俺はマネージャーだ (クラッカーV)
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志望先は音ノ木坂

「…………暑い」

 

今の状況を例えるのならばその一言で事足りるだろう

 

中学三年である俺から見ても風流を感じる木造建築の縁側で、右手にうちわ、左手に食べかけのスイカバーを持って寝転がる。吊るされた風鈴の音を聞こうと右手のうちわをフル稼働させるが、その努力も徒労に終わった。余計に暑くなったような気がする。何故俺はあんなことをしたのだろうか

 

何故こういう日に限ってクーラーが壊れるのだろうか。業者さんもこんな暑い日に直しに来てくれるとは大変な。ありがとうございます

 

…………いや、そもそも物とは何故壊れるのだ?

 

いやはや、哲学だな

 

再度起き上がり、目の前に広がる田んぼを見つめながら、この暑さから逃れるためにスイカバーを齧る

 

「……………暑い」

 

だがしかし、やはりスイカバーではこの暑さを吹き飛ばせないようだ。誰か俺に氷山をプレゼントしてはくれまいか。お願い誰か、300円あげるから

 

「あっ、ソウ兄ちゃん。こんなとこにいたんだ」

 

後ろから声が掛けられ、振り向くとそこには我が最愛の妹がいた。妹もこの暑さに顔を真っ赤にしながら、薄着なのにも関わらず少し着崩している。今年で中学生になったというのに、まだまだ恥じらいが足らぬ妹よ

 

「………どうした、兄ちゃんに何かようか」

 

まさかとは思うが、俺に氷山………とは言わずとも、何か涼しくなるアイテムを献上しに来てくれたのだろうか。だとしたら大した妹だ。兄ちゃんはお前を妹に持ったことを人生の誇りにしているぞ。恥じらいが足らぬとか偉そうなこと思ってすみませんでした

 

「こんな暑いのに相変わらずのポーカーフェイスだね兄ちゃん…………」

 

ほっておけ

 

仕方ないだろう、何故か俺はあまり顔に出にくいタイプなんだから

 

「それより、何かあったのか?」

 

「あぁ、そうそう。兄ちゃん、クーラー直ったって」

 

「なに!?」

 

我が最愛なる妹の言葉に俺はその場で飛び上がった。その際にスイカバーがべチャッ、と音を立てながら落ちてしまったが、庭に落ちたのでまあアリの餌にしといてやろう。喜べアリ共、今宵はご馳走だ

 

そんなことよりもクーラーが直ったということの方が大切である

 

俺は頰に流れる汗を拭い、クーラーのある部屋へマリオもビックリのBダッシュ!!

 

「あ、兄ちゃん待ってよ!」

 

「待たん!俺は一刻も早くクーラーに浸りたいんだ!こんな暑い中じゃあ受験勉強もままならん!」

 

「嘘だよね!?志望校すらまだ決めてないくせに!」

 

走る俺の後ろにピッタリとくっ付き、シャツを引っ張り引っ張られながら走る

 

玄関から今にも出て行こうとする業者さんに「「ありあっしたー!」」と二人、声を揃えて挨拶しながら、クーラーのあるリビングへと転がり込んだ

 

「す、涼しい………!」

 

「天国だよ兄ちゃん………!」

 

そこは既にクーラーが稼働し、密閉されていた為もあってか外よりも遥かに涼しい空気が充満していた。逆に言えば外が暑すぎたんだ。ここはまさに天国、そして外は地獄。もうあの中には戻りたくない

 

おお、クーラーよ!あなたはまさに救世主だ!

 

「こーらっ!廊下を走るんじゃありません!!」

 

「ふふっ、ソウちゃんもチーちゃんも元気が良いねぇ」

 

寝転がったままクーラーを堪能してると母さんに怒られ、爺ちゃんから微笑ましいような目で見られた

 

母さんが俺達の前に立ってるせいか風が良いように来ない

 

「それよりも母さん、そこに立たれたら風が来ないんだが」

 

「反省の色が見られないとは………」

 

「廊下を走ってすみませんでした。テヘペロ」

 

「兄ちゃん、無表情でやるもんじゃないよそれ………」

 

「じゃあやってみ」

 

「テヘペロ♪」

 

可愛い

 

 

 

 

======================

 

 

 

いつまでも床に寝転んでいるのもアレなのでそれぞれ、和風なこの家にはミスマッチなソファに座る

 

「はぁ〜………ほんっとクーラーって最高だね!これを作った人に私はドーナツ一年分奢ってもいいよ」

 

ほぅ……ドーナツ一年分か

 

「実は俺なんだ」

 

「いや、それはないでしょ」

 

「流石にこの夏に一年分は腐ってしまうからな。冷凍しといてくれないか?」

 

「ドーナツ一年分奢ってもらう気だ!?」

 

やはりポンデリングは欠かせないな。ポンデリングはうまい。なんであんな輪投げの輪を作るときに、ふざけちゃってこんなん作ったぜ!みたいな形してるのにうまいんだろうか。あの俺には程良い甘さ。あれと一緒にカルピスを飲むと、相乗効果というやつか…………さらにうまくなる

 

つまり何が言いたいかというと

 

「ぱないの」

 

「兄ちゃん、いきなり言うのやめようよ。恐いよ」

 

「…………すまん」

 

妹に恐がられて兄ちゃんショックだ…………

 

「言葉足らずだから悪いのよ、ソウちゃんは」

 

冷たいお茶が目の前に差し出され、それを受け取る。婆ちゃんだ

 

「そう言えば総一、高校決めた?」

 

ゴクゴクとお茶を流し込んでいると母さんから質問が投げられた。俺はもう中学三年生、今年は受験が控えてるが………未だ志望校を決めていない

 

「適当な進学校」

 

「つまりまだココ!って場所は決めてないわけね」

 

…………そうだな。特別行きたい場所もない

 

「野球の推薦来るんじゃない?全部蹴るの?」

 

「ああ」

 

高校に行ってまで野球をするつもりは毛頭ない。それに推薦なんて恐らく来ないだろう。目立ったことといえば、ただマグレ当たりで特大ファール打っただけだからな

 

「ふーん……そう」

 

「…………?」

 

なんだ?母さんが不敵に笑ったぞ

 

俺は母さんの顔を訝しげに見ながら残ったお茶を飲み干す。婆ちゃんからお代わりをもらい、再度口を付ける

 

「じゃあ、音ノ木坂に行きなさい」

 

ふむ、音ノ木坂か…………音ノ木坂!?

 

「グホッ!カハッ、ケホッケホッ!!」

 

「大丈夫?ソウちゃん」

 

「だ、大丈夫。ありがとう…………ワンスモアアゲイン、母さん」

 

背中をさすってくれる婆ちゃんに礼を言って母さんに向けてもう一度言え、と頼む。俺の聞き間違いじゃなければ、母さんはとんでもないことを言い出してやがる

 

「だから、音ノ木坂学院に通いなさい」

 

どうやら聞き間違いじゃなかったようだ

 

「ちょっと待ってくれ…………音ノ木坂って確か母さんや婆ちゃんが通った高校だったよな?確かあそこは女子校だったはずだぞ。そう二人とも話していたはずだ」

 

「おぉ、久しぶりに見る饒舌な兄ちゃん」

 

「千尋、ちょっと静かにしてなさい」

 

そりゃ饒舌にもなるだろう。いきなり女子校に通えだなんて、あれか?もしかして母さんは、今まで俺のことを女だと思ってたのか?

 

「それが、来年度から共学化するらしいのよ」

 

なん……だと……!?

 

「またなんで」

 

「入学者数が年々減ってきてるみたいでね?手遅れになる前になんとかしようってこと」

 

「手遅れになる前って…………いきなり過ぎないか?それに、共学化したところで入学者数がすぐに増えるわけがない。逆効果になる可能性だってあるんだぞ」

 

「決定事項にそこまで言われてもね…………でも、いきなりってわけじゃないみたいよ?もう卒業しちゃうけど、モデルとして男の子が数人入ってたみたいだから」

 

いや、そういう問題じゃなくてだな

 

「そもそも、うちから何個電車を乗り継がないといけないと思ってるんだ。嫌だぞ俺は、そんなの!何より怠いし、朝何時に出ればいいんだ!?娯楽の時間だって無くなるじゃないか!」

 

「最後のが殆ど本音でしょ、総一」

 

「当たり前だ!」

 

アニメ鑑賞やゲームの時間を削られるなんて堪ったもんじゃない!!部活やってた頃は寝る時間を削ってまで見ていたが、音ノ木坂に通うとなると眠る時間を削るんじゃなく、無くさないといけなくなるじゃないか!

 

「大丈夫よ、一人暮らしさせてあげるから」

 

「……………なに?」

 

マジで?

 

「ノートパソコンも持って行っていいわよ。これでアニメ見放題ね」

 

どこからか取り出したのか黒いノートパソコンを取り出してきて俺に見せびらかすように見せる。………マ、マジで?いいのか?

うちに二台ノートパソコンがあると言っても、そのうちの一台を持って行っても良いのだろうか?

 

「さらにさらに〜?」

 

「……………」

 

ゴクリ、と唾を飲み込む

 

ま、まさかまだ何かあるのか?ノートパソコンだけでも行くと大声で言ってしまいそうなのに、これ以上のものがあるのか…………!!

 

「毎日、秋葉原に行けるわよ」

 

その言葉に、身体中に衝撃が走った

 

秋葉原、それは俺にとって夢のような場所。そして聖地。生まれてこのかた、親の出身が近くだったのにも関わらず未だに行ったことのないまだ見ぬ未開拓の地………!

 

そこに、毎日行ける……………?

 

「行く!!」

 

気付けば俺はソファから立ち上がり、シャキンと手を伸ばしてそう言っていた

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

 

「総一〜、行くよ〜」

 

「……りょ」

 

「きちんと了解、って言いなさい」

 

夏のやりとりから早くも年月が過ぎ去り、受験前日になった。うちは受験場所の音ノ木坂がある東京都千代田区とは遠く………と言った程ではないが、結構離れている。始発の電車から乗っていたら間に合わないから、今日から東京にお泊まりだ

 

その為に現在、駅の改札にいる

 

ワクワクが止まらない。東京なんて行ったことないからな

 

「兄ちゃん、受験頑張ってね」

 

「全力を尽くしてこいよ」

 

「俺の負けは、ない」

 

見送ってくれる父さんと我が最愛の妹にサムズアップして俺と母さんは改札を通った

 

「それじゃ、レッツゴー!」

 

「婆ちゃんが言っていた、俺はやれば出来る子だと」

 

母さんは元気に、俺は某カブトムシライダーの真似をして二人へ手を振ってホームへ向かう

 

勉強はした。面接練習も先生方から高評価をもらっている。後は今までやってきたことをそのままやれば良いだけだ

 

 

 

さっきも言ったように、俺の負けはない

 

 

 

 

 




まずは入学するまでの話をね、書こうと思います

息抜きにやって行こう…………


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進学先は音ノ木坂

外に出るとまだまだ肌寒い

 

現在の時間は午前6時。場所は見知らぬ店の前、名前を『穂むら』と言うらしい

 

明らかに受験会場じゃない上にまだ店が開くような時間じゃない。こんな時間に受験生を連れ出すなんぞ、うちの母親は何を考えているのか。…………まさか受験会場をここだと思ってるのか?時間的にも場所も外観も全てがミステイクだ

 

「母さん、ここ違う」

 

「誰も受験会場だとか思ってないから」

 

そうだったのか…………まあ、普通間違えないよな

 

「じゃあ、なにゆえ」

 

「ここ、私の友達の家なのよ」

 

「なに………!?」

 

母さんに、家に遊びに行くような友達がいたのか!?これは衝撃の事実だっ!普段顔には出ないはずなのに、今の俺の顔は驚き一色を示しているだろう

 

「なにその驚いた顔。なんで私が友達の家って言っただけでそんなレアな顔出してんのよ」

 

「母さんに友達がいるn「総一?」ソーリーマイマザー」

 

危ない。母さんの機嫌を損ねたら後で面倒だ

 

「んじゃ、お邪魔しましょうか。大丈夫大丈夫、アポは取ってるから」

 

「りょ」

 

いきなり押し掛けるというなら迷惑極まりない話だったが、許可を取っているならば良いんじゃなかろうか。母さんにしてはきちんとしている

 

意気揚々と中に入っていく母さんに着いて中に入り、中をキョロキョロと見回す。聞いていた通り、ここは和菓子屋らしい。和菓子か………くず餅が食いたくなって来た。まだ開店してないけど、売ってくれるだろうか?まずくず餅があるだろうか

 

「久美子ちゃん、久しぶり〜!」

 

「キャー!久しぶり!!」

 

「……?」

 

急にやかましくなった。顔を向けてみると母さんと見知らぬ女性が手を重ねてキャーキャー言っている。その後ろには寡黙そうな男性がその様子を微笑ましく見ている

 

「あ………もしかして総一君?」

 

こちらへ飛び火して来た。何故俺のことを………いや、母さんの友達と言うからには、話には聞いているかもな

 

取り敢えず何か反応を返さなければ

 

「はい」

 

「わぁ……大きくなったねぇ!それにカッコよくも!前会った時はこんなに小さかったのに」

 

…………なに?会ったことがあるだと?全く覚えてない

 

いや、それよりもそんな、人差し指の第一関節くらいの大きさだった覚えはないんだが。それって俺がまだ母さんのお腹の中にいた時ってこと?そりゃ覚えてないわ

 

「あ〜………母さん、説明」

 

「覚えてないでしょうね。前会った時は生まれた直後だったから」

 

何かと惜しかったぞ!?

 

「そうよ?君が生まれた時は私達も立ち会ってたんだから」

 

そうだったのか

 

「穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんは元気?」

 

「ええ、元気があり過ぎて困るくらいね。あ、穂乃果と雪穂って言うのはね?私の娘達のことなんだけど、穂乃果は今日、君と同じ音ノ木坂学院を受けるのよ」

 

「へぇ」

 

ちょ、ガッシリ腕を掴まないでいただきたい。地味に力が入ってちょっと痛い

 

「あら、案外筋肉あるわね……」

 

なんだ、俺はセクハラをされてるのか?

 

誰か、助けてくれ。勢いに着いていけない。二人の俺を交えたガールズ………いや、ウーマンズトークには

俺は目線をさっきから傍観に徹している男性………恐らくこの人の夫だろう、あの人に投げかける

 

しばし目を見合わせた後、男性は小さく頷いた

 

おぉ、助けてくれるのか………!

 

と思ったのも束の間、踵を返してどこかへ行ってしまった

 

「……………」

 

いや、助けてくれるんじゃないのか!?

 

「………新作だ」

 

おぉ、戻ってきた!?

 

男性が手に持つ皿の上には、半透明の長方形に、黒い液体が掛けられたもの

 

「おぉ、くず餅………!」

 

まさかのまさかでくず餅が出てくるとは、誰が思うだろうか。まさかこの人、俺がくず餅が食べたいと思っていることに勘付いたのか!?この人、出来る………!!

 

俺の前に差し出されるそれに、ウーマンズも口を閉じ、それを見る

 

「貰っても?」

 

俺が聞くと、また小さく頷いた

 

皿を貰い、一緒に差し出されたスプーンで黒蜜と一緒に口に運ぶ。どうやら中に餡子が入っているようだ

 

「うまい………!」

 

くず餅の独特な食感、そして仄かな餡子の甘さが黒蜜と混ざりあう。黒蜜があるからか餡子は甘さ控えめみたいだ。…………しかし、新作と言うのはどういうことだ?

 

「けど、これは普通の関西のくず餅では」

 

「あぁ、元々うちにはくず餅置いてなかったのよ。でも春からは出そうと思って」

 

成る程、だから新作か

 

「他にもある。試してくれるか」

 

「勿論」

 

俺は男性に連れられウーマンズゾーンから離れる。いやはや、お礼を言わねばならないな。あの中にずっといる気力は俺にはなかった

 

…………しかし、いつまでここにいるつもりだろうか?まさかここの娘さんとやらと一緒に行ってこいだとでも言うつもりか?それはそれで構わんが、その娘が受からなかった場合気不味くなるような気がするんだが

 

しかしうまい。このくず餅うまい

 

「…………受験は、大丈夫そうか?」

 

「受かるのは決定事項です」

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

試食を終え、俺なりの感想を告げたが、まだまだ時間が有り余っている。ウーマンズは飽きもせず会話を続け、俺は椅子に座り携帯ゲームだ。受験生だというのに余裕すぎると思われるかもしれないが、今になって詰め込んでも所詮付け焼き刃。事前に復習程度にペラペラ捲ればそれで十分だ

 

勉強は積み重ね………俺は土台ならしっかり出来ている。後は崩れぬよう重ねていくだけ

 

「おはよー………」

 

「あら雪穂、おはよう」

 

奥から一人、女の子が出て来た。雪穂、と呼ばれていたことから、俺と一緒に受験する娘ではないようだ

 

「…………あれ、お客さん?なんで?」

 

寝ぼけているのか、目を擦りながらそう言った

 

「昨日話したでしょ?私の友達の久美子ちゃんと、その息子の総一君よ」

 

「お母さんの友達………と、その息子………えぇ!?ちょ、着替えてくる!!」

 

「ついでに皆を起こして来てね〜」

 

あ、走って戻っていった

 

うん、まあ確かに。完全に寝間着みたいな服だったからな

 

「皆って?」

 

「幼馴染みの子達が泊まってるのよ。昨日は夜遅くまで皆で勉強してたみたいで」

 

「へぇ………どっかの誰かとは違うわねぇ?総一」

 

なんだその顔は

 

「勉強した後は睡眠を取らなきゃならない。当日寝不足のせいでミスをしては本末転倒だ。それに俺は必ず受かると何度も言ってるはずなんだけど?」

 

「はいはい。ったく………人を論破する時は必ず饒舌になるんだから」

 

論破する気なら必要最低限喋らねば駄目だろ。超高校級の希望の言弾を撃ち込んでやろうか

 

だいたい、受験のせいで俺はアニメを見る時間が少なくなっている。仕方ないと言えばそうなんだが…………これも毎日アキバライフのため!俺は自制が出来る男なのだ

 

携帯ゲームにもう一度没頭する。これは、アレだ。別に俺の合格は揺るがないのだから大丈夫なんだよ

 

「自信満々ねぇ、総一君」

 

ふむ、このエリアのボスはどうやって攻略するんだったか…………あぁ、思い出した。取り敢えず力でゴリ押しだ

ゲーム機から流れる音楽をイヤホン越しに聞きながら、更に敵ボスの悲鳴を聞き流す。弱い弱い。レベルの差とは圧倒的なものだな

 

フハハ、バカメー。貴様ノ攻撃ハ見切ッテイルゼ!!

 

「おはよー!」

 

「おはようございます」

 

「おはようございま〜す」

 

まだまだだな。俺に勝つにはお前のレベルを倍くらいにして掛かってこい

クリア画面を眺めながら一方的な虐殺を終えたので電源を切る。あぁ、面白かった

 

そう言えば何か聞こえたような気がするが、一体なんだ?

