間違い続けた恋物語 (荊棘)
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渋谷凛編
隣のアイドル


新たな小説を書かせていただこうと思います。
この作品は短編集ですので、細かい設定上の矛盾などには目を瞑っていただけると助かります。
感想、アドバイス等は常に募集しております。



 

 

 

眼を見張るような黒髪に、息を呑むようなスタイル。

加えて、整った顔立ちに無愛想な表情。

 

単純に美しいと思った。

 

それが彼女の第一印象だった。

 

 

× × ×

 

 

 

転校生という名目で俺たちのクラスに紹介された少女は、気怠げに、機械的に、自己紹介をした。

 

「渋谷凛。よろしくね」

 

たったそれだけ。

たった二言だけで、自己紹介は終わった。

全く紹介になっていないんですけど、それ。

かくいう俺も2年になって最初のクラスでの自己紹介は同じような感じであった。

 

けれども、俺がやった時と、彼女の時の反応はまるで違う。

俺の場合は、根暗なつまんないやつ。という評価がくだされ、彼女の場合は、クールだとか孤高といった評価になる。

実に不愉快極まりない。なにが不愉快って、それが全然間違ってないから非常に不愉快なのである。

世間の見る目は正しいようだ…。

 

 

紹介が終わると、平塚先生と目が合った。

いや、合ってしまったというべきであろうか。

 

先生の口角はニヤリと上がっていき、三日月の形を形成したところで、口が開かれる。

 

「廊下側の後ろの空いてるあそこに座ってくれたまえ。なに、困ったことがあれば隣の奴にでも頼ればいい」

 

こういう場合、隣の席の奴がお世話係というか、面倒をみることになるのは当然のことなのだろう。

まぁなんだ、隣になった奴はしっかり面倒見てやれよ。転校生はまだ右も左もわからないんだからさ。

……頑張ってね、俺。

 

荷物を持って俺の隣まで歩いてきたその少女は、俺の隣の椅子を引いて席に座る。

 

いやいや、あのアラサー教師なに考えてんだよ。なぜよりによって俺の隣を選んでしまったのか。

隣がいなくて内心踊るほど喜んだ数日前の席替えの時の俺の気持ちを返して!!

 

とにかく俺にお世話とか、面倒を見るとかは無理。

俺はお世話される側の人間なので、その逆はないです。はい。

 

チラリと視線を横に向けると、丁度目が合ってしまった。

さすがに気まずいので、即行で机に伏せて寝たふりの姿勢をとる。

これからは、積極的にこの寝たふりを使っていこう。

 

「…よろしくね」

 

「………ああ」

 

彼女には、俺の寝たふりが通用しないようです。

これが彼女との初めての会話だった。

 

 

朝のHRが終わると、例のごとく、彼女の周りには人が集まりだした。皆口々に言いたいこと、聞きたいことを喋るせいで、渋谷という彼女も困惑しているようであった。

それよりなにより、困惑しているのは俺であった。

僕の席の周りであんまりはしゃがないでね?すごい居場所なくなるから。いや、もともと居場所ないんだけどね…。

 

ともあれ、さすがにこの場所に居続けるのは精神的に疲れるので、わざと大きめの音を立てて椅子から立ち上がり、教室を後にする。

 

去り際に「なにあれ?うざくない?」とか聞こえたけど、多分空耳。

その後少し大きめの声で、由比ヶ浜がみんなを宥めているのが聞こえた。

ごめんね、ガハマさん。余計な心配かけちゃって。

 

 

行く場所も特にないので、自販機でマッ缶を買って壁にもたれ掛かりながら口に運ぶ。

ふっ、この暴力的な甘さがたまらねぇな。

飲み続けて糖尿病になりそうな飲み物ランキング栄えある第1位だからな。俺の中のランキングだけど。

まぁ、世の中苦いことばっかりだからコーヒーぐらいは甘くていい。

このキャッチコピー採用されねーかなー。

 

ほとんどが空になり、教室に戻ろうとしたとき、不意に声をかけられた。

 

「ねぇ、さっきありがとね」

 

振り返るとそこには、渋谷が立っていた。

先程よりか、幾らか柔らかい表情になっていた気がした。

 

「別に御礼を言われるようなことしてねーよ。後、授業始まるからもう戻れ」

 

追い払うかのごとく手を動かして、立ち去ることを強要する。けれど、彼女は不思議そうな顔をして首をかしげる。

 

「もう授業なら一緒に戻ったほうがいいじゃん」

 

「いや、ほら俺体調悪いから」

 

「じゃあ保健室連れてってあげる。あ、でも場所わかんないや」

 

なにこの子、ひょっとしてお馬鹿さんなのかな?

最初のクールのイメージは何処へいっちゃったの?

 

「いや、先戻れよ。色々とあんだよこっちにも」

 

「ふーん。でも私教室どこか分かんないよ?」

 

そういえば転校生は右も左もわからないものでしたね!もちろん教室の場所なんて覚えてるはずないか。

 

「しゃーねーな」と言いかけたところで、授業の始まりのチャイムが鳴った。

ちなみに1限の授業は現国。つまり教師は平塚先生である。ここまで、言えば後はわかるな?

 

遅刻したら鉄拳制裁が待っていること間違いなし。

 

必然的に俺のとる行動の選択肢は一つ。

 

「…さぼるか」

 

独り言のように呟いて、屋上へと足を向けた。

 

 

屋上へ行く途中で気付いたことがある。

後ろから女の人が付いてきてる。別にホラー的なことじゃなく、渋谷凛という女子が俺の後ろを付いてきているのだ。

 

「…なぁ、おまえだけでも教室戻れよ。多分おまえ1人なら許してもらえるぞ」

 

「おまえじゃない。凛」

 

「…で、おまえだけでも…」

 

「凛」

 

俺の言葉を遮って自分の名前を主張してくる。

おまえは、川なんとかさんの弟かよ。まぁアイツのおかげで、川なんとかさんの名字忘れないですむけどね?

いや、既に忘れちゃってますねぇ…。

 

「…渋谷だけでも戻ったほうがいいぞ」

 

一瞬逡巡するように思考した後、渋谷が口を開く。

 

「…まぁそれで許してあげる。アンタの名前は?」

 

「…比企谷だ。あと人の話はちゃんと聞け」

 

「名字じゃなくて、下の名前は?」

 

「…八幡だ。比企谷八幡」

 

「変わった名前だね」

 

「うるせぇほっとけ」

 

階段を登りながら話をする。

いや、この場合微妙に通じてないから話をしていることになるのか甚だ疑問ではあるが。

 

「で、なんだっけ?八幡」

 

「は、え、いや、なんで名前で呼んでんだよ」

 

急に名前で呼ばれたことに驚き、階段を踏み外しそうになったが、なんとか堪えて2段ほど下にいる渋谷を見る。

 

「別にいいでしょ?減るもんじゃないし」

 

「俺の精神力が減ってくんだよ…。それに、俺と一緒にいてもいいことなんもないからやめとけ」

 

「八幡、嫌われてるの?」

 

純粋な興味の目で見られるとなんとも返しに困るものである。

丁度少し前に、文化祭が終わったところだ。

俺の悪評はちょくちょく耳にする。

今のところ実害がないので、さして気にもしていないが恐らく現段階では中々の嫌われ者ではないだろうか。

 

「まぁそうだな。総武高校のいないものから、嫌われ者に進化した感じだ」

 

自信満々にそう答えると、渋谷は、クスッと笑みをこぼした。

 

「ふふっ。八幡ってなんかおもしろいね」

 

「…おまえも物好きだな」

 

最後の階段を登りきり、外へ繋がっている扉を開く。

そのまま陰になっているところへ行き、腰掛ける。

 

こうして、座ると文化祭のときのことが少し頭をよぎるが、さして気にすることでもないので、その記憶はそのままどこかへ捨て去った。

 

俺の座ったすぐ隣に渋谷が腰掛ける。

いやちょっと近いからね?あんまり近いとドキドキしちゃいますから。もっとぼっちのこと考えて!

