。

 そんな世界を現実と言わずしてなんと言おう?

 

「俺は今14才、ミウは?」

 

「私も14才だよっ、同い年だったんだ~」

 

 へぇー、ミウも14かぁ......ってうぇ!?

 

「同い年なの!? 年下だと思ってた!!」

 

 俺の驚きの声に周りの子たちが、なんだなんだと騒ぎ始める。

 しまった、声が大きすぎたか。

 なんでもないぞー、と子供たちに笑いかけると、また子供たちは会話を再開した。

 

「確かに、私って子供っぽいと思うけど......」

 

 ちなみにミウは拗ねてしまって、俺のことを半眼で見てきた。

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど、その、ねぇ?」

 

「なにも伝わってこないよ」

 

 やばい、ミウの目から何か冷たいビームでも照射されているのか、すげぇ背筋が冷たい。

 しかも、少しするとミウは完全に顔を背けてしまった。

 さて、どうやって謝ろうかとーーすぐにこの発想が出てくる辺りがすごく情けないとは思うがーー俺が頭を悩ましていると。

 

「..................私は同い年だって分かって嬉しかったのに」

 

 ミウが子供たちの方を見ながら何かを呟いた。

 ......なんか、聞こえなかったのがすげぇ悔しい気がするのは気のせいだろうか?

 そんなことをしているうちに、サーシャさんたちの家が見えてきた。

 それを見て子供たちは声をあげて我先にと走り出すーーーーのを俺は前に先回りすることで止めた。

 子供たちから不満の声が上がるが、今はそれどころではなかったりする。

 

「コウキ」

 

 もちろん、ミウも気づいている。

 家の前にサーシャさんと見覚えのない男が立っていた。

 顔は見えないが、身長からして俺より年上。10代後半だろうか?

 二人の間の雰囲気はあまりいいものではない......どうやらなにか言い争っているらしい。

 

「ミウとお前らはここにいてくれ。俺が様子を見てくるから」

 

 子供たちからは少し不満げにされたが、ミウがなんとか宥めてくれたので、すぐに俺は行動を開始する。

 普通に近づいていってもいいのだが、なにやら不穏な空気だったので念には念をということで隠れながら近づいていく。

 ここが少し道を入ったところだったから隠れる場所があって良かったけど、こんなことなら《隠蔽》スキル取っておくんだったな。

 壁や置物などに隠れながらある程度近づくと、二人の会話が聞こえてきた。

 

「だーかーら、ここの家、俺たちに渡して欲しいわけ、分かる?」

 

「なんと言われようと、ここは子供たちの帰ってくる場所です! 絶対に渡しません!!」

 

 どうやら、家の所有権を巡っての話のようだ。

 

「子供たちぃ? ......あぁ、あのワラワラいるガキんちょどもか。そんなものよりも俺たちの目的の方が大事なんだよ」

 

「目的......って、なんですか?」

 

「あぁ? そりゃ攻略に決まってんだろ。俺たちが攻略してみんなを助けてあげようって、それは素晴らしい目的だよ」

 

「攻略って......あなた確かいつも酒場にいる人じゃないですか。そんな人が攻略に参加できるだなんてとてもじゃないですが思えません」

 

 サーシャさんが少し震えながらもキッパリと答えると、それに対して男は気だるそうにため息をついた。

 

「......はぁ~、あんたも強情だなぁ」

 

 そう言うと、男は腰に携えた剣を抜き、家の前の花瓶などが乗せられていた台に振り下ろした。

 ガァァン! と音を立てて、台や上に乗っていたものが崩れる。それを見てサーシャさんが顔を青くする。

 圏内では基本的に物に対してもダメージは入らないのだが、それはマップ的に配置されているものに限る。

 だからプレイヤーが新しく置いたもの、手を加えたものはダメージが入るのだ。(例えばジュースが入ったビンを落とせば、そのビンはそのまま割れ、ポリゴンになる)

 

「こっちも何日も話し合いさせられてイライラしてんだわ。さっさと家渡せや」

 

 ......なるほど、大体の事情は分かった。

 それにしても、確かにあの恐喝方法は中々に効果的だと思う。

 この世界では異性のプレイヤーに不適切な接触をされると《ハラスメント防止コード》というものが発生する(設定次第ではパーティメンバーを除く)

 これは接触した側には不快な感覚が体中を駆け巡り、接触された側にはウィンドウが出現し、そこに出ているYESのボタンを押すと、接触してきたプレイヤーを監獄エリアの《黒鉄宮》に送れるというものだ。

 しかし、この接触は当然のように武器での接触は含まれない。

 確かに圏内では武器での攻撃は届かないが、それでも恐怖心を煽るには十分効果があるだろう。

 それに武器で物を破壊するというのもさらに恐怖心を煽り、効果的だ。

 中々に下衆な奴だということが分かる。

 まぁ、

 

 

 

 今、俺も後ろからこのクソ野郎の背中に剣を突きつけているので、人のことは言えないが。

 

 

 

「今帰りました、サーシャさん」

 

「コ、コウキさん......?」

 

 サーシャさんは、まるであり得ないものを見る顔になる。

 俺が人助けをするのはそんなに珍しいだろうか? ちょっと傷つく......確かにあんまりしないけどさ。

 

「な、なんだよお前、こんなことして......」

 

 クズ野郎が何か言っているような気がするが、多分聞くほどのものではないだろう......あれ? ゴミ野郎だっけ?

 

「サーシャさん、そこに子供たちとミウがいますから、そっちに行ってあげてください」

 

「え、あっ、はい......でも!?」

 

 どうしーーあぁ、『これ』か。

 

「大丈夫ですよー。これは気にしなくていいですから、行ってください」

 

「無視すんなやこらーーひぃっ!?」

 

 ゴミが勝手に動こうとしたので、今度は前に回り込んで相手の喉元に剣を突きつける。

 剣が見えるようになったぶん視角情報からの恐怖が何倍にも増したのだろう。体をガッチガチに固まらせた。

 よかった、一応人間に近い知性は持ち合わせているようだ。これでもまだ動くようなら今度は当てなくてはいけないところだった......それはそれで楽しそうではあるが。

 ......ここまで冷静に相手に対処できるのは初めてかもしれない。

 それ以上に、ここまで体の芯が冷えているのも初めてな気がする。

 

「あの、ありがとうございます!」

 

 サーシャさんはいつものように頭を下げると、子供たちの方へと駆けていった。うーん、相変わらずいい人すぎて、苦手意識持っていることが少し罪悪感。

 さてと。

 俺はここで初めてゴミの顔を見る。

 先程は10代後半と言ったが、どうやら20代前半のようだ。全く、大人にもなってこんなことをする奴がいるのか。

 俺は隠すようにもせずため息をつく。

 

「......で、あんたはまだこの家が欲しいとか言うのか? 一応ここで引くのなら手打ちにしてもいいと思ってるんだけど」

 

「はっ、盗み聞きかよ......大体俺は何も間違ったようなことは言ってねぇよ。実際俺たちが攻略に参加すれば、攻略もいくらか早く進む、人も助かる、いいこと尽くしじゃねぇか」

 

「いいこと尽くし、ねぇ。それはここの子供たちの大切な場所を奪ってまで得たいものか?」

 

「当たり前だろ、あんなくだらないガキどもに比べれば、よっぽど崇高なことだろぉが」

 

「......ふーん」

 

交渉決裂、だな。

これ以上の話し合いはしても仕方ないし、これ以上こいつの下衆な言葉を聞いていたら、冗談抜きで発狂してしまいそうだ。

俺は剣を相手の喉元に完全に当てる。それと同時にゴミが嫌な悲鳴を上げるが、剣先は紫のエフェクトを出すだけで、相手に一切の傷はない。

 

「へ、へへへ。圏内じゃプレイヤーは傷つくことはねぇんだから、こんなことをしても意味ないぜ......お前だってガキどもが傷つくのは嫌だろう?」

 

 ゴミが苦笑いと思われる表情になる。

 思われる、というのは、極力こんな奴の顔は見たくないからだ。

 それにしても、やはり人間に近いだけで同等の知性は持ち合わせていないのだろうか?

 それだけならこいつがただのゴミということを再認識するだけなのでいいが、後半の言葉はさすがに看過できない。

 先程の言葉は、こいつはことと場合によっては圏内で子供たちへの恐喝、もしくは圏外での子供たちへの危害を加えることを視界に入れているということだ。

 ......ふざけるな。

 忠告もしたし、もういいだろう。

 ゴミに当てている俺の剣が、淡いライトエフェクトを纏った、次の瞬間。

 

「ぐぎゃぁっ!?」

 

 ビィィィィィィン!! というノックバック音の後に、そんなゴミの汚い音が聞こえた。

 さらに遅れてゴミが道に転がる。

 

「圏内だろうとノックバックは発生するんだよ。常識だろ?」

 

「て、てめぇ......」

 

 こいつが悔しそうな顔をする度に胸がスカッとする。

 どうやら俺はこいつのことが本当に嫌いらしい。

 といっても、今転がしたスカッとしたぶんを差し引いてもまだ全体の9割以上イライラしているから、あと20回以上はこいつを転がさないとだけど。

 するとゴミは立ち上がると、俺に対して剣を構えてきた。

 こいつ......まだやる気なのかよ。

 確かに俺はミウやキリトたちに比べれば、なんの取り柄もない弱すぎるプレイヤーではあるが、だからといって、こんなゴミに負ける気は正直全くしない。

 自惚れだとか慢心だとかそういうものではなく、事実としてだ。

 武器の構えかた、雰囲気など、強いプレイヤーというのはそういったものが洗練されているが、今目の前に立つこいつは、それらが稚拙すぎる。

 

「あんたさぁ、もう邪魔だからどっか行けよ。俺たちも暇じゃないからさ」

 

 俺が一方的に攻撃し続けるのならまだしも、こんなやつと戦闘するなんて真っ平ごめんだ。

 だが相手は俺の忠告(一応)なんかには聞く耳持たないらしく、

 

「ふざけんなやコラァ!!」

 

 俺に向かって突進してくると、そのまま剣を大上段から振り下ろしてきた。

 だがそれは、スキルでもなければ、身の毛がよだつようなパワーもスピードもない、なんてこともないただの一撃。

 ......こんな奴が。

 俺はその一閃を体を右に一歩ずらすことでかわし、躊躇なく相手の喉元に《スラント》を叩きつけた。

 再びノックバック音が鳴る。

 それと同時にゴミが再び道に転がる。今回は宙での一回転のおまけ付きだ。

 ゴミがそのまま転がっていき道の壁にぶつかったところで漸く止まる。

 俺はそれに近づき、ゴミの眼前に剣を突きつけた。

 

「ひっ、ひぃ!?」

 

 うるさい。

 こんな奴の声なんて耳に入るだけで不快だ。

 だが、これだけは言っておかないといけない。

 

「お前さっき、サーシャさんに子供たちのことを『そんなもの』とか言ってたけど」

 

 剣を持っている右手に自然と力がこもる。

 

「その『そんなもの』で、いったいどれだけの子供たちが笑顔になっているのか分かってんのか?」

 

 こんな、1人の勝手な願望のためだけに1万人もの人が絶望に包まれてしまった世界で、他人のために全てをかけられる。それがいったいどれだけすごいことか。

 こんなにも笑顔で包まれている暖かい場所を、俺は他に知らない。

 それをこいつは、自分達の欲望なんかで踏みにじろうとした。

 

「ここは、お前みたいな奴が壊していい場所じゃないんだよ。お前みたいな奴が犯していい場所じゃないんだよ」

 

 弱く、剣をゴミの頭に当てる。

 ブゥン......と小さくノックバック音が鳴る。

 その度にゴミが声をあげるのが少し面白い。

 俺が小さく笑みを浮かべると、ゴミはもうほとんど泣いているような表情になったが......知ったことではない。

 

「......今度この場所に手を出してみろ、その時はーー」

 

 今度は強く剣を当てる。それに応じてまた音が鳴る。

 

 

 

「ーー『外』で相手してやる。分かったら消えろよ。このクソ野郎が」

 

 

 

 俺がそう言うと、ゴミはまた奇声を上げて街の奥へと走り去っていった。

 それを見て、俺も頭に上がっていた血が下りてきて、冷えきっていた思考もいつも通りにの温度に戻っていく。

 ミウたちもこちらのことが終わったのが分かったようで、俺の方に近づいてきた。

 ......ふぅ、さてと。

 

 

 

「すいまっせんでしたーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 俺はサーシャさんたちがいる方向に向けて思いっきり土下座した。

 やっちゃったーー!! かんっぜんに子供の情操教育に悪い感じだったよさっきの俺!!

 いやでも、なんか話聞いててすっごい頭に来て、気づいたらどうやってさっきの奴を痛めつけられるかとか考えてたし、無意識だったから俺はそこまで悪くはないーー訳ないだろうが。むしろそっちの方がダメじゃん!!

 ていうか、だったら話し合いでよかったじゃん!? 何で俺手ぇ出してんの!? キレやすい最近の若者かっ!!

 ......これはもう、子供たちにも嫌われたかな。

 そう思ったのだが。

 

「かっこいいーーーー!!」

 

 ......へ?

 

「コウキさんすごい!!」

 

「あれどうやったの!?」

 

「ばか、お前見えなかったのか? こうやったんだよ!」

 

「ちがうよ、こうだよ!!」

 

 あれ? なんか予想と違うんですけど......

 呆けながら土下座している俺の回りを興奮した子供たちが囲んでいるという謎の図に俺が混乱していると、サーシャさんがこちらに来た。

 

「あの、コウキさん。本当にありがとうございました!!」

 

「えっと......あの、俺お礼言われるようなこと言いましたっけ?」

 

 サーシャさんに答えながらゆっくりと立ち上がる。

 正直、『もう近寄らないでください!!』っていう反応をもらうようなことしかしてない気がする。

 するとサーシャさんは顔を少し顔を伏せる。

 

「さっきの人......前からあんなことがありまして」

 

「あんなことって、脅迫ですか?」

 

 と、サーシャさんの隣まで来たミウ。

 その言葉にサーシャさんが頷く。その後のサーシャさんの話によると、2ヶ月ほど前からさっきの奴は来ていたそうだ。

 あいつの話では、ここを攻略の拠点にするだの、力無き者は力ある者に協力すべきだの、ここの子供たちよりプレイヤー全体の方を優先すべきだの、その他色々言われたそうだ。

 話の感じからするに他にも仲間がいるっぽいし、もっと痛め付けた方が良かったか......?

 

「ちょっ、コウキ!? 落ち着いて落ち着いて!! 目が危ないよ!!」

 

 なんか話の途中でミウが慌てていた気がするが、気のせいだろう。

 最近になっては、先程のようにゴミからの恐喝も増えてきたらしい。

 そして今日、俺が全部ぶち壊したと、そんな感じだ。

 さっきのゴミ(悪者)のことは子供たちも知っていたから、それを倒した俺はヒーローということか。

 

「......俺、やっぱり余計なことしたんじゃ」

 

 さっきの奴にそんなことをされてもサーシャさんたちが今まで我慢してきたのはきっと報復を恐れてだろう。

 子供たちもいるから相手の報復方法なんていくらでもある。

 あー、くっそ......なんでそこまで考えが至らなかったんだよ。昔からキレたら後先考えなさすぎだろう俺.....

 俺が自己嫌悪とこれからどうすべきかと考えていると、サーシャさんがニコリと笑う。

 

「いえ、いい切っ掛けになりました。このままいけば結局この家を渡さないといけなくなっていたでしょうし......」

 

 言いながら、サーシャさんは家を仰ぎ見る。

 その顔に浮かんでいるのはやはり笑顔だが、俺にはとても強い笑顔に見えた。

 ......やっぱり、この人もミウと同じ、優しくてとても強い人だ。俺なんか、足元にも及ばない。

 

「でも、あいつらのことはちょっと気になるよね」

 

 確かに、このままにしておくと間違いなく『何か』は起こるだろう。しかもそれはサーシャさんや子供たちにとって悪いことだ。

 ミウとサーシャさんを見ても、いい案は浮かんでいないように見える。

 ............。

 

「......アルゴに頼んでみるか」

 

「アルゴに? 何を頼むの?」

 

「アルゴは情報屋だ。ってことは情報の『入手』だけじゃなくて『発信』も頼めばできないことはない......はず」

 

 正直ちょっと自信がないが、最悪俺が1周間ほど弄られるのと、ミウとのお話会ーーという名の情報漏れの場ーーを提供すればイケると思う。

 

「でも、どういった情報を流すのでしょうか?」

 

「......例えば、さっきの奴をぶっ飛ばしたプレイヤー(俺)と《聖人》サーシャさんの仲がよくてここを拠点にしている、なんてどうでしょう?」

 

 これなら半分本当だから嘘だとバレにくいし、バレた時には本当に俺たちが来ればいい。

 重要なのは向こう側がサーシャさんたちを一気に潰しに来るようなことがないようにすることだ。

 そうなると俺たちが駆けつける前に何かが起こってしまうし。

 あとは、さっきの奴に与えた恐怖感と、ミウの《聖人》としての名前がどれだけストッパーとして役立つか、だけど。

 

「あの、でも......ここまでしてもらってよろしいのでしょうか?」

 

「いや、まぁ......今回は俺にも非があるしなぁ」

 

「それに困ったときはお互い様、ですよサーシャさん! 私たちもここが大好きですし」

 

 俺は少し目線を逸らして、ミウは笑顔でサーシャさんに返す。

 先ほども言ったように、俺はこんなに暖かい場所を他に知らない。

 この家を脅かすものがいるのなら、誰だろうと叩き潰す。

 可能な限り負の可能性は叩き潰すのだ。

 そのためには俺はなんだってする......というのは少々カッコつけすぎか。

 それでも、俺の心意気はそのぐらいあるのは確かだ。

 とりあえず、アルゴにメッセ送っておくか......

 

「あの......」

 

「ん?」

 

 下の方から声が聞こえたので顔を向けると、ミウとサーシャさんに挟まれる形でカナちゃんがいた。

 顔はまだ俯いているが、体はこちらを向いている。

 カナちゃんを怖がらせないよう、目線を合わせるためにしゃがむ。

 

「どうしたの、カナちゃん」

 

 彼我の距離は約1メートル。この数日間でここまでこれた。

 カナちゃんが何を伝えようとしているのかは分からないが、その必死に何かを伝えようとする姿を見ていると、必然とこう思う。

 ーー頑張れ。

 そして、カナちゃんがついに口を開き、辿々しくも言う。

 

 

 

「あの............ありが、とう」

 

 

 

 ......っ。

 ヤバイ、ウルッときた。

 なんか今、ミウがかわいい物好きなのが分かった気がする。

 まずいまずい、ここで下手な行動を取ったら、またカナちゃんが背の高い人に恐怖心を持ってしまうかもしれない。

 抑えろ、抑えろ~......

 ......でも、よかった。これならカナちゃんの症状は段々良くなっていくと思う。

 俺は今できる最大の笑顔を浮かべる。

 

「どういたしまして!」

 

 カナちゃんは大丈夫だ。

 俺の笑顔に、弱々しくも笑顔を返してくれたカナちゃんを見て、そう確信できた。

 

 




はい、コウキくんぶちギレ回でした。

キリトがキレて感情的、というか爆発タイプなので、コウキくんの性格やキリトの反対をとる感じで一気に冷たくなるタイプにしました。
コウキくんってもともと自分が守りたいものだけを守るということから、それ以外、もしくは敵に対してはとことん冷たいタイプだと思うんですよね。
なのでこんな感じになりましたが......うーん、やっぱり描写が拙くてダメダメですよね。難しい。


今回はちょっと展開上本編には載せられなかった小話を少々。
時間的には子供たちとフィールドで遊んでいるところです。


「ふぅ」

子供たちから少し離れて、軽く息をつく。
さすがは子供、元気の塊というのは伊達ではなく、一緒に遊んでいると体力が足りないこと足りないこと。
先ほどもケイドロをしていたが、後半は逃げても普通に捕まってたしな俺。
そんなこんなで少し休憩を入れさせてもらっているわけだ。
うーむ、俺も一応、まだ14才なんだけどな......若いもんには勝てんというやつか。

「はい。コウキ」

「ん?」

子供たちが離れすぎないように遠くから見守っていると不意に後ろから声をかけられたので振り返ると、案の定ミウがいた。
右手にはジュースが入った小瓶があり、俺につき出してきていた。
俺はそれを受け取りつつミウに言う。

「ミウ、さっきもそうだったけど、後ろから声かけてくるの最近はまってるの?」

「うーん、そういう訳じゃないけど、嫌だった?」

「特には。まぁ、ミウ相手なら背後取られても損はないし」

「いや、私相手にはって......」

「だって、ヨウトやアルゴ辺りなら間違いなくちょっかいかけられるし」

「あー......」

ミウは何か言おうとしたが、そのまま視線を逸らして笑ってしまった。
どうやらフォロー失敗したらしい。まぁ、そもそもあの二人にフォローとかいらんだろうけど。
そしてミウと並んで子供たちの様子を見守る。その間これといってミウとの会話はなかったが、ミウとだと沈黙もそこまで行き詰まる空間ではなくなってきている今日この頃。
これはミウの言う『家族』に近づいてきているということだろうか? それなら嬉しい。
でも、こう子供たちをミウと見守っていると......
そのまま数分ほど二人して黙っていると、ミウが唐突に話しかけてきた。

「ね、ねぇ、コウキ」

「ん?」

「なんかさ、こうしてるとさ......」

「......あぁ、確かにそうだな」

ミウが若干早口で言ってきたが、言いたいことは何となく分かった。
そうか、ミウも同じこと考えていたのか。
俺が答えるとミウは俺の方に顔を向けて顔を赤くした。

「そ、そうだよね! こうしてるとーー」

「あぁ、こうしてるとーー」



「小学校みたいだよな」「夫婦みたいだよね」



「......へ?」

ミウが呆けた声を出す。

「いや、こうやって大勢の子供たちを見てると、小学校みたいだよなだよなって......あれ? ミウさっき何て言ったんだ? ちょっと声被ってたから分かんなかった」

「~~~~っ なんでもないよっ!」

ミウは顔を一気に赤くすると、そのままズンズンと子供たちの方へと歩いて行ってしまった。
俺は慌ててミウに声をかけるが、「知らないっ!」と返されてしまった。
......あれー?



はい、以上です。ミウさん本当に糖分高めです。自分で書いててなんですが、可愛いですちくしょう。コウキにはザ○ですね。

さて次回は......ヨウトくん出てくるかな?


少し本編を改稿しました。それで話の内容が変わるというわけでもないですが、指摘もあり、私自身も少し気になったので......

ちょっと絵をあげてみました。下手ですが見てくれると嬉しいです。


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25話目 謎の定食屋と無力な少年の苦悩

25話目です!

今回はちょっとコウキくんに触れる話になっています!
やっとここまでこれました......この話を出すまでどれだけ引っ張ったことか......まぁ、私の書き方が悪いんですけど。

それではどうぞ!


「コーウーキー。あーそびーましょー!」

 

 ノック音とともに声が聞こえる。声の高さから男だということが分かる。

 

「コーウーキー。あーそびーましょー!」

 

 今度は女性特有の高い声。

 二つの声、どちらも聞き覚えどころか、聞きなれている声だが、後の女性の声には反応しなければならない。

 だが、ここで返事をすれば男の声に返事をすることと同義だ。それだけは嫌だ。

 ......仕方ない。

 俺はまだ覚醒しきっていない体に鞭を打ち、ウィンドウを操作しある人物にメッセを送った。

 するとまた外から声が聞こえてくる。

 

「なになに......あはは......」

 

 俺からのメッセを読んだと思われる女の子が苦笑いするような雰囲気が伝わってくる。

 ちなみに送った内容は『眠い、そいつどっかやって』だ。

 少しそっけないのは眠いから仕方ないのだ。せっかくの1ヶ月に1回しかない休養日の朝8時だし。

 すると今度は男の声が聞こえてきた。

 

「コウキからメッセ? なになに......」

 

 あ、これめんどくさいパターンだ。

 

「......ふざけんなぁ!! コウキー!! 出てこーい、朝だぞー!!」

 

 うるさい、こっちは眠いんだ。

 昨日だって今日休むために16時間ぐらいぶっ通しで迷宮区に潜ってたんだから。

 

「ヨウト、休みの日なんだしゆっくりさせてあげようよ」

 

「いーや、あいつは放っておくと延々眠り続けるからな。前に実験したから分かる」

 

「実験ってどんな?」

 

「あいつの目覚ましの電池抜いといた」

 

「......まさかとは思うけど、それ平日じゃないよね?」

 

「よく分かったな、ミウちゃんって推理もできるんだ」

 

「それコウキ学校どうしたの!?」

 

「だから来なかったよ。ずっと寝てたし、その日はあいつの親もいなかったしな」

 

「......コウキも前から苦労してたんだなぁ」

 

「あいつも大変だよな」

 

 主にお前のせいでな。

 非常にツッコミたくなったが、今は惰眠を貪ることを優先する。

 二人の会話は続いていく。

 

「そうだ! ミウちゃん、コウキとパーティなんだから扉開けられるじゃん!」

 

「前に事故ったからちょっと......またあんなことになったら私倒れちゃうし......」

 

「事故って何!?」

 

 男ーーヨウトの驚愕の声が聞こえてくるが、今回に限ってはその反応が正しいと思う。

 ちなみに事故っていうのは着替え中の俺とばったりというあれだ。

 

「でも、ミウちゃんもコウキに休みの日も会いたいだろ?」

 

「それは......うん」

 

 なぁ!? あいつなんて方法を!!

 

「じゃあ開けよう! すぐ開けよう!」

 

「でも......」

 

 ......ここまでか。

 俺は愛しのベッドから抜け出て、あくびをしながら玄関扉に向かう。

 たくっ、休みの日なんだから二度寝ぐらいさせろよ。

 俺はドアノブに左手をかけつつ、同時に右手を力を込めて引く。

 そしてゆっくりとノブを回して扉を開ける。

 

「ーーおぉ、コウキやっと出てきたかぐぼぉっ!?」

 

 とりあえず、今日はじめて見たバカの顔を《閃打》で殴っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、用件は? バカヨウト」

 

「もぉう、コウキったらぁ、バカヨウトとかやめてよぉう」

 

「《閃打》千発追加」

 

「容赦なさ過ぎる!! ぶべぇっ!?」

 

 今は俺の部屋の中にいる。

 攻略に行く日ならこの時間はミウと店で何か食べているのだが、休みの日は基本朝は外食せずに、前日買っておいたものを食べる。

 ミウとの約束があれば別だが、ミウは休みの日の朝はずっと《料理》スキルの熟練土アップに励んでいる。

 だからこの時間は俺もまだ寝ていられたのだが。

 こいつのせいで......

 

「ねぇ、コウキ?」

 

「ん、どうしたミウ? 俺あと992回ヨウトに《閃打》叩き込まなきゃいけないんだけど」

 

「えっ!? さっきの本気なのコウキ!?」

 

 俺の下で転がっているヨウトがなにか騒いでいる。なにを言っているんだろうこいつは? こんなところで嘘ついても良いことなんて一つもないじゃないか。

 

「《閃打》だから千打......なんてな」

 

「怖い! 怖いから!! 洒落になってないからなそれ!!」

 

 だって洒落じゃないし。

 

「えっと、大したことじゃないんだけどね」

 

「えっ? ちょっとミウ!? 今の状況スルー!?」

 

「ヨウトうるさい」

 

 また1発《閃打》をヨウトに叩き込む(といっても圏内なので軽いノックバックしか発生しないが)

 えっとあと......994発だっけ?

 

「で、ミウどうしたんだ?」

 

「えっと、これ作ってきたんだけど......」

 

 そう言ってミウがストレージから出して机に置いたのは2枚の皿だった。その上には2枚とも料理が乗っている。

 乗ってるのは......肉じゃが?

 なるほど、今日はこれか。

 

「なになに? 肉じゃが? ミウちゃん毎日コウキに作ってやってんの?」

 

 俺の殴打から逃げ延びたヨウトが料理の前に来て言う。

 

「ううん、さすがに毎日じゃないよ? こんな休みの日はお昼に試食してもらおうと思って作ってるんだ」

 

 ミウが台所に向かいながら言う。

 おそらく箸とかを取りに行ったのだろう。

 ミウはちょくちょく料理を持ってくるので、俺の家の台所回りもばっちし把握していたりする。

 本当は、俺が作ってもらっている側なのだから、俺が色々準備したり、それどころか俺が食べに行くぐらいのことをしなくてはいけないのだが、それをしようとするとミウが毎回拗ねてしまうのだ。

 なのでミウのしたいようにさせてあげたりはしているが......申し訳ないことこの上ない。

 俺たちも机の前に移動する。

 

「へぇ~、女の子の手料理かぁ......」

 

「......なんならお前も食べるか?」

 

「いいの!?」

 

 そりゃそこまで釘付けになって見てればなぁ......

 俺とミウだけで食べても隣にこんなやついたら後味悪いし。

 でも......

 

「今回は当たりか......?」

 

「なんか言ったか?」

 

「いやいや、なんでも」

 

 そんなことを話しているうちに、ミウが箸とコップを持って戻ってきた。

 俺もその間に肉じゃがの皿をそれぞれが座っている位置の前に置く。

 

「おまたせー、じゃあ、食べよっか?」

 

「うし、いただきます」

 

「「いただきまーす」」

 

 俺に続いてミウとヨウトも言う。

 さてと。

 

「ヨウト、お前先に食っていいぞ」

 

 箸は基本的に俺とミウの2膳しかない。なので俺はヨウトに自分の箸を渡しながら言う。

 すると、ヨウトは珍しく遠慮したような顔になる。

 

「いや、さすがに最初はコウキかミウちゃんだろ」

 

「別にそんなこと気にしないって。なぁ、ミウ?」

 

「うん、私も気にしないよ~」

 

 というか、それよりもお前の輝いてる目の方が気になって仕方がない。

 

「じゃあ、遠慮せずに......」

 

 ミウが作った肉じゃがはごく普通なもので、具はじゃがいも、豚肉、糸こんにゃく、玉ねぎだ。(ゲーム内なのでどれもそれに類するものだが)

 つゆが香ばしくて、いい具合に空いていた腹に早くかきこみたくなる。

 ヨウトは早速箸を伸ばすと、最初に一口サイズに切られたじゃがいもを取り、口に運ぶ。

 ......どうだ?

 じゃがいもを咀嚼しているヨウトの顔を観察していると、少しずつ変化が出てくる。

 それは......残念なことにあまり幸せそうではない。

 ミウの《料理》スキルの熟練度はまだそれほど高くはない。

 なのでこうやってたまに練習がてら俺に料理を持ってきてくれるのだが、外れた、つまり失敗したときはそれはもう大変なのだ。

 なにが、とは言わないが、とにかく大変なのだ。

 

「......う、美味いよ」

 

 それでも笑顔でそう言ったヨウトは男だと思う。今だけは心の底から尊敬してもいいぐらいだ。

 しかし、ヨウトの反応を見たミウは苦笑いする。

 

「あー、やっぱりダメだった?」

 

「ヨウトー、今だけは無理しなくていいぞー、よくあることだから。ミウも正直に言ってくれた方が嬉しいらしいぞ」

 

「うっ......ごめん」

 

 ヨウトはそう言って俺に箸を返してきた。

 まぁ、さすがにこれを全部食えって言うほど俺も鬼ではない。

 前に俺が食ったときはミウの好きなスパゲッティだったけど、あのときはすでに色がおかしかったし。

 なんか、緑色だった。ミートスパゲッティなのに。

 

「でもミウ、これ昼飯用じゃないのか? 今食べちゃったら......」

 

 えっ、これ食うの!? みたいな視線をヨウトから感じたが無視。

 そもそも食うのは当然だ。残したりしたらミウに悪いし。

 

「あ、うん。私もそのつもりだったんだけど、なんかヨウトが美味しいお店があるって......」

 

「そういうことだ!」

 

 ヨウトがニッと笑って言う。

 なるほど、それが今回のヨウトの用件か。最初からそう言えばいいものを。

 

「どうせお前、どっきりでも仕掛けようと思ったんだろ。いいとこあるから連れていってやる、みたいな」

 

「えっ!? なんで分かった、お前エスパー!?」

 

 いや、お前の考えてることなんて誰でも分かるっての。

 でも......美味い店か。確かに最近、ものすごく美味い! っていうのは食ってなかったしな。

 ちなみにミウの料理はカウントに入っていない。当たりの時は確かにメチャクチャ美味いんだけど。

 それになにより、ヨウトは無茶苦茶だがセンスはいい。

 前にリアルで連れていってもらった穴場のラーメン屋も、雑誌に載っているような店よりも断然美味かった。

 

「場所は?」

 

「13層の《旋風》ってお店。知ってるか?」

 

 いや、全く知らない。俺は首を横に振る。

 ミウのお菓子探しで、俺もどの街も人よりはよっぽど知ってんだけどなぁ。

 

「じゃあ、お昼はそこで食べるってことでいいのかな?」

 

「あぁ、いいんじゃね」

 

「うっし! まだ時間結構あるし街に繰り出すか!!」

 

「別にいいけど......ミウの肉じゃが食べてからな」

 

 こらヨウト、そこで不安そうな顔すんな。

 そして苦笑いしているミウ、半ばヤケクソ気味になっているヨウトともに肉じゃが討伐に取りかかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とーちゃっく!」

 

「ここか......」

 

 あれからヨウトの言った通り街に出て色々ぶらついた。

 といっても、もうどの層もほとんど知り尽くしているので途中からは穴場探しになっていたが。

 そんななか、街にある時計が正午の鐘を鳴らすと同時に、ヨウトが「行こうぜ!!」みたいなことを言って、13層の裏道に入っていった。

 俺もミウもこんな道があったのか、というような道をどんどん進んでいき、今は《旋風》という店の目の前にいる。

 ......なんで裏道に入ってから5分程度で知らない道に入るんだろう? ミウも知らなかった道なので相当に目立たない道だ。

 

「なんていうか......日本っぽいね」

 

 《旋風》の建物を見ながらミウが言った。

 確かに、外観はミウに言う通り日本っぽい。

 というよりは、古きよき日本と言った感じだ。

 壁はコンクリート、屋根はすべて木製。昭和時代のラーメン屋と言えばある程度分かってもらえると思う。

 

「んじゃ、入ろうか」

 

 ヨウトの先導で店の中に入ると、やはりと言うべきか、中も基本木製の落ち着いた感じの雰囲気だった。

 こんな目立たない場所にあるせいか、客は俺たちしかいないようだ。

 NPCの掛け声を聞きながら、俺たちはカウンター席とボックス席があるなか、カウンター席にそれぞれ並んで座る。

 俺を中心に、右にヨウト、左にミウという並びだ。

 

「こんな風にしてると本当にリアルに帰っていたみたいだね」

 

 ミウがカウンターに置いてあるメニュー表を鳥ながら言う。

 確かにこのメニューの感じとかすごい日本っぽい。この世界って基本的には全然現実感がない異世界って感じなのだが、たまに現実感ある風景ーー例えばちょっとした森とかーーがあったりするから、余計に現実という錯覚を感じてしまう。

 しかも今のミウの場合、森のようなフィールドではなく圏内なので私服。そのせいで完全にリアルの風景になってしまっている。

 

「......へぇ、ここって雰囲気と同じで料理も日本食に近いんだ」

 

「そうそれ! だからここに連れてきたかったんだよ!」

 

 俺もそのメニューが気になり、ミウが持っているメニューを見せてもらう。

 メニューは写真付きのもので、そこには魚の塩焼きや定食など、これぞ日本! という感じの料理が満載だった。

 これは......すごいな。

 

「コウキたちは何にする? あ、俺は照り焼き定食で」

 

「私は......この野菜満載セットかな? コウキは?」

 

「納豆定食」

 

「お前、前から好きだよなぁ。納豆」

 

 別にいいじゃん。納豆体にいいんだし......この世界でも体に作用があるのかは知らないけど。

 店員に注文し、10分ほどすると料理が出てきた。

 今日2度目となる3人での合掌をして、まずは汁を吸ってみる。具は大根、玉ねぎ、ワカメだ。

 ......うまい、なんか久しぶりに食べた味だ。

 ミウも自分のセットについていた汁を吸って驚いた顔をしている。あ、急に悔しそうな顔になった。

 ミウのことだから、料理で負けて悔しいとか思っているのだろう。さすがに店の食べ物とまで張り合わなくてもいいと思うのだが。

 

「いいだろ、ここ」

 

「予想以上だよ、お前よくこんなとこ見つけるよな」

 

「お前らの休みみたいな日を街散策に使ってるだけだって」

 

 それでも俺だったら間違いなくこんなところは見つけられない。

 ミウもヨウトには負けたというように小さく両手を挙げている。

 ヨウトはそんな俺たちの反応に気分をよくしたのか、ニヤリと笑うと、

 

「さて、ここでもう一つお前らにサプライズがあります!」

 

「サプライズって......ここの代金はヨウトが払ってくれるとか?」

 

「ミウちゃん最近コウキの影響受けてきてない!?」

 

 まぁ、こんだけ一緒にいたらそんなこともあるだろうな。俺もミウの影響受けてるところいくつかあるし。

 俺が適当にそんなことを考えていると、ミウが急に嬉しそうに笑った。どうしたんだろ? なんか珍しい野菜でも入ってたのか?

 

「そうじゃなくて! ......あー、もういいや! フィナーー!!」

 

 ヨウトが店の奥の厨房の方へ声をかけると、「はーい?」と、高い声が返ってきた。

 

「あ、ヨウト君じゃない。さっきの照り焼き定食ヨウト君のだったんだ」

 

 奥から出てきたのは、俺よりも1こか2こ上ぐらいの年齢だと思われる女性だった。

 髪は金と茶色の中間ぐらいの色をしたポニーテールで、くせ毛なのか所々カールしている。来ている割烹着と明るい色のポニーテールというのが意外とマッチしていた。身長は俺より少し低いだけなので、女性の平均で言えばかなり高い方に思う。

 

「来てたなら声かけてくれればいいのに」

 

「いや、さすがに仕事中のやつにそうほいほい声かけられないって」

 

「仕事中って言ってもあんたたちしかいないけど」

 

 フィナさん? はニカッと明るく笑う。

 なんか少し、いや、かなりフランクな人だな。

 すると、フィナさんは今度は俺とミウに視線を向けてくる。

 

「で、この子達はヨウト君の友達?」

 

「あぁ、俺の隣にいるのがコウキ、で、そのとなりがミウ」

 

「こんにちは」

 

「......どうも」

 

 ミウ、俺の順番で挨拶する。フィナさんも「こんにちはー」と返してくる。

 ......俺、また無愛想な顔してるんだろうなぁ。別に不機嫌って訳じゃないんだけど。

 はぁ、ほんとこれ、どうにかならんものだろうか?

 

「お前らー、聞いて驚くなよ~?」

 

 ヨウトはニヤニヤしながら俺に言ってくる。

 どうでもいいけど、こいつのサプライズ体質もどうにかならんかな?

 そんな俺の密かな願いを無視しつつ、ヨウトは手をフィナさんに向ける。

 

 

 

「なんと! ここの料理はすべて、フィナが作っているのでーす!!」

 

 

 

 え......これ、全部!?

 

「えぇ!? それほんと!?」

 

「ほんとーだぞ、ミウちゃん」

 

 ミウの驚きにフィナさんが答える。

 マジか......

 こんだけの料理をここまでの出来で作ろうと思ったら、いったいどれだけ熟練度アップに時間がかかったのやら......

 実際ミウが毎日のように《料理》スキルの熟練度アップに四苦八苦しているのを知っているので、本当に途方もないようなことに思えてくる。

 

「ふっふっふ、教えてやろうコウキ君。私はゲームが始まった瞬間から《料理》スキルを上げ始めていたんだよ」

 

「えっ? ......あの、俺なにも言ってないんですけど」

 

「私レベルの料理人なら、顔見たら何が言いたいのか分かるのだよ」

 

 そうなの!? はっ! 店長が老人とかだと欲しいタイミングで頼んだ料理が出てくるのはそれが理由だったのか! 前にヨウトに連れていってもらった例のラーメン屋もそうだったし!

 じゃあ、料理人の人がトランプとかやったら最強なんじゃ!?

 

「おーい、フィナ。コウキって変なところ純粋だからあまりからかってやるなよー」

 

「いやー、なんかずっとむすっとしてたから空気を和ませてあげようと思ったんだけど......まさか信じられるとは」

 

「えっ!? 今の嘘なんですか!?」

 

「ミウちゃんも信じてたの!?」

 

「だって、本当っぽかったし......」

 

「......似た者同士だねぇ、二人とも」

 

 なんか3人で話しているようだが、それどころではない。

 もし今考えてることがフィナさんにバレたら、すごい失礼になってしまう......!

 

「......客少ないのはいつものことだし、なんでこんなとこで店やってるのかって思ってくれても大丈夫だよ?」

 

 うわっ!? 本当に当てられた!!

 ......この人、本物だ!

 

「......この子、面白いねぇ」

 

「だろ? だからつるんでんだよ」

 

「コウキー! 戻ってきてー!!」

 

「......えっ!? なに!?」

 

 ミウに体を揺らされ、何とか思考の海から抜け出せた。

 危ない、あんまりすごかったもんだから、つい考えに没頭してしまった。

 俺は軽く頭を振って深呼吸する......よし、落ち着いた。

 

「......へぇー」

 

「? どうしたんですかフィナさん」

 

「いやね。なんかコウキ君とミウちゃんの距離、自然に近いなぁって思ってさ」

 

 フィナさんの言葉につられて俺とミウの間を見るが、言われるほど近い気はしない。

 ミウも同じようで、首を傾げている。

 一応俺とヨウトの距離も見てみたが、やはりミウとの距離とほとんど違いは見られない。

 そんなに近くないと思うけどなぁ、俺ら。

 

「そうやって自分達の距離に違和感持たない時点で二人ともーーもがもが!?」

 

 フィナさんはなにか言いたかったみたいだが、途中でヨウトが自分の昼御飯である照り焼きの肉を一つ、フィナさんの口の中に突っ込んだせいでよく分からなかった。

 そしてヨウトはすぐさまフィナさんを俺たちから少し離れたところに引っ張っていってしまった。

 

「ちょっ、なにすんのよ!?」

 

「フィナこそなに言おうとしてんの!?」

 

「なにって......ただ二人ともラブラブだなぁって」

 

「アウトだよそれ!! ミウちゃんはともかく、コウキはその辺色々あるんだから! もっと場所を選んで聞けなきゃ!!」

 

「知らないわよそんなの......」

 

 

 二人ともなにを話しているんだろう? 小声でよく聞き取れない。まぁ、聞こうとも思ってないけど。

 ミウも同じように聞く気はないようで、今もずっと大量の野菜にチャレンジしている。

 この店、街のまん中辺りに店開いたら、本当に大儲けするんじゃないだろうか?

 食べ物は俺たちプレイヤーの中でも数少ない娯楽の一つになっているので、ここまで美味しいのなら繁盛する確立はかなり高い。

 俺は定食に付いてきた魚の塩焼きを食べる。

 ......うん、やっぱり美味い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「食ったなぁ......」

 

「ここがリアルじゃなくてよかったよ......そうだったら絶対太ってる」

 

 あれからは特になにも起こらず、平和に食事が進んでいった。

 ヨウトがいて平和に物事が進んでいくってある意味奇跡だよなぁ。

 でも、あんまり《旋風》の料理が美味いものだから、夜まであそこにいて晩御飯も食ったのはやりすぎだったよな。

 俺は帰ろうと言ったのに、ヨウトが調子にのって騒ぎだして。それに段々ミウものって、最終的にはフィナさんも全力で盛り上がって......あれ? やっぱりヨウトのせいで平和に進んでなくね?

 まぁ、とにかくそんなこんなで、帰りにフィナさんに和菓子のお土産をもらって、今は1層の俺の部屋にて3人で談笑中だ。

 前までは別に部屋に拘りとかもなかったので必要なものだけ置いていたのだが、ふとミウの部屋のことを思い出して、最近はちょっとした小物を置いてみたりしている。

 部屋の隅に観賞用の木を置いてみたり、物を飾るようの棚を置いてみたりだ。

 それでもミウに言わせると、まだ物が少ない感じだそうだ。うーん、部屋作りって奥が深い。間取り的な意味ではなく。

 しばらく喋って1時間ほど経った頃。ヨウトが小さく、本当に小さくと、まるで隠すように息をついた。

 ミウは気付かなったみたいだが、俺がそのヨウトの行動に首を傾げていると。

 

「......そういえば、二人はいつから付き合いだしたんだ?」

 

「ぶふぅ!?」

 

 珍しくラフな格好をしているヨウトの急な質問にミウが盛大に吹き出した。

 俺も正直、思考が完全に乱れるほど衝撃を食らったが、それどころではない。

 

「お、おいミウ。大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫。コウキありがとね」

 

 俺が差し出したタオルを受け取りながらミウが言う。

 まったく、ヨウトもなんてタイミングで聞いてくるんだ。

 ミウがまたオーバーヒートしてしまうじゃないか。

 

「で? どうなの?」

 

「いや......そもそもなんで俺とミウが付き合ってるの前提なんだよ」

 

 まだ少しむせているミウの背中を軽く撫でながら言う。

 でも、アルゴといい、ヨウトといい、そんなに俺とミウは付き合っているように見えるのか?

 

「えっ? なに? じゃあお前ら付き合ってないの!?」

 

「あぁ、前にアルゴにも言ったけどな」

 

「そうなのミウちゃん?」

 

「けほっ、うん、本当だよ」

 

「前アルゴに聞かれたときにはloveじゃなくてlike。俺は家族みたいなものだってさ。まぁ、俺も同じ感じだから意義なしだけど」

 

 あのときはなんとなくとしかミウの意見に賛同できなかったが、今ならすごく納得できる。

 俺の場合、なんとなくとしか賛同できなかったのはあの頃はミウに対して尊敬の念が強すぎたせいかもしれないが。

 あの頃、かぁ。まだ半年も経ってないのにな。

 それだけここでの時間の密度が濃いのだろう。

 俺がようやく落ち着いてきた思考に、軽く安心していると、ヨウトはニヤニヤとした笑みを俺に向けてきた。

 

「へぇ~、家族ねぇ」

 

「な、なんだよ」

 

「ひひっ、いやまぁ、よかったな、と思ってな」

 

 うぐっ、そういえばこいつは『あのこと』知ってたな......

 それ故の意見なんだろうが......なんか上から目線なのがスゲームカつく。いや、実際ヨウトには世話になってるから上から目線で正しいんだけど。

 

「み、ミウからもなんか言ってやってよ!!」

 

 助けを求め、もう一人の当事者であるミウに声をかけるが。

 

「......ミウ?」

 

「......ふぇっ? あ、うん、そうだね! あんまりからかわないでよヨウト~」

 

 ミウは2回声をかけてようやく反応を示した。

 なんだろ、今の間......

 聞くべきか否か迷っていると、

 

「あ、もうこんな時間! ごめん私もう帰るね!」

 

 ミウの言葉につられて時計を見るとすでに9時前。明日はもちろん攻略に出るつもりだし、確かにもう帰った方がいいかもしれない。

 

「それなら送ってくよ」

 

「ううん、大丈夫! 久しぶりにヨウトと話せるんだし、ゆっくり話してて! じゃ、おやすみ~」

 

「あ、おいミウ!」

 

 一気に捲し立てて部屋を出ようとするミウを追おうとしたが、立ち上がったときにはもうミウはそのまま部屋を出ていってしまった。

 ......あちゃー。

 俺は小さくため息をつく。それはミウのことでやってしまった、ということに対しての自責の念からのため息なのか、ミウに自分のことがバレなくてよかったという安堵のため息だったのか。

 

「うわー、コウキ最低」

 

 ヨウトが半眼で睨んでくる。

 お前、俺の今の心理状態とか全部分かってやってんだろう、と問い詰めたくなったが、今は堪える。

 

「......なんのことだ?」

 

「それ、本気で言ってんのならぶん殴るよ?」

 

 友達思いのこいつのことだ、ここで俺がとぼけたりしたら冗談抜きで殴ってくるだろう。

 俺は先程のように座り直して、ヨウトに向き合う。

 

「で、まさかとは思うけど、本当に気付いてないなんてことはないよな?」

 

 俺は無言で視線を逸らす。

 

「......はぁ、なんでお前はこうも不器用かな」

 

 ヨウトが心から呆れたように嘆息する。

 なんかこいつにはこういう大事なことは隠し事できないような気がして少し腹が立つ。

 

「うっさいな。お前だって不器用だろうが」

 

「例えば?」

 

「......こういう助けかたしかできないところとか」

 

「くくっ、確かにそうかもな。でも、相手がミウちゃんとか女子ならもうちょっとかっこよく決められるぜ?」

 

「なんか今日は本格的にうざいな、お前」

 

「そうでもしないとお前が言わないからだろ?」

 

 くそ。

 こういう真剣な場面になるとやっぱりヨウトの方が強い。

 どこまではぐらかしてもしっかりとついてくる。

 いつもはなんか飄々としているのに......

 いや、違うか。こいつの場合俺の事情を全部知ってるからこそついてくるんだろうな。俺が問題から逃げ出さないためにも。

 さては今日の本当の目的はこっちだな。

 俺は降参の意を込めて軽く両手を挙げた。

 

「分かった、言いますよ。言えばいいんだろ」

 

「言った上で認めるのならいいぞ」

 

「それは......」

 

 分かっている、ヨウトも『あのこと』を知っているから俺にそう言ってくることも。

 そしてヨウトは俺のことを心配してそう言ってくれていることも。

 それでも......

 

「無理だ......さすがに」

 

 分かっていれば乗り越えられるほど、俺にとっては簡単なことじゃない。

 あれから何年も経った今、ようやく少し振り返ることができるようになったのに、また同じことをするなんて、とてもじゃないが俺には無理だ。

 ......本当に、俺は弱い。

 するとヨウトは一瞬、本当に一瞬今にも泣き出してしまうんじゃないかというほどに悲しそうな顔をした。

 しかしヨウトはすぐさまいつもの表情を作ると、小さくため息をつきながら言ってくる。

 

「......まぁ、今はいいわ。んじゃ、言ってみ?」

 

「これ、言う必要あるのか? よくよく考えてみると俺が理解してればそれでいい気がするんだけど......」

 

「答え合わせみたいなもんだよ、ほれほれ」

 

「......」

 

 こいつ、途中から楽しみだしてないか?

 確かにヨウトには色々世話になっているが、これはさすがに......

 でも、ここで言わなきゃずっと付きまとってくるだろうし。

 いつものニヤニヤ笑顔で見てくるヨウトに対して、俺は一度ため息をつき、

 

 

 

「......最近ミウは、雰囲気が変わったような気がする」

 

 

 

 言った。

 俺の最大限譲歩、限界は言った。これで文句はないだろう。

 ......でもこれ、取りようによってはただの痛い奴の発言なんじゃ。

 そんな俺の不安とは裏腹に、ヨウトはさっきとは逆に安心したように息をついた。

 

「まぁ、そんぐらいで許してやるか。かなりギリギリだけど」

 

「......うるさいな」

 

「お前さっきからそれしか言ってないな」

 

 うるさい、と言いかけて、確かにこればっかり言っていると思い口をつぐむ。

 ヨウトの癖に生意気な......

 

「で?」

 

「......なにが?」

 

「だから、最近変わってきたミウちゃんはコウキ的にはどうなんだ?」

 

「はぁ!?」

 

 そこまで聞いてくるかこいつは!?

 なんぁもう修学旅行の夜みたいなテンションになってないかこいつ......

 実は俺の事情とか全部知らないんじゃないかとまで思えてくる。それを言い訳にする訳でないが、それでもここまで聞いてくるのはどうかと思う。

 そう思い、ヨウトに避難の眼差しを向けるが、ヨウトは笑いながらも纏っている雰囲気は真剣そのものだった。

 ......こいつなりに真剣ってか、くそ。

 

「............可愛いとは、思ってる」

 

「また当たり障りもない返事だな」

 

 うぐっ。

 

「仕方ないだろ......本当に、これが素直な気持ちなんだから」

 

 ミウのことを守りたいというのも事実。ミウと一緒にいたいというのも事実だが、ヨウトが言おうとしているところの彼氏彼女になりたいかと言われるとすぐに頷けないのも事実だ。

 すぐに頷けない理由の一つには、確かに『あのこと』もあると思うが......

 

「さっきも言ったけど、家族っていうほうがしっくりくるんだよ、今は」

 

「なるほどねぇ......そんぐらいって分かってたけど、これでミウの気持ちにも気付いてたら100点なんだけどなぁ......」

 

 ヨウトが呟くように言ったせいで、後半はよく聞き取れなかった。

 

「ごめん、後半なんて言った?」

 

「いや、コウキも変わったなぁって思っただけ」

 

「俺が?」

 

 なんか前にミウにも言われたな。

 俺が疑問に思っていると、ヨウトは床に寝転がって天井を見る。

 

「だってお前、なんていうか、『あれ』以来さ......」

 

「『人間恐怖症』か?」

 

 実際にそんな病名の病気はない。これは俺のことを診てくれている先生が分かりやすく説明するために言った仮の病名だ。

 本当の病名は心的外傷後ストレス障害ーーPTSDだ。

 俺は過去にあった『ある事件』以降、重度のPTSDを患ってしまったのだ。

 最初の頃は本当に手のつけようがないほどの状態だったらしく、当時小学校低学年程度の俺が完全に誰とも話さず、なにも食べず、ただ呆然と虚空を見ていたり、たまに自殺も図っていたらしい。その代わり急に錯乱状態に陥る、という症状はあまり見られなかったらしいが、それでも毎日生と死の境を行ったり来たりしていたそうだ。

 なぜこんなにも他人事かというと、俺にはその頃の記憶がほとんどない。

 別に恐怖から記憶が、とか、薬の影響で、とかそういうものではなく、単純に覚えていないのだ。まぁ、多分頭の中をずっと『ある記憶』がぐるぐると回っていて、他のことを覚えていられなかったのだろう。その『ある記憶』だけは覚えてるし。

 そしてそんな幼少?時代と数年に渡るカウンセリング、それに親やヨウトたちの必死な看病により少しずつと症状も良くなっていき、今に至る。

 そのお陰で、自殺しようとしたり、自分の中に閉じ籠ったりということはなくなったが、医者風に言うとまだまだ心の壁が厚いそうだ。

 PTSDにも個人差があるらしく、俺が発症したPTSDはとにかく心に壁を作るものだったらしく、そのせいで今も他人との距離感が上手くつかめない。

 しかも『ある事件』の一件から、俺はどうにも他人の悪意を向けられやすくなってしまったせいで、悪意や裏の魂胆がある人物とはそこそこ話せるようになったのだが、そのぶん完全な善意者には警戒体制をとるようになってしまったのだ。最近で言えば、サーシャさんがこれに当たる。

 

「正直驚いたよ、攻略会議で再開したときはさ。コウキが誰か他人と一緒にいるとこなんて、すごい珍しかったし、今日だって昔は全然他人と話せなかったのに、フィナとは普通に話せてたし......まぁ、さすがに心から信頼、とまではさすがにまだ無理みたいだけど」

 

「そういえば......そうだな」

 

 言われてみると、そうだったかもしれない。

 人間恐怖症になってからちゃんと付き合えたのは、家族にヨウトにその家族と小さい子ぐらいだった気がする。

 

「なんていうか、ミウは初めて会ったときからあんまり警戒してなかった気がする。ミウのあの性格のせいかもしれないけど」

 

 それにもともと年下の男として見ていたからかもしれない。本人に言ったらまた拗ねてしまいそうだが。

 俺、もともとニックは最初会ったときはかなり警戒していたし、アルゴは警戒してもそんなもの掻い潜ってくるし、そもそもアルゴの場合裏の魂胆とかがありすぎて俺の警戒センサーにもあまり引っ掛からなかったし、サーシャさんは前述の通り、フィナさんも軽く警戒はしていた。

 思い返してみると。ミウと会ってからは他人との距離感というか、関わり方が少し変わった気がする。

 等と考えていると、ヨウトはまた起き上がり、その勢いのまま立ち上がった。

 

「まぁ、なんにしろよかったよ。お前も前に進めてるみたいで」

 

「......お前は誰かとパーティ組まないのか?」

 

「今んとこ予定はなしだな......なに、心配してくれてんの?」

 

 ヨウトがまたニヤニヤしながら聞いてくる。今度は雰囲気も完全にいつも通りのヨウトだ。

 とりあえず俺は何も言葉は返さずに、本気で嫌悪感を表している表情をヨウトに送っておいた。

 それにヨウトは苦笑いを返してくる。

 

「まぁ、お前らがギルド作ってくれるのなら、喜んで入るけどな」

 

「その話、まだ諦めてなかったのか......」

 

 そもそもギルドを作ろうにもメンバーが足りない。

 キリトは最近ボス戦以外じゃほとんど見かけないし、アスナも......最近はちょっと。

 

「ま、気が向いたら作ってくれよ、そんときは俺も入るからさ。じゃあ、またな」

 

「そんなときは一生来ないと思うけどな......おやすみ」

 

 ヨウトが扉を開け、外に出て帰っていった。

 部屋の中には俺一人になり、途端に妙に静かに感じる。

 

「......」

 

 そういえば、この世界に来てからは『あのこと』ほとんど考えなかったな。

 特にミウと出会ってからは。

 思い出さないほど大変で、楽しい毎日だったから。

 

「......はぁ、寝よ」

 

 一瞬、ミウやヨウトと猛烈に会いたくなったが、そんなこともできず。

 今日のところはミウのことも一旦忘れよう。さすがにヨウトに振り回され過ぎて疲れた。

 そんなこんなで俺の休みの一日が終わった。

 

 




はい、コウキくん回でした。

コウキくんの設定については最初から考えていましたが、それでもやはり文章に実際にするのは中々に難しいです。というか試練レベルでした。
しかもそれなのにまだコウキくんの過去については全部は拾わないという......あぁ、またこんな下手な書き方ですみません......

コウキくんにも色々あったみたいですが、そんな現状からいかに立ち上がっていくのか、成長していくのか、見守っていただければ幸いです。

次回は戦闘回です! やっとかけます! また矛盾ご都合が多々あると思いますが
こっちも見守っていただければ幸いです!


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26話目 オレンジと不協和音

26話目です!

うーん、まずいですね。最近本当に更新が遅れている......
いや、まぁ、テストとかもあるから仕方がないといえばそうなんですが、それでもやっぱりもう少し早く書きたいと思ってしまうわけで......

(そんな悩みを抱えつつ)では、本編をどうぞ!


「「最初はグー!」」

 

 俺とミウの声が洞窟内に響く。

 直近3回の勝負で、ミウが出してきた手は、グー、グー、パーだ。

 それなら、今回は裏をかいてチョキか? それともミウの癖通りまたグーか?

 かなりの気分屋であるミウだからこそ、手に癖が出やすいはずだ。

 それに対して俺は今までグー、チョキ、パーをランダムに出してきたので、読まれることはほぼない。

 

「「じゃんけん......」」

 

 グーか、それともチョキか......!

 俺は出す手を今までの情報、ミウの気分、今の状況、あらゆる可能性を考慮し決める。

 

「「ぽん!」」

 

 そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ......儚く散ったぜ......」

 

「あのー、コウキ?」

 

 ただいま絶賛落ち込み中のコウキです。

 今俺たちは23層迷宮区に潜っている。

 どうもこの迷宮区は、他の層の迷宮区よりも迷路性を追求しているらしく、かなり入り組んだ構造になっている。

 分岐点では大体新しい道が三つ以上あったり、妙に曲がっている道でプレイヤーの方向感覚を狂わせたり、といった感じだ。

 迷宮区のマップは既に行ったことのある場所は見えるので、帰り道で迷うということはないが、ボス部屋を見つけるのはかなり時間がかかりそうだ。

 しかも出現するmobは基本的にスライム系なので、正直戦っていてもあまり爽快感や達成感はない。

 さらに今はそんな理由以上にイライラしていた。

 

「くっそ、アイコにもち込んだまではよかったのに......まさかあそこでmobが襲ってきて仕切り直しなんて......」

 

「おーい」

 

 先ほどのじゃんけんは、道中分かれ道があったときやなにか選択肢があるときなど、俺とミウの意見が違ったときにどちらの意見を採用するか決めるためのものだ。

 過去3回全部情報収集に割いてまでの今回だったのに......

 ちなみに俺がここまで勝ちに拘っているのは、別に俺が子供っぽいからではない。断じてない。

 このじゃんけんルールは2層から俺たちの間に採用されているのだが......俺はまだ、一回も勝てたことがないのだ。

 あっ! 今、そんなこといつものことじゃね? とか言った奴いるな!! 出てこい、相手になってやる!!

 俺だってじゃんけんごときにそこまで勝ち負けの拘りはないのだが、一回も勝てないのはさすがに気分いいものではない。

 なのでこうやって色々と策を弄しているわけだがががががあっががあ。

 

「ミウー? 俺の耳はミウのほっぺと違って引っ張っても伸びないぞー?」

 

「だって無視するんだもん......」

 

 分かった、分かりましたから!! だから涙目やめてください!!

 ......ここ最近、ミウは本当に変わった気がする。

 前までも自然体ではあったんだけど、今は本当のミウが出ている感じ、とでも言えばいいのか?

 いや、そもそも本当のミウを知らないからなんとも言えないんだけどーーーーっ?

 曲がり角を曲がった瞬間、視界にあるものが映りこんできた

 

「コウキ?」

 

「しっ」

 

 俺はすぐさま道を戻りつつミウを道の脇にあった岩に隠れるように押し付けて、ミウの口の目の前に人差し指をを立てる。

 普段のミウならこういうときかなり慌て出すのだが、こちらが真剣なときはすぐにそれを察知して気を引き締めてくれる。本当に俺にはもったいなさすぎるパートナーだとつくづく思う。

 

「どうしたのコウキ?」

 

「そこの角、曲がってちょっと行ったところにプレイヤーがいる、3人」

 

 俺がそう言うと、ミウは目を閉じた。おそらく耳を澄ませているのだろう。

 数秒してミウが目を開けた。

 

「......確かに人の声とか剣の音っぽいのは微かに聞こえてくるけど......ただ攻略中じゃないの?」

 

 確かに、声、音。それだけの情報ならミウの言う通りだ。

 攻略中のパーティーを見つけた。ただそれだけ。

 だが、俺がレベル20になったときに取った《索敵》スキル。このスキルのお陰で壁や扉の向こう......はさすがに無理だが、今のところ岩のようなただの障害物からなら向こう側にいるmobやプレイヤーのカーソルぐらいは見える。

 そして、それによればーー

 

「プレイヤーのカーソルしか見えない。mobのカーソルが見えないんだ」

 

 俺の言葉を聞いて、言葉の意味を理解したミウは一瞬目を見開いたが、さらに一瞬後にはいつもの剣士の顔になっていた。

 

「......狩り場のいざこざ?」

 

「だったらどれだけよかったかな......」

 

 俺はミウから少し離れて、ついてくるよう目で促す。

 俺とミウはそのまま物音をたてないよう岩から少し顔を出す。

 そこには。

 

「......オレンジプレイヤー」

 

 ミウがどこか悲しそうに、感情を抑えるように、ポツリと呟いた。

 見た先にはやはり3人のプレイヤーがいた。そのうちの2人の男性プレイヤーが1人の男性プレイヤーを攻撃している。

 1人は片手剣で、もう片方は短剣で。

 その2人のプレイヤーの頭の上にあるカーソルがオレンジになっていた。

 ーーオレンジプレイヤー。

 mobのカーソルに種類があるように、プレイヤーのカーソルにもいくつか種類がある。

 大きく分けると2種類だ。

 カーソルの色がグリーンのプレイヤーと、オレンジのプレイヤー。

 俺やミウ、ヨウトのような一般のプレイヤーは普通はグリーン。

 それ以外の、オレンジカーソルのプレイヤーは、犯罪者プレイヤーと呼ばれている。

 盗み、傷害、殺人のような、これらの『犯罪』を行うと、グリーンのカーソルがオレンジに変わる。

 そして人間にとっての最大であり、最悪のタブー、殺人を好きこのんで行うプレイヤーを、恐怖の意を込めてレッドと言う。

 オレンジカーソルは、専用のクエストをクリアすれば色がグリーンに戻るが、彼らのカーソルは今もオレンジなので、デュエル中などという希望的観測は一切できない。

 それに襲っている側の2人。こんなときなのに......笑っている。かなりの確率で前にも似たようなことをしていると思う。

 見ているだけでも頭の中が少しぐちゃぐちゃになりそうになるが、なんとか堪える。

 どういう経緯で今の状況があるのかは分からないが、このままでは襲われているプレイヤーは確実に殺されるだろう。

 完全に怯えきって、構えている剣が震えている。

 そして相手は2人。

 小さく眉をひそめる。

 ......これは、無理だな。

 俺が今の状況にそう結論付けるにまでおそらく1秒前後しかかかっていなかったが、それと同時にミウが動き出そうとした。

 その手を掴んでミウの行動を止めると、俺に責めるような視線を向けてきた。

 

「ミウ、なにするつもりだ?」

 

「なにって......助けるに決まってるでしょ?」

 

 やっぱり......

 なにを当たり前なことを聞いてくるんだ、というようなミウの声には怒気こそこもってないものの、あからさまな焦燥感がある。

 その雰囲気に少し当てられるが、飲まれないよう耐える。

 

「ミウ無理だ。相手は二人、しかも襲われている人もHPがほとんど赤だ」

 

「......だから?」

 

「っ、だから、助けられる可能性は低いし、何よりあの人を庇いながら一対一はキツい。相手はたぶんレッドだ」

 

 殺人方法は多々あるが犯罪者、特にレッドというのは基本的にある程度強くないとやっていけない。

 単純な話、反撃されては元も子もないからだ。

 もちろん、そうされないように相手も色々工夫していたり策略を練っていたりもするのだろうが、そもそもこの最前線で殺しをやろうとするぐらいなのだから、レベルは俺たちと同じぐらいである可能性が高い。

 それだけならまだしも、一番の理由がある。

 それは、レッドプレイヤーが対人戦闘に特化しているということだ。

 俺たち一般プレイヤーはmobと戦うことを前提にいつも戦っているが、レッドプレイヤーは人を殺すことに力を注いでいるぶん、戦ったときには相手にアドバンテージがある。

 ここまで相手に有利な条件になってしまえば、いくら俺たちの方が相手よりもレベルが高くてもキツい。それはミウも同じだ。

 そのことはミウも分かっているはずなのだが、それでもミウは引かなかった。

 

 

 

「『だから』助けるんでしょ!!?」

 

 

 

「ーーっ」

 

「あの人だってこんなことで死にたくないって思ってるよ!」

 

 ミウが捲し立てるように言ってくる。

 一瞬向こうにいるプレイヤーたちに声が聞こえていないかと心配になったが、それ以上に俺は動揺していた。

 初めてミウから俺に向けられた敵意を感じたからだ。

 それと同時に、なんとなく理解した。

 俺とミウは、そもそも前提条件が違うんだ。俺は守りたいと思った人を守る。それが俺の決意であり、覚悟だ。

 だがそれは言い換えれば、俺は守りたいと思った人以外はどうでもいい、ということになる。そしてそれはあながち間違っていない。

 申し訳ないが、あの襲われている人は俺が守りたい人ではない。

 それでも、確かに俺は困っている人を見つければ、どうやって助けようかと考えるし、行動もする。が、それで俺ーーというより、俺の守りたい人、大切な人に何かしらの被害が出るのなら話は別だ。

 俺はやはり、守りたい人を守れればそれでいいのだ。......ある意味最悪な思考の持ち主だと自分でも思う。

 それに対してミウは、おそらくだが困っている人がいれば全員助ける。それぐらいの考えを持っているんだ。

 ミウはすごい、改めてそう思った。

 俺にはできないような行動や考えを躊躇なしにまっすぐとやり通していく。

 そしてミウのそんな考えに、俺も何度も助けられているし、そもそもミウのその考えは限りなく正しいと思う。人を助けることはほぼ間違いなく『善』の行動なのだから。

 だから俺はそんなミウの考えや行動を、否定する気はない。

 でも......肯定する気にはもっとなれない。

 ミウが傷つく可能性を肯定なんてできるわけがない。

 大丈夫かもしれない、そんな考えで誰かを失うなんて『二度』としたくない。

 だから俺は反論する......だが。

 

「でもーー」

 

「コウキはあの人を『見殺し』にしたいの!?」

 

 なっ......!?

 そう言ってミウは俺の手を振り払い、岩の影から飛び出していった。

 ミウが走っていった先では、今まさにレッドの一人が止めをさそうとしているところだった。

 レッドの片手剣が降り下ろされる。

 

「はぁっ!」

 

 瞬間、走っていては間に合わないと判断したのか、ミウは腰の鞘から抜いていた剣を、レッドが降り下ろそうとしてる剣に向けて投げつけた。

 カァァァァン、という甲高い音をあげて、ミウの剣が当たったレッドの剣は軌道を僅かに逸らし、襲われていたプレイヤーの顔すれすれの位置を通過した。

 そしてミウの剣もまた跳ね返って少し離れた場所に転がる。

 

「いっつ......なんだぁ!? おまえはぁ!!」

 

「死ねやぁ!!」

 

 さすがはレッド、と言うべきか、ミウが急に場に現れてからの判断は早く、短剣を持った方のプレイヤーがミウに切りかかった。

 

「させるかぁ!!」

 

 それをミウを追って接近していた俺は《ブレイヴチャージ》を発動させて弾く。

 くそっ! こうなったらさっさと逃げてもらうしか......!

 そう考え、襲われていたプレイヤーを見るが......ダメか。

 そちらにはやはり、片手剣の男がついていた。

 

「ちっ、見てる奴いたのかよ。こんなことなら《索敵》取っとくんだったぜ」

 

「まぁ、いいだろ。殺す奴が増えるだけだし、よっ!!」

 

 言うと、短剣の男が俺に突進してきた。

 片手剣の男は、俺たち相手には邪魔だと判断したのか、そのまま襲われているプレイヤーを殺そうとしていた。

 ヤバイ。こいつらかなりやる。一つ一つの状況判断が早い。

 正直今すぐミウの手を引いて逃げ出したいが、そういうわけにもいかない。

 だが戦うにしてもミウはさっき剣を投げつけて、今手元に武器がない。

 ここでミウがストレージから武器を出そうとしたら、その瞬間間違いなくミウが二人に狙い撃ちされる。

 あー、くそっ! キツい!!

 

「ミウ!!」

 

 俺は少し後方に立っているミウに向けて自分の剣を放りつつ、短剣の突きを屈むことでかわす。

 

「こいつのこと抑えておいてくれ!! 片手剣の奴は俺が相手する!」

 

 屈んだ体勢から、相手に向かって飛び出し突進系体術スキル《肩撃》で自分の体を短剣の男に思いっきりぶつける。

 これは《閃打》の突進バージョンで、相手の硬直時間も少し延びている。

 まぁ、相変わらず威力は悲しいが。

 ちなみにオレンジカーソルのプレイヤーを攻撃しても、グリーンカーソルの色は変わらない。おそらく正当防衛ということだろう。

 短剣の奴が硬直している間に俺は片手剣の男に向かっていく。

 

「りょ、了解」

 

 俺の剣を受け取りながらいつもよりも少し遅れてミウが返事をし、硬直している短剣の男に接近していく。

 ミウは自分が装備している剣ではなく俺の剣を使うことになるのでソードスキルは使えないが、それでもミウなら俺なんかよりよっぽど戦えるだろう。

 そしてそんなミウなんかよりも全然弱く、武器を持っていない俺は、

 

「はっ! 武器も持たずにバカじゃねぇの? お前」

 

 当然のように相手に馬鹿にされるわけだ。

 片手剣の男は俺を罵ると体を襲われているプレイヤーから俺に向けて、切りかかってきた。左からの横なぎだ。

 普段なら剣で受けとめつつ、そのまま滑らせて相手に接近するか、弾くのだが、今は何も持っていないので一歩後ろに引いてかわすしかない。

 さすがに手ぶらはキツい。かといって今ウィンドウを操作しても狙いの的になるだけだし、ミウが投げた剣もここからでは少し遠い。

 そもそも距離を取りすぎれば襲われている人が殺されてしまう。

 正直、俺はそれでも問題ないのだが、関係してしまった以上殺されてしまっては寝覚めが悪いし、何よりもミウが悲しむところは絶対に見たくない。

 

「そこのあんた! 転移結晶は持っていないのか!?」

 

 転移結晶とは、移動アイテムの一つで使用時に宣言した場所にテレポートできる。

 

「そ、そいつらに騙し取られて......」

 

 期待はしていなかったけど、やっぱりか。

 せめてあの人の近くまで行って俺が持っている転移結晶を渡すことができれば......

 

「オラァ!! いくぞぉ!!」

 

 片手剣の男が再び切りかかってくる。

 くそっ! どうする!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

 コウキに酷いことを言ってしまった。

 コウキにまた我が儘を言ってしまった。

 頭では分かっていた。コウキの言っていることは正しいって。

 それでも、あそこで引いてしまったら、私は私自身で自分の決意を否定してしまうことになる。

 なにより、困っている人を見殺しになんかできっこなかった。

 自分が頑張れば、もしかしたらなんとかなる可能性を潰したくなかった。

 でも、その結果こうやって私はコウキに迷惑をかけている。

 私はコウキの剣で戦い、コウキはそのせいで今素手で戦っているのだから。

 

「オラァ!!」

 

 短剣を持った人の右からの切り下ろし、突きの2連撃を初撃は体を捻り、2撃目は剣の腹で受け止める。

 短剣独特の間合いと攻撃のテンポのせいで、どうしても反応が一歩遅れて後手に回ってしまう。

 とにかく、考えるのはあとだ。私は早くコウキのところに行かないと!

 

「オラオラァ!! かかってこいやぁ!!」

 

「んっ、く......」

 

 私が受け止めた短剣を、相手は無理やり手首を捻ることで剣と剣の接触面を滑らせ、そのまま私の肩を狙ってきた。

 それを体を回転させてかわし、相手と至近距離になってしまったので相手の体を押して、後ろに跳ぶ。

 今の私はソードスキルが使えない。

 だから相手にソードスキルを使われると相殺すらできないからかなり厳しい。

 それに今戦っている相手は、特定のアルゴリズムで行動するmobじゃなくて、変幻自在に思考と行動を変える人間だ。

 だからこそ、その思考や行動にはなんらかの癖は出てくるのかもしれないけど、それを見つけるのには少し時間が足りない。

 

「ふっ!」

 

 私はジグザグに直線的な動きで相手を翻弄しつつヒット&アウェイで攻撃を繰り返す。

 でも相手もそれにきっちりと対応してきて、あわよくばカウンターまで入れてこようとしてくる。

 ......対人戦だとここまで厳しいんだ。

 対人戦は今までコウキとの訓練ぐらいでしかやったことがないから、やはり戸惑ってしまう。

 細かなフェイント、それをもとに互いの駆け引き、様々な攻撃パターン......相手の行動に合わせてこちらも行動していたら間に合わない。

 短剣の人を警戒しながら一瞬コウキの方を見ると、片手剣の人の攻撃を上手く距離をとることでギリギリいなしている。

 でも、あのままじゃそんなに長くもたないのは明らかだ。

 ......やっぱり、速攻で決めないと。

 私は一度唾を飲み込んで緊張をほぐし、息を整える。

 ......よし。

 私は覚悟を決めると、一気に短剣の人に向かって走り出す。

 そして相手が射程圏内に入った瞬間に、右に引いていた剣を全力で叩きつける。

 もちろん、そんななんの工夫もないただの一撃は簡単に避けられてしまった。でも、私の狙いは攻撃じゃない。

 走って近づいた勢いをそのまま止めずに、足に力を込める。

 そして私の攻撃をかわして少し体勢が崩れている短剣の人を飛び越えるように高く跳躍した。

 

「はんっ! 相方のフォローに行こうってか?」

 

 ニヤリと笑った短剣の人の剣がライトエフェクトを纏う。

 

「そんな手が、通じるわけないだろうがぁぁぁああ!!」

 

 そして私に向かって地対空単発スキル《ストライクライン》を放った。

 《ストライクライン》は空中に向けてしか撃てないが、その代わり発動スピード、攻撃のスピードが尋常じゃないぐらいに速い。

 すごい勢いで短剣の人が接近してくる。短剣は私の胸を貫く軌道だ。

 私は今コウキの剣を使っているから、武器装備時の能力アップはない。だから短剣の人よりもかなり攻撃力は低い。

 このまま剣で受け止めても弾かれるだけだし、ソードスキル相手では受け流すのも無理だと思う。

 でもーー

 

 

 

 ーーかかった!!

 

 

 

 《ストライクライン》はその万能性故に空中にいる相手には絶対というほどに使われる。

 だからこそ、先読みできる。

 高速の剣。圧倒的な攻撃力。

 ......そんなもの、ボス戦でいくらでも見てきた。

 それに比べれば、このぐらい!!

 私は宙で体を無理やり捻って、体勢をベストな位置にもってくる。

 

「くっ......はあぁぁああ!!」

 

 私は剣を振るう。

 狙うのは......短剣を持つ相手の右手首。

 ......ごめんね。

 ザシュッ!!

 短く響いた音とともに、短剣の人の右手首から先が宙に舞った。

 ーー《武器取落》(アームファンブル)

 最近、私とコウキが練習しているシステム外スキルーー元からシステム的に用意されているものではなく、システム上の仕様などを利用したテクニックの総称ーーだ。

 《武器取落》の元ネタは、1層ボス戦で私がボスに対して行った半強制ファンブルだ。

 本当は、あの時のように剣の柄や鍔、刃の根元なんかを狙って相手の武器を弾くんだけど、今回はストレージから他の武器を出されたら困るので右手首から先を切らせてもらった。

 短剣の人は、あまりの驚きに、状況についてこれていないようだ。

 でも、これでコウキのところに行くことができる!!

 着地後、すぐにでもコウキのところに行こうと、コウキの方を見ると。

 えっーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

 くそっ!!

 首を横に倒して上段から顔を狙ってきた斬撃をなんとかかわす。

 こいつ、かなり速い!!

 ミウやヨウトほどじゃないにしろ、攻撃速度が速い。

 今のところは相手から付かず離れずで均衡を保っているが、早く剣を持たないとこの攻撃をかわし続けるのは無理だ。

 

「くっ......」

 

 2連撃の切りかかりを後ろに跳んでかわして、一旦距離をとる。

 ミウはーーまだ無理そうか。

 こいつの片手剣の連撃を止めようにも、剣無しには受け止められない。

 ミウからの援護は望めないし、俺の剣を返してもらうのも無理。

 ミウの剣も遠くにある。

 あとは......相手の懐に飛び込んで《体術》スキルぐらいか。まぁ、100%反撃されるだろうが。俺にはミウのような超人的な反射神経はないし。

 これはちょっとまずいな......

 

「おらおら!! そんなに離れていていいのかよぉ!?」

 

 片手剣の男が再びプレイヤーを攻撃しようとする。

 そう、これだ。この脅迫紛いのせいで、俺はほぼ強制的に自分から近づかなくてはいけなくなる。

 作戦を考えようにも、ミウを待つために時間を稼ごうにも、相手から離れられないのだ。

 ......やっぱり、俺はいつでもどこでも命を懸けないと勝負すら成り立たないか。

 ......うし。

 

「くっそぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

 

 俺は叫びながら片手剣の男に突進していく。

 それを見て相手はニヤリと笑い、また俺には切りかかってくる。

 俺は相手が剣を振り上げた瞬間に横に跳ぶことで剣をかわし、そのまま相手の脇をすり抜けるように走り抜けたーーつもりが。

 

「おおっと、あぶねぇあぶねぇ。そう簡単に人質は渡せねぇなぁ」

 

 俺が抜く寸前で片手剣の男はサイドステップで俺の正面に移動し、進行を阻んできた。

 ここまでは予想通り、これならどうだ!!

 

「はぁぁぁっぁああ!!」

 

 俺は進行を阻んできた相手の体に《鎧透破》を叩き込む。

 

「ちっ、珍しいスキルを持っていやがるな」

 

「ぐっ!」

 

 やっぱ、これも防いでくるか。

 相手は横なぎで俺をぶったたき、吹き飛ばすことで俺の攻撃をかわした。

 剣の刃ではなく、腹で俺を攻撃してきたのは、相討ち覚悟で俺が自分の攻撃を当てることを嫌ったからだろう。剣の刃だと上手くすれば踏ん張れるから。

 本当ならここで俺はスキル失敗によるディレイに囚われるが、《体術》スキルは基本的にスキルディレイが極僅かなので反撃されることはなかった。

 俺はすぐに体勢を整える。

 ......くそ、せめて《鎧透破》が相手の剣に当たってくれれば武器が破壊できる可能性があったのに。

 《体術》スキルはおそらく当たらない。そもそもモーションが独特すぎて警戒されるのだ。

 それでもーー

 

「はぁぁぁぁああ!!」

 

 俺は再び相手に突進する。

 しかし、また剣で吹き飛ばされる。

 

「はっ! 何度やっても同じだよ!!」

 

「くっそ!!」

 

 3度目の突進。

 それもまた防がれる。

 剣の腹で攻撃されているからダメージは少ないが、こうも積み重なると無視できないダメージになってくる。

 

「おいおいどうしたぁ? もしかしてお仲間が助けに来るまでの時間稼ぎかぁ?」

 

 片手剣の男がケラケラと笑う。

 だが、そんなことは気にしていられない。

 

「おぉぉぉぉおおお!!」

 

 4度目の突進。

 相手もいい加減鬱陶しそうに顔をしかめて剣を振りかぶるが、俺はまた横に跳ぶ。が、今度は先ほどとは違った。

 

「ははっ! 遂に諦めたかぁ!?」

 

 俺は相手の脇を通るようなコースではなく、そのまま真横に走っていったのだ。

 諦めた? そんなわけがない。

 俺の進行方向の先、そこには。

 

「......? なに!? まさか!!」

 

 どうやら相手も気づいたようだ。

 俺の進行方向の先にはミウの投げた剣がある。

 今まで無意味に繰り返しているように見えた突進は、相手の意識から完全にミウの剣を除外し、その上でミウの剣に近づくためだ。

 別にミウの剣が手に入ってもソードスキルは使えないので、それだけでは一発逆転にはならないが、それでも相手の剣を弾いたりはできるし、その結果《体術》スキルが入りやすくなるかもしれない。

 

「ちっ! させるかぁ!!」

 

 無駄だよ、今から動いてももう遅い。

 人質に攻撃を加えても、俺が剣を手に入れてしまっては相手としても意味はないだろうし、この距離ならば相手がプレイヤーを攻撃している間に、相手の元に戻って《体術》スキルを叩き込めばいい。

 そして相手が選んだのは......どうやら俺を追うことのようだ。それでも俺の方が早い。

 俺はミウの剣を掴むために手を伸ばす。

 その瞬間だった。

 カァァァァン!! 甲高い音をあげてミウの剣が遠くに弾き飛ばされた。

 弾き飛ばしたのは......石!?

 

「っ!」

 

 俺はある可能性に気づき、後ろを振り返る。

 そこには何かを投げた後のような格好になっている片手剣の男が。

 《投剣》スキルか......!

 《投剣》スキルは、名前の通り剣を投げるためのスキルだ。(投げること自体はスキルがなくても筋力値次第でできるが、ダメージを与える、ということならスキルが必要)

 正直、中距離からの攻撃ぐらいで汎用性も少ないので、取っているプレイヤーはいても、実際に使う場面というのはあまりない。

 だが数少ない利点の一つで、《投剣》スキルは小さいものなら、ほとんど投げるのに条件がない。

 例えば、今のようにその辺に転がっている石でもいいのだ。

 今のも《投剣》スキルのソードスキルだろう。

 もちろん石とかの場合、専用のピックなどよりは威力は下がるが、落ちている剣を弾くぐらいは造作もないはずだ。

 そしてもう一つの利点。

 威力の低いソードスキルは、総じてスキルディレイが短い。

 ......まずい。

 今の俺は相手に背を向けているような状態だ。くそ、あの男がピックか何かを装備していたら《投剣》スキルのことも分かったのに。

 

「そんな体勢じゃかわせねぇだろ!!」

 

 片手剣の男が何かのスキルモーションに入る。この距離だ、おそらく突進系のスキルだろう。

 片手剣の男がニヤァッと下卑た顔になる。

 

「死んじまえやぁぁぁ!!」

 

 そう叫び、相手が発動しようとしたのはやはり突進系のスキル《ブレイヴチャージ》。

 一瞬後には俺を貫かんと剣が高速で接近してくるだろう。

 くっ、こうなったら一か八か《体術》スキルの何かで相殺を狙うしか......!

 そう考え、拳に力を込めようとした瞬間。

 

「コウキーーーーーーーーー!!」

 

 っ! ミウ!!

 その声が聞こえてくると同時、スキルを発動しようとしている相手の上空から剣が飛んできた。軌道から察するに、ミウが高い位置から投げてくれたのだと思う。

 俺は飛んできた剣の柄を握ると同時、すぐさまスキルモーションに入り、剣が淡いライトエフェクトを纏う。そして片手剣の男のスキルも遂に発動し、一気に俺に接近してくる。

 《ブレイヴチャージ》なら何度も見てきた。見なくても軌道は分かる!

 

「はぁぁぁぁぁああ!!」

 

 俺の腕はシステムに導かれ、背後に向かって高速で進んでいきそれにつられて体も後ろを向く。

 そして剣はそのまま水平に動いていき、接近してきていた相手の右肩へと吸い込まれていった。

 

「ぐっ.......がぁぁぁぁぁぁぁああぁ!?」

 

 肩を切断とまではいかなかったが、俺の剣は相手の右肩を深々と切り裂いた。

 《ディメンションズ・ネイル》。このスキルは少し変わっていて、後ろに向かって切りつける、というものだ。

 一撃だし、威力そのものは低いのだが、発動は早いし、カウンターも取りやすいので気に入っているスキルの一つだ。

 敵からの攻撃によるスキルファンブルで、相手は数瞬動きを封じられる。

 この間にさっさと逃げないと!!

 

「あんた、これを使え!!」

 

 俺はそう言って襲われていたプレイヤーに転移結晶を投げる。

 そのプレイヤーは怯えきった表情で俺の転移結晶を受けとると、すぐさま転移先を宣言して転移していった。

 よかった、ここであのプレイヤーが錯乱とかしていれば、逃げるのが間に合わなかったかもしれない。

 俺はミウもすでに転移結晶を手にしていることを確認して、今度は自分の転移結晶を手に取る。もちろん、ミウの剣を拾うことも忘れない。

 

「「転移、《シールス》!!」」

 

 俺とミウは、同時に宣言して戦線を離脱した。

 




はい、久々の戦闘回+レッドプレイヤー初登場回でした!

いや、ASとか本編でも将来オレンジ、レッドプレイヤーぽいのはそこそこ出ているのですが、本編でちゃんと出てきたのは初めてだったので......
さて、今回はいつも仲良し家族以上恋人未満(この表現、自分でもおかしいと思う)の二人の間に少し対立がありましたね。
個人的な意見としては、どちらの考えも間違ってはいないと思うのですが、やはり正義の味方が強い世の中としてはミウさんの意見が正しい感じになってしまいがちです。(まぁ、コウキくんの方はミウ大事! という感じが強すぎると思いますが)
コウキくんの考えも、間違っていないと思って頂くことができれば、嬉しいです。

次回は後日談です......が、更新遅れそうです。



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27話目 理解と納得、そして前進

27話目です!
テストがようやく終わりました、ひゃっほーい!!
ということで久々に更新します。
今回は全話でも最長の話です。長いです。頑張りました。
まぁ、だからと言って面白いか、と言われると恥ずかしいんですが......

それではどうぞ!


「はぁ、はぁ......」

 

 16層にある街《シールス》。

 この街は俺とミウの間では緊急時、転移結晶で移動する街と決めてあった。

 その《シールス》の街の入り口で、座り込んで乱れきってしまった息を整える。

 ......やばかった。

 一つ間違えれば、間違いなく死んでいた。

 それだけならまだしも、ミウまでも危険な状態になるところだった。

 座りながらミウを見ると、ミウも今回はさすがに危険な橋だったのか、少し息を荒げていた。

 

「お疲れ、コウキ」

 

 ミウはそう言っていつも通り右手の甲を俺に向けてくる。

 ......いつも通りの笑顔で。

 

「......コウキ?」

 

 今回、俺はそれに応じようとはしなかった。

 いや、できなかった。

 どうしても、どれだけ譲歩しても納得できなかったことがあったからだ。

 自分の意思とは別に口がゆっくりと動く。

 

「ミウは......」

 

 やめろ、言うな。

 

「なんでそんなに......」

 

 言っちゃダメだ。ミウの手の甲に自分のを当てる。それだけで良いんだ。それだけでいつもの日常に戻れる。

 言ってしまったらーー戻れなくなる。

 そんな俺の思考に反発するように、俺の口は、その言葉を紡いでいった。

 

 

 

「いつも他人のことばかり心配してるんだよ!?」

 

 

 

「......えっ?」

 

 ミウが不意を疲れたかのように間の抜けた声を漏らすが、俺はもう止まれなかった。

 ダムが決壊したかのように口からどんどん言葉が紡がれていく。

 

「少しは自分のことも気にかけろよ!!」

 

 違う、これはただの俺の我が儘だ。

 ミウを危険な目に逢わせてしまった自分の弱さを、不甲斐なさを、勝手に俺がミウに押し付けているだけだ。

 

「もしものことがあったらどうするんだよ!?」

 

 こんなことを言っても、何もならないのに。

 俺の言葉を聞いて、ミウはしばらく驚いたような顔をしていたが、状況に頭がついてきたのか、少しずつ不機嫌そうな顔になっていく。

 

「......コウキには関係ないよ」

 

「関係ないって......!?」

 

 そりゃそうだ。ミウだって覚悟をもってこの世界で戦っている。俺が今言っているのは、なんでそんな覚悟を持っているのか? と聞いているのと同じだ。失礼だし、お節介にもほどがある。

 分かっているのに、ただ俺が引けば良いと分かっているのに、心が理解を拒んでいる。認めたくないと。納得できないと。

 この今の俺の叫びは、俺の心の叫びなのだ。

 今回のことだけではない、今まで積み重ねきた思い。

 それに火が着いたのが今回だった、それだけのこと。

 ただ、それだけに頭に血がのぼっていく。

 

「さっきだってミウ、一人だったら死んでたかもしれないじゃないか!!」

 

「っ! 私一人でも大丈夫だったよ......あのとき助けてくれないでも......」

 

「大体、なんでミウはいつも相手が助かれば自分はどうでも良いみたいな行動ばかりーー」

 

「うるさいっ!! 私の覚悟にまで口出ししないで!!」

 

 っ......!!

 また、ミウから敵意に近いものを感じた。

 そのお陰か、ミウの叫び声のお陰か、頭に上っていた血が一気に降りて頭が冴えてくる。

 ミウも無意識のうちにさけんでしまったのか、しまった、というような表情になっている。

 ......くそ。アホか俺は。

 そして頭が冴えてきたことにより、回りの状況に意識を向ける余裕ができた。

 

「......なにあれ?」

 

「ケンカか?」

 

「こんなとこでやってんじゃねぇよ」

 

 がやがや......

 ......まずい、人が集まってきた。

 こんな人の多い場所なのに、なにやってんだ俺は。

 いつもなら間違いなく分かっていたことなのに、完全に周りが見えなくなっていた。

 

「ミウ、とりあえず移動しよう?」

 

 せめてなにかフォローしないと、そう考えたのだが。

 

「......ごめん、今日はもう帰るよ」

 

 ミウは俯いてそう言った。

 気のせいでなければ、声が震えていた気がする。

 このままじゃダメだ、なにか言わないと......

 頭の中を多くの単語が行き交うが。

 

「......そっか」

 

 それでも俺は、そんなことしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......ダメ。

 起きてよ。

 僕を一人にしないで。

 一緒にいて。

 起きてよ......

 

「......ごめんな」

 

 次の瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!! うぁ......」

 

 まぶしい。

 どうやらもう朝らしい。

 起きようと思い体にかかっている布団をどけようと手を伸ばすが、右手は何も掴まずに空を切る。

 あぁ、そっか。昨日帰ってきてそのままベッドにダイブして......

 そのことを思い出すと同時に、体に嫌な寒気が襲ってきた。

 今が4月でよかった。

 もしも冬だったら体が凍えてしまっていたかもしれない......圏内でも凍えるのかは知らないが。

 そんなことを思いつつ体をゆっくりと起こす。

 体が恐ろしいほどにだるく重い。あの夢のせいだ。

 ......最近、あの夢見てなかったのに。

 やっぱり、まだ昨日のミウとの言い争いが尾を引いているのか。

 自分でも分かるほど緩慢な動きで窓の外を見ると、空は憎たらしいほどに快晴だった。

 

「......はぁ、最悪の目覚めだな」

 

 こんな日ぐらい、雨でも良いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

「はぁ、アルゴー、どうしよう......」

 

「......いヤ、いきなりそんなこと聞かれてもナ」

 

 昨日コウキと別れたあとは、そのまま部屋に帰って延々《料理》スキルの熟練度アップに専念していた。

 なにか考える余裕があるとコウキへの罪悪感とかで押し潰れてしまいそうだったから。

 次の日になればこんな気持ちは薄れるだろうと思ってたんだけど......

 全くそんなことはなかった。

 今日なんかも目覚めは最悪だった。

 こんなことじゃいけないって分かってはいるんだけど、コウキになんて言ったらいいのか分からない。

 こんなのはじめてだ。

 それをアルゴに話すと、

 

「うーン、それはナー」

 

 珍しいことに、困ったようにアルゴが笑った。

 そのあまり見ないアルゴの反応にまた少し不安になってくる。

 ちなみに今いるのは22層の草原だ。

 相談がある、とアルゴに言うとここを指定されたのだ。

 この草原には湖があり、その周りに大木が立っているので、ちょっとした隠れ泉のようになっている。

 私もこんなところは知らなかったので、少し驚いている。

 

「なァ、ミーちゃン」

 

 私と並んで大木に背中を預けて座っているアルゴは空を見上げる。

 

「ミーちゃんはコー坊の言い分はどう思ったんダ?」

 

「それは......」

 

 昨日、私が襲われているプレイヤーを助けようとしたこと、それは間違っていないと思う。

 そもそも、間違っていようといまいと私は私が決めたことに従って行動していたのだから正しいかどうかは関係ない。

 それでも。

 

「......正直、コウキが言ってたことは正しいと思う」

 

 コウキが昨日言っていたことは、いや、いつも言っていることは全て私のことを心配してのことだ。

 昨日はカッとなっちゃったけど、コウキの言う通りコウキの助けがなければ今ごろ私はこの世界にいなかったかもしれない。

 コウキが言うことはいつも正しい。それは私のことを心配して言ってくれているとだからだから。

 

「でも、例え正しいんだとしても、私はそれに応じないと思う」

 

「ミーちゃんは考え方が違うからカ?」

 

「それもあるけど、やっぱり応じちゃったら私じゃなくなっちゃうからかな」

 

 私は、助けられる可能性があるのなら、生きられる可能性があるのなら、それに躊躇なく自分の全てを賭けて助ける。

 それが私の覚悟だから。

 自分の覚悟を誰か他の人に合わせて変えたりなんかしたら、自分が自分じゃなくなってしまいそうだから。

 だから私は、コウキのように割り切った考えはできない。

 ......もしかしたら、そこが私とコウキの決定的な違いなのかもしれない。

 助ける命を選んでいるコウキ。

 誰でも助けようとする私。

 コウキの考え方は否定しない。そういう考え方をする人がいてもいいと思う。

 実際、そういう考え方の人たちのお陰で多くのことが上手くいっているんだと思う。

 だからといって、私も自分の考えを曲げるつもりはない。

 

「どうしよう......」

 

 その結果、堂々巡りになっちゃう訳だけど。

 私の我が儘から始まっているだけに、一度考え込んでしまうとどこまでも落ちていってしまいそうだ。

 

「逆にミーちゃんはどうしたいんダ? コー坊に迷惑、っていうのは置いておいてサ」

 

 私がどうしたいのか......

 

「コー坊に謝らせたいのカ? それとも自分の意見を曲げル? はたまた反りが合わないからコー坊とは別れるカ?」

 

 アルゴは人差し指を宙でくるくる回しながら聞いてくるが、気のせいか、その声にはどこか私を試すような声色がある。

 どうするか......そんなの、最初からずっと変わらずに決まってる。

 

 

 

「......コウキと一緒にいたい。例え考え方が違っても」

 

 

 

 結局私はそこに辿り着くんだ。コウキが好きだから。

 考え方が違っても、私の想いは変わらない。変わるわけがない。

 私と違う考え方を含めてコウキなんだから。

 すると、アルゴがどこか安心したように笑う。

 

「じゃア、そう言えばいいじゃないカ」

 

「でも、何て言えば良いの? 謝ってもきっとまたぶつかると思うよ?」

 

 きっと昨日と同じような場面に出くわしたら、私はまた同じことをするだろう。それをコウキがまた止めて、私がまた勝手なことをして、今みたいなことになる。

 私の考えや行動で誰かが困るのは嫌だ。それがコウキならなおさらだ。

 そこまで考えて目の奥が熱くなってきていることに気が付いた。今自分がみっともない顔をしているような気がして、それを隠すために膝を抱え込んで顔を埋める。

 

「なるほどな......」

 

 アルゴがなにか呟いていたが、私が顔を膝に埋めたのと同じタイミングだったので聞き逃してしまった。

 聞き返そうかと悩んでいると、アルゴは立ち上がって私を見下ろしてきた。

 

「なァ、ミーちゃン。良いところに行かないカ?」

 

 そう言ってくるアルゴの目は、ニヤリと妖しく光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

「いらっしゃい......って、なんだ君たちか」

 

「うーっす、フィナ」

 

「......どうも」

 

 今俺はヨウトと一緒に《旋風》に来ている。

 まだ朝なので、やはり客は少ない

 ......フィナさんがジト目でこちらを見てきているような気もするが、いつものことなので気にしても仕方がない。

 なんたって相手は心が読めるらしいし。

 でも、もう何回も来てるけど心読まれるのはやっぱり馴れない。

 

「......ねぇ、コウキ君、まだ私が心読めるって信じてるの?」

 

「......だからあいつ変なところで純粋だって言ったじゃん」

 

 そしてヨウトとここに来ると毎回こんな風に2人の内緒話が始まる。

 いつもなに話してるんだろ?

 フィナさんは咳払いをすると俺たちに席に座るように促す。

 

「で、どうしたの2人とも。朝御飯にしては遅くない?」

 

 現在時刻午前10時、確かに朝食にしては少々遅い時間だし、昼食にしても早い。

 それもそのはず、俺たちはここになにか食べに来たわけではない。

 そもそも俺は、今日ここに来るつもりはなかったのだ。

 なのに.....

 

「それがな、聞いてくれよフィナ!!」

 

「えぇ、聞きましょう?」

 

「なんかこいつ、9時ぐらいに汗だくで俺のとこ来てな? イライラする遊べ、とか言い出したんだよ。訳分かんないよな」

 

 朝起きたあと、家の中にいると自分の中で何かが切れてしまいそうだったので、ソードスキルの反復練習に出たのだが、これがまた効率の悪いこと悪いこと。

 つまりまったく集中できなかったのだ。

 それでも3時間ほど頑張ってみたんだけど......はぁ。

 で、練習も上手くいかなかったのでヨウトが泊まっていた宿に乗り込んだのだ。

 

「ほう、それで? イライラする理由っていうのは聞けたの?」

 

「それがなぁ......」

 

 ここで2人の目線が俺を向く。

 なんか2人のーー特にヨウトのーー目線がニヤついていたので俺は目線を逸らす。

 っていうか、俺の話を聞く前に。

 

「部屋の中じゃあ息が詰まるよなぁ。そうだ、《旋風》に行こうそうしよう!」

 

 とか、めっちゃ棒読みで言ったのはヨウトだろうが。

 そう思い、隣に座っているヨウトの足を踏む。かわされた、ちくしょう。

 するとヨウトはどこか呆れたようにため息をついた。

 

「あのなぁ、俺だって思い付きでここに連れてきた訳じゃないんだけど」

 

「......分かってるよ。部屋の中だと俺が息詰まるからーー」

 

「それもあるけどな。ここだったらフィナにも相談できるだろ? 男の俺だけだと、どうしても限界あるし」

 

「......俺、別に相談あるなんて言ってないけど」

 

 俺がそう言うと、今度はフィナさんが呆れたようにため息をついた。

 

「コウキ君、いっつもミウちゃんと一緒にいたのに急に別行動、イライラ、こんなに条件が揃えばそりゃあなんか困ってるな、っていうの分かるよ」

 

「......俺たちだってたまには別行動しますよ」

 

「じゃあ、もうそれでいいや。で? コウキ君はなんでイライラしてるの?」

 

 うぐっ。

 ......なんかもうどう言っても逃げられない気がする。さすがの読心能力。

 でも、無茶苦茶ではあるけど、ヨウトの言い分にも一理あるし......

 脳裏によぎるのは、昨日の別れ際のミウの表情。

 ......今回は、申し訳ないが2人に甘えさせてもらおう。今回だけ。

 

「......昨日のことなんですけどーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーって感じです」

 

 俺は2人にミウとのことを話した。

 さすがにレッドのことはぼやかそうとしたのだが、即行で2人にバレて白状させられた。

 フィナさんは俺の話が終わると同時にお茶を持ってきてくれた。さすが達人だ。

 俺が話終えてからは3分ほど、2人とも黙っていたのだが、その沈黙をヨウトが破った。

 

「つまり、ミウちゃんとケンカしちゃったから仲直りしたいと」

 

「ケンカって......なんかちがくね?」

 

「いや、同じでしょ? ケンカの理由が互いの覚悟云々ってだけで、要は意見のぶつかり合いなんだしね」

 

 ......確かに、フィナさんの言う通りかもしれない。

 そもそも事の発端は自分の思い通りにならなくて駄々をこねている俺の我が儘みたいなものだ。ケンカっていう表現がしっくり来るかもしれない。

 

「でも、ケンカの理由がなぁ」

 

「うん、どっちも正論ていうのがまた......」

 

 ヨウトとフィナさんが同時に唸る。

 俺が正しいかどうかは分からないが、ミウが言っていたこと、していたことは正しいと思う。

 ミウは結局誰かーー今回はあの襲われていたプレイヤーーーを助けようとしていただけだ。

 その行動は完全に善の行動。誰が見ても間違いとは言わないだろう。

 実際、俺も正しいと思っているから今までミウが誰かを助けるのも止めなかったし、協力もした。

 でも、今回のミウは自分から死ににいくような状態なのに助けにいった。

 それは看過できない。

 ミウが死ぬ可能性だなんて考えたくもないのに。

 いくらなんでも昨日のミウの行動はいきすぎていた。あれじゃあ本当に自分殺して誰かを助けるようなものだ。

 だから俺は、ミウの考えに納得できない。

 

「......俺はミウに死んでほしくない。ある意味、ミウを守るために俺は戦ってるって言っても間違いじゃない......でも、これは俺の勝手な我が儘なのかな」

 

 心の中で処理しきれなかった考えが独白のように漏れる。

 ミウを守りたい。

 言ってみて気が付いた。いつの間にか俺の覚悟はミウを守ることを基準になっていたことに。

 でも、ミウが俺の考えで困るんじゃまったく意味がない。

 それなら、もう......

 

 

 

 パァン!!

 

 

 

「うわぁ!?」

 

 不意に目の前で何かの破裂音が鳴った。

 何事かと思って音の発生源を見ると、ヨウトが手を合わせたポーズでこちらを見ていた。どうやら思いっきり手を叩いたらしい。

 

「コウキー? 勝手に考え進めんなよー?」

 

「私たちがいること忘れてたでしょ?」

 

「いや、その......」

 

 図星である。

 

「しかも。ミウちゃんとのパーティー解散しようとか考えたでしょ?」

 

「......はい」

 

 別に、ミウを守りたいという俺の考えはミウとパーティーを解散してもやろうと思えばできる。

 確かにミウと一緒にいる、というのはダメになるが......大事なのはミウが死ぬようなことがなくなることだ。

 ミウもそれで伸び伸びとできるのなら......そういう考えだったのだが。

 

「却下」

 

「却下だな」

 

 2人に言うと、即却下されてしまった。

 しかも2人とも軽くキレ気味で。

 

「あの......これでも結構悩んで考えた末の案なんだけど」

 

「考えた末って......まぁお前ならあり得るかもしれないけどさ」

 

「コウキ君はなんでそんなに不器用かな.....?」

 

 ヨウトが頭を掻きながら、フィナさんは腰に手を当てながら言う。

 俺ならっていうのは......まぁ、昔のことだろう。

 

「コウキ君はミウちゃんを守るためって言ってるけど、じゃあなんでミウちゃんにそのことを聞かないの?」

 

「それは......」

 

「君がミウちゃんをすごく大事にしてることは分かったよ? でも、今のは君の考えであって、ミウちゃんの考えなんてどこにもないじゃない。ミウちゃんを守るのに、それはおかしいよね?」

 

「......」

 

 .......そうだ、なんで俺はミウの考えを聞かなかったんだろう?

 ミウがどうしたいのか、どうしてほしいのか。

 いや、それ以前に、なんで俺はいつも自分一人で考えていたんだろう?

 昨日だって、俺の最善を伝えただけでミウの最善なんて考えもしなかった。

 つまり......

 

「......結局、全部俺の一人相撲だったってこと?」

 

「違うぞコウキ」

 

 ヨウトが首を振って言う。

 これにはフィナさんも予想外だったらしく少し驚いた表情になっている。

 

「これはお前のことを知ってるから言えることなんだけどさ」

 

 そこでヨウトは一旦言葉を切り、言うかどうか迷うような素振りを見せ、口を開く。

 

 

 

「多分、お前は怖がってるんだよ。ミウちゃんとぶつかることを」

 

 

 

「......怖がってる?」

 

 俺が? ミウと?

 なんで?

 

「お前、『あの事件』から誰かを大事に思うことしないようにしてただろ」

 

 ドクンッ。

 不意に胸が鳴った。

 それは図星を突かれたからか、それとも別の要因か。

 まるで体中の水分が抜かれていくかのように、一気に喉が乾いていく。

 息が......苦しい。

 

「か、仮にそうだったとしても、それがミウのこととどう繋がるんだよ......?」

 

「もう分かってるだろ? お前は自分とミウがぶつかることで離れ離れになるのが嫌なんだよ」

 

 離れ離れ。

 その単語を聞いて息苦しさがまた一段階上になる。

 やばい、フラフラしてきた。

 この感じは......ヤバい。

 

「でも......俺今、自分で離れようとしてたけど、それはどう説明するんだよ?」

 

「だから、ぶつかり合うのが嫌なんだろ? ケンカしっぱなしで別れるっていうのが嫌だから」

 

「それは......」

 

 そんなことはない。例えケンカしても俺は......

 そう言えばいいのに、そう思っているはずなのに。

 ーー『ごめんな』。

 

「っ!!!」

 

 ある場面が脳裏をよぎった瞬間に、一気に世界が遠くなっていく。

 次の瞬間には目の前がぐちゃぐちゃになった。

 ヨウトとフィナさんが俺を呼んでいるような気がしたが、その声を境に俺の意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......真っ赤だ。

 視界全体が赤に包まれている。

 真っ赤な空間の真ん中に、誰かがーー子供だろうか?ーー1人座り込んでいる。

 いや、違う。1人ではない。もう1人いる。

 そのもう1人は地面に倒れていて、子供の影に隠れて見えなかったようだ。

 その2人が気になって近づいてみると、子供の方がなにか言っているのが聞こえてきた。

 

「起きてよ......」

 

 これは......

 

「起きてよぉ......」

 

 子供は泣いていた。それはもう、この世の終わりに絶望してしまっているかのように。

 そして、この世界の赤は倒れている人の腹から出ているものが発生源だということに気が付いた。

 血......か。

 なんだか、最近見ていなかった気がする。

 倒れている人は、泣いている子供の頭に手をのせ、

 

「ごめんな......」

 

 あやすように優しく、ゆっくりと一度撫でると同時に、力が血とともに抜けていってしまったかのように、その手が血で染まった地面に落ちた。

 子供はそのあとも何度も何度も倒れている人を揺さぶっていたが、それ以上動くことはなく、世界は子供の泣き声で包まれた。

 そこまでの経緯を見て、ようやく思い出したことがあった。

 あぁ、そっか......

 この子供、俺なのか......

 ここまでリアルに思い出すのは久しぶりだから分からなかった。

 軽い発作すらも起こらないということは、ここは夢の中かなにかか。

 

「つっ......」

 

 頭が痛い。

 自分が夢の中にいると気付いた者にはもう用がないのか、それともここから先は俺自身に記憶がないからか、世界が自分を拒んでいる感覚が伝わってくる。

 それと同時に、世界が急速に暗くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......最近こんな夢ばっかだな」

 

「開口一番それかよ」

 

 目を開けると天井の木目が見え、次にヨウトの顔が見えた。

 木目......多分《旋風》か。

 起き上がって周りを確認しようとするが、体が今まで感じたことがないぐらいに重い。それどころか体温までこれ以上ないぐらいに低い気がする。

 ......やっぱ、あそこまで鮮明に思い出すとキツいか。

 夢の中のことを意識すると、再び目の前の風景が遠くなりそうだったので無理矢理頭を振って思考を切り替える。そして今度こそ周りを確認する。

 俺が今まで《旋風》に来て入ったことがあるのは店の方だけだったので確証はないが、作りとかはやっぱり《旋風》っぽい。

 それに床の作りが石ではなく畳だ。店の奥の生活空間か。

 

「俺、どんぐらい寝てた?」

 

「10分ぐらい? 夢見どうだった?」

 

「お前のお陰で最悪だった」

 

 ヨウトと適当に雑談する。

 昔、俺は発作で倒れるようなことは少なかったと言っても、皆無ではなかった。

 たまに急に発作を起こすことがあったが、そういう時介護してくれたのは大体がヨウト(陽)とか親......まぁ、もう一人いたがそいつは割愛。

 なので倒れたあとのアフターケアというのか、そういったものはヨウトはすごく慣れていた。

 例えば今のように俺を横に寝かせたり、起きたあとも適当な軽い会話でいつも通りの空気を作ってくれたり。

 そういうところは、本当に感謝している......あれ? でも今回俺が倒れた理由ってヨウトだったような......

 

「......はぁ」

 

「どうしたコウキ?」

 

「いや、俺も変な友人を持ったなぁと思って」

 

「?」

 

 まぁそれは置いておくとしてだ。話を戻そう。

 さっき見た夢、夢見はさっき言ったように最悪なことこの上なかったが、昔のことを明確に思い出せたお陰か、今なら色々分かったこともあったと言える。

 俺は、ただ逃げてただけなんだな。

 もう二度と大事なものを失ったりしたくないから。

 もう二度とあんな辛い思いをしたくないから。

 もう二度と喧嘩別れなんてしたくないから。

 

「俺は、弱いな......」

 

 前を向こうと考えているわりに、結局心の方は過去にしがみついている。

 まったく前を向いていない。

 そんな思いから、誰に言うでもないただの独白が口から漏れたのだが、

 

「だから誰かと一緒にいるんだろ? 弱いのなんて、お前だけじゃないよ」

 

 ヨウトから返答が返ってきた。

 俺はヨウトの言葉に小さく笑う。

 まったくもってその通りだ。

 大切なものを失いたくない、でも自分が傷つくのも嫌だ。そんなどっち付かずの我が儘の結果が今だ。

 傷付くのを恐れて行動できなくなるなんて、馬鹿らしい。

 俺たちは弱いからこそ、一緒にいるんだ。

 俺はミウのことを全部知っている訳じゃない。そして俺は強いわけでもない。だからこそぶつかるんだ。相手のことをちゃんと知るために。もっともっと強くなるために。

 そんな当たり前のことにも気づけなかった俺に気付かせてくれたヨウトとフィナさんには感謝でいっぱいだ。

 

「まぁ、でも、それとミウの考えを認めるのはまた別の話だけど」

 

「......お前も強情だなぁ」

 

「あと、お前の俺に対するトラウマ弄りも許してないから」

 

「ちょっ!? それは必要経費みたいなもんじゃねーの!?」

 

「んなわけねぇだろ!? 俺ぶっ倒れるほどトラウマ抉られてんだから!!」

 

 知らないでやったとしたならともかく、こいつは間違いなくわざとだ。

 ていうかそもそも、ここまでやる必要なくね?

 そんな考えを視線に乗せてヨウトを睨む。あっ! こいつ目ぇ逸らしやがった!! しかもなんだその「やべっ、今気が付いた!!」みたいな顔は!!

 こいつに今度なにか奢らせようと固く誓っていると、湯飲みをお盆に乗せたフィナさんが部屋に入ってきた。

 

「おー、起きた? 体大丈夫?」

 

「すいません、迷惑かけてしまって......」

 

「いいのいいの。悪いのはそこにいるバカだから」

 

「まさかの裏切り!? ブベッ!?」

 

「はーい、ちょっと黙ってようねぇ」

 

 フィナさんに蹴られ、部屋の外に吹っ飛んでいくヨウト。

 うお......今ノーモーションでドロップキックしたぞフィナさん。

 あまりの速さに目がついていかなかった......

 達人恐るべし......

 等と俺が脳内コントしていると、フィナさんはお盆に乗せていた湯飲みを俺に差し出してきた(ドロップキックなんて大技を繰り出していたのに、一滴も零れていなかった)

 

「はいこれ。まだちょっと熱いかもしれないから気を付けてね」

 

「どうもです」

 

 湯飲みに入っているお茶を一口口に含む。

 確かにまだ少し熱かったが、味が薄めで風味がいいのでとても美味しい。

 そして熱い飲み物を飲んだお陰か、完全に冷えきってしまっていた体が内側から温まってくのを感じる。

 ふぅ、ようやく落ち着けたかも。

 フィナさんは俺の隣に座ってくる。

 

「なにか分かった?」

 

「......分かったのはちゃんとぶつからないといけないってことと、俺はやっぱりミウが大事ってことだけですかね」

 

 あの夢で見たようなこと、あんなことはもう二度と嫌だ。ミウがあんな風になるなんて、考えたくもない。

 ......結局、前に進めたのか違うのか分からない結果だな。

 そう思って俺は苦笑いしただが、

 

「うん、それでいいんじゃない?」

 

 まさかの全肯定をもらってしまった。

 えーっと、本当にいいんですかね?

 

「相手のことが大事で、相手の意見も尊重できる。逆に話し合いをする上でそれ以上なにかいる?」

 

 ......こんな考え方ができる人もいるのか。

 正直、すごいと思った。

 自分が折れるでもなく、自分を押し付けるでもなく、話し合うという選択肢を最初から持っていることが。

 今までの俺だったらこんな風には、絶対に言えなかったと思うから。

 

「それに好きなんでしょ? ミウちゃんのこと。だったら大丈夫!!」

 

「はぁ!?」

 

「え、なに? 違うの?」

 

「いやそれは......」

 

「おかしいなぁ。私の考えではミウちゃんのこと好きだって気付くと思ったんだけどなぁ」

 

 いや、そんななんか期待するような目でチラッチラ見られても......

 この人もなんか、ヨウトと同じベクトルの人だよなぁ。いい人なんだけど。

 まぁ、だからヨウトとも仲いいんだろうけど。

 

「で、どうなのどうなの!?」

 

 訂正。この人ヨウトよりも厄介かも。

 あと、そんなキラキラしてこっち見ないでください。少女漫画みたいなオーラ出さないでください。ていうかどうやって出してるんですかそれ。

 退路は......なんで店のなかにmob捕縛用のトラップが仕込まれているんでしょう?

 てか危なっ!! これ気がついてなかったら串刺し+麻痺だぞ!? いや、圏内だからならないけどさ!!

 それでもちょっとした衝撃みたいのは襲ってくるし。

 

「言っちゃった方が楽だぞ~?」

 

 フィナさんが四つん這いで俺に迫ってくる。

 何故だろう? 他に誰もいない部屋のなかで美人の人に迫られる。とっても素敵イベントのはずなのに、生命の危機しか感じないのは。

 怯えている俺に対してフィナさんは妖しく笑った。

 

「ほ・お・ら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

「お邪魔しましたぁ!!」

 

 コウキがお店の外に出ていく音が聞こえる。

 

「おーい、そろそろ出てきてもいいよー」

 

 続いてフィナさんの声が店内に響く。

 それに応じて、私とアルゴはコウキがいた部屋とは別の部屋の、もう一つの部屋から出ていく。

 

「......ここ、思ってた以上に大きいですよね」

 

「ふふっ、ありがと。アルゴちゃんに教えてもらったからね~」

 

「いヤー、見つけるの苦労したんダゼ? あとアルゴちゃんやめろナー」

 

 笑顔で会話を続ける2人。

 なんとこの2人、リアルからの友達らしい。

 《旋風》開店資金にもアルゴが一枚噛んでるとかなんとか。

 

「で、どうだったミウちゃん?」

 

「うぇっ!? な、なにが、でしゅか?」

 

「コウキ君の台詞の感想♪」

 

「えート、ミウは掛け替えのないない大切なやつ、だったケ?」

 

「うにゃぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 言わないでぇ!!

 アルゴの言葉を聞いた瞬間に先ほど聞いていたコウキの台詞がリピートされる。

 ダメだ! 顔爆発しそう!!

 こんなことならアルゴについていくんじゃないかったよ!!

 《旋風》についた途端裏口から入るとかアルゴが言い出して、入ってみればコウキとフィナさんが2人で部屋にいて、そのまま覗いてたらコウキが押し倒されてマウントポジション取られてたし......

 それで、その時コウキの台詞を聞いちゃったんだけど......

 でも、コウキ、私のことあんな風に思ってくれてたんだ。

 掛け替えのない、大切かぁ......

 

「おーイ、ミーちゃーン?」

 

「こりゃ完全にトリップしちゃってるね。なんかポーッとしてるし」

 

 ポー。

 

「うーム、仕方ないナ。えイ」

 

 ムニュ。

 あれ? なんか胸に違和感が......

 ってーー

 

 ひにゃあぁぁぁぁああぁぁ!?」

 

「おー、アルゴちゃん大胆」

 

 咄嗟に両腕を胸の前でクロスして飛び退く私。

 

「アルゴなにするの!?」

 

「なんか聞こえてなかったみたいだカラ。いいダロー、別に女同士なんだカラ」

 

 うぅ~、それでもこんなことしなくてもいいじゃん~。

 触られたー!!

 

「でモ、ミーちゃン」

 

「なにー......?」

 

 涙目になりながら聞く。

 するとアルゴは私に向けて笑顔と親指を上に立てた右手を向けてくる。

 

「もうちょっとは成長すると思うから大丈夫サ! 多分!!」

 

「うるさい、余計なお世話だよ!?」

 

 ていうか多分ってなに!? そんなに私って壊滅的なの!?

 私が世の中の理不尽さに涙目どころか半泣きになっていると、アルゴが微笑んだ。

 それはいつもの会話の中で見せるようなものじゃなくて、どこか暖かみがある笑みだった。

 

「ミーちゃン、ちゃんと掴めたカ?」

 

「.......うん」

 

 結局、私も怖かったんだと思う。

 コウキに自分が否定されるのが。

 好きな人に自分を否定されるなんて、あんなことをもう一度繰り返すのが。

 

「それでも、ちゃんとぶつからないとダメだよね。ぶつからないと相手の考えも理解できないし、自分の考えも伝わらないから」

 

 それがちゃんと意見を伝えたい相手、好きな人だったらなおさらだ。

 私はコウキのことをもっと知りたい。そしてコウキにも私のことをもっと知ってもらいたい。

 だから。

 

「私もコウキと正面からぶつかってみるよ」

 

 どれだけ怖くても、その先にあるもっと嬉しいことを楽しいことを掴みたいから。

 私が言ったあと、アルゴもフィナさんも笑顔で頷いてくれた。

 それと同時に電子音が鳴る。

 

「あ、メッセ......コウキからだ」

 

 メッセを開くと、今から《シールス》の門の前に来てくれ、とのこと。

 昨日コウキとケンカした場所だ。

 

「あの、2人とも......私」

 

「うん、行ってきなよミウちゃん!」

 

「お土産にいい結果教えろヨー!」

 

 本当に......この2人にはお世話になりっぱなしだなぁ。

 今度なにかお返ししないと!

 

「ありがとう! 行っていまーす!!」

 

 私はそう言って、見送ってくれる2人に手を振りながらお店の出入り口から走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 俺がミウにメッセを送って5分もしないうちに、ミウは門の前に来た。

 

「コウキー!」

 

 ミウが俺のいる場所まで笑顔で手を振りながら走ってくる。

 ......なんかすごく久しぶりにミウの笑顔を見た気がする。たかだか1日見てなかっただけなのに。

 そんなミウの笑顔を見ているだけで暖かい気持ちが胸に広がるが、その笑顔をこれから曇らせることになるかもしれないと思うと、また目を背けたくなる。

 まぁ、そういうわけにもいかないけどな。

 俺は、ミウと正面から向き合いたい。

 

「ミウ」

 

「ん?」

 

「話がある」

 

「......うん、私も」

 

 ミウが笑顔を潜めそう言ってくる。

 その顔は、俺と同じようになにかを決意するように見える。

 

「じゃあ、一緒に言うか?」

 

「......うん、いいね」

 

「んっじゃ、せーのーー」

 

 

 

「「ーー俺(私)はミウ(コウキ)の考えに納得はできない」」

 

 

 

「「......ぷっ」」

 

「「ははははは!!」」

 

 言うと同時に、俺とミウは笑いだした。

 それにしても......

 

「まさか2人とも同じこと考えてたとはな」

 

「ほんとにねぇ」

 

 俺はミウにそう言いつつも、いや、多分ミウも俺に言いつつも、互いに同じことを考えていることは分かっていた。

 ミウのことを信じていたとかそういうんじゃあなくて、ミウの顔を見た瞬間にそんな気がしたのだ。

 きっとミウも似た感覚があったから、同時に言うことに賛成したんだろうし。

 

「それで、コウキはどうするの?」

 

 ミウが微笑みながら聞いてくる。

 どうするか、か......

 ......そもそも、俺たちはどうしようもないぐらいに別人だ。

 自分が他人と違うことは仕方がない、それは前にミウが俺に言ってくれたことだ。

 俺はミウじゃないからミウの考えのすべては分からない。ミウの場合もそれは同様だ。

 今回も結局はそれだ。互いの覚悟を完全に理解し合うのは難しい。

 ......だが。

 

「もちろん......ミウと一緒にいたい。だから、もうミウと正面からぶつかることから逃げない」

 

 だが、それは相手と自分は違うだけであって、考えが理解できないということの証明にはならない。

 理解することが難しくても、相手の考えを理解したいからこそ何度もぶつかって互いのことを理解しようとするのだ。

 今すぐには無理でも、何度もぶつかっていればきっと俺たちは俺たちの答えを見つけられると思うから。

 そう信じているから。

 

「そっか......」

 

 俺の言葉を聞くと、ミウは目を瞑って嬉しそうな顔をした。

 

「ミウはどうするんだ?」

 

 ミウも俺と似たような考えだと思うが、それでもミウの考えによっては......解散もありうる。

 ミウが本当にそれを思っていたら、だが。

 しかし、俺のそんな心配をよそに、ミウは笑う。

 

「私は......ううん、私もコウキと同じ考えだよ。私もコウキと一緒にいたい。コウキのことをもっと知りたい」

 

 ......よかった。

 聞いた瞬間、体の緊張が一気に解けるのを感じた。

 似たような考えを~とか言いつつも、心はやはりミウが離れることを怖がっていたようだ。

 俺は安堵の息をつく。

 

「でも、それだけじゃないよ?」

 

 が、ミウの言葉で俺はまた緊張することになる。

 

「私は......」

 

 そこでミウが言葉を一旦切り、顔を俯かせる。

 どうしたのかと思い、ミウの顔をよく見てみると......震えてる?

 恐怖や緊張で、という割りには顔が赤い気がするし、恥ずかしがってる?

 なんでこのタイミングで? と思いつつ首を傾げてミウの言葉を待っていると、ミウが勢いよく顔をあげた。

 

 

 

「私はっ......互いのことを知るだけじゃなくて......そこから先にも進んでいきたい!! これからの自分達を作っていきたい、コウキと!!」

 

 

 

 ーーっ!

 ミウ......

 ......ヨウトの言う通り、俺は心のどこかで誰かと必要以上近づくことを拒んでいた。

 もう傷つきたくないからと。

 でもミウは......

 ミウは今までの俺もそうだが、これからの俺のことも考えてくれた。

 また自分のトラウマのせいで、全てから逃げ出してしまうかもしれない、こんな俺を。

 ミウはそれを知らない。それでも、こんなに嬉しいことはない。

 

「......? どうしたのコウキ?」

 

 急に俯いてしまった俺を心配してミウが声をかけてくる。

 いけない、ミウに心配をかけちゃダメだ。

 

「いや、なんでもない」

 

 声が震えてしまいそうになるのを必死に堪える。

 俺は、俺のことをそこまで考えてくれたミウに応えたい。

 だから全力で笑って言う。

 

「あぁ、俺も同じだ!!」

 

 するとミウも笑ってくれた。

 結局、今俺たちがしたことは直接的な解決にはなっていない。俺たちの間の問題はなにも解決していないのだから。

 それでも、今までの俺たちは問題に気づいていても目を逸らし続けていたんだ。それに比べれば俺たちは確実に前に進んでいる。なぜなら今回、俺たちは考えをぶつけ合ったのだから。

 空を見上げる。

 今日の空は相も変わらず快晴だったが、今はそれでも憎たらしくはなかった。

 

 




ケンカ回でした。
ラノベや漫画によくあるような喧嘩後の解決、実際のところ現実だとあんな風には中々できませんよね。
ということでそういう所をピックアップしたケンカにしてみました。
いや、実際のところは上手く纏められなかった、という事情があったりなかったりですが......
コウキくんもミウさんも、基本的に相手に合わせるところがあるのに、自分の決めたことは絶対に曲げないキャラということもありますからねぇ。


次回はちょっと趣が変わります。


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舞台裏物語 ノット主人公ズ

番外編、というよりは同じ時間軸の別視点の話という感じです。
この話は基本的に読まなくても大丈夫な作りになっていますが、私の気分次第ではこれからもちょくちょく書いていこうと思ってます。
基本完全にネタ話です。ほとんどギャグしかありません。
それでも読んであげよう、という心の広い方は、読んでいただけると嬉しいです。

一応もう一度言いますが、これは完全にネタ話です。


「......今頃あの2人仲直りしてるかなぁ?」

 

「してるダロ。もともと互いの考え理解してるんだカラ、あとは勇気とかそんなのしか必要ないしナ」

 

「ほんと似た者同士だよねぇ、あの2人」

 

「見てて楽しいダロ?」

 

「もちろんっ」

 

「............あの、俺蹴り飛ばされたままなんですけど」

 

「あっ、ヨウト君まだいたんだ」

 

「蹴っといてそれはなくね!?」

 

「冗談だって。倒れたままだったからツッコミ待ちかと想ってさ? あえて無視してた」

 

「ひどっ!?」

 

「まぁまぁ、泣かないでよ。ほら、お茶あげるから話混ざってよ」

 

「......えぇ~」

 

「おォ、なんだなんダ? 《スピードスター》は混ざらないのカ?」

 

「お前がいるから混ざりたくないんだよ!?」

 

「そういえば2人ってどうやって知り合ったの? っていうか知り合いだっけ?」

 

「うーン、知り合いと言えば知り合いダナ」

 

「前にこいつに情報もらったときに痛い目にあったんだよ......」

 

「あぁ......アルゴちゃんもほどほどにしなよ?」

 

「いヤー、こいつからはなんかカモ臭がするからナ。コー坊とかキー坊は警戒してなかなか情報漏らしてくれないシ。あとアルゴちゃんやめろっテ」

 

「なんか分かるかも。ヨウト君ってなんか少しおだてれば色々してくれそうだし」

 

「フィナは結局どっちの味方なんだよ......?」

 

「面白い流れになる方の味方」

 

「俺完全アウェイ!?」

 

「ニャハハハ、お前も面白いナ。ちょっとお姉さん気に入ったゼ?」

 

「丁重にお断りします」

 

「そう言うなヨ。オレっちを顎で使うやつなんてお前ぐらいだしナ」

 

「確かに! ヨウト君も思いきったね~。朝いきなりメッセ来たときは驚いたよ」

 

「『コウキとミウちゃんのことで頼みがある』だもんナ」

 

「ズズッ......(この2人合わせると厄介だなぁ)」

 

「しかもここに来る度にコウキが~とか、ミウちゃんが~とか言ってるしね」

 

「どんだけお人好しなんだって話ダナ」

 

「うるさいし。そもそもメッセージ一つでここまで動くあんたらも十分お人好しだと思うけど」

 

「いヤ、オレっちは対価として情報取るつもりだシ」

 

「私は面白かったらなんだっていいしね」

 

「......はぁ(メッセ送る相手間違えたなぁ)」

 

「それとちょっと真面目な話になるけど、コウキ君さっき倒れてたよね? あれって本当に大丈夫なの?」

 

「あぁ、大丈夫だと思う。あれは本当にピンポイントで起こる発作だし、俺みたいに狙いでもしないと起こらないよ」

 

「それを狙ってやるなんテ、お前さんもエグいねェ」

 

「......俺も、あそこまでするつもりなんてなかったっつーの(あーくそっ。もっと慎重にやるべきだった。本当に今回はあいつに悪いことしちまった)」

 

「ごめんごめん、ヨウト君拗ねないでよ。お茶おかわりいる?」

 

「ありがと。ズズッ......ぶっふぁ!! からぁ!!?」

 

「へ? ......あ、ごめん、それ《唐茶》だったわ」

 

「《唐茶》? 新メニューカ?」

 

「うん、って言ってもまだ調整中なんだけどね。まだ辛すぎるし」

 

「ほォ、また完成したら飲ませてくれヨ」

 

「いいよ、で、ヨウト君どうだった?」

 

「だ、だから辛いって! 水! 水!!」

 

「お客様にただの水なんて出せるわけないじゃない!!」

 

「なんで今そこにこだわるんだよ!?」

 

「面白いから!!」

 

「くっそ、全力の笑顔で言いやがった!!」

 

「ホントいい顔ダナ、ほれ水」

 

「あ、ありがと......生き返ったぁ!!」

 

「ほイ」

 

「えっ、なにこの手」

 

「水代と今回の借リ。情報なにかないカ?」

 

「しまった! また引っ掛かった!!」

 

「あー、なるほど。前回もこんな風にして引っ掛かったのか。あっ、じゃあ私も手伝ったんだし他の新メニューの毒味ーーゴホン。味見してよ」

 

「今毒味って言ったよな!? 言ったよな!?」

 

「よシ、じゃあフィナっちの料理を(《スピードスター》が)食べながら話聞くとするカ」

 

「人の話きけよぉぉぉおおお!!??」

 

「はい、最初の料理はこれね テーマは筑前煮だよ」

 

「なんですでに色が赤いんだよ!? テーマ違いすぎるだろ!?」

 

「気にしなーい気にしなーい」

 

「美少女2人に囲まれながら食えるんだからいいダロ?」

 

「び、美少女......?」

 

ブチィ!!

 

「あれ、今なんか聞こえたような......って、ちょっと待って!! アルゴ後ろから関節極めんな! フィナもその不気味な食いもん無理矢理食わせようとすんな!! ......いやほんとにダメだかうわぁぁぁぁぁぁあああ!!!!????」

 

 




うーん、ヨウト君って関わる人によってツッコミとボケどっちもできるんですよね。
最近はツッコミばかりなのでそろそろボケにも回していきたい感じです。
あと、ヨウト君のキャラ的に、コウキくんの前では絶対に弱音はかないと思うんですよね。あと愚痴も。
ということでコウキくんのことで後悔しているシーンをコウキくんがいない場所で出してみました。

次回は......またまた戦闘か、久しぶりのヤマトくんかもです。


よく考えてみれば、今日2話連続投稿だったな......


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AS3話目 相変わらずな藍髪少年

久方ぶりなヤマトくん話ですわーい。
あのツンデレな方も出てきますよ~。
あとミウさんに引き続きツンデレさんも描いてみましたので見てくださると嬉しいです。


【挿絵表示】


それではどうぞ!



 皆さんは、あまりの喜びに笑顔を隠しきれなくなった、という経験はないだろうか?

 人という生き物は生まれた当時は感情がそのまま表情に表れ、喜怒哀楽がはっきりとしている。

 だがそれは成長と共に理性が育つことで少しずつ薄らいでいき、表情や感情を隠せるようになる、というより、そういう能力が成長と共に求められるようになるのだ。

 それが普通。特筆すべきことでもない一般的な話だ。

 そんななか、あえてもう一度問おう。

 ーー皆さんは、あまりの喜びに笑顔を隠しきれなくなった、という経験はないだろうか?

 

「うぇへ、うぇへへへへへ......」

 

 残念なことに、街中で1人不気味に笑っている藍髪の少年、ヤマトはあまりの喜びに笑顔を隠しきれなくなっているところだった。

 少年の目の前には、本人のウィンドウが浮かんでいる。

 そしてそのウィンドウに写っているのはヤマトが取得している数々のスキル。そこにはこれといって目を引くようなものはなかった......今までは。

 それが変わったのは昨日の夜だ。

 昨日の夜、ヤマトが寝る前に1日の熟練度アップを確認していたとき、取ったはずのないスキルが一つ増えていたのだ。

 そのスキルはーー

 

(うぇへへへへ、ついに、ついに《刀》スキルが出てきた!!)

 

 ということだ。

 以前ヤマトは友人である少女に《刀》スキルの情報を聞いたあと、時間と機会を見つけては《曲刀》スキルの熟練度を上げていたのだ。

 もちろんただ上げていて《刀》スキルが発現するとは限らないので、可能な限り情報を集めて、それらしきことを色々試したりもした。

 そして多大な時間と労力の積み重ねの結果、ついにヤマトは《刀》スキルとご対面できたわけだ。

 これでは確かに笑顔を隠しきれなくなっても仕方がないというものだろう。

 ただ。

 

「あの人なんか1人で笑ってるんだけど......」

 

「なんだあいつ!?」

 

「うわ、きしょ......」

 

 そんなヤマトの事情など周りのプレイヤーからすれば知ったこっちゃないわけで。

 ヤマトの喜びの理由を知らない周りのプレイヤーは当然のようにヤマトに白い目を向ける。

 だがそれは、それほどに今のヤマトは傍目に見て気持ちが悪いという証拠だ。

 おそらくリアルなら職務質問、もしくは通報されてもおかしくないぐらいには今のヤマトはアレだ。

 そんな周りの反応に対してヤマトはなにも反応を示さない......いや、これはただ喜びに囚われすぎて回りが見えていないだけか。

 しかし実際のところ、ヤマトの交遊関係はそこまで広くはないし、数少ない友人たちも、こんなヤマトの抜けたところは大体認識しているので、このヤマトの姿が一人を除く知り合いに見られてもそこまでダメージはない。

 そう、一人を除いては。

 

 

 

「あなた......実はただの変態だったのね」

 

 

 

 そしてこういうときに限って会いたくない人物に出会ってしまうのが世の常である。

 ヤマトの目の前に不機嫌そうな表情で現れたのは、件の除かれた人物である、カリンだ。

 カリンの不機嫌そうな表情に浮かんでいるのは、変質者(ヤマト)への嫌悪感と、ヤマトと出くわしてしまったことへの後悔だ。

 いつも通りといえばいつも通りだが、今回は特にひどい気がする。

 そんな本気で引いているカリンに対して、ヤマトは。

 

「......わーい」

 

 先ほどと同じように反応せずに素通りすることだった。

 

「って、うぉい!? 無視すんなーー!!」

 

 もちろん、そんなヤマトの反応にカリンは激怒して追ってくる。

 だが今回のヤマトの反応しないというのはわざとだ。

 理由は単純、カリンと関わると基本的に面倒だから。

 

「こらー! 聞いてるのー!?」

 

(すごくいい人なんだろうけどなぁ。最近は絡み酒かってぐらいに前よりも絡んでくるし......)

 

 だがこの女の子は無視してもなぜかめげずに絡んでくるのだ。確かに絡むというのは相手の反応が欲しくて、もしくは自分を構ってほしくてする行動ではあるが、無視を決め込んでもまだ絡んでくるというのはさすがに度が過ぎてやしないだろうか?

 いや、というかそもそも......

 ヤマトはあることが気になってカリンの方を向く。

 

「あ、やっとこっち向いたわね!」

 

「......あのさ、一つ聞いてもいいかな?」

 

「? なによ」

 

「カリンってさ......もしかして暇なの?」

 

「......はい?」

 

「だって、僕が圏内にいるときとか大体絡んでくるよね? 僕なんかに絡んでくるもんだから相当な暇人なのかなーって」

 

「おいこら、誰が暇人か」

 

 カリンがそこそこのスピードでパンチしてくるが、ヤマトが適当な調子でかわす。

 これも最近ヤマトがカリンのことが面倒になった要因の一つだ。なぜかこの少女、自分が不機嫌になるとしばしばパンチを繰り出してくるようになったのだ。

 前に少年が理由を聞いてみたところ、「あなたのことが嫌いなことの再認識のため」とのこと。

 そのぶん最近はだいぶカリンの接し方が砕けてきたのはヤマトとしても嬉しくはあったが、前述の内容と加味してプラスマイナス0といったところだ。

 

「大体私はーー」

 

「あ、分かった」

 

「ーーえぇ、もうあなたの脈絡のなさは慣れたわよ。で、なにが分かったの?」

 

「カリン、友達少ないんでしょ?」

 

「それは率直に言って喧嘩を売ってるってことでいいのよね?」

 

「よくないです......だってカリンなんて顔とかすごく綺麗なんだから知り合いも多そうなのにさ。なのに僕のところにばっか来るってことは友達いなくて寂しいのかなーって」

 

「なななななな、なにが綺麗よっ! そんなことーーじゃなくて!! 私友達多いわよ!? たくさんいるわよ!!」

 

「うんうん、そうだよね。いっぱいいるんだよね。僕は分かってるから安心してよ」

 

「なによその理解の示し方はぁぁぁぁああ!! 爽やかに笑うなぁぁああ!!」

 

 確かにカリンって顔はよくても性格キツいところあるし、情緒不安定だから友達は少ないかもしれない。でもそんなこと本人が言えるわけないもんね、僕だけでも本心を組んであげないと、うんうん。とヤマトが一人納得していると再びカリンがパンチを繰り出してきたのでかわす。

 ヤマトは暇潰しもかねて毎回カリンのパンチを観察してみたりしたが、どうやらこのパンチはヤマトにはあまり当てる気がないものだということが最近分かってきた。

 

「だから人の話を聞きなさいよ! 私をボッチみたいな言い方するな!!」

 

(あ、なるほど。このパンチって話の主導権握るためのものか)

 

「さっきだって女友達とお菓子とか食べてきたところなんだから!!」

 

(でもなぁ、カリンって根っからのツッコミ気質だからなぁ。一瞬だけ主導権握ってもあまり意味ないと思うんだよね)

 

「大体、私は一人寂しいソロのあなたと違って、仲の良い友達だってたくさんいるんだから!!」

 

(......あれ? さっきまでなんの話してたんだっけ? えーと......そうだ、カリンに友達がいないって話だった)

 

「ねぇ、聞いてる!?」

 

「え? あー、うん、あれだよ」

 

 その時ちょうどフィールドに出る門の前に着いたので、ヤマトはカリンと正面から向き合う。

 

 

 

「ーーもしも寂しくなったら僕のところにいつでも来ていいから」

 

 

 

「......な」

 

 まぁ、絡んでくるのはやめてほしいけどね。とヤマトはあとに付け加えたが、もちろんそんなものカリンの耳には入っていない。

 それからカリンは数秒フリーズしたのち。

 

「う、うるしゃいわよバカ!!」

 

 結局いつも通りヤマトのマイペースさに振り回され、そしてヤマトも、一瞬ヤマトの言葉に心揺らされたカリンの心境など知るよしもなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 結局あなたが17層なんて下の層にいたのは《刀》スキルの熟練度を上げるため、と」

 

「まぁね」

 

 二人はそのまま門を出て、今は17層の南東にある、《レプトの森》にいた。

 この森はほとんど道のようなものは存在しない、本当の自然の森となっていて、歩くときも無差別に並び立つ木と木の間を掻い潜って歩かなくてはならない。

 唯一の救いは、足元に生えている雑草があまり背の高いものではないので歩きにくさ、というものはないことだが、結局木のせいでまっすぐ歩いたりはできないのであまり意味はない。

 だがそれは、初めてこの森に入ったプレイヤーの感想だ。

 この森は普通に入ると今言ったような森になるが、森の入り口に咲いている特別な花を持って入ると、どこもおかしなところはない、獣道もあり木が乱立するようなこともない普通の森になるのだ。

 森に乱立している木は実はほとんどがノンアクティブのmobで、それが森の風景と同化しているせいでおかしな森に見えるのだが、そのmobたちは入り口に咲いている花の香りが大の苦手らしく、それを持ったプレイヤーが近づくと一目散に逃げていくことで、普通の森となる。

 この攻略法を知っているプレイヤーからすれば、この森は他のフィールドよりもよっぽど楽な場所になるが、知らないプレイヤーが入ればたちまち攻略難易度が最前線の迷宮区並になってしまう。

 もちろん、ヤマトとカリンはそのことを知っていたので、カリンが花を持つことでいわゆる『普通の森』として《レプトの森》を闊歩している。

 

「それにしても、あなたならなにもこんな辺鄙な場所じゃなくても22層辺りでよかったんじゃない?」

 

「うーん、まぁ確かに曲刀ならそうしてたんだけど......ほら、《刀》スキルってまだ珍しいからさ?」

 

「あぁ、情報屋とか武士志望の人が押し寄せてくるからか」

 

 ヤマトが手に入れた《刀》スキルは、エクストラスキル、というものに分類される。

 エクストラスキルは、なにか特別な条件をクリアしないと手に入らないスキルのことで、そんな理由からレア度が高い。

 もちろんそんなスキルを取得しているとなれば、その特別な条件を調べるために、カリンが言ったような人物たちが押し寄せてくるわけだ。

 今現在《刀》スキルを取得しているプレイヤーはヤマトの他にも3人いるが、それでもまだまだ明かされていない秘密は多いので、ヤマトが《刀》スキルを所持していることがバレればその先は想像に難くないだろう。

 

「それに刀もまだあまり質の良いのはなかったからね」

 

「そっか、そういえば店でも刀ってまだあまり見ないわね」

 

「うん......で、さっきから気になってたんだけど、なんで着いてきてるの?」

 

 ヤマトとしては、先程の会話で一区切りついたと思っていたのだが、カリンとしてはどうやらそうではなかったらしく、ヤマトがフィールドに出ても着いてきた。

 いつもヤマトとカリンは最前線でもよく会うが、それは圏内のなかでは、だ。フィールドに出ても着いてくる、ということはまったくない。

 今日はまたどうしたのやら、とヤマトが考えているとカリンがため息をつきながら答える。

 

「あなたって、名前は知られてないけど存在はそこそこ知られているのよ」

 

「というと?」

 

「ほら、あなたって結構至るところで、その、人助け? してるじゃない。でもそれって基本的に最前線よりも少し下の層だから攻略組にはあまり名前が知られていないのよ。人助けしまくってる薙刀使いがいる、て存在は知られててもね」

 

「はぁ。それとカリンが僕に着いてくることになんの因果関係が?」

 

「......だから、あなたのことを知りたいって酔狂な人はいるのよ。しかもどこで嗅ぎ付けたのか私があなたと知り合いっていうのもバレてるらしいから、私にあなたのことを教えろって依頼がよく来るのよ」

 

 カリンが説明し終えてからももう一度ため息をついた。

 カリンはヤマトに助けられてから以降、偽の情報で稼ぐことからは完全に足を洗っていた。が、そうなると今度はカリン自身が生きていく術がなくなってしまう。

 ということでカリンは本当の情報屋として新たに頑張っているのだった。

 しかしそれは《鼠》のようななんでも誰にでも情報を売る、という商売方法ではなく、中層や下層と呼ばれるような層のプレイヤーたちに情報を売っていた。

 本当は攻略組のメンバーにも情報を売りたいのだが、それはカリンの能力的に不可能だ。

 そんなカリンだからこそ滅多にない攻略組からの依頼は無下にはできないし、慣れていないぶん今のようなため息もついてしまうのだろう。

 

「でもさ僕のこと知りたいって人がいるのなら、その人たち自身が僕のところに来れば良いのに」

 

「攻略組の皆様にはそんな時間はないそうよ。まったく、なんで仕事でまであなたに会わなきゃいけないのよ」

 

「だったら僕に会わなきゃ良いんじゃない? 僕の居場所だけ相手に教えてさ」

 

「さすがに私はそこまで腹黒くないわよ......それにあなたって薙刀に藍髪で結構目立つから、見かけると目についてつい話しかけちゃうのよ」

 

 ほんと、その外見なんとかならないの? とカリンがヤマトを睨むが、髪に関してはヤマト自身もどうにかしたい。

 でもこれで1つ謎が解けた。

 ヤマトとしては、なんでこうにも毎回カリンに見つかってしまうのだろう? とは少し考えていたのだ。

 一応フレンド登録はしているから、互いに現在第○層にいるのかは把握できるが、どの街のどの位置にいるのかまでは分からない。

 仮にヤマトが最前線の街にいると分かっても街中ではすれ違ってしまう可能性も高い。

 そこで今のカリンの台詞だ。

 

「なるほど~、この髪と薙刀って、そんなに目立つのかぁ」

 

 少なくとも、大量のプレイヤーが行き交う街中でカリンがヤマトのことを一目で見つけられる程度には目立つらしい、とヤマトは納得した。

 ......実際のところはそんなことほとんど不可能に等しいが、ヤマトは気づかない。

 

「じゃあ、せめて薙刀装備だけでも止めようかな......街の外に出てから装備するみたいにして」

 

「そうね、そうしたら? ついでにその藍髪も変えれば見つからないんじゃない?」

 

「いや、この髪はーー」

 

 なんか変えられなくなっちゃたんだよ、そう言おうとした瞬間に、木の影からカマキリ型のmobが一匹出てきた。

 しかしそのカマキリは、全長2メートルほどとかなり大きく、その鎌で切られてしまえば切り傷どころか体の中まで切り刻まれそうだ。

 ヤマトとカリンはmobの出現に素早く反応し、カリンはmobから距離を取り、ヤマトはいつも薙刀を装備している背中に手をやるが、その手は虚しく空を切る。

 

「あ、そうだったそうだった、っと」

 

 ヤマトはカマキリが振り下ろしてきた鎌をサイドステップでかわしつつ、いつもは何もない左腰に手をやって太刀の柄を掴む。

 今回ヤマトは《刀》スキルの熟練度を上げるためにこの森に来ているので薙刀ではなく太刀を装備しているのは当然と言えば当然なのだが、習慣というものは恐ろしい。

 カマキリは鎌を振り下ろしたことで鎌が地面に突き刺さった状態なので、ヤマトはそこを掻い潜るように一気に接近する。

 そしてカマキリの胴体が太刀の間合いに入った瞬間、ヤマトは腕を振り抜いた。

 

「きぃぃぃぁぁぁあ......」

 

 一閃。ヤマトの剣閃が通りすぎた直後、カマキリは小さな悲鳴を上げながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 そして太刀を握っているヤマトの右手に残る、微かな手応えと、今まで望んでいた切れ味。

 その感覚にヤマトは。

 

「っっっっっくぅぅぅぅぅぅっぅううう!! やっとこの感覚をあじわえたぁぁぁ!!」

 

 その場で両手に握りこぶしを作って歓喜に浸っていた。

 それもそのはずだ、ヤマトがこのゲームに入った8割ぐらいの理由は刀を使って敵を倒すことなのだから。

 このゲームが始まって半年弱、その半年分の想いを今味わっているのだから。

 いや、もっと言えば小さな頃からのヤマトの夢でもあった、太刀で悪い敵を切り伏せるというものまで半分ほど叶えたのだから、今のヤマトの喜びは計り知れない。

 まぁ、しかし。

 

「あなた......そりゃあなたの筋力値とその最前線辺りで入手できる武器を使えば17層のmobなんて大抵が一撃でしょうよ」

 

 ということだった。

 ヤマトのレベルは今現在36。17層の推奨レベルは安全マージンを含めても27程度。そんなヤマトなら17層のmob相手なら初めて使った武器でも簡単に倒せるのは当たり前だ。

 ぶっちゃけて言えば、ヤマトの喜びは子供相手にスポーツで勝った大人の喜びのようなものな訳だ。

 だが少年の夢とそういった現実性というおは昔から相容れないのと相場が決まっている。

 ヤマトはカリンの言葉を聞くと、すぐに喜びの雰囲気を潜め、カリンに呆れと非難の視線を送る。

 

「な、なによ?」

 

「あのさ......カリンってそんなんだから友達少ないんだと思うよ?」

 

「その話はもう良いわよ!!」

 

「だって、そんな人の喜びを踏みにじるようなこと言わなくてもさ......」

 

「事実を言っただけじゃない」

 

「はぁー、昔からの夢だったのに......」

 

「うっ......」

 

「やっと叶った瞬間だったのになぁ......」

 

「その......あー、もう。悪かったわーー」

 

「わっ! またポップした! じゃんじゃん倒すぞー!!」

 

「あなたもうわざとやってない!?」

 

 カリンが頭を掻きむしっている中、ヤマトは先程までの落ち込みが嘘のように再びテンションを上げてmob狩りに性を出し始めていた。

 今のヤマトのなかでは、基本的に優先順位が《刀》スキル以外どうでもいいようである。

 そんな会話を後も2~3回繰り返して、2人が森に入ってから2時間ほど経つと、ヤマトが10分ほど休憩するということで近くの岩に座り込む。

 そして小腹も空き始めていたのでウィンドウから小物を取り出す。

 

「で、またそういう謎の食べ物な訳ね......」

 

「なにが?」

 

「なんでもないわよ」

 

 今回ヤマトが取り出したのは、せんべいのようなものにキムチのような刺激臭がするものが乗っかっているお菓子(?)だった。

 本人曰く、塩辛さとつんと来る辛さが良い具合にマッチしている......らしい。

 ヤマトが買い物にいく出店は、大体がその店一体の過疎化が異常なほど進んでいることが多いが、ヤマト本人はその理由にまだたどり着いていない。それは良いことなのか悪いことなのかは分からないが、少なくとも現在ヤマトと共に行動しているカリンからすれば不幸以外のなにものでもなかった。

 

「ん? どうしたのそんなに見て。あ、もしかしてこのせんべいほしーー」

 

「絶対にいらない」

 

「え~、美味しいのになぁ」

 

 ヤマトはぼやきながらキムチせんべいを食べる。うん、やっぱり美味しい。

 ヤマトは満足そうに笑顔で、カリンは盛大に引きながらというわりといつも通りに小休憩を挟むこと10分ほどすると、小さな金属音が聞こえてきた。

 二人は互いに確認して、どちらかが鳴らした音ではないことが分かると、すぐさま周りを確認して音の出所を探す。

 

(お......)

 

 ヤマトが木と木の間から顔を出した先には、予想通りプレイヤーとmob戦闘光景があった。

 mobの数は2匹。そのうちどちらも植物系のmobでプレイヤーは植物の長い蔦による攻撃に苦戦しているようだ。

 そしてその苦戦しているプレイヤーの方は女の子でかなり幼く見える。少し短めのツインテールが相手の攻撃をかわす度にピョコピョコ動いている。

 武器は短剣。そのリーチの短さ故に中々相手の蔦を掻い潜れないのかもしれない。

 それだけならただのプレイヤーとmobの戦闘。この世界で多くの人間が行っているごく普通な出来事。

 だが、今回はイレギュラーな要素があった。

 

「ピナ、《ヒールブレス》!!」

 

 ピィィ! 少女の周囲を飛んでいた小竜(・・)が指示に従って、少女に向かって何か霧のようなものを吹き付ける。それに応じて回復していく少女のHP。

 おそらくそれがブレスとやらなのだろうが、ヤマトの意識は完全に違うところにあった。

 プレイヤー、そしてNPC以外の存在であり、『敵』であるmobが、プレイヤーの命令を聞いていることに驚いたのだ。

 少女はHPが回復したことによりmobに攻撃を再開する。

 

「へぇ......《ビーストテイマー》なんて珍しい」

 

 ヤマトと合流したカリンが、ヤマトの疑問に答える。

 

「《ビーストテイマー》......?」

 

「えぇ。色々な条件をクリアした状態で、テイミングできるmobに遭遇したら数パーセントの確率でmobを使い魔にできるのよ。で、そんなプレイヤーを《ビーストテイマー》って言うの」

 

「へぇ......」

 

 ヤマトは返事をしながら再び少女とその使い魔の小竜ーーピナと呼ばれていたかーーを見る。

 少女とピナは正に一心同体と言わんばかりにコンビネーションがよく、ピナは少女の動きを阻害してしまうような場所は飛んでいないし(不躾なことを言うとプログラム上そういうものなのかもしれないが)少女も的確に指示を出している。

 そしてさらに驚いたのは少女の動きのキレだ。

 今現在ヤマトたちがいるのは17層。24層まで解放されている今では決して最前線とは言えない『中層』と言われる場所。

 中層にいるプレイヤーの目的は多くあるが、そのほとんどは攻略組のように攻略に躍起になっているわけではない。つまり戦闘においては何歩も遅れをとるわけだ。

 なのに、今目の前で戦っている少女は、所々粗削りな面はあるものも、ヤマトの目から見ても攻略組メンバーに限りなく近いイメージを感じたからだ。

 そして少女がmobの1匹を倒し、続けてソードスキルを使って2匹目を倒した。

 少女はピナに抱き締めて勝利の余韻に浸っている。

 その少女の笑顔は、この世界ではあまり見られないような本当に無邪気なもので、覗き見ている二人の頬もつい緩みそうになる。

 それが油断に繋がったのか。

 ヤマトの足がそばにあった草のかたまりに当たって、音をあげてしまった。

 もちろんそんなことをフィールドですれば何かが近づいてきているのかと、先程のヤマトたちのように注意力を引き上げてしまう。

 結果ーー

 

「「あ」」

 

「あの......だれですか?」

 

 木の間から少女を見ていた2人は本人に見つかってしまった。

 ヤマトはすぐ隣から照射される冷たい呆れの視線と、見ていた先から放たれる疑惑の視線を浴びながら困ったように笑った。

 ーーこれが、ヤマトとカリン、そして少女こと《ビーストテイマー》のシリカとの出会いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとヤマトは(『たち』ではなく『は』)変質者だのストーカーだの誤解されそうになったが、なんとか無事に誤解を解けた。

 といっても、ヤマトが言ったことといえば。

 

「その、ピナちゃん? が綺麗だなぁ、とか戦闘センスあるなぁ、とか思ってたら覗く形になっちゃったんだ。ごめん」

 

 としか言ってないのだが。

 だがその言葉はシリカにとってのウィークポイントだったらしく、警戒が完全に解かれたわけではなかったが、それでも明らかに頬が緩んでいた。

 相棒であるピナのことを誉められたのが嬉しかったのか、自分のセンスを誉められたことが嬉しかったのか、はたまたその両方か。それは定かではなかったが警戒しながらも頬を緩めるそのシリカの姿には、ヤマトもカリンも微笑ましく思った。

 だが実際のところ今のヤマトの感想は本心だ。

 戦闘センスは前述の通り。そしてピナに関しても水色の毛に覆われた細い美しいフォルム。顔も鋭くはあるが愛嬌も兼ね備えていて、その姿は綺麗だとか美しいという表現が合う。

 ちなみにカリンは今そのピナの頭を撫でるなどして可愛がっている。ヤマトが「動物とか好きなの?」と聞いたらすごい勢いで睨まれた。解せない。

 

「じゃあ、シリカちゃんは今回クエストでここに来てるってことか」

 

「はい。この層に始めてきたんですけど、この森のクエストは簡単だって聞いたんです。それで挑戦してみたんですけど......」

 

「思ってたよりも全然難易度が高くて少し参ってた、というわけね」

 

 はい......。カリンの言葉にシュンとしながらシリカが笑う。

 それにおかしいな、と首を傾げるヤマト。

 この森の難易度は単純に考えても2つ下、つまり15層程度の難易度しかない。それに苦戦というのはシリカが相当下の層から来たということか、とも考えるが先程の戦いかたからしてそれはないと否定する。

 

「あの、私もさっきから1つ気になっていたんですけど......」

 

「なに?」

 

「この森、さっきまでと雰囲気が違いませんか?」

 

 シリカに言われて2人は辺りを見回すが、これといって特に違いはない。

 強いて言うのなら自分達の風景にシリカとピナが入ったことだが......

 

「あ、そういうことか」

 

「へ?」

 

「シリカちゃん、これって持ってる?」

 

 カリンがずっと左手に持っていた花をシリカに見せるが、シリカは首を振る。

 そこでヤマトも合点がいった。

 シリカはこの層に初めて来たと言っていた。ということはこの森の仕組みも知らないはずだ。

 つまり、難易度Max状態のこの森に入ってクエストに挑戦していたということだ。

 それは確かに苦戦もするだろう。というか、苦戦で済んでいたことがすごいぐらいだ。

 何せこの森の難易度Max状態は最前線の迷宮区並(もちろんmobのレベルとかはその層に見あったものだが)。それにいきなり挑戦だなんて無理がありすぎる。

 そのことを一通りシリカに説明すると「あうぅ......」と項垂れていた。自分たちの苦労が非効率なことだったのがショックなようだ。

 

「でも、それだと少し困ったわね、この花は入り口のところにしか咲いてないし、私たちも予備は持ってないし......」

 

「あ、いえ! 貰ったりするわけにはいきませんし! 私なら大丈夫です。なんなら入り口に一度戻るのも手ですし、いざというときは転移結晶を使えば」

 

「......そうね、悪いけどそうしてもらえるとたすかーー」

 

 そこまで言って、しまった! とカリンは自分の失態に気がついた。

 最近のカリンは今のように人助けとまでは言えないようなアドバイスを中層、下層のプレイヤーたちに行っているので、今回もその習慣通りに同じことを行ってしまった。

 いや、その行為事態はとても素晴らしいものだ。初めて会ったプレイヤーに警戒もされずにアドバイスもできるというのはカリンの人柄のよさ(本人は絶対に認めないだろうが)あってこそだし、微力だろうが誰かの力になろうとしている。

 だが、今回はカリンの隣には善意の塊、もしくはお節介の化身のような男がいるのだ。そんな男が今回のような場面に出くわしてしまったらーー

 

「シリカちゃん、僕たちがそのクエスト手伝うよ」

 

 ーーもちろんこんな発想に至ってしまう。

 カリンは深いため息をつき、シリカは混乱する。

 

「え、いや、でも、申し訳ないですよ!」

 

「いいよいいよ、どうせ僕らもこれといって目的があるわけでもないし、mobと戦えればいいしね」

 

「でも、その......」

 

 どうしてそこまでしてくれるんですか?

 そんな思いがシリカの表情に浮かんでいた。

 それはやはり困惑と警戒の色。だがそれは当然の反応だ。

 前のカリンのことではないが、この世界、どうしても他人を利用して甘い蜜を吸おう、という考えのプレイヤーは多くいる。

 そんなプレイヤーの『蜜』になってしまわないようどんなプレイヤーも大体が他プレイヤーに疑いの眼差しを向けるようになる。近寄ってくるプレイヤーが友好的であればあるほど。

 シリカからすれば、今のヤマトが正にそれだ。

 ヤマトがシリカを手伝っても特はなにもない。それどころかクエストも手伝うだなんて疑うな、という方が無理な相談だ。

 もちろんヤマトにはそんな考えなど一切ない。純度100パーセントの善意だ。だがそれがシリカに伝わるかどうかはまた別問題。

 ヤマトとシリカ、2人の間に決定的な温度差が生じてしまう。

 シリカがもう一度断りの言葉を口にしようとする、が。

 

「バカか、あなたは」

 

「いてっ」

 

 それよりも早くカリンがヤマトの頭を叩いていた。

 そして「ちょっとごめんね?」とカリンがシリカに言ってヤマトを引っ張っていく。

 

「あなたは単細胞生物か何かなの? 町キャラみたいに一つの行動しか取れないの?」

 

「いや、このゲームのNPC(町キャラ)って結構な数の行動とるけど......」

 

「屁理屈こねない」

 

「はい」

 

 そしてシリカから少し離れた場所で、なぜか急にお説教タイムが開始されていた。

 シリカからすればもう本当に訳がわからない。急に手伝うと言われたり、その言った本人が急に怒られだしたり。

 本当にヤマトたちのことを警戒しているのならここで逃げ出すのが正解だと思うのだが、シリカはそうしなかった。

 2人のの謎のコントのようなものに圧倒されたせいかもしれない。そして......ヤマトの言葉と目に少し惹かれたせいかもしれない。

 それは、ヤマトと出会ったばかりの頃のカリンが感じたものと全く同じものだ。

 どういうわけか、この人は嘘をついていない、そう思わせてしまうような真っ直ぐさが、ヤマトにはあった。

 ぶちぶちとカリンに怒られているヤマトを見てシリカは小さく笑った。

 この人たちは、本当にいい人たちなのだろう、ということが見ているだけで伝わってきた。

 そんな抽象的な理由で自分の命の問題にもなるようなことを決めるのはおかしいかもしれない。それでも、シリカはこの2人を信じてみようと、いや、信じてみたくなった。

 

 

 

 それから数分後、シリカは申し訳なさそうにも、ヤマトたちに協力してもらうことになった。

 

 




はい、何気にシリカ登場回でした。
すいません、本当はこの1話に全部入れるつもりだったのですが、2万文字の恐怖に負けて途中で切ってしまいました......なので次回もASになります。くそう、それもこれもヤマトくんとツンデレさんの掛け合いが楽しすぎるのが悪いんだ......(責任転嫁)

では次回、シリカ編完結です!


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AS4話目 気難し少女の変化

AS4話目です!
やっと書き終わったぁ! 長かった!!
今回すごい長いです! というか前回本当に途中で切っておいてよかった......してなかったら3万文字ぐらいいってたかも......

それではどうぞ!


追記 UA11111超えしましたわーい。
なぜ10000ではないかと言うと......書き損ねたからですよちくしょう。


「あの......本当によかったんですか?」

 

 シリカから手伝ってもらうよう正式に頼まれて一時的にパーティーを組んでから5分後。早速シリカが確認を取ってきた。

 ヤマトもカリンも、いつも通り夫婦漫ざーー喧嘩をしていた最中に聞かれたので一瞬反応が遅れてしまう。

 というか、ヤマトとしては質問の意味すらも理解していなかったので、未だにピナを抱き締めて離さないカリンが返す。

 

「シリカちゃん。確かにこの男は胡散臭いことばっか言う男よ」

 

「ねー、そういうこと本人の前で言わないでよぉ」

 

「でも、嘘をつくような優れた脳もないから基本全面的に信じても大丈夫よ」

 

「うおー......落としたあとに上げられた。カリンって会話上手い人だったんだ」

 

「どういう意味よコラ」

 

「あ、あはは......」

 

 シリカが再び始まった2人の喧嘩に苦笑いする。

 実際のところ、カリンはシリカの質問には答えてはいないが、シリカには2人の喧嘩で何か伝わったのか微笑んでいる。

 カリンもこれで伝わるであろうことは何となく分かっていた。事実、自分がヤマトと触れあっているだけでヤマトのお人好しさが伝わってきたように。

 そして2人は喧嘩、シリカはそれを苦笑いで見ながらそのまま歩いていると、カリンが不意にヤマトに聞く。

 

「そういえばあなた......いいの?」

 

「なにが?」

 

「だから......ん」

 

 カリンは小さく声を出しながら自分の左腰辺りを叩いた。

 自然とヤマトの視線もそこへと集まっていく。

 

「......カリン、結構腰細いね」

 

「誰がそんなこと言えって言ったのよ!!」

 

 カリンはすぐさま不満の声をあげてパンチしてくる。もちろんヤマトはそれをかわすが、そのあとにカリンに視線をヤマト自身の腰に当てられて、ようやく言いたいことがわかった。

 そう、カリンの言いたかったことはヤマトの腰にある太刀のことだ。ヤマトが今回この森に来たのは《刀》スキルの熟練度アップ。それも人目のつかないところで、ということだった。

 理由は自分が《刀》スキルを所持しているとまだあまり知られたくないから。

 しかしここでシリカの手伝いをするということは、シリカにヤマトが《刀》スキルを所持していると教えることになる。

 ヤマトがその事実を考慮すること0.1秒ほど。

 

「ま、いいでしょ」

 

 特に気にした様子もなくヤマトはそう言い、カリンは恒例のようにため息をついた。

 1人話についてこれていないシリカ(とりあえずカリンの腰の細さには驚いていた)は小首を傾げている。

 

「あの、なんの話ですか?」

 

「あぁ、ごめんね。そりゃ急に話し込んじゃダメよね。ちょっと、見せてあげなさいよ」

 

「ほーい」

 

 ヤマトが答えながら自分の腰の鞘に納まっている太刀を抜く。

 その際に響く、太刀を抜く音いもヤマトは軽くトリップしかけていたが、今はスルー。

 そして太刀の全体が見えるようになると、シリカも感嘆の声を小さく上げた。

 

「わぁ......これ、直剣じゃないですよね? 曲刀でもないですし、もしかして刀ですか?」

 

「うん、つい昨日出てきたんだ」

 

「へぇ、《刀》スキルが出たっていうのはちょっと噂になってたけど、本物は初めて見ました......」

 

「下手に知られちゃうと色んな人が集まってきて大変なんだよ......」

 

 もちろん、ヤマトとしても情報の独占なんてことをするつもりは毛頭ない。

 これからは自分が《刀》スキルを手に入れた経緯などもカリンに頼んで公表してもらうつもりだ。

 ただ、基本的にマイペースに生きるこの藍髪少年は必要以上に自分の行動が制限されるのも嫌なのだ。

 

「だから、このスキルのこと内緒にしておいてね? そのぶんーー」

 

 ヤマトが笑いながらそこまで言うと、3人の近くにmobがポップした。今度はカマキリ型のではなく、シリカが先程まで相手していたような植物型のmobだ。

 胴体は花のつぼみのような形で、そこから口やら触手やらが生えている、なかなかにエグいフォルムをしている。

 ナイスタイミング、ヤマトは心のなかでそう呟きつつ、mobが触手を振りかぶるよりも先に一気に接近して、そのまま流れるように2連撃を叩き込み、まさに一瞬のうちにmobを葬り去った。

 

 

 

「ーー今みたいにmobが出てきたら僕が対処するから」

 

 

 

「あ、はい......」

 

 微笑みを崩さずにmobを倒してしまったヤマトのあまりの手際に呆けてしまうシリカ。

 そしてそんなヤマトに対してカリンは「相変わらず気障で嫌な奴......」と不機嫌そうに顔をしかめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそういえば、カリンさんはパーティー組まないんですか?」

 

 森散策をしながらヤマトがmobを蹴散らしていくなか、シリカが聞いた。

 シリカも今さら気づいたので、聞くかどうか一瞬躊躇ったのだが、ヤマトとカリンの暖かな雰囲気のせいで少し精神的に解されたのか、普段なら間違いなく聞かないようなことだが今回は聞いてみた。

 普通、同じパーティーメンバーなら、自分のHPバーの下に、メンバーのHPバーも表示されるのだが、今現在シリカの視界には自分のものと、ヤマトのHPバーしか表示されていない。

 カリンのHPバーがなかったのだ。

 つまりそれは、カリンはヤマトとパーティーを組んでいないということになる。

 なのでシリカとしては、一緒に行動するのならヤマトとパーティーを組めばいいのに、という意味合いで聞いたのだが、カリンは「あぁ」となんでもないように言う。

 というか、未だにピナを抱き締めている。そろそろ解放してほしい、というシリカの視線には気付いてもらえない。

 

「言ってなかったわね。私って一応情報屋だから、特定の誰かとパーティー組むっていうのはないわ」

 

 どうやら勘違いされてしまったらしい。シリカは言葉を付け足す。

 

「いえ、えっとそうじゃなくて、今だけでもヤマトさんとパーティーを組めば、経験値とか入ってきていいんじゃないかと......」

 

「はぁ!?」

 

「ひうっ! ごめんなさい、聞いちゃダメでしたか?」

 

 カリンのあまりの態度の変化にシリカは萎縮してしまうが、先頭を歩くヤマトが軽く笑いながら言う。

 

「大丈夫大丈夫、それカリンの芸風の急ギレだから」

 

「誰の何が芸風よ!?」

 

「ん? カリンの、芸風が、急にキレる、略して急ギレって」

 

「ち・が・う・わーーーー!!」

 

「もう照れなくてもいいんじゃない?」

 

「今の私のどこを見て『照れてる』なんて表現できるのよっ!?」

 

「顔が赤くなってるところとか」

 

「怒ってるの!! 顔が赤くなるほどに!!」

 

「あのー......」

 

「はっ!?」

 

 シリカに声をかけられてようやく我に返るカリン。

 そんなにもペースに乗せられてしまうのは間違いなくカリンがヤマトの言動一つ一つに反応しているからだというのは、会って2時間も経っていないシリカにも分かったが、それを言うとカリンが変な爆発をしそうなこともシリカは分かったので言わなかった。というかホントそろそろピナを返してほしかった。

 

「えぇ、今回完全に分かったわ。私、もうあなたに話しかけられても相手にしない」

 

「え~......基本的に絡んでくるのってカリンからじゃん......」

 

「それでシリカちゃん。私があのバカとパーティーを組まない理由だっけ?」

 

「えぇっと、はい」

 

「うわぁ、本当に無視してるよ、しかもひどいこと言われた」

 

 ヤマトが自分の扱いのひどさにぼやくが、もちろんそれもカリンはスルー。

 パンチを繰り出す以外の方法でヤマトの奔放さを止められて、カリンは少し優越感に浸っていたが、ヤマトがどうでもよさげにmobを探しだしたので、すぐにいつも通りの悔しそうな表情になる。

 が、そんな一部始終をシリカに見られていると思ってか表情を取り繕う。妙なところで大人な少女だ。

 カリンはシリカからの質問の内容を思い出してーーすぐさまため息をつく。

 そして、言った。

 

 

 

「ーー嫌いだからよ」

 

 

 

「......はい?」

 

「だから、単純明快。私はあのバカが嫌いなのよ。それもこれ以上なんてあり得ないぐらいに」

 

「えーっと......」

 

 ーーそれは、あなたのことがとても好きです。という婉曲表現だろうか? と妙な勘繰りをしてしまうシリカ。

 だがそれも無理はない。確かに2人の会話は仲睦まじい、と言えるような内容ではなく、基本的にヤマトがカリンをからかい、カリンがそれに怒る、というような内容ばかりだが、その会話をしている間、カリンから本気の嫌悪感、というようなものをシリカは1度も感じたことがないからだ。

 それどころか、本人は気づいていないかもしれないが、時たまカリンの口元には、ヤマトとの喧嘩(じゃれあい)を楽しんでいるかのような笑みまで浮かんでいることもあるのだ。

 まだ知り合って間もないシリカでもそう思うのだから、今までもそんなやり取りが何回もあったはずだ。

 それで「嫌い」等と言われても愛想笑いを返すのも難しいレベルだ。

 反応に困ったシリカは、カリンに断りをいれてとりあえずもう一人の話の当事者であるヤマトの傍まで言って小声で話しかける。

 

「あの、つかぬことをお聞きしますが......」

 

「うん?」

 

「カリンさんって......もしかしてツンデレさんとか、ですか?」

 

「あー......」

 

 自分のあまり知られたくない《刀》スキルの情報をシリカに教えるときだって躊躇しなかったヤマトが曖昧に言葉を濁していたが、シリカからすればそれがすでに答えになっていた。

 こっそりと後ろにいるカリンを盗み見る。

 その表情は先程通り、苦虫を噛み潰したようではあったが、あれがツンデレだとするとーー

 

(カリンさん、可愛い人だなぁ)

 

 そう思わずにはいられない。

 そして同時にこうとも思った。

 

「あの、カリンさんってお姉さんっぽいですね」

 

「......私が?」

 

「はい。さっきから話していて思ったんですけど、私に対する話し方とか、なんだかすごくお姉さんって感じがして」

 

 お姉さん、もしくは年上の女性。そんな表現がぴったり来るような雰囲気を、シリカから見たカリンは纏っていた。

 話し方、雰囲気、素振りなどが、正しくお姉さん、そんな感じなのだ。

 もしかしたらリアルでも妹がいるのかも、などとシリカは考えたが、さすがに会ってその日にリアルのことを聞くなんてことはマナー違反にも程があるので止めておく。

 

「あー、確かにそうかも。僕にもそんな感じで接してくれたらいいのに」

 

「お姉さん......」

 

 相変わらずヤマトの言葉は完全スルーのカリンだったが、なにか思うところがあったのか、1人小さく呟く。

 その表情はこれといって形容する言葉はない、強いて言うのなら無表情だが、『お姉さん』という単語がなにか本人の心に届くような意味を持っていたのはシリカでも分かった。

 

「そっか......」

 

 そして最後にそうとだけ呟いたカリンの表情や雰囲気は、先程までとなにも変わらないはずなのに、妙にシリカとヤマトの印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで突然だが今回シリカが挑戦しているクエストの内容を説明しようと思う。

 それはずばり、収集系のクエストだ。

 この森でしか採れないと言われているキノコーー《ビミダケ》を採取し、依頼人へ届けろ、というのが大まかな内容だ。

 なんでもこのキノコは、この辺りで採れる料理の材料としてはかなり高ランクに位置していて、焼いてもよし、煮てもよしと、大体どんな食べ方をしても美味しいらしい。

 だが、クエストの内容を聞いてからカリンは疑うように目を細めた。どうやら情報屋であるカリンも知らないクエストだったらしく、上層の攻略進度によって解放される新クエストかもしれない、ということだった。

 シリカの話(正しくは依頼人の話)では、木の根本なんかに生えていることが多い、という話だった。

 ......さて、皆様も間違いなく思っていると思うが、なぜ今このタイミングでこんな話をしたかと言えば。

 

「ないですねぇ......」

 

「ないわねぇ......」

 

「おっ、また熟練度少し上がった」

 

 ーー開始から5時間ほど経った今でも、まったくもって進展がなかったからだ。

 いや、自分の《刀》スキルの熟練度にばかり興味が行っている藍髪少年はともかく、カリンとシリカは色々試してはみた。

 例えば実は情報が間違っていたんじゃないかと思って違うところを探してみたり、mobがドロップするんじゃないかと思ってヤマトに辻斬りよろしくの勢いでmobを斬りまくってもらったり、1層の某クエストのようにmobを倒すことでアイテムの出現率、もしくはドロップ率が上がるんじゃないかと思い(1層の某クエストはmobの出現率アップだったが)これまたヤマトに斬りまくってもらったり、色々頑張ったのだ。

 それでも、現在カリンたちはキノコらしいものには一切巡り会えていなかった。

 ......上記のことだけ見ているとヤマトがもっとも頑張っている気がするが気のせいだ。

 

「ねぇねぇ」

 

「ここまで来ると、やっぱり他になにか仕掛けがあるような気がするわね......」

 

「でも、大体見当たり次第思い付き次第やっちゃいましたよ?」

 

「ねぇねぇ」

 

「そうね。だから今までの発想とは少しベクトルの違った......」

 

「えっと......」

 

「ねぇねぇ」

 

「うん? なにか思い付いたの?」

 

「いえ、その、ヤマトさんがーー」

 

「まぁ、いいか」

 

「本人もいいって言ってるんだからいいんじゃない? あんな奴に構ってたら分かるものも分からなくなっちゃうわよ」

 

「はぁ......あ、それとそろそろピナを......」

 

「え、ピナちゃんがどうしたの?」

 

「あ、いえ......」

 

 

 

「あーあ、キノコどこにあるか分かったのに......ま、無視されるしいいか」

 

 

 

「「ちょっ、どこにあるのよ(ですか)!?」」

 

 

 

 あまりにあっさりとヤマトが呟くのに対して、これ以上ないぐらいに食いつくカリンとシリカ。

 そんな2人の反応に気をよくしたのか、ヤマトはふふーん、と笑って手招きする。

 ......ただし、シリカだけに向かって。

 

「シリカちゃん、教えてあげるからこっち来て」

 

「? はい」

 

「なっ、ちょっと待ちなさいよ! 私にも教えなさいよ!!」

 

「......えぇ?」

 

 カリンが聞こうとした途端に嫌そうな顔になるヤマト。

 

「な、なによその顔は」

 

「いやぁ、だってねぇ、カリンさんは僕と話すの嫌なんでしょ~?」

 

(こいつ今すぐぶっとばしたいっっっ!!)

 

 無駄に、というか明らかにわざと語尾を伸ばしてカリンをからかってくるヤマト。

 もちろんそんなヤマトの挑発をカリンがスマートにかわせるわけもないが、今回は相手から情報を提供される身。情報屋の端くれとして情報提供者に失礼になるような態度は取れない。いや、取りたくない。

 今の自分は、情報屋として真面目にやっているからこそ。

 そんな、昔と比べれば明らかに涙腺崩壊レベルの成長を見せるカリンだが、そんな尊い考えをも凌駕する思いが、今目の前のニヤニヤ顔の先にあった。

 それはーーまぁ、いつも通りと言えばいつも通りの憤激衝動。

 だが、それをカリンはプライドやらなんやらでなんとか堪える。

 

「その、どうか、教えてもらえないでしょうか......」

 

「うん、いいよ。あとついでに仲直りってことで」

 

「うるさいわよぉぉぉぉぉおおお!!」

 

「うわわ、カリンさんなんで急にヤマトさんに襲いかかろうとするんですか!?」

 

 シリカは驚いて咄嗟にカリンを抑え込むが、止まったのはカリンの体だけで勢いや感情は止まらない。

 なんで襲いかかるか? そんなものは決まっている!!

 

「離して!! なんかあのバカの顔見てるとすごいムカつくのよ!!」

 

「えぇ!? それはさすがに理不尽ですよ!!」

 

「あー......まぁ、いいか。シリカちゃん。そのまま抑えといてね」

 

 ヤマトはいつも通りなカリンの言動に微妙に安心したようなしないような気分になりつつ、2人に近づいていく。

 そしてカリンが森に入ったときから持っている花を奪い取り、太刀を抜いてその場で切り刻んでしまった。

 その突然の行動に、カリンもシリカも口を開いたままになる。

 

「あぁ、やっぱりこの鍔鳴りいいよね。キン!ってさ」

 

「ちょ、ちょっと、あなた何やってるのよ!?」

 

「うん? 何って刀特有の素晴らしい鍔鳴りに思いを馳せーー」

 

「そんなことじゃなくて!!」

 

「あの、ヤマトさん、そのお花無くなっちゃったら、この森が......」

 

「いや、いいんだよこれで」

 

「あなた本当にーーえっ、もしかして......」

 

「あ、分かった?」

 

 ヤマトの言葉にカリンは今日何回目かも分からない悔しそうな顔になり、シリカは首を傾げるが、ヤマト本人はなにも言わない。

 そしてそれから数分経つと、花の香りがどこかに流れていったのか、どこかから木の姿をしたmobたちがやってきて、森の最初の姿のように木のmobたちは並び立った。

 それら全て合わせて、計10分程度でもとの難易度Max状態の《レプトの森》の完成である。

 

「確か、この森の木の根本(・・・・・・・・)にキノコはあるんだよね?」

 

「木......あ、そういうことですか!」

 

 そう、この森には元々存在した木があった。カリンたちが入り口に咲いている花で排除してしまった木たちが。

 その木はmobなのでやはりキノコが手に入るとするならドロップアイテムだと思われる。

 答えが分かれば簡単なもの。ただ一度ドツボに嵌まると全くわからなくなる類いのトリックだ。

 カリンはそんな簡単なトリックをヤマトに教えられなければ分からなかったことが悔しかった。

 ヤマトが気付けたのだから自分だって気付くチャンスはあったはずなのに、と。

 どこでヤマトが気付いたのかが気になったが、ちょうどシリカがヤマトに聞いていたので盗み聞く。

 

「いやー、ちょっとこの辺のmobも大体倒し尽くしたなぁ、なんか他にmobいないかなぁ、って考えたら最初の状態の森を思い出してさ」

 

「へぇ、まさに発想の転換ですね!」

 

「ははっ、かもね」

 

(......なによ、そのアホみたいな気付き方は......)

 

 再びツッコミたくなったカリンだが、グッと堪える。

 そしてヤマトとシリカは周りを見渡し、mobの根本(足下?)を確認するが、やはりキノコのようなものはない。どうやらキノコはドロップアイテムで間違いなさそうだ。

 そして見渡した際に見つけた明らかに怪しい木のmobを2人して見る。

 

「あれ、かな?」

 

「あれ、ですよね」

 

 それは、回りの木と同じように直立しながらも、明らかに回りの木とは異質な木だった。

 まず雰囲気が異様だった。回りの木は普通の木と同じようなデザインなのに、その異質な木だけは場違いなほど変だった。

 率直に言えばーーなぜか虹色なのだ。その木は。

 うわぁ、悪趣味......とカリンがげんなりとしているとヤマトはこの数時間で段々と様になってきた動作で太刀を抜き、そのまま流れるようにその虹木を斬りつけた。

 

「あなたって、案外問答無用よね......」

 

「だってこの方が早いでしょ?」

 

 まぁ、そうだけど。そうカリンが答えようとした瞬間、信じられない光景が目の前で起こった。

 ブゥン!! という豪快な音と共に、ヤマトの体が吹き飛ばされたのだ。

 もちろんヤマトはカリンに返事はしながらも気を抜いたりはしなかった。それなのに吹き飛ばされたのだ。

 ヤマトはそのあとすぐさま体勢を立て直すが、それでもカリンの混乱は完全には治まらなかった。

 カリンのなかでヤマトは、戦闘力という観点のみで見れば、この世界でも5本の指に入るのではないか、というほどの人物だ。そのヤマトがなす術もなくただ吹き飛ばされた、というのがあり得なかった。

 

「ヤマトさん! 大丈夫ですか!?」

 

「......あー、うん。だいじょぶだいじょぶ」

 

 言葉の上ではいつも通りの軽い言い方だが、ヤマトが纏っている雰囲気が少し固いものになった。

 それは緊張と言われるものだ。

 

「私も手伝います! せめて相手の気を引くぐらいは.....!」

 

「いや、いらない」

 

「ど、どうして!?」

 

「はははー、ちょっと困ったことにね。多分この虹木くん、30層クラスっぽいんだよね」

 

「......え?」

 

 ヤマトの宣言にシリカが小さく声を上げ、カリンも顔をしかめる。

 30層。今現在の到達階層は24層。つまり最前線の攻略組でさえ戦ったことのないようなレベルの相手が、今カリンたちの目の前ににいるということだ。

 ヤマトならまだしも、今日初めて17層に進出したシリカでは相手することすら難しいほどの相手だ。

 周りを見渡しても、他のmobなどが襲ってくる気配は全くないので、このmob相手に逃走を図るのはそう難しくはないだろう。

 普通はそう考える。現にシリカはそう考えたのかヤマトに逃げるよう進言しようとしていた。

 だが、カリンが見たヤマトは、そんなことを微塵たりとも考えていないように、虹木だけを見据えていた。

 

(そうよね。あなたが考えていることなんていつも同じ。なんなら当ててあげてもいい)

 

 そう、ヤマトがこの時この瞬間。考えていることはひとつ。

 この虹木を倒して、シリカにキノコを渡すことだけだった。

 ただただ、困っている人がいて、その人を助けよう、手伝おうと思って100パーセントの善意で行動しているだけのいつも通り。

 そこに自分の身の安否だとか打算だとかそういったものは欠片も存在しない。

 本当にただ、シリカ(困っている人)の笑顔が見たいだけだ。

 

「はぁ」

 

 カリンはため息をつく。その理由は自分でも分からなかったけれど。

 もしかしたらまたどこぞのヒーローみたいに気障なヤマトに嫌気が指したのかもしれないし、無駄に強いヤマトなら虹木に勝つことが予想できたからかもしれないし。

 それはもしかしたらヤマトの善意が今はシリカに向けられているからかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分に向けて振り下ろされた木の腕での攻撃をヤマトはステップで右にかわす。

 そのままもうほとんど使い慣れ親しんだ太刀を相手の腕に向かって斬りつけるが、妙に固い葉っぱでガードされてしまう。

 どうやらこの虹木は、攻撃が通るのは幹や枝といった、木の皮の部分のみで、葉は盾のように役割をしているようだ。

 ヤマトは虹木から距離をとりつつ小さく歯噛みする。

 

(この虹木、厄介だな......)

 

 先程ヤマトはこの虹木が30層クラスと言った。それは間違っていないが正解とも言い切れない。

 なぜなら虹木の頭上に浮かんでいるカーソルは、他の木たちと同じ弱いことを示すペールピンクなのだから。

 つまりこの虹木は、レベルは低いが、能力値は30層クラス、ということになる。

 その認識については、ヤマト自身も初撃を食らった時点で直したのでそこはまだいい。

 一番厄介なのは、木の癖に妙に動きが早い、ということだ。

 足は遅いのだが、腕の動きだとかガードの早さだとかが最前線のmob以上に早い。

 しかもその上防御力もあるのだから、厄介なことこの上ない。

 これはカウンターでも決めないと一撃入れられないか。そう考えたヤマトは太刀を構えながら少しずつにじり寄っていく。が、ここで虹木が予想外の動きを見せる。

 急に頭部である葉っぱが大量についた枝をブルブルと振りだしたのだ。

 そして次の瞬間には、決して遅くはないスピードでヤマトに向かって黄色い粉のようなものが飛んでくる。

 

(これは、花粉か?)

 

 これもまた厄介な。

 こういった粉系の攻撃というのは、大体が状態異常系の攻撃だ。おそらくこの花粉も麻痺などの効果があるのだろうとヤマトはみる。

 しかもこの花粉、虫系のmobが繰り出してくるりんぷん攻撃よりも落下速度がかなり遅い。つまり粉攻撃の持続時間が長いのだ。

 ヤマトは飛んでくる花粉をかわそうと動き出すが、それに合わせて虹木も頭の向きを変えてくるので、さらに花粉が広がっていく。

 

(なるほど。下手に動けばあの虹木の周りは花粉だらけになって接近も難しくなるってことか)

 

 ヤマトは左右への回避は最小限に抑え、可能な限り後ろに下がってかわすことで、虹木の周りに花粉が留まることを防ぐ。

 そして花粉攻撃がついに終わった瞬間、ヤマトは再び前方へ急加速し、一気に虹木へ接近する。

 そしてすれ違い様に2連撃を叩き込んだ。

 叩き込めたのだ。

 

(ん? 攻撃が通った......? さっきは普通に防御されたのに。もしかしてあの花粉攻撃あとはいくらか行動不能になるのか?)

 

 等とヤマトが観察しようとした瞬間、ヤマトの頭上から再び木の腕による振り下ろし攻撃が来る。

 この木に似つかわしくない素早い攻撃にはヤマトはだいぶん苦しめられたが、それでもそう何度も同じ攻撃を喰らうヤマトではない。

 太刀を盾代わりにしてして、腕の攻撃をなんとか受け流す。

 基本的に、刀、という武器は他の武器に比べて武器防御が難しい、という性質がある。

 理由は単純、刀身が薄く、まともに正面から相手の攻撃を受ければ武器そのものがへし折られる可能性があるからだ。

 そもそも、刀は腕がない人物が使って巻き藁などを切ろうと思えば、問答無用で刀の方が折れてしまう。

 このSAOでも同じということは耐久度的にないと思うが、それでも相手の攻撃を防御しにくい、ということはある。

 そんな中、相手の攻撃を受け流せたのはヤマトの技量あってこそだろう。

 そんなヤマトでも、どうしても相手の勢いを殺しきれずたたらを踏む。

 それでもヤマトがいる位置は、ギリギリ虹木の腕攻撃の範囲外。この場なら相手が近づいてきても対処可能、ヤマトはそう考えていたが、これも裏切られる。

 虹木は突如地上に出ていた自分の根っこを地面に叩きつけたかと思うと、次の瞬間にはヤマトの足下の地面から木の根が飛び出し、襲いかかってきた。

 

「がっ!」

 

 もちろん、体勢を崩していたヤマトはその攻撃をかわせない。

 そして弾き飛ばされて倒れてしまい、すぐに立ち上がろうとするが。

 

(な!?)

 

 体が動かなかった。

 そして自分の周りには黄色の花粉。

 虹木に吹き飛ばされて先程の花粉攻撃による花粉密集地帯に放り込まれてしまったのだ。

 ーーまずい。

 木のような中型、大型のmobは総じて攻撃力が高い。今回の虹木も同様だ。

 しかもステータスは異常なほど高い。そんな相手に一方的に攻撃されてしまえば結果は考えなくても分かる。

 

(......とは言え、多分あの虹木の攻撃なら7~8発は耐えらるみたいだし、それまでになんとか解毒結晶を使うか自然と麻痺が切れてくれれば......)

 

 麻痺状態でも右腕だけは動かせる。そしてmobが使う麻痺攻撃は大体がそこまで持続時間は長くない。なので最悪このまま攻撃されてもHPがなくなるより少し前には麻痺が切れてヤマトは動けるようになるだろう。

 だがここで問題が一つ発生する。

 それは今も上から降ってくる花粉だ。

 

(これって、麻痺から回復→花粉を浴びてまた麻痺っていうサイクルなのかな......?)

 

 だとするとかなりまずい。

 なにもしないという手段はこれで取れなくなった。

 となると、解毒結晶による回復だが、これも成功するかはかなり怪しい。

 結晶などによる状態異常からの回復は基本一瞬で行われるが、効果は一瞬ではない。

 つまり自分が状態異常から回復した直後数瞬は、状態異常にはならない、他のゲームでも使われる用語で言うのなら《無敵状態》というものがこの世界でも存在するのだ。

 だが、それは本当にごく短い時間の中での話で、0.5秒あればいい方だ。

 そんな短い時間ではできて一動作。それだけではヤマトがいる花粉地帯から脱出することは難しい。

 

(一応他にもなんとかできる方法はあるけど......でも、『これ』はなぁ)

 

 ヤマトにもう一つ選択肢が思い浮かぶが、それは自分で破棄する。

 理由は多々あるが、今回は割愛する。

 そしていよいよ虹木が近づいてきて、その太い腕を振り上げた瞬間。

 

 

 

「ピナ、《キュアーブレス》!!」

 

 

 

「きゅるるる!!」

 

 

 

 シリカとピナの声が響いた瞬間、花粉の中で(・・・・・)動けているピナの口から霧状の液体がヤマトにかけられた。

 そこからヤマトの状況判断は早かった。

 ヤマトは素早く右手を腰についているポーチに入っている解毒結晶に伸ばしつつ、真横にピナを抱え込むようにして大きく跳んだ。

 それで虹木の攻撃はかわすことができたが、しかしそこはまだ花粉地帯。ヤマトの《無敵状態》も切れて再び全身に麻痺が走る。

 だがそこでヤマトは、先程解毒結晶に伸ばしていた右手で結晶を掴み、「ヒール」と呟く。そして再びヤマトは麻痺から解き放たれる。

 そしてもう一度真横に大きく跳び、今度こそ花粉地帯からは脱出する。

 そのままヤマトは太刀を納刀しながら、虹木に接近する。

 

 

 

「これで、止めだ!!」

 

 

 

 そして鞘から抜き放たれる神速の一撃。

 単発ソードスキル《紫電》。

 これは抜刀術による一閃で、他のソードスキルのような『魅せる』という概念を一切削ぎ落とした攻撃だ。

 だがそれだけに1撃にも関わらず驚くべき威力を誇っている。

 そんな無骨だが斬ることに特化した一閃は、そのまま虹木の胴体に吸い込まれていき、見事虹木の胴体を両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、《ビミダケ》」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 虹木を倒して森の入り口まで戻り、ヤマトがシリカに《ビミダケ》を渡す。

 虹木を倒してからも色々あった。

 まず、どうやってここ、入り口まで戻ってくるか。先程ヤマトが花を切り刻んでしまったので難易度Max状態の森を戻らないといけなくなってしまったのだ。

 カリンがふと、「さっき、花をストレージに入れればよかったんじゃ」と言ったときには場に何とも言えない空気が流れたが、無理矢理全員テンションを上げて根性で森を脱出した。

 次に《ビミダケ》の見た目。

 カリンやシリカからすればとても食べ物だなんて考えることもできないほどの代物だったが、変食好きのヤマトからすればどストライクだったらしく、もう一体虹木を倒そうとか言い出したので、それはなんとかカリンがヤマトを踏んじばって止めた。

 

「いや、僕の方こそありがとうね」

 

「あ、いえ。私は全然お礼を言われるようなことなんてーー」

 

「いや、そんなことないよ」

 

 シリカの言葉をヤマトは真っ向から否定する。

 

「僕は君のーーじゃないね。君たちのお陰で今日も生き残れたんだ。それは僕のためにも誇ってほしい......そんなの色々含めて」

 

 

 

「ありがとう。シリカちゃん、ピナ」

 

 

 

「......はいっ!」

 

 優しく微笑むヤマトにつられてシリカも笑う。

 こんな優しくない世界ではあまり見られない、優しくて暖かい一場面だ。

 そんな場面で1人、その空気には入れない人物がいた。

 カリンだ。

 カリンも、シリカはヤマトに、というより誰からでも誉められるような素晴らしい行いをしたと思っているし、カリン自身もすごいと思った。

 なのに、今こうしてヤマトと向かい合って立っているシリカを見て、妙に心乱される。

 なんで? 自分に向けて問う。

 

(これって、まさか、寂しいとでも思ってるの私?)

