Be mine (翔和)
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第一章 沖縄編
第1話 始まり


初めまして、翔和です。初投稿なので温かい目で見守ってくださるとうれしいです。


 魔法。

 それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現実の技術となってから一世紀。

 世界中の国々が揃って〝魔法師〟の育成に邁進していた。

 それは日本も例外ではなかった。

 

 ここ、旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた村でも魔法の研究、開発、そして魔法師の育成は行われていた。

 四葉家、日本で最強の魔法師の家系の一つである。

 そこにはある兄妹と少年がいた。ある欠陥を抱えた兄である『司波 達也』、その妹である『司波 深雪』。そしてもう一人の少年『四葉 悠真』だ。

 

 そしてこれはそんな従兄弟を持つ『四葉 悠真』の物語である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 四葉本家に達也のように特異ではない普通の男子の魔法師が生まれたため、俺は四葉家の最有力次期当主候補に選ばれた。

 そして次期当主候補として幼いころから英才教育を施された。

 それは通常の教育、算数や国語のようなものもしたが、重点を置かれたのは魔法の教育だった。

 その結果他の系統魔法も一般の魔法師よりは断然使えるが、『精神干渉魔法』、『加重魔法』が一番得意ということが分かった。

 四葉家の最先端魔法教育に加え、俺自身が常に魔法を使うようにしていたため、14歳にして既に一般の魔法師の水準を大きく超えていた。そしてそれは俺と一緒に魔法を使っていた深雪も然りだ。

 

 そして俺には一つ四葉家に対して秘密にしていることがあった。

 それは達也と同じで戦略級魔法が使えるということ。誰にも話してはいないが達也にはすぐにばれてしまった。(もしかしたら本家にもばれているかもしれないが)

 その達也はと言えば深雪のガーディアンをしている。

 30年ほど前の大漢の誘拐事件以来、女性の候補者にはガーディアンがつくようになった。

 最有力次期当主候補である俺にガーディアンがつかないのはいても意味がないからである。逃げることすらできず死ぬような傷を負う相手となれば十師族や戦略級魔法師レベルである。そもそもの話だが俺に害意ある攻撃は通じない。そんな相手にガーディアンがいても文字通り肉の壁としかならないというわけだ。

 

 そして俺はガーディアンとして鍛えている達也から体術を教えてもらい偶に組手をしてもらっている。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして俺は今、達也の部屋でCADを調整して貰っている。

 明日からは司波家が家族旅行で沖縄に行くことになっている。そこに一緒に同行することになったのだ。向こうでは何が起きるかは分からないので念のためにということで特化型は兄さんに汎用型は四葉の研究所で見て貰っている。ちなみにこれはいつものことだ。

 特化型の方は四葉に知られないようにしている。

 

 「いよいよ明日からだね。達也は楽しみ?」

 

 「どうだろうな。でも悠真がいるなら退屈することはないだろ。」

 

 俺と話しながらも達也の手は休むことなく動いている。キーボードオンリーでの操作は慣れれば楽だがそれまでが難しい。自分でも同じようにすることは出来るが、これに関しては達也に任せたほうが正確だと分かっているので任すことにしている。

 

 そしてそれは三十分ほどで終えた。

 

 「相変わらず早いね。汎用型も頼もうか?」

 

 俺が冗談を交えて言うと、達也も笑った。

 

 「それは流石に怪しまれるぞ。それに速いと言ってもそれは悠真のだからで他の奴らのだったら一時間は掛かる。」

 

 「それもそうか。達也にはずっとやって貰ってるからね。」

 

 達也からCADを受け取ると立ち上がった。

 そしてそれと同時に屋敷の鐘が鳴る。夕食の時間だ。

 深雪や桜井さんも食堂に集まっているだろう。俺たちは二人を待たせないようになるべく急いで食堂に向かった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 食堂に入る前には達也はガーディアンの顔になり、俺の後ろから使用人のようについてきていた。

 深雪以外に対する激情がないとはいえ13歳でこの在り方は異常だ。

 けれどもそんなことは口に出さない。

 達也の事情を知っている俺としてはこの状況は辛いがそれでもミストレスとガーディアンの関係に首を突っ込むことは出来ない。

 達也が深雪に話すまでは我慢するしかない。

 

 「あ、来ましたね、それでは食事にしましょう。」

 

 配膳をしていた桜井さんがこちらを振り向いていった。

 机の上には4人分の食事が置かれてある。今日も深夜さんは部屋で食事をするらしい。

 上座の席には誰も座らずその向かって右側から奥に俺、達也。左側に深雪、桜井さんの順番で座った。

 

 今日の夕飯もいつも通り桜井さんの手作りだ。

 HARに任せても構わないのだが、桜井さんの作ったものの方が断然おいしいのだ。

 深雪も最近は作るようになったのだが深雪に比べるとまだまだだ。

 けれどもそれは基準になる桜井さんが上手すぎるだけであって深雪の料理も普通においしい。

 俺もたまに料理をすることがあるが昔のトラウマからあまり作らなくなった。

 

 「悠真、明日からの準備は終わったのですか?」

 

 「ほとんどは終わったよ。そう言えば桜井さんはこの後すぐに沖縄に向かうんですよね?」

 

 「えぇ、先に行って向こうの準備をしないといけないので。達也さん、悠真さん、後はお願いしますね。」

 

 桜井さんは食べ終わった食器を台所に運びながら答えた。

 お願いします、とは深夜さんと深雪のことだろう。

 食器の片づけはHARに任せ、4人はそれぞれ食堂を出て部屋に戻った。

 

 

 

 



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第2話 沖縄初日

 那覇空港に無事到着し達也と合流した俺たちは新しい別荘に向かった。

 久々の家族旅行、俺はおまけだがあの男は参加していないらしい。

 愛をお金で買えると思っているのかこの新しい別荘だけを深夜さんの為に買ったのだ。

 

 「いらっしゃいませ、奥様。悠真君、深雪さん、達也君も良く来たわね。」

 

 別荘に着くといろいろと準備するために一日早く来ていた桜井さんが出迎えてくれた。

 そして深雪が散歩に行くと言い出したので俺と達也も一緒に散歩に出た。

 達也はガーディアンとして深雪の後ろを離れて歩き、俺は深雪の横を並んで歩いた。

 

 深雪もそうだがこの日焼けしない体はよく目立つと思う。

 深雪は出かける前に日焼け止めを塗って貰っていたので今は日差しを気にせず風を感じている。

 

 空港から別荘に行く間もそうだったが深雪は達也を意識してきている。

 今も考えないようにしていたのに考えてしまったのだろう。足元に視線を固定したまま少し早歩きになっていた。

 

 前から来ている男に気づいた俺が深雪を止めるように動くより早く達也が動いた。

 達也に腕を引かれ、後ろへ倒れこみそうになった深雪にその前から来た男はぶつかった。

 達也のように深雪だけに強い想いを持っているわけではないが、それでも男たちに対して腹が立った。

 深雪は恐怖からか動けそうになかったが達也が深雪と男たちの間に立ったので俺は深雪の腕を掴み下がらせた。

 

 「大丈夫?」

 

 深雪に声をかけるが呆然としているので耳には届いてないのだろう。

 