 

渋谷が座った後に、人1人が座れるぐらいのスペースをとって、横に移動した。

 

「私ね、これでも一応アイドルなんだ」

 

彼女は雲ひとつない晴れた空を見ながら呟く。

 

「まぁまだ全然売れてないんだけどね」

 

「…アイドルねぇ……」

 

「あ、今ちょっとバカにした?」

 

「別にそんなんじゃねぇよ。…ただまぁ、なに、売れたらいいな」

 

「……ぷっ。似合わないね。そういうセリフ」

 

「…うるせぇよ」

 

ひとしきり笑い終えた渋谷は優しい笑顔でこちらに微笑む。

 

「でも、ありがとう」

 

そうやって素直に感謝を言葉にされると少し照れてしまう。彼女はきっと、思ったことは口にするタイプなのだろう。俺とはまるで真逆の人間なのかもしれない。

 

「…あ、でも学校のみんなには言わないでね。色々と面倒になりそうだし」

 

「安心しろ。俺にそーゆーの言う相手いないし、俺が言っても誰も信じない」

 

「じゃあ安心だ」

 

何故俺にだけそのことを教えたのか、いまいち理解できないけれど、そういって笑顔を向けてくれる彼女を見たらまぁいいかと思えてしまう。

 

なんだよ、そんないい表情もできんじゃねーかよ。

 




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キャラの口調に違和感を感じたりした場合も同様にお願いいたします。


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隣のアイドルⅡ

渋谷凛編、2話目です。


 

 

「八幡、お昼一緒に食べよ?」

 

「いや、おまえ他のやつに誘われてただろーが。そいつらと仲良く食えよ」

 

この渋谷凛という女、なかなかどうして面倒な存在である。

見た目、言動、行動共に全てがリア充の代表格のような存在であるにも関わらず、ぼっち、もとい総武高校を代表するような嫌われ者の俺と一緒にいようとする。

その行動の意味が俺には全く理解できない。

この女の言動、行動からは全く裏を読み取ることができない。

恐らくではあるが、本当に信じ難いことではあるのだが、コイツには裏表がないのだと思う。

だからこそ、余計に厄介だ。

 

けれども百戦錬磨であるところの俺を舐めてもらっては困る。負けることに関しては俺が最強。

最初から期待しないし、途中からも期待しない。最後までも期待しない。

俺は決して他人に期待なんかしない。

 

「八幡と食べるからって断ってきた。だから八幡が断ったら私初日から1人でお昼食べることになるね」

 

「ちょっとあなた何してんの?そうやって退路塞ぐのやめてくれる?」

 

「はやく食べよ?」

 

「勝手すぎませんかねぇこの子…」

 

もともと席が隣同士で近いのに、渋谷は更に俺の机の側に椅子を運ぼうとしている。

おいおい、どんだけ近いんだよ。

 

さすがにこの状況はあまりよろしくないであろう。

何より目立つし。

 

俺は机の横に掛けてあった袋を引っ掴むと席から立ち上がる。

 

「今日は先約があるんだ。残念だったな」

 

「嘘だね。目がめっちゃ泳いでるよ?」

 

「ちっ。目敏いやつめ…。俺は昼飯はベストプレイスで天使の舞を見ながら食べるって決めてんだよ」

 

「ちょっとなに言ってるかわかんないけど、じゃあそこに早く行こうよ」

 

「 一緒に食うことは確定事項なのかよ…」

 

渋谷はこう見えてかなり頑固というか融通が利かない。これがアイドルというものなのか…(偏見)

理論で説き伏せる俺に対して、渋谷は感情で訴えかける。俺のほうが分が悪いのは火を見るよりも明らかだ。

 

人生は諦めが肝心って偉い人も言ってたし、もう諦めよう…。

 

「とっとと行くぞ」

 

荷物を持って後ろのドアから教室を立ち去る。

その際に、粘っこい視線を感じたけど、多分気のせい。

 

 

 

 

 

「なぁ、お前なんでリア充の奴らとかと仲良くしねーの?明らかにそっち側の人間だろ?」

 

廊下を歩きながら気になったことを直接聞いてみる。

言動、行動の裏を読むことができないなら、表から直接的に聞く他ない。

 

渋谷は心底不思議そうな顔をして首をかしげる。

 

「私が八幡と仲良くしたいから、八幡と一緒にいるんだよ?」

 

 

なんの照れもなく、なんの含みもなく。

彼女の口からは、さも当然の如く、その言葉が紡がれる。

 

顔が、全身が熱を帯びるのがわかる。

自分の顔が紅潮していくのが見なくても感じ取れる。

 

「…ぼっちキラーめ」

 

っぶねー。マジ、っべーわ。

俺じゃなかったら絶対惚れてる。なんなら惚れて告白して振られてクラスの奴らに知られて気まずくなるまでがセット。

どこの中学時代の俺だよ。

 

「でも、他にも一応理由はあるんだ…」

 

そう溢す彼女の表情は翳っていて、その瞳はどこか儚げで、それでいてとても美しかった。

 

「私そこそこ顔がいいじゃん?だから近寄ってくる男子はみんな下心丸見えでさ、女子は私の見た目を男子と仲良くするために利用するだけだったからさ…。」

 

諦観というのだろうか。

彼女の顔には悲愴感、あるいは諦めという感情が色濃くでていた。

 

「…そうゆうの疲れちゃった」

 

ひどく悲しそうに笑う彼女。

きっと俺と理由は違えども、周りの交友関係を諦めたのだろう。

彼女の気持ちを全て理解できるなんて、そんな大層なことを言うつもりはない。

けれど、その言葉には、その考え方には少しばかり共感を得るものがあった。

 

「…まぁお前の気持ちも少しわかる。人間誰しもが1番に自分を可愛がるものだからな。自分以外の他人は利用してなんぼだろう。お前はそれに早いうちから気付けてよかったな。利用されるだけの価値があるんだから、きっとそれは誇っていいことだろ」

 

鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした渋谷が数秒沈黙の後に吹き出す。

 

「なにそれ、励ましてんの?」

 

「…さあな。ただ世の中には利用する価値もない人間もいるんだよ」

 

「それ自己紹介?」

 

「…うるせぇよ」

 

俺の後ろをついてきていた渋谷が小走りで俺の横に並び立つ。

そのまま、俺の真正面に入ると真っ直ぐ俺の瞳を見つめる。

 

「…ありがとね。なんか元気出た」

 

そんなはっきり言われるとこっちが照れるっつーの。

プイッと顔を背けて再び少し早足で歩き始める。

 

「…早くしねーと飯食う時間なくなんぞ」

 

「じゃあ行こっか」

 

それきり会話は特になかったが、不思議とその沈黙も悪いものではないと思えた。

 

 

× × ×

 

 

最後のチャイムが鳴ると生徒はそれぞれの支度を始める。

部活行くもの。家に帰るもの。はたまた、教室で仲良くお喋りするもの。

かくいう俺は強制入部させられた部活動があるので、普段ならばそそくさと部室に向かうわけだが、今日に限っては教室の机で教科書とノートを広げていた。

渋谷はアイドルのレッスンなどで割りかし忙しいらしく、 勉学のほうは少し疎かになっているらしい。

そこで、放課後暇な時は勉強を教えてほしいと頼まれた。

 

もちろん働かざること山の如しとまで言われた俺が素直に教えるはずもないのだが、この女本当に頑固である。

結局泣き落としに近い形で俺が諦めることとなってしまった。

 

まぁ部活でも本読むだけだから別にいいんだけどね?