 

「こちら、昨日話した音ノ木坂を受ける総一君よ」

 

ん?何故俺は紹介されているのか

 

見てみればそこには三人の女の子。真ん中に、如何にも快活そうな、髪を片側で上に纏めている………サイドポニーというやつだろうか。何故か知らんが俺を見て目を輝かせている

 

その右側にはたれ目が特徴の女の子だ。真ん中の娘と同じように髪の一部を片側で纏めているが、真ん中の娘よりも髪が長い。こちらはこちらで俺を不思議そうに見つめている

 

そして最後、左側の娘は長く、綺麗な黒………いや、少し青にも見えるような、そんな髪色をした娘だ。何故か警戒されてるような気がしてならない不思議

 

「………宮野 総一《みやの そういち》」

 

取り敢えず自己紹介でもしとおく。急に口を開いたからか左の娘がビクッと反応してた。面白いなあの娘

 

「私、高坂 穂乃果《こうさか ほのか》!ねぇ、宮野君も音ノ木坂受けるんだよね!?よろしくね!皆で一緒に合格しようね!」

 

「あ、ああ……」

 

自己紹介した瞬間に真ん中の娘が俺の側まで素早く移動してきて、俺の手を取ってブンブンと上下に振る

 

うぉう、なんだなんだ。急にどうした、近すぎんだろ常考。てかこの娘が穂乃果か。なんと言うか、その………親子揃って似た者同士だな

 

「穂乃果、近すぎです!初対面の方に失礼ですよ!」

 

「え〜、だって〜……音ノ木坂を受ける仲間なんだよ?」

 

「南 ことり《みなみ ことり》です。よろしくね」

 

「よ、よろしく」

 

「ですが、だからと言っていきなり迫るのは失礼です!」

 

おい、カオスになって来てるぞ。誰か収集してくれ

 

そこの大人陣、何を微笑ましい目で見ている。おい母さん、レア顔とか言って写真を撮るな

 

「一緒に音ノ木坂でのスクールライフを楽しもう!」

 

「気が早いですよ。………すみません、穂乃果が」

 

「いや、いいんだ」

 

おぉ、まさか本人から収集をつけてくれようとは

 

「私は園田 海未《そのだ うみ》と言います。音ノ木坂を受けるんですよね?」

 

「ああ」

 

「お互い、全力を尽くしましょう」

 

「そうだな」

 

「大丈夫だよ!皆受かるよ!」

 

「頑張って勉強したもんね」

 

今にも腕をブンブンと振り回しそうな雰囲気の高坂さんとそれをにこやかに見る南さん。そして園田さん。成る程、真面目系に活発系、その間………?といった感じでなかなかバランスが取れてるじゃないか

 

三人トモ受カレバイイネー

 

「それじゃ、音ノ木坂へ行こ〜!」

 

高坂が元気良く言う。時間からすれば、少し早いような気がするが………

 

「少し早くないですか?」

 

「お話しながら歩いて行けばいい感じの時間になると思うよ?」

 

…………そうか、歩いて行かなきゃならないのか。怠いな

 

「私達はここで待ってるから、四人とも頑張って来なさい」

 

「はーい!ほら、行こ?海未ちゃん、ことりちゃん!」

 

「あ、待ってよ〜!穂乃果ちゃ〜ん!」

 

「全く………ゆっくり行くのではないのですか?」

 

三人は口々に言いながら店を出て行った

 

…………さて、俺も

 

「このほむらまんじゅうっていうの貰っても良いですか?」

 

「はよ行け」

 

解せぬ

 

「宮野君も早く!」

 

「俺もか?」

 

「当たり前でしょ。一緒に行きなさい」

 

「………うぃっす」

 

やれやれ、と腰を上げて荷物を肩に引っ提げる。これから受験か………必ず受かる自信があると言えど、怠いな

 

外に出ると三人娘が俺を待っていた。本当に一緒に行くつもりなのか?初対面なのによくそんなこと思えるな。これがコミュ力の違いですか、そうですか。コミュ力とは恐ろしいものだな

 

「もう、遅いよ!」

 

「さぁ、行きましょう」

 

「受験頑張ろうね!」

 

 

 

「……………ん」

 

 

 

まあでも、悪くはないのかもしれない

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

俺達は、春から音ノ木坂の制服を着ることとなった

 

合格発表で四人同時に合格し、皆でお祝いした。合格することを信じて疑わなかった俺だが、合格したと実感した時、何故か非常に嬉しく感じた。受験日終わりにも食ったが、穂むら饅頭はやはりうまかった

 

あの四人………高坂さんとその妹の高坂ちゃん、園田さん、南さんとは気軽に話が出来る程度には仲良くなった。三人娘には音ノ木坂の近くや色んな場所を案内してもらったものだ。いや、元々は俺が牽制してただけなんだがな、高坂さんや南さんがフレンドリー過ぎた。俺の予想以上に

 

ただ園田さんは少しばかり警戒していたような感じがする。というか警戒よりも慣れてない、という感じだったな。今ではそんな気配もないがな。スクールライフも問題なく送れそうだ

 

 

ーーーー

 

--------

 

--------------

 

「そしてこの学院に足を踏み入れたのが一年前、か」

 

光陰矢の如しとはよく言ったもので、早くも俺は二年生。部活に入ることもなく、この学院には数少ない男友達とアキバに行ったり飯を食いに行ったり、偶に三人娘と学校で駄弁ったり

 

ホント、ハイスクールライフを謳歌していると言って良いんじゃないだろうか。未だに感情が顔に出にくいのももはやご愛嬌。どんなに無表情でも、もはや今となっては清々しい程にスルーされる限りである

 

今日から新入生も入ってきて、晴れて俺達も先輩。そして後輩が出来る

 

先輩という言葉に甘美な響きを感じる、とは友達が言っていたことである。何が良いのかわからなかったので、取り敢えず馬鹿め、とだけ言っておいた

 

……………ホントに、矢のように飛んでいく

 

 

 

『廃校のお知らせ』

 

 

 

そして、嫌な知らせとは矢のようにどこからでも飛んでくるものだな

 

 




一気に二年生まで飛んじゃったぜ


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妹の為にグッズを買いに

「…………くっそねみぃ」

 

朝、目を擦りながらベッドから体を起こす。現在の時刻は…………6時52分。昨日は珍しくも21時には寝たよな、確か。随分と寝たみたいだ

 

「よし」

 

頭をガシガシと掻き、ゆっくりとベッドから下りてキッチンへ向かう。IHコンロの上にフライパンを置いてスイッチを入れ、油を取り出してきて投入。少しだけフライパンを持ち上げ、油が全体に行き渡るように傾ける。コンロがビー!ビー!と煩く鳴るが気にしない。ホントこの機能何とかして欲しい。次いで冷蔵庫から卵とハムを取り出し、まずは卵を割って投下。フライパン上で掻き混ぜてスクランブル。そしてハムを千切ってシュート。朝飯は適当でいいんだ、適当で

 

「…………」

 

卵をハムに絡ませながら、俺は昨日のことについて思考を巡らせる

 

昨日の全校集会、理事長直々に音ノ木坂学院が廃校になることを聞いた

 

後々こうなるだろうと、若干感じてはいたが予想よりも早いことに僅かに目を見開いた覚えがある。それからのことはよく覚えておらず、そのまま午後からバイトに行っていつもと何ら変わりもなく帰ったのだろう。何故よく覚えていないのかはわからない。だが一度寝て、そして起きたのにも関わらず胸の中がモヤモヤしているのは何故だろうか

 

フライパンからスクランブルエッグを皿へ盛る。そして炊飯器を開きご飯を茶碗に…………

 

「…………」

 

ご飯が炊けて、ない………!!

 

昨日セットして寝るのを忘れていたらしい。なんたる失態だ……!これでは今日の弁当に白米が入れられないじゃないか!?おかずオンリーとか辛すぎるだろ。おかずあったらご飯欲しいよ、ご飯。日本人の主食!パンや麺もだけど俺は一番米が好きだ

 

思わず拳を握りしめ、歯をギリィ!と鳴らしてしまう

 

……………まあいいか、悔しいが朝ご飯はスクランブルエッグだけで。パンは生憎買っていない。母さんも父さんもパン好きだから朝食は殆どパンだった。毎日食パンは飽きるっての

 

弁当も今日はコンビニで済ませよう。そうと決まれば早く買いに行かなくては

 

俺が借りているアパートはコンビニが近い。だから態々チャリやバイクを使わなくても行けるのだ。全く良いところを選んでくれたよ、俺の両親は

 

バイクの免許なら去年の夏に取った。…………だがまあ、バイクは未だに買っていないが。高いんだよ、アレ。免許持ってるのに未だに自転車って………いや、気にしたら負けだ。何よりいいじゃないか、免許持ってるだけでアレだよ?急に仮面ライダーになった時とか困らない

 

あぁ、そんなことよりもコンビニに行かなくては。皿に盛ったスクランブルエッグを掻き込んで流しへ滑り込ませ、服装を整えてポケットに携帯を入れて家を出る

 

外は涼しかった。朝方だからこんなものだろうと思い、吹き通る風を感じながらコンビニを目指す。このまま走りに行くのも良いが………それは土日の予定として置いておこう。中学三年間野球部だった身としては、毎日走り込みや筋トレをしていたが……最近ではめっきりそれも無くなった。まあ、流石にそれでは運動不足になるので、土日の二日間だけは運動するようにしている。おかげで体力と筋力の低下がそこまで激しくないようで安心だ

 

聞き慣れた入店音を聞きながらコンビニに入る。去年から殆ど変わっていないように見られる品揃えからおにぎりとドーナツを数個ピックアップ。手早く会計を済ませて帰路へ

 

ブー…ブー……

 

「………?」

 

ポケットが震えた

 

何事かと見てみると、その正体は携帯のようだ。アラームを設定していたか?………いや、どうやら電話らしい。どこの誰かと画面を見てみれば、そこには我が最愛の妹の名前が映されていた

 

早速応答しよう。千尋からの電話を俺が無視するわけがない

 

「おはよう、千尋」

 

『おはよう兄ちゃん。今大丈夫?』

 

「ああ」

 

お前の為ならいつだって大丈夫だ

 

『あのね、兄ちゃん。スクールアイドルって知ってる?』

 

「………あー」

 

スクールアイドル………そう言えばうちの学院の数少ない男子が集まった時にそんな話題が出たことがある。今はアライズとやらが凄いだとか、あんじゅちゃんが好みだとか、ツバサちゃんのでこ可愛いとか、英玲奈ちゃんこそが一番だろだとか、アライズのメンバーと恋してぇだとか、ツバサちゃんのあのでこを触ってみたいだとか…………全く、うちの男子共は変態ばかりだぜ!

 

結論から言ってアライズのことしか知らん

 

他にもあるとは聞いたが、残念ながらうちの男子全員アライズさんのファンらしい。いや、残念なのか?そうでもないな

 

「アライズぐらいなら」

 

『おぉ〜、やっぱA-RISEは人気だねぇ。学校が近くにあるってのもあるんだろうけど』

 

「UTXとか言うお嬢様学校だな」

 

『そうだよ』

 

とある男子が「UTXが共学になってたらなぁ〜!」とかほざいていたことがあるが、その場にいる全員でちょっとしたリンチが起こるということがあったな。そう言えば。理由は未だによくわかっていない。

 

数少ない男子なんだからもっと仲良くしようぜ。いや、まあ本気のリンチだったわけじゃないがな。流石に後に残るようなことはしない。逆にそのリンチされた奴とは学校では一番よくつるんでいる

 

「それで……?」

 

『A-RISEのグッズが欲しいの!』

 

よっしゃ任せろ

 

妹に声だけだが、こんな可愛くお願いされたらそのお願いを叶えない兄がいるだろうか?いや、いない(反語)

 

「グッズと言っても種類があるだろう」

 

『あのね、今日から限定品のCDやバッジが最近開店したスクールアイドルショップで売られるんだって!兄ちゃんは学校があるからもしかしたら買えないかもしれないけど、それをお願いしていいかな?買えなかったら他の、普通のストラップとかでいいから』

 

スクールアイドルショップ………あぁ、なんかあったなそういうの

 

「わかった……….個数は?」

 

『え?一個だけど』

 

「観賞用保存用布教用と、三つくらいは買うもんじゃないのか?」

 

『兄ちゃん側の人間の基準で話さないでください』

 

「…………」

 

なんだ、なんか俺が間違ってるみたいな感じか

 

「取り敢えずわかった。限定品を一個だな、種類は問わずか?」

 

『うん、ありがとう兄ちゃん!』

 

「お前の為だ」

 

『うーん、もっと別のシチュエーションだったらもっとカッコ良かったかもね。それじゃあ、私朝練あるから!じゃあね!』

 

「あぁ、頑張れよ」

 

そう言って電話を切る

 

折角の妹からの頼みだ。学校を休んで買いに行くのもやぶさかでは…………いや、やめておこう。聞いた感じ、是が非でも欲しいというわけじゃなさそうだ。ならば残っていればラッキー、という気持ちで買いに行くしかあるまい。その為に学校を休むことなんて、千尋も望まないだろう

 

さて、早く帰って学校の準備をしなければな

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

「あ、宮野君。おはよう」

 

「おはようございます」

 

「うっす」

 

ゆったりと学校へ登校すると南さんと園田さんの二人と校門前で出くわした。珍しいなと思いつつ挨拶を返すも、そう言えば今日は少し早目に出た覚えがある。あれ、そう言えば高坂さんがいないが………まあ寝坊でもしたんだろう

 

「二人も大変だな」

 

「わかってくれますか……」

 

「あはは……穂乃果ちゃんがいないだけで伝わるんだ……」

 

ここ一年、その理由でしか二人だけで登校したのを見たことがないからな

 

二人に少しだけ同情しつつも、これが三人の主な形なんだろうと思うとちょっと羨ましく思う。俺には幼馴染みと呼べる存在………しかも、高校まで同じにするような人間がいないからな。こう言った昔からの関係を持つ人を見ると、素直に良いなと感じる

 

二人よりも歩くスピードが速い俺は必然的に二人を背にしながら下駄箱まで歩く

 

「宮野君は廃校の件、どう思いますか」

 

靴を履き替えていると、園田さんからそう聞かれた。ふと園田さんの顔を見ると浮かない表情で俺を見ていた。後ろの南さんも同じような顔をしている

 

「今のところ、どうとも」

 

俺は淡白に答えた

 

廃校と言っても、今すぐにというわけじゃない。今の一年生が卒業するまでは実質、この学校は存続していることになる。ただ、卒業してしまえば無くなってしまうが

 

そこだけを見れば、無事に卒業出来るのならば問題はない。問題はないはずなんだ

 

「だけど………いや、なんでもない」

 

続けようとした言葉を無理矢理引っ込め、上履きへと履き替える

 

卒業出来れば問題はない。だが、それだけでは駄目だと言っている自分がいる。廃校なんか知らない、興味がない。そう思う度に、俺の心のモヤモヤは大きくなる。そうはっきりと言えない何かが俺の中にはあった

 

一体このモヤモヤの正体とは何なのか、まずはこれの正体を突き止めない限りは………

 

「…………そうですか」

 

「園田さんや南さんはどうなんだ?」

 

「私は、無くなって欲しくないかな」

 

南さんは立ち止まり、昇降口から見える景色を見ながらそう言った。そして俺に向き直り、笑顔を浮かべる

 

「だって、この学院が好きだから」

 

「…………」

 

何も言うことが出来なかった

 

「私も同じです」

 

園田さんが南さんの横へ並び立つ。いつも凛としているが、今はより一層その雰囲気を強めていた。まるで胸の内に秘める覚悟と比例するように

 

「私もこの学院が好きだから、その為に出来ることはしようと思っています」

 

「…………そう、か」

 

たったその一言を発するのがやっとだった。一瞬だけ、二人に見惚れたのと同時に………とても眩しく感じたからだ

 

その眩しさから目を逸らすように体の向きを変え、教室へ向けて歩き出す。そこから俺達三人の間には沈黙しかなかった。教室までの少しの間、僅かな距離を保ちながら歩く。教室のドアの前へと来た時、俺は足を止めた

 

「…………手伝えることがあるなら手伝う。頑張れよ」

 

それだけ伝えると、途端に気恥ずかしくなり足早に自分の席まで行って腰を下ろす。お礼を言われた気がするがそれを認識すると余計に恥ずかしくなるので敢えてスルー

 

「よっす、今日も鉄仮面が冴えてるぜ総一」

 

「孝太郎………潰すぞ?」

 

「何を!?」

 

目の前の友人からの挨拶に適当に返しておく。内心では未だに結構恥ずかしいのだが………やはりこの顔には全く出ていないらしい。今ほどこのポーカーフェイスを有り難く思ったことはないだろう。俺の顔は本当によくわからない。偶に結構簡単に表情が出る時もあれば、全く、全然と言っていいほど出ない時が大半である。ここでは崩れたことはないがな

 

鞄から筆記用具と教科書などを取り出して机の上に置き、鞄を掛ける。それから俺は目の前の友人、孝太郎と一言二言言葉を交わした。今日いきなり予習が必要だったことを聞いた孝太郎が俺のノートを必死に映しているのが背中越しにわかる

 

ゆっくりとした動作で頬杖をつき、始業の時間まで俺は窓から見える景色を眺めていた

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

 

「アイドルだよ!海未ちゃん、ことりちゃん!」

 

休み時間、穂乃果が数冊の雑誌を手にし海未とことりの席へとバン!と置く。その音に二人は少しだけビックリしながらも、穂乃果の言葉に首を傾げた

 

「あのね!」

 

穂乃果はアイドル、という考えに辿り着いた経緯を話す。この学院を廃校の危機から救うには、この学院をアピールして、入学したいという人を増やせば必然的に廃校も無くなるはずである。そして昨日、妹である雪穂が学校から持ち帰ったUTX学院のパンフレットを見てみれば、そこには超人気スクールアイドル、A-RISEが。気になり今日早起きしてUTXまで行ってきたのだと言う。寝坊したわけじゃなかったらしい。なんとも珍しい、と二人は思ってしまった

 

そしてふと、ここで海未は悟った

 

「(この流れは………)」

 

不穏な空気を悟ると同時に、熱に浮かされたように話す穂乃果に気付かれぬように席を立ち上がり、ソロリソロリと教室を後にする。どこぞのポーカーフェイスが海未を一瞥し、それに海未も気付いたが反応している暇もない。休み時間が終わるまでどこかで身を潜めなくては、そう思い引き続き抜き足差し足忍び足、教室から脱出することに成功した

 

「海未ちゃんどこ行くの!?」

 

だがしかし、現実はそんなに甘くはない。教室を出て安心したのも束の間、海未の不在に気付いた穂乃果がドアから顔を出し海未の名を呼んだ

 

「良いこと思い付いたんだから聞いてよ〜!」

 

「何が良いことですか、どうせアイドルをやろうとか言い出すのでしょう!?」

 

「嘘!?なんでわかったの!?流石幼馴染み!!」

 

「誰だってわかります!!」

 