 「達也、こっちは大丈夫だから俺の分もお願い。」

 

 達也はそれに答えることなく走って向かってきた男の拳を両手で受け止めた。

 そして、本気になった大男は腕を引いて左右の拳を胸の前に構えた。

 そこからは早かった。

 男が拳を繰り出す前に達也の拳が男の胸を突き、男は崩れ落ちた。

 後ろにいた二人の男も立ち竦んだまま動かない。

 達也はこちらを振り返ると俺たちを帰るように促した。

 

 別荘に帰ると桜井さんが心配していたが俺や達也がいたということもありすぐに安心したような表情になった。

 深雪は何かを言おうとしたが達也が部屋に帰っていくのを見て少し泣きそうだった。

 シャワーに行ったのはそのためだろう。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その晩にはパーティーに呼ばれた。

 深雪は不機嫌であまり行きたくなさそうだったが、それでも断れない相手なので行くしかない。

 

 パーティー会場に着くと達也は壁際で待機し俺と深雪だけが中に進んだ。

 

 「よく来てくれたね、悠真君、深雪ちゃんも。」

 

 「ご無沙汰しております、叔父上。」

 

 「本日はお招きいただきありがとうございます。」

 

 出迎えてくれた黒羽家当主である黒羽 貢に挨拶をして勧められるままに奥に入った。

 奥では当然子供である亜夜子と文弥が待っていた。

 

 「亜夜子さん、文弥くん、二人ともお元気?」

 

 俺たちは二人に挨拶をして叔父上の子供自慢を聞いた。

 少しすると文弥がソワソワしだして深雪に達也のことを聞き始めた。

 

 叔父上は良くも悪くも四葉の人間だ。

 達也を当然のように使用人として扱うが彼の子供はまだそのようには振る舞えなかった。

 

 深雪から達也の居場所を聞き出した二人はそのまま走っていってしまった。

 そして叔父上はと言えば苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

 叔父上が歩きだしたので俺と深雪もその後に続いた。

 

 「こらこら、文弥、亜夜子。達也君の仕事の邪魔をしてはいけないよ。」

 

 完璧な作り笑いで言う叔父上に文弥と亜夜子は黒羽のパーティーだから大丈夫だと言った。

 叔父上は自分の子供が道具に好意を向けるのが許せないのだ。

 俺が四葉の最有力次期当主候補とは言え、文弥が当主候補であることには変わりがない。

 

 叔父上が困り顔になっている所に思わぬ助け舟が入った。

 

 「黒羽さん、外を見回ってきますので中をお願いしてもよろしいですか。」

 

 「おぉ、構わんとも。行ってきてくれたまえ。」

 

 大袈裟に驚いて見せて、殊更に兄さんを称賛した。

 けれどもそれに反対の声が上がった。

 

 「僕たち明日には静岡に帰るんです。だからたくさんお話しようと思っていたのに。」

 

 「達也さん、文弥もこう言っていますのですぐに帰ってきてくださいね。」

 

 「分かった。一回りしたら戻ってくるよ。」

 

 そして俺と深雪に顔を向けた。

 

 「ではお嬢様、行って参りますので。悠真様も。」

 

 「あぁ。」

 

 軽く頷くと達也は頭を下げ外回りを見に行った。

 坊ちゃんと呼ばれるのは嫌だったので、人目があるところでは様をつけて呼んでもらうようにしている。

 

 「二人も悠真君や達也君のように落ち着いてくれたらいいのだが。・・・すまない、今のは忘れてくれ。」

 

 思わず漏れたその言葉に目を見開いた。

 この人が達也のことを口にしたこともそうだが、俺と同列に並べて褒めたこと自体が奇跡に近かった。

 忘れて欲しかったようなので聞き取れなかったことにした。

 

 「何か仰いましたか、叔父上?」

 

 「いや、何でもないよ。」

 

 フッと笑う叔父上。

 俺は達也が戻ってくるのを楽しみにしている二人と話す深雪を見ていた。

 

 

 

 



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第3話 襲撃

 パーティーの次の日、朝起きて準備をして裏庭に行った。

 そこには既に達也がいて体術の型をしていた。

 そして俺が来たことに気づいた達也は動きを止めて振り返った。

 

 「早いね・・・深雪はまだ起きてないのに。」

 

 「これは日課だからな。それに日頃の習慣はどうにもならないよ。」

 

 話をしながら軽く準備運動をした。

 そしてある程度準備ができたところで達也との組手を始めた。

 暫くすると深雪が見ていることに気づいた。それと同時に達也も動きを止めたので組手は終了だ。

 乱れた息を整えているとカーテンがしまる音がした。

 

 「深雪も素直になればいいのに。」

 

 ポツリと漏らした声は聞こえなかったのか、達也は不思議そうな顔をしていた。

 

 「何でもないよ。」

 

 自分の気持ちに気づいていない深雪も、それに気づいてない達也も見ている側からしたら分かりやすいけれど二人の問題なので今はどうにでもできない。

 けれどもこの旅行中に何かしらの変化があればいいのにと思う。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 朝食はいつも通り桜井さんが用意してくれた。

 他ならぬ桜井さん自身が「自動機器で調理されたものは味気ない」という人だから特に事情がない限りは桜井さんの手作りだ。

 

 「今日のご予定は決めていらっしゃいますか?」

 

 食後の紅茶を飲んでいるときに桜井さんが尋ねた。

 それに対して深夜さんが日が傾いてからセーリングをと言ったので4時からの予定は決まった。

 そして予定がないならばビーチに行けば良いという桜井さんのアイデアで俺たちの午前中の予定が決まった。

 桜井さんに連れられ深雪が出ていくとき微かに達也が笑った。

 

 濡れてもい服に着替え、さっそくビーチにやってきた。

 達也は早速深雪のためにシートとパラソルを用意し、そのシートの上に深雪がうつ伏せに寝っ転がった。

 達也はその横に座り込んだので俺は達也の横に座って持ってきていた本を読み始めた。

 

 暫くして達也が動いたと思ったので見たら、達也は深雪にチュニックをかけてあげていた。

 そこで安心したのか深雪が寝たのを確認して、俺は口をひらいた。

 

 「優しいな、深雪には。」

 

 達也は何も答えなかった。

 返事を期待していたわけではなかったのでそのままにしていると喧噪が近づいてきた。

 

 「どうする?」

 

 深雪を起こして逃げるか、さっさとこの喧嘩を終わらせるか、そう言う意味で聞くと達也は立ち上がった。

 その意図をくみ取り深雪の周りに硬化魔法で壁を作り外の音が届かないようにした。

 

 そうしている間にも近くにいる人たちは片付けを終わらせ逃げていった。

 達也の横に出ると騒がしい連中を片付けるために動き始めた。

 

 暫くすると相手が逃げ出していき、辺りは静まり返った。

 かなり騒がしかったが深雪が起きた気配はないので良しとする。

 魔法を解いて最初にいた場所に何事もなかったかのように座り本を読み始めると深雪が目を覚ました。

 

 深雪は特に何かに気づくことなく波打ち際に行った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 別荘に帰りお昼を食べ、達也の部屋にいると桜井さんが入ってきた。

 

 「達也君も悠真君もどうして怪我をしているのですか。」

 

