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登場人物紹介

JUN

軽弩使いの元ハンター。

ハンター稼業引退後、ポテナイで探偵事務所「average hunter」を経営する敏腕(?)探偵。

人呼んで(?)名探偵JUN。

多くの事件を解決したり、どうしようもないほどに迷宮入りさせることに定評があるため、評価は様々。

ハンター時代はそのトリッキーな戦略性と攻撃的な立ち回りで他のハンターを圧倒した。

リーダー的存在であり、カリスマ性もあるのだが、本人は目立たず静かにしていたいと思っている。

ワトソンという相棒アイルーがおり、謎解きはJUNが、営業はワトソンがその役割を担っている。

紅茶が好きで色んな種類の紅茶を買ってきては飲んでみるのだが、未だに区別がつかない。

 

 

 

ワトソン

JUNの相棒アイルー。

毛並みは三毛。

ファンゴの群れに襲われているところをJUNに助けてもらって以来、彼と寝食を共にしている。

とっても世話焼きでJUNにとってはなくてはならない存在。

オトモアイルーではないので戦闘をしたことは無いのだが、JUNの持っている軽弩には興味があり、本人がいないところで何度か試し撃ちはしている。

協力無比なツッコミを入れてくれるありがたい存在。

主人であるJUNに影響されたため、武器はボゥガンを使用する。

武器は猫式スナイプ型ヘヴィボウガン「ニャイルーグランドール」。

 

 

 

Sai

弓使いの名ハンター。

一切の無駄の無い堅実な動きが特徴的。JUNたちと共に戦っていた頃はサポートがメインだった。

JUNの引退後、武者修行のため世界を放浪していた。

とあるクエストの報酬である「始まりの四元素」を手に入れるべく一人でクエストに挑戦するも敗北。その後名うてのハンターと挑戦するが攻略出来ず。そんな中、ユクモ村でJUNの噂を聞きつけ再会するためポテナイへ。

笑い上戸で泣き上戸。

オトモアイルーであるテソロ君はユクモ村にてお留守番。

 

 

 

Moon

ガンランス使いのハンター。

女っ気は残念なほどに無い。口は悪い。男はいない。

戦闘では主にサブアタッカーを担当していた。周りを巻き込むトラブルメイカー。

JUN引退後はバルバレにて「発明家」と「道具屋」を営んでいる。

その名もアイテムショップ「エンデデアヴェルト」。

名の由来はガンランスの「エンデデアヴェルト」から。

盾を持つことを良しとせず、軽装備を好む。

オトモアイルーのナルガ君とは喧嘩別れ。現在家出決行中。

 

 

 

那由多

大剣使いのハンター。

小さな体に不釣り合いな大剣を担ぐ女ハンター。

戦闘ではメインアタッカーを担当。

どうしようもないほど運が良く、またどうしようもないほど天然。

JUN引退後はバルバレにてMoonのお手伝いをしている。

炊事洗濯採取に金策はすべて彼女がこなしている。

嘘を吐くのが絶望的に下手過ぎる。

オトモアイルーのエアリスちゃんは那由多きっての頼みでMoonのオトモアイルーナルガ君を捜索中。

 

 

 

Kuro

熟練の弓ハンター。

60を過ぎても未だ現役で狩りに赴く。

禍々しい愛弓「虚無と断罪の黒弓」を扱う。妖弓の類。

Moon、那由多とは長い付き合いで後にJUNやSaiとも知り合い、親睦を深めた。

オトモアイルートウフ君は、重い病に倒れ故郷のココット村で療養中。

皆と別れ一人修行中だったが、JUN達の身に何か起こると危機感を覚え、同じくユクモ村で留守番をしながら心配していたSaiのオトモアイルーテソロ君と共にドントルマへ向かう。

 

 

 

テソロ

Saiのオトモアイルー。

Saiに留守番を頼まれ一匹ユクモ村に残されたが、妙な胸騒ぎを感じユクモ村を出立。その途中出会ったSaiの旧友Kuroと合流し、Saiの最終目標地点であるドントルマへと向かう。

猫式鉤爪「シルバーブレイバー」を双剣のように扱う。鬼猫化(きびょうか)で自身の能力を高めることも可能。

結構おっちょこちょい。

 



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「プロローグは突然に。」

 

清々しいほどに晴れ渡った空。

ここはポテナイという町。

ドンドルマの南東に位置し、おだやかな気候と数多くの商業施設が特徴的な町である。

カジノ、闘技場など様々な商業施設が多く、多くのハンターや商人が集まる町。

一見治安の悪そうなイメージはあるのだが、一際能力の高い自警団の影響もあってか比較的住みやすい町としての評価が一般的となって記憶に新しい。

緩やかな勾配のある石畳がメイン通りの住宅街。メトライア住宅区域。そのシンメトリーな構図から「画家が好む道」という別名もある。

その一角にその店はある。

この町ではたった一つしかない施設。

この町ではたった一人しかいない専門家。

たった一人の名探偵のお話。

たった一人の元有名ハンターのお話。

探偵事務所「average hunter」。

 

物語(ミステリー)はいつもそこから始まる。

 

 

 

探偵事務所「average hunter」の一室。

彼はそこで生活をし、数々の難事件を解決したり、どうしようもないほどにお蔵入りにしたりしている。

名探偵JUN。

元々は一流のハンターとして世界中を飛び回っていたが、好奇心が強く謎解きに強い関心のあった彼はハンターとしての数多くの功績や地位を投げ打って探偵事務所を立ち上げた。

多くの人は彼を嘲笑った。

ハンターという職業は多くの危険を伴うが、それ以上の見返りがある。

一流ハンターであるならば、ギルドに在籍しているだけでも食うに困らないだけの生活が出来るのだ。出世してどこかの町のギルドマスターにでもなれば呼吸をしているだけでもお金が舞い込んでくる待遇だ。

または、自叙伝を書き溜めて販売をすれば、その印税だけで死ぬまで遊んで暮らせるハンターがいるほどだ。

昨年から「アイルーショップの店員さん」にその座を奪われたが、子供のなりたい職業ナンバーワンに輝いた夢のある職業としても紹介されていた。

そんな職業で地位も名誉も築いたJUNだったが、すんなりとそれらを捨て去り自らを名探偵と名乗ってこの探偵事務所を立ち上げたのだ。

そんな彼の一日は一杯の紅茶から始まる。

 

道路沿いに面している建物なのだが、陽の入りはあまり良くないその部屋。

中央には大きなテーブルがあり、その両端に大きめのソファ。

壁にはあまり凡人には理解出来ない絵画が飾ってある。おそらく夜中に子供が薄暗がりでその絵を見たら意味は分からなくて泣いてしまうような筆舌を許さないタイプの斬新な色合いと「何か」の絵だ。絵の右下にあるJUN直筆のサインだけが唯一読み取れる代物が数点。

紅茶などをしまう大きな棚の上には過去の思い出の品々だろうか。ガンランスの薬莢、折れた矢尻、大剣の切っ先など、少し埃をかぶったそれらが寂しそうにくすぶっている。

 

JUNは紅茶を運んできたアイルーにありがとう、と言うとゆっくりと匂いを楽しんでから、静かにカップに口を当てた。

一口飲み終え、カップをテーブルに置きながらJUNは天井を見上げながら呟いた。

 

「今日のダージリンもまた格別だよ、ワトソン君」

 

「アッサムですニャ。」

 

ワトソンと呼ばれた三毛のアイルーは間髪入れずに名探偵の名推理を冷たい口調で否定した。

ワトソンはJUNがこの町に引っ越す途中でファンゴの群れに襲われていたところを助けた野良アイルーだ。この探偵事務所の設立に大きく貢献したJUNの相棒である。

最初は優しい口調でJUNの間違い(ジョーク?)を正していたのだが、最近は辛辣な物言いさえも無くなり、やや冷たい口調で訂正してくる。無視を決め込んだ時期もあったが、JUNの「おやおや、言葉は無粋かな?」と半笑いで聞かれた時、彼女はどうしようもないほど戦慄したためせめて言葉は返そうと決意した。そして現在の冷たい口調なのである。

 

「時にワトソン君。今日の私たちの予定は?」

 

ワトソンは小さな溜息を吐くと、胸元にある小さなポケットから、これまた小さな手帳を取り出すと慣れた感じで爪を少し伸ばすとページを捲り出した。

 

「本日は正午から依頼者の来店がありますニャ。クライアントの名前は…。」

 

ワトソンの言葉を遮るようにドアをノックする音が鳴り響いた。

正午というにはまだ早すぎる。

ノックは2度3度と鳴り、まだまだ止む様子はない。それどころか子供の悪戯のように力強く、もうどちらかというと取り立て屋のそれのようにのべつ幕無し叩かれている。

幸いなことに探偵事務所は設立当初から赤字は出ていない。赤字になりそうだ、とワトソンが騒ぎ出すと、JUNが戸棚から「覇竜の極大牙」を数本取り出し道具屋に赴けば金はまさに魔法のように、湯水のように湧いてきた。そのため、形はどうあれ取り立て屋がそのドアを叩くことはないのだ。

 

二人はやや苦笑気味に顔を見合わせるが、ワトソンはすぐさまドアへと向かった。

 

「はい、こちらは探偵事務所average hunterですニャ。」

 

ビジネスライクな物言いが板に染み付いてきたワトソンのやや声高い口調と共にドアを開け、ようやくノックは収まった。

 

それと同時に部屋に響き渡るほどの元気な女性の声が木霊した。

 

「師匠―――っ!ユクモ村から遊びに来ましたーーーっ!」

 

JUNはゆっくりと立ち上がると、口の端を少し吊り上げ窓を見やる。

 

「物語(ミステリー)の匂いだ。」

 

ニヒルに笑むと、ワトソンとSaiの声を置き去りにし窓から外へ飛び出していった。

 

物語(ミステリー)はいつもそうやって始まる。

 

数時間後、ワトソンの嗅覚とSaiの容赦ない麻痺瓶付きの矢によってJUNは拘束され、部屋へと戻され物語(ミステリー)は始まる。

 



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「旅立ちの始まり」

JUNの体に感覚が戻ってきたのは、丁度正午を回った頃だった。

クライアントとの初の接触はその限りではないが、タイムスケジュールとしてはあながち間違ってはいない時間帯だった。

ソファに横たわり痙攣を繰り返したJUNだったが、今では何事も無かったかのようにソファに深々と座り、冷めに冷めきったティーカップに口をつけた。

 

「ふむ。ダージ…もといアッサムティーは冷めても美味しいという新発見だよ、諸君。」

 

「確かに旦那様がちゃんと対応していればそんな【新発見】なかったですニャ。」

 

「師匠、逃げるなんて酷いじゃないですかー!」

 

Saiが悔しそうに地団太を踏んでJUNの逃避行に対して非難を示しているが、だからと言ってその背中に弓引く行為も十分に酷い。

何事にも全身全霊をかけて元気いっぱいに挑む彼女こそ、女性ハンターのSai。

ボーイッシュな短い黒髪に赤を基調としたデザイン重視の軽装。

JUNを師と仰ぎ、JUNの現役時代に共に世界中を飛び回ったハンターでもある。

弓の名手としてJUNの横には必ず彼女がおり、二人だけでも狩猟依頼の成功率は90%を誇った。残り10%の失敗はホットドリンクを携帯せずに出発してしまったことや、誤って捕獲クエストを受注してしまったことであり、どんなモンスターでも必ず討伐してきた。

SaiはJUNが引退をする際に武者修行のため世界中を飛び回ることにした。

多くのギルドや旅団が彼女を欲し、様々な好条件でのアプローチをかけたのだが、笑顔でこう返された。

 

「私の帰る場所はもう決まっていますから。」

 

そして1年。JUNの噂を聞き、こうしてポテナイに現れたのだ。

サプライズの意味を込めて「依頼」という名目を持って。

 

「まずは再会を祝おうか。…ところで依頼というのは一体何かな?どんなミステリーを持ち込んできたんだい?」

 

「祝う前に逃げたくせにー!」

 

ムキーとやや大袈裟にリアクションを取るSai。

共に冒険を始めてから、JUNの冗談には体全部を使ってリアクションをとってきた彼女を懐かしく思う。

ワトソンがSaiに紅茶を用意し、小さく一礼をするとJUNのいるソファの後ろに回り込む。よく出来たアイルーである。

 

「いつも通りの軽い冗談というものだよ、Saiさん。」

 

「嘘だー!師匠捕まえたときは息を切らしてたじゃないですかー!」

 

「息を切らしてたんじゃなくて、場合によっては息を引き取る可能性もある力強い剛射だったよ。」

 

そんなやり取り。

形はどうであれ、1年前と同じやり取り。

懐かしさをお互いに感じながら、Saiは本題に触れた。

 

「師匠。お力を貸してほしいのです。」

 

「ふむ?というと…?」

 

更に冷え切り、渋みが強くなった紅茶を口に含みながらSaiに続きを促す。

Saiはやや間を置いてから、真剣な面持ちに切り替えると咳払いを大袈裟にしてから口を開いた。

 

「どうしても手に入れたいアイテムがあるんです。」

 

「…今更手に入らないアイテムがあるのかい?」

 

「はい…未だ誰も成し遂げたことがない難易度レートSSS、4つ分けられたクエストの成功率0%。そのクエスト報酬。【始まりの四元素】。」

 

「…【始まりの四元素】?」

 

「【紅蓮に燃ゆるリング】【蒼穹穿つペンダント】【絶対零度のアミュレット】【迅雷のピアス】。その四元素を封じ込めた4品はそれぞれ、リングには火の情熱が、ペンダントには水の癒しが、アミュレットには氷の導きが、ピアスには雷の守りが封じられている。それらを身に着けた者はある境地に辿り着く。だ、そうです。」

必死に覚えたであろう説明文をやや覚束無い口調でなんとか言い切ったためか、Saiはやや満足そうに頷きながらJUNの反応を待つ。

 

「…もう一回説明してくれるかな?」

 

「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」

 

号泣である。

取り敢えず宥めるJUN。ワトソンはその後ろで深い溜息を吐いていた。

要約するとその眉唾物の4アイテムの効果はともかくとしてどうしても欲しいらしく、一度一人で挑戦してみたのだが見事に敗北し、名うてのハンター達とも挑むも敗走。これはもうJUNの力を借りるしかない、と思ったのだそうだ。

 

ようやく落ち着きを取り戻したSaiに淹れ直した紅茶を勧めながら、ご主人の不遜を詫びるワトソンを(流石だワトソン君)、などと思いながらJUNは底に数滴も入っていない紅茶カップを口に付け深く傾けた。

おそらく拒否をすれば、さらに泣き喚くだろう。そんなSaiを宥める手段を持っている昔の仲間は今この場所にはいない。JUNはカップをテーブルに静かに置くと、「依頼は引き受けたよ。」とやや諦めるように呟いた。

赤い目を爛々と輝かせながらテーブルから乗り出してくるSai。

 

「ほんとですか!?」

 

「あぁ。」

 

「やったーーーー!」

 

今にも飛び掛かってきそうなSaiを危惧したのか、JUNは立ち上がりソファから離れながら埃を被った思い出の品々に目をやった。

ガンランスの薬莢、折れた矢尻、大剣の切っ先。

1年前にあのとき受け取ったそれらを見れば、いつだって当時の記憶は鮮明に思い出せる。

あの夕焼けの禁足地での最後のクエスト。その時に渡し、渡されたこれらの品々。

前途を祝して朝まで飲み明かした集会所。あの時JUNに折れた矢尻を渡した彼女が大粒の涙をぽろぽろ零しながら言っていた言葉を思い出した。

 

「いつか師匠と、みんなとまた一緒に…!」

 

その先は嗚咽交じりだったのでよく聞き取れなかった。

でも、その先は誰もが知っていた。誰もが分かっていた。誰もが理解していた。

別れの日、いつまでも手を振って自分を見送ってくれた3人の姿を、もう振り返るまいと思いつつも振り返り、手を振り続ける3人を見て安心した自分の女々しさを、JUNは思い出していた。

幸いその後しばらくの依頼の予定は、無い。

ワトソンが甲斐甲斐しく出回って営業をしない限り、仕事なんてほとんど舞い込んではこないのだ。

それはそれで少し悲しいのだが。

 

「ワトソン君、少しの間留守を頼んだよ。」

 

JUNはそう言いながらお気に入りの着慣れた茶色いロングコートとテンガロンハットを手に取った。「名探偵セット」と称してSaiが餞別にくれた品だった。やや擦り切れているが新しい物を買うつもりもない。

翻しながら着込み、深々とハットを深々と被るとSaiとワトソンの方を向くJUN。

この言葉をまた言うとは思わなかった。でも、またいつかは言いたいと思っていた。

ハンターなら誰もが言う言葉。

ハンターになって初めてその言葉を放ったときは、どれほど興奮したことか。

 

「またみんなと一緒に…。」

 

一呼吸。

 

「…一狩り行こうか。」

 

渋く決め台詞を放つJUN。

 

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」

 

天井に頭をぶつけてしまうのではないかと思うほど飛び上がるSaiと、

 

「旦那様、コートが裏返しですニャ。」

 

と厳しい現実を突きつけるワトソンを背に、JUNは探偵事務所のドアを開けた。

すぐにコートを着直し、追ってきたSaiと町の出口まで歩いたにも関わらず、諸々の忘れ物を取りに戻るのには、等身大の勇気が必要だったが、ハンターとなった彼は引くことを知らなかった。

大きな溜息交じりの「いってらっしゃいニャ。」を背にJUNとSaiはポテナイを後にした。

向かうはバレバレにいるガンランスの薬莢と大剣の切っ先をくれた二人の元へ。

 