やはりか、海未は心の中で自分の予想が当たってしまった。こんなに予想が当たって残念だったことはそうないだろう

 

「やろうよアイドル!」

 

「やりません!」

 

周りの目を気にせずに「やろうよ!」「やりません!」の水掛け論。周りもなんだなんだと二人のやり取りを眺めている。そして、その終わりを迎えさせたのは海未だった

 

「その人達は並々ならぬ努力をしたからこそ今があるのですよ!?穂乃果のように思い付きでやってみるのとは訳が違うのです!!はっきり言います…………アイドルは無しです!!」

 

「そんなぁ〜…………」

 

WINNER 園田 海未

 

勝敗が決すると共に周りのギャラリーも引いていく。勿論その中にはことりと鉄仮面の姿もあった。海未は二人の元へ歩き、そろそろ始業の鐘が鳴るので教室へとことりと共に入る。その際ことりは、先々と教室に入っていく海未を追い掛ける前に総一へ耳打ちする

 

「もしもの時はお願いね」

 

美少女に耳打ちされても鉄仮面が剥がれない総一。いや、実は内心では結構恥ずかしがっているのだが、表情に出ない限りわかる人もいない

 

「もしもって………なに」

 

ことりが教室へ入るのを見送った総一は呟いた

 

だがそんな呟きも始業の鐘がすぐさま掻き消す

 

「宮野、席座れよー」

 

「………はい」

 

授業をしに来た教師にそう言われ、返事を返して総一は教室へと入っていった

 

 

 

======================

 

 

 

 

そんな訳で放課後。何がそんな訳なのかわからないが放課後である

 

「よし」

 

総一は一人、秋葉原にあるスクールアイドルショップへと来ていた。最近出来たからかはわからないし時間帯も関係しているのか、人の出入りが多い。だがやはり、学生が圧倒的割合を占めているようだ。総一の知らない制服を着た女子、一度家に帰ったのか私服で品物を見ている男子、見た目が如何にもオタク然とした男から眼鏡の女の子に引っ張られる、語尾にニャーと付ける同じ学校の女子までいる

 

「か、かよちん待つにゃ〜!そんなに急がなくても大丈夫だよ〜!」

 

「もう売り切れちゃってるかもしれないんだよ!?」

 

店の入り口には大きく今超人気のスクールアイドル、A-RISEのグッズが置いてある

 

「へぇ、A-RISEって書くのか」

 

その名前を見つけそう呟く総一。A-RISEのメンバーである三人が映ったポスターを少しだけ眺め店内へと足を運び入れる。店の中から流れる音楽はどこのスクールアイドルのものだろうか、そんなことを思いながらお目当ての物を探すべく一層賑わいのある場所へと進んだ

A-RISEのグッズは店に入れば、入り口付近からでもよくわかる程大きく見出しがある為に分かり易い。A-RISEのグッズが並んでいる前へ、帽子を目深く被っている人と並ぶように立つ

 

「流石は、人気アイドル」

 

殆どが売り切れ掛けているのを見て総一は内心驚きながら、運良く残っていた限定グッズを一つ手に取る。そこに描かれているのはおデコがチャーミングなA-RISEのリーダー、綺羅 ツバサちゃんであった

 

「おデコ………ツバサちゃんか」

 

おデコですんなりと名前が出て来たようだ。なんと言う覚え方だろうか、例えチャーミングポイントだと言ってもその覚え方はあんまりではないだろうか。ここに本人が居ればどんな反応を示すのだろう………いや、そこはアイドル、笑顔を浮かべてくれるに違いない

 

「おデコって………覚え方、おデコって………」

 

「………?」

 

横の、帽子を目深く被った人が総一の言葉に反応してか呟いていた。それを不審に思った総一は少し思考を巡らせる。総一は普通よりも耳が良い方だった。それだけに横の人の小さい呟きも聞こえてしまっていたのだ

 

「(まさか、ファンの人を怒らせてしまったのか………?おデコが悪かったのか………。いや、でも話に聞いた限りじゃあおデコとしか聞いてないような?てか、おデコを売りに出しているんじゃないのか?でも、俺的に印象に残る場所がどこかと聞かれたら……)………やっぱり、おデコしかないな」

 

総一なりに必死に考えてみるがやはり総一の知る綺羅 ツバサちゃんとはおデコが出ているアイドルというイメージしか持っていない。故にどこまで行ってもおデコである。これは何も総一が悪いわけではなく、おデコばかり話していた総一の友人が悪いわけであり、実はおデコ以外にも話していたがそれを聞いていなかった総一も悪いわけであったり………結局どちらも悪いことが証明されてしまった、驚きである

 

そして最後、口に出してはいけない気がするのは気のせいでもなんでもないことを隣の帽子の人が裏付けていた

 

「(ううむ、早目にここから離れた方が良さそうだ)」

 

そう結論付けて適当な限定グッズを複数個取りレジへ急行する。一体あの帽子の人は何だったのか、長い間解けぬ謎になりそうだ。別段解くような謎でもなかったりするのだが

 

「しかし、限定品を買えてよかった」

 

店の外へ出てホッと安堵の息を吐く。頭の中では妹の喜ぶ顔、その顔を思い浮かべ内心だけでニヤけるというわけのわからない状況になっているが、顔に出ないのだからしょうがない

 

帰って早速妹に報告だと意気揚々と帰路に…………

 

「ちょっと良い?」

 

つく前に誰かに呼び止められた

 

「………?」

 

一体どこの馬の骨が我が道を邪魔するのか、そんな益体もないことを考えながらも顔だけを向ける総一。無表情がゆっくりと振り向く様はなんだか見る人から見れば少し恐いものがある

 

「(げ………)」

 

見てみればそこにいたのは、さっき何やら呟いていた帽子を目深く被った人だった。よくよく見てみれば体付きから女性だということがわかる

 

「これ、A-RISEのライブチケット」

 

短く発せられた言葉と共に、目の前に一枚の紙切れが差し出された

 

「………何故俺に?」

 

帽子の女性の行動がよく理解出来なかった。それもそうだろう、恐らくこの女性はA-RISEのファン、そんな人が何故何の繋がりもない総一にそんな大層な物を渡すのか

 

「えーっと………実は当日に用事があるの。代わりに行ってくれない?」

 

「だから何故」

 

帽子のツバを更に下に下げながら言う彼女に更に追い討ちをかけた。誰だろうと容赦のない鉄仮面である

 

「………取り敢えず、必ず来て。おデコだけじゃないってことわからせてあげる」

 

「どういうこと………あ、おい」

 

チケットを強引に押し付けて足早と去って行く彼女を追いかけようとするも人混みが邪魔になってなかなか進めなかった。何故彼女はあんなにスルスルと進んで行けるのか甚だ疑問に思いながら、手に握り締めさせられたチケットをどうするかを考える

 

「(………今週の土曜か。千尋にでも………俺に渡されたんだから俺が行くべきなのか?確か土曜はバイトのシフトが………いや、ズラして貰えばいいか)」

 

強引にとはいえ意外にも律儀に行くことを決めた総一。無くさぬように財布の中にチケットを入れる

 

「しかし、物好きな人もいるな」

 

帽子を目深く被ったあの女性に対し、物好きなだと印象付けて帰路へ着く。またどこかで出会いそうな、そんな奇妙な可能性を感じながらアキバの街を歩き出した

 

 

 




一体あの帽子を目深く被った女性はダレナンダー


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閑話 俺が無表情が嫌いじゃなくなった理由

俺は、この顔が好きじゃなかった

なかった、ってことは、今は好きなのかと聞かれると、好きとは言えないだろう。だけど、嫌いではなくなった

その理由なんて、他人からしたらひどくちっぽけなものかもしれない。そんなことか、と嘲笑されるかもしれない。だけど、俺にとってはそれ程大きなことだった

あれは、高校一年の夏。まだ蝉の鳴いている時期だった


 

 

「お先に失礼します」

 

「おーう、今日もお疲れちゃん」

 

「気を付けて帰ってね〜」

 

今日のバイトは終わった。いつもお世話になっている店長や先輩方へ挨拶を済ませる

 

いやぁ、今日も頑張った。高校生になってバイトを始めて早数ヶ月…………学校でできた友達の家であると言うこの喫茶店『バース』に雇ってもらったのだが、最初は不安で仕方なかった。今ではそんなこともないがな

 

「あ、そうだ。総一君」

 

「……?はい、なんでしょう」

 

店を出ようと思ったら店長の奥さん、さくらさんに呼び止められた

 

「実は今週の土曜日、私と明さんにちょっと用事ができちゃって」

 

頬に手を当てながら少し困った顔を作って言うさくらさん。一児、しかも俺と同い年の息子を持っているというのにお若い限りです。全く、最近の母親はどうなってるんだ?友穂さんと言い、さくらさんと言い、うちの母親も見習って欲しい

 

………いや、まあ若い部類には入るんだがな。見た目は

 

しかし、土曜日に明さんとさくらさんがいないのか。確か土曜日は………8月3日だったな。シフトも入っていないし、入って欲しいと言うお願いだろうか?

 

「その日、孝太郎と二人だけでお店番頼めないかしら?」

 

……………は?

 

「孝太郎と二人だけ………?」

 

ジャストモーメントですさくらさん。二人だけってなんの冗談ですか?ここ喫茶店って言っても、二人で回せるようなもんじゃないですよね?丁度孝太郎はホールで、俺は厨房ですけど、明らかにバイト始めて数ヶ月の人間に任せて良いもんじゃないですよね?

 

「他の先輩方は………」

 

俺は助けを求める為に先輩方の方へ目を向ける

 

「俺もその日用事があるから無理だわ。頑張りたまへ、ソウ君」

 

「ソウ君はやめてください関根先輩。………山田先輩」

 

「私も用事があるから無理なんだよね。ごめんね?」

 

そ、そんな…………!

 

「このこと、孝太郎は?」

 

「ダーイジョブタイジョブ、そんな心配すんなってソウちゃん」

 

「ソウちゃんもやめてください、店長」

 

軽快な男性の声が厨房から響いて、その後に店長が姿を現す。いや店長、ダイジョブ言いますけどダイジョブじゃないですよ

 

「ソウちゃんも頑張って、早くこれだけ稼げるようになんなきゃな!その為の練習だと思いな」

 

店長は人差し指を立てて俺に笑顔を見せてくる。そんなイケメンな笑顔を見せて貰っても納得出来ませんよ。それに一億も稼ぐ気なんてありませんからね?俺は

 

いや、でも欲しいかと言われれば欲しいかな

 

「…………わかりました。どうせもう決定事項なんですよね?」

 

「ありがとね。総一君は嫌な顔一つしないから嬉しいわ」

 

「いや、嫌な顔が出ないだけです」

 

…………そうだ。生まれてこのかた、俺の顔には感情が出にくい。出たと思えばただ目を見開いて驚いただけの顔だったり、精一杯変わっても、眉を寄せるぐらいだ

 

それこそ、笑ったことなんて記憶にない

 

「いっつも無表情だよなー、ソウちゃん」

 

「………それについては触れないでください」

 

俺だって気にしてるんだ

 

「あぁー…….悪い」

 

やべ、少し語気を強くしてしまった

 

「いえ、こちらこそすみません。それじゃ」

 

俺は逃げるように店から飛び出した。あそこにいても、気不味くなるだけだっただろうから

 

「…………甘いもん、買いに行くか」

 

そうだ、和菓子が良い。和菓子が食べたい。『穂むら』の饅頭が、食べたい

 

 

 

ブー………ブー

 

「…………?」

 

携帯が鳴った。こんな時に、一体誰だろうか?と言っても、掛けてくる人なんて少ないのだけれども

 

『もしもし、総一?』

 

『…………もしもし』

 

母さんからだった。またくだらない用事だろう、そう当たりをつけて応答すると母さんの変わらぬ声が聞こえてくる

 

今はあまり気分が優れない。出来ることなら早々にこの電話を切ってしまいたいのだが

 

『今週の土曜日ね、実は穂乃果ちゃんの誕生日なのよ?知ってた?』

 

「へぇ、そうなのか」

 

『と言うわけだから土曜日、予定開けときなさいね。穂乃果ちゃん楽しみにしてたわよ〜♪』

 

「………………」

 

何が、と言うわけだから、なのか非常に理解が出来ない

 

『穂むら』へ向かう途中、母さんから着信が来たと思えばこれだ。大体の概要は理解出来た。ただ、どうしても納得がいかないし、既にこちらはバイトのシフトが入ってしまったから無理だ

 

「高坂さんの誕生日を祝うのはいい。なんでもっと早くに連絡して来なかったんだ」

 

『あぁ、ごめん。後から連絡入れようと思って』

 

…………まあいい

 

「遅い。もうシフトが入ってる。昼からキッカリ」

 

『ズラしてもらえば?』

 

「無理」

 

『えぇ!?じゃあどうすんの!?』

 

俺が知るか。大体、本人に確認も取らずに話を進める母さんが悪いんじゃないのか?

 

自然とイライラが募る。足元にあった小石を蹴飛ばした。幸いこの通りは誰も人が通っておらず、猫一匹いやしない。苛立ちのままにもう一度近くにあった石を蹴り、舌打ちをする

 

「どうするもこうするも…………なんで先に俺に連絡入れなかったんだ」

 

『だから、後で入れようと………』

 

「俺がバイトしてることぐらい知ってるだろう!!土曜日にシフトが入ることくらい、予想出来るんじゃないのか!」

 

『…………ごめん』

 

「……………」

 

小さくなった母さんの声を聞いて、沸騰した頭がゆっくりと冷静さを取り戻していく

 

久しぶりに声を荒げた。普段あまり大声は出さない方だと自覚はしている。少し、怖がらせてしまったかもしれない

 

「取り敢えず、高坂さんの誕生日には何かプレゼント用意するから、それを持って行って納得してもらってくれ。後から俺からも謝っとくから」

 

それだけ言って、返事も聞かずに通話を終了させ、ゆっくりと耳元から携帯を下ろす

 

右手に握る携帯の、黒くなった画面に視線を向けると、いつもの無表情がそこにあった。画面に映る自分に目が合う。きっと、さっき声を荒げた時もこの顔だったんだろう。そう思うと途端にこの顔が憎らしくなり、なんならもういっそのこと笑顔の形でも作って、何かで固めてしまえば良いんじゃないかと思った

 

…………どうやら俺は、この顔が嫌いみたいだ

 

「ふぅ………」

 

溜息を吐いて、『穂むら』へ向けて歩き出す。この角を曲がればすぐだ

 

ゆっくりとした足取りで角を曲がると、すぐ側に『穂むら』の看板が見える。その下を通り、入り口の戸を開けて中へ入るとここ数ヶ月、何回か通って見慣れてしまった店の風景があった。カウンターでは友穂さんがお団子を摘み食いしている

 

「ん、あら………いらっしゃい、総一君じゃない。お団子食べる?」

 

「いえ」

 

友穂さん、それ売り物なんじゃないですか?

 

「そう………今日はどうしたの?お買い物?安くしとくわよ〜♪」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、穂むら饅頭を一箱」

 

「はい、毎度あり♪穂乃果や雪穂なら家にいるわよ。上がってく?」

 

ぐ………今一番会いづらい人の名前を………!

 

どうする。このまま言っておくべきか、それとも当日に母さんから伝えてもらうべきか。高坂さん楽しみにしてるって言ってたしな、祝ってもらうのが嬉しいんだろう。それを壊すのは………いや、後で言っても同じだよな。どうしよう

 

「いえ、良いです。今日は和菓子を買いに来ただけなので」

 

よし、ここはヘタレになり切ろう

 

「そっか。はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

会計を済ませて帰路につく。結局問題を先送りにしたわけだが………

 

「あぁ、憂鬱だ」

 

もう一度溜息を吐いて、ゆっくりと俺は歩き出すのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

カランカラン♪

 

「おっす、来たか総一」

 

「あぁ」

 

8月3日、とうとうこの日が来てしまった。結局あれから高坂さんには伝えていない。今頃母さんから話を聞いて、落胆しているのだろうか。………いや、まあプレゼントは母さんに持たせたし、大丈夫だ

 

大丈夫………だよな?

 

「はぁ……」

 

「おう、どした。無表情で溜息とかなんか恐えぞ」

 

「刻むぞ」

 

「ゴメス。…………んで、どうしたよ?」

 

「別に」

 

特に言うことでもないので濁しておく。聞いたところで酒の肴にもならんだろう。酒を飲むわけじゃないがな

 

「ふーん、まあ良いや。そろそろお客さん来るぞ、準備しとけよ」

 

「わかってる」

 

……………さて、今日も頑張るか

 

 

 

 

 




日、跨いじゃった………しかも前編ていう


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閑話 俺が無表情が嫌いじゃなくなった理由 2

「冷やおでん二つだ」

 

「わかった」

 

孝太郎がオーダーを取り、それを俺が聞いて用意に取り掛かる

 

「…………孝太郎、今更なんだが」

 

「わり、忙しいから手短に」

 

「この店、喫茶店だよな?なんでおでんがあるんだ?」

 

「親父が好きだからに決まってんだろ?わかりきったこと聞くなよな」

 

「いや、でも………まあいい」

 

どこか納得出来ないがオーダーを受けた以上、そして店のメニューにある以上出さないわけにはいかない。いかないんだが、冷やおでんって………確かに大根に味が染み込んでうまいけどさ、なんでおでん?態々夏用に温かいのでなく少し冷えたおでんを作らなくても………どんだけ好物なんだよ店長

 

「今日はおでんの出が多いな」

 

何故か今日に限っておでんの注文がよく来る

 

この喫茶店に来てまでおでんを食べる人なんて決まって常連さんかメニューを見て興味を持ったチャレンジャーくらいだ。この店の常連さんは店長の昔からの知り合いらしいが………その常連さんが何故か今日に限って多いのだ。店長がいない時を見計らって来てるのか?…………いや、店長はそう嫌われるような人柄じゃないし、何より嫌いならば店には来ないだろう。それに店長と仲良さそうに話していたのも目撃している

 

……………もしかしたら俺は運が悪いのだろうか。今日に限って常連さんラッシュとは

 

幸いおでんは店長が沢山作り置きしてくれている。後は盛り付けて出すだけだ

 

「総一、おでんお代わりだってさ。あと、二番にショートケーキな」

 

「了解」

 

お代わりとか気前良すぎんだろ店長!?どんどん無くなってるんだぞ!?

 

せっせせっせと受けたオーダーを消費していく。開店から数時間、常連さんが多いからか知らないが結構人が入っている。これは決定だ、俺は運が悪い。誰か、今日から俺を超高校級の不運と呼んでくれ

 

「はぁ……」

 

今頃高坂さんの家では盛大にお誕生日パーティーでも行われているんだろうか。べ、別に行きたかったわけじゃないぞ。友達の誕生日を祝うパーティーってのを一度してみたかっただけなんだからな!