 

 だとするなら相当にバカな話だ。

 なぜならヤマトは自分にとってただの喧嘩相手。もっと言うのなら先程シリカに言ったように嫌いな人物。

 そんな相手が誰かと仲良く話していて寂しく思うだなんて、取られたように思うだなんて、本当にバカな話だ。

 

「でも、さっきなんでピナ動けたの?」

 

「あ、はい。あの木の花粉、他の木に当たっても麻痺状態になっていなかったんです。だからピナは効かないんじゃないかと思って」

 

「なるほど~」

 

 2人の会話を聞くでもなくただ眺めるカリン。

 カリンも、2人の様子を見てイライラしたりなんてことはしなかった。

 ただ、なぜか不安感がどこかから溢れてくるだけで。

 カリンは髪を掻き上げつつため息をつく。

 

(......まぁ、せいぜい喧嘩相手がいなくなっていつものペースがまた崩れそうになるのが怖いだけか)

 

 ここ最近、ヤマトとカリンは妙なほどよく会っていたから、それはそれでカリンの日常の1ページとしてヤマトが組み込まれそうになっていただけ。そしてそれがなくなりそうだから少し体が驚いているだけだろう、とカリンは適当に見切りをつける。

 カリンの経験上、こういったよく分からない感情とはさっさと見切りをつけた方が絶対にあとが楽だ、そう考えたのでそうすることにする。

 これといって特に理由はない。

 

「あの、カリンさん」

 

「.....ん? なに?」

 

「すいません、私そろそろ町に戻ろうと思って......」

 

 声をかけられてシリカとヤマトを見ると、もう既に別れの挨拶はできているらしくあとは自分だけのようだった。

 回りが見えなくなるとか、どれだけ考え込んでるのよ私......と軽く自己嫌悪しつつシリカに向き合う。

 

「うん、シリカちゃん、今日は私からもありがとね。またシリカちゃんとピナちゃんに会いにいってもいい?」

 

「はい、私の方こそ是非!!」

 

「ふふっ。あ、それから何か情報欲しいときは呼んで? 安くしとくわよ?」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 2人笑って、最後にシリカがヤマトとカリンにお礼を言って別れる。

 本当にいい子だな、とカリンは思った。自分なんかと違ってすごくまっすぐな子だな、と。

 これなら私も彼女とはこれからももっと交流を持っていきたい。そう思った。

 

「......」

 

「......」

 

 そして場に残ったのはヤマトとカリンの2人。

 ちょうどいいタイミングだしカリンもヤマトと別れよう、「それじゃあ」とでも言おう、そう思ったのだが。

 

「ねぇ」

 

「うん?」

 

 

 

「私さーー本当にこのままでいいと思う?」

 

 

 

 カリンの口から出てきたのはそんな、突然で意味も伝わらないような言葉だった。

 急にこんなことを言っても、ただ変なやつ、という烙印を押されるだけなことはカリンも分かったが、口から出てしまった言葉を撤回しようという気持ちにはなぜかなれなかった。

 そして、そんなカリン考えが伝わったのか、ヤマトも少し顔を引き締めた。

 

「それは、今日途中からカリンの様子が少しおかしかったことを言ってるの?」

 

「......私、おかしかった?」

 

「うん、まぁちょっとだけど。あのお姉さんどうのこうの、ってあたりから」

 

「あぁ......確かに、それもあるのかもね」

 

 別に、特別なことではない。

 ただ単純な話。誰にでもあるような『トラウマ』のようなものが、カリンにとっては『お姉さん』という単語に含まれていた。それだけの話。

 それにカリン自身、今回の自分の妙な精神状態が、その『トラウマ』のせいなのかはよく分かっていなかった。

 いや、それ以前に、カリンはヤマトになぜあんな質問をしたのか、ヤマトになんと言ってほしいのか、それすらも分からなかった。

 でも、そんなカリンでもこれだけは分かった。

 

(あぁ.....私はこのバカに、何か言ってほしいのか......)

 

 自分の価値観まるごと変えてしまうような力のある言葉でも、はたまたそこら中にありふれたちんけな言葉でも、なんでもいい。

 とにかくカリンは、今ヤマトに何か声をかけてほしかったのだ。

 ただ、それでも質問した内容、それはカリンにとって軽いものではなかった。

 それは、前からーー『あのとき』からカリンの中にある、ずっと変わらないまるで呪いのような問いなのだから。

 簡単に言えば、ただ急に寂しく不安になったからヤマトに聞いた、カリンの心境はそんな感じなのかもしれない。

 それでも、カリンにとっては大事なことだった。

 と、そこでカリンは心の中で小さく笑った。

 よくよく考えれば、自分はこの少年に会うたびに何か質問しているような、そんな気がして。

 この少年は、いつも自分の想像の上をいくような答えを持っていた。

 だから今回も、そんな答えで自分を驚かせてくれるんじゃないだろうか? ......救ってくれるんじゃないだろうか?

 もしかしたら、そんな淡い期待をしているのかもしれない、カリンはそう思った。

 そして、ついにその少年ーーヤマトは口を開いた。

 

 

 

「カリンってさ、結構女の子女の子してるよね」

 

 

 

「......はい?」

 

「だってさ、いつももそういうとこあるけど、今日なんてずっとピナを離さないでさ、シリカちゃん後半半泣きだったよ?」

 

「そ、それは、だって......」

 

「それに、いつもいつも、僕に絡んできては怒鳴るわ、パンチしてくるわ、拗ねるわ」

 

「う、うるさいわよ! それはあなたがーー」

 

 

 

「でも、僕はそんなカリンと一緒にいるの、結構楽しいよ?」

 

 

 

「ーーへ?」

 

 急に自分を肯定されて、間の抜けた声が出てしまうカリン。

 そんなカリンを気にせずヤマトは続ける。

 

「僕って適当でマイペースなところあるからさ、だからカリンみたいに自分のペースのまま楽しく話せる相手って、一緒にいるだけでも楽しいんだ......まぁ、カリンはイライラするかもしれないけどね」

 

 あはは、とヤマトがばつの悪そうに笑う。

 

「で、そんな適当でマイペースな僕はカリンの質問に答えはあげられない......ごめん」

 

「い、いや......」

 

 カリンはなんとか返事するが、未だに思考が纏まらない。

 

「でも、僕個人の単純なワガママでいいのなら......やっぱりカリンはそのままでいてほしいかな。僕の適当でマイペースな感じにも一つ一つ相手してくれる、楽しいカリンのままで」

 

 それは、本人の言う通りなんの答えにもなっていない、ただのヤマトのワガママだ。

 カリンの悩みのすべてを解決するような神様のような言葉でもない。

 それでも。カリンは。

 

「......ふふっ」

 

 ーー小さく笑った。

 

「......え、カリンが笑った!?」

 

「なによ、その失礼な言葉......あはは」

 

 また笑う。

 ヤマトの言葉は、神様のようなものではなかった。

 それでも、確かに、少しカリンは心が軽くなるのを感じた。

 ヤマトの言葉は、確かにカリンを救うような素晴らしい言葉だったのだ。

 ヤマトに認められたような気がして、ただただ嬉しかったのだ。

 こんなムカつくやつに認められたところで、良いことなんて何一つないのに。そう確かに思うのに、カリンは嬉しかった。

 

「ねぇ、あなーーいえ、ヤマト」

 

「えっと......なんでしょう?」

 

 初めて自分に笑顔を向けられたどころか、さらに初めて名前を呼ばれて、変に身構えてしまうヤマト。

 そんなヤマトの反応も、今のカリンからすれば面白かった。

 そして、カリンはこの世界に来てから初めて心の底から笑い。

 

「ばーか」

 

 ヤマトに言ったのだった。

 

 

 

 この日から、カリンはヤマトを名前で呼ぶようになったのだが、それはカリン自身も気付かない。

 

 




はい、シリカ、とみせかけてカリンのデレ回でした。
といってももちろん彼女はまだまだツンデレです! まだ落ちていないのでご安心を!
今回は訳わからなくなってしまっただけですね。
というか、本当にこの2人の話は書くの面白いなぁ......まぁ、たまにやるからかもしれないですが。

次回は本編に戻ります! なんとクオーターポイントです!


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28話目 絶望の誘い

28話目です!
まずい、最近完全に週1更新になってますね......
しかも最近なんだか1話あたりの文字数増えてますし......
表現が下手だから長くなってしまうのか、構成が下手だから長くなってしまうのか。
うーん、もっと頑張らないとですね~。

それではどうぞ!


「おはよー、コウキ」

 

「おはよ」

 

 いつも通りの朝。いつも通りの待ち合わせ場所でミウと会い、これまたいつも通り挨拶する。

 この間ミウと衝突しあったりもしたが、今ではその時の気まずさなんて微塵も残っていない......と思う。

 いや、正しく言えばミウは仲直りしてから数日間は俺の顔をまともに見てこなかったけど。

 なんか、「なんであんな告白みたいな言い方したんだろう私、いやむしろプロポーズ? ......やばい、なんか今さら恥ずかしくなってきた!!」とかブツブツ言って。

 俺は、俺は~......うん、まぁ俺のことなんてどうでもいいか、うん。

 閑話休題。

 とにかく、そんあ微妙に波瀾万丈な日々を過ごしてきた俺らだが、今日は特にーーおそらくはミウもーーいつもより少し声や雰囲気に緊張の色が含まれていた。

 その理由は簡単だ。

 

「遂に、25層ボス攻略かぁ」

 

「4分の1、だな」

 

 そう、今日は25層ボス攻略の日だ。

 最初は100層攻略なんてとても無理、と言っていたプレイヤーも多かったが、半年と少しでここまで来られた、ということもあり、最近は攻略にも勢いがついてきていた。

 それに最近、攻略の動力源のような怖い人も出てきたしな。ここまでの要素が揃えばそりゃあ嫌でも攻略は進んでいくだろう。

 俺としてはもう少しゆっくり進んでもらわないとついていくのもかなりキツいのだが、攻略が進むことは間違いなく良いことだ。俺の意見なんて他所に置いておくべきだろう。

 それに。

 

「今日も頑張ろっ!」

 

「......おぉ!」

 

 俺たちは互いに手の甲をぶつけ合い、攻略組の集合場所に向かって歩き出す。

 ......それに、俺も、こうやってミウをこの世界から守るためになら、きっといくらでも頑張れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後集合場所でヨウトとキリトと合流、移動し、今はボス部屋の目の前にいる。

 周りを見渡せば、俺やミウのように今回はいつも以上に緊張している面持ちのプレイヤーが多い。

 ボス攻略上限人数48人。これだけの人数の緊張している空気が伝わってくると、この世界がゲームオーバー=リアルでの死というデズゲームだというのが再認識される。

 まぁ、だから......

 

「最近、フィナさんの料理食べてないなぁ」

 

「そういえばフィナのやつも言ってたぞ? 『あれ』以来2人が来ないから寂しい。嫌われたんじゃないかって」

 

「あ、ああああああ『あれ』ってなんのことかなヨウト!?」

 

「......? あー、そっか。そういえば俺はミウちゃんに会ってなかったな」

 

「......へ?」

 

「俺、あの時《旋風》にいたぞ」

 

「忘れてーーーー!!」

 

「うおっ、あぶな!? ミウちゃんタイムタイム、ここで俺殴るのはヤバいって!!」

 

 ......あんな風にいつも通り騒げているあの2人は心臓の構造がどうかしていると思う。

 バカのヨウトはともかく、ミウはさっきまで緊張してたはずなんだけど......

 さっきそのことをなんとなくミウに聞いてみたら。

 

 ーーコウキに会ったら、なんか安心しちゃった。

 

 だそうだ。

 ......まぁ、ミウのそんな風に自分の考えや気持ちを素直に他人に伝えられるところはすごく良いところだと思うんだけど、ちょいちょい男殺しな台詞を言うのはどうにかなんないかなぁ。正直心臓に悪いっス。

 ミウも無自覚なんだろうから仕方ないけどさ。

 だが、そろそろ本気で周りのプレイヤーの視線に殺意がこもり始めているので、あの2人を宥めるとしよう。

 

「おーい、2人ともそろそろ静かにーー」

 

「おっ、コウキ良いところに! 聞いてくれよ!」

 

「いや、だから静かにーー」

 

「ハンバーガーならやっぱりチーズだよね!?」

 

「いや! やっぱり照り焼きだよな!?」

 

「2人ともなんの話してんの!?」

 

 おかしい、ボス攻略直前でハンバーガーの話をチョイスはおかしすぎるよお二人さん。

 ほら、周りの視線もどんどん痛く......

 

「お前どっち派?」

 

「俺はチーズだな」

 

「てめぇ分かってねぇな、男なら照り焼きだろ!」

 

「俺、ポテト」

 

 みんなちゃっかり乗っかってるし!?

 ......いや、分かっている。真面目な話、ボス攻略前というのは何度目、何十度目になろうとも緊張はするし、とにかく怖い。俺が特別軟弱というわけでもなくみんなそれぞれ恐怖や緊張は感じていると思う。

 だから、こうやって軽い話に少しだけ逸れたくなるのも分かるのだ。少しでも緊張や恐怖から目を逸らすために。

 特に、ミウやヨウトは、なんかこう......不思議と暖かい空気を作るのが上手い。だからこうやってみんなもその不思議な暖かさを頼って、なんとか精神力を溜めているのかもしれない。それは痛いほど分かる。

 それでも......やっぱりこの話題はどうかと思うんだよなぁ......みんなは盛り上がってるし、もしかして俺の感覚がおかしいのだろうか?

 もちろん、俺がそんな風に現実逃避しても、目の前の2人は逃がしてくれない。

 

「ねぇ、コウキはどっち!?」

 

「お前も照り焼きだよなぁ!?」

 

「ほんと、何がお前らをそこまで駆り立ててるんだよ......」

 

 これはもう、適当に言って場を収めるしかないか、そう考えたときだった。

 

 

 

「静粛に!!」

 

 

 

 凛とした声が空間に響く。

 どこまでも固く、甘さなどどこにも介在しないような冷たい声だった。

 この場にいるプレイヤーたち全員が、声の主の方を向く。

 

 

「皆さん、ボス攻略前に、気を抜くようなことは止めてください」

 

 その声の主は、その声に相応しい気品高い表情でプレイヤーたちに声をかけていく。それが進むに比例して先ほどまで暖まっていた空間が冷たくなっていくのを感じた。

 

「それと......」

 

 そして、そのプレイヤーは俺たちの方を向き、近づいてきた。

 

「コウキさん。あなた達のパーティーは周りの方々に悪影響を与えます。今回は見逃しますが、今後はこのようなことがないよう注意してください」

 

「あぁ、悪かった。以後気を付けるよ」

 

 俺が悪いわけではないのだが、今回は仕方ないか。

 そして騒いでいた人物の一人であるミウは、自分のせいで俺が叱責されたことがショックだったのか、いつもよりも雰囲気を暗くしつつそのプレイヤーの前に出てくる。

 

「ごめんね、アスナ。私たちちょっとうるさかったね」

 

 ミウがそのプレイヤーーーアスナに謝る。

 アスナはミウの謝罪に、分かってくれればいいんです、とだけ返し、もと居た場所ーーギルド《血盟騎士団》の輪の中へ戻っていく。

 ......まぁ、確かに、アスナの言い分も最もだ。アスナ達からすれば、真剣な、精神をこれ以上ないぐらいに研ぎ澄ましていた状況で、妙な茶々を入れられたようなものなのだから、怒っても当然だと思う。

 事実、俺もその辺りを気にして周りを押さえようとしていたわけだし。

 だが、それがいつも正解というわけではないと思う。

 ミウもヨウトも、調子に乗るところはあるが、誰かの迷惑を考えられないわけではない。むしろあの2人はそういったことに機敏だと思う。

 だから多分今回の騒ぎも、2人なりに緊張しすぎて悪い意味で沈んでしまっていたみんなの空気を上昇させようと思って明るく振る舞ってたんだろうし(まぁ、それもどこまで狙っていたのかは分からないが)

 だから......今のことはアスナに責められるほどのことではなかったと思う。もちろん騒ぎすぎたことは怒られなければならないが。

 その辺りのさじ加減というか、微妙な感覚というのは本当に難しい。

 どちらが悪いというわけでもないが、どちらかが悪くならないといけないというのも嫌なものだ。

 なのでとりあえず必要以上に落ち込んでしまったミウの頭を軽く叩きながら、キリトに話しかける。

 

「なぁ、キリト。アスナっていつから《血盟騎士団》に入ったんだ? 俺が知ってる限り、17層ぐらいまではソロだったと思うんだけど」

 

 アスナとは連絡が取れないことも多かったが、たまに会ったりはしていたしはしていたし、ボス攻略の時はパーティーを組んだりもした。

 なのにいつからかアスナは俺たちから距離をとるようになって、気付けばアスナが《血盟騎士団》ーー《Kob》に入っているという今の状況が出来上がっていた。

 そして俺の言葉にいつの間にか復活したミウや、ヨウトも便乗する。

 

「そうそう! しかも最近アスナ雰囲気堅いし......」

 

「だよな。まぁ、アスナが《KoB》に入るのは悪いことじゃないけど、副団長とか言われてるし。なんか知らないか、キリト?」

 

「......さぁ、俺も分からないよ。俺だってあいつと一緒に行動していた訳じゃないしな」

 

「そっか......」

 

 ミウがキリトの言葉に項垂れる。

 まぁ、そりゃあキリトがアスナの事情を全て理解しているとは思ってないけど......

 なんか、最近キリトも微妙に様子がおかしい気がするんだよな。

 どこがどういう風に? と聞かれると答えられないのだが、ミウ風に言うのなら、雰囲気が、だ。

 俺なんかが誰かの悩みを聞いてヒーローのように解決できるだなんて馬鹿なことは考えていないが、それでも力になりたいと思う。

 ただ見ているだけでは、なにも解決しないことはもう分かっている。

 俺はゆっくりと口を開けようとする。が。

 

「.......」

 

 なにも言えなかった。

 いや、正しくはキリトがなにも言わせないような雰囲気を出していた。

 まるで、無用な詮索は止めろとでも言われているかのようだった。

 それでも何か言おうとしたが、結局俺はなにも言えずに口をつぐみ、話す代わりに歯噛みした。

 また、自分の無力感に苛まれそうになるが、今はその時じゃないと頭を振る。

 そんな俺の動作を見られていたのか、ミウが妙に明るい声で話す。

 

「でも、アスナが《KoB》に入るとは思わなかったなぁ」

 

 《Kob》。ギルド《血盟騎士団》の略称だ。

 攻略組のギルドは3つの組織に分けられる。

 ディアベル率いる《DKB》こと、《ドラゴンナイツブリザード》。

 キバオウ率いる《ALS》こと、《アインクラッド解放隊》。

 そして、先ほども言ったようにアスナも所属する、ヒースクリフ率いる《KoB》こと、《血盟騎士団》。

 《DKB》は言わずもがな、ディアベルのカリスマ性に惹かれたメンバーで構成されていて、団結力、統率力もある。1層からディアベルの力は衰えるところを知らずだ。

 《ALS》はその名前からも分かる通り、この世界から解放されたい、脱出したい、という気持ちが伝わってくるせいかせいか、はたまたキバオウの力強い人柄に惚れたのか、現在存在するギルドでは最大の人数規模を誇っている。

 《KoB》は、団長であるヒースクリフが一人ずつ声をかけて作ったギルドらしく、それ故に人数は少ないが、メンバーの実力は群を抜いている。

 アスナはそのうちの《KoB》に所属しているわけだが、正直アスナはギルドのような人との関わりあいを鬱陶しく思う方だと思っていたので、入ったことを知ったときはかなり驚いた。

 そしてアスナと久し振りに会ったとき、その雰囲気が前とは比べ物にならないほどの硬くなっていることにさらに驚いた。

 でも......

 

「まぁ、ヨウトも言ってたけど、ギルドに入ることは何も悪いことじゃないしな。むしろ危険も減ったりしていいこと尽くしだし」

 

 俺の言葉を聞いて、キリトを除く2人が渋い顔になる。

 2人の言いたいこともなんとなく分かる。

 つまり、自分を殺してまでギルドに入る必要はあるのか。そんなのはただの自己犠牲なのではないか、そういうことだろう。

 それには俺も全面的に賛成だ。でも、前までのアスナがアスナの素だったのかは俺たちには分からないのだ。

 それに。

 

「アスナが自分で決めたことなんだ。俺たちには口出しする権利はないよ」

 

 キリトがミウとヨウトをを宥めるように言う。

 つまり、そういうことだ。

 アスナのことはアスナが決める。

 人によっては冷たく思う考えかもしれない。それでも、俺たちがアスナが決めたことにとやかく言うのは失礼だし、そもそもさっきも言ったように何もアスナは間違っていないのだ。俺たちにできることは何もない......

 ーーというのが、この前までの俺の考えだった。

 相手の考えにとやかく言うのは失礼、そうかもしれない。だが、それでも手を伸ばすぐらいのことはしてもいいはずだ。

 今、俺なんかではアスナにかけられる言葉は存在しない。そもそも、何か言ったところでやはりなにも変わらないかもしれない。

 それでも、何も行動しないという選択肢よりも、その行動は何倍も価値あるはずだ。

 それを俺は、ミウから教わった。

 ヨウトは小さくため息をつきながら言う。

 

「......なるようにしかならない、か」

 

「それでもお前のその馬鹿なほどのお人好しは良いとこだと思うぞ」

 

「それって、褒めてるのか......?」

 

 失敬な、素直じゃない自覚がある俺からすればこれ以上ないぐらいの褒め言葉だというのに。

 それから5分ほどすると、ディアベルがボス部屋の扉の前に躍り出た。

 

「今回は俺たち、《DKB》が主となってボスに挑戦する! 《KoB》、《ALS》、無所属の方々も協力を願います!!」

 

 ディアベルがこの場のプレイヤー一人ずつに目を向けながら言う。

 ディアベルが今言った『今回』というのは、毎回どこのギルドが主となってボス攻略をするか揉めているためだ。

 前にも言ったが、ギルド同士というのは基本的に仲が悪い。

 それに攻略組までのレベルになるプレイヤーというのは多かれ少なかれ我が強い。

 そんな理由から指示する側、指示される側ということにかなり拘りを持つプレイヤーが多いのだ。

 特に《ALS》のプレイヤーは、人数が多いこともあってか妙に拘りが強い。だからなのか前からどこのギルドが全体を統率するのかということを決めるのにも口を挟んできて、結果会議に時間がかかることもしばしばある。

 それからもディアベルは二言三言話し。

 

「それでは皆さん! 今回も誰も死なずに無事帰りましょう!!」

 

「「「おおおぉぉおぉぉぉぉおお!!」」」

 

 ディアベルの締めの言葉に共鳴するかのように雄叫びをあげるプレイヤーたち。

 そんな光景を見て自然と頬が緩んでしまう。

 やっぱり、どれだけいがみ合っていても皆考えることは同じだ。

 生きて帰る。ミウや、皆と一緒に。

 生きて帰るからこそ、またぶつかり合ったり笑いあったりできるのだから。

 

「コウキ」

 

 隣から声がかかったので視線を向けると、ミウが俺を見て笑っていた。

 ......なるほど、確かに顔を見ると落ち着くな。

 どうやら俺自身、偉そうなことを言いながらどこか変に力んでいたらしい。

 

「頑張ろうねっ!」

 

「もちろん!」

 

 互いに声をかけあった瞬間、25層ボス部屋の重き扉が低い音をあげながら、ゆっくりと開き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルシャァァァァァアア!!」

 

 前衛プレイヤーの剣がボスを斬りつける。

 ボス戦が始まって10分が経ち、既にボスのHPバーは残り2本だ。

 今回のボス《ザ・ケルベロス・グレイター》は、その名の通り3つ首の獣型mobだ。

 体長約4メートル。全身は黒く長い体毛に覆われ、尾は長く太い。

 そして胸と足首には、それぞれ金色の胸防具ととリングが装備されている。

 今回は取り巻きをつけないタイプのボスらしく、そういったボスはステータスがかなり高いことが多い。

 ケルベロスもその例には漏れていなかったが、ディアベルが相手の動きに応じて的確な指示を出して、つねにケルベロスを部屋の角に追い込んでいることで戦線は安定している。

 それに取り巻きがいないお陰で、相手一体に注意を向けられるのも戦闘を有利に進められている要因の1つだろう。

 ちなみに今回のボス戦、俺たちのパーティーの仕事は、ケルベロスにタイミングを狙って攻撃してヘイト値を稼ぎ、ケルベロスを引き付ける係りだ。

 ヘイト値は相手が攻撃する寸前にそれを邪魔するように攻撃したり、ボスの弱点を攻撃するなど、まさに相手が『嫌がること』をすれば稼ぐことができる。

 まぁ、つまり。

 

「うおっ! あぶなっ!?」

 

 ......いつも通り、ハズレの仕事を任せられた訳だが。

 敵が攻撃する寸前に自分達から攻撃する、敵を引き付ける。それだけでもどれだけ危険な役割かが分かるだろう。

 それもミウやヨウト、キリトのような異常な戦闘能力があってこそできる役割であって、俺のような狼に食べられる羊のような存在には正直辛すぎです。開始10分で命からがらである。

 そもそもあの3人がおかしいんだよ! なんであんなに綺麗にかわせるの!?

 

「コウキ、スイッチ!」

 

 ミウが自身に振り下ろされた巨足をギリギリでかわし、俺はミウと前衛後衛を入れ替わる。

 そして振り下ろされた状態で硬直しているケルベロスの足首を斬りつける。

 俺の攻撃は攻略組でもそこそこ上の方に部類する(まぁ、キリトには勝てる気がしないが)のだが、そんな俺の攻撃でもケルベロスは効かんとばかりに雄叫びをあげ、さらに右前足付近にいるプレイヤーをなぎ払いにくる。

 

「ディフェンダー隊、構え!!」

 

 しかしそれはディアベルの指示で前衛の大盾持ちのディフェンダーが構え、ケルベロスの一撃を抑え込む。

 ......さすが《KoB》のディフェンダー隊。安定感が全然違う。

 指揮者が他ギルドのディアベルでは、いくら《KoB》のメンバーでも上手く動けないのでは? 等と考えていた最初の頃が懐かしい。

 他のギルドのプレイヤーたちは、指揮者が違うとどうしても戦闘開始時や、いざという時に浮き足だって上手く動けないこともあるのだが、《KoB》のメンバーは本当にそういったことがない。

 ちなみに俺たちのようなソロだったり無所属のプレイヤーは誰が指揮者でも上手く動けたりする。その辺りは、やはり急な状況の変化にも自分で対処することを日常としている無所属のプレイヤーの特権と言えるだろう。

 っと、しまった。

 

「今のうちにヘイト値稼がないとなっと!」

 

 ディフェンダー隊がケルベロスの攻撃を抑え込んでいてくれるうちに、さらにもう2撃、ケルベロスの足に攻撃を叩き込む。

 俺たちは基本的に左前足を攻撃して、ヘイト値を稼ぎ、攻撃本体は右前足と体を集中的に攻撃しているのだが。

 この足首の部位、ダメージが少ないな......

 そもそもケルベロスの足首は全て金色のリングで保護されていることもあり、攻撃が通りづらいし、足なんて頻繁に動く部位だから攻撃の効率も悪い。

 ......となると、まずは相手の動きを少しでも減らすことから考えないとな。

 

「ミウ、ヨウト!!」

 

 ミウとヨウトに戦闘前から決めていたあるサインを出す。それに対して2人も頷き返してきた。

 そして2人とも攻撃の隙をを見計らってケルベロスの足の正面に出てくる。

 

「いくぞー、ミウちゃん!」

 

「OK!」

 

 2人はタイミングを合わせて同時に跳躍し、バック宙を決めた。

 この間ミウも取ったヨウトと同じ《軽業》スキルの《ムーンサルト》。

 このスキルは敵の前で発動することで、敵のヘイト値を一定時間内使用者に大量に向ける、というものだ。

 このスキルはヘイト値を稼ぐにはこれ以上ないぐらいに優秀なスキルなのだが、あまりにもヘイト値を稼ぎすぎて使った瞬間にその敵に攻撃されてHPを大幅に削られるという危険も孕んでいるのだ。

 だが、今回の場合それを2人同時に行い、大量に向けられるはずのヘイト値を半分ずつに分散することで、大量、同じ程度のヘイト値をもつプレイヤーが2人いるのでどちらを攻撃するか、敵の判断を一瞬遅らせたのだ。

 そしてその遅れは俺たちの攻撃にも役立つ。

 

「キリト!」

 

「あぁ!!」

 

 2人どちらに攻撃しるかケルベロスが迷っているうちに、俺は《クロス・シーザー》、キリトは《バーチカル・アーク》で相手の足を連続で斬りつけていく。

 本当はもっと強力なスキルで攻撃したかったのだが、ケルベロスの硬直はダメージなどによるディレイではなく、ただの情報処理の隙間を突いただけなので、そこまでは長くない。なので発動の早いスキルで攻撃をせざるを得なかった。

 でも、俺とキリトの攻撃はどちらも重攻撃、もしくはそれに近い攻撃で、しかも同じ方向から一ヶ所に当て続けている。

 これなら......

 

「グゥ......グゥウウ......」

 

 よし、予想通りタンブルした!

 いくらステータスが高くとも、連続した攻撃、意識外からの攻撃でタンブルすることは《エンド》の時に実証済みだ。

 もちろん、この絶好の攻撃チャンスをディアベルが見逃すはずがない。

 

「総員、突撃ぃぃぃいい!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉおお!!」」」

 

 ディアベルの指示とほぼ同時にプレイヤーたちが一斉にケルベロスに攻撃をしかける。

 それに俺たちも続いていく。

 プレイヤーのよっては足を攻撃するもの、胸防具の上から攻撃しているもの、ケルベロスの背中を登って上から攻撃するもの、人それぞれだ。

 さすがにこれだけの数の攻撃はこたえるのか、ケルベロスは唸り声をあげて自らのHPバーをみるみるうちに減らしていった。

 そしてケルベロスのHPが残り1本と半分にまで減ったところで、ケルベロスがタンブルから回復しようと体を起こし始める。

 ディアベルもそのタイミングを的確に判断し、攻撃のためケルベロスに突撃していたプレイヤーたちを下がらせる(といっても、俺たちはいまのこうげきで再び散ってしまったヘイト値の調整のためにも下がるわけにはいかなかったが)。

 

「皆! このバーも折り返しだ、一気に崩していくぞ!!」

 

 ディアベルの掛け声にまたプレイヤーたちが雄叫びを上げる。

 本当に、ディアベルは今のようにメンバーの士気を上げるのが上手い。

 総攻撃が成功して、誰でも気を緩めてしまいそうな絶妙なタイミングで、あんなことが言えるのだからさすがギルドリーダーだ。

 気は緩めさせずに、士気は上げる。目的は分かっていても、俺では絶対にできないようなことだ。

 この流れを切らさない。そう考えたのかディアベルが次の指示を飛ばすーーそれよりも一瞬早かった。

 

「グゥゥ......ガァァァァァアアア!!」

 

 ケルベロスがタンブルから完全に回復した瞬間、ディアベルの声をかき消すかのようにケルベロスの咆哮がボス部屋に響き渡る。

 そして、次の瞬間には前衛で構えていた盾プレイヤーと、その後方で構えていた攻撃隊が吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされたプレイヤーたちが次々と転がっていく。

 なっ......!?

 そのあまりの光景に一瞬呼吸が止まった。

 完全にやられた。

 ケルベロスは、今までの動きが全く本気ではなかったかのように高速で尾を振るったのだ。

 俺たちはケルベロスの足元にいたお陰で、長い尾の攻撃範囲を偶然にも掻い潜れたようだ。

 だが、今重要なのはそんなことではない。

 吹き飛ばされたプレイヤーたちを見る。

 

「嘘だろ......?」

 

 キリトが思わずといった風に声に出す。

 それもそのはずだ、なんたって盾役のプレイヤーたちの、ほぼ全快だったはずのHPバーが4割近くも削られていたのだから。

 いくら力を抜いた一瞬に攻撃されたからといっても、盾役のプレイヤーたちが一撃であそこまで削られてしまうのは異常だ。

 しかもその後方にいた盾を持っていない攻撃隊はもっと酷く、6割近くも削られていた。

 前衛の盾役が勢いを殺してもこれなのだ。

 というか、これは......

 

「バーサークモード......?」

 

 でも、バーサークモードはHPバーが残り1本になった時に発動するもののはずだ。

 今回は特殊仕様とか? それとも何か特別な条件を満たしてしまったとか?

 様々な想像が頭の中を駆け巡るが、すぐに頭を振る。

 ちがう、今考えることはこんなことじゃない!

 今俺たちは『そんな』ケルベロスの目の前にいるんだ。こんなところで放心状態になっている場合じゃない!

 そう思って周りに目を走らせる......よかった、俺以外の3人もほぼ同時に頭が動き出したようだ。

 

「一旦後方に退避するぞ!」

 

「「了解!!」」

 

 今はとにかく一度距離をとって様子を見ないと。ここにいてもなぶり殺しにされるだけだ!!

 退避しようと後方に向かって駆け出す、が。

 

「う、うわぁぁぁっぁあ!?」

 

「やばい、逃げろぉぉ!!」

 

 後方のボス攻略本体では、逃げ惑うプレイヤーが続出していた。

 くそっ、完全に頭から抜けていた。

 こんな絶望的な状況を見せられれば、逃げ出すプレイヤーが出てくるのも当然だ。

 ダメージを食らった本人たちよりも、それを間近で見せられたプレイヤーたちが恐怖で逃げ出しているようだ。

 しかも一人が騒ぎ出せば、それが周りの人たちにも伝染していくのが団体の特徴だ。恐怖はすさまじい速度で伝染していき、ボス部屋内は悲鳴で包まれていく。

 時間の経過と共に、状況が加速度的に悪化していく。

 

「ガァァッアア!!」

 

 ケルベロスが再び動きだし、今度は左前足で振り払ってくる。

 ターゲットは......俺か!!

 まずっ、かわせない!!

 

「ぶっ、がはっ!!」

 

 そのまま俺はなぎ払われ、壁近くまで吹き飛ばされる。

 

「コウキ、大丈夫!?」

 

「あ、あぁ、大丈夫だ。ギリギリ剣を挟んで流したから」

 

 すぐさま俺のカバーに来てくれたミウに答える。

 そして自分のHPを見ると、3割ほど削れていた。

 ......参ったな。咄嗟だったとはいえいえ、正直これ以上ないぐらいに上手く流せたつもりだったのだが、それでもこれだけ削られるのか。

 しかも、ケルベロスが再び動き出したのを見て、恐怖感が煽られて部屋の中の収集がつかなくなっている。

 指揮者のディアベルも混乱しているぐらいだ。他の連中は現状把握すらできていないかもしれない。

 実際、俺自身もまだ混乱から抜けきれていない。

 

「む、無理や! こないな奴に相手にしとったら死んでまう!」

 

 どこかのギルドのウニ頭リーダーが叫んだ。

 その声が引き金となったのか、遂には恐怖のあまりボス部屋から出ていくプレイヤーまで出始めた。

 このままじゃダメだ。

 そうは思うのに、何も良い案が浮かんでこない。

 ヨウトやキリトを見てもそれは同じのようだ。

 どうすれば......

 だが、俺が思考している間にもケルベロスは行動を継続していく。

 

「コウキっ!!」

 

 瞬間、ミウに体を引っ張られる。

 ダァァァァァァァァァンッッッッ!!

 ミウの声の直後、すぐ近くで大音量の衝撃が発生した。

 衝撃に圧され、体が転がりそうになるのをなんとか堪え、体勢を整える。

 俺たちがもといた場所を見ると、どうやらケルベロスが突進してきたようだ。壁にケルベロスが激突していた。

 

「コウキ、なにしてるの!? 余所見してたらやられるよ!!」

 

「ごめん、助かった!」

 

 くそっ! 俺は戦闘中になにやってんだ!!

 歯を思いきり噛み締めて無理矢理思考を切り替える。

 ......どうやら、ケルベロスのタゲは俺に向いている、というわけではなく、無差別に攻撃しているようだ。

 だがタゲを分散しているからといって、このままではケルベロス相手には何もできない。

 しかもそんなことをしているうちに、錯乱したプレイヤーの一部はボス部屋から出ていってしまった。

 ......もう、考えてる暇も、迷ってる暇もないか。

 このままじゃ、俺どころかミウも危ない。

 俺は大きく息を吸い込み、唯一思い付いた、作戦だなんてとても言えない作戦を実行する。

 

 

 

「戦う意思がある奴! ケルベロスに立ち向かうことができる奴! まだ戦闘を続行できる奴は、今すぐ後方に集まれぇぇぇぇえ!!!!」

 

 

 

 俺に向けられてくる視線やら、涌き出てくる恥ずかしさを無視しながら、俺はミウの手を引いて後方に駆け出した。

 

 

 

 ......これが、後に語られるクォーターポイントでの戦いの最初の1つ目になることを、俺はまだ知らない。

 

 




はい、クォーターポイント前編でした。
今回はボス戦の導入と、ミウさんさんとの喧嘩後のコウキくんの考え方の変化を重点的に書いてみました。少しわざとらしすぎたかなぁっと思ったりもしてます。
そして今回、コウキくんくんは遂に自分から表舞台に立とうとしています。これもちょっとした変化というのを出してみてます。

次回は、中編です。コウキくん活躍します。


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29話目 希望ある戦士たちの攻防

29話目です!
今回は前回と比べて少し短めです。
それでも多くの思惑だとか戦闘だとかが多いのでボリュームはあると思います!

それではどうぞ!


 俺とミウが後方に到着した時、後方にいてくれたのはKoB団長ヒースクリフとディアベル、それにヨウト、キリト、2人のソロプレイヤーだった。

 プレイヤーも約半数が部屋から去ってしまい、ボスも今までのものと全くと言っていいほどいいほどの別物。しかも強力。

 こんな状況の今、欲しいものは挙げればキリがないが、優先すべきは確かな戦力の確保、そして情報だ。

 それらを得るためには、ほんの少しでもいいから会話が必要だ。

 おそらく、それが分かっているから俺のあんな言葉でもこんなにプレイヤーが集まってくれたのだろう。

 俺が着いたのを確認するとヒースクリフが口を開く。

 

「さて、時間もないので手短に話そう」

 

「あぁ」

 

 さすがは三大ギルドの団長、こちらが求めていることを的確にしてくれる。

 この人もディアベルと同じで、俺なんかじゃできないことをする人だなぁ。

 

「まず、我々《血盟騎士団》は12人全員がこの場に残って戦っている。今は副団長のアスナ君に指揮を任せて戦線を保ってもらっている」

 

「......すまない、俺たち《DKB》は俺を含めて6人だ。今は《KoB》のメンバーと一緒に戦線を作っている。

 

 ヒースクリフ、ディアベルの順に自分のギルドの現状を報告する。

 正直、戦線を作ってくれていることはこの上なく嬉しい。俺は先ほど宣言する際、密かにヒースクリフに視線を送っていた。理由は単純。今言ったようにこの話し合いの間戦線を作っておいてほしかったからだ。

 これも相手を利用しているみたいで心痛むが、それどころではないので許してほしい。

 

「......で、《ALS》は全員が逃亡ってことか」

 

 ヨウトよ、それは言わなくても良いんじゃないかい?

 だが、ヨウトが言ったことは言葉以上に重くのしかかる。

 先ほども言ったように、今欲しいものの一つは戦力。

 その戦力が決定的に足りていないことを、ヨウトの言葉は的確に示しているのだ。

 それでも......

 

「今は、この戦力でなんとかしないと......」

 

 別になにか意識して発した言葉ではなかった。ただ自分を鼓舞するつもりで言ったぐらいだったのだが......

 

「「......」」

 

「な、なんすか?」

 

 なぜかこの場に集まっているミウ以外のメンバー全員から不思議そうな顔をされた。

 俺がその謎の反応に戸惑っていると、ヒースクリフが小さく笑みを浮かべた。

 

「なら、こうしよう。ケルベロスの攻撃は《KoB》と《DKB》の連合で請け負う。なのでここにいるメンバーで攻撃する」

 

 ......なるほど。確かに良い考えかもしれない。

 《KoB》は各々のレベルが高く、しかも装備も殆どが重装備。つまり盾役ができるメンバーが揃っている。

 そして俺たち無所属のメンバーは、その特性ゆえに全員状況判断能力が高い。よって立ち回りが上手いので少数での攻撃には向いているかもしれない。

 しかし、そうなると問題が一つ残る。

 

「......指揮はどうするんだ?」

 

「主に私が執ろうと思うが、不服かね?」

 

「あぁ、意義ありだ」

 

 ヒースクリフは《KoB》の団長としても名前が通っているが、もう一つ、その名をこの世界に知らしめる要因がある。

 それは、純粋な戦闘能力。

 その無敵と言っても過言ではないような防御力によって、ヒースクリフはこの世界でも最強の一角として数えられている。

 その防御力はこれからの戦闘で絶対に必要になってくる。

 今はただでさえ戦力が足りていない。そしてそのツケが一番回ってくるのは、間違いなく前衛の盾役だ。

 このことからも、ヒースクリフには盾役をしてもらわなければ困る、というか戦線が崩壊する。

 今はアスナが戦線を保ってくれているらしいが、これからもそんなだましだましが最後まで続くとは思えない。

 それにいくらヒースクリフでも全体の指揮を取りながら、あのケルベロスの攻撃を防ぎきるのは難しいだろう。

 その旨を伝えると、ヒースクリフは顎に手を当てながら、ふむ、と頷いた。

 

 

 

「確かに一理ある。そういうことなら、君が代わりに指揮を執ってくれ」

 

 

 

 ........................................................................は?

 俺の思考がヒースクリフの意見に完全に処理落ちしていると、俺よりも早くミウが反応した。

 

「やったじゃんコウキ! コウキいっつも色々考えてるし、絶対に上手くいくって!!」

 

「いやいやいやいや! そりゃいくらなんでも無理だって!! そもそも、俺が指揮執るなんて反対する人が何人出てくるか......」

 

 俺に誰かを動かす能力なんて皆無だ。

 それに仮に俺に隠された才能だとかそんなものがあったとしても、今は反対してくるプレイヤーを説得する時間なんてないことは、ヒースクリフも分かっているはずなのだが......

 そんな俺の疑問にヒースクリフは何でもないように答える。

 

「もちろん、《KoB》や《DKB》のメンバーには私やディアベル君から言っておく」

 

 あとはこの場にいるメンバーだけだと思うが? そう締め括った。

 この場にいるメンバーが納得すれば問題はなくなる、確かにその通りだ。

 でも、これは明らかにおかしい。

 話が上手く進みすぎている。

 確かに、この状況を打開する方法はギリギリではあるが思い付いたのでタイミングとしては良いのかもしれない。

 だが、それはあくまでも俺の主観であって、客観的には全く違う。

 単純な話、どこのギルドリーダーでもないただのプレイヤーである俺なんかがボス戦の指揮を執るなんて現実的にあり得ない。

 実力、実績、信用、何から何まで俺には足りていないのだから。

 ヒースクリフが指揮を執れないのなら、ディアベルや、アスナが指揮を執ると普通は考えるのではないか?

 それを説明だなんて面倒なことまでして、俺を指揮官にしようとしているヒースクリフの意図が分からない。

 

「......」

 

 俺がどれだけヒースクリフの真意を探ろうとしても、ヒースクリフは屹然と立っているだけだ。

 正直、俺はこいつが苦手だ。

 ヒースクリフと初めて会話したのは17層攻略会議の時、俺がボス攻略の方法に意見したときだ。

 その時から、なぜか俺はこいつにいい意味でも悪い意味でも目をつけられるようになり、行動しにくいったらありゃしない。

 少し前にも《KoB》に誘われたりしたが、丁重にお断りさせてもらった。

 何故だかは分からないが、この男に自分の行動が監視され、制限されるのは不味い気がしたのだ。

 もちろん、俺の考えすぎ、被害妄想という可能性もあるのだが......

 そんな時に今のヒースクリフの意見だ。

 さて、どうするか......

 するとヨウトが近くまで寄ってきた。

 

「......別に良いんじゃないか? 仮にヒースクリフが悪い奴だったとしても、こんなところじゃ変なことできないだろ?」

 

「そうだよ、コウキだってチャンスなんだし。それに......」

 

 ミウは一旦言葉を切る。

 

 

 

「コウキに何かするんだったら、容赦しないから」

 

 

 

 ーーゾクリッッ!!。

 体の芯を、冷たい感覚が走ったような気がした。

 俺たちの会話が聞こえていないはずの他の皆も急に緊張が走ったような表情になった。

 ......最近、ミウはこういう言動をするようになったから怖い。

 

「ミウ、すげぇな」

 

 ヨウトが俺にだけ聞こえるように言ってくる。

 俺もヨウトの意見に激しく同意だ。

 

「なんか最近、コウキにすげぇ似てきたし」

 

 なんで今のミウを見てそんな感想が出てくるのかは置いておくとして。

 まぁ、ミウにそこまで言われてしまっては仕方がない。

 俺はヒースクリフに向き直る。

 

「分かった、あんたの案に乗るよ。でも、2つ条件がある」

 

「ほう?」

 

「1つ目は俺以外の指揮者の任命だ。任命は......キリト、頼んで良いか?」

 

「あぁ、分かった」

 

「2つ目は、俺とその任命者の共同で指揮を執ることの許可だ」

 

 これらの条件は単純な話、俺のせめてもの抵抗策だ。

 このままいけば、ただヒースクリフの思い通りに事が進んでしまう。

 それは面白くないし、ただ言いなりになっているようで嫌だ。(一応、指揮者が俺だけでは反感を買いやすいだろう、ということでもう一人頼む、という狙いもあるにはある)

 そんな、ぶっちゃけて言えば子供じみた理由で意見したのだが。

 

「ふむ、いいだろう」

 

 軽く受け入れられてしまった。話の主導権も終始握られてしまっていたし、本当に不気味な奴。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、コウキ君、よろしくな」

 

 その後、キリトがもう一人の指揮者として指名したのは、ソロプレイヤーの1人、シーヴェルス。

 両手剣を背中に携え、青い甲冑を身に纏った男性プレイヤーだ。

 歳は20代半ばだろうか? 慎重は俺よりも高く、髪はベリーショートで真面目そうな雰囲気を出している。

 俺はシーヴェルスとは面識はなかったが、キリト曰く、今この場にいるメンバーの中では全体の状況把握の速さは間違いなく『2位』だこと。

 じゃあ、1位は? とキリトに聞くと、無言で俺を見てきたが、あれはきっと何かの間違いだろう。

 確かにミウに何か一つでもいいから勝ちたいと思って、必死になって『目』を鍛えていたが、間違いに決まっている。

 

「......聞いてる?」

 

「あ、あぁ、うん。こっちこそよろしく」

 

「じゃあ、早速やることを決めていこうか」

 

「あぁ、まずは指揮の区別、だな」

 

 さっきまでいた他のメンバーは俺たちを残して既に戦線に戻り、ケルベロスを食い止めている。

 俺たちはヒースクリフから2分の制限時間をもらった。

 皆がケルベロスを食い止めてくれているこの2分間で、打開策をまとめろ、ということだ。

 ......というか、打開策って。ヒースクリフの奴、俺の考えとかもしかして分かってるのか? そう言うのはミウとか

 俺は軽く頭のなかで状況を整理し、現状をまとめる。

 

「今、主戦力になっている《KoB》は、ヒースクリフ曰く部隊を団長部隊と副団長部隊の2つに分けてるらしいから、アスーー副団長の方を俺が、ヒースクリフの方をシーヴェルスが、ってことでいいか?」

 

「あぁ、適任だと思う。君に嫌そうに戦ってもらっても、ただ勝率が下がるだけだからね」

 

 シーヴェルスが笑いながら言う。

 うっ、俺がヒースクリフのこと苦手っていうか、嫌いなことバレてるのか......

 まぁ、そのおかげで俺の意見が通りやすくなるのは嬉しいけど。

 それに、今のこの配置には他の理由もあるしな。

 

「ケルベロスの攻撃パターンは......もう頭に入ってるよな?」

 

「もちろん、だから話ながら戦闘見てるんだしね。ランダム性はどうにもならないけど」

 

 そこばっかりは気にしても仕方がないしな。

 

「で、こっちの攻撃方法は、それぞれの部隊に分かれたソロプレイヤーと」

 

「そうだね、まずは......部位破壊で首か尾かな」

 

 ケルベロスの攻撃で最も攻撃力が高いのは、三つ首による噛み付き攻撃。これを喰らうとこちらの少ないメンバーだと受けきれずに戦線が崩れる可能性がある。

 なので第一候補は首......なのだが、あそこは位置的にも強度的にも破壊は難しいと思う。

 そしてあの長い尾での範囲攻撃も脅威だ。しかりと攻撃を抑え込めば先ほどのようにHPが半分近くも削られる、だなんてことにはならないと思うが、あの攻撃が来るとほぼ避けられないので全員防御体勢に入ることを強いられる。

 そうなると、こちらの攻撃を一時的にとはいえすべて中断しなくてはならない。それは効率が悪すぎる。

 

「じゃあ、最後にーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

「団長! どうして団長が指揮を執らないんですか!? 今は全く余裕はないんですよ!?」

 

 アスナがヒースクリフに向かって叫ぶのが聞こえる。

 《KoB》と《DKB》、ソロプレイヤーの合同隊は2つに分かれているけど、コウキたちが戻ってくるまではケルベロスの攻撃を食い止めておかなくてはいけないので、2つの部隊はほとんど密着状態で戦線を維持している。

 ......まぁ、だからこそアスナが違う部隊のヒースクリフに文句が言えてしまうわけだけど。

 アスナー、よそ見危ないよー。言っても無駄だったけど。

 

「彼らがこの場を指揮したほうが勝率が高い。そう判断したからだ」

 

「でも!!」

 

「それに、コウキ君のことは私よりも君のほうがよく知っているのではないかね?」

 

「それは......」

 

 アスナが言葉に詰まる。

 アスナも何度かコウキとパーティーを組んでいるからこそ、コウキの戦略眼、判断力は嘘ではないということを知っている。

 だから言い返せなかったんだと思う。

 そもそも、私はなにも楽観視してコウキなら上手くいくなんて言ったわけじゃない。

 自慢じゃないけど(いや、やっぱり自慢かも)コウキのことはこの世界で誰よりも見てきた。

 そんな私だからこそ言うんだ。

 あんなにいつも頑張っているコウキが、ボス戦の指揮ぐらい(、、、)できないはずがない。

 だから今は。

 

「はぁああ!!」

 

 私に迫ってきた牙を《バーチカル》で弾く。

 今はコウキのために時間を稼ぐ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

「守備隊構え!! 攻撃隊、7秒後のケルベロスの攻撃が止まった瞬間を狙え!!」

 

 その後、俺とシーヴェルスは各々の持ち場へと移動し、それぞれ指示を出している。

 俺が指揮している隊はアスナが指揮していた隊と、俺、ミウともう一人のソロプレイヤー、レンで構成されている。

 レンは盾装備、片手剣使いの男性プレイヤーだ。

 歳はおそらく俺より上。髪はこの世界では珍しいことに金色だった。

 今は壁役と攻撃を状況次第で行ってくれている。

 そしてその実力はーー

 

「ぐっ......うわ重いー!! 誰か、スイッチ! スイッチー!!」

 

 ーーなんというか、ひどく親近感が湧く感じだった。

 いや、俺よりも全然強いんですけどね? それでもやはりこの場にいる他のメンバーと比べると少し見劣りすると言うか......

 まぁ、とにかく。

 

「レン、相手を弾いてスイッチしろ!! アスナは空いたスペースにーー」

 

「分かってるわよ!!」

 

 俺が指示を言い終わる前にアスナが叫ぶ。

 あの、ヒースクリフさん。アスナ、全然俺が指揮することに納得してないじゃん。やりにくい、やりにくいッスよ、これ。

 だって俺が指示する度にアスナこっち向いて睨んでくるんだもん。調子にのってんじゃねーぞ、ああん? 的な目で。

 まぁ、アスナにはこの際我慢してもらおう。悪いのは俺を指揮者にしたヒースクリフだ。

 

「っと、早くフォローしないと!!」

 

 俺たちの部隊はケルベロスの右側を担当しているわけだが、シーヴェルスの部隊が担当しているのは左側。つまりケルベロスの頭全てに対応することはできないわけだ。

 なので、今回俺たちは真ん中の頭の対処は諦めた。

 キリトクラスのプレイヤーが、せめてあと一人いてくれれば対処可能だったのだが、それはさすがに無い物ねだりが過ぎるだろう。

 とりあえず、一つの首しか相手していない側の部隊がケルベロスに攻撃を仕掛ける、そういった攻撃方法を取っているのだが、それでもやはりキツい。

 二つの首を相手しないといけない側は、どうしても戦線が崩れかける。なので今の俺のように崩れかけている所に指揮者もヘルプとして戦線に参加するのだ。

 今は一列に並んでいる盾役の左翼部が中央の首にも襲われ、戦線が崩れかけていた。

 

「っああぁぁぁぁあああ!!」

 

 スキルモーションに入る。

 使うスキルは《サード・リメイン》。俺の剣がケルベロスの真ん中の顔を右斜め上に斬り上げ、それとまったく同じ軌道で右下へ斬り下ろす。そこから腕を右に捻り、真上に向かって斬り上げる片手剣三連撃ソードスキルだ。

 このスキルの良いところは、片手剣スキルにしては珍しいことに麻痺の付随効果があることだ。

 そして俺の狙い通り、ケルベロスの真ん中の頭は麻痺して少しの間動けないようだ。

 ......うーん。ボスにこういったデバフが効くのはかなり珍しいことだし、ケルベロスはデバフが付きやすいらしいからラッキーって言えばラッキーなんだけど。

 

「グルアァァァァァアアア!!」

 

 ケルベロスの右側(、、)の頭が続けて盾役のプレイヤーを攻撃する。

 このように、麻痺するのは攻撃した頭だけのようだ。なので他の頭は行動可能なのだ。

 もちろん、ディレイなどもこれに当たる。首一つだけがディレイ、なんて面白いことも起こったりするわけだ。全く笑えないが。

 なぜなら、この仕様のせいで、俺たちは大きな攻撃がほとんどできないのだ。

 ダメージを与えようと思って、一つの頭をソードスキルで総攻撃なんかしたら他の頭からカウンターを受けてしまう。かといって2つの首に攻撃しようとしても2つの首が

 同時に俺たちに攻撃してくることはほとんどない。

 そうなるとケルベロスの全長の高さ的に、攻撃が届かなくなってしまうのだ。

 まったくもってやりづらい。

 俺は一度下がり、ケルベロスのHPと味方のHPを大まかに確認する。

 ケルベロスのHPは、残り1本と2割。

 俺とシーヴェルスで戦線を建て直してからすでに10分。それでも削れたのはたった3割。

 それに対して、味方のHPはほとんどが残り5~6割だ。

 ......これはキツいなぁ。まだ『作戦』を実行するにも早いし、せめて最後の1本を3割ほど削ってからでないと。

 少し読み間違えたかな。

 ......仕方ない、博打張るか。

 俺は一度剣をストレージにしまう。

 

「ミウ!!」

 

「了解!!」

 

 ミウに最小限の意思疏通で一時的に全体のフォローを任せて、ケルベロスに向かって走っていく俺。

 ケルベロスの真ん中の首は先程の俺の攻撃でまだ麻痺していたので、簡単に真下に潜り込めた。

 気付いてくれよ、皆!!

 俺の両手が、黄色いライトエフェクトを纏う。

 

「いっけぇぇぇぇぇえええ!!」

 

 俺はその両手をケルベロスの胸防具に叩きつけた。

 《鎧透破》。防具の上から装備者本体にダメージを与える《体術》スキル。

 運が良ければ装備破壊もできるのだが、今回はそうはいかなかったらしい。

 それでも。

 

「グル......ガァァァァアァアア!?」

 

 そのぶん、ダメージは与えられた。

 ケルベロスが苦悶の叫びのようなものを上げる。

 予想通り、金色の防具で包まれた部分はダメージが多いらしい。

 ケルベロス最大の弱点を付いたせいか、ケルベロスのタゲが完全に俺に向く。

 今だ!!

 

「攻撃隊!! 総員突撃!!」

 

 シーヴェルスの声が響く。

 それと同時にいくつもの斬撃音、打撃音が聞こえ始めた。

 そう、これが俺の狙いだ。

 先ほどミウとヨウトが行ったスキルによるタゲ誘導と同じで、ケルベロスのタゲを誰かーー今回は俺ーーが取り、その間に他のプレイヤーが攻撃する。

 これはこの世界での定石とも言えるような戦闘方法なのだが、定石故にはまったときの効果は絶大だ。

 防具の下が弱点かどうかは少し賭けだったのだが、上手くいってよかった。

 皆の攻撃のお陰でケルベロスのHPも残り1本を切った。先ほどまでの停滞ぶりが嘘のようだ。

 さぁ、あとは。

 ケルベロスの足元からどうやって抜け出すかだ。

 

「うわっ!!」

 

 右からケルベロスの足が襲ってくるのを地面を転がってかわす。

 さらに上から降ってきた足を後方に跳び、これもかわす。

 まさか、ここまでタゲを取ることになるとはなるとは......

 このタゲ誘導には、どうしても残る欠点がある。

 タゲを取ったプレイヤーに攻撃が集中すること、そして今回の場合は俺がケルベロスの大ダメージを与えるために剣を手放さないといけないということだ。

 まぁ、簡単に言えば、俺の死亡確率が非常に跳ね上がる。

 それでも他のメンバーが攻撃すれば、少しずつでもそっちにタゲが向いて、いくらかここから抜け出しやすくなると思ったんだけどな。

 どれだけ時間が経っても一向にタゲが移ることはない。もしかしたら自分の体の下にいるプレイヤーに無条件でタゲが向くようになっているのかもしれない。

 これはマズいか......

 再び迫ってきた足を身を捻ってかわすが、次の瞬間背後から別の足が迫ってくる。

 四方八方を常に囲まれているというのはいうのは動きにくすぎる。

 

「くっそ!!」

 

 迫ってきた足を《閃打》でなんとかいなす、が。

 っ、マジかよ!?

 スキルを当てていなしたはずだ。そのはずなのに俺のHPは4割ほど削られてしまった。

 弱いスキルとはいえ、スキルで流してもこんなに喰らうのかよ。

 さっきの作戦タイムにHPを回復してなかったら本当にヤバかった。

 俺が戦いている間にも、次の足が迫ってくる。

 俺は一瞬のスキルディレイで反応が遅れてしまう。

 マズ......

 こうなったらもう身を固めるしか、迫ってくる足を喰らう覚悟を決めた次の瞬間。

 

「コウキ!!」

 

 右腕が誰かに引っ張られる。

 そして俺がもといた場所を、ケルベロスの足が猛然と通過していった。

 そのまま俺は引っ張られる形でケルベロスの体の下から抜け出した。

 俺は改めて腕を引っ張って助けてくれた恩人を見る。

 

「......今回は助けられてばっかだな。ありがとう」

 

「まったくだよ。ほんと、無茶はこれぐらいにしてほしいんだけど」

 

「ミウもよくやってるから、そのお返し」

 

 俺の言葉を聞いて、ミウが渋そうな顔をする。思い当たる節があったのだろう。

 それに今回は俺ごときがいくら無茶しても、勝てるかどうか怪しいので勘弁してもらうしかない。

 でも、これだけは言っておかなくてはならない。

 

「なぁ、ミウ」

 

「なに?」

 

 ミウがケルベロスを睨み付けながら言うのに対して、俺は素早くウィンドウを操作して再び剣を取り出す。

 

 

 

「これからもう何回か無茶するけど、許してな?」

 

 

 

 言った瞬間、世界が凍りつくというのを肌で実感した俺だった。

 ......これは、生きて帰ってもあとが大変そうだなぁ。

 

 




はい、中編でした。
コウキくんはピンチには強いのですが、基本スペックが低めなのでどうしても簡単に死にかけますね。
しかも本人がミウを大事にするあまり自分の命の価値が相対的に下がっていくという謎の反応が起こってしまっているという......

さて、次回は後編、決着です。


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30話目 決着と少女のやさしさ

30話目です!!

うわー......また日にちが空きましたね......本当に申し訳ありません。
最近少し忙しくて更新が遅れぎみですが、間が空くことはあっても更新がないことはありませんのでご安心を。

そして今回、今回もまたえらい長いです。なぜこうなった......

それではどうぞ!!


「とりあえず、コウキの作戦は分かった」

 

「そ、そうですか......良かった」

 

 その後、俺たちは隊の後方まで戻ってきていた。

 ミウに作戦の概要を言えと脅されてーーゴホンゴホン。頼まれて連れてこられたのだ。

 やっぱりミウは、というより女子は怒らせたら怖いっす。皆も気を付けよう!!

 

「話逸らさないの!」

 

「ごめんなさい」

 

 しかも最近はさらっと心まで読んでくるので本当に怖い。

 

「で、コウキが今言った作戦は勝つためにはどうしても必要なんだよね?」

 

「......どうだろう? 俺が考えうる限りではこれが一番勝率が高いと思うけど、他の人が考えたら他の安全策が出てくるかも」

 

「......コウキはなんでいつもそこで嘘でも良いから自信たっぷりに言えないかなぁ」

 

 いや、つい性分で......

 俺の言葉を聞いてミウはなにか考え込む。

 うーん、どっか穴あったかな? そりゃ、成功確率100%とは言わないけど、一応最善策なんだけどな。

 ミウは2~3秒眉間にしわを寄せていたが、ため息をつくと同時に口を開く。

 

「......まぁ、コウキだから仕方ないよね。分かった」

 

 コウキでごめんなさい。

 でも良かった。ミウは色眼鏡なしでも《聖人》なんて呼ばれるほど優しいから、この作戦にも反対してくるかも、なんて考えたが、どうやら大丈夫なようだ。

 さて、話し合いも終わったし、早く戦線に戻らないとーー

 

「でも」

 

 戦線に戻ろうと走りだし始めた俺にミウが声をかけてくる。

 

「でも、コウキがする役、私にもやらせて」

 

「はぁ!?」

 

 俺がする役目を?

 そんなこと......

 

「やらせられるわけないだろ!? 大体、ミウには他に役目が......!」

 

「さっき言ってたケルベロスが怯んだ隙に攻撃ってやつ? 他にもいくつか聞いたけど、私ってあまり危険な所には割り振られてないよね?」

 

「それは......」

 

「皆がそれこそ死ぬ気で頑張ってるのに、私だけ安全地帯で見物なんて、絶対にできない」

 

 ミウが睨み付けるようにして言ってくる。

 俺だって、いや、俺だからこそミウの実力は一番知っているし、誰よりも信頼しているという自負もある。

 だが、それでも絶対はないのだ。それを俺は、痛いほどに知っている。

 もしも万が一なんてことがあったら......

 するとミウが不意に首を振る。

 

「ううん、違う。そうじゃない。これじゃあ前までと同じだ」

 

 ミウはまるで自分に言い聞かせるように一度言葉を切ると、再び俺をまっすぐ見据えてくる。

 

「コウキ、私前に言ったよね?」

 

 さらにぐいっと前に詰め寄ってきた。

 甘えるだとか、スキンシップだとか、そういうもののためではなく、俺と正面から相対するために。

 

 

 

「コウキと一緒にいたい、コウキと先を作ってきたいって。だから私は、リスクだってコウキと一緒に背負いたい......ダメ、かな?」

 

 

 

「う、くっ......あーもうっ! 分かったよ! 俺の負けです!!」

 

 なんでこう、ミウは人の目をまっすぐに見て、こんなことが言えるのだろうか?

 ......こんな風に言われて、断れるわけないじゃんか。まったく、これだからミウは......調子が狂うというかなんと言うか。

 仕方ない。腹を括ろう。

 実際問題、俺が務める役目はミウと一緒に行った方が成功確率は上がる。

 いざとなれば、俺が体を張るなりなんなりしよう。これだけは絶対だ。

 ......それにまぁ、さっきの言葉はちょっと嬉しかったしな。

 徐々にミウに感化されてるような気がすることに小さくため息をつきながら、ミウに耳を塞ぐようジェスチャーする。

 作戦第2段階、スタートだ。

 

「ケルベロス右辺の部隊!! 今すぐ戦線を下げ、後方まで撤退しろ!!」

 

 俺の指示に右辺の部隊ーーつまり俺が指揮をしている部隊ーーのプレイヤーたちが、一様に驚いた顔になる。

 それもそのはずだ。こんなに人数が少ない状態で戦線を下げなんかしたら、ケルベロスの攻撃でシーヴェルスの部隊である左辺の部隊が崩壊し、結果全体が崩壊してしまう。

 それを分かっているからこそ。

 

「そんなこと出来る訳ないでしょ!? そんなことしてなんになるのよ!?」

 

 ......アスナさんは本気で睨んでくるんだろうし。ていうか怖い、怖いよ。

 アスナの叫び声に続いて多くの非難の声が俺に向けて飛ばされる。

 だが、今はアスナたちの怒りに付き合っている時間はない。

 俺は再び息を大きく吸う。

 

「これは指揮官命令だ!! お前たちのリーダー、ヒースクリフやディアベルの意見と同義だ!! 少しでも不安感、恐怖心がある者はこの場から逃げてもらって構わない!!」

 

 俺の続きの言葉を聞いて、非難の声は一気に収まっていく。

 前にも言ったが、ここまでくるプレイヤーというのは、多かれ少なかれ我が、つまりプライドが高い。

 そんな彼らが『ただ』のプレイヤーである俺に、ここまで言われてしまっては逃げられるわけもない。

 雑魚が戯れ言を......等と言われてしまってはおしまいだったが、各リーダーの名前を出しているから無視もできない。

 ......我ながら腹黒い誘導だなぁ、とかなんとか思わなくもないが、今は本当に手段を選んでいる場合ではないのだ。

 こちらは人数も少ないのだから、長期戦になれば、間違いなく押し負ける。

 そんな俺の考えが伝わったわけではないだろうが、右辺にいたプレイヤーたちは後方ーーこちらまで撤退してきてくれた。

 

「いいか皆!! 俺が合図を出したら全力で元いた戦線まで戻ってくれ!!」

 

「ちょっと、それじゃあなんのためにここまでーーまさかっ!!」

 

 アスナがケルベロスの方を振り向いた瞬間には、ケルベロスはすでにその長い尾を引き絞るような姿勢になっていた。

 しかもアスナは俺の狙いに気付いてくれたようだ。さすがは副団長様。俺なんかの考えはお見通しか。

 

「今だ、皆前に進めぇぇぇええ!!」

 

 俺の声と同時、ケルベロスが尾を動かし始める。

 やっぱり、尾での範囲攻撃できたか!!

 尾での範囲攻撃はケルベロスがバーサークモードに入ったとき一回きりで、今まで撃ってこなかった。

 いくらなんでもバーサークモードに入った瞬間にしかない攻撃、ということはないだろうから、あの時と今までの相違点を探してみた結果、分かったのはプレイヤーの配置だ。

 あの時はプレイヤーも多く、部屋全体にプレイヤーが散らばっていた。つまり、後方などにもプレイヤーがいたわけだ。

 しかし、今はプレイヤーが少なく、仕方なくプレイヤー全員を前線に詰めていた。

 だからあの範囲攻撃はこなかった。

 そこで俺は隊を後方に下げ、尾での攻撃を誘導したのだ。

 これなら今のように尾での攻撃が行われれば想定通りに俺たちは動くことが出来るし、攻撃が行わなければ俺たちは後方で回復して、これからの戦法をシーヴェルスの隊とスイッチしながら回復、にすればいいだけのこと。

 そしてケルベロスは攻撃を選んだ。

 あの攻撃の安全圏内は俺たちが実証済みだ。だからこそアスナたちをたちを前方へ進めたのだ。

 あとは目標である尾の部位破壊をミウと行うだけだ。

 狙うのはもちろん《武器取落》による尾の切断。しかもミウがタイミングを取ってくれるのだから成功率も上がる。

 ミウが抜けたことで攻撃隊の攻撃力は下がってしまったのだから、ここは絶対に成功させないと!

 

「じゃあ、せーのっ!!」

 

 ミウの掛け声と共に跳躍し、ソードスキルのモーションに入る。

 発動するスキルは発動が早い《スラント》。

 本当はもう少し威力がほしいのだが、ミウと2人で斬りつければ部位破壊はできるはずだ。

 ものすごし勢いで迫ってくる尾に合わせるように、俺たち2人の剣を加速させていく。

 タイミングは完璧、これならーー

 

「ダメだ!! 防御するんだ!!」

 

 瞬間、シーヴェルスの声が響いた。

 それとほぼ同時に、ケルベロスの尾が止まった。

 フェイント......!?

 タイミングをずらされたため、俺たちのスキルはそのまま空振りに終わる。

 視界の端に映ったケルベロスが気のせいかニヤリと笑った気がした。

 そして、スキル発動により硬直している俺たちを狙ってケルベロスの尾が再び動き出す。

 まずい、ミウだけでも......!!

 ミウを掴むなり押すなりして安全な場所に移動させようとするが、スキルディレイのため、一瞬体が動かない。

 目の前まで尾が迫ってくる。だがもう回避は間に合わない。

 悔しみの声を上げそうになった瞬間。

 

「よいっしょぉぉぉぉおおおお!!」

 

 ガァァァアアアン!! 目の前ですさまじく大きな鈍い音が鳴り響いた。

 気が付けば、俺たちと尾の間にはプレイヤーが1人滑り込み、尾を盾で弾いていた。

 盾防御スキル《バーストシールド》。スキルディレイが5秒と恐ろしいほど長い上に、盾で防いだぶんのダメージがそのまま装備者に通ってしまうというデメリットが半端ではないスキルだ。

 だがそのぶんメリットもあり、それは相手の攻撃を一撃だけ必ずパリィできる。

 団体戦であるボス戦ならではのスキルではあるが、ケルベロスのような異常に攻撃力が高いmob相手に使うには自殺覚悟なスキルだろう。

 俺とミウ、そしてそのプレイヤーが地面に着地する。

 この盾に片手剣。それに珍しい金髪は......

 

「レン!?」

 

「へへっ、こんな危ない橋渡るんだったら一声かけてくれよ」

 

 レンがこちらを見てニヤリと笑う。

 そこには、先ほどまでの慌てようはなんだったのかというほどに逞しい姿があった。

 レン......あんな尾を一人で受けとめるなんて相当の覚悟が必要だったはずなのに。

 俺がレンに感謝の念を覚えている間にも、ケルベロスは尾を引き、再び俺たちを攻撃する体勢に入っている。

 

「お前ら、頼むぞ!!」

 

「......サンキューな、レン......ミウ!!」

 

「うん、今度こそ完全に合わせる!!」

 

 ミウの掛け声と共に、ケルベロスの尾が三度俺たちに迫ってくる。

 

「「はぁぁぁっぁぁあああ!!」」

 

 俺とミウの声が重なる。

 1度チャンスを不意にした上に、もう1度チャンスを貰えたんだ。

 同じ失敗を、誰よりも弱い俺がするわけにはいかない!!

 俺たちも再び跳躍し、尾に向けて《スラント》を発動する。

 

「当たれぇぇぇぇええええ!!!!」

 

 迫ってくる尾に、ライトエフェクトを纏った2本の剣が相対するようするように向かっていく。

 そしてーー一瞬の交錯。次の瞬間。

 

「ぐはっ!!」

 

「うぐっ......!」

 

 俺たち2人は地面を転がっていた。

 なっ......失敗したのか!? まずい、早く立たないと!!

 体を起こそうとするが、何かに縛り付けられたかのように体が動かない。

 どうやら剣が尾にぶつかった衝撃で大ダメージをもらい、ダメージディレイが発生したようだ。

 ミウを見ても俺と同じような状態だ。

 早くしないと、今攻撃されたら......!!

 恐怖のせいか、時間の流れが恐ろしく遅く感じる。

 どうにもならないのと分かっているのに、無理矢理にでも体を動かそうとしたその時。

 

 

 

 ボトッ......

 

 

 

 目の前に黒く長い何かが落ちてきた。

 それが先ほどの尾だと分かった瞬間には、尾はポリゴンになって消えていった。

 その時になって、ようやく時間の流れが通常に戻る。

 

「グッガ......ガァァッァァッァアアアアア!!??」

 

 ケルベロスが自分の一部を切断された痛みを堪えるように叫び声を上げた。

 尾の切断に成功したという事実を確認した瞬間叫び出しそうになったが、それをなんとか堪える。

 

「皆、ケルベロスが怯んでいる間に攻撃しろ!! 反撃してき次第後方に撤退!!」

 

 これが尾を斬る本当の狙い。

 さっきまで皆、なんとか隙を見てだましだまし回復をしていたが、途中からはほとんどのプレイヤーのHPがイエローゾーンに突入していた。

 しかし後方に下がればあの範囲攻撃が来ることが予想されていたから、尾を切断するのをずっと狙っていたわけだ。

 そして、理由はもう一つある。

 

「アスナ! 今送ったメッセに今後の作戦が全部書いてあるから、撤退したあとに指示を頼む!!」

 

 それがこれだ。

 

 これからはもう、俺が指示をする余裕はなくなってくる。

 もともと無理もあったのだ。ヒースクリフが戦いながら指揮を執れないように、俺ならば余計に無理だ。

 だから多くのプレイヤーには後方に下がってもらい、作戦の伝達をしたかったのだ。

 だが。

 

「でも、ケルベロスはどうするのよ!?」

 

 結局はそういう話になる。

 ケルベロスは尾を斬られて範囲攻撃ができなくなっただけで、移動も出来るし、攻撃も出来るのだ。

 そんなケルベロスを放っておいて作戦会議など、できるはずもない

 ......普通は。

 

「大丈夫だ! 俺たち7人で1分抑える!!」

 

 嬉しいことに、今この場には普通ではない実力者が数多くいる。

 ミウ、ヨウト、キリト、ヒースクリフ、シーヴェルス、先ほどケルベロスの攻撃を単独で防いでみせたレンに、おまけ程度だが俺。

 この7人がいれば、ケルベロス相手でも1分ぐらいならなんとかなるだろう。

 俺の言葉を聞いて、まだ不満はあったようだが、とりあえずアスナは引き下がってくれ、そのまま後方に撤退してくれた。

 それと同時に、ケルベロスが前線に出ていく俺たち7人に襲いかかってくる。

 ーーさて、多分人生で最も長い1分を頑張るか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Asuna

 

 ーーコウキ君はよく分からない。

 これが私がコウキ君に初めに抱いた感想だ。

 普段はナヨナヨしてて物腰が柔らかいような優柔不断のような(つまりヘタレ?)感じだと思ったら、戦闘やいざとなれば大胆不敵な態度や行動を取るようになる。

 私からすればあの黒ずくめさんもよくーーいや、全く分からないけど。

 あの人に至っては普段もそうだけど、戦闘中さえもなに考えているかいまいち分からないし、頼りないかと思えば急にドキッとするようなこと言ってくるし!! 本当なんなのよあの人は!!

 ーー閑話休題。

 とにかく、コウキ君はよく分からない。

 それは今回のボス戦もそうだ。

 攻略戦前になにか騒いでいると思ったら、戦闘では何故か途中から団長の代わりに指揮を執っていたこともそうだ。

 しかも、コウキ君が実行しているいくつかの作戦、あれはどう考えても失策に部類されるものばかりだ。

 そもそも、作戦というのは突き詰めれば自分達の危険をどれだけ潰しつつ、相手にダメージを与えられるか、そこに辿り着く。

 だからこそ、『戦い』を『作る』なのだ。

 なのにコウキ君が考える作戦というのは、相手には大ダメージを与えることには成功していても、その代わりに自分にそれ以上のリスクが降りかかっている。

 しかもこの『自分』というのは攻略メンバーのことではなく、文字どおりコウキ君一人にだ。

 先ほどのケルベロスの下に潜り込むというのは顕著にそれが出ていたし、今私たちが後方に下がって自分達だけで戦線を支えているのもそれだ。

 別に、今あの前線にコウキ君まで残る必要はあまりない。他の6人は実力者ぞろいだから戦線を支えるためにはどうしても必要かもしれないが、コウキ君はそうではない。

 せいぜいが『猫の手』程度の力しかない。

 他のメンバーからすればありがたいかもしれないが、コウキ君本人からすればいくらなんでも荷が重すぎる。

 なら、無理に前線で戦わずとも下がってくればいい。他人のことなんて放っておいて、この後方まで。

 普段なら仲間を見捨てるなんて下の下以下の行動だが、今のコウキ君の立場ではそれも仕方がない。

 なのに、コウキ君はその場に残ることを選んだ。

 ーームカつく。

 自分の命を賭けるだけならまだしも、今のコウキ君の行動は自ら命を捨てに行っているのと同義だ。

 そんな自分の命なんてどうでもいいと言わんばかりの行動は、少し前の私自身を見ているようですごく苛立つ。

 私が先ほどからよく怒鳴っているのはそれもーーといってもコウキ君が指揮を執ることが気にくわないというのがほとんどだがーー理由の一つだ。

 だから、始めの方は作戦が一つでも上手くいかなければいかなければ、それを大義名分にして団長に指揮を代わってもらうよう進言するつもりだった。

 なのに......

 他の人が指揮をすれば間違いなく失敗するであろう作戦を、コウキ君は成功させ続けた。

 それもありえないような方法で。考え付かないような手段で。

 これでは団長に進言するどころか、他のプレイヤーからの支持すら出てくる。

 そしてそんな状況で彼は私にメッセで指令書を送ってきた。

 それは詰まるところ、コウキ君の言う作戦も終盤を迎えている、ということだろう。

 ......ここまできたら、ついていくしかないじゃない。まこと遺憾ながら。

 こうなったら、ボス戦後に散々文句を言ってやる。

 私はそんな苛立ちを指に込めながらウィンドウを操作してメッセを開く。

 そこには。

 ......なによ、この作戦は。

 そこには、私の血管を切るつもりか! と怒鳴りたくなるような内容が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「はぁ、はぁ......」

 

 この世界では酸素なんて必要ないはずなのに、これ以上ないぐらいに呼吸が辛い。徐々にだが思考も霞んできた。そのうち自分が今何をしているかも分からなくなりそうだ。

 アスナたち隊を下がらせてもうすぐ50秒。

 ここにいる7人には最初集まったときに『最後』を伝えてあるからあと10秒ちょっとで『詰み』にできる。

 だが。

 

「まさか......1分が、ここまで、長いとは......」

 

 俺は小さく笑う。

 別に、1分という長さを甘く見ていた訳ではない。

 それどころか相当上手く立ち回らないと死ぬだろう、そのぐらいのことは考えていた。

 それでも......

 

「グルアァァァァ!!」

 

 ケルベロスの頭の一つが足を止めていた俺に向かって頭突きしてくる。

 タイミングもスピードもこれはかわせない。

 

「くそっ!?」

 

 俺はその攻撃に対して今日何度目かももう分からない受け流しを実行する。

 こうも何回も受け流していると、受け流しの最適なタイミング、最適な角度、最適な力加減というものが分かってきた。

 そのお陰もあって受け流すときにもらうダメージもHPの1割にまで減らすことができた。

 もしかしたら、前にキリトが言っていた『スイッチ』とやらが入っているのかもしれない。

 この集中力が続けば最後までいける、そう思った瞬間だった。

 

 

 

 バキン! そんな音をあげて、俺が右手に持つ愛用の剣が半ばからひび割れ、折れた。

 

 

 

 それを好機と思ったのか、ケルベロスは続けて俺に爪で攻撃してくる。

 

「ま......だまだぁ!!」

 

 攻撃が着弾する寸前に体術スキル《空閃》を使用し、宙に舞う。その直後、俺が先ほどまでいた場所をケルベロスの巨大な爪が通過した。

 このスキルの本来の用途は地対空で、空中にいる相手に向かって跳躍して裏拳を叩き込む、といったものだが、使いようによっては今のように緊急回避にも使える。

 とにかく、着地したらすぐに体勢を......!

 だが、ケルベロスはまだ俺を諦めなかった。

 ケルベロスは宙にいる俺を食らうかの如く、今度は牙で串刺しにするように攻撃してくる。

 今の俺は武器をなにも持っていない上に一瞬のスキルディレイのせいでですぐには動けない。

 このままでは攻撃が直撃する、が。

 

「フン!!」

 

「とりゃぁぁあ!!」

 

 俺に向かってくるケルベロスの攻撃の向きをずらすように、レンとヒースクリフが盾をケルベロスの頭に叩きつけた。

 そのまま俺は2人のお陰で無事に着地し、辺りを見回せば、ミウとヨウトは2人同時に攻撃することで左足の攻撃をパリィして、キリトとシーヴェルスは各々でケルベロスの動きを封じるように足を攻撃している。

 ヒースクリフでも6割、キリトですら残り5割を切っている。もうこれ以上はもたない。

 残り2割の俺はともかくとしても、残り5割以下ならケルベロス直撃一発でHPが全損する可能性はある。

 まだかアスナ!?

 

「きゃっ!?」

 

「ぐはっ!?」

 

「ミウ、ヨウト!!」

 

 声のした方を見ると、2人は地面に倒れこんでいた。

 スタンか!!

 ヨウトはすぐさま起き上がったが、ミウは起き上がる気配がない。

 そしてケルベロスは2人をそのまま攻撃しようと足を振り上げている。

 

「させるかっ!!」

 

 俺は着地した勢いを体を傾けることでそのまま走る力に変え、俺から最も近い足に向かって接近し《背撃》を叩き込むことでケルベロスを一瞬ディレイさせる。

 

「ヨウト、《ムーンサルト》!!」

 

「了解!!」

 

 攻撃を中断させることには成功したが、念には念をということでヨウトの《ムーンサルト》で一時的にタゲをヨウトに集めてもらう。

 その間にキリトたちがケルベロスに攻撃をしかけ、ヘイト値を調整する。ミウもスタンから回復できたようだ。

 それを確認した瞬間、待ちに待った電子音が俺の頭のなかに響く。

 アスナからの合図だ!!

 

「皆、来たぞ!! 各自展開!! キリト、頼んだ!!」

 

「「おう!!」」

 

 俺の掛け声と共に、7人が同時に動き出す。

 ミウはケルベロスの左の頭の、ヨウトとレンは右の頭の、ヒースクリフは右足の、シーヴェルスは左足の前にそれぞれつく。

 そしてキリトは俺の声の直後、俺と共にケルベロスの真ん中の頭の真下に潜り込んでいた。

 

「はぁっ!!」

 

 俺とキリトは同時に三度の斬撃を生み出す《サード・リメイン》を真ん中の頭に叩き込み、真ん中の頭のみを麻痺させる。

 本当は体に当ててもらって体全体を麻痺させたいのだが、どうも体の方は頭とは違いデバフ耐性が高いらしく、ディレイならともかく、麻痺させられないのだ。

 2人で攻撃したのは少しでも麻痺の確率を上げるため。

 足止めの1分間でこの戦法を取らなかったのは、先ほどの俺のように俺とキリトが集中攻撃を受けることを避けるためだ。

 だが、今このタイミングなら、俺とキリトが集中攻撃を受けることもないし、真ん中の頭が一時的にでも行動不能になったことで、邪魔なく足止めできる。

 そう、ここからが『詰め』だ。

 

「全軍、進めぇ!!」

 

 後方からアスナの声が響く。

 それと同時に後方で控えていた本体が雄叫びを上げながらケルベロスに向かって走っていく。

 これが俺が先ほどアスナに送ったメッセに書いた作戦内容。

 俺たち7人でケルベロスの動きを封じている間に全員で攻撃しろ、というものだ。

 1度本隊を下がらせたのは本隊メンバーのHPを回復させるため。

 そしてケルベロスの行動アルゴリズムを一人一人に把握してもらうためだ。

 この二つがあるのとないのとでは、攻撃の効率が格段に変わってくる。

 そして、攻撃本体は迷わずにケルベロスの真ん中の頭の下を通って、体の下に潜り込んだ。

 俺たちが足止めしているからといって、それでケルベロスの動きがすべて封じられるわけではない。

 なのでケルベロスを倒すにはもう速攻で倒すしかないのだ。

 そうなるとケルベロスの弱点である、金の防具の下を攻撃するしかない。

 だからこそ、本隊をケルベロスの下に潜り込ませた。

 そして。

 

「はぁぁっぁあああ!!」

 

 アスナの声が響く。

 あの金の防具は突攻撃に弱いことがバーサークモード前に分かっている。

 そうなれば、我らが副団長様の出番だ。

 アスナの声の直後、ソードスキルのライトエフェクトが無数に発生しては、斬撃音と共に消えていく。

 

「グルッ......ガァァァァアアア!!!」

 

「おおっと!!」

 

「させないよ!!」

 

 ケルベロスが苦しみ、自分の牙や足を使って自分の下にいるプレイヤーたちを追い出そうとしてしているが、それを俺たち7人で邪魔するように攻撃し妨害する。

 そして何度か、いや何十度か金属同士がぶつかるような音が聞こえた後。

 ガァァァァァァンッッッ!!! という鈍い音を上げて、ケルベロスの金の胸防具が砕け散った。

 それを見るや、攻撃本隊は先ほど以上に攻撃を激化させていく。

 胸防具の上から攻撃していたときは、本当に極僅かずつにしか減っていなかったHPバー。それが嘘だったかのようにケルベロスのHPは減っていく。

 そしてケルベロスのHPがついに残り数ドットにまで減った瞬間、ケルベロスの目が再びいやらしく歪んだ。

 

 

 

「ガァァァァァァアア!!!」

 

 

 

 そしてケルベロスは、自分の4本の足を俺たちの妨害など気にせずにがむしゃらに床に叩きつけた。

 すると。

 

「なんだこれは!?」

 

「体が......!」

 

 ケルベロスに攻撃していたプレイヤー、足止めをしていたプレイヤー全員がその場にへたりこんでしまった。

 ......なるほど、これが奥の手か。

 床を叩きつけて揺らすことで、近くにいたプレイヤーたちをすべてダウンさせる、か。

 これは、別に今の人数ではなくてもボス戦において最後の一撃はプレイヤーのほとんどが前線に詰める。そんな状況でこんなことをされてしまってはたまったものではない。

 自分の近くにいたプレイヤーたちが跪いているのが気分がいいのか、ケルベロスは雄叫びを上げると同時に、自分の三つの首を振り上げた。

 このスタンも、どうやら2秒や3秒で解けるような軽いものではないらしい。

 このままでは俺たちはなす術もなく全滅する。

 ここまでギリギリではあったが上手くいっていたのに......参った。

 

「本当に参ったよ、ケルベロス」

 

 ケルベロスは、非情にもその巨大で強大な首を俺たちに向けて振り下ろす。

 そして、ジュシュッ!! という何かが千切れるような音と青い光が俺まで届いた。

 

 

 

「ーーこんなに最後までギリギリの選択を持ちかけられるなんてな」

 

 

 

 ......結局、ここでもヒーローは俺じゃなかったってことだ。ちくしょう。

 ケルベロスの首と胸、それぞれを貫いたミウとアスナがケルベロスから離れる。

 それと同時に、ケルベロスは自分が貫かれたのが理解できていないかのように、無言のまま大量のポリゴンをばらまいて消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはーっ! 生き返った!!」

 

 ポーションを飲み干し、上げた俺の声がボス部屋に響く。

 ケルベロスを倒してから2~3分経ったが、張り詰めていた空気が一気に切れたせいか、まだ誰も次の層に行こうと言い出すプレイヤーはいなかった。

 ほとんどのプレイヤーが俺と同じように座り込んでいる。

 もしかしたら俺やシーヴェルスといったいつもとは他の人物の指揮のせいでストレスやら疲れが溜まってしまったのかもしれない......ごめんなさい。

 それにしても、なんでポーションってほとんどフルーツ味なんだろ? 上の層に行けば焼き肉風味とか出てくるのかな......って、それってどこのポ○チだよ。

 

「コウキっ!!」

 

 張り詰めていた空気の後遺症か、纏まらない思考で、ものすごくどうでもいいようなことを考えていると、今回のLA(ラストアタック)を取った天子さま(ミウ)が隣に座ってきた。

 ......いやいや、天子さまはないだろ俺。どんだけ疲れてたらそんな発想になるんだよ。せめてヒーローぐらいだろおい。

 

「いぇーい!!」

 

「いぇーい!!」

 

 普段は絶対にしないであろう掛け声を、絶対にならないようなテンションで言ってミウとハイタッチもどきをする。

 ......俺、本当に疲れてんのかなてんのかな? 帰ったら即行で寝よう。いぇーい!! はないだろう、俺のキャラ的に。

 あぁ、それにしてもミウの笑顔は本当にいいなぁ、なんかエネルギーもらえる。

 

「コウキさん」

 

「うん? ......なんだアスナか。おつかれ。っていうか、さん付けは止めろよ」

 

「礼儀ですから」

 

「あぁ、そう......」

 

 アスナがそう言うんだったら仕方ないと思いつつも、俺は少しため息混じりにアスナに返す。

 別に、ため口でカモンとか、そんなフレンドリーな意味合いはないのだが、なんかアスナにさん付けで呼ばれると、こう......ムズムズするのだ。今更急にミウに敬語で話されたら違和感しかないみたいな感じだ。

 

「で、何のよう? このようにもう心身ともにボロボロなので手短にしてほしいんだけど?」

 

 言った後に気がついた。

 しまった、あまりに疲れているせいで少しキツい物言いになってしまった。俺は何様だっての。

 だが、アスナはそんなこと全く気にしていないようで、そのまま話を続ける。

 

「えぇ、なら単刀直入に聞きます......あなた、このボス戦もどこまで読んでいたんですか?」

 

「最初から最後までだけど?」

 

 そもそも、相手がどう出てくるか?

 こちらはそれに対応できるのか?

 戦力は?

 相性は?

 それらを把握し、可能な限りの状況パターンに対応できるよう考えなくてはならない。

 だからこそ、『戦い』を『作る』なのだ。......まぁ、俺はそこまでできなかったけど。

 だがそんなこと、俺よりもギルドの副団長をしているアスナの方がよく知っていると思うのだが......

 

「......誰もが完全に負けたと、死ぬ未来を想像していたあの状況で全て読みきったと? いえ、それ以前に、あの場だけでは情報もなかった。読みきるなんて不可能です」

 

「誰がどう考えたなんてことは知らないけど、別に不可能じゃないだろ? 情報もあったし」

 

 ていうか、アスナはなんでこんなに食らいついてくるんだろう? 今後のための勉強とかだろうか? ボス戦後なのにすごいな......さすがは攻略の鬼。俺も見習わなくては。

 あとミウさん。別に無視しているわけでもないのでその背筋が冷たくなる不思議な魔法止めてもらえませんか? あと背中つねるのも。

 

「まぁ、全部は言わないけど最後の方なら......アスナ、俺メッセでなんて送ったっけ?」

 

「......1分後の総攻撃と、胸防具破壊後の私の後退です」

 

「まず、攻撃本隊の後退、総攻撃の流れは分かるだろ?」

 

「えぇ、後退はケルベロスのアルゴリズムを再認識するためと、各々のHP回復。それに作戦を細かく伝えるためですよね?」

 

「あぁ、じゃああとはアスナの離脱だ」

 

「そこです。ケルベロスのあの最後の攻撃、あれだけはどうやっても予測不可能です」

 

 確かにそうだ。あの最後の攻撃は事前情報が全くなかった。アスナが先ほど言ったように情報なしでは予測はできない。

 だが。

 

「そもそも俺は、予測なんてしてないよ。したのは予想と想定、それと対応策の考案」

 

「え......?」

 

「いや、正しくは予測もしたけど、予想と想定も織り混ぜた、か」

 

 俺の言葉を聞いてアスナが怪訝そうに顔をしかめる。

 俺はそんなアスナを気にせずに続ける。

 

「予測っていうのは、なにかの情報をもとに未来を考えることだ。それに対して予想や想定っていうのは情報はなくても『例えばこう』っていう曖昧な情報ーー想像でもいいかーーから未来を考えることなんだよ......まぁ、ただの言葉遊びみたいなもんだけどさ」

 

「でも、そんなの......」

 

「あぁ、予測と違って選択肢は増えるよ? だからーー」

 

 

 

「ーー全部潰した。ケルベロスがしうる行動全ての可能性を。逃げ道のないように」

 

 

 

 アスナが今度は驚いたような顔になる。ここまでアスナが表情を変えるというのもここ最近では珍しいかもしれない。

 前はミウに抱きつかれてよく慌ててたのになぁ......って、話がまた逸れかけた。

 

「だから、ケルベロスに何かしらの奥の手があると想定して、アスナを下がらせて、尚且つミウにも上空にスキルで跳んでもらって止め役をしてもらったって訳。おかげで常に難易度Max状態だったけどな」

 

 俺もつい苦笑いする。

 いや、今回は本当にキツかった。アスナに言ったこともそうだが、まさに机上と実践の違いを思い知らされた。

 例えば、ミウに俺の作戦を言うのは想定通りだったから良かった。これがなければ最後のミウとアスナのダメ押しができないからだ。

 でも、まさか尾の切断を一緒に実行することになるとは......

 結果的にはそれのおかげで切断が成功したが、それはあくまで結果論だ。

 よって問題になるのは......やはり俺の実力不足。

 そもそも、俺がもっと強ければミウのーー他の皆の負担だってもっと軽くできたはずなんだ。

 これは早急に、なんとかしないとーー

 

「コウキさん!! 聞いてます!?」

 

「へっ? あ、あぁ、ごめん」

 

 しまった、思考が逸れた。これも悪い癖だよな。なんとかしないと......

 えっと......どこまで話したっけ......そうだ。

 

「ケルベロスの攻撃を予想していたから、アスナとミウ、2人にダメ押し役を頼んだって訳。最後の攻撃が天、地、どっちでもいいように。最後の攻撃がなかったらなかったでそのまま止めをさせるしな......えっと、こんなかんじでいいっすか?」

 

「......まだ納得はいきませんけど、とりあえずは分かりました」

 

 アスナは渋々とだが、ようやく引き下がってくれた。

 まぁ、確かに俺も事前情報から絶対にありえない予想は潰していたが、やはり予想なしでは今回は戦えなかったと思う。

 そして俺とアスナの会話が終わると同時に、ついに26層に移動しようと立ち上がるプレイヤーが出てきた。

 

「さて、ミウ行くか!」

 

「うんっ! ......っと、その前に、アスナちょっといい?」

 

「? 別に構わないですけど、って、きゃっ!?」

 

 アスナが返事をすると同時にミウはアスナの手を引いて俺から離れていった。

 ......なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

 コウキ、疲れてるとか言ってたのに、あんなにアスナと楽しそうに話してるし......

 コウキに聞いたら否定されそうだけど分かるもん。コウキ、話すのが楽しいときって結構饒舌になったり頬緩んだりするし。

 ......拗ねてはないもん。ただ話に混ざれなくてつまらなかっただけだし。

 はぁ、やっぱり男の子ってアスナみたいな知的美人系がいいのかな......アスナ、スタイルもいいし......

 

「ちょ、ちょっとミウさん? 話って......」

 

「へ? あ、うんごめんごめん」

 

 そうだった、私が話があるって言ってアスナを連れ出したんだった。

 回りを見回すと、もう他のプレイヤーたちがいる場所から10メートル以上離れている。

 この辺りなら大丈夫かな?

 

「それでね、アスナ。話っていうのはーー」

 

「コウキさんのことなら別にミウさんから取ろうだなんて考えてないから大丈夫よ」

 

「違うってば!!」

 

 なんでアスナにしろ、ニックさんにしろ私が話あるって言ったら全部コウキの所有権の話になるの!?

 私ってそんなにコウキのことしか考えてないように見えるのかな......否定もできないけど。

 

「そうじゃなくて、アスナのことなんだけど」

 

「私の?」

 

「うん」

 

 ボス戦前には、アスナの決めたことなんだからアスナの好きにさせようなんて言ってたけど、それは私の主義に反する。

 せっかく仲良くなれたんだから、最後まで付き合っていきたいし、考えが違うから、はいさよならなんてもっと嫌だ。

 

「アスナはさ、なんでそんなに私たちから距離を取るようになっちゃったの?」

 

「......そんなつもりはないですし、仮にそうだとしても私の勝手です」

 

 こんな話はこれでもう終わりだと言わんばかりにアスナは皆がいる場所に、いや、《KoB》に戻ろうとする。

 でも、私はまだ全部を言っていない。

 

 

 

「じゃあ、なんでそんなに苦しそうなの?」

 

 

 

 遠ざかっていくアスナの背中を見ながら言う。

 それと同時にアスナの足が止まった。

 

「......私、息苦しそうに見えますか?」

 

「うん、すごく。なんか、他人に求められるがままに自分を動かしている感じかな」

 

 アスナは背を向けたままだったから表情は分からなかったけれど、なんとなく唖然としているのは雰囲気から分かった。

 何秒か、アスナは黙りこくっていたけどこくっていたけど、私の方を振り向く。

 

「私は一刻も早くこのふざけたゲームを終わらせたい、それだけです」

 

 いつものように、どこか冷たい目で私に言い、今度こそ私から離れていく。

 ......結局こうなるのか。

 コウキともちゃんと話終えた訳じゃないから、アスナともこうなるのかな、とは考えていたけど。

 アスナにはアスナの考えがある、全くもってその通りだ。

 この場合は、大人な対応ができていないのは私、波風を無闇に立たせているのも私だってことぐらいは分かる。

 それでも、私の考えが子供なんだとしても、友達が悩んでいるのをただ見過ごせ、なんていうのが大人なら、私は大人になりたいとは思わない。

 そもそも。

 

 

 

「うん、アスナがそう考えてるんだったら、それでいいよ」

 

 

 

 今度は本当に虚を突かれたのか、アスナが振り返る。

 そもそも、私はアスナの考えを否定する気は毛頭ない。

 ただ、アスナには知っておいてほしいんだ。

 

「でも、もしもアスナが、その自分の考えに少し疲れて休憩したくなったら、私たちがいること、それだけは忘れないでね」

 

 今のアスナは硬くなりすぎてて、いつか崩れてしまうような気がする。

 そうなった時、アスナには帰る場所......寄りかかれる場所がちゃんとあることを知っておいてほしい。

 私の願いはそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「ん、ミウ、話はもういいのか?」

 

「うん、言いたいことは言えたよー」

 

 私たちの話が終わった頃には、皆はもう次の層の扉の前まで移動していた。

 先に行ってても良かったんだけど、LAプレイヤーがいなくてどうする! というヨウトとレンの意見により、皆待っていてくれたらしい。

 

「で、どんな話してたんだ?」

 

「コウキー? ガールズトークの内容を聞きたがるなんて無粋だよー?」

 

「うぇ!? 別にそういうつもりじゃないって!!」

 

 コウキが慌てて否定してくる。あー、もう。コウキは弄ると本当に可愛いなぁ。

 

「冗談だよ! ......あ、そうだ。コウキ、次の街に着いたらちょっと行きたいところあるんだけど」

 

「いいけど......それってどこ?」

 

「アスナが教えてくれたお店っ!」

 

 私の返答にコウキが首を傾げる。

 それに私は笑顔で返す。

 ......アスナがちゃんと分かってくれたかは分からないけど。

 私がコウキのもとに戻ってくるまでにアスナがポツリと漏らしたあの言葉。

 

 ーー『ありがとう』。

 

 あの言葉を今は信じるしかない。いや、信じてみたい。そんな気に私はなっていた。

 




はい、後編でした。

めちゃくちゃ長い戦闘回になりましたね。ASと続けてですので相当長い間戦闘を書いていた気がします。
そして今回は、コウキくんのめちゃくちゃ回でしたね。この辺りからコウキくんはどんどんおかしくなっていく予定です(いろんな意味で

次回は......調達ですかね?


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31話目 心の距離感

31話目です!
なんと、この作品が日間ランキング36位になってしまいました!!
いやー、私の作品なんかよりも良い作品はたくさんあるだろうに、そんな中で私の作品を読んでもらえたことはすごく嬉しいです! やる気上がっていきます!!

そんなわけで本編どうぞ!


 ここ、26層はどうやらヨーロッパの市街地をテーマにしているらしい。

 赤の土塗りのレンガで作られている家、きれいな道に敷き詰められた淡い色の不規則なタイル。まるで絵本のなかに出てくるような空間。まさにヨーロッパ、といった感じだ。行ったことないけどないけど、ヨーロッパ。

 これで人通りも少なければ、俺の脳内ヨーロッパの完成なのだが、いかんせん昨日開いたばかりの新しい層の街なので、人がいない場所を探す方が難しいほどに人が混み合っている。

 今はミウが昨日言っていた、行きたい場所に向かって移動中なのだが......

 

「ミウ、もう30分ぐらい歩いてるけど、大丈夫?」

 

「うーん、アスナに貰ったメッセだともう着いてるはずなんだけどはずなんだけど......」

 

 ミウがメッセを見て唸りながら歩く。

 アスナから今日の朝届いたメッセ。そこにはミウ曰くアスナには教えてもらった『良い場所』が書いてあるとのこと。

 その場所のことは昨日のボス戦後に聞いていたらしいのだが、詳しい場所はそのメッセでアスナに教えてもらったらしい。

 いや、まだ教えてもらっている最中か。

 忙しなくキョロキョロと回りを見るミウを、俺が後ろから見る構図。

 ......なんというか、前から思ってたけどミウって色々不器用だよなぁ。

 口に出したら間違いなく拗ねるだろうから言わないけど、これって多分迷ってるし。

 今はまだ辛うじて裏路地なんかには入っていないが、もう数分後には全く知らない道に入っていそうで怖い。

 でも、ミウ本人にはまったく悪気はないだろうから、俺も言いづらい。

 ......これは、お互いのためにも一度ミウを特訓しないとなぁ。地図の見方や歩き方の特訓っていうのも変わってるけど。

 

「あっ、あそこだ!!」

 

 だが、俺の予想に反して今回はすぐに目的地が見つかった。

 ミウが声をあげながら指差したのは1人のプレイヤーーーここからでは女性プレイヤーということしか分からないーーが、道端に布を広げて看板を出している場所だった。

 あれは......出店?

 商業プレイヤーの場合、この世界でフィナさんのように自分のお店を持っているプレイヤーの方が珍しい。

 単純な話、物件が高いからだ。

 なので普通のプレイヤーが店を開こうと思うと、彼女のように道端に出店を出す、という形になる。

 

「で、あそこって何屋なんだ?」

 

 出店は普通、その店で扱っているものを並べているものだが(ミウ御用達ののお菓子屋ならお菓子を並べている)、ミウが指した店は道端に布を広げているだけで何も並べていない。

 すると、ミウは待っていました! と言わんばかりに笑顔になる。

 

「気になるんだったら早速行こうよ!」

 

 そう言って、俺の手を引いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミウに連れられて店の前まで来てはみたがみたが、まだ開店前なのか布の脇に置かれている看板は裏に返してあって、未だに何屋なのか見当がつかない。

 ていうか当たり前か。まだ今は朝の7時半。どこを見ても開いている店なんて僅かだ。

 

「あの、リズベットさんですか?」

 

「あっ、はい。お客様ですか?」

 

 ミウの質問に答えたリズベットさん? は嬉しそうに聞いてくる。

 髪はピンクでショート。雰囲気はどこかフレンドリーで明るい感じだ。同じ店を持っているフィナさんとはまた違った感じで人と話すことに慣れている気がする。

 これが営業スマイル効果というやつだろうか?

 俺がそんなことを考えているうちに、ミウがリズベットさんの質問に答えると、リズベットさんは一気に破顔した。

 

 

 

「リズベット武具店にようこそ!!」

 

 

 

 ......武具店?

 てことはミウ......

 リズベットさんの言葉のおかげで、俺の中でずっと引っ掛かっていた謎が一気に晴れた。

 点と点が繋がった感じだ。

 俺が驚きながらミウを見ると、ミウは少し照れたように頭を掻いて笑った。

 

「コウキの剣、折れちゃったし。それに皆のために頑張ってくれたんだから、これぐらいはね」

 

 そうか......

 なんというか、ミウは本当に良いやつだよな。

 いつもいつも、俺なんかにも優しくしてくれるし、誰かを喜ばせようと頑張ってるし。

 ミウに言ったらこれもまた拗ねてしまいそうだが、さすがは《聖人》だと思う。

 最近、何度も思う。《はじまりの街》で、ミウに出会えて本当に良かったーー

 

「......あのー」

 

「うわっ!! すいません!!」

 

 しまった。あまりにも嬉しかったもんだからリズベットさんの前で和んでた。

 リズベットさんのも微妙にジト目になってるし。なかなかないぞ。初対面でジト目を向けられるなんて......

 俺は嬉しさやら気恥ずかしさやらを誤魔化すために一度咳払いして、話をもとに戻す。

 

「あの、ここって片手用直剣も置いてますか?」

 

「もちろんです。数はそんなにないですけど......」

 

 そう言ってリズベットさんはアイテム一覧のウィンドウを呼び出して、視覚モードにしてから俺に向けてくる。

 そこに載っている剣は、確かに種類は少ないが、どれも数値的には現段階でかなりの水準を誇っているものばかりだ。

 ......すごいな。これだけ良いものが揃ってたらこのお店、もっと名前が通っていてもいいと思うんだけど。

 さてはアスナ、自分だけが良い思いをしようと情報規制を......そんなわけないか。

 でも、正直数値的にいくらよくても、実物を握ってみないとちょっと分からないな......

 

「これって、アイテム化してみてもいいですか?」

 

「どうぞ!」

 

 それならと俺は、早速一覧の一番上にあった片手剣から順にアイテム化して、実際に手に取って握ったり振ってみたりする。

 ......おぉ、前の剣とはウェイトが違うせいかせいか、なんか不思議な感じだな。

 今までは大体がひとつの種類の剣のグレードアップバージョンとか、強化したりして、同じ感覚で振り続けてきたからなぁ。

 

「そういえば、どうして私の名前知ってたんですか?」

 

「あぁ、アスナから聞いたんだ。武具店ならリズベット武具店が一番だって。確かアスナと知り合いなんだよね?」

 

「えぇ、ていうか、あなた達アスナと知り合いなんだ。じゃあ敬語なしで良い? 肩凝っちゃうし」

 

「うん、全然いいよ~。私はミウ。で、こっちはコウキ」

 

 ふむふむ......あっ、こっちなんて前の剣に感覚近いかも!

 

「......おーい。コウキー?」

 

「ん、なんか言った?」

 

「あはは......なんでもないよー」

 

「? そっか」

 

 ミウはなぜか困ったように笑っていた。なぜ?

 ちょっと乾いたミウの笑い声が気になったが、なんでもないというのだったら剣選びに戻らせてもらおう。

 おっ、これなんて攻撃力高そう!

 

「もう......コウキったら......」

 

「仲良いわね......私はリズでいいわよ」

 

「そっか、よろしくね、リズ!」

 

「えぇ、よろしく......あっ、もしかしてミウとコウキって、前にアスナとパーティー組んだことあった?」

 

「うん、組んだよ。アスナが《KoB》に入ってからは組んでないけど......なんで知ってるの?」

 

「なんでもなにも、アスナが前によく話してたのよ。天才としか言えない上に可愛いミウって女の子と、変な子で強いのか弱いのかよく分からないコウキって男の子がいるって」

 

「あははは、可愛いって......アスナはもう」

 

「でも......やっぱりアスナ、《KoB》に入ってから少し雰囲気変わったよね」

 

「......そうだね。その感じだとリズも詳しくは知らない?」

 

「うん、入ったのも変わっちゃったのも急だったから。最近は私のところにも来てはくれるけど、楽しく話すってことはないし」

 

「でもきっと、アスナは変わらずリズのこと大好きだと思うよ。信頼できる武具屋は?って聞いたら真っ先にここを教えてくれたしね」

 

「......そっか。はーあ、アスナは本当にーー」

 

 

 

「誰が変な子ですか!?」

 

 

 

「今ごろ戻ってきた!? ていうかツッコミ遅いよコウキ!!」

 

 なんか久しぶりにミウからツッコミを受けた気がするが、今はそこではない。

 まったく、油断も隙もない。俺が剣選びをしている間にいったいなんの話をしているのか。

 変な子なんて俺にする評価ではないだろう。ミウならともかく。

 等と考えていると2人から少し冷たい視線を感じた。なぜに?

 

「で、良い剣はあった?」

 

「ありすぎて困る」

 

「ありゃりゃ......」

 

 またミウがしょうがないなぁ、という感じで笑ってくるのに対してリズベットさんはどこか嬉しそうだ。

 もしかしたら自分が作ったものを誉められて嬉しいのかもしれない。

 ......うーん、でも。

 

「ちょっとしっくりはこないかなぁ」

 

 この世界がただの楽しい戦闘ゲームだったならば、俺はお金の許す限りリズベットさんの武器を即買いしていると思う。それだけの価値がリズベットさんの武器にはある。

 だが残念なことに、この世界は本当のデスゲームだ。

 だからこそ可能な限り数値的に良い武器を装備するプレイヤーもいるが、俺は使い慣れた質感をもつ武器の方が、本当に危ないときに上手く動けるのでそちらの方が好きだ。

 どちらの考え方もプレイヤーの中では半々なので、俺が特別というわけではない。

 それが分かっているからリズベットさんも、そっか、としか返してこなかった。

 

「でも、どうするのコウキ? 剣なしっていう訳にもいかないし」

 

「だよなぁ......」

 

 俺、ただでさえ弱いのに、剣もなしに戦うなんて間違いなく死ぬ。死ぬ自信がありすぎて困る。

 かといって感覚に合わない剣買ってもなぁ。我慢して新しい剣を買うか、それともいっそのこと下の層に戻って前の剣を買い直すか。

 俺が今後の剣について考えていると、リズベットさんは何か考えるような素振りを見せた後。

 

「ねぇ。どんな剣が良いのかは具体的なイメージがあるのよね?」

 

「あ、あぁ......」

 

「なら詳しく教えて」

 

 

 とりあえず言われた通りに今まで使ってきた剣のイメージを伝えると、リズベットさんは再び何かを考え出した。

 あれ? 今気づいたけどいつの間にかリズベットさんタメ口になってる。俺が剣を選んでいる間に何かあったのだろうか?

 

「......じゃあ、これなんだけど」

 

 そう言ってリズベットさんが出したウィンドウには、あるアイテムが表示されていた。

 それは、まるで岩石のように硬そうな見た目で、色は朱色。

 これは......

 

「インゴット?」

 

 隣でウィンドウを覗きこんだミウが言った。

 インゴット。俺も詳しくは知らないが、武器や防具などを作る際に材料として必要となるアイテムで、たまにmobがドロップしたり、クエストで貰えたりする。

 良いインゴットからは良い武器ができる。とまで言われるほどに武器作りには重要なアイテムらしい。

 

「そう。そのインゴットから生成できる片手用直剣が、大体あなたの言う内容に近いのよ」

 

 正しく言えば、どんな武器でも作成時に武器の重さや大きさ、攻撃力なんかも調整できるらしいのだが、それもある程度らしい。

 なので、作りたいイメージにもともと近いものを作って調整した方が簡単だそうだ。

 ということで早速そのインゴットをリズベットさんに渡そう! ......となるわけもなく。

 くそう、このインゴット持ってない。

 こんなことならインゴットとかの情報ももっと集めておけば良かった。

 リズベットさんなら間違いなく良い剣を作ってくれるだろうに......

 小さくため息をつく。

 

「すいません。今このインゴット持っていなくて......」

 

「あぁ、そういうことじゃなくてね。このインゴットって特殊なクエストでドロップするアイテムだからさ。これを取ってきてくれたら私がオーダーメイドで作ってあげるあげるってこと」

 

「えぇ!? でも、いいのリズ?」

 

 ミウが驚くの当然だ。確かにオーダーメイドで作ってくれる、という鍛冶屋のプレイヤーはたまにいるが、インゴットの所在まで教えてくれるプレイヤーはまずいないと思う。

 というか、教えたら不味い情報なのではないだろうか? そんなアイテムを入手する方法を教えてしまえば、それこそ誰か他の人にアイテムを乱獲されてしまう可能性があるのに。

 しかも、俺たちとリズベットさんは今日が初対面だ。

 失礼なことは重々承知だが、ここまで親切にされると、どうしても裏を考えてしまう。

 この世界では、いやこの世界でなくとも、甘い話には裏があるのだ。

 そんな俺の考えが伝わったのか、リズベットさんはニッと、どこか男らしさを感じさせる笑みを浮かべた。

 

「友達の友達は友達ってね! 友達のためなら一肌脱ぐわよ、私は!」

 

 失礼な俺に返ってきたのは、そんな頼り甲斐のあるかっこいい台詞だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウキ、さっきのわざとでしょ」

 

 洞窟に入ってから少しすると、洞窟の壁や地面を眺める程度に見ていたミウが唐突に聞いてきた。

 

「何が?」

 

「私とリズが話してたとき、邪魔するみたいに入ってきたの」

 

 .......ばれてたかぁ。最近本当に隠し事ができなくなってきたな。いや、しようとも思ってないけど。

 でも、さっきのあの場面は第三者が無理矢理にでも介入しないとしんみり空気が流れそうだったし、そういう空気はミウも嫌いだし......

 ミウが妙につまらなさそうだったので、迷惑だったかと聞くと、左右に首を振られた。

 じゃあ......

 

「えっと、もしかして俺のお節介、リズ気付いてた?」

 

 ミウのことだから、俺のせい(もしくは自分のせい)でリズーー別れ際にそう呼べと言われたーーに気を使わせてしまったことを気に病んでいるのかと思って聞いてみたが、これにも首を振られた。

 えーっと......じゃあなんで?

 何が悪かったのかは分からないが、おそらく俺が悪いのだろう。これはそういう流れな気がする。

 俺が脳内でなぜか自虐していると(自分でも理由は分からない。強いて言うなら自虐根性?)、ミウがため息をついた。

 

「......なんだかんだ言って誰にでも優しいっていうのはコウキの良いところなんだろうけど、それを他の人に知られるのはなんかヤだな......」

 

「?」

 

 ミウが何か呟いていたが、小さすぎる上に俺の方を向いていなかったので聞こえなかった。

 それからいくらか声をかけてみたがかけてみたが、うん......、と生返事しか返ってこない。こういうときは大体ミウが何か考えているときなので俺も話しかけるのを止めた。

 が、それはそれで居心地の悪い雰囲気が場に流れ出しそうだったので、mob探しついでに適当に周りを見回す。

 リズに教えてもらったクエストは、指定のmobを規定数狩れ、という案外普通の虐殺(スローター)系だった。

 虐殺系のクエストは、お使いクエスト、護衛クエストと、多くあるクエストの中でも最も殺伐とする種類だ。

 内容的に、ということもあるが、同じクエストで他のプレイヤーやパーティーが重なってしまうとmobの取り合いになるからだ。

 mobのポップが早かったり、フィールドが広かったりすれば小さな小競り合いが起こるか起こらないか程度で済むのだが、ポップが遅い+フィールドが狭いという最悪な条件が重なると、最悪対人戦闘になってしまう可能性もある。

 なので、今回も初めは自分の剣のためとはいえ少し気が重かったのだが。

 

「......誰もいないなぁ」

 

 20層にある洞窟《ゴーウィ》は、どれだけ見回しても人っ子一人いなかった。

 あれだけ良いインゴットが発見できるクエストなら今もプレイヤーがいると思っていたのだが......どうやらまだあまり知られていないクエストらしい。

 もしくは俺のように、前線のプレイヤーでもインゴットの情報にはあまり明るくないのか。

 まぁ、誰かがいて本当に取り合いになったりしないんだから文句はない。

 ちなみに今俺が背中に背負っている剣は、俺のサブアーム、つまり予備の片手剣だ。昨日まで使っていた剣には敵わないが、それでも同じ感覚で使える残り唯一の剣だ。

 なので誰もいないことも問題ではないし、今は武器も予備があるのでそこも問題ではない。

 問題は別にある。

 一つは、インゴットのドロップ率。

 俺が欲しいインゴットはかなりレアなものらしく、クエスト達成の狩り数に届くまでにmobがインゴットをドロップするとも限らない。

 もしも先に狩り数に到達してしまったのなら、一度依頼主の元へと戻って、もう一度クエストを受ければいい話だが、正直めんどくさい。

 そんなことを言ってはいけないとは分かっているのだが、それでも攻略が遅れるというような問題も出てくるし、意外と切羽詰まっている。

 そして二つ目の問題。これは攻略が遅れるだとか、そういう未来的な話ではなくて、今現在ナウに襲いかかってきている非常に厳しい問題だ。

 

「あの、ミウさん? さすがに手を繋いだまま洞窟を歩くのはさすがに怖いのですが......俺やられちゃう」

 

「大丈夫。下の層だからmobも弱いし、危険な場所もちゃんと全部覚えてるから」

 

「いや、そういうことじゃないような......」

 

 これだ。

 あっ! 今、またか......とか思ったやついるだろ!! 出てこい相手になってやる!!

 いや、本当に圏内なら恥ずかしさやら俺の精神的ダメージだけで済むけど、圏外だと命の危機が絡んでくるから怖いんだよ!! 俺はボス戦前にハンバーガーの話で盛り上がれるほど強い心臓はしてません!!

 いくらミウの言う通り、危険な場所さえ避ければ比較的安心だとしても!

 その上ミウがたまに手をにぎにぎ握ってくるから精神衛生上悪すぎるんだよ!! なにこれなんの拷問!?

 ーー以上俺の心の叫び声。

 ......まぁ、そういう本心は抜きにしても、だ。

 

「ミウ、さすがに圏外ではダメだって。そもそも俺と手なんか繋いで面白いか?」

 

 前から気になっていたのだが、ミウが俺とこうして手を繋いでもなにも、メリットがあるとは思えない。

 まさかアルゴのように俺が焦る反応を見て楽しむなんてことはミウはしないと......思いたい。

 あと考えられるのは......まぁ、あるにはあるがそれ(、、)はないだろう、いや、あっちゃいけない(、、、、、、、)

 ではなぜ? という疑問が再び上昇するが、ミウは顔を俯かせて下を向く。

 

「......なんでいつもいつもコウキってそうなの? 私は......」

 

「ん? どうした?」

 

 またよく聞こえなかったので今度は聞き返した。

 すると......ミウからなにか聞こえた気がした。

 実際には聞こえていないはずの音が聞こえた気がした。

 表現するのならーーブチッと。

 

「なんでもなーい!! ていうか、コウキが悪いんだよっ!!」

 

「へ、俺?」

 

 おぉ、ミウが珍しく荒ぶっている......

 俺の返答にミウはしかめっ面になるが、それもすぐに不安げな顔に変わる。

 代わりに俺の手が今までよりも強く握られた。

 

「......だって、昨日のボス戦もそうだけど、コウキすぐに無茶するんだもん。いつか致命的なことになっていなくなっちゃうんじゃないかって......不安になるよ」

 

 言った後さらに強く握られる俺の手。

 その姿は、まるで暗闇のなか親の手を離さないよう、離ればなれに絶対にならないよう手を強く握る子供のようで......

 ......いなくなる、か。

 確かに。誰かがいなくなることを考えるのは不安になる。それが大切な人なら尚更だ。

 そこまで考えて、ミウの大切な人カテゴリに俺が入っていたらちょっと嬉しいな、とか性に合わないことを思う。

 まぁ、ミウだから俺なんかを大切に思ってくれるんだろうけど。

 

「......ごめん、今後は気を付けるよ」

 

「......絶対?」

 

「......できる限り」

 

「目、泳いでるよ」

 

 そ、そんなこと言っても仕方ないじゃん。俺の場合実力が足りていないから、ミウを守ろうと思えば必然的にリスクを上げていかないとどうにもならない。

 昨日のようなボス戦になれば、リスクはもっと高くなる。

 あっちを立てればこっちが立たなくなる。

 どうしよう......と俺がない頭を必死に回転させていると。

 

「......えい」

 

「......へっ!?」

 

 ミウは手を離すと、すぐさま体を回転させて俺の背後をとり、そのまま抱きついてきた。

 ......なぜに?

 ていうか、なんかこれすごい良い匂いしてくるんですけど!? 茅場さん、このゲームちょっとリアルすぎませんか!?

 混乱している思考のなかで、とりあえずミウが胸防具だけは装備していて良かったと思った。いや、何がとは言いませんが。

 

「コウキは、何も分かってないよ......」

 

 ミウがいっそう腕に力を込める。

 そのお陰か、混乱しまくっていた思考が一気にクリアになっていった。

 今、なにか声をかけなければ何かが崩れて、終わってしまう。混乱なんかしている場合ではない。そうな気がしたから。

 すぐにその『なにか』の台詞は出てこない。それでも、なにかしなくては、という思いに駆られ、俺は自分に回されたミウの腕を握った。

 

「その、ミウ......」

 

 ーーやばい、なにも頭に浮かんでこない。

 そもそもこんな時にどんな言葉をかけたら良いのか分かる奴なんてこの世にいるのだろうか?

 いや違う。他の奴の言葉なんかは問題じゃない。今必要なのは、俺がかけるミウへの言葉だ。他のことなんてどうでもいい。

 時間の流れが恐ろしく遅く感じる。なのに相変わらず何も言葉は出てこない。

 抱きつかれているせいで、ミウの体温や鼓動がダイレクトに伝わってくる。

 なんか、俺まで変に緊張してきた......。

 とにかく、早くなにか言わないとーー

 

「......コウキのバカ、意気地無し、頑固者......」

 

「へ?」

 

 今回も呟くような小さな声だったが、抱きつけるほど近くにいるので今回は聞こえた。

 ていうか、なんで俺は今罵倒されたの?

 俺がさらに混乱していると、ミウは俺から勢いよく離れて、今度は前に回り込んできた。

 

「ベーっ!!」

 

 そしてどことなく懐かしみを感じるアッカンベーなるものをしてきた。

 ......ミウって、こんな風に拗ねることもあるんだなぁ。

 じゃなくて!!

 

「あ、あのさミウ!!」

 

 しまった、アッカンベーのせいで完全に頭の中真っ白になった!!

 え、えーと、なにかなにか......

 

「いいよ、もう」

 

「えっ......」

 

 するとミウは視線を逸らして、珍しく言うかどうか迷うように体を縮こめると。

 

「......コウキの鼓動、ちゃんと伝わってきたから。ここにいるって何よりも教えてくれたから。今回はそれで許してあげる」

 

「......ありがとう」

 

 すごい恥ずかしそうに俺に言ってきたのであった。

 その際、俺も一瞬顔が熱くなったことがバレていないことを祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は居心地が良いような悪いような、そんな微妙な空気になりつつもなんとかクエスト一回目でインゴットが落ちてくれた。

 というか、ガッポガッポ落ちた。

 俺たちの運が良かったのか、ドロップ率が高めだったのかは怪しいところだ。

 なのに精神的には異常なほど疲れた......世の中上手くできてないなぁ。

 ......まぁ、今回に限っては嫌な疲れじゃなかったけど。

 




はい、インゴット調達回でした。

この話はクォーターポイント戦の後日談的な感じで書いてみました。
テーマ的には、ミウさんの気持ち......って、これは露骨すぎでしたかね?
コウキくんもミウさんも互いに背を預けて戦っているけれど、互いに相手には戦ってほしくない、無理をしてほしくないと願っているこの矛盾が浮き彫りになってきたかなー、って感じです。

次回は、新キャラが出てきます。


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32話目 祭りの前兆or嵐の予兆?

32話目です!

よし! 今週は3話投稿できた!
最近遅れぎみだったので投稿できて良かったです。
......とか思ってたら来週は1話も投稿できず、とかなりそうで怖いですよねぇ。

それではどうぞ!


追伸
お気に入り数が100人を突破しました!!
本当にありがとうございます!!


 キィィィン!! 緑色の肌を持つ亜人型mob《ゴブリン》の剣戟を俺の剣で受け流す音が森のなかに響く。

 俺は《ゴブリン》の次の攻撃を避けるために一旦下がると、予想通り俺が先程まで立っていた場所を《ゴブリン》が振り下ろす剣が通過した。

 ゴブリンが連続して攻撃を外し、体勢を崩したことによってできた隙を逃すまいと再び接近し、《ゴブリン》の体を2回斬りつける。

 攻撃後に勢いよく減っていく《ゴブリン》のHPを見て、これで決まりか、と思ったが、《ゴブリン》はHPを数ドット残し、最後の悪あがきだと言わんばかりに片手剣単発ソードスキル《スラント》で斬りかかってくる。

 それに対し、俺も同じく《スラント》を発動させる。

 2本の剣は、ライトエフェクトを纏い、互いに接近していくが交錯することはなく、そのまま互いの狙った場所へ向かって進んでいく。

 《ゴブリン》の剣は俺の右肩へ。

 俺の剣はーー《ゴブリン》が剣を持つ、右手へ。

 そして着弾。

 ザシュッ!! という音を上げて《ゴブリン》の手首から先が宙を舞い、剣のみを残し右手はポリゴンになって消える。

 よしっ、俺の攻撃の方が早かったようだ。本当は《ゴブリン》の剣の根本を狙っていたのだが......まぁ、結果オーライだ。

 止めをさそうと続けざまに攻撃しようと、数瞬のスキルディレイの後に剣を振り上げたのだが、手首を斬った際のダメージでHPがなくなったらしい《ゴブリン》は、そのまま体全てをポリゴンに変えて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ~、コウキ」

 

「......お疲れ」

 

 剣を振り上げたままではさすがに恥ずかしかったので、ゆっくりと下げてミウと手の甲を当てる。

 今、俺たちはリズに作ってもらった新しい片手剣の試運転を行うために、23層の森の中に来ていた。

 この森は《ゴブリン》のような亜人型、植物系、昆虫系と多種多様なmobがポップするため、こういった試運転にはもってこいの場所なのだ。層も最前線よりも少し下だし。

 本当は攻略を遅らせないためにも、俺1人で夜中に街近郊で試そうと思っていたのだが、ミウに「コウキが新しい剣を使うところを最初に見たい!」と押し切られてしまったので今になる。

 ......俺が剣を振るところなんてところなんて、そんなに見たいものだろうか? 価値で言えばう○い棒にも負けそうなのに。

 

「それでどうだった? 剣の使い心地」

 

「あぁ、すごい使いやすい。前の剣と同じ感覚で、前の剣よりもしっくりくる」

 

 試運転の結果は、今言った通りだ。

 攻撃、防御、受け流し、ソードスキル、一通りのことを試してみたが、どの点においても前の剣と同等か、それ以上に使いこなすことができた。

 さすがはリズが作った剣。そう言わざるをえない。本当になんでリズの店ってまだ知名度低いんだろう?

 ......まぁ、とにかく。そんな素晴らしいリズの剣だ。それを使ったんだから、さっきの止めをさす前に決着がついたことは何も恥ずかしいことじゃあないことじゃあない。むしろ驚くところだ。剣の性能とリズの腕スゲーと。

 だから恥ずかしくない。剣を振り上げたまま戦闘終了しても恥ずかしくない。

 

「でも、コウキさっきの《武器取落》いらなかったんじゃーー」

 

「そんなことはない」

 

 そう、さっきのは必要なこと。あのまま《ゴブリン》が耐えきったときのこと考えてのことだから俺は一手先にいたんだから。

 ......かわせたような気もするけど絶対気のせいなのだ。

 

「......それにしても、本当に良い剣作ってくれたよな、リズ」

 

 右手に持った剣を上にかざす。

 《デスティニーリザスター》。意味は『運命に抗う者』

 朱色で少し広めの両刃剣。無駄な装飾は一切無く、剣の強固さをより強くしている。

 実際、剣の攻撃力は前の剣とは比べ物にならない。

 ......というか、装備者の俺が名前にも性能にも負けている気がする。頑張らねば。

 でも、本当になんでリズの店ってまだ知名度低いんだろう? フィナさんの店みたいに辺鄙な場所にあるわけでもないのに.......世の中は不思議で溢れている。

 

「コウキ。誤魔化せてないからね?」

 

 やっぱダメっすか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、コウキはまだ《武器取落》の成功率そんなに高くないんだから、いざって時に使っちゃダメでしょ?」

 

「うぅ~、返す言葉もないです」

 

 その後、この森に入ってからすでに4時間ほど経過していることに気付き、試運転もかなりしたので休憩にしようと安全エリアまで移動した。

 今は一応、先ほどの俺のミスに対するお説教タイムだ。

 なぜ『一応』かと言うと。

 

「だからね? コウキはもっと安全な戦い方をした方がーー」

 

 正座して聞かされているのだが、いかんせん怒っている本人が全く怖くないせいか、雰囲気的にはただのお話タイムになっているのだ。

 25層のボス戦の時とかからするに、ミウも本気で怒ったらかなり怖いんだけど。

 というか、可愛い。いや、微笑ましい? なんか保母さんが児童に言い聞かせている感じで。互いに正座してるとことか、人差し指を立てて一個一個説明してるとことか。必死に怖い雰囲気出そうとしてるとことか。

 

「ーー私もいるんだしフォローできるんだから.....って、聞いてる!?」

 

「聞いてる。聞いてるって」

 

「じゃあ、私なんて言ってた?」

 

 む。どうやら本当は俺が聞いていなかったのではないかと疑っているようだ。いくら俺でも人の話ぐらいはしっかりと聞くというのに。

 えーっと、ミウが今言ってたこと。ミウが、ミウが......

 

「あれだろ? 俺の《武器取落》はまだ完璧じゃないし、保母さんが似合うミウもいるんだからもっと余裕をもって保育されても良いって話だろ?」

 

「なんか変なの混ざってるよ!? ていうか保母さんってなに!?」

 

 しまった、心の声と混ざってしまった。

 俺が頭を掻きながら謝ると、ミウは呆れたように深くため息をつく。そして足を崩しながら、ストレージから水筒を取り出した。どうやらお説教タイム(仮)はこれで終わりのようだ。

 そしてそのまま水を飲むミウ。話しすぎて喉が渇いたのだろうか? まぁ、普段はお説教とかするタイプじゃないしな。

 

「......なんか今、すごいイラッととした」

 

「誰か噂でもしてたんじゃないか?」

 

 まぁいいや。とミウは呟くと、再び飲みだす。

 どうやらミウが作ったフルーツジュースか何かのようで、仄かに甘い匂いが俺の場所まで漂ってきた。

 コクリ、コクリとミウがジュースを飲む音が辺りに響く。

 ......こうやって見ると改めて思うけど、ミウってかなり美人の部類に入るよなぁ。なんで最初男と勘違いしたのかってぐらい。

 いや、ミウの雰囲気が変わりだしたのはミウと会ってから少し経ってからだったし、顔は今でも確かに中性的ではあるんだけど。

 でもそれ以上に細かいところでは女の子っぽい仕草とか目立つし。さっきのお説教の仕方なんて良い例だ。

 体も本人はコンプレックスに思っているらしいけど、その小さな体でいつも全力全開で動き回っているその姿はきっと誰でも惹かれるものがあると思う。

 特に性格はいつも明るくて、周りにいる人まで元気にしてくれ、かと思えばたまにすごく大人びた面も見せてくる。

 ......本当、なんで最初男だと思ったんだろう?

 

「......ん? どうかした?」

 

 俺があまりに視線を動かさずに見ていたせいか、ミウが小首を傾げて聞いてくる。

 しまった、今のはさすがに失礼だったかも。

 

「あー、いや......ちょっとな」

 

「ふーん? あっ、コウキも飲む?」

 

 そう言ってミウはジュースを差し出してくる。

 あの、これってさっきまでミウが飲んでたやつだよね?

 俺の視線は自然と先程までミウが口をつけていた飲み口に吸い寄せられてしまうーーっていやいや、変態か俺は。

 ミウ、すぐに恥ずかしがったりするのに、なんでこういう接触系には無頓着なんだろう? あ、いや、手繋ぐ時も恥ずかしがってたな。余計に分からん。

 

「......いらない?」

 

 ミウが聞いてくる。

 これは、ミウが天然なのか、それとも俺が気にしすぎな気持ちの悪いブタ男子なのか......

 

「じゃ、じゃあ貰おうかな?」

 

 とりあえず後者の確率の方が高いかなぁ、と判断して、ミウから水筒を受けとる。

 そして微妙に気まずくなりながらも水筒に口をつけようとしたーーその瞬間。

 ーーーーっ!!

 

「ーーっ。コウキ、聞こえた!?」

 

「あぁ、森の奥の方からだ!!」

 

 ミウと互いに確認を取った瞬間には、俺とミウは立ち上がって走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウキ、見える!?」

 

「......いや、《策敵》スキル使ってもまだ見えない」

 

 声が聞こえた瞬間からミウと走り出して、すでに数分。先ほど聞こえた声の大きさからするにもう見えてきてもいいはずなのに......

 走ってくる道を間違えたとか? いや、ここまでは完全に一本道だ。道を間違えることはないはず。

 

「......とにかく、もっと先に進んでみないと」

 

「あれ?」

 

 走りながら会話していると、俺、おそらくミウの視界にも変化が現れた。

 先ほどまでは1本しか見えなかった道に、急にもう1本道が増えて別れ道になったのだ。

 

「こんな道、攻略してたときにはなかったよね?」

 

「あぁ」

 

 ということは、攻略が進むことで開く時限性、もしくは他の条件で開く道か。

 でも、マップに乗っていない上に、俺の《策敵》スキルでも見えなかった道。そして先ほどの悲鳴。間違いなく何かしらの罠が待っていると考えていいだろう。

 ここは先に進むのを止めて、様子を見るのがセオリーだ。

 この世界は本物のデスゲームなのだから、可能な限りリスクを避けるのが基本......なのだが。

 

「こっちが新しい道だよね? コウキ、早く行こう!」

 

 ミウならそう言うだろうな。

 さて、どうするか。

 先ほども言ったように、この先に待っているのはおそらくは罠。

 そんな場所に自分、というよりミウを行かせたくはない。

 が、この層程度のmobならそれこそ100体同時に襲ってくる、なんてことにならない限りは俺たちが危険になることはないだろう。

 もちろん、他にも不確定要素はあるから油断は決してできないけど......

 でも、いくらなんでも助けることを一切考慮せずに逃げる、なんてのは俺でも目覚めが悪いしな。

 俺はミウに頷いて、新しい方の道を走り出す。ステータス的に、どうしてもミウが先行する形になる。

 すると、今度は10秒もしないうちに何かが視界に映りこんできた。

 あれは......やっぱりプレイヤーか!

 《策敵》スキルの応用範囲を全開にして地面に倒されているプレイヤーの付近を見ると、プレイヤーの他にも20体程度のmobが確認できる。

 mobの種類はこの森に存在する全てのタイプがいる。

 ここまでの種類、数のmobが1ヶ所にポップするなんて......やっぱりなにかしらのトラップか?

 とにかく、この場をどうするかと考えながら接近していると、プレイヤーに対して《ゴブリン》が剣を引き絞るのが見えた。先ほども見た、《スラント》のスキルモーションだ。

 まずい!

 しかも、同時に俺たちの進行を妨害するように花に脚が生えたような植物型のmobがポップする。

 

「コウキ、先に行って!!」

 

 ミウが花のmobに《バーチカル》を叩き込み、相手の体勢を崩す。おかげで襲われているプレイヤーまでの直線の道が開けた。

 だが、このままただ走っていたのでは間に合わない。なので俺は自分が出せる最高速度で走って、その状態で片手剣突進系スキル《ブレイヴチャージ》を発動させる。

 スキルによって細々とした条件は異なるが、《スラント》などと同じように《ブレイヴチャージ》は足が地面についている状態で、上半身でスキルモーションを取れば発動できる。

 俺が《ブレイヴチャージ》を発動させた直後、《ゴブリン》も《スラント》を発動させる。

 間に合うか!?

 2本の剣が各々違う動きを見せる。ただし今度は先ほどとは互いに狙いが違う。

 そして《ゴブリン》の剣がプレイヤーに届くよりも一瞬早く、今度も俺の剣の方が先に狙いに着弾した。

 俺の剣が《ゴブリン》の体を貫き、その動きを強制的に止めたのだ。一撃で倒す、とまではいかなかったが、ソードスキルを中断させるのも成功した。

 プレイヤーは......大丈夫そうだな。

 ローブを被っているせいで表情は窺えなかったが、HPを見る限りではまだ3割ほど残っていた。

 もしも《ゴブリン》の攻撃を受けていれば、全損していたかもしれない残量だ。危なかった。

 俺が密かに安心して息をついているとついていると、周りの他のmobが俺に向かって一斉に攻撃してきた。

 どうやら《ゴブリン》に大ダメージを与えたせいで、タゲが全て俺に向いてしまったようだ。

 俺はスキルディレイで一瞬体を動かせない。

 これだけの数の攻撃を一度に受けてしまえば、死にはしなくともダメージディレイで動けなくなることは必死だ。

 それでも、俺は恐怖には駆られなかった。

 

「はぁ!!」

 

 ミウなら、間違いなくこのタイミングで来てくれるだろうと分かったからだ。

 mobの攻撃が俺に着弾する寸前に、後ろから追ってきたミウの片手剣2連撃スキル《ホリゾンタル・デュアル》がほぼ全てのmobにヒットし、mobたちを怯ませた。

 《ホリゾンタル・デュアル》は、《ホリゾンタル》が2連撃になった強化版で、普通の《ホリゾンタル》を放った後に、回転してもう一度《ホリゾンタル》を発動するようなスキルだ。一撃当たりの威力も少し上がっている。

 2連撃になったことでより広範囲への攻撃が可能になっているわけだが、いくら密集状態でもこのように10体以上の敵に、味方には当たらないように攻撃を当てられるのはミウを入れてもこの世界に5人いるかいないかだろう。少なくとも俺には絶対に無理だ。

 

「ミウ、助かった!」

 

「私に危ないとか言うんだったら、もっと自分も気を付けてほしいんだけど」

 

「ミウがフォローしてくれるって言ってたじゃん?」

 

 俺の言葉にミウがうぅ~っと唸りで返してくる。

 その姿は見ていてとても楽しいが、今はそれよりも大事なことがある。

 

「君、転移結晶は!?」

 

 俺はプレイヤーに聞く。

 さっきまでならmobい襲われていて転移結晶を使う暇もなかったかもしれないが、今なら俺とミウはで庇えるので使用できるはずだ。

 襲われていたプレイヤーは、俺の声に驚いたのか体を跳ねさせながらも返してくる。

 

「......あ、あの、転移結晶が使えなくて......」

 

 おどおどしながら言ってくる。

 小声でよく聞き取れなかったが、とりあえず雰囲気で言いたいことは伝わってきた。

 なるほど、ここのトラップは結晶無効化エリアと、mobの大量ポップってことか。

 少々厄介なトラップだが、まだ『大丈夫』の領域だ。これでポップするmobのレベルが最前線並、とか言われたらプレイヤーを置いて形振り構わず逃げるしかなかった。

 このトラップは、最初に大量にポップするだけで、リポップはしないようなので、こいつらを倒すことができればそれで終わりだ。

 すると、考えている間にミウの攻撃から回復したのか、木の姿をしたmobの1体が俺に木の腕で攻撃してくる。

 かわすのは......無理か。後ろにいるプレイヤーに当たる可能性がある。

 なので俺は剣で受け止めることを選んだのだが、相手の攻撃が予想よりも軽いので簡単に受け止めてしまった。

 お、おぉ! さすがリズ作の新しい剣! 戦闘中にもその性能の良さにビックリ!!

 俺が剣の性能に驚いていると、木のmobが空いたもう一方の腕で横から攻撃してくる。

 

「っと、危ない!」

 

 2度目のその攻撃は、《閃打》を当てることで弾く。

 危ない、戦闘中に呆けてた。しかも剣の性能の良さに驚いて一撃もらうなんてバカなことしたら、またミウに叱られてしまう。

 ......それはそれでアリかも。あの状態のミウは見てて和むし。

 って、これ以上余計なことを考えてると本当に危ない。集中しろ!

 

「せぇい!!」

 

 目の前にいる木のmobに、切り上げ、突きの2連撃を叩き込む。

 俺は気合いを入れ直し、襲いかかってくるmobに相対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラストッ!!」

 

 ミウが《ゴブリン》に《クロス・シーザー》を叩き込み、ゴブリンを屠る。

 戦闘開始から約30分。ようやく全てのmobを倒しきることができた。

 それと同時に溜まっていたものを吐き出すようにため息が出る。

 さすがにこれだけの相手を一気に相手すると集中力使うな......

 しかもあのmobたちそれこそ倒れるまで延々襲ってきたし。

 まぁ、俺たちも無事で、襲われてた人も助けられたから良いけど。

 っと、そうだ。

 

「君、大丈夫か?」

 

 戦闘中、ずっと俺の背後でしゃがみこんでいたプレイヤーに声をかける。

 相変わらずローブを被っているので、どんな表情をしているのか分からないが、雰囲気的に安心しているように見える。

 身長からしてして......年下だろうか? ミウよりもさらに小さくて140後半ぐらいしかないし。

 

「その......ありがとう、ございました......」

 

 緊張が切れたのだろう、俺の予想通り安心したような声が返ってくる。

 ような、というのは戦闘中ほどではないが、声が小さくて上手く聞きとれなかったからだ。

 だが、この声の小ささは、正直戦闘中助かった。

 戦闘中叫んだりすると、耳などの音を聴く器官を持つmobは、その声を出したプレイヤーにタゲを変えることがある。

 しかもどうやって判断しているのか分からないが、恐怖などを含む叫び声ほど、mobを引き付けるから性質が悪い。

 

「あれ......もしかして.......」

 

 俺の隣まで来たミウが呟く。

 

「ミウ、もしかして知り合い?」

 

 疑問に思って聞いてみたが、よくよく考えるとそれは無い気がする。

 俺とミウはこのゲームが始まってからほぼ最初から一緒に行動している。

 だからミウだけの知り合い、というのはあまりいないと思ったからだ。

 そりゃあ、たまには別行動も取るが、晩御飯の時にミウはたいていその日にあった出来事を会話のネタとして話してくるので、俺が聞いていないというのも考えにくい。

 じゃあ、どういうことなんだろう? ミウにもう少し聞いてみようと思ったが、それよりも早く、ローブの人が声をだす。

 

「あの......なにか、お礼を......」

 

「あー、いや。いいって。なにかお礼をもいたくて助けた訳じゃないし」

 

「え、でも......」

 

 うーん、困った。本当にお礼などいらないのだが......

 いっそのこと今日の晩御飯代でも出してもらうとか? いや、それじゃあこの人と夜まで一緒に行動することになるし、それはあまりよろしくない。常識的にも俺の感覚的にも。

 そもそも、この人を真っ先に助けようと言い出したのはミウなのだから、お礼を受けるかどうか、何にするのかもミウが決めるべきだ。

 

「ねぇ」

 

「へ? あ、はい......」

 

 そんな俺の考えが伝わった、というわけではないと思うが、ミウがローブの人に話しかける。

 それに対してローブの人は妙に驚いたように声をあげた。

 そういえばこの人、気のせいかもしれないけどずっと俺の方だけ見てたな。

 もしかかして今ミウに気づいたとか? って、そんな訳ないか。

 

「もしよかったらだけど、お礼にそのローブ取ってくれないかな?」

 

「おい、ミウ......」

 

 それはさすがにまずいんじゃ......

 フードやローブ、もしくはフルフェイスいった、顔を隠すような布防具や金防具を装備しているプレイヤーというのは、基本的に素顔を隠したがっているプレイヤーだ。

 この世界はリアルとほぼ同じ顔で行動することになるので、それを隠したい、という人もいれば、なにか目立つ容姿をしていてそれを隠したい、他にも顔を隠していた方が何かと便利、などという人もいる。

 前までのアスナやアルゴが、それらに当たる。

 もちろん、純粋な防具として装備しているプレイヤーもいるが、金防具ならともかく、このプレイヤーは布防具だ。布防具は相等レアなものでも無い限り、性能が低いものが多いので、純粋な防具として装備しているプレイヤーは少数派だ。

 

「えっと、その......」

 

 やはり、予想通りローブの人は困ったように顔を俯かせてしまう。

 

「嫌だったらいいぞ? プライバシーの問題とかもあるし」

 

 そもそも、なんでミウがローブを取ってほしいって言ったのかもいまいち分からないし。

 それだったら無理してまで取らなくても、そう言うつもりだったのだが、ローブの人は、いえ、と首を振って、それからまた少し逡巡した後、ゆっくりとローブを頭から取った。

 って......えっ?

 

「なぁんだ。やっぱり女の子だったんだ」

 

 ミウがその場の事実を明確に言い表す。

 そう、ローブの中から出てきたのは、ミウにも負けず劣らずの目が覚めるような黒色の長髪。

 そして少し幼げだが整った小さな顔立ちに大きな双眸......これでもかというぐらいの女の子が出てきた。

 俺の脳が目の前の出来事にラグっていると、ミウがからかうような口調で言ってくる。

 

「あれれ~? コウキってば、『また』分からなかったの~?」

 

「い、いや、今回は仕方がないだろ!? ローブで顔も隠れてたし、さすがに身長とかだけで分かれっていうのはいうのは......」

 

「でも声とかすごく女の子っぽかったよ?」

 

「それはよく聞こえなかったからで......!」

 

「でも、その小さくしゃべる感じとかも、女の子っぽくない?」

 

「うぅ......」

 

 やばい、言い訳ーーじゃなくて! 反論が思い付かない......

 確かにミウの言う通り、気づけるチャンスはあったかもしれないけど......

 

「ん~?」

 

 ミウが俺の次の言葉を笑顔で待っている。

 あれは楽しんでいる顔だ。俺をいじり倒すことを。アルゴとかがよくする顔だ。

 最近のミウは本当に変わってきた......色んな意味で。

 だが、このまま言い負けるのもそれはそれでなんか嫌だ。なんとかして一矢報いたいーー

 

「あのっ!!」

 

「「うわっ!?」」

 

 俺とミウの間に入ってきた声に2人して驚く。

 しまった。ミウとの会話に集中しすぎた。

 

「ごめんごめん。私からローブ取ってって言ったのにね。コウキとの会話が盛り上がりすぎちゃったよ」

 

「で、どうしたんだ......えっと......」

 

「あ、リリです......それで、その、お名前、聞いてもいいですか......?」

 

 え? あっ、そうか。俺たちまだ名前言ってなかったか。

 というか、名乗るつもりもなかったしな。よく考えると人助けしたところから、なんか変に話が進んでるような気がするようなしないような。

 初めての流れに少し戸惑う。

 

「私はミウで」

 

「俺はコウキ」

 

「コウキさんに、ミウさんさん......」

 

 リリは口に馴染ませるように呟くと、そのまま再び俯いてしまう。

 そのせいか、少し会話が続かなくなって妙な空白が生まれてしまった。

 えーっと......

 なのでとりあえず先程から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「そういえば、なんでこんな所にいたんだ? それも1人で」

 

「えっと......クエストで、来ていたんです......でも、突然さっきのmobの群れに、襲われて......」

 

 先ほどの恐怖を思い出したのか、小さく体を震わせるリリ。

 もう話さなくても大丈夫、と伝えるが、俺は少し引っ掛かるものがあった。

 クエスト......この辺りにあるクエストなんて攻略の時にあったかな?

 いや、もしかしたら先ほどの道と同じように、上層の攻略によって発生するクエストなのかもしれない。

 

「リリちゃんはこれからどうするの?」

 

「はい......その、クエストはもう中断するつもりなので......帰ろうと、思ってます」

 

「じゃあさ! 一緒に帰ろうよっ! 私たちも特に用事はないからさ。ねぇ、コウキ?」

 

「ん? ......あぁ、まぁそうだな。襲われたばっかりでまだ怖いだろうしな」

 

 この世界で死にかけた、というのはリアルで死にかけた、というのと同義だ。

 それこそリアルで車に轢かれかけたとか、ナイフを突きつけられた、というのと同じか、それ以上の恐怖がある。

 そんな時に、1人で帰れと言われるのはどんな人間でも不安があるだろう。

 女子ならそれは尚更だと思うし......この辺りはさすがは女子同士。俺じゃあ思い付かなかった。

 リリはすごい勢いで目を泳がせていたが、途中で俺に視線を向けたかと思うと、また俯く。

 そして消え入りそうな小さな声で。

 

「......あの、じゃあ......お願いします......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 私たちは今、森からもっとも近い街に移動中だ。

 最初は普通に女の子1人で怖い目にあってあって大変だろう、と思って一緒に帰ることをリリちゃんに提案した。

 転移結晶を使ってもよかったんだけど、この距離で使うのももったいないしね。

 それに、私にも考えというものがあったりする。

 私の隣で顔を俯かせながら歩いているリリちゃんに声をかける。

 

「ねねっ、リリちゃん!」

 

「はい......?」

 

「私と友達になろうよ!」

 

「......へ?」

 

 私の申し出にキョトンとした顔になるリリちゃん。

 しまった、さすがにいきなりすぎた。

 私は軽く頭の中を整理して、一つずつ説明しながら言うことにする。

 

「ほら、この世界って女の子少なくて女友達とかって作りにくいでしょ? だからこういう機会は大事にしたいなぁって思ったんだ......けど、えーっと、どうかな?」

 

 私の言葉は後半尻すぼみしてしまう。

 そして私の申し出に今度は慌てながらも必死になにか言おうとするリリちゃん。

 ......こういうところ、私には全く無い女の子らしさだよね。

 髪も長くて綺麗だし、体も小さくてお人形さんみたいで。すごくか弱い感じで守ってあげたくなるというか、保護欲を掻き立てられるというか、そんな感じ。

 ......いいなぁ。

 私がそんな無い物ねだりを脳内でしていると、リリちゃんは少し落ち着いたらしく、少し体を震わせながら言ってくる。

 

「あの......その、私で、よければ......」

 

「ほんとっ!? よかったぁ」

 

 つい安堵の息をついてしまう。

 正直、すごく安心した。私もコウキ程ではないけど友達作りというのは下手だから。

 とりあえずヨウトのテンションを参考にしてやってみたけど......上手くいってよかった。

 私に新しい友達が......うはー♪ まずい、ちょっとテンション上がっちゃいそうかも!

 ちょっとその場で小躍り(ブレイクダンスぐらいの)をしたくなったけど、他にも目的があるからそれはなんとか堪える。

 じゃあ、次は......

 私は前を歩いているコウキに向かってサムズアップする。

 

「次はコウキだねっ。さぁ、レッツトライ!!」

 

「ふぇっ......!?」

 

「はぁぁぁあああっっ!?」

 

 ずっと黙って私たちの前を歩いてmobを倒してくれていたコウキだが、これだけは無視できなかったらしく声をあげた。

 あれ? 今一緒にリリちゃんの声も聞こえた気がしたけど、なんで?

 って、そりゃそっか。普通の女の子は急に男の子と友達になってみようなんて言われても混乱しちゃうか。うぅー、私の価値観のズレがまた一つ分かってしまった......

 謝ろうとリリちゃんを見るけど、すごく恥ずかしそうに下を向いているだけ。

 ......あれ? なんだろ、この違和感。

 

「おい、ミウ......」

 

「ん? なになにコウキ?」

 

 コウキが自分のそばまで来るようにジェスチャーしてくる。それに従って嬉々として移動する私。

 ......コウキにこうやって近づけるだけで嬉しい私は正直どうなんだろう? 最近の私はちょっと危なくなってきてる気がする。

 まぁ、私的にはそれはそれで嬉しいしいっか、と上がった問題はどこかへ放り投げて、私に聞こえる程度の声のコウキの話を聞く。

 

「ちょっ、ミウ無理だって......俺の人見知り忘れたの?」

 

「えっ? あれって他の理由誤魔化すための嘘とかじゃないの?」

 

「ひどっ!? 立派なマジもんですって!!」

 

 うーん、今回もダメか。

 多分コウキとしては何か言いたくないことと関係あるんだろうけど、コウキがそう言うんだったらそこで納得するしかない。

 ただ......隠し事されるのは別にいいんだけど、気分はよくない。

 なのでコウキの言い分を利用させてもらおうと思います。

 

「なら、その人見知りを治すためにもさ? それのせいでコウキ友達少ないんだし。名付けて......『コウキの友達を作ろう!』作戦!」

 

「そのままじゃん!! それに俺だって友達ぐらいいるよっ!!」

 

「例えば? あっ、サーシャさんの所の子供たちっていうのはなしね」

 

「......」

 

 まさかとは思ったけど、本当に黙りこんじゃったよ!!

 コウキがなんかこっちをすごい悲しそうな顔で見てくるし......

 ......はー、可愛いなぁ、頭撫でたーーごほん、まぁ、とにかく!

 

「だからこそ、友達を増やすって感じでね?」

 

「......ミウだって俺と似たようなもんじゃん」

 

 するとコウキが若干拗ねたような口調で返してくる。

 む、コウキ、私を舐めてるな。

 確かに私も友達作ったりするのは苦手な分野だけど、コウキほど苦手じゃないんだよ私は。

 私はウィンドウからフレンドリストをを出して、可視モードにしてコウキに見せる。

 

「はい、これ」

 

 私が出したウィンドウをコウキに見せると、2~3秒ほど見た後、コウキがその場になし崩れた。

 

「まさか、ミウにこんなに友達がいたなんて......っっ!!」

 

「なんか聞きようによってはすごい失礼な言葉だなー。まぁ、とにかくリリちゃんにも友達になってもらおうよ」

 

「いや、でも......」

 

 うーん、強情だなぁ。

 

「そもそも、コウキのその人見知りってどういう条件で起こるの? アルゴとかフィナさんとか、あと戦闘中も大丈夫だよね?」

 

「アルゴは取引相手、とかって感じだし、フィナさんはまだちょっと反応しちゃうけど......まぁ、お店の人だから。戦闘中はそんなこと言ってられないし、皆自分のこと考えてるからな」

 

 なるほど。

 確かにコウキは商売とか、そういうことが絡んだ相手には人見知りしない。リズの時もそうだった。戦闘中もそういう雰囲気はない。

 多分、そこに悪意だとか駆け引き、そんな思惑みたいなものが絡んでくるとコウキは大丈夫ってことかな? 戦闘中も、他人よりも自分、というような考えがコウキ的には大丈夫ってこと......なんだと思う。よく分からないけど。

 でも逆に言えば、完璧な善意のようなものを持った相手や、ただ仲良くなりたい、みたいな純粋な人には人見知りが出るってことになる。

 サーシャさんの場合は、子供たちに対する完璧な善意がコウキのセンサーに引っかかったのかな。

 不思議な線引きだなぁ。普通、悪意ある人とかの方が上手く関われなさそうだけど。少なくとも私はそうだ。

 ......あれ? そういえばなんで私の時はその人見知りが起こらなかったんだろう?

 別にコウキとは普通に仲良くなった気がするんだけど......

 ......実は私、結構腹黒キャラだったりするのかな?

 私がその謎に首を捻っていると、コウキはなにかブツブツ呟いて顔をあげる。

 

「リリ......さん!」

 

「は、はい!?」

 

 コウキが後ろにいるリリちゃんに向かって言う。

 おぉ! コウキがついに自ら友達作りを!!

 なんでさん付けなのかは気になるけど、ガンバレー! コウキー!

 

「その、よかったらなんだけど.......と、友達になってくれないか......?」

 

 言ったぁぁぁぁぁぁあああ!!

 普通に考えると友達になろうとして今の台詞は少しアレだけど(自分のことは棚上げ)、今までのコウキからしたらすごい進歩だ。

 それにこの考えには、ちゃんと勝算もある。

 リリちゃんはさっき、コウキに友達になるよう言ったときにすごく驚いてはいたけど、嫌がってる素振りは一切なかった。それなら友達になるぐらいはしてくれるんじゃないかと思う。

 私の勝手な考えにリリちゃんまで巻き込んでしまうのだから、その辺りはしっかりと考えている。

 もしもリリちゃんが本当に嫌がるようなら、その時はもちろん全力で謝る。何度でも。

 まぁ、それももしもの話で、さっきからリリちゃんのコウキに対する反応はかなり友好的だから大丈夫だと思う。

 これならリリちゃんも.......

 そう思ってリリちゃんを見ると。

 

「......」

 

 リリちゃんはただ黙っていた。

 それは嫌がっていて声もでないだとか、そういうことじゃなくて。むしろ、その逆。

 リリちゃんはコウキと目を合わせずにいるーー顔を赤くしながら。

 コウキの目線からじゃよく見えない、というより今は必死になりすぎて気付かないのかもしれないけど、私からの角度では見えてしまった。

 最初はただ恥ずかしがり屋で、コウキと目を合わすのが恥ずかしいだけだと思っていたけど。これじゃあ、まるで......

 突如私に襲ってきた不安なんて他所に、リリちゃんは本当に細々とした、可愛らしい声をだす。

 

「あの、えっと......わ、私の、方こそ、よろしくお願いします......っ!」

 

 この瞬間、私が前から考えていた、コウキにもっと友達がいればいいのに。コウキの良いところを他の人も知ってくれたらいいのに。そんな願いは叶えられた。

 もちろん、リズの時に思ったように、コウキの良いところを他の人に知られては、私だけが知っているコウキの良いところは少なくなってしまうけれど、それでもこれからがもっと楽しくなって、コウキが笑う場面が増えるのなら、そっちの方が良い、そう考えていた。

 でも、私は分かっていなかったんだ。

 誰かに、コウキの良いところを知ってもらう、という事の本質を。

 私が勝手に願って、勝手に行動して、それが叶った瞬間だったのに......

 私が今思っていることは最低な我儘。それが分かっていても......

 ひどく勝手な私は、その本質に気付いてしまって、言い表せない不安感で押し潰されそうだった。

 

 




はい、リリ登場回でした。

前半は現時点で可能な限り甘くしてみました。うぉぉ......遠慮なしにとことん甘い話が書けるのはいつになるんだ.....コウキくん、もっと頑張れよ!!

そして後半は少し影が射した感じに。これからはちょっと人間関係が色々面倒になりそうです(いい意味で)

さて次回は......掘り下げ?


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33話目 あなたの悩みはなんですか?

33話目です!

ミウ&ヨウト「突然始まる前書きコーナー!! イェイ!!」

コウキ「いきなりテンション高いなおい」

ミウ「えー、このコーナーは、最近ギャグに飢えている作者の突発的な、かつ勝手な思い付きで作られたコーナーです。CMぐらいに考えてくれてOKですっ」

ヨウト「作者も前書き書くの苦労してたらしいな」

コウキ「それなら書かなきゃいいのに......」

ヨウト「それはそれでスペースがあるのに勿体ない、って思ったんだと」

コウキ「なんて貧乏性......」

ミウ「はいっ。最近、中々出番がないヨウトを交えての小話以下の会話でしたー。本編どうぞ~」

ヨウト「最近ミウちゃんドSすぎないっ!?」


 SIDE Miu

 

「......」

 

 夜。どこを見渡してもプレイヤーどころかNPC1人さえ視界に入らない。

 それもそのはず。私が宿屋を出るときに時計を見たけど、午前2時だった。真夜中すぎる。

 こんな時間でも起きているプレイヤーも確かにいることはいるけど、そういう人たちは大概が攻略組とかで、レベリングのためにフィールドに出ているから、街中はどうしても静かになる。

 そして、どうして私がそんな時間に外を歩いているかというと。

 ......単純な話、ベットで横になっていてもまったく眠れないからだ。

 リリちゃんに会ってからずっと悶々としていても無理矢理寝ていたけど、今日は無理だった。

 つい、ため息をつきそうになるけど、直前で口を閉じてなんとか堪える。

 私は別に、リリちゃんのちゃんのことが嫌いな訳じゃない。いや、むしろ好きだ。大好きレベルだ。

 それに私とコウキ、二人に一気に友達ができたんだからため息なんかついたらバチが当たってしまう。

 でも、やっぱりリリちゃんのコウキに対する態度や雰囲気を思い出してしまって、結局鼻から息をつく。

 頭のなかで色々なことがグルグルグルグル回る。

 私の良い部分と、嫌な部分がグルグルグルグルと。

 こういうとき、天使と悪魔が反対方向へ自分を引っ張る図がよく使われたりするけど、そんなに簡単な状態じゃない。

 私の中には、2人どころか5人も10人もたくさんいて、その天使や悪魔たちが私を色んな方向から引っ張っている。そんな感じ。

 なんとなく、コウキのことが好きだって気づけなかった時の感覚に似ているけど、それとも違う。

 あの時も悶々とはしていたけど、こんな......自分のことが嫌になる感覚なんてなかった。

 今は、自分の嫌な部分が前面に出されていて、すごく嫌だ。

 リリちゃん、良い子だなぁ。もっと仲良くなりたいな......そう思っているのに。

 コウキと先に出会って、先に好きになって、長く一緒にいるのは私だもん......そう考えている自分がいる。

 ........................あーっ、もう!!

 私.......すごく嫌な人になってる。こんな自分ばっかりで......ホント嫌だ。

 こぶしを強く握る。嫌な自分を無理矢理にでも振り払うように。

 

「......あれ?」

 

 相当考え込んでいたのか、周りを見るといつの間にかずいぶんと遠くまで歩いてきてしまっていた。

 あ、まずい。見覚えはあるけどまだ覚えてない道だ。

 こういう場所に来てしまった時は99%道に迷う。経験則で分かる(残りの1%は奇跡の生還)

 コウキに連絡ーーはさすがに時間的にまずい。早速手詰まりになってしまった。

 ま、まぁ、今来た道を戻れば少なくともこれ以上分からない道には出ないはず!

 そんなことで迷子を止められるのならこの世に迷子なんて存在しない、そんなツッコミが一瞬浮かんだけど、大丈夫だよ、うん。

 そういうことで道を遡り始めて10分。

 ......うん、これはちょっとピンチかもしれない。

 もう心が折れかけていた。

 おかしいなぁ、道を遡りながらちゃんと街の地図も見て歩いてるのに、なんで知っている道に出ないんだろう?

 これで私が暗いのがダメなか弱い系女の子だったら本当にアウトだったかもしれない。よかったぁ、私、か弱くなくて......言ってて自分で傷付いた。

 そんな1人脳内コントが、笑いの神様かなにかの機嫌をよくしたのか、角を曲がると今日コウキと確認した場所に出た。街外れの公園だ。

 よかった、ここからなら宿屋まで帰れる!! と両手を上に上げそうになったけど、公園に誰かいるのが見えて咄嗟に止める。

 こんな真夜中に両手を上げて街を徘徊する不審者だと思われたくなかったのもあるけど、その『誰か』がよく知っている人物に見えたからだ。

 あれって......もしかしなくても、コウキ、だよね?

 こんな時間に何を......。そう思って声をかけようとしたけど、かけられなかった。

 その答えは、声をかけようと近づいたら分かったから。

 

「ふっ......はっ!!」

 

 コウキが右手に持った剣を振る。

 ......なにをしているか、なんて明白だった。それでも、私はつい息を飲んでしまった。

 コウキは派手に動き回る、なんてことはせずに、ただ一心不乱に同じ振りを、何度も何度も繰り返し行っていた。もしかしたら、型を決めて振っているのかもしれない。

 それから何度か振ったと思ったら、今度はまた違う振りを始める。一つ一つの動作を体に染み込ませるように。

 別に、コウキが行っているような自主練習は珍しいわけではない。私もコウキと朝会うよりも早くに部屋を出て、自主練習をしている。他のプレイヤーだってしていることだと思う。

 私が驚いたのは、現在時刻。

 今の時間は午前の2時。昨日の夜コウキと別れたのが10時だから、そこから4時間半ほど経過している。

 もちろん私と別れた直後からすぐにこの自主練習を始めたわけではないと思う(多分......)それでも、コウキの雰囲気から2時間ほどはもう行っているように見えた。

 じゃあコウキは、いつ寝ているというのか?

 このあとすぐにかえって寝る? あんなに集中しているコウキが今から帰るとは到底思えない。

 私と別れてすぐに寝た? それでもたかが2時間程度しか寝ることはできない。

 これが今日は私と同じで寝られなかったから、という理由なら分かるけど......コウキの動作からは今日初めて行ったような迷いは一切ない。毎日行っている証拠だ。

 私の視線の先では、コウキが剣を止めて、今度はイメージトレーニングをしているのか、何かを避けるように動きながら剣を振るい始めた。

 ......私は、『この世界』でのコウキのことは、誰よりも知っている自信があった。多分、それは事実ではあるんだと思う。

 それでも......私は、まだコウキのことを全然分かっていなかった。

 コウキにも覚悟があって、守りたいものがあってこうやって自分を磨いている。本当に、限界ギリギリまで。異常とも言えるラインまで。

 それも全ては、覚悟を貫き通すためには力が必要だから。

 ......本当に、すごいなぁ。コウキは。

 改めてそう思った。もう、そうとしか思えない。

 私は今のコウキの重みも一緒に背負いたいけど......これは多分、コウキから取ったらダメな重みだ。

 コウキが自分の覚悟のために頑張っているのに、私が介入してはいけない。水を差してはいけない。

 

「私も......こんなことじゃダメだ」

 

 コウキに比べて私はどうだろう? ......全然ダメだ。

 コウキは自分の弱点ーー嫌なところを正面から受け止めて、それを改善しようと努力しているのに。私はただ目を背けているだけ。

 こんなことじゃ、話にもならない。コウキと釣り合うなんて夢のまた夢だ。 

 私は、近くにあったベンチに座る。私からはコウキが見えるけど、コウキからは私が見えない位置にある。

 今のコウキを見ていれば、色々な想いが固まると思う。だからちょっとだけコウキの力を借りようと思ったんだ。

 ーーそれから1時間。私はコウキが頑張る姿を見た。私が帰ろうとしても、コウキはずっと剣を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「おおおおお、お、おはよう、ございますっ!!」

 

「お、おぉ......おはよ」

 

 ただいまの時刻は朝日もまだ低い位置にある午前6時半。俺とリリは互いに不馴れな挨拶を交わしていた。

 リリに友達になろうと宣言し、受けてもらったあの後。どうしてもお返しがしたいとリリが言っていたので、当初俺が考えていた通り晩御飯を奢ってもらうことになった。俺もミウも何度も断ったのだが、押しきられてしまった。リリは意外と押しが強いことが判明した瞬間でもあった。

 だが、そこでただ諦める俺とミウではない。

 してもらってばかりでは友達として悪い、と思い、俺たちに何かしてほしいことはないかとリリに聞いてみたところ。

 

『その......じゃ、じゃあ、これからも、会ってもらえませんか......?』

 

 と、妙に畏まって言ってきた。

 俺としては、友達って会うものじゃないのかと思って、それとなく言ってみたら、リリは顔を赤くして俯いてしまった。

 もしかしたら俺の友達価値観が間違っているのかと内心錯乱状態一歩手前だった。めっちゃ怖かった。

 それからリリは顔を俯かせていたが、しばらくすると。

 

『......あの、だったら、強くなる方法、を、教えてくれませんか?』

 

 確かに、またmobの群れに襲われるようなことがないとも限らない。リリが強くなりたいというのだったら反対するわけもなかった。

 ......まぁ? 俺も弱いけど? 人のこと言えないぐらいに......はぁ。

 そしてその後のいくつかの問答の結果、俺とミウの朝の鍛練にリリも参加、ということになった。

 さすがにいきなり圏外に出るというのもリリが厳しいし、それにミウも女友達と少しでも一緒にいられたらいいだろう、と思っての案だ。(リリ相手にも戦えて俺のためになるかも、なんて腹黒いことは考えてませんよー)

 だが、この案を俺が言ったときの、ミウの微妙な表情が妙に印象に残っていた。あれは、どういう表情だったのだろう?

 まぁ、そんなことが数日前にあって今日の朝。初めてリリが参加することになった朝の鍛練なのだが。

 ......珍しいな。ミウが朝遅刻するなんて。

 《策敵》スキルを探索モードにして、辺りを軽く確認するが、ミウはどこにも見当たらない。

 前にもミウが遅れる、ということがあったが、あの時はミウが厄介ごとに巻き込まれていたからだ

 さすがのミウもまた厄介ごとに巻き込まれてるなんてことは......ヤバイ。すごくありそうで困る。ミウってなんであんなに厄介ごととの遭遇率が高いんだろう? 主人公気質?

 とりあえず、昨日も何度かミウに宿屋からここまでの道を案内したから、また迷ってるということはないはず。

 俺が今すぐにでもミウが泊まっている宿屋ーー俺も隣に泊まったがーーまでの道のりを遡ろうかどうかを本気で悩んでいると、リリが声をかけてくる。

 

「あの......いつも、この時間から特訓しているんですよね......?」

 

「あぁ、一応8時半まで特訓してるけど......どうかしたのか?」

 

「あ、いえ......その、珍しいなぁ、って、思って。強い人になればなるほど、攻略にかかりっきり......っていう人の方が、多いじゃないですか」

 

「そのことか......」

 

 確かに、リリが言っていることはこの世界の常識とも言えることだ。

 強ければ強いほど攻略に出てレベリング、探索などを行ってより強くなっていく。それがこの世界のトッププレイヤーたちの流れだ。

 現にそうしているからキリトは最高レベルを保ち続け、強いのだろう。

 だが、俺とミウの考えは違った。

 俺たちはこの世界で生きていくのに最も必要なものはレベルではなく、強力な武器でもない、プレイヤー本人の実力だと考えたのだ。

 レベルを上げるためにフィールドに出ても実力がなければ少しの危機で死んでしまうし、強力な武器を入手できても上手く使えなければ宝の持ち腐れだ。

 極端な話、mob100体に囲まれるような状況に陥っても、それを圧倒できるほどの判断能力、対応能力、戦闘経験があれば安全に攻略できる。

 俺とミウはそんな考えのもとに毎朝特訓しているわけだ。

 何度も言うけど、それでも俺はまだ弱い。まだまだ力が足りない。

 そのことをリリに伝える。

 

「そ、それでもっ、私を助けてくれたときはすごくて、その......かっこよかったです......!」

 

 リリは出会ってから一番の声で、興奮ぎみに熱弁してくれた。

 俺がそれに対してたどたどしくも、ありがと、と笑って返すと、リリはまた俯いてしまったが。

 

「......ほ、本当のことですし......」

 

 と、小声で返してきた。

 う、うーん......なんかこうも素直に誉められることってあまり無いから、少し照れるというか、反応に困るというか。

 こういう場合、どう返すのが正しいのか......

 それに、今はなんとか平静を保って(?)いるが、体と内心は結構ピンチだったりする。体はガッチガチに固まっててヤバい。内心も緊張感やらでもう倒れそう。

 本当にどうしよう、と考えていると、偶然にも同じタイミングでまだ探索モードにしていた俺の《策敵》スキルの範囲内に誰かプレイヤーが入ってきた。

 

「ミウ?」

 

 俺たちが今いるのは、ミウと昨日確認した街外れの公園なので、他の誰かが来るというのは考えにくい。

 すると案の定、ミウが建物の角を曲がって公園に入ってきた。

 

「おはよー、ごめんね。朝寝坊しちゃったよ」

 

「おはよ、本当に珍しいな。ミウ朝強いのに。夜眠らなかったりしたのか?」

 

「......うーん、まぁ、ちょっとね。リリちゃんもおはよー」

 

「おはよう、ございます」

 

 ペコリ、とリリが頭を下げる。

 ミウはともかく、アルゴやフィナさんみたいな、ぶっとんだ同年代の女子しか知らなかったためか、リリのこういった律儀なところはすごく新鮮だ。

 ......あれ? 同年代なのか? あの2人ーーっ!? なんか急に寒気が......! しかも同時に2つメッセが来た......っ!?

 このメッセたちを開けるのは怖すぎたので、今は放置。後で開けるとしよう。具体的には1週間後ぐらい。

 なんか調子が崩されてしまったので、一度咳払いする。と、とにかく......

 

「じゃ、じゃあ、ミウも来たことだし、そろそろ始めるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー強い。

 模擬戦闘を始めて最初にリリに抱いた感想はそれだった。

 レベル、経験等など色々な要因があるので、さすがに俺も負けるようなことはなかったが、センスや実力だけで言えば、確かにソロでフィールドに出ていてもおかしくはない程のものだ。というか、ぶっちゃけ俺なんかよりも全然センスあると思う。

 リリとは先程まで俺が戦っていたのだが、その際でも何度かヒヤッとする場面があった。

 今は俺が休憩でミウとリリが戦っている。

 

「はっ!」

 

 リリの右手にある短剣が鋭い突きで襲いかかり、ミウはそれを剣を振るって弾く。

 さらにそこからリリの追撃が入るーーかと思いきや、リリはそれ以上の攻撃はすることなく、あっさりと後退して体勢を整える。

 リリの戦闘スタイルは基本的にヒットアンドアウェイのようだが、これがまた厄介だ。

 一度でもリリの攻撃に捕まると、終始リリのペースに乗せられて戦闘が行われてしまうからだ。

 しかも今のように後退するタイミングが独特で、これもまた流れを持っていかれる要因になる。

 俺はその攻撃に対して、リリの攻撃の癖を調べるために最初はとにかく守りに徹して、パターンが掴めたらカウンターを狙っていったけど......さて、ミウはどう対処するのか。あわよくばその対処法も参考にさせて頂きます。

 リリが再びミウに攻撃を仕掛ける。それを難なく的確に弾くミウ。

 ミウのあまりに正確な守りにリリも攻めあぐねているようだが、そこで攻め焦らずに変則的なヒットアンドアウェイを続けられるところは素直にすごいと思う。

 あれ、意外と精神力使う戦法だからなぁ。

 そして今まで通りミウから距離を取ろうと後退するリリ。

 

「っ、ここ!」

 

 ミウはそこで攻撃に転じた。

 離れていくリリに追随するように接近していったのだ。

 確かに、相手が離れていくのなら自分から近づいていけばいい。至極簡単な反撃方法だ。

 だが、その方法は良策とは言いにくい。

 もしもその反撃が失敗すると、先程も言ったように戦闘の流れを完全にリリに持っていかれてしまうからだ。

 それにミウが取った行動は、ヒットアンドアウェイに対する正攻法ともいえる方法。だから逆に言えば、リリほどの実力者ならその対処法も何度も経験済みだろう。故に、対策も万全なはずだ。

 ミウに追われるリリは、無駄のない動作で体勢をすぐに立て直し、近づいてくるミウに対してソードスキルで反撃しようとする。

 ミウは今、リリを追うためにもう動いてしまっている。つまり、リリからすればミウの動きは簡単に予測できてしまう。

 そしてライトエフェクトを帯びたリリの剣が、ミウを再び襲う。

 短剣単発スキル《アーク・ドロウ》。ただ横振りのソードスキルだが、それだけに発動までの時間と、攻撃速度はかなり速い部類だ。

 ミウの感覚からすれば、自分からソードスキルに向かって突進しているのだから、剣の動きはもう尋常じゃないぐらいに速く感じているだろう。

 ......だというのに。

 

「えっ!?」

 

 響いたのは、リリ(、、)の声。

 ......さすがミウ。あのタイミングのソードスキルを咄嗟に跳んで、かすらせもせずに完璧にかわす、か。

 剣の出を見てからでは間に合わないだろうに。それを実行して成功してしまう辺りが、ミウのおかしいところだと思う。

 そしてそのままリリも跳び越えて、リリの背後に着地するミウ。

 リリもすぐさま単発スキル特有の短いスキルディレイから抜け出して、背後に向かって短剣で斬りつけるが、それは悪手だ。

 背後に向かっての攻撃は横振りでしか行えない。ミウもそれが分かっているから膝を落として簡単にかわしてしまった。

 ......これは、さすがに決まったかな。ここから逆転を狙うには無理がある。

 後はそのまま俺の予想通り、ミウのソードスキル《スラント》がリリの体に吸い込まれるようにして叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリちゃん、大丈夫?」

 

「あ......はい。圏内のノックバックって......意外と強いんですね」

 

「確かに、慣れてないと大変かもな」

 

 所変わって街中の食事処。俺たちは先程までの訓練の話を交えながら、朝食を摂っていた。

 これも俺とミウの毎朝の恒例行事で、その日の訓練で見つけたお互いの直すべき点や注意点を言い合って、次に生かそうというのが狙いだ。

 今はミウとリリがお互いに気になったことを言っていて、(主にミウだけが言っているような気もするけど)時々俺が口を挟む感じだ。

 

「リリちゃん、なんだか鍔迫り合い避けてるイメージがあったんだけど......もしかして接近戦怖い?」

 

「そう......ですね。相手が人ならまだいいんですけど......フィールドだと......」

 

「あー、確かにmobだと見た目がちょっとアレなのも多いもんね。私も最初の頃はそういう感覚あったかも」

 

「今は、ないんですか......?」

 

「ないねー。人間意外と慣れるの早いよ?」

 

 ......そうだろうか? ミウって最初会った頃からどんなmobでも正面切って戦ってた気がするんだけど。俺が見た目的に引いてたmob相手でも迷いもせずに。

 そんな思いを水を飲むことで無理矢理抑え込みながら、俺は別のことを思い出していた。先程までの模擬戦闘のことだ。

 ミウとリリの戦闘が終わったあと、次は俺とミウが戦ったのだ。

 結果はいつものごとく俺の惨敗......いや、それはいつも通りだから別にいい(いや、よくねぇけど)。俺が気になったのは別のところだ。

 今日のミウとの模擬戦闘。妙にミウは余裕がなかった気がした。

 ミウは攻撃を寸止めような手心を加えるタイプではないけど......今日の攻撃はそれに輪をかけてかけて容赦がなかったような。

 もちろん俺からすればよりレベルの高い相手と戦えるわけだから文句なんてあるはずもないが......

 

「......?」

 

 ミウが俺の方を見て首を傾げてくる。しまった、表情に出てたかも。

 俺はミウから表情を隠すためにも自分の目の前にあるハンバーグにかぶり付く。おっ、これ旨い。お気に入り登録決定だな。

 ......そうだ、気になっていることといえばもう一つ。

 俺の目の前には、先ほど注文したハンバーグ定食が。ミウとリリの目の前には同じく注文したピザとサンドイッチがある。

 ミウはまたトマト目的でピザを注文したんだろうけど......リリはあれで足りるかな? サンドイッチ二切れしかないし。

 こういうことは聞いてみてもいいのなんだろうか? でも、あまり詮索するのも悪い気がするし......

 

「リリちゃんそれだけしか食べないの? お腹空かない?」

 

「私、朝はあまり食べないので......」

 

 とか俺が迷っている間にミウが聞いてました。うーん、友達との距離感って難しい......

 そんな俺を見て、小さくため息をついているミウがいたが、それについて聞くタイミングは食事中には回ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は特に何をするでもなく、たどたどしくもなんとかリリとの会話をこなし、朝食を食べ終わったらリリと別れた。

 その際には「明日も、よろしくお願いします.......っ!」と、律儀にも頭まで下げて言ってきた。本当に真面目な子だと思う。

 しかも俺が軽く返事をしただけーーといっても、つっかえながらだったがーーですごく嬉しそうにするし......なんというか、とにかく俺には勿体ない友達、だと思う。

 これは俺ももっと正しい距離感を掴むために努力しなければ、そう心に誓いながら俺はミウとフィールドを歩く。現在はミウと前線攻略中である。

 現在の最前線、27層の《フェイン平原》。

 この草原は第1層の草原を彷彿とさせる作りになっているが、さすがは最前線。出てくるmobのレベルは中々に高い。

 だが、最もポップするのは虎のような姿のmobなのだが、あまり群れでは行動しないらしく常に二対一で戦うことができるのでそこまで怖くはない。

 ポップすれば、小回りのきくミウがタゲを取り、隙を見て俺が一撃入れて倒す。今まで通りの戦法ではあるのだが、この戦法がここまで上手くハマる相手も中々いない。

 そして今回もそのパターン通り、通算10体目のmobを倒したところで、ミウが大きく伸びをする。

 

「天気は良いし、草原は穏やかだしで眠くなってくるね」

 

「そんなこと言ってんなよー。mobがそこまで強くはないっていっても、最前線なんだから何が起きるか分からないだろ?」

 

 そーなんだけどねー。限界まで伸びをした後、一気に腕を下ろすミウ。何あれ気持ち良さそう。

 でも確かに、この風景は眠くなってくるかもしれない。

 辺りどこを見渡しても、緑、緑、緑。全て草原だ。

 緑色は目に良いわ、変化のない風景だわで、ここがmobの出ない場所なら俺も眠くなっていたかもしれない。

 北海道の牧場ってこんな感じなんだろうか? こう、口笛がなんで遠くまで聞こえるのか、みたいな。草原に寝転がってゴロゴロ転がれる、みたいな。

 

「......コウキは最近眠れてる?」

 

 ここでゴロゴロしたら一気に襲われそうだけどなー。そう自分にツッコんでいると、ミウからそんな質問が飛んできた。

 なぜか妙にジロジロ見られている気がする。

 

「眠れてるけど......なんで? もしかしてミウは眠れてないのか?」

 

「ううん、そういう訳じゃないけど......」

 

 言いながらもミウはまだ俺を、というより、俺の顔を観察してくる。ジーーーーー。

 実は俺の顔に何か付いていて、それを言外に伝えようとしてくれているのかと思って顔に触れるが、特に何も付いていなかった。

 そのままミウとの謎のにらめっこのようなものを続けること数秒。先に視線を逸らしたのはミウだった。

 

「......本当、いつ寝てるんだろう......?

 

「は?」

 

「なんでもないでーす......じゃあ、話は変わるけど、リリちゃんとはどう?」

 

「本当に話一気に変わったな......」

 

 答えつつ、俺は先ほどまでのリリとの会話や、最近のリリとの関わり方を思い出す。

 ......確かにまだ緊張が取れるようなことはないが。

 

「もっと友達として頑張ろう、って思うぐらいには大丈夫だと思う」

 

 それが今の俺の本心だ。まだ苦手意識が抜けきった訳ではないが、このままではダメなことは俺も分かっている。

 俺のリハビリ......という考えがないとは言わないが、それを抜きにしてもリリとはちゃんとした友達になりたいと考えている。

 ミウは俺の答えに、そっか、と返してくる。

 

「よかった。私が無理に進めた手前、2人には上手くいってほしいしね」

 

 たはは。と少し困ったように笑うミウ。

 その表情には、確かに自分が無理に話を進めたことに対する罪悪感もあると思うのだが、それプラス他にも何か懸念があるような感じが含まれていた。

 やはり、今日のミウはおかしい。

 

「ミウ、何か悩みがあるのなら言えよ?」

 

 ミウにそんな顔をされれば、一も二もなく大丈夫かと聞くのが俺流だ。いや、そうなった、が正しいのか。

 ミウだって俺に聞いてほしくてわざとそんな表情をしているわけではないのは分かる。もしかしたら踏み込んでほしくないことかもしれない。

 だが、ミウとは正面からぶつかっていく。それだけはもう二度と、絶対に破ってはならないのだ。

 そんな思いを込めた俺の問いにミウは。

 

「......ははは。そんなに真っ直ぐに私に聞けるのなら、リリちゃんにも聞けばよかったのに」

 

 返ってきたのは、再びミウの苦笑いだった。

 今度は呆れ100%だが。

 

「えっ、あれ? なんか俺変なこと聞いた? ていうかなんでリリ?」

 

「ううん。変じゃないんだけどね。あとリリちゃんのことはアレだよ。さっきコウキが何か聞こうと思って聞かなかったやつ」

 

 さっきと言うと......あー、ご飯食べてる時のことか。

 確かにそんなこともあったけど......

 

「友達だって同じだと思うよ? ぶつからなきゃ相手のことなんて分からないんだから。リリちゃんにも聞いてみればいいんだよっ」

 

「あっ、そっか......」

 

 そうだ。相手の顔色ばかり窺っていたらダメなのは、なにもミウ相手に限ったことじゃない。

 いや、それどころか知り合ったばかりで分からない相手だからこそ、それはより顕著になるはずだ。

 少し考えれば分かるはずなのに、そんな簡単なことも分からなくなってしまっていた。

 ......俺、こういうことに関しては本当にダメなんだな。

 自覚していたつもりだったが、まだまだ足りなかったらしい。

 

「そうだな、うん。ミウありがとな」

 

「いえいえ、これも作戦の一環ですよ」

 

 あの『コウキの友達を作ろう!』作戦、本気だったんだ......

 キラーンとなにか擬音のようなものが聞こえてきそうなミウの笑み。

 だが、それにもすぐに陰が差してしまう。

 

「悩み......うん。確かにこれは悩みかもだね」

 

 俺に話す、というよりはどちらかというと自分に対して語りかけ、それに答えている感じだ。

 それからミウはうんうんと何度か唸ったり頷いたりすると、にぱーっといつもの笑顔に戻った。

 

「でも、コウキには教えてあげなーい」

 

「えぇ!? ここまで来て!?」

 

「というより、教えちゃったら悩みが悪化しそうだからね」

 

 悪化って......俺ってそんなに頼りないのか......?

 確かに頼り甲斐があるかないかと聞かれれば断然ノーだと自分でも思うのだが、それでもミウに言われるとさすがにショックだ。たたでさえない自信が限界突破してさらに減ってしまいそうだ。

 ミウの反応からしてそんなに深刻そうじゃないけど......

 でも、どうなんだろう? ミウって変なところで我慢強いというか、頑固者っていうか、とにかく溜め込みやすいからなぁ。

 無理してなければいいけど......

 

「よく分からないけど、辛くなったら言えよ? 力になれるかは別にして、いつでも相談に乗るから」

 

「うん! ありがとっ!!」

 

 ミウの十八番である、全力の笑顔が返ってくる。

 俺は、ミウと正面からぶつかると決めた。ケンカをしてでも互いの意見をちゃんとぶつけようと。

 だが、それはミウに無理強いをしたい、ということではない。

 ゆっくりでも良いから、ミウのことを知っていきたいのだ。

 ミウと初めて会った頃のような問題の先送りではなく、少しずつでも分かっていく。それが俺が新しく取った道だ。

 これもれっきとした、ミウとのぶつかり方の一つだと思うから。

 

 

 

 

「......いつかきっと言うから。待っててね、コウキ」

 

 

 

 




はい、掘り下げ&ミウさん悩み回でした。

......タイトルの安直さ(今さら)といい、前書きの内容といい、最近私の頭がおかしな方向に走り出している気がして怖いです。
でも、後悔はしてない。

いやー、でも個人的にはこういう人間臭さがでているミウさんはすごく好きですね。恋愛も出来ていますし(出来てるよね?

次回は......まだ恋愛スポットで。


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34話目 薄幸少女の慣れない日常

34話目です!!

コウキ「なぁ、リリ」

リリ「あ、はい! なんでしょう......?」

コウキ「リリのプレイヤーネームって『Lily』なんだよな?」

リリ「? ......はい」

コウキ「だったら名前はリリィになるんじゃないか?」

リリ「あぁ......それは、ですね......」

コウキ「?」

リリ「その、リリ、の方が可愛いかなぁって、その......あう」

コウキ「あー、なるほど? まぁ、でも実際合ってるから良いんじゃないか?」

リリ「っ! あ、ありがとうございます!!」

コウキ「お、おう......」

リリ「......」

コウキ「......と、とにかく! 今回はそんなリリのイラストが届いてるぞ! よかったな!」

リリ「ふぇっ!? え、あの、聞いてないですよコウキさーん!! ......あ、それと、ほ、本編どうぞっ!!」



【挿絵表示】



 SIDE Lily

 

 ーーこの人は、何を考えているんだろう?

 私がコウキさんの友人であるミウさんに対して、最初に抱いた感想はその一言に尽きる。

 少し失礼な考えだとは自分でも自覚しているけれど、それでも仕方がないことだと思う。だって初対面での最初の会話が「友達になろうよ!」だなんて中々にないことだと思う。

 それだけならまだしも、その次はコウキさんにも私と友達になるよう言い出してたし。(すごく感謝してるけど。うん、これ以上ないくらいに)

 すごく他人との距離が近い人なのかと思えば、ふとした瞬間にどこか大人びて見える不思議な人。

 自慢できるほど交遊関係が広いわけでは決してない私だけれど。それでもミウさんが色んな意味で変わっていることだけは分かった。

 そしてその考えは、今この瞬間に確信へと変わりつつあった。

 

「ねぇねぇリリちゃん、この服すごく可愛いよっ! 着てみようよ!」

 

 そう言ってミウさんが私につき出してきたのは......なんでこのチョイスなのかチャイナ服と思われるもの(思われる、というのは細部が微妙に違うから)

 ミウさんにバレないように表情を窺うけど、ミウさんが浮かべているのは、やっぱりいつも通りの笑顔。

 それは太陽のように眩しくて、とてもじゃないけど私なんかじゃ足元にも及ばないほどに綺麗なものだ。

 だからこそ、余計に思ってしまう

 ......本当にこの人は、何を考えているのだろう?

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は1時間ほど前に遡って、攻略帰りの夜

 私の無理な要望を叶えてくれた2人のお陰で、最近はたまにだけどコウキさんたちとも一緒に攻略に出られるようになった。

 もちろん、前線の攻略に私も参加、なんてことはまだまだ無理。でも簡単なクエストとか下の層に降りて来るようなときは私でもついていけるようになってきた。

 それでも、私なんかがいて邪魔ではないか? と不安になることもある。2人からすれば、私がいない方が攻略を効率的に、無駄なく進められるはずだからだ。どうしても私の勝手でついて回るのは罪悪感があった。

 でも2人に聞いても、そんなことはない、と否定してくれた。

 ミウさんは、基本的に嘘はつかない人のようで、嘘をついていないとはっきり分かった。

 コウキさんは、そういったことに、なんというか、容赦がない人だ。私が邪魔なときは、はっきりとそう言って攻略には連れてかない。

 でもそれは、私のことを思ってのことだと気づくのには時間はいらなかった。コウキさんは、嘘は上手だけど人を思いやるのが極端に下手だから。

 そんな2人の優しさに感謝しつつ、私ももっと頑張ろうと意気込みを新たにしてた時にあった、ミウさんからの提案が物事の始まりだった。

 

「買い物......ですか?」

 

「うんっ! 今日は少し早く終わったから夕食前にどうかなって」

 

「えと、武器とかを、見て回る......ということですか?」

 

「違う違う。普通に服とかを、だよ。さすがに私でも攻略から帰ってきてまで武器買いに行ったりはしたくないよはしたくないよ」

 

 他の攻略組プレイヤーはそうなんじゃ?