 いきなりだったため何のことかと思えば先ほどのビーチでの件だった。怪我をして放っておいたのがばれたのだ。

 達也の後ろから来る相手を数人相手にしただけなので俺自身はそこまで酷い怪我を負っていないから放っておいたのだが、達也のはひどいらしい。

 

 「深雪さんの為とはいえ、他人の喧嘩に巻き込まれる必要なんてなかったんです。」

 

 「反省します。」

 

 「本当に、反省してくださいよ。融通を効かせることも覚えてください。」

 

 桜井さんは肩を落とし溜息を吐いて、踵を返した。

 そして部屋から出る直前に立ち止りこちらを見た。

 

 「悠真君も、そこまで酷い怪我ではありませんが、体は大切にしてください。」

 

 「はい。」

 

 今回は心配かけたと思ったので素直に返事をした。

 桜井さんはまた溜息を吐き、今度こそ部屋から出ていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 桜井さんが用意したクルーザーは6人乗りの電動モーター付き帆走船だった。

 俺たち5人と舵を取る人でちょうど定員だ。

 奥から順に達也、深雪、俺。

 その向かい側の深雪の前に深夜さん、そしてその横に桜井さんの順で座っている。

 

 まもなくしてクルーザーは出発した。

 東の海上に低気圧があるが台風になる心配はないということだった。

 穏やかな海で気持ちのいい風を楽しんでいたが、そんな時間はすぐに終わりを迎えた。

 

 通信機器が不調を訴え、沖の方からは潜水艦が近づいてきているようだ。

 

 「――――魚雷が接近しています。お嬢様、前へ。悠真様は、」

 

 「一つ捕獲する。」

 

 CADを構え目標がいる辺りを見る。

 まずは振動系減速魔法、凍炎(フレイム・フリーズ)で魚雷の推進装置を黙らせる。

 そして領域魔法、減速領域(ディセラレイション・ゾーン)で減速させた。

 これで漸く魚雷は動きを止めた。

 こうしている間に達也はもう一つの魚雷を分解して沈めていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 捕まえた魚雷を持って帰り、一休みしていたところ国防軍の風間(かざま)玄信(はるのぶ)大尉が事情聴取に来た。

 ほとんどの質問は桜井さんが答えていたが、こちらを疑うような質問に桜井さんもイラついてきていた。

 

 「――――君たちも何か気づいたこと無かったか。」

 

 刺々しい雰囲気を和らげるためか、風間大尉は俺たちに話を聞いてきた。

 それに対して達也が目的の推測と魚雷の種類を答えた。

 そして予想通りそれに対しての根拠を聞いてきた。

 

 「風間大尉、その根拠となるものをお持ちしますので少し待っていただけますか。」

 

 風間大尉に対して席を離れる許可を取り、部屋に置いてある魚雷を取りに行った。

 そして部屋から帰ってきても話が進んでいる訳はなく、重い空気の中先ほど手に入れた魚雷を渡した。

 それによって達也が言ったことが正しいと分かり、大尉は立ち上がり敬礼した。

 

 「本日はありがとうございました。ご協力、感謝します。」

 

 大尉の見送りは俺と達也と深雪の3人でやった。

 昨日の大男、「レフト・ブラッド」の一人である桧垣ジョセフ上等兵の謝罪を達也は受け入れた。

 

 「司波達也君と悠真君、だったか?自分は恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非、基地を訪ねてくれ。きっと、興味を持ってくれると思う。」

 

 風間大尉はそう言い残して、車に乗り込み去っていった。

 

 

 

 



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第4話 恩納基地

 

 今日の予定は深夜さんと桜井さんが琉球舞踊公演に行き達也と悠真、そして深雪が恩納基地の見学に行くことになった。

 第三者の前では普通の兄妹のように振る舞うことを言われ達也と深雪は動揺していた。

 悠真は基本いつも通り他人に対しては達也たちと兄弟のように接していたので特に驚かなかった。

 

 空軍基地に着くと防衛陸軍兵器開発部の真田と言う人が出迎えてくれた。

 達也は自己紹介を聞いて驚いていた。

 陸軍だということ、階級が中尉ということにだ。

 もちろんそのことについては達也と同様に驚いたが、普段から隙につながらないようにとこういう場面ではポーカーフェイスを心掛けているので顔には出ていないはずだ。

 

 「その理由は本官の専門が少々特殊で人材が不足しているからですよ。案内を下士官に任せなかったのは・・・・・・君たちに期待しているからですね。」

 

 真田中尉は人好きのする笑みを浮かべたがそれは達也にとっても悠真にとっても身構えるものだった。

 

 そして案内されたのは天井の高い体育館のような場所だった。

 ビル五階建てくらいありそうな高さの天井からロープを上っては飛び降りるを繰り返す。

 建物の中では風間大尉が待っていた。

 風間大尉は悠真たちに軍に興味があるかを聞いてきたが達也が問題ない程度に答えた。

 そしていくつかの話をしているうちにロープのぼりに参加してはどうかという話しになり達也が断ったので俺がやらせてもらうことにした。

 達也ほどではないとはいえこれでも鍛えている方だ。

 魔法に関してはここにいる誰よりも出来る自信がある。

 

 一つのロープの前に立ち手の力で昇り始めた。

 そしてのぼりきるとロープから手を離し加速系減速魔法を使い床に降りる寸前で重力操作魔法を使い自分にかかる重力を軽くして床に静かに降り立った。

 

 先ほどまでざわめきがあったはずなのにどうしたんだろうと周りを見渡すと何故かみんなこっちを見ていて、次の瞬間には五月蠅いほどの拍手と歓声が上がった。

 悠真が意味が分からず呆けていると真田さんが説明してくれた。

 

 「君が一発目から何の躊躇いもなしに飛び降りたことと君の魔法が綺麗だったからだよ。」

 

 普段の一、二割程度の力しか出していないので褒められる理由は分からなかった。

 歓声が終わるのと同時にロープの訓練は終わり、次は組手の訓練になった。

 

 深雪の顔には退屈だというのが出ていてそれに気づいた達也は組手に参加することにした。

 達也は立て続けに三人を相手にしたが疲れている様子はなかった。

 最後の相手は魔法も使っていたが術式解体(グラム・デモリッション)で相手の魔法式を打ちこわし相手の力を利用して相手を投げ飛ばした。

 

 そのあと対戦相手であった桧垣ジョセフ上等兵と達也は親しくなった。

 そして風間大尉に誘われるまま5人でコーヒーブレイクになった。

 話は達也の無系統魔法からCADの話になり達也は真田さんが作ったCADを試さないかと誘われていた。

 

 案内された部屋に行くと達也は真田さんの話を聞いて分かりにくいが楽しそうにCADを見ていた。

 そんな達也を見てか深雪の身体が震え、体調が悪いと言うので椅子に腰を下ろしたところで悠真は深雪の傍によって深雪だけに聞こえる声で言う。

 

 「安心して、深雪。達也は深雪のことしか見えてないから。心配する必要は何処にもないよ。」

 

 「悠真兄さん?」

 

 きっと今の深雪には意味は分からないだろうけれど、それでも少しでも安心してほしいと声をかけた。

 