 

……………虚しい。しかもこれ行きたいって言ってるようなものじゃないか

 

どうせ俺がいなくても皆で楽しくやってるよな。うん、ダイジョブダイジョブ。店長もそう言ってる

 

「どうした、また溜息なんて。てか、それやめろ」

 

何の気なしに冷蔵庫のドアを開閉してると注意されたのでそちらを見る。孝太郎が注文された品を置いておくカウンターにもたれ掛かりながらこちらを見ていた

 

「孝太郎、注文はどうした」

 

「全部届け終わったよ。んで、珍しくも溜息吐いちゃってまぁ、どうしたんだよ。悩みがあるんなら聞くぜ。友人兼バイトの先輩の俺がな」

 

「ドヤ顔ウザいです先輩」

 

「敬語なのに何故か傷付く不思議!?」

 

そんなことはどうでもいい

 

「別に、溜息吐くことぐらい誰にだってある」

 

「お前はそれ自体珍しいって言ってんだよ。話せって、今なら余裕あるから」

 

と、言われてもだな。話したって特に良いもんでもないだろうに、何故聞きたがるのか

 

恐らく純粋に俺のことを心配してだろうが………こいつとの付き合いも長い方じゃない、なんだ、こんな一面もあったんだな。これは意外な発見だ

 

「別に、本当に大したことはないんだが………まあ、いいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりお前、行きたいんじゃん」

 

「…………」

 

ありのままそのままに話した俺は孝太郎の言葉に押し黙る

 

うん、まあね。過去形ではあるが行きたかったのは事実だけど、そんなキッパリ言わなくてもいいじゃない?

 

「は〜………そう言うことはなんでもっと早くに言ってくれないんだよ」

 

「言えるわけないだろう。シフトも決まった後だったし」

 

母さんのせいで俺だって困らされたんだ。休み明けとか謝らないと駄目なんだぞ。園田さんとかから恐い反応返ってきそうなんだぞ?だってそうだよね。当日まで何の連絡もせずに急にボイコットだもんね。俺でも怒る、誰だって怒る

 

「あー、実はだな総一」

 

「どうした」

 

非常に申し訳なさそうに、それでいて真剣な顔を作る孝太郎に俺も自然と顔が強張っ…………いや、どうせ変わってないな。セロハンテープで無理矢理固定してやろうかな、この顔

 

「実は、今日は『チリンチリン♪』

 

何かを話そうとした瞬間にレジの呼び鈴がそれを遮る。暫しの間目を合わせた後、俺が顎でレジへ行けの合図を出すと苦い顔でレジへ向かって行った。ここからレジが見えるので、頬杖をついて眺める

 

「ありがとうございました、またのご来店お待ちしております。…………いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

 

会計を済ませた後に笑顔でお客さんを見送り、接客する孝太郎の横顔を見ると、俺もあんな風に笑えればと毎回思う

 

銀色に光る冷蔵庫に微かに映る自分を見る。頬を掴み、少し伸ばしてみると変な顔が出来上がった。次に口の端を人差し指で上へ押し上げてみる。ぶん殴りたくなった

 

無駄だと思い手を離し、肩を竦める

 

「総一、四番にチョコレートケーキ二つ、あとブレンドコーヒーだ」

 

孝太郎の声を聞きすぐさま行動に移した。保存してあるチョコレートケーキを…………

 

「………ない」

 

二つとも、ない

 

忙しくて既に無くなっていることに気が付かなかった。思えばこの二つだけ、他のよりも数が少なかったような気がする。さっき出したのが最後の一個だということに気が付かなかっただなんて…………!

 

「マジかよ………どうすんだ、総一」

 

「ない物はしょうがない。お客さんには悪いが、別の物を注文してもらおう」

 

今から作ろうにも時間がかかりすぎる。諦めてもらう他方法はない

 

「いや、それは駄目だ」

 

なに…………?

 

「どういうことだ」

 

「出来るだけお客さんのニーズには答えたいもんでな。ないなら代わりのもん作れ、なんとかしろ。…………今日は、お前が厨房を任されてるんだぞ」

 

「そうは言っても………」

 

どうしろと言うんだ

 

キョロキョロと周りを見回してみるが普段助けてくれる先輩方の姿はない。ここには俺一人、俺がどうにかしなければいけない。冷蔵庫を開けて材料を確かめる。チョコレートはある。パンケーキにするか?いや、うちのメニューにあるしな。孝太郎も納得しないだろう

 

冷蔵庫の中には他に…………色々あるなぁおい

 

「………ん?これは」

 

俺はとある物を発見する

 

ボウルに入ったそれは何かの生地だった。既に水を入れた後なのか丸くくるめられている

 

「もしかしてこれは……………よし」

 

決めた

 

「孝太郎、お客さんにチョコレートケーキがないことを伝えてきてくれ」

 

「だから、出来るだけ「そこにこう付け足して伝えるんだ」

 

「その代わり、当店にないメニューをご提供します…………ってな」

 

俺はそれだけ伝えてすぐに作業に取り掛かった

 

…………ん?まだ孝太郎が動いてないな

 

「何してる、早く行け」

 

「………ふっ、りょーかい」

 

そう言って何故か笑みを浮かべながら孝太郎は戻って行った

 

 

 

 

 

「合格だな。総一」

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

お、終わった…………やっとバイトが終わった

 

入り口の札をcloseにした後、俺は孝太郎と二人だけになった喫茶店の机で突っ伏す。今日も一日大変だった

 

チョコレートケーキが無く、なんとかしろと言う孝太郎には軽く絶望感を覚えたが、なんとか乗り切れたことだし良しとしよう

 

あの時、冷蔵庫にあった生地はドーナツの生地だった。と言っても、普通にパンケーキの用のものだったのだが………アレを油で揚げることでドーナツを作った。チョコを溶かしてコーティングしたかったが、冷やしている時間が無かったので輪っかにすることはせず、少し薄い円状の形で二つ揚げた。その間に溶かしたチョコと、フルーツを刻んだものを少量挟み、手が汚れないように紙で包めば完成だ。お客さんに何も言われなかったし、悪くはなかったんじゃないだろうか

 

「いやぁ、お疲れ!頑張ったな」

 

「ホント疲れた。孝太郎もお疲れ様」

 

俺は机に突っ伏したままで孝太郎とお互いを労い合う。ホントに疲れた。このまま家に帰ってベッドに横になりたい

 

…………ここに泊めさせてもらえないだろうか

 

「そんじゃ、こっから後片付け…………」

 

うへぇ、そう言えば後片付けがあるんだった

 

「といきたいとこだが、総一。お前は行かなきゃならんとこがあるだろ?」

 

「は?」

 

今から行かなければならない場所?そんな場所…………あっ

 

「お前まさか」

 

突っ伏していた顔を孝太郎の方へ向ける。孝太郎を一瞬視界に捉えるが、それはすぐに消えた。目の前に何かがガサリと置かれたからだ。体を起こして見てみると、タッパーと紙包みが入ったビニール袋だった。横では俺の荷物を持った孝太郎がドヤ顔で待機している

 

「そのまさかだ。ほれ、残りのおでんと………お前が作ったドーナツの残り、持ってけ」

 

「ドーナツはわかるが、何故おでん」

 

「全人類が好きだからに決まってんだろ?わかりきったこと聞くなよな」

 

「いや、それはおかしい」

 

単純にお前と店長が好きなだけだろう

 

「いんだよ、早よ行け」

 

「でも、もう8時だぞ?今から行っても迷惑にしかならないだろう」

 

今から向かうとなると、9時近くになってしまう。和菓子屋なんてとうの前に閉まっているぞ

 

「それでも、祝いたかったんだろ?高坂さんの誕生日」

 

「……………」

 

…………はぁ、わかった

 

「行ってくる」

 

「おう、行ってこいや」

 

ビニール袋を手に取ると、背中をドンと叩かれた。その勢いで走り出す

 

「…………ありがとな!」

 

店を出る前に孝太郎にそれだけを伝えて、俺は『穂むら』へ向かって走り出した

 

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

 

「はっ………はっ………」

 

『穂むら』の看板の前で立ち止まり、膝に手を付いて息を整える。店の電気はすっかり消えている。まあ、しょうがないことだろう

 

何故かここまで走ってきてしまった。なんで俺走ったんだろう………そりゃあ、走らなきゃ駄目な雰囲気はあったけど、無理して最後まで走らなくてよかったかもしれない。高校からは部活をしていないから、体力は下がっていく一方だというのに………いや、まあ土日に走り込んではいるがな

 

「………ふぅ」

 

よし、息は整った

 

インターホンを鳴らしても良いが、なんとなく携帯を取り出して高坂さんをコールする。連絡先は音ノ木坂に受かった時にお互い交換しあった。あまり連絡はしないがな

 

『はい、もしもし穂乃果です!』

 

すぐに携帯から快活な声が飛んでくる

 

「夜分遅くにすまない。宮野だ」

 

『ううん、全然良いよ。どうしたの?』

 

「取り敢えず、会って話がしたい。下まで来れるか?」

 

『え!?外にいるの!?わかった、今すぐ行くね!』

 

俺が言うとドタドタと慌てたような音がしてすぐに通話が切れる。携帯をポケットに戻し、暫し待っていると店の戸がガラガラと音を立てながら開いた

 

「こんばんは」

 

「こんばんは」

 

お互いにまずは挨拶を交わす

 

「バイト帰りかな。それって制服?」

 

「ん?…………あ」

 

そう言えば着替えずに荷物だけ引っ掴んでここまで来たんだった

 

「これはお恥ずかしい」

 

「あはは、顔は全然そんな表情してないよ?」

 

それはしょうがないんだ。触れないでくれ

 

………おっと、そうだ。こんなことをしている場合じゃない

 

「まず今日は、皆と一緒に誕生日を祝えなくてごめん」

 

「ううん、バイトだったんだよね?それじゃあ仕方ないよ!」

 

高坂さんは笑って許してくれた。やはり、俺がいなくても楽しくお祝い出来たようだ

安心した反面、少し寂しいような気もする

 

「そうか………プレゼント、俺なりに選んでみたんだがどうだ?」

 

「うん、可愛いプレゼントありがとう!早速付けてるんだ♪」

 

どう?と言いながら自分のサイドポニーを見せてくる高坂さん。見てみると、サイドポニーは苺のゴムで結ばれている

 

俺から高坂さんへ誕生日プレゼントは、苺のゴムだった。女の子に誕生日プレゼントなんて、千尋にくらいしかあげたことがないから何をあげれば良いのかが全くわからなか、悩んだ末にこうなった。何時ぞやに、苺が好きだと言っていたのを思い出したから、苺のゴムにしてみた

 

「気に入ってもらえたなら良かった」

 

まああまり高い物ではないが、気持ちということで

 

「最後に、誕生日おめでとう」

 

「うん、ありがとう!」

 

「これは遅れたお詫びと言うか………まあいい。受け取ってくれ」

 

右手のビニール袋を高坂さんに手渡す。高坂さんは中を開き、紙袋の中とタッパーの中身を確認するとパァ、と顔を更に輝かせた

 

「おいしそう!おでんにこれは……….揚げパンかな?」

 

うーん、惜しい

 

「ドーナツだ」

 

「ドーナツ!やったぁ!!」

 

ドーナツと聞くや否やその場でクルクルと回り始めた。全く、本当に賑やかな娘だ

 

……….そろそろ帰るかな

 

「それじゃあ高坂さん、俺はもう帰るよ」

 

「え、もう?もう少しお話したかったのに………」

 

「お話ならまた学校ででも出来るさ。それじゃ」

 

俺は踵を返して歩き出す

 

「あ、待って!」

 

しかし、高坂さんによって止められてしまった。高坂さんの手が俺の手をしっかりと掴み、側から見れば手を繋いでいるように見えなくもない

 

「どうした?」

 

「えっと………実はね?宮野君が今日来れないって聞いた時、ちょっと寂しかったんだ」

 

……………え?

 

「高校生になってから、いっつもじゃないけど宮野君と私と海未ちゃんとことりちゃんの四人でいることも少なくなかったでしょ?だからかも。宮野君にも私の誕生日、皆で一緒に祝って欲しかったかなぁ………って」

 

テヘヘ、と頭を掻く高坂さんの顔は街灯に照らされて、赤くした頬もはっきりと見えた

 

可愛い、と純粋に思ってしまう。顔には出ていないだろうが、俺の心臓はさっきからいつもよりも早いビートを刻んでいた。これはずるい、こんなこと言われてこうならない男なんていたら、そいつは本気のホモ野郎か、もしくはその娘に魅力が無さすぎるだけだろう

 

…………しかし、寂しかった?俺がいなかったから?本当に?

 

こんな、無表情な男なのに?

 

「俺といても、楽しくないんじゃないか?俺は顔に出ないから」

 

そうだ、面白い話をしても基本俺は無表情。笑いを共有するって言うことが出来ない奴なんだ

 

「そんなことないよ!宮野君は海未ちゃんでも知らないことを知ってるし、なにより面白いお話してくれるよ?それに宮野君の無表情、私は羨ましいと思う時があるけどなぁ」

 

はぁ?羨ましい?

 

「俺がか?」

 

「だって、ポーカーとかしたら超強いじゃん!ババ抜きとかジョーカー持ってるかどうか全然わからないし。私も結構うまく隠してるのになぁ………」

 

トランプのことばっかりだな。と言うかそもそも、トランプが強いのは単純に園田さんがわかりやすすぎるだけだ。四人でやった時大抵園田さんがドベじゃないか

 

「宮野君は嫌いなの?」

 

…………高坂さんも高坂さんでストレートに質問してくるな

 

「嫌いだ。俺だって、高坂さんのように自然と笑ってみたいよ」

 

これが、俺の本心だった

 

俺だって、高坂さんや孝太郎のように自然な笑顔が作りたい。この顔のせいで、昔友達とちょっとした喧嘩だってしたことあるんだ。小さい頃は特に気にしたりしなかったけど、中学、高校となるに連れどんどん気になるようになってきた。顔の表情筋がほぼ死んでいるのかと思ったから、それっぽいのを通販で漁ってみようとも思った

 

………友達の誕生日を祝うのに、笑顔で祝うことすら出来ない

 

だから俺は嫌いなんだ。この顔が

 

「大丈夫だよ!」

 

下を俯いた俺の手を握り、高坂さんはそう言った

 

「今きっと、宮野君は力を溜めてるんだよ」

 

「………?」

 

力を、溜めてる……?なんのだ

 

「いつか、宮野君の顔が笑顔になる時まで、ずっと、ずぅっと!きっと、宮野君の顔は力を溜めてるんじゃないかな?」

 

「なんの為にだ?」

 

「最高の笑顔を作る為だよ!」

 

そんなわけ………

 

「大丈夫、きっとそうだよ。ね?」

 

「…………」

 

俺の顔は、今力を溜めてる

きっと笑顔になる、その時まで力を溜めてるのか

 

本当に、そうなのか?もし、本当にそうなら

 

「あぁ、もしそうなら、大丈夫だな」

 

そんなわけがないと、否定することが出来なかった

 

高坂さんの笑顔を見て、大丈夫だと言う彼女を見て、そんな気が起こることはなかった

 

「うん!………あ、ごめんね!ずっと手を握っちゃってた」

 

「いや、いい」

 

高坂が慌てて飛び退く。握られていた手が外の、夏によくある蒸し暑い空気に晒されて変な感じが残る

 

「ありがとう」

 

短くそう伝える

 

「どういたしまして。それじゃあ、また月曜日に会おうね!」

 

「あぁ、また」

 

店に入って行く彼女を見届けて、俺も家に向かって歩き出した

 

「…………力を溜めてる、か」

 

頬を触ってみる。相変わらず、そこには無表情があるのだろう

 

だけど、もうただの無表情じゃない

 

「きっと、人類至上最高の笑顔だな」

 

もうそこに、無表情が嫌いな俺はいなかった

 

 

 

 




遅ればせながら、穂乃果ちゃんお誕生日おめでとう


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マネージャーになりました

家に帰るついでにゲーセンにある太鼓の超人でフルコンボを叩き出した後、クレーンゲームで運良くぬいぐるみが取れた

 

物凄く落ちそうな態勢であった為に、これは取らなくては!と謎の使命感に襲われるがままに300円程投資してしまった。別に特に欲しい物でもなかったんだが………やはりあの状態ならば取りたいと思ってしまうだろ?

 

「てか、なんなんだこれ………」

 

ピ○チュウのお面付けてるぞ。これ大丈夫なのか?主に大人の事情的な問題で…………おわっ!お面取れた!

 

…………まあいい、押入れにしまい込んでおこう

 

ピカチ○ウのお面の付いたぬいぐるみを持ってきたリュックサックの中に突っ込んで、ポケットから携帯を取り出す。これからグッズを買えたことを千尋に報告………あぁ、今の時間帯は部活かな。中学校最後の一年、是非ともこの一年を楽しんで欲しい

 

学校に携帯を持って行っているのかは知らないが、荷物として送っとけば良いだろう

 

千尋喜んでくれるかな………兄ちゃん大好きとか言ってくれたりして。兄ちゃんも大好きだぞ、千尋。絶対に嫁にはやらん………!

 

 

ブー………ブー………

 

 

「!」

 

いきなり携帯が振動した。着信だな、一体どこの誰だ………?