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「懐かしきはその四重奏(カルテット)」

Moon。

ガンランスに砲弾と夢と浪漫を詰め込んで戦場を駆け抜けた女ハンター。

男勝りな勝気な態度とややエキセントリックな思考の持ち主のため、ギルドでもある意味有名な存在だった。

ガンランスの使い方が特殊であり、盾は携帯しない。

「そんな重い盾なんか持ってるから動きが鈍くなるんだ。」の一言で集会所のランスガンランス使いの雰囲気を一瞬にして緊迫したそれにすることが多々あった。

今、彼女はバルバレに住みかなり特殊な道具屋を経営している。

近隣住民は彼女を良い意味でも悪い意味でもこう呼んでいる。

 

「発明道具屋」と。

 

「決めたよ、那由多。私、発明王になる。」

 

JUN達と別れた後、彼女は周りの本気の制止を本気で押し切ってバルバレにて研究所を設立した。

 

那由多。

大剣の使い手。小さな体躯と天然ボケが過ぎる彼女は、ギルド内でもファンが少なくない存在だった。ファンクラブが出来た数少ないハンターである。

ただ、その腕前は目を見張るものがあり、ハンターデビューの際にハンター装備一式にてケルビ5頭の狩猟というクエストを受注するも、キリン5頭を狩猟して帰ってきたという偉業を成し遂げた。

ギルドマスターがその時に言った「これ、ケルビの角やない。キリンの蒼角や。」はその年の流行語にもなり、一躍有名人の仲間入りをした。

Moonと出会い、不思議な縁を感じたのかそれ以降ずっと一緒に生活をしている。

JUN達と別れた後もMoonの夢を叶えるため奔走した。

 

アイテムショップ「エンデデアヴェルト」

Moonが経営する道具屋。

そのカウンターに頬杖を付いてつまらなそうに溜息を吐くMoonがいた。

店内には客は一人もいない。

那由多が品出しをしている。

そんな様子を見ながら、Moonは再び深い溜息をついた。

 

「Moon、どうしたのぉ?」

 

調合が終わり、瓶詰も済んだ回復薬を一本ずつ棚に並べながら、いつものように楽しそうな口調でMoonの方を那由多は振り返った。

 

「また、これよ…。」

 

そう言って先ほど封を切ったばかりの封筒をつまらなそうに指で数回叩いた。

封筒には「道具特許会」と書かれている。

道具特許会とは、様々な道具の安全性や有用性を保証し、製造した者の権利を保障する機関である。商品化する道具などは一度ここで申請を受けることによって世界中に流通することが可能となる。

 

「あぁ、駄目だったんだね。【真・強撃瓶】。」

 

「【貴方様の製造された《真・強撃瓶》は強撃瓶の5倍の威力を発揮する瓶として、その威力は比類なき能力を発揮いたしました。が、瓶装着時に9割以上暴発を繰り返します。また、瓶ポーチ内での暴発も起きております。誠に残念ではございますが、《真・強撃瓶》の商品化は難しいものと思われ…】。あとはもういつもと同じ。あー、もう。あー・・・。」

 

そう言うと、Moonはやる気なくカウンターに項垂れた。

 

「いつももうちょいのところなのにねぇ。」

 

那由多の効果ゼロのフォローの甲斐なく、Moonは頭を垂れたまま手だけ左右に振った。

 

「自動砥石は…?」

 

「武器に装着していると、自動的に研いでくれるアイテムっ♪」

 

「装着していると…?」

 

「研ぎすぎて私の剣折れた♪」

 

「…元気ドリンコGは?」

 

「元気いっぱい♪眠くなくなるスーパーアイテム♪」

 

「飲むと…?」

 

「あの時私3日間眠れなくなった♪」

 

「…センサー除去装置は?」

 

「レアアイテムが出やすくなる、誰もが欲しがる魔法のアイテム♪」

 

「装着すると…?」

 

「あ~、確か【しかし、ふしぎなちからによってかきけされてしまった!】って聞こえた気がした♪」

 

 

こんな感じでMoonは何度も何度も道具特許会に申請書を送っては、「貴方様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。」の封書に目を通している。

通常商品と同じように自作のアイテムも店頭には並べているが、残念なことに売れ筋は良くない。というか、悪い。悪すぎた。

JUNの探偵事務所同様実質連続赤字なのだが、那由多が「…ちょっと回復薬の素材集め行ってくるね♪」と店を出て数日後返ってくると金庫は「何故か」とてつもない額のお金が仕舞われていた。あまりにも不審に思ったMoonが問いただすと、【回復薬を取りに行ったら祖龍に襲われてしまい、仕方なく倒し、折角だから素材を持ち帰って売る】のだそうだ。

那由多は目を泳ぎに泳がせ、そう説明した。

あまりに嘘が下手過ぎる那由多を不憫に思いながらも注意し、今度そういうことをしたら本気で怒ると注意したMoonだったが、一般人が10年以上遊んで暮らせる額が金庫に眠っている。「今度」はもう来ないのかもしれない。

 

「あーあ。客も来ないし、那由~。酒でも飲みに行くか~?」

 

昼前である。

那由多が苦笑していると、店のドアがゆっくりと開いた。

 

「お客さん、いらっしゃいませぇ~♪」

 

那由多の人懐っこい応対に対して、Moonは既にやる気無くカウンターに突っ伏したまま軽く手を振っていた。

 

「当店ご自慢の超大型打ち上げ中型小タル爆弾はいかがですかぁ~♪って、あれ…?」

 

「わーーーー!那由多さんだぁーーーーー!」

 

「久しぶりだね、那由多君。」

 

Moonにとっても那由多にとっても聞き覚えるあるその声が店内に響いた。

Moonが勢い良く飛び上がり、二人に目を向ける。

Saiは既に那由多の手を取って上下にブンブンと引き千切れんばかりの勢いで振り回している。

 

「ヒーローとSaiさん!!」

 

カウンターを蹴るように力強く飛び越えてMoonはその勢いに任せてJUNに抱き付いた。

MoonはJUNのことを【ヒーロー】と呼ぶ。ピンチになると必ずJUNが状況を打破することから、いつからかそう呼ぶことになった。那由多もいつの間にかそう呼ぶようになり、誰も「JUN」と呼ばなくなったため、他の人に「JUNさん」と呼ばれても反応するのに時間がかかるほどJUNは自分の名称にアイデンティティを感じ難くなってしまった過去があった。

 

「ホントに久しぶりだねぇ♪二人ともどうしたのぉ~?」

 

那由多はSaiの強すぎる握手をやんわりと離し、JUNとSaiを交互に見詰めながら嬉しそうに話しかけた。MoonはJUNへのハグが終わると、Saiの頬っぺたに頬擦りをしながら嬉しそうに「そだそだ、どしたの?」と答えを促した。

当たり所が悪かったのかJUNは胸元を苦しそうに押さえながら言葉を発そうとするが、すぐにSaiが「お願いがあって遊びにきたんだよ!」と元気良く意味が分かり難い返答をした。

 

「ん・・・?w」

 

それぞれがそれぞれ、思い思いの意味深なリアクションをする。

これも彼と彼女達のいつものちぐはぐな会話。

いつも通りの懐かしき四重奏。

 



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「決意の夜に」

アイテムショップ「エンデデアヴェルト」。

店内中央に椅子を四つ置き四人が思い出話に花を咲かせて既に数時間が経過していた。

今までのことや、これまでのこと、JUNが探偵事務所を開いていること、Saiが武者修行で世界中を一人で戦い歩いていたこと、Moonがアイテムショップを開きながら発明家を続けていること、那由多がそれを手伝っていること。店の中央にテーブルも置いてタンジアビールを用意して宴会が始まるまで、幸か不幸か客は一人も現れることはなかった。

一応営業終了時間を待って那由多が「closed」の看板をかけに外に出て、戻る頃には話はSaiの依頼の話を切り出していた。

那由多がほんのり赤ら顔をしながら自分で品出しをしたモスジャーキーの束をテーブルに置きながら座り直して、「なになにぃ~?今は何の話ぃ~?」と周りに伺い、そのクエストの報酬が欲しいことや、そのクエストの難易度をSaiはおおまかに話した。

酒に強いのかSaiは顔色一つ変えず、もうジョッキ5杯分のビールを空にしている。

JUNは少しぬるくなったジョッキを少し傾けると、「そういえば…」と言い、音を立てないようにジョッキをテーブルに置く。紳士としての自分の信条なのか、あまり音を立てた行動を好まない。同じく酒に強いのかまるで酔った様子もなくJUNは続けた。

 

「どんなクエストなんだい、Saiさん?ここに来る途中に聞いたら『みんな揃ってから話します。てへっ♪』と言っていたからそろそろ聞いておきたいのだが…?」

 

「『てへっ♪』って言った記憶がまるでないのだけれど、そうですね!…でも、その前にまだMoonさんと那由多さんのお返事を聞いていませんでした…。」

 

Saiは申し訳なさそうにMoonと那由多の表情を交互に伺う。が、二人は(この人何言っているの?)と言わんばかりに不思議そうな顔をしている。

 

「あ、クエストに挑戦のこと?そんなんSaiさんの申し出を断る私は私じゃない!そうだよなっ!なっ!那由っ!!」

 

「お~~~うっ☆」

 

相当に出来上がり始めた二人は、お互いに肩を組みながらジョッキを高々と掲げる。

感極まったSaiが「ありがとう!!」と言いながら大声で泣き出してしまった。

 

「本当に、本当にみんなと出会えてよかった!!」

 

涙も拭かずにポロポロと涙を零しながら喜ぶSai。

そんなSaiの頭を優しく撫でながら、店の売り物である「メラルー模様のハンカチ」を一枚取って差し出す那由多。

 

「で、どんなクエストなのぉ~?みんなでやっちゃえばすぐ終わっちゃうだろうけど♪」

 

「そだそだ!朝飯前だぜっ!」

 

「食後のティータイムには是非ルイボスティーが飲みたいところだね。」

 

そんなやり取りをしていると、Saiがハンカチで涙を拭いて一呼吸おいてから意を決したように堰を切った。

 

「それじゃあ、お伝えしたいと思います!第一のクエストは…」

 

 

「【覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か

 

メインターゲット

 アカムトルム1頭とリオレウス(極限状態)2頭などの狩猟「など」】  ですっ!!」

 

この時はJUNでさえ口に含んでいたビールを吐き出した。

しばらくポカーンとしていたMoonだったが、下を向いたまま肩が震わせている。

那由多がどうしたのぉ?と肩に手を乗せようとしたとき、Moonは立ち上がり誰に言うでもなく叫び始めた。

 

「…ぉぃぉぃぉぃぉいおいおいおいおいおいおいおい!!おいっ!!なんだそのクエスト!!ギルドはハンターをハントする仕事も始めたのか!?死ぬだろ、それ!なんであのでっかくて可愛い声出す奴と空の王者組んでんの!?つーか、《など》って、ぜってぇリオレウスの後、ラージャンいんじゃん!黒ティガいんじゃん!砥石も瓶も弾も持つのかよ、それ!物騒な世の中だなぁ、えぇ、おい!!って、あっれー!(極限状態)とか書いてあんのね!!固いね!弾かれちゃうね!あー、あれだよ、思い出した!あのわがままな第三王女もいつかビンタしに行ってやろうとか思ってたけど、この依頼主はもうあれだ、死ぬべきだ!うん、マジで!ぜってぇ奈落か涅槃にでも行くべきだ!!」

 

暴言を吐き出すだけ吐き出してMoonはゼェゼェ肩で息をした後、ジョッキを大きく傾けた。喉を鳴らしながらビールを流し込んでいるが半分以上は口元から零れて首を伝って胸の谷間に吸い込まれては、着ている服をビショビショに濡らしている。

JUNも「ふむ…。」と言ったまましばらく思考をしては首を横に振りを繰り返している。恐らくは戦闘のイメージトレーニングをしているのだろうが、どうにも勝利を導く公式は見つかっていないようだ。流石の名探偵も、やや困惑している。

那由多はぽへぇ~♪としたまま、Moonの早口は噛まないから凄いなぁ、などと感心しており、おそらく事の重大性が理解出来ていない。

まだ興奮覚め止まぬMoonが責めるような口調でSaiに問い掛ける。

 

「つか、Saiさん、このクエやったの!?」

 

「アカムは仕留めたけど、2頭同時の極限リオレウス相手にしていて時間がかかってたら後ろからラージャンとティガレックスが来て…あまりにも危険だったからリタイア…」

 

「依頼者呼んで来い!!ゼロ距離で竜撃砲を二、三発、いや、二十三発お見舞いしてやる!!!」

 

「ごめんなさい!!依頼者は【わがままな第三王女】だから…。」

 

「よーし!戦争だ!あのクソ女!ケツからアベレージヒッター刺し込んでフルバーストだ!毒と痛みと熱で苦しめぇっ!!!泣きながら許しを請わせてやる!!部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いをする準備をしとけよ、お姉さん本気だぜ!!」

 

Moonの興奮が再燃している中、JUNは静かに立ち上がり店内を見回り始めた。

そんな動作に三人の視線は自然とJUNの元へと向かった。

JUNは咳払いを一つしてから、棚に置いてある回復薬を手に取り三人の方へと振り返った。顔には確信めいた色もある。

 

「Saiさん、Moonさん、那由多君。私達は元ハンターだ。今はハンターではないけれど、その心にはまだ狩猟魂というものがあると思う。」

 

「ハァハァ…ど、どしたの、ヒーロー?」

 

「Saiさんが私を頼って事務所に来た時、私は依頼を受けた。つまり、既にこのミッションは始まっているんだ。」

 

「…師匠…。」

 

「つまり、何が言いたいかと言うとだね…」

 

JUNが一呼吸を置いて皆の顔を見回しながら、口を開こうとした瞬間のことだった。

これが物語を大きく左右する一言だった。

聞き覚えのある言葉で、みんなが言い覚えのある言葉。

でも、今JUNが一番聞きたくない言葉でもあった。

 

「一狩り、いこ~ぜぇ~♪」

 

那由多が右手を空高く持ち上げ叫ぶと、嬉しそうにみんなの顔を見回しながら続きを待った。

Saiは大きく頷くとその手を勢い良く掲げた。そして、MoonとJUNを見る。

Moonも頭を掻きながら「…しょうがねぇなぁ。Saiさんと那由多の頼みじゃ…」と言い渋々と拳を挙げる。

(今回はミッション失敗ということで…。)と言おうとしていたJUNも何故か深く頷きながら拳を大きく挙げた。完全に機を逸したようだ。

 

その日は店内に思い思いに雑魚寝をし、そして静かな朝を迎えた。

 



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「On your mark」

散々に散らかしたテーブルや床に転がった瓶やつまみの類は既に無く、そして那由多の姿もそこには無かった。

店の奥からは焼いたベーコンの香ばしい香りが漂っては鼻腔をくすぐり、JUNたちは次々と目を覚ましてはおはよう、と眠そうに目をこすった。

Moonが起き上がり、JUNとSaiにテーブルに着くように促すと、那由多が店の奥から顔を出しながらおはよ~♪とどこまでも図抜けた楽しそうな声が響く。

4人が陰鬱な朝を迎えることはなかった。

一眠りすれば、どんな嫌なことがあったとしてもMoonの機嫌は元に戻るようだ。

那由多が順にサラダ、ベーコンエッグ、パンとミルクをテーブルに置き、那由多自身も席に着く。「いただきます」の声だけが重なった。

一年前も野外で同じようなことを繰り返していた。それから一年経ったというのに不自然さをまるで与えない、さも当たり前の日常のような朝食が始まる。

Moonがベーコンエッグの黄身をパンで潰し、黄色に染まったパンを口に放り込む。那由多が「またそういう汚い食べ方する~」と注意し、JUNもそれを真似て食べようとし、Saiに「師匠…分かってますよね?」注意される。

 

「食事が済んだら久々のバルバレを見て回るとしよう。戦闘の準備もそこで行うとしようか。」

 

「ナイスアイディアです、師匠!新しい矢も買わないと!」

 

「あー、私の相棒かなり錆び付いちまってるからなぁ、久々にメンテしてもらうかー。」

 

「私の大剣も~…綺麗だけど、磨いてもらおーっと♪」

 

那由多の発言にMoonが顔を強張らせたせいか、那由多の口調があからさまに上滑りになっていることを名探偵は見逃すはずもなく。

 

「那由多君、実は今もハンター稼業を続けているのかい?」

 

那由多はMoonの顔を見、バツ悪そうに頷くMoonを確認してからJUNに事情を説明する。那由多の説明を聞きながらニヤニヤと頷きながら、「ふーん?これはこれはMoonさん…ふーん?」などと言っているJUNに対して、Moonはパンを投げつける素振りを見せた。実際に投げると「Moon、食べ物を粗末にしちゃダメ~」と那由多が怒ることを知っているので、投げることはないのだが。

 

「とにかく!!そんなわけで資金は潤沢にあります!!ヒーローもSaiさんも十分に準備してね!」

 

無理やり押し切ってこの話を終わりにしようとするMoon。

食事を終え、那由多が紅茶を淹れてくる頃には、町は賑わい始めていた。ドアの外からは客を呼び込む威勢の良い声があちこちから飛び交い始めていた。

昨夜飲んだビールのように、カップから零れるほどの紅茶を注ぐ那由多の神経を二度三度と疑うJUNだったが、それには触れず静かに持ち上げ少量を口に含む。

 

「うん、この香り。ウヴァティーはこういう朝にはぴったりだ。そうだろ、那由多君?」

 

「えっとね、ジャワティ~って書いてあったよ~♪」

 

「まぁ、ジャワとウヴァは似ているからね。」

 

必要以上の苦し紛れで、己の知識量から相手を封殺しようとするのは名探偵の必殺技だった。

 

「私と那由多さんは今でも武器を使っているからいいけれど、Moonさんはメンテナンスと強化を、師匠は武器の新調しなくちゃ、ですね。私と那由多さんで適当に狩りに行って素材でも集めてきましょうか?」

