唯依ちゃん好きのIS学園記 (ニーベルングの指輪)
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誕生日
Happy Birthday


間に合わなかった。・°°・(>_<)・°°・。


三月十三日。

この日は栴納さんや裕唯、俺にとって特別な日だ。

俺に、人の温かみを教えてくれた人がこの世に生を受けた日であり、栴納さんや裕唯にとっての宝物ができた大切な日だ。

そう、篁唯依が産まれた日だ。

 

「……なに恥ずかしいこと口走ってるんですか」

「あっ、声に出てた? でも、それだけ俺にとってかけがえのない日だってこと」

 

だって、この日は俺が本当に心から愛せる人が産まれた日だから。

 

「ふふ、そこまで言われるとこっちまで恥ずかしくなりますね。さあ、もうすぐ着きますよ」

 

俺たちは唯依ちゃんの誕生日を祝うため、京都にある唯依ちゃんの実家へと向かっている。

毎年、この日は唯依ちゃんの家にみんなで集まって祝うことになっている。

栴納さんの手料理を楽しみ、唯依ちゃんにプレゼントを渡すと言うのが毎年の恒例だ。

 

「今年は、ちゃんと冬夜もいてくれるんですよね」

「もちろん。もう勝手にいなくならないって言っただろう?」

「はい」

 

この笑顔を曇らせてしまった以前の自分に無性に腹が立つが、過去を悔やんでいても仕方がない。これから末永く唯依ちゃんと幸せに過ごせるようにしていけばいいことだ。

 

「えーと、確か榮二さんが迎えに来てくれてるはずなんだけど……」

 

辺りを見回すと厳つい顔の傷と優しげな表情がミスマッチしている大柄な人がすぐに見つかる。

 

「やあ、おかえり。冬夜くん」

「ただいまです、榮二さん」

「唯依ちゃんも、おかえり。そして、誕生日おめでとう。いやぁ〜、前までこんなに小さかった唯依ちゃんもすっかり大人だな」

「私なんてまだまだ子供ですよ、巌谷のおじ様」

「そうかい? 冬夜くん的にはどう思う?」

「唯依ちゃんの魅力に年齢は関係ありませんよ。俺の目には常に世界で一番可愛い女の子として映ってます」

「もぅ……」

 

そんな俺たちのやり取りを見た、榮二さんはガハハと豪快に笑う。ほんと、こんな温和な人が昔はエースパイロットだったなんて信じられないな。

 

「さて、立ち話もいいが栴納さんが待っているからそろそろ移動しようか。二人とも車に乗ってくれ」

 

黒塗りの高級車に乗った俺たちは榮二さんの運転で唯依ちゃんの実家へと向かう。

車に揺られること数十分、唯依ちゃんの実家についた俺たちは栴納さんの笑顔に迎えられた。

 

「おかえりなさい、冬夜さん、唯依」

「ただいまです、栴納さん」

「母様、ただいま」

 

帰宅の挨拶を済ませた俺たちは、料理組と部屋の飾り付け組に分かれる。

本当は唯依ちゃんにはゆっくりしてもらう予定だったのだが、「冬夜には私の料理を食べてもらいたいので」という一言によって唯依ちゃんも料理組となった。

 

「さてと、それじゃあ、やりますか」

 

料理組の準備が終わるまでに俺と榮二さんとで部屋の飾り付けをこなしていく。

そして、大方の飾り付けが終わった頃、出来上がった料理を持った唯依ちゃん達が台所から出てくる。

出来上がった料理を食卓へと並べ、席へと着く。

 

「では。唯依ちゃんの誕生日にカンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」

 

いつもなら、食事中に騒ぐのはご法度だが、今日だけは賑やかに料理を食べ進めていく。

料理を食べ終え、片付けが済んだところで、榮二さんと栴納さんのプレゼントが渡される。

 

「唯依ちゃん、私からはこれだ」

 

榮二さんが懐から取り出したのは、高級料亭のペア食事券だ。

 

「唯依、私からはこれを」

 

栴納さんからは山吹色の和服。

 

「母様、巌谷のおじ様、ありがとうございます」

 

二人からのプレゼントに太陽のような笑顔を浮かべる唯依ちゃん。

そして、俺も二人に続く形でプレゼントを取り出す。

 

「唯依ちゃん、ちょっと目をつむって後ろ向いて」

「はい」

 

唯依ちゃんの綺麗な首にプレゼントのリングネックレスをつける。

 

「もう目を開けてもいいよ」

 

目を開けた唯依ちゃんは首にかかった二つの指輪を見つめる。

 

「一つは誕生石のアクアマリン。もう一つは、その……ストックって花で、花言葉は永遠に続く愛の絆……」

「冬夜、目をつぶってくれませんか?」

 

我ながらかなり恥ずかしいことを言ったなと思っていると唯依ちゃんから目をつむってと言われ、目をつむると、

 

「ん……」

 

唇にすごく柔らかなものが触れる。

 

「えっ……も、もしかして」

「私のファーストキスです。素敵なプレゼントをくれた冬夜へのお返しです。嫌でしたか?」

「い、嫌なんて、そんな! 正直、ちゃんと見たかったっていうか、なんというか!」

 

突然の事態に正常な思考ができなくってしまいあたふたとしてしまう。

てか、いきなり、キスって! それも、ファーストキス!

 

「ふふ、慌ててる冬夜というのもいいですね」

「うふふ。唯依の初めてを受け取ってしまったんですから、これはもう結婚しかありませんね」

「そうだぞ、冬夜くん。男子たるもの、好いている女の子からここまでされたら、もう結婚しかないぞ」

 

栴納さんと榮二さんが何か言ってるが、俺は唯依ちゃんからのキスで完全にまともな思考力をなくしてしまい、顔を真っ赤にして、あたふたとする他なくなってしまい、その後何があったか全く記憶に残こらなかった。



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一学期
入学式


色々と矛盾点などがあるかも知れませんがご了承下さいm(_ _)m


高校の入学式、それは誰もが心踊るイベントである。無論、俺も心踊っている。それが例え、クラスに男子が2人しかいなくてもだ。『IS学園』、我が幼馴染みである天才(天災)に半強制的に入学させられたインフィニット・ストラトスと呼ばれるモノを学ぶ学校である。

「今更、何を学べと?」

「お前の場合、常識だろ」

「わお、ちーちゃんの言葉で泣きそうだぜ☆」

 

それは、高校で学ぶものではないのでは?という疑問はあえて無視して目の前を歩く世界最強の幼馴染みである『織斑 千冬』、通称ちーちゃんの後に続く。

「ここでは、織斑先生だ。それと、お前のクラスには彼女(・・)がいるがあまり目に余る行動は控えるように」

 

彼女だと?

「織斑先生、何故それを先に言わないんですか!あの子が居ると聞いては待てません!adiós amigo」

「あっ!おい、待て!」

 

全力で聞いていた教室へと向かい、勢いよく教室へと飛び込む。

「ゆーいーちゃーん!!」

「なっ!?」

 

教室で椅子に座ってる超絶美少女に抱きつき、髪の匂いを嗅ぐ。誰かが変な挨拶してたけどまあ、大丈夫だろ。

「うん、やっぱり唯依ちゃんの髪は良い香りだね。この香りは椿油かな?それにサラサラで最高!」

「と、冬夜!?や、やめっ」

「もう少っへぶ!?」

「目に余る行動は控えろと言ったはずだが?」

 

悪鬼だ。出席簿を持った悪鬼が居る。

「ほう?」

「わぁ〜、美人な先生だなぁ〜、嬉しいなぁ〜」

 

ポカンとしているクラスメイトを余所に久しぶりの会話を楽しむ。てか、今さらっと、心を読んだよね!?

「それは、そうと織斑」

 

パアンッ!と音がなりちーちゃんの弟くんが叩かれる。あれは痛そうだな……。

「いっ──!?………げぇっ、関羽!?」

 

ふむ、あいつ的にはちーちゃんは関羽か。てか、ちーちゃん。音がえげついから女子が若干名引いてますよ?

「誰が、三国志の英雄だ?」

「あ、織斑先生。もう用事は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」

 

久しく聞いてないちーちゃんの優しい声だ。悪鬼はどこへ行った?童子切りで退治されたのか?

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

ヘェ〜、あの人副担任だったんだ。中々の物をお持ちのようだ。唯依ちゃんには劣るけど。

「………」

 

ちーちゃんの鋭い視線が刺さる。

「……控えます」

「それでいい。さて諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才にまで鍛えぬくことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

なんという暴力宣言。さすがは世界最強。だがしかし、教室には困惑どころか黄色い声援が響く。

「キャ────!千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、千冬様のためなら死ねます!」

 

うっとしそうなちーちゃんを余所に女子達はきゃいきゃいと騒ぐ。

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

 

これが演技じゃなくて本当にうっとしがってるのがちーちゃんだ。ちーちゃん、人気は買えないんだよ?もうちょっと優しくしよう?と思った俺が甘かった。唯依ちゃんの汗くらい甘かった。まあ、舐めたことないんだけど。

「きゃあああああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして〜!」

 

うん。クラスメイトが変態的でも俺は気にしないよ?だって紳士だもん。変態紳士じゃないのかって?ハハハ、何をバカな。

「大分、逸れてしまったが挨拶も満足にできんのか、お前は」

「いや、千冬姉、俺は──」

 

パアンッ!再び響く音。ちーちゃん、弟くんの脳細胞がどんどん死んでいってるよ?

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

と、このやり取りのせいでちーちゃんと弟くんが兄弟なのがバレた。

「え……?織斑くんって、あの千冬様の弟……?」

「それじゃあ、世界で二人だけの『IS』を使えるっていうのも、それが関係して……」

「ああ、いいなぁっ。姉弟の禁断の愛!」

 

一人、危ない子がいる!?それは置いとくとして、弟くんと俺は世界で二人だけの『IS』を使える男としてここ、公立IS学園にいる。簡単に言うと『てめー、日本人(ジャップ)が作ったISのせいで世界は混乱してるから責任もって人材管理と育成のための学園作れや。そこの技術はよこせや。あ、運営資金は自分で出してね♡』という某A国などの要求で作られた学園だ。ヤクザだな。

「大分、時間を取ってしまったな。冬夜、挨拶しろ」

「はいはい。えーと、そこにいる弟くん、もとい織斑一夏くんと同じでISを使える男兼、ニュースで知ってる人もいるかも知れませんが篠ノ之博士以外でISコアを作れる(・・・・・・・・)人間です。好きなものは唯依ちゃんで、好きな食べ物は 栴納さんと唯依ちゃんの肉じゃがです。一年間よろしくお願いします」

 

我ながら、いい挨拶だな。唯依ちゃんが真っ赤で俯いてるけど照れてるのかな?

「ええええ───────!?」

「うるさいぞ、女子。さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 

なんという鬼教官。更にタチが悪いことになまじ人間性能の限界を知っていることかな?

「席に着け、馬鹿者共」

 

幼馴染みに馬鹿はないんじゃない?

 

 

 

そんなこんなで俺のIS学園での生活が始まった。



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金髪ロールちゃん

唯依ちゃんが上手く書けない……


「あー……」

「どうした、弟くん?」

 

一時間目のIS基礎理論授業が終わり今は休み時間。唯依ちゃんの所へ行こうとしたら弟くんが気まずそうな声を出すもんだから構ってやることにする。

「冬夜兄ぃは辛くないの、この状況」

「唯依ちゃんと同じクラスでむしろhappyな感じかな」

「……ちょっといいか」

「え?」

「うん?君は確か、束ちゃんの……」

 

妹の箒ちゃんだったかな?確か、弟くんにぞっこんの。あっ、なるほど。そういうことね。

「じゃあ、弟くん。俺は用事を思い出したから」

「お、おう」

 

弟くんを箒ちゃんに渡して唯依ちゃんの席へと向かう。

「久しぶりだね、唯依ちゃん」

「…………」

「唯依ちゃん?」

 

話しかけても返事してくれないなんてちょっと悲しい。回り込んで顔を見てみると膨れっ面をしてそっぽを向いてる。

「唯依ちゃん?おーい。無視してたら、また髪の匂いを嗅いじゃうぞ〜」

「なっ!?」

 

ガタッ!と音を立てて唯依ちゃんが椅子から飛び上がる。

「あっ、やっと反応してくれた」

「……反応しないとまた、破廉恥なことするんでしょう?」

「そんな、いつも唯依ちゃんにセクハラしてるみたいに言わないでよ」

「じゃあ、SHRは何だったんですか!」

「えーと、スキンシップ?」

「それをセクハラだと言うんです!」

 

唯依ちゃんが顔を赤くしながら怒ってるけどそれも可愛くていい感じ!

「でも、本当に久しぶりだね」

「……はい。今まで何方に行かれてたんですか?」

「色々かな?」

「今度は勝手にいなくならないで下さいね?」

「分かってるよ」

 

キーンコーンカーンコーン。おっと、チャイムが鳴ったということは二時間目か。早く戻らないとちーちゃんに叩かれるからな。

「じゃあ、また後でね」

「はい」

 

その後、弟くんはギリギリに帰ってきてパアンッ!と叩かれていた。弟くん、学習しようよ……。

 

 

 

正直に言ってしまうと今更な授業を適当に聞き流していると山田先生と弟くんのやりとりが耳に入ってくる。何やら、面白いことが起きそうだな。

「織斑くん、何かわからないところがありますか?」

「あ、えっと……」

 

多分、授業が難しいとかそこら辺だろうな。まあ、今の時代にISの知識は研究職の男以外には必要ないからな。

「わからないところがあったら訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

えっへんと自己主張の激しい胸を張る山田先生。

「先生!」

「はい、織斑くん!」

「ほとんど全部わかりません」

 

……さすがに全部わからないは予想外だよ、弟くん。

「え……。ぜ、全部、ですか……?」

 

山田先生の顔が困り度百パーセントで引きつる。まあ、そうなりますよね。

「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 

シーン……。まあ、それはそうだろう。何せ、女子はみんな中学で基礎は習うらしいし入学前の参考書まであるくらいだから、この段階で困る人はいない。

「白崎くんは、大丈夫ですよね?」

「はい、全く問題ありません」

 

この辺りは一般人、技術者関係なく常識的な話だしな。

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

教室の端にいたちーちゃんが少し低めのトーンで弟くんに確認する。

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

パアンッ!

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

 

今回は弟くんが悪い。

「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい。やります」

 

相変わらず、面白い姉弟だね。あっ、今、唯依ちゃんと目があった。とりあえず手を振っておこう。

「授業中に何をしている?」

 

パアンッ!っと頭に激痛が走る。痛いよ、ちーちゃん。

 

 

 

なんだかんだで二時間目の休み時間になり、弟くんと話すことにする。

「仕方ないから、君の勉強に付き合うよ」

「冬夜兄ぃが手伝ってくれるなら百人力だぜ」

「それは大袈裟だろう」

「ちょっと、よろしくて?」

 

いきなり話かけてきた相手の方をみると金髪ロールのいかにもなお嬢様がいた。確か、この子は入試主席の……。

「訊いてます?お返事は?」

「Oh sorry. Waht do you want Ms.Alcott?」

 

とりあえず、英語で返すことにする。

「日本語で大丈夫ですわよ」

「そうですか。それで、何かご用ですか?」

「そちらの方は聞こえてないんですの?」

「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」

 

弟くん、レディーにはもう少し丁寧に対応しようよ。さもないと

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけららるだけでも光栄なのですからそれ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

こういう風に面倒くさいことになります。

「悪いな。俺、君が誰か知らないし」

「それは無知すぎるだろ、常考」

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」

 

どんどん、声が大きくなっていくオルコットさんと弟くんを眺めなることにする。

「あ、質問いいか?」

「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

「代表候補生って、何?」

 

がたたっ。クラスの女子数名がずっこける。大丈夫、俺は耐えたぞ。

「あ、あ、あ……」

「『あ』?」

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

「おう。知らん」

「………」

 

オルコットが頭が痛そうにこめかみを人差し指で押さえながらぶつぶつ言い出した。その気持ちは俺もわかるよ、金髪ロールちゃん。

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」

「オルコットさん、馬鹿なのは弟くんだけでちゃんとテレビはあるから安心して?」

「ちょっ、冬夜兄ぃ!?」

「事実だろ?いつも、エロいことばかり考えてるから常識がなくなるんだぞ?」

 

クラスの女子からキャーという声が聞こえたが知らんな。

「ちょっ、何言って」

「この前、見つけたエロ本はちーちゃんに提出しといたよ♡」

「何してくれんノォォォォォ!?」

 

ははは、このザマァ。

 



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決闘の申し込み

あの後、チャイムまで騒いでいたオルコットさんをなんとかなだめて席に戻ってもらう。

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

この時間は山田先生に代わってちーちゃんが教壇に立っている。これは、重要だな。特性を理解していればどの状況でどの武器を使えばいいかの助けにもなるし。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

ふと、思い出したようにちーちゃんが言う。うん、面倒くさそうだな。唯依ちゃんとの時間も減りそうだし。

「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を産む。一度決まると一年間変更はできないからそのつもりで」

 

ざわざわと教室が色めき立つ。カ○ジ風に。

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私もそれが良いと思いますー」

 

さすがの人気だね、弟くん。

「私は白崎くんで!」

「あっ、私もー」

 

うん?

「では候補者は織斑一夏に白崎冬夜……他にいないか?自薦他薦は問わないぞ」

 

ちょっと、待てぃ!それはいかんですよ、ちーちゃん!

「お、俺!?」

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか?いないなら、投票制だ」

「ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな──」

 

そうだ!そうだ!

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

なんと、横暴な……

「い、いやでも──」

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

バンッと机を叩いて立ち上がったのは、あのオルコットさんだ。今こそ貴族の責務、『ノブレス・オブリージュ』を果たす時だね。圧政者(ちーちゃん)の横暴を許すな!

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

なんか、馬鹿にされてね?まあ、紳士と発言した手前、我慢しよう。

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

日本人が極東の猿だと?

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──」

 

ぷっつーん。

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

「なっ……!?」

「あっ、あっ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「さっきから聞いてれば日本人が極東の猿だと?」

「ええ、そう言いましたわ」

「あの子を見てみろ!」

 

唯依ちゃんを指差す。

「え?」

「彼女が一体、何ですの?」

「あの流れる様な黒髪、まだ成長途中だけどきれいなお椀型の胸、あのモデル顔負けの可愛い顔、あの大和撫子の様な振る舞い、どこをとって唯依ちゃんが猿なんだ!」

 

クラスの女子から「えっ?そ、そこ?」と聞こえてくるがそこ以外に怒るところなんてない!

「はぁ……」

「な、なんなんですの、あなたは!?」

「ただの唯依ちゃんLOVERだ!」

 

うん、言うべきことは言い切った。

「馬鹿にしていますの?」

「大真面目だ」

「決闘ですわ」

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

「俺も条件付きでOKだ」

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

「そう?何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね」

「ハンデはどのくらいつける?」

「あら、早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなーと」

 

弟くんはもしかてアホなのか?ほら、見ろ。クラスからドッと爆笑が巻き起こってるじゃないか。

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「織斑くんは、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

「そうだぞ、弟くん。相手は代表候補生だ。お前では相手にさえならんよ」

「……じゃあ、ハンデはいい」

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのかな迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね。それで?あなたの言う条件とはなんですか?」

 

そうだ。弟くんのアホ発言よりもこれの方が大切だ。俺のモチベーションに関わるし。

「唯依ちゃん」

「……なんですか?」

「両手を顔の前に置いて上目遣いで『頑張って』って言ってください」

「断ります。冬夜、気持ち悪いです」

「なん……だと……」

 

ショックのあまり膝をついてしまう。死のう……屋上から飛び降りたら死ねるかな?

「オルコットさん、決闘の話はなしの方向でお願いします……」

「何でですの!?」

「唯依ちゃんに気持ち悪いと言われて死にたくなったので」

「あ、あなたねえ!」

 

そこで今まで見ていたちーちゃんが声を出す。

「篁、すまんが言ってやってくれないか?」

「ちーちゃん……」

「貴様は黙っていろ」

「はい……」

「頼む、篁。この馬鹿はこのままだと、本当に死にかねん」

 

唯依ちゃんが本当に嫌そうな顔をする。ああ、その顔も中々。

「はぁ、織斑先生がそこまで言うのなら。………が、頑張って」

 

か、可愛ぇぇぇぇ!!

「さあ、オルコットさん。どこからでもかかってきたまへ」

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、白崎はそれぞれ用意しておくように。それでは授業を始める」

 

ちーちゃんが手を打って話を締める。さてと、どの機体を使えば勝負になるかな?

 

 

放課後、弟くんの勉強を見てやっているのだが早くも机の上でうなだれている。

「うう……」

「放課後の教室に珍生物現る。鳴き声は『うう……』」

「冬夜兄ぃ、意味がわからないです……。なんでこんなにややこしいだ……?」

「そこは、諦めろ」

「ああ、織斑くんに白崎くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

「はい?」

「何ですか?」

 

呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類片手に立っていた。

「えっと、ですね、寮の部屋が決まりました」

「俺たちの部屋って決まっていなかったのでは?」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……そのあたりのことって政府から聞いてます?」

 

弟くんは知らないけど俺は特に聞いてないかな。ていうか、そもそも政府と話してないし。

「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室の方が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

「いえ、それは別に構わないのですが、荷物は一度帰らないと準備できないですし、今日は帰っていいですか?」

「あ、いえ、荷物なら──」

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

今日だけでこの声を聞くと金属ロボットがターミネートしてくる映画の曲が流れるようになった。

「どうも」

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう。白崎は 栴納さんが見繕ってくれたそうだ。お礼を言っておくように」

 

栴納さんのことだから、大丈夫だろ。弟くんは何か不満がありそうだけな……あっ、なるほど、あれか。

「ちーちゃん、弟くんは不満があるみたいだね。何せ、年頃の男の子の必需品であるエロ本がないんだから」

「ちょっ!?」

「忘れることだった。織斑、少々話がある。お前は私に付いて来い」

「と、冬夜兄ぃぃぃぃ!」

 

顔を真っ赤にしている山田先生を放置してちーちゃんが弟くんを引きずって行く。ごめんね、弟くん。でも、ちーちゃんと一緒に暮らしてるのにエロ本なんて置いてる君が悪いんだよ?



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同居人

顔を真っ赤にしている山田先生は放置して、そろそろ部屋に行きますか

 

「えーと、0313は……。ここだな」

部屋番号を確認してドアに鍵を差し込む。うん?開いてるな。

ガチャっと部屋に入るとまず、目に入ったのは大きなベッドではなく人の裸体。

「へ?」

「え?」

 

美しく均整のとれた肢体に、脱ぎかけの制服というあられもない姿の唯依ちゃんがいた。

「っ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

悲鳴と同時に部屋を飛び出す。や、やばい。何がやばいって唯依ちゃんのあんな姿を見ちゃったことがだ!

「ぅ……」

 

鼻血がぼたぼたと垂れてくる。くっ、止まってくれ!

「……なになに?」

「あっ、白崎くんだ」

「えー、あそこって白崎くんの部屋なんだ!いい情報ゲット〜!」

 

まずい、ひじょうにまずい。さっきの唯依ちゃんに加えてこのラフな格好の女子勢はまずい!

「ゆ、唯依ちゃん!謝るから、謝るからとりあえず部屋に入れて!」

 

しーん……。

しばらく沈黙が続き、扉が開く。あっ、鼻血止まったな。

「……入ってください」

「あ、ありがとう」

 

トーンが低い……これは、怒ってるな。

「こ、今回は鍵を閉めなかった私にも非はあります。ただし次回からはノックをしてください」

「それは、分かったけど同じ部屋なのはいいの?」

 

そう、問題はこれだ。高校生の男女が同居というのは色々まずい。

「それは、私から申し出ましたので問題はありません」

「へぇ〜、そうなんだ」

 

うん?私から申し出た?つまり、唯依ちゃんが俺と同居を望んだ?それってつまり!

「唯依ちゃんにイタズラし放題!?」

「……嫌いになりますよ?」

「すみません、調子に乗りました」

「そ、その、そういうことは……もう少し……ごにょごょ」

 

最後の方がよく聞き取れなかったけど気にしない方がいいかな?嫌われたら悲しいし。

「とりあえず、線引きをしようか。さすがにそれは必要だろうし」

「そうですね」

 

 

翌朝5:00に起きる。日課のランニングをする為だ。男なら体は鍛えておいた方がいいし、なにより唯依ちゃんも貧弱は嫌いって昔に言ってたからな。

「じゃ、行ってくる」

 

まだ、寝息を立てている唯依ちゃんの寝顔を惜しみながら部屋を出る。

IS学園は敷地が広いのがいいよな。それに景色もいい。走っていて困ることは疲労よりも景色に飽きることだ。その点、この学園はそれがないから助かる。

 

そして、ランニングを終えた俺はシャワーを浴びて制服に着替えて唯依ちゃんと食堂で朝食を食べている。やっぱり、朝は和食だな。

「美味しいね、唯依ちゃん」

「はい」

「でも、やっぱり 和食を食べてると栴納さんや唯依ちゃんの料理と比べちゃうよ。最近、食べてないもんなぁ、肉じゃが」

「そ、そんなに、食べたいなら今夜──」

「あっ、白崎くんだ。隣いいかな?」

「うん?」

 

見ると、朝食のトレーを持った女子が三名、俺の反応を待っていた。

「ああ、いいよ。みんなで食べた方が美味しいね。ねっ、唯依ちゃん?」

「ふんっ!」

 

あれ?不機嫌になってる?そういえば、さっき何かを言いかけてたような……。

「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

ちーちゃん、この学園のグラウンド一周何キロか知ってて言ってるの?五キロだよ、五キロ。っと、俺も早く食べなくては。

 

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して……」

 

今日も分かりきったことを授業で習う。うーん、今更聞いてもな感じなんだけどな……。まあ、弟くんはグロッキーだけど。すると、山田先生の説明に対して女子が体の中をいじられてるみたいで怖いと質問する。

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーしていますよね。あれは、サポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分にあったサイズのものを選ばないと形崩れしてしまいますが──」

 

……ふと、俺と弟くんに目が合う。すると山田先生はボッと赤くなった。

「え、えっと、いや、その、織斑君たちはしていませんよね。わ、わからないですよね、この例え。あは、ははは……」

 

ふむ。わからないが興味はある。特に唯依ちゃんのブラには。そういえば昨日見たのは白だったな。

「ぐふふふ」

 

ドゴッ!と頭に拳が落ちてくる。かなり、痛い。

「ち……織斑先生、痛いです」

「授業中に気持ち悪い笑いをこぼすからだ」

 

しまった。無意識に漏れてか……。

キーンコーンカーンコーン。

「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

この学園では実技、特別科目以外は基本担任が授業を持つ。休み時間十五分のたびにいちいち、職員室まで戻る先生たちは、なんというかご苦労様だ。

「ねえねえ、白崎くんさあ!」

「はいはーい、質問しつもーん!」

「今日のお昼はヒマ?」

 

昨日とは違い、女子が詰め掛けてくる。

「えーと──」

「…………」

 

遠くで唯依ちゃんが見ているがどことなく不機嫌そうだ。

(昼にでも聞いてみるかな)

そう思いながら女子の質問に答えていくとお馴染みのパアンッ!という音が聞こえる。

「休み時間は終わりだ。散れ」

 

どうやら、ちーちゃんの個人情報をバラそうとした弟くんが叩かれたようだ。

「ところで織斑、お前のISだが準備に時間がかかる」

「へ?」

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

へぇー、弟くんに専用機か。大方、データ収集目的だろう。

「せ、専用機!?一年の、しかもこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」

「ああ〜。いいなぁ……。私も早く専用機が欲しいなぁ」

 

女子が騒ぐ意味がわからないと言った顔をしてるな。

「教科書六ページ。音読しろ」

「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にある※1IS約467機、その全ては篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士並びに白崎博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし、博士らはコアを一定数以上作ることを拒絶しており……※1これは篠ノ之博士が開発した数であり、白崎博士が開発したコアについては不明の為正確な数はわかっていない。』……」

「つまりそういうことだ。本来ならIS専用機は国家あるいは企業に属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的に専用機が用意されることになった。理解できたか?」

「な、なんとなく……」

 

そうか、コア作ったこと報告してなかったな。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?それに白崎博士って……」

 

あれ?自己紹介で言わなかったけ?

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ。それに白崎博士というのはそこにいる白崎のことだ」

「ええええーっ!す、すごい!このクラス有名人の身内がふたりに、しかもコア開発者まで!」

 

もしかして、信じてなかったの?ちょっとショックだよ。

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度IS操縦教えてよっ」

「白崎くんって、本当にISコア作れるの!?」

「白崎くん、私の専用機作ってよ!」

 

授業中だというのに、女子がわらわらと集まる。おい、弟くん。何を面白い光景みたいに見てる。

「今は作る気はな──」

「あの人は関係ない!」

 

突然の大声。見ると箒ちゃんみたいだ。

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

そう言って、窓の外に顔を向ける。やっぱり、上手くはいってないのか。

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はいっ!」

 

山田先生も箒ちゃんが気になる様子だったが、そこはやはりプロの教師。ちゃんと授業を始める。

 

 

 



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試合開始

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 

休み時間、早速俺たちの所に来たオルコットさんは、腰に手を当ててそう言った。やっぱり貴族だね。そのポーズ、様になってるよ。

「そ、それで、白崎さん……」

「なに?」

「わたくしは嫌われても構いません。ですが、どうか祖国のことは……」

 

ああ、やっぱりそうなるか。俺がコアを作れるとわかると決まって、みんな下手に出る。

「オルコットさんのこともイギリスのことも嫌ってなんかないよ。ただ、正々堂々と勝負がしたいだけだよ」

「そ、そうですか。ありがとうございますわ。まあ、織斑さんとの勝負は見えていますけど?さすがにフェアではありませんものね」

「? なんで?」

「このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

「……馬鹿にしていますの?」

「いや、すげーなと思っただけだけだど。どうすげーのかはわからないが」

 

弟くん、それを世間では馬鹿にしてると言うと思うよ?

「それを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」

 

ババン!両手で机を叩く。ほら、オルコットさんも同じこと言ってるし。

「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは約467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そうなのか」

「そうですわ」

「人類って六十億超えてたのか……」

「因みに正しくは七十億超えらしい」

「そこは重要ではないでしょう!?」

 

ババン!オルコットさん、机を何回も叩くのは淑女的にダメなんじゃ……。

「あなた!本当に馬鹿にしてますの!?」

「いやそんなことはない」

 

すげー棒読みだな、おい。

「だったらなぜ棒読みなのかしら……?」

 

ほら、オルコットが血管が浮きそうになってるじゃないか。

「ま、まあ。どちらにしてもこのクラスで代表にふさわしいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく。では、白崎さん」

 

あの、貴族がドレスを着た時にやるスカートの端を持ってするお辞儀をされる。うーん、さすがはオルコットさん。モデルみたいだった。

「唯依ちゃん」

「なんですか?」

「お昼、唯依ちゃんと食べたいから一緒に行かない?」

「し、仕方ないですね。少し、待っててください」

「了解だよ」

 

少し、頬を赤く染めながら返事してくれる。うん、可愛い。

そして、唯依ちゃんと一緒に食堂へ行き、日替わり定食を受け取る。

「それで、どうなんですか?」

 

焼き鯖をほぐしていると唯依ちゃんから質問がくる。

「なにが?」

「来週の勝負です。あれだけ啖呵を切ったのだから勝てるんですよね?」

 

ああ、そのことか。オルコットさんには悪いけど、どうやったら勝負になるかに本気で悩んでる。

「多分、問題ないよ」

「そうですか」

 

そこで会話が終わり黙々と食べる。元々、唯依ちゃんの家では静かに食べるのが普通だったので苦にはならない。

「ねえ。君が噂のコでしょ?」

 

いきなり、隣から女子に話しかけられる。リボンの色からして三年生みたいだな。爽やかな印象の短い金髪。スポーツ少女特有の魅力が漂っている。

「おそらく」

 

返事をすると、先輩は実に自然な動きで隣に席かける。そして、ふくよかな胸を強調するよな感じで胸の下で腕を組む。

「ISコアを作れるって、ほんと?」

「ええ、まあ……」

 

なるほど、いつものやつか……。

「私にISについて教えてくれない?勿論、ふ・た・り・き・り・で」

 

言いながらずずいお身を寄せてくる先輩。可愛いとは思うけどさ、こういう露骨な色仕掛けって萎えるよ。って、唯依ちゃんがかなり不機嫌になってる!?

「あの──」

「先輩、あなたはすごく魅力的かもしれませんが、僕はあんまりそういうのは好きじゃないです。やめてもらえます?」

「っ!?そ、そう。ごめんね」

 

先輩はバツが悪そうに離れていく。

「ふぅ、困るよね。ああいうの」

「……随分と顔がにやけていましたけど?」

「そ、そう?」

「そう見えました。ふんっ!」

 

あらら、怒らせちゃった。結局、聞きたかったことも聞けなかったし……。

 

 

 

「はあはあ……」

「ふぅ……」

 

時は放課後、場所は第二剣道場。ギャラリーはなく、その場には床に倒れこむ俺とちーちゃん。

「安心した。腕は鈍ってないようだな」

「そう?」

 

手合わせを初めて三十分。お互いの竹刀が折れたのをきっかけに手合わせを終える。

「まったく、授業が終わってすぐに話があるというから来てみれば」

「はは、ごめんね。オルコットさんと戦うのに鈍ってると失礼じゃん?ISって、どうしても体の延長だから生身の性能に左右されるし」

「それは、そうだな。しかし、お前の示現流は相変わらずの威力だな。私の手が痺れるなんてそうそうないことだぞ?」

「はは、ちーちゃんの篠ノ之流剣術も凄いよ」

 

お互いの剣術を褒め合いながら、息を整えていく。

(まあ、この調子なら大丈夫だろ)

 

 

 

そして、迎える月曜。オルコットさんとの対決の日。戦順は弟くんのISが届いていないのでオルコットさんvs俺、オルコットさんvs弟くん、俺vs弟くんの順番になった。強化装備に着替えた俺は唯依ちゃんに言うべきことを伝える。

「ねえ、唯依ちゃん」

「なんですか?」

「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」

「っ!?だ、誰とですか!?」

 

えっ?まさか、唯依ちゃんって死亡フラグ知らない人?あっ、でもネットとかしないから知らないか。って、ことは……やっちまったぁぁぁぁ!!

「誰なんですか!私はそんなこと、聞いて……ませんよぅ……うぅ……」

「あ、あのね、唯依ちゃん。今のは死亡フラグって言ってね。出撃前にこういうこと言うと死ぬって言うジンクスがネタになったいわゆるお約束ってやつで!」

「私から、説明しておいてやるから早くしろ馬鹿者」

 

パアンッ!いつもよりも、痛い。

「わ、わかりましたよ。……『戦術歩行戦闘機(TSF)』起動。『F-4 ファントム』五割展開」

 

量子変換されていた装甲が俺の体に合わせて出現する。まあ、『F-4 ファントム』の五割展開がちょうど良いだろ。

「随分と懐かしい機体だな」

「他のは強すぎますからね」

「さっさと、行ってこい」

「はいはい」

 

ピット・ゲートに進む。跳躍ユニットを起動して飛び。

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

オルコットさんがふふんと鼻を鳴らす。また腰に手を当ててる。気に入ってるの?そのポーズ。そして、ハイパーセンサーからオルコットさんのIS、『ブルー・ティアーズ(蒼い雫)』の情報が送られてくる。情報通り、やはり特徴的なのは背部のフィン・アーマーだ。確か、ビット兵器だったな。

「一つ、良いかしら?」

「なに?」

「あなたのそのISスーツはなんですの?」

 

やっぱり、このスーツ(強化装備)は気になるよね。

「僕の機体に合わせた特別製。色々機能が付いてなんと、お値段……幾らだろ?」

「知りませんわ!……最後のチャンスを差し上げます」

「チャンス?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、開発者として惨めな姿を晒したくなければここで申して出てください」

 

──警戒、敵IS操縦者が射撃モードに移行。セーフティの解除を確認。

「そんなに、やる気満々でなにを言ってるんだか」

「そう?残念ですわ。それなら──」

『あのー、すいません。少し良いですか?』

 

突然の通信にお互い、ずっこけかける。

「なんですか、山田先生」

『篁さんが一言、言いたいそうなので』

 

おっ!もしかして応援!?

『冬夜、先ほどの言葉の意味を説明していただきました』

「良かった。誤解は解けたんだね」

『ええ、ですから自身で建てたフラグですのできっちりと回収してください。オルコットさん、そこの女の気持ちを弄ぶ最低男を倒してください』

 

えーと、誤解は解けたんだよね?でも、悪化してるよね?なんでさ……。

「ええ、勿論。わたくしが勝ちますわ。それでは、気を取り直して!」

 

──警告!敵IS射撃体制に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

 

「お別れですわ!」

「そっちがね」

「きゃあっ!?」

 

オルコットさんの主兵装である六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》を発射される前に《WS-16 突撃砲》の三六ミリ弾を撃ち込み、破壊する。

「くっ!踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」



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試合終了

「あ、あり得ませんわ。わたくしとブルー・ティアーズがここまで圧倒されるなんて」

 

戦闘開始四分。既に、ビットは俺の直接射撃と可動兵装担架からの射撃で六基すべてが破壊されている。

「どうする?続けるのなら良いし、辞めるのならそれでも良いよ?」

 

これ以上やっても無駄だし。何より、唯依ちゃんに謝らないとまずい。

「まだ、武器はありましてよ。《インターセプター》!」

 

へぇ、射撃一辺倒の機体だと思ったらちゃんと近接武器もあるんだ。でも、明らかに慣れていない。そんなのを実践で使うのは命取りだよ。

「自ら銃を捨てた!?」

 

突撃砲を捨て、《CIWS-1A 近接戦闘短刀》を装備する。

「終わりだよ」

 

オルコットさんのショートブレードを弾き、トドメをさす。

 

『試合終了。勝者──白崎 冬夜』

 

「ふう、オルコットさん。お疲れ様。なかなか、いい勝負だったよ。いや〜、これでまだ成長段階とは末恐ろしいよ」

「負けたわたくしを馬鹿にしに来たんですの?」

「そんなことはしないさ。俺も弟くんも。君は少し、弟くんから学ぶといいよ」

 

それだけ言い残して唯依ちゃんの待つピットへ向かう。俺、カッコ良かったぜ☆

 

そして、今は弟くんとオルコットさん戦い中だが、俺はそんなことより唯依ちゃんの機嫌を直さなければ!

「唯依ちゃん!」

「なんですか、最低男さん」

 

グハッ!冬夜は一万の精神的ダメージを受けた。くっ、リレイズだ!

リレイズ無効の攻撃ですので不可能です。

ならゾンビでも……って!そんな場合じゃないよ!

「えと、怒ってるよね?」

「怒っていません。最低男さんに怒るなんてバカバカしいじゃないですか」

 

それ、めっちゃ怒ってますよね!?

「唯依ちゃん、許して!なんでもしますから!」

「……今なんと?」

「えと、だから許してと」

「その後です」

「なんでもしますから?」

「本当ですか?」

 

もしかして許してくれるの!?

「うん、なんでもするよ!」

「で、では、次の休みにデ……お出かけしてくれたら許します」

「それは、デートと言うのでは?」

「ち、違います!お出かけかけです。そうです、お出かけです。冬夜みたいな最低男とデートする女の子なんているはずないです」

 

ふふ、照れてる唯依ちゃん。

「じゃあ、今度の日曜日にね」

「お、遅れないでくださいね」

「うん!」

 

ふふ、唯依ちゃんとデート。楽しみだなぁ。

 

 

そして、オルコットさんvs弟くんの試合は弟くんの自滅で終了した。はは、『俺も、俺の家族を守る。とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!(キリッ』だって。m9(^Д^)プギャーwww

「冬夜兄ぃ、せめて心の中だけにしてくれ……」

「あっ。心の声、漏れてた?ごめんごめん。あまりにあれだったから」

 

うなだれている弟くんの頭にパアンッ!とお馴染みの音が響く。仕方ないな、ちーちゃんの名前を守るどころか辱めたんだから。ん?漢字間違い?大丈夫、これで合ってる。

「さっさと準備しろ、馬鹿者共」

 

あれ?俺も含まれてるの?

「じゃあ、弟くん、お先に。『77式戦術歩行戦闘機 撃震』五割展開」

 

『F-4 ファントム』の格闘戦仕様である撃震を展開する。え?名前の由来?震電の震と攻撃の撃を雅に組み合わせた造語だよ。カッコいいだろ?