 それから達也は真田さんから二丁の拳銃型CADを貰い、俺たちは帰宅した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 初日から波乱万丈だったこの旅行も4日目には落ち着きを取り戻した。

 それからの二日間は桜井さんが見つけてくれた珍しい紙の魔法書を読んだり、魔法の練習をしたり、達也が真田さんから貰ったCADを弄るのを見に行ったりした。

 普段から調整をしてもらっているので達也がCADを弄れるのは分かっていたが何回見てもすごいと思う。

 

 自分の部屋で休んでいると隣の達也の部屋から深雪の大きな声が聞こえた。

 深雪が自分の部屋に戻ったのを確認して達也の部屋に行くと扉は開いていて達也は静かに扉を見ていた。

 

 「どうした?深雪の声が聞こえたけれど。」

 

 「・・・深雪、と呼んでほしいと言われただけだ。」

 

 「そう、良かったね。」

 

 達也の言葉に驚いたけれども安心もした。

 深雪が達也のことを見るようになり、もしかしたらもうすぐ深雪も達也のことを知るようになるのかもしれない。

 そうなればこれまでとは違う仲のいい兄妹になれるかもしれない。

 そんな希望が生まれた気がした。

 

 

 



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第5話 シェルター

 

 沖縄旅行7日目。

 突如、全ての情報機器から警報が鳴り始めた。

 警報の発信元は国防軍、つまり外国からの攻撃ということだ。

 桜井さんも焦りを隠せず、深夜さんも緊張している。深雪は現実味がないのか落ち着いている。

 

 「奥様、恩納空軍基地の風間大尉より、基地内のシェルターに避難してはどうか、とのお申し出でを頂きました。」

 

 その言葉に深雪が驚きの声を上げた。

 そしてその後すぐに桜井さんが深夜さんに電話を渡した。

 相手は四葉家当主であり深夜さんの双子の妹である四葉真夜、悠真の母その人である。

 深夜さんはしばらく話した後、こちらに電話を渡してきた。

 

 「悠真さん、真夜があなたに話があるらしいわ。」

 

 深夜さんから受け取り電話に出る。

 

 「お久しぶりです、母さん。」

 

 『えぇ、お久しぶり。・・・基地のシェルターに避難することになりました。悠真さん、姉さんを宜しく。それと皆無事に帰ってくるのよ。』

 

 「分かっています。・・・では、失礼します。」

 

 電話が切れると桜井さんに渡した。

 深夜さんからどうするかは聞いたらしく皆はすでに準備をしていた。

 外に出るとこないだ知り合った国防軍のジョセフ上等兵が待っていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 軍のシェルターに案内されて暫くしてから何か嫌なものを感じた。

 それとほぼ同時に達也と桜井さんが立ち上がり扉の方を見た。

 

 「桜井さんも聞こえましたか。」

 

 「じゃあ、やっぱり銃声・・・・!」

 

 「それも拳銃ではなく、フルオートの、おそらくアサルトライフルです。」

 

 達也と桜井さんは警戒を強め、魔法が使えるかどうかを確かめていた。

 悠真は深夜さんと深雪を守るために深雪を深夜さんの近くに連れてきた。

 そして自分自身でも部屋の中では魔法が使えることを確認していると不意に、知らない男が声をかけてきた。

 男は魔法師なら人間に奉仕するのが当然の義務だと言い出し、しまいにはその為に作られた『もの』などと魔法師に向かって暴言を吐き出した。

 桜井さんも反論し、達也も追い詰めるように事実を述べていたがそれを収集したのは深夜さんだった。

 深夜さんは達也に向かって外を見てくるように命令したが、達也は離れていては深雪を守れないと難色を示した。

 その時に深雪のことを『深雪』と呼び深夜さんの怒りに触れた。

 やっぱり仲の良い兄妹になるのは難しいのかもしれない。

 

 達也が外に出て暫くすると銃声と共にいくつかの足音が近づいてきた。

 

 「失礼します!空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

 ドアの向こうから届いた声は味方を示すものだが嫌な感じは強まるばかりでなくならない。

 深雪と桜井さんは明らかに安心した気配だが、全く安心できない。

 開かれたドアの向こうにいたのは「レフト・ブラッド」の若い兵士四人だった。

 

 「皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきてください。」

 

 予想されたセリフだがマシンガンを抱えているからか、直感からか信用は出来ない。

 桜井さんも達也が外に出ているからと言ったが、彼らは難色を示した。

 

 「では、あちらの方々だけ連れて行ってくださいな。息子を見捨てていくわけには参りませんので。」

 

 四葉家を知らない者にとっては息子を思う良い親だが、知っている者がこの言葉を鵜呑みにするわけがない。

 四人の兵隊さんたちは険しい表情で顔を見合わせ小声で相談を始めた。

 

 「達也君でしたら合流するのも難しくはないと思いますが?」

 

 その隙に桜井さんが小声で深夜さんに話しかけた。

 それに対して深夜さんは達也を心配したのではなく、あの人らを信用できないという直感だと答えた。

 

 「同意見です。あの人たちが来てから嫌な気配が強まったので。」

 

 そう言うと深雪も桜井さんも再び緊張感を出した。

 四人が話し合いを終えたのはちょうどその時だった。

 

 「・・・お連れの方は責任を持って我々がご案内しますので、ご一緒について来てください。」

 

 無理やりにでも連れて行こうという気配が強まった。

 けれどもそんなときに横から一等兵を呼ぶ声が上がった。

 桧垣上等兵だ。

 一等兵は声のした方に向かってマシンガンを発射した。

 これで決まりった。この場にいる軍は敵だ。

 一等兵の仲間が室内に銃口を向ける。

 桜井さんが起動式を展開しようとしたが、頭の中でガラスを引っ掻いたような「騒音」が魔法式の構築を妨害する。

 四人の内の一人がアンティナイトによるキャスト・ジャミングをしていた。

 鋭敏すぎるサイオン感受性を持っている深夜さんは、若い頃の無理も祟ってサイオン波に対する抵抗力が低下している。

 キャスト・ジャミングを止めようと魔法式を構築しようとするが上手くいかず、そうこうしているうちに銃撃の音が止むと共にキャスト・ジャミングのサイオン波も弱まった。

 その隙に姉さんが精神凍結魔法「コキュートス」をアンティナイトをはめた兵士に向かって実行した。

 その相手は動きを止めたがマシンガンが全て止まったわけではない。

 振動系減速魔法凍炎(フレイム・フリーズ)で火薬を使う銃火器の使用を不可にして次に重力操作魔法をマシンガンの左右に仕掛け銃口を折った。

 ここまでの工程を一気にやって漸く一息つけた。

 

 そんな中でマシンガンが使えないと判断した一人が持っていたナイフを手に握り深雪に向かって走ってきた。

 油断していたため咄嗟に魔法が使えず深雪の前に出るしかなかった。

 刺された場所が熱を持ち痛む。

 目がかすんでいく中で、桜井さんが男を取り押さえたのだけは確認できた。

 意識を失う最後深雪が達也を呼ぶのが聞こえた気がした。

 

 

 

 



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第6話 再生

 

 

 「お兄様!」

 

 駆け込んできた達也の前には悠真が倒れていた。

 悠真の傍では深雪が泣いていた。

 

 「お兄様!悠真兄さんが!!」

 