 

この世界では武器や防具を作る際に、素材というものが必要となる。

一般的な武器防具自体は販売店でも販売されているのだが、狩猟したモンスターの素材を持ち込み、それを用いて加工した方が安価で且つ強力な物が製造出来る。また、更に強力な武器防具を作るにはそれ相応の強力なモンスターを狩猟し、その素材を持ち込まなければならない。

そのため、Saiは素材の有無を危惧したのだ。

肩肘を付いて紅茶のカップを手に取ったMoon。並々と注がれた紅茶の二割はテーブルに零れたわけだが、そんなことは一切気にも留めずMoonは少し冷ますように息を吹きかけながら渋い顔をした。

 

「そんなん悪いから大丈夫だよ。ヒーローなら市販の武器でも十分に戦えるだろうしさ。」

 

(過大評価が過ぎているよ、Moonさん。)と口を開こうとしたJUNだが、またもや那由多が申し訳無さそうに口を開いた。

 

「紅茶飲み終わったら、ちょっと付いてきてほしいの…。」

 

普段の口調よりも緊張感十割増しの那由多に、違和感しか覚えない三人だがそれぞれに頷いた。

紅茶を飲み終え、みんなで食器を片付けると店の中央にあるテーブルを仕舞い、椅子も片付けた。女性達は身だしなみを整えるため二階に上がってしまい、JUNは独り店内に取り残された。もし客が来てしまったら自分は店員だと思われてしまう。そのとき、私はちゃんと接客が出来るのだろうか。いや、やってやろうじゃないか、私は名探偵だ。名演技だって出来るはず。などと思っていたのだが、杞憂以外の何物でもなかった。

しばらくすると三人とも髪を整え、身支度も済んでいた。

SaiはJUNがネムリ草を撫でながら少し残念そうな顔をしているのを不思議そうに見つめていた。

 

「それで、那由多君。何処に付いて行けばいいのかな?」

 

JUNの言葉に一瞬物怖じした那由多だったが、覚悟を決めたように一人頷くとこっち!とやや大きな声で店の奥へと向かった。三人は互いに見あい、首を傾げると那由多の背中を追うことにする。

店の奥には先ほど那由多が調理を行ったキッチンがあり、その奥には外に通じる扉があった。外に出るとやや開けた空き地に小さな建物。南京錠が幾重にも施錠されたMoon達の店の在庫置き場兼調合所である。ここから「妙に目が痛くなる空気が飛んでくる」だの「嗅いだことのない異臭がする」だのと苦情が飛び交っていたため、近隣住人からはあまり良い評価はいただいていないようだ。

那由多は、その調合所の裏手から顔を出し、こっち!と三人に手をこまねいていた。

バルバレは元々土壌自体が乾燥しており、砂漠化が進んでいる。

三人は不思議そうに調合所の裏手に回り込むと、那由多は振り返り意を決した瞳でMoonを見つめ手を握った。

 

「Moon、その…怒らないで聞いてね。というか、見ててね。」

 

そう言うと、Moonの返事も待たずにみんなに背を向け両手で砂を掘っていった。

とうとう気でも触れてしまったのかと心配し、声をかけようとしたMoonだったが、砂と共にこちらに転がる物に目を奪われる。

人とは思えないほどの大きな眼球、白く太い角の一部、白銀の鱗や翼。Moonもハンター時代に良く目にしていた物が那由多の小さな手が砂を掻き出していくと同時にボロボロボロボロボロボロボロボロと現れた。

祖龍の素材だった。

 

「お前は犬かっ!!」

 

「きゃい~ん♪」

 

この転がっている素材を上手く組み合わせれば、祖龍の標本が出来てしまうのではないかと思えるほど、潤沢に、贅沢に、祖龍の素材が転がっていた。中には崩竜の素材も大いに交じっている。どう考えても一体や二体ではなく、それこそ乱獲されたようだ。

どこか遠い国の童話では、犬がここを掘れと吠え、主人がそこを掘ってみると大判小判がザックザクと現れたそうだが、それの比ではない。崩竜祖龍がザックザクである。

Moonが突っ込みを入れ、あまり怒っている様子はないことに安心したのか、那由多は事の全容について、目を泳がせながら明らかにした。

薬草を取りに行ったら遭遇した、と。

すぐさまMoonに小突かれる那由多。

 

「極圏とシュレイド城に薬草は生えていたのか…。あるとすれば…」

 

JUNが名推理を展開させる前に、Saiが静かに「そもそも生えてないです。」と否定した。

素材と資金は嫌というほどに揃った。

昼前に四人はある程度の素材と資金を持って町へと足を運ばせた。

那由多が昨晩かけた「closed」の看板だけがそんな四人の背中を見送っていた。

 



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「Set」

バルバレは、ドンドルマの南東に位置する都市である。

貿易の要となるここには多くのキャラバンが行き交う。大きな集会所もあり、ハンター達の多くはここを拠点にしている。

数年前、「我らの団」というふざけた名前の旅団がこの町を含む近隣の都市を救った。彼らは英雄として崇められ、しかし驕ることなく今もまだ世界を股にかけ様々な偉業を成し遂げているらしい。そんな彼らの出発地点がここバルバレであり、多くのハンターはここを聖地の一つとして巡業する者もいる。

活気に満ちた町であり、月刊「ハンターウォーカー」において「バルバレに来たら帰れなくなっちゃうわ」というタイトルでバルバレの特集がされたことがあり、女性視点でのバルバレの楽しみ方を詳しく掲載されたことがあったせいか、女性の旅行者にも好まれている。

 

JUN達がバルバレに到着してから5日後の午後、4人は加工屋から武器の完成の連絡を受け散々に溢れかえった人ごみの中を掻い潜りながらようやく加工屋へとたどり着いた。

結局、Moonのガンランス「エンデデアヴェルト」は整備不慮のせいであちこちが錆び付き、砲身も焼き付いており、シリンダーが全く機能しなくなっていたため、新調を余儀なくされた。ありったけの素材を持ち込みその日は加工屋を後にした。JUNの軽弩も同じようにやたらと贅沢なそれらの素材を用いて新調することとなる。

 

バルバレの加工屋「バルバレンシア」店主、ジョルノ・ゴレイアの前に2人の男女がつい先ほど来店し、彼は依頼されていたガンランス「祖龍霊銃槍・崩千」を女性に渡した。

彼としては珍しい祖龍の素材を最大限に活かすため散々に苦悩した。バレルの角度やトリガーの握りや遊び、放熱機関の調整、砲撃に対して刃が溶けたり刃毀れしないように強度を高める。それと同時に軽量化にも十分に注意する。盾にも十分に気を遣う。祖龍の軽く頑丈な剛翼を更に薄く加工し、それを幾重にも重ねる。そうすることによって耐久性と軽量化を最大限に発揮出来るように施した。そこに冷却機関として崩竜の素材を組み込み、槍部分に崩竜の大顎重削顎を組み込むことによって、業界初の双属性ガンランスを完成させることとなった。この依頼を受けて5日目、彼はほとんど寝ていないのだ。それほどまでに祖龍の素材に魅せられ、加工屋冥利に尽きた。加工人生35年。元来気の弱い男だったが、加工屋に憧れ、今の親方に弟子入りして金槌の握り方から教わった。親方に怒鳴られ、逃げ出したこともあった。親方に認めてもらうこと20年。その加工屋人生をして、渾身の力作だ。もし、今命が尽きたとしても、このジョルノ・ゴレイアに一片の悔い無し。そう言い切れるほどの魂を武器達に注ぎこんだ。

 

その女性は、ガンランスを受け取ると、目を爛々と輝かせトリガーを引き加減を調べたり砲身にどういった加工を行い、どのような砲弾種を放てるのか、放熱機構は油圧送風式なのか、水冷式なのか、自然放熱式なのか、ガンランス使いならではの質問が飛び交い、その質問のすべてに懇切丁寧に答えた。勿論彼女は満足している。ジョルノも満足し盾の質問への完璧な答えも準備していた。

その後、ジョルノは困惑する。

彼女はガンランスを受け取ると、さも当たり前のように盾をこちらに寄越してきたのだ。

 

「え…?お嬢ちゃん、盾…」

 

「ん?あぁ、いらねぇよ。それよりさぁ、このリロードのギミックかっけぇな!いい仕事してんぜ、おっちゃん!」

 

Moonはやや広めの店内で空リロードを繰り返す。砲身の周りを螺旋状に巻き付かれたドラムマガジンがシュルシュルと軽やかな音を立てながら空装填されていく機構を痛く気に入ったらしいが、ジョルノはそれどころではない。堅牢な盾の素晴らしさを伝えようとするが、Moonはまるで聞いている様子はない。あろうことかもう一つ注文した軽弩も勿体ぶらずに早く見せてくれ、とこちらに快活に笑いながら指示まで送ってくる始末だった。呆気に取られながらジョルノは盾を受け取り、しずしずとカウンターの下に音を立てずに横に倒すと、静かに店の奥へと入っていった。JUNの軽弩を取りに行くのだろう。その足取りはやけに重く、そして寂しそうに映る背中はとても小さく見えた。しばらしくてからジョルノは両手で大事そうに抱えたそれを持ったまま二人と対峙する形でカウンターに置く。

 

「是遠阿武祖龍弩(ゼオンアブソリュード)だが、こちらも…」

 

「あぁ、ありがとう。」

 

JUNに至っては説明すら聞く気がないのか、礼を言うと軽弩を一度構えてスコープ越しにジョルノを覗き違和感が無いことを確認すると肩に背負い、唖然としているジョルノに対してハットを人差し指でやや上に傾けながら「何か?」と首を傾けている。

 

「いや、もういい…。」

 

「・・・?」

 

ジョルノの落胆した様子をもう一度少し不思議そうに首を傾げMoonとJUNは踵を返した。その姿を目で追いながら、ジョルノは今日は浴びるほど酒を飲もうと心に誓った。疲れや達成感などはもうそこには無く…。後に「武器防具五賢神」の一人と謳われる男の35年目にして初めての圧倒的な敗北だった。

 

 

 

時同じ頃、Saiと那由多は旅の準備を終えてアイテムショップ「エンデデアヴェルト」に戻っていた。Saiが店内に飾っている不思議な道具の数々を指さしながら那由多に説明を受けているのだが、そのほとんどがこう言ってはなんだが絶望的に使用頻度が少ない、というか使用してはいけない代物と認識できる。

数点、自分でも使用出来そうな物を見つけ、Saiは那由多にそれらの品物を購入したい旨を告げるが、那由多はSaiからお金を取るつもりはないらしい。

「うん♪あげるよぉ♪」と店の奥から木箱を取り出し、Saiの望んでいる品物をダースで用意してSaiの前に「はぃっ♪」と朗らかな笑顔を見せた。恐らくMoonも同じようにSaiから金を取るような真似はしないだろう。そう踏んだのだろう。何度か断るSaiだったが、那由多は「ん?うんうん♪Saiさん、早く受け取ってよぉ♪」と話を聞いていないとしか思えない返答をしながら、手に持った木箱をグイグイと優しくSaiの前に差し出している。

 

「じゃ、じゃあ、ありがたくいただきます!!」

 

「あ~~~いっ♪それと、アイテム減ってきたら、Moonがどこでも調合出来ると思うからだいじょうぶぅ♪」

 

「帰ってきたらMoonさんには、私からもお願いしてみます!!」

 

「お願いしなくてもMoonは作るかもしれないけどねぇ♪」

 

そんなやり取りをしているとドアが開き、勝ち誇った顔でガンランスを背負ったMoonといつも通りの平静な顔付きのJUNが会話をしながら入ってくる。会話というよりはMoonが圧倒的に話していて、JUNはただ相槌を打っている。

SaiがMoonの発明品を那由多から無償でもらったことから始まり、ガンランスと軽弩が思ったより良い出来栄えだったこと、明日にはここを発つことと店はしばらく閉店することを話し、夜を迎え、その日は明日に備え皆早めに床に就いた。

空が白みがかる頃に那由多が起床し、皆の朝食を準備し、皆を起こす。

食事を済ませ、とうとうクエストを受けるためにバルバレを離れることとなった。

 

バルバレの入り口の門に4人の姿がある。

まだ早朝のためか、キャラバンの姿も多くなく、開店している店は一軒も無い。

静寂に近い、バルバレで唯一静かな時間である。

 

「では、諸君。行くとしようか。」

 

「はい!!いざ!!!」

 

「ドントルマへっ!!」

 

「ほぉぉ~~~い♪」

 

JUNの一声に、Sai、Moon、那由多が続き、戦いの一歩を踏んだ。

の、だが…。

 

「あ、那由多、【しばらく閉店する】って看板かけるって言ってたけど、ちゃんとかけてきた?」

 

「ん…?あっ…♪忘れた♪」

 

「おいおいおい…。」

 

「それでこそ那由多君さ。」

 

「師匠もやりそうなミスですけどね。」

 

「ふふ…。」

 

「あ~みんな先に行ってて~♪すぐ追い付くから~~♪」

 

言うが先か那由多は店へと向かっていく。

大剣を背負った少女のような体躯の背中がどんどん町の中に吸い込まれていく。

呆れたように溜息を吐きながらMoonは先に行くように促すが、どう考えても店主であるMoonの仕事のような気もする。

 

那由多が店の前に辿り着くと見慣れない三毛のアイルーが一匹、中に誰も存在しないアイテムショップ「エンデデアヴェルト」の扉をノックしている。アイルーは那由多の存在に気付きそちらに振り替えると丁寧に会釈をする。

 

 

「こちらの主様でいらっしゃいますニャ?」

 

「ううん、私は那由多だよぉ♪」

 

丁寧で歯切れの良い問いに、屈託のない笑みで自己紹介をする那由多。

 

「・・・?えぇと・・・あの・・・」

 

「猫ちゃんはお名前はなんてゆ~の?」

 

自分の質問が分かり難かったために自己紹介をされてしまったのか自問し、先程の会話を思い返してみたが明らかに自分に非がないことを再確認するも、アイルーは那由多に会話を合わせる。

 

「失礼しましたニャ。私はワトソンと申しますニャ。不貞のご主人の匂いを追ってきたのですが、ここから強く感じましたニャ。」

 

「ご主人って人は知らないなぁ~…。」

 

「えぇと・・・ジュ、JUNという方が私のご主人様ですニャ。」

 

那由多は口元に人差し指を当てながら首を左右にゆっくりと傾けながら思考するが、しばらくして苦笑しながらワトソンの頭を優しく撫でる。

 

「ごめんね~♪《JUN》って人は知らないや♪」

 

「アニャ…おかしいですニャ、ここからご主人の匂いがいっぱい感じられるのですニャ。幾つか質問をさせてもらってもよろし…」

 

ワトソンがやや困惑しながら那由多に何度か語り掛けるが、那由多は鼻歌混じりに扉の横に置いてあった何も書いていない木の板に楽しそうに文字やら絵を書いて、それをそそくさとドアノブに掛けると、頑張って質問を繰り返しているワトソンの頭を撫でた。

 

「ごめんねぇ♪ワトソンちゃん♪私急いでるから行くねぇ~♪」

 

ワトソンの言葉は一つも那由多に届くことはなかった。

気付けば那由多の姿は遥か遠くに見え、ワトソンは深く溜息を吐いて先程ノックを繰り返した扉に目をやる。

 

【しばらく開店しまぁ~す♪dy Moonと那由多】

 

「フム…困りましたニャ。」

 

理解に苦しむ内容と現状にワトソンはもう一度溜息を吐いた。

那由多にJUNという知り合いはいない。親友と呼べるのは「Moon」と「Saiさん」と「ヒーロー」だけなのだから。

すぐにMoon達と合流し4人は一路ドンドルマへ。

 



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「未知の樹海」

 

未知の樹海。

人の手が加えられていない多くの土地を人々はそう呼んだ。

木々が生い茂り、自然石も多い。珍しい植物も目立ち、保護認定を受けている鳥獣もそこでは多くが伸び伸びと生活をしている。また、多くのモンスターが生息しており、中には危険過ぎて並のハンターでは到底太刀打ち出来ない獣竜種や、あまり人に姿を見せることはない黒狼鳥や怪鳥、岩竜なども存在し迷い込んだ多くのハンター達の命を容易く奪い取った。遺跡やその時代時代の遺物や財宝も数多く眠るその地に4人の侵入者。

血肉を渇望するモンスターが彼らを見つけることなどは容易い。未知の樹海を生き抜いたこれらの生き物はただ強く、狡猾で、獰猛なのだ。問題はそんな生き物達よりも強く、狡猾で、獰猛な4人が侵入してきたことである。早速様々な種類の獣たちに取り囲まれた4人はそれぞれに武器を手に取り構えた。

間合いを取って冷静に弾を装填する者、矢を番えその矢に相応しいほどの鋭い眼差しでモンスターを睨む者、銃槍を肩に担ぎサディスティックに微笑む者、何を考えているのか分からないが笑顔のまま軽々と大剣を中段に構える者。

ハットを被った男の「散会」の合図と共に彼らはそれぞれの得意とする間合いを取ると未だこちらを警戒しているモンスターと対峙した。

それから数分後の現在、未知の樹海に轟音が鳴り響く。大木で羽を休めていた鳥達が一斉に空へと舞う。

 

「ブランクを取り戻すのと武器の調整には丁度いいかもしんねぇな。そっちはどうだ、那由多?」

 

砲口から煙を上げているガンランス。目の前では既に炭化し、砂のようにサラサラと地面へと還ろうとするイァンクックの亡骸から目を離す。片手でガンランスを器用に扱いシリンダーを回転させると薬莢が軽やかな金属音と共に地に落ち、そこから放たれる鼻をつんざく硝煙臭の匂いを懐かしく思いながら、Moonは背後で大剣を振るう那由多を見やる。

 

「お~う♪」

 