 

気分が良い為か名前を見ることもせずに応答する。耳に当てて向こうの出方を待っていると、今では随分と聞き慣れた声が聞こえてきた

 

『もしもし、宮野君?』

 

「NO. My name is アーノルド○シュワルツネッガー」

 

勿論嘘だ。伏せ字って声に出すの難しい………この、ピー音じゃなくてウゥウン!みたいな感じにするのがね。ん?ウゥウン!じゃないか。言葉に表しずらいな

 

『えぇ!?え、え!?こ、ことりちゃんどうしよ!外国人出ちゃった!?名前と名前の間になんか変な声混じってたけど!』

 

『ほ、穂乃果ちゃん落ち着いて!』

 

高坂さんだった。声が大きいからか南さんの声も聞こえる。相変わらず賑やかな娘達だな

 

因みに答えた名前は俺の好きな外国人俳優だ。一番好きな出演作品はラスト・アクション・ヒーローです。コマンドーも好きだな。てか、筋肉凄いよなあの人。一体どれだけ鍛えればあんな感じになるんだろう

 

『………ハ、ハロー?マイネームイズコトーリ』

 

「日本語でおk」

 

『穂乃果ちゃん!日本人だよ!?それにやっぱり宮野君だよ!』

 

『嘘!?もしもし、もしも〜し!』

 

何をやってるんだか………

 

「園田さんはいるか?」

 

『もう、宮野君の意地悪!』

 

何その言い方可愛い

 

『海未ちゃんなら今トイレに………あ、戻ってきたよ』

 

「変わってくれるか?」

 

『いいけど………なんか納得いかないなぁ』

 

「気のせいさ」

 

高坂さんだと話が進まないかもしれないし、園田さんの方がわかりやすく説明してくれるはずだ。人には適材適所と言うのがあるんだよ高坂さん

 

『はい、変わりました』

 

「あぁ。…………ところで、電話とは珍しいな?何か用が?」

 

『そこまで珍しいことではないと思うのですが………まあいいでしょう。用という程のことでもありません。明日、私達と一緒に登校しませんか?少しお話したいこともありますので。集合場所は変わっていませんから』

 

一緒に登校……?随分と久しぶりな提案だな。入学して数週間はよく待ち合わせて行ったものだ。実を言うと家から普通に直行した方が早いのだが………三人娘に誘われたらもう行くしかないだろう。行かなきゃ男じゃない

 

話したいことは何かは知らんが、特に断ることもないだろう

 

「りょ」

 

『普通に了解と言えないのですか………』

 

「それでも伝わったのだから良いだろ?」

 

『はぁ………あなたも大概ですね』

 

解せぬぞ園田さん。あなた"も"って、一体誰と一緒くたにしたんだ

 

『では、集合時間は7時30分でお願いします』

 

「その30分後でお願いします」

 

『…………やはり25分にしましょう』

 

何故早めたし

 

「では、特に遅れそうな高坂さんに10分前行動を心掛けるように言っておいてくれ。10分前行動だ、50分には来とくように………と」

 

『では、明日遅れないでくださいね?』

 

ツッコミすらしてくれないとは………最近園田さんへ向けてボケると冷たい反応が返ってきて困る。高坂さんや南さんのような反応をしてくれればもっと面白いのだが

 

「じゃ」

 

短く挨拶を済ませて通話を切る。何やら向こうで溜息を吐いていたような気がするが気にしたら負けである。偶にはいいじゃないか、ふざけても。人生お堅いことばかりでは息が詰まるだろうに

 

「ドーナツ買って帰ろう」

 

取り敢えず俺は目先にあるドーナツ店に足を運んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、いつもよりも早い時間に家を出た俺は待ち合わせ場所まで来ていた。ここは三人娘の家からほぼ等距離にあるちょっとした橋の上である。今日も青く晴れた空を見上げ、ゆったりとした足取りで既に集合していた、高坂さんを除く二人の元へ歩いた

 

「おはよう」

 

「おはよう、宮野君」

 

「おはようございます」

 

ふむ………朝から女の子と待ち合わせ、意外に俺ってリア充?やべ、爆発しちゃう

 

てか、高坂さんはどうした。10分前行動を心掛けるよう言ってもらったはずだが?いやまあ、俺も正しく言えば出来ているわけでもないのだが

 

高坂さんを待たなければいかず、三人で暫し会話に花を咲かせる。ここに来る途中、猫が目の前を過ぎったとか、それに対し黒猫か?と聞くとミケ猫だったらしい。うん、非常にどうでもいい

 

「おはよー!待った?」

 

「穂乃果ちゃん!おはよ〜」

 

程なくして高坂さんが元気に手を振りながら現れた。そして高坂さんの放ったセリフは正にデートの待ち合わせをしていたかのよう。こういう時にはこう答えねばならん。皆の者、よく聞いておけ

 

「2分32秒の遅れだ。よってギルティなので学校まで全力マラソンの刑に処す。意義も反論も認めよう」

 

「えぇ!?そんな、朝から全力疾走なんて疲れるよ〜!」

 

疲れさせたいんだよ。とは敢えて言わないし、そんな気もないしな。冗談だ、と一言言って先に歩き始めると後ろから宮野君の意地悪!と言った声が聞こえてきたが無視を決め込んだ。全くからかいがいがありすぎて困っちゃうな、高坂さんには

 

「早速だが、態々俺の出勤時間を早めた理由を聞いておこうか」

 

暫らく歩いた後、園田さんへ質問を投げかける

 

昨日言っていた『少し話したいこと』が昨日二分くらい考えても思い浮かばなかった。そりゃそうだ、たった二分だもの。でもこんな早い時間帯に集合はないと思うんだ。普段ならこの時間帯は家でパズドラとかしてます

 

「実はね、宮野君にお願いしたいことがあるの」

 

南さんが俺の質問に、少しだけ身を屈めて答えた。真横にいたからな、そんな上目遣いで見ないでもらいたい照れる

 

「お願いね。大抵のことは聞こう」

 

「ホントに!?やったね海未ちゃん、ことりちゃん!」

 

「待ちなさい穂乃果、まずは話をしてからです」

 

うむ、大抵のことじゃなかったら断るからね

 

取り敢えず説明求む、という視線を投げかけると園田さんは説明の為に口を開いた

 

「実は昨日………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、音ノ木坂をアピールする為にスクールアイドルをやるのか」

 

「うん!人気が出ればうちに受験したいって子も増えるよね!」

 

「まあ、人気が出ればな。しかし……………ふむ」

 

まあ纏めるとだな

 

一、現在音ノ木坂学院は廃校の危機に瀕している。理由は入学者数が年々減少していることにあり、このまま行くと来年には入学希望者数が規定よりも下回ると予想されているという。その場合、来年からは新入生を迎え入れず、ただ廃校を待つばかり

 

恐らくはこの理由の一端は共学化したことにもあるんじゃないかと思う。やはり裏目に出たようだ。学院側も一種の賭けだったんだろうな………

 

二、三人娘は音ノ木坂学院を廃校にしたくない。そこで高坂さんが思い付いたのはスクールアイドル。自分達がスクールアイドルとなり、学院をアピールすることで来年度の入学希望者数を増やすことが目的である

 

突拍子のないように感じられるが、まあ三人とも見た目は悪くないよりも寧ろ良い方なので、諸々の問題さえクリアすれば可能性は大いにあると言えるだろう

 

三、昨日それに関係さて部活を作る為に生徒会へ申請に行ったところ、人数が足りないと言われたらしい。しかも何故か、生徒会長直々にスクールアイドルを却下されたそうだ。これは手厳しい

 

まあ取り敢えず、部活設立の為の人数には届かなくても確実に確保出来る部員を確保しておこうと俺に話を持ち掛けた

 

ついでに言うとスクールアイドルの活動の方も手助けしてもらいたいのだと言う。今日明日辺りから練習を始めていこうと考えているのでそのサポート云々、俺が元野球部員だと言うことを知っているからか、野球とアイドルどちらも共通するような練習方法などがあったら思い出して、その指導をして欲しいとか

 

四、新入生歓迎会の放課後に講堂を借りるから、その申請に付き合え

 

俺がいる必要はあるのか、それは。そして何をするつもりだ………え、ファーストライブ?一ヶ月しかないぞ?

 

色々と言いたいこともあるがまずは置いておこう。三人娘がやる気になっているんだ。俺も手伝えることがあるなら手伝うと昨日言ったばかりだし、断るような真似なんてしない

 

「本気なんだな」

 

「勿論だよ!」

 

うむ、気概もよし

 

「よし、なら手伝おう。俺の名でよければ幾らでも貸す」

 

「ありがとう!」

 

「マネージャーゲットだね!」

 

マネージャー………?ほう、マネージャー。俺がマネージャー

 

あれか、練習の後にタオル渡したりスポーツドリンク渡したりすればいいのか。何気なくカロリーメイトとか渡してみようかな。練習後にカロリーメイト食ったら口の中がパサパサでカオスになったことがある。高坂さんあたりにしたら面白い反応が返ってきそうだな

 

うむ、是非ともやろう。真剣の中にもやはりおふざけって大事だと思うんだ

 

「よし、なら早速講堂の許可を取りに行こう!学校まで競走だ!!」

 

思い浮かぶ数々のネタを纏めていたら高坂さんがいきなり走り出した。え、なに?なんであの人急に走り出してんの?

 

「待ってよ穂乃果ちゃ〜ん!」

 

「急ぐと転びますよ!」

 

あ、二人も走り出した

 

何これ、俺も走らなきゃ駄目なの?夕日に向かってマラソンだ、ってか。時間的に無理だろ、どちらかというと朝日だよ。朝からダッシュとか怠いんですが

 

…………まあいいや、俺はゆっくり行こう

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

「遅いよ〜宮野君」

 

「勝手に走り出したのはそっちだろうに」

 

不貞腐れたような顔で文句を言う高坂さんを尻目に、三人娘に連れ添って生徒会室へと向かう。やはり俺がいる必要はあるのだろうか、甚だ疑問である

 

「穂乃果ちゃんとはまた違ったマイペースだよね」

 

「と言うよりも、捻くれ者の方が正しいかもしれませんね」

 

「失礼極まりないな。俺程真っ直ぐな人間はそういないはずだ」

 

「気の所為でしょう」

 

非常にどうでもいい話をしながら生徒会室の前までやってきた。園田さんが扉をノックすると中からどうぞ、と声が聞こえる。高坂さん筆頭に生徒会室へ三人娘が入って行くのをここで見届けようかと思ってたら南さんが俺の背中へ回り、俺も生徒会室へ押し込まれた

 

生徒会室には二人の役員がいた。方や金髪の明らかにどちらかの親が外国人なのではないだろうかという髪色の美少女さん、しかし顔立ちは日本人に非常に近いのでクォーターなんじゃないだろうか、と友達が言っていた気がする。確かこっちが生徒会長

 

もう片方が副会長、こちらは普通に美少女だ。一部分を除けばの話だが。確か………うちのクラスにたった五人しかいない男子のうちの一人、高山 蓮が一年の頃告白し玉砕した相手だったな

 

あの時は一年にしか男子がいなかったし、数も十人しかいなかったからな………皆で励ます為にカラオケやボウリングに行ったことは良い思い出だ。思えばあれから俺達十人の絆は深k(以下略)

 

「こんな朝から何の用?」

 

「講堂の使用許可を貰いに来ました!」

 

「生徒は部活動に関係なく、講堂の使用許可が貰えると生徒手帳にあったので」

 

明らかに敵意を向けて来ている生徒会長に臆さず答える高坂さん。堂々としてるなぁ

 

「新入生歓迎会の日の放課後やね」

 

「…………何をするつもり?」

 

「ファーストライブをします!」

 

おぉ、言い切った。残り一ヶ月しかないのによく言い切ったな

 

「まだ出来ると決まったわけじゃ………」

 

「そうです。まだ決まってないんですよ?」

 

「えぇ〜、やるよぉ!ね、宮野君!」

 

本人は確実にやる気らしい。それは良いのだが、俺に振るな

 

「やればいいんじゃないか?」

 

「なっ………」

 

しかし、俺も反対ではない。…………園田さん、その顔面白いな

 

一ヶ月でライブをやるのと、これから活動していく上で解消しなければならない問題はまだあるが、その幾つかは後回しにできないこともない。歌もダンスも既存のものを使えばライブをやること自体は可能だからな。学校内だけでの発表ということで、著作権に引っかかったりもしないだろう。………いや、元々気にしなくてもいいのか?そこら辺よくわからん

 

まあ取り敢えず、ライブやることだけはできるわけだ

 

「貴方は?」

 

「新しいメンバーです。歌いも踊りもしませんがね」

 

「君……毎週土日の朝に神社の前を走って通る子やね」

 

ん?確かに土日、走り込む時は神社の前は通るが、何故知ってるんだ?

 

…………まあいい、非常にどうでもいい

 

「昨日この三人にも言ったのだけど、貴方も二年生よね。残りの二年、どうするかをきちんと考えた方が賢明だと思うけど?」

 

「そうですか、頭の片隅に置いておきます」

 

あぁ、頭がお堅いタイプか。こういうのには適当に相槌打っときゃいいだろ

 

「そう………それよりも、出来るの?新入生歓迎会はお遊びじゃないのよ」

 

「出来ます!」

 

「穂乃果……!」

 

「…………不安ね」

 

目の前の三人のやり取り見て俺は頭を掻く

 

やるって言ってるんだから別に良いだろうに、生徒会に生徒の行動を制限するような権限はなかったと思うんだが。昨日スクールアイドルの活動を否定されたという話を聞いたが、もしや私的事情じゃないだろうな?だとしたら非常に面倒だ。生徒会はいわば学院側、スクールアイドルなのに内側からの支援が貰えないとは如何なものか

 

「まあえぇんやない?講堂の許可を貰いに来てるだけなんやし」

 

「希……」

 

………おぉ、副会長。話がわかるじゃないですか。どれ、俺も押してみるか

 

「で、許可は貰えるんですか?貰えるのであれば早くしてもらわないと、始業のチャイムが鳴ってしまうんですが」

 

「……………わかりました、許可します」

 

よっしゃ俺達の勝ち!なんなら生徒会長の向かってドヤ顔の一つでもしてやりたいとこだが、残念ながらあいも変わらずの無表情なんだろうな。だからせめて心の中でドヤ顔をしてやろう。ドヤァ

 

そして俺達は生徒会室を出る。最後出る時に生徒会の二人を一瞥したのだが、片方からは微笑みを、片方からは一睨みをもらった。どっちがどっちだったかは言うまでもあらず

 

「何故ライブをことを言ったのですか、取り敢えず秘密にしておいて、申請だけしようと話したではありませんか!あと一ヶ月しかないのですよ!?」

 

「えぇ〜、良いじゃん別に。なんとかなるよ!」

 

「宮野君も宮野君です!何故あそこで肯定したんですか!?」

 

「何か問題でも?」

 

「大・有り・です!」

 

そう怒ることないだろう。血圧上がるし皺が増えるぞ?

 

「別にやること自体はできるはずだ。君ら三人がきちんと練習すればの話だが………一ヶ月でも大分違うものだぞ?」

 

「でも、失敗しちゃったら………」

 

南さんもか。何がそんなに心配なのか………これはあれか、少しキツイことを言っても良いのだろうか

 

遅かれ早かれ乗り越えなければならない問題もあるのだし、少しくらいはいいよな?何よりこれくらいで辞めるくらいならやらなくてもよろしい

 

「失敗するかもしれないからやらない、って理由でやらないのなら何も出来ないぞ?…………ま、本当にスクールアイドルやりたいって言うんなら少し無茶通してでも今回のライブはやっておくべきだ。あまり酷いものは見せられないが、形にすれば何の問題もないだろう」

 

新入生歓迎会でライブをやれば何人か見にくる可能性が上がる。新入生歓迎会、って言う所謂ブランドみたいなもの、と言えばわかりやいのかな。何かのイベントですることによって、ついでだから見てみようとか、そういうことを思う人がいるものだ

 

逆に言えば、普通の平日にライブします、なんて言っても何の知名度のないアイドルのライブを、態々見にくる人がいるだろうか?どちらにしろやるとしたら放課後だが、放課後と言えば部活で汗を流したり、部活をしていなければファストフード店にでも行って駄弁ってた方が有意義に思うだろう

 

だからどうしても、ファーストライブは新入生歓迎会の日が良いと俺は思う

 

「なに、要はしっかりと練習し、失敗しなければいい話だ。ファーストライブだろうがセカンドライブだろうが、失敗したら終わりなのはどんな時でも同じだろ」

 

だからつまり………大丈夫だと言うことだ

 

「うんうん……!」

 

「………それは、そうですが」

 

「…………」

 

役一名しきりに頷いていて本当に理解しているのかどうか怪しいが、納得してもらえたようだ

 

「そろそろチャイムが鳴るな、早く教室に戻ろう」

 

なんか気不味くなりそうだったので一足先に教室へ向かう

 

さぁて、男子共からスクールアイドルの情報でも集めるところから始めてみようかな

 

 

 




この前自宅近くのローソンに行ったらおでんが出ていてびっくりした。何も考えずに大根と卵を二つ買いましたよ。うまかった、流石おでん



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綺麗な音色に誘われた

「今日もいい天気だな」

 

「春だな」

 

孝太郎の言葉に相槌を打ちながら、ドアを開く

 

現在は昼休み。俺達が来たのは音ノ木坂学院の屋上、ここに俺達音ノ木坂学院の男子が全員集まっていた

 

全員、つまり一年生もである。今まで何かある度にこうやって集まることはあったが、一年も呼ぶとは一体何が始まるというのか?俺達を呼び出し貴重な昼休みの時間を奪い去っていく主犯格である奴ら、青木 弥生と赤川 康太が真ん中で踏ん反り返っているのがマジで気に入らねぇ。これは購買でジュース一本だな

 

「あ、俺昨日見たぜ!のんのんびより!三話まで」

 

「おま、ちゃんと全話見て来いって!」

 

「だから、これはここに代入だって」

 

「おー、成る程」

 

一年をほっといて二年勢は口々に話をしている。すげぇなあいつら、自分達で呼んどいてほったらかしにしてるよ。一年オドオドしてんじゃん。勉強している奴らもいるが………取り敢えず挨拶をするか

 

「にゃんぱすー」

 

「にゃんぱすー!」

 

「にゃんぱす」

 

「にゃん、ぱす!」

 

「おいなんか沸いたぞ」

 

流石だな。お前ら好きだ、友達として

 

て言うか最後の奴、何そのふぇい、たす!みたいな言い方。面白いなそれ、マジファニー

 

「で、弥生。俺達を呼び出した理由はなんだ」

 

「お、全員集まったのな。今回の集まりはだな、この学校の少ない男子で仲良くしましょーっつうもんだ。一応一年には参加の有無を連絡したぜ?俺の弟からな」

 

へぇ、話には聞いてたが弟もここを受験したのか。………お、あいつか

 

「んじゃあ早速親睦会始めまっしょい!」

 

「うるさい、耳元で騒ぐな」

 

横の方でも騒ぎ始めたか

 

しかし、一年の奴ら全員来たんだな。別に断ってくれても良かったんだが………だが丁度いい、スクールアイドルについての情報を引き出せるだけ引き出すか。まずはどういった感じが受けが良いのかなど、他にも………取り敢えずなんでも良い、情報を集めないと

 

二年の奴らからはいつでも聞き出せる。まずは一年からだな

 

一年の集まる場所に歩きゆっくりと腰を下ろす。そうなるとやはり視線が集まるわけだが、役一名ガン見してやがる………まあいい

 

「少し聞きたいことがあるんだが」

 

「は……はい」

 

そんなに緊張するな

 

「スクールアイドルについて俺に教えて欲しい」

 

『…………は?』

 

見事にその場の全員の反応が一致した瞬間だった

 

 

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

 

「総一、バイト行こうぜ」

 

「あぁ」

 

放課後、荷物を纏めて肩に担いで孝太郎の後を追う。三人娘に今日、高坂さん宅に集合だと言われたが、バイトなので断っておいた。あちらはあちら、俺は俺でそれぞれスクールアイドルの活動について考えておくのが明日までの課題だ。今日決まったことがあれば連絡すると言われた

 

結局、昼の集まりで有力な情報はそこまで得られなかった。俺の発言の後、スクールアイドルの話でその場は持ち切りになったわけだが、あのグループが良いだの、この子が可愛いだの、そう言った話ばかりが飛び交ってしまい、更には色んなところからこのグループのファンにならないかとか、一年含め殆どの奴に詰め寄られた

 

野郎に詰め寄られても嬉しくないっての

 

まあ、結果的に親睦会としての役目は果たせたし良いんじゃなかろうか。終いには弥生の奴が

 

「是非とも皆、総合スポーツ部に入ってくれたまへ〜!」

 

なんて言い出したもんだから、結局それが目的かよ!と全員でツッコまざるを得なかった

 

総合スポーツ部とは名ばかりの、土日休みで放課後、スポーツして遊んでいるような部活だからな………いや、スポーツしてるんだからいいのか。はっきり言って部費なんて全然出てない。そのくせ俺と孝太郎以外は入ってるんだからわけがわからない

 

全然情報集まんなかったし、結果的に俺のおかげで一年と親睦は幾らか深まったのにそれをダシに使われたし、頭が痛いぞ全く

 

「おい、総一」

 

「………なんだ」

 

こうなったら我らが皆の大先生、Google先生に頼るしかないのか、と考えていたところに孝太郎から声がかかる。孝太郎が顎で前を指すので見てみると、そこには一年の男子がいた。短く切り揃えた黒髪にしっかりとした体躯、明らかにスポーツしてますって体をしていると言うか、なんとい言うか

 

どこかで見覚えがあるような……?いや、確かに昼休みにあの集まりにいたんだが、それ以外で

 

俺が見ると一礼する

 

「宮野先輩、今いいっスか」

 

案外張りのある声だ

 

俺は孝太郎と目を合わせると、孝太郎は俺の肩を叩いて後輩君の前へ押し出す。やめろ押すな馬鹿

 

「遅れても良いぜ、その旨は伝えておく」

 

「……わかった」

 

はっきり言うと面倒なんだが、折角ここまで訪問して来た後輩を無下にするのも憚られる

 

「えっと………ちょっとここじゃ人が多いし煩いんで、中庭にでも行きませんか」

 

「…………」

 

少しモジモジしながら言う目の前の後輩君を見て急に行きたくなくなってきたんですけど。え、待って。何その反応?やめてそれ、なんか深読みしちゃうから。男のそんな姿見せられても嬉しくねぇよ。いいじゃん別に人いても

 

孝太郎は………もういない

 

「りょーかい」

 

取り敢えずまあ、着いて行こうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、態々呼び出した理由を聞こうか」

 

靴に履き替えて中庭まで来たわけだが………なんか今日は呼び出されるのが多い気がする。この勢いだとそのうち理事長とかにも呼ばれたりするんじゃなかろうか?それはそれで俺何したんだよって話だな

 

「えーと、確か名前は………藤木 晴矢だっけ」

 

「はい!覚えててくれてたんスね」

 

まあ、記憶力は悪い方じゃないからな

 

「いやぁ、覚えててもらえてるか不安だったんスよ。ほら、もう一昨年の夏以来でしたから」

 

「一昨年の……夏?」

 

顎に手を当てて考えてみる

 

一昨年の夏?と言えば………野球部を引退したら爺ちゃん婆ちゃんの家でスイカバーとドーナツ食って、偶にトレーニングをしてたぐらいの記憶しかないんだが。あと受験勉強

 

いや、待てよ。野球部?