 「っ!」

 

 達也は左手のCADを悠真に向けると引き金を引く。

 それと同時に達也に痛みが襲うが、達也はそれを気にすることなく続ける。

 悠真の身体からナイフで刺された傷が消え刺される前と同じ状態に戻った。いや、刺されたこと自体が無かったことになった。

 

 「悠真兄さん!!」

 

 何度も何度も呼びかける。

 

 「・・・深雪。」

 

 体を起こして自分の状態を見た。

 そしてこちらを見ている達也がいて全てを理解した。

 

 「・・・ごめん、達也。・・・ごめん。」

 

 魔法を使わせてしまったことそれ自体に罪悪感が生まれた。

 まず助けて貰って感謝するべきなのに罪悪感が大きくて言葉が出てこない。

 

 「謝らなくていい。悠真が無事でよかった。それに深雪を助けてくれてありがとう。」

 

 達也が悠真に手を差し出し、立たせる。

 深雪にしか向いていないはずの感情が少しだけでも家族ではない自分に向いていたことが嬉しかった。

 

 「すまない。反逆者を出してしまったのはこちらの落ち度だ。望むことがあれば何なりと言ってくれ。でき得る限りの便宜を図らせてもらう。」

 

 達也は風間大尉と向き合っていた。

 反乱兵のターゲットはここにいた一般人の男の人でそれ以外は人質にするつもりだったらしい。

 達也は今の状況を聞き、深夜さんと深雪、桜井さんそれに悠真を安全な場所に保護するように頼んだ。

 

 「達也、俺も出る。」

 

 達也は俺の目を見て肩を落とした。

 

 「では3人の保護とアーマースーツと歩兵装備を二式貸してください。」

 

 「・・・何故だ。」

 

 「彼らは深雪と悠真に手を出しました。その報いを受けさせなければいけません。」

 

 「・・・大切な物を奪おうとした。それを許せるほど俺は大人じゃない。」

 

 達也の瞳には激怒と言うのも生温い、蒼白の業火が荒れ狂っていた。

 家族と言う大切な物が奪われる、それは想像するだけでも怖かった。

 それならば奪われる前に奪ってしまえばいい。

 大切な物を守るためならば他のいくつもの命を奪っても構わない。

 それが四葉の次期当主として育てられるうちに身に着けた考えだった。

 

 「非戦闘員や投降者の虐殺などを認めるわけにはいかないが、そんなつもりはないのだろう?」

 

 「投降の暇などあたえるつもりはありません。」

 

 達也の言葉に静かに頷く。

 

 「司波達也君、悠真君。君たちを、我々の戦列に加えよう。」

 

 「軍の指揮に従うつもりはありませんが、侵攻軍と言う敵が同じで殲滅と言う目的が同じであるならば肩を並べて戦いましょう。」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 廊下に出て暫くすると後ろから追いかけてきた姉さんに呼びとめられた。

 

 「お兄様、悠真兄さん!!」

 

 悠真たちは足を止め真田さんたちに言ってから深雪の方に振り返った。

 

 「深雪、どうした?」

 

 「・・・い、行かないでください。お兄様や悠真兄さんがそんな危険を冒す必要はないと思います。」

 

 深雪の顔には言い切ったことへの安堵が浮かんでいる。

 達也が首を横に振るっとは考えていないのだろう。

 

 「確かに必要はない。が、俺は、お前に手を向けられた報復に行くんだ。自分の感情の為に。」

 

 「家族を守るのは俺の役目だよ。俺は結局、四葉だから。」

 

 家族を守るための力の使い方しか知らない。

 達也も守るから安心して、と深雪の頭を撫でて深雪から離れた。

 その後は達也が言った、本当に大切に思える者と言う言葉に深雪が気付き、達也は深夜さんに聞くように言った。

 

 「大丈夫、俺を本当に意味で傷つけることが出来るのは悠真ぐらいだ。悠真以外には存在しない。」

 

 「達也が俺に敵意を向けない限りそんなことは起こりえないから、安心して。」

 

 深雪が不安そうに見てきたので苦笑しながらそう答えるのと同時に達也が安心させるように深雪の頭を撫でた。

 そして悠真たちは後ろを振り返ることなく戦場へと足を進めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 戦場へと赴いた二人はここにいる誰よりも戦果を挙げていた。

 

 達也が右手を向けると、そのものは跡形もなく消え去り、左手を向けられたものは怪我がなかったかのように立ち上がり戦いだす。

 

 そして悠真はと言えば、敵味方溢れる戦場を散歩をするようにゆっくりと歩いていた。

 周りに敵がいないわけではない。

 悠真に気づいた者もいれば攻撃しているものもいるが届かないのだ。

 銃弾は届く前に方向をかえ地面に着弾し、爆弾や敵兵は何かに押しつぶされたように潰れていく。

 それは戦車や戦艦であっても同じである。

 これは加重魔法で対象にかかる重力を上げるのと同時に下からもそれに反発する力を加えているのである。

 そして悠真自身が生まれ持った固有の魔法から悠真は空間完全把握能力を持っていた。

 重力が働くのは質量があれば時間と空間が曲がるため、その歪みを読みとっているのである。

 それに加え〔鷹の眼(ホーク・アイ)〕を使い島全体を見ていた。

 それらによって座標を指定しているので死角がない。

 悠真の一定範囲には既に敵兵はいなかった。

 

 そしてあらかた片が付いてきた頃、今までよりも強い悪意を感じた。

 急いでそれを確認するように〔鷹の眼(ホーク・アイ)〕で見てみたが異変はない。

 島の外と言う可能性もあるので範囲を海上へと広げていくといくつかの敵艦隊が見えた。

 それに気づいてからの悠真の対応は早かった。

 一人戦線を離れ、敵を迎撃しやすい場所に走って向かう。

 〔鷹の眼(ホーク・アイ)〕の使用による情報量は膨大だ。

 それを魔法を使うことで難なく処理していた。

 

 系統外精神干渉魔法〔神速〕

 

 これもまた悠真だけの魔法である。

 この魔法を使うことによって思考や無意識領域にある魔法演算領域の処理速度を桁外れにあげることが出来る。

 けれども使いすぎると負荷が大きいのであまり使わないようにしている。

 

 

 

 



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第7話 戦場

 

 辿り着いたのは敵が橋頭堡に選んだ場所であり、最後に敵が交戦した地点だ。

 敵艦隊がいるであろう方をみて距離を確かめる。

 そして今まで使っていたCADとは別の特化型CADを取り出し敵艦に向けた。

 照準を合わせ引き金を引こうとしたところで呼び止められた。

 

 「悠真!!」

 

 その声は意外にも大きく驚き、安堵した。

 自分に対してそこまで強く思っていってくれたことに驚き、達也がここにいるということに安堵した。

 振り返って達也を見ると以前基地で真田さんに見せて貰っていた術式組込型の武装デバイスを手にしていた。

 

 「・・・達也、あの魔法を使うのか。」

 

 達也があれをするならば自分がやる必要はない。

 もしもの時は使うしかないができ得る限りは隠し通したい。

 達也はそれを知っているから止めたのだろう。

 

 「あぁ、だから、悠真は基地に、「戻らないよ。」・・・」

 