那由多の大剣「角神剣ディスティアラート」が木から木へと飄々と飛び回っていたケチャワチャを捉え緩やかな跳躍と共にその大剣を振り下ろす。その鉄塊はケチャワチャの頭部を吸い付くように打ち抜き、鈍い金属音と骨の砕けた、そして地面に突き刺さる大剣と圧倒的な暴力の前に既に事切れたケチャワチャの胴体が地面に叩きつけられた音が順にリズムよく付近に小気味悪い音を立てた。ケチャワチャの命は、生殺与奪にはおよそ縁遠い「お~う♪」と共に呆気なく奪われた。

「んっしょ♪」とケチャワチャの頭部を惨たらしいまでに貫通し地面に突き刺さった切っ先が血まみれの大剣を勢い良く持ち上げたせいで、大剣はそのまま那由多の手から離れ後方へと回転しながらアーチを描き、大剣が手を離れたことに「ほえぇ♪」と那由多が声を上げた時には彼女の背後から襲い掛かっていた不幸なドスジャギィの頭部に突き刺さり、これもまた絶命。

死後もなお痙攣を繰り返すドスジャギィを一瞥した後、那由多はMoonへ横顔で可愛らしくウィンクとピースサインを送った。

この二人は「武器が重いから鎧とかはいらない」という理由で剣士系の防具は装着しない。ガンナーが好むような軽装で様々な任務をこなしてきた。Moonがやったことを真似ることが好きなのか、那由多も「わたしもぉ~♪」と自分の戦闘スタイルを平然と変えて現在に至る。荒唐無稽な彼女達の戦闘スタイルは、最初から守りを捨てている。攻撃は「避ける」ことを前提にしているのか、Moonの口癖は「いつも心にナルにゃんを」だった。

「ナルにゃん」とは、迅竜ナルガクルガのことでありここ数年狩猟され続けたせいかあまり姿を見ることが無くなったMoonの愛すべきライバルである。

那由多もMoon同様そう言うのだが、九割は大剣でキッチリ敵の攻撃をいなしている。避けていない。

 

「相変わらず、那由多君はエグいね。」

 

やや大き目な木の枝の上で姿勢を低く取ったままJUNはスコープから目を離し、那由多とその周りの惨状を見下ろして感心するような口調で呟く。そんなJUNは何をしていたかと言うと遠方に位置するところで眠っていた岩竜バサルモスに対して気付かれぬよう通常弾を撃ち込んで起こしては眠るのを待ち、また撃ち込んでは起こすとこの数分繰り返して遊んでいたが、是音阿武祖龍弩の威力は凄まじくバサルモスは起きなくなった。というか眠るように絶命していた。

 

「ふむ、100点だ。」

 

ハットを深く被るとニヒルに笑み、軽弩を撫でるJUN。

再び眼下に目をやるとやや離れたところでアオアシラに六頭に囲まれているSaiを確認した。Saiが「覇導弓エルネクレラム」に矢を番え、その矢を放っていく。その一連の動きは一切の無駄がなく、まるで舞でも舞っているかのように鮮やかなものであった。矢を受けたアオアシラはその一撃にて命を絶った。そのまま仰向けに絶命したモノもあれば、立ったまま絶命したモノもある。それぞれの眉間にはそれぞれに一本の矢。

 

「Saiさんの犯行はいつでも丁寧だね。」

 

Saiが木の上のJUNを見つけて地団太を踏みながらキッと睨み返した。

 

「犯行ってなんですかー!!」

 

「おおっと、聞こえていたようだ。」

 

そう言いながら、JUNは木の枝から飛び降り物音立てずに着地する。ふわりとコートがJUNの着地から僅かばかり時間を置いてから地面に触れる。

JUNの周りに皆が集まり、「掃討完了かな?」の問いにそれぞれが頷いたのだが、突然、何かを思い出したかのようにSaiがMoonの名を呼び、酷く嬉しそうにMoonの手を強く握りしめた。

 

「Moonさん、これは凄い発明ですよ!!」

 

「え・・・?ど、どれ??」

 

「この【速撃瓶】ですよ!」

 

そう言いながら、ポーチに入っている水色の液体の詰まった小瓶をごそごそと取り出して見せた。

【速撃瓶】は矢に装着し一定以上の加重を加えると内部の液体化した火薬草と氷結晶を主体とした成分が矢尻の鉄分と化学反応を起こし勢い良く気化しようと圧力が加わる。その大量の水蒸気は瓶に作られた空気弁から噴射され、矢を大幅に加速させることが可能な瓶である。その推進力は圧倒的な攻撃力へと変わり、更に矢は通常よりも遠くまでその威力を維持したまま空を裂くのだ。が、Moon本人は当時【真強撃瓶】を作るため躍起になっており、速撃瓶の存在をほぼ忘れていた。というか「瓶詰めして店内には置いておいた、と思う…」くらいの記憶しか持っていなかった。

Saiのイノセンスな瞳で賞賛されたMoonがそんなこと言えるはずもなく。

 

「だ、だよね!!Saiさんなら使いこなせると思ってさ…!そのために作ったんだよ!!」

 

「わーーん!!Moonさんいい人だぁ!!」

 

何も知らずにMoonに抱き付くSai。

そんなやり取りを見つめながらJUNが思い出したように「あっ」と声を上げ、やや焦りを隠しきれていいないMoonの名を呼んだ。

 

「そうだ、Moonさん。私もお店から使えそうな物を拝借したのだけれど。」

 

「ん?ヒーローも?何?どれ持ってきたの?」

 

抱き付くSaiの頭を撫でながら、MoonはJUNへと視線を送る。

JUNは右手を挙げると、手首に巻きつけたそれを指さした。

 

「この腕に取り付ける小型の機械。ボタンを押すと針状になったゲネポスの麻痺牙がd」

 

「それは色々な利権に関わる話になりそうだから、今はやめておこうね、ヒーロー。」

 

「承知。」

 

本当に真面目な顔でお願いをすればJUNとて無下にはしないことをMoonはここで学ぶことが出来た。

再び目的地に向かう途中でMoonは自らが発明した、イチノタチウオの中に小タル爆弾やカクサンデメキンを詰め込み、投擲することで周辺に大爆発と起こす「イノチタチウオ」の素晴らしさを必死に伝えたが、残念ながら理解を得ることは出来なかった。

数時間ほど歩いたところでようやく未知の樹海から抜け出すことが出来、懐かしきドンドルマの大門を遥か遠くに捉えた。

 



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「真夜中の依頼」

 

「もうすぐドンドルマだねぇ♪」

 

少し走り3人の方を振り返って後ろ歩きをしながら那由多は旅の始まりからずっと変わらず絶やすことのない笑顔を向けた。

 

「そうだな。っと、那由多、絶対蹴るなよ、そいつ!!」

 

Moonは未知の樹海の入り口にいた「クンチュウを一人で蹴ってドンドルマまで運ぶ」というオリジナル運搬クエストに夢中になっていた。クンチュウはもはや自らの防衛本能を悔やむことくらいしか出来ずに遠く離れた土地へとただその体を転がされていた。

彼女達には疲労という物が無いのか、と思いながらやや張ってきた太ももを歩きながら軽く叩き、水の入った革袋を腰から外し口に含むJUN。そんな様子を見ながらSaiは苦笑し、自ら持っていたユクモ特産の砂糖菓子をJUNに手渡した。

 

「師匠、もうすぐですよ。ガンバです!!」

 

「そうだね…。名探偵頑張る。」

 

水の入った革袋の栓を止めてから受け取った砂糖菓子を口に放り込みJUNは前方に見えるドンドルマの大門を見据えた。

 

大都市ドンドルマ。

険しい山あいに切り開かれたその土地は風を多く運び、それを原動力とするため多くの風車が存在する。風車やかざぐるまで有名なシナトのそれとは違い、実用的な使用方法に基づき利用されている。また豊かな水源もあり、人々は活気に満ちた生活を送っている。様々な地域への中軸となっていることもあり、施設の充実度や人口密度などは近隣の街とは比べ物にならないほどの躍進を遂げている。

指導者は大長老と呼ばれる巨大な竜人であり、その昔ラオシャンロンの頭を一刀両断するほどの猛者だったが、今は執政者としてその才力を存分に発揮している。

 

JUN達がドンドルマに到着したのは日も暮れ辺りが暗闇を帯び始めていた頃だった。残念ながらクンチュウは命からがらMoonの蹴りをかわすと一目散に逃げ出した。追い掛けようとするMoonを必死に制止するSaiと那由多を横目で見ながら、女性は強い生き物だということを再確認したJUNだった。

ハンター時代に拠点として世話になっていた宿「風の詩」に足を運び部屋を取る。店主は再会を心から喜んでくれた様子で「男性用シングル一部屋と女性のクイーンサイズ一部屋だね。毎度!」と当時と変わらぬ優しい口調でJUNたちを部屋へと案内した。部屋に荷物を置くと宿の1階にあるレストランにすぐに向かう。食事を運んできた店主と懐かしい話を交わしながら、久々のこんがり肉か砂糖菓子以外の食事を満喫することが出来た。懐かしい食事。懐かしい酒。懐かしい面々。

当時はそれが当たり前でいつまでも続くものだと思っていたはずなのに。

JUNは物思いに耽りながら、この店自慢の「山羊肉のソテー・モガハニーのレモンソースを添えて」を食べやすいサイズに切り、その一つを頬張った。当時同様に脂の乗った山羊肉と舌を優しく刺激するハチミツとレモンと香辛料を十分に満喫した。

Moonと那由多はドンドルマティーニというカクテルを浴びるほど飲んでいて、他所の宿泊客に絡んでいる。そして宿泊客にMoon達の代わりに謝罪するSai。

これも一年前までの光景そのものだった。何もかもが懐かしい。天井を見上げると当時泥酔したSaiが「曲射しますおーー!」と放った矢が作った風穴がそのままにある。

食事を終えると既に夜半を回っていたため、JUNは明日の予定をSaiと話すと一人部屋に戻った。

明日は一日自由行動とし、明後日はいよいよ第一のクエストを受ける。

無謀だと思う。だがこの四人で出来ないことなんて唯の一つも無いことをJUNは誰よりも信じていた。部屋からベランダへと向かい、夜風に吹かれながらJUNは静かに微笑んだ。

ふと視線を落とすと暗がりの中、通りを歩く一匹のアイルーを見つけた。アイルーもこちらに気付き通りからベランダの真下へと走り出した。どおりで妙に見覚えるあるアイルーだったとJUNは後に語った。

 

「ようやく見つけましたニャ。」

 

「ワトソン君…かな?」

 

「私以外、ご主人様に用のあるアイルーなんていませんニャ。」

 

呆れた口調で溜息を一つ吐くと、ワトソンは背中に担いだボゥガンを背負い直し建物の柱や隣の屋根を颯爽と駆け上がり、JUNの部屋のベランダの手すりに静かに着地した。

物音一つ立てないアイルーならでは身のこなしでそれらを行い、ワトソンは右足を後ろに下げ左足をおごそかに曲げながら頭を少し垂れる。

 

「御機嫌ようニャ、ご主人様。」

 

「あぁ、御機嫌よう、ワトソン君。」

 

しばらくの間。そして、それからJUNが口を開いた。

 

「ワトソン君、留守を任せたはずなのだが、どうしたんだい?」

 

「……。」

 

口をつぐむワトソンを不思議に思い、JUNはワトソンの顔を覗き込むようにしゃがもうとするが、それに気付いたのかワトソンは口を開く。

 

「…依頼が来ましたニャ。」

 

「依頼?ふむ…この名探偵を欲する者はまだまだ世界中に星の数ほどいるものだ。名探偵に休む暇なし、か。ハハ、帰ったら忙しくなるね、ワトソン君。それで、依頼主は誰だね?」

 

「…私ですニャ。」

 

「ふむ?」

 

「さっすが迷探偵は言うことが違いますニャ。」ときつい返しを期待していたJUNであったが、気弱く返事を返してきたワトソンを少し気遣いJUNはワトソンの頭を撫でた。

 

「ワトソン君が依頼だなんて、初めてじゃないか。」

 

「…言われてみればそうですニャ。」

 

「では、依頼内容を聞こうか、ワトソン君?」

 

「ポテナイの街でご主人様が危険なクエストを受けるという風の噂を耳にしましたニャ。」

 

「ふむ?あぁ、確かにあれは危険だね、うん。しかし、それと今回のワトソン君の依頼と何か関係があるのかな?」

 

JUNの質問に返す言葉を考えるワトソン。JUNは気付いていた。ワトソンが下を向いたままで小刻み震えている理由とその依頼内容さえも。1年近くの付き合いだが、相棒のことは手に取るように分かる。JUNは更に慰めるように優しくワトソンの頭を撫でた。

一滴、また一滴とベランダの床を濡らす涙。夜風が一つ、二人を後押しする。

撫でているJUNの手をワトソンが両の手で掴む。冷たく心地よい感触の肉球がJUNの手の甲を精一杯握りしめた。顔を上げたワトソンの瞳からは大粒の涙が瞳から零れ、ベランダの床を濡らしていく。

 

「必ず、ご無事で…帰ってきてほしいニャ…。」

 

嗚咽交じりに必死に思いの丈を伝えるワトソンの両手を、もう片方の手でゆっくり握り返すJUN。

出会った時、瀕死の重傷を負っていた時でさえ毅然として振る舞い、今まで泣き言一つ言わずに付き従ってくれた相棒。今まで一度足りとも涙を見せることが無かった相棒にJUNが言える言葉はただ一つ。いつもと同じ口調でJUNは返した。

 

「その依頼、この名探偵が引き受けた。」

 

 

その夜ワトソンはJUNと同じベッドで眠った。思えば久しくそうしていなかった。伝えたいことが山ほどあったワトソンは、時に楽しそうに、時に悲しそうにそれぞれを語ってくれた。

JUNが去った後ポテナイでJUNの噂を耳にし、心配で大急ぎで追い掛けたこと。バルバレで心無い女性に嘘を吐かれJUNを探すのに時間がかかったこと。旅の途中モンスターに襲われたが思ったよりもボゥガンを上手く扱えた自分に驚いたこと。ドンドルマへの道すがらこちらに気を留める事無く必死で未知の樹海に向かう瀕死のクンチュウを見かけたことなど、安堵と疲労に満ちた体に鞭打って必死にJUNに伝えたが、いつの間にかワトソンは眠りに落ちていた。

ワトソンの寝息を聞きながら、JUNもいつの間にかまどろみの中へと誘われた。

 



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「遠くに聞くは狩友(とも)の危機」

翌朝になって集合場所であるラウンジで3人を待つJUNとワトソンの姿があった。

チェックアウトを済ませる者や荷物はそのままに朝からクエストを受けに行く者達がごった返していて騒がしい様子だったが、JUNとワトソンはソファに腰かけゆっくりと紅茶を楽しんでいる。カップを手に取り紅茶の香りを深呼吸するように吸い込み、ホッと一息つくJUN。

 

「ご主人様、お連れの方々はまだですニャ?」

 

ワトソンが慌ただしい往来を見ながらJUNに問う。JUNはカップをテーブルに置くと人差し指を左右に振りワトソンを窘めた。

 

「ワトソン君。女性を急かす名探偵紳士など、いてはならないよ。」

 

「まぁ、ご主人様は【名探偵】でも【紳士】でもないですけどニャ。」

 

いつものワトソン君だ。そう思いながらJUNは二の句を告げる事無く紅茶を一口。

少し驚いた様子で、そんなことよりワトソン君。と話を切り返した。

 

「この紅茶は美味しいね。初めて飲んだ。なんという紅茶だろうか?」

 

「…店の人がダージリンと言ってここに置いていきましたニャ。」

 

「ハハハ、ダージリンか。」

 

「さすが【迷探偵】は違いますニャ。」

 

溜息を吐きながらのワトソンの辛辣な言葉は、JUNには心地が良い。それさえも自らのライフサイクルに組み込まれているかのように自然と受け流した。

しばらくすると先ほどまでの往来は無くなる。チェックアウト組と出発組は既に宿を後にしたようでラウンジにはJUNとワトソンがいるのみである。店の従業員はベッドメイクや片付けが始まる時間だがJUN達には関係がない。まだまだしばらく滞在する予定なのだから。

少し古い階段が軋みを上げて2人の女性が下りてきた。

那由多とSaiはJUNを見つけると手を振りながらJUNのいるテーブルに向かい近くのソファに腰を下ろしたところでワトソンと目が合う。

ワトソンも二人が視界に入ったところで驚愕した。自分を平然と騙し立ち去った女が目の前にいる。

 

「あ~♪えっと、ウチの店に前にいた…えっとぉ~…クレソンちゃん?」

 

那由多がワトソンの頭を撫でようとしたが、ワトソンは片手でそれを受け止め辞す。それどころかワトソンの目は完全に那由多と警戒しているようだ。

 

「…嘘つきの人、なんであなたがここにいるニャ?」

 

嘘つきと言われたことに首を傾げながら、ワトソンの頭をもう一度撫でようとしながら那由多は笑顔で返す。

 

「嘘つきじゃなくて那由多だよぉ~♪クレヨンちゃんはどうしてここにいるの?」

 

多分会話をすればするほどに自分の名称は増えていくのだろうか。ワトソンはやや困惑しながらJUNの顔を見上げる。JUNはいつもと同じ調子でSaiと那由多に紹介を始めた。

 

「那由多君、アマゾン君はこの名探偵の相棒なんだ、ね、ポワゾン君?」

 

(こいつ…)とギッとJUNを睨むワトソンだったが、JUNはそんなことはお構いなしに。

 

「ユニゾン君、君からも自己紹介をしたらどうかな?」

 

JUNを睨みつけている隙を突かれ那由多に頭をグシャグシャと撫で回され、それに次いでSaiもワトソンの喉元を人差し指でさすり出す。快楽に溺れそうな自分を叱咤すると、ワトソンはすかさず後方に素早く距離を取る。