「来い、白式」

 

弟くんも展開し終わる。そして、お互いに──弟くんはちーちゃんの《雪片》の後継型である《雪片弍型》、俺は《74式近接戦闘長刀》を──構える。

「さっきと名前が変わってないか?」

「違う機体だもの。そりゃ、違うさ」

「へ?それって──」

「そんなことより、弟くん。わざわざ、君に合わせて剣で勝負しようと言うんだ。最善を尽くしなよ」

「言われなくてもわかってるぜ!」

 

勢いよく突っ込んでくると同時に剣を振るってくるがまだまだ甘い。

(何か、考えてるな……)

「そんな攻撃は躱してください、反撃してくださいと言ってるようなもんだよ?」

 

弟くんの剣を受け流しそのまま回転蹴りを加えて吹き飛ばす。

「なっ!?」

「はぁ、弟くんは小細工を労せるほど器用じゃないだろ?苦手なことをするなんて、弟くんは俺との実力差がわかってるのかい?」

「それじゃあ、どうしろって言うんだよ」

「簡単さ。圧倒的な実力差のある相手に小細工を労するのは無駄なことだよ。なら、一撃に全力をかければいい。そもそも、君は俺に初撃を当て得ることからなんだから」

 

少し考えるような顔をした後、何かを決心した顔に代わる。ふふ、いい顔だね。

「それじゃあ行くぞ、冬夜兄ぃ!」

「来い!」

 

雪片の刀身が光を帯びる。あれがちーちゃんの奥の手、零落白夜か。ふっ、面白い!こちらも示現流の構えである『蜻蛉の構え』をとる。

「おおおおっ!」

「はあぁぁぁ!」

 

ガギィンッ!!

雪片弍型と長刀がぶつかり火花を散らす。今のはなかなか良かったよ、弟くん。でも!

「まだ、甘い!」

 

長刀に力を込めて押し、弟くんをアリーナの壁まで吹き飛ばす。

「ガッ!」

 

そして、その瞬間ビーッとブザーが鳴り響く。

 

『試合終了。操縦者気絶の為、勝者──白崎 冬夜』

 

 

「よくもまあ、持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か、大馬鹿者」

 

試合がすべて終わり、弟くんは馬鹿者から大馬鹿者になっていた。すごく不名誉なランクアップだね。ダウンじゃないのがちーちゃんらしい。

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身をもってわかっただろう。明日からは訓練に励め。暇があれはまたISを起動しろ。いいな」

「……はい」

 

素直に頷く弟くん。まあ、頷くしかないよな。しかし、今思い出しても……ププッ。

「えっと、ISは今待機状態になってますけど、織斑くんが呼び出せばすぐに展開できます。ただし、規則があるのでちゃんと読んでおいてくださいね。はい、これ」

 

そう言えばあったな。IS起動におけるルールブックという名の電話帳。

「何にしても今日はこれでおしまいだ。帰って休め」

 

敬う気持ちのない命令だった。

「冬夜、帰りましょう」

 

唯依ちゃんの優しさが身に沁みます。ちーちゃんにも見習ってもらいたい。

「うん」

 

唯依ちゃんと肩を並べて寮へと帰る。こうして肩を並べて歩くっていいよね、夫婦みたいで。

「格好よかったです」

「え?」

 

今、唯依ちゃんの口からすごく嬉しい言葉が飛び出した気がする。実際は聞こえたんだけど、もう一回聞くためにわざと聞こえなかったふりをする。

「だから、今日の試合のことですよ。格好よかったです」

 

唯依ちゃんに褒められた!これだけで、我々は十年はやれる!何がかはわからないけど。

「そ、そう?ありがとう」

「勝利を祝して今日は肉じゃがにしたいと思います」

「マジで?」

「はい、嫌で──」

「イヤッッホォォォオオォオウ!」

 

唯依ちゃんの肉じゃが♩唯依ちゃんの肉じゃが♩

「そうですか、そんなに嬉しいですか」

「うん!」

 

鼻歌交じりにご機嫌な唯依ちゃんと部屋へと戻っていく。



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クラス代表決定

唯依ちゃんの肉じゃがに舌鼓を打った翌日、朝のSHR。面白いことが起こっていた。

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

嬉々として喋る山田先生、大いに盛り上がるクラスの女子たち、ゲスな笑みを弟くんに送る俺。

「先生、質問です」

 

弟くんが手を挙げて質問する。まあ、当然だろうな。

「はい、織斑くん」

「俺は昨日の試合に全敗したんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは──」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

「それは俺が辞退したからだ」

 

同時に弟くんに言い放つ。

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

 

事実負けてるから反論できないよね。

「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして“一夏さん”にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

「俺は単純に面倒くさい。第一、唯依ちゃんとの時間をわざわざ減らすようなことをする訳ないだろ?」

「ちょっ!そんな理由ありかよ!?」

「語るに及ばず。昔から言うだろ、勝てば官軍負ければ賊軍と。負けた弟くんに文句を言う資格はない!」

「ぐぬぬ」

 

これが勝者の特権というものさ。

「そ、それでですわね」

 

コホンと咳払いをして、あごに手を当てるオルコットさん。いつもと違うポーズの意味はやはり……。

「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ──」

 

バン!机を叩く音が響き、箒ちゃんが立ち上がる。やっぱり一夏LOVERとしては黙っていられないよね。

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が直接頼まれたからな」

 

『私が』を強調するあたり、箒ちゃんも可愛いな。殺気立った瞳で睨んでるがオルコットさんは誇らしげに視線を返す。

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに

何かご用かしら?」

「ら、ランクは関係ない!頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

「え、箒ってランクCなのか……?」

「だ、だからランクは関係ないと言っている!」

 

因みに俺はちーちゃんと同じSランク。まあ、これは割と変動するからあんまり意味ないんだけどね。

「座れ、馬鹿ども」

 

すたすたと歩いていってオルコットさん、箒ちゃんの頭をばしんと叩く。さすがは世界大会の覇者、凄味が違う。

バシン!

「その得意げな顔はなんだ。やめろ」

 

弟くんが叩かれた。多分、しょうもないことでも考えてたんだろ。

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

さすがのオルコットさんも反論の余地なしだな。何か言いたそうなのを飲み込んだ。

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

 

とても、下着の洗濯も自分でできないちーちゃんには見えない。下着の洗濯もできない?はっ。唯依ちゃんが洗濯できなかったら唯依ちゃんの下着を見放題、触り放題の楽園なんじゃ!?

「唯依ちゃん!」

「何ですか?」

「これからは洗濯できなくなって!」

「は?」

「そうすれば唯依ちゃんの下着を──」

 

バシン!

「今は私の管轄時間だと言ったはずだが?」

「すみませんでした」

「わかればいい」

「冬夜、本当に気持ち悪いです」

 

ガーン!いい考えだと思ったのに、唯依ちゃんには気に入ってもらえなかったみたいだ。

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 

はーいとクラス一丸となって返事をする。団結はいいね。

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、白崎。試しに飛んでみせろ」

四月も下旬、遅咲きの桜が全て散った頃。俺たちは今日もこうして鬼教官ことちーちゃんの授業を受けていた。

「早くしろ、織斑、オルコット。熟練した操縦者は展開まて一秒とかからないぞ」

 

とりあえず展開し終わり、他の二人を待つ。因みにISは待機状態ではアクセサリーの形状になる。オルコットさんは左耳のイヤーカフス。弟くんは右腕のガントレット。俺はドッグタグ。因みに今回は『97式戦術歩行高等練習機 吹雪』だ。そして、今回は普通のISスーツだ。

「よし、飛べ」

 

全員が展開し終わるとちーちゃんから指示がでる。言われて、オルコットさんと俺が急上昇し、弟くんが遅れる。

「何をやっている。スペック上の出力は白式の方が上だぞ」

 

まあ、束ちゃんがいじってるんだからそうだろうな。

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分が自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

「忘れるな。イメージするのは常に(クラスで)浮いている自分だ」

「なんか、嫌なニュアンスを含んでないか!?」

 

気のせいだ。

「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!」

 

いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。見ると、遠くの地上で山田先生がインカムを箒ちゃんに奪われておたおたしていた。ちなみにハイパーセンサーのお陰でこの距離からでも唯依ちゃんをバッチリ見れる。ハイパーセンサーさまさまだな。

「織斑、オルコット、白崎、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

「了解です。では一夏さん、白崎しん、お先に」

 

言って、すぐさまオルコットさんは地上に向かう。さすがは代表候補生、見事なお手並み。

「じゃ、俺も」

 

跳躍ユニットを全開にして一気に地上へ向かい、丁度良いところで逆噴射で完全停止する。

「さて、弟くんはどうかなっ!?」

 

ギュンッ──────ズドォォンッッ!!!

今起こったことを簡単に言うとこんな感じ。弟くん、それは急降下からの完全停止ではなく墜落と言うんだよ?

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「……すみません」

 

馬鹿な弟くんを放置して唯依ちゃんの方を見る。うん、ISスーツ姿の唯依ちゃん。すごく良い!

「み、見ないでください!」

 

考えてることがばれたのか顔を赤くした胸元を隠す。それも良い!

「唯依ちゃん、良い感じ!」

「もうっ!冬夜なんか知りません!」

「おい、馬鹿者。セクハラしてないでささっとこっちに来い」

 

ちーちゃんから呼ばれて仕方なく向かう。

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

「は、はあ」

「返事は『はい』だ」

「は、はいっ」

「よし。でははじめろ」

 

手のひらに光が放出し《雪片弍型》が形成される。一週間訓練したとはいえ、まだ遅いかな。

「遅い。○・五秒で出せるようになれ」

 

まあ、それくらいじゃないと実践では使えないか。

「セシリア、武装を展開しろ」

「はい」

 

右手を肩の高さまで上げ、真横に腕を突き出す。すると一瞬にして狙撃銃《スターライトmkⅢ》が握られる。さすが、オルコットさん。

「さすがだな、代表候補生。──ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために必要な──」

「直せ。いいな」

「──、……はい」

 

反論しそうなオルコットさんを一睨みで黙らせる。さすがちーちゃん。

「セシリア、近接用の武装を展開しろ」

「えっ。あ、はっ、はいっ」

 

多分、さっきの文句を頭の中で言っていたのか反応が遅れる。

「くっ……」

「まだか?」

「す、すぐです。──ああ、もうっ、《インターセプター》!」

 

やっぱり名前を呼ぶってことはそれだけ不慣れななんだな。ちなみにこれは『初心者用』の手段だ。

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうつもりか?」

「じ、実戦では近接の間合いに入られません!ですから、問題ありませんわ!」

「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

「あ、あれは、その……」

「次回までに改善しておけ。最後は白崎、お前だ。私の知る限りお前の最高タイムは○・二秒だったな。これを越えたらグラウンド十周だ」

 

なんと、横暴な。唯依ちゃんとの時間のためにやるしかないな。

「オルコット、時間を計ってやれ」

「は、はい」

「………」

 

いつものように右手と左可動兵装担架に突撃砲、右可動兵装担架に長刀を呼び出す。

「何秒だ」

「……○・一秒ですわ」

「ふぅ」

「記録更新か。まあ、良いだろ。全員、最高はこれを目指すように。時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

手伝ってくれという視線を感じたがあえて無視する。自業自得だよ、弟くん。

 



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二組の転校生

「というわけでっ!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

「おめでと〜!」

 

ぱん、ぱんぱーん。クラッカーが乱射され重い顔をした弟くんの頭に紙テープが乗る。

ちなみに今は夕食後の自由時間。場所は寮の食堂、一組のメンバーは全員揃っていた。各自飲み物を手にやいのやいのと盛り上がっている。

「唯依ちゃん、楽しいね」

「ええ、みなでこうして楽しむのはとても良いと思います」

 

それにしてもみんな、さすがは花の高校生。すごく楽しそうだ。まあ、約一名ほどあそこで憂鬱な顔をしてるけど。

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

「ほんとほんと」

「ラッキーだよねー。同じクラスになれて」

「ほんとほんと」

 

弟くんは本当に人気者だな。二組の女子までいるじゃないか。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の男子新入生達に特別インタビューをしに来ました〜!」

 

オーと一同盛り上がる。インタビューかぁ、なんて答えよう。

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

なんとも画数の多い名前だ。えーと、一、二……。おお、三十五画もある。

「ではではずばり織斑君!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

無邪気な子供のように瞳を輝かせて弟くんにボイスレコーダーを向ける。

「えーと……」

 

悩んでるね。大方、期待を裏切るわけにもいかないとかその辺かな?

「まあ、なんというか、がんばります」

「えー。もっといいコメントちょうだいよ〜。俺に触れるとヤケドするぜ、とか!」

 

なんで、黛先輩はそんな古いの知ってるんだ?

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

 

弟くん、引くわー。イケメンなの含めて引くわー。

「じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして」

 

ぜひ、めちゃめちゃくさい台詞にしてやってください。

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

 

とか言いつつも満更でもない感じだね。すぐ近くに控えてたし。髪のセットが気合い入ってるのは写真対策?

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり──」

「ああ、長そうだからいいや。写真だけちょうだい」

「さ、最後まで聞きなさい!」

「いいよ、適当にねつ造しておくから。よし、織斑君に惚れたからってことにしよう」

「なっ、な、ななっ……!?」

 

ありゃりゃ、見破られちゃったね。

「何を馬鹿なことを」

「え、そうかなー?」

「そ、そうですわ!何をもって馬鹿としているのかしら!?」

 

……ほんと、その鈍感ぶりはどうかと思う。

「だ、大体あなたは──」

「はいはい、それじゃ最後はISのコアを作れる知能に代表候補生を圧倒する実力を持つ謎の男、白崎君!」

 

謎の男……。なんか、かっこいい。

「それほどの実力を持ちながらなぜ、辞退したんですか?そこら辺を詳しく教えて」

「やるべきことがあったからです」

「その、やるべきこととは?」

 

隣にいた唯依ちゃんをぐいっと引き寄せて宣言する。

「な、何をっ──」

「唯依ちゃんと一緒にいたいからです。クラス代表になってしまうと何かと忙しくて、唯依ちゃんとの時間が減ってしまうので」

 

唯依ちゃんの顔がボンッと一気に赤くなる。

「ということは白崎君はこの唯依ちゃんって子が好きってことかな?」

「好きじゃありません。大好きなんです!」

「と、冬夜っ!?」

「おお!さすがは男の子!唯依ちゃんは、この告白について何かありますか?」

「っ………わ、私も……冬夜のことは……べ、別に嫌いでは……ないです」

 

真っ赤になって俺の裾を掴んで俯きながら答える唯依ちゃん、超可愛い。

「この際ですから、素直に告白してみれば如何です?」

「えっ!あ、あの……」

「さあさあ!」

「わ、私も、冬夜のこと好……やっぱり、無理です!は、恥ずかしすぎます!」

「おお、どうやら相思相愛に模様。うん、リア充爆発しろ!」

 

はは、お断りします。

「それじゃ、最後に写真撮るからね。注目の専用機持ちのスペシャルショット!あっ。セシリアちゃん、織斑君と握手してもらえるといいかも」

「そ、そうですか……。そう、ですわね」

 

オルコットさんにチャンス到来。頑張れ!

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん」

「でしたら今すぐ着替えて──」

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

 

黛先輩が二人の手を引いて、そのまま握手まで持って行く。少し強引だけど、それくらいでいいと思う。

「…………」

「? なんだよ?」

「べ、別に、何でもありませんわ」

「…………」

「……なんだよ、箒」

「何でもない」

「それじゃあ撮るよー。35×51÷21は〜?」

「え?えっと……2?」

「違う。74・375だ」

「おっ、白崎くん正解ー」

 

パシャッとシャッターが切られる。……って。全員写真に入ってるし。因みに唯依ちゃんはこっそり俺の隣に来てた。

「唯依ちゃん」

「な、何ですか?」

「ツーショット、頼む?」

「あっ!い、いえ、別にそんなつもりは──」

「ふふ」

 

結局、この『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は十時過ぎまで続いた。ちなみに、あとでこっそり唯依ちゃんとのツーショットを撮ってもらったのは内緒だ。唯依ちゃんがすごく嬉しそうだったのはもっと内緒だ。そして、今は部屋へと帰りベッドで寝転がっている。

「今日は楽しかったね」

「ええ、とても楽しかったです」

「写真も撮ってもらえたしね」

「あ、あれは別にそんなんじゃ──」

「 そう?俺は嬉しかったよ?唯依ちゃんとのツーショット」

「……冬夜はズルいです。私ばっかり恥ずかしい思いを」

「俺も結構恥ずかしいんだよ?でも、唯依ちゃんのこと大好きだから」

「ふ、ふん!もう寝ます!」

「うん、おやすみ」

 

 

あけて翌朝。教室は転校生の話題で持ちきりだった。

「白崎くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

「中国の代表候補生だっけ?」

「そう、でもこの時期にってちょっと変じゃない?」

「そうかな?」

 

ふむ、謎の女転校生か……。私、気になります。

「朝から不潔です」

「なんでさ!」

「どうせ、冬夜のことです。容姿が良いかどうかなどを気にしていたんでしょう?」

 

た、確かに少しは気にしたけどさ!

「不潔はないよー。昨日の唯依ちゃんはすっごい可愛かったのに〜。今日はツンデレ?」

「誰がですか!んん、昨夜は少しはしゃぎ過ぎたので反省中です」

「ええ〜」

「何か?」

「なんにも〜」

「なら、いいです」

「──その情報、古いよ」

 

唯依ちゃんとの会話を楽しんでいると教室の入り口から聞き慣れない声が聞こえる。おっ?噂をすればなんとやら。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれている。ポーズを決めるのが流行ってるの?

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

口ぶりからして弟くんの知り合いかな?てか、弟くんの周りって俺ほどじゃないにしろ、女の子のレベル高過ぎじゃね?

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

どうやら、さっきまでのはキャラ作りしてたみたい。あっ、ちーちゃんだ。早くどかないと……。

「おい」

「なによ!?」

 

バシンッ!言わんこっちゃない。本日も出席簿打撃は強烈みたいだな。

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません……」

 

さっきまでの威勢は何処へやら。100%ビビり切っちゃってるよ。

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 

そう言い残して二組へ向かって猛ダッシュ。

「なんだか、賑やかな子が来たね」

「ええ、元気な子でしたね」

 

そして、今日も一日ISの訓練と学習が始まった。

 



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泣く鈴ちゃんと拗ねる唯依ちゃん

昼休み開始早々に、箒ちゃんとオルコットさんに文句を言われている弟くんを放置して唯依ちゃんとお昼を食べる。ちなみに今日は唯依ちゃん手作りのお弁当。

「どうしたんですか?そんなに嬉しそうな顔をして」

「そりゃ嬉しいさ。なんたって唯依ちゃん手作りのお弁当だもの。これで嬉しくない男がいたらそれはホモだね」

「ふふ、大げさですよ」

「いやいや、そんなことないよ」

「それはそうと篠ノ之さんにオルコットさん、いったいどうしたんでしょうか」

「午前中の授業?まあ、確かに珍しかったね」

 

普段マジメな二人は午前中だけで山田先生に注意五回、ちーちゃんに三回叩かれている。

「まあ、多分というかあの転入生だろうね」

「また彼がらみとは。もしかして織斑くんは節操なしなんですか?」

「うーん、あれは節操なしというより天然たらし的なものだと思うよ」

 

本人に自覚は全くないし。

 

 

 

放課後、第二アリーナ。珍しく唯依ちゃんからIS操縦を教えて欲しいと頼まれた。近くあるのはクラス代表戦だから焦って実機訓練しなくてもいいのに。まあ、唯依ちゃんとの時間だからむしろばっちこいなんだけど。

「でも、急にIS操縦を教えて欲しいってどうしたの?」

「私は冬夜と組むことが多いでしょうから今のうちから慣れておいた方がお互いに良いかと思いまして」

 

なるへそ。確かによっぽどのことでない限り唯依ちゃん以外と組むつもりないし。

「それじゃ、今日は軽く飛行制動をやろうか。動くとこに慣れてないとコンビネーションも何もないからね」

「はい」

「まずは…………」

 

 

二時間ほどの訓練だったけど唯依ちゃんはやっぱり凄い。基本的な飛行制動はすぐにマスターしちゃうんだから。これなら、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』なんかの技もものにしてすぐに戦闘訓練とコンビネーション訓練に移れそうだ。

「この辺で終わろうか、日も暮れてきたし」

「そうですね、では私はシャワーを浴びてきますので後ほど」

「うん、俺もそうする」

 

シャワーを浴び終えて自室へ向かっていると弟くんの部屋から怒鳴り声が響く。

「最っっっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!」

 

すると、例の転校生が飛び出してきた。なんだか、目元が光ってる。

「えと、凰さんだっけ?泣いてるみたいだけど大丈夫?」

「あんたは、一夏のクラスの……」

「弟くんと何かあったの?」

「うわぁぁぁん!」

「えっ!ちょ、ちょっと、どうしたのさ!?」

 

とりあえず、泣きじゃくる凰さんを自販機前のイスまで連れて行く。

「それで、一体どうしたの?」

「は、恥ずかしいところ見せちゃったわね」

「いいよ、気にしなくて。誰にも言わないし。大体の察しはつくけどやっぱり弟くん関連?」

「うん。一夏に昔、約束したこと覚えてるか聞いたら変な勘違いしててそれで……」

 

珍しいな、弟くんが女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて。

「差し支えなければ教えてくれる?」

「そ、その、『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』っていう約束……」

 

俗に言う『私の味噌汁を毎日、飲んでくれますか?』という日本古来からの告白の酢豚版?

「えーと、それってもしかしなくても……」

「う、うん……」

 

この子なりに頑張ったんだろうけど今回は相手が悪いとしか言いようがない。なんせ、相手はあの『この世全ての鈍感』なんだから。

「あのバカの代わりに謝るよ、ごめんね。多分、これで気付かないのは弟くんだけだ」

「いいよ、あんたが謝らなくても。んー!あんたに話して少しスッキリした。馬鹿一夏はクラス対抗戦でボコボコにしてやるんだから!」

 

よかった、元気が出たみたい。やっぱり女の子には笑ってもらいたいもんね。

「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」

「あっ。ちょっと、待ちなさいよ」

「なに?」

「名前、教えてよ。あんたの」

「白崎 冬夜だよ」

「それじゃ、冬夜おやすみ」

「おやすみ、凰さん」

「鈴でいいわ」

「鈴ちゃん、おやすみ」

 

そうして鈴ちゃんと分かれて部屋に帰ると何故かふくれた唯依ちゃんが出迎えてくれる。

「随分と遅かったですね」

「二組の鈴ちゃんと少し喋ってんだよ」

「ええ、知ってます。それは別にいいです。女の子を慰めてたんですから。問題はそこじゃありません」

 

女の子と話してたことじゃないとすると唯依ちゃんが怒ってる理由が思いつかいない。

「私は冬夜に名前で呼んでもらうのにすごく時間がかかりましたし最初は渋られました。それなのにあの子に頼まれればすぐに名前で呼ぶんですね!」

「えと、つまり唯依ちゃんは俺が鈴ちゃんを名前で呼んでから怒ってるの?」

「別に怒ってません。冬夜と一緒に部屋まで帰ろうとしたら、女の子と仲良く話しててあまつさえ名前で呼び合ってたなんて知りません」

 

えと、つまり拗ねてる?

「ごめんね?別に唯依ちゃんの名前を呼ぶのが嫌だったわけじゃないんだよ。子供の時だったから女の子の名前を呼ぶのが妙に照れくさかったんだよ、好きな子ならなおさらね」

「す、好きな子ならなおさらですか?」

「うん。何せ、俺は唯依ちゃん一筋だから」

 

自分の気持ちを言い切ると唯依ちゃんは隠れるように布団に入ってしまう。

「そ、そうですか。……その、ごめんなさい。つまらないことで腹を立ててしまって」

「ううん、俺の方こそごめんね」

「きょ、今日はもう寝ましょう」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。表題は『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。我らが一組の初戦の相手は二組──鈴ちゃんだ。

「こういうのを運命の悪戯って言うのかな」

 



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お出かけという名のデート

今日は日曜日。待ちに待った唯依ちゃんとのお出かけ(デート)だ。

「服よし、髪型よし、笑顔よし」

 

もう何度目かわからない身だしなみのチェックをして、時間を確認する。

「6:30か。後、一時間半だな」

 

唯依ちゃんたっての希望で現地集合となったので遅刻しないように二時間前からスタンバイ中だ。

「折角のチャンスだ。頑張らないとな」

 

 

さらに三十分が経ったころ見る者全てを惹きつけるような女の子が歩いてくる。

「は、早かったですね」

「ううん、そんなこと────」

 

あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!『唯依ちゃんとの待ち合わせ場所で待ってたら天使がやってきた』な……何を言ってるのかわからねーと思うが(以下略

「そ、その、最近はこういう服が流行ってると聞きまして……似合ってますか?」

 

いかんですよ!けしからんですよ!いわゆるNO.● PROJEC●さんの童貞を殺す服なんて!あっ。ちなみに童貞を殺すっていっても女性経験のない男子のハートを撃ち抜く的な意味は間違いらしい。

「そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしいです……」

「あっ。いや、うん。すごく可愛いです」

「ほ、本当ですか!」

「う、うん」

 

あまりの破壊力に理性が保てるか心配だ。

「じゃ、じゃあ、少し早いけど行こうか」

「は、はい」

 

とりあえず、いろんなお店を見て回ることにする。その間にも道行く人のほんとんどが唯依ちゃんに見惚れている。そして、俺には男性陣からの恨みの視線が降り注ぐ。でも悪くないかも。

「冬夜、見てください。このネックレスすごく可愛いですよ」

「どれどれ……本当だね。すごく可愛い」

「あっ、こっちの猫も可愛いです。はわぁ〜」

 

 

そんな感じでウィンドウショッピングを楽しみ、ちょうどいい時間になっていたので少しオシャレなお店でお昼を食べる。メニューは俺が『海の幸といくらのクリームソース 〜ビスクソース仕立て〜』で唯依ちゃんが『明太子と海苔としめじの青じそ風味パスタ』だ。

「たまには、こういうのも良いね」

「ええ、すごく美味しいです」

 

幸せそうに食べてる唯依ちゃんってすごく可愛い。

「お客様、よろしいでしょうか」

 

食べ終わってデザートを頼もうとしているとタイミング良く店員が現れる。どことなくにやけてるのはなぜだろう。

「本日、当店ではカップルのお客様限定のスペシャルデザートを用意しております。いかがですか?」

「「か、かっぷる!?」」

「はい」

 

お互いに真っ赤になった顔を見合わせる。

「ど、どしよっか」

「と、冬夜にお任せします」

「じゃあ、頼んじゃおうか」

「は、はい、お願しましゅ」

「カップル様限定デザートをお一つですね。かしこまりました」

 

この後二人でおいしく頂きました。

 

 

ところ変わって夕暮れの城址公園。唯依ちゃんにベンチで待っててもらって俺はクレープを買いに来てる。

「クレープ二つちょうだい。イチゴとブルーベリーで」

「はい」

 

無精ヒゲにバンダナという風体からは想像できない人懐っこい顔だな。

クレープは受け取ったし早く戻らないと唯依ちゃんがナンパされかねないもんね。そんなことになったら大変なことになるし。

「あの子、すごいわね……」

「ほんとほんと」

「相手の男も馬鹿よね」

 

クレープを持って唯依ちゃんが待つベンチへと向かっているとなにやら人混みが出来ている。

「まさか……」

 

人混みをかき分けて騒ぎの元を見ると案の定、大変なことになっていた。

「もう終わりか?立て!それでも、日本男児のつもりか!?情けなさすぎるぞ!私が鍛え直してやる!」

「す、すいませんでした!もう勘弁してください〜」

 

男三人相手に唯依ちゃんが圧勝していた。

「はぁ〜、やっぱり」

 

何を隠そう唯依ちゃんは剣術に始まり合気道に空手、その他様々な武術を習得している武術系美少女なのだ。って!そんな解説してる場合じゃない!

「ゆ、唯依ちゃん、相手も反省してることだし許してあげなよ」

「と、冬夜!?あっ、いえ、これは、その……。あちらの方々が私を強引に!」

「わかってる。わかってるからちょっと落ち着いて、ね?それと、君たちもこれに懲りたら強引なナンパなんてやめときなよ。さもないと……」

「ひ、ひぃっ!?すいませんでした!!」

 

全力で逃げていくナンパ三人組と反対方向に唯依ちゃんの手を引っ張ていきベンチへ座らせる。

「ふぅ、この辺なら大丈夫かな」

「……すいませんでした。私のせいでこんな」

「気にしなくていいって。それよりも、ほら。イチゴとブドウ(・・・)、どっちが食べたい?」

「……では、イチゴを」

「はい。いやー、お互いに体に染み付いた技術は止めらんないよね〜」

「……」

「あっ。そうそう、唯依ちゃんこの公園のクレープ屋の噂知ってる?」

「ミックスベリーを食べると幸せになれるという噂ですか?」

「イエス。でも、実はこの公園のクレープ屋にミックスベリーはないだよ」

「え?」

「さっき確認してきたよ」

「それでは、噂は噂だったということですか?」

 

唯依ちゃんが少し残念そうに肩を落とす。やっぱり、女の子はそういうのが気になるんだね。

「話はまだ終わってないよ。あっ。こっちのクレープすごくおいしよ。一口食べてみて?」

「いいんですか?」

「うん」

「では、失礼します」

 

はむっと唯依ちゃんがブドウのクレープを食べたのを確認する。

「それじゃ、僕ももらおうかな」

「どうぞ」

 

唯依ちゃんがかじったところとは別の場所を食べる。

「うん、おいしい。ここで問題です。ででん、唯依ちゃんと俺は今ミックスベリーを食べました。なぜでしょうか?」

「?」

 

頭に?マークを浮かべていたが何かに気付いたみたい。

「イチゴとブドウ………ブドウ?……っは!ブルーベリーですか!?」

「せいかーい。これが『いつも売り切れのミックスベリー』の正体でした」

「……ブドウはブルーベリーとは違いますよ?」

「ブルーベリーって言うとすぐに気付いてつまらないんじゃん」

「しかし、そういうことだったんですか」

「そっ。お互いに食べ合いっこするってこと」

「よく知ってましたね、こんなこと」

「唯依ちゃんが喜びそうなことならなんでも知ってるさ」

「そ、そうですか」

「唯依ちゃん、楽しかったね」

「はい」

「また、二人で出かけようね」

「そうですね」

 

こうして、俺と唯依ちゃんの楽しい休日は終わっていった。

 



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クラス対抗戦

唯依ちゃんとのお出かけから数週間たった五月。鈴ちゃんと弟くんは相変わらずすれ違ったままだ。それどころか日増しに鈴ちゃんの機嫌は悪くなっている。全方位に『怒ってます』オーラ全開でだ。

「冬夜、来週からいよいよクラス対抗戦ですね」

「そうだね」

 

放課後、かすかに空が山吹色へと染まるのを眺めながら、弟くんの特訓に付き合うために第三アリーナへと向かう。弟くんだけでもアリーナの客席が満員となるのに男子二人が揃うとなると一体どうなることやら。見世物パンダは弟くんだけで十分だ。ちなみに、その席を『指定席』として売っていた二年生が先日ちーちゃんに制裁された。首謀者グールプは三日間寮の部屋から出てこれなくなったらしい。学園内での商売や賭けだけは絶対にやめておこう。絶対にだ。

「それにしても、織斑くんの成長は本当にすごいですね。尊敬します」

「代表候補生からIS操縦、全国大会一位の剣道少女から剣術を習ってるからね」

 

 

話しながら第三アリーナのAピットへ向かっているとなにやら、言い争いが聞こえてくる。唯依ちゃんに黙って見ておこうと提案して二人で観戦する。

「だから、なんでだよ!約束覚えてただろうが!」

「あっきれた。まだそんな寝言言ってんの!?約束の意味が違うのよ、意味が!」

 

そういえば、豚を使った沖縄料理にそんな名前の料理があったな。えーと、ミミガーだっけ?

「冬夜、なに考えるんです?」

「くだらないことかな」

「???」

 

そんなことは置いといて、今回は確かに意味を覚えてないと意味がないな。

「くだらないこと考えてるでしょ!?」

 

うわっ。まさか、俺の考えてること弟くんと同レベル?そこはかとなくショックだ……。

「あったまきた。どうあっても謝らないっていう訳ね!?」

「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!それに冬夜はすぐに気付いてくれたわよ!」

「俺は、冬夜兄ぃじゃないんだよ!」

「じゃあこうしましょう!来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」

 

白紙の小切手を切るなんて二人とも頭に血が上り過ぎだろ。てか、女の子にあの約束の説明をさせるのはちょっとかわいそう。

「せ、説明は、その……」

「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」

「誰がやめるのよ!あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

「なんでだよ、馬鹿」

「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」

「うるさい、貧乳」

 

………弟くん、それはダメだろ。いくら、鈴ちゃんが平均よりかなり控えめだからってそれは言っちゃマズイでしょ。昨今、セクハラが特に厳しく取り締まられてるのに。

なんか、唯依ちゃんの視線が下がってる。なるほど、唯依ちゃんも気にしてるのか。

「唯依ちゃんは今でも問題ないけど、まだ成長中だから気にしなくてもいいと思うよ?」

「なんでそんなこと知ってるんですか!?」

「今回の件から唯依ちゃんが得るべき教訓は、誰が何を知っているか分からないということだよ」

 

ドガァァンッ!!!

いきなりの爆発音、そしてこっちまで届く衝撃。見ると、鈴ちゃんの右腕は部分展開されたIS装甲に覆われている。

「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」

 

ぴじじっとISアーマーに紫電が走り、鈴ちゃんが本気で怒ってるのが伝わってくる。

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」

「今の『は』!?今の『も』よ!いつだってアンタが悪いのよ!ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわよ、希望通りにしてあげる。──全力で、叩きのめしてあげる」

 

そして、鈴ちゃんはピットから出て行った。

 

 

試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは弟くんと鈴ちゃん。噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全席満員。それどころか通路まで立って見ている生徒で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで観戦するらしい。俺は、ちーちゃんと山田先生と一緒にピットで観戦中。

「ちーちゃんは、どっちが勝つと思う?」

「織斑先生だ、馬鹿者。……恐らくは凰だ。織斑も以前よりマシになったとは言え代表候補生と勝負になるレベルではない」

「弟相手でもそこははっきりしてるね。おっ、衝撃砲じゃん」

「空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化した撃ち出す第三世代兵器ですね」

 

山田先生が丁寧に説明してくれる。確か、砲身も方弾も不可視なのが特徴だったけ。

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』か。勝負に出たな」

 

ズドオオオオンッ!!!

「「「!?」」」

 

弟くんの刃が鈴ちゃんに届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体に走り、ステージ中央から煙が上がる。

「い、一体何が起こったんですか!?」

「敵だな」

「そうだね。しかもアリーナの遮断バリアを貫通する程の出力を持った機体だ」

 

冷静に敵の分析をしていると煙が晴れて敵の全容が明らかになる。

「『全身装甲(フル・スキン)』か」

 

深い灰色をしたそのISは手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。しかも首がなく、肩と頭が一体化しているような形状をしている。

「お前のIS以外で『全身装甲(フル・スキン)』がいたとはな」

 

通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。なぜなら必要がないから。防御はシールドエネルギーが行っている。だから、見た目の装甲というのはあまり意味がなく、俺のISのように装甲そのものに意味があるような機体にしか装備されない。無論、防御特化型ISや補佐的な意味で物理シールドを搭載することもあるが現行機で肌が一ミリも露出していないISは聞いたことがない。そして恐らくあのISは無人機だ。

「もしもし!?織斑くん聞いてますか!?凰さんも!聞いてますー!?」

 

ISのプライベートチャンネルは声に出す必要がないことを失念するくらい山田先生は焦ってる。

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

「お、お、織斑先生!何をのんきなことを言ってるんですか!?」

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りてないからイライラするんだ」

「このちーちゃんがのんきに見えるんですか?」

「へ?……あの、先生。それ塩ですけど……」

「…………」

 

ぴたりとコーヒーに運んでいたスプーンを止め、白い粒子を容器に戻す。砂糖と塩を間違えるくらい弟くんが心配みたいだね。

「なぜ塩があるんだ」

「さ、さあ……?でもあの、大きく『塩』って書いてありますけど……」

「…………」

「あっ!やっぱり弟さんのことが心配なんですね!?だからそんなミスを──」

「そんなの決まってるじゃないですか、山田先生。なんたってちーちゃんは言わずと知れたブラ──」

 

言い終わる前に強烈なヘッドロックが襲いかかってきた。

「い、痛い!ちーちゃん、めちゃめちゃ痛い!」

「何度言っても理解しない馬鹿者には教育的指導をしなくてはなっ!」

「あ、あの織斑先生──」

「山田先生、コーヒーをどうぞ」

「へ?あ、あの、それ塩が入ってるやつじゃ……」

「どうぞ」

 

ずずいっとコーヒーを押しつける。こら、ちーちゃん。山田先生が涙目になってるじゃないか。

「無駄なことを考えられるくらいには平気らしいな」

「ちょ、タンマ!これ以上はマズイって!出ちゃう、出ちゃうから!」

「篁へセクハラを繰り返すその脳髄、一度出して取り替えてみたらどうだ?」

 

ギャァァァアアッ!

「山田先生も早く飲むといい。熱いので一気にな」

 

悪魔だ。デビルちーちゃんだよ!

「先生!わたくしにIS使用許可を!すぐに出撃できますわ!」

 

オルコットさん、華麗にスルーしないで助けて!

「そうしたいところだがっ、──これを見ろ」

 

やっと、解放された。頭の形、変わってないかな?