 と、喉元の寸前まで言葉が出かけたけど、その聞き返しは先が長くなりそうだったので止める。代わりに苦笑いで返した。

 ふと隣を見るとコウキさんも全く同じ反応をしていた。

 そのことに気がついて、胸の中心がほんのりと暖かくなる。

 こういった、ちょっとしたことでコウキさんさんと考えや動きがシンクロした時、気分がすごく高揚することに気がついたのは、つい最近のこと。

 ーーコウキさん。

 私がmobに襲われて、死んでしまいそう(ゲームオーバー)になってしまいそうになった時に、まさしくヒーローのように颯爽と助けに現れてくれた人。

 いつも周りがすごく見えていて、物腰が柔らかくて、たまに見せる笑顔が普段の固い表情と違って子供のようで。

 なによりーーとても優しい人。

 そんな自分の憧れの人と考えが一致したんだ。表情が緩んでしまっても仕方がないと思う。うん、仕方がない。

 でも、私が急に黙りこんだことを返答に窮していると思ってくれたのか、私の代わりにコウキさんがミウさんに返す。

 

「でも服ってさ、そんなに防具以外着ることないだろ?」

 

「コウキは分かってないなー。可愛い服っていうのは、見て回るだけでも面白いんだよ?」

 

「えーっと、ウィンドウショッピングってやつだっけ?」

 

「うん、大体そんな感じかな。この前街歩いてたらすごくいい雰囲気のお店見つけたからどうかなって」

 

 いいお店......

 そのキーワードに意識がいく。

 どれだけ自分に自信がなくても、人見知りが激しくても、やっぱり私も女の子ではある。いい雰囲気のお店、しかも服屋ともなればどうしても興味が湧いてしまう。

 前に見たミウさんの私服、すごくセンスがよかったし、外れということも考えにくい。

 しかもこの世界は戦うことを前提に成り立っているから、そういったお店はレアアイテム並みに希少だ。行かない手はないと思う......それに。

 無意識のうちに、でもバレないようにコウキさんの顔を見てしまう。そんな自分に気づいてすぐに視線を元の位置に戻す。

 ーーそれに、やっぱり、コウキさんにも可愛く見てもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして話は冒頭に戻る。

 お店に入って数分でミウさんによって私の前に広げられたチャイナ服(露出過度)。それを目の前にして一瞬思考が停止しかけてしまったけど、なんとか口を開く。

 

「あの......どうして最初が、『それ』なんですか......?」

 

「......? 可愛いと思ったから?」

 

「はぁ......」

 

 どうしよう、会話は噛み合っているんだけど、発想の次元がビックリするぐらいに違う気がする。

 確かに、ミウさんが持っているチャイナ服は、可愛いか可愛くないかで考えたら、前者だと思う。

 でも、だからといってそれを試着してみたいかと聞かれれば、申し訳ないけど願い下げたい。

 ミウさんが言っていたお店は、壁が大理石のような作りで、どちらかと言えばリアル寄りな作りになっている。落ち着いている雰囲気が出ているので、確かにこれはいいお店の部類だと思う。

 しかも品揃えも種類も豊富で、買い手も欲しい服がありすぎて困る、ということはあっても欲しい服がなくて困る、という心配はなさそう。

 ......まぁ、だからこそ、ミウさんが持っているような謎の服も出てきてしまうのだけれど。

 

「あの、ミウさん。こういう服って、その......私あまり似合わないと思うんですけど......私、スタイル、良くないですし......」

 

「えー、そうかな? リリちゃんウェスト細いし、似合うと思うんだけどなー。コウキはどう思う?」

 

 コウキさん!!

 ミウさんの呼び掛けに反応して、コウキさんの顔をどうしても見てしまう。

 確かに、この服は恥ずかしいけど、もしもコウキさんが似合ってるって言うなら......

 でも、そんな言葉私に向けられるわけもないし......

 そんな色々な思いを込めた視線を向けた先にいるコウキさんの返答は。

 

 

 

「えっと......まぁ、言いたいことは色々あるけどさ。とりあえず、この世界でも珍しい女性服(、、、)しか売ってないこの店に俺を入れるのは勘弁してください。視線が辛いです」

 

 

 

 軽く涙目なコウキさんから返ってきたのは、そんな当然とも言えるような言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい......っ!」

 

「いや、まぁ......リリがそんなに気にすることじゃないって」

 

 ミウさんが試着室で着替えている間、私はひたすらコウキさんに頭を下げて謝っていた。

 結論から言うと、コウキさんの申し出はミウさんに却下された。

 ミウさんが「やっぱりコウーー男の子の意見も欲しいからここにいて!」と言ってコウキさんを引き留めたからだ。ミウさんの決定にコウキさんも半泣き......というかもうほとんど泣いてた。

 やっぱりこのお店の中にコウキさんがいるのは精神的に厳しいものがあるんだと思う。美味しいって噂のラーメン屋に女の子だけじゃ入りづらいのと同じ感覚なんだろう。

 だったら無理せずに外で待っていてもらった方がいいと思う......んだけど、外でただ待ってもらうっていうのもなんだか悪いし、それに、さっきも言ったけど私もコウキさんに意見をもらいたい。

 でもやっぱりコウキさんにとってはただ辛いだけなんじゃ......

 そう思うと、私はとにかく謝ることしかできなかった。

 私がなおも謝り続けてると、閃いた! とばかりにコウキさんが人差し指を上に立てて言う。

 

「ほら、あれだよ! 確かにここにいるのは少し辛いけどさ? 2人の姿を拝ませてもらえるんだから役得なんじゃないか?」

 

「......へっ!?」

 

 思わず大きな声が出てしまう。

 きっとコウキさんはずっと謝っている私を励ましたり、慰める程度の気持ちで言ったんだと思うけど、私からすればこれ以上ないぐらいの一大事に発展してしまった。

 今のコウキさんの言葉は、深い意味なんて特なくて、100%の善意によるものだと分かっていても、私はある淡い期待をしてしまう。

 普段ならそんな期待は私の固くて重い口に塞がれて、言葉として発されることはないのに、今回は自然と口が言葉を紡いでしまった。

 

「あの、それはその......私の着替えた姿も、み、見たいってこと......ですか?」

 

 自分の欲望に負けて、たどたどしくもコウキさんに聞いてしまう私。

 でも、これは私にとって死活問題だ。

 ミウさんは可愛さも綺麗さも兼ね備えた、私から見たら完璧超人に近いような人。

 そんな人といつも一緒にいるんだから、コウキさんが見たいのは私なんかじゃなくて、ミウさんが着替えた姿だと思う。

 でも、もし、もしもコウキさんが私の着替えた姿も見たいと言ってくれるのなら......

 私は少し怖くなりながらもコウキさんを見るが、コウキさんはまた困ったように笑っているだけだ。

 

「いやいやいや、それは言葉のあやというか、俺はそんな女子を観察するような変態じゃないというか」

 

「......そう、ですよね。やっぱり私なんて汚いものを見ても、得なんてないですし......」

 

「え? ......いや、むしろ美人だと思うけどなぁ」

 

 ........................ふぇっっっ!!??

 今、私の人生のなかでも1、2を争うほどのあり得ない言葉を聞いた気がした。

 目の前で「あれ? こういうことって友達には言っちゃダメだったのか......?」とかコウキさんが1人唸ってたけど、それどころではない。

 コウキさんが、私を美人って......? いやいや、そんなまさか。きっと何かの言い間違いだと思う。

 だって、私にコウキさんが美人って言うなんて、そんなの、男の子は女の子の服を、女の子は男の子の服を着て生活しろ、という条例が敷かれるぐらいありえない。うん、なんだろうこの例え。ちょっと錯乱してきた。

 万が一、コウキさんが本当に言ってくれたとしたら、それは社交辞令かなにかだ。それ以外ありえない。

 私はもう目が回り出しそうなほど混乱しながらも、ある願望が湧いてきてしまった。

 それってどういうことですか? とコウキさんに聞きたくなってしまった。

 なんとか堪えようとしているのに、さっきから妙に軽くなってしまっている私の口は言葉を紡ごうとする。

 99%は有り得ないと分かりつつ、残りの1%は......微かな期待を込めて。

 コウキさんに聞こうとした瞬間、同じタイミングで、シャッと試着室のカーテンが勢いよく開いた。

 

「じゃじゃーん! 着替えてみました!!」

 

「おぉ......」

 

 思わず、といった風に声を漏らすコウキさん。私もカーテンが開いた瞬間に口を閉じていなければ声を漏らしていたと思う。

 それほどにミウさんの服装は似合っていた。なにもこんなタイミングで出てこなくても、とかそんな私の考えを吹き飛ばすほどに。

 少しオレンジがかった無地のインナーの上にデニム生地のベスト、下はミニスカート。ミウさんの活発そうなイメージがそのまま生きている服装だと思う。

 こういう、格好がいい服ってスタイルいい人しか似合わないからすごく羨ましい。ミウさんの腰細くて足スラーっとしてるし。

 きっと私がああいうタイプの服を着ても、頑張って背伸びしている子供の図が完成するだけだ。

 

「うん、ミウのイメージに合ってるし、良いんじゃないか?」

 

 私の感想とほぼ同じ感想をコウキさんが言ってくれたので私も続いて頷く。

 でも、ミウさんは私たちの反応では納得できなかったようで、唇を尖らせる。

 

「コウキ、毎回同じ感想だよね? なにか定型文作ってない?」

 

「いや、そんなことないと思うけど......俺、そんなに言ってること被ってる?」

 

「前回は『ミウの雰囲気に合ってる』、その前は『ミウっぽくていい』、そのさらに前はーー」

 

「ごめんなさいこれからはもっと頭を働かせます」

 

 これでもかというほどの勢いで腰を折るコウキさんを他所に、ミウさんを見る。

 感想、全部覚えてるんだ......

 口ではコウキさんにダメ出ししているミウさんだけど、それに反して口許がすごく緩んでいる。なんだかんだ言って嬉しかったのかもしれない。

 前から思っていたけど、ミウさんってやっぱり、というか絶対にコウキさんのこと......

 

「今度からは気を付けてね。さ、次はリリちゃん!」

 

「えっ、あの、やっぱり私も着替えるんですか......?」

 

 当然ですとも! とミウさんは言い切ると、自分は試着室から出て、そのまま私を試着室に押し込んでしまう。

 試着室の中は、外から見るよりも意外と空間が広く、着替えるのに手惑うということはなさそう。

 しかも試着室を出なくてもいいように作られているのか、壁には2段の棚が設けられていて服が置けるようになっている......なぜか下の段にはチャイナ服もどきが置いてあったけど。

 そして外からカーテンが閉められる。

 

「あの、私まだ服選んでないんですけど......!」

 

「大丈夫大丈夫。リリちゃんに似合いそうな服色々中に入れるし、それにリリちゃん、気になってる服を目で追ってたから大体分かるしね」

 

 ......この人は、本当に何から何まで規格外な人だなぁ。

 確かにミウさんが服を選んでいる間、私も気になる服を少し見てはいたけど、まさかバレていたなんて。というか、目線ってそんなに分かるものなのだろうか?

 ミウさんが「ちょっと待っててね」と声をかけてくると、続いて段々と遠ざかっていく足音が聞こえた。

 ミウさん、試着したまま行っちゃったけど、いいのかな......?

 

「えっと......ごめんな?」

 

「い、いえ......謝ってもらうことでもないですし」

 

「あー、いや、それだけじゃなくてさ。うーん......」

 

 コウキさんが何か言い悩むような雰囲気がカーテンの向こうから伝わってくる。

 

「えーっとだな。ミウ、今日テンション高く感じなかったか?」

 

「......言われてみると、そうだったかもです」

 

「だよな、なんかミウって自分が可愛い服とかを着ることに思うところがあるらしくてさ」

 

「え......? でも」

 

「うん。最近はそこまで気にしなくなってきたらしいんだ。理由は......まぁ、省くとして。それでも完全に気にしなくなった訳じゃないと思う。だから無理矢理テンション上げてた......んだと思う。だからあまり悪く思わないでくれないか?」

 

「......分かり、ました」

 

 私が言うと、カーテンの向こうから今度は息をつくような雰囲気が伝わってきた。

 本当は、また「私の方こそごめんなさい」とか、「私は全然気にしていません」とか言うつもりだった。

 でも、今のコウキさんは私が今言ったような言葉を待っているような気がした。

 ミウさんのことをまるで自分のことのように、いや、それ以上に大事にしているのが伝わってきて、それが少し悔しい。

 多分、それが今回の私の行動原理になったんだと思う。

 

「あの、コウキさん」

 

「ん、どうした?」

 

「あの......いえ、その......」

 

 聞くかどうか迷う。

 こういう時、ミウさんのような行動力がすごく羨ましくなる。

 私はいつもいつも、何をすればいいのか、それは本当に正しいのか、誰にも迷惑はかけないのか、という判断が遅いし、決めるのだって色々理由をつけて先延ばしにしようとする。

 さっきだって、私がおどおどしていたせいでコウキさんに聞くより先にミウさんが来ちゃったし......

 ......今度こそは。

 

「......コウキさんも、さっきのチャイナ服みたいなのって......好きなんですか?」

 

「...... えーっと、俺ってリリからもそういう人認定されてるの?」

 

「へっ!? いや、そういう訳じゃないですっ! ただ......!」

 

「ただ?」

 

「ただ、あの、コウキさんの好みをーーなんてことは、ないです。ただ、コウキさんなら、こういうのも......好きなんだろうなって......」

 

「俺のキャラ設定が誤認されているだとっっ!?」

 

 あーもー!! そうじゃないのに!!

 なんで、私ってこうなの......

 ただ、コウキさんの好みを知りたいだけなのに......2回も同じことを聞けないなんて......私のバカ。

 知りたいけど、もう同じことは聞けないし......

 うぅ......もうこうなったら。

 シャッとカーテンを開き、ミウさんがまだ帰ってこないことを確認する。

 そして素早く試着室に戻り棚に置いてあった例の服ーーチャイナ服もどきを掴み取る。

 

「えっ......リリ、どうした?」

 

 うぅ......やっぱりこの服、露出多すぎるよ......なんでこんなに切れ込み入ってるの......?

 それに丈が膝よりも上ぐらいまでしかなくて妙に短いし......この服、何を目的に作られてるのか分からないよ......

 でも、この服を着てコウキさんが喜んでくれたら嬉しいし、コウキさんの好みも分かるかもしれない。それに服を今さら戻しに行くのも変だし......

 

「おーい?」

 

 私は少し震えながらもウィンドウを操作してチャイナ服もどきに着替える。

 そして一応確認しようと試着室の中の姿見を見ーーたら決意が鈍っちゃいそうだから止めておく。

 私はいつもロングスカートかズボンしか私服でもはかないから、ここまで丈の短い服を着ると、なんというか、太ももとかがスースーしてひどく落ち着かない。

 

「大丈夫か~?」

 

 うー、でも。

 

「......コウキさん、私覚悟を決めました」

 

「え? なんか俺の知らないうちにシリアス展開になってる......」

 

「頑張ったので見てください!!」

 

「なんで試着でそこまでの心意気!?」

 

 もうこれ以上迷ってたら決心がぐらついてしまう。

 そう思った私は再びカーテンに手をかけて勢いよく開ーーこうと思ったけど、なぜかカーテンはびくともしなかった。

 

「リリ、一旦落ち着こう!?」

 

「大丈夫です! 私は、考えに考えた末にこの行動に出ているんですから!!」

 

「なんか今のリリからはからはヤバイ感じがするんだって!! 具体的には誤爆の雰囲気っ!!」

 

 どうやらカーテンが開かないのは、向こう側でコウキさんがカーテンの縁を押さえているせいみたいだ。

 なんで......!

 

「......確かに、コウキさんは私の着替えた姿なんて見たくないかもしれないですけど、それでも私は......っ」

 

「オーケー!! なんとなく今のリリが錯乱していることと、どんな格好でいるのかは分かった!! とりあえず一回自分の格好を見直して!!」

 

 ふぇ......? 自分の格好......?

 とりあえずコウキさんに言われた通りに背後にある大きな姿見を見る。

 そこに立っていたのは......なんというか、一言で表現するのならすごく蠱惑的というか、はいたないというか......有り体に言えばエッチな格好をしている私だった。

 っっっ!!!!????

 そうだ、思い出した! こんな格好してるからさっき鏡見なかったんだ!!

 私、なんて格好を......!

 ここが自分しかいない部屋の中ならゴロゴロ転がり回りたいところだけど、お店の中、しかもカーテン一枚の向こうにはコウキさんもいるのでそんなことをできるはずもなく。

 

「落ち着いてもらえた?」

 

「.........................はい」

 

 いくら混乱してたからって、これはさすがに......

 まだ誰にも見られていなかったとはいえ、これ以上ないぐらいに恥ずかしさが込み上げてくる。

 それにこんな状態でコウキさんと会話して、あまつさえ迷惑までかけてるし......もう、いっそのこと消えたい......

 あまりの自分のバカさ加減に涙が出そうになる。

 

「その、すいませんでした......」

 

「あー、うん。気にするなよ? ミウもそういうことよくあるし」

 

「......そうなんですか?」

 

「あぁ、この前も自分で言ったことに自分で恥ずかしがってたしな」

 

「......そんなこと言ってたら、また怒られちゃいますよ?」

 

「げっ......今の内緒にしといてくれな?」

 

「ふふっ」

 

「ははっ」

 

 さっきまで気分が沈んでいたというのに、コウキさんと話して、少し励ましてもらっただけでこんなに気分が向上するんだから、私もすごく現金だと思う。

 他人から見れば、こんなに小さなこと。

 でも、私にとってはとても大きな幸せ。

 コウキさんと話しているときは、いつもこう。

 普段は自己否定気味な私だけど、コウキさんが誉めてくれたり、慰めてくれた時は、それ以上に自分を肯定できる。

 ここが、私の好きな場所なんだって強く実感できる。

 ーーあぁ。

 

「コウキさん」

 

「ん?」

 

「私、やっぱりーー」

 

 やっぱり、コウキさんのことーー

 

 

 

「......コウキ、試着室のカーテン握り締めて何してるの?」

 

 

 

「えっ、ミウ!?」

 

「ミウさん!?」

 

 気づかなかったけど、いつの間にかカーテンの向こうにはミウさんが戻ってきたみたい。

 ......危なかった。今日の私は少し暴走しすぎだ。さっき落ち着いたばかりなのに......

 それにしてもコウキさん、まだカーテン握ってたんだ......

 カーテンの向こうで必死にミウさんに弁明しているコウキさんの声が聞こえてくる。

 

「あの、ミウさん。これには訳がありまして......」

 

「うん? なに?」

 

「実はかくかくしかじかで......」

 

 コウキさんが、私が混乱➡私を落ち着かせるためにカーテンを押さえると説明する。

 

「なるほど~......ね、コウキ?」

 

「えっと、なんでしょう? というかそのそれだけでmobの大量討伐ができそうな視線を納めてもらえませんか?」

 

「ん~?」

 

「ごめんなさい」

 

 あれ? コウキさん今なにか言われた訳じゃないの謝ってる......

 ミウさんが細く息をはくのが聞こえる。

 

「まず、コウキも嫌だったのに無理矢理残ってもらったのはごめんね? ちょっと私も回り見えなくなってて......」

 

「え、あ、いやいや! ミウもなんか思うところがあったみたいだし、仕方ないって!」

 

「うん......コウキ、ありがとね」

 

「ミウ......」

 

 カーテンの向こうになにやらいい雰囲気が流れる。

 

「......それを踏まえた上で、今回の件だけどね?」

 

「ですよねー?」

 

「もう説得し終わったなら、その手、離してもいいはずだよね?」

 

「......あ」

 

「コウキ、目立ちたくないのならあんなに大声出しちゃダメだよね? まぁ、これは私も悪いんだけど」

 

「はい.......」

 

 ......なんだろう、カーテンの向こうですごいことが起こってる気がする。

 

「それにーー」

 

「......それに?」

 

「そんな状態で笑ってたら、誰だってコウキがいかがわしいことしようとしてるって思うよね?」

 

「............ごめんなさい」

 

 なぜか今、どこからかゴングの音が聞こえてきた気がした。

 それと同時にカーテンで見えないはずずの外の光景が脳裏に浮かんできた。

 具体的に言うと、コウキさんが跪ずいている光景が。

 ......2人とも、大変だなぁ。

 事の発端は間違いなく私なのに、私自身はどこか他人事のようにそう感じた。

 ......後になって考えてみれば、おそらくそれがいけなかったのだろう。

 

「まったくもー......リリちゃん、大丈夫~?」

 

 先ほど、コウキさんは致命的なミスを犯していた。

 それは、ミウさんに状況説明するとき、ただ私がコウキさんに服を見せようとして混乱していた、としか言っていなかったことだ。

 つまり、ミウさんは私がコウキさんに『普通に』可愛い服を見せようとしていたと勘違いして、私の今の格好を知らない。

 その結果、無慈悲にもミウさんによって開け放たれるカーテン。

 障害物がなくなったことにより、私とミウさんの視線が合う。

 そして、お互い固まること数秒。

 私はこれでもか、というほどに体温が一気に上昇して、ミウさんはきょとんとしていた。

 

「あの、これは......その、違うくて......っ!」

 

 必死に弁明しようとするけど、何から言えばいいのか分からない。

 というか、今の自分の状況が把握しきれない。

 えーと、私は今、ミウさんに服を見られていて、これはコウキさんに見せようとしていた服で、服のデザインがちょっとエッチで、でも色合いとか縫い目はすごく綺麗で、そういえばこのカーテンのデザインも綺麗で......

 しかし、混乱する私とは反対にミウさんは現状を把握できたみたいで、いつも通り綺麗な満面の笑顔になる。

 

「うんっ! リリちゃんすごく似合ってるよ、可愛いねっ!!」

 

「うぅ.......うわぁぁぁぁぁぁぁああああん!!!!」

 

 だけどそんなミウさんが私に投げ掛けてきた言葉は、私に恥ずかしすぎる現実を突きつけるだけだった。

 ......もう2度と、あんな服は着ないよう心に刻んでおこう。

 




はい、リリ回でした。

リリ視点は書いててすごく新鮮ですね。自己否定はコウキくんでもあるのですが、恥ずかしがり屋というのはコウキくんにもミウさんにもないですからね。
ただリリの立ち位置がツッコミなのか天然ボケなのかまだ完全に決まっていないのでそこのバランスが難しいです。
そして文章力だけならず、絵もダメな自分に色々折れそうです。こっちも練習しないとなぁ。

次回は、久しぶりなあのキャラも出てきてちょっとした事案発生です!


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35話目 相性

35話目です!

ミウ「ミウでーすっ!」

リリ「リ、リリリリッ、リリです......!!」

ミウ・リリ「二人はヒロインズ!!」

ミウ「......」

リリ「......」

ミウ「......なんだろうね、この台本......」

リリ「......(恥ずかしすぎて口が動かない)」

ミウ「あー、うん。リリちゃんにはちょっとハードルが高かったね。あははは......」

リリ「......だ、だいじょうびゅでふ......私はこの通り元気MAXです......」

ミウ「うん、大丈夫じゃないね。なんか懐かしのキャラみたいな台詞になってるよ?」

リリ「あう......」

ミウ「これは私が頑張るしないか、よし! というわけで、今回は私たちの二人の前書きです! なんだか前回に引き続き、ただリリちゃんを恥ずかしがらせるためだけにやってるような作者の陰謀を感じるけど、気にしないでいくよ!」

リリ「お、おー!」

ミウ「リリちゃん、その調子その調子!」

リリ「え、えへへ......最近、コウキさんやミウさんに誉めてもらえて、いいこと尽くしです......」

ミウ「リリちゃん、それどういうこと!?」

リリ「ふぇ?」

ミウ「最近コウキ、あんまり構ってくれないし。そもそも私絡みが少ない気がするし、リリちゃんだけずるいよー!!」

リリ「え、えっと......」

ミウ「リリちゃーん!」

リリ「その、本編どうぞ~......きゃ、あの、ミウさん急に抱きつかないでくださいよぉ......」



 お店の中でのその後は、もう思い出したくないので割愛する。

 強いて上げるとすれば、ミウさんが珍しく涙目になって謝ってくれたことと、試着室のカーテンは完全には開かれてはおらず、運良くコウキさんには私の『あの』格好は見られずにすんだことだ。

 もしもあんな格好をコウキさんに見られでもしていたら.............................................................さて、とりあえず過去を振り返ることは10年ぐらい後にしようと決心した私と、コウキさん、ミウさんは少し遅めになってしまった晩ごはんを食べるため、食事処に移動していた。

 ミウさんは《料理》スキルを取っているらしいので、晩ごはんも作れば安上がりなんじゃ? と聞いてみたところ、ミウさんは目を逸らして苦笑いしながら。

 

「う~ん......まぁ、そうなんだけどね? ただ前に友達に食べてもらったのがまた失敗作で......それが地味にトラウマになっちゃってるんだよね~」

 

 それに私よりも上手な人たくさんいるし......などと呟くと何を考えたのか、そのまま落ち込んでしまった。

 なんで落ち込んでしまったのかは分からないけど、ミウさんは他人ーーというより友人?ーーに自分の手料理を振る舞うことに苦手意識を持っていることは伝わってきた。

 そこで気付いた。別に私はミウさんの料理にありつこう、ということは考えていなかったけれど、結果的にそういう聞き方になってしまっていたことに。

 私はもう、本当に嫌だ......もっと言葉を的確に使えればいいのに......

 と、また一人落ち込んでいたけど、それもすぐにコウキさんの言葉で引き戻されることになる。

 

「あー、そういえばあのときの肉じゃがは強烈だったな......でも、最近は美味しいと思うぞ?」

 

「あははー、ありがと......でもまだまだフィナさんとかには勝てないよ......」

 

「え......あの、コウキさん。ミウさんにご飯作ってもらってるんですか?」

 

「ん? そうだけど......」

 

 なにもおかしいことはないとばかりに言ってくるコウキさん。その自然な態度に愕然とする。

 まさか、そこまで2人の仲が深いものだったなんて......

 ......いや、よく考えてみたら、というより2人の距離感を見れば当然のことかもしれない。

 前を歩く2人を見る。

 なんというか、コウキさんとミウさんが2人で立っている姿は、すごく自然なんだ。

 私はいつも2人のーー実際はコウキさんのーー歩くスピードをかなり気にして合わせている。

 理由は......置いておくとして。

 とにかく、私は努力しないとコウキさんの歩くスピードに合わせられない。他の人も誰かに何かを合わせる時、そういうことはあると思う。

 なのに、なのにミウさんは、あんなに落ち込んで他のことを考えていてでも、コウキさんと一緒に歩くことができている。

 もう自然と、コウキさんと歩く速さがシンクロしているんだ。

 ......いいなぁ。

 

「あれ? ヨウト?」

 

「おー、ミウちゃんにコウキか。うっす」

 

 お店が小さくとだが見えてきた時、近くのお店から出てきた男の人にミウさんが声をかける。

 その男の人は片手を上げて挨拶すると、そのまま近づいてくる。どうやら2人の知り合いみたい。

 その人は私たちの目の前まで来たとき、ようやく私の存在に気がついたのか私に視線を向けてくる。

 一瞬の視線の衝突。

 この人......それに、この感じ......

 私は自分の違和感に気付き、すぐさま視線を逸らす。

 それに対して、コウキさんの首に腕を回す男の人。

 

「おい、コウキ! なんだよあの子!! お前ついにミウちゃんだけじゃ満足できなくなったのか!?」

 

「なっ!? お前なにトチ狂ったこと言ってんだよ!?」

 

「ちくしょうっ!! しかもまた美人だし、今度は年下清楚系か!! 俺も出会いが欲しいっつーのっつーのー!!」

 

「ヨウト!? ちょっとストップストップ!! コウキの首閉まってるから......ってどうやってコードの壁越えてるの!?」

 

「うぐぐぐぐぐっ......お前、ホントいい加減にーー」

 

 呻きながら腕を引き絞るコウキさん。おそらく首を絞めている人に反撃しようとしているのだろう。

 しかし、コウキさんが反撃するよりも一瞬早く、場が動く。

 

「へ?」

 

「きゃ!?」

 

「うわ!?」

 

 一瞬の静止の感覚の後、ぐしゃあ! と音を立てて男の人と一緒に()も地面に倒れる。

 首を絞められていたコウキさんではなく、私が。

 その理由は単純で、私が男の人の足を引っかけただけだ。本当なら押したかったけど、この世界では異性の他プレイヤーに故意に無理矢理接触すると、特例でもない限りハラスメントコードが発生してしまうので、相手からの偶然の接触、つまり事故の形にした。

 男の人に腕を回されていたせいでコウキさんも倒れそうになるけど、それは私が背中を支えることで防ぐーーつもりが、男の人が思いの外タフで、体勢を中途半端に回復してしまう。男の人が無我夢中で手を伸ばした先に私がいて、結果、私も巻き込んで倒れてしまった。

 

「......リリちゃん?」

 

 コウキさんからは見えなかったみたいだけど、ミウさんからの角度では私が何をしたか見えたみたい。

 普段の私からは想像もできない行動だったからか、それとも私の突然の行動に心配してくれたのか、少し驚いている。

 コウキさんは......よかった、私のせいで倒れる、なんてことにはなっていないようで、さっきまで同様しっかりと立っていた。

 そこまで確認して立ち上がろうとするけど、妙に体が重く感じた。

 不思議に思って最後に上を見ると......

 ....................................っっ。

 私はミウさんが心配してくれていた本当の意味を理解すると同時、重く感じた体を無理矢理に起こして立ち上がる。そして私と一緒に(、、、、、)倒れていた男の人からすぐさま離れる。

 そして震えそうになる口をなんとか抑えて息を吸って、はっきりと言い放つ。

 

 

 

「ーーち、近づかないでくださいっ! 変人さん!!」

 

 

 

 何を言うのが正解かは分からなかったので、とりあえず上から覆い被られたことと、胸を鷲掴みにされたことに対する負の感情を込めて、男の人にぶつけておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動して今は目的のお店の中。

 最初に例の男の人(犯罪者)ーーヨウトさんからボックス席の奥から座ってもらい、私はその対角線になる位置に座る。

 すると私の隣にミウさん、私の対面にコウキさんという形になった。

 ......本当なら、カウンター席で反対側に座りたかったんだけどな......

 でもこのお店にはカウンター席がなかったので仕方がない。今から別のお店に行くなんて、コウキさんとミウさんに迷惑をかけすぎてしまう。

 今日だけでも2人にはこれ以上ないぐらいに迷惑をかけてしまっているのだから、私の意見なんて二の次三の次にしないと。

 全員が席に座ったことを確認すると、私以外の3人が何か話そうとしていたけど、全員何を言えばいいのか分からない、といった風に、結局何も言わずに口を閉じてしまった。

 

「......? あの、どう、したんですか、皆さん? 何か頼みませんか......?」

 

「うん、いや、そうなんだけどさ......」

 

 苦笑、というよりは自分がどんな表情をすればいいか分からない、といった風なコウキさんは、なにかを伝えるようにミウさん、コウキさんを順番に見る。

 それに応えたのはヨウトさんだった。

 

「そうだっ! さっき話の途中だったけど、君名前はなんてーー」

 

「あの、コウキさん......私、このお店初めてなので、おすすめとか教えてくれると、その......嬉しいです」

 

「あっれ!? まさかの初対面でスルー!?」

 

 ヨウトさんがなにか騒いでいるみたいだけど、何を騒いでいるのか分からないし、あまり関わりたくないので反応はしない。

 私は立て掛けてあったメニュー表を取って、コウキさんが見やすいように広げて渡す。

 それに対して、コウキさんは苦笑いで返してくる。

 

「えっと、リリ。確かにその反応はヨウトに対しては正しいと思うけど、とりあえず理由を聞かせてもらえないと俺たちも反応に困るというか......」

 

「理由......私がおすすめを聞いたこと、ですか? ......っ!! ご、ごめんなさい!! ご迷惑でしたよね!?」

 

 しまった。コウキさんからすれば私は別に仲のいい友人でもないのに......

 ダメだ。さっきの服屋にしても、最近の私は少し調子に乗っている節がある。

 こんなことじゃ、コウキさんにも不快な思いをさせてしまう。

 私がもうずっと黙っていようと決心しようとしていると、コウキさんが、いやいや、と否定してくる。

 

「おすすめとか聞いてくるのは全然いいんだけどな? その......」

 

「なんでさっきヨウトの足引っかけたの?」

 

 コウキさんの言葉を引き継ぐようにしてミウさんが言う。

 言葉は少し固いものになっているような気もしたけど、表情には純粋に疑問しか浮かんでいない。

 と、とにかくよかった、よく分からないけど私が失言をしたとか、そういう話ではないみたい。

 それで、どうして私が足を引っかけたか、という話だけど.....

 少し考えて、いくつか理由は頭に浮かんできたけど、どれもしっくりはこなかった。

 

「えと......なんか、条件反射で......」

 

「......あー、いや、うん。そっか。条件反射なら仕方ないよな。大丈夫、こいつそういう扱いには慣れてるし。なっ、ヨウト?」

 

「いいたいことはいくつかあるけど、とりあえず自分に言い聞かせるみたいに言うのはやめれ」

 

「コウキー、現実逃避しないの」

 

 はい。と他の2人に封殺されるコウキさん。

 私の答え方がよくなかったのかな。でも、他に言いようがないし......

 なんでヨウトさんの足を引っかけたのか。元の元まで行けば、私がヨウトさんに......敵対感? 違う。なにかこう、負の感情を感じたからだ。

 でも、結局それがなんだったのかと問われると......

 私が視線を下に下げて考えていると、気まずさからか私とずっと目を合わせてこなかったーー私も合わせていなかったけどーーヨウトさんが真っ直ぐ見てくる。

 

「あーっと、その、ごめんな? 事故とはいえ、上から被さるみたいなことになっちまって。俺の不注意だった。本当にごめん」

 

 そう言うと、ヨウトさんは座りながらではあるけど、深々と頭を下げてきた。

 会話の軽い態度から誤解していたけど、本当は根はすごく真面目な人みたいだ。

 ......そもそも、さっきの事故は私から起こしたようなもの。確かに事故で、その、胸とかも触られてはしまったけど、それも私が悪いし、ここで私が怒るのは理不尽だと思う。

 

「いえっ、わ、私の方こそ、すいませんでした......条件反射だなんて、その、よく分からない理由で転ばせてしまって。本当に、すいませんでした」

 

 ヨウトさんに返すように頭を下げる私。

 結局、私がヨウトさんを転ばせてしまった理由は分からずじまいだったけど、一応はこれで一段落......なのかな?

 数秒お互いに頭を下げあって、私もヨウトさんも頭を上げるけど、いつまで経っても場の妙な緊張感は抜けなかった。

 あれ......?

 私が不思議に思っていると、そこでついに我慢しきれなくなったかのようにミウさんが口を開く。

 

「文面的に見ればすごく友好的で、すごくまともだと思うんだけど......なんでリリちゃん、ずっと眉間にしわ寄せてるの?」

 

「ふぇっ?」

 

 言われて自分の顔を触る。

 ......わっ、言われて初めて気がついた。私ずっとすごい顔してたんだ......

 でも、今ヨウトさんに謝ってもらえたし、嫌がるところじゃなくて、むしろ好感を持つところだと思うんだけど......

 ーーーーっ!

 そこで、脳裏にある閃きが走った。

 そっか......

 

「あの......ヨウトさん」

 

「なに?」

 

 ようやく分かった。なんで私があんな行動に出たのか。

 分かってしまえば一つ一つの疑問が理解できる。

 なんでいきなりヨウトさんの足を引っかけてしまったのか。

 なんでずっとヨウトさんに固い態度を取ってしまうのか。

 そして、今度は私からヨウトさんを見る(真っ直ぐは無理だけど)

 そういえば、私はこうやって話す相手を見ることは今まであまりなかったかもしれない。

 それでも、今回だけはそうしようと思った。

 

「私......さっき、あなたに初めて会ったときから......」

 

 ゴクリ、と誰かが息を飲む音が聞こえた気がした。

 そして......私は自分の想いをはっきりと告げる。

 

 

 

「ーーあの時から、あなたのことが、大嫌いでしたっっ!!」

 

 

 

「......へ?」

 

 私の言葉に一瞬、顔を赤くしたような気がするヨウトさんだったけど、時間が経つにつれてその顔からは力が抜けていった。

 コウキさんたちもどこか気の抜けたような顔をしている。

 ......私、またおかしなこと言ったかな?

 一瞬不安になって自分の発言を見直すけど、やっぱりおかしな所はない。うん、大丈夫。

 私がヨウトさんの足を引っかけた理由。それは私がヨウトさんのことを嫌いだからだ。

 私が嫌いなヨウトさんが、私のす......尊敬しているコウキさんに仲良さそうに腕を回していたから腹が立った。普通の考え......だと思う。

 一目惚れ、という言葉があるんだから、一目で嫌いになることもあると思うし......

 気づいてみれば、すごく簡単な話だ。

 

「えっと......なんで俺、初対面の子にここまでディスられてんの?」

 

「まぁ、いつも通りといえばいつも通りだけどな」

 

「ここはフォローするところじゃね!?」

 

「え~......」

 

「めんどぐさがるな!!」

 

「あはは......リリちゃん、こんな感じで悪い人じゃないから、もうちょっと心許してあげられないかな? そんなイスの端っこギリギリに座ってヨウトから距離取ろうとしないでね?」

 

 言われて自分が座っている位置を確認すると、お尻が半分イスから落ちそうにながら座っていた。

 ......まさか無意識に体が遠ざかろうとするほどヨウトさんのことが嫌いだなんて......自分でもびっくり。

 でも、さすがにこのままじゃ座りづらい。ミウさんの言う通り座り直す......あれ? 体が動かない。

 

「ねぇ、確かに俺弄られ慣れてるけどさ。さすがに涙出てきそうなんだけど」

 

「大丈夫だ、そこからさらに自分を追い込むのが真のマゾヒスト道! ......とか、普段ならボケるけど、これはさすがに同情するわ」

 

 コウキさんはもうどうにもならない、といった風にヨウトさんに笑いかける。

 うぅ、ごめんなさい。私自身こんなに人を嫌いになったことがないからどうしていいか分からないんです。コウキさんに気を使わせてしまって本当にごめんなさいさい......

 だけど、ミウさんはまだ諦めずに私に言ってくる。

 

「じゃあ、リリちゃん。ヨウトのどこが嫌いなの?」

 

「えと......ミウさん、幽霊って、嫌いですか......?」

 

「え? まぁ、好きか嫌いかで言えば嫌いだけど......」

 

「じゃあ、なんで嫌いなんですか......?」

 

 私の質問に、返答を窮するミウさん。

 それこそ、私が求めていた答えだ。

 

「その、私がヨウトさんが嫌いなのも、同じなんです......よく分からないけど、とにかく嫌い、なんです......」

 

 何度聞かれても私はこうとしか答えられない。なにせ本当にこれしか分からないのだから。

 というより、世の中、他人が嫌い、というのはほとんどが私と同じ感じだと思う。

 ここがこうでこうだからこの人が嫌い、だなんて、明確に答えられる人の方が少数派だろう。

 それに私とヨウトさんはさっき初めて会ったばかりなんだから、さらにそうだと思う。

 それにしても、私が何か言う度にヨウトさんが悶絶してるけど......少し気持ち悪い。

 さらに何か言おうとしたミウさんだったけど、ついにミウさんも諦めたように項垂れた。

 

「......あの、もしかして俺って存在そのものが嫌われてるのかな? このままだと人としての最低限のプライドすらも折られそうなんだけど」

 

 ほとんどグロッキー状態のヨウトさんがフラフラしながらコウキさんに聞いている。

 私に直接聞かないと言うのは、精神的に私に聞くのが辛いのか、それとも......自分を嫌っている私への気遣いなのか。

 前者ならともかく、後者なら頂けない。

 ヨウトさんに気を遣われるなんて嫌すぎる。

 

「だ、大丈夫です......ヨウトさんのことは、その......人未満としか見てませんからっ」

 

「ぐふぁっ!!」

 

 ......嫌すぎたので、とりあえずそんな気遣いは無用という思いを込めてヨウトさんに止めをさしておいた。

 それからもさらに一悶着、二悶着あったけど、大体が今までと同じ流れだったから特に取り上げることはないと思う。

 結局この日は、服屋事件に始まり、ヨウトさんに出会ってしまうという散々な1日だったけど、夜はこの世界に来てから一番ぐっすりと眠れる日だった。

 

 

 




はい、ファーストコンタクトって大事だよね?回でした。

前回リリのキャラが固まりきってないとか言っていたのに、今回になってみればなにか恐ろしいことに......
別にリリは腹黒というわけではないのですが、ヨウトのファーストコンタクトが悪すぎましたね。
ラノベとかだとありがちな展開ですが、リアルにあんな出会い方をしようものなら好感度大変なことになりますよね。もうBadend直行ですよね。

連続投稿なので今回は次回予告っぽいものはなしで。

......それにしても、話が短いと思ったら前書きが長くなった......そのうち前書きに本編が食われそうで怖い。


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舞台裏物語その二 第一回リリ対策会議

番外編です!!

コウキ「番外編でもこれやるのかよ......作者地の文から逃げたがってないか?」

ミウ「あははは......まぁ、いいんじゃない? 楽しんでるみたいだし(やった! コウキと二人きり!!)」

コウキ「でもなにも産み出さない気がするんだよな、このコーナー......ってどうした? そんなニヤニヤして?」

ミウ「うぇっ!? ななな、なんでもないよ!?」

コウキ「ふーん? ......そういえば、ミウとこう二人きりっていうのも久しぶりだよな」

ミウ「っ! う、うん!! (やった、コウキもそう思ってくれた!!)」

コウキ「最近ちょっといろんな人と関わってきてたから、こういうまったりっていうのもアリだよな~」

ミウ「あ......うん、そうだね(ちぇ、本当はもうちょっと甘い空気になりたいけど......でも、確かにこういうのもたまにはいいよね、。コウキもぐてーっとしてる感じで可愛いしっ)」

コウキ「ミウー......?」

ミウ「なに?」

コウキ「........................いんや、なんでもない」

ミウ「えぇ? そこまで溜めておいて? なにー? 聞かせてよー」

コウキ「なんでもないってば。特にこれといって意味なんてものはないのでおきにめさらず!!」

ミウ「えー? ......じゃ、じゃあ、私の名前呼びたかっただけって解釈しちゃうけど、いいの?」

コウキ「........................す、好きにすれば?」

ミウ「.......ふぇ?」

コウキ「~~~~!! あーもう、はい! 休憩終了!! 本編どうぞ!!」

ミウ「え、ちょっとコウキ!? あぁ、もう、本編どうぞー!!」


「じゃーねー、りりちゃーん......」

 

「......行ったか」

 

「あぁ、行ったな......」

 

「......」

 

「......」

 

「......」

 

「「「はぁ~~」」」

 

「あ、ため息被ったね」

 

「そりゃあ被りもするだろ? なんだよ、さっきまでのあの和み空気なのに体力がっつり持っていかれる謎空間」

 

「コウキはまだいいだろ? 当事者じゃないんだから」

 

「確かに、ヨウトなんて後半燃え尽きてたからね~......」

 

「まさか、リリにあんな一面があったとは......」

 

「意外だよね~」

 

「そうなのか? ていうか結局、リリちゃんってどんな感じの子なんだ?」

 

「おとなしくて引っ込み思案」

 

「女の子っぽくて健気」

 

「やべぇ、まったく想像がつかない。ていうか最早別人じゃね?」

 

「そうだよな。ホントお前リリに何したんだよ?」

 

「いや、だからさっき謝った通りだよ。コウキも聞いてただろ? 俺たち初対面だし、何かする機会なんかないって」

 

「だよなぁ......」

 

「......ヨウト、本当に何もしてないの?」

 

「うん。てか、ミウちゃんが一番見えてただろ? 離れて見てたし」

 

「まぁ......(ヨウト、リリちゃんの胸触ったこと気がついてないんだ......なんか、急にリリちゃんに親近感湧いてきたなぁ)」

 

「......なぁ、なんでミウちゃんは自分の胸に手当てて急に黄昏だしたんだろ?」

 

「どうせお前がまたなんかしたんだろ。謝れ」

 

「理不尽!! 今日本当に精神力危ないんだからな!? 勢い余ってポックリいっちゃうぞ!? 目から液体とか出しちゃうぞ!?」

 

「あー、そうすればリリとの問題も解決するな」

 

「鬼か!?」

 

「よし! 面倒なのももう嫌だし、レッツポックリ」

 

「軽く死刑宣告!? お前どこの独裁者!?」

 

「まぁまぁ。でも。実際問題どうするの? コウキだって自分の友達がずっと喧嘩してるのは嫌でしょ? 少なくとも私は嫌」

 

「まぁ、な。喧嘩っていうか、一方的な殲滅に見えたけど、さすがに見てられないしな」

 

「そこまで思ったんならその場で助けてくれよ......」

 

「飛び火したら嫌だし......」

 

「ヨウトならいいかなって......」

 

「思って以上に自分勝手な理由だった!?」

 

「で、だ。まぁ、ヨウトが苦しむのは必要経費だとしても、俺たちにまで緊張が伝わるのはよくないよな」

 

「そうだね。それじゃただの喧嘩だし、リリちゃんにはヨウトを全力で嫌うんじゃなくて、せめて弄る程度にしてもらわないと」

 

「ねぇ、俺が犠牲になることはもう決定事項なの? 2人の中で俺をフォローするっていう考えはないの!?」

 

「ヨウトうるさい。お金あげるからあっちでお菓子でも買ってきなさい」

 

「わーい、ありがとうお母さんーーってなるかぁ! なんで俺の話なのに俺の扱いがおざなりなの!?」

 

「でも、リリの考え変えるのはさすがに厳しそうだな......」

 

「うーん、リリちゃんって別に裏表がある訳じゃなくて、ヨウトが嫌なだけみたいだからヨウトを何とかするところから始めればなんとかなるんじゃない?」

 

「ミウちゃん、君は最初の頃の俺への優しさを思い出すところから始めようかっ!?」

 

「なんとか、ねぇ。見た目変えるとか?」

 

「それじゃあダメだと思う。ヨウトの顔が嫌いな訳じゃないらしいし」

 

「あ、そうだった。ヨウトは何かないか? ここ自分でも直した方がいいって思うところ」

 

「そんなこと言われてもなな......才能がありすぎるとことか?」

 

「よし! もう全部ヨウトに丸投げしよう!!」

 

「ごめんごめん冗談だって!! 相手されなくて寂しかったんだよぉ!!」

 

「なっ、抱きつくな気持ち悪いわ!!」

 

「俺とお前の仲じゃん? ......あ、これも冗談だよミウちゃん!? 無言のまま剣を抜かないで!!」

 

「いいから早く離れろっつの!! 《閃打》!!」

 

「ぐふぇべらっ!?」

 

「おー、ヨウトがきりもみ回転しながら飛んでいく」

 

「人ってあんなに綺麗に飛んでいくんだな」

 

「殺す気か!?」

 

「あ、そういうところじゃない?」

 

「うぇ? 何が?」

 

「だから、リリちゃんがヨウトが嫌いな理由。そうやってどこでもギャグとか混ぜっかえして空気を軽くしちゃう感じ?」

 

「えっ、笑えるんだったらよくない? ミウちゃん......というか、女の子ってそういうの嫌いなの?」

 

「私は楽しくて結構好きだけど......やっぱり人によるんじゃない? 俗に言うチャラいって感じで」

 

「なるほどー......」

 

「でもヨウト、今さらその雰囲気変えるなんて無理だろ?」

 

「うん、無理」

 

「......清々しすぎて逆にイラッと来るな。確かにこれはリリが嫌う理由も分かるかも」

 

「結局、混ぜるな危険って扱いしかできないのかな......?」

 

「......」

 

「ん? なにコウキ?」

 

「あ、いや......ちょっと意外だなって思ってさ。ミウなら意地でもヨウトとリリの仲を取り持つと思ってた」

 

「あー、うん。『前まで』ならそうしてたかもね。でも、私だけの価値観をただ押し付けても、誰も幸せになんかなれないしね」

 

「......ん、そうだな。確かに。それは俺もそうかもな」

 

(......ふーん、なんだ。ちゃんと2人とも少しずつ進んでるんだな。ならよかった)

 

「......」

 

「ん? どうしたコウキ?」

 

「なんでもねぇよバカヨウト......はぁ、仕方ないな」

 

「急にウィンドウ操作してどうした?」

 

「リリにヨウトが、これからも末長く罵倒してください、って言ってたってメッセ送ってるところ」

 

「やめろぉぉぉぉぉおお!!」

 

「冗談だって......血涙流す勢いで叫ぶのやめれ」

 

「お前な! もう良い話で終われば良いじゃん!! なんでここからまた一気にギャグ路線に持っていくんだよ!!」

 

「本当はもう送ってる。あ、今返信きた。早いな......お前にもメッセ送るって。いつの間にフレンド登録なんてしてたんだよ」

 

「いぃぃぃいやぁぁぁああ!!!!」

 

「コウキ、容赦ないね......」

 

「いつもの仕返し兼ねてるからな」

 

「すごく良い笑顔......もう、友達は大切にしなきゃダメだよ?」

 

「あいつは友達じゃなくて悪友だから問題なし」

 

「もぉー......あれ? ヨウトどうしたの急に黙りこんでこんで......あ、ウィンドウ開いてる」

 

「メッセ来たみたいだな......って、急に泣き出したんだけど!? しかもないはずのログアウトボタンを連打しだした!?」

 

「ちょっ、ヨウト落ち着いて!!」

 

「離せぇぇぇぇええぇぇぇぇええ!! もう生きてるのが辛いんだぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「どんだけ罵倒されたのっ!?」

 

(本当は『俺に直すところがあったらどんどん直すから、嫌うのは勘弁してくれ』って言ってたってメッセ送ったんだけど......逆効果だったか。ヨウト、すまん)

 

 

 




はい、この3人こそギャグ回で使ったらブレーキ効かないだろな回でした。

うーわー......自分でも思いましたけど、カオスですね......ほぼギャグオンリー(しかも前書きは妙に甘ったるい)
今回は前回のエピローグ的な感じで書きましたけど、結局またわいわいしているだけになってしまった......
この3人って全員がアクセル踏むから止めどころがなくなっちゃうんですよねー、コウキくんはヨウトがいるとブレーキ役放棄しちゃいますし。

ただここまでアホな話にしたのは(なったのは?)なにも考えなしに書いた結果ではありません。
とりあえずこれでリリとの出会い編は終わりになるので、これで明るくいこうかなと思ってです。
そして同時に次からはもう完全にギャグを挟む余地なくなっちゃうのでアクセル全開にしたところはあります。

さて次回は......やっとあの伏線回収ですね(今さら)


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SAO 転がり始める運命
AS5話目 藍髪少年のきまぐれ


AS5話目です!!

ヤマト「いぇーい。新章突入~」

カリン「ちょっ、いきなりその一言目はどうなのよ......」

ヤマト「だって、最初はインパクトが大事だって、なんか手紙が置いてあったし、これ」

カリン「手紙? なになに......ぶっ!?」

ヤマト「じゃあ、カリンが手紙読んでる間に前書きコーナー進めちゃうよ?」

カリン「待ちなさいよ!! なんで今の反応をした私を放置するわけ!?」

ヤマト「いやー......だってなんだか面倒なオーラがカリンから滲み出てたから」

カリン「え、えぇ、そうね。今回は私が悪かったわ(手紙を丸めて後ろへ放り投げる」

ヤマト「? まぁ、なんでもいいけど。それじゃあ」

ヤマト・カリン「本編どうぞ!!」



ヤマト「(丸められた手紙拾う)えーっと......『可愛いものマジLOVE2000%のカリンですですっ! いつも冷たい態度をとっちゃうけど、実はあなたのことも......』......なにこれ?」

カリン「ヤマトー、戻るわーーって、なに読んでるのよ!?」

ヤマト「カリンって意外と.....」

カリン「なんでよ!? その手紙が勝手に私の台詞捏造してただけでしょーが!!」



 例えばの話。

 自分が常日頃お世話になっていて、その人に恩返しをしたいとしよう。

 そうなると、まず誰しもが考えるのは恩返しの『方法』だ。

 方法も細かく分ければ数多くある。その中でも最も代表的なものはプレゼントだろう。

 母の日然り、父の日然り、少し踏み込めばバレンタインデーなどもその例に入る。日本人特有の感覚かもしれないが、感謝の念を伝えるとき、贈り物で感謝を表す人は多いのだ。

 ならば次は、プレゼントを何にするのかだ。

 これも、送る相手によって内容は変わってくる。

 単純に、男性に渡すものなのか、女性に渡すものなのか。それだけでも大きく変わってしまう。

 男性に女性服を贈っても脳を心配されるし、女性に男性服を送ろうものなら、最悪殴られても仕方がない。

 さて、それらを踏まえた上で一つ問題が上がる。

 

「う~ん......女の子って、何が好きなんだろう?」

 

 それは、女友達なんてほぼ皆無なオタク系男子の場合、女性に何を贈ればいいのか分からないということだ。

 ヤマトは街を歩きながら唸る。その思考の中に浮かんでいるのは、「女の子って、鎖鎌とか、十手とか好きなのかな?」だ。その贈り物が好き、という女性も世の中には確かに存在するが、少なくともヤマトが恩返しをしたい相手は間違いなく喜ばない。というかキレる。

 そう、ヤマトはこのレベルで悩んでいるのだ。

 贈り物に迷う、とかではなく、贈る物が分からない、というレベルで。

 ヤマトは普段は使わない脳の領域を使いすぎて疲れたのか、深くため息をつく。

 それと同時に目的地である出店に着き、その出店の木の台に突っ伏した。

 

「エギル~」

 

「ん? おぉ、ヤマトか。いきなりウチの店の出入り口に抱きつくな」

 

「少しは心配してよ......というか、出入り口ってこれ台だよ?」

 

「客がここから商品を見るんだ、出入り口同然だろうが」

 

 ヤマトは首を傾げながらも渋々と台から離れる。どうにも商人の考えはヤマトとは違うようだ。

 そして改めてヤマトはエギルと向き合う。

 お祭りの屋台のような出店の奥に見える黒い肌に、まさに戦士! とでも言うようながたいの良い体。人によってはむさ苦しいと思うかもしれないが、ヤマトはそうは思わなかった。

 いや、むしろ。

 

(う~む、やっぱりこういう筋肉ムキムキっていうのもかっこいいよなぁ。昔の剣術家とか武士にもがたいの良い人多いし。それに比べて......)

 

 ヤマトは自分のヒョロヒョロな体つきを3秒ほど見て、一気に肩を落とす。

 明日から筋トレしようかな、とか考えるヤマトだった......ゲームの中でそれをしたとして、筋肉がつくとは思えないが。

 

「お前なぁ、人のところに来てるんだから、せめて俺にも分かるように話を進めてくれないか?」

 

「どうせ、また変なこと考えてるわよ。そのヤマトの気の抜けた表情は」

 

 エギルでもない、ヤマトでもない声が聞こえた瞬間、ヤマトは小さく肩を震わせた。

 そして、同時に思った。

 ーーなんで、いつも来てほしくないタイミングで来るんだろう、と。

 もう自分の背後に立つ人物には予想がついていたが、それでもせめてこの理不尽な世界への抵抗としてヤマトは振り返らない。認知しなければ大丈夫の精神だ。

 が、無慈悲なこの世界はヤマトにそれを許さない。

 

「カリンか。今日は千客万来だな」

 

「こんにちはです、エギルさん」

 

 エギルの声がけによってヤマトのささやかな抵抗は簡単に崩されてしまった。

 ......別に、ヤマトとカリンはケンカ中というわけではない。いや、カリンはいつも通りヤマトにイライラしてはいるが、それはヤマトからすればカリンの通常モードなのでケンカにはカウントされない。

 ではなぜヤマトはカリンを避けているのか、ということになるが......もうほとんどバレているような気もするが、それでもしらばっくれるとするのなら、ヤマトにも並々ならぬ理由があるのだ。

 

(こうなったらいっそのこと、カリンに声をかけられるよりも先に自然に、かつ迅速にフェードアウトするしかないっっ!!)

 

 決めたら即実行だ。

 僕は忍者僕は忍者僕は忍者僕は忍者......と自己暗示をかけながら、ヤマトは忍者もびっくりなほど音もたてずに一歩目を踏み出す。こう言っては悪いが、驚くほど無駄な才能の使い方である。

 それに、もちろん。

 

「......? そこの藍髪頭。どこ行くのよ?」

 

 バレないわけがなかった。名探偵もびっくりなほどの早さで犯人逮捕である。

 これはもう逃げられないと判断したヤマト。だがまだ諦めない。逃げられないのなら、今度は隠蔽工作をするまでだ。

 腹をくくったヤマトは勢いよく振り返る。

 

「あー、こんにちはカリン。カリンっていつもそういう登場の仕方しかできないの? 心臓に悪いよ」

 

「は? そういうって何よ?」

 

「だからそういうのだよ。人の背後から登場というか、まるで幽霊みたいな?」

 

「そんなの意識してないわよ!! というか何その例え!?」

 

「うんうん、カリンといえばこのツッコミだよねぇ」

 

「ヤマトはいつも以上にうざったいわね......!」

 

「いやー、それほどでも」

 

 悔しそうに歯を食い縛るカリン。それを見てヤマトはいつも通り楽しみながらも、内心息をついていた。

 ヤマトの普段の会話は、基本的になにも考えずにその場の流れでしていることがほとんどなので、正直誤魔化しながらの会話なんて不安だらけだったが上手くいってよかった。

 あとはいつも通りこの会話の流れで適当に話していけば......

 すると、何か気になったことがあったのか、カリンは「ん?」と首をかしげる。どうでもいいが、最近妙にヤマトとの会話からの回復が早くなった気がする。

 

「そういえばヤマトって、エギルさんと知り合いだったの? 今まで知らなかったけど」

 

「あぁ、うん。前にちょっとあってね」

 

「なにが『ちょっと』だ。妙にかっこのつけた言い方しなくてもいいだろう?」

 

 エギルが小さく笑って言う。

 ヤマトとエギルの出会い。これは本当にこれといって特別なものではない......と、ヤマトは思っている。

 ただ、街中であまりにお腹がへって行き倒れていたところを助けてもらった、という出会い方は、十分特別なものだと思うのだが、ヤマト基準ではそれは『普通』であるところが怖い。

 

「俺からすれば、お前たち2人が知り合いっていう方が少し驚きなんだが。あまり接点もないだろう」

 

 エギルの言葉を聞いてヤマトは冷や汗をかく。

 ヤマトは、自分とカリンの関係のことは名前をぼかしながらも話してはあるのだ。もちろん、カリンが襲われていただの悪事を働いていただのという内容は伝えていないが、それでもヤマトとカリンの関係を言ってしまえば、ヤマトが隠したいことも表に出てしまう。

 そういった理由から少し気まずかったのだが、エギルの言葉にヤマトよりも反応したのはカリンだった。

 

「あー、えっと、その......エギルさん。ほら、私の......」

 

「......あぁ、なるほど。そういうことか。すまんな、いらん質問だった」

 

「いえ、私の方こそすみません」

 

 カリンがエギルに頭を下げる。もしかしたらカリンはエギルに1層の時の自分のことをもう話しているのかもしれない。

 ただあの時の出来事をカリンが負い目にも感じて、なおかつ怖がっていることをヤマトもなんとなくは気づいていたので詳しくは聞かない。

 そこでカリンとエギルの目がヤマトに向いた。

 ヤマトとエギル、カリンとヤマトの関係という話の流れからするに、次はヤマトがカリンとエギルの関係を聞く番、ということだろう。

 

「うーん、でも情報屋カリンだったら別にどこにいたってあまり違和感ないしなぁ」

 

「......ヤマトって、相も変わらず流れとか空気を綺麗に切り裂くわよね」

 

「あ、切り裂くってかっこいいかも」

 

「はいはい、そうですねー」

 

「......なるほど、2人の関係がなんとなく分かる会話だな」

 

 関係もなにも、ただの友達なんだけど......と考えるヤマトを見てエギルが再び小さく笑う。

 ヤマトは特になにも思わなかった。カリンは何か言い返そうとしてーー結局なにも言わなかった。

 それを見てエギルはさらに笑みを深くする。

 

「それで? お前たちの今日の用件はなんーーあぁ、そうか。何を悩んでいるかと思えば、ヤマトはあれか」

 

「え?」

 

「前に頼まれてただろ。クエストの報酬がーー」

 

「ほらっ!? こういう時はレディーファーストだと思うんだ僕! ってことでカリンからでいいよ」

 

 なんでこのタイミングでそれを思い出すのーーー!!?? と心の中でヤマトは叫びつつも、なんとか軌道修正にかかる。

 いつも自分のことを目の敵ぐらいの感覚で認識しているはずのカリンなら、ここで迷いなくエギルに先に用件を言うとヤマトは思っていたのだが。

 

「は? 別にヤマトが先でいいわよ。あなたが先に来ていたんだから。私だって順番ぐらい守るわよ」

 

 まさかのカウンターである。

 

(あれ? おかしい。いつものカリンなら僕にこんな言葉はかけてこないはずなのに!!)

 

 いつものカリンらしくない言動。というか、カリンが絶対にヤマトには言わないような言葉。

 しかも思い返してみれば、今日のカリンはいつもの『あれ』をまだ放ってきていない。

 その要因から、導かれる答えは一つ!

 

「カリンって、見た目もかなり綺麗だし、性格も良いから、将来良いお嫁さんになりそーー」

 

「にゃにゃなっ、なに言ってんのよ!?」

 

 ビュン!! と最近実践でも使えそうなレベルになってきたいつものパンチがカリンの右手から飛び出す。

 もちろんヤマトもそれをかわすが、それ以上に驚くべきことが判明し、表情に出てしまう。

 今のパンチは間違いなくカリンのものだ。ヤマトには分かる。なにせ会うたびに5~7発程度は放ってきているのだから。

 だが、それはつまり......

 

「まさか、カリンが本当に僕を気遣っていたなんて......!!」

 

「あなたは私のことをジャイ○ンか何かだと思ってるの?」

 

「だって、ツンデレで有名なあのカリンが、そんな素直になるわけ......」

 

「誰がツンデレよ誰が!!」

 

「......それで? 確かにお前らの漫才は見てて飽きないけどな。こっちも店の前でいつまでもそれやられてると商売上がったりなんだが?」

 

 エギルの声に、ヤマトもカリンも止まる。

 エギルも笑いながら言っていたし、皮肉などで言ったわけじゃあない。ただ確かにふざけすぎてしまったと反省するヤマトに対して、カリンは律儀にエギルに頭を下げて謝っていた。やはりいつものカリンらしくない。

 確かに、ヤマトからすればおかしく見えるかもしれないが、普段のカリンの素はこちらなのだ。それに疑問を持たれてもカリンも困るだろう。

 

「結局ヤマトが先で良いのか?」

 

「あー、いや。カリンが先でいよ。僕の方は本当に大した話じゃないしね」

 

「......ヤマト、あなた本当に大丈夫? もしかしてなにか悪いところでもあるんじゃ」

 

 どうやらカリンの中ではヤマトが誰かに気を使うことは病気と同義らしい。

 そのことにヤマトもさすがに苦笑いを隠せなかったが、早く話を進めるためにもエギルに用件を言うように先を促す。

 

「って、言われてもねぇ。私もそこまで急な話じゃな、い...し......」

 

「......カリン?」

 

 不自然に黙ってしまったカリンに声をかけるヤマト。だがカリンからは何も返事はない。

 しかもカリンが微動だにもしないので、さすがに心配になりヤマトもエギルもカリンの顔を見る。

 すると、やはり顔も微動だにしていない。だが、カリンのその目だけは妙に輝いている気がした。それはもう、少女漫画のキラキラ目のように。

 ヤマトはカリンの視線を追う。その視線はエギルの背後に向けられていた。

 そこにあったのは。

 

「......手袋?」

 

 カリンの視線の先。そこには先ほどまでエギルが並べていた商品の数々、そしてなんだか妙に毛のようなものが生えてモコモコしている手袋があった。

 いや、あれは本当に手袋なのだろうか? あれは手袋というよりは、もっとこうーー

 

「ん? 《ケモ手》がどうかしたのかカリン?」

 

 そう。それは獣のーーというより、猫の手を模したかのようなデザインになっていた。

 手のひらには大きく、そして弾力にとんでいそうな肉球。そして短い毛から僅かに見え隠れしている小さな爪。まさに猫の手。まさに《ケモ手》。

 

「って、いやいや。なんでそんなものがあるの? 《ケモ手》ってなに?」

 

「俺に聞くなよ。いつだったかこいつを売りに来たプレイヤーがいてな。珍しいもんだし買い取ったんだ」

 

「ふーん」

 

 大抵のことには無頓着、ガンスルーを決め込むことができるヤマトだが。さすがにこれは無視できなかった。

 こんなもの、一体誰に需要があるんだろう?

 確かにパーティーや宴会などで手にでもはめて登場すれば場は盛り上がるかもしれないが、この世界ではそんな機会はほとんどない。あってもボス攻略成功祝勝会ぐらいだ。

 そしてヤマトからすれば攻略組というのは頭が固そうなイメージがあるので(それはそれで偏見だが)、そんなメンバーがこの猫の手もどきを買うとは思えない。

 ヤマトはとりあえず手に取ってみようと思い、エギルに手渡してもらう。

 適当に表面を触ってみるが、やはりフサフサとした感触しか伝わってこない。

 次に人差し指でタップし、《ケモ手》のウィンドウを出してみると、なんと《ケモ手》は装備できることが判明した。

 うっそー......これって《クロウ》に分類されるの......とヤマトが愕然としていると、隣から妙に熱い視線を感じた。

 

「......」

 

 そこでヤマトは、隣の人物を確認はせずに、右手に持った《ケモ手》を上下してみる。それについてくるように上下する熱い視線。

 

「......」

 

 今度は《ケモ手》を左右に動かしてみるヤマト。そして再びそれについてくる熱い視線。

 そんな隣の某可愛いもの好き情報屋を見て、ヤマトはどストレートに言葉のボールを放った。

 

「......カリン、欲しいの? これ」

 

「そんなわけないわよ何を言ってるのこれだからヤマトは単細胞なのよ女子だから可愛いもの好き?ハッなにを安直なことを大体私はそんな子供っぽいものなんて好きじゃないわよ嫌悪の対象と言っても過言じゃないわそんなもの視界に入っているだけでもーー」

 

「エギルー、これ返すよ」

 

「ーーでも一情報屋としてはこのアイテムに興味あるわね。もしかしたら何か重要なアイテムという可能性もあるかもしれない」

 

(うわー、めちゃくちゃ欲しそう)

 

 ヤマトは自分でもこんなことをするのは珍しいと思いつつ、カリンに生暖かい視線を送る。それに対してカリンは別の場所に目を逸らした。

 別に、カリンも女の子。年齢もヤマトとそう変わらないだろう。そんなカリンがなにかメルヘンな物に興味を示そうが誰も文句はないと思うのだが......実際にピナを抱き締めて数時間離そうともしなかったという前例もあるわけだし。

 だがそんなヤマトの考えほど上手くはいかないのが乙女心なのだ。カリンのそれは幾分ひねくれているような気もするが。

 しかしこの場には、その乙女心を、少なくともヤマトよりは理解できる人物がいた。

 

「ほう、そんなに興味があるのなら譲ってやろうか?」

 

 この場で誰よりも(肉体的にも精神的にも)大人なエギルが切り出した。

 

「えっ!? いいのーーいえ。私はそこまで興味があるわけではないですし」

 

「そこまで言ったなら最後まで言えばいいのに」

 

「なにか言ったヤマト?」

 

「なんでもないよーあははー」

 

「まぁ、2人とも聞け。カリンも言っていただろう? このアイテムが何か重要なものかもしれないと」

 

 エギルの言葉に少し気まずそうにも頷くカリン。

 それを見て気をよくしたように笑うエギル。

 

「じゃあ、カリンの情報網を使ってこのアイテムを好きなだけ調べてみればいい」

 

「え......それは」

 

「あぁ。これはもちろん、攻略を助けるための行動だ。カリンが調べ終えれば返してもらって構わない。終わらなければ終わるまで貸しといてやる。気がすむまで(、、、、、、)調べてくれ」

 

 エギルの言葉を聞くごとに、どんどんカリンの表情が明るくなっていく。

 それもそうだろう。結局、エギルが言っていることを纏めれば「このアイテムをカリンにやろう」と、最初に言ったことと全く同じ内容になるのだから。

 カリンの意地とかも守りつつカリンに《ケモ手》を譲る。この辺りはさすがはエギルだとヤマトは舌を巻いた。

 カリンも少し考える素振りを見せたが、最終的には彼女の中で欲が勝ったのか、表面的には「仕方ないわね」というようにヤマトが持っている《ケモ手》に手を伸ばした。

 ーーが、それよりも一瞬早く、エギルがヤマトから《ケモ手》を奪い取った。

 その際にカリンの顔が捨てられた子猫のようになっていたが、それをツッコむとまた面倒なことになりそうなのでヤマトは何も言わない。

 

「あの、エギルさん......?」

 

「ただし、もちろん条件がある」

 

「条件ですか?」

 

「まぁ、そう大層なものじゃあない。ただ俺が欲しいアイテムを取ってきてほしいだけだ」

 

「アイテム......ですか」

 

「あぁ、あるクエストの報酬なんだ」

 

(ん!?)

 

 不意に、ヤマトの背筋に今日何度目かの悪寒が走った。

 あるクエスト、報酬。その単語がヤマトの思考をかき乱す。

 確か、ヤマトがエギルに依頼したことはあるアイテムが報酬のクエストを探すことではなかったか!?

 

「《森縁の宝物》ってクエストなんだが、その報酬の丸い石が欲しいんだ」

 

(やっぱり僕が頼んだクエストーー!!)

 

 もう冷や汗どころか、顔中ダラダラと汗をかきまくるヤマト。リアルなら即病院送りになっている。

 

「《森縁の宝物》......聞いたことないクエストですね」

 

「あぁ、最近出たばかりのクエストらしくてな。しかもほとんど最前線のクエストらしい」

 

 最前線と聞いて唸るカリン。

 カリンは自分に戦闘能力がないことを知っている。だからこそ情報屋をしているのだ。

 そんなカリンは、最前線で逃げ回ることはできても、戦うことはできない。

 つまり、最前線のクエストなんてほとんどクリアできないのだ。

 というか、ヤマトからすればなぜエギルがこのクエストの話をカリンに持ち出したのかが分からない。そのクエストはヤマトがすべきものだ。そのクエストの報酬も、欲しいのはヤマトであってエギルではないのだかーー

 そこでヤマトに電撃が走った。

 まさか......

 ヤマトの顔色がもう完全に危ないレベルまで悪くなったのと反対に、最前線のクエストと聞いて今まで落ち込んでいたカリンの顔が一気に明るくなる。

 ヤバイ、とヤマトは直感し逃げようとしたが、それよりもカリンの手がヤマトの肩を掴む方が早かった。

 

「ねぇ、ヤマト」

 

「どうしたの、カリン?」

 

 いつも通りの会話。

 そのはずなのに2人の間の空気は完全に異常だ。

 いつもは余裕があるはずのヤマトに余裕がなく。いつもテンパっているカリンが落ち着いている。

 

「あなた、いつものように大した用事はないのよね?」

 

「なかなかに酷いこと言ってくるね......」

 

「ヤマト、私の代わりにクエストをクリアしてきなさい」

 

(やっぱりそう来たかぁ......)

 

 ヤマトはもう諦めたように笑うしかなかった。

 出店の中では、エギルが楽しそうに笑っている。

 ここまで完全に、エギルにしてやられた。この会話の流れは全て読まれていたのだろう。

 この様子ではヤマトがプレゼントを送りたい相手=カリンということもバレているだろう。

 

「お礼は弾むから!!」

 

「お礼って言われても......」

 

 カリンが手を合わせて頭を下げて来る。

 あのカリンが、あのヤマトに、だ。

 すでに逃げ道など存在しない。

 もうここまで来ては完全に詰み。ここからの逆転はあり得ない。

 ヤマトにはカリンの頼みを聞いて、クエストにいく道しか残されていない。

 その上ヤマト自身も、カリンには少なからずお世話になっているのだ。基本我が道を行く彼でも、その恩人にここまで頼まれては無下にはできないわけで。

 

「......はあ、分かったよ。行くよ」

 

 結果、この日ヤマトはカリン(とエギル)に、完全敗北したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで先ほど藍髪少年のせいで明かされなかったカリンとエギルの関係を説明しておこうと思う。

 この二人の関係は、一言で言うならば『お得意様』だ。

 カリンはエギルに情報を売り、エギルはカリンにアイテムを売る。

 そんな2人の出会いは、カリンが中層のプレイヤーに情報を売っているところにエギルが来た、というものだった。

 カリンもあとになって知ったことではあったが、エギルは攻略組である本人の知識や技術を使って中層プレイヤーの育成を行っており、カリンと出会ったときも中層プレイヤーを育成していたところだったのだ。本人は知り合いには隠したがっているが。どうやら恥ずかしいらしい。

 かたや、中層プレイヤーを中心として情報を売っている情報屋。かたや、中層プレイヤーを育成してる攻略組兼商人。

 そんな2人が互いの存在を知り、持ちつ持たれつの関係になるにはそこまで時間はいらなかった。

 ぐちぐち言いながらゲッソリ顔のヤマトをエギルと見送ったカリンは、早速今回の自分の目的である、エギルとの情報交換を開始した。

 といっても、そんな大層なことをするわけではない。

 単純にエギルに頼まれた情報や、中層プレイヤーの育成に役立ちそうな情報をエギルに伝え、それにみあった情報や、アイテムをエギルから貰うだけだ。

 mob、新クエスト、武器、アイテム等の情報。今までもう何度も行ってきた問答をし、互いに新たな情報を得ていく。

 そうして互いにある程度情報を言い、一段落ついたとき、カリンはエギルに聞いた。

 

「.......それで? ヤマトが何か隠していたことは、私は聞いてもいいんですか?」

 

「おっと、気づいてたか」

 

「当たり前ですよ、洞察力が優れていないと情報屋なんてやっていけません.......って言いたいですけどね。単純にあのバカの場合、普段が本当にバカ正直に会話しているから、何か隠そうとしたら不自然すぎて一瞬で分かりますよ」

 

「まぁ、そりゃそうだ」

 

 肩をすくめて見せるエギル。そういえばエギルはヤマトとの会話中、妙に笑っていたが、もしかしたらそんなコウキの不自然さがツボにでもはまって面白かったのかもしれない。

 事実、カリンとしても、少々、いやかなり楽しくはあった。

 普段は適当にあしらわれまくっているぶん、ヤマトに会話で勝てたときの嬉しさは、かなりのものだったのだ。

 あまりの嬉しさに、「お礼は弾むから」などと口走ってしまった気もするが、今はそんなことどうでもいい。カリンのテンションはそれほどまでに上がっていた。

 ただそんな喜びが生まれる反面、ほんの僅かにではあるが気に食わなくもあった。

 その会話でカリンが勝つ要因となったヤマトが隠していた何かの秘密。

 別に、カリンだって隠し事をヤマトにされることぐらいはいいのだ。誰にだって人には言えないような悩みや秘密ぐらいあるだろう。

 ただ、その隠し事とやらをヤマトとエギルは共有しているのに、同じこの場にいた自分だけは蚊帳の外、そんな状態が嫌なのだ。

 もしも藍髪少年が今のカリンの心の中を覗くことができたなら「それって結局寂しいだけだよね?」とぶっこんできそうだが、今この場にそんなことを言う人物はいない。

 

「それで、どうなんですか?」

 

「お前も分かりながら聞いてるだろ......これだけはどんな情報やアイテムとも交換できねぇな。男の沽券に関わる」

 

「男と男の約束......ってやつですか?」

 

「そうなるな」

 

 そう言われてしまっては、カリンは押し黙るしかなかった。

 ただ、自分も少し無理を言っていると思ったのか、エギルは自分から新しい話題を振る。

 

「それにしても驚いたな」

 

「なにがですか?」

 

「お前さんが言っていたムカつくけど大好きな相手ってのが、まさかあのヤマトのことだったなんて」

 

「言ってませんそんなこと!! ......あ、いや、確かに言いましたけど、前半の部分だけです!! なんですか、だ、大好きって!?」

 

「ん? いや、俺はお前がグチグチよく言いに来ていたのは、てっきり惚気かなにかかと」

 

「そんなわけないですよ!! 誰があんなマイペースキザ刀バカのことを!!」

 

 最近はたまに会っているシリカにも同じようなことを言われているカリン。

 確かに、ヤマトとはなんだかんだ言って1層からの付き合い。しかもたまにドキッとするようなことも無きにしもあらずではあるけど.....かといってこれが恋愛感情だなんて、そんなことがあるはずがない。そもそも自分はヤマトのことが嫌いなのだから!!

 と、基本的に大人な対応ができているが、ヤマト絡みになった途端に年相応にまで精神年齢が下がるツンデレ中層情報屋。

 自分の気持ちを理解できない人は、いつどこでも苦労するのは古来からの絶対法則なのだ。主に弄られ対象として。

 

「じゃあ、なんでそんなに一緒にいるんだ? お前が俺のところに来たとき、毎回話していくぞ?」

 

「それは......そう! あのバカの思考回路ってよく分からないですから。私はヤマトを観察対象として見ているんですよ!! なにか分かれば、さっきみたいに会話でも勝てるかもしれなですしね!」

 

「......なるほど」

 

「? なにがですか?」

 

「いやな。ヤマトのやつが俺のところに来るたびに、『前からよく会うツンデレさん』の話をしていくからな......確かにこれはツンデレだな、と」

 

「だからっ!! ツンデレじゃなーーーーーーーーいっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 こうして、結局カリンはヤマトが隠していたことの内容については、一切聞くことができなかったのだった。

 そしてこれが、小さくも大きい事件の始まりになっていることには、誰も気づかない。 

 




はい、新章突入&ヤマトのツッコミ回でした。

やっと新章に入れた......すごい寄り道したからなぁ。よかった、ちゃんと入ることができて。
あ、ちなみに新章は主人公変更! とかそういう話ではないです。単純にここにしか入れられなかっただけです。ごめんなさい。
この章から一気に話を動かしていくので、お楽しみに!!(とかいってまーた無駄に話を長くしそうですが)

それにしても、ヤマトくんのツッコミもありと言えばありですね。カリンと2人きりじゃできそうにないですけど。

次回は......一度本編に戻ります(伏線


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36話目 感化と想い

36話目です!!

コウキ「そういえばさ」

ミウ「ん?」

コウキ「俺たちって、ゲーム入る前に《キャリブレーション》? ってやつで体のサイズとかを決定してたよな?」

ミウ「うん、そうだね」

コウキ「じゃあさ......この世界のなかだと、俺たちって成長しないのかな?」

ミウ「っっっ!!! そ、そっか!!!」

コウキ「え、いきなりどうしたんだ? そんな目ぇ見開いて」

ミウ(そうだよ。体が成長しないから私はまだ残念ボディなんだ。だからきっと今ごろ現実の私の体は大人っぽく成長しているはず。なんたって成長期なんだし!!)

コウキ「えーっと......なんかミウが急に黙っちゃったけど......本編どうぞー」

ミウ「待っててよ私の体ーー!!!」


「こんにちわー」

 

「あぁ! ミウちゃん久しぶりー!!」

 

「わぷっ!?」

 

 久方ぶりに《旋風》に来た俺とミウ、そしてヨウト。

 扉を開けた俺たちを出迎えたのは......フィナさんの熱い抱擁だった(ミウにだけだけど)

 

「もー、ミウちゃんたち最近来てくれないから寂しかったんだよー?」

 

「ちょっ、ちょっとフィナさん、ごめんなさい、最近来なかったことは謝るから離して、あっ、ん......本当にダメーー!」

 

 おぉ......いつもは抱きつく側のミウが抱きつかれて、しかも慌ててる......なんか新鮮な構図だな。

 でもあのフィナさん? ちょっとスキンシップ激しすぎません? なんか少しずつミウの声がいつもと変わってきてるんですけど。具体的には朝っぱらからしてはいけない感じに。

 

「おー!! コウキ、俺すごいことに気がついた!!」

 

「聞きたくないけど......なに?」

 

「俺、基本巨乳派だけど、なんかミウちゃんみたいな明るい子なら胸なくてもーーへぶらっ!?」

 

「それ以上言ったら二度と話せなくするぞ変態」

 

「もうすでにやられかけたよ!! なんだよ口に肘鉄って!?」

 

 いやしてねぇよ。寸止めしたし。勝手に飛んでいったのお前だろうが。

 いつも通りなヨウトの反応に、ついため息をついてしまう。

 なんでこう......ヨウトはこうなんだろう? 別にそこまでしなくてもいいのに。

 最近のヨウトは少しその傾向が強すぎると思う。リリの時もそうだったし。

 

「......なんでお前って、ヨウトなんだろうなぁ?」

 

「あれっ!? もしかして今俺、存在全否定されてる!?」

 

「おー、してるしてる。ちょーしてる」

 

 ヨウトの反応にまたため息をついてしまった。

 まぁ、こいつはこういう奴だから仕方ないか。今はそれで納得しておくことにする。

 

「ちょっと!? 2人とも話してないで私のこと助けてよー!!」

 

 ごめんなさい。俺はヨウトと違ってガールズラブに耐性ないので刺激が強すぎます。

 

 

 

 

 

 

 

「ミーちゃン来てくれたのカ! 久しぶりだナー」

 

「わー、アルゴー......って、なんでアルゴも抱きついてくるの!? なんで私の体まさぐるの!?」

 

「アー、ミーちゃンの体ってプニプニで気持ちいいナ」

 

 そう言いつつ、店に入り次第ガールズラブ第2回戦を始めたアルゴ。何を言いたいのか俺に視線を寄越してくる。

 なんですか? 俺が羨ましがっているとでも言いたげな視線だなおい。

 別に羨ましくねぇよ。俺が抱きつきに行ったら通報されるに決まってるだろ。イケメン以外の男子の世の中の厳しさをなめるなよ。

 

「......」

 

 ただ、まぁ、よくよく考えると俺って、1層の時にミウに抱き締められているわけで......

 あの時の感覚というのは、その、悶絶したこともあって、恐ろしいほどに記憶に刻み込まれてしまっているわけで......

 ........................。

 

「......コウキ? いきなりどうした? 顔赤くして」

 

「な、何でもないって!!」

 

 ヨウトに声をかけられて、なんとか思考を元に戻すことができた。

 俺、朝から何考えてんだよんだよ......しかもミウ相手に、失礼すぎるだろ......ヨウトじゃあるまいし。

 邪念よ消え去れ邪念よ消え去れ色即是空、空即是色......とよく覚えてもいないお経を適当に唱えつつ、そろそろ本当に涙目になってきてミウを救出するべく、そして邪念を振り払うべく、アルゴに突撃を決行する俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が多大な被害を被りながらも(主に恥ずかし情報)、ミウ救出はなんとか成功を納めた。

 その際にミウが俺に抱きつこうとしていたが、それは丁重に断らせてもらった。俺の邪念とかそういうのが再降臨しそうだったから。

 今はフィナさん以外の4人ともカウンター席について、フィナさんはカウンターの向こうで立っている。ようやく話す体勢になった。

 

「それで? 今日はアルゴに呼ばれてここに来た訳なんだけど。用件は?」

 

 昨夜、俺たち3人にアルゴからメッセが届いたのだ。

 内容は簡潔で『少し困ったことになっタ。力を貸してくれないカ?』ということだ。

 そんなメッセが届けば、ミウはいつものように動くだろうし、ヨウトも面白そうと言って動く。

 もちろん俺としてもアルゴからの頼みでは、無下にはできない。お世話にもなっているし、借りが山のようにあるからな。

 というわけで今日、俺たちはここ《旋風》に集合したわけだ。

 アルゴは、俺の言葉を聞くとシニカルに笑う。

 

「そんなに慌てるなヨ。落ち着きのない男は嫌われるっテ、おねーさんは教えたはずだロ?」

 

「いや、初めて聞いたよそんなこと......ていうか、いつも余裕綽々って感じのお前からあんな簡潔な文章が来たら、そりゃ誰だって慌てるだろ」

 

 俺に続くように、ミウもヨウトも頷く。

 フィナさんはこれと言って反応は見せなかった。もしかしたらすでにアルゴから話を聞いているのかもしれない。

 

「ニハハー......まァ、おねーさんにはこれと言って問題はないから安心していいゾ」

 

 笑いながら言ったアルゴの言葉に、妙なしこりを感じた。

 ただ言い回しを間違えた、そんな感じには聞こえなかった。ということは......これ以上聞いてほしくはないのか。

 俺がアルゴの本心を探りかねていると、話は俺を置いて先に進んでしまう。

 

「せっかく久しぶりに会ったんダ。互いの近況報告ぐらいはしようじゃないカ」

 

「......まぁ、そうだな」

 

 アルゴ本人がそう言うのなら、俺が悩んでも仕方がない。

 俺は軽く頭を振って思考を切り替える。

 

「でも、近況報告って言っても、私とコウキは当たり前として、最近はヨウトともよく会ってるしなぁ」

 

「ミーちゃん言ってたじゃないカ。確か最近リリって新しい友達ができたっテ。そいつのことを教えてくれヨ」

 

 リリの名前を呼ばれて、肩を震わせるヨウト。

 ヨウト......お前ついにそこまで反応するようになっちまったか......

 まぁ、確かに会うたび会うたびに、無視、怯えられる、天然罵倒が飛んでくればそうもなるか。

 俺もミウもできることはやってみたんだけどなぁ。

 例えば、それとなくヨウトの良いところを伝えてみたり。実寸大のヨウトと話してもらうことでヨウトが嫌いという印象を変えてみようとしてみたり。

 ただ全部失敗に終わってしまったが。マゾゲーが好き、という人もこの世の中には存在するらしいが、これはいくらなんでも難易度が高すぎる。

 そんな感じにリリのことをアルゴとフィナさんに説明する。終始ヨウトは涙目だったが。

 すると、さすがにヨウトに同情したのか、アルゴもフィナさんも苦笑いした。

 

「ヨウト君もなんというか......苦労してるね~」

 

「うぅ、そうなんだよ......慰めてよフィナー」

 

「おぉ、よしよし」

 

 カウンターにぐてーっと突っ伏したヨウトの頭を撫でるフィナさん。

 アルゴもいつの間に注文したのか、団子のお菓子をヨウトにあげている。

 

「フィナの手柔らかいな~」

 

「ははっ、ありがとー」

 

「それに優しいしさ~」

 

「えっ? も、もう、急になに?」

 

「スタイルいいし、美人だし、スタイルいいし、料理うまいし、スタイルいいし......」

 

「......」

 

「そうだっ! フィナ、俺と付き合ーーからぁ!!??」

 

 ヨウトが何か言おうとして口を開けた瞬間に、フィナさんが何かをいれた。

 俺とミウが首をかしげていると、アルゴが俺とミウに何か小瓶のようなものを見せてきた。

 これは......キムチ?

 その瓶の中には、何かの野菜が赤く染まったような物体が詰め込まれていた。瓶に張られているラベルによると、ご飯のお供にでも食べると美味しいらしい。

 ただ単体だと舌が崩壊するレベルで辛いので注意が必要by フィナ......

 

「これナ、《スピードスター》も開発に関わってたんだヨ。その注意書きモ、本当は《スピードスター》の感想だしナ」

 

 ニハハー、と笑いながら団子を食べるアルゴ。

 いつの間にかヨウトにあげてた団子、自分で食べてるし......

 

「フィナ、水、水ー!! ってなんで上から頭押さえつけるんだ!?」

 

「ふんっ」

 

「ここで無視......だと!? 誰かっ、水プリーズ!! あっ、是非ともミウちゃんに!!」

 

「なんで私?」

 

「だって他の2人って、頼っても仕方がなーーなんで!? なんでアルゴも押さえにかかってくるの!?」

 

「これについては完全にヨウトが悪いと思うから私は助けません」

 

「そんな!? ミウちゃんまで見放さないでよーー!!」

 

 口の中が辛いのに頭と体を上から2人がかりで押さえつけられているという地獄絵図。しかもフィナさんなんかヨウトの口の中に第2波を放り込もうとしてるし。

 皆ヨウトに冷たい態度を取りつつも、笑っている。ヨウト自身も笑っている。これは楽しいじゃれあいだと表情が物語っている。

 実際、何も知らない人が見ても、くすりと笑ってしまうような光景では確かにあると思う。俺自身、少し面白く感じているから。

 だが......

 

「なぁ、ヨウト」

 

「ん!? なにコウキ、水くれんの!?」

 

 頭を押さえつけられながらも器用に俺の方を見るヨウト。

 その表情は、やはり笑顔。

 ......なぁ、ヨウト。お前はーー

 

「......ほらよ」

 

「わぷ!? 水筒ごと投げつけないでくれますか!?」

 

「うっせぇ。ミウも言ってたけど、今回はお前が悪い」

 

「そんな、殺生なーー!!」

 

 ヨウトの叫びが悲しくも木霊する。

 それを聞きながら俺は、ヨウトへの罪悪感と苛立ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それデ、お前たちをここに呼んだ理由だけどナ」

 

 2人がかりで押さえつけられた上、本当にキムチもどき第2波を口に放り込まれ、完全に沈黙してしまったヨウトを放置してアルゴが切り出す。

 

「またすごい勢いで話題転換するな......」

 

「まぁ、アルゴちゃんだからねー」

 

「うるさいナ、あとアルゴちゃんやめろっテ」

 

 アルゴがカウンターの向こうにいるフィナさんを睨み付ける。

 前から思っていたけど、アルゴ、そんなに『アルゴちゃん』って呼ばれるの嫌なんだろうか? 身長的にだけ言えば、これ以上ない呼び名ーーあ、ごめんなさい。何でもないです。そんな猛禽類のような目で睨まないでください。

 今度は俺を睨んできたアルゴだったが、空気を入れ替えるように一度咳き込む。

 

「俺っチがお前たちを呼んだのはナ、少し調べてきてほしいクエストがあるんダ」

 

「えっ......クエストって、普通のクエスト?」

 

「あァ」

 

 アルゴの言葉を聞いて安堵の息をつきつつも、少し首をかしげるミウ。

 その反応も無理はないと思う。俺もアルゴの雰囲気から、もっとマズイ状況になっているんじゃないかと思ってここに来ていたから。

 だが言い渡されたのは、クエストの調査依頼。これでは拍子抜け、というよりも疑問の方が先行してしまう。

 

「確かアルゴって、いつも戦闘系のクエストは誰かに依頼して調べてるんだよね?」

 

「まァ、探索系でもたまに依頼するケド、大体そんな感じダ。今回はいつも頼んでいる『お得意様』が都合悪くてナ」

 

 皆忙しくて大変ダ。そう言ったアルゴに、また先程のような妙なしこりを感じた。

 情報屋《鼠》のアルゴ。彼女の噂や武勇伝は数えきれないほどに存在する。

 いつの間にか背後に立っているだの、頼まれた情報は必ず手にいれるだの、彼女の機嫌を損ねた攻略組のプレイヤーはこの世界では生きてはいけないだの。

 そんな中でも、特に有名なのは、情報の正確さだ。

 とにかく、アルゴが取り扱う情報には間違いがない。まさにリアルでも売っているようなゲームの攻略本と同等か、それ以上の正確さを誇っている。

 そんなアルゴなら、情報収集のためには、絶対の信頼があるプレイヤーにしか、手伝ってくれ、なんて言わないはずだ。今回の場合はその『お得意様』とやらか。

 いくら仲の良いミウがいるからと言って、アルゴが俺たちに頼んでくるような内容ではないはずなのだ。

 それなのに俺たちに頼んできた。それはつまり、おそらくその『お得意様』に相当な事情があった、ということなのだろう。

 そして、アルゴのお気に入りで、アルゴからそれほどの信頼を勝ち取る人物と言えばーー

 

「ーーはぁぁぁぁぁぁああ......」

 

「わっ、コウキ君、いきなりどうしたの?」

 

「ごめんなさい、最近コウキ急に自己嫌悪モードに入ることあるから......」

 

「そ、そうなんだ?」

 

 ミウが俺の代わりに話してくれていることに感謝しつつ、なんとか自己嫌悪を抑え込む。

 こうやって、誰でも見境なく相手の内側の事情を探るのは、さすがによくないだろう......

 相手のことを理解したい、と思うことと、相手が隠したがっていることを無理に探り出すのは全くの別物だろう。そりゃあ、そういうことが大切な時もあるんだろうけどさ。

 ただ、相手の裏側ばかりを探ろうとするのは、ただの嫌な陰湿な奴だ。最近、ミウやリリと一緒にいると本当にそう思う。

 

「ごめん、何でもない......それで? 調査してもらいたいクエストって?」

 

「あァ。いヤ、クエストそのものは前にも調べたことがあるクエストなんだケド。なんか最近になってそのクエスト、別ルートでも攻略ができるようになった......かもしれないんダ」

 

「最近になって......てことは、上層の攻略進度によって開くようなクエストルートってことか?」

 

「多分ナ」

 

 リリと......あと少し違うけど2層のフィールドボスなんかもそんな感じだったな。

 まぁ、この世界ならこういうクエストの解放条件もありなんだろうけど......こんなに同じ条件ばっかり被るものなんだろうか?

 

「とにかく、そのクエストを受けて、実際のところどうなのよ? ってことだよな。了解」

 

 すると、いつの間にか復活していたヨウトが言う。

 

「ちょっ、ヨウト! せめてクエストの内容聞いてから返事しろよ!」

 

「ん? だってアルゴが一応俺たちに話振ってきたってことは、難易度の安全はとれてる......ってことだろ?」

 

 それは分かるけど、それだけが問題じゃないだろうが......

 ただよく分からないクエスト、安全はとれている。それならアルゴ本人が一人で行くはずだ。

 それをしないってことは......

 俺が、まだなにかあるんだろ? と視線を送ると、肩をすくめるアルゴ。

 

「お察しの通リ。このクエストには問題が2つある。1つ目はこのクエストが戦闘系ノ、しかも虐殺系ものだってことダ。俺っチが戦ってたんじゃ効率が悪すぎル」

 

「でも、いつもは誰かについていってるんでしょ? それならそんなに問題ないんじゃない?」

 

「いつもはナ。ただ今回は2つ目の問題のせいでそれができないんダ」

 

「2つ目......?」

 

 コクン、とアルゴは頷き、間髪入れずにその2つ目の問題点を言った。

 

 

 

 

「このクエストはナ、ソロプレイヤーしか攻略できない仕様になっているんダ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルゴの話を纏めるとこうだ。

 まず第一に、アルゴが言ったクエストはソロでしか挑戦できない。

 といっても、クエストが受けられないわけではない。正しくは、その新しいルートがソロでしか開かれないかもしれない、ということだ。

 そして他のルートがあるかもしれないといっても、そのクエストの基本体系は虐殺系。アルゴがソロでチャレンジするのは効率が悪い。

 ならば、ソロプレイヤーにだけクエストを受けさせて、アルゴはそれについて行くだけでいいのではないか、というのも望み薄のようだ。理由は、それができるのならもうとっくのとうに見つけているはずだから、とのこと。

 アルゴは他のプレイヤーに......まぁ、なんというか、許可をとらずにこっそり着いていくこともあるらしい。が、それでも今までそのクエストで別ルートを見たことはなかったらしい。そのことからクエストを受けたものしかその別ルートには入れない、という予想がたったらしい。

 そしてアルゴがクエストを受けても、結局虐殺系なので効率がーーと、堂々巡りになってしまう。

 

「もちろン、これで決まりって訳じゃないガ、今までの情報からすると可能性は高いと思ウ」

 

 アルゴがフィナさんに新しく注いでもらったお茶を飲みながら言う。その表情はあまり明るくない。

 その様子を見ながら俺は考える。

 ーー多分、アルゴも無理を言っているという自覚はあるんだろう。

 俺とミウがーーというより、プレイヤーがパーティーを組む一番の理由は、死なないためだ。

 他のゲームならば、友達付き合い、相手が面白いからなどといった理由もあるんだと思うが、この世界ではやはり死ぬか死なないかが一番の問題だ。

 そんなパーティーを組んでいるプレイヤーに、アルゴはソロプレイをしてくれ、と言っているのだ。そりゃあ頼む側も心苦しいものはあるだろうし、頼まれる側もあまり良い顔はしないだろう。

 ミウを見れば、ミウも両手で包んだ湯呑みを膝の上に置いて見つめている。そして時々、俺の方をチラチラと見てくる。

 私は困ってるアルゴを助けたい。というミウの考えが痛いほど伝わってくる。

 ただ俺の意見も聞いてから......といった具合か。

 ......ソロプレイ、か。

 その単語は、考えれば考えるほどに重くのし掛かる。

 ソロプレイのメリットは何か? と聞かれても、正直俺にはそこまでの答えを用意できない。精々パーティー内での小競り合いということがない、ぐらいだ。

 だが、デメリットは? と聞かれれば山のように浮かび上がる。それは俺への危険、ということもあるが、それよりもミウへの万が一を考えてしまう。

 いや、それは言い訳か。ミウは強い。それこそ本当に、どうして俺とパーティーを組んでいるのかと本気で疑問に思うほどに。ミウなら仮にキリトとパーティーを組んでもなんなくこなしそうだ。

 だから、今現時点での問題は、俺。俺がどうするか。その一点にすべてが集約しているのだ。

 .............................

 

「......うし。まぁ、この場合はやっぱり俺だろ?」

 

 俺が考えに耽っていると、ヨウトが凝り固まった空気を切るようにそう言った。

 

「もともと俺はソロだしさ? それに対してコウキもミウちゃんも、ソロに関しちゃほぼ初心者だ。無理してまで行く必要はないだろ」

 

「それは、そうだけど......でも、やっぱり......」

 

 ミウが奥にものが詰まったように言う。

 ......うん、そうだよな。これがミウだ。

 自分の危険よりも、誰か友達、もしくは見知らぬ人でも困っていれば見捨てずにはいられない。

 そんな考え方が、俺にはすごく眩しく感じる。それはミウの考えが正しい、と俺自身が分かっているからだろう。

 ......それなら、このままじゃダメだよな。もう今まで通り眩しいと思うだけじゃ、羨ましいと思うだけじゃ、もう足りない。

 俺も、いい加減に前に進まないと、ダメだ。

 

「ミウちゃんの気持ちも分かるけどーー」

 

「ヨウト」

 

 ヨウトの言葉を遮るように言う。

 そしてーー

 

 

 

 

「俺も、いや、俺たちも受けるよ。その依頼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......で、よかったのかよ?」

 

「? なにが?」

 

「だから、このクエストだよ。別にお前らはこのクエスト受けなくてもよかったんだぞ。コウキだってソロには反対なんじゃないのかよ?」

 

 どこか拗ねたような雰囲気を出しているヨウト。そこまで俺がソロを了承したのが意外だったのか。

 とある最前線近くの層の、とある森。俺たち3人はアルゴに頼まれたクエストを受けて、クエストの内容であるmob狩りのため指定された森に来ている。

 この森はこれといって変わった点はない森、この世界でもどこにでもあるような森だ。強いて挙げる点があるとするなら太陽の光があまり届かず、暗くて視界が悪い、ということか。

 少しミウたちと離れたぐらいで見失うほど暗くはないが、木の陰にでも隠れているmobに急襲されると、一瞬反応が遅れそうで少し怖くはある。実際、先程から何度かmobと戦闘しているが、そういった場面があった。

 一応、mobの討伐目標数には先ほども3人とも達したので、これ以上戦う必要はない。だから襲われても逃げればいいのかもしれないが、それでも怖いものは怖い。

 ヨウトに言われて、視界の左端に表示されている自分のHPバーを見る。

 いつも自分のHPの下にはミウのHPバーが表示されているが、今はない。俺が今ミウとパーティーを組んでいない何よりもの証拠だ。

 この世界に入ってから、ミウのHPバーが視界内にないなんてことは最初の2日間ぐらいしかなかったので、ひどく違和感というか、不安を感じる。

 俺はそれを振り払うためにも、肩をすくめてヨウトに答える。

 

「アルゴには山ほど借りがあるからな。俺は義理堅いんだよ」

 

 もちろん、それもある。ただそれが主ではない。

 本当の理由は......まぁ、これといって特別なものではない。常々思っていたことだ。

 もっと強くならなければ。それこそ、ミウと肩を並べられるほどに。

 今までも策を弄して、小技を使って、隙を突いて、もちろん俺自身の力も鍛えて、なんとか食らいついていたけれど、それではもう足りないんだ。

 だから、良い機会だと思った。

 ソロでクエストに挑戦。ミウや他の人の力を借りずに戦うことで、俺自身の力を試し、そしてもっと向上させることができるかもしれない。

 もっともっと強くーーそう思っていたのに。

 

「ーーなんで俺たち3人で行動してんだよ!?」

 

「いや、しょうがないだろ。いくらお前らでも、いきなりソロプレイなんてさせられないっつの。それに『一応』ソロだろ?」

 

 ヨウトがため息をつきながら自らのHPバーがあるだろう場所を指差す。

 確かに、先ほども言ったように、今そこにミウのHPバーは存在しない。

 

「た......しかにそうだけど! なんか違うんだよ!!」

 

「違うって、なにが?」

 

「そ、それは......ふん」

 

 何か探るような目で見てくるヨウトの視線から外れるようにーー気まずさからもーー顔を背ける。

 強くならなければならない。その考えは俺の考えであって、今回のアルゴの頼みとは関係ない。ならばヨウトに言うのは何か筋違いだと思ったのだ。

 だがそうすると訪れるのは居心地の悪い沈黙。3人もいてこの雰囲気はマズイと思ったのか、ヨウトがすぐに口を開いた。

 

「......なぁ、ミウちゃんからもなんとか言ってやってくれないか?」

 

「..................」

 

 ヨウトが声をかけるが、ミウは特に反応を見せずにただ虚空を見上げている。

 ......?

 

「......ミウちゃん?」

 

「ーーふぇ? あ、うん。ごめんごめん。なんだっけ?」

 

「あー......いや、なんでもないよ。ミウちゃんこそなに見てたの?」

 

「なにって......なんなんだろうね?」

 

「まさかの聞き返し!?」

 

「ははは、ヨウトー、女の子は不思議でいっぱいなんだよ?」

 

 ......なんというか、この2人は余裕あるなぁ。

 ヨウトはともかくミウも俺と同じでソロの経験なんてほとんどないだろうに。

 俺なんか、さっきから目に入る情報を細かく検査するレベルで辺りを見回してるのに......やっぱり実力の問題だろうか? 強ければ心にもゆとりが、みたいな。

 後ろで軽い会話を繰り広げているミウとヨウトを見て、よりいっそう強くなりたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

 ひどく居心地が悪い。

 もう何度もそう感じたけれど、その度にコウキやヨウト(ほとんどヨウトだったけど)と小話をして気分をまぎらわしてきた。

 話しているとき、戦っているとき、とにかく他のことに意識が向いているときは良いんだ。『そのこと』を意識しなくてすむから。

 でも、ただ無言で歩いているときはダメだ。あまりの居心地の悪さに頭をかきむしりたくなる。

 今もそう。あぁ、気になる気になる気になる。イライラするむずむずするモヤモヤする。あー、もうーー

 

「ミウちゃん、聞いてる?」

 

「うぇっ!?」

 

「いや、『うぇっ!?』って......ミウちゃんから話しかけてきたんだろ?」

 

 隣でヨウトが少し困ったように笑う。

 しまった、そうだった。さっき私、また耐えられなくなってヨウトに話しかけて......

 それを理解すると同時にヨウトへの申し訳なさと恥ずかしさが湧いてくるけど、それはなんとか抑えて、すぐにヨウトに謝る。

 ヨウトは「気にしなくていい」って言ってくれた......けど、さすがに今回は失礼すぎたからもう一度謝ると、またヨウトは苦笑いしてしまった。

 私もつられて抑え気味に笑っていると、不意にヨウトの雰囲気が変わった。

 

「ミウちゃんはいいの?」

 

「なにが?」

 

「コウキのあの行動」

 

 ヨウトが前を歩くコウキを見ながら言う。小声で話しているのは、コウキにはあまり聞かれたくないからか。

 なんとなく、ヨウトが言いたいことは私にも分かった。

 多分、またコウキが1人ド壺にはまってしまっているんじゃないか? 手を貸さなくてもいいのか? そういう類いのことだと思う。

 それを踏まえた上で。

 

「別にいいんじゃないかな」

 

 私はヨウトに言った。

 ......前から思ってたけど、ヨウトって結構過保護っぽいところあるよね。今も私の言葉にすごく反論したそうな表情してるし。

 私もいつもなら何か言っているかもしれない。でも今回は言わない。それはアルゴの頼みを達成するため、とかじゃなくて。

 この前ーーあの夜のことだ。コウキが1人一心不乱に剣を振っているところを見た、あの時。私はなんて考えなしなんだろうって、改めて思い知らされた。

 私はよくコウキに、無茶しないで、って言っているけど、コウキが無茶をするのにだって理由があるんだ。

 それは、私が弱いから。そしてーーコウキが弱いから。

 ひどく上から目線になってしまうけど、多分そういう話だ。

 私が強ければ、コウキにもっと楽をさせてあげられる。

 コウキが強ければ、コウキはもっと安全策で戦える。

 そのためにもコウキは寝ることなんか後回しにしてでも、自分の力を磨いてる。それでも足りないからコウキは一か八かの戦いに身を投じているんだ。

 そんなコウキが、もっと強くなるために、今こうして自分の力をさらに磨こうとしているのなら、私はそれを応援して、そして一緒に強くなりたいと思う。

 

「ヨウト」

 

「ん?」

 

「......もっと、コウキのことを信じてあげてよ」

 

「......っ」

 

「私はさ、2人の間に何があるのかは知らないよ? 無理に聞こうとも思わない。でもさ、偉そうかもしれないけど、コウキはいつまでもヨウトにおんぶにだっこされないといけないほど、弱くはないと思う」

 

「......」

 

「だからさーー」

 

「あ、おい! 2人とも!!」

 

 コウキのこと信じてあげてよ。

 ......そう言い締めようとしていたのを、コウキの声で中断されてしまった。

 

「コーウキー?」

 

「え、なんで俺そんなにジト目向けられてんの......?」

 

「別にー?」

 

 ただ、コウキのあまりのタイミングの悪さにちょーっとだけイラッとしてるだけだよ。

 このままコウキにプレッシャーを与え続けてもいいけど、それでは話が進まないから引っ込める。

 

「それでどうしたの?」

 

「あ、あぁ、ちょっとこっちに来てくれ」

 

「はーい......あれ、ヨウト? 行くよ?」

 

「......おう、分かった」

 

 ヨウトが返事をして私たちのあとを追ってくる。小走り気味に。

 ちゃんと移動しているはずなのに、それなのに、私にはヨウトがあまりの出来事にただ立ち尽くしているようなイメージが、頭から抜けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これこれ」

 

 コウキが言う場所まで行くと、そこは鬱蒼と繁っている木々の中にある、少し開いた空間だった。

 開いた、というよりは閉じられた、の方が正しかもしれない。その空間は回りが木の枝や幹が編み込まれた壁、かまくらが雪の代わりに木で作られているような場所だから。なんだかすごく良くできた秘密基地みたいだ。

 そしてその空間の中心。そこには大理石の台のようなものが立っている。

 

「なにこれ? なにか文字が彫ってあるけど」

 

「アルゴからは特になにも聞いてないし......多分、これが別ルートに入るために必要ななにかなんじゃないか?」

 

「って、言われてもねぇ......」

 

 これはどうするものなのか......

 とりあえず私の腰ほどの高さの台に近づいて、触ったり撫でたり、ぺちぺちと叩いてみたりする。

 ......うーん、やっぱり石でできてるからか、触ってみるとひんやりとしている。ここ最近気温が少し上がってきているから気持ちいい。

 それ以外は特に新しい発見はなかった。彫られてる文字も読もうとはしてみたけど、そもそも何語かも分かるわけがないーーあれ?

 

「これってもしかしてーー」

 

「普通に英語だな」

 

 私の後ろから、ようやく追い付いてきたヨウトが言う。

 やっぱり、これ英語だよね。最初はただのミミズ文字に見えたけど、よく見たら筆記体っぽい。

 ......いやいや、石に『彫って』あるのに、筆記体って......どれだけ怪力の人が彫ればそんなことができるんだろう?

 私とヨウトが互いに苦笑いしていると、コウキが一人視線を逸らしていた。

 もちろん、そんなことをすればヨウトが黙っていない。

 

「どうしたコウキ? もしかして英語だって分からなかったか?」

 

「うっ......」

 

「そんなわけないよなー。だって俺もミウちゃんも分かったんだから」

 

「うるさいな! あー、どうせ俺は英語できませんよ!! いいじゃん別に!! I am japanese! 日本語できればそれでいいんだよ!!」

 

「コウキ......それ英語できない人の常套句だよ......」

 

 私が困りながら笑って言うと、相当精神的にダメージを受けたのか、台に両手を付いてうなだれてしまった。コウキ作、反省のポーズ。

 で、でも、コウキの言うことも一理はあるし! そもそも何語で書いてあるか分かっても、読めないことにはなんの意味もーー

 

「『 力示し者 汝は さらなる冒険を 栄光を 財宝を 望むか ならば 意志を 示せ 』」

 

「へ?」

 

「ここに書いてあるの。多分こんな感じだと思うよ」

 

 私がなんとかコウキをフォローしようと考えていると、ヨウトが言った。

 

「えっ、すごい! ヨウト読めるの!?」

 

「ん? あぁ、まぁ、これぐらいなら割と普通に」

 

 これぐらい、なんてヨウトは言うけど、これは本当にすごいと思う。

 英語の教科書の英文を訳せ、なんていうのだったら私も辞書片手にできるけど、ヨウトはなんの情報もなしに素の英文から訳してる。

 これは素直にかっこいいと思う。

 私が何度もすごいすごい!と言っていると、コウキが視界の隅の方で台に突っ伏してしまった。

 わわ、しまった。

 

「でもコウキ、こんなの読めないのが普通だもんね! 私も読めなかったもん」

 

「うん、いやまぁ、そうなんだけどさ......」

 

 コウキはもう色々と諦めましたって感じで笑う。

 え、あれ? 私なにか間違えた?

 

「なぁ、ヨウト。お前何ヵ国語ぐらい話せたっけ?」

 

「うーん......今は4ぐらいかなぁ。あ、日本語もだから5か」

 

「......うぇえええ!?」

 

「分かった? ヨウトは基本スペックがおかしいんだよ...... もう最近は馬鹿馬鹿しすぎて考えないようにしてたけど」

 

 コウキの言葉に、私は笑い返すこともできずにただ唖然としてしまった。

 いや、でも、5か国語って......え、あれ? ヨウトってコウキと同い年......だったっけ? そんなこと可能なの?

 ヨウトを見ても肩をすくめるだけ。冗談とかではないし、別におかしいことはない、そんな感じだ。

 ただ、コウキとしてはいつものことなのか、ヨウトのことにはこれ以上触れずに、自分が突っ伏している台を見ていた。

 

「冒険、栄光、財宝、ねぇ......」

 

「なんかはっきりとしない文章だよな。財宝は分かるけど、冒険と栄光はなぁ」

 

 確かに、2人の言う通りかもしれない。

 財宝。これは純粋にアイテムやお金のことだと思う。これほど分かりやすい私たちプレイヤーへの報酬はない。

 栄光。これは微妙。私たちにとっての栄光って......強いて言うならボス攻略のLAとかかな? まわりからすごい!!って言われるし。

 冒険。これはさっぱり。力を示したから、さらなる戦いを、そういう意味なら分からなくもないけど、それなら『争い』とか『戦闘』って言い方しそうだし......

 そこまで考えて、少し引っ掛かるものがあった。

 財宝、宝......その単語確かさっきも......

 

「財宝、《宝物》......か。この台の言う通りなら、この森の《宝物》でも手に入るのかねぇ」

 

 コウキがポツリと呟いた瞬間。

 

 

 

 

 コウキの体が淡く光を纏い、次の瞬間にはコウキの体は台からは消えた。

 

 

 

 

「え......ちょっと、コウキ!?」

 

 さっきまでコウキがいた場所に今更手を伸ばすけど、もちろん私の手は何も掴まない。

 隣でヨウトがすぐにウィンドウを開いてマップを確認しようとするけど、ここは圏外。パーティーを組んでいるのならまだしも、フレンドのヨウトでは居場所を知ることも、メッセを届けることもできない。

 それは、今コウキとパーティーを組んでいない私もそうだ。

 

「コウキ......」

 

 コウキのHPバーも、コウキの姿すらも私の視界から完全に消える。

 寒くもないのに体が微かに震えて、暑くもないのに妙な汗をかいてしまう。

 私は、この世界に来てから一番の不安に襲われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「うぇぷっ!?」

 

 いってぇ......

 突如体がどこかに放り出されて、まともに受け身もとれずに地面に頭から突っ込んでしまう。

 俺、なんでこんなことを......そうだ。なんかヨウトが読んだ文章について考察してたら、急に転移の時のエフェクトが出てきてーー

 

「そうだ! ミウ、ヨウト!!」

 

 すぐさま地面との接吻を取り止めて顔をあげて、回りを確認する。

 が、そこは先程までと何も変わらない。ただ目に入り込んでくるのは緑色。どうやらここはまだ森の中のようだ。

 どれほど目を動かしても、ミウやヨウト、いや、それどころかプレイヤーの姿が見当たらない。

 ウィンドウを開いて現在位置を確認......やはり、俺が今いるのは先ほどまでいた森。ただ、先ほどまでいた場所からえらく移動している。

 これは......ワープのトラップ? いや、だがそういうトラップは今までも見てきたが、大体が扉を潜った時とか、あとは変な板の上に乗った時に起こっていた。

 こんななんの前ぶりもなくトラップが作動なんて......あ、そういえば俺さっきなんか呟いたな。

 確かーー

 

『財宝、《宝物》......か。この台の言う通りなら、この森の《宝物》でも手に入るのかねぇ』

 

 ......あれがワープのキーワードになったってことか?

 

「はぁ......面倒なことになってきたな」

 

 もう一度ウィンドウのマップを確認する。

 ......よし、さっきまでいた場所まで、一応地続きになってる。戻ろうと思えば戻れるな。

 いや、それよりも《転移結晶》使った方が早いか。そう思ってポーチから結晶を取り出す、が、そこであることが脳裏に浮かんだ。

 あの日、リリと出会った日のことだ。

 確か、あの時のトラップも、結晶が使えなくなっていた。

 

「......まさか、な」

 

 俺は《転移結晶》を使って転移先を指定する......が、ある意味予想通り。俺の体には何も変化が起こらない。

 おいおい、マジかよ......

 もしかしたら先ほどの転移のせいで結晶使用不可にでもなったのだろうか? 鬼畜過ぎる。

 不安からか、今すぐ何か行動をしたくもなるが、俺のようにミウやヨウトも転移してくるかもしれない。その時に一緒に行動できるようにしておいた方が得策か。

 なので10分ほどその場で待つ。誰も転移してこない。

 ......俺が適当に考えただけでも思い付いたようなことを、ヨウトやミウが思い付かない、とは考えにくい。だとすると転移先が別になるのか、転移先に危険があるかもと考えて転移しないのか。

 どちらにせよ、正しい考えではある。俺はすごく困るけど。

 つい、また不安に駈られて自分のHPバーの下を見てしまう。そこには今、何もないのに。

 

「..................よし、こうしていても仕方がない」

 

 とにかく、何か考えて行動しよう。

 まず、先ほど回りを確認したときに遠くにいたmobも確認しておいたが、レベルはこの層に準ずるものだった。つまり、いきなり強いmobに襲われてゲームオーバーってことにはならないはず......多分。

 そしてこういう遭難のような場面の時。無駄に動き回るのは得策ではない。どこにどんな危険があるか分からないし、なにより捜索隊とすれ違いになってしまう可能性があるからだ。

 強くなりたい。そう考える俺としては、1人でも大丈夫! と行動すべきなのかもしれないが、俺を探しに来てくれたミウたちに余計な労力を費やせさせたくない。

 まぁ、ただ。俺が《転移結晶》で街に戻ってると思って、それを確認しようとミウたちが街に戻ってしまったら、俺は非常に困るけど......それは仕方がない。

 そこでふと思ったことがあった。

 さっきの石の台。『意志を示せ』って書いてあったんだっけ? 多分、俺の場合『財宝』とか『宝物』ってワードで意志を示したことになるんだろうけど......それなのに、さっきから何も起きない。

 てっきり、意志とやらを示したらなんかイベントが始まると思ってたんだけどな......

 いや、そもそも強制転移の後に結晶使用不可なんて、人の悪意がもろに出ている気がする。

 ゲームなのだから当然、と言えばそうだが。今までこのゲームは理不尽はあっても、身勝手はなかったような気がする。

 

「別ルート......《森緑の宝物》、か」

 

 アルゴ。このクエスト、いよいよきな臭くなってきたぞ。 

 さて、今からどうするかーー

 

 

 

 

「ーーーーッ」

 

 

 

 

 何か、金属と金属がぶつかる音が聞こえた。

 今のは......剣の音か?

 またプレイヤーとmobの戦闘か、とも考えたが、すぐに否定する。この森には、なにか金属を持つmobはポップしないからだ。

 ということは。

 

「っ、と......」

 

 一瞬、無意識のうちに体が動き出しそうになったのを止める。

 いやいやいや。今俺一人だぞ? 俺はミウじゃないぞ? なんで普通に助けに行こうとしてんだよ? そもそもオレンジとかがいるとも決まってないのに。

 俺は強くもない。下手に動けば、それこそ危険がたくさんだ。オレンジが相手にもなれば、普通に死ぬ可能性の方が高い。

 普段とは違う自分の行動に疑問を覚えたが、すぐさま状況を整理して落ち着く......はずが。

 なぜか、またリリのことを思い出した。いや、理由は分かっている。

 リリを助けて、ありがとうと言われた。李里を助けたあと、リリが笑う場面も何度か見た。

 実際にリリを助けたのは俺一人の力じゃないけど、俺は思ったんだ。

 あぁ、見捨てないで良かった。助けられて良かった。

 

『誰かを助けて、相手が笑ってくれたり幸せそうにしてくれたら、こっちも嬉しいから』

 

 ミウに最初言われたあの言葉の意味が、時間と共に少しずつ理解できていく。

 それに、俺は強くならないといけない。ミウと並び立つためにも。

 そのためには、こんなところでウジウジしていてもいいのか?

 

「いやいや、だから俺は弱いって......」

 

 ミイラ取りがミイラ、ではないが、俺が殺されてしまっては元も子もない。

 ......そう、前までなら、というか、今でも考えてるはずなんだけどなぁ。

 俺はウィンドウから紙とペン、そして透明なボトルを取り出す。

 そして紙に文字を書いていく。内容は『この辺りにいます』。

 そして紙を丸めて、ボトルの中に入れる。どうかmobに破壊されませんように。

 ボトルを道の中央に置いて、俺は金属音がする方へ駆け出した。

 

「これは、そう、状況確認だ! 待っている最中に俺も戦闘に巻き込まれないよう、状況確認!!」

 

 ......誰にするでもない、言い訳を言いながら。

 あぁ、俺ってば、本当にミウに感化されてきている気がする。

 ......とにかく、死なないことだけを考えていこう。

 




はい、初めてのソロ回でした。

まず......ごめんなさい!! 更新がすごい遅れてしまいました!!
テスト対策で毎日睡眠時間3時間とかやっていて、まともに書けませんでした......
いえ、これは言い訳ですね。日頃から勉強しないと、と心から思いました。

さて。
なんか、めちゃくちゃ長くなりましたねぇ。多分私の作品のなかでも最長です。
はじめの頃は平均文字数7千後半だったんだけどなぁ。今じゃ倍ぐらいだ......

しかもまた伏線張っちゃったし......回収が大変になるのに......

次回は、またASになります。
......もう展開は読めてるかもしれませんが、生暖かく見ていてもらえると嬉しいです。


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AS6話目 藍髪少年の諸刃の剣

AS6話目です!!

カリン「......」(ピナ抱きしめ)

シリカ「......えと、どうしたんですか?」

カリン「......ない」

シリカ「へ?」

カリン「なんで......今回、私、出番ないのよーー!!」(ピナ締め付け)

シリカ「あー......」

カリン「なんでよ!? 私一応AS皆勤賞だったのに!!」

シリカ「皆勤賞って......それなにか違うくないですか? それに良いんじゃないですか? たまにはお休みってことで」

カリン「それでも! ヤマトが出てて私が出てないのは微妙に納得いかない」(ピナに顔を埋める)

シリカ「(う~ん、これはどうなんだろう? またカリンさんのツンデレさんが顔を出してるのかな? 一緒に出たかった、みたいな。まぁ、でも)」

シリカ「でも、いいじゃないですか......私なんて、初登場以来出番ないんですから......」

カリン「.......なんか、ごめんなさい。ワガママ言ってました」(ピナを返しつつ)

シリカ「いえ、別にいいですよ。あははは......はぁ」

カリン「......なんかテンション下がっちゃったけれど、本編どうぞ」(やっぱりピナを返さない)


 女性にプレゼントして喜ばれるものはなにか?

 そのある意味簡単な問い、そしてある意味に置いて究極な問いに、天然系藍髪少年は答えを用意はできなかったが、それに近いものは思い付いていた。

 それがヤマトがエギルに調査を頼んでいた今回のクエスト《森緑の宝物》だ。

 頼んでいた内容はそこまで変わったことではなく、報酬に『あるもの』が貰えるクエストを探してくれ、と頼んでいた。

 その『あるもの』こそが、ヤマトが唯一思い付いた、プレゼントの内容だったからだ。

 そしてそのクエストが見つかり、今ヤマトはそのクエストを受けるためにある街に来ている......のだが、本人のテンションはローで固定されてしまったかのように低かった。しかも小さくとだがブツブツなにか言っているので、すれ違うプレイヤーたちには鬱病を本気で心配されるほどだ。

 だが、それもヤマトの心境を考えれば仕方がないことだと思う。

 

「はぁ......ま、カリンから頼まれたんだから、ある意味これが恩返しにもなるし、別にいいんだけどね......」

 

 それでも、ヤマトは見てしまった。

 エギルの店で、《ケモ手》なるものを、本気で欲しそうにしていたカリンを。そしてエギルから《ケモ手》を貰えそうになって、心底嬉しそうだったカリンを。

 ......こちとら何を贈れば喜んでもらえるのかを一週間ほど本気で悩んでいたと言うのに。それがあんなに簡単に喜ぶだなんて......と、ヤマトからすれば今すぐにでもやさぐれたい気持ちでいっぱいだったのだ。

 エギル、許すまじ。

 まぁ、とにかくだ。ヤマトは1度息をついては自分のペースを取り戻そうとする。

 

(僕は感謝の気持ちとかを示したいんだから、他のことにまで気を回す必要はなし。面倒だし、疲れるだけだしね)

 

 そう考えると、ヤマトはなんとなくとだが視界がいつも通りの広さにまで戻った気がした。周りのことが気になるまででもなく、適当に視覚の情報として脳に入ってくるような広さだ。

 うん、これぐらいがやっぱりちょうどいい。そう考えながら街を歩いていると、プレイヤーたちの会話がこれまた適当に耳に入ってくる。

 

「なぁ聞いたか? 《聖人》の話」

 

「あぁ、また人助けしたらしいな。本当、攻略組なのによくやるよな。俺たちからすればありがたい話だけどさ」

 

「そうかぁ? 俺としてはどうにもいけすかねぇよ。こうやって俺たちに『いい人』って思わせたがってるというか、偽善者っぽいじゃん。そんなヒーローでもあるまいし」

 

 どこからか聞こえてきた話にヤマトは少し興味を引かれた。

 

(......へー、そんなに誰かを助けてる人がいるんだ)

 

 ヤマトもそういった場面に出くわすことは多い。

 その度にヤマトも人助けをしているものだから、カリンによく言われているのだ。『ヒーロー願望でもあるの?』と。

 そういうわけではない。単純に困っている人を見たら黙って見過ごすと言うことをしたくないだけだ。

 そのことをヤマトがカリンに言うと。それはそれでため息をつかれてしまうが、それが本心なのだ。ヤマト自身もその《聖人》という人も、偽善者だろうがなんだろうが、同じことをしている人がいるというのは少し嬉しいものだ。

 あれ? でも最近はあまりそのことカリンに聞かれなくなったな......とヤマトが首をかしげているうちにも聞こえてくる会話は進んでいく。

 

「まー、そういうとこは確かにあるけどな......あっ、じゃあさあれなんてどうよ?」

 

「あれ?」

 

「ほら、同じ人助けしてるけど、名前とか全然上がらないってプレイヤー」

 

「あぁ、《薙刀の男》の話か」

 

「え、俺は《刀の男》って聞いてるけど」

 

(......あぁ、僕のことか)

 

 続けて聞こえてきた声に反応してしまう。

 薙刀、刀。そんな珍しい装備に共通しているプレイヤーなんていくらこの世界でもほとんどいないだろう。

 しかも人助けをして名前も名乗らないと来ている。そんなプレイヤー、ヤマトしかいないだろう。

 といっても別にヤマトが名乗らない理由というのは特にない。カリンの時と同じで、助けたらそこで満足してしまうからだ。

 そうやって考えると、シリカと出会ったときにヤマトが名乗ったのは、かなり稀なケースだった。

 

(それにしても、本当にカリンの言う通り、意外と噂になってるなぁ)

 

 カリンから最近、ヤマトのことが色々なところで噂になっている、という話はヤマトも聞いていたが、まさかこんな日常会話に出てくるほどとは思っていなかった。

 噂への対策として、ヤマトも街中では装備を外して歩くなどして、噂の本人ということをなんとか隠しているが、これはもう顔ばれも時間の問題な気がする。

 そしてヤマトは、自慢ではないが、必要最低限には自分の実力も把握している。正直言って、その辺の攻略組相手ならそこそこ苦戦せずに勝てると自負していた。実際それは間違っていない。

 顔ばれから攻略組にも存在が知れて、興味本意の声かけや面倒な勧誘......あぁ、考えるだけでも面倒くさい。

 ヤマトは結局のところ、よくも悪くもマイペースなのだ。それを誰かどうでもいい人に乱されるのはとてつもなく嫌だ。

 かと言って、じゃあもう一人攻略に出ることを止めるのか、と聞かれれば、それはそれで自分のペースが崩れるので嫌だ。

 ソロで攻略に出てなにか新発見があった時には、カリンを通してちゃんと攻略組の皆さんにも情報提供しているので、それで勘弁してもらえないだろうか、そう考える今日この頃である。エギルには勿体無いと言われてしまったけれど。

 そんないつも通りの考えで、とりあえず自分の正体がばれた時の言い訳を纏めたヤマト。が、少し考えに耽ってしまっていたせいで注意力散漫になっていたのか前方から歩いてきたプレイヤーにぶつかってしまった。

 

「あ、と、すいません」

 

「いや、こちらこそ」

 

 互いに簡単に謝ってそのまま素通りする。実際この世界でも誰かと街中でぶつかるということはある。なのでこれぐらいでどうこうということはない。

 そう、普通なら。

 ぶつかった相手が、ちょっとした用事で最前線から降りてきていた攻略組プレイヤー。それもあの《黒の剣士》に洞察力が攻略組で2位とまで言われたあの青い甲冑を身に纏った男でなければだが。

 それを知らずーーいや、気付いてももう手遅れだがーーヤマトはそのまま街中を歩いていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日新しく知ったが、この世界は案外優しい人が多いらしい。

 ヤマトはクエストを受けて、今は森の中にいるのだが、この森に入る際に近くを通ったプレイヤーに声をかけられたのだ。

 クエストでその森に入るのなら、気を付けた方がいい、と。

 どうもヤマトが受けたクエスト《森緑の宝物》では、最近新しいルートが見つかったらしく、そちらは危険かもしれない、とのことだった。

 しかもそれはソロでクエストを受けると発生するかもしれないルート、とのこと。それでヤマトに声をかけてくれたらしい。

 ただ、ヤマトが受けたのは、普通に報酬目当てだ。別にその新しく見つかった別ルートというのには興味は欠片もない。ならばクエスト主に言われた条件を素直にこなしていけばその別ルートとやらとは無縁のままで終わるはずだ。

 そのことを声をかけてくれたプレイヤーに言って、今に至る。

 ......そういえば、声をかけてくれたあのプレイヤー。ローブを被ってたなぁ。それになんだか昔のカリンみたいだったような。

 一瞬脳裏をそんな思考が掠めたが、ヤマトは特に気にすることもなく森を行く。ポップしてきたmobを背に背負った薙刀で切り伏せながら。

 その謎のプレイヤーが、自分の頼みでそのクエストを受けているプレイヤーたちの帰りと報告を待っているとある情報屋だということは、もちろんヤマトは知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 mobの討伐はそれほど時間がかからずに達成できた。

 というのも、そもそもの話。この森は最前線でもなければ、なにか特別なエリアというわけでもないのだ。そんな場所のmobならば、ヤマトの相手になるわけもない。

 しかもこの森のポップスピードは、普通よりも少し早いぶん、テンポよくmobを狩ることができ、予定よりも早く討伐数に到達できた。

 そんなこんなで、来るときはテンション下がりっぱなしだったヤマトも気分をよくしていた。

 これでクエスト主の元に戻れば、報酬であるアイテムを貰えるのだ。確かにカリンに喜ばれるのかは分からないが、それでもいくらかテンションが上がるのも無理はないというものだった。

 帰りはこの気分をさらに上げるためにも刀に装備を変えようかなーっとヤマトが考えていると。

 

「......ん?」

 

 一瞬、違和感が襲った。

 日常のなんでもない風景(この世界自体が異常ではあるけれど)に、突如異物が紛れ込んできた。そんな妙な感覚。

 なにか変わったことはないかと視界を探っていると、それはすぐに見つかった。

 前方30メートルほど。草木で見えにくいが、そこに違和感の正体があった。

 プレイヤーだ。

 いや、ただ他のプレイヤーを見つけたというだけならこの世界どこにいてもありうる普通のことなのだが、今回はそれにもう一つある要因があった。

 前方を歩くプレイヤー。そのプレイヤーが妙にフラフラと歩いていたのだ。

 街中で大勢のプレイヤーが歩いていてフラフラ、ならまだ分かる。だが、圏外で、しかもソロのプレイヤーがフラフラと歩いているなんて言うのは異常だ。

 まずフラフラと歩いているなんてこと自体もおかしな話だし、現実的な話をすれば、あんな歩き方をしているところをmobに襲われては、咄嗟に反応できない可能性ある。

 とすると、なにか理由があってそんな歩き方になってしまっているということだ。

 大丈夫か声をかけようとヤマトが駆け出そうとした瞬間、ドサリと音をたてて前方のプレイヤーが倒れた。

 

「うわ、本当に大丈夫かな......」

 

 これはただ事ではないと思い、ヤマトは今度こそ駆け出す。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「うっ......すまない、腹が......」

 

「お腹?」

 

 倒れているプレイヤーは男だった。そして装備も短剣に軽装備で固めていて、その装備品を見るに下の層から上がってきた感じだった。

 そのプレイヤーが先程からずっと押さえている腹を覗きこむ。

 そこはにはこれといっておかしなところはなかった。何かが刺さっているわけでもなく、何かエフェクトが出ているわけでもない。

 なにもおかしなところがない。その確認をした後にヤマトの思考に浮かんできたのは、この森に入る時に言われたことだ。

 《森緑の宝物》のクエストには他のルートが出てきていて、それはソロプレイで入ることができる。

 そしてーーなにか危険があるかもしれない。

 倒れているプレイヤーの周りに他のプレイヤーの姿はない。つまりはソロ。

 ならば、今このプレイヤーに起こっている謎の腹痛が別ルートの危険な何か、ということか。

 とにかく、このままではいけないと考え、ヤマトは腹から視線を外してプレイヤーの顔を見て今までの経緯とこれからの相談をしようとした。

 ーーおそらく、それがいけなかったのだろう。

 

 

 

 

 突如、ヤマトの体が動かなくなった。

 

 

 

 

 

「......え?」

 

 体の制御が効かず、その場でたたらを踏み倒れてしまう。

 ヤマトが自分のHPバーを見ると、そこには心なし最近よく見るようになった麻痺のデバフのアイコンが。

 一体何が。いや、それよりもお腹を抱えていたプレイヤーは無事なのか? 周りから少しでも情報を得ようと目を動かすと、先程まで倒れていた件のプレイヤーが、なんともないように立ち上がっていた。

 そしてそのプレイヤーの右手にあるのは、いつの間に握られていたのか短剣が。

 

「くはは......っ」

 

 ヤマトを見下ろして汚く笑う男。そしてどこに隠れていたのかとつい聞きたくなるほど、どこからか出てきた他のプレイヤーたち。そのほとんどのプレイヤーのカーソルがオレンジーーつまり犯罪者プレイヤー。

 それらの条件から導き出される答えは。

 

「なんで......」

 

「はははっ!! まさか本当にこんなバカな方法で引っかかるプレイヤーがいるなんてな!! いや、こんな方法だから逆に引っかかるのかもなぁ」

 

 倒れていたプレイヤーが笑うのに合わせるように、他のオレンジプレイヤーたちも笑う。

 それぞれヤマトを嘲笑い、見下し、バカだと笑っていた。

 その光景を見て、ヤマトはもう一度呟く。なんで? と。

 自分達が仕掛けた罠にヤマトがはまって気分をよくしているのか、倒れていたプレイヤーはペラペラと話し出す。

 

「あんたが近寄ってきたときにバレないように短剣を抜いてたんだよ。で、あとは麻痺毒を塗ってあった短剣で攻撃したんだよ。相当強い毒だからな、すぐには抜けないぜ?」

 

「そうじゃなくて......」

 

「あぁ? ......あぁ、他の連中のことなら草むらに隠れてたんだよ。こちとら殺人ギルドやってるからな。《隠密》スキルぐらいは持ってるっつの」

 

 なるほど。だから先程周りを確認したとき何もいなかったのに今こんなにいるのか。

 ヤマトはそのことについては納得した。

 が、ヤマトが先程から聞いていることはそんなこと(、、、、、)ではない。

 

 

 

 

「そうじゃなくて......君、お腹大丈夫(、、、)なの?」

 

 

 

 

「......は?」

 

 一瞬、場に静寂が訪れた。

 だが、次の瞬間にはオレンジプレイヤーたちの下卑た笑いで包まれた。

 

「おま、バカじゃねぇの!? いや、ほんとに。ここまで来ると逆にすげぇよ!!」

 

「こんなバカ、この世界、いや、リアルでも見たことねぇ!!」

 

「本当にいるんだな、こういうお人好し!!」

 

 オレンジプレイヤーたちがヤマトのことを嘲笑するなか、ヤマト本人だけはこれ以上ないぐらいの安心感に包まれていた。

 ーーよかった。さっきまでの腹痛は演技だったのか。

 ヤマトは先ほどまで、本気で倒れていたプレイヤーを心配していた。それこそ、リアルの方の体に何か変化が起こって、それがこちら側で何かしらの悪影響として出ているのではないかと。

 だが、それは全てヤマトの早とちりで、騙されていたのはヤマトだけ。誰も苦しんでなんかいなかった。

 

(......よかった)

 

 ヤマトは本当に心からそう思っていた。

 ......信じられるだろうか? 今しがた騙された相手、それも自分を殺そうとしている相手の体が無事で、それをよかったと、心から喜んでいるのだ。

 おかしい、いや、もはや異常だ。

 普通の人間なら、激怒して掴みかかっているか、軽蔑や怒りの視線を相手に向けている。

 だが、ヤマトは違う。

 ヤマトは、こんな時でも相手を心配してしまう人間なのだ。

 ある意味、根っこからの善性。ある意味、異常者。

 だが、それがヤマトだ。

 仮に今この場にカリンがいたのなら、激怒しながらも、ヤマトなら仕方がないと評していただろう。

 そしてヤマトは、相手の無事を確認して初めて、自分のことを考え始める。

 体を動かそうとするが、相も変わらず麻痺していて動かない。

 相手は.......8人。まだ隠れている可能性もあるから断定はできないが。

 光があまり入ってこず、視界が悪いせいで装備品の細かいところまでは分からないが、この人数相手ではいくらヤマトであろうと一方的にタコ殴りにされればこの世からおさらばしてしまう。

 

「さーって、お話も終わったし、そろそろ楽しい残虐タイムといこうと思うんだが......アイテムと金を全部置いていけば、許してやるかもよ?」

 

「いやー、お金ならともかく、アイテムはちょっと......。僕結構今の装備気に入ってるから」

 

「あそう」

 

 今の会話でヤマトに完全に興味をなくしたと言わんばかりに、オレンジプレイヤーたちはヤマトを囲う。

 各々の手には、剣やら槌やら棍やら他多数。正直、絶体絶命だった。

 それでもヤマトはマイペースに思考する。

 

(......うーん、前みたいに他の打開策があるわけでもない。それにさすがに......)

 

 チラリ、とヤマトは自分を囲っている輪の外を見る。

 そこには先程から一言も話してない唯一のオレンジプレイヤーがいた。

 もしかしたら、あのプレイヤーはリーダー各なのかもしれない。ヤマトの目から見ても、組織をまとめる人が持っている風格がある。ローブを纏っているせいで性別も装備もなにもかも分からないが、これは分かる。

 

(あの人多分かなり強い。そんな人とも戦わないといけないかもなのに、もう『奥の手』とか言ってる場合じゃないよねー......しょうがないか)

 

 ヤマトは軽く息をつく。

 それに合わせたわけではないと思うが、オレンジプレイヤーたちが一斉に武器を振り上げた。

 対して、ヤマトは右拳を握りしめるだけ。ただ、その握りしめ方が少し変わっていた。

 親指から順に手のひらに向けて折り、握りしめるような形だ。

 そしてオレンジプレイヤーたちは嬉々とした表情で、楽しそうに、だが無情に、各々の武器をーー振り下ろした。

 ズドンッッッ!!! とすさまじい音が森の中に鳴り響く。

 その一撃ではHP全損にはならないと言えど、確実に危ない状態に陥ってしまうような一撃。

 それはいくらヤマトでも例外ではなく、冗談抜きで戦意喪失してしまうだろう。

 

 

 

 

 そんな一撃をーーヤマトは上空から「うわー、当たらないでよかったー」と、その場ににつかわない声を出しつつ見ていた。

 

 

 

 

 一瞬、その場にいたヤマト以外のプレイヤーの思考に空白が生じる。

 ヤマトが行った行動は、それほど珍しいものではない。ただ包囲状態から脱出するために、上空に跳んだ。それだけだ。

 だが、ヤマトは麻痺で動けないはずという前提条件と、そもそも動くことができても今のタイミングでは回避が間に合うはずがないという条件が、オレンジプレイヤーたちの思考能力を一瞬奪ったのだ。

 そして、その一瞬はヤマトからすれば美味しいものにほかならない。

 ヤマトは背負っている薙刀を空中で抜き、体が自然落下する勢いも乗せながら右手で半円状に大きく振るった。

 遠心力をフルに使い、しかも予期せぬ方向からの攻撃だったからだろうか。オレンジプレイヤーたちはヤマトの薙刀になぎ払われるようにして後方に飛ばされていた。

 ヤマトは何人か吹き飛ばしたことで幾分広くなった地に着地し、まだ立っているオレンジプレイヤーたちに薙刀の切っ先を向けた。

 

「それで。君たちは何が目的で僕を攻撃してきたのかな? アイテム? お金? それとも......殺人目的?」

 

 ヤマトは相手の真意を見極めようとと問う。

 それに対して、ヤマトが立っている、そして自分達に武器を向けてきている、その事実がようやく情報として脳に到達したオレンジプレイヤーたちは、驚きはしたが、怯えはしなかった。

 麻痺に関しては、ヤマトはなにかアイテムを使って麻痺から抜け出したのだろう、それならばこれからはそのアイテムを気を付ければいいと考えた。確かにそれが一般的だ。

 自分達の攻撃を回避したのは、どこかに自分達の攻撃には穴があり、そこをつかれたのだろう、だとしてもなにも問題ない、この人数差なのだからと考えた。確かにそれが常識的だ。

 だからオレンジプレイヤーたちは怯えなかった。そして今までと同じようにヤマトに言い返す。

 

「はっ! んなもん、今までの会話通りだよ! 俺たちが欲しいのは......その全部だよ!!」

 

 だから、怯えずにオレンジプレイヤーたちはヤマトに再び襲いかかった。

 ......自分達が考えていることは、これ以上ないぐらいに検討違いで、最悪と言っても差し支えない悪手だということに気づかず。

 

「そっか......じゃあ、時間もあまりないし、初めから飛ばしていく、よっ!!」

 

 ヤマトも相手に向かって駆け出す。

 ヤマト1人に対して敵は8人。しかも後ろにはまだ1人控えている。

 このまま衝突すれば、後に待っているのはオレンジプレイヤーたちによる蹂躙。仮に逃げようと思っても人数差からして無理だろう。

 この場にいる誰もがそう思っていた。そう、ヤマト以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどヤマトが行ったこと。それは肉体強化系のスキルを発動しただけだ。

 《ソードアート・オンライン》という世界には、多くのスキルが存在するが、その中にはもちろん、自分、もしくはパーティーのステータスを上昇させるものも存在する。

 ただこれはどのプレイヤーーー例えばどこかの自己否定無力少年ーーもほとんど当然のように使っているものだ。さほど珍しいものではないし、実際それほど効果があるものでもない。せいぜい一つのステータスの数値が僅かに上昇する程度だ。

 それ故に、そういったステータス変化系のスキルは、ソードスキルと比べてスキルモーションが小さかったり、簡単なものが多い。

 今回のヤマトの件で言えば、『右手を親指から順に握りこむ』というのがそれに当たる。

 ただ、ヤマトが使ったスキルーー《ツーエジッドソード》の場合はそれだけでは終わらなかった。

 このスキルにはある特異性がある。それはーー

 

 

 

 

 ーー使用者のステータス全てが1.5倍に底上げされ、なおかつ状態異常全て無効、というとんでも効果だ。

 

 

 

 

 

 ガキィィインッッ!!! と、すさまじい音を上げて、ヤマトはオレンジプレイヤーの一人を弾き飛ばした。

 普段のヤマトの筋力値ならば、せいぜい攻撃を受けた相手の体が少し浮いて後退するぐらいだが、今は《ツーエジッドソード》を発動している。攻撃を受け止めた相手は文字通り気にぶつかるまで吹き飛ばされた。

 続けてヤマトを狙って左右から攻撃を仕掛けてくる。右からは斬り下げ、左からは斬り上げだ。

 いつもよりも何倍も体が軽く感じるヤマトは薙刀を自分のへそ辺りで真横に向けて、そこから扇風機のように回転させることで、相手の攻撃を薙刀の刃と持ち手で絡めとるようにして弾く。

 そうして相手の体勢を崩したところでヤマトは一歩踏み込み奥に控えている数人も巻き込める位置に移動し、薙刀範囲攻撃スキル《回旋》で相手をまとめて吹き飛ばす。

 《回旋》は一撃目は体を引き絞って横一閃に斬り、さらにそこから振り切った薙刀の勢いを殺さずに頭の上を通すようにしてさらに一撃範囲攻撃をするスキルだ。

 元々長いリーチを持つ薙刀での範囲攻撃。薙刀そのものが両手剣等に比べて軽いぶん攻撃力には少し不満が残るが、攻撃範囲はかなりのものを誇る。

 しかも今のヤマトならその攻撃力もカバーできる。

 ヤマトの攻撃を受けた敵のHPは、ほとんどがレッドゾーンに突入していた。

 そうしてヤマトを囲む敵はあと2人。

 ここまでが戦闘開始から約10秒。その10秒でヤマトは8人中6人を戦闘不能に追い込んだのだ。

 普通なら、これほどまでの戦闘力の差を見せられた者は戦意喪失し、撤退するのがベターだ。

 実際、ヤマトもそれを狙い、彼我の力量差から判断して、ある程度手加減して攻撃していた。

 ......だが。

 

(......え?)

 

 ヤマトの予想は外れる。

 ヤマトを囲んでいた残りの2人が、一瞬迷った後に、ヤマトに再び襲いかかってきたのだ。

 疑問に思いつつも、ヤマトは相手に臆することなく先ほどまでと同じように薙刀を振るうーーのを直前で辛うじて止め、咄嗟に膝をついて姿勢を低くした。

 直後、先ほどまでヤマトの頭があった場所を後ろから(、、、、)振るわれた棍が通過する。

 ヤマトは棍の出どころを確認して今度こそ驚く。

 棍を振るったオレンジプレイヤー。それはヤマトが先ほど吹き飛ばしたプレイヤーだったからだ。

 

(おかしい......削りきらないまでも、かなりHPを削ったはずなのに、ここまで迷いなく攻撃してくるなんて......)

 

 さらに相手の後方を見ると、吹き飛ばされたオレンジプレイヤーが各々《回復結晶》を使ってHPを回復しているのが見えた。

 確かにそれなら、ヤマトの攻撃をもう一撃ぐらい受けてもHPが全損することはないのだから思いきり攻撃ができるのも分からなくはない。

 だが、問題はそこではない。

 もっと単純な話。どうしてそこまでしてヤマトを襲うのか、だ。

 確かに相手の狙いはヤマトからアイテムを奪ったり、ヤマトを殺したり、ということなのかもしれないが、それは自分達の命を天秤にかけてまで行わなければならないことなのだろうか?

 ヤマトは思考の海にはまりそうになるが、思考を無理矢理切る。

 今大事なのはそこじゃない。

 そこでヤマトの表情に、初めて焦りの色が出始めた。

 

(『時間内』に無力化できるか......?)

 

 考えつつ、ヤマトは前方2人の敵の足を斬りつけ、1人の足の切断に成功した。

 部位破壊は《回復結晶》では治すことができない。これならばほぼ確実に戦闘能力を削ることができる。

 それも移動、攻撃、回避、全ての要である足を切断することができれば無力化したも同然だ。

 これでまず1人。

 次にヤマトは、今の攻撃で空いたスペースに飛び込み、背後からの追撃をかわす。そしてすぐさま体勢を立て直して反転し、追撃してきた敵に《蛇電》を叩き込む。

 そこでまた1人の武器を持っている右腕の部位破壊に成功した。

 全力で攻略組をやってでもいなければ、普段と逆の手で武器を持って戦闘を続けることは難しいだろう。

 これで2人。

 

「っ......く」

 

 しかしまだ終わらない。《蛇電》を使ったことで数瞬の硬直に囚われたヤマトに曲刀を持った男が肉薄し、そのまま曲刀を真横に振るう。

 ヤマトは硬直から抜け出したが、これはかわせないと判断し、せめてダメージが少なくなるよう左腕で受ける。

 曲刀の男は自分の攻撃が通ったことに喜び顔を歪ませるが、すぐにその表情は驚愕の色で固まり、体勢を崩す。

 ヤマトに斬りかかるために踏み出していた足をヤマトに踏まれていた。

 それに気づかず体を動かそうとしたせいで、動きを阻害されてしまったのだ。

 その瞬間を見逃さず、ヤマトは右手で短く持ち直した薙刀で相手が曲刀を持つ右手の手首を切り落とした。

 これで3人。

 ヤマトが曲刀の男を脇へ放り捨てると、続けて曲刀の男の背後から片手剣の男が迫ってくる。しかも右手に持つ片手剣はすでにライトエフェクトを纏っている。

 だが、ヤマトはその男になにか対処しようとは思わなかった。後方へ2歩分ほど跳んで後退しただけだ。

 ただし、短く持っていた薙刀の柄の部分、つまり石突きを背後に向ける形で、だ。

 そうすることで背後からヤマトを斬りつけようとしていた1人のオレンジプレイヤー右脇に、薙刀の石突きを突き刺した。そうすることで、背後のオレンジプレイヤーが振り上げているクロウを下ろせなくしたのだ。

 

「はぁぁぁぁああ!!」

 

 さらにそこからヤマトは空いていた左手も薙刀の支えに使い、自分の右脇に薙刀の柄を挟むことで、そのまま薙刀を横に大きく振った。

 するとーー背後にいたプレイヤーは薙刀に引っ掛かったまま付いてきて、次の瞬間にはヤマトにソードスキルを発動していた片手剣の男に右側から激突した。

 そしてヤマトは、3メートルほど吹っ飛び重なって倒れている2人に接近し、2人の右足を切断した。

 これで5人。残りは3人。

 それを確認して、ヤマトは次のターゲットに目星をつけ、一気に肉薄するーー

 

 

 

 ーーガクンッッ!! と、今までの体の軽さが嘘のように、一気に体が重くなった。

 

 

 

 

 まるで背後から人に飛び付かれて、そのまま抱きつかれているような、そんな突然の体の重さだ。

 

(まずっ......もう『時間切れ』......!?)

 

 考えている間にも、さらに体が重くなっていく感覚が増していく。

 しかも、背後から再びオレンジプレイヤーが切りかかってくる。短剣を持った男。最初にヤマトを騙した男だ。

 それに先ほどまでと同じよう、完璧な対処をしようとするヤマトだが、体が重く、思うように動かない。

 結局、薙刀を両手で持って盾のようにして短剣の攻撃を防ぐことしかできない。

 ギリギリと薙刀の柄の部分と短剣の刃の部分でのつばぜり合いになるが、みるみるうちにヤマトが押されていく。

 先ほどまでなら、いとも簡単に押し返していただろう相手に、だ。

『時間切れ』。

 これが、《ツーエジッドソード》のもう一つの効果だ。

 《ツーエジッドソード》は確かに強力な、いや、強力すぎるスキルだが、それ故にデメリットも多分にある。

 1つ目は、今もヤマトが言った通り、『時間』だ。

 このスキルは他のステータス変化系のスキルと比べて、持続時間が異様に短い。普通なら10分程度続くものが、《ツーエジッドソード》は最大で3分程度だ。

 このスキルは、発動時のスキルモーションの『時間のかけ具合』で、発動時間も変わるのだ。

 時間を長くかければ、それだけ長く発動できる。逆に短ければ、短時間しか発動できない、ということだ。

 そして2つ目。それはスキルが終了後のステータス変化だ。

 このスキルは切れたとき、元のステータス値に戻るのではなく、元のステータス値の半分まで下がってしまうのだ。

 もちろん、このステータス変化も時間が経てば元に戻るが、その時間がネックだ。

 約30分。スキルが切れてから元のステータス値に戻るまで、約30分の時間を要する。

 ......これほどのデメリットが付いて回るスキルなど、他にはないだろう。それだけに発動中は無敵に近い力を得ることになるが、切れたときには下手をすると最弱レベルにまで落とされてしまう。

 そしてそのデメリットは、今ヤマトにこれ以上ないほどに重くのし掛かる。

 

(これ以上はマズイっ)

 

 このままつばぜり合いを続ければ押しきられると判断したヤマトは、支えにしていた右手と左手のうち、左手を薙刀から離す。

 そうすることで拮抗していた薙刀と短剣の力関係が崩れ、短剣の男は前につんのめるように体勢を崩す。

 ヤマトは一歩前に出て短剣の男の背後をとり、背後からは足を斬ろうとするが、体が上手く動かない。

 頭で思い描いている体の動きと、実際の動きに齟齬が生まれているせいだ。

 結果、ヤマトの追撃は、石突きで短剣の男の背中を突くことしかできなかった。

 先ほどまでと比べれば、まさに雲泥の差。目も当てられないほどにヤマトの動きが悪くなっている。

 だがそれでも、こんな状態でもまだとどめをさされていないのは、ヤマトの技術がずば抜けているからに他ならない。普通なら先ほどの背後からの短剣の一撃で勝負が決している。

 

(1人1人相手にするならまだなんとかなるけど、一気に攻められたら......)

 

 そうなってしまっては、もうヤマトに対処法は残っていない。

 だからなんとかして一対一の状況を作り出せるよう立ち回ろうとヤマトはするが。

 

「......残りの3人は右からは囲むようにしてソードスキルを使え!」

 

(なんて嫌なタイミングで......!!)

 

 今の今まで後方で待機していた男が命令すると、残りの3人はそれに応じて動きを変える。どうやらあの男がリーダーということで間違いはないようだ。

 だが、そんなことが分かったところで今のヤマトには関係ない。

 関係ないような、状況を作り出されてしまった。

 ヤマトの抵抗もむなしく、ヤマトは簡単に包囲されてしまう。人数は違うが、ほとんど戦闘開始直後と同じような構図だ。

 包囲された状態で一瞬場が固まる。まるでヤマトの最期の瞬間を最高のタイミングで演出しようとしているかのように。

 しかもいくらか時間が経ったことで、ヤマトに戦闘能力を削削られたが行動可能なオレンジプレイヤーたちも起き上がって、ヤマトを囲っている3人の外側からさらに囲んできた。

 絶体絶命。

 今のヤマトの状況は、もうそうとしか言いようがなかった。

 ヤマトにできることはもうない。あとはなぶり殺しにされる未来しか待っていない。

 ヤマト自身は諦めていなかったが、そういう問題ではないのだ。1+1が常に2であるように、もう粘りようがない。詰みなのだ。

 そして、ヤマトを囲っている3人の各々の武器がライトエフェクトを纏い始める。

 対してヤマトもソードスキルを発動して対抗しようとするが、1対3だ。明らかに手数が足りない。

 遂にヤマトと囲っている3人のソードスキルが発動する。ヤマトに、『死』が迫ってくる。

 そんな時になっても、ヤマトは恐怖はあまり感じていなかった。

 諦めではない。こんなことになったもとの原因ーー自分が道に倒れているプレイヤーに声をかけたことは、後悔していなかったからだ。

 結果的には確かに騙されたが、もしもあの腹痛が仮に本物で、倒れていたプレイヤーがmobにでも襲われて死ぬようなことにならずに良かった、そう思ったからだ。

 自分はなにも間違えていない。ならばなにも悔いることはない。今を全力で生きればいいだけだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁっぁぁぁああああ!!!」

 

 ヤマトが咆哮する。まるで自分の中にある力を最期の一滴までも絞り尽くそうとするように。

 ヤマトとオレンジプレイヤーたちが激突する、ヤマトが『死』に追い付かれる。

 

 

 

 ーーしかし、ここで物語は途切れず、『合流』した。

 

 

 

「つあああぁぁぁぁぁああ!!」

 

 ドンッッッッ!!!! と凄まじい音を上げて、ヤマトを包囲していた3人の中の1人目掛けて、外から何かが吹っ飛んできた。

 そのオレンジプレイヤーはなす術もなく『それ』に激突され、その勢いのまま、包囲していた隣のオレンジプレイヤーをも巻き込んで吹っ飛ぶ。

 突然の介入にヤマトは一瞬思考停止しそうになったが、なんとか踏ん張り、自分を囲っている残りの1人に対してソードスキルをぶつけて、相手の攻撃を相殺する。

 残りのオレンジプレイヤーから僅かに距離を取りーー本当はもっと距離を取りたいが、さらに外側を囲まれているせいで離れられないーー、『それ』を改めて見る。

『それ』は、少しよろけながらも地面に着地し、ヤマトの方を向いてくる。

『それ』はプレイヤーだった。顔は......少し暗くて完全には見えないが、どことなく、雰囲気は悪い感じがしなかった。

 右手に持っているのは朱色で幅の広い片手剣。先ほどオレンジプレイヤーを吹き飛ばしたのは《体術》スキルかなにかだろうか?

 そして『それは』ーーコウキは周りを確認して、ヤマトを指差しながら妙におどおどしたように言う。

 

 

 

「えっと......この人が襲われてるってこと......なんだよな?」

 

 

 

 その声に、かなりの割合で後悔と焦りの成分が含まれているように感じたのは、ヤマトだけではないと思う。

 ......これが、ある物語と、ある物語の、初めての合流だった。

 物語は、まだまだ終わらない。

 

 




はい、ヤマトの無双?と表と裏の主人公の出会い回でした。

......もう、文字数を削ることは諦めようかなぁ、と思っている今日この頃です。
でも冗長になっているところはあるからそうも言ってられないことは分かっているのですが、どうしても長くなりがちですねぇ。

そしてヤマトのスキルでしたが......これはさすがに無理があったかなぁ、とも思いましたね。
それでも止められなかった。書いててすごい楽しかったです。
こういったスキルのメリットデメリットのバランスがすごく難しいです。ラインの線引きが上手くいかないというか。

さて、次回はコウキくんも本格的に絡みます。本編かASかは......どうしよう?


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37話目 交差する物語

37話目です!

コウキ「......」

リリ「......ミウさん、コウキさんは、何をしているんですか? ずっとなにもせずに転移門近くを見てますけど......」

ミウ「あー、あれはね。コウキ曰く『流れ』と『傾向』を見てるんだって」

リリ「流れと......傾向?」

ミウ「うん。ああやって大勢の人を一斉に見ることで、その人たちの全体の動きとか、逆にその動きから外れようとしている人を見つけたりとか。まぁ、目を鍛えるひとつの方法なんだって」

リリ「すごいですね。私、ただいつもの日常の風景だと思って見てました......」

ミウ「だよね~、聞いたとき私もビックリしたよ。本当にコウキは努力家だと思うよ」

リリ「そうですね......。ジー............」

ミウ「......リリちゃん。多分やろうと思ってもすぐにはできないと思うよ? 私も前にやってみたことあるけど、10秒でお手上げだったし」

リリ「うぅ......はい、すぐに目が痛くなってきました......」

ミウ「本当、コウキのああいう所は、もう才能だと思うよ」

リリ「そうですね、私ももっと頑張らないと!!」




 前回までの話!

 俺、ミウ、ヨウトの3人は情報屋アルゴに《旋風》に呼び出された。

 そこでアルゴが俺たちに話したのは、あるクエストの別ルートが発見されたという話。そしてそのクエストの調査依頼だった!

 アルゴの突然の申し出に返答に詰まる俺たち。だがそこで、「依頼を受ける」と言って場を動かしたのはミウでもヨウトでもなく、俺だった!

 そして俺たちは森に移動、クエストをそつなくこなしていると、ある石の台を発見。

 その石の台に刻まれていた暗号を解読すると、突如光が発生して俺は飲み込まれてしまった!!

 気がついたときには俺は別の場所に移動していた。そしてどこからか聞こえてくる金属がぶつかり合うような音。

 俺は誰かに言い訳しながらも、その現場を確認して自分の安全を確保しようと動き始めたのだった!!

 以上、ダイジェストでした。

 

 ......うん。やっぱり何度確認しても、そこまでおかしな行動は俺は取っていないはずだ。最後の行動は少し俺のいつもの行動とは違っていたかもしれないが、自分にも危険が迫ってきているかもしれないのに、ただボーッと突っ立ているのはバカのすることだから結果的には間違っていないはず。

 なのに、どうしてーー

 

 

 

 

 ーーどうして俺は今、大勢のオレンジプレイヤーに囲まれているんだろう?

 

 

 

 

 うーん、おかしいな。俺はなにも間違ってはいないはずなのに、なぜこんな絶望的な状況に陥ってしまっているのだろう? というかなんで俺は状況確認とか言っているのに戦場のど真ん中に突っ立っているのだろう!? というかなんで俺はこんなに変なテンションになっているんだろうっ!? なんだよさっきまでのダイジェストって!!

 今の俺の脳内は、これ以上ないぐらいに錯乱状態になってしまっていた。もう少しいけば本気で目を回してしまいそうな勢いだ。

 じゃっかんーーではない気がするけどーー纏まらない思考をなんとか整理し、俺の左側に立っている男性プレイヤーを見る。

 そのプレイヤーは、今この場にいるプレイヤーの中では俺を除いては唯一カーソルがグリーン、つまり一般プレイヤーだ。

 右手に持っているのは......薙刀だろうか? あまり見ない武器だ。

 顔は辺りが薄暗いせいでよく見えなかったが、雰囲気が妙に浮世離れしているというか......不思議な感じがする。髪が黒ではないせいかもしれない。何色かは分からないけれど。

 回りに立っているプレイヤーの全員がオレンジプレイヤーーー先程から俺に向かって何やら罵倒してきているがそれは無視。それどころじゃないーー、 しかもそのほとんどが体のどこかを切断されてしまっている、という中々にバイオレンスな状況なので、グリーンのプレイヤーの不思議さが余計に際立ってしまっているように感じる。

 そして今も言ったように、回りに、というより、包囲するようにオレンジプレイヤーが......8人か。さらに奥にポンチョみたいの着た奴が1人いるけど。

 さて、ここまでが今の状況だ。それらから察するに、このグリーンの人が襲われた、ってことで多分いいんだろうけど......

 なんでこの人、ほとんど無傷なんだろう?

 可能性としては8人相手に無双しまくったっていうのがあるけど......そんなこと、キリトレベルでもできるかどうか怪しい離れ業だ。レベルが相当離れていればできるかもしれないけど......って、今はそこはどうでもいいか。

 とにかく今は......こんな状況に飛び込んでしまった俺が、どうやって生き延びるか、だ。

 現状敵だと思われるオレンジプレイヤーたちからすれば、俺は死刑執行に飛び込んできた邪魔物な訳だから、俺ごと殺したがっているだろう。

 ......本当、なんでこんなことに、俺はミウみたいに誰でもかれでも助けようとかとは考えてないのに。なのになんでさっきはあんな勝手に体が動いて......あぁ、もう本当にーー

 

「ーーっと、あぶな!?」

 

 俺が軽い自己嫌悪に陥っていると、奥にいる男のかけ声とともに『なぜか』右手首が切断されている男が、左手で曲刀を持って背後から斬りかかってきた。

 俺はそれを前方に跳んで回避し、すぐさま体を反転、曲刀の男と相対する。

 すると同じタイミングで斬りかかられ、俺と同じく前方に跳んでかわして体を反転させたのか、グリーンの薙刀男が俺と背中を合わせるようにしてぶつかってきた。

 どうでもいいが、近づいてみて薙刀男の髪は藍色だということが判明した

 俺は敵の動きをチェックしながら、

 

「あんた、《転移結晶》は持ってるだろ? 最悪俺が時間を稼ぐから、その間にーー」

 

「あ、ごめん。僕麻痺攻撃受けたときに結晶入れてたポーチにも攻撃当たってたみたいでさ」

 

「は?」

 

「端的に言うと結晶類全部、ポーチを落としたので持ってないです。予備も全部ポーチの中だったしねぇ」

 

「........................」

 

 どうしよう、マジ帰りたい。

 藍髪男は自分に襲いかかってきたオレンジの一人を、苦笑いしながら割と簡単に捌きながら言ったが、俺からすればもうすでに色々と泣きそうだった。

 俺はトラップのせいか結晶使用不可。

 藍髪男は結晶そのものを持っていない。

 あぁ、くそ!

 左から俺の体ごと砕く勢いで振られた棍を、棍の持ち手を剣で叩いて弾く。

 

「じゃあ、俺の《転移結晶》を使え! それで逃げられるだろう!?」

 

「......それはやだっ、かな?」

 

 藍髪男は自分を襲ってきた短剣を弾いた勢いをそのまま後ろ、つまり俺の方へ向け、薙刀の石突きで俺を攻撃してきた棍の男の腹に一撃お見舞いした。

 

「なんでだよ?」

 

「だって、この事件、元は僕の力不足のせいなんだから。それを君に全部押し付けて、はい、おしまい。にはできないよ」

 

「......」

 

 ......なんだこいつ。

 ムカついたのと同時に、一瞬、脳裏をミウの顔がよぎった。

 今藍髪男が言ったことが、なんとなく、ミウが言いそうなことだったから。

 打算も偽善もなにもなしに、相手のことを思いやり、そして誰よりも自分の責任に誠実。

 ......だから、というわけではないが。今背を当てているこの男は、多分悪いやつじゃあないんだろう。そう思った。

 そして、こういうやつに限って、絶対に自分の意見や責任は譲歩しないだろうことも。

 俺は小さくため息をつく。

 あぁ、俺ってば、本当に感化されてきてる。

 

「......お前、名前は?」

 

「ヤマト」

 

「俺はコウキ」

 

「うん。コウキ、ここを切り抜ける間、よろしく」

 

「......あぁ」

 

 まこと遺憾ながらだけど、信じよう。というかそうじゃないと俺もここで死んじゃう。

 だが、ぶっちゃけた話、藍髪男ーーヤマトの申し出は俺からすればありがたいことこの上ない。

 この人数相手に俺一人で逃げきることはかなり難しい。それを手伝ってくれるというのだから(実際は俺が手伝う側だけど)、受けない手はない。

 

「......それで、ヤマトがそんなぎこちなさそうに戦ってるのには、何か理由があるのか?」

 

 先程から横目で見ていると、ヤマトは相手の動きに対してかなりレベルの高い反応を見せている。それこそキリトやミウクラスの反応だ。

 なのに、行動そのものが後手に回ってしまっている。そういうスタイルです、と言われてしまえば納得するしかないが、本人も戦いづらそうにしているから、そういうわけではないのだろう。

 それに先程からオレンジたちの攻撃が妙に少ないことも気になる。なにか関係があるのだろうか?

 するとヤマトは少し考える素振りを見せ、

 

「......あー、うん。ちょっと諸事情があって」

 

 とだけ言った。

 説明するのを嫌った、というよりは、本当に説明が面倒くさそうだ。

 初対面で共闘するのだから、そこら辺の信頼関係は大事にしなくてはいけないと思うのだが......話したくないのなら仕方がない。今無闇に波風をたてる方が問題だ。

 それに必要な情報ならさすがに面倒くさくても話してくるだろう......多分。こいつのことなにも知らないけど。

 ヤマトは薙刀を短く持ち直しながら言う。

 

「ちょっとウィンドウ操作するけど、よろしく」

 

「は?」

 

 ヤマトが言ったことが一瞬理解できなかった。

 が、ヤマトはそのまま本当にウィンドウを開いて操作しだしたーーって!

 

「おい、こんなときになにやってーーうわっ!?」

 

 俺たち2人のうち1人がウィンドウを構い始めたことで、それを好機と見たのか、これまた奥の男のかけ声とともに部位破壊をされていないオレンジプレイヤー3人が一斉に襲いかかってきた。

 俺へは棍を持った男1人、ヤマトへは短剣と槌の2人だ。

 マズイ、と思いヤマトを見るが、こんな時になっても未だにウィンドウを構っている。

 本当に、こいつはなんなんだよっ!?

 俺は棍の一撃を今度は剣で受け流し、その一瞬をついて棍の男に《肩撃》を叩き込む。

 棍の男が怯んだ隙にヤマトのフォローに入ろうと、すぐさま戻ろうとするが。

 

「なっ!?」

 

 後ろを向いた瞬間、俺の背後にはヤマトではなく、体勢を崩した槌を持った男がいた。

 俺は咄嗟に《バーチカル》を発動させて相手の槌に当て、弾き飛ばす。そして続けざまに剣の腹でオレンジの男を叩きつけて吹き飛ばす。

 なんでこんなところに敵が、とヤマトの方を見ると......なんだあれ。

 俺が見た先には、ウィンドウを操作しながらも、短剣で襲いかかってくる男をあしらっているヤマトの姿があった。

 短剣で突かれれば身を捻ってかわし、上段から斬りかかられれば薙刀の持ち手を相手の腕にぶつけて攻撃をそらしている。

 それだけでも俺からすればかなり上の次元の話なのだが、ヤマトはそれをウィンドウを見ながら行っているのだ。

 ......まぁ、とにかく、先ほどのオレンジは上段から槌を振り下ろしてそれをヤマトがかわし、そのまま体勢を崩して前方につんのめった、ということだろうか?

 そしてヤマトが相手の攻撃をかわしながら、最後にもう一度ウィンドウをタッチすると、右手にあった武器が薙刀から刀に変わった。

 どうやら装備を変更したらしい。

 

「なんで今装備交換するんだよ!?」

 

「いやー、まぁ普通はしないけどね。でも共闘するのならリーチの長い薙刀よりも、刀の方が君もやりやすいでしょ?」

 

「そりゃそうだけど!!」

 

 それでも、正気の沙汰じゃない。

 相手の攻撃をもしも喰らったらとか考えないのだろうかこいつは?

 こいつは大変なやつを味方にしてしまった、と軽く後悔していると、再び敵が襲ってくる。今度は俺に短剣の男が突きを放ってきた。

 それを俺は剣で上から叩いて逸らす。

 部位破壊されている敵は数に数えないとしても、こうやって1対1なら俺もさすがに負けないが、相手が1人でも増えると本気でマズイ。

 

「なぁヤマト。お前は何人ぐらい一度に相手できるっ?」

 

「うーん、今はやっぱり1人がやっとか、なぁ!」

 

「は!? お前さっきウィンドウ構いながらでも余裕で1人相手してただろ!? 武器も持ってちゃんと戦えばーーっと」

 

 会話の最中も、何度も金属音がなる。いや、金属音が鳴り響くなか会話をしていると言った方が正しいか。

 

「それは『逃げ』に徹してたからだよ。多対一になると、どうしても捕まっちゃう。そうなると今の僕はもうお手上げかなー」

 

 じゃあなんでそんなに余裕そうに話してるんだよっ!!

 激しくツッコミたいが、なんとか堪える。俺の方にはそんな余裕もない、振り回される槌を上体を反らしてかわす。

 

「......じゃあ、『逃げつつ挑発』だったら2対1でもできるか!?」

 

「......? まぁ、できないこともないけど、それだと君の方にもたまに2人分の攻撃がいくと思うんだけど」

 

 上等、と俺は冷や汗をかきながら呟く。

 俺への攻撃とかは今はもう問題ではない。

 そもそも、俺たちはこの場にいる敵全員を倒していかないといけないわけではない。逃げられる状況を作り出せればいいのだ。

 外側にいる手負いメンバーの包囲を突っ切る方法はあるが、近くの3人を突破する方法が思い付かなかった。

 だが、ヤマトが一時的にでも2人分相手にできるのなら、この状況にも活路を見いだせる!!

 

「じゃあ、フォロー頼んだぞ!!」

 

「えっーー」

 

 ヤマトの返事を聞かずに俺は剣を肩に担ぐ形で構え、槌の男に突進する。

 槌のような重さ重視の武器は、基本的に細かい動きに適さない。だから今の俺の攻撃を弾くことはできず、受け止めるしかないのだ。

 ならば、そこをつく。

 俺は肉薄した瞬間、上段から剣を振り下ろすように腕を振るーー寸前で自分の剣を手放した。

 結果、剣は俺の手を離れて地面に落ちるが、お陰で右手が自由に動かせる。

 俺は右手を剣を振る軌道のまま振り下ろし、相手が防御に回した槌、その細い持ち手を掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 相手がなにか驚愕の声を出す。それには構わず、俺はそのまま掴んだ槌を自分の方へ思いきり引き、相手の体勢を崩したところで、前方に出てきた相手の顔面目掛けて、左手で《閃打》を叩き込む。

 体勢を崩していたところにさらに違うベクトルの攻撃を受けたことにより、槌の男はその場に完全に倒れた。しかも《閃打》による硬直も発生しているだろう。

 俺はその隙を逃さず、すぐさま地面に落ちている自分の剣を拾い上げ、倒れた男の右手首を切断するため剣を振り下ろす。

 が、その瞬間、横合いから接近してきていた左手で片手剣を持っている男に斬りつけられ、HPがいくらか減る。

 だがその攻撃は上手く体重がのせられなかったのか、ほとんど攻撃力はなかった。どうやら元々は斬られている右手で武器を持っているようだ。

 そのおかげもあって、俺の攻撃そのものはあまり妨害されず、なんとか槌の男の右手首切断が成功した。

 ......なぜかこの場にいる部位破壊をされているプレイヤーは、肩からバッサリや、足を太ももからバッサリ、という斬られ方が多いが、そんなこと通常攻撃では相当のレベル差がないと無理だ。なので俺は右手首切断でなんとか対応させてもらう。

 とにかく、これで部位破壊されていない敵は2人。奥にいるやつも、なぜかこちらを観察するような視線を向けてきていて気になるが、今はいい。

 俺は片手剣の男を振り払い、ヤマトのもとへとんぼ返りする。

 途中、それを妨害するように体のどこかが斬られているオレンジが2人進路妨害してくるが、剣を振って相手の武器に当てて弾き飛ばす。いくらなんでもそこまでのハンデがあれば俺も負けやしない。

 こういう状況になって考えてみると、ヤマトがなんだかんだ言って2人を完全に押さえ込んでいてくれたので助かった。

 ヤマトを襲っていた短剣の男を背後から《肩撃》で吹っ飛ばす。《体術》スキルは分かっていても吹っ飛ばせるほどの馬力があるのが良いところだ。

 

「で、2人相手しておいたけど、ここからどうするの!?」

 

 ヤマトも俺が来たのに合わせるようにつばぜり合いをしていた刀を滑らせ、柄を相手の腹にぶつけた後、相手を思いっきり両手で押し退けた。

 

「ヤマト、こういう集団の攻略法って知ってるか?」

 

「攻略法......?」

 

 俺は小さく笑みを浮かべる。

 集団を相手にするときの攻略法。それは相手が人間だろうがmobだろうがあまり変わらない。

 それは、相手のなかで一番強いやつ、もしくはリーダーを攻撃、撹乱することだ。

 こういう集団で行動する奴らには、どうしても集団心理というのが働く。

 あの一番強い人に従っていれば、リーダーに従っていれば上手くいくだろう、というような考えだ。

 そしてその認識は集団全体に及ぶ。

 ならば、その核である人物をつついてやればどうだ?

 倒せないまでも、その人物が浮き足立てば?

 もっと言えば、その人物が立てた作戦が乱されれば?

 そうなれば、集団全体に混乱と焦りが生まれる。その隙をつけば、この大人数相手でも逃げることは可能だ。

 いや、むしろこれほどの大人数が混乱に陥れば、落ち着くには相当の時間を要する。逃げることは可能どころか、容易にまでなるはず!

 

「ーーっ、コウキ!!」

 

 ヤマトの声が響く。残った短剣の男と棍の男が同時に襲いかかってきたのだ。

 ナイスタイミング。俺は心のなかで笑いながら棍の男に向けて剣を構える。

 

「ヤマト、一度でいい! 相手の攻撃をブレイクしてくれ!!」

 

「分かった!」

 

 俺とヤマトはそれぞれ接近してくる敵に相対する。

 敵も俺たちの会話を聞いていたのだろう。俺に向かってくる棍の男は、棍を上段に振り上げ、凄まじい勢いで振り下ろしてきた。

 棍のようなリーチの長い武器での全力攻撃。それは威力が非常に高く、弾くことも難しい上にリーチが長いせいで、かわしながら相手の懐に入るのも一呼吸で、というわけにはいかずスピーディーには行えない。(まぁ、そのぶん懐に入ることができればかなり楽にはなるのだが)

 ここではソードスキルは使いたくない。

 だったら。

 俺は体を左に一歩動かすことで、迫ってくる棍を体にかすらせるかどうかのギリギリでかわす。

 ここで棍の男に向かって接近しても、先程言ったように返しの刀で棍を叩き込まれて終わりだ。

 そこで俺は、かわした後、接近するのではなく、体のすぐ隣にある敵の棍に上から思いきり剣を叩きつけた。

 ゴキィィン!! と鈍い音が鳴り響く。敵の棍は、上段から振り下ろしたことによりほとんど地面に触れているような状況にあった。そこを上から剣で叩いたのだから、棍は地面に完全に触れる上に、その結果起こるのは持ち手への強い衝撃だ。

 これで武器破壊はできないかもしれないが、思わぬ方向からの衝撃によって武器をファンブルさせることぐらいはできる。

 よし、これで準備は整った!!

 俺はそこから間髪いれずに、奥にいる男とは反対の方向を向き、ソードスキルのモーションに入る。

 

「......なるほどっ」

 

 俺の動作を見て、俺と同じく相手の攻撃を弾いたヤマトも狙いが分かったのだろう。俺に続いてスキルモーションに入る。おそらくは俺と同じ、『突攻撃』系スキル。

 そして、短い予備動作を経て、俺、ヤマトの順にソードスキルが発動する。

 俺が発動したのは《ブレイヴチャージ》だ。

 

「はぁぁぁぁああ!!」

 

 スキルに沿って体が加速していく。

 俺たちは確かに包囲されているが、それはあくまでも円上に回りを囲まれているだけだ。なにも人海戦術並みに人に囲まれているわけではない。

 それならば、ある程度以上の突破力があれば包囲を突破することは可能だ。

 今までは俺たち2人に敵3人が付いていたのでその『突破力』であるソードスキルを使用するタイミングがなかったが、それも今は問題ではなくなった。

 ......以前、ニックにこういった突進系のスキルは軌道が読まれやすい、と注意されたことがある。

 確かにそれは欠点だろう。

 だが、単純な突破力としては、無敵に近い力を持っている!

 スキルの射線上にいた敵プレイヤーを吹き飛ばしながら前に進んでく。

 そして。

 

「っしゃ!! 出たぞ!!」

 

 遂に、敵の包囲網を突破した。

 こうなれば後は簡単だ。後はただ必死に走って逃げきればーー

 

「......まさか、ここまでお前のtactics通りに動かされるとはな」

 

 一歩を踏み出そうとした矢先、目の前には、先程まで俺たちの包囲の外側にいたポンチョの男が目の前に立っていた。

 ......ま、そこまで上手くはいかないよな。

 さっきまでこのポンチョの男が立っていた位置からならば、いくら逆方向でも俺たちのスキルモーションを見てから動けばこうやって回り込むことも可能だろう。

 しかも先程からこのポンチョの男はことあるごとにこの集団に的確に指示を飛ばしていた。このぐらいじゃあ完全に突破することはさすがに無理だろう。

 でも、どんなプレイヤーでも2対1なら隙は作り出せる。

 

「ヤマト、突破するぞ!!」

 

 俺は足を止めずに、遅れてやってくるヤマトに指示を飛ばしながら、切り下げ気味に横一閃に剣を振る。

 横振りなのは、走りながらでは縦振りは力が入らないということと、相手の次の行動を封じるためにだ。

 縦振りだと、先程の俺のように小さくかわした後にカウンターを放たれる可能性がある、が、横振りならばかわし方としては跳ぶか、しゃがむか、退くか、受け止めるかだ。

 それらの行動は次の行動に移るのにはどうしても流れが悪くなる。1対1ならばそれでも問題はないが、今のような状況ならばこれが中々に効くはず。

 そんな中、目の前のポンチョの男が選んだのは俺の剣を、自分の短剣で受け止めることだった。

 普段ならば反撃を気にして、セーブして剣戟を放つところだが、俺の剣は受け止められてもいいので今回は、それこそガードごと吹き飛ばす勢いで剣をそのまま振った。

 

 

 

 

「ーーイッツ・ショウ・タイム」

 

 

 

 

 ーーえ?

 目の前のポンチョの男が小さく呟くのと同時に、俺の攻撃は男が構えた短剣に直撃した。したはずだ。

 なのに、なんで。

 

 

 

 

 なんで今、俺の剣は斜め上へ振りきられているんだ......?

 

 

 

 

 おかしい、俺の攻撃が相手に短剣に当たる瞬間は見たし、感触もあったのに。

 まるで俺が攻撃したのはただの幻影だったかのような......いや違う。感触はあったのだから。

 今まで経験したことのない感覚と現象に、一瞬思考が停止する。

 それも本当に一瞬だ。時間にすればストップウォッチでも測りきれないほどの刹那だ。それほどの短い時間の思考停止ですんだのも日頃の鍛練の賜物だろう。

 だが、目の前のポンチョの男はそんな隙すらも見逃さなかった。

 恐ろしいほどまでに鋭く、静かな突きが俺の喉元目掛けて迫ってくる。

 喉に冷たいものを感じた瞬間。

 

「っ、危ない!!」

 

 すんでのところでヤマトが俺とポンチョの男の間に割って入り、短剣を弾いた。

 ......危なかった。今、完全に反応できていなかった。

 俺は警戒と恐怖を込めて目の前のポンチョの男を見る。

 本当ならヤマトに礼を言うべきなんだろうが、今はそれすらもできる状況ではない。

 今この場面で、このポンチョの男から目を離してしまえば、俺は死ぬ。それが分かった。

 まずい、これじゃあ敵全体の混乱なんて無理だ。いや、それどころか安定感すら出てきてしまう。

 

「くそぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 俺とヤマトはほぼ同時にポンチョの男に肉薄する。

 このポンチョの男は、間違いなく強敵だ。俺たち二人がかりでも勝てるかどうか分からないほどの。

 そんな相手にこんな無策な特攻、愚行にもほどがある。それは分かっている。だが、俺たちには迷っている余裕なんてない。

 このポンチョの男がこんな化け物だと分かった時点で一つの事実が決定してしまっているのだ。

 俺たちは、後ろにいる連中に再び囲まれてしまったら、今度こそ本当に死ぬ。

 もう俺たちには、このポンチョの男を残りの数秒で突破するしか生き残る道は残されていない。

 俺は今度は刺突を、ヤマトは袈裟斬りを放つ。

 ......言うまでもないが、俺とヤマトは今日知り合った完全な初対面だ。

 百歩譲って相手を信用することはできても、相手との連携を完璧に決めることなんてのは不可能だ。

 ならば下手な連携など考えずにとにかく攻撃して、隙をうかがって逃げた方が懸命だ。

 .......その隙を見つけられれば、の話だけどな。

 それでも、やるしかない。

 ポンチョの男は先に到達した俺の剣を、先程と同じ謎の方法で逸らし、ヤマトの刀と当てることで2人分の攻撃をかわす。

 これだ。このいつの間にか攻撃の方向を逸らされている感覚。おそらく、受け流しの類いだとは思うけど、その予備動作がほぼ全くないからこっちの攻撃だけが勝手に曲がっている感覚に襲われるのか。

 今度はヤマトが体を回転させて、体重も乗せた刀の左から右への横一閃をポンチョの男に放つが、男はそれを俺の時と同じように斜め上へ受け流してしまう。

 ダメだ。他人が弾かれているところを見ても、武器があいつの短剣に触れた瞬間に勝手に軌道を変えているようにしか見えない......

 だが、ヤマトの攻撃はそこで途切れなかった。

 ヤマトは体勢を崩されつつも、流された右腕の反動を生かして左足での蹴りをポンチョの男の腕目掛けて放ち、直撃させる。

 

「Wonderful!! まるでハリウッドみてぇだな!」

 

 ポンチョの男の右腕が大きく跳ね上がる。

 

「コウキっ!!」

 

「あぁ!!」

 

 俺はスキルモーションに入る。

 あの攻撃の逸らし方にはまだ突破口を見いだせないが、もうそれはいい。

 とにかく、この一撃を意地でも当てて、この場から離脱する!!

 俺の剣が左斬り上げでポンチョの男を襲う。

 このスキルは片手剣単発スキル《ヘイスティ・アタック》。スキルの内容としてはただの斬り上げ一発だが、その攻撃速度は他の片手剣スキルと比べ物にならないほどに早い。

 そのぶん、攻撃そのものは軽いのだが、相手の体勢を崩すことができればいい現状では、これほどに使えるものはない。

 

「ほう、選択は中々だな」

 

 ポンチョの男は呟くと同時、体勢を整え、右手に持っている短剣を逆手に持ちかえると、短剣をそのまま振り下ろした。

 そうして、俺の剣とポンチョの男の短剣は交わーーらなかった。

 ガキィィン!! という音を上げて俺の剣が宙を舞う。

 ポンチョの男の短剣が俺の剣の柄を叩き、弾き飛ばしたのだ。

 なっ...... これは......《武器取落》!?

 

「聞いただけのskillだが、なるほど、使えるなぁ」

 

 ポンチョの男はフードを被っているせいでそこしか見えない口の部分を、三日月のように歪ませる。

 そして短剣を逆手に持ったままポンチョの男は俺に斬りかかってくる。

 狙いはーーまたも喉元。

 まずい! と思い、俺は寸前で半歩下がりながら首をすぼめて僅かに俯く。

 

「がっ、はぁっ......」

 

「ほう......上手くかわすもんだなぁ」

 

 俺は2歩、3歩とたたらを踏む。

 ......よかった、まだ生きてる。

 攻撃がヒットする瞬間、俺はヒットする位置を首から頬に変わるよう仕向けたのだ。

 これも、一歩間違えたら目をやられて視界が悪くなっていた可能性があったが......上手くいってよかった。

 スキルディレイが解けるのがあと一瞬遅かったらと考えると、ゾッとする。

 いや、そんなことは後だ。

 俺が後退したのと入れ替わるようにヤマトが前に出て、攻撃を放った直後のポンチョの男に対してスキルを発動する。

 あの構えは......多分刀三連撃スキルの《三陣》だろう。Δ状に相手を斬りつけるスキルだ。

 このスキルは特別発動が遅いわけではない。武器を完全に振りきっている状態の男になら、問題なく入る......普通なら。

 攻撃するヤマト。それに対応するポンチョの男。

 動きが速かったのは、ポンチョの男の方だった。

 

「なっ!?」

 

「お前、さっきの戦闘からactivityが遅いままだぜぇ? 惜しかったなぁ?」

 

 ポンチョの男はヤマトがスキルモーションに入った瞬間、かわすために退くのではなく、逆に無理矢理一歩踏み出すことでヤマトに体を押し付け、ヤマトのソードスキルをブレイクしたのだ。

 そしてその密着状態は、刀を持つヤマトの距離ではなく、短剣を持つ男の距離だ。

 その短剣で刺されればヤマトは完全にアウトだ。

 それはさせない!!

 ポンチョの男が短剣を引いた瞬間に俺も前に出て、ヤマトの肩を左手で掴む。

 そして、思いきり手前に引いた。

 結果、再び入れ替わる俺とヤマトの立ち位置。

 いつかの俺とヨウトを思い出すが、あの時とは違う点がある。

 それは、俺が『右手』を大きく引いていることだ。

 力を込めると、俺の右手が淡く光を纏う。

 

「はぁぁぁぁぁああ!!」

 

 ポンチョの男の顔面目掛け、拳を叩きつける。

 今回は、ポンチョの男の謎のガードも間に合わなかった。

 入った!!

 ......一瞬でも、そう思ったのがいけなかったのだろうか?

 ポンチョの男は、スウェーのみで俺の拳をかわしていた。

 しかもそこからバック宙のように体を回転させ、蹴りを俺の顎に入れてくる。

 

「がぁっ!!」

 

「おー、おー、あぶねぇあぶねぇ」

 

 ドサリ、と音を上げて、今度こそ俺の体は地面に伏せる。

 そして、それがタイムアップのブザーとでも言うように、俺とヤマトは再びオレンジプレイヤーたちに囲まれてしまった。

 ......くそ! 時間切れかよ......!!

 俺もヤマトもまだHPは残っている。だが、それだけではこの状況をどうにかする要素にはならない。

 まだ、なにか方法はないのか? まだなにか、生き残る道は......!!

 体を起こして一発逆転の手段を考えるが、なにも思い付かない。

 回りを囲んだオレンジたちが襲いかかろうとしてくるが、それをポンチョの男が止めた。

 それからポンチョの男はパチパチと手を叩く。

 

「あー......お前らいいなぁ。刀の奴はtop gearなら《黒の剣士》レベル、そっちのガキも面白いもんを持ってる......たまには気まぐれを起こしてみるもんだぜぇ」

 

「......ははっ、ありがとう」

 

 ヤマトがどこか適当に言う。

 賛辞は受けとるけど、話は聞くつもりはない、って感じだ。

 ......本当なら、こうしている間に何か武器を握っておきたいのだが、なにか行動を見せれば、こいつらは間違いなく襲いかかってくるだろう。下手な行動はできない。

 この会話を切欠に、なんとか突破口を見つけられないか? そう思考を巡らせる俺をよそに、ポンチョの男は俺たちに言う。

 

「なぁ、お前ら。ウチに入らねぇか?」

 

「やだね」

 

 っておい、ヤマト!

 少しでも状況を良くするために何か考えろよ!! そんな脊髄反射で会話すんな!!

 

「おいおい、そんなつれねぇこと言うなよ? 中々にいいproposalだろぉ? どうも刀のお前は元々ソロプレイヤーみたいだしなぁ?」

 

「まぁね。でもあなたたちが実はちょっと狂気的なドッキリが大好きなギルド、とかじゃなければ僕は入る気はないかな? 人殺しなんて前衛的すぎて失笑ものなこと、僕は興味ないからね」

 

 こいつ、なんかメチャクチャ口悪いな......!!

 言ってることには100%同感だけど、そんな相手を挑発するようなこと......

 俺が内心冷や汗をかきまくっていると、ポンチョの男はくくっと皮肉っぽく笑った。

 

「こいつはぁ、おもしれぇ!! いいなお前、頭の中がイカれてる。俺たちと同種の人間じゃねぇか!!」

 

「全然嬉しくないね」

 

「はっ、それは残念だ」

 

 そこで会話を切ると、今度は俺の方に顔を向けてきた。

 そうして数秒間、なにも言わずに俺の顔を見ると、男は再び笑った。

 ただし今度は、どこか友好的な、歓喜の笑み。

 

「......お前は、possibilityだな」

 

「.......?」

 

 possibility......?

 この人はなぜこんなにも外国語を混ぜて話すのだろう? 言葉の意味が分からなくて意思が読み取りづらい。

 俺が首を捻っていると、

 

「ははっ、やっぱりいいぜお前ら、おもしれぇ。そのstrength! そのpossibility! この場を切り開いてもっと見せてくれよぉ、なぁ!?」

 

 ポンチョの男が言うと同時、回りを囲っているオレンジプレイヤーたちが一斉に襲いかかってくる。

 まずいっ、俺は今武器を持っていないし、ヤマトもやっぱり不調ぎみらしい。

 逃げ道がない。打つ手がない。

 俺とヤマトにいくつもの攻撃が降ってくる。これだけの数となれば、対処するのは無理だ。

 やられるっ!!

 

 

 

 

「いやいや、この場を切り開いても、お前らとなんか二度と会わねぇよ、バーカ!!」

 

「コウキには、悪の組織とか似合わないと思うし」

 

 

 

 

 ガキィィイイン!! と音を立てて俺たちに迫っていた武器のいくつかが宙を舞った。

 それに少し遅れて、空中から何かが落ちてくる。

 

「......ミウ、ヨウト!?」

 

「もー、コウキ? 置き手紙するのはいいけど、せめて場所ぐらい書いてよ。探すのに苦労した」

 

「それに見つけたと思ったら、まーた厄介ごとに巻き込まれてるし......実は俺とかミウちゃんじゃなくて、お前が厄介ごと引き付けてるんじゃないか?」

 

 いつも通りな雰囲気で俺に話しかけてくる2人。

 そこには今までの生死をかけたような空気はなく、どこまでもいつも通りな空気が流れている。

 俺が突然の展開に着いていけなくなるが、状況は変わっていく。

 

「そっちにいるのは、被害者さん? それともウチのコウキを助けてくれた人? ま、どっちにしろコウキがお世話をかけました」

 

「いや、こちらこそ......」

 

「私たちも状況打開に協力するよ」

 

 そう言って、ミウが剣を構える。

 その際、俺の方を一瞥し、心配ご無用、と言わんばかりにウィンクしてきた。そのあまりにもカッコいい一連の動作に一瞬鼓動が跳ねたような気がしたが、重要なのはそこではない。

 ポンチョの男に、動きがあった。

 

「ちっ......なんだよ、良いとこだったのによぉ」

 

「それは悪かったな。ま、今は退いてくんない? そっちにも怪我人は多いみたいだし、リーダーっぽいあんたも4人相手はキツいだろ?」

 

 ポンチョの男に向かって、ヨウトが言う。

 こういう嗅覚はさすがだ。ポンチョの男の強さまでもなんとなく感づいてるっぽい。

 ヨウトの言葉を聞いて、ポンチョの男は何かブツブツと呟く。と、それにヨウトが返す。

 

「ーー ーーーー ー ーーーーーーー」

 

「ーーーー ーーーーー ーー ーーーーー」

 

「......? ーーーーー ー ーーーー」

 

 ......この2人、何語で話してるんだ?