 

「…ご一同様、初めましてニャ。ワトソンと申しますニャ。不逞の輩の相棒をしてますニャ。以後お見知りおきをニャ。」

 

そう言い一礼すると、かしこまったSaiは「こ、こちらこそ!」と深々と頭を下げる。

那由多は「待てぇ~♪」とワトソンを追い掛ける。捕まらないように必死に逃げ回るワトソンを横目にJUNは今日もいい朝だ、と窓からの風景に目をやった。

その後、那由多の誤解も解け(那由多自身は何が悪かったのかは未だよく理解できていない)、4人で朝食を、と思ったところでMoonの不在にJUNが気付いたのだが

 

「Moonなら『二日酔いで今日は何もしたくない』って死にそうになってるから置いてきた♪」

 

とのことなので、やはり4人で朝食を取ることとなった。

 

 

時同じくして、ユクモ村からやや離れた位置にある渓流。

流れの緩やかなその川は、魚のその動きも取って見れるほど透明度が高い。木から落ちた葉がゆらゆらと川に落ちては川下へと流される様を見ながら、齢60を過ぎた男が小さな岩に腰掛けながら団子を一口、口に放り投げる。白髪のオールバックに左目の眼帯。眼帯のデザインは全体的に黒く、中央部分に殴り書いたような文字で「無」と赤い刺繍で縫われている。背中に背負った弓に少し目をやってから再びひらりと舞い落ちる葉を目で追う。

 

「長年ハンターという稼業をやっているとなぁ…なんとなくわかるんだよ。」

 

辺りに人はいない。彼の傍には一匹の白ワントーンのアイルーが川を凝視し遊泳する魚に何度か飛び掛かってはいるが、残念なことにまだ一匹も獲れてはいない。ただ波紋を打つばかりで沈殿した泥が清流を茶色く染めるも、ゆっくりと川下へと流されていく。そんな様子を見てから男は鼻で笑うと大きく伸びた木を見据える。

 

「狩友(とも)の危機が、な。」

 

眼帯の中に人差し指を入れ、二度三度と掻いて指を引き抜くとその爪先をふっと息で払う。

 

「目の奥からカラカラする。少し急いだほうがよさそうだ。…その前に。」

 

視線を戻し正面を見据える。正面にはまだこちらに気付いてはいないのか、川の水を飲みに来たであろうリオレイアの姿。それを睨みながら、男は弓を手に取ると矢筒から一本、矢を番えた。その弓の名は「虚無と断罪の黒弓」。ハンターの扱う弓としては珍しい和弓であり、弓全体が漆黒に塗装されており、その弓の中を血管のように巡った薄ら赤い発光色が気味悪く明滅している。ヤマツカミ亜種の素材を主に用いた武器なのだが、禍々しい気を放つ。

アイルーもリオレイアの存在に気付いたのか魚を追うことを辞め、背中に背負った鈍色に輝くアイルー用に装着が可能となっている二対の鉤爪を腕にはめる。鉤爪の名は「猫式鉤爪シルバーブレイバー」。

ギリギリと耳元で悲鳴を上げる弦に高揚し始めたのか、男は怒号に近い声を上げた。

 

「お前も主人に会いたかろう!!付いてこい、テソロ!!生涯以てこれ現役!!」

 

一呼吸置いて更に大きな怒号を上げた。

 

「Kuro!!推して参る!!」

 

テソロと呼ばれたアイルーは男を見て大きく頷くとそれに続く。

 

「ご主人サマの危機はボクが救うのニャ!!待っててニャ!!」

 

叫ぶや否やKuroの矢が異様な音を立てながら空を切り、テソロはリオレイア目がけて鉤爪を構え飛び掛かった。

 



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「絆」

結局、Moonが起きたのは夜だった。寝ぼけ眼で朦朧と捉えた床からは月明かりが伸びていた。

やっちまった、と小さい声で呟くとベッドからゆっくりと起き上がり、投げ捨ててあったはずだが那由多のおかげだろうか、綺麗に畳まれている上着を机の上に確認するとそれを広げて袖を通すと、扉を開けて階下を目指した。

Moonがレストランに到着すると、すぐに3人と1匹を視界に捉えた。

Moonは、まだ十分に活動していない脳みそをフル稼働して現状を理解するわけでもなく、ワトソンというJUNの相棒が合流したことをなんとなく受け止め、軽く自己紹介をしながら店員に水を求めた。

 

「…というわけで、Moonさんが寝ている間に準備は済ませておいたよ。」

 

「みんなホントにごめん、こんなに寝るとは思ってなかった…。」

 

Moonを責めるわけでもなく、Saiは酔い覚ましの粉末の入った紙包みを渡し、Moonはそれを一気に口の中に流し込むと、店員が丁度持ってきた水で流した。

Moonが寝ている間にJUNとSai、那由多とワトソンで買い出しに向かい、明日の準備は万全だということを聞かされた。Moonが必要としそうな品物は那由多がすべて甲斐甲斐しくも用意したらしいが一応確認してほしい、という内容を話していると料理が運ばれてきた。テーブル一面に明らかに5人では食べきれないほどの料理。

料理が全て運ばれてきたことを確認すると、Saiがゆっくりと立ち上がると全員の顔を見回しながら咳払いを一つ。

 

「みなさん、明日はいよいよ第一のクエストとなります。

 

…辛い戦いになるかもしれません。

 

…私のわがままでこんなことになって、それに付き合ってもらえたこと、付き合ってくれる皆を誇りに思います!!

 

ですから…必ず無事に帰ってきましょう!!」

 

Moon、那由多、ワトソンが立ち上がり、ワトソンに小突かれたJUNがそれに続いて立ち上がった。

 

「やってやろうぜ!!私らにクリア出来なかったクエなんてねぇさ!!」

 

「無敵無敵ぃ~♪」

 

「全力で応援させていただきますニャ。」

 

「そうだね。私達に成せなかったクエストなんて、主にまさかの『全員ドリンク系を忘れちゃいましたからの寒冷・灼熱地域クエスト』くらいじゃないか。」

 

「・・・・・・・・・」

 

JUNの言葉にワトソンを除く誰しもが苦虫を噛みしめたような顔で視線を斜め下に逸らす。思い当たる節しかない。冗談のつもりで言ったJUNだが、まさかここまで全員の士気を削ぐ結果になるとは思わず、続ける。

 

「でも、大丈夫。明日は溶岩島。クーラードリンクは調合分持ってる。うん、大丈夫。」

 

「で、ですよね!!流石師匠!!」

 

「お、おう!!鬼畜クエストだろうが攻略してやんよ!!」

 

「やんよぉ~♪」

 

再び無理やりに士気を高め、テーブルに人数分置かれた木製のジョッキをそれぞれに持つ。

鈍い音を立てて重なる四つのジョッキ。

数刻ほどテーブルを囲むと部屋に戻り、それぞれがそれぞれに思い思いの夜を迎えた。

そして翌朝。第一のクエスト受注の日。

いつも通りにレストランで朝食を済ませると、四人は大老殿へ向かうため宿を後にした。

宿から大通りに出て大広場にある大階段を経由して大老殿へと向かうのだが、大階段にはそんな5人を待ち構える2匹のアイルーが腰を下ろして彼らを待っていた。

Moonと那由多を良く知るアイルー。黒猫のナルガとピンク色のアメリカンショートヘアという自然界の法則を無視した毛並みを持つエアリスだった。それぞれにMoonと那由多のオトモアイルーである。

Moonがアイテムショップ「エンデデアヴェルト」を設立した際に、ナルガはMoonと激しい口論となり家出してしまった。エアリスはそんなナルガを捜索してほしいと那由多に懇願され同じくバルバレを離れることになったのだが、そんな2匹は今ドントルマで彼らの目の前にいる。

ナルガは腰を下ろしたまま片肘をついてMoonを一瞥すると膨れっ面のまま視線を逸らした。

 

「ご主人サマ~♪ナルガ君連れて帰ってきたのニャニャニャ~♪」

 

トテトテと2足歩行で嬉しそうに那由多へと向かうエアリスに対して

 

「さすがエアリス~♪偉いのにゃにゃにゃ~♪」

 

とエアリスを抱きしめて頬擦りをして再会を喜ぶ那由多。

その様子を見つめるナルガに気付いたのか、エアリスはナルガにウィンクをする。

 

「ナルガ君も素直になろうニャ~♪」

 

「…。」

 

ナルガはバツ悪そうにそっぽを向く。

おおよその状況が掴めたのかJUNがMoonの肩をポンっと叩く。Moonが振り返るとJUNは優しく微笑むと頷いた。

 

「根競べも良いけれど、いつもの素直なMoonさんならこれからすべきことも分かるはずだよ。」

 

「ヒーロー…。」

 

JUNはMoonの背中をポンっと押し、Moonは頷くと歩いてナルガの隣に腰掛ける。

 

「…久々だな。」

 

「…そうだニャ。」

 

「お前まだ怒ってんのか?」

 

「…。」

 

「…お前と喧嘩別れしたまま死ぬかもしれないってのは嫌だから言っとくよ。ずっと冒険するって約束したのに、道具屋始めちまってごめんな。」

 

ナルガは言葉を咀嚼するとMoonの方を勢いよく振り返った。その顔には焦りの色が強くナルガはおどけながらも平静を取り繕った口調。

 

「し、死ぬかもしれないって何だニャ…?」

 

Moonはナルガの様子を見て苦笑すると、立ち上がる。そのまま大階段を登り始めた。数歩登ってから、ナルガに横顔だけ向け少し笑む。

 

「もし、許してくれんなら、応援しに来てくれや。」

 

「お、おい、待てニャ!」

 

「…じゃあな。」

 

Moonの消え入りそうな声を聞く。その背中がどんどん小さくなり、大老殿の中へと消えていく。ナルガに気を遣いながらJUN、ワトソン、Sai、那由多が登って行き同じように大老殿へと入っていく。みんなの背中を上半身を捻らせて見上げているナルガの頭をエアリスが軽く叩く。

 

「なっ、何すんニャ!」

 

「ナルガ君も素直にならないと、もしかしたらMoonさんと二度と会えなくなっちゃうニャ。」

 

「…。」

 

「私ももう行くニャ。私はご主人サマの傍にいたいニャ。例え何も出来なくてもニャ。」

 

「…。」

 

「応援したら、Moonさんもきっと喜ぶはずニャ。」

 

「…。」

 

「Moonさんはちゃんと決めたニャよ。ナルガ君も決めてニャ。男の子ニャンだからニャ。」

 

エアリスは優しく諭すようにナルガに囁くと急いで階段を登り、皆と同じように大老殿の中へと消えていく。

しばらくその場で俯くナルガ。どれくらいそうしてしただろうか。往来を行き交う人々を見る。ハンターと仲良く話をしながら歩いているアイルーがいた。それがふと、自分とMoonに見えた。あんな時期が自分たちにもあった。フッと寂しそうに笑うと、深い溜息を吐くとゆっくりと立ち上がる。

遠くに見える大老殿を睨みつけると、大声で叫ぶ。

 

「俺だって…とっくに決まってるニャ!」

 

ナルガは走り出す。懐かしき主人の匂いが強くなる其の方へ。

 



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「旅団」

大老殿。

中央の玉座には巨体という言葉では言い表せないほどの巨躯を持った大長老が大きな椅子に腰を下ろしている。立ち上がれば大型モンスターを見下ろせるほどの体躯の大長老。彼がこのドンドルマの政を執り行っている。

荘厳な造りの石柱が連なり、中央に玉座、左手にクエスト受付場、右手には販売店があり更にその奥にはテーブルと椅子、そして様々なクエスト地点へと向かうための飛空艇の発着口が並んでいる。空は快晴。

 

「ひさびさに来たなぁ…懐かしいや。」

 

大長老への挨拶を済ませた後、どこか寂しそうな口調のMoonに気付いたのかSaiはやや上ずりの口調で「う、うわーー空が青いなぁーーー!」と場の雰囲気を和ませようと必死だ。Moonは小さく笑うと「ありがとな。」とSaiに微笑んだ。JUNはMoonの肩を優しく叩き、ハットを深く被ると「受付を済ませてくるよ。」と受付のカウンターへと向かい、竜人族の受付嬢に声をかけた。受付嬢はJUNのことを覚えていたらしく、切れ長の瞳で彼を捉えると小さく手を振る。

 

「あら、お久しぶりね、JUNさん。」

 

「お久しぶりですね。」

 

「ハンターを引退したって聞いたのだけれども、勘違いだったのかしらね。」

 

「今は名探偵をやっています。」

 

「…あまり自分を【名探偵】と呼ぶ人を私は知らないのだけれども、まぁ、置いておくとしましょう。それで、今日はどんな御用かしら?」

 

「この場所で貴女の前に私がいる。意味するものは一つでしょうね。」

 

「…JUNさんはいつまでたってもJUNさんね。…では、クエストを紹介するわね。」

 

クエストの受付嬢はカウンターに置かれた数千ページを超える辞書ほどの厚みを持ったクエスト紹介リストに目を落とす。白く細い指が流れるようにページを慣れた手つきで捲っていき、JUNが好みそうな現在受注可能なクエストを見つけ出す受付嬢。どういう経緯で仲良くなったのかは不明だが、この受付嬢はJUNの多くを知っているようだ。

指を止め、開いたページを指差す。

 

「これなんてどうかしら?JUNさんの好きな獄狼竜と黒狼鳥がメインターゲットよ?」

 

JUNは首を横に振ると、最近更新されたばかりの真新しいクエストの欄までページを飛ばし、数日前聞いたばかりのそのクエスト名を見つけると人差し指に弾くように2度そのページを叩いた。

受付嬢は小さな口を押えながら、驚きを隠せない様子だった。

クエスト成功率0%。未だ成し遂げられたことのないクエスト。

 

「【覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か】。今日はこれを受けるとしましょう。」

 

「…JUNさん…!あなた…っ!」

 

心配そうに見つめる受付嬢にJUNはハットを指で押し上げてニヒルに笑んだ。

 

「狩りから戻ったら、昔みたいに緑茶を煎れてもらえますか?」

 

「…残念だけど…。」

 

「おや…既に思い人がいましたか、これは失礼。今の言葉は忘れてください。」

 

「そうじゃないの。私は今でも…。でも…」

 

「…でも?」

 

「JUNさん、クエスト条件を満たしてないと思う…。」

 

受付嬢はクエスト帳に置いてあるJUNの手を両手で上から握りしめるとJUNの手を持ち上げる。

クエスト名や依頼主、メインターゲット等記載された下の欄に受注・参加条件というものがある。それを指差す受付嬢。

 

受注・参加条件

G級特別許可証の所持 及び 旅団に所属していること

 

旅団とは、気の合う仲間や師弟関係の者達が徒党を組み組織とした集団のことである。今も昔もJUNはどの旅団にも所属していなかった。そんなものに入らなくてもSaiやMoon、那由多たちとは毎日狩りに出かけていたし…と、そこまで思ってJUNは記憶を更に昔まで巻き戻す。Saiの自己紹介、Moonの自己紹介、那由多の自己紹介をそれぞれ思い出した

 

「【Star Of Fortune】旅団所属のSaiです!!今日からあなたのことを師匠と呼んでいいですか!!?」

 

「【毒物ショコラティエ】旅団所属のMoonでぃーす。JUNさん、だっけ?強いね。今度一緒に狩りなんてどう?」

 

「【ほぇ♪ほぇ♪ぐるーみんぐ☆】旅団所属の那由多だよ~♪ジエンさん、一緒にぽやぽやしよぉ~♪」

 

(…みんな枕詞の様になんとか所属とか言っていたな。あれか。)

 

「JUNさん、旅団…入ってた?」

 

「…ちょっとそこに小銭を落としてきたみたいなので、拾ってきます。話はまた後で…。」

 

親指で後ろを指しながら後ずさりをしようとしているJUNだったが、JUNが苦し紛れに指差した方向はどう贔屓目に見ても大長老の股の下だった。

JUNの隠しきれていない同様を当たり前のように察知すると、カウンターに頬杖を付きながら「ごゆるりと。」と微笑む受付嬢だったが、JUNの姿は既にそこには無く、やや離れたところでMoonを囲んでいるSaiたちの元へと走り去っていた。

 

「し、師匠?どうしたんですか?なんだか顔が赤いですけど…?」

 

「そ、そんなことはないさ。それよりも旅団に加盟していることが条件らしいね。あのクエストは。私はどこにも所属していなかったから、よく分からないんだけれど。適当にその辺の旅団に所属してしまっていいのかな?」

 

「ヒーロー、さすがにそれは無理じゃないか?旅団長の許可が必要だから。」

 

「ん~…クエスト受注前から事件は闇の中、かな。」

 

さすがに誰もがJUNが旅団無所属だったという事実を忘れていた。

しばらくの間。

 

「ヒ~ロ~が旅団長で作っちゃえばいいんだぁ♪私入るよぉ♪」

 

一斉に上げる「あっ…」の声。

そこからはテーブルで会話をしていたワトソンとエアリスも加わり旅団名を決めるため4人もテーブルに着いた。

あそこまで格好つけておいてまさかの受注不可能だったことで、顔から火が噴き出るかと思ったJUNだったがなんとか平静を取り戻し、会話を切り出した。

 

「旅団名か…ふむ…何がいいだろう?【May Tune Tea】とかかな。」

 

「えぇと、師匠。めいたーんてぃーって何ですか?」

 

「Saiさん、ごめんニャさいニャ。ウチのご主人はたまに正気かどうか疑いたくニャるときがあるニャ。」

 

「私は何でもいいよ、ヒーローが付けたい名前ならなんでも。私らも結局現在は無所属だし、そのままヒーローが作った旅団に所属すりゃ受けられんだろ、そのクエスト?」

 

「私もMoonと同じぃ♪ヒ~ロ~にお任せぇ♪」

 

「ヒ~ロ~ニャ~♪」

 

決定打のない会話はしばらく続くものかと思われたが、思わぬ人物が呆気なく解決することとなる。テーブルの上を鼻歌混じりにクルクルと楽しそうに回るように踊るピンク色のアイルー、エアリスだった。

突起物も何もない場所で足を滑らせその場にコロンと転び、旅団名がまとまらずに腕を組んでいた全員の注目を浴びたエアリスの憎たらしいほどに楽しそうな一言が全てを決めた。

 

「ところでヒ~ロ~って誰ニャ?まぁいいニャ♪私から見たらみんな英雄(ヒ~ロ~)ニャニャニャ~♪」

 

数分後、クエスト受付嬢の横に座る旅団関連を取りまとめる受付の前にJUNは立っていた。いささか、否、かなりその場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られながら新設旅団申請用紙を受け取ると、JUNは自分の名前を旅団長に記載する。

「Hero」旅団はこうして産声を上げる。

彼らを待ち受けるものはただ一つ。

【覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か】。

 



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「戦いの火蓋」

【覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か】

メインターゲット
アカムトルム1頭とリオレウス希少種2頭の狩猟など
生態未確定
環境不安定

目的地 溶岩島     制限時間  50分
報酬金 90000z  契約金  5000z

サブターゲット
なし

クエストLv
G★3

主なモンスター
なし

受注・参加条件
G級特別許可証の所持 及び 旅団に所属していること

失敗条件
報酬金ゼロ
タイムアップ


依頼主:わがままな第三王女

依頼内容
ええーい!面白くない!わらわのペットどもめ!
せっかくわらわが与えてやった生肉には一切手を付けぬとはなんじゃ!
今までかわいがってやっておったのにもかかわらずじゃ!
あろうことか黒い息まで吐いてわらわを威嚇しおった!
ばかなやつらじゃ。誰に牙を剥いたのか分からせてやるしかないの。
わらわの高貴な威信のために、ハンター!こやつらを狩猟して参れ!