 言葉をかぶせられた達也は口を閉じた。

 

 「あれをやるならその間無防備になる。・・・だからその間敵の攻撃をすべて俺が防ぐ。言ったよね、家族を守るのは俺の役目だって。」

 

 ここには覚悟をしてきたのだ。

 今まで秘密にしてきた力を使ってでも大切な物を守ろうと。

 その覚悟が伝わったのか達也は取り敢えず納得してくれた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 達也は現在試し打ちをしている。

 飛距離は20キロというところだ。

 そこまで相手が来るのを待つとなるとこちらも相手の射程距離範囲内に入ってしまう。

 

 「悠真、大丈夫か?」

 

 「大丈夫、俺を誰だと思ってるの。四葉悠真だよ。」

 

 茶化すように四葉を強調して言えば達也も笑ってくれたが流石に敵艦が近づいてきている中でこれ以上の無駄話は出来なかった。

 敵艦が射程範囲内に入ったからだ。

 達也は仮想領域魔法を発動し、続けて4回、引き金を引いた。

 

 

 敵艦は既に試射を済ませている。

 次にこちらに向かって来るのは弾道を修正した砲撃だ。

 達也の射撃より低い弾道で打ち込まれた爆弾は、達也の銃弾が届くより早くこちらに届く。

 

 先ほどまで降ろしていたCADを構え、魔法式を構築し、引き金を引く。

 

 減速魔法・重力操作魔法〔落葉〕

 

 対象となったものは負の方向に加速することで減速し何十倍にもなった重力に従って落ちる。

 そしてそれは海へと落下した。

 

 その魔法を数キロメートル先で次々に発動しているのだ。

 けれども数が数なのでいくつかはそこを潜り抜け迫ってきた。

 

 「〔幻衝(ファントム・ブロウ)〕」

 

 別のCADを取り出す時間が無かったので〔神速〕を使い処理速度を速め発動した。

 威力自体はそこまで高くないが、その無形の衝撃波が当たった爆弾はその場で爆発した。

 100メートル先での爆発の爆風と金属の欠片がこちらに届く。

 他の爆弾も処理しなければいけないので爆風までは防げない。

 古式魔法師と魔工師の二人は対物干渉力はそこまで高くないだろう。

 ・・・どうしようか。

 

 「援護します。」

 

 そんな風に悩んでいるときに予想もしてなかった人が来た。

 この場面にてこんなに安心できる人は他にいないだろう。

 

 「桜井さん、このまま障壁をお願いしてもいいですか?俺は今まで通り爆弾の処理をします。」

 

 「分かりました。・・・無理はしないでくださいね。」

 

 「はい。桜井さんもですよ。俺が守るべき家族の一人なんですから。」

 

 爆弾を処理しながら笑って答えた。

 少しでも安心して無茶をしないように。

 それからも何回かは爆風や金属が飛んだが桜井さんはそれらを全て防いでくれた。

 障壁はまったく揺らぐことがなかった。

 さすがは桜井さんだ。

 そして漸く終わりの時が来た。

 

 「―――――〔質量爆散(マテリアル・バースト)〕」

 

 銃弾がエネルギーに分解され、水平線の向こうに閃光が生じた。

 西の水平線が眩く輝き、爆音が轟く。

 誘爆する間もなく、全ての燃料と爆薬が一斉に爆ぜた。

 そして砲撃が途絶え、不気味な音が響く。

 

 「津波だ!退避!」

 

 風間さんが叫ぶのと同時に真田さんが桜井さんが乗ってきたバイクに跨った。

 タンデムシートには達也が乗っている。

 俺と桜井さんは飛ぶように駆ける風間さんの横を走っていた。

 

 「風間さん、桜井さんを連れて先に行ってください。」

 

 「悠真君はどうするつもりだ。」

 

 「津波を止めます。その後追いかけますので。」

 

 言うが勝ちとばかりに返事を聞かずに来た道を少し戻った。

 後ろからはバイクが走る音がするのできっと桜井さんも行ってくれたはずだ。

 そして前から来る津波を見て振動系広域減速魔法〔ニブルヘイム〕を発動した。

 白い冷気の霧が周囲に広がり、海を波ごと凍らせた。

 

 次に加速と移動魔法を使い、今でき得る限り最速で走った。

 それまでに魔法を使いすぎたのと〔神速〕を使って全力で走り帰ったためその後倒れてしまい、後日、桜井さんによる説教があったのは言うまでもない。

 

 

 

 



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第8話 訪問

 

 

 あの戦いの後の沖縄での6日間は平穏無事の一言に尽きた。

 深雪は深夜さんから全てを聞き、達也のことを普通の兄妹以上に慕うようになった。

 深夜さんもそのことに関して特に言ってくることもなく普通に過ごしていた。

 唯一あったことと言えば、桜井さんの説教を受けたことぐらいだろう。

 でも、まぁ、帰ってきた瞬間に倒れ2日間も眠っていたのだから仕方がないとも思う。

 

 そして沖縄から帰ってきた今はと言えば、実家、四葉本家に戻り真夜のもとを訪れていた。

 

 「ただいま、母さん。お元気そうでなにより。」

 

 「悠真さんこそ。貴方が倒れたと聞いた時はどうしてやろうかと思ったわ。」

 

 この言い方は相手にではなく悠真にだろう。

 普通なら怪我をする原因となった相手だろうが、直前にした無事に全員で帰ってくるという約束をした以上、その言葉が意味するのは、約束したのに怪我なんてしてどうしてやろうか、というところだろう。

 その言葉に少し顔を引きつらせ苦笑を漏らす。

 

 「すみません。ですが全員無事に帰ってきたので勘弁してください。」

 

 「ふふ、どうしようかしら。」

 

 楽しそうに真夜は笑う。

 でも本当に勘弁してほしい。

 全員無事に帰ってくるという約束はきちんと守っているのだから。

 

 「冗談よ。ところで達也さんのこと何か分かったかしら?」

 

 「達也に残っている兄妹愛は姉さんだけだと思ってましたが、俺や他の人にも少しは向けられるらしいです。」

 

 「そうなの。良かったわね、悠真さん。」

 

 まるで自分のことのように嬉しそうに真夜は笑う。

 

 「ところで母さん。今日の本題は何ですか?」

 

 「えぇ、そうね。―――」

 

 真夜さんが話し始めようとしたところで扉がノックされ、葉山さんが入ってきた。

 

 「奥様、悠真様、お客様がおいでです。お連れしてもよろしいですか。」

 

 「えぇ、構わないわ。」

 

 葉山さんはお辞儀をすると部屋を出ていった。

 お客さんなら席を外すのが普通だが、先に来ているところに真夜が呼び入れたのだから同席しても問題はない相手なのだろう。

 

 「話はお客さんが来てからするわ。」

 

 真夜がこう言うということは今から来るのは悠真が知っている、または関わりのある人の可能性が高い。

 その上でこれからの四葉に利を齎す人ということか。

 誰だろうかと考えているうちに、再びノックの音が聞こえた。

 扉の方を見ると先ほどの執事、葉山さんが扉を開けており、その扉からは沖縄でお世話になった風間大尉が入ってきた。

 

 「ようこそお越しくださいました、風間少佐。」

 

 「本日はお時間を頂きありがとうございます。」

 