 聞いたことのない言語で話す2人。何を話しているのかは分からないが、表情からするとヨウトがポンチョの男をなにか挑発して、それが上手くいっているっぽい。

 そしてさらに何回か話すと、ポンチョの男は大きく舌打ちして「おい!!」と苛立たしそうに言った。

 それが合図だったのか、俺たちを囲っていたオレンジプレイヤーたちは、一斉に俺たちから距離を取り始めた。

 よく分からないが、どうやら撤退してくれるらしい。

 そしてポンチョの男は俺たちをもう一度見ると、

 

「ーーーー ーーーーー ーー ーーー」

 

 また何語かも分からない言葉を言って、他のオレンジプレイヤーたちと同じように俺たちから距離を取り、そのまま闇に紛れていった。

 しばらくは俺の《索敵》スキル範囲内にプレイヤーアイコンが映っていたが、10秒ほどすると、完全に消えた。

 ......とりあえず......助かったのか?

 それを実感した途端、足腰から力が抜けそうになったが、なんとか倒れることだけは堪える。

 

「なぁ、ヨウト。あいつなんて言ってたんだ?」

 

「あぁ!? 嫌なやつだったよ!!」

 

 おぉ、珍しい。ヨウトがここまで苛立ちを全面に出してくるなんて。

 

「いや、お前らの会話じゃなくて。最後だよ、最後」

 

「ん? あぁ......『俺たちはいつでもお前たちを見ている。それを忘れるな......』だと。気持ち悪っ」

 

 そう言って、本当に体を震わせるヨウト。

 本当、ヨウトがここまで拒否反応を示すだなんて......一体どんな会話していたんだろう?

 

「コウキ」

 

「なんだ、ミウ?」

 

「.......」

 

「.......」

 

「.......」

 

「.......」

 

「.......」

 

「.......ごめんなさい」

 

「私まだなにも言ってないけど」

 

 ミウから声をかけられて、そのまま視線の衝突。先に目を逸らして負けたのは俺でした。

 いや、でも今回は本当に俺が悪かったと思ってます。さすがに後先考えてなさすぎた。そういう考えを含めて謝ったのだが、それはミウとしては少し不服らしく、口をつき出して拗ねている。

 

「う~......そりゃあ、コウキがまた自分のこと省みらずに行動したのは怒りたいけど......」

 

「コウキが誰か本当の他人のために体張るなんて中々ないもんなぁ。いやー進歩進歩!」

 

 ミウとヨウトが続けて言ってくる。

 俺が他人のために頑張ることはそんなに珍しい......な、確かに。

 少しずつ、自分のなかで何かが変わっているのだろうか? よく分からない。

 だが、ミウと出会ったあの日。あの日の俺と比べて少しでも成長できているのなら、それは......

 

「......コウキ、なんか嬉しそう?」

 

「違います」

 

 ミウから顔を背けて言う。そして小さくため息をつく。

 いや、とにかくこの会話はもういい。本題に入ろう。

 俺はそこでようやっと一人でゴソゴソ動いているヤマトに向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマトはコウキとその愉快な(?)仲間たちがなんか楽しそうに話している間、一人草むらのなかに入って結晶が入ったポーチを探していた。

 ポーチそのものはどこにでも売っているからどうでもいいのだが、中の結晶は中々に高価なものだからそうもいかない。

 ヤマトの勘からすれば、持っていかれていない限りはこの辺りに落ちているはずなのだが......

 草むらに手を突っ込む、ない。また突っ込み、ない。またまた突っ込む、痛い、mobに噛まれた、刀で倒す。

 

(おかしーなぁ、攻撃の方向からこの辺にあると思ったんだけど......)

 

「ヤマト」

 

 これはいよいよ買い直すしかないかなぁ、とヤマトが諦めかけていると、コウキに声をかけられる。

 いつの間にか3人の状況報告は終わって、ヤマトとの意見交換のターンになっていたようだ。

 

「なにやってたんだ?」

 

「んー、さっき言ってたポーチ探してる。どうもさっきのやつらに持っていかれたっぽいけどね」

 

 命の代わりに結晶を取られたと考えれば少しはマシになる......と分かってはいても、やはり微妙に釈然としない。

 ヤマトが小さくため息をついていると、コウキの仲間の一人「ねぇねぇ」と声をかけてくる。

 肩にかかるほどの黒髪。どこか活発そうな雰囲気、だがどこか爽やかさを感じさせる人物だ。

 

(......? 男......あ、いや、女の子......か、な? あれ、どっちだろう?)

 

「? 『私』の顔、なんかついてる?」

 

「いや、そういうわけじゃ、ごめんごめん。なに?」

 

 よかった、女の子だった。ヤマトは内心で安堵の息をつく。

 いくらマイペースで無遠慮でオブラートなんて言葉を欠片も知らないヤマトでも、男女を間違えるのは生死に直結することは分かった。

 今日に限ってミウは装飾品を身に付けていなかったので、そのせいでヤマトも焦ったのだろう。

 その、他のパラレルワールドならヤマトに泣かされていそうな気がする少女は、右手をヤマトにつき出した。

 

「君が探してるポーチって、もしかしてこれ?」

 

 少女が右手に持っていたのは、中に結晶がいくつか見え隠れしている、少し茶色がかったポーチ。ヤマトが今の今まで探していたものだ。

 

「わぁ! ありがとう、それどこにあったの!?」

 

「なんかここにくるまでに無造作に転がってたから落とし物かなぁって。よかったよ、持ち主が見つかって」

 

 可愛い、というよりは爽やかと形容される笑みを見せる少女。

 それを見てヤマトは、これは男と言われても疑わないかもなぁ、となんとなしに思った。

 

「コウキのことはもう分かるんだよね? 私はミウ、で、あっちがヨウト。よろしくね。えっと......ヤマト......くん?」

 

「ちょっと待ってミウちゃん、なんで俺は最初から呼び捨てだったのに、ヤマトはくん付け?」

 

「ん~......なんかヤマトくんは妙に落ち着いて見えるからかなぁ?」

 

「なんか間接的に落ち着きがないって言われた!!」

 

「ミウ、俺は!?」

 

「コウキ? コウキは.......コウキだから?」

 

「どういうこと!?」

 

 またワーワー話し出す3人。

 なんか賑やかな人たちだな、とヤマトは思った。ヤマトの回りは静かと言うか、落ち着いた感じの人が多い。

 強いて言えば、カリン(ヤマト視点では)が賑やかに入るかもしれないが、それでもそれはヤマトが一方的にからかう感じで、こんなにコロコロと話が転がるということはあまりない。

 ただ、ガヤガヤしているのはそこまで得意ではないヤマトでも、あまり嫌な気分にはならない賑やかさだ。

 世の中いろんな人がいるなぁ、と考えながら、このままここにいても仕方がないと思い、ヤマトはコウキに近づく。

 

「コウキ」

 

「ん?」

 

「ありがとう、君のお陰で助かった」

 

 ヤマトが言うと、先程まで騒いでいたコウキの雰囲気が大きく変わった。

 正の雰囲気から、負の雰囲気へ。

 コウキが皮肉ぎみに笑って言う。

 

「......そんなことない。結局俺は足手まとい同然だったし、それにヤマトを助けられたのはミウとヨウトのお陰だろ?」

 

「それでも、君がいたから僕はこうして生きてる」

 

「......」

 

 ヤマトの言葉を聞いても、まだ釈然としていなさそうなコウキ。

 なぜそこまで自分のしたことを信じられないのだろう? とヤマトは不思議に思った。

 シリカの時にも似たことがあった。だがシリカの場合は完全な謙遜だったが、コウキの場合はもっと根深そうな何かがあるような気がヤマトはした。

 ふと隣を見ると、ヨウトがどこか寂しそうな顔をしているのが見えた。

 

(......誰にでも、1つや2つ、抱えているものはあるか......)

 

 コウキもヤマトも、そして多分ミウも、なにかを抱えている。

 助けたい、と、力になりたい、と、ヤマトは強く思った。

 ヤマトは、コウキたちのことは何も知らない。今まで見かけたことも、聞いたこともない。完全な初対面だ。

 それでも、力になりたい。できることならなんでもしたい。

 ......だが。

 

「......」

 

 ヤマトは改めてコウキたちを見る。

 そこは、どこかもう完成していた。

 言うなれば、ひとつの世界がもうひとつの世界が出来上がっているのだ。

 お前はいらない。これは俺たちの問題だ。そう言外に言われたよう気がヤマトはした。

 

(なんだか、羨ましいな)

 

 そんなひとつの世界をコウキたちが確立していることが、少し羨ましい。

 ヤマトは基本的に誰かに依存したりしない。誰かと共に行動するようなことはそこまで推していないのだ。

 カリンが着いてきたり、シリカとたまに出くわしたり、エギルと井戸端会議したりはしても、それでも誰かと手を取り合って立ち向かう、ということはしないのだ。

 理由は特にない。ただ機会や動機がないだけ。

 だからこそ、ヤマトはコウキたちのような、誰かが誰かを支え、誰かが誰かを守るような、そんな関係に、憧れる。

 これは、僕なんか必要ないな、とヤマトは区切りをつけた。

 

「ま、君にお礼言ったのも僕の自己満足だから、なにか勘に触ったのなら忘れてもらっていいよ?」

 

 じゃあね、色々ありがとう。そう言ってヤマトは踵を返し、歩いていく。

 いつか自分もあんな人たちと出会えるのだろうか? そんな思いを胸に秘めながら。

 そして、カリンへ感謝の品を、ようやく渡しに行けることを、小さく喜びながら。

 




主人公2人の戦闘回でした。

まず......本当にすいません! またすごい間が空いてしまいました!
新しいゲームが出たり、年末で色々あったり、表現に迷いまくったりして、更新が遅れてしまいました。
これからももしかしたら(というかほぼ確実に)、こういうことがあるかもしれませんが、その時は、本当にすいません。
ですが、完結せず、ということはないと思うので、生暖かくも、待っていてもらえれば幸いです。


本編の方は、主人公2人の考え方や、立ち位置が異なるように書いてみました。(またいつものように書けているか大変に不安ですが......)
それと今回初出演の例の人。あの人の口調が分かりづらすぎて四苦八苦しました。未だにどんな感じなのか上手く掴めていません。

次回は......もうちょっとこのシリーズが続きます。



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AS7話目 クロスアフター《ヤマトの場合》

AS7話目です!

エギル「一つ聞きてぇんだが。お前さんは、女には興味はねぇ、とかそういうタイプなのか?」

ヤマト「え? なにいきなり......」

エギル「いやな。俺が見る時はお前さん、カリンとよくいるが、聞く話によると他の女の子ともいるらしいじゃねぇか。なのにお前さんのそういう浮いた話は一切聞かない。それで少し気になってな」

ヤマト「どこ情報なのそれは......? うん、まぁ、そこそこ女友達? はいるけど、別にそんな話はないね。あ、でも僕が女の子に興味ないとか、そういう話もないから」

エギル「つってもなぁ。じゃあ、どういうタイプが好みなんだ?」

ヤマト「うーん、そうだねぇ......強いて挙げるのなら」

エギル「挙げるとするのなら?」

ヤマト「僕のこと、好きだって言ってくれる女の子かな? ほら、そう言われるとすごく嬉しいし、僕も意識しちゃうしね」

エギル「......そうだな。(はぁ、これはカリンも、前途多難だな)」



「ありがとうございましたー」

 

 ヤマトが街外れのとある家から出てくる。

 例のオレンジプレイヤーたちの戦闘から2時間後、ヤマトはクエストの依頼主のもとへ戻り、報酬を受け取ったのだ。

 思えば、これほどに大変だったクエストもなかった。

 最初に倒れている人を見つけたかと思えば、その人に騙されてオレンジプレイヤーたちに囲まれ。やられかけたかと思えば、突然の乱入者。そして共闘......。ヤマトはこのゲームの中で自分が歩んで来た道は割りと他のプレイヤーたちよりはダイナミック、かつバイオレンスだと思っているが、それでもこの日は波瀾万丈過ぎた。

 

(......カリンのところに行く前に、少しブラブラするかな)

 

 ヤマトは外の空気を肺一杯に吸い込んだ後、大きく吐いて街を歩き出す。

 とにかく、この体の中に凝り固まった嫌なものを外に吐き出したかった。

 町並みをボーッと見ながら思い出すのは、先程までの戦闘のことだ。

 あの戦闘、ヤマトは助けがなければ間違いなく......死んでいた。

 もとはと言えば、ヤマトが誰かを助けようとした結果、ヤマトは死にかけたのだ。その行動自体はヤマトも悔いてはいないし、助けてもらったコウキたちには少々申し訳ないと思うが、反省する気も一切ない。

 それでも、どうしても思ってしまう。

 今この瞬間、戦闘が終わって一息ついてしまったこの瞬間だからこそ、考えてしまう。

 もしも、あの時コウキたちが来なければ、自分は今、もう死んでしまっているということを。

 そのことを考えると、胃の中がズンッと急に重くなる。僅かにではあるが、指の先が震えてくる。

 変わっているだの、《黒の剣士》ほどの強さを持っていると言われても、ヤマトはまだ15歳。リアルならば中学校でワイワイ騒いでいる年なのだ。『死』に直面すれば、泣きそうにもなるだろうし、理不尽に叫びたくもなる。

 そう考えれば、ヤマトはやはりいくらか達観しているのだろう。だからこそ、『死』に直面したその場では落ち着いていられた。だからこそ、今になってその恐怖が襲いかかってきている。

 いや、もっと正確に言えば戦闘が終わった瞬間からそれは襲ってきていた。ポーチを探す、何て言っていたのも、今になって思えばとにかく体を動かして余計なことを考えたくなかったからかもしれない。

 

(強さになんて興味はないけれど......それでも)

 

 ヤマトは自分の右手を見て、それを強く握った。

 ......例えば、コウキが強さを求める理由は、自分の大切な人を守るためだ。

 例えば、ミウが強さを求める理由は、助けられる可能性を否定しないためだ。

 では、ヤマトは?

 自分が生き残るため? 誰かを助けるため? ただ強くなるため?

 分からない。

 ヤマトは、そういった面でも、コウキたちを羨ましいと思ったのだ。

 隣に誰かがいて、その人のために戦うようなことができる、そんな関係が。

 

(今の自分のスタンスが嫌な訳じゃない。むしろ気に入ってる)

 

 なら、なぜこんなにも心細く感じるのだろう?

 分からない。

 そこまで考えて、ヤマトは大きく頭を振る。

 あぁ、らしくないらしくない。またらしくない考えをしているめんどくさい。

 朝も似たような考えをした気がするヤマトは、再びため息をついて落ち着こうとする。

 大きく吸って~......

 

「見つけたわよ、ヤマト」

 

「はぁ~~~~......」

 

「会っていきなりため息ってどういうことよ!?」

 

「え? あぁ......」

 

 ヤマトが前を向くと、いつの間にかカリン(怒りゲージ80%)がプンプンしていた。

 それを見た瞬間、ヤマトはなんとなくとだが胸が軽くなった気がした。

 あれ? これはどういうことだろう? とヤマトは首を捻る。

 

「なによその私のことが誰か分からないみたいな反応!?」

 

(あ、やっぱり気のせいかな。いつも通り少し面倒だけど見てて面白いカリンだ)

 

 違う意味でまた安心するヤマト。

 この藍髪少年は、大事なところでいつも通りの鈍感系主人公なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、なんでカリンがここにいるの? エギルの所でにゃーにゃーしてなくていいの?」

 

「にゃーにゃーしてるってどういうことよ......あなたが何かオレンジプレイヤーたちとの戦闘に巻き込まれたって聞いてしん......偵察に来たのよ!!」

 

「はぁ......?」

 

 所変わって街中のとある広場。この広場は円形の広場の中心に大きな常緑樹が立っていて、その木の周りにベンチが配置されている。

 この頃気温が上昇してきたこのアインクラッドでは、隠れ避暑地として用いられる場所だ。

 ヤマトたちも今はそのベンチのひとつに並んで座っていた。

 そしてカリンの言葉を聞いて、ヤマトは首を捻る。

 

(あの戦闘の情報が、もう出回っている......? いくらなんでも情報が早すぎる......)

 

 仮に上がっている情報が、ボス攻略達成! とかならば、ヤマトも納得がいく。そういったプレイヤー全体に関わる情報は多くの情報屋、多くのギルドが情報を大々的に流すからだ。

 だが、今回の場合はただのプレイヤー間の戦闘。しかもオレンジプレイヤーたちとの戦闘だ。情報としての注目度は限りなく低い。

 

「ねぇ、カリン、僕が戦闘に巻き込まれたって......どこで聞いたの?」

 

「は? どこって、別にどこでもないわよ? ただ情報収集しようといつも通り転移門近くで耳を澄ませて盗み聞きしていたら、あなたの情報が聞こえてきたってだけで......」

 

「転移門って、この層?」

 

「え、いや......もう少し下の層だけど......」

 

 急なヤマトの真剣な表情に気圧されたのか、いつもよりも幾分動揺しながら答えるカリン。それに対してヤマトはさらに疑問が浮上する。

 この層で聞いたのなら、まだ情報に上がっても理解できた。あの森に今近づくのは気を付けよう! というような感じで広まってもおかしくはない。

 だが、別の層となるといよいよきな臭くなってくる。

 

(こんなの、誰かがわざと情報を拡散しているとしか思えない。じゃあ誰が? コウキたち......は、ない。メリットが無さすぎる)

 

 そこまで考えて、閃いた。

 いた、この情報を垂れ流しにした場合、得をする人物が。

 ヤマトはヨウトが言っていたこと、というより、あのポンチョの男が言っていたことを思い出す。

 

『俺たちはいつでもお前たちを見ている。それを忘れるな......』

 

(......なるほど、こうきたか......)

 

 ヤマトは心の中で大きくため息をついた。

 そうなると、次にカリンが質問してくることは......

 

「あっ、それよりも! ヤマトあなた、何か変なスキル使ったって噂になってたけれど、あれ、本当なの?」

 

(やっぱり......)

 

 ポンチョの男がヤマトに対して打てる有効な手段。それはヤマトが戦闘中に使った『あのスキル』を、情報拡散することだ。

 これをすることによるヤマトへの実害は、実際はそれほどない。せいぜいが色んなプレイヤーに質問攻めに逢うことぐらいだ。

 だが、間接的には違う。

 小さなもので言えば、質問攻めによる精神的疲労。大きなもので言えば、その他大勢の犯罪者プレイヤーたちに、ヤマトの対策を打たれてしまうことだ。

 ヤマトはもともとソロで、オレンジプレイヤーたちに狙われやすい、という条件がある上に、対策まで打たれると、ヤマトはかなり辛い状況に立たされてしまう。

 もちろん、それだけでヤマトに完封勝利できるようにはならないが、それでも狙われやすくなるというのは確かだ。

 

(あの時スキルを見せるのは失敗だったかな......? いや、それだと僕は死んでたから、間違ってはない、か。完全にあのポンチョに負けたなぁ......)

 

 別に、勝ち負けにはそこまで固執していないヤマトだが、それでも戦闘でも負け、情報戦でも負けてしまうと、さすがに頭に来るものがある。

 だが、この場にはヤマト以上に頭に来ている人物がいた。

 

「ちょっと、私の話聞いてる!?」

 

「うーん、聞いてるよー。にゃーにゃーしているっていうのはねーー」

 

「どこまで話戻してるのよ!?」

 

「冗談だって......はぁ、ま、カリンならいいか」

 

 元々、カリンにはこのスキルについて話すつもりではいたのだ。ある意味では、説明の手間が省けていいか。

 ヤマトはそう思い込むようにして、ウィンドウを開き、いくらか操作し、可視モードにしてカリンに見せる。ちなみにその間カリンは「私ならって......どういうこと、なのよ? なのよ!!」と、錯乱ツンデレを起こしていたが、もちろんヤマトはスルーした。

 カリンはウィンドウを見せられて、最初は訝しんでいたが、スキル欄のある項目を見ると、その表情が情報屋のものに変わった。

 

「これ......なに? かみ......《神体(しんたい)》スキル?」

 

「うん、カリン、今まで聞いたことある?」

 

「......いえ、私が知る限りは......ないわね。多分、最前線の方でもないと思う」

 

 やっぱりか、とヤマトは小さく息をつく。

 《神体》スキル。このスキルはヤマトがあるクエストをクリアしたときに、突如発現したものだ。

 今使えるソードスキルは《ツーエジッドソード》のみだが、それでもその強力さは言わずもがなだ。

 最初、ヤマトはクエストクリアの報酬としてついたスキルだろう、と思い、特に気にしてはこなかった。

 だが、ヤマトがクリアしたクエストを、同じくクリアしたプレイヤーに、《神体》スキルが発現した、というプレイヤーは一人もいなかったのだ。

 あくまでも、それはヤマトが素人丸出しの情報収集の方法で入手した情報。100%の正確さなんてものはなかったが、今になっても《神体》スキルという名前を聞かないということが、そして今カリンが言ったことが何よりの証明になっている。

 

(このスキル......やっぱり何か特別なものなのか......)

 

「それで、どうするの? このスキル、もう大分広まっちゃってるわよ?」

 

「......そうだねー」

 

 ヤマトも、自分一人でスキルの独占を企んでいるわけではない。先ほども言ったように、もう少しすれば自分からカリンに相談するつもりではあったのだ。

 ただ、このスキルは誰でも習得できるようなものではない、特別なもの。ヤマトはなんとなくとだがそれが分かった。

 カリンも似たようなことを感じたからこそ、すぐにヤマトから情報を聞かずにいる。

 ヤマトは少し考える素振りを見せた後。

 

「......その噂っていうのは、どんな感じで広まってる?」

 

「どんな感じっていうと......あなたの容姿とかよね? それは藍髪で薙刀装備って感じで、今までのとほとんど変わらないわね」

 

「そっか......」

 

 正式に公開すべきか、伏せるべきか。

 公開すれば、もしかしたら多くのプレやーがまた新しい力を得ることができて、結果的に助かる人が増えるかもしれない。

 後ぐされもないし、ヤマトの良心としてもそちらの方が楽だ。

 ......だが、それは楽観視ではないか? とヤマトは考える。

 公開して誰も《神体》スキルを得ることができなければ、待っているのはヤマトとして面倒な質問攻めだけではないのだ。

 待っているのは、嫉妬や憎しみといった、負の連鎖。混乱だってあり得る。

 それならば、ただなにも考えずに公開するのは、違うのではないか?

 

「......ねぇ、カリン」

 

「はいはい。大体考えてることは分かってるわよ。あなた以外にこのスキルが出たって言う人が出てくるまではこの情報、流さないわよ」

 

 それでいいんでしょ? とカリンがつまらなさそうに言ってくる。

 ヤマトは、少し驚いていた。

 確かにカリンとの付き合いはそこそこになるヤマトだが、まさかここまで考えていることを読まれるとは思わなかったのだ。

 ヤマトがカリンのことを見ていると、その本人は「な、なによ?」となぜか狼狽している。

 

「いや、カリンは何気にすごいなーって」

 

「何気にってなによ......」

 

 そこから始まる会話は、またいつも通りのヤマトによるカリンいじり。

 とめどない話に、どうでもいいような会話。

 ヤマトは、もうこの時には、先ほど感じていた妙な心細さなど完全に忘れてしまっていた。

 それは何を意味するのか、ヤマトはまだ気づかない。

 なにより、ヤマトは他に気にすることがあったから。

 不意に、2人の会話が途切れる。

 

「......」

 

「......」

 

「......なに?」

 

 いつまで経ってもただヤマトのことを見るだけのカリン。

 カリンは呆れたようにため息をつく。

 

「今日は、去らないのね」

 

「え?」

 

「今までの会話からして、ヤマトって私のこと一通りからかい終わると、どこか行くでしょう? なにか言いたいことがあるのならさっさと言ってくれない、面倒だから」

 

「......カリンってもしかしてアレ? 僕のこと結構好きだったりする?」

 

「なんでそうなるのよ!?」

 

 だよねー、と返すヤマト。

 ただ、ヤマトがついそう勘ぐってしまうほど(まぁ、完全に間違っているとは言い難いが)にカリンが今言ったことは正しかった。

 しかもそれも今日でもう2度目。どんな人物でも自分のことが嫌いと明言している相手にそんなことを言われてしまえば、驚いてしまうだろう。

 

「あっ、それと今の台詞、前に僕が言った言葉じゃなかったっけ?」

 

「あー、もうにゃによさっきから!! 喧嘩売ってるのね!? 買ってやるわよもーーーー!!!」

 

「呂律回ってないよ?」

 

「うるさーーーい!!」

 

 ビュビュン!! と連続して放たれるカリンの拳を、座ったままでかわすヤマト。

 それを見てカリンはさらに頭に来る。

 

「こっちはあなたのことちょっとしん..してるっていうのに!! なによその飄々っぷりは!! むかつくーー!!」

 

「えっ!? あれ、これってデレ? デレなのかな!? でも僕今もこうして殴られてるからやっぱ違う気がする!!」

 

 そのまま互いに軽く息が上がるまでケンカ(笑)をし続けること数分。

 息を荒らしながら、カリンが言う。

 

「なにか、言いたいこと、が、あるのなら......いいなさいよ! らしくない......!!」

 

「......っ」

 

 らしくない。

 その言葉をカリンに突きつけられ、ヤマトははっとした。

 

(まったく......今日はカリンに完敗だなぁ)

 

 ヤマトは立ち上がり、再びウィンドウを操作しながら考える。

 そして最後にウィンドウをタップしてあるアイテムをーークエストの報酬で貰ったアイテムをオブジェクト化する。

 そうしてヤマトの手の平に現れたのは、エメラルドのような緑色の宝石が中央に配置されている指輪だった。その緑色の宝石が映えるように、石を覆う金属部分は金色で、表面にはなにか文字のようなものが彫られている。

 ヤマトはそれをじゃっかん恥ずかしがりながらも、どこかで何かを期待しながらも、無造作にカリンに突きだした。

 

「ん」

 

「......っ! えっと......なに、これは?」

 

 もちろん、急にそんなことをされても、カリンは疑問符を浮かべることしかできない。

 ただ、一瞬妙な間があったが、ヤマトもそれどころではなかったので気づけない。

 

「なんというか、いつものお礼? みたいな。今回のこともそうだけど、カリンにはいつもお世話になってるから、そのお礼」

 

 いつまで経ってもカリンが受け取ろうとしないのが少々面倒になったのか、ヤマトは指輪を多少無理矢理カリンに押し付けて渡した。

 先ほどまでとは逆に、今度はカリンが驚く番になった。

 ただ、その驚きは悪いものではない。カリンは現状に思考がついてくると、「えっ? えっ!?」と錯乱した後、ヤマトに聞く。

 

「えっ、あの、もしかして、今回のクエストってもしかして......」

 

「うん、カリンへの恩返しになにかないかと思って受けた。エギルが言ってたこともほとんどウソ」

 

 指輪を渡す、という最大の難所をクリアしたヤマトは、時間が経つにつれどんどん平常運転に戻っていくが、それに対してカリンはどんどん混乱していく。

 その証拠にカリンの顔は、超真っ赤でにやけながらもそれらを取り繕おうとするせいで、ちょっと説明しきれないほどにすごいことになっていた。これは女の子が男の子にあまり見せちゃいけない類いの顔である。

 そんな中、カリンはなんとか現状を打破するためにーーそして自分の顔を何とかするためにーー反撃に出る。

 

「こ、こんな高価そうなもの、受け取れないわよ! いいわよ、その......あなたへの協力は、半分私の楽しみでもあるんだし!!」

 

 言い訳のためになんか自分の他の本心を暴露してしまっているカリンだが、当然それには気づかない。

 さらにカリンもウィンドウを操作して、あるアイテムを取り出す。

 それは、エギルの店で見た《ケモ手》なるもの。

 

「そ、それに!! 私これもうエギルさんから貰ったからこれ以上は貰えないというかというか......」

 

「いいよ、これ僕の自己満足だし。あと受け取ってもらわないと、僕、今回オレンジに襲われ損だし」

 

「うぅ......」

 

 ヤマトに完全に話の主導権を持っていかれ、恨めしそうに半眼で唸るカリン。

 ふっふっふ、カリンは実は押しに弱いことなど、とうの昔に知っておるのだよ。と、なぜか悪役風に考えるヤマト。

 そんな2人がまともにぶつかれば、まぁ、結果なんぞ誰でも分かる。

 結局、カリンはヤマトからのプレゼントを受けとる他なかった。

 最初は少し申し訳なさそうに受け取ったカリン。だが、もう一度指輪を見ると、

 

 

 

 

 ふと、小さく笑った。

 

 

 

 

 その笑顔を見た瞬間、ヤマトは思った。

 

(......あぁ、なるほど。今回の僕の『らしくない』行動の意味が分かった)

 

 分かってみれば何てことのない理由。多分、どんな人間でも一度は思ったことのあること。

 ただ、当たり前すぎて気づけなかった。

 

(僕、この笑顔が見たかったのか......)

 

 カリンに恩返しがしたかった。それも嘘ではないのだろう。

 ただ、それが本当の目的ではなかった。

 あの、カリンがヤマトに、なにか言ってほしいと弱味を見せたとき。あの時にヤマトに見せた笑顔。ヤマトはあの笑顔をもう一度見たいと願った。

 笑っていた方がかわいいから、いつもヤマトの前では仏頂面だから、カリンにも楽しんでほしいから。ヤマトがカリンの笑顔をもう一度見たいと願った理由は多々あるが、ヤマト本人は「なんとなく」と答えるだろう。

 実際、そうなのだから仕方がない。

 その「なんとなく」には、どういう感情がどれほど詰め込まれているのかは分からないが。

 だが、今ヤマトが分かることと言えば、それは一つ。

 ヤマトが、カリンの笑顔が好きだということ、それだけだ。

 

(......まぁ、誰の笑顔でも嫌いじゃないけどね)

 

 ......そこからもう少し掘り進んでいけば色々得るものもあるだろうに。

 この少年は、本当に鈍感野郎である。

 ヤマトとしてはこの辺りで大変満足した。なのであとはまた適当にカリンいじりに移行しようかと思っていた。が、カリンが指輪を見ながら言った。

 

「......ねぇ、翡翠......エメラルドの石言葉って、知ってる?」

 

 カリンの言葉に、ヤマトは少し興味を引かれた。

 

「石言葉......? それって花言葉みたいなものなの?」

 

「えぇ。宝石にも、色々な意味合いがあるのよ」

 

 カリンが再びベンチに座ったので、ヤマトも続いて隣に座る。

 

「エメラルドの石言葉は、幸運とか、幸福とか......それに、ありきたりではあるけれど、愛とか」

 

「へぇ、確かに花言葉みたいだね」

 

「......」

 

 カリンが無言のままヤマトのことを見るが、ヤマトはその意味に気づかない。

 カリン自身も気づいてほしいとは思ってないが、ただ、少しイラついただけだ。

 まぁ、あなたはそうよね。とカリンは前置きして、話を続ける。

 

「......ま、そんな石言葉から派生して、災難とかから守ってくれるっていう意味も持つのよ」

 

「でも、少し意外かもね。カリンって、そういうの全然信じないタイプだと思ってた」

 

「うるさいわね、自分でも分かってるわよ......実際、占いとか風水とか......あとは心霊的なものも信じないわよ」

 

 ん? とヤマトは首をかしげた。

 ではなぜ石言葉は信じているのだろう?

 ヤマトがそれを聞くよりも早く、カリンが口を開いた。

 

「......そうね。ヤマトが今日、『らしくない』行動していたし、私も少し、『らしくない』話をしてみましょうか」

 

 そう言うカリンの表情は、どこか寂しげだった。

 その表情を見て、ヤマトはいつかの、シリカと別れたあとのカリンとの会話を思い出した。あの時も、カリンは似たような表情をしていた。

 あの時と違うところを上げるとするなら、カリンの雰囲気だろう。あの時のカリンは、自分で自分の感情を理解できていないように戸惑っていたが、今は、理解した上で寂しそうにしている。

 ヤマトはそれを分かった上で、カリンの話を、聞こうと思った。

 きっと、カリンにとって大事なことだろうと思ったから。

 そして、カリンまた一度小さく笑うと、語り始める。

 

「私、昔ーー小学生ぐらいの時は泣き虫だったのよ。今は自分でも分かるぐらいにスレてるけど、もっと物静かなタイプだった。学校だったら、教室の隅で一人本を読んでるような、そんな感じ。

 まぁ、だからなんだろうけれど、イジメの対象として、最高だったんでしょうね。私はクラスの女子にイジメられ始めた。......多分、容姿とかも理由にはあったんでしょうね。私そこそこモテたから。

 イジメの内容は......聞いても気分のいいものじゃないだろうし省くわね。ま、ヤマトが想像するものの倍はひどいと思うわよ? 女子はその辺り子供でも容赦ないから。

 そんなイジメを受けた私は、当然だけど、泣いたわね。そりゃあもう。毎日毎日イジメイジメイジメ。その度泣いて泣いて泣いて。でも意外なことに、涙って枯れないのよね。いっそ涙が枯れてしまえばもう少し楽だったかもしれないけど。

 さて、そんな私には憧れて、それで大好きな存在がいた。......お姉ちゃんよ。私のお姉ちゃんは、もうとにかく明るくて、優しくて、の割に頭は悪くて2つ下の私に勉強を聞いてきて。正直、鬱陶しく思うことも多々あったけど、それでも、大好きだった。

 お姉ちゃんはそこそこシスコン気味でね......ま、私も言えないけど。私がイジメられて、どこかで泣いてると、いつもどこかで見てるのかってぐらいにタイミングよく現れてね。それで私に言うのよ「泣いてる妹も可愛い!!」って......笑っちゃうわよね。普通、そこは頼れる姉アピールってことで、慰めたりするところだと思わない? でも、しないのよね、これが。ただ泣いてる私に抱きついて、頬擦りして......こっちは泣いてるってのに。

 でも、私、その時間は、嫌いじゃなかった。

 どこまで考えてたか分からないけど、多分お姉ちゃんは分かっていたんだと思うのよ。泣いてるとき、私が一番欲しいもの。......ん? あぁ、あなたには教えないわよ。

 そして私が4年生の時。つまりお姉ちゃんが6年生の時。お姉ちゃんが修学旅行に行くことになったのよ。私は、自分が一人ぼっちになると思ってお姉ちゃんに旅行に行かないでってせがんだのよ。家に帰れば親もいるし、寂しくはないけど、学校とか、登下校は一人ぼっちだから。

 するとお姉ちゃんも、なんとか学校に残ろうとしてね......それでもできなかったのよ。まぁ、今考えれば当然なんだけど。

 そこでお姉ちゃんが考えた折衷案が、『お下がり』だったのよ。

 お姉ちゃん曰く「私の道具には私の魂が宿る!」とか言って私に人形のキーホルダー渡して。だから安心してってことなのよ。ひどい理屈だけど、それでも私はいくらか安心できたのよ。

 ......うん? なによその顔。って、そりゃあここまで言えばオチは見えてくるわね。

 クラスの女子はそのキーホルダーに目をつけてね。私も抵抗したんだけど。それはもう見事に引き裂かれてね。子供って怖いわね。

 その日から、私は自分の部屋に閉じ籠りだした。学校なんて場所にもう行きたくなかったし、それになにより、お姉ちゃんに合わせる顔がなかったのよ。お姉ちゃんからもらって、本当に嬉しかったキーホルダーを、お姉ちゃんに見せたくなくて。

 お姉ちゃんが旅行から戻ってきても、私はお姉ちゃんに会わなかった。そのせいで余計に寂しくなって、部屋の中で泣いてるくせにね。

 それから10日ぐらい経った日。唐突に部屋の窓が割れてね。何事かと思ったら、そこからお姉ちゃんが入ってきたのよ。2階よ? 2階。普通窓割ってまで入ってくる?

 久しぶりに見たお姉ちゃんの顔は、いつも通りの笑顔かと思えば、泣いてたのよ。

 そして私にいつも通り抱きついて言ったの。「ごめんね。すぐにこうしてあげられなくて、ごめんね」......私が勝手に閉じ籠っただけなのにね。

 それからは、私もお姉ちゃんもわんわん泣いて。お姉ちゃんが先に泣き止んだんだけど。その時にポケットからあるものを取り出してね。お姉ちゃんがそれを私に突きつけてきたのよ。なにかと思って受け取れば、エメラルドの指輪だったのよ。......そう、ね。これにすごくよく似てるわね。

 もちろん、子供に本物のエメラルドのの宝石なんて用意できるはずもなくてね。それはお姉ちゃんが旅行先のオリエンテーションで作った紛い物だったけど。でも、受けとるときにさっき私が言ったエメラルドのことを聞いて。「ごめんね、お姉ちゃんのキーホルダーはお姉ちゃんの力が足りなかったよ。でも、これなら大丈夫! 何て言ったってお姉ちゃんパワー100%だからね!! いやむしろ100%を越えちゃってるからね!! なにか放出しまくりだよ!!」って、よく分からない言葉を聞いて。

 それで、その時、私は本当にお姉ちゃんのことを尊敬したんだ。こんなに誰かの心を救ってくれるなんてすごいって。

 だから、私もお姉ちゃんみたいになりたいって思った。そのためには、もっと強くならないとって。

 その次の日からはまた学校に登校して。その日からまた頑張って。

 気づいたときには、イジメなんてなくなってた。要は気の持ちよう、ってことなのかもしれないわね。

 ......そんなこんなで、私はこの指輪に、ちょっとだけ強い思い入れがあるのよ。

 ......だから、この指輪は、そんな簡単には貰えない、あなたに返すーー」

 

「いや、そうはならないよ」

 

「ちっ」

 

 小さく舌打ちして、渋々と指輪をストレージに入れるカリン。その雰囲気には、もう先ほどまでのしんみりした感じはどこにもない。

 ......そう、しんみり、していたのだ。先ほどまで。

 その事実に、ヤマトは妙な違和感を覚える。

 先程の話の内容は、つまりはカリンとその姉の感動物語だ。それも、カリンが強くなるまでの。

 その話の途中で、しんみりするのは分かる。だが、最後の最後まで、しんみりとしたまま話終えた、カリンの心境がヤマトには分からない。

 これは、カリンにとって『よい』話ではないのだろうか? 

 

「......」

 

 ヤマトには分からない。分からないが。

 

 

 

 

 目の前にいる女の子が、今、泣いていることだけは分かった。

 

 

 

 

 もちろん、目から涙をこぼして、感情を表現しているわけではないけれど。

 それでもヤマトには、カリンが泣いているように感じた。

 でもそれは、現状を嘆いているからでなく、過去の、もう終わってしまった出来事に対して、嘆いているようで。

 その出来事を、ヤマトがどうこうすることはできない。ヤマトには時間遡行なんて、便利な能力はないのだから。

 だから、ヤマトは。

 

(......過去のことは、お姉さんに任せよう)

 

 ヤマトは、『今』をなんとかしようと思った。

 お姉さん、すいません。と、ヤマトは心の中で一度謝った後、カリンに向かって笑った。

 ヤマトは、カリンには抱きつけないから、せめて笑顔ぐらいは再現しようと思ったのだ。

 

「依頼主の人から貰うときに、聞いたんだけどさ。その指輪、なんか『厄除け』の効果があるらしいんだよね」

 

「......」

 

「しかもそれは本物。どこかのだれかさんはお姉さんから貰った『偽物』でも、笑顔になって、強くなれたんだから。本物ならもっとすごいことになるんだろうねぇ」

 

「......」

 

「もしかしたら、嫌いな人にさえ笑えるような、強くてカッコいい人(、、、、、、、、、)、になれるんじゃないかなー?」

 

「......なによ、それ」

 

「ん? 『らしくない』ことだけど?」

 

 ヤマトの言葉を聞いて、カリンは黙りこんだ。

 だがそれは、いつものように言い返すことができないからではなく、言い返す必要がないから。

 

「......そうね、『らしくない』ことをしていたわね。今は」

 

 そう言って、カリンはまた小さく、笑った。

 その表情や雰囲気には、もう泣いているようなものはない。

 あるのはただ、笑顔だけ。

 この時、多分、この2人は、なにか見えないもので繋がれていた。

 ただ、それも一瞬のことだ。それを断ち切ったのは......まぁ、やはりと言うべきか、ヤマトだった。

 

「でも、何が一番らしくないって言えば、こんな話してるときにカリンが《ケモ手》着けてることだよね」

 

「..................」

 

 一瞬の静寂。

 そして。

 

 

 

 

 次の瞬間には、凄まじい風切り音を上げながらヤマトに迫ってくる《ケモ手》があった。

 

 

 

 

「あぶなぁ!?」

 

 完全に不意打ちだったこともあり、ヤマトは一瞬反応が遅れたが、なんとかかわす。

 だが、残念なことにも、カリンの腕は2本あったりする。

 再度迫ってくる《ケモ手》。

 

「えっ、ていうか何!? カリンそれ装備してるの!? しかもなにその謎の攻撃力!! ほとんど化け物クラスだよねぇ!?」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーい!! あなたはここで絶対に八つ裂きにしてやるっっっ!!」

 

「確かにその装備ならできそう!!」

 

 ......なぜ、この鈍感藍髪少年は、自ら死にに行きたがるのか。それは永遠の謎である。

 だが、こうしてヤマトもカリンも笑っていることから、それは悪いことばかりではないのだろう。

 2人、そして、誰にでもコンプレックスや、負い目というものはある。だが、それは乗り越えることはできる。

 ヤマトはまだ気づかない。

 自分が、コウキたちに対して羨ましいと望んだその関係。それは簡単に手に入ることを。ヤマトが手を伸ばせば、それを握り返してくれる人たちは、ヤマトが思っている以上にいることを。

 そして、カリンはまだ気づかない。

 自分が、望んでいた、なりたいと思っていた目標。それは、もう手に入れていることを。カリンは、もう強くなっていることを。

 2人がそれに気づく時は、それほど遠くはない。

 

 




はい、ASの方の交差後でした。

今回初めて長文の台詞を入れてみましたが、どうでしょうね? 読みやすいでしょうか?
ここは少し迷いました。場面を変えて追体験風に語っていくか、今回のようにカリンに長々と言わせるか。言わせるにしても、ヤマトくんに間で相づちを打たせるか。結果的にこうなりましたが、難しいですね。

次回は......本編の交差後です。


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38話目 クロスアフター《コウキの場合》+α

38話目です!!

ミウ「あけおめー!!」

コウキ「え? 何、急に」

ミウ「いやー、なんか急に言いたくなっちゃって」

コウキ「今一応夏近くだよ?」

ミウ「細かいことは気にしな~い。コウキ、今年もよろしくねっ」

コウキ「......? うん、よろしく」

ミウ「ふへへ~♪」

コウキ「???」




「ありがとうございましたー」

 

 俺とミウ、ヨウトは依頼主の家から出る。

 外を見ると太陽はもうどこにもいない。すっかり陽が落ちてしまっていた。

 俺たちがあの森を出たのは大体4時頃。それからこの街に戻ってくるまでがせいぜい2時間かかるかどうかぐらいだから、夏も近いこの時期ならば、本当ならまだ陽は昇っているはずだ。

 そこで視界の左端に表示されている時計を見ると、時刻はすでに8時。

 ......いや、俺もさ。こんな時間になるとは思っていなかったんですよ。

 ここまで時間がずれ込んでしまったのには、理由がある。

 森からなんとか脱出して、俺たちの帰りを待っていたアルゴと合流したときに、それは起こった。

 森から出てきた俺たちの雰囲気を見て、アルゴは何かを察したのだろう。俺たちになにがあったのかを聞いてきた。

 それに少々渋りながらも、俺が答えると、アルゴはいつも被っているフードを一度くしゃっと握ったあと、それを取っ払ったのだ。

 そして、俺たちに、頭を下げて言ってきた。

 

「悪かっタ。本当にすまなイ。まさか犯罪者プレイヤーたちが潜んでいたなんテ。おれ......いヤ、()の情報不足ダ。危険な目にあわせテ、本当にすまなイ」

 

 正直、驚いた。

 俺にとって......いや、多分ミウやヨウトにとっても、アルゴはほとんど無敵な存在だったから。いつもいつも人の考えていることを見通していて、いつだって俺たちの前を行く存在だったから。

 頭を下げたまま微動だにしないアルゴ。いつもならミウとヨウトが盛り上げて、それに俺が追随して、そうやってアルゴには非がないことを伝えているところなのだが、今回はそうもいかなかった。

 実際に俺は死にかけた。それがあるせいで、ミウやヨウトが盛り上げるわけにはいかなかったのだろう。

 ならば俺が盛り上げればいいんだと思うのだが......残念なことにも、俺はそういう能力が致命的なほどにない。適当な親父ギャグを言った方がマシなぐらいにないのだ。

 だから俺は、他の方法でなんとかすることにしたのだ。

 

「アルゴに非があるとは思ってないけど、じゃあ、貸し一つってことで」

 

「貸シ......?」

 

「そうそう。まぁ、具体的には......そうだな。《鼠》の情報一回無料、なんてどうだ?」

 

 俺には、ミウみたいに誰かを救えるようなことはできない。でも、誰かの心の負荷を、ちょっとだけ軽減させることぐらいなら、俺でもきっとできる。

 だから、アルゴの罪悪感を、少しだけ軽くさせるように考えた。

 情報屋としてのミスは、情報屋としての力で帳消しにしろ。

 ここまでの俺の考えが全部伝わったかは正直微妙だけど、アルゴなら多分大丈夫だろう。俺なんかよりも全然人の感情に機敏だし。

 アルゴは最後に「すまなイ」と言ったあとには、いつも通りなテンションで、嬉々としてクエストの内容を聞いてきていた。

 もちろん、少し無理しているような雰囲気はあったけど、あれならきっともう大丈夫だろう。

 いや、最終的にまた俺のことを弄ってたし、あれは絶対に大丈夫だろう。ちくしょう。もう少し落ち込ませておけばよかった。

 まぁ、アルゴと話し込んでこんな時間になってしまったわけだ。

 ......さて、クエストも無事クリアしたし、もういいか。

 さすがにそろそろ、我慢の限界だった。

 俺は勢いよく振り返って、同じく家から出てきたミウに声をかける。

 

「ミウ!!」「コウキ!!」

 

「「......へ?」」

 

 ちょうどミウも俺に声をかけようとしていたのか、ミウと声が重なってしまった。

 しかもその後の間抜けな声までも被ってしまったものだから、ミウの隣でヨウトがなにやらニヤニヤしている。微妙にウザイ。

 とりあえずそんなヨウトは置いておいて、俺が先に話してもいいのだろうかと悩んでいると、

 

「あの、コウキ、私が先でもいいかな?」

 

「ん? 別にいいけど......」

 

 珍しい。ミウが自分から先に動くなんて。

 こういう時、ミウは基本的に自分から一歩下がる節がある。変なところで遠慮しいなのだ。

 ミウは少し慌てたような動作で、ウィンドウを開き、驚くような速度でタッチしていくと、ポン! と音をたてて俺の前にウィンドウが出現した。

 それは、俺が見るのはかなり久しぶりなウィンドウ。パーティーを作成、加入するときに出てくるウィンドウだ。

 正しく言えば、ヨウトをたまにパーティーに参加させるときに見たりはするのだが、ウィンドウのメッセージに、俺とミウのプレイヤーネームが表示されているのを見るのは、正真正銘『あの日』以来だ。

 そうか、もうそんなにミウと一緒にいるのか......

 俺は少し感慨深くなりつつも、ミウとパーティーを組むか組まないかと聞いてくるウィンドウのYesボタンを押した。

 俺がボタンを押した直後、聞こえてきたのはミウのため息だ。なんだか、溜まっていた何かが一気に放出されているような感じだ。

 そしてミウは視線を少し上の、虚空に向けてから数秒固まり、唐突に安心したように笑った。

 

「うん、やっぱりこっちの方が落ち着くね」

 

 その言葉を聞いて、分かった。

 あぁ、そっか。俺から見たら『逆』なのか。

 今日、ミウは何度もどこか虚空を見上げていたが、そうか。あれは何か風景を見ていたのではなく、視界の左端に表示されているHPバーを見ていたのだ。

 多分、俺の思い上がりでなければ、今日はなかった、俺のHPバーを見ようとしていたのではないだろうか。

 そうだとするのなら......やっぱり、かなり嬉しい。

 ミウは本当に幸せを噛み締めるように笑っているかと思えば、急に何かを思い出したかのように表情を変えた。

 

「そうだっ、コウキもなにか言いたいことあったんだよね? なになに?」

 

「ん? あーいや、俺はもういいよ」

 

「えー、なにそれ。そこまで言ったのなら最後まで言おーよー」

 

 これも珍しい......というか、最近ミウがするようになった行動の一つだ。

 何て言うのか......いい意味で遠慮が無くなってきたのだ。さっきの行動といい、ミウは最近、またなにか変わってきた。

 いつからだろう? 確かリリと出会った頃ぐらいからだったような気がする。

 ただまぁ、今回の場合は別に俺も何かを隠しているわけではない。本当に言う必要がなくなってしまっただけだ。

 

「いや、俺も早くミウとパーティー復帰したかったからさ。ミウが先にしてくれたし、もういいってだけ」

 

「っ、そ、そっか」

 

 アハハハ、とどこか恥ずかしそうに、だが嬉しそうに笑うミウ。

 俺も、ミウが俺とパーティーを組んでいた方が落ち着くと言ってくれたのは、素直に嬉しかった。今日は、ミウとパーティーを組んでいないことが、想像以上にストレスになっていたし。

 でもミウ、なんで俺に背を向けてガッツポーズしているんですか? 見えてますよ?

 

「あとヨウトはいい加減ニヤニヤするのやめれ」

 

「えー、いやー、だって良いもの見せてもらってますもん」

 

「......ヨウトの顔に、桐かアイスピックでも刺さればいいのに」

 

「急に怖いこと言わないでくれません!? そんなに嫌ですか!?」

 

「ヨウトがその表情止めるのなら、転移門近くで全裸になってもいいと思えるぐらいには嫌だ」

 

「想像以上に嫌だった!!」

 

「ただし脱ぐのはヨウト」

 

「それ被害被ってるの俺だけじゃん!!」

 

 ヨウトがシャウトしているところを見て、ようやくいつも通りな日常に戻ってきたような気がする。

 あと、さっきから静かなミウは、俺の全裸発言辺りで何故か目を爛々とさせていたような......気のせいか。

 とりあえず、このまま家の前で話していても家の人に迷惑がかかるということで、近くの食堂に移動することになった。

 

「でもこの街って、そんなにレストランとかなかったよね?」

 

「あ......そうだった」

 

 そうなのだ。各層、各街には、大体がなにかのテーマにしたがって作られている。

 例えば水辺がテーマだったり、森がテーマだったり。少し珍しいものでいけば料理がテーマだったりもする。

 そんな中、俺たちが今いる層のテーマは森。これだけならばそれほど問題はないのだが、この街のテーマは田舎っぽいのだ。

 つまり、店のようなものが極端に少ない。

 ......これはこれで田舎に対しての制作者側の偏見のような気がする。田舎にだって美味しいものはたくさんあるだろうに。

 仕方ない、他の層に移動するか、と俺とヨウトが決めかけていると、

 

「だったらまたコウキの部屋に集まらない? どうせ他の層に移動するのなら私が作るよ」

 

「うぇっ!? ミウちゃんが作ってくれる......の?」

 

 ミウの手作り宣言にヨウトが食らいつくが、途中から失速していく。多分、前に食べたミウの料理を思い出したのだろう。

 あれは中々に強烈だったからな。仕方がない。

 まぁ、俺は大丈夫だが、確かにあれは慣れていない人は辛いだろう。助け船を出すか。

 

「でもミウ。前にヨウトに食べてもらってから、少しトラウマになってたんじゃないっけ? 友達に食べてもらうの」

 

「うん、そうなんだけどね。やっぱりいろんな人の意見も聞きたいし」

 

「確かに、俺の意見だけじゃ味付けとかはどうしても片寄り出るしな」

 

「......それはそれでも、まぁ、いいんだけど......」

 

「へ?」

 

「ううん、なんでもない! それに、リリちゃんとかアルゴも私の料理食べてみたいって言ってくれるから、ヨウトで練習しておけば大丈夫かなって」

 

「俺は実験台かなにかですか!?」

 

「あはは、ごめんね」

 

 ミウは笑いながらも本当に申し訳なさそうにヨウトに謝る。

 冗談めかして言っているが、かなりミウも本気なのだろう。そしてヨウトもそれは分かったようで、仕方ないなぁ、と言って頭をかいていた。

 ヨウトはなんでこう、自分から貧乏くじを引きに行くかなぁ。ヨウトの性分故か、はたまた......あーもう。

 

「ミウはああ言ってるけどさ。多分大丈夫だと思うぞ? 最近のミウの料理、5回に1回ミスがあるかないかぐらいだし。ミウももう少し自信もっていいって」

 

「え、そ、そう?」

 

「ほー、じゃあ全然大丈夫そうじゃん。ま、コウキに自信持てとか言われてもお前が言うなって感じだけどな」

 

「ふふっ、確かに」

 

 う、うるさいな......仕方ないでしょーが。持てないんだから。

 俺は何故か生暖かい視線を向けてくる2人に背を向けて、もうフォローなんかするもんかと心の中で愚痴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミウが食材を買うということで、食材屋にきた。

 テーマが田舎、ということだけあって、レストラン的なものはなくとも、食材を売っている場所だけは多いので、ちょうどよかった。

 今はミウが買い物中、俺とヨウトはそれを待っているところだ。

 

「そういえばコウキ、クエストの報酬はアルゴに伝えなくていいのか?」

 

「もうとっくに伝えたよ。そこまでがアルゴの頼みだったわけだしな」

 

 あのクエストの別ルートのクリア方法は、結局いまいち分からなかった。

 ただ、あの石の台に彫られていた『さらなる冒険』というのは、転移後での戦闘を意味していたのか、あのポンチョたちが撤退したあとにクエストクリアの条件を達成したというアイコンが出た。どうやらプレイヤーとの戦闘でもいいらしい。

 しかしこれはあの石の台で転移したプレイヤーにしか適用されない。つまり俺しか別ルートでのクリアにはならなかった。

 そして先ほど、依頼主からもらった報酬。ミウとヨウトは宝石のついた指輪だったが、俺は緑色の手甲を貰えた。

 しかもこれが中々に性能が良さそうだったりする。少なくとも市販のものよりは断然いい。

 それに形状が手首の動きを制限しないようにできているので、《体術》スキルとも相性が良さそうだ。

 

「......」

 

 そこまで考えて、思い出すのは、やはり先ほどまでの戦闘。

 あえて考えないようにしていた......というわけではない。ミウやヨウトと別れた後に考えようとはしていた。

 ただ今考えてしまえば......

 

「コウキ、さっきの戦闘のことでも考えてる?」

 

「......やっぱ、お前が気づくよなぁ」

 

 こうなってしまう。

 俺は小さくため息をつく。

 こうなってしまえば、ヨウトは俺が話さないと気が済まなくなってしまうだろう。なんだかんだ言って、こいつは過保護すぎると思う。

 ......いや、まぁ、俺のせいではあるんだけど。

 仕方ない。

 

「ヨウトは、あのヤマトってやつのこと、どう思った?」

 

「どうって......まぁ、なんか不思議な雰囲気な奴だなぁって。悪い奴とは思わなかったぞ?」

 

「だよな。俺もそう思う......けど」

 

「けど?」

 

「なんか......好きになりきれない奴だった」

 

 言いながら、俺はヤマトの人なりを思い出す。

 戦闘中も思ったことだが、あいつは多分、いい奴だ。誰かのために自分をかけることができるような、ミウたちと同じタイプ。

 そんな奴が、悪い奴な訳がない。それに雰囲気も確かに変わった奴ではあったけど、それ自体は不快になるようなものではなかった。

 ただ、それでも、好きになりきれないというか......あー、なんだろこれ、モヤモヤするな。

 俺が言いあぐねているとヨウトが苦笑いする。

 

「あー、まぁ、それはあのヤマトって奴が自分のこと全然省みてなかったからじゃないか? 聞いた話だと、自分の危険とか気にしてなかったんだろ?」

 

「そう......だな」

 

 確かに、それもある。

 あの戦いで作戦を提示したのは俺。そして失敗したのも俺だ。それなら、俺を責めても当然のはずだ。

 だがヤマトが俺に行ったのは、礼を言うこと、それだけ。自分のことを気にすることもなく。

 それが気になった、というのはあった。

 でも、それだけじゃない......気がする。

 この感じは、もっとこう、惨めな感じというか......どちらかと言うと......

 

「嫉妬......か」

 

「嫉妬? コウキ、なにかに嫉妬してるの?」

 

 ヨウトと話していると、いつの間にか買い物を終わらせていたのか、ミウが俺の隣に来て話しかけてきた。

 正直、ミウにこういう話は聞かせたくはない。ミウを一人省いているとか、そういうことではなく。

 俺にも......こう、見せたくない面というのはあるわけでして。

 ミウが小首を傾げて俺のことを見てきていたが、ここはヨウトが助け船を出してくれた。

 

「あのヤマトって奴、イケメンでいいなーってコウキがな」

 

 でも、そのフォローの仕方は正直どうかと思う。わがままは言わないけどさ。

 

「ミウちゃんはヤマトのことどう思った?」

 

「ヤマトくん? うーん......なんだか、仲良くなれそうだなぁって思ったかな? いい人オーラみたいなものすごく出てたし」

 

「ほうほう、つまりミウちゃんの好みどストライクだったと」

 

「うぇっ!? い、いや、そういうことじゃなくって! 私の好みはまた別って言うか、好きな人はちゃんと他に、その.......あーもう! ヨウトの意地悪! セクハラ! リリちゃんに嫌われてる!!」

 

「最後の関係なくないですか!?」

 

 ......大変そうだなぁ。いや、他人事じゃないんだけどさ。

 なのに、なぜか微笑ましく状況を見られる不思議。ヨウト、ありがとうございます。

 ヨウトはいつも通りツッコんだ後、でも、と付け足す。

 

「やっぱコウキが誰かのために動いてくれたっていうのは嬉しかったな」

 

「だね、私の『コウキの友達を作ろう作戦!』の賜物だね!」

 

 えっへん! と胸を張る(直後、何を思ったのか悲しげな表情に移行する)ミウにヨウトが新しいワードに食らいつく。

 あぁ......なるほど、これってどうやっても俺が弄られる流れか......

 なんとか戻ることができた日常は、それはそれで俺の味方にはなってくれないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE ???

 

「ククッ......今日は中々に楽しめたな」

 

 コウキたちが戦った森から東に移動したところにある森。そこにはポンチョを着た男と、他数名のメンバーが集まっている。

 数は......全員で8人。ま、何人でもいいけれど、情報通り、ということかしら。

 

「リーダー、あそこで引かなくても、数で押せばいけたんじゃないっすかね?」

 

 メンバーの一人がポンチョを着たリーダー各に言う。

 しかし、それに真っ先に反応したのはポンチョの男ではなく、周りにいる他のメンバーだ。そのメンバーたちは発言した一人を必死に抑える。

 

「バカ野郎! 俺たちはリーダーが命令したことにはそのまま動けばいいんだよ!!」

 

「お前知らないのか!? 前にリーダーに逆らった奴が、どうなったのか......!!」

 

 メンバーたちは小声で言う。

 前に逆らった奴......どうせあおのリーダーに惨たらしく殺されたか何かしたんでしょうね。殺人ギルドにも縦社会と言うのはあるらしい。ご愁傷さま。

 それに対して、ポンチョの男は「ククッ」と笑う。

 

「No problem......別に、取って食ったりはしねぇよ。何せ今日は気分がいい」

 

 そう言う割りには、ポンチョの男は質問されたことには答えなかった。自分が分かっていればそれでいい、ということなのだろう。

 周りのメンバーは命をなんとか拾った、というように安心しているけれど......『私』は、それじゃあ納得できないのよねぇ。

 さて、そろそろいい加減いいでしょう。ポンチョももう気づいているようだし、ね。

『私』は、右手に握っていた片手剣を構え、次の瞬間に《ブレイヴチャージ》発動。ポンチョの男に突っ込んでいった。

 

「っ!? なんだ、てめぇは!?」

 

『私』が突如草むらから現れ、周りのメンバーたちが何やら騒ぎだしたが、もう遅い。『私』の剣がポンチョの男の体に吸い込まれていきーー

 ーーキィィイン!! という音を上げて、『私』の攻撃はポンチョの男によって弾かれた。

 ......ふん、まぁ、そう簡単にはいかないわよね。

 けれど『私だって』ただでは弾かれたりはしない。ポンチョの男に傷はつけてやれなかったが、代わりにポンチョの男の武器である短剣を右に大きく弾いてやった。

 これで形勢は五分五分。

『私』はスキルディレイから解放され次第、続けて攻撃をしかける。相手が防御しにくい左からの剣での一閃ーーと、みせかけて本命は右足での足払いだ。

 ポンチョの男は小さく舌打ちすると、大きく後退して『私』から距離をとった。

 ーー逃がさない。

『私』はさらに追い詰めてやろうとポンチョの男を追撃しようと足払いに使った右足を踏み込む。が、ポンチョの男は後退しながらも、私が前に出した右足目掛けて短剣を投擲した。

 ちっ、これはかわせないか。

 短剣は『私』の右足に突き刺さり、一瞬動きを妨害してくるが、知ったことではない。『私』はそこからさらに踏み込もうとする。しかし、それも『私』の背後から斬りかかってきたメンバーの一人に妨害されてしまう。

『私』は踏み出した足を軸に体を反転させ、振り向き様に斬りつけてやった。

 そこで、一瞬空気が切れた。

 ポンチョの男はどこかカリスマ性を感じさせる笑みを向けてくる。

 

「Abruptな登場だな......『ニック』。もう少し会話を楽しまねぇか?」

 

「あら? ごめんなさい。あなたにも紳士淑女の嗜みがあったのね......『Poh』」

 

「ククッ......今日は本当に良い日だな。まさか、お前にも会えるとは」

 

 ポンチョの男ーーPohは本当に嬉しそうに私を見る。

 相変わらず、掴み所のない男......

 私は機嫌の悪さを隠すこともなく、Pohに顔を向ける。

 

「あなた、今日プレイヤーを一人襲ったでしょう?」

 

「さぁな。そんなこと日常茶飯事だからな」

 

「そう。けれど、襲っている最中に誰かが乱入してきたのは、キリト以外には初めてだったんじゃない?」

 

「......だとしたら?」

 

 ちっ、回りくどい話はやはり好きではないわ。

 さっさと言うことを言って、去るとしましょうか。

 

「コウキは私のものよ。私のものに、『二度』と手を出さないでもらえるかしら?」

 

 私の言葉を聞くと、Pohは一瞬何か驚いたかのようになにも言わなかったが、少しすると再び笑い出した。

 

「ククッ、そうか。あれはお前のfavoriteだったか。『二度と』じゃなく、『三度』じゃないのか?」

 

「うるさい、今度余計なこと言えば斬るわよ......今後あなたがコウキに近づくようなことがあれば、その時は殺す」

 

「おぉ......怖い怖い。OK。俺からは手を出さない。約束しよう」

 

「......また随分と引きが早いわね」

 

「まぁな。お前に目をつけられちまったら、俺なんてどうしようもない」

 

 どの口が言うのか.......

 私は思わず右手に持った剣を振り上げそうになったが、何とか堪える。

 ダメだ。今はまだ準備が整っていない。堪えろ。

 私は小さくため息をつき、Pohに背を向けた。

 

「まぁ、私の敷地に入ってこないのなら、それでいいわ..........お互い、まだやりあいたくはないでしょう?」

 

「That's right ......今は『まだ』な」

 

 そう言って、Pohは再び笑う。

 Pohが笑う声を聞き、私は歯を食い縛る。

 本当に掴み所がなく、不気味で......殺したいほどに憎い男だ。できることなら、いますぐここで八つ裂きにしてしまいたい。

 そんな思いを、私はなんとか堪え、歩き出す。

 私の後ろにもPohの仲間がいたけれど、それはいくらか殺気を向けてやること自然と退いていった......情けない。ろくな奴がいないわね。

 そしてPohの射程圏外に出たところで、私は顔だけ再びPohに向けた。

 

「忘れていないでしょうね。あなたがしたことを」

 

「あぁ、あれは最高だったからなぁ」

 

 Pohが笑いながら言ったのを聞いて、私は今度こそ本当に歩き出した。

 今行ったことは、ただの確認だ。Pohに対して、そして、私の憎しみに対して。

 私はあの男を、絶対に許さない。絶対に斬る。絶対に倒す。ぜったいに......殺してやる。

 私は右手に持った剣の柄を握りつぶすほどの力で剣を持ちながら、その場を離れていった。

 もう何度目になったかも分からない、あの男への憎しみを、確認しながら。

 




はい、交差後コウキの場合でした。







ちくしょぉぉぉぉぉぉぉおおお!! 持っていかれたぁぁぁぁぁぁぁああ!!
......ではなく。
ごめんなさい。急に錬金術ネタを挟んでしまいました。ですが、それぐらい悔しかったです。
なにが悔しかったかと言えば、投稿時間ですね。
ちょっとだけ、新年に間に合いませんでしたのことよ。
あー......新年早々になにをやっているんだ......

沈んでいても仕方がないので、とりあえず通常運転に戻ります。
今回で、交差編みたいなものは終わりですが、そこそこ物語が動き始めました。
ここからどんどん動いていく(予定)なので、楽しみにしてもらえると、嬉しいです。

今年も1年間、更新が遅れたりとなど色々あると思いますが、どうかよろしくお願いします。


次回は......プチ女子会?


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39話目 有力な少女は不器用

39話目です!!

ミウ「ね、ヨウトは誰か好きな人っていないの?」

ヨウト「? 急になんだ?」

ミウ「うーん、男の子の好きな人への印象ってどういうのなんだろうなーって」

ヨウト「あー、なるほど......でもなー、あんまり参考にならないと思うぞ?」

ミウ「なんで? 誰も好きになったことがないってこと?」

ヨウト「まぁ、そりゃあ俺も一度くらいはあるけど......無茶苦茶な人だったからな。あぁ、最初からあーいう人だって分かっていれば......」

ミウ「???」




「コウキ、いつも通りこっち座ろうよっ、そっちの方が落ち着くよ?」

 

「あの......たまには気分転換というか、他の場所に座ってみても、その......わ、私の隣に......!」

 

「......」

 

 珍しく、ミウとリリがーー俺を含め?ーー言い争ってる。

 いつも通り朝の特訓を済ませて、現在はレストランのような店に朝食を摂るためきた。

 こういった食事処には色々な座り方があり、今回入った店は、まさにレストランといった4人用のボックス席だった。

 ......というより、この店はチェーン店なのか、どこの層でも見かける上に味もかなり良く、行きつけになってしまったのでほぼ毎回ボックス席に俺たちは座っている。

 そしてそんな時、俺は基本的にミウの隣に座る。ミウと2人で行動する時、第三者は基本的に情報屋だったり、提供者だったりする。そんな人たちと会話する時に今回のようなボックス席に座る場合、第三者の隣に座るわけにもいかないので、俺とミウは隣り合って座る。そして、それ以外の時も、誰かいれば隣に座るのが習慣になってしまっているわけ、なのだが......今回の場合、少しだけ話が違った。

 この店はウェイトレスがNPCというわけではなく、プレイヤーがしている(前に俺とミウがウェイトレスをしたのも同じチェーン店)。

 なので作業にミスはどうしても出てしまう。

 そのミスが、今回起こった。具体的には、お冷を運んできた際に転んで、お冷が宙を舞って俺に向かってきてーーギリギリのところで俺は立ってかわした。

 おぉ、今のタイミングで完璧にかわすとか俺ちょっと成長してる!? と、俺が喜んでいる間に、ウェイトレスさんはすごい勢いで謝ってきて、これまたすごい勢いで濡れてしまったイスを拭いて、これにて一件落着だったのだが。

 そこで動いたのは、リリだった。

 

「コウキさん、イスが、その......」

 

「ん? あぁ、まぁ水被っただけだし、拭いてもらったから大丈夫だろ?」

 

「でも、もしかしたら......まだ汚れているかもしれませんし」

 

「うーん......別に汚れてないと思うよリリちゃん」

 

「で、でも......その......」

 

 そのままリリは俯いてしまったが、またすぐさま顔を上げて。

 

「コウキさんには、やっぱりちゃんとした席に座ってもらいたいです! だから、こっちの席に......!」

 

「むぅ......」

 

 リリの言葉にミウが小さく唸り......今回の妙な衝突のスタートである。

 ミウは終始俺の目をニコニコ笑いながら見てくる。いつも以上の人懐っこさと柔らかさだ。だけどその笑顔に不退転の覚悟を感じるのはなぜだろう?

 リリはかなり涙目になりながらも俺のことを目を見てくる。ただ俺が立ってリリが座っているせいで自然とリリは上目遣い(+涙目)になって、しかも普段の小動物さと合間って、保護欲を掻き立てる。

 ......ねぇ、どう思うよ、この状況。2人から浴びせられる熱視線。字面だけなら両手に花だぜあっはっはー!!......なんだけど。

 2人の目を見る。

 

「......」

 

 ......うん、あれは捕食者の目だ。俺はヒエラルキー的に彼女たちの下だ。

 知ってる? ハーレムって男が上になってるから成立するのであって、男が下になった瞬間に待ってるのはほとんどリンチなんですよ?

 なんか、寒気がしてきた。どれぐらいと聞かれれば、一人脳内で誰かに話しかけてしまうほどにだ。

 これは、仮にどちらを選んでも今後の雰囲気が悪くなってしまうような気がする。雰囲気が悪いことは良くない。うん、良くない。

 ......どうにかできないものだろうか。なにか、流れを変える何かが起こってくれればーーーー

 

「おー! コウキ、こんなとこにいたのか! 探したぞー!!」

 

「ヨウト!?」

 

「あっ、ヨウトだ」

 

「うっ......」

 

 俺、ミウ、リリの順にヨウトの登場に反応を見せる。リリはやはりまだヨウトのことが苦手なのか、ヨウトが来た瞬間に顔を逸らしていた。正直、俺も逸らしたくなった。

 神様、違うんです。確かに流れは変わるかもしれないけど、これは何かが違うんです。俺は沸騰中のお湯を冷やす水が欲しかったのであって、更なる加熱はいらないんです。

 この場から全力で逃げたくなったが、そうすると間違いなくこの場がカオスになってしまうので堪える。

 そして、ヨウトもリリに気づいてしまった。

 

「お、おぉ、リリちゃん......」

 

「......おはようございます、ヨウトさん......今日も、嫌な顔してますね......」

 

「あはは......」

 

 拒絶しまくった表情でヨウトを見ながら言うリリに対し、苦笑いしか返すことができないヨウト。

 この2人の関係は、俺とミウの頑張りのお陰か、ほんのちょーっとだけ改善された。

 最初の頃、リリは顔を会わせるのも嫌だと言わんばかりに、ヨウトの前だと刺々しかった。しかもリリは震えてすらいたから、訳を知らない人が見れば悪いのはヨウト、という印象だろう。

 そこから俺たちは頑張って、今のヨウトとリリの、挨拶はこなせる関係までいけた。

 ......うん、これ進んだって言わない気がする。でもそうでも思わないと俺もミウもやってられないのだ。

 でも、ここまで来ると、もうこれは本人たちの問題な気がする。俺たちが無理に近づけようとしても余計にややこしくなっちゃうというか。

 ヨウトはそう悪い奴じゃないから、本質的には仲良くなれそうなのに......

 そんなそこそこ良い奴のヨウトは苦笑いしながらリリと向き合うこと数秒。

 

「......そ、そうだ! 俺今日はコウキに用があったんだった! と、いうことで、コウキ借りていくねー!!」

 

「「えっ!?」」

 

 コ、コウキーー!? というミウの声を聞きながら、俺はヨウトに連れ去られてしまった。

 偶然にも、カオス空間から脱出できたことには、ちょっとヨウトに感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

「......」

 

 えっと......なに、今の?

 いつもみたいに急にヨウトが来て、リリちゃんと挨拶したかと思えば、これまた急にコウキを連れていって......

 それから少し待ってみたけど、すぐに帰ってくる様子はない。まぁ、コウキまだなにも注文してなかったから、問題ないと言えば、問題ないんだけど......

 コウキたちが出ていった店の出入り口から、正面で、私と同じように唖然としているリリちゃんに視線を向ける。するとリリちゃんも私に視線を向けてきた。

 

「......」

 

「......」

 

 か、会話が続かないどころか、始まらない......

 そういえば、私とリリちゃんの一対一の状態って、今までなかった気がする。大体コウキが真ん中にいて話してたような。

 しかもさっきまで張り合ってたし、それも手伝って、何を話したらいいのか全然分からない。

 リリちゃんを見ても、リリちゃんもなんの話題を振ればいいか迷っているみたいだ。

 何か話題、話題......

 

「あ、リリちゃんヨウトのことーー」

 

「......」

 

「ーーやっぱり、嫌い、かな......?」

 

 すごい、ヨウトの名前だした瞬間にリリちゃんの雰囲気が一気に負に変わった。

 うぅ......私、頑張ったよ。それでも諦めずに負けずに、ちゃんと聞くことできたよコウキぃ......

 このことコウキに言ったら誉めたりしてくれないかな? と軽く現実逃避しつつも、私はリリちゃんの返答を予想していた。

 というより、予想がついてしまった。

 リリちゃんは、私に対して(、、、、、)どこか申し訳なさそうな表情になる。

 

「ごめんなさい.......その、ミウさんたちが色々、気を使ってくれていることは、分かっているんですけど。でも、やっぱり苦手というか.......」

 

「そっか......うん、でも、まぁ、それはそれで仕方ないよねっ。ていうか、ごめんね、私たちちょっと鬱陶しかったね」

 

「あ、いえ! そんなことはないです、全然、はい......ただ、多分私......ヨウトさんのことが嫌い、というより、人種として苦手なのかも......しれないです」

 

「人種として?」

 

 コクり、とリリちゃんが頷く。

 

「ヨウトさんが、チャラチャラしたタイプの人じゃないっていうのは、あの、分かってきました。でも......」

 

「......うん、なんとなく分かったかも」

 

 やっぱり、前に私が言ってた仮定がかなり近かったってこと、なのかな?

 ヨウトの印象は確かに誤解されやすいかもしれない。どこか自分から道化を演じているような感じあるし。

 でも、リリちゃんはそんなヨウトの本質もちゃんと見た上で苦手って言ってる。それなら仕方がない。

 本当に最悪なのは、相手のことをうわべだけ見て毛嫌いしてしまうことだから。

 それに、リリちゃんはヨウトのことを『嫌い』じゃなくて、『苦手』って言ってる。それならきっと大丈夫......だと、思う。

 ......さて、そうなってくると、また出てくる問題がある。

 

「......」

 

「......」

 

 く、空気が重い......

 しまった、また会話を切ってしまった。今のは私が話題転換できたのに......

 私って、ここまでコミュ症だったっけ? と首を傾げるけど、それはすぐに否定する。

 いや、分かってる。基本的に、私は嘘が苦手なタイプというか、なにか裏で考えたままで表も取り繕ったりはできない。

 リリちゃんとの会話で、妙にぎこちなくなってしまうのは、そのためだ。

 よし! じゃあ考えていることを言おう! ......とは、さすがに上手くいかない。いくら私も、そこまで単純にはできていない。

 と、とにかく!! いきなり聞くのは色々な理由で無理だから、まずは少しずつ場の雰囲気をそっちに持っていって......あれ? 場の雰囲気って、どうやって動かせばいいの?

 さっきも言ったように表を取り繕えないような今の状況で? そんなの、私の最大の苦手分野だ......

 えっと、こういうのはコウキが上手だっ......けど、コウキはいつもどうやって場の雰囲気を変えてたっけ!?

 えーとえーとえーとえーっと!!?

 かなり混乱したまま、とにかく状況を確認しようと再びリリちゃんを見るとーーどこか居心地が悪そうに、体を揺らしていた。

 わ、私がなんとか、しないと!!

 

「あ、あの、リリちゃん!!」

 

「はいっ!?」

 

 

 

 

「リリちゃんは、コウキのこと好......!!」

 

 

 

 

 途中まで大きな声で言ったけど、途中で失速してしまった。

 というか、失速できてよかった。

 うぅぅぅぅぅぅうわぁぁぁぁぁぁああ!!!??

 私なに言ってるの!? いくらテンパったからって、こんなこと大声で聞くことじゃないよ!? ていうか私もいい加減ここぞっていうときにテンパっちゃうのなんとかしようよー!! それに結局いきなり聞いてるし!!

 うぅ......しかも、こんなときでもコウキのこと、好き......って言えないし!! もう、本当に私は......

 ぶつぶつぶつぶつと1人自虐モードに入っていると、リリちゃんも顔をすごく赤くして「あの......えっと.......わ、私は、しょの......」と呟いている。

 訂正しようかとも思ったけど、さっきの言葉は私が聞きたかったことであるのは確かだ。

 

「ミ、ミウさん......は、やっぱり......?」

 

「......うん、私はコウキのこと......好き......です」

 

 ......言った。言ってしまった。

 今までも言うだけなら、アルゴにも言ったことがあるから、初めてではないけど。

 でも、自分から自発的に言う、というのは、初めてだ。

 うん、なんというか、すごく恥ずかしいけど......なんだかすごく落ち着く。

 やっと、自分の気持ちを全部飲み込めた、みたいな。不思議な感覚だ。

 

「わ、私も......」

 

 リリちゃんはそこまでしか言わずに、そのまま黙りこんでしまった。

 どうしたんだろう? とリリちゃんの表情を伺おうとするけど、俯いているせいもあってちゃんと見ることができない。

 

「......でも、私なんかが、本当にコウキさんのことを、好きで、いてもいいのかって......」

 

「リリちゃんが?」

 

「はい......だって、私は、ミウさんみたいに......可愛くもないし、綺麗でもないし......輝いてもいないし。だから」

 

「......」

 

 リリちゃんはすごく可愛いよ! 私より全然!

 リリちゃん、黒髪すごく綺麗で、日本人形みたいな綺麗さあるよ!

 リリちゃんすごく女の子っぽいし、輝いてるよ!!

 ......こんな感じのことが、色々と脳裏をよぎった。お世辞じゃなくて、本心として。

 でも、私が気になったのはそこじゃなかった。

 コウキのことを好きでいていいのか?

 そんなもの。

 

「良いに、決まってるよ」

 

「え......?」

 

「リリちゃんがコウキのことを好きで、良いに決まってるよ!」

 

 私は声を張ってもう一度言った。お店の中だから他の人やリリちゃんにも迷惑かもしれないけど、今はちゃんと言わないといけない時だと思った。

 私としての言葉、そして、コウキがこの場にいたら、絶対に同じことを言うはずだから。

 

「リリちゃんの気持ちも、私の気持ちも、コウキに受け入れてもらえるかは分からないよ? でも、私が今コウキに抱いてるこの気持ちは、私の物だもの。リリちゃんのその気持ちも、リリちゃんの物だもん。それが他の誰かのせいで左右されるなんて、そんなのは絶対に違う!」

 

 正直なところ、リリちゃんが何を思ってコウキのことを好きでいていいのか? っていう悩みにぶつかってしまったのかは分からない。

 でも、相手に自分のことを好きになってもらえるか、で悩むんじゃなくて、自分は相手のことを好きでいていいのか、だなんて、そんなの悲しすぎる。

 すると、リリちゃんは唖然としたような顔で私のことを見てきていた。

 ......あれ?

 

「うぇっ、あ、っと、その。そうじゃなくて! そんな偉そうなことが言いたかったんじゃなくて、その......あれー?」

 

「......ぷっ、あははっ」

 

 私が一人また混乱していると、リリちゃんが急に吹き出して笑い始めた。

 あわわっ、私そんなにおかしかったかな!? リリちゃんがこんなに笑うほど!?

 このまま慌てていたんじゃさっきの二の舞になってしまう! 一度深呼吸して落ち着こう。

 ......よし。

 

「えっとね。その、すごく勝手な話なんだけどさ。私は、互いの立ち位置を確認したかったの」

 

「立ち位置、ですか?」

 

「うん、立ち位置。ちゃんと想いとか、考えとかを話し合って、ちゃんとお互いを知って、それでリリちゃんと付き合っていきたいなって」

 

「.......あの、ミウさん」

 

「ん?」

 

「不器用って、よく言われませんか?」

 

「......非常によく言われます」

 

 あはは、と私が乾いた笑みを浮かべるのに対して、リリちゃんはまた楽しそうに小さく笑っている。

 うぅ、私だって分かってるよ。自分がかなりの不器用だってことぐらい。

 それでも、私にはこういう真っ直ぐなやり方しかできないから。

 

「......ありがとうございます。私も、ミウさんとどういう感じで仲良くなっていけばいいのか、分からなかったので」

 

 それに、とリリちゃんは付け加える。

 

「やっぱり、ミウさんはすごいです。私じゃあ、あんなに真っ直ぐ聞くなんて、絶対にできません」

 

「えっと......うん」

 

 言う人がリリちゃんじゃなければすごい皮肉に聞こえたかもしれない。

 

「だから、私も、ミウさんとも仲良くしたいです」

 

 もちろん、コ、コウキさんともです。そう言ったリリちゃんは、にこりと笑った。

 ......ほら、リリちゃんはやっぱり可愛い。

 その笑顔は私を羨んだりなんかしなくてもいいぐらいにすごく可愛くて、輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「ただいま......」

 

「あ、コウキ。おかえり。リリちゃんがコウキによろしくだって」

 

「相変わらずリリは律儀だなぁ」

 

 何もそこまで畏まらなくてもいいのに、と思うこともしばしばある。でも、きっとそこはリリの良いところなのだろう。

 俺がヨウトに解放されたのは、連れ去られてから1時間後のことだった。

 もちろん、そんなに時間が経ってしまえばミウたちも食事を終えてしまっていたから、俺とミウは《転移門》で移動できる最前線の街で待ち合わせをしていた。

 リリは最後まで俺のことを待とうとしてくれていたらしいが、どうもクエストを入れていたらしく、渋々と帰っていったらしい。本当に律儀だ。

 あとミウの様子がいつもの3割増しぐらいで明るい。にこにこオーラみたいなものが滲み出ている。もしかしたらリリとの間でなにか良いことがあったのかもしれない。

 あとで聞いてみるかな、と思いつつフィールドに出るためミウと街の門に向かう。

 

「そういえば、ヨウトの用はなんだったの?」

 

「ん? あぁ......ナンデモナイデスヨ」

 

「なんでいきなり片言?」

 

「いやぁ......うん、まぁ」

 

 誤魔化したらそれはそれで面倒なことになりそうだ。

 仕方ない、心の準備をして言おう。

 

「なんか、ヨウトがめちゃくちゃ良い覗きスポット見つけた!! とか言ってさ」

 

「......へー」

 

「あ、痛い! ミウ、視線が痛いです!!」

 

 心の準備とかなんの意味もなかった。やっぱりミウの冷たい視線は破壊力が強すぎる。ちょっと泣きたくなってきた。

 なおもれ○とうビームを目から放ち続けるミウに、まだ続きがあるから、と言葉をいれる。

 

「止めても無理だったから連れていかれたんだけど、このゲーム、そもそも女子の絶対数が少ないからさ。誰も通らなかった。それで1時間」

 

「それは、なんというか......」

 

 ミウは今度はなにか安心したような、でも可哀想なものを見るような目で俺のことを見てくる。これはこれでちょっと辛い。

 それで俺へのーーそもそも悪い点はなかった気がするけどーー怒りは収まったらしく、ヨウトはまったくもー、といつものように笑いながら言っている。

 それには全くの同意見......なんだが、少しだけ、喉に引っ掛かるものがあった。

 

「......ヨウトがさ。なんか、変だったんだよ」

 

「変?」

 

「うん。さっき言った覗きスポットっていうのも、いつものバカな行動って言えば、そうなんだけど。なんか、どっか上の空だったというか。考えてる感じだったというか」

 

「......そっか、ヨウトが」

 

「ミウ、なんか知ってる?」

 

 ミウの様子がどこか沈んだ気がして、なにか知っているのか聞いてみる。

 するとミウは、すぐには何も言わずに返答に窮するように小さく唸る。

 こういうとき、ミウがすぐに返答しない場合は2つパターンがある。

 1つ目は単純に言いたくない時。ただこのパターンの時はミウはもう少し上手く取り繕う(といっても結構分かりやすいけど)

 だから今回は2つ目の方。誰か他の人の秘密や考えが関係している時だ。

 ミウは悩んだ末、ゆっくりと口を開いた。

 

「あのね。前に私、ヨウトにコウキのことをになると過保護って言ったことがあって。言った後、ヨウト、なにかショック受けてたみたいだから、もしかしたらそのことかも......」

 

「......そっか」

 

「ねぇ、コウキ」

 

「ん?」

 

 ミウは間髪いれずに言おうとする。が、ミウは口を開くだけで、実際には何も声として発さなかった。

 いつの間にか、俺たちは立ち止まっていた。

 ミウの視線は、俺の顔に固定されている。多分、ミウが何も言えなかったのは、それが原因なのだろう。

 ......俺は今、どういう表情をしているんだろう?

 笑っているのだろうか? 苦笑いしているのだろうか? 悲しんでいるのだろうか? 嘆いているのだろうか?

 少なくとも、ミウがあまり喜びそうにはない表情なんだと思う。

 ミウは何も言わない。だから俺はーー先を急ぐためにも足を動かし始めた。ミウも続くようについてくる。

 俺とミウの間には、しこりが残ったような、満足いかないような、居心地が悪い空気が流れる。

 多分、もう潮時なのかもな。というより、俺もミウに隠し続けることに、もう疲れてきた。

 問題はないのだから、ミウに言ってしまいたい。ミウならきっと、聞いても真正面から受け止めてくれると思うから。

 ......本当に? と、疑惑の声がどこかから聞こえた気がする。

 それでも、俺は。

 

「ミウ」

 

「なあに?」

 

「......もう少し、あと少ししたら、全部言うから。あとは俺の覚悟の問題だから。だから、もう少しだけ......待ってくれないか?」

 

 ミウは、俺の言葉を聞くと、静かに目を見開いたが、すぐに暖かく微笑む。

 

「......大丈夫だよ。私は、いつまでも待つから。笑い話のついでに話すみたいに、いつか気楽に話してよ。私は、どんなことでも一緒に背負うから」

 

「......ありがとうな」

 

 不意に、景色が一瞬ぼやけた気がしたが、それも居心地がよくなった空気に流されていった。

 

 




プチ女子会(唐突)回でした。

なんか久しぶりに日常回かなーと思ったら、気づけばまた少しだけシリアス回になっていました。どうしてこうなった......
それと今回は少しだけ文章の雰囲気を変えてみたんですけど......いやー、難しい。本当にどうしたら他の作品のような素晴らしい文章が書けるのでしょう。謎です。

次回は戦闘ですね。さすが激動編。バシバシいきます。


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40話目 再会

40話目です!!

ミウ「......」

ヨウト「......」

ミウ「......」

ヨウト「......」

コウキ「......二人見つめあって、なにしてんの?」

ミウ「うやっ!? コウキ!?」

ヨウト「はい、ミウちゃんの負け~」

ミウ「えっ、あ、いや、今のはなし、なしだよ!!」

ヨウト「いやいや、勝負は一回勝負なものだよ」

コウキ「......で?」

ヨウト「あぁ、ミウちゃんがアルゴに聞いたんだよ。ポーカーフェイスとか洞察力ってどうやったら身に付くのかって」

ミウ「そしたらにらめっこは簡単にその2つを鍛えることができるっていうから」

コウキ「へ~、でもなんで真顔?」

ミウ「別に相手を笑わせるのが目的じゃないからね」

コウキ「なるほど、向き合ってるだけでも真顔でずっといるって意外と難しいもんな」

ヨウト「(でも、そういえばなんでアルゴのやつあんなにニヤニヤしながらミウちゃんに教えてたんだーーーーあっ、なるほど)だったらミウちゃん、コウキともやってみたら? コウキポーカーフェイスとも洞察力も結構レベル高いしさ」

コウキ「ん? 確かに俺もやってみたいし。ミウ、やる?」

ミウ「うん、いーよー」

ヨウト「じゃ、せーの!」

コウキ「......」

ミウ「......」

コウキ「......」

ミウ「......(あれ? これって......)」

コウキ「......」

ミウ「(これ、もしかして勝負終わるまでずっとコウキの顔、正面から見てないといけないんじゃいけないんじゃ!?)」

ミウ「(どどど、どうしよう!? こんなの、意識しちゃったら耐えられるわけないよ!! あーコウキの顔こんなに近いよあうあう!!)」

ヨウト「(アルゴの狙いはこれかー。いやー、良い性格してるよな本当。俺も楽しませてもらいますけど)」


 俺は呪われているんじゃないだろうか。時々そう考えることがある。

 例えば、俺が着替えている時にミウが部屋に突撃してきた時。

 例えば、明らかにゲームバランスを壊す気としか思えないような化け物mobに遭遇した時。

 例えば、このゲームがデスゲームと化した時。

 例えば、『あの日』、出来事に遭遇した時。

 例えばーーーー

 

 

 

 

 ーーーーもう何度目かも分からない、オレンジプレイヤーがPKをしようとしている場面に遭遇した時。

 

 

 

 

 

 今、俺とミウは岩と砂ばかりが目に入る40層迷宮区にいる。

 その場面に遭遇したのは特別な理由はない。普通にいつも通り迷宮区に潜って、少し奥に進んだところでPK寸前の現場に遭遇した。

 特別な理由がないからこそ、今回の出来事は不幸、なわけだ。

 最近聞いた話では、この頃前線の迷宮区に潜る少人数の攻略組プレイヤーを狙う犯罪者プレイヤーが増えているらしい。まさか早速遭遇するとは思わなかったけど。

 攻略組プレイヤー、と言うと、他のプレイヤーたちと比べて段違いの強さを持っているようなイメージがあるが、実際は違う。

 策を練って隙をついて、数にものを言わせれば大体の攻略組プレイヤーは押し切られてしまう。

 攻略組プレイヤーは他の層のプレイヤーと比べれば、そりゃあ良いアイテムを持っている。それに前線の迷宮区は攻略組しか入らないことから、プレイヤーの人数が少ないので、死角も多くなる。しかも少人数のプレイヤーを狙っていることから、きっとレアアイテム狙いのPKというのがおおよその見解だ。

 いくらレアアイテムを持っているからといっても、前線プレイヤーを狙うだなんて、自分達の危険も大きいだろうに。この前会ったオレンジ集団ーーおそらくはギルドーーもだが、犯罪者プレイヤーの思考は本当に理解できない。なにか狙いでもあるのか?

 ......いや、今それを考えても仕方がない。

 俺は小さく息をはきつつ、壁から覗きこむようにその現場を見る。

 襲っているプレイヤーは......やはり、オレンジプレイヤー。20代、男。人数は......一人?

 武器は長めの曲刀、防具は布系で固めている。どうやら機動力とハイディング値を上げることに特化しているようだ。

 襲われているプレイヤーも男で、もうHPが残り3割を切っている。表情にも死ぬことへの恐怖しか浮かんでいない感じだ。

 

「どう?」

 

 俺の隣で、飛び出すのを必死に堪えているミウが急かすように聞いてくる。

 以前のことから、俺たちは一つ約束したことがある。

 それは、『話し合う』ことだ。

 こういった場面で、助けるにしろ、助けないにしろ、前のような互いの意見を無視して決める、というのだけはなくそうと決めたのだ。

 自分の意見をただ相手に叩きつけるだけじゃ、なにも解決しないことを、俺たちは学んだから。

 ただ、俺としても助けることができるプレイヤーは助けたいと思っているから、できる限りは頑張るつもりだ。

 そして俺の最初の頑張りどころ。周りの状況確認だ。

 《索敵》スキルで辺りを確認するが、他のオレンジプレイヤーはまったく確認できない。あのオレンジプレイヤーは単独でプレイヤーを狙っていたってことか......?

 どこかに隠れている、というのも考えにくい......少し、納得がいかないが、仕方がない。今は時間がない。

 

「今いる奴を可能な限り速攻で倒すこと。少しでも手こずりそうなら撤退するってことでいい?」

 

 ミウは何も言わずに俺の言葉にうなずくと、すぐに行動を開始した。一気にオレンジプレイヤーに向かって駆け出していく。

 俺もそれに追随するように走るが、ステータス的にどうしてもミウの方が速い。

 あと一呼吸で肉薄できる寸前になって相手は俺たちに気付いたようだが、オレンジの男はプレイヤーに曲刀を振り下ろしだしたタイミングだったので、すぐには行動を切り替えることはできない。

 そして俺よりも先に相手に肉薄したミウは、相手が振り下ろしている曲刀めがけて《ブレイヴチャージ》を放ち、相手の曲刀を大きく弾いた。

 ......今の攻撃、当然のようにミウはこなしていたが、振り下ろしている最中の曲刀はもちろんかなりの速度で移動している。それに突攻撃系のソードスキルを寸分違わずに当てるなんて芸当、この世界でもそうそうできるプレイヤーはいない。

 まったく、できるパートナーを持つと片方は辛いよ。

 俺はミウが弾いた相手の曲刀の下を潜り込むように接近し、男に《肩撃》を当てる。《肩撃》の効果で相手が数瞬硬直する。これで決まり、かな?

 

「てめぇら、なにもんだーーーーひっ!?」

 

 男が何か叫ぼうとしたが、それを男の後ろに回ったミウが剣を突きつけることで、代わりに蚊の鳴き声のような小さい声が響く。

 声を上げられてどこかにいるかもしれない仲間を呼ばれたらたまったものじゃない。

 ここまでが、時間にして約10秒。

 俺はすぐさま周りを確認する、が、やはりどこにもオレンジ、というか、プレイヤー自体が見当たらない。

 ......? やっぱり、こいつ一人で動いていたのか?

 まだ隠れている可能性もあるので安心はできないが、今すぐに場が動いて不味いことになる、ということはなさそうだ。

 俺は小さく息をつき、緊張の糸を少しだけ弛めた。

 そして、改めてオレンジの男の方に向き直る。

 ミウがさせたのだろうが、オレンジの男は後ろで手を組む形にさせられていた。

 

「おい、お前の仲間はどこだ?」

 

「はっ、知るかよ、ンなもん」

 

 聞いてみるが、案の定男は口を割らない。

 

「別に、俺たちはお前らを一網打尽にしたい訳じゃないんだよ。ただ、自分達の安全を確保したいだけ。だから教えてくれよ」

 

「勝手に悩んでろ、バーカ!!」

 

 男は俺のことを軽視したような、下卑た笑いを向けてくる。

 その様子にはさすがに少しだけイラッとくるが、今重要なのはそこではない。

 これはあくまでも個人的な意見だが、ある程度追い詰められた奴、というのは余裕がある時と比べて格段に口を割らせるのが難しいと思う。

 余裕がある時、というのは、言葉通り油断しやすい。そのおかげもあって相手を少し調子にのせたり会話に罠を仕掛けてやれば、引っ掛かる奴もいる。

 だが、ある程度追い詰められた奴、というのは、単純に会話が成立しなくなる。それこそさっきのように何を聞いても罵倒が帰ってくるようにだ。「殺すなら殺せ!!」とか、よくドラマとかで聞くあの台詞も似たようなものだと思う。

 まぁ、プロの方ならここからでも聞き出せたりするんだろうけど、残念ながら俺もミウも尋問とかのプロではない。

 ......もういっそのこと、まともな思考ができなくなるぐらい精神的に追い詰めてやれば上手くいかないかな? いや、やらないけど。

 

「大丈夫ですか?」

 

 とりあえず、このオレンジの男から仲間のことを聞くのは難しそうだな、と思考を切り替えていると、ミウが襲われていたプレイヤーに声をかけていた。

 俺よりも見た目美少年(美少女でもある)ミウの方が混乱した人には安心感があるだろうしな。俺は男の見張りに徹するとしよう。

 すると、襲われていたプレイヤーは今になってようやく頭が状況に追い付いたのか、ミウの声に弾かれたように立ち上がる。

 

「あ、あああああありがとう!! もうダメだと思ったら、ぜっ全然体が動かなくなって、そそしたらーーーー」

 

「あははは......大丈夫ですよ。あなたはちゃんとここに生きています。でも、今日はもう《転移結晶》で帰った方が良いですよ」

 

 ミウは柔らかく笑いながらプレイヤーに街に帰るよう促す。

 ......本当なら、どういう状況でどういう方法で襲われたのかを聞いて、このオレンジの男のやり口に目処をつけ、あわよくば仲間の居場所も特定したかったけど、プレイヤーの言動からして、あまり良い情報ももらえない気がする。襲われたばかりなのだから混乱していても仕方がないけど。

 プレイヤーはミウの言葉に何度もうなずくと、今度は俺にもお礼を言って、《転移結晶》で街に帰っていった。

 これでまた一人、誰かの命を救ったわけだ。はっはっはっは......はぁ、あまりいい気分はしない。

 あの人を救うことができたのは嬉しいけど、自分達はまだ危険の中心地かもしれないだなんて、これで喜んでいたらとんだマゾヒストだ。

 ミウも同じことを考えたのか、嬉しそうではあるけど、どこか喜びきれないような表情をしていた。

 

「どうする、コウキ」

 

「うーん......まぁ、こいつを連れていつも通り街まで戻るしかないかな......」

 

 俺たちは遭遇した犯罪者プレイヤーは、基本話し合って危険かどうか判断し、危険だった場合は1層にある《黒鉄宮》という牢獄エリアまでーー正しくは街にいる衛兵に投降するまでーー連行することに決めている。

 本当なら《転移結晶》を使って一気に移動したいのだが、《転移結晶》は1人につき1つ使う。つまり、捕まえたプレイヤー本人が転移先を宣言するので、俺たちと違う場所を宣言されては元も子もない。

 結果、歩いて連行というアナログな方法をとるしかない。

 ん? この男とは話し合わないのかって? 現行犯逮捕した殺人未遂の犯人から何を聞けと言うのか。一発逮捕である。

 実はさっき襲われていたプレイヤーが襲いかかっていた、とかそういう話なら聞くが、それならこの男が本当のことを言わない道理がないし、「仲間の居場所は?」と聞いて「知らない」と答えている時点で警戒に値する。そもそも俺がこの男をそこまで気にかける理由もない。

 ミウが俺の言葉に「了解」と返してくるのと同時、今まで不貞腐れたように黙っていた男がぶつぶつと何か呟いたかと思うと、顔を上げて俺たちのことを見てきた。

 

「片手剣使いの男二人組......超人的なソードスキルの使い手と、何を考えてるか分からないいけすかない男......」

 

「おいこら、なんで俺の方だけそんな酷評なんだよ」

 

「私、女の子なんだけど......」

 

 確かに、俺今回ほとんどなにもしてないけどさ......もう少し何かないですか?

 男は俺とミウのツッコミなど完全に無視して言う。

 

「ってことは、あんたらが《聖人》と《奇術師》か!?」

 

「「......うん、まぁ」」

 

 俺とミウ、同時に苦い表情で答えると、男はなんかすごい終わった感を醸し出した。

 アルゴに聞いた話では、前に俺が25層のボス攻略戦で指揮を執った時から、俺について色々と二つ名らしきものはできていたらしい。だが、どれもあまりしっくりとはこず、あと俺の情報の少なさも相まって最近まで二つ名はついてこなかった。

 それが、この前のポンチョたちとの戦闘後辺りから、急に呼ばれるようになったのが《奇術師》だ。

 25層での指揮も、常識には当てはまっていなかったことから、《奇術師》がピッタリだ! って感じで広まったらしい。

 ......いや、別に良いけどさ二つ名。うん、そこそこカッコいいんじゃない? でも、俺の中で《奇術師》って、もう少し本心が見えない、深みがあるタイプだと思うんだけど。俺と重なる部分一切ないじゃん。

 あと、呼ばれるようになって初めてミウの気持ちが分かった。これ、呼ばれるのすごい嫌だ。恥ずかしさと痛々しさが同時に襲いかかってくる。

 しかも俺もミウも、オレンジプレイヤーにまで知られているって、もうほとんど末期なんじゃないか?

 ......この思考はなにも産み出さない気がする、うん、やめよう。さっさとこの男を軽く縛って連行しよーーーー

 

「ん?」

 

 と、その瞬間。俺の《索敵》スキルにプレイヤー反応が引っ掛かった。

 数は......一人か。動きまでは分からないけど、移動スピードは普通に歩いているくらいだからこの男の仲間かどうかは判断がつかない。

 ただの攻略に来たプレイヤーなのか、はたまたそう思わせて油断を誘っているこの男の仲間なのか。

 その答えは見つからなかったが、俺の顔色の変化を、オレンジの男は見逃さなかった。

 男は小さく息を吸い込むと、ピィィイイ!! と、かなり高い音の口笛を吹いた。

 俺とミウがそれをやめさせようと動くが、それよりも早く周りに変化が起こった。

 俺たちの周りに《リザードマン》が5体続けて連続でポップしたのだ。

 くそっ! こんなスキルもあるのかよ!!

 どうやら男が吹いた口笛はmobのポップを強制的に発動させるスキルのようだ。

 俺とミウも犯罪者プレイヤーを連行しようとしているぐらいだから、連行中にmobがポップした時のことも考えてはある。

 通常、mobはプレイヤーの半径5メートル以内にはポップしないように設定されている。なのでmobがポップしても、そのmobを迂回するよう歩いていけば、戦闘を行わずに街に帰ることができる(たまにmobの方から近づいてくるので絶対というわけではないが)

 だが、今回のように囲まれてしまっては戦うしかない。これだけ囲まれてしまっては俺もミウも戦うしかなくなってしまう。

 そしてそれは、男からすれば逃げる絶好のチャンスになってしまう。

 俺とミウが《リザードマン》に対して剣を向けると、男はミウの体に体当たりすることでミウを《リザードマン》にぶつける。

 そうして作った空間から、男は一気に《リザードマン》の群れから抜け出してしまった。

 しまった!! 先に縛っておけば......!!

 男を追いたい気持ちに駈られるが、今は男よりも優先することがある。

 

「ミウ、大丈夫か!?」

 

「なんっ......とか!!」

 

 ミウは超至近距離から放たれた《リザードマン》の《スラント》を身を捻ることで辛うじてかわし、さらに《リザードマン》に一撃いれて後退する。

 ミウが無事なことに安心するが、事態はまったく良い方向には変わっていない。

 まずい、男が抜け出したことから、さっき引っ掛かったプレイヤーの反応は十中八九あいつの仲間だ。

 そいつに合流されて、今のこの状況を狙われたら......

 男はまだ視界内にいる。今なら追えば追い付けるが......

 俺は頭に振り下ろされた凶刃をかわす。

 くそ、さすがによそ見しているほど余裕がない!!

 これはもうあいつは逃がして、俺たちもすぐに離脱するしかない、と考え、最後に男を見ると、ダンジョンの角から曲がってくるプレイヤーが見えた。

 あいつが、男の仲間......

 それを最後に《リザードマン》に視線を戻そうとするが、それは許されなかった。

 

 

 

 

 男がその仲間に近づいた瞬間、その仲間に斬りつけられたからだ。

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 一瞬、何が起こったか分からなかった。

 なんで、仲間を......いや、もしかしてただ近づいただけで仲間じゃないのか......!?

 俺が混乱している間にも男のHPはどんどん減っていき、半分を切ったところで止まった。

 あれは、助けないと死ぬ。

 まだ決まったわけではないのに、それを直感した。

 

「コウキ、伏せて!!」

 

 ミウも俺と同じことを考えたようだ。

 言われた通りすぐにしゃがんだ俺の頭上を、ミウの十八番の《ホリゾンタル・デュアル》が通過していく。

 ミウがすべての《リザードマン》にスキルを当てたことで、何体かの《リザードマン》が倒れ、オレンジの男たちまでの道ができる。

 俺はその道を辿るように全力で走り出す。そして今にも男に止めをさそうとしている謎のプレイヤーの胸めがけて突きを繰り出す。が、それを謎のプレイヤーはいとも簡単に弾いていしまった。

 ......本当なら、さっきのミウのように相手の武器を狙いたかった。今回の相手は武器を振り上げている状態だったから剣は動いていなかったし、実際狙うことはできた。もっと言えば《武器取落》だって狙えただろう。

 だが、できなかった。

 このプレイヤーに対して、そんな甘いことをしたらその瞬間、反撃で殺されてしまう。そんな悪寒が全身を駆け巡ったからだ。

 俺は大きく後ろに跳び、体勢を整えつつ相手を素早く観察する。

 相手は男。身長はやけに小さい。ミウよりも低いぐらいだ。

 防具は必要最低限の胸当てのみで、あとは頭は出しているが、ローブをまとっている。

 武器は刀身が標準よりもかなり細めの両手剣。

 犯罪者プレイヤーかとも思ったが、予想に反してカーソルは緑色だ。

 ここまで見れば特になんの変わりもない、ごく一般的なプレイヤー。だが、目の前の男が放っている雰囲気が、異常なことこの上なかった。

 殺気。このプレイヤーのイメージはその一言に尽きる。

 ニックの殺気は、闘気のようなものも含んだ、どこか楽しんでいるような殺気だった。

 この前会ったポンチョも殺気のようなものは纏っていたが、あれはもっと洗練された、それこそ殺し屋のようなものを感じた。

 だが、目の前のこの男は違う。まさに野獣のような、むき出しの殺気。荒々しい殺気だ。今まで出会ってきたプレイヤーのどのそれよりも圧迫感がある。

 ......いや、正しくは一人だけ肩を並べる者がいた。

 あれは、前にミウと《転移門》前の広場にいた時だ。俺とぶつかった相手が、この殺気とほぼ同じものを放ってきた。

 忘れるはずもない。向けられたらそれだけで相手の自由を奪ってしまうような、凄まじい殺気。

 そんなものが放てるプレイヤーが、そうゴロゴロいてたまるか。

 こいつは......あの時俺とぶつかったプレイヤーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は呪われているんじゃないだろうか。時々そう考えることがある。

 そう、例えば......

 戦えば殺されてしまう。そう直感してしまうような敵に遭遇した時だ。

 

 

 

 

 




はい、導入回でした。

今回は導入回ということもあって少し短めです。
いやー、やっと伏線回収できましたね~。あと何個回収しないといけないかと思うと先は長いですが、とりあえず今回回収できてよかったです。
今回も戦闘が割と長くなりそうですが、お付き合い頂けると嬉しいです。

次回もバリバリ戦闘です。



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41話目 聖人VS破壊神

41話目です!

ニック「あら?」

ミウ「うっ......ニックさん、こんにちは」

ニック「こんにちは。今日はコウキは一緒じゃないのね」

ミウ「コウキは友達と買い物です」

ニック「あら、その友達にあなた負けちゃったのね」

ミウ「にゃっ!? そ、そんなことはないです!! 負けてません何も!! ......負けてないもん、相手がヨウトだからコウキも断れなかっただけだもん.....」

ニック「意地を通すなら最後まで通しなさいよ」

ミウ「うぅ......そういうニックさんは?」

ニック「最近溜まっていたから。ちょっと骨のある相手を探してるところよ」

ミウ「まだ辻斬りみたいなことしているんですか......」

ニック「辻斬りだなんて、人聞きが悪いわね。私はただ欲望に従って腕のたつプレイヤーと戦っているだけよ」

ミウ「ほとんど同じじゃないですか......」

ニック「そんなに言うのなら、あなたがかかってきなさい。そして私のストレス発散に付き合いなさい」

ミウ「嫌です。『今はまだ』勝てる気がしませんから」

ニック「......へぇ、前よりも成長しているじゃない」

ミウ「それでもニックさんに勝てなかったら、あまり意味ないです。というか、絶対にそんなこと思ってないですよね?」

ニック「そんなことないわよ。それに私、あなたの才能はかなり買ってるわよ? 才能『は』」

ミウ「......私、そんなに才能なんてないですよ?」

ニック「それは謙遜ね。あなた、多分才能だとか潜在能力だけで見たら、この世界でもかなり上よ? それこそーーーー化け物クラスの、ね」 



 オレンジの男を襲ったプレイヤーと正面から睨み合う。

 いや、正しく言えば相手は俺のことを睨んでいるわけではなくただ見ているだけかもしれない。

 そう思わせるほどに、男は自然体だった。

 自然体のまま、俺に対して恐ろしいほどの殺気を放ってきているのだ。

 前に会ったときも思ったけど、こいつ、かなりヤバイ。

 オレンジの男はこのプレイヤーに武器を弾かれて右手を踏まれている状態なので動けそうにない。

 これではどう助けようとしても、このプレイヤーと言葉にしろ剣にしろ、一度は接触する必要がある。その危険性を考えて、心の中で苦笑いする。

 少しでも隙を見せたら殺られるような奴と戦えと? 冗談じゃない。

 撤退の可能性も考えにいれつつそのまま睨み合っていると、先に行動に出たのは相手だった。

 プレイヤーは大きくため息をつく。

 

「......あんたたち、こいつの仲間?」

 

 こいつ、というのはもちろん右手を踏まれて動けなくなっているオレンジのことだろう。

 そしてプレイヤーが言うのと同時に、《リザードマン》を倒しきったのか、ミウが俺に追い付いてきた。

 

「いいや、俺たちはそいつが襲っていたプレイヤーを助けていたんだ。それでそいつを《黒鉄宮》に連行しようとしていた時、あんたが来た。それと、俺の名前はコウキ」

 

「私はミウ」

 

「......ふーん? 俺はシバ」

 

 俺の説明に納得したのかは分からないが、シバは名乗った後観察するように俺とミウのことを見てくる。

 普通、初対面のプレイヤーにさっきみたいに自分達の行動を説明することはない。

 そんなことをこの世界でやっていたら、自分達の情報が駄々漏れになり、圧倒的に不利な立場になってしまうからだ。

 だが、そんな常識はこの男の前では適用されない。

 先ほど俺にオレンジの仲間かどうかと聞いてきたときも、シバは殺気をおさめていなかった。

 そして、あからさまなほどに目で語っていたのだ。

 ーーーー少しでも納得できなければ殺す、と。

 ......ははは、参った。本当、どうしましょうかねぇ。

 俺が心の中で愚痴っていると、シバは不意に俺たちから視線を外し、右手だけで(、、、、、)持っている両手剣を再び振り上げた。

 

「なっ、ちょっと待ってよ!!」

 

「......なに?」

 

 ミウの制止の声に再び視線だけを俺たち、というよりミウに向けてくるシバ。

 その目には先ほどまでよりも確かに苛立ちが募っている。

 ここはミウを止めるべきか、とも考えたが、それによって余計に話が長引いて苛立たれても困るので口を閉じる。

 それに、ミウだってシバのヤバさは分かっているはずなんだ。俺よりも全然感覚が鋭いのだから。

 だがそれでも止まらないのは、やはりミウの決意ゆえか。

 

「その人、どうするの?」

 

「どうするって、殺すけど?」

 

 殺す。

 そのあまりにも率直で生々しい言葉をなんの躊躇いもなく言い放つシバに、一瞬気圧されるミウ。

 だがそれも本当に一瞬のこと。ミウはすぐに立て直すと再びシバに言い返す。

 

「それはやりすぎだよ。君はその人となんの関係もないんでしょ? だったら私たちみたいに《黒鉄宮》に連れて行くだけでいいじゃない!」

 

「俺もこいつの仲間に襲われたんだよ。まぁ、そいつらも返り討ちで殺ったけど。自分の保身のため、なによりムカついたからこいつを殺る。なにか悪い?」

 

 他の犯罪者プレイヤーは、シバに倒されていたのか......敬意は分からないけど、多分さっきのプレイヤーを襲った後にどこかへ移動中、犯罪者プレイヤーの集団がシバと遭遇した、ということなのだろう。

 でも、これはマズイ。

 話の流れが完全にシバに行っている上に、いくらかシバにオレンジの男を攻撃する正当な理由がある。

 その上で、ミウは退かなかった。

 

「それでも......殺すのはやりすぎだと思う」

 

「......」

 

 ミウの言葉になにか思うところがあったのか、シバはゆっくりと両手剣を下ろした。

 すごいな......

 もう話し合いでシバを説得することは不可能なことは、ミウも百も承知だろう。

 それでも、ミウは諦めない。

 助けられる可能性がある命を、目の前で消えつつある命を諦めない。

 この世界では、ほとんどのプレイヤーが自分に縛られている。

 恐怖する自分、自分の命が大事な自分、諦める自分のような、自分の弱さに縛られている。

 なのにミウは、そんな世界の中でも誰かを第一に動いている。

 本当に、正義のヒーローのような強さを、心の中に持っているのだ。

 それは、どれだけ尊いことだろうか?

 ......だが、現実はそれだけで優しいルールが適用されるようになるほど出来てはいなかった。

 

「めんどくさ」

 

 男はまたため息をつく。

 

 

 

 

 次の瞬間には、ミウがシバと鍔迫り合いをしていた。

 

 

 

 

 ーーーーなっ!?

 今まで正面5メートルほどの距離にいた人物が、いつの間にか自分の隣に立っていたことに遅れて気がつく。

 見えなかった......まさか今の一瞬でこの距離を潰して、しかも一撃放ってきたのか!?

 今の攻撃に合わせることができたミウもすごいが、視界から外れるほどの速度で攻撃を放ってきたシバは完全に別格だ。

 いや、よく見れば浅くとだが、シバの両手剣がミウの肩を斬っている。それをシステムにプレイヤーへの攻撃と判定されて、シバのカーソルがグリーンからオレンジに変わる。

 驚愕している俺や困惑しているミウに対して、シバは小さく声を上げる。

 

「......へぇ、今のに反応するんだ」

 

 それは今までの相手に苛ついてた声ではなく、ミウに対して興味を持った風な口調だった。

 シバがすぐさま腕を引いたかと思うと、次の瞬間にはガガガキンッッ!!! という、とても金属製の剣からとは思えない凄まじい音が二人の間から鳴り響く。

 視界の隅でなにか動いていたのでそちらを見ると、オレンジの男が逃げ出そうとしていた。が、俺と同時にシバも男に気付いたらしく、ミウに向かって突進していたのをワンステップ入れることで進行方向を変え、一気に男に接近する。

 どうやら、オレンジの男のことを諦めていないようだ。

 しかしシバの動きに辛うじてのとこで反応したミウが、男とシバの間に割って入るように立ち塞がり、シバの剣を受け流す。

 ミウが踏ん張るなか、オレンジの男は今の攻撃で完全に腰を抜かしてしまったらしく、もう声すらも上げられなくなってしまった。

 だが、正直今の状況においてはそちらの方がありがたい。さすがにこんな状況であんな奴に気を使っている余裕はない。

 それに、今はミウだ。

 ミウはシバの攻撃を全て完全に流しているが、その様子は明らかに防戦一方だ。

 俺は現状を打開するためにも走り出す。

 向かう先はシバの背後だ。

 正直な話、今の俺ではあの二人の攻防に着いていくことは難しい。だがそれは、真正面から正々堂々戦ったらの話だ。

 正々堂々が無理ならば、策を弄せばいい。

 俺の攻撃ではどれだけ良いものを放っても、シバには届かないと思うが、背後からの攻撃なら少しぐらいは意識を向けさせることができるかもしれない。

 ほんの一割でも、それ以下でもいいから、シバの意識を俺に向けさせることができれば、ミウならシバ相手にも一撃入れられるだろう。

 ミウがまだ困惑しているのは気がかりだが......それはもう、ミウに任せるしかない。

 俺は剣を大きく引き絞り、シバの背中を斬りつけようとする、が。

 

 

 

 

 ゾワリッ!! と、シバが俺の攻撃の射程に入った瞬間、背筋に氷柱を突き刺されたような悪寒が走る。

 

 

 

 

 俺はその暴力的なまでの、体から発せられた止まれという合図に、思わず一歩後ろに下がる。

 それとほぼ同時に、淡い光を帯びた両手剣の刃が男の回りを走った。

 ......今のは、単発両手剣スキル《テンペスト》だと思う。

 思う、というのは、スキルの起こりがあまりにも自然で、スキルだと思えなかったからだ。

 《テンペスト》は《ホリゾンタル》などと同じで範囲攻撃スキルだ。なので攻撃はミウにも届いていたが、辛うじて防御している。

 ......くそっ。シバが圧倒的に強いのは分かった。でも、ここまで......

 普通、いくら強いからって、背後からの攻撃に完全に合わせるなんてそうそう出来ることじゃない。今の攻撃はまさに後ろに目がついているのか、と言いたくなるほどのタイミングだった。偶然だなんて言えない。

 シバを見るが、俺のことは全く見ていない。

 ......興味はないけど、邪魔するなら殺すってか。

 シバの攻撃を見て、ミウも危機感を覚えたのか、まだ僅かな和解の可能性にかけているのか、口を開く。

 

「なんの関係もないのなら、自分から誰かを殺さなくてもいいじゃない! 殺す以外の選択肢は本当にないの!?」

 

「......なにも関係がないからこそ、殺しても良いんじゃないか? 大体、俺からすればあんたたちがなんの関係もないそいつを助けようとしていることの方が理解不能だよ」

 

「......例え、関係がない人だとしても、目の前で誰かが死んでいくのは嫌だから。だから助けるの」

 

「......ふーん」

 

 シバはそうとだけ返すと、軽く目を閉じた。まるでミウの言葉を口の中で転がして、しっかりと受け止めるように。

 てっきり、ミウの言葉を頭から否定してくると思っていたので、少し意外に感じる。

 それに今までの会話から、シバはなんとなくだが、俺たちよりも年下なイメージを受ける。

 年下なのにここまで誰かを殺すことに躊躇いがないことには驚きだが、シバは絶対悪、というわけではない気がする。

 と、言っても、だから説得できるというわけではないけれど。

 

「なら、俺を倒して止めてみせなよ!!」

 

 シバは小さく笑うと、再びミウに斬りかかる。その攻撃は今までよりも過激で、容赦がないように見える。

 普通のプレイヤーなら、数秒後には冗談なしでミンチになってしまいそうな、嵐のような攻撃。

 ......だが、今までと違うのはミウも同じだった。

 先ほどよりも強く、先ほどよりも速い二つの剣戟がぶつかり合う。

 突然のミウの変わりように、シバも小さく目を見開いていた。

 

「......分かったよ」

 

 ミウが、今まで纏っていた空気をがらりと変える。

 その誰かを威圧させるようなミウの雰囲気は、俺も一度見たことがないものだ。

 ミウは、シバに向けて剣を構え直す。

 

「君の言う通り、君を倒して止めてみせるっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

 コウキなら、きっとこの男の子が言うように、こんな犯罪者プレイヤーのために命を懸けるなんて間違っている、って言うと思う。

 多分、その考えは正しい。

 それでも私は相も変わらず、目の前で消えて、死んでいしまいそうな人が誰であろうと、ただ見過ごすなんてことはできない。

 だってそれは、なんとかできる可能性を自分から潰しているのと同義だから。

 自分が動いてそのなんとかできる可能性が高まるのなら、そっちの方が良いに決まってる。

 それが今回の場合犯罪者プレイヤーだった。ただそれだけの話。

 私は、誰かを助けるために誰かを諦めるなんてことは絶対にしたくはない。

 だから私は、いつものように全力で手を伸ばす。

 

「はぁっ!!」

 

 私は、この男の子を『止めて』みせる。

 私が連続で叩き込んだ剣戟をシバ(......くん? 年下っぽいし)は全て受けきる。でも、その表情からは今まであった余裕が消えた。

 その代わりに現れたのは、悦び。ようやく自分の力を存分に発揮できる相手に出会えた。私の自意識過剰でなければシバくんの表情はそう語っている気がする。

 私はさらに連続して剣戟を叩き込む。それに合わせるようにシバくんは両手剣で私の攻撃を叩き落としていくけど、防がれなかった剣戟がシバくんの体を掠めてく。

 必要なこととはいえ、同じプレイヤーの男の子を自分の手で傷つけるのはどうしても抵抗を感じる。でも今は飲み込むしかない。

 どうやら、速さに関しては私の方が上で、攻撃力に関してはシバくんの方が上みたい。

 その場その場の状況判断能力は今のところは互角。そのせいで一進一退の攻防が続く。

 シバくんが私の体ごと砕かんとばかりに私が防御に回した剣の上から剣を叩きつけてくるのを、私は小さく後ろに跳ぶことで威力を殺し、攻撃の勢いのままにさらに後ろに跳ぶ。

 私が着地した瞬間を狙ってシバくんは両手剣を横一閃に振ってくる。

 それならと私は、後ろに下がったことで体にかかるベクトルを地についた足を踏ん張ることでそのまま逆のベクトルに変える。

 つまり、振っている最中のシバくんの剣に向かって飛び込む。

 そしてーーーー相手の武器の柄めがけて剣を全力で叩き込む。《武器取落》だ。

 完璧に捉えたタイミング。

 

「なっ!?」

 

 でも、シバくんは私の攻撃が当たる直前に手首を使って両手剣を上空に放った。

 しまった。今回の私の《武器取落》は相手の手首じゃなくて、武器の柄を狙ったものだ。

 なのにシバくんに自ら武器を手放されたら、私の攻撃は空を斬るだけだ。

 しかも、シバくんは剣閃のの残りをなぞるように振った腕の遠心力をそのまま利用して、その場でくるりと回転する。

 シバくんの背がちょうど私に向いたとき、直前に上空に放っていた彼の両手剣が本人の手元に降ってきて、見事キャッチする。

 なるほど、上空に放った剣の軌道も最初から計算済みと......

 恐ろしいほどに高レベルなこと私の目の前で行われているけど、感心している場合じゃない。

 シバくんはさらに体を回転させてそのまま私を斬りつけてきた。それを相手の懐に自分から飛び込むことでなんとかかわす。

 

「まだまだぁ!!」

 

 さらにすぐさま体を起こしてシバくんの右側から斬りかかるけど、すぐさま防御されてしまった。

 互いに後ろへ後退して、一度一呼吸いれる。

 ......それにしても、ここまで素早く正確に両手剣を扱えるなんて。

 普通、両手剣の特性というのはメリットとしては片手剣以上の攻撃力、攻撃範囲。デメリットとしては武器が重いことによる隙が大きい大振りな攻撃。そして同じ理由から素早い動きがしにくいことだ。

 あとあるとするなら、『両手』剣なのに、振るだけなら片手でも筋力値しだいではできることだ。

 一応片手が空くことで、攻撃にバリエーションがでるといえばでるけど......これはどちらかといえばデメリットだ。

 両手剣を片手で持つということはいうことは、ただでさえ重い武器をさらに重くしているってことだし、武器を振るスピードを殺してしまう。つまり両手剣のメリットの攻撃力の高さを自ら放棄するということになる、

 しかも、ソードスキルを使うときはいちいち両手に持ち変えなくてはいけない。

 ......だというのに、目の前にいる男の子は両手剣を片手で持った上で、片手剣以上の速さ、精密さを維持している。

 これはもう、彼自身の圧倒的センスだとしか言いようがないと思う。

 

「ふっ!!」

 

 そんなわけで、彼の攻撃を正面から受けるのは非常にマズイ。彼相手に少しでも動きを止めてしまったらあとは一方的な展開になってしまうからだ。

 鍔迫り合いも少しはできるだろうけど、その場合有利なるのは膂力のある向こうだ。

 だからシバくんの攻撃は受け止めるのではなく、完全にかわすか、最低でも受け流すことが条件。

 ボス相手にこの考えならまだ分かるんだけど、プレイヤー相手にこんな考え方をしなくちゃいけないというのが、彼の異常性を明確に表してると思う。

 そんな考えのもと私はシバくんの突きを身を捻ることでかわしつつ、左足を一歩シバくんに向けて踏み出し接近する。

 そのままカウンター気味に攻撃をしかけようと思った瞬間、私は動かし始めていた右腕に急制動をかけて、全力で頭を下げるようにしゃがむ。

 次の瞬間には、私の頭の上をシバくんの両手剣がスゴい音をたてて通過していた。彼は突きに出した両手剣を、無理矢理横振りに起動変更したんだ。

 本当に、化け物みたいな子だな......

 これほどすごい力、いくらシバくんが天才と言われるようなタイプであっても、ちょっとやそっとじゃ到達できないレベルのものだ。

 それを躊躇いもせずに、殺しに使っているということが、すごく悲しい。

 彼を止めないと。その気持ちが私の中でさらに大きくなる。

 剣の柄を強く握る。

 現状では、私の方が有利だ。

 私は彼の攻撃を辛うじてとはいえいなしているのに対して、彼は極僅かずつではあるけど私が掠めた攻撃のダメージが溜まっていっている。

 確かにシバくんの攻撃を一撃でももらえば、私が今まで与えたダメージなんて目じゃないほどのダメージをもらうけど、このまま上手くいけば私の有利は揺るがない。

 それに、私が、いや、私たち(、、、)が有利な理由は、他にある。

 

「はぁぁ!!」

 

「ちっ......ちょこまかと......!!」

 

 シバくんの背後、から放たれるコウキの攻撃だ。

 普通の攻撃ならシバくんもかわすなり迎撃するなりできるんだろうけど、彼が攻撃に転じる瞬間、彼が防御に入る瞬間など、コウキが絶妙なタイミングで攻撃してくるせいで随分と動きがぎこちなくなっている。

 シバくんはコウキからの攻撃は《テンペスト》で私を巻き込むようにするか、二人分の攻撃をかわすかで対処しているけど、スキルを使えばどうしてもディレイが発生するし、無理にかわせば体勢が崩れる。結果的に彼は後手に回り続けている。

 コウキも最初はタイミングが掴めなくて危ない場面もあったけど、今はかなりシバくんの動きを制限している。さすがはコウキだ。

 そんな状態でもほぼ互角な戦いを演じているシバくんは本当にすごいと思う。

 それでも、遂に彼にも限界が来たのか、防御し損ねた私の突きが彼の体めがけて突き進む。

 が、これで決まったか。そう私に全く思わせないほど無駄なく、彼はスウェイのみで私の攻撃をかわしてしまった。

 私としては、今のタイミングの攻撃でもそんなに綺麗にかわされてしまうのかと唸りたかったけど、何が気に食わないのかシバくんは顔をしかめた。

 彼は接近状態だった私から離れると、聞いてくる。

 

「今の攻撃、本気なら俺の体に当てて止めにできた......どうして当てなかったの?」

 

「言ったでしょ? 私は君を『倒して止める』って。私は君を殺すつもりは、毛頭ないの」

 

 私の言葉に何も返さずにじっと見返してくる。

 その目には、いくつもの感情が写り込んでいるようにも見える。

 チラリ、と私はコウキの様子を見る。コウキは私たちの会話に対しては完全に不干渉を決め込んでいるのか、何も言わない。

 ......確かに、私はシバくんの言う通り攻撃は繰り出しているけど、直撃になるような攻撃は一切していない(《武器取落》は別として)。大体が彼の剣に向かってか、彼にギリギリ掠るような攻撃ばかりだ。

 別に、舐めているわけじゃない。そもそもシバくんの実力は私と同等か、それ以上なのだから舐めるほどの余裕もない。

 でも、それでも私は彼が死んでしまうような可能性は、可能な限り生み出したくない。

 

「甘い考えって貶されても、バカにされてもいい。それでも私はこの考えは曲げないから」

 

 ーーすると私が言った後、一瞬コウキが優しく微笑んだ気がした。

 その微笑みは、多分、肯定の印。

 ......コウキに認めてもらえれば、私はどこまでもいける。立ち向かえる!

 数瞬そのまま場が膠着する。でも、それを破ったのはやっぱりシバくんだった。

 

「......まぁ、あんたがそういう考え方をするなら、それでいいよ。でも、なりふり構っているようなら俺は止められないと思うよ」

 

 これ以上の会話は無意味と言わんばかりに、再び肉薄してくるシバくん。

 それに答える私。

 そこから再び開始される凄まじい剣戟の応酬。

 彼から剣戟が放たれればかわして、私が放てば叩き落とされる。

 コウキがシバくんの背後へ接近したら、シバくんは範囲攻撃スキルで全体攻撃を放ち、それを私とコウキは後ろに跳ぶことで回避する。

 二対一なのにも関わらず、時に私たちを圧倒する彼のその姿は、まさに闘神か破壊神のようだった。

 そんな攻防の中で、少しずつだけれど確かに減っていくシバくんのHPバー。

 いくら彼でも、自分のHPがイエローゾーンに突入すれば、無理をしてまで私たちとは戦おうとはしないはず。仮に戦おうとしても、そこまでHPが減ればじぶんを守るためにどうしても動きが鈍るはずだ。

 本当に僅かだけど、ようやく彼を止めるための迷路の出口が見えてきた。

 

 

 その矢先。

 私たちの攻防は。

 私の想像とは違う形で、終わりを迎えた。

 

 

 ついに痺れを切らしたのか、シバくんが私に対して放ってきた《テンペスト》をかなりギリギリではあるけどかわそうとする私。

 でも。

 

「ぶ......ぐっ......!!」

 

 私は正面(、、)から彼の攻撃を受け止め、当然のように壁際まで吹き飛ばされた。

 

「......?」

 

 突然の私の不可解な行動に、今度こそ意味が分からないと眉間にシワを寄せるシバくん。

 彼の背後で、コウキが目を見開いて私の名前を叫んでいるのが分かった。

 たはは......参ったなぁ。これは私の不注意だね。

 戦闘中は、当然のようにその場に留まって延々剣を打ち合っている訳じゃない。

 だから今までの攻防でも私はかなり動き回って戦っていた。

 しかも、今思えば私の思考はいつからかシバくんを止めることばかり考えていた気がする。

 だからこそ、失念してしまった。

 

 

 

 

 未だ自分が狙われたことで腰を抜かし、その場で動くことができないオレンジの人の目の前に私が移動してしまったことを。

 

 

 

 

 そんな状況でシバくんの攻撃をかわしてしまったら、彼の攻撃がそのままオレンジの人に直撃してしまう。

 もう受け流せるような体勢でもなかったから、剣で受け止めてみたんだけど......

 結果今のように防御しきれず、体にも直撃したのか分からないけど、私のHPバーは残りを3割を切っていた。

 私もいくらかシバくんの攻撃が掠めたことはあったから、もともと残り7割を切っていたけど、それにしたって4割近く一気に持っていかれたことになる。

 しかもダメージディレイと同時にスタンまで発生している。

 ははは......本当に参った。

 シバくんは壁に寄りかかったままの私に近づいてくると、まるでさっきオレンジの人を殺そうとしていた時の再現みたいに両手剣を持った右腕を振り上げる。

 

「残念。俺を殺す気なら止められたかもしれないのに」

 

 彼の言葉に私は何も返さない。

 彼が言っていることは、ある意味事実だから。

 私の考えからは到底考えられない可能性だけど、確かにそうであれば止められた可能性はあった。

 だとしても、私はこう思う。

 ......やっぱり、そんなことはしたくないな。

 でも、それを彼に言っても何も状況は変わらない。

 彼もこうやって話しているうちに私のディレイが解けることを恐れてか、それ以上は何も言わずに剣を振り下ろす。

 が、またも絶妙なタイミングでシバくんの背中にコウキが斬りかかりに行く。

 

「もう何度目だと思ってんだよ」

 

 シバくんもそれを読んでいたのか、事前に決めていたように振り下ろす両手剣を止めると、両手に持ち替えてそのままソードスキルに移行する。

 発動したスキルは二連撃範囲ソードスキル《セリアルウェーブ》。一撃目は前から体の左側半周、二撃目は続けて体の周り一周の攻撃範囲で繰り出される全体攻撃だ。

 しかも彼は一撃目の出所を私にすることで、一撃目でコウキの攻撃も迎撃できるようにしている。

 二連撃のスキルを選んだのは、私を確実に仕留めるため。

 コウキの迎撃のためにソードスキルを使えば、どうしても時間がかかって、私のディレイが解けてしまう可能性がある。

 だから私のディレイが解けても、私に止めがさせる二連撃なんだろう。

 私のディレイが解けて私が防御しても、一撃目で私の剣は弾き飛ばされて、二撃目で私に攻撃が入る。

 しかも上手くすればコウキにも止めがさせる、ということでシバくんからすれば一石二鳥なんだ。

 そして彼の予想通り、私のディレイはギリギリで解けて、一撃目を剣で防御するけど、簡単に弾き飛ばされてしまう。

 このまま二撃目が来たら、私のHPバー綺麗に吹き飛ぶ。

 ここまで来てしまっては、もう私にできることは何もない。

 今までで最も明確に死、という概念が身近に迫ってくる。立ってもいないのに膝が震えて、歯が噛み合わなくなる。

 四肢からはおかしいほどに力が抜けて、比喩なしに目の前が真っ暗になっていくのを感じる。

 もう、私には死ぬ以外の選択肢はない。

 ......ただし、それは私が一人(、、)だった場合。

 

 

 

 

 ガキィィィンッッ!! と凄まじい音を上げて、シバくんの両手剣が途中で止まった。

 

 

 

 

「な、に......?」

 

 《セリアルウェーブ》の一撃目が終わる寸前ーーーーコウキに一撃目が当たるとほぼ同時に、男の子の目が今までで最も見開かれた。

 確かに、彼からすれば何が起こったのか分からないだろうし、予想もできないと思う。

 でも、私からははっきりと見えた。

 いや、仮に見えなくても私ならはっきりと想像できる。

 

 

 

 

 コウキが《武器取落》でシバくんのスキルを強引に止めた。ただそれだけ。

 

 

 

 

 単純明快。だからこそシバくんからすれば意識の外だったはずだ。

 自分よりも一つも二つも格下だと思っていた相手に、自分の止めの、自信のある一撃を完全に止められたんだから。

 コウキの《武器取落》はシバくんの両手剣を落とすまではいかなかったけど、シバくんからすればそこは問題じゃないんだろう。

 首をゆっくりと回して、多分出会って初めてシバくんはコウキのことを正面から見据える。

 

「それ以上はやらせねぇよ......!! こっから先は、俺の相手をしてもらうぞ、シバァ!!」

 

 コウキの咆哮が轟く。

 ここで私の役割は終わりみたいだ。

 そしてここからは、コウキのターンだ。

 

 




はい、ミウ主人公じゃね? 回でした。

いやはや、まさかミウ視点のミウ戦闘がここまで書きやすいとは思いませんでした。
やっぱり強いキャラ、というのはそれだけで戦闘が有利に進められますね。
そして今回、本作主人公は最後以外ほとんどフォローに回っています。もう少し頑張らせたかった。

次回は、戦闘最後、になるのかな? 多分。


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42話目 奇術師VS破壊神

42話目です!

ミウ「あちゅいー......」

リリ「最近、特に気温高いですよねー......」

ミウ「こういう日は、こーやって木陰から出たくなくなっちゃうよ」

リリ「......それを言うと、その、私たちのために飲み物を買いに行ってくれているコウキさんに、悪い気が......」

ミウ「私たちのなかでじゃんけんはほとんど絶対だからねー」

リリ「ははは......(前にコウキさん、ミウさんにじゃんけんで勝てないって言ってた気が......意外とフェアじゃないような......)」

アスナ「あっ、あなたたち、こんな朝から何を休んでいるの!!」

リリ「ひゃいっ!?」

ミウ「あ、アスナ。ちょっと久しぶりだね」

アスナ「ミウさんだったの......まったくあなたは。まだ朝だというのに」

ミウ「ごめんごめん。ちょっとコウキのこと待ってるだけだからさ。許して?」

アスナ「......コウキさんが来たら、すぐに動き始めなさいよ」

ミウ「うんっ」

アスナ「まったく......それで、そちらの方は? なにかすごく怯えられてるのだけど......」

ミウ「あ、この子はリリちゃん。友達だよっ」

リリ「り、リリ、です。よろしくお願い、します」

アスナ「私はアスナ。よろしくね。リリさん」

ミウ「ふへへっ(あ~、自分の友達同士が知り合いになるのって、なんだかすごく嬉しいかも)」




 SIDE Shiva

 

 俺は、ミウというプレイヤーとの戦闘に、この上ない高揚感を覚えていた。

 それこそ、頭の中の血が沸騰し、全身をとにかく動かしていないと気が済まないというほどに。

 ......始まりは、レベリング中にオレンジの集団に急襲される、というものだった。こちらはただ一人迷宮区を静かに探索中だったというのに。

 気分は最悪だった。

 だから、襲ってきた何人かは殺してしまったが、相手も文句はあるまい。なにせ自分達から俺の機嫌を損ねに来たのだから。むしろ俺が文句を言いたかった。

 だが、その後のミウとの素晴らしい戦いのことを考えれば、それは必要経費だったのかもしれない。だとしたら前言撤回だ。文句の代わりに感謝しよう。

 そして、ミウ。

 出会い頭は、何を考えているのかも何を言っているのかも分からない相手ではあったが、実際に戦ってみてそんな些細なことはどうでもよくなった。

 自分が攻撃を放てばそれを神憑り的な正確さと技術で弾いてきて、ミウが放つ攻撃はまるで針の穴を通すかのように的確にこちらの嫌なところをついてくる。

 今まで戦ってきたプレイヤーの中でも、間違いなく一、二を争うプレイヤーだ。

 まさに強敵。だが、それだけにミウが俺の体を慮り、本気で戦っていないことがひどく残念だった。

 恐らくこの相手が本気を出せば、誰かの力を借りずとも俺と一対一で互角の勝負、いや、それ以上の戦いができるだろうに。

 事実、一度やられかけた場面もあった。

 あの攻撃は殺気が込もっていなかった。だから避け損ねかけた。だが、殺気がこもった本気の一撃なら俺がかわせたかと聞かれれば、正直五分五分だ。

 結局、その後もミウは彼女が掲げる信念のようなものを優先し、俺のことを殺そうとはしなかった。

 そして、そんな甘いことをしていたからかは分からないが、この素晴らしい戦闘はすぐに終わりが来た。

 今まで受け流すように俺の攻撃を受けてきたミウが、正面から受け止めたのだ。

 一瞬、俺のことを舐めているかとも考えた。だが、この相手はそんなふざけたことはしない。それは直感で分かった。

 そして、ミウが俺の攻撃を受けた本当の理由も同時に分かった。

 ミウは、自分の後ろにいたオレンジプレイヤーを守ったのだ。

 自分が死んでしまうかもしれないのに。迷いもせずに元々敵だった人物を守ることを選んだ。

 ......ここまで来ると、ミウの心構えには感服してしまう。

 何を思って、考えて、そんな行動に出るのか少し興味が湧いたが、『それ』は結局相手を叩き潰すために戦う俺に敵うものではなかった。今のこの状況がその証拠だ。

 ならば、『それ』は知らなくてもいい考えだ。強さしか求められないこの世界でも、そしてここよりもさらに冷たい外の世界でも、完全に不必要なものだ。

 ここまで戦った相手に敬意を見せる意味で、そして意味のないものを振り払う気持ちを込め、俺はソードスキルを放った。

 ミウが万全な状態ならともかく、今の状態では止めることも、かわすこともできないだろう。

 これで終わった。

 ......その、はずなのに。

 

「なんでっ......お前が......っ!!」

 

 俺の攻撃を止めたのは、ミウではなく、今まで歯牙にもかけていなかった、ミウの仲間の男だった。

 確かにこいつが俺の背中に攻撃するタイミングは上手かった。逆に挙げるとするならそれぐらいしか特徴がないただの外野だったはずだ。

 だが、そいつが今、俺の攻撃を完全に止めている。それは事実だ。

 その時、俺は男の顔を初めて注意して見たーーーー瞬間。

 ゾクリッッ!!

 

「ーーちっ!!」

 

 何か得たいの知れないものを感じとり、その場から大きく後退する。

 今あいつは、俺のことを『見ていた』。まるで俺の全てを見透かそうとしているように。

 男は俺を追撃しようとしたが、ミウを優先したのか彼女のもとへ駆け寄る。

 

「大丈夫かっ!?」

 

「にははは......ごめん、私が勝手に突っ込んだのに。さすがにキツかったや。すぐには動けないかも」

 

 ミウは男ーー確か、コウキ、だったか?ーーに軽い調子で笑いかけていたが、俺が与えたダメージがまだ体から抜けないのか動けないようだ。

 ミウの様子を確認した後、俺は視線をずらしコウキのことを改めて観察する......が、どこからどう見ても特に変わったところは見られない。

 強い人物というのは自信からか、経験からか、ある程度雰囲気が出る。ミウも途中から強者としての雰囲気を纏っていた。

 だが、コウキからはそういったものが一切感じられない。先ほど感じた妙な威圧感も、気のせいだったのか......?

 コウキはその後、二言三言ミウとの会話を交わすと、俺に正対するように前に出てきた。

 その目には、激情のような色が浮かんでいる。

 ......へぇ、俺と戦う気なんだ。

 確かに先ほど俺のソードスキルを止めたことは素直に評価するが、だからといってこの男がミウよりも強い、何てことはないだろう。

 仮にそうであれば最初からこの男が俺と戦っていたはずだし、俺の攻撃にも反応していたはずだ。

 いくらか腑に落ちないこともあるが、この男が俺と互角に戦えるとは到底思えない。

 

「ミウの敵討ち......ってことか?」

 

「お前にミウの名前を気安く呼ばれたくねぇよ。単純に、お前がムカつくからブッ飛ばすだけ」

 

「へぇ......じゃあ、俺と戦う理由ほとんど変わらないじゃん。年上っぽいのに、大人げないね」

 

「男なんてそんなもんだよ、クソガキ」

 

 ピリッ、と、空気が少しずつと張り詰めていくのが分かる。

 なるほど。俺にものすごく腹をたてているようだ。

 ......まぁ、それだけで俺に勝てるようになるほど、甘くもないけど。

 これといって、この男に強い興味があるわけではない。これ以上の会話は面倒なだけだ。

 だから、早く終わらせよう。

 俺は少しずつ重心を傾けていき、そして。

 

 

 

 

 ガキィィィイインッッ!! と、金属が(、、、)ぶつかり合う音が鳴り響く。

 次の瞬間には、目の前に俺の攻撃を剣で防御したコウキの姿があった。

 

 

 

 

 ......また止められた。なんでだ? 確かにこいつは最初の攻撃の時、反応もできていなかったのに。

 今は動じることもなく俺の攻撃を受け止めている。

 ......もう一度見てみるか。

 俺は腕を引き、今度は至近距離からの剣戟でコウキの反応を見ようとする。がコウキは俺が剣を引いた瞬間に素早く後退してしまった。

 退くというのなら、ここで一気に攻めるだけだ。

 俺は引いた腕をそのまま前に突きだし、後退するコウキを追撃する。

 しかしこれもまたコウキに防御されてしまった。コウキはそのまま俺の攻撃の勢いに身を任せ、大きく後退する。

 やはり、俺の攻撃に完全に対応してきている。

 そうなると、一つ疑問が浮かんだ。

 

「......あんた、それだけ動けるのに、なんで最初は黙ってたんだ?」

 

「......さぁてね。なんでだと思う?」

 

 分からないのなら分からないままでいろ。そう語っている笑みを浮かべると、コウキは俺に向かって突進してきた。

 今まで完全に受け身に回っていたのに、急に攻めてきたことに一瞬驚く。

 だが、そのスピードは俺やミウに比べれば話にもならないほどのものだ。この程度の攻撃、対処することはなんでもない。

 俺は真正面からばか正直に突進してくる男に対して、逆袈裟に両手剣を振るう。

 

「なっ!?」

 

 すると、今度こそ信じられないことが起こった。

 俺が両手剣を振るった瞬間にはもう、コウキは袈裟斬りで応戦してきていたのだ。

 互いの剣がぶつかり合い、反発するように両者ともに弾かれる。

 その事実を俺はまだ信じられないでいた。

 今のこいつの攻撃に移るタイミングは、事前に俺がどういう動き、どういう攻撃をしてくるのか分かっているかのようだった。まるで、シューティングゲームを相手の攻撃タイミングを全て熟知した上でプレイしているかのような。

 俺の攻撃が読まれている、ということなのか......?

 だが、この男に俺の動きを見せたのは、ミウと戦っているせいぜい数分程度。たったそれだけの時間で、決まったアルゴリズムをプログラムされたmobでもない俺の攻撃を、これほどの精度で先読みすることは可能なのか.......?

 そんなバカな、と、つい舌打ちしそうになるが、コウキの攻撃はまだ終わっていなかった。

 ーーっ! 《体術》スキルかっ!!

 光を帯びたコウキの左拳が、俺に向けて放たれる。

 剣をぶつけ合うほどの距離だ。これはかわせないと悟り、両手剣にしては幅の狭い自分の武器でコウキの拳を受け止め、すぐさまコウキから距離を取る。

 くそ。未だに信じられないが、こいつはかなりの精度を誇る先読みを俺相手に実践しているのは確かなようだ。

 こいつ自身の能力は中の下から中の中程度だが、それを先読みの力で行動を早くすることで、何段階か上のランクに食らいついている、ということか。

 その事実を俺は、一度深呼吸することで、自分の中に受け入れた。

 

「......正直、甘く見てたよ、あんたのこと。やるね」

 

「泣いて許しを乞う気になったか?」

 

「まさか......完膚なきまでに叩きのめしてやる」

 

「上等。こちとらミウを殺されかけて、さんざん雑魚扱いされて、ツケが貯まってんだッ!! ......覚悟しやがれ」

 

 コウキはまるで自分の激情を無理矢理飲み込むかのように一気にトーンダウンすると、剣を引き絞って俺に向かって突進してくる。

 その瞳に映っているのは、間違いなく殺意。

 ......これだよ、これを待っていた!!

 ミウとの勝負も確かに至上のものだった。けれど、俺がしたいのはルールの決まった試合ではない。何でもありの戦闘だ。

 ミウが何か動き始めたが、まぁ、今はこいつだ。

 この勝負、まだまだ楽しめそうだ、と俺は歓喜に震えながらコウキの迎撃に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 まず、大前提として。

 俺とミウの勝利条件は、このムカつく野郎ーーーーシバに勝つことではない。

 最後に生きて帰ることができれば俺たちの勝ちだ。

 あのオレンジプレイヤーに関しては、多分、ミウがなんとかしてくれる。今はまだシバの殺気に当てられて錯乱しているが、ミウが落ち着かせて《転移結晶》で逃がしてくれるだろう。

 だから、ここからの流れとしては、俺がシバを足止めしている間にミウが自分も回復しながらオレンジプレイヤーを逃がして、最後は二対一でなんとかシバの隙をつくって逃走、という感じだ。

 守る対象もいない、完全な二対一なら、逃げることぐらいはできるはずだ。

 ゴールもゴールへの行き方も完全に見えた。後はそこに向かって全力で進むだけ。

 

 

 

 

 ......そう、いつもなら。

 けれどそれに反して、俺は自分から(、、、、)攻撃に出る。

 

 

 

 

 本当のところ、俺からシバに攻撃する理由はあまりない。せいぜい俺に意識を向けさせるために最低限のものでいい。

 俺の役割は、シバの足止めなのだから。

 でも......それじゃあ収まりがつかない。

 ミウを殺しかけたこのクソ野郎(シバ)への怒りが、どうしても収まらない。

 殴るでもぶっ叩くでも、なんでもいいから一発当ててやらないと気が済まない!!

 ......これは、俺の自分勝手な怒りなのかもしれない。

 ミウはシバの目的を妨害するように戦っていたのだから、シバがミウを殺そうとすることは否定しきれないものかもしれない。

 だけど、そんなことは関係ないんだ。

 自分勝手な怒り? それでもいい。そもそも正しい行いをしたいわけではない。

 ミウを傷つけられた。ミウを殺されかけた。ミウを失いかけた。

 それだけで、俺が戦う理由は十分すぎる。

 意地でも、こいつをぶっ飛ばす!!

 

「はぁぁぁああ!!」

 

 横一閃に剣を振るう。

 シバはそれを剣を盾のように立てガードする。

 ーー重心は......いつもと同じ。

 シバは返しの刀で俺の剣を弾き、袈裟斬りで攻撃してくる、が、剣を弾かれた時には俺はもう下がっていたのでシバの攻撃は空振りに終わる。

 その隙を付いて、もう一度シバに接近する。

 ーー重心は......低くなった。

 確認してすぐに俺は剣を小さく振り上げ、これから跳ね上がってくるであろうシバの両手剣めがけて振り下ろした。

 キィィイイン!! と音を上げて、俺の予測通り跳ね上がってきたシバの両手剣を押さえ込む。

 がら空きになったシバの顔面めがけて《閃打》を放つが......ちっ、相変わらず反応が早い。後退することでかわされてしまった。

 シバが嬉しそうに、だがどこか悔しそうに笑う。

 多分、俺がシバの動きを読んでいることはもうバレているだろう。

 シバの動きには、いくらかクセがある。

 まず攻撃の際には、両手剣を片手で持っているから重心移動が大きいのか、振り下ろしの際には重心に変化がないが、振り上げの際には少し重心が低くなる。

 そしてシバの低身長に長さのある両手剣を装備、という特性ゆえか、シバの攻撃は上段からの攻撃が多い。

 左右の攻撃は両手剣を大きく後ろに引くから分かりやすい。

 防御の際は、かわす、という方法はギリギリの時しか行わず、基本は叩き落とす、次点で両手剣を盾にしてのガードだ。

 ソードスキルは両手に持ち替えてからでないと使えないし、これだけあればいくらか先読みはできる。

 ただ。

 

「くっ......」

 

「どうしたの? 体、ついてこれてないよ?」

 

 防御しきれなかったシバの攻撃がいくつか俺の体を掠めていく。

 こいつ......ギアを上げてきたか。

 剣だけでは捌ききれなくなり、前のクエストで手に入れて以来、左手首に着けている手甲も使って防御する。が、それでも間に合わない。

 確かに、俺はシバの行動を先読みすることで、一瞬以上に先に動くことができる。

 けれど、先読みは絶対ではないし、先読みなんか関係ないぐらいの速さ、強さで攻撃されてしまえばなんの意味もない。

 おそらくシバは、ミウを相手にしていた時は自分が最もやりやすいテンポやスピード、つまり一番バランスがとれた攻撃をしていたのだろう。それが一番、搦め手無しの純粋な戦いでは戦いやすいから。

 しかし、そのテンポやスピードは俺に分析されていることを認識したから、今度は俺に攻撃を当てることを優先した、早い攻撃に切り替えてきた。

 まだこんなに速くなるなんて......しまった、これではミウのお陰で得たシバからのアドバンテージは意味をなさない......

 ーーーーと、俺が思っているとか考えているのなら、楽観視もいいところだ。

 

「ーーっ!?」

 

 素早いシバの攻撃が俺に振り下ろされていくなか、顔を驚愕の色に染めたのはシバだった。

 

「まだ速くなる? 知ってたよ、そんなこと」

 

 迫ってきたシバの突きを、思い切り弾き返す。

 普段と違うテンポで攻撃、と言えば簡単に聞こえるが、それを相手の動きを見て対応しながらとなると、とてつもなく難しい。

 だからどうしてもいつもと違うテンポのなかに、いつもと同じーー俺が知っているテンポが顔を出してくる。

 しかも、速い攻撃を重視しているから攻撃も軽くなる。これならば、攻撃を弾くことはできる!

 

「はぁ!!」

 

 シバの攻撃を弾いたところから、そのまま返すようにシバを斬りつける、が、それは体をずらすことでギリギリかわされてしまった。

 くそ、やっぱり反応がいい。あそこまで体勢を崩したんだから、一撃ぐらい当たってもいいものを。

 だがこれでシバに俺には速いテンポは効果がないことが印象づけられたはず。これでまたシバの攻撃は崩れ始めーーーー

 

「ふっ!!」

 

 シバが息を吹くと、再び俺にシバの攻撃が雨のように降ってきた。

 ーーなっ!? こいつ、全くブレてない......!?

 普通、どんな人間でも自分が新しくとった方法が最初から完全に失敗してしまったら、この方法は間違っている、他の方法を試してみよう、という気持ちがどこかに出てくる。なのにシバは、今取っているこの方法が最善だと言わんばかりに強行してくる。相当自分に自信がないとできないことだ。

 ......しかもさらに嫌なところは、その方法は確かに俺に対して有効なのだ。

 俺はシバのいつものテンポには対応できるが、この速い攻撃には対応がどうしても遅れてしまう。速い攻撃のなかのいつものテンポを待っている間は、ただ耐えるしかないのだ。

 どうしても、有利なのは向こうだ。

 ここは一度引いて仕切り直すしかーーーーしまった、迷った(、、、)

 迷いながら中途半端に後退してしまったことを後悔するが、もう今さら遅い。

 

「そこで退くのは、俺でも予想がつくよ」

 

 完全に下がりきれていない俺は格好の餌食だ。防御に回した剣の上に、シバのとても重い一撃が振り下ろされる。

 俺は後方に大きく吹っ飛ばされたが、ズザザザザッッ!! と両足で踏ん張りなんとか膝をつく程度で堪える。HPバーを見れば残り4割を切っていた。どうやらシバの攻撃を防ぎきれず、腹かどこかを斬られたらしい。

 ーーーーでも、まだ動ける。

 吹っ飛ばされたことでできた時間で、ミウの方を盗み見ると、ちょうどオレンジプレイヤーを落ち着かせているところだった。

 よし。シバの気を引くことには成功したみたいだな......まぁ、そのためにもわざわざ挑発するような口調で話してたしな......2割くらいは。

 シバに視線を戻すと、離れた俺に向かって突進してくる。それに対して、俺は手近の石を拾い、すぐさま地面を蹴って一気に駆け出す。

 互いの距離がみるみる近づいていき、シバの長い両手剣の射程距離に入る一歩手前。

 俺は左手で手のひらサイズの石を、シバの踏み出された足の下に放った。

 俺は《投剣》スキルのような、何かを投擲するスキルは持っていない。だから放った石はなにも光を纏っていないし、当たってもダメージなど少しも入らないだろう。

 だが、それは俺が知っていることであって、シバからすればどうだ?

 ここまで俺は、シバの動きを読んだり、テンポを変えた攻撃にもすぐさま対応したり、シバの止めの一撃を止めたりと、トリッキーな行動を繰り返している。

 そんな俺が放った石ころ。それにもなにか意味があるんじゃないかとシバは一瞬勘繰ってしまう。

 だからシバは踏み出す途中の足を、石が当たらないよう無理やり軌道修正した。

 そんなことをシバほどのスピードで行えばーーーー当然、バランスを崩す。

 

「なっ!?」

 

 シバが体勢を崩したことにより、シバは剣を振れず、そのまま俺の射程距離に入ってくる。

 ーーーーもらった!!

 スキルモーションに入り、当てることを優先した《ヘイスティ・アタック》を発動する。

 このスキルはスピードだけで言えば俺が今使えるスキルのなかで最速。その分威力は低いが......これならシバの残りのHPでも耐えることができるだろう。

 俺の剣が光を纏い、システムアシストを受けて通常以上の速さで動き出す、直前。

 シバの両手剣も同時に光を纏い、異常な速さで動き出した。その軌道は恐らく《テンペスト》。

 ここまでして同時にソードスキルを使うことがやっと、ということに驚くが、同時ならば打ち合いにできる。

 シバの体勢は今も崩れたままだ。このまま押し切る!!

 二振りの刃が光を纏い、互いの距離を殺していく。

 そして、その距離がついに0になり、交じりあう。

 直後、ダンジョン内に響き渡る甲高くも、衝撃を伴いそうな金属音。

 

「っ!?」

 

 結果は、引き分け。

 互いに武器を大きく弾かれた。

 なんとか手放しはしなかったが、打ち合った瞬間腕ごと持っていかれるかと思った。

 でも、まだだ。

 今俺とシバは互いに武器を弾かれてソードスキルを中断された、スキルディレイに囚われている状態だ。

 互いに使用したスキルは単発スキルだから、硬直が解けるのはほぼ同時だろう。

 だが、俺は片膝をついているだけなのに対して、シバは大きくのけ反っている。これならば、硬直終了後にすぐさまスキルを使えば俺は先ほど以上に有利になる。

 次は俺が完全に有利なのだから、連撃系でもシバと同時ぐらいには発動できる......だが、これでは先と同じで、シバは想像を越えてくる。

 ならば。

 永遠とも感じてしまうような硬直時間が、終わる。

 そして先ほどとは違うスキルモーションに動作に入る。

 そんな中、シバは。

 

「ちっ......やっぱりな」

 

 シバはのけ反っていた自分の体勢を逆に利用し、その体勢から地面を蹴ることでバック宙。俺から距離を取ると同時に体勢を立て直してみせた。

 やっぱり、俺の想像を越えてきた。こいつはムカつく野郎だけど、確実に俺よりも一つも二つも上にいる相手だ。

 それでも今だけは、そんなこと関係ない。ミウを殺そうとしやがったこの野郎に、一撃をいれてやる!!

 シバがゆっくりとスキルモーションに入る、おそらく、俺がスキルを打ち終わったところ狙っているのだろう。

 確かにシバが下がったことで距離が開いてしまい、この距離では俺のソードスキルは届かない。

 

 

 

 

 だから俺は、ただ一歩だけ、地面を蹴ってシバとの距離を詰めた。

 

 

 

 

 ソードスキルのスキルモーションというのは、思いの外判定が厳しい。

 特に強力なものともなると、スキルモーションが全身になって、少しでもずれると発動しなくなってしまう。それこそ、腕の位置が10cmでもずれてしまえば発動しなくなってしまうほどに。

 そしてそれはーーーー他人からでも分からないほどの誤差だ。

 俺は、スキルモーションにはまだ入ってない。シバにそう見える(、、、、、)モーションを取っただけだ。

 シバに接近して、今度こそ本当にスキルモーションに入る。

 

「ははっ......あんた面白いよ!!」

 

 シバは応えるように笑うと同時、この戦いではまだ見せていないスキルモーションに入る。

 だけど、ここまで来てしまえばもう関係ない。何がなんでも俺の一撃をシバに当てる。ただそれだけだ!!

 一瞬後、俺のスキルが先に発動し、それに追随するようにシバのスキルも発動する。

 俺のスキルはホリゾンタル系がさらに進化した《ホリゾンタル・スクエア》。4回の水平斬りを高速で行うものだ。

 対して、シバが発動した発動したのは奇しくも同じ4連撃のスキル《ツイスター》。自分を台風の目に見立て、その周りを斬りつけるスキルだ。

 周り、といっても数ヶ所4撃分の斬戟が重なる場所があるので、そこに俺を重ねてくるつもりなのだろう。

 互いの一撃目が、まるで先ほどの再現かのように接近していく。

 瞬きよりも速いかどうかほどの速度。なのに俺は急に時間の流れが極限まで遅くなっていくように感じた。

 

 

 

 

 ーー一撃目。

 俺の右から左への一閃とシバの上段からの振り下ろしが十字に重なり、弾ける。

 俺の方が一瞬早く発動したお陰か力負けもしていない。

 だが、一撃でも弾き損ねれば、俺とシバ、どちらかはソードスキルの餌食になるだろう。

 

 

 

 

 ーー二撃目。

 一撃目の軌道をなぞるように斬り返す。対してシバは振り下ろした両手剣を左に力強く振り、刃が交差する。

 普通、水平斬りに対して水平斬りをぶつけるのは至難の技だが、シバは僅かに剣の軌道を傾けることでそれを可能にしていた。

 

 

 

 

 ーー三撃目。

 俺は右に振り切った腕の勢いそのままにくるりと体を回転させ、さらに一撃シバを斬りつけるが、目の前ではシバも同じく体を一回転させ、二撃目と同じ軌道で斬りつけてくる。結果、三度目の衝突。

 《ツイスター》のソードスキルを間近で見るのは初めてだが、どうやら《ホリゾンタル・スクエア》と連撃の構成が似ているようだ。

 くそ......頭が痛い。集中しすぎてフラフラしてきた。ここまで上手く斬り結べているのが奇跡のようだ。

 だが、負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 ーーそして最後。四撃目。

 振りきった状態から跳ね返ってくるように逆袈裟に俺の一閃、そして同じく振りきった状態から再び上段に両手剣を持ち上げ、凄まじい勢いで振り下ろしてくるシバの一閃、二閃が敵を倒さんと走る。

 互いに最後の一撃。それはーーーー重なることも、交差することも、衝突することもなかった。

 俺の集中力が切れたのか。シバの集中力が切れたのか。それとも偶然か。

 理由は分からないが、結果として、俺たちの一撃はそのまま敵へと向かっていく。

 ここで、重要になるのは互いの距離だ。

 今、俺たちの距離は俺の剣がシバに届く距離、つまり、シバにとっては窮屈な距離だ。

 この距離ならば、俺の剣の方が速い!!

 

 

 

 

 俺の考え通り、ソードスキルに沿って俺の剣はシバの体に吸い込まれていきーーーーそして、直撃した。

 した、はずなのに。

 ............うそ、だろ? こいつ、正気か......っ!?

 シバの体は、俺の剣を喰らっても変わらず、ソードスキルの動きを続行している。

 こいつは、初めから俺の一撃を貰うつもりでスキルを使っていたということかッッ!?

 それでもスキルが中断されないかどうかは、五分五分もなかったはずなのに......!!

 俺はスキルディレイに囚われ、動くことができない。

 ち、くっしょう......!!

 そして、歓喜の笑みを浮かべたシバの一撃は、一切緩むことなく俺に振り下ろされーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

 コウキが私に代わってシバくんと戦ってる。

 その様子はコウキがシバくんの動きをほとんど完璧に読みきって、それでもなんとか五分五分ってところ。

 ......やっぱり、シバくんは強い。コウキだって攻略組プレイヤー、なのにここまで劣勢になってるなんて。

 それに、私だってさっきは死にかけた。コウキがいなければ、今ごろ......

 コウキに、守ってもらえたことに温かい嬉しさと、自分の力のなさから無力感を覚える。

 

「うくっ......」

 

 ディレイから解けた体を無理やり動かす。妙に体が重く感じるのはあまりのダメージ量のためか、それとも先ほどの戦闘の疲労が想像以上だったのか。

 とにかく今は、コウキが頑張ってくれてる。だったら私も休んでなんかいられない......!

 私がすべきこと。まずはオレンジの人をここから逃がさないと。そしてその後、コウキの応援に......いや、違う。まずは私自身の回復をしないと。

 左手で腰にあるポーチを探って、《回復結晶》を取り出す。「ヒール」の掛け声と共に結晶が一瞬光ったかと思えば、私のHPバーが一気に満タンになった。

 すぐに近くで怯えているオレンジの人の元に移動しようと立ち上がる......ダメだ。やっぱりゆっくりとしか動けない。

 それに立ち上がった時、一瞬シバくんからの殺気がすごい飛んできた......あの子、戦っててもここまで全体が見えてるんだ。

 これは早く動き始めないと、と思っていると、近くに転がっている私の剣に気がついた。

 コウキのところに少しでも早く戻れるように、先に拾っておこう。

 私は屈んで右手を剣に伸ばす、けど、右手はピクリとも動かない。

 えっ......まさか、これ。

 私は恐る恐ると自分の右肩ーーーーシバくんに斬られた箇所を見る。そこはまだ回復されてなくて、深々と斬られていた。

 これ、部位破壊されてるのか......

 まずい、部位破壊は《回復結晶》じゃ治せない。

 

「すー、はー......」

 

 落ち着け。

 今はとにかく、できることに集中しよう。

 私は剣を左手で拾い、今度こそオレンジの人の元に移動した。

 

「大丈夫? 君、《転移結晶》は?」

 

「ひっ!?」

 

 できる限り優しく話しかける。けどシバくんの殺気に当てられてしまってるのか、私にまで怯えてしまっている。

 

「落ち着いて。君は大丈夫だから。だからまず深呼吸しよう?」

 

 いーち、に、いーち、に、と呼吸のリズムに合わせて数字を数えて、少し無理やりにでも深呼吸させる。

 それからも何回か言葉をかけながら深呼吸させて、1、2分。オレンジの人はやっと会話が成立するぐらいに落ち着いてくれた。

 

「君、《転移結晶》持ってる?」

 

「あ、あぁ。持ってるが......だけど俺はオレンジだから......」

 

 そうか。オレンジのカーソルだから街に戻っても衛兵に弾き出されちゃうのか。

 

「じゃあ、アジトにでもなんでもいいから、ここから早く逃げて。勝手だけど、君のこと守れそうにないんだ」

 

「分かったけどよ......どうしてだ?」

 

「? なにが?」

 

「どうして、あんたらは、俺のことをそこまで心配してくれるんだ? いっそのこと、俺を囮にすれば簡単に助かるだろーが」

 

「......」

 

 もう何度も問われた質問だ。

 何で助けるのか?

 私の脳裏に、私の罪が、『夏音』の顔が浮かぶ。

 

「......もう、どうにもならなくなるのを、ただ見ていたくないから」

 

「......?」

 

 オレンジの人は訳がわからないような表情をしていたけど、私が早く行くように促すと、そそくさと逃げていった。

 ......これで、あの人は多分もう大丈夫。あとはこっちの問題だ。早くコウキの元に行かないとーーーー

 

「かっ......あぁ......っ!!」

 

「ーーえ?」

 

 瞬間、一番聞こえたくない声を聞いた気がした。

 そしてすぐ後に、ドサリ、となにか重たいものが落ちるような音が聞こえてくる。

 

 ーー今の音はなに?

 

 嘘だ。

 

 ーー混乱してる場合じゃない。早くコウキの元に行かないと。

 

 嘘だ嘘だ。

 

 ーーあれ? なんで急に金属音が消えて......?

 

 嘘だ嘘だ嘘だ!!

 

 ーーいや、それもどうでもいい。早くコウキの元に。

 

 右腕がたとえ動かなくても、なにか力になろうとコウキの元に駆け寄ろうと、コウキたちが戦っている場所を見る。

 そこにはーーーー

 

「ーーコウ、キ?」

 

 

 

 

 ーーーーそこには、体の中心を深々と斬られ、地面に倒れて動かなくなっているコウキの体があった。

 

 

 

 

 心の中で、何かが切れてしまったような気がした。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 さっきまで動かないと思っていた体が、悪寒という言葉じゃ全然足りない寒気に襲われ、いつも以上に早く動く。

 そして駆け寄ったコウキの体にすぐに触れる。

 そんなはずはないのに。幻覚だと分かっているのに。コウキの体や頭からどんどん血が溢れていくのが見えた。

 コウキの体から、どんどん体温がなくなっていくのを感じた。

 

「コウキ! コウキ!!」

 

 必死に何度も声をかける。

 体は揺さぶったらまずい? 止血は? 違う、ここはリアルじゃない。でもコウキが反応しない。コウキ、コウキ!!

 

「コウキぃ......!」

 

 目が妙に熱い。そんなことどうでもいい。視界が変にぼやける。邪魔だ、なにこれ。

 目をすぐに拭ってコウキを見る、なのに視界は一向に治らない。

 目の熱さを自覚するたび、コウキの名前を呼ぶたび、さっきまで確かにあったコウキとの思い出が次々とどこかへと消えていくのを感じた。

 心のなかが、どんどん虫食いのように削られていく。体が、凍えてしまったかのように震える。

 いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ。怖い、怖い!!

 

「お願いだから、目を......開けてよ......っ!!」

 

 また、私を見て、笑ってよ......私の名前、呼んでよ......!!

 その時になってようやく、自分の視界の隅とコウキの頭上にあるコウキのHPバーに気がついた。

 すがるようにそれを見るとーーーーそこには、ほんの数ドットだけ残った赤い塊が見えた。

 それが意味するのは。

 

「まだ、残ってる......? 生きてくれてる......!」

 

 なにか攻撃が掠めるだけでも簡単に消えてしまいそうなHP、だけど確かにコウキが生きてる証が、まだ残っていた。

 よかった、本当に.......そうだ! 早く《回復結晶》を!! 私のはもうポーチにないから、ストレージから......あぁ、もう! 右手が動かない。あっ、コウキのポーチにまだあるはーーーー

 

「ねぇ、もういい?」

 

 コウキのものじゃない声が聞こえた。

 最初、誰の声かすぐに分からなかった。

 その声の発信源が分かったのは、その人物がコウキに両手剣を当たるギリギリまで近づけたその時だ。

 

「シバ、くん......」

 

「まさかそいつにここまで追い込まれるとは思わなかったけど......まぁ、楽しめたかな」

 

 で、とシバくんは付け加える。

 

「そいつ、もう殺してもいい?」

 

 何を......言ってるの?

 なんで、殺すの? まだ生きてるのに。

 なんで、まだ剣を握ってるの? もう勝負はついたよ?

 ......この時、私はやっと分かったんだと思う。

 殺し合いの、本当の意味を。

 

「あ、あぁ......」

 

 喉から掠れた声が出る。さっきのオレンジの人も、こんな気分だったのかなって、どこかずれた考えが浮かんだ。

 そして次に浮かんだのは、とにかく懇願することだった。

 

「お願い、だから。コウキを、殺さないで......」

 

「嫌だよ。そいつ、確かにそこそこ強かったけど、結局俺に一撃しか当てられてないし。しかも完全に俺の動き読みきった上で。元々が弱すぎるし、もう興味はないかな」

 

 ダメだ。この子は、言葉だけじゃ止まってくれない。

 どうすれば。コウキなら、こんな時、どうして......

 私がとにかく頭を回転させていると、シバくんは良いことを思い付いたとばかりに声をあげた。

 もしかして、見逃してくれるのーーーー

 

「あんたーーミウはまだ戦えるの?」

 

「え、私は......」

 

「さっき言ったじゃん。俺を止めるんだって」

 

「止める......」

 

 ーーーーそうだ。私がシバくんを止めることができれば。

 そうすれば、コウキは助かる......?

 でも、私。まだ右腕が......

 

「それとも? そいつ殺したら逆上して戦ってくれたりするのかな」

 

「ーーっ!! 止めて!!」

 

「......じゃあ、早く戦おうよ」

 

「......」

 

 私は脇に置いていた自分の剣を左手で握る。

 シバくんを止めるしかない。でも、どうやって?

 分からない。頭が回らない。それよりも、コウキが目を覚まさないのが気になる。コウキは本当に大丈夫なの? なんで返事をしてくれないの? これじゃあーーーー

 

「ほら早く」

 

 シバくんが無造作に剣を横に振った。

 シバくんはその雑な一閃に私が反応して、私が戦う気になるんだと思ってたのかもしれない。

 でも私は、シバくんの攻撃なんて全然見えてなくて、その一閃は軌道上にあった私の剣を弾いて壁際まで吹っ飛ばした。

 

「......なにそれ?」

 

 シバくんが失望したように言う。

 剣、早く拾いに行って、戦わないと......

 

「ミウは、大事なものが危険な目にあったら本気で戦えると思ったんだけど......なんだ、弱くなる人か」

 

「え......?」

 

「じゃあ、もういいや」

 

 シバくんは大きく剣を振り上げる。

 その剣が振り下ろされてしまったら、私もコウキも本当に死んでしまうのは、何となく分かった。

 コウキがーーーー死んじゃう。

 いやだよ。そんなの。

 まだまだコウキと美味しいもの食べるんだ。

 バカな話するんだ。

 手を繋ぐんだ。

 笑い合うんだ。

 リアルに戻っても今日までみたいに一緒にいて、いつか、告白もして。もっともっと、楽しく生きて。

 それが出来なくなる。

 ......誰のせい?

 つまらなそうなシバくんを見上げる。

 ......この人のせい?

 この人が、悪いの?

 この人を、なんとかすれば、コウキとまた笑える?

 この人を......メチャクチャにすれば。

 メチャクチャに、しちゃえばーーーー

 

「さよなら」

 

 シバくんが両手剣を振り下ろす。

 死の刃が迫ってくる。

 私の視界が、赤くなるーーーーそれより、一瞬早く。

 

 

 

 

 ザシュッ!! と音をたてて、シバくんの右腕が両手剣とともに宙を舞った。

 

 

 

 

 その瞬間、時が止まったように感じたのは、きっと私だけじゃなくて、シバくんもだ。

 私はなにもしていない。シバくんも剣を振り下ろしただけだ。

 じゃあ、なんでシバくんの右腕と両手剣は今地面に落ちたの?

 そんなの、この場にいるもう一人(、、、、)がしたに決まってる。

 その声は、私の大好きな声は小さいのに、強く、響く。

 

 

 

 

「ミウに......手を、出すな......!!」

 

 

 

 

「コウキ......!!」

 

 私の前で剣を振り上げて立っている、コウキの名前を呼ぶ。本当はもっと大声で、何度も何度も呼びたいけど、喉になにか詰まってしまったかのように上手く声が出てくれない。

 コウキは肩で息をしていて、足もフラついていて危なっかしい。でも、コウキの声がまた聞けたことが、コウキがまた私の名前を読んでくれたことが、なによりも嬉しかった。

 それに対して、シバくんはあり得ないものを見たかのように目を見開いている。いや、怯えているって言っても過言じゃない。

 コウキの気迫に、完全に飲まれてしまっていて、戦意もなくなってしまったように見える。

 そうだ、コウキのHPを何とかしないと。私は動かない右手を左手で支えて、無理やりウィンドウを開く。

 その間にも、コウキは息も絶え絶えの状態でシバくんと話す。

 

「いくら、お前でも......片腕ない状態、じゃあ......ミウ......と戦えないだろう? ざまぁ、みやがれ」

 

「ちっ......くっ......一つ、聞かせろ」

 

「なんだ......」

 

「あんたは、なんのためにそこまでして戦うんだ? 自分がボロボロになっているだけで、あんた自信にはなにも良いことないじゃんか」

 

「んなの......決まって、んだろーが」

 

 

 

 

「大事な人を、絶対に死なせたくない人を、守る、ため......だ」

 

 

 

 

「ーーーーっ」

 

 シバくんが息を飲むような雰囲気がしたけど、それどころじゃない。

 うぅ、右手動かせないってこんなに不便なんだ......よし、やっとストレージから出せた。

 すぐにコウキに近づけて、「ヒール」と言う。私と同じように、コウキのHPが光とともに全快した。

 よかった......

 私は場違いだと分かりつつも、一人安心してしまった。

 それほどに、怖かった。コウキがいなくなってしまうことが。

 私が息をついていると、シバくんは少し離れたところに落ちている自分の両手剣を取りに行った。

 さっきまでならすぐに警戒するべきなんだろうけど......今のシバくんからは、全くと言っていいほどに戦意を感じない。

 本当に、別人になってしまったかのような変わりようだ。

 するとシバくんは両手剣を背中に担ぎ、私たちを振り返った。

 

「......そういう『強さ』もあるんだ。覚えておくよ」

 

 それだけ言うと、シバくんは私たちに背中を向けて、歩いて立ち去っていった。

 嵐のような戦い振りとは裏腹に、ものすごく静かな去り方だった。

 そして、この場に残ったのは、私とコウキ。

 そう、残ることができた。ちゃんと、生きている......!

 それを改めて実感することができた。

 

「コウキっ!!」

 

 嬉しさや悲しさや喜びや惨めさ。色々な感情が混じり合いながらも、今はとにかくコウキと話したい。

 コウキに笑ってもらって、コウキに謝って、とにかく、コウキと関わりたい!

 そんな想いを抑えきれず、コウキの背中に声をかけた。

 ......でも、コウキがいつものように私の名前を呼ぶことは、なく。

 

 

 

 

 そのまま前に向かって、バタン、と倒れてしまった。

 

 

 

 

「コウキっ!?」

 

 コウキは、そのまま動かない。もう、力のすべてを使いきってしまったかのように。

 コウキは、そのまま目を覚ますことはなかった。

 




はい、シバとの戦闘ラスト回でした。

長くなったなぁ......。ただ、そのぶん今回の話は久しぶりに満足のいく話を書くことができました。ただ書き方に少しクセが出てしまったところはあるので、好き嫌いは別れるかもしれないです。
展開としては王道かもしれませんが、王道大好きな私としてはすごく楽しく書けましたね。
さて、今回また色々伏線を引いてしまいました......自分が大変になるだけなのになぁ(なのにやめないという


次回は......後日談+αですかね。


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43話目 傷心

43話目です!









 声が、聞こえる。

 一つは、目の前の男の子の声。

 血を流して倒れている人に何度も何度も声をかけて、泣いている男の子の声。

 もう一つは、頭のなかに直接聞こえてくる、女の子の声。

 その声も震えながらも誰かの名前を呼んでいて、顔が見えなくても泣いているだろうことが分かる、大切な、女の子の声。

 二つの声が、聞こえる。

 そのどちらも、まるで祈りのように声を上げていて、なんとかしなくては、そう思わせるような声。

 そしてどちらもが、誰か、大切な人を呼び掛ける声。

 安心して、大丈夫だ、と俺は手を伸ばしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー暗い。

 最初に認識したのは、目に写る暗闇だった。

 洞窟やダンジョン内のような仄かに光が見える、ということもなく、ただ暗い。

 俺、生きてる......

 暗闇に少しずつ目が慣れてくると、次に認識したのは、現在地だ。

 ここは......どこかの部屋のなか? ベットに眠らされてるのか?

 確か俺はさっきまで迷宮区にいて、それでーーーー

 

「ーー......っ!!」

 

 そうだ。迷宮区で、シバとかいう奴に遭遇して、戦闘になって。それでミウが......!

 

「ミウ、ミウは!?」

 

 ベットに横たわっている体を跳ね上げるように起こす。体が異常なほどに重く感じるが、そんなことはどうでもいい。

 ミウはあのあとどうなったんだ!? ミウも助かったのか!?

 なんでもいいからなにか情報を得ようと首を動かし周りを確認する。妙に暗いと思ったら外はもう夜で、カーテンを閉めているからだったようだ。

 部屋のなかには俺が今座っているベットと簡素な机が置かれている。ここはどこかの宿屋か?

 そして......俺が今座っているベット。それにもたれかかるようにして、眠っているミウの姿があった。

 その存在が幻かなにかではないかと怖くなりミウの頭に触れるが、ちゃんとしたミウの髪の柔らかい質感があった。

 

「よかった......ミウ、大丈夫そうだ......」

 

 安堵の息をつく。

 心に余裕が出てきたからか、今の状況。いつぞやの寝起き騒動にそっくりだなーとか思ったが、今はあの時のような混乱よりも安心感の方が強く、嫌がられるかもしれないがなんとなくミウの頭を撫でていたかった。

 俺が撫でるのに反応してミウが小さく心地良さそうに唸る。その反応がまたミウがここにいることの証に思えて安心感が増す。

 ......でも、どうやってここまで戻ってきたんだ? 記憶が微妙に飛び飛びになっていて、よく分からない。

 あいつーーシバはどうなったんだ? 俺たちを見逃した......? あそこまで戦っておいて?

 思考に没頭してしまったせいで、ミウの頭を撫でる手が止まる。するとそれがスイッチになったかのように、ミウがゆっくりと目を開く。

 

「......コウキ?」

 

「おう、コウキですよ?」

 

 一度の確認の後、ミウはそのまま硬直する。

 そしてゆっくりと目を見開いていくと、次の瞬間、ガバッと俺に突進する勢いで抱きついてきた。

 

「うぇっ!? ちょっとミウ!?」

 

「コウキだよね!? 本当に、コウキここにいるんだよね!? 夢じゃないよね!?」

 

「......うん、ここにいるって。大丈夫」

 

 ポンポン、と何度かミウの頭を叩いてやると、ミウは顔を俺の胸に押し付けてくる。

 みっともない顔を見せたくない、ということなのだろうか?

 ......今の状況とか、聞きたいことは色々あったけど、それよりも優先することがあった。

 ミウから嗚咽のようなものは聞こえてこない。それでも、今は受け止めるべきだと思った。

 それからしばらく、俺とミウの声は途切れることなく部屋のなかに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーってことは、アスナたちのおかげで助かったってことか?」

 

「うん。私もコウキもHPはほとんど満タンだったけど、精神的には危なかったから......」

 

 ミウとの熱い抱擁ーー他に言い方が思い付かなかったーーを終えてから10分ほど。ミウからシバとの戦闘からの大まかな流れを聞いていた。

 俺がいまいち覚えていない箇所ーーつまりシバに斬りつけられてから先は、シバが俺に気圧されて(?)何故か急に立ち去る。俺はぶっ倒れる。ミウも錯乱してしまっているところにアスナたち《Kob》の攻略パーティーが通りがかり、俺を街まで送ってくれたらしい。

 そして街に戻ってきたところで、偶然にもヨウトがアスナたちを発見。事情を聞いてヨウトのホームに俺を搬送してくれた、とのこと。

 俺が今いるのは、最近ヨウトが買った新しいホームとのことで、5部屋もある優良物件らしい。(なぜそんなに部屋数を求めたのかは分からない)

 ......ヨウトに、また借りができてしまった。それにアスナたちにも。今度お礼を言いに行かないと、だな......

 

「ね、ねぇ、コウキ。本当にもう体は大丈夫なの? 頭、くらくらしたりしない?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。ていうか、それもう7回目だぞ?」

 

「う......ごめん......」

 

「......」

 

 俺の隣にベットに腰かけたミウは、いつもの元気をどこかになくしてしまったかのようにしおらしく俯く。

 本当なら、俺がミウを元気付けなきゃいけない。いや、元気付けたい。でもその俺自身がミウをここまで心配させてしまったという罪悪感に襲われて、何も言えなくなってしまう。

 そして俺たちの間に心細くなるような、冷たい沈黙が訪れる。

 そんな中、ミウはちらちらとずっと俺のことを見てくる。だがそれは俺の様子が気になるというものではなく、それこそ心細い子供がするような仕草だ。

 

「コウキ......」

 

「ん?」

 

「その......手、握ってもいい......?」

 

 ミウの言葉を聞いた瞬間、返事をするよりも早く俺はミウの手を握っていた。

 それは、俺が今ミウにできることはそれしかないと思ったからだし......俺も、今はミウに触れていたかったからでもある。

 ミウは一瞬驚いたみたいだが、すぐさまいつものほどではないが笑みを浮かべてくれた。

 再び沈黙が訪れるが、それは先程よりは幾分温度がある。

 ......改めて考えてみると、今ミウとこうしていられるのも、ほとんど奇跡みたいなものなんだ。

 なにかが一つ違ってしまえば俺とミウのどちらか、もしくは両方が、今ごろ消えてしまっていたのかも知れないのだから。

 俺がその事実にうすら寒いものを感じていると、ミウが握った手を強く握ってきた。

 驚いてミウを見ると、ミウはただ床を見つめているだけで、俺のことを気にして握ったわけではないらしい。

 ーーミウは、こうして時々俺の手を握ってくることがある。

 前に、俺の手なんか握って楽しいか? と聞いたときには怒られてしまったが、振り返ってみるとミウは大体なにか不安になった時に俺の手を握ってきている気がする。

 もしかしたらミウなりに不安に耐えようとして、誰かに甘えることで心のバランスを保っているのかもしれない。

 ......それなら。

 

「......ふぇ?」

 

「......」

 

 ミウの小さな戸惑いの声を無視して、俺はさらに手を強く握る。

 今の俺には、これぐらいしかできないから。

 だから、せめて少しでもミウの不安をかき消すためにも、ミウの手を強く握る。

 

「......コウキは、やっぱり優しいね」

 

「そんなことないよ。本当に優しい奴はーーーー」

 

 ーー大切な人を不安にさせたりしない。

 そう言おうと思ったが、いくらなんでもキザったらしいと思って口をつぐんだ。

 でもミウは、ちゃんと聞こえたよ? というような表情で小さく笑った。

 その笑顔はさっきのものよりも、少しだけいつもの笑顔に近づいている。

 俺が安心していると、ミウは手を離して立ち上がる。

 

「うん。ごめんね、私の不安押し付けるみたいになっちゃって」

 

「いや、俺もよく聞いてもらってるしな」

 

「そっか、じゃあおあいこだ......じゃあ、コウキはもう少し寝てて」

 

「え、いや。もう大丈夫だぞ?」

 

「うそ。コウキさっきから少し頭揺れてるもん」

 

 あれ? そうなの?

 確かに体がめちゃくちゃ重く感じるけど、そこまで疲弊してるのか......

 少し申し訳なくなったが、ここはミウの言葉に甘えさせてもらうと思い、再びベットに横になる。

 ヨウトへのお礼は、明日すぐにでもなにかしよう。

 

「......あ、でもミウもまだ疲れてるんじゃないか? ごめん。俺起こしちゃったか」

 

「ううん。私はもうほとんど全快してるよ。それにお陰でコウキの顔すぐに見れたし、ありがと、起こしてくれて」

 

「あぁ......そう」

 

 ......ん? おかしいな。確かに今ちょっと感傷的な雰囲気だし、ミウも元々躊躇わずに思ったこと言うところあるから大胆発言もおかしくないような気がするど......なんか、いつもよりもミウの言葉が思わせ振りというか、どストレートというか......

 きっとこれもまだ頭が回ってないからそう思うだけかな? と自分に言い聞かせて、俺は布団を被る。

 すると、急に布団のなかに侵入者が現れた。

 侵入者は手だけを布団のなかに侵入させ、俺の手を再び握ってくる。

 

「......ミウ?」

 

「眠るまでこうしてる」

 

「いや、それは......」

 

「ダメ......?」

 

「......」

 

 だから、なんでそんなにしおらしいの? 俺じゃなければ襲っててもおかしくないレベルのしおらしさだ。

 ただそれは、そこまでミウに心配をかけたということで......

 こんな状態で、ダメとも言えるわけもなく......

 

「......寒いから、ミウもカーディガンかなにか羽織れよ?」

 

「うん、ありがと......おやすみ」

 

 おやすみ、と返して俺は渋々と目をつむる。

 年頃の女の子と二人きりの状態で眠るなんて、中々にすごい状況なんじゃないか? とも思わなくもない。

 だがそんな俺の考えに反して、今日はいつもの何倍も早く、眠りにつくことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

「......すぅー、すぅー」

 

「......」

 

 外からも人の声がほとんど聞こえなくなった時間。コウキの寝息は、コウキが目をつむってすぐに聞こえ始めた。

 リズムもほとんど一定だし、コウキが私に気遣って寝た振りをしているわけでもないと思う。

 ーーやっぱり、疲れてたんだよ。

 きっと今のコウキには言葉は届かないだろうから、心のなかでしたりがおをコウキに向けておく。

 やっぱり、コウキの寝顔はいつ見てもほっとする。心が暖かくなるというか、居心地がよくていつまでも見ていたくなる。

 でもそれだとコウキも休めないだろうし、そろそろ部屋から出ようかな......

 

「.......」

 

 立ち上がろうとして、ふと、繋いだコウキの手に意識がいく。

 ......今、こうしてコウキと手を繋いでいる。こうしてコウキが目の前にいる。

 それは決して普通なことじゃない、すごい偶然のもとにあるんだってことは分かってた。

 分かってた、つもりだった。なのに、いつからか忘れていた。

 コウキがいなくなるなんて、もう考えたくもない。脳裏を掠めることすらも嫌だ。

 さっきコウキのお陰で暖まった心が、また急速に冷えていくのが分かった。

 

「......寒かったらごめんね」

 

 私は繋いでいるコウキの右手を少しだけ浮かして、自分の胸に寄せる。

 そして、できる限りのーーコウキを起こさない程度のーー力でコウキの手を胸に当てる。

 コウキの手が触れている部分から、少しずつ暖かさが戻っていく。

 ......本当は、さっきみたいに抱きつきたい。でもそれじゃあコウキを起こしちゃうから。

 コウキから触ってくれたらもっと大丈夫になると思うんだけど......あ、いや、胸にじゃなくて。

 ......いや、その、胸も、コウキが触りたいのなら、構わないけど。

 だからさっき手を握ってもらえた時はすごく嬉しかったなぁ。

 あんな風に、もっと色んなところを触ってもらえたらーーーー

 

「~~~~っ!」

 

 これ以上はなにか違う意味でマズい気がして、すぐにコウキの右手を布団のなかに戻す。

 うん、まぁ、あれだよ。こんな変な思考になっちゃうぐらいにはコウキから元気をもらえたんだ。よかった。

 実際、コウキが目を覚ます前と今じゃ全然気分が違う。まだ全快には遠いけど、それでも良い方向に気分が向いている。

 私は名残惜しさを抑えて、おやすみ、ともう一度言って部屋から静かに出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コウキが眠っている部屋からリビングに移動すると、向い合わせで二つ置いてあるソファーにヨウトが座っていた。

 ヨウトも私に気がついて片手をあげてくる。

 

「アスナたちへの挨拶、ありがとね」

 

「まぁ、あの状態のミウちゃんにはさすがにやらせるわけにもいかないしな」

 

「......えっと、私、そんなに乱れてた?」

 

「そりゃあもう」

 

 ヨウトは冗談めかして言ってるけど、目があまり笑ってない。

 私はさっきまでコウキの部屋で寝てしまっていたわけだけど、それはずっとコウキに泣きながら抱きついてたから......だと、思う。

 しかもヨウトの様子からするとかなり喚きもしたっぽい。うぅ、恥ずかしい。

 だと思う、とか、ぽいっていう他人事になってしまっているのは、さっきはコウキの手前言えなかったけど、私も少し記憶が飛び飛びになってしまっているから。

 シバくんにコウキと一緒にやられかけた時とか、シバくんが立ち去った後とか。記憶としては残っているんだけど、その時の感覚というか......私の意識みたいなものをいまいち覚えてない。

 なんかこう......スクリーンで映像は見てるんだけど、私自身のこととして実感がないみたいな?

 それでも、コウキがいなくなりそうな不安感みたいなものだけはずっと残ってて......あぁ、だから余計に怖いのかもしれない。

 

 まぁとにかく。

 

 そんな私がアスナたちにまともに状況説明なんてできるわけもなくて、私の代わりにヨウトがアスナたちに細かい話をしてくれるって言っていた。

 アスナたちも、ただずっと泣き叫んでいた(のかな?)私を宥めながら街まで戻るのは本当に大変だったと思う。ヨウトにもアスナたちにも、本当に感謝しないといけない。今度なにかお詫びの品を持っていかないと。

 

「でも、アスナがミウちゃんとコウキには後日詳しい話を聞きに来るってさ」

 

「それでも感謝しきれないよ。うん、私も少し落ち着いたから。ヨウトも本当にありがとう」

 

「ははは、ミウちゃんは真っ直ぐに感謝の言葉とか言ってくるからちょっとこっちがはずくなってくるな......」

 

 ヨウトが恥ずかしそうに頭を掻く。

 真っ直ぐお礼を言うと相手は恥ずかしいんだ......そう言えばコウキもたまに今のヨウトみたいな表情をしてることがある。そういうことだったのか。

 今度コウキに今回のことも含めて真っ直ぐお礼言ってみようかな、と考えてると、家の玄関からドンドン! と扉を叩く音が聞こえた。

 こんな時間にお客さま......?

 ヨウトが返事をして扉を開けに行く。

 そして扉を開ける音が聞こえた瞬間。

 

「コウキさんとミウさんが危ないって、本当ですか!?」

 

 家のなかに響き渡るほどの叫び声が聞こえた。

 この声って......