むしろアレだな、こうやって施しを与えているのだからこれも奉仕部の活動の一部とみなしていいのではないだろうか?

やだ、八幡くんったら働き者!!

ふっ…やはり俺には社畜の魂が宿っていたようだ。

 

 

 

必要ないかもしれんが一応部長様に遅れるという旨の連絡を入れておこう。由比ヶ浜を介してだけど…。

 

なんなら、出れないって送っとくか。

これで、勉強を早めに切り上げて部活時間よりも早く帰るなんてことが可能になるんじゃね?

っべー!マジ俺ってば天才じゃね?

 

そうと決まれば、早速行動に移す。

由比ヶ浜に今日は部活出れない。と送信した。

 

打ち終わって携帯を机に置くと、瞬間にスマホがバイブで揺れた。

返信早すぎだろ…。

 

メールフォルダを開くとそこには、

ダメよ。遅れてでもいいからしっかり来なさい。と表記されていた。

この簡素な感じは雪ノ下だな。わざわざ由比ヶ浜の携帯使うぐらいなら俺に連絡先教えとけよ…。

 

まぁいい。これは見なかったことにして帰っちまえば俺の勝ちだ。

 

スマホの電源を落とそうとしたとき、後ろからスマホを取り上げられた。

振り返ると、悪戯っぽい笑顔を浮かべる渋谷が立っていた。

メールの差出人と内容を見て怪訝に思ったのか、気まずげに問いかける。

 

「えっと…八幡。この人にお金貢いだりしてないよね?」

 

「何と勘違いしてんだおまえ。そりゃ同じ部活のやつだよ」

 

「部活いかなくていいの?」

 

「ああ。行ってもどうせ本読むだけだからな」

 

「ふーん。何部なのそれ」

 

「…奉仕部」

 

「ふふっ…変なの」

 

「知ってるよ」

 

俺が変なのも、奉仕部とかいう部活があること自体変なのも十分知ってますよ。

 

「あ、じゃあその部活行こうよ!そこで勉強すれば八幡も部活に出れるし、私も勉強教われるしで一石二鳥だよ」

 

「その提案は俺に得が一切ないんだよなぁ…」

 

それになんとなく面倒なことになりそうな予感がビンビンしてる。

 

…帰らしてくんねーかなー。




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隣のアイドルⅢ

渋谷凛編3話目です。


 

 

 

女3人寄れば姦しいという言葉がある。

特に女子高生にはそれが顕著に当てはまる。

1人や2人のときはそれ程騒がしくはないのだが、3人以上になるといきなり声のボリュームが上がったり不用意に大きい声で盛り上がる。

さながら動物の威嚇のようである。

周りに自分という存在を知らしめて、自分の存在価値を見出している。そこが自らの居場所であると叫んでいる。

それは、獣が自分の縄張りを誇示するために行う威嚇となんら変わりはない。

 

周りからしたらほんと迷惑なので静かにしてくれませんかねぇ…。

 

 

けれど、どんなことにも例外というものが存在する。

例えば、今現在この状況がそうである。

 

部室にいつもの奉仕部の面々が、いつものごとく鎮座する。

普段から基本的に会話はあまりしないので、沈黙が教室を支配することは多くあるが、こと今日に関してはいつもと違った嫌な空気が漂っていた。

 

有体でいえば、その原因は間違いなく俺の隣に座っている渋谷凛という人間のせいだろう。

というかこの人すごい近くて緊張しちゃうんですけど…。

 

このように、今をときめく華の女子高生が3人集まったところで、騒がしくならないこともある。

まぁ初対面だしね、仕方ないね。

もしくは俺という冴えない男子高校生がこの場に交じっているから例外的になっているのかもしれない。マジ俺時代の異端児。存在するだけで沈黙を作るとか絶対芸人に嫌われる。芸人の知り合いいないけど。なんなら普通の知り合いすらほとんどいないまである。なにそれ悲しい。

 

今更ではあるのだが、由比ヶ浜と雪ノ下からの視線が痛い。特に雪ノ下さんはゴミを見るような目でこちらを睨んでいる。

 

「…それで、これは一体どういうことかしら?ゴミ谷君」

 

さすがにこの空気に耐えかねたのか、雪ノ下が寒々とした、ともすれば凍えてしまいかねないような笑顔で俺に問いかける。

 

「…いや、まぁなんつーか、なりゆきでな」

 

「何一つ説明になっていないのだけれど」

 

おっしゃる通りで。

けれども、俺だってこの状況をどう説明したらいいかとか分からん。何から説明すべきだろうか。

頭の中でどうすべきか考え込んでいると、黙りこくっていた由比ヶ浜が口を開いた。

 

「なんで渋谷さんがここにいるの?」

 

「八幡に勉強教えてもらおうと思って」

 

「名前呼び!?」

 

由比ヶ浜が驚きのあまり大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

いや、僕もその件に関しては納得してないんですけどね?

渋谷曰く、「私は名前で呼んでほしいけど、八幡は呼んでくれない。それなら私は八幡のこと名前で呼ぶよ。だって八幡名前で呼ばれたくないでしょ?仕返しだよ」だそうだ。

ちなみにその際、舌をだしてべーっとしてる表情には不覚にも萌えた。

 

「本当は教室でやる予定だったんだが、お前らが部活サボるなっていうから、ここでやることになったんだよ」

 

心底嫌そうな態度をとりながら答える。

それでも納得いかないのか雪ノ下は尚、問いかける。

 

「では何故その男を選んだのかしら?その男数学は学年最下位レベルよ?」

 

「私が八幡に教えてもらいたいからって理由じゃダメなの?」

 

純粋に、何の邪気もなく渋谷は答える。

そう言われてしまうと反論の余地もない。

あと雪ノ下さんは、俺を貶めるための事実確認はやめてね?事実すぎて反論不可だから。

 

雪ノ下も諦めたのか、深いため息をついて再び渋谷に向き直る。

 

「私は雪ノ下雪乃。奉仕部の部長をしているわ」

 

「渋谷凛です。…えーっと、八幡の友達です」

 

自信満々というか、堂々と自己紹介する雪ノ下に対し、少し恥ずかしげに自己紹介をする渋谷。

その二言目は完全に余分だからね?そして、友達なの初知りなんですけど…。いやまぁ別にいいんですけどね。

 

その後はそれまでの沈黙が嘘だったかのように、みんなで楽しくお話をした。(俺を除く)

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

夏が終わり秋を迎えようというこの時期は、日が経つごとに陽の短さを感じる。

それに伴い我が部活も下校時間が早まる。ありがとうお日様!ありがとう秋!