 

「あぁ、もしかして」

 

最後の試合で当たった学校のピッチャーを二年がやってるとこがあったな。確かその名前が………

 

「思い出した。あの天才ピッチャーか」

 

「いやぁ、天才だなんて……」

 

懐かしい、と言っても一昨年の話だが

 

俺の野球部最後の試合は、悔しくも一回戦敗退。一番最初に優勝候補である学校と当たったしまったのが運の尽き、いい勝負だったが最後二点差で負けてしまった

 

俺達も一応、大穴でうまく行けば優勝を狙える程ではあったんだけどなぁ………県大会行きたかったな

 

まあ、過ぎたことを嘆いても仕方がない。それよりも疑問に思うことがある

 

「その天才ピッチャーがなんでまたこの学院にいるんだ?色んなところから呼ばれたんじゃないか?」

 

確か一昨年も去年も活躍したと耳にした。そんな将来有望な野球選手がまたなんで

 

「えぇ、まあ………俺も色々と考えたんスけどね。やっぱり母さんの母校でしたし、別にもう野球が出来ればどこでも良いかなって。プロになる気もありませんし、夢があるんで」

 

ふぅん………それだけでここに来る理由になるとは思えないが。まあ色々と考えてのことなんだろう。俺が気にするようなことでもない

 

だが、野球が出来れば、か

 

「ここに野球部はないはずだが」

 

「作るんスよ。総合スポーツ部の先輩方にも協力してもらおうと思ってるんス」

 

うーん、協力してくれるかどうかはまた別としといて

 

「俺も野球部に入れと」

 

「はい!宮野先輩がいたら百人力じゃないっスか!だって先輩だけですよ?」

 

興奮するように詰め寄ってくる黒石の頭を押さえつけて押し返す。やめろこっち来んな鼻息荒くすんな

 

「俺だけって何がだ」

 

「俺からホームラン打った人がっスよ!」

 

…………あー

 

「何を勘違いしているのか知らんが、あれはファールだったはずだが」

 

六回の裏ツーアウト一三塁、際どいとこへ正確に投げてくるピッチャーだった。フォークやカーブをなんとか粘り、ツーストライクワンボールの時、外角やや低めにストレートが来たので思い切りスイングしてやった。勝負を焦り過ぎたか、タイミングが少し早く、芯で捉えたのだがそのままレフト側のスタンドへ落ちて行った。それもファールで

 

その後、デカイのを一発打たれたからか少し球に落ち着きがなかった。結局俺はフォアボールで出塁。その後そのまま崩れていってくれればよかったんだがな、先輩や顧問の先生から声を掛けられなんとか立て直していたようだ

 

「あと数センチ横に擦れてたらホームランでした。あれが入ってたら俺達は負けてたんスよ」

 

「一昨年の話を持ち出してIFの話をするな。数センチ擦れようが擦れまいがファールはファールだろ」

 

そうやって割り切ったんだ。あれが入ってれば、なんて後で幾ら思ったことか

 

出来ることならもう一度戻って挑みたいが、それを考えるだけでも虚しくなってくるのですぐに考えるのをやめる

 

「でも、決定打を打てる程の力と技術があるってことっスよね」

 

「……………はぁ」

 

これは面倒だ。こいつ、言外に断ってるのが伝わってねぇ

 

「取り敢えずお断りだ。部活の誘いは他に来てるし、これからは全部を両立出来るほど暇になりそうもない。藤木には悪いが、タイミングが悪かったな」

 

流石にマネージャーと学生、バイトだけで手一杯だ。それに野球が加わるとなると、非常にキツくなる

 

タイミングがタイミングなら引き受けたかもしれないがな。もうこればっかりはどうしようもない。決まってしまったことだ

 

「そうっスか……」

 

「そうなんだ」

 

目に見えて落ち込む姿を見ると悪いことをしたような気がする。まあ、やるとなると応援はするさ

 

「でも俺諦めませんよ!」

 

いや、諦めてくれ

 

「また誘いに来ますから!それじゃ!」

 

「…………」

 

そう言って走り去る藤木を呆然と見送る

 

また面倒な後輩を持ってしまったものだ。マジでなんなんだあいつ、俺断ったじゃん

 

「はぁ………」

 

うわぁ、これから度々勧誘とか来んのかな?面倒だなぁ

 

それに、総合スポーツ部の奴らも協力するとは思えないんだよな。あいつは野球が出来ればいい、なんて言ってるが………ありゃあ多分、この学院で甲子園目指そうとか思ってる感じだ。あいつらは部活とは言えど、楽しくやってる奴らだからそんな本気になるだろうか?なったらなったでそれは構わないんだが…………あぁ、いや待てよ。確か一人だけ俺以外にも元野球部がいたな。無駄だろうが

 

…………まあ、部員が五人いれば部活は作れるらしいし、いいか。なんなら今年は部活を作るだけに止めておいて、来年新入生を集めて頑張る、っていう事も出来るしな

 

その場合、廃校を阻止しなければならないのが条件となってくるが

 

「…………あっ、バイト」

 

そうだ、バイト行かないと。生憎そんなに時間は経ってないから、遅れることもないだろう。そう言えば、今週の土曜日に予定が入ったから、シフトをズラしてもらうように言わなければいけない。その分他のところで働くから大丈夫だ、きっと許してくれる。店長結構軽いし

 

『ニャー』

 

「……!」

 

校門へ向かって足を向けた瞬間に猫の鳴き声がっ!

 

急ぎ振り返って見ると、なんと右斜め前方に真っ黒黒猫がいるじゃないか。俺の方へ向き、座ってそのザラザラしているであろう舌で前足を舐めている。癒されるなぁおい

 

『ナウ』

 

俺が見ているのに気付いたのかこちらと目を合わせる。目と目が合う瞬間、好きだと気付いたわけじゃないが、暫し俺達は見つめ合っていた

 

そしてふと、真っ黒黒猫は立ち上がり俺の目の前を横切………る前に黒猫へ向かって、マリオもビックリなBダッシュを開始した

 

…………横切らせん!!横切らせはせんぞ!!縁起が悪いって言うからな!!

 

『フニャッ!?』

 

黒猫はいきなり走り出した俺にビックリして飛び上がり、反対方向へ走って行った。なんとなく俺もそれを追い掛ける。こうして俺と黒猫の鬼ごっこが始まったわけだ

 

待ちたまえ真っ黒黒猫………おい、待てって。Hey cat!!

 

追い掛けても捕まらず、そのまま真っ黒黒猫は俺の目を掻い潜りどこかへ隠れてしまった。奴め、どこへ隠れおった。見つけてうちの喫茶店の看板猫にしてやる。あいつ野良みたいだしな。売り上げ上がるよやったね店長

 

「…………ターゲット、ロスト」

 

完全に見失った。逃げるのが上手いな、野生の動物ってのは

 

しかし、黒猫と鬼ごっこしてたら校門の反対側へ来てしまった。近くにある校舎の中を覗いてみると、人の通りがチラホラと見えるくらい。どうやら空き教室などが多い方へ来たみたいだ。確かこっちにあったのは化学室やら生物教室、その他美術室やら音楽室だったか。移動教室でしか来ないからうろ覚えなんだよな

 

 

 

♪♪〜♪〜♪〜

 

 

 

「ん?」

 

よくよく耳を澄ませると上から音楽が聴こえてくる。一瞬着信音かと思ったが、俺は基本バイブ機能にしているので音が鳴ることがない。それに、この音は多分ピアノじゃなかろうか

 

確かこの上は音楽室があったな………それにしても、聴いたことのない曲だ。感じ的に最近の曲のような感覚がするが、生憎俺は最近の曲なんて殆ど聴かない。アニソンやボカロなら聴くんだがな……聴かないわけじゃないが、知らない曲の方が絶対に多い

 

どこかのアイドルの曲とかか?

 

「しかし、綺麗な音だな」

 

素人の俺が聞いても綺麗だと感じるこの音、一体どこの誰が引いているのか。気付けば窓を開けて中へ入ろうと………あれ、鍵掛かってる

 

ちょうど近くを通り掛かる女子生徒がいたので、コンコンと窓を叩く。すると女子生徒はこちらに気付いた。ちょいちょい、と手を招くと私?と言った風に指を自分に指すとこちらに歩いてきた

 

鍵を開けてくれとジェスチャーをすると何故か俺と同じジェスチャーを始める。いや、違えよ。鍵開けてって言ってんだよ

 

窓を開ける動作をすると俺の意図に気付いたのか、照れ笑いしながら開けてくれた

 

「ありがとう」

 

窓から廊下内へと身を乗り出しながら礼を言って、靴を器用に脱いでから中へ乗り込む。靴を片手に階段へ向かい駆け上った

 

音楽室のある階へ到達すると音が更に大きくなる。はてさて、この音の発生源はどこからなのか………気になる、非常に気になる。時間的に見ればどこかの部活の人間か、恐らく学年は………いや、待てよ?今まで一度もこんな音色を聞いたことがない。だとしたら一年なのか?聴いたことがないだけなのかもしれないが

 

音楽室の目の前に来ると不思議なことに、扉一枚を隔てていてもしっかりと耳に届く綺麗な旋律

 

中を覗いてみれば一台のピアノと、それを自由に弾き鳴らす赤毛の女子生徒。間違いない、音の発生源はあの子だ

 

「…………綺麗だな」

 

彼女の奏でる音色も、彼女がピアノを弾く姿も。ろくに美術的感覚が優れているわけでもない俺がこう思うのだ。きっと多くの人が同じことを思うだろう

 

少しだけ見つめ、扉から離れ壁に背を付けて聴き入る。なんと言うか、言葉に表すのはあまり得意ではないんだが………そうだな、波長が合うような曲というか、個人的に心にグッと来る曲というかだな

 

例えばニコ動とかで初めて聴いた時、思わず何度もリピートしてしまうような

 

うん、これが一番わかりやすい

 

一瞬見えたが、彼女のリボンの色は一年生のものだった。もしかしたら、これからもここに通い続けるのだろうか?そして、この綺麗な音を奏でるのだろうか

 

だとしたらまたここへ来よう。俺にとってそれ程の価値がある

 

「…………あ、バイト」

 

まだ演奏が終わっていないのにバイトのことを思い出してしまった。非常に惜しいのだけど、そろそろ行かなければならない

 

もう一度中を覗き、彼女を一瞥して歩き出す。一瞬目が合った気がしたが気にせずにバイトへ向かった。あぁ、俺のせいで演奏が止まってしまったようだ。すまないな、名も知らぬ後輩ちゃん

 

また聴きに来る

 

「さて、今日もバイトを頑張ろう」

 

そして帰って情報集めだ

 

 




にゃんぱすのくだり、実話なんですよね。あれマジであんなに沸くとは思わなかった


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練習開始

あの後急いで喫茶店『バース』へ向かった俺は無事バイトを終え、土曜に休むと言うことも忘れることなく報告した。素晴らしくスムーズに行った一日でした。今日は思わぬことに、綺麗な音楽との出会いもあったわけで少しテンションが高い

 

………まあ、バイト中におでんを受け取りに来た女の子には少し怖がっているような反応を向けられ若干沈んでるが。いや、しかしあれは最初だけだった。初対面の無表情男が出てきたらビビる………のか?要するにプラマイゼロだ

 

うちの喫茶店はおでんのお持ち帰りだけを行っているという、何ともよくわからないことをしてる。他の喫茶店は持ち帰りとか出来るんだろうか………だとしたらおでんしか持ち帰り出来ないうちの喫茶店って……?

 

まあいい

 

確か女の子の名前は………そう言えば聞いてないな。俺がおでんを手渡そうとしたら、にっこにっこにー!と空元気か何かでやっていた。小学生の間では流行ってるのだろうか?どこかのアイドルの真似かな?

 

「失礼します」

 

「おーう、お疲れちゃんソウ君。またねー」

 

「はい、また。孝太郎もまた明日な」

 

「おう、じゃなー」

 

先輩と孝太郎に挨拶して店を出る。正直言ってソウ君はやめてもらいたいんだが………去年から言ってることなのでもう諦めた。店長も俺のことをソウちゃんと呼ぶし……最近では他の先輩や店長の奥さん、さくらさんまでもが呼び出した。ここまで来たらもう諦めるしかないだろう

 

さて、今日は帰ったら課題してアニメ………いや、いかんいかん。スクールアイドルの情報集めだ

 

まず情報集めと言っても何から始めようか。起源から?いや、必要になるとは思えないな。まあ取り敢えず動画を漁ってみようか

 

「…………ん」

 

ポケットから携帯を取り出して時間を見ると、通知が入っているのが見えた。とあるSNSツールで、三人娘と俺で四人のグループを作ってるので、そこに誰かが書き込んだんだろう。あのグループだけは通知をONにしていたからな

 

開いてみれば他にも、OFFにしているグループにも通知が溜まっている。音ノ木坂の男子共が明日の部活内容のことで騒いでやがる。明日は野球をやるかサッカーをやるか、はたまたラクロスをやるか話し込んでいるな。ラクロスなんて、道具をどっから持って来るんだ………もしやるんなら混ぜてもらおうかな、バイト休みだし

 

「おっと、そんなことよりも」

 

三人娘はなんと………なになに

 

「明日から朝早くに練習、場所は神田明神」

 

いつも走る時に前を通る神社だな。俗に言う朝練か、俺も中学の頃は早起きして行ったものだ。そうと決まれば帰りにスポーツドリンクでも買って帰ろう、明日必要になるだろう

 

「朝練でダンスの練習……体力作りも必要か?」

 

まず曲は何を使うかなんだけど、それらは決めたのだろうか。使うとしたらの話だが

 

いや使わざるを得ないと言うか、そもそもオリジナルの曲なんて誰が作る?

 

中学の頃の友達なら現在バンドをしている奴がいるが、作曲をしているのはあいつじゃないらしいし、頼んでみるのもいいが果たしてOKしてくれるのだろうか。考えてみようと思うが、そもそも一ヶ月後に間に合うとも思えないな

 

他には、えーと………あ、グループ名決めてないじゃん。アイドルって言ったらグループ名があるもんだよな

 

「まあこれも後回しでいいか」

 

そんな簡単に決めていいもんでもないだろう

 

今日の三人娘の会談で何か進展はあったのか………何も書いてないが、明日聞けばいいかな

 

「あ、カロリーメイト必須」

 

やっぱり、ちょっとくらいお巫山戯ないと駄目っすよね!

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

「おはようございます宮野君、早いですね」

 

「あぁ、おはよう」

 

スポーツドリンクとカロリーメイトの入ったリュックサックを背中に下げ、神田明神の階段の下まで来ると園田さんと鉢合わせた。昨日決まったことを教えてもらいながら階段を上がる

 

成る程、曲は作ってくれるあてがあり、その人に頼んでみると………そして作詞は園田さん、衣装は南さん………成る程成る程、名前は決まっていなくてもそこまで決まって…………

 

「ちょっと待て」

 

階段を上りきり神社の前で立ち止まったところで、俺は園田さんの話を中断した

 

「はい?」

 

「作曲してもらうって……そんな時間ないんじゃないか?一日二日じゃできるもんじゃあないだろ」

 

しかも一体どこの誰が作ってくれるって言うんだ。曲を一つ作るのにどれ程の時間がいるかは知らんが………一ヶ月、一ヶ月だぞ?ちょっと無理があるんじゃないのか?