 声の主に心当たりがあり、私も玄関の方へ移動すると。

 

「リリちゃん?」

 

「あっ、ミウさん!! あの、か、体は大丈夫なんですか!? お二人が倒れたってヨウトさんからメッセが......!!」

 

「うん、私は倒れてないけどね。でも......」

 

「え......コウキさんは......?」

 

 どう説明したものかな、と考えていると、ヨウトが間に入ってくれる。

 

「まぁまぁ、リリちゃん落ち着いて。ちょっと長くなるしさ、中入って話さない? いくら夏だって言っても夜は冷えるし」

 

 ヨウトの提案にリリちゃんは少し迷っていたけど、やっぱり私たちのことが気になったのか小さくうなずいて扉をくぐる。

 そしてヨウトの誘導に従って、場所は再びリビングに。

 私のとなりにリリちゃん。向かいにヨウトの位置でソファーに座り直す。

 そしてすぐに、うし、と言ってヨウトが話を切り出す。

 

「じゃあ、俺からある程度説明していくけどーー」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 でも、私はヨウトの出だしを止めた。

 

「私から話すよ」

 

「......大丈夫か? まだキツいだろ」

 

 ヨウトが少し咎めるような雰囲気で言う。

 こういうところを見ると、やっぱりヨウトもすごく優しいと思う。どんな場面でも友達のことを心配して、その人が困らないようにしてるのってすごく難しいことだ。

 でも、今は私が話したい。

 

「リリちゃんはわざわざ心配してきてくれたんだから、私から話すよ。それにもうだいぶん元気出てきたから、だいじょぶだいじょぶっ」

 

 右腕を曲げて力こぶを作って見せる......ないけどさ。

 声も少し張り上げて過剰な元気アピールになっちゃったけど、そのおかげかヨウトはなんとか引き下がってくれた。

 ありがと、とヨウトに言って、体を隣のリリちゃんに少し向ける。

 

「じゃあ、話すね」

 

「はい」

 

「おう」

 

 二人からの返事を聞いて、私はさっきコウキとも話した内容にコウキが覚えていたことも付け加えて話す。

 さっきも言ったけど、私も少し記憶が飛んでいる。だからその部分は曖昧な説明になってしまったけど、二人はなにも言わずにそのまま聞いてくれた。

 私の説明が下手なこともあって、全部話すには30分ほどかかってしまった。

 話終えて、最初に口を開いたのはリリちゃんだった。

 

「あの......じゃあ、二人とも体は大丈夫、なんですよね......?」

 

「うん。コウキもさっき目覚ましたしね。今はまた寝てるけど」

 

「......よかった......」

 

 リリちゃんが大きく息をつく。

 ......リリちゃんも本当に優しい。

 多分、ヨウトから連絡があった時にも、本当に心配してくれて、ここまで来てくれたんだと思う。

 

「リリちゃん、ありがと」

 

「へ......あ、いや。はい......」

 

 私は嬉しくなってリリちゃんにお礼を言うと、リリちゃんはいつもみたいに俯いてしまった。

 やっぱり、こういうところは本当にかわいい。

 

「ーーっ! あ、そうだ! わ、私食べ物持ってきたんです! コウキさん、起きたときにお腹も減ってると思いますし......」

 

 このまま頭とか撫でたら嫌がられちゃうかな? と考えているとリリちゃんは勢いよく立ち上がった。

 その表情はなぜか妙に青ざめてる気がする。なんでかな?

 

「.......今、ちょっと危なかったかも......ミウさん女の子にもモテそう......」

 

「?」

 

 リリちゃんが私に背を向けてなにか言っていたけど、よく聞こえない。

 そしてリリちゃんはそのままコウキの部屋に向かう。その際にコウキを起こさないように静かにね、って一応言っておいたけど......リリちゃんなら大丈夫か。

 私がリリちゃんから目を離すと、今までずっと黙っていたヨウトが神妙な顔でなにか考えていた。

 

「どうしたの?」

 

「......ん、いやな」

 

 ごめんごめんってヨウトは苦笑いする。

 でも、表情そのものはあまり変わってない。

 

「やっぱり攻略って危険だな、って再認識してただけ」

 

「......コウキのこと、心配、だよね」

 

 そりゃあそうだ。基本積極的に仲良くしようとはしないけど、コウキとヨウトは親友同士。

 そんな自分の親友が危険な目に遭って、しかもそれが親友の相方のせいともなったらーーーー

 

「あ、一応言っておくけど、別にミウちゃんがどうこうって話じゃないよ?」

 

「......なんで、分かったの? 考えてること」

 

「その辺は、コウキとミウちゃんよく似てるからな」

 

 呆れたようにため息をつくヨウト。

 そんな、私はコウキほど自虐的ってわけでもないし、溜め込みやすくもないと思うんだけど......

 すると、ヨウトはまたため息をついて、「むしろこの鈍感さの方がミウちゃんにとって問題だよなぁ」とか言ってる。よく分からない。

 そしてヨウトはそのまま違う話を始めてしまって、私がさっき気になったことは、結局聞けずじまいに終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Lily

 

 コウキさんが眠っていると教えてもらった部屋の前に立つ。

 そして、右手に持った菓子パンの存在を確かめる。

 ......慌てて来たからこんなものしか用紙できなかったけど、大丈夫......だよね?

 私は小さい頃体が弱くてよく寝込むことがあった。その際に目を覚ましたとき、体の調子が良くなっていたらそれまで食べ物が喉を通らなかった分お腹が減る。調子が悪いままでも、自分が起きたときにただ布団とベットしかないのはすごく寂しい気持ちになる。

 そんなときに小物でもいいから食べ物があると、食べてお腹を満たすこともできるし、誰かに心配してもらえていることがすごく嬉しくなって寂しさなんて感じずにすむ。それが私の考え、というより体験談。

 コウキさんは私なんかよりも強い人だからそんな風には思わないかもしれないけど......それでも、少しでもいいから、私もなにか力になりたい。

 菓子パンは袋に入っているから水分が飛んじゃうこともない。

 ......よし。

 

「......あっ」

 

 そういえば、この部屋、扉開くの......?

 宿屋とかだと中にいる人じゃないと開けられないけど......

 少し迷った末、コンコン、と小さくノックする。

 

「コ、コウキさーん......?」

 

 小さく名前を呼んでみるけど、やっぱり返事はない。

 いや、私が小さい音しか出していないから聞こえないだけかもしれないけど。でも、コウキさんを起こしたら申し訳ないし.......でも......

 なんとかコウキさんの邪魔をせずに入れないものかとダメ元で扉のノブに手を伸ばすと。

 

「あ......開いた......」

 

 さっきまでボス部屋の大扉なんて目じゃないぐらいに威圧感を放っていた扉は、手前に引くと簡単に開いてしまった。

 そっか、ここヨウトさんの家なんだから鍵とかはついていないのが普通だよね......

 

「失礼......します」

 

 私は抜けてしまった気を入れ直して、ゆっくりと部屋のなかに入っていく。

 コウキさんは......まだ眠ってる。よかった、起こしたりはしてないみたい。

 私は音をたてないよう、かつ迅速に動く。持ってきたパンはコウキさんの目につきやすいよう机の上に置いておく(というより、そこしか置く場所がなかった)

 あとはまた音をたてないよう注意して部屋から出るだけ......だけど。

 

「......」

 

 私は、今まで以上に音をたてないよう慎重に歩いて、今も眠っているとコウキさんに近づく。

 ......本当は、あまり良くないことなんだろう。それでも、気になってしまった。

 ヨウトさんからメッセがきた時心臓が止まるかと思った。コウキさんとミウさんのことが心配で仕方がなかった。

 いつもいつもコウキさんに手が届かない私は、コウキさんの危険すらも分からない。

 私は、心配して、見上げることしかできない。

 だから、欲が出てしまった。

 せめてコウキさんの顔を近くで見たいと。

 あと一歩近づけば、コウキさんに手が届く。そんな距離まで近づいた瞬間ーーーー

 

 

 

 

 ーーーーバッ!! と、コウキさんが体を起こして、壁際まで逃げるように後ずさった。

 

 

 

 

「リ、リ.....?」

 

 コウキさんが眠っていたベットは壁に接していたから、コウキさんが床に落ちるようなことはなかった。

 でも、その様子は何かに怯えているようで、顔が真っ青だ。

 呼吸も妙に荒れている。

 ......でも、今それを気にすることができるほどの余裕は、私にはなかった。

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 私は反射的に謝って、その場から走って立ち去ろうとする。

 その間にも、頭のなかにはさっきコウキさんに不用意にも近づいてしまったことへの罪悪感がぐるぐる回っている。

 コウキさんを起こしてしまった......

 あれほど起こさないよう気を付けていたのに、また迷惑をかけてしまった......

 私が変な欲を出してたせいだ、全然コウキさんの力になれてなんかない......

 どうして私はいつもいつも......

 

「ちょ、ちょっと待ったリリ!!」

 

 私が扉のノブに手をかけた瞬間、コウキさんに声をかけられた。

 つい、コウキさんの声に反応してしまって体の動きが止まる。

 

「人の気配がして薄目開けてみたらリリがいたから驚いたんだ」

 

「え......?」

 

「リリのこと驚かしちゃったよな。ごめん」

 

 コウキさんが本当に申し訳なさそうに謝ってくる。

 ......私がなにかしわけじゃなかった?

 コウキさんの表情を見ても、誤魔化しているのかどうかいまいちよく分からない。

 コウキさんが言うことを疑う訳じゃないけど......いや、でも!

 

「あの、でも! 私が近づいたせいです。本当に、ごめんなさい......」

 

「ははっ、大丈夫だよ......あ、それもしかしてパン?」

 

 コウキさんが私が机に置いたパンを指差して言う。

 それに頷くと、コウキさんは目を輝かせた。

 

「じゃあそれもらってもいいか? 俺、昼ぐらいからなにも食べてなくてさ」

 

「え、あ、はい! どうぞ! あの、あまり美味しくないかもしれませんが!!」

 

「ありがと」

 

 コウキさんは私が渡したパンをすぐさま食べ始める。お腹が空いていたのは本当だったみたい。

 ......よかった、ミウさんの言う通り、コウキさんも大丈夫そうだ。

 コウキさんを起こしてしまった申し訳なさもまだあるけど、一番気がかりだったことを確認できてホッとしている自分がいる。

 でも、このままここにいるとさらにコウキさんに迷惑をかけてしまいそうで怖い。

 そう思って、私はコウキさんに一言声をかけて、今度こそ部屋から退室した。

 ......その時になって、私はようやくコウキさんが起きたときの様子が異常だったことに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

「あ、リリちゃんおかえり。コウキの様子どうだった?」

 

 ヨウトと適当に話していると、リリちゃんがダイニングに戻ってきた。

 私の質問に対して、リリちゃんは顔を曇らせる。

 

「......すみません。私のせいでコウキさん目を覚ましてしまって」

 

「そっか......コウキはなんて? 怒ってた?」

 

「いえ......気配がして起きただけだから大丈夫って......やっぱり、気を遣ってもらったんでしょうか?」

 

 確かに。コウキの場合怒るよりはそっちの方がしっくりくる。

 でも、コウキが自分のことを心配してきてくれた人をただ邪険に思うとは考えられない。リリちゃんが来てくれて素直に嬉しかった、っていうのもあるんだろうな。

 そのことをリリちゃんにも伝えようとすると、それよりも早くヨウトがあっ! と声をあげた。

 

「どうしたのヨウト?」

 

「あー......うん。えっとまず、リリちゃんごめん。今回は完全に俺が悪かった」

 

「......? なんのこと、ですか?」

 

「いや、コウキってさ。ちょっと特異体質で......。人の気配に異常に敏感というか。寝てるときに誰かに近づかれると、自然と目が覚めちゃうんだ」

 

 ごめん、言いそびれてた。そう言ってヨウトはリリちゃんに頭を下げる。

 リリちゃんもヨウトが相手なのに珍しく畏まった様子で、リリちゃんからもヨウトに謝っている。

 そんな中、私はヨウトの言葉に変な違和感を覚えた。

 ......コウキがそういう体質......聞いたことなかったな。

 さっきまで私がコウキの隣で寝ていてもコウキが目を覚まさなかったのは、気絶していたのと同じ状態で反応したくてもできなかった、それで納得できるけど......

 前の......忘れるはずがない私が初めてコウキの部屋に入ったあの朝。あの時も私、コウキの隣で寝てたけど、コウキは私に対してなにも反応していなかった気がする。

 なんでだろう......? 前日がボス攻略で疲れていたから? でもヨウトの話だと異常って言われるほどに人の気配に敏感らしいし......

 私が首を捻っていると、リリちゃんがヨウトに恐る恐ると聞いた。

 

「あの......ヨウトさんは、コウキさんのことを、あの......よく知っているんですよね?」

 

「まぁな。一応幼馴染みだし」

 

「じゃあ......コウキさんのこと(、、、、、、、、)知っているんですよね?」

 

 

 リリちゃんの言葉は、ひとつ前に言った言葉とほとんど同じ。でもニュアンスは違った。

 その言葉にヨウトの顔色が変わる。

 失敗した、というのもあるんだろうけど、驚きの方が強いみたいだ。

 ヨウトが怯んでいる隙に、リリちゃんが続ける。

 

「私は、本当にコウキさんのことを知らないんだって、思ったんです。力になりたいと思っても......なにか見えない壁、に弾かれてしまって......私だけ、力になれないのは、もう嫌です。私がコウキさんに、何度も助けてもらったように......私も、コウキさんの力になりたいんです! だから......」

 

「......ちょっと驚いた。そのこと俺に聞いてくるのは、多分ミウちゃんだと思ってたから」

 

 ヨウトが私に視線を向けてくる。

 ......正直、その方法を考えなかったっていったら嘘になる。

 何度か考えた。ヨウトにコウキのことを聞けば、コウキにもっと近づけて、分かり合えるんじゃないかって。

 でも......

 

「......もう少し、あと少ししたら、全部言うから。あとは俺の覚悟の問題だから。だから、もう少しだけ......待ってくれないか?」

 

 コウキはそう言ってくれた。

 あの時だけはきっと、私は本当のコウキに触れることができていた。そのことが、すごく嬉しかった。

 だから、私はコウキ本人から話を聞きたい。たとえどれだけ時間がかかってもいいから。もしも話してもらえなくてもいいから。

 あの時のコウキとの時間を否定してしまうようなことは、絶対にしたくない。

 

「でもリリちゃん、いいのか? ここで俺が話したとしても、それはコウキ本人の言葉じゃない。想いじゃないぞ? 最悪自分がいないところで自分の大事な話をされて、軽蔑される可能性だってある」

 

 私の考えを読み取って、というわけではないとおもうけど、ヨウトが試すようにリリちゃんに言う。

 それでも、リリちゃんは退かない。

 

「そうかも、しれません......それでも、何か強い力で打ち破らなきゃいけない時だって、絶対にあると、思います......!」

 

 あれほどヨウトのことが苦手なはずなのに。それでもリリちゃんは譲歩せずにヨウトに意見をぶつける。

 リリちゃんの言うことは間違ってない。だからこれは、前提条件の違い。

 今までのコウキとの関係が大切で、それも失わずにコウキのことも助けたい、それが私。

 今までよりも、未来を大切にしようとしていて、たとえ自分がどれだけ傷ついてもコウキのことを助けたい、それがリリちゃん。

 そういう違い。

 ......やっぱり、私の考えって、甘いのかな......

 すると、ヨウトは一瞬迷うような素振りを見せた後、小さく頷いた。

 

「そうだな......あぁ、そうだ。コウキのこと、ここまで心配してくれてるんだ。二人には、話しておいた方がいいのかもな。いや、俺が話したい」

 

 コウキのこと。コウキの、秘密。

 私が前から気になっていた、知りたくても知ることができなかったこと。

 私も何度も弾かれてしまった、コウキの見えない壁。

 それを今、ヨウトが話そうとしている。

 コウキじゃなくて、ヨウトが。

 ......やっぱり、ダメだ。私は、ここで聞いちゃダメな気がする。

 ヨウトが話したのならコウキは多分、怒らないし、軽蔑もしないと思う。でも、コウキ自身の言葉は絶対に聞けなくなってしまう。

 わがままかもしれないけど、私は聞かないって言おう。そう考えた矢先。

 

 

 

 

「おーい、陰口とかってよくないと、僕は思いまーす」

 

 

 

 

「「コウキ(さん)!?」」

 

 コウキの部屋の方への通路から、コウキが歩いてダイニングに入ってくる。

 体はまだどこか疲れている雰囲気があるけど、顔色はさっきよりもいい。

 それに対して、顔色を悪くしたのは私たち3人だ。

 なにしろ、コウキ本人の話を今ここでしようとしていたんだから。

 私とリリちゃんがなんとか弁明しようとしているなか、最初に動いたのはヨウトだ。

 

「い、いや、これは陰口とかじゃなくてだな!? その、なんていうか......」

 

「ばーか。冗談だよ。そんな本気にするなって」

 

 コウキはヨウトのとなりまで行くと、ヨウトの頭を軽くこづいた。

 

「リリに俺が急に起きるところ見られたから、もしかしたらこういう雰囲気になってるかもと心配して来てみれば......」

 

「本当に、わりぃ」

 

「だから謝るなって。ヨウトのことだからまた俺に気を遣ってだろ?」

 

 さて。とコウキは私とリリちゃんに向き直る。

 

「で? 二人は俺のことを聞きたい、ってことでいいのか?」

 

 私......多分リリちゃんも、とにかく最初はコウキに謝ることを考えていた。

 でも、コウキが求めているのはそれじゃない。今の言葉でそれが分かった。

 だから私とリリちゃんは、コウキに向かってただ頷いた。

 

「そっか......元はと言えば先伸ばしにずっとしてた俺が悪いしな......でも、多分ここからはあんま良い話にはならないぞ? それでも聞いてくれるか?」

 

「そんなに辛いことを、コウキだけには背負わせたくないよ」

 

「話して、コウキさんが少しでも楽になるのなら......ぜひ聞かせてほしいです」

 

 私とリリちゃんは少しも間を開けずに言った。

 コウキは私たちの言葉に少し安心したかのように小さく笑うと、ヨウトのとなりの席に座った。

 

 

 

 

「じゃあ話すよ。バカな俺の、昔話をーーーー」

 

 

 

 

 




はい、中継回? でした。

今回は話的に書かない方がいいかな? と思って前書きコーナーは書いていません。
楽しみにしてくださっている方がもしもいてくれたのなら、申し訳ありません。

今回は繋ぎでもあるし、戦闘後の二人の気持ちも表現したかったのでテンポと雰囲気に気をつけて書いてみましたが......やっぱり両立は難しいですね。しかも結局長いですし。

さて次回は......引っ張った通りコウキの過去回です。やっと書ける......!



追伸 お気に入り登録が150人超えしました! ありがとうござます!!


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44話目 高崎家

44話目です!

アスナ「それで? コウキ君は大丈夫なの?」

ヨウト「......多分、な。コウキも戦闘中に一回、目ぇ覚ましたらしいし。でも、今危ないのはどっちかと言えば.....」

アスナ「......えぇ。今はミウさんの方が怖いわね......。コウキ君が目を覚ませば大丈夫なのだろうけど、それまでに何をしだすか分からないわね」

ヨウト「会話がほとんど成立しないほどに取り乱すなんてな」

アスナ「......二人のこと、頼んだわよ?」

ヨウト「あぁ。そこは安心してくれ......と、そう言えば」

アスナ「なに?」

ヨウト「アスナ、こういう時はコウキのこと君付けで呼ぶんだな」

アスナ「なっ......」

ヨウト「いやいや、アスナが好きなのはキリトだって知ってるって。ただコウキたちのこと本当に心配してくれてるんだなって、嬉しくなってな」

アスナ「~~~~っ!! 違います! 心配はしていますけど、他意はありません!! と、とにかく、二人が大丈夫になったら詳しく話を聞かせていたただきますから!!」

ヨウト「おう、伝えとくよ」

アスナ「......じゃあ、失礼します」



 ーーーー9年前。

 

 空は秋晴れ、吹いている風もさすがはスポーツの秋。寒すぎず暑すぎず、心地良い。

 そんな体が動かしたくなってくる季節。とある公園には一つの家族がいた。

 身長が180手前ほどの、活発そうで体つきの良い男性は、スタート前の陸上選手のようにクラウチングスタートの体勢を取っている。おそらく父親だろう。

 身長が110あるかないかほどの、これもまた活発そうで、だが体つきは身長相応の男の子は、父親の隣で両足を肩幅程度に開いて半身をとり、いつでも動けるような体勢を取っている。おそらく息子だ。

 そして最後の一人。唯一の女性は身長が少し低く、150程度。髪は背中の中程まであって雰囲気は二人に比べてとても落ち着いている。位置は二人から少し離れていて、二人のことを苦笑いしながら見ていた。おそらく母親だろう。

 

「じゃあ、いくわよー」

 

「「おう!!」

 

 母親の声に、男二人が応える。

 母親は、首に下げていたホイッスルを仕方なさそうに口に加えると、一瞬間をおいて、強く吹いた。

 ピーーーー!! と甲高い音が響く。それとほぼ同時に男二人の体が動き出した。

 ほんの一瞬だけ先頭に躍り出たのは、息子の方だ。若さゆえの反応速度か、はたまたこの頃から人のことをよく『見ていた』のか。ホイッスルのタイミングと寸分たがわずに走り始めたからだ。

 だが、父親と息子。大人と子供。そこにはどうしても超えられない、運動量、筋肉量、瞬発力の差がある。息子が一瞬だけ先頭を走った後、すぐさま父親が息子を抜き去り、残りの数十メートルを独走状態で走り抜けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、勝った勝った」

 

「うぅ......」

 

 数分後、100メートル競争を終えた二人と母親は仲良くビニールシートに座って昼食をとっていた。

 今日は親子三人、ピクニックに来たのだ。

 母親はランチボックスを開けながら、小さくため息をつく。

 

「だから言ったの。『光輝』がお父さんに勝つのはさすが無理だって」

 

「だってぇ......」

 

 息子ーーーー光輝は両足をビニールシートに投げ出して俯く。

 今回の勝負の発端は、彼の父親ーーーー高崎秀輝(たかさきひでき)に昼食のおかずである、ハンバーグをコウキがねだったことだった。

 光輝の大好物、ハンバーグ。それは光輝だけの好物ではなく、秀輝の好物でもあった。

 そして秀輝は、人生の厳しさを6歳の息子にも教えちゃう系の親だった。

 そのことから始まったのが、100メートル競争。

 勝った方が負けた方のハンバーグを一つ貰える。そういうルールだ。

 そして負けたのはーー言わずもがな。

 母親である彩花(さやか)が本当にいいの? という目をしつつ光輝のハンバーグを秀輝に渡していた。

 

「お父さん。もう少し光輝に手加減してあげてよ」

 

「いやいや、男の勝負で手加減をすることは、なによりも失礼なことだからな......お、俺今良いこと言ったよな? 家訓にしないか?」

 

「そんな子供を全力で泣かしに行くような家訓はゴミ箱行きです」

 

「ガーンっ!!」

 

 効果音を口で言うという少し懐かしい反応をする秀輝のことは放っておいて、彩花は光輝に言う。

 

「光輝、お母さんのハンバーグあげようか?」

 

 彩佳の提案に光輝は一瞬表情を明るくしたが、すぐさま俯いてしまう。

 

「いい......おとうさんが、おなさけは男へのぶじょくだって、いってたから」

 

「.......」

 

「ひぃっ!? 母さんそんな目で見ないでマジで体に穴が開く!!」

 

「今度そういうこと光輝に勝手に教えたら、晩御飯稲穂と大豆だけにする......」

 

「原材料!?」

 

 その後も彩花はハンバーグを渡そうとするが、光輝は頑なに受け取ろうとはしない。

 本当にお父さんの晩御飯を最底辺まで変えてしまおうか、と彩花が考えていると。

 

「光輝」

 

 秀輝が光輝に声をかけた。

 光輝は半泣きで秀輝を見上げる。

 

「にらめっこしようか」

 

「にらめっこ......?」

 

「あぁ、賭けるのは......そうだな。母さん手作りのデザートなんてどうだ?」

 

 あ、と声を上げそうになるのを彩花は堪えた。

 また食べ物を賭けた勝負をしたことにーーではなく。勝負方法がにらめっこだったことに対して。

 光輝は最初渋っていたが、秀輝に「負けるのが怖いんだー」と挑発されると簡単に乗ってしまった。

 あっぷっぷー、の掛け声と共に二人とも変な顔をする。

 互いにただ変な顔をして睨みあっているという、改めて考えるとすごい勝負は、数分の静寂の末決した。

 最初に表情を動かしてしまったのはーーーー秀輝だった。

 直後、光輝の歓声があがる。

 

「やったーーーー、おとうさんにかったーーーー!!」

 

「たはは......駄目だな。やっぱり光輝強いわ。さすが俺の自慢の息子だ」

 

 その場に立ち上がってピョンピョン跳ぶ光輝の頭を、優しく撫でる秀輝。

 光輝も秀輝の言葉を真似して「じまんのむすこー」と声をあげている......また変な言葉を覚えてしまいそうだ。

 終いにはビニールシートを出て走り回り出した光輝に注意をかけながら、彩花は小さくため息をついて秀輝のデザートを光輝の皿の上に移す。

 

「......手加減は、なんでしたっけ?」

 

「いやいや。光輝はにらめっこ本当に強いぞ? 母さんもやってみろって」

 

「いい......でも、デザート渡すなら最初からハンバーグ取らなくてもいいじゃない」

 

「うーん、それは光輝が可愛すぎるのと、母さんの料理が美味しすぎるのが悪いかなあ」

 

「.......デレませんよ?」

 

「あ、今のちょっとときめいたんだ。そういうとこ彩花可愛いよなぁ」

 

 突然、しかも久しぶりに下の名前で呼ばれて、顔を一気に赤くする彩花。

 もう一緒になって数年経つのに、かなり初々しい。

 彩花は秀輝の流れに乗らないように首を大きく振る。

 

「それに言うじゃん。親は可愛い子を谷から突き落とすって」

 

「少し間違ってるし、その後自分で救援に行くのなら最初から突き落とさないで」

 

「はっはっは」

 

 笑って誤魔化そうとしている秀輝を彩花はジト目で見るが、その際、大切なことは見落とさなかった。

 秀輝が笑いながら、自分のハンバーグを光輝の皿にこっそりと移したことを。

 彩花が秀輝のことを大好きになった理由の一つの、不器用な優しさを。

 ......お父さんが一番甘いじゃない。その言葉は秋風の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 その後、光輝がハンバーグが戻ってきていたことに再びテンションをあげたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高崎さん家は仲がいい。というのはご近所でもとても有名だ。

 例えば父子は性格もすごく似ていてことある毎に一緒に遊び回っている。祭りの際には似た者親子がテンションを上げすぎて補導されかける、ということが毎回のように起こっている。

 母子は、子供が少し体の弱い母親のことを頑張って手伝おうと、買い物はもちろん、回覧板回しまで母親に着いていって何か力になろうとしている。母親も普段はクール系なのに、息子の前では表情が緩み、近所の男を悶えさせていたりする。

 夫妻は......割りと仲が悪く見える。なにかあれば夫が馬鹿なことをして、妻がため息をついているし、町中でケンカしているのも少なくない。

 ただ、それはそう見える、というだけで、この二人は互いのことを質問すると、顔を赤らめて互いの好きなところを言ってのける。初々しすぎてからかえないと近所から苦情があがるほどだ。

 そんなこんなで、この家族はとにかく仲がいい。誰もが羨ましがる幸せな家庭だ。

 ただ......その日だけは、少し例外な日だった。

 

 

 

 

「ただいま!」

 

「あ......お父さん。おかえりなさい」

 

「おう、それで、光輝は......?」

 

「それが......」

 

 その日は、とある平日だった。

 光輝は保育園に通っている6才だ。その評判はこの家族の評判同様にかなり良く、いつも明るい子で、誰にでも優しく、少し競争癖がある元気はつらつな子、という感じだった。

 ついこの間、保育園の先生にも誉められたばかりだった。

 ......だった、のだが。

 今日、彩花のもとに保育園から電話があった。

 その内容は、光輝が友達の子とケンカをしてしまったとのこと。

 彩花がさらに話を聞くと、最初に手を出したのは相手の子で、そこからちょっとした殴りあいになってしまったらしい。

 ただ、その結果怪我をしてしまったのは相手の子で、その子の親が怒り心頭。とのことだった。

 そのことを彩花は秀輝に説明する。

 

「それで......今日は私通院の日だったから。すぐには動けなくて。代わりに(ひなた)くんのお母さんに向かいに行ってもらって」

 

「陽くん......あぁ、佐藤さん家か。光輝と仲がいい」

 

 コクり、と彩花は頷いた。

 それに対して、秀輝は小さく唸る。

 正直な話、秀輝は親バカだ。

 自分の子も含めた50人の子供の中から「どの子が一番可愛い?」と聞かれれば「うちの子に決まってるでしょう? 寝ぼけているんですか?」と素で返す親だ。

 だが同時に、6才の頃から子供に世の中の厳しさを教えようとする親だ。

 だからこそ今回の出来事では、ただ光輝の味方をする、というわけにはいかない。

 確かに相手の子にもなにか悪い点はあったのだろう。

 だが、相手の子に怪我をさせてしまったのはいけないことだし、いくら後からでも手を出してしまったのもいけないことだ。

 そのことをどうやって光輝に伝えるべきか秀輝は考える。

 と、その時、目の前で彩花が申し訳なさそうに顔を伏せているのに気がついた。

 

「どうした?」

 

「その......ごめんなさい」

 

「なにが?」

 

「だって、私......こういう時、なにもできないから......」

 

 彩花は、元々感情という分野について弱い。

 彩花は良いところ出身の、所謂お嬢様だ。頭もかなりいい。

 ただ、秀輝と出会うまでは親の敷いたレールの上だけを走らされていたことから、感情を育てる時間が短かった。(ちなみにその親は秀輝が殴り飛ばして説教した結果、心を入れ換えて彩花に謝り、今は光輝のとても優しいおじちゃんおばあちゃんになっている)

 だから、誰かの感情を理解するというのがとても苦手なのだ。

 だが、秀輝からすれば、そんなことは関係ない。

 秀輝は彩花の頭に手をのせる。

 

「ばーか。そうじゃないよ。今、彩花は光輝のためになにができるか、必死に考えてる。その時点で、彩花は光輝のためになってるんだよ」

 

「......秀輝さん」

 

「だから、そんな泣きそうな顔するなって。な?」

 

「......はい」

 

 うんうん。と秀輝は彩花の頭を何度も叩く。

 やっぱり、うちの嫁は可愛いなぁ。そういった瞬間に手を弾かれてしまったが。

 うし、と秀輝は呟く。

 

「光輝ー!! 階段の所に隠れてるのは見えてるから、こっちこーい!!」

 

 秀輝が声を張り上げた瞬間、ドゴッ! と何かにぶつかるような音が聞こえ、続けて「いたぁ......」と子供の声がした。

 本人は隠れているつもりだったのかもしれないが、秀輝には見えていたのだ。先ほどから光輝の頭が階段の壁からチラッチラッと。

 おそらく、今日病院に行ったという彩花のことが気にかかっていたのだろう。

 そしい恐る恐るといった風に顔を出す。

 

(うーん、やっぱ怒られるとか考えちゃってんのかなー......よし)

 

 光輝が今何を考えているのか。それを秀輝は分かってあげられなかったが、それでも何か大人たちは怒っていて、悪いのは自分ということになっている、ということは光輝も分かっているらしい。

 ただ、秀輝は光輝にガミガミ怒りたいわけではないので、光輝に怯えてもらっていては困る。

 だから秀輝は、いつものように明るく笑った。

 

「晩御飯の後、一緒にゲームやらないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光輝は、これでもかとばかりに楽しんでいた。

 

「やった、しかえしマス! おとうさんからお金をもらいまーす!!」

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁあ!!?? せっかく所持金一位だったのにぃぃぃいいい!!」

 

 晩御飯を終え、彩花も含めて3人で始めたゲームはすごろくゲームだった。

 盤の上にルーレットがあって、プレイヤーがゲーム用のお金で競いあったりする、あの誰でも一回はしたことがあるすごろくだ。

 

「おかあさん見て見て!! こんなにいっぱいになったよっ!!」

 

「すごいわね......お母さんなんて全然増えなくて、あ、私の番ね。えいっ......6マス進む......あっ、100万円増えた」

 

「おかあさんすごいっ!!」

 

 自分のお金が増えたら喜んで、誰かのお金が増えたら喜んで。とにかく光輝は楽しんでいた。

 この家族は普段こうして家族3人で遊ぶ、ということは意外と少ない。

 光輝と秀輝が遊ぶと、大体が体を動かすものになってしまって体が弱い彩花が参加できなくなるし、光輝と彩花が遊ぶと、料理や縫い物といった細かなものになってしまって、繊細という言葉と縁遠い秀輝が蚊帳の外になってしまう。

 だから、光輝は今がすごく楽しかった。

 右にはいつも自分を笑わせてくれるおとうさんがいる。

 左にはいつも優しく笑ってくれるおかあさんがいる。

 そんな大好きな二人と遊べているのだ。楽しくないはずがなかった。

 

「な、なぁ光輝? ちょっとだけ。ほんのちょーっとだけでいいから、お金貸してくれないか? お父さんもう払えなくなっちゃって......」

 

「なんで自分の息子にお金を借りてるの。ダメな大人のお手本になってる。光輝貸しちゃダメ」

 

「うーん、でも......おとうさんこまってるし。少しなら......」

 

「わぁー!! 光輝ありがとー!! さすが自慢の息子、愛してるぜーへぶ!?」

 

 秀輝が感極まって光輝に抱きつこうと飛びかかるが、すんでの所で彩花が光輝を抱き締めてしまい、目標を失った秀輝は床に突っ伏した。

 

「な、なんで邪魔をするんだ母さん!?」

 

「......いつもいつも。秀......お父さんだけ光輝と抱きついたりしててずるい。私も光輝を抱き締めたいのに」

 

 ギューッと、本当に擬音が見えそうになるくらいに光輝のことを彩花は抱き締める。その表情は普段の無表情とはかけ離れた嬉しそうなものになっている。

 秀輝が拗ねながらも、「ま、母さんは寂しがり屋さんだからな!」とか言った瞬間に睨まれて謝っていたが、そんな普通の日常も、光輝にとっては本当に楽しかった。

 光輝にとって幸せな空間。大好きな人たち。これさえあれば他にはなにもいらない。心の底からそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......なぁ、光輝」

 

 ゲームも終盤。光輝が体を揺らしながらゲームを楽しんでいると、不意に秀輝が口を開いた。

 

「ん? なあに? あ、もうお金はかせないよ? おかあさんにおこられちゃう」

 

 光輝は困ったように言うが、その表情はやはり笑顔で秀輝の反応を楽しんでいる。

 だが、秀輝が声に出したのは、光輝が楽しみにしていることとは真逆のものだった。

 

「どうして、友達を叩いたりしたんだ?」

 

 瞬間、光輝の笑顔が固まった。

 そして次に浮かんだのは、不機嫌な色。

 こんなに楽しいのになんでそんなこと言うの? という不満、これから怒られるの? という恐怖。そんなものがごちゃ混ぜになった表情。

 少年が9年後の......いや、せめて3年後の少年ならばもう少し表情を隠せたのかもしれないが、今の光輝にそれを求めるのは酷というものだ。

 だから光輝は、声をわずかに震わせる。

 

「......だって、あいつが......けったから」

 

「なにを?」

 

 秀輝が聞き返すと、光輝はズボンのポケットを探りあるものを取り出す。

 それは、数日前家族全員で行ったピクニックの時に、彩花が小枝や木の実で3人分作った小さな人形だった。

 

「見せたら、おんなのこみたいって言って......それで、たたいてきて......にんぎょうおとしちゃって......けられて、止めてって言ったのに、そしたらたたいてきて......」

 

「......なるほどな」

 

 秀輝は光輝におきた出来事を頭のなかで再生する。

 この年の頃の子は、本当に難しいと思う。

 相手が本当に嫌がっているのか、自分が悪いことをしているのか。つまり善悪の判断がまだあまりつかないから、加減ができない。

 だからこそこういった出来事を繰り返すことで成長していくのだろうが......

 秀輝は細く息をはき、少しだけ頬を緩める。

 嬉しかったのだ。

 光輝は同い年の子と比べると、しっかり話せる方だ。それは分かっていたが泣きそうになっている今の状態でもちゃんと自分におこった出来事を説明できる。自分の息子の成長が嬉しかった。

 そして、光輝が自分達との思い出を、幼いながらも本当に大事なものとして扱っていてくれている、そのことが嬉しかった。

 彩花も秀輝と同じ気持ちになったのか、目をつむりながらも嬉しそうに微笑んでいる。

 ......それでも、伝えなければいけないことはある。

 秀輝はできる限り光輝に分かってもらえるよう、言葉を選びながら話す。

 

「いいか光輝? 光輝も嫌なことがあったのは父さんも分かった。けどな? それでも、誰かを叩いたり、怪我をさせちゃダメなんだ」

 

「......なんで? だってあいつ、おかあさんが作ってくれたにんぎょうけったんだよ!? だいじなのに! おとうさんとおかあさんとおんなじなのに!!」

 

 光輝はついに両目から涙をこぼし始める。

 それを見て秀輝も声を止めてしまいそうになる。が、それでは意味がないと自分に言い聞かせる。

 

「それでもダメなんだ。自分に痛いことや、辛いことをされても、誰かを傷つけるのは、いけないことだ」

 

「......っ」

 

「だから、今度叩いちゃった子に謝りにいこう? そして、その時に相手からも光輝に謝ってもらおう? それでおあいこーーーー」

 

「わかんないよっっっ!!」

 

 秀輝の言葉を遮るようにして叫んだら光輝の声が、家のなかに響いた。

 座っていたイスから降りた光輝は、もう涙が止まらなくなってしまっているようで、呼吸も荒く、感情が荒ぶってしまっている。

 

「あんなに、やなかんじになったのにっ、おこっちゃいけないなんてやだよ!! なんでいけないの!? もうやなのはやだよ!!」

 

「あ、おい、光輝!!」

 

 言うと、光輝は秀輝の制止の声も聞かずにダイニングから飛び出して、そのまま二階にある自分の部屋に向かって駆け上がってしまった。

 そして、先程まで暖かい幸せのに包まれていたはずのダイニングには、ただただ冷たい静寂が訪れた。

 しばらくして、秀輝がため息をつく。

 

「しまったなぁ......日に日に光輝も成長してることは知ってたけど、あんなに早いものなのか......」

 

 別にバカにしているわけではないが、少し前の光輝ならなにか楽しいことをさせて心を穏やかにしてやれば秀輝たちの言葉を真っ直ぐに受け止めてくれた。

 だから今回もそれでいけるのではないかと思っていたのだが......光輝は、自分が思うよりももっと早い速度で成長していた。

 そのことに今更ながらに気づいて、自分もまだまだだと秀輝はもう一度ため息をつこうとするが、それは彩花が人差し指を秀樹の口許に寄せたことで止められた。

 彩花は静かに首を振る。

 

「光輝が成長してくれたのは、私たちにとってとても嬉しいこと。ため息なんかついちゃダメ」

 

「......あぁ、そりゃそうだ。さすが母さん。良いこと言う」

 

「家訓にする?」

 

「んー、どっちかって言うと今日の名言! って感じかな」

 

「分かった」

 

 彩花はおもむろにメモ帳を取りだし、そこに「今日の名言!」と書き出した......秀輝も適当に言っただけなのだが、どうやら本当に書いていくらしい。

 そんな自分の妻の天然な行動に秀輝は苦笑いを隠せなかったが、彩花は「でも」と言葉を続ける。

 

「今日のことは、確かに失敗だと思う。私と、お父さんの」

 

「そうだな」

 

「だから反省はする。それで、それを次に生かす。失敗して、子供の成長に喜んで、反省して、また挑戦して、子供と一緒に成長していく。それが親の役目だと思うし、楽しみでもあると思う。そうやって家族は作られて、ずっと続いていく......んだと思う」

 

「......そうだな。それも今日の名言! に書いておいてくれるか?」

 

「分かった。今日私二つ目」

 

 ブイ、とピースを向けてくる彩花に秀輝は小さく笑った。

 本当に、彩花の言う通りだと思った。

 今ここで言いたいことが伝わらなかったとしても、まだまだこれから、少しずつ伝えていけばいい。今日0点を取ってしまったのなら、明日は1点以上を取ればいい。そうやって少しずつ教えていって、いつか100点を取ればいい。同時に自分達も成長していく。

 自分達には、まだまだ長い時間があるんだから。これからも、続いていくんだから。

 秀輝は、明日また頑張るか! と気合いを入れ直し、とりあえず彩花と一緒にゲームの片付けを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 光輝は、とにかく不機嫌だった。

 自分の部屋の隅っこで小さくなっていた光輝は、不機嫌さを表すかのように鼻をすする。

 ......率直に言えば、光輝だって悪いことをしたという自覚はあった。

 誰かを傷つけるのは悪いこと。それは光輝も分かっているが、それでも我慢ができなかった。

 

「......」

 

 小さな手で握っていた人形を見る。

 光輝にとって、この人形は『繋がり』そのものだった。

 光輝の家族は仲がいい、ということは光輝も知っている。だが、それを踏まえた上で、この3人共通の人形を持っていることで、絆のようなものがよりいっそう強くなる。そんな気がしたのだ。

 だからこそ、光輝はこの人形を彩花にもらえた時嬉しかった。

 だからこそ、光輝はこの人形を酷く扱われた時我慢できなかった。

 そのことを秀輝なら分かってくれると思っていたのに、返ってきたのは光輝が悪いという言葉。

 幼い光輝の心からすれば、裏切られたも同然だった。

 もちろん秀輝たちにそんな意図は一切ないが、それでも言葉の受け取り側である光輝はそう受け取っていた。

 

「......うにゅ」

 

 光輝のまぶたが徐々に下がってきた。もう子供は寝る時間だ。

 晩御飯も食べた。お風呂にももう入った。トイレももう行った。歯磨きは......まだだった。

 怒られるかな? と光輝は一瞬不安になったが、先程の会話を思い出して知ったものかと首を振った。

 もう寝てしまおうと考えて、風を入れるために開けていた窓を閉める。

 そしていつも通り鍵を閉めようとするーーが、その瞬間手が止まった。

 鍵をちゃんと閉めろよ。そう言っていたのは誰だったろうか?

 浮かんできたのは、先程ケンカしたばかりの父親の顔。

 歯磨きのことも含め、光輝のなかに小さな反抗心が沸き起こる。

 言う通りになんかなってやるもんかとばかりに光輝は鍵には触れず、照明のスイッチを切る(照明を切ることも秀輝に教わったのだが、それは思い付かなかったらしい)

 そしてベットにダイブ。掛け布団を思いきり被る。

 

(あんなにやなこと、がまんしたくない......)

 

 明日になっても謝ったりしない、と決意を新たに光輝は目を閉じて寝ようとする。

 ......が、ここでいつもなら聞こえてくる声が聞こえない。

 いつもは、光輝が布団に入ると秀輝と彩花が一緒に「おやすみ」と言ってくれるのだが、今日はそれがない。

 当然だ、今光輝は絶賛ケンカ中なのだから。

 

「......うぅ」

 

 ......やっぱり、明日謝ろうかな? と光輝は頭の片隅で考えながら、その日は頑張って眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、『その時』は唐突に来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(.......ん?)

 

 よい子も悪い子も寝静まった時間。

 光輝は体の違和感に気づいて目が覚めた。

 トイレに行きたくなったのだ。

 目を開けても待っているのは暗闇......というわけではなく、照明の常夜灯の光が淡く部屋を照らしている。

 早くトイレに行って戻ってこよう。そう考えて光輝は体を起こす。

 光輝は寝起きということもあって、体の動きも頭の回転も極めて鈍い。

 だから、一瞬反応が遅れた。

 

 

 

 

 ーー自分の部屋に、誰かもう一人いることに。

 

 

 

 

 秀輝か彩花かとも思ったが、シルエットが二人のものと被らないことに気がつく。

 

「えっ、だれーー」

 

 ドスンッ!!

 光輝が小さな困惑の声を上げた瞬間、謎の人物は光輝の肩を掴んで強引に押し倒した。

 急にかけられた強い力に光輝の呼吸が一瞬止まる。

 え、誰? なんで。え? どうして......

 そして次に襲ってきたのは、自分の知らない人が自分の部屋にいることへの、そして自分が大の大人に暴力を振るわれていることへの恐怖だ。

 こわいこわいこわいこわい!! おとうさん! おかあさん!!

 のどが干上がって、体が小刻みに震え出す。

 視界も、ぐるぐると回り始めてしまう。

 

「や、やだーーーーうぐぅ!?」

 

 恐怖のあまり大声をあげようとする、が、今度は口を押さえられてしまった。

 肩。口の二ヶ所を押さえられてしまってうまく動くことができない光輝は、自分の体の自由がどんどん奪われていってしまうような気がして、さらに恐怖が増していく。

 そしてついに光輝は四肢をとにかくメチャクチャに暴れさせて拘束を逃れようとする。

 しかしそれら全ての行動は、ただ謎の人物を逆上させる材料になるだけだ。

 暴れようとする光輝を、謎の人物は光輝の腹に拳を振り下ろすことで黙らせる。

 

「あ、ぐぅ......!」

 

「いいか? 黙ってろ。そうしたら怖い思いなんかしなくてすむからよ」

 

 光輝は涙をにじませてうずくまる。

 謎の人物は細身の男で、なぜか妙に目の焦点が合っていない。

 そして男が着ているジャケットが一瞬翻った瞬間、光輝はジャケットの裏側にあるナイフが見えた。

 恐怖や痛み、あらゆる負の感覚に襲われている幼い光輝でも、これだけはなんとなく分かった。

 このままだと、なにかとても大変なことになってしまうと。

 そんなのは嫌だから、痛いのも怖いのももう嫌だから、光輝は震える体に鞭を打つ。

 

「つっ!? てっめぇ!!」

 

 大声を上げるためにも口を押さえてくる男の手を思いきり噛んだ。

 そして大きく息を吸い込む、が、再び声を出す前に妨害を受ける。

 髮を鷲掴みにされ、ベットに叩きつけられたのだ。

 ベットの脇に、抜けてしまった光輝の髪の毛が舞い落ちる。

 

「なにしてんだよ、てめぇ......いいぜ、分かったよ。お前から切ってやる......!!」

 

 男は懐から抜き出したナイフを光輝の細い右腕に当てる。

 急に感じた冷たく固い感覚に、光輝の体の動きが止まる。

 

「ははっ......どこから切って欲しい? 腕か? 足か? それとも胸を切り開く? いっそ一思いに......のどか?」

 

「......っっ!!」

 

 光輝は必死に首を振るが、それに対して男は狂喜の笑みを浮かべるだけだ。

 どこを最初に切るのか決めたのか、ナイフを大きく振り上げた。

 

(おとうさん、おかあさん......たすけて!!)

 

 しかし、その声は音にはならない。

 助けを求める声は、男の手で潰されてしまう。

 そして光輝を殺そうとする凶刃は、無情にも男の笑い声と共に振り下ろされた。

 

「......え?」

 

 

 

 

 

 ーーーーすんでの所で割って入った、秀輝の背中に。

 

 

 

 

 瞬間、光輝の視界を赤い液体が舞い、光輝の顔にもいくつか付着する。

 続いて光輝が得た情報は、音ーー先ほどの男が、上げた呻き声だった。

 秀輝が強引に裏拳で男を吹っ飛ばしたのだ。

 そして、秀輝は脂汗を至るところに滲ませながらも、光輝に笑いかける。

 

「大丈夫だったか、光輝? ごめんな、来るのが遅れて」

 

「お、とうさん......!」

 

 光輝の両目から、再び涙がこぼれ始める。

 だが今流している涙は、とても暖かいものだ。

 光輝が泣いているのを見て、秀輝が光輝の頭を撫でる。大丈夫、大丈夫、と何度も言い聞かせるように。

 おかげで光輝は少しずつ気持ちを落ち着かせることができたが、再びそれが乱れる。

 秀輝の顔が苦痛に歪んだからだ。

 

「いいところだったのに、邪魔してんじゃねえよぉ!! 全員切って切って、切り刻んでやらぁぁぁぁあああ!!」

 

 男はまだナイフを隠し持っていたらしく、秀輝の背中や足、肩を何度も何度も切り刻んでいく。

 それでも秀輝は光輝のことだけは守るため、光輝を腕の中に隠す。

 光輝に笑顔を向けることも止めなかった。

 部屋のなかに、秀輝の血が飛び散っていく。

 そうして疲れたのか、男の斬撃が少し緩んだ。

 秀輝はそこを見逃さなかった。

 激痛を堪えながらも秀輝は勢いよく体を反転させ男に向き直ると、男が持っているナイフを右手で鷲掴んだ。

 そして自分の体重をかけるようにして男と共にベットから転げ落ちる。

 とにかく、光輝から距離をとらせようと思ったのだ。

 そのまま秀輝と男は床で転がり、殴りあい、もみ合いーーーー不意に、物音が途絶えた。

 光輝は体を震わせながらも、秀輝のことが心配になり、ベットの下を見た。

 そこには......全身血まみれになりながらも、なんとか光輝に笑いかけている秀輝と、気絶しているのか動かなくなった男が倒れていた。

 よく見れば、男の胸にはもう一本のナイフが刺さっている。もみ合っているうちに刺さってしまったのだろう。

 

「おとうさん......」

 

「......ん、ちょっと、だけ、待ってくれ......」

 

 秀輝は光輝の呼び掛けに答えると、ほふく前進のように腕だけを使って移動しようとする、が、力を込めたはずの腕に力が入らないのかその場にまた倒れてしまった。

 秀輝は一瞬何か考えるような表情をすると、再び光輝に笑いかけてきた。

 その笑顔は、光輝が今まで見てきた秀輝のどの笑顔よりも暖かく、優しいものだ。

 

「ごめんな、光輝......ちょっと、こっちに......来てくれないか?」

 

「う、うん......」

 

 光輝は秀輝に従い、ベットから降りて秀輝のもとに寄る。

 すると、秀輝は急に辛そうな顔をして咳き込んだ。

 ......秀輝の口から、赤い液体が塊になって飛び出る。

 それを見た瞬間、光輝はなにかがまずいと思った。

 生物としての直感か、幼いながらもその現象のことを理解しているのかは分からないが、光輝の背筋を一気に冷たいものが駆け巡ったのだ。

 それを秀輝も悟ったのか、光輝に声をかけた。

 

「光輝、大丈夫だったか......?」

 

「うん......お、おとう、さんは......」

 

「うーん......父さんは、ちょーーっとだけ、疲れた、かな?」

 

 あはは、と秀輝は明るく笑うが、光輝の不安はどこにも消え去ってくれない。

 その時になって、光輝は床が妙に生暖かいことに気がついた。

 床に触れている自分の手を見てみると......真っ赤に染まっていた。

 光輝がその意味を察するより一瞬早く、部屋のなかを冷たい風が舞った。光輝が寝る前には閉まっていたはずの窓が、開いていたのだ。

 

(......ぼくが)

 

 6才、というのは、物事の判断が少しずつついてくる年頃だ。

 だから、光輝は多くのことに気がつく。

 気がついてしまう。

 

(ぼくが、かぎをしめなかったから? ぼくが、いたから? ぼくのせいで、おとうさんは......)

 

 幼い少年の心を、黒く、暗く、重い絶望が覆い尽くす。

 さっきまで、確かに楽しいいつもの日常だったはずなのに。

 そんなものは、もうどこかに行ってしまった。

 気がつけば、秀輝の顔からは生気がどんどん抜けていってしまっている。

 そんな中、秀輝は口を開いた。

 

「なぁ、光輝......?」

 

「な、なに!?」

 

 なぜかは分からない。

 それでも、光輝は秀輝の言葉を一字一句聞き逃してはいけないような気がした。

 

「いいか......? さっき父さんは、誰かを叩いちゃいけないって、言ったな......?」

 

「うん......」

 

「でもな、ちょっとだけ、特別な時はあるんだ......」

 

 秀輝が大きく息を吸う。

 再び、秀輝の口から赤いものが飛び出る。

 

「それはな......大切な人が、傷つけられた時と......大切な人を、守る時だ......」

 

「たいせつなひと......?」

 

 コクり、と秀輝は頷く。

 気のせいか、声も段々と小さくなっている。

 

「そんな時だけは......我慢なんていらない、ガツーンと、かましてやれ......それだけ忘れなけりゃ、光輝、お前は、最高の男になれる......から」

 

 どこからか、サイレンの音が聞こえてくる。

 秀輝は、その音に負けないよう、力強く、最期(、、)の教えを口にした。

 

 

 

 

「だから......誰かのために頑張れる、優しい子に......なれるよう......頑張れっ......!」

 

 

 

 

 言うと、秀輝はゆっくりと、目を閉じた。

 それでも、笑顔だけは絶やさない。

 そんな秀輝を見て、なんでもいいから光輝は声をかける。それしか、できないから。

 

「ねぇ......おとうさん、おきてよ......ひとりに、しないでよ......っ。そうだ、ぼくまだ、ゲームのときのことあやまってないよ......っ? おとうさん言ってたよ? わるいことをしたらあやまりなさいって、ぼく、まだあやまってない......! おとうさんに、あやまってないよ!! おきてよぉ......おきてよぉ......!!」

 

 光輝は、必死にのどを震わせる。

 心が絶望しきってしまわないように。

 まだある、小さな希望を、暖かさを、失ってしまわないように。

 

「......っ」

 

 それが伝わったのか、秀輝はゆっくり、本当にゆっくりと、腕を持ち上げーー光輝の頭に乗せた。

 そして。

 

「......ご、めん......な......」

 

 ......そう言って、今度こそ完全に力が抜けた。

 腕から力が抜け、べちゃ、と音をあげて秀輝の腕が落ちた。

 

「おとうさん......おとうさん......おとうさんっっっ!!!!」

 

 少年の声が部屋のなかに木霊するなか、サイレンの音がどんどん近づいてくる。

 それでも、少年の声が聞こえなくなることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......その後すぐ、警察と救急隊員は篠崎家に到着した。

 大人たちは、夫婦の部屋だと思われる場所で小さく丸まっている女性を発見した。

 話によると、警察と救急車だけ呼んでこの部屋に隠れていろと夫に言われたらしい。

 そして、現場である子供部屋。

 そこでは男二人が床に倒れている中、誰の血かも分からなくなったような状態で、血まみれで泣き叫んでいる子供が発見されたという......

 

 




はい、過去回でした!

......うーん、ちょっと想定よりも長くなっちゃいましたねぇ。
そして感動系、シリアス系はやっぱり雰囲気が難しいですね。ギャグはいくらでもできるのですが......

コウキの過去はこれで全て明かされた!! ......というわけでは実はありません。まだちょっとだけ続きがあります。今回の過去回の後日談みたいなものですね。
コウキにはまだ転落してもらいます。コウキがここまで捻くれた子になっちゃった理由には、今回の話ではまだ足りませんしね!


次回は話した通り、過去回2話目です。今回みたいにずっと過去サイドにはなりません。


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45話目 絶望の音

45話目です!!

秀輝「母さんはかわいいなぁ」

彩花「......」

秀輝「母さん良い匂いするし」

彩花「......」

秀輝「母さん優しいし」

彩花「......んぅ」

秀輝「たまに見せる笑顔なんて絶品ものだし」

彩花「......うぅ」

秀輝「.......」

彩花「な、なに......」

秀輝「なぁ彩花、キスしても良い?」

彩花「~~~~~~~~!!!!???」

秀輝「その反応はいいってことで」

彩花「やっ、ちが!? 秀輝さん待って、ていうかなにさっきからーーーー」

仲良しこよし。


 少し休憩を入れようか、と言ってヨウトがテーブルの上にお菓子を置き、一人ずつにお茶を渡す。

 私たちの雰囲気が下がりすぎたから、ヨウトなりに空気を入れ替えようとしてくれたんだと思うけど、誰も今はお菓子を食べる気にはなれなかった。

 

「......」

 

 向かいに座ったコウキを見る。

 その表情は今までにも何度か見たことのある、どこか寂しさを含んでいるけど、それを表に出さないような表情。

 ......さっき聞いた話だと、コウキも昔は明るい、それこそヨウトみたいな天真爛漫な子供だった。

 きっと、すごく輝いた笑顔をする子だったんだと思う。

 コウキはそういう風に思いきり感情を表に出すことは少ないから、今までどれだけ大変だったのかが、なんとなくだけど想像できてしまう。

 コウキの今の性格や表情が悪いだなんて全然思わない、でもーーーー

 

「......おいおいミウ」

 

「ふぇ?」

 

「顔、怖くなってるぞ?」

 

「っ!?」

 

 コウキに言われて、咄嗟に顔を両手で隠す。

 ......私、今どんな顔してた?

 顔が怖くなってる、なんて、生まれてこの方言われたことがなかった。

 変な顔になってなかったかな、と少し恥ずかしくなったけど、頭を振って思考を切り替える。

 違う、私は納得がいかなかったんだ。だからこのもやっとした気持ちは否定しなくていい。

 

「......な? 聞いてもあまりいい話じゃないだろ? ただ俺のせいで父さんが死んだ、それだけの話なんだから」

 

「それはーー」

 

「例え、実際は事故だろうと、犯人の男が悪かったんだとしても。俺があの時、変に拗ねたりしないで鍵を閉めていれば起こらなかったことなんだから」

 

「......」

 

 コウキは迷いもせずに言い切る。

 この出来事は、もうコウキは自分の中で消化している。もう、向き合い方を決めてしまっている。

 だから、私が何を言っても、そう簡単には揺るがない。

 ......悔しい。

 私が俯くと、コウキはリリちゃんの方を向く。

 

「リリも、さっきは本当にごめんな。俺が寝てる時に起きたことだったからさ、寝てるときも妙に周りに敏感になっちゃってて。リリにまであんな反応しなくてもいいのにな......」

 

「......いえ。それは、その......仕方がないと思います。誰だって目の前でそんなことが起これば、トラウマになっちゃう、と思います......すいません。自分から聞いておきながら、こんなことしか言えなくて......」

 

 トラウマ。

 その単語に小さく体が震えてしまった。

 

「いや、リリがさっき言ってくれたことなんだけどさ。話して俺もだいぶ楽になってるから。勝手だけど、俺としては結構助かってるんだ」

 

「あ......なら、良かったです」

 

 リリちゃんが嬉しそうに笑う。

 それにつられるように、コウキも微笑む。

 優しい笑顔。私も大好きになった笑顔。

 でも、今だけは、嫌な笑顔。

 ねぇ、コウキ。なんでコウキは......そんな全部諦めたみたいに笑うの?

 私は、今までコウキのことをすごく落ち着いていると思ってた。達観とか、そんな感じ。

 でも、この話を聞いた後だと話は変わってくる。

 あのコウキの落ち着いた感じは、本当は諦めの証なんじゃないだろうか?

 何に対して諦めているのかは、分からない。それでも、まだ私の手はコウキの心に触れていない。それだけは分かった。

 ふとヨウトの方を見てみると、ヨウトもコウキを見てどこか悔しそうにしていた。

 ......そうだよね。ヨウトは私よりも長くコウキのことを見てる。

 コウキのこの表情を、もっと長く見てきてるんだ。

 ヨウトは私の視線に気づくと、すぐさま落ち着いた表情に戻った。

 

「まぁ、今までの話はコウキが知ってる話と、コウキの母さんーー彩花さんに教えてもらったことを纏めた話なんだ」

 

「で、これから先話すのは、俺の話。多分......ミウが今まで疑問に思ってたことの答えは、これで全部分かると思う。ごめん、今まで変にはぐらかしてきて」

 

「......ううん。こうして今、コウキが話してくれてる。それで私は十分だよ」

 

「そう言ってもらえると俺も嬉しい......それと、リリは大丈夫か? さっきの話の途中も、顔色悪かったけど」

 

「ありがとう、ございます。大丈夫です。それに......コウキさんが、私にまっすぐ向き合ってくれているのに、私だけ、逃げたりするのは......嫌です」

 

「......そっか」

 

 コウキは一度大きく深呼吸する。

 いくら向き合い方を決めていても、コウキにとっては辛い過去のはずだ。

 それをコウキが私たちに話そうとしてくれている。それなら、私たちはそれをひとつ余さず、受け止める。

 私は、受け止めたい。

 

 

 

 

「ーーじゃあ、続けるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー7年前。

 お父さんが俺のせいで死んでから、2年後。

 俺が、小学2年生の時。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、君、人殺しの子供って本当?」

 

「......」

 

 朝。登校後。

 教室前廊下にて。

 ......またか。

 俺は隠そうともせずにため息をつき、そのまま質問者さんの隣を通り抜けるように教室に入ろうとするーーあ、邪魔された。

 その時になってやっと俺は質問者さんの顔を見る。

 ......やっぱり、上の学年の人か。

 何年生かまでは分からないけど、質問者さんは身長が高いし、あと話し方が流暢。

 まぁ、上の学年でもないと教室前まで来て質問してこないっていうのもあるけど。

 俺は質問者さんを睨み付ける。でもやっぱり年下からこんなことされても怖くないのか全然引いてくれない。

 

「ねぇ、聞いてんじゃん」

 

「......お父さんは、人殺しじゃない」

 

「あ、殺したのって父親の方なんだ」

 

「......っ!!」

 

 なにも知らないくせに!! 勝手なこと言うな!!

 お前なんかに何が分かる!! お父さんは俺を守ってくれたんだ!!

 ......そんな思いを飲み込んで、俺は拳をこれでもかと握る。

 そして今度は多少強引に教室のなかに入った。

 学校に入ってみて知ったけど、他学年の教室というのは妙に息苦しい。下の学年が上の学年の教室に行くのなら、教室の前ですら圧迫感を覚える。

 だからこうして教室に入ってしまえばさっきの人の追撃は免れることができる。

 ......まぁーー

 

「高崎だ......」

 

 ーー俺の場合、自分の教室でも息苦しさは覚えちゃうけど。

 教室の色んな所から、ため息とか内緒話が聞こえてくる。

 それに対抗して、というわけではないけど、俺は自分の席に座ると同時にため息をついた。

 

「なぁ、高崎くん」

 

 顔をあげると、机の前にクラスメイトが立っていた。確か名前は......岡くん......だったかな?

 クラスでも女の子に人気のイケメンくん、とかなんとか聞いたような聞いてないような。

 ......今日は連続かぁ。

 

「えっと、なに?」

 

「別に、お前が人殺しの子供とかっていうのには興味はないけどーー」

 

 興味がないんだったら放っておいてくれない?

 とか言ったらまた争いのもとになるのかなぁ。

 

「友達が怖がるから、上級生もうつれてこないでよ」

 

「......そんなの、俺のせいじゃない」

 

 言って、俺は岡くんを睨み付けるーーやった。さっきの人には効かなかったけど、岡くんには効いたみたいだ。

 そのまま岡くんは立ち去っていった。

 ......そういえば、ゲームとかだと相手を倒したら経験値もらえるよね。

 俺の場合は、恨み値とか貯まってそうで怖いけど。

 適当なことを考えつつ教科書をかばんから引き出しのなかに移動していく、と、いつもなら奥まできっちり入るはずの教科書が今日は入らなかった。

 なにか奥に物が詰まったかな?

 引き出しのなかを探る。すると。

 

「......雑巾?」

 

 机の中から、教室掃除用だと思われる雑巾が出てきた。

 しかも用意がよく、ちゃんと使用済みのもの。牛乳とか拭いたのかな? 臭いがすごい。

 右手で摘まんだ雑巾を観察していると、教室のどこかから小さな笑い声が聞こえてきた。

 ......こうきたか。

 俺はまたため息をつきつつ、雑巾をかけておく棒に雑巾を適当にかけておく。

 少しずつランクアップしてる気がする。

 前に机のなかに物を入れられたときはノートを破って作った紙くずだった。

 あとは......絵の具を使ってるときに服につけられたり?

 まぁ、色々あったような気がする。記憶するのも嫌だし覚えてないけど。

 そりゃあ、前はイライラもした。怒って殴ったりしたこともあった。

 でもそうしたら、お母さんに連絡が行った。

 お母さんに怒られるのは別に構わない。お母さん優しいもん。

 俺が嫌なのは、お母さんに迷惑がかかること。

 お母さんに、負担がかかること。

 お母さんは、おとうさんが死んでから、一人で俺を育ててくれてる。

 体が弱いのに、バイト? とか働くことも始めて。いつも疲れてて、大変そう。

 だから、お母さんにだけは迷惑はかけない。心配をかけない。

 だから、俺は我慢する。

 それに今日はまだ悪いことしかないけど、そこまでこの教室は悪いものじゃない。

 まず良いところ一つ目。それは。

 

「おっす、おはよう光輝!」

 

 急に、背中をドン! と叩かれた。

 振り向くと、そこには保育園の頃からの友達、佐藤陽がいた。

 俺は不満が少しでも陽に伝わるように不機嫌顔を作る。

 

「陽、痛い」

 

「それは光輝が弱いからだ」

 

「どう考えても陽が悪いでしょ......」

 

「あ、そうだ。今日家で晩御飯食べないかって光輝の母さんに伝えといてだって」

 

 ......もう陽とは4年ぐらいになるけど。

 未だに話の流れが見えてこない。

 前になんでそんなに脈絡ないの? と聞いてみたら、最近英語の勉強してるからかな? と言われた。とりあえず英語を話す人全員に陽は謝った方がいいと思う。

 ......でも、そんな陽のことが、俺は嫌いじゃない。

 いつも陽は明るくて、元気がもらえる。それにこう見えて陽は周りがすごく見えていて、頼りになる。

 なにより......すごく、いいやつだから。

 最近知ったけど、俺と一緒にいる陽も少し悪く言われているらしい。

 それでも、陽は隣にいてくれる。そのおかげで、すごく安心する。

 

「うん、分かった。言っとく」

 

「おう! また家で一緒にゲームしようぜ」

 

「うん」

 

 と話していると、チャイムが鳴った。

 また後でな。陽はそう言って自分の席に向かう。

 陽が自席に座る頃にはクラス全員がもう座っていた。

 そして教室の前の扉が開かれる。

 ......そう、このクラスの良いところ二つ目はこれ。

 

「さ、みんないる? 出席を取るよ?」

 

 女の先生が、クラス全体に問いかける。

 二つ目はーークラスの担任が、尾上先生だったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生さよならー」

 

「はい、さよなら。気を付けてねー」

 

 どこの教室からかそんな会話が聞こえてくる。

 放課後。学校中の教室が賑やかになる時間だ。

 そしてこのクラスでも、活動的なタイプの生徒たちが我先にと教室から出ていく。

 早く家に帰って遊んだり、外で遊んだりしたいみたいだ。もちろん陽もこの活動組に含まれる。

 そんな中、俺は教室を出て生徒の流れに逆らい、職員室の前まで移動した。

 えっと......ノックしてから、ドア開けるんだっけ......?

 まだ少し慣れないノックを2回。

 

「失礼しまーす......」

 

「あ、光輝くん。こっちこっち」

 

 恐る恐る職員室に入ると、尾上先生が席に座って呼んでくる。

 尾上先生は、綺麗な人だ。

 髪はロングで軽く巻いていて、柔らかそうな雰囲気を体に纏っている。

 それに、優しい人だ。

 俺はこうして一週間に一回、先生に職員室に呼ばれてる......あ、いや、なにか悪いことしたとかじゃなくて。

 呼ばれる理由は悪いこととは正反対。俺が過度なイジメーーというよりイタズラ?ーーを受けていないか、定期的に聞いてくれているんだ。

 呼ばれた通り移動して、少しの小話。そしてここ一週間の出来事を報告する。

 先生は一つ一つのことに対して頷いて、静かに聞いてくれた。

 

「ーーこんな感じだったかな?」

 

「そっか......ごめんね。先生も何とかしたいんだけど、中々細かいところまでは目が届かなくて......」

 

「先生が悪い訳じゃないもん! 大丈夫大丈夫」

 

 へへへ、と先生に向かって笑う。

 他の先生も、俺に対しては良くしてくれているけど、どっか一歩距離をおいた感じに接してくる。

 やっぱりどこか怖い気持ちはあるのかもしれない。

 でも、尾上先生は違った。

 ちゃんとこうして、一つ一つ俺の言うことを聞いてくれた。

 それが、すごく嬉しかった。

 

「先生ももっと頑張ってみるから、光輝くんも辛いことあったら遠慮せずに言ってね? いつでも聞くから」

 

「うん! ありがとっ!!」

 

 この学校に来て、尾上先生に出会えてなかったら、と思うと本当に怖い。

 先生に出会えて、本当に良かった。

 だから、俺はまだまだ頑張れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、なんでこんな話になったのか。

 俺もよくは知らないけど、保育園に行ってた頃に俺が叩いちゃった子がいた。

 もとは向こうが悪かった話だったけど、俺がその子を怪我させちゃったせいでその子のお母さんがすごく怒ったらしい。

 それでその人がどこからかお父さんの事件を聞きつけて、その人がお父さんが誰かを殺したっていう話を広めたらしい。

 俺を守ってくれた、その話は広まらずに。

 そのせいで、今こんな感じのなっちゃったって、前にお母さんが教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん、陽が今日晩ごはん食べに来ないかって」

 

 家に帰ると、今日はお母さんがいた。

 お母さんは仕事している時間がバラバラで、昼間働くこともあれば夜働くこともあった。

 いつも大変そうなのに、授業参観にも来てくれた。

 ......前に、おじいちゃんたちにお金は借りられないの? と聞いたことがあった。

 おじいちゃんたちはお金持ちらしかったから。

 でも、「おじいちゃんたちは今体調を少し崩していて、心配をかけたくないから。だからお母さんが頑張るのよ」ってお母さんは言ってた。

 だから、俺はお母さんに心配はかけたくない。

 お母さんはお皿洗いをしながらこっちを見て苦笑いする。

 

「ごめんね。今日は夜また出ないといけないから」

 

「そっかぁ」

 

「だから、光輝だけでも行ってきて」

 

「うん......分かった」

 

 陽の家とは昔からの付き合いだ。

 だからこうして互いの家で晩ごはんを食べたり、泊まったりというのは珍しくない。

 それに陽の両親もすごくいい人たちで、お父さんのことがあった後もうちのことを心配して、色々手助けしてくれた。

 陽の両親も、本当にいい人だ。

 

「じゃあ、陽の家に電話してくるね」

 

「うん......ちょっと待って」

 

「え?」

 

 お母さんに手を捕まれた。

 お母さんの手は濡れていたから、少し冷たい。

 

「どうしたの?」

 

「......腕のこのマジックの線、どうしたの?」

 

「え......あっ」

 

 しまった、と思った時には、お母さんは俺のことを抱き締めていた。

 そしてもう何度目かも分からない言葉。ごめんね、ごめんね。とお母さんは俺に言ってくる。

 ......ダメだ。また心配をかけてしまった。

 お母さんのこんな顔、見たくないのに。お母さんの笑顔が好きなのに。

 

「......お母さん、違うよ。これ、自分で書いちゃったんだ。今日の図工の時間に、手が滑っちゃって......ごめんなさい」

 

 本当のことだ。今日は図工があって、その際に俺は手を滑らせてしまった。

 ......ただ、その時立ち歩いてたクラスの人がぶつかって手が滑った、ていうのはあるんだけど。

 でも、俺が何かされたって思ってないから、大丈夫。

 だからお母さん、大丈夫だよ?

 どこまで伝わるのか分からないけど、そんな思いを込めてお母さんの背中に両手を回す。

 お母さんの体は、いつも通り俺の大好きな暖かさを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 体操服を入れる袋に入れられていた土を、教室のベランダに出て外へ向かって払っているとき。

 ......ん?

 隣のクラスとも共通になっているこのベランダ。そのベランダに膝をついてずっと下を見ている女の子がいた。

 手をパタパタベランダの床について、何かを探してるみたいだ。

 普段は誰かに関わろうとはあまり思わないけど、あんまりにその女の子が困っている様子だったからつい、声をかけてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 声をかけた女の子は、大声をあげてその場で固まってしまった。

 ......膝をついて頭を下げた状態で固まっちゃってるから、なんだか俺に土下座をしてるみたい。

 なんか、また変な噂が広まっちゃいそうだなぁ。

 女の子はゆっくりと俺の顔を見上げてーーーー思いっきり眉間にしわを寄せて睨んできた。

 あう、睨まれた......そういうこと多いし、最近は慣れてきたけど、初めて会った相手にされるとやっぱり少しショック。

 でも、そんなにずっとこっち見て睨んでこないでも......と思ったけど、途中で違和感を覚えた。

 睨まれてるにしては、なんというか、嫌な感じがしない。

 ......あ。

 

「もしかして......目が悪いの?」

 

「へ? あっ、ごめん!! 別に、睨んでたわけじゃ......」

 

「ううん、別にいいけど」

 

「えっと......男の子、だよね?」

 

 うん、と返事する。

 相当目が悪いのか、この距離でも俺の顔が見えてないみたい。

 事情を聞くと、このベランダで転んだときにコンタクトを落としちゃったらしい......両目とも。

 ......えっと、こういうのなんて言うんだっけ......。

 ......ドジっ子?

 

「あの、だから、あまりこの辺歩かないでほしいんだけど......」

 

「あぁ、踏んじゃうしね」

 

「うん......ごめん」

 

 女の子はもう一回謝ると、また床に目を近づけてコンタクトを探し始めた。

 ......コンタクト、か。

 そういえば、お母さんも目が悪かったなぁ。

 そういえば、お母さんの笑顔最近見てないなぁ。

 ......笑って、ほしいなぁ。

 

「......え?」

 

 女の子が驚いて声をあげる。

 多分、目が悪くても俺が床に膝を着いたのが分かったからだと思う。

 

「一緒に探す」

 

「でも、悪いよ」

 

「いいよ。今ちょうど昼休みだから時間あるし」

 

 言いながら、そういえば陽と遊ぶ約束してたような......とか思い出したりもしたけど、まぁ、いいか。

 前に約束忘れられたから、仕返しってことで。

 女の子は、最初俺から少し距離をとっていたけど、最終的には手伝わせてくれた。

 .......その後、コンタクトが見つかったのは、授業が始まって少ししてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふーん♪」

 

「光輝くん、どうしたの? 珍しく鼻唄なんて」

 

「あ、尾上先生!」

 

 職員室に行くと、尾上先生は席を外していると言われたので待っていると、その本人が戻ってきた。

 今日も恒例の報告会。

 いつもは圧迫感を覚える職員室だけど、今日はそんな感覚は一切なかった。

 というか、気分が良かった。

 

「昼休みね、コンタクト落として困ってる女の子がいたから、探すの手伝ってあげたんだ! そしたらコンタクト見つかって、ありがとうって言われた!」

 

 あの女の子は俺の顔がちゃんとは見えてなかった。

 だから俺のことを怖がらずにありがとうって言ってくれたのかもしれないけど、それでも嬉しかった。

 この学校に来て、味方は陽と尾上先生しかいないと思ってた。

 同い年の子は、皆敵みたいだった。

 でも、そんなことなかった。

 あんな風に、嬉しいことがあったら皆、ありがとうって言うんだ。

 嬉しそうに笑うんだ。

 俺に、嫌な感じじゃない気持ちを向けてくれるんだ!

 それが分かったことが、なによりも嬉しかった。

 先生は俺の言葉を目をつむって聞くと、少し間を置いて「そうね」と言った。

 

「......光輝くんは、とってもいい子だもんね。光輝くんはなにも悪くないの。だから、光輝くんは光輝くんらしくいれば、みんな光輝くんの良さに気づいて、友達になりたがると思うよ」

 

「......うんっ!!」

 

 その後も、少し小話をして、帰る時間になったから職員室を退出した。

 先生は昇降口まで見送りに来てくれた。別にいいって言ったけど「先生にも何かさせて」って言ってた。

 本当に、いい先生だ。

 

「じゃあね、尾上先生!」

 

「えぇ、またね。車に気を付けてね」

 

「うん!」

 

 俺、この学校で、本当に良かった!

 

 

 

 

「......そう、光輝くん()なにも悪くないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下校中、俺は今まで努めて思い出さないようにしていたお父さんとのあの日のことを、なんとなく思い出していた。

 今日は、自然と思い出してしまったんだ。

 でもそれは悪い意味じゃなくて。

 気持ちよく、思い出すことができた。

 お父さんの、最期の教え。

 

「だから......誰かのために頑張れる、優しい子に......なれるよう......頑張れっ......!」

 

 あの時はーーううん。今日まであの言葉の意味が分からなかった。

 でも、今日分かった。

 あのコンタクトの女の子のおかげで。

 誰かのために頑張って、笑顔になってもらえたら、すごく嬉しい。

 それに、多分コンタクトの子もあの時は嬉しかったと思う。

 そんな、誰かも自分も嬉しくなる。そんなことが、優しい子、にはできちゃうんだ。

 そうなりたい、そう思った。

 自然と、家に帰る足が速くなる。

 そうだ、まずはお母さんのお手伝いから始めよう! 今までもしてきたけど、もっとしよう。

 最初は失敗もするかもしれないけど、まだ刃物は痛くて危ないことぐらいしか分からないけど、お母さんに習って、少しずつでもいいから、最後には全部手伝えるぐらいになろう!

 そうしたら......

 

「お母さん、笑ってくれるかな?」

 

 足の動きは、もう全力疾走になっていた。

 すぐに家が見えてくる。

 今日はお母さん家にいるって言ってた。できれば今日からもう教わり始めよう!

 家のドアに手をかける。

 

「ただいま!!」

 

 俺の声が家のなかに響く。そういえばここまで大声を出したのは本当に久しぶりな気がする。

 お母さんはこの時間、大体キッチンで洗い物をしてる。

 俺はキッチンに向かう......でも、お母さんはいない。

 

「あれ?」

 

 買い出しに行ったのかな? と思ったけどさっきドアに鍵はかかってなかったし、それはない。

 じゃあ、どこだろう?

 とりあえずお母さんの部屋に行ってみるかな? と思ったときだった。

 prrrr.......!

 電話が鳴った。

 この家にある電話は、お母さんの携帯電話とリビングにある固定電話の2つ。

 この音は固定電話の方だ。

 ......とりあえず、出ないと。

 お母さんが出ないことに違和感を覚えつつ、俺はリビングに移動する。

 電話は......あれ、ない......

 いつもはテーブルの上に置いてあるはずの電話が、今はない。

 でも、今も音は鳴ってる。

 音がする方へ、音がする方へと歩いていく。

 そしてーーーー

 

「あっーー」

 

 

 

 

 

 あった。

 見つけた。

 今も鳴り響く電話。

 それと一緒に......お母さんが、床に倒れていた。

 その瞬間。

 頭のなかで、なにかが壊れる音が、確かに聞こえた。

 そして、もう知りたくもない絶望が、襲ってきた。

 

 

 

 

 

「お母さん!!」

 

 お母さんが倒れていることを認識してからの行動は早かった。

 すぐにお母さんの傍に寄って、何度も何度も声をかける。

 体も何度か揺する。

 お母さんの体は、すごく冷たかった。

 この前抱き締められた時に感じた温かさは、どこにもなかった。

 頭のなかに、2年前の出来事が再び呼び起こされる。

 ただし今度は、悪い意味で。

 お母さんが、いなくなる。お父さんみたいに。

 お母さんが、もう笑ってくれない?

 やだよ、やだよ.......やだよ!!

 なんとかしなきゃと思った。

 今度こそ、なんとかしないと。

 じゃないと、また、大切な人がいなくなっちゃう!!

 まずは救急車を......そう考えた時、未だ鳴り続けている電話に気がついた。

 表示されている番号に、見覚えがあった。確か......

 俺はすぐさま受話器を取る。

 

「陽っ!!」

 

『え、あ、ごめん。陽じゃなくてそのマミー。お母さんだよ?』

 

「陽のお母さん!! お母さんが、お母さんが!!!」

 

『......! 光輝くん、落ち着いて。どうしたの? 彩花ちゃんに何かあったの?』

 

「お母さんが......倒れてたぁ......!!」

 

『っ!?』

 

「帰ったら、椅子から落ちて、床に......それで、電話......!!」

 

『......うん、分かった。今すぐ私そっちに向かうから、光輝くんはそこにいて』

 

「でも、お母さんが......!」

 

 こんなに、冷たくなってて、返事もしてくれなくて!!

 

『大丈夫! 光輝くんのお母さんは、すごく強い人だよ。絶対大丈夫......だから、私のこと待ってて。もしかしたら救急車が先に来るかもしれないけど。それまで待ってね』

 

 陽のお母さんの声がすごく落ち着いてて、頼もしくて。

 俺は少しだけ、落ち着くことができた。

 

「うん......!」

 

『うん......それまで、この電話繋いでおくから。陽といつもみたいに話してて』

 

「うん......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さんは、一命を取り止めた。

 その報告が届いたのはお母さんが倒れた次の日だった。

 お医者さんの話ーーを聞いた陽の両親の話ーーだと、過労と精神的疲労が積もりに積もって、倒れてしまったらしい。

 元々体が弱いこともあって、今回は本当に生死をさまよったって言ってた。

 しかも今はまだ生死の境から脱しただけで、意識は戻ってないということだった。だからしばらく入院するって。

 疲労については......理由が分かるけど。精神的疲労ーー心の方については、俺のせいかなって、思った。

 お母さんも、お父さんのことが大好きだったから。それなのに、俺のせいで......

 もっともっと俺がいい子なら、こんなことにならなかったのかな......

 そんな考えがずっと頭のなかでぐるぐる回って、一週間が過ぎた。

 学校は、行かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、お母さんが入院している間、陽の家に泊めてもらうことになった。

 そして泊まり始めてもう一週間以上。本当にここにいていいのかな? って思い始めた。

 だって、そうじゃないか。

 陽も、陽の両親も、本当にいい人たちばかりで。それに対して、俺は本当に悪い子で。

 俺がここにいたら、陽たちにも迷惑がかかっちゃうんじゃないか? そう思った。

 でも、じゃあどこに行けばいいんだろう?

 家に戻る? 食べるものがない。

 おじいちゃんたちは? 結局迷惑がかかる。

 

「......」

 

 候補は、これぐらいしか思い付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さんが目を覚ました。

 それを聞いたのは、夜中、眠れなくて水でも貰おうとキッチンに行ったときだった。

 でもそこには先客ーー陽の両親がいた。

 二人が話していたんだ。

 それを聞いたとき、嗚咽を上げて泣き出しそうになった。

 よかった、お母さんはいなくならなかった。帰ってきてくれる。また話してくれる。今度こそ謝れる。

 また、笑い合えるかもしれない。

 そんな想いが、一気に溢れ出してきて。

 でも、それは全て次の陽のお母さんの言葉でーー打ち砕かれた。

 

 

 

 

「それで、どうなったの? あの尾上先生が彩花ちゃんの容態に関わってるかもって話は」

 

 

 

 

 ーーーーえ?

 嗚咽が、涙が、全て引っ込んだ。

 代わりに溢れ出したのは......絶望。

 俺に気がつかずに、二人は会話を続ける。

 

「......彩花さん、倒れたときに電話と一緒に倒れてただろ? だから電話の相手のせいでストレスが一気にたまって、倒れたんじゃないかって」

 

「その相手が......尾上先生だった」

 

「あぁ。それで彩花さんが目を覚ましたときに、聞いてみたんだ。尾上先生になにか言われたんじゃないかって、そしたらーーーー」

 

 聞かない方がいい。

 頭のどこかでそうおもったけど、体は動いてくれなかった。

 

 

 

 

「ーーーーそしたら、あの先生に、光輝くんを転校させるか不登校にさせるように、ずっと脅迫紛いのことされてたって......」

 

 

 

 

 ーーーーーー。

 音、なんかじゃない。

 確かに今、自分が、壊れてしまった。

 それは分かった。

 

「でも、なんでそんなこと......」

 

「学校が問い詰めたらすぐに答えたよ。前の授業参観、彩花さんも来てたよな?」

 

「えぇ」

 

「その時、彩花さんに男全員の視線が集まって......しかも彩花さんもすごく綺麗で......それが気に食わなかったんだと」

 

「ーーっ!? たった、そんな、ことで......?」

 

「あぁ。で、光輝くんを面倒見ていたのは、『イジめられてる生徒を熱心に励ます優しくて良い先生』っていう、レッテルが欲しかったらしい。しかも秀輝くんのあの事件のこと。親たちに回していたのもあの先生だった。光輝くんへのイジメも、そのあとのフォローも全部、自作自演」

 

「そんなの......許されるわけないじゃない!!」

 

「あの先生は、問答無用で教育免許取り消し。学校側も謝ってきたよ」

 

「そういう問題じゃないわよ!! それじゃあ、彩花ちゃんと光輝くんは......」

 

「......」

 

 そこから先の会話は、聞かなかった。

 聞きたくないとか、そういう話じゃなくて。

 もう、どうでもよかった。

 誰が苦しんで、誰が喜んで、誰が怒って。

 そういうのが全部。

 もう、どうでもよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が寝るのは、陽の部屋だ。

 床に布団を敷いて雑魚寝。

 陽の部屋に戻ると、陽は気持ち良さそうに眠っていた。

 部屋にあるテレビを見れば、寝る前まで陽と遊んでいたゲームのハードが、接続されたままになっている。

 

「......」

 

 とりあえず、布団の上に座った。

 そして、先ほど話題に上がっていた尾上先生の顔を思い浮かべる。

 ......できなかった。

 思い出せなかった。

 ただ一週間会ってないだけだけど、どんな顔をしていたか、どんな雰囲気だったか、どんな話し方をしていたか。

 全然、思い出せない。

 

「......」

 

 次に、陽を見た。

 ......陽も、陽の両親も、本当に、いい人だ。

 尾上先生もいい人......だと、思ってた。

 でも違った。

 本当は裏で全然違うことを考えていた。

 陽たちもそうかもしれない......とは思わない。

 きっと、陽たちは本当にいい人なんだと思う。思いたい。

 でも、そんなの関係ない。

 

「なんで......なんだろ......」

 

 誰でにでもなく、小さく呟く。

 

 

 

 

 すごくいい人だと思っていた尾上先生。

 善意に溢れている。そう思っていた尾上先生。

 信用して、大好きだった尾上先生。

 ......でも、裏切られた。

 信用した人には、裏切られちゃう。

 

 

 

 

 

 

 いつも誰よりも優しかった、お父さんとお母さん。

 いつも温かさを俺にくれた、お父さんとお母さん。

 いつも俺のことを想ってくれてた、お父さんとお母さん。俺も大好き。

 ......でも、お父さんはいなくなった。お母さんも危ないところだった。

 信用し合った人は、大好きで繋がった人は、いなくなっちゃう。

 

 

 

 

 

 

 信用しちゃダメなの?

 大好きになっちゃダメなの?

 

 

 

 

 

 

 ......俺は、ただ。

 いつも笑いあいたいだけなのに。

 なのに、なんでこんなに、嫌なことばっかり起こるんだろう......

 あぁ、俺が、ダメな子だからか。

 ダメな子だから、きっと天罰なんだ。

 回りの人ばっかり傷つけて、それで自分だけは安全な場所にいることへの、天罰。

 

 「......」

 

 首を回すと、陽の机の上にあるものを見つけた。

 それを見て思い出したのは、お父さん。

 ......お父さんは、あんなに傷ついてた。俺が鍵を閉めなかったせいで。

 なのになんで、俺はこんな、傷が一つもないんだろう?

 机から、『それ』を右手で取る。

 次に、自分の左腕を見た。

 それを見て思い出したのは、お母さん。

 ......お母さん、倒れるまで疲れてた。俺が腕のマジックの線をもっと上手く隠していれば、お母さん倒れてなかったのかな。

 俺が鍵を閉めていれば、お父さんも死ななかったんだから。そうすれば、お母さんも倒れなかったんだから、俺のせいだ。

 なのになんで、俺は今、倒れてないんだろう?

 ダメだ。やっぱり俺はダメな子だ。

 俺のせいで全部がダメになっちゃう。

 なのに俺は、こんなに元気で。

 そんなの、良いわけがない。

 ......だから俺は、刃を出したカッターナイフ(、、、、、、、)をゆっくりと上げてーーーー左腕に、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......これが、俺が覚えてる全部」

 

「「......」」

 

 コウキの話が終わって。

 コウキが最初に言っていたことが、分かった。

 私がコウキに疑問を感じたこと。全部、説明がついてしまった。

 コウキが誰にも自分の深い場所を見せてこなかったこと。たまに見せた、冷たい態度。サーシャさんたちに対しての、変な人見知り。たまに見せたすごく脆い状態。コウキの諦めたような表情。

 全部、分かった。

 

「おか、しいよ......」

 

 分かって。

 最初に感じたのは、強い、怒りだ。

 

「おかしいよ! コウキがひどい目にあわなきゃいけない理由なんて、やっぱりどこにもない!! コウキが傷つかなきゃいけない理由なんて、どこにもない!! みんな、なんでそんな酷いことが平然とできるのっ!?」

 

「......私も、すごく、嫌です......っ!!」

 

 リリちゃんも一緒になって怒ってくれる。

 それでも、コウキは諦めたような表情を止めない。

 

「仕方がないよ。あの時、本当のこと知ってるのは俺とヨウトの家族ぐらいーー」

 

「そういう話をしてるんじゃないっっ!!」

 

 コウキの声を遮るように叫ぶ。

 コウキの表情が、そこでようやく少し変わる。

 怒りが収まらない。

 昔、コウキの回りにいた人たちに対しても。

 そして......自分に対しても。

 めちゃくちゃな話だってことは分かってる。

 もしもの話、存在し得ない話だってことは分かってる。

 それでも。

 それでも、コウキが辛いとき、傍にいることができなかった自分が悔しい......

 私がいたらこんなことにはならなかった。そんな偉そうなことを言うつもりはない。

 でも、なにかはできたかもしれないのに。

 

「......ん、まぁ、言いたいことはあるかもだけど。それはまた後日ってことで。はい、しゅーりょー」

 

「っ! ヨウト!!」

 

 ヨウトが空気を入れ替えようとしたのは分かる。

 でも、今このタイミングでの茶化しは、ただ堪に触った。

 すると、ヨウトがコウキを見ろ、と目配せしてきた。

 ......あ。

 そこで、やっと私は少し冷静になる。

 そうだ、何をしてるんだろう私は。

 この話で、一番辛いのは、コウキなのに。

 それなのに私は......

 

「......ごめん、コウキ」

 

「いや、ミウが謝ることないさ」

 

 コウキは優しく笑う。

 そして私とリリちゃんは二人ともヨウトに立ち上がるよう言われる。

 今日は泊まっていけ、と言われたのでお言葉に甘えることにした。

 コウキに「おやすみ」と伝えて、ヨウトに部屋を案内される。

 ......私は、コウキのことを支えたい。コウキが背負っているものを一緒に背負いたいって考えてた。

 それが、コウキの話を聞いてぶれつつある。

 コウキが言った、さっきのことを一緒に背負う?

 ......いやだ。

 いやだ、いやだ。

 背負うだけじゃ(、、、、、、、)、絶対にいやだ!

 誰かを信用したら裏切られる。

 誰かを大好きになったらいなくなる。

 そんな悲しい法則、納得できない!!

 そんなもの......

 

「そんなもの、私が壊してやる......!」

 

 コウキだって笑って良いんだ。

 誰かを好きになって良いんだ。

 私は、新しい誓いを、心に深く刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

 ミウたちに全部話して、どれぐらい経っただろう?

 俺はヨウトの家のベランダに一人立っていた。

 出てきたのは、別に空を見上げたい、とかそういう高尚な理由じゃない。

 なんとなく、ヨウトの家と言えばベランダみたいなところあるし。

 

「泣いてたのか?」

 

 不意に、ヨウトが後ろから声をかけてきた。

 

「泣いてねぇよ、ばーか」

 

「そっか」

 

 ヨウトはそうとだけ言うと、俺のとなりに並んでくる。

 ......出た、ヨウトのなに考えてるのか分からない顔だ。

 

「コウキ、最後まで話さなかったな」

 

「ベランダ?」

 

「そう」

 

「......」

 

 さっきミウたちに話した、ちょっとだけ続き。

 俺はあの時カッターナイフを振り下ろしてーー陽に止められたんだ。

 そのあともみくちゃになって、終いには窓も割れてベランダでもみ合って。

 陽に言われたんだ。

 

「お前が傷ついたら、お前のこと好きなやつが悲しむんだよ!! それぐらい分かれ、バカ!!」

 

 あの時、陽が俺のことをどこまで知ってそう言ったのかは分からないけど。

『その時』は、そのお陰で俺は助かった。

 だから今、ここにいられる。

 

「......なぁ、ヨウト」

 

「ん?」

 

「ミウとリリのことだけど」

 

「おう」

 

「......二人とも、本当に、良いやつだよな」

 

「......そうだな」

 

 リリは少し予想外ではあったけど、ミウなら、俺の話を聞いても立ち去らない気がした。

 俺はそれだけでも満足だったんだ。

 でも、二人とも俺の話を聞いて、真剣に怒ってくれた。

 それがすごく、嬉しかった。

 俺のことで必死になってくれて、嬉しかった。

 だから。

 

「俺、もっと強くなりたい」

 

 だから俺は、願う。

 

「今日こんな目にあったけどさ。もっと強くなりたいよ。そしてあの二人を元の世界に帰したい。二人はこんなところにいちゃいけない」

 

 そして、ヨウトもここにいちゃいけない。

 

「もっと強くなりたい。二人が笑顔でいられる、そんな場所を守れるぐらいに」

 

「......そうだな」

 

 ヨウトはただ、静かに頷いた。

 俺は新たな誓いを、心に深く刻んだ。

 




はい、コウキの秘密回でした。

これでもうコウキの過去には伏線はない(はず)です!
ただ読んでくださっている方は分かると思いますが、コウキはまだ入院云々という話は出てきていないです。
それについてはちゃんと回収するので大丈夫です。というか多分次回します。

さて、コウキにはとことん落ちてもらいました。
ここまで落ちたら今のように捻くれて育つこともあるかな? と思ってもらえると幸いです。

次回は......とりあえず短めです。


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46話目 お気楽少年の話

46話目です!!

陽「ぎゅいん、ぎゅぎゅぎゅいーん!!」

光輝「......カーレースのゲームでそこまで本気になれるってすごいと思う」

陽「なん、でも! 楽しんだ方がお得、だろ!? それに光輝、今お前6位じゃん! 1位の俺に何かを言う資格はない!!」

光輝「......えい」

陽「へ? ......て、うわっ!? 空飛ぶ甲羅!? ちょっとまってその1位殺しはずるいぃ!!」

光輝「ふん......陽、今さらアイテム箱取っても遅すぎるーーーー」

陽「よっしゃーーー!! 星きたーーー!! 空飛ぶ甲羅回避!!」

光輝「1位で!? どんな低確率!? え、ていうか1位で出るの星!!」

陽「あー、なんかこの前データ弄ったら出るようになった」

光輝「それずるくない!?」

リアル友達会話。





 SIDE Youto

 

「こっちこっち」

 

 ミウちゃんとリリちゃんを案内する。

 コウキの話が終わってから、ミウちゃんはどこか思い詰めている雰囲気を、リリちゃんは不安そうな雰囲気を纏っている。

 やっぱり、あの話は重いものがあったんだろうな、でも、そんな風に重くちゃんと受け止めてくれてるってことはそれだけコウキのことを考えてくれている裏返しだと思う。

 ......あーもう!!! コウキ本当に羨ましいなっ! こんな可愛い子二人に心配してもらえて!!

 なにあいつ、最近勝ち組過ぎない!? 確かに良いやつなんだけどさぁ!!

 

「......」

 

「どうしたの、リリちゃん?」

 

「いえ......なんだか、ヨウトさんから関わりたくないオーラが......」

 

 おっと、嫉妬のあまり錯乱してしまった。

 でも、本当に良いよなぁ。俺も俺のことを好きな人とか現れないかなぁ......

 とか実際のところ割とどうでもいい内容について考えていると、目的の部屋の前についた。っていっても家のなかだからそこまで時間はかからないけど。

 ドアを開けて二人に中に入るように促す。

 

「おじゃましまーす......で、いいのかな?」

 

「し、失礼します......」

 

「はーい、いらっしゃい」

 

 なんかぽわんぽわんとなにかが浮いてそうなずれた会話。

 二人は部屋の中に入ると中を見渡して、二人してある場所に目が止まっていた。

 それは、部屋に一つしかないベット。

 一つしかないのに、この部屋には現在3人の人間がいる。

 しかもそのうちの唯一の男である俺は、部屋から出ていこうとしない。

 そんな状況から予想される次の行動は。

 

「......っ!!?」

 

「あー、うん。予想はしてたよリリちゃんのその行動」

 

 リリちゃんは何を想像したのか、自分の身を腕で覆ってミウちゃんの後ろに隠れてしまった。

 うぅ、予想はしてても実際にされるとダメージあるなぁ。そんなに俺って信用ないですか? ていうかリリちゃんってケッコー創造力たくましいよね。

 俺は怯えるリリちゃんを宥めつつ、今度は二人をベットの上に座らせる。

 イスでも良いんだけど、この部屋ってまだ使ってないから固いイス一つしかないんだよね。だからそっちには俺が座ることにする。

 ......いや、ほんとだよ? ベットに腰かける女の子(美少女)の絵が見たかったなんて欲望はこれっぽっちもないですとも、えぇ。

 なんかミウちゃんまでジト目を向け始めたけど、気のせい気のせい。

 ......さて、いい加減少し真面目にするか。

 

「じゃ、コウキの話の続き、始まり始まり~~」

 

「......え?」

 

 俺の雰囲気と、口にした内容のギャップについてこられなかったのか、ミウちゃんが小首を傾げていた。

 ふざけてるとか思われたかな? でもこれは仕方がない。これが(、、、)俺にとっての真面目なんだから。

 とりあえず一つ一つ説明するのも面倒だから、重要なことだけを言ってしまおう。

 

「いやさ、コウキがあんなに頑張って話したんだから、俺も頑張らないと、って思ったんだよ」

 

「ヨウトも......?」

 

「そ、で話す内容は、コウキが覚えてないとこ......コウキがさっき話した、後の話」

 

「え、あの、ちょっと待ってください.......コウキさんのこと、なのに、コウキさんが覚えてないって......おかしくないですか?」

 

「うん、それはなーー」

 

 ......あぁ、ダメだ。やっぱりこれは俺にとってもダメージがでかい話だ。

 テンションが下がると話せなくなってしまいそうな、それほどの話。

 でもここで逃げ出すことはコウキに対して不義理すぎる。

 コウキがあんなに頑張ったのだから、俺も、根性見せろ。

 だから俺は、いつものように(、、、、、、、)笑う。

 

 

 

 

「ーーそれは、コウキの心が壊れて覚えてないからだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光輝の自傷は、運よく事なきこと得たんだ。

 それでも光輝は、精神的にもう参っちゃって、なんていうのかな......いわゆる心の病気みたいなものにかかったんだ。

 医者の話だとそんな簡単な話でもなかったけど、要約するとこういう話。

 

 

 光輝は、心が壊れちゃってるような状態だって......そしてもうこれ以上傷つかないように、心も閉ざしてるって。

 

 

 医者にはなにがあったらこんなに小さいな子がここまでなるのか、て言われてた。

 また自傷行為に走るかも分からないから、光輝も彩花さんと同じ病院に入院することになった。そこは少しだけよかったところだったかもな。

 

 

 

 

 それから、光輝とは誰も会話が成立しなかった。

 誰が話しかけてもただ虚空を見つめてるだけ、たまに反応を見せても怯えたみたいにただ布団にくるまって。

 

「なにもしないで.......なにもしないから、ちかづかないで.....!」

 

 って、さ。

 正直俺、光輝と仲がいいって思ってたからさ。自分も光輝に拒絶されたとき、本当に、ショックだった。

 多分、その時の感覚を何百倍、何千倍にも強くしたのが、光輝が味わってた感覚なんだって今は分かる。けどその時はそこまで気が回らなくてさ、光輝に酷いこともかなり言っちまって......

 唯一会話ができたのは彩花さんだったけど、光輝は彩花さんにーー自分の母親に対しても最初は拒絶して。

 たまに自分の腕とかを傷つけようとすることもあった。

 本当に、危ない状態だったんだ。

 

 

 

 

 それで、光輝は頼れる人がいなかったんだ。あいつの父さんは血縁者がいなかったし、彩花さんの親は二人とも体調を崩してたしな。

 ......まぁ、正しくはいるにはいたんだけどな。彩花さんの姉家族が。でもお姉さんは秀輝さんと仲が悪かったらしいから。

 だからウチの家で彩花さんが大丈夫になるまで光輝たちの力になろうって話になった。

 俺は......最初は嫌がったけどな。もう拒絶されるのが嫌だったし、あの時の光輝も、見てられなかったから。

 まぁ、結局他にも協力者はいたけど、主としてはウチで一時的に面倒見ることになって。

 それから、2年ぐらい経った。

 彩花さんももう体は大丈夫になってたけど、また無理をするかもしれないから、ウチと協同で光輝の面倒を見ることにしてたんだ。

 

 

 

 

 そんなある日。その日は俺が光輝に学校の宿題とか、ノートを持っていく日だったんだ。

 ああいう心の問題って、日常の中の方が完治が早いことがあるらしくてさ。だから俺が定期的に学校関係のものとか持っていってたんだ。

 光輝に顔を会わせたくなかったし、光輝は学校関係のこともあって心が壊れたんだから逆効果なんじゃないかって思って、俺はあまり乗り気じゃなかったけど。

 光輝にいつも通りノートとか渡すとさ、光輝が俺のことをまっすぐ見てきたんだ。

 いつも虚空を見てるか、怖がってるかばかりだった光輝が、2年ぶりに俺のことを、見てきたんだ。

 それで、言ったんだ。

 

 

「.......いつも、ごめん......ありがとう......陽」

 

 

 

 ......本気で、泣きそうになった。

 いや、もしかしたら泣いてたのかもな。

 だって、当時の光輝がだぞ?

 誰よりも辛い目にあって、ただ泣いて絶望してても、きっと誰もが同情して、優しくしてくれるだろう、あの光輝の状況でだぞ?

 あいつは......俺にお礼と謝罪をしたんだよ。

 その時、思ったんだ。

 あぁ、きっとこいつは、本当に、心の底から優しいやつなんだって。

 だってあいつは絶望してても、誰かのことを心配しちゃえるような奴なんだから。

 だから、俺は決めた。

 

 

 俺は、絶対に光輝を見捨てない。

 俺は、絶対に光輝の隣にいてみせるって。

 それで、あいつが悲しいことに出くわしたら、俺が持ち前のバカで絶対に笑わせてみせるって。

 

 

 

 

 

 それから光輝は俺たち家族や彩花さん、他の人の力を借りて、それと長い時間をかけて、小学校6年になる直前ぐらいになんとか日常生活を送れるぐらいまで回復したんだ。

 その頃には俺や他の人とも普通に会話できるようになっててさ。

 光輝は転校するかどうか。それとも自宅で勉強するか。そんな話題も上がったんだけど。

 光輝がお母さんに迷惑がかかるから、それは嫌だって言ってさ。

 みんな反対はしたんだけど、光輝は元の学校にまた登校したんだ。

 勉強の方はなんとかなった。というか俺が何とかした。

 光輝に勉強教えられるぐらいに俺も勉強したからな。

 ......ん? あぁ、そうそう。俺が色んな言葉話せるのもその経緯。

 でも、勉強は大丈夫でも、やっぱり『人』はどうしようもなかった。

 光輝が入院してた頃。その間に学校で光輝の噂が悪い方向に広がっていってさ。

 尾上が学校辞めたのは、光輝のせい、さすがは殺人鬼の息子、とかな。

 あの先生の人気はなまじっか高かったから、そのせいもあって光輝がヒールにされたんだ。

 学校側も、生徒の家庭崩壊に生徒を自殺未遂。そんなことに教師が絡んでたってことを伏せたかったのか光輝について弁明を一切しなかった。

 だから......光輝は回復後も悪意にさらされ続けたんだ。

 

 

 悪意になれてしまうほどに人の悪意にさらされて。

 善意に怯えてしまうほどに人の善意に触れられないで。

 

 

 あいつは、今もまだどこかで人の善意が怖いんだ。

 裏切られそうで。失いそうで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......だから、頼むよ」

 

 俺は、二人にまっすぐ頭を下げた。

 俺にある限りの、誠意を込めて。

 

「俺が頼むのもおかしな話かもしれないけど、コウキのことを頼む」

 

 ......考えてみれば、ひどい話だと思う。

 俺は、コウキのために、と思って、この二人を利用しようとしている。

 それでも、構うもんか。

 

「コウキは、二人と会ってすごく変わった。二人のお陰でコウキは、本当に笑うようになった」

 

 あそこまで絶望しきっていた光輝が、今はあんなにも笑えている。

 それが、再び失われないためにも。

 コウキが、いつでもいつまでも笑っていられるように。

 だからーー

 

 

 

「だから、コウキの傍にいてやってくれ.......」

 

 

 

 

「「言われなくても、嫌がられたって一緒にいるよ(います)!」」

 

 

 俺の願いに返ってきたのは、そんな力強い返事だった。

 ......はぁ、コウキ。

 本当に、羨ましいよ。

 めちゃくちゃいい友達が、大切な人ができたじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「おはよ、ミウ」

 

「おはよ、コウキ」

 

 一晩明けて。

 俺がちょうど目を覚ましたタイミングで部屋の扉がノックされた。

 扉の先にいたのはミウだ。

 昨日あんな話を聞いたのに、ミウの雰囲気はいつも通り明るいものだ。

 正直、助かる。

 やっぱりミウとはいつも通りの雰囲気で、いつも通り向き合っていきたい。

 とりあえず、このまま扉の前で話すというのも妙だし、部屋の中に招き入れる。

 

「それで......どうしたんだ?」

 

 俺はいつもミウと話すときは基本的に受けだ。

 ミウが話す話題に、俺が乗っかていく感じで話が進む。

 これはミウが話好き、俺が話をを聞くのが好きという個性がそのまま反映された結果だ。

 だが、今日はミウが何も話し出さない。

 というか、話そうとはしてるけど、なにやらモゴモゴしている。

 これはどういうことだろう? もしかしてやっぱり俺の昔に引いたとか? いや、ミウはそんな風には思わないと思う。

 じゃあなんだ? と首を傾げそうになっていると、

 

「コウかこっき!! .......~~~~~~っ!?」

 

 なんか、ミウが盛大に噛んでた。

 ......えっと? これはどう解釈すればいいんだろう?

 今度こそ俺は首を傾げてしまう。するとミウは「あわわっ!!」と顔を押さえたり口元を押さえたり俺に両手を振ったりと、まさにてんやわんやしている。

 そのままミウがテンパること、1分。

 

「ごめん、仕切り直させて......」

 

「あぁ、うん」

 

 俺は頷く。

 というか、哀愁すら漂わせて涙目になってるミウにそれ以外なにをしろと。

 ミウは大きく深呼吸すると、落ち着いたのか目をつむって一度頷き、今度こそ俺のことを真っ直ぐ見据えてきた。

 

「えっと。今日は二つ用事があって来たんだけど、二つ目の方を先に言うね」

 

「うん」

 

「それで、二つ目の用事なんだけど......コウキは、今後の攻略についてどう考えてる?」

 

 ミウの言葉に、つい息を飲んでしまった。

 それもそのはず。それは、俺もミウに相談しようと思っていたことだからだ。

 今後の攻略。俺たちにとって、一番身近で、最もなんとかしないといけないことだ。

 ......やっぱりミウにとっても、シバとの戦闘は何かの切っ掛けになったんだと思う。

 

「そう、だな......このままじゃダメだって思った。もっと強くならないとって」

 

 もう負けるのも、失いそうになるのも絶対に嫌だ。

 でもそれだけじゃ足りない。

 

「でも、これじゃあ今までと同じになるだけだ。だから、もっと変える必要があると思うんだ。もっと大きな何かが......」

 

 ここまでは、俺も考えた。

 何かをしなくちゃいけない。強くならなきゃいけない。

 このままじゃダメだ。

 ......それは分かっていても、そこからさらに一歩踏み出せない。

 何か良い方法はないか、考えを巡らせる。するとミウが柔らかく笑った。

 

「よかった、コウキも私と同じ考えだ」

 

「同じ......?」

 

「うん......今回のことも含めて思ったけど、やっぱり私たちの考えそのものは間違ってなかったと思うんだ」

 

 ミウが言っているのは、前にリリにも言ったことがある俺たちの攻略に対しての考えのことだろう。

 レベル、武器、状況が劣っていても、実力や経験しだいで安全に戦える、というあれだ。

 俺はミウの言葉に頷いた。

 確かに、結果的には負けてしまった。だが逆にシバとあそこまで渡り合えたのは日々の訓練のお陰とも言える。

 

「だからね。こうするのが色んなことに近道かなって」

 

 そんな夢のような方法をミウが俺に説明する。

 それは、俺なら絶対に思い付かないような突拍子もないもので、ミウなら確かに思い付きそうな、らしい方法だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、出る準備してくるね」

 

「おう」

 

 ミウとこれからのことをあらかた決めた。

 あとは行動に移すだけなので俺たちはヨウトの家から出る準備をする。

 

「......あ、ミウ」

 

「ん?」

 

 俺の部屋から出ていこうとしていたミウに声をかける。

 

「そういえば最初言ってたけど......一つ目の用事ってなに?」

 

「......」

 

 聞くと、ミウは部屋から出ていこうとしたままの体勢で、俺のことをジッと見てきた。

 その表情からは、今までのミウだとあまり発しない雰囲気が出ている。

 なにを考えているのか、まったく見当もつかない。ミウに対してこんな考えをもつのはすごく久しぶりな気がする。

 

「ミウ?」

 

「うん......昨日の話を聞いて、考えたんだけど」

 

 ーー心臓が跳びはねたのは、表情に出なかっただろうか?

 自分から話したのだから、この話題はいつか上がると思っていた。

 それでも......ミウ本人から実際に聞くとなると、やはり怖い。

 拒絶されることはない、そう分かっていても、心のどこかで怖がっている俺がいる。

 全て投げ出して自分の中にこもっていたいと言っている俺がいる。

 そんな気持ちを唾を飲み込むことで無理矢理抑え込み、ミウの言葉を待つ。

 

「......あれは、今までの私とコウキには、なにも関係ないかなって思った」

 

「え.......?」

 

「だってさ。コウキはすごく辛い目にあったのかもしれないけど、それは私とコウキの楽しい思い出とはなにも関係ないじゃない」

 

「.......」

 

「コウキは......私との『今まで』、楽しくなかった?」

 

「ーーっ! そんなわけ、ない! すごく楽しかった!!」

 

 よかった、と言ってミウは笑う。

 その笑顔は、昨日俺が目を覚ました時と同じで、すごくしおらしいというか、女の子っぽかった。

 その表情に驚くのと同時に、ミウの言葉にすごく、安心した。

 やっぱり、ミウを信じてよかった。

 俺が安堵の息をつくと、「でも」とミウが付け加える。

 

「『今まで』は関係なくても、『これから』の私とコウキには、絶対に関係してくる」

 

「これから......?」

 

 ミウは俺の問いになにも答えずに、一度間を置く。

 そして。

 

「コウキ」

 

 また、先程のような柔らかい笑みを、先程以上の綺麗さで俺に向けて。

 

 

 

 

「今日もすごくかっこいいよっ」

 

 

 

 

 俺に言い放った。

 ....................................

 

「私、コウキの『その』考え、壊すことに決めたから。だから覚悟してねっ!」

 

 ミウは俺の部屋から今度こそ出ていく。

 .......一瞬、いやかなり長い時間、なにを言われたのか分からなかった。

 ただ分かったのは一つ。

 

「なんだ......さっきの.......」

 

 ミウのさっきの笑顔が、すごく、綺麗だと俺が思ったことだけだった。

 




はい、昔語りラスト+次の一歩回でした。

今まで中々スポットが当たらなかったヨウト。今回は主人公級の役割でした!
やっとヨウトのターンになりましたよ。今回の話からも分かるように、ヨウトは色々な場面でコウキを気遣っているので、今までヨウト視点は書きにくかったのですが、やっと書けました。

そしてコウキの善人に対しての苦手意識。あれはこんな理由でした。
今はもう善意に怯える、まではしないですが、それでもちょっと苦手意識が残っちゃってる感じです。

次回は......というより、次回から新章です!(章自体は激動編ですが)物語がどんどん進んでいきます(予定です)


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SAO 光闇の狭間の中で
47話目 敗者はうつむくな


47話目です!!

ヨウト「今回はなんと、イラストが届いだぞ!! テーマはミウちゃん!」

コウキ「ミウは2枚目だな」

ミウ「えへへ......ありがとうございます」

コウキ「しかも今回のは作者の粗末な絵じゃなくて、作者の友人が大部分を描いてくれたやつだからかなり上手い。全身絵だしな」

ヨウト「作者も頑張ってるんだけどなぁ、中々難しいみたいで」

コウキ「今後もたまにイラストが届くかもしれないだと」

ミウ「作中のキャラならリクエストがあったら描くかもだって」

ヨウト「じゃあ、作品はこちらになりまーす!」



【挿絵表示】



ヨウト「.......なんというかアレだよな」

コウキ「アレ?」

ヨウト「俺はともかく主人公のお前すらも描かれないっていうのが、作者の趣味とかその辺が出てるなぁって」

コウキ「虚しくなるからやめれ」


 

「と、いうことで、私たちを鍛えてください!!」

 

「お願いします!!」

 

「.......あなたたち、意外と図々しいわね......」

 

 ヨウトの家からミウと出発して約2時間。ようやく目的の人物ーーーーニックに出会えた。

 ここまでの道のり、意外と長かった。

 

 まず、今回のことでヨウトには本当に助けられた。だから恩返しとしてミウの手料理をプレゼントさせてもらった。

 俺の恩返しなのだから俺がなにかすべき、と思ったのだが、ミウが「私にやらせて、お願いっ!!」と言って引かなかったこともあり、結局またもミウに頼ることになった。

 ......最近、ミウに甘えることが多くなってる気がする。それは良いことなのか悪いことなのか微妙なところだけど。

 

 次にリリ。リリにも負担をかけてしまった。俺の話をいきなり聞かされたせいなのか、あの話の最中少し顔色が悪かった。

 だからリリにもなにかーーと思ったのだが、俺たちが出る時間になっても、リリは自分の部屋から出てこなかった。

 どうやら昨日の夜寝るのが遅かったせいでまだ寝ているらしい。俺のせいだとすれば、本当に悪いことをしてしまったと思う。

 今日はもうどうしようもないから、今度会ったときになにかお礼をしよう。

 

 そしてニックに出会うまで。これが中々出会えなかった。

 フレンド登録はしているからフレンド追跡でどこにいるのかは大体分かるが、なのに中々会えない。ニックはかなり気まぐれで行動しているらしい。

 そして最終的に、同じ街にはいるのだからフィールドに出る門の前で待っていれば会えるんじゃ!? ということで待つこと1時間、やっと会えた。

 長かった、本当にここまで長かった.......

 

「それで、回想シーンが続くのなら私もう行くけど?」

 

「ごめんなさい」

 

 いつも思うんだけど、なんでミウもニックもたまに俺の考えてること当てるんだろう? 俺そこまで表情に出てる?

 ニックに会ってもっと強くなるためにも俺たちを鍛えてくださいと頭を下げたのがさっきです、はい回想終わり!!

 ニックは呆れたようにため息をつく。

 

「えと......やっぱり、強くなるのに誰かを頼るのは......ニックさんとしてはダメですか?」

 

「別に、方法そのものに興味はないわよ。なにをしても、どんな方法で強くなろうとも、強者であることに変わりはないもの」

 

「じゃあ!!」

 

「ただ」

 

 ミウが上げた声を遮るようにニックは言う。

 そして、この日初めてニックは俺に視線を向けてきた。

 その目は、今まで見たことがないほどに、冷たい。

 

「ーー一度負けた人に構ってるほど、私は暇ではないわ」

 

「.......」

 

「え、ニックさん、その話どこで......」

 

「あなたたちの表情を見れば分かるわよ。それに、私もあの情報屋とは仲良くさせてもらってるの」

 

 情報屋......アルゴか。

 アルゴには俺たちのことを報告してあるから、確かにニックさんが知っていてもおかしくはない。

 ニックは冷めた口調で続ける。

 

「ただ一度負けた。それだけなら誰しもあることだからそこまで気にはしない、けれど、あなたは自分の信念に負けた。違う?」

 

「それは.......」

 

「私はね、あなたの実力を見込んで今まで買っていた訳じゃない。あなたの愚直なまでの信念を見込んでいたの」

 

「でも! コウキは私をーー」

 

「ミウ、いい」

 

 守りたい人を、守りたいものを守る。

 俺はその信念を、シバに叩き折られた。

 自分の身丈を、いるべき場所を突き付けられた。

 お前には、誰かを守るなんてできやしない。

 シバにそんな考えはなかったとは思うが、それでも俺がシバに負け、ミウを守りきることができなかったということは、そういうことだ。

 奥歯を噛み締める俺に、ニックが抜いた剣を静かに真っ直ぐと向けてくる。

 

「自分の信念に負けたあなたは、もう一度あの言葉を吠えることはできる? 叫び、誓うことはできる? 自分や、自分の回りのことが完全に見えてしまったあなたに、それができる?」

 

「.......」

 

 言うだけなら、簡単だ。

 ただ、言えばいい。また俺が望んでいるような綺麗事を並べて、できるかできないかじゃない、やるかやらないかだ、とでも言って叫べばいい。

 簡単なことだ。

 でも。

 できない。

 知ってしまったから。

 自分が成し遂げようとしていることの難しさを。

 自分ががどれだけ甘いことを考えて、どれだけ現状を甘く見ていたのかを。

 言葉に対して、実力がどれだけ無責任だったのかを。

 ......俺じゃあ、大切な人を、ミウを、ヨウトを、リリを、守ることは、できない。

 それはーー分かってる(、、、、、)

 だから(、、、)

 

「じゃあ」

 

 俺は、挑戦しよう。

 自分の可能性に。

 目の前の壁に。

 そしてーー自分の信念に。

 

「1ヶ月後、俺とデュエルしてくれ」

 

 ピクリ、とニックの眉間がわずかに動く。

 これも、身丈に合わない頼みだということは分かっている。

 それでも、俺は言う。

 俺が俺であるために。

 

「これから1ヶ月。とにかく特訓しまくって、あの信念を今度こそ本当の意味で言えるぐらいに強くなってみせる。だから......頼む」

 

「コウキ......」

 

 ミウの心配そうな声が聞こえたが、それでも俺は頭を下げる。

 ここは譲れない。ニックに承諾してもらえなければ、俺はこれ以上進めなくなってしまう。

 そして。

 

「......好きにすればいいんじゃない?」

 

 ニックは、冷めた口調のまま言った。

 

「デュエルならいつでも受けるわよ。それであなたの信念が今度こそ完全に壊れても、知らないけどね」

 

「......ありがとうっ、ニック!!」

 

 ニックは俺の言葉を聞いた後目をつむった。これ以上話すことはない、ということなのだろう。

 それでも、俺からすればこれ以上ない待遇だ。

 こうしてはいられない、早くなにか強くなる方法を見つけないと!!

 俺がすぐにでもミウを連れて走り出そうとした時、ニックが

 

「そうだ、ミウ」

 

「え、なんですか......?」

 

「あなたはここに残りなさい。1ヶ月の間、相手してあげる」

 

「......っ! いいん、ですか?」

 

「えぇ、あなたは折れてないみたいだから」

 

 ミウは嬉しそうに表情を明るくしたが、すぐに俺のことを見てくる。

 どうしよう、そんな考えがすごく出ている表情だ。

 俺はミウに笑って返す。

 

「いいじゃん。ミウはニックに鍛えてもらえよ。いつも俺相手じゃ物足りなかっただろ?」

 

「そんなこと......」

 

「ないとしても、俺がそう思っちゃうんだよ。ミウはもっと強い相手でも通用するって」

 

 ミウは良くて俺はダメ。

 その事実は、正直かなり悔しい。

 でも、それでいいんだ。

 この距離が、今の俺とミウの距離。

 この距離を、なんとかして埋めなくちゃいけない。

 

「だからミウにも頼むよ。俺が強くなるの、ちょっとだけ待ってくれないか?」

 

「ーーうん。分かった。私待つよ。コウキのことなら、いくらでも待つ」

 

 ミウが強く笑う。

 ......この笑顔に追い付かなくてはいけない、そう考えるとかなりきついが、上等だ。

 きついぐらいがちょうどいい。

 俺はもっと、強くなってみせる。

 

「じゃあ、ミウ!」

 

「うん、またね!!」

 

 俺は走り出す。

 

 

 残り1ヶ月。

 ミウやニックが立っている場所まで追い付くまでの残り時間は、決して多くはない。

 それでも。

 

「絶対、強くなってやる......!!」

 

 俺のためにも。

 大切な人たちのためにも!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Nick

 

 コウキが走っていくのを見送る。

 その姿にはまだなにも感じない。ただ上を見上げている少年、それだけだ。

 ......さて。

 コウキから視線をはずし、改めてミウと向き直る。

 そしてミウは......なんだか不機嫌顔だった。

 

「なにも、あそこまで厳しく言わなくてもいいじゃないですか。コウキも悩んで悩んで、ずっと頑張ってるんです」

 

「......あなたもコウキにベタ惚れねぇ」

 

「うっ......わ、悪いですか?」

 

 全面的にコウキの味方をしようとするミウに呆れる。

 そこまで誰か特定の男性を好きになる、という経験を私はしたことがないせいで分からないのかもしれないが、そこまで誰かを信頼し、大切にできるというのはどうしても陳腐なものに感じてしまう。

 

「ふぅん? コウキのこと素直に認めるようになったわね」

 

「.......だって、大好きですもん。嘘でもこの気持ちを否定したくないです」

 

「......あっそ」

 

 甘い。

 無性にコーヒーが飲みたくなってきた。

 ただ今手持ちは紅茶しかないので諦める。

 だからコウキのこと思い出して顔を赤らめるのはやめなさい。あと落ち着かないように体を小さく揺らすのも。余計にコーヒーが恋しくなるから。

 それにしても......

 

「厳しい、ねぇ。私にしては、大分『甘く』してしまったと思ったのだけれど.......」

 

 元々、コウキは私やミウのような、『力ある者』とは違う人間だ。

 だから私と無理に戦ってもコウキは私のように強くはなれないだろう。

 だが、『強さ』は一種類ではない。

 コウキが手に入れるべき『強さ』は、私とはまったく別の、コウキにあったものがあるはずだ。

 なら私と鍛えるのはコウキにとって逆効果になりかねない。

 それに、コウキには先程の会話の中でいくつかヒントを与えた。あの様子では、多分気付いていないようだけど。

 このまま終わるのならそこまでの人物、なにか新しい一歩を踏み出させたのならそれもまたよし。

 ......はぁ、私のキャラじゃないわね。どうしてあの子にはこんなに育てるような目線で見てしまうのかーー

 

「そうですね。ニックさんコウキのことすごく気にかけてますし」

 

 ーーっ。

 

「......あら? さっきまでの私を見てどうしてそう思うのかしら?」

 

「だってニックさん、コウキのことアルゴに聞いた、って言ってましたよね? アルゴは誰か特定の一個人の情報は売りません。それなのにニックさんはアルゴから聞くことができたっていうことは、アルゴも納得するような理由があったってことです。それこそ.......なにか、コウキの『ため』になることとか」

 

「.......」

 

 この子は、やはり苦手だ。

 私が意識していないことや、察してほしくないこと、それらを全て拾ってみせる。

 天性の勘ってやつなのかしら? まったく厄介な。

 小さく息をつき、剣を構える。

 

「そんなこと気にしている余裕、あなたにあるのかしら? これから私と戦うんでしょう?」

 

「えっ、いや、確かに鍛えてほしいとは言いましたけど、そんな戦いたいってことは......」

 

「私はなにかを教えることは苦手よ、見て、戦って感じなさい」

 

「でも場所は選びましょうよ! ここフィールドの目の前ですよ!?」

 

 なにをそこまで気にしているのかしら?

 戦うのなんて邪魔さえ入らなければどこでも一緒じゃない。

 

「野次馬なら放っておきなさい、それに.......あなたも、私が飽きたらそこでメチャクチャにするわよ?」

 

 少し、言葉に殺気を乗せてみる。

 するとミウからは先程までの慌てようを完全に消え失せ、次に出てきたのは存在感。

 強者が持っているそれ。

 ......ふふ、1ヶ月、そこそこ楽しめそうね。

 

「それじゃあ、いくわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「.......さて、どうしようか」

 

 どこぞの打ちきり少年漫画よろしくの勢いで駆け出した俺はその後、なにをどうすれば良いのか具体的に思い付かず、結局ヨウトの家に戻ってきてしまった。

 しかもあの後ミウからメッセ来たんだけど、ニックの特訓は午後の2時ぐらいまでで、その後は俺と合流するらしいですよ?

 なんかミウとは当分別行動、みたいな勢いだったからかなり拍子抜けしてしまった。

 いやぁ......勢いはよかったと思うんだけどなぁ。

 

 でも、これは改めて考えるとかなり大きな問題だ。

 俺は今まで、ミウを追いかけて強くなってきた。

 ミウの技術も、盗んだ、というよりはもう自分の一部にするぐらいまでに身に付けてきた。

 俺の先にはいつも、ミウがいた。

 でも、今日からは違う。

 ミウと同じことをしていたんじゃ、いつまで経っても俺はミウの後ろにいることしかできない。

 俺は、ミウを守れるぐらいに強くならないといけないんだ。それじゃあダメだ。

 ミウよりも速い速度で強くなる。そのためにはどうすれば良い?

 ニックは俺にとって強さの象徴みたいな人だ。だから今回鍛えてもらいに行った(断られたけど)

 

 他に強い人と言えば......やっぱりキリトだ。

 最近はレベリング異常なほど入れ込んでいて、攻略組の中でももうレベルで追い付ける者はいないんじゃあ? とまで言われている。その上本人の実力もニックと同等。

 だからキリトに鍛えてもらうというのも考えた、というか頼んでみたが、断られてしまった。

 断られたことを抜きに考えても、最近のキリトは危ういというか、すごくギリギリなところに立っているような印象がある。

 何度も理由を聞いてみたり、悩みはないかと聞いてみたりもした、でもダメだった。

 キリトほどに強いプレイヤーなら、何かあっても対処はできると思うが......今のキリトはなにかとんでもないことをしてしまいそうで怖い。

 

 とにかく、そんな理由でキリトにはこれ以上は頼めない。

 そうなると次に俺に必要なのは、俺にはない考えや強さだ。

 だから、俺にはない考えや強さを多く持っている、『こいつ』に頼る。

 

「ヨウト、昨日の今日で悪いけど、手伝ってくれないか?」

 

「おう、いいぞ」

 

 ヨウトの即答に、俺の方が一瞬固まる。

 

「え、あのさ、なんか条件反射で答えてないか? もっと悩んでくれても......」

 

「んなことねぇっつの」

 

 いやでもだって、なぁ?

 俺の訓練期間はニックとのデュエルまで、つまりは1ヶ月。

 その間午前は俺に付きっきりになってくれって言って、それにノータイムで返答されたらなぁ。

 またこいつは俺に対して過保護を発動しているんじゃないかとどうしても勘ぐってしまう。

 だが、ヨウトは俺の考えに反してため息をつく。

 

「ま、お前のことを心配して、っていうのは確かにあるよ? でもそれだけじゃないってこと」

 

「......つまり?」

 

「お前とミウちゃんがやられかけたって聞いてさ、やっぱ攻略って危険だなって再認識したんだよ。だから俺ももっと鍛えなきゃなって。コウキの訓練に付き合えば俺も今よりは強くなれるしな」

 

「......じゃあ、悪いけど、1ヶ月頼めるか?」

 

「だからいいって言ってんじゃん。レベリングの方も気にすんな。俺はソロだし時間の都合はつけやすい」

 

 ......たく。なんでそこまで、良いやつなんだよ。

 ついお礼を言いそうになったが、それは口に出さない。

 ヨウトは礼なんか望んじゃいない。こいつはそんなものよりも、実際に行動で示した方が喜ぶから。

 だから、ヨウトへの最高の礼は俺が強くなることだ。

 ......また強くなる理由が増えてしまったが、それでいい。

 それぐらい、大事なことだから。

 ヨウトは俺のことをジッと見ると、微笑みながら言う。

 

「でも、やっぱコウキ変わったよ」

 

「は? なにが?」

 

「なんていうか......前までのお前はさ、自分が抱えた問題は自分の中だけで必死になんとかしようとして、無理してる雰囲気あったから。こうやって誰かを頼ることを覚えたのは、やっぱり変わったってことなんだろうなって」

 

「......」

 

 そう、かもしれない。

 いろんな人に支えてもらって生きている。この世界ではそのことを本当に強く実感する。

 特に、仲間、というか、友達、というか。そんな人たちに自分を支えてもらっているから、俺は今こうして生きてる。

 そんな当たり前のことが、最近やっと分かってきた。

 それが分かったのは、多分ーーーー

 

「本当、誰のお陰でそれをお前は分かったのやら」

 

「......多分、ヨウトなんじゃないか?」

 

「ははっ、そうなら割と嬉しいんだけどな。今のコウキがいるのは、俺の力じゃないってことぐらい分かるよ」

 

 ヨウトが浮かべる笑みは、俺の思考なんて全てお見通しだとばかりに楽しげな笑みだ。

 今すぐにでもその笑みを潰してやりたいが、それをしようとするとヨウトの笑みを肯定することになってしまう。ええい、忌々しい。

 せめて表情で抗議しようと不機嫌な顔をしてみるが、ヨウトは楽しそうにケラケラ笑うだけだ。くそ。

 

「あぁ、そうそう。コウキこれからこの家の部屋使えよ。一緒に行動するのならそっちの方がしやすい」

 

「......なんか今日はえらい太っ腹だな。この後お前のわがままに振り回されそうで怖いんだけど」

 

「そこを素直に善意として受け取れるようになったら俺も安心なんだけどなぁ。コウキのツン期はまだ先が長そうだな」

 

「ツンデレじゃねぇよ」

 

 悪かったな、捻くれてて。

 あーあー。ダメだダメだ。まだ昨日の話の尾が引いてるのか微妙にテンション上がりきらない。

 ヨウトとの会話でこういうしんみりさは合わないんだよ。そりゃあ、ずっとバカな話がしたいわけじゃないけど。

 なんかこの空気壊す要素ないかなぁ。と頭を捻らせていると。

 

「すいません......! 私寝坊しちゃって、コ、コウキさんたちはもう出ちゃいましたか......!?」

 

 ダイニングと各部屋へと繋がる廊下を遮る扉が勢いよく開かれた。

 そこに立っていたのはリリ。彼女が口にした通り、どうやら今までゆっくりと眠っていたらしい。

 やはり俺のせいでそこまで気疲れさせてしまったのか、と申し訳なく思う気持ちもあったが、それどころではない。

 

「あっ、コウキさん、お、おはようございます......すいません、お見苦しいところを見せてしまって......それに、ヨウトさんも」

 

 リリが俺だけではなく、ヨウトにも言った。

 それだけでも前と比べたらすごい進歩だ。俺たち3人の努力が実ったのだ!! とメチャクチャ喜びたいが、それどころではない。

 あまりに俺とヨウトの反応がなく、徐徐に不安になってきたのかリリは不安そうに視線をあちらこちらに移す。

 まずい、このままでは気づかれてしまーーーー

 

「リリちゃん、その着崩し方メッチャエロいな!!」

 

 瞬間、時間が凍りついた。

 ーーーーおいこらバカヨウト。なんで自分から地雷を踏み抜きにいきやがった......!!!

 そう、今のリリの姿はパジャマ姿で......なんというか、その、そこそこはだけていた。

 右肩は完全に見えてしまっていて、服の前で止まっているボタンも第二まで開いてしまっている。そして寝苦しかったのか服のシワも数多くできていて......

 その姿は、俺たち男の子からすれば、ちょっとアレなことをした直後みたいな感じに見えてしまって......

 いや、寝てるときに外れちゃって、しかも慣れない他人の家での泊まりだった上に起きてみたらもうかなりの時間でテンパって着替えるのを忘れてしまった、っていうリリの気持ちはすごく分かる。だから俺は深く突っ込まなかった。

 なのに、ヨウトは......

 自分の衝動に正直なヨウトの性格がここまで厄介だと思ったことは、今までなかった。

 そして時間は再び動きだし、リリは一気に顔を赤くしていって。

 

 

 

 

 ......次の瞬間にはヨウトの家から女の子の悲鳴が聞こえるという、字面だけだとかなり危ないことになりました。

 とりあえずヨウトには《閃打(鉄拳制裁)》をしておきました。

 ......あぁ、そうそう、この感じだこの感じ。ヨウトとの空気。

 




はい、修行編開始回でした。

といってもそこまでずっと修行シーンを書くわけじゃありませんが。しかも多分次の話ぐらいからまた他の展開がきますが。

そして今回はなんといってもイラストですね!!(オイ
会話中にあった通り私の友人に描いてもらいました。上手いですよねぇ。すごいですよねぇ。憎たらしいでry
でもこんなに良いものをもらえるなんて本当に嬉しいです。なにかリクエストがあればまた描いてくれるそうなので、あったら言ってください。

次回は......修行をちょっととクエストですかね?


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48話目 争乱の始まり

48話目です!

ヨウト「......」

コウキ「あーあ......おーい、大丈夫か? いい加減起き上がれって。お前があんなこと言うからリリにソードスキルでぶっ飛ばされるんだって」

ヨウト「それでも......俺は後悔しない!!」

コウキ「いやそこはしろよ。友達悲しませたんだから反省はしようぜ」

ヨウト「だって!! お前も分かるだろ!? 女の子の柔肌!! 見えるか見えないかのチラリズム!! しかもそれがリリちゃんみたいな大人しい子のだぞ!? 男子なら興奮するかテンションMAXになるかしかないだろ!?」

コウキ「たまに、お前のこと心からすごいと思う。よくそんな台詞大声で叫べるな」

ヨウト「男ならエロに嘘はつかない!!」

コウキ「......はぁ、そんなんだから折角稼いだ好感度も全部下がっていくんだよお前は......(リリと少し仲良くなってきたと思ったのに......はぁ)」

ヨウト「???」






 SIDE Nick

 

「く......たっ!!」

 

 私の攻撃をかわしたミウは、その勢いのまま体を回転させて剣戟を放ってくる。

 今の攻撃をかわしてしかも反撃してくる、なるほど。やはり実力は折り紙つきということね。

 ただ......どうにも様子がおかしい。

 迫ってくるミウの鋭さに欠けた一撃(、、、、、、、、)を剣を振り上げることで大きく弾く。

 反応も、判断力も、使ってくる手も、ミウはかなりのものだ。それこそこの世界でも5本の指......いや、もっと上でもおかしくはないと言えるほどに。

 だというのに、ミウは私に圧倒されている。

 これは......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ......はぁ......」

 

 数時間後、ミウは膝に手をついていた。

 コウキとミウの申し出を受けてから一週間。ミウはまだ私に攻撃を当てることはできていない。

 そしてその原因は、もう分かっている。

 

「ミウ、あなた体の調子悪いでしょう?」

 

「え......? いや、そんなこと......」

 

 やっぱり、本人は自覚なしか。

 調子が悪い、と言っても言葉通りの意味ではない。

 ミウの攻撃、防御、体運び、それら全てのペースが、ずれている。

 まるで自分が思い描いている動きと、実際の体の動きが合わさっていないかのように。

 VRMMOの性質上、始めて間もない人間がアバターとの動きにズレが生じる、というのはある。だがそれは初心者の話でもう1年近くこの世界にダイブしているミウが今さらそんなことになるとは思えない。

 となれば。

 

「確かあなた、シバとの戦闘は互角かそれ以上に戦えたのよね?」

 

「はい......って、え!? ニックさんシバくんのこと知ってるんですか!?」

 

「えぇ、言ってなかったかしら?」

 

 シバ。あの子はよかった。

 強さに貪欲で、戦闘にはもっと貪欲で。正に私好みのプレイヤーだった。

 ただ......なんというか、深みがまだ足りなかったわね。まだまだヒーローを夢見ているだけの少年、という感じで。

 コウキのように現実を知っていて、なお希望に手を伸ばすようなものはなかった。私としては強ければそれで良いのだけれど。

 それをミウに伝えると呆れたように笑われた。ふん、まぁ、この感覚は分かる人にしか分からないしね。

 とにかく、だ。

 

「あなたは、そのときの動きを再現しようとしているのよ」

 

 スポーツなどでもよくある話だ。本人の体の調子が最高の状態を一度味わって、その後もその動きを再現しようとして上手くいかない、なんて話は。

 しかも今回はミウの場合だ。前にも言ったがミウの力はこの世界でも化け物クラスと呼ばれるもの。

 そんな人物が一度自分の力を認識してしまったのだから、そりゃあ普段の自分の動きとの違いに戸惑ってしまうだろう。

 ただ、この内容は本人に言ってどうにかなるものではない。

 そもそも一度は本来の実力で戦うことだできたのだから、またそうできることもあるだろう。

 だから、こういうときの治療法というのは、至極単純。

 戦って戦って戦って、その時の感覚、動きを完全に思い出せば良い。

 私はようやく息が整ってきたミウに、再び剣を向ける。

 

「さ、次行くわよ」

 

「話の続きは!?」

 

「言ったでしょう? 教えるのは苦手なの......面倒だしね」

 

「絶対後の方が本音ですよね!?」

 

 うるさいわね。

 さっさとミウが私と戦えるようにならないと、私もつまらないのよ。

 ということで、今日もミウは嬉しそうに目に涙を浮かべ、私と戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

 結局俺の特訓には、ヨウトとリリが参加してくれることになった。

 リリは俺のためにできることがあれば、なんでもやりたいと言ってくれた。

 いつもならやんわりと断るところなのだが、俺は俺でもう後がない上に、リリは経験が足りていないだけで多分単純な実力だけで言えば俺と同等だ。

 そんな相手を逃すのは、かなり惜しい。

 なので今回はリリの好意に甘えることにした。

 

 ただそれでも問題になってくるのは、リリのレベリングだ。リリはまだレベル的には最前線に達していないので、俺の特訓に付き合った後、午後だけでレベリングをするというのは無理がある。

 リリもそこは分かっていた。だから午後のレベリングは、俺たちに同伴することになったのだ。

 俺とミウの二人がいれば、相当悪条件でもない限りはリリを最前線に連れていくことはできる。リリには本当に負担をかけてしまっているから、レベリングに付き合うぐらいは俺は喜んでする。

 ただこれは毎日ではない。いきなりずっと最前線にリリを連れていくのは、それはそれでリリへの負担が大きい。

 だから最初は一週間に2~3回程度。そこから慣れてくれば徐徐に回数を増やしていく、という具合だ。

 そしてリリは今日、下層の1ヶ月に1回しかない限定日クエストに挑戦している。こういう縛りがあるクエストは良いものなら最前線で攻略をするよりも良い経験値や報酬が貰えることがあるので効率はよかったりする。

 ならそれを手伝おうとしたのだが、残念なことにソロ専用のもだった。

 

 まぁ、そんなこんなで今日はいつも通りミウと攻略中、なのだが。

 

「......」

 

「......大丈夫か?」

 

「割と大丈夫じゃないかも......」

 

 最前線、42層ーー《エーレンの森》なかを歩きながらミウは肩を落とす。

 互いに別々に鍛え始めて一週間、俺の方にはまだこれといって進展はない。

 早くなんとかしなくては、それは分かっているのだがどうにも上手くいかない。

 そもそも俺は今まで割となんでもありの方法で戦ってきていて、キリトでいう『反射速度』、アスナでいう『攻撃速度』のような、これという武器らしい武器がない。

 強いて言うのなら『目』だが、これは直接的な武器にはならないし......

 そんな感じで、俺は自分の武器を見つけないと先には進めないのだ。

 

 それに対してミウの方はというと、今聞いたようにミウも芳しくはないようだ。

 しかもこの一週間、ミウはニックにかなりしごかれている+理不尽な言動に左右されているらしく、ミウのなかでニックへの好感度がまた少し下がってるらしい。

 でも休憩の時に食べるお菓子は好みが完全に被っていて楽しいし美味しい! とのこと。相変わらず仲が良いのか悪いのかよく分からない関係だ。

 

「うーん......攻略の時は別にいつも通りなんだけどなぁ」

 

「なにが?」

 

「なんかニックさんに、体の調子がー、とか言われてね。確かに言われてみるとニックさんと戦ってるときって動き難いんだよね」

 

「......それって大丈夫なのか?」

 

「あ、ううん。別に風邪とかそういうのじゃないから大丈夫だよ」

 

 心配してくれてありがと、そう言うミウの笑顔は、最近よく見るようになった笑顔。

 ミウの『女の子』がすごく前面に出てきているような、そんな笑顔だ。

 ......うーん、この笑顔はなんというか、ペースが崩れる。

 今までの元気100%笑顔にも、最近ようやく慣れてきたというのに......

 しかも元々ミウは、本人に自覚がないだけでかなりの美少女だ。そういう子にこういう笑顔をされるのは......中々にキツい。

 圏外で気を抜くなよ抜くと死ぬぞ、と自分に言い聞かせながらミウに軽く返事をする。

 

 すると、急に森のなかが開けてくる。

 

「......ん? ミウ、ちょっと待った」

 

「なに?」

 

「ここ......多分ーー」

 

 俺が言い終えるよりも早く、場に変化が起こった。

 短い悲鳴が聞こえたかと思ったら、次の瞬間には大きな物体が横合いから吹っ飛んできた。

 その物体は、よく見ればヒト形ーー女性プレイヤーだ。

 それを確認すると続けざまに、その女性を追うようにして二つの影が木の間から飛び出てくる。共に片手剣を握っている男性プレイヤーだ。

 見てすぐに分かるように、どうやら女性プレイヤーが男性プレイヤーに襲われている、という状況のようだ。

 そして襲われている女性プレイヤーの頭上に?マークが浮かび上がる。

 この開いた空間......やっぱりイベントクエスト用のものか。

 ということはあの3人はNPCで、これはクエストを受けるかどうか、という状況な訳だ。

 

「コウキ、行こ!」

 

「......あぁ!」

 

 返答後、すぐに走り出す。

 今俺たちは自分達の力が足りていないことを知って、鍛えている最中だから、ただ突っ込んでいくのは無責任なんじゃないか? とも考えた。

 だがそれでこの場を離れるということは、結局俺はニックの言う通り自分の信念に負けてしまう。それは嫌だ。

 なにより、ミウだけを行かせるなんて選択肢、俺にはない。

 

「ちょっと待ったぁぁぁあああ!!」

 

 女性と男たちの間に割って入ったミウが大声をあげて戦闘を中断させる。

 それがクエスト受諾の合図になったのか、女性の頭上から?マークのアイコンが消え、女性は走り去ってしまった。

 同時にこの開いた空間を透明な膜のようなものが覆う。この場を何とかするまでここからは出られないってことか、くそ。

 そこで改めて襲っている男二人を見る。

 二人とも武器は装飾の多い片手剣、防具も揃えているのか同じもので、黄色と紫で彩られたいかにも防御力の高そうな甲冑を着ている。

 揃えられた甲冑、か。もしかしたら組織ぐるみで行動している人物たちかもしれないな。

 

「なんだ、お前たちは?」

 

 右に立っている男ーー分かりづらいな。甲冑Aさんとしようーーが問いかけてくる。

 その声は屹然としていて、まさに騎士のようだ。馬はいないけど。

 あまりに堂々としているせいでこちらがもしかして悪いことをしているんじゃないか? と一瞬思ってしまう。

 俺は一度細く息をはく。

 

「あんたらは何をしてるんだ?」

 

「ふん、貴様らには何も関係のないことだ、立ち去れ!!」

 

「あの女の子、泣いてたけど、あれは君たちのせいなんだよね?」

 

「関係のないことだと言っているだろう、これ以上邪魔するのなら排除するぞ」

 

 甲冑Bさんがミウに剣を向けてくると、甲冑二人に1本ずつHPバーが出現する

 ......くそ、やっぱ交渉でなんとかするってのは無理か。

 この人たちが何を企んでいるのか、そもそもこれがどういうクエストなのかもまだ分からないが、とりあえずこの場を切り抜けることを考えよう。

 

 まず、こういう正式なクエスト受注をせずに受けるクエストーーイベントクエスト等は、急な戦闘イベントの場合が多く、プレイヤー側が万全な状態で望めない場合がある。

 だからこそある救済処置、なのかもしれないが、この手のクエストではプレイヤー側のHPが全損することは少ない。

 敵のレベルが低く設定されていることが多いのだ。

 だから今回もその例に漏れず、この戦闘はそこまで危ないものにはーー

 

「はぁっ!!」

 

 ーーなりそうだな。間違いなく。

 甲冑Bによる俺への斬りつけは、この層にポップする剣を装備しているmob《ゴブリン・エリート》のそれよりも鋭く、速い。

 なんとかかわしはしたものの、これは連続して斬りかかられるとかなりまずい。

 さらに迫ってくる剣を膝を落とすことでかわし、低い姿勢のまま甲冑Bさん接近、甲冑に両手を当てて《鎧透破》を発動ーーしようとしたのだが、甲冑Aさんが俺に斬りかかってきたことにより、《鎧透破》は中断。代わりに《肩撃》を甲冑Bさんに叩き込み相手二人を引き離す。

 くそ、甲冑着てるようなパワータイプの相手なら、超接近戦に持ち込めば力が分散して戦いやすいと思ったのに......それに今の甲冑Aさんの俺への妨害。一歩間違えたら甲冑Bさんに攻撃が当たってたところだ。コンビネーションにかなりの自信があるってことか......

 

「ミウ、そっちの甲冑さんのこと頼む!」

 

「了解!」

 

 ミウはそう答えたが、俺が言うよりも早く先にもう戦い始めていた。

 ......前から思ってたんだけど、俺のミウへの指示ってほとんどいらないと思うんだよなぁ。

 でもミウ曰く、あった方が安心できる、らしいし。

 等と考えていると、甲冑Bさんが体勢を立て直して、再び剣を構えてくる。

 俺もそれに合わせるように背中にある鞘から剣を抜く。

 ......うーん、さすがは騎士。構えからして隙があまりない。

 しかも甲冑なんてゴツいものを着ているせいで威圧感がかなりある。

 背後からはミウと甲冑Aさんによる剣戟の音が聞こえてくるが、それは意識の外に追いやる。俺の背中を守っているのはあのミウなんだから、大丈夫に決まっている。

 

「ふっ!!」

 

 短く息を吐くと同時、今度は俺から接近し、剣を振るう。

 狙いは右足。これが通れば上手くすればスタンを取ることができるかもしれないが、さすがにそこまで甘くはない、甲冑Bさんは簡単に剣で防いでしまう。

 俺はそこから相手の剣の上を滑らせるように自分の剣を振り上げ、相手の胸を切り裂く。

 ......ちっ、さすがは甲冑。防御力が半端ないな。胸に直撃でも2割削れないか。

 やはり隙を狙ってソードスキルで一撃いれないと効率が悪すぎる。

 さらに相手に一撃入れて体勢を崩してやろうとするが、それは剣で防御されてしまった。

 さっきの胸への攻撃もかわそうと思えばできたタイミングだと思うけど......ほとんど避けようとしないな。甲冑が重いせいか?

 まぁ、なんにせよ、相手が動かないパワー思考の相手だというのは分かった。

 それならば、やりようはいくらでもある。

 

 俺は剣が触れあった状態から、今度はつばぜり合いにもっていく。

 俺が急にテンポを変えたせいか、甲冑Bさんは反応に遅れて一瞬、つばぜり合いに置いて俺が有利になる。

 よし、体勢を崩した、ここでソードスキルをーー

 

「う、おぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 が、俺が有利になったのは本当に一瞬。甲冑Bさんは咆哮と共に一気に力を込め俺を押し返してしまった。

 ーーなっ、おいおい。いくらパワーがあるからって、どんだけ筋力値に差があればこんなに一気に持っていかれ......!?

 先ほどと反転して体勢を崩された俺に向けて甲冑Bさんは剣を構え、その剣が淡く輝きを放つ。

 まずっ、ソードスキル......!!

 そう思った時にはもう目の前まで輝く剣が迫ってきている。

 だが俺も、ほぼ条件反射的に上半身のモーションだけで発動可能なスキル《スラント》を発動し、迫り来る剣に無理矢理ぶつける。

 

 ガキィィィン!! と互いの剣が弾ける。だが体勢の悪かった俺は、後方に吹っ飛ばされてしまう。

 ダメージは......よし、上手く殺せてるな。

 俺はすぐに体勢を立て直し立ち上がる。すると俺に背中をぶつけるようにしてミウも後退してきた。

 

「やっぱ結構強いな」

 

「そうだねぇ......でもコウキ、わざとこの状況作り出してるよね?」

 

「......まぁな」

 

 今の俺たちの状況は、相手二人に挟撃されている状態だ。

 挟撃といえば二方向から次々と攻撃がされて、中央に配置された側が不利、という印象が強いが、それは絶対ではない。

 逆に相手を二つの方向に分割することで一方向当たりの攻撃力を分散させることができるし、今のような2対2の状況なら、真ん中にパートナーと近い状態で配置された方がコンビネーションが取りやすいという利点がある。

 相手もコンビネーションに自信があって、攻撃力もかなりあるみたいだったから、俺はわざと相手二人を引き離したのだ。

 ......まぁ、それで1対1の状況で俺がやられたら話にならないんだけど。

 半身で剣を向けて、甲冑Bさんを牽制する。

 

「ミウ、そっちはどう?」

 

「うーん......あともう一歩攻めきれないって感じかな~」

 

「なるほど」

 

 逆に、『あと一歩』があれば攻めきれるってことか。

 ......よし、これなら行ける。

 左肘を2回ほどミウに当てて合図を出す。

 直後、俺とミウは同時に自分の相手に向かって駆け出した。

 そして近づきざまに、俺は甲冑Bさんに力任せの横一閃を放つが、もちろん筋力値の差にものを言わせて抑え込まれてしまう。

 そこで俺はつばぜり合いをせずに、一度後ろに引いた。

 甲冑Bさんは俺の攻撃で体勢を崩されたわけでも、意表を突かれたわけでもない。そんな状態で俺が引けばーー

 

「ふっ! どうした、怖じ気づいたか!?」

 

 ーーそりゃあ、嬉々として一歩踏み込んで俺に追撃してくる。

 よし、きた!!

 引いたタイミングで放たれる追撃の一撃。これほど嫌なものはないが、来ることさえ分かっていれば対処そのものは簡単だ。

 しかも最近はヒットアンドアウェイの師匠、リリ先生(本人にこれを言うと全力で畏まっちゃうけど)に引いたタイミングの攻撃への対処法を教えてもらっているのだ。

 これぐらいの攻撃の対処、できないわけがない!

 俺は剣を斜めに固定して、迫ってくる剣を左下に逸らし、受け流した。

 こういうパワーでごり押し、というタイプにはこういう受け流し方の方がダメージが少なくてすむし、相手自身の力しか使わない受け流し方だから相手の攻撃力が高ければ高いほど相手の体勢を崩すことができる。

 前に戦ったポンチョ男のパリィを俺なりに研究した結果だ。

 ただこの方法は武器を完全に防御に回してしまうので、弾いてパリィするよりも次の行動に繋げにくいというのはある。つまり反撃に繋げにくいのだ。

 だが、今回はこれでいい。

 

 俺はさらに一歩バックステップを入れて、後方に引く。

 そして下がった先にはーー先程の再現であるかのように、俺と同じく後方に下がったミウの背中があった。

 そのまま俺たちは体をぶつけ、そこから互いに体を回転させることで、互いの立ち位置を入れ換えた。

 つまり、俺の相手は甲冑Aさんに。ミウの相手は甲冑Bさんに、ということだ。

 甲冑Aさんを見ればちょうどミウに攻撃しようと迫ってきていたところだったようで、突如ターゲットであるミウが俺になったことで混乱し、動きが止まってしまっていた。

 ナイス、ミウ!!

 この状況なら、ミウが言っていた『あと一歩』も踏み出せる!!

 俺の剣が黄色く光り、片手剣三連撃スキル《クロス・ポイント》を発動する。

 このスキルは《クロス・シーザー》の上位スキルで、《クロス・シーザー》と同様の横、縦の剣閃の後に、十字が重なった部分に三撃目の突きを放つというものだ。

 しかもこのスキルは攻撃が重なる部分はかなりの高火力になる上、タンブル性能までついているという優れものだ。スキルの出が少し遅いというのはあるが、今の状況ならそれを気にする必要もない。

 凄まじい勢いで、俺の攻撃は甲冑Aさんに吸い込まれていく。

 そして最後の突きが直撃した時、甲冑AさんのHPはちょうど残り3割ぐらいだ。

 ミウと入れ替わった時は確か残り6割を切っていたから、ソードスキルを直撃させても3割削れていないということか。くそ、厄介な。

 しかも連撃系のスキルは硬直が長い。甲冑Aさんもタンブルして動けなくはなっているが、先に回復されるとかなりまずい。

 早くディレイ終われ!! と念じるが、それに反して先に動き出したのは甲冑Aさんだった。

 それを見た瞬間、まずい、一撃もらう!! と体を固くさせたが、いつまで経っても重い衝撃は襲ってこない。

 それどころか、俺の耳に聞こえてきたのは怒りのこもった咆哮ではなくーー

 

「く、くそ! 一先ず撤退だ!!」

 

「貴様ら、我々《エイジス》にこのような蛮行......!! ただですむと思うな!!」

 

 少し懐かしい、捨て台詞だった。重そうな甲冑をガッチャンガッチャン言わせて二人は走り去っていった。

 ディレイから解放されてミウの方を見ると、ミウもポカンとしている。

 

「え、ミウ。ミウが先に相手倒したとか?」

 

「ううん。私はまだ6割ぐらいまでしか削ってなかったけど......」

 

 じゃあ、なんだ。

 倒してないのにあいつらは逃走したってことか? いや、好き好んで相手を倒したい訳じゃないから退散してくれたのは素直に嬉しい。

 嬉しいんだけど......なんだ、この拍子抜け感。

 

「もしかしたら、さっきの甲冑どっちかのHPを残り3割以下まで削るのが条件だったのかも......」

 

「あ、だからじゃないかな? あの二人が妙に強かったの。二人のうちどっちか片方を集中攻撃して、残りHPを3割以下まで削ればよかったんじゃ......」

 

「......」

 

 え、マジで?

 じゃあさっきまで考えてたあの甲冑を引き離してとか撹乱してとかほとんどいらない思考だったんじゃ......

 恥ずかしさのあまり顔を思いきり地面に叩きつけたくなったが、そんな奇行に突然走ればミウが心配するのでなんとか堪える。

 代わりに、今日最大のため息をつこうとしたその時。

 

 

 

 

「すみません!! この辺りで紫の甲冑を着た男が二人いたらしいのですが、ご存知ありませんか!?」

 

「あっ! この方たちですシラル!! 私を助けてくださったのはこの方たちです!!」

 

「なんと、それはまことですかミレーシャ様!!」

 

 

 

 

 俺とミウの前に、また突然の来客が来た。

 一人は先ほど襲われていた女性で肌がとても白く金髪。体形のメリハリがとてもある穏和かつおてんばそうなミレーシャと呼ばれた女性。

 もう一人は先ほどの甲冑さんたちとはまた違う、水色と緑で彩られている甲冑を着ているシラルと呼ばれた男性。なんとなく新人のサラリーマンのような雰囲気というか、とにかくこれまた優しそうな印象がある。

 ただ、この二人を見た瞬間、俺は思った。

 

 

 

 ......あ、やべ。これ厄介事だ。と。

 

 

 




はい、導入回でした!

ちょっと内容が薄くなっちゃいましたかね?(割といつものことのような気が......
ただ少し久しぶりな戦闘も書けたので楽しかったです。

そして新キャラが出てきましたね。これからコウキたちは彼女らとどう関わっていくのか。

次回は......そこそこ進む回かな?


あと最近、どこでAS入れようかとタイミングを伺っているのですが、なかなか見つからずしょんぼりです。


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49話目 ガイア

49話目です!

シラル「さぁさぁ剣士さま、こちらです!!」

コウキ「あの、ちょっと待ってくださーー」

ミレーシャ「こちらです!!」

ミウ「え、え!?」

コウキ「あの、状況が全然見えないーー」

シラル・ミレーシャ「「どうぞどうぞ!!」」

コウキ・ミウ「「(なにこの状況!?)」」


「さぁさぁどうぞ、こちらです剣士さま!!」

 

「は、はぁ......」

 

 俺たちは謎の甲冑さんたちとの戦闘後、突如現れたミレーシャさんとシラルさんに半ば強制である村まで連行された(いや、これがクエスト内容に含まれるのなら、半ば、じゃなくて完全に強制だ)

 連行された村は森の中を東へ東へと歩いていった場所で、正に森の中の最奥。隠れ里のような場所だ。

 ただ規模はかなり大きく、各層の主街区ぐらいはありそうだ。

 ミレーシャさんたちについていくと村の出入り口だと思われる場所につく。そこには神社にあるような立派な門がそびえ立っており、門の前には二人の憲兵が構えている。

 憲兵が身に纏っている甲冑はシラルさんが着ているものと同じもので、水色と緑で彩られている。

 門の前まで行くと、憲兵二人は最初に俺とミウのことを睨み、次にミレーシャさんに対して膝をつき、頭を垂れた。

 

「おかえりなさいませ!! ミレーシャ様!!」

 

「はい、ただいま戻りました。頭を上げてください」

 

 ミレーシャさんが憲兵二人の頭に触れながら言うと、統制の整った動きで二人が立ち上がる。

 この感じからするに......ミレーシャさんはお姫様かなにかなのか? でもティアラとか被ってないし、服装も白い修道服みたいなの着てるしな......

 強制連行されてここまで来たが、情報収集は怠らない。ないと思いたいがここまできてまさかの敵地、ということもありうる。

 

 シラルさんが憲兵二人に俺たちのことを「《エイジス》からミレーシャ様をお守りしてくれた方々」と説明すると、憲兵たちに尊敬の眼差しのようなものを向けられた。どういうこと?

 そういえば、さっきも言ってたな《エイジス》とかなんとか。何かの組織名......って考えるのが妥当か。

 そのまま俺たちは門を通された。

 

「う、わぁ......」

 

 ミウが思わずといった風に声を漏らす。

 門の先にあったのは半分ほど予想織りの大規模な村。

 建物はロッジのようなものや、茅葺き屋根のもの、木造が多い。

 それらが不規則にあちらこちらに建っている。ここまではいい。

 それでも俺たちが息を飲んでしまったのは、村の雰囲気、賑わいだ。

 前に見た2層の賑わい、あれにも劣らないほど村は賑わっていたのだ。

 こんな森の奥に、こんなに人がいるなんて......

 最近の主街区でも、ここまで賑わうことはほとんどない。

 俺たちの驚きを見て気分をよくしたのか、ミレーシャさんは俺たちの前に躍り出て、優雅に頭を下げながら言った。

 

 

 

 

「ようこそ、自然の恵みに愛されし国、《ガイア》へ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ガイア》の中を突っ切り、最初に案内されたのは円状の敷地の中央にある大きな建物だ。

 この建物だけ他の建物と比べて高さがあり、素材にもレンガなど丈夫なものが使われている。位の高い人物が生活したり、客を入れる建物で、《青樹殿》というらしい。

 その話をミレーシャさんに聞いて、とりあえず俺たちは客人として扱われているのかとやっと安心できた。

 そこでシエルさんは「これで失礼します」と言って別れた。ミレーシャさん曰く憲兵や騎士がこういう建物に入ることはほとんどないらしい。

 石造りの重そうな扉は、メイドさんたちが引くと簡単に開いた。

 建物の中はかなり広い。リアルでの例えになるが感覚的にはバッキンガム宮殿とかこんな感じだろうなぁ、という内装だ。

 入ってすぐには左右に廊下がはしっていて、そちらの方を見ると扉が多くある。あっちの方は居住区とかそういった部屋が配置されているとのこと。

 壁はベージュ色のような目に優しい色で統一されている。足元は赤い絨毯......とまではさすがにいかないが、それでも良い石が使われているのが分かる。

 俺とミウがずっとキョロキョロしていると、どこからか女性が二人俺たちに近づいてきた。

 

「わっ、メイドさん!! コウキ、メイドさんだよ本物!!」

 

「いやいやミウさんや。あなたもお店の手伝いクエストで似たような格好してたでしょーが」

 

「そうだけど、あれは偽物だもん」

 

 メイドの本物偽物ってなんだ......?

 俺は首を捻りつつ、今度はメイドさんたちに案内されるままに、入って正面にある扉をくぐる。

 そこから先は空気が違った。というか建物の内装も変わった。

 これは......植物園みたいな部屋だな......

 どういう仕組みになっているのかは分からないが、この部屋は至るところの木や草など植物が生えている上に、外からの明かりを直接取り入れていてかなり明るい。

 自然の恵みに愛されし、という枕詞が似合う様相だ。

 壁際は草木にほぼ完全に覆われているなか、扉から入って真っ直ぐ歩いていくとまた少し空間が変わった。

 なんというか、人の気配というか、生活の気配が出てきたのだ。

 枝や木を切って作ったと思われるイスや机。家具のようなものが辺りにちらほらと見える。

 そして、最後に見えたのはベット。あの王族貴族が使ってそうな装飾多めのキングサイズのやつだ。

 そこには、一人の男性がベットに腰かけていた。

 色素が薄めの短い茶色の髪に、華奢な体格が印象的な人だ。

 

「ナフ、今戻ったわ」

 

「ん? あぁ......」

 

 俺たちと一緒に歩いてきていたミレーシャさんが声をかけると、ナフと呼ばれた男性は鈍く反応した。まるで寝起きのような反応の悪さだが......体調が悪いのだろうか?

 ナフさんは俺たちと正面から向き合うためか立ち上がるが、すぐに数歩足を踊らせ倒れそうになるのをメイドさん二人が支えていた。

 

「あの、大丈夫ですか......?」

 

「あ、はい。ナフのこれはちょっとした反作用みたいなものなので、直に回復します」

 

「はぁ......? あ、辛いのならそのままでもいいよ」

 

「そうかい? 悪いね......」

 

 ミウの言葉に従い、ナフさんはゆっくりとベットに腰を下ろした。

 そして、ふわり、と笑いながら体だけをこちらに向けてくる。

 

「ようこそ、《青樹殿》へ。僕はナフ。ここでの立ち位置は......うん? 僕の立ち位置ってどうなるんだろう?」

 

「もう、そんなこと言わないでよ......すみません、剣士さま。ナフの国での立ち位置は......《森人》......じゃ言葉不足ですね。人間国宝の頂点、と考えてもらえると」

 

「に、人間国宝?」

 

「はい、人間国宝です。そして私のことは人間国宝、ナフの少し下、と考えていただけると幸いです」

 

 人間国宝......その単語をこの世界で聞くことになるとは思わなかったな......

 うーん......まだ全然話が見えてこないが。とりあえず国のなかでもかなりの重要人物って、ことか?

 

「そして、話が前後してしまったけど、この度はミレーシャを助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

「「え、えぇ!?」」

 

 ぐいっと、勢いよくナフさん、そしてミレーシャとメイドさん二人が俺たちに頭を下げ、それに俺とミウが声をあげてしまう。

 助けたことにお礼を言われることは、まぁ分かるけど、さすがにここまで畏まられるほどのことじゃない。

 そもそもお礼を言われるべきはミウだ。俺はミウについていったにすぎないんだし。

 それをナフさんやミレーシャさんに伝えたが、頭を上げさせる効果はあっても感謝の念をミウだけに向けさせることはできなかった。あとミウにもなぜかジト目を向けられた。

 一度咳をして空気を入れ換える。

 

「えっと......それで? この国......《ガイア》のこととか、詳しく聞かせてもらうことはできますか?」

 

 適当に口から出てしまった言葉だったが、それは確かに聞きたかった内容だ。

 ここまでほぼ強制的に連れてこられたが、建物などの説明はあっても《ガイア》という国そのものの説明は一切なかった。

 だからそこを聞けばこのクエストの内容やここまでの流れもなんとなく分かるだろう、そう思ったのだが。

 

 

 

 

「いや、その話は追々ということにしよう」

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 ナフさんが言ったその言葉で、ようやく俺は目が覚めた。

 しまった。相手が弱っている上に穏和そうだからって、完全に油断していた。

 ここまでの会話の流れ、完全に向こうに話の主導権が渡っていた。いや、ここまでじゃない、今もそうだ。

 ナフさんの顔を改めて見る。先ほどと変わらず柔らかく微笑んでいるだけだ。

 だが俺には、その笑顔がもうただの笑顔には見えない。

 この話の主導権がいつの間にか持っていかれてて、不気味な感じ......ヒースクリフに似たものを感じる。

 

「あ、じゃあミレーシャさん、さっき襲われてたけど......怪我とかなかった? 大丈夫?」

 

「はい、心配いただきありがとうございます。お二方のお陰で、事なきことを得ました」

 

「そっか、よかったっ」

 

 ミウが安心したように笑うのを見て、俺も安堵の息を飲む。

 ナイスミウ。あのままだったらもう向こうのペースから抜け出せなくなるところだった。

 こういう一度作られてしまった流れは、狙って変えるのが極端に難しいしな。

 

「そういえば、ミレーシャさんはどうしてあの......《エイジス》?に襲われていたんですか?」

 

「はい.......私たちにも理由や狙いは分からないのですが、近頃、《ナーザ》から送られてくる《エイジス》が、民や私たちを襲ってくるようになって......」

 

 うっ、なんかまた新ワードが。

 ただこれも聞いたところでナフさんの笑顔(ほとんど暗黒微笑)に封殺されそうなので質問はしない。

 ミレーシャさんが沈痛そうに顔を伏せる。自分が襲われた恐怖が蘇ったのか、国民が襲われていることに心を痛めているのか。

 すると、ナフさんが細く息をついた。

 ......どうやら、ここからが本題のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ......気疲れした......」

 

 ナフさんから一通り話を聞いて、俺とミウは今、再び《エーレンの森》に戻ってきていた。

 俺は《索敵》スキルの効果範囲をを全開まで広げて、辺りを確認しながら歩く。

 ナフさんの話はこうだった。

 

 

 ーーミレーシャを助けてくれたその腕前、僕たちに貸してはくれないだろうか?

 

 ーーと言っても《エイジス》を倒してほしいわけじゃないんだ。人手が足りていない見回りの手伝いをしてほしい。

 

 ーー見回りは、この国を覆う森、つまり《エーレンの森》を歩き回ってもらうだけでいい。

 

 ーー見回り時間が終われば、僕かミレーシャに報告する、お願いの内容はそれだけ。剣士さまたちの貴重な時間を奪ってしまうのだから、もちろんそれに見合うだけの報酬は用意させてもらう。

 

 ーーって、おい! まだやるとは一言も......!!

 

 ーーどうか、力を貸してくれないか?

 

 ーーやります!!

 

 ーーミウぅ......

 

 

 

 ーーーーこんな感じ。

 あぁ......なんかすごい勢いで変な出来事に巻き込まれていってる気がする。

 

 多分、このクエストはたまにある連続ものだ。

 一つのクエストをクリアしてそれで終了、とはならずに、その後また新たなクエストに挑戦できるようになるタイプのやつ。

 こういうタイプのクエストって、下手すると何層も続くことあるからなぁ......

 俺はため息をつく。

 今回のため息は、この妙なクエストに対して、でもあるが、もう一つ理由がある。

 それは、ここまでの話を踏まえた上でも、俺は前ほど忌避感を覚えていないからだ。

 誰か見ず知らずの人のために、自分達が傷つくリスクを背負いながら無償で動くなんて馬鹿馬鹿しい。その考えは今でも変わらない。

 ただ。

 

「この森空気美味しいよね。マイナスイオンとか出てそう」

 

「......」

 

「うん? どうしたのコウキ?」

 

「......いや。出てるとするならマイナスイオンじゃなくて何かの周波数とかじゃないか?」

 

「もー、コウキはまたそういう夢のないこと言う!!」

 

「ははっ」

 

 ただ。

 その馬鹿馬鹿しいことでミウがこんなにも嬉しそうで、それを見ている俺が悪くない気持ちになるのなら、それはそれでありかな。そうも思うようになってきた。

 さっきもそうだったけど、誰かに喜ばれるのは悪い気はしないしな。

 でも、その新しい考えを俺が実行するには、やっぱり強さが必要だ。

 ......結局、もっと頑張れってことか。

 

「コウキ!」

 

「うん?」

 

 またミウの話を聞いてなかったかと思って、一瞬焦ったが、ミウを見ても別に不機嫌な色はない。

 ミウは俺の後ろに回ると、そのまま背中を押してくる。

 

「ほら、早く行こ!」

 

「......そうだな。さっさとこの見回り終わらせてレベリングするか!」

 

 ミウに押される形で俺とミウは速い歩調で森を行く。

 ......やっぱり、俺はミウに変えられたのかもしれない。そんな考えがなんとなく浮かんだが、これも悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、先ほどと似たような甲冑さんと交戦してなんとか追い払ったりして、今は夜。

 言われた通りナフさんに今日の成果を報告すると、「ありがとうございます」の一言と報酬のアイテムがもらえた。

 一応これでクエストクリアにはなったのだが、この国の問題がなにも解決していない以上、おそらくまたこのクエストは発生するだろう。

 その前兆なのか予防線なのかは分からないが、今日はこの国の宿屋に泊まっていってくれと言われた。

 宿代はタダ。泊まる宿は今用意できる最高のもの、ということだ。

 ......うーん、なんか宿の方が報酬、みたいになってるよなぁ。「一度泊まったんだからこれからもよろしくね、ね?」というようなナフさんの考えが見え隠れしてる気がする。

 とりあえずヨウトに今日は俺とミウが帰らないことを伝えておく......なんだ、この家族がしてそうな連絡。

 

「コウキ、連絡終わった?」

 

「あぁ、終わった」

 

「そっか」

 

「......」

 

「......」

 

 俺たちの間に、沈黙が訪れる。

 といってもこの沈黙は別に空気が悪いものではなく、ただ互いに小休憩が重なっただけで、このぐらいのことなら毎日あるし問題ない。

 ただ、今は違う。俺は今、ものすごく後悔していた。

 なんだかんだいって、ここ最近はミウと一緒にいる時間がかなり減って、レベリング、攻略中も、mobを気にしていたり景観で話題を作ったりと、ミウとゆっくりする時間というのがほとんどなかった。

 だけど今、落ち着いた。落ち着いてしまった。

 そうなれば、思い出してしまうのは当然あの朝の出来事。

 ミウの綺麗な笑顔と、あの言葉だ。

 ......あれは、どういう意味だったのだろう?

 俺の考えを壊す、って言ってたけど、そもそも俺の考えってなんだ? いやそれよりもあの辺りから妙にミウの笑顔が、なんというか、かわいーーーー

 

「コウキどうしたの? 急に唸りだして」

 

「なんでもないですごめんなさいなにも考えてません」

 

「?」

 

 いやいや落ち着こうぜ俺。

 ミウが美少女なのは元からだ。だからああいう表情をすれば誰だって可愛いというだろう。現にヨウトとかアルゴはちょくちょく言ってるし。

 気分を変えるためにも俺は自分達が今いる部屋を見渡す。

 一人部屋。今用意できる最高の部屋と言われただけあってベットはフカフカだし、クローゼットや机といった家具も高そうなものばかりだ。確かこういうのはアンティーク風、だったか。

 ミウも隣の部屋に泊まることになっていて、その部屋も俺の部屋と作りは同じだ。

 ここまで豪華な部屋をこんなに簡単に用意するなんて......やっぱ過剰にもてなされてる感が半端ないな.....

 ......うーん。

 

「なぁ、ミウ。ミウはナフさんやミレーシャさんと話してみて、どう感じた?」

 

「え? どうって......いい人たちだな~かな? あ、あとすごい綺麗な人たちだよね」

 

「なにか、違和感なかったか?」

 

「違和感?」

 

「あぁ。なんというか......普通にプレイヤーと話してるみたいじゃなかったか?」

 

 ナフさんに対して感じた違和感。そして俺も騙されたほどの話術。それを普通のNPCが行っていた、というのがしっくりこない。

 ナフさんの話術はそれこそヒースクリフのような『上』の存在から感じる隠された威圧感のようなものがあった。

 それにこちらの出方を探りながら話すあの感じ。NPCが本当にそんなことできるのか?

 俺もミウ同様、NPCをただのデータだとは思っていないが、それでもこの不気味さはまた別だ。

 なんというか、人間味がありすぎるのだ。

 俺の言葉を聞いて、ミウは小さく唸る。

 

「......でも、仮にナフさんたちが特殊なNPCだったとしても、それはなにか問題のあることじゃないでしょ? だったら気にしなくてもいいんじゃない?」

 

「まぁ、そうなんだけどな」

 

 これ以上考えても無意味、か。

 確かに俺たちは製作側じゃないんだからNPCの違いなんて考えてもそうそう分からないしな。

 

 空気もなんとか入れ換えられたので、それから少しミウと話していると、コンコン、とノック音が聞こえた。

 返事をすると、部屋の扉がゆっくりと開かれる。向こうに立っていたのは、昼にも見たメイドさんだ。

 

「失礼します。ミウさま。浴場の準備が整いました」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「場所はご存じでしょうか?」

 

 ここの浴場は身分や位がいくら違っても皆入る場所は同じで(さすがに男女は違うが)、時間帯で分けたりして人が混まないよううまく調整しているらしい。

 メイドさんは浴場がすいたタイミングで声をかけに来てくれたのだ。

 

「はい、大丈夫です」

 

「失礼しました」

 

 では私はこれで失礼します。そう言ってメイドさんは退出していった。

 

「じゃあ、お先にお風呂もらうね」

 

「あぁ、いってらっしゃい」

 

「......のぞかないでね?」

 

「ぶっ!? のぞかないよ!? なんでそうなるんだよ!!」

 

「あはは......いやー、こういう時の定番かなって」

 

 どんな定番だよそれは......

 そんな、「エロに嘘つかない」とか豪語してるヨウトじゃあるまいし......のぞきなんて.......

 ごくり。無意識のうちに唾を飲み込んでしまった。やべ。

 

「えっと......本当にのぞかないでね? 私信じてるよ?」

 

「だだだだだだからのぞかないって!! 俺はそんな不毛なことしません!!」

 

「......そうだよね。私の裸なんて見ても仕方ないし。見るのならミレーシャさんみたいな人の方がコウキもいいよね」

 

「えっ!? い、いや、そういう話じゃなくてだな!?」

 

「じゃあ、どういう意味なの?」

 

 ミウが拗ねたように小首を傾げて聞いてくる。

 なんだこの変な雰囲気。これならさっきまでの沈黙の方がまだよかった!!

 ミウが不安そうに見つめてくるなか、もうどうにでもなれとばかりに俺は口を動かした。

 

「だ、だからその......そんな、ミウに嫌われそうなこと、したくないというか......そりゃ見たいか見たくないかで聞かれれば見たい、というか......いや、なんかこれは違う気がする!!」

 

「......コウキ」

 

「な、なんだよ......」

 

「......エッチ」

 

 そういう割に、ミウの表情はいつの間にか小悪魔のようなしたり顔になっていた。

 

「~~~~~っ!! だ、大体浴場には見張りとかもいるだろうが! いらん心配しないでいいから早く入ってきなさい!!」

 

 はーい。とニコニコ笑いながらミウが部屋から出ていく。しまった、今完全にからかわれてた......

 あーもう。なんでここまでペース乱されてんだ俺......いやまぁ、いつものことと言えばそうなんだけど。

 

「はぁ.......あー」

 

 最近、またミウのことが分からなくなってきた......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

「うぅ......」

 

 恥ずかしかった.......

 ミレーシャさんたちに教えてもらった浴場は、すごく大きな露天風呂だった。

 辺りを見渡せば岩や木が視界に入ってくるし、お風呂に浸かりながら自然の空気を肺一杯に吸い込むとすごく気持ちいい。しかも今私しかいないし。

 けど、今の私はそんな自然の恩恵に預かれそうにもない。

 湯船に浸かりながら私はずっと顔を伏せていた。

 今顔をあげたらタコみたいになってそうで、とてもじゃないけどあげられないよ。

 うぅ......自分から攻めるのなら恥ずかしくないかなって、思ったけど、やっぱりそんなこと全然ない。恥ずかしいものは恥ずかしいよ......

 ......私は、コウキの『考え』を壊すって決めた。そのために私ができること、それは私の『好意』をこれでもかってぐらいにコウキにあげることだと思う。

 コウキが、大切な人や大好きな人はいなくなる、裏切られるって考えているのなら、私がそんな考えを壊せるほどの好意を、コウキに与える。そう考えた。

 もちろんこれはなにか義務感に駈られてしてることじゃなくて、私のしたいことでもある。

 コウキに私を好きになってもらいたい。そのためには私がコウキを好きって気持ちを伝えなきゃ、伝えようとしなきゃダメだと思うから。

 

「でも.......」

 

 さすがにさっきのはやりすぎた......

 思いきりが肝心。前に進むことを恐れるな等々......やることが大事みたいな名言はすごくたくさんあるけど、今回のは違った。

 あれは違う。あれはどっちかっていうと初めて自転車に乗れた子供が坂を下っちゃって、ブレーキのかけ方を知らないから止まれないみたいな感じだった気がする。

 はぁ.......今もまだちょっと心臓鳴ってるよ......

 ..........................。

 

 

 

 

 バフン!! と頭が爆発したような気がした。

 

 

 

 

 ど、どどどどどどうしよう!? コウキ、私の裸に興味持ってたさっき!! 私の体見たいって、でも、それはさすがに恥ずかしいというか、でも見たいって言ってくれたのは嬉しくてあーもう、コウキなんでたまにそういうこと言うかなぁ!!!!?

 

「ふへへへ......」

 

 ダメだ。やっぱり顔がにやけるの止められない。

 メイドさんが浴場がすいてる時間を教えてくれてなかったら、こんな間抜けな顔誰かに見られてたかもしれないよね。本当にメイドさんに感謝感謝ーー

 

「お隣よろしいですか?」

 

「うぇっ!?」

 

 誰もいないと思っていたのに、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには裸のミレーシャさんがいた。

 ......いやまぁ、お風呂なんだから裸で当然と言えば当然なんだけど、タオルもなにもまとわないで堂々と立ってるから少し圧倒されてしまった。私はやっぱり、体に自信がないからタオルで前隠すし。

 ......胸、大きいなぁミレーシャさん。

 いやいや、羨ましくはないよ? もう全然羨ましくない。本当に本当に羨ましくないったら!! ......ぐすん。

 私が笑顔で、「いいよ」と言うと、ミレーシャさんが音を一切経てずに湯船に浸かった。

 ミレーシャさんは気持ち良さそうに小さく声をあげた。

 それから少し沈黙の時間が続き、先に口を開いたのは向こうだった。

 

「あの、剣士さま」

 

「あ、ミウでいいよ。さまもいらないし」

 

「え、でも、剣士さまは私たちをーー」

 

「ミウだよ」

 

 ミレーシャさんーー私もミレーシャって呼ぼうーーは私の提案に困惑していたけど、最終的には折れて、「ミウ......」と呼んでくれた。

 

「ミウたちは......明日以降も私たちのことを、手伝ってくれますか?」

 

「え......? うん。もちろんそのつもりだよ」

 

 そのことはコウキとも話し合った。

 このクエストはまだ分からないことも多いけど、分からないまま離れるのも嫌だし、誰かが傷つけられてるのならそれをなんとかしたい。

 どうしてそんなこと聞いてくるんだろう? と首をかしげると、ミレーシャが小さく笑った。

 その笑顔は、どこか悲しげに見える。

 

「では、聞いていただいてもよろしいですか? この国のことを」

 

「え......でもナフさんは......」

 

「はい。ですが今日のミウたちの働きを見て、ナフもようやく少しだけミウたちのことを信用したみたいで。ある程度のことは話してもいいと」

 

 偉そうなふるまいでごめんなさい。とミレーシャは続けたけど、それは仕方がないと思う。

 ナフさんは多分、この国でもすごく上の人だ。そんな人が外から来た人をほいほい信用するわけにはいかないだろう。

 

「じゃあ、聞かせてもらってもいい? この国のこと」

 

 これ以上前置きを長くすると、ミレーシャの気分が沈んでしまいそうだったから、私は話を促した。

 そして、ミレーシャは目を閉じて、静かに語り出した。

 

「......私たちの国、《ガイア》はその名の通り大地の女神の名前を有する国。大地の加護を受けている国です」

 

 ガイア......確かなにかの神話に出てくる神様の名前だった......よね?

 

「そして国の民衆である私たちは自然に愛され、自然を愛している。だからこそ私たちはここーー《エーレンの森》深くに住んでいるのです」

 

「じゃあ、さっき言ってた人間国宝『みたいな』ものっていうのは?」

 

「はい。それはそのままの意味でもあります。少しだけ特別な人間が国の宝になった、それだけの話ですが、その特別というのが少々ややこしくて......」

 

 ミレーシャは少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「ややこしい?」

 

「えーっと......端的に言うと、私やナフには《森力(しんりょく)》という特別な力があるのです。私たちはこの力を神や森からの贈り物、と考えています。そして、この力を有する私たちのような存在を、《森人》といいます」

 

 なるほど、つまり皆が大好きな神さまや森から与えられた特別な力、それを持ってる人も皆から上位の存在だって思われるってことか。

 でも逆に言えば、そういう人は貴重な存在だからこそさっきみたいに狙われることもある。特別な力、ていうのがどんなものかは分からないけど、他人と違う力を持ってるってだけで誰かに狙われるのには十分な理由だ。

 

「って、大それた言い方をしましたが、本当になんでもない力なんですよ? 私たちの中で一番力が強いナフでも、誰かの傷を癒すだけですし......ミウたちが来たとき、ナフがすごく疲弊していたのを覚えていますか?」

 

「うん、すごく疲れてた」

 

「あれは、《森力》を使った副作用なんです。外で《エイジス》と戦って負傷してしまった民の傷を癒した後だったので」

 

「えっと......その《エイジス》っていうのは、あのミレーシャを襲ってた甲冑さんたちのことだよね? あの人たちは......?」

 

「はい.......彼らは《ガイア》と古来から友好を深めてきた国ーー《ナーザ》の騎士たちです」

 

「《ナーザ》......」

 

 甲冑さんたちが言ってた単語......あれは国の名前だったんだ。

 

「《ナーザ》は、戦の女神に愛されし国です。そのため、少々気性が荒いところも昔からありましたが、それでも《ナーザ》の先代国王が統治していた頃は仲もよく、私たちは互いに手を取り合って、頑張ってきていたんです」

 

「じゃあ、なんでさっきみたいな......」

 

「最近.....正確に言えば《ナーザ》の国王が新しくなってから、《エイジス》たちは私たちを襲うようになってきたのです......」

 

 ミレーシャは私に今の表情を見られたくないのか顔を少しうつむけるけど、温泉の水面に自分の沈んでいる顔が写ったみたいですぐに顔を上げた。

 

「私たち、《森人》を狙うのは分かります。何にかは分かりませんが、きっと利用価値があるのでしょう。ですが、民を襲う理由が分かりません」

 

 お湯のなかでミレーシャが拳を握るのが分かった。

 

 

 

 

「このような辛き思いをするのは、私たち《森人》のような『上』の者たちだけでいいんです。民までもが傷ついてはいけません......ですから、改めてお願いします。私たちに、どうかお力を貸してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「ーーってことなんだけど」

 

「ふむ......」

 

 風呂から戻って来たミウにミレーシャさんの話を聞いた。

 なんというかまぁ......思った通りというか想像以上にというか、中々に大変そうな話だ。

 色々分かったことはあったが、やっぱり一番の謎は《エイジス》が《森人》だけじゃなくて、普通の人たちも襲ってる、ってことか。

 今までの友好関係を壊してでも行っているのだから、ただの気紛れ、なんてのはありえないし。ってことは重要なのは《森人》の力じゃなくて、《ガイア》の国民ってことか......?

 どうにもまだ情報が虫食いな気がする。もしかしたらナフさんはまだ情報を隠し持っているのかもしれない。

 結局、真相を知りたければもっとナフさんに信用してもらわなきゃダメってことか。

 

「私は、あの話を聞いちゃったからには、もう途中で降りるなんてあり得ないと思ってる」

 

「ミウならそうだろうな」

 

「うん。それで、コウキは?」

 

「そうだな......」

 

 俺としては、ミウの手伝いができれば、割とそれで満足だった。

 だった、のだが。

 脳裏に浮かぶのは、先ほどミウから聞いた最後のミレーシャさんの言葉。

 誰かを、大切な人たちを守りたいという、強い言葉。

 ......あんな言葉聞いたら、そりゃあな。

 

「......俺も、ちょっと火がついた、かな?」

 

 不条理な暴力にさらされて悲しんでいる人たちがいて。

 その人たちをミウが助けようとしていて。

 それならば、俺は全力を尽くしたいと思う。

 誰か大切な人たちを守ろうとしている人の、力になりたいと思う。

 ミウの力になりたいと思う。

 こんなちっぽけな俺の力だけど、それでもなにかしたい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて次の日早朝。俺はヨウトたちと、ミウはニックさんとの訓練のために街に全力で戻らないといけないということを思い出してあたふたしたりした。

 そんな時に限って頭が回らないで《転移結晶》の存在を忘れたり、そのせいで俺が《疾走》スキルを取るハメになったりしたが......それはまた別の話。

 




はい、話が膨らんでいく回でした。

今回はテンポがどうにも悪いですねぇ。上手に話をまとめる方法が未だに分からない......

この話は《ガイア》という国を助けよう!というテーマでは実はないです。いや、それもあるにはあるのですが、他にも色々ついてきます。なのでもう少し長ったらしい展開を暖かい目で見ていてください.....

次回は、多分ASですかね? 多分ツンデレさんが頑張ります。


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AS8話目 気難し少女の一歩

AS8話目です!

カリン「プリンと言えば?」

ヤマト「辛いもの!」

カリン「カレーと言えば?」

ヤマト「すっぱいもの!」

カリン「コーヒーと言えば?」

ヤマト「苦いもの!」

カリン「ケーキと言えば?」

ヤマト「それも苦いもの!」

カリン「あなたの味覚ってどうなってるのよ......しかもたまに私の感覚と同じものがあるから余計に分からなくなる......」

ヤマト「そんなにおかしくはないと思うんだけどなぁ」


 スター、というものはどこにでも存在する。

 それはみんなからの憧れの対象であり、また、多くの希望を背負っているものでもある。

 

 ヒール、というものはどこにでも存在する。

 それはみんなから蔑みの視線を向けられ、また、多くの負の感情を受けているものである。

 

 そんな対極に位置する二つの存在は、唯一共通するものがある。

 それはみんなから注目されるということだ。

 他人に憧れを向けられるか、負の感情を向けられるか、ある意味においてこの二つの存在は特性としては非常に似かよったものがあるといえるだろう。

 だが、ここで一つ問題が発生する。

 誰かに注目されることなんて嫌で嫌で仕方のない少年が、もしも突然回りから注目されるようになったら?

 その場合、注目の理由が憧れの方だったとしても、少年からすれば負の感情の方となにも大差がない。ただ嫌なだけだ。

 そして目立ちたくないその少年の意思に反比例するように、少年の注目がうなぎ登りになっていけば当然ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「......もう、ダメです......」

 

「見事なぐらいに憔悴しきってるわね......」

 

 ーーこうなってしまうわけだ。

 

 ヤマトとカリンは、32層主街区《コパス》のフードコートにいた。

 この街は十字にクロスするような構造になっていて少し変わっている。

 そのクロスはちょうど東西南北に延びていて、攻略の時は方位が分かりやすいと重宝されていた。名前の由来もコンパスから来ていると言われている。

 各方位に延びた街は、方位ごとに扱っている店の分野が違い、ヤマトたちが今いるのは食品関連が豊富な南側だ。

 そのヤマトは今、最早トレードマークになりつつある自分の藍髪を隠すようにローブを纏っている。ちなみに目の前の情報屋少女から借りたものである。

 ヤマトはテーブルに突っ伏しながら小さく唸る。

 

「うぅ......だって、毎日毎日朝も昼も晩も付きまとわれて......そういうのは美少女さんのお仕事でしょ......カリン、代わってよー」

 

「はいはい、そうですね」

 

 完全に沈んでていつも以上にヤマトのことがめんどくさいが、今回ばかりは仕方がないか、とカリンは小さくため息をつく。

 実際、無理もないのだ。

 例のオレンジの集団との戦闘後から、今まで溜めていたものが一気に爆発したかのように攻略組にヤマトの名前は知れ渡った。正しくは、攻略ギルドに。

 それからヤマトは、先ほどの言葉通り全く比喩なしに攻略ギルドのメンバーに付きまとわれて、勧誘された。

 ただの夢見る前線のプレイヤーなら泣いて喜びそうな話だが、ヤマトのような目立ちたくないギルドにも全く興味ないプレイヤーからすれば嫌がらせと大差ないだろう。

 

「というか、カリン。僕の情報拡散しないようにしてくれるんじゃなかったのー」

 

 うっ、とカリンは息を詰まらせる。

 確かに、それを言い出したのはカリンだ。

 いくら珍しい情報と言ってもたかが一つの情報。そこまで話題にもならずに自然鎮火するだろう、せいぜい《神体》スキルのことを上手く伏せることを頑張れば良いか。最初はそう考えていた。

 だが、ヤマトの情報はカリンの想像よりも早く、そして広い規模で一気に広まっていった。

 まるで誰かが意図的に情報をばらまき、最大効率で情報を広めているかのように。

 そんな中でカリンにできたのは、ヤマトがすごく強いプレイヤーで特別なスキル等とは無関係、と情報を少し曲げることぐらいだった。

 爆発的に広まっていく情報のなかで、それだけのことができれば十分と言えるが、カリンからすれば承諾した仕事をこなせなかったのだ。

 理由はなんであれ、非は自分にある。

 

「ごめん......」

 

 だから、素直に、いや誠意を込めて謝った。

 その言動に、ヤマトが虚を突かれたように一度まばたきする。

 

「もう、カリーン。そこは『私が動いたからこの程度の騒ぎですんでるのよ? もっと感謝しなさいよ』とか言うところでしょ? こっちがペース崩れる」

 

「悪かったわね......ご期待に添えなくて」

 

「そういう意味じゃないけど......でも、実際ありがとね。カリンのお陰でこの程度ですんでるのは分かってるから」

 

「はぁ......まぁ、どういたしまして」

 

 ヤマトのこっ恥ずかしい台詞にはもう慣れたという風に適当にあしらうカリンだが、その頬は仄かに赤い。

 非は自分にある、等と言ってもやはりお礼を言われたら嬉しいのだ。

 カリンはそんな自分の表情を隠そうとして左手で髪をかきあげると、ヤマトが小さく声をあげた。

 

「なによ? 自分の状況を打開できる良い方法でも思い付いたの?」

 

「カリン、その指輪着けてくれてるんだ」

 

「..............................っっっ!!!!??」

 

 数瞬間を置き、言われたことを自覚したカリンはすごい勢いで左手を下げた。

 その様子を見て、ヤマトはニヤーっと嫌な笑みを浮かべる。

 

「いや、違うわよ! 別に貰えたのが嬉しくて着けてるんじゃないんだからね!? ただこの指輪、ハイディングにも結構補正かかるからそのためにってーー」

 

「ん? 僕まだなにも言ってないよ?」

 

「じゃあ今すぐそのにやけ顔しまいなさいよ!!」

 

「ほっ、真『拳』白刃取り......わっ!? やばい、ほんとにできた!!?」

 

「なんであなたが一番驚いてるのよ!?」

 

 いつも通り迫ってきた拳を真剣白刃取りの要領で掴もうとしたら本当に拳掴めちゃって驚いているヤマト。

 いつもこんなことばかりしているから無駄に目立ってしまうことに、本人は未だ気づかない。

 

 そしていつも通りヤマトの珍行動に一つ一つ反応してしまっているカリン。

 いつもそんなことばかりしているからヤマトとラブラブしているなんてエギルやシリカに誤解されていることを、本人は未だ気づかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が落ち着いて。

 ようやく話が本題に戻る。

 

「まぁ、現実的な話、あなたの人気を下げるなんて無理だと思うわよ?」

 

 カリンが乱れてしまった自分の髪を直しながら言う。

 

「攻略組の最大目標と言えば、そりゃあやっぱりアインクラッド攻略。そのための人員が圧倒的に足りてないんだから、人員確保に走るのは当然よ」

 

「......まぁ、そうなんだけどね」

 

「なら、もう諦めたら? 依頼された私が言うのもなんだけどね」

 

 カリンの言葉を聞いたヤマトは、むぅ、と口をすぼめて唸り始めた。

 それを見て、カリンはこれまでずっと感じていた疑問をヤマトにぶつけてみることにした。

 

「そもそも、ヤマトは攻略組じゃいけないの?」

 

「僕が、攻略組?」

 

「えぇ」

 

 カリンは、ヤマトの言動の根幹、行動理念のようなものが未だによく分からない。

 ヤマトが根っからの善人で、誰かを助けることに損得なんか思考の外の、本当のヒーローみたいな人物だということは分かっている。

 だが、どうしてそういう行動に出るのかは分からない。

 何か過去にそういう行動に出るようになる経験があったのか、受動的に行動しているのか。

 どちらにせよ、それらは攻略組になってもできるのではないか? カリンは何度もそう思った。

 こんな多くの人に正体を隠して、誰かを助けても一切見返りも求めないでも。攻略組になっても誰かを助けることはできるし、そもそも攻略を積極的に行うこと自体、それはもう人助けとも言える。

 誰かと関わっていくのが面倒、という理由以外に、ヤマトが表に出ないのにはなにか理由があるのでは?