 

結局渋谷は、話をするばかりで全く勉強をしなかった。

そんな気はしてた。由比ヶ浜たちと仲良くなれたみたいだし、俺も教えるの面倒だったから万々歳だけど。

 

雪ノ下がいつものように終わりの合図をすると、それぞれが帰宅のために荷物をまとめる。

少しのぬくもりの残った教室をあとにすると、俺と渋谷は下駄箱へ、雪ノ下と由比ヶ浜はカギを返すため職員室に向かって歩き出した。

 

「あの2人仲いいんだね」

 

「そうだな。おかげで俺は部活内でもぼっちだ」

 

「でもあの2人とは友達なんでしょ?」

 

「ちげーよ。雪ノ下に関しては友達になるの拒否されてるからな」

 

「ふーん。その割には仲良さそうだったけど…」

 

若干拗ねたような様子で渋谷は呟く。

何故拗ねているのかは分からないけれど、こいつはどんな表情や仕草でも様になってしまうから質が悪い。

こりゃ勘違いして惚れてしまうやつの気持ちもわからんでもない。

 

「それよりお前全く勉強しなかったけどいいのかよ」

 

「…明日からちゃんとやる」

 

「明日もやること確定なんですね…」

 

「ちゃんと付き合ってもらうからね?」

 

「へいへい、わかりましたよ…」

 

「じゃあ、また明日ね八幡」

 

「…おう」

 

渋谷は胸の前で控えめに手を振って、楽しそうに小走りで駆けていく。

その後ろ姿が見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

それから、俺の学校生活の大部分は渋谷と一緒にいることになった。

 

 

授業中は隣同士なので割と話をするし、休み時間も寝たふりをしていると頭を小突かれて話しかけられる。

昼休みは何も言わずとも同じ場所で一緒に食べるし、放課後は一緒に勉強したり、奉仕部に顔を出したりする。

 

 

四六時中といっていいほど彼女と俺は行動を共にしていた。

彼女は不思議な人間で、俺といるのは飽きなくて楽しいといって何よりも、誰よりも優先して俺のそばにいた。きっとその言葉に嘘はなく、いつも一人でいる俺に同情をしているわけでもないのはありありと感じ取れた。

 

 

そして、そんな日常を悪くないと、一緒にいて楽しいと思っている自分がいた。

言葉や言動に裏のない彼女といるのは、居心地がよく、変に勘ぐる必要がないため楽だった。

初めて見たときのような機械的な表情でなく、いろいろな顔をする彼女をみていると飽きなかった。

彼女のことをもっと知りたい。もっと理解したいと思った。

 

 

 

この頃から既に彼女に惹かれ始めている自分を否定することができなかった。

 

 

 

 

 




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隣のアイドルⅣ

渋谷凛編、4話目です。


 

 

 

いつからだろうか。

彼女、渋谷凛が学校を休みがちになったのは。

なんでも、家庭の事情ということになっているようだが、おそらくはアイドルとしての活動が本格化してきたということなのだろう。

それは、友人して、応援する身としてはこの上なく嬉しいことではあるのだけれど、それ以上に寂しさが募るばかりだった。

 

それまでいつも隣にいた人が、急にいなくなるのはどこか受け入れがたい現実で、心に大きな穴が開いたような虚無感が常に胸の中を支配する。

 

何をしていても集中力を欠いていて、何も手につかない状態であった。

 

 

彼女のいない日常はあまりに空虚で、すべてが意味のないものだと思えるほどに、俺の世界は色を失っていった。

 

それに比例するかの如く、俺の目は濁りを増して本当に腐ってるんじゃないかと思えるほどだった。あまりの腐り方に由比ヶ浜や戸塚にえらく心配された。

何より驚いたのは、あの雪ノ下でさえ俺を罵倒せずに心配してきたことだ。

 

それほどまでに俺の状態はよくなかったらしい。

 

 

胸の中で突っかかって蟠っているこの感情。気持ち。

果たしてこれは恋なのだろうか。

確かに彼女は魅力的な女の子であるし、十分すぎるほど仲良くしていると俺個人としては思っている。

けれどこれが恋かと聞かれて素直に認められるわけでもない。

圧倒的な経験不足。色恋沙汰は自分とはおおよそ無関係で、これまで本当に人を好きになったことがないのだ。故にこの気持ちが一体何なのかが解らない。

 

例えば、漫画やドラマでは「一緒にいてドキドキする」のが恋だという。

これに関して言えば、俺は渋谷と一緒にいてもドキドキすることはそんなに頻繁にあるわけではない。むしろ一緒にいないと逆に落ち着かないまである。

そういう意味でいうなら、妹の小町に対する感情と似たものがあるのだろうか。

小町は好きだし、むしろ愛しているのだが、一緒にいてドキドキすることはないし、けれどいないと落ち着かないだろう。

となれば、俺は渋谷を妹のように見ているということだろうか。

…どう考えてもあり得ないな。

 

考え事をしていると、時間はあっという間に過ぎて、気が付けば放課後になっていた。

教室には他に誰もおらず、その静けさは世界に自分しかいないんじゃないかという錯覚に陥るほどだ。

 

一人で考えてもわからないなら、他の人に聞いてみるしかないか…。

幸いこの学校には困った人を助けてくれる部活があるらしいからな。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

奉仕部の部室に到着すると、雪ノ下と由比ヶ浜は既に定位置におり、二人で仲よさげに談笑していた。

おざなりに挨拶をして、俺も自分の定位置につき、いつものごとく文庫本を鞄から取り出す。

挟んである栞を外して机に置き、文字列を目で追う。

頭の中でどうやって聞こうかと考えているおかげで、内容が全く入ってこない。

このまま、時間がたってしまうと余計に言いにくくなってしまう気がしたので、2回ほど咳払いをして、問いかける。

 

「なぁ…ちょっといいか?」

 

「どうしたのー?」

 

体を雪ノ下の方へ向けたまま首を曲げて、由比ヶ浜はこちらを見やる。

この片手間に相手されてる感がなんとも俺らしいな。

 

「……恋ってなんだと思う?」

 

頭の中で何度も繰り返し反芻したおかげか、その言葉は思いのほかすんなりと自然に出てきてくれた。

 

何のリアクションもないことを不思議に思い、二人がいる方に目線を向けると、鳩がアトミックバズーカを食らったような表情をして固まっていた。

気持ちは分かる。何こいつ急に気持ち悪いこと言い出してんだと思うのももっともだ。自分でもそう思う。

けれど、この気持ちが分からない。この思いを知りたい。

恥ずかしさよりもその気持ちのほうが大きかった。

 

「…え、ヒッキーどうしたの?」

 

先ほどと同じセリフではあるけれど、その雰囲気はまるで別のものだった。体はこちらに向き直っているし、目線は所在な下げに俺の周辺を行ったり来たりし、その声音は何かを恐れているかのようにおっかなびっくりであった。

そして隣の雪ノ下は携帯を取り出して1のボタンを二度押していた。

 

「待て、落ち着け。とりあえず雪ノ下はあと0を押すだけで警察に繋がってしまう携帯をしまえ」

 

「久しぶりに挨拶以外の言葉を発したと思ったらどういうつもりなのかしら?」

 

依然として携帯から手を離さない雪ノ下。どうやらここからの駆け引き、一歩でも間違えたら俺の人生はあらぬ罪によって終わりを告げることになるらしい。

 

「いや、単純な興味だ。小町の持ってる漫画にそういうセリフがあってな」

 

嘘八百である。いやこの場合嘘八万のほうが八幡的にポイントが高い。

とにかくこの場は、なんとしても切り抜けて本題に入らなければならない。

 

そんな俺の浅はかな考えはお見通しだとばかりに雪ノ下は冷え切った笑みを浮かべる。

 

「ダウト。私にそんな程度の低い嘘が通じると思ったの?嘘谷君」

 

「もうそれほとんど捩る気ないだろお前…」

 

「そうね…私も鬼じゃないわ。その質問の意図を話したら考えてあげないこともないわ」

 

その意図を話したくないからわざわざ嘘ついてまで誤魔化しているというのに。この女充分すぎるほどに鬼である。

 

「わ、私も知りたいかなー、なんて」

 

たはは、と力なく笑う由比ヶ浜。

そう言われても、なんと説明すればよいのだろうか。気になる人がいるが、それが恋なのかどうかわからないから教えて欲しい?か。

そんなこと口が裂けても言えねーよ。恥ずかしすぎんだろ。想像しただけでも恥ずかしいんだから実際やったら恥ずか死ぬレベル。

 