「遮断シールドがレベル4に設定……?しかも、扉が全てロックされて──あのISの仕業ですの!?」

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かうこともできないな」

 

落ち着いて話してるけどかなり苛立ってるらしくせわしなく画面を叩いてる。

「で、でしたら!緊急事態として政府に助勢を──」

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できればすぐに部隊を突入させる」

益々募る苛立ちを感じ取ったオルコットさんは頭を押さえながらベンチに座る。

「はぁぁ……。結局、待っていることしかできないのですね……」

「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」

「な、なんですって!?」

「お前のIS装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

「そんなことはありませんわ!このわたくしが邪魔だなどと──」

「では、連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定してある?連続稼働時間──」

「わ、わかりました!もう結構です!」

「ふん。わかればいい」

 

大人気ないよ、ちーちゃん。

「はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……。あら?篠ノ之さんと白崎さんはどこへ……」

 

静かにピットを後にして、アリーナの観戦席へと向かう。



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震える体

ピットから出た俺はアリーナのロックされた扉前に立っている。

「さてと、始めるか」

 

『F-14 トムキャット』の電子戦使用である『F-14 AN3 マインドシーカー』を展開してIS学園のアリーナのシステムにハッキングを仕掛ける。

「…………」

 

さすがはIS学園のシステムだな。めちゃめちゃ固い。

「でも、後少しで……」

 

ハッキングが完了し観戦席のロックを解除する。

「ちーちゃん、扉のロックを解除したから避難誘導よろしく」

『いつの間に……。了解だ』

 

扉が開くと同時に大勢の生徒が飛び出してくるが、かなりパニッくっている。

『全員焦らずに避難しろ』

 

ちーちゃんの声が響くと全員が多少の落ち着きを取り戻す。さすがだね。

「えーと、唯依ちゃんは……」

 

人混みの中をセンサーを使い、唯依ちゃんを探し出す。

「いたいた。唯依ちゃん、大丈夫?」

「と、冬夜?」

「うん、君の冬夜だよ」

「一体、何が起こってるんですか?」

「後で説明してあげるから、とりあえず避難しようか」

 

口調は普段通りでもかすかに震える唯依ちゃんを抱きしめてピットまで戻る。

「どうですか、状況は?」

「何とか、なりそうだ」

 

モニターを見るとちょうど零落白夜の一撃で敵ISの腕を切り落としたところだった。

『……狙いは?』

『完璧ですわ!』

 

刹那、客席からブルー・ティアーズの四機同時狙撃により敵ISが打ち抜かれる。

「終わったな」

 

その言葉通り、ボンッ!と小さな爆発を起こして敵ISは地上に落下する。

「これで、終わっ──」

「敵ISが再起動!?織斑くん!」

 

山田先生の悲鳴のような声が聞こえモニターを見ると撃墜されたはずの敵ISの左腕が最大出力形態(バースト・モード)に変形して弟くんをロックしていた。

「一夏っ!」

 

次の瞬間、迫り来るビームに弟くんはためらいなく突っ込み敵ISを切り裂いていた。

 

 

IS学園の地下五メートル。ここはレベル4権限を持つ関係者しか入れないらしい。俺は今回、特別に入ることを許可された。ちーちゃんと俺は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ている。

「…………」

 

薄暗い室内でディスプレイに照らされたちーちゃんの顔はひどく冷たいものだった。

「織斑先生、白崎くん?」

 

ディスプレイに割り込みでウインドウが開く。ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を持った山田先生が映っていた。

「どうぞ」

 

許可をもらってドアが開くと、山田先生はいつもより幾分きびきびした動作で入室した。

「あのISの解析結果が出ましたよ」

「無人機だったんじゃないんですか?」

「ええ。あれは──無人機です」

 

世界中で開発が進むISの、そのまだ完成していない技術。遠隔操作(リモート・コントロール)独立稼働(スタンド・アローン)。そのどちらか、あるいは両方の技術があの謎のISに使われている。その事実は、すぐさま学園関係者全員に箝口令が敷かれるほどだ。

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑くんの最後の攻撃で機能中枢が焼き切れていました。修復も、おそらく無理かと」

 

だろうな、彼女(・・)が犯人だったとして修復可能という失態を晒すわけがない。

「コアはどうだった?」

「……それが、登録されていないコアでした」

「そうか」

 

やっぱりな。ちーちゃんもやはりな、と確信じみた発言を続ける。

「お二人は何か心当たりがあるんですか?」

「いや、ない。今はまだ──な」

「ええ、今のところは──ですけど」

 

そう言ってちーちゃんと俺はディスプレイの映像に視線を戻す。その顔は生徒や教師の顔ではなく、戦士の顔に近かっただろう。

 

 

一通り、解析を終えて部屋に戻ったのは日にちが変わってからだ。

「お帰りなさい」

「まだ、起きての?」

 

いつも規則正しい生活をしてる唯依ちゃんには珍しい夜更かしだ。

「どうしたの?」

「冬夜を待っていました」

「それは嬉しいけど……」

「それはそうと、今日は少し冷えますね」

 

そうかな、大分暖かい日だと思うけど。

「なので、今日は手を繋いで寝ましょう」

「へ?」

「か、風邪を引いてはいけないからであって、別にた、他意はないですよ」

 

なるほど、そういうことか。

「わかったよ。とりあえず、シャワー浴びてくるから待ってて」

「は、はい」

 

そして、シャワーを浴び終えた俺はベッドを二つ繋げて唯依ちゃんと手を繋いで横になる。

「大丈夫?」

「はい……」

 

どんなに、心の強い女の子でもあんなのを見たら少しは怖いよね。いくらISがスポーツ用だと言ってもその正体は現行最強の兵器なんだから。

「唯依ちゃんは大丈夫だよ。俺が付いてるから」

「はい」

「今度は唯依ちゃんの前から勝手にいなくならないから安心して」

「信じてますよ」

 

そうして、お互いに手を握りあって眠った。



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久しぶりの帰宅

六月頭、日曜日。

俺は久々にIS学園の外──以前、お世話になっていた京都の唯依ちゃんの家に来ている。

「栴納さん、お久しぶりです。それと、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

「冬夜さん、お久しぶりです。お元気そうで何より」

 

俺が挨拶をしてるこの人は『篁 栴納』、唯依ちゃんのお母さんだ。

「お世話になっておきながら勝手に出て行ってしまったこと、本当にすいませんでした」

「あなたなりに私と唯依を思ってのことだったのでしょうから気にせずとも大丈夫です。ただ、唯依は大変泣いてました。今度はあの子を泣かさないようにお願いしますよ」

「はい、必ず」

「なら、この話はこの辺で終わりましょう。冬夜さん、お昼はもう食べましたか?」

「ああ、そういえばまだ、食べてませんでした」

「なら、少し遅いですが食べていってくださいな。今日は素麺ですよ」

「では、お言葉に甘えまして」

 

栴納さんの対面に座る。

「では、いただきます」

「どうぞ、召し上がってください」

 

暑くなってきたし、素麺が上手い。なんで、麺と麺つゆだけなのにこうも味に差が出るのかな?

「唯依はしっかりやれていますか?」

「ええ、すごくまじめですよ。それに唯依ちゃんのおかげですごく楽しい日々を過ごさせてもらってますよ」

「そうですか。それで孫の顔はいつ見れそうですか?」

「ブフゥーー!?」

 

ま、孫!?この人はいきなり何を言いだすんだ!?

「食事中に口の中の物を吹き出すだなんてそんな無作法な真似をあなたに教えた覚えはありませんよ?」

「い、いや、これはって、孫!?」

「あなたたちは互いに好き合ってるじゃないですか。それに私もあなたが唯依と夫婦になるのには賛成ですし、残るは孫じゃありませんか」

「きゅ、急にそんなことは言われても、お互いに学生の身でありますので」

「当然です。学生の内に唯依が身籠るようなことがあれば私はあなたを許しません」

「えと、栴納さんは何が聞きたいんですか?」

「ですから、卒業して結婚後どのくらいで見れるものかと」

 

そんな、先まで予定済みだと!?

「み、未定です」

「あら、甲斐性のない。親目を抜きにしても唯依はかなり魅力的に育ちました。それなのに、手を出す勇気がないと?」

 

マズイ!この話は非常にマズイ!以前もこんな感じで栴納さんの前で唯依ちゃんの魅力を語らせられたんだよ!親の前でその娘の魅力を語るのがどれほど恥ずかしいか!

「ごちそうさまでした!素麺、おいしかったです!」

「あらあら、仕方ない人ですね。……冬夜さん」

 

その場から足早に立ち去ろうとすると以前と変わりない栴納さんの優しい声が聞こえる。

「ここは唯依の家でもありますが、あなたの家でもあります。そして、私はあなたを本当の息子のように思っています。ですから、いつでも帰ってきてくださいね」

 

ほんと、栴納さんには頭が上がらないな。

「ええ、是非そうさせてもらいます」

 

 

時刻は六時過ぎ。寮の自室に帰って来た俺はベッドに寝転びながら栴納さんの言葉を思い出して悶えていた。

(唯依ちゃんとの孫って、つまり、その、あれだよな……)

ああ、もう!なんで、こんなに俺が恥ずかしがらないといけないんだよ!

「冬夜、帰ってきたんですか?」

 

ガチャッと扉を開けて唯依ちゃんが入ってくる。

「え、あ、うん!帰ってるよ!?」

「どうしたんですか?」

「な、なんでもないかな。あはは、はは」

「???」

 

ふぅ、なんとか怪しまれてはいないな。

「そろそろ夕食にしませんか?」

「ああ、いいよ。じゃあ、食堂に行こっか」

 

栴納さんのとこで食べてたからあんまりお腹すいてないんだけど、いいか。

 

 

 

「ねえ、聞いた?」

「聞いた聞いた!」

「え、何の話?」

「だから、あの織斑君と白崎君の話よ」

「いい話?悪い話?」

「最上級にいい話」

「聞く!」

「まあまあ落ち着きなさい。いい?絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで──」

 

いつものことながら、思春期女子で埋め尽くされた食堂はかしましい。俺と唯依ちゃんはまず奥の方で数十名がスクラムを組んでいる一団に気がついた。

「なんか、すごい人だかりだね」

「ええ、なんでしょうか」

 

その盛り上がり方はいつもよりも熱気を増していて、何かのたびにどよめきが起きる。一体、なんだ?

「えええっ!?そ、それ、マジで!?」

「マジで!」

「うそー!きゃー、どうしよう!」

 

何かよほど面白いことでもあるのだろうか、きゃあきゃあと黄色い声が津波のように押し寄せてくる。何にせよ、楽しそうなのはいいことだ。人間、笑顔が一番だし。特に女の子は。ちなみに俺と唯依ちゃんの夕飯のメニューはチキンの香草焼きと山芋と野菜の煮物、だし巻き卵、それにほうれん草の赤だし味噌汁だ。

 

「おっ。弟くんじゃん」

「あっ。冬夜兄ィも今から夕飯?」

「ああ」

「だったら──」

「あ───っ!織斑君と白崎君だ!」

「えっ、うそ!?どこ!?」

「ねえねえ、あの噂ってほんと──もがっ!」

 

件の一団の中で俺たちの存在に気づいた女子が雪崩れ込んでくる。──うん?噂って何だ?

「い、いや、なんでもないのなんでもないのよ!あははは……」

「──バカ!秘密って言ったでしょうが!」

「いや、でも本人だし……」

 

一人が俺たちの前で大の字になって通せんぼ、その陰でなにやら二人が小声でぼそぼそ喋っている。

「噂って?」

「う、うん!?なんのことかな!?」

「ひ、人の噂も三六五日って言うよね!」

 

いや、言わないと思う。てか、そんなに長い噂って嫌すぎるだろ。

「な、なに言ってるのよヨミは!四十九日だってば!」

 

いやそれも違う思う。っていうか──

「何か隠してる?」

「そんなことっ」

「あるわけっ」

「ないよ!?」

 

連携技を決めてから即撤退。この間わずかに二秒。さすがの俺も状況が飲み込めずぽかんとするしかない。

「なに?あんたら、またなんかやらかしたの?」

 

あっ、鈴ちゃんだ。

「何で俺が問題児扱いなんだよ」

「そうだそうだ。弟くんだけならまだしも」

「問題児じゃないつもりなの?」

「冬夜、自覚ないんですか?」

 

……………。

「あっ。弟くん、学年別トーナメントではお互いに良い勝負をしよう」

「おう、望むところだ」

「逃げたわね」

「逃げましたね」

 

失礼だな、君たちは!なにを根拠にそんなことを言っているのかね!

「そろそろ僕たちも席に行こうか」

「……。まあ、いいですけど」

「そういえば、母様のところへ行ってきたんですよね?何か、仰ってましたか?」

「っ!?」

 

動揺のあまり茶碗を落としかける。

「えーと……しっかりと励むようにだって」

「そうですか」

 

本当は『孫の顔が見たい』だったなんて言えないので当たり障りのないことを言っておく。

 

 

夕食を終えた俺は唯依ちゃんと部屋に戻っていく。翌日、あんなことが起きるとは思いせずに。



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転校生

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え?そう?ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

月曜日の朝。クラス中の女子がわいわいと賑やかに談笑をしていた。みんな手にカタログを持って、あれやこれやと意見を交換している。

「そういえば織斑君と白崎君のISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど」

「あー。特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、もとはイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」

「俺のは二つとも俺のオリジナル」

 

ちなみにISスーツというのは文字通りIS展開時に体に着ている特殊なフィットスーツのこと。このスーツなしでもISを動かすこと自体は可能なんだが、反応速度がどうしても鈍る。そして、何よりフィットスーツ故に体のラインがはっきりとでる。そう、唯依ちゃんの成長中の体のラインが!ちなみに昨日、唯依ちゃんにISスーツについて聞かれた時にそう答えたら、冷たい目で見られた。解せん。

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きをおこないます。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」

 

例外として、俺の強化装備は耐Gスーツ機能、耐衝撃性能に優れ、防刃性から耐熱耐寒、抗化学物質だけでなく、バイタルモニターから体温・湿度調節機能、カウンターショック等といった生命維持機能をも備えている。内蔵バッテリーでフル稼働十二時間の優れもの。

「山ちゃん詳しい!」

「一応先生ですから。……って、や、山ちゃん?」

「山ぴー見直した!」

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」

 

入学から大体二ヶ月。山田先生には8つくらい愛称がついていた。慕われている証拠だ。これも人徳のなせる業か。

「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

「えー、いいじゃんいいじゃん」

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

「ま、まーやんって……」

「あれ?マヤマヤの方が良かった?マヤマヤ」

「そ、それもちょっと……」

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

「あ、あれはやめてください!」

 

珍しく語尾を強くして山田先生が拒絶の意思を示す。なんだろう、前の時もこんな感じだったけど、何かトラウマでもあるんだろうか。ヤマヤってあだ名に。

「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」

はーいとクラス中から返事が来るが、ぶっちゃけ言ってるだけの返事なのは間違いない。今後もあだ名は増えようだね、山やん先生。

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 

それまでざわざわしていた教室が一瞬でぴっと礼儀正しい軍隊整列(あっ、例えね)に変わる。一組担任ちーちゃん軍曹の登場だ。

あれ?スーツが夏用に変わってる。見た目はあんまり変わらないけど、生地が薄手で涼しいやつだ。そういえば学年別トーナメントが今月下旬で、それが終わると生徒もそこから夏服に替わるらしい。唯依ちゃんの夏服か、楽しみだなぁ。

「今日から本格的な実機訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着でも構わんだろう」

 

いや、構うよ!弟くんが唯依ちゃんの下着姿を見るなんて、お兄さん許しません!てか、見たら殺す。

ちなみにIS学園の指定水着はスクール水着である。紺色のアレ。絶滅したと思ってたけどまさかこんなところで生き延びていたとは思わなかった。そして、なんと体操服はブルマーだ。唯依ちゃんとのコンビがまた殺人的でヤヴァイ。感謝状は理事長に出せばいいかな?

ちなみに何で学校指定のものがあるのに各人で用意するかというとISは十人十色の仕様へに変化するので自分のスタイルを確立するのは早い方がいい。

「では山田先生、ホームルームを」

「は、はいっ」

 

連絡事項が言い終えたちーちゃんが山田先生にバトンタッチする。ちょうど眼鏡を拭いていたらしく、慌ててかけ直す姿が子犬みたいだった。

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

「え……」

「「「えええええっ!?」」」

 

いきなりの転校生紹介にクラス中がいっきにざわつく。そりゃそうだ。この三度の飯より噂好きな十代乙女、その情報網(その情報収集力はCIAを凌ぐ。知らんけど)をかいくぐっていきなり転校生が現れたんだから驚きもする。しかもふたり。

(てか、なんでふたりともうちのクラス……?普通分散させるんじゃ?スク水、ブルマー趣味の理事長だからかな?)

 

そんなことを考えていたら、教室のドアが開いた。

「失礼します」

「……………」

 

クラスに入ってきたふたりの転校生を見て、ざわめきがぴたりと止まる。

そりゃそうだ。

だって、そのうちのひとりが──男子だったんだから。



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ブロンド貴公子

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

転校生の一人、デュノアさんがにこやかにそう告げて一礼する。

俺以外のクラス全員があっけにとられている。

「お、男……?」

 

誰かがそうつぶやいた。

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を──」

 

人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に縛っている。体は華奢なくらいスマートで、しゅっと伸びた脚が格好いい。

印象だけなら、誇張なく『貴公子』だろう。

「きゃ……」

「はい?」

「きゃあああああああ───っ!」

 

クラスの中心を起点にその歓喜の叫びはあっという間に伝播する。

「男子!三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かった〜〜〜!」

 

元気だね、うちのクラスの女子一同は。ちなみに隣のクラス及び他の学年からまだ誰も覗きに来ないのはHR中だからだろう。教員の皆さん、ご苦労様です。

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

面倒くさそうにちーちゃんがぼやく。仕事がというより、こういう十代女子の反応が鬱陶しいんだろう。昔からそうだったし。

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから〜!」

 

俺はこっちの方が気になる。白に近い腰まである輝くような銀髪。左目の医療用ではない眼帯。そして開いている右目の赤。

まとう雰囲気からして明らかに『軍人』。身長はデュノアさんに比べ小さいが、その全身から放つ冷たく鋭い気配がまるで同じ背丈であるかのように感じさせる。

ちなみにデュノアさんは男とするには小柄な方だが、もう一人の転校生は女子の中でも若干背が低い部類だろう。

「…………」

 

当の本人は未だに口を開かず、腕組みをした状態で教室の女子達を下らなそうに見ている。しかしそれもわずかのことで、今はもう視線をある一点……ちーちゃんにだけ向けていた。

「……挨拶しろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

ちーちゃんが教官ということは、ドイツ軍か……。

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

そう答えるとぴっと伸ばした手を体の真横につけ、足をかかとで合わせて背筋を伸ばしてる。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「……………」

 

クラスメイトたちの沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたらまた貝のように口を閉ざしてしまった。

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

 

空気にいたたまれなくなった山田先生が出来る限りの笑顔でボーデヴィッヒさんに訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答だけだった。こらこら、どこぞのone summerのように先生をいじめるんじゃない。見ろ、泣きそうな顔をしてるじゃないか。

なんて考えているとつかつかと弟くんの方へ歩いていく。

バシンッ!

「…………」

「う?」

 

いきなりの平手打ち。──なんと、弟くんに弄ばれた女子の一人だったのか。

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

「いきなり何しやがる!」

「ふん……」

 

来たとき動揺すたすたと弟くんの前から立ち去っていくボーデヴィッヒさん。空いている席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなる。

もしかしてドイツの標語って『よろしいならば戦争(クリーク)だ』なのか?

「あー……ゴホンゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

ぱんぱんと手を叩いてちーちゃんが行動を促す。弟くんはかなり腹が立っているみたいだけどそんなのを相手にしていられない。

なにせ、このままクラスにいると女子と一緒に着替えなくてはならなくなる。それは困る。唯依ちゃんと一緒なのはいいがちーちゃんに殺されるかもしれないからな。

なので俺たちは急いでクラスから移動しなくてはいけないのだ。ええと、今日は確か第二アリーナ更衣室が空いているはずだ。

「おい織斑、白崎。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

まあ、そうなるだろうな。

「君が織斑君と白崎博士?初めまして。僕は──」

「ああ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」

 

説明すると同時に行動に移す。デュノアさんを弟くんに任せ教室を出た。

「とりあえず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

「う、うん……」

 

どことなく落ち着かない感じだな。

「トイレか?」

「トイ……っ違うよ!」

「そんなこと言ってないで、ささっと行くぞ」

 

とりあえず階段を下って一階へ。速度を落とすわけにはいかないのだ。なぜなら──

「ああっ!転校生発見!」

「しかも織斑君と白崎君も一緒!」

 

そうHRは終わったのだ。早速各学年各クラスから情報先取のための尖兵が駆けだしてきている。波にのまれたら最後、質問攻めのあげく授業に遅刻、ちーちゃんの特別カリキュラムが待っている。それだけは避けねばならん。

「いたっ!こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

 

待て、いつからここは武家屋敷になった。今にもホラ貝を取り出しそうな雰囲気じゃないか。

「黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」

「しかも瞳はエメラルド!」

「きゃああっ!見て見て!手!手繋いでる!」

「日本に生まれて良かった!ありがとうお母さん!今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 

いや、毎年ちゃんとしたプレゼントをしてあげようよ。俺だってしてたぞ?

「な、なに?何でみんな騒いでるの?」

 

状況が飲み込めないデュノアさんが困惑顔で訊いてくる。

「そりゃ男子が俺たちだけだからだろ」

「……?」

 

おーい、反応が遅れてますよ。

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦出来る男って、今のところ俺たちしかいないんだろ?」

「あっ!──ああ、うん。そうだね」

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

「ウー……何?」

「日本でかなり昔に流行った珍獣」

「ふうん」

 

まあ、そんなことはどうでもいい。今はこの包囲網を突破する方が先だ。

「しかしまあ助かったよ」

「何が?」

「いや、やっぱ学園に男子二人だけは辛いからな。何かと気を遣うし。一人でも男が増えるのは心強いもんだ」

「そうなの?」

 

なんだその俺に気を遣うみたいな言い方は。

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

「俺は白崎冬夜。白崎博士以外ならなんでもオッケーだよ」

「うん。よろしく一夏、冬夜」

僕のこともシャルルでいいよ」

「わかった、シャルル」

「よろしく、シャルル」

 

あっ。名前呼び……まあ、大丈夫だろ。

さて、どうにか群衆に捕まる前に校舎を出ることができた。

「よーし、到着!」

 

いつも通り圧縮空気が抜ける音を響かせ、ドアが斜めにスライドして開く。

「うわ!時間ヤバイな!すぐに着替えちまおうぜ」

 

まあ、確かに時間ギリギリだな。俺は脱ぐだけだからすぐに終わるけど。

「わあっ!?」

「?」

 

仕方ないとはいえ、なんともわかりやすい。

「荷物でも忘れたのか?って、なんで着替えないんだ?早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないがうちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で──」

「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、あっち向いてて……ね?」

「???いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……って、シャルルはジロジロ見てるな」

「み、見てない!別に見てないよ!?」

 

両手を突き出し、慌てて顔を床に向ける。

「コントしてないで、さっさとしなよ。あとは弟くんだけだよ?」

 

ちーちゃんはつまらないジョークでもシャレにしてくれないんだから。この前なんか強烈なヘッドロックが飛んできたし。

「うわっ、着替えるの超早いな。なんかコツでもあんのか?」

「ないよ。俺は今日はインナー代わりに着てただけ」

「おっ、それいいな。──よし、行こうぜ」

「う、うん」

 

着替え終わり、更衣室を出る。

 

 

「遅い!」

 

第二グラウンドに無事到着──とはいかなかった。ああ、鬼がいる。

「くだらんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ!」

 

ばしーん!

弟くんが叩かれた。そして俺たちは一組整列の一番端に加わる。

「ずいぶん時間がかかりましたね」

 

隣の女子は唯依ちゃんか。ラッキーだね。

「道に迷っちゃった。テヘペロ」

「嘘ですね。あと、気持ち悪いです」

 

テヘペロは唯依ちゃんには不評の模様。まあ、俺もするよりしてもらいたいけどさ。なんか、弟くんも似たようなことで鈴ちゃんとオルコットさんに詰め寄られてる。そんなことしてたら当実習の鬼教官が──。

「──安心しろ。バカは私の目の前にも二名いる」

 

バシーン!蒼天の下で鈴ちゃんとオルコットさんの頭に出席簿アタックが響く。あーあ、痛そうだな。

「貴様も遅れてきて私語とはいい度胸だな」

 

バシーン!!

痛そうではなく痛い。本日も出席簿アタックは絶好調のようです。

 



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授業中の◯揉み

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はい!」

 

一組と二組の合同なので人数はいつもの倍。出てくる返事も妙に気合が入ってる。

「くうっ……。何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」

「……一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」

「唯依ちゃん、痛いから撫でてください」

「また、叩かれますよ?」

 

唯依ちゃんが撫でてくれないから未だに痛い。もしかして、打撃用の出席簿だったりしないよね?

「なんとなく何考えてるかわかるわよ……」

 

鈴ちゃんが弟くんを蹴ってるけど、多分また変なことでも考えてたんだろう。

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。──凰!オルコット!」

「な、なぜわたくしまで!?」

 

完全なとばっちりだね、オルコットさん。でも、ちーちゃんには大体理屈は通用しないから諦めた方がいいよ。でも、こっちを折るときは理屈を使ってくるのがタチ悪い。主に物理攻撃だけど。

「専用機持ちはすぐにはじめられるからだ。いいから前に出ろ」

「だからってどうしてわたくしが……」

「一夏のせいなのになんでアタシが……」

「お前らすこしはやる気を出せ。──アイツにいいところを見せられるぞ?」

 

乙女の恋心を使うなんて姑──うまいね、ちーちゃん。まあ、俺も唯依ちゃんにいいこと見せられるんなら頑張るんだけど。

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね!専用機持ちの!」

 

弟くんのおかげでふたりともやる気ゲージマックスぽい。

「それで、相手はどちらに?わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

「ふふん。こっちの台詞。返り討ちよ」

「あわてるなバカども。対戦相手は──」

 

キィィィン……。

空から空気を裂く音が聞こえてくる。──って、山田先生!?

「ああああーっ!ど、どいてください〜っ!」

 

ふむ、今のままだと弟くんに当たらないな。ここは、さっきの憂さ晴らしも兼ねて、許せ!

「え……?冬夜兄ぃ?──って、うわ!?」

 

ドカーン!

よし、クリーンヒットだ!

弟くんは山田先生の突進を受け、数メートル吹っ飛ばされた後ゴロゴロと地面を転がった。

「ふう……。冬夜兄ぃ、何んすんだ……よ?」

 

むにゅ。

「う?」

 

先生、変態がいまーす。授業中に副担任の胸を揉んでる変態が。

「あ、あのう、織斑くん……ひゃんっ!」

 

ちょっ、教師がその声はダメだろ。

「そ、その、ですね。困ります……こんな場所で……。いえ!場所だけじゃなくてですね!私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね!……ああでも、このまま行けば織斑先生が義姉さんってことで、それはとても魅力的な──」

 

はっ!もしかして、事故でなら胸を揉んでも許されるのでは!?現に弟くんが山田先生の胸を揉んでも問題ないみたいだし!となると、どうやって唯依ちゃんの胸を事故に見せかけて揉むかだが……。

「お前の場合は事故ではなく、計画的犯行と言うのだ。馬鹿者が」

 

ドスッ!

出席簿アタックではなく、拳骨が来るとは。ちょー痛い。

「──ハッ!?」

 

弟くんの方を見てるみると頭のあった場所をがレーザー光が貫いた。

「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」

 

オルコットさんが額に血管を浮かせてる。ああ、弟くんが山田先生の胸を揉みしだいたからか。

「…………」

 

続いてガシーンと鈴ちゃんの《双天牙月》の連結音がなる。

「うおおおっ!?ちょ、ちょっと待て!俺のせいじゃないだろう!あそこの顔がにやけてる人のせいだ!──っ!?」

 

迷いなく首を狙った攻撃はドンッドンッ!と短い火薬銃の音と共に軌道が変わる。

「山田先生って、あの体勢からあんな精度で撃てるんだ」

 

驚くことに山田先生は倒れたままの体勢から上体だけをわずかに起こして射撃を行っていた。普通あの体勢からだとあそこまでの精度はでないだろうな。

「…………」

 

驚いたのは弟くんだけでなく、オルコットさんと鈴ちゃんはもちろん、他の女子も唖然としたままだった。

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

「む、昔のことですよ。それに候補生止まりだしたし……」

 

なるほど、元代表候補生ならあの射撃も納得だ。

「さて小娘どもいつまで惚けている。さっさとはじめるぞ」

「え?あの、二対一で……?」

「いや、さすがにそれは……」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

だろうね。雰囲気がいつもの山田先生のものじゃなくて強者の雰囲気だもの。

「では、はじめ!」

 

号令と同時にオルコットさんと鈴ちゃんが飛翔する。それを目で一度確認してから山田先生も空中へ躍り出た。

「手加減はしませんわ!」

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

「い、行きます!」

 

オルコットさん鈴ちゃん組の先制攻撃を簡単に回避する。

「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

「あっ、はい」

 

空中での戦闘を見ながら、デュノアさんがしっかりとした声で説明をはじめた。

「山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシャアを持ち、七ヶ国でライセンス生産、十二ヶ国で制式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています。装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多いことでも知られています」

「ああ、いったんそこまででいい。……終わるぞ」

 

ちーちゃんの言葉通り、山田先生の射撃がオルコットさんを誘導、鈴ちゃんとぶつかったところでグレネードを投擲。爆発が起こって、二人が地面に落下した。

「くっ、うう……。まさかこのわたくしが……」

「あ、アンタねえ……何面白いように回避先読まれんてのよ……」

「り、鈴さんこそ!無駄にばかすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

「こっちの台詞よ!なんですぐにビットを出すのよ!しかもエネルギー切れるの早いし!」

「ぐぐぐぐっ……!」

「ぎぎぎぎっ……!」

 

ほんと、弟くんが絡むと仲悪いよね。てか、どっちの主張もそこそこあってるから余計にみっともない。専用機持ちと代表候補生のブランド株価が急降下する音が聞こえそうだ。

「さて、次は織斑と白崎の近接戦闘でも見てもらおう。形式は初撃決着だ」

 

そうくるとは思ってましたよ。

「はいはい、分かりましたよ」

 

どのみち拒否権はないので素直に『殲撃10型』を七割展開する。え?なんで、いつもみたいに五割じゃないかって?すぐにわかるよ。

「今日の機体は随分と装甲が多いんだな」

「もともと、俺の機体は全身装甲(フル・スキン)だからね」

「そうなのか?」

「うん」

「じゃあ、今までは部分展開だったってことか?」

「正確には違うけどね」

「それで、あんなに強いのかよ……」

「馬鹿共、さっさとはじめろ」

 

ちーちゃんに急かされ、破壊力重視のトップヘビー型である《77式近接戦用長刀》を装備する。

「それじゃあ、行くぜ。冬夜兄ぃ」

「かかってきなよ」

 

以前と同じように正面から突っ込んでくる弟くんを長刀で止める。ふっ、バカめ。

「前までの俺とは違うぜ!今回は正々堂々と勝たせてもらう!」

「正々堂々とか……。なら、謝っておくよ。弟くんから見たら正々堂々じゃないかもしれないし」

「どういうことだよ?」

「こういうことさっ!」

「なっ!?」

 

つばぜり合いで近くいる弟くんを胸部装甲のリアクティブアーマーを炸裂させて吹き飛ばす。そして、弟くんに一太刀入れる。

「勝負終了──織斑、無策に突っ込む癖は直せ」

「……はい」

「では、これより実習に移る」

 



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お姫様だっこ

「専用機持ちは織斑、白崎、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では八人グールプになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では別れろ」

 

ちーちゃんが言い終わると同時に俺たち男子に二クラス分の女子が詰め寄ってくる。

「織斑君、一緒に頑張ろう!」

「わかんないところ教えて〜」

「デュノア君の操縦技術をみたいなぁ」

「ね、ね、私もいいよね?同じグループにいれて!」

「白崎君、手取り足取り教えて!」

「あっ、ずるい!私も私も!」

 

……なんというか、予想通りの繁盛ぶりだな。俺たちはどうしていいかわからず苦笑いをこぼすだけ。

その状況を見かねたのか、あるいは自らの浅慮に嫌気がさしたのか、ちーちゃんは面倒くさそうに額を指で押さえながら低い声で告げる。

「この馬鹿者どもが……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド百周させるからな!」

鶴の一声っていうのかな、それまでわらわらと群がっていた女子達は、蜘蛛の子を散らすがごとく移動して、それぞれの専用機持ちグループは二分とかからず出来上がった。

「最初からそうしろ。馬鹿者どもが」

 

ふうっとため息を漏らすちーちゃん。それにバレないようにしながら、各班の女子はぼそぼそとおしゃべりしていた。

「……やったぁ。織斑君と同じ班っ。名字のおかげねっ……」

「……白崎君と同じだっ。ラッキー……」

「……うー、セシリアかぁ……。さっきボロ負けしてたし。はぁ……」

「……凰さん、よろしくね。あとで織斑君のお話聞かせてよっ……」

「……デュノア君!わからないことがあったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!……」

「……………」

 

やっぱりというか唯一おしゃべりがないのが例の軍人転校生ボーデヴィッヒさんの班だ。

張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラ。生徒たちへの軽視を込めた冷たい眼差し。さっきから一度も開くことのない口。

さしもの十代乙女もこれだけの鉄壁城塞には話しかけようがないみたいだな。みんなちょっとうつむき加減で押し黙ってるし。……ああ、可哀想に……。

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は『打鉄』が三機、『リヴァイヴ』が三機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

山田先生がいつもより三倍──いや、五倍はしっかりしている。さっきの模擬戦で自信を取り戻したのかな?その姿は堂々としたもので眼鏡を外せばそれだけで『仕事の出来るオンナ』に見える。

そんなことよりも唯依ちゃんのISスーツ姿の方が重要だ。

(しかし、何度見ても唯依ちゃんのISスーツはいい!)

「白崎君、ISの操縦おしえてっ」

「ああーん、このIS重ーい。私箸より重いもの持ったことなーい」

「実戦訓練の基本はツーマンセルよね。じゃあ白崎君、組みましょう」

「ねえねえ、その専用機って自分で作ったの?いいなー、うらやましいなー」

 

唯依ちゃんのISスーツ姿を堪能しようとするがそれより早く同じ班の女子に取り囲まれる。一応俺が班長なので、適当にあしらうこともできないのがやっかいだ。

「えーと……」

『班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので、設定でフィッテングとパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね』

 

ISのオープンチャンネルで山田先生が連絡してくる。班長である以上やらないとまずいし、やらないとちーちゃんに何されるかわからない。

「それじゃあ出席番号順にISの装着・起動、そのあと歩行まぇやろう。最初の子は──」

「はーいっ!」

 

ものすごく元気な返事だな。

「出席番号二番!蒼井雫!手芸部!趣味はお人形作りだよ!」

「よろしくね、蒼井さん」

「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」

 

腰を折って深く礼をすると、そのまま右手を出してくる。

「ああっ、ずるい!」

「私も!」

「第一印象から決めてました!」

 

そして唯依ちゃん以外の他の女子も一列に並び、同じようにお辞儀して頭を下げたまま右手を突き出してくる。

「どういう状況かよくわからないんだが──」

 

スパーン!

「「「いったああっっ!」」」

 

見事なハモりの悲鳴が聞こえ見てみるとデュノア班女子一同の前に修羅が立っている。

「やる気があってなによりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?」

「あ、いえ、その……」

「私たちはデュノア君でいいかな〜……なんて」

「せ、先生のお手を煩わせるわけには……」

「なに、遠慮するな。将来有望なやつらには相応のレベルの訓練が必要だろう。……ああ、出席番号順ではじめるか」

 

左敬礼。君たちことは忘れない。

そんなデュノア班女子の惨状をみて飛び火を恐れた白崎班女子は流れるような動きで列を解散、今は蒼井さんがISの外部コンソールを開いてステータスを確認している。ちなみにうちの班の訓練機は打鉄だ。

「じゃ、はじめよっか。蒼井さん、ISの搭乗経験は授業だけ?」

「うん。そうだよ」

「それじゃ、装着して起動までやってみよう。時間をはみ出すと放課後居残りだし」

「そ、それはまずいわね!よし、真面目にやろう!」

 

今までは真面目じゃなかったの?と聴きたくなる発言だけど、あえてスルーしよう。

一人目は装着、起動、歩行と問題なく進んだ。

問題は二人目の時に発生した。

「いや、あのさ、コクピットに届かないんだけど……」

「しまった。忘れてた……」

 

訓練機なんて使ったことないから忘れたが装着解除時には絶対にしゃがまないといけない。立ったままISの装着解除をすると、ISが立ったままの状態になるからだ。

「仕方ない。倉持さん、だっこすることになるけどいい?」

「う、うん!勿論!」

「じゃあ、しっかり掴まっててね」

 

倉持さんをお姫様だっこする。

「ひゃあっ!!」

 

──待て、ちょっと待て。普通のお姫様だっこだぞ?変なところは触ってないぞ?

「し、白崎君っていつもこういうことしてるの?」

 

うーん、どうだろ。唯依ちゃん相手にならしてるかもしれない。

「ちゃんと掴まっててね。危ないから」

「う、うん……」

 

遠慮がちに俺の首へ腕を回す倉持さんを確認してから、俺はゆっくりと上昇する。と言っても高さは一メートルちょっとなのでたいしたことはない。

ただISは基本的に展開状態のものを装着する場合、背中から乗るようにして体を預けるのでこの高さは少々危ない。

俺は倉持さんが落ちないように気を遣いながら打鉄のコクピットへ運ぶ。

「じゃ、背中を預けるようにゆっくり入って。そうそう、上手」

「そ、そう?」

 

まだ、体を離していないので密着状態での会話になってしまう。倉持さん、お願いだから顔を赤らめないでください。俺のお姫様が嫉妬しちゃうので。

「じゃあ、離すよ」

「え!?え、ええと……」

「?なんかまずい?」

「まずいっていうか、その、もったいないっていうか……」

 

そんなやりとりをしてると周囲の班から声が上がった。

「あああっ!な、何してるのよ!」

「ズルイ!私もされたい!」

「どうして!どうして私の出席番号が十二番だったの!?私をこの名字にしたご先祖様を末代まで恨むわ!」

末代までって、どんだけ恨んでんるんだよ……。

「と、とりあえず、大丈夫だから白崎君は戻って。このままだと私後で何されるかわかんないし……」

「わかったよ」

 

多分、女の子だけのアレだろう。

「じゃあ起動してみて」

 

俺に促されて起動シークエンスをはじめる。開いたままだった装甲が閉じて操縦者をロックすると静かな起動音と共に打鉄が姿勢を直した。

 

「じゃあ次は──」

 

 

そんな感じで二人目の実習も順調に終わり、あとは装着解除だけだ。今度はしゃがんでするように言おう。

「それじゃあ装着解除して。あ、しゃがんで解除してね──ってなんで立ったまま解除しちゃうんだよ」

 

言い終わる前に二人目の女子は何を思ったか立ったままの状態で装着解除する。

「いや、まあ、他の女子に視線が強制力を持っていて……」

「いや、わからなくもないけどさ……」

 

ちなみに他の女子というのはもちろん同じ班の女子のことで、その視線は猛烈に『自分だけいい目を見ていいと思ってるの?』というものだ。正直、ちょーこわい。

「ほう。IS起動中に余所見とはたいしたものだな。その余裕を買ってお前にはグラウンド二十周をくれてやろう。どうだ、嬉しいだろう?」

「あ、ありがとうございますぅ……」

 

鬼だ。人の皮を被った鬼がいる。

「まあ、仕方ないか。次は誰?」

 

周囲を見渡しながら次の子を探す。

「私です」

「あっ、唯依ちゃんか。唯依ちゃんをお姫様だっこできるなんて倉持さんに感謝だね」

 

後で、スイーツでもご馳走しよう。

「じゃあ、早速失礼して」

「へ、変なところは触らないでくださいね?」

 

うぐっ!?何故、バレんだ!?

「だ、大丈夫だよ……」

「その割に顔がにやけてますが?」

 

そうですよ、触ろうとしましたよ!だって唯依ちゃんをお姫様だっこする機会なんてあんまりないんだもん!いいじゃん、ちょっとくらい!

「どこならオッケーですか?」

「ぜ、全部ダメです!」

 

ちぇっ!仕方ない。今回は諦めよう。

「それじゃ、抱えるね」

 

ゆっくりと唯依ちゃんを持ち上げる。おお、すげー軽い。胸の膨らみ込みでこの重さとは!しかし、唯依ちゃんのおっぱいがこんなに近くにあるなんて、しあわせ〜。

「な、何を言ってるんですか!」

「え!?まさか、声に出てた!?」

「出てました。無意識に口からそんな言葉が出るなんて普段、何を考えているんですか!」

 

えーと、唯依ちゃんことかな?