 カリンはそう考えていた。

 

 するとヤマトは、どこか優しげに笑った。

 

「それじゃあ、ダメなんだよ」

 

「ダメ......?」

 

「うん、ダメ。攻略......というより、表で活躍するっていうのは、割とどんな分野でも簡単なことなんだと思うんだ」

 

 もちろん、能力とか才能っていうのは付きまとうけど。そう付け加えながらヤマトは手元にあったジュースを一口飲む。

 

「でもニュースとかで大々的に発表されてるような事件以外にも、確実に事件は起こってるし、泣いたり、悲しんでる人はいる。僕らじゃ思い付かないような考えを形にしても表に出てこれないようなものもある。僕はさ、そういう人たちの力になりたいんだ。誰も気づかない人に気づくことができるような、そんな人でありたい。だから、攻略組じゃダメなんだよ」

 

 ヤマトの言葉を正面から受け止めたカリンは、正直共感した。

 カリンも中層や下層と呼ばれる、いわば裏で生きているプレイヤーを相手に仕事をしている。

 そこに攻略組メンバーのような攻略への情熱も、なにが起こるか分からない非日常さもないが、それでもそこで生きている人たちは、みんな頑張っている。

 みんな必死に、生きている。それをカリンは知っている。

 そんな人たちが、まるで攻略組に負けているかのような扱いを受けることがたまにあるが、それがカリンにはとても嫌だったのだ。

 だから、分かる。ヤマトの言ったことが。ヤマトが攻略組ではダメなことが。

 つい、舌打ちを打ちたくなった。

 

(はぁ、こいつは、本当にどこまでヒーローするつもりなのよ......)

 

 攻略組メンバーは全プレイヤーの生還を掲げている者が多いが、実際は自分が生還するために戦っている者がほとんどだ。

 別にそれを否定しようとはカリンは思わない。現実に帰りたい、それは誰もが思うことだから。

 だがだからこそ、攻略組のメンバーは、私利私欲で動いているということになる。

 それに対して、ヤマトは、本当に誰かを助けるためだけに動いているのだ。

 これじゃあ本当に、正真正銘のヒーローじゃないか。

 

「......じゃあ、それを言えばいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「だから、今度誰かに勧誘されても、その今の言葉をそのまま言えばいいんじゃないってことよ。攻略組じゃ助けられないプレイヤーを助ける......うん、皮肉がきいてていいんじゃない?」

 

「いや、そんなつもりはないんだけど......」

 

「分かってるわよ」

 

 はぁ、とため息をついてカリンはコップに入っているジュースを煽る。

 今日カリンは、かなりイライラしていた。

 自分がヤマトに頼まれた仕事を完遂できなかったことに対してもそうだが、ヤマトと仲がいいと噂になっているカリンは、ヤマトの所在や情報を散々攻略組に聞かれていたのだ。

 当たり障りのない情報をいくつか言っていくという作業をずっと何度も何度も何度も何度も.......

 しかもしつこいプレイヤーなんて一度言ってもまだなにか情報はないか? なにかまだ持っているだろう? と聞いてくるし......

 あー、あとあれだ《血盟騎士団》あそこの《閃光》さまはまだよかったけど、その取り巻きがまたしつこくてしつこくて......

 ..............................ブチッ。

 

「前言撤回。やっぱり私すごい。よく頑張った。ヤマト、もっと私に感謝しなさい」

 

「カリン結構横暴なとこあるよね」

 

「そんなことはどうでもいいのよもうこの際!! ヤマト、今から《Kob》に行くわよ!」

 

「えぇ......なんであんな攻略組の総本山みたいなところに......」

 

「決まってるじゃない」

 

 カリンは勢いよく立ち上がると、バン!! とテーブルを叩いた。

 

 

 

 

「ーーーー殴り込みよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻略組ギルドは、当然ながらギルドハウスを持っている。

 巨大ギルドともなれば、複数の層に支部を持っていることもあり、《Kob》はある程度攻略が進むごとに攻略本部を前線のものに更新することで有名だ。

 今の到達階層は43。そんななか、《Kob》が攻略ギルド本部としているのは40層の《シックル》だ。

 《シックル》にある《Kob》の攻略ギルド本部。その団長室をヤマトとカリンは訪れていた。

 ヤマトがこれから《Kob》を訪れるということをカリンがヒースクリフにメッセを送るとーーーー仕事でフレンド登録したらしいーーーーすぐさまこの場を準備してくれたらしい。

 今この場にいるのは、社長とかが座ってそうな高価な椅子に座っているヒースクリフと、その隣に静かに立っている《Kob》副団長、《閃光》ことアスナ、そして二人とテーブルを挟んで正面から向かい合うようにして立っているヤマトとカリンの4人だ。

 ヒースクリフと、アスナ。ヤマトは初めて会ったが、こうして相対するだけでも、この二人が強いことが分かった。

 隙がない、という表現がこの二人には恐ろしくピッタリくる。

 ヒースクリフの護衛が一人だけなんて、セキリュティとして大丈夫なのかなぁ? とヤマトは最初考えたりもしたが、この世界でもトップクラスの人物の護衛を、これまたトップクラスの人物が行っているのだから、そんなものは不要か、と考え直す。

 そして、ヤマトがそんなことを考えている間にも、カリンはヒースクリフと話を進めていた。

 

「......ふむ。つまり君たちの言いたいことは」

 

「はい。ヤマトは攻略組には入りません。理由はより多くのプレイヤーの危険に対応するためです。そして、《Kob》メンバーによる私への過剰な質問行為をやめさせてください」

 

「まず、君、カリン君についてだが、君のことは副団長からも聞いていてね。私のギルドの者が、出すぎた行為に走ってしまった。本当に申し訳ない」

 

 ヒースクリフが頭を下げると、一緒になってアスナも腰を折った。

 この行動にはカリンも驚いたのか、少したじろいでいた。

 だがそれもそうだろう。なにせこの世界でトップのギルド《Kob》の団長と副団長が同時に自分に頭を下げているのだから。

 その妙なプレッシャーに耐えかねたのか、カリンは二人に頭を上げるように言った。

 

「では、本題の方なんですが。ヤマトのことはどうですか?」

 

「そうだな......ヤマト君、ずっと黙っているが、君の意見はどうかね?」

 

「へ? あー、はい。そうですね。大体そんな感じですはい」

 

「すいませんヒースクリフさん、ちょっと時間もらえますか?」

 

 構わないよ。ヒースクリフにそう言われた瞬間、ヤマトはカリンの首根っこを掴んで部屋のすみに移動させた。

 そしてカリンは小声でヤマトに話しかける。

 

「ちょっとあなた、今完全にボーッとしてたでしょう!?」

 

「だって、話長くって......」

 

「あなたの話してるんでしょうが!!」

 

「僕無理矢理つれてこられただけなんだけど......あ、帰りに食べ物屋寄ってもいい? この街ってまだそんなに調べてなかったから」

 

「あーはいはいそうですね。じゃあまず現状をなんとかしないとねぇ!?」

 

「なにイライラしてるの? ちゃんとカリンの分も買ってくるから」

 

「だからなんであなたの中で私は食いしん坊キャラになってるのよぉぉおお!?」

 

「......はぁ、なんでミウさんのところもこの人たちも、こんなに賑やかなのかしら......」

 

 二人が完全に噛み合っていない会話をしている間、アスナが密かに愚痴ったりしていたが、それに答えるものは誰もいなかった。

 というか、ヤマトからすればこの話し合いはあまり喜ばしいものではない。

 下手にヒースクリフたちと話して、それでさらに興味を持たれれでもすれば、本当に面倒なことになってしまうからだ。

 だがここまで来てしまえば、もう仕方がない。ヤマトは小さくため息をついた。

 

 そんなこんなで話し合い再開。

 最初に切り出したのは、ヤマトだ。

 

「攻略組になってしまえば、視界に入るのは前線のことだけ。それじゃあ中層や下層のプレイヤーを助けることはできません」

 

「確かに。だがそれは今のままでもそうではないかね? 現状なら、危険な目にあっているプレイヤー全員を助けられると?」

 

「それは......難しいと思います。それでも、それを諦めてしまったら本末転倒です」

 

 ヤマトとヒースクリフの視線が数秒、交差する。

 そんななか、先に視線を逸らしたのはヒースクリフだった。

 

「カリン君は、ヤマト君の意見についてどう思っているのかね?」

 

「......そうですね。正直、荒唐無稽な話、という感はあります。それでも、ヤマトなら誰よりもその理想に近づける。そうとも思っています」

 

 カリンの言葉を聞いて、ヤマトは声をあげそうになった。

 いつもいつも会うたびにヤマトのことを、キザだの夢の見すぎだの言ってくるカリンが、今ヤマトの目標を認めたのだ。

 そのことに嬉しくなり、つい頬を緩めてしまう。

 だが。

 

 

 

 

「......そうだな。ヤマト君に助けられた君ならそう言うかもしれないね」

 

 

 

 

 ヒースクリフの言葉によって、その緩みもすぐに引き締められることになった。

 瞬間、場の空気が一気に冷たいものへと変わる。

 ヒースクリフの言葉の標的になったカリンが口を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

「私のこと......調べたのかしら?」

 

「調べる、というほどではないがね。私の耳にはこの世界の『事件』は大体入ってくる」

 

 カリンの顔色が悪くなっていく。

 人の話を聞くということが苦手なヤマトにもこの二人の会話は分かった。

 ヒースクリフが言っている『事件』というのは、カリンが前に行っていた偽の情報を売る行為のことだろう。

 ヒースクリフは、あの時の事件の顛末を知っている。

 知っていて。

 その言葉を口にするのか?

 知っていて、カリンにその言葉を向けるのか?

 未だに、あの時のことを思い出すと恐怖が襲ってくる、カリンに。

 ......ふざけるな。

 ヤマトは、暴れだしそうになった拳をあらんかぎりの力で握る。

 

「取り消してもらってもいい?」

 

「.......?」

 

「カリンに今言った言葉、取り消せって言ってるんだ」

 

 ヤマトは、一歩強く踏み込んだ。

 

「今議論しているのは、僕の立ち位置の話でしょ? カリンを侮辱するような言葉を言う必要はないよね?」

 

「......失礼に当たったかもしれない。が、事実ではあるだろう? 彼女が過去に褒められたものではない行為を働いたのは」

 

 確かに、カリンは前にそういう行為を働いていた。それは事実。

 そればかりはヤマトが何を言おうと覆らない事実だ。

 でも、それは事実であって、本質ではない。

 カリンは自分の行いを反省して、もうカリンなりの決着をつけている。

 その上でカリンは今、誠心誠意、情報屋として生きている。今さらそんな過去の罪をとやかく言われなければいけない理由なんてどこにもない。

 それどころか、全力で頑張っているカリンに対して失礼ですらある。

 そのことが、ヤマトには許せない。

 さらにヤマトは歩を進め、ダンッ! とテーブルを叩いた。

 

「今カリンは、他の誰かがそう簡単にできることじゃない、すごいことをしているんだ。それを侮辱するようなことを言うのはやめて」

 

「では......話を戻すが、君は彼女が言ったことを実現可能なほどの力を持っていると言うのかね?」

 

「ちょっと、ヤマト......!」

 

 カリンがヤマトを引き止めようとするが、ヤマトは止まらない。

 止まれるはずがないのだ。今のヤマトは、もう自分の問題など頭のすみにも残っていないのだから。

 

「僕が誰でもかれでも救える力を持っているかは分からない。それでも、そう言ってくれるカリンを信じる」

 

「.......」

 

 しばしの沈黙の後、室内に響いたのはヒースクリフが細く息をはく音だった。

 その音によって、室内の空気が一度途切れる。

 そしてヒースクリフが顔をあげ、「なら、こうしよう」と口を切った。

 

「そこまで君たちが言うヤマト君の力。それを私も見たくなった」

 

「力を見る......?」

 

「彼女と戦ってもらおうかと思ってね」

 

 言ってヒースクリフはアスナを指差した。

 指差された本人は「えぇ!?」とひどく驚いているようだが。

 

「もちろん、ただでとは言わない。彼女に勝てば、君への勧誘行為は一切止めよう。私の力が及ぶ範囲であれば、他ギルドへも声をかけておく。だがもしも負けたら、その時はーーーー」

 

 

 

 

「僕に《Kob》に入れ、とかそういう話はどうでもいい、好きに決めていいよ。僕からの条件はただ一つ、僕が勝ったらーーーーカリンに謝れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《シックル》の《Kob》攻略本部。その中庭。

 そこには先ほど団長室にいた4人が、先ほどと同じような立ち位置で離れて立っていた。

 ヤマトの右手には薙刀が。アスナの右手にはレイピアが静かに握られている。

 そんな二人の様子を見て、カリンは頭を抱えたくなった。

 

「ヤマト、あなたなんでこんな勝負受けたのよ。この勝負、実際はあなたにメリットなんてーーーー」

 

分かってるよ(、、、、、、)

 

 ヤマトはカリンの言葉を遮るようにして言った。

 そう、この勝負は完全にヒースクリフに仕組まれている。

 この勝負、仮にヤマトが勝ったとしても、ヤマトの実力はヒースクリフの知るところになる。こうして思い出してみるとヒースクリフは最初からヤマトの勧誘よりも、ヤマトの実力に焦点を合わせていたようにも思える。

 ヤマトが負けたときは、そのままヤマトが《Kob》に入ることになり、ヤマトはヒースクリフに行動を制限されるようになってしまう。

 つまり、ヒースクリフにしてみればどっちに転がっても得な勝負なのだ。

 

 だがヤマトは、それも分かった上で勝負に乗った。

 自分がヒースクリフに乗せられたことも分かった上で。

 それはなぜか?

 決まっている。

 

「大事な友達を傷つけられてへらへら笑ってられるほど、僕はバカじゃないよ」

 

「......でも、あれは、元々私が悪いんだから、仕方がないじゃない」

 

「違うよ。これは、『仕方がない』で流していい話じゃない」

 

 ヤマトは見た。ヒースクリフの言葉で顔をひきつらせるほどに傷ついていた、カリンの表情を。

 ヒースクリフは、ヤマトを乗せる。そんなことのためだけにカリンを傷つけて、カリンの努力を踏みにじった。

 ヒースクリフが本気でそんなことをしたわけではないにしろなんにしろ、ヤマトにはそこが許せない。

 誰かの頑張りを、勝手な考えで否定されることが、許せない。

 

 カリンはヤマトの言葉を聞いて、なおも食い下がろうと口を開くが、すぐに顔をうつむかせた。

 そして、顔を幾分紅潮させながらそっぽを向き、

 

「......ありがと」

 

 と、風の音にも負けそうな小さな声で呟いた。

 ただ残念なことに、今この場には風なんぞ全く吹いてないし、それどころかヒースクリフが気を利かせて観客などもいないからヤマトには普通に聞こえていた。

 そしてヤマトは。

 

「......うーん、カリンは素直にしてたら男の人とかすごい寄ってきそうだよねぇ。ツンデレありがとう」

 

「う、うるさい! さっさと行ってきなさいよバカ!!」

 

 ツンデレってとこは否定しないんだ、とヤマトがさらに弄ったら猫パンチが飛んできた。相変わらず自分から地雷を踏み抜きにいく藍髪少年である。

 これ以上構って本気で殴られるのも嫌なのでヤマトはカリンとヒースクリフたちとのちょうど中央に移動した。それに合わせるようにしてアスナも前に出てくる。

 

「今回のことやカリンさんのことはごめんなさい。団長、あなたにすごく興味あるみたいだから」

 

「ま、別に君が何か悪いことしたわけじゃないしね」

 

 君もあんなやつに振り回されて大変だね。とヤマトが言うと、アスナは苦笑いを返してきた。ヤマトも軽口のつもりで言った言葉だったのだが、思いの外アスナもヒースクリフの行動には困っているらしい。

 しかし気の抜けた会話はここまで。ヤマトが自分の目の前に浮かんだデュエル受諾ウィンドウのOKボタンを押すと、互いの間に60のカウントが現れ、二人とも静かに己の武器を構えた。

 空間が、ゆっくりと引き締められていくのをヤマトは感じた。

 今回のデュエルは最もポピュラーな初撃決着モード。言わずもがな、初撃が勝負を決すると言っていいデュエルだ。

 ヤマトが構えた薙刀を見て、アスナが眉根を動かす。

 

「確か......聞いた話だとあなた、刀使いじゃなかった?」

 

「ん? うーん、まぁ、その時々で変えてるけど......自分から無闇に情報漏らすのもバカらしいしね」

 

「それは......私相手には刀を使わなくても勝てると?」

 

「さぁ? それはやってみないことには」

 

 ピリッ。アスナから殺気のようなものが発せられる。

 いやそれは殺気というよりは剣気と言った方が正しいのかもしれない。

 その昔、熟練の剣士や武士のみが放つことができたというそれに、ヤマトは薄く汗をかく。

 

(すごい気迫......)

 

 《閃光》のアスナ。その名前は情報に疎いヤマトでも聞いたことがある名前だ。

 その美しい見た目とは裏腹に、いや、その見た目にふさわしき美しくも強烈な攻撃の数々。

 レイピアを持たせればまさに二つ名通りの光速の攻撃。その攻撃を完全にかわすことができるプレイヤーは、この世界には存在しないと言われるほどだ。

 薙刀装備のヤマトは懐に潜られると辛い。だからアスナとの勝負は常に距離を取り、近づかせないよう戦うべきだ。

 ジリ、とアスナが足に力を込めるのが伝わってくる。

 そして。

 

 

 

 

 カウントが0になる。

 

 

 

 

「「なっ!?」」

 

 直後、響いてきたのはアスナとカリンの声。

 そしてこの場で最初に動いたのは、突撃体勢に入っていたアスナとーーーーヤマトだ。

 てっきりヤマトは受けに回るだろうと考えていたアスナは、近づいてきたヤマトに対して攻撃の姿勢が崩れる。

 だがさすがは《閃光》のアスナ。動揺した精神、崩れた姿勢を一瞬で立て直し、ヤマトへ最高の一撃を放てる体勢をとる。

 だが、それよりもヤマトが薙刀を振るうのが一瞬早かった。

 ヤマトが横一閃に薙刀を振るう。

 

「くっ!!」

 

 アスナは腰を落としてヤマトの攻撃を回避、そこから反撃に繋ごうとするが、ヤマトは攻撃をかわした直後のアスナにさらに接近し体当たりの要領でアスナの体勢を崩した。

 超接近戦。一見、長物武器を扱っているヤマトに不利な距離に見えるが、相手が非力なフェンサーとなれば話は別だ。

 相手のスピードを殺しつつ、パワーでのごり押しができる利点があるぶん、この距離はむしろヤマトの距離だ。

 ヤマトは薙刀の持ち手でアスナを叩くようにして攻撃を続ける。

 

「あまり調子に.......乗らないで!」

 

 アスナは右手を後ろに持っていくようにしてヤマトに対して半身を取った。

 レイピアの本領である突きを放つため、右腕とヤマトとの距離を空けたのだ。

 

 しかし、ヤマトはそのタイミングに合わせて体を回転させ、半身になったアスナの背中側に移動する。

 相手の背中。戦闘中最も攻撃が通りやすい、絶好のポイント。

 アスナが必死に背中を守ろうとするが、もう遅い。

 ヤマトは薙刀を振り絞り、アスナの背中目掛けて振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマトとアスナから10メートルほど距離を取った場所で、カリンは二人のデュエルを観戦していた。

 カリンはちょくちょくヤマトと共に行動するが、こうしてヤマトが誰かプレイヤーと戦闘をしている姿を見るのは、ヤマトと出会ったあの日以来だ。

 こうして見ると、改めて実感させられるが......ヤマトは強い。

 誰もが一度はその名前を聞いたことがあるほどのプレイヤー、《閃光》のアスナ。そんなプレイヤーとの戦闘ならば少しぐらい気負いしてもいいものを、ヤマトはいつも通りその実力を発揮している。まったく、可愛いげのない。

 だが、その理由はカリンは分かっていた。

 

「まさか、アスナ君があそこまで苦戦するとはね」

 

 二人のデュエルをなんとなくぼんやりと見ていたせいか、カリンはヒースクリフが隣に来てようやくその存在に気がついた。

 自分の腹心が押されているというのに、その表情はどこか楽しげだ。

 

「特に先ほどの一撃はよかった。ああも簡単にアスナ君の背中を取れるプレイヤーはそうはいない」

 

「......これって、初撃決着モードですよね? どうしてさっきの背中への一撃で勝負がつかないんですか?」

 

「あぁ。初撃決着と言っても一定以上のダメージ量がなければ、『初撃』にはカウントされないのだろう」

 

「なるほど、勉強になります」

 

 アスナがヤマトを振り切って突きを放つが、至近距離からの攻撃をヤマトは体を掠めるだけにとどめた。

 

(おーすごい。わっ、ヤマトあれをかわしたよ。二人とも強いなぁ)

 

「すまなかったね」

 

「へ? 何がですか?」

 

「君のことだよ。私の勝手な欲のために、君を侮辱するようなことを言って、すまない」

 

 そこでカリンは初めてヒースクリフの顔を見た。

 伸長差から見上げるような形になってしまったが、ヒースクリフの表情は、どこか無機質で、謎めいている印象をカリンは受けた。

 自分から謝ってきているのに変な人。と思いつつ、カリンは視線を戦っている二人に戻す。

 

「いいですよ。他人の思惑で誰かが傷つくなんて、よくある話です」

 

 この世界での話ではなく、リアルでもどこでもよくある話だ。

 どんな世界でも、誰か一人だけを中心に回っているわけではないのだから。

 

 それでも。

 それでも、そんな世界にもヤマトのようなヒーロー(バカ)がいる。

 誰かのために自分をかけてしまうような、そんな奴がいる。

 それならきっと、この世界も捨てたものじゃない。カリンはそう思う。

 

「あ......」

 

「どうやら、形勢逆転したようだね」

 

 アスナがついにヤマトから距離を取ることに成功し、アスナの距離で戦闘が行われ始めた。

 そうなってしまえば、小回りの利かないヤマトが圧倒的に不利だ。

 徐徐にだが、ヤマトが後退しはじめる。

 

「このままでは彼の負けになるが......いいのかね?」

 

「はい。心配ありません」

 

 ヒースクリフの表情が、この時初めて動いた。

 どうやらカリンが少しは動揺すると思っていたようだ。

 だがカリンからすれば、こんな状況など心配には値しない。

 いや、それ以前の話だ。

 

「ヤマトは、今自分のためじゃなくて、私のために、他人のために戦ってます」

 

 視線の先では、ヤマトは苦しそうに顔をしかめている。

 それを見ても、カリンの答えは変わらない。

 カリンは小さく笑う。

 

「......誰かのピンチに戦うヤマト(ヒーロー)が、負けるなんてお話はありえませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマトはほとんどアスナの攻撃が見えていなかった。

 それでも薙刀を目の前に構えることで攻撃される範囲を削り、時には体を無理やり振り、アスナの攻撃を辛うじてかわす。

 まれに訪れるアスナの攻撃の隙間をついて薙刀を上段から振り下ろしたりもするが、それだけではアスナから優位を奪うほどの打開にはならない。

 そんな状況でも直撃だけは避けているのはさすがヤマトというべきか。

 

 かわす、かわす、弾く。かわす、防ぐ。かわす、掠める、かわす、掠める、弾く。

 

 アスナは徐徐にヤマトを追い詰めていることを実感する。

 このまま追い詰め続ければ、先に攻撃がヒットするのは私の方だと。

 だがここで焦ってはいけない。あくまでもこのまま追い詰めていく。今まで以上に気を引き締めて。

 人間という生き物が追い詰められたときに発揮する力。それを《Kob》副団長であるアスナはよく知っていた。

 

(私が追い詰めている。でも逆に言えばヤマトさんはこんな状況でもまだ私の攻撃がヒットしてない。しかもヤマトさんはまだ刀だって隠し持ってる。絶対になにか仕掛けてくるはず......)

 

 その時、何度目かのアスナの攻撃がやむ瞬間が訪れた。

 ヤマトが何か仕掛けてくるのならこのタイミングだ。

 攻撃をしてくるのなら、上段か横一閃のはず、とアスナは読む。

 

 実際、ヤマトが取れる攻撃手段はそれしかないのだ。

 薙刀のような長い武器では、振り上げようとすると地面にぶつける危険が出てくるし、なによりヤマトは武器を防御に回すために胸の前で構えている。そこから振り上げるために一度薙刀を下段に下ろすのはワンアクション多い。

 

 となると残るのは上段か横一閃。だが横一閃も可能性としては少ない。

 なぜなら、これもまた薙刀など長い、もしくは大きい武器の特徴だが、横に振ろうとすると体が大きく開いてしまう上に、遠心力のせいで武器を体の前に戻すのに時間がかかってしまう。アスナのようなスピードで一気に攻めるタイプの相手にそんなことをするのはリスクが大きすぎる。

 

 ならば残るのは上段からの振り下ろし。それならシャープに振れば後の防御もしやすいし、攻撃へのタイムラグもほとんど0だ。

 もちろん他の可能性だってある。だから油断はしない。あくまでも可能性を考慮して、注意する優先順位を決めるだけ。

 アスナはここまで読みきった。そして、ヤマトが薙刀を上段に持ち上げる。

 アスナの読み通りだ。

 来る攻撃が分かっていれば、どんな攻撃だってかわすことはできる。

 あとは反撃のタイミングを間違わなければいい。

 さぁ、こい! 薙刀が上段に上がったのでアスナの視線も上段に上がる。

 その瞬間だった。

 

 

 

 

 ヤマトの姿が、アスナの視界から消えた。

 

 

 

 

 なっ、とアスナの思考が一瞬止まる。

 次にすさまじい勢いで視界内ヤマトの姿を探すが、やはりどこにも見当たらない。

 一体どこへ? さっきまで確かに薙刀を振り上げていたはずなのに......!?

 その時、チカッとアスナの視界に何かが映った。

 いや、これは何かが覆ったのだ。黒い何かが、アスナの視界を覆った。

 

(陰......? 上!?)

 

 アスナは慌てて空を見上げる。

 そこには、上の階層の地面であるこの階層の天井とーーーーヤマトの薙刀が。

 先ほどヤマトが薙刀を振り上げた動作。あれは振り上げたのではなく、上空に薙刀を放るための動作だったのだ。

 まて、じゃあヤマトはどこだ?

 上空のどこにもヤマトの姿はなかった。

 アスナの背筋を、冷たい感覚が走った。

 まずい、アスナがそう考えるよりも先に、アスナの体が崩れる。

 アスナは咄嗟に体を振り回したが、それもすぐに抑えられてしまう。

 レイピアを持った右腕と両足を抑えられた状態で、馬乗りになられた。

 そして、アスナの上に乗ったヤマト(、、、)が、得意気に笑った。

 

「昔の武士さんとかは、いつ襲われてもいいように柔術とかを身に付けてたんだって。まぁ、《体術》スキルとまではいかないけどさ」

 

「......なるほど。薙刀を上段に持っていくことで私の目線を上に持っていって、あなた自身は体を落として私の視界内から外れた、ということ」

 

「まぁね。最初は君のレイピアを突破しようと思ってたんだけど、さすがに無理だったよ。さすが《閃光》」

 

「こんな状態でそんなこと言われても、嫌みにしか聞こえないわよ......」

 

「それで、どうする?」

 

 ヤマトは、空いた右手を短剣のようにして、アスナの喉元につきつけた。

 

「これじゃあ負けにならないのなら、まだ続けるけど?」

 

「......さすがに、そんなことは言わないわ。降参よ」

 

 アスナがその言葉を口にした瞬間、二人の頭上にヤマトが勝者であるというウィンドウが盛大に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは......なんでそう無茶苦茶なのよ」

 

「今回の場合、無茶苦茶だったのはカリンの方だと思うんだけど」

 

 その後。

 ヤマトがアスナに勝利したことにより、ヤマトの情報規制を敷くことをヒースクリフに約束させ、そして、カリンに謝らせることができた。

 その際、なぜかカリンもヒースクリフも雰囲気が柔らかく、謝罪する側とさせられる側という雰囲気でないことにヤマトは首を傾げていたが、カリンが気分が良さそうだったので良しとした。

 

「それで? 今後あなたはどうするの? ヒースクリフさんたちに言ったみたいに人助けの旅にでも出るの?」

 

「アインクラッドじゃすぐに旅終わりそうだけどね......。でも、することは変わらないよ。困ってる人がいたら手助けしたいと思うし、それまでは適当にブラブラするよ。矛盾してるかもしれないけど、誰か困ってる人を探し回るっていうのは不幸探しみたいで気分よくないしね」

 

「ふーん......」

 

 そのまま二人は《シックル》の街を歩く。

 ヤマトは辺りに視線を走らせ、目ぼしい食べ物がないか探し続けている。カリンも忙しなく辺りをチラチラと見ているが、その表情にはあまり余裕がない。

 うー、だとか、あー、だとか小さく唸るが、ヤマトはカリンの様子に全く気づかない。

 

「あ、あの、さ」

 

「うんー? なにー?」

 

「もしも良かったらなんだけどさ」

 

「うんうん」

 

「いや、私は別にどちらでもいいんだけどね?」

 

「へー」

 

「良かったら、その......私と一緒にーーーー」

 

「あった!!!!!」

 

「......はい?」

 

 カリンがヤマトを見ると、目を輝かせてある食べ物屋を見ていた。

 その食べ物屋の看板には『果物汁』という文字が。

 ......なんだあれは?

『果物汁』そう言われれば誰でも『果物を搾って作った汁』を想像すると思うが、ヤマトが目を輝かせているものは違った。

 味噌汁のようなものに、果物が投下されているのが、『果物汁』の実態だ。

 

「カリン! ちょっとあれ買ってくる!!」

 

「ちょっと待てやこの偏食野郎」

 

「話ならあとで聞くから!!」

 

 人が恥ずかしいのを我慢しながら言おうとしてるんだから、黙って聞いてなさいよバカ!!

 ......と、いつものカリンなら言うところなのだが、今回は違った。

 

「......お願いだから、待って......」

 

 普段のカリンからでは想像もできない声質に驚き、ヤマトが振り返った。

 

「どうしたの......?」

 

「いや、だからさ......」

 

 喉が干上がる。

 この世界の喉なんて、現実のものじゃないのに。からからに乾いて息をするのも辛い。

 それでも、この言葉は今じゃないと言えない。

 カリンは固く閉じようとしている口を、無理やり開く。

 

 

 

 

「もし気が向いたら......私と一緒に、働かない?」

 

 

 

 

「......はい?」

 

「いや、一緒に、というか、私の情報屋の手伝いをしないかって話よ」

 

「情報屋の?」

 

「自慢じゃないけど、私のところにも情報は多く入ってくるから、困っているプレイヤーがいれば助けに行ける機会も増えるでしょ? それに中層は前線プレイヤーの目が届きにくいから、あなたの目的にも通じるものがあるし」

 

 今口を閉じてしまえばもう動かない。そんな妙な感覚に襲われて、カリンは矢継ぎ早に話していく。

 この話は、ヤマトから攻略組に入らない理由を聞いたときから考えていたことだった。

 ヤマトはカリンとは正反対に位置する人間だが、考えはとても似通っている。

 だから、一緒に行動してみたくなった。

 ......仕事に誘うだけで、なぜこんなにも緊張して、心臓が鳴ってしまうのかは分からないけれど。

 

「カリンの手伝い、か......」

 

「どう?」

 

 うーん。とヤマトが唸る。そんな動作にもカリンはビクビクしてしまう。

 そして数秒後、ヤマトはいつもの適当な笑顔でカリンに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ある店の前で藍髪少年にゲテモノ料理を奢らされている情報屋の少女が確認された。

 その少女は顔を真っ赤にして怒りながらも、どこか嬉しそうだったらしい。

 

 




はい、原点回帰。ヤマトがカリンのために戦う回でした。

今回はカリンのツンデレ度が高いですね......まさかテンプレの「別に~だからね!」を使うときが来るとは思いもよりませんでした。
やっぱりこの二人の会話は楽しすぎます。書いてて何度脱線ししたことか。

あと本当なら今回ヤマトの二つ名だそうかなーと思ったりしていたんですが、いいのが思い付かず断念。なにかいいのないですかねぇ......

次回は本編。ついにあれが実現するかも!


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50話目 前進の真偽

 ヨウト達と特訓を始めて、そして《ガイア》に出入りするようになってから数日が過ぎた。

 毎日3時間の特訓。自分の力のなさに悲観する毎日だ。でもそれは同時に自分に足りないものが一つ一つ表面化していくということでもある。それらを認識し、少しずつ改善していくのは小さな達成感と確かな自信に繋がっていき、そんな場合ではないと分かりつつも、俺はこの特訓の時間そのものが楽しくなってきていた。

 

 だから問題があるとするならーー

 

「どうして私がヨウトさんと模擬戦しなくちゃいけないんですか......」

「はは......まぁまぁ。そう言わずにな? 互いに力はつくしコウキの力になれるし、リリちゃんからしてもいいこと尽くしだろ?」

「どうして私がこんな変態の人と模擬戦しなくちゃいけないんですか......」

「あれ? フォローしたのに悪化した!?」

 

 ーーこの二人だよなぁ......

 この特訓が開始されてからヨウトとリリが一緒にいる時間は格段に増えた。元々ヨウトを避けていた節があるリリとしてはストレスが溜まる一方だろう。

 一緒にいる時間が増えたことで仲が良くなったのか、それともリリのストレスが許容量を越えたのか(後者の可能性大)、リリのヨウトへの八つ当たりは遠慮がなくなっていくばかりだった。

 なんというか......やっぱ人選ミスった感じが半端ない。もっとどうにかならなかったものか数日前の俺。

 

 だが二人の模擬戦が俺の力になっているというヨウトの意見はまったくもってその通りだ。

 相手を見ることに優れているらしい俺の『目』。戦闘では相手の行動を先読みするのに役立ってくれるのだが、こういった他人の戦闘(、、、、、)を見るぶんには凄まじい効果を発揮してくれる。

 まず戦闘中と違って客観的に場を見ることができるから、戦っている二人から得られる情報が段違いだ。

 短い時間のなかで少しでも多くの情報や技術を身につけないといけない今の俺にとってみては、これほどいい()はなかった。

 そしてそれが分かっているから、リリも口では不満不平を垂らしながらもヨウトと模擬戦をしてくれる。二人には本当に感謝してもしきれない。

 

「じゃ、いくよ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 ヨウトの掛け声。リリの生真面目な返答が聞こえてきた直後、金属同士が擦れあう甲高い音がこの場を支配した。

 支配の元。つまり音の発生源は二人の武器、ヨウトが振り抜いた片手剣をリリの短剣が弾いた音だ。

 金属音による場の支配は一瞬では終わらない。休まることなく音は鳴り響き、高レベルな斬撃と防御が繰り広げら始める。

 ヨウトとリリ。この二人の戦闘は基本的にこういった展開になることが多い。

 そうなる大きな要因はヨウトの戦闘スタイルだろう。

 ヨウトのスタイルはミウやアスナに近いスピード重視のものだ。重い一撃などは考えず、的確に鋭く速い連続攻撃を放ち続ける。

 ヨウトは一撃の鋭さ、威力はミウやアスナには一歩劣ってしまうが、その代わりに攻撃スピード、そして攻撃の間隔の速さは群を抜いている。

 その攻撃は一度波に乗せてしまえば機関銃を彷彿とさせるほどのもので、手がつけられなくなり止めるのは至難の技だ。

 だからこそリリはヨウトの攻撃を弾かなければならない。受けるのはもちろん、下手にかわしても体勢を立て直すよりも先にヨウトの斬撃が飛んできてしまうからだ。

 

 そしてリリはヒットアンドアウェイのスタイル。相手から距離をとる方法、相手の攻撃を捌く方法は元々上手く、ヨウトと模擬戦をするようになってからはさらに磨きがかかっていた。今では前線のプレイヤーとも遜色劣らない......いや、それ以上になっている部分もあるかもしれない。

 そんな要因が絡んだ結果今のような状況に至る。

 剣閃を残すヨウトの剣戟。そしてそれを紙一重で弾き続けるリリ。二人が作り出す空間は、二人の関係など問題ないと言わんばかりの美しいものだ。

 こればかりは何度見ても飽きがこない。ずっと見ていたいと思ってしまうほどに美しい光景ーーだが、それもすぐ終わりが来る。

 理由は単純。

 

「......参りました」

 

 ヨウトの一閃を捌き損ねたリリが、自分の横腹に突きつけられた剣を見ながら悔しそうに夢のような時間の終わりを宣言した。

 

 

 

 

 

「やっぱごり押しされるとキツいか?」

「はい......攻撃そのものは見えているんですけど、体がついてこなくて......だから余計に悔しいです」

 

 休憩時間。ベンチに座って休んでいたリリの隣に座りながら話しかける。

 リリは小さく微笑みながら返してくれるが、どこか悔しそうな雰囲気が隠しきれていない。俺も最近知ったのだが、普段から回りに気を使いまくっているこの少女は意外と負けず嫌いだ。

 顔を俯けながら拗ねているリリに笑みを返す。

 

「確かにリリぐらいパリィ上手いと弾けない攻撃ってのは悔しいかもな。でもさすがにレベル差的に仕方ないとこもあると思うぞ?」

 

 むしろヨウトとリリのレベルを考えるならあれほど互角の戦闘を繰り広げられているだけでもすごいのだ。

 最近リリのレベルも上昇してきているが、それでも最前線で戦うヨウトにはまだ遠いのだから。

 誰が見てもリリの力は確実に成長している......と思うのだが、それは本人の自覚がなければ意味がない。

 

「私なんかよりも防御が上手い人はたくさんいますよ......私なんてまだまだです。だからヨウトさんの攻撃も捌けないし、コウキさんの力にも......」

「んー......」

 

 今のリリの姿は今までの俺だ。

 相手の善意は分かっているし、言われていることが事実であることもなんとなくは理解できる。

 ただ自分に自信がない。自信がないから賞賛の言葉を素直に飲み込めない。

 謙遜は悪いことじゃない。自分はまだまだだと思うからこそ研鑽を積み続けられるのだから。

 でも、俺やリリの、言うなればネガティブ(、、、、、)な謙遜は誰にも良いことはない。無闇に心配の種を振り撒くだけだ。

 リリにはそんな俺と同じ轍は踏んでほしくなかったーーだから。

 

「え......?」

 

 リリが珍しく呆けた声を漏らす。

 俺はその声の原因であるリリの頭に乗せた手をゆっくり動かして頭を撫でてやる。

 

「ーーリリはしっかり俺たちの力になってくれてるよ。間違いない」

「コウキ......さん?」

「リリがいるから俺もヒットアンドアウェイのスタイルを練習できた。リリがいるからヨウトも気兼ねなく全力で特訓できる。どっちもリリなしじゃあり得ないことだよ」

 

 上手くできているのかは分からないが、できる限り本心をリリに伝えていく。

 他人の本心というのは、どういう形であれ心に響く。俺が本心をぶつけられてそうだったように。

 これで少しでもリリの力になることができれば、そう思いながら頭を撫で続け、リリも先ほどとは違い穏やかな表情でそれを受け入れてくれた。

 どれほど伝わったのかは分からない。それでも確かに『何か』は伝わったはずだ。そのことが俺も嬉しくなる。

 

 リリの頭を撫でるだけの穏やかな時間が流れる。いつまでも女の子の頭を撫でるのもどうかと思ったが、やめてしまえばこの心地よい時間が終わってしまうような気がして、そしてリリもこの時間を少しでも多く味わおうとしているのが伝わってきて手を止められなかった。

 それから数分、この時間を破ったのは意外にもリリの方だった。

 

「ありがとうございます......でも、この特訓が行き詰まってるのは本当のことですよね......?」

「リリは痛いとこ突いてくるなぁ......」

 

 リリの指摘には苦笑いを返すしかなかった。

 この特訓の主目的は言わずもがな、俺の実力アップだ。

 リリやヨウトのお陰で俺は強くなれた。間違いなく特訓前よりも成長できている。特に基礎能力やスキルは見違えるほど成長したはずだ。

 でもそれだけだ。

 成長はできても、俺の目標であるミウには全然到達できていない。

 ......それは結局のところ、俺のスタイルが確立していないからだろう。ヨウトのスピードでのごり押し。リリの翻弄するスタイル。そんな戦闘の起点(、、、、、)が俺にはまだない。

 それには比較的早い段階に気づくことができた。だから色々試してみたのだが......どうにも上手くいかない。

 さらに、これだけずっと戦ってきたせいか、3人とも他2人のスタイルや攻撃のテンポを覚えてしまったということもある。特訓に付き合ってもらっている身で言うのもなんだが、これではどれだけ特訓しても効果は半減だろう。

 ミウとの時もそうだ。ある程度戦うと攻撃のテンポや癖を覚えてしまって、そればかりを無意識に突いてしまう特訓にーー待てよ?

 

「......リリ」

「はい、どうかしましたか?」

「ちょっと試したいことができた、付き合ってもらえるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Miu

 

「むー、ニックさんめ......」

 

 傍若無人に服を着せたらあんな感じ(ニックさん)になるんじゃないか、等と思いながら私は町を歩いていた。

 そんな失礼なことを考えてしまって申し訳ないと思わなくもないけど、今回に限っては反省はしない。

 今日のニックさんはいくらなんでも勝手が過ぎた。

 朝会った時からなんだか機嫌が悪いと思えば、それを私にぶつけるかのように無茶な攻撃ばかりしてきて。あんまりだったから私が声をかければ今度は無視。こんな日もあるかなって諦めようとしたら、終いには「用ができた」とか急に言ってどこかに立ち去って。

 私が頼んで鍛えてもらってるとは言っても、さすがにこれはどうかと思う。

 何か事情があったのは何となく察したけど、それを聞こうとしても取りつく島もないし......モヤモヤするなぁ。

 

 仕方なく一人取り残された私は軽く剣を振って、今日の特訓はそれで終わりにした。

 私一人で特訓しても限度があるし、何よりも今のこの精神状態だと何をしても効果は薄いと思ったからだ。

 心の調整は体を鍛えるよりも大切なこと。というのはあまり言葉では教えてくれないニックさんが教えてくれた数少ない技術だ。

 完全なバトルジャンキーだと思っていたニックさんからそんな技術を教えてもらった時は目を丸くしたけど、小さなことでもこれは確かに重要なことだというのは身をもって理解できた。

 

「きっと、そういう意味(、、、、、、)でもニックさんは強いんだろうな......」

 

 知れば知るほど、ニックさんは私よりも高いところにいるということが分かる。

 でもそうなると、やっぱりさっきまでのニックさんの振る舞いはらしくない。そもそも洞察力はそこまで優れてない私でも分かるほどにニックさんが苛ついているのが分かる時点でもうおかしい。

 私にコウキほどの洞察力があれば何か分かったのかもしれないけど......

 

「とにかく、コウキと合流しよう」

 

 無い物ねだりしても仕方ない。分からないものは分からないんだから。

 あのニックさんのことだから命に関わるようなことはないだろう。もしかしたら今日は本当にただ虫の居所が悪いだけだったかもしれないし。

 

 深呼吸して空気と気分を入れかえる。

 私がニックさんと特訓している場所とコウキたちが特訓している場所はそう遠くない。せいぜい歩いて10分ほどだ。

 早く終わったから向かうことをコウキにメッセで伝えようかとも考えたけど、特訓の邪魔をしちゃいけないと思ってやめておいた。

 それにちょっとだけコウキが特訓しているところを覗きたいっていう邪心もあったりなかったり......こ、これぐらいは許してほしい。

 

 私はニックさんの方針で町の広場で特訓してるけど、特訓は隠れた場所で行うのが普通だ。

 だからコウキたちはそれに倣ってほとんど人気がない開いた空間で特訓している。

 

「そう言えば、前はこの道も分からないで何回か迷ってたなー......」

 

 ちょっと苦い記憶がフラッシュバックしながら、しばらくいりくんだ道を歩く。

 すると聞き慣れたーーというか、さっきまで私自身が作り出していた金属音が聞こえてきた。

 剣舞。と言われることもあることから、実力者同士の戦闘はどこか舞踊じみてくる。特に武器がぶつかる音は一種の音楽に近いものになる。

 この音は......コウキとリリちゃんかな?

 ヨウトならもっと慌ただしい音が混じるし、この相手の隙をうかがうようなゆったりとしたテンポはあの二人で間違いない。

 ちょうどいいタイミングだったかな、そう思いながら最後の角を右に曲がるーー瞬間。

 ズガガガッッ!! とまるで機関銃を(、、、、)彷彿とさせる(、、、、、、)速いテンポの音が聞こえた。

 

「え......?」

 

 その音を聞いた瞬間、まさか3人同時に戦って特訓しているのかと思った。

 だがその予想に反して、私の視界に映ったのは、凄まじい勢いで繰り出される剣撃を必死に捌いているリリちゃん。

 そしてーーその攻撃を今まさに繰り出しているコウキの姿だ。

 

「コウキ......?」

「ん? あ、ミウ。どうしたんだ? 集合時間まではまだ時間あるよな?」

 

 私が驚きのあまり名前を呼ぶと、それに反応してコウキは攻撃の手を止めて私の方を振り向いた。

 やっぱり、コウキで間違いない。コウキの格好をしたヨウトとかいうことはなさそうだ。

 でもそれならなおさら謎が深まる。だって、さっきの攻撃のテンポは......

 

「やっぱミウちゃんも驚くよなー。俺自身驚いてるもん」

 

 端の方に寄っていたヨウトが私に話しかけながら近づいてくる。コウキたちの模擬戦を見守っていたのかもしれないけど......その表情はいつもみたいな笑顔ではなく苦笑いだ。

 

「ヨウト......なら、さっきのコウキの攻撃って」

「間違いなく俺のテンポ、というかスタイルの模倣だろうな。だろ、コウキ?」

「ははは、やっぱ二人にはすぐにばれるか」

 

 コウキは笑って、隠すこともなく認めた。

 さらに再びヨウトの速いテンポで剣を空に向かって振る。やっぱりさっき見たのは偶然なんかじゃない。

 コウキはいとも簡単にそれをやってのけるけど、これは完全に異常と呼ばれるものだ。

 

 戦闘中攻撃のタイミングをずらすことは少なくない。でもコウキのこれはそういう次元を越えてる。

 他人のテンポの模倣。そんなことすれば自分の本来のテンポを忘れてしまう可能性だってあるし、もっと酷いことになればテンポそのものが崩れてしまってなんの形にもならない。

 それをコウキは完全に使い分けていた。いや、それだけならまだ練習次第で私にもできるかもしれない。でも多分、コウキのこの模倣はまだ先がある。

 

「ねぇコウキ。今のはヨウトのテンポの模倣だったけど、他の......例えば私とかリリちゃんの模倣もできるの?」

「ミウとリリの? 多分できると思うけど......」

 

 答えるとコウキは一度息を吐き、剣を構える。

 そしてーー次に動いたときにはまたコウキのものとは別のテンポで剣を振っていた。

 コウキのテンポよりもさらに遅くて、掴み所がないテンポ。これはリリちゃんのものだ。何よりも本人が驚いたように目を見開いているのだから間違いない。

 コウキは剣を振り降ろすと一度動きを止める。そして再び動き出すと今度は速いテンポのなかに急激なストップと加速が入り交じったもの。これは私の模倣だ。

 やっぱり間違いない。コウキは見たことのあるテンポを自分のなかで混ざることなく再現できるんだ。

 

「すごい......すごいすごい!」

 

 衝撃によって置いてけぼりされていた私の感情がようやく追い付く。

 だって、すごいとしか言いようがない! 

 他人のテンポのコピー。そんなこと実践でされれば間違いなく相手はペースを崩される。

 もちろん見た回数によってその再現度には違いがあると思うけど、それでもソードスキルを放つぐらいの隙を作り出すには十分すぎる。

 こんなこと普通はできない。これが可能なのはコウキの気が遠くなるほどの基礎練習とコウキの『目』があったからだ。

 他の誰にも真似できないコウキだけの武器。これがあればコウキの戦術が一気に広がるのが私でも分かる。

 でも。

 

「んー......」

 

 この最高の結果のあとだと言うのに、コウキの表情は芳しくなかった。

 まるで「まだ足りない」と言うかのようなコウキの唸り声に愕然とする。

 コウキの目標が見えない。コウキが目指しているところは、もっと上......?

 でも、今の模倣よりも上なんて......

 そう考えたとき、なんとなく理解した。

 そうか、これが前にニックさんが言っていた、私が完成している(、、、、、、、、)ってことなんだ......

 完成してしまってるから、新しい発想がない。今あるもので十分だと思ってしまう。

 このまま行ってしまったら、私の成長はどこかで頭打ちになってしまう。それはダメだ。それじゃあコウキの隣に立てなくなる。

 私ももっと、もっと違う発想がないとーー

 

「ミウ?」

「え......?」

「なんでもうここにいるのか聞いてたんだけど......大丈夫か? もしかして体調悪い?」

 

 コウキの声に気づけば、コウキだけじゃなくてリリちゃんやヨウトも私の顔色を覗いていた。

 それに笑って「何でもない」と返す。

 しまった、また考え込んでしまってた。すぐに結論なんて出ないんだから急いでも仕方がないんだ。何でもかんでも答えを求めるな。

 心のなかで自分に叱責してから、私はコウキたちに私の特訓が早く終わった理由を説明する。

 ニックさんの様子を聞いたコウキはその光景が簡単に予想できたのか苦笑いしていた。

 

 私の説明が終わると、ちょうど今日の特訓の終わりを告げる鐘の音が聞こえてきた。

 いつもなら皆で昼食を食べたあと各々解散ってことになるんだけど......今日は少し流れが違った。

 コウキは一瞬考える素振りを見せたのち、ヨウトとリリちゃんの方に向き直った。

 

「ーー二人にちょっと話があるんだけど、いいか?」

 

 

 

 

 

 

 Side Kouki

 

 いつものように昼食を取り終わり、話しにくくなる前にとボックス席の向かいに座ったリリとヨウトに話を向ける。

 

「二人はガイアクエストって知ってるか?」

 

 俺の問いかけにヨウトは頷き、リリちゃんは首を降った。

 ガイアクエスト。言わずもがな今俺たちが関わっている国《ガイア》を舞台としたクエストのことだ。

 このクエストはまだあまり知れ渡っていないクエスト......というより、あまり有名ではないクエストと言った方が適切か。

 

「ガイアクエストってコウキたちが今挑戦してる、森の人たちを助けようってやつだよな? 発生条件とかクリア条件がかなりシビアだってアルゴに聞いたぞ?」

 

 存在を知らないリリのためか、いつもよりも若干説明口調でヨウトが説明してくれる。

 今ヨウトが説明した理由も有名でない理由の一つ。有名になるクエストと言うのは結局は旨い(、、)クエストなのだ。例えば経験値が多くもらえるだとか、レアなアイテムが入手できるだとか。

 それに対してガイアクエストは、クエスト発生条件も曖昧、クリア条件も曖昧、その上クリアしてももらえるアイテムもさほどレアではない。なのにクエストに絡んでくるmobはそこそこ強い。これでは旨味どころか、挑戦したら損するほどだ。噂話には上がっても、有名にはならないだろう。

 それを説明するとリリは理解したことを頷いて示す。

 

「あの、でもならどうしてコウキさんたちはそのクエストにチャレンジしてるんですか......?」

「もちろん《ガイア》の人たちを助けたいからだよ」

 

 いつも通りミウ節を展開するミウ。いつもなら程々に抑えるところだが今回は違う。

 ミウの言葉に賛同(、、、、、、、、)するように頷き(、、、、、、、)、俺の本心を語り出す。

 

「守りたくても力が足りないって、悲しんでるやつがいたんだ」

 

 ミウから話を聞いたあの夜から、頭から抜けない。

 その思いは痛いほどに分かる。あれは......キツいんだ。自分が何を代償にしてでも守りたいものを傷つけられるのは。そしてそれをどうにもできない自分という存在は。

 まだまだ未熟で、ちっぽけなこんな俺の手だけど。それでも力になれるというのなら、できる限り差し伸べたい。

 

「でも、そいつを助けるには俺たち二人の力じゃ足りない。それが、ここ最近の特訓で分かった。むしろ今までが上手く行きすぎてたんだ......俺はもう誰も失いたくないし、守れない悔しさなんて味わいたくない。だからどうか、俺たちに二人の力を貸してほしい」

「その、力を貸すってのは......」

「あぁ。ーーーー俺たちと、パーティーを組んでくれ!」

 

 その決定的な一言を告げ、向かいの席に座る二人に頭を下げる。それに合わせてミウも頭を下げた。

 思っていたよりも口に出すのが簡単だったことに驚く。前まではあれほど避けていた言葉がすんなりと出てきた。

 これを成長と言うのかどうかは分からないが、今の俺に必要なものだと思った。

 しかし、いつまで経っても二人の返答がない。俺たちの席を幾拍か静寂が包み込む。

 俺もミウも二人のそんな反応にどう返していいのか分からず言葉を出しかねていると、最初に口を開いたのはやはりと言うべきかヨウトだった。

 

「意外だったよ」

「俺が素直に二人を頼ったことがか?」

「あぁ。前にコウキは変わったって言ったけどさ、まさかここまで変わってたとは思わなかった......いや、変わったんじゃなくて戻ったって言うべきなのかもな」

 

 ヨウトは目を閉じ微笑みながら俺の変化を誉める。

 瞼の裏にヨウトが見ているのは、もしかしたら過去の俺かもしれない。そう思えるほどに、俺自身変わることができたと思っている。

 ヨウトの称賛を素直に受け取り俺も微笑む。しかしヨウトはすぐにその笑みを隠すと咎めるようにため息をつく。

 

「でもさ、そんな変な言い回しして落とすみたいに俺たちを誘わなくてもさ、俺もリリちゃんもコウキたちの頼みなら切り捨てたりしねぇよ。な、リリちゃん」

「はい......こればっかりはヨウトさんと同意見です」

 

 断言する二人を見て、やはり俺はいい仲間をもったと再確認する。

 俺の力になりたいと言ってくれて、俺の間違いを正してくれて、俺のことを尊敬してくれて。こんな世界でこんな素晴らしい仲間に出会えたのは幸運以外の何物でもない。一生大切にしたい繋がりだと思う。

 ーーでも、だからこそ(、、、、、)、ダメなのだ。

 

「それは逆だよ」

 

 俺の代わりに、今度はヨウトたちに真っ直ぐと視線を向けたミウがヨウトに返す。

 

「逆?」

「うん......本当に仲間だと思っているからこそ、対等な関係でありたいと思うからこそ、私もコウキも二人を説得したいんだ」

 

 無条件の信頼、それも良いかもしれない。きっとそれは綺麗で素敵な絆なんだろう。

 でも俺は、二人とは互いに助け合う関係でーー仲間でありたい。

 俺たちが頼んだから力を貸してもらうんじゃ、それは主従関係のようなものだ。間違っても仲間なんて言えない。

 だから俺たちは言葉を、会話を用いる。本心をぶつける。

 

「......ははっ」

 

 ヨウトは小さく笑った。俺の目はそちらに向けられる。

 その笑顔は知識として記憶にある。父さんや母さんが俺が何か新しくできることが増えたときに見せてくれた顔。そしてあの事件以降(ヨウト)が俺に見せるようになった顔。俺のことを見守っていてくれる(、、、、、、、、、)優しい笑顔だ。

 そんな笑顔でヨウトは俺を見ていた。

 

「......っ」

 

 リリは言葉に詰まっていた。

 その表情に浮かんでいるのは驚きと喜び。その表情は経験として知っている。『こんな自分』と卑下していた自分が誰かの役に立てる、必要とされていることに対する感情が抑えきれない時の表情だ。

 ーーしかしその表情は、すぐに俺が見たこともない表情(、、、、、、、、、)で隠されてしまう。さらに俺が一度瞬きをすれば、いつもの一歩引いたリリの表情に戻っていたが、それに俺は違和感しか持てなかった。

 

 変わらずいつもと同じヨウトの笑顔と、いつもと違う表情を隠すようなリリの表情。

 それを見て俺たちの本心はちゃんと心に響いたのだと確信した。

 本心の言葉は心に響く。それが、良いものか悪いものかは分からないけれど。

 目の前の二人はその顔を崩さず、暖かみのある好意的な声色で俺たちに言葉を返す。

 

「コウキとミウちゃんにそこまで言われちゃ俺も黙ってらんないな! いいじゃん、本当の仲間。一緒に頑張ろうぜ!」

「はい......私なんかでどこまで力になれるか、本当の仲間になれるか、正直不安ですけど......精一杯頑張りますっ」

 

 返ってきた言葉に俺とミウは互いに微笑む。

 元々ミウは今回のことも二人でやろうと言っていて、誰かが介入することを反対していた。いや、今回だけじゃないか。ミウはいつも俺とミウだけで完結したがっていた。

 まるで他のものは何もいらないとばかりに......

 でも同時にヨウトやリリとは一緒に行動したがっていたと思う。それもあったからこそ今回、リリとヨウトを誘うことに納得してくれた。

 そして、ミウはそれを乗り越えた。俺もずっと怖かった自分のことで誰かに頼るということができた。

 二人の返答は俺たちが最も欲していた言葉。今この瞬間は俺たちがまた一歩、前に進むことができた、いやできるはずだった(、、、、、、、、)瞬間だ。

 それなのに俺の内心は、妙なしこりを感じてスッキリとはしなかった。

 俺はその妙なしこりを気のせいだと判断し、二人とパーティ編成と今後の動きを話し合う。

 

 

 

 

 ーーーーこれが俺たちのパーティ結成の瞬間。

 各々が多くのものを抱えたまましてしまった(、、、、、、)パーティ結成。

 それが後々どういうことになるのか、このときの俺はまだ知らないーー

 

 

 




お久しぶりです、Arukiです。
半年以上の投稿放棄、申し訳ありませんでした。
理由は多々あるのですが、これからはこんなことにならないよう努めます。
ただ、これだけでは前と同じなので私も学習しました。
何話かストックを溜めた状態で今回は投稿再開しています。
なのでこれからは週一月曜か日曜に投稿。少なくともこれで年明け手前まではノンストップでできます。
ストックが溜まっていきしだいたまに2話連続などもあると思います。
これからも力無き少年のソードアート・オンラインをよろしくお願いします!


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51話目 出来すぎの初陣


友達に頼んだのが出来上がったのですが......なんだこれは、ミウが可愛すぎる......


【挿絵表示】



 ーー《青樹殿》。

 廊下、天井、部屋のなか。建物の至るところには草木が顔を見せていて、屋内なのに自然を強く感じられる場所だ。

 なのに森の中や草原特有の獣の臭いや土臭さはしない。本当に草木の匂いだけ。純度100%のその匂いは嗅いでいるだけで心が癒されていくような気がする。入院時代少しだけしたことがあるアロマセラピーににているかもしれない。

 《青純殿》の中でも特に草木の匂いが濃い場所である《森人》の部屋。その一つであるナフさんの部屋にて、俺、ミウ、ヨウト、リリの4人は部屋の主であるナフさんと向き合っていた。

 

 俺たちはミレーシャさんの話を聞いて以降、もっと情報を得るためナフさんに頼まれる依頼をこなしていき信頼度を上げていた。

 その内容としては《ガイア》近郊の警備、特定のアイテム採集等々。どれも難しいものではなかった。

 だが今回頼まれた依頼の内容は今までのものとは少々毛色が違った。

 

「ーーつまり、僕たちの護衛(、、)にはそちらのお二方もご同行してくださる、ということかな?」

「はい。二人とも俺たちの自慢の仲間です。ナフさんの力になってくれると思いますよ」

 

 ここ42層にある《ガイア》の国。だがそれはあくまでも国の土地の一部であり、《ガイア》全体の国土はもっと広いーーいや、高い(、、)

 《ガイア》は42層から数層分、(上方)に国土が伸びている。つまり、43層以降にも、このちょうど真上は《ガイア》の国が広がっているのだ。

 

 そして今回の依頼。それはミレーシャさんとナフさんを上層(43層)の《ガイア》までの護衛任務だった。

 護衛クエスト、護衛クエ等と呼ばれるこのタイプのクエストは護衛するNPCによって難易度が激しく上下する。

 NPCが強くて、一緒に戦ってくれるようなクエストは難易度的にはかなり楽な部類だが、逆にNPCがmobの攻撃一発でやられてしまうようなクエストはかなり難しい。

 しかも今回は護衛対象が二人。ナフさんとミレーシャさんの実力がどれほどのものかは分からないが、俺とミウだけでは今回は難しいと判断した。

 そこでヨウトとリリをパーティに誘う話に繋がってくる。

 俺とミウだけではミレーシャさんとナフさん一人ずつにしか着くことができないが、メンバーが4人になれば二人ずつ着くことができて、mobが多数襲ってきても対処できる。

 護衛クエストの攻略法は護衛そのものの数を増やすことと相場が決まっているのだ。

 

「って、結局は頭数増やしたかっただけじゃん」

「ははは、ソンナコトナイヨー?」

 

 目の前で俺の提案に思案するナフさんに聞こえないよう小声でヨウト突っ込んでくるのを適当にかわす。

 ガイアクエストのことをヨウトとリリに説明したとき、ヨウトには半眼でじっとり睨まれた。きっとただ頭数欲しさに二人を誘ったと思われたのだろう。もちろん、それだけが理由ではない。むしろ本命は別にある。

 

 俺とミウが、二人をパーティに誘った二つ目の理由。それは全員の安全の確保だ。

 ミウの実力は凄まじい、俺の実力を補って余りあるほどだ。それに最近は俺の実力も少しずつとだが向上している。最前線のmobと戦うことになっても早々負けはしないだろう。

 だがそれは1対1(サシ)の場合だ。以前からあったように、mobが複数で襲ってくるタイプだった場合どうしても手が回らなくなってしまうし、単純に人数がいた方がフォローもしやすいし危険も少ない。

 有り体に言えばそろそろ二人だと危険な面も出てきてしまったということだ。そしてそれはソロプレイをしているヨウトとリリにはもっと言えることだろう。

 それなら、一緒に行動した方がいいと考えた。

 ヨウトなら実力もレベルも問題はないし、リリはレベルが少し届かないが元々スタイルがヒットアンドアウェイだ。適正レベルより少し低くても問題ないし、むしろ体勢を崩したときにフォローできる俺たちがいた方が前線でもリリの安全度は増す。

 

 ヨウトとリリを護衛メンバーに入れることで発生するメリットとデメリットを考慮していたのだろう。ナフさんは瞑目して小さく息をつくと再び俺たちに目を向けた。

 

「......分かった。これまでのコウキさんたちの動きを鑑みて、信用に値すると判断するよ。元々、僕たちは圧倒的に人手不足な訳だし、こちらからも是非お願いする。ヨウトさん、リリさん。どうか僕たちに力を貸してくれないだろうか?」

「おうっ、なんか大変そうだしな、任せとけ!」

「はい......こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 いつものように明るく返すヨウトと、粛々といった具合に返すリリ。

 よく考えてみると、俺たち3人以外と話しているリリを見るのは初めてだ。少し新鮮に感じる。

 俺が知っているリリは尊敬か侮蔑ってのが多かったから。リリが誰を侮蔑しているのかは今さら明言しないけど。

 

 しかし良かった。もしかしたら新たなパーティメンバーを連れてくることでナフさんの信頼度が下がってしまうかもしれないという懸念点があったが、杞憂だったようだ。

 やはり何もかも分からない新しいクエストというのは辛い。アルゴに情報を聞こうにもこのクエストはほとんど情報がないため手探りでやっていくしかない。

 

「ふふ」

「ん? どしたミウ?」

「ううん。ただこのメンバー全員揃っての攻略って初めてだからさ。ちょっと楽しくなってきちゃって」

 

 ミウの言葉を聞くと共に俺たちは自然と笑みが浮かぶ。

 確かにそうだ。このメンバーが全員揃うこと自体はよくあるが、全員揃って攻略に行くのは初めてだ。

 それを意識すると妙に心臓が高鳴ってくる。緊張ではない、これは高揚感とか言われるものだ。

 仲も良く、実力も折り紙付きである友達と冒険に出る。そんな当たり前(、、、、)のことにようやく興奮を覚えることができた。

 人が増えたから安心、と思っていてはダメなのだが、それでもどうしてもこの高鳴りは抑えられそうになかった。

 このゲームは遊びではない。でも怖がるだけのものでもない。攻略に対して初めてそんなポジティブな考えを持てた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 42層《ガイア》を出発して2時間ほど。俺たちは迷宮区の中にいた。

 上層との行き来には普通、《転移門》を使用するが、《転移門》は基本的に町の中にしかない。ミレーシャさんは町に行こうと提案したのだがナフさんが認めなかった。

 理由は単純。《ガイア》や《森人》はあまり人目についてはいけないからだ。

 特別な力を持つ人間。そして隠れるように生きている《ガイア》。そんな人たちが必要以上の人の目に入るのは避けたいということだ。

 それに、もしも町中で《ナーザ》に囲まれたら、という懸念もあったようだ。それらの理由に関しては俺たちも納得した。

 

 となると。他に上層に移動する方法は限られている。

 それが今、現在進行形で行われている方法ーーつまり、徒歩だ。

 迷宮区を登り降りすることで、他の層に移動することができるのだが......これがなんとも、めんどくさいのである。

 迷宮区までの移動距離、迷宮区そのものの移動距離、そして迷宮区を出てそこから目的地までの移動距離。町で《転移門》を使うよりも何倍もの時間がかかってしまう。

 時間がかかる上にかなり前線だから集中力も使う。気が滅入るばかりの護衛だが、俺はあまり辛いとは感じなかった。

 

「不謹慎かもしれませんが、こんなに大人数で移動となるとなんだかピクニックみたいですね。少し楽しいです」

「うーん、私はピクニックならさっきまでみたいに森の中がいいなー。迷宮区は殺風景だし」

「ふふ、それなら二人とも、この俺が今度絶景スポットの森林に連れていってあげようじゃないか。大丈夫、ちょっと人目がないだけでとっても静かで良いところだから!」

「人目がないって......うわぁ」

「リリちゃん、うわぁ、はやめよう!? なんか反応がリアルすぎてダメージでかい!!」

 

 ミレーシャさんの少し天然な発言を皮切りに始まる日常ショートコント。やはり人数が多くなるということは会話が増えるということとイコールだった。

 緊張感、という意味ではあまりよくない傾向かもしれないが無駄に気を張って疲れてしまうのを防止できるこの明るい会話は、今までの俺とミウだけのパーティではあまりなかったものだ。新鮮でもあるし素直にありがたかった。

 

 俺たちは中心にナフさんとミレーシャさんを置き、その回りを四角形で囲うようにしてそれぞれの配置についていた。

 さらに前方と後方に目をやれば、そこには《ガイア》独特の緑色の甲冑を身に纏った青年が数人、俺たちと距離が離れないようにして歩いている。

 迷宮区は基本的に迷路のような形ーーつまり道がある。

 そのためmobとエンカウントするときは森のような四方八方から襲われる、ということはなく正面切って戦うことの方が多い。

 だからまず《ガイア》の騎士が先方と殿(しんがり)を務めることでmobや()の居場所の確認、及び接近を牽制する。

 騎士たちを突破してきたmobや()は俺たち4人が対処する、という流れだ。

 《ガイア》の騎士は筋力値重視の《ナーザ》の騎士ーー《エイジス》とは違い、敏捷値重視だ。だがそれは騎士としてひ弱ということにはならない。

 《ガイア》の騎士はパワーがない代わりにコンビネーションやトラップを使って敵を翻弄し、仕留めていく。その技術は俺も学ぶことが多い。

 

 しかしそれでも中には騎士たちの包囲を越えてくるやつもいる。その姿を見た瞬間、俺たちの間に一瞬の緊張が走る。

 赤を基調とした甲冑。右手に構えている装飾多めの直剣。なによりも俺たちに殺意を込めて睨み付けるその人間の双眸。

 見間違える訳もない。もう何度も見た《エイジス》の騎士だ。

 《エイジス》はどこで情報を得たのか俺たちが森を歩き始めるとすぐに襲いかかってきた。元々ナフさんが言っていた『護衛』というのはmobに対してではなく《エイジス》に対してなのだろう。

 そうすると、やはりナフさんはまだ俺たちが知らない情報......もっと言えば《ナーザ》という国のことをもっと知っているのかもしれない。

 

 なんだか良いように使われている気もするが、今それを考えても仕方がない。

 赤い騎士はソードスキルを使って緑の騎士の包囲を突破。俺たちまで接近してくる。

 それに対応するため俺は剣を背中の鞘から引き抜くーーが。

 

「ーーっ」

 

 一呼吸だった。

 俺が構えた瞬間には赤い騎士に向かって二つの軌跡ーーヨウトとリリが迫り、同時に初撃を放っていた。

 二人の攻撃力は低いためすぐに倒しきることはできないが、それ以上に、二人の攻撃は騎士の反撃を許さない。

 ヨウトの攻撃は急所を狙うような正確さはないが、それを補って余りある攻撃速度で相手の攻撃を封じる。

 リリの攻撃はヨウトほどの攻撃速度はないもののその正確さは神がかかっている。騎士が動かそうとしている部位を先回りするように攻撃して同じく動きを封じていた。

 そうしてなす術もなく、そして俺たちが何かすることもなく騎士はあっという間にHPを残り3割まで削られ、いつものように悔しそうな言葉を残して逃走していった。

 

「っと、こんなもんか。リリちゃんいぇーい」

「だからどうしてヨウトさんと先陣切ってるんですか私......ハイタッチもしませんよ」

 

 自分の意思と完全に反対の行動をしているけど物事が上手く進んでしまっているから文句を言いたくても言えない、という風に唸りながら首を傾げるリリだが、実際リリとヨウトはスタイル的に相性は悪くない。

 スピードを『力』として扱うヨウト。スピードを『技術』として扱うリリ。住み分けはできているし互いに自分のスピードを出し惜しむことなく活かせる。ここ最近の特訓で互いの動きを完全に把握しているからコンビネーションも取れてしまう......むしろ下手なパーティよりも隙がないほどだ。

 それらを踏まえた上で二人は前方に配置しているのだ。リリには悪いがこれが一番安定する。

 

「......そして同時に二人の関係を改善する可能性も生まれるという完璧なフォーメーション」

「というか、本当はそっちが主目的だよね?」

 

 そんなことはない......と思う。

 ミウの指摘に苦笑い返す。そんな悠長にできてしまうほどに俺たちには余裕があった。

 手練れが二人増えて少しフォーメーションを考えただけでここまで戦闘が安定するとは考えてもみなかった。圏外は危険な場所、という常識さえも覆しかねない順調さだ。

 いや、そもそも本当の攻略というのはこういうものなんだろう。

 大人数で安全を確保しつつ必要最低限の緊張感で体力を温存しながらの攻略。今までの俺たちがどれだけハードモードでこの世界を生きぬいてきていたのかが身に染みて分かった。

 

「すみません! そちらに一匹向かいました!」

「あいよ」

 

 それだけでもこの護衛クエストの難易度は俺が想定していたものよりも低くなっているのだが、それをさらに低くしている最大の要素がある。

 その要素である彼女(、、)はその長い金髪を風になびかせながら、右手に携えた細剣(レイピア)を騎士たちの包囲を突進で突破してきた狼型のmobに向けて構える。

 前衛不仲コンビの弱点は言わずもがな、筋力値が低めということだ。だから今回の狼のように力ずくで突破してくるタイプにはどうしても弱い。

 そしてそんな敵が包囲を突破してきた時こそ俺やミウの出番だと考えていたーー少なくとも、最初は。

 

「ふっ」

 

 しかし、その考えを裏切るように彼女ーーミレーシャさんは一切恐れることなく自分に向かってくる狼mobの中心目掛けて細剣を突き出した。

 ドンッッ!! と、細剣から聞こえてくるとは思えないような重低音が迷宮区内に響くと同時、猛スピードで突進してきていたはずの狼は数メートルほど宙に浮き、そのまま吹き飛ばされた。

 吹っ飛ばされた狼に騎士たちが攻撃して倒しているのを傍目にミレーシャさんはいつもの微笑みを顔に張り付けたまま細剣を腰のホルダーに納めた。

 その動作があまりに綺麗で自然すぎて、もう何度も見た光景なのに俺とミウはただ驚くことしかできない。

 

「僕たち《森人》は自分達が他より特別な人間、ということを理解しているからね。自衛の術を持っているのが普通さ」

「ってことは、実はナフさんも......?」

「僕は(こっち)で戦う方かな。ミレーシャのように正面切って戦うなんて、この体でできると思うかい? ......まぁだからこそ、騎士団長の到着を待ちたかったのが本音だけどね」

 

 ナフさんは俺たちに自分の細い体を見せびらかせば肩をすくめて苦笑いする。

 やはりここまで強いのは《森人》の中でもミレーシャさんが特別ということなんだろう。

 ヨウトやリリは今日初めてナフさんやミレーシャさんに会ったから違和感はないようだが、俺やミウからすればあの(、、)ミレーシャさんが、という思いがどうしても抜けない。

 ミレーシャさんと言えば慈愛とか善性の塊みたいな、そんなイメージだ。

 そんな人物が細い武器使って狼吹っ飛ばしてるような光景だ......乾いた笑みが浮かんでしまっても仕方なくね?

 俺とミウがどこか納得いかない感覚に陥りながらも、護衛は滞りなく進んでいき、なんの問題もなく43層の《ガイア》に到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 43層の《ガイア》。そこは下の層のガイアと大きな変化はなかった。

 賑やかな町並み、自然を強く感じる風景。少し違うところがあるとすれば43層のガイアは国のど真ん中に幅20メートル程の《クレフ川》という川が通っていることで、国が二つに分断されているということだろうか。

 そしてここにも《森人》たちの家であり、立場の象徴でもある《青樹殿》はある。

 この層の《青樹殿》は国のど真ん中に建ち構えている。つまり《クレフ川》の真上に建っているような形になるのだ。

 もちろん川の流れを断ち切って建物を建立するなんて自然に対する冒涜は《ガイア》は行わない。《青樹殿》は川の両岸に足場を作り、まるで建物の橋をかけるかのよう状態で建っている。川幅20メートルを跨ぐようにして建っている《青樹殿》は距離に関係なく見る者を圧倒する。

 ただその圧倒、という言葉には暗い意味はない。川底まで澄みわたっている《クレフ川》の水に太陽光が反射され、自然のライトアップを受ける《青樹殿》は神秘的としか言いようがない。

 

「なんか、いいなぁ。こういう建物......」

「憧れますよね......」

 

 乙女的琴線に触れたのかパーティの女性人が幻想的にそびえ立つ《青樹殿》を前に声を漏らしていた。

 でも乙女じゃないにしてもこの建物には俺も目が惹かれる。それほどに美しいと感じさせる建物だ。

 

 《青樹殿》に到着してすぐ、俺たちはナフさん達と別れ、《青樹殿》の前で待っているように言われた。てっきり今回の依頼は護衛のみだと思っていたので、ナフさん達を送り届ければそれでクエスト達成になると思っていたのだが、どうやらまだ続きがあるらしい。

 ここからさらにもう一つ上の層に移動なんて話じゃないだろうな、と嫌な予想を立てているとパタパタと慌ただしそうな足音が聞こえてくる。

 音の発生源を確認すれば《青樹殿》とは反対側。この国の露店が並ぶ方からメイド服を着た女性のNPCが走ってくるのが見えた。

 あのメイド服には見覚えがある。いつぞやミウが「本物!」とテンション高めで叫んでいた、《青樹殿》に勤める使用人が着ていたものだ。

 

「す、すいません、剣士さま方! 迎えが遅くなって申し訳ーーわわっ!?」

「ふぇーーーー」

 

 ポーン、と。

 もういっそ笑う気すら起こらなくなるほど、そしてあれほど綺麗だなんだと思っていた《青樹殿》と同等レベルに綺麗に。

 メイドさんが蹴躓き、その体が宙に浮いた。

 そして宙に投げ出されたその体はニュートンやら慣性やらなんやらの法則に従いーーそのままミウの体に着弾した。

 

「「ぎゃんっ!?」」

「って、おいおい、だいじょうぶか二人とも」

「また綺麗に激突したな......」

 

 あまり女の子が出したらいけない悲鳴出しながら激突した二人が地面に倒れた。

 ここが圏外なら実際にダメージを食らってそうな激突だったけど大丈夫か......?

 

「重ね重ねすいませんーー!! あ、あの剣士さま、だだだだ、大丈夫ですか!? 私はいつもこうなんですどうしてもっと落ち着いて行動できないのか。できてたらそもそもお迎えだって遅れなかったしメイド長に毎日お小言頂くようなことにもならいのにーー!!」

「だ、大丈夫大丈夫。一瞬目回りそうになっただけだから、落ち着いて?」

 

 ミウの宥めが効いたのか、ごめんなさいぃ......となんとかメイドさんを落ち着かせることに成功する。

 ミウとメイドさんに手を貸して起き上がらせれば、メイドさんは調子を取り戻すかのように何度か咳払いをし、次の瞬間にはスカートの裾を摘まみ上品さを感じさせる動作で俺たちに一礼する。

 

「お見苦しい姿をお見せしました。この度は《森人》様方の護衛に力添えしていただき、ありがとうござまいました。私はここで剣士さま方のご案内、お世話をさせていただくレイアと申します。以後、お見知りおきを」

 

 メイドさんーーレイアさんは頭を上げればにこりとまるで作り物を彷彿とさせるような完璧な笑顔を向けてきた。さすがは国のメイド。笑顔の教育も完璧らしい。先程盛大にこけていたのが嘘のようだ。

 

「夕方ごろからここ《青樹殿》にて《森人》様方、剣士さま方の歓迎会が開催される予定です。失礼ですが、正装等はお持ちでしょうか?」

 

 レイアさんに続き俺たちも自己紹介したのちそんなことを聞かれた。

 もちろん俺たちはそんな服持っていない。というかプレイヤーのほとんどがそんな服所持していないのではないだろうか? タキシードやドレスが必要なクエストなんて今まで聞いたことがない。

 少し不安になりつつ持っていないことを伝えれば、《ガイア》の正装を貸していただけるとつたえられた。助かった。ここからさらに外に出て服を探しに行くのはさすがに骨が折れる。

 俺たちが内心安堵の息をついていると、レイアさんは笑顔のまま、

 

「ですが、私たちの化粧品は外の方々のお肌に合わない可能性があります。なので申し訳ありませんがお化粧だけは皆様がお持ちのものをお使いいただけますでちょうか?」

 

 け、しょう......?

 ここ数ヶ月耳にしなかった言葉が脳内を駆け巡る。

 レイアさんが噛んだことなんてどうでもよくなるぐらい、俺たちはこのあ後どうするべきかということに頭を回さなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったなー......」

 

 《青樹殿》の中。俺たちに用意された部屋のなかで俺は目に優しい緑色の天井を仰ぎ見ながら言葉を漏らした。

 あの後、何とか化粧なしでも歓迎会に参加させてもらえないかとレイアさんに頼んでみたのだが、当然のごとく断られた。

 俺たち『剣士さま』というのは、言わば大使のようなものだ。

 《ガイア》という国の内部関係者ではなく、外からの協力者。立場的には国でもかなりの力を持つ《森人》に並ぶほどの立場。

 しかしそれは同時に、ポッと出の成り上がり者でもあるということだ。そういう立場の人間は大抵、回りからいい目では見られない。

 もちろん俺たちのことを尊敬してくれる人物もいるとは思うが、やはりどうしても目の上のたんこぶのような扱いをする人物もいる。

 そうなってくると、俺たちの立場を守るためにも、下手に汚い格好で歓迎会に出るわけにはいかないのだ。

 簡単に言えば、反感を買わないちゃんとした格好でパーティーに出ろ、ということだろう。

 もちろんレイアさんがそう言ったわけではないが、言外にそういったニュアンスが含まれていたのは確かだろう。

 

 しかし、じゃあ化粧しましょう! というわけにはいかない。

 まず第一に、化粧品がない。

 メイクセットはもしかしたらレイアさんに頼めば貸してもらえるかもしれないが、化粧品そのものがなければどうしようもない。そもそも、化粧品って存在するのかこの世界。

 まずそこから分からなかったため、教えてアルゴ先生とメッセを送ってみたところ。

 

『オー、あるゾー。このゲームは意外と娯楽に手を抜いてないからナー。化粧は女にとって娯楽の一種って考えるヤツもいるカラ、それに必要な道具も存在するシ、スキルも存在するゾ。そのまま《化粧》スキルダナ。《化粧》スキルは化粧品の生産も兼ねてるスキルだからスキル取って化粧品と道具を作れば使えル。それはそうと最近ミーちゃんとはどうなんダ? なんか最近進展があったとかおねーさん小耳に挟んだけーー』

 

 とのこと。

 最後の方は質問内容とは関係なかったので読みませんでした。なので特に言及もしません。

 試しにスキル欄を見てみたところ確かに《化粧》スキルという文字は存在していた。どうやらあまりにマイナーで見落としてしまっていたらしい。あとはこのスキルをスキルスロットにセットするだけで良い。

 つまり、残る問題はただ一つ。

 

「誰がこの《化粧》スキルなんて、くその役にもたたないようなスキルを取るか、だな」

「「......」」

 

 俺の一言でみんなの視線が目まぐるしく動いたのが伝わってくる。

 有名なスキル。そうではないスキル。その違いは有用かどうかだ。

 俺たち攻略組で有用なスキルはまず戦闘スキル。次点で武器や回復アイテムなどを作成する生産スキルだろう。

 そんななかで酔狂な攻略組のプレイヤーで戦闘とは全く関係のなく、娯楽用に《料理》スキルや《釣り》スキルのようなものを取るプレイヤーもいる。

 しかし、それはまだ意味がある。《料理》スキルや《釣り》スキルで手に入る食料は、店で売っているものよりも良いものが多い上に安上がり。この世界でも毎日の食費は案外バカにできないのだ。

 

 しかし、今回の《化粧》スキルは違う。

 攻略組ではない中層や下層のプレイヤーでも取っている人は少ないだろう。だって自分の顔を飾れるだけで何も得るものはない。

 そんなーー言ってしまえばゴミスキル。誰だって取りたいとは思わない。みんなだってスキルスロットは必要なスキルで埋まっているのだから。

 それでも今回はそのスキルを誰かが(、、、)取らなければならない。

 

「や、やっぱり、化粧って言うと女の子のイメージだよな?」

 

 誰に急かされるわけでもないのにヨウトは声を若干震わせる。

 それに俺は何度も頷き同意を示す。決して女性人二人に押し付けたいわけではない。だから罪悪感なんて感じない。きっと感じない。

 

「俺たちが持っててもそもそも使う機会がないしな。今回のためだけに取るのは効率も悪いしな」

「そうなると......私かリリちゃん?」

 

 ミウとリリが首を傾げながら顔を合わせる。その純粋な反応に目を逸らそうとしていた罪悪感がさらに膨れ上がる。

 ミウだけは生産系スキルとしては既に《料理》スキルを取っている。さらにもう一つ生産系のスキルを取れというのはさすがに酷というものだろう。

 そうすると、残る候補はリリになるのだが、リリもスロットには空きがない......しかしそれは皆同じ(、、)わけでーー

 

「そういえばコウキ、お前この前レベル上がってスロット一つ空いてるんじゃなかったか?」

 

 ーー同じ......だとよかったのになぁ。

 3人の視線が一気に俺に集まった。

 

「......ほら? やっぱり男が化粧は印象が悪いというか、こういうのは適材適所というか......」

「あの、コウキさん......もし嫌なら私が取りましょうか......?」

「い、いや! 俺が取るのが一番ダメージ少ないんだし、リリに押し付けるわけには......うぅ、でもなぁ......」

 

 決断しきれずころころと意見を変えてしまう。

 本当に心のそこから《化粧》スキルは取りたくない。それは男が化粧なんて、という考えではなくて、俺個人の理由として取りたくない。

 しかしだからと言ってここでリリに押し付けるのは俺の自己嫌悪が爆発してしまう。でも、うーん......

 俺が煮えきれないでいると、ヨウトが良いことを思い付いたとばかりに表情を明るくした。

 

「ミウちゃん、リリちゃん、ちょいこっち来て」

「どうしたの?」

「なんですか......」

 

 ヨウトは二人を自分の近くに集めれば俺に聞こえないような声量で耳打ちする。

 何を話してるんだ......?

 よく聞こえないが、ヨウトがああいう表情をするときは大体が俺に不都合なことが起きる。

 今回はなにが起きる......というか何を仕込まれるのだろうと身構えていると、話を聞き終えたミウとリリが俺の方を向き、一気に詰め寄ってきた......って、はぁ!?

 

「コウキ! やっぱりコウキが《化粧》スキルは取るべきだと思うな! コウキ器用だしきっとできるよ!」

「い、いや、器用かどうかはスキルにそこまで関係ないと思うぞ......?」

「でも、最近は、男の人でもメイクさんっていますし.......! コウキさんなら似合うと思います......!」

「似合うかどうかでスキル選ぶわけにもいかないと思うけど......」

「ふふふ、コウキ。これで3対1だぞ? ここからの逆転はいくら《奇術師》でも無理だと思うけど?」

 

 こ、この野郎......!

 ヨウトのどや顔を目の前にし、その顔面に《閃打》を叩き込みたくなる。

 しかし、3人が言っていることはともかくとしても俺が取る以外で今の状況を収める手段がないのは確かだ。

 ため息を一つ。そして俺は押しきられる形で《化粧》スキルを取るはめになってしまった。

 

 こうなってしまったら仕方がない。そう色々諦めると同時に同じぐらい色々と決心した俺は予定通りスキルを使って化粧品を作成する。

 何度か失敗してしまったが、作成に用いるアイテムはそこまで貴重なものではなかったので手持ちのもので事足りた。

 さてではついに化粧、まずはミウだが......しかしここでさっそく俺の決心が鈍りそうになった。

 

「......」

「......」

 

 ーーあれ? 化粧って相手の顔至近距離でずっと見なくちゃダメじゃね?

 そんな当たり前のことに気付いたのと、ヨウトが俺の視界の隅でにやにやしていることに気付いたのはほぼ同時だった。

 なるほど......ヨウトはこれを狙っていたのか......

 これは辛い。特にミウの顔が近くてミウの息遣いまで完璧に聞こえてきてしまうのが辛い。

 無心無心。俺は機械俺はメイクマシーンと心のなかで唱え続けながら一心にミウの顔メイクアップしていく。

 その結果、見違えるほどに、とまではいかないが、メイクする前より綺麗になったと言える程度には整えることができた。

 まだまだ熟練度が最低クラスに今の状況では中々に上手くできたと言って良いだろう。

 メイクが終わってどこかトリップ状態のミウが俺の前から離れて、次はリリが俺の正面に座る。

 ......こうして正面から見ると、今さらだがリリも恐ろしいぐらい顔立ちが綺麗だ。ミウが太陽のように輝くような綺麗さとすれば、リリは人形のような儚げな綺麗さだ。

 と、いつまでも観察していては悪いと思って俺がメイクを始めようとすると、目を瞑っていたリリが何かに気付いたかのように目を開け......次の瞬間、一瞬だがリリが顔を曇らせた。

 

「どうかしたか、リリ?」

「あ、いえ......その......」

 

 リリはどこか言い難そうに口ごもったのち、観念したかのように肩を落とし申し訳なさそうに言い出した。

 

「わ、私が前からチャレンジしているクエストなんですけど......今日クエストに行かないといけないの忘れてました......」

「日にち指定のクエストか......」

 

 先程リリが何かに気付いた様子だったのは忘れたとき用にアラームをかけていたからということか。

 リリはあまり予定を忘れたりするタイプではない。だが今回は俺たちがリリを誘ってしまった。それも断りにくい誘い方で。

 そのせいでクエストのことが頭から抜けてしまったとはリリは言わないだろうけど俺たちは気にしてしまう。

 そして誰よりも相手の気持ちを考えてしまうミウが最初に謝った。

 

「ごめんね、私たちが無理に誘っちゃったからだね。リリちゃんの予定聞けばよかった......ヨウトも大丈夫?」

「あぁ、俺は大丈夫だけど......」

「そか、なら良かった。でもリリちゃんに今日これ以上付き合わせるのは悪いよ。確かそのクエストもうずっと続けてるんでしょ?」

「そうですけど......で、でも! 元はと言えば私が確認してなかったのが悪いんですし......」

「うーん......コウキ」

 

 ミウが俺の方を見てくる。

 リリのことを考えれば行かせるべき。でもリリの考えをただ蔑ろにするのも辛い。そんなミウの考えが手に取るように分かった。当然だ、俺も同じ気持ちだから。

 そしてこういう時、いつも憎まれ役を買って出るのはーー

 

「なぁリリちゃーー」

「ーーリリ、今日はこっち抜けてリリのクエスト優先しろ」

 

 やはり自ら悪役になろうとしたヨウトに被せるようにして言う。

 俺が人間関係を崩すかもしれないような行動に出たことが信じられないのか、ヨウトは口を開いていたが今はそっちまで手が回らない。

 まるで捨てられそうになっている仔犬のように悲しそうな表情になっているリリをできる限り安心させるため笑いながら続きを告げる。

 

「別にリリがいらないって言ってる訳じゃないさ。リリ、俺たちは今日からパーティなんだ。互いを助け合うのは当たり前だし、仲間の力になりたいって考えるのも当然だと俺は思う。今回は俺たちがリリを手助けする番なだけだよ。次は俺たちをリリが助けてくれ。これはそういう話だよ」

 

 そして、誰かをーー仲間を助けるにはやはり力がいる。リリが一人で進めているクエストは経験値が良いらしいから、パーティのことを考えればリリにはここで離脱してもらった方がリリ自身にも、そして俺たちも助かるのだ。

 俺たちが受けているガイアクエストはパーティのうち一人でも残っていれば途中で誰かが抜けても入っても大丈夫だから、問題ない。

 俺の話を聞いたリリはまだ少し暗い表情をしていたが、やがて何か諦めた(、、、)ように笑みを浮かべた。

 

「はい......分かりました。それなら今回はお言葉に甘えさせてもらいますね」

「でも移動はどうしようか? ここかなり前線だから、リリちゃん一人じゃ厳しいだろうし......私も抜けようか?」

「あ、いえ。転移結晶で戻ろうと思ってますから、大丈夫です」

「そっか。それなら私の渡しとくね。リリちゃんの使っちゃったらリリちゃんの負担大きすぎるし」

 

 ミウが差し出した自らの転移結晶を見てリリはまた遠慮していたが、最後には結局ミウのごり押しに折れて受け取っていた。

 でも、確かにこういうときのためにパーティ全体で使える資金みたいなものは用意していた方がいいかもしれない。

 そして、リリを見送ってすぐにレイアさんとは違うメイドさんが歓迎会の準備が整ったことを告げに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓迎会の会場は同じ《青樹殿》の中にある大広間だ。

 建物そのものが大きいため大広間も大きく、学校の体育館ほどの広さがある。

 そしてやはりこの《青樹殿》の内装も自然の植物を用いた緑色が基本。ただし下の層の《青樹殿》よりも高級感を感じさせるのは建物の所々に金色が施されているからか。

 しかしその広さに反して、会場にせいぜい50人ぐらいしか人がいない。しかもその50人のうち半数以上は活気のあるガイア国民ではなく上役っぽい偉そうで物静かな人たち。そのせいもあって空間を広く感じてしまう。

 そして大広間の奥ーー上座には純白のテーブルクロスが引かれ豪華な装飾のついたテーブルが一つ。そこにはナフさんやミレーシャさんを始めとした《森人》が7人座っている。

 《森人》の人たちは全員が美男美女でどこか神聖な雰囲気を纏っているから、こうして少し離れた場所から客観的に見るとやはり絵になる。

 ......先程まで俺たち3人もあそこに座っていたのだと思うと、どこか不思議な感覚だ。

 

 歓迎会が始まってすぐに、俺たちは上座にあるあの机の場所にいた。

 そこで《森人》の皆様方から護衛の件についてお礼を言われ、またこの国の上役っぽい人ーー確かゴーシンさんだったかな?ーーにお礼を言われた。

 ただしそれは、《森人》の人たちの心のこもった感謝ではなく、どこか事務的なもので冷たいものを感じた。

 そしてその感覚は嘘ではなかったのを確信した。上座に座っている間、俺たちに向けられたのは俺たちを観察するようなどこまでも冷たくて、同時にどこまでも粘りっこい視線だったからだ。

 あの感覚には覚えがある。父さんの事件後に俺や母さんに向けられた大人の視線だ。

 自分達に損はないか、何か利用できないかというような視線。

 ただこの国の人たちは国のため(、、、、)そういう視線を送ってくるぶん、まだ柔らかいものだったが......茅場も、ここまで忠実に再現しなくてもいいものを。

 

 話が終われば俺たちは上座から広間の方へ移動となり、今は軽い自由時間だ。

 好きに食べて良いということでミウもヨウトも回りの人たちと同じで立食スタイルだ。先程までの視線で溜まった鬱憤を晴らすべく食べに食べまくっている。

 それに対して俺は何もしていない。慣れているとは言えやはりあの視線は気が滅入る。

 

「コウキー」

「ミウ......って、おいおい、その服で走るなって転ぶぞ」

 

 取り皿に大量の料理を乗せたミウが駆け寄ってくるのを注意する。

 今ミウが着ているのは《ガイア》から与えられたドレスだ。

 さすがは《ガイア》。服にも自然をあしらった装飾や配色がされているものが多い。

 そんな中ミウが選んだのはやはり水色の配色が多いドレスだ。

 おそらく森のなかを流れる川、それこそ《クレフ川》を模したドレスなのだろう。緑や黄緑色の下地に流線型の水色のラインが走っているドレスだ。

 デザインにどこか浴衣のような印象を受けるが、可憐さと綺麗さを兼ね備えたミウにはすごく似合っている。

 ただ、慣れないドレスだ。ミウが転んで回りから笑い声が上がるというのは面白くない。

 

「コウキその服似合ってるね。落ち着いてる感じの色合いってやっぱりコウキに合う」

「それはまぁ、よく言われるけど......緑系統ってあんま着ないから落ち着かないな」

 

 ミウが親指と人差し指でフレームを作りながら俺を見てくる。

 俺が着ているのはおそらく森の木々を再現してる袖や胸元がゆったりとした服だ。

 緑、黄緑、深緑色で纏めた服で、用意された服では落ち着いた系統の服ではあるが、やはり慣れない色だ。

 それにこういう服はミウの方が似合っている。

 

「......?」

 

 俺の視線が変わったことに気がついたのかミウは首を傾げていた。が、それを言うつもりはない。

 正しくは言えない(、、、、)

 

「ご、ゴーシン樣! 大変です!」

 

 会場の扉を開け放ち、《ガイア》の騎士が一人酷く取り乱した様子で入ってきた。

 その騎士のせいで会場の品位が下がることを嫌ったのだろう、俺たちに感謝を述べていた上役さんが固い声を返す。

 

「何事だ! 今この場には《森人》樣がいると知っての騒ぎだろうな? でなければ刑罰ものだぞ!」

「は、はい。緊急を要する事態であります。実はーー」

 

 周りにの人にまで聞こえる声量で話してしまっている。それほどに余裕がない事態ということだろう。

 そして、その余裕がなくなる(、、、、、、、)ほどの事態(、、、、、)はすぐに襲ってきた。

 

 

 




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52話目 星の瞬き

「邪魔するぞ」

 

 先程までの談笑が飛び交っていた大広間に、一つの低い声が響く。

 その声は決して大きなものではない。だがそれでもその声は聞く者の心に突き抜けるような、『力』ある声だ。

 低い声によって広間には静寂が訪れ、誰もが声の発生源に目を向けた。

 開け放たれた扉の向こう。そこには赤い甲冑を身に纏った男が立っていた。

 髪は揃えることなく適当に切った灰色の短髪。高身長で俺たちのなかで一番高いヨウトでも見上げる形になる。

 もちろん、赤い甲冑と言ってもそれはヒースクリフや俺たちが知っている《エイジス》の騎士ではない。いや、その男が身に纏っている甲冑はヒースクリフや《エイジス》のそれよりも深い。深紅の甲冑。さらに甲冑の縁には金色のラインが走っていて、この大広間と同じく男の高貴さを表している。

 同時に、目を凝らせばその甲冑には所々に男が歩んできた道のりを示すかのような傷が多くついている。

 その男が纏う雰囲気、纏う装備、全てから男の実力が見てとれる。

 

 男は顔に見あった獰猛な笑みを浮かべれば、先の言葉通りこの大広間に入ってくる。その動作を見てようやく頭が回り始めたのかゴーシンさんは慌てたように騎士たちに声をかけ、自分と《森人》の周りを囲むように指示する。

 自分の周りを囲む、ということはつまり防衛体制に入るということ。今、大広間に入ってきた深紅の騎士は《森人》はもちろん、ゴーシンさんにも危害を加える可能性がある人物と言うことだ。

 一先ず自分の安全を確保し、心に余裕ができたのかゴーシンさんは若干頬を引きつらせながらも深紅の騎士に笑みを向けた。

 

「これはこれは、《紅牙》の異名を持つソルグではないか? 今は式典の最中だ、このような礼儀のなっていない飛び込み参加をしてただで済むと思うなよ......?」

「ははは、これはまた面白いことを言うな。俺の部下を散々傷付け追い返し、あまつさえ『ルール』を破って攻撃をしてきたのはそちらだろう? .......お前らこそ、ここから生きて出られると思ってるのか?」

 

 二つのプレッシャーが正面からぶつかる。どちらも踏んできた場数が違うというのはすぐに分かる、それほどに密度の高い威圧感。

 だが高い、という表現する単語は同じでも、ソルグと呼ばれた深紅の騎士のプレッシャー比べ物にならない。

 この感覚は知っている。確かで圧倒的強者が見せる剣気だ。

 まるで体を弓で射抜かれるかのような鋭く、かつ重いプレッシャーにこの場に射る誰もが一瞬怯んでしまう。

 

「『ルール』とは、そこにいる剣士さま達のことを言っているのか......?」

「ふん......国のお偉いさんたちはそれも気にしているらしいな。「害物(、、)と接触を図るなどと」って具合にな。だが、俺が言っているのはそんな小さなことじゃねえ」

 

 一度言葉を切ると、ソルグは今すぐにでも誰かを斬ってしまいそうな目で俺たち『剣士さま』を睨み付けた。

 

「俺が言っているのは、俺の部下がそいつら害物にやられたことを言っているんだ。明らかに『ルール』を越えた、死んでもおかしくない傷をな......これは明らかに神々への冒涜だ」

「な......おい、ちょっと待てよ!」

 

『ルール』だとかまたよく分からない単語は出てきていたが死ぬだなんだという話は待ってほしい。

 俺たちが近ごろ戦っていたのは《エイジス》だ。会話の流れから察するにソルグは《エイジス》の上司みたいなものなのだろう。

 だが俺たちは《エイジス》を一度たりとも殺していないし、それに近いダメージも与えていない。相手のHPが残り3割ほどになると《エイジス》は勝手に逃走するからそれは間違いない。しかも逃走するときも元気に走っているから、あれで死んでもおかしくないというのは無理がある。ソルグが言っているのは全くの濡れ衣だ。

 

「待ってくれないか? 今の言葉には少々疑問が残る」

「なっ、ナフ樣!?」

 

 俺の言葉を引き継ぐようにして声をあげてくれたのは騎士を置いて単身ソルグの目の前まで来たナフさんだ。

 周りのお偉いさんや騎士たちが慌てふためるなか、紅蓮の騎士と《森人》の会話は続く。

 

「そのダメージを負わされた騎士。その騎士は本当に彼ら『剣士さま』にやられたのかい? 何かそれを裏付ける根拠は?」

「貴様、まさか俺の部下が嘘の報告をしたとでも言うのか?」

「まさか。統率のとれた《エイジス》にそんなひねくれた騎士はいないと思うよ。僕が言いたいのはその騎士を攻撃したのは本当に彼らなのか、ということさ」

「なんだと......?」

 

 自分の目の前まで自ら来たナフさんを対等の存在として見ているのか、ソルグはゴーシンさんの時とは違い、ナフさんの意見を考慮する。

 今、明らかに流れが変わりつつある。ここが境界線、それを誰もが感じ取ったのかこの大広間にナフさんとソルグの会話に割って入ろうとする者はいなかった。

 それに気をよくしたのか、ナフさんは友好的な微笑みを見せながら口を開く。

 

「まず、ソルグ。君自身は傷を負わせた犯人そのものは一度も見ていないのだろう? 傷を負った騎士本人から聞いてもそれは又聞き、互いに認識の誤差はどうしても出てしまう」

「だが、部下が言っていた害物の外見とそいつらは近い点が多々ある。いや、ありすぎる。これは他人の空似というには無理がある」

「ならば、その犯人の心は?」

「なに?」

「もっと言えば、犯人の話し方、所作、考え......そういった外見以外の判別要素はどうだい? 外見は弄りやすいからね。近い人物を元にすれば99%は似せることができる。それほど外見は犯人特定に意味をなさないのさ」

 

 それは、おそらく詭弁と言われるものだろう。

 会話の流れそのものを握っているのがナフさんだからこそ、この会話はナフさん有利に見えるが、実際は『かもしれない』、という論法で立てているナフさんの推論の方が筋が通っていない。

 だが、それでもナフさんの推論には意味がある。

 犯人への報復で最も簡単な方法。それは疑わしきは罰せよだ。

 疑わしい者を全て断罪すればそのなかに犯人がいるだろうという考え方。おそらくこの大広間に入ってきた時のソルグはそのぐらいの考えでいたのだろう。

 

 しかし今はどうだ?

 ナフさんの客観的な意見を聞き続けることでいくらか冷静さを取り戻し、一考するだけの余裕が出てきている。

 ナフさんの考えが正しいとは思っていなくても一理ぐらいはあると思ってくれたのだろう。

 そして多分、ナフさんの狙いもそこにあった。

 今ここですぐさま殺し合いが始まっては損をするのは間違いなく《ガイア》だ。だからこそ、妥協点を作れるだけの余裕を作り出した。

 

「僕も彼らの戦いを見たのは今日が初めてだったけれど、《エイジス》を痛め付けるようなことはしていなかった。一度でもそんなことをしていれば、それは剣に出る。その程度のことは戦う力がない僕にだって分かるさ。なぁ、ミレーシャ、君もそう思うだろう?」

「え!? あ、はい.......はい。剣士さまたちは決してそんな愚劣なことはしません。私を助けてくれたときも追い払うだけでした。嘘偽りはありません」

 

 急に話をふられ、一瞬慌てたミレーシャだったが、すぐに顔を引き締めソルグに相対する。

 ナフさんやミレーシャが俺たちのことをそんな風に思っていてくれたと思うと嬉しくなる。

 それに対してソルグは、ミレーシャの名前が上がると途端に顔をしかめる。まるで触れられたくないところに触れられたかのように。

 

「ふん......《森人》二人にそこまで言われてしまってはな。だがお前たちの言を信じるとしてもだ。お前たちにもその『剣士さま』とやらが犯人ではない証拠はない。あるのは剣を見て得た信頼のみ、そういうことだろ?」

「まぁ、そういうことだね」

 

 言うと、再びソルグは俺たちに視線を向け真っ直ぐこちらに歩いてくる。

 ......でかい。目の前まで来るとそれがよくわかる。

 シバもこれと同等の威圧感は放っていたが、それでも身長が低いぶん押し潰されるような圧迫感はなかった。

 素直に言えば、怖い。

 だがこの圧迫感に今は一緒にミウとヨウトが、それに先程まではナフさんとミレーシャも耐えていたのだと思えば目を逸らすことはできない。そしてそれはミウもヨウトも同じ考えのようだ。

 

 そんな俺たちの態度に、ふん、と鼻を鳴らすとソルグは見下ろす形のまま俺たちに言った。

 

「《森人》二人にそこまで言わせたんだ。貴様らの剣を俺自身で確認する。なんなら3人まとめてで構わん。かかってこい」

「「はい! 一人で挑戦します!!」」

「お前らちょっと待て」

 

 ソルグの言葉にほとんど条件反射としか思えない速度で答えた二人の襟首を引っ張り無理矢理下がらせる。

 今までの重い流れを断ち切るには良い返事だったとは思うがちょっと待ってほしい。

 

「あのな、お前たち分かってんのか? 今回のことは遊びじゃない。多分国と国の話に発展してる。そんな安請け合いしても良い話じゃないだろ」

「そうだけど、あそこまで二人に言われたら黙っていられないよ。私たちを信じてくれたミレーシャたちの力になってあげたい」

「それにだ、3人まとめてでいいとかちょっとムカつかないか?」

「二人の言い分も、まぁ分かるけど......うん、分かった。でもミウがチャレンジするのはダメ。いい加減自分の服を自覚しなさい」

 

 どうやら今の状況はイベントクエストの最中らしい。試してみたが装備の変更がほぼできなくなっていた。剣は出せるのだが服は変えられない。

 そうなると今ドレス姿のミウはダメだ。ミウならもしかしたらドレス姿でもきれいに戦うかもしれないが、危険がありすぎる。

 そのことをミウに告げれば拗ねたように唇を尖らせながらも小さくうなずいてくれた。

 

「むぅ......分かった」

「だからヨウト、頼んでも良いか?」

「おう! まだお前には任せられそうにもないしな」

「......理解が早くて、助かるよ」

 

 俺が戦う、という選択肢もあるのだが......正直、勝機が薄い。

 まだスタイルが完成していないということもあるのだが、単純に相性の問題だ。

 ソルグが背中に携えているのは赤黒く剣の幅も長さも長い両手剣。以前に見たシバの剣とは比べ物にもならない大きさだ。

 ニックとの戦闘やシバとの戦闘で痛感させられたが、俺は大きい武器やソードスキルで攻撃されるのに弱い。パリィや受け流しにはどうしても技術が実力として出てしまうからだ。その場しのぎではどうにもならない。

 外見での判断でしかないが、おそらくソルグもそのタイプ。

 そしてヨウトはそういうタイプを完封する術を持っている、というより、そういう(、、、、)スタイルだ。

 

「んじゃ、このヨウト樣のかっこいいとこを見せてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 ヨウトが戦うことをナフさんとソルグに伝えれば、戦いの場はすぐに整えられた。

 大広間の料理が並べられていたテーブルを動かして即興の開いた空間が作られる。元々広かった空間だ。即興でも走り回るだけの空間を作るのは容易だった。

 わざわざ《青樹殿》の中で行わなくても外に出れば良いんじゃとも思ったのだが、ナフさんに押しきられてしまった。調度品とか壊してしまいそうで怖い。

 開いた空間の外側に、まるで観客席のようにゴーシンさんやナフさんたちは並び、俺とミウもそれに倣う。

 そしてその空間の、戦場の中心。そこには間を5メートルほど開けて正面から向かい合ったヨウトとソルグの姿がある。

 

「一人でかかってくるとはな、その心意気は認めるが、俺相手には些か自信過剰すぎないか?」

「いやー? そんなことはないだろ。同じ人間なんだし力不足ってことは早々ないだろ」

「同じ人間? 違うな。俺は《戦人》。貴様らは害物。そもそも生き物としての各が違う......だから、一つお前に『勝機』を用意した」

「勝機?」

 

 ヨウトが首を傾げると同時、ソルグは自分が背負っていたその巨大な大剣を脇に放り捨てた。

 その代わりにソルグが握ったのは足元に置かれていた、ソルグ自身の大剣より何段階かクオリティが落ちた両手剣。

 それは《ガイア》がソルグに言われて急遽用意した大剣だ。

 ソルグはその剣を握り、ヨウトに対して掲げれば、どこか嘲笑を含んだ笑みを向けた。

 

「俺は俺自身の剣は使わない。代わりの剣を使おう。いや、それだけでは足りないな、初撃は貴様にくれてやろう。それぐらいせねば対等(、、)にはなるまい?」

「へぇ、そんなにサービスしてくれるのか、お前良いやつだな。サンキュ!」

 

 ソルグの嫌みたっぷりの言葉に対してヨウトは間抜けとも取れそうな屈託のない笑顔を見せる。

 この反応には誰もが予想外だったのか、この場にいる全員、ミウですら唖然としていた。

 

「ね、ねぇコウキ。ヨウト良いの? あそこまで言われると私でもちょっと頭に来るんだけど......」

「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。ヨウトはあれが平常運転だから。ミウもそれは知ってるだろ?」

「それは、そうだけど......」

 

 ま、納得いかないよな。

 でも俺からしてみればここでヨウトが声を荒げる方が予想できない。これこそがヨウトだ。

 

 ヨウトは腰の鞘から自分の剣を引き抜く。

 ヨウトの武器はかなり細めの片手剣。細剣(レイピア)と見間違えてしまいそうだ。明らかにスピーダー寄りの剣だろう。

 一見がたいもよく甲冑を着込んでいるソルグには通りそうもない武器だ。いや、実際攻撃しても通らないだろう。

 しかしヨウトはそんなこと気にもかけず、自分の使いなれた剣を手の中でくるくると回転させ、握り直せば真っ直ぐとソルグに剣を向けた。

 

「じゃ、言われた通り初撃貰うな?」

「何度も確認はいらん、早くしろ」

「はは、悪いな。じゃあーー」

 

 行くぞ。

 ヨウトのその声が聞こえたのと甲高い金属音が鳴り響いたのは同時だった。

 キィィィン!! と俺やミウではあまり鳴ることのない軽く高い音が大広間に響く。

 瞬き一度分。それだけの時間があればヨウトのステータスならば5メートルの間合いなど簡単に潰すことができる。

 ヨウトの初撃である突きは一寸の違いもなく、ソルグの体の中心線。その胸の位置に放たれた。

 完璧な一撃。勢いを殺すことができない場所に初撃が綺麗に直撃している。

 だが、足りない(、、、、)

 

「......ふん、なんだ、その軽い攻撃はぁ!!」

 

 ヨウトの攻撃によって発生した一瞬のノックバックの後、すぐに回復したソルグは甲冑のみでヨウトの剣を弾いた。

 今のヨウトの攻撃でソルグに与えたダメージはおそらくHPバー全体の100分の1以下。しかもでソルグの動きを止めることはほとんどできていない。

 まさに『軽い攻撃』。蟻が象に噛みつくようなものだ。これではソルグの有効打を与えることは難しいだろう。

 圧倒的ヨウトの不利。しかもヨウトは敏捷値を上げるために軽く動きやすい防御力の低い防具を身に纏っている。これでソルグの反撃を受けてしまえばまさに蟻と象。簡単に薙ぎ払われてしまうだろう。

 

「口動かしてると、舌噛むぞ」

「ぬ......っ!?」

 

 だが、いつものように。当然のようにヨウトは周りの想像を裏切る。

 ソルグが攻撃に転じるよりも早く、ヨウトの二撃目が同じくソルグの胸元に叩き込まれる。

 そうして再びソルグに訪れる、1秒にも満たないノックバック。

 1秒。これはとてもわずかな時間だ。人の言葉ならば一音か二音発声すれば過ぎ去ってしまう、本当に短い時間。

 そんな短い時間に人間ができることはと言えば、おそらく突き出した腕を引き戻す(、、、、)ことぐらいだろう。

 

「ふっ」

 

 小さな掛け声と同時、三度ヨウトの剣が動く。今度は下段からの斬り上げだ。

 そして、ノックバック。ソルグが体勢を崩す。

 ......ここまで来れば、この場にいる誰もが理解する。誰もが思い知らされる。

 《スピードスター》、ヨウトの光速の剣技の恐ろしさを。

 キキキッキキキッキキイイキッキィインッッ!!! まるで電動ノコギリで金属を切断するかのような、もしくは機関銃で弾を無制限に撃ち続けるかのような、絶え間ない金属音が鳴り響く。

 最近、ヨウトと長く特訓していたせいで感覚が鈍りそうになっていたが、やはりヨウトの剣は凄まじい。

 相手がノックバックから回復するよりも早く次の攻撃を繰り出すことで半永久的に自分の攻撃を当て続け、逆に相手の反撃は一切許さない。一度パターンにはまってしまえば抜け出すのは至難を極める。重そうなソルグの甲冑ではなおのことだ。

 このパターンにはまらないためには、いつかのリリのようにヨウトの攻撃を全て弾くかいなすかして、直撃を避け続けるしかない。

 しかし、その大事な初撃を、ソルグは愚かにもヨウトに譲ってしまった。これでは空き巣に自分の家の鍵を渡しているようなものだ。あとはヨウトがその鍵を使うだけで、勝負は簡単につく。

 

「く、うぉぉお!!」

「今さら頑張っても遅すぎだ」

 

 ソルグは何とかしてヨウトのループから抜け出そうとしているが、ヨウトの言う通り、もう何もかもが遅い。遅すぎる。

 あとはこの大広間に、まるで作業のような金属音が鳴り響くだけだ。

 斬る、ノックバック、突く、ノックバック、突く、ノックバック、斬る、ノックバック、突く、ノックバック、斬る、ノックバック、斬るーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそれから、いつものようにソルグのHPが残り3割を切ったところで、この戦いは終了した。

 ヨウトのあの押しきり方は相手の面目を丸潰れにするようないじめに近いものだ。対人戦で同じことを行えば間違いなく嫌われる。

 だが今回の戦いはイベントだ。こう言ってはあれだが、ヨウトのあの封殺の仕方でも周りからは評価される。

 

「お疲れさま剣士さま。疲れはないかな?」

「いえ、全然! 今からもう一戦って言われても余裕で動けますよ!」

「はは、それは心強い。僕たちのためにありがとう」

 

 ナフさんに礼を言われるヨウトはいつものように笑っている。

 あの笑みから察するに......やっぱり、相当頭にキテたんだろうなぁ、ヨウト。

 元々俺とヨウトではヨウトの方が喧嘩っ早い。そんなヨウトがソルグにあそこまで好き勝手に言われて怒っていないはずがないんだ。

 ヨウトは言った。『ムカつかないか?』と。

 きっと、それがすべての答えだ。

 

 俺がヨウトに微妙な感情を覚えながら苦笑いしているとヨウトによって全身を攻撃され続ズタボロにされたソルグが立ち上がった。

 まだやるのか? と一瞬身構えるが、ソルグの顔に浮かんでいたのは憤怒の色なんかではなく、どこか憑き物が取れたかのような気持ちの良い笑顔だった。

 

「ふふふ、はっはっはっは、なるほどな。参った参った。これでは俺が何と言おうと仕方がないな」

 

 急なソルグの態度の変わりように誰もが頭に疑問符を浮かべるなか、やはり最初に動いたのはナフさんだった。

 

「これで信じてもらえたかな? 僕たちの言葉を」

 

 ナフさんの問いかけに態度で答えるかのように、ソルグの笑いは止まらない。

 

「くっく、あぁ、信じようじゃないか。これほどの剣を扱えるやつを信じなくては、戦の神に背信することになってしまうしな。それにしても、ここまで完封されたのは久し振りだ。小僧! 名前は何と言う?」

「ん? ヨウトだけど?」

「そうか、ヨウト、ヨウト......よし、覚えたぞ。お前は中々に見所がある。害物などと呼んで悪かったな。許せ」

「謝ってくれるなら許すよ。もし今度手合わせすることがあったらちゃんと本気でやりたいな」

「まったくだな。最初から本気でやればもっと楽しめたのにな......勿体ないことをしてしまった」

 

 ソルグは本当に残念そうに息をつけば、今度はミレーシャの方を向いた。

 

「大事なパーティーの最中に無粋な真似をしてしまって、すまなかったな。こういったことはお前が一番嫌うことだと分かっていたが......」

「いえ......おそらく、そちらにも何かしらの都合があったのでしょう? この場にいる人で傷ついているのは貴方だけ......相変わらず、不器用ですね」

「はは、お互いにな」

 

 この二人、仲良いな.......

 二人の会話を見てそう思えるようになったということは、俺もやっといくらか緊張がとけてきたのだろう。

 ソルグは最後にもう一度大きく笑えば、俺たちに背を向け、出入り口の方へと向かっていった。

 

「今回の礼はいつか必ずしよう。今日のことは本当にすまない!」

 

 そう言い残し、まるで台風のように現れたソルグは、また台風のようにこの場から退場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 嵐が過ぎ去った夜のように、大広間には沈黙が訪れる。

 終わってみれば被害はゼロ。場が荒れることもなく先程の時間がなければ、本当になにもなかったと言い張れそうだ。

 そのなか、ナフさんが出張ってきてからは静かにしていた、ゴーシンさんが俺たちのそばに近づいてきた。

 また何か言われるのか、とげんなりとしていると、ゴーシンさんはその予想を裏切り、俺たちに膝を着いた。

 

「この度の騒ぎを目の前で拝見し、我々も《紅牙》と同じく理解しました。『剣士さま』、あなた方は私たちにとって《森人》樣に並ぶほどのお方がたです。今までの数々の非礼、申し訳ありませんでした」

「や、いやいや、顔をあげてください。俺たち何も大したことしてないですから!」

 

 今回の戦いのメインであったヨウトが俺たちを代表して言う。

 ヨウトは誉められても良いかもしれないが、確かに今回俺とミウは何もしていない。俺たちのことを認めてくれるのは嬉しいがやはり少し気後れしてしまう。

 気になること(、、、、、、)もあるが、今それは置いておこう。

 

「あの、ナフさん。さっきの......ソルグって奴は......」

「あぁ、まだ詳しく話していなかったね。彼は《ナーザ》の騎士《エイジス》のトップに立つ男だよ。《ナーザ》の騎士では間違いなく最強だろうね」

「最強......そんな人が何で今回出張って来たんだろう? 部下に優しい良い上司ってだけじゃさすがに説明できないと思うけど」

 

 今回の出来事は詳細はわからないが、個人ではなく明らかに国家間の話になっていた。

 それほど大きな話を、最強の騎士を投入してパワー思考で解決するというのは、いくら国自体がパワー思考気味の《ナーザ》だからといっても納得しにくい。

 ミウの意見に俺とヨウトが頷くとその理由となる部分をナフさんが説明する。

 

「それは、おそらく君たちが今回の話に絡んでいたからだろうね」

「俺たち......? 外の人間......いや、『害物』がってことですか?」

「僕たちはその表現はあまり好きじゃないけど......《ナーザ》の意思を汲み取るとするなら、そういうことだろうね」

 

 小さくため息をつくナフさんに変わってミレーシャが説明を継ぐ。

 

「私たち《ガイア》とは違い、《ナーザ》は外の人間をあまり好ましく思っていないんです。神を敬わず、ただ自らの欲のみを原動力にし、他のことを全く考えず動く者......害のある生物として見ています」

「だから『害物』なのか......」

 

 頷くミレーシャの表情はむしろ俺たちが気の毒になってしまいそうなほどに痛々しい。

 ミレーシャ本人にはまったく非はないのに、自分を責めてしまっているのかもしれない。

 この会話はすぐに断ち切るべきだろう。

 

「つまり、ソルグが出張って来たのは、《ナーザ》全国民が共通認識で敵の俺たちは一刻も早く排除するためってことか」

「全員、というわけではないだろうけどね。現にソルグ本人は外の人間が害物であるなんて古い考えだ、という考え方をしているようだし」

「だよなぁ、じゃなけりゃ嫌いなやつ()の名前をわざわざ聞いたり覚えたりしようとはしないだろうし」

「ソルグは自分の目で見たものを信じるタイプだからね。《ナーザ》との関係が険悪になるまでは、よく彼はうちに来ていたから、彼の人なりへの理解には自信がある......まぁ、彼がよく来ていたのには別の理由もあるけどね」

 

 ナフさんはどこか優しげな表情をしながらちらりとミレーシャを見る。

 ......あー、そういう系の話か。

 確かに去り際に仲良さげだったし、ミウとヨウトが目を輝かせてる、終いにはミレーシャが微かに赤くなってるから間違いない。

 あれ......でもそうなると。

 俺が小さな思考の引っ掛かりに首をかしげていると、ナフさんとミレーシャさんは部下の人に呼ばれ、事態の収集に繰り出した。

 被害ゼロとはいえ、一時的に他国の主力が攻めこんできたのだ。色々と見直すことがあるのかもしれない。

 俺たちも移動していたテーブルの片付けをしようということで動き出す。

 誰もが動き、慌ただしくなっていく。だから、

 

「どうして、クエストの最初にミレーシャは襲われていたんだ......?」

 

 その小さな間隙につい溢れた俺の呟きは、誰の耳にも入ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とヨウトは力仕事を率先して行うことにした。

 ヨウト曰く「男子の魅力の見せどころ」らしいが、じゃあ誰に見せるのだと聞いたらなんかショボくれた(しかもステータス的にヨウトは力仕事に向いていなかった)。

 とりあえず俺は丸テーブルを。ヨウトは椅子を元あった位置に運んでいると、ヨウトが立ち止まり先程まで自分が戦っていた場所を静かに見ていた。

 その横顔はどことなく大仕事をやり遂げた後のような、達成感とは違う安堵が多く含まれているように感じた。

 だから、少し気になっていたことをヨウトnい聞くことにする。

 

「なぁ、ヨウト」

「ん?」

「お前がソルグと戦ってるの見て思ったんだけど。お前、あの時ソルグが本気だったら......勝ててたか?」

 

 まるで、ヨウトの実力を疑うような質問。

 俺自身その自覚があったから、少したどたどしい聞き方になってしまった。だがヨウトはそんなことは気にしていないのか、いつものように適当に笑う。

 だが、その笑顔から出てきたのは決定的な言葉だった。

 

「ーー負けてただろうな、間違いなく。圧倒的なまでに」

 

 あっさり、しかし決定的な言葉を聞いた俺の心情は乱れるようなことはなく、ああ、やっぱりか、という気持ちの方が強かった。

 良い目を持っていても、実際に対人戦を外から見るということがあまりなくて確信を持てなかった。でもやっぱりそうだった。

 あれだけの威圧感を放てるやつが、あの程度(、、、、)な訳がない。

 

「たはー、ほんと参ったよな。後半なんていつ反撃されるかと思ってずっとひやひやしてたよ。さすがは《紅牙》ってことか」

「やっぱり、後半ソルグはちょっとずつ動いてたよな」

「だな。まさかあの短時間でノックバックが少ない攻撃の当たり方を会得されかけるとは」

 

 ヨウトの攻撃をなんとかする裏技のようなものがあるとするなら、それはヨウトの攻撃に当たりながらも上手く流すことだろう。

 首捻り(スリッピングアウェイ)という、ボクシングの技術がある。

 それは相手の拳が顔面に当たるのに合わせて首を回すことで、拳の威力をいくらか殺すというものだ。

 それに似たことができれば、ヨウトの攻撃によって発生するノックバックは軽減し、反撃のチャンスが生まれる。

 ただしこれは、俺やリリがここ1ヶ月近くの時間を要してようやくできるかもしれない、というところまでいくことができる技術だ。それを戦闘中に会得されそうになったというのはヨウトや俺にしてみれば恐怖でしかない。

 ソルグ。彼は間違いなく、ニックやキリトのようなトップクラスの実力者だ。NPCだとかプレイヤーだとかは関係ない。

 

 対人戦を外から見るというのは新しい発見が多くてやはり勉強になる。いや、それは何も戦闘に限ったことではない。

 

「......なんか、まだ気になってることがあるのか?」

「まぁ、な......」

 

 ソルグの驚異的な戦闘能力。それと並ぶかそれ以上の懸念事項が、今の俺にはあった。

 今回のクエストは、主にヨウトが先頭に立って進められていた。俺は蚊帳の外だった。

 蚊帳の外にいたからこそ気づくことができた違和感。当たり前すぎて、消えかかってしまっていた違和感。

 そもそも、話ができすぎている。

 ソルグが攻めてきたことも、彼が手を抜いてくれたことも、最終的に俺たちが《ガイア》のお偉いさんたちに認めてもらえたことも、いやもっと言えば俺たちが働いていることも。

 これらは、ある人物(、、、、)が盤を上手く動かさない限りなり得ない状況だ。

 ソルグが攻めてきたのは、別にソルグでなくともいい。いくら害物が関係していてもわざわざいきなり切り札を切ることもない。

 ソルグが手を抜いてくれたのはソルグの優しさのおかげだ。もしソルグ以外の人物が攻めてきていたらヨウトはもっと苦戦を強いられていた。

 俺たちが認められたのはこれらの誘導があったからだ。もしもヨウトか別の誰かが負けていたら俺たちの立場は危うくなっていた。

 そもそも俺たちはミレーシャの理想を守るために動いていたはず。なのにいつからか《ガイア》という国まで背負っていた。背負わされていた。

 誰に?

 決まっている。

 

 大広間の騒動の収集に努めているその人物ーーナフさんを見る。

 俺たちは、ミレーシャの理想を守るために、もっと情報が必要だと考え、その情報を得るためにナフさんから出されるいくつもの依頼をクリアしてきた。

 だが、もしもの話。

 もしも、ナフさんが俺たちのそんな考えを見透して、その上で情報を小出しにしていたら?

 俺たちのモチベーションが下がらない程度に、しかし核心には触れさせないよう与える情報を選択していたら?

 もちろんこれはあくまでも推測。いや、推測にすら届いていない憶測だ。

 

「......」

 

 だとしても、俺はもう、ナフさんに100パーセントの信頼を寄せることは、できなくなっていた。

 





執筆時間が足りない......


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53話目 過去からの到着点 未来への分岐点

 ーー見える。

 目の前を何度も何度も乱舞する剣閃。私目掛けて放たれるその一つ一つが直撃しようものなら私のHPバーのほとんどを持っていくほどの威力だ。

 それはもう凄まじいなんて言葉では言い表せない恐怖を私に浴びせてくる。

 ここがHPが減らない《圏内》だなんてことは関係ない。そんなこと綺麗さっぱり頭から消し去ってしまうほどの剣閃だ。

 でも、私にはその剣閃が見える。コウキのような優れた目じゃない。でも『見る』ことだけに絞ればコウキの目にも並べるものだと思っている。

 私も今までこの目があったからこそ、多くの攻撃に対処することもできたし、相手の隙を見つけることもできた。

 

 でも、この攻撃に対してはそれだけじゃ足りない。コウキが他人の攻撃テンポの模倣だけでは足りないと感じたように、私もこれだけじゃ足りない。

 まだ先がある。まだ上がある。

 ここ最近の私はそれを念頭に置いて動いていた。

 目指すのはシバくんと戦ったあの時の感覚。シバくんの攻撃を全てさばき続けるような、シバくんの攻撃を全て感じとる(、、、、)ようなあの感覚。

 

「ふぅ......」

 

 だから、私は力を抜く(、、)

 この剣閃の嵐の中、力を抜くなんて猛獣の前で鼻唄を奏でながら寝転がるようなものだ。前までは私もありえないと思っていた。

 でも、今なら分かる。

 感じとるために不必要なものは抜かないといけない。前に言われた心を整える方法、あれはきっとこのためだったんじゃないかと思う。

 

 方法は簡単。心をまとめる(、、、、)。落ち着く必要も、心を波がないよう平らにする必要もない。

 ただ、まとめる。

 私の中にある感情や想い、全てを混ぜ合わせまとめる。

 ......時間にしたらきっと、一瞬もなかったと思う。

 まとめた心をそのままに、改めて目の前で乱舞する剣閃を見る。

 ーーうん、感じる。

 研ぎ澄まされすぎて(、、、、、、、、、)、ほとんど勝手に動き出してしまいそうな体を抑えながら私はそう判断し、動きすぎないようにしながら剣閃をかわしていく。

 私に迫ってくる剣を見てかわすんじゃなくて、感じてかわす。感覚的には着ている服に手で触れられて、それを肌で感じて手から逃げるような感覚。触れられていないのに、触れられているような矛盾した感覚。

 これを、感覚の鋭敏化ってニックさんは言っていた。

 

 その触れられた(、、、、、、)感覚に応えるように、実際に剣が私に触れるよりも早く自分の剣を振るい迎撃する。

 そしてそれは少しずつ、少しずつと完璧な迎撃に近づいていく。

 完璧な反応をし始めた私を見て、相手の表情が変わる。

 そのことが私にはすごく嬉しい。ようやく同じ場所まで行くことができたようで、この人の本気の顔を引き出せるのが何よりも嬉しいんだ。

 

 さらに鋭敏化していく感覚に逆らわず、私は止まることなく体を動かし続ける。

 それに応じて相手も剣を振り、時には私の剣をかわす。

 今この瞬間は、他になにもない。本当に私と相手だけの世界。

 楽しいとは違う。嬉しいともまた違う。多分これは、感動って感情だと思う。

 本当に自分の全てをまとめ合わせて立ち向かえている。それが私には分かった。だからこんなにも感動しているんだ。

 もっとずっとこの世界に浸かっていたい。抜け出したくない。動き続けたい。

 そのためにもっと研ぎ澄まそう。完璧に到達して、その先にも手を伸ばして。そうしてーー

 

 

 

 ーージジッ、という妙なノイズのようなものが脳裏に走ったかと思えば、次の瞬間には膨大な量の『記憶』を強制的に見せられた。

 

 

 

「っ!?」

 

 その異常な感覚に集中力が途切れる。

 もちろん、本当に脳裏にノイズが走ったわけではない。だがそう受け取ってしまうほどの量の『記憶』。

 コウキやヨウト。リリちゃんにアルゴたち......そして、ちさとちゃーー

 

「ここまでね」

「くっ、ふっ!?」

 

 動きが止まった、とは普通の人は思わなかったと思う。

 でもこの人の前ではそんな極小の隙も決定的だ。私の一瞬の思考の空白をつくように振るわれた剣は遮るものもなく吸い込まれるようにして私の体に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー......疲れた」

 

 綺麗に吹っ飛ばされた私はそのまま地面に寝転がっていた。

 場所はフィールドへと出る門の近く。そんなところで寝転がっているもんだからやはりちらちらと私のことを見てくる人はそこそこいる。

 そんな中、地面がひんやりしてて気持ちいいって思っちゃうのは私もこの特殊な状況に慣れてきてしまったからだろうか?

 それが嫌なら体を起こせばいいじゃないとも私も思う。でも今は体がダルいから仕方がない。

 この感覚の鋭敏化。剣を振っている間は体が軽くなって何でもできるような全能感を得られる。それに実際に反応がよくなっている感覚はある。

 でも、終わったあとが問題なんだ。終わったあとはそれまでの絶好調が嘘だったみたいに体が重くなる。

 極限まで集中しているわけだから多分脳の処理が追い付かないでオーバーヒートしているのだと思う。

 簡単に言えば全力疾走しながら漢字を大量に暗記した後みたいな。そりゃ脳も悲鳴をあげるよね......

 でも、さっき浮かんだ映像、いや、光景は......

 

「いつまで寝てるのよ」

「......私のこと吹っ飛ばしたの、ニックさんですよね?」

「起きるかどうか貴女次第でしょう?」

「......はい」

 

 ぐうの音も出ない。その通りだよね......

 言葉通りばっさり切り捨てられた私は引きずるようにして重い体を起こす。

 今は体が重いけど結局は脳の疲労が原因なんだ。ちょっとしたら回復するから問題はない。

 それよりも、今は気になることがある。

 

「あの......さっきの感じ、どうでした? 私的にはかなり良い感じにできたと思うんですけど......」

 

 感覚の鋭敏化はニックさんに言われて始めたことだ。

 いや、言われたというよりは最終的にはこれをすることになっていたという方が正しいかもしれない。

 特訓を始めて分かったのは、私は精神面がまだ弱いこと。それを補うべくして前にも言ったように心を整える方法を教えてもらった。

 教えるのもめんどくさいからあとはそこから自分で考えて発展しろ、本当にそのままそう言われて今に至る。......やっぱり私の勘違いとかじゃなくてニックさん傍若無人だよね......

 でも方向性は間違っていなかったのか、感覚の鋭敏化をし始めてからはニックさんの反応もよかった。だからどうしても気になってしまう。

 私は、本当に強くなれているのか。

 2層でコウキがニックさんと戦った後は、きっとこんな気持ちだったんだろう。思い出し、私は僅かに緊張しながらニックさんの判定を待つ。

 ニックさんはいつものようにどこか澄ました顔で私を一瞥する。

 

「......まぁ、悪くはなかったわね。今までのなかでは良かったわ」

「......!! あ、やったぁぁぁぁぁ......」

 

 ニックさんの言葉を聞いた瞬間、体の力が抜けそれに合わせるように私は拳を握った。

 やった! やった!! 私は前に進めてる!! 気のせいとか勘違いじゃなくて、私は前に進んでる!!

 よし、よし!と、あまりの嬉しさに何度も拳を作っていればニックさんはそんな私を見て小さくため息をつく。

 

「それだけに、私は色々間違えたのかもしれないけどね」

「間違えた?」

「こっちの話よ。それよりも、あの子との約束の日はもうすぐそこだけど、様子はどうかしら?」

「コウキなら大丈夫ですよ。間違いなく前に進んでいます」

 

 私は力強く断言する。

 私の目から見てもコウキが強くなっているのは確かだ。

 約束の日までに完成するかどうかは分からないけど、それでもどう転んでも特訓を始めるあの日よりは断然強くなっているはずだ。

 

 私の言葉に対してニックさんは「そう」としか返さなかった。前から思っていたけどこの人はコウキのことをかなり気にしている。なのにそれを周りに気づかれないようにしてる節があるからたまに言動が分かりにくいときがある。

 恥ずかしい、というのもあるんだと思う。でもそれ以外のものも見える気がする。なんというか......愛情に近いもの?

 

「あなたからコウキを取る気はないって前に言ったでしょう?」

「な、なにを言ってりゅんれすか!?」

「本当に貴女も分かりやすいわね」

 

 そんなことないです。ニックさんが異常なだけです。

 私は納得いかないように小さく唸る。

 

「とにかく、貴女は入りすぎる(、、、、、)癖があるから、周りのことも見える程度に抑えるよう注意しなさい」

「はい.......ニックさん。今日は妙にアドバイスしてくれますけど、何か良いことでもあったんですか?」

 

 いつもは何か聞いても「えぇ」とか「そうね」とか、終業前の受け付けさんみたいな返事しかしてくれないのに。

 私が首をかしげていると、ニックさんは自分が持つ剣の腹に視線を落とす。

 

「そうね......ただのお節介よ」

 

 そう言うニックさんの目は、どこか苦しそうな色が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Kouki

 

 43層の《青樹殿》には、庭という概念が存在しない。

 それは43層の《青樹殿》が川を跨ぐようにして建っているからだ。42層の《青樹殿》には《ガイア》特有の自然を生かした綺麗な中庭があったため、そういった点ではこの二つの《青樹殿》は差別化ができているのかもしれない。

 それなら43層の《青樹殿》には憩いの場がないのか、と問われればそういう訳ではない。

 水面の光の反射を受けながら美しくそびえ立つその最下層。つまり川に最も近い階の中にある一つだけ特別な部屋、《水廊室》。

 その部屋はヨウトがソルグと戦ったあの大広間ほどの広さがあるわけでも、特別装飾がきらびやかな訳でもない。

 その部屋を特別たらしめているのは、部屋の床にある。

 部屋の床の一部分。そこが透明なガラス張りになっているのだ。

 《青樹殿》の最下層に位置するこの部屋の床をガラス張りにすることで、上空から下を流れる《クレフ川》を存分に眺めることができる。

 しかも《クレフ川》は川底まで透き通って見えそうなほど水の透明度が高い。これほど美しい光景はこのアインクラッドの中でもそうはお目にかかれないだろう。

 

 そんな《水廊室》で、俺とリリはいつもの見回りとは違う作業に勤しんでいた。

 

「そうですそうです。その後金具のところの支えを抜いてください」

「あぁ、なるほど。リリはどうだ? 上手くできそう?」

「すみません、す、少し待ってください、もうできますから」

 

 俺とリリは《ガイア》の騎士であるシラルさんの指導のもと、罠作り作業をしている。

 俺たち4人がいつもの見回りを終え、《水廊室》へ休憩に来たところ、同じく休憩に入ったシラルさんと一緒になった。

 その際、かねてから気になっていたことの解消と、気分転換にとシラルさんに罠作りを教えてもらうことになった。

 休憩に入ったシラルさんに教えてもらうというのも悪いかと思ったのだが、相談してみたところ「自分も気分転換になります」と二つ返事で承諾してもらえた。

 

 そうして始まった罠作りだが......これがまた中々奥が深い。

 地形や環境、目標の敵によって形状も種類も複数あり、また部品一つ一つにも重要な意味がある。

 大事な構造も理解が進むほどに感心の唸りが出てしまう。トリバサミ一つすら何度もなるほどと頷いてしまったほどだ。

 俺は元々こういう細かい作業が好きなこともあったため、作業は楽しく進めることができた。

 隣で奮闘しているリリも手先の器用さには自信があったらしく、珍しく自分から進んで一緒にしたいと言い出していた。今は少し苦戦しているみたいだが、作業そのものはとてもスムーズにできていると素人の俺にも分かるぐらいリリは器用だ。(ちなみに残りのお祭りペアは作業そのものに参加せず町散策に飛び出していった)

 

「あぁ、やっぱりここにいたんですね」

「ミレーシャ。どうかしたか? ミウなら今は町に出てるけど」

 

 ガチャリと部屋に音が響いたかと思えば、ミレーシャが《水廊室》の中に入ってくる。それに合わせてシラルさんが敬礼していた。

 ミレーシャは誰にでも親しく接してくれるが、ミウのことは特に気に入っているらしくよく二人で行動することがあった。

 今回もミウを探しに来たのかと思ったのだが、ミレーシャは小さく首を振った。

 

「今回はコウキさんに用事があって参りました。いえ、ただしくは剣士さまに何ですが......」

「というと、何か困りごとか?」

「はい。そのためにも説明しないといけないことがいくつかあります......お隣に座ってもよろしいでしょうか?」

 

 今さらそんなことを気にするのもおかしな話だなと思いつつ「いいよ」と笑顔で答えれば、ミレーシャは座りながらおかしそうにクスクスと笑う。

 

「え、っと、俺なんか変なこと言ったか?」

「いえいえ。ただちょっとおかしくて......前にミウに聞いた時と答えも表情も同じなものですから」

「あー......そっか」

「二人ともかっこいいですから、言ってること近い時は時々あります」

 

 作業を続けながらも話を聞いていたらしいリリの呟きに俺は首をかしげてしまう。

 ミウはかっこいいけどなー、俺はどうだろ。

 謙遜とか無しにしても俺の生き方ってかなーりひねくれてると思うんだけど......

 そんな思いを抱えたままとりあえずミレーシャの話を聞く体制を作る。

 それを確認したのかミレーシャは一度小さく咳払いすれば、どこか厳かな雰囲気をまといながら話始めた。

 

「まず、私とナフは剣士さまたちに護衛をしてもらってここまで移動しました。でも、元々私たち《森人》はあまり移動を好みません。それはなぜか」

「悪目立ちして、無駄に狙われる機会を減らすため......ですよね?」

「はい、リリさまの見解で間違っていません。ですが今回私たちは移動しました。それはつまり、その狙われるリスクを負ってでも行わなければならないことがあったからです。そして、その目的は儀式です」

「儀式......?」

「儀式と言っても危ないものではないです。私たちのように神を信仰している民はいくつか儀式を行います。それによって神への信仰を示すという面もありますが、私たちの儀式はそれともうひとつ目的があります」

 

 ミレーシャはそこで言葉を切れば、一度深呼吸して再び緊張感ある言葉を放つ。

 

「私たちの儀式は王女の力を高め、正式に王女となってもらうためのものです」

「王女......この国のトップは女性なのか」

「はい。そして彼女もまた《森人》です。能力は過去視というものですが......今はそれは良いでしょう。《森人》の力を高めるには同じ《森人》の存在が必要不可欠です。そして定められた儀式場も。私たちは彼女の力を強め、また、彼女が新しい王女になることを《ガイア》に示すため、ここに集まったのです」

「儀式場もこの建物の中にあるのか.......やっぱ特別な建物なんだな《青樹殿》」

「でも......なんというか、急な話、じゃないですか......? そんなに大事な儀式なのに、なんだか見切り発車のような気が......」

「本当は、儀式はもっとあとの予定だったのですが......今、民が不安になっている中、王女の力がどうしても必要なんです」

 

 確かに、と俺はミレーシャの言葉に頷く。

 国の外での《エイジス》の襲撃や、先日のソルグの事件。どれも事なきを得ているが、一つ間違えれば大変な事態に繋がってしまっていたのも事実。

 その上で実感が湧きにくい透明な恐怖が国民を襲っているのは明らかだ。

 そんな『よく分からない恐怖』にもっとも効果的なのは、絶対的信頼がおける人物の言葉だ。誰もを引っ張って導いてくれる、そう思わせる言葉。

 その人物が、この国では王女なのだ。

 

「でも、《ナーザ》のことはどうするんだ? 儀式よりもそっちを何とかした方がいいと思うんだけど......」

「いえ、むしろだからこそなんです。王女の儀式は私たちに代々受け継がれてきている伝統です。最近の事件が続く中その伝統通りの動きを私たちがすれば、私たちは《ナーザ》とのいざこざには興味はない。敵対の意思も存在しない、ということを伝えることができると思うんです」

 

 戦わなくてもいい道の提示、ってところか.......

 確かに、それが一番だ。元々《ガイア》と《ナーザ》は長い間友好関係にあったと聞く。そんな国同士が今さら面倒な争いを始めるだなんて馬鹿げていると思う。

 でも......

 

「そんなこと、無理ですよ」

 

 俺が頭に浮かべたことと全く同じ言葉が聞こえ、はっとする。

 その言葉を口にした本人ーーリリは、どこか咎めるような口調でミレーシャに続ける。

 

「敵対の意思はない。戦わなくてもいい道の提示。立派だと思います。最高の答えだと思います。でも、その答えは理想論止まりです」

「そ、そんなこと......」

「お、おいリリ、その辺にしとけって」

「ない、と言い切れますか? 誰の犠牲も、何の犠牲もなく成功なんてあり得ません。この世界はそんなに優しくはできていませーー」

「リリ!!」

 

 怒鳴るようにしてリリの話を中断させる。

 リリが言っていることは俺も近い考えを持っているし、実際何も間違っていない。正しいとすら言える。でも、正しいことを正しいままに伝えてもそれだけでは何の意味もない。そのことを俺はミウと共に学んでいた。

 リリには、俺と同じ轍を踏んでほしくない。

 

「す、すいません......極論過ぎました。忘れてください......」

 

 リリは自分が言い過ぎたことを自覚したのか、肩を落としていつも以上に小さくなってしまった。

 だが、何度も言うがリリの考えは間違っていない。俺ももう少し良い止め方があったかもしれないと考え、慰める意味も込めリリの頭を撫でる。

 

「まぁ、今の状況と問題点、解決法は分かったよ。じゃあ、俺たちは具体的に何をしたらいいんだ?」

 

 ようやくここまで話が戻ってくる。

 ミレーシャの話のまま事が進む場合、俺たちの出番はなさそうだった。だがそうするとミレーシャが俺たちにお願いすることがなくなってしまう。

 俺たちに頼むことと言えば力仕事だろう。となると、また儀式の時の警備だろうか?

 

「はい、今回剣士さまたちにお願いしたいのは、儀式で必要な《宝珠》という聖なる石をいくつかある場所から取ってきてほしいのです」

 

 探索系......いや、お使い系クエストか。

 今まで護衛や警備での戦闘など血生臭いことばかりだったからつい物騒な方向に考えてしまった。もちろん取りに行くまでにまた戦闘もあるのだと思うのだが、死ぬか生きるかのギリギリの戦闘があるというのは可能性としては低いだろう。

 

 ただ、懸念があるとするなら今回のクエストにはナフさんが絡んでいるか否かだ。あの人の思惑通りに動かされるとするなら、細心の注意を払わなくてはならなくなる。

 だからまずは懸念事項を潰しておく。

 

「なぁ、詳しく聞く前に質問したいんだけど......今ナフさんはどうしてるんだ?」

「ナフなら今は眠っています。今朝方、負傷者が出てしまって少々『力』を使ったので体力を消耗してしまったみたいで......」

「そっか......」

 

 俺たちが《宝珠》とやらを探しに行くのはおそらく《ガイア》全体の決定だろう。俺が怖かったのは、その上でナフさんの思惑が介入してくることだったのだが......負傷者が出たってのは多分《エイジス》との戦闘でだろう。それは予期できるものではないからナフさんにとっても不確定要素だったはず。なら今回のクエストにはナフさんは介入したくてもできない......?

 確実性には欠けると思うが、ずっと気を張り続ける必要はないと判断する。

 

「話の腰を折って悪かったな、そのある場所ってのはどこなんだ?」

「場所はすべてで6ヶ所。そのうちの3ヶ所は森の中なので私たちが案内したいのですが......」

「今《ガイア》の人は下手に出ない方がいいだろうしな。俺たちだけで行くから大丈夫だ」

「すみません......まず近くにある3ヶ所に行ってもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ん、了解だ。じゃあ細かい場所を教えてもらえるか?」

 

 ミレーシャから教えてもらった場所は確かに《ガイア》からそう離れていない。階層も同じため森の中の3ヶ所ならば今日中に回れるだろう。

 じゃあ出発のためにミウとヨウトを拾わないと、と考えていると、ふと思い付いたことがあった。

 特に重要性もない事柄だったが、気になったからには聞かないと気持ちが悪い。

 

「なぁ、ミレーシャ。ちょっと気になったんだけど。《ガイア》の王女さま予定の人ってどんな人なんだ? 俺たちまだ会ったことないからさ」

 

 俺の質問にミレーシャは、珍しく答えるかどうか迷うような苦笑いを見せながら、おずおずと口を開いた。

 

「とてもお優しくて美しくて、私だけでなく誰もが尊敬する素晴らしい方です......けど、ちょっとだけ、困った方ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日、案内をさせていただくことになったレイアです。こうして再びお会いできて嬉しいです」

 

 何故か『山菜どこまで食べられますか限界のその先へ』という庶民的なのかそうじゃないのかよく分からない大食い競争にチャレンジしていたミウとヨウトを引っ張るようにして《ガイア》と《圏外》を隔てる門の前まで移動し、いざ出発しようとしていたところ、横合いから声をかけられた。

 レイアさんはこの前と同じく綺麗な動作で一礼しにこりと笑いかけてくる。

 

「あれ? ミレーシャとは俺たちだけで行くって話になってたんだけど聞いてないか?」

「はい、確かにそう命じられました。ですが、《宝珠》の一つは大変いりくんだ場所に置かれているため、やはり案内役がいた方がいいのでは、と考え私自ら立候補しました。ちゃんと王女さまから頂いた令状もありますよ」

 

 そう言ってレイアが広げて見せたのは一枚の羊皮紙。そこには《ガイア》のものだと思われる木々や湖を表した紋章が調印されていた。

 いや、元々疑っているわけではない。ただ安全かどうかという問題が浮上してしまったから聞き返したのだ。

 

「案内はむしろこっちからお願いしたいけど......いいのか? もしかしたら《エイジス》との戦闘に巻き込まれるかもしれないけど」

「大丈夫です。ミレーシャさまほどとはとても言えませんが、私たちメイドも足手まといにならない程度には戦う術を教え込まれています」

「なら良いんじゃない? もしも危険になったら私たちが守れば良いしね!」

 

 メイドであるレイアさんが参加しそうになっていてテンションが高めになっているミウはレイアさんの参加に賛成気味だ。

 二人を見ればヨウトも賛成気味。リリは余計なリスクが上がる可能性を考えているのか少し反対気味といったところか。

 でも確かに、ミレーシャたちの護衛の時も騎士たちも一緒だったとはいえかなり楽だった。4人パーティーの安定性に驚いてしまったほどだ。

 今までは俺とミウだけだったから二手に別れようとすると一人になってしまって危険だったが、今は違う。だから例えばミウとリリにレイアさんを守ってもらうために待っていてもらって、俺とヨウトで偵察に行く、なんてこともできるのだ。

 レイアさん本人から言い出してくれた案内はやはりありがたいため、断る理由はない。

 

「じゃあ、お願いするよ」

「はい、任せてください!」

 

 ふんす、と音が聞こえてきそうな感じで拳を握るレイアさん。前から思っていたけど、この人は結構親しみやすい感じがする。

 こうして俺たちの次の目標、《宝珠》探しのクエストは開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《宝珠》探しは、想像以上に順調に進んでいた。

 43層はかなり前線寄りの層だが、それでもやはりパーティメンバーが増えたことによる安定感は揺らぎようがない。

 一つ目の《宝珠》は《クレフ川》沿いに北へ行った場所にあった祠で手に入れ、二つ目は南東の森の祠で手に入れた。

 移動中や、祠近くではイベントの戦闘がいくつかあったが、どれも苦戦するようなことはなくレイアさんを守りながらでも何の問題もなかった。

 そうして今は南西の森にある残り一つの《宝珠》に向かって移動中なのだが、その際ミウとリリ、レイアさんを置いてヨウトが俺の隣に並び俺にだけ聞こえるよう小声で話しかけてきた。

 

「なぁ、コウキ」

「そんな真面目そうな顔してどうした? 《ガイアクエスト》のことでなんか分かったのか?」

「あぁ......いや、分かったのは確かなんだけどさ。そんなことじゃないんだ、もっと重要な、ヤバイことが分かっちまった......」

「重要なことって、なんだよ......?」

 

 普段絶対しないようなヨウトのシリアスな表情につられ、俺も息を飲み込んでしまう。

 いつもバカなことを言っているが、そもそもヨウトは俺なんかよりよっぽど頭がいいやつだ。俺が見落としていた重要な事実に気がついてもなんら不思議はない。こうやって小声で俺に話しかけているのもミウたちの混乱を無闇に引き起こさないための気遣いなのかもしれない。

 俺が思わず黙り込めば、ヨウトは表情を変えないままゆっくりと、だが確かにその『答え』を告げた。

 

 

 

「......女が三人寄れば姦しいって、なんかエロくね?」

 

 

 

「......」

 

 

 咄嗟に剣を引き抜いてヨウトに斬りかからなかった俺を誉めてほしい。

 脳の片隅でそんなことかもなー、とは思っていたものの、一瞬でも信じて心配した俺がバカではないか。

 今すぐにでも人を斬りそうな目をしているのは自覚しつつ、そんな目でヨウトを見続ければ、待ってほしいと奴は手を振りながら言ってくる。

 

「姦しいの『姦』の字ってさ、色々こうエロい感じの言葉に使われるじゃん?」

「はぁ」

「それと姦しいって字の成り立ちはさ、女が三人集まれば話好きが三人でうるさい、やかましいって感じなんだよ。ちなみに姦しいってのが訛ってやかましいになったって言われてるんだ、覚えとけよ?」

「で?」

「で、だ。俺はその二つのことを踏まえた上で考えたわけよ。じゃあ女が三人集まってちょっとうるさい状態、つまり姦しい状態ってのもエロいんじゃないかと。そして結果はこれだ!!」

 

 ダン! と無駄な効果音が聞こえてきそうなほどの気迫を放ちながら、前を歩く女子三人に手を向けるヨウト。当然ながら最初の小声はどこへやら、めっちゃ大声である。

 

「女の子が3人揃うだけで何か百合百合しくて仄かなエロさを感じるわけだよっっっ!!」

「もうお前末期過ぎるだろ」

 

 さすがに男の俺でも気持ち悪いと考えてしまうなか、この話の被害者である当人たちはと言えば、

 

「わー、モンスターが勝手に避けていく。レイアの力すごいねー」

「そんなことないですよ。それにこれは《森人》さまたちの《森力》とは違って、ただの体質ですから」

「体質......ですか?」

「はい、体質です。幼い頃から森の中で駆け回っていたものですから、少し人よりも『森の匂い』が強いのかもしれませんね」

 

 ......何だかこちらのことなど気にせず、楽しく会話していた。姦しいってのはこういうことなのだろうか?

 でもレイアさんの体質というのには本当に助けられている。

 あの体質のおかげで移動中は無駄な戦闘はほとんど避けることができた。でなければここまで順調に《宝珠》探しは進んでいないだろう。

 そして何となくスルーしていたヨウトはと言えば、まだ話し足りないのか女子3人を見て何やら唸っている。

 

「でも、まだ少し物足りない感じがするんだよなー」

「いや、お前の欲望満たすために3人いる訳じゃないからな?」

「リリちゃん」

 

 ピクッと、その名前を聞いた瞬間反応してしまう。

 ......こいつも茶化さずに最初からそう言えば良いものを、と思いつつも俺はため息をつき思考を無理矢理切り替える。

 そんな俺を見てヨウトも雰囲気を切り替えたのか、少しだけ声のトーンを落とす。

 

「お前もちょっとおかしいと思ってるだろ? このところ」

「まぁ、な」

 

 違和感は、あった。

 例えば話している時、例えばmobと戦っている時、例えばただ歩いている時。

 ふとした瞬間にリリがどこか悲しそうな、そして辛そうな表情をしていることに気がついたのはつい最近のこと。

 いや、逆か。きっとリリがそんな表情をするようになったのが最近なんだろう。

 

「でも、無理に聞くのもなんだかな。俺たちだって無闇矢鱈に事件のこと聞かれるのは嫌だろ?」

「そうだけど......でも放置しておくのもよくないだろ」

「分かってるよ。だから今度タイミングを見て聞いてみる」

 

 なんだかんだ言ってここまで気にかけるのなら自分で聞けば良いのに、それをしないのは自分がリリに嫌われている自覚があるからだろう。

 相手の気分を害さず、その上で嫌われている相手(仲間)の力になろうとするんだから、本当に良いやつだよな......

 いや、でもその『良い』っていうのは......

 

「......なぁ、ヨウトーー」

 

 俺はヨウトに声をかける。

 もしかしたらここで一つの『ねじれ』を解決できたかもしれない。

 だがその言葉は、新たな介入者によって遮られてしまったーー

 

 

 

 

 

 




話が無駄に長くなる例の病気にまたかかりつつある......もっと文章を圧縮しなければ


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54話目 有力な少女が手に入れた力

「やぁ、コウキくんたちじゃないか」

「お、ほんとだ! 俺のこと覚えてるか~!?」

「......シーヴェルスに、レン......?」

 

 森の道の横合いから5人の集団(パーティ)が出てくる。

 そのメンバーは一人一人最前線で戦えるだろうことが予想できるほど、装備、身のこなしが優れているのが見た瞬間に分かる。

 だが、俺が驚いたのはそこではない。

 

「何でお前らがここに......?」

 

 シーヴェルスのパーティと言えば、攻略組の中でもかなり名が通っている。

 パーティリーダーであるシーヴェルスの実力はもちろん、回りを固めているメンバーも大物揃い。レンは25層のボス戦以来シーヴェルスと行動を共にしていることも聞いていた。

 そんな実力者が多く揃っているシーヴェルスパーティは、ギルドに属していないにも関わらず、その実力、攻略状況が現状トップギルドの《Kob》にも劣らないという化け物っぷりだ。

 そんな最前線で活躍しているパーティだからこそ、今は攻略にかかりきりでこんなところにいる暇なんてないと思うのだが......

 俺の驚きとは裏腹に、シーヴェルスは人当たりのいい笑みを浮かべる。

 

「久しぶりだね。そう話を急がなくてもいいだろう? こっちは最近ボス戦に出てこない君たちを心配していたんだから」

「あ、あぁ......悪いな。最近はちょっとクエストとか私用にかかりきりでさ」

「そうか。何か危険な目にあって休んでいるとかじゃないのなら良かった」

 

 そこでシーヴェルスが言葉を切れば、代わりに話し出したのは今か今かと口を開くタイミングを探していたレンだ。

 

「俺も久しぶりだな! お前たちがいない間ボス戦は順調だったぜ!」

「久しぶりだね。最近のレンの噂は聞いてるよ」

「いやー、そんなことも、まぁあるけど? そんなに聞こえちゃってたか~」

 

 ミウがテンション爆上がり状態のレンに笑って返す。

 そう、前線を離れている俺たちにすら聞こえてくるほどに、レンの最近の活躍は凄まじい。

 25層での戦いから何か掴んだのか、ボス戦では何度もレイドの危機を救い、今では攻略組でも一、二を争うタンクになっているらしい。

 自分の実力に伸び悩んでいる俺からしてみれば、レンのような人物は憧れの対象だ。

 

 軽い会話を済ませ、レンのテンションが落ち着いたところで再び話はシーヴェルスに戻る。

 シーヴェルスは「ふむ」と呟けば、大人びた笑みを浮かべる。

 

「それで、どうして僕たちがここにいるか、だったかな? 簡潔に言うとするならそれは僕たちがパーティだから、だよ」

「......あくまで小規模なパーティだから、ギルドみたいに縛られるものが何もなく、自由に動きやすいってことか? それこそ、前線でもない不人気のクエストに出てこれるぐらいに」

 

 詳しくは知らないが、ギルドにはレベル上げノルマや、進行ノルマ等、個人の行動の自由を縛るものが多いらしい。まぁ、そのぶん高い安全性を確保できているのだからメリットデメリットの問題なのだが。

 だが、ソロプレイヤーや、小規模なパーティはそういう縛りがない。それこそ俺たちのパーティのようにだ。

 

「ふふ、正解だよ。ただクエストの部分は少し訂正が必要かな......今《ガイアクエスト》はかなり人気がある上級のクエストだよ」

「《ガイアクエスト》がか?」

「あぁ。そもそも《ガイアクエスト》のようなストーリークエストは最終的な報酬がかなりいいものがほとんどだ。君たちが情報屋に《ガイアクエスト》の長さと内容を伝えることで、これは実は旨いクエストなんじゃないか、とワラワラプレイヤーが集まってきてるのさ。現に《ガイアクエスト》に今挑戦しているプレイヤーは相当数いる」

「あの......多分本当のことだと思います。私も、そんな話......聞きました」

 

 シーヴェルスの言葉に中層との関わりが強いリリも頷き情報の裏がとれる。

 同じ《ガイアクエスト》でも他のプレイヤーと出くわさないのはおそらく進行具合の違いだろう。

 俺たちは《ガイアクエスト》に挑戦できる最初期から挑戦していたから、《ガイアクエスト》では一番進んでいるパーティのはずだ。だからこそ他のプレイヤーとの接点が少ない。

 それにしても、あの鼠情報屋め、《ガイアクエスト》の情報こっちに流さなかったな......まさかこの前のミウとのこと勘繰ってきたメッセスルーしたの根に持ってんじゃないだろうな......

 

「今は大人気の《ガイアクエスト》。でもその内容を聞いてふと思ったことがあったのさ。それは、《ガイア》の言い分も分かるが《ナーザ》の言い分も分かるということだ」

 

 シーヴェルスは自分を大きく見せるように両腕を大きく広げる。

 

「結局《ナーザ》が言っていることは、自分達の種族で繁栄したいという至極当然のもの。ならば、そんな考えを持っている相手ならそちらに組みしてもなんら問題はないのではないか、とね」

「......まさか」

「相変わらず頭の回転が速いね。君の推測通り僕たちは《ガイアクエスト》の対となるクエスト、《ナーザクエスト》にチャレンジしているのさ」

「......ありえない。俺たち『人』のことを『害物』として扱っているあの《ナーザ》があんた達を受け入れようだなんて考えるわけが」

「本当にそう考えているかい?」

「それは......」

「どこにだって例外はいる......って、ことか?」

 

 俺が言葉につまっていると、代わりにとヨウトが一歩前に出て返す。

 

「ご明察。君たちももうソルグのことは知っているんだろう? 彼のように僕たち『人』を受け入れようとする相手はいるのさ。それに、《森人》が君たちを受け入れたからこそ、僕たちを受け入れる壁も低くなったのかもしれないね」

 

 そこでシーヴェルスは言葉を切ることで上がりかけていたテンションを落とし、俺たちに染み込ませるかのような、低い声で言った。

 

「君はなぜ僕たちがここにいるのかを質問したね。その問いに対する正しい回答はこう......僕たちは、君たちの排除するために、ここにいる」

 

 シーヴェルスの言葉に咄嗟に剣を握ることができなかったのは、彼の言葉に圧倒されたためか、それとも完全に虚を付かれたためか......その両方か。

 だが、実際どうする?

 シーヴェルスのパーティと俺たちはパーティが正面からぶつかったとして、勝てるのか? いや、安全を確保できるのか?

 おそらく、どちらか一方のワンサイドゲームにはならないだろう。だが、相手の方が人数が多い上に、俺たちはレイアさんを守りながら戦わなくてはならない。これではあまりに不利だ。

 なら、ここはやはりなりふり構わず逃走が最善手。

 ごくり、と唾を飲み込みながら彼我の力量とこれからの算段を計っていると、そんな俺の反応を見て不意に堪えきれなくなったようなシーヴェルスの笑い声聞こえてきた。

 

「はははっ、君は本当にいい反応をするね。すまない、大仰な言い方をしたけれど別に今から殺し合いをしようなんてことはないよ」

「いつもいつもお前は分かりにくいんだよ! 妙に悪人ぶって子供か!」

「いやいや、僕だってこういうことしてみたかったんだよ。いつもいつも堅苦しいのも疲れるんだ」

 

 場を包んでいるシリアスな雰囲気とは反対に、シーヴェルスとレンの間に流れる空気は穏やかだ。

 何となく、不思議な人だなと思った。

 シーヴェルスは話していると雰囲気があっちにいったりこっちにいったりして、ヨウトとは別の意味でとらえどころがない。

 しかし、ここでシーヴェルスたちと戦うことに変わりはないようだ。緊張を切らさないよう注意しながらシーヴェルスに問いかける。

 

「で、正面戦闘はしないってことらしいけど、どうするんだ?」

「あぁ。クエスト一つで殺し合う訳にもいかないし、そこまで精神的に殺伐としている訳でもないからね。互いのパーティから代表者を1人選出してデュエルで勝った方がクエストを進める、というのはどうだろう?」

「《圏外》でデュエルするのか? 決着後HPが減ったままになるぞ?」

「それについても問題ない。ちょうどこの先に《宝珠》が祀ってある祠がある。そこは《圏内》設定なっているみたいだ。そこならHPも回復するよ」

「......準備がいいことで」

 

 さすがは攻略組トップパーティ。そう思いながら俺たちは素直にシーヴェルスたちの案内に同行したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたらこのままどこかトラップ地帯や、《エイジス》たちがうじゃうじゃいる場所に連れていかれるかもしれない可能性も考慮し、いつでも動けるようにしていたのだがそんなこともなく。連れてこられたのはシーヴェルスが言ったように森の中にある小さな祠だった。

 レイアさんにも確認を取ったところ、やはり場所に間違いはなかった。ここが俺たちの3つ目の目的地だ。

 祠がある場所は森の中でも特別開けた場所、ということもなく、ほんとうにただただ森の中だ。なにも考えずにまっすぐ歩けば間違いなく木に激突してしまうだろう。

 ヨウトやレンなんかは傍の木に背中を預けている。

 確かに、これだけ木が乱立した場所なら、レイアさんやシーヴェルスの案内がなければ祠を見つけることは難しかっただろう。

 

 少し離れた場所に集まっているシーヴェルスたちを盗み見ながら、俺たちも話をまとめることにする。

 

「それで、俺たちの方からは誰が出る?」

「はい! 今度こそ私が行く!」

 

 俺の質問にソルグの時同様に勢いよく手を上げたのはミウだ。

 今日はミウもドレスを着ているわけでもないし、そもそも俺たちのメンバーの中で一番強いのは、多分変わらずにミウのままだ。

 だからミウが出ることに反対なんてない......のだが、一つだけ気になることがあった。

 

「なぁ、前に人相手だと調子がおかしいって言ってたけど大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ニックさんには一応「良し」って言われたしね」

「え.......そう、なんだ」

 

 ミウがあっけらかんと言うのに対して、俺の内心はあまり穏やかではなかった。

 2層でニックと戦ったとき、そして今も。ニックから「良し」なんて言われたことは俺はない。

 いや、ミウと俺では元から比較するのもおかしいぐらいに『違い』があるのは分かっているのだが.......それでも、ずっと目指していたものをミウに先を越されるというのは、あまりいい気はなしない。

 他の誰かではなく、ミウに負けたような気がして、悔しい。

 俺は悔しさを噛み締め、そんな俺を見て首をかしげる俺の他にも、今の話を聞いて反応を示した人物がいた。

 

「ニックさんに......ですか」

 

 その名前を聞いて、わずかに目を細めたリリだ。

 何を感じているのかよく分からない表情だが、ニックの名前を知らない反応ではない。

 

「あれ? リリってニックと面識あったっけ?」

「あ、いえ......いや、はい。面識というほどでは、ないですが......以前、見かけたことはあります」

 

 話していて、少しずつとだがリリの表情が苦いものへと変わっていく。

 よくよく考えればニックとリリという組み合わせは完全に無しかもしれない。

 基本人見知りのリリと、面白そうな相手を見つけたら猛獣のように目を爛々とさせるニック。以前会った時になにか怖い思いでもしたのかもしれない。

 

「じゃ、行ってくるね!」

「おう! 行ってこい!」

「ミウちゃんなら勝てるぞ!」

「が、頑張ってください......っ」

 

 俺たちの声援を受け、満面の笑みを浮かべたミウがデュエルの開始場所である祠の前に躍り出れば、それを待っていたかのように相手も出てくる。

 出てきたのは......まぁ、やっぱりシーヴェルスか。

 悠々と、という表現がまさしく当てはまる様子でミウの前に立ったシーヴェルスを観察するように眺めていると、隣から声をかけられる。

 今までずっと黙っていたレイアさんだ。

 

「すみません......私たちが動けば《ナーザ》の手の者が動くことは予測できたのに......迂闊でした」

「いや、こっちこそごめんな。レイアさんをこんなことに巻き込んじゃって」

 

 シーヴェルス相手では難しかったかもしれないが、それでも話し合いで解決できる可能性はあった。それを諦めて楽な方に流され、結果俺たちの問題を今回のクエストに持ち込んでしまった。自分から善意で同行を言い出してくれたレイアさんには申し訳ない。

 だが楽な方、と言ってもこちらのほうが話し合いよりも成功率は高いのだ。

 ミウとも話したが、この《ガイアクエスト》は絶対に最後まで行きたい。そしてミレーシャたちに最高のハッピーエンドを迎えてもらいたい。誰かのために努力して報われることを証明したいのだ。

 だからそのためにも、できることは全力でする。

 

「ミウも、レイアさんたちのために絶対に負ける気なんてないだろうから、きっと大丈夫だと思う」

「そうですか......重ね重ねすみません。《宝珠》は、《儀式》には絶対に欠かせない、大切なものなんです。《ガイア》全体を救うためにも、絶対に......だから、どうか、よろしくお願いします」

「じゃあ、その想いもこめて、ミウのことを応援してやってくれ」

「はい! うぉー! ミウ樣頑張ってくださいー!」

 

 両手を突き上げ必死にミウを応援してくれる隣のメイドさんに小さく苦笑いしながらも、俺は再びミウたちに意識を戻す。

 すでにデュエル開始前のカウントダウンは始まっている。

 今回のデュエルは、当然のごとく初撃決着モード。最悪の場合本当に『初撃』で決着なんてこともありうる。そのためデュエルの前はどうしても痛いぐらいの緊張が場を支配する。

 ミウが右手に構えている片手剣は通常の片手剣よりも細剣(レイピア)の細さに近い、剣身全体が水色で彩られたものだ。

 あの剣は元々ミウが使っていた剣を《ガイア》の鍛冶師に加工してもらったもので、現状手に入れられる剣の中ではかなり上位に入る。

 それに対して、シーヴェルスは右手に片手剣を、左手には人ひとりが隠せてしまいそうなほど大きな盾を構えている。

 大盾、と言われると頭に浮かぶのはヒースクリフだ。ちょうどあの盾に似た形状をしている。もしかしたらシーヴェルスなりにトッププレイヤーの一人であるヒースクリフを研究した結果なのかもしれない。

 だが実際、あれほど大きな盾を前面に出されるとかなり攻めにくい。なにしろ相手の体のほとんどが盾で覆われてしまう上に、押し潰されてしまいそうな圧迫感があるからだ。

 そんな相手に対してミウはどう勝ち筋を見出だすのか......

 

 ごくり、とこの場の緊張感に負けたのか、誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえる。

 同時にミウとシーヴェルスの間にデュエル開始の合図が表示された。

 

「ふっーーーー」

 

 先に動き出したのは、やはりミウ。

 小さな掛け声と共にその小柄な体躯を走らせ、一気にシーヴェルスに接近する。

 接近する、と言えばただそれだけだが、ミウの場合は止まっている状態から動き出すまでの加速力が以上に高い。そのせいでタイミングの取りにくさをシーヴェルスは感じるだろう。

 そうして放たれたミウの初撃は右からの斬り上げだ。ニックとの特訓でさらに磨きがかったその初撃は並みのプレイヤーならばミウの姿を見失ってしまうかもしれない。それほどに、ミウの加速は速い。

 ただし。

 

「なるほど。さすがは《聖人》だね。最後に見たボス攻略の時よりも数段動きが鋭い」

 

 そのミウの初撃を難なく盾で受け止めるシーヴェルスもまた、並みのプレイヤーではない。

 これが盾持ちプレイヤーの最大の強みとも言える。

 相手の攻撃をかわす、武器で受け止める、受け流すという行動はどうしても挙動が大きくなりやすく、行動が間に合わない場合も多い。

 それに対し盾で防ぐというのは簡単だ。何せ自分の前に盾を構えていればそれだけで相手の攻撃を止められるのだから。

 しかもシーヴェルスが使っているほど大きな盾なら攻撃を防ぐだけなら容易だろう。

 もちろん、デメリットもある。

 盾持ちはその性質上、どうしても動きが遅い。シーヴェルスが使っているほど大きな盾ならば尚更だ。

 ミウもそこをつくようにして、攻撃を弾かれた後も反撃を恐れずに何度も攻撃を続ける。

 何度も何度も斬り下ろし、斬り上げられるミウの剣閃は、どれもがこの世界でも一級品のものだ。

 だが、シーヴェルスはそれを全て完璧に防ぎきる。キリトが前にシーヴェルスは良い目を持っていると言っていた。もしかしたら俺と同じようにミウの攻撃を先読みしているのかもしてない。

 

 そんな俺の予想を肯定するかのように、シーヴェルスはついに完璧にミウの攻撃を捉え、その盾で剣を大きく弾く。盾を使ったパリィだ。

 

「どんな強者でも自分の攻撃が一向に通らなければ、攻撃がどんどん単調になるものさ」

「くっーー」

 

 シーヴェルスの剣が淡く輝きを纏い始めるのを見て、ミウは一瞬動きを止める(、、、)

 ーーしまった、嵌められた!

 普段のミウなら動きを止めるなんてことは絶対にしない。なのに今回は止めてしまった、いや、止められた。

 その原因はこの森だ。祠の前は舗装されているわけでも獣道でもない木が乱立した場所。そのせいで動き回って相手の攻撃をかわそうとすれば木が邪魔だ。これによってミウの武器であるスピードが殺されてしまう。

 さらに、動き回れないということは、盾持ち攻略には絶対に必要とも言える『回り込み』ができない。完全にシーヴェルス有利の地形だ。

 どうしてシーヴェルスたちがわざわざ三つ目の《宝珠》の場所で待ち構えていたのかをもっと考えるべきだった。

 他の場所ではなく、この場所を優先した理由を。

 

 左右は木が邪魔して動けないことを理解するのに僅かではあるが時間を使ってしまいながらも、ミウは後退することを選ぶ。

 しかしシーヴェルスもそれは読みきっているだろう。シーヴェルスが発動したのは突進系ソードスキル《ブレイヴチャージ》。縦の動きでかわそうとするミウには厳しいスキル。

 

「う......やぁっ!」

「っ、上手いね......」

 

 シーヴェルスが持っている巨大な盾がスキルによって迫ってくるのだ。まるで牛が突進してくるかのような、押し潰される感覚を覚えたのか、ミウはシーヴェルスを拒絶するように下がりながら剣を振るう。

 だがその剣も、上手い。ミウが振った剣は横からシーヴェルスの剣ではなく、その大きな盾に当てたのだ。スキルが発動しているのはあくまでも剣。他の部位に攻撃をヒットさせれば相手の体勢を崩すことはできる。

 そうしてミウはさらに何度か後退し、背後ギリギリに木が来るまで下がった。その表情は今しがたレベルの高い攻防をしていたことを証明するように、余裕がない。

 それに対して余裕あるシーヴェルスは不敵に笑う。

 

「ふふ、素晴らしいと思わないかい? この盾、《ナーザ》の鍛冶師に鍛えてもらったんだけど、さすがは戦いの国だね。素晴らしい仕上がりだ」

「......私の剣も、《ガイア》仕立てなんだけどね」

「そうなのかい? なら、この戦いは鍛冶師の戦いでもあるのかな?」

 

 その一言に、ぴくりとミウの体が反応する。

 そしてそれを境に、ミウの表情が再び引き締まる。誰かの想いもこの戦いにかかっていることを再確認したのかもしれない。

 気持ちを一度リセットするためか、ミウが一度深呼吸する。

 吸って、息を吐く。

 ただそれだけ。

 なのに。

 

「え......?」

 

 一瞬、声が漏れる。

 今、自分が見ていた人物が分からなくなる。

 今戦っているのはミウとシーヴェルス。そして押されていたのはミウ。分かる。記憶がなくなったわけでも状況判断能力が死んだわけでもない。

 なのに、今の情報が入ってこない。

 あれは......誰だ?

 俺にそう思わせるほどに、ミウの雰囲気が変わっていた。

 

「じゃあ、2回戦行こうか」

「っーー」

 

 ミウの声と共に、止まっていた全ての時間が動き出す。

 次の瞬間には......一瞬とはいえ、ミウの姿を見失っていた。

 

「「なっ!?」」

「ぐ......さらに鋭くなるのか!?」

 

 今この場にいるほぼ全員がミウの姿を見失い声を上げるなか、おそらくミウと相対していたことで唯一その動きを確認できたシーヴェルスが唸る。

 先ほどの焼き直しのようにミウはさらに何度も剣を振り、猛烈なラッシュをかけていく。

 だが同じようで先ほどとは全く違うのは誰の目から見ても明らかだ。なぜなら、先ほどとは逆で、今笑っているのはミウで、余裕がないのはシーヴェルスだからだ。

 防ぐには防いでいるが、今のシーヴェルスは後手後手でようやくミウの攻撃に追い付けている。あれでは先ほどのように反撃に出るのはほぼ間違いなく不可能だろう。

 すごい、確かにすごい。ミウの今の状況を表現するのであればその言葉以外には思い付かない。

 だけど......なんだ、この違和感は......?

 

「な、低い!?」

「たぁっ!!」

 

 俺が妙な感覚に襲われている間にも場は動く。

 おそらくあの強烈なラッシュには偏りがあったのだろう。シーヴェルスの盾の重心が僅かに上方にずれたのを見て、ミウは限界まで体を落とす。

 そこからミウが放ったのは先ほどの異種返しとばかりに《ブレイヴチャージ》だ。ミウは斜め上に向かって突進する。

 シーヴェルスの高身長。ミウの低身長。重心が上にずれたシーヴェルスの盾。それらが全て噛み合う。

 結果。

 ズガンっっ!! とミウの剣がシーヴェルスの盾に激突した瞬間、その勢いに負けシーヴェルスの体が宙に浮く。

 いくら筋力値に差があるといっても、ミウの方はソードスキル込みだ。こういう結果も不可能ではない。

 不可能ではないが......

 普通、あそこまで条件が重なった瞬間を、一瞬も間違えずに捉えられるか......?

 さらにミウの攻撃は止まらない。

 シーヴェルスの体が浮いたこの瞬間は間違いなく好機だ。そこを逃さずミウはすかさず、いや、それよりも早く(、、、、、、、)シーヴェルスの隣をすり抜け、盾が届かない位置へ回り込む。

 そして恐怖すら覚えるほど早く剣を振るうが、これはシーヴェルスがギリギリで体勢を建て直し盾で弾いた。

 それを見てミウは深追いはせずすぐさまシーヴェルスから距離をとる。

 

「ははは......君の情報も掴んではいたんだけどな......まさかここまでとはね」

「私の情報なんてなんの役にもたたないと思うよ? 評価してもらえるのは嬉しいけどね」

「今ほどの動きをしたあとにそんなこと言われてもただの嫌味だよ.....」

「そうかな?」

 

 いつも通りの受け答えをミウはする。

 本当にいつも通りだ。いつも通り過ぎて逆に今のこのいつも通りじゃない状況が浮き目立ってしまう。

 それに対しシーヴェルスは無理矢理落ち着こうとしているかのように息をつけば、今度はなにも言わずにぐっと重心を低くした。

 突撃体勢だ。おそらく、自分が勝てるのは中途半端ではない、完璧な接近戦だと判断したのだろう。

 そして一切躊躇することなく、シーヴェルスは前進を始めた。

 その姿を見て、ミウはどこか嬉しそうに微笑む。

 

「よかった。下手に長引かされると私が不利になっちゃうから」

 

 そう呟けば、ミウもシーヴェルスに応えるようにして一気に接近する。

 互いの距離は加速度的に潰されていき、ゼロになるーーその一瞬前。

 ふわり、と。シーヴェルスの盾が不自然に前方に突き出された。

 それが、シーヴェルスが盾をミウに向かって投げ出したのだと気付いたのはミウが盾を迎撃するため剣を振ろうと右足を踏み出した瞬間だった。

 俺の位置からは、ミウの動きに対してシーヴェルスがにやりと笑い、身軽になったその体でミウの側面に回り込もうとしているのが見えた。

 自分の盾を使ってミウの視界をほぼ奪い、ミウが剣を振りきったところを狙うつもりか!

 ミウからはシーヴェルスの動きが見えない、まさに絶体絶命。だがもう今から声をかけていたのでは間に合わない。

 今まさに、死角からミウを狙う剣が振り抜かれようとする。

 しかしミウは、それに合わせる(、、、、)ように。踏み込んだ右足を軸にくるりと一回転し、さらに左足を踏み込んだ。

 結果、音をたててミウに盾が激突するが、そこは問題ない。ボスでもなければ正しい使い方をしていない武具は攻撃力をほとんど持たない。

 そうして生まれる新しい場は、再び形成逆転した場。ミウがシーヴェルスと正面から相対している場。

 シーヴェルスとミウ。この二人ではステータスからも技量からも、ミウの方が剣を振り抜くのが早い。

 シーヴェルスのいくつもの策略を、ミウの実力が上回った。その結果がこれ.....その、はずなのに。

 

 

 

 ミウよりも早く、シーヴェルスの剣が放たれる瞬間を、俺は目撃する。

 

 

 

 その一閃は、俺が今まで見たことがないほどに綺麗で、流麗で、そして現実離れしていた。

 だって、そうだろう?

 まるでシーヴェルスの、剣を持つ右手が、ぶれて見えてしまうほどに早い動きを見せたのだから。

 そんなこの世界の極地とも言えそうな剣閃はミウが放つ剣閃よりも僅かに早い。だがその差は決定的な差だ。

 そうして、その差は覆らないまま剣はミウに迫りーーその身体を、上下に別った。

 

 

 

 

 そう、別った......ミウの剣が、シーヴェルスの剣身を。

 

 

 

 

 《武器取落》。それは俺とミウが特訓の末身につけた一つの技だ。

 相手の手首や武器の根本、柄を狙って攻撃することで、武器そのものを取り落とさせる。

 だが、今のミウは武器の重心を見極めるほどの極限の集中力のなかにいる。

 ならば、剣の重心......つまり『弱所』を見つけることなんて、容易だろう。

 ただし。

 振り始めていた剣を途中で目標を切り替えていたのでは、今のタイミングは絶対に間に合わない。

 分かっていたのだ。ミウは。最後の最後でシーヴェルスが、あの剣閃を見せることを。

 それは、なぜ?

 最後に、ミウが剣の切っ先をシーヴェルスに当てる。

 

「これで、私の勝ちかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミウの勝利を証明するファンファーレが流れた直後、ミウの体がその場に崩れそうになる。

 それを見て飛び出した俺の肩にもたれ掛かりながらミウはふにゃりと柔らかく笑った。

 

「えへへ......なんだか役得だぁ......」

「いや、こんな時に何言ってんだよ......、体は大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫。頭がちょっと処理落ちしてるだけだから、すぐに治るよ」

「それならいいけど......」

 

 いや、実際よくないけど。俺自身もよくこんな感じになってしまうため慣れてしまった。

 先ほどまでの妙な雰囲気もなければ、おかしいほど鋭い動きもない。いつも通りのすごいようでちょっと抜けているミウだ。先ほどのミウなんていなかったかのような、そんな気さえしてくる。

 しかし、それはありえない。先ほどまでのミウは確かにいた。それを証明するのは今俺と同じく難しい表情をしているシーヴェルスだ。

 先ほどのミウはいくらなんでも神がかりすぎていた。俺もたまに実力以上の力を出すことがあるとは回りから言われるが、ミウのはそんな生ぬるいものではなかった。

 そしてその理由にはなんとなくとだが当たりがついている。

 ニックに「良し」と言われるほどのもの、そして今の状況を鑑みれば絞ることはできた。

 それは。

 

「「《超感覚(ハイパーセンス)》......」」

 

 同じ答えにたどり着いた俺とシーヴェルスの声が重なる。

 《超感覚》。それはプレイヤー達がこの世界で鍛練で得ることができるかもしれない《システム外スキル》の究極系だ。

 《超感覚》は簡単に言ってしまえば相手の気を感じとる能力。これがあれば例えば洞窟で待ち伏せをされても相手の殺気に気づくことができる。

 ただしここは現実世界ではなくゲームの中だ。そんな殺気なんて模糊曖昧としたもの、ゲームの中では眉唾物を越えてオカルト扱いされている。

 だが、今のミウの行動を説明するにはこれしかないのだ。

 装備している本人、観戦している第三者が気づくよりもずっと早く、盾の重心がずれていることに気がつき、さらにシーヴェルスの体が浮くことが分かっているかののような動き、盾の向こうにいる相手の動きを察知し、終いには情報の欠片すらもなかったシーヴェルスの最後の一撃を分かっていたかのように動く。これは相手を見ているだけでは分かるものではない。

 しかし、何度も言うが《超感覚》は相手の気を感じとる程度(、、)に過ぎない。決して急に動きが鋭くなったり、判断力が早くなったりはしないし、ましてや未来が見えたりすることもない。

 だから、あえて今のミウの状況を的確に表現するのであれば。

 ーーミウは今、《超感覚》の先にいる。

 

「はは......」

 

 つい、乾いた笑い声が出てしまう。

 俺の目標はなんて遠いんだ......全然追い付けていない。これが、ニックがOKを出すレベルなのか......

 かなり強く、打ち負かされる。そのはずなのに、今俺の心の中を駆け回っているのは悔しさよりも喜びだった。

 そうだよ、何を追い付いた気になっている。俺の目標は、こんなにすごいやつだから、俺は目標にしたんじゃないか!

 

「いやぁ、負けたよ。結構勝つ気で行ったんだけどなぁ。完敗だ」

「そんなことないでしょ? あの手この手搦め手なんでもありで翻弄されたよ。ほんと、誰かさんと戦ってるみたいだった」

 

 そこでミウが横目で俺のことを見る。

 

「はは、確かに僕とコウキくんは似た者同ーーいや、同種だからね。戦い方も近いものはあるかもしれない」

「シーヴェルス、すごく勉強になったよ。地形まで入れてくるのはさすがだな」

「いやいや、コウキくんだってこれぐらいはすぐに思い付くさ。何て言ったって25層の英雄なんだから」

「変に持ち上げるなって......」

 

 そのままクールダウンも兼ねて談笑を続けながら俺たちは祠の前まで戻ってくる。

 ミウの体は徐々に感覚が戻ってきているのか最初ほど重みを感じなくなっていたのだが、ミウは自分で歩こうとはしない。まぁ元々軽いし、もしかしたらまだ平衡感覚とかは戻っていない可能性もあるため離したりはしない。

 

「レイアさん良かったな。ミウちゃんがあんなになってでも《宝珠》勝ち取ってくれたぞ」

「はい、本当にもうなんとお礼をしていいか分かりません......」

「ミウちゃんならありがとうって言えば喜んでくれるさ」

 

 ついてくる後ろの方でそんな会話が聞こえてきた。

 まぁ確かにミウならそれで喜ぶ......いや、意外と強かなとこあるから交換条件にメイドとしてご奉仕してー!とかって言うかもな。

 等と適当に考えていると、今の会話に気になることでもあったのだろうか? シーヴェルスはヨウトたちの方へ振り向く。

 

「なに......そんな、いやでもまさか......どうしてあれが......?」

「......? シーヴェルス? どうかしたか?」

「いや......すまない、僕の勘違いだ」

 

 不意の出来事に、ついいつもの癖でシーヴェルスの視線を追おうとするが、それよりも早くシーヴェルスの方が視線を切った。

 

 祠の祀ってある《宝珠》は黄緑色に輝いている。

 俺たちがすでに持っている《宝珠》も、色の濃淡の程度はあれど、ほぼ同じ色、同じ輝きを放っていた。

 俺は片手がミウで塞がっているためリリに頼み、リリが落としたりしないよう両手で《宝珠》を手に取れば淡い光と共に《宝珠》は消えてリリのアイテムストレージに入る。

 

「リリ、どうだ?」

「はい、確かに本物の《宝珠》です......これで三つ目ですね」

 

 うし! と俺とヨウトの声が重なった。

 これで《宝珠》の数は3つ。今日1日でもう半分だ。これならば思っていたよりも時間をかけず、すぐに《儀式》とやらを行うことができるかもしれない。

 そうすれば、ミレーシャの願いも叶うーー

 俺たちはそんな甘い考えを持っていた。

 これから待ち受ける、過酷な未来など、一切知らないままーー

 

 

 

 

 




今回は戦闘描写熱すぎたかな......? どうにもスマートでかっこいい表現や展開ができない。


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55話目 それはひどく脆く曖昧で

「んー......」

 

 いい加減見飽きてーーいや、見慣れてきた鬱蒼とした緑が包む森の中。隣を歩くミウちゃんのため息が聞こえてきた。

 もちろんそれはガイアクエスト攻略がうまく進んでいないことに対する不満と言うわけではないだろう。なにせ攻略自体はこれ以上ないほどに順調に進んでいる。

 時々襲ってくる《エイジス》も俺たち(、、、)ならばほとんど敵にならないし、次の《宝珠》の位置も分かり、そこに向かっている最中なのだ。これで順調と言わずしてなんと言おう?

 そう、だからミウちゃんのため息は不満から来るものではないことが分かるーー俺と二人(、、)での攻略でなければ、だが。

 

「ミウちゃーん。コウキと一緒じゃないからってそんなに不満そうにするなよー」

「不満じゃないよ......というかヨウト。言葉は悲しそうなのにどうしてそんなににやにやしてるの?」

「そんなことないと思うけどなー」

 

 俺の表情を見て珍しくもミウちゃんが若干引いているがこればかりは仕方がない。

 そう、仕方がないのだ。ミウちゃんが不満そうにしている理由ーーコウキとリリちゃんが二人で行動していることを気にしていることーーを考えればどうしたって顔がにやけてしまう。

 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死ぬ呪いがかけられるらしいが、人の恋路を邪魔しない、介入しない程度に外から見ているぶんには、これほど面白いものはない。

 

 そもそも、俺たちが今回二手に別れて行動しているのには理由がある。

 今回の《宝珠》は少々特殊で、入手する際には二ヶ所にある《宝珠》を同時に入手しなくてはならない。何でもその二つの《宝珠》は月と太陽を司っているらしく、どちらか一方を取ってしまうと二つでとっている力のバランスが崩れてしまうとのこと。

 しかし二つの《宝珠》を同時に取るなんてことは難しい。だから、二つの《宝珠》を守護している守護モンスターを二ヶ所でそれぞれ倒すことができれば入手できるようになるらしい。

 このクエストは一回でクリアしろ、というようなこともなく。まず様子見をし撤退し、何度でも挑戦していいとのことだった。これはありがたい。

 

 じゃあ、二手に分かれるとして。その組み合わせはどうしようという話になったとき、コウキが言った。

 

『今回はもしものために撤退もできる組み合わせを考えないといけないからな。実力よりも技術を重視したい。そうなると......俺とリリ、ミウとヨウトの組み合わせかな』

 

 コウキのその提案に誰もが納得していた。その組み合わせが一番バランスがとれることは全員が理解していたからだ。

 それはミウちゃんもそうだ。けれど実際にコウキたちと分かれて俺と二人になると少しずつと調子が崩れていった。

 最初は少しそわそわとし出し、次にやたらとコウキの話題を振ってくるようになり、そして今はどこか寂しそうにため息をついている。

 今回はポンチョ男たちと出会ってしまったあのクエストの時とは違って別行動をしているだけで、パーティは組んだまま。つまり視界の隅にコウキたちのHPバーは見えている。だからそこまで心配することはないと思うのだが......それでもいじらしく頭のなかがいっぱいになってしまうのが恋愛とかそういうやつなんだろう。

 

「ミウちゃんって結構依存気質なとこあるよな」

「......そんなことないよ?」

 

 そう言うミウちゃんはいかにも思い当たる節がありますとばかりに冷や汗を浮かべながら笑っていた。

 前から思っていたが、本当にころころと表情が変わる子だ。天真爛漫がそのまま当てはまる性格を持っていて、その上大人びた面も持っていて。コウキが惹かれてしまうのも頷けるというものだ。

 と、そこまで考えているとふと頭に浮かぶものがあった。

 そう言えば俺、いや、俺たち。ミウちゃんのことほとんど知らないよな......

 ミウちゃんの見た目の良さ、性格の良さ等々。見ていて分かることはいくつか俺も知っている。

 けれど、『中身』についてはなにも知らない。

 コウキから聞いた話。そして俺自身が見たものも含め、ミウちゃんは誰かを助けることに異常に固執している。

 それは困っている人がいてその人を助けその人が笑ってくれたら嬉しい、という考えのもとらしいのだが......本当に、それだけなのだろうか?

 本当にそれだけで、人は自分の命を投げ出す覚悟で人を助けたりできるのだろうか?