無事溶岩島にJUN達を降ろした飛空艇は既に米粒ほどのサイズに見えるほど遠くに飛び去っている。安全な地点で待機し、こちらが上げた狼煙に対応して迎えにきてくれる手筈になっている。ワトソン達も飛空艇に乗りその場で待機している。JUN達はベースキャンプというギルドが設けた場所であり、ギルドからの支給品の設置されたアイテムボックスや休憩場所などが設けられた場所にて、小休憩を取っている。この場所は人間には聞こえないがモンスターの嫌がる高周波を発生する鈴の設置や虫を生息させているため、モンスターたちがこの場所を襲撃することはない。

命を落とさない限り、この場所に戻り戦いに赴くことが出来るハンター達の絶対領域でもある。

やや高い場所に設けられたベースキャンプ。近くにある崖から降りれば、目的地であるモンスター達が生息している開けた場所に出る。

崖下を覗き、地形を大まかにではあるが把握し簡易ベッドに予備の弾や調合素材等を置いてその横に座るJUN。那由多とSaiはその後に続くようにモンスターが居座る崖下を覗きながら、ひそひそと会話をしている。ハンターの常識ではあるがベースキャンプは安全地帯とは言え、そこから火球や遠距離攻撃を放たれればベースキャンプ自体無事では済まない。そのため不用意に大声を出したりしないことが鉄則となっている。

既にそのことを説明している看板がアイテムボックスの横に立てかけられているのだが、このむせ返る様な暑さのせいでインクが溶けてしまい、もはや何が書かれていたのか定かではないただ薄汚れたそれが寂しそうに佇んでいる。

Moonはその看板を一瞥すると、大きなアイテムボックスを開けて自分が背負ってきた大人一人が入りそうな大きな麻の袋をそのままアイテムボックスの中に入れる。中にはMoonが発明したであろう画期的なアイテムや、燃えるゴミよりも役に立ちそうもないアイテムがゴロゴロと詰まっている。長期的に熱に当てることを嫌ったのか、都合のよいそのアイテムボックスの中にそれらを仕舞ったようだが、本来そういう使い方をする筐体ではない。

アイテムボックスを見つめながら静止しているMoonに気付いてか、JUNはベッドから腰を上げるとMoonの名を呼ぶ。出発前にナルガの姿が見えなかったことがMoonの気持ちを落としているのだろう。名を呼んでもしばらく反応を見せなかったため、JUNはMoonに近付き、肩をポンっと叩く。いつの間にか傍にいたJUNに驚いたのか、Moonは「きゃっ」と女性らしい声を上げてから、JUNを見て苦笑する。

 

「Moonさん、大丈夫かい?」

 

「ん…あ、あぁ。なんかごめんね。」

 

Moonは頭を掻いてから、両手の平で自らの頬をパンパンっと二度張るとJUNに笑顔を返した。

 

「もう大丈夫さ。今はこの無茶クエのことだけに集中する。」

 

「…無理はしないようにね。」

 

「…ありがと。でももう大丈夫。モンスター全部狩ってさっさと帰ろうぜ。」

 

Moonは親指をグッと突き立て、JUNもそれにつられて微笑むと同じく親指を突き立てた。そして、二人の視線はSaiと那由多へと向かう。その先にあるここからは見えないモンスター達を見据えていたのかは分からない。

 

溶岩島。

弱き生き物の生息を許さない過酷な土地。

草木も生えることが難しく、ましてや人間が定住することなど考えもつかないこの土地だが、熱に強いモンスターにとっては過ごしやすい土地でもある。それらはこの気温を利用して寝床にしたり、卵の孵化を早めたりするなど、この土地を上手く使う。

 

「本当にいるんだねぇ♪アカムさんとレウスさんが2頭♪もう極限状態になってる~♪」

 

双眼鏡から目を離し那由多は楽しそうに隣にいるSaiに声をかける。絶賛天然爆発中の那由多でさえベースキャンプではやや小声である。その昔、モガの森のベースキャンプで歌い踊り、モンスター達に数えきれないほどの火球や投石を放たれ、そのベースキャンプを使い物にならないほどに破損させたことによって当時の旅団を破門された経緯のある那由多なので、ベースキャンプでの振舞いはいつもより慎重にはなっているのだろうか。

 

「那由多さん、相手は強敵です。十分に練られた戦略と戦術、そして培ってきた経験と強い想いで切り抜けましょう。」

 

「おう~♪Saiさんとみんながいれば大丈夫さぁ♪」

 

「いや、だから、あの…」

 

これ以上言葉にしても那由多には伝わらないだろうと理解したのか、Saiは那由多にユクモ特性の砂糖菓子を一つ手渡した。子供の様に喜びながらそれを口に放り、頬を押えながら幸せそうな顔をする那由多にもはや言葉は必要ないのだろう。

JUNの声に気付き、那由多とSaiは簡易ベッドの傍に立っているJUNとMoonの元へと戻る。

JUNが全員の顔を見回してから頷き、全員がそれに続くように頷く。

これが彼らの作戦会議など重要なやり取りをする際の合図だ。

 

「みんな、作戦を練るとしようか。まず…」

 

数十分ほどの作戦会議。

全員がその戦術を頭に叩き込み、崖へと向かった。

ベルトリンクをコートの下に装着し軽弩に弾を装填するJUN。

背中の矢筒と腰から左右に垂らした矢筒を装着し弓を手に取るSai。

バンダナを額に巻いて右手で銃槍を、左手で麻の大袋を背負うMoon。

ピンク色のヘアバンドをすると、大剣を下段に構える那由多。

 

四人八つの鋭い眼光は崖下のモンスター達を突き刺すように見下ろした。

静寂。

 

「では、諸君。」

 

「一狩り」

 

「行こうぜっ!」

 

「お~う♪」

 

第一のクエストが今始まる。

 



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「覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か(前編)」

そこはドンドルマの街がすっぽりと入るほどの大きな面積を有した平地だった。

辺りは溶岩に囲まれ、泡立った溶岩の鈍い音だけが耳に残るそんな場所だった。

三頭のモンスターはJUN達侵入者を見つけ大気を揺らすほどの大きな咆哮を上げる。

その爆音を頬で感じる。ヒリヒリするほどの緊迫感。何もかもが懐かしい。

たった一つのミスが命取りとなり、人の命など一瞬にして屑よりも無価値な物とする自然と自然に生きる獣達の洗礼。JUNは不謹慎とは思いつつもそんな感覚を覚えた。

だが、その咆哮が作戦の合図でもあった。クーラードリンクを一気に飲み干し、瓶を方々に投げ捨てると、それぞれの作戦地点へと走る四人。

 

中央に座する覇たるものアカムトルムにはMoonと那由多。

右にいるリオレウス希少種はSai。

左にいるリオレウス希少種はJUN。

それぞれが対峙する。

 

先に動いたのはJUNが対峙するリオレウスだった。アカムトルム目がけて距離を縮めるMoonと那由多目がけて火球を吐こうとしているのか、大きく息を吸い込み口の中に炎を溜め込んでいる。が、そんな「溜め」のある動作をJUNが見逃すはずもなく。

後ろに倒れるように背を反らすと腰の脇で軽弩を構え、そのままトリガーを引く。

JUNの得意とするクイックドローは見事にリオレウスの右目へと突き刺さり、火球は霧散した。怒り狂ったようにJUNを見据え咆哮するリオレウスにJUNは人差し指を突き立てて左右に振りながら、ニヤリと笑んだ。

 

「それは無粋だよ、君。それはそうと熱いね。一緒にアイスティーでもどうだい?」

 

JUNの挑発を理解したのかは定かではないが、リオレウスはJUN目掛けて突進していく。走りながら横目でその様子を確認したMoonと那由多は小さく頷くとアカムトルム目がけて更に加速した。

 

「那由多ぁっ!先に行くぜっ!!」

 

「あ~い♪いってらっしゃ~い♪」

 

「おうっ!!」

 

走りながら背負っていた大袋を衝撃を加えないように置くと、Moonは後方に角度を合わせ銃槍を構えてトリガーを引く。銃槍はヒューンという空気を巻き取るような高音を放ちながら銃口に熱が集中されていく。空気を交え青みがかった炎が銃口から溢れんばかりに溜まったそのとき、走りながらタイミングを合わせ跳躍するMoon。トリガーから指を離し竜撃砲は発射された。竜撃砲を移動方法として利用するMoonの好む突撃法であり、爆音と共にMoonはアカムトルム目掛け鋭いアーチを描くように空中からのアカムトルムの背中に飛び乗った。

威力が高すぎたせいかアカムトルムを飛び越えそうになったため、背中に一際大きく突起した棘を左手で掴み棘を中心に一回転、上手く反動をいなして背中に着地すると間髪入れる事無く銃槍を背中に突き刺し砲弾を撃ち込み、反動で打ち上がる銃槍をもう一度突き刺しては砲弾を撃ち込み、と繰り返しMoonは叫ぶ。

 

「オラオラオラオラぁっ!!!!!まだまだ行くぜぇ!!!!!!」

 

背中の激痛に甲高い悲鳴を上げながら、Moonを振り落とそうとするも突き刺さった銃槍にしがみ付きそれでもトリガーを引き続けるMoonがアカムトルムの目と鼻の先に到着した那由多目がけて更に叫ぶ。

 

「那由多ぁっ!!ショータイムだぜっ!!」

 

那由多は既に大きく振り被った大剣と共に跳躍し、アカムトルムの頭部目がけて勢い良く大剣を振り下ろす。空気が鈍い音を立てながら大剣はアカムトルムを捉えた。彼女はいつもの口調で、だがいつもよりも楽しそう、歌うように叫んだ。

 

「ショ~~~~~~~タイムっ♪だぜぇっ♪」

 

大剣はやや出張った下顎を引き裂き地面へと突き刺さる。すぐに軽々と大剣を抜き取ると再び跳躍しながら上半身を大きくねじり、力強く薙ぎ払う。

 

「ショ~はまだまだ続くぅ~っ♪だぜぇっ♪」

 

薙ぎ払いはアカムトルムの牙をいとも簡単にへし折り、地面に着地しても未だクルクルと回り続ける那由多だったが、大剣を地面に突き立て遠心力を殺すとまたも簡単に大剣を地面から抜き取り、下段に構えたままアカムトルムの顎下まで駆け込むと剣を大きく振り上げた。

 

「んっしょ♪だぜぇっ♪」

 

下顎の骨を砕く重く鈍い音。大量の返り血を浴びながら、那由多は飛び退く。

Moonが背中から肩、腕と伝いながら着地すると急ぎアカムトルムの真正面に立ち、少し跳ねて粉々になった下顎目掛けて砲撃を放つ。

アカムトルムの顎を燃やしながら砲撃の反動で後方に吹き飛び那由多の横に着地する。

Moonと那由多は背中を合わせ半身の状態でアカムトルムを見ると、舌を出しながら中指を突き立てた。

Moonが那由多に教えた敵の挑発方法であるらしいのだが、あまりにもお行儀が悪い。

 

「かかってこいよっ!」

「かかってこいよぉ♪」

 

目を血走らせたアカムトルムがそれを見るや全身を赤く染め地が割れんばかりの咆哮を走らせた。

 

 

 

「みんな、かっこいいなぁー!!」

 

リオレウスの攻撃を紙一重で避けながら横目で全員の戦闘を見、さらに上空へと四方八方目掛けて抗竜石・心撃で加工された矢を放っていくSai。強く射られた矢もあれば弱く射る矢もある。それのもたらす意味はすぐに明らかな物となる。

 

「私の戦いはここからです!!」

 

リオレウスの突進をふわりと翻すように避けるとその場にしゃがみ、すれ違ったリオレウスの方へと上半身を反らせて番えた矢を足目掛けて射る。矢は足の中心へと突き刺さり、よろめいたリオレウスの背中に矢が突き刺さる。空から落ちてきた一本目の矢だった。

堪らず後方上空へと飛んだリオレウスだったが、その両翼にも矢が突き刺さる。二本、三本目の矢だった。

翼を破壊されたリオレウスはそのまま地面へと叩きつけられたが、尻尾に幾重にも痛みが走る。五本の落ちてきた矢がリオレウスの尻尾へと横一列に突き刺さり、尻尾は文字通り皮一枚で繋がっている状態だったが、そこに九本目の矢が落ち、尻尾を切り離した。リオレウスが痛みに耐えきれず前方へと突っ伏しながら見上げた空には、小さな無数の点が自分目掛けて少しずつ近付いていることを確認した。同時に自分の死も近いことを悟った。

一本、二本、三本、四本、五本、六本、七本、八本、九本、一〇本………。

頭、背中、翼、頭、背中、翼、頭、頭、頭、頭……。

一本も地面に突き刺さることなく、リオレウスの体を射っていく。

逃げようとした先には必ず矢が落ちてきて、逃げようとした先には必ず矢が落ちてきて、逃げようとした先には必ず矢が落ちてきて、逃げようとした先には必ず矢が落ちてきて…。

その様子をSaiはしばらく見てから、リオレウスに背を向けて走り出す。

五〇本近い矢がリオレウスを射抜き、リオレウスはただ痛みに耐えながら踊るように死んでいった。

 

 

「Sai式必殺の、矢真嵐(ヤマアラシ)さんです!!」

 

ぴたりと足を止め、思い出したように振り返ると既に息の事切れたリオレウスに対して説明を始めた。

 

「あ、えぇとですね!ヤマアラシっていう動物がいましてですね!その背中って針がこう、ばーーーーー!っていっぱいあってですね!!…って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!!作戦作戦!!」

 

Saiは焦った調子で踵を返し走り始めた。

 

「矢真嵐(ヤマアラシ)さん」はモンスター研究者さえ喉を唸らせたほどの観察眼を持ったSaiがなんとなく考えた技で、曲射を効率的に使える方法を導き出した結果でもある。モンスターの行動パターンを熟知し、どうしたらどこに動くかを予測しながら強弱を使い分けた矢を放ち、モンスターを仕留める。降り注ぐ矢が突き刺さり動物のヤマアラシのようだと思ったSaiだったが、ヤマアラシにさえ「さん」付けする律儀なSaiは技名にも「さん」を付けてしまったらしい。

後世、「伝説的曲射十選」に選ばれた「ドラゴンダンス」という射法があるのだが、これはSaiの「矢真嵐さん」を見た若いハンターが真似て特許申請を行ったものである。精度はSaiのそれとは似ても似つかないほどにお粗末なもので「矢真嵐さん矢十本バージョン」と嘲笑う熟年ハンターもいる。彼らは知っているのだ。Saiという世界屈指の弓使いがいたことを。だが、後の世の文献をくまなく調べても「Sai」という弓使いハンターの名は見当たることはない。Saiがハンターとして後世にその名を残さないように生きるようになるのは、まだ少し先の話である。

 

 

 

右目を損傷したリオレウスは上空に舞うと黒い息を吐きながらJUNへと飛び掛かった。

後方に飛び退きながら放たれる通常弾三発。言わずもがな抗竜石・心撃の加工は済んでいる。

一発は眉間。一発は左目。一発はまた眉間。

痛みに堪えきれず羽ばたきを忘れ地面へと落ちるリオレウスだったが、JUNが追撃の手を緩めることはない。

正確無比にその弾はリオレウスの弱点である頭部へと刺さり、やがて抗竜石の効果が現れリオレウスからは異様な邪気は払われた。視力を失ったリオレウスは立ち上がると辺り構わず尻尾で薙ぎ払い、明後日の方向に火球を放ち、虚空を噛み千切ろうとしている。狂乱と呼ぶに相応しいほどに。

辺りを見回し通常弾を装填しながらJUNは苦笑する。

 

「これは困ったな。弾の無駄使いはしたくないから、弱点だけを狙いたいんだが…。」

 