「まあ、それよりも。ほら、着いたからISに移って。俺的にはずっとこうしてたいけどちーちゃんに叩かれるのは嫌だからね」

「仕方ないですね。わかりました」

 

仕方なく、本当に仕方なく唯依ちゃんを降ろす。ああ、心地よい重みが……。

「それじゃ、起動と歩行やでやってみようか」

「はい」

 

適当な会話をしつつ、唯依ちゃんは打鉄を起動して歩行へと状態を移す。さすがいうかその作業には一切の無駄がなかった。

「よし、これで終了だね」

「はい、ありがとうございました」

 

お礼を言って唯依ちゃんはISスーツから降りる。無論、立ったままで。

「はぁ……。わかったよ、全員運ぶよ」

 

そんな感じで結局、全員をISまで運んだ。

 

 

 



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みんなでお昼

「では、午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 

なんとか時間内に全員の起動テストを終えた俺たち白崎班は格納庫にISスーツを移してから再びグラウンドへ。いや〜、間に合ってよかった。遅れようものなら鬼教官に何を言われるかわかったもんじゃないしな。

そして、ちーちゃんは連絡事項を伝えると山田先生と一緒にさっさと引き上げる。

「午後からは整備か。まあ、それなら楽できるかな」

 

何せ、一から作るのに比べて出来上がったものの整備なんて簡単すぎるし。

「あ、冬夜兄ぃ。昼って何か用事ある?」

「昼?唯依ちゃんと食べる以外ないけど」

「じゃあさ、俺たちと一緒に食べないか?箒やセシリア、鈴達と食べようって話てたんだ」

 

一夏ハーレムの中で食べろと?いや、待て。そのメンツだともしかしたら面白いものが見れるかもしれないな。

「唯依ちゃんもいるけどいいよな?」

「おう。それじゃ、屋上に集合な」

「了解。また後で」

 

 

 

「……どういうことだ」

「ん?」

 

昼休み、弟くんとの約束どおり唯依ちゃんと一緒に屋上からにきている。なんと、貸切状態である。やったね☆

「天気がいいから屋上で食べるって話だっただろう?」

「そうではなくてだな……」

 

聞かなくても二つのお弁当と箒ちゃんの顔を見ればわかる。この唐変木、二人で食べようという約束をどうも履き違えたらしい。

「せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルは転校したばっかりで右も左もわからないだろうし」

「そ、それはそうだが……」

 

わかる。わかるよ、箒ちゃんの言いたいことが。でもね?この唐変木にはそれが通じないんだよ。

「はい一夏。アンタの分」

 

そう言ってタッパーを放る鈴ちゃん。こら、食べ物は大事にしなさい。

「おお、酢豚だ!」

「そ、今朝作ったのよ。アンタ前に食べたいって言ってたでしょ」

 

ご飯なしの酢豚とは中々に大胆なご発想。

「コホンコホン。──一夏さん、わたくしも今朝はたまたま偶然何かの因果か早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたの。よろしければおひつどうぞ」

 

バスケットを開くオルコッさん。そこには見た目だけはしっかりとしたサンドイッチが並んでいる。そう、見た目だけの。

「お、おう。あとでもらうよ」

 

弟くんは若干引き気味だが、自分の蒔いた種だ。頑張ってもらおう。

「?どうかしまして?」

「いや!どうもしてない!」

 

どうもしてないことないだろう。まあ、俺もあれだけは食べたくない。なにせ、「本と同じになればいい」と思っているらしく色合いを合わせるために適当に調味料を入れたりしている。なので、味はお察しである。

「はっきり言わないからずるずるいっちゃうのよ。バーカ」

 

まさしくバカである。ちなみに唯依ちゃんも初めての料理はお世辞にも美味しいとは言えなかったが、本人の努力もあり高級料亭顔負けの味にまで成長した。こんな料理を食べせてもらってるんだから俺は幸せ者だな。

「ええと、本当に僕が同席してまよかったのかな?」

 

その気持ちはわからないでもないけどもう少し待ってれば絶対面白いことになるって。

「気にしなくていいんじゃない?同席してまずいんならそこのバ……弟くんも誘ったりしないでしょ」

「そうそう、男同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ。──IS以外で。ISは冬夜兄ぃに任せた」

「いや、そこで任すなよ」

「そうよ。アンタはもうちょっと勉強しなさいよ」

「してるって。多すぎるんだよ、覚えることが。お前らは入学前から予習してるからわかるだけだろ」

「君たちは教科書に書いてあるの内容を学んでるだけ。俺たちは自分たちで一から考え、創り上げた。それに比べれば楽なものだろう?」

「楽だと思えるのはあなた方だけだと思いますわ……。まあなんにせよ、適性試験を受けた時期にもよりますが、遅くてもみんなジュニアスクールのうちに専門の学習をはじめますわね」

 

その辺は俺にはよくわからないな。今度、唯依ちゃんに聞いてみよう。

「ありがとう。一夏って優しいね」

「い、いや、まあ、これからルームメイトになるだろうし……ついでだよ、ついで」

「一夏さん、部屋割りがもう決まったのかしら?」

「いや、普通に考えたら俺の部屋だろ。男だし。そういや、冬夜兄ぃはどうなんだ?」

「俺?俺は唯依ちゃん一緒だよ」

「そうなのか?でも、俺は問題があるから箒とは別部屋になったのになんでだ?」

「私から織斑先生にお願いしたからですよ、織斑くん。織斑先生からも問題が起きない限りは許可を得ています」

 

問題が起きたら即部屋変えってことですか……。ちーちゃんにどこまでが問題じゃないか、放課後にでも聞きに行こう。

「へぇ。アンタって見かけによらず大胆なのね」

「冬夜に他の女の子に変なことをさせない為の防護策です。他意はありません」

「まあ、そういうことにしておきましょうか」

「どんな理由でも俺は唯依ちゃんと同室ならいいけどね」

「私も冬夜と同じ部屋がいいので問題は起こさないでくださいね」

 

そんな話をしながら昼食が進む。俺と唯依ちゃんは唯依ちゃん手作りお弁当、弟くんと鈴ちゃんは酢豚、デュノアさんは購買のパン、オルコッさんは自分の食べる分はしっかり購買で買ってきたようであのサンドイッチは弟くんの腹に収まることだろう。

「…………」

 

そして、問題は箒ちゃん。さっきからお弁当の包みも広げず黙ったままなのである。

「どうした?腹でも痛いのか?」

「違う……」

「そうか。ところで箒、そろそろ俺の分の弁当をくれるとありがたいんだが──」

「…………」

 

無言でお弁当を差し出す箒ちゃん。

「じゃあ、早速。……おお!」

 

弟くんの声につられて覗いてみると、鮭の塩焼きに鶏肉の唐揚げ、こんにゃくとゴボウの唐辛子炒め、ほうれん草のゴマ和えというなんともバランスのとれた献立の数々がそこにはあった。

「これはすごいな!どれも手が込んでそうだ」

「確かに。唯依ちゃんのお弁当にも引けを取らないレベルだ」

「つ、ついでだついで。あくまでわたしが自分で食べるために時間をかけただけだ」

「そうだとしても嬉しいぜ。箒、ありがとう」

「ふ、ふん……」

 

愛しの弟くんに褒められて箒ちゃんは嬉しそうな顔で自分のお弁当を開ける。

「箒、なんでそっちに唐揚げがないんだ?」

「!こ、これは、だな。ええと……」

 

そこは突っ込んであげるなよ。

「……うまくできたのがそれだけなのだから仕方ないだろう……」

「え?」

 

女の子は好きな男にはできるだけいい風に見られたいんだよ。

「わ、私はダイエット中なのだ!だから、一品減らしたのだ。文句があるか?」

「文句はないが……別に太ってないだろう」

 

はあ、その発言はまずいだろ。別に太ってるからダイエットするわけじゃないんだぜ?

「あー、男ってなんでダイエット=太っているの構図なのからしらね」

「まったくですわ。デリカシーに欠けますわね」

「ほんとほんと。弟くんのせいで男全員がそんな風に見られちゃうじゃん」

「いやでも、実際ダイエットなんか必要ないように見え──」

 

そう言って弟くんは箒ちゃんの方を向くが手で思いっきり押し返される。

「ど、どこを見ている、どこを!」

「どこって……体だろ」

 

うわっ!変態だ。

「なに堂々と女子の胸を見てんのよ。ア・ン・タ・は!」

 

胸は許してほしい。そうじゃないと唯依ちゃんの胸を見て和めないじゃないか。ちなみに正確ではないが唯依ちゃんの体重は平均よりほんのちょっとだけ多いくらい。なんで、知ってるかって?さっきの実習の時のお姫様だっこで確認済みさ。さらに付け加えるならちょっと多いのはおっぱいのせいだ。

「なにを考えるかわかりませんが、失礼かついやらしいことを考えているのはわかりますよ?」

 

唯依ちゃんの少し怒った声が聞こえる。なぜ、バレたんだ……。

「一夏さんには紳士として不足しているものがあまりに多いようですわね」

 

弟くんのあの顔はまたくだらないこと考えてるな。

「「一夏!」」

 

さすがは幼なじみ。弟くんの考えはお見通しだね。

「?」

 

デュノアさんは状況が飲み込めず困った顔をしている。

「一夏……どうしたの?なんだか、不思議な顔をしてるけど」

「不思議?ほう、どんな感じかね?」

「口調まで不思議に……。ええと、孫夫婦の一家団らんを眺めているおじいさんのような顔かな」

「コーヒーと歴史を深く愛する知的な老学者ではなくて?」

「弟くんにはそもそも知的な部分はないと思うよ?」

「ひでぇ……」

「コホン。さて与太話はこれくらいにして昼食にしよう。いつまでも談笑していられるほど昼休みは長くはない」

 

それもそうだな。早く唯依ちゃんのお弁当食べたいし。

「じゃあまあ、いただきます」

「いただきます」

 

うん、美味しい。今日も唯依ちゃんの料理は絶品です。

「おお、うまい!」

 

よほど美味しかったのか唐揚げの味付けを考えてる。

「これって結構仕込みに時間かかってないか?ええと、混ぜてるのはショウガとしょうゆと……んぐんぐ。なんだろうな。絶対食べたことのある味なんだけど」

「おろしニンニクだ。それとあらかじめコショウを少しだけ混ぜてある。隠し味には大根おろしが適量だな」

「へえ!それはいいな。今度俺もやってみよう」

 

確かになかなか美味しいそうだ。俺も今度作って唯依ちゃんと食べよう。

「いやでも、本当にうまいな。箒、食べなくてもいいのか?」

「……失敗した方は全部食べたからな……」

 

なるほど、女の子の意地だね。

「ん?」

「あ、ああ、いや、大丈夫だ。まあ、その、なんだ……。おいしかったのなら、いい」

「本当にうまいから箒も食べてみろよ。ほら」

 

そう言って弟くんは唐揚げを一口サイズに切って、箸で持ち上げる。いわゆる『はい、あーん』ってやつか。

「な、なに?」

「ほら。食べてみろって」

「い、いや、その、だな……」

 

本当はしてほしいけど恥ずかしさが勝ってる感じかな?

「…………」

「…………」

 

オルコッさん、鈴ちゃん。そんな羨ましそうに見なくてもそこの唐変木なら二人にもしてくれるよ、きっと。

「ほら。箒、食べてみろって」

「い、いや、その……だな。ううむ……ごほんごほん」

「あ、これってもしかして日本ではカップルがするっていう『はい、あーん』っていうやつなのかな?仲睦まじいね」

 

貴公子さん、そんなこと言うとそこの二人が虎仙人と戦女神に変容しちゃうじゃないか。

「だ、誰がっ!なんでこいつらが仲良いのよ!?」

「そっ、そうですわーやり直しを要求します!」

「うん。それならこうしよう。みんな、一つずつおかずを交換しようよ。食べさせあいっこならいいでしょう?」

 

なん……だと……!?唯依ちゃんのお弁当をこの女たらしに食わすだと!?

「お、落ち着いてください、冬夜。冬夜が食べたいならいつでも作ってあげますから」

 

ぐぅ……。致し方あるまい。

「じゃあ、冬夜兄ぃも納得したことだし俺はいいぞ」

「ま、まあ、一夏がいいって言うんならね。付き合ってあげてもいいけど」

「わたくしは本来ならばそのようなテーブルマナーを損ねるような行為は良しとはいたしませんが、今日は平日でここは日本、『郷に入っては郷に従え(ゴーイング・ゴウ)

ですわね」

 

唯依ちゃんのお弁当を独り占めできないのは悔しいが今回は認めよう。

「じゃ、早速もーらいっ!」

 

鈴ちゃんがそう言って弟くんの箸から唐揚げを奪う。

「あ、こら!」

「もぐもぐ……。う!な、なかなかやるわね。なかなか」

「ふっ。和の伝統を重んじればこそだ」

 

箒ちゃん、唐揚げに余程の自信がお有りの様子。

「あー……わりい箒。今ので唐揚げ、俺が口を付けたのしか無くなったわ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。いくらなんでも男が口を付けた食べ物っていやだろ?って、でもそうなると他出せるおかずはないんだよな。唐揚げ以外は一緒だし」

「──でま、いいぞ……」

「箒?」

「べ、別に、口がついていてもいいぞ。私は気にしない」

「うん?そうなのか。じゃ、はいあーん」

 

ずいぶんと手馴れてる。一体何人の女の子をそれで落としたのやら。

「あ、あーん」

 

箒ちゃんは照れながらも満足気に唐揚げをほおばった。

「い、いいものだな……」

「だろ?うまいよな、この唐揚げ」

「唐揚げではないが……うむ。いいものだ」

 

そこは、気付いてあげろよ。弟くんとの間接キスがいいんだよ。

「じゃあ、俺も唯依ちゃんからのはいあーんを」

「どれがいいですか?どれも自信作ですよ」

「うーんと……じゃあ、その卵焼きで」

「はい、どうぞ。冬夜好みの甘さ控えめにしておきました」

 

そう言って顔を赤らめながらはいあーんをしてくれる唯依ちゃん。……うん。卵焼きも含めていいっ!

「それじゃあ、俺からもはいあーん」

「あ、あーん」

 

そして、同じように顔を赤らめながら口を開ける唯依ちゃん。なにこの天使。お持ち帰りオッケーですか?

いや、部屋一緒なんだけど。

「ほんと、篁さんの弁当うまそうだな」

「はい、織斑くんもおひつどうぞ」

「じゃ、遠慮なく」

「いや、遠慮しつつ最大級の感謝をしつつ唯依ちゃんを崇めながら味わって食え」

「何もそこましなくても……」

「あ゛?」

「……わかりました」

「はあ……」

 

弟くんが、唯依ちゃんのお弁当に箸を伸ばす。

「おお!箒のにも引けを取らないくらいうまい!」

「当たり前だ。唯依ちゃんだぞ?」

「なんで、冬夜兄ぃがそんなに自慢気なんだよ」

 

 

そんな感じでお昼の時間はすぎていった。



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代表候補生vs代表候補生

「近接武器を使った格闘戦については今更言うことはないだろうから、今日は射撃武器について説明しておくよ」

「はい、お願いします」

 

デュノアさんが転校してきてから五日が経った土曜日。IS学園では土曜日の午前は倫理学習、午後は完全に自由時間となっている。とはいえ土曜日はアリーナが全開放なのでほとんどの生徒が実習に使う。それは俺も同じで今日はこうして唯依ちゃんとIS戦闘について訓練中だ。

「何はともかく、撃ってみようか。はい、これ」

 

そう言って唯依ちゃんに《87式突撃砲》を渡す。

使用許諾(アンロック)済みだから、試しに撃ってみて」

「は、はい」

 

形状が普通の銃とは違うから持ちにくかな?

「か、構え方はこうでいいですか?」

「うん、そんな感じ。その銃は基本片手撃ちだけど、初めてだから左手を添えた方がいいかも。持ちにくかったら別のあるけど大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

「火薬銃だから瞬間的に大きな反動があるけど、ISがほとんど相殺するから心配しなくていいよ。センサー・リンクは出来てる?」

「銃器を使用するときのやつですよね?ええ、大丈夫です」

 

ISの戦闘は基本、高速戦闘なので射撃には当然ハイパーセンサーとの連携が必要だ。

「では、いきます」

 

バンッ!!

「きゃっ!?」

「はは、どうだった?」

「そ、その、冬夜が撃つのは見たことがあるのですが、自分で撃つとこうも違うものなのですね」

「まあ、そうだろうね。それにものすごく『速い』でしょ」

「はい」

「ISの加速も十分速いけど、弾丸は面積が小さい分より速い。だから、軌道予測さえできれば簡単に当たるし外れたとしても牽制になる」

「な、なるほど」

「それじゃあ、連射の練習も兼ねてワンマグ使い切っていいから俺を狙ってみて。適当に避けてるから」

「わかりました」

 

左右に弾を避けながら説明を続ける。

「連射するとどうしても狙いがブレるから気をつけてね。そうそう、初めてにしてはいい感じ」

 

一通りの練習を終えて、丁度いい時間なので唯依ちゃんと一緒に食堂で夕飯を食べることになった。

「学年別トーナメントが個人戦じゃなければ唯依ちゃんと組めたのになぁ」

「仕方ありませんよ、決まりなんですから。でも、私にとってはいい機会です。冬夜と当たることができれば自分がどの位未熟なのか知ることができますから」

 

そんな会話をしながら食堂へ向かっていると女子が騒いでることに気がつく。

「ああっ、いいなぁ……」

「両手に花ってやつね」

「幼なじみってずるい」

「専用機持ちってずるい」

 

気になって覗いてみると弟くんの腕が羨ま……大変なことになっていた。

「あの大胆さにはある意味、敬服しますね……」

「うん。俺もして欲しいけど、さすがに同級生に見られるのは恥ずかしいよ」

 

それにしても胸に腕が挟まれるってどんな感じなんだろ。唯依ちゃんの胸は触ったことないから感触がわからないので想像できないのが残念だ。

「して欲しいって……あ、ああいうのが冬夜は好きなんですか?」

「多分、嫌いな男子はいないと思うよ?」

 

 

「そ、それは本当ですの!?」

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

月曜の朝、教室に向かっていた俺は廊下にまで聞こえる声に目をしばたたかせた。

「なんでしょうか?」

「さあ?」

 

いつも通り隣にいるのは俺のお姫様(唯依ちゃん)である。

「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君か白崎君と交際でき──」

「俺がどうかした?」

「「「きゃああっ!?」」」

 

交際とか聞こえたんだけど……。

「で、結局何の話だったの?俺や弟くんの名前が出てたけど」

「う、うん?」

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

まあ、なんにせよ俺は廊下唯依ちゃん以外はあり得ないんだけど。

「じゃ、あたし自分のクラスに戻るから!」

「そ、そうですわね!わたくしも自分の席につきませんと」

 

ふむ、弟くんが交際か……。大方箒ちゃんあたりの話が広がったとかだろ。

「なんだったんでしょうか」

「気にしなくていいんじゃない?」

 

放課後、特に予定がないのでどうしようかと話していると第三アリーナで誰かが模擬戦をやっているという話を聞き、向かうことにする。

「話に上がるほどとなると代表候補生同士の模擬戦とかかな?」

「後学のために見ておいて損はないでしょう」

 

俺は自分の戦い方を確立してるからそこまで意味はないけど代表候補生なら専用機が見れるかもしれないな。

「でも、模擬戦にしては様子が──」

 

ドゴォンッ!

「「!?」」

 

突然の爆発音に驚き、急いで観客席に入るとその煙を切り裂くように二体の影が飛び出してくる。

「鈴さん!セシリアさん!」

 

アリーナは特殊なエネルギーシールドで隔離されているのでこちらに爆発が及ぶことはないが、同時にこちら側の声も届かない。

二人は苦い表情のまま爆発の中心へと視線を向ける。そこにいたのはドイツ第三世代IS『シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)』をかるボーデヴィッヒさんの姿だった。

二人のISはところどころが損傷し見た目だけでもかなりのダメージだとわかる。対してボーデヴィッヒさんは無傷とはいかずともかなりの軽傷だった。

「くらえっ!!」

 

ジャカッ!と鈴ちゃんのIS『甲龍』の両肩が開き衝撃砲《龍咆》が最大出力で放たれる。しかし、ボーデヴィッヒさんは避けようとはしない。

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

確か、ドイツの第三世代兵器《慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)》だったかな。ここまで衝撃砲と相性が悪いとは。

「くっ!まさかこうまで相性が悪いだなんて……!」

 

衝撃砲を無力化したボーデヴィッヒさんはすぐさま攻撃へと転じる。手首に搭載されたブレードワイヤーを射出して、鈴ちゃんの左足を捕らえる。

「そうそう何度もさせるものですかっ!」

 

鈴ちゃんの援護のため、射撃を行うオルコットさん。同時にビットを射出、ボーデヴィッヒさんへ向かわせる。

「ふん……。理論値最大稼働のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは笑わせる」

 

オルコットさんの精密狙撃とビットによる視界外攻撃。その両方をかわしながら両手を左右に突き出しビットを停止させる。

「動きが止まりましたわね!」

「貴様もな」

 

オルコットさんの狙撃はボーデヴィッヒさんの大型カノンによって相殺される。すぐさま連続射撃の状態に移行しようとするオルコットさんを、ボーデヴィッヒさんは全国捕まえた鈴ちゃんをワイヤーによる振り子の原理でぶつける。

「きゃああっ!」

 

衝突の影響で一瞬姿勢を崩したふたりへボーデヴィッヒさんが瞬時加速で間合いを詰める。

「このっ……!」

 

ボーデヴィッヒさんのプラズマ手刀を《双天牙月》の連結を解いて交代しながら凌ぐ。しかし、いくら格闘戦に慣れているとはいえ三次元躍動するワイヤーブレード六つにプラズマ手刀の全てを捌くには練度が足りていない。

「くっ!」

 

再度、衝撃砲を展開し、その砲弾エネルギーを集中させる。

「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧縮兵器を使うとは」

 

その言葉通り、衝撃砲は射出寸前にボーデヴィッヒさんの実弾兵器によって爆散する。

「もらった」

「!」

 

肩のアーマーを吹き飛ばされ大きく体勢を崩した鈴ちゃんをプラズマ手刀が迫る。

「させませんわ!」

 

間一髪のところで鈴ちゃんとボーデヴィッヒさんの間に割り入ったオルコットさんは、《スターライトmkⅢ》を立て代わりに使うと同時に弾頭型(ミサイル)ビットを射出する。

ドガァァァァッ!

危険な接近戦でのミサイル攻撃。その爆発は鈴ちゃんとオルコットさんも巻き込み、ふたりは地面へと叩きつけられる。

「無茶するわね、アンタ……」

「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが──」

 

オルコットさんの言葉は途中で止まる。

「……………」

 

煙が晴れ、そこに佇んでいるのはほぼノーダメージのボーデヴィッヒさんだった。

「終わりか?ならば──わたしの番だ」

 

言うと同時に瞬時加速で地上へと移動、鈴ちゃんを蹴り飛ばし、オルコットさんに近距離からの砲撃を当てる。さらにワイヤーブレードで飛ばされたふたりを捕まえそこから一方的な暴虐を開始する。

「ああああっ!」

 

その腕に、脚に、体に、ボーデヴィッヒさんの拳が叩き込まれる。シールドエネルギーは瞬く間に減り機体維持警告域(レットゾーン)を越え、操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと到達する。

「これ以上は、さすがにマズイか」

「おおおおおっ!」

 

二人の生命に関わるので、止めに入ろうとした時、弟くんが『零落白夜』を発動しアリーナのバリアーを切り裂き、突入する。

「はあ、頭に血が上りすぎだ」

 

『EF-2000 タイフーン』を装備しその後を追って、アリーナへと突入する。

「その手を離せ!!!」

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」

「な、なんだ!?くそっ、体がっ……!」

 

考えなしで突っ込むなんてボーデヴィッヒさんの言葉を否定できないじゃないか……。

AICに動きを止められた弟くんを援護するためボーデヴィッヒさんに威嚇射撃を行う。

「貴様も邪魔をするか」

「いいや。ただ、やり過ぎだから止めに来ただけさ。弟くん、シャルル、二人を連れて離れて」

「わかった!」

 

弟くんとデュノアさんが二人を連れて離れたのを確認してからボーデヴィッヒさんに話しかける。

「今日は、この辺にしておきなよ。今回の勝負は内容は抜きにして君の勝ちだ。今から俺と戦って負けを乗せなくてもいいだろう?」

「私が貴様に負けるだと?──いいだろ、貴様も有象無象に過ぎないと言うことを教えやるっ!」

 

ボーデヴィッヒさんが飛び出そうとした瞬間、俺たちの間に影が割り入ってくる。

ガギンッ!

金属同士がぶつかる音が響き、ボーデヴィッヒさんは加速を中断する。

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

「ちーちゃん、遅かったじゃんか。もう少しでいじめられることろだったんだよ?」

「よく言う。あと、織斑先生だ」

 

なんの装備もなしにIS用近接ブレードを扱ってるんだから、つくづく常人離れしてるよ。

「模擬戦をやるのは構わん。──が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

「教官がそう仰るなら」

 

素直に頷いて、ボーデヴィッヒさんはISの装着状態を解除する。

「白崎、織斑とデュノアにも伝えておけ」

「はいはい」

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

パンッ!とちーちゃんが強く手を叩く。それはまるで銃声のように鋭く響いた。

 



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唯依ちゃんの悪戯と気絶する変態

「……………」

「……………」

 

場所は保健室。時間はさっきの一件から一時間が経過していた。ベッドの上では打撲の治療を受けて包帯を巻かれた鈴ちゃんとオルコットさんがむっすーとした顔で視線をあらぬ方向へと向けていた。

「別に助けてくれなくてよかったのに」

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

二人とも怪我の割には元気なようでよかった。

「お前らなあ…………。はあ、でもまあ、怪我がたいしたことなくて安心したぜ」

「ほんと間に合ってよかったよ」

「こんなの怪我のうちに入らな──いたたたっ!」

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味──つううっ!」

 

言わんこっちゃない。

「バカってなによバカって!バカ!」

「一夏さんこそ大バカですわ!」

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」

 

ひどい反撃を受けた弟くんに飲み物を買って戻ってきたデュノアさんがフォローになってないフォローを入れる。

「なななな何を言っているのか全っ然っわかんないわね!これだから欧州人って困るのよねえっ!」

「べべっ、別にわたくしはっ!そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」

 

二人とも顔を赤くしてる。

「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」

「ふ、ふんっ!」

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 

鈴ちゃんもオルコットさんも渡された飲み物をひったくるように受け取って、ペットボトルの口を開けるなりごくごく飲み干す。冷たいものを一気に飲むと体に悪いよ?

「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、しばらく休んだら──」

 

ドドドドドドドッ……!

「な、なんだ?何の音だ?」

 

廊下から聞こえてくる地鳴りのようなものがだんだんと近づいてきたと思ったらドカーン!と保健室のドアが吹き飛んだ。テレビ以外でドアが吹き飛ぶなんて初めて見た……。

「織斑君!」

「デュノア君!」

「白崎君!」

 

ドアから雪崩れ込んできたのは数十名の女子達だった。広い保健室はあっという間に人で埋め尽くされる。しかも、俺たちを見つけるなり一斉に取り囲み、バーゲンセール中の主婦のように手を伸ばしてきた。

「な、な、なんだなんだ!?」

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

「ストップストップ!」

 

状況が飲み込めない俺たちに、バン!と女子一同が出してきたのは学内の緊急告知文が書かれた申込書だった。

「な、なになに……?」

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選によります選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』──」

「ああ、そこまででいいから!とにかくっ!」

 

そしてまた一斉に手を伸ばしてくる。

「私と組もう、織斑君!」

「私と組んで、デュノア君!」

「私と組んでよ、白崎君!」

 

先月の一件が関係して学年別トーナメントの仕様変更があったんだろう。学園内で三人だけの男子とともかく組もうと、先手必勝とばかりに勇み迫ってきているのだろう。しかし──

「ごめんね。俺は唯依ちゃんと組むから」

「ええー!」

「やっぱり篁さんと白崎君って……」

「まだ、確定じゃないわ!もしそうでも、織斑君とデュノア君がいるわ」

 

俺は唯依ちゃん以外と組むつもりはない。なので、弟くんとデュノアさんに任せよう。

「え、えっと……」

 

ああ、そういえば同室の弟くんはともかくデュノアさんが誰かと組むのはリスクがあるのか。

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

しーん……。少し気まずい空気が流れる。

「まあ、そういうことなら……」

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

「男同士っていうのも絵になるし……ごほんごほん」

 

とりあえず、一人危ない子がいたのはスルーしようか。そうして、納得した女子達は各々が仕方ないかと口にしながら一人また一人と保健室を去っていく。

「ふう……」

「あ、あの、一夏──」

「一夏っ!」

「一夏さんっ!」

 

安堵のため息をついた弟くんにデュノアさんが声をかけようとして、それを上回る勢いで鈴ちゃんとオルコットさんがベッドから飛び出していく。

「あ、あたしと組みなさいよ!幼なじみでしょうが!」

「いえ、クラスメイトとしてここはわたくしと!」

 

この二人はバカなのかな?

「ダメに決まってるだろ」

「ダメですよ」

 

山田先生と声がかぶる。てか、いたんですね、気づきませんでしたよ。すごくいいタイミングですけどもしかして隠れてました?

「おふたりのISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

これはISの蓄積経験と呼ばれるものでISはあらゆる経験を積むことで自己進化していく。その経験には損傷時の稼働も含まれるので不完全な状態での稼働を経験させてしまうと平常時に悪影響を及ぼしてしまうのだ。

「うっ、ぐっ……!わ、わかりました……」

「不本意ですが……非常に、非常にっ!不本意ですが!トーナメント参加は辞退します……」

 

さすがは代表候補生、賢明な判断だね。

「わかってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分が支払うことになりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。あなたたちにはそうなってほしくありません」

「はい……」

「わかっていますわ……」

 

と、そこでわかってなさそうな顔をしてる弟くんにデュノアさんが説明をいれる。

「一夏、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ」

「え、えーと……」

「簡単に言うと骨折しているときに無理をすると筋肉を痛めるだ」

「お、おう。それならわかる」

 

はあ、お兄さんは君の将来が心配です。

「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ?」

「え、いや、それは……」

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

「? ふうん?」

 

なるほど。多分、弟くんのことをボーデヴィッヒさんが悪く言ってそれに対して戦いを挑んだってところかな。

「ああ。もしかして一夏のことを──」

「あああっ!デュノアは一言多いわねえ!」

「そ、そうですわ!まったくです!おほほほほ!」

 

デュノアさんや、それは言わぬが花ですぜ。

「こらこら、やめろって。シャルルが困ってるだろうが。それにさっきからケガ人のくせに体を動かしすぎだぞ。ホレ」

 

弟くんが鈴ちゃんとオルコットさんの肩を指でつつく。

「「ぴぐっ!」」

 

れっと。っていいうキャラがいたな。

「……………」

「……………」

「あ……すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い」

 

俺は、どうなっても知らないよ?

「い、い、いちかぁ……あんたねぇ……」

「あ、あと、で……おぼえていらっしゃい……」

 

織斑一夏、享年16歳。死亡原因、同級生による暴行。ちーん、合掌。

 

 

 

「唯依ちゃん、俺と組んでください!」

 

部屋に戻った俺は開口一番、例の告知文を手に頭を下げる。

「なんですか、一体」

 

あれ?唯依ちゃんは知らないのかな?

「学年別トーナメントがふたり組になったから唯依ちゃんと組もうと」

「それくらいは知っています。でも、冬夜はもう組んでいるのでしょう?」

 

へ?初耳なんですけど……。

「一年の子が言っていました。『私は白崎君と組むことになったから、今回は諦めてね。まあ、実力的に私と組むのが正解だし』と」

 

誰だよっ!?

「あれだけ好き好きと言っておきながら……」

「ちょ、ちょっと、待った!俺そんな話知らないんだけどっ!?」

「言い訳は結構です」

 

そっぽ向かないでよ……。

「なんて、冗談です。冬夜が私を裏切るようなことをしないことくらいわかってます。だから、そんな顔をしないでください」

 

じょ、冗談……?

「ほ、ほんと?」

「ええ。実際にそう言ってきた子はいましたが逆に『あなたが何を言おうが関係ありません。冬夜は私と組むと信じていますから』と言い返してやりました」

 

ゆ、唯依ちゃん……。

「ですから、先ほどの組んでほしいという件、お受けしま──冬夜っ!?」

 

こんな可愛い唯依ちゃんを前に我慢できません!その場からジャンプした俺は唯依ちゃんに一直線!──の筈だった。

ドゴッ!!

体重の乗った非常に重い拳が顔にめり込んで気絶──ごはぁっ!?

 

 

 



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学年別トーナメント開始

六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色へと変わる。その慌ただしさはよそうを遥かに超える。

俺も各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々からようやく逃げ切り更衣室へと入る。

「あ゛〜」

「ど、どうしたんだよ、冬夜兄ぃ?」

「各国政府(以下略 から逃げてきた。唯依ちゃん成分が不足して死にそうだ」

「なんだよ、その唯依ちゃん成分って」

 

なに?唯依ちゃん成分を知らないだと?てか、お前が唯依ちゃんって呼ぶな。

「唯依ちゃん成分とは、唯依ちゃんから発せられる癒し成分であり、効能は疲労回復など多岐にわたる超高性能物質だ」

「そ、そうか……」

「興味なさそうだね。さしずめ弟くんはボーデヴィッヒさんとの対戦が気になって仕方ないみたいだね」

「まあ、な」

 

手早くISスーツに着替える。

「冬夜と篁さんが一年の部、Aブロック一回戦一組目なんだよね?」

「ああ。唯依ちゃんに格好いいところ見せてくる」

「ふふ、頑張ってね」

 

 

 

「唯依ちゃん、代表候補生は俺が相手するからもう一方をお願い」

「ええ、わかっています」

 

俺と唯依ちゃんの相手はアメリカの代表候補生『エミリア・ブランケット』さんと三組の女子だ。それぞれの機体は俺が『F18E/F スーパーホーネット』、ブランケットさんがラファール、唯依ちゃんと三組の子が打鉄だ。

「あなたが強いというのは聞いているわ。でも、私も代表候補生。勝たせてもらうわ!」

「お互いにいい勝負をしよう」

 

試合開始まであと五秒。四、三、二、一──開始。

「くらえぇぇ!」

 

試合開始と同時にブランケットさんがミサイルポッド《ストームハリケーン》からミサイルを一斉射してくる。

「甘いよ」

 

全方位から迫り来るミサイルを両手、左右兵装担架に装備した《AMWS-21》で撃ち落とす。

「これくらいで倒せるなんて思ってないよっ!」

 

爆炎の中から現れたブランケットさんのショートソードを突撃砲で受け止める。

「もう一人は任せたからね!」

「う、うん!」

 

ブランケットさんはそのまま俺と唯依ちゃんを分断する。なるほど、そういう作戦か。

「ふふ」

「何がおかしいの?」

「いや、君は相方が唯依ちゃんを倒せると思ってるみたいだけど唯依ちゃんの近接戦闘の凄さはハンパじゃないからね」

「ふん。それならあの子もなかなか強いんだから!」

 

そのまま俺も戦闘にはいる。さて、楽しませてもらおうか。

「はっ!」

 

回し蹴りをかわしながら120mm滑空砲を撃ち込む。

「きゃあっ!」

「驚いてる暇はないよ」

 

体勢を崩したブランケットさんに36mm弾の弾幕をお見舞いする。

「くぅっ!」

 

ブランケットさんはなんとか弾幕から逃げ出し、手榴弾を投げてくる。

「映画とかで見てやってみたかったんだよね、これ」

「え……?」

 

投げられた手榴弾を爆発前に蹴り返す。

「うそ……」

 

そのまま手榴弾はブランケットさんを巻き込んで爆発する。

 

『勝者、白崎・篁チーム』

 

アナウンスが勝負の終わりを告げる。気づかないうちに唯依ちゃんも相手を倒してたみたい。しかし、無傷ってさすがだなぁ。

「どう?格好良かった?」

「冬夜、お疲れ様です」

 

華麗にスルーされた……。

 

 

試合を終えて弟くんたちと話すために更衣室へと向かう。

「あっ。冬夜兄ぃ、お疲れ」

「冬夜、お疲れ様」

「ありがとう。そっちは次だよね?」

「ああ。ラウラと箒のペアだ」

 

珍しい組み合わせだな。

「まあ、頑張ってこいよ」

「おう!」

「うん!」

 

話し終えた俺は唯依ちゃんと合流して弟くんたちの試合を観戦する。

「どっちもやる気満々だね」

「そうですね」

 

モニターの中の弟くんとボーデヴィッヒさんを見ながら感想をもらす。

『一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ』

『そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ』

『『叩きのめす』』

 

試合開始と同時に弟くんが瞬時加速で突っ込む。さすがに無策ではないだろうし何をするか楽しみだ。

『おおおっ!』

『ふん……』

 

ボーデヴィッヒさんが右手を突き出し弟くんの動きが止まる。

『開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな』

『……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ』

『ならば私が次にどうするかもわかるだろう』

 

ガキン!と巨大なリボルバーの回転音が轟く。ボーデヴィッヒさんも一夏に気を取られすぎだな。

『させないよ』

 

弟くんな背後からデュノアさんが現れ、六十一口径アサルトカノン《ガルム》の爆発弾(バースト)による射撃を浴びせる。

『ちっ……!』

 

デュノアさんによって射撃をずらされたボーデヴィッヒさんはデュノアさんの追撃から間合いを取る。

『逃がさない!』

 

デュノアさんの十八番『高速切替(ラピッド・スイッチ)』で追撃しようとする。

『私を忘れてもらっては困る!』

 

箒ちゃんが打鉄の実体シールドで射撃を防ぎながらデュノアさんへと斬りかかる。

『それじゃあ俺も忘れられないようにしないとな!』

 

弟くんがデュノアさんの背中へと瞬時加速し、ぶつかる瞬間、くるりとデュノアさんが宙返りする。おお、中々のコンビネーションだ。

 

 

 

そんな感じで試合が進み、箒ちゃんが撃墜されて二対一の状況になり、次第にボーデヴィッヒさんが押され始める。

『この距離なら、外さない』

 

盾の装甲がはじけ飛び、中からロマン武器が露出する。六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》。通称──

『『盾殺し(シールド・ピアース)……!』

 

とっつきである。

『『おおおっ!』』

 

ふたりの声が重なる。パイルバンカーは単純な兵器だが、それ故に攻撃力は最強レベルだ。防げなければまずい。

『!!!』

 

ボーデヴィッヒさんはその目を集中して止めようとするが失敗した。

ズガンッ!!!

『ぐううっ……!』

 

絶対防御が発動し、エネルギー残量をごっそり奪われる。しかも《灰色の鱗殻》はリボルバー式で連発可能なので

ズガンッ!ズガンッ!ズガンッ!

続けざまに三発を撃ち込まれ、ボーデヴィッヒさんの体が大きく傾く。

そして、IS強制解除の兆候が見え始めた瞬間、異変が起きた。

『ああああああっ!!!!』

 

突然、ボーデヴィッヒさんが身を裂かんばかりの絶叫を発する。と同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、デュノアさんが吹き飛ばされた。

『ぐっ!一体何が……。──!?」

『なっ!?』

 

弟くんたちが驚くのも無理はない。ISは形状を変えることはあるがあの様な変化は絶対にしない(・・・・・・)

『なんだよ、あれは……』

 

そして、変化はやがておさまりそれは俺や弟くんにとって許容しがたい姿に変化した。

「くそが……!」

「と、冬夜、あれは一体何なんですか!?」

「VTシステムだよ」

「VTシステム……?」

「説明はあと。とりあえず唯依ちゃんは避難して」

「ええ、そうしますが、冬夜はどうするつもりですか?」

 

決まっている。あんなものを放置なんて出来るわけがないっ!あれはちーちゃんだけのものだ!

「破壊する。あれを破壊する」

「破壊するって、ボーデヴィッヒさんはどうするつもりなんですか?」

「もちろん助ける。聞かなきゃいけないこともあるし」

 

どこのバカが作ったかとかな。

『冬夜兄ぃ、ここは俺に任せてくれないか?』

「弟くん?」

『俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか、知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない』

「わかった。そこまで言うのなら任せるよ。ただ──」

『ああ、わかってる。絶対に勝つ。ここまで啖呵を切って飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ』

「なら、負けたら明日から弟くんは女子の制服で登校だな」

『うっ……!い、いいぜ?なにせ負けないからな!』

 

あの目をした弟くんなら任せても大丈夫だな。

「弟くん、白式を一極限定にしろ。それで、一回くらいなら零落白夜が使えるはずだ」

『おう、わかった』

 

先ほどまでの戦闘でシールドエネルギーはほとんど残ってないだろう。一極限定にしても一発が限界だ。

『武器と右腕だけか』

「充分だろ?」

『ああ』

 

防御なし。当たれば即死、良くて重傷。けれど一撃を食らわせるだけのお膳立てを白式はしてくれた。後は──弟くん次第。

『い、一夏っ!』

 

それまで傍観していた箒ちゃんがはじかれたかのように口を開いた。その目は弟くんだけを見つめ、真剣そのものだ。

『死ぬな……。絶対に死ぬな!』

『なにを心配してるんだよ、バカ』

『ばっバカとはなんだ!私はお前が──』

『信じろ』

『え?』

『俺を信じろよ、箒。心配も祈りも不必要だ。ただ、信じて待っていてくれ。必ず勝って帰ってくる』

 

それは──誰かのために強くありたい、という願い。

『じゃあ、行ってくる』

『あ、ああ!勝ってこい、一夏!』

『じゃあ、行くぜ偽物野郎』

 

握られた《雪片弐型》が刀身を開く。

『零落白夜──発動』

 

ヴン……と小さく反応し、全てのエネルギーを消し去る絶対無効の刃が現れる。そして、それは変化していき、零落白夜の刃が細く鋭くなっていく。やがてそれは鍛え上げられた日本人の魂──日本刀の形になる。

弟くんはちーちゃんに習い、箒ちゃんに学んだ、『一閃二断の構え』をとる。

『……………』

 

黒いISが刀を振り下ろす。それはちーちゃんと同じ速く鋭い袈裟斬り。されど、意志の込もらぬ虚なもの。ならばそれは──

『ただの真似事だ』

 

ギンッ!腰から抜き放って横一閃、相手の刀を弾く。そしてすぐさま頭上に構え、縦にまっすぐ相手を断ち斬る。

これこそが一閃二断の構え。俺がちーちゃんに初めて負けた技だ。

『き、ぎ……ガ……』

 

ジジッ……と紫電が走り、食いISが二つに割れる。そして、ボーデヴィッヒさんが現れる。

「……まぁ、──」

 

弟くんのつぶやきは聞こえるなかったがとりあえずは閉幕だ。

 



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改めてよろしく

「それで結局、VTシステムって何なんですか?」

「うん?ああ、正式名称ヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、IS条約で国家・組織・企業において研究・開発・使用が禁止されてるシステム」

 

学食でカツ丼を食べながら唯依ちゃんに説明する。

「なぜ、そんなものが?」

「さあ?」

 

本当はわかってるけど唯依ちゃんを巻き込みたくないから教えない。

「……優勝……チャンス……消え……」

「交際……無効……」

「……うわああああんっ!」

 

バタバタバターっと数十名が泣きながら走り去っていった。まあ、今回は仕方ないよ。

「どうしたんでしょうか?」

「女の子は複雑なんだよ」

「?」

 

首を傾げる唯依ちゃんをおかずにカツ丼を食べる。うん、あと十杯はいけるな。

「そんなことだろうと思ったわ!」

 

どげしっ!!!