煙に巻いてどうはぐらかすか頭の中で思案していると、由比ヶ浜が、消え入るような声で呟いた。

 

「…しぶりんのこと好きなの?」

 

心臓を鷲掴みされたかのような感覚に陥る。

背中から暑さからくるそれとは違う汗が流れているのがわかる。一瞬ではあったが顔が強張ったのもわかった。

平たく言えば、分かりやすいほどに俺は動揺していた。

 

「…俺が好きなのは戸塚だ」

 

焦りからか普段より幾分か低い声が出てしまった。

その声音を聞いて由比ヶ浜の肩がピクリと反応する。一瞬目を瞑って逡巡した後にいつもの通りの表情に戻る。

 

「ヒッキー相変わらずキモいし!」

 

「…ええ。通報しましょうか。戸塚君のためにも」

 

僅かな気まずさをきっとこの場にいる3人全員が感じていただろう。けれど、誰もそれを口にすることはなかった。

それは口にすることで、言葉という形にすることで、何かが決定的に瓦解してしまうと感じたからかもしれない。

 

「…それで、恋ってどういう状態のことなんだ?」

 

それでも尚、俺は問いかける。

恐らく、こういった話は雪ノ下よりも由比ヶ浜の方がわかるだろう。

静かに由比ヶ浜を見やる。

 

「…その人と一緒にいたいなぁって思ったり、ずっとその人のこと考えたり、気が付いたら目で追っていたり…。私もよくわからないけどさ、きっとその人のことが好きだなぁって自分に誤魔化さないで言えるようになったら恋なんじゃない…かな?」

 

由比ヶ浜は、優しく語りかけるようかのように話す。

その瞳は少し悲しげに窓の外を眺めていて、それはまるで彼女自身の記憶をなぞっているかのようで、不思議な説得力があった。

 

「…そうか」

 

それが答えなのか。

 

 

 

 

 

 

渋谷凛という人間に惹かれていた。

いつの間にか彼女といるのが当たり前になっていた。

隣で無邪気に笑う彼女がいるのが日常だった。

目で追う必要もないくらい、彼女は俺の側にいた。

彼女は俺といて楽しいと言ってくれた。

俺も彼女といて楽しいと感じていた。

 

 

 

 

ああ、そうか…。

これが……。

 

 

 

 

俺は渋谷凛が好きなんだ。

 

 

 

 

 




感想、アドバイス等あればお願いします。
誤字脱字などは見つけ次第報告していただけると助かります。
次で渋谷凛編完結です。


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隣のアイドルⅤ

渋谷凛編、最終話です。


 

 

例えば、自分が相手に好意を寄せていると自覚したとき二人の関係は変化するのだろうか。きっとこれまでのただの仲良しでいることはできないのだろう。自然にもっと先を、その先へと手を伸ばしたくなってしまう。相手が望んでいないものまで自分が欲してしまう。恐らくそれは、ごく自然で当然の心理だ。好きなものはより知りたいし、手放したくない、独り占めしたいという気持ちになる。

だからこそ、これまで通りにはいかないんだ。きっとそれは友達でい続けるためには不必要で無用で余計な感情だから。

 

それなら俺は…。俺は一体どうすればいいのだろうか。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

昨日、奉仕部で聞いた答えが頭の中でぐるぐると延々に回り続けていた。彼女たちの示した答えに照らし合わせた結果、俺は彼女が、渋谷凛という少女が好きなのだと分かった。ここまではいい。だが、問題はここからだ。

自らの思いに気付いた俺は、これから一体どうすればいいのだろうか。

どうせならそこも含めて昨日聞いておけばよかったと思ったが、多分ここから先は他人の答え通りに動いていいものじゃない。自分で考えて、自分で行動しなければ意味がないんだと思う。

 

あれから、ずっと考えていた。

考える時間が多いのはぼっちの数少ない利点だ。こういうときだけは本当にぼっち最高!と思える。

だが、どれだけ考えたところで、具体的な答えは全く見えてこない。行き着く先はどれも曖昧模糊としており、解としては不完全すぎるものだ。考えては考え直してをただひたすらに繰り返していた。

 

考える時間が多いといっても限られていることには変わりはない。

今は、渋谷がアイドルとしての仕事が忙しく、学校に顔を出していないからいいが、次に会ったときに俺はきっと今まで通り接することができないだろう。

だからこそ、その時までに答えをしっかりと導き出さなければならない。

それが俺のためでもあいつのためでもあると思うから。

 

 

深い場所で考え事をしていた意識が覚醒すると、時刻がすでに昼休みになっていることに気付いた。考えることに没頭していたせいで時間の経過を感じることができなかったらしい。通りで腹が減っているわけだ。

腹が減っては戦はできぬという言葉もあることだし、まずは昼飯をとることにしよう。

鞄から財布を取出し購買へと向かおうと、教室を出たところで不意に声をかけられたような気がして後ろを振り向くと、平塚先生が立っていた。

 

「比企谷、少し待ちたまえ」

 

「どうかしたんですか?」

 

わざわざ声をかけられるようなことをしたかと自らの記憶を辿るが、どうやら全く覚えがないのないので、ごく自然になんの悪気もなく聞き返す。

すると平塚先生は、全く困ったやつだといわんばかりに大きなため息をついた。

 

「君は本当に困ったやつだな…。先ほどの授業が何の授業だったか覚えているか?」

 

「…いや、忘れました」

 

「だろうな。先ほどは私の授業だよ。私が君を指名しても待ったく反応しないから少し心配したぞ」

 

そういいながら平塚先生は俺の頭を小突いた。

 

「あぁ、それはすみませんでした」

 

「次回から気をつけるようにな」

 

「…はぁ。すみません。それじゃ」

 

特にそれ以上話すこともないので、話を切り上げて購買に向かって歩き出すと、なぜか平塚先生も一緒についてきていた。

なにこの人、ストーカーなの?俺の事大好きなの?

 

「…職員室はこっちじゃないですよ?」

 

「そんなことは、わかっている。…ただ君がとても悩んでいるように見えたからな。少し助言をしてやろうと思ってな」

 

そういって先生は俺の肩をポンと叩いた。それから俺の数歩前を歩き出す。自然と俺が付いていくという形になった。先生はこちらを向くことなくそのままの体制で歩きながら語り掛ける。

 

「何について悩み考えているのかは大体わかる。君たち二人を見ていれば何となく伝わってくるからな。きっと君が思っているほど問題自体は難しくないのだよ。大事なのは君がどうしたいかだ。望んではいけないことなどないんだ。君たちはまだ若い。お互いの気持ちは包み隠さず伝えるべきだと思うがね」

 

そこで一度区切ると、先生は振り返ってこちらを向き少し寂しそうな表情をした。

 

「…ただ、それは君にとっては難しいことなのかもしれないな。とにかく後悔のないような選択をしたまえ。今が全てではないが、今しかできないこともある。それを忘れないことだ」

 

「…うす」

 

もう一度、俺の肩をポンと叩いて先生は去っていった。

俺がどうしたいか、か…。

 

先生が立ち去った後で、先ほど言われたことを考えながら誰もいない廊下でただ一人立ち尽くした。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

結局あれから考え続けたが答えが見えないまま、放課後を迎えた。

困ったなー、どうっすかなこれ。と思いながら周りを見渡すと教室には俺以外誰もいない状態だった。

とりあえず教室にいてもしかたないから部活に顔出しとくか。

…いや、それもなんかだるいな。いっそのこと帰っちまうか。どうせ行ってもすることねーだろうし。

 