視力を失ったリオレウスはそんな言葉に耳を貸すはずもなく、自分の視力を奪った憎きJUNに報いるために大暴れ。その様子にJUNは溜息を吐く。

 

「やれやれ、あれで行くとしよう。」

 

JUNは大きく息を吸い込むと、腰を低く落とす。

リオレウスが自分に対して正面を向いた瞬間、JUNは勢い良くリオレウスへと走り、その股下へスライディングするように滑り込みながら軽弩を構え、リオレウスの喉、心臓が位置する胸元へと流れるように撃ち込んでいく。JUNが放った弾は合計一〇発。

天才的な戦術を編み出すJUNは、如何に無駄弾を使わずにこの長丁場を切り抜けるかを考えた。結果このリオレウスには一二発の弾で仕留めなければならなかった。二発無駄弾を撃たずに済んだことになる。空を見上げながらそんなことを考え笑むJUNだったが、そんなJUNの腹部に絶命したリオレウスの尻尾が倒れ掛かってきた。

 

「グフッ」

 

20のダメージ。

尻尾を持ち上げて身を捩らせながら起き上がると、辺りを見回す。

こんな様をSai達に見られると厄介だった。

Moonに見られたが最後、「ヒーローあの時、尻尾を…w」としばらく酒の肴にされかねない。幸いにしてMoonと那由多はアカムトルムに中指を突き立てていてJUNの失態は見ていない。Saiは作戦通りMoonの置いた大袋から例の物を取り出して準備に取り掛かっていた。

 

「ほっ」

 

胸を撫で下ろしながらJUNは次の作戦地点まで進む。

この戦いの「肝」と自らが称したその地点まで。

 



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「覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か(中編)」

全身を紅蓮に染めたアカムトルムの咆哮とともに地響きが鳴り響く。

大地はその怒号に呼応するように割れ、その隙間からマグマが勢いよく噴き出してきた。

Moonと那由多はそれぞれの得物を構え直す。

Moonの銃槍が放熱していたバレルの冷却を終えたため、ガチャン!と歯切れ良い音と共に剥き出しとなったバレルをマズル側にずれていたバレルカバーが覆う。竜撃砲が再度撃てるようになったサインである。Moonはニヤリとほくそ笑むと叫ぶ。

 

「那由多!こっちの準備は完了だ!あとはSaiさんたちの準備が整うのを待つだけだな!」

 

「あ~い♪」

 

Moonは、SaiとJUNを視線で追う。既にSaiは大袋から作戦の要となるそれを取り出している。細いロープだった。

ロープには一定間隔で瓶が括り付けてあり中には蛍光色の強い黄緑色の液体が溶岩の赤を反射して更にその鮮やかさを増して揺蕩っている。Saiは矢の本矧(もとはぎ)と呼ばれる羽の根元部分にそのロープをきつく縛りつけた。

JUNもSaiに追い付くと弾を装填し、お互いに見合うと頷く。

JUNは矢に取り付けられ未だ袋から伸びている三メートルほどのロープを袋から出し切りそっと地面に置くと、軽弩をMoonと那由多の足元目掛けて構え放つ。勿論それはMoon達を狙ったものではなく、準備が整った合図を知らせるものだ。

 

「師匠、準備完了です!!」

 

JUNの放った弾がMoonたちの足元前方に突き刺さり、それに気付いたMoonと那由多はその弾を見るとJUN達の方を振り返る。

JUNはMoon達に手を軽く振っており、Moonは合図の返事である砲撃を上空目掛けて放つ。それを見たSaiはロープのついた矢を限界まで引き絞る。

 

「あちらも準備は完了したようだ。第二段階へと突入するとしようか。」

 

砲撃の轟音を体で感じながら、JUNは静かに言い放った。

 

 

 

「那由多、第二段階へ突入するぜっ!」

 

「よ~~~し♪じゃあ…」

 

「一時撤退!!」

「逃っげろぉ~♪」

 

同時に声を上げると、一目散にSaiとJUNのいる地点までアカムトルムに背を向けて全速力で駆け抜けた。

怒り狂ったアカムトルムがそんな二人を追わないはずもなく。

地響きを鳴らしながら一歩、また一歩とその距離を詰めて行く。

怒りに身を任せてMoonと那由多を追っていたアカムトルムは知らない。その先にSaiが、JUNが待ち構えていることを。

完全に自力では動かすことの出来なくなった下顎を地面に引き摺りながら、それでもなおMoonと那由多を丸呑みにしようとした瞬間だった。

 

「この一矢に全身と全霊をかけてっ!」

 

Saiの放った矢は鋭く空を裂きながら地面でとぐろを巻いたロープを率いてアカムトルムの大口の中へと姿を消す。

喉元深く突き刺さった矢に溜まらず、その場で甲高い悲鳴を上げて立ちすくむアカムトルムだったが、数秒後にはその場で倒れ込んだ。

Moonは大地目掛けて斜めに銃槍を突き刺し、竜撃砲のトリガーを引くとJUNの名を叫んだ。

 

「ヒーロー!!行けるぜ!!」

 

「承知っ。」

 

JUNがフルーティング(銃槍の柄部分)に飛び乗り、曲芸よろしく片足でバランスを取りながらしゃがんだことを確認するとMoonはトリガーを離し、同時に自らも銃槍を手から離した。地面からくぐもった高音を放ち、数秒後勢い良く地面から空中へと発射される銃槍とJUN。竜撃砲の反動を利用して上空高く舞い上がるとJUNはアカムトルムを冷たく見下ろす。

 

「名探偵、イン・ザ・スカイ。」

 

渋い声で決め台詞のように素っ頓狂な言葉を吐きながら、アカムトルムのやや上をアーチ状に飛び越えながら、限界ギリギリまで装填した貫通弾を全弾その背中目掛けて速射し、アカムトルムの背中をその鮮血で更に赤く染めていく。

JUNは全弾撃ち尽くすと空中で一回転して体勢を整え、静かに着地し誰に言うでもなく呟く。

 

「第二段階、完了。」

 

この第二段階とはアカムトルム討伐のことである。

ロープに巻き付けた瓶の中身は臨界極まる粘液であり、この粘液は宿主を離れ、地形などに付着すると爆発を起こす。その特性を利用して瓶の内側には宿主であるブラキディオスの体液が塗り込まれており、その状態では爆発することがないMoon特性「爆撃瓶」という代物である。

その「爆撃瓶」を万が一にも避けさせずにアカムトルムの体内に確実に送り込ませるために那由多は下顎を破壊し、Saiは確実に「爆撃瓶」をアカムトルムの口内へと射込んだ。

Moonが背中に砲撃を繰り返したことにも理由があり、JUNが空中から撃ち込んだ貫通弾が確実にアカムトルムの体内を「貫通」するために背中の硬い鱗を破壊しておく必要があったのだ。

JUNはSaiの撃ち込んだ矢がどこに刺さったのかを洞察し立体的に位置を考察した後で、上空からアカムトルムの中に取り込まれた「爆撃瓶」を射抜く。

それが意味することは、「爆撃瓶」によるアカムトルムの内部爆発だ。

 

アカムトルムは甲高い奇声を発しながらのたうち回る。

口から黒煙や血を吐きながら必死にもがいていたが、やがて大きな音を立てて倒れ込むと動かなくなった。

アカムトルムの討伐を確認すると四人は勝利に酔いしれるわけでもなく、次の作戦へと移行する。

 

「Moonさん、すぐに戻り玉を。アイテムボックスからアレを。」

 

「了解っ!」

 

Moonが腰から下げた小さな袋から拳サイズの玉を取り出すと、地面に勢い良く投げつけた。玉は上空に向けて緑色の煙を上げる。

もどり玉は人知を超えた発明で瞬時に使用者をベースキャンプに運ぶための奇跡染みた発明品ではなく、ギルドに雇われ現地にて待機しているネコタクシー、通称「ネコタク」と呼ばれるアイルーの集団がその煙を察知して使用者をベースキャンプへと連れて行ってくれるアイテムである。そのため、煙をアイルーたちが感知するまでに若干のタイムラグがある。

今回はこの煙とタイムラグが大きな要因となってしまった。

 

「Moonさん、うしろ!!!」

 

煙に巻かれながら、Saiの悲鳴に近い叫び声を聞いたMoonは言われた通りに後ろを振り返った。その瞬間、丸太のような図太い腕がMoonに襲い掛かる。

煙が死角となって発見の遅れた金獅子ラージャンはMoonの後ろから現れ、一瞬にして距離を詰めるとMoon目掛けてその剛腕を斜め上に振り上げたのだった。

咄嗟に銃槍を持ち上げて直撃を免れたつもりだったが、銃槍はいとも簡単にひしゃげ、銃槍を構えた腕ごと完膚なきまでに粉砕した。自らの骨が砕ける音をMoonは初めて耳にした。まるで紙屑を投げ捨てるようにMoonの体はその圧倒的な膂力で空高く吹き飛ばされた。

 

(なぁんだ…戻り玉じゃなくてもベースキャンプ戻れるじゃん…。作戦を…続け…なきゃ…。)

 

空へ勢い良く舞い上がりながら、朦朧とした意識の中でそんなことを考えていたMoonだったが、そこで静かに意識を失った。

 

 

「っ貴様ぁぁ――――――――――っ!!」

 

Saiが目を真っ赤にしながらラージャン目掛けて矢を放つ。矢は鋼のように硬化したラージャンの腕に直撃したが、矢尻を歪な形に変形させて地面へと空しく落ちた。

それでも止める事無く矢筒から矢を引き抜くと恐ろしい速度で乱射するが、滲んだ瞳ではその目指す的を射ぬこと難しく。

 

「那由多君っ!!急いでもどり玉をっ!!」

 

JUNの叫び声が響くが、那由多は放心状態なのか大剣をその場に落として佇んでいた。

那由多の反応を見たJUNが舌打ち一つ。

 

「Saiさん!!私は一旦ベースキャンプに戻ります!!ラージャンを牽制していてください!!那由多君を頼みます!!」

 

怒号に近いJUNの叫び声を聞き、Saiは「わ゛がり゛ま゛じだぁ゛――っっ!!」とほぼ号泣に近い状態で矢を射ながら答える。

遅ればせながらやってきたネコタクアイルーたちは状況が分からず立ち竦んでいたが、JUNの怒号を聞くと蜘蛛の子を散らすように岩穴へと逃げ込んでしまった。

その様子を尻目にもう一度舌打ちを打つJUNは、ポケットからもどり玉を取り出し、地面に叩き付けようと振り上げたとき、目の端で黒く蠢くそれを捉えた。

ティガレックス亜種だった。

ティガレックス亜種は、JUNたちを発見すると地を這うように走り込みJUNに飛び掛かってきた。

 

「くそっ!こんな早く登場とはねっ!!」

 

戻り玉を投げ捨てると、軽弩を構えてティガレックス亜種の頭部目掛けて放つ。

直撃はしたものの高揚しているせいか照準が狂い、ティガレックス亜種への致命傷には至らない。

放心状態の那由多とティガレックス亜種を少しでも距離を離すようにJUNは興奮冷め止まぬ脳を無理矢理にでも回転させて、ティガレックス亜種の視線を自分へと釘付けにさせることで精いっぱいだった。

Saiは涙を拭いながら矢を番え放ちラージャンとの距離を縮めてJUNの指示をなんとか忠実にこなしている。

那由多は何かをぶつぶつと呟きつつ、ふらふらと覚束無い足取りでMoonが吹き飛んでいった方角へと歩いている。

ラージャンとティガレックス亜種の咆哮が溶岩島を響(どよ)もした。

 

戦いはまだ終わらない。

 



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「覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か(後編)」

背中の矢筒には既に矢は無く、右腰に装着した矢筒は矢を使い切ったため既に放り棄ててある。左腰の矢筒ももう僅かだ。Moonが吹き飛ばされた光景を見たSaiは頭に血が上り矢を乱射した。リオレウスから引き抜けばある程度補充は出来るかもしれないが、ラージャンがそのような隙を与えるはずもなく。そんなことをした場合、ややもすれば無防備な那由多を標的にされかねない。ラージャンの傍に落ちた矢は、矢尻が完全に潰れており、使い物にはならない。ならば、自分が今すべきことはラージャンを釘付けにするしかない。

Saiは少しでもダメージを与えるために矢を射続けた。

 

JUNも同様、ティガレックス亜種の視線を逸らさせないために弾を打ち続けるが、決定打には欠ける。ベルトリンクに嵌めた弾丸も既に底をついている。本来ならばアカムトルムを討伐後、またはラージャンとティガレックス亜種の戦闘中に隙をついてベースキャンプに戻り置いてきた弾丸や矢を補充するはずだったが、今はそんな隙も余裕も無い。那由多をMoonと同じような目に遭わせないためにも、今は撃ち続けるしかない。弾が尽きたなら、最悪の状況那由多が置いた大剣を握ってでも彼女達を守るしかない。そう考えていた。

そして、その時は来た。軽弩の弾が尽きた。

大剣の位置も把握している。自分の後方20メートル。そこにあるはずだ。JUNは軽弩を投げ捨てると、後ろを振り返り大剣をその手に取るために全速力で走ろうとした。その時。

 

「あ゛ァ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

ふいに那由多の叫び声が響く。あのおっとりとした口調の彼女が発狂した。

そこには笑顔は無い。悲しみに満ちた顔も涙も無い。怒りに身を任せたような、怨嗟がとぐろをまくような怒りの顔も無い。無表情だった。彼女の普段の振舞いを知る者には到底考えもつかない冷たい視線の那由多は歩いてきた道を振り返ると、走る。

転がっていた大剣を握りしめた。

 

「……殺す。」

 

口の端が吊り上がる。だが、その顔には生気は無い。

大剣をズルズルと重く鈍い音を引き摺りながら、目についたJUNとティガレックス亜種を見据えた。

 

「那由多君っ!大丈夫か!?」

 

「ヒーロー。まずはそいつを殺すから、どいて。」

 

「な、那由多君…?」

 

「その後は、あのサルの肢体を裂いて、血だまりの中でウネウネと動いてる様を指差しながらいーーーっぱい笑った後、内臓を引き摺り出して、それから、それからね。Moonの前に連れて行っていっぱい『ごめんなさい』させるの。だからまずはその黒いの先にやる。邪魔されるの嫌だから。」

 

冷たく言い放つと、無表情のまま大剣を引き摺りながらティガレックス亜種目掛けて走り出した。

 

 

 

体が痛い。

肋骨が肺に刺さっているのか、呼吸をするのがこんなに苦しいとは思わなかった。

指を少し動かすだけで激痛が走る。

空は赤い。胃から込み上げてきた物を吐き出した。それは空よりも赤かった。

 

「…(このまま死ぬのかな)」

 

言葉にしたつもりだったが、言葉を発することも出来なくなっているようだ。

Moonは笑ったつもりだったが、ちゃんと笑えているのかさえひょっとしたらもう出来なくなっているのかもしれない、と思った。

視線を少し動かすと青いアイテムボックスが見える。

ベースキャンプだ。

あのアイテムボックスの中に作戦に必要な物が揃っているというのに。

また込み上げてきたものを吐き出そうとしたが、口の端からゆっくりと零れた。

 

(血ってこんなにあったかいんだな。)

 

死期が近いとこんなにも冷静になれるのか。Moonは不思議にそう思った。

目を閉じたらきっと、もう開けることが出来なくなる気がして必死に重い瞼だけは閉じないように意識を集中した。

そんなとき何か懐かしい声が聞こえた気がした。ナルガの声だったと思う。

走馬灯というものは音までちゃんと聞こえるのか、少しおかしな気持ちになった。

 

そこで静かに瞼は閉じられた。

 

 

Moonは口の中に温かい物を感じる。

その液体を飲み込むと、みるみるうちに体の痛みが取れていった。

流石に今いきなり立ち上がることは難しい気もしたが、この感覚をMoonは知っていた。

この液体は、秘薬だ。

 

「おい!!おいっ!!」

 

Moonは左腕に柔らかい二つの感触を覚える。Moonが視線を移すと漆黒の猫が自分の腕を必死に揺さぶっているところだった。

 

「ナ、ナルガ…なのか?」

 

「あぁ…間に合ったニャ…。」

 

ナルガはヘナヘナとその場にへたり込み、しばらくすると俯き涙をポタポタと落とす。

Moonは感覚が戻りつつある左手の指を微動させてちゃんと動くことを確認すると、ナルガの頭に手を置く。

 

「お前、どうやってここに…?」

 

「…!」

 

頭に置かれた手を思い切り振り払うと、ナルガはMoonを睨みつけた。

 

「そんなことどうだっていいニャ!!」

 

「そんなことって…お前…」

 

「どんニャ気持ちで血まみれで倒れてるアンタを俺が見たのか知ってるニャ!?死にたくニャるくらい心が痛くニャったんだニャ!!」

 

「…わりぃな。」

 

「……。」

 

「悪い…。ごめんな…。ごめん。」

 

自然と涙が零れた。

Moonは上半身を起こすと、嫌がるナルガを無理矢理引き寄せると力いっぱい抱きしめた。

懐かしいナルガの匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。

ナルガが身を案じてくれたことが嬉しかったのか、不甲斐無い自分が悔しかったのか、おそらくその両方だろう。Moonはきつくナルガを抱きしめながら「ごめんなさい。」と小さく言うと声を上げて泣いた。

ナルガはその短い腕をいっぱい広げてMoonを抱き返した。

 

しばらくするとナルガはMoonを優しく引き離す。

Moonは目を真っ赤にしながら不思議そうにそのナルガの顔を見つめる。

 

「『ハンターたるもの、手足をもがれてもモンスターに食いかかる』のがアンタの信条ニャんだろ?アンタをぶっとばした奴をブッ飛ばしてやれニャ。」

 

「ナルガ…。」

 