 形通りのあいさつをしてソファーに腰を下ろした。

 悠真たちの前にはそれぞれ白磁のティーカップが置かれる。

 

 「早速ですが、先日の沖縄での一件から新しく独立魔装大隊が作られました。そしてそこに司波達也君と悠真君を特尉として入って貰いたいと思い本日は訪れました。」

 

 沖縄にいたころから達也は気に入られていたのでその可能性は考えていたが、自分にも来るとは思っていなかった。

 母さんの方を見ると黙って聞いている。

 

 「・・・用件は分かったわ。悠真さんはどう思う。」

 

 「申し出はありがたいですが自分はお断りさせていただきます。達也の方に関しては達也の意思と条件次第になると思います。」

 

 「そう、では悠真さん後の話は貴方に任せます。結果を後で葉山さんにでも伝えてください。」

 

 「よろしいのですか?」

 

 「構わないわ。次の当主は貴方ですもの。悠真さんのしたいようにしてください。」

 

 「分かりました。では、失礼します。」

 

 悠真は風間さんと一緒に部屋を出た。

 部屋を出てからしばらく歩いて、風間さんに話しかけた。

 

 「風間さん、少佐になられたのですね。おめでとうございます。」

 

 「ありがとう。・・・ところで断った理由を聞いてもいいか。」

 

 「俺の立場と達也と深雪の為です。・・・少し待っていてください。」

 

 風間さんを応接室に連れて行き、目的の部屋の前目で行くと扉をノックした。

 

 「達也。」

 

 すぐに扉は開けられ兄さんが出てきた。

 

 「風間さんが達也に用があってきてるからついて来て。」

 

 用件を伝えると達也はすぐに準備して出てきた。

 達也と一緒に風間さんの居る応接室に行き、風間さんの向かい側に並んで座った。

 

 風間さんから達也に説明をしてもらい達也の答えを待つ。

 

 「良いのか、悠真?」

 

 「良いよ。入る場合は条件をつけさしてもらうけれどこれは達也に不都合はないと思うよ。」

 

 達也はまだ少し悩んでいるみたいだったけれどしばらく考えて決心したみたいだ。

 

 「風間少佐、自分は入らせてもらいます。」

 

 「そうか。・・・それで条件は?」

 

 「深雪のガーディアンの仕事を優先させること。達也は偽名を名乗り情報を保護すること、それと四葉が不利になることをしないこと。でどうですか。」

 

 四葉の次期当主として四葉を護れるように、そして達也と深雪に少しでも自由があるように条件を考えた。

 

 「了解した。ではここで失礼させてもらう。」

 

 風間さんは見送りを断り、帰っていった。

 

 

 

 

 

 



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第9話 開発第3課

  

 風間少佐が帰り、達也と別れた後自分の部屋へと戻った。

 そして部屋にあるディスプレイを操作して通話回線を開く。

 画面に映ったのは、初老の執事、葉山さんだ。

 

 「悠真様、風間殿との話し合いはどうなられましたか?」

 

 「達也は特尉として風間さんの独立魔装大隊に入ることを決めました。その際の条件としてガーディアンの仕事を優先させること、偽名を使ったうえで国家機密として厳重にセキュリティロックをかけること、を出しました。」

 

 先ほどの話し合いで決まったことを漏らすことなく一つずつ伝える。

 

 「分かりました。奥様には私から伝えておきます。」

 

 「お願いします。それと、情報統制の方も一応ですがお願いしてもいいですか?」

 

 「承知しました、悠真様。」

 

 葉山さんは恭しく頭を下げ、そこで通話は終わった。

 電源が切れたのを確認し息を吐き出した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから達也は深雪のガーディアンをしつつ、独立魔装大隊の訓練にも参加を始めた。

 勿論、四葉での訓練も昔ほどきつくはないが続けられている。

 そんなある日、俺は達也の部屋に来ていた。

 

 「少しついて来て欲しいところがあるんだけど良い?」

 

 「構わないが、何処に行くんだ?」

 

 「ついてからのお楽しみと言いたいとこだけど、何も言わずに連れて行くのも悪いから行きながら話す。」

 

 それだけ伝えて歩き出すと、達也は黙って後ろをついてきた。

 四葉の屋敷を出て、運転手に駅まで送って貰う。

 その間は二人とも何も話さなかった。

 駅に着き、コミュータに乗り込むと話を始めた。

 

 「今日行くのは、あの人の所属する会社だよ。」

 

 達也が微かに動揺したのが分かった。

 FLT、フォア・リーブス・テクノロジー、四葉が秘密裏に出資し設立した企業であり、達也たち兄妹の生物学的な父親である司波龍郎が働く会社だ。

 

 「安心して、これから行くのはあの人の居る本社じゃなくて開発第三課だよ。そこなら本部長とはいえあの人はあまり来ないし、達也の好きなようにCADを作れる。」

 

 「どうして俺を連れて行くんだ?」

 

 「達也に自由に出来る居場所を作りたいのと、作って欲しいものがあるから。」

 

 そうこう言っているうちに研究所に着いた。

 コミュータから降りると研究所の中へと進んでいく。

 ここは技術力を売りにする企業の研究中枢であり、心臓部だ。

 警備も機械による監視だけでなく人手を使った監視も厳重に行われている。

 そんな中を受付すら通さずに悠真は歩いていき、その後に達也も続いている。

 時折感じる視線は悠真に向けた物であり、それに慣れている悠真は何も反応しない。

 そしてついたのは壁一面ガラス張りとなった部屋で、その対面には観測室があった。

 悠真は迷うことなくその観測室へと足を踏み入れた。

 

 「あっ、悠真様!。」

 

 忙しく働いているにもかかわらず、悠真が入った瞬間、すぐに声をかけられ囲まれた。

 

 「様、は止めてって言ってるのに。・・・それより、牛山さんはいる?」

 

 どうしてかは分からないが、ここに来るようになってから女性の研究員に様をつけて呼ばれるようになった。

 何回かは直すように言ったが結局治らなかったので好きに呼ぶようにさせている。

 

 「呼びましたか、悠真さん。」

 

 人の壁を通り抜けて灰色の作業着を着た技術者が姿を現した。

 

 「お久しぶりです、牛山さん。お忙しい中、呼び立ててしまってすみません。」

 

 「おっと、いけませんな。腰が低いのも結構ですが、ここにいるのは皆あんたを慕って集まっている奴らばかりですぜ。それにここにいるのはあんたの部下だ、部下に謙り過ぎちゃあ、示しがつきません。」

 

 「皆さんは俺の部下という訳ではありませんよ。雇っているのはあの人ですから。」

 

 技術部のはみ出し者だった人たちを悠真が集めて作ったのがここ、開発第三課だ。

 悠真はそんな人たちに居場所となる場所を与え、資金やアイデアを与えてきた。

 

 「それより悠真さん、今日の用件の話をしましょうや。まさか、俺たちの顔を見に来ただけじゃねぇでしょう?」

 

 「えぇ、前回話していた技術についてです。その前に紹介したい人がいます。」

 

 後ろで立っていた達也の横に立ち、紹介を始める。

 

 「俺の従兄弟、司波達也です。本部長の息子ですが、そこは気にしないでください。ソフト面に関しては天才的な技術力を持っているので今日は来てもらいました。」

 