机の中に入っている荷物をカバンの中に入れて立ち上がる。

時計を見ると結構いい時間になっていて、夕日の朱色が教室内に差し込んでいてなんとも幻想的であった。

そんな景色に後ろ髪惹かれるような気持ちになりながら、教室の扉を開けようと手を掛けた瞬間、扉が勝手に開いた。

どうやらおれの知らぬ間に手動の扉が自動ドアにかわっていたようだ。でなければ、怪奇現象だろう。

まぁそのどちらでもないわけで。

なんならその二つのどちらかのほうが全然よかったのに。

 

「…っと。びっくりした」

 

言葉とは裏腹に落ち着いた様子で渋谷凛がそこに立っていた。

 

タイミングとしてはおおよそ最悪であり、この上ないほどの間の悪さで、今一番会いたくない人間に遭遇してしまった。

なのに、最悪で会いたくなかったはずなのに、会えたことに喜んでいる自分がいた。その瞬間に、ああやっぱり好きなんだなと再度自覚した。

 

「…どうした、こんな時間に」

 

「ライブの出演が決まったから、本格的に学校にこれなくなるから休学の手続きをしに来たの」

 

少し恥ずかしそうに、渋谷は言った。その表情からは、誇らしげで自信に溢れている様子がはっきりと読み取れた。

 

「…そうか。まぁ、なに、おめでとさん」

 

「うん。ありがと」

 

「で、なんでここに?」

 

「なんとなく…なんだけどね。八幡に会えるような気がしたから」

 

「ほーん」

 

「でもまさか本当に会えるとは思わなかった。私の勘も馬鹿にできないね」

 

「…だな」

 

テキトーに相槌を打って返答していると、袖をぐいっと引かれた。どうやらあまりにもテキトーすぎて怒ったらしく、顔にちゃんと話聞いてんの?と書いてあるようだった。

 

「ちゃんと聞いてるよ」

 

「ねぇ、久しぶりに会ったんだしちょっと話そうよ。八幡に聞いてもらいたいこと沢山あるんだ」

 

そういいながら渋谷は俺の席の椅子と自分の席の椅子を引いた。

なんとなくコイツが隣にいる感覚が懐かしくて、その感覚がしっくりきて、柄にもなく笑ってしまった。

 

 

×  ×  ×

 

 

学校を休んでいる間何をしていたのかを渋谷は話してくれた。

島村卯月と本田未央と三人でユニットを組んだこと。少しの時間だがラジオに出演したこと。CDデビューが決まったこと。同じ事務所のアイドルのこと。事務員のこと。プロデューサーのこと。

他にもいろいろなことを楽しそうに話してくれた。

楽しそうに話をする姿は、今までのどんな時よりも魅力的でアイドルを精一杯楽しんでるんだなということが伝わった。

だから聞いてみたくなった。聞くまでもないことだけど、改めて問うた。

 

「なぁ渋谷、アイドル楽しいか?」

 

「正直大変だけど、それでも楽しいよ」

 

今までで一番の笑顔がそこにあった。

 

彼女は今、アイドルが楽しくてしかたないんだ。きっと大変なことも楽しめているのだから、いつかきっとトップアイドルになる日も来るのだろう。

俺が彼女に抱いている恋慕や好意はきっと彼女の邪魔にしかならないのだろう。

誰よりも好きな人だからこそ邪魔をしたくないし、枷になりたくない。

誰よりも好きだからこそ、一番の理解者でありたいし、応援したい。

 

彼女を好きだという気持ちは、きっと本物だ。

けれど、だからこそ、この気持ちは伝えるべきでないと思う。

 

自らの中に秘して隠して匿って。

そうやっていつか消えてなくなるまで心の中でひっそりと飼い続ける。

それでいいんだ。

 

 

俺がどうしたいか?

そんなもん決まってる。

 

好きなことを全力でやっている彼女を応援する。

 

 

隣にいれなくてもいい。傍にいれなくてもいい。

彼女が幸せそうに楽しめるならそれでいいんだ。

 

 

どうか彼女がいつまでも輝けますように。

 

 

柄にもなくそんなことを願いながら、彼女に別れを告げた。

 

 

 




更新遅くなって申し訳ないです。
4話目を書いてから随分日にちが経ってしまったものですから、いろいろとおかしなところがあるかもしれません。
誤字脱字等含めまして、おかしな部分がありましたら感想欄にてお願いいたします。
また、アドバイス等も募集しておりますので重ねてお願いいたします。


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前川みく編
裏と表と個性とアイドル


新たなヒロインの物語になります。


 

 

そういえば、今日は新刊の発売日だ。

ふと思い出して、部活帰りの帰路書店に足を運んだ。

 

三年生に進級してから一か月ほどが経つが、ここ最近は特に何もなく退屈な毎日を送っている。まぁ要するに、奉仕部に依頼がほとんど来ないのである。それについては、依頼者が来ないってことはこの学校は平和なんだなぁなどと楽観視することができるが、実際問題やることがないのだ。端的に言えば暇である。

奉仕部は居心地がいいし、出てくる紅茶は美味いし、時々飛んでくる毒を除けばそれはもう最高であるといえる。それは言いすぎだな。最高なのは我が家でした。

 

最近は一色が奉仕部を訪れる回数も減ってきていて、どうやら生徒会長としてしっかりと仕事をしているようで、俺たちを頼ってくることもほぼなくなった。ほんのたまにだけ俺を雑用として頼ってくるけど。いや、使ってくるけど。

 

それでもまぁ、頼られなくなってしまうの案外寂しいものだななんて、柄にもなくそんなことを思っていた。

 

とにもかくにも、時間を有効活用できるように、新しい本を買ってみるのもいいかもしれない。そう思いながら、店の扉を開けた。

 

 

 

お目当ての本を見つけるとそれを手に取った。そして他にも何かいい本がないか店内を探し始めた。何も考えることなく歩き回ってると一つの本が目に付いた。本といっても、小説や参考書などではなく、どこにでもあるような雑誌だった。

ただ、その雑誌の表紙には天使が写っていた。もうあまりの可愛さに、それはもう絶句してしまうレベルである。戸塚とタメを張る可愛さ。まさか戸塚と同じレベルの可愛さの人間がいるとは思わなかった。

これ以上店でニヤニヤと雑誌を見続けるわけにもいかないので、その雑誌も手に取り、購入し、颯爽と家に向かって自転車を漕いだ。

 

 

×  ×  ×

 

 

「たでーまー」

 

「おかえりおにーちゃん。今日は帰ってくるの遅かったね」

 

妹の小町が、制服にエプロンを付けた格好で姿を現した。恰好から察するにどうやら晩飯の支度をしてくれているらしい。

うちの妹が天使すぎるんだが。絶対嫁には出しません。

 

「書店で天使を見つけちまってな」

 

そういいながら先ほど買った雑誌を小町に見せつける。

すると、呆れたかのように深々と溜息を付いた。

 

「…おにーちゃんほんとやよいちゃん好きだよね。もうおにーちゃんじゃなくて、ろりーちゃんだよ…」

 

「待て小町。俺は決してロリコンじゃない。ただやよいちゃんが可愛すぎるからいけないんだ」

 

「お願いだから捕まるようなことはしないでね?ただでさえ怪しいんだから」

 

「え、ちょっと酷くない?おにーちゃん傷ついちゃったよ?」

 

「はいはい。ご飯の支度できたら呼ぶからね」

 

「おう、すまんな」

 

小町との会話を切り上げると全速力で階段を駆け上がり、自室にこもる。

そして先ほど買った雑誌を袋から再度出し、ベットに横になる。

 

興奮冷めやらぬ状態でページを捲っていく。やよいちゃんは、先頭グラビアのようで最初の4ページを天使が飾っていた。

 