 ミウちゃんの過去についてはコウキもまだ聞いていないと言っていたからその背景もわからない。

 ......ミウちゃんには、俺もこれでもかという程に借りがあるし、個人的に好意も抱いている。

 ミウちゃんが抱えているものがあるのなら、それを取り除いてあげたい。そう考える。考えるが、それはコウキがすべきことだろう。俺がむやみに突っ込んでいい話ではない。

 

「でもなー、リリちゃんって結構攻めるタイプだからなー。もしかしたら今ごろ......」

「だ、大丈夫だもん。大丈夫に決まってるもん......」

 

 今どんなことがミウちゃんの脳内で再生されているのか、それが一目で分かり俺はさらににやにやとした生暖かい笑みを深くする。

 それからもミウちゃんは何度か唸るが、少しすると小さく息をつき、ぽつりと呟くように返してきた。

 

「でも、その......本当に嫉妬とかそういうのじゃないんだ。そりゃ少しはそういうのもあるんだけど、そればっかりじゃなくて......」

「......前から少し思ってたんだけどさ。ミウちゃんはリリちゃんと戦うようなことになったらどうするの?」

 

 これも気になっていたことだ。ミウちゃんはその性格とは反対に、周りの目を気にしすぎている節もある。もっと言えば仲のいい相手の心情ばかりを気にしている。

 まるで自分の行いなんて受け入れてもらえるわけがない。また迷惑をかけてしまう、そんな考えが見え隠れするときがある。

 だからそんな子が、仲のいい友達と争うようなことになったとき、どういう選択をするのか、選択できるのか、それが気になっていた。

 しかし意外にもそんな俺の心配を晴らすようにミウちゃんは小さく笑った。

 

「大丈夫だよ。私、コウキやリリちゃんからは逃げたくない。正面から向き合っていたいから」

「......そっか、それなら俺が心配するのはお節介だな、悪い」

「ううん、そんなことないよ。ヨウトが私たちのこと色々心配してくれてるのは知ってるしね」

 

 ミウちゃんは笑いながら俺のことを誉めてくれるが、それに対して俺は目を逸らすことしかできない。

 なるほど、コウキからミウちゃんは気づいたらするりと自分の心のなかにいるような感覚になるとか聞いたけど......これがそんな感じか。

 見栄や建前も全て飛び越えてくるから、なんというか......はずい。

 そんな俺の内心など知らずにミウちゃんはにこにこと光りや日光を彷彿とさせるような笑顔のまま続ける。

 

「それにヨウトと二人きりになったことってほとんどないから知らなかったけど、ヨウトって本当は落ち着いた感じの性格してるんだね」

「いやいや、そういうキャラ殺しな発言はやめような? それこそそんなことないってば」

「でもコウキも言ってたしなー。ヨウトの奴は自分からキャラ作ってるところあるって」

 

 あいつはまた余計なことを......とコウキを呪ったのもつかの間、すぐに俺はミウちゃんが言うところの『にやにや顔』になる。

 コウキは言うまでもなく、恐ろしいまでに天の邪鬼だ。それはミウちゃんに対しても変わらないし、だからたまにミウちゃん本人に言えない本心ーーのろけとも言う。本人は断固否定するがーーを聞くことがある。

 きっと俺に対してもコウキは言っていないことがある。多分直接言うのが恥ずかしいとかそういう方向のことをだ。そんなもの......聞きたくて仕方がない!! これほどコウキをからかえる内容はないじゃないか!!

 

「なぁなぁミウちゃん。コウキ他には俺のことなにか言ってなかったか?」

「うん、よく言ってるよ。例えばーー」

 

 ミウちゃんもコウキのことを話せて楽しいのか、コウキが言っていたことを事細かに話してくれた。いっそコウキのプライバシー問題とかが悲しくなるほどに。

 しかし俺も楽しいので止めたりはしない。

 これはまた新しい遊びを発見した、と俺がほくほくとしていると、ついさっきまで顔を輝かせていたミウちゃんはその感情の波を逆転させたかのように俺をじとっと見ていた。

 

「え、あれ? ミウちゃん?」

「......話してて思ったんだけど、コウキって本当にヨウトのことばっかり話してるなぁって。私の本当のライバルはヨウト......?」

「いやいやいや!? やめてよ俺をコウキ争奪レースに入れたりしないでよ! 俺もコウキも好きなのは女の子、BL路線はないから!」

 

 確かに現実世界でも俺と光輝の仲の良さを見て一部女子どもがキャーキャー言っていたこともあったが、そんな事実は全くない。事実無根清廉潔白だ。

 ミウちゃんにまでそんな勘違いをされたら終わる。具体的には女子二人からのプレッシャーで!

 だが、俺にはまだ切り札がある。

 

「ヨウト×コウキなんて事実はないけど、仮に俺がミウちゃんの本当のライバルだとしても、ミウちゃんは俺と仲良くしておいた方がいいと思うぞ?」

「どういうこと?」

「コウキがそれだけ俺のことを知っている......ということは? 俺もコウキのことを詳しく知ってることにならないか? 知りたくないかなー、コウキのあんな話やこんな話。はたまたそんな話を」

「私ヨウトを師事するよ!! 師匠! これからよろしくお願いします!!」

「女の手のひら返しってこえー......まぁ、とにかくコウキレッスン1。コウキは結構むっつりスケベだからーー」

 

 上手くいったはずなのに何故か俺の方が女性の怖さを思い知らされていた。

 女って、裏表分かんなくて怖い。

 そんな考えはとりあえずどこかに投げ捨てながら、俺はミウちゃんにコウキ情報をリークしまくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 Side Kouki

 

「んー.......」

 

 俺はいい加減鬱陶しくなってーーいや、見慣れてきた鬱蒼とした緑が包む森の中。俺は軽く剣を振りながら小さく唸る。

 もちろんそれはガイアクエスト攻略がうまく進んでいないことに対する不満ではない。むしろ攻略自体はかなり順調に進んでいる。

 俺が気にしているのは別のことーー俺の戦闘スタイルについてだ。

 前々から課題にしていた戦闘スタイルの構成。それが今朝の特訓ではだいぶん形になってきていた。

 先日のミウとシーヴェルスのデュエルを見てから、俺のなかで何かがピタリとはまったのだ。

 今まで積み重ねてきたものが一気に組上がっていく。山登りをしていて気付いたときには驚くほど高い場所にいたことに気づくような感覚。

 あと少し。もう一歩。その『何か』が分かれば全て掴める気がする。その『何か』を解明するためにもとにかく剣を振っているーーというのは体。なんとか今のこの空気を感じ取らないようとにかく動いているだけだ。

 

 しかし俺はついにこの空気の重さに耐えられなくなり、ちらりと隣を歩くリリに視線を向ける。

 

「......」

 

 俺が剣を振っているのもリリの「どうしたんですか?」という言葉を待ってのことだったりするのだが、リリはただ暗い顔で俯いているだけで、俯いているから俺の方も見ていない。

 かと思えばリリはすごい勢いで顔をあげ、珍しく声を張ってくる。

 

「あ、あの! やっぱり二手に分かれるんじゃなくて......その、皆で行動した方が......その方が安全も確保できますし......!」

 

 声を張るリリはどこか思い詰めているというか、必死さが感じられた。

 ここ最近のリリは少し様子がおかしいところがあったが、今日は特におかしかった。

 さっきのように俯いているのもそうだが、他にもミウたちと別れた後から、何か忘れ物はないか?とか、もっといい組み合わせがあるんじゃないか?とか。どうにも今回のクエストに対しては乗り気ではない。

 いや、違うか。正確に言うのであれば、俺と一緒であることが好ましくない、そんな雰囲気が伝わってくる。

 出会った頃よりはリリとも距離が近づいた気がしていたのだが......そんな相手と二人きりになった途端に『一緒にいたくないオーラ』向けられるとか精神的にかなり来る。

 

「俺もそれはちょっと考えたんだけど......撤退もOK、mobもほとんど敵にならない。いざとなれば転移結晶も使用可......ここまで条件ゆるゆるだと皆で動くのはただ効率が落ちるだけなんだよ」

 

 安全第一。どこかの建築業者の社訓のようだが、この世界でもそれは同じだ。

 可能な限りの安全策を取れ。油断ひとつで死ぬぞ。そんな経験は何度だってある。

 だが完璧な安全策を取りたいのなら《圏外》に出なければいい。安全以上に重要なことがあるから俺たちは《圏外(ここ)》にいる。

 

 俺の答えを聞くとリリは再び暗い表情で俯いてしまう。

 俺が言ったことは言わなくてもリリだって分かっていることだろう。それでも口にしたということは......

 

「......なぁ、リリ。俺と一緒が嫌なのに、この組み合わせにして悪かったな。今日だけの辛抱だからーー」

「違います!!」

 

 リリの声が森に響く。

 少しでもリリの気分を軽くしようと言った言葉は、リリの鋭い剣幕で中断される。

 今度のリリの表情は、先程までと同じ必死な顔。だが今は決して譲れないものを守るかのような、そんな雰囲気。

 

「わた、しは、コウキさんと一緒にいることができて、嬉しいんです、楽しいんです......だから、でも、私は......私は......」

「リリ......?」

 

 しかし響いたのは最初の否定だけ。

 リリの言葉はどんどん勢いを失っていき、最後の方は掠れる息づかいのようなものしか聞こえなくなってしまった。

 リリの気遣いでないのなら、俺はリリに嫌われていない。それなら何をそんなに思い詰めているのかーー

 そこまで考えて、ふと思った。

 そう言えば俺、いや俺たちは、リリのことをあまり知らないんじゃないか......?

 リリが何でもかんでも俺のことを尊敬してくれて、持ち上げてくれるから俺から聞く機会がなかった。俺はリリの何を知っているんだ? それこそ、なんで最近のリリがこんなにも追い詰められているのか、それを俺は知らなくちゃいけない気がする。

 義務感ではない。仲間として、少しでもリリのことを知りたいと思った。

 

「なぁ、リリーーーー」

 

 しかし、俺の言葉は再び遮られてしまう。

 今度遮ったのはリリではなく、モンスター。いつの間にか《宝珠》の守護区域に入っていたのか、守護モンスターがポップしたのだ。

 守護モンスターの名前は《ザ・フルムーン・ゴーレム》。その名の通り体はごつごつとした岩で構成され、森の中だからか至るところに苔を生やしている機械人形(ゴーレム)

 体長はおよそ2メートルと少し。ボスモンスター以外のモンスターならば最大クラスのサイズだ。

 このゴーレムはおそらく『月の力』を司っているのだろう。名前からもそれはわかるが、その巨体の胸の部分に月の紋章が刻まれている。

 ゴーレムは鈍く首を横に動かし俺たちを発見すれば、地響きを上げながら俺たちに向かって動き出す。

 通常のゴーレムよりは動きが速く、俺たちとそこまで変わらないほどだが......問題ない。この程度のスピードならば二人いればどうとでもなる。

 

「行くぞ、リリ!」

「っ......はい!」

 

 俺たちは同時に剣を引き抜き、ゴーレムに対して駆け出したーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グオォオオオオッッッ!!」

 

 俺の胴体ほどの太さがありそうなゴーレムの腕。それが俺めがけて振り下ろされるが俺は慌てることなく後ろにステップしかわす。

 その間にもリリはゴーレムの懐に潜り込みソードスキルを叩き込む。

 これは特別なことは何もしていない。ただパーティとして当然の前後衛の住み分けをしているだけだ。

 それだけで、このゴーレムは俺たちに追い詰められ、もうHPもほとんど残っていない。

 このゴーレムの厄介なところは単純。それはステータスの高さだ。

 攻撃力も防御力も、現段階の層としてはかなり高い。ステータス差だけを見るのであれば俺とリリだけの二人で挑むのは無謀と言えるほどだ。

 しかし、ゴーレムのAIはそこまで優れているわけではない。今のように単純なコンビネーションでほとんど完封できてしまう。

 このクエスト、というかこの守護モンスターは、おそらく二人以上でチャレンジすることを前提として構成されているのだろう。

 そしてミウたちが行っている『太陽』の方もおそらくそういった内容のはず。だからこのクエストは四人以上のパーティでなければクリアが難しいということだ。

 ......こう言ってはあれだが、本当にヨウトとリリとパーティを組んでいてよかった。

 このゴーレムを一人で倒せなんてのは俺では無理だ。

 でも、二人ならばこのゴーレムは敵ではない!

 

 今度は俺がゴーレムの足に《バーチカル・アーク》を叩き込む。

 俺の剣が振るわれるごとにゴーレムはそのHPを減らしていきーー残りは本当に僅か。あと一撃ソードスキルを叩き込むことができればその体をポリゴンにすることができるだろう。

 

「リリ! あと一撃だ、油断するなよ!!」

「はい......」

 

 だが、どれだけ勝利が近づいても、どれだけ倒すのが簡単でも、油断は絶対にしない。

 一瞬の油断が命取り。そんなことがこの世界に来てからは何度もあった。

 もう自分の油断で後悔するのは嫌だから。仲間を傷つけられるのは嫌だから。

 

 俺に向かってすさまじい勢いでつき出されるゴーレムの拳を、身を捻ることでかわす。さらに伸ばされた状態にある腕を横から叩きつけることでゴーレムの体勢を崩し、その反動のまま俺は後退する。

 

「スイッチ!!」

「っ!」

 

 もう何度も行ったリリとのスイッチ。返事は無かったがリリが地を蹴る足音はいつもと全く変わらない、完璧なタイミング。

 俺は決して油断しないよう集中力をさらに高める。もしかしたらここで追い詰められたゴーレムが今までのアルゴリズムと全く別の行動を取る可能性もあるし、もしかしたらリリの攻撃を耐えきるかもしれないし、もしかしたらここで他のゴーレムがポップするなんてこともこの世界なら有りうる。

 俺は考えうる限りの可能性を頭のなかでシュミレートする。一瞬たりともゴーレムから視線を外さず、集中も途切らさない。

 そして、ドスッッ(、、、、)と。

 リリのソードスキルは何の邪魔もなく吸い込まれた。

 俺は本当に微塵も油断なんかしていない。だからこそ(、、、、、)、ゴーレムは俺たちのスイッチに翻弄され動きが止まり、リリの攻撃をかわす術は存在しない、そう断言できた。

 自分でも、過去最高の集中力と言い切れるほどの集中力だ。

 

 ーーだからこそ(、、、、、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーリリの短剣が、俺の腹(、、、)から飛び出して(、、、、、)いることが、全く理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーえ?」

 

 そのままドサリと音を上げながら、俺は森の地面に倒れたーー

 

 

 

 

 

 

 

 



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56話目  時として呆気なく崩れてしまう物

 ーー意味が、分からなかった。

 

 俺の腹からリリの短剣が突き出ている意味も。

 その剣が引き抜かれ、俺が後ろに倒れていくことも。

 その結果見えるようになった、短剣を握って震え続けているリリの表情も。

 意味が、分からなかった。

 

「リ、リ......?」

 

 理解しようとしても、どこか決定的なところでストップがかかってしまう。

 そんな俺の頭はただ茫然と、リリの名前を呼ぶことを選んだ。

 自分の声がひどく引きつっていることに、そのとき俺はようやく気がついた。自分のHPバーを確認すれば、いつの間にか《麻痺》の表示がされている。

 ダメだ、思考がまとまらない。俺はさっきまでリリと一緒に守護モンスターと戦っていた。そしてとどめをさす瞬間に何故か俺が攻撃を受けた。油断もしていなかったのにどうして、いやそもそもそもこの麻痺表示はなんだ体が動かない早く解けろ早く解けろ早く解けろ早ーーーー

 

「いや、いやいやいやいやいやぁぁっっ!!!! 違うちがうチガウ!!! わた、わ、私は、っあぁ!! こんなこと、なんで、ごめんなさっ、うぁあぅぅう!!」

「リリ......?」

 

 リリの声を聞き、ぷつり、と俺の錯乱が止まる。

 リリ(仲間)が悲しんでいる、それは俺にとって何よりも優先して解決しなくてはならない出来事だ。

 それと同時に、徐徐にだが思考が回り始める。それに追従して状況が頭のなかで整理されていく。

 

「はははっ! おいおいおい、リリちゃんったら相変わらずサイコー!」

 

 整理されていく情報のなか、新たな情報が頭に放り込まれる。

 聞こえてきた新たな声はひどく暢気そうな......俗な言い方すればチャラい口調。ヨウトがテンション高い時の口調をさらに軽い口調に直した感じだ。

 だが今はそんな暢気な声を出すような状況ではない。だからこそその声はひどく狂気染みている。

 麻痺で動かない首の代わりに眼球運動で声のした方に視線を向ける。

 そこにいたのは、服の至る箇所にチェーンやら鋲やらが施された、黒系統のパンクな装備を身に纏ったプレイヤーだ。

 顔はずたぶくろのようなマスクで覆われているため見ることは叶わないが、その声からするに恐らくは男。

 そいつが不規則にゆらゆらと体を揺らす度に彼の装備品の金属が擦れあい、じゃらじゃらと音が鳴る。理由はわからない、が、その音はひどく俺の焦燥感を掻き立てる。

 そして、その焦燥感の正体はすぐに分かる。

 その男の頭。ただしくはその素性に浮かんでいるプレイヤーカーソル。その色は鮮やかなオレンジだった。

 オレンジプレイヤーだ。

 この状況で犯罪者プレイヤーに出くわすというだけでも最悪に近い。なのに現実はさらに俺を追い詰める情報を与えてくる。

 男が右手に携えているナイフ、どこかで見覚えがある。そう、いつもいつも、毎朝毎朝、これでもかというほどに。ついさっきも俺自身が味わった。

 その剣は、リリの短剣にそっくりだった。

 それは、何故だ? 偶然か? 何か意味はあるのか?

 分かる。今俺は必死に見ないふりをしている。一度でもそれ(、、)に目を向けてしまえば、もう全てが変わって、終わってしまうような気がしたから。

 

 パンク男は錯乱しているリリに近づき強引に抱き寄せる。それを見た瞬間、全身に力がこもるが、この世界でシステムに逆らうことはできない。俺の体は麻痺のせいで動く気配を見せない。

 そんな俺を見て、パンク男はけらけらと子供のように笑う。

 

「《奇術師》さーん? 俺のことが気になんのは分かるけどさぁ? そんなにこっちばっか気にしてていーのかーなー?」

「なにを......っ!!?」

 

 瞬間、ようやく思考が本調子に戻る。

 俺とリリは、ついさっきまで守護モンスターと戦っていたのだ。

 その戦闘の際、俺たちはどちらか一方にのみヘイトが集まらないよう配慮していた。だから、基本的には最後に攻撃した方にヘイトが向く。

 ならば、あのゴーレムに最後に攻撃したのは誰だったか。

 体中の感覚機関が一気に鋭くなっていくかのような嫌な感覚。寒気何て言葉では言い表せない、凄まじいまでの死の気配。

 戦っている最中に何を呆けているんだ。だがその反省ももう遅い。いつの間にか近づいてきていたゴーレムの、まさに岩石そのもののような重く大きい腕が、俺に振りおろされた。

 

「ぐぁ、がぁっ!?」

 

 ゴーレムの腕に押し潰されるより早く、ギリギリのところで麻痺が切れてくれたお陰で籠手を着けた左腕を体の前に構えることに成功する。

 だが、あまりにも膂力に差がありすぎる。直撃そのものは避けることができたものの、俺の左腕はゴーレムの攻撃に負け弾かれ、肘辺りから無理矢理千切れてしまった。

 痛みはない。だがその代わりに夢のなかで大ケガを負った時のような幻痛が襲ってくる。

 自分の体の一部がポリゴンになって、消える。その光景が自分の未来のような気がして、俺の心は恐怖に包まれそうになる。

 俺は必死に体を起こしゴーレムから距離を取る。片腕がないためか酷くバランスがとりにくい。

 

「くっそ......リリは.......どこだ、リリ!?」

 

 先程までリリたちがいた場所に目をやれば、すでに二人の姿は消えていた。

 ゴーレムのヘイトは今俺にのみ向いているのだから、逃げるのも容易だろう。

 今すぐにでも追いかけたい。あの男にもそうだが、リリにだって聞きたいことは山ほどある。だが、今は他人のことを気にかけているほど俺に余裕はない。後退した俺めがけてゴーレムはすぐに襲いかかってきた。

 

「ち......っくしょおお!!」

 

 とにかく逃げるしかない。

 片腕がないことでバランスの悪い自分の体を無理矢理振り回しながら、俺は逃走を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 残りHPバーは一本、しかもレッドゾーンにまで追い込まれた《ザ・フルムーン・ゴーレム》は、俺の予想通り今までのアルゴリズムとは違った攻撃を見せてくる。

 そのひとつひとつの攻撃が、いとも簡単に木をへし折り、土を抉る。どれか一つでもまともに当たれば先程の攻撃で減ってしまった俺のHPでは耐えきることは難しい。

 それらを走ってぎりぎりかわし続けながらも俺は思考を止めない。

 まず、大前提となることがらがある。

 ......いい加減認めねばなるまい。俺は、リリに背後から刺された、ということ。

 どういう関係をどういう経緯で結んだのかは分からない。分からないが、リリと先程の男は仲間で、リリは隙をついて俺に攻撃をしかけた、ということだろう。しかも剣に痺れ薬を塗るという周到さまで見せて。

 リリの目的や今まで積み重ねてきた信頼、今はそれはどこかに捨てておく。大事なのは、俺は今リリーがいなくて(、、、、)一人だということ。

 そして、今もなお無機物的に破壊を撒き散らし続け俺を攻撃してくるゴーレムは、基本二人以上で倒すよう考えられているだろうこと。

 一人の俺では、こいつに勝つのは難しい。だから逃げるしかない。

 

「と、思って逃げ続けてるんだけど......、さすがに無理か!?」

 

 戦うのが二人以上であれば、逃走も二人以上と考えられているのか。

 どれだけ走り回ってもゴーレムから逃げきれる様子が全くない。むしろどんどん追い詰められているような気さえしてくる。実際には彼我の距離はほとんど変わっていないのだが、あれだけの巨体に追いかけ回されるというのは、やはり精神的疲労も半端ではない。

 

 やはり、戦ってゴーレムを倒すしかない。

 おそらく一人では反撃できるチャンスはそう多くない。その少ないチャンスでゴーレムを確実に倒すにはゴーレムの弱点を突くしかないだろう。

 ゴーレムの弱点。それは胸の部分にある満月の紋章、そのちょうど真後ろの背中の部分にあるコア。

 どうにかゴーレムの背後に回ってそのコアにソードスキルを当てるしかない。

 

 ゴーレムがつき出してきた拳をかわしながら一歩前に出る。そこからさらにもう一歩ステップしゴーレムの背後に回り込もうと試みるが。

 

「ーーっ!? くっ、攻めきれないーー!」

 

 俺の踏み込みに合わせるようにゴーレムは広げた腕そのままに上半身を真横に回す。それだけでまるで扇風機を真上に向けて回転させているかのようだ。

 回転するその腕に近づくのは危なすぎる。迫ってくる腕を膝を落としてかわした俺は後退を余儀なくされるが、ゴーレムはそんなことお構いなしに再び攻めてくる。

 まずい、このままでは倒す倒さないの問題じゃない。俺の集中力が切れた瞬間にやられる!

 もう出し惜しみなんてしている暇ではない。

 俺は一つ覚悟を決める。

 

「集中しろ......」

 

 今も俺に迫ってくるゴーレムの腕は一度意識からはずし、先程まで最高だと思っていた集中状態の、さらに上を目指す。

 ミウのあの状態にはほど遠い。だがそれでも構わない。俺はすべての感覚を研ぎ澄ます。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、第六感に至るまで、すべてのセンサーを体中に張り巡らせ、最大の状態にする。

 その感覚を言葉に表すのは難しい。もっとも近い表現をするのであれば風呂の浴室に入った瞬間の、力が入りながらも抜けていくような、あんな感じだ。

 そうして、その『一瞬』を逃さないようその状態を保ち続ける。獣が獲物を捉えるための最高の瞬間を黙してただひたすら待つように。

 ただただ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、まーー今。

 自分すら裏切るタイミングで体を動かし、自分とゴーレムの認識をずらす(、、、)

 それだけで。

 ドゴォオオンッッ!!と、まるで目標と目算がずれた(、、、)かのように、ゴーレムの腕は俺のすぐ横の地面を抉る。

 上手くいった。急遽使ったにしてはこれ以上ないぐらいに最高の出来だ。

 このチャンスは無駄にはできない。とどめをさすため俺は右手にある剣を強く握って強く踏み出す。

 

「あ、れ......?」

 

 俺の間抜けな声と共に、すとん、と呆気なく。俺の意思に反し俺の体は後ろに倒れてしまう。

 元々、無理があったのだ、まだ完璧にできてもいない技術を、腕が片方なくてバランスの悪い今の状態でこなそうとしても。

 それを無理に行った結果、簡単にバランスを崩してしまった。

 自分の実力を計りきれなかったため起こってしまった致命的なミス。自分の完全な努力不足。

 この先に待っている未来は誰でも分かる。すぐさま攻撃を再開したゴーレムの豪腕によって俺がミンチにされる。俺自身、それを一瞬覚悟した。

 だが、俺が間抜けな声を出してしまった理由は、そんな現状に絶望したからでもなければ、現実逃避したからでもない。

 

 

 ドスン、と重い音と土を巻き上げながらゴーレムが不自然に前方に倒れ付したからだ。

 

 

 

「な......? くっ!」

 

 目の前の出来事を理解はできなかったが、これが待ちに待ったチャンスと直感した俺は地面を蹴るように体を起こし駆け出す。

 うつ伏せになったことで丸見えになったゴーレムのコアへの接近は、今までの苦労がなんだったのかと言いたくなるほどに簡単だった。

 今度こそバランスを崩さないよう気を付けながら、俺は剣に光を纏わせ《サード・リメイン》をコアに叩き込んだーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ......あっ、はぁっ!」

 

 乱れきった息を整えるのはもう諦めた。

 ゴーレムとの戦闘が終わった俺に降りかかったのは戦闘の疲労感だけではなかった。

 あと少しのところで死んでいたという恐怖、次から次へと訳の分からないことが起こったことに対する疑心、不安。そして、リリの行いに対する、終わりのない自問自答。

 リリはどうしてあんなことをしたんだ......?

 答えがでないことなんて誰よりもわかっているのに、それでも問いを止めることはできない。

 この場で俺が入手したものは二つ。

 一つは今回の目的のアイテムである《宝珠》。この《宝珠》が入手できたということはミウたちも上手く守護モンスターを倒したのだろう。これでこのクエストはクリアとなる。

 だが、俺が気にしているのは、もうひとつのアイテム。

 それは、ゴーレムを倒す要因となったアイテムーートラップであるトリバサミだ。

 

 このトリバサミには見覚えがある。これは《青樹殿》の《水廊室》で俺がシラルさんに教えてもらいながら製作したトリバサミの一つだ。

 このトリバサミの特徴は大型mobにのみ反応するトラップであるということ。大型犬mobを対象にしているのだからそのサイズも大型。刃も相手が固くても確実に挟むような構造になっている。だから今回のようなゴーレムに仕掛けるのはこれ以上ないくらいに効果的だろう。

 だが、このトリバサミは置くだけで設置できるような簡単な仕込みにはなっておらず、トリバサミの他にもロープや多くのものが必要となってくる特別なものだ。

 もちろんそんなに手の込んだ、時間のかかるトラップはゴーレムに追われていた俺にはできない。ならば、誰がこのトラップを用意し、施したのか。

 そんなもの、決まっている。

 この《ガイア》特製のトリバサミを入手、いや、作る(、、)ことができて、なおかつトラップを仕掛ける相手がゴーレムだと断定できる人物。

 

「......リリ......」

 

 まるで俺を助ける(、、、)かのように置かれていたトラップを見つめながら、俺のことを殺そう(、、、)とした仲間の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「コウキ!?」」

「あ......あぁ、ミウ、ヨウト、おかえり」

 

 ゴーレムを倒したあと、あのコンディションのまま一人で戻ろうとすれば間違いなく死ぬと思った俺は、《転移結晶》を使って一足先に43層の主街区《リーエン》に帰ってきていた。

 それから二人にリリのことを相談するため圏外と圏内を区切る門の前で二人の帰りを待っていたのだが、あまりの疲れのせいかいつの間にか眠ってしまっていたらしい。目を覚ました俺は門にもたれ掛かるように崩れ落ちていた。

 軽く頭を振って無理矢理目を覚ます。

 すると視界の左上にメッセージアイコンが出ていることに気がつく、どうやら眠ってしまっている間に届いていたらしい。

 さっと素早くメッセを確認し......息が詰まった。

 

「コウキ、大丈夫だった? コウキのHP一回すごく減ったときあったけど......」

「え、あ、いや......大丈夫、ちょっとへましただけだよ。この通り今も生きてるし、心配すんな」

「じゃあ、リリちゃんはどうしたんだ? さっきから姿が見えないんだけど、今は別行動してるのか?」

「それは......」

 

 今度は言葉がつまる。

 どう説明するか迷う。そもそも俺だってリリが何をどう考えてあんな行動に出たのかはまだ分かっていないのだ。それを中途半端な情報だけ二人に言ってもいいものなのか? それに今のメッセのこともある。

 しかし、その僅かな俺の迷いは、この二人の前では明らかに悪手だった。

 

「......ここじゃなんだ、とりあえず《ガイア》に戻る前にウチで話そう」

「あぁ......」

 

 ヨウトもミウも俺の反応からどこまで察したのかは分からないが、リリがいないことから何か(、、)は想像したのだろう。どこか表情を引き締めながら言ったヨウトの言葉に従い、俺たちは43層の《転移門》をくぐり、42層に移動。そのまま最近俺たちの家にもなっているヨウトの家に向かった。

 俺たちはそれぞれテーブルを囲んでいるソファに座る。ちょうど俺の過去話をした時に近い構図だ。一つ違うのは、今回は四つある席が一つ空いているということだ。

 何から説明したらいいか分からない俺は、起こった出来事をそのまま話すことにする。

 

「......守護モンスターとの戦闘中、リリに背後から攻撃された」

 

 変えようも繕いようもない真実。それを口にした瞬間この部屋の空気が張りつめるのを感じた。

 ミウとヨウト。それぞれが何を考えそんな空気になったのかは分からないが、今はそれを気にできるほど俺にも余裕はなかった。

 そのまま俺は起こったことを事務的に、無機質的にたんたんと話す。

 

 混乱した俺の前に現れた妙な雰囲気の男のこと。

 その後その男とリリいなくなって俺一人でゴーレムと戦ったこと。

 その際、リリが仕掛けたと思われるトラップのおかげでゴーレムに辛勝したこと。

 そしてーー

 

「それと、これがさっき俺に届いたリリからのメッセだ」

 

 リリとは別れたあともまだパーティとして繋がっていた。だから今もリリのHPバーは視界に確認できる。こちらから一方的に切ることもできるのだが、これは唯一残っているリリの安全が確認できる方法だ。切るわけにはいかない。

 俺はウィンドウを可視モードにして二人に見せる。

 そこに映し出したリリからのメッセには、簡素に、しかしこれ以上ないぐらいに怪しく、こう書かれている。

 

 ーー私は43層東端の渓谷に連れ去られました。お願いです、助けてください。

 

 .......誰が見ても分かる。罠だろう。

 この他にも誰か他の人を連れてくれば殺すと脅されている、日時は明朝5時までなど書かれていた。

 のこのことリリを助けにいけば大人数に囲まれてPK。簡単に想像がつく。ここまで分かっていて普通わざわざ助けにいこうとはしないだろう。

 

 ......ここまでのことを一通り話せば、ヨウトがぽつりと小さく言葉を溢す。

 

「その男の口調と雰囲気、覚えがある。多分ジョニー・ブラックだ」

「ジョニー・ブラック.......?」

「あぁ、二人とも知ってるだろ? この世界でも最悪最凶の殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。その幹部の一人だ」

「《笑う棺桶》......」

 

 珍しくミウが負の感情を前面に押し出しながらその名前を口にする。

 《笑う棺桶》。そのギルド名を耳にするようになったのはここ最近のことだが、その実績は凄まじい。

 幹部三人を台頭としながらメンバーの一人一人が狂気じみた振る舞い、行動をし、隠そうともしないその狂気、殺意を辺りにばらまき続ける、悪魔のような存在だ。

 実際その狂気にさらされ、尊い命を落としてしまったプレイヤーは少なくない。いつだったか最近は前線プレイヤーも犯罪者プレイヤーに狙われているという話を聞いたが、もしかしたらあれも《笑う棺桶》絡みだったのかもしれない。

 PK=《笑う棺桶》、そんなイメージが最近のアインクラッドでは常識になってしまうほどに、勢力を伸ばし続ける危険なギルドなのだ。

 そのメンバーの、しかも幹部と関わりをもってしまうとは......自分の運命ながらに不運すぎる。

 

「さて、とりあえずこれで一通り情報は出たな。ここからどうするかは大きく分けて二通りだと思う」

 

 ヨウトは指を2本伸ばしながら冷めた(、、、)声で続ける。

 

「1つ目はリリ含めコウキの仕返しに行く。仲間が刺されたんだから正当性はあるだろ。ただこれは仕返しに行っても報酬は俺たちの自己満足だけ。正直ラフコフを相手にするにはメリットとデメリットのバランスが取れてないわな。それにリリまとめてぶっとばす方針だからミウちゃん向きじゃない」

 

 指を一つ折りながら言うヨウトにミウは何度も頷く。その表情はヨウトが言う2つ目の提案に乗る気満々という具合だ。

 ミウの考えていることは分かる。ミウならば、こんな状況であっても進む方向は一つだろう。

 だが、それと同時に、ヨウトが考えていることもうすぼんやりとだが予測がついてしまった。

 

「それで、2つ目はーー」

 

 やめろ、それは提示してはダメだ。

 その提案は最も簡単で、最も確実で、最も安全で、最も常識的な案。だからこそ、一度言ってしまえば、そちらに流されてしまう。

 そんな俺の願いもむなしく、ヨウトはその案を提示する。

 

 

「ーーこの話はなかったことにして、完全に無視を決め込むこと。この案が俺としてはおすすめかな?」

 

 

 

「......何を、言ってるの......?」

 

 ある程度覚悟ができていた俺とは違って、ショックを隠せないでいるミウ。その表情はまるで呼吸の方法を忘れてしまったかのように蒼白なまま固まっていた。

 それも仕方がないだろう。ヨウトは隠さない言葉の刃に当たり前という毒を塗ってこう言っているのだーーリリなんて知らない。見殺しにしろと。

 

「何って、至極まっとうな提案だよ、ミウちゃん。リリは裏切って俺たちの的に回った。だったらもうどうなろうと知ったことじゃない」

「敵って......! リリちゃんは敵じゃないよ。何か理由があったのかもしれない、実際コウキの話じゃリリちゃんの様子おかしかったんでしょ?」

「かもしれない、だろ? 決定的な理由にはならない。様子がおかしかったのだって人が人を殺すんだから当たり前じゃないか?」

「でもだからってヨウトはできるの!? 今まで一緒に頑張ってきた仲間のリリちゃんを、少しの迷いもなく見殺しにするなんて! 私はできない、そんな真似、もう二度(、、、、)としたくない! リリちゃんが生きてる限り、私はーー」

「助けを求めてなかったら?」

「え......?」

 

 ヨウトの思わぬ切り返しにミウの言葉が止まる。

 一度ヒートアップした互いの思考を落ち着かせるよう間を取るように、いや、駄々をこねる子供を嗜めるかのように、ヨウトは息をつく。

 

「リリが完全に俺たちを裏切っていたのなら、助けなんか求めてるわけないだろ?」

「そんなの、まだ分からなーー」

「もし、リリが強制されて、嫌々コウキを裏切ったのだとしても、それは変わらないだろ? 俺なら罪悪感で押し潰されそうになって、助けよりも死を選ぶね」

 

 極論過ぎる。

 俺、そして多分ミウもそう思っただろう。人の思考はそんな黒と白みたいに単純明快な形はしていない。

 だがそのヨウトの極論は、極論であるがゆえに一概には否定できない。黒と白のように別れてはいないからこそ、グレーも存在するからこそ、ヨウトの極論も内包しているのだから。

 ヨウトの極論は、一面から見れば絶対的な正解だ。中途半端なものはいらないという、ヨウトの考えそのものに則った正解。

 そんな答えの前に、ミウは歯を食いしばってヨウトに相対ーーしなかった。

 ミウはただ、ヨウトが空けた間を使って落ち着けた感情のまま真っ直ぐにヨウトを見返す。

 

「ーーそれでも私は、リリちゃんに手を伸ばすよ。私は、私の自己満足のために、手を伸ばす。大好きな人たちと一緒にいたいから我儘を貫くよ」

「な......」

 

 ミウのあまりにも自分勝手な、それでいて正しい(、、、、)答えに今度はヨウトが言葉を詰まらせる。

 ミウの雰囲気はいつものそれとは違うものだが、意見はいつもと変わらない。さすがはミウだ。いつだってどこだって、正しい道を選び続ける。光のような存在。

 しかしミウのその意見は、この局面において正しいかどうかと問われれば、やはり悪手と呼ばれるものなのだろう。それを理解しているヨウトは話の締めとして俺に意見を求めてくる。

 

「結局、今回の件の被害者はコウキだ。コウキはどうしたいんだ?」

「......俺、か」

 

 ヨウトの問いに緩慢に返す。

 リリのあの行動から、どうにも力が入らない。いや、心に火が灯らない。まるであの剣に塗られていた麻痺毒が心にまで及んでしまったかのように。

 だから、先程までほとんど会話にも参加しなかった。

 ーーだがそれは、先程までの話。

 二人の話し合いを聞いていて、少しずつとだが、話の問題点が見えてきた。

 

「......あくまで、心境としては、ミウに賛成だよ。リリの本心がどうであれ、俺はリリを見捨てたくない。今もまだ、俺の心はリリを仲間って思っているんだから」

 

 でも、と俺は続ける。

 

「現実問題はそうはいかない。あのラフコフ相手に物事を見切り発車する訳にはいかない。リリも大切だけど、俺は二人のことも大切だから」

 

 そう、ヨウトが言っているのはそういうこと。

 ヨウトは俺とミウを大切に想っていてくれている。危険な目に合わないよう、細心の注意をはらってくれているのだ。

 そのために敵となってしまった相手にはどこまでも冷酷に、冷徹に対応する。

 そしてその考えは、俺もかなり近いものを持っている。

 ミウやヨウトには傷ついてほしくない。必要以上にリスクを負わなくてもいいではないか。この世界で死んでしまえばそれは本物の死に繋がるのだから。

 安全第一。厄介事には見て見ぬふり。それがこの世界の常識。力が無い者ならなおさらだろう。

 それなら、俺がすべきことは、決まっている。

 

 

 

「だから、俺はーー」

 

 

 

 ゆっくりと告げた実に俺らしい小心者な意見にミウは不満そうに眉をひそめ、ヨウトは小さく笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 




今日は2話投稿です。
22時に2話目を投稿します。


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57話目 だから薄幸少女はそれを守りたいと涙を流す

真っ赤なおっはなのー♪ トナカイさんはー♪


 SIDE Nick

 

 

 

 

 

 

 

「ーーあら? こんな時間にこんな場所で出会うだなんて......私に何か用かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Lily

 

 私は、昔から運がない方だと思う。

 巡り合わせが悪いと言った方が正しいかもしれない。

 現実世界ではこれと言って特徴の無い......強いて言うのであれば少しお金持ちな家系なことぐらいが私の特徴。そんな薄っぺらい存在が、私だった。

 元々、薄志弱行な気質で自分に自信の欠片もない私。そんな典型的な日本人と言える私は典型的なまま今まで育ってきた。

 そこにコウキさんの過去のような特筆すべき点はない。小学校に入学して、小学校を卒業して、中学校に入学して。ごくごく当たり前な日常を当たり前に過ごしてきた。

 そんなある日だった。ゲーム好きな私の父親が、ソードアート・オンラインを買ってきたのは。

 父は手広い商品を扱っているお店を自営業していた。その商品は食料品、衣類、医薬品、そしてゲームと本当に手広い。デパートとまではいかないが、お店も中々の大きさを誇っていたと思う。

 その繋がりから、ソードアート・オンラインを入手して、一人娘である私にプレゼントしてきたんだ。

 父さんと一緒にゲームをしよう。そう言ってきたのをまだ覚えている。

 なんで父が急にそんなことを言ってきたのかは分からない。もしかしたら単純に私を溺愛していた父が私と一緒に遊びたかっただけなのかもしれないし、中学に入ってからあまり笑わなくなった私に新しい世界を見せたかったのかもしれないし......どちらにせよ、今はもうその真実は闇のなか、父しか知らないことだ。

 

 特別親嫌いでもない私は素直にこのゲームの中に入る。それが悪夢の始まりなんて知らないままに。

 実際、ダイブ直後の私のテンションの上がりようはすごかった。

 見るもの、触るもの、知るもの、全てがきらきらと素晴らしいものに見えたんだ。当たり前な私が、その枠を壊して外側にいけたような、そんな全能感、幸福感に包まれていた。

 この世界でなら私は新しい私に変われる。典型的も当たり前も越えることができる、そう思った。

 

 でも、現実はやはり、現実でしかなかった。

 突如始まってしまったデスゲーム。その時からこの世界のきらきらとした物は全てが禍々しくてどろどろとした別のなにかに変貌してしまった。まるで今まできらきらしていたぶんだけ汚染されていったかのように。

 周りは狂乱の嵐に陥った。

 この世界の毒々しさに耐えられなくなった人からどんどん死んでいく。自らその命を絶った人なんて軽く二桁は見てきた。

 そんな中でも、私はまだ良い方だった。なんと言っても、自らの肉親が、頼れる存在が傍にいてくれたのだから。だからこそ、心の弱い私でもこの世界の最初の辛さを乗り越えることができた。

 私たち父娘は、無理に前線には出ずに、中層と呼ばれる場所で安全に、確実に生き残ることを選んだ。英雄(ヒーロー)になんてならずに、ただ自分達の安全を確保に走ったんだ。

 それは間違っていない選択だったと今でも思う。当たり前で典型的な私には、本当にお似合いで、正しい選択だ。だって私はその時、本当に救われていたから。こんなにも安心していられるのは(英雄)のおかげだって、心から思えたから。

 

 ......だから多分、間違っていたとするなら、それは私の巡り合わせだろう。

 この世界にも慣れてきて、小金稼ぎに父と二人森のなかを歩いていたときだったーーその時、私は出会ってしまった。この世界の三人の悪魔達に。

 その悪魔たちは各々が黒を基調にしたような、いわゆる見つかりにくい格好をしていた。しかも三人とも頭の上にあるカーソルはオレンジ。

 その頃はまだあまり浸透していなかった言葉だけど、今で言う殺人プレイヤーと呼ばれるプレイヤー達だった。

 私がそれを認識する頃には、私も父も、地面に叩きつけられていた。

 それが力技だったのか、憎たらしいあの男の麻痺毒だったのかは、混乱していたこともあって覚えていないけど、これだけははっきり覚えている。

 

 ーー私の父は、私の目の前で、惨たらしく、でも呆気なく、その首を跳ねられ殺されたことを。

 

 その時の感情は、今でもよくわからない。

 悲しかったのか、悔しかったのか、憎かったのか。きっと大きすぎる負の感情に心が耐えきれなくなっておかしくなってしまったのかもしれない。

 肉親が目の前で殺されたんだから当然だ。心が耐えきれなくなっても何もおかしくはない。そんな経験があったからこそ、コウキさんの過去の話には、私も強く憤りを覚えたんだから。

 ......それでも、私の心はおかしくなりきることはなかった。

 あまりの非現実さのせいなのか、ギリギリのところで私の心は理性を残してしまった。ここで理性を失ってはダメだと、私の典型的な部分が歯止めを利かせてしまった。

 ここで前後不覚になるぐらいにおかしくなってしまった方が、私は楽になっただろうに。

 

 このまま私も殺されることを覚悟していると、私たちを襲った三人組は何やら相談を始め、それが終わったかと思えば三人組のうちの一人が私の首を鷲掴みにして持ち上げた。

 そうして私の瞳を覗き込むようにしてその人物は口元を歪める。

 

「Oh......こいつはいいな」

「っ......?」

 

 ぞくり、と。瞳を覗かれただけで背筋が泡立つのを感じた。

 この人はまずい。何があっても、何を差し置いてでも逆らってはダメな人物だ。

 私自身はまだ何もされていないはずなのに、それでも恐怖を刻み込まれる。それだけその人物にはカリスマ的な恐怖が自然と身に付いていた。

 

「えー? なんだよヘッドー? そんな女が好みなのかよぉってうわぁお!? よく見たらめちゃくちゃ可愛いじゃーん!?」

「少し、黙れ。お前の、声は、無駄に、でかい」

「あぁ!? なんだよなんだよなんですかぁ!? 俺ばっか悪者にすんなよなぁあ?」

 

 言葉そのものは喧嘩じみているが、その場に流れる空気はどこか間の抜けた、まるでこれが日常と言うような温い空気だった。

 人を一人殺しておいて、しかも今も首をへし折らんばかりに鷲掴みにしているのに。その上でこんな空気が流れる。そのアンバランスさが私にはどこまで恐怖だった。

 私が体を震わせ始めれば、私からもう興味を失ったのかヘッドと呼ばれた男は私の首から手を離し、重力にしたがって私の体は地面に崩れ落ちる。

 

「ふん、俺はこいつの全てを諦めたような目が気に入っただけさ......気に入ったんなら、お前がこの女を使えよ、ジョニー」

「マジで? いいのいいの? やっふー!」

 

 私の扱いが何の滞りもなく決まっていく。今日の晩御飯は何にしようというような適当さで。私と言う個人の尊厳や体からは自由が奪われていった。

 逃げよう、とは思わなかった。そんなことをしても私には行く先がないし、逃げ出そうなんて少しでも考えてしまえばその瞬間に殺されてしまうことがわかったから。

 そう、私は自分の父親を殺した敵を目の前にしても、自分の保身を優先したんだ。怒りなんかを覚えるよりも先に、自分の体の心配をした。感情的になることもなく、ただただ理性的に。

 その選択は、父と中層で生き残ることを決めた時と同じように、間違っていない。今でもそう思う。当たり前で典型的な私には、本当にお似合いな選択だ。

 そのはずなのに、父と決めたあの選択とは違って、私の心には何の救いも光もなかった。

 

 それから、私の生活は激変した。

 今までの生活が本当に恵まれたものだったことが分かる。分かってしまうほどに、地獄のような日々だ。

 私は狂気的な殺人者三人の(しもべ)となっていた。僕らしく食料集めや細々とした事を行い、時には殺人の片棒を担ぎ、最終的には三人から殺人方法の手解きを受けるほどになっていた。

 元々そういった方向に才能があったのか、それとも指南役の三人が殺人者として優れすぎているからか、私は彼らの性質に引っ張られるようにどんどんその性質を殺人者に変えられていった。

 誰かを傷つけることを躊躇うな、楽しめ。自分の快楽となるほどにそれを染み込ませろ。決して心は殺すな、心を生かし、殺すその瞬間の感覚に身を投じろ。

 そんなことを毎日毎日毎日毎日毎日毎日。ずっと言われ続けた。

 

 VRという世界、医療観点から多いに関心を得ているという話を聞いたことがある。

 どんな美しい光景も、どんな憩い空間もデータ次第でいくらでも構成可能なこの世界は、患者のメンタルケアに非常に強く効果がある、可能性があると言われている。

 それは、この世界はある意味では、心と心が真っ向から向かい合える空間だからだと思う。体がないからこそ、隠し事なんて不可能。心のあるがままに他人と接する、だからそれは最高のメンタルケアに繋がる、かもしれないらしい。

 つまりこの世界は、心に直接影響を与える可能性を秘めているんだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 三人組のリーダーーーPohが私に行ったのは、その悪い意味。

 心を改変してしまうまでに至る洗脳だ。

 Pohはその実力だけでなく、知能も優れている。その膨大な知識のなかには人の心にある方向性を与えるような洗脳技術まであったんだ。

 日常的に目の前で人が死に、時には私自身の手が加わることもあった。

 最初こそそれに拒否感、忌避感があったはずなのに、日を追うごとにそんな感覚は薄れていき、わずかにだが、本当に快感を覚え始めている自分がいた。本当に少しずつ、少しずつと回ってくる毒のように、悪魔たちの思考、技術は私を蝕んでいった。

 

 ......ある意味、私と殺人というのは相性がよかった。

 当たり前で典型的な自分自身を壊したかった私には新鮮な空気を与えられて、そのせいで私自身活性化してしまったのかもしれない。

 そんな考えが脳裏をよぎって、自分が分からなくなって、自分が消えてしまいそうで怖くなった。

 その恐怖を消し去るには、新しい感覚ーー快感が必要だった。その快感を求めて、私はまた殺人に身を投じていく。

 殺人を否定したいから殺人を犯す。それに矛盾を欠片も覚えないほどに、むしろ快感を覚えてしまうほどに、その時の私は壊れてしまっていた。

 

 そんな、半分壊れてしまっている私のその当時の殺人方法は、私が一人フィールドで助けを呼び、駆けつけたプレイヤーを待ち伏せていた殺人プレイヤーで取り囲み殺すと言う方法だった。

 その頃には私と三人だけではなくさらにメンバーが増えていて、私自身部下のようなものができていた。

 私が囮になって、殺すのは他のメンバー。それがいつもの殺人の流れ。

 ......もしかしたら、まだぎりぎりのところで、私は自分の手が汚れるのを躊躇っていたのかもしれない。くだらない、私の両手はもう取り返しがつかないぐらいに汚れきっているのに、そんなときになっても私はまだ自分の体裁を気にして、しかも誰かが助けてくれるかもそれないなんて、淡い期待をしていたんだ。

 だから、その日の殺人で区切りをつけようと考えていた。

 私自身の手でプレイヤーを直接殺して、全てを終わりにし(始め)ようと。もういらないことを考えなくてもいいぐらいに、この世界に完全に浸かりきって楽になるために。

 この世界に優しさもなければ英雄(ヒーロー)も、もういない。それを納得するために。

 

 ある二人組のパーティを見つけ、今回の目標はあれにしようと決める。

 そのプレイヤーたちの先回りをすれば、私は部下に指示を飛ばし、部下たちはいつでも囲って襲えるように茂みに隠れ、私は一人フィールドに取り残されてしまったかわいそうなプレイヤーを演じる。

 あとはそのパーティを待つだけ。これでプレイヤーたちが進行方向を変えてしまったり、他の道を行ってしまったらお笑い草だけど、この道はほとんど一本道だ。だから私たちは待っているだけでよかった。

 しかし、その日はイレギュラーなことが起こってしまう。

 何かのトラップだったのか、それともただの偶然か、一人迷っているふりをしていた私の回りにmobが連続ポップしてしまった。その数は、とでもじゃないけど私一人では対処できるものじゃない。

 思わぬ出来事にまだ残っていた私の当たり前の部分が恐怖し、悲鳴をあげる。こんな私でも、いやこんな私だからこそ、死への恐怖は誰よりも強かった。

 すぐさま待ち伏せをしている部下に助けるよう命令しようとして、すぐに諦める。トップの方針として、自分の危険は自分でなんとかしろというものがある、弱肉強食ということだ。だから今ここで助けを呼んだところで意味はない。

 ......結局、こういうことなんだ。この世界に、優しさなんて存在しない。あったとしてもいとも簡単に摘み取られてしまう。それにこんなに汚れて黒くて人間のくずと言っても過言じゃない私を助けようだなんて、神様でもしないだろう。

 ここが当たり前で典型的な私の終着点。勇気をひとつも絞らずに、ただ楽な方へ流され続けた私の終わり。

 これもまた、私にはお似合いだと思った。

 

 

 

 でも、私の物語はまだ終わらない。

 何故なら、私の前に本物の英雄(ヒーロー)が現れたから。

 先程まで狙っていたプレイヤーーーコウキさんとミウさんが私をmobの凶刃から救ってくれた。

 そこからは二人の英雄の大立ち回り。襲ってくる次々とmobたちを隙なく倒していく。

 

「君、転移結晶は!?」

 

 そのなか、コウキさんが私に声をかける。もしものことを考えてn私に逃げるよう言いたかったのだろう。

 コウキさんの姿に見惚れてしまっていた私はようやくそこから思考が回り始める。だけどそのせいで、ついいつも通りの返事をしてしまう。

 

「......あ、あの、転移結晶が使えなくて.......」

 

 この返事は、私がプレイヤーを釣るときに使う定型文だ。使えるかどうかなんて試していない。

 頭が回っていないときに聞かれてしまったため口に馴染んだ台詞が出てきてしまった。

 そのまま間違った状況に納得してしまった二人は、どうしようもない私を助けるために奮闘する。

 その結果、そう苦労した様子もなく二人はmobの群れを撃退する。

 強い、と思った。おそらくこの強さは最前線クラスのプレイヤーであることをすぐに理解した私は、離れた位置に待ち伏せている部下に間違っても襲わないよう指示を出そうとしてーー唖然とする。

 こんな、命を助けてもらった相手に対してまで、私はそんな思考しかできないのかと。自分の恐ろしいまでに汚くなってしまっている思考に、怒りよりも空しさを覚えてしまう。

 

「そのローブ取ってくれないかな?」

 

 そんなときに、ミウさんにそう言われる。

 私は今隠密性能の高いローブを纏っている。それは殺人ギルドの一員としてあまり人に見つかりたくない、顔を覚えられたくないと思っての装備だった。

 この二人にも下手に顔を覚えられると、自分や他のメンバーが動きにくくなるかもしれない。それまでの私なら間違いなくそう考えていた。

 でもなぜだろうか。その時、その瞬間に限っては、この二人に顔を覚えてもらいたい。名前を知りたい。名前を知ってもらいたいーー関わりたい、と、あの三人に拾われたあのときからは考えなくなっていたような、そんな考えが浮かんできた。

 それは今考えれば、少しずつと私の心に限界が来ていたのだろう。助けてほしくてもそれを言えなくて。ずっとずっと溜まり続けていた声が、行動として現れてしまった。

 そうして私は、自分の顔を、名前を二人に明かす。

 必死に、光に手を伸ばすように。助けてと、二人に行動で伝えるように。

 それが、私の物語の中で、最も間違った(、、、、)答えだとも知らずに。

 

 

 

 それから、私は全てを黙ったまま、コウキさんたちと行動を共にした。

 私は甘えていたんだ。コウキさんたちが本当に底無しの優しさを、暖かさを私にくれるから、あの場所が居心地よくて、すぐに離れないといけないと分かってるのに、どうしてもできなくて。

 そんな私が、コウキさんのことを好きになるのには時間はかからなかった。もしかしたら出会ったあの瞬間から、もう私はコウキさんを好きになっていたのかもしれない。

 私がコウキさんたちと行動をし始めてから、コウキさんたちには手を出しにくいのか、ギルドからの連絡や接触は完全になくなった。それも手伝って、私はいつからかずっとコウキさんたちと一緒にいられる、そんなことを考え始めてしまっていたんだ。

 

 もちろん、そんなことはない。そんなのは、私の妄想だ。

 しばらくすれば、またギルドからの私にコンタクトがあった。内容は、コウキさんたちの同行を伝えろというもの。

 なんで今さらまた私に関わってくるのか。もう放っておいて、私はあんな場所に二度と戻りたくない。そんな強い怒りは、一瞬しか沸いてこなかった。

 すぐに私の思考を支配したのは、あの思考も肉体も何もかもを縛られてしまうかのような、抗いようのない恐怖。

 それに負けた私は言われた通りコウキさんたちの同行を逐一報告するしかできなかった。

 それからはとにかく罪悪感と不安感にさいなまれる日々。コウキさんたちを裏切りたくなくて、でもギルドに逆らうこともできなくて、どうにかしようと考えても答えが出ないまま、私は無為に日々を過ごしてしまった。

 

 そうして、私の『罪』は、ついに具現化する。

 私が考える限り最悪と言えるほどに、残酷で凄惨な形で。

 

 その日ーー昨日の早朝、私にひとつのメッセが送られてくる。ここ最近恒例となっていた情報交換、私の『持ち主』に当たるジョニー・ブラックからのものだ。

 また私の精神を抉るような言葉が並べられているのだろうか、と気を重くしながらウィンドウを開けば、やはり想像通り、しかし想像以上の文章が私の目に飛び込んできた。

 メッセの内容は、コウキさんを殺す手段とその手順。

 一瞬、本当に息が詰まった。

 脳が理解を拒むが、それよりも早く心が納得してしまった。

 あぁ、これが私への罰なのかと。

 私は目の前が真っ暗になるのを感じながら、自分のあまりの滑稽さと間抜けさに一人笑いだしてしまう。

 だって、そうじゃないか? あのギルドがコウキさんたちの同行を気にすることから、コウキさんたちを狙っているのは明らかだ。それを怖いからと言う理由で私は情報を与え続けて、いつかこうなるのは誰だって分かる。その事実から目をそらして、バカにもほどがある。

 ふざけるな。何がコウキさんを殺す方法だ。そんなものを私にしろっていうの!?

 怒りが沸々と、マグマがせりあがってくるみたいに沸いてくる。今回(、、)は怒りを覚えることができた。

 でも、それも心だけ。体はやはり恐怖のあまり言うことを聞いてくれない。

 体が恐怖で震える。それに呼応するように怒りで熱くなっていた心もどんどんその温度を落としていき、最後には体と同じで震えてしまった。

 それが、私がすべてに負けてしまった瞬間だった。

 

 それから、私は打てる手はすべて打った。

 このままギルドの思う通りになんてさせないために、コウキさんを呼び止めたり、指示されたコウキさんを殺す方法から逆算して色々な可能性を考えてトラップを仕掛けておいたり。

 もちろん、私自身がコウキさんに剣を向けないよう努力した。震え上がってしまった心と体に鞭打って、決して負けないように固く固く壁をつくって。

 それでも......ダメだった。

 私は守護モンスターとの戦闘中、ジョニー・ブラックの姿を視界の隅で確認しただけで、いとも簡単に手のひらを返して、コウキさんに剣を突き刺した。

 私は、何をしているんだろう? 私は、コウキさんたちにあれほど優しさをもらったのに、それに対して私は何をしてしまったんだろう?

 やっと守りたくて大切な居場所ができたのに、私は誰でもない私自身の手でそれを壊してしまった。自分の心の弱さを言い訳に、全てを壊してしまった。

 今でも、私に刺されたときのコウキさんの表情が頭に染み付いて消えない。あんな表情が見たいんじゃない。一緒に小さな笑顔を浮かべるくらいの、ささやかな幸せを望んでいたはずなのに。私がたどり着いたのはこんな暗闇。

 これが、ここが私という救いようのない惨めな人間の終着点。当たり前で典型的、それ以下の、ただのクズの終わりーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーそして、時間は『今』に戻る。

 視界に映るのは茶色や黄土色ばかり、見渡す限りの岩場だ。時おり見つける緑もほとんどが岩の隙間や隅に生えている苔のようなものだけ。それもそのはず、ここは高い崖に挟まれた峡谷だから。

 切り立った崖に潰されるように挟まれた底にある道は、感じる雰囲気よりも広く、私以外にも何人もギルドのメンバーがいる。それでも動くのには不都合はない。

 でも、私だけはそんな自由を得られない。

 

「リーリちゃん?」

 

 軽快な.....いや、もはやおちゃらけたと言った方がいい声と共に、私の肩に馴れ馴れしく腕が回される。

 それだけ、ただ、それだけのことだけれど、私の身体は恐怖に凍ってしまう。

 そんな相手は、この世界で一人しかいない。私の『持ち主』であるジョニー・ブラックだ。

 

「こうやって絡むのも久し振りだな~? 勝手にどっか行っちゃうから寂しかったんだぜ?」

「そう、ですか......」

 

 この声、この雰囲気、この人が発する全てのものに私の心が削られていく。ラフコフと一緒に行動していた数ヵ月で、私の心はこうまでも調教されてしまっていた。今考えてみれば、私がヨウトさんのことが苦手なのはどことなくジョニーと雰囲気が似ていたせいかもしれない。しかし、それが今わかったところでなんの意味もない。

 このまま、恐怖に負けて全部放り出してしまいたい。全部楽な方向流れて、作られた感情に身を任せてしまいたい。

 

「でもさぁ? リリちゃんが一緒にいたからどんな奴かと思えば、あんな甘ちゃんかよ、ちょっとがっかりだぜ。ぷははっ、覚えてるかよ? リリちゃんが刺した時のあいつの顔。今年の爆笑ランキングトップに入るよあの顔は」

「......相変わらず、趣味が悪いですね」

 

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 私がコウキさんに出したメッセはジョニーに言われて出したものだ。守護モンスターを使ってコウキさんをPKできなかったから、方針を変えたらしい。

 コウキさんはとても優しい人だ。それと同時にとても合理的な考え方をする人だ。だからあんなメッセを見てわざわざリスクを犯してまで私を助けに来たりはしないだろう。そしてそれはヨウトさんにも同じことが言える。

 でも、ミウさんだけは別。ミウさんは損得勘定なんて一切考えずに私を助けに来る可能性がある。

 

「まぁまぁまぁ! そう言うなってリリちゃん。俺もちょーーっとは反省してんだよぉ? まさかリリちゃんがあんなに頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃうなんて思わなかったからさ?」

「......私自身が手を加えることはあまり......なかったですから」

 

 これ以上コウキさんたちを巻き込むわけにはいかない。だから、私は諦めたりしてはいけない。

 私があの場所に帰れるだなんて甘い考えは持っていない。それでも、私はあの場所を守りたい。これ以上余計なものなんて絶対に加えさせない。

 でも私にできることなんて、たかが知れている。そんな私ができる最善手は何か。それを考え続け、考えたそれを最高のタイミングで実行しなくてはならない。

 その結果、私自身が死ぬようなことになっても......コウキさんたちのためならばそれも本望。それぐらいの覚悟はとうにできている。

 

「ジョニーさん!! 目標来ました!!」

 

 偵察をしていた部下が一人報告にやってくる。それを聞いたジョニーはにやにやと楽しそうに笑う。自分の思惑通り話が進んでいるのが楽しくてしかたがないのだろう。

 

「人数は?」

「二人です。他に潜んでる奴はいないみたいです」

 

 この峡谷は基本的に一本道だ。だから見張る方向は二方向のみでいい。

 挟撃されれば苦しい状況になる地形だけど、私たちがここにいることはコウキさんたちしかいないし、挟撃するための必要な人員を集めさせないためにジョニーはコウキさんたちに時間を与えなかった。

 そして、ここに来たのは二人......一人はミウさんだとして、もう一人はコウキさんだろうか? ミウさんに押しきられる形で私を助けに来てくれた?

 いや、誰だって構わない。誰であろうと、こんな悪魔の巣窟のような場所に飛び込んでしまえばただでは済まない。

 せめて、ミウさんたちが逃げれるよう場をかき乱さないといけない。

 恐怖なんてどうだっていい。感情なんてすべて捨てろ。今動かなければ、私は本当の意味であの暖かい場所を失うことになる。あの場所以外は、どうなったって構わないーー!

 

「あぁぁあああああああ!!!!」

 

 私は絶叫する。なけなしの勇気を、張りぼての覚悟に変えるために。

 私は震える手で短剣を掴みとり、至近距離からジョニーに振るった。

 その攻撃はいつもの私からは考えられなほどに練度の低い、単調でキレのない攻撃。それでもこの距離だ。最低でもジョニーや周りの部下の意識を私に向けるぐらいはできるはずーー!!

 

「......おいおい、リリちゃん? そのナイフテク、教えてやったのは誰だと思ってんの? 俺にそんなの当たるわけないじゃん」

「え、あ、う......くぁっ、ぐぅう!!」

 

 しかし、私の淡い光は、簡単にかき消される。ジョニーは私の攻撃を身を捻るだけでかわせば、そのまま私を組み敷き地面に叩きつけた。

 上からの急な圧迫に肺から息が押し出される。現実の私の身体には何も変化がないはずなのに、酸素が回らないで体が強張るような感覚を覚える。

 殺意が込められたジョニーの目が近づき私の心は完全に、折れる。死への恐怖、殺される恐怖、独りであることの恐怖多くのものが駆け巡る。恐怖という闇に思考が包まれ、思考に収まりきらない恐怖が涙や体の震えという形で出力されていく。

 体の芯が冷えていき、脳の中心が変にしびれていくような感覚に、本当にもう完全に折れてしまったことを自覚する。

 そんな私のなかに最後に残ったのは、分かりやすい後悔だった。

 

「さーって、リリちゃんはどうしようかーなー? また前みたいにリリちゃんの反応がなくなるまで切り刻むのも楽しいだろうし」

 

 ーーなんで、あんなことしてしまったんだろう。

 恐怖に負けたから、私が弱いから。そんな理由から、私はコウキさんを刺した......いや、殺そうとした。

 大好きで大切で、絶対に失いたくない。そんな場所を、壊してしまった。

 

「いやいや、そもそもあいつらを呼べたのならリリちゃんはもう用済みか? それなら今日こそ殺してみるのもいいかも。はははっ、高まってきたよぉ? どこを切られたい? 腹か? 顔か? それとも胸? 首?」

 

 そんなこと、もう不可能だ。分かっている、期待なんてしていない。

 世の中は、この世界はそんなに甘くなんてない。

 それでも、どうしても、考えてしまう。走馬灯のようにその光景が浮かんでしまう。

 もう一度、名前を呼んでほしい、もう一度、笑いかけてほしい、もう一度......頭を撫でてほしい。

 

「そーだ! 目標が来た時に合わせて殺してやることにしよう! だったら今はまた顔ぐちゃぐちゃになるまでなぶってやるか」

 

 ジョニーが自らの短剣を振り上げた瞬間、震えた空気しか漏らせなかった私の口から声が響き渡る。

 この期に及んで、都合が良いことは分かっている、それでも、私は叫ぶ、助けを、大好きな人(ヒーロー)の名前をーー!

 

「コウキさんーー!!」

 

 

 

「リリぃぃいいいいいいいい!!!!!」

 

 

 

 ーーそして、全ての条件を無視して、英雄(その人)はやってくる。

 私の叫び声をかき消すほど大きなその声と共に、峡谷にさらに大きな金属音が鳴り響きジョニーの剣が大きく弾かれた。

 恐怖のなか、もうどうにかなってしまいそうだったけれど、目だけは閉じなかった。だから、私にはこのありえない現状が正しく理解できていた。

 どうして、なんで来たのか。こんな私のことなんて放っておけばいいのに、こんな私のことなんて忘れてしまえばいいのに。

 その人がやっていることは、10人いれば10人が馬鹿だと評する愚行だろう。私だってそう思う。こんなことをしてもなんの意味も価値もないのに。

 それでも、私はもう一度呼ぶ。今度は嬉しさのあまり震えてしまう声で、私の大好きな人の名前を。

 

「コ、ウキさん......っ」

「おう、待たせて悪い、リリ」

 

 コウキさんは笑う。いつものように、私がしたことなんてなかったかのように。

 ーーここから本当の意味で始まる、私の物語。その予兆を感じ取って、そして願い続けていたその笑顔の前に私は嗚咽を止めることができなかった。

 

 

 

 








ーーそうして、少年は新しいステージに上がる。確かな力と、強固な精神を携え、物語の主人公へとーー


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58話目 力無き少年は立ち上がる。薄幸少女の涙を悲しいもので終わらせないために

 全てを飲み込んでしまうかのような大地の割れ目。その割れ目を見下ろしていると自分の覚悟や体まで飲み込まれそうになる。それを拒否するように俺は右手に携えた剣を強く握る。

 ここ43層東端の渓谷ーー《ドロアの大渓谷》はこの世界でもそうはお目にかかれないほどの自然の雄大さを感じさせる場所だ。

 それ故に景色も絶景中の絶景だが、その立地の悪さ、そして大したイベントがないことからこの場所だけ層の賑わいから隔絶された別世界のように感じる。

 そんな場所だからこそ、奴等も溜まり場のひとつとし、また俺たちとの待ち合わせ場所にしたのだろう。

 敵の数はここから肉眼で確認する限り10と少し。もしかしたらまだ壁際に隠れているかもしれないが......多分、このぐらいなら問題ないだろう。

 

「そろそろか......」

 

 ピピッという軽快な電子音とともにメッセが届く。ミウからだ、もう準備ができたと報告が来る。

 覚悟はここに来るまでに充分してきた。あとは、全てを動かし始めるだけ。

 小さく息をつきーー俺は一歩前に足を踏み出した。

 何もない、崖の外へと。

 一瞬の浮遊感。そのあとすぐに襲ってくるのは体の奥底から冷えてしまうような恐怖と、体内の臓器が全て競り上がってくるかのような不安感。

 俺の体は重力にしたがって崖のそこへと垂直落下していく。

 怖い。とにかく怖い。もしもひとつでもミスをすれば俺はこのまま地面に激突からのあの世行きコースは決定だ。

 それでも、やめようとは思わない。

 今でも頭のなかはぐちゃぐちゃで、何が正しいのかなんて微塵もわからない。分かっていることと言えば、俺が今していることは10人いれば10人が馬鹿だと評するような行為だということ、そして。

 俺の中に、リリを見捨てるなんて選択肢は、最初からなかったということだけだ。

 ゴォオオオオとすごい勢いで景色が前から後ろへと通りすぎていくなか、絶対に体が絶壁から浮かないようない体勢を整える。

 底まで残り10メートルほどになったところで、俺は外壁に足をつけ、勢いのまま走る(、、)

 《ウォールラン》という《疾走》スキルを取っていることで可能になる技術だ。このスキルのお陰で短い距離だが壁を走れるようになる。

 上空から降ってくる俺には誰も気づかない。当然だ、普通人が崖から飛び降りてくるとは考えないだろう。だからこそ、俺からは峡谷の底の状況が手に取るようにわかった。

 今の状況は単純明快。リリがあのパンク男ーージョニー・ブラックに襲われているところだった。

 

「リリぃぃいいいいいいいい!!!!!」

 

 感情が赴くままに、そして少しでもジョニー・ブラックの意識を俺へと向けるために俺は叫ぶ。

 高速で垂直落下走行していた俺は最後に壁を思いきり蹴る。重力を無視するかのように体にかかる力の向きを下から横へと変える。

 体がねじきれるかのような負担がかかるが、知ったことではない。無理矢理進行方向を変えた俺は勢い全てを乗せて剣を振り切る。

 俺が剣を振り始めてから間違いなく最速最高の威力を誇る剣閃がジョニー・ブラックが振り上げていた短剣に走る。それはもはや剣閃というよりも砲弾と言った方が正しい。

 そんな力の塊である俺の剣閃は何に妨害されることもなく、ジョニー・ブラックの短剣を簡単に弾き飛ばす。そのまま俺の体は地面に向かって放り投げられるが、ジョニー・ブラックの剣を弾いたことにより幾分速度が落ちている。俺は今しがた振った剣をそのまま地面に突き立てブレーキをかけるようにして体にかかる勢いを殺す。

 無理をしてしまったせいかブレーキ代わりにした剣にはすぐさまヒビが入り、折れたかと思えばそのまま光の粒子に変わってしまった。耐久値に限界が来てしまったのだろう。だが構わない。今折れたのはついさっき店で買ってきた安物を装備もせずにただオブジェクト化して使っていたものだ。

 俺は背後に庇うようにリリとジョニー・ブラックの間に割って入り、背中に携えている愛用の片手剣を引き抜きジョニー・ブラックに相対する。

 

「コ、ウキさん......っ」

「おう、待たせて悪い、リリ」   

 

 後ろから震えながらも安堵するようなリリの声が聞こえ、顔だけ後ろに向け微笑む。

 そのリリの声を聞いて、本当によかった、俺は間違っていなかったと思った。

 リリを助けるという話になっても、やはり一度刺された記憶というのは俺の心にしっかり刻み込まれていた。

 怖かったんだ。もしかしたら助けに来てもやはりまた襲われるかもしれない、そんな可能性に俺の心は怯えていた。

 だから、よかった。

 リリを信じて、ここまで助けに来ることができて。致命的になる前に、リリの味方になることができて。

 

「ひひひっ、かっくいー。まさにヒーローみたいな登場の仕方だ」

「......お前がジョニー・ブラックか?」

「うんうん、そうだよぉ? 昨日ぶりだね《奇術師》サン? ヘッドに言われて半信半疑だったけど、まさか本当に来るとはねー......でもーー」

 

 キィン、と金属が擦れるような音や下卑た笑い声が辺りから数多く聞こえてくる。気付けば俺はラフコフのメンバーにぐるりと囲まれていた。

 その光景はいつかのポンチョ男相手にヤマトと共に戦ったあの状況を思い出させる。

 自分が武器を握っていないことを加味しても、自分が有利な立場になったことを理解したのだろう。頭陀袋を被っているため表情は分からないがジョニー・ブラックの雰囲気がどこか緩んだものに変わるのを感じる。

 

「ここまでリスク負ってぇ、リリちゃんを助けに来る意味なんてあったのかなー?」

「仲間をいたぶろうなんて思考してるお前たちには分からないだろうな」

「ひゅぅ、言うね......じゃあその意味ってのを俺たちにも分かるように教えてくれよ!」

 

 その言葉が、この場を動かす引き金となる。

 総勢10人以上という馬鹿げた数のオレンジプレイヤーが一斉に俺に向かって襲いかかってくる。

 俺に向けられる狂気とも言えるような数々の殺意、脅威的な数々の武器。ポンチョ男のときとは違って逃げることは許されない上にリリを庇いながらの戦いになる。

 それでも。

 

「ジョニー・ブラック。お前、戦略とか苦手だろ?」

 

 俺は不敵に笑みを浮かべながらリリを守るように敵の攻撃を一つ受け止める。

 それだけで、俺とリリに襲いかかっていた凶刃はそのほとんどが持ち主と共に吹き飛ばされていた。

 

「ミウさん......ヨウトさん......っ?」

 

 リリの様子から二人が予定通りの動きで突入してきてくれたことを知る。

 俺を囲っていたオレンジプレイヤーはそのほとんどがミウとヨウトによって俺から離され、今俺に向かって来るプレイヤーは二人だけだ。

 この程度の人数であればリリを守りながらでも対処可能だ。

 そもそも、ジョニー・ブラックはここに二人のプレイヤーが来ることを知っていたはずだ。ならばその二人に対して何人か刺客を送りこの場への到着を遅らせ、その間に奇襲を仕掛けた俺を倒し地盤を固めるのが定石。

 それを俺に対して仲間を全員向けてしまったに留まらず、こんな狭い空間で俺を囲むようにして陣形を取ったのも頂けない。

 この峡谷は広いといっても十分と言えるほどに空間を確保できているわけではない。それなのにわざわざ動きにくくなる陣形を取る、ジョニー・ブラックが取れる手段でも下の下だろう。

 

 だがトップが指示を出すのが下手でもその部下の動きはいい。先程から俺の動きを封じようと鍔競り合いに持ち込もうとしたり、コンビネーションを活かして足を狙ってくる。

 しかしリリが背後にいる以上後退はあまりできない。だから俺は右手の剣と左手の拳を使って敵の二人から距離を取りながら戦う。

 

「どう、して......どうして、来るんですか......?」

 

 右から片手剣で斬りかかられるのをステップで小さく左にかわし、続けてもう一人の敵が突進してくる。強引に鍔競り合いに持ち込む気だ。

 それに対して向かってくる敵に向かって一度剣を振って牽制、敵の動きが止まったところを《閃打》を打ち込み無理矢理距離を取る。さらに拳を突き出した勢いそのままに体を回転させ最初に剣をで斬りかかってきた敵に逆に斬りかかる。

 

「私に、意味なんて......価値なんてないのに......なのに、どうして来るんですか!?」

「価値がないなんて言ってんじゃねぇ!!」

 

 俺は力強く叫ぶ。それに意識を向けてしまったせいで一度相手の攻撃がかすってしまうがそんなことは気にならない。

 これだけは、絶対に言っておかなくてはならないから。

 

「リリ! 俺たちがどうして命かけてここに来てると思ってるんだ!? どうして一度刺した相手を、こうして体張って守ってると思ってるんだ!? もうその時点で俺たちはお前って存在を全力で肯定してんだ!! リリに価値がないなんて絶対に誰にも言わせない!!」

「そうだよ!!」

 

 俺の叫びに呼応して、今度は剣を流麗に振りながらミウが叫ぶ。

 

「リリちゃん! 今度はもっと話そうよ! もっとリリちゃんの話、私は聞きたいの! もっともっと話し合って、今度は本当の意味で、友達に......ううん、親友になりたい!」

 

 ミウはいつものように、絶対に見捨てない。理不尽な理由で死の瀬戸際に追い込まれた人に手を伸ばし続ける。困っている人の希望であり続ける。光であり続ける。

 そんな中に、ヨウトだけは黙ったまま冷めた目のまま淡々とラフコフのメンバーと戦闘を繰り広げているが......それは今は仕方がない。

 

「コウキ、さん......ミウさん......っ」

 

 俺たちの心からの叫びを聞いてリリは涙を流す。その姿は見えないがそれでもリリの中にあった何かが溶けて涙として流れていっているのは確かに感じた。

 ......この世界に来てもうすぐ一年。俺はその時間のほとんどをミウやヨウトと一緒にいて、ボロボロになりながらも支え合ってここまで来ることができた。

 でも、きっとリリは違う。一人で多くのものを抱え込んで、壊れそうなほどの恐怖と一人で戦って、すべて投げ出したくなってもそれもできなくて。

 そんな長い時間をリリは強いられてきたんだ。

 その事実が、それに気がつけなかった自分が、悔しい。

 もうリリはこれ以上苦しむ必要なんかない。だから。

 

「お前らは......退いてろぉ!!」

 

 再び俺の足を狙ってきた剣戟を素早くかわし腰を落として逆に相手の足をローキックで刈る。

 体勢を崩した相手の顔面に《閃打》を叩き込み地面に沈める。もちろんそこで動きは止めず、刈った足で踏み込み後ろにいる敵に向かって大きく跳躍。距離を潰して背後に向かって斬りつける《ディメンションズ・ネイル》を敵の片手剣に当て体ごと吹き飛ばす。

 邪魔な奴等は振り払った。せめてリリだけでも先に逃がすことができればーー

 

「っ、コウキさん! 危ない!!!」

 

 え? と声を出す暇もなかった。

 まるで蛇のように、ぬるりと人間の関節を感じさせないような滑らかな動きでジョニー・ブラックは俺の懐に潜り込んできた。

 

「俺のこと、ちょっと舐めすぎじゃない~?」

 

 そうして、また緊張感ない気の抜けた喋り方のまま、ジョニー・ブラックは俺に向かってまさしく不可視の領域に達している剣閃を放ったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Nick

 

「それデ、なんでお前はこんなとこにいるんだヨ?」

 

 心半分気分よく、もう半分は気分悪く。そんな不思議な心境で私たちはある場所に向かっていた。

 ここ最近、私がこれほどまでに気分がよくなったことはない。それこそこの世界に来てからでも上位に食い込むほどに良いことがあった。

 だから今日一日くらいは剣を忘れて、貴重な紅茶でゆっくりと時間を過ごすのも悪くないーーと思いたいのだけれど、現実はなかなか私を甘やかしてはくれない。

 そもそも私に起こった『いいこと』というもの自体が、もう一方の悪いことが起こるからこそ誘発的に起こったものだ。分けて考えることができないのが非常に歯痒いところ。

 しかし、その『悪いこと』というのも私自身にとってそう簡単に片付けることができない大きなものであることもまた事実。それをどうにかしようと今行動に移してはいるものの、やはり心のバランスというものは難しい。

 嬉しさ憎さが入り交じったため息を小さくついたところに、先程の問いかけが飛んできた。

 

 今回の目的地への同行者である情報屋、《鼠》ことアルゴ。彼女に視線を向けるとそんな緩慢とした私の反応に気分を悪くしたのか僅かに私を見る目に力がこもる。

 そんな彼女の反応も少々面倒くさく思い、髪をかきあげる。

 

「なに? 貴女そんなにあの子たちに懐柔されたの? 情報屋なら変に特定のプレイヤーに感情移入しない方がいいわよ」

「......そんなの言われなくても分かってるヨ。だガ、情報屋としては有力なプレイヤーがみすみす死ぬようなことはなくしたいんだヨ」

「そ、ならコウキたちの心配ばかりしていないで、今も頑張って前線に挑戦している攻略組のために動いた方がいいんじゃないかしら?」

「オレっちだって今からほとんど死にに行こうとしてるバカたちを知っちまったら無視なんてできないんだヨ」

 

 結局、感情移入してるじゃない。その一言は飲み込んでおくことにした。

 それを言ってしまえばまた面倒なことになってしまうし、彼女の言い分も分からないものではなかったから。

 あの子たちーーコウキとミウはこの世界でも少々異質な存在だ、というのはここ最近の私の感想だ。

 この世界に来てしまってその性質が変質してしまった者、捻れてしまった者、そんなのは多くいる。いや、程度に大小の差があるだけで全員と言ってしまってもいいかもしれない。

 だが、あの二人はどこか違う。

 コウキは、まるでこの世界に来て、時間と共に元々あった『異常』が無くなっていくかのような変化を見せていった。そんな良い変化はをこの世界で得ることができた人物なんて私はコウキくらいしか知らない。弱かった子供が強い大人へと成長していく......そう、成長だ。コウキの変化を表す言葉としてこれ以上に的確な言葉はないだろう。

 そんな面白い変化を見せられたからこそ、私もどこか彼を気にかけている。

 

 そして、ミウ。ミウは......ひどい。

 彼女の性質と、この世界の性質そのものが、この世界と合わない。それも致命的で、決定的なまでに。

 だからこそ、彼女はあそこまでーーいや、これには私も原因があるのだから、無責任に決定付け切り捨てていい問題ではない。

 

 そんなアンバランスな二人だからこそ、おそらく多くの人間があの子たちを気にかけ、放っておけないと考えるのかもしれない。

 それはもちろん、アルゴも私も、例外ではない。

 その事実に今更ながらため息をつき、私も懐柔されているではないかと唸りながら彼女に返す。

 

「心配なんて無用よ。あの子たちはもう十分強い。妙なフォローなんてすればそれこそ邪魔になるくらい。それはもうさっき確認したから間違いないわよ」

 

 早朝よりは深夜に近い時間。約束の場所にコウキは現れた。

 私がそこにいるだなんて知らなかっただろうに、それでも彼は来て、言った。

 

「時間がないんだ。もう悠長なことは言ってられない。俺には、仲間を守る力が必要なんだ。いつかとか、そのうちとかじゃなく、今すぐに。だから、試しに来た......頼む、ニック」

 

 そうして、コウキと私の、約束よりも早い戦いは始まった。

 結果は......もう知っての通り。コウキは十分にこの世界で戦っていける()を私に見せた。

 力に正義も悪もないことは百も承知だが......きっとコウキのあの成長は正しい成長なのだろう。だからこそあんなにもコウキは真っ直ぐでいられる。

 ーーだから、むしろ。今一番歪み、壊れてしまっているのはきっとーー

 

「結局、そこは丸投げするしかなさそうね」

 

 私にはそんな()無い(、、)。だから、それは他人に任せることしかできない。

 それでも。

 

 ーー少しだけ、ほんの少しだけ、彼らの幸福を、奇跡を、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 Side Lily

 

「はっはー! 今のを捌いちゃうんだぁ? すごいすごい、完全に隙を突いたつもりだったのになぁあ!」

「誰がこの場でお前から目を離すかよ......っ! こっちの情報収集能力なめんな!」

 

 コウキさんは後退を繰り返しながらジョニー・ブラックの剣を弾き、ジョニーの間合いから離れ続ける。

 一度は完全に懐に潜られたコウキさんだったけど、そこから繰り出されるジョニーの攻撃は腕にかすらせるまでに留めていた。

 ジョニーの短剣には常に強力な麻痺毒が仕込まれている。でもどんな麻痺毒でも攻撃するだけで100パーセント麻痺するものなんて無い。だからこそ、ジョニーは相手の隙を突き麻痺毒が通りやすい場所ーー例えば防具の下や胴体、首などーーを狙って攻撃してくる。ジョニーの強力な麻痺攻撃のその真相はジョニー自身のプレイヤースキルによるものということだ。

 でも、それは逆に言ってしまえば。これでもかというほどまでに対麻痺ポーションを飲んだりすることである程度麻痺にかかりにくくなるということでもある。もちろんそれには急所を取られないようにするだけのコウキさん自身のプレイヤースキルが必要不可欠だけど。

 

「情報収集能力ー? ならこんなことももちろん知ってるんだよねぇ? リリちゃんがもうプレイヤーを殺したことだってある殺人鬼なんだってさぁ!!」

 

 ジョニーの言葉にがんっと強く頭を打たれたような感覚に陥る。

 殺人鬼。まさにその通りだ。私は最初はどうであれ、コウキさんに出会う直前の時はもう人を殺めることに小さな快感を覚えてしまっていた。人を楽しんで殺める。そんなの殺人鬼と言われて当然だ。

 多くの殺人の記憶が蘇り恐怖や罪悪感から唇を噛み締める。やっぱり、もう私はコウキさんたちとはーー

 

「......確かに、それはどうにかしなくちゃならない......でも!!」

 

 私の思考を断ち切るかのようにコウキさんの声と剣戟が鳴り響く。

 顔を上げればコウキさんが再びジョニーの短剣を弾き、鋭い剣気をジョニーに放って、言った。

 

 

 

「それはリリを助けない理由になんてならない! リリの罪は重いし、そう簡単に償えるものじゃない......それでもリリが自分の負債を返すために努力するのなら俺はあいつの味方であり続ける! リリがやり直すチャンスまでも奪おうって言うのなら、そんなやつら全部と俺は戦ってやる! それが俺の答えだ!!」

 

 

 

「コウキ、さん......っ」

 

 止まったと思ったはずの涙が再び流れ始める。

 もう何が嬉しいのか細かくは分からない。それくらいに、コウキさんは私の全てを助け救ってくれている。コウキさんの一言一言が、私の光になって救いをくれる。

 なんでこんな私に、とはもう思わない。その意味をコウキさんたちは示してくれたから。私が大切に想っていた場所は、その根本がなにも変わっていないことが分かったから。

 

「あははははっ! かっこいー。かっこよすぎるよ《奇術師》さん! そんなかっこいいなら《英雄》とでもこれからは名乗ればいいんじゃないかなぁ?」

 

 それでも、この場には私にとっての(コウキさん)と同時に(ジョニー)もいる。

 それは私を決して闇から離そうとはしない。再び連れ込もうとしてくる。

 

「さてさて、かっこいー台詞を惜しみ無く披露してくれたわけだけど......それだけでどうにかなるほど、この世界も、俺も甘くはないんだよねー? リリちゃんもお前も、結局二人揃ってゲームオーバー。この状況なら誰だって分かることだろぉ?」

「......ま、普通はな」

「自分は普通じゃないってぇ? ははっ、それこそ馬鹿げてる。さぁさぁ! 馬鹿でひ弱な《奇術師》さんの解体ショーだ! 種も仕掛けも用意できないこの状況でお前に勝ち目なんてありゃしないんだからぁ!」

 

 まるで......いや、本当に殺しが楽しくて楽しくて仕方がないというようなジョニーの前口上。それが終わると同時に今までの我慢を解放するようにしてジョニーはコウキさんに接近する。その早さはミウさんのようなトッププレイヤーとなんら遜色はないほどだ。

 その短剣から繰り出されるのは悪魔のように命を刈り取る一撃。その一撃を繰り出す短剣には死を加速させる強力な麻痺毒が塗られている。

 下手な防御はむしろ逆効果。急所に触れれば最後、麻痺毒でなぶり殺しにされる。回避も防御も困難な、コウキさんの体を狙うその一撃を前にコウキさんはーーひょい、と。いっそ間抜けな効果音がつきそうなほど余裕を持って体を傾けかわした。

 

「な......?」

「確かに、俺はいつも小細工使い放題でぎりぎり生き残ってきたさ。そして今回はそんな仕込みもできなかった。だからーー」

 

 言って、コウキさんは傾けた体を戻す勢いそのままに、剣を、振り抜いた。

 

 

 

「ーーだから、実力勝負だ。正面からお前をぶっとばす。ジョニー・ブラック」

 

 

 

 

 

 

 

「クソぉ! クソクソクソクソクソクソクソクソぉ!! クソがぁああ!!」

 

 当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない。ジョニーの攻撃は全て、コウキさんには届かない。

 ジョニーはわざとコウキさんのいない場所に攻撃している、そんな変な想像が浮かんでしまうほどに、ジョニーの攻撃は外れる。

 

 かわすかわすかわすかわすかわすかわすかわす。コウキさんはジョニーの攻撃を全てかわしきる。

 コウキさんはジョニーのが攻撃する場所を、未来を知っている、そんな妙な妄想が浮かんでしまうほどに、コウキさんは攻撃をかわす。

 まだ二人の戦闘が開始して数分しか経っていない。けれど、この剣の世界での数分とはもう決着がついていて何の不思議もない時間だ。それほどの時間のなかで、コウキさんに攻撃が当たったのはジョニーが放った初撃のみ。途中からはジョニーの攻撃を余裕もってかわすコウキさん。それどころか今はコウキさんの反撃がほとんどジョニーにヒットしている一方的な展開。それはあまりにも異常極まる光景だった。

 

 コウキさんを侮るわけでも、馬鹿にするわけでもないけど、それでもコウキさんの実力は高く見積もってもこの世界では中の上。この世界トップ争いに加わってもおかしくはない笑う棺桶(ラフィン・コフィン)幹部、ジョニー・ブラックをここまで圧倒する展開は想像がつかない。

 

「なんでぇ、当たらないんだぁぁ!!」

「お前なんかよりももっと強い短剣の使い手と特訓してたからな、それも毎日」

 

 ジョニーの横からの斬りつけをコウキさんは膝を落として難なくかわし、さらに足払いでジョニーの体勢を崩しにかかる。それをジョニーは後方に飛ぶことで辛うじて回避するが......着地した瞬間、一気に接近してきたコウキさんの拳に反応できずさらに後方へと殴り飛ばされる。

 ここで一気に決めるつもりなのか、それともジョニーのさらなる手を警戒してのことか。コウキさんはさらに追撃しようとジョニーに接近する、が、それはいくらなんでも強引すぎる。待っていたとばかりにジョニーは頭陀袋から見える両の目をにやりと尖らせ、迫ってくるコウキさんにカウンター気味に短剣を振るう。それをコウキさんは予測していたのか足で急ブレーキをかけかわすが、ジョニーのその攻撃はフェイントだ。剣を振った勢いそのままに体を回転、さらにもう一度コウキさんへの攻撃を放つ。

 しかし、コウキさんはジョニーの第二波を緑色の籠手で受け止め、逆に右手に握っている剣の柄尻をジョニーの後頭部に叩きつけた。

 

「《奇術師》ぃ!! お前ぇ、なんかしただろぉ!! そうじゃなきゃこんなことに......っ!!」

「分からないか? 分からないだろうな。俺だって分からないまま何ヵ月も悩んで、何ヵ月も挑戦して、何ヵ月も失敗したからな。必死に考えて考えて......分からないままやられてろ」

 

 コウキさんが踏み込む。それはなにも不思議な動作ではない。誰でもするような攻撃のための予備動作。その次の瞬間にはコウキさんの剣が振るわれる。誰にだってわかる未来。ジョニーはそれに対して回避行動を取ればいい。実際、ジョニーはコウキさんの攻撃を予測して動いていたーーそのはずなのに。

 

「ぐっ......てめぇ......っ」

 

 コウキさんの剣閃は目標を見失うことなくジョニーへと吸い込まれていく。辛うじてジョニーはその攻撃を自らの短剣で受け止めてはいたが、ジョニーでも辛うじて。他の人物であればどうなっていたかなど簡単に想像がつく。

 コウキさんの攻撃は全てヒットし、ジョニーの攻撃は全てをかわされる。言葉にすれば簡単だが、実際にそれを見るとなるとここまで気味が悪い光景もそうそうない。

 ジョニーはいつも通りであることから、やはり変わったとするならそれはコウキさんの方だ。

 

 コウキさんのスタイルは特にこれと言って変わっていないように見える。攻撃方法にも変化はないし、武器や防具にも変化はない。唯一少しは変わったのは場が硬直し互いに隙を探している間の『待ち』の時間。その間コウキさんの体が不規則に揺れているくらいだろうか? でもそんなの、ボクサーがステップを踏んで次の動作に移りやすくなるのと同じで、スタイルそのものが大きく変わるほどではない些細なーー

 

「ジョニーさん何やってんすか!! そんなにゆっくり(、、、、)してないで早くそんなやつ片付けてくださーーぐぁあ!?」

「はーい。戦闘中によそ見はダメだよ」

 

 コウキさんとジョニーの戦闘に介入しようとしたジョニーの部下が、呆気もなくミウさんにその足を切断され、無力化される。

 この渓谷という地形が完全にミウさんに味方をしている。動くには広く、集まるには少々手狭なこの渓谷で、小柄なミウさんは立ち回りやすい上に、ミウさんが得意としている《ホリゾンタル・デュアル》が一方的にヒットしていく。これほどミウさんがやりやすい場所というのもないだろう。

 しかも何とかミウさんの攻撃を掻い潜ってもその先には高速で移動を続けるヨウトさんがいる。ヨウトさんはミウさんが攻撃を当てそびれた敵やコウキさんに向かっていく敵に一撃入れることで怯ませ、その間にミウさんがさらに一撃を入れている。

 いや、そんなことよりももっと気になる情報があった。

 

 ジョニーが、ゆっくり動いている? あれほどコウキさんと動き回っているのに?

 ジョニーが実はさらに奥の手を隠している? あれほど苦しげに戦っているのに?

 何がどうなっている......?

 

「さて、俺たちもこれからさ、色々用事があるんだ。リリとだってもっと詳しく話したいしさ」

「何を言って......!?」

「だからーーもう終わらせるぞ」

 

 そう言ってコウキさんは一瞬、間を空ける。次の瞬間には駆け出し一気にジョニーへと迫った......はず(、、)

 その動作はこの戦闘中何度も見たもののはずだし、もっと言えば朝の訓練も含めれば数えるのも億劫になるほど見てきたはず(、、)

 そのはずなのに、コウキさんを完全に見失う。

 速すぎて見えないだとか私の予測と違う動きをしたからとか、そういう話じゃない(、、、、、、、、、)。その場から本当に消えたように感じ気づけばーー

 

「これで、降参してくれないか?」

 

 ーーコウキさんはジョニーの首元へと剣の歯を当て、戦いは決していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集団において、リーダーを叩けば集団は和を自ら乱していき崩壊していくというのはコウキさんの談。

 それは間違っていない考えだったらしくジョニー・ブラックを捕らえてからは部下たちの統制も乱れ大した時間もかけないうちに散り散りに逃げていってしまった。

 コウキさんやヨウトさんとしてはできる限り捕獲して《黒鉄宮》に送りたかったらしいけど、さすがにあの人数全員というのは難しい。

 最終的にリーダーさえ捕まえておけばいいという判断に落ち着いた。

 今は同じ渓谷で縄で生け捕りにしたジョニーを全員で囲むようにして見張っている。

 でもそれは何かジョニーから情報を聞き出そうとしているわけではなく、これからジョニーを《黒鉄宮》送りにする算段をつけていた。囲んでいるのは単純に妙な動きをされないためだ。

 その間ジョニーは何度も暴れようとしたが、ジョニーのポーチに入っていた麻痺毒をコウキさんが奪い、ジョニー本人に浴びせ無理矢理静かにしていた。

 

 さて、と。話が一段落着いたところでヨウトさんが仕切るように声をあげる。

 

「それで、リリはどうすんの?」

 

 私に対する嫌悪感や敵意を隠さないままに告げる。

 いつもとは違う私の呼称に、ヨウトさんがどれだけ私を異物として扱っているのかが分かる。

 前までとは違う時間、雰囲気が流れ、嫌というほどに私がしてしまったことの重大さを再認識させられる。

 でも、それに対して不服はなかった。むしろ当然の反応だ。コウキさんやミウさんは許してくれるけど、大切な人が傷つけられたらヨウトさんのような反応が普通。

 自罰的になっているわけではないけど、それでも私がしたのは綺麗な絵画に墨汁を垂らしてしまうような、そんな行為なのだから。

 だから、ヨウトさんの非難の視線は甘んじて受ける。その上で、私がどうするか、どうしたいかを告げる。

 

「私はーーっ」

 

 どんっ、と。

 口が動くよりも先に、体が動き、言葉が届くよりも先に結果が出ていた。

 

「えーー?」

 

 あの時と同じように、コウキさんの現状が理解できていない気の抜けた表情が見える。

 私がコウキさんを突き飛ばした。コウキさんにしたことは違うけど、コウキさんに起こった状況はあの時とかなり近い。

 私を信じていたミウさんは困惑を。私をまだ疑っていたヨウトさんは剣を抜こうとする。

 でも、そのすべての反応が、遅い。

 だって、もう結果は出てしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Wow......まさか反応されるとはな」

 

 

 

 

 

 

 

 すさまじい勢いで私のHPが削れていくのを視界の端でぼんやりと見ながら、私は地面に崩れ落ちる。

 ーー本当の悪魔が、来た。

 

 




すみません......最近、作者事情で更新が遅れてしまいました。くそう、自由登校とは名ばかりのものだったのか......
最近ちょっとずつまた書けているのでぼちぼち更新再開します。

感想欄にコメントが来てくれていたのがとても嬉しかったです!


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59話目 朝は来る。例え何が起ころうとも

 Side Kouki

 

『それ』は、突然闇に覆われたと思ったほどに暗く、黒かった。

 人は完全な虚をつかれると思考に空白が生じると言うが、今まさにそれをされた俺にはとてもじゃないが空白ーー白なんて明るいイメージは持てなかった。

 ただただひたすらに黒。何か変化があっても察することなんて叶うはずもない。何か情報を得ようとしても返ってくるものは何もない。そんな状態では思考も動きようがない。

 思考が闇に包まれてしまえばそれに伴い、今度は体に鎖が巻かれていく。人というのはたった一度虚をつかれるだけでここまで全ての自由が奪われてしまう。

 動け、動け。さもなくばまた後悔するぞ。二度と取り返しがつかなくなるぞ。それでいいのか?

 こんなものはしょせん錯覚に過ぎない。それが俺には分かっている。俺だからこそより分かっている。

 動けーー

 

 

 

 

 

 

 

「Wow......まさか反応されるとはな」

「PoH......っ!」

 

 ーー時間にしておそらく1秒にも満たないほどの思考停止。しかしそれはこの場においては長すぎる時間だ。

 リリが突如現れたラフコフのギルドリーダー、PoHに胴体を撫斬りにされ地面に崩れ落ち、リリが庇ってくれたおかげでその攻撃からすんでの所で避けることができた俺は、勢いのまま後ろへ倒れる。

 声をあげる暇もリリを気遣う余裕もなく、状況は動き続ける。

 まず最初にに反応を示したのは、リリに対して警戒していたのか剣を抜き始めていたヨウトだ。リリを斬りつけた返しの刀で次の目標を狩ろうとするリリやジョニー・ブラックのそれよりも一回り大きな短剣(ダガー)。それをヨウトは持ち前の高速で走る剣閃で一度叩き落とす。しかしPoHは気にした風もなくそのまま体を入れ換えヨウトの横っ腹に回し蹴りを直撃させ吹き飛ばす。

 

 次に動いたのはこの場で誰よりも頼りになるだろうミウ。剣を抜く動作があったためヨウトよりも遅い行動になってしまったがそれでも実際にはヨウトとほぼ変わらないタイミングでの攻撃だ。腰の鞘から剣を引き抜き、一気に集中力を高めたミウは回し蹴り直後で体の浮いているPoHの懐に潜り込み剣を跳ねあげ斬りつける。

 

 

「お前が一番厄介な相手だ《聖人》......だがよぉ? お前の凄まじいその戦闘力ってのは、時間制限付きなんだろ? はてさて、さっきまで戦っていたお前にその時間は残ってんのかな?」

「ーーっ!?」

 

 しかし、その剣閃にはいつものキレは存在しない。それでもミウの剣閃ならば充分トップクラスレベルのそれだが、そんな中途半端な攻撃ではPoHには到底届かない。

 PoHはいつかも見せたいつ受け流したかも分からない奇妙な方法でミウの剣を逸らしやり過ごせば体勢を整え、懐にいるミウ目掛けてダガーを降り下ろす。

 それに対してミウは滑り込ませた自らの剣で受け止めるが、二人では体格も膂力も違いすぎる。一瞬の拮抗はあったが押し潰される形で今度はミウが体勢を崩される。そのまま相手の下で倒れてしまうのは猛獣にマウントポジションを取られるようなものだ。それを嫌いミウは無理矢理地面を蹴って脱出を試みるがいくらなんでも体勢が悪すぎる。すぐさまPoHに行動を読まれ腕を取り押さえられてしまう。

 

 それ以上はさせないと最後に動き出した俺が止めに入る。しかしPoHはミウに今にでもとどめの一撃を放とうとしている。今からできるのはせいぜい一動作、剣を振るうには遠く接近するには時間が足りない。

 もちろんこの世界には腕を振るだけで相手を倒せるような魔法は存在しない。でも、剣の世界とはいえ飛び道具が皆無というわけではない。

 だから俺は、腕を振る。剣を持っていない左腕を(、、、)

 いや、正しくは、左手のなかに握りこんでいた()を。

 PoHは顔を目掛けて放られた砂を回避しようと僅かに顔を背ける。砂はPoHが被っている真っ黒なフードによって防がれてしまったが、構わない。この一瞬の硬直さえあれば俺でも助けに入ることができる。

 今度こそPoHに接近しミウから離すために剣を横一閃に振るう。牽制なんて甘いことはこいつ相手には言ってられないだろう、最悪致命傷になることも覚悟する。

 

「《奇術師》を獲るにはまず《聖人》から。正常な判断ができてないぜ?」

 

 しかし、PoHは俺の攻撃に完璧に対応して見せる。

 俺が振るった剣閃。その軌道上にPoHは握っていたミウの腕を強引に割り込ませたのだ。

 このまま剣を振るえばPoHにダメージは与えられるだろう。しかし同時にミウの腕も飛ぶ。

 これはメリットデメリットの問題。冷静に考えるのであればこのまま剣を振ればいい。なぜならこの世界では部位が破壊されても時間経過で自動回復するのだから。

 それでもーー

 

「ーーくっそぉ!!」

 

 俺は強引に剣閃の軌道を変える。例え答えが分かっている問題だとしても、仲間を、大切な人を斬るなんて選択肢は俺の過去が許さなかった。

 これはソードスキルじゃないからディレイもなにも発生はしない、がそれでもこんな無茶をすれば体勢は間違いなく崩れてしまう。

 

 体勢を大きく崩された俺。腕を吊られすぐには身動きできないミウ。この場でPoHに再アタック可能なのはただ一人。

 

「それで、最後に残ったのはお前か《スピードスター》.......お前には借りがあったよなぁ」

「はっ。前にバカにされたことまだ気にしてんのかよ。案外器が小さいよなお前」

「ふん、口が減らないな」

 

 二人の会話と共に辺りに響くのはヨウトが戦闘する時に響きわたる金属音。これはヨウトが得意とする息つく間もないような連続攻撃だ。

 ガイアで戦ったソルグをほぼ一方的に押しきってしまったヨウトの攻撃、それは今も変わらない。

 そのはずなのに、ヨウトの攻撃はヒットしない。ただ一つとして。いや、それどころかーー

 

「っ......!」

「おいおいどうしたぁ? 口先ばっかり強くても仕方ねぇだろ、おらぁ!」

 

 ーーPoHは、ヨウトのあの数々の攻撃を全て受け止め、かわしきった。それもダガーを持っている片手だけで。

 いや、タネは分かっている。おそらくヨウトも心のどこかでミウの腕を意識してしまっている。だからこそPoHはヨウトの剣戟の軌道をある程度予測できているのだ。

 そこまで読んでいるからこそ、PoHはミウを囮として使っている。

 何度攻撃しても、どう攻撃しても状況はいっこうに変化しない。まるで何もない闇を攻撃し続けているかのように。それを無駄、無意味だと理解してしまえば抗う気力すらも持っていかれてしまう。それだけはダメだ。

 体勢を立て直した俺も加わりひたすらPoHに攻撃を放ち続ける。持てる限りの方法を試行していく。どれか一つが闇を払う方法になればと、それを信じて。

 

 それでも、足りない。届かない。

 実力はともかく、人数や戦力の上では間違いなく勝っている。それでもここまで一方的なのは俺たちの意識がミウに割かれてしまっているからか。

 この状況は打開不可能なものじゃない。今までだってもっと辛い状況を打開してきただろう? 諦めるな、屈するな。こんな闇に呑まれてどうするーー

 

「コウキ!」

 

 俺の思考を断ち切るかのように、ミウが声をあげる。それはちょうど俺が斬りかかるのと同じタイミングで、戦闘中だというのについ視線がミウに向いてしまう。

 視線だけで見たミウは、笑っていた。いつものように明るく、この闇のなかでただ一つだけ見える道標のように。

 再び、思考に空白が訪れる。いや、今度こそというべきか。

 それほどに、明るさを含んだ空白。

 

「怒らないでね......?」

 

 そして鈍い音が響く。次に訪れたのは、やはり光。キラキラと、綺麗な光。ポリゴンの光。

 その光は、ミウの腕の先から溢れていた。

 結果に遅れて、情報が頭を駆け巡る。起こった現象は至極簡単。

 

 

 

 俺の攻撃を受け止めようとしたPoHのダガーの軌道。そこに自ら掴まれている腕を割り込ませた。

 

 

 

「Shit!」

 

 それによって、ミウは体の自由を得て、なおかつ俺の剣を受け止める代わりにミウの腕を斬ってしまったPoHのダガーはその目測を誤る。

 PoHはそれを感じとりこの戦闘で初めて後退するが、一瞬遅い。結果俺の攻撃は通る。浅くとだがPoHの胸を斬りつけることに成功する。ついに、闇を切り裂く。

 しかしその代償は俺にとってあまりにも大きい。

 何度も言うが、この世界では部位が破壊されても時間経過と共に回復するし、痛みも発生しない。ミウのあの行動に実害はほとんどないはずだ。

 それでも、精神的なものは違う。自分の腕を刃物に押し当て、自ら切断に誘導する。それがいったいどれほど勇気がいることか、どれほど嫌悪感を発生させるものなのか。

 考えただけでも腸が煮えくり返る。

 それ以前に、どうしてこいつはこんな場面出てきた? どうしてこんなやつに、やっと闇から解放されかけていたリリが斬られなければならない?

 なによりも。

 仲間(ミウとリリ)を傷つけられてしまった、自分の不甲斐なさが頭に来るーー

 

「「はあぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」

 

 ここしかない。ここでPoHとの戦いに区切りをつけなければならない。

 俺たち3人の想いと咆哮が重なる。そして、一斉に各々の剣が光を纏う。

 その光はこの状況を完全に切り開こうとする、闇に対する反撃だ。一つ一つの光は淡くとも、それらが合わさることで闇をも照らせる。

 一瞬の停滞の後、後退するPoH目掛けて俺たちのソードスキルが発動する。

 俺は《バーチカル》、ミウは《ホリゾンタル》、ヨウトは《ソニック・リープ》とどれも発動の早い単発ソードスキルだ。

 3つのソードスキルが、一斉にPoHに襲いかかる。そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

「危ない危ない。一瞬ヒヤッとしたぜ」

 

 ーー全ての攻撃は、回避される。

 改めて、PoHは化け物だと感じた。前にヤマトと共闘したときも感じたことだが、こいつはこの世界でも異端の中の異端だ。これだけの人数差があっても完全には攻めきれない。相対しているだけで恐怖に包まれてそうになる。

 それでも。

 

「やめだやめだ。そもそも今回の俺の狙いはこいつの回収だしな」

 

 闇は、晴れた。

 PoHは俺たちから距離を取り戦闘範囲から離脱していく。それはPoHが俺たちへの戦意を萎ませていく意だ。

 だが同時に、PoHが目的を達成したという意でもある。

 

「ヘッド~。この縄ほどいてくれよぉ、そんであいつら一緒に殺してやろうぜー。このままやられっぱなしで帰られっかよぉ」

「知るか。お前が勝手に捕まったのがわりぃんだろうが。助けてもらえるだけでも感謝しやがれ」

 

 その証拠にPoHが脇に抱えているのはいつの間にか俺たちの傍から消えていたジョニー・ブラックだ。どうやら今の戦闘のなかでジョニー・ブラックから俺たちは離されるように、PoHは近づいていくような位置取りをさせられていたらしい......あの戦闘のなかまだそんな余裕があることにゾッとする。

 ジョニー・ブラックを今ここで逃がしてしまえばこれからPKにあう被害者はまた増えていくだろう。だが深追いしようものならPoHは再び俺たちに襲いかかってくる。そうなれば俺たちは全滅すらあり得る。それほどに、PoHという闇は深く、強い。

 

「それに、どうやら《奇術師》が一つトラップを張ってたようだからな」

「......なんのことだよ」

「とぼけるなよ。お前、時間差である程度の人数の攻略組をここに突入させる気だったろ? こんな状況で俺たちを一網打尽にしようとするなんて頭イカれてやがんな」

 

 くくっ、と喉の奥で笑うPoHの顔には嘲笑が張り付いているが、声にはそれほど嫌味は感じない。どうやら本当にこの状況を楽しんでいるらしい。

 PoHの言う通り、俺は一つ保険を打っておいた。ジョニー・ブラックと戦闘するにあたってたまたま(、、、、)相性が良かったため完勝することができたが、実際に戦ってみるまではそれは分からなかった。俺が負ける可能性だって考慮していた。

 だから攻略組メンバーーーシーヴェルスに要請していたのだ。もしも時間内に俺たちから連絡がなければこの場所に突入してほしいと。

 本当は俺から直接もっと大人数に声をかけたかったのだが、最近はボス戦にもあまり顔を出してない俺たちだ。そこまで力はないし、あまりに大人数過ぎても相手に感付かれてしまう。

 だからシーヴェルスが声をかけられる範囲で頼んだのだが......結局気づかれたか。

 

「それでどうするんだよ。このまま俺たちと戦っててもお前の状況がどんどん悪くなるだけだぞ?」

「ふん、まだハッタリが下手だな、目が全然現状に満足できてねぇぞ? ......そんなに《聖人》の腕を斬られたのが頭に来たか? くははは!!」

 

 ガキリ、と奥歯を強く噛み締める。その所作がPoHが言うことの証明になってしまった。

 ミウの腕が斬られた、リリが傷つけられた。過程はどうであれその事実が俺の心に苛立ちという薪をくべ続け、怒りという炎が燃え盛る。

 だが先も言ったようにここで深追いすることだけはダメだ。俺の自己満足と皆の安全、どちらを優先すべきかなんてことは分かりきっている。

 小さく息を吐き、PoHの言葉を聞き流す。そんな俺の反応にPoHは肩を竦めれば、くくっ、と卑屈に笑ってみせる。

 

「まぁ、そうだなぁ。このままここにいても本当に囲まれちまいそうだし......ここは引かせてもらうか」

 

 どこか残念そうに、同時にどこか楽しそうに空いた右腕を大きく広げながら首を振るPoH。その姿は狂気なんて言葉では表しきれない闇を全方位に放っていてーー次の瞬間、ボシュッという音と共に辺りが再び闇に包まれた。

 

「なっ、く......煙幕!?」

 

 しかし今度の闇はそんな精神的なものではなく、現実に起こった変化だ。いつの間にか放られていた発煙筒のようなものが発動したのだろうということを口に侵入し、また目に染みる煙から察する。

 煙幕などはmobからの離脱に用いられることが稀にあるが、mobには目を感覚器官として持たないものも多いためあまり実用的とは言えない。故にそこまで有名なアイテムではないのだが......なるほど対人での逃走においてここまで実用的なアイテムもそうはない。

 

 もくもくと視界は塞がれ続ける。しかしこの状況では全員が各々の位置が分からないはず。ならばやはりこれはPoHが逃走用に用意した状況か?

 

「コウキ......さん!」

「リリ!?」

 

 突如聞こえたリリの声と共に激しい金属音が響きわたる。今のはリリが誰かの斬撃を受け止めた音か。

 誰の? そんなもの決まっている。

 

「リリ、大丈夫なのか!?」

「すいません......回復に時間がかかりました、もう大丈夫です!」

 

 思った以上にしっかりとしたリリの声が返ってきて安心しかける俺だが、すぐにそれは間違いだと気づく。

 視界の隅に映るリリのHPバーは全損こそしていないものの、真っ赤な色を示している。一撃でも攻撃を受けてしまえばリリの命が燃え尽きることは間違いないだろう。

 一刻も早くこの状況を脱しなければならないことを再認識する。

 

 だが具体的にどうする?

 互いに場所も状況も分からないこの煙のなか、どうやって相手を補足すればいい? 下手に動けばそれこそ相手の攻撃が当たってしまう可能性もある。

 ならばここは動かず身を固めていた方が攻撃が当たる確率は減るーー

 

「右です!!」

「ーーっ!?」

 

 リリの声にほとんど条件反射で反応し右方に剣を構える。するとそれに応えるようにして俺の剣から金属音が響いた。

 直後僅かにだが人の息づかいが聞こえる。リリのものではない、これはPoHのものだ。

 PoHはすぐさま俺たちのもとを離れていくが、どうしてだ? どうしてPoHは俺たちの居場所が察知できる? なんらかのスキルか? それともアイテムでこの煙幕を無効化しているのか?

 

「音です」

 

 俺のとなりに寄り添ったリリが俺の疑問に答えを与える。

 

「音?」

「はい。足音や呼吸、空気の流れのようなものです。コウキさんが目を使うようにラフコフーー私たちは、耳も使います......そう、習いました」

「......」

 

 リリに思うことは多々ある。話さなければならないことも。

 だから、話そう。すべてが終わったあとに。ミウが言うようにたくさん。

 それを心に刻み、俺は口を閉じる。リリは先程から俺に聞こえる最低限の声量で話しかけている。おそらくこの会話もリリにとってはかなり危ない橋を渡っているのだろう。

 そうするとミウたちに声をかけるのもなしだ。もしかしたら先程から二人の声が聞こえないのは音によってPoHが場を支配してることを気がついているからかもしれない。

 俺が無駄に声をあげていたからこそ逆に位置が特定され狙われてしまっていたのだ。

 

 だが訓練されたリリはともかくとして、俺は呼吸を殺すことも、音を消すことも難しい。

 一応見よう見まねで音を消すことを試みるが、どうしたってどこかから音は漏れてしまう。そう例えば......重心移動による、砂と靴裏の摩擦音とか。

 自分しかいない静かな部屋でようやく聞こえそうなほど小さな音。たったそれだけの情報で、

 

「グッバイ」

「コウキさん! 正面!!」

「ーーっ!?」

 

 闇を掻き分けるようにして、PoHは突如現れる。今度はリリも虚を付かれてしまったのか反応が遅れていた。

 今から反応しても到底間に合わないタイミング。そして位置取り。俺の耳でも聞こえてしまうほどに、その凶刃は速く、もうすぐそこまで迫っていた。

 そのあまりにも恐ろしくて、驚愕な真実に、俺はーー

 

 

 

 ーーにやり、と。ただ小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

「ぐぁっ!?」

「左腕もらったぞぉ!」

 

 少しずつとだが薄くなってきている煙幕のなか、剣を振りきった(、、、、、)状態で俺は、足元に落ちてきたPoHの左腕を見て歓喜の声をあげる。

 この視界不良の闇のなか、PoHの居場所を認識するのは至難の技だし、リリのように音から相手の居場所を割り出すのも無理だ。

 ならば、わざと音を出してやればいい。そうするだけで、PoHは俺に接近してくるのだから。

 もちろんその音が罠であることがPoHにバレてしまう可能性もあった。しかしそれでも俺たちの勝ちなのだ。PoHに時間がない以上、罠だとわかればそのまま俺たちへの攻撃を諦め撤退する可能性だってあるのだから。

 

 もう完全に俺たちへの攻撃を諦めたのか、殺意を隠さないままにPoHは自ら俺たちへ話しかけてくる。

 

「......Fuck。どうして俺が正面から攻めてくるとわかった? まさか勘だなんてバカなことは言わねぇよな?」

「お前は殺人鬼であって、暗殺者じゃないってとこに賭けたんだ。戦闘面でも有名なお前だ、最後は正攻法で来ると思ったよ」

 

 相手はこの世界で最高といって間違いない殺人鬼。殺人鬼は殺人を愛するが故にそう呼ばれるのだ。ならばその方法に一定のポリシーのようなものがあると考えてもおかしくはないだろう。その証拠に前に戦ったときもPoH自身は正面戦闘を行っていた。

 だからこそ俺は、PoHが接近するタイミングに合わせて剣を振るうだけでいい。

 

 俺の推測を聞けばPoHは笑いとも怒りとも取れるように「はっ!」と声を漏らす。

 PoHの姿がうすぼんやりと視認できるほど晴れてきた煙幕のなかPoHは手の中でダガーをくるくると回し遊びながら。

 

「今回はお前らの勝ちでいい......今はせいぜいその明るい日常を楽しんでな」

「できれば、もう会いたくないんだけどな」

 

 最後に言葉を交わし終わる。PoHはどこかに置いていたのかジョニー・ブラックを拾うような仕草をした後、その姿を確認できなくなっていった。どうやらもう距離を取られてしまったらしい。

 このあとさらに追撃がある可能性を考慮し警戒は解かなかったが......それは杞憂に終わった。

 視界がほぼ完全に晴れるといつの間に昇っていたのか渓谷に僅かばかりだが陽の光が射し込む。その光は今までの視界不良と真逆でこの世界を明るく照らす。それと同時にこの場にシーヴェルスたちが到着した。

 

 

 ーーこうして、ひとつの戦いが終わりを告げる。今回は(、、、)上手く闇を切り開いた、という結果をもって。

 

 

 

 

 




今回表現を変えてみたら......なんだろう、この中ニ病感



追記 前からずっと章の名前がしっくりこないな、と感じていたのですが、今回一思いに章の名前を変えてみました。
また、47話目以降に章を加えさせてもらいました。私自身の勝手な都合で変えてしまい申し訳ありません。


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60話目 薄幸少女の悪夢が覚める。代わりに訪れたのは涙と笑顔でした

 PoHたちが完全に去ったことを確認してから数分後、ガシャガシャと金属が擦れあう音を上げながらシーヴェルス一行が到着する。

 

「すまない、思いの外時間がかかってしまった。コウキくんたちは......どうやら全員無事のようだな」

「ああ、お陰さまでな」

 

 俺たち3人が各々に座り込んでいる姿を確認してほっと息をつくシーヴェルス。元々俺が無理をいって援軍を頼んでいた上に連絡すらまともに入れることができなかったのだ。迷惑、心配ともに非常にかけてしまっただろう。いくらでもお詫びはしたいし、感謝も伝えたいのだが......いかんせん4人とも疲労が半端じゃない。考えてみれば昨日の守護モンスターからここのところ連戦、しかも対策やら約束やらでまともに寝ていない。シーヴェルスたちには悪いがこのまま会話を続ける。

 

 俺がその意を伝えるとシーヴェルスは「構わない」と微笑みを返してくれる。こういうところでパーティリーダーとしての器が見え隠れするのがよく分かる。

 するとシーヴェルスの後ろから顔を出してきたレンが俺たちとは違って座っていない1人に目を向けながら訪ねてくる。

 

「んで、なんでまたヨウトの奴だけ殺気満々で立ってんだ? マジで洒落にならねぇ殺気なんだけどあれ」

「あー......軽い問題じゃないけど、気にしなくて大丈夫。今はつついてやらないでくれ」

「ふむ......君のところは相変わらず問題が山積みということか。それなら僕たちが変に介入しない方が良さそうだね。隠し事をされるのは少し癪だけれどね」

「耳が痛いな」

 

 どうやら介入しない代わりに愚痴は溢していくスタイルらしい。それでも俺たちからすればかなり助かる。後で何を要求されるかが少し怖いがシーヴェルスには感謝しかない。

 シーヴェルスは自分のパーティメンバーに指示を出し俺たちに肩を貸してくれる。俺やヨウトはまだしも、ミウとリリの疲労が激しいため申し訳なさはありつつも好意に甘えることにする。

 

「それにしても......」

 

 言うと、シーヴェルスは辺りを見渡す。

 今まで周りに目を向けられるほど余裕がなかったが、シーヴェルスにつられて見渡してみると端的に言ってかなりすごい。

 探そうとしなくても辺り一体に散らばっている様々な種類の武器の数々、その数は二桁は行っている。あれらはおそらくミウが《武器取落》でラフコフのメンバーを無力化しまくった結果だろう。だが散らばっている武器の数があの場にいた敵の数よりも多いということは敵のサブウェポンまで切り落としたということだろうか?

 普段俺とミウは敵を各個撃破、面倒な相手ならコンビネーションで撃破、という動きをするが、今回はヨウトがその敏捷値を生かしヒットアンドアウェイで多くの敵を足止め、動きが止まった敵目掛けてミウが《武器取落》を実行するという動きを見せた。つまりミウの《武器取落》が100%のパフォーマンスを見せたということになる。

 その結果がこの参上な訳だが、武器があちらこちらに散らばっているというのは......なんというか戦死者が大量に出たあとのようで若干怖い。

 

「まさに戦闘後、って感じだね。敗軍の基地みたいな臭いが強いけど」

「まぁ間違ってねぇんじゃねぇか? 実際ミウちゃんが相手をぼこぼこにしたんだろ? これ」

「武器ばかりが転がっているからねぇ......いやはや、こんなことが可能な相手とついこの間一戦交えたのかと思うと胃が痛くなるよ」

「う、うるさいなぁ。人を化け物みたいに言わないでよ」

 

 シーヴェルスとレンの二人がかりでからかわれ、ミウが拗ねたように唇を尖らせる。しかしその可愛い仕草とは裏腹にミウの左腕はまだ回復していない。

 二人のお陰でようやくこの場に明るい空気が流れ始めるが、俺はその事実がどうしても頭から離れなかった。

 もっとうまい方法があったんじゃないか? もっとうまい動きかたがあったんじゃないか? どうしたって、よりよい未来ーーミウが無事だった可能性を考えてしまう。

 だがそれはミウの努力への冒涜だ。ミウのあの行動があったからこそ、今俺たちは光のなかにいる。

 

 俺たちが今生きている、それ以上を求めるのは強欲だろうと思考に区切りをつける。するとそれを見計らったようにシーヴェルスが肩を叩いてくる。

 

「さて、それじゃあ今回の話の流れや細かい内容を詰めていきたい......僕たちもボランティア精神に溢れているわけじゃないからね」

「あぁ、そうだな......分かってる」

 

 ここからが本番だ。

 シーヴェルスたちに援軍を頼んだときは時間がない上にリリの身の安全のために詳しい話をするわけにはいかなかった。だからシーヴェルスには「この前のミウとシーヴェルスのデュエル、賭け決めてなかったよな?」とほとんど詐欺師のようなやり口で援軍を受諾してもらった。

 これが成立したのは俺の交渉の才能みたいなものが覚醒したわけではなく、単純にシーヴェルスの温情だろう。かといってシーヴェルスたちも最前線プレイヤーたちだ。私用でタダ働きをさせるなんて話がまかり通るはずもない。

 

 ーーはずもない、として。じゃあどうする?

 今回の顛末を一から十まで詳しく説明する? ダメだ、それではリリが問答無用で《黒鉄宮》送りになってしまう可能性が高い。リリの罪を踏み倒そうなんて考えはないが、それでも話し合いの場もなくしてそうなるのは避けたい。

 もちろん内容を改変して伝えるのも、かいつまんで話すのも、ましてや黙秘を貫くなんてのはもっての他だ。信用云々の話の前に人として間違っている。

 

 答えが出ないまま俺が返答に窮していると、不意にシーヴェルスが横へと視線を向ける。

 

「その......コウキさん」

「リリ......」

 

 それにつられるがままに俺も視線を向けると、その先にいたのは今にも泣き崩れてしまいそうな顔をしているリリ。錯覚だとは分かっているのに、今何かを一つでも間違ってしまえばリリはこの場から消えてしまう。そんな謎の衝動に襲われた。

 そんなはずはないし、やはりそれは錯覚だが......同時に事実でもある。それがなんとなくだが、分かった。

 俺たちやこの渓谷の闇は晴れても、リリの闇はまだ晴れてやいないんだ。だったら、俺がしたいことはーー

 

「ーーコウキくん」

 

 シーヴェルス、と声をかけるよりも一瞬早く、目の前の青い騎士に声をかけられる。

 

「君たちはかなり疲労しているみたいだし、どうやら先約もいるようだ。こんな状況ではとてもじゃないがまともな話し合いができるとは思えない」

「シーヴェルス......」

「だから、この話し合いは後日ということにしようか。もちろん僕と君の仲なのだから、後日話した内容だって君の言葉であれば僕は信じるよ。僕たちはそういう関係でありたい、と常々思っているからね」

「......ありがとう」

 

 肩を竦めどこか格好つけた言い回しと仕草をこれまた格好つけた笑みで見せるシーヴェルス。ひどく遠回しな言い方をしているがそれはつまりーーいや。言葉にする必要はないのだろう。だからこそ、シーヴェルスはこんな言い方をしている。

 だから俺は、感謝の言葉以上のことはなにも言わない。それだけで十分伝わったとばかりにシーヴェルスが満足そうだから。

 その後シーヴェルスたちは周りを索敵した後、俺たちをmobがポップしない安全地帯まで移動させると一言二言別れを告げて去っていった。

 大きな貸しが一つできてしまったが......嫌な気分ではない。

 また一つ人との繋がりができたことに微笑みーーそれを意識して隠す。

 

 体はまるで全身に重りをつけているかのような倦怠感に包まれ、腕を上げるだけでも体が軋む音が聞こえてきそうなほどに疲れきり今にも地面に崩れてしまいそうだ。

 心は緊張の糸が切れたせいか、今までの精神疲労が全てまとめて襲ってきている。周りの目なんか気にせずに大声をわめき散らし、もうなにも考えなくてもいいと言われたがっている。

 それでも、俺は心を振り絞り、魂という名の燃料を捻出する。そうだ、俺が音を上げるわけにはいかない。何故なら今目の前に、俺なんかよりもよっぽど頑張っている女の子がいるのだから。

 小さく息をはき、ばらばらになっていた集中力をかき集め、構築する。

 

「リリ、話、聞かせてもらってもいいか?」

「......はい」

 

 こうして始まる。俺たちが気付いてあげることができなかったリリの闇を、切り裂くための話し合い(戦い)が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーこれが、私が辿ってきた、最悪の道のりです」

 

 そう最後にリリは締め、語り終わる。

 リリがこの世界に来た理由。

 リリがこの世界に来てどんな日常を送ってきたのか。

 リリが今まで何を抱え込んできていたのか。

 その全てを、俺たちは聞いた。

 

「......」

 

 何か、言わなければならない。この場にいる誰もがそう思っているのは流れる空気で分かった。

 だがその想いに反して誰一人としてすぐには口を開けない。当然だ。そんなすぐに思い付く言葉なんてものは簡単な慰めやうすっぺらい共感でしかない。そんなにすぐに答えなんて出ない。だからこそ、リリはここまでねじ曲がり、歪んでしまったのだから。

 

「リリは、今後どうしたいんだ?」

 

 それでも、俺は言葉を紡ぐ。

 リリがどうしたら正解なのか、その答えはすぐに閃くなんてことは俺にはできない。

 でも、一つだけ絶対に間違えてはいけないことがある。

 俺は、もう出しているんだ。リリとどう向き合っていくかの答えを。

 

「どう、したいのか......ですか」

「リリの事情から考えれば、問答無用で《黒鉄宮》送りってのは違うんじゃないかって思うんだ」

「......何も、違ってませんよ。確かに私はジョニーたちから......殺人を促されていました。でも、それを踏まえても.....私が人を殺めてしまった。その事実は変わりようがない真実です」

「あぁ、そうだと思うよ。リリが犯した罪は重い。それは決して無視なんてできないものだと思う」

「だっ、たら、やっぱり......っーー」

「それでも、俺はそんな甘い選択(、、、、)は許さない」

 

 《黒鉄宮》は犯罪者プレイヤーを閉じ込めておく場所ではあるが、現実世界の刑務所のような刑を与えて更正を促すような場所ではない。鎖に繋ぎ止めておくだけのただ冷たく暗い場所だ。そんな場所では進むことも変わることもできない。

 つまり、罪を償いたいと考えても何かできる場所ではない。

 この世界をクリアするまでの残り時間がどれだけあるものかは分からない。想像を絶するほどに長いかもしれないし、逆にあっさり攻略してしまって短い時間かもしれない。だがどちらにせよ、その時間の間ずっと暗い牢の中でただただ、自分は悪いことをした、自分は最悪だと自罰に尽くすだけ......その時間はなんて、自分に辛く、それ以上に、自分に甘い時間なのだろう。

 

「罪ってのは、自己完結していたんじゃダメなんだ。責める相手が自分だけなんて、そんな甘いことは許されない......だからこそ、罪を償おうって言うのなら、人との繋がりを強く持たなきゃいけない。自分に罰を与えて、人からも罰を与えられて、その両方から許されたとき、その時こそ罪を償ったって。そう言えると思うんだ」

 

 これが、俺があの事件の日から学んだ一つの事実。

 かくいう俺もまだ父さんを殺してしまった罪を償えたとは欠片も思っていない。なぜなら俺自身がまだ許せていないし、何よりもこの世界に来るまでの俺は現実とも向き合えていなかったのだから。

 完全に償える日が来るかは分からない。それでも、償うための考えや行動は必要なはずだ。

 

「人からの、罰......」

 

 岩に体を預けるようにして座っているミウが小さく繰り返す。ミウは人に底無しかと思うほどに優しい面がある。だからこそ人に罰を与えるというのは中々に酷なことなのかもしれない。それでも罰もなくして罪を許されるのはきっと、どんな仲だろうと間違っている。そう俺は考える。

 

「だから、リリ」

 

 俺は再び泣いてしまいそうになっているリリに手を伸ばす。今度こそちゃんと分かり合えるように、理解のための橋がかかることを祈りながら。

 

「俺たちと、仲間になってくれないか? 一緒に行こう」

「......私、嘘つきですよ? また嘘をついて......みんなを、困らせるかもしれません」

「いいんだよ。その時は全力で怒ればいいだけだ」

「私、今オレンジですよ? コウキさんたちも周りから、白い目で見られるかも.....」

「カーソルがなんだ。リリは俺たちの仲間だ。カーソルの色なんて関係ないよ」

「私ーー」

 

 

 

「ーーここにいても、良いんですか......?」

 

 

 

「当たり前だろうが。また勝手にいなくなったら怒るぞ?」

 

 リリの(不安)を切り払うように迷いなく言い切る。それに応えるようにしてリリは再び泣き出してしまう。

 泣きながら、体を震わせながらでもリリは右手を伸ばし、俺が差し出した手を握り、必死に言葉を紡いでくれる。

 これから罪と共に前に進んでいく覚悟を、示してくれる。

 

「はい......っ、ずっと、着いて、いきます......っ......もうそれっ、だけは絶対に......間違えません.....っ」

 

 渓谷の隙間からリリに向かって光が差し込む。まるでリリの新しい物語の始まりを祝福するように。闇なんて完璧に消し去るように。

 ボロボロと止めどなく溢れてくる涙を何とか止めようと目元を擦るリリだが、それでも涙は止まらない。しかし結果がでないその行動に反してリリは今までにないほど明るく微笑む。

 

「ひっぐ......ふっ、ふふ......、ぐすっ、この、世界では、嬉しい涙は渇れないんですね......っ」

「みたいだな。なら、その発見がリリの最初の一歩だよ」

「はいっ......」

 

 ーーこうしてリリの闇は完全に晴れ、リリにまとわりついていた鎖は、増え、別のものに変化する。

 一つは罰という鎖に。そしてもう一つは......絆に。

 それを確かなものとして噛み締めるように、俺はリリの頭を撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今回のリリ奪還戦に当たって、色々な人たちに迷惑をかけてしまった。

 まずはシーヴェルスたち。これに関しては話し合ったように、後日改めてシーヴェルスたちに今回の事件の顛末を報告をした。もちろんリリのことはいくらか変更を入れよう......と考えていたのだが、リリ自身がそれを辞退した。

 リリは自分の罪をひた隠しにするのではなく、シーヴェルスたちに知ってもらったその上で彼らの判断に任せたいと言ってきたのだ。

 もし万が一にもシーヴェルスたちがリリのことを口外すれば、その時点でリリは多くのものから追われる身になる。それを承知でリリはシーヴェルスたちに今回のことを報告した。もう嘘はつきたくない、これが最初の一歩だと。

 その言葉を前にして早速リリに負けてしまったと思った。自分の罪に対しての向き合い方なんて、俺が言う前からリリはきちんと理解できているのだ。

 シーヴェルスたちにはお詫びとお礼として、ミウの手料理といくらかのレアアイテムを献上させてもらった。シーヴェルスはその際ずっとにこにこしていたが......あの笑みが逆に怖い。しかしそんな俺の悪寒に反して数日たった今でもリリのことが攻略組やプレイヤーたちの間に知れ渡るようなことはなかった。

 

 次にガイアの人たち。リリ奪還戦を制した俺たちはそのまま安全地帯で眠りこけてしまった。それも夜まで、ぐっすりである。

 ラフコフと戦闘をした後でいくらなんでも危険意識が低すぎると思うが、睡魔に負けてしまったのだから仕方がない。幸い、あの渓谷は不人気スポットである上に、そのせいで出来上がったラフコフの溜まり場を俺たちがめちゃくちゃにした後だったため誰かが近づいてくることはなかった。

 しかし忘れかけてしまっていたが、俺たちはガイアクエストの一つである守護モンスターの同時撃破。ならびに守護されている《宝珠》を届けなければならないクエストの最中だったのだ。今回のクエストは時間制限はないものだったのであとは入手した《宝珠》を届ければいいだけなのだが、やはり無駄に時間をかけてしまったのは申し訳ない。

 そのことを謝りつつ《宝珠》をナフさんたちに渡し、クエストはクリアとなった。今回の報酬は転移結晶が人数分。やはり段々と報酬が高級になっている。このまま最後までいったら一体どんな報酬が待っているのかと考えると少しだけ期待している自分がいる。

 

 クエストもクリアし、残る《宝珠》はあと一つだけ。こうなれば今すぐにでも次のクエストにチャレンジして《宝珠》をコンプリートしたい気持ちは強くあるのだが......俺たちは今13層の東端にある《イーブルの森》に来ていた。

 もちろんその理由はガイアクエストではなくーー

 

「......それにしても、まさかカルマ回復クエストがここまで面倒なものだったなんてな」

 

 ーーリリのカーソルをグリーンに戻すために来ている。

 カーソルがオレンジのままだと《圏内》に入った瞬間にちょっと頭おかしいくらいに強いガーディアンに襲われてしまうのだ。もちろんそこでHPが全損すればゲームオーバー。ちょっと理不尽を感じ得ない。

 

 つまりこのままではリリは普通の町はおろか、下手をするとガイアにも入ることができないことになってしまう。

 それを何とかするため、この世界に唯一存在する犯罪者救済処置であるカルマ回復クエストにリリは今チャレンジしているのだ。

 しかし、これがまたなんとも面倒くさい。

 討伐クエストやお使いクエスト、採集クエストや護衛クエスト等々、多くのクエストを乗り越えた先にようやくカーソルがグリーンに回復するのだ。

 今は数あるクエスト内容の中の採集クエストにチャレンジしているのだが......

 

「《ブルー・ビーの二枚羽根》に《ブルー・ビーの黄金蜂蜜》、その上《ゴブリンキッズの大爪》って.....全部レアアイテムじゃん。最前線の採集クエストでもここまで面倒なクエストないぞ......」

「まぁ、簡単だったら犯罪の抑止力にならないからねー」

「だとしても限度があるだろ......《ブルー・ビーの黄金蜂蜜》なんてドロップしたところ見たことないし」

 

 と、いう問題が発生している。

 この採集リストを一人で集めろと言うのはいくらなんでもキツすぎる。どのアイテムも1時間や2時間粘れば出てくるというものでもないからだ。

 だからこそ、リリ一人にさせるのではなく俺たちも採集を手伝っているのだが......開始から3時間。まだ何一つ出ていない。今さらだがゲームバランス狂ってんじゃないかこのゲーム。

 ミウの言う通り、そのくらいじゃないと抑止力なり得ない、というのも分かるには分かる。でも分かれば納得できるかはまた別問題だ。このドロップ率ふざけんな。

 

 あまりに進まない採集にイライラし始めていると俺のとなりを歩くリリが申し訳なさそうに肩を縮める。

 

「すみません......私の手伝いなんかさせて......」

「気にすんな......とは言えないけど、謝らなくてもいいよ。たまには命の危険がない場所でゆっくりするのも悪くないしな」

「そうそう。それにおかげでリリちゃんともゆっくり話せるしねーすりすり」

「あ、ありがとうございます......でも、ミウさん、擦りつかれるのはちょっと......あはは」

 

 実際、久しぶりに得たゆっくりとするこの時間はかなり貴重なものだ。最近は息が詰まるようなことばかりを連続して行っていたから、悪くない。ドロップ率云々がなければなおのこと良しだが......まぁ、それ以上を望むのはわがままだろう。

 ミウがリリにかわいいかわいいと抱きついているのを見て苦笑いしながら、俺は少し離れた場所を、まるで観察するかのように冷たい目で歩いているヨウトの隣に寄る。

 

「おいおい。怖い目になってるぞ?」

「......まぁ、さすがにすぐには気は抜けねぇよ。口では何とでも言えるしな」

「まだリリのことは信じられないか?」

「信用ってのは築くのは難しいけど壊すのは簡単なものなんだよ.....ってのが答えになるな」

「......そっか」

 

 ヨウトは間違ったことは言わない。常に客観的な目線をいつでも持つことができて、全体から正しい判断を出す。

 だからヨウトがリリのことを信じられないでも仕方がない。この状態では俺が何を言ったところで焼け石に水だろう。そもそも信用なんてものは第三者が与えられるものでもない。

 本当ならヨウトは今すぐにでもリリのことを遠ざけたいのかもしれない。それでもヨウトは今回の被害者は俺、という考えから俺がリリを許すのであれば厳重注意で黙認する、というスタンスを取っている。

 人間関係というものはいつでも難しい......それでも、俺はこの問題を諦めたくはなかった。

 

「じゃあ、リリの今後の動き次第じゃ、信じられる可能性もあるってことか?」

「難しいだろうけど、可能性の話ならな」

「ん、それだけあれば俺は十分だよ......ありがとな、色々」

「おう、どういたしましてー」

 

 最後にいつもの気さくな笑みを見せひらひらと手を振ってくる。つまりはヨウトのことは気にせず二人と話してこい、ということだろう。

 俺とヨウトはこれでもかなり長く、深い付き合いだ。一つの所作だけでも色々と感じ取れるものがある。だからこそヨウトは俺のことで多くのことに気がつき、気にかけてくれる。

 だが、それはヨウトから俺への一方通行なものではなく、互いが互いのことを分かる相互的なものだ。

 

「なぁ、ヨウト」

「ん?」

 

 ヨウトが俺のあれこれを気にかけてくれる。それと同じくらい、俺もーー

 

「俺は、お前ともちゃんと話し合いたい、そう思ってるよ」

「......そうか、じゃ、また今度時間ができたときにな」

 

 ーーそんな俺の気持ちが、きっと分かった上で、ヨウトはぐらかす。いや悟っているとでも言うべきか、まるで俺のことは何でも分かっているとでも言いたげに。

 そんなヨウトの笑みに俺は、いつも通り適当に笑みを返すことしかできず、自分の変わらない無力さに小さく拳を握ることしかできなかったーー

 

 

 



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AS9話目 藍髪少年の労働環境

 才能とは、いつの時代、どんな場所でだって不公平なものだ。

 それは変わりようのない真実だとマイペースが売りな藍髪少年は考える。努力次第で才能を越えることができるなんてことは虚言だ、傲慢だ。だってもしも努力ですべての事柄を変化できてしまうのであれば、人々は神の存在を自ら否定することになる。神から与えられし祝福、それこそが才能。人々は神から与えられた才能という名の枠の中で生きなければならないのだ。それこそがこの世に生を授かった人間という名の神の子供たちの使命なのだから。

 

 かといって、ヤマトは努力を否定したいわけではない。むしろ推奨したい。確かに人々には生まれもって実力の最大値のようなものは決まっているのかもしれない。できることには限度があるかもしれない。だがそのできる範囲の中で自分が最大限できることは何か、それを模索することはできるはずなのだ。足掻いてもがいて模索し続けて、その先に自分がすべきことを見つけ、それに自分の持ちうる力を注ぎ込み新しい役割を見出だす。その過程こそ努力と呼ばれるものの真髄であり、その到達点こそが結果というものなのだ。

 

 それらを踏まえた上で、ヤマトは声を大にして叫びたい。

 人には、できることとできないことがあると。

 人には、向き不向きがあると。

 お役所違い。努力が実らない。そんなことはこの世の中往々としてあると思う。それでも重要なのは新しいことに挑戦しようとする意欲。自分の新しい面を見つけようとする、その努力。結果が出ないのならまた努力を続ければいいではないか。仮にそれで結果に到達できなかったとしても、その努力は決して無駄ではない。神に与えられた自分の可能性を模索するという行為は絶対に無駄なんかではないはずだから。

 

 だから、ヤマトは決して諦めない。どんなことにも屈しない。与えられた自分の力を信じ、いつまでだって戦い続けてみせるーー

 

 

 

「ーーていう訳で、今回のことはまだ僕の経験値が足りなかっただけだと思うんだ。結論、僕は悪くない。次頑張るよ」

「ほほう......? そういう言い訳をするわけ、ヤマトは.....」

「言い訳じゃないよ、弁明だよ。僕は精一杯努力したんだから何も悪いわけはーー」

「ーー週に5回も取り引きポカしておいて、努力もくそもあるかぁあああああああ!!!!」

 

 ーーまぁ、戯れ言はさておき今日もアインクラッドには気難し少女の叫び声が木霊する。

 さすがに今回は藍髪少年も自分が悪いことをしたという自覚はあるのか苦笑いしながら視線を逸らす。

 二人は今32層主街区《コパス》のオープンカフェにいた。少し前にヤマトとカリンが《KoB》への突撃を決意したーーということにカリンの中ではなっているーーあの街だ。夜の11時という時間帯のせいか騒いでいる二人に対して夜遅くフィールドから帰ってきたプレイヤーや、このどこまでも広がっていくような夜の静寂を楽しんでいるプレイヤーから非難がましく睨まれるが二人は気にしない。

 二人は共に行動するようになってからこの街を集合場所にしていた。その理由はカリンの仕事柄、できる限り中層と呼ばれる場所の中心にいたいという考えからなのだが......今回のカリンの怒りポイントは、まさにその仕事についてだ。

 

 《KoB》突撃以降、ヤマトはカリンの誘いを受けて情報屋として一緒に行動していた。ヤマトの仕事内容は大きく分けて2つ。1つはカリンの護衛。情報屋というのはほとんどのプレイヤーにとってなくてはならない大きく貴重な存在だ。これが他のゲームであったのならば、攻略本やら攻略まとめは販売、ネットに公開されているかもしれないが、この世界に限ってはその常識が通用しない。しかし一度HPが0を表示してしまえば本当の意味で死んでしまうこの世界では情報は何にも変えがたい力と言える。だからこそ、情報屋は重宝されるのだ。

 しかし悲しいかな。得をすれば損する人間が出てきてしまうのはこの世界でも変わらない事実。しかも情報を溜め込んでいるというだけでも情報屋というのはその身を狙われやすい。カリン自身、取り引きに行くと待ち伏せをされて襲われた、なんて経験は一度や二度ではない。だからそんなカリンを常に護衛するというのは実力だけはあ有り余っているヤマト向きの仕事だと言える。

 

 2つ目は依頼人の護衛だ。情報屋というのは情報が欲しいと言われればそれを金銭との交換という形で提供する。だがたまに少し困った事案が発生する。それは「このクエストが何度やってもクリアできない」という類いのものだ。もちろんクリアする手助けになる情報が欲しいと言われればカリンは惜しみ無くそれを提供する。だが、その情報を上手く活用できるかどうかは渡された依頼人次第、上手く使えなければクエストをクリアできないままなのだ。

 そんな時に上手く事を運ぶために、カリンは依頼人の手伝いをヤマトに頼むのだ。ヤマトがクリアできないまま中層のクエストなんてほとんどない。だからヤマトに依頼人に同行してもらい困ったことがあればその都度その場でアドバイスをしてもらうのだ。

 

 そのどちらもが上手く回っていた。というか少し怖いくらいに上手くいきすぎて言い出したカリンが驚いてしまった。特に2つ目なんてヤマトの性質と仕事内容がマッチしているため仕事の成功率が上がりまくった。

 

 そう、ここまではよかったのだ。ここまでは。

 しかし人間というものは欲深いもので現状が上手くいっているともっといけるんじゃね?と調子づいてしまうものなのである。この二人にも、それが当てはまった。

 思った以上に上手くいきすぎて、ヤマトが暇になる事態が発生した。そんな時にヤマトが言い出したのが

 

『僕も情報提供したりした方が効率よくない? もちろんカリンの護衛は続けながらだけど、危険がない取り引きにまで護衛しても無駄じゃないかな?』

 

 と言い出した。その発言にはカリンも一理あったし......なによりもヤマトが自分の仕事をそこまで真剣に考えてくれているとは思わなかった。それが何よりも嬉しかった。

 事実ヤマトが護衛した依頼はリピーターがつくほどに全て上手くいっていたし、ヤマトが駆け出し情報屋になってもそこそこ上手くいくんじゃないか? ともカリンは思った。

 そんなつい私情を混ぜた思考をしてヤマトにGOサインを出してしまった結果ーー悲劇は起きた。

 

「どうしてあなたは毎回依頼人からお金を貰うのを忘れてくるのよ......」

「だってそこまで重要な情報でもなかったしこれくらいならいいかなって」

「それじゃあタダ働きじゃないの......」

 

 ヤマトの性質が、ここに来て仇となった。

 ヤマト自身が情報屋として働き出すと、当然ヤマトが報酬を徴収することになる。ヤマトはその情報の内容、もしくは護衛内容次第で後払いで構わないと依頼人に言っていた。まぁこれについてはカリンも黙認した。もしも報酬を支払われずに逃げられたらどうするのかとも思ったけども最初はこんなものだろうと。

 しかしヤマトは情報を提供、もしくは護衛が終わったあとでも、自分にとってはそれほどの価値はない情報、労働だからと言って自分から報酬を受け取らなかったのだ。それも何度も。

 前までしていた依頼人護衛はカリンが報酬を受け取っていたのでそんなことにはならなかったのだが......

 

「あのねぇ。確かにボランティア精神は美徳だけど、これは仕事よ? 規則は守ってもらわなきゃ困るの」

「分かってるけど......まぁこれぐらいならいいかな、人助けにもなるしって思っちゃって」

「はぁ......」

 

 タダ働きで人を問わず助ける。それも悪くはないだろう。むしろ誉められるべき行為だ。

 しかし仕事となるとそれは邪魔なものとなる。なぜなら情報(商品)には価値というものがあり、情報屋には同業者がいるからだ。誰か一人がその情報の価値を著しく下げてしまえば同業者の客層も奪う形になってしまう。同業者がその低価格に張り合いだしてしまえば間違いなく上層まで攻略しているヤマトに軍配が上がるだろう。その結果同業者はコルを稼ぐことも出来なくなり、食いっぱぐれる。

 さすがにここまで現実の企業通り話が進むとはカリンも考えていないが、恨みを買ってしまうのは間違いない。

 

「だから、報酬を貰うっていうのは他の情報屋を助けることにも繋がるの、分かった?」

「......うん、ごめん。今回は僕の考えなしだった」

「ん、分かればいいのよ分かれば」

 

 ヤマトが素直に頭を下げるのを見て少し機嫌を直したのかカリンは微笑む。

 一緒に行動するようになって、カリンには分かったことがある。荒唐無稽、無軌道、我が道を行くなど予測がつかない行動を多く見せることがあったヤマトだが、よく話し合ってみればその実は少し調子に乗りやすいだけの普通の子供であるということだった。今でも分からないことは多いが、昔ほど理解不能とまでは思わなくなってきていた。

 

(ほんと、理解しにくい(、、、、)だけであって、実際は結構分かりやすい思考回路してるわよね......この感じだと年下かしら? それなら夢見がち発言もとかたまに見せるかわいい表情も納得がーー)

 

 ガン!! そこまで考えてカリンはてテーブルに頬杖ついていた手から顔を落ち額をテーブルに強打してしまう。

 途中から自分の思考が少しおかしいことに気がつき疑問符で頭の中がいっぱいになるカリン。大分前から続いている猫パンチモドキと言い、最近はヤマトよりもカリンの方が奇行が目立つというのが同じく《コパス》をホームタウンにしてヤマトたちをよく見かけるプレイヤーたちの感想だったりする。

 

「カリン大丈夫?」

「何でもない、大丈夫よ......それと、今回の話の結論。ヤマトには情報屋は向いてない、少なくとも今はまだ。前までと同じように私や依頼人の護衛を続けるように」

「えぇ......チャレンジなくして会社は大きくならないよ?」

「どんな会社だって、赤字間違いなしのプロジェクトには資金投入しません」

 

 ちぇっ、とこどもっぽく頬を膨らませながらもヤマトはカリンの言葉にしぶしぶ納得すれば自分用に買っておいた野菜ジュース(っぽい何かの液体)を飲もうとしーー次の瞬間にはテーブルに立て掛けていた薙刀を手に取り、カリンの隣を通りすぎようとする一人のプレイヤーの右腕にその切っ先を突きつけていた。

 

「ーーっ」

「街中でローブ被ってるのは勝手だけどさ、そんな手元ごそごそ弄らないほうがいいよ、変に疑われちゃうし、視線ももう少し隠した方がいいかな」

 

 ヤマトの薙刀を突きつけられたそのプレイヤーは一瞬硬直した。ここは《圏内》だ、当然ダメージは入らないし傷だって負わない。命の危険はないが急にこんなことを言われてしまえば誰だって思考停止してしまうだろう。

 カリンは反射的にヤマトに注意しようとしたが、それは声として発されることはなかった。なぜなら数秒経ってもそのプレイヤーは怒鳴る様子も逃げる様子も見せないからだ。それはつまり、ヤマトが注意した内容が完全に的を射ているからではないか?

 

 それに気づき遅れてカリンも腰を浮かせ、戦闘体制に入り、改めて相手の様子を確認する。

 茶色いローブを纏っているため性別は分からないが身長から察するに体型は小柄。そのローブの中は夜特有の薄暗さのせいで見ることができないがカリンたちに対してあまりよくない感情を潜めている、それだけは視線からなんとなく感じ取れ、ヤマトに薙刀を突きつけられている今でもほとんど動じないということからかなりの場数を踏んできているのが分かる。そしてヤマトが注意したその手元。それは確かにローブのなかに収まっていて、まるで何かを探っているかのようだ。

 

(私やヤマトへの刺客......として雇われたプレイヤー......? いや、それだとわざわざ《圏内》で接近してくる意味が分からない)

 

 《圏内》ではプレイヤーのHPは絶対に減らない。それはこの世界が始まってから絶対のルールだ。もちろんいくつか抜け道はあるものの、そのどれもが今の状況では不可能なものだ。

 相手の素性、出方、何もかもがわからない今、カリンにできることはいつ戦闘に移っても退避できるよう武器と逃走用のアイテムを握ることのみだ。相手の態度や雰囲気から自分では手に負えないことを確信したカリンは逃走することに迷いはない。自分ではヤマトの足を引っ張ってしまうことが理解できているからだ。

 

 先程までの会話とは反対に静かすぎる停滞。音の少ないこの真夜中ではこの停滞を邪魔するものはほとんどなく、カリンの集中力はどこまでも高く引き上げられ遅すぎる時間の流れに緊張と苛立ちが募り始めーーそれは呆気なく終わりを迎える。

 

「ぷふっ」

 

 それが笑いを堪えようとしたのが失敗して吹き出した音だと、カリンはすぐさま理解できなかった。

 しかしもう限界だとばかりに続く、この場にそぐわない明るい笑い声で意識はこの場に戻ってくる。

 

「ニャーハハハハハッ! オレっちの偽物やってた奴が今ごろ何してるのかも気になってやってきてみたケド、なかなか立派になってるナ」

「......まさか」

「そうだヨ、《偽鼠》サン? あんたの予想はあたってル」

 

 ヤマトに薙刀を突きつけられているというのにそんなことは気にせず、左腕で頭に被っているフードを取り、その素顔を現す。

 その顔は、ある意味ではカリンが絶対に会いたくないと思っていた顔。目を引く美しいブロンド、頬に三本の線、まるで鼠の髭のようなものがペイントされているその顔をしている本人はにかっと気さくな笑みを浮かべる。

 

「久し振りダナ。ちょっと商談を持ってきたんだケド......話、聞いてくれないカ?」

 

 

 

 

 

 

 テーブルを囲う人数が二人から三人に増え、各々が軽く自己紹介を済ませたところで(商談)は始まろうとしていた。

 始まろうとしていた......のだが、どうしてもこのままでは始められない事案がひとつ発生していた。

 

「......っ......っっ」

「おーい、カリンやーい。こっちに帰ってこーい」

 

 カリンが今まで類を見ないほどがっちがちに固まっていた。それは見ている側が呆れを通り越して若干疲労を覚えてしまうほどのものでカリンがどれだけ緊張しているのかは明らかというものだ。

 どんな相手にもそう動じたりはしない胆力。こうと決めたら簡単には折れたりしない心の強さ。自分が言いたいことは遠慮などせずきっぱり言い切る芯の強さ。それが最近共に行動することが多くなった、ヤマトが抱くカリンの人物像だ。

 そしてそれは何一つとして間違っていない。それらの人物像はカリン自身が目指し、到達しているものでもあるし、他の知人に聞いても同じような感想が返ってくるだろう。

 だからこれほどの緊張をカリンが覚えるというのは、今目の前にいる人物、ならびにその人物との過去が関係している。

 

「ニャハハ、そんなに『あの時』のことがトラウマになってるのカ?」

「あ、当たり前じゃない......あんな報復受けたら、だ、誰だってトラウマになるわよ......っ」

「あんな報復?」

「それは聞かないで」

 

 話の流れがよく見えず首を傾げながら問いかけるヤマトだったが、その疑問はソードスキルよりも早い速度で却下される。

 あれもだめこれもだめカリンは意地悪だなー、と思いつつも、ヤマトは体を冗談抜きで細かに震わせながら目を回しそうなカリンの反応に見て、さすがに茶化さない方がいいと判断し今度こそ野菜ジュースモドキに手を伸ばしストローに口をつければ少しずつ飲み下す。

 そんな二人のやり取りを見てこのままでは話が進まないと感じたアルゴは肩を竦めながら話し相手(ターゲット)を変えることにした。

 

「それにしてモ......ヤマトだったカ? おにーさんも中々やるみたいだナ。あれくらいの視線でも気づかれるとは正直思ってなかっタ、こっちも情報集めた甲斐があったヨ」

「僕の情報集める人なんて本当にいるんだねぇ......ねぇねぇカリン。カリンが言ってたことは本当だったよ」

「......」

「カリンいい加減帰ってきなよー......えい、げふぅっ」

 

 てっきり《情報屋》同士での会話に発展するものだと思っていたヤマトは急に自分に会話を振られ、さらにその会話の内容も含め二重に驚く。

 ただ基本的に会話と真面目な雰囲気を苦手としているヤマトだ。ここは一刻も早くこの話の担当者に復活してもらおうと体を揺さぶったり頬をつついたり最後には自分が飲んでいたジュースを飲ませようとしてみたが、最後のだけはさすがに許容できなかったのかカリンから恒例の猫パンチが飛来。見事油断しきっていたヤマトの顎を捉え吹き飛ばすことに成功した。実はこれが記念すべき猫パンチ初成功の瞬間だったりするのだが、そんなことはアルゴが知るはずもない。

 

 しかしそのある意味いつも通りのじゃれあいのおかげか、いくらか落ち着きを取り戻したカリンは一度頭をリセットしようと深呼吸する。大きく息を吸い、吐く。その後にその場にいるカリンはもう仕事をするときの、頼もしさすら感じさせる彼女になっていた。

 

「すみません、アルゴさん。私事で勝手に取り乱したりして。もう大丈夫です」

「ン、そうカ。でも二人はすごく仲が良いんだナ? さっきから見てたけどまるで熟年夫婦みたいに感じたヨ」

「「耳タコなくらい言われるけど違います」」

「お、おウ、なんかゴメン.....」

 

 アルゴにしてみればいつも通り少し砕けた会話でまずは相手との距離を縮めようとーーあとついでに彼女自身の趣味を楽しもうとーーからかっただけなのだが、アルゴの予想を越えてくるくらいにいきなり二人が死んだ目で返答してくるため彼女らしくもなく少し動揺してしまった。

 ただ動揺はしてもその反応自体はアルゴ好みのものだったらしくシニカルな笑みを浮かべてカリンに向き直る。

 

「さっきのあんたの情報屋としての話は聞かせてもらったヨ。中々悪くなかっタ、まさかオレっちの元偽物がここまで真っ直ぐに成長しているなんテ、少し感動したヨ」

「そ、そうですか......ありがとうございます」

「あぁ、それにおにーさんの腕も悪くないみたいだシ、これなら問題なく話を進められそうダ」

「商談ですよね? 最前線で活躍してられるアルゴさんが、今さら私なんかから欲しい情報なんてないと思いますけどーー」

「おっト、そういう(、、、、)腹の探りあいはあんたとなら正直やってみたいとはオレっちも思うんだケド......悪いネ。今回は少々急ぎの用なんダ」

 

 これも彼女らしくもなく。アルゴは申し訳なさそうに謝りながらも話を進めることを急ぐ。

 この場合の急ぐとは本当に言葉通りの意味なのか、言葉に遊びもなく、話が脱線することもなく先に用件を告げた。

 

「ーー《鼠》のアルゴから依頼を頼みたイ、力を貸して欲しいんダ。依頼内容は殺人ギルド(笑う棺桶)《ラフィン・コフィン》との戦闘のためにそこのおにーさんを借りたイ」

「ーーっ」

 

 《笑う棺桶》。その単語が出てきた瞬間に宵闇を貫くほどの緊張がこのテーブルを包む。

 ヤマトがその名を聞いて思い出すのはいつかあの森でコウキと共闘して戦ったポンチョのことだ。後々になって調べがついたことだが、あの時ヤマトが戦った相手こそこの世界に恐怖で名前を轟かせている存在、殺人ギルド《笑う棺桶》であり、あのポンチョこそがそのギルドリーダーPoHなのだ。

 あの戦闘後に感じた死への恐怖は、月日が経過した今でもヤマトのなかには深く強く刻まれている。もちろん《笑う棺桶》の話題が出た今も、うっすらとではあるがその恐怖は蘇る。

 テーブルの上に置いていたヤマトの右手に僅かに力がこもる。それを横目に確認しながらも、カリンは気になる点をピックアップしていく。

 

「どうしてヤマトなんですか? アルゴさんならわざわざ中層に降りてこなくても攻略組の人に話を持ちかけた方が早いですよね? それこそ私の時と同じあの黒い人......いえ、《黒の剣士》とか」

 

 アルゴはヤマトを調べた、と言っていた。まずその時点で手間がひとつかかってしまっている。ヤマトの居場所、人なりを調べる前に自分がよく関わる相手......それこそ最前線の攻略組プレイヤーに声をかけた方が早いのだ。事を急いでいるというのなら尚更に。

 それとも、『そこ』がネックなのだろうか? ラフコフという巨大な敵を相手するのに身内やお得意様を巻き込みたくない、だから無関係かつ強力なプレイヤーであるヤマトが選出された? など多くの疑念がカリンのなかに渦巻いていくが、それをアルゴの答えが切り裂く。

 

「まず、あんたが言う《黒の剣士》についてだガ、あいつは今回諸事情で参加できなイ。理由は今は関係ないから置いておくゾ。それに今回の話はできる限り内密に行きたいんダ、だから攻略組の力は借りられなイ。だガ、内容からして実力はこの世界でも指折りのものが必要ダ......それプラス、おにーさんじゃないといけない理由があル」

「僕じゃないといけない理由?」

「......誰かを助けることニ、強い意志と責任が持てる人物であることダ」

 

 アルゴはこの宵闇のなかでも美しく輝くブロンドを雑に掻きむしりながら小さくため息をつく。

 

「こういう精神論はあまりオレっちの分野じゃないんダガ......今回の話には多くの奴の思惑だとカ、想いだとかが絡んでル。そしてそれと同じくらい尊い命もダ。それを全て本当の意味で理解しテ、その上で戦ってくれる奴ってのガ、おにーさん、あんたしかいなかったんダ」

 

 人の想い、命というものはよく使用される言葉ではあるが、その言葉は登場する機会に比べ想像以上に重い。

 それを背負って戦うということは自分だけの心身を守ればいいわけではなくなる。逃げるなんて行為は許されなくなってしまうのだ。仮に逃げてしまえばその先に待っているのは人の想いや命という花が悪意に無惨に摘み取られてしまう未来。それを知ってしまえば逃げた本人も一生罪の意識に苛まれる。

 ある意味では攻略組のプレイヤーたちも多くの他のプレイヤーの想い、命を預かっている身とも言えるが、それは一人だけで背負っているものではない。だから折れることなく背負っていられる。

 しかし今回の話は完全に私情であり、依頼という形だ。アインクラッド攻略という大義名分とは違い、自ら進んで他人のために自分の命を賭けなくてはならない。それもラフコフという最悪最凶の敵を前にしてだ。

 生半可な覚悟や実力では意思を貫き通すことはできないだろう。

 それが故のアルゴの判断。それが故の最終確認。

 

 ーーお前は、誰かの想いを、命を背負う覚悟はあるのか?

 

 この話は、ヤマトからすれば突然すぎる緊急要請だ。しかもその相手は今日はじめて出会った情報屋。さらにアルゴの口ぶりからするに誰かを助けなければいけないらしい。その相手すらもヤマトにとっては完全な無関係者だ。

『触らぬ神に祟りなし』がプレイヤーの中でモットーになっているこの世界ならば、無視するのが当然。怪しい話など聞かなかったことにするのが一番だ。

 

「......アルゴ。こっちも遠回りはいらない」

 

 それでもこの少年、ヤマトは進む。見ず知らずの人が笑顔で暮らせるようなそんな未来を見るために。

 自ら茨の道を、歩み通す。

 

「困っている人がいるならどこにだって行くよ。情報はそれだけで十分だ」

 

 ーーこうして全ての歯車が揃い、ゆっくりと動き出す。多くの少年少女たちの運命を揺るがす、辛く険しい運命が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルゴに連れられて元々の依頼主の場所に案内されていくヤマトを見送りながら、カリンはぼんやりと考える。

 ーーあるプレイヤーがラフコフの集団を一網打尽にしようと考えている。それに協力して欲しい。

 アルゴの依頼とは内容としては至極単純なものだった。しかしその目標がラフコフというだけでその難易度はすさまじく跳ね上がる。

 そもそも、先程の話し合いでラフコフの名前が出た瞬間に緊張が走ったのはヤマトだけではない。カリンもそうだ。

 その理由はヤマトが以前ラフコフと戦ったことがあるからーーというだけではない。それは彼女がこの世界に来た本当の理由(、、、、、)から来るものだ。

 それはまだ誰にも言ったことがない。今後言うつもりもない胸のうちに秘めた理由。しかしそれはその理由が小さなものだからではない。決して誰に言えないような黒く醜さを持った感情を含んだものだから。

 だから本当はカリンも今回は二人に同行したかった。待ちに待った自分の願いが叶うかもしれないそんなチャンスがようやく自分の前に訪れたのだから。

 だが彼女は知っている。自分の無力さを。貧弱さを。だから今は耐える。『その時』は遅かれ早かれ、高い確率で自分の前に訪れるはずだから。ヤマトのような存在がいれば、その確率はさらに跳ね上がる。

 焦るな、無理はするな、現状を確認しろ。ここでミスしてしまえば今まで生き残ってきた意味が水泡に帰す。

 そう自分に言い聞かせながら、また心のどこかではヤマトの無事を祈りながら、彼女は今晩の宿を探しに行く。

 その時、ふとアルゴがヤマトに伝えていた本当の依頼主の名前が脳裏をよぎった。

 

「ニックって......どこかで聞いたことのある名前ね......どこだったかしら?」

 

 彼女はまだ(、、)気づかない。その答えが彼女にとってどれほどの価値を持つものなのかを。

 

 

 

 

 

 



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AS10話目 藍髪少年の折れない決意


【挿絵表示】


今回出番のないカリンです。
知人に書いてもらいました。とてもイメージ通りで可愛いです!


 

 

《ドロアの大渓谷》を谷沿いに北上していった先にある山、《ドロアの荒山》。アインクラッドはその構造上どうしてもどの階層も高度に限度が出てしまうため《ドロアの荒山》は現実の山と比べるとどうしても見劣りしてしまう。だがそれでこの山がプレイヤーたちに与える印象が柔らかくなるかと問われれば答えはノーだ。

 小山と表現されるであろう《ドロアの荒山》だが、その山肌にはいくつもの切り立った崖や、牙を彷彿とさせるような鋭くとがった岩がいくつも存在するからだ。それらが放ち続ける自然の怒りとも言えそうな強いプレッシャーは、生け贄となるプレイヤーたちを今か今かと待ち続けているかのように感じる。

 そしてその印象は決して間違っていない。事実、この山で戦闘をするのであれば敵となるのはmobだけではなく地形もだからだ。mobの攻撃を避けた際にその鋭い岩の先端が体と接触してしまえば問答無用でHPを持っていかれてしまうし、これでもかとばかりに尖った形状をしている山だ。崖近くでは地面の強度もあまりなく、重量装備のプレイヤーが下手に踏ん張ったりすると足場が崩れ崖下までまっ逆さま、なんてことが攻略中何度か起こってしまっている。

 だからこの山を探索、攻略するのであれば軽装備で挑むことをおすすめする。さもなくば岩先が尻に刺さって割れちまうゾ、というのがこの世界で最も有名なガイドブックに記されている注意書だ。

 

 

「──ま、こんなとこだろ」

「ヘッドぉ、なんでまたこんな殺風景な所に来るんだよぉ。今からでもあいつらのこと闇討ちしようぜぇ、闇討ちっ」

「馬鹿かお前は。お前《奇術師》の奴に完敗してたじゃねぇか。それとも、あのまま置いてきてほしかったか?」

「ちょちょちょ、そりゃないぜヘッドォ。は〜ぁ、まさかこんな敗走する羽目になあるななんてなぁ」

「fuck…お前が油断したからだろうが。最初から真面目にやっときゃ結果もちったぁ違っただろうによ」

 

 崖の壁に背中を預けながら話す2人──《笑う棺桶》リーダーことPoH、そして同じく幹部ジョニー・ブラックだ。

 2人はコウキたちとの戦闘後走り続けこの荒山まで逃走していた。

 コウキによって切り落とされたPoHの左腕は、時間経過により部位破損時間が終了し元通りになっている。今は縄が解けたジョニーと共に回復ポーションを飲んでいるところだ。

 

(それにしても、気掛かりなのは《奇術師》の野郎だ。確かに前に戦った時も他のプレイヤーとは違う何かは感じたが……まさかジョニーを一方的に倒すなんてことになっているとはな。面白ぇ)

 

 ジュルリ、飲み干したポーションから口を離し舌舐めずりする。

 その仕草は獲物を前にした蛇のような残忍さを醸しだしながら、なのにその目に浮かぶのはまるで新しい玩具を見つけた子供のように爛々と輝いている。

 ククッ、今にも溢れ出してしまいそうな狂った笑みを噛み殺しながらPohは今後の動きを考える。

 

 今回の事件ではジョニーが少々大掛かりに動いてしまった。しかも、それを最前線のプレイヤー複数人に認知される形で、だ。

 おそらく今回の事件の手法はもう使えないだろう。さらにしばらくはプレイヤー全体がオレンジ、レッドプレイヤーの動きに敏感になる。

 殺人は快楽、悦楽を感じる甘い蜜のような行為であると同時に、自らの頭に銃口を押し付けながらトリガーを引き続けるロシアンルーレットのようなひりつくスリルを感じる行為だ。

 

 それゆえに、引き際は見極めなければならない。ただ好き勝手に殺し楽しむだけでは楽しみは長くは続かないのだ。

 

「ったく、殺る時は人目を避けろって何回も言ってんだろうが……まぁいい。しばらくは大人しく良い子でレベリングに集中するか」

「悪かったってヘッドォ。これからは気をつけるってばぁ」

 

 そこでようやく諦めがついたのかジョニーはずた袋の中ではぁ、と息をつく。

 やれやれと頭を振り、アジトに戻るかとPoHが壁から背中を離す──瞬間。

 

 

 

 

 空気を裂く音を纏いながらどこからともなく現れた直剣の切っ先と、直前で抜刀したPoHの短剣が弾けた。

 

「Wow……まさかこんなタイミングでお前と出会うとはな、ニック」

「あら、暗殺大好きな貴方にそんなことを言われるだなんて思ってもいなかったわ、PoH」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2本の剣が打ち合うより少し前。

 

 ヤマトはアルゴに言われた依頼主との合流地点に到着した。

 そこは入り組んだ地形をしている《ドロアの荒山》の中でも最も最奥にある小さな洞窟だ。

 乾いた地形特有の脆そうな土で出来上がっている洞窟だ。水気は一切なく、外と同じで鋭利な岩があちらこちらに見える。

 そんな中にいたのは腰ほどまであり緩やかなウェーブを描いている茶髪と、どこかの気難しい少女とは正反対の落ち着いた大人の雰囲気を持つ女性だ。

 身長は女性にしては高い、170cm程度はあるんじゃないだろうか? 

 

「えっと、君がニック?」

 

 ヤマトがおずおずといったように尋ねる。

 マイペースの権化とまで言われる彼は人見知りなどしたことはない。それでもそんな訪ね方になってしまったのは目の前の女性が纏っている覇気のようなものに少し気圧されたからだ。

 まるで、極限の集中状態の中にいるのに、笑いながら(・・・・・)怒っている(・・・・・)。そんな異常とも言えるような雰囲気にゴクリ、と息を呑む。

 

 そんなヤマトに対して件の女性──ニックはどこか胡乱げにヤマトの方を見ると眉を顰め小さく舌を鳴らした。

 

「……あぁ《鼠》が寄越した援軍って奴ね。いらないって言ったのに、余計な世話を」

 

 初対面の相手にボロクソに言われるとは思わなかったヤマトは目をパチクリとする。

 だがこれでとあることの理由が分かった。アルゴはこの場所の近くまで案内はしていたのだが、すぐそばで別れて「後はヨロシクっ!」とすたこらどこかに逃げていってしまったのだ。最初は戦闘に巻き込まれないためかとも考えたのだが、これが原因かとヤマトはため息をつく。

 

 質問に対しての答えはもらえなかったが、とりあえず目の前にいるのはニックご本人ということで良さそうだ。

 

「アルゴに聞いた話だと1人であの《笑う棺桶》に喧嘩を売りに行くってことだけど、本気なの?」

「えぇ、と言っても今は2人で行動しているみたいだけれどね。それに今は戦闘後で多少疲弊しているはず、今急襲すればどちらかは殺せるでしょう」

「殺す……」

 

 殺す。

 ある程度予想はしていたとはいえ、重さある言葉に今度はヤマトが眉を顰める。

 軽々しく口にしようと思えばできる、しかしその本質は想像を絶するほどに重い言葉だ。

 

「貴女は、殺すって言ったけど、それ以外の道は本当にないの? 何があったのかは僕にはわからないけれど、それはこの世界での、いいや、僕ら人間にとっての最大のタブーだ」

「言葉をそのまま返しましょうか。何も知らないのであれば、首を突っ込まないでほしいわね。殺す以外の手段? そんな話は、そんなラインはとうの昔に過ぎ去っているのよ。レッドプレイヤーだから殺すんじゃない、私は私の覚悟を持って奴らを殺す」

 

 お前は私の邪魔をしに来たのか、言外にニックの視線がそう言っている。

 

「貴方、確かヤマトとか言ったかしら?」

「僕の名前、知ってるんだ」

「強い奴の名前は大概知っているわ。貴方の強さは認める。身のこなしや雰囲気からでもそれが伝わってくる程なのだから。それでも、それだけよ、貴方には。貴方には、ただの強さしかない。強いだけの強さ」

「……」

「貴方には、私を止めるだけの理由も、覚悟もない」

 

 なぜ、そこまでのことを言われなければならないのか、とは思わなかった。

 それよりも、胸に刺さる言葉だ。強いだけの強さ、なるほど、確かに自分には戦う覚悟や理由はないかもしれない。

 それでも。

 

「アルゴに言われたんだ」

 

 それでも、意志(・・)はある。

 

「想いや命を、本当の意味で理解して戦ってほしいって。僕が、それを本当に理解できているのかも、貴女の覚悟も分からないけど、それでも──」

 

 

 

 

「──それでも、手を伸ばせば届く手を、僕は諦めたくない」

 

 

 

 

 

「……好きにしなさい」

 

 ここで何を言っても無駄だし、どれだけ言っても時間の無駄だ、とニックは切り捨てる。

 いや、無駄どころか余計だと思った。この男は、あの力無き少年とは違う。世界の辛さや暗さ、負の面を知らないのだから。何を言っても伝わりはしないだろう。

 陽の元で太陽に手をかざす者と、夜空に浮かぶ星に手を伸ばす者とでは決定的に違うのだから。

 

「今から《笑う棺桶》の幹部2人を急襲しに行く。私はPoH……ポンチョ男の方を狙うから、貴方はずた袋を被っている男のほうを狙いなさい」

「……はぁ、分かった」

 

 仕方なしとばかりに頷くヤマト。そもそもこのまま1人で行かせては本当にニックが死んでしまう可能性もあるのだ。頷くしかヤマトには選択肢がなかった。

 こうして、互いが互いに認め合えず仕方なく割り切るしかない相性最悪コンビは誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻り、現在。

 ニックがPoHと剣を打ち合うのに少し遅れて、ヤマトも飛び出し予定通りずた袋の男──ジョニーへ突撃する。

 今回の獲物は刀。集団戦になることや、広くはない地形から小回りの効く方を選んだ結果だ。

 疾走し、ジョニーが自分の間合いに入った瞬間、下からの切り上げ。まだ状況把握ができていないジョニー相手であれば必殺の間合い、必殺の一閃。

 だが。

 

「っと、危ねぇなぁおいおいおい! なんで今日はこんなに先客万雷なんだぁ、あぁ!?」

 

 ヤマトの想像以上にジョニーの判断、動きが早い、刀は短剣の刃に阻まれ、ジョニーの体に傷ひとつつけることは叶わない。

 この後の作戦は特にない。各個撃破を狙うだけだ。

 ヤマトとしてはもしニックが誰かを殺そうとするのであれば何とかして止めに入ろうと開戦前は考えていたりもしたのだが、

 

(今の攻撃に反応されるということは、そこまで甘い相手でもないか)

 

 認識を改める。それにニックが相手しているあの相手、よく見れば以前自分をPKしようとしたグループのリーダーだ。まさかあの時の彼がPoHだったとは。

 ジョニーとの鍔迫り合いの中で状況確認を終えたヤマトは一度バックステップを入れ距離を取る。

 

「ジョニー・ブラックさん、だっけ? 確か麻痺毒大好きなダガー使いさん、だったよね」

「おぉ、そうだよ? 麻痺大好きナイフ大好きのジョニー・ブラックさんさぁあ! そういうお前はなんですか? あの女のお仲間さんですかぁ?」

「仲間……なのかな。多分、暫定的にね!」

 

 再びジョニーに接近し、刀の横一線。先ほどよりも力強いその振りは防御したジョニーの体を一瞬宙に浮かす。

 逃がさない。ヤマトはさらに一歩踏み込み体が流れているジョニーの胸元目がけ突きを繰り出す。が、それは刃を流すようにダガーを当て回避される。

 

 ジョニーもそのままでは終わらない。吹き飛ばされた勢いを着地のタイミングで足に溜め、一気に放出。爆発的な勢いで迫ってくるジョニーに対して刀を盾にする。

 

 ギィィィンッッ!! 鋭い金属音が響く。

 

 そのまま近距離で何度か打ち合うがヤマトもジョニーも一閃も違えずに防ぎ切る。

 

(強い、な)

 

 改めて思う。隙をついたかと思えばするりと抜けられるし、嫌な所を的確についてくる。

 しかもその武器は強力な麻痺毒が塗られているという話だ。超近距離は基本避けたほうがいい。1番いいのは距離を置いて戦うことだが、

 

(それができたら苦労ないんだけどね!)

 

 ジョニーの剣を弾きながら思考する。

 まず、この地形。鋭い岩が多く、道も決して広いとはいえない。あまり派手に動き回ると岩の接触ダメージを受けてしまう恐れがある。

 だというのにジョニーは接触ダメージなどお構いなしとばかりに飛んで跳ねて動き回ってくるヒットアンドウェイを基本的な戦法として攻めてくる。

 

 

「君、接触ダメージが怖くないの?」

「はぁ? ダメージが怖くてレッドなんてやってられないんだよぉおっ?」

 

 そんな精神論でどうにかなってしまうものなのか、とヤマトは歯噛みする。

 これが、命の重みを軽く見ているかどうかの違い、ということだろうか。

 これでは全ての距離でジョニーにアドバンテージができてしまう。

 

(これ、かなり面倒だな)

 

 敵の技術は一流、地形も敵に有利。ヤマトには奥の手である《神体》スキルがあるが仮にジョニーを無力化できたとしても反動デバフがPoHにバレている以上無闇には使えないだろう。

 つまり頼れるのは──純粋な実力のみ。

 

(それなら、これはどう受ける?)

 

 何度目かのステップバック。その最中に納刀し足が着地した瞬間、スキルモーションへ。

 単発刀ソードスキル《紫電》。

 重く、速い。刀スキルの中でもかなりの威力を持つソードスキルの一つだ。

 抜刀された刀はまさに紫色のライトエフェクトを纏いながらジョニーに迫る。

 それに対してジョニーはニヤリと笑う。

 この時を待っていたとばかりにジョニーは回避行動に出る。その判断と動作も早い。この動きは間違いなく、

 

(《紫電》のソードスキルを知っている!?)

 

 そうとしか思えない反応の良さだ。刀スキルはまだあまりプレイヤー間では使われていないスキルだ。一応mobでも使うmobはいるが《紫電》を使うmobはさらに少ない。

 

 予想以上の反応にヤマトが驚いている間にも戦闘は進む。

 完全にソードスキルをかわし切ったジョニーはスキルディレイで無防備なヤマトの体にお返しだとばかりにダガーに淡いピンク色のライトエフェクトを纏わせる。

 単発短剣ソードスキル《クールピアース》。

 このスキルは威力は低いものの状態発生率にボーナスがかかる。さらにジョニーの狙いは状態異常が通りやすいヤマトの首元。獲った、と突きを繰り出しながら笑みを浮かべかけるジョニーの顔が一瞬で別のものに変わる。

 

 刀を振り切った状態からさらに体を回して刀でジョニーのダガーを弾いて見せたのだ。

 確かにヤマトのソードスキルは単発でディレイの時間は少なかったかもしれないが、それにしても今の反応は事前にこう動くと決めておかないとできないものだ。

 この反応には流石のジョニーも声を上げる。

 

「な、んだよ今の反応はぁ!?」

「デバッファーが絶好のデバフチャンスを目の前にすれば、そりゃそこ狙ってくるって分かるよ」

 

 ジョニーのソードスキルの勢いに押されて後退しつつも直撃を免れたヤマトは、したり顔で刀を肩に担ぎながら笑みを浮かべる。

 どうだ、自分はお前の予想のさらに上を行ってやったぞ。お前の攻撃なんて全てお見通しだという雰囲気を出しながらもヤマトの内心はそれほど余裕はない。

 

(今の攻防は確かに予測できた。けど、次もできる保証はない、何より──)

 

 ちら、とヤマトは自分のHPバーを見る。

 今の攻防で1割ほど削れていた。

 原則として、ソードスキルと打ち合う場合、同じくソードスキルで撃ち合わないとダメージを負ってしまうのだ。

 今回はたまたまジョニーのソードスキルがかなり威力の弱い部類のものだったためこれだけの反動ダメージで抑えられているが、他のソードスキルではこうはいくまい。

 さらにヤマトはジョニー本人にまだまともなダメージを与えられていない。ジョニーのHPはいくらか減っているが、それは全てジョニー自身が岩に接触した際のダメージだ。ヤマト自身にはジョニーに対しての有効打が今の所存在しない、

 

 そしてジョニーの方にも余裕はなかった。

 攻撃を読まれる。それはつい先ほど、《奇術師》との戦闘で嫌というほどに経験したことだ。あれほど一方的に読まれた印象は今でもジョニーの脳裏に焼きつている。

 もしかしたら、こいつも自分の攻撃を全て読んでいるのではないか、と。そうでもなければ先ほどの反応はあり得ないのだから。

 

 ヤマトは攻め手に欠け、ジョニーは攻めるべきか守るべきか決めあぐねている。

 2人の戦闘は心理戦も介入し始め、千日手の様相を示し始めていた。

 

 

 

 

 

 

「ふん、相変わらず気持ちの悪い剣筋ね。まるで掴みどころがなくて嫌気がするわ」

「おいおい、そうcoolな態度を取るなよニック。俺としちゃあ中々ない全力で戦える機会なんだからヨォ」

 

 ギギギィギギッッ!! 耳障りな金属音が絶え間なく鳴り続ける。

 ニック対PoH。こちらも現在は膠着状態に陥っていた。

 こちらの2人はジョニーのようなヒットアンドアウェイを基本スタイルにはしていない。そうなれば地形、足場の悪いこの環境、さらに初撃をPoHが完璧に対応した以上、接近戦が基本となる。

 

「私、前に言ったわよね? コウキには手を出すなって」

「そいつは勘違いってやつさ、今回俺はヘマをした仲間のhelpに行っただけで、あいつに手を出す気はなかったんだぜ?」

「戯言を……!」

 

 一度剣を引き再び怒りと共に剣を叩きつける、が、状況は変わらない。辺りに甲高い音が鳴り響くだけだ。

 PoHとの問答に意味はない。こいつは人の心を揺さぶり、怒らせ、迷わせ、自らの好きな方向性へと誘導する。

 それは分かっているのにどうしても怒りが抑えられないのはPoHの術中に嵌っているということかもしれない。

 

「人を陥れることだけが生きがいのような男の貴方が、そう何度も同じプレイヤーに干渉するはずがない、今度は一体何を企んでいるの!」

「かはは! おぉい、ニックぅ、えらく《奇術師》の野郎にご執心じゃねぇか。お前がそこまで言うってことはやっぱりあいつには何かあるってことだなぁ!」

 

 PoHは強引に鍔迫り合いの位置を下方に下げると、くるりと体を回転させ蹴りを放つ。それをニックは剣とは反対の左腕でガードする、がしかし少し体が流れてしまう。

 その隙をPoHは見逃さない。二連撃短剣ソードスキル《シザーズスラッシュ》。このスキルは一撃目を右上からの振り下ろし、二撃目を左からの振り下ろしで十字のライトエフェクトの軌跡を描くスキルだ。

 

「くっ……はぁっ!」

 

 一瞬の苦悶の声の後発せられる気迫ある声。

 それと同時になんとか姿勢を整えたニックはライトエフェクトを纏わせた直剣を体を回転しながら発動させる。

 単発片手剣ソードスキル《ディメンションズ・ネイル》。

 背後に向かって発動させるこのスキルをさらに体を回してPoHへのカウンターとして放つ。

 衝撃。

 ギィィィァァアン!! 今までで最大の金属音。

 ソードスキル同士が衝突したことによりお互いのスキルがブレイクされる。

 衝撃によりお互いの距離が開き、間ができる。

 

「コウキのこともそうだけれど、それ以上に、私は貴方が自分の近くを蠢いているだけで気に食わないのよ。誰だって、自分の家に土足で上がられたら気に食わないものでしょう?」

「あぁ? あぁ、そういやJapanese は部屋で靴を脱ぐんだったな。はっ、なら、靴を綺麗に整頓すればいくらでもお邪魔してもいいのかねぇ」

「比喩も伝わらないような頭の空っぽ具合で羨ましいわね」

「わざとに決まってんだろ、ニック。大体汚す汚さないの話なら、俺はあんたの尊厳なんてとっくの昔にメチャクチャにしてるだろうが」

 

 クハッ、とついに我慢できなくなったPoHの笑い声を聞いてニックの怒気が一層強まる。

 

「……それは、レナのことを言っているのかしら?」

「そうだそうだ、レナって名前だったなぁあいつ。いやぁ、あの時は本当に楽しかったぜ、なんと言ったって──」

 

 PoHが話せたのはそこまでだった。

 ガリッと奥歯を噛み潰したような音とともに、ニックが単発片手剣ソードスキル《スラント》を叩き込んできたからだ。

 一瞬意表を突かれながらも冷静に単発短剣ソードスキル《ラビットバイト》で応戦する。

 スキルは違うものの先ほどと同じソードスキル同士の激突。

 どちらも初期スキルで威力よりもスピードに重きを置いているものだ。

 発動もほぼ同時、威力も同等、プレイヤースキルは言わずもがな2人とも最高峰。

 ならば、優劣をつける他の要素があるとするならば。

 

「お前が、レナの名前を口にするなぁぁああああああああ!!!!」

 

 激昂。

 あらん限りの力で剣の柄を握り込みながらニックのソードスキルがそのまま直進していきPoHの短剣と衝突、一瞬の拮抗の後、そのまま強引に叩き込むようにしてニックの剣がPoHの肩を浅く切り裂いた。

 ソードスキルの勢いのままPoHの横を走り抜けていくニック。しかし勢い余って岩壁の鋭い岩に腕が突き刺さり、ガクンとHPバーが削れる。

 

 だがそんなことは知ったことではない。PoHがスキルをブレイクされディレイに陥っている今がチャンスなのだ。

 今使えるソードスキルの中で最高のものを叩き込む。

 キィィィン、と細くも確かな音を上げながらいっぱいまで引き絞った片手剣をPoHに対して構える。

 クリムゾンレッドのライトエフェクトを纏うそスキルは単発重攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。

 ニックが引き絞った腕を前に突き出した瞬間、エンジンめいた轟音を撒き散らしながらニックの体ごと片手剣が突き進んでいく。

 空気も音すらも切り裂いて進むその切っ先は防御しようとしたPoHの短剣よりも一瞬早く、その

 体の左腕を切り飛ばした。

 

「shit!!」

 

 再びPoHの隣を駆け抜けていき、PoHのその左腕が地面に落ちて無数のポリゴンに変換される瞬間を目の端で見届ける。

 偶然にもどこかの少年と同じ戦果を1人で上げた。

 その事実には気付かないままニックはさらにソードスキルのモーションに入る。

 次は先ほどと同じ《スラント》だ。先ほどの《ヴォーパル・ストライク》によってPoHのHPはかなり削られている。これ以上無駄に強力なスキルはもういらない。それよりも確実で素早いスキルを選択すべきだ。

 

 だがPoHも黙ってはいない。ダメージディレイから抜け出してすぐにスキルモーションに入る。こちらもまた先ほどと同じ《ラビットバイト》だ。

 そのモーションを目にして僅かにニックは眉を顰める。

 

(さっきと同じ展開で同じスキル……それなら至る結果もまた同じのはず。それなのにあえて同じ押し負けたスキルを使うその理由は……?)

 

 スキル発動までの一瞬で相手の考えを押し図る、が、答えは出ない。片腕のないPoHのそのモーションがさらにPoHの雰囲気の異常さを助長している。

 どちらにせよ、体勢的にもスキル的にも有利なのは自分のはずだ。あとはその場で判断するしかない、と腹を括るニック。

 それを見て何を思ったのかニヤリと笑うPoH。

 

 そして、互いのスキルが発動する。

 そうなってしまえば結果までは一瞬だ。互いの距離が一瞬で潰されシステムに導かれるままに互いの対象へと剣が振られる。

 ニックの剣はPoHの首元へ。

 PoHの剣は──ニックの足元の地面へ。

 

(しまっ──)

 

 ニックに自分のミスを自覚する時間はなかった。

 ステータスの差だろう。ほんの僅か。瞬きよりも短い刹那の差でPoHの短剣が先にニックの足元の地面に叩きつけられた。

 結果、脆かった地面は一瞬にして崩れる。

 

「──クソ」

 

 足場を失い体勢を崩したニックのソードスキルは強制的に解除されディレイに囚われる。

 そんな中でも足場はどんどん崩れていき、ついにニックの体が足場のない崖へと放り出される。

 必死に腕を伸ばす。が、届かない、絶望的なまでに足場が遠い。

 

「クソォぉぉぉおおおおおお!!! PoHぅぅぅぅううううう!!!!」

「勝負はお前の勝ちにしておいてやるよ、ニック。もし生きていたらまた会おうぜ。good luck」

 

 PoHは笑いながらそう言って、落ちていくニックに背を向ける。

 高さ20メートル以上の自由落下。この世界にはいくつものスキルが存在するが、重力という力に抗う術は、ない。

 自分のHPを見て着地後に生きている自信はない。それほどまでにこのゲームの落下ダメージはリアルでシビアだ。

 

 悔しい。

 もうあと一歩まで追い詰めたのに。やっと、やっとあの借り(・・)が返せると思ったのに。自分はこんなところで、こんな結果で終わるのか。

 死への恐怖はあまりない。ただ目頭が熱くなるほどの悔しさが体中を駆け回る。

 無駄だと分かりながらも諦めきれない自分が勝手に上へ上へと手を伸ばす。

 瞬間。

 

 

 ぐっと、その手を掴まれた。

 

 

「は……?」

「掴まって!!」

 

 そこでようやく自分の外側へと意識を向けたニックは自分の手を握りしめさらには抱き寄せる人物が誰かを知る。

 ヤマトだ。

 どういう訳だか、この英雄希望の少年は崖が崩れた後に崖から飛び降りてニックに追いつき抱きしめるに至ったのだ。

 よく見ればヤマトの体には細い線のようなダメージエフェクトが至る所に刻まれている。どうやらジョニーとの戦闘も熾烈を極めていたようだ。

 ニックが確認できたのはそこまで。ヤマトはニックを抱き込むと自分がニックの下になるように体の向きを調整した。

 

「バ──」

 

 ──カと言葉を続ける暇もなく。

 ズドンッッッッッッッッ!!! と人間2人分の重量が落ちた重低音が辺りに伝播した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー……死んだかと思った。《神体》スキルの新しいスキルに防御型のがあってほんとよかった……)

 

 辛うじて、数ドットだけ自らのHPを残したヤマトは今しがた自分が落ちてきた崖上を眺めながらぼんやり考える。運よく岩のない平らな足場に落下できたおかげだ。いやほんとに、よく生きてたな。

《神体》スキル、防御型能力スキル《天岩戸》。

 このスキルは《ツーエジッドソード》とは真逆に自らの攻撃力が半分になる代わりに防御力が倍加されるという効果だ。

 落下ダメージに防御力の数値がどれほど有効なのかはヤマトにも分からなかったが、上手くいってよかった。

 

「どうして、助けたの」

 

 1人冷や汗をかきながらも一息ついているヤマトの腕の中で、同じく無事だったニックがむくりと起き上がり問いかける。

 その質問に対して気難しい少女の顔がうっすら浮かんだヤマトだが、答える言葉はいつも通り変わらない。

 

「貴女を、助けたかったから」

 

 カッコをつけたいわけでも、威張りたいわけでもない。

 ただ助けたかった。だって、死んでしまったらそれで何もかも終わりなのだ。

 次も、明日もない。本当の終わり。

 そんなものを、そんな人を、ヤマトは見たくはない。

 

「貴女にどんな事情があるのかはやっぱり分からなかったし、もしかしたら今後も知る機会はないのかもしれない、けど、可能性すら摘んでしまうことはどういうことか、もう一度だけでも良いから考えてみてほしい」

「そんな、理由で……」

 

 いや、どんな理由だろうと人間というものは命を張れることをニックは知っている。

 例えばコウキのように。例えばミウのように。

 そこに違いがあるとするなら、自分をどこまで曲げないかということだけ。

 

(でも、それなら、やっぱり私の考えは変わらない。変えられる訳がない。なぜなら私は、あいつを殺すためだけにこの世界に来たのだから)

 

 痛ましい、とまで言ってもいい『向こう』の世界の友人の姿を思い浮かべる。

 もうあれから、一度も自分に笑いかけてはくれない、あの子を。

 

 ニックは一度ため息をつき何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「一つ、貸しにしておくわ。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。もうこんな無謀な突撃はやめてほしいけどね」

「それは約束しかねるわね」

 

 そう言うとニックはウィンドウを操作し、ヤマトに対して決して安くはない金額と回復ポーションを譲渡し「じゃあ」と言って立ち去った。

 合わないパートナーとの共闘に、《笑う棺桶》幹部との戦闘、さらに崖上からのノーバンジージャンプ。今日一日の濃さを思い出すとヤマトはもう一度寝転がり今度は大の字になり。

 

「あ────!!! 疲れた────!!!」

 

 今日一日の感想を大声で叫ぶのであった。

 

 

 




大変お久しぶりです。
まだ読んでくれる人がいるか分かりませんが、こっそり再開します


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SAO 罪と罰の行方
61話目 なんでもない1ページ


前回に引き続き、今回は我らがヒロイン、ミウのイラストです。素晴らしい! 可愛い!
表情が柔らかくて大変彼女らしさが出ていると思います!