「もしアンタがぶっ殺されたら、俺が命に代えてでもそいつを必ずぶっ殺すから…。行ってこいニャ!!」

 

ナルガなりの最大級の激励だった。

再び涙腺に込み上げるものを必死に止め、立ち上がるとMoonは空を見上げる。

これ以上、愛すべき相棒に涙を見せたくなかった。

 

「バ、バッカじゃねぇの!私に喧嘩で勝てねぇ、おま、お前みたいによわっちぃアイルーが…勝てる相手じゃねぇよ!」

 

「それでも俺は戦うニャ。アンタを傷付ける奴は俺の憎き敵ニャ。」

 

「お、お前に怪我なんてさせたら、あとでブーブーうるせぇからさ…」

 

「ニャ?」

 

「私が必ずブッ飛ばしてくるからさ…。そこで待っててくれよ、あ…相棒…。」

 

「期待してるニャ。ご主人サマ。」

 

涙をボロボロ零しながらMoonは鼻声でもう一度相棒の名を呼ぶと、両手で頬を力強く張る。

全てが吹っ切れた気がした。

すぐさまに辺りを見回す。粉々になった銃槍のパーツが転がっているだけで、とても武器としては使えそうもない。

アイテムボックスを開き、JUN達が使いそうな弾や矢、アイテム数点を背負ったりアイテムポーチに入れる。アイテムボックスの中を見たが武器として使えそうな物はやはり無い。

腰に差したハンターナイフを一本手に取る。武器はこれ以外には無さそうだ。

それでもやるしかない。

守るべき者がここにいる。

守りたい者がここにいる。

 

「行ってくるぜ、相棒。」

 

「ご主人サマ。俺の代わりにこいつを持っていけニャ。」

 

「それって、お前の…」

 

ナルガは背中に背負っていた「猫刀・暗夜月」を差し出した。

 

「狩りの原則は最大四人らしいけれど、想いくらいは連れていってほしいニャ。」

 

「ありがと。」

 

これ以上ナルガと話していると涙はきっと止まらなくなる。Moonはそう思い、言葉短くその刀を受け取った。人が持てばハンターナイフよりやや刃渡りが長い程度だが、武器としては十分過ぎる代物だ。

ハンターナイフと猫刀を顔の前で十字に構えると、Moonは雄叫びを上げた。

 

「旅団【Hero】所属、Moon!!お前の想いをもって、この戦いに勝つ!!」

 

崖を勢い良く飛び降りた。

守るべき者たちの元へと。

守りたい者たちの元へと。

 

背中越しにMoonを見ていたナルガは笑っているだろうか。それとも泣き出しそうな顔で心配しているのだろうか。それとも誇らしげな顔をしているのだろうか。見ることは無かったが、きっと誇らしげに微笑んでいるのだろう。Moonが誇らしげに微笑んでいるのだから。

 

 

 

 

那由多の動きを見てJUNが感じたそれは、筆舌し難いと思えたふとそれに相応しい言葉を思い浮かんだ。

 

「鬼神…。」

 

JUNが描いた戦略などでは到底発揮しえない那由多という存在に、JUNはただただ呆気に取られていた。本来ならばもどり玉を使ってベースキャンプへ戻り、Moonを捜索してすぐにでも治療しなければならないはずなのに。頭ではそう思っているのだが、体が動かない。恐怖に支配されていると言ってもいい。那由多という目の前にある恐怖は、JUN自身に向けられているわけではないのだが、それでも目を逸らしてしまったらJUN自身にも那由多が襲い掛かってくるのではないかと思えた。

彼女の心はこんなにも脆いのだ。だが、こんなにも、これほどまでも恐ろしく強いのだ。

ティガレックス亜種の一挙手一投足に対して無駄の無い動きでそれを避け、重々しい大剣を太刀のように軽々と連撃を繰り出す。既にティガレックス亜種の手足は血まみれになっており、動きに疲れも見える。

左袈裟斬り、右銅払い、左切り上げ、上段からの叩き落とし。

ティガレックス亜種の顔面からはみるみる内に血が吹き出し、凄惨極まる悲鳴を上げている。既にティガレックス亜種の戦意は喪失しているらしく那由多を見据えながら血まみれの両手両足を引き摺りながら後ずさっている。

 

「逃げられるわけないでしょ。ねぇ。」

 

ついにティガレックス亜種は全身を捻るように後方に振り向いて逃げようとするも、血を失い過ぎたその手足は主の意のままには動けるはずもなく。途中何度も躓いては重すぎる足取りを運んでいる。

 

「ほんっとにバカなんだから。」

 

無表情のままつまらなそうに吐き捨てると、那由多は助走を取り大剣を上段に構えたままティガレックス亜種目掛けて飛び掛かり、背中に大剣を突き刺した。

大剣は胴体を貫通し、大地に突き刺さる。

断末魔をあげ、その場を必死に逃げようとするティガレックス亜種だが、貫いた大剣はティガレックス亜種にその自由は与えない。ジタバタとその場でもがきながら口から大量の血を吐き出すとやがて力無く頭や手足を地面に垂れると微動することもなくなった。

那由多は大剣を引き抜くと、ラージャンをその視線に捉えた。

Saiは既に矢を射きったらしく、回避に専念していてティガレックス亜種の惨状には気付いていない。

 

「あとは、あのサルだね。待っててね、Moon。」

 

ティガレックスの背中から飛び降りると、刃毀れで切っ先がボロボロになった大剣を引き摺りながらラージャンに向けて歩き出す。その歩調は段々に速くなり、やがて走り出した。

その時だった。

那由多が走ることを止め、ゆっくりと歩むことも止め一点を見上げたまま大剣を落とす。

那由多の異変に気付いたJUNも那由多の視線が追う場所を見上げた。

 

「あれって、まさか…」

 

「Moon…」

 

今まで無表情だった那由多の顔は氷山が瓦解するかのようにその冷徹さを崩し、今にも泣き出しそうな顔をして、那由多はその場に座り込んだ。その視線は威勢よく崖を走り下りてくるMoonを見続けていた。

 

「Moonさんっ!!」

 

「っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!真打登場っ!!!」

 

足場を蹴り、空高く舞いながら叫ぶMoon。

那由多は泣きながら四足の手足で這うようにMoonの元へと向かう。

JUNもMoonの元へと走る。

 

「待たせたね、ヒーロー。作戦は…変更だね…ごめん!!」

 

「いや、いいんだ。そんなことよりMoonさん体は…」

 

「そんなことよりSaiさんを助けねぇと、だぜ!」

 

MoonはSaiの方へと視線を流して、アイテムポーチから弾丸を取り出すとJUNに渡す。

 

「ありったけの弾丸を持ってきたぜ、ヒーロー。」

 

「あ、あぁ、ありがとう。」

 

にんまり微笑むMoonを見て、しばらくしてからJUNも微笑む。

立ち上がった那由多がMoon目掛けて思い切り走り出し、そのまま跳ぶようにして抱き付いた。

 

「Moon!Moon!Moon!!Moonだぁっ!!」

 

「うわっ、ちょちょっちょちょ…」

 

体勢を崩してそのまま倒れるMoonとその上に覆いかぶさり胸元で泣きつく那由多。

Moonは乾いてきた返り血でどす黒くなった那由多の頭を撫でた。

 

「相当無理させちまったみたいだな。愛してるぜ、もう一人の相棒。」

 

那由多のおでこにキスをしギュっと抱きしめるとすぐさま離れようとしない那由多を無理矢理引き離す。

 

「んなことより、Saiさんの救援!!行くぜっ!!那由多はもうボロボロだからとりあえず、回復薬でも飲んでろ!!」

 

アイテムポーチから回復薬Gを取り出して那由多に渡し、Saiの方を向くとMoonは走り出した。JUNは放り投げた軽弩を手に取ると弾を装填するとラージャン目掛けて発射する。

弾はMoonを追い抜きSaiに飛びかかろうとするラージャンの脇腹に突き刺さり、その視線をJUNへと向けた瞬間だった。

 

「お返しだ、この野郎っ!!」

 

Moonが手に持った二刀を飛び掛かりながら上半身を捻り回転するように斬りかかる。

ラージャンの顔面を五線譜のように刀傷が走り、血が噴き出す。

回転しながら着地すると低く構えて足を蹴り出しラージャンの懐に潜り込むと目にも止まらぬ速度で縦横無尽にその後ろ脚を斬りつけた。小さな悲鳴をあげ、すぐに後ろへと飛び退いたラージャンを確認すると、Moonは背中に背負っていた矢筒をSaiへと投げる。

きょとんとしてその矢筒を一度受け取り損ねそうになったSaiは何度か空中に跳ねたその矢筒を必死に抱きしめるようにして受け取った。

 

「Moonさん!!」

 

「話は後だぜ、Saiさん!!やっちまえぇ~っ!!」

 

「はいっ!!」

 

矢筒から矢を一本引き抜くと、落ちていた弓を手に取り金獅子の頭部に照準を定める。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!」

 

両手を上げ怒り狂ったラージャンの頭に矢は突き刺さり、そのまま絶命する。

第一のクエスト「覇たる日輪に見ゆるは羅刹か黒き咆哮か」初の成功旅団が生まれた日だった。

 



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「思考の輪舞曲」

ネコタクに揺られながら、どうやってMoonが瀕死の重傷を負っても尚戦線に復帰することが出来たことや、那由多が戦闘中の記憶がところどころ途切れていること、冷たい紅茶をみんなと楽しみたいこと、クリア出来たことを心から感謝していることなどを語り合い、4人はベースキャンプへと戻る。

戦闘終了の狼煙を上げ、あとは飛空艇を待つだけとなった。

その場にゆっくりと座り込みベッドにもたれかかりハットを被り直すJUNが溶岩の照り返りで真っ赤に染まった空を見上げた。

 

「ようやく…第一のクエストクリアだね。」

 

「これが第一ということは、第二第三第四とかもう地獄しか待ってない気がすんだけど…。」

 

「…ははは…Moonさんは流石にそれは…ははは…」

 

「【カジキマグロ2万匹釣れるかな?】とかかなぁ♪」

 

「5匹吊り上げるクエストで、猛毒袋を池に流し込んで死んだカジキマグロを拾って納品した私には楽な作業だな!クエスト失敗になったけど。」

 

「…Moonさんの心の闇は深いね。」

 

「深い、です…。」

 

「闇落ちむ~~ん♪」

 

冗談を言いながら思い思いに真っ赤な空を見上げる。

遠くには飛空艇がこちらに向かっているのが分かる。

アイテムボックスからナルガが顔を出して、Moonの様子を伺っている。

それに気付いたMoonはナルガに手招きをした。

 

「相棒、終わったからこっちに来いよ。」

 

無言でMoonの傍に寄ったナルガだったが、Moonの手の届く距離まで近づいた瞬間にMoonに強引に抱き寄せられジタバタと暴れている。

 

「照れんな、照れんなって。お前のおかげで勝てたんだ、ありがとな。」

 

何かナルガが言おうと口を開いたのだが、Moonがきつく抱きしめたせいで「グニャッ」と声を上げてからは成すが儘となっている。恥ずかしそうだが、まんざらでもないのかそれを拒否する様子もない。

JUNがガラス瓶に入れて持ち込んできた温くなっている紅茶を携帯用の木製コップに注ぐ。

 

「ところで、ナルガ君はどうやってここに?」

 

「ニャ。なんかJUNさんみたいニャ赤い帽子をかぶった白いヒゲ生やしたおっちゃんが連れてきてくれたニャ。」

 

「白いヒゲ?」

 

「ウニャ。ご主人サマを助けたいと言ったら、お前さんニャら出来る出来る!って言って連れてきてくれたニャ。」

 

「…ひょっとしてそれって!!」

 

Saiが体を乗り出して会話に割り込み目を爛々と輝かせている。

 

「彼らかもしれないね…。」

 

「ニャニャ?」

 

嬉しそうに再び空を見上げるJUNとSai。

飛空艇は先程よりもこちらに近付いているため、その大きさが徐々に膨らんで見える。

 

ワトソン達と合流した4人は飛空艇に乗るとすぐに眠りに落ちた。

それだけ精神と肉体を切り詰めた戦いだったのだろう。

飛空艇が揺れようが、エアリスが上機嫌で歌おうがまるで反応することなく死んだように眠った。飛空艇がドントルマの発着所に到着し、寝ぼけ眼を擦りながら帰ってくるJUNたちを迎えたのは、JUNを良く知る竜人族の女性だった。

カウンターでそわそわしながらJUN達の姿を見るとやや小走りでJUN達の元へと向かうと自己紹介などを済ませたワトソン達アイルー組に会釈をすると通り過ぎてJUNの元へと向かってきた。

 

「JUNさん、おかえりなさい。」

 

「ただいま戻りました。」

 

「あのクエストを達成するなんて、やっぱりJUNさん達は凄いわ。ただ…」

 

「ただ…?」

 

両手を胸元で組みやや視線を下に見やりながら困った表情をする竜人族の女性の顔を見つめながら、JUNは促す。竜人族の女性はそれに気付き、ハッと驚いたようにJUNの顔を見て苦笑した。

 

「実は、第二のクエストは第一のクエスト達成後すぐに行われるの。」

 

「…ははは…えっ!!??」

 

「ごめんなさいね、JUNさん。そういうわけだからこれを受け取ってほしいの。」

 

二つの眼を見開いたまま茫然と立ち尽くし、手をだらんと下げたJUNの片手に竜人族の女性は持っていた紙を捻じ込むように握らせると申し訳なさそうに顔をしかめた。

 

「これが第二のクエストの内容よ。でも、今すぐ出発というわけじゃないの。」

 

「・・・」

 

「依頼主が変わり者でね、ちょっとした難問を用意したらしくて…。」

 

「・・・」

 

「そこに書かれた暗号を解いた者こそクエストを受ける権利があるって…聞いてる、JUNさん?」

 

「あ、はい・・・」

 

「そういうわけだから、私は何もしてあげられないけれど、頑張ってね、JUNさん。ちなみに受注期限は明日のこの時間まで。それまでに答えられなかったら、残念だけれどもクエスト失敗になるわ。」

 

「そう・・・です・・・か・・・。」

 

「もう一度第一のクエストを受けてもらわないと第二のクエストを受けることは出来ないから気を付けてね。」

 

JUNと何か所縁のある女性とのやり取りだったので口を挟めなかったSai達だったが、JUNの様子が明らかに硬直したまま動かない状態であり、かつ竜人族の女性が去って行ったのを確認するとそそくさとJUNの方に取り囲む3人。

3人とも先程までの疲れも吹っ飛んだように生き生きとした顔でJUN達の会話内容を聞こうと躍起になっている。これが女性というものなのか、と思考が定まらないままJUNはふと思った。

JUNが手にした紙を見つけ、Moonは驚愕としながらその手を指差す。

 

「お、おい、Saiさん、これは世に言う…。」

 

「こ、こいぶみですか!?」

 

「ラブレタぁ~♪」

 

キャーキャーと甲高い声が大老殿を響き、大長老が咳払いを一つ。

周りの衛兵たちも冷たい視線をこちらに向けていることに気付き、JUNは小声で竜人族の女性が伝えた内容を皆に伝える。

 

「はぁ!?ひ、ヒーロー!ちょっとその紙見ようぜ!あれもう一回とかありえねぇから、マジで!」

 

「そうだね。とりあえずは見てみよう。」

 

JUNは折りたたまれた紙を開き、テーブルの上に置く。

第二のクエストが書かれたであろうその紙を。

全員が顔を近付け食い入るようにそれを見る。

 

 

大老殿出口でクエスト報酬金と第一クエストの報酬である「紅蓮に燃ゆるリング」の引換券を受け取る。「始まりの四元素」はそれらの券を4枚揃えないと手に入れることは出来ないことを聞き、四人は更に落胆しながら帰路につく。

ドントルマの大広場に出る頃には既に夕刻。4人とアイルー3匹は歩く。エアリスと那由多が楽しそうに鼻歌を歌っているが、JUNとSai、Moonは沈黙を守ったまま歩く。

ナルガとワトソンは最後尾でぎこちなくではあるがお互いの身の上話などをしている。

 

「…さっぱりわかんねぇ。」

 

「ですね。私も何がなんだか…。」

 

「…。」

 

JUNの落ち込み方が尋常ではないことを見るとMoonはJUNの背中をパンっと叩き微笑む。

 

「期待してるぜ、ヒーロー!こういう謎解きはきっとヒーローならすぐ解けるぜ!」

 

「そうですね!!師匠は謎解きとか上手そうですもの!!」

 

「…あ、あぁ、そのことなんだが…」

 

「ん?どったの?」

 

「もう暗号は解けているんだ。」

 

「え!?師匠凄すぎです!!私にはただの詩としか思えなかったのに!!」

 

「私なんて怪文書の類にしか思えなかったぜ。」

 

「コツがいるんだよ…ただ…ん~…。」

 

JUNはポケットから四つ折りに戻した紙を更に解き直して見つめる。

 

「どうしたものか…。」

 

小さく呟くと宿のドアを開けた。

食事の時間になったら合流することを告げ、JUNはワトソンと部屋へと戻ると先程の紙をテーブルに置いて、見つめる。自分の推理が間違っていることを願いながら、その内容を呟いた。

 

祖なる者

弥勒峠の

朱の両の

雛鳥嘶き

風見見ん

 

嘶く者無く檄も無く

身は滅びとも弩は濁らん

 

是をば狩らんや 狩りの詩

か…。」

 

JUNの声が空しく部屋に響いた。

 




JUNの最後の発言が次のクエスト内容となっています。
お暇な方は解いてみてくださいね。

ヒント1
上段、五列はクエスト内容を示し
中段、二列が解読するためのルールを示してます。
下段、一列は意味は無く、ただの詩です。

ヒント2
全てを「ひらがな」にしてみると分かりやすいかもしれません。


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