説明するまでもないかもしれないが、やよいちゃんとは765プロ所属のアイドル高槻やよいのことである。その可愛さたるや、戸塚、小町に並ぶほどの可愛さで俺の中で3大天使として有名である。ちなみに俺はロリコンではない。

 

天使の可愛さに癒され、このページ切り抜いて保存しとこうかななどと考えながら更にページを捲っていくと、今度は346プロのアイドル達のグラビアが少し小さめに掲載されていた。

 

正直アイドルに対してあまり詳しくない俺ですら、この二つのプロダクションは知っているくらいなので、おそらく知名度的にはどちらもものすごいものだろう。

しかしながら、346というと色んな方面に手を出しているためか、アイドル事務所としての実績はあまり聞いたことがない。

 

やよいちゃんの可愛さに敵うやついないだろうけどついでに見てやるとするか。

パラパラページ捲るってみると、一人ひとりに割り当てられる箇所こそ小さいが、それでも団体として見る分にはなかなかのボリュームがある。さすがは最大手事務所というべきだろうか。

 

「色んな人間がいるんだな…」

 

感心して独り言を漏らす。

デッカイアイドルに怠惰系アイドル。中二病アイドルに猫系アイドル。

最近のアイドルはキャラが濃いんだなと小学生並みの感想を抱いて、雑誌を閉じるのだった。

 

 

×  ×  ×

 

 

翌日、放課後。

例のごとく退屈な日常である。

昨日買った新刊は既に読み終えてしまい、暇を持て余していると、携帯を弄っていた由比ヶ浜が口を開いた。

 

「そういえばもうすぐ中間試験だね。ゆきのんは勉強とかしてる?」

 

すぐ隣に座っている雪ノ下のほうへ体を向け問う。

 

「特にこれといった勉強はしていないわね。しっかり授業を聞いておけばそんなに勉強も必要ないものよ」

 

「ほぇー。そうなんだ。あたしは勉強してもできないからなー」

 

「それはお前問題ありだろ。大体、今年はもう受験生なんだから危機感持てよ危機感」

 

「ヒッキーに言われたくないし!大体ヒッキーも数学あたしと同じくらいじゃん」

 

「俺は受験で数学使わないからいいんだよ」

 

「よくはないでしょう…」

 

雪ノ下がこめかみを抑えながら溜息をつく。

いや実際苦手意識を持っちゃうとどうしても勉強する気にならないんですよね。

 

「そういえば、ゆきのんって1年生の時からずっと学年一位なの?」

 

「ずっと、というわけではないけれど。おおよそ一番ね」

 

雪ノ下は少し誇らしげに、主張の少ない胸を張った。

 

「でも意外だな。お前のことだからてっきりずっと一位なんだと思ってたわ。お前が一位じゃないときは誰が一位だったんだ?葉山か?」

 

「いえ、葉山君ではないわ。たしか同じクラスの前川さんだったかしら。二年生になるころには学校を休みがちになって競うことはなくなってしまったのだけれど」

 

「ほーん。そんなやつもいるのか」

 

「ええ。交友関係が恐ろしく狭いあなたには知り得ないことでしょうね」

 

「うるせーよ」

 

 

三人で話しているとあっさり時間は経過して、下校時刻となった。

雪ノ下と由比ヶ浜は鍵を職員室に返しに行くため俺とは逆の方向へ歩いて行った。

 

俺も帰りますかね。

下駄箱に到着した時、教室に新刊を置きっぱなしにしていることを思い出した。

持ち帰るのは別に明日以降でも構わないのだが、如何せん思い出してしまったからには取りに行かないと何となく寝覚めが悪い。

 

踵を返し足早に教室へと向かい、例の物をかばんにしまい込み、再び下駄箱へと向かう。教室を出て、階段に向かうための曲がり角を曲がろうとしたとき、何かが俺の体に結構な勢いで衝突した。

 

「んにゃぁ!」

 

猫のような素っ頓狂な声をあげて女子生徒が尻もちをついた。

ぶつかった衝撃で、手に持っていた参考書らしきものと、掛けていた眼鏡が床に落ちた。

 

「す、すみません。ちょっと急いでたので」

 

「あぁいえ、大丈夫っすけど」

 

さすがに、彼女がすべて悪いわけでもないので、俺も床にばら撒かれた参考書を拾う手伝いをした。参考書には丁寧に前川みくと名前が書かれており、名の後ろに猫のような簡易的な絵が描かれていた。

 

前川みく…。

猫…。

 

どっかで見たことあるような…。

 

 

散らばった参考書を拾い終え彼女に手渡すと、ようやくそこで彼女と初めて目が合った。

初めてあったはずなのに、なぜか見たことあるような気がする顔だった。

 

よく見たら、昨日の雑誌に載っていた顔と全く同じであることに気付いた。

 

「あ、346プロのみくにゃんじゃん」

 

「にゃああああ!?なんで知ってるのにゃぁぁ!?」

 

彼女の驚愕の声は人の少なくなった校舎に響き渡った。

 

 




というわけで、前川みく編、一話でした。
みくにゃんの年齢など話の都合上、一部変えている部分がありますのでご了承ください。
余談ではありますが、作者はみくにゃんが一番好きです。

感想、アドバイス等あればお願いします。
また、誤字脱字があった場合は報告していただけるとありがたいです。


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裏と表と個性とアイドルⅡ

前川みく編、2話目です。


 

 

 みくにゃんこと、前川みくは慌てて眼鏡を掛け直して、周囲を警戒するように首をグルングルン回した。どうやら周りに人がいないことを確認できて、少し落ち着いたようで呼吸を整えながら俺のほうへと向きなおった。

 

「ビックリさせないでほしいにゃ。というかなんでみくのこと知ってるのにゃ?確かにそこそこ有名ではあるけど」

 

 若干誇らしげに胸を張りつつ、さりとて怪訝そうに尋ねる。

 そんなに胸を張られると、その、すごく…素晴らしいです。なにがとは言いませんが。

 胸に釘付けにされている視線を無理やり引き離し、彼女を改めて観察する。

 よく見ると顔のパーツはきっちり整っており、肌もきめ細かく、色も普通の人と比べると綺麗なぐらい白い。端的に言えば美少女である。アイドルというのも納得の可愛さだろう。

 

「…え、無視?」

 

 観察するのにあまりに夢中になってしまい、彼女の問いに答えるのをすっかり忘れていた。

 

「あぁすまん。昨日買った雑誌に載ってたからだな」

 

「てことは、みくのファンってことでいいのかにゃ?ふふん。サインと握手ぐらいならしてあげてもいいにゃ!」

 

 この女、俺が自分目当てで雑誌を買ったとでも思っているのだろうか。だとしたら随分とおめでたい思考をしている。残念だったな、俺はやよいちゃんに惹かれただけだ。あと小町に引かれた。

 しかも、もし俺がファンだったとしても態度がだいぶ上からである。アイドルってもっと媚び売ってるものなんじゃないか普通(偏見)こいつほんとにアイドルなのか…?