【挿絵表示】



「ん、あー……」

 

 目が覚めると知らなくもない天井だった。

 リリのカルマ回復クエストも無事終わり、ヨウトの家に皆で住むようになってからまだあまり日数が経っていないせいか、朝起きるたびに微妙に落ち着かない気分になってしまう。それでも毎回快眠熟睡はできているんだから、なんだかんだ俺も順応している気がするけども。

 

「寝癖は……まぁ、この世界だとつかないんだけど」

 

 それでも、毎朝自分の髪や顔を手鏡でチェックしてしまう。そうなると意外と便利なのが、この世界に入ってすぐに茅場晶彦に渡された手鏡だ。

 軽く顔色と寝癖をチェックし、いつも通り問題はなし。そして寝間着からラフな普段着に着替えてリビングに向かう。

 

 着替えや道具にしたって、少ないウィンドウ操作で何でも出せると言うのはやはり便利なことこの上ない。これ、現実に戻ったら動くのが億劫で仕方が無くなるんじゃないかとウィンドウを見つめながら小さく唸る。

 

「あ、おはよコウキ」

「おはよミウ」

 

 リビングに来ると先に起きていたミウがソファに座っていた。その右手にはちょうど俺と同じ手鏡が。どうやらミウも同じく鏡を見ていたらしい。

 自分を魅せることに興味がない俺と違って、女の子なら鏡は必要不可欠な品物なのかもしれない。だとしても、ヨウトの家に住むようになってからミウが鏡を見ている場面にはかなり出くわしている気がする。《化粧》スキルでも取りたいのだろうか? それなら喜んで押しつけ──教えてあげるのに。

 

「ヨウトとリリは?」

 

 姿が見えないあと2人の住民の所在を聞く。

 今日は休養日だ。攻略に出る予定もガイアクエストを進める予定もないためまだ寝ていてもおかしくはない。

 とはいえ、リリはいつも誰よりも早く起きて朝ご飯だったりアイテムの調達をしているから、俺よりも長いこと寝ているとは少し考えにくい。

 

「リリちゃんは買い物に出ちゃった。私も着いていこうとしたんだけどこれくらいでミウさんに動いてもらうなんてとんでもないです! 私1人で大丈夫です! ……って断られちゃって」

「んー……リリ、あれ以降変な方向にまた生真面目になっちゃったよなぁ」

 

 罪の意識はリリ自身でどうにかするしかないと言ったのは俺だ。でもだからと言って罪の意識に耐えかねて押し潰されてしまうのでは元も子もない。

 ただ最近のリリは本当に楽しそうに笑うようになった、と、思う。そうなのだとしたらリリの気質が元から奉仕精神旺盛ということなのかもしれない。ならここで下手に口を出しても余計な気を遣わせるだけか。

 

 なんて、考えてみたりもしたけども。人間関係なんて苦手、そう豪語していた俺が偉そうに何様だよ、とつい苦笑いしてしまうものの、こんな風に人のことを見ることが出来るようになったのは少し嬉しかったりもする。

 

「それで、ヨウトは──」

 

 と、そこまで言ったミウの言葉を遮るようにして家の奥からドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。

 そんな音を出すのはここの住人では家主しかいない。

 

「おはよ! 2人とも早いな。せっかくの休みなのに」

 

 奥から出てきたのは何故か攻略に出る時と同じ完全武装状態のヨウトだった。

 その姿に俺とミウ2人首を傾げながらも「おはよ」と挨拶を返す。

 

「やっぱり日頃の習慣的に中々ずっとは寝れないよ。それよりヨウト、その格好何だ? 今日って休養日だよな?」

「あぁ、そうなんけど……うん、ちょっと呼び出し食らっちゃって」

「呼び出し? 誰から?」

「攻略の鬼から」

 

 ヨウトは両手の人差し指を頭の上に持ってきて角を作る。どこか嫌そうな苦笑いから察するに。

 

「お前、またなんかしたの?」

「またとはなんだまたとは──ただちょっと、アスナとキリトの関係を突いてみただけで」

「──と、言うわけです」

 

 ずっと言葉を遮られていたミウが呆れたようにため息をついて、そう締めくくる。

 どうやらミウは事の顛末を知っているらしい。もしかしたらアスナから直接事情を聞いているのかもしれない。

 

「それにしても、またすごい地雷を踏み抜きに行ったな。あの2人の関係って攻略組の中でも七不思議に数えられてるくらい謎なのに」

「実際に踏んでみないと地雷か宝か分かんないだろ?」

「で、実際に地雷だったわけか」

「てへぺろ」

 

 また興味本位で聞いたってことか。そういう話ならミウのように呆れてしまうのも分かる。これはヨウトが悪い。

 もう少し話を聞いてみると日頃のヨウトのおちゃらけた態度+今回のことでアスナの堪忍袋の諸がぶち切れたらしく、お説教諸々ということで呼び出しがかかったらしい。

 

 向かうのはKoB本部。そういうことなら全力装備で向かうのも分かる。あんな殺伐としたところ、丸腰では怖くてそうそう近づけない。

 

「しかも呼び出し時刻まであと20分です」

「遅刻ギリッギリじゃねぇか!?  さっさと叱られてこい!」

 

 うぇーん! とふざけた悲鳴を上げながらヨウトが家を出発していった。まぁ、あいつの足なら間に合わないということはないだろう。実際にそんなことになったらアスナの怒りがこっちにまで飛び火しそうだなぁ……絶対に間に合えよ、ヨウト。

 

 ヨウトを見送ったところでシン……と家の中から音が消えた。俺とミウ、互いの顔を見合わせ小さく笑い合う。

 

「なんか、変な感じだね」

「そうだな。最近絶対に3人以上で行動してたから、久しぶりに2人になるとめちゃくちゃ静か」

 

 俺とミウだけでも会話は盛り上がるし、コミニュケーションだって取れる。ただやはり人数が減るというのはそれだけで音の量も減る。

 

 俺たち2人は会話のない時間も嫌いではないが、せっかくの休みだ。会話くらいあった方が楽しいだろう。

 と、ミウの向かいのソファに座ったところで、ミウがずっと手に持っている手鏡に目が行った。

 

「そういえば、ミウも最初にもらった手鏡ずっと使ってるよなあ。もしかして気に入ってるの?」

 

 俺もまだ持ち続けている手鏡。今は何の効果も無い、ただ映った物を反射するだけのものだが、最初は作成されたプレイヤーたちの姿をリアルの姿に強制的に変えるために配られた物だった。

 つまり、このデスゲームの始まりを告げる役を担っていたと言っても過言ではない。

 

 そのせいもあって、プレイヤーたちのほとんどがこの手鏡に良いイメージを持っていない。配られたその日に目の前の現実を受け入れられず叩き割った者までいる。

 あのヨウトでさえ、俺やミウが手鏡を使っているところを見ると少し顔色を曇らせる。

 だから相当な理由がなければ、普通は処分しているはずの一品だ。

 

 そんな俺の質問の意図をミウも察したのか、少し考える素振りを見せた後、どこか曖昧な笑みを浮かべる。

 

「……そうだね、むしろ何も思い入れがないから、まだ使っているのかも」

「思い入れがない?」

「うん、何ていうのかな。私も早く現実に戻らなきゃ、やることたくさん残ってるんだから! ……ていう気持ちも皆と同じように確かにあるんだけどね。でも、その、だからってそこに必死さまではないというか。真剣味が足りないのかも。だからあまり手鏡(これ)にも特別な悪感情ってないんだ」

「……」

 

 ミウの言葉はどこか論点が定まっていない気がした。でも、言いたいことはすぐに理解できた。

 確かにミウは生きることには必死であっても、この世界を脱出することには必死ではない気がする。自由気ままに、でも目標は持って。そんな日常的すぎる(・・・・・・)部分が、確かにミウにはある。

 

 それがこの世界に囚われている者として、正しい生き方なのかは分からないけど、正しかろうと間違っていようと、俺にはそれをどうこう言う資格はない。

 何故なら、俺も同じだからだ。

 

「そんなところは似てなくても良いのにな……」

「……? コウキ、今何て言った?」

「いいや、何でもないよ。ただ最近、ミウ鏡見てることが多いけど何か気になることがあるのかなって」

「う゛ぇ!?」

 

 なんか今、女の子にあるまじき声が聞こえた。

 ミウは顔を引き攣らせたまま一瞬固まり、笑って誤魔化そうとするも顔は以前引き攣ったまま、そのせいでなんか変な表情になっている。相変わらずミウは表情に出やすい。

 

 ミウは何度か小さく唸った後、俯いてボソリと呟いた。

 

「──じゃん」

「ん?」

「だから! ……一緒にいる時は、可愛く、思われたいじゃん……」

「……………………………………………………………………ゴフッ」

 

 頬を染めながら恥ずかしそうに見上げてくるミウを前に、なんか口から人にあるまじき音が出た。

 誰に思われたいのか、なんでそんな風に思われたいのか。そんな小賢しい思考がいくつか頭の中を飛び交うが、そんなことよりも、目の前の女の子の破壊力がヤバくてなんかこっちの頬も熱くなってきた。

 

「……」

「……」

 

 無言が続く。気まずい。さっき会話がない時間も苦ではないとか言ったけどごめんなさい、嘘です。今めちゃくちゃ気まずいです誰か乱入して来てください。

 そんな風に願うものの、こんな時に限って誰もいないのは先ほど確認済みである。

 

「……ん」

「え」

 

 すると、ミウがおもむろに立ち上がる。この気まずい空気を打ち破ろうとした、と言うよりは他に気になることができたという感じ。そしてそのまま歩いて移動して──ぽすん、と、俺にくっつくようにして隣に座った。

 

「えっと、ミウさん?」

「……コウキの真向かいに座ってるのって、やっぱり何だか落ち着かないから」

「まぁ、うん、確かに最近向かい合って座ることってなくなったよな、人数増えたし」

「うん、だから、隣に座るの」

 

 だから、隣に座る。

 何が『だから』なのか、いまいち分からないがきっとミウの中ではそれが理由として成立しているのだろう。

 

 いつも通りのちょっと急展開なミウの行動に、俺もいつも通り苦笑いする。なんだかんだ俺もミウが隣にいるのはリラックスするのか、先ほどまでの妙な雰囲気はもうどこかに飛んでいっていた。

 

「コウキ」

「んー?」

「こんな風に2人でいるのって前なら普通だったけど、今の普通はヨウトやリリちゃんたちもいるワイワイした私たち4人組の方。コウキは、どっちの方が好き?」

「……難しい質問だな」

「そう?」

「そう。気が楽って意味ならミウと2人きりだな。何も言わなくても互いの考え分かったし、何か決める時もすぐに決まったし。じゃんけんとかさ」

「じゃあ、今は?」

「今は考えなきゃいけない人数が増えたから、やっぱり気を遣う場面は多いよ。ほら、俺ってコミニュケーション能力低いし。でもその分、色んな考えを知る機会が増えたし、さっきも言ったけどやっぱり賑やかで楽しい。そう言う意味なら、今が好き」

「ふふ、なんかコウキらしい」

「そう?」

「そう。変に小難しく考えてる辺りとか特に」

「俺はミウやヨウトみたいに即断即決できないの。熟考型なの」

「えー? 優柔不断じゃなくて?」

「優柔不断はミウだろ。いっつもお菓子選ぶ時あっちが良いかこっちが良いか迷いまくってる癖に──」

 

 そんな、取り止めのない、何でもない会話が延々、延々続く。たまに俺がからかいすぎてミウが拗ねたり、ミウに反撃されて俺が平謝りしたり、困ったり、笑ったり。

 日常の1ページが、また1つ、埋まっていく──

 

 

 

 

 

 

 SIDE Lily

 

 買い物に出たのは良いものの何を買うのか何も考えていなくて時間がかかってしまった……というか、いつもご飯を作ってくれてるのはミウさんなんだから、ミウさんの意見を聞かないと何の意味もないのに……

 

「最近、空回りしすぎてるなぁ……」

 

 カルマクエストもクリアして、またこうしてコウキさんたちと一緒にいられる毎日。

 コウキさんは変わらず優しくて。

 ミウさんは前以上に私と仲良くしようとしてくれて。

 ヨウトさんはいつも私のことを監視するように見ていて。

 

 三者三様。私との接し方は違うけれど、それでも全員が私がここのにいることを許容してくれている。

 それがどれだけ恵まれていることなのか。私が理解している以上なのは間違いない。

 

 だから、恩返しがしたい。何か力になりたい。そんな想いが前以上に強くなっている。

 だから、前以上に色々しようとして、鈍臭い私は、今のように色々失敗している。

 

 何をしているんだろう、と思う。でもそれ以上に、自然と笑みが浮かんでしまう。

 自由に自分がしたいことができているのが、本当に楽しくて仕方がない。

 空回りはしている、でも無理はしていない。

 今できることの全てが、楽しくて楽しくて仕方がない。

 

 だからきっと、今の私の在り方は、何も間違っていない。

 

「……とはいえ、ミスすることは間違ってるんだけど」

 

 あはは……と1人苦笑いする。

 次からは変に気を遣わず、ミウさんと一緒に買い物に行こう。そう決めてヨウトさんの家の扉をくぐる。

 ヨウトさんはアスナさんにお説教を受けに行くってミウさんが言っていたから、今家にいるのはコウキさんとミウさんの2人だけのはず。

 

 2人のことだから、また仲睦まじく話しているんだろうなぁ、と2人の笑顔を想像する。

 少し、嫉妬する。羨ましい。でも私は2人が好きだから、2人が仲良くしているところを見ても不思議とこちらも笑顔になってしまうことが多い。

 ……こういうの、ドラマで見たことがある。よくいる幸薄げなサブヒロインだ……言って自分で悲しくなってきた。

 

「……あれ?」

 

 と、私が1人脳内でテンションを下げていると、予想と違う家の中の様子に首を傾げる。

 てっきり楽しそうに会話していると思ったのだが、リビングに来ても会話が一切聞こえてこない。もしかして部屋では暗しているんんだろうか? といつも皆で話し合っているソファに目を向けて──その理由が分かった。

 

 つい、ため息をついてしまう。ただ、やはりその後に私に浮かぶのは笑顔だ。今回は呆れの要素が強いけど。

 

「……こういうところ、敵わないなぁ。ミウさんって色々ずるいですよね」

 

 私の視線の先──ソファには仲良く肩を当て合いながらうたた寝しているコウキさんとミウさんの姿。2人の寝顔があまりにも幸せそうで溢れる愚痴もつい、声量を気にしてしまう。

 

 2人のことだ。目を覚ますのも同時だろうし、きっと一緒にお腹が減ったとか言い出すに決まっている。その時のために私は間違ってもコウキさんたちを起こしてしまったりしないよう物音に注意しながら、私でも作れる軽食の用意を始めるのだった。

 




お気に入り、感想、評価、もらえるだけ作者が喜びますのでどうかお願いします。


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62話目 有力な少女は今の日常を愛想する。

久しぶりの投稿だと言うのに未だに呼んでもらえて大変嬉しいです。今後もこの作品をどうぞよろしくお願いします。
そして今回は小物系ヒロイン。薄幸少女ことリリのイラストです!


【挿絵表示】



 

「最後の《宝珠》の確保、ですか」

「あぁ、明日出発してもらおうかと思っている」

 

ぴちょん。どこかで水滴が落ちる音が鳴る。

43層の《青樹殿》にて今日も今日とて《ガイア》の下々としたクエスト(お使いや採集系)をこなし終えた俺たち4人は、それを報告するためにナフさんの部屋を訪れていた。

そんな際の会話が今の会話になるのだが……

俺たちは6個の《宝珠》を収集してほしいと以前からナフさんに言われていて、現在集まっているのは5個だ。

この5個の《宝珠》に関してはそれほど問題なくーー合間合間色んな出来事はあったがーー収集できていた。ならば最後の《宝珠》も勢いそのままに集めてしまおう! と俺たちは息巻いていたのだが、そんな俺たちにナフさんが待ったをかけた。

 

最後の《宝珠》は《森人》がいないと開かない扉の奥にある、とのこと。

ということは《森人》を連れての外への遠征になる。そうなってくるとナフさんは腕っ節に自信はないそうだし、下手をすると俺たちよりも強いんじゃないかと思われるミレーシャさんを連れていくことになる。

しかしミレーシャさんは《ガイア》にとっても貴重な戦力だ。もし以前のソルグのように《ナーザ》の誰かが攻め込んで来た時のことを考えてミレーシャさんは外には出せない、とのことだった。

 

それが《宝珠》を取りに行けと言われたと言うことは。

 

「戦力の補給、できたんですか?」

「あぁ、とは言っても、全体の、ということではなく個人の、だがね」

 

言葉の意味を理解できず首を傾げるとナフさんが「入ってきていいよ」と声をかける。

外に誰かいるのか、と思いドアの方を振り返ったのと同時、そのドアが開かれた。

 

「失礼します、ナフ様! お呼びに応え参上しました」

 

爽やかな声と共に、ドアの向こうから部屋に入ってきたのは高身長な男性だ。

その身に纏う黄緑色の鎧は《ガイア》の人間だということを証明しているが、装飾に関しては他の戦士とは比べ物にもならないほどに荘厳だ。

各所に金色のラインが彫られていて両肩には小さな宝石が埋め込まれている。各所関節部分も隙間無くインナーのようなものが仕込まれていて堅牢さを感じるが、それは機能性を殺したものではない。動きを阻害するような装飾はないお陰で相反する荘厳さと機能性が同居しているデザインだ。

 

男性はナフさんの前まで来ると一礼した後、俺たちにも頭を下げてくる。それに対してつい慌てて頭を下げ返してしまうのは日本人の性か。

 

「彼はこの《ガイア》最強の騎士、カイムだ。ようやく任務が終わってね、僕たち本体に合流することができたんだ」

「すみませんナフ様、僕の力が足りないばかりに時間を取らせてしまって」

「いやいや、そういうつもりで言ったんじゃないよ。むしろ君でないとできない任務を終わらせてくれたんだ、感謝しかないよ」

「ありがたきお言葉です……それで、僕を呼ばれたのはやはり彼らへの?」

「あぁ、ちょうどいいタイミングだしね、顔合わせをさせておこうかなと思ってね」

 

ナフさんが言うと男性ーーカイムさんの視線が改めて俺たちに向かう。

そしてこちらに手を差し出しながら。

 

「初めまして。先ほどナフ様に紹介してもらったが改めて。《ガイア》森人近衛隊隊長のカイムだ、よろしく」

「えっと……冒険者?のコウキです。こっちはミウとヨウト、それにリリです」

「あぁ聞いているよ。僕のいない間に何度も力を貸してくれたと。それもあのソルグと戦闘までしてくれたんだろう? 本当にありがとう。それと、敬語はいらないよ。力を貸してもらった上でそんなことまでされてしまったら僕たちの立つ背がない」

「じゃあ、カイムで。ソルグと戦ってくれたのはそっちのヨウトだけどな」

 

言ってヨウトの方に視線を向けると自分の会話ターンが来たとばかりにヨウトは笑顔を浮かべる。

 

「なぁなぁカイム。最強の騎士ってナフさんからは聞いてるんだけど、やっぱり《紅牙》とか呼ばれてるソルグよりも強いのか?」

「ヨウトさん、その質問は失礼なんじゃ……」

「あはは……ありがたいことにナフ様にはそう言ってもらえるけど、僕自身はまだまだ未熟者さ。ソルグとはおそらく引き分けが精一杯だと思うよ」

 

ヨウトの質問に素直に答えてくれたのにも驚きだが、あのソルグと引き分けると言うその実力にも驚きだ。

あの時の戦闘は確かにヨウトが勝ったが、俺とヨウトの予想ではソルグは本気を出していなかったように思える。しかもその上でヨウトの連撃を破りかけていたのだから、正直なところもう戦いたくはないのが本音だ。

そんなソルグと同等の実力。なるほど《ガイア》最強の実力というのも頷ける話だ。

 

「今後は彼が僕たち《森人》がいる本拠地を守ってくれることになる。そうなれば、今のようにミレーシャに残って戦ってもらう必要はなくなる。だから君たちへの依頼である《宝珠》収集にはミレーシャを連れていってもらいたいんだ。実力的にも君達の足手まといにはならないと思うよ」

 

確かに、と俺は頷く。

ミレーシャさんの剣技は既にこの目で見ている。ソルグと比べてしまうと見劣りはしてしまうかもしれないが、あの強力なレイピアの一撃には目を見張るものがあった。

 

「足手まとい、なんて言葉が出てくるってことは何か戦闘する場面があるってことですか?」

「さすがコウキくん、耳聡いね。そう、最後の《宝珠》は守護獣が守っている。その守護獣から《宝珠》を奪えるだけの力を示さなければ《宝珠》は手に入れられないんだ」

 

《宝珠》に守護獣か。

ナフさんから与えられる情報ということもあっていつも以上に懐疑的に聞いていたがそこまでおかしいところは見当たらない。

それに、前回のゴーレムは何事もなければ特に危険なく倒せる程度の強さではあった。少しメタ的な見解にはなってしまうが、最後の《宝珠》ということもあって前回と比べれば多少強くはなっているかもしれないが倒せないほど、という可能性は少ない気がする。

 

それにこの《ガイアクエスト》をもう何日もこなしてきたが、無理難題を要求するようなクエストはあまりなかった。おそらくプレイヤーレベルに合わせて多少難易度を調整してきているのではないかと俺は睨んでいる。

実際、アルゴにクエストの内容は逐一報告しているが、他のプレイヤーとは別の内容だったり敵の強さもまちまちだと言っていた。

 

それなら。

 

「分かりました。引き続き、《宝珠》収集を手伝わせてもらいます」

「ありがとう、コウキくん。ミレーシャにも明日出発できるよう準備を促しておくから。今日はここに泊まっていくといい。手前味噌になってしまうがね、(青樹殿)《ここ》の客室からの外の眺めは本当に綺麗なんだ。見ていくことをおすすめするよ」

「はい、じゃあお言葉に甘えて」

 

正直、43層の《青樹殿》は最寄りの街や村からもそこそこ距離があるため移動が面倒臭いという難点はあったのだ。嬉しい申し出だ。

 

「存分に英気を養ってください。ここの守りはあなた方に変わって僕がしっかりと努めますので」

 

最後にカイムがそう締めくくってこの場は解散となった。

俺たち4人は部屋から出る。そうすると今までずっと口をつぐんでいたミウが待っていましたとばかりに目を輝かせる。

 

「と、言うことは! 今日はお泊まり会だね、やっほい!!」

「やっほーい!!」

 

ミウに合わせてヨウトも万歳する。イベント大好き1号2号の爆誕である。

それを見て俺とリリが同種の笑みを浮かべる。

 

「お泊まり会……?」

「そうだよリリちゃん、これはお泊まり会だよ!」

「でも私たち、帰って来れるときはいつもヨウトさんの家に皆で寝泊まりしてますよね?」

「だからこそ! いつもと違う場所で皆で泊まる! これすなわちお泊まり会!」

「そうなの、かな?」

「そう!」

 

俺の疑問形をハイテンションに肯定されてしまった。

まあ、今回のイベントの名称自体は正直どうでもいい。ここなら武器の整備もしてもらえるしナフさんの言うとおり景色もいいから何も問題はーー

 

「それにここ、料理がかなりイケるんだよな!」

 

ーーなぬ?

 

「あ、そうか、前はコウキとリリはなんかトラバサミ作ってたもんな。あの時俺とミウちゃんで見て回ったんだけどかなーりうまい料理でいっぱいなんだよここ」

「料理……」

「そうそう、それにお風呂もちょっと覗かせてもらったんだけど川の水を吸い上げて温めてるとかで水質的にお肌に良いらしいよ!」

「お肌……」

 

2人の説明に俺とリリ、2人してごくりと唾を飲み込んでしまった。

いやいや、美味しい料理なんて言ってもここは仮想世界だ。外の世界と比べてしまえば数段レベルは落ちる、それに美肌効果? それこそ仮想のこの体に美肌効果なんて意味はあるんでしょうか?

という俺とリリの無言の視線のやり取りをすること0.2秒、その結果。

 

「「お、お泊まり会、いぇーい……」」

「「いぇーい!!」」

 

満場一致でお泊まり会となった。

 

 

 

 

 

 

 

SIDE Miu

 

 

「さて、特別ゲストの方々のご登場でーす!!」

「こ、こんばんわ」

「どうもー」

 

私の掛け声に合わせて特別ゲストの2名ーー《森人》のミレーシャとメイド業務が終わったらしいレイアさんだ。

コウキとヨウトは今お風呂に行っているので私とリリちゃんは手持ち無沙汰になってしまった。と言うことでせっかくなのでお呼びしたんだ。

本当はミレーシャを探しに行ったんだけど、ちょうどレイアさんもいたからお誘いしたら喜んで来てくれた。

 

一応NPC扱いである2人をこんなことに呼んだりできるんだろうかという不安は少しあったんだけど、心配の必要なんて全然なく連れてこれた。

前にコウキが《ガイア》のNPCはどこか普通のNPCとは違うって言っていたけどその辺りが関連しているのかもしれない。

 

と、こんな考察をしてる暇なんてない。貴重な時間は僅かしかないのだ。

 

「今日はお誘い受けてくれてありがとね2人とも。ミレーシャもだけどレイアさんなんて特に前回あまり話せなかったから、いつかちゃんとお話ししたかったんだー」

「いえいえ、こちらこそありがとうございますー。私たちの都合で《宝珠》集めなんてことをしてもらえている上にこんな素敵な集まりに呼んでもらえるなんて、私感激ですよ!」

「ふふ、そう言ってもらえると私も嬉しい! ミレーシャも迷惑じゃなかった?」

「えぇ、迷惑なんてことは一切なくて、むしろ嬉しいくらいなのですが……」

 

どこか歯切れ悪そうにそこまで言いながらも視線が私とレイアさんを行ったり来たりしている。

これは、どういうことだろう? もしかして2人は仲が悪いとか? でも2人で話していた時も普通に仲は悪くなさそうだったけど……

 

「ミウ様、ミレーシャ様は私とミウ様方との接し方の違いをどうしようか迷っておられるのです。立場の違い、というものがありますから」

「あぁ、なるほど」

「そうですよね、メイドに対しての話し方と私たちへの対応の仕方を同時にやれと言われたら少し難しいかもしれません」

 

私とリリちゃんが合わせて納得したように頷く。

でもこういう場でそういう気の遣い方は少し違うようにも感じる。でも、《ガイア》には国の習わしもあるだろうし勝手なことも言えない。

うーむ、とどうしたものか考えていると慌てたようにミレーシャが口を開く。

 

「ま、まぁそんな感じです。ですが私のせいでせっかくの空気を壊してもいけません。今日はお……レイア、にもミウたちと同じように接するようにします」

 

私の悩み具合が表情に出ていたのかな? ミレーシャは悩みの原因そのものを消してくれた。でも、ところどころ噛みそうになってるのはなんでだろう?

首を傾げる私と乾いた笑みを返すミレーシャで睨めっこ状態になっているとレイアさんが間に入るように言う。

 

「そうですね。私のせいでミレーシャ様に気をつかわせてしまっているのは事実。ですのお詫びとして、この女子会なるものの最初の話題を私から提供させていただきましょう」

 

むふー!と鼻息を荒くしながらドヤ顔気味に宣言する。

前回も思ったけど、レイアさんってちょっと面白い子だ。

 

「話題、ですか?」

「えぇ、ズバリ、女の子が皆大好きな色恋話です!」

 

どどーんってどこからともなく効果音が聞こえてきそうだ。

そんなレイアさんを前にして、ついチラリとリリちゃんの方を見てしまった。あ、目が合った。しかも互いに目を逸らしてしまった。なんか今、考えていることがシンクロしていた気がする。

 

しかし、そんなことをしているうちにも話はどんどん転がっていく。

 

「え、恋愛関係のお話ですか? もしかして《ガイア》で新しい恋仲ができたりしたんですか?」

 

目を輝かせながら同じくテンションが上がってきたらしいミレーシャ。《ガイア》のことをあれだけ深く考え、愛している彼女のことだ。新しい親密なつながりというのは彼女にとってまさに我がことのように嬉しいのかもしれない。

 

「誰ですか誰ですか? 焦らさないで教えてくださいよぉ」

 

あ、違う。これはあれだ。ただの出歯亀根性だ。輝くどころか目がルンルンしている。隙あらばどこまでも弄り回そうとする女子の目だ。具体的にはアルゴとかフィナさんがよくする目。

 

「ふっふっふー、まぁまぁ落ち着いてください。というかミレーシャ様も知っている人ですよ」

「え、ナフ様、カイムくん、騎士団の方々……うう、人数が多すぎて絞りきれないです……」

「では正解を…それはミレーシャ様、貴女です!」

「……へ?」

 

と、ミレーシャが間抜けな声を出して首を傾げたところで私もようやく理解が追いついた。

 

「レイアさん、それってもしかして《ナーザ》のソルグさんのことですか?」

「そうですそうです!」

「ソルグって確か、私がいなかった時に《ガイア》に攻め込んできた騎士さんでしたっけ? 《紅牙》って呼ばれているとかなんとか」

「そう、そのソルグ様です!」

「って違います違います! 私とソルグ様は一切、全く、そういう関係では……」

 

段々と盛り上がってきたこの場のボルテージをなんとか止めようとミレーシャが割って入る。

でも、その止め方はレイアさんの情報を裏付ける反応だ。

慌てるミレーシャが可愛くてついつい私もいじわるしたくなってきちゃう。

 

「えーでも、この前一緒にいた時とかなんだかお互いがお互いのことよく知ってますみたいな空気感出してたような?」

「ミウ! 別にそんなことはないです。ただ彼とは生まれが近い幼馴染みたいな感じというか」

「「幼馴染!?」」

 

新ワードに場の空気がさらに温まっていく。

幼馴染!? そんなの恋愛偏差値的にめちゃくちゃ高くない? リアルでのあるアニメじゃ幼馴染=絶対付き合うみたいな流れがあるくらいだ。

 

「い、いや、幼馴染って言っても本当に、歳が近いってだけで、深い関わりなんてなかったっですし、せいぜい両国の交流の際、いつも話していたくらいで」

「他には何かないんですか?」

「リリ様まで……他には、食事に誘われたりですか?」

「ミレーシャ様の話、どう思われますかミウ様、リリ様」

「限りなく黒に近いグレーかと」

「実際に話しているところを見ていない私でもそう思っちゃいますね」

「だから、違うんですー……」

 

弄りすぎたのかミレーシャは顔を真っ赤にして顔を覆ってしまった。しまった、調子に乗りすぎたかとリリちゃんと一緒に苦笑いしてしまう。

そこで気を抜いたのがよくなかったんだろう。

 

「それで、ミウ様とリリ様はコウキ様とはどうなんですか?」

「「うぇぇ!?」」

 

え、こっちに飛び火するの!?

思わぬ裏切りにリリちゃんと一緒に跳ね上がってしまう。

体の反応に比例して体温まで上昇しそうになる、が、堪える。

い、いやまだだ。ここでテンパっていちゃいつまで経っても成長できない。

息を大きく吸って心を整える。そうだ、ニックさんにボコられながら心を整える方法を学んだのはこういう時のためだ、多分!

周りの空気と一つになったと体が誤認するくらいに集中力を上げる、そうだ、私は落ち着いているーー!

 

「ミウ様なんてこの前《宝珠》のために戦ってくれた時、コウキ様に肩かしてもらってる間ずっと幸せそうに顔蕩けてましたし」

「にゃ、にゃんのことかな!?!?!?!?」

 

無理でした。ニックさん、この心を整える技法使えません。

心の中のニックさんに「そんなふうに使えなんて教えたことは一度もないわよ。貴女がチョロいだけでしょ」という冷静なツッコミを受けた気がするがそんなものはゴミ箱に捨てておく。

 

「あと、リリ様も2つの《宝珠》を届けてくれた頃からコウキ様のことをぼんやりと眺めている姿をよくお見かけするようになった気がします」

「ひゃう!?」

 

そしてリリちゃんに向かってもミサイルがぶっ放されていた。

いや、まぁ、リリちゃんの件に関しては私も事情を知っているし理由も分からなくはないんだけど、フォローができるわけでもない。

 

私、リリちゃん、ミレーシャが倒れ伏して死屍累々としている中、1人だけレイアさんだけがホクホクと肌艶良さそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

SIDE Kouki

 

 

43層に鬱蒼と茂る森を抜けた先にあるのは、苔の生えた巨大な古代遺跡だ。名前を《ローグ遺跡》。

石の剣と盾を構えた大きな騎士の石像が入り口の両横に佇んでいる。その姿はこの遺跡を守るようで、同時に探索者を試すような雰囲気があった。

この奥には何かとてつもない冒険が待ち構えている。そんな想像を掻き立てられる門構えだ。

ただでさえ遺跡のような薄暗いマップでは不意打ちやトラップといった不確定要素が多数存在する。気の緩みがパーティの生死に直結するといってもいい。気を引き締めていかないとーーなのだが。

 

「ミレーシャー、今度昨日食べさせてくれたデザートの作り方教えてよー。あれミレーシャが作ってるんだよね?」

「ええ、いいですよ。少し特別な材料を使うだけで作り方自体はとても簡単ですから。私の自慢の一品です」

「ソルグさんに褒められたデザート、だもんね」

「そ、そういう意味じゃないですミウ!」

「ふふ、ミレーシャさん、顔真っ赤ですよ?」

「リリさんまで!」

 

なんか、女性陣がめちゃくちゃ盛り上がっていた。

昨日、俺とヨウトが温泉から戻ってくるとレイアさん1人がスタンドアップ(しているように見える)していてミウ、リリ、ミレーシャさんの3人が這いつくばっている(ように見える)状態だった。それからは俺たちも混ざって皆でワイワイ夜中騒いだのだが、女性陣はそこでかなり打ち解け合えたらしく、朝出発直前までも話し合っていて、それが今までに至る。

 

油断に繋がるからここまで軽い空気は良くない、と思うのだが出てくるmobはポップとほぼ同時にミウが反応し倒しきってしまう。

以前なら43層はほぼ最前線だったため多少敵も強く感じたが、俺たちが《ガイアクエスト》に集中している間に他のプレイヤーたちの努力の甲斐あって攻略も進んでいき、今では46層が最前線だ。その分俺たちもレベリングをこなしているため43層の一般mob程度にはそこまで苦戦もしない。

だからまぁ、多少しゃべり倒していても問題はないと言えばない。

 

「でも、良いのかなぁこれ」

「緊張しすぎてるよりは良いんじゃないか? その分俺たちが警戒すればバランス取れるだろ」

「そういうもんかなぁ」

「そういうもの。パーティなんだから役割分担が大事なんだよ」

 

一理は、ある。

というかこの状態でもミウが1番に反応している以上、ミウの警戒状態は緩んでいないということだ。

俺の気にしすぎか、と軽く息をついて俺もミレーシャさんに話しかける。

 

「ミレーシャさん、ここの遺跡に来たことはあるの?」

「はい、一度だけですが。とは言っても内部には一度も入ったことがないので案内はできないのですが……」

「大丈夫! そこは私たちが頑張るところだから。ミレーシャは後ろの方で眺めててよ」

「そうですね、ミレーシャさんには付いてきてもらえているだけでもすごくありがたいんですから」

「そう言ってもらえると助かります……とは言ってもミウ、私だって戦えるのですから、貴女方の足手まといになるつもりはありませんよ」

 

スッ、と自らのレイピアを胸の前で構え鋭い音を立て剣を振るうミレーシャさん。そのキレのある動きだけでも彼女の技術の高さが窺える。

全員の士気は高く、隊列も柔軟性があり、全員が実力的にも高い。ここまでの要素が揃えば盤石と言っても言い過ぎではない。

 

だが、一応このパーティリーダーを務めさせてもらっている身だ。万全にさらなる万全を期すべきだろう。

 

 

「みんな、ここからは未踏破のダンジョンだ。気を引き締めていくぞ!」

「「おー!!」」

 

俺の声かけに全員気持ちのいい返事をしてくれた。

その空気を壊さないうちにもと、俺は一歩踏み出しイベントクエストダンジョン《ローグ遺跡》に入っていった。

 




お気に入り、感想、評価、もらえるだけ作者が大喜びしますのでどうかお願いします。


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63話目 だから無力な少年はその日常を守りたいと願う。

最近お気に入り登録や評価をしてもらえることが増えてきました。ありがとうございます、大変執筆の励みになります。
できる限り走り続けますので、どうぞよろしくお願いします。

そして今回はヒロイン3人のちびキャラです! 可愛いし特徴が出てますよね!


【挿絵表示】



それとすみません。17時20分頃に誤まって書きかけの今話を投稿してしまいました。21時に投稿されたこの回が完全版になります。


 イベントクエストダンジョンとは読んで字の如く、そのイベント中にしか入ることができないダンジョンである。

 今回の《ローグ遺跡》もその一つで、この遺跡は《ガイアクエスト》の進行度が一定以上に進まないと入ることができない。確か攻略中は遺跡があった場所は遺跡本体はあっても、どこにも入り口がなかったはずだ。

 おそらく《ガイアクエスト》の進行度は俺たちのパーティが最も進んでいる。つまりこの《ローグ遺跡》はまだ誰にも攻略されていない完全未踏破ダンジョンなわけだ。

 

 何が起こるか分からないし、何が出るかも分からない。

 ヨウトが言っていたようにいざという時に緊張して動けないなんてことにならないよう、なおかつ弛緩しすぎて油断に繋がらないよう引き締めて、そのバランスを意識しながらダンジョンを突き進んでいく。突き進んで行って──

 

「──まさか、こんなにも早くボス部屋まで到着するとは」

 

 一つの問題なく、《宝珠》が置いてあるであろう部屋の前まで辿り着いた。

 ここに辿り着くまでにもアストラル系のmobやゴーレム系mobとの戦闘があったり宝箱トラップに引っかかりそうになったりもあった。

 しかしmobはミレーシャさんの協力もあってほぼ敵にならず、トラップに関してはリリが《解錠》スキルを取ってくれていたおかげで事なきを得た。

 

「早く着くことはいいことだろコウキ。消耗もしてないから万全な状態でチャレンジできるしな」

「そうそう、早く《宝珠》をゲットしてミレーシャに渡してあげたいしね」

「とは言ってもチャレンジ1回目でクリアできるか分からないですしね。ちゃんと撤退戦になることも考慮に入れておかないと」

 

 リリの言う通りだ。

 前回の月と太陽を司る《宝珠》と条件が一緒であるならばボスにチャレンンジしても撤退はできるはずだ。ナフさんからも一発でクリアしなければならないというような文言ももらってはいない。

 この層まで攻略してみて分かったが、以前2層でミウとヨウトと戦った《リザードマン・エンド》の時のような撤退不可という戦闘は限りなく数が少ない。

 

 ポーションも転移結晶も持ってきたから何度か挑戦する準備もできているのを確認し、俺はボス部屋の扉に手をかける。

 

「皆、事前情報はほとんどないしぶっつけ本番になると思う。まずは俺とミウがタンクをするからヨウト、リリ、ミレーシャさんがアタッカーをするという形を基本陣形にしていこう」

 

 あぁ、はい! うん! 分かりました。それぞれの返事を聞き最後に自分の覚悟を固めた俺はボス部屋の重い扉を押し開けた。

 人が通れるだけ扉が開けば、俺とミウが先行して中に入り、続いて3人も入ってくる。

 部屋の中には最奥にだけ灯りが灯っていた。緑色の炎と赤色の炎が灯籠のようなものに灯っている。二つの灯籠の中央には炎に照らされて輝いて見えるものがある。あれは……

 

「鎧、でしょうか?」

 

《暗視》スキルを持つリリが最初にその姿を捉え呟く。

 ジリジリと、パーティ全員で部屋をさらに奥へ奥へと進んでいき俺にもようやくその物体の概要が見えてきた。

 昨日見たカイムの鎧と前に見たソルグの鎧、二つの要素を混ぜ合わせたような、これもまた堅牢で荘厳な鎧──というより、あれは甲冑か──が部屋の最奥で片膝を着く形で静かに眠っていた。

 

 守護獣がいるというナフさんの言葉が正しいのであれば、おそらくあれが──とさらに甲冑を注視した瞬間、ボッ!! という大きな音とともに一気に部屋が明るくなった。どうやら天井にいくつものトーチのようなものがあり、それらに一気に火が灯ったようだ。

 そしてそれと同時、甲冑の兜の目の部分に淡く光が灯る。かと思えばギギギッと耳障りな金属音を上げて甲冑が1人でに立ち上がった。高さは2.5メートルはあるだろうか。立ち上がった姿を見るとその鎧のデザインもあってかなりの威圧感がある。さらに甲冑の右上に現れる4本のHPバー。

 間違いない、あいつが、ここの主だ。

 その名を《ザ・エターナルガード・ウォリアー》。その名が意味するところは。

 

「悠久の守り手、ってところか」

「さすがヨウト、博識ー」

「それほどでもないよミウちゃん。それでどうする、コウキ」

「……基本陣形はそのままに、まず俺とミウが先行するから、後から着いてきてくれ」

「あいよ」

 

 会話はそこまで。俺が言い切ると俺とミウは甲冑に向かってダッシュする。それに合わせてただ佇んでいた甲冑も走り出す。

 ──速い。純粋な移動速度ならヨウトにも匹敵するほどに。

 互いの距離を潰し合うように駆けていき、ボス部屋の中央あたりでその距離が0になる。

 ミウの片手剣と、甲冑の片手剣が、交錯した。

 

 

 

 

 

 ──強いな。というのが戦い始めて最初に思った感情だった。

 フロアボスほどでは流石にないが、1パーティで攻略させるには難易度がかなり高い設定になっているように思える。

 攻撃力、防御力、スピードもさることながらプレイヤー並みの技術を感じる片手剣。しかもそれが2.5メートルの巨躯から繰り出されるのだから恐怖すら感じてしまう。

 それでも現状4本あったHPバーのうち1本と半分を順調に削れているのはミレーシャさんという強力な戦力のおかげだろう。

 

「コウキ、そっちに行くよ!」

「了解!」

 

 ミウが甲冑の剣の振り下ろしを弾くと、甲冑はその勢いのままに剣閃の向きを変えて俺に切り掛かってくる。

 このタイミングではかわせない、受けるしかないかと俺が剣を盾代わりに構えた瞬間、甲冑は片手剣を両手で握りしめさらに剣閃の勢いを増してきた。

 そう、こういうところだ。一瞬一瞬の状況判断能力がmobだと思えないほどに早くて正確だ。

 

「こん、にゃろ!!」

 

 受け切ってしまえば純粋なステータス差で有利不利が決まってしまう鍔競り合いの始まりだ。まだ試してはいないが押し負ける可能性が高い。

 そう判断した俺はギリギリのところで受け止める体勢から受け流すように剣の角度を変えて振り抜く。甲冑の巨大な片手剣が俺の肩スレスレのところを猛烈な勢いで通過していく。

 やられっぱなしで終われるか。

 床に剣を叩きつけて一瞬動きが止まった甲冑に対して二連撃片手剣ソードスキル《バーチカル・アーク》を叩き込んでから後ろに下がる。

 

「行きます!」

 

 そしてそれと入れ替わるようにしてミレーシャさんが前に出る。

 瞬間。

 ズドン!! と大砲が打ち込まれたのかと勘違いするほどの轟音が鳴り響く。

 音の発生源は《リニアー》を甲冑に叩き込んだミレーシャさんのレイピアだ。あんな細い剣で何をどうすればあんな音が出るほどの剣撃を打てるのか未だに謎だが、今は有難いウチのパーティの最大攻撃力を持つアタッカーだ。

 

 ソードスキルを2回連続で受けた甲冑は苦しそうにギチギチとその体から金属が擦れ合うような音を出す。効いているのが見た目からもHPバーからも分かる。

 反撃とばかりに甲冑は剣を大きく振り絞る。同時にその剣に纏われるライトエフェクト、その色、モーションから察するに。

 

「ミウ、《ホリゾンタル・デュアル》来るぞ!》

「オッケー!」

 

 掛け声と共に俺とミウは2人ともスキルモーションに入る。

 そして、甲冑のスキルが発動される。

《ホリゾンタル・デュアル》はミウの得意技でもある二連撃技だ。水平方向に広い範囲に剣閃を放つ。俺とミウが左右に別れてタンクをしているのでそのスキルが選ばれたのだろう。普段のミウなら《武器取落》を狙うかもしれないが、今は俺と2人でタンクをしている。ならば俺とミウ互いがソードスキルを発動させて一撃ずつ相殺した方が安全性は高い。

 

 迫ってくる《ホリゾンタル・デュアル》に対して発動させるのは単発片手剣ソードスキル《バーチカル》だ。水平方向の攻撃に対して《バーチカル》は垂直の振り下ろしだ対抗するには打ってつけのスキルだろう。

 金属の衝突音が2回連続して鳴り響く。俺とミウ、互いに相殺に成功したようだ。

 

「ヨウト、スイッチ!!」

 

 甲冑のソードスキルの威力に押される形で俺とミウが後退する。代わりに飛び出してくるのはヨウト、リリ、ミレーシャさんの3人。そしてそれぞれが得意のソードスキルを甲冑に浴びせていく。

 甲冑のスキルディレイの間にヨウトたちが2回ほどソードスキルを叩き込んでいく。その間に俺とミウはポーションを飲んでHPを回復しておく。

 タンクという役割上、どうしてもダメージを受けるのは俺とミウが中心になってしまう。これがレイドであればタンク役も二組に分けてローテーションでタンク役と回復待ちに別れるのだが、俺たちはこうやって騙し騙し回復するしかない。

 だがまぁ、今のところこの方法でも回復は追いついてるしなんとかなるだろう。

 などと考えたのがいけなかったのだろうか? 

 

 

「よっし、2本目削った!!」

 

 ヨウトの嬉しそうな声が響く。確かに甲冑のHPバーは3本目に入っていた。

 しかし、そこで甲冑は大きく飛び上がる。これは……

 

「今までにない行動だ。皆、防御体勢!」

 

 何が起こっても良いように全員が甲冑の動きに集中する。

 バーサークモードに入るにはまだ早い。ということは折り返し地点であるこの場面で新たな攻撃パターンが増えるのか? 

 そのまま甲冑の動きを注視していると甲冑は天井に張り付いていた板のようなものを引っぺがし、それを剣とは反対の手に持って再びボス部屋の最奥へと飛び降りた。どうやらあれは円盤形の金属盾のようだ。

 

 変化は盾が増えただけか? それなら今ままでとそこまで行動パターンに変化はなさそうだが──何をしているんだ、あれは? 

 甲冑は盾を前にしながら剣も前に突き出すような体勢を取る。《ヴォーパル・ストライク》かとも一瞬思ったが違う。そうであるなら腕を引き絞ってもっと腰を落とさないといけないし、何より射程が届いていない。

 ならあの姿勢は──と思ったところで甲冑の剣先が淡く光を灯す。

 瞬間、背中を走る悪寒。

 

「皆避けろぉ!!」

 

 俺が言った瞬間にはもう皆回避行動に移っていた。俺が感じたくらいだ、他の皆も同様の嫌な気配を感じたのだろう。

 俺も横方向に体を投げ出す──するとさっきまで俺がいた場所を光の線が走っていた。

 出どころは当然、甲冑の剣先だ。剣先から何本もの光の線が溢れ出している。

 光の線、つまるところ、ビームだ。

 

 この世界に魔法や遠距離武器といったものは存在しない。精々が投げナイフや鎖を振り回すなどの中距離攻撃。それがソードアート・オンラインというゲームのルールの一つだ。

 しかし、それはプレイヤー側のルールであってmobには反映されない。

 mobにはブレスや今のようなビームを撃つものが少数だが存在する。それは遠距離攻撃を持たない俺たちにとって最も恐れている攻撃の一つと言える。

 

 あんな遠距離攻撃を隠し持っていたなんて──まずい! 

 他のみんなは大丈夫かと確認するとリリが避け損ったのか地面に倒れたまま立ち上がってこない。しかもリリの体に麻痺エフェクトが発生している。あのビームには麻痺効果まであるらしい。

 すぐにヘルプに行かないと、と思うよりも早く甲冑がその重厚な見た目からはとても思えない速度で走り迫ってくる。

 目標は当然、動けないでいるリリだ。

 くそ、ポーションを飲んでいたせいで俺からは距離が遠い! 

 

 歯噛みしていると同じくアタッカーとして動いていて最も近くにいたミレーシャさんがリリの前に立ち塞がる。

 ギィィィィンッッッ!! とボス部屋を揺らすほどの金属音が鳴り響いた。

 甲冑の想い一撃を、ミレーシャさんのレイピアが受け止めた音だ。

 ミレーシャさんのレイピアが悲鳴を上げるかのように鍔迫り合いの音が鳴る。いくらミレーシャさんが高いステータスを持っているからといっても、いくらなんでもボスの一撃を真正面から受け止めるのは厳しいはずだ。一刻の猶予もない! 

 

 ミウ、ヨウトとアイコンタクトを取る。

 次に近くにいたヨウトはリリの元へ駆けつけて後退させ、俺とミウは甲冑の背後を取りスキルモーションに入る。

 が、それにも甲冑は超反応を見せる。

 力任せにミレーシャさんの剣を弾き返すと、すぐさま俺たちの方を振り返り左手に持つ円盾を前に構えた。

 まずい、攻撃のラインを読まれてる!? 

 俺とミウが狙っていた背中に合わせるようにして円盾を構えられてしまった。このままスキルを打ってもその盾に阻まれるだけだ。

 しかしもうスキルモーションに入ってしまっている、攻撃は止められない。

 俺たちは2人とも《スラント》を放ち、あっさりと甲冑の盾に阻まれ、体勢を崩される。

 お返しだとばかりに甲冑の剣が淡く光る。

 

「また《ホリゾンタル・デュアルが来るぞ!!」

 

 声を掛けるがあまりの切り替えの速さに対応しきれない。

 解き放たれた甲冑の二連撃に渡る広範囲技は近くにいた俺、ミウ、ミレーシャさんにヒットする。なんとか全員武器による防御は間に合ったが衝撃を殺しきれはしない。視界の左上に映る3人分のHPがガクッと減る。

 しかし、攻撃はまだ終わらない。

 

「っ、マジかよ……!」

 

 後方へ退避していたヨウトとリリに向かって再び先ほどのビームが撃たれた。

 ヨウトはリリごと体を地面に投げ出すことでビームの下を掻い潜りなんとか回避する。

 

「ヨウトさん、すみません……」

「別に、お前のためじゃねぇよ。パーティ全体のためだ」

 

 そこまでいってようやく甲冑の攻撃は止まり、甲冑は一歩下がり俺とミウから間合いを取る。

 数瞬、この場が静止する。

 その間に何とか突破口を探して俺は思考する。

 ビームは離れている人が1人でもいれば問答無用で打ってくる。でも無闇に近づけばさっきみたいいな超反応で盾を前に出されて受け止められて、少しでもこちらが隙を見せれば全体攻撃系のスキルで一斉に刈られる。

 撤退するべきか、いやだめだ。あの遠距離攻撃相手に撤退戦は不利すぎる。

 ここで倒すしかない。けどどうやって? 決まっている。今まで通りの攻め方で、だ。

 どちらにせよ、俺たちに遠間からの攻撃方法はない。ならばひたすら接近戦に持ち込んでビームの選択肢を甲冑から奪い、とにかくソードスキル対策をしていくしかない。

 

「コウキ、行くよ!」

「あぁ!」

 

 ミウも同じ考えに至ったのか再び甲冑の懐まで接近する。

《ホリゾンタル・デュアル》にだけ焦点を絞ればあのスキルは予備動作が大きい。だから先ほどのように先読みさえできれば弾くことはそう難しくない。

 俺の狙い通り甲冑は再び《ホリゾンタル・デュアル》を使用する。それを俺とミウが弾き、スイッチして残りの3人が攻撃に出る。ここまでは先ほどの焼き直し。

 違うのはここからだ。

 

 甲冑は盾を前に突き出しヨウトたちのスキルを受け止める。

 盾ごしでもいくらかダメージは入るがその体に叩き込むのに比べたら雀の涙ほどのダメージだ。いつかはそれでも勝てるかも知れないが先にこちらの集中力が切れる方が早いだろう。

 

 ……もう少し、せめてあと1人パーティメンバーがいれば博打せずに済むんだけどな。

 仕方がない。

 ヨウトたちがスキルを叩き込んでいる間の僅かな時間を使ってミウに話しかける。

 

「ミウ──」

「絶対嫌」

「まだ何も言ってないんだけど……」

「だってコウキのその顔、また無茶しようとしてる顔だもん。私言ったよね? コウキ1人に無茶はさせないって」

「うん、そうだな」

「だったら──」

「うん、だから──緒に、無茶に付き合ってくれないか?」

 

 俺は、今でもミウの命が危険に晒されるなんてまっぴらごめんだ。そんな可能性があるだけで本当は気が狂いそうにもなる。

 それでも昔の話をして、鍛えて、リリとの和解を経て、俺にも分かったことがある。

 大切な人を守りたいのであれば、自分の命だけでは、足りないんだ。

 人1人を助けるのに、人1人の力ではどうしようもない。少なくとも、俺にはおそらく不可能だろう。

 だからこそ、人に背中を預け、心を預け、命を預ける。そうしてやっと、俺は人並み程度に戦える。

 それがようやく、本当の意味で分かった。守るのではなく守り合う。救うのではなく救い合う。

 1層の頃に、ミウに言われたはずなのに、もっと頼れと。

 ミウを、ヨウトを、リリを、ミレーシャさんを、絶対に守る。

 だから。

 

「ミウの力に頼らせてほしい」

「……そんなの、喜んでやるに決まってるじゃんっ」

 

 ミウと一緒に、ミウを守る。

 それが、俺の新しい答えの一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソードスキルは、この世界のメイン攻撃だ。

 とは言っても身も蓋もない言い方をしてしまえば剣を振っているだけだ。

 なので当然、その対処法は大きく分けて、弾く、受け止める、かわすの3つとなる。

 受け止めるのが1番簡単だが大抵の場合それでは受け手がダメージを受けてしまう。

 弾くのはソードスキルで相殺したり、より強力なスキルを使って打ち勝つことだ。難しく聞こえるかもしれないがタイミングさえ合えばそこまで難しいことではない(《武器取落》のような例外は除いて)。

 そして1番難しいのがかわすだ。弾くのは待ち構えていればいいが、かわすのは相手のスキルの種類を一瞬で判断してその軌道を予測し避けなければならない。

 ただの攻略中ならバックステップで後ろに逃げるという手が使えるが、今回のような戦いではそれをしていたらどんどん戦線が後退してしまって自分達が苦しくなってしまう。だからかわすのであれば後退ではなく、完全に見切ってかわさなければならない。

 

 

「ミウ、次来るぞ!」

「うん!」

 

 

 甲冑の攻撃は強力。受け止めるのは理に敵わない。

 弾いていたんじゃ今までの光景の焼き直しだ。それならば──

 甲冑のスキル攻撃に対して俺たちが取るべき行動は。

 

「──かわせぇ!!」

 

 迫ってくる《ホリゾンタル・デュアル》を地面スレスレまでかがむことでかわす。

 あぶなっ!? 頭ちょっと掠った気がする。髪の毛数本持っていかれてないよね!? 

 だが、今の攻撃をその程度の犠牲で済んだのなら上等だ。今まで通りのアルゴリズムなら甲冑は隙の無いようにすぐさま円盾による防御行動に入る。そこを、

 

「はぁぁあっ!!」

 

 ミウと共に声を上げながら上方単発ソードスキル《ソニックリープ》を発動する。

 この技は空中にいるmobや背の高いmobに対しての空中への攻撃としてよく用いられる。だがその本質は、下段からの切り込みだ。

 それを甲冑が構える盾に向かって突き上げるように放つ。結果。

 ガァァン!! と息の合わさった一撃は、見事甲冑の盾を跳ね上げさせることに成功する。

 さらに体制も崩している、チャンスだ。

 

「スイッチ!!」

 

 ヨウトたちもそんなチャンスを見逃すほど柔なプレイヤーではない。ヨウト、リリ、ミレーシャさんによる3連続のソードスキルが無防備な甲冑に叩き込まれる。

 ヨウトたちの剣閃が当たるたびに甲冑から凄まじい金属音が鳴り響く。

 

 しかし一斉攻撃もそこまでだ。体勢を立て直した甲冑はヨウトたちを引き剥がすように剣を振り回す。無茶苦茶な剣筋ではあるが甲冑ほどのステータスでされてしまえば、どれもが強力な攻撃だ。ヨウトたちは一度後退を余儀なくされる。

 

 でも、いける。今のような攻撃を繰り返しできれば倒すことだって可能だ。

 あとは、俺とミウの集中力がどこまで続くか。

 

 そして、同じ攻防を繰り返す。ビームが来ないよう離れすぎないよう密着しながら、かつ、ヨウトたちにヘイトが向かないよう俺とミウも攻撃を入れて。たまに避け損ねて掠ることもあったが致命傷だけは避けられていた。

 順調だ。そのまま甲冑の3本目のHPバーも削り切り、最後の4本目に突入した瞬間。

 甲冑が、今までとは別のスキルモーションに入る。

 

「しまっ──」

 

 タイミングが悪かった。

 ギリギリ3本目が残るか残らないか分からない攻撃の量で、運が悪いことに3本目を削り切ってしまった。結果、今までの行動アルゴリズムとは別の物がさらに増える。

 俺とミウが、《ホリゾンタル・デュアル》をかわそうと体を動かし始めた、その瞬間に。

 甲冑の構え、あれは──。

 俺がスキルを理解するよりも早く、甲冑のスキルが発動された。

 縦方向への二連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》だ。

 動き出し始めてしまっていた俺たちは姿勢を戻しきれない。《バーチカル・アーク》は冷酷にも、問答無用でミウに叩き込まれた。

 

「きゃ、あ、くっ……!!」

「ミウ!!」

 

 Vの字状にダメージエフェクトを刻まれたミウの体が吹き飛ばされる。2回、3回とバウンドし、ようやく止まる。視界内のミウのHPバーは……よかった、まだ3割ほど残っている。

 とはいえ危険ゾーンだ、これ以上ミウに被害を出すわけには──なんて考える暇は俺にはなかったはずなのに。

 甲冑は剣先に光を灯した。

 

「な、まずい、ミウ避けろ!!」

 

 ミウは吹き飛ばされた(・・・・・・・)のだ。遠方まで。そうなってしまえば当然、危険視していたはずのビームが出てくる。

 走るが、遠い。ミウとの距離が何万キロにも感じるほどに、絶対的に届かない距離だ。

 ビームが発射される。黄色い線が空間を貫く。

 間に合わない。そう思った俺の考えを裏切ってくれたのはまたしてもミレーシャさんだった。

 

「づ……ミウ、大丈夫ですか?」

「ミレーシャ、なんで……!」

「友達がピンチなのですから、駆けつけるのは当然でしょう?」

 

 ミウの前に立ちはだかり盾として代わりにビームを受けたミレーシャさんが倒れ、その体に麻痺エフェクトが発生する。

 俺たちのミスをフォローしてくれたミレーシャさんに感謝したい、が、状況がそんな悠長なことを許さない。

 戦線が瓦解する。俺1人では甲冑のヘイトを稼ぎきれない。何よりミウたちはまだ遠方にいる。またビームを撃ち込まれればそれこそ終わりだ。

 ヨウトと一緒にタンクをする? 嫌だめだ。ヨウトのステータスではタンクをするには攻撃力と防御力が圧倒的に足りない。  

 

 他に、何か手は──

 

「──待てよ?」

 

 思い出せ『あの時』、あいつはどうしていた? ほとんど棒立ち状態だったんじゃないか? それにそうだ、盾をあんな風に扱うのは自分に被害が出ないようにしているからだ。それなら。

 ごくり、と唾を飲み込む。

 おそらく、一度のミスで今度こそ戦線は崩壊する。そしてこの中から少なからず死人が出る。

 しかしこのまま動きを見せなくてもミウたちはなぶり殺しにされる。

 決断しろ。今こそ守る時じゃないのか? 

 

「そうだよな、何を今更なこと考えてるんだ俺は」

 

 覚悟は一瞬で固まった。

 

「ヨウト、リリ、引き続きアタッカーを頼む!」

「でも、タンクはどうするんだ!?」

「考えがある。隙ができたらすかさず攻撃頼んだ!」

 

 ミウに向かって走っていた方向を変えて部屋の出入り口側に向かって駆ける。

 走って走って走って──甲冑までの距離が遠距離と呼べる範囲まで出た瞬間。

 視界の隅でキラッと黄色く光が瞬いた。

 それを視認してすぐに右に跳ぶ。するとやはりというべきかビームが俺を射抜かんとばかりに背後から襲ってきた。

 

 予想通り! 

 

 おそらく奴のアルゴリズムの優先度はビームを撃てる状況ができれば迷わず撃つという行動と、ビームが命中し麻痺した相手がいればそいつに斬りかかるという行動が上位にあるのだろう。

 だからこそ、俺が遠距離の範囲まで出れば奴の行動は俺にビームを撃つか、麻痺しているミレーシャさんに斬りかかるの2択になる。

 ミレーシャさんに斬りかかられるのは良い、近くにいるミウが反応してくれるだろうから。

 俺にビームを撃たれるのもいい。弾速もかなり早く予備動作も少ないが避けられないほどではないから。

 1番嫌なのはミウとミレーシャさんにビームを撃たれる展開なのだ。そうなってしまうとあのビームは防御するのは難しいし、ミレーシャさんは今はかわせない。

 

 俺が囮になり他のみんなが体勢を立て直し、攻撃する時間を稼ぐ、これが最善策。

 さらに、それだけじゃない。

 

 再び光が瞬く。そして同時に回避行動に移る俺。

 そう、この瞬間だけは、甲冑の目標は俺だけになり、さらに剣も盾も固定されている無防備な状態を晒す! 

 

「いけぇ!! ヨウトォ!!」

「おうよ!!」

 

 棒立ちになっている甲冑目がけてヨウトとリリがソードスキルを叩き込む。

 その状態が甲冑のウィークポイントに設定されているのか、あまりパワーのない2人の攻撃でもぐんぐんと甲冑のHPが減っていく。

 その間も俺目がけて何発も光の矢が放たれるがなんとかギリギリのところでがむしゃらにかわし続ける。

 

 そして甲冑のHPバーが残り1割になったところで甲冑は違う行動を見せる。

 甲冑がその片足でドン!! と床を踏みつけると緑色の衝撃波のようなものがそこから円形状に拡散して床を這うように広がっていく。至近距離にいたヨウトとリリはかわし損ね、ミウと回復したミレーシャさんはジャンプして回避してみせ、俺のいる場所までは衝撃波は届かなかった。

 

「な、これは!?」

拘束(バインド)状態……!?」

 

 

 ヒットしてしまったヨウトとリリの体には蔓のようなものが巻きつき、2人の体を拘束している。

 拘束状態。麻痺と似ているデバフだが、拘束状態はその持続時間が麻痺よりも長い代わりに一回でも攻撃を受けると解けるという効果を持っている。

 麻痺と比べたらどちらがキツいのかと言われると状況次第で変わってくるが、今のようなボス戦で拘束を喰らってしまうのはかなり辛い。

 

 何せ、その一回の攻撃が途轍もなく重いのだ。さらに持続時間も長いためパーティやレイド戦で複数人が拘束にかかってしまえば機能不全すら起こしてしまう。

 

 さらに最悪なことに甲冑は近くにいる拘束状態のヨウトとリリには目もくれず俺へ向かって猛然と走り出した。

 ここに来て連続したアルゴリズムとは違う行動。間違いない、バーサークモードに入ったのだ。

 打ち合う覚悟を決め剣を構えようとし──あぶな!? 

 

「こいつ、走りながらビーム打ってくるのかよ……!!」

 

 腰を落とすようにして顔直撃だったビームをかわした俺はさらに横に跳ぶ。こいつ、間髪入れずに撃ってきやがる。

 まずい、距離が近くなっていくことでビームの発射と着弾にほとんど差がなくなってきている。しかももう遠距離でもないのに撃ってくるし、かわし続けるのも限界が近い。

 

「う、おぉぉぉぉおおお!!」

 

 こうなれば、強引にでも攻め込むしかない。俺は逃げようとしていた足を踏みとどまらせ、逆に甲冑に向かって走り出した。

 光った瞬間に屈み、かわしながらも前に突き進む。残り数メートル、この距離なら突進系のスキルを使えば射程圏内だ。

 そうして発動させるのは《ブレイヴチャージ》。甲冑の胸元目がけて高速で突き進む。

 

 ビームも掻い潜った、届く! 

 

 ガキキィィンッッ!! 俺の確信とは裏腹に俺の剣が甲冑の胴体を捉えることはなかった。

 甲冑もソードスキル、《ホリゾンタル》を使用したからだ。

 スキル同士が、剣同士が自分の方が上だと言わんばかりに鍔競り合う。

《ホリゾンタル》はどちらかと言えば範囲攻撃系のスキルだ。それと俺の《ブレイヴチャージ》が同等の威力というのも甲冑のステータスの高さが怖くなるが、そんなことを言っている場合ではない。

 ぶつかり合っていた剣は互いに弾け合う。相打ちだ。互いに体がのけ反るが、未だその距離は至近。剣を振れば簡単に届く距離に互いがいる。

 

 数瞬の互いのスキルディレイ。それから解放された後、再び互いの剣がライトエフェクトを纏う。

 種類は互いに4連撃片手剣ソードスキル。しかしスキル自体は違う。

 甲冑は水平4連撃技の《ホリゾンタル・スクエア》。

 俺は垂直4連撃技の《バーチカル・スクエア》だ。

 

 縦と横、計8本の剣閃がボス部屋を支配する。

 1撃、2撃と互いに相殺していくなか、ふと、シバとの戦闘を思い出した。

 あの時は3撃目までは完全に対応できていたのに、4撃目で俺の集中力が切れて攻撃を外してしまった。

 3撃目の衝突。

 でも、今は。

 4撃目。

 あの時とは、何もかも違うんだよぉ!! 

 

 4度目の衝撃音が鳴り響き、互いのソードスキルは終了した。

 競り切った。打ち負けなかった。最後まで逃げなかった。それだけでも、あの時とは違う、成長できていると実感できた。

 そして、この終わりにも。

 

「今回は、ちゃんとミウを守り切ってやったぜ」

「──、────、────」

 

 甲冑の背後より忍び近づいたミウが、甲冑のお株を奪うように最後の《ホリゾンタル・スクエア》を叩き込み、甲冑は断末魔のようなものをあげながら、無数のポリゴンへと爆散した。

 

 




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64話目 それでも現実は無慈悲にも日常を薙ぎ払う。

 

「はぁ、ミウ、助かったよ」

「もうコウキは! 舌の根も乾かないうちにすぐに無茶して!」

「そうだぞー。なんで自分を囮にしたがるんだお前は」

「あはは……ごめんなさい」

 

 甲冑を倒しきり全員ポーションや結晶を使って体力を万全にする。

 今は体力というよりは気力を回復するために皆が輪になって話し合いをしている。俺なんか気が抜けて座り込んでしまったほどだ。

 

「コウキさん、すみませんでした。途中と最後、足を引っ張ってしまって」

「いやいやどっちも初見の攻撃だったんだから仕方がないって。俺もかわせたのはただ運が良かっただけだと思うし。

 

 謙遜なくそう思う。最後の方甲冑との戦いは初見殺しの行動があまりに多かった。何か一つ選択が違えば俺や、ミウや、他の人が倒れていてもおかしくなかった。

 さらにリリは攻撃を受けた後も冷静に行動してた。俺としてはそちらの方がすこいことだと思う。

 

「だからさ、あんま落ち込む必要もないと思うぞ?」

「そうそう。むしろ反省すべきはコウキの方だもんねー? ねー?」

「ごめんなさいごめんなさい、語尾を伸ばさないでくださいなんか生命の危機を感じました」

 

 マジで。可愛い反応のはずなのに怒気と襲ってくる寒気が半端じゃない。さっきよりも死を身近に感じる。

 そんな頭が上がらない俺を見てミレーシャさんがくすくすと笑う。しまった、今日は身内だけじゃなかったのに、恥ずかしいところを見せてしまった。え、いつものこと? うるさい聞こえない。

 

 そんなことをしているとミレーシャさんが何かに気づいたのか声を上げる。

 

「皆さん、部屋の奥に台座のようなものが」

「え、あれ、ほんとだ。さっきまでなかったよね?」

 

 ミレーシャさんの指差す方向を見れば確かに、最初に甲冑が膝付いていた辺りに台座が床から生えていた。その上に何か球状のものも見える。

 それを見て、ようやくクエストのクリアを感じる。

 何がそれほど難しいクエストではないだろう、だ。パーティの危険が何度もあるほどの難易度だ。戦闘前に自分ではあれほど気を張っていたつもりだったのに、俺自身にもどこか油断があった。

 

 はぁ、と自省しながら立ち上がる。まだまだ未熟な我が身ではあるが勝利の余韻に浸るくらいは良いだろう。今は早く帰ってまた温泉に入りたい。

 

「よし、《宝珠》回収して皆で帰ろう」

「おー! じゃあ私取ってくるね」

「あぁ、お願いするよ」

 

 よーし! とすぐさま走っていってしまったミウ。

 

「ミウちゃん元気だなぁ。さっきまであんな戦闘してたのに」

「ミウはいつもあんな感じだよ。ミウがヘトヘトなら多分俺は過労死してるよ」

「コウキさんそれちょっと笑えませんよ……」

 

 うん、俺も言っていて本当にそうなりそうでちょっと怖くなった。

 皆で苦笑いしながらミウの後に続く。

 走っていった癖に皆が来るまで《宝珠》を回収しないあたりがミウらしさを感じる。

 最後の《宝珠》はあの甲冑を模しているかのように赤と緑色が入り混じっているような見た目をしているものだった。

 ねじれ、絡まり合いながらも決して合成色になることはない。まるで水と油みたいな関係性を表していて、その形はまるで──《ガイア》と《ナーザ》の在り方のようで。

 なんて穿って考えすぎだな。

 

 そうして皆が揃った時にミウが行くよー! と台座から《宝珠》を持ち上げた──瞬間。

 

 

 

 ゾクリッッッ!!!! 体が、震え上がった。

 

 

 

 背中に氷を入れられたとかそんなレベルではない。震え上がり切ってしまって心臓が鼓動を忘れてしまったのではないかと思うほどの、悪寒。

 これは、なんだ? プレッシャー? 

 先ほどまでの《ザ・エターナルガード・ウォリアー》なんかとは比にならないほどのものだ

 一体どこから。俺は辺りを見回すがどこにも変化はない。ならこの悪寒の出所は──

 

「──コウキさん、上です!!」

「っ!?」

 

 俺と同じく悪寒を感じ取っていたのだろう。見回していたリリの視線が一点を見つめる。

 それは身長が低くてミウが持っている《宝珠》を見上げる形でリリだからこそ気づけた位置。

 

 

 

 天井、そこに大きな魔法陣のようなものが浮かび上がり、そこから巨大な獣の顔が生えてきていた。

 

「ガァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」

 

 咆哮と共に魔法陣から獣の全身が出てくる、つまり、その巨体が、天井から降ってくる。

 

「ミウ避けろぉ!!」

 

 俺の声よりも早く異常を感じ取ったミウは地面に体を投げ出して回避行動に移っていた。

 俺たちも逃げるように回避すると同時、ズゥゥゥゥン……ッッッ!! と地響きが伝播し砂埃が舞い上がる。

 全員無事かとHPバーを確認するが誰一人としてHPが減っている人はいなかったことにとりあえず安堵する。

 が、すぐに切り替え今降ってきたものの姿を見上げる。

 

 デカい。さっきの甲冑なんて目じゃない。高さだけでも4メートルはある狼のようなフォルムをしていた。全身長なら6〜7メートルはあるんじゃないだろうか。

 先ほど飛び出ていた顔は狼らしく鋭い牙と猛獣の特有の三白眼。それらは見ているだけでも痛みを感じそうな恐怖が襲ってくるが同時に雄々しさも感じさせる立派なものだ。

 体毛は先端は鋭くも柔らかそうな蒼銀の毛並み。足の先には牙と同じく真っ白でその毛並みとの色合いでより巨大に感じる爪。胸元には宝石が埋め込まれており、それは偶然なのかミウが持っている《宝珠》と同じ色合いと形をしていた。

 

 名前は……Unknown? 名前がない? こんなことは初めてだ。いつもは何かしらの名前がついているのに。

 こんなものが出てくるなんて情報は一つとしてなかった。ナフさんの情報が間違っていたのか、それとも──。

 

 しかし状況が俺に考える時間を与えない。

 巨狼は再び咆哮すると1番近くにいたのであろうミウ目がけて足を振り上げ──薙いだ。

 

 

「かはっ……!?」

「ミウ!!」

 

 するとまるでオモチャかのようにミウの体は真横に吹っ飛び部屋の壁に激突した。

 愕然とする。そのミウが反応しきれない攻撃のスピードにもだが、問題は威力だ。

 今ミウはかわすことはできなくても寸前で剣を盾にしてガードしていた。なのに、そのHPが一気に残り2割を切ったからだ。

 ガードして、その上でこのダメージ。

 

 さらに遅れて出現した巨狼のHPバー。その数、10本。

 勝てるわけがない。今の攻撃をいなしながらあのHPバーを削る? そんなこと子供にだって分かる。仮に完全レイド48人だとしても10分持たずに壊滅させられるだろう。

 

 あんな獣がなんで突然──と、そこで俺に電撃が走った。

 ナフさんはなんて言っていた? 

 

「最後の《宝珠》は守護獣(・・・)が守っている。その守護獣から《宝珠》を奪えるだけの力を示さなければ《宝珠》は手に入れられないんだ」

 

 守護獣。獣。

 まさか、先ほどの甲冑は、前座でしかなかったのか? 倒す、ではなく奪う、という言葉を使ったのは《宝珠》を持って逃げろということ? あの巨狼──いや、守護獣の異常なステータスを考えるとそちらの方がしっくりくる。

 ミウがあの《宝珠》を持った瞬間こそが、このクエストの起動だったのではないか!? 

 

 だとしたらまずい、もうかなりの時間を消費してしまっている。逃げの一手を打とうにも完全に出遅れてしまった。

 

「皆、こいつは倒せない! 逃げるんだ! 《宝珠》さえ持って逃げ切ればこのクエストはクリアできる!!」

 

 砂埃で部屋の全容を確認できない。今の俺の声も本当に皆に届いたのかも分からない。でも、届いたと信じるしかない。もう1秒だって無駄にすれば。誰かが死ぬ。

 ダメージディレイで動けないでいるミウの方へ駆け寄りながらそう判断する。

 

 すると守護獣のヘイトはミウに向いているのかミウに再び足での踏み付け攻撃が飛んでいく。

 させない! 振り下ろされる守護獣の足の側面に当てるように《ヴォーパル・ストライク》を当てる。

 ほとんど効果がない。僅かに軌道がずらせただけだ。が、そのおかげでミウに足が直撃することはなかった。

 

「ミウ、大丈夫か!?」

「ごめんコウキ、油断しちゃった……」

 

 ミウを背負いながら守護獣のHPバーを見るが、今の攻撃でもほとんど削れていない。

 やっぱり逃げるしかない、とミウを担いだ瞬間走り出す。

 ヨウトやリリは大丈夫だろう。あの2人の敏捷値は俺よりも高いはずだ。迷わず逃げ出せば充分逃げ切れるはず。ミレーシャさんはステータスそのものが高いため言わずもがなだ。

 ならこの中で1番鈍足な俺が逃げ切れれば問題ない、のだが。

 

「くっそ!!」

 

 ジグザグに走り的を絞らせないようにしているが前足での攻撃が止まらず、凄まじい音と振動を上げながら追いかけてくる。

 俺たちは《宝珠》を回収するために部屋の最奥まで行ってしまった。そのせいで出口までの距離が遠い。距離はおそらく50メートルほどなのに、絶望を感じるほどに遠い。

 

「それでも、諦めてたまるか……っ!」

「コウキ……」

 

 ミウに安心しろと伝えるようにミウを担ぐ腕に力を入れる。

 あんな奴に殺されてたまるか、と守護獣の攻撃を見切ろうと後ろを振り向いた瞬間。

 炎。

 視界の一面が、部屋の全体が炎に包まれていた。

 それが守護獣のブレスだと気づいた時には俺の体は業火に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「──キ、コウキ!!」

「っ!?」

 

 がばっと目覚め、体を起こす。どうなった!? いや、そもそも俺気絶していたのか!? こんな時に! 

 

「ミウ、俺どれくらい気失ってた!?」

「多分、2、3秒だけど……それよりもコウキ、HPが!」

 

 ミウに促され自分のHPを見ると俺も残り2割を切っていた。どうやらミウを炎から庇うために咄嗟に体ごと振り返って肉壁になったらしい。そこだけは自分を褒めてもいいだろう。

 でも、全体攻撃でここまでHPを削られるのか……ハハッ。

 乾いた笑みが出てしまう。こんなものどうしようもないじゃないか。作戦だとかそんなものでどうにかなるものではない。

 だったら、諦めるか? それについてはさっきもう言っただろう。出ていけよ、弱気な俺。

 

「コウキ、私もう動けるから! 一緒に逃げよう!」

「あぁ、そうだな。あともうちょっとなんだ」

「うん!」

 

 幸運にもダメージディレイには囚われていない。あのブレスの特性なんだろうか? だとしても速射可能であの攻撃範囲は凶暴すぎるが。

 俺とミウは立ち上がり、なお迫ってくる守護獣から走り逃走する。

 俺が気絶していたせいでせっかく少し開いていた距離がほとんど埋まってしまっている。

 距離が近いせいか再び足の振り下ろし、引っ掻き攻撃が俺たちを襲う。

 

「なぁ、ミウ!」

「何!? うわっと!?」

「帰ったら、何食いに行こうか!!」

「んー、シチュー!!」

「そりゃいい。最近寒くなってきたからな! っと、くっ! クリームの方がいいな!」

「私、作ろうか!?」

「もうそんなものまで作れるんだ、すごいなミウは!」

「ねぇコウキ!!」

「何!?」

「うっ……っ、リリちゃん達と遊びにも行こうよ! 私最近全然遊び足りない!!」

「そうだな、それもいいかもなっ!!」

 

 馬鹿な話をしていると思う。

 今も死へと誘う攻撃は迫ってきて、それをかわしながら、衝撃波をくらってHPをジリジリと減らしながらする会話ではない。

 そんなことわかっているのだ。それでも、いつかの日のように無駄な会話を続ける。あの日常に帰るために。絶望に目を向けないために。諦めないために。

 冷静になれば、もう間に合わないという現実に体が引き込まれてしまうから。

 

 次の衝撃波に足を取られてミウが体制を崩し、転ぶ。

 まずい、こうなったらまた守護獣の攻撃を逸らすしかない! 

 再び振り返り守護獣を見ればその大きな口腔を開いていた。

 あのモーションはさっきと同じ──ーだからなんだ。まだ体は動く。間に合う。間に合わせてみせる。

 

 必死に足を、手を伸ばす。逃げ切るために。生きるために。ミウを守るために──

 

「なら、私に守らせてください」

 

 俺の心の声に応えるようにその声は凛と響いた。

 瞬間、ズドン(・・・)!! と大砲が打ち込(・・・・・・・)まれたのかと(・・・・・・)勘違いするほど(・・・・・・・)の轟音が鳴り響く(・・・・・・・・)

 その音と共に守護獣の顔が跳ね上がり、口は塞がれブレスは失敗に終わる。

 今の音と攻撃は──

 

「──ミレーシャ?」

 

 俺の代わりにミウがその名を口にする。

 ミレーシャさんはいつの間にか守護獣の前に屹然と立ち塞がっていた。

 

「ミレーシャ、何してるの……逃げて、早く!!」

「ミウこそ、早く逃げてください。私なら大丈夫ですから」

「そんな訳無いでしょ! 待ってて、私も今──」

「来ないで!!」

 

 ミウの悲壮な声をピシャリと断ち切る。

 今まで聞いたことのないミレーシャさんの鋭い声にミウの体が止まる。

 そして大声を出したからか、ブレスを妨害したからか。守護獣のヘイトはミレーシャさんに集まりミレーシャさんに前足が振り下ろされる。しかし、それをミレーシャさんはレイピアで防御してみせる。

 ダメージは4割ほど。体も吹っ飛ばず多少後退したほどだ。

 

「ほら、大丈夫でしょう? だからミウは早く行って」

「いや、嫌だよぉ! ミレーシャを置いてなんか行けない! 友達を置いてなんて!!」

「友達だから、私は貴女を守りたいのです」

 

 今度は牙による噛みつき攻撃。これはソードスキルで攻撃を逸らす。

 

「私、ミウが好きでした。ミウとコウキさんが一緒にいるのが好きでした。そこにはいつも笑顔があったから。そんな2人が私たち《ガイア》のことを真剣に悩んで考えてくれて、本当に嬉しかったのです」

「私も、私もミレーシャが大好きだから、だからお願いだから一緒に……」

 

 ミウの言葉がそこで止まる。そうすればその先に待っている未来がミウにも分かっているから。

 そんなミウにふっと優しく微笑み、次に俺と視線を合わせた。

 

「コウキさん後はお願いします。《ガイア》のことを、ミウのことを」

 

 ミレーシャさんはNPCだ。

 その事実だけはどこまで行っても変わらない。人ではない。感情はない。プログラムされた存在であるはずだ。

 ならば、あの姿はなんだ。あの視線はなんだ。俺に全てを託すと、言外に物語って、伝わってくるこの感情はなんだ。

 ミレーシャさんの覚悟が、こんなにも伝わってくる。

 助けたい。そんな彼女を。守りたい。そんな彼女を。

 それでも俺が選べる命は一つしかなくて。もうどうにもならないことが分かっていて。

 悔しくて、悔しくて。悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて!!! 

 それでも、彼女の覚悟を無駄にすることだけは、俺にはどうしてもできなくて。

 

「──分かった。ありがとう、ミレーシャさん」

 

 俺の最後の言葉にミレーシャさんは本当に嬉しそうに笑った。

 

「ミウ、行くぞ」

「え、待って、待ってコウキ! まだそこに、ミレーシャがいる。置いていいけない!」

「……」

「コウキ! ねぇコウキ!!」

「俺のこと恨んでもいいから!!」

 

 強引にミウを抱き上げそのまま走り出す。

 ミウとミレーシャさんの距離が開いていく。どこまでもどこまでも。

 

「コウキ離して! この……ミレーシャ、こんなのってないよ! もっともっと色んなことしようよ、嫌だよこんなのぉお!!! ミレーシャァァァアアア!!!」

「さよなら、ミウ」

 

 最後にその一言を聞いて俺たちはボス部屋から脱出した。

 ミレーシャさんのHPバーが全損したのは、ほぼ同時だった。

 

 




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それと今回はなかったイラストですが、こちらも感想等あれば欲しいです。知人が大喜びします。


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65話目 有力な少女は狂笑する。何もかもから目を背けて。

前回のお話ですが、投稿して閲覧数がすごく伸びました! 読者の皆様のおかげです、本当にありがとうございます。


 ヨウトもリリも無事部屋の外に脱出できていた。やはり1番後ろを走っていたのは俺とミウだったのだ。だからこそ……ミレーシャさんは、助けてくれたのかもしれないけれど。

 ミウのストレージに《宝珠》があることを確認した俺たちは《ガイア》に帰還することにした。

 その間、誰1人として口を開く者はいなかった。

 ボス部屋を出てからもしばらく泣き叫んでいたミウまでも、帰り道は一言も話さず、俺たちの間には、ただただ重く暗い何かが纏わりついていた。

 

《ガイア》に到着するまでに戦闘もあったが、実際に頭が回り始めたのは到着してからだ。

《宝珠》は持ち帰った。それと引き換え、なんて言い方はしたくはないが、犠牲者を出してしまっった。それも《森人》のミレーシャさんだ。

 それは、この《ガイア》に置いて何か罪に問われるのではないのだろうか? 

 いや、仮に罪に問われなかったとしてもミレーシャさんは素晴らしい人格者だった。そんな人の死因に関係する人間なんて印象が悪いに決まっている。

 

 もしかしたら、悪意を向けられる可能性もある。

 その時は、甘んじて受け入れるしかない。事実として、俺たちはミレーシャさんに守られたがミレーシャさんを守ることができなかったのだから。

 でも、だからと言って誰かが危害を加えられそうになった時は、逃げるしかない。

 戦ってはダメだ。《ガイア》を頼んだと言われたのだから。俺は命の恩人を裏切るようなことはしたくない。

 

 そんな、義務感と使命感に体を動かされながら、いつものようにナフさんの部屋にやってきた。

 そして、事の顛末を、報告した。

 糾弾される覚悟はできていた。

 しかし。

 

「そうか、それは残念だったね……《宝珠》の回収、ご苦労様でした」

「は……?」

 

 ナフさんから言われた言葉はそれだけだった。

 悪意も敵意もない。ただ事実を並べ、納得しただけの言葉。

 なんで、それだけで。そんな訳……

 

「《宝珠》さえ揃えば、ミレーシャのことはどうでもいいの?」

 

 今まで無言を貫いていたミウが口を開く。

 俯いていて表情は見えないが声にあからさまに敵意が乗っている。

 しかしそれに対してもナフさんの反応は変わらない。

 

「そんなことはないさ。ミレーシャは《ガイア》にとっても重要で、貴重な存在だった。役割的にも、人物的にも」

「だったら──」

「でもね、僕たち《森人》はこの《ガイア》を支え守るための存在しているんだ。生かすべきは個人ではなく国。ミレーシャのことは本当に残念だったけれど、同じ《森人》としては彼女の生き様に敬服を感じるよ」

 

 ガリッ。ミウが歯を食いしばるような音がする。

 そんなことを聞いているんじゃない。ミレーシャという人間が『いない』ということをまるで誇らしい事のように言うな。そんなミウの心の声が聞こえてくるような音だ。

 それでもミウが踏み止まっているのは、ナフさんは確かにミレーシャさんの遺志を汲み取っているからだ。

 最期まで国のことを憂いていたミレーシャさんをミウも見ていた。だからこそ、否定できない。

 

 ふぅ、と息をついたナフさんはこの場を締めにかかる。

 

「重ね重ねになるが、全ての《宝珠》を集めてくれて、本当にありがとう。これで儀式に取り掛かれる。とはいえすぐにできるわけではないから、準備が整い次第またこちらから連絡させてもらうよ。ここまで、本当にありがとう。《森人》を代表して礼を言わせてもらうよ」

 

 とても綺麗な言葉を並べて礼を言われた。

 俺たちにとっては嬉しい結果のはずなのに、吐き気が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、今日はお疲れ様、だな」

 

 ヨウトの家に帰っても今までずっと無言だったが、ヨウトがそう切り出す。

 無理やり明るい声を出している、という感は否めないが、今はそれくらいしないとこの澱んでいる空気はいれ変わらないかもしれない。

 

「とりあえず数日は暇ができたって事みたいだけど、コウキ、今後はどうするつもりなんだ?」

「ん……そうだな。とりあえず連絡が来るまでレベリング兼ねながらの攻略、かな。ただ連絡を待っていてもヤキモキするだろうし」

「了解。じゃあ明日からはそういう感じな。今日はもう皆休もう」

 

 言うと、ヨウトは立ち上がり「つっかれたー!」と伸びをして自分の部屋に戻っていく。

 こう言うところヨウトは上手いなと思う。切り替えというか、場の雰囲気の和ませ方が。

 その効果があったのかリリも「私も、失礼します、お休みなさい」と自分の部屋に戻っていった。

 

 そうして残ったのは俺とミウ。偶然か、はたまた必然か、ミレーシャさんに助けられた、2人。

 ミウはずっと俯いていて表情が読めない。悲しんでいるのか、憤っているのか、いつものミウなら表情がコロコロ変わるのに、今は全く分からない。

 

 でも、とにかく、負の感情に包まれているのは分かった。何か、声をかけなければと。

 

「ミウ、あまり気にしすぎるなよ。無茶かもしれないけど、ミレーシャさんのためにも今は前を向くべきだと思う」

「………………うん、そうだね。私も、そう思う。ミレーシャ、最期まで笑ってたもんね」

 

 そこでミウはようやく顔を上げる。その顔に浮かんでいたのは無理やりではあるが笑みだ。

 ミウはおもむろに立ち上がり、自分の部屋へと戻っていく。

 

「コウキ、ありがとね」

「……おう」

 

 ミウの笑みに俺も笑顔で返す。

 そうして今度こそ、ミウは自分の部屋に戻っていった。

 

「……」

 

 リビングに1人残った俺はソファに座りながら天井を見上げる。

 なんてことはない。木造住宅らしい木組の天井だ。

 なんとなく上を見上げてみたが、別にそれで気分が向上するようなことはない。

 俺は、ミレーシャさんの国を守りたいという気持ちを手助けしたくて、このクエストを進めることを決めた。今もその気持ちは変わらない。

 それでも、その本人を守りきれなかったのは、どうしてもダメージが大きい。

 そしてそれは、俺よりもミウの方が大きいはずだ。

 それなのにあんな無理して笑顔を浮かべて。いや、浮かばせて。

 

「何にも守れてないだろうが、俺」

 

 相も変わらず、俺はどこまでも無力だ。

 そうして俺も立ち上がり寝るために自分の部屋に戻った。

 その日は寝るまで、ミウの触れたら全て崩れてしまいそうなあの笑顔が頭から離れなかった。

 

 それから2日が経った。

 パーティ全体で見れば少しずつではあるが以前の明るさや空気感を取り戻してきている。が、ミウだけはあの日以降、今までとは違う雰囲気を纏っていた。

 皆と話していてもどこか心ここに在らずで。戦闘中ですら呆けていることがある。

 それに何より、あの太陽のように輝かしい笑顔が完全に形を潜めていた。

 

 どうにかしてあげたいと思う、でも、どうすればいい? もうどうやってもミレーシャさんは帰ってこない。取り返しはつかないんだ。それぞれが自分の中で区切りをつけて前を向くしかない。

 でも、だからこそ、他人が何を言っても仕方がない。区切りをつけるのは自分自身でしかできないのだから。

 

「コウキさん、大丈夫ですか?」

「リリ……」

 

 声をかけられようやく『今』に意識が戻る。

 今は最前線の層の一つ下の層の荒野でレベリング中だ。隊列を先頭はヨウト、中衛を俺とリリ、後衛をいつもと比べて少し調子の悪そうなミウという配置だ。

 1番近くにいたリリが俺に声をかけてきたのだ。

 

「コウキさん、疲れていませんか? どこか心ここに在らずって感じでしたけど、休憩しますか?」

 

 ……参ったな。ミウのことを考えるあまり自分がそうなっていたか。

 小さくため息をつく、集中力が足りない証拠だ。視界も良いし最前線ではないとはいえ、今の層も十分危険はあるというのに。

 俺はリリを安心させるように頭を撫でながら答える。

 

「大丈夫だよ。ちょっと考え事しちゃっただけ。ごめんな心配かけて」

「いえ、それならいいんですけど……無理は、しないでくださいね」

「おう、もちろん」

 

 リリにまで心配をかけてしまっては元も子もない。今はレベリングに集中しよう。

 そんな俺の考えに反応したわけでもないだろうが、mobの姿が見えた。

 動物、正確には狼型のmobだ。もちろんあの時の守護獣に比べれば体は小さく一般的な体長だ。

 相手は2匹。

 

「……っ」

 

 一瞬、怯む。どうしてもそのフォルムから二日前のことを連想してしまう。

 違う、あのmobはそれほど強力な敵じゃない。頭を切り替えるんだ。

 頭を振って雑念を消せば、戦うか? と先頭のヨウトが俺に視線を送ってきたので頷いて応答する。

 

 全員でmobに近づいていき、ヨウトが先手を仕掛ける。2匹のうちの1匹に《バーチカル》を叩き込む。

 悲鳴に似た狼の咆哮が鳴り響くと同時、2匹のヘイトがヨウトに向く。そこへ中衛の俺とリリがそれぞれ1匹ずつにアタックを仕掛けるのが俺たちの定石だ。が、それよりも早くミウが先行する。

 

「ミウ、先行しすぎだ!」

 

 静止の声をかける、が、ミウの疾走は止まらない。

 ヨウトに向かって飛びかかった狼たちの足元に潜り込めば、体を地面と並行になるほど倒しながら《ホリゾンタル・デュアル》を放つ。

 垂直に弧の字を描く剣閃は狼型mobの共通弱点である腹を正確に切断し、2匹のmobは何もできないまま爆散しポリゴンへと変わっていった。

 

「はぁっ、はっ、はぁっ……!!」

「ミウちゃん……」

 

 ヨウトが心配そうに声をかける。

 一撃で終わった戦闘。しかしそれに対してミウの息は完全に乱れきっている。まるで『何か』に怯え、戦っているかのように。

 その『何か』は分かる、分かるが、今は攻略中だ。余計な思考が命取りになる。

 

「ミウ、今のは俺とリリが出る場面だった。ミウが無理することはなかったよ」

「……ごめん」

「俺たちもいるから、そんなに張り詰めなくても大丈夫だよ」

 

 濁しているだけだな、と自分でも思う。

 きっと今ミウに必要な言葉はこんなものじゃない。それは分かっている。

 それでも、俺にはミウが欲しがっている言葉がなんなのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 静寂な夜の市街区、自然と出たため息が響く。

 ミウの変化には皆気が付いている。だからヨウトとリリの3人で先ほどまで話し合っていたのだが結局見守ることしかできないという結論が出た。

 

 やはり俺でなくとも今のミウにできることはほとんどない。同性の方がまだ良いかとリリにミウのことを励ましてみてもらったりもしたが大した効果はない。

 リリには申し訳なさそうに謝られてしまったが、違う。何も思いつけない俺が悪いんだ。

 ミウは何度も俺を助けてくれた。親身になってくれた。なのに、俺はなんの力にもなれない。それが歯痒くて悔しい。

 

 なんで力になれないのか。何も言ってあげられないのか、それは。

 

「……結局のところ、俺もまだ立ち直れてないんだよな」

 

 守らなければならない人を守れなかった。その事実が俺の心を蝕んでいくのが分かる。

 気分転換に慣れない夜の散歩なんてものもしてみたが、気分は全く晴れない。

 これはさっさと帰って眠った方がいいかと足を戻しかけたその時。

 

「……? ミウ?」

 

 街の門から出ていくミウの姿が見えた。

 見間違いじゃ、ないよな? あの装備は間違いなくミウだ。

 姿が見えなくて静かだったので、てっきり自分の部屋で寝ているものだと思っていたが、気づかない内にヨウトの家を出ていたらしい。

 

 こんな時間に何をしに……つい気になりミウの後を尾ける。

 この層で1人で外に出てもミウなら大丈夫かもしれない、が、ソロプレイは何が起こるかわからないのだ。いざという時は微力かもしれないが手助けに入ろう。

《追跡》スキルも《隠密》スキルも取っていないので、見失えば終わりだし後ろを振り返られても普通にバレる危険が高いが、可能な限り姿を見せないよう移動を続ける。

 

 30分ほど移動して着いたのは今朝来ていた荒野だ。

 なんでまたこんなところに、という俺の疑問はすぐに解消されることになる。

 

 グルルル……と、ミウの前方から唸り声が聞こえる。

《索敵》スキルを取っている俺の方が前をいくミウよりも先に見つけた。これもまた今朝ミウが一撃で倒した狼型のmobだ。

 数は1匹。普通ならソロプレイヤーでも狙いやすい敵だが、このmobには変わった特性がある。

 それは夜の方が凶暴になりステータスが上昇し、さらにHPがレッドゾーンに入ると遠吠えをして仲間を引き寄せるというものだ。

 なので倒す時は朝のように一撃か、ダメージ量を計算してイエローゾーンからソードスキルで一気に倒すかというのが一番いい。

 最悪仲間を呼ばれてもパーティなら対応できるので問題ないのだが……などと俺が考えている間にミウと狼が接敵する。

 

 ミウの取った行動は戦闘だ。抜剣し狼に対して正面から構える。

 朝と同じように仕留めようとしても朝よりも強い狼mobはそう簡単には一撃では倒せないだろう。

 どうするんだ……なっ!? 

 

 思いがけないミウの行動に思わず声が出そうになるのを堪える。

 ミウは狼に接近すると迷わず朝と同じ《ホリゾンタル・デュアル》を叩き込んだ。

 しかしやはり一撃では倒しきれない。狼は瀕死になるとアルゴリズム通り遠吠えをする。

 瞬間、少し離れたところから土を掻く音が複数聞こえ始める。引き寄せられてきた他の狼たちだ。

 

 おいおいおい、ミウは何を考えているんだ。

 ミウは他のmobを視認するともう用はないとばかりに最初の狼に剣を振りトドメを刺す。

 そうして近寄ってきた狼たちに囲まれる。数は、3体。

 やばい、助けるか、と足が動きかけるがそれもすぐに止まってしまう。

 ミウの表情を見て、止まってしまった。

 

 笑み……こんな時に? それもあんなミウの笑い方、見たことがない。

 まるで望み通りだとばかりに。そしてどこか皮肉めいた、よく鏡で見るような気がする、嫌な笑み。

 なんであんな笑い方を、なんて気にしている場合ではない。

 

「はぁあ!!」

 

 気合い一声。

 すぐさま囲んでいるうちの1匹に接近する。しかし獲物が動いたのだ。狼側も行動し始める。

 他2匹の狼はミウの背中に向けて飛び掛かる。

 またソードスキルで切り抜けるのかと思えば接近した勢いを足に溜め反対方向、後ろへ低い姿勢で跳躍。飛びかかってきた狼2匹の真下を潜り抜け包囲から脱出する。

 そしてそのままスキルモーションへ。3匹が固まったところへ突進系片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。3匹まとめてミウの片手剣が貫く。

 しかしやはり全てを一撃では倒しきれない。2匹ほど仕留め損ね、その2匹がまた遠吠えをする。再び現れる他の狼たち。

 

 これだ。これがこの層の狼たちの怖いところだ。一度仕留め損ねると連鎖式に敵が増えていく。

 危機的状況。そのはずなのに、ミウの笑みをますます深くなっていく。

 

「いいよ……もっと来なよ。皆相手してあげるから」

 

 あれは、本当にミウなのか? 

 そんな考えすら浮かんでしまうほどの異質な笑み。

 さらに増えていく狼たちに対しても紙一重で攻撃をかわし続けながら、いや、攻撃を喰らっても一切怯むこともなく狼たちを切り刻み続ける。

 

 その戦い方は破滅的で、それでいて狂気的な踊りにも見えて。

 俺は最後まで助けに入れず、ただミウを見守り続けることしかできない。

 ミウ、なんで、そこまで…….とそこまで考えてなんとなくだが理解する。

 そうか、ミウが欲しいものは許しでも、癒しでもなくて。

 ただただ、自分を罰したいだけなんだ。

 

「コウキさん、後はお願いします。《ガイア》のことを、ミウのことを」

 

 あの時のことを思い出す。

 ミレーシャさんには分かっていたんだ。だから……。

 改めて思う。

 助けたい、守りたい。いや違う。

 絶対に助ける。助けなくてはならない。そう思う。

 今までは覚悟が固まらなかった。でも今は違う。覚悟できたからには動かなかった足が動く。回らなかった思考が回り出す。燃えなかった感情が燃え始める。

 

 全身にダメージエフェクトを発生させながらも20匹以上の狼を倒し切り、息を切らしているミウ。

 その姿は今にも崩れてしまいそうで、あの夜の笑顔と重なって。

 だから。

 

「ミウ」

「っ……コウ、キ」

 

 俺はミウに手を伸ばす。今度は、俺が助けるために。

 

 




お気に入り、感想、評価、もらえるだけ作者がとてもめちゃくちゃ大喜びしてはしゃぎますのでどうかお願いします。

それと今回はなかったイラストですが、こちらも感想等あれば欲しいです。知人が大喜びします。


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66話目 有力な少女の原罪

今回のイラストです! 病みミウも中々良いものです(愉悦)


【挿絵表示】






 そもそもの話、俺はミウについて知っているようで、ほとんど何も知らない。

 好みだとか趣味だとか人柄だとかはおそらく、この世界にいる誰よりも知ってはいる。しかしそれだけだ。内面的なことは何も知らないのだ。

 何を考えてそういう行動に出ているのか。何を想ってそういう行動に出ているのか。

 そんなミウの根本の話。それを俺はほとんど知らない。

 なぜか? ミウが話したくなさそうだから、それもある。

 だが何よりも、俺自身が積極的に踏み込まなかったからだろう? 

 ミウから近づいてくれるから、それに胡座をかいて、俺から近づく努力をしなかった。

 ミウは、俺のことを何度も救ってくれているのに。力になりたいなんて思いながらも、それじゃあどこまで行っても口先だけだ。

 でも、そんなのはもう嫌だ。俺はミウにいつでも手を差し伸べてやれる存在でありたい。ミウの笑顔を曇らせるものなんて全て消してしまえるほどの力が欲しい。

 

 だから俺は今日、初めてミウに一歩踏み込む。ミウの笑顔を取り戻すために。

 

 

 

 

 

 

 

 荒野でミウに声をかけてから再び街に戻ってきて、今は街中を流れる川の近くにあるベンチに腰掛けていた。しかし何か話すわけでもなくただお互いに川を見つめている。

 隣り合って座っているのに、今のミウとの間には不透明で分厚く高い壁を感じる。見通すのも、登るのも壊すのも難しそうな絶対的な壁を。

 ミウも、俺に対してそんな壁を感じていたのかな、なんて考える。だとしたら、ミウはその壁を壊してくれた。それに俺も何か返したい。

 こんなところで躊躇っている場合じゃないんだ。

 

「ミウ、なんであんなところで1人で戦っていたんだ?」

「……別に、大した理由はないよ。なんとなく、昼間の体力が有り余ってたから、消化したくて圏外に出てただけ」

「それにしては鬼気迫る感じだったけどな」

「それは……」

 

 そこでミウの言葉が止まる。

 しかしそれ以降俺の言葉も続かない。あーくそ、こういう言い回しはヨウトの特技であって俺は不得意中の不得意だ。

 結局真正面から当たるしかない。

 

「ミレーシャさんを殺したあの守護獣、あれを連想してたんじゃないのか?」

「……」

「あれは……ミウのせいじゃないよ。どうしようもなかったんだ。俺も、ミウも」

「そんなこと、そんなことなかった。私の手はミレーシャに届いた。手を伸ばさなきゃいけなかったんだ。なのに、私は……」

「自分を責めたい気持ちは分かるよ、でも──」

「分かる? 本当に?」

 

 ミウは何かを堪えるかのように俯き、膝に乗せていた両手をこれでもかとばかりに握りしめる。

 

「本当に分かるの? 私の悔しさや情けなさ、やるせなさ、何もかも全部、分かってくれるの?」

「俺もあの時、ミレーシャさんに一緒に助けられたんだ。分かるよ」

「ううん、分かるはずがない、だってあの時転んでしまったのは私で、私を守るためにミレーシャはあの守護獣の目の前に立ったんだから。私の罪は、消えない。消えちゃいけないんだ」

「俺に、自分のことを許しても良いって教えてくれたのはミウだ。だったら、難しいかもしれないけど少しずつでも自分のことを許してみないか?」

「ふふ、そんなこともあったね……でもそれならなおさら、私は私を許せない。許して良いはずがない。誰に許されたとしても、許されるこそ、私は私を許しちゃいけないんだ」

 

 気持ちは、分からなくもなかった。だって昔の俺は、いや今の俺も父さんの件で自分のことを許しきれていないのだから。

 それでも、今は俺のことなんて関係ない。ミウについてだ。

 

「でも、それでも、破滅的な行動だけじゃ罪は償えないし、消えないよ」

 

 自分を痛めつける行為はある意味で楽なのだ。自分1人で完結する行いだから。

 でもそれじゃあ罪を償うなんてことにはならない。ただの逃げと同義だ。

 しかし、ミウはもう堪えきれないとばかりに歯を噛み締めると顔を上げて俺を睨みつけてくる。

 

「だったら、だったら! どうすればいいの!? コウキ言ってたよね!? 自分からも他人からも罰を与えられて許されたときが罪が消える時だって! それなら私は一生罪を償えない。私は誰からも責めれられないんだから!!」

「ミウ……」

「それとも、コウキが、コウキが私のことを罰してくれるの!?」

 

 ミウの慟哭が静寂な街に木霊し、吸い込まれていく。

 あまりに一気に叫んだからかミウはそこで言葉を切ると荒くなった息を必死に整える。

 そうしていく中で自分が無茶苦茶なことを叫んでいると思ったのか「ははは」と乾いた笑い声をあげる。

 

「ごめんね、コウキ、訳分かんないよね、こんなこと言われても、本当にごめん」

 

 言うとミウは今までのことなど無かったかのようににっこりと笑うとスッと立ち上がりこの場を立ち去ろうとする。

 

「待ってよ、ミウ」

「コウキ……?」

 

 その手を俺は捕まえる。離さないよう、離れて行かないよう強く。

 今ここでミウを行かせれば、きっと明日にはいつものミウに戻っているような気がする。今の叫びも何もかもを無かったことにして、心の奥底に閉じ込めて。

 でも、それじゃあダメなんだ。ミウを救ったことになんてならない。ただ問題の先送りをしているだけだ。

 

 助けるって誓ったんだ。誰でもない、自分自身に。

 俺は大きく息を吸う。逃げないように。目を逸らさないように、腹の奥に力を入れる。

 

「ミウ、ミウが何を抱えて今まで戦ってきたのか、俺は知らない。もっと早く聞かなきゃいけなかったのに、自分のことで精一杯になってることを言い訳にして逃げてきてた。でももう逃げない。俺もミウの隣に本当の意味で立ちたい。だから、抱えているものがあれば話してほしい。そして、少しでも良いから俺にもそれを一緒に抱えさせて欲しいんだ」

「……」

「頼む、ミウ。俺も、ミウの力になりたいんだ」

 

 助けるチャンスをくれないか。必死にそう頼み込む。

 もちろん、話してくれたからといって俺が何かできるとは限らない。徒労に終わるかもしれないし、下手なことを言ってミウを傷つける可能性だってある。

 でももうミウを傷つけることを恐れて、傷ついてる今のミウを見ないふりをするのは嫌なんだ。

 結局のところ自分の都合だ。偽善と言われるものだろう。それでも構わない。ミウを助けたいと言うこの気持ちだけは本物なのだから。

 

 言葉という名の手をミウに必死に伸ばし続ける。そして。

 

「……コウキ」

「うん」

「私のこと嫌いになっていい。軽蔑していいから。聞いてよ」

「……うん」

 

 その手は、届く。

 

 

 

 

 

 

 

 ミウ──大野美海(みうな)は子供の頃から今のような性格だった。

 明るくて、優しくて、人懐っこくて、よく笑う。そんな子供だった。

 そんな彼女には友達も多くいるし、家族仲も良好だ。人間関係で言えば申し分ないと言える。

 これから話すのは、そんな子供がいかにして捻れていったかという物語。

 ミウという存在の異質性の根幹を知る、物語。

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miuna

 

「美海ー! ドッジボール行こうぜー」

「行くいくー」

 

 とある小学校の2年生のとある教室。私は友達の誘いに乗って昼休みを無駄にしないためにも走って体育館に向かおうとする。

 しかし、ふと気になり後ろを振り返る。そこにはいかにも大人しげな女の子が1人。おさげを2つ肩に流している可愛らしい子だ。

 その子は教室の片隅で本を読んでいる。私の視線に気付いたのか自分の視線を本から上げて私を見つめる。

 

 ──行かないの? 

 ──私はいい。

 

 一瞬のアイコンタクト。それだけで相手の言いたいことが分かり相変わらずだなぁと私は苦笑いする。

 

「おい美海ー! 早くしろよー!」

「ごめーん、すぐ行くからー!」

 

 先に行っていた男の子が急かすように言う。体育館の場所取りはまさに戦争。早い者勝ちのスピード勝負なのだ。モタモタしていれば他のグループに占領されてしまうこともある。

 私は女の子に背を向ければいざ行かんとばかりに全力疾走で体育館に向かった。先生に走るなと怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふー、今日も私のチームの勝ちだね」

「くそぅ、なんで毎回勝てないんだよ!」

 

 放課後。昼休みのドッジボールの激闘の結果に私がニンマリしていると相手チームだった男の子たちが悔しそうに唸る。

 私にボールを当てようなんて100年早い。と胸を張って鼻を伸ばすと男の子たちは余計にぐぬぬと唸った。これなら先生に怒られた甲斐もあるというものだ。

 

「次こそ絶対に勝つからな! 次は体育のサッカーで勝負だ!」

「いいよー。いつでもかかってきなさい」

「調子乗りやがってー。絶対美海にすごい、負けたー! って言わせてやる」

「えー、できるかなー?」

「少なくとも、テストの時なら勝てる!」

「それはずるくない!?」

 

 あはは、と一団皆で笑い声が上がる。

 くそう、いくら私でも勉強を出されては引かざるを得ない。というか、男の子なら頭じゃなくて体力で勝負してみなよ! 

 などと考えるこの頃の私は、今よりもさらに、それもかなり男勝りな性格だった。

 だからこそ。

 

「じゃあ美海、一緒に帰ろうぜー」

「あー、ごめん。ちょっと今日用事あるから、先に帰っててー」

「えー……分かったよ、じゃあまた明日なー」

「うん、またー」

 

 こうやって慣れない嘘をついてみたりもする。

 こんな私が、女の子のようなことをするのが、どこか照れ臭かったから。

 私は他の子たちの姿が玄関を出て見えなくなったのを確認すれば、急いで支度をして

 校庭に出る。

 この学校の校庭は少し広くて、サッカーグラウンドの外側西に草花が生い茂っている原っぱがある。

 そこに、彼女はいた。

 

千智(ちさと)ちゃん、ごめん遅くなっちゃった」

 

 彼女──中内千智ちゃんは小走り気味にやってきた私を見て微笑む。

 

「大丈夫だよ。まだ全然明るいし。きっとまた男の子たちに一緒に帰ろうとか言われてたんでしょ?」

「え、うんそうだよ。よく分かったね、すごい!」

「うーん……分かると言うか、分かりやすいというか」

 

 苦笑いを返してくる千智ちゃんに首を傾げる私。

 たまに千智ちゃんは私にはよく分からないことを言う時がある。私の頭が悪いせいかもしれないけど。

 千智ちゃんは「まぁ、そんなことより」と手をパチンと叩いて空気を入れ替える。

 

「今日も花の冠一緒に作るんでしょ? 時間もあまりないし、早く始めましょ?」

「うん!」

 

 他の子たちに内緒にしているのはこれだ。

 初まりはなんて事はなかった。放課後、校庭を使ってサッカーをしていた時、ボールがあらぬ方向へ転がっていき、今と同じ原っぱにいる千智ちゃんを見つけた。

 その時も千智ちゃんは花冠を作っていて、それを見た私は、

 

「すごいね、可愛い! 私にはそんなことできないや」

 

 と言って、そのお返しに、

 

「そんなことないわよ、もしよかったら教えてあげるよ?」

 

 という千智ちゃんの申し出に乗り、今のような関係ができた。

 

 千智ちゃんはすごく女の子らしい子で、絵も上手だしお洋服も可愛いし、なんというか女の子オーラがすごい。

 そのせい、というわけでもないけど、体育とかは苦手みたいで、昼休みに何度か一緒に遊ぼうと誘った事はあるけどドッジボールとかはしたことがない。というか、私以外の女の子はあまりそういうことはしないらしい。楽しいのに、ドッジとサッカー。

 

 とはいえ、そんな私でも女の子っぽい遊びには憧れを持っていたりもする。私の家族は男兄弟が多くて遊ぶのも体を動かすことのほうが多いし、お下がりでもらう服もほとんどが男の子のものだ。

 だからこそ、千里ちゃんみたいな子は私にとって憧れの塊と言っても過言ではなかった

 

 そんなわけで、放課後は毎日ではないけど千智ちゃんに花冠の作り方を教えてもらっている。

 最近は少しずつだけどうまく行くようになってきた、んだけど。

 

「うーん、どうやったら千智ちゃんみたいに綺麗にできるの?」

「美海ちゃんはお花を折る回数がちょっと多いんだと思うよ。そのせいでしわくちゃになっちゃう」

「むー…….」

 

 難しい。スポーツなら全力で体を動かしたり相手のことを見て動けばどうとでもなるけど、この花冠造りというのはなかなかに手強い。何せ力任せにやれば折れてしまうし、自分以外に誰かが存在するわけでもないから。

 

「ねぇ、何かコツみたいなものってないの?」

「コツかぁ……そうだね、送る相手のことを想いながら作ること、かな」

「送る相手?」

「そう、そうすれば綺麗なものを渡したいって自然と思えるでしょ? そうすれば丁寧に作れる、と、思う」

 

 言いたいことを上手く纏められたのか自信がないのか千智ちゃんは最後の方言葉がふらふらと揺れるように話す。

 でも、言いたいことは分かった。すごく素敵な考え方だと思う。

 渡したい相手かぁ……

 

「思いつかないなぁ」

「美海ちゃんって、結構ば──ばかだよね」

「結局ばかって言うなら言い直さないでよ!?」

 

 がーん、と擬音が聞こえてきそうな感じで涙目になる。しかもなんでばかって言われたのか分からないから納得がいかない。

 シクシクと悲しみながらも花冠を作っていると千智ちゃんはくすくすと笑う。

 

「ふふ、ごめんなさい。お詫びに良いものあげるから許してね」

「良いもの……?」

「えぇ、じゃーん」

 

 千里ちゃんは自分のランドセルを漁ると中から綺麗にラッピングされた小包が出てくる。

 淡いピンク色の生地にキラキラとしたラメのようなデコレーションがしてあってとても綺麗だ。

 

「はい、美海ちゃんにあげる。クッキーよ。私が作ったの」

「え、自分で作ったの!? 千智ちゃんすごい!」

 

 中のクッキーが割れないように丁寧に受け取れば早速袋の中身を確認する。中には千智ちゃんの言う通り何枚かのクッキーが入っていた、しかも猫の形や犬の形など色々な動物を彩った形をしていてすごく可愛い。

 

「すごいすごい! すっごく美味しそうだし可愛いよ!」

「ふふー、昨日お母さんと一緒に作ったの。美海ちゃんにあげようと思って頑張っちゃった」

「そうなの、ありがとー!」

「これで美海ちゃんも不良の仲間入りね」

「え、あ……」

 

 そうだ。学校にはお菓子とかオモチャは持ってきてはダメなんだ。今このお菓子を喜んで受け取った時点で私も悪いことになる。

 あわわと私が慌てふためいているとそれを見て千智ちゃんはまた笑う。

 

「大丈夫よ美海ちゃん。放課後だしこんなのバレっこないわ」

「そう言う問題なのかな……?」

「そう言う問題よ。だいじょーぶ!」

 

 そう言われるとそんな気もする。再びクッキーを見ればふんわりと甘い匂いが私を襲う。

 ……うん、問題ないね! 放課後だし、校庭だから学校内じゃないし大丈夫大丈夫! 

 わーい、と思考停止して再び喜び始める私。その時になんとなく分かった。

 

「あ、そっか、これが千里ちゃんが言ってた渡す相手のことを考えて作る、ってことなんだね」

「これ?」

「うん、千里ちゃんが私のことを考えて作ってくれたから、このクッキーはこんなにも綺麗だし、可愛いし、美味しそうで、私も嬉しいんだ」

 

 温かい気持ちが、心を満たす。クッキーというもの以上に何か大きな、嬉しいものをもらったような気がして。

 自然と笑みが浮かんでしまう。嬉しくて仕方がない。

 

「ありがとう、千里ちゃん、すっごく嬉しい」

「ふふ、どういたしまして。そうだ、それなら今度私の家で一緒にお菓子づくりしない?」

「お菓子づくり……」

 

 ぽわんぽわんぽわん、と頭の中で想像する。友達の家で一緒にお菓子づくり。なんだかそれはとても女の子っぽいイベントな気がする! 

 

「うん、したい、お菓子づくり!」

「なら決定ね。学校が早く終わる日がいいから来週の月曜日にしましょうか」

「うん!」

 

 また新しい、嬉しいイベントが決定した。

 千里ちゃんと一緒にいると嬉しいことがたくさん増える。きっとこれからも、もっともっと──

 

 

 

 

 

 

 

 あるところにいつも笑顔で優しい王子と、その王子ととても仲の良い従者がいました。

 その2人は本当に仲が良く、主従の関係を超えて友人のような絆で繋がれていました。

 王子はその従者のことが好きでしたいつも頼りになってかっこいい自慢の従者でした。

 従者は王子のことが好きでした。少し頼りなくて泣き虫なところがあったけれど、いつでもニコニコと太陽のように明るく笑っていて、自分にも国民にも温かな気持ちを送ってくれる王子でした。

 

 穏やかな国、穏やかな日常。しかしある日突然それも終わりを告げました。

 戦争が始まったのです。

 国民は悲しみに染まり、豊かな国土は脅かされ戦いはどんどん悪化していきました。

 弱虫な王子はみんなで逃げようと言います。しかし従者は言います。戦わないと何も変わらないと。自分の意思を見せないと何も守れはしないと。

 

 王子たちは戦いました。戦って戦って戦って──ついに、従者が命を落としました。

 王子は泣きました。一晩中泣きました。悲しかったのです、悔しかったのです、憎かったのです。

 どうしてこんなことにと嘆き続けました。それでも、王子は強く心を持ちました。

 従者が死の間際に言ったのです。

 王子の笑顔が好きでした。どうかずっと笑っていてくださいと。最後まで守れなくてごめんなさいと。

 大好きな従者の最期の言葉です。王子は必死にそれを叶えようとしました。

 王子は笑い続けました。悲しくても、怖くても。

 王子は戦い続けました。大切な国民を守るために。

 

 そんな王子の姿に国民たちも勇気づけられ、心癒され、奮起づけられ、頑張りました。

 こんな悲しい戦いは間違っていると、笑い合える平和が欲しいと。

 そうして最後には王子たち引きいる国は戦争を休戦に持ち込み戦争は終わりました。

 悲しいことは終わりました、笑顔の毎日がまた始まりました。

 逃げるだけではダメなのです。泣いているだけではダメなのです。憎むだけではダメなのです。

 立ち向かうこと、笑い合うことが大切なのです。

 それを王子たちはずっと、ずっと言い伝え続けました。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

「どうしたの美海ちゃん」

「今日の国語の時間読書感想文の授業だったよね。その時に読んだ本がちょっと気になって」

 

 可愛らしい見た目とタイトルの癖にその中身が人が死んだりする戦争ものだった、というショッキングな事態そのものも悩みの種ではあるけど、問題はそこではなく、感想文を上手く書けなくて先生にめちゃくちゃやり直しを言われたことでもない。

 お話の途中、従者が死んだ時に言っていた言葉である。

 ずっと笑っていてください。笑うというのは強制されたり誰かに支持されてしないといけないことなんだろうか。良い話だとも思ったけどそれは絆という綺麗なものとは何か別のもののように感じた。

 

「美海ちゃん、着いたよ」

「んぇ?」

 

 うーむ、と珍しくも頭を捻らせながらも考えていると爆発しかけたところで千里ちゃんに声をかけられて意識が戻る。

 いつの間にか千智ちゃんの家に着いていたらしい。私は頭を振って思考も現実に戻す。

 そう、今日は約束していたお菓子づくりの日だ。いっぱい楽しもう! 

 

 そう決め込んで私たちは一緒に千智ちゃん家に入る。私はお邪魔しますと。千智ちゃんはただいまと。

 

「あらいらっしゃい。あなたが美海ちゃんね。千智からいつも話は聞いてるわよ」

 

 家に入ってすぐに奥から出てきたのは千智ちゃんのお母さんだ。前に授業参観日に見たことがあある。

 すごく綺麗な人で長い髪で髪先が緩くウェーブしているのが素敵だと思う。

 

「こんにちは、お邪魔します、今日はよろしくお願いします」

「礼儀の良い子ねー。ウチの子といつも仲良くしてくれてありがとうね」

「いや、その、私の方がいつも千智ちゃんに仲良くしてもらってるから、じゃなくて、してもらってます」

「ふふ、無理に難しい言葉を使わなくても良いわよ。気疲れしちゃうでしょう?」

 

 私の下手くそな敬語もすぐに見破られてしまって少し恥ずかしくなる。でも千智ちゃんのお母さんも千智ちゃんに似てすごく優しい人だ。あ、いや、この場合千智ちゃんがお母さんに似てるのかな。

 

「もうお母さん、美海ちゃんをからかうのはそれくらいにしてよ。さ、美海ちゃん。早速一緒にクッキーを作ろう」

「うん!」

 

 私と千智ちゃんはお家に上がり荷物を下ろせばすぐにキッチンに向かう。

 2人分のお揃いの可愛いエプロンが用意してあったり、私たちの身長を考えて台座が二つ用意してあるのはびっくりした。

 そうして千智ちゃんのお母さんに見守られながら、早速クッキー作りの始まりだ。

 とは言っても特別な加工はしないただのクッキーだ。生地を作って整形して焼いて冷やす。これだけでほとんど完成だ。

 生地をこねるときに意外と力が必要で手が痛くなったり、焼きたてのクッキーが美味しそうで突いて手を軽く火傷したりもしたが楽勝だった、ラクショー。

 

「美海ちゃん、ちゃんと手を冷やすのよ?」

「ごめんなさい」

「美海ちゃん考えてることがすぐ顔に出るからなぁ」

 

 らくしょうだったもん……ぐすん。

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「良いのよ。私も千智も美海ちゃんと一緒にお菓子作りできて楽しかったから」

 

 夕方。出来上がったクッキーを3人で食べ終わり、帰る時間となった。

 初めて作ったけどあんなに美味しくできたのは本当に嬉しかった。きっと2人が丁寧に教えてくれたからだ。

 

「千智、美海ちゃんを大通りまで送ってあげなさい。この辺り、道を覚えてない人には迷路みたいになってるから」

「うん、分かった」

「え、でも……」

「いいよ美海ちゃん。私も保育園の頃迷子になったりしてたし、心配だから着いていくよ」

 

 う、来る時ずっと考え事していたせいで道順が怪しかったから、実はすごく嬉しい申し出だ。

 私は申し訳なくなりながらも「じゃあ、ごめんけど、お願い」と千智ちゃんにお願いする。

 

「何かあったら危ないからね。2人とも手を繋いで行きなさいよー」

「うん、分かったお母さん」

「じゃあ、すみません、今日はお邪魔しました」

「えぇ、またいつでもいらっしゃい」

 

 千智ちゃんのお母さんに別れを告げて、千智ちゃんと手を繋ぎ歩き始める。

 今でもあのクッキーの味が思い出せるほどに美味しかった。練習したら私の家でも作れるようになるのかな。

 

「美海ちゃん、今日はありがとう」

「え、何が?」

「今日私の家に来てくれたこと。私、友達を家に呼ぶのって初めてだったから、私もなんか嬉しくなっちゃって」

 

 なんだか、モニョモニョとした気分になる。

 千智ちゃんが喜んでくれていることが嬉しいというか。うまく言えないけどなんだかにやついてしまう。繋いでいる手に無意識に力がこもる。

 

「私こそありがとう、だよ。今日はいっぱい新しいことを知れたし、嬉しいこともいっぱいあった。ありがとう、千智ちゃん」

 

 横断歩道を渡りながら満面の笑みを返す。この横断歩道を渡ったらもう大通りだ。今日のところはお別れになる。

 

「今度は私が得意なこと千智ちゃんに教えたいな。スポーツとか!」

「でも私、運動神経あんまり良くないし……」

「大丈夫だよ、最初は皆下手なもんだよ。やってみたら面白くなるよ!」

「……美海ちゃんがそう言うんだったら、じゃあやってみようかな」

「うん! 約束! ふふー。今度は私が色々教えてあげるんだー」

「うわー、なんだかスパルタそー」

 

 あはは、と2人して笑い合うのと同時横断歩道を渡り終える。

 ここでお別れだ。

 

「じゃあ、また明日学校でね」

「うん、またね美海ちゃん」

 

 明日からももっともっと楽しいことが待っている。

 大好きな千智ちゃんと一緒ならどんなことをしても楽しい。

 そんな想いを胸に、別れの言葉と共に手を離す。明日の楽しみに胸を跳ねさせながら──瞬間。

 見えた。確かに見えたんだ。反応もできた。

 

 

 

 横断歩道を渡っている千智ちゃんに猛スピードで迫ってくる自動車が。

 

 

 

「あ」

 

 今ならまだ間に合う。その手を再び掴んで引き戻せば間に合う。助けられる。

 そう思うのに、私の体は自分の体が大切とばかりに全く動かないで。

 手を握らない私と目を合わせたまま、凄まじい衝突音と共に、千智ちゃんの体は左の方向へと真横に吹っ飛んだ。

 

 それを私は、ただ見ていることしかできなくて。笑顔から驚きの顔に変わっていく千智ちゃんの表情を見ていることしかしなくて。

 気づいた時には、千智ちゃんの体は2回、3回とアスファルトの上をバウンドして路上に転がっていた。

 千智ちゃんを轢いた車はコントロールを失ったのかそのまま壁に電柱に激突して煙をあげながら停止する。

 

「ち、さと、ちゃん……」

 

 きっと実際には数秒しか経ってなかったんだろうけど、この時の私にはその数秒が何十分、何時間にも感じられて。

 そんな私の思考がようやく回り出したのは、千智ちゃんが倒れているアスファルトが赤黒い何かの液体で染まってきたタイミングだった。

 

「びょ、病院、救急車……!」

 

 そして今になって事態の深刻さを理解する。

 私は震える手でランドセルの中に入っている連絡用の携帯を取り出す。いつもは何気なく触っているこの携帯でさえ、今この瞬間だけは命を助けるための道具だ。そう思うと携帯を持つ右手が震えて仕方がない。

 間違っても落としたりしないようしっかり握りしめながら1、1、9と数字を押していく。入力する指も震え上がってしまっていて中々入力ができなくてもどかしい。

 

 そしてコール音の後すぐに電話にでた人に今の場所と現状を伝える。声も震えてしまって何度もつまり聞き返されてしまったがなんとか伝え切る。

 

 そして電話を切った後、私はもたつきからまる足でふらふらと歩きながらも千智ちゃんの傍に歩き寄る。

 千智ちゃんは仰向けで道路に倒れていた。いや、これは転がっていると言ったほうが適切なのかもしれない。

 

「ちさと、ちゃん、千智ちゃん、千智ちゃん!!」

 

 もう一度彼女の名前を呼べば感情が一気に溢れ出してくる。どうしようどうしようどうしよう!! 通報は!? もうした、誰かに助けを、近くに誰もいなさそうだ、戻って千智ちゃんのお母さんに、でも何て言うの? それに千智ちゃんを置いてこの場を離れるの!? 

 

 頭の中で多くの選択肢がぐるぐるぐるぐると回り続けるが、どれも行動には移せない。

 私が混乱している最中、千智ちゃんの瞼がピクリと震え、ゆっくりと開かれる。

 

「千智ちゃん!!」

「み、うな、ちゃ……ん? そこに、いるの……?」

「いる、いるよ! 私はちゃんとここにいる!!」

「ふふ……よか、ったぁ……寒くて寒くて、でも……体が、動かなくて、仕方がないんだぁ……でも、みう、なちゃんがいる、なら、安心」

「うん、うん! もう救急車も呼んだから! すぐに来てくれるから」

 

 どこか遠くの方でサイレンが聞こえてくる。ここに急行中の救急車かもしれない。それならば本当にもうすぐ来てくれる。来てくれる、はずだ。

 

「みうな、ちゃん、泣いてるの……?」

「へ、あ、あれ、泣いて、る……?」

 

 千智ちゃんに言われてようやく自分が泣いているのだと気がつく。

 溢れ出した涙が止めどなく流れ落ちて、それが傷だらけの千智ちゃんの顔を濡らす。

 

「だめだ、よぉ……みうなちゃん、は、泣いたら……わたし、みう……なちゃんの、わらっ、てるかおが、すきなん……だぁ」

「私の、笑ってる顔……?」

「うん……いつも、おひさまみたいで、キラキラ……してて、あったかいの……だから……み、うな……ちゃん、には、わらってて、ほ……しい、なぁ」

「うん、分かった、笑うから、いくらでも笑うから! 千智ちゃん頑張って!」

 

 自然と応援するような言葉が出てしまう。

 だって、千智ちゃんが話すたびに、言葉を発するたびに、千智ちゃんの命が溢れて出ているような感覚があったから。

 このまま放っておいたら、今にも千智ちゃんはどこかに行ってしまいそうで。瞼を閉じてしまいそうで。

 

「千智ちゃん? 千智ちゃん! 千智ちゃん!!」

「きこ、えてる…………よ……」

 

 そして本当に瞼を閉じてしまう。何度も何度も声をかける。でももう千智ちゃんからの反応はなくて。

 

「いやぁああぁあああああああああああ!!」

 

 絶叫の後、私の記憶はない。

 






お気に入り、感想、評価、もらえるだけ作者がとてもめちゃくちゃ大喜びしてはしゃぎ踊りますのでどうかお願いします。

それとイラストですが、こちらも感想等あれば欲しいです。知人が大喜びします。


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67話目 有力な少女は無力な少年と共に前を向く。もう2度と逃げないことを誓って。


昨日二件もご感想を頂きました。本当に嬉しいです、ありがとうございます! 早速小躍りして大はしゃぎしました!
そしてやる気ももりもりですのでこれからもコウキたちの物語をよろしくお願いします!

そして今回は幼少期のミウこと美海です! 今と比べると幼くて可愛いですね!



【挿絵表示】






 私が悪いんだ。

 千智ちゃんはあの後すぐに到着した救急車に運ばれていった。そしてすぐに手術が施されて──なんとか一命を取り留めた。でも3日が経った今でもまだ意識が戻らない。脳の一部に損傷があると聞かされた。今後目覚めるかどうかは……正直、お医者さんにも分からないらしい。

 

 私が悪いんだ。

 千智ちゃんを轢いた車の運転手さんは、その直前に心臓発作を起こして意識を失っていて千智ちゃんを轢いてしまったらしい。

 運転手さんも駆けつけた救急隊員さんの迅速な救助のおかげで一命を取り留めたらしい。つまり、あの事故は死傷者ゼロで終わったという事になる、一応。

 

 私が悪いんだ。

 その後、唯1人現場に居合わせた参考人として私は警察の人に詳しい当時の状況なんかを聞かれた。と言っても私は事故当時、本当に見ていることしかできなかった。だから大したことは何も話せなかったけど。

 

 私が悪いんだ。

 その後2日ほど私は学校をお休みした。病院の先生に心のダメージを心配されたからだとお母さんから聞いた。

 

 私が、悪いんだ。

 そうして今日は3日ぶりの登校日。家族には本当に大丈夫なのかと心配されたけど体調も悪くないのにいつまでも休んでいるわけにもいかない。

 ……私が、あの時千智ちゃんの手を引いていられたら、こんなに多くの人に迷惑をかけなかった。千智ちゃんも傷つかなかったし、皆何事もなく日常を送れていた。

 

 それを壊したのは私だ。千智ちゃんを傷つけたのも私だ。警察でも病院でも家族にも美海は悪くないって言われたけど、そんなわけがない。もちろん病気だった運転手さんも悪くない。悪いのは私だけだ。

 

 クラスで、学校で謝ろうと思った。全部私が悪いと。千智ちゃんの他の友達や学校の皆に。迷惑をかけてごめんなさいって。

 そんな覚悟を持って登校して、靴を履き替え、教室の前に来る。

 謝るんだ。何を言われても私にできることはそれだけしかない。

 

 意を決して、教室の扉を開ける。

 教室の中は私が姿を見せるとシン……と静まり返った。

 視線が痛い。でも、それだって当然の報いだ。とにかく謝らないとと大きく息を吸った──瞬間、

 

「美海、大丈夫だったか!?」

「え……?」

「美海ちゃん怪我とかしてない!? 元気になった!?」

「よかったなぁ、大野学校に来れて。ずっと心配してたんだぞ?」

 

 皆が集まってきて各々が思い思いに私を心配し、安心し、笑顔になる。

 なに、これ、ちょっと待ってほしい。

 

「ちょっと、待って、私皆に謝ろうと思って」

「謝る? なんで?」

「だ、だって、私のせいで千智ちゃんが大怪我しちゃって、それに皆にも迷惑かけちゃって……」

 

 そうだ。私があの時ちゃんとしていれば──しかし、そんな私の思いは。

 

「なぁんだ、そんなことか」

「大丈夫だよ、こうやって美海ちゃんが出てきてくれたから!」

「そりゃあ千智ちゃんのことはショックだったけど、美海ちゃんだけでも無事でよかった」

「美海ちゃんが気にすることじゃないって、美海ちゃんは悪くないよ!」

 

 誰にも、届かない。

 そんなわけがない。私があの時手を引かなかったから、私があの日遊びに行ったから。私が千智ちゃんと約束したから──。

 誰か、誰かいないのか。誰か私のことを正しく罰してくれる人は。

 囲んでくる皆を見るが誰も彼も私のことを心配し、安心し、笑わせようとしてくる人ばかり。

 違う、違う違う違う違う違う違う違う違う!!!! そんなことをしに来たんじゃない! 

 私は、私は……! 

 

「あ、美海ちゃん!!」

 

 千智ちゃんへの罪悪感と不甲斐なさと、現状への吐き気が抑えられなくなって私は教室を走って後にする。

 すれ違う人、先生、誰も彼もが私のことを心配そうに見て、怪我がないことを確認すれば安心したように笑う。

 違う! 違うの!! 

 家でも病院でも警察でも学校でも! 君は悪くないよって、仕方がないことだって、君だけでも無事で本当に良かったって、そんなことばかり!! 私は慰められたいんじゃない!! 

 私は、ただ、取り返しがつかないことをしてしまったことを、せめて謝りたくて──

 

「──美海ちゃん?」

 

 その声に、私の心臓は飛び跳ね、足が急停止する。

 がむしゃらに走っていたらいつの間にか職員玄関の前に来ていたようだ。

 そこにいたのは少し驚いたように私の名前を呼んだ、千智ちゃんのお母さん。

 

「ごめん、なさい……」

 

 やっと、ちゃんと、謝れる。

 

「ごめんなさい! 私のせいで千智ちゃんに大怪我させちゃってごめんなさい。何回謝っても足りないと思うけど、それでも、本当にごめんなさい!!」

 

 詰まっていたものが吐き出るように私は一呼吸に一気に言葉を綴る。

 そうでもしないともう押し潰されそうだった。自分がどうにかなってしまいそうだった。こんなことをしても千智ちゃんの怪我がなかったことになるわけでもない。それでも謝ることもできないのはあまりに辛すぎる。

 本当に大事な友達だったからこそ、私は私の誠意を、少しでも見せたくて。

 

 そんな私の言葉に、千智ちゃんのお母さんは。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぎゅっと、私の体を包み込むように優しく抱きしめてきた。

 温かく、優しい香りが私を包む。

 

「ごめんなさい、私、自分のことばかりで、美海ちゃんがそんなに自分のことを責めていたなんて知らなくて……気付けなくてごめんなさい」

 

 優しい言葉が、優しい気持ちが、私の心を癒そうとしてくる。

 誰もが、私に優しくする。私に笑ってほしいと誰もが願う。

 

 

 

 ──あぁ(・・)

 

 

 

 そうか。そうだったんだ。

 

「あは」

 

 笑み(・・)が浮かぶ。

 私は、笑っていればいいんだ。なぁんだ、簡単なことじゃないか。

 千智ちゃんにも言われたし、皆にも言われるし、笑っていればいんだ。だって、皆がそれを望むんだから。

 皆への申し訳なさがあって、責任を取りたいなら、皆が望む通りにすればいい。笑っていれば皆も安心して笑ってくれるんだから。

 千智ちゃんに罪悪感があって、責任を取りたいなら、千智ちゃんが笑えていたはずの分、私が笑えばいい。千智ちゃんが作っていたはずのお菓子の分、私が作ればいい。千智ちゃんを助けられなかったことを悔やむなら──これから目の前で困っている人を、全て助ければいい。

 いや、そうしないといけない。そうしないと私は自分を許せなくなる。

 

 

 

 いつでもどこでも笑っていればいい。いつでもどこでも助け続ければいい。

 それが、私自身への罰。

 

 

 

 あはは、簡単なことじゃないか。

 うんそうしよう。それが良い。あはは、目の前が一気に明るくなった気がする。目標ができるだけでこんなにも世界は見え方が変わってくるんだ。

 もちろん、申し訳なさも、罪悪感も、変わらず重石として私にのし掛かっている。あまりの重さに潰れてしまいそうなほどに。

 それでも、これが私の在り方だと、断言できる。

 

「──あはは、あはははっははははっはははっははは!!」

 

 私は泣きながら笑い続けた、いつまでも、いつまでも。

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「──だから、私は私を罰し続けるよ。いつまでもいつまでも。これは私の罪だから。コウキに一緒に背負ってもらうなんてできないし、したくない」

 

 過去の話を語り、そう締めくくったミウの言葉には重みがあった。

 俺なんかとは違う、自分の過去に向き合って自分でしっかりと答えを出している。

 その答えはきっとミウの中で不変なもので、絶対的なものなんだろう。

 そこまで分かっていて、俺は自分自身に問う。

 

 覚悟は良いか、と。今から俺はミウを傷つけるかもしれないぞ、と。

 その問いに俺は即答する。傷つける覚悟でミウを助ける、助けてみせる、と。

 

「なら、俺はそんなミウの考えを否定するよ」

「は……」

 

 あまりにも意外だったのだろう、俺の宣言に唖然とした表情を見せるミウ。

 そしてすぐに髪の毛が逆立つほどの怒りを見せたかと思えば、それをすぐに抑え込む。

 

「……やっぱり、分からないよね。分かってるよ、考え方が異常なことくらい。それでも私はこの生き方をやめない。それが今も目覚めてない千智ちゃんへの贖罪なんだから」

「そんなもの、贖罪なんかじゃない。ミウの自己満足だ」

 

 絞り出すように言葉を紡いだミウを一刀両断する。

 確かに、話を聞いただけじゃミウの気持ちの全てを分かってあげることはできない。前にミウに言ってもらった通り、俺はミウじゃないのだから。でも、だからこそ言えることがある。違う答えを導き出せる。

 

「ミウはただ楽になりたいだけだろ。それは罰にはならないよ」

 

 さらに追い討ちをかけるような言葉。それにいよいよミウの怒りが沸点を超える。

 

「なにそれ、なんでそんなこと言うの!? コウキにあの時の私のなにが分かるの!?」

「分からないさ、分からないからこうして手を伸ばしてるんだろ! ミウを本当の意味で救うために!」

「だから言ってるでしょ!? 私は救いなんかいらない。私が欲しいのは罰なんだから。誰も彼もが私を許すなら、私は私を許さない、絶対に!」

「許す許さないじゃないんだよ! ミウのそれは罰を受けることで許されたがっているミウの甘えだ!」

「な…….甘えなんて、そんなこと」

 

 ミウの勢いがそこで削がれる。その隙をついて俺はさらにミウの覚悟を壊していく。

 

「あるだろ! 誰からも罰を与えられないから自分を罰する? 違うんだよ、自分を罰するのは代替行為なんかじゃない。確定事項なんだよ。その上に誰かからの罰があるからこそ、人は罪を償えるんだ!」

「だから! それが貰えないから私は私自身で……」

「じゃあ、それがミウが与えられた罰なんだよ」

「それ……?」

「誰からも罰をもらえないっていうのが罰なんだよ。ミウはそれから逃げたいから自分を罰してるんだろ?」

「そんな、そんなの、だって、あんなのをずっと続けるなんて、私には──」

 

 今にも泣き出してしまいそうな、まるで小学2年生の当時のミウが出てきたかのような顔をする。

 正直、きついことを言っている自覚はある。本当なら気楽に構えるところを、ミウは持ち前の正義感で自分を殺し続けてしまっている。

 でも、どれだけ自分にきついことを課しているとしても、それは罰にはならない。甘えだ。

 

「だって、罰があるから怖くても頑張れた。悲しくても耐えられた。痛くても我慢できた。心折れそうでも堪えてきた……でも、これが違うのなら私はどうすればいいの……?」

「助けてって言えばいい。怖がればいい、耐えなくてもいいんだよ。ミウが今まで助けてきた人たちのように助けてって言えばいいんだよ」

「そんなのできるわけがない! 千智ちゃんを助けられなかった私に誰かに助けられる資格なんて──」

「助けられるのに、資格なんているはずがないだろ!!」

 

 本当にいつもと逆の立場だなと荒げる声と別に冷静な自分が考える。

 屁理屈を捏ねる俺に、真っ直ぐに正面から言葉をかけてくれるミウ。真逆も良いところだ。

 でも、それで良いと思う。いつも俺を導いてくれるミウを、他でもない俺自身の手で助けたい。

 

「ミウだって助けを求めて良いんだ。自分を助けようとして良いんだ。誰がなんて言おうとも、ミウ自身が言おうとも、ミウは助かってもいいし、俺はミウを助ける」

 

 そもそも考えれば、おかしな話なんだ。

 俺と同じ14歳。死への恐怖がないはずがない。人の悪意が怖くないはずがない。自分を騙し、殺し続けない限り。そんな簡単なことにも気付けなかった自分自身も腹立たしいが、自省は後回しだ。

 今は、目の前で助けを求めている女の子を助けたいんだ。

 

「なんで、そこまで……」

「それが、俺の願いだからだよ」

 

 今まで何回もミウの顔が曇る瞬間を見てきた。もうあんなものはたくさんだ。

 ミウには笑っていてもらいたい、でもそれは泣いちゃいけないこととイコールじゃない。

 ミウだって泣いても良いんだ。笑うことしか許されない人生なんて、そんなもの、俺が壊してやる。

 

「ミウが罰を欲しているのなら、俺がミウを罰するよ。千智ちゃんのことは、どうしようもないけど。ミレーシャさんのことは違う。あれは俺だって当事者だ。俺も、ミウと同じ、ミレーシャさんに助けられて、ミレーシャさんを助けられなかった」

「コウキ……」

「だから、俺の恩人を殺す一因になったミウを恨み続けるよ、ずっと。そしてそれと同じくらい、俺は誰かを助けることで自分を罰し続けたミウを許し続けるよ」

 

 俺は、ミウに手を差し出す。今後ずっと、ミウを許し(恨み)続けるために。

 ミウは堪えきれないとばかりに大粒の涙をこぼし始める。まるで今まで耐えてきたものを全て解放していくかのように。

 

「コウキ、私、良いのかな、自由に生きても」

「当たり前だ。誰もミウのことを縛りつけたりしてないんだから。生きたいように自由に生きればいいんだよ」

「コウキ、コウキィ……っ、ひ、うぁぁ……っ」

 

 ミウの泣き声が深夜の街に吸い込まれていく。

 俺は泣きながらも握り返された手の温かさを離さないためにも強く握り、ミウを見守り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「コウキにめちゃくちゃ泣かされた」

「ものすっごい誤解を招きそうな言い方だな……」

 

 まだ鼻を啜るような音は聞こえるが、とりあえず泣き止んだミウは泣き疲れたのか俺の肩に頭を預けながらもずっとむくれて拗ねていた。

 拗ねているのにくっついてくるとはこれいかに。未だにミウの考えは不思議でいっぱいだ。

 

「なんか馬鹿にしてるよね?」

「してないですしてないです」

 

 こんな状態でもサラリと心を読んでくるのが怖い。

 とはいえだからと言ってミウを突き放すわけにもいかないし、前に俺が全力で泣いた時のお返しということで納得しておこう……明日またミウの顔見れなくなりそうだけど。

 

「……ねぇ、コウキ」

「ん?」

「コウキは、私とずっと一緒にいてくれるの? 私をずっと、罰し続けてくれるの?」

「あぁ、いるよ。ずっと。ミウを1人にしたらまたなにし出すか分かんなくてこっちが不安で眠れなくなる」

「やっぱり馬鹿にしてる」

「だからしてないって。どんな形であれ、俺はミウからは離れないよ。ミウが困ってる時、1番に助けたいしな」

「それが、今回だった?」

「そういうこと。あのままじゃミウがいつか擦り潰れるまで自分を殺し続けそうだったから」

「うん……うん、そうだね。そういう気持ちはあったよ。いや、今も私の中にある。私は、やっぱり私を許せないから」

 

 ミウが頭を預けたままどこか遠くを見る。目の前を流れる川を見ているのか、それとも在りし日の出来事を見ているのか。

 俺には分からない。でも、大事なのは、今のミウがどうするかだ。

 

「俺もさ、まだまだ自分を許せそうにないよ。もしかしたら一生このままかもしれない。それでも、変わろうとする意思そのものがとても大事なものなんだって思うよ。だからさ──」

 

 言葉を切り少し体を離せばミウと正面から向き合う。

 

「──俺と一緒に変わっていかないか? お互いがお互いを見続けてさ。違う方向に行きそうになったら繋いでる手で引き止めて、一緒に進んで行くのは、ダメかな?」

「……なに、それ」

 

 クスリ、とミウが笑う。同時に僅かに頬が赤みがかるのが分かる。そしてきっと俺もそうなっているのも。そして、この言葉が、今日のこの行動が、どういう感情から由来したものかも、いい加減俺も正面から見つめるべきだと言うことも。

 

 

 ミウは空を見上げ、ふーっと大きく息を吐いた。まるで今まで溜めていた何かを空へと還すかのように。そうして上を見上げたままミウは言う。

 

「……きっと、これからも私は私を罰し続ける。コウキと同じで、これは一生続くかもしれない。それでも、それを全部背負って、目を背けないでいくよ。今まで逃げてきた分も、しっかり背負って。だから……コウキ、こんな私の人生でよければ、むしろ私の方から一緒に進ませて。私は弱いから、きっとすぐに逃げようとしちゃうから、しっかり捕まえておいて」

「もちろん。ミウの隣に立つことに関しては誰よりも自信があるよ」

 

 そこまで言って、互いに吹き出し、声を上げて笑い始める。

 あぁ、重い。吸う空気があまり美味しくない。でもそれで良いんだ。それこそが、俺たちが選んだ業の道。俺もミウも、やっと正面から自分の罪に向き合っていけることが嬉しくて誇らしくて、カッコ悪い自分たちに笑いが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 




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68話目 流れる星々の下で

前回も感想を送っていただいてありがとうございます! 今後もよろしくお願いします。


「ほんっとうにごめんなさい!!」

 

 ミウとの話し合いの次の日。ナフさんに呼び出しをもらい《ガイア》に移動した後、唐突にミウがヨウトとリリに向かって頭を下げた。

 いや、2人にしてみれば唐突だったと思うが、俺からすると朝からミウがずっとうずうずしている様子を見ていたので、俺も変に緊張してしまった。

 

 ヨウトとリリはいきなり謝られて何が何だか分からないとばかりに疑問符を浮かべる。

 ミウは言葉が足りなかったとばかりに「えっと……」と自分の頭を整理しているみたいだ。なんというか、ミウは相変わらず不器用だよな、色々と。

 

「あの、昨日までのこと、勝手に1人で落ち込み続けて皆の空気を悪くしたり、勝手な行動したりして、本当にごめんなさい」

 

 これも、ミウ自身の罪との向き合い方の一つなんだろうなと思う。言ってしまえば、別にあやっまらなくても良い事柄だとも思う。それでもミウが頭を下げるのは、それがミウの在り方だからだろう。

 そんなミウに対して2人は仕方がないぁとばかりに笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよミウちゃん。誰も気にしてはいないから。まぁちょっと暴走しただけだよあんなの」

「そうですよ。いつもミウさんにたくさん助けてもらってるんですから、少しくらい私たちにも迷惑をかけてください」

「うん、ごめん、ありがとう……!」

 

 2人の言葉にうっすら涙を浮かばせながら応えるミウ。

 きっと今までのミウならこういった場面でも裏では自分を傷つけ続けていたんだろう。自分が悪いと。謝っても罪は消えないと。きっと今でもそれは思っているのかもしれないけど、昨日までとは違うはず。

 もっと前向きな、違うものへと変わってるはずだ。

 

 だからこそ、俺は安心してミウを見ていられる。

 そして今度は俺の方を見るミウ……って、なんで俺? 

 

「コウキも、これからもよろしくね! 相棒!」

「え」

 

 なんか今まで聞いたことのない名称で呼ばれた。

 ポカンとしてしまった俺より先にリリがその言葉に反応する。

 

「相棒って、どういうことですか?」

「ん? 相棒は相棒だよ。私はコウキの相棒で、コウキは私の相棒」

「相棒……まぁ、今までも2人はそんな感じでしたから、別に良いですけど……なんだか他意があるように聞こえるのは気のせいですか?」

「特にないけど……でもまぁ、今までよりももっとコウキに頼ろうって思ったからさ」

「今までよりもって……」

 

 リリが驚いたように言葉を切る。

 無理もない、今の言葉に俺も驚いている。今までミウは誰かを助けることはあっても進んで誰かに助けを求めることはなかった。それなのに今の発言だ。

 確かに昨夜の話し合いでずっとミウの隣に立つとは言ったが、いきなりそこまで明言してもらえるとは思わなかった。俺はもう少し、ちょっとずつ俺のことも頼ってくれるようになると思ってたんだけど。

 

 するとヨウトが俺のすぐ隣まで寄ってきて耳打ちしてくる。

 

「へぇ、昨日の夜2人ともいないなぁとは思ってたけど、なんかあったな?」

「いや、まぁ、ちょっと……」

「聞いても良い感じ?」

「ミウに確認した方が良い感じ」

「んー、ならやめとく。なんか重そうだし。せっかくミウちゃんが明るく振る舞ってるんだしな」

「悪い、助かる」

 

 こう言う時のヨウトの立ち回りは本当に上手いと思う。見習いたいところだが、それができるのなら昨日みたいにミウを傷つけることもなかった。

 難しいところだなぁ、と俺が現実逃避していると。

 

「それでコウキさん、ミウさんの今の言葉どういうことなんですか!?」

 

 リリが現実に引き戻してきた。

 やっぱり逃避させてくれないっすか? 

 

 

 

 

 

 

 

 必死にリリにミウ言葉にそれ以上の他意はない(はずだ)と弁明していたらナフさんに呼び出された場所に辿り着いた。

 今回はナフさんの部屋ではなく43層の《青樹殿》の広間──ソルグとヨウトが戦ったあの場所だ。

 なんで今日はこちらなのだろう、と扉を開けると中にいたのはナフさんと護衛であると思われるカイムと……見知った女性。しかも何故か、いつものメイド服ではなく、豪華なドレスを着飾っていた。

 ……いやいやいやいや、まさかそんな訳。

 嫌な予想に冷や汗がブワッと浮かぶ。自分の予想を否定し続けるがそれをナフさんの言葉が遮る。

 

「今日は、《宝珠》を全て集めた功績を讃えて、《森人》の長であり、次期王女候補のレイア様がコウキ君たちに改めて感謝を述べたいと言うことでね。ご足労願ったという訳さ」

 

《森人》の長。次期王女候補。

 

「え、王女候補って、レイアのことだったの!?」

 

 そしてミウの驚きの声。

 つまり、俺の予測通り。そしてミウの言葉通り。

 あのメイドのレイアさんは、このドレスを着たレイアさんということだ。

 

「ん? 君たちはレイア様とお会いしたことがあるのかな?」

「いや、お会いしたというか、いつも着いてきていたというか、お連れしたというか……」

「ふふ、騙すような真似をしてしまってすみません、皆さん」

 

 俺たちの動揺を感じ取ったのか面白そうにくすくすと上品に笑うレイアさん。

 その笑い方は依然と全く同じものでありながらも、身分が分かり、今の服装でされてしまうと

 全く違うものに感じてしまう。

 

「じゃあ、何で今まであんな姿で俺たちの近くにいたんだ……?」

「趣味です」

 

 言い切られてしまった。ちなみにそれはどちらが? 近くにいる方? メイド服の方? 

 ナフさんが「やれやれ、またか」と頭を振っているあたり、おそらく常習犯なのだろう。

 追求するべきかどうか微妙に悩んでいるとレイアさんが小さく咳払いを入れて空気を入れ替える。そうすると場が今ままでの明るく軽い雰囲気から、厳かで重い雰囲気へと移り変わる。

 

「まず、《宝珠》収集の件は本当にありがとうございます。私たちは《ナーザ》とは違い戦闘はあまり得意とはしていない種族です。皆様のお力がなければこんなにも早く収集が叶うことはなかったでしょう」

 

 確かに、《ガイア》の戦士は連携や罠には長けていても戦闘面では《ナーザ》の《エイジス》に一歩遅れを取る気がする。

 ……でも、それならだからこそ。きっと力ある《森人》であるミレーシャさんは、《ガイア》に取ってとても貴重なものだったのではないだろうか? 

 ミウを見る。ミウも同じ考えに至ったのか表情を少し暗くする。が、視線に気がつくと俺に向かって微笑む。昨日流すべき涙は流したからと、そう言ってくれる気がする。

 

「そして、ミレーシャの件ですが」

 

 そんな俺たちのやり取りがあったから、と言うわけではないがレイアさんの話題がそちらに移る。

 そうしてレイアさんが浮かべた表情は、鎮痛な面持ち。

 

「……彼女の最期は、どういうものでしたか?」

「私たちを守って、笑ってくれていました」

 

 ミウが即答する。こればかりは他の誰にも譲れないとばかりに。

 ミウの言葉を聞いたレイアさんは「そうですか……」と一度目を閉じてミレーシャさんの名前を呼ぶ。

 次に目を開けた時には王女の顔に戻っていた。

 

「彼女が《森人》としての使命を果たし、私たちの友人である皆様をお守りできたのであれば、彼女の心も浮かばれると言うものでしょう。帰ってこれなかったことは心が痛むばかりですが、私たちは、前を向いて歩いていかねばなりません。それ故に私は皆様にこう言います。彼女の、ミレーシャの最期を見届けてくれて、ありがとうと」

「レイアさん……」

 

 ナフさんと言っていることは同じでも、レイアさんの言葉には温かさがあった。血が通っていたからだろう。本当にミレーシャさんのことを想って綴られたその言葉にミウの言葉が震える。

 

 ミウの反応にレイアさんは微笑む。ミレーシャさんのことをそこまで想ってくれてありがとうとばかりに。

 

「ミウ様。こちらを貴女様にお送りさせてはもらえませんか?」

 

 そう言ってレイアさんがミウに手渡したのは、緑色の宝石が先端に施されたイヤリングだ。

 

「これは……?」

「これはミレーシャが使っていたものです。彼女は本当にミウ様のことを気に入ってしましたから。どうか貴女様に持っていてもらいたいのです」

「ミレーシャの……」

 

 レイアさんの言葉を反芻するミウ。そして手渡されたイヤリングを握り込み、額に当て目を瞑る。

 まるでそこに残っているミレーシャさんの意思を感じ取るかのように。

 そうすること数秒。ミウは拳を額から離し目を開ける。

 

「ありがとう、レイアさん。このイヤリング、喜んでもらいます」

「よかった、きっとミレーシャも喜びます」

 

 2人とも、本当に嬉しそうに笑う。きっと、こうやって笑い合えるだけでも、昨日のミウとの話し合いには意味があったと思う。

 ミウはそのままウィンドウを操作すると早速今もらったミレーシャさんのイヤリングを装備する。

 

「えっと、どうかな? 似合う?」

「ええ、とってもお似合いですよ」

 

 レイアさんの言う通り、緑色のイヤリングはミウの装備と相まってとても映えて見える。

 ミウが照れたように笑みを浮かべると、レイアさんは微笑みの後、再び空気を引き締める。

 

「では、本日の本題です。皆様に《宝珠》を集めてもらいましたが実際に儀式を行うのはここから一つ上の世界……貴方様方の言い方であれば階層ですか。そこにある神殿にて行うのです」

 

 まだ上があったのか、攻略中は見かけなかったから、またこれもイベント中でないと発現しないイベントマップの中にあるのだろう。

 

「《宝珠》集めも終わった今、この世界に踏みとどまっている理由はありません。以前と同様に、私たちを護衛して、上の世界にまで連れて行ってもらいたいのです」

「今回はレイア様に僕、そしてカイムが同行するよ」

 

 レイアさんの説明の足りない部分を横に控えていたナフさんが付け加える。

 

「でも、護衛と言っても、カイムは俺たちよりも強いんじゃないですか?」

「強さ、は分かりませんが、カイムは守ってもらう必要はありません。カイムも私たちを守るために着いてきてもらうのですから」

「と言うことは、カイムと一緒にレイアさんとナフさんを護衛してほしいってことですか?」

「はい、そうなりますね」

 

 なるほど。前回はミレーシャさんが護衛の仲間に加わっていたが、今回は《ガイア》最強とまで言われるカイムか。

 護衛対象は増えたが、隊列を組んで護衛する以上、そこまでのデメリットではない。

 それに一つ上の階層程度なら死んでしまう危険は限りなく少ない…….そう言ってつい最近予想以上の敵と戦うことになったが。

 少し悩む。が、右手をミウに握られる。

 

「大丈夫だよ、皆いるんだから」

 

 ミウの笑みに緊張が解れるのを感じる。

 ……ミウを支えると言っておきながら、すぐにミウから支えられては形無しだ。自分の情けなさについ笑いが溢れるが、これ以上に頼もしいものもない。

 

「分かりました、護衛の件、お引き受けします」

 

 そうして、《ガイアクエスト》2回目の護衛クエストが開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 護衛はやはりというべきか、そこまでの難易度ではないようだ。

 順調に迷宮区を抜けて44層に辿り着いた俺はひとまず一息つく。

 前回が前回だっただけに中々気を抜けない、と言うこともあり、まだ終わってもいないのに気疲れの方が体力よりも先に来てしまった。

 他の皆もそうなのか一区切りであるこの地点で各々息を吐いている。

 

「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「カイム」

 

 あまりにも疲れを見せすぎたのかカイムが声をかけてくる。

 しまった、まだクエスト自体は終わっていないのだ。もう一踏ん張り、気を張らなければ。

 

「大丈夫だよ。戦闘もそこまで大変じゃないし、というかカイムがかなり前衛やってくれてるし」

 

 毎回のことながら、《エイジス》に力が劣ると言いながらも《ガイア》の戦士の力には驚かされる。

 ミレーシャさんがアタッカー寄りのステータスと動きをしていたのに対して、カイムはどちらかというとタンクの動きをしてくれる。

 それも抜群の安定感だ。43層での戦闘では一度もmobの攻撃を盾で受け損ねたことはなかった。

 さらに攻撃力にも目を見張るものがある。今ではもう比べようもないが、カイムの片手剣から繰り出される攻撃は、あのミレーシャさんをも上回りかねないものに見える。

 ソルグと互角という話だが、それも納得の存在感と実力だ。

 

「カイムの方こそ大丈夫か? もしよかったら前衛変わるけど」

「ありがとう。でも心配には及ばないよ。君たちにはいざという時のためにレイア様やナフ様の近くにいてもらいたい。何が起こるか分からないからね それに──」

 

 言って、カイムは同じく前衛を務めているミウの方を見る。

 

「彼女と比べると、僕の働きも霞んでしまいそうだからね」

 

 そう、カイムの言う通り。今日のミウはいつも以上になんというか、神懸かっていた。

 今までだってキレのある動きに攻撃だったのに、今日はそれにさらに磨きがかかっている。

 mobが近づいてきたりポップすれば誰よりも早く初撃を与えほぼ確実に体勢を崩す。そしてそこを俺やカイムが攻撃することでほとんど労力なしに倒してこれた。

 

 カイムの方へ直接攻撃してきたmobほどはカイムが確実に止めているが、それと比べると確かにミウの動きは凄まじい。

 

「コウキー今日の私どう? かなり動けてない?」

「うん、正直驚いてる。なんでそんなに急にキレが良くなったんだ?」

「んー……心の問題かな?」

「心の問題?」

「そう、昨日いっぱい泣かされたから、スッキリして元気満タン、みたいな?」

「その言い方ほんと誤解招くからやめてください」

「えー。じゃあ街に着いたらここのケーキ奢ってよ。それでチャラかな」

「え、ここのケーキってめちゃくちゃ高いじゃん!」

 

 確かちょっとした防具なら買えるほどの値段だった気がする。

 癒そうな俺の顔を見て西氏、と意地悪に笑みを浮かべるミウ。

 

「だからこそ、だよー。約束ね」

「はいはい、分かりましたよ……」

 

 お財布事情が寂しいことになりそうである。

 あと後衛に配置しているリリから妙に重い視線を感じる気がするが、気のせいだと思う。というか思いたい。

 

「乙女の波動を感じますねー」

「レイアさん!? いつの間に背後に。と言うかこんな前に出てくると危ないですよ」

「大丈夫ですよ。私になにかあればカイムの責任ですから。私には関係ありません」

「またそんな戯れを……」

 

 やれやれとカイムが頭を振る。やはりこういったレイアさんの行動は日常茶飯事のようだ。

 そんな様子を見て少し気になることがある。

 

「あの、レイアさん。今のレイアさんと王女としてのレイアさん、どちらが本当のレイアさんなあんですか?」

「そんなの簡単なことですよ。どちらも私です」

 

 あまりの断言に一瞬気を抜かれる。しかしレイアさんの言葉は止まらない。

 

「二面性を感じるかも知れないけれど、どちらも私ですよ」

 

 微笑みながら言うレイアさんの言葉に、不意にミレーシャさんのことを思い出した

 そういえばミレーシャさんはメイド服のレイアさんに少し畏まった態度をとっていた気がする。今にして思えばそれはこう言うことだったのだろう。

 

 少ししんみりとしてしまったのを感じ取ったのだろう、レイアさんは「あー」と少し強引に話題を逸らしにかかる。

 

「そう言えばご存じですか? この階層には流れる星が見える場所があるのです。神殿の近くですがとても綺麗なんですよ。もしよろしければ皆様も見に行ってみることはどうですか?」

「へぇ、流れる星、流星ですか。良いですね、すごく!」

 

 流星という言葉にミウの目が輝く。俺でも少し心揺らされるイベントなのだ。こういうイベントにミウが反応しない訳がない。

 その詳しい場所を聞きながらもmobへの対処をしっかり行いながらも俺たちは護衛クエストを完遂したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 44層にある神殿。下の層の《青樹殿》のことを考えると、さぞ大層な見た目をしているんだろうなと考えていたのだが、現実はただの暗い洞窟だった。

 子供が砂山を作って適当に手を突っ込んで穴を掘ればこうなるだろう、というような見た目の洞窟。入り口や通路に何か特別な像や儀式的なものが置いてあるわけでもない、本当にただの洞窟。

 強いて違うところを挙げるとするのなら、洞窟の壁に松明が点々と掛かっていて迷うようなことにはならなさそうな作り、ということだろうか。

 

 レイアさんたちに案内されるがままに着いて行き、到着したのはこの洞窟で初めて出てきた大きな広間。広間には4つの通路が十字に繋がっていて、そのうちの一本から俺たちはやってきた。

 

 この広間だけは、洞窟の中で異質な空気感がある、まず、純白な石材でできた柱がところどころに倒れていたり、広間の中央にはうっすらとだが何か線のような物が見える。その線を目で追っていき全体像を把握するとあるものに見えてきた。

 

「魔法陣……いや、《ガイア》の国章?」

 

 線の全体像はカイムたちの防具に刻まれている紋章と同じもののように見える。

 

「分かるかい? 国章が大地に刻まれているこの場所こそが、《ガイア》の王座継承の儀を行う儀式場だよ」

「実際に行う時は中央にある、あの台座に皆様に集めてもらった《宝珠》をはめ込んで行うんです」

 

 レイアさんが指で指し示した場所には、地面や周りの柱とはまた別の素材でできていると思われる台座がある。

 長さ1メートルほどの立方体の形をしているそれには上面に確かに六つに窪みがある。あそこに《宝珠》をはめ込むのか。

 

「とはいえ、実際に儀式を行うのはまだ数日ほどの猶予が必要です。まだ私の《森力》が高まりきっていませんから」

「《森力》の高まり?」

「はい。《森力》は使えば使うほど強固で強大な力となります。王座に着くのに《森力》が低いとなれば、王を名乗れたとしてもそれはカカシの王と成り果てるでしょう」

「つまり、名実ともに王になるためにはレイアさんの力がまだ足りないってことか」

「お恥ずかしい話ですが、その通りです。私の力は《千里眼》。この力を使えば過去を少しの間ですが見ることができます。代々この力を宿した者が王座へと着いていたのですが……中々《森力》を上げられず。ナフの力の《治癒》のように使いやすい力ならばこうでもなかったのでしょうが」

「そればかりは仕方のないことですよレイア様。どれだけ僕の力の方が使いやすくとも、国政に必要となるのは間違いなく、貴女の力です」

 

 レイアさんの言葉を首を振って嗜めるナフさん。

 確かに本当に過去が見れるのであれば、国政は上手く行きやすいのかもしれない。レイアさんには嘘が全く通じなくなるということなのだから。

《森人》の人たちは《森人》の人たちで色々と悩みがあるんだなぁ。

 

「そして、私たちの力は満月の日に最も強くなります。それまでにできる限り私の力を高めて、満月の日、つまり数日後に満を辞して儀式を行いたいと考えています」

 

 レイアさんの話を聞きながらふと考える。

 そう言えば、過去が見れるのであれば、いつどうして《ガイア》と《ナーザ》が仲違いをしてしまったかが分かるようになるんじゃないか? 

 というより、もしかして、レイアさんは王女になることでそれを考えているんじゃ。それなら確かに《ナーザ》との外交も、国民の不安も取り除ける。

 前にミレーシャさんが儀式さえ行えれば上手くいくと言っていたのはこのことを知っていたからか

 

 思い至ったことが表情に出た、ということもないと思うがレイアさんは俺の顔を見つめて小さく頷く。おそらく、俺の考えは当たっている。

 でも、じゃあなんでそれを口にしないんだ? と考えているとそれよりも先にレイアさんが動いてしまった。

 

「なので、皆様には儀式の日に護衛を行なってもらいたいのです。その日が最も攻撃を受けやすい日でしょうから。それまでの間はカイムや戦士の方々だけでも大丈夫です」

「それなら今まで通り何か困ったことがあれば手助けするよ?」

「いいえ、ミウ様。この世界は戦力図としては《ナーザ》の方が優勢なのです。ですから下の世界のようにみだらに辺りを動き回るのはあまり得策とは言えません」

「なるほど、だからここまで来る時の移動も急ぎ気味で来たのか。バレると一気に押し潰される可能性があるから」

「はい、《ナーザ》の民全てが私たちを敵対視しているとは考えていません。現にソルグ様のような方もおられます。それでもいつ狙われるか分からない。地の利は相手にあるのですから」

 

 ヨウトの言葉に頷きながらレイアさんが応える。

 そういうことであるなら仕方がない。また連絡が来るまで《ガイアクエスト》はストップということだろう。

 もうほとんど佳境を迎えていると思ってやってきた手前、微妙に肩透かし感があるが、まぁ、危険んなことがないに越したことはない。

 

 それなら今日はもう解散かな、などと考えているとレイアさんが「そうだ」と表情を綻ばせる。

 

「この辺りには星がよく見える場所があるのです」

「星? 星って……空に浮かぶ星?」

 

 この世界に、基本的には星という概念はない。なぜなら空は青く見えていても、この世界の空というのは上の層の地面なのだから。それでも夜行動できるのはリアルでの真夜中とは違い、薄ぼんやりとだが夜でも明るいからだ。

 だから星が見えるところなんてそうそう──あ、違う、そういうことか。

 

「えぇ、夜空に浮かぶ光のことです。この洞窟は世界の終端部に近い位置に存在するので、少し移動すると星が見えるのです」

 

 そう、この世界の終端部──つまり浮遊城アインクラッドの外周部には手すりが施された層の端が各層に存在する。

 そこではアインクラッドの外側が見える。だから星空を見上げることも可能ということだ。

 

「それに今日は確か星が流れる日だそうです。私たちを護衛してもらったお礼……に、なるのかは分かりませんが、安全に星が見ることのできる場所をお教えします」

「本当ですか? やったぁ! リリちゃん、星だって星! それも流れ星!」

「はい、言われてみればもう随分と見ていない気がします」

 

 流星と聞いてテンションが急に上がりだす女子2人。

 それも無理はないか。娯楽というものがかなり少ないこの世界だ。流れ星なんてイベントはきっとかなり大きめの一大事なんだろう。

 

「じゃあ、すみません。その場所教えてもらってもいいですか?」

 

 そんな2人を見てしまえば、行くかどうかんて一瞬で決まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 俺たちはレイアさんに追いせてもらった外周部の位置に到着した。

 もしかしたらこれも手の込んだイベントの一つで急に戦闘が始まるかも、なんてことも考えたりしたがそういうことは一切無く、森から少し出たその場所はどこまでも静謐さ保ったままだった。

 

 外周部の地面はどの層も同じでコンクリートのような、岩のようなよく分からない材質のもので固め完全な水平に作られている。この世界らしくない、完全な人工物感のある代物だ。

 そこにミウが持ってきたシートを広げて俺たちは夜空を見上げていた。

 

「キレー!」

「星々が瞬いていますね……でも、リアルの星座の位置とは一致しませんね、やはり人工物なんでしょうか?」

「あれ、リリちゃんって結構星に詳しかったりする?」

「えと……はい。リアルにいた頃は望遠鏡で見てたり…….」

「え、それって天体望遠鏡!? すごい、本当に個人で持ってる人いるんだね」

 

 ほえー、とミウがまぬ──可愛らしい声をあげていると、俺の脳裏に引っかかるものがあった。

 そういえば。

 

「ヨウトも持ってたよな? 天体望遠鏡」

「ん? あぁ、まぁね。俺も小さい頃よく星見てたりしてたけど……」

 

 そこでヨウトの言葉が切れるのと同時、しまったと内心思う。

 リリと《笑う棺桶》との一件以降、ヨウトとリリの関係性が前よりも余計に拗れてしまった。

 自分を裏切り者として考えているリリと、いつまた裏切るか分からないから監視を続けるヨウト。

 以前とは完全にパワーバランスが逆転してしまっている。

 

 以前と同じく、結局混ぜるな危険な対応しかできなかった俺とミウだが、俺もつい気が抜けて話をヨウトに話を振ってしまった。

 場に流れる微妙な空気感。まずい、こういう時に空気を入れ替えるヨウトが、今回はそういう仕事を望めない。

 そうなるとこの場でそういうことが得意なのは。

 

「えっと、ヨウトも星が好きなんだね!」

 

 希望の星のミウは爆弾を放り込んできた。

 確かに『天体望遠鏡』という話題から『星』という話題に話は変わったといえば変わったが、結局話のメインがヨウトとリリだ。

 ミウー! と苦笑いを送るとごめんー! と苦笑いが返ってきた。くそう、打つ手がない。

 などと俺たちがあわあわしている間にヨウトが少しめんどくさそうにため息をつく。

 

「小さい頃家族で近くの山まで星を見に行ってから好きになったんだよ……リリは?」

 

 仕方がない、という雰囲気は全開で出ているがヨウトの方から歩み寄ってくれた。

 なんかヨウトからの俺とミウに対する信頼的なものが目減りしたような気もするがきっと気のせいだ。

 

 対してリリは一瞬詰まりながらもヨウトに臆せず返答する。

 

「私は、昔、お父さんとプラネタリウムに行ったのが、始まりでした。そこで聞いた星座の話がとても素敵なものに思えて……」

 

 話していく中で少しずつ緊張も解けていったのだろう。リリは口元に笑みを浮かべながら過去を振り返る。

 リリから聞いた話になるが、リリがヨウトを苦手にしていたのは多分ジョニー・ブラックの飄々とした雰囲気がヨウトと近かったから、らしい。だからリリ側にはもうヨウトを嫌う理由はない。

 

 なのに今度はヨウト側に問題が、と人間関係は儘ならないものである。

 それでも今の会話を見るに、普通に話せる日はそんなに遠くはないんじゃないだろうか、とも思う。

 

 それを感じて俺とミウは喜びから笑みを浮かべる。

 

「さぁさ、せっかく星を見に来たのに下ばかり見てたら勿体無いよ、今は星を見よ!」

 

 今度はナイスパス! とミウを褒める。

 そして俺も言われた通り座りながら星を見上げる。確かにリアルと比べると星の並びが多少違うような気もするが、俺はそこまで詳しくないので何がどう、とまでは言えない。

 

 星が流れるのはいつになるんだろう、と考えていると背中に圧力を感じた。というか、ミウが背中合わせに座って体重をかけてきていた。

 

「背もたれないと疲れちゃうからかーして」

「いや、まぁいいけど、仮想世界で疲れるか? 座ってるだけで」

「聞こえなーい」

 

 楽しそうに笑いながらミウが言う。何がそんなに楽しいんだろう。こちとら変な緊張で落ち着かないと言うのに。

 うむむ、と小さく唸っていると今度は右肩と左肩に圧力が。

 

「私も疲れちゃうので、失礼します!」

「えーリリちゃんも? コウキの横とかずるい」

「知りません、ミウさんから始めたことじゃないですか!」

「えーと……それで、ヨウトは何故に俺とミウにもたれかかっているので?」

「ノリと楽しさから」

 

 あ、そうですか。やっぱり楽しんんでるだけかよテメェ。

 なんだか自分がおもちゃにされている様で微妙に気に食わないが仕方がない。今日はもうこのまま空を見上げよう──と思い空を見上げ直した瞬間、一つ光が流れた。

 

「あ、今流れた! 流れたよね!?」

「え、ど、どこですか?」

「左の方左の方! あ、また!」

「本当だ、今度は見えました!」

「へぇ、この世界でも本当に流れ星って流れるんだな」

「流れ星といえば願い事だけど、皆考えてあるの?」

 

 3人が思い思いに声を上げ、続けて言った自分の言葉について考える。

 願い事。そんなもの、この世界にいればいくらでもある。

 元の世界に帰りたい。皆が無事でありますように。強くなりたい。本当に、いくらでも。

 でも今その中でも1番強い気持ちは。

 

 ──ミレーシャさん。貴女の願いは、想いは、必ず果たしてみせます。

 

 そしてその願いは皆同じだと言うことは、背中からの温かみで十分伝わってきた。

 ミウを、ヨウトを、リリを、《ガイア》を、守ってみせる。必ず。

 そう皆で星に近いながら、俺たちは流れていく星々の光を眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──《ガイア》が《ナーザ》から宣戦布告が告げられたという連絡が来たのは、それから2日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り、感想、評価、もらえるだけ作者がとてもめちゃくちゃ大喜びしてはしゃぎ踊りますのでどうかお願いします。


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69話目 緊急作戦会議

 ナフさんから《ナーザ》の戦線布告を聞いた俺たちは次の日すぐに神殿へと向かった。

 俺たちが到着した時にはレイアさんやカイム、ナフさんに戦士の人たちが数人集まって、広間の台座を覗き込んでいた。

 

「すみません、遅くなりました」

「いや、そんなことはないよ。急な招集だというのにこんなにも早く来てもらえて嬉しいよ」

 

 ナフさんは気にするなとばかりに俺たちに言うが、その視線は変わらず台座の上へと向かっている。

 俺たちも円陣の中に加わり台座のを覗き込む。そこに広げられていたのは地図と宣戦布告を告知するために届けられたのだと思われる手紙だった。

 手紙には戦争の開始日時とその戦闘範囲について記されていて、地図にはその範囲が分かりやすくなるよう円形に線が引かれていた。

 というか、この戦闘範囲は……

 

「かなり広いな」

 

 俺と同じ感想をヨウトが言う。

 イベント用のインスタントマップを使って戦争が行われるわけだが、その広さがとにかく広大だ。

 広さはおよそ44層の面積の4分の1にも匹敵しそうだ。

 

「こんなに広く戦闘範囲を広げるのに意味あるのか? ただ規模がデカくなるだけで作戦も人員配置も大雑把になりそうだけど」

「いや、むしろそれが狙いなんだと思うよ。彼ら《エイジス》にしてみれば個々人の戦闘が最も確実な勝利に繋がるからね。人員と戦闘力の差がそのまま反映される広さと言ってもいいかもしれない」

「と言うことは、カイムとソルグをぶつけてこっちの動きを封じる作戦も兼ねてるのかこれ」

「おそらくね。全く、僕のことを高く買ってくれるのはありがたいが、いくらなんでも高く見積もりすぎだと思うけれどね」

 

 いや、ソルグと同等の戦闘力ならこれでもまだやりすぎとは言えないだろう、というツッコミは飲み込んでおくことにする。

 こちらとして1番嫌なのは、最大戦力となりうるカイムを人海戦術で包囲されて完全に無力化されることだ。それと比べれば人員を広く薄く広げてくれるのはむしろありがたい。

 

 でも、そんなことは向こうも分かっているはず。ならどうしてそうしないのか。いやそもそも。

 

「なんで戦線布告なんて律儀なことしてくれるんだろうな。1番《ナーザ》的に楽なのは人数差に物言わせた急襲だろうに」

「ヨウト君、それは彼ら《ナーザ》が国としてのしきたりを重んじるところがあるからさ」

「しきたり?」

「あぁ、彼ら《ナーザ》は礼節や義を重んじる傾向がある。それ故に正々堂々や一騎討ちといった戦法を好むのさ。カイムをソルグと一騎討ちさせるというのも、その流儀に則ったものだろう。だからこそ、この手紙の範囲や日時が書いてあるものと違うことは考えにくいし、罠や多対一を好む僕たち《ガイア》のやり口とはまさに正反対と言ったところだね」

「なんだか、そうやって聞くと私たちの方が悪者みたいな感じに聞こえちゃいますね……」

 

 リリの言葉に俺も苦笑いを溢してしまうがこればかりは仕方がないだろう。

 戦闘力として劣っているのであれば策を弄するしかない。知恵を振りしぼるしかないと言うのは古代から続く生物の本能のようなものだ。というか、正に俺自身がそういうタイプだ。

 

 だがそうやって勝つしかないのであれば、やはり知恵を絞るしかない。

 地図を改めて見返すとあることに気がつく。

 

「この戦闘範囲、この神殿も戦闘範囲に入ってるな。もしかして攻城戦も兼ねてやるのか」

「そう言うことになるだろうね。攻城戦を行なってこの儀式城を守りながら敵の主力、もしくは大将格を討ち取る、これが僕たちの勝利条件ということになるだろう」

「それはまた……なんて無理難題だ」

 

 現状の詰み具合に冷や汗が浮き出てしまう。

 人員が少ない上にこの状況、いくらなんでも不利すぎる。これはもう降伏も視野に入れた方が良いんじゃないか? 

 なんて考えながらミウの方を見ると、意外にもミウも俺と同じように現状の不利な具合に難色を示していた。

 こう言う時諦めず頑張ろうと言うのがミウだと思っていたのだが、少し驚いた。そしてその間にミウが口を開く。

 

「《ナーザ》が攻め込んでくるのって《ガイア》の儀式を邪魔するためなんだよね? それなのにこの戦闘範囲はやっぱり無駄に広すぎるんじゃないかな?」

 

 確かに。儀式を邪魔したいのであればただこの神殿を攻撃したら良いだけの話だ。それをわざわざ戦闘が起こりやすい状況を作り出しているってことは。

 

「《ナーザ》の狙いは、戦闘そのもの……?」

「可能性は、あるだろうね。《ナーザ》には僕たち《森人》のような特別な力を持つ者はいないが、その代わりに戦えば戦うほど力を増していくという特性がある。無闇に戦闘範囲が広い理由の一つにはそれもあると思う」

 

 相手の目的は儀式の妨害に戦闘そのもの。こちらの勝利条件は敵大将の討伐。敗北条件は戦闘の長期化、または儀式場まで辿り着かれること。

 並べて見返してみればみるほど不利な状況だ。不利すぎて頭が痛くなってくる……いや、いくらなんでも状況が悪すぎる、か? 

 

 もしこれが開戦までもう少し時間があれば下層にいる《ガイア》の戦士を連れてきて戦況を有利にできたかもしれない。罠を作る時間ができてこちらに有利になっていたかもしれない。

 それにだ。俺たちはこの神殿に来るまで今回あ《エイジス》と戦闘をしなかった。つまり、ここにいることをおそらくはバレていないし、何よりなぜこの神殿の位置がバレているんだ? 

 位置は《ナーザ》側も古い付き合いだから元々知っていた、ということで納得できるが、タイミングに関してだけは俺たちがここにいることを知らないと開戦もできない。

 なんでこんな良いタイミング、いや悪いタイミングで……と考えていると、ここまで沈黙を守ってきていたレイアさんが口を開く。

 

「私の、タイミングが悪かったのかもしれません。《宝珠》が集まったことは《ナーザ》側も情報を掴んでいたはず。そこから満月の日を逆算されて私たちの移動日を先読みしたのかもしれません」

「襲っては来なくても《エイジス》に皆で移動するところを見られてたってことか」

 

 可能性としては、それが1番高いか。俺たちも今回の護衛は気張りすぎていて誰から観察されている可能性なんてものは頭から抜けていたし、いくら俺が《索敵》スキルを持っているからと言っても隠れている者を全員見つけられるわけではない。

 

 今の状況把握は、こんなところか。何度も言ってしまうが、やはりかなり分が悪い。

 

「それでも、今の状況をなんとかしないとね」

 

 俺の考えを察してか、ミウが力強く言う。

 それに俺も頷き返す。そうだ、昨日誓ったばかりではないか。ミレーシャさんの願いを叶えてみせる。絶対に。それにあの守護獣に襲われていた時に比べればまだまだイージーだ。音を上げている場合ではない。

 

 ミウの言葉を聞きナフさんとカイムも同じく頷いた。

 

「そう言ってもらえて助かるよ。こちらの戦力は確かに足りていないかもしれないが、それは僕の《治癒》の力で支えてみせよう。全体の戦士の回復は難しいかもしれないが、攻城戦に参加する戦士ならば回復させ続けてあげられると思う」

「僕も可能な限りの戦果はあげよう。君たち剣士様にここまで言ってもらえるんだ。ここで僕が戦果を上げなければいつ上げるんだ、と言うことになるからね」

 

 2人の言葉にこの場にいる全員の目に意志が宿る。士気が向上していくのを感じる。

 やっぱりこういう時に1番力をもらえる言葉を言ってくれるのはミウだなと小さく笑う。おかげで少しビビりかけていた俺の心にも火が灯る。絶対に守りきってみせるという覚悟と共に。

 

「では、詳しく戦線の話に入ろう。まずカイムは──」

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miu

 

「ミウ様、少しよろしいでしょうか?」

 

 緊急会議が終わり各々が明日への準備を始めると、レイアさんに呼び止められた。

 呼び方的に私だけに用があるらしい。少し外れても良いかなとコウキに視線を送れば、いいよと優しく微笑み返してくれた。

 

 そのままレイアと歩いていき広間の端の方に着くとレイアが私の方を振り返った。

 

「ごめんなさい、急にお呼び止めしてしまって」

「ううん大丈夫だよ。準備って言っても私たちの場合できることってあんまりないから。それでどうしたの? 何か用事?」

「はい、実は……ミレーシャのことで、少しお話が」

 

 ドクン、と心臓が飛び跳ねる音が聞こえた気がした。

 この体は本物の私の体ではないのに。一気に鼓動が早くなっていくのが分かる。手のひらにうっすらと汗が滲む……逃げ出したくなる。

 きっと、笑って何でもないように振る舞うのが楽だ。振りでもそうしていれば自分をも誤魔化せる気がするから。

 でも、それじゃあもうダメなんだって、コウキが教えてくれた。だから私は、私のままで会話を続ける。

 今の私のまま──罪悪感に押しつぶされそうで、必死に泣きたくなるのを我慢している私のまま。

 

「うん、ミレーシャが、どうかした?」

「……身勝手なことも、失礼極まりないことも分かっています。それでも、どうか、お聞かせください。彼女の、ミレーシャの最期が、どういったものだったのかを」

 

 レイアさんも申し訳なさと私への罪悪感を必死に噛み殺したような表情で言う。それはまるで、私と同じ、ミレーシャの死は自分の責任であると言わんばかりに背負い込んでいるかのような目で。

 

 確かに、レイアさんにはミレーシャがどういう風に私たちを守って戦ってくれたのかを、細かくは話していない。レイアさんはミレーシャと仲が良いように見えた。友人であるならミレーシャのことを知りたい気持ちは分からないでもない。

 

「でも、聞いて気分悪くしたりしない? 明日は大事な戦いなのに」

「いいえ、違いますよミウ様。だからこそ、私は知らなくてはいけないのです。私も明日は死ぬ運命かもしれません。ミレーシャと同じように。そしてそんな時でも、足をすくませず、前を向いていたいから、同胞の生き様を知っておきたいのです」

「……」

 

 すごいな、と思った。

 私は今でもミレーシャの死と本当の意味で真正面から向き合えているかと言われると、おそらく向き合えていない。

 そんな私と違ってレイアさんはミレーシャの死を過去にしないまま、自分も一緒に悲しみを背負う覚悟で、今こんなことを聞いてきているんだ。

 

 これが、王女になる人の器か。私とは全然違うその大きさにただただ感服するしかない。

 それでも、私も前に進まなきゃいけないのは同じだ。だから、逃げてはいけない。

 私は一度息を吸って自分の中に力を溜める。逃げないように。前を向いていられるように。

 

「なら、私のこと、ミウって呼んでよ。様付けなんかじゃなくてさ。レイアさん──ううん、レイアとも、私は友達になりたいから」

「それは……ミウ様たちには私たちを守ってもらうのですから、そんな不遜なことは……」

「でも、ミレーシャは呼んでくれたよ? 《宝珠》の時、私を応援してくれたレイアなら呼んでくれると思うけどなー」

「う、あれはその……はぁ、分かりました。では、ミウ」

 

 少し拗ねたようなでも親しみを感じる呼び捨ての名前。

 それまでの過程とか呼び方はどこか彼女に似ていて、少し笑ってしまった。

 

「どうかしましたか?」

「ううん、ミレーシャともこんな会話したなぁって思い出して」

 

 あれは2人で温泉に入っている時だっただろうか。今では少し懐かしくて、切なくて。でもやっぱり大切な思い出のひとつだ。

 

「それで、ミレーシャのことだったね。うん、話すよ。ミレーシャは──」

 

 私は語る。友達の生き様を。私が守れなくて、私を守ってくれた、大切な、友達の話を。

 涙声になったり、詰まったりもしたけど、それでも最後には笑顔でいられた私は、少しは前に進めているんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE Kouki

 

「コウキくん、少し良いかな?」

「カイム」

 

 ミウを見送った後、今度はカイムに話しかけられた。彼は俺の名前を呼んだがレイアさん違って用があるのは俺たち全員のようだが。

 

「少し《エイジス》のことで話をしておきたいと思ってね。今は何よりも欲しいのは情報だろう?」

「そうだな。俺ももう少し話を聞きたいと思ってたんだ」

 

 作戦や対策の話は先ほどもできたが、《エイジス》自体の詳しい話やそれぞれの所感は聞いている暇がなかった。とは言っても皆忙しそうだからこちらから聞くのは少し憚られていたのだが、カイムの方からそう言ってもらえるのはありがたい。

 

「君たちは《エイジス》やソルグとも戦闘をしたんだよね? 彼らについて、どう思った?」

「そうだなぁ……まぁ、良くも悪くも、正々堂々だな、って思ったよ」

 

 襲ってくる時も必ず正面から、しかも声を上げながら迫ってくるのだからタイミングは分かりやすいし仮にソードスキルを使われても対処しやすかった。

 ソルグと戦ったヨウトも俺も同感とばかりに頷く。

 

「俺もソルグと戦った時はそんな感じだったな。しかも初撃を俺に譲ってくるくらいだし。まぁあれは油断もあったのかもしれないけど」

「そう、それが彼らの習性とも言える。良くも悪くも王道な戦い方をする。だからこそ、搦手には少し脆い部分があるんだ」

 

 でも、とカイムは付け加える。

 

「だからこそ、型にハマった時の彼らの戦闘力は桁違いに高くなる。真正面から撃ち合えばその筋力差で押し負けることも考慮に入れた方がいい。何より、彼らは僕たちには使えない不思議な剣術を使うからね」

「え、不思議なって」

 

 ソードスキルのことだよな。と聞いてその言葉の意味がカイムに分かるのかどうかが謎だったため続きの言葉は発せなかった。

 だが納得のいく部分もあった。確かにカイムたち《ガイア》の戦士はソードスキルを使った場面を見たことがない。護衛の際も力押しよりも連携を基本とするからソードスキルを使わないんだろうと思っていたが、まさか使わないんじゃなくて使えないとは。

 

「君たちが使う剣術と似たようなものだよ。あれこそが僕たち《ガイア》と《ナーザ》の決定的な戦力差とも、種族としての違いとも言える。戦の神に愛された《ナーザ》は昔から伝え教えられてきた不思議な剣術を扱い、圧倒的な戦力を身につける。あれと打ち合えるのは君たちか、《ガイア》の主力舞台でも数名というところだね」

 

 厳しそうな表情で言うカイム。だが確かに、その情報は聞いておいてよかったと思う。開戦してから知っていたんじゃその場で慌てふためいてゲームオーバーだったかもしれない。

 というか、ソードスキルなしでソルグと互角以上に戦えるカイムがいよいよ化け物じみてきた。この人、NPCよりもmobに近いんじゃないだろうか。

 

「彼らと打ち合える君たちは僕たちにとって切り札のようなものだ。だから打ち合えるからといって真正面から戦うんじゃなくて、僕たちと同じように側面から叩いて一人一人に時間をかけないことを勧めるよ。特にソルグとその側近の2人の二将軍。そして大将である《エイジス》の王は危険んだ」

 

 二将軍と《エイジス》の王。それは新しい情報だ。

 

「ソルグはわかるとして……やっぱり他の奴らも強いのか?」

「あぁ。二将軍は2人合わさればソルグをも超えるかもしれない強さを誇る。基本2人揃って行動しているから僕たちの戦隊のど真ん中にやってきて大暴れされる可能性が高い。この2人を早めに抑えないと僕たちの戦隊の瓦解は必至だろう」

 

 そうか、基本多対一の多側を好まない《ナーザ》はその二人組であっても1人の相手を狙うようなことはしない。それはありがたいことかもしれないが、だからと言って多対二での戦いを好んで行われて、しかも戦線を崩されるのはこれもまた最悪だ。

 

「そして《ナーザ》の王。彼は戦の国のトップに座する方だ。その強さは僕にも測りきれない。間違いなく、僕や部下のソルグよりも強いことだけは確定だろうけどね」

 

 王様の情報はカイムもそれ以上は持っていないらしく「力になれなくてすまない」と謝ってきたがそんなことはない、知らなかったらどれも最悪の結末を迎えていたかもしれない情報ばかりだ。

 

「カイム、どれも助かる情報だったよ。わざわざ時間まで取って教えてくれてありがとう」

「当然のことさ。僕たちは仲間なんだから。ソルグのことは必ず抑えて倒してみせる。だから君たちも明日はどうか気をつけて戦ってほしい」

「あぁ、分かったよ」

 

 カイムはそう言って、戦争の準備へと戻っていった、俺たちも何か手伝いたいができることがほとんどない。精々俺とリリが前に教わったトラバサミをいくつか作ったり荷物運びを手伝うことぐらいだ。

 それでも、各々ができることする。守るために。失わないために。

 

 そうして動いている間にどんどん時間は過ぎ去っていき、そして、夜が明ける。

 開戦の日が、やってきた。

 

 

 

 




最近ポケモンに時間使いすぎて執筆時間がががががが


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