 

「穂乃果は大丈夫だと言っていますが………」

 

「それを信じたのか………その根拠は?」

 

「一年生にとても上手にピアノを弾く人がいると聞いてます。穂乃果が音楽室でその人の演奏を聴いたそうで」

 

ほうほう、うちの一年にそんなのがな

 

しかし、音楽室か。もしやあの赤毛の後輩ちゃんか?あの子に作曲を頼むとしても………まずその子がしてくれる保証はないし、何度も言うが時間がないはずだ

 

俺は顎に手を添えて考える

 

…………いや、待てよ。その子の腕は未知数だからまだ置いとくとして、クオリティをある程度捨てて作曲してもらえば一週間であがるか?取り敢えず一週間であがると仮定しよう

 

そこから振り付け考えて練習を大体二週間続けて、作曲の間の一週間は体力作りに集中して………後はダンスの練習しながらでも体力作りはできるし、あとは歌の暗記で踊りながら歌えるようにすることか

 

「どうしました?」

 

「これ、案外いけるか……?」

 

最後が少し厳しいかもしれないが

 

「よし、わかった。園田さん、作曲はその一年生に頼んでみよう。この際クオリティは二の次だ、そこは衣装と歌詞でカバー出来るかもしれないから頑張ってくれ」

 

俺がそう言うと園田さんの顔が強張った。うん、俺もはっきり言って園田さんが作詞なのには驚いた。園田さんは見た目清楚な感じで、それはあながち間違いじゃないんだが………本を読んでいるというより稽古してるイメージしかない。これも家のことを知ってるからだろうがな

 

「なんだ、中学とかでは詩のコンクールに入賞でもしてたのか?」

 

「そ、その………」

 

非常に言いにくそうにしている園田さんに少し首を傾げる。あまりこういったことを自慢するタイプでもないからか、気恥ずかしいのだろう。顔を赤らめて口をモゴモゴしている様子は見ていて楽しい

 

「まあ別に言いたくないのなら無理に聞かないけど………コンクールに入賞したとか、それこそ凄いことだと思うけどなぁ」

 

「あぁいえ、入賞したとかではなくてですね」

 

「……?」

 

ますますわからん

 

まあ何か理由があってそういう分担になったのだろう。深く追求することでもないし、どうやら南さんが来たようだ。階段の下辺りから駆け上る音が聞こえ、彼女のトサカの様な髪が見えると同時に彼女の顔も見えてくる

 

「おはよ〜」

 

南さんからの挨拶に俺達も挨拶を返し、高坂さんを待つことにした

 

 

 

 

 

======================

 

 

 

 

 

あれから高坂さんが数分遅れでやって来て練習を開始することに。まずは体力作りの為に走るそうだ。しかし、準備運動をせずに走るのは良くないので、体育でやるようなのを軽くする

 

ついでに柔軟運動もやったのだが、高坂さんが背中を押してくれと言われた時にはビビった。いや、確かに俺を入れれば偶数だけどね?なんか違うじゃん、ほら性別とか、主に性別とか!戸惑うも無表情なのでうまく伝わらず、仕方なしにその事を伝えると高坂さんと南さんは何ら気にしないようだ。園田さんは言わずもがな、高坂さんが背中を押してくれと発言した時からワーキャー………ではないが、何か言っていたがな

 

て言うか、俺が男ってこともしかして忘れたりしてないよね?うん、今その事伝えたもんね?それでも大丈夫ってそれって俺の事異性として見てないってことじゃね?異性として好きなわけではないが、俺としても思うところがあるぞ………

 

だが大丈夫と言うのなら………うん、まあいんじゃない?うん、やるけどもね?ほら、こう言う機会はなかなか無いわけだし、下心があるわけじゃないぞ、ホントだぞ。いや、マジで(割と本気)

 

てなわけで柔軟も終えて現在、走っている三人を見ているわけだが

 

「ひぃ……ひぃ……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

高坂、南ペアはどうやらダウン気味である。非常にキツそうな顔でさっき園田さんが提示したノルマへと向けて階段を疾走している

 

「スピード落ちてますよ!ラスト一本です、頑張ってください!」

 

園田さんは二人より遥かに早いスピードで階段を駆け上っていた。最初と比べ大分スピードの落ちている二人へ向かって叱咤激励する姿からは疲れなんて全然見えない

 

しかし無理もない。あの二人は運動部に所属しているわけでもなし、つい昨日まで運動なんぞ体育ぐらいしかやらなかっただろう

 

それに比べ園田さんは日舞の家元、園田道場と言えば有名なんだそうだ。しかも日舞だけではなく剣道、薙刀、古武術………学校では弓道部、はっきり言って俺よりも体力があり、ガチで喧嘩なんぞしようものなら五分と持たず負ける自信があるぞ

 

ラスト一本の階段ダッシュへ入った二人を見届け、俺は神社の賽銭箱前に置いてあるリュックサックを取りに行く。その時、ふと横を見てみれば視界に巫女服の女性が映った。手には竹箒を持って、こちらを見ている

 

どこかで見たことあるような………

 

「頑張ってるようやね」

 

記憶を手繰っていると、その巫女さんから声が掛けられた。いつの間にか近くに歩み寄ってきている。近くでよくよく見てみると、なんとうちの学校の副生徒会長様じゃないか。あの時はお世話になりました

 

あぁ、そう言えばこの人、何故か俺が毎週の土日にここの前を走ることを知ってたな。成る程、巫女さんならば見かけることもあるか

 

「えぇ、と言ってもまだ初日ですが」

 

「でも、本気が伝わってくるやん?」

 

まあ、確かにそうではあるが

 

副会長と一緒に三人の方へ顔を向ける。丁度高坂さんと南さんがラスト一本目を終えたらしい。地面へへたり込む二人を見て、副会長は三人の元へ歩き出した

 

幾らか会話を交わしているのを賽銭箱の前で眺める。会話が終わったというか、副会長に何か言われたようで、三人娘はこちらにやって来た。どうやらお参りをするんだそうだ。成る程、副会長から言われたんだな。商売上手ですね

 

やらないかと言われたが、やんわりと断っておいた。そのせいで高坂さんが少し駄々を捏ねるが、まあいいだろう。気にせずにスポーツドリンクだけ渡して、お礼を聞きながらお参りをする三人から離れる

 

「君はせんの?」

 

「………えぇ、まあ」

 

お参りすることにイマイチ意味を感じないからな

 

そりゃあ、初詣やら何やらの時はお参り行くよ?だけど、何かを叶えたいとか、何かの成功を願うとか、そういう時は基本的にしない。と言っても、中学一年の後半辺りまではやってたが。ほら、野球の試合前とか

 

でも、結局やるのは自分だからな。神頼みしても試合に勝てない時は勝てないし、勝てる時は勝てた。別に神様に祈ることが悪いとか言ってるわけじゃないし、勿論良いとは思うが………まあ、ライブをやるのは俺じゃないし。俺はただのお手伝いだし

 

「………よし、ではもう一セット行きますよ!」

 

「うん!」

 

お参りを終えた三人また階段ダッシュへと走り出した

 

いやぁ、元気あるなぁ………

 

「君は、あの三人のマネージャーなんよね?」

 

「はい、そうですが」

 

なんだ?てか副会長、掃除中じゃないのか。いいのか俺と話してて。暇なんですか?とは流石に言えないし………先輩だと好きなように弄れないし、いや弄ろうと思えば出来るんだが、この人の雰囲気が何故かそうさせてくれない。このタイプは駄目だ、遊べない

 

いやいや待て、何故弄る弄らないの考えが今出てくるのか。なんだ、俺も暇になってきているのか………三人と一緒に走ってこようかな

 

「君は、なんであの三人に協力するんや?」

 

………なんで?

 

「協力を頼まれたからです」

 

「本当に?」

 

「…………なに?」

 

おっと、ついタメ口に

 

………しかし、どういう意味だ?

 

「ただのキッカケ、なんやない?」

 

「何が言いたいんですか?………キッカケ、ってなんですか」

 

この人何が言いたいんだ?キッカケ………いや、キッカケも何も頼まれたから引き受けただけなんですけど

 

しかし、この含みのある言い方が気になる

 

「ふふ……それは自分でわかっとるはずやで」

 

「えぇ、わかってますよ。キッカケなんてわけわかんねぇモノなんかありません。だけどあんたのその言い方が気になるんです」

 

「結構ストレートやね………ま、今はいいんやない?自覚なんてなくても」

 

「急にわけわかんないこと言い始めましたね………キッカケだの自覚だの」

 

副会長、友達からの情報ではもっとマトモそうなイメージがあったんだがな………まあ人は見掛けによらないとはよく言ったものだ

 

「言ったやろ?今はいいって………わからんでもね」

 

そう言った後、ほな、と言って副会長は掃除に戻っていった。一体なんなんだ………不思議な人だと言ってしまえばそれまでなんだがな。あの俺の中身を見透かしたような言

 

今度会うことがあったら問い詰めてみるか。今日のところはもういい、少し整理が必要だ

 

「………またやることが増えそうだ」

 

三人娘が階段を駆け上ってくるのを眺めながら、俺は溜息を吐いた

 

 

 

 



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反省を活かす為に

朝練を終えて一旦各自家へ帰り、制服へと着替えて学校へ登校する。ついでだから一緒に登校しようと言われたので昨日と同じように他愛もないことを言ったり俺が高坂さんで遊んだりしながら登校した。なかなか有意義な時間でした

 

午前の授業中は目の前で居眠りしている孝太郎の椅子を何度も蹴ったり、外を眺めたりして過ごした。だって目の前で寝てる時、なんあもぞもぞ動いてるから目障りなんだもん

 

しかし、春の気候は暖かい。窓側の席でなくても暖かい日差しが当たるこの席ならばいい昼寝が出来そうだ。今現在昼休みだが、飯を食ったのでボーッとするだけでなく、昼寝にでも洒落込もうかなと弁当箱を鞄に片付けて外を眺めながら考える。確かに、この心地いい日差しを受けていれば寝てしまうのもわからんでもない

 

「…………!」

 

そう言えば登校中に高坂さんが、掲示板の前にスクールアイドルの名前を募集する箱を置いたと言っていたのを思い出す。どれ、見に行ってみようと思い立ち上がると、何やら必死にノートに書き込んでいる孝太郎から声が掛けられる

 

「どこ行くんだ?」

 

「ちょっとそこまで」

 

孝太郎の質問に適当に返して俺は教室を出た

 

 

 

 

掲示板の近くまで来ると、箱の前に二人の男子が立っていた。今まさに一枚の紙を箱に入れようとしている。昨日の今日で一通あるかないか、特に期待もしてなかったが、これならば態々見に来た甲斐があったというものだ

 

早速俺は目の前の二人に向かって声を掛けることにした

 

「お前らが自らそんなことするなんて、意外だな」

 

「うぇい!?」

 

しかし、すぐに返ってきたのは何か驚いたかのような声だった。そんなに驚くことないと思うんだが……少し悪いことをしただろうか

 

「………お、おっす総いっちゃん。そ、ソダネ〜うん自分でもビックリしてるざますよ」

 

「………?」

 

俺は変にキョドり始めた目の前の男子、白鳥 信一の様子に首を傾げる。普段から騒がしく行動の読めない奴ではあるが、こんな風に変に慌てる時は大抵何かやらかした時だと記憶にある

 

「まさかお前……」

 

何か俺にとって不都合になることでもやらかしたのか、その念を込めて信一に言うが、当の本人は明後日の方向を向いて両手を腰に当てて伸びをし始めた。誤魔化すのが下手すぎるだろ

 

「いや何、俺達も偶にはこう言ったこともしてみたくなるもんだ。ただの気紛れだ」

 

横から静かにそう言ったのは黒崎 和哉だった。信一とは幼馴染みらしく、一緒にいるのをよく見かける。しかし性格はほぼ正反対と言ってもいいくらいで、共通しているところも少なくはないが………どこか子供っぽい信一に反して、大人のような余裕をいつも和哉は持っている。これが大人の男が醸し出す雰囲気という奴か。それに比べて信一は……たったの5か、ゴミめ

 

反発は多いが、だからこそバランスが良いというか………どちらか片方だけだと変に暴走しそうだから出来るだけ二人でいてほしい

 

この二人は数少ない同じクラスの男子だ。スクールアイドルについて、和哉の方は興味がないらしいが、マネージャーをしていると話したら何か手伝えることは手伝ってくれるそうだ。これもその一環なのかな、友情とはなんと素晴らしきかな

 

「………そうか。まぁありがとうな」

 

信一の反応は置いておくとして、箱を開けて中身を見る。そこには四通の折り畳まれた紙が入っていた。どうやらこの二人以外にも入れてくれた人がいたらしい。素晴らしい。この短時間で四通も入ってるなんて、皆スクールアイドルのことをキチンと認知してくれてるんだな

 

「お前達の入れてくれた名前が採用されるかはわからないが………採用されるといいな」

 

そう言って俺はまず一番上の紙を開け「そ、総一!?い、今開けんの?」………なんだ?

 

「そうだけど?」

 

「…………いや、例の三人と一緒に見た方が良いんじゃないか?」

 

「別にそんなの後でもいいだろ」

 

「「あっ」」

 

二人の言葉に構わず俺は紙の中身を見る

 

『超平和バスターズ』

 

………………

 

何だ?某アニメに出てくる名前が出てきたんだが、何かの見間違いか?

 

『野球をしよう。チーム名は……リトルバスターズだ』

 

バスターズ大好きかオイ。しかも二枚目にはご丁寧に台詞まで付いてんじゃねぇか

 

『そんなことよりおうどん食べたい』

 

三枚目に至っては最早何の関係もねぇ!!

 

「……………オイ」

 

俺は顔だけを二人に向ける。すると二人はゆっくりと、抜き足差し足忍び足で俺から遠ざかっている最中だった。俺の声が聞こえたのか二人はゆっくりと顔だけをこちらに向け、そして走り出した

 

逃がすかボケェ!!

 

俺もほぼ同じタイミングでロケットスタートを切る。あいつら、絶対一回ぶん殴る………!!俺の感謝の言葉を謝罪の言葉と共に返しやがれ!!友情とはなんと素晴らしきかな、とか心の中で言っちゃったよ!

 

「ギャァァァァ!!ターミネーターが襲ってくるぅぅぅ!!」

 

「ででんでんででん」

 

「和哉お前楽しんでない!?」

 

あぁ、是非ともこの手にショットガンがあるなら撃ちたいところだよクソ野郎共が

 

上の階へ逃げて俺を撒くつもりなのか階段を駆け登る二人。その後ろになんとか食いついて奴らが階段を登り始めた後すぐに俺も階段へと足をかけた

 

「その階段に足をかけるんじゃあねぇーーーッ!俺は上!貴様は下だ!!」

 

「お前が下だ信一!お前が地獄の下にいればもうそれでいいッ!」

 

ここでネタを投下してくるとはなんという勇者なのか。周りに人もいるというのに、相変わらず場所を選ばないなあいつは………ノってやろうではないか!!

 

「ザ・ワールド!」

 

俺がその名を叫んだ瞬間、信一は動きを止めた

 

あぁ、こいつやっぱバカだわ………でも最高だわこいつ

 

その隙に信一を追い越して階段の上まで駆け登る。踊り場に出た俺は信一の方を振り向き、そして気を付けをするように踵を付け、腰に両手を当ててポーズをとり、言った

 

「そして時は動き出す」

 

「はっ!?………お出ましかい」

 

ほう……わかったのか

 

パチ、パチ、パチと拍手をしてやる

 

「フフフフ、ひとつチャンスをやろう。その階段を二段おりろ。再びわたしの仲間にしてやろう。逆に死にたければ………足をあげて階段を登れ」

 

「……………俺にあるのは闘志だけだ。和哉の死が、俺の中からお前への恐れを吹き飛ばした」

 

こいつ台詞覚えてないな。俺も覚えているわけではないが、まあいいだろう。俺はDIOのような表情は作れないが、構わずに信一を見下ろしながら舌を舐める

 

てか、和哉死んでねぇからな?お前置いて一人で逃げただけだからな

 

「本当に、そうかな?ならば………階段を登るがいい」

 

俺がそう言うと信一は階段を二歩降りた

 

「!………」

 

うーん………時を本当に停止させることが出来るんなら良いのにな

 

そろそろこの遊びも終わらせなければ周りの視線を集めているので終わらせるか

 

「死ぬしかないなポルナレフッ!」

 

そう叫んで階段を飛び降りながら信一に殴りかかった

 

「ちょ、飛ばし過ぎぃ!?」

 

「キングクリムゾンだ」

 

「DIOじゃねぇのかよ!?」

 

くっ、避けたか流石目と反射神経だけはいいな!だがしかしまだまだ終わらんよ。振り向きざまに裏拳を叩き込むために体を回す。それを読んでか奴は既にしゃがんでいた。勘のいい奴!!

 

「やめろ、これは何かの陰謀だ!機関の妨害だ!奴らが俺達を戦わせる為に仕組んだ罠なんだ!!」

 

「取り敢えず殴らせろ、な?」

 

「な?じゃねぇよ!てか割とマジで殴りにきたな!?」

 

「俺はお前を、信じてる」

 

「そんないい風に言われても!?」

 

ギャーギャーと喚く信一に対してシャドーボクシング。周りの集まってきた女子も何だ男子が騒いでんのか、いいぞもっとやれと言わんばかりに集まってきている。一部最後の問答でざわついたような気がするが気にしたら負けである

 

「覚悟はいいか?俺はできてる」

 

「俺階段降りたのにぃぃぃ!どいてどいて!」

 

「逃がしはせんよ」

 

くっ、階段の上へ行ったか!!

 

「コラァ!廊下を走らない!!階段でふざけない!!」

 

うおっ!?

 

「はいっ!?」

 

信一を追い掛ければ誰かの怒声が俺達に降り注いだ。その声で周りにいた生徒も蜘蛛の子を散らすようにどこかに逃げていく。こ、この声どこかで聞いたことあるんだが………

 

「げぇっ、絢瀬生徒会長……!東条副会長まで!」

 

案の定、聞き覚えのある声は生徒会長だった。信一の背中越しに見てみれば顔に怒りの表情を貼り付けてこちらを睨んでいる。その横では副会長がニコニコと佇んでいるが、どうしよう。このまま後ろを向いて逃げ出してしまおうか。そうだそうしよう、信一を囮にすれば万事解決だな

 

「お、俺は悪くないんですよ!?総一が追い掛けてくるから……!」

 

こいつ俺を売るつもりか!ふざけんな同罪だろうがッ!と心の中で信一に向かって叫んだ。ブーメランとなって返ってきそうな言葉であるがそんなものは知らない、知らないったら知らない

 

「そんなことはどうだっていいわ。階段でふざけていたのも、廊下を走っていたのも事実でしょう?」

 

「お、おっしゃる通りです………」

 

ははっ、ざまぁないな。いや、まあ俺もなんだけど

 

「二年生になって気持ちが浮ついているのはわかるけど、流石にちょっとはしゃぎ過ぎとちがう?もうやったらあかんよ」

 

「「…………はい」」

 

うぅむ……確かに少しやり過ぎたか。まさか生徒会長と副会長が出てくるとは、わかっていたらあんなに遊ばなかったのに

 

「大きく目立ったことは今回が初めてなので大目に見るけど、次はないわよ」

 

「すんませんでした」

 

俺と信一は二人に頭を下げて謝った。まあもうこいつを殴りたいとも特に思っていないし、何より注意されたらちゃんと止めないとな。目を付けられたら何かと目の敵にされるかもしれん。それは面倒だ………

 

「それとあなた。宮野君、だったわね」

 

ん?俺?