 例え本物のアイドルだろうと偽物であろうと、別に彼女に対して特に感情もないので、必然的に握手もサインもいらない。それよりはやく帰りたいし。

 

「いや、結構です。じゃ、俺はこれで」

 

 興味なさげにそう吐き捨て、前川の横を通りすぎる。

 …通りすぎようとしたところで後ろから首元を引っ張られた。

 

「ぐえっ。……なんだよ」

 

「ちょっと待つにゃ!」

 

「いや、それは首元掴む前に言うべきセリフだろ」

 

「細かいことは気にしないの!そんなことより、折角みくがサービスしてあげるって言ってるのにそういう態度は失礼だと思うにゃ」

 

「いやいや、態度云々はブーメランだろ。あと別にサービスなんて頼んでないし、求めてもない。なんならファンでもないし、存在についても昨日初めて知ったレベルだ。さらに言えば詳しくは何にも知らない。ついでに知ろうとも思わない」

 

「…………」

 

 少し言い過ぎてしまっただろうか。前川は口をパクパクさせながら呆然と立ち尽くしている。きっと彼女の人生でこんなこと言われたことはないんだろうなぁなどと考えながら、さながら屍のようになっている彼女の横を通りすぎる。さすがにもう俺の歩みを止めるような気力は残っていないらしく、今度こそ無事に通り過ぎることができた。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 中間試験が近いからというわけでもないが、帰宅した俺はリビングで教科書とノートを広げて勉強をしていた。別に数学の赤点が怖いから勉強をしているわけでもない。それは断じて違う。

 そもそもうちの学校はテストの点数が悪かった生徒には特別な補修をすることはあれど、赤点をつけることは滅多にない。ソースは毎回補修に出ているけれど赤点をつけられたことがない俺と由比ヶ浜。恐らく卒業式では、その栄誉が称えられて、補修皆勤賞とかいう賞がもらえる。不名誉すぎるな…。

 なので、今回も例のごとく数学は捨てる。というか既に捨てた(過去形)

 再三口にしているように、受験には使わない科目だし、社会に出たらコンピューターがやるだろうと思われるので、そう考えるとますますやる気はでないし、やる気を出そうとする気概すらない。いっそのこと教科書ごと捨ててやろうか!などど考えながら休憩がてらコーヒーを淹れに台所に立つ。

 

 インスタントのコーヒーの袋を開けてカップにぶち込みお湯を注ぐ。そこに牛さんが描かれた練乳をこれでもかというぐらいに絞り出す。あとは何回かかき混ぜれば比企谷家特性コーヒーの完成である。なお、飲むのは俺だけの模様。

 コーヒーを淹れ終えて、リビングに戻ると先ほどまで俺が座っていた場所がカマクラに占拠されていた。不機嫌そうに俺を見上げるその表情は、まるで「お前の席ねーから!」と言ってるかのようである。

 さすが我が家の猫だけあって憎たらしいな。俺より家族カーストが低かったら蹴とばしてどかしているところだったが、生憎俺のほうが立場的には下なのでおとなしくその場を譲った。猫に負けたとかではない。決して。ただ俺が愛猫家なだけ。

 

 カマクラの隣に座ると、珍しく俺のほうに寄ってきて脚のうえに座った。いや、重いからね、君。

 

「どーした?遊んでほしいのか?」

 

 頭をなでてやると嫌そうな表情で顔を背けた。なんと腹立たしい猫であるか。今に始まったことでもないけれど。

 顔を背けたカマクラが一点を集中して見つめているので何かと思いそちらに目をやると、猫用の餌が入ってる袋が置いてあった。

 

「腹減ってただけかよ。本当にかわいくねーな」

 

 渋々カマクラの名が書かれたエサ入れにキャットフードをいれて与えてやると、喜び勇んで食らいつきあっという間に全て平らげた。

 食べ終わって満足したのか、リビングの扉をあけて颯爽とどこかに消えていった。

 

「本当にかわいくねー猫だな」

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 中間試験と並行して行われるのが、職場見学である。我が校では基本的に毎年行われているので3年生になってもそれは変わりない。けれど、3年生ともなるとある程度進路については考えが決まってきているので行先については結構具体的なところまで要求することができる。といっても、うちは進学校なので大半が大学に進むのだが。

 

「ゆきのんはどこに行くか決めたの?」

 

「いいえ。まだ決めかねているところよ」

 

 奉仕部でももっぱらの話題はその職場見学についてだ。これについては、奉仕部に限った話題でもなく、どこのだれでも話題にしているだろう。多分。ほかの人と会話しないから分からんけど。

 

「ヒッキーはどうするの?」

 

「自宅だな」

 

「即答!?」

 

 大げさに驚く由比ヶ浜。と、その隣で頭痛でもするかのようにこめかみのあたりを抑える雪ノ下。

 

「あなたまだ専業主夫になるだなんて言っているのね…」

 

 俺のモットーは初志貫徹なので。てへぺろ。

 

「まぁ実際は戸塚に任せる感じだな。俺は特に見たいとこないし。むしろ戸塚だけを見てたいまである」

 

「それはさすがにキモイし…」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が呆れた顔をしてこちらを見てくるが、この状況にも慣れたものである。嫌な慣れだな。

 紅茶が淹れられた湯呑を手に取って口に運ぼうとした時、奉仕部の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 雪ノ下がいつものごとく声をかける。

 まずノックした時点で、平塚先生でないことは明白、さらに騒がしくて暑苦しい空気も感じないので、材木座も除外。となると、戸塚か?戸塚だよな?戸塚しかいないよな?

 

「し、失礼しまーす」

 

 俺の期待とは裏腹におどおどした様子で入ってきたのは女子だった。というか前川みくだった。昨日の今日でなんか気まずいので、とりあえず目線を合わせず顔を体ごと背けて知らん顔することにした。

 

 

「まぁとりあえず座んなよ」

 

 手近にあった椅子を引っ張って由比ヶ浜が前川に勧める。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「それでどのような要件かしら?前川さん」

 

 おっかなびっくりに座った前川に紅茶を差し出しながら問いかける。

 

「実は、ちょっと人を探してて…」

 

「それなら生徒である私たちのところへ来るより教師に聞いたほうが早いのじゃないかしら」

 

「平塚先生に聞いたら、ここに行けって言われて…」

 

 またあの独身アラサー教師の差し金か。これは嫌な予感がするぞ。あの人が絡むと大抵面倒なことになるんだよなぁ…。

 雪ノ下も俺と同じようなことを考えたのか、小さくため息をつき再び前川のほうに向きなおる。

 

「そうね、では協力させてもらうわ」

 

「あたしも手伝う!」

 

「まずは、あなたの探しているという人について教えてちょうだい」

 

 前川はうんうん唸りながら目を瞑って考えだし、やがて口を開いた。

 

「名前とかはちょっとわかんないんだけど…。身長は170センチくらいで、体系は細身かな?声はちょっと低めだったかなぁ…あと髪の毛がなんか跳ねてた」

 

「それだけでは当てはまる人数が多すぎるわね…」

 

 3人が腕を組んだり唸りながらも当てはまる人物について考えている。

 当然俺も奉仕部の一員なわけだから考えてはいる。完全によそ見して、前川に顔を見られないようにしてるけど。

 しかし、その特徴よく知ってる気がするなぁ…。気のせいだよな?な?

 

 すると、前川がなにかを思いついたかのように「あっ!」と声を上げた。

 

「あと、目がなんか特徴的だった!」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が無言でこっちを睨んでくる。いや、待て、その特徴だけで俺と決めつけるのはいささか早急すぎやしませんかね…。

 

「ヒッキー…」

 

「比企谷君…」

 

「な、なんだよ」

 

「なーんか様子が変だと思ったんだよね…。ほら!ちゃんと前川さんのほう向いて!」

 

「はい、すみませんでした…」

 

 おとなしく前川のほうに体ごと向き直り目線を合わせる。

 なんとなく気まずくなり目をそらすが、一向に反応がない。ただの屍のようだ。

 さすがに、心配になり声をかけようとすると、何度か瞬きした後に再起動し始めた。

 

「見つけたにゃあああ!!!」

 

 どうやら見つかってしまったようだ。

 




更新遅くなって申し訳ないです。
4月の半ばくらいからは恐らく時間が取れるようになるので、なるべく早く更新したいと思います。

感想、アドバイス等あればお願いします。
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