「ぐはぁっ!」

 

いきなりの奇声に振り返ると弟くんに箒ちゃんの正拳が決まっていた。

「ふん!」

 

さらに追い討ちのみぞおち蹴り。

おっ、パンツ見えた。箒ちゃんは白か。今日の唯依ちゃんのパンツは何色──ドゴッ!

「げぼらばあっ!?」

 

スカートをめくろうとした瞬間、頭に衝撃が走る。

「なにをしているんですか!」

 

唯依ちゃんにかかと落としをされた。でも、ちらっと薄ピンクが見えたので満足。

「うぉぉお……」

 

満足だが、かなり痛い。

「あ、白崎君に織斑君とデュノア君。ここにいましたか。……って、どうしたんですか?」

「山田先生、冬夜の自業自得ですのでお気になさらず」

「は、はい?それよりも、朗報です!」

 

グッと山田先生が両手を握りしめてガッツポーズ。その豊満な胸が揺れる。

「なんとですね!ついについに今日から男子の大浴場使用が解禁です!」

「おお!そうなんですか!?てっきり来月からになるものとばかり」

「それがですねー。今日は大浴場のボイラー点検があったので、もともと生徒たちが使えない日なんです。でも、点検自体はもう終わったので、それなら男子三人に使ってもらおうって計らいなんですよー」

 

久しぶりに大浴場というのもいいかもしれないな。唯依ちゃんが付いてこないのが残念だけど。が、しかし──

「ありがとうございます、山田先生!」

「お気づかい、感謝します。でも、今日は遠慮しておきます」

「え?冬夜兄ぃは入いらないのか?」

「ええー、折角なのにもったいないですよ?」

「そうなんですが、私用がありまして」

「そうなんですか?なら、仕方ないですね。織斑君とデュノア君はしっかりと楽しんできてくださいね」

「はい!」

「唯依ちゃんは先に戻ってて。俺は後からもどるから」

 

そう言って、俺はIS学園の屋上へと移動する。

「ここなら、誰もいないか」

 

携帯を取り出してある番号にコールする。

『も、もすもす?終日(ひねもす)?』

 

電話口からのよくわからない声につい電話を切ろうとしてしまう。

『わー、待って待って!』

「束ちゃん……」

『はーい、ふーくんのアイドル・篠ノ之束ここに参上っ!それで、一体どうしたのかな、ふーくん』

「束ちゃんは今回の件には関わってないよね?」

『今回、今回──はて?』

 

おそらく首を傾げているのだろう。そして、本当に知らないようだ。

「VTシステムだよ」

『ああ。あれ?うふふ、ふーくん。あんな不細工なシロモノ、この私が作ると思うかな?私は完璧にして十全な君だけのアイドル篠ノ之束だよ?すなわち、君が嫌いなものなんて作らない』

「……………」

『任せといてよ。あれを作った研究所は消しておくから。……ああ、言わなくてもわかっていると思うけど、死亡者はゼロにするよ。赤子の手をひねるより簡単──ていうかふーくん、束さんとの赤子はいつかな?かな?」

 

うふふ、と笑いを付け加えて束ちゃんはつらつらと話す言葉を一度句切る。

「考えとくよ。じゃあ、邪魔したね」

『いやいや、邪魔だなんてとんでもない。私の時間はとふーくんのためならいつでもどこでも二四時間フルオープン、コンビニなんか目じゃないね。五○六○喜んで!」

「……またね」

 

電話を切る。

「考えてみれば長い付き合いだよね」

 

唯依ちゃんよりも長いなと思いながら部屋へと戻る。

 

 

翌日、朝のホームルームにはデュノアさんの姿がなかった。弟くんに聞いたら『先に行ってて』だそうだ。ちなみにボーデヴィッヒさんの姿もない。たぶん、昨日の負傷で休んでるんだろ。

「み、みなさん、おはようございます……」

 

教室に入ってきた山田先生はなぜだかふらふらしている。朝食の目玉焼きが半熟じゃなくてテンションが上がらなかったのか?

「織斑君に白崎君、何を考えているのかはわかりませんが、私を子供扱いしようとしたいるのはわかりますよ。先生、起こります。はぁ……」

 

ずいぶんとお疲れのご様子。まあ、すいません。

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、すでに紹介は済んでいるといいますか、ええと……」

 

ほう……。

「じゃあ、入ってください」

「失礼します」

 

この声はやっぱり──

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

ぺこり、スカート姿のデュノアさんが礼をする。俺以外のクラス全員がぽかんとしたまま、ぺこりと頭を下げ返す。

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業がはじまります……」

 

なるほど山田先生の憂いはそれか。

「え?デュノア君って女……?」

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」

「って、織斑君、同室だから知らないってことは──」

「ちょっと待って!昨日って確か、織斑君とデュノア君が大浴場使ったわよね!?」

 

ざわ……ざわ……!教室が一斉に喧騒に包まれ、あっという間に溢れかえる。

「知ってたんですか?」

「うん。知ってたから昨日は大浴場に入らなかったんだ」

 

バシーン!教室のドアが蹴破られたかのような勢いで開く。

「一夏ぁっ!!!」

 

清流の方角、凰鈴音。その顔は烈火の如く怒り一色。おお、これが中国四千年の歴史か!

「死ね!!!」

 

ISアーマー展開、それと同時に両肩の衝撃砲がフルパワーで解放される。

あー、弟くんしんだな。

明日の朝刊の一面はこれで決まりだろう。

『哀れ高校一年生男子、同学年女子に殺害される。死体は原形をとどめておらず、クラスメイトは口々に悲しみの声を漏らす』

「ミンチでした」「トマトケチャップでした」「地面に落ちた柿でした」「あるいはイチジクでした」「破裂した缶コーラでした」「バカのシチューが出来上がりました」

最後は俺だ。

ズドドドドオンッ!

「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

鈴ちゃんは怒りのあまり肩で息をしている。

「……………」

 

間一髪、ボーデヴィッヒさんがAICで衝撃砲を相殺したようだ。

「助かったぜ、サンキュ。……っていうかお前のISもう直ったのか?すげえな」

「……コアはかろうじて無事だったからな。予備パーツで組み直した」

「へー。そうなん──むぐっ!?」

 

わおっ!情熱的なキスだね。ちなみに俺のファーストキスは……今はいいか。

「!?!?!?!?」

 

全員があんぐりとする。

「お、お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」

「……嫁?婿じゃなくて?」

 

この状況でそのツッコミ。お兄さん、君を尊敬しそうだよ。

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

その人は日本に対してかなりの偏見をお持ちのようで。

「あ、あっ、あ……!」

 

俺シーラネ。

「アンタねええええっ!!!」

「待て!俺は悪くない!どちらかというと被害者サイドだ!」

 

女の子とキスして被害者サイドとか、弟くんサイテー

「アンタが悪いに決まってんでしょうが!全部!絶対!アンタが悪い!」

 

ビシュンッ──!

教室の後ろ側出口から逃げようとした弟くんの鼻先をレーザーがかすめる。

「ああら、一夏さん?どこかにおでかけですか?わたくし、実はどうしてもお話しなくてはならないことがありまして。ええ、突然ですが急を要しますの。おほほほほ……」

 

血管マークを浮かせたオルコットさんはISを展開する。そして弟くんは窓からの逃走を試みる。

ダンッ!

が、それも目の前の日本刀に阻止される。

「……一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」

「待て待て待て!説明を求めたいのは俺の方で──おわあっ!?」

 

聞く耳持たんとばかりの鋭い斬撃。宛先のない逃亡のすえ弟くんが辿り着いたのは……

「にこっ」

 

デュノアさん(殺戮天使)のもとだった。

「に、にこっ」

「一夏って他の女の子前でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしたな」

「あのー……シャルロット?俺はされたんであって、したわけではないし、そしてなぜISを起動させているのか」

「なんでだろうね」

 

パンッ!と軽く火薬の弾ける音が響いて左腕の盾がパージされる。そこにあるのは六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殻(グレール・スケール)》。通称『盾殺し(シールド・ピアース)

「は、はは、ははは……」

 

ドカアアアアアンッ!!!

 

その日のホームルームは轟音と爆音、そして絶え間ない衝撃でクラスが文字通り揺れた。



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人類は鼻血なんかに負けないっ!

チュンチュン……。

日課のランニングを終えて部屋に戻った俺は未だベッドで寝息を立てているお姫様の寝顔を見る。この時間は至福の時である。

「すぅ……すぅ……」

 

唯依ちゃんと同室だからこその特権。なにものにも変えがたい時間だ。だから、ほっぺたを触ってしまうのも仕方ない。

ぷにぷに。

「ん……」

 

おおっ!今の録音しておくべきだった。

「ん……。あさでしゅか……」

 

寝ぼけているのかろれつの回っていない唯依ちゃん。

「とうや……?」

「おはよう」

「わ〜、とうやだ〜」

「っ!?」

 

なんと、そのまま抱きついてきてくれた!なんという幸福!

「ふふふ」

「って、俺汗かいてるからストップ」

「いいにおいですよ〜?」

 

なにこの可愛い女の子。しかし、ここは紳士として寝ぼけている女の子には優しくだ。

「寝ぼけてないで顔を洗っておいで。今日の朝は俺が作るから」

「はーい」

 

よく耐えた俺。褒美をつかわそう。

 

 

「私、寝ぼけて変なこと言いませんでしたよね!?」

「うん、大丈夫だったよ」

 

何度目かわからないやりとりをしながら教室へと向かう。

「うう〜。なんで今日に限って寝ぼけて……」

 

ぎゅん!

ん?なんで、廊下でISの飛行音が聞こえるんだ?

「到着っ!」

「おわっ!?」

 

なにごとか思ったらシャルロットに引っ張れて二人が飛翔してきた。

「おう、ご苦労なことだ」

 

ああ。朝から鬼に見つかったみたい。

「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない。がしかし──」

 

すぱぁんっ!今日も痛そうだな、出席簿アタック。

「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

「は、はい……。すみません……」

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

「「はい」」

 

二人揃って意気消沈、その後着席。朝から鬼を怒らせても益はない。

キーンコーンカーンコーン。空気の読めないチャイムが鳴ってSHRがはじまる。

「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

そう、面倒くさいことにIS学園では一般教科も履修する。中間テストはないが、期末テストがある。ここで赤点を取れば夏休みは連日補習となるわけだが、まあ問題はない。

「それと、来週からはじまる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」

 

そう。七月頭の校外学習──すなわち、臨海学校なのだ。三日間の日程のうち、初日は丸々自由時間。もちろんそこは海なので唯依ちゃんの水着見放題、愛で放題。先週からテンション上がりっぱなしで、最高に『ハイ!』ってやつだ!

「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励めよ」

「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」

 

クラスのしっかり者こと鷹月静寐さんのもっともな質問だ。大方、視察だろう。

「山田先生は校外学習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日一日代わりに担当する」

「ええっ、山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!?いいな〜!」

「ずるい!私にも一声かけてくれればいいのに!」

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなー」

 

さすがは咲き乱れる十代女子、話題があれば一気に賑わう。それを鬱陶しそうにしながら、ちーちゃんは言葉を続ける。

「あー、いちいち騒ぐな。鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない」

 

はーい、と揃った返事をする一組女子。相変わらずのチームワークだ。

 

 

週末の日曜日。俺は唯依ちゃんと臨海学校の準備もあり、街に繰り出した。

「よく晴れてますね」

「そうだね」

 

ちなみに唯依ちゃんの服装は夏らしい清涼感のある服装でこれがまた似合ってて超絶可愛い。ポニーテールにくくった髪から見えるうなじも素晴らしい!

「どうしたんですか?」

「目の前の超絶可愛い女の子を見て楽しんでる」

「っ………」

 

その照れた反応もいいっ!

「そ、そろそろ行きますよ」

「ちょっと、待って」

 

先に行こうとする唯依ちゃんを呼び止める。

「な、なんですか?」

「はぐれたらいけないから手、繋ごう?」

「し、仕方ないですね。と、冬夜が迷子になったら困りますからねっ」

 

しぶしぶ感を出しつつも顔を真っ赤にして手を繋いでくれる。

「さ、さあ、行きますよ」

 

唯依ちゃんと手を繋ぎながらショッピングモール『レゾナンス』二階の水着売り場へと向かう。

「冬夜はどんな水着を買うんですか?」

「あー、そっちは考えてなかった。まあ、適当に選ぶよ」

「そっち?」

「うん。昨日の夜、遅くまで起きたのは知ってるよね?」

「はい。何をしていたんですか?」

 

よくぞ聞いてくれました!

「実は昨日の夜、五時間ほどかけて唯依ちゃんに似合う水着を吟味していました!」

「……は?」

「いやー、今年の水着はどれも唯依ちゃんに似合うから選びぬくのに時間がかかちゃったよ」

 

まあ、そのおかげで唯依ちゃんの魅力をパーフェクトに表現できる水着が見つかりましたよ!

「そんなことで夜更かしてたんですか?」

「そんなことじゃないよ!唯依ちゃんの水着を吟味することは国防以上に重大な案件なんだよ!?」

「はぁ……。ま、まあ、冬夜がそこまでして選んでくれた水着に興味がないわけではないですから、着てみようと思います」

 

なんとか、ことの重大さを理解してくれた唯依ちゃんと水着屋に入り、お目当ての水着を見つける。

「こ、これですか?」

「It's that so. 試着できるそうだから、してみてよ」

「し、しかし、これは……」

「絶対に似合うから、お願いっ!」

「わ、わかりました」

 

水着をもって試着室に入った唯依ちゃんを待つ。

「着てみましたが、これは……」

 

恥ずかしながら、試着室から出てくる。そこにいたのは山吹色のビキニを身にまとい、頬を染めた唯依ちゃんだった。

「ど、どうですか?」

「ぶほぉっ!?」

 

あ、あまりの可愛さに鼻血が止まりませんっ!

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「せ、せめて、人類の言語で喋ってください!」

「唯依ちゃんの水着姿を見れて、我が生涯に一片の悔いなし。がくっ」

「冬夜!?」

「お客様ーーーっ!」

 

白崎冬夜、死亡。死亡原因、鼻血による失血死。否──

「こんなところで死ねるか!!!」

「きゃあっ!?」

 

俺は、唯依ちゃんは可愛かったと……人類にとって至宝だったと伝えなければならいんだ……!人間をなめるよ、鼻血がっ!!!

「ふぅ、復活」

「一体、どうしたんですか?」

「気にしないで。持病の『唯依ちゃん好き好き病』の発作が出ただけだから」

「なんなんですか、それは!?」

 

 

「海っ!見えたぁっ!」

 

トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

「海を見るとやっぱりテンションあがるなぁ」

「そうですね。今年はまだ、行ってませんでしたし」

 

バスで隣の席になったのは唯依ちゃん。

「久しぶりに遠泳でもしてみますか?」

「でも、あの水着だと泳ぎにくいんじゃない?」

「大丈夫です。もう一着、遠泳用に競泳水着を持ってきています」

 

唯依ちゃんの競泳水着……これは、撮らねばなるまいっ!

「撮影会はいつですか?」

「そんなものは、ありません」

「そんな……。じゃあ、俺はこの臨海学校を楽しめば良いんだ……」

「……そ、その、冬夜が見たければ私はいつでも……」

「うん?なにか、言った?」

「い、いえ!なにも!」

 

唯依ちゃんの声を聞き逃すなんてなんたる不覚!

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

ちーちゃんの言葉で全員がさっとそれに従う。さすがの指揮能力である。

言葉通りほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着。四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出てきて整列した。

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくおねがいしまーす」」」

 

ちーちゃんの言葉の後、全員で挨拶する。この旅館には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

歳は三十くらいだろうか、どことなく栴納さんに近い雰囲気が漂っている。

「あら、こちらが噂の……?」

 

ふと、俺たちと目があった女将さんがちーちゃんに尋ねる。

「ええ、まあ。今年は男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。それにいい男の子達じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者共」

 

ぐいっと頭を押さえられる。いや、そんなことされなくても挨拶くらいするってば。

「白崎冬夜です。よろしくお願いします」

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

そう言って女将さんはまた丁寧なお辞儀をする。その動きは先ほどとおなじく気品のあるもので、こういうのに弱い俺としてはすこし緊張してしまう。

「不出来の弟と幼なじみでご迷惑をおかけします」

「あらあら。織斑先生ったら、ずいぶんと厳しいんですね」

「いつも手を焼かされていますので」

 

いや、そんなこともないでしょ。

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は旅館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

女子一同ははーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。俺もとりあえずは荷物を置こう。

ちなみに初日は終日自由時間。食事は旅館の食堂で各自とるように言われている。

「ね、ね、ねー。おりむ〜、さきさき〜」

 

こ、この呼び方は間違いなくのほほんさんだ。振り向くと、例によって異様に遅い移動速度でこっちに向かってきていた。眠たそうな顔は、たぶん素。

「おりむー達って部屋どこ〜?一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて〜」

 

その言葉で周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのがわかった。

「いや、俺も知らないな。冬夜兄ぃは知ってるか?」

「知らないかな」

 

ちなみに女子と寝泊まりさせるわけにも行かないということで、俺たちの部屋はどこか別の部屋が用意されるらしいというのも山田先生がそう言ってただけで明確には聞かされていないからだ。

「織斑に白崎、お前たちの部屋はこっちだ。ついてこい」

 

おっとちーちゃんのお呼びだ。

「えーっと、織斑先生。俺たちの部屋ってどこになるんでしょうか?」

「黙ってついてこい」

 

いきなりの言論封殺ですか。それにしてもこの旅館、ほんとすごいな。キレイだし広いし。

「ここだ」

「え?ここって……」

 

ドアに張られた紙は『教員室』と書かれいる。なんでさ……。

「最初は個室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかける並びに、篁の部屋へ押しいる馬鹿がいるだろうという話になってだな」

 

それなら、最初から同じ部屋なら問題ないのでは?

「結果、私と同室になったわけだ。これなら、どちらもおいそれと近づかないだろう」

「ぐぬぬ……」

「そりゃまあ、そうだろうけど……」

 

唯依ちゃんのためなら鬼も怖くないがさすがに死ぬのは困る。

「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな」

「はい、織斑先生」

「はいはい、わかってますよ」

「それでいい」

 

そうして部屋の中に入る許可が下りた。中はふたり部屋らしいが広々としていて三人でも問題なさそうだ。

「一応、大浴場も使えるが男のお前たちは時間交代だ。本来ならば男女別になっているが何せ一学年全員だからな。お前たち二人のために残りの全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可能だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

「わかりました」

 

しかし、家族と幼なじみだけだというのに職務に忠実とはまったくちーちゃんらしい。

「さて、今日は一日自由時間だ。荷物も置いたし、好きにしろ」

「えっと、織斑先生は?」

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ──」

 

ごほん、と咳払いをするちーちゃん。

「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな」

 

ほうほう、それはそれは。

「織斑先生、ちょっとよろしいですかー?」

 

この声は山田先生だな。

「ええ、どうぞ」

 

その返事を聞いて山田先生がドアを開ける。そうするとちょうど入り口から直線上に立っていた俺たちと目があった。

「わあっ!」

「いや、そんなに驚かなくても……」

 

どうも教員同士の確認のために来たようだった。

「ご、ごめんなさい。ついつい忘れてしまいました。織斑君たちは織斑先生のお部屋でしたね」

「山田先生。確かこれはあなたが提案したことだったはずだが?」

「は、はいぃっ。そうです、はいっ。ごめんなさい!」

 

ちーちゃんのじろりとした視線を受けた山田先生は蛇に睨まれた蛙だった。

「さて織斑と白崎、私たちはこれから仕事だ。どこへでも遊びに行ってこい」

「はい。それじゃあ冬夜兄ぃ、さっそく海にでも行くか」

「ああ、そうだな」

「羽目を外し過ぎんようにな」

 

ちーちゃんの注意にもう一度ちゃんと返事をして俺たちは部屋を出る。

さあ、行かん。いざ海へ!

 



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束ちゃん、参上!

「……………」

 

俺と弟くんは更衣室のある別館へ向かう途中で箒ちゃんとばったりと出くわした。それはいいんだが、問題は目の前にある珍妙な物体である。

道ばたにウサ耳が生えている。そう、バニーさんがしているアレだ。しかも『引っ張ってください』という張り紙付きだ。

「なあ、これって──」

「知らん。私に訊くな。関係ない」

「いや、間違いないと思う……」

 

十中八九これは、天才という名の天災。自称一日を三五時間生きる女。俺と同じISの開発者。そして、箒ちゃんの実姉。我らが篠ノ之束ちゃんに違いない。

「とりあえず、抜く?」

「好きにしろ。私には関係ない」

 

そう言ってすたすたと歩き去ってしまう。束ちゃんとは仲良くして欲しいなぁ。

「のわっ!?」

 

なんて考えていると弟くんがウサ耳を抜いたと同時にすっころぶ。

「いてて……」

「何してんの?」

「何をしていますの?」

「お、セシリアか。いや、今このウサミミを──あ」

 

どうしてこいつばかりラッキースケベに遭遇するんだ。顔か!?やっぱり顔なのか!?ええい、忌々しいイケメンフェイスめっ!

「!?い、一夏さんっ!」

「す、すまん。その、だな。ウサミミが生えていて、それで……」

「は、はい?」

 

そんな言い訳が通じるものかっ!ちーちゃんに言いつけてやるからな!

「いや、束さんが──」

 

キィィィィン……。

なんだ、この、何かが高速移動してる音は──って、なに!?

ドカーーーーン!

デフォルメにんじんが落ちてきた。

「に、にんじん……」

「はぁ……」

「あっはっはっ!引っかかったね、ふーくんにいっくん!」

 

ばかっと真っ二つに割れたにんじんの中から笑い声とともに登場したのは件の天災・篠ノ之束ちゃんだった。相変わらずだね。

「やー、前はほら、ミサイルで飛んでたら危うくどこかの偵察機に撃墜されそうになったからね。私は学習する生き物なんだよ。ぶいぶい」

 

それはそれとして今のファッションテーマは一人Alice in Wonderlandかな?相変わらずよくわからないけど似合ってるからまあいいか。

「久しぶりだね、束ちゃん」

「お、お久しぶりです、束さん」

「うんうん。おひさだね。本当に久しいねー。ところでふーくん。箒ちゃんはどこかな?さっきまで一緒だったよね?トイレ?」

「箒ちゃんは……」

 

束ちゃんを避けてどこかに行きましたとは、言えないよな。どう答えよう……。

「まあ、この私が開発した箒ちゃん探知機ですぐ見つかるよ。じゃあねいっくんにふーくん。また後でね!」

 

すったったーと走り去ってしまう。てか箒ちゃん探知機ってまた、変なもの作ったね。

「い、一夏さん、冬夜さん?今の方は一体……」

「束ちゃん。箒ちゃんのお姉さんだよ」

「え……?ええええっ!?い、今の方が、あの篠ノ之博士ですか!?現在、行方不明で各国が探し続けている、あの!?」

「Yes.その篠ノ之束ちゃん」

 

ちなみにこの臨海学校では『ISの非限定空間における稼働試験』というのが主題である。そのため、各国から代表候補生宛に新型装備が山ほど送られてくる。しかし、一応部外者は参加できない決まりになっているため、揚陸艇で装備だけがどかっと運ばれてくるらしい。

しかし、そこは我らが束ちゃん。思いっきり規則無視するだろう。ってか目的はなんだろう。

「まあ、いいか。今のところ大丈夫でしょ。オルコットさんはおりむーに用事があったんでしょ?僕は先に行ってるね」

「そういや、気になってたんだけど、冬夜兄ぃってなんでセシリアのこと名字で呼んでんだ?」

「え?だって、名前で呼んでいいって言われてないし」

「別に構いませんわよ?お互い知らぬ仲ではないのですし、セシリアで構いませんわ」

「そう?じゃあ、これからセシリアさんって呼ぶよ」

 

弟くんたちを置いて先に別館の男子更衣室へと向かう。そして手早く着替えて、いざ海へ。

「あ、白崎君だ!」

「う、うそっ!わ、私の水着変じゃないよね!?大丈夫だよね!?」

「わ、わ〜。体すごい〜。鍛えられた体って感じ〜」

「白崎くーん、あとでビーチバレーしようね〜」

「うん、いいよ」

 

更衣室から出てすぐ、隣の更衣室から出てきた女子数人と出会う。各人、可愛い水着を身につけていて、その露出度にやや照れる。

さて、唯依ちゃんはどこかな?

「冬夜」

 

唯依ちゃんの声で振り返ると──

「ッ!?」

 

やはり、あの水着を選んだ俺に間違いはなかった!

「そ、その、日焼けは困るのでサンオイルを塗ってくれませんか?」

 

しかも、体に触れる許可がっ!

「もちろん!」

「「「え!?」」」

 

あっ、まずった。

「私サンオイル取ってくる!」

「私はシートを!」

「私はパラソルを!」

「じゃあ私はサンオイルを落としてくる!」

 

こうなったら致し方あるまい。許せ、弟くん。

「あとで弟くんがやってくれるらしいよ?ちなみに弟くんの初物です」

「「「じゅりる」」」

 

おい、じゅりるなんて効果音初めて聞いたぞ。さて、そろそろ始めようか。

「まずは背中、次にお尻、最後に前だよね」

「背中だけお願いします」

 

そこはもう少し恥ずかしがって『と、冬夜がしたいなら……』って言って欲しかった……。

「じゃあ紐解くね」

 

しゅるりと唯依ちゃんの水着の紐を解く。いかん、これだけで鼻血が出そう。

「優しくお願いします」

「お、おう」

 

シミひとつない白い肌。正直、たまらん!

「ん……。いい感じです。相変わらず上手いですね」

「お褒めにあずかり光栄の極み」

 

背中を塗り終えた俺は、弟くんが来るまでパラソルの下でゆっくりとすごす。

「最近は何かと騒がしかったからなぁ。今だけでもこうしてのんびり過ごすのはいい」

 

束ちゃんがいるということは一悶着ありそうだし。

 

 

そん感じでのんびり過ごしていると弟くんがやって来てさっきた。そして弟くんの選んだせくすぃービキニを着たちーちゃんと女子たちとの一試合終えたとき

「冬夜兄ぃ、久しぶりに勝負しないか?」

 

などと、言い出したせいで弟くんと1on1のガチ勝負することになった。

「冬夜兄ぃ、さっきの恨みここで晴らす!」

「やってみるがいい。埋まらぬ差というものを教えやろう」

 

お互いの背中にゴゴゴゴッという効果音が現れる。

「くらえっ!」

 

いきなりのジャンピングサーブ!だが、甘い!

「なにぃ!?」

 

それを軽く打ち返す。

「ふふふ、俺はそんなに甘くはないよ」

 

 

 

「「はあはあ……」」

 

お互いの点数は九点。十点先取なのであと一点だ。

「「お前には負けないっ!」」

 

久しぶりに楽しい勝負だ。だが、勝つのは俺だ!

「死して拝せよ、極東の魔弾と言われた我がスパイクを!」

「こいっ!」

 

 

時間はあっというまに過ぎ、現在七時半。大広間三つを繋げた大宴会場で、俺たちは夕食を取っていた。

「昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ。しかもカワハギとは」

「ええ、この羽振りの良さには少々驚かされますね」

 

そう返してくれたのは俺の右隣に座っている唯依ちゃん。

今は全員が浴衣姿だ。よく知らないけど『お食事中は浴衣着用』らしい。

「いやー、こんなに豪勢なのは久しぶりだよ。おっ、本わさじゃん」

「ええ、すごいと思います。京都の方でもこれだけのものとなるとなかなか」

「素晴らしきかな、特殊国立」

 

唯依ちゃんと楽しく会話しながらの夕食はかなり楽しく、満腹になるまで食べていた。

 

 

 

「〜〜〜〜」

 

食後に温泉。なんという贅沢か。

海を一望できる露天風呂を弟くんと楽しんだ後、少し体を冷やすためベランダでゆっくりと過ごす。

「束ちゃんもいるならこっちに来なよ」

「ありゃりゃ、バレちゃったか〜」

 

シュバッと目の前に束ちゃんが降りてくる。

「今回来たのってやっぱり箒ちゃんの?」

「うん、そうだよ。いやー、箒ちゃんから頼まれるなんて束さん嬉しいなぁ」

 

子供のようにくねくねと体を揺らす。こういうところは変わりないね。

「束ちゃんの作った特別機か。どんなのか見せてよ」

「えへへ、ふーくんにならいいよ!」

「なんとまあ……」

「どう!すごい?すごいでしょ!」

 

そうして見せてもらったデータに俺は驚きを隠せなかった。

 

 

 



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紅椿

合宿二日目。今日は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。

「ようやく全員集まったか。──おい、遅刻者」

「は、はいっ」

 

ちーちゃんに呼ばれて身をすくませたのは意外にもボーデヴィッヒさんだった。軍人にしては珍しく五分の遅刻だ。

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

「は、はい。ISのコアはそれぞれが相互位置情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので………」

「さすがに優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう」

 

そう言われてふうと息を吐くボーデヴィッヒさん。胸をなで下ろしているのはドイツ教官時代にイヤというほど恐ろしさを味わったからだろう。

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

はーい、と一同が返事する。さすがに一学年全員がずらりと並んでいるので、かなりの人数だ。さて、俺も機体の調整でも始めるか。

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

「はい」

 

打鉄用の装備を運んでいた箒ちゃんは、ちーちゃんに呼ばれてそちらへと向かう。

「お前には今日から専用──」

「ちーちゃ〜〜〜〜〜〜ん、ふーく〜〜〜〜〜〜ん!!!」

 

ずどどどど……!と砂煙を上げながら人影が走ってくる。無茶苦茶速い。

「……束」

「……束ちゃん」

 

この天災には立ち入り禁止は関係ないみたい。

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん、ふーくん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ──ぶへ」

 

さすがちーちゃん。顔面をアイアンクローとか容赦ない。

「うるさいぞ、束」

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」

 

そしてその拘束から抜け出す束ちゃんもさすがだ。

よっ、と着地した束ちゃんは、今度は箒ちゃんの方を向く。

「やあ!」

「……どうも」

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

がんっ!

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ……。し、しかも日本刀の鞘で叩いた。ひどい!箒ちゃんひどい!ふーくん慰めて〜」

 

頭を抑えがなら涙目になって抱きついてくる束ちゃん。豊満なおっぱいは嬉しいがそれ以上に後ろから突き刺さる殺気が怖いです。

「え、えっと、この合宿では関係者以外──」

「んん?珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私とふーくんをおいて他にいないよ」

「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね……」

 

山田先生見事に撃沈。束ちゃんには基本的に何を言っても無駄だ。好きにさせておくしかない。

「束ちゃん。みんなが困ってるから自己紹介くらいしようよ」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

そう言ってくるりんと回ってみせる。ぽかんとしていた一同も、やっとそこでこの目の前の人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと気づいたらしく、女子が、にわかに騒がしくなる。

「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」

「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」

「うるさい、黙れ」

「あはは……」

 

そんな旧知の間柄のやりとりに、おずおずと割り込んだのは山田先生だった。

「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」

「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」

「わ、わかりました」

「むむ、ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。このおっぱい魔神め、たぶらかしたな〜!」

 

言うなり、俺から離れて山田先生に飛びかかる。その手はさっそく豊満な膨らみを鷲づかみにしている。

「きゃああっ!?な、なんっ、なんなんですかぁっ!」

「ええい、よいではないかよいではないかよいではないかー」

 

どこの悪代官だよ……。てか、じぇらしぃはどうしたじぇらしぃは。

ちなみに束ちゃんの胸はちーちゃんよりちょっと上で、山田先生と多分同じくらい。巨乳ふたりがくんずほぐれつな光景は、唯依ちゃんLOVERでも来るものがある。

「やめろバカ。大体、胸ならお前も十分にあるだろうが」

「てへへ、ふーくん好みの胸に仕上がっております」

 

やめて。これ以上、俺のお姫様を怒らせないで。本気で後が怖いから。

「それで、頼んでおいたものは……?」

 

ややためらいがちに箒ちゃんがそう尋ねる。それを聞いて束ちゃんの目がキラーンと光った。

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」

 

びしっと直上を指差す束さん。その言葉に従って箒ちゃんも、そして他の生徒たちも空を見上げる。

ズズーンッ!

そして激しい衝撃を伴って、金属の塊が砂浜に落下してきた。

そしてその中身は──

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

真紅の装甲に身を包んだ最新鋭にして最高性能のISだった。

「さあ!箒ちゃん、今からフィッテングとパーソナライズを始めようか!私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

「……それでは、頼みます」

「堅いよ〜。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチーな呼び方で──」

「はやく、はじめましょう」

 

取りつく島もないとはこのことか。

「ん〜。まあ、そうだね。じゃあはじめようか」

 

ぴ、とリモコンのボタンを押す束ちゃん。刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移る。

「箒ちゃんのデータはある程度先行していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」

 

コンソールを開いて指を滑らせる束ちゃん。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、膨大なデータに目配りをしていく。それと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いてった。

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは装備も自動支援つけておいたからね!お姉ちゃんが!」

「それは、どうも」

 

やっぱり箒ちゃんと束ちゃんの仲は難しいようだ。

「ん〜、ふ、ふ、ふふ〜♪箒ちゃん、また剣の腕前があがったねえ。筋肉の付き方をみればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻がたかいなぁ」

「……………」

「えへへ、無視されちゃった。──はい、フィッテング終了〜。超速いね。さすが私」

 

態度はこんなのでもやっぱり超天才だなぁ。

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……?身内ってだけで」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

ふと、群衆の中からそんな声が聞こえた。それに素早く反応したのは、なんと意外なことに束ちゃんだった。

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

まあ、その通りだけどね。

「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」

「え、あ。はい」

「データ見せてね〜。うりゃ」

 

言うなり白式の装甲へコードをぶっ刺す。

「ん〜……不思議なフラグメントマップを構築してるね。なんだろ?ふーくんのとも違うみたいだし」

「束さん、そのことなんだけど、どうして男の俺や冬夜兄ぃがISを使えるんですか?」

「ふーくんは知ってるけど、いっくんは私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで分解すればわかる気がしするんだけど、していい?」

 

ちなみにこれは弟くん含めてだ。

「いい訳ないでしょ……。冬夜兄ぃが使えるのは何でなんですか?」

「ふーくんはISのコアを調整してるからだよね〜」

「まあ、そういうことだね」

「それってめちゃめちゃ凄いんじゃ……。ちなみに、後付装備ができないのはなんでですか?」

「そりゃ、私がそう設定したからだよん」

「え……ええっ!?白式って束さんが作ったんですか!?」

「うん、そーだよ。っていっても欠陥機としてポイされてたのをもらって動くようにいじっただけだけどねー。でもそのおかげか第一形態から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が使えるでしょ?超便利、やったぜブイ。でねー、なんかねー、元々そういう機体らしいよ?日本が開発してたのは」

「馬鹿たれ。機密事項をべらべらバラすな」

 

べしん!と手加減オフの打撃が束ちゃんの頭にヒットする。もちろん、手を出したのはちーちゃん。

「いたた。は〜、ちーちゃんの愛情表現は今も昔も過激だね」

「やかましい」

 

さらにもう一発べしん!と束ちゃんが叩かれたところで一人の女子が束ちゃんに声をかけた。

「あ、あのっ!篠ノ之博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

誰かと思えば、セシリアさん。でも、相手が悪いかったね。

「はあ?誰だよ君は。金髪に私の知り合いはいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんとふーくんといっくんと数年ぶりの再開なんだよ。そういうシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出て来てるのか理解不能だよ。っていうか誰だよ君は」

「え、あの……」

「うるさいなあ。あっちいきなよ」

「う……」

 

はぁ。これでもマシになった方なんだよ?昔は本当に無視してたし。

「ふー、へんな金髪だった。外国人は図々しくて嫌いだよ。やっぱ日本人だよね。日本人さいこー。まあ、日本人でもどうでもいいけど。箒ちゃんとちーちゃんとふーくんといっくん以外は」

「あと、おじさんとおばさんもでしょ?」

「ん?んー……まあ、そうだね。あっ、後はふーくんをたぶらかした女の子にも興味あるかな」

「たぶらかされてません。唯依ちゃんはそんなことしません」

「そうそう、唯依ちゃんって子だよ。ふーくんをかけて私と勝負だね」

「唯依ちゃんの代わりに謹んで辞退しておきます」

「ぶーぶー。なんだよ、束さんも魅力的だよ〜」

「はいはい」

「じゃあじゃあ、いっくんを女の子の姿にするのはどうかな!」

「おっ。それは面白そう。ぜひ一緒にやろう」

「勝手に人の体を改造しようとしないでください」

「「ええ〜」」

「あー……こっちはまだ終わらないのですか?」

 

と、箒ちゃんが咳払いをして話に入ってくる。

「んー、もう終わるよー。はい三分経った〜。あ、今の時間でカップラーメンができたね、惜しい」

 

最近のカップ麺は三分じゃないのが多いらしいよ。

「んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」

「ええ。それでは試してみます」

 

プシュッ、プシュッ、とケーブル類が外れ、紅椿がかなりの速度で飛翔した。

「おおっ!」

 

紅椿は一気に二百メートルほど上昇していた。

「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

「え、ええ、まあ……」

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータをおくるよん」

 

そう言って空中に指を踊らせる束ちゃん。武器データを受け取った箒ちゃんは、しゅらんと二本同時に刀を抜き取る。

「親切丁寧な束おねーちゃんの解説つき〜♪雨月は対単一仕様の武器で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!する武器だよ〜。射程距離は、まあアサルトライフルぐらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫」

 

束ちゃんの解説に合わせて箒ちゃんが突きを放つと、周囲のくうかんに赤色のレーザー球がいくつも現れ、光弾となって雲を穴だらけにした。

「次は空裂ねー。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利。それじゃあこれ打ち落としてみてね、ほーいっと」

 

言うなり、束ちゃんは十六連装ミサイルポッドを呼びし、一斉射撃する。

「──やれる!この紅椿なら!」

 

その言葉通り、右脇下に構えた空裂を一閃すると帯状の赤いレーザーがミサイルを全弾撃墜する。

「なかなか……」

 

スペックデータ通り、圧倒的だ。

(だけど……)

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!」

 

いきなりの山田先生の声にちーちゃんが向き直る。ああ、この感じはまた、緊急事態だな……。



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作戦失敗

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!」

 

山田先生の尋常じゃない慌てぶりがことの重大さを伝えてくれる。

「どうした?」

「こ、こっ、これをっ!」

 

渡された小型端末の画面を見てちーちゃんの表情が曇る。

「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし……」

「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていた──」

「しっ。機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」

「す、すみませんっ……」

「専用機持ちは?」

「ひ、ひとり欠席していますが、それ以外は」

 

うん。ハワイ沖で試験稼働っていうと激しく嫌な予感がする。

「そ、そ、それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ」

「了解した。──全員、注目!」

 

山田先生が走り去った後、ちーちゃんはパンパンと手を叩いて生徒全員を振り向かせる。

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館へ戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」

「冬夜、いったい何事ですか!?」

「大丈夫。唯依ちゃんは落ち着いて旅館で待ってて」

「……また、私は……」

 

唯依ちゃんが何かつぶやいたみたいだけど今はそれどころじゃない。さっき確認してみたけど、どうやら嫌な予感が当たったみたいだ。

「専用機持ちは全員集合しろ!白崎、織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!──それと篠ノ之も来い」

「はい!」

 

妙に返事に気合いが入ってるけど逆にそれが俺の不安を募らせる。

(大丈夫だよな……?)