 

「あなた、そんな風に遊んでる暇なんかあるの?廃校を阻止する為にスクールアイドルのマネージャーをやるということは、あなたもこの学院の存亡に関わっていると言ってもいいのよ。少し甘く考え過ぎてるんじゃないかしら」

 

…………これはまた痛いところを突かれた。そんなことはない、と言い返したいところだが、今の状況で言ったところで説得力皆無か

 

「……………」

 

「何か言ったらどう?」

 

「いえ、おっしゃる通りですね」

 

正直言って、何も言い返せない。こればっかりはどうも

 

自分としては一応、現在やれるだけのことはやっているつもりだ

練習は野球部の頃にしていたのを引っ張ってきたやつのやり方を昨日纏めたし、今日の朝から決めたことだが、園田さんの作詞の手伝いもすることになっている

正直言って詩なんて授業で書けと言われて適当に書いたぐらいだから戦力になるかと言われれば微妙だろうが、詰まったら何かヒントくらいはあげれるかもしれない。今週の土曜日にあるA-RISEのライブでは、何か盗める技がないかどうかを探ってみるつもりだし……

 

………やめよう、何だか言い訳をしてる気分だ。いや、紛れもなく言い訳なんだろう

 

まだやるべきことはあるはずだ。昼休み放課後と関係なく、本気で廃校を阻止する為に活動するというのなら、こんなところでふざけている場合でもなかったのかもしれない

 

「…………誰かの手助けをしようという気持ちは評価するわ」

 

会長は腕を組んで続ける

 

会長の一字一句が重しのようにのし掛かる感覚。これから何を言われるのか、想像してしまうと少し恐ろしい

だが、聞いておかねばならない

 

爺ちゃんが昔言っていた

 

『怒られた時は反省しなさい、そして次に活かしなさい。失敗を糧に出来なければ、何も成せないまま終わってしまうよ』と

 

何も成せないまま終わってしまって良いわけがない。彼女らは廃校を阻止する為にアイドル活動を始め、俺はそれの手伝いをしているのだから

 

『廃校を阻止すること』を『成し遂げなければ』ならないのだから

 

「けど、よく考えてちょうだい。さっきも言った通り、これは学校の存続を掛けた問題………『頑張ったけど出来ませんでした』じゃ駄目なの。甘い考えを持ったままならやめてちょうだい」

 

…………そうか、俺はまだ甘かったのか

 

会長の言葉をしっかりと受け止める

 

そうだ、これは学校存続の問題なんだ。廃校阻止だなんだと言いながらそこをキチンと受け止めていなかったのかもしれない

これは大きな問題だ。それ相応の覚悟を決めないと

 

「……………」

 

拳を握り締める

 

反省して、次に活かせ。友達と追いかけっこしてる場合じゃない

 

「………ちょっと、言い過ぎじゃないですかねぇ会長」

 

「やめろバカ」

 

見兼ねて助けようとしてくれたのか信一が一歩前へ出て会長に突っかかった。それは手で制する。折角人が横で覚悟完了していたというのに………まあ、嬉しくもあるが。ほら、会長がお前の方も睨んでるじゃないか

 

信一は不満そうに退がるのを尻目に会長に向き直る。後ろ側に和哉の姿が見えたが今はスルーだ。あいつ後で文句言ってやる

 

取り敢えず今は、この場を収めるしかないな

 

「会長、すみませんでした」

 

「え……」

 

俺はゆっくりと頭を下げた

 

「確かに会長の言う通り、俺は甘かったのかもしれません。………俺も普段ならここにいるバカのように、少し言い過ぎじゃないかと食って掛かったかもしれない。けど、今回は事が事だけに、俺も納得せざるを得ません」

 

「じゃあ………」

 

「だから、これから真剣になります。もう甘い考えだと言われないようにします」

 

会長は俺がやめると言いだすと思ったのだろうか。俺の言葉に僅かに目を見開いた

 

「貴方は何もわかっていないわ」

 

「何がですか」

 

「失敗したら終わりだと言っているのよ」

 

なんだそんなことか

 

「それは全てに対して言えることでしょう?」

 

何に対しても、『頑張ったけど出来ませんでした』が通用しないのなら同じはずだ

 

「私達はそうならない為に動いてるの」

 

「俺達だって失敗するつもりはない」

 

「それがわかっていないと『♪♪〜♪♪〜♪〜』

 

昼休みの終わりを告げる5分前の予鈴が、会長の言葉を遮って廊下へ鳴り響いた

 

「…………早く教室に戻りなさい」

 

「ほな、バイバイ」

 

言葉を遮られた会長は不機嫌そうにそう言って踵を返す。それを副会長が追い掛けて行った

 

「…………」

 

会長は何で俺が何もわかっていないと言うのだろうか?

 

失敗すると終わり………そうならないように生徒会は頑張っている。廃校の知らせがあってから数日、未だにアクションを起こしている様には見えないが、会長の言う『失敗しないため』の策略を練っているのであれば納得はいく

 

俺もそれに習おうと言ってるんだ

 

既にスタートしたからと言って遅くはない。逆に言えば始まったばかり、手遅れになる前に会長に忠告を貰って良かったと思うくらいだ

 

「総一、俺達も教室に戻ろうぜ」

 

「……あぁ」

 

思案していると信一に肩を叩かれた。俺もそこで考えるのをやめ、信一と教室へ向けて歩き出した

 

途中自然な動きで和哉が並んだので二人で一発殴った

 

余裕な表情で受け止めやがったのが非常にムカつきましたまる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー………」

 

その日の晩、両手に持った某レンタル店の袋を机の上に置いて中身を取り出す

 

中身は全てアイドルDVDだ。あとCDも少々

 

「何かの参考になるかと思ってこれだけ借りてきたのはいいが………どれから見たもんかね」

 

今日は放課後、三人の練習に付き合い、飲み物を渡してから別れた俺は態々家に帰ってから、自転車でDVDをレンタルに疾走。取り敢えずアイドル物を右から左に幾つか借りてきた

 

見たり聴くだけでも何か参考にならないかと思ったからだ

 

DVDを一本取り出してセット

 

「どれ、今日は久しぶりに徹夜するか」

 

俺はテレビの前に胡座を掻き、スイッチを押した

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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徹夜明けの朝はキツイ

「…………」

 

空を仰ぎ見れば本日は晴天なり。春だというのになんだこの天気は、地球温暖化恐るべし。そこまで暑いというわけじゃないが、徹夜明けの俺にとって、今現在陽の光は天敵にも等しい存在である。ぐふぁ、眩しい

 

早足で学校へ駆け込むと、下駄箱の前で孝太郎と出くわした。今日は朝練には顔を出さなかった。別に俺がいてもいなくても変わらないだろうから、今日は休むと言った風に連絡をした。後で高坂さんが理由を問いただしてくるだろうが、この顔を見れば察してくれるだろう

 

「おう、おはよう総一…………隈が凄いぞお前。初めて会った頃みたいだ」

 

俺に気付いた孝太郎が片手を上げ、少し驚いた表情を作った

 

「あぁ、おはよう。徹夜明けだ。懐かしいだろう?」

 

今、俺の目の下にはくっきりと真っ黒な隈が出来ている。今にも寝落ちしてしまいそうな程眠い。入学したばかりの頃は一週間に二度のペースで徹夜していたが、最近ではめっきりそれもなくなっていた

 

「いや、見てて良いもんじゃないぞ」

 

解せぬ

 

「どした、久しぶりに徹夜でアニメか?」

 

「いや、ちょっとアイドル系の動画を」

 

「へぇ……流石スクールアイドルのマネージャー」

 

肩を叩き、からかうような声音で言ってくる孝太郎の手を払う。間違いじゃないが、顔が腹立つ。肩を並べて廊下を歩き、後ろから走って肩を組んできた信一をあしらって教室へ辿り着いた

 

戸を開け中へ入ると三人娘が目に入る。高坂さんが俺に気付き声を上げ、走り寄ってきた。今日朝練に参加してないからな、絶対なんか言われる

 

「今日なんで朝練来なかったの!?……って、隈が凄いよ!?」

 

ほらな

 

迫ってくる高坂さんに、体勢を若干仰け反らせる。孝太郎は俺を見捨て席へ向かった。薄情な奴だ

 

「まあ待て高坂さん。今日は休むという旨は伝えただろ?」

 

「休むって言っただけじゃん!?理由聞いてないよ!どうせアニメ見てたんでしょ〜!だからそんな隈付けてるんでしょ!?」

 

まあそう熱くなるな。君は誤解してるんだよ

 

「いいか高坂さん。そうやって何事も決め付けるのは良くないことだ。きちんと物事を確かめた上で判断しなければ駄目な大人になってしまうぞ」

 

「あ、ごめんなさい」

 

うむ、わかってくれたようで何より

 

「惑わされてはいけませんよ穂乃果。良い事を言っているようですが、明らかに話を誤魔化そうとしています」

 

折角誤魔化せたと思ったのも束の間だった。園田さんめ、余計なことを言ってくれる。恨みを込めた視線を送るが睨み返された。何あの人怖い。大和撫子が鬼になってしまったようだ。もしかしたら園田さんも俺が休んだ理由を知りたいのだろうか

 

「アイドルについて勉強しようと思ってな。DVDとか、CDとか漁ってたんだよ。徹夜でやってたから隈が出来たんだ。オーケー?アンダスタン?」

 

「そうだったんだ……」

 

説明中にやってきた南さんも含め、三人とも納得の顔をした。結局のところ行く気力がなかっただけなんだ。是非もないネ

 

納得したようなので俺は自分の席へ向かう。眠い、非常に眠い。席に座った俺は頭から突っ伏した。あー、冷たくて気持ちいい。瞼を閉じれば眠気がゆっくりと押し寄せてくる。一限目が始まるまではぐっすりと眠らせてもらおうか

 

………あぁ、でも用意だけはしておこう

 

そう思いゆっくりと目を開ける。すると目の前には高坂さんの顔が。何故か知らんが真剣な顔でこちらを見つめている。なんだこいつ(無表情)

 

「…………」

 

「…………」

 

暫し見つめ合うが………なんだこの状況。目が合ってる分お互い離すことが出来ない状態になっている。俺が何かしただろうか?それともさっき誤魔化そうとした仕返しか。高坂さんと見つめ合いながら暫し考えるが、やはりわからん。段々相手の顔が赤くなっている。顔を赤くするくらいなら早く止めればいいのに

 

「せいや」

 

「いたっ!?」

 

取り敢えず高速でデコピン食らわして体を持ち上げた。机の横から離れて額を押さえる高坂さんを尻目に鞄から教材を取り出し、机の上に置いた。そして突っ伏す

 

「人の寝顔を見ようなんて、なかなか趣味が悪いな」

 

本当のことはわからんが、そう一言だけ告げて腕を枕にする。そしてもう一度瞼を閉じた

 

 

 

 

 

=========================

 

 

 

 

 

 

「いたたた………」

 

教室に穂乃果の声だけが聞こえる。普段ならばこの時間帯は、朝登校してきた友達と挨拶を交わし、昨日見たバラエティ番組などの話をするのが普通である。だが、今現在はそれが違った

 

教室中の全ての人間が、机に突っ伏して寝ている総一に目を向ける

 

別にクラスメイトが机に突っ伏していようが、何をしていようが、気にせず友達と談笑するのが普通である。ただ寝ているだけなら、気にするようなことは何もない。それも朝の過ごし方の一つであるし、他にも突っ伏して寝ている人間はいる。気にすることはないはずなのだが、如何せん、寝ている人物が問題だ

 

宮野 総一と言えば、意外にもこの学校の二、三年生には有名なのである

 

いや、総一だけでない。この学校に在学する二年生男子は、全員が全員、知らない女子生徒はいない程名が知れ渡っている。今年入学した一年生はまた別であるが

 

何しろこの学院が共学化をして一番初めの男子生徒達だ。更にその上、騒がしい。違うクラスである青木 弥生を筆頭に、去年この学院で行われたイベント毎に騒ぎに騒ぎまくった男子共だ。去年の新入生歓迎会などは、三年生に言わせれば『バカ達の祭宴』とまで名付けられた程である

 

具体的には男子10人で部活動を見学して周り、荒らしに荒らしまくった

 

と言っても、本人達に自覚はない。普通に見学しに来て、自分の色を出していただけである

 

しかし、男子共はどいつもこいつも曲者揃い。そんな男子共が色を出せば、それも10人がそんなことをすれば真っ黒になる。つまりカオス

見た目は良い方だがそれに惑わされたら即負ける。初めての後輩男子、部員に加えようと見学に誘う女子勢は悉く、悉く男子共の馬鹿騒ぎについていけなかった

 

挙げ句の果てには自分達で部活を作ったのだから、マジふざけんな、と前生徒会長が漏らしたのは仕方のないことだったのだろう。何故か生徒会に苦情が来たらしい

 

原因はそれだけではないが、それから男子共の名が知れ渡っていくのである

 

その中で、総一はシンプルにも『鉄仮面』として知れ渡っている。無表情、何をしても無表情

『鉄仮面だよね』『無表情だよね』『あれ、楽しそうに話してる。もしかして笑って………無表情だわ』『なんか怖い』『声のテンションと顔が合ってない』とは女子達が言っていた言葉だ

 

しかも、無表情以外他の生徒は見たことがない

 

 

つまり、だ

 

 

 

 

『無表情以外が、なんでもいいから見てみたい………!!』

 

 

 

 

クラス全員の、一年生であった時から続くちょっとした願いである

 

それは穂乃果であろうと同じだった。だからせめて、寝顔はどんな感じだろうかと確かめようとしてデコピンをくらったのだった。女子に手をあげるなんざサイテー、キャー、と後ろで馬鹿な男子が言っているが誰も気にしない

 

そして、視線の最中にいる本人は気にせず寝るだけ

 

「…………え、何この空気?」

 

ガラリと音を立て、教室に入ってきた先生の反応は当たり前のものなのだった

 

 

 

 

 

 

=========================

 

 

 

 

 

 

「はい、もう一本。次で最後だ、気合入れろ」

 

手を鳴らすと三人娘は階段を駆け上がり始める。そろそろ今日のノルマも達成だ。背中に背負ったリュックサックからスポーツドリンクと紙コップを取り出す

 

「お、終わったぁ」

 

「もうヘロヘロ……」

 

高坂さんと南さんが地面にへたり込んだ。その二人にドリンクの入った紙コップを手渡す。間延びした声で礼が返ってくるのを聞き、それに対しゆっくり飲むように告げる

 

そして園田さんにも紙コップを渡し、疑問を口にした

 

「園田さん、作詞の方はどうなってる?急かすようで悪いが、残り約一カ月しかない。何かわからないこととか、必要な資料があれば用意するが」

 

「い、いえ、そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。それに、作詞の方は大まかにはできてるんです」

 

「…………」

 

え、今なんて?

 

「………え、今なんて?」

 

思わず心にある事をそのままに射出してしまったじゃないか

 

てか、なんて言った?大まかにはできてる?

 

「気になる部分はあるんですが、大体できてます」

 

なんだろう、心なしか園田さんの顔がドヤ顔に見える。しかし、あまり自分の功績を自慢するような人間ではないので、やはり気のせいなのだろう。なんだこの有能少女、怖い。歌の歌詞をたった数日で、大まかとはいえ作ってるなんて………き、基準がわからん分余計に混乱するぅ!!いや、まさか大まかってのはアレか?こんなん作ろうと思ってるけどまだ歌詞はできてないんですみたいな、そんな感じですか?

 

「そ、そうか。何かわからないことがあれば、協力するぞ」

 

「その……歌詞を見られるのは、恥ずかしいので」

 

見ていて可愛らしくはあるが、何故恥ずかしがる。どうせ皆に知れ渡るのにな。一歩踏み出す勇気ってのが大切だと思うんだよ俺は

 

「まあ、どうせ聴くことになるんだしいいんだが………そうだ南さん、衣装の方はどうだ?」

 

首を回して、地面に座り高坂さんと話をしている南さんへ話しかける。話しかけて思ったが、たった数日では進んでるも何もないか。どんな衣装を作るかとか、そこから考えなければいけないからな。悩んでいるようなら、徹夜で見たDVDのアイドル達の衣装から良さそうな部分を拝借したりとか、協力できるはずだ

 

「うん、どんなのを作るかは決まったよ」

 

「そ、そうか」

 

うちのアイドル達が有能すぎる件について

 

なんだ、これでは俺が空回りしてるみたいじゃないか。マネージャー必要としてなくね?いる必要がなくね?どうしよう、悲しくなってきた。もう俺って何もしなくてもいいんじゃないだろうか。俺だけ何もしてな………

 

「ん?なに?」

 

高坂さんを見ると口に咥えていた紙コップを手に持ち、首を傾げた。そんな彼女に俺は左腕で親指を立てる

 

「仲間だな、高坂さん」

 

何もしてない仲間!!

 

「なんか嫌な仲間内にされてる気がする……」

 

仲間宣言したのに何故か唇を尖らせて嫌な反応をされた。失礼だろ、おい。失礼な反応だったので、左腕をデコピンの形にしてやると、高坂さんは肩を跳ねさせて額を押さえた。そのままジリジリと牽制しあっていると、南さんから「そんなことしちゃめっ、だよ」と言われたので敬礼をしてからやめる

 

「まあ、順調に進んでいるようで何よりだ」

 

順調通り越してるような気もするが

 

陽が沈みかけている空を見上げる。本当に順調だ。まだ始まったばかりだが、少し不安だな。作曲を頼む一年生に早いところ話を付けておくべきか。そして生徒会長から目の敵にされている現状…………あれ、結局プラマイゼロ?

 

ならば早速明日にでも後輩ちゃんに………あぁ、明日は土曜日か

 

「明日のことだが………」

 

「穂乃果の家に集合ですよ」

 

「いや、俺は行かないが?A-RISEのライブに行くからな」

 

「え!?」

 

高坂さんが驚きの声をあげる。それを聞き、言ってなかったかな、と視線を上に上げて記憶を探る。うん、言ってなかったわ。これは悪いことをした

 

「いやぁ、この前アキバでチケット貰いまして。これは見に行かねばならないなと」

 

あれだ、敵情視察?

 

「…………それは、練習よりも大切なことですか?」

 

園田さん、その笑顔はダメだ。ガラにもなく縮み混んでしまいそうじゃないか。徹夜明けの朝方ならば俺の口から魂だけが逃げ去ってしまいそうだ。学校で寝たから問題無いが

 

「ま、まあ落ち着け?園田さん。貰い物だからな、それを無下にもできないだろ?それに考えてもみろ、敵情視察だ。映像で見るよりも生で見た方がわかることもあるだろう。な、そうは思わないか?」

 

「宮野君が珍しく焦ってるね、ことりちゃん」

 

「あ、あはは……でも無表情なのは変わらないね」

 

おいそこ二人、内緒話してるんじゃあない。助けてくれ、お願いだ。ドーナツあげるから、ポンデリング奢ってあげるから、ついでにカルピスも付けよう

 

「………まあいいです」

 

「お、おう……」

 

許してもらえたようだ。本人は納得がいってないようだが、ライブに行く理由としては本当に言った通りなんだ。他意はない。しかし、やはり口だけでは伝わらないこともあるもんだ。人間とは難しい生き物である……お、哲学っぽい

 

「日曜はきちんと参加するさ。明日は色々と研究してくるよ」

 

「では、成果を持って帰って来てくださいね」

 

そう言われると変にプレッシャーが掛かるんだが

 

「あぁ、穴が空くほど見てくるさ」

 

だがまあ、彼女の期待に応えられるように頑張ろう

 

そう思い、もう一度夕陽にやった

 

 

 

 

 

 

 

「宮野君、その発言はちょっと……」

 

「変態みたいな発言だったよね」

 

「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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