 「つまりループ・キャストを作るために動き出すんですかい?」

 

 「はい。理論上は可能とされているループ・キャストを俺がアイデアをだし達也がソフトを担当し、牛山さんにハード面を頼もうと思うのですが構いませんか?」

 

 「わかりやした。」

 

 「達也も頼んでいい?達也にとってもいい物が出来るはずだから。」

 

 「あぁ、悠真の頼みだ。引き受けよう。」

 

 まずは、達也に自分の考えているループ・キャストの説明をした。

 通常の起動式が魔法発動の都度消去するところを起動式の最終段階に同じ起動式を魔法演算領域内に複写する処理を付け加えることで二度目以降の起動式の展開工程を省略し、反復発動を高速化するというアイデアを伝えた。

 

 達也は少し考えていたが、すぐに顔を上げ可能だと首を縦に振った。

 

 そしてそれと共にループ・キャストに特化したCADも作ってはどうかと提案した。

 

 

 

 



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第二章 入学編
第10話 入学式


 沖縄侵攻より一年と八か月。――西暦2094年4月4日、日曜日――

 東京都八王子国立魔法大学付属第一高校――通称『一高』の入学式当日。

 

 悠真は講堂の前に立っていた。

 まだ周りに他の新入生の姿は見えないが、在校生はちらほらと見えた。

 

 (国立魔法大学付属第一高校、魔法師育成のための国策機関であるこの学校に入学を許されたこと自体、魔法という希少な才能を認められたエリートである、か。)

 

 「あなたが桜井悠真君?初めまして、私はこの学校の副生徒会長をしている七草真由美です。」

 

 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには長い髪の女子生徒が立っていた。

 かわいい容姿は周りの人を引き付けるが、それよりも前に名前に注意がいった。

 七草――十師族の一つでそのなかでも最有力の家だ。それは四葉も同じなので人のことは言えないが。

 

 「初めまして、桜井悠真です。」

 

 手を差し出されたので軽く握手する。

 

 「悠真君って呼んでもいいかしら?」

 

 「はい、構いません。」

 

 「それじゃあ、悠真君。時間も迫っていることだしリハーサルに行きましょう。」

 

 くるりと方向を変え、歩き出した七草先輩に続いてリハーサルが行われる講堂の中へと入った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 入学式が始まった。

 校長の式辞、来賓の挨拶、生徒会長の送辞と長い話が続く間、悠真は数か月前の屋敷でのことを思い返していた。

 

 

 四葉本家にある真夜のプライベートルーム。

 向かい合うソファーに座り、静かに紅茶を飲んでいた真夜はそっとカップを机に置いた。

 

 「――それで、一高に通う許可がほしい、と言うの?」

 

 「はい。」

 

 学校に通うか、通わないか。どこの学校に通うか。それらは全て当主である真夜の一言で決まる。

 それ以前に本来なら一高ではなく、本家に近い四高に行くはずなのだから、なお不信がるだろう。

 

 「それは、私の命を違えたとしても?」

 

 「――はい。それでも俺は外の世界を見てみたい。」

 

 生まれてから今まで四葉の庇護下で育ってきた悠真はほとんど外に出ていないといってもいい。どこに行っても四葉の目の届く場所だった。

 だから、高校生活の3年間を四葉の外で見てみたいと思ったのだ。

 

 悠真と真夜の間で高まる緊張感。

 ときが止まってしまったかのごとき緊迫感の中で、――世界が「夜」に塗りつぶされた。

 

 闇に浮かぶ、燦然と輝く星々の群れ。

 天井が、月のない、星の夜空に変わっていた。

 星が光の線となって流れ、悠真に向かって襲ってきたが、

 

 それは一瞬で現れた黒球によって一か所に引き寄せられ、消えた。

 部屋の中に光は一切なく、それまで「夜」だったものが「闇」へと姿を変える。

 

 それを見た真夜が嬉しそうに笑い、魔法を解いた。

 部屋の様子は元に戻る。

 見つめあう二人。先に口を開いたのは悠真だった。

 

 「俺は――俺だけは何があっても裏切りませんから。」

 

 「えぇ、そうね。貴方は裏切らない、あの人とは違うもの。」

 

 一瞬悲しそうな顔をした真夜だが、すぐにいつも通りの顔に戻った。

 

 「いいわ、許可をしましょう。ただし、条件付きで――。」

 

 真夜はそうにっこり笑って告げた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 「では、新入生総代の桜井悠真さんによる答辞です。」

 

 悠真は壇上に上がった。

 今、悠真がここにいるのは真夜の条件をのんだからだ。あおの条件のうちの一つが『四葉』の姓を隠すことだ。もちろんパーソナルデータも『桜井悠真』のものが用意された。

 式壇の前に悠真が立つ頃にはざわめきが大きくなっていた。

 黒すぎる髪と対照的に透き通るような白い肌、細い身体ながら虚弱な印象を一切与えない絶妙なバランスの体型。

 それでいて女子とは見間違わない「典型的な美少年」と呼ばれるような容姿だ。

 優れた容姿に対して普通上がるはずの男子の怨嗟の声は一切上がらず、女子の黄色い声だけが響いている。

 

 悠真は会場を見渡した。

(一科生が前、二科生が後ろ、最も差別意識が強いのは差別されている者、か。)

 決まりがあるわけでもなく、自然とそうなっていることに対して小さく息を吐く。

 

 

 「麗らかな春の日差しが降り注ぐこの良き日に名門第一高等学校に入学できたことを嬉しく思います。

 この学校は魔法力が強い一科生と一科生より劣る二科生がいるが、魔法力はイコール強さではない。

 努力や工夫次第でどうにかなることもある。

 自分を劣等生だと認めてしまえばそれ以上伸びることは無いし、優等生と驕ればいつか下のものに抜かれてしまうこともある。

 そのことを胸に刻み一人一人が切磋琢磨し成長していくことをここに誓います。」

 

 

 壇上から降りてステージの裏へと入る。

 そこには七草先輩が待っていた。

 

 「お疲れさま、悠真君。素敵な答辞だったわ。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 七草先輩に頭を下げてから、前を見ると、七草先輩の横に背の高い男子生徒が立っていた。打ち合わせで一度顔を合わせているのでその人が生徒会長だということを思い出した。

 

 「本当にすごいわね。入試平均95点。魔法工学と魔法理論は文句なしの満点。前代未聞の高得点だって先生方驚いていたわよ。」

 

 七草先輩が楽しそうに話すなか、コホンと咳払いが聞こえた。

 

 「七草さん。そろそろ本題に入ろう。」

 

 「あ、すみません。会長。」

 

 「――桜井君、我々は君を生徒会に迎え入れたいのだが、入ってくれないだろうか?」

 

 改めてと真剣な表情になる生徒会長。

 生徒会になれば、校内でのCADの使用は可能となる。CADがなくても魔法は使えるが、目立ってしまう。それならば生徒会になったほうが都合がいい、か。

 

 「わかりました。謹んでお受けします。」

 

 悠真が頭を下げ引き受けたのと同時に周りの空気が少しだけ軽くなった気がした。

 

 

 




真由美の役職を都合のいいように捏造しました。


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