 

 

「では、現状を説明する」

 

旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺たち専用機持ち全員と教師陣が集められた。

証明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

弟くんと箒ちゃんはわかってないけど正直状況はけっこう最悪だ。

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

ちーちゃんは淡々と続ける。そして次の言葉は予想通りのものだった。

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の閉鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

軍用ISの制圧。正直このメンツでは不安要素が多いな……。

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

「はい」

 

手を挙げたのはセシリアさん。

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

データが開示される。

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「火力は比較にならないけどね。機動性も中々だな」

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかもスペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」

「問題は何よりこの三六門の特殊武装『銀の鐘(シルバー・ベル)』だな。いくら固い機体でも連続防御は難しいだろう」

「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」

 

それぞれが真剣に意見を交わす。

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度はニ四五○キロを超えるとある。アプローチは一回が限界だろう」

「一回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるのしかありませんね」

 

一撃必殺の攻撃力といったら……。

「え……?」

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

「それしかありませんわね。ただ、問題は──」

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度のハイパーセンサーも必要だろう」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、おれが行くのか!?」

「「「「当然」」」」

 

四人の声が見事に重なった。

「弟くん、これは実戦だ。覚悟がないなら、無理強いはしない」

「やる。俺が、やってみせる」

「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

「『F-15・ACTV アクティブ・イーグル』だな」

「白崎、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「確認の必要ある?」

「そうだったな……。ならば適任──」

 

だな、と言おうとしたちーちゃんを、いきなり底抜けに明るい声が遮る。

「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ〜!」

 

しかも、声の発生源は天井からだ。全員が見上げると、部屋のど真ん中の天井から束ちゃんの首が逆さまに生えていた。

「……山田先生、室外への強制退去を」

「えっ!?は、はいっ。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきてください……」

「とうっ★」

 

くるりんと空中で一回転して着地。

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

「……出て行け」

 

この状況でこのテンション。頭が痛くなりそう。

「聞いて聞いて!ふーくんには悪いけどここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」

「なに?」

「ああ、確かに紅椿なら俺のよりもスピードは出るな」

「そうなんだよ!さすがふーくん!紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ホラ!これでスピードはばっちり!」

 

本当、全身の展開装甲だなんてやりすぎだよ。

「説明しましょ〜そうしましょ〜。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

 

はあ……。各国IS開発陣が可哀想に思えてきた。

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始〜。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい?まず、第一世代というのは………。はい、いっくん理解できました?先生は優秀な子が大好きです」

 

 

そんな感じで話は進み、作戦の最終的な確認になった。

「よし。では本作戦では、織斑・篠ノ之による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三○分後。各員、ただちに準備にかかれ」

 

ぱん、とちーちゃんが手を叩く。それを皮切りに各々が行動に移る。

「ええと、俺は何をしたら……?」

「とりあえず、肩の力を抜いて。それからセシリアさんに高速戦闘のレクチャーを受けておきなよ」

「お、おう」

 

しかし、どうも嫌な予感が拭えないな。

「しら──いや、冬夜」

 

珍しくちーちゃんが名前で呼んでくる。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。気にするな」

 

やっぱりちーちゃんもか……

「なるようになるさ。今は2人を信じよう」

「ああ……」

 

 

時刻は十一時半。

七月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。

「来い、白式」

「行くぞ、紅椿」

「じゃあ、箒。よろしく頼む」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

作戦の性質上、移動のすべてを箒ちゃんが担うことになるので、弟くんは背中に乗る形になった。

(しかし、これはマズイな……)

「それにしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせればできないことなどない。そうだろう?」

「ああ、そうだな。でも箒、先生たちも言ってたけどこれは訓練じゃないんだ。実戦では何が起きるかわからない。十分に注意して──」

「無論、わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」

 

 

『織斑、篠ノ之、聞こえるか?』

 

ISのオープンチャンネルからちーちゃんの声が聞こえる。

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心がけろ。万が一、失敗した場合は白崎に任せて即時撤退しろ』

「了解」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機をつかいはじめてからの実戦経験は皆無だ。突然、なにかしらの問題が出るとも限らない。白崎もいることだ極力無理は避けろ」

「わかりました。できる範囲で支援します」

 

箒ちゃん、どうみても浮かれてるよ。

『──織斑』

「は、はい」

 

今度はプライベートチャンネルでちーちゃんが弟くんに話しかける。

『篠ノ之はどうも浮かれているな。あんな状態ではなにかをし損じるやもしれん。いざというときはサポートしてやれ』

「わかりました。ちゃんと意識しておきます」

『頼むぞ』

 

また、ちーちゃんの声がオープンに切り替わり、号令をかけた。

『では、はじめ!』

 

二人が白と紅をまとい、福音へと向かっていく。

(どうか、何事もなく終わってくれ……)

 

 

 

だが、そんな願いも虚しく作戦は密漁船を庇い零落白夜のエネルギー切れ及び箒ちゃんを庇って弟くんが意識不明となり、失敗した……。



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臨海学校、終了

弟くんたちが作戦に失敗してから三時間以上経った。

「それで、ちーちゃん。これからどうする?」

「現状では福音の位置がわかっていない以上どうすることもできん」

 

気絶した弟くんを回収した後、ちーちゃんはずっと指令室にこもって福音の探索を続けている。ほんとは、弟くんの顔を見たいだろうに。

「白崎」

「なに?」

「お前なら福音をどうにかできるか?」

 

どうにかというのは、福音を無力化出来るかということだろう。

「一人でなら。他の専用機持ちがいると戦いづらいかな」

「では、発見次第すぐに出撃してもらう。準備をしておけ」

「りょーかい」

 

さてと、福音が相手ということは久しぶりに本気を出さないといけないかな。弟くんたちの戦闘記録を見ただけでも福音の異常な戦闘能力の高さがわかったし。

「となると、やっぱり極超長距離からの狙撃が一番安全かな。アレ(・・)の試験にも丁度いいかもしれないし」

 

 

 

 

「で、やっぱりこうなるよね……」

 

ちーちゃんから福音を発見したと報告があった場所から三五○キロ程離れた場所で《試作1200mm 超水平線砲(Over The Horizon CANNON)》を構え狙撃の準備をしていた俺は、薄々予感がしていた事態にため息をつく。

「後で、ちーちゃんに怒られても知らないからな」

 

隣に置いたFCSセンサーと同期させた超望遠スコープを除くと何故か福音と戦闘中の一夏LOVERsが見える。大方、弟くんの敵討ちだー!とかそんなのだろう。ただどうも、五対一にも関わらず箒ちゃんたちが劣勢みたいだ。

「まあ、俺は俺の仕事を始めようか」

 

ドンッ!!!とOTHキャノンが強烈な反動と爆音と共に砲弾を撃ち出す。そして、スコープの中の福音の翼が一枚砕ける。

「初弾命中。バリア付きのIS装甲を一撃で破壊とかやり過ぎたかな……?」

 

大きく体勢を崩した福音へ箒ちゃんが追撃し残った翼を斬り落とす。両方の翼を失った福音は海へと落ちていく。

「これで、任務終……っ!?」

 

「終了」と言おうとした瞬間、海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ。

「ま、まさかっ!」

 

球状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が止まっているかのようにへこんだままだった。その中心、青い雷を纏った『銀の福音』が自らを抱くかのようにうずくまっている。

「『第二形態移行(セカンド・シフト)』……!」

 

言い終わると同時にスコープから福音が消える。急いで周囲を見回すとボーデヴィッヒさんの足を掴んだ福音の頭部からゆっくりとエネルギーの翼が生えるのが見えた。

「厄介だな……」

 

どう対処すべきか考えているうちに今度は箒ちゃんが捕まり、エネルギー状へと進化した『銀の鐘』が紅椿の全身を包んでいく。

(考えている暇はないか……。絶対防御があるとはいえ、直接撃ち込むのは避けたかったが仕方ないか)

出来るだけ装甲の厚い部分へと狙いを合わせ、トリガーに指をかける。

「恨みっこなしにしてくれよ、福音のパイロットさん。……っ!?」

 

トリガーを引こうとした瞬間、荷電粒子砲の狙撃を受けて福音が吹き飛んだ。

「ふっ……美味しすぎるタイミングだね、弟くん」

 

そこにいたのは、白式第二形態・雪羅を纏った一夏(弟くん)だった。

そして弟くんと一夏LOVERsのコンビネーションで、なんとか福音を機能停止まで持っていけた。

 

 

 

 

「作戦完了──と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。白崎以外は帰ったらすぐ反省文と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

「……はい」

 

戦士たちの帰還は、それはそれは冷たいものだった。

腕組みで待っていたちーちゃんに弟くんたちはきつく言われ、勝利の感触さえおぼろげな感じだ。今は、俺以外のメンバーは大広間で正座中。

や、やめるんだ、セシリアさん!そんな目で辛いのはわかるけどそんな目で俺を見るなっ!

「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……。け、けが人もいますし、ね?」

「ふん……」

怒り心頭のちーちゃんに対して山田先生はおろおろわたわたしている。さっきから緊急箱を持ってきたり、水分補給パックを持ってきたりと忙しい。

「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。──あっ! だ、男女別々ですよ! わかってますか、織斑君、白崎君!?」

 

唯依ちゃん以外の裸に興味はないです。

てか、『脱いで』のあたりで一夏LOVERsがそれとなく自分の体を隠してのが、驚きだ。特にボーデヴィッヒさん。いつも裸で弟くんのベッドに入り込んだりしてるのに。

「それじゃあ、みなさんまず水分補給をしてください。夏はそのあたりも意識しないと、急に気分悪くなったりしますよ」

「先生、僕は狙撃してただけなので戻ります。唯依ちゃん成分が不足して死にそうなので」

「え、ええーーー!?だ、ダメですよ、白崎君!ちゃんと診察しないと!」

「白崎、お前狙撃で肩をやっただろう。念のためだ。一応診せておけ」

 

あらら、バレたか。

「わかりました。じゃ、弟くん。一旦外に出ようか」

「ん? なんでだ?」

 

…………。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

 

この女子たちの視線で気づかないとないわー。

「あの、織斑君?みんなの診察をしますから、ええと──」

「「「「「とっとと出てけ!」」」」」

 

五人の声に押された弟くんと一緒に廊下へと出る。

ぴしゃりと閉じた襖に、俺たちは背中を預けて深く息を吐いた。

「ふう……」

「冬夜兄ぃ」

「なんだ?」

「俺は、俺と白式は──仲間を、守れたよな?」

 

なんだ、そんなことか。

「ああ、胸を張っていいと思うぞ」

 

こうして、今回の戦いは終わった。

 

 

 

 

「機密でしょうから今回の件については聞きませんが、無茶はやめてくださいね」

「無茶はというか、これは自業自得というか、そんな感じだよ」

 

山田先生に肩の骨折と診断されて右手が使えないので唯依ちゃんに夕食を食べせてもらう。なんたる役得か。OTHキャノン最高!

「では、自業自得の人に食べさせてあげる必要はありませんね」

「ああ〜!ごめん!ごめんなさい!今後はできるだけ無茶しないから!」

「ふふっ」

 

この楽しみを奪われてたまるか!ゆるんだ浴衣の胸元から覗く唯依ちゃんの谷間!これほどの至高の光景があったのか!

「ちなみに冬夜」

「はっはい!」

「女の子は男の子の視線に敏感なんですよ?」

「重ねてすいません……」

 

 

 

 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四二パーセントかぁ。まあ、こんなところかな?」

 

空中投影のディスプレイに浮かび上がった各種パラメーターを眺めながら、その女性は無邪気に微笑む。

子供のように。天使のように。

月明かりが照らすその顔は、いつも変わらない。

いつだってどこか退屈そうな顔の、篠ノ之束その人だった。

「んー……ん、ん〜」

 

鼻歌を奏でながら、別のディスプレイを呼び出す。そこでは白式第二形態の戦闘映像が流れていた。

「は〜。それにしても白式には驚くなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで──」

「──まるで『白騎士』のようだな」

「コアナンバー○○一にして初の実戦投入機体、俺と束ちゃんが心血注いだ一番目の機体に、かな」

 

俺と一緒に森からちーちゃんが姿を現す。漆黒のスーツに身を包んだその姿は、夜の闇すべてを引き連れているかのような威厳に満ちていた。

「やあ、ちーちゃん、ふーくん」

「おう」

「こんばんわ」

 

お互いに背中を向ける。束ちゃんは岬の柵に腰掛けぶらぶらと足を揺らし、ちーちゃんは木に身を預ける。

どんな顔をしているかは別に見なくてもわかる。

──そんな確かな信頼が俺たちにはあった。

「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに行ったんでしょうか?」

「……白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」

「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。白騎士を乗りこなしただけのことはあるね」

 

かつて白騎士と呼ばれた機体は、そのコアを残して解体され、第一世代作成に大きく貢献した。そしてそのコアはとある研究所襲撃事件を境に行方がわからなくなり、いつしか『白式』と呼ばれる機体に組み込まれていた。

「それじゃあふーくんにも、問題です。なんで『白騎士』と『暮桜』が同じワンオフ・アビリティーを開発したんでしょうか」

「そうだな。たとえばの話、コア・ネットワークで情報をやりとりしていたとする。ちーちゃんの一番最初の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜』が。それなら、もしかしたら、同じワンオフ・アビリティーを開発するかもね」

「……………」

 

ちーちゃんは黙り、束ちゃんが続ける。

「それにしても不思議だよねえ。あの機体のコアは分解前に初期化したのに、なんでなんだろうねー。私がしたから、確実にあのコアは初期化されたはずなんだけどね」

「そうだね、不思議だね」

 

確かにそれについてはわからないのが本当だ。俺にも束ちゃんにも。

しかし、束ちゃんにとっては別にわからなくても問題はない。

「……そうだな。私も一つたとえ話をしてやろう」

「へえ、ちーちゃんが。珍しいねぇ」

「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験場所を意図的に間違えさせることができるとする。そこで使われるISを、その時だけ動けるようにする。そうすると、本来男が使えないはずのISが使える、ということになるな」

「ん〜?でも、それだと継続的には動かないよねぇ」

「そうだな。お前は、そこまで長い間同じものに手を加えることはしないからな」

「えへへ。飽きるからね」

「……で、どうなんだ?とある天才」

「どうなんだろうねー。うふふ、実のところ、白式がどうして動くのか、私にもわからないんだよねぇ。いっくんはIS開発に関わってないはずなのにね」

「ふん……。まあいい。次のたとえ話だ」

「多いねぇ」

「嬉しいだろう?」

 

束ちゃんは違いないね、と返す。

「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」

 

束ちゃんは答えない。そして、ちーちゃんも言葉を続ける。

「暴走事件に際して、新型の高性能機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」

「へえ、不思議なたとえ話だねぇ。すごい天才がいたものだね」

「ああ、すごい天才がいたものだ。かつて、十二カ国の軍事コンピューターを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな」

 

かつてISを認めなかった世界に対して束ちゃんがとった行動だった。

「ねえ、ちーちゃんにふーくん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「楽しいよ」

「そうなんだ」

 

岬に吹き上げる風が、一度強くうなりを上げた。

「────」

 

その風の中、何かをつぶやいて……束ちゃんは消えた。

忽然と。突然と。

「……………」

 

俺とちーちゃんの口元から漏れる声は、潮風に流れて消えた。

 

 

 

 

翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。そうして十時を過ぎたところで作業は終了。全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は帰りのサービスエリアで取るらしい。

「あ〜……」

 

弟くんが座席にかけた瞬間にため息をつくが自業自得なので無視だ。どうも旅館を抜け出して一夏LOVERsとイチャついていたらしい。それが旅館に戻ったちーちゃんにばれて大目玉というわけだ。

「? 唯依ちゃん、どうかした?」

 

いつもと様子の違う、唯依ちゃんに声をかける。

「い、いえ、何でもありません。気にしないでください」

「なら、いいけど……」

「「「「い、一夏っ」」」」

「はい?」

 

一夏LOVERsの声に弟くんが振り向くと同じタイミングで、車内に見知らぬ女性が入ってくる。

「ねえ、織斑一夏くんっているかしら?」

「あ、はい。俺ですけど」

 

弟くんを呼んだその女性は金髪の二十歳くらいで、ちーちゃんとは違うおしゃれ全開のカジュアルスーツを着ている。

「君がそうなんだ。へぇ」

「あ、あの、あなたは……?」

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

「え││」

 

へぇ、あの人があれの操縦者だったのか。

そして、ナターシャさんは困惑している弟くんの頬に口付けした。

「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

「え、あ、う……?」

「じゃあ、またね。バーイ」

「は、はぁ……」

 

弟くんはひらひらと手を振るナターシャさんを見送る。

簡単にこの後の展開が予想付くな。

「浮気者め」

「一夏ってモテるねえ」

「本当に行く先々で幸せいっぱいのようですわね」

「はっはっはっ」

 

軍靴の音をたてながら弟くんに近づく一夏LOVERs。

「「「「はい、どうぞ!」」」」

 

投げつけられるペットボトル×四。

金髪美女からのキスの対価がそれくらいなんて感謝すべきだぞ、弟くん。

 

 

 

こうして、俺たちの臨海学校は終わった。

 

 

 

 



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夏休み帰省編
夏の始まりと一夏ちゃん


八月、IS学園は遅めの夏休みを迎えた。

夏休み初日といえば遅くまで惰眠を貪ったりしたいものだが、IS学園の学生寮には朝早く、悲鳴が響いた。

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁああ!!!」

 

声の主はこの学園の二人しかいない男子生徒の一人である『織斑 一夏』。俺の幼なじみの弟だ。

そして、俺は弟くんの悲鳴を聞いて湧き上がる笑いを必死にこらえている。

「くっ……ふふっ……」

 

おおっと、たまらず笑い声が漏れてしまった。もうそろそろ、来るだろうから普段と同じ顔で迎えなくては。

ドドドドッ!

足音がだんだんと近づいてきて、扉が勢いよく開かれる。

「冬夜兄ぃ!」

「どうかした?織斑一夏ちゃん(・・・・・・・)?」

 

扉の前に立っているのはいつもと違う、弟くん。いや、妹ちゃんかな?

「やっぱり、冬夜兄ぃの仕業か……。今すぐ、元に戻せ!」

 

織斑一夏であることに違いはないがその体には、男にはあるはずのない膨らみがあり、短かった髪も肩甲骨あたりまで伸びていている。そして顔もいつものイケメンフェイスではなく、一般に可愛いとされる女の子の顔に変わっている。

「いやー、これほど似合うとは。いっそのこと女の子として生活してみるのも一興じゃね?」

「ふ・ざ・け・る・なっ!」

 

胸ぐらをつかんで揺すられるが女の子である一夏ちゃんの力ではそんなに問題はない。

「ほらほら、女の子がそんな口の利き方をしちゃいけないだろ?」

 

ついでにどのくらい胸があるのか服をめくってみる。

ほう、なかなか。

「ん〜……。朝から何を騒いでるんで……何をしているんですか、冬夜」

 

唯依ちゃんの声が聞こえたので、顔を向けると唯依ちゃんがものすごく蔑んだ目で俺を見ている。それはそれで、興奮するんだけど、はて?何かしたかな?

「どうしたの?」

「自分が一番わかってるはずですが、もしかして冬夜のしている変態的な行為を私に説明させるつもりですか?」

 

変態的な行為?俺はただ一夏ちゃんの胸をかくに………っ!?

「これは違っ、そういうのじゃなくて!この子は弟くんだから!ほら、弟くんも何か言ってよ!」

「うぅ……。嫌って言ったのに、無理矢理……」

 

こいつ……!

「いつまで、めくり上げているつもりですか?」

「あっ!いや、これはっ!」

 

慌てて弟くんの服をはなす。

おい、そこで泣くふりをするな!

「取り敢えず、着替えますので冬夜は、外で正座してて下さい」

「べ、弁明をっ!」

「結構です」

 

くそーーーっ!

しかし、予定は狂ったけど、唯依ちゃんからの入室の許可が出るまでの間に一夏LOVERsとちーちゃんを呼んでおくか。

 

 

 

 

数分経ち、一夏LOVERsとちーちゃんが集まった。

「冬夜さん、どうして廊下で正座なんてしているんですの?」

「アンタ、一体何したのよ」

「白崎、自白すれば罰を軽くしてやろう」

 

この信用のなさ、酷すぎない?

「いや、弟くんで実験したら唯依ちゃんに勘違いされて罰の正座中です。この後、お話しすることになってる」

「一夏で実験って、何したの?」

 

シャルロットくん、よくぞ聞いてくれた。が、それは見てからのお楽しみだよ。

「まあ、見ればわかるよ」

 

そして、唯依ちゃんから入室の許可が出る。

「冬夜、取り敢えず入っていいですよ。それと、何故みなさんが?」

「俺が呼んだんだよ。色々と説明することがあるから。それと、唯依ちゃんは勘違いしてるからね?」

「言い訳は中で聞きます。織斑先生もいらっしゃるなら一緒にどうぞ」

「ああ、失礼する」

 

部屋に入るとチーちゃんを見た弟くんが驚きの声をあげる。

「ち、千冬姉!?」

「私はお前のような妹を持った覚えはないぞ? そもそもお前は誰だ。お前のような生徒はいなかったはずだが」

「俺は──」

「その子は弟くんだよ。ちょっと、新薬の実験で女の子になってもらったわけ」

「「…………は?」」

「ネタバレも済んだし次は説明かな。それじゃあ、みんな入ってきて」

 

部屋の外で待ってる一夏LOVERsを部屋の中に呼ぶ。

さあ、驚嘆の声をあげるがいい!

「なんなのだ、一体。私には嫁と過ごすという大事な予定が……」

「全くですわ、わたくしも一夏さんと夏休みの予定について……」

 

部屋に入った一夏LOVERsは部屋にいるどことなく弟くんに似ている見知らぬ女の子(・・・・・・・)を見て固まる。

「い、一夏なのか……? いや、しかし……」

「一夏に妹なんかいないわよ……ね?」

「その子は紛れもなく弟くん(一夏)だよ。ほら、臨海学校の時に束ちゃんと話してたでしょ、弟くんを女の子にしたら面白そうだって。だから、やってみました。ぶい☆」

 

思いの外、完璧に女子になってるから自分でも驚きだね。

「ぶい☆じゃなくて、元に戻せ!」

「まあまあ、いいじゃないか。アトラクション的なものだと思って楽しんでよ。明日には治ってるから」

「明日までどうやって過ごせっていうんだよ!」

「それは、ほら。君にはこんなに可愛い子たちがたくさんいるんだから大丈夫でしょ。さて、唯依ちゃん。俺が弟くんの服をまくって胸を見てたのは真っ平らなのがどの程度になるのかの科学的な確認でいやらしい気持ちはこれぽっちもなかったんだよ? 第一、目の前に至高の胸である唯依ちゃんのオッパイ、固有名詞『ゆいパイ』があるのに他の胸に浮気なんてありえないし」

 

文部科学省に頼んで辞書に追加してもらおうかな。

「とりあえず、誤解?だったことは認めます。そして、いろいろと突っ込みたいところですが、とりあえず恥ずかしい固有名詞を作らないでくれますか」

「それは却下だね。唯依ちゃんのオッパイと他の胸を一緒にするなんて。俺は巌谷さんにおっパブに誘われても『唯依ちゃん以上のオッパイはありません』って断る男だよ?」

「……………」

 

あっ……。これ内緒だった……。ま、まあ、この状況だし、仕方ないよね……?うん、仕方ない。

そして、黙っていた唯依ちゃんは無言で携帯を取り出すとどこかへ電話をかける。

「もしもし、唯依です。……ええ。それと、巌谷のおじさま。明日から、そちらへ帰るのですが、大事な話がありますので逃げないでくださいね。逃げたら……わかっているのなら結構です。はい、それでは失礼します」

 

ハイライトの消えた目をした唯依ちゃんから発声られるいつもより数段低い声。正直に言おう。ちょー怖い。

(これは、完全に怒ってるな……。巌谷さん、生き残れたらまた会いましょう)

「と、とりあえず、一夏ちゃんは明日には一夏くんに戻るから安心していいよ。それまではみんなにお願いしておくね」

「ま、まあ、冬夜がそういうなら、仕方ないな。うん」

「そ、そうね。一夏が変なことしないように見張ってないとだもんね」

「まったくその通りですわね」

「うん、実にいい案だ」

「そ、そういうことなら、仕方ないよね」

 

五人が納得するなか、ちーちゃんがため息をつく。

「はぁ。まったく、お前といい束といい、どうして問題ばかり起こすんだ」

「そう言わないでよ。コレあげるからさ」

 

ちーちゃんに耳打ちしてある薬を握らせる。

「なんだ、コレは」

「若返り薬。ただし、使えるのは弟くんにだけ。ちーちゃんならもうわかるよね?」

 

そう、コレはショタ一夏化のための薬。たまにはちーちゃんも楽しませてあげないと。

「ショタ化中は今の記憶はなくなって精神も昔に戻るから家で二人きりの時とかに使うといいよ」

「ま、まあ、今回は大目に見てやろ」

 

ちーちゃん、陥落。

さて、唯依ちゃんの誤解も解けたし、説明も終わったし、一件落着かな。

「冬夜」

「ん?なに?」

 

唯依ちゃんに呼ばれて振り返る。

「今回の件はこれで終わりですが、人の体で実験をするのは良くないと思います。今後は慎んでくださいね? 私もこんなことで冬夜を嫌いたくありませんから」

 

可愛い唯依ちゃんにそんなこと言われたら、逆らえないじゃないか。

「うん、わかった」

 



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楽しい一時

夏休み、IS学園の大半の生徒は世界中からあつまっているのでその大半は帰省したりする。俺と唯依ちゃんもその例にもれず、唯依ちゃんの実家である京都へと帰ってきている。

(昔は慣れてたからどうも思わなかったけど、京都の夏はやっぱり、暑いなぁ……)

縁側でスイカを齧りながら、そんなことを考えていると、買い物に出かけていた唯依ちゃんと栴納さんが帰ってくる。

「唯依ちゃん、栴納さん、おかえりなさい」

「ただいま、冬夜さん」

「今日の夕飯は巌谷のおじさまも来るので、少し豪勢にしようと思います。楽しみにしててくださいね」

「唯依ちゃんと栴納さんの料理かぁ。すごく楽しみだよ」

 

そして、巌谷さん。今日が命日になるかもしれませんね。

まあ、唯依ちゃんは、優しくて可愛い普通の女の子なので命は大丈夫なはずですよ?

「さっきスイカを買ってきて食べてるんだけど、唯依ちゃんも食べる? 冷えてて美味しいよ」

「残念ですが、私はこれから料理の下ごしらえがあるので、後ほどいただきます」

「じゃあ、後で一緒に食べよ?」

「ええ」

 

返事をしながら唯依ちゃんは栴納さんと一緒に台所へと向かう。

さて、夕飯までの間、なにしよう。

1、唯依ちゃんのエプロン姿で和む。

2、唯依ちゃんの部屋で唯依ちゃんの匂いに包まれる。

3、ごろごろする。

(まあ、3は論外として1か2だな。どちらも捨てがたいが……今回は1だな)

そうと決まれば早速移動だ。

「冬夜? 夕飯はさっき作り始めたばかりなのでまだ時間がかかりますよ?」

「うん、知ってる。だから待ってる間はこうして唯依ちゃんのエプロン姿で和もうと思って」

「い、いつも見てるじゃないですか」

「いつも見てるのは学生寮でのエプロン唯依ちゃん。今見てるのは実家での私服エプロン唯依ちゃん。どっちも見過ごすわけにはいかないよ。あっ、写真撮っていい?」

「恥ずかしいから、だめです! ……それに、冬夜と私はずっと一緒にいるんですから、別に撮らなくても……」

 

最後の方が聞こえなかったな。なんて、言ったんだろ?

「最後の方、なんて言ったの?」

「き、気にしないでください!」

「あらあら、お二人とも仲がよろしいことで」

「か、母様!」

「うふふ」

 

そんな感じで時間が過ぎていき、料理が完成間近になった時、巌谷さんがやって来た。

「栴納さん、唯依ちゃん、お邪魔するよ」

「巌谷さん、お久しぶりですね」

「おお、冬夜くんじゃないか。大きくなったね」

「そりゃ、だいぶ時間が経ってますからね。巌谷さんもお元気そうで何よりですよ」

「ハハハ!まだまだ、すべきことや守るべき者がたくさんあるからね。老いぼれるわけにはいかんよ」

 

豪快に笑うその顔は普段見せる軍人としての顔ではなく、優しさに満ちた顔だ。

「僕も早く一人前になってその役目を引き継ぎますよ」

「焦る必要はないよ。まだまだ、現役でいるつもりだからね」

 

巌谷さんはそう言ってくれけど少なくなくとも唯依ちゃんは守れるようにならないと。

「冬夜、料理が出来上がりましたから料理を運ぶのを手伝ってくれませんか?」

「おっけー。すぐ行くよ。では、巌谷さん。また、食卓で」

「わかった」

 

巌谷さんと別れて台所へと向かうといい匂いが漂ってくる。

「んー、美味しそうな匂い。今日も今日とて唯依ちゃんと栴納さんの料理は最高なのであった」

「ふふ、冬夜さんに褒めてもらえるのは嬉しいですね。さて、榮二さんをあまりお待たせするのも失礼ですから早く運んでしまいましょう」

「「はーい」」

 

 

 

 

「いやぁ、さすがは栴納さんに唯依ちゃんの料理。格別ですな」

「当然ですよ、巌谷さん。なんたって唯依ちゃんと栴納さんですから」

「ふふ、そんなに褒めてもなにも出ませんよ」

「いやいや、もう出してもらってますから。な、冬夜くん」

「はい」

 

談笑を交えながら食事は進んでいきあらかた食べ終わった頃、巌谷さんの携帯が鳴る。

「もしもし、私だ。何かあったのか?」

 

おそらく自衛隊からの電話なのだろう。電話に出た巌谷さんの顔が巌谷中佐のものへと変わる。

(何か、厄介ごとでもおきたのか? はぁ〜、せっかくの唯依ちゃんとの夏休みなのに勘弁してくれ……)

「……ああ、了解した。っと、すまん。仕事が入ってしまったようなので私はこれで。栴納さん、唯依ちゃん、料理美味しかったよ」

「榮二さん、ご苦労様です」

「巌谷のおじ様。お話は帰ってからですのでお忘れなく」

「は、はは……」

 

唯依ちゃんの据わった目に苦笑いしながら出て行く巌谷さんを追いかける。

「巌谷さん、何か手伝え──」

「いや、大丈夫だ。こちらのことはこちらで処理する。君はいつものように二人に付いていてくれ」

「わかりました」

 

まあ、巌谷さんがそう言うのなら大丈夫でしょ。無茶するような人ではないし。

「さてと、それじゃあ僕達もお開きにして片付けと行きますか」

「ええ、そうですね」

「冬夜さんには、洗い物をお願いしますね」

「了解です」

 

洗い物をしていると俺の端末にも誰からか連絡が入る。

(うん……?この端末にかかるってことは……)

「もしもし?」

「久しぶりね、冬夜。元気にしてる? あなたが元気にじゃないわけないわね。明日、そっちに行くからよろしくね!」

 

ぶちっ。

それだけ言って通信が切れる。てか、この暴風のような喋り方の女の子って……。

「冬夜、誰からからだったんですか?」

「昔の知り合いの暴風中華っ娘」

「……?」

 



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ロリコンじゃないからねっ!

巌谷さんと食事をした翌日、俺は唯依ちゃんと栴納さんと一緒に唯依ちゃんのお父さんであり栴納さんの夫である『篁 裕唯』さんの御墓参りへと来ていた。

「裕唯さん、お久しぶりです」

 

墓石を洗い終えた俺は、人生の中で最も感謝している人へ挨拶をする。

というのも裕唯さんは、親に捨てられ当時まだ子供だった俺を養子にして育ててくれた人だ。

「近頃来れてなかったから……えーと、何年ぶりでしょうか。まずは、拾っていただいた身でありながら黙って出て行ってしまったこと謝罪申し上げます」

 

この人のおかげで俺は人の優しさを知ることができたし唯依ちゃんとも出会えたのだから、感謝しても仕切れないよ。

「父様……」

「あなた……」

 

唯依ちゃんと栴納さんも墓石に向かって手を合わせている。

(いくら、お礼させて下さいと言ってもさせてくれませんでしたね。そして、そのまま逝ってしまうなてずるいですよ?)

だから、せめて────

「……唯依ちゃんは幸せにしてみせますよ、僕の全てを賭けて。なんで、天国で娘と娘婿の幸せでも祈っててくださいな」

 

言いたいことを言い終わり、最後にもう一度手を合わせる。

「唯依、冬夜さん。裕唯さんに挨拶は済みましたか」

「ええ、バッチリです」

「私もです、母様」

「では、私は用事がありますからお二人は行きしなに見つけた茶屋で一休みでもしてきてください。あそこは宇治金時がオススメですよ」

 

そう言うと栴納さんは家とは違う方向へと歩いていった。

「ってことだけど、どうする?」

「そうですね……すこし疲れましたし丁度いいと思います」

「なら、いざ宇治金時へ」

 

唯依ちゃんと一緒に件の茶屋へ向かって歩いて行くと、見覚えのある顔が二つ現れる。

「ちょっと、遅いじゃない!私を待たせるなんていい度胸してるじゃない、トウヤ!」

「中尉!貴様、シラサキ少佐に向かってなんて口を!」

 

中華連邦所属の『崔 亦菲(ツイ イーフェイ)』中尉とロシア軍所属の『ナスターシャ・イヴァノワ』大尉だ。

二人とも物凄く優秀なIS操縦者であり、その容姿も合わさって軍ではかなり有名だ。

「まあまあ、ターシャもそう怒らないで。せっかくの再会だし楽しくいこう。それに亦菲が畏まってたらなんか変だって」

「しかし……」

「どうやら私の勝ちみたいね、大尉?」

「くぅっ……」

 

いやー、この感じ久しぶりだけどやっぱりこの二人は面白いや。昔はここにあと二人いたんだっけ。

「ところで、なんで二人は日本に?」

「この格好を見てわからない?」

 

そう言って亦菲がくるんっとその場で回る。

そういえば二人の格好は見慣れた軍服ではなく、亦菲がタンクトップに長ズボンという元気で勝気な亦菲らしい格好でターシャは白のワンピースというロリフェイスとの相性バツグンの格好だ。

「えーと、休暇?」

「はい。私も崔中尉も仕事が片付いてまとまった休暇を得られましたので折角の機会にシラサキ少佐にお会いしようかと」

「へぇー。二人から会いに来てくれるなんて嬉しいよ」

「い、いえ!私こそ少佐に会えて感激です!」

「ターシャ。俺はもう少佐じゃないから亦菲みたいにトウヤでいいよ」

「しかしっ!」

「トウヤお兄さんからのお願い。あっ。トウヤお兄ちゃんでも良いよ?」

「ひ、卑怯ですよ……」

「ほらトウヤって呼んでみて。もしくはトウヤお兄ちゃんで」

「と、トウヤ……お兄ちゃん……」

 

うーん、まだちょっと固いけど仕方ないか。ターシャは真面目な子だし。

「ちょっとぉ〜、私を放っておいてなにトウヤといちゃいちゃしてるんですか、大尉? 第一、トウヤに会いに行こうって言ったのは私なんですよ?」

「冬夜、ちょっと良いですか?」

 

唯依ちゃんに手を引っ張られる。

しまった、あまりの懐かしさに唯依ちゃんを放置してしまうとは!

「どうしたの?」

「あのお二人は一体何なんですか? 中尉とか大尉ってことは軍属の方なんですよね? それに白崎少佐って……」

「私たちはトウヤと同じ基地で働いてたことがあるのよ。それで、その時のトウヤの階級が少佐ってこと。私からも質問なんだけど。トウヤ、このトウヤに馴れなれしい牛乳女は誰よ」

「牛っ!?」

 

唯依ちゃんと牛を一緒にするなっ!

「俺がお世話になってる家の女の子で、篁 唯依っていうんだ」

「へぇ……そういうこと。ねぇ、牛乳女さん」

「し、失礼な方ですね!誰が牛乳女ですか、誰が!」

「どうせ、そのだらしないオッパイでトウヤを誘惑してるんでしょうけどトウヤは私のものよ」

「なっ!トウヤは誰のものでもありません!それに、誘惑なんてしません!自分が私より小さいからってひがまないで下さいっ!」

「な、なんですって〜!」

 

僕的には誘惑されまくりたいです!

なんて、俺の希望は置いといて二人は言い争いを始める。

二人の女の子が俺を賭けて言い争う光景は中々。なので、俺は膝の上に合法ロリであるターシャちゃんを置いて宇治金時を味わおうと思います。

「ということで、宇治金時二つね。さぁ、ターシャ。トウヤお兄ちゃんの膝の上においで」

「し、失礼します」

 

ちょこん。と膝の上に心地よい重みがかかる。そして、お腹に手を回し落ちないようにする。

「ひゃんっ!?」

 

なんか、いけないことしてる感があるけどターシャは合法ロリだから大丈夫!

「はい、宇治金時二つね」

「どうも。それじゃあ、食べよっか」

「あの二人は放置するんですか?」

「あの二人なら大丈夫だよ。唯依ちゃんも亦菲もすごくいい子だから」

「トウヤ……お兄ちゃんがそういうなら」

 

そうして、二人で俺のために争う二人を見守りながら、膝の上のターシャと宇治金時を味わった。

 



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唯依ちゃんの太ももとシリアスの前兆……?

うざい新キャラ登場です。


「さてと、二人ともそろそろ喧嘩はやめて一緒に宇治金時でも食べよう」

 

肩で息をするほどヒートアップしてきた二人をなだめて注文しておいた宇治金時を渡す。

「まあ、トウヤがそういうならそうするわ」

「そうですね。休憩の為に寄ったのに余計に疲れてしまっては本末転倒ですし」

「そうそう。俺の為に争ってくれるのは嬉しいけど、二人に仲良くしてほしいしね」

 

しかしなんというか、この一夏LOVERsに劣るとも勝らない美少女二人が俺を取り合うという状況は男冥利につきる。

いや、しかし俺には唯依ちゃんという心に決めた女の子がっ!

「別にトウヤの為じゃないわよ?」

「私も別に冬夜の為ではありませんよ?」

 

……へ?

「私はこの方の『牛乳女』とか『だらしない体』を訂正して欲しかっただけです」

「私もそうよ。この女にトウヤが誰のもの理解させたかっただけ」

 

ということは、俺の勘違い……?

「あれ? もしかして、女の子二人が自分を取り合ってくれて男冥利につきるとか思ってたの?」

「冬夜は、そんな自意識過剰みたいなことしません! ねっ、冬夜」

「あ、あの、二人ともそろそろ……」

 

──────

「あれぇ〜、もしかして……」

「冬夜、まさか……」

「うわぁぁああ!やめてくれ〜!」

 

恥ずかしさで、死ぬぅっ!

もにゅっ!

恥ずかしさのあまり手をバタつかせると何やら柔らかいものに当たる。

「は……? もにゅ? 何この手に吸い付くような柔らかで触るだけで幸福感に満たされる物体は」

「何をするんですかぁぁぁっ!」

 

ゴスッ!!!

「ごはぁっ!?」

 

突然顔面に痛みが走り目が覚める。

ん? 目が……覚める?

「い、いきなり、胸を掴むなんて何を考えているんですか!」

「トウヤ、そんなに触りたいなら私の触らせてあげよっか?」

 

えーと……。

「もしかして寝てた?」

「寝てたと言うよりは倒れた方が近いかもしれませんね。私を膝に乗せた後、少ししてから私を抱えたままバタンといきましたので」

 

はぁー、良かった。夢オチで。

「いやぁ、ごめんね。心配かけちゃって。……自分で思ってるより疲れてるのかもな。気を付けないと……」

「ほんとですよ。熱射病だったらどうしようと……」

「まあ、気持ち良さそうに寝てるだけだったからそのまま寝かせてあげることになったんだけどね。それよりも、トウヤが起きたんなら早く膝枕やめなさいよ。私もしたいのを我慢してるんだから」

 

何ぃ! 唯依ちゃんの膝枕だとぉ!

さっきから後頭部に感じる幸福感はそれかだったのか! そうとわかれば一八○度回転!

「唯依ちゃんの太もも、はあはあ♡」

「きゃぁぁぁああ!」

 

このすべすべの肌、頰ずりが止まらないぜ!唯依ちゃんの太もも最高!ヒャッハァァッ!

「私の前で、他の女にセクハラとはいい度胸ね。ふんっ!」

「え……? ぐはっ!?」

 

ガシッ! ポイッ! ズガァンッ!

今起こったことを擬音だけで表すとこんな感じ。

「痛いな、亦菲! いきなり投げることないじゃない!」

「投げられて当然です! あんな変態的なことするなんて信じられません! もう二度と、冬夜に膝枕なんかしてあげませんからね!」

 

ちょっ! それは困る。ひじょーに困る。卒業して結婚したら唯依ちゃんに膝枕してもらいながらマイホームの縁側で昼寝するという俺のささやかな夢が実現しなくなってしまう!

ええい、ならばこの技でもって許してもらう他あるまい。

見よ、我が必殺の──

「すいませんでしたー!」

 

ジャンピング土下座をっ!

「ぜっっっったいに許しません!」

 

そ、そんなぁ……。

「おやおや、こんな往来で騒ぐなんて武家の娘にあるまじき行為ですね」

「あなたは……」

 

いきなり話しかけてきた男の顔を見るなり唯依ちゃんの表情が曇る。

「あんた、誰だよ」

「おお、これは申し遅れました。私、篁唯依さんの未来の夫である『暮幸 雪平』と申します」

 

未来の夫……?

「そのお話はお断りしましたし、話自体もなくなったはずです。これ以上、その話をするなら警察に訴えますよ」

「おお、これは失礼を。あなたの心を手に入れる前に夫にはと名乗るのはいささか早かったですね。いずれそうなるとしても過程は大事ですものね」

 

こいつが誰かは知らないが、ただ一つ言えることは、俺はこいつが嫌いだ。

「誰かは知らないが、これ以上は変質者として通報させてもらう。その前に失せろ」

「私もあなたがどこの誰かは知りませんが初対面の人間に失せろとは。いやはや、躾のできていない男ですね。さすがは人の妻となるべき女に手を出す傲岸不遜な精神の持ち主だ」

 

イラッ。

「貴様……」

「おおっと、もうこんな時間か。唯依さん。では、いずれまた。近いうちに会うかもしれませんね」

 

暮幸はそう言うとその場から去って行った。

「ねぇ、唯依ちゃん。あいつが言ってたことって……」

「以前、彼の家からお見合いを申し込まれたことがあったんですよ。彼の家はこの辺りでは有名な家でして断れなくて形だけはお受けしたんですよ。もちろん縁談はお断りしましたが、彼と彼の家は諦めてはくれなかったようですね……」

 

粘着体質ときたか。また厄介な……。

「皆さん、ごめんなさい。私の個人的な事情で不快な思いを……」

「気にしなくていいわ。どこにいてもあの手の輩はいるもんだしね」

「私の場合はラトロワ中佐が守ってくれましたけど、唯依さんにはトウヤお兄ちゃんがいますから安心です」

 

そうそう。俺がいる限り、唯依ちゃんに近づく馬の骨どもは滅ぼす。

「そうですね。冬夜がいますもんね」

「おう。任せといて、唯依ちゃん」

「はいっ!」

 



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無念なお触りタイムと中華娘の夜這い

あの粘着体質と会ったあと、全員で唯依ちゃん宅へお邪魔することになった。

そして、唯依ちゃんと栴納さんは料理の準備のため、今は俺とターシャたんと亦菲だけで居間でゆっくりしていた。

「今ここにいるのは俺と君らだけなんだけど、そろそろ俺たちに接触してきた理由をちゃんと聞いても良いかな?」

「何のことですか?」

「どうして、休暇という名目で専用機持ち二人が俺と唯依ちゃんに接触したかという話だよ」

 

まあ、大方の予想はついてるんだけどね。

「大尉と休暇が被ったっていうのはホントよ?」

「“たまたま”ではないでしょ? ロシア陸軍『ジャール大隊』副隊長のナスターシャ・イヴァノワと中華連邦軍新型IS試験評価部隊『暴風部隊』隊長の崔亦菲の休暇がたまたま被って、たまたま二人して日本に来たってのは無理があると思うな」

 

そう、この“たまたま”は明らかに不自然だ。

「はぁ、やっぱりトウヤ相手に隠しきるのは無理だったかぁ」

「仕方ありませんね。……詳しくは話せませんが大雑把に言ってしまうならお二人の護衛です」

 

やっぱりか。

ってことは、巌谷さんも一枚噛んでるってことか。

「護衛ともう一つについては聞かないでおくよ。軍人じゃない俺があれこれ聞くのも変だしね」

「助かります」

「さて、それじゃこの話はこの辺にしておこう。そろそろ唯依ちゃんと栴納さんの料理が出来上がる頃合いだし」

 

この二人がいるなら安心だけど、逆に言えば専用機持ち二人を寄越す程度には危険というわけか……。

「(用心だけはしておくかな)」

 

 

 

 

「ぷはぁっ! いやー、食った食った〜。唯依ちゃんと栴納さんの料理があまりに美味しすぎるのでこの帰省中に幸せ太りしそうですよ」

「では、冬夜の分の夕食だけ減らすとしましょうか。ブーな冬夜なんて見たくありませんから」

「ちょっ! 大丈夫だから、君の冬夜さんはこの程度でブーになるような男じゃないから! だから、それだけはご勘弁を!」

「「ふふふ」 」

「さてと、皆さんはお風呂にでも入ってきてくださいな。私と冬夜さんで洗い物はしておきますので」

 

栴納さんに言われて俺はお風呂に向かう唯依と別れて栴納さんと一緒に台所へと向かう。

ふむ、唯依ちゃん達はお風呂か……。美少女三人がお風呂。これは覗かない方が失礼なんじゃないのか?

「覗きは許しませんよ?」

「な、何のことでしょう。僕は決して三人の成長途中の肢体を見たいとか脳内メモリに保存したいとか思ってませんよ!?」

「誰もそこまでは言ってません。あのお二人は、冬夜さんの昔の知り合いなんですよね? とういうことは何か、唯依の周りで良くないことが起きるかもしれないということですか?」

 

栴納さんに心配させてしまうとは、俺もまだまだということか。

「大丈夫ですよ。何たって唯依ちゃんには僕がついてるんですから。安心してください。唯依ちゃんには指一本触れさせませんから。あっ、でも。僕は触りますよ? 触りまくりますよ?」

「まあ、節度をもっていただけるなら許可しましょう」

 

マジで!? 親公認で唯依ちゃんに触れ放題だと!

「ただし、夜九時までです」

 

夜九時って……。そんな小学生じゃないんですから。

でもまあ、それまで楽しませていただきましょうっ!

「それ以降は不純異性交遊としてお仕置きですからね」

 

 

 

 

 

 

時間を確認せずに、喜んだ俺も悪かったけど栴納さん、これはあんまりですよ……。

現時刻23:30

あの時、栴納さんと話していたのが20:45でそれから唯依ちゃん達がお風呂から上がったのが21:15

すでにお触りタイムは終了していたとか……(泣)

「そして、俺は一人部屋にて寂しく就寝と」

 

不幸だ。

「寂しいなら私が朝までイロイロと楽しませてあげるわよ、トウヤ」

 

声に振り返ると亦菲がいつの間にか部屋に入ってきていた。

「亦菲? 何でここに?」

「モチロン、夜這いしによ」

 

……は?

「ごめん。もう一回言ってくれるかな。もしかしたら聞き間違いかもしれないし」

「何回も言わせたいなんてトウヤってそういう趣味なのね。良いわ、何度も言ってあげる。夜這いよ、よ・ば・い♡」

 

そう言って亦菲は浴衣をはだけさせて俺の布団へと寄ってくる。

「ほーら、久しぶりなんだし……」

 

ドドドドドドッ! バンッ!

「何をやっているんですか!」

 

廊下から足音が聞こえてきたと思ったら今度は唯依ちゃんが部屋に入ってくる。

「何ってナニよ。私とトウヤは今からお楽しみなんだから、早く出て行きなさいよ」

「な、ナニ!? だ、ダメです! 冬夜と崔さんがそんなことするなんて認められません!」

「トウヤだって男なのよ! ここまで誘惑されてお預けは可哀想じゃない!」

「崔さんとが認められないだけです! それに冬夜が我慢できないなら代わりに私が……っ!?」

 

そこまで言いかけて唯依ちゃんの顔がボンッの赤くなる。

「あら〜? そんな純情ちゃんがちゃんとトウヤの相手を務められるのかしら〜?」

「わ、わた、私はあなたみたいな淫乱じゃないだけです!」

「誰が淫乱よ! 私だって未経験よ!」

 

へぇー、亦菲って未経験なんだ。

「なら、私と同じじゃないですかっ! それにこういうことは結婚してからと相場が──」

「なら、今すぐトウヤと結婚するわ!」

「駄目です! 冬夜と結婚するのは私です!」

 

二人して嬉しいこと言ってくれてるけどそろそろ止めないと俺が怒られそうだな。

「ヒートアップしてるとこ悪いけど、今は夜だから二人とも静かに……」

「「冬夜/トウヤは黙っててください!」」

「……すみません」

 

 

 

結局二人の言い争いは、栴納さんが般若の形相で止めに来るまで続いた。



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拉致は犯罪です。

昨晩のどっちが俺と結婚するかという唯依ちゃんと亦菲の喧嘩のせいで三人揃って栴納さんにこってりと絞られた翌日。

俺は、今日だけは二度寝しようかと考えていた。

「その“今日だけは”が積み重なっていくんです。早く起きてください」

 

儚くも俺の二度寝計画は女神によって阻止された。

「唯依ちゃんがおはようのチューしてくれたら起きるかも」

「なっ!? あ、朝から何を言ってるんですか!」

「なら、二度寝します」

 

少しごねてみよう。もしかしたら女神の口づけを頂けるかもしれないし。

「あ、あの、ほんとに……その、チューしないと起きてくれないんですか……?」

「イエス」

 

返事をすると唯依ちゃんが顔を真っ赤しながら俺の布団へと寄ってくる。

まさか、マジでしてくれるのか!?

「ん、んー……」

 

目を閉じているがわかる、わかるぞ。近寄ってくる香りは唯依ちゃんの髪の香り。つまり、唯依ちゃんの顔が、唇が近づいてきている!

「(さあ、早く!!)」

「寝ているトウヤにキスだなんてね。その先は何をする気よ、この淫乱娘」

「っ!?」

 

俺は続きありでも全然、おっけぃ! むしろwelcomeだぜ!

「ち、違います! これは、冬夜から頼まれただけで! そ、その早く起きてくださいね!」

 

ああ、我が麗しの女神が遠ざかっていく……。

「ちょっとぉ、もう少しで朝一キッスが手に入ったのに」

「私もしたいけど我慢してるんだから。あと、早く起きないと次は大尉の携帯から国際電話で中佐からのモーニングコールが来るわよ?」

「よし、素晴らしい目覚めだね。さあ、今日も一日、元気に過ごそう」

 

朝からラトロワ中佐の罵詈雑言(モーニングコール)はキツいっす。

「ほんと、よくあの中佐にあんなことして生きてるわね」

「あはは……。その話は、またの機会に、ね」

 

正直若気のいたりにするにはやりすぎたと思ってます、はい。

「それで、今日はどうするの?」

「特に予定はないかな」

「なら、プールに行きましょ!」

「良いけど、どうして?」

「仕事が忙しくて今年はまだ水着、着れてないのよ。この若い体をトウヤに見せてあげたくて」

 

プールにはまだ行ってないし丁度良いかも。

「オッケー」

 

 

 

 

side???

「全く、トウヤも付き合い悪いわよねぇ。出発する直前になって急用が出来たなんて」

「冬夜にも都合があるんですからあまり責めないであげましょう」

「そうですよ。トウヤお兄ちゃんはああ見えても結構多忙な身の上なんですから」

 

ええ、ですから折角冬夜に見てもらうために密かに体型維持に励んでいた私の努力が無駄になって怒ってるとかありませんから。

「というか大尉……」

「なんですか、中尉」

「その格好は……」

 

ああ、亦菲さん……。確かにそれは私も指摘すべきだとは思いましたが敢えて無視していたというのに……。

「えーと、何か変ですか? 確かに先ほどから周りの人の視線が変ではありますが……」

 

ターシャさんの格好はIS学園の指定水着と同じもの、つまりはスク水です。

確かに、私たちも授業では着ますがさすがにプライベートでは着ませんよ?

そして、ターシャさんは年齢よりも幼い顔をしていています。そこに『お兄ちゃん』なんてセリフを言ってしまうとロリコンでなくても男性の気を引いてしまうでしょう。冬夜曰く、『(唯依ちゃんの)スク水は世界遺産』だそうですし。

「いや、大尉が気にしてないなら別にいいわ。さて! 冬夜がいないのは残念だけどたまには女だけ楽しむのもアリだと私は思うのよ」

「ええ、そうですね」

「冬夜に土産話が出来るくらい楽しみましょう!」

「「「おおー!!!」」」

 

 

 

それから私たち三人はウォータースライダーなどプールにある施設を一通り、楽しんだあと遅めの昼食をとっていました。

「いやぁ、遊んだわねぇ」

「中尉は少しはしゃぎ過ぎです」

「ふふ、いいじゃないですか」

「そうよ。いくら軍人っていっても花も恥じらう乙女なのよ?」

「カワイ子ちゃん。なら、俺らと青春しない?」

 

はぁ。人が折角楽しんでいたというのに台無しです。

「遠慮します」

「私も遠慮しとくわ」

「ええ、そうですね」

「そんなこと言わずにさぁ。俺らと楽しもうぜ」

 

そう言ってナンパ男は私の肩に手を置きました。

「触れないで下さい!」

 

こういう輩は不愉快極まります。

「そんな、キョヒることないじゃんかよー。俺傷ついちゃったなぁー」

「あはは」

 

ナンパ男が下卑た目を私に向けた瞬間、崔さんが笑い出しました。

「……何笑ってるんだよ」

「いや、ゴメンゴメン。言ってることが可笑しすぎて」

「なに、ちょっと可愛いからってムカつくな」

「ああ、ナマイキな子にはお仕置きが必要だ……な?」

 

ナンパ男の手が崔さんに触れかけた瞬間、男は倒されていました。

「は?」

「え? なにが起こったんだよ……」

「情けないわね。トウヤならこれくらい軽く受け流すわよ?」

「ナンパ男さんたち。私たち軍人とあなた方とでは、戦力的に違いがありすぎますので撤退することを進言します」

「いでっ! いでで! わ、分かった! 俺らが悪かった!」

 

笑顔で撤退を進めておきながら関節技を決めるなんて。ターシャさん、見かけによらず怖い方なんですね……。

「助けていただきありがとうございます」

「ああ、気にしなくていいわよ。私たち軍人は本来は守るのが仕事なんだから」

「それに軍人じゃなくても友人を助けるのに理由はいりませんから」

 

怖い方かもと思ってしまった自分が恥ずかしいです。この方たちは怖い方ではなくすごく優しい方たちです。

「さて、そろそろ帰りますか」

「そうですね。最後はアレでしたけど結構楽しみましたね」

「ふふふ、二人とも甘いわね。このプールにはなんと! 本格温泉が付いているのよ!」

「「な、なんですってー!」」

 

 

 

そして、三人で温泉を楽しんだあと帰路についた時──

「目標を発見。これより捕獲します」

「──え? うっ!?」

 

黒服にサングラスをかけた男たちにスタンガンを当てられて身動きがとれなくりました。

「やっぱり、来たわね!」

「中尉! こんな街中でISの起動はマズイです! 素手での制圧をお願いします」

「わかってるわよ!」

 

黒服たちは崔さんたちが動くより先に威嚇射撃と煙幕で視界を遮って私を車に押し込んで逃走を始めました。

「護衛がいるとは聞いてたが、あんな役立たずとは舐められたもんだな」

「いいじゃないか。仕事は楽に越したことはない」

「まったくだ。さて、お嬢ちゃん。大人しくしててくれよ。俺たちも女を殴りたくはねぇからな」

「…………」

 

そう言って男たちは私の体を拘束していきます。

「そうそうそのまま大人しくしててくれればしばらくは無事でいられるからな」



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ムッ●リ商会

side亦菲

ああーー!!

「まんまと連れて行かれるなんて、最悪よっ!」

「とりあえず落ち着いてください。まずは、自衛隊のイワヤ二佐に連絡して連携して捜索しましょう」

 

わたしが自分の失敗に嘆いていると大尉が冷静に指示を出してくれる。

そうよね。わたしも一部隊を預かる隊長なんだから、この程度で慌てるのはよくないわね。

「イワヤ二佐には私が連絡するから大尉はもしもの時のために援軍の要請をしてて」

 

そう言って通信端末を取り出そうとした時、プライベート用の携帯がなる。

──一瞬、無視しようとしけど、表示された『タカムラ ユイ』という名前を見て私はすぐに電話に出た。

「ちょっと、あんた大丈夫なの!? って大丈夫な訳ないわね。絶対に助け出すから変な抵抗とかしないで身の安全を確保してなさいよ」

『はい? 私がなんで大丈夫じゃないんですか?』

「いや、誘拐されたんだから大丈夫じゃないでしょう」

『誘拐? 誰が誘拐されたんですか?』

 

なんだろう、決定的に話が噛み合ってない気がする。

「あんた、今どこにいるのよ」

『自宅ですけど……。それより皆さん、いつ頃戻られるんですか? 皆さんが早く戻ってきてくれないと夕食作れないじゃないですか』

 

自宅? なら、さっきまで私たちと一緒にいて攫われた『タカムラ ユイ』は一体? 声から察するに嘘ではないと思うけど……。

「えーと、確認したいんだけど……あんたは今日一日、なにしてた?」

『私ですか? 冬夜に頼まれた届け物を巌谷のおじ様まで届けに行っていましたよ』

 

とういうことはさっきまで私たちといたのは誰かが変装した『タカムラ ユイ』ってことよね……私たちの周りでこんなことしそうなのは、ただ一人位なものだわ。

そして、私はすぐにトウヤに通信をかける。

 

 

 

 

 

 

side???

いやー、今日あたり何か仕掛けてきそうだなとは思ってたけどまさか誘拐してくるなんてなぁ。さすがのお兄さんでも予想内ですよ。このためだけに弟くんに使った女体化薬を自分で飲んで唯依ちゃんに化けて、頭の中まで唯依ちゃんに近づけたんだけど、意味あってよかったよ。これで意味なかったら俺ただの女装趣味の変態じゃん。

まあ、そんなことはさておき、俺は今目隠しされて椅子に縛られております。

とりあえず、これはやっとかなければならないだろう。

やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに エロ同人みたいに!

「(うぇ……自分でやっといてマジで吐き気してきた……)」

 

しかし、俺を捕まえた馬鹿共を一網打尽にするためにももう少し大人しくしとかないとな。

っと、そうこう言ってる内に亦菲から通信だな。

いやー、体内にナノマシン入れといて良かった。こらなら手足縛られてても話せるし。

『トウヤ、あんた今どこにいるのよ』

『目隠しされてたから正確にはわからないけど敵のアジト的な場所。とりあえず位置座標を送るから包囲してくれる? 中は俺がやるから』

『後で詳しく説明してもらうわよ。包囲の件は大尉が援軍要請したから大丈夫だと思うわ』

『了解。それじゃあ、今から位置座標送るよ』

 

ナノマシン経由で亦菲の端末に位置座標を送信する。

『受け取ったわ。準備が終わったらまた連絡するからそれまでは大人しくしててよ』

 

できるだけ早く頼みます。唯依ちゃんの姿で吐くとかしたくないので。

「唯依さん、わざわざお越し下さりありがとうございます」

 

ニタニタと薄ら笑っているような目とわずかに頬を歪ませ上げるような嫌な笑い方をしながら粘着体質が近づいてくる。とてもじゃないが良家のお坊ちゃんには見えないな。

「…………」

「おやおや、女性がそのように睨め付けるのは良くないですよ? まあ、すぐにその顔が快楽を求めるだけのメス豚の顔になるんですがね」

 

…………………は? なんて言った? 唯依ちゃんがメス豚?

「と、その前にあなたと一緒にいたあの男──『白崎 冬夜』に送る脅迫映像でも撮りますか」

「………れ」

「なんです? 命乞いですか? それなら安心してください。脅迫映像と言ってもあなたの命に関わるようなことはありませんから」

「黙れと言ったんだ」

 

縛られている縄を力ずくでちぎる。

「しばらくは大人しくしているつもりだったが予定変更だ」

 

椅子から立ち上がり、ISを起動させる、

「『Mig29OVT ファルクラム』十割展開。おまえは私の好きな子をメス豚と呼んだ。おまえ俺の前(ここ)から行きて帰るれると思うなよ。ぶち殺すぞ人間(ヒューマン)!!」

「なっ!? 専用機なんて聞いてないぞ! おい、オータム何してる! 早く私を守れよ!」

 

暮幸が喚くとスーツ姿の女が一人出てくる。

「ったく、女の相手も一人で出来ねぇのかよ、てめえは。……おい、なんでそのISがそこにいるんだよ」

「そんなことこの私が知るか! お前は私の護衛役だろうが。早くISをなんとかしろ!」

「ああ、なるほどな。エサで獲物を釣るつもりだったが、獲物の方から針に飛びついてきたのか。なら、てめえはもう必要ねえな」

 

バンッ! と銃声が響き、暮幸の左胸が赤く染まる。

「な、んで……」

「ああ? てめえはもう用済みなんだよ。さて、スコールの命令だからな。大人しくついてくるなら痛い目だけは勘弁してやるぜ?」

 

スコールだと?

「お前ら、『亡国企業』か」

「ああ、そうさ。悪の秘密結社『亡国企業』が一人、オータム様だ」

 

めっちゃシリアスな場面で悪の秘密結社とか真顔で言われると、気が抜けるんですけど……。

「で、どうするんだよ?」

「答えるまでもないだろう? お前を倒して俺は帰る」

「その言葉を待ってたぜ。こいつを使えるからよぉ!」

「っ!」

 

スーツを引き裂いて、オータムの背後から黄と黒の爪が飛び出す。

「アメリカの第二世代『アラクネ』か……!」

「くらえ!」

 

アラクネ最大の特徴である八本の装甲脚の先端が割け、銃口が現れる。

狭い室内のせいでまともな回避行動が出来ないなので発射される銃弾をモーターブレードで防ぐ。

「やるじゃねーか! 銃弾がきかねーなら直接叩き潰す!」

 

構築したマシンガンの弾を避けながらアラクネの装甲脚による乱撃を捌く。

「ははっ! 本当に楽しませてくれやがるなぁ!」

「そりゃ、どうも。これでも元国連

軍のエースパイロットだったんでね!」

 

隙をついて装甲脚を一本切り落とす。

「てめえ……! あ? こんな時に通信だぁ? …………チッ。ああ、分かったよ。おい、今回はこのくらいにしといてやるよ」

「それは、撤退するということか?」

「ああ」

「逃すと思うか?」

「逆に逃げる方法を用意してねぇと思うか?」

 

そう言ってオータムが何かを起動させると建物全体が大きく揺れだす。

「まさか……!」

「そのまさかだよ! ISを装着してるから潰れて死ぬことはねぇだろうがしばらくは大人しくしててもらうぜ!」

 

揺れが激しすぎて身動きが取れないせいでオータムの突進を避けることが出来ず、壁まで飛ばされる。

「くそっ!」

「じゃあな」

 

そのまま、俺は崩れる建物の下敷きにされた。

 

 

 

 

結局、俺が瓦礫の下から救出されたのはそこから三○分後だった。もちろん、オータムは逃げおおせてた。

「なんで、私たちが到着するまで待てなかったのよ!」

 

そして、俺はターシャたんと亦菲からお説教を受けていた。

「そうですよ。少佐ならそのくらい

わかったはずですよね?」

「好きな子をメス豚と呼ばれて頭に血が上りまして」

「はぁ。今更言っても遅いしもういいわ。それよりも、いつから入れ替わってたのよ?」

「えーと、家出るくらいから」

「「…………え?」」

 

質問に答えただけなのに二人の顔が赤くなる。なして?

「そ、それじゃあ、一緒に着替えたり……」

「一緒に温泉に入ったりしたのって……」

「ああ、ごめんね? 敵を騙すにはまず味方からってね」

「トウヤに裸見られた……」

「トウヤお兄ちゃんと一緒にお風呂……」

 

さすがに、やり過ぎたかな?

「二人とも、ごめ──」

「「これはもう結婚しかないわねっ!」」

「いや、しないからね!?」

 

亦菲たちと喋っていると後ろからトントンッと肩を叩かれる。

「うん? だ……むぐっ!?」

 

いきなり顔を掴まれて持ち上げられる。

てか、指が顔に食い込んでめっちゃ痛い!

「いひゃい、いひゃい!」

「黙れ、馬糞野郎。貴様にしゃべる権利などない」

 

こ、この声は!

「ら、らひょろわちゅうさ!?」

「久しぶりだな、シラサキ」

 

ググッ!

力を強めないで下さい!

「お、おひしゃしぶりです……」

「ところで私の可愛いターシャの裸を見たというのは本当か?」

「いや、これにはじひょうが」

「黙れ。事実かどうかだけ答えろ」

「だ、だー。じじつでありまふ」

「そうか。なら、ここで死ね」

 

メリメリッ!!

ぎゃぁぁぁああ! 俺の頭蓋骨から聞こえてはいけない音がぁ!

「ちゅ、中佐。その辺にしておかないと本当にトウヤお兄ちゃんが死んでしまいます!」

「ターシャの頼みでもそれは聞けんな。と言いたいが仕方ない」

 

ようやく解放された。ふぅ、マジで死ぬかと思ったわ。

「貴様のばら撒いた写真のせいで……!」

「しゃ、写真?」

「ターシャは知らないのか。こいつはな、私の着替えを盗撮して基地内の男どもに売りさばいたんだよ」

「いやー、あの時は資金不足でして。ラトロワ中佐は基地内『人妻人気No. 1』でしたからごはぁ!?」

 

いきなりの鳩尾蹴りはマジ死ねるので勘弁して下さい。

「その話を蒸し返すな。それと貴様には迎えが来ているからさっさと失せろ」

「げほけぼ……迎え?」

 

ラトロワ中佐が指さした方を向くとそこには我が麗しの唯依ちゃんが!

「どうして唯依ちゃんが?」

「巌谷のおじ様から全て聞きました」

「チッ、巌谷さんめ」

「それと冬夜」

「なに? え……ひでぶ!?」

 

ラトロワ中佐に続き唯依ちゃんからも鳩尾に一発頂きました。

「ちょ、なにんすの……」

「ふん! 崔さんやターシャさんを騙して混浴した罰です!」

「いや、だからそれには事情が」

「聞きたくありません! 私とも入ってくれるまで口も聞きませんから!」

 

唯依ちゃんと混浴とかヤバイ過ぎる。

「いや、それはマズイって!」

「あの二人とは混浴しておいて冬夜の好き人である私とは出来ないって言うんですか!?」

「いや、興奮しすぎて唯依ちゃんを襲ちゃうかも的な意味でマズイってこと」

「なっ……そ、そういうことは結婚してからじゃないと駄目ですからね! でも、混浴はしてもらいますから!」

 

な、なんでさーーー!!

いや、嬉しいんだけどね?

 



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事件の終結と夏祭り

「(いい、いかん! 落ち着くんだ俺!)」

 

あの後、ラトロワ中佐に事の巻末を説明(何故か、ペンチや注射器が用意された部屋で。マジ、おそロシア)し終えた俺は、半強制的に唯依ちゃんとの混浴タイムへと突入しようとしていた。

「(そうだ、こういう時は円周率を数えてれば! 3.14159265……)」

「し、失礼します」

「ひゃ、ひゃい! どうぞ!」

 

くっそ! 唯依ちゃんの前で間抜けな声がっ!

「その、我が儘を聞いていただきありがとうございます」

「い、いや、我が儘じゃないよ! むしろご褒美だと思うかな!?」

「今回は、その、お話がありまして」

 

お話? はっ。もしかして!

「な、何かな!? このままベッドインなら俺は嬉しいけど、それはまだ早い気がするんだけど!? いや、俺的には全然オッケーなわけで……」

「真面目な話です」

「はい……」

 

ぴとっ……と、俺の背中に唯依ちゃんの手が触れる。

「ゆ、唯依ちゃ──」

 

そのまま手は俺を抱きしめる。背中に唯依ちゃんの体が密着して、俺の心臓は口から飛び出しそうなくらい跳ね上がる。

「一人でなんでも済まそうとしないで下さい。私にも、冬夜を守らせて下さい」

「な、なんのことかな?」

「今回の件、敵にとって私は冬夜を釣るための囮だったんですよね。だから、冬夜はわざわざ私に変装してまで」

 

全部お見通しか……。

「私と冬夜はこれから何十年もずっと一緒なんですから、一人で背負いこまないで私にも背負わせて下さい」

「ごめん。それは、できない。俺は君を守りたいから。それに、これが俺が裕唯さんに返せる唯一のことだから」

「私だって同じですよ。私も冬夜を守りたいんです。どちらか一方だけが守られるんじゃなくてお互いを守り合う関係になりましょう。それに私だって父様から冬夜を任されてるんですよ?」

 

なにそれ、初耳なんですけど……。

「『あの子はきっとお前を守るためなら命だって易々とかけるだろう。だから、唯依。君を守るために命をかけるあの子を君も守ってあげなさい。唯依と冬夜くんは二人で一人なのだから』と」

 

あの人には、勝てないなぁ。

「そうだね。一方通行の関係は壊れやすいって言うしね。これからはそうしよっか」

「ありがとうございます」

「なら、そろそろかな〜」

「何がですか?」

「唯依ちゃんの専用機」

「へ……?」

 

おお、驚いてる驚いてる。その顔、心の画像フォルダに保存っと。

「いずれは唯依ちゃんにも必要になるものだし、前々から準備はしてたんだよ。コアはもう完成してるし、後は機体を組み上げるだけ」

「専用機ですか?」

「そう。新規製造のコアを使った唯依ちゃんだけのIS」

「ちょ、ちょっと、待ってください! そんな簡単に専用機なんていいんですか!?」

「いいんじゃね?」

「そんな、適当な……」

「いいんだって。製作者が良いって言ってるんだからオッケーだって」

 

唯依ちゃんなら、大丈夫でしょ。それに俺なんて、束ちゃんに比べたら可愛いもんでしょ。

「というわけで、IS学園に戻ったら色々と忙しくなるので明日は目一杯楽しもう!」

 

さて、言うこと言い切ったしもういいかな? 正直なところ、もう我慢できません! さっきから背中に当たるマシュマロのような柔らかさを持ちつつ十代特有の張りのある唯依ちゃんのおっぱい! そして、その中心にある●首!

「ぶほぉ!!」

「きゃああ!?」

 

あ、貧血で意識が……………。

「ちょっと! しっかりしてください!」

 

………………………………。

 

 

 

 

う、う〜ん。興奮で火照った体に夜風が当たって気持ちいい〜。

「起きましたか」

「あ、あれ? お風呂にいたはずじゃ……」

「冬夜の鼻血でお湯が血の池になってしまったので」

「面目ない」

 

でももう一回鼻血噴きそうです。だって目が覚めて最初に目にしたのが月明かりに照らされながら夜風に髪をなびかせて浴衣唯依ちゃんなんて、ヤバイすぎる。

「冬夜、明日はお祭りがあるようですよ。今年はまだ一緒に行けてませんし、どうです?」

「もちろん行くよ」

 

唯依ちゃんと浴衣デートかぁ。夢が一つ叶ったな。

 

 

 

 

翌日の夜。お互い浴衣に着替えた俺と唯依ちゃんの前には見知った顔が二つあった。

「で、なんであなた方がいるんですか?」

「アンタだけトウヤと夏祭りデートなんてさせると思う?」

「私も中尉も日本のお祭りは初めてですので折角ならトウヤお兄ちゃんと、と思いまして」

「そうですか。 はぁ……」

 

大体の予想はついてたけどさ。やっぱりこの夏はこうなるみたいだね。

「さぁー、休暇最後のイベント。夏祭りを楽しむわよぉ〜。まずは……」

 

まあ、浴衣美少女三人と夏祭りなのに文句言ったら罰が当たるよね。

 

 

 

三人でお祭りを回ることになり、金魚すくい、スクラッチアウトなどど色々回って射的をしようと射的屋へと向かった俺たち一行は二回驚かされることになった。

まず一つ、夏祭りの射的のくせにガチ過ぎること。何だよ、二キロ先の的を撃ちぬけって。商品取らせるつもりねぇだろ……。

そして二つ目は、何とそのキチガイ射的の景品を全部掻っ攫った少女がいたことだ。首に大きな鈴を付けた猫のような雰囲気の少女は渡された銃を手に楽々と的を撃ち抜いていった。ふざけるのはその物理法則を無視した髪型だけにしておいてくれ……。

「ありえねえだろ」

「あの子に実銃もたせたらどうなるのかしらね」

「多分、世界最高レベルではないかと」

 

あの物理法則を無視した髪型もそうだが、なんだよあの射撃。もしや、俺が知らないだけで高名なスナイパーなのか!? そして、一緒にいたあの男と周りの女子も何かしらの軍関係者なのか!?

「それにしてもあの女の子、凄かったですね。景品全部持って行くもんだから射的屋のおじさん、顔真っ青でしたもんね」

 

唯依ちゃんはなにもわからないみたいだからいいけど、俺は自信をなくしたよ。あの射撃を見たら俺の射撃なんて……。

「俺、元軍人なのに……あんな少女に負けた……」

「私達なんて現役ですよ……」

「「「はぁ……」」」

「えーと、皆さんが何で落ち込んでいるかわかりませんがとりあえず元気出して下さい。ほら、花火始まりますよ?」

 

ドーーーーーーン!!

打ち上げれる花火は本当に綺麗で少女に射撃負けた俺たちの心を癒してくれた。

 

 

「そうそう、忘れるところだったわ」

 

花火も終わり、そろそろ帰ろうとなった時。

「トウヤ少佐、お話が」

「わかった。唯依ちゃん、すぐ戻るからちょっと待ってて」

「? はい」

 

亦菲とターシャたんに呼ばれて唯依ちゃんから少し離れて木陰へと移動する。

「もうわかってると思うけど連中の動きが最近怪しくなってきてるわ」

「近々、何かしらの行動を起こすかもしれません」

「わかってる。説明した通り、あの一件も連中──『亡国企業』が絡んでたしね」

 

俺は、唯依ちゃんと楽しく学園生活を送りたいんだけどそうもいかないのかなぁ。

「あそこは国連も干渉できないから『オリムラ イチカ』とトウヤが狙われているということは覚えておいて」

「了解、二人も気をつけてね。イギリスとアメリカ、二つの大国からあいつらはISを強奪できるだけの力はあるみたいだし」

「ご心配、ありがとうございます」

「私も大丈夫よ」

「「私たちはトウヤ/トウヤお兄ちゃんに鍛えてもらったパイロットだから」」

「そっか。では──ナスターシャ大尉並びに亦菲中尉、此度の護衛ご苦労であった」

「「はっ! 元少佐もお元気で」」

 

久方ぶりに軍人ぽい別れを告げて唯依ちゃんの元へと戻る。

「なに話してたんですか?」

「元気でねって」

「そうですか」

 




これにて夏休み帰省編は終了です。


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二学期
専用機(仮)


「でやあああああっ!!」

 

ガギィンッ! と鋭く重い金属音を響かせ、弟くんと鈴ちゃんは刃を交えて対峙する。

九月三日。二学期初の実戦訓練は一組二組の合同ではじまった。

「くっ……!」

「逃がさないわよ、一夏!」

 

クラス代表同士ということで始まったバトルは、最初こそ弟くんが押していたものの時代に鈴ちゃんが巻き返しはじめていた。

その理由は単純にして明快。第二形態へと移行した白式の、さらに加速した燃費の悪さである。

「最初にシールドを使いすぎたわね!」

「まだまだぁっ!」

 

そう言って刀を振るう弟くんだが、その《雪片弐型》もすでに『零落白夜』の輝きはなく、通常の物理刀になっている。

距離が開けば左腕の多機能武装腕(アームド・アーム)《雪羅》による荷電粒子砲を放てるはずだったが、それもすでにエネルギー切れだ。

「無駄よ! この甲龍は燃費と安定性を第一に設計された実戦モデルなんだから! ──衝撃砲!」

 

ズドドンッ、と連射性の高い砲撃を近距離で受け、距離が開く。

そしてその瞬間を見逃さないように、鈴ちゃんは連結状態の《双天牙月》を投擲する。

「ぐぅっ!」

 

弟くんは何とか受けきったものの、視界から鈴ちゃんを見失う。すぐにISハイパーセンサーの位置情報補足がくるがすでに遅い。

「たあああっ!!」

 

弟くんの真下、足首を掴んだ鈴ちゃんはそのまま力任せに地面へと弟くんを投げ飛ばす。

「もらい!」

「!?」

 

そして、鈴ちゃんは逆さまの格好のまま、衝撃砲の連射を浴びせる。

それが十発ほど直撃したあたりで、試合終了のアラームが鳴り響いた。

──もちろん、弟くんの負けである。

 

 

 

 

「これであたしの二連勝ね。ほれほれ、なんか奢りなさいよ」

「ぐう……」

 

前半戦、後半戦ともに弟くんの敗北で幕を閉じた実戦訓練。その後片付けを終えた、俺たちはいつもの面子で学食に来ていた。

俺は唯依ちゃんの綺麗な食事姿に和みながら昼食を食べる。

ちなみにメニューはサバ味噌煮定食。昔基地のPXで食べたものには惜しくも届かないがそれでもIS学園学食のおばちゃんもいい腕だと認めざるをえまい。

そして、知らぬ間に女子の料理談義に花が咲いていき、俺たちにも話が回ってくる。

「冬夜は、どんなお菓子が好きなの?」

「俺は、和菓子全般だな。特に京都の和菓子はいい」

「京都の和菓子かぁ。冬夜兄ぃは渋いなぁ」

「そんなことより問題はお前のISだ」

「はぁ……。そうなんだよなぁ、なんでパワーアップしたのに負けるんだ……」

「単純に燃費の悪さだろ。ただでさえシールドエネルギーを削る武器なのにそれが二つに増えたんだからなおさらだ」

「うーん……」

 

まあ、それ以外にも背部ウイングスラスターの大型化など、問題点は山積みだが。

「ま、まあ、アレだな! そんな問題も私と組めば解決だな!」

 

確かに箒ちゃんの紅椿は、同時運用を前提に設計されただけあって相性抜群だな。『絢爛舞踏』を使いこなせれば。

「何を難しそうな顔をしているか。お前は私の嫁だろう。故に私と組め」

 

あ〜あ、また始まったよ。一夏LOVER'sは放っておいて唯依ちゃんに伝えるべきことを伝えるかな。

「唯依ちゃん、専用機が完成したから今日の放課後は開けといてね?」

「はい、わかりました」

 

さて、例のアレも用意しとかないとな。放課後が楽しみだぜ、グフフ。

 

 

 

 

「……遅刻の言い訳は以上か?」

 

午後の授業、(弟くん)(ちーちゃん)に睨まれていた。

「いや、あの……あのですね? だから、見知らぬ女生徒が──」

「では、その女子の名前を言ってみろ」

「だ、だから! 初対面ですってば!」

「ほう。お前は初対面の女子との会話を優先して、授業に遅れたのか」

「ち、違っ──」

 

弟くん、死んだな。

「デュノア、ラピッド・スイッチの実演をしろ。的はそこの馬鹿者で構わん」

 

アーメン。

「それじゃあ織斑先生、実演をはじめます」

「おう」

「あ、あの、シャル……ロット、さん?」

「なにかな、織斑くん?」

 

頭に血管マークまで浮かんであれば完全に怒ってるな。

「はじめるよ、リヴァイヴ」

「ま、待っ──」

バラララララッ!!

弟くんの言葉は銃声にかき消されていった。

 

 

 

 

 

放課後。

「良いよっ! その恥ずかしそうな顔もっとちょうだい!」

「と、撮らないで下さい!」

 

パシャパシャパシャ。

貸し切ったアリーナにはシャッター音が響いていた。

「唯依ちゃんと訓練用強化装備の組み合わせがこれほどとはっ!」

 

唯依ちゃんのperfect bodyとピチピチすけすけの強化装備とかまじヤバいっす!

「今日は専用機の訓練じゃなくて撮影会に変更しようよ」

「も、もう! そんなこと言うなら普通のISスーツに着替えますからね!」

「っ!? それはダメ!」

「なら、真面目にやってください!」

 

くっ……仕方あるまい。ここは俺のISに搭載している超高画質カメラでの撮影だけにしておくか。

「……わかったよ。それじゃあ、これが唯依ちゃんの専用機である──『瑞鶴』だよ!」

 

ちーちゃんに頼んで貸切にしてもらったアリーナに運んでおいたコンテナを開くとその中に綺麗な山吹色をした重装甲の機体が正座していた。

「これが私の……」

「厳密には(仮)なんだけどね」

「仮ってどういうことですか?」

「本当の唯依ちゃんの専用機は俺の持ってる戦術機の中でも最強の格闘戦機である『武御雷』なんだけど、そいつはピーキー過ぎるし戦術機に慣れてない唯依ちゃんには危ないからまずはこの『瑞鶴』で戦術機に慣れてもらいます」

 

武御雷は俺でさえも使いこなすのにはかなりかかった程のじゃじゃ馬だしな。いきなり唯依ちゃんが使ったら危ないし。

「まずは機体を装着してみようか。全身装甲だけど普通のISと装着自体は変わりないよ」

「はい」

 

さて、唯依ちゃんが装着しているうちにデータを取る準備をしておくかな。一応、唯依ちゃんのデータは入力済みだけどデータと実際の動きで誤差が出るしね。

「出来ましたけど、全身装甲というのはやっぱり違和感がありますね」

「そう? なら、五割展開くらいにしてみると良いよ。それなら通常のISと変わりない装甲量だから」

「えーと、あっ。これですね」

 

機体が一瞬光ると、瑞鶴の装甲が半分程度に減る。

「確かにこれなら今までのISと同じ感じですね」

「それじゃあ、軽く飛んでみようか。腰についてる跳躍ユニットで飛べるから」

「は、はい」

 

………………

…………

……

そんな感じでしばらく機体制動の訓練をした後、格闘戦時のデータ取得のために唯依ちゃんと打ち合うことになった。

「えーと、本当にいいの? 俺が武御雷使っても」

「はい。自分が乗る機体がどれほどのものなのか直に体験しておきたいんです」

 

うーん……瑞鶴と武御雷じゃ差がありすぎる気がするんだけどなぁ。C型かF型で迷うけど唯依ちゃんの望み通りにF型でいくか。

「それじゃ、かかっておいで」

「はい。遠慮なく行かせてもらいますっ!」

 

ガギィンッ!!

二本の長刀がぶつかり、金属音が響く。

「なかなかやるね。でも!」

 

唯依ちゃんの長刀を受け流し、滑らせるように左へと斬り払う。

「くっ……」

 

唯依ちゃんは、なんとか躱そうするけど装甲重視の瑞鶴では、機動力の高い武御雷の攻撃を躱しきることは出来ず、切っ先が掠る。

「(それでも、掠る程度にとどめるとはね。やっぱり唯依ちゃんの格闘センスには目を見張るものがあるな)」

「今度はこちらからいきます。はぁっ!」

 

跳躍ユニットで加速することによって重みを増した一太刀か……。

「でも、動きが遅い!」

 

唯依ちゃんの一撃を体を半回転させて躱し、喉元に長刀を添える。

「ま、参りました」

「いや、びっくりしたよ。初めて戦術機を操縦して、ここまで武御雷と戦えるなんて」

「お世辞はいいですよ。冬夜が全力ではなかったのはわかりましたし、全然相手になってませんでしたね。それに機体の方も今の私では扱いきれないことが身にしみました」

 

確かに、機体性能的にはそうかもしれないけれど、操縦者の技能的にはそこまで差はないと思うよ?

「それでも、弟くんよりかは全然強いよ。さて、これからは瑞鶴を使いこなせるようになったら機体データを『武御雷』にアップデートするので慣熟訓練に励んでください」

「はいっ!」

 

さてと、それじゃあ今から俺は今日の唯依ちゃんの写真を整理していきますかね。これで、また俺の『唯依ちゃん秘蔵写真集』が潤うぞ〜。



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奉仕はするよりされたい派です。

唯依ちゃんとの訓練の翌日。SHRと一限目の半分を使っての全校集会が行われた。内容は今月半ばにある学園祭についてだ。

(わかってはいたが、女子が多いな……)

女子の集まりというのはそれだけで騒がしい。というか姦しい。

「それでは、生徒会長から説明させていただきます」

 

生徒会役員が静かに告げる。その声で、ざわつきがさーっと引き潮のように消えた。

「やあみんな。おはよう」

 

…………どこかで、見たことあるような気がする。

「さてさて、今年は色々と立て込んでてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

ああーーー! 思い出した!! 日本の対暗部用暗部の更識家当主にしてロシアの国家代表じゃん!

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 

一度は会っておこうと思ってたのに唯依ちゃんとの再会が嬉しすぎて完全に忘れたわ。てか、この学園の生徒会長やってたんすか。まあ、実力的に妥当だとは思うけど。

「名付けて『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

てか、話聞いてなかったんだけど、なんでディスプレイに弟くんの写真がデカデカと出てるんだ?

「ええええええええ〜〜〜〜〜〜っ!?」

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い──」

 

やはり、弟くんはパンダだな。

「織斑一夏を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

今度、パンダの着ぐるみでも贈ってやるか。

「うおおおおおおっ!」

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

「こうなったら、やってやる……やぁぁぁってやるわ!」

「今日からすぐに準備を始めるわよ! 秋季大会? ほっとけ、あんなん!」

 

秋季大会をあんなん呼ばわりするほど嬉しいのか……。

ポジションはマネージャーってとこか。オカン系男子マネージャー……新たなジャンルの先駆者になりそうだな。

「というか、俺の了承とか無いぞ……」

「部活に入ってなかった自分が悪いと諦めなよ」

「そういう冬夜兄ぃも入ってないじゃないか」

「俺は『唯依ちゃんとイチャラブする部』に所属してるから問題ない」

 

そういうと弟くんが諦めたような顔をするがまあ、放置でいいだろう。

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁぁ!」

「今日の放課後から集会するわよ! 意見の出し合いで多数決取るから!」

「最高で一位、最低でも一位よ!」

 

そして、一度火が付いた女子の群れは止まらない。

かくして、全校生徒による弟くんの争奪戦がはじまったのだった。

 

 

 

 

同日、教室にて放課後の特別HR。議題はクラスの出し物についてだ。

「えーと……」

 

代表として意見をまとめる役にある弟くんが情けなくも困惑しているが今回ばかりは仕方ないだろう。なぜなら──

(出た案が『織斑一夏&白崎冬夜のホストクラブ』『織斑一夏or白崎冬夜とツイスター』『織斑一夏or白崎冬夜と王様ゲーム』だと!? ひどすぎる……)

「「却下」」

 

二人揃って拒否すると、えええええー!! と大音量サラウンドでブーイングが響く。

「あ、アホか! 誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

「まったくだ。弟くんだけならまだしも」

「私は二人一緒の方が嬉しいわね。断言する!」

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「一組男子は共有財産である!」

「他のクラスから色々言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし」

「助けると思って!」

「メシア気取りで!」

 

なんだそれは。

藁にもすがるつもりで視線を動かしても頼みのちーちゃんは『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。あとで結果報告に来い』と去っていった。なんと、お優しい幼馴染みか。仕方ないから唯依ちゃんでも見て落ち着こう。

「山田先生、ダメですよね? こういうおかしな企画は」

「えっ!? わ、私に振るんですか!?」

 

マジか……。

「え、えーと……うーん、わ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ……?」

 

まさか、あなたが地雷だったとは。

「とにかくもっと普通の意見をだな!」

「メイド喫茶はどうだ」

 

そういったのはボーデヴィッヒさんだった。……は?

俺だけでなく、クラスの全員がぽかんとしている。

「客受はいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。確か、招待券制で外部からと入れるのだろう? それなら、休憩所おしえの需要も少なからずあるはずだ」

 

えーと、君ってそんなキャラだったけ? 夏休みに何かあったの?

「え、えーと……みんなはどう思う?」

 

多数決を取るにしても反応を見なければ仕方ないがクラスの女子全員が予想外のことに反応できていなかった。

「いいんじゃないかな?一夏と冬夜には執事か厨房を担当してもらえばオーケーだよね」

 

そのシャルロットのボーデヴィッヒさんへの援護射撃は見事ヒットした。

「執事、いい!」

「それでそれで!」

「メイド服はどうする!? 私、演劇部衣装係だから縫えるけど!」

 

一気に盛り上がるクラス女子一同。

(まあ、さっきまでのに比べれば問題ないか。ただ一つ問題があるとすれば唯依ちゃんのメイド服姿をあの馬鹿にも見られるというところくらいか。それは、今度二人きりの時にスク水ニーソメイドか和服に割烹着の和風メイドでも頼むとして我慢しよう)

「メイド服ならツテがある。執事服も含めて貸してもらえるか聞いてみよう」

 

ボーデヴィッヒさんにメイド服のツテだと……!?

「──ごほん。シャルロットが、な」

 

顔を赤らめてボーデヴィッヒさんがシャルロットに降る。

「え、えっと、ラウラ? それって、先月の……?」

「うむ」

「き、訊いてみるだけ訊いてみるけど、無理でも怒らないでね」

 

そんなに不安げに言わなくても、唯依ちゃんのメイド服が見れるなら俺が私財を投じてもいいから安心したまえ。

かくして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に決まった。



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既視感と成長しない弟くん

 ちーちゃんに出し物の報告へ行くという弟くんと別れた後、そういえば入学してから挨拶していなかったことを思い出した俺は生徒会室へと向かったのは良いんだが……。やはりというか何というか俺を出迎えたのは、かなりの値打ち品であろう重厚な開き戸だった。

 

「さすが特殊国立」

 

 

 若干の緊張を感じながら戸をノックし、中からの反応を待つ。

 

「はい、どなたですか?」

「一年生の白崎です。更識会長にご挨拶をと思いまして」

 

 中からの声にそう答えるときしみの一つも立てずに戸が開き、めがねに三つ編みのまるで秘書のような三年生が出てきた。

 どうでも良いですけど、片手に持ったファイルがよく似合ってますね。

 

「申し訳ありませんが、会長は今席を外しておりまして……。よろしければお待ちになりますか?」

 

 留守か。さて、どうしたものかな。この後、特に用事があるわけでもないから待つ分には問題ないが……。

 

「ふふ、会長ならすぐにお戻りになられると思いますよ。どうぞ、お気になさらず」

「そうですか。なら、お言葉に甘えまして」

 

 そう言って戸をくぐった俺の目に飛び込んできたのは意外な顔だった。

 

「わー……。さきさきだ~……」

 

 べちゃりと顔をテーブルに付け、いつもの六割り増しで眠そうにしている我がクラスのマスコットであるのほほんさんこと『布仏本音』さんだ。

 

「本音、いい加減ちゃんとしなさい。お客様がいらっしゃってるのよ?」

「後少し……。眠……睡眠……」

 

 そこまで言うとのほほんさんは上げかけていた顔を戻してしまった。

 

「もう……」

「あはは、まあ見慣れたものですよ」

「今、お茶を用意しますね」

「ありがとうございます」

 

 三年生がお茶を入れに行こうとした瞬間、戸が開き生徒が二人入ってくる。

 

「おかえりなさい、会長」

「ただいま。あら? そこにいるのは……」

 

更識会長と何故か弟くんだ。

 

「初めまして、更識会長。遅くなりましたがご挨拶をと思いましてお伺いさせてもらいました」

「彼の有名な殿方から挨拶に来てもらえるなんて、おねーさん嬉しいわ~」

 

 口調は軽い感じだけど、自然体のまま心の内を覗いてくるのはさすが更識の人間だな。

 

「あれ? なんで冬夜兄ぃがいるんだ?」

「俺と弟くんが入学してから色々と迷惑がかかってるだろうから一度くらいは挨拶しとこうというわけ」

 

 他にも束ちゃんの件とか。

 

「あらあら。そんなの別に気にしなくても良いのに」

「そういうわけにもいきませんよ。これからもご迷惑をかけてしまうかもしれませんしね。……亡霊とか」

「……そうね」

 

 弟くんには聞こえない声で言った言葉に更識会長の表情が硬くなる。

 更識家の方でも『亡国企業』が動いているという情報を掴んでいるんだろう。

 

 

「詳しい話は又後ほどと言うことで」

 

 ちらりと視線を弟くんの方に流すだけで更識会長は俺の意図を読み取ったらしく話も話題を変えてくれる。

 

「そういえば二人とも虚とは初対面よね? 紹介するわ。彼女は布仏虚。私の幼なじみよ」

 

 お茶の準備を任せた虚さんの紹介をしながら、更識会長は優雅に腕組みをして座席にかける。

 

「ご紹介に預かりました、布仏虚です。いつも妹がお世話になってます」

 

 お茶の準備が終わり、戻ってきた虚さんがカップを配り、注ぎ終えてから一礼をする。

 その仕草は非常に様になっていて、まるでメイド長かのような雰囲気だ。

 

「妹ってのほほんさんのこと?」

「あら、あだ名なんて、仲いいのね」

 

 違うんです、会長。弟くんは女子と仲いいんじゃなくてただの女たらしなんです。

 そうやって親近感を出すことで女子を落とすのが常套手段なんですっ!

 

「あー、いや、その……本名知らないんで……」

「ええ~!?」

 

 がばりっ、とのほほんさんが初めて聞く大きな声で起き上がる。

 というか、クラスメイトの名前を覚えてないなんてひどすぎるだろ……。それで女子からモテモテとか滅び去れイケメン!!。

 

「ひどいっ、ずっと私をあだ名で呼ぶからてっきり好きなんだと思ってた~……」

「いや、その……ごめん」

 

 

 目に見えてしょんぼりとするのほほんさんに頭を下げる弟くんを後でちーちゃんに言い付けてやろうと考えていると、虚さんが口を挟む。

 

「本音、嘘をつくのはやめなさい」

「てひひ、バレた。わかったよー、お姉ちゃん~」

「むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。うちは、代々」

「楯無先輩の家ってすごいんですね」

「まあね~」

 

 更識会長が気軽に言ってるから弟くんは気付いてないけど更識蹴っていえばその筋では結構有名なんだぜ?

 しかも『楯無』の名前は当主が引き継ぐ名前。つまり、更識会長は一家のご当主様なんだぜって言っても弟くんにはわからないよなぁ。

 

「ていうか、姉妹で生徒会に?」

「そうよ。生徒会長は道中説明した通り最強でないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼なじみの二人をね」

 

 信用できる人間で周りを固めた方がやりやすいというのは俺もよくわかる。

 実際昔はそうしてたし。

 

「お嬢様に仕えるのが私どもの仕事ですので」

「あん、お嬢様はやめてよ」

「失礼しました。ついクセで」

 

 そんなやりとりからは更識会長と虚さんの仲が、俺と唯依ちゃん並みに良いことが伝わってくる。

 

「さ、織斑くんに白崎くん、会長も冷めないうちにどうぞ」

「ど、どうも」

「いただきます」

 

 注いでもらったお茶を飲む。

 高価そうなカップに注がれたお茶も高級品で、その優しい香りがたまらない。

 

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを出してきて」

「はーい。目が覚めた私はすごい仕事のできる子~」

 

 ま、まあ、普段よりは?

 普段よりはといった程度の相変わらずゆっくりとした動作で、怪しい足取りで、のほほんさんがケーキを持ってくる。

 

「おりむー、さきさき、ここはねー。ここのケーキはねー、ちょおちょおちょおちょお~……おいしいんだよー」

 

 そういいながらのほほんさんはまず自分の分を取り出して食べる。

 

「やめなさい、本音。布仏家の常識が疑われるわ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶっ。うまうま♪」

「…………」

 

 俺からしてみればいつも通りののほほんさんだが、今日は厳格な姉が同席している。

 ごちっ! と、虚さんがのほほんさんを思いっきりグーで叩いた。

「うええっ……。いたぁ……」

「本音、まだ叩かれたい? ……そう、仕方ないわね」

「まだ何も言ってない~。言ってないよ~」

 

 のほほんさんは涙目になっていたが、俺はその様子をうい笑ってしまう。

 

「ふふ、ははは」

「あ~、さきさき笑うなんてひどいよ~」

「ああ、いや、違うんだ。懐かしくて、ついね」

 

 妹をたしなめる姉か……。本当に懐かしい。

 昔はちーちゃんがよく束ちゃんをちーちゃんが叱ってたっけ。

 三人で遊んでいた時のことを思い出して回想に浸ってる。あの頃は本当に楽しかったなぁ。

 

「はいはい、姉妹仲がいいのはわかったから。お客様の前よ」

「失礼しました」

「し、失礼、しましたぁ……」

 

 そして、更識会長が咳払いをすると、改めて生徒会メンバーの三人が弟くんに向き合う。

 

「一応、最初から説明するわね。一夏くんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。

生徒会はキミを何処かに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

「それで学園祭の投票決戦ですか……。あれ、それだと冬夜兄ぃはどうなるんです?」

 

 もっともな疑問を弟くんが口にするがそれにかんしてはあの生徒集会で説明したじゃないか。

 

「言っただろう、俺はもう『唯依ちゃんとイチャラブする部』に所属してるって」

「その話本気だったのかよっ!?」

 

 当然だろう? 俺が唯依ちゃん関連で話してるときはいつだって本気なんだぜ?

 

「まあ、白崎くんの件は置いとくとして、交換条件としてこれから学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね」

 

 学園最強の更識会長の個人レッスンか。

 更識会長は唯依ちゃん程ではないけどかなりの美少女だしこれはまた一夏LOVER,sとの間に一悶着ありそうだな。

 

「遠慮します」

 

 ……マジで?

 新たな笑いのネタにほくそ笑んでいる俺の期待を裏切る返答が弟くんの口から放たれる。

 

「そう言わずに。あ、お茶飲んでみて。おいしいから」

「……いただきます」

 

 そう言ってカップに口を付ける弟くん。

 

「おいしいですね、これ」

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ。次は、ケーキもどうぞ」

 

 進められるままケーキを食べる弟くんに更識会長はさらに自分の指導を勧める。

 

「そして私の指導もどうぞ」

「いや、だからそれはいいですって。大体、どうして指導してくれるんですか?」

「ん? それは簡単。キミが弱いからだよ」

 

 更識会長の指摘はなにも間違ってはいなかったが弟くんのプライドに触れたようで、弟くんは表情が変わる。

 

「それなりに弱くはないつもりですが」

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話」

 

 なんとまあ、さすがは対暗部用暗部の当主様。人を操るのが上手い。

 事実弟くんは自分で気付かないまま更識会長の手の平で遊ばれてるし。

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います」

「うん、いいよ」

 

 ……はぁ、弟くん。

 既視感のあるやりとりに心の中でため息をつく俺、今更に嵌められたことに気付いた弟くん、にやりと笑う更識会長。

 そんな感じで生徒会室でのお茶会は幕を閉じた。



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フェロモンとユイぱいは最高です

「というわけで、やって参りました! 放課後の至福の時間、唯依ちゃんとのイチャラブタイム!!」

 

 更識会長に連れられて畳道場へと向かった弟くんと別れた俺は唯依ちゃんからの呼び出しで第三アリーナへと出向いていた。

 少しでも早く専用機である『82式戦術歩行戦闘機 瑞鶴』ひいては『00式戦術歩行戦闘機 武御雷』を使いこなせるようになりたいとのことで。

 そして見るのは二回目になるが訓練用強化装備を着た唯依ちゃんはやっぱり最高だった。

 

「冬夜、やっぱりこの格好は……は、恥ずかしすぎますよ……」

「ハァハァ……可愛いよ、唯依ちゃん」

 

 鼻息を荒げ、ピチピチすけすけの唯依ちゃんをISの超高画質カメラ撮影&録画し続ける姿は我ながらヤバい気もするが、唯依ちゃんという人類最高の美少女を前にすれば仕方のないことだと思う。

 だって、普段から超絶可愛い唯依ちゃんにスケベさが追加されてるんだぜ!? これで興奮しない男がいたらそいつはただのホモだろう? まあ、唯依ちゃんの事を変な目で見るやつがいたらコロスけど。

「恥ずかしがってる唯依ちゃんサイコー! と、素直な感想を述べたところで一様説明しておくとそのピチピチすけすけにも理由はあるんだよ」

 

 まあ、訓練用強化装備を着た唯依ちゃんを見たいという個人的欲望も多分に含まれて入るんだけどね。

「訓練中の怪我の早期発見が主な理由。訓練中は些細なことが原因で大きな事故に繋がったりするからね。あとこれが一番重要なんだけど、唯依ちゃんの玉のお肌に傷が残ったりすることがないように俺が見守りやすくするためだよ」

「な、なるほど。確かに怪我は気を付けないといけないですね」

 

 ピチピチすけすけの意味を唯依ちゃんが理解してくれたところで、本日の訓練内容を発表する。

 

「今日の訓練内容だけど、まあ簡単に言ってしまえば完熟訓練かな」

「完熟訓練ですか?」

「うん」

 

 俺が唯依ちゃんの為に用意した専用機は、俺と同じ戦術機と呼ばれるもので一般的なISとは少し異なっている。

 

「まぁ、使っていけばわかることだけど、戦術機は普通のISとは色々違うんだよ。たとえばPIC以外に後腰部の跳躍ユニットによる加速や減速ができたりとか」

「_全身装甲《フル・スキン》だったりですか?」「そうそう。_全身装甲《フル・スキン》なのはシールドエネルギーの節約だったり、空力的な役割、パッシブステルスなんかが役割だったり。唯依ちゃんの機体の装甲は空力的なものだよ」

 

 PICや跳躍ユニットで直接姿勢制御するよりもはるかにエネルギーの節約になる。まぁ、慣れていないとかなり難しいけど。

 

「まあ、完熟訓練なんて固っ苦しい言い方したけどようは早く唯依ちゃんに専用機になれてもらおうってこと」

「わかりました。それで、具体的にはなにをするんですか?」

「まずはお手本を見せるよ」

 

 そう言って俺は唯依ちゃんと同じ『82式戦術歩行戦闘機 瑞鶴』のC型を展開する。

 

「じゃ、いくよー」

 

 唯依ちゃんに一声かけてからPICと跳躍ユニットを使って上昇する。

 ある程度の高度まで上昇した次は機体を前傾にしての前方加速。次に身体を左右に傾けての八の字飛行と、次に身体を起こしての上昇、背中を反らせての背面旋回による下降、跳躍ユニットの逆噴射による減速と停止、逆噴射による鋭角蛇行後退の順に行う。

 基本的な姿勢制御だけどこれを連続でなめらかに行うにはそれなりの時間と訓練がいる。なにせ、PICのマニュアル制御だけじゃなく、跳躍ユニットの制御も行っているんだから。

 

「と、唯依ちゃんにはまずこれを出来るようになってもらいます」

 

 ちょうど唯依ちゃんのいる位置に戻るようにして姿勢制御の実演を終える。

 簡単にやって見せた俺と違い唯依ちゃんは生唾を飲み込む。

 

「やっぱり冬夜はすごいですね。そんな滑らかな動きが出来るなんて」

「心配しなくても唯依ちゃんもすぐに出来るようになるさ。何せ、この俺がコーチングするんだから」

 

 キランッって感じの効果音が付きそうないい笑顔で言う俺に唯依ちゃんは固くなった表情を緩ませる

 うん、やっぱり唯依ちゃんの笑顔は可愛い。何度見てもそのたびに一目惚れしてしまう俺であった。

 

「さてと、それじゃあとりあえずやってみようか」

「はい!」

 

 元気よく返事した唯依ちゃんも『瑞鶴』を十割展開で起動する。

 

「では、いきます」

 

 大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせてから機体を上昇させていく。

 十分な高度bに達し、機体を傾け加速していき……

 

………………

…………

……

「はぁはぁ……」

 

 時間にして二時間くらいの訓練だったけど、唯依ちゃんは肩で息をして、顔を青ざめている。

 まぁ、いろんな事に気を割きながら高速で変わる景色と浮遊感を味わっていれば誰でもそうなるわけだけど。

 

「今日はこの辺にしておこうか」

 

 唯依ちゃんの背中をさすりながら、訓練の終わりを告げる。

 

「ま、まだいけますから、もう少し……」

「唯依ちゃんのお願いでもそれはダメ。集中できない状態で訓練してところで何の意味もないから」

 

 そういって唯依ちゃんをおんぶする。

 

「と、冬夜!?」

 

 突然のことに驚く唯依ちゃんは俺の背中から降りようとする。

 ええい、この背中に当たる幸せな柔らか感触を逃がしてたまるものかっ!

 

「慣れないことして疲れてるんだからまかせてよ。唯依ちゃん一人くらいなら軽々持ち上げられる位には鍛えてるからさ」

「いえ、そういうことじゃないです! あ、汗とかかいちゃってますから!」

「そんなの気にしなくていいよ。むしろ唯依ちゃんのフェロモンに包まれて冬夜さんは幸せです」

 

 クンカクンカ。

 唯依ちゃんから発せられるいい匂いを少しも漏らさないように鍛えた肺活力を駆使する。

 ああ、たまらない……。

 

「ちょっ!や、止めてください!」

「じゃあ、おとなしく俺におぶわれてくれる?」

 

 俺の出した二択に唯依ちゃんが選んだのは負ぶわれるという選択。

 俺は合法的にユイぱいの感触を味わえることに内心で狂喜乱舞しながら、背中の感触を全力で脳内メモリに保存するのだった



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番外編
番外編 聖なる夜


間違いました。ごめんなさい


ジングルベル〜♪ ジングルベル〜♪ 今日は〜♪ 楽しい〜♪ クリスマス〜♪

よくわからず食堂に集められた男女九人はどこからともなく流れてくる音楽を聴きながらそれぞれの反応をしていた。

「ど、どうなってるんだ?」

「さ、さあ、私もわかりません」

「私もだ」

「あたしもよ」

「通信機も通じん。どこかの組織からの攻撃か?」

「お、落ち着いて、ラウラ!」

「え、えーと、こういうときは……」

 

慌てている織斑一夏と一夏LOVER's、一組副担任とは違い大体の予想がついている唯依ちゃんと一組の担任は、ため息をついていた。

「篁、一応聞いておく。お前は誰の仕業だと思う?」

「まあ、間違いなく彼だと思います。最近、部屋でなにやら準備していたみたいですし」

 

そして、豊かな白ひげをなびかせながら赤服の男がPICで浮遊したソリに乗って男女の元に舞い降りてくる。

「ふぉっふぉっふぉ。一年間、良い子に過ごしたみんな! サンタさんがプレゼントを届けに来たぞ〜」

 

サンタの正体、それは──

「なにをしてるんですか、冬夜?」

「そこの超絶美少女ちゃん。ワシは冬夜じゃないぞ。ワシは聖夜に舞い降りし子供達の希望、サンタクロースじゃ」

「でも、話の流れ的に、今は秋くらいなんじゃ……ぐはぁっ!?」

 

そんな、当たり前の無粋なツッコミをしようとした一夏くんに石炭が投げつけられる。

「そんなことを言う子は、サンタじゃなくてブラックサンタが必要なようかな?」

「い、いえ、結構です。黙ってます」

「よろしい。では、良い子のみんな、サンタクロースからのプレゼントだ!」

 

そう言うと、サンタの背負った袋からプレゼントが飛び出し、それぞれの手元に飛んでいく。

箒ちゃんには、『雅な着物』 セシリアには、『高級ティーセット』 鈴ちゃんには、『本格中華料理器具』 ラウラには、『関の刀匠が研ぎ上げたミリタリーナイフ』 シャルロットには、『高級エプロン』

弟くんには、『これ一冊で女心丸わかり! 冬夜お兄さんの恋愛手助け本』 山田先生には、『どんなサイズの胸にも完璧対応。しかもデザインも自由に変更可能なブラジャー』 ちーちゃんには、『これで愛しの弟も貴方にメロメロ! お姉ちゃんにラブラブ香水』

そして、唯依ちゃんには──

「こ、これは……」

 

『豪華客船で最高の一時を。豪華ディナーペア招待券』

「それは、ある男の子から渡してくれとたのまれたものじゃよ。

それでは、ワシはそろそろ帰るからのう。良い子のみんな、来年まで良い子で過ごすんじゃぞ〜」

 

そう言って、サンタクロースはソリに乗って去っていく。

そして、プレゼント貰った者たちは……。

「一体、何だったんだ……。てか、冬夜兄ぃにこんなの貰うほど俺は鈍感じゃないぞ?」

「「「「「一夏は、その本よく読み込んでね!」」」」」

「し、白崎くん、私の胸がまた大きくなってきてるの知ってるんでしょうか……?」

「あの、馬鹿。こ、こんなもの貰ったところでどうしろというのだ///」

「ど、どんな、服を着ていけば……。こ、こいう時はやっぱり、ドレスでしょうか? いや、やっぱりここは……」

 

 

 

サンタの役目を終えた白崎冬夜は、自室に戻っていた。

「ふぅ……。サンタクロースのコスプレって以外と暑いな。特にヒゲが」

 

汗をぬぐいつつ、サンタの衣装を片付けながら、プレゼントを渡した時のみんなの顔を思い出して満足していた。

「ま、あれだけ嬉しそうな顔をみれたのだからオッケーだろう。さてと、唯依ちゃんが戻ってくる前にシャワーでも浴びておくか」

 

汗を流し終え部屋に戻った冬夜の目に映ったのは──

「は、ハッピークリスマス!」

 

ミニスカサンタ(唯依ちゃん)だった。

「ど、どうしたの、その格好」

「さ、サンタさんがサンタの格好をしてるのが不思議ですか?」

「いや、めちゃくちゃ似合ってるから全然オッケーです」

 

赤いミニスカートと黒ニーソから覗く絶対領域。強調された谷間。どれ一つとっても理性を崩壊させかねないレベルだ。

「こ、今年のクリスマスプレゼントは私です! さあ、どうぞ」

 

そう言って、ベッドに倒れ込む唯依ちゃん。

「マジで?」

「は、早くしてください……。私だって、恥ずかしいんです……」

「そ、それじゃあ……」

 

この後、メチャメチャ♪€#*〆^した。

 



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番外編〜ドキドキ♡バレンタイン〜

一ヶ月遅れですが、バレンタイン編の開始です


 二月某日。

 IS学園学生寮の某所で、女生徒八人がある会議を開こうとしていた。

 

「それじゃあ、『第一回ドキドキ♡バレンタイン〜私のチョコで気になる彼もメロメロ大作戦〜』の会議を開催します」

 

 司会進行役のIS学園生徒会長──更識楯無の宣言に他の七人が頷く。

 

「趣旨としては、鈍感唐変木な一夏くんに愛情たっぷりのチョコを渡して私たちの思いに気づいてもらおうって感じかな」

 

 一夏LOVER'sは楯無の発言にそれぞれ感想を漏らす。

 

「さすがの一夏さんでも、本命チョコを渡せば気づいてくださるはずですわ」

「いや、どうだろうな。私も過去何回も渡してはいるが一夏は全く気付いてくれなかったぞ」

「あたしもそんな感じだったのよね」

「一夏の鈍感ぶりはたまにわざとじゃないかなって思う時があるもんね」

「まったく。私の嫁のくせに鈍い奴だ」

「で、でも、負けたくないから……」

 

 最後の女の子が言い終わると同時に他の七人の視線が集まる。

 それに、驚き肩をすくめながら、少女が「なに……?」と不安げに尋ねると、

 

「いや、アンタはまだ未登場のキャラでしょうが」

「原作では登場済みだが、この物語ではまだだろう」

「そうですわ」

「またしても嫁の周りに女子が……」

「まあまあ、みんな。そう目くじら立てずに、ね?」

「そうそう。せっかくのバレンタインなんだから、メタいこというよりも、甘い話をしましょう。とういうことで、この中で唯一両思いの唯依ちゃんに話を聞いてみようかしら」

「わ、私ですか?」

 

 今まで、無言を貫いていた唯依はいきなり話を振られ、若干動揺してしまう。

 しかし、この中で自分だけが思い人である思い人である冬夜と気持ちが通じ合ってると思われたことに頬を緩める。

 

「まあ、冬夜は織斑くんほど鈍感ではないですから。でも、初めの方の何回かは気付いてもらえなかったんですよ?」

「あら、意外ね。真面目なくせにあなた相手だと変態になる彼のことだからてっきり初めてチョコを渡した時に一緒に食べられたのかと思ってた」

「そ、そんなこと、ありません! 私と冬夜は清い間柄なんです! 卒業して結婚するまでは、そういうことはなしって決めてるんです」

 

 今時珍しすぎるほどのお堅い貞操観念だが、大和撫子を体現した様な唯依だからこそ誰も疑問に思わず、なんとなく納得してしまう。

 

「でも、実際羨ましいよ。しっかり気持ちに気づいてくれて、ちゃんと待っててくれる男の子なんて」

「そうそう。だからアンタもアイツが時々するセクハラを許してるんでしょ?」

「許してるわけではないですが、信じてますから。それに、冬夜も健全な男子ですし、その……少しは発散させてあげないと暴走されても困りますから」

 

 それにスカートをめくられて下着を見られたり、体を視姦する様に見られるというのも冬夜ならそこまでイヤじゃないと言う唯依に、聞いといてなんだが消化不良を起こしそうになってきた一夏LOVER'sは話題を戻して、どんなチョコをあげるかを話し合う。

 そうして、お互いにどんなチョコを作るかが決まり、続いてチョコを渡す順番を決める。

 そんな、一夏LOVER'sを見ながら唯依はどんな渡し方が冬夜に一番喜んでもらえるかを考える。

 

「(冬夜は私が何をしても全力で喜ぶせいで、どんな渡し方が一番嬉しいのかわからないのが困りものですね)」

 

 冬夜にとって唯依がしてくれることの全てが全力で喜ぶことでありそれを隠す必要もないと思っているため、特別なシュチュエーションに毎年頭を悩ませている。そのくせ冬夜はどこから知るのか唯依が喜ぶ事の全てを把握しているせいで、対等な関係を良しとする唯依の心情的には複雑なものがある。

 そんな恋する乙女思想全開の唯依と一夏LOVER'sの『第一回ドキドキ♡バレンタイン〜私のチョコで気になる彼もメロメロ大作戦〜』の会議は夜明けまで続くこととなった。



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バレンタイン会議男子編

 女子たちがガールズ会議を開いているのと同時刻。

 時期的に考えて会議内容は考えるまでもなくバレンタイン関係だろうから、邪魔するわけにもいかず、唯依ちゃんがいない暇な時間を弟くんをいじって潰すことにした。

 

「ゆえに弟くん。俺たちも何かバレンタイン関係の話をしようか。内容としては弟くんが今までもらった本命チョコについて」

「いや、いきなり部屋に来たと思ったら何を言い出すんだよ……」

「異論は認めん。断じて認めん。私が法だ。黙して従え」

「誰だよ、それ」

「作者が最近ハマったゲームに出てくるコズミック変質者。そんなことより疾く話してくれる? じゃないと滅尽滅相するよ?」

「って言っても、本命チョコなんてもらったことないからなぁ」

 

 はっ!? 何言ってんのこいつ!?

 

「箒とか鈴は毎年くれてたけど、あれは幼馴染への義理チョコだろうし」

 

 それどう考えても本命チョコです。本当にありがとうございました。

 そして、死ね。世の本命チョコもらえてない男子に謝れよ、馬鹿。

 

「というか、こういう話なら冬夜兄ぃの方が適任じゃないのか? 篁さんから貰ってるんだろ、本命チョコ」

「(;_;)」

「ちょっ!? なぜ、泣く!?」

 

 悲しいかな、実は篁家を離れていたせいで数年ほど本命チョコをもらえてなんだよ。毎年、シュチュエーションを整えるのに四苦八苦してた唯依ちゃんの記憶がある分、貰えなかった数年が悲しすぎる。

 

「仲のいい子はいたけどやっぱり唯依ちゃんが一番なわけだよ」

「ふーん。でも、今年は貰えるんだろ?」

「いやあ、最近お菓子作りの本と真剣な顔して向き合ってる唯依ちゃんが愛おしすぎてヤバいわ。さらに数年ぶりになるんだけど、渡すシュチュエーションも一生懸命考えてくれてるんだぜ? こんなにされたら男冥利につきるってもんだろ」

 

 個人的にはチョコがトッピングされた裸の唯依ちゃんがベッドの上で待機っていうのもアリかと思ってるけど、唯依ちゃんの愛情がこもってるならなんでも至高のチョコになるだう。

 

「それじゃあさ、貰えるチョコについて考えないか?」

「個人的には唯依ちゃんのチョコ以外にはそれほど興味はないんだが」

「まあまあ。まず、千冬姉に箒に鈴にセシリア、ラウラにシャルだろう。あとは、篁さんとか」

「お前が唯依ちゃんのチョコ貰うのはかなり遺憾だが、唯依ちゃんは優しいから仕方ないか。あとは山田先生くらいか」

「いや、あと一人抜けてるだろ」

 

 抜けてることくらいわかってるから。あえて考えないようにしてるんだよ。

 だって、絶対アイツが大人しくしてるわけないじゃん。一波乱起こしそうなんだもん。

 

「束さんからのチョコも毎年届いてただろ? どうやって送ってきてるのかわからないけど」

「ああ。何故か軍のロッカーに入ってたり、俺の部屋にあったりしたよ」

 

 俺がいた基地って割と警備の厳しい所だったのにどうやってたんだ?

 

「さすがだな、束さん」

「個人的には面倒ごとにならないようにするのが一苦労だったよ」

 

 そんな感じで、各々貰えるチョコにいろんな思いを馳せつつ、夜は明けていった。

 



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チョコと共に告げる想い

久しぶりの投稿になってしまい申し訳ありません。
今回は唯依姫から冬夜へと想いを告げる話となります。いつもとは違う感じですが楽しんで頂ければ幸いです。


会議から一週間ほど経ちその日はやって来た。

二月一五日。

そう、バレンタインだ。この日のために入念に準備をして、チョコも納得のいくものを用意した唯依は冬夜をある場所へと呼び出していた。

 

「(今年は、冬夜と再会できた年であり沢山の出来事があった年だからこそ、私にとっても冬夜にとっても特別なものに……)」

 

唯依はその胸に冬夜への想いとチョコを抱きながら冬夜を待つ。

二月だというの鮮やかな山吹色の花が咲き誇り、彩られている公園。

この公園こそが冬夜が篁家に来る以前、まだ◯◯冬夜だった頃に唯依と出会い初めて言葉を交わした、白崎冬夜という人間と篁唯依という人間の道が交差した場所だ。

 

「(確か、最初の言葉は……)」

 

何年時間が経とうが老いて死んでしまおうがあの瞬間を忘れることなどないと絶対の自信を持っている。

 

「お待たせ、唯依ちゃん」

 

伝えた時間よりも少し早くに来てくれた冬夜は、いつもと同じく今こそが最高に幸せな瞬間なんだという顔をしている。

唯依もそんな冬夜の顔を見て、より一層胸の中の冬夜への想いが強まる。

 

「冬夜。この場所を覚えていますか?」

「勿論。唯依ちゃんと初めて出会った場所を俺が忘れるわけないだろ? この場所であったことは、死んだとしても忘れないよ」

 

冬夜もあの瞬間のことを大事に思っていると確認できた唯依は冬夜へと歩み寄る。

 

「今年は沢山のことがありましたね。まずは、冬夜に再会できました」

「そして、色んな出来事に巻き込まれた年かな」

 

冬夜の息遣いがわかる距離まで近づいた唯依は、高まっていく心拍と赤く染まった頬に恥ずかしさを感じながら、自身の気持ちを精一杯込めたチョコを渡す。

 

「あの時、この場所から私と冬夜の関係は始まりました。だから、関係を変えるのもこの場所だと私は思っています。もう私は冬夜に守ってもらうだけの子供ではないつもりです。これからは私と冬夜、同じ立場として扱って下さい。そうじゃないと私は冬夜の、そ、その……」

 

本当に伝えるべき言葉というのは重いもので、相手をどんなに想っていようがすんなりとは口から出ない。

それは、唯依も同じで『恋人と胸を張って名乗れじゃないですか』という言葉が出てこない。

そんな唯依を冬夜は優しく包み込む。

 

「焦らなくていいよ。俺はずっと待ってるから」

 

いつもこうだ。白崎冬夜は篁唯依の決断を優しさと愛情でもって鈍らせる。

だからこそ、唯依はあえて冬夜の抱擁を解く。

 

「ま、待ってください。私はまだあなたの抱擁を受けることができません」

 

深呼吸をして、鈍った決断を改めて唯依は冬夜へと想いを今度こそ告げる。

 

「私、篁唯依は白崎冬夜を愛しています。あの日あの時から私はあなたのことを思い続けています。これはそんな気持ちを少しでも表せればと思い作りました。受けってください」

 

思い告げるのと同時にチョコを手渡した唯依は、冬夜の頬へと口づけをした